篝火 始まりの街アクセル (焼酎ご飯)
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1話

寒い

死ぬほど寒い

 

イルシールの大聖堂内にある篝火で眠りこけていたあなたは、

寒さのあまり目を覚ました。

 

属性耐性がそこそこ良い上級騎士の鎧だが、金属鎧がゆえに寒さには耐えがたいものがあった。

 

いくら不死とはいえ寒いことには変わらず、

目前の篝火ではソウルは癒せても体温までは回復しない。

 

呪術の火でもあれば瞬時に周囲を火の海に変えて暖をとれるのだが、

あいにくあなたは魔法特化の騎士だ。

一部呪術を使えないわけではないが呪術の火は箱の奥底に眠っている。

 

寒さをしのぐ為に炎派生のロングソードを取り出そうと立ち上がる。

 

何か燃えるものはないだろうかと周囲を見渡す。

確か豪華なカーペットや木製の家具のようなものがあったはずだと考えていると、

ふと周囲の環境に致命的な違和感を感じる。

 

 

雪が降っている。

 

空を見上げればきめの細かい粉雪がしんしんと降り積もり、

あなたの座っていた地面以外を真っ白に塗りつぶしている。

 

 

 

ロザリアの闇霊にうんざりしてふて寝していたあなたは、確かにサリヴァーンの居城であった大聖堂にいたはずだ。

だが周りを見てみると明らかに屋外である。

 

記憶を失くすほど人間性が摩耗していたわけではないはずだが、所詮は呪われた身である不死は知らずに亡者化してしまったのかもしれない。

 

周囲はイルシールの荘厳な街並みとは異なり、無骨な石の関所とその奥には牧歌的な家々が並んでいる。

 

ここが何処かは分からないが、立ち上がった不死はあたりを見渡した後、

目の前の篝火に手をかざす。

 

 

残り火が鮮やかに燃え上がると、篝火は火の粉を空へと巻き上げる。

 

 

 

ボォーン

【アクセル城壁前】

 

 

こうしてこの素晴らしき世界に不死の新たな故郷が生まれた。

 

 

 

=====

 

 

 

何処かに転送されたのか、はたまた数えきれないほどの死を重ねた末に人間性を喪失したのか、

何が起きたかわからないが、あなたは再び篝火に座り込むと探索用のスペルをセットする。

 

あなたはこの異常事態に対して、好奇心に胸を焦がしていた。

只人であれば望まず飛ばされた土地など忌避の対象にしかならないものだが、

あなたは不死であり、目の前に灯されていなかった篝火があった以上浮かれずにはいられなかった。

新たな敵やスペルに出会えると考えるだけで枯れかけていた情熱が滾るというものだ。

 

ーーー実は忘れてしまっているだけで、ここには来た事があるかもしれない。

だがその時はその時で二度楽しめたということにしておけばよい。

一粒で二度おいしい。人間性の双子!

 

 

「ーぃ…ぉーい! そこに誰かいるのかー」

 

 

結晶派生のロングソードを握り直し、いざ新スペルと立ち上がったところで、

関所の方から声が聞こえてくる。

 

声をかけてくるということは悪い奴ではないだろう。

 

Hey!

 

と自分の位置を知らせる為に不用心に声を上げると、

長槍を持った小奇麗な装備をした男が雪の向こうから近づいてきた。

 

どうやら亡者ではなく正気の人間のようだ。

 

これで頭髪が無かったり大楯を持っていれば警戒していたのだが、見る限り毛根は無事なようだ。

久しぶりの人との交流に喜んだあなたは男に手を振り存在を知らせる。

 

 

「焚火の明かりが見えたと思ったら冒険者か。見ない顔だが…こんな雪の日に町の外でなにしてるんだ?」

 

 

雪を払いながらやってきた男はどうやらこの町の兵士のようだ。

小奇麗な装備になんとも違和感を感じるが、血なまぐさい輩ではないようだ。

 

 

あなたは正直に答えた。

イルシールの聖堂にいたはずなのだが、この城壁の近くにいたということ

ここがどこなのかもわからないので教えてほしいということ

 

 

「…イルシールっていうのは国の名前か?その国名に心当たりはないが…あんた何か事故に巻き込まれたのか?」

 

 

事故に巻き込まれたといえばそうかもしれない。

意図しない転移というものは今までにも経験はあるが、大概碌な目に合っていない。

しかしイルシールの近くと予測していたのだが、その予測はうれしいことに外れてしまった。

男の話では海を跨いだ隣国にもそのような国名は無いらしい。

 

 

出身の国の名前などはとうに忘れてしまったが、所縁の地としてイルシールを知らないのであればアノールロンドはどうだろうか。

国や都市の名前など忘れ去られて久しいものだが、神の都であれば心当たりがあるかもしれない。

 

 

「いや、どちらも聞いたことが無いな。ここはベルゼルグ王国領地内の、駆け出しの街アクセルだ。ギルドで何か聞けばわかるかもしれないがーーーとりあえずはこんな雪だ。事情聴取がてら詰所で温まっていけよ」

 

 

世界各地を巡礼してきたあなたであったが、その物騒な国の名前に心当たりはなかった。

だが狂戦士の名を関したその国の民は、その名に反し暖かな玉ねぎを彷彿とさせる優しさを持っていた。

 

 

=====

 

 

雪が止んだ頃、あなたは詰所を出て町に足を踏み入れた。

冷え切っていた体はすっかり温まり、久方ぶりの人間との交流にあなたは幾分か人間性を取り戻したような気分だった。

親切な門兵にきいた話では大通りを進めば冒険者ギルドが見えてくるらしいので意気揚々と歩みを進める。

 

どうやら住所不定で完全武装のあなたは犯罪者秒読みの状態らしく、冒険者として登録することを強く勧められた。

犯罪者という言葉があるということは、この街は何かしらの宗教や法によって統制されているのだろう。

街で行動しにくくなるのは避けたいところである為、冒険者というものになることを決めた。

 

 

 

モンスターを倒すことが目的のようだが、誓約を付け替える必要もあるのだろうか。

なんちゃって青教のあなたはそんなことを考えながら街を眺める。

 

 

 

雪の積もった家々が軒を連ねており、荒れ果てた廃墟などは一切見当たらない。

道を歩いていれば何度か人とすれ違うほど人口があるようだ。

人ではない特徴を持った種族もいるようだったが、正気を失っているものは一人もいない。

 

 

平和だ。

 

 

ソウルに飢えた亡者が人を襲うこともなく、

巨躯のデーモンが闊歩しているということもない。

 

家々から火の手が上がっている様子もなければ、

団欒の声すら聞こえてきている。

 

信じられない光景ばかりが目に映るが、これらは全てこの国では普通のことだという。

 

詰所で事情聴取を受けた際、兵士はこの世界のことについて親切にも教えてくれた。

 

このベルゼルグ王国は魔王軍という魔物を率いる勢力の侵攻に遭っており、人類は存亡をかけた戦いをしているという。

だがこの地は激戦区である王都からは遠く、比較的平和的な街であるとのこと。

 

 

平和という言葉にあなたは懐疑的であったが、街に入ってみれば言葉通り平和そのものであった。

兵士にダークリングの話や篝火の話を聞いても知らないと怪訝な顔をするばかりで、そのような呪いを受けた者は存在しないという。

実は彼らは人ではなく神族なのではとも疑ったが、神々であればもっと荘厳な都に住んでいそうなものだ。

 

ここはとてつもなく遠い地なのか、それともウーラシールや絵画世界のような過去や作り出された世界なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

呪いとは無縁の生のエネルギーに満ちた世界。

数多の不死が膨大の過去の末に失ってしまった懐かしき世界。

 

何ともまぶしく、羨ましく、憧れることすら忘れてしまった光景だ。

 

 

このような世界に来てどうしたものだろうか。

 

あなたの人生は数多の巡礼の旅でできていた。

火の時代を取り戻す為、世界をつなぎとめる為、

もしかしたら闇の時代を到来させる為や、世界を終わらせる為だったのかも…

 

あらゆる大義や私欲のために旅をしてきた気もするが、突き詰めれば死ぬためだけに途方もない旅を行ってきたのだ。

…結果を見れば己を燃やしつくそうとも、世界を終わらせようとも旅の真の目的が達せられることはなかった。

 

 

他に己を終わらせる方法を知らないあなたは誰かが嘯く巡礼を続ける他に選択肢等なかったのだが、

 

 

 

だがこの毛色の違う世界ではその限りではないのかもしれない。

 

元の世界に帰って巡礼を再開し、今度こそ己を燃やしつくしてくれると信じて旅を続けることもできるが、

時間はほぼ無限永久に存在するのだ。

 

 

この世界をくまなく見て回り、己を終わらせる方法を探しつくしてからの再開でもいいだろう。

もしかしたらスペルやアイテムの収集癖以外の生きがいと呼べるものも見つかるかもしれない

 

 

壮大な終活と新しい趣味への期待に心を弾ませ、

貴方は足取りも軽やかに冒険者ギルドへの歩みを進めた。

 

 

 

 

=====

 

 

途中冒険者ギルドを見逃し、雪かき中の若者に道を教えてもらうというハプニングもあったものの、

無事ギルドに到着することができた。

マッピングは得意なのだが、文化的営みに見とれてしまっていたようだ。

親切な雪かき冒険者に感謝しながら、あなたはギルドの扉を開く。

 

 

この世界基準で見て、建物の中は閑散としているように思えた。

酒場が併設されている構造の為、長机などが設置されている広い空間がより人のいない伽藍とした雰囲気を際立たせていた。

 

 

「ようこそアクセル冒険者ギルドへ。初めての方ですね、本日はどういったご用件で?」

 

 

人のいる受付の前にやってくると、カウンターを挟んだ位置から声を掛けられる。

金髪の随分と扇情的な恰好をした女性だ。

上から覗き込みたくなる微かな衝動に少し驚きながらも、あなたは冒険者になりたい旨を伝える。

 

 

この枯れ果てた欲を刺激するとは…中々やりおるわいとかなんとか考えていたが、

意味もなく太陽の王女を拝みに行っていたあなたはまだまだ元気いっぱいだったことを思い出す。

 

 

 

「冒険者登録ですね。登録には1000エリス頂戴しておりますがよろしいですか?」

 

 

エリスとは何だろうか。

数字がついているということは何らかの単位、おそらくは貨幣と思われる。

残念ながらあなたは支払える貨幣どころか、ソウルすらない。

この世界に転移する前にロザリアの使徒に竜狩りの弓でぶち抜かれたこともあり、

あなたは1ソウルも所持していなかった。あのおっぱい星人共め。

あなたはエリスを所持していない旨を伝えると、受付嬢はにっこりと微笑み代替案を提示した。

 

 

「外貨での登録も可能ですが、こちらにあるいずれかの貨幣をお持ちではございませんか?」

 

 

カウンターに並べられた貨幣を見るとどうやらすべて金貨や銅貨のようだ。

あなたはソウルによるキャッシュレス決済しかしたことが無かった為どの硬貨も同じに見えてしまう。

しばらく硬貨を眺め首をひねっていると、とあるアイテムを思い出しソウルの業により懐から取り出す。

 

 

「これは…金貨のようですね。残念ながらベルゼルグ王国で共通利用できる硬貨ではないようですのでこちらでのお支払いは致しかねます。ですが手数料とお時間はいただきますが金そのものの換金ということであれば承りますが、いかがいたしましょうか」

 

 

あなたはその提案にうなずく。

1000エリスがどの程度かわからないので、金貨を10枚ほど取り出すが、

受付嬢からは数枚で大丈夫ですよと苦笑される。

 

話を聞くと1000エリスは凡そ一食分程度の金額という。

それに金を換金するにあたっても、専門の換金所で依頼する方が換金率も高いとのこと。

 

だがこの金貨もどうせくっさい大蛇の口に放り込むくらいしか使い道がなかった為、

この10枚はそのまま換金してもらうことにした。

 

「かしこまりました。ではしばらくお時間をいただきますので、建物内でお待ちください。

本冒険者ギルドではお食事の提供もしておりますので、ご注文がございましたらお呼びください」

 

冬場は職員が少ないのでご容赦くださいと受付嬢は申し訳なさそうにほほ笑むと、

金貨をもってカウンターの奥へと消える。

 

適当な椅子に腰かけ、メニューと思しき冊子に目を通すがどれがどんな料理かあまりわからない。

ここしばらく料理どころか食べ物を食べていなかったこともあり、食欲というものがどんなものか忘れてしまっていた。

あなたがしばらく机でメニューを眺めてぼんやりしているとギルドの扉が開き、先ほど雪おろし作業をしていた一団が寒さに手をこすりながら入ってきた。

 

「うぅ~さぶさぶ!ルナさーん、雪下ろし終わったぞー!」

「お疲れ様です。報酬は成果確認後となりますのでしばらくお待ちくださいね」

「はいよー。ーーーお、さっき冒険者ギルドを探してた鎧のあんちゃんじゃねぇか。また迷ってなくてよかったよ」

 

 

三人の男がカウンターで何やら一つ二つ言葉を交わした後、となりのテーブルに座りこちらに話しかけてくる。

あなたのにらんだ通り彼らは冒険者のようだ。

貴方は案内のお礼を伝えた後に、冒険者は雪下ろし以外には何をする組織なのかを聞いた。

凡そたまねぎ門兵から聞き及んでいたのだが、先ほどの彼らはモンスターと戦っている様子はなかった。

 

 

「組織?なんか角ばった言い方をするな。というか冒険者を知らないのか?」

「てっきり王都の冒険者かと思っていたんだが、冒険者を知らないってどんなおのぼりさんだ?」

「まぁなんだ、冒険者ってのはモンスター退治の傭兵みたいなもんだ。あとは俺たちがやってた雪下ろしみたいな雑用だったり、荷運びだったりも仕事に含まれてるな」

 

 

ひとまず除雪専門誓約ではないことに安心する。

貴方は遠い国から不慮の事故でアクセルに来たこと、門兵に勧められて冒険者になりに来たことを彼らに伝える。

このままうまく冒険者になれれば"自称青の守護者の無縁不死人"から"アクセルの冒険者"という身分を得ると考えるとなかなかの大躍進である。

 

 

「遠い国って言っても冒険者がいない国なんてあるか?」

「あるんじゃねぇの?俺たちだって国跨いで旅したことがあるわけでもないし」

「事故が何なのか気になるところだが、冒険者になりに来たってことはこれからカード登録をするってことだよな」

 

 

冒険者どころか只人がほとんどいないところから来たということは黙っておこう。

 

そしてカードとは何だろうか。

その旨を伝えると、男が手の平大の金属板を見せてくれる。

 

 

「冒険者カードって言って冒険者としての自分の情報が記載されてるカードだな。噂によると神様が作ったとかなんとか…

どんなスキルを持っているのか、新たに何を取得するのか、何を何体倒したかとか、他にもいろいろと書かれてるやつだ。偽造できないって話だし便利な身分証だな」

「冒険者登録するときには記載のないカードに触れれば自分の情報が自動で入力されるんだわ。多分今ルナさんが準備してるんじゃないか?」

 

 

自分が何者であるのかを記した証

それが冒険者カードというものらしい。

 

依頼達成件数や過去の依頼内容

討伐したモンスターの数や種類

自信が習得している能力や成長の過程

 

これまでに己が歩んできた道程を誤りなく、尚且つ自動で記していき、

決して頁が埋まることはない、まさに宝具と呼ぶにふさわしい代物である…と…

 

何と素晴らしいことか。

 

未だ正気を保っている不死であれば目から隕石が出るほど欲しい代物だ。

 

己の過去をソウルの業を介さずに残すことができる、それも誤りが発生しない。

なるほど神が与えたもうた宝に相違ない破格の性能である。

 

そしてそのような宝具をこともなく、今からもらえるという話ではないか。

それだけで冒険者になる価値があるというものだ。

 

あまりのことにエイエイオーが出そうになるが、さすがに大げさな反応だということはわかるのでぐっとこらえる。

代わりに目の前の机の上にメッセージを残すことにした。

 

"この先 宝 があるぞ"

"ここからが本番だ"

 

「なぁお前らこのあんちゃんがどの職業を取るか賭けねぇか?」

「本人前にしてそんなこと言うかね普通」

「それにその掛け成立するか?見るからに騎士だし、選択肢かなり少ないだろ」

「もしかしたら魔法使いとかかもしれないだろ?」

「あんな全身鎧でもしかすることなんかねーよ」

 

 

「お待たせしましたーホットワインと他付け合せでーす。あと換金と冒険者カード作成の準備ができたので又受付にきて下さいねー」

 

何やら賭け事の話をしている途中で、

先ほどのルナと呼ばれていた女性とは別の女性がジョッキといくつかの料理をもってやってきた。

雪かき冒険者とあなたは喜んだ。

片や飯にありつき、

片や軽い足取りで受付へと向かう。

 

「鎧のあんちゃん!あんたが就く職業が俺たちの予想から外れてたら酒奢ってやるよ!」

「安心しなよ、予想が当たっても金なんてとらねぇからよ」

「アレ?でもさっき換金がどうこう言ってたから金持ってるんじゃね?」

 

 

不死は酒を楽しめない。

酒などいつから飲んでいないかわからないが、そんな言葉を思い出す。

だが人との交流は不死にとって代えがたい魂の栄養といえる。

貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、いよいよ冒険者となるべくカードに触れるのだった。

 

 

使用者の魂に触れることで情報を書き記すその神器は、わずかな明滅の後1枚のカードを作り出した。

暗い魂に触れることで作り出されたその金属板は暗く冷たい色をしていた。

 

種族:人間

 

それがカードに記された最初の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【冒険者カード】

 

かつて神々が残した奇跡の名残を基に作り出した冒険者の証

未記入の金属板に触れることで己の知りえない情報まで記される得体のしれないもの

 

カードには所有者のステータス等の情報が事細かに記されており

各地の冒険者組合で手数料を払うことで発行できる

 

この素晴らしき世界の住人は便利な証明書としか考えていないが

自己の喪失を恐れる不死にとっては真に貴重な宝である



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2話

あと16日


「これで冒険者カードが作成完了しました。しかしこれは…」

 

 

あなたは冒険者カードの登録を行うために未記入のカードに触れたのだが、

受付のルナはなぜか渋い顔をしている。

カードには己の能力値が記されるということなのだが、

あまり数値が良くなかったのだろうか。

数多の不死と比べれば理力だけはそこそこ高いはずである。

 

 

「う~ん、なぜか普段生成されるカードと色が違うんですよね。こんな現象は初めてでして、少々お待ちいただけますか?」

 

 

本来カードは金に近い色をしているそうだが、違う色で生成されてしまったようだ。

貴方は頷くと、ルナは黒い金属板をもってカウンターの奥へと去っていく。

彼女は間もなく戻ってくると、その顔は笑顔に戻っていた。

 

 

「お待たせいたしました。通常生成されるカードとは色が異なるのですが、機能的には問題ないということですのでこちらをご利用ください。情報複写したものをギルド本部で検証いたしますので、後日修正されたものをお渡しすることになると思います」

 

 

差し出された黒いカードを手に取る。

なぜかすごくリッチになった気分だ。

 

黒い金属の板には白い文字で様々な情報が記されている。

レベル、筋力、生命力、魔力、器用度、敏捷性、知力、幸運

見たことが無い項目がいくつかあるが、凡そどのような能力か予想がつくものばかりだ。

 

 

…だがなぜだろうか、初めて手に取るアイテムなのだがどこか懐かしさを感じる。

 

 

カードは触れるとページをめくるように他の項目を見ることができたりと本当に多様な情報が記載されている。

このちっぽけな一枚の板がまるで大きな本のような情報量である。

これがあれば公爵の書庫も随分小ぢんまりとしたものになるだろう。

 

 

「生成された際にステータスを拝見させていただきましたが、魔力はかなりの数値ですよ」

 

 

カードをふんふんと鼻息荒くいじくりまわしていたあなたにルナは声をかける。

魔力、予想するに記憶力や理力を統括した能力値と思われるが、やはりこの世界で見てもそこそこの高さがあるようで安心する。

他の能力値の度合いも気になったのでどの程度に位置しているのかを聞いてみる。

 

 

「冒険者になりたてと考えてみると他の数値も平均以上です。見たところ初心者というわけではなさそうですが」

 

 

なるほど確かに冒険は初心者ではない。

不死の巡礼者であるあなたほど冒険に慣れている者もいないだろう。

その旅路のいくつかは忘れてしまったが、未知に飛び込むことだってどんとこいである。

 

 

「立派な鎧を身に着けられていたのでてっきり戦士系の能力値が高いものだと思っていたのですが、この能力値でしたらアークウィザードになることも夢じゃないですよ」

 

 

ウィザード

魔法使いだろうか。

 

 

「アークウィザード、上級魔法使いは魔法系職業の最上位に位置しています。すべての魔法を習得することができるということで、この職業を目標にされている方もたくさんいらっしゃいます」

 

 

すべての魔法を習得できる。

素晴らしい響きである。

話を聞くとどうやら冒険者とは何かしらの職業を選択しなくてはいけないとのことなので、あなたは迷うことなく魔法使いの職業を取ることにした。

 

「いいんですか?魔法戦士といったような近接系スキルも習得しやすい職業もありますが…」

 

新たな魔法を覚えることこそが生きがいの一つであるあなたは構わないと伝える。

剣を振れなくなるのではという問題があるが、どうやらそういうわけではないようだ。

この世界ではレベルとスキルポイントによって技や魔法を習得することができ、

自分の職業によって上昇しやすいステータスや習得できる能力が決まるという話のようだ。

 

であれば魔法的な能力が最も上がりやすい魔法使いになる以外あまり魅力は感じられない。

 

 

 

「わかりました。ではカードを」

 

 

少々の時間の後、あなたは魔法使いの冒険者として正式に登録が完了した。

 

 

~~~

 

 

 

「えぇ…ノーカウントだろ」

 

 

かくしてあなたは冒険者となった。

席に戻ると雪かき冒険者がにやにやとした顔で結果を聞いてきたので冒険者カードをどや顔で見せびらかした。

もちろんヘルムで顔は見えない。

どうやら彼らはこの上級騎士の鎧に騙され賭けに負けてしまったようだ。

 

ビッグハットのようなわかりやすい恰好をしてもいいのだが、

貴方は回避に絶対の自信があるわけではない。

何より上級騎士の鎧は見てくれがいいのだ。

 

 

「糞、この詐欺師め…まぁ約束は約束だからな。新人祝いで俺らが奢ってやるよ」

「俺ら祝えるほどベテランってわけじゃないけどな」

 

そうして賭けに一人勝ちしたあなたは彼らが食しているメニューと同じものをごちそうになることになった。

もちろんヘルムは外して食べる。

 

 

 

 

ふと貴方はかつて出会った狂った闇霊を思い出す。

 

彼はヘルムのバイザーを上げることなく緑花草を貪っていた。

一体どのようにして口にしているのかと気が散ったところで、

顔面に糞団子が命中し悪臭のなか命を絶たれたことがあった。

 

緑花草を食べる前にも糞団子を投げていた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 

食欲が失せそうなことを思い浮かべていたが、長い間食欲とは無縁の生活をしていたためその心配はなかった。

それどころか彼らが不貞腐れながら飲み食いしている姿を見ていると、枯れ果てていた食欲がじわじわとわいてきた。

この世界に来てからというもの人間性の回復が著しい。まこと素晴らしいことだ。

 

早速料理に手を付けようとしたところ、先ほど書き残したメッセージが邪魔で食べにくいことこの上ない。

あなたは怒りのままにメッセージを削除した。

 

 

「ほーん、ウィザードって言ってもあんまり頭良さそうな顔じゃないな。どっちかってと戦士顔だな」

「お前のアホ面よりは数倍強そうな顔してるな」

「お前にはまだわからないだろう…流れる星をすら律し命の灯を高らかに輝かすこの面貌を…お前には見えないのか」

「やかましいわこのへちゃむくれ」

「魔剣のなんとかさんほどのイケメンがいない以上この争いは無益だ。ところであんたはこの後どうするんだ?」

 

 

食事は大事

食えば食うほど元気も出るだろう

そんな原初の本能に支配されていたあなたは、その問いかけに少し思い悩む。

 

 

とりあえず思いつくのは冒険者として活動することだ。

話によればモンスターを倒すことで経験値やスキルポイントというものを得て、

新たなスペルを入手することもできるらしい。

 

 

新たなスペル!魔術万歳!

 

 

そのほかには他者からスキルや技を学ぶこともできるらしいのだが、

今のところこの地で言葉を交わしたことがあるのは雪かき冒険者たちと玉ねぎソウル門兵しかいない以上、

他者からスペルを学ぶのは難しいだろう。

 

ビッグハットのような魔法について師事できる人物を探すのもいいが、

とりあえずはモンスターを倒すなりなんなりして冒険者の生業をこなしてみることを伝える。

 

 

「モンスター討伐か~、今は冬だから難しいのしか無いと思うぞ?」

「そもそも依頼数自体が少ないからなぁ。冬眠できなかった一撃熊とか雪精くらいか?」

「前に冬眠中のジャイアントトードを掘り起こしたら、楽に討伐できるんじゃないかとか考えてひどい目に遭ったことがあったな」

 

 

 

どうやらこの地は年中雪に包まれているわけではないようだ。

冬は冬眠する生き物が多く討伐任務には向かない季節で、冒険者も動物と同じで巣籠りするか、彼らのように雑用をこなすものが少数いる程度とのことだ。

そういえば、彼らは何故か巣ごもりの時期に仕事にいそしんでいたようだ。

 

 

「それは…ほら、アクセル特有の…あれだよ…げふんげふん」

「そらもうあれよ」

「世の為人の為、困っている人がいたら放っておくわけにもいかないだろ?」

「そうそう!俺らは世の為人の為、それどころか人に限らず困ってるやつらを見逃せないんだよ」

 

 

なんと彼らも玉ねぎや太陽的な人間性をもっていたようだ。

尊く眩しい彼らの活動理由に敬服し、自分もその輝きにあやかる為彼らにアドバイスを乞うことにした。

貴方は世界を左右するような決断以外はかなりの指示待ち人間である。

 

 

「冬を越せるだけの金を持ってるんなら宿で籠もっているのも手だけども…冒険者になるやつってだいたい金持ってないよな?」

 

 

金などない。

ソウルもない。

金貨の余裕もそれほどない。

 

新たなスペルがあなたを待っている以上、籠るなど論外である。

 

 

「そうだなぁ、腕っぷしには自信ありそうだし討伐が一番いいんだろうけど…ちょっとついてこいよ」

 

 

彼らの一人が立ち上がるとあなたもその後に続く。

向かった先は羊皮紙がたくさん張り付けられた掲示板のような板の前だった。

 

 

「今ある依頼は~っと、冬場はだいたいある雪精討伐、あとやっぱりあった冬眠できなかった一撃熊の討伐、近くの村への輸送護衛とかもあるけど…そうだな」

 

 

羊皮紙にはそれぞれ依頼の内容が記載されているようだ。

 

・雪精討伐 歩合制 討伐数に応じて報酬が決定

・一撃熊討伐 受注後一定期間内での討伐 危険度"高"

・近隣村への護送任務 往復任務の為所要二日

・つるつるですべすべな物品交換 実物確認後応相談

・パーティーメンバー募集 一緒に冒険に出てくれる人、話を聞いてくれるetc.

 

 

 

等々、まばらに張られた羊皮紙には任務の難易度や注意事項が記載されている。

 

どうやらここから依頼を受けて任務をこなすようだ。

 

幾つかの依頼を眺めていると、どうにも雪精討伐という依頼が高い報酬をしているように思える。

記されている雪精の討伐難易度もかなり低いようだ。

 

 

「雪精の討伐?あれはなぁ…いや、でも日銭っていう点なら最高価格だし、来たばかりで金がないなら…注意点を守って欲をかかなきゃそうそう死ぬようなことは無い…か?」

 

うんうんうなっていた雪かきAは無理やり飲み込むように雪精の羊皮紙をはがし、あなたに手渡した。

 

「多分ルナさんからも説明があるだろうけど、一応説明しておくわ」

 

 

曰く雪精討伐は討伐対象の雪精そのものの危険性はほぼ皆無であるとのこと。

 

雪精は冬云々 春がはよくる 望む人が多い

 

だが雪精を取り巻く環境が非常に危険であり、高額依頼でありながら常に張り出されている状態のようだ。

その危険というものがーーー

 

 

「冬将軍、超高額懸賞金がかけられた災厄級のモンスターだ。雪精を倒しすぎると下手人のもとに現れて一刀のもとに成敗する。冬将軍も雪精と同じ精霊らしいけど、その強さは計り知れんとのことだ」

 

 

なるほどとあなたはうなずいた。

要は冬将軍なる強力なモンスターに出会う前に雪精を討伐して帰るということなのだろう。

報酬が高くて楽な仕事だ、気楽にやろう。

 

 

「まぁそうだな。出くわすことなく帰れるならそれに越したことは無いんだが、もし出くわした場合も対処方法はある。冬将軍は寛大だからな、土下座して許しを請えば見逃してくれる…こともあるらしい」

 

 

有情なモンスターだ。

土下座をされても許さないのがかの世界では当たり前のところなのだが、どうやら冬将軍はノーカウントにしてくれるそうだ。

絶好のバックスタブの機会とも思えるのだが、おそらく簡単に倒せる手合いではないのだろう。

貴方はAの忠告に感謝し、依頼を受けることにした。

 

 

「ほんとに気をつけろよ?知り合っちまった以上死なれたら寝覚めが悪いからな」

 

 

貴方はうなずいた。

死にはしないと




【糞団子】

乾いた排泄物。大便
その割れた内は瑞々しい

敵に投げつけ、猛毒を蓄積させるが
自分にも猛毒が蓄積していく

臭いも強く、あまり持ち歩きたくない類だが
かつて生贄の道で出会った狂った闇霊は
糞団子を投げつけたのちに緑花草を口にしていた

狂った闇霊は衛生観念すらも狂っていたようだ


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3話

あと15日


「ご来店ありがとうございましたー」

 

 

ドアベルを鳴らしながらあなたは店の外に出た。

手には液体の入った小ぶりの瓶が一本握られている。

 

名前を爆発ポーションといい、瓶の中の液体が外に出ると小爆発を引き起こすアイテムらしい。

おそらく火炎壺等と同じ使い方をするものなのだろう。

だが壺より小さい分、遠くに正確に投げることができそうだ。

 

購入できてしまったのはいいのだが、ギルドで換金してもらったエリスのほとんどを使ってしまった。

その威力に期待することにしよう。

 

 

=====

 

 

あなたは雪男Aの勧めで雪精討伐を受注することとなった。

ギルド受付のルナにその依頼書を渡したところ、Aと同じ注意事項の説明が行われたのち、

冒険に出る前の準備について説明された。

 

 

危険性の把握についてや地理情報、

雪原や雪山での準備アイテムや、回復アイテムの重要性等

 

可能であればアクセル内の店でしっかり準備を整えるようにとの忠告を受けた為、

貴方は観光気分でアクセルの街を回ってみることにした。

 

 

幾つかの武器屋や道具屋等を回り、初めて見るものばかりで物欲に取りつかれそうになったあなただったが、

結局のところ実用性に定評があるという低位の回復ポーションを1本買うだけに収まった。

 

そもあまりお金が無いのだ。

 

その後特段何か買うつもりはなかったのだが、最後に寄った魔道具店でポーションの話をしたところ、

店主の猛プッシュにより別のポーションを購入してしまった。

 

それがこの爆発ポーションである。

 

回復手段はエスト瓶があるのだから無理に買わなくてはいいのではないだろうかと考えていたところ、

同じポーションという部類で攻撃手段になるアイテムを紹介された次第である。

 

値段はかなりのもののように思えたが、威力は店の壁が吹き飛びなくなるほどだという。

そんなものをダース単位で揃えている店舗があるとは恐ろしい話である。

 

初見でもわかるような珍品が多くみられたようにも見えたあの店は

今後機会があれば又覗いてみるのも良いだろう。

 

 

 

=====

 

 

 

 

あなたは出発の準備を整えた為、一応ギルドに顔を出しその旨を伝えておく。

 

ちなみにあなたは現在ドラン装備一式に上級騎士ヘルムを装備しており、

それなりに温かい恰好をしている。

 

 

「いらっしゃいませ。おや、何か別の確認事項がありましたか?」

 

 

貴方はルナに伝えられた通りしっかりと準備を整えたので今から討伐に向かう旨を伝え、

手に持ったポーションを持ち上げて見せる。

 

 

「あ、これはご報告ありがとうございます。ですがわざわざご連絡いただかなくてもいいんですよ?我々ギルドとしては安心はできますが」

 

 

人から親切を受けるということ自体が珍しかった為、なんとなく報告に立ち寄ってみたが別段不要だったようだ。

貴方はうなずくと礼を言って討伐に向かうことにした。

 

 

「再三で申し訳ございませんが気を付けてくださいね。突然吹雪が強くなると前兆という話もお聞きしますので、早めのご帰還を」

 

 

貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、ギルドの扉を出た。

 

 

=====

 

 

討伐に向かおうというところで、一つ問題が浮上していた。

どうしたものかと考えながら門をくぐる。

 

 

「おう冒険者、気を付けてな…ってもしかしてさっきの鎧のか?ヘルムが無けりゃわからんかったぞ」

 

 

この世界に飛ばされて最初に声をかけてきた門兵だ。

貴方は無事冒険者になれたことと礼を述べる。

 

 

「そうかそうか、無事冒険者になれたか。こんな糞寒い時期に大変だと思うが頑張れよ。…しっかしポーションを裸持ちしてるなんて危ないぞ?」

 

 

まさにそのポーションについて困っていた。

どうにもこのポーション、"ソウルの業による収納"ができないのだ。

 

購入した直後よりわかっていたことではあったのだが、

どうやらこの世界のアイテムはソウルに比重が置かれておらず、

常に物質として持ち歩く必要があるようだ。

 

ソウルの業により常にたくさんの荷物を持ち運んでいたあなたにとって、これは並々ならぬ問題である。

 

現にたった二つのポーションで片手が埋まってしまっている状態である。

 

これは早急にどうにかしなくてはいけない問題なのだが、

今は仕方ないので首の"もこもこ"部分に縛り付けておくことにする。

 

 

「突然頭がおかしくなったのかと思ったぞ。なんというかあまりにもダサい持ち歩き方だな」

 

 

確かにダサい。

まるで邪教の司祭服のようだ。

だが今は仕方ないので、ちゃぷちゃぷと水音をさせながらアクセルを発つのだった。

 

 

「今度から袋要りますっていうんだぞー!」

 

 

 

貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、雪道を歩き出した。

 

 

 

 

=====

 

 

 

「みー」

 

ふわふわとした毛玉のような生き物が、氷が蒸発するような音とともに両断される。

 

あなたは振り下ろした炎のロングソードの手ごたえのなさに思わず首をかしげる。

 

雪道をしばらく歩いた後、雪精がよく出現するという雪原に到着していた。

既に2匹殺しているはずなのだが、何かを切ったような感覚が乏しすぎるのだ。

ソウルを吸収している以上殺しているはずなのだが、どうにも不安を覚えた為冒険者カードを確認してみることにした。

 

 

【雪精  討伐数:2体】

 

 

確かに討伐は完了しているようだ。

 

しかしながら改めて冒険者カードの性能に驚かされる。

あなたは冒険者カードを手に持ったまま、剣を異端の杖に持ち替えるとスペルを発動した。

 

"追う者たち"

 

禁忌とされる闇の魔術

人間性の闇に仮そめの意思を与え放つもの

 

その意思は人への羨望、あるいは愛であり

人々は目標を執拗に追い続ける

その最後が小さな悲劇でしかありえないとしても

 

 

あなたの周りに黒い霞のような、小さな顔のようなナニかが5つ出現する。

その黒い霞は現れると共に、ゆったりと動きだし、空中を這うように何かを求めて飛んでいく。

数秒後、細い断末魔のような声が聞こえたかと思うと雪精と黒い霞はぶつかり対消滅する。

 

 

間もなく冒険者カードは更新され、雪精の討伐数が3体増えていた。

 

 

おぞましき禁術を発動したあなたは空を見上げて息を吐いた。

 

 

 

 

とてつもなく楽だ!!

 

ファランクス相手にハルバードを振り回している爽快さがそこにあった。

 

 

 

かつてこれほどまでに浮遊魔法が猛威を振るったことがあっただろうか。

 

 

いやあった。

そういえばあった。

 

だがこれほどまでに狩りに適していたことは無かった為、

あなたは"追う者たち"を発動させては雪の中を駆け回った。

 

 

 

数多の巡礼を行ったあなたは人間性についてなんとなくわかっているつもりでいる。

悲劇がどうだの冒涜がどうだの高説を垂れてくる白教がいるかもしれないが、そんなしょうもない話は知ったことではない。

 

今はただ冒険者カードの討伐カウンターを回すのが何物にも代えがたく心地よかった。

 

記録が蓄積されていくというのはこれほど楽しいものかと、あなたは追う者たちを発動してはローリングで雪にまみれるのであった。

 

 

 

 

数分後、杖を振っても魔法が発動しなくなる。

魔力が尽きてしまったようで、追う者たちが出現することは無くなっていた。

灰エストも随分飲んでしまい、もうほとんど底が見えている。

 

はしゃぎまわっていたあなたは、"露払い"で雪で真っ白になった体から雪を払う。

まるで"変身"を使ったかの如く雪まみれである。

 

ふと気づくと首のもふもふに括り付けていたポーションの片方がなくなっている。

何処かで落としてしまったようだが、ソウル体ではないアイテムをこの雪原で探すのは途方もない時間を要するだろう。

 

そんなことよりと、

貴方は改めて冒険者カードの討伐数の欄を確認する。

 

【雪精  討伐数:37体】

 

追う者たちの発動回数に対してかなりうち漏らしがあるが、なかなかの結果ではないだろうか。

ロングソードを振り回しているだけではこの短時間でこうも討伐数を稼ぐことはできなかっただろう。

ポーションを一つ失くしてしまったが、雪精の討伐数を考えれば損害は微々たるものである。

 

 

この感覚は初めて行く土地でうまくソウルを稼げた時の感覚に似ている。

 

何を買おうか、何を強化しようか、どの能力を上げようか、こうした高揚感は巡礼の醍醐味でもあった。

 

 

 

だがその感覚の後には総じて喪失への恐怖が襲ってくるものだ。

 

 

 

貴方はルナやAが言っていた冬将軍について思い出す。

雪精を倒しすぎると出現する、途方もなく強いと噂の冬将軍というモンスター

 

 

 

まだ見ぬモンスターについて想像を巡らせていると、

雪原を吹く風が強くなり、雪が降り始めた。

 

 

ーーー吹雪が来るかもしれない。

 

 

 

冬将軍の注意事項として、出現する前兆に吹雪が強くなるというものがあった。

 

かつての巡礼の中でも突風は不吉の前兆であることが多くあった。

 

 

 

失う物が無ければ挑んでもいいのだが、ちょうど魔力が底を尽きた今がいい頃合いだろう。

帰り際に雪精を見つければ狩る程度に抑え、あなたは帰路につくことにした。

 

 

 

魔力が枯渇したまま移動するのはまずいと、灰エストを取り出し一気にあおる。

 

 

 

 

 

顎を上げたところ、何かが首を撫でたような感覚が走った。

 

 

 

 

どういうわけかエストが体に染み渡るような感覚は無く、なぜか目の前にはドランの装備をまとった自分の体がある。

 

 

 

雪を踏む音がすぐ近くから聞こえた気がした。

まるで首級のように頭を持ち上げられたような感覚があった後、あなたは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

ボォーン

【】

 

 

 

 

 

 

 

ボォーン

【アクセル城壁前】

 

 

 

 

 

 

 

一瞬何か深淵のようなものが見えた気がしたが、見覚えのある石壁の近くにあなたは戻ってきた。

 

深淵が見えるとはこれまたおかしな発言なのだが、そういうものなのだから仕方がない。

 

 

篝火にゆったりと腰かけたあなただったが、

その内心はかなり焦っていた。

未知の場所での死はいつもこうだ。

 

 

あなたを殺したのはおそらく件の冬将軍

そうでなくとも姿を確認してはいないが、首を落とされ掴み上げられたということはおそらく刃物を使用する人型であると予測される。

莫大なソウルを失わない為に耐え抜くこと、逃げ切ること主軸を置いた指輪やスペルに付け替えていく。

 

 

アイテム等の確認を行っていたところで、ふと気づいたことがある。

懐にあったなけなしのエリス紙幣と、首元に括り付けていたポーションがなくなっている。

 

それもそうだろう。

あれらはソウルの業によらないただの物質だ。

死ねばその場に残されるのは道理だろう。

 

冷や汗が噴き出す。

この世界で入手したアイテムは軒並みソウル化できない。

そうするとかの宝具である冒険者カードもあの場に落としてきたのではないのだろうか。

あってはならない損失だ。

ギルドで再発行できたかもしれないが、焦り切ったあなたはそこまで頭が回っていないかった。

 

 

 

 

結果としてその心配は杞憂に終わった。

 

貴重品の項目を確認したところ、冒険者カードは紛失することなくソウル化していた。

理由はわからないが素晴らしきことだ。

 

 

一息ついたあなたは最早愛おしいカードを取り出して確認したところで、雷の杭で打たれたかのような衝撃を受ける。

 

 

 

討伐数に変動が無いのだ。

 

それもそのはず、この数値は決してソウルの値ではない。

ただ依頼や本人情報を管理するための情報であり、これ自体は金や力ではなくただの数値である。

 

 

なぜか討伐数=ソウルのような感覚に陥っていたあなたは、安堵と喜びで大の字に倒れる。

股の間の篝火がほのかに暖かい。

 

 

体にゆっくりと雪が積もり始めたところで、あなたはとあることに気が付く。

 

 

 

 

討伐依頼であれば"死んでも報酬が減ることは無い"のでは?

 

 

 

 

依頼を受ける際に説明があったのだが、

討伐依頼は討伐欄の確認によって達成の有無を確認するとのことらしい。

 

場合によっては細かい精査が行われる場合もあるとのことだが、

即座に実害がなくなったことが判明するものや、雪精のような殺傷することで実体が消滅するものは、

冒険者カードによる討伐確認のみにとどまるとのことだ。

 

 

ダークリングの呪いが無いこの世界で蘇ったことを報告するのは不味そうだが、

討伐数まで偽る必要はないだろう。

そもそも偽造はできないとのことだ。

 

ぬか喜びになってはいけないので、

あなたは出発準備を中断し冒険者ギルドに向かうことにした。

 

 

「ーぃ…ぉーい! そこに誰かいるのかー」

 

 

関所から聞き覚えのある声が聞こえる。

 

Hey!

 

貴方はウッキウキで返事をしながら関所へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

ボォーン

【】

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

黒と白を基調としたモノトーンの部屋。

来訪者の気配を感じて部屋に降臨したのは幸運の女神エリスだ。

 

 

「気のせいだったかな?でも一瞬明かりがついたような」

 

 

モンスターによって命を落とした者の魂を導く役目を持つ彼女は、

冬の時期は暇とまでは言わないものの比較的ゆったりと業務にあたっていた。

 

来訪者の気配とはもちろん命を落とした魂の気配だったのだが、

いざ部屋に訪れてみるとその気配は一切なかった。

電気のスイッチを入れてみるが、がらんとした部屋に明かりで照らされた木製の椅子が二つ並んでいるだけだった。

 

 

「疲れてるのでしょうか…はぁ、また時間できたら下界にいってこよ」

 

 

比較的時間があるはずの冬に幻視が見えてしまうとは相当心労が溜まっているのだと女神エリスは溜息を吐く。

しばらくしたら下界に降臨して甘いものでも食べよう…ついでに代えの電球も総務に連絡しておこうと考えながら、

女神エリスは部屋を後にした。

そのしばらくの後、彼女は冬にもかかわらず下界への降臨が難しくなる事態に襲われた。

 

 

 

件の幻視の後、同様の怪奇現象じみた気配が何度も発生することとなったのだ。

 

ひどい時には数分に一回というレベルで光が明滅する事態に陥り、

天界の一部では原因調査の為に配電点検が行われるにまで至った。

 

 

 

懸命な調査の結果、原因は不明

取られた対策として、照明点灯は人感センサーの自働点灯を廃止して、椅子下に置かれた感圧式のセンサーに切り替えられることとなった。

 

だが来訪者の機微をなんとなく感じることがある女神エリスの苦難が止まることは無かった。

ストレスからくる自律神経の乱れで寝不足になったり、死者の魂が「部屋に幽霊がいる」とおびえてしまったりと、

かなりの迷惑を被っていたのだが原因は不明の為頭を抱える他なかった。

 

 

 

ちなみにおびえた魂の話では、

 

モノクロの部屋で突然目が覚めたと思ったら、

"座り込む騎士"のような何かが目の前に現れて瞬きの間に消えて驚かされた。

 

といったようなまるで霊障のような事態が発生していたようだ。

 

 

だがここは既に死後の世界であり、その中でも特に神の力が及んでいる場である。

 

ポルターガイスト等お笑い種なのだが、実際に発生している以上女神エリスにとっては笑いごとではなかった。

 

 

 

しばらくの後、原因の一端を女神エリスは知ることになるのだが、

それは未だ先の話。




低位回復ポーション

【低位回復ポーション】
小瓶に入ったこの液体を飲むことで軽度の傷が回復する。

不死が使用するエスト瓶とは異なる回復手段。
ソウルの業が存在しないこの世界ならではの水薬であり、
軽傷治癒とはいえ飲めば劇的な効果をもたらす。

エストと異なり、味と喉越しは悪い。


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4話

あと11日


「よ、ようこそ…本日も依頼報告ですね」

 

 

貴方は慣れたように冒険者カードを提出する。

その黒い冒険者カードは数日前に作られたものにしては、擦り傷が多く見られる。

 

 

「前回討伐数から6体増えて…累計が72体ですね。報酬は前回同様お預かりということでよろしいでしょうか?」

 

 

貴方はうなずくと冒険者カードを受け取り、踵を返して冒険者ギルドを出ていく。

 

 

「えっと…冬将軍には気を付けてくださいねー…」

 

 

貴方は確かな意思をとり、再び意気揚々と出ていく。

扉をくぐると、雨どいから垂れた雪解け水をヘルムが弾いた。

幾分かマシになった冷たい風が吹き抜け、あなたはそれに続くように街の外へと駆けていった。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

「所長ー!またあのヘンナノが雪精の討伐報告に来ましたよー!春の予算もまだ決まってないしまずくないですかー!」

「またか!?なんで死なないんだあのヘンナノのは!」

 

 

貴方が出て行った後のギルドでドン引きの罵声が響く。

実際は罵声ではないのだが、冬場で暇なはずのギルド職員はここ数日忙しいほどではないものの、

謎の冒険者の登場に頭を悩ませていた。

 

 

雪精

倒せば冬が1日短くなると伝えられている精霊系のモンスター

このモンスターは冬将軍という強力な、絶対的なモンスターに守護されたモンスターであり、

雪精は数体であれば討伐は楽だが常に冬将軍という死がちらつく非常に危険度の高いモンスターである。

 

 

 

小銭欲しさに命を落とす冒険者が毎年いるのだが、

そういった欲を出して深追いした冒険者であっても雪精討伐数は2桁には届かない。

 

だが先ほど提出された冒険者カードの雪精討伐数は72体

冬将軍がいくら寛大であっても十文字切りからの斬首、さらし首は避けられないだろう。

 

そんな常軌を逸した討伐数がありながら、彼の冒険者は何故首がつながっているのか、

というのが冒険者組合でのもっぱらの話題である。

 

 

「ほんとになんで生きてるんでしょうか…素人ではないのはわかっていましたが、冬将軍を避けて雪精を狩り続けることなんて不可能じゃないでしょうか」

「普通に無理だろうなぁ…相手は精霊だし対生物の戦法も効かないものが多い…とてもDOGEZAで許してもらえる範囲じゃない」

「今度報告に来た時に聞いてみましょうか?」

「そうだな。いずれにせよ調査は必要だろうし」

「…それで、予算どうしますか?この調子で狩りを続けられたら春の解禁日に破綻しちゃいますよ?」

「確かに懸賞金がついているモンスターではない以上、本部からの都合も今からじゃ難しいか…」

「幸い報酬の受け取りは後回しにされてますし、事情を説明すれば何とかー」

「それに期待するしかないか」

 

 

季節外れの予算繰りに組合からはいくつかの溜息が漏れる。

 

その音はこれまた季節外れの雪解けの音にかき消えていく。

 

 

 

 

冬の終わりは近い。

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

 

貴方は何度も踏みしめた雪道を走り、ローリングし、目的の雪原にやってきた。

 

既にこの世界に飛ばされてから数日が経過しており、

かつては雪深かった雪原はその嵩を随分と減らしていた。

 

 

 

この積雪量の減少は、ただの季節の移り変わりというわけではなかった。

 

 

貴方がはしゃぎまわって討伐していた雪精というモンスター

このモンスターは説明を受けた通り、冬そのものを司る精霊のようだ。

30体近く討伐した頃には、辺りの積雪は見るからに減少していた上に外気温も僅かに上昇していた。

 

はるか遠くに見える山脈の雪景色が変わっていないところを見ると、

地域的な冬の支配権能を持っているようで、冬の総量から引き算され続けるというわけではなさそうだ。

 

 

 

「みー」

 

 

 

貴方は近くにいた手頃な雪精を切りつける。

何処から発声しているかわからないが情けない鳴き声と共に雪精が消え去る。

 

そろそろ来るだろう。

2体ほど手にかけた貴方は手に持ったカイトシールドに魔法をかける。

 

 

 

途端に穏やかだった景色は一変し、眼前に局所的な吹雪が吹き荒れる。

吹き飛ばされるほどではないにしろ、強烈な突風にあなたは構え踏ん張る。

 

 

「コーホー」

 

 

視界が晴れると、そこには白い巨躯の甲冑があった。

その甲冑は射殺すような青白い目で貴方を捉えるや否や、鞘を捨て去り即座に抜刀する。

 

冬将軍

東洋を思わせる意匠を凝らした鎧のそれは、

 

鎧と同じ真っ白な大太刀を上段に構え、その巨体からは想像もできないほどの速度であなたに接近し、

体躯を崩す前蹴りを放ち、身の丈ほどもあるような大太刀を振り下ろす。

 

 

蹴りを回避した貴方は"何度も見た"躱せない一太刀に、事前に魔法をかけた青白く発光するカイトシールドを構え、その攻撃を正面から受け止める。

 

 

岩が砕けたかのような音と共に、あなたは遥か後方へと吹き飛ばされ、雪煙を巻き上げながら無様に雪原を転がる。

だが既に転がり慣れていたあなたは杖に魔力を通し、雪煙を縫うように魔法を射出する。

 

 

 

 

 

【ソウルの結晶槍】

 

結晶により更なる鋭さを得た「ソウルの槍」

 

貫通するソウルの結晶槍を放つ

 

結晶の古老によれば

かの「ビッグハット」は神の書庫で蒙を啓き

神秘の結晶に魔術の真髄を見出したという

 

 

 

 

 

数々の強大な敵を幾度も屠ってきた、ある種最強の魔法を放ち、

杖を地面に突き刺すようにして勢いを殺す。

 

 

一直線に放たれた結晶槍は瞬く間に冬将軍に到達するーーーーーーが、

あろうことか再び振るわれた大太刀によって拮抗の間もなくあっさりと砕け散る。

結晶の破片がいくつも冬将軍に突き刺さるが、

まるで何事もないかのようにあなたへと歩を進める。

 

けん制で魔力が尽きるまで結晶槍を打ち込むが、

いずれもまるで霞でも払うかのように打ち払われる。

 

貴方は舌打ちした後、魔法盾を掛け直して灰エストを急いであおる。

その一瞬の間に距離を詰める冬将軍に、あなたはギリギリのところで盾受けに成功するも、またも無様に雪上を転がる。

"次"は突きの追撃がある。

何度も経験したその予測は的中し、勢いを殺さぬまま何とか転がる様に移動すると、先ほどまで自分がいたところに大太刀が突き刺さり、切り上げるように刃が振るわれる。

 

 

ふらふらと無様に立ち上がり冬将軍に相対する。

 

 

最悪だ。

とてつもなく強い。

天守での戦いを思い起こさせる強敵だ。

…なんだこの記憶は。

 

 

そのうえ、"どういうわけか"この強敵は"死ぬ前のこちらの動きを学習"しているのだ。

吹き飛ばされた後の魔法攻撃は最初のころは当たっていた。

だが死亡回数が5回を超えたあたりから、信じられないことに魔法を防ぐようになったのだ。

あり得るのか、こんな強敵が…

 

 

当然相手が学習している以上こちらも学習しているのだが、生存時間が遅々として伸びないこの現状に、

貴方は本当に倒せる相手なのかいよいよ疑問に感じていた。

 

 

 

 

 

だが希望が無いというわけではなかった。

 

 

 

 

貴方は走って相手から距離をとり、

大量の魔力を杖に流し込む。

 

 

即座に距離を詰める冬将軍だが、あなたは盾請けも回避も取ることなく一つの魔法を発動する。

 

 

 

 

 

【ソウルの奔流】

 

凄まじいソウルの奔流を放つ

 

ロスリックと大書庫のはじまりにおいて

最初の賢者が伝えたとされる魔術

 

最初の賢者は火継ぎの懐疑者であり

また密かに、王子の師でもあったという

 

 

 

 

 

冬将軍を中心に横薙ぎに放たれたその魔法は、かの闇喰らいを彷彿とさせる光線の軌跡だったが、

その威力はお世辞にも高いものではなかった。

 

ソウルの奔流はその奔流を終始相手にぶつけることで発生する多段ダメージと衝撃を与えるものである為、

横なぎのそれには大したダメージを期待はできない。

 

 

「!!」

 

 

だが俊敏に迫ってきていた冬将軍は、魔法が放たれた瞬間その動きを鈍くする。

 

 

「「みー」」「「「みー」」」「みー」

 

 

放たれた光線は冬将軍の遥か後方を浮遊する雪精を幾匹も薙ぎ払ったのだ。

 

これこそが貴方の狙いである。

 

まさか正々堂々と真正面からの決闘で勝てる相手だとは思っていないうえ、

貴方は己がそこまでの強者とも自惚れていない。

 

 

 

貴方はこれまでの巡礼においても数多の強大な化け物と戦ってきた。

とんでもなく劣悪な環境のもと戦わされたり、

相手にそもそも攻撃が当たらない、意味をなさない等、

あまりに理不尽な相手と何度も戦ってきた。

 

だがそれでもあなたは数多の死の果てに勝利を重ねてきた。

劣悪な環境であればその環境を事前に破壊し、

攻撃が当たらない、通らない相手にはその根源を事前につぶしておく。

 

要は相手の有利な環境をつぶしてしまえばいいのだ。

今回も同じであり、冬将軍は冬の権化であり、冬の力そのものであるといえるだろう。

このまま雪精を倒し続ければ、そう遠くない内に冬は終わりを告げ、

冬将軍は弱体化、ないしは消滅することだろう。

 

そうすればとてつもない賞金と経験値を得ることができる上に、

冬将軍がいなくなれば雪精を狩り放題になる。

貴方は奔流を放つ杖を振り回しながら、いつか訪れる未来に頬を吊り上げる。

 

 

「コーホー」

 

 

小さな風切り音、あなたは腹部に衝撃が走る。

かつて何度も感じた内臓をかき回されたかのような衝撃が走り、杖が手から離れる。

 

 

視線を下げれば腹部に大太刀が突き刺さっており、その刺さった太刀ごとあなたは冬将軍に持ち上げられる。

無造作に振り払われたあなたは、血と色んなものをまき散らしながら雪の上を血で汚しながらゴミクズのように転がる。

 

 

血が出た!

 

 

血が出たどころの話ではなく全身の骨と内臓がつぶれており、ソウルと汚物がだだ漏れしている状態である。

 

大太刀の投擲

これは今までになかった行動だ。

 

体中余すことなく激痛が走っているのだが、心情的には只人が椅子に小指をぶつけた程度に等しいものである。

貴方はその凄惨な見た目ほどの絶望は感じていなかった。

 

勢いが止まったところで、奇跡的に生きているあなたは全身からピューピューと血を吹き出しながらまだ見えている目を冬将軍に向ける。

 

 

血振りをしながらゆっくりとこちらに歩み寄る冬将軍。

 

 

前回、前々回と死因のほとんどが縦か横に真っ二つにされて即死していたので、死が迫ってくるというこの光景は死に慣れているとは言えなかなか恐ろしいものがあった。

 

大人しくダークリングを使おうかと考えていたところ、

冬将軍に変化があったのだ。

 

 

 

膝をついたのだ。

 

 

 

正確には片足の膝より先がなくなっていたのだ。

なくなった片足からは光る雪のような結晶が漏れ出し、徐々にその消失範囲を広げていた。

 

 

 

冬将軍は憎々し気にあなたを見ると、虚空を太刀で薙ぐ。

突如すさまじい吹雪が発生し、あなたの視界を塞ぐ。

 

最早動くこともままならないあなたは吹雪にされるがままに晒されながら、

不可思議な感覚に襲われていた。

 

吹雪で真っ白に覆われていた視界が雪の白さとは別に、

光のような白さに包まれ、思わず目を細める。

 

 

 

数秒後、光が解けると、

赤黒く染まりつつあるあなたの視界に色が戻ってきた。

 

 

 

辺りを覆っていた雪は一切見当たらず、

短い芝がかさかさとヘルムを撫で、一陣の風がその青い匂いを運ぶ。

芝の生えた平原の所々がえぐれ、土が露出しているところを見ると、

ここは激闘が繰り広げられていたかつての雪原で間違いないのだろう。

 

 

 

冬が終わったのだ。

 

 

 

まさかこれほどまでに劇的に季節が変わってしまうとは思いもしなかった。

視界の端々に映るすがすがしい春の気配に、深く息を吸う。

血反吐が出た。

 

ダークリングで自害する前に、

この春を招いた目的を確認するべく、なぜか千切れていない腕にカードを出現させる。

腕は全く動かないので、かろうじて動く首を動かしカードの方へと視線を向けようとする。

 

 

ヘルムが動くたびに草が擦れる音と、ミシミシ、ピシピシといったような、ガラスに亀裂が入るような音が聞こえる。

はて、耳も壊れてしまったのだろうか、それとも筋肉か神経が切れる音だろうか。

 

 

パキッ

 

 

ついには完全に何かが割れる音が聞こえた。

 

 

 

その瞬間、真下から発生した爆発と共にあなたは空中高くへと放り投げられ、

首と意識は遥か彼方へと吹き飛んでいった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

ボォーン

【】

 

「ーッ!!」

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

ボォーン

【アクセル城壁前】

 

 

何か悲鳴じみた絶叫が聞こえた気がしたが、

辺りを見渡しても別段驚いている人は見当たらない。

 

篝火に戻ってきたあなたはいつものように座り込み、

先ほど首が吹き飛び確認できなかった冒険者カードを確認する。

 

 

【雪精  討伐数:79体】

 

 

討伐欄には冬将軍の項目は増えていなかった。

貴方は態々立ち上がった後、再度膝をついてへたり込んだ。

 

 

 

 

 

あぁ、心が折れそうだ。

 

 

 

 

 

 

【爆発ポーション】

 

爆発することで敵にダメージを与える投擲武器。

小瓶に入ったこの液体が外気に触れることで爆発を引き起こす。

 

この薬液の発祥は回復ポーションにある。

謂わば失敗作である。

 

だがその爆発に魅入られた一部の錬金術師が

体系化させた異端のポーション。

 

取り扱いの難しさから、冒険者からは敬遠されているが、

その威力は高く、あらゆる耐性を持つ敵に通用する。

 

味も悪くない。




ランキング入りました。
ありがとうございます。
エルデンリング出たら更新止まるのであんまり期待しないでね。


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5話

雪時々クレイドル03


2月

多くにとって突然にそれは起こった。正体不明の暖気と屋根から落ちる雪の同時襲撃。

その殆どは成功し、住民たちの多くはまだまだ続くと思われていた冬の装いを大きく揺るがされることとなった。

そして、冒険者ギルドよりごく短い声明が発される。

 

「皆さーん!春の依頼が来てますよー!」

 

それはアクセルに住む多くの素寒貧冒険者への、明確な福音であった。

 

 

冒険者たちは安全な冬籠りを放り出し、

季節外れの依頼に群がるのであった。

 

 

 

 

そんな賑わいを見せるギルドの中、

上質な全身鎧を身にまとった一人の不死だけが、

"う~ん…う~ん?"と羽ペンを持ちながら静かなる戦いを繰り広げていた。

 

 

「ようお前さん見ない顔だな!新人冒険者…ってわけじゃなさそうだが、何書いてんだ?」

 

 

するとどこから現れたのか、筋骨隆々のモヒカン男がジョッキ片手に話しかけてきた。

グレートアクスが似合いそうな男だ。

 

あなたはギルドからの依頼で雪精の討伐方法についての報告書を書いていることを伝えた。

現在あなたはギルド酒場の端のテーブルにつき、未記入の書類と睨みあいを続けているところだ。

 

 

「雪精の討伐方法?随分今更なことを書いてるんだな。もしかして雪精相手に物損でも出したのか?

 もしそうだとしたら気張りすぎだぜルーキー」

 

 

確かに地形破壊という物損は出した…が、それについての報告ではない。

 

あなたが首を振ると男はほどなく興味を失くしたのか、「ま、頑張れよ」と言い残して他の席に混ざっていった。

 

 

 

貴方が冬将軍との最後の激闘?を繰り広げた翌日、

いつものようにギルドに訪れてみたところ、職員のルナより指名依頼という形で報告書の提出を求められた。

 

報酬の良し悪しはわからなかったが、ギルドに対しての貢献度はかなり上がるとのことで、何と無しにうなずいてしまった。

本来依頼達成時にどのようにして遂行したのかを口頭にて報告するものなのだが、

今回の依頼は難易度が非常に高いにも関わらず、数日間に渡って連続達成されたという前代未聞の達成報告であった為に、

詳細の報告を文面にて求められている次第である。

 

 

 

 

 

ギルドとしては命を落とす冒険者を減らすことを目的としていたようだが、

はっきり言ってあなたの報告が役に立つことは無いだろう。

 

何せこの世界の住人は"1度しか蘇ることができない。"

それも他者から蘇生魔法をかけてもらい、100%成功するかわからない復活方法だという。

 

その摂理を聞いたあなたは、"世界はそうあるべきだ"としきりに頷いたものだ。

残念ながらこの法則は貴方には当てはまらず、依然として不死のままであった。

 

 

で、あればあなたが行った不死の戦いを真似できるものはおらず、同じ方法で雪精の討伐数を稼ぐことはできない。

ギルドに貢献できないのは仕方がないことなのだが、そのレポートの書き方にあなたは非常に困っていた。

 

 

この世界にはダークリングの呪いが存在しない。

己の不死性について記載すれば間違いなく討伐や迫害の対象になるだろう。

 

 

その結果、自分が何度も死んだことを隠して報告しなくてはいけないのだが、

そうすると途端に現実味が無い報告になってしまう。

 

 

 

 

とりあえず自身が使った魔法と装備について、

雪精・冬・冬将軍の能力的つながり、

そして戦いや立ち回りについては"体力や魔力が尽きたらアクセルに戻った"と記載しておくことにした。

 

 

中々うまく書けたのではないだろうか?

 

 

どのようにして帰ったのか聞かれれば、帰還の骨片を使ったことにしてもいいしこの世界には転移の魔法もあるという。

そういった適当なごまかしで上手く勘違いしてくれればよいのだが。

そのあたりは聞かれた時に改めて考えるとして、あなたは数枚の羊皮紙を持って受付へと向かうことにした。

 

 

「ーーーあ、報告書の提出ですね」

 

 

あなたは頷き数枚の羊皮紙を手渡した。

 

 

「はい確かに。報酬は内容確認後お支払いいたしますので、後日ご連絡いたしますね」

 

 

貴方は再度頷いた後、冒険者カードを確認する。

どうやらこの依頼まだ達成されていないようで、あなたの冒険者カードは未だ雪精駆除屋のままであった。

 

「そういえば、先ほどあなたの冒険者カードについてなのですが本部に確認が取れました。どうやらカード生成に異常は無いとのことです」

 

黒い冒険者カードをなんとなく持ち上げて眺める。

やはりリッチな気分だ。

異常が無いのであれば色は気になるところではない。

事実討伐欄の更新や依頼達成については問題なく動作している。

 

 

「イレギュラーですので今回は無料で再発行もできますがどうしますか?色が正常になる保証はありませんが…」

 

 

あなたはその提案を断ることにした。

人と違う物を持っているというのは希少性があって気分がいい。特別なのはいいことだ。

それにおそらく情報は引き継がれるのだろうが、一度手にした宝を一瞬でも手放すというのはあまり気分がいいものではない。

 

 

「わかりました。何か不都合が起きましたらいつでもご相談ください。今日はこれから依頼受注ですか?」

 

 

貴方は依頼ボードに目を向けた。

先日まで伽藍としていたボード前には数人の冒険者がたむろしている。

おそらく春になったことで依頼が増えたのだろう。

数秒考えた後にあなたは首を振った。

 

 

幸いにして金はあるのだ。

今度は依頼を出す側になってみよう。

 

 

「あなたが依頼を出すんですか?」

 

 

不思議そうにするルナに貴方は頷き依頼内容を告げた。

ルナがなるほどと頷いた後、報酬や条件についての相談を2、3行った。

特にケチがつくこともなく依頼は受領され、掲示板に依頼書が一つ追加されるのだった。

 

 

 

=====

 

 

 

 

「ファイヤーボール!」

 

 

杖の先端から射出された火の玉が丸太に命中して小さな爆発を起こす。

生木の丸太は吹き飛ぶように倒れ、しばらく表面が燃えた後に自然鎮火した。

 

 

「ふふん!どうでしょうか!これが私が初めて覚えた魔法です!」

 

 

杖を掲げて得意げに言う少女に貴方はパチパチと拍手を送る。

少女は冒険者であり、魔女らしくローブと杖を装備したそれらしい恰好をしている。

貴方と少女のすぐ近くには、少女のパーティーメンバーであろう数人の男女が所在なさげにたむろしており、

貴方と同様に乾いた拍手を送っている。

 

 

 

アクセル外壁のすぐ近く

入口から少し離れた芝の生えていない場所で、あなたは依頼である新魔法の教示を受けていた。

 

貴方が冒険者ギルドに出した依頼内容は取得外魔法の教示というざっくりとした内容のものである。

新魔法一つにつき最低5万エリスとし、一定取得難易度以上で報酬上昇というもので、

その他の細かい内容はギルドに一任している状態である。

 

ミッションを説明しましょう。

…なんだ今の幻聴は。

 

 

条件が良かったのか、依頼翌日の掲載からそれほど日を跨ぐこともなく受注者が現れた次第である。

 

 

魔法を放っている少女の他にたむろしている男女が数名いるが、彼らは少女のパーティーメンバーで付き添いで来ているという。

故も知らない不死への対応としては特におかしなこともない。

門兵が近くにいてまさか集団で襲い掛かってくるということもないはずだ。

 

 

「どうですか?取得可能になりましたか?」

 

 

貴方は冒険者カードを取り出し、取得可能魔法の項目を確認する。

取得可能欄にはファイヤーボールの魔法が追加されており、

所有しているスキルポイントで取得することができるようだ。

貴方は冒険者カードを見せて問題ないことを伝えた。

 

 

「おめでとうございます。ではこれで1回分完了ってことで…いいんですか?正直かなり破格の依頼だと思うんですが…」

 

 

まったくもって問題ない。

前の世界では1つのスペルを手に入れるのに数多の屍と冒涜、人間性を捧げ、

その果てにゴミのようなスペルを覚える等ザラにあったものだ。

 

 

その点この世界の習得方法は素晴らしい。

ソウルのように蓄積したポイントを消費して、詳しく見た魔法であれば簡単に習得できるというのだ。

加えて魔法への造詣を深めれば自ら魔法を開発したり、突然知らない魔法を覚えることもあるというではないか。

 

この土地にやってきて最も楽しみにしていたこと

それは新たなスペルの習得だ。

 

 

ーーー解呪は使命なので楽しみとはまた少し違う。

 

 

最初は難敵を打ち倒す為に習得していた魔法だったが、

今ではもはや生涯をかけた趣味となっている。

 

使える魔法を増やすこと。

その収集癖は貴方を貴方たらしめ亡者化を防いでいる欲望の一つだ。

 

 

別段ソウルの何たるかを極めたいとか、魔法の深淵を覗きたい等という大それたものではない。

研究そのものも楽しいが、ただ使える手札を増やしたいという癖なのだ。

 

 

満ち足りた気持ちに人間性を感じたところで、

貴方は逆に報酬は最低限の額となるが問題ないかと問いかけた。

 

 

 

「いえ、魔法一回で5万エリスも貰えるのであればこちらとしてもありがたいので…では次の魔法をお見せしましょうか?」

 

 

 

貴方は少し待ってほしいと伝え、冒険者カードを操作した。

 

異端の杖を取り出し少女の少し前に出ると、

表面が焼け焦げた丸太に向かってファイヤーボールを唱える。

 

すると杖の先端から火球が射出され、

丸太から少しズレた位置に着弾、爆発を起こす。

 

投射型の魔法で重力が働くタイプのスペルのようだ。

 

魔法触媒から発動できる呪術のような火球、

有用性はかなり高そうである。

 

 

「おぉー!すごいですね!私より威力も高そうで…あなた騎士っぽいですしちょっとへこみますね」

 

 

少女の賞賛に対して"連盟の誓い"で杖を掲げる。

何だこのジェスチャーは。

 

どうやらこの魔法は問題なく発動できているようだ。

それに当然といえば当然だが魔法触媒を使っている為理力による補正がかかっているようだ。

 

火に魅入られた大沼共が文句を垂れそうな事象だが、理力重視の貴方にとっては大変喜ばしいことである。

稀に取り出すことがあった呪術の火の出番がさらになくなりそうだが、そもそも取り出さなくて済むのであればそれが一番だ。

 

貴方は早速次の魔法を使うよう促し、その場をぐるぐると周り始める。

 

 

「うわ、そんなにぐるぐる回ると目が回りますよ?」

 

 

どうやらこの世界では待ち時間にその場を回転したり、ローリングしたりしないようだ。

一体彼らはエレベーターの待ち時間をどのようにして過ごしているのだろうと考えながら、

新たなスペルに心を弾ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

【ファイヤーボール】

呪術とは異なる魔術の火

 

火球を投射し小さな爆発を引き起こす

 

かつての神の時代

魔術による火は確かに存在していた

 

だが廃都に巣食うデーモンを最後に

その業は失われた

 

この魔術はソウルに由らない

不死にとっては魔術ですらない得体の知れない業である

 

 



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6話

バレンタインは九郎様のおはぎでした。
旨う、ございました。


「また新しい魔法覚えたらよろしくお願いしますねー!」

「ありがとなー御大尽魔法騎士さんよー!」

 

 

手を振る冒険者の一団にあなたも振り返す。

 

アクセルに戻る彼らを見送った後、あなたは篝火まで戻り腰を据える。

 

たちまち火の粉が舞い上がり、何処とも知れぬ郷愁が押し寄せる。

このような異界であっても帰るべき場所があるというのは良いものだ。

 

 

 

貴方は懐かしい熱に焦がされながら新たな魔法について考える。

 

 

この世界の魔法は使用スペルとしてセットする必要が無い。

記憶力によるセット上限が存在せず、魔力さえあれば習得した瞬間からどれほどの種類であろうとも発動できる。

 

おまけにこの魔法はソウルの業によらない別の法則で発動している現象である。

にもかかわらずソウルによって編まれた魔力を燃料として業が発動している。

 

 

貴方は面白いことを思いつき、異端の杖を取り出し立ち上がる。

 

 

先ほど習得したファイアーボールを唱えると、杖先に火球が生成される。

魔術触媒である杖で呪術を発動しているような奇妙な様だ。

だが何故か懐かしいような気もする。

 

 

このまま射出すれば先ほどまで的にしていた丸太は最早消し炭以下になるだろう。

 

 

 

だがファイアーボールを発射する前に、左手に"魔術師の杖"を取り出す。

 

 

 

【魔術師の杖】

 

魔術の触媒となる杖

竜の学院ヴィンハイムで魔術師に与えられるもの

 

魔術を使用するためには、杖を装備し

篝火で魔術を記憶しておく必要がある

 

 

 

 

極普通な魔術師の杖を掲げ、

極普通なスペルである"ソウルの矢"を唱える。

 

 

 

【ソウルの矢】

 

基礎的な魔術

ソウルの矢を放つ

 

ソウルの矢は魔法属性の攻撃力を持つため

鉄の鎧や硬いウロコなど

物理属性に強い対象にも有効となる

 

 

 

 

 

普段なかなかすることのない並行思考にわずかな頭痛を覚えながらもスペルが発動し、杖に青白い光が集まる。

 

 

両手の杖を上方に掲げた不格好な構えのまま、発射の念を送る。

ソウルの矢とファイアーボールがそれぞれの杖から発射され、

かつて丸太だったものに着弾してソウルと炎が混じった小さな爆発を起こす。

 

 

的の丸太は木っ端みじんになった。

きっちりスペル二回分の魔力が消費され、微かな疲れと先ほどより強い頭痛が押し寄せる。

 

 

 

これは面白い業だ。

 

この世界のスペルはソウルの業との併用が可能なようだ。

スペルの発動燃料である魔力はソウルから練った同じ魔力を使用しているが、

ファイヤーボールはソウルの業を意識する必要はなく、ソウルの矢の発動に干渉しないといったところだろう。

 

白枝と変身の関係に似ている。

白枝を使えばだれでも変身を使うことはできるが、変身はその発動におけるソウルの操作が必要だ。

前者がファイヤーボールで、後者がソウルの矢だ。

 

その性質の研究を行えばソウルに由来するスペルであっても集中力を必要としない方法を編み出せるかもしれない。

 

差し当たってはこの不格好な構えはどうにかする必要があるが、戦術の幅がかなりものすごく広がることは間違いなく、

貴方はエイエイオーで喜びをまき散らす。

 

 

 

 

突き上げた手から杖が零れ落ちる。

手に力が入らない。

 

 

 

その直後頭が破裂しそうなほどの強烈な頭痛に襲われる。

とっさに頭を押さえようとするが、兜に阻まれ耳障りな金属音がなる。

 

兜を取り外そうとするがうまく手が動かない。

 

ついには血涙が兜の隙間から流れ出し、視界が真っ赤に染まっていく。

 

 

三半規管が壊れたのかまともに立っていられないあなたは、

もう一方の杖すらも手放し地面に倒れ伏す。

 

 

 

 

血と吐しゃ物にまみれた兜で必死に篝火を捉えた貴方は、

この苦痛から解放されたい一心で、蛆人よりもはるかに遅い速度で篝火に向けて這い進む。

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

「爆裂魔法が使えるアークウィザード?!それはすげぇ!」

「ふふん!そうでしょうそうでしょう!」

「アクセルじゃ魔法使い自体少ないはずなのに最近はどうしちまったんだ?」

 

 

アクセルの冒険者ギルド

この時期にしては随分と早く活気を取り戻している酒場で、

数日前まで雪かきにいそしんでいた冒険者のリーダーと、

自分の身長程もある杖を携えた魔法使い然とした姿の少女が机を挟んで話し合っている。

 

 

 

「おや?私以外にもアークウィザードが?…もしや赤い瞳をしたちょろそうな奴では?」

「いや、全身鎧の騎士みたいなやつだよ。さすがに君みたいにアークウィザードってわけじゃなかったんだが…今日も見かけはしたんだが、さっさと出て行っちまった」

「全身鎧のウィザードですか。なかなかロマンのありそうな人ですね。まぁそんなウィザードより私の方が遥かに優秀でしょうけどね!!私という切り札があればどれほど強大な敵であろうと一瞬で爆ーーー

「ところで爆裂魔法以外には他にはどんな魔法が使えるんだ?」

ーーー殺でき…」

「…?」

 

 

 

 

 

アクセルの冒険者ギルド

そのギルド内で一人の少女が高々に杖を掲げた姿で目を泳がせている。

 

相対していたパーティーリーダーの青年は、先程の賞賛とは打って変わってその反応に訝しむ。

 

 

「なぁ君、良かったら冒険者カードを見せてくれないか?」

「いえ…その…ちょっとカードの調子が悪くて…」

「調子が悪い!?」

「昨日カレーをこぼしてしまいまして、それはもうカレー塗れでひどい有様です」

「いや拭けよ!…まぁいいや、この際カレー塗れでもいいから見せてくれるかい?」

「ぐっ…どうぞ」

 

 

ビッグハットで目元を隠した少女は取り出した冒険者カードを雪リーダーに手渡す。

 

 

「なんだやっぱり別にカレーなんて付いてないじゃないか。いやめっちゃカレーの匂いするわ!」

「ほらこれで疑いは晴れましたね!じゃあカード返してください」

「いやカレーについて疑っていたわけじゃないから!」

「じゃあいったい何について疑っていたんですか!!」

「ちょっと待ってよ…あった、やっぱりそうだ」

 

 

雪リーダーは冒険者カードの項目を確認すると、その項目を少女に見せつける。

 

 

「習得魔法欄に爆裂魔法しかない…」

「それがどうしたんですか!最強の魔法である爆裂魔法を覚えていることに何の不満があるんですか!」

 

 

雪リーダーから冒険者カードをひったくろうとした少女だったが

上に掲げられたカードには身長が届かない。

 

 

「いやまぁ爆裂魔法を取得していることは別にいいんだ。…ほかの魔法は?」

「爆裂魔法があればそんな有象無象の魔法なんて必要ありません」

「おいやべぇよこいつ!」

「やべぇとはなんだやべぇとは!喧嘩なら買いますよ!?」

 

 

思わず手放されたカードはテーブルに落下する前に少女がキャッチする。

ガルルと聞こえそうな威嚇の気配を出しているが、いかんせん威圧するには身長が足りていない。

 

 

「ダンジョンとか森とか、場合によっちゃもっとあるが依頼でそういうところに行くわけだが、その時はどうするんだ?」

「ふんっ、必殺の爆裂魔法なんですから丸ごと消し飛ばしてあげますよ」

「…悪いが恒常でうちのパーティーには入れられないな…そもそも俺らあんまり強いモンスター討伐に行かないし、他に合うパーティーがあると思うわ」

「ぐぬぬ…確かに私を使いこなすにはもっと別のパーティーの方がいいかもしれませんね…ですがきっと後悔しますよ!?」

 

 

「はいはい」といった具合にリーダーの男は席を離れる。

もう相手にされていない以上飛び掛かっても問題にしかならず、

魔法使いの少女"めぐみん"は恨めしそうな目でその背を追うしかなかった。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

「まぁ?別に?5回パーティー加入を断られた程度ですし?寧ろ惜しいことをしたのは向こうな訳ですし?」

 

 

しかし5回である。

5回も先ほどのようなやり取りをしていれば流石にギルド内にいる人間に覚えられ始めるというものだ。

現に辺りを見渡すと慌てて目をそらすような輩が見受けられる次第である。

 

最初はアークウィザードの自分であれば簡単にパーティーに入れると考えていたのだが、

どうにも彼らは爆裂魔法のみしか使えないことが気に入らないらしい。

なんともふざけた話だ。

 

流石に5連続で断られていると自信家であれども多少はしょぼくれてくるものだ。

 

 

 

「癪ですがアプローチを変えてみますか…既存パーティーは難しそうですし、今ギルドにいる人もおそらく無理でしょう」

 

 

 

既に形成されているコミュニティへの参加はどの分野でも双方抵抗があるものだ。

今ギルドにいない人間をパーティーメンバーにしようと考え受付へと向かう。

 

 

「いかがされましたか?」

「えっと、依頼関係じゃないんですがお聞きしたいことが」

 

 

腫れ物に触るかのような気配を感じて少しムッとするがそれも当然だろう。

職員はこれまでのやり取りを凡そ把握しているだろうし、なんだったらさっきのやり取りも丸っと聞かれていただろう。

だからと言って委縮するのはもっと恥をかくので図太く質問する。

 

 

「今ギルドにいないソロの冒険者っていますか?できれば冒険者になりたての」

「いるにはいますが…パーティーの希望ですか?」

「えぇ、まぁ」

「住まいや宿泊場所についてはお教えできませんが今都合がつきそうな方であれば、ご紹介できないことも…」

「え?聞いておいてなんですけど、こういうことって教えてしまってもいいんですか?」

「冒険者ギルドと致しましてもパーティーを組んでいただくことは推奨しておりますので、あなたがスカウト主であるということであれば吝かではありません」

「スカウト…なるほど」

 

 

目から鱗とまでは言わないが、今までになかった考えだった。

これまではあくまで入れてもらうという考えしかなかったが、こちら側からスカウトするというのであれば、

以前よりもアークウィザードの肩書が活かせるかもしれないというものだ。

 

 

「今すぐにということであれば、あー、一人いらっしゃいますね」

「どんな人ですか?」

「数日前に登録されたウィザードの方でーーーーー

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

「ここがそのウィザードがいるハウスですか」

 

 

もちろんハウスではない。

アクセルの壁がそびえるだけで本当に何もない外区画である。

 

ギルドで紹介された全身鎧のウィザード

通称魔法騎士はこの近くで魔法指南の依頼を出しているとのことである。

 

なんでも魔法を一つ見せるだけで数万エリスを報酬として出すという破格の依頼を出している、かなり変わった人物のようだ。

未だパーティーを組んでいる様子もなく、ソロで活動しているとのことで依頼がてら紹介してもらった次第である。

 

「魔法一つに数万エリス出すなんて、きっと金持ちのボンボンでしょうね」

 

 

せっかくなので彼女も依頼を受けてやってきたのだが、まだ見ぬ魔法騎士の印象が少し下がる。

 

きっとピカピカの鎧を身にまとい、安全を確保した上で遠くから安全に魔法でモンスターをしとめる…

そんな甘い考えで冒険者になった貴族やら豪商の子供とかそんな具合の人物なのだろう。

本来はパーティーへのスカウトが目的であったが、今やただの依頼主程度にしか考えられない人物像であった。

 

 

「せっかくですし爆裂魔法で鎧を煤だらけにしてやりま…んん?」

 

 

魔法を見せるといっても見せ方は自由だ、と考えを巡らせていた少女の目に見すぼらしい鎧姿が写る。

倒れていた。

消え掛けのような小さな篝火に手を伸ばして倒れている鎧のそれは、どう見てもただ寝ているだけという様子ではなさそうだ。

 

 

「…金持ちのボンボンには見えませんね。そこの人―!大丈夫ですかー!」

 

 

推定依頼人をそのまま放置するわけにもいかず、小走りに鎧に近づく。

 

 

「高額報酬なんですから行き倒れとは考えづらいですがーーー

 

                ーーーッ!!!!????」

 

 

鎧姿の推定依頼人の元迄やってきたところでとんでもないものを目撃してしまう。

 

こちら側を見ていないそのヘルムからは、赤黒い血が流れ出しており、

そのすぐ下には小さくはない血だまりを作りだしていた。

 

今まで死体を見ることなど無かったが確信できた。

確実に死んでいる。

 

 

「ギョァァァーーーーーー!!!    

ガード!!ガード!!そこで人が死んでいます!!やばいです!!助けてください!!」

 

 

絶叫を上げながら門兵の方へと踵を返す。

私の初めて受けた記念すべきクエストは、

死体の発見というとんでもないイベントに塗りつぶされてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【紅魔の大帽子】

 

魔術師然とした顔を覆うほどの巨大な帽子

紅魔族の少女により特別な飾りが施されているが

特別な魔力は込められていない

 

魔術師たちは好んでビッグハットを被る

だが今やその意味は失われている

 



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7話

あと7日


「あの人です」

「あいつがなんだって?」

「あの人が死んでいました」

「…生きてるな」

「…生きてますね」

 

 

篝火から立ち上がった数秒後

ビッグハットを被った少女と、件の門兵が貴方のもとへとやってきた。

何やら貴方が死んでいるか生きているかでもめているようだ。

何をもって生きているのか、難しい問題である。

 

 

「そこの!えぇっと、魔法騎士!あなたさっきここで倒れていましたよね!?」

 

 

ビシッと指を突き立てた少女

魔術師のような恰好をしているが、なんとなくソレっぽくない少女だ。

 

そんな少女の問いにあなたは頷く。

どうやら彼女は先ほどの醜態を目撃してしまったようだ。

しかし不死であることがバレるのはまずいので、それとなく嘘をつく。

 

 

「えぇ…魔法の使い過ぎで鼻血って、魔術師って魔法使いすぎるとそんなことになるのか?」

「私も魔力の枯渇で倒れたことは何度もありますが、鼻血で貧血を起こすほどに搾り取ったことは無いですね。

 というか貴方魔力どころか生命力まで犠牲にしてるんじゃないですか?」

「魔術師怖っ」

 

 

魔術師怖っ

この少女の話だと魔力を使い切ると倒れるらしい。

確かに魔力を使うと気だるさのようなものはあるが、動けなくなるようなことは無い。

そんな体構造では巡礼でスペルを使う者などないだろう。

もしかしたら不死だから動けているだけで、本来そういうものなのかもしれない。

 

 

 

 

今回貴方を襲った事象は実際よくわかっていない。

 

魔法を行使した直後に訪れた、強烈な頭痛。

意識が飛んでしまっていた為どうなったかわからないが、

もしかしたら脳が爆発したりしていたのかもしれない。

 

記憶している限りでは発狂に近い感覚だったような、

脳喰いに脳を吸われて、また戻されたような、

そのような今までに味わったことが無い恐ろしい感覚であったのは間違いなかった。

…なんだこの記憶は。

 

この死因については要検証が必要だろう。

人目につかない篝火があればいいのだが…

 

 

 

 

「まぁ流血沙汰はあったが無事ってことでいいんだな?」

「うーん…あれは間違いなく死んでいると思ったんですが」

「あんまり死んでるって言ってやるものじゃないぞ?ほら見てみろ、なんか飛び跳ねてるじゃないか」

 

 

"跳ねる歓喜"で控えめに元気をアピールしたところ、

「元気そうだから門に戻るわ」と、門兵はあっさりと帰っていった。

 

流血沙汰はもちろんのこと、脳液沙汰だったのだがうまく誤魔化せたようだ。

 

 

「貴方本当に生きてますか?実は幽霊だったりしませんよね」

 

 

無論霊体ではない。

透けていないことを証明する為に兜を脱いだりグルリと体を回してみるが、

少女は未だ唇を尖らせて不満そうにしている。

 

…ところで彼女は何か用があるのだろうか。

装いからして依頼を受けてここに来たというのが妥当なところだろうか。

 

 

「う~ん、妬みから生まれた幻だったんでしょうか?」

 

 

だがしばらく訝しむような視線を向けた後、意を決したように貴方に向き直り帽子のつばに触れて指をさす。

 

 

 

「我が名はめぐみん!!アークウィザードを生業とし最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!あまりの強大さ故に世界に疎まれし"禁断の力"を汝も欲するか!」

 

 

ローブを翻し、少女"めぐみん"はジェスチャーには存在しないような奇抜なポーズを取る。

御霊降ろしに似ている気もする。

…なんだこの記憶は。

 

 

貴方は頷く。

禁断の力は果たして5万エリスで足りるのだろうか。

 

 

「フフフッ…では10万でお願いします。ーーーならば我と共に究極の"深淵を覗く"覚悟をせよ!人が深淵を覗く時、深淵もまた人を覗いているのだ!」

 

 

未だ謎のポーズと謎の風にローブをはためかせているめぐみんに、

貴方は感傷たっぷりに杖を持ち上げ"剣の誓い"のジェスチャーをとる。

 

かの英雄アルトリウスですら屈した"闇"を操る少女だ。

礼を失せない方が賢明だろう。

 

 

 

 

ジェスチャー【紅魔族のポーズ】を入手しました。

 

 

 

 

彼女はどうやら"闇術使い"のようだ。

それも"深淵"に対しての知見も有している暗く深い術者と見て間違いないだろう。

彼女の言葉から考えてみると、マヌスのような存在と対峙したことすらあるのかもしれない。

そのうえで正気を保っている彼女は、善悪は別として間違いなく強者と言える存在であろう。

 

 

「あなた…もしや過去に紅魔族に会ったことが?いえ、無粋でしたねーーー

ーーー故も知らない騎士よ!我が力は強大!ここで放てば街に被害が出るので場所を変えるとしましょう!!」

 

 

街に被害が及ぶほどの大規模スペル。

かの闇喰らいが使うような術なのかもしれない。

そのような術の使い手がこんな平和な街にいるとは末恐ろしい話である。

 

貴方はいい場所を知っていると伝え、期待にソウルを弾ませながらローリングするのであった。

 

 

「うわっ、何やってるんですか気持ち悪いですね」

 

 

ローリングによる感情表現は控えた方がいいのかもしれない。

やはりうら若い少女に気色悪がられるのは人間性がすり減る。

全裸木目等使おうものなら、あなたはモンスターとして討伐されていたであろう。

 

 

「さっきのいい感じのやり取りが台無しじゃないですか。

 まぁいいです。ところで先ほどの10万エリスもらえるっていうのは本当ですか?」

 

 

もちろんである。

街を破壊する規模の闇術を見れるというのであれば、いくら払ってもまだ足りないだろう。

貴方は魔法の次第によっては更に色を付けることを約束した。

 

 

「ふふん言いましたね!私の爆裂魔法に財布が吹き飛ばされないことを祈ることです!!」

 

 

爆裂魔法…いったいどれほどの闇術なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

ボォーン

【雪原跡地】

 

 

かつて冬将軍と激闘?が繰り広げられた雪原

今や積雪は無く、魔法と斬撃による破壊跡だけが残る荒野のような様相を呈していた。

そんな荒地には今にも消えそうな篝火と、二つの人影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の静寂

次の瞬間、視界を覆うほどの爆発が巻き起こる。

荒れ狂う衝撃波に貴方は思わず盾を構える。

 

全ての感覚を埋め尽くす閃光と爆風はまさに暴力の権化と言える有様であった。

これほどまでの爆発は、たとえスペルでなくとも経験したことが無い現象だった。

 

これっぽっちも闇術には該当していなさそうだが、決して期待外れというわけではない。

寧ろ彼女が偉大な大魔法使いであるという認識が一層強まった。

 

 

 

 

このような強大な魔法も習得できるのかとウキウキで賞賛しながら振り返ると

 

 

 

そこには倒れためぐみんの姿があった。

 

 

 

「…」

 

 

 

 

誰か!!この中にアンバサを使える人はいらっしゃいませんか!?

 

 

 

 

貴方は急いでめぐみんに駆け寄った。

この上なく取り乱した貴方は即座にエスト瓶を取り出し、倒れ伏した彼女に中身をぶっかけた。

センの古城で勝手にダメージを受け始めたローガンを助けるために疾走した時のような焦燥具合である。

 

 

「ちょ、ちょっと!?うわっぷ、ーーー何を掛けたんですか!?何ですかこのほんのり暖かい光は!?」

 

 

エストで回復した様子はないが、どうやら命に別状はないようだ。

冷や汗を一つかいた貴方は安堵から"へたり込む"。

これほどの大魔術師から他の魔法を学ぶ前に分かれる等、あってはならない損失だ。

 

 

「答えてください!今のは何ですか!!私動けないから何されたかわからないんですけど!!」

 

 

倒れ伏しためぐみんはその様相からは想像もできないほど元気に吠えている。

あなたは回復アイテムを使った旨を伝え、彼女に見えるようにエスト瓶を置く。

 

 

「いきなりぶっかけられたんで何かと思いましたがポーションのようなものでしたか。わざわざアイテムを使わせてしまったようで…あれ?もしかして報酬から引かれたりします?」

 

 

そんなケチなことはしない。

エストは基本全2種飲み放題なのだ。

篝火前でよく太陽の戦士達と飲み交わしたものだ。

 

それによくよく考えてみるとエストは不死にしか効果が無かった気もする。

 

 

「ならよかったです。これは単なる魔力切れです。明日には動けるようになるので心配しないでください」

 

 

城壁前で聞いた

この世界の魔術師は魔力が切れると倒れるらしい。

なんとも恐ろしい話である。

この世界にダークレイスがいなくて本当に良かった。

 

…深淵についての話があったのでいるかもしれない。

 

 

「それで、どうですか?我が禁断の力"爆裂魔法"は取得できそうですか?」

 

 

倒れてるわりに割と平然としているめぐみんに言われ、

冒険者カードを取り出す。

 

どうやら取得できるようになったようだ。

だが取得に際して必要となるスキルポイントが全く足りていない。

雪精駆除屋である貴方にはこのスキルポイントがどれくらいの苦労を要するかいまいち判断できない。

いつかはあの強大なスペルが使えるという事実はあなたを奮い立たせる。

 

とりあえずカードを見せて問題ないことを伝える。

 

 

「おめでとうございます、と言うにはまだ早いですね。

 しっかしあなたのその冒険者カードなかなかかっこいいですね。カードの色を選べるなんて知りませんでしたよ」

 

 

鋭い眼光でカードの色を捉えるめぐみん。

まったく恰好がついていない。

残念ながらこの色はカードの不具合によるものである。

再作成したとしても再現性は乏しいだろう。

 

 

「イレギュラーで黒色になったってめちゃくちゃかっこいいじゃないですか!」

 

 

そうだろうともと貴方は自慢気に頷く。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

倒れ伏した少女に黒いカードを見せびらかすのは一先ず置いておく。

 

いつまでもめぐみんをこのまま放置するのも忍びないので、

灰エストを試してみてもいいか聞いてみる。

 

 

 

「またポーションですか?残念ながら私がぶっ倒れているのは魔力切れなので体力回復でどうにかなる問題ではないんです。ですので依頼人に頼むのは忍びないんですが、アクセル迄運んでくださるとありがたいです」

 

 

 

貴方は魔術師なのでハルバードより重たいものは持てないのだ。

…めぐみんなら持てそうな気もする。

 

だが転送を使えない以上、人を運ぶという危険はできればおかしたくないものだ。

 

 

 

 

 

【エストの灰瓶】

鈍い灰色のガラス瓶

火の無い灰の宝

 

篝火でエストを溜め、飲んでFPを回復する

 

篝火の熱を、冷たく変える灰瓶は

火の無い灰にこそ相応しいだろう

 

 

 

 

 

これはFP、いわゆる魔力を回復する灰の秘宝である。

正直彼女は不死でも灰でもないので効果があるとは思えないが物は試しである。

 

 

 

「魔力を回復するポーション?そんなものがあるなんて聞いたことがありませんが…あんまり言いたくは無いんですが会って間もない相手から渡された謎のポーションというのはちょっと」

 

 

 

会って間もない相手の前でぶっ倒れるような相手がとんでもない正論を投げてきた。

しかし確かに言う通りでもあり、反論できないのも事実。

ハルバより重いものを持てない箱入り不死の貴方であったが、

仕方なく彼女を背負おうかと考えたところでもう一つの手段を思いついた。

 

 

 

 

【愚者のメイス】

愚者の貴石によって魔法強化が施されたごく一般的なメイス。

ごく微量のFPを持続的に回復するメイスは予備の武器であるものの、

多くの霊体を排除してきた優秀な武器である。

 

 

 

 

火の熱に由らないFPの回復手段

愚者派生の武器であれば経口摂取の必要もなく、不死や灰でない彼女にも効果があるのではないだろうか。

 

そう思いついた貴方は早速ソウルの業によりメイスを取り出す。

 

 

 

「え?今どうやって武器を持ち換えたんですか?」

 

 

 

やってしまった。

目の前で持ち替えをしてしまった。

言い訳も思いつかないので、とりあえずめぐみんを無視してメイスを握らせる。

 

 

 

「え?いったい何をーーーなんか…あーなんか、じんわり魔力が回復する感じがありますね」

 

 

 

どうやら愚者は効果があったようだ。

なんとなく嫌な言葉である。

 

 

 

「しばらくすれば歩けるようにはなるかもです。いいアイテムですねコレ、私には重すぎますが」

 

 

 

確かにめぐみんが振るには筋力が足りないだろう。

 

魔術師にメイス、ステータスは合わない。

だがそういった一見合わない装備をあえて身に着けるというのは中々かっこよく見えるものだ。

重鎧が持つ技量武器、軽鎧が持つ特大武器、etc.

 

上級騎士装備やこのメイスは実用面ではもちろんだが、多少そういったロマンに惹かれている部分もある装備の一つだ。

 

 

 

「いいですね、それすっごいわかります。重装備が武器を捨てて魔法主体で戦い始めたり、魔術師が物理武器を取り出して自己強化で戦ったりーーー」

 

 

 

中々話が分かる。

話が盛り上がりそうな気配を感じた貴方は、めぐみんが回復するまでしばらく話そうと提案する。

 

 

 

「構いませんよ。私も依頼人に運ばせるのは忍びないと思っていたのでーーー

 ーーーっぶえっくしっっっ!!…ちょっと冷えますね」

 

 

 

そういえば数日前まで冬だったのだ。

積雪は無いにしろ、まだまだ肌寒い風が吹いている。

 

貴方はすぐ近くの【雪原跡】の篝火まで歩き、"注ぎ火"を行う。

人間性をくべた篝火は大きく燃え上がり、貴方はひどく懐かしい気分になる。

 

 

 

「なんでこんなところに焚火があるのかと思っていましたがあなたが起こしたものでしたか。

 すみませんがもう少し近くに運んでもらえませんか?」

 

 

 

めぐみんを篝火の近くに運んだ貴方は"いつものように"座り込む。

貴方は魅入られたように火を見つめる。

ぼんやりと見つめる火の先には爆裂魔法によって穿たれた悲惨な台地が写っていた。

 

 

 

土地ごと消し去るような尋常ではないスペルを行使する大魔術師めぐみん

 

貴方は彼女に出会ってから最も気になっていたことを聞いてみることにした。

 

 

 

 

 

"他にはどのようなスペルが使えるのか"と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェスチャー【紅魔族のポーズ】

 

取得方法:この素晴らしき世界で紅魔族の名乗りを聞く。

 

 

紅魔族に使用することで会話分岐あり。

又、使用する紅魔族毎にポーズが変化する。

(紅魔族以外では変化無し)

 

 

 




動けない少女に何かぶっかけたり何か握らせたりする最低の不死


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8話

あと1日
間に合わせるため少々短め


「他の魔術は使えません」

 

 

 

愚者のメイスを持っためぐみんはそう言いながら立ち上がろうとする

が、まだ魔力が回復していないのか再度べしゃりと地面に倒れる。

 

 

貴方は降って湧いた落胆と疑問に亡者退行しそうになった。

 

 

あれほどのスペルを行使していながら他のスペルが使えないということはどういうことだろうか。

貴方はめぐみんの深淵についての言及からも、少なくとも他に闇術を習得しているものだと考えていた。

 

 

 

「深淵ですか?あれは昔図書館で読んだ"名乗りに応用できる名言集"から引用したもので、深い意味は有りません。

 まぁ爆裂魔法は最強の魔法ですので、魔術の深淵と言っても過言ではありませんが」

 

 

 

なんとめぐみんは闇術師ではないそうだ。

確かに恰好が湿っていない。改めて見るとなんとなく呪術師のような雰囲気を感じる風情である。

それにどうやら深淵という言葉も、かつてウーラシールを飲み込んだ実体のある"闇"ではなく、暗い溝に生じる実体の無い"闇"のことを指しているようだ。

 

考えてみればこの世界にはダークリングの呪いは推定だが存在しないのだ。

貴方の死に対して疑念を向けていためぐみんの反応から見て十中八九そうだろう。

 

もしもめぐみんが深淵を暴いたというのであれば、人の身でありながら呪いを受けない等ありえない。

深淵歩きのような契約を受けている人物が深淵を見つけている可能性もあるが、

そうであるならば噴出した深淵がこの世界に何かしらの影響を及ぼしているはずだ。

 

まぁつまるところは観測されていない以上、深淵があるかないかはわからないということだ。

 

そもそもこの世界の住人は闇のソウルを宿しているのだろうか?

ダークハンドを使用して吸精を行えばわかるかもしれないが、

アクセルの秩序を見る限り、使用する機会はそうそう訪れないだろう。

 

考えてみればきりがない事なのだが、いずれは何かしらの調査や研究をしていく必要はあるだろう。

 

 

 

「考え込んでいるようですが、言葉から察するに私の思う"深淵"とあなたが思う"深淵"は違うものという感じですか?」

 

 

 

貴方は頷く。

貴方の知る深淵とは闇の汚泥のようなもの。

深淵に侵されたものは悍ましく変質し、終ぞは蟲等湧いてくる始末。

 

擦り切れるほどの巡礼によって、貴方はそれこそが深淵であると思い込んでいた。

本来、深淵とはただの暗闇である。

 

 

 

「おぉ!いい感じの設定ですね!同級生にそういうのが好きそうな子がいますよ」

 

 

 

なんと設定扱いである。

だがこの反応が深淵を否定する材料の一つであるのならば悪い気分ではない。

 

そして気になる言葉があった。

 

同級生

 

彼女は竜の学院のような魔術学院に通っていたのだろうか?

もしやその学院では爆裂魔法のみを教え導いているのかもしれない。

だとすればめぐみんがこの年齢でこのような強大なスペルを行使していながら、

他のスペルを使えないことにも一応は説明がつく。

 

 

 

「竜の学院というのは知りませんが、私は故郷にあるレッドプリズンという魔法学校に通っていました。

 自慢ではありませんが私はそこを首席で卒業してます」

 

 

 

只者ではないと思っていたがやはりめぐみんは逸材だったようだ。

そして一つ合点がいった。

その学校ではおそらく爆裂魔法に準ずる爆発系スペルを教育しているのだろう。

そしてその頂点が爆裂魔法であり、めぐみんに及ばない他生徒はもっと小規模の爆発系スペルを習得しているといったところだろう。

 

 

 

「残念ながら普通の学校です。まぁ私も他の学校に通ったことは無いので普通かどうかは客観視はできませんが…

 ですがあなたの言うような学院があるというのなら是非通ってみたいところですね…

 もしや竜の学院というところがそのようなところなのですか?」

 

 

 

どうなのだろうか。

オーベックはあなたが入手したスクロールを基にスペルを教えてくれていたが、

竜の学院ヴィンハイムから伝わる魔法については普通のソウルの魔術しか教えてもらっていない。

 

貴方はそこの学徒ではない為詳しくはわからないが、

おそらく爆発系スペルのみを教えていたということは無いだろう。

 

そんな学院があるのであれば、めぐみんのいう通り是非通ってみたいものだ。

 

 

 

「やはりそんな夢のような学院はありませんか。ちなみにレッドプリズンは上級魔法全般を教えていますよ。

 我々紅魔族は全員が生まれながらに上級魔術師に高い適正を持っていますので、魔法は選びたい放題といったところです」

 

 

 

なんと素晴らしい学校だろうか。

 

 

 

「他にもカッコいい魔道具を作る授業や、カッコいい場面や語彙力を養う授業なんかがあります。

 あとはレベルアップの為に養殖を行ったりもしますね」

 

 

 

カッコいい場面や語彙力を養う授業では新しいジェスチャーを習得できるのだろうか?

養殖とは何なのだろうか?

あらたな疑問がいくつも湧いてきたところで、

ふと最初の大きな疑問に立ち戻る。

 

 

 

何故そのような理想的な環境で爆裂魔法しか習得しなかったのだろうか?

 

 

 

単純にスキルポイントが足りなかったということもあるかもしれないが、

時間をかけて他の魔法を覚えてから卒業しても良かったのではないだろうか。

 

それに学校に頼らずとも魔法に長けた人々が住まう里ということであれば、

他の魔法を誰かに師事することもできたのではないだろうか?

 

 

 

「あなたの言う通り他の魔法を習得する機会はたくさんありましたよ。衣類の洗濯だけで上級魔法が吹き荒れていますし。

 

 ですが私には不要です。なにせ爆裂魔法は最強ですからね。まぁもう少し威力を上げても良かったかもしれませんが…」

 

 

 

 

めぐみんは数多の選択肢がある中で、爆裂魔法を一芸特化で強化しているらしい。

 

 

最低で最高だ。

 

 

平行世界の不死においてもよく見かけるタイプの素敵な変態である。

彼らは味方にしろ敵にしろ奇抜な恰好や奇行が目立つ。

だが往々にして一騎当千の古強者であることが多い。

 

半ば正気を失っているかのような姿と行動をする彼らだが、

意外なことに礼節を重んじる者が多く、貴方の中では比較的好感度の高い人種である。

 

それが味方であっても、敵であってもだ。

 

 

確かにめぐみんからは彼らに近い何かを感じる。

姿はまともだが、奇妙なジェスチャーに加えスペル発動後のぶっ倒れ

そして常軌を逸した殺傷力を持つ最強のスペル

 

貴方はめぐみんに懐かしさを覚えると共に、

決して敵対してはいけないと決意を新たにするのだった。

 

敵対しない為にも後でめぐみんの誓約を確認するとしよう。

 

 

 

「おや?正直この魔法の紹介でいい顔をされたことはあまりなかったのですが…もしやあなたも爆裂魔法に魅了されましたか!?」

 

 

 

貴方は頷く。

あれほどの破壊をもたらすスペルだ。

魅了されない方がどうかしている。

 

それに威力にすべてを掛けた構成となるのも頷ける部分がある。

貴方が闘士であればそのようにしたかもしれない。

 

だが貴方は巡礼者だ。

長い旅路には数多の術が必要になる故に、

真似できないめぐみんのその戦いには一種の憧憬を覚える。

 

 

 

「おぉ!おぉ!!ついに爆裂魔法の良さがわかる人に!!あなたいい人ですね!!

 紅魔族の名乗りにも乗ってくれますし、私の名前にも変な反応しませんし!!」

 

 

 

独特な挨拶や名前などは霊体で慣れっこな貴方にとって、

紅魔族の風習というものはむしろ慣れ親しんだものに近しいのかもしれない。

 

喜びに打ち震えるめぐみんは立ち上がろうとするが、再度地面にキスをする。

いかに爆裂魔法の魔力消費が膨大かを物語る光景である。

 

 

 

「ぐべぇー!…あなたが爆裂魔法を習得した時はぜひ私も呼んでください!!

ーーーというかですよ?よかったら私たちでパーティーを組みませんか?」

 

 

 

パーティー

クエスト等を共にこなす一行、仲間

この世界に来た初日にギルドで聞いた言葉だ。

めぐみんはどうやらあなたのことを仲間にしたいようだ。

未だこちらの力を見せていないのに豪胆なことだ。

 

 

 

「む、確かにあなたの実力を知りませんね。ということは私の御眼鏡に適うようであれば、パーティーを組むのは吝かではないということですか?」

 

 

 

貴方が不死である都合、幾つか決めておくことはあるが別段問題はない。

むしろ歓迎すべき話だと貴方は頷く。

 

巡礼の旅はいつだって孤独だ。

だが時折轡を並べる太陽の戦士や霊体達の存在は戦力としてももちろんだが、

貴方の人間性の維持に必要不可欠な交流であった。

 

それにたとえ戦いに敗れたとしても、めぐみんは亡者へと堕ちることはない。

その生が汚されることは無く、これまで幾度とあった友を殺すという悲劇を生むこともないのだ。

 

 

 

「うーん、ではどうしましょうか…魔術師としての力を図るのであれば魔法の実演をしてもらうのが一番なんですが、貴方も魔力の使い過ぎで倒れていたわけですし、私もこの調子です。とりあえず手ぐらいは動かせるようになったので冒険者カードを見せてもらえますか?」

 

 

 

冒険者カードを取り出した貴方はめぐみんに手渡す。

 

 

 

「そういえば"ソレ"!!あなた今どうやって冒険者カードを取り出したんですか!?」

 

 

 

うっかりまたやってしまった。

 

だがちょうどいい機会かもしれない。

めぐみんは仲間になるかもしれないのだ。

時間もある今、ソウルの業について説明しておいても良いだろう。

 

貴方はめぐみんに己が扱うソウルの業について凡そで説明することにした。

 

 

 

ダークソウルと呪いについては語らずに。




【名乗りに応用できる名言集】
紅魔族の図書館に蔵書されている古びた本
古の叡智を思わせる分厚い本だが、ごく最近作成されたものだ

紅魔族は自らの名を尊ぶ
故に名乗りとは彼らにとって特別なものである

たとえその性質の根源が冒涜の類であったとしても
彼らはその冒涜すらも尊ぶだろう


===


爆裂学院ヴィンハイム


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9話

もう7日


「おはようございます。さて、さっそくパーティーの加入試験といきましょうか」

 

 

未だそれほど人も多くないギルドにて、

貴方はめぐみんと共にクエストボードの前に立っていた。

 

これから貴方の力量を図る為に、モンスター討伐を主としたクエストを二人で受注する予定だ。

そのクエストでもって貴方の能力がめぐみんの要求に沿うものかを見極める次第だ。

 

昨日貴方はめぐみんにソウルの業について凡そで話していた。

初めは懐疑的な目を向けられていたのだが、その疑いもすぐになくなった。

ソウルによるアイテムの実体化と消失、それらの実演解説を行ったこともあるが、

なによりめぐみんの聡明さにより思いの外簡単に説明が済んでしまった。

 

 

ソウルの比重が非常に低いこの世界において

ソウルとは何かを断片的にではあるが理解する彼女はまさに大魔術師と呼ぶにふさわしい知性の持ち主だ。

 

それにソウルの業について説明している中で「ソウルに満ちた土地というのは地続きの場所ではなく異界じみた場所なのでは?」と見事に言い当てられ、自発的に話してはいないのだが貴方は暫定異世界人として認定されている状態だ。

巡礼の中では次元渡り等ありふれていたので、貴方は元々異世界人だったとも言える。

 

聡明な彼女が一点突破の変態でなければ、貴方等なんの利用価値もないゴミクズもいいところだっただろう。

変態万歳!

 

 

 

「せっかくクエストを受けるのであれば、私の爆裂魔法を使えるようなモンスターがいいですね」

 

 

 

そんな敵がホイホイいてはたまらない。

数日前までは冬将軍という強敵がいたのだが、今のところそれに並ぶ強敵は見受けられない。

別の積雪地域を探せばいたりするのだろうか?

 

もしかしたらめぐみんがいれば冬将軍にも勝てたかもしれないが、

たらればな話な上に不死以外が冬将軍に挑むなど頭亡者である。

 

 

 

「とりあえずこのジャイアントトード討伐というやつにしましょうか。考えてみればあなたも私も冒険者初心者な訳ですし、魔法を試すだけなら初心者向けクエストでちょうどいいでしょう」

 

 

 

はがされた依頼書を受け取り目を通す。

 

討伐対象は冬眠から目覚めたジャイアントトード

このモンスターは身の丈を超える程の大きさを持つカエルである。

例年繁殖期を軸に牛や豚等の家畜から、果ては人間迄に被害を及ぼしており、

害獣として討伐依頼が絶えないモンスターだ。

 

今回とんでもない早春により、通常よりも冬眠期間が短い個体が発見されているとのことで、

早い段階での討伐依頼が出されている次第である。

 

 

群れとの遭遇の可能性も少なく、通常の冒険者が苦戦する相手でもないでしょう。

説明は以上です。

ギルドの覚えをめでたくする好機です。

そちらにとっても悪い話では無いと思いますが?

 

…なんだこの幻聴は。

 

 

 

「異論は有りませんね?まぁ危なくなれば私がまとめて蹴散らしてあげますので安心してください」

 

 

 

なんと頼もしい言葉か。

言葉通り彼女の力があればまとめて蹴散らせるだろう。

 

貴方が頷くと意気揚々とめぐみんは依頼書を持って受付へと向かった。

 

だが受付で何度か言葉を交わしためぐみんはプンプンし始めたかと思うと、何やらげんなりした具合で戻ってきた。

 

 

 

「クエストは無事受注できました。それでー、そのー…先日の爆裂魔法についてなんですが…」

 

 

 

どうやら先日発動した爆裂魔法が街近郊における甚大な地形破壊として罰金の対象となってしまったとのことらしい。

 

 

 

「魔法教示を目的とした術行使だったのに、街中で発動されなかっただけマシと思ってほしいところなんですけどね。

 あ、ちなみにあなたが以前起こした罰金は修繕がまだらしかったので、支払われた分は今回の費用から差し引かれるそうです」

 

 

 

貴方が作った戦い跡と罰金も爆裂魔法によって諸共吹き飛んだとのことだ。

だがそれでも3割減程度らしいので、残り罰金はめぐみんとの折半でどうかと提案する。

 

 

 

「ではそれでいきましょう。幸い貴方からの報酬で多少懐が温かいので問題はありません。あれが無ければ私は怒りのままにギルドを更地にしていたかもしれません」

 

 

 

依頼の契約通りめぐみんには爆裂魔法の難易度分の追加報酬を支払っている。

実のところ全額貴方が支払っても良かったのだが、仲間になるかもしれない相手である以上あまり負担を偏らせるのもよろしくないだろう。

 

何やら最近は支払ってばかりだが、ありがたいことに貴方の資産が底を突くのは未だしばらく先になるだろう。

雪精駆除屋は儲かるのだ。

 

それに貴方の浪費癖は今に始まったことではない。

ソウルなど使えるときに使っておかなければ碌なことにならないものだ。

 

 

 

「しかし報酬や罰金の件も財布に響いている様子がありませんし、随分お金に余裕がありますね。やっぱりもともと裕福だった感じですか?」

 

 

 

貴方は数秒考えたが首を振る。

蓄えるということを知らない不死である貴方が裕福だったということはおそらく無い。

 

この先呪いが解かれることがあろうとも、貴方は出自を思い出すことは無いだろう。

無限とも思える時間の中で、貴方という存在はあまりにも擦り切れすぎてしまったのだ。

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

 

「いました。あれが目標のジャイアントトードです」

 

 

 

数十メートル先

名前の通り巨大なカエルが何もない草原にいきなり現れた。

縮尺が狂ったようなそのモンスターは、唄うデーモンを思い起こさせるほどの巨体であった。

依頼の説明に合った通り家畜や人等、易々と丸のみにできてしまうだろう。

 

住処のようなものは一切見当たらないが、この草原が狩場なのだろうか。

 

 

 

「フフフ…驚いているようですね。…私も思った以上にデカくて驚いています。一応聞きますがアレ倒せますよね?」

 

 

 

もちろんである。

貴方は盾と杖をソウルの業により取り出し、前へ一歩踏み出す。

めぐみんに少し離れているように伝えてスペルを発動する。

 

 

めぐみんに貴方の能力を見せつけるにあたって、彼女の関心を最も惹く要素は何より"カッコよさ"に尽きるだろう。

 

スペルが発動されると、貴方が握る杖は翡翠の憐光を放ち巨大な剣を形作り始める。

 

 

 

【古き月光】

 

ミディールの深層にあった古い剣の記憶

それをソウルにより形作り、攻撃する魔術

 

攻撃は光波を伴い

攻撃前の構えを継続することで

その威力、速度が増す

 

古い剣の名は、これもまた月光であるが

白竜シースのそれとは、少し姿が異なる

その記憶は、よりはじまりに近いようだ

 

 

 

光の黒竜

あぁ…これはもう忘れてしまったよ。

 

 

 

このスペルは貴方が習得しているものの中で最も眩く麗しく、古いスペルである。

貴方は時折このスペルを使い、その月の光に脳を蕩かしている。

 

 

 

「ほあぁ…これはまた一段と魅せる魔法ですね!!

 これがあなたの言うソウルの魔法ですか?」

 

 

 

貴方は頷く。

スペルによって形作られた大剣はその光を増し、奔流を纏い形を確かなものへと変える。

 

その光に気づいたのか、はたまた詠唱阻止が目的なのか、

今まで微動だにしなかったジャイアントトードはこちらに向かって跳躍を始めた。

 

だがちょうどいい。

間合いにまで接近したジャイアントトードは、こちらを押しつぶす為か一段と大きな跳躍をする。

巨大な影が覆う。

 

だが貴方はその頭上の影を切り裂くように古き月光を振り抜き光波を放つ。

 

 

 

放たれた光波はジャイアントトードの腹に突き刺さり、半ば程度まで肉を切り裂いたところでその光を炸裂させる。

完全な切断には至らなかったものの、光波の直撃を受けたジャイアントトードは内側から破裂したかのような無残な肉塊へと変貌し地面へと墜落した。

 

貴方は古き月光を血振りするかのような動作で空を切り、スペルを解除する。

 

運も重なったおかげか、最高の演出ができたのではないだろうか。

貴方はジャイアントトードから吸収した微量のソウルに頷き、

未だ微かに残る燐光を纏いながら自信満々にめぐみんの方へと振り返る。

 

 

 

「横!!右です!!」

 

 

 

振り返った先でめぐみんが指を指して叫んでいる。

何事かと其方に目を向けた瞬間、貴方の腹部に衝撃が走りその場から吹き飛ばされる。

口いっぱいに血の味が広がる。

 

 

 

「大丈夫ですか!?近くの地面からジャイアントトードが出てきてます!」

 

 

 

転がりながら衝撃を殺した貴方は素早く態勢を立て直す。

攻撃が仕掛けられた方向に向き直ると、今まさに地面から出てこようとしているジャイアントトードがいた。

衝撃を受けた腹部に触れると粘液のようなべた付いた何かが付着している。

どうやら伸ばした舌によって攻撃を受けたようだ。

大したダメージではないが嫌な予感を感じて装備耐久値を確認する。

この粘液に装備破壊効果は含まれていないようだったので安心する。

 

 

 

完璧な勝利の余韻に横やりを入れてくる空気にもなれん屑カエルに腹を立てた貴方は、

未だ完全に地上に出てきていないカエルにファイアーボールを数発叩き込みカエルの黒焼きを作り出す。

 

過剰攻撃だがこれはファイアーボールの試し打ちであって仕方のない事だ。

 

 

 

「うっわ黒焦げですよ。最初めちゃくちゃかっこよかったのに今のすっごい小物っぽいですね」

 

 

 

小物結構

貴方はヘルムを取り、口に溜まった血を地面に吐き捨てる。

この動作がより小物感を演出しているが、かっこつけてるところを吹き飛ばされるという醜態をさらしている以上あまり取り繕っても仕方ないだろう。

 

ついでに2体ほど地面から這い出てこようとしているカエルがいたので最高火力の結晶槍を放って適当に処理する。

どうやらこのカエルは冬眠の為に地面に何匹も潜っているようだ。

やはり地中にいる敵は糞だ。

 

 

 

「めちゃくちゃ投げやりに戦ってる割に一撃ですか。ちなみに今の魔法は魔力消費的にどんなものですか?」

 

 

 

せいぜいあと一回の発動が限界だろう。

だが貴方にはFP回復手段である灰瓶に加え、魔力強化した武器もあるのだ。

何ならカエルをたたき起こして数匹細切れにしようかと提案する。

 

 

 

「いえ、それは結構です。さっきの剣?の魔法を使った死体も結構な惨状ですし、あなたの能力もどの程度のレベルなのかなんとなくわかりました。なんだか熟達の魔法戦士って感じですね。職業ウィザードでアクセルにいるのが不思議なレベルですが…」

 

 

 

 

今のところ冒険者職業の目標はめぐみんと同じアークウィザードだ。

先日めぐみんに聞いた話によると、爆裂魔法を含めた上級魔法はアークウィザードにならなければスキルポイントが足りていようとも取得できないとのこと。

新たなスペルを使う為にソウル稼ぎに励んでいた懐かしい気持ちになる。

素晴らしい大目標だ。

 

しかしパーティーを組むとなると、ウィザードとアークウィザードで魔術師が被ってしまう。

巡礼ではスペル使いがいくら被ろうと楽しいだけだったが、ギルドでの様子を見るにこの世界では一人で十分なのかもしれない。

 

 

 

「いえ、その辺の雪かきばっかりしている冒険者よりもよっぽど近接の腕もたちそうですし問題もないでしょうし…では改めて、コホンーーー

ーーー月光の魔術師よ!汝の秘匿は我が夢幻を焦がすに能った!我が深淵は汝の魂を響かすに能った!だが未だ至高は遠く、力への渇望が我らを満たすことは無い。この果てなき飢えを満たすべく共に存分に暴き、喰らおうではないか!汝、我が手を取る覚悟はあるか!」

 

 

 

一拍置いためぐみんはジェスチャー【紅魔族のポーズ】を取りながら高らかに唄う。

 

貴方は【古き月光】を発動させた後、ジェスチャー【紅魔族のポーズ】のポーズを取る。

 

 

するとジェスチャーは変化し、月光を上向きに構え半身を隠すかのような構えを取る。

それはかつて暗い導きを得た、哀れな聖者の成れ果てを思わせる構えだ。

…なんだこの記憶は。

 

 

そのジェスチャーにめぐみんはあからさまに興奮しており、

彼女の赤い瞳を比喩抜きで輝きを放ち始める。

赤成り玉でも決めてそうなほどの輝きだ。

 

 

 

「(ふおぉ!わかってますね!!)ならば契約だ!この手を取り引き返せるとは思わぬことだ!!」

 

 

 

めぐみんは勢いよく手を差し出し、貴方は感傷たっぷりにその手を握り返す。

 

この握手は儀礼的なものだ。

なんの拘束力もないだろう。

だがめぐみんはこの世界で初めての仲間だ。

戦力としての期待ももちろんだが、それ以上に仲間という存在そのものがかつては得難いものであった。

 

定命であるめぐみんのその生が何にも捻じ曲げられることなく、そして本懐を遂げられるよう貴方は命を賭して彼女に協力するだろう。

 

 

 

「今ここに契約は成された!!…ーーーってイタタタタ!!挟まってます!!鎧の隙間に手の皮が挟まってます!!」

 

 

 

誓約【紅魔の杖】を交わしました。

 

 

 

 

 

 

=====

 

【白いサインろう石】

 

オンラインプレイ専用アイテム

召喚サインを書く

 

サインから他世界へ霊体として召喚され

召喚されたエリアの主を倒すことができれば

人間性を得ることができる

(召喚は亡者では行えない)

 

世界の境界が淀んだこの地で

貴方に係る人々がお互いを助け合うための手段

 

このアイテムは本来他世界へ向けたアイテムである

だがこの世界ではどういうわけか使用できる

 

知らぬ間にめぐみんのポケットに入っていた

 

 

 

 

【紅魔の杖】

 

竜が巻き付いた剣を象ったメッキのペンダント

 

装備することで【紅魔の杖】の誓約者となる

 

紅魔族は竜や剣に由来する種族ではない

だが彼らの多くはこういった装飾品を好む

 

【紅魔の杖】は紅魔族の理解者である。

彼らが趣味に走るとき誓約霊としてそれに同調する使命がある。

 

 

 




エルデンリングについてのコメントはノーサンキュー
でもコメントは嬉しいです


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10話

「エクスプロージョン!!」

 

 

鬱蒼とした森の一部が閃光と共に穿たれる。

全方位に広がる衝撃波は森の野生動物たちを一斉に恐慌状態に陥れ、

数多の生態系を修復不可能なレベルで破壊し尽くす。

これが一人の少女によって引き起こされた人災であるところが殊更恐ろしいところである。

 

 

「ふいぃ~!見事ゴブリンの撃破が完了しましたね!」

 

 

その天変地異をもたらした張本人であるめぐみんは

未だにバラバラと木や土、果ては何かの肉が降り注ぐ中、貴方のとなりで地面に倒れ伏す。

幸いなことに無数にあった"ゴミクズ"のふわふわした部分で作った簡易クッションのおかげでノーダメージである。

あったかふわふわ!

 

しかし上からのダメージは容赦がないので貴方はめぐみんに影を作るように移動する。

フルプレートの為あらゆる破片をはじくが時折気色悪い何かの肉がぶつかったりする。

だがそういうのはもう慣れっこだ。

 

 

今回請け負ったクエストは亜人ゴブリンの巣の壊滅。

近隣の村々における家畜被害はジャイアントトードによるものだけではなく、

ゴブリン等の低級モンスターによっても引き起こされている。

このモンスターの厄介なところは、人への被害が悪辣なところである。

人間に近い文明形態を持っていることから、家畜被害だけではなく物品の盗難等も発生しており、

時には計画的に冒険者を襲ったりすることもあるという。

 

要は気づかれずに倒すか、

一体ずつ引いて倒すかってことだ。

特に込み入った話でもないさ。

 

こんなところか。

悪い話ではないと思うぜ。

連絡を待っている。

 

…なんだこの幻聴は。

 

 

「なんだかあっけなく終わってしまいましたね。クエストというのはもっとこう苦難の果てに勝利をつかみ取るものを期待していたのですが…これはこれで気持ちいいからいいんですけどね」

 

 

それはそうだろう。

めぐみんのビルドにおいては苦戦を強いられた時点で負けが確定するようなものだ。

 

それに一個体が弱いとは言え、集団というものを侮ってはいけない。

数とはそれすなわち力であるのだ。

幾度となく雑魚共に袋叩きに遭ってきたあなたが言うのだから間違いない。

貴方はそれとなく先輩風を吹かせながらめぐみんに釘をさしておく。

 

 

「えぇもちろんです。学校でも集団の恐ろしさと、それを一掃した時の決めポーズは勉強しています。貴方もやってましたけどライトオブセイバーで血振りやカッコいい魔法解除は絶対に教えられますよ」

 

 

貴方が古き月光でやっていたやつだ。

ちゃんと教えることは教えている学校で安心する。

貴方も今から通えないだろうかと妄想してみるが、在籍しているのは皆めぐみんぐらいの年齢であるとのこと。

自分の年齢すら忘れてしまった不死はさすがに受け付けていないだろう。

 

 

「流石に浮きすぎて入学は難しいでしょうけど、貴方ならきっと里で人気者になれると思いますよ。この前教えてくれたアイテムテキストでしたっけ?あれの本でも出版すればベストセラー間違い無しですね」

 

 

そんなめぐみんの提案に貴方は唸る。

以前めぐみんにソウルの魔法を実演した際に杖や魔法の由来を説明したところ、

またも赤目めぐみんになり異様な食いつきを見せたのだ。

 

なんでも貴方の口から発されるアイテムや魔法の由来説明は紅魔族のソウルを捉えて離さないとのことらしい。

霊体召喚もされていないのに既に三つほど誓約のペンダントが溜まっている。

貴方がもし本当に本を出版しようものなら【紅魔の杖】の誓約はとんでもない速度で進むだろう。

だが誓約主はめぐみんではなかったようなので、早いうちに捧げ先を見つけなくては仮に出版したところで持ち腐れになってしまう。

もしかしたらそれに誓約を進めることによって新たなスペルが手に入るかもしれない。

 

 

「あぁあのドラゴンのペンダントですか。あんなカッコいいの貰っちゃっても良かったんですか?魔力とかは感じませんが早速装備しちゃいましたよ」

 

 

貴方は構わないと頷き、ああいったものを捧げられる場所があればぜひとも教えてほしいとめぐみんに伝える。

貴方の予想ではめぐみんの故郷である紅魔の里という場所に誓約主がいるものと思われる。

 

 

「捧げ場所…奉納という意味では猫耳神社とかが思いつきますが、あの神社も別段歴史が古いものでもありませんしね。何か思いついたら教えますが、もしかして紅魔の里に行くんですか?」

 

 

凄腕アークウィザードの総本山

いつかは行ってみたいものだが、その時はアークウィザードになってからでも遅くないだろうと貴方は考えている。

アークウィザードでなくては取得できないスペルがある為、ウィザードのまま突撃すれば習得不可スペルの数々に眠れぬ夜を過ごすことになってしまう。

 

 

「ほっ、直ぐにじゃなくてよかったです。里を出てきてそれほど経っていなかったので根性無し扱いされるところでした」

 

 

学校を卒業後めぐみんは一念発起して冒険者になったとのこと。

それほど時間が経たないうちに戻っては、確かに早々に折れてしまったと思われても仕方がないかもしれない。

ましてや彼女は爆裂魔法しか習得していないのだ。

折れる理由は余りある為、経験と実績を積まないままには戻ることはプライドが許さないのだろう。

 

巡礼を行う不死はほとんど根性のみで動いている生き物なので、

めぐみんの気持ちはよくわかるところである。

 

 

「もし里に行くとなったら一声をかけてくださいね。さて、そろそろ破片も止みましたかね?では街までよろしくお願いします」

 

 

キリっとした顔でそんなことをほざくめぐみん。

貴方は軽い溜息を吐くと、めぐみんの背中に"愚者のメイス"をスリングでぶら下げる。

 

そして貴方は杖を取り出しスペルを一つ唱える。

 

 

 

【追尾するソウルの結晶塊】

 

結晶により鋭さを得た「追尾するソウルの塊」

 

追尾性の高いソウルの塊を浮かべ、放つ

結晶の塊は貫通する

 

結晶の古老によれば

かの「ビッグハット」は神の書庫で蒙を啓き

神秘の結晶に魔術の真髄を見出したという

 

 

 

めぐみんを背負って移動するというリスクを軽減する為、

索敵と先制攻撃に優れた結晶塊を展開する。

頭上に5つの青白く発光する結晶塊が現れ、

貴方の小さな機微にも併せて追従する。

 

貴方一人で移動するのであれば"擬態"や"見えない体""隠密"等

取れる手段はいくつかあるのだが、いずれも自分にしか効果を及ぼさない為攻性のスペルを使うに至っている。

 

 

「この魔法綺麗ですけど、前に放ってた結晶槍って魔法の小型版ですよね?あんなとんでも威力の魔法が顔の横に来ると考えるとめちゃくちゃ怖いんですが」

 

 

敵対しない限りめぐみんに突き刺さることはないので安心しなさいと伝え、貴方はめぐみん+愚者のメイスを背負う。

貴方はめぐみんを運ぶにあたり一時的に"ハベルの指輪"を装備している為、重量を苦とすることなく立ち上がる。

 

 

「流石異世界人、便利なアイテムを持っていますね。良ければそのアイテムについても由来を教えてもらっていいですか?背負われておいてなんですが、街までの道のりって結構退屈なんですよね」

 

 

聴き手としてなかなか盛り上げ上手なめぐみんの提案に貴方は頷く。

ハベルの指輪について、そして"岩のようなハベル"とその信奉者について語りながら、貴方はアクセルに向けて歩みを進める。

 

 

「イダダダダっ!!また鎧の隙間に皮挟まってます!!」

 

 

貴方は慌ててめぐみんを背負ったまま装備を付け替えるのであった。

 

 

 

 

 

 

【ハベルの指輪】

 

重厚をもってよしとする戦士たちの指輪

最大装備重量を増やす

 

最古の王グウィンの戦友として知られる

「岩のような」ハベルに由来するという

 

戦いは古くからその姿を変えず

ハベルの信奉者が絶えることはなかった

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

 

「という訳で、修繕費用を差し引きしましてー…こちらが報酬となります」

 

 

貴方とめぐみんはギルドで報酬を受け取っていた。

めぐみんは愚者のメイスの効果で既に歩ける程度には回復しているが、何やら辛そうな顔をしている。

それもそのはずで、既にめぐみんとは何度かクエストを受注しているのだが、その報酬のほとんどは爆裂魔法の地形修繕費に持っていかれており、日銭をつつくような生活を送っているのだ。

 

 

「あのーお姉さん。私たち毎回報酬がほとんどない状態なんですが、これ何とかならないんでしょうか」

「爆裂魔法を使うのをやめてください」

「それはできません」

 

 

めぐみんは返された正論に対して悪びれることもなくバッサリと切り返す。

めぐみんから爆裂魔法を除けば、魔法の使えないアークウィザードの出来上がりである。

つまり無である。

100%のアイデンティティである爆裂魔法を取り上げるというのは確かに酷というものだ。

 

今までの依頼でも貴方が矢面に立ち戦ったりしていたが、止めに関してはめぐみんの爆裂魔法に任せていた。

正直なところ貴方だけで殲滅可能なものもあったが、爆裂魔法の行使を見たいということもあり特にやめさせるようなこともしていなかった。

 

 

「ではそうですね…街の近郊ではなくある程度離れた場所での依頼であれば、別段修繕費も発生しません」

「遠方の依頼ということですか?」

「遠方というほどではありません。少々お待ちください」

 

 

ギルド職員は引き出しをいくつか開けると、大き目の地図を取り出した。

 

 

「アクセルの管轄エリアはこの線の範囲になります。この範囲を出るものであれば補填費用は発生しませんが…まさかこんな説明が必要になる日がこようとは思ってもいませんでした」

「なるほど街道付近や村が近くにある場所は管理区域になっていると…里では上級魔法がしょっちゅう飛び交っていたので、こんな制約がついて回るなんて想像もしていませんでした。ほら見てください、さっきゴブリンの巣を木端微塵にしたところも近くに農村がありますね」

「えぇ紅魔族の里って…」

 

 

地図を見てみると確かに近くに農村があることがわかる。

もしかしたら村では爆裂魔法の余波に阿鼻叫喚になっているかもしれない。

改めて爆裂魔法がこの世界においてもいかに規格外であるのかを思い知らされるものである。

 

そしてめぐみんの口から発せられた紅魔の里の様子にウキウキになる一方、

その発言が偶然聞こえていた他の冒険者は全裸ヘルムでも見るかのような目でめぐみんを見ている。

 

 

「エリアのことは大体わかりました。次回はこの範囲外を対象としたクエストを受けましょう」

「あの~お伝えしづらいんですが、現状受注可能な依頼の中でエリアを出るものとなりますと、上級冒険者難度のものしかない状態でして」

 

 

クエストボードに貼られている用紙と同じものが数枚出されたので手に取る。

 

【一撃熊の討伐(上級冒険者死傷者多数)】

【つるつるですべすべな物の交換】→【巨大カラスの討伐(拉致被害多数)(交換希望地付近に出没の為討伐依頼に変更)】

【初心者殺しの討伐(亜人の群れ混成)】

【山賊の討伐(対人殺傷許可、規模十数人程度)】

 

確かに現在張り出されている依頼に対してみると数は少ない。

貴方は依頼にある山賊討伐について質問した。

"山賊に知性はあるのか"と。

 

 

「知性ですか?普通の人間なのでもちろん知性は有りますが…こちらを受注されるんですか?正直あなたは兎も角めぐみんさんには…」

「ぐぬぬ…確かに受けられる依頼が少ないのは理解しましたが、敢えて対人の物というのはちょっと」

 

 

もちろん貴方とて好んで人殺しをしたいわけではない。

話が通じる人間とは貴方にとって宝にも等しい存在である。

だが相手が知性無き亡者であるのなら、その限りではないだけである。

 

そうなると消去法で残り三つになる。

 

正直貴方一人であれば一撃熊という、危なっかしい警告が記されているクエストでもいいのだが、

めぐみんが同行するとなると死ぬことがわかっているようなクエストは避けるべきだろう。

 

 

「一撃熊は除くんですね。わかりました」

「フフフ、我が爆裂魔法であれば恐れる敵はありませんが…ちなみにその熊の殺傷数ってどれぐらいなんですか」

「王都からの冒険者も含めると、二桁に届く犠牲者が出ています。幸いなことに人里に降りてくるようなことは滅多にありませんが」

「よぉーし!あとは2択ですね!どちらがいいですかね!!」

 

 

冷や汗を一つ掻いためぐみんは残り2枚の依頼書をひっつかみ貴方に見せつける。

 

さて、残り二つ

【巨大カラスの討伐】

なんとなく既視感があるが、この相手については少々問題がある。

めぐみんの爆裂魔法は起点発動であることに加え、発動までに時間がかかる為、

空を素早く移動する敵には有効打を与えにくいと思われる。

 

貴方の魔法もソウルの性質により若干の追尾性はあるものの、

空を飛んでいる相手にぶつけるのは難しいだろう。

 

鷹の目のような巨人に撃ち落としてもらえるのであれば是非とも依頼を受けたいところだが、

そのような支援はさすがにあり得ないだろう。

 

もう一方の【初心者殺しの討伐】

こちらはどのような依頼なのか検討もつかない。

デーモンの一種だったりするのだろうか。

 

 

「"初心者殺し"というのは大型の肉食獣のようなモンスターですね。名前の通り冒険者初心者がよく被害に遭うモンスターと聞いたことがあります」

「こちらの依頼を受注されますか?」

 

 

大型の肉食獣…

獣は貴方が苦手とする敵の一つである。

貴方はこれまでドラゴンスレイや神殺し等、英雄のような偉業を成し遂げてきたが、

その一方でその辺の野良犬に食い殺されたりすることも日常茶飯事である。

 

奴らの強みはその機動力と、人間とはテンポの違う連撃の繰り出しにある。

貴方はスペルを得意とする魔術士である為、彼らの素早い動きにはいつも苦渋を舐めさせられている。

やはり犬はデーモンである。

 

とりあえず依頼の内容を聞いてからめぐみんと相談することにする。

 

 

「ミッションの概要を説明します」

「おぉ!ミッションっていい響きですね!」

「ミッションターゲットは初心者殺し。初心者殺しはアクセルから北東にある輸送路にて目撃され、その近郊の森林エリアに潜伏しているものと思われます。初心者殺しは十数からなるゴブリンで構成された群れに属しており、既にその群れによる被害は報告されているだけで3件にも及んでいます」

 

「受付のお姉さん何か雰囲気変わりましたね」

 

 

所謂仕事モードというやつだろう。

何故か聞き覚えの有るような無いような口上になつかしさを感じる。

 

 

「なお、依頼は群れの壊滅にボーナスを設定しております。パーティーで協力して、討伐漏れがないように留意してください。ミッションの概要は以上です。ギルドは今回のミッションを重視しております。成功すればあなた方の評価は更に高いものとなるはずです。よいお返事を期待していますね」

「どうしますか?報酬もかなりいいですし、修繕費のことも気にする必要がありません。ですが往復や索敵のことを考えれば1日には収まらないでしょう。私としては受けてみたいところです」

 

 

貴方も依頼自体は悪くないと考えている。

だがそれは貴方が不死であるが故に来る楽観が混じっている気もするが、所詮は獣、やりようはいくらでもあるだろう。

異存は無いことをめぐみんに伝える。

 

 

「ではこれを受けるということでお願いします」

「わかりました。本来こちらのミッション受注にはある程度の信頼が必要ですが、雪精討伐の実績から考えて特別に受け付けます。お二人とも実力はおありのようですが、くれぐれも無茶の無いように」

「楽勝でしょうがもちろん油断はしませんよ。ところで雪精討伐の実績って何のことですか?あれってめちゃくちゃ弱いモンスターですよね?」

 

 

めぐみんは小首をかしげて貴方を見る。

なるほどギルドは貴方の提出した報告書を基に許可を出したようだ。

であればテレポート等の転送手段があると考えての受諾なのかもしれない。

 

そういえば、不死に由来するアイテムはめぐみんにも使用可能なのだろうか。

貴方は試しに後ろ手に"帰還の骨片"を取り出し、めぐみんに手渡す。

 

 

「なんですかコレ?骨?コレのおかげで冬将軍から生きて帰れた?」

 

 

実際は違うがそういうことになっている。

貴方はめぐみんにそれを使ってみてほしいと伝える。

上手く作用すればめぐみんは篝火に転送されるはずだ。

これを利用すれば動けないめぐみんであっても緊急脱出手段として使えるかもしれない。

 

 

「使うってどうやって使えば…というかコレ人骨ですよね?燃えカスみたいになってますが突然人骨を手渡すって私でもさすがにドン引きしまアァァァァァァァァァァ!?!?!?ーーーーー」

 

 

骨片を強く握りしめためぐみんの周りに灰と細かな火の粉が舞い上がり、

驚愕の悲鳴を上げるめぐみんの姿は一瞬のうちに搔き消える。

 

上手くいったことに頷いた貴方は、駆け足でギルドを後にする。

 

 

「え…えぇ~」

 

 

嵐のようなやり取りに呆然とする受付であったが、

貴方が提出した報告書に"テレポート系アイテムの使用"という文言を書き加えて、

通常業務に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【帰還の骨片】

 

燃え尽き、白い灰となった骨片

最後に休息した篝火に戻る

 

篝火の薪は不死人の骨であり

その骨は稀に帰還の魔力を帯びる

骨となって尚、篝火に惹かれるのだ

 

 

 

 

【ゴミクズ】

 

何の価値もないゴミクズ。

何を考えてこんなものを持ち歩いているのか常人であれば理解に苦しむだろう

 

だが不死の巡礼において意外にも使い道は多い

 




ゴミクズの製法書

エルデンリングコメントについてはプレイ中ですのでご勘弁願います。
でもコメントは嬉しいです。


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11話

実はこんなに伸びると思ってませんでした。
原作読んでなかったので買います。




「これで全部か?随分たくさん買うものだな」

 

 

 

袋下さい。

 

貴方は提示されたエリス紙幣を数えながら、

会計に置かれたテントや小物類に袋をつけるように頼む。

 

貴方は初心者殺しの依頼を受領した後、めぐみんと別れて依頼に向けての準備をしていた。

 

めぐみんには骨片無断転送の件でプリプリと怒られたが、

いつの間にか増えていた誓約の竜ペンダントを渡すことで許してもらえた。

 

 

さて、準備というのは普通の冒険者が持っていそうな道具というものだ。

貴方はアクセルにある適当な店で野営セットを買うことにした。

セット内容はロープや火起こし器具、

食器や小型ナイフ、一番大きなものでテント等だ。

 

店員は何か言いたそうな顔でこちらを見てくるが、支払いを終えるまで終ぞ何も言わなかった。

正直なところこういった道具は貴方には必要ないものだ。

使えばもちろん快適に旅をすることができていたかもしれないが、

食事も睡眠も忘れてしまう巡礼者にとっては必ずしも必要なものではなかった。

 

ではなぜ購入するのかというと、それは偽装と好奇心である。

めぐみんという只人の仲間ができた為、今後は只人に合わせた行動が必要になるだろう。

今回のような日を跨ぐような依頼であれば猶更で、不死特有の強行軍に付き合わせるわけにはいかない。

急ぐ旅ではないのだ。せっかくこのような素晴らしい世界にいるのだから、たまにはゆっくり過ごしてもいいだろう。

 

 

 

「毎度あり。また来てくれよ、って言ってもあんたみたいなベテランさんじゃうちにはそうそう用は無いか」

 

 

 

会計を終えた貴方は袋の代わりに付けられたスリングベルトで荷物を背負うと、店主に礼を言って店を後にする。

あちこち荷物をぶつけながら外に出た貴方はこの後の行動を考える。

野営の準備はこれで問題ない。

めぐみんは自分で準備を行うだろうし、彼女の為に用意するものも特にない。

獣を想定したスペルのセットも完了している。

さて、どうしたものかと広場の噴水に腰かけ物思いにふける。

 

街の広場では子供が笑い駆け回っており、

他にも主婦や客引きの声等、平和な日常と言える賑わいの声が聞こえる。

 

この世界に飛ばされて来てしばらく経った訳だが、

なんとなくぬるま湯に浸かっているような感覚が続いている。

決して悪いことではないのだが、

血で血を洗う闘争を延々と渡り歩いていた貴方にとっては何となくこのままでいいのだろうかという気持ちになってしまう。

 

初めてこなしたクエストは言葉通り死闘だったのだが、

それ以降はめぐみんのおかげもあるが別段難しいものは無い状態である。

 

そのうち冬将軍のような大目標を作りたいものだ...と考えていると、

貴方はふと思い出した。

貴方は初めてのクエストでポーションの購入を勧められていた。

結局購入したのは貴方の頭を吹き飛ばした爆発ポーションだったのだが、めぐみんがいる今、改めて普通のポーションを買ってみるのもいいだろう。

貴方はうろ覚えの道を進みながら、珍品ばかりが置かれていた店を目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

 

 

 

ボォーン

【ウィズ魔道具店】

 

 

 

「…あっ、いらっしゃいませー!」

 

 

初めてクエストに出発する前に訪れた店

幸い他の客は今日もいないようで、気兼ねなく物色できそうだ。

紫紺のローブを纏った女性店員が何やら意外そうに出迎える。

 

珍品目白押しである店内を見回しながら、商品に荷物をぶつけても悪いので置いてもいいかと店員に伝える。

 

思えばこんな配慮をするのは初めてである。

寧ろ物がたくさん置いてある店などはローリングで掃除したくなってしまうところだが、ローリングの乱用は相手の心証を下げることが既に実証されてしまっている。

 

 

 

「どうぞどうぞ。空いてるところに置いちゃってください」

 

 

 

ほとんど使っていない宿に置いてくるべきだったかと考えながらも適当なところに荷物を下ろし、早速店内を物色し始める。

 

 

【金色の手袋】

握手をすると丸一日離れなくなるという呪具

近接タイマン専用アイテムだろうか?

 

【願いが叶うチョーカー】

願いを叶えないと4日で絞殺される呪具

願いが火継だったとしても不思議と焦りがこない

死ぬだけというのは脅しには物足りない

 

【群がられポーション】

服用する事で獣に休むひまなく襲い掛かられる

えづくじゃぁないか

 

 

少し見るだけで普通のアイテムに紛れてこのような珍品奇品が散見するのだ。

コレらのアイテムが売れているのだとすれば中々この世界の住人もイカれている。

それ故に興味をそそられるものが尽きないというのもまた事実。

もしや不死を対象にしているのではないかと思えるほど、苛烈な悪影響を及ぼすものが他にもいくつかみ当たる。

 

ソウル化できるのであれば気になったものを片っ端から買うのだが、今はそういう訳にはいかない。

何とかこの世界のアイテムをソウル化することはできないだろうか?

 

 

 

「あの~、この前爆発ポーションを買ってくださった方ですよね?」

 

 

 

首が揺れる赤い獣のような謎の物体を見ていたところ、件の女性店員に声をかけられる。

貴方は頷き、なかなかの威力であったと感想を伝えた。

 

 

「使っていただけたんですね!実は全然売れなくてお客さんの感想を聞くのは初めてだったんです」

 

 

 

それは何とももったいない。

値段はそれなりに張るが、あれほどの威力があるのであれば沢山あれば爆発ポーションだけで強敵を屠ることも可能だろう。

貴方としては筋力補正ではない爆発ポーションはこれからもリピートの余地がある素敵なアイテムだ。

今のところは貴方自身しか吹き飛ばしていないが、威力の実証にこれ以上は無い。

 

 

 

「では今回も爆発ポーションをお求めですか?あ、そういえば自己紹介してませんでした。私この店の店主をしてますウィズっていいます」

 

 

 

笑顔でそう伝える店主ことウィズと名乗る女性

これはどうもと"丁寧な一礼"で応える。

爆発ポーションも買うかもしれないが、今日の主目的は回復ポーションと適当な物色である。

正直適当に見渡しただけでも気になる物はたくさんある。

 

 

 

「回復ポーションですか。今うちに置いてある物ですとこれぐらいですね」

 

 

 

ウィズは棚から箱を取り出す。

箱から取り出されたのは一見して随分高級そうに見えるポーションだ。

もしや女神の祝福のような物ではないだろうか。

 

 

 

「効果としましては体力の大回復とスタミナもすっごく回復します。おまけに肌ツヤも良くなるという効能まであるんですよ!」

 

 

 

絶対にもったいなくて使えない。

おまけにソウル化できない壊れ物なんて絶対に持ち歩けない。

小金持ちの貴方であってもおいそれと手を出せない程のものに二の足を踏む。

もっと安いものは扱っていないのかと聞いてみる。

 

 

 

「えぇっと、回復効果があるものだと今はこれしか…あ、ではこれはどうでしょうか!物理ダメージに対して高い効果が得られる吽護のポーションです!ダメージを負わなければ回復の必要もありませんし」

 

 

 

青くドロリとした液体が入った小瓶を手渡される。

何やら構えを取ってしまいそうな名前のポーションだ。

物理ダメージを軽減するアイテムとはこれまた珍しく、そして強力だ。

いったいどの程度のダメージを軽減するのだろうか。

 

 

 

「その人の硬さにもよるんでしょうけど、仕入れた際の話ではなんと竜の牙すら通さない程に肌が硬化するらしいです」

 

 

 

とんでもない効力のポーションだ。

是非とも購入したいところだが、ふと疑問が浮かぶ。

 

先程の回復ポーションもかなりの効力を持っていたが、

この硬化ポーションには劣るだろう。

 

では何故この硬化ポーションの方が安いのだろうか?

このポーションには何かデメリットがあるのではないだろうか。

 

 

 

「えっと、おっしゃる通りデメリットもあります。硬化して防御力が上がるのはいいんですが、あまりの硬化度合いに体が一切動かなくなるそうです。もちろん効果が切れれば体は自由に動きますが、常人であれば効果中は一歩も動けないと思います」

 

 

 

なんとほぼ呪殺のような効果を服用者に及ぼすポーションという。

これはもう毒として相手に使用した方がいいのではないだろうか。

そのレベルの劇薬であればどう使うにしても是非とも数本ほしいところである。

だが瓶で保管されている製品である為、おいそれと購入することができない。

以前の爆発ポーションのように自分で押しつぶして呪殺死亡等が発生しないとも限らない。

 

底なしの木箱に放り込んでしまうというのも考えられるが、正直あの箱の収納機能もソウルの業ありきのものと思われる。

以前適当な雑草を放り込んでみたところ、どうにも取り出すことができなかった。貪欲者はこうあるべきと思うくらいに消失してしまっていた。

そのような経緯もある為、残念だが今回は遠慮しておくことにする。

ますますソウル化の方法を探さなくてはいけない。

 

 

 

「無理におすすめすることもできないのでまたご入用の際は是非」

 

 

 

棚に仕舞われるポーションを名残惜しく思いながら見送る。

ソウル化の方法さえ見つければダース買いでもすればいいかと、とりあえずはあきらめることにする。

 

 

 

「他にも何かお探しのものがあったら是非言ってくださいね」

 

 

 

にっこりと笑顔を浮かべる店主ウィズ

早速とんでもない商品が飛び出してきたこの店だ

もしかしたらソウル化の切っ掛けを見つけられるのではないだろうか。

だがしかし、ソウル化に纏わる商品を言葉として説明するのがなんとも難しい。

貴方はまごつきながらもなんとか希望の商品を説明しようと試みる。

 

 

 

「物質をソウル化…?非実体化?霊体化?えっと、かなり難しそうな注文ですね。私もぼんやりとしかわからないんですが、物を透明にしてしまう物ということですか?」

 

 

 

貴方の溢れ出る理力をもってしてもうまく伝えることができなかった。

色々と説明が面倒になった貴方は、異端の杖をソウルの業により取り出し、そしてまた消すという実演を見せた。

実演したように普通の物体を実体と非実体に切り替えられるような作用を持つ商品は無いかと貴方は尋ねた。

 

 

 

 

「うえぇぇぇ!?何ですか今の!透明化の解除でもなくて…どこかから取り出した感じでも無い…召喚?に似たようにも感じましたけど、魔術式を使ったような感覚もなかった…ちょっちょっとさっきの杖貸してもらえませんか!?」

 

 

 

貴方は否と答える。

流石に歴戦の相棒を相手に渡すのは憚られる。

めぐみんのようにぶっ倒れているのであれば別だが。

 

 

 

「こ、壊したりしませんので!ちょっとだけ!先っちょだけ!」

 

 

 

貴方は代わりにということで無駄に大量にあるダガーを一本を取り出した。

無くなって困ることもない有象無象の一つである。

 

 

 

「むむむ…やっぱり召喚に近い現象に見えますね。魔力ではない何か…力の収束?…こちらをお借りしても?」

 

 

 

貴方は頷いてダガーを差し出す。

ダガーを受け取ったウィズは一頻眺めた後、おもむろにテーブルに置く。

そしていくつかの魔法をダガーに掛け、何やら解析を行っているようだ。

 

貴方はそれを興味津々に眺めている。

どのような魔法を使って何をしているのかはさっぱりわからないが、

見たことない魔法というのはいつだって新鮮なものだ。

 

魔法の発動は数分で終わり、ウィズはダガーを貴方に返す。

 

 

 

「ありがとうございました。私も見たことが無い現象で少々取り乱してしまいすみません…ですがあなたの言いたいことは何となくわかったかもしれません」

 

 

 

ダガーを受け取った貴方はソウルの業によってそれを収納し、ウィズの言葉に驚く。

 

 

 

「おそらくですが先ほどのダガー、もともとは魔力というか…マナに似た何かで形成されているんじゃないでしょうか。材質なんかを調べたところでは普通の鋼だったんですが、揺らぎというかブレというか…物体として安定していない要素があるような感覚がありまして、それが召喚魔法によって作り出された物と似た綻びと似ています。すみません色々と曖昧な回答で」

 

 

 

マナとは何だろうか?

それが何かはわからないが、魔力とは異なるもののようだ。

それが仮にソウルに近い物であるのなら、彼女の言っていることは的外れという訳ではないような気がする。

ソウルによって編まれたダガーは確かに鋼でできているが、紐解けばソウルへと還元される。

もしやめぐみんと同じ天才アークウィザードだったりするのだろうか?

 

 

 

「アークウィザードというのは合っていますがそんな天才なんてことはありませんよ。それでえっとマナというのは大気に満ちる自然のエネルギーと言いますか、詳しいことを話し始めるときりがないので大雑把に言うとそんな感じです。貴方の言うソウル化という現象は物体をマナに変換、再構築することではないか…というのがざっと見た見解です」

 

 

 

なんかとんでもないなこの人と思いつつ、貴方はウィズの言葉を凡そ肯定する。

貴方の感覚的にはソウルの業はソウル取引にアイテムの記憶を刷り込ませているような感じである。

多分あっているだろうと理力が枯れ果てた貴方はぼんやりと頷く。

 

それを少し調べただけで凡そ言い当ててしまうのだ。記憶でも覗かれているんじゃないかと空恐ろしくなる。

色々と聞きたいことが山盛り存在するが、とりあえず当初の質問通り、物体をそのマナに変換する道具は無いかと聞いてみる。

 

 

 

「すみませんがそういった道具の取り扱いはありません。そこに存在するものを性質を維持したまま無形化するというのはかなり難しい技術になると思います。

ですが…そうですね、魔法やスキルによる解決手段ならあるかもしれません」

 

 

 

貴方は是非ともその方法を教えてほしいとウィズに頭を下げる。

何だったら異端の杖のさきっちょを触らせてあげてもいいぐらいだ。

 

 

 

「あの、そういった魔法やスキルを知っているという訳ではなく、いやもしかしたらあるのかもしれませんが…作り出せないかな~っと考えただけでして、教えて差し上げることはできないんです」

 

 

 

なるほどそういうことかと頷く。

魔法やスキルを作り出すということはおそらく並大抵のことではないだろう。

只のコピーではなくなかったものを一から作りだすのであればその苦労は推して量るべしだ。

 

それをあっさり一案として出すことに加え、先程の解析能力だ。

この世界の仕組みにまだまだ明るくない貴方であってもこのウィズという女性が相当の傑物であることが予想できた。

 

お金は割といくらでも用意するので、どうにか魔法やスキルを開発できないだろうかと貴方はウィズに頼み込む。

 

 

 

「え、えぇ~…でもうち魔道具の雑貨屋ですし、マナ化っていうのには個人的に興味はありますけど、それで商売してしまうのは…それに本当にできるかもわかりませんし、できたとしてもどれだけ時間がかかるかわかりませんよ?」

 

 

 

時間の心配は問題ない。

貴方が正気である限り時間は無限永久に存在するのだから。

とは言えソウル化ができなくてはこれから悔しい思いをたくさんすることになるので、

早いうちにどうにかしたい。

 

次に金だ。

小金持ち程度に金は持っているが、新たな技術開発に果たしてどれぐらいのお金がかかるかわからない。

めぐみんとのクエストで最近ほぼ無収入だった貴方は、即金で膨大な金額を要求されてしまうと断念せざるを得ないのだが、そのあたりはどうなのだろうか。

ちなみにめぐみんは日に日に食費を減らしている次第である。今度緑花草でも奢ってあげよう。

 

 

 

「金額ですか?実際の労力はどれくらいかかるかわかりませんがそうですね、実験で使用する材料や時間のことを考えると…試すだけで凡そ7〜800万エリスくらいに…経過によってもっとかかると思いますし、本当にできるかどうかわからないので私としても引き受けるのは気が引けるのですが…」

 

 

 

流石に払えないが、貯金のことを考えると寝ずに仕事をすればなんとかなる金額である。

宵越しのソウルを持たない貴方としては支払って成果が出なかったとしてもあまり気にはしないところである。

 

だが相手としては業務外であることと、実現性の乏しさからあまり受け付けたくないとのことだ。

凄腕アークウィザードと思しき彼女の心証を悪くするのは避けたい。

決してグウィネヴィア級であることは関係していない。

 

貴方は無理強いはしないので気が向いたら受けてほしい旨を伝える。

もし成果が出ればこの店で買いたいものがたくさんあるのだ。

 

 

 

「値段を決めたのは私ですが、そこまでしてまでソウル化の技術を求めるのって何か理由があったりされるんですか?」

 

 

 

貴方はソウル化の技術が一般的であったところから来たことと、

ソウルの業が使えないこの地では貴方は手足を捥がれたような不便さを感じていることを伝えた。

正直手足云々は言い過ぎだが、不便で仕方がないのは確かだ。

 

 

 

「ソウル化が一般的な場所ですか。それはまるで物質の境界が曖昧というか…気を悪くしないでほしいんですが、貴方の故郷は世界の法則が違う、それこそ地獄や天界のような別次元のような場所のような…」

 

 

 

多くは語れないが概ねその通りだと頷く。

もしかしたらこの世界で言うところの地獄とは貴方のいた世界なのではないだろうか?

逆に神々の存在のことを考えると天界という可能性もあるが、なんとなくあの呪われた地が天界とは思えない。

 

 

 

「もしかしてあなたは天使や悪魔のような別の種族だったりするんでしょうか?」

 

 

 

何やら期待を込めた目で見てくるウィズ

そんな彼女に貴方は冒険者カードを取り出して自分の種族が人間であることを伝える。

「そうですよね失礼しましたあはは~」と目を泳がせる彼女は何を考えていたのだろうか。

貴方はどこまでいこうと間違いなく"人間"なのだ。

 

 

ふと冒険者カードを取り出したところで思い出す。

黒く変質したこのカードは、この世界に由来するアイテムの中で唯一ソウル化することができるアイテムだった。

 

 

 

「この地方に来てから唯一ソウル化できたものですか?冒険者カードの精製はギルドの水晶で生成されますが…あれに何か糸口が?」

 

 

 

ぶつぶつと何かを考え始めるウィズ

 

確かにこのカードは不可思議だ。

死亡した際にこのアイテムだけは自然とソウルとして取り込まれ、再度取り出すことができた。

一方爆発ポーションはその場に落としてしまい地雷と化してしまった。

この二つの違いは何なのだろうか。

そこにソウル化の糸口があるのかもしれない。

 

 

 

「ーーーわかりました。この件700万エリスで御引き受けします。後ほどお見積りをお渡ししますが、先程説明しました通り明確な成果が出ない可能性もありますし、おそらくもっとたくさん費用がかかります。それでもよろしければお受けしますが…どうでしょうか?」

 

 

 

貴方は是非そうしてほしいと二もなく頷いた。

だがいったいどうして引き受けてくれるようになったのだろうか。

 

 

 

「今まで当たり前だったことが突然できなくなってしまって困る、というのは私としても共感できるところがありまして…それとそのソウル化という技術に興味が勝ってしまったので、久しぶりに有意義な研究ができるなら受けてもいいかな~っと…幸いお店は暇なので…えへへ…」

 

 

 

その笑い声には哀愁が漂っていた。

この店に閑古鳥が鳴いているが故に引き受けてもらえた貴方としては何とも複雑な心境である。

直ぐに消化できるアイテムであればこの店で買い物することにしよう。

 

 

 

「それにしても別次元の世界ですか…昔は色々なところを旅しましたが、さすがに異界を旅したことはありませんでした。機会があればどのようなところかお聞きしてもいいですか?」

 

 

 

それは随分難しい話である。

不死の呪いを伏せてあの世界を説明するのは非常に面倒なうえにボロが出てしまうかもしれない。

そのうち紅魔の杖の為に本を出版するかもしれないので、それが出るまで気長に待っていてほしいと伝える。

 

 

 

「え?本を出されるんですか?ふふ、じゃあその時はサイン貰っちゃってもいいですか?」

 

 

 

貴方は頷いた。

白いサインも赤いサインも書き慣れたものだ。

 

 

 

 

 

 

【吽護のポーション】

絶大な防御力を授ける水薬

 

防御力は上昇するが移動及び生理現象の一部が停止する

 

元来は飴として運用されていた製法が変質したもの

その効力は製法と共に歪み、白竜の呪いのような効果をもたらす毒薬となった

 

毒薬は総じて甘く、そして耐え難い

 

 

 




お肌が気になる不死


エルデンリングコメントについてはプレイ中ですのでご勘弁願います。
でもコメントは嬉しいです。



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12話

エルデの王になりました。
生存報告みたいな回かも。


 

「さぁ、行こうか…永遠なる私の王よ」

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「もしもし?もしもーし!聞いてますかー!」

 

 

 

めぐみんの声に貴方は目を覚ます。

ただの焚火を挟んだ先でめぐみんがぷんぷんしている。

どうやら話の途中で眠ってしまったようだ。

何やら夢を見ていた気がするが…どうにも思い出せない。

 

 

 

「まったく、あなたから振ってきた話なのに途中で眠るとはどういう了見ですか」

 

 

 

まったくもって申し訳ない限りである。

貴方はカタリナ騎士ではないのだが、不思議なこともあるものである。

余程深い眠りだったのだろうか、眠る前にどのような話をしていたのかも思い出せない。

 

 

 

「貴方が立ち寄った魔道具店での話ですよ。確かウィズ魔道具店という店で…なんとなく聞き覚えがあるような気がするんですが」

 

 

 

そういえば、と貴方は現状を思い出す。

 

 

 

 

ソウル化研究の話を引き受けてもらうことになった翌日

貴方は予定通りめぐみんと共に初心者殺しの討伐依頼に赴いていた。

 

移動距離がそれなりにある為明け方からの出発となり、今は目的地に程近い河原で野営をしている。

持参した「あったかふわふわ野営入門書」も読み終えてしまい、手持無沙汰だった貴方はソウル化の秘密を知るめぐみんに先日の出来事を話していた。

そうしてその途中で眠ってしまったという訳である。

初めての設営等に疲れてしまったのだろうか?

目の前にある焚火は篝火という訳ではないのだが、どうにも気が抜けてしまっているようだ。

 

 

 

「聞き覚えは置いておいて、そこの店主がソウルの業の研究を引き受けてくれたのは僥倖ですね。あの現象を一度見せただけで解析するアークウィザードが駆け出しの街にいるとは思いませんでした」

 

 

 

貴方もまさかそんな凄い人物がいるとは思いもしていなかった。

元を辿ればポーションの購入を勧めてくれたルナの言葉から、貴方が爆発ポーションを購入したことに始まっている。

よくもこれほど細い糸を手繰り寄せられたものだと貴方はルナの言葉に感謝する。

 

貴方の予想ではウィズは魔術開発等に特化した術師で、その成果をあの店で販売しているのではないかと考えている。

故にソウル化についてもすぐさま看破し、興味を持ったのではないだろうか。

何故こんなところに店を出しているのか疑問を覚えるが、きっと知る人ぞ知る穴場のようなものだろう。

 

あの若さでよくやるものだと貴方は突然翁的な心境になってしまう。

 

 

 

「紅魔族をして驚かせるとは…このクエストが終わったら私も顔をつないでおきますかね。アークウィザードが営む店ならそのうち杖なんかでお世話になるかもしれませんし」

 

 

 

はたしてまともな杖が置いてあるのか疑問に思えるが、もしかするとめぐみんのような尖った変態であれば噛み合うような杖があるのかもしれない。

そも杖が置いていなかった気もするが。

 

 

 

「ではしばらく資金調達のために依頼漬ですか?…はっ!まさか爆裂魔法を使うなと言うつもりですか!?ぐぐぐ…正直色々と世話になっている都合、反論はしたくありませんが…ありませんがっ!」

 

 

 

使うなとは言わないが、使う場所はしばらく選んでほしいところだ。

今までのような報酬大幅減は避け、今回のようないろいろとぶっ壊しても怒られない爆裂魔法を使うに不足ないクエストを重点的に受けていくべきだろう。

そうすれば経験値もたくさん稼げるうえに報酬も無駄なく受け取れる…だが必然的に難易度の高いクエストになっていくのだが、そのあたり冒険者初心者のめぐみんはどうなのだろうか?

 

 

 

「ほっ、なんだか信じられないくらい理解があって有難い限りです。しかし難易度の高いクエストですか…今回のクエストも私たちの冒険者歴から考えると十分高難易度ですし、これを終わらせてから改めて相談しましょう」

 

 

 

めぐみんの言う通りだ。

今は目の前のクエストをこなすことに集中しよう。

依頼内容は十数のゴブリンと初心者殺しという大型の獣だ。

油断して倒せる相手ではないのだ。

 

 

 

「一応私もクエストの作戦を考えてきました。初心者殺しの習性を聞き込みしてきたのですが、初心者殺しはどうやら一緒に行動しているモンスターの群れが接敵すると、後方から奇襲を仕掛けてくるそうです」

 

 

 

貴方が買い物にいそしんでいた頃、めぐみんはしっかり情報収集をしていたそうだ。

非常に申し訳ない限りである。

 

 

 

「いえ、私も暇つぶしがてらだったので。それで作戦というのは、あなたがゴブリンの群れと接敵したらしばらく遅延戦闘をしてもらって、初心者殺しが出たら"遺骨"によるテレポート後に私が吹き飛ばす…というのはどうでしょうか?」

 

 

 

よく考えられている方法に思える。

あなたが普段立てる作戦は"次はアレから狙ってみよう""次はあのアイテムを試してみよう"等々の思い付きを何度も死にながら実績するという、もはや作戦とも呼べない蛮行ばかりであった。

 

そんなバーバリアンな貴方にしては珍しく作戦を考えてきているのだが、完成度としてはめぐみんの作戦の方が高そうだ。

だがせっかく考えて来てくれためぐみんには申し訳ないのだが、この作戦には問題がある。

 

 

 

「やっぱり奇襲がわかっているのにあなた一人で戦わせるのはダメですかね?正直私も仲間としてちょっとどうかとは思ってました」

 

 

囮についてはあまり問題ではない。

魔術師ゆえに耐久力はそれほどでもないが、敵を引き付けるのは慣れたものだ。

寧ろ得意な方である。

問題は貴方が転移の難しさと、仮に転移した場合誰がめぐみんを守るかというとこにある。

 

 

 

「あ、囮はいいんですね。じゃあ私のところまで転移してもらって、そのまま万一の時は守ってもらうという形でどうでしょうか?それか私自身が遠くに転移するかとか」

 

 

 

貴方は首を傾げて考える。

前者はそもそも骨片ではできない芸当だ。

めぐみんがロスリック婆さんのように召喚奇跡を使えるのであればその限りではないが、帰還の骨片を使うのであれば篝火にしか帰ることができない。

それに襲われている最中に骨片を発動するのも中々難しいだろう。

 

後者は悪くはない。

アクセルにまで戻るので安全策としては文句はないが、敵を仕留め損なった時がかなり面倒なことになる。

 

 

 

 

「篝火っていうのはあの消えかけの焚火ですか。あれって普通の焚火じゃないんですか?初日にあなたが手を翳して点けていた気がするんですが」

 

 

 

あれはあくまで燻っていた火に触れただけで、貴方が灯した訳ではないのだ。

彼の神秘の火はただの火ではない。

人間性を薪にくすぶり続けるアレは、かつて見えた始まりの火に近いようでそれでいて遠い

巡礼の中で不死が見出す新たな故郷である。

 

正直アレが何なのか貴方は詳しくない。

火に纏わるものは呪術師の領分である。

詳しくはわからないものの、篝火を見つめているとここが貴方のソウルの場所であると強くそう感じるのだ。

本来の故郷などとうに忘れてしまった貴方にとってはそう感じる場所というだけで十分に故郷足りえてしまう。

 

 

要はただの火ではないので作り出せないのである。

 

 

 

「焚火に自由に移動できるのであれば便利だと思っていましたが、篝火?という制限があるのですね。ちなみに今コレを使うとどこに飛ばされるんですか?」

 

 

 

めぐみんはポケットから布に包まれた骨片を取り出す。

めぐみんが最後に篝ったのは【アクセル城壁前】である。

このクエストに出発する前にしっかりと篝らせたので間違いない。

 

 

 

「なるほど最後に休んだ篝火にテレポートできると。制限があるとは言えやっぱり破格の性能のアイテムですね…そうなると確かに、初心者殺しを撃ち漏らした場合またアクセルから目的地まで移動しなくてはいけませんね」

 

 

 

そうなってしまっては依頼の評価に響いてしまいかねない。

できることならば今回の遠征は一回で終わらせてしまいたいところである。

貴方が不死であることを明かせるのであれば、めぐみんに貴方ごと爆殺してもらえば確実に依頼をこなせるだろう。

だが今は未だその時ではない。

 

 

 

「ではこの作戦は修正しなくてはいけませんね。何かいい案はありませんか?」

 

 

 

要は見つからずに所定の位置に誘き出せばいいのだ。

貴方は真っ白な枝を取り出しめぐみんに手渡した。

 

 

 

 

 

この先卑怯者の時間だ。

 

 

~~~

 

 

 

「エクスプロージョン!!」

 

 

「「「■■■ーーーーーー!!!」」」

 

 

 

 

擬態を解いためぐみんがが放った爆裂魔法は、

多数のゴブリンとコボルト、そして色とりどりに輝く石を消し飛ばす。

 

いつ見ても見事な爆裂魔法を放つめぐみんに、隣で苔むした岩に擬態していた貴方は擬態を解いて拍手を送る。

 

 

 

「ぐへぇー」

 

 

 

そんな声を上げながらめぐみんは草の上に倒れ込む。

今回は隠密作戦の為、お世話になっているゴミクズクッションは用意できなかった。

残念なことにめぐみんは草と土をもぐもぐしている次第である。

 

 

「オエーぺっぺっ!臭っ!めちゃくちゃ青臭いです!なんか舌がひびれてきました!」

 

 

運悪く毒草を口にしていては洒落にならないので、うつ伏せのめぐみんを転がして顔にコケ玉を毟って振りかける。

 

 

さて、今回行った作戦は、かの鉄板のパッチに倣ったおびき寄せである。

 

点々と転がされた色とりどりに輝く七色石

そしてそれらを追った先には倒れた人に見立てた草臥れた鎧を適当に転がされており、知能の低い貪欲な間抜けを誘き出す素晴らしい罠となっている。

そんな罠をめぐみんと共に"隠密"と"擬態"を使用して待ち伏せしていた次第だ。

素晴らしい作戦です。

 

 

【隠密】

ヴィンハイムの竜の学院において

密かにあった裏の魔術師の魔術

 

術者の立てる音を消し

また落下ダメージを完全に無くす

 

この魔術のあるが故に

ヴィンハイムの隠密は高値で取引された

 

 

【擬態】

古い黄金の魔術の国

ウーラシールの失われた魔術

場所にふさわしい何かに変身する

 

それはかの国の正式な魔術ではなく

ある少女が悪戯に生み出したものだという

宵闇の森で、ただ孤独を癒すために

 

 

当然爆裂魔法以外の魔法を使えないめぐみんだが、

これを"静かに眠る竜印の指輪"と"幼い白枝"によって代用し、見事めぐみんは無音で動き回って爆裂魔法を放つ低木へと生まれ変わったのである。

 

そんな恐ろしい怪物へと変貌を遂げためぐみんによって、

討伐対象であるゴブリンとコボルトは見事消し飛ばされた訳である。

 

貴方や胡散臭い白教共、好奇心に負けたカタリナ騎士ぐらいしか引っ掛からないだろう罠だったのだが、目標の亜人共は貴方たちをしのぐ底抜けの間抜けであったことが証明されたのだった。

 

 

そういえばコボルトが群れの中にいたのはギルドで聞いた事前情報と食い違っている。

めぐみんに教えられて正体が判明した亜人の一種だが、これは後でギルドに報告した方がいいのだろうか。

 

 

 

「ギャー!何ですかコレ!え?毒消し?あぁ…なんというかそれはどうも…それで、どうですか?初心者殺しは討伐されていますか?目視はできていたので中々手ごたえはあったのですが…」

 

 

 

身動きが取れないめぐみんに、いつものように愚者のメイスを括り付けると、貴方はめぐみんから預かった冒険者カードを確認する。

 

事前に把握していた討伐数からゴブリンの討伐数が上がっていることはわかるが、初心者殺しの項目は増えていない。

つまりは初心者殺しは仕留め損なったということなのだろう。

 

 

 

「我が最強の魔法を躱すとは!初心者殺しとは名ばかりの恐ろしい獣ですね…」

 

 

 

ただ運悪く避けられてしまっただけだろう。

あんなものの直撃を食らって無事でいられる相手がそう易々といるとも思えない。

それこそ強大なソウルを持つ特別な敵でもなければ。

めぐみんにタワーシールドテントを作ってあげた貴方は、異変があれば骨片を使う様に伝えて爆心地へと向き直る。

 

 

「早く帰ってきてくださいね!保険があるとは言え森の中に一人置いて行かれるというのは~」

 

 

 

それほど心配することは無いだろう。

手負いの獣の反撃は恐ろしいと聞くが、相手が月光でも持ち出さない限り脅威とは言えないだろう。

…何故獣が月光を?

 

めぐみんに【静かな意思】のジェスチャーを送った貴方は足を進めた。

 

 

 

~~~

 

 

 

爆心地の外周

貴方たちが潜んでいた場所とはちょうど反対側の淵で、新しい血痕を発見した。

血痕の量から考えて小動物とは考え難く、恐らく初心者殺しのものと思われた。

放っておいても死ぬかもしれないが、止めを刺さなければ依頼達成の証明にはならない。

 

姿は見えないが血痕が森の中へと続いている為、貴方は"音無し"の発動と"幻肢の指輪"を使用してその跡を追うこととした。

 

 

 

素人丸出しの追跡を行いながら、貴方は思い起こす。

 

巡礼の中でも獣とは非常に戦いにくい敵の一種だった。

平行世界の不死の間では、あの四足歩行の畜生はデーモンであるとメッセージが残さ

れるほどの難敵である。

 

それに獣の中には強大なソウルを有する強敵も存在していた。

 

 

灰色の大狼シフ

霊廟の聖獣

なんか汚いシフ

王者の墓守

 

 

中でも灰色の大狼シフは印象深い存在であり、

あの大狼のせいもあって、戦闘能力とは別方面で貴方は獣と戦うことが苦手だった。

 

 

幸いにして今回の敵は意思の欠片もないただの獣だ。

群れの仇討ちの為に襲い掛かってくるというのであれば多少はやりにくさもあっただろうが、ただ逃げるだけであれば多少面倒だが、精神的には楽に殺せるというものだ。

 

 

 

精神衛生面の心配をしながら血痕を追い続けていると、ひと際大きな血だまりを見つけた。

それまでは点々と続いていた血痕は、その血溜まりを境におびただしい出血量に変化している。

 

別の何かに襲われたようだ。

 

 

 

 

痕跡がより鮮明になったことで楽に追跡ができると思って足取りを軽くした十数秒後、

貴方は無いはずの足音を潜めて姿勢を低くした。

 

 

 

「■■■…」

 

 

 

太い体毛に覆われた巨大な獣が、推定初心者殺しと思われる死体を咥えて貴方のしばらく先をのし歩いている。

低い唸り声を上げたそれは、獲物を咥えたまま首を高くして周囲を見渡している。

 

 

恐ろしく頑強そうな獣だ。

 

 

アレが何かは断定できないが発達した上半身や首回りの体毛から考えて、ギルドにて討伐依頼が出ていた一撃熊と呼ばれるモンスターと思われる。

 

巡礼の中であのような獣は見たことが無いはずなのだが、なぜか既視感を感じる。

それも一目で強敵とわかる既視感だ。

碌に情報も無いままに戦いを挑めば、瞬く間に食い殺されてしまうだろうという謎の確信が貴方にはあった。

 

貴方一人であれば無謀にも挑み挽き殺されても誰も迷惑をしないのだが、今はめぐみんがいる故に簡単に死ぬわけにはいかない。

 

姿勢を低く保った貴方は視線を離さないまま、ゆっくりと後退し始めた。

 

 

「■■■…?」

 

 

目が合った気がした。

遠くで周囲を見渡すその獣は、こちらの方に頭を向けると動かなくなったのだ。

 

 

貴方は冷や汗を一つ掻き、視線だけを動かして指輪がセットされていることを確認する。

"幻視の指輪"は変わらずセットされているが、念のために別の指輪の一つを"静かに眠る竜印の指輪"に付け替える。

 

これで間違いなくあなたの姿は見えず音も聞こえないはずなのだが、どうにも視線の先の獣はこちらに向かってきているように思える。

 

貴方も変わらず後退を続けるが、貴方の一歩と獣の一歩では差が開くどころか縮まるばかりである。

 

このままいけばそう遠くない内に幻視の指輪が見破られて致命的に見つかる。

 

 

 

貴方は後退する中で少し開けた場所に目を付けると、音もなく杖を構える。

木々の間、なるべく遠くを狙い澄まして一つのスペルを放つ。

 

 

 

【音送り】

ヴィンハイムの竜の学院において

密かにあった裏の魔術師の魔術

 

離れたところで音をたて、敵の注意をひく

 

その音は浸み込むように響き

聞いた者を奇妙に惹きつけるという

そして持ち場を離れ、無防備な背中を晒すのだ

 

 

 

 

放たれたスペルは木々の隙間を通り抜け、貴方が後退する角度とは全く異なる角度で奇妙な音を発する。

獣の注意が音の方向へと逸れ、こちらへ向かっていた獣の足音は音の発生源へと方向転換していくのがわかる。

 

 

 

獣の足音が十分に離れたことを確認した貴方は、匂いを誤魔化す為に糞団子をいくつか取り出しいくつか適当な木々にぶつけていく。

瞬く間に辺りに悪臭が満ちるが、直接ぶつけられることもある貴方にとっては慣れっこである。

とは言えそんな悪臭を嗅いでいたいわけでもないので、かの獣が戻ってくる前に足早にその場を後にする。

 

 

 

強敵からの逃走を達成した貴方は緊張の糸が途切れ徐々にその興奮状態から覚めていき、ある事実に気が付きわずかに気落ちする。

 

 

初心者殺しの討伐

金を稼がなくてはいけなくなった矢先、高難易度と目されるクエストを失敗してしまったのだ。

 

どう説明したものかと考えながら、貴方は汚れた手甲を付け替えてめぐみんの元へと戻ることとした。

 

 

 

 

 

 

 

【幻視の指輪】

舌を捧げる侵入者たち

ロザリアの指に与えられる指輪

遠い距離で、装備者の姿を隠す

 

かつて巡礼の中で心の折れた同盟者の遺品

貴方はロザリアの指を憎んでいる

 

 

 

 

【静かに眠る竜印の指輪】

魔術の故郷として知られるヴィンハイムにおいて

密かにあった裏の魔術師たちの指輪

装備者の音を消す

 

ヴィンハイムは多くの優秀な隠密を抱えた

隠密は嘲る

爆発を伴う魔術などと



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13話

久々なので食い違いなどありましたらごめんなさいね


「聴取お疲れ様でした。こちら今回の報酬となります」

 

 

一撃熊から逃れてからしばらく後

骨片を使用して帰ってきた貴方とめぐみんはギルドにて事の顛末を報告していた。

 

 

・めぐみんの爆裂魔法により亜人の群れは討伐できたが、逃れた初心者殺しは更に大型の獣によって食い殺されていたということ。

・大型モンスターは脅威が高いと判断し撤退したこと。

・転移アイテムを使用した為当日中の報告になったこと。

 

 

これらの報告はただ単に口頭で行われたという訳ではなく、

別室にてギルド職員の立ち合いのもと真偽を看破するという魔道具を使用した形で執り行われた。

危険度の高いモンスターの情報が故ということらしいが、真偽を看破するとは中々恐ろしいアイテムがあるものだ。

 

 

試しに貴方は"自分は敬虔な白教信徒である"と嘯いたところ、その魔道具は見事に作動した。

 

「白教って何ですか?」とめぐみんから質問が飛んだが、致命的に相性が悪い連中とだけ答えておいた。

巡礼者の人間性もさることながら、侵入してくる闇霊も碌な奴がいないのだ。(当社比)

 

 

こうして貴方の証言には信憑性が保証され、今回の依頼は達成されたという扱いになった次第だ。

 

 

 

「…あれ?額が事前提示の額より少し多いですね」

「そちらの増額はギルドへの一撃熊の脅威報告と、追加モンスターの討伐分になります」

「追加モンスター?」

「ギルドにて把握していた敵情報はゴブリンと初心者殺しのみだったのですが、群れはコボルトの混成であったこととその討伐に対する追加報酬となります」

「あぁなるほど。情報に無かった分も報酬に追加されていて安心しました」

 

 

 

どうやらめぐみんがまとめて吹き飛ばしたモンスターはしっかり報酬に加算されていたようだ。

 

早速報酬をめぐみんと分けたところ、

今回は報酬の減額もなくかなり実入りの良いものとなった。

 

 

「おぉ…!見てくださいこのエリス紙幣!なんと厚みがありますよ!!」

 

 

めぐみんは紙幣の束を指ではじくと、その香りを存分に味わっている。

 

 

 

「んはぁ~…めっちゃいい香りがします」

 

 

 

それほどいい香りがするのだろうかと思い、貴方もめぐみんを真似て嗅いでみるが特別匂いはしない。

 

端から見れば二人の冒険者が受付前で札束の匂いを嗅いでいるというかなり貧乏くさい姿なのだが、

初めて高額依頼を達成した冒険者にありがちな行動でもあった。

 

 

 

「ちゅうちゅうたこかいなっと…さて、この後どうしますか?私はまだ爆裂魔法は撃てそうにないので役に立てませんが、手伝えるクエストがあれば手伝いますが」

 

 

今日はもうクエストを受けるつもりはない。

不死特有の弾丸ツアーを敢行してもいいのだが、愚者状態のめぐみんを連れて生還する自信はない。

それに陽も高いこの時間では旨味もあまりないのだ。

これまでいくつかクエストを受けてきてわかったことだが、近場で割の良いクエストは早い段階で売り切れてしまうものだ。

 

貴方はそれよりもウィズへの依頼料を納めに行こうと考えていた次第だ。

報酬の使い切りは最早不死の性である。

 

 

 

「そういえば貴方の目標はソウル化の依頼料確保でしたね。せっかくですし私も同行していいですか?」

 

 

 

もちろん構わない。

めぐみんが魔力切れで無理をしていないのであれば一緒に行こうと伝える。

 

貴方はこれまでに稼いだ報酬を全て引き出すと適当なズタ袋に全て放り込み、

めぐみんと共にギルドを後にする。

 

 

~~~

 

 

 

「にしても凄い袋のふくらみですね。絵面が強盗にしか見えないのがかなり最悪です」

 

 

そんなひどい風体なのだろうか。

貨幣の量によってその質量が変化するというのは、キャッシュレス経済出身の貴方にとっては馴染みが薄く、強盗と言われてもあまりピンとこない。

そもそもあの巡礼の地では強盗どころかこちらの命を狙ってくる輩ばかりであった。

 

実際貴方も神の居城を家探ししたり、興味本位で神の寝首を掻いたりとやりたい放題だったので、

その手の輩よりもひどい賊だったのかもしれない。

只の巡礼者、そういう風には生きられん時代か。

 

せっかくなので貴方はめぐみんに冒険者になった動機や目標を尋ねてみた。

回答如何によっては貴方のフリースタイル巡礼を見直さなければいけないかもしれない。

 

 

 

「動機と目標ですか?冒険者として何をしたいかというのであればそれはもう爆裂です。爆裂魔法を放ってお金がもらえる…尚且つより爆裂魔法を強化できる…爆裂魔法を愛し愛された私には冒険者は正に天職と言えます!」

 

 

 

つまりは爆裂魔法を撃てればなんでもいいということか。

スタンスによってはパーティ解散の可能性もあったのだが、その心配は無さそうだ。

 

貴方は貴方で魔術や解呪の探求といった目的があるにはあるのだが、急ぐ話でもない。

何なら貴方の目的はめぐみんのアークウィザードという肩書があればよりスムーズに進むことだろう。

場合によっては貴方がめぐみんに捨てられないように縋り付くことになるかもしれない。

 

 

 

「いきなり上目遣いになってどうしたんですか?ヘルムで目は見えませんが気持ち悪いですよ。そんなことより貴方も冒険者になった理由も教えてくださいよ」

 

 

 

貴方が冒険者になった理由。

切っ掛けはなんだっただろうかと記憶を辿ってみると珍しくすぐに思い出した。

この世界に飛ばされた直後の貴方は、不審者として逮捕されるのを防ぐ為に仕方なく身分を明るくするために冒険者になったのだ。

決してめぐみんのような求道の為に冒険者になった訳ではないので何とも間抜けな理由である。

 

 

 

「はぁ~なるほど、確かにその全身鎧で身元不明は捕まりますね。異世界転移していきなりそんな目に合うなんて相当焦ったんじゃないですか?」

?」

 

 

 

実はそれほど焦ることもなかった。

転移してすぐさま亡者に襲い掛かられないだけ随分とマシというものだ。

仮に衛兵に捕まっていたとしても、期限のない監禁に慣れた貴方にとってはどうってことは無い。

 

 

 

「監禁に慣れてるって何をしたんですか…え?公爵の書庫に不法侵入?どんな理由かと思ったら普通に悪い事してますねあなた」

 

 

 

言われてみれば悪いことをした気もする。

くっせぇ蛇に唆されたとはいえ、断りもせずに神々の居城を暴きまわったあの頃は過去最高に亡者だった。

 

 

 

「まぁどこぞの貴族のことなんてどうでもいいです。貴方が冒険者になった理由はわかりました。転移先がアクセルでよかったですね…ほかの場所だったらひと悶着あったかもしれません」

 

 

 

アクセルでよかったというのは"駆け出しの街"と呼ばれているところだろう。

しばらく街で過ごしていればわかることだが、この街には駆け出し冒険者が多く集まっているようだ。

暖かくなってからはギルドに行くたびに新顔の若者を見かけることから間違いはないだろう。実際めぐみんもそんな若者の一人である。

このように新人冒険者で賑わっているアクセルでなければ、確かにもっと不審に思われていたかもしれない。

 

貴方はふと冒険者について疑問を覚える。

 

 

 

「んん?何故冒険者がこれほど多いのか、ですか?」

 

 

 

貴方は頷く。

この世界は多少モンスターの危険はあるが平和そのものと言える。

現に貴方も二桁程度しか死亡しておらず、その死亡した原因である冬将軍も積極的に人を襲うことも無いという。

クエストで討伐したモンスターは害意があるモノもいたが、街を襲撃してくるようなことは無い。

そんな環境を考えるとこの冒険者の数は過剰じゃないだろうか。

 

 

 

「そう感じるのはアクセルが大陸内で魔王城から一番遠い街だからだと思いますよ。魔王城に近いほどモンスターの危険度は上昇するという話です。まぁそのあたりは私も実感が薄いのですが…オホン!まぁつまりは力のある冒険者はベルゼルグ各地で求められています。ですが駆け出しがそんな危険度の高い場所に行っても大した活躍は期待できません。そんな冒険者が力をつけるには危険度の低い土地から徐々にランクを上げていく必要があるので、モンスターの危険度の低いここアクセルは冒険者が集まりやすい街の一つとして賑わっているということです」

 

 

流石アークウィザード 随分と博識である。

感心してめぐみんの方へ目を向けると、彼女はいつの間にか取り出していたガイドパンフレットを読み上げていただけのようだ。

 

なるほどアクセルに集まった冒険者はいずれ各地に巣立っていくようだ。

同程度の冒険者が一堂に会するココであれば貴方とめぐみんのように新たにパーティーを結成したり、競い合いながら力を伸ばしたりと色々と都合も良いのだろう。

 

しかしながらそうすると更なる疑問も浮かんでくる。

 

ギルドにいた手練れと思しき冒険者や、めぐみんのようなアークウィザード、

凄腕アークウィザード兼珍品売りのウィズ

駆け出しの街というにはちぐはぐな実力を持った人物が何人も思い浮かぶ。

彼らは何故アクセルに居座っているのだろうか。

 

そんな違和感を抱かせる人物の一人であるウィズ、彼女の店がようやく見えてきた。

 

 

 

「あれが目的の店ですか?大魔導士がいるという割には結構地味な店ですね」

 

 

 

そうなのだ。

確かな実力があるはずのウィズが切り盛りしているにも関わらず今日も賑わっている気配が全くない。

置いてある品々も駆け出しが買うにしては随分尖った性能をしていたり、あまりに高額だったりと駆け出しの街にしては少々気が触れているラインナップなのだ。

 

きっとそれにも理由があるのだろう。

だが隠された秘密を暴こうとすれば大抵碌な目に合わない。

貴方の有する膨大な経験則がそう告げており、あなた自身も必要が無ければ暴こうとは思わない。

 

愚行を冒してフィリアノール的なことになるのはもう懲り懲りである。

 

幸いドアノブが卵のように崩れ去ることは無く、貴方とめぐみんは店内へと入る。

 

 

 

「ほー結構品揃え良さそうですね。見覚えがあるモノがあるような…無いような」

 

 

 

めぐみんは店内に入るや否や何やら訝し気に店内を見渡している。

"見覚えがある"というのは聞き逃せない発言だ。

こんな珍品ぞろいの店を他に知っているというのであれば是非とも教えてほしいところである。

 

 

「いえ、他の店で見かけたという訳ではなく実家の方でーーーちょ、ちょっと見てください!店の奥から何やらすごい魔力反応が!!」

 

 

脈絡なく焦った声を出すめぐみん

彼女が指さす方向に目を向けると、確かに店の奥から眩い光が溢れている。

そして何やらソウルの気配…それもデーモンのような喰らう者の気配を色濃く感じる。

 

もしやウィズは何かに襲われているのではないだろうか。

その考えに至った貴方はズダ袋を放り出して、店の奥へと駆ける。

 

 

「ギャー!札束に溺れるぅー!」

 

 

めぐみんの悲鳴が聞こえるがそれどころではない。

ソウル化に纏わる最も太い伝手がピンチなのだ。

貴方の安い命を犠牲にしてでも助けなければいけない。

決してグウィネヴィア級であることは関係していない。

 

眩い光が漏れる扉を力任せに押し開けた先はとんでもないことになっていた。

 

 

 

なんと光り輝くウィズが部屋の中央で浮遊しているのだ。

 

 

 

なんとも珍妙な光景だがとてつもなくまずい状況と思われる。

ウィズの周囲は彼女を中心として球形状に切り抜かれたようになっていることから、もともと座っていた姿勢から周囲の物体が消失してしまっているようだ。

 

その範囲は未だにゆっくりと広がり続けており、削り取られた物質は魔力ともソウルともとれる光に変換され渦巻きながらウィズへと吸収されていく。

 

ひどく恐ろしい光景だ。

これまで数多の神やデーモンと対峙してきた貴方だったが、周囲の物質への"浸食"であれば見たことがあったものの、これほど急速な"吸収"については見聞きしたことが無かった。

 

自分が齎した技術が起こした惨状であると瞬時に理解した貴方は、

己の内に意識を巡らせて大量のアイテムを出現させる。

 

 

 

~~~

 

 

 

魔法騎士の放り出したズタ袋からあふれ出した札束に押しつぶされて、満更でもないめぐみんだったが、

緊急事態を思い出すが否やはじかれたように起き上がり彼の後を追う。

 

 

 

「急に走りださないでくださいよ!ーーーうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

現場に追いついためぐみんが目にしたものは、とてもこの世のものとは思えないものだった。

 

 

 

 

小部屋の中央で発光しながら周囲の何もかもを崩壊させていく店主と思しき女性と、

まるで産卵でもしているかのように、白っぽい球体状の何かをボロボロと生み出している騎士の姿であった。

 

その余りに奇妙な光景をとっさに爆破しなかったのは正に奇跡と呼ぶ他なかった。




【ロイドの護符】
主神ロイドの騎士が不死人を狩るときの道具
効果範囲内でエストによる回復をできなくする

かつて不死人狩りの英雄であったロイドの騎士の遺産
主神ロイドの信仰は廃れて久しく、その狩りの業だけが受け継がれている

不死の巡礼者の多くはこの護符を持ち歩いた
だかその用途は本来のものとは異なることが多い


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14話

どうもルビコン星人です。




 

 

「スヤァ…」

「くそぉぅ…こっちの苦労も知らないで健やかに眠りやがってますね」

 

 

 

穏やかな寝息を立てるウィズをめぐみんに任せ、

貴方は部屋に立ち込めた煙を逃がす為に部屋の窓を開ける。

 

この煙の正体はめぐみんと共に投げ散らかしたロイドの護符である。

不死にぶつけたり貪食者を眠らせたりと、不死以外が使っているところをトンと見ないこの護符をめぐみんと共に四方八方に投げ散らかしたことで、恐ろしい存在へと変貌していたウィズを眠らせることに成功したのだった。

おかげで今やウィズの魔法商店はボヤでも出たかの様相を呈している。

通報でもされればどうやって説明しようものか。

 

 

 

「ウィズさん?が光り輝いて、あなたが産卵し始めた時は泡吹いて倒れるかと思いましたが…事なきを得てよかったです…事なき?」

 

 

 

確かにあのまま放っておけばアクセルが吹き溜まりのような有様になっていたかもしれない。

 

ちなみにめぐみんの言う産卵とは貴方が慌ててソウルからロイドの護符を取り出していた事を指しているのだが、当然貴方は産卵を行ってはいない。

不死は卵生ではないだろうし、如何な神であろうとも護符を産卵するという生態は持ち合わせてはいないだろう。

 

 

 

「ところでどうですかこのゴミクズで作ったベッド。なかなかの出来じゃないでしょうか」

 

 

 

めぐみんの自慢げな声に振り替えってみると、

そこでは無数のゴミクズに埋もれるようにして眠るウィズの姿があった。

あったかふわふわなのは確かなのだが、その正体がゴミクズである以上ウィズのローブは塵塗れになっていることだろう。

 

 

 

「確かにホコリ塗れになってますね…でもこの部屋の惨状からしたら別段大したものではないでしょう?」

 

 

 

めぐみんは部屋の中心にあいた大きな窪みをのぞき込む。

ウィズを中心にきれいなすり鉢状に空いた大きな窪みは、幸いにして壁や天井を巻き込むほどのものではなかったが、部屋の機能を失わせるには十分な大きさでそこに空いている。

 

 

 

「クレーターと呼ぶには随分きれいに穴が開いてますね。あなたは随分迅速に対応(産卵)していましたがこの現象に心当たりが有ったりするのですか?」

 

 

 

めぐみんと同じように窪みをのぞき込んだ貴方は窪みの淵を指でなぞった。

振れた部分が風に流れるように塵となって消滅する。

ソウルの核が失われた際の現象によく似ている。

 

他者のソウルを己がものとする

ソウルの業によるもので間違いないだろう。

 

 

 

「ではソウル化の技術が完成したということですか?それにしては明らかに暴走していましたし…あなたが産卵していたのはそのあたりが何か関係していたりするのですか?」

 

 

 

ロイドの護符についてはソウルの吸収を抑えることと無傷で無力化することの二つから適当に思いついた作戦だった。

 

そして貴方の思い付きは劇的な変化をもたらした。

 

 

 

そう、ウィズが眠りについたのだ。

 

 

 

つまりウィズは小人の末裔や貪欲者の神のような、

神々に疎まれる所謂素性の明るくない種族であることが疑われる。

 

 

 

「小人の末裔と貪欲者?小人ってのはドワーフとかのことですか?それに貪欲者って何ですか?聞き慣れませんがただ欲深い人という訳ではないーーーーーヒィッ!?」

 

 

 

貪欲者を言葉で説明することをあきらめた貴方は"貪欲者の烙印"を装備したところ、

めぐみんは顔面蒼白となって尻もちをついてしまった。

 

彼女は貪欲者初見ということもあってさもありなんというリアクションであった。

貪欲者の忌避感と言ったら長い巡礼の中でも慣れるものではない。

本物の八頭身貪欲者なんて見た日にはめぐみんは失神してしまうのではないだろうか。

貴方はこれが貪欲者という種族の首級であることを伝えて、直ぐに元のヘルムに戻して助け起こす。

 

 

 

「今日だけで何度驚いているかわかりませんが、今のはとびっきり心臓に悪かったです。ダンジョン擬きのようなモンスターなのでしょうか?それにしてもモンスターの頭をそのまま被るなんてめちゃくちゃ悪趣味ですね」

 

 

 

有用性はさておき悪趣味という点では完全に同意できる代物である。

 

 

 

「見た目からまともな種族ではないことはわかりました。それで、この爆睡している店主もそういったまともではない種族であるかもしれないということですか?」

 

 

 

その可能性は高い。

今現在も護符の煙が消え切らないこの部屋だが、めぐみんはぴんぴんしている一方、貴方はもう何も食べたくない気分になっていた。

つまり護符の効果はしっかりと表れており、ウィズは種族のせいで影響を受けたか、ただタイミングよく爆睡してしまったかの何れかということになる。

 

 

 

「人にしか見えませんけど擬態でもしているんでしょうか?店主が暫定モンスターとなってしまったわけですがどうしますか?正直このままぶっ殺すのは物凄く気が引けるのですが…あと何故かはわかりませんが飢える家族の顔が頭をよぎりました」

 

 

 

貴方もぶっ殺すのは遠慮したいところである。

そもそもソウル化の依頼を出している以上、ウィズの種族が人間でないことなど些事でしかない。

異種族交流は貴方にとっては慣れたものであり、言葉が通じるのはむしろ上等な方だ。

とりあえず目が覚めるまではめぐみん謹製ゴミクズベッドに放っておけばいいだろう。

 

 

 

「取り敢えずはそうするしかありませんかね…お、幸い壊れていない目覚まし時計がありますよ。なんだかドっと疲れましたし、休憩も兼ねて30分くらいで合わせておきますか」

 

 

 

ウィズのグウィネヴィアの上にセットされた目覚まし時計を見て、なんとなくこのまま眺めていたくなった貴方だったが、目覚めたウィズにあらぬ嫌疑をかけられてもたまらないのでめぐみんと共に店の外に出る。

 

そういえば貴方も目覚まし時計で起こされるという貴重な体験をしたことがあったが、あれはいつのことだっただろうか。

7~8年くらい前だった気もする。

 

 

 

~~~

 

 

 

「うっわぁ、その貪欲者っていうモンスターのビジュアル最悪ですね」

 

 

 

ウィズの店の前で時間を潰していた貴方たち

やることも無かったので貪欲者についての解説講座を開いていた。

 

地面には覚醒状態の貪欲者の絵がサイン蝋石で描かれており、頭の部分だけは実際に貪欲者の烙印が置かれている状態だ。

貴方は貪欲者の頭を描くだけの技量を持ち合わせていない。

貴方はその大きさがわかるようにその絵の近くで横たわりながら解説を行っている。

 

 

 

「宝箱から手足が生えてくるだけでも恐ろしいのに、貴方の倍近くの大きさがあってさらに機敏に動くとは」

 

 

 

この世界にあの悍ましき生物がいるかはわからないが、めぐみん曰くダンジョン擬きという擬態型のモンスターがいるとのことなので、

貴方がこれまでに培った貪欲者の特徴と対策について説明している。

 

 

 

「対処方法は擬態中に先ほどの護符を投げつけると。倒し方は覚醒状態になる前に最大火力で袋叩きにすると…え?倒しきれなかったらブリッジの体勢で追いかけてきて丸のみにしてくるんですか!?」

 

 

 

恐れおののいているめぐみんの為に烙印をもう一つ取り出してブリッジ形態の絵を書き足す。

 

見れば見る程気色の悪い生き物である。

見た目もさることながら鳴き声まで不気味なうえにとんでもなく強いという正に化け物である。

そのうち強大なソウルを有した貪欲者が爆誕するかもしれない。

 

 

 

「ダンジョン擬き対策で宝箱や階段を突っつくというのは定石ですが、貴方の体験談を聞くとその必要性を実感しますね。というかなんで丸のみにされて生きーーーーー

 

 

 

ジリリリrrrrrrrrrr

 

 

 

その折、ウィズの店の奥から目覚まし時計が鳴り響く

 

古い薪の王たちが、棺より呼び起されるだろう

深みの聖者、エルドリッチ

ファランの不死隊、深淵の監視者たち

珍品売り、ウィズ

 

何処かの婆の声が脳内に木霊したがウィズの字名は絶望的に締まらない。

 

 

 

「…?ッーーーーー!?!?」

 

 

 

「どうやら起きたみたいですね。窓も光ってませんし、再暴走はしてなさそうですね」

 

 

 

それは幸いと貴方は準備していた護符をソウルに収納する。

一先ず事情を説明する必要もあるだろうと、貴方は鎧に付いた土を払ってめぐみんと共に再度入店する。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

「ほんっとうにごめんなさいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

貴方たちがアイテムを使って暴走していたウィズを沈めた旨を伝えると

ホコリの化身ウィズは悲痛なほどの謝罪を告げる。

パッチも見習ってほしいくらいの心の底からの謝りっぷりだ。

 

 

 

「まぁ私は実害ありませんでしたし特別含むところはありませんが…貴方はどうなんですか?あの護符ってやつ山ほど投げてましたけど」

 

 

 

護符はボチボチ集めるのが大変な物だが貴重品という訳でもない。

最悪街が滅んでいたかもしれないが、事なきを得たので貴方もなんとも思っていない。

ノーカウントなどとほざき始めたらどうなっていたかわからないが、彼女がそんな外道ということも無いだろう。

 

むしろ暴走状態とはいえこちらの世界の物質をソウルとして吸収していたということはソウル化の研究が進んだとみていいのではないだろうか?

貴方としては行幸と言える。

 

 

 

「お二人がタイミングよく来ていただいて本当に助かりました…あの状態の私は酩酊状態というか何というか、欲に飲まれていた状態でして…」

「欲に?ソウルの吸収って中毒性が有ったりするんですか?」

 

 

 

確かに他者からソウルを奪うのは気分がいいが、中毒性があるかどうかは首を傾げるところである。

 

 

 

「いえこれは何というか、私の持病というか何というか…どうしても言えない秘密がありましてーーーーー

 

 

 

「あぁもしかして種族が人間じゃない云々が関わっている感じですか?それ以上の秘密があるとすれば実は胸に詰め物をしているとかですかね?さすがにデカすぎると思いませんか?」

「う゛ぇ゛っ!!!???」

 

 

 

ウィズは白目を剥いて固まってしまった。

 

まさか…本当に詰め物をしているのだろうか。

もしそんなことがあるとすれば、貴方の心は絶望に張り裂けてしまうだろう。

輪の都に秘された暗い偽りよりもはるかに残酷な嘘だ。

 

一方めぐみんは「私またなんかしちゃいましたかね?」と何故か少しドヤっている。

 

 

 

「あ゛あ、ぁのぉ~…あなたはいったい…」

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 

 

マントを翻すめぐみんに合わせて、貴方も無暗に"古き月光"を発動させてジェスチャー"紅魔族のポーズ"をとる。

また誓約が進んだ気配を感じる。

 

 

 

「あ、あぁ~!紅魔族の"方達"でしたか!改めまして私はウィズと申しますよろしくお願い…ではなく、もしかして魔眼か何かをお持ちなんですか?眼帯されてますし、それで私の…その…種族を?」

 

 

 

どうやら驚いていたのは種族の看破についてだったようだ。

貴方は安堵に深く息を吐く。

 

それにしてもめぐみんが魔眼を持っているという話は初めて聞いた。

眼球が精霊に祝福されているのだろうか。

 

 

 

「フフフ、この眼帯は我が強大な力を抑える為の神器ではありますが、魔眼の類を制御する為のものではありません。ところで魔眼ってかっこいいですね。ノーリスクで私も使える便利グッズとかあったりしませんかね?」

 

 

 

どうやら魔眼は持っていないそうだ。

貴方はめぐみんの要望に応え"邪眼の指輪"というアイテムを取り出す。

眼球に能力が備わるアイテムではないが、敵を倒すと体力回復に作用する効果をもたらすアイテムだ。

一芸特化のめぐみんには全く合わないアイテムだ。

 

 

 

「邪眼!これまたカッコいいワードですね!効果が合わないのは残念ですが、また由来とか教えてください」

 

 

 

貴方は頷いて指輪をしまう。

ついつい紅魔の杖としての使命に従ってしまったがこれ以上は話が逸れすぎてしまいそうなので、

貴方は話を戻すべくロイドの護符を取り出して見せる。

貴方は護符の効力によって神に背く種族であるということを看破したことを伝えた。

 

 

 

「回復を阻害する不死狩りの護符ですか。なるほど確かに私に効果がありそうなアイテムです…」

 

 

 

護符について説明したところ、ウィズは何やら思いつめたようにうつむく。

が、直ぐに覚悟を宿した目で貴方たちを見据えて口を開く。

 

 

 

「もう誤魔化しが効くとも思えませんので告白します。私はリッチー…いわゆるアンデッドです」

「リッチー!?リッチーってあのアンデッドの王的なあの!?」

 

 

 

リッチーという言葉にあまり馴染みが無い貴方だったが、どうやらめぐみんはそうでもないようで随分な驚き様である。

アンデッドの王というと"最初の死者 ニト"が思い浮かぶところだ。

 

 

 

「どうやら貴方はあまりピンと来ていないようですね。リッチーというのは生前アークウィザード…それも確かな能力を持った者がなんやかんやでアンデッド化した存在です。能力は生前より強化されていて、その強大な強さからアンデッドの王と呼ばれているそうです」

 

 

 

魔法が扱える上に話ができるアンデッドとは何とも心の踊る存在だ。

だが本当にアンデッドなのだろうか?

アンデッドと言えばだいたい干からび切っている者ではないだろうか?

見る限りウィズはその辺の亡者よりもはるかに健康的な肉付きに見える。

 

 

 

「ご説明ありがとうございます。めぐみんさんがおっしゃった通りのアンデッドです。その、信じていただけるかはわかりませんがあなた方や街の人たちに敵意や害意があるわけではないんです…」

「って言ってますけどどうします?まぁ私たちでどうにかできる相手とも思えませんし、むしろ私たちの方が取って食われるかもしれません」

「いやいやいや取って食うなんてそんな野蛮なことは…そ、そんなことより、お二人とも何故それほど驚いていないんですか?ーーー私としましては先ほどの告白は最悪この場で切りかかられる覚悟の重大発表だったのですが」

 

 

 

ウィズは貴方たちの反応がどうにも腑に落ちないようだ。

めぐみんは十分に驚いていたように見えたが、それでも敵意を向けないだけでも珍しい話らしい。

 

 

 

「十分驚いていたつもりだったんですが、そうですね…事前に人でないことはわかっていましたし、今日は肝を潰すような出来事ばかりだったので」

 

 

 

めぐみんは貴方をじっとりとした目で見てくる。

札束風呂、光り輝くウィズ、護符の産卵、直近だと貪欲者の烙印の突然装備もある。

確かに肝を潰すには十分なイベント量だ。

烙印については貴方も反省するところである。

 

 

そして貴方もウィズに驚いていない理由を伝える。

"知人にアンデッドがいる"のだと。

バモスなんかは炎派生で大変お世話になったものだ。

果ては猫やキノコともお話している貴方は種族の壁程度で怯むほど軟ではない。

 

 

 

「な、なるほど 私としては拒絶されるよりは遥かにありがたいです。そういえば貴方は異世界人でしたね…アンデッド交友があるとはずいぶん懐が深いというか何というか」

 

 

 

不死院生まれ 不死街育ち

言葉通じる奴はだいたい友達

 

なのでウィズを害したり、このことを吹聴したりするつもりはない事を伝える。

そもそも依頼を出しているのだからウィズに死なれては困る。

めぐみん曰くソウル化の技術を研究できる知恵者等そうそういないだろうとのことなのだ。

 

 

 

「私の知り合いが喜びそうな友達判定ですね…正直私としても"これがリッチー?"というような疑問を感じるぐらいなので、この人がなんとも思わないのであれば私も騒ぎ立てるつもりはありません」

「…ありがとうございます。受け入れやすい事情があるとはいえ、私のような存在にとっては貴方たちのように受け止めてくれる人たちは本当に救いです」

 

 

 

ウィズは改めて感傷たっぷりに深々と頭を下げた。

この反応を見る限り、恐らくこれまで知人友人のような交友は希薄だったのだろう。

それどころか過去には迫害のような辛い思いをしたのかもしれない。

ドストレートの迫害で不死院にぶち込まれた貴方はウィズの気持ちはよくわかる。

 

 

 

故に貴方は己が不死であることを伏せているのだから。

 

 

 

しかしよくよく考えてみると、今この瞬間というのはチャンスではないだろうか?

"色々起きすぎて精神疲弊しているめぐみんと"、"事故と種族のことでこちらに負い目の有るウィズ"が相手であればーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方は二人に重要な話があると言いーーーーー

 

ーーーーーおもむろに上半身の鎧を脱ぎ去った。

 

 

 




ロイドの護符ってアンデットには効かないのでは?
と思った方もいると思います。


パチパチはじけて脳みそが幸せだぜ
(深く考えていません)


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