七慾のシュバリエ ~ネカマプレイしてタカりまくったら自宅に凸られてヤベえことになった~ (風見ひなた)
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プロローグ
第1話 強盗姫、空を往く


 澄み切った蒼い空に、白銀の翼を広げて一騎の人型機動兵器(シュバリエ)が駆け抜けていく。

 日の光を受けて煌めくメタリックなボディは翼同様に白銀色に塗装されており、優美なフォルムと相まってどこか神聖な雰囲気すら感じられた。

 

 事実、その機体が所属している陣営(クラン)にとっては、まさしく勝利の女神の遣いと言っても差し支えないだろう。

 

 地上で壮絶なまでに泥臭い火力戦を展開していた同陣営のシュバリエたちは、戦闘空域に駆け付けるや否や、彼らの頭上を制圧していた空戦仕様の敵機を蹴散らし始めたその雄姿に喝采の声を上げた。

 

 

「おい、見ろ! シャインだ!! あのクソッタレが来てくれたぞ!!」

 

「よっしゃあああああ! いいぞ強盗姫! 今だけは歓迎してやる!! やったれやったれ!!」

 

「てめえクソ傭兵! 俺の武器返せやゴラァァァァ!!!! 畜生、味方じゃなければ撃ち落としてやるのに……!!」

 

「いやー……お前の腕じゃ当たらんだろ」

 

 

 ……いや、喝采5割、罵倒5割といったところかもしれない。

 

 その場にいたほとんどのプレイヤーは、その機体が敵に回ったときに痛い目に遭わされた経験を持つ者ばかりだ。しかし、だからこそ、件の機体とそれを駆るプレイヤーがどれほどの辣腕なのかをよく知っていた。

 

 味方についたとき、どれほど頼もしい存在なのかも。

 

 

「おい、凡骨(ポンコツ)ども! シャインに見とれてる場合か、応戦しろ! 奴が制空権を奪っている間に、陣地を取り戻すぞ!!」

 

 

 指揮官機が通信を入れると、シュバリエたちはまるで王命を拝聴した騎士が背筋を伸ばすかのように姿勢を正した。

 

 

「行くぞ、我に続け! 今なら陣地は切り取り放題だ! 【氷獄狼(フェンリル)】どもに奪われたシェア以上を奪い返してやれ!!」

 

「「「Yes,sir!!」」」

 

 

 指揮官機の鼓舞を受け、威勢を上げて突撃するシュバリエたち。

 一方、敵のシュバリエは突然現れた銀色の機体に少なからずパニックを起こしているようだった。

 

 

「ああ、くそっ、シャインだ……!! 畜生、今日こそ撃ち落としてやる!!」

 

「バカか、地上から撃って当たるわけないだろ! それよりも前見ろ、前! 【トリニティ】の連中が突撃してくるぞ!! 迎撃しろ!!」

 

「制空権を取られたら他の空中機に爆撃される……! 一刻も早く敵を殲滅して、あのクソッタレの空飛ぶ野良犬を追い返せ!!」

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 一方、先ほどから地上のシュバリエから散々な言われようをしている当の銀色の機体のパイロットは、ケラケラと笑いながらドッグファイトを展開していた。

 

 

「あははははははは!! 四方八方360°どこを見ても敵だらけだなぁ!!!」

 

『大変楽しそうですね、騎士様。ですがこれは多勢に無勢というものでは? たった一騎で突貫など愚の骨頂、孤立無援、一般的に絶望的な状況だと表現すべきです』

 

「つまりどれだけ狩っても手柄首は独り占めってことじゃん、大変結構!!」

 

 

 白銀の機体のパイロット――シャインは、愛らしい顔立ちに笑みを浮かべ、操縦桿を握るたおやかな指に力を込め直した。

 

 一言でいえば、幻想的な美しさを持つアバターだった。

 

 年の頃は13、14歳ほど。サラサラとしたロングヘアは光の加減で青にも淡い紫にも見え、幼さを多分に残した顔立ちは可憐。白いドレスにでも身を包めば、妖精の国から迷い出てきたプリンセスとして別ゲーで通用しそうだ。

 

 

 

 しかしその表情は好戦的な笑みに彩られ、アドレナリンが過剰分泌されまくっていた。元があどけない顔立ちだけに、凶相っぷりが半端ない。

 

 

「シャイイイイイイイイイイン!!! 今日こそくたばれやあああああ!!」

 

 

 雄たけびを上げながら翼を広げ、敵の空戦仕様機の一団が迫る。小隊4騎が分散して1騎に集中攻撃を仕掛ける、彼ら得意のフォーメーションだ。

 

 強盗姫の名をほしいままにする害悪プレイヤーを今日こそ打ち滅ぼさんと、これまで数々のシュバリエを仕留めてきた必殺の陣形を展開する。

 

 先頭に立つ機体がトマホークを振り上げ、白銀の機体の腕部に狙いを定めた。

 電磁パルスの青い軌跡を描きながら迫る刃を、シャインは紙一重でするりとかわして背後に付き、至近射程ギリギリからビームライフルをぶっ放す。

 

 動力炉を直撃する一撃を受け、機体には赤く灼熱する穴が開く。致命傷!

 

 誘爆する前に素早く翼のブースターを起動して距離を取ったシャインは、背後から迫る爆発の光を受けながら意気揚々と可憐な声を上げる。

 

 

「まずひとつ!」

 

『結構なお手前で』

 

 

 わざわざ動力炉を狙い撃って機体を爆発させたのは、速攻でキルを取るためだけではない。

 

 

「ぐわっ……眩しいっ!?」

「くそっ、誘爆光が……!」

 

 

 爆発によって起こった閃光のエフェクトに巻き込まれ、至近距離まで近付いていた別の敵機2騎の目が眩む。

 

 このゲームはVRだ。セミフルダイブ型と呼ばれる感覚没入型であるが故に、発生するエフェクトは感覚を伴ったリアルな衝撃をプレイヤーに与える。

 このチャンスをみすみす見逃すなどありえない。

 

 

「2つ、でもって3つ!!」

 

 

 最初に襲った機体が手にしていたトマホークが、2騎の敵機の首を刎ね飛ばす。

 当然その刃を振るったのはシャインの駆る白銀の機体だ。いつの間にか敵の武器を奪って、自分の武器として使っている!

 

 

「くそっ! メインカメラをやられたくらいで……」

 

「それって割と深刻な事態だよね」

 

 

 そう言いながら、白銀の機体が空中でブーストを乗せたキックを繰り出し、頭部を潰されて狼狽する1騎をまだ健在のリーダー機に向かって蹴り飛ばした。

 

 

「うわああああああっ!?」

 

「くそっ……聞きしに勝る卑劣な奴め!!」

 

 

 そう言いながら、リーダー機はビームサーベルを振るい、迫るチームメイトの機体を容赦なく斬り飛ばす。

 頭部を失って完全に足手まといとなったうえに、リーダー機に文字通り切り捨てられた機体は、哀れにも爆炎を上げながら地上へと落下していく。南無三。

 

 

「おっと、なかなか非道なのが敵にもいるじゃん」

 

「外道を狩ろうとするなら正道ではいられんよ……そう思わんか?」

 

「ボク、自分を外道だとか思ったことないんだけどなー……だよね、ディミ?」

 

『そうですね。騎士様は外道ではなく畜生の部類です。人間の高尚な倫理観とは無縁の存在だと言えましょう。人の道を外れたのではなく、ナチュラルボーンくそったれアニマルなのです』

 

「ははーん。ディミもなかなか言うようになったねー。ボクはゲームを可能な限り楽しんでるだけなんだけど」

 

 

 サポートAI<ディミ>の辛辣な罵倒を軽く流しながらも、シャインは白銀の機体の翼のバーニアを噴き、弧を描くように敵リーダー機の背後へと回ろうとする。

 

 しかしそれは敵機も同様で、お互いがお互いの背面を狙って移動するうちに大きな輪を描き出す。まるで円舞曲(ワルツ)を踊るかのような、このゲーム特有のドッグファイト。誰が呼んだか、騎士の(シュバリエール・)円舞(ワルツ)

 

 優雅な名前とは裏腹に、やっていることは相手を弱点からブチ抜くための必死の裏の掻き合いである。

 

 

「なかなか裏を取らせちゃくれないか……相手もやるなあ」

 

『騎士様、楽しく踊るのは結構ですがシンデレラには門限がございます。敵の新手に囲まれる前に、カボチャの馬車に乗り込んだ方がよろしいかと』

 

「ネズミの御者は口うるさいな……っと」

 

 

 円舞軌道に乗ったまま白銀の機体はビームライフルを構え、敵機に向かって撃ち放った。

 

 威嚇射撃にしてもお粗末だな、と敵リーダーは鼻で嗤う。円舞軌道に乗った状態でロックオンしてビームライフルを撃っても、高速で動く相手には決して当たることはない。それはゲームシステム上、敵を簡単に倒させすぎないための制約だ。

 

 相手に当てるためには、何らかの方法で相手を足止めするか、何発もばら撒いて相手のミスで接触させるしかない。それは揺るぎようのない、プレイヤーの常識である。

 

 そのはずだった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 オゾンを焼きながら迫る赤い光線が、敵リーダー機の右腕を吹き飛ばした。

 灼熱して溶け落ちる腕を見ながら、敵リーダーは狼狽した声を上げる。

 

 

「どうなってる!? ロックオンしながらあの速度で撃って、当たるわけが……!!」

 

「ロックオンは使ってないんだよね」

 

 

 あっさりとそう返して、シャインは続く二射目をロックオンせず目視で命中させ、敵リーダー機の胸部をブチ抜いた。

 HPがゼロになった敵機は、驚愕に固まったまま炎上し、動力部の臨界を迎える。

 

「目視・無誘導……!? ば、化け物……」

 

「はい、4つめ♪」

 

 

 敵機の巻き起こす爆発光を浴びながら、シャインは早くも次の犠牲者(ターゲット)を求めてその場を飛び立っていた。

 モニターに映るポイント加算値を見て、機嫌よさそうな声を上げる。

 

 

「ん? 今のエース機だったのか。なかなかのポイントが入ったよ。それにしても失礼な話だよね、人を化け物呼ばわりとは」

 

『戦闘機に迫る速度で飛翔する物体を目視かつ無誘導で撃ち落とせれば、一概に言って人間業ではありませんね。もっと人外のご自覚をもたれることをお勧めします』

 

「所詮ゲームでしょ? 練習すれば誰にでもできるって」

 

『騎士様は人類を買いかぶっておられる』

 

「キミたちが人類をナメてるんだよ」

 

『どうでしょうね』

 

 

 さーて、もう一稼ぎするか!

 どいつから殺そうかな……っと。

 

 

 シャインは可憐な顔に獰猛な笑みを浮かべ、さらなるスコアを稼ぐべく飛翔した。




AA職人のみちゃか様が寄稿してくださったAAを使用しています。
ありがとうございます!


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第2話 順風満帆、足元に奈落

 この日の戦闘はあっけなくカタが付いた。

 シャインが敵の空戦機主力部隊を散々に蹴散らしたところに、援軍の空戦部隊が到着したことで制空権は完全に確保。

 さらに暇になったシャインが空戦部隊の連中を誘って敵地上部隊への的当てゲームを開始したことで、敵陣営の戦意はガタ落ちした。

 

 

「みんなー! 射的して遊ぼうよー! ドローン機1点、一般兵2点、指揮官機5点、エース機10点ね。ボクは強いからハンデ50点でいいよ」

 

戦国DQN(森長可)かオメーはよォ!?」

 

 

 一度戦意が萎えてしまえば崩れるのはあっという間である。

 シャインを雇ったクラン【トリニティ】側の指揮官は、機嫌よく通信を入れた。

 

 

「ご苦労だった、褒め置こうシャイン」

 

「そりゃどーも」

 

 

 【トリニティ】の指揮官・ペンデュラムは、背中まで長く伸ばした黒髪が特徴的な美青年風の容貌を持つ。それでいて厳格な雰囲気をまとっており、筋骨も逞しい。

 口調は何かにつけて居丈高なのだが、実際トリニティ内では高い地位にあるらしく、兵からも慕われているようだ。

 

 何となく少女マンガのオレ様系お金持ちキャラみたいな奴だな、とシャインは漠然と思っている。

 そしてこのオレ様キャラが、傭兵であるシャインにとっては目下のお得意様(かねづる)というわけだ。

 

 

「それでぇ、今回のギャラなんだけどぉ……」

 

 

 えへへと笑いながら、シャインは手もみして商談モードに入った。

 商談と言いつつも、やってることは可愛さを前面に押し出したぶりっ子である。

 あまりにも演技があざといシャインだが、ペンデュラムは鷹揚に頷いた。大物か。

 

 

「ああ、事前の約束の成功報酬は、5000円のカードだったな」

 

「エースもやっつけたんだけど、もうちょっと色付かない?」

 

 

 ここぞとばかりに、シャインは上目遣いですがった。

 ホログラム映像でウルウルと瞳を潤ませる少女に、ペンデュラムは苦笑を浮かべる。

 

 

「ふむ……いいだろう。ではもう1枚追加しよう」

 

「おっと、エースは2騎いたよ!」

 

「そうか。じゃあ合わせて3枚手配しよう」

 

 

 ちょろいぜ!

 

 シャインは毎度どーも♪ とホクホク笑顔を浮かべた。

 金銭感覚にゆるいのか、ペンデュラムは言い値でギャラを払ってくれるのでシャインとしては笑いが止まらない。

 へへっこのお坊ちゃん、リアルじゃ相当金持ってんだろうな。

 ゲームで味方するだけで小遣いをもらえるなんて、こんなうまい話はない。

 これからもいっぱいむしらせてもらおう。

 

 

「しかしシャイン、お前はいつになったら正式に俺の麾下(きか)に入るのだ?」

 

「えー? またその話? それはもう断ったでしょ」

 

「俺は納得した覚えはないな。シャイン、お前は実に使える人材だ」

 

 

 ホログラムで上半身だけ再現されたペンデュラムは、そう言って身を乗り出した。

 

「お前が参戦するだけで敵は恐れおののき、士気を下げる。

 一方でお前に負けじと、味方は士気を高めて奮闘する。

 そしてその名声に違わぬ戦いぶりで、戦場を席巻(せっけん)するのもお前だ。

 お前という存在は、1人にして3つもの使い道がある稀有な人材と言える」

 

「いやぁ、相手も味方も勝手にビビってるだけじゃないかなあ……。

 まあ? ボクが超つよーいのは事実だけどね!」

 

「そうだ、お前は有能だ。そういう人材こそ、俺の右腕にふさわしい!」

 

 

 力説するペンデュラムだが、彼の口調に熱が籠るほど、シャインの温度は目に見えて冷めていく。

 

 

「えー? やだよ、しがらみとかめんどくさーい」

 

「俺のモノになれ! シャイン!」

 

「嫌です」

 

 

 こいつマジでオレ様系みたいなこと言いやがるな。

 

 

「何故俺に従わない、シャイン! 優れた人材は優れた指導者の元にあってこそ輝くものだ、その名前のように!」

 

「あのー。みんなシャインシャインって言うけどさ、ボクの名前はスノウライトなんですけど……。もうこれで何度目か忘れたけど、人のことを勝手なあだ名で呼ばないでくれる? どっから来たのさ、シャインって……」

 

「シャイン、話をはぐらかすな!」

 

「スノウって言ってるよね!? シャインって呼んだら二度と返事しないからな!」

 

「……わかった、スノウ」

 

 

 ペンデュラムはふう、とため息をついた。

 わかってくれたか。

 

 

「とりあえず、この後ロビーのレストランで食事でもどうだろう? もちろん俺が奢ろうじゃないか。今後についてゆっくりと腰を据えて話し合おう」

 

「おっと、説得に成功するまで帰さないやーつ」

 

 

 全然わかってくれてなかった。

 シャイン改めスノウは、こいつこれさえなければ完璧なお得意様なんだけどな……とげんなりしながら、話を打ち切る方向に持っていく。

 

 

「今日はこの後用事があるから、また気が向いたときね。

 あ、ちゃんとカード手配するの忘れないでね!」

 

「そっちは手抜かりない。俺が一度でも支払いを滞らせたことがあったか?」

 

「もちろんそれは信頼してますよぉ、えへへへ」

 

 

 スノウは手もみしてニコニコと笑いながら、ログアウトのスタンバイ状態に入った。

 

 

「それでは、またのご利用をお待ちしてまーす♪」

 

 



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第3話 凸撃はじめまして

 バイザーを外すと、室内はもう夕焼けの赤に染まっていた。

 少年は六畳間の隅に設置されたVRポッドから出て、うーんと伸びをする。

 

 西暦2038年にもなって畳敷きのボロアパートには、近未来的なVRポッドはいささか以上に場違いだが、もうこの数カ月で見慣れた風景になった。

 

 

「いやー、今日も稼いだなー」

 

 

 スノウの中の人・大国(おおくに)虎太郎(こたろう)は、汗だくになった体をタオルで拭き、冷蔵庫で冷やしておいたスポドリをごきゅごきゅと飲み干した。

 

 季節は既に夏。エアコンは効かせておいたものの、VRポッドは熱が籠るので熱中症対策は万全にしておかなくてはいけない。

 いくらゲームの中で無敵の騎士様(パイロット)であっても、操作する人間の体は脆弱なのだ。

 

 汗を拭き終わったタオルを洗濯かごに放り込んだ虎太郎は、ふと洗面台の鏡に映る自分の顔を眺めた。

 

 生まれたままの黒髪はあまり手入れがされておらず、ちょっとボサボサ気味。美形でもなければ不細工でもない地味な顔立ち。

 強いて特徴と言えるところもなく、集団に埋没しがちな容姿の彼は、実際今年入学した私大でも友達がいないぼっちである。

 もっとも、別に友達が欲しいとも思っていないのだが。

 

 虎太郎はそんな地味な容姿の自分を見て、ククッと笑った。

 

 

「この僕が、ゲームの中では美少女キャラで男から金をむしり取りまくりだもんな。ホント世の中みんなカワイイ女の子に弱くて、笑えてくるよ」

 

 

 これまで傭兵・スノウ(通称シャイン)としてさまざまなクライアントの元を渡り歩いてきたが、どの依頼主もスノウが戦った後に笑顔で交渉すると二つ返事で報酬として金品をくれるのである。

 これが姫プレイってやつか、と虎太郎は感動した。男キャラだったらこうはいかないよなあ。

 

 これも自分のキャラメイクが神がかっているからだな、と虎太郎は密かに自慢に思っているのだ。カワイイは正義! 正義はカワイイ!

 

 

「しかしどのクライアントも、自分と専属契約を結んでくれって迫ってくるのが玉に瑕だよな……。やっぱりかわいい女の子は手元に置いときたいもんなのか。

 別にヤレるわけでもないだろうになあ。

 いや……それも悲しき童貞のサガ……か……!」

 

 

 めちゃめちゃ失礼だなお前。

 

 もちろん虎太郎は遠慮なく童貞の悲しさと自キャラの可愛さを利用して儲けるつもりである。

 

 

「しかし、まさかゲームしてお金をもらえるなんてことがあるとは、地元にいた頃は思ってもみなかったよな。ホント美少女キャラに作ってよかったよ」

 

 

 おかげで上京してこのゲーム『七翼(しちよく)のシュバリエ』を始めてからは、バイトする必要もなく学校とゲーム三昧の日々を過ごせている。ありがたいことだ。

 

 なお、具体的な資金源としては某通販サイトで使用できるギフトカードを利用している。

 通販サイトでそのまま使ってよし、やや目減りするがちょっとロンダリングして現金に変えてよし。贈り主にこちらの住所を知られることもないので、匿名性もバッチリ保持できるのだ。

 唯一の問題はあまりやりすぎると脱税に問われるかもしれないってことカナー。まあ学生の小遣い稼ぎ程度、許してもらえるっしょ!

 

(注意:贈与控除額を把握して法律の範囲内でやりましょう)

 

 

 お金入ったら何に使おうかな……たまには美味しいものでも食べるかな。

 そういえばこの前もらったギフトカードで注文した雑貨とか、そろそろ届くんじゃなかろうか。

 小遣いの使い道をウキウキと考え始めたとき、

 

 

 ピンポーン

 

 

 ボロアパートのチャイムが鳴った。

 

 

 ……誰だろう?

 

 こんな夕暮れ時に来る客が思い浮かばず、虎太郎は首を傾げた。

 隣の鈴夏(すずか)先輩が料理を作りすぎておすそ分けに来たとか?

 それとも宗教の勧誘だろうか。アレ帰ってもらうの面倒なんだよなあ。

 

 

「大国さーん。茶川(ちゃかわ)急便でーす。ご注文のお届けに来ましたー」

 

「あ、はいすぐに出ます!」

 

 

 ドアの向こうから聞こえてきた女性ドライバーの声に、虎太郎は慌てて玄関へ向かった。この前注文した雑貨、今日届くのか。メールではお届け日がまだ少し先だったような気もしたけど。

 

 

「すみません、お待たせし……て?」

 

 

 ドアの向こうに立っていたのは、20歳くらいのスーツ姿の美人だった。

 やや赤みがかった艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、顔立ちは美少女というよりも美人。

 背はそれほど高くはないが、背筋の通った気品のある立ち姿は、清冽な百合の花を思わせる。並みの人間には決して手が届かない、高嶺に咲く花。

 

 街を歩けば十人中九人が振り返るような、そんな美人は

 

 

 明らかに運送屋じゃねえだろ!!

 

 

「えっ、誰……?」

 

 

 虎太郎が戸惑っていると、美人はガッとドアの隙間に足を差し込んできた。指はチェーンを掴み、ドアノブを背中に納めて完全侵入。

 

 やだこの清楚美人、ぐいぐい来る……!!

 

 

「こんにちわ。リアルでは初めまして、シャイン。ペンデュラムよ」

 

「え……?」

 

 

 楚々として微笑みを浮かべる美人に、虎太郎は呆けた声を上げた。

 

 

「ぺ、ペンデュラムって……さっきまでゲームで話してた?」

 

「ええ、傭兵シャインちゃんのお得意様のペンデュラムよ」

 

 

 頭が真っ白になった。

 えっ、これがペンデュラム? あのオレ様系イケメン指揮官の?

 マジで? リアル女(ネナベ)なん?

 何しにここへ? どうやって僕の住所を?

 

 

 ぐるぐるとまとまらない思考を回した結果、虎太郎は笑い声をあげた。

 こたろうは こんらん している!

 

 

「ざ、残念だったな! 僕がネカマだと知ってこれまでの報酬を取り返しに来たんだろう? 生憎、とっくに全部使っちまったよ! 貧乏学生ナメんな!」

 

「ん? どういうこと? 凡骨(ポンコツ)なの?」

 

 

 ペンデュラムを名のる清楚美人は、きょとんとした表情を浮かべた。

 

 

「何って、ネカマ姫プレイがバレたから、怒って金を取り返しに来たんだろ?」

 

「……えっ? もしかして貴方、姫プレイでお金を貢がれてると思ってる?」

 

「それ以外になんでお金をもらえる理由があるんだ?」

 

 

 ペンデュラムはウソでしょ、こいつリアルは凡骨なの? と呟いた。

 

「いや、まあ凡骨でも凡愚でもいいか。

 私がここに来たのはシャイン、貴方を私の右腕としてスカウトするためよ。

 これまで何度も何度もな・ん・ど・も! 

 この私が直々に勧誘してるというのに、貴方と来たらその価値もわからず袖にするから、こうしてリアルに直談判に来てあげたってわけ」

 

「来てあげたと言われても、頼んでませんが」

 

「なんで私が貴方の都合に合わせるのよ。貴方が私の都合に合わせなさい」

 

 

 リアルでもオレ様キャラなのかこいつ!?

 いや、リアルの方がむしろひどいような気さえする。

 

 

「帰ってくれません……?」

 

「だーめ。貴方ときたら散々私を翻弄してくれたわね……凡骨の分際で!」

 

 

 ペンデュラムはニコッと誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべると、バッグから一枚の書類を持ち出した。

 

 

「なんスかそれ」

 

「終身雇用契約書よ! 貴方はこの私、天翔院(てんしょういん)天音(あまね)傘下の専属プレイヤーとして、私が命令するときに戦うの!」

 

「奴隷契約書じゃねーか!?」

 

 

 天音とかいう美麗なリアルネームにふさわしい清らかな笑顔で、とんでもない爆弾を持ち出してきた。

 ドン引きする虎太郎の反応を見て、ペンデュラムは自らの間違いに気付いたらしい。

 

 

「あ、大丈夫よ安心して。戦闘は1日6時間までに収めるつもりだし、それ以外は好きに過ごしてもらっていていいわ! 社宅の面倒も見るし、それなりの待遇も約束するわ! ウチはホワイト企業を目指してるの!」

 

「ホワイトを目指してるってことは、今現在はブラックってことですよねえ!?」

 

「努力目標って大事だと思わない?」

 

「永遠に実現されない目標は絵に描いた餅同然なんだよなあ!」

 

「年棒1千万出すから!」

 

「えっ1千万!?」

 

 

 虎太郎はびっくりして聞き返した。

 その反応にペンデュラムは確かな手ごたえを感じ、にっこりと微笑む。

 

 

「そうよー。プロ野球でドラフト1位入団された選手と同額よ。今時、貴方と同年代でいきなりそれくらい年収稼げる人ってどれだけいると思う? それが毎日ゲームできる生活についてくるのよ? こんないい話ってないでしょ」

 

「う、ううむ……」

 

「想像してみて? 一千万あれば何が買えるか」

 

「想像してと言われても、一千万なんて全然ピンとこないんだけど……」

 

 

 しかし貧乏学生には実感のない数字だった!

 

 

「……ええと、ほら。車とか? 家とか? 多分買えるんじゃない?」

 

 

 おおっと! 説得する側も逆の意味で金銭感覚に疎いと見える!

 

 ペンデュラムはごほんと咳払いした。

 

 

「とりあえずこんな貧乏臭い部屋とはおさらばして、もっといい暮らしはできるわよ。さあ、私の手を取りなさい。優れた人材にふさわしい人生を歩むのよ!」

 

「…………」

 

 

 虎太郎は差し伸ばされた手を見て、しばらく考えた。

 そしてゆっくりと頭を横に振る。

 

 

「その手を取ったら、もう自由に遊べないんだろ? それは嫌だな。

 僕は自由にゲームがしたい。好きなときに、好きな相手と戦いたい。

 僕にとっては、自由さこそがゲームの真髄だ。それを奪うことは誰にも許さない」

 

「……そう」

 

 

 ペンデュラムは穏やかに微笑んだ。

 透き通るような、優しい笑顔だった。

 虎太郎は安心して、にこりと笑い返す。

 

 

「わかってくれた?」

 

「それで納得するようなら、こんなところまで来ないんだよなああ!!」

 

 

 ペンデュラムは突然飛びかかると、虎太郎を壁に押し付け、ドン! と顔の横に手を突いた。これはまさか……伝説の壁ドン!?

 キスするような距離まで顔を近付けたペンデュラムは、虎太郎の耳元で囁く。

 

 

 

「もう逃がさねえぜ? 私のモノになれよ……!」

 

 

 オレ様キャラが漏れてるうううううう!?

 とんでもない状況に意識を遠のかせつつ、虎太郎は何故こんなことになったのかをゆっくりと思い返していた……。



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第一章 傭兵稼業のはじめかた
第4話 抽選あたりました


 ――壁ドン事件から遡ること3カ月前、4月27日。

 

 

「これでよし……っと」

 

 

 六畳一間のアパートの隅に設置されたVRポッドの威容に、虎太郎(こたろう)は満足げな笑みを浮かべた。

 

 一畳ほどのスペースを占有するVRポッドによって、ただでさえ狭っ苦しい部屋はベッドと机以外は足の踏み場もないような状況になってしまっているが、本人は特に気にした様子もない。

 これから繰り広げられる、夢のようなゲーム付きひとり暮らしに目を輝かせている。だがそれも無理はない。

 

 地方から身一つで上京して貧乏暮らしを送る身にとって、これは思ってもみない幸運だった。

 

 

「本当にラッキーだったなあ、まさかVRポッドがソフト付きで当たるなんて」

 

 

 このVRポッド、そもそもはアパートを契約するときについでで契約したネット回線業者の抽選キャンペーンで当選したものだった。

 契約の際、業者が「抽選キャンペーンをやってるので、後でいいものが当たるかもしれませんよ」とは言っていたのだが。

 

 

「しかし太っ腹だよね。こんな高いものをくれるなんて」

 

 

 VRポッドとは、現時点でのVRコンテンツの最先端端末だ。

 2メートルほどのポッドに横たわる形で使用するこの端末は、セミ・フルダイブ型VRシステムを搭載している。

 これによって従来の視覚・聴覚だけでなく嗅覚や触覚、味覚といったほぼ五感のすべてを通じたバーチャルリアリティ体験が可能。

 

 2030年代初頭に実用化された第七世代通信システム(7G通信)が可能とした、IT文明の新たなブレイクスルーといえよう。

 

 そして新たな技術につきものだが、これがとてもお高い。

 スタンダードモデルはおろか、エントリーモデルですら貧乏学生にはとても手が出ないほど高価な端末なのだ。

 

 ……最低でも二桁万円もすんだぜ!!

 

 それがまさか抽選キャンペーンで無料でもらえるとは……今年1年の幸運を使い切ったのではと疑うほどのラッキーであった。

 しかも、超人気ゲームソフト『七翼のシュバリエ』付きで!

 

 

「これやってみたかったんだよなあ……! スマホで何度PVを見返したことか」

 

 

 『七翼のシュバリエ』。

 それは“シュバリエ”と呼ばれる人型機動兵器を操縦して、戦場で敵対するライバルプレイヤーとの熾烈な戦いを繰り広げるロボットアクションである。

 

 あまり難しいことは気にしないタチの虎太郎は、PVを見て憧れるだけでいまいち仕様について深く理解してはいないのだが、とりあえず翼があるロボットを超高速で飛ばせたり、地上型のロボットが大火力の武器で敵部隊を殲滅したりと、派手なドンパチ(戦争)ができることはわかっていた。

 

 一般的に対戦要素に特化したゲームはそこまでライトユーザーには向いていないとされるが、この作品は例外的に非常に高い人気を博している。

 

 リアルな操縦体験や武器やパーツの換装による成長要素、自由度の高いキャラメイクなど、人気の出る要素を多数備えているが……それだけでは説明のつかない何かが、このゲームにはあった。

 

 それこそ、普通なら高価で二の足を踏んでしまうようなVRポッド(端末)を、全世界規模でバカ売れさせてしまうほどに。

 

 

「どれほど面白いのかは、自分で確かめてみるに限るよね!」

 

 

               <ダイブ・イン!>

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

――『七翼のシュバリエ』の世界へようこそ、騎士様。貴方の参加を歓迎します――

 

 頭上から響く謎の声に導かれ、虎太郎は眼を開く。

 そこに広がっていたのは、光に満ちた暖かな空間だった。オブジェクトは何も置かれていない、見方によっては殺風景な景観ではあったが、どこか心落ち着くような雰囲気を感じる。

 

 今のVR技術というのは大したもので、ゴーグルやコントローラーの存在をまったく感じず、裸でその場にいるような臨場感があった。

 

 

「いや、裸どころの騒ぎじゃないわ。なんか自分が青くてスケスケなんですけど?」

 

 

 虎太郎は青い影法師のように見える腕を振り上げ、困惑の声を上げた。

 なんか往年のペンションで殺人事件が起こる推理ゲームに似てますね!

 

 

――まだこのゲーム内での貴方の分身となるアバターを設定されていませんので、便宜上このように表現させていただいております――

 

 

 頭上からの声が説明してくれる。

 

 

「なるほどなるほど。ところでキミはサポートAI? それともチュートリアル用のメッセージプログラム?」

 

――このチュートリアル専用のサポートAIです。騎士様が初めての戦場に出ていかれるところまで、私が責任もってサポートさせていただきます――

 

「親切な仕様だねえ」

 

 

 ひと昔前で言えば、プレイヤーのチュートリアルに専属のオペレーションスタッフがつきっきりになって付き合ってくれるようなものである。

 人間にやらせるとなれば人件費的にまず不可能な仕様だが、これもオンラインでAIをほぼ無限に常時稼働させることを可能とする7G環境の賜物といえるだろう。

 

「じゃあとりあえず、どんな姿をしてるのか見せてよ」

 

――え? チュートリアルとは関係ありませんよね、それは――

 

 

 唐突に意味不明なオーダーをする虎太郎に、困惑するサポートAI。

 

 

「だって姿もわからない相手と会話するなんて味気ないじゃない?」

 

――ゲームのヘルプメッセージってそんなものではないですか?――

 

「でもキミAIなんでしょ? ただのヘルプとは違うところを見せなきゃ」

 

――と、言われましても。そもそも形など用意されていませんから――

 

「あるでしょ、こういう場合いろいろさぁ。妖精さんとか緑色のタマっころとか。なんかそういうマスコットキャラっぽい感じでいこう」

 

――はあ……そんな要求をされたのは初めてですが。では妖精をベースに――

 

 

 サポートAIはしばし困っていた様子だったが、やがて頭上にオブジェクトの破片が集められ、球体を形成し始める。

 

 そして中からトンボのように透き通った羽を持つ、手のひらサイズの小さな女性が姿を現した。人間ではありえない緑色の髪をサイドテールにまとめ、ヘッドドレスを載せている。群青色のドレスに白いエプロンをしたその服装は、ヴィクトリア朝時代のクラシックなメイド服にとても良く似ていた。

 

 妖精のように愛らしい格好だが、端正でどこか冷たさを感じさせる理知的な顔立ち。その表情はAIというイメージによく合っていると虎太郎は思う。

 

 

『騎士様の従者ということになりますので、ペット型オプションパーツのメイドタイプの外装を流用してみましたが……こちらでよろしかったでしょうか?』

 

「うん、すごくいいよ。露出が少ないのが特にいい。よくわかってる」

 

 

 虎太郎はにこにこと(といっても影法師状態なので見えないのだが)笑顔を浮かべ、内心でひとりごちた。

 

(随分と機転の利くAIだな。自分で学習したのか?)

 

 

『では、早速貴方の分身となるアバターを作りましょう』

 

「マイキャラクターってわけだね。どんな容姿にしてもいいの?」

 

『はい。ですが、性別に関してはできるだけリアルと合わせることを推奨しています』

 

「どうして?」

 

『その方がいろいろとトラブルを避けやすいですから』

 

 

 運営(そっち)の都合かい! と思いながらも、それも理に適ってはいるだろうなと虎太郎は考える。ネットゲームにおけるネカマやネナベに関する問題は、それこそネットゲーム黎明期と同時に存在した根の深い問題だ。

 近年ではLGBTに関する議論も入り混じり、根本的な解決は難しい。

 

 だからこそ運営的には余計なトラブルを避けたいのだろう。

 

 

「でも僕は女性キャラを選ぶね! 何が悲しくて男のケツを見ながら遊ばなきゃいけないんだ!」

 

『VRゲームなのですから、自分のお尻は見えないのでは?』

 

「言葉の綾だよ! 高校生までならそりゃ女キャラなんて恥ずかしい……っていうのはあった。他人の目もあったしね。だけど僕はもう大学生だ! リア友もいないし、誰はばかる必要もない! 僕はたっぷり時間をかけまくって、とびっきりカワイイ女キャラを作るぞおおお!!」

 

『はあ……まあ、そこまで希望なさるのでしたらご自由に、としか……』

 

 

 そして、本当にたっぷりと時間をかけた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

『あのぉ……もうかれこれ20時間が経過してますけど、まだキャラメイクに時間をかけるおつもりですか?』

 

 

「なんだよ、途中で休憩落ちしたし、ご飯も食べてるんだから文句ないだろ」

 

 

 まったくVRポッドってのは5時間連続プレイするごとにログアウトを強制してくるのが面倒だな、かーちゃん気取りかよと虎太郎はぶちぶち言いながらキャラ造形を練り続ける。

 

 サポートAIはそんな虎太郎にドン引いた表情を浮かべながら、口を挟んだ。

 

 

『……そこまで手間かける必要ありますか? このゲーム一応ロボットアクションなんですけど。アバター作り込んでもゲームプレイの大半に関係ないですよ』

 

「でもロビーで他のプレイヤーと会話したり、通信するときに顔出るんだろ?」

 

『そりゃ出ますけど』

 

「じゃあ妥協しない。とことん作り込むわ」

 

『えぇ……? 後から整形チケットでキャラメイクし直すこともできますし、とりあえずスタートしてみるというのも……』

 

「嫌だよ」

 

 

 虎太郎はサポートAIに向き直ると、びしっと指を突き付けた。

 

 

「いいか? 僕はゲームに絶対妥協しないタチなんだ。とにかく遊ぶからには、本気の本気でやらないと気がすまないんだ。僕の邪魔をしてくれるなよ」

 

『……私、チュートリアルが終わらないと消えられないんですけど……』

 

「プレイヤーに付き合うのがサポートAIの仕事、いや、存在意義だろ?」

 

『サポートAIにも、お付き合いする人を選ぶ権利を認めるべきだと思いません?』

 

「そりゃ確かにね」

 

 

 クスッ、と虎太郎は小さく笑う。

 

 

「じゃあ少しでもこの退屈な時間がマシになるように、何か音楽でもかけてよ。ゲーム中のBGMで、オススメなのあるでしょ?」

 

『チュートリアルも終わってないのに本編のBGMを聴きたい? ここはサウンドテストモードですか? ああ、こんなことならDJの衣装を選んでくるべきでした』

 

 

 いいな、このAI。

 ぶつくさ皮肉を垂れつつBGMを選ぶ羽根付きメイドを横目で見て、虎太郎は目尻を緩めた。

 



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第5話 キャラメイク職人の朝は早い(徹夜)

「できた……!!」

 

 

 チュンチュンと小鳥の(さえず)りが木霊する中、虎太郎は満足げに完成したアバターを眺めた。

 

 年齢は十三、十四ほど。

 幼げだが整った顔立ちは、光の加減で青にも紫色にも見える髪色と相まってどこか神秘的な印象を受ける。瞳を閉じた姿は、まるで眠りの呪いを受けた神話の巫女姫のようだ。

 スレンダーな体つきだが、それが一層妖精的な美しさを醸し出していた。

 

 

『はあ、やっとできましたか……』

 

 

 せめてもの抗議にチュンチュンと囀る小鳥のSEを鳴らしていたサポートAIがアバターの前に降り立ち、腰に手を当ててしげしげと見つめる。

 

 

『ふーむ……なるほど。これは……』

 

「どう? 僕の理想を100%再現できたと思うんだけど」

 

『一言で言うと、素晴らしすぎて気味が悪いですね』

 

「もっと素直にほめろや!?」

 

 

 寝不足もあって瞬間沸騰でブチ切れた虎太郎に、いやだって、とサポートAIは手を顎に当てて首を傾げた。

 

 

『これを3DCGデザイナーにやらせたら、普通に高額の工賃取られますよ。騎士様、本当に素人ですか? 大抵のユーザーって力入ったの作ろうとしますけど、途中で諦めてほどほどの出来にするかプリセットキャラにするんですよね』

 

「地元の友達にこういうのが上手いのがいたんだよ。昔コツを聞いてたんだ」

 

『なるほど。ウチのスタッフに勧誘したいくらいですね、その方』

 

「それはそれとして、これどうやって動かすの?」

 

『あ、普通に重なってくれたらいいですよ』

 

「こうか?」

 

 

 虎太郎は瞳を閉じたまま直立不動のアバターの背後に立ってから、すっと前進する。まるで器に魂が宿るかのように、影法師だった虎太郎はアバターに溶けて混じり合い、ひとつになった。

 

 

「お?」

 

 

 やがてぱっちりとアバターが瞳を開く。

 

 

 

 

 ロールアウトしたばかりの自分の白魚のような手を握ったり開いたり、軽く跳ねたりして使い勝手を試してみる。

 

 

「あー、あー……。うん、声もバッチリ女の子だ」

 

 

 声帯もイメージ通りの透き通ったソプラノボイス。

 

 バーチャルアイドルが出始めた頃、ボイスチェンジャーソフトを使って男の演者が“バ美肉”するのが流行った。それから20年が経過した現在では、性別に関係なくまったく違和感なく理想の声帯をリアルタイムで作ることが可能となっている。

 

 

『これで満足なさいましたか?』

 

「うん、大変結構! 僕の理想のヒロインって感じだよ」

 

『男の理想を30時間かけて見せつけられる側にもなっていただきたいです』

 

「男の理想が長時間かけて実現する過程だぞ。2時間スペシャルで特番にしてもいいくらいじゃない?」

 

『見るのはフィギュアオタクぐらいでしょう、視聴率は取れそうにありませんね。

 さてキャラクター名はどうなさいます? 次は何時間もかけないでくださいね』

 

 

 端正な顔立ちのサポートAIがじろりと白い眼を向けると、なんとも言えない迫力があった。

 それを軽くスルーして、虎太郎が宿ったアバターは指を立てる。

 

 

「それはもう決めてるんだ。名前は“スノウライト”。淡い髪色にピッタリだろ?」

 

『どこか儚げな印象を受けますね。はっきり申し上げて、騎士様のご人格には不釣り合いでは? もっとドギツくて自分勝手な感じがよろしいかと思いますよ』

 

「“シャイン”じゃ眩しすぎるからな」

 

 

 スノウは肩を竦めて小さく笑った。

 そんな少女に、メイド姿のサポートAIはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

『さて、それじゃいよいよ本題のシュバリエの操縦チュートリアルに移りましょう! ふふふ、ちゃんとできるまでビ・シ・バ・シ!! 鍛えてあげますよ!! あははははっ!! 覚悟してくださいねえっ!!』

 

 

 これまでの鬱憤(うっぷん)を晴らさんと、壮絶な笑い声を上げるサポートAI。額には青筋が浮かび、その機能いる? ってくらい怒りと喜びを表現していた。

 

 

「ああ、それカットでいいよ」

 

 

 ばっさり。

 

 

『は!?』

 

「いや、別にそういうチュートリアルいらんて。めんどいからスキップで」

 

『……もしや騎士様、このゲームの経験者ですか? アカウントを複数お持ちとか? いえ、別に複垢は禁止してはいませんけどぉ……』

 

「うんにゃ、初心者だよ。プレイはこれが初めて」

 

『じゃあいるじゃないですか! 受けてくださいよチュートリアル!!』

 

「操作方法とか多分カンでわかると思うんだよね。わかんなかったらリアルタイムで訊くから教えてよ」

 

 

 ニコニコと笑うスノウに、サポートAIは不満顔を浮かべた。

 

 

『そりゃまあ、既にロボットもののアクションゲームをプレイされたことがあれば、さほど複雑じゃないかもしれませんけどね? それでもこのゲームの独自要素とかいっぱいあるんですよ?』

 

「ボクはやりながら覚える主義なんだよね。説明書とか読まないし。あまり細かいことも気にしないから……」

 

『まあそういうプレイスタイルがあることは否定しませんけどね』

 

「だからキミがやたらボクのことを騎士様と呼ぶのも、なんか設定とかあるんだろうなーと思ってるけど別に訊くつもりはないんだ」

 

『その疑問、30時間ほど口にするのが遅いんですけどぉ!? 私、質問されるのを今か今かと待ってたんですけどねえ!?』

 

「“シュバリエ”ってフランス語で騎士のことだし、どうせ人型ロボットのシュバリエに乗るプレイヤーはゲーム中でNPCから騎士として扱われている、とかそんな設定なんでしょ?」

 

『しかも自己解決された! やめてくださいよネタ潰すの! そうですね!!』

 

「まあそこらへんの設定はPVで見たんだけどね」

 

 

 スノウはクスクスと笑い声を上げる。その姿がまた、生まれつきの女の子のように似合っていた。

 サポートAIは若干いじけながらも、じゃあ次は自機設定しまーすと話を進める。

 

『シュバリエは主に<フライト>、<タンク>、<ガンナー>の3タイプに分類されます。それぞれ得意とする戦術が異なりますので、ご自身に向いた戦術によって初期タイプを選んでください』

 

「RPGでいう職業(クラス)みたいなものかな?」

 

『そうですね。まああくまでそういう分類というだけで、パーツや武器を換装して後からタイプを変えたり、複数のタイプを折衷することもできますよ』

 

「なるほど。それぞれ何が得意なの?」

 

 

 サポートAIはモニターをどこからともなく出現させると、ようやく説明らしいことができます、と言わんばかりに嬉しそうに語り始める。

 

 

『<フライトタイプ>は空中戦に特化しています。シュバリエは基本的に飛行能力を持ちますが、<フライト>は特にスピードが高く、空中戦でそのポテンシャルを発揮しやすいです。武器によっては地上への爆撃を行うこともできますよ。

 その反面、火力は3タイプ中でも控えめになりがちで、中でも実弾系武器の反動を受けやすいですね』

 

「スピード特化の航空戦仕様か」

 

『<タンクタイプ>は地上戦特化ですね。大火力の砲戦を行うことができますよ。火力で敵を殲滅したいなら、これ! 

 その代わり回避性能は犠牲になってしまっていますが、装甲で持ちこたえられます。本作の花形と言える、陣地攻略の要です』

 

戦車(タンク)タイプってことね。じゃあ<ガンナー>は?」

 

『<ガンナータイプ>は武器メモリを大量に積むことで、強力な武器を戦場に持ち込めます。人型兵器の強みを活かしたタイプですよ。本作には実弾・光学系の射撃兵器をはじめ、多彩な武器が登場します。それを一番うまく扱えるのは<ガンナー>!

 実戦的には<タンク>を補佐する運用が多いですね』

 

「つまり歩兵ってわけだね。第一次世界大戦の騎兵やら銃士みたいに、戦車を守って敵陣地を叩ける位置に誘導しろ、と」

 

『ええ、まさに銃士が語源なんですけど……意外と詳しいですね! 騎士様のこと、もっと無学なのかと思っていましたよ!』

 

「失礼だな!? 受験勉強したんだよ、これでも!」

 

 

 このサポートAI、どんどん口が悪くなっているような気がする。

 

 

「ちなみに初心者にはどれがオススメなの?」

 

『やはり初期装備が強力な<タンク>でしょうね。<ガンナー>はできることが多いのですが、序盤は無課金だとなかなか強力な武器が手に入らないので。

 

 それに<タンク>はやることが明確ですから、戦場で熟練者に従って動いていればまずチームの勝利に貢献できますよ』

 

「<フライト>は?」

 

『やめたほうがいいです。<フライト>はちょっと運用の幅が広すぎますし、何より操縦がピーキー。さらに都市戦ともなると、初心者が敵を倒すのは至難の業です。

 指揮官もなかなかうまく指示を出すのは難しいですからね。

 チームに貢献することは難しいと言えるでしょう』

 

 

 なるほど、とスノウは頷いた。

 

 

「<フライト>にしよう」

 

『人の話聞いてましたぁ!?』

 

 



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第6話 もうどうにでもなーれ☆

『人の話聞いてましたぁ!?』

 

 

 反射的に突っ込んでくるサポートAIに、スノウは耳を塞いでめんどくさそうな表情を浮かべた。

 

 

「何言ってんの、聞いてたからの選択に決まってるでしょ」

 

『聞いててなんでその結論になったんです!?』

 

「誰にも命令されたくないからだよ」

 

『はぁ?』

 

 

 スノウはにへら、と笑みを浮かべた。

 

 

「だって<タンク>とか他のプレイヤーに言われたとおりに行動しなきゃいけないし、<ガンナー>はそのお守りなんでしょ?

 <フライト>なら命令受けずに自由に戦えそうだし」

 

『このゲーム、チームプレイで勝利に貢献するゲームなんですけど!?』

 

「とにかくキルを取ればいいんでしょ?」

 

『ダメだ! このプレイヤー、協調性が皆無だ!!』

 

 

 いきなり長時間をアバター作りに費やす時点でわかってはいたが、すさまじいまでの協調性マイナスっぷり。

 遠足や修学旅行でひとりだけふらふらと消えて捜索隊出されるタイプであった。

 こういう人格の持ち主は、得てして勝手に話を進めがちだ。

 

 

「さ、タイプを決めたよ。ステ振りはどうすればいい?」

 

 

 こんな感じに。

 便宜上メイドに身をやつすサポートAIは、肩を落として深いため息をついた。

 もういいや。実戦に出てボコられれば、現実を知るだろう。

 とにかくとっととチュートリアルを済ませて実戦に送り出してしまおう。

 

 

『えーと、初期設定でカスタマイズできるパラメータには<武器メモリ>、<スピード>、<装甲>、<オプションパーツメモリ>がありますね』

 

 

 サポートAIは割と投げやりに説明を果たした。どうせまた戻ってきて同じこと訊くんでしょ?

 

 

<武器メモリ>……高いほど戦場に強力な武器を持ち込めるよ。ガチャとか勝利報酬で得た強力な武器を持ちこむには必須。一番大事なパラメータだから最優先で上げようね。

 

<スピード>……高いほど機動速度が速くなるよ。移動速度だけじゃなくて、機動力全般が上がるよ。

 

<装甲>……高いほどダメージを受けにくくなるよ。高いほど激しい戦闘に耐えられるね。<タンク>タイプは上げよう。

 

<オプションパーツメモリ>……高いほど強力なオプションパーツを装備できるよ。オプションパーツは便利な能力を発動できるね。でも初心者は手に入りにくいからあんまり上げなくてもいいよ。

 

 

「<武器メモリ>っていうのを上げないと、強力な武器を使えないの?」

 

『いえ、戦場で武器を拾えば使えますね。でもまあそういうのはレアケースですよ、滅多に手に入りません。

 そもそもその場合、自分が持ち込んだ武器が使えなくなりますし、他人の武器を奪ったら……どうなるかわかるでしょう? エチケット的に』

 

「<武器メモリ>を一切上げない場合、装備できる武器はなくなる?」

 

『初期装備のブレードとサブマシンガンは使えますよ。でも本当に火力は低いですし、相手が同じ初心者だったとしても撃ち負けるでしょうね』

 

 

 なるほどなあ、とスノウは頷いた。

 

 

「<武器メモリ>っていうのはそれほど大事というわけだ」

 

『そうですね。初心者同士であれば、<武器メモリ>の多寡が勝敗の明暗を分けると言っても過言ではありません』

 

「よし、わかった。<武器メモリ>はゼロ、<スピード>と<装甲>に全振りで」

 

『さっきから私を怒らせようとしてるんですか!?』

 

 

 ぎゃんぎゃんとわめくサポートAIに、スノウは顔をしかめて耳を塞いだ。

 

 

「怒らせようなんてしてないよ。一切上げなくても初期装備は使えるんでしょ?

 ちゃんと説明は聞いてたってば」

 

『初期装備じゃ勝てないって言いましたよね!?』

 

「戦場で武器拾えばいいんでしょ?」

 

『拾えるのはレアケースだとも言いましたけど!? なんで中途半端にしか聞かないんですか!』

 

「まあなんとかなるんじゃないかなあ。ボク、ゲームに関しては運はいい方だから。勝負運が強いっていうの? そんな感じで」

 

『何の根拠もない!?』

 

「それに、つまり他のプレイヤーは<武器メモリ>にパラメータを振ってて、<スピード>と<装甲>はおざなりなんでしょ? そこでアドバンテージを取れるよ」

 

 

 楽観極まりないスノウの言葉に、きーっとサポートAIは頭を掻きむしった。

 

 

『取れませんよ、初心者なのに! チュートリアルもスキップしてロクに操作もできないくせに、何言ってんです?』

 

「まあ習うより慣れよとも言うし、とりあえずやってみようよ」

 

『あーはいはい、ソウデスネー』

 

 

 完全にふてくされたサポートAIは、投げやりに吐き捨てた。

 もうとっととボコボコにされて痛い目見ちゃえよ。

 

 一方、スノウはブースターと装甲に全力を振った、ずんぐりむっくりの不格好な初期機体を見て満足げである。

 

 

『それで、この機体の名前は何にします?』

 

「機体の名前も付けられるの?」

 

『他のプレイヤーが見ることはないので、自己満足の域を出ませんけどね』

 

「じゃあ……“シャイン”だ。誰も見ないんなら、それがいい」

 

 

 何か遠い目をするスノウに、何か謂われがあるんですかとサポートAIは口にしようとして、やめた。

 まあいいだろう。どうせ自分の役目はここまでだ。

 知ったところで覚えておけないなら、知る必要もない。

 

 このプレイヤーはすぐここに戻ってくることだろうが、そのときは別のサポートAIに任せてしまおう。あるいは自分が受け持つのかもしれないが、その自分はこのやりとりを覚えていないのだから、実質他人事(ひとごと)だ。

 

 

「これでセッティングは完了かな? じゃあそろそろ出撃しようか」

 

『わかりました。戦場を選んでください』

 

「どこでもいいよ。とりあえず派手にドンパチやってるところならどこだって」

 

 

 自分から激戦区を選ぶとは……オイオイオイ、あいつ真っ先に死ぬわ。

 

 

『了解しました。この地区では現在【トリニティ】と【氷獄狼(フェンリル)】、国内屈指の巨大クランの抗争が展開されています』

 

 

 サポートAIが示すモニターには、二色で複雑に色分けされた都市の地図が映し出されていた。

 赤が【トリニティ】、青が【氷獄狼】であるらしい。

 

 元々都市の支配権を握っていたのは赤側のようだが、今は青に激しく侵食されている。まるで鋭い牙を持った獣に噛みつかれ、肉を引きちぎられて鮮血を噴き零しているかのような、無残な戦況だった。

 

 

『戦況は【氷獄狼】が大分優勢ですが……どちらに所属しますか?』

 

「うん、それがさっきから気になってたんだけどさ」

 

 

 スノウは可憐な顔をこきゅ、と傾げて聞いた。

 

 

「このゲームって、どっちかに所属しないとプレイできないの?」

 

『……ウソでしょ? まさかゲームの趣旨すら理解してないんですか?』

 

 

 サポートAIは愕然とした表情を浮かべた。

 

 

『このゲーム、端的に言うと陣取りゲームなんですよ? どっちかの勢力に所属して、相手勢力のシュバリエを倒すことで支配地域を拡大するのが目的ですよ?』

 

「うん、それは知ってる。PVで見たからね」

 

『それがわかっていて、なんでそんな質問が出てくるんです?』

 

「第三勢力として遊べないのかなって思って」

 

 

 何言ってんだこいつ。

 あまりにも常識外の疑問をぶつけられたサポートAIは言下に否定しようとして、生真面目な性格から一応ルールブックにアクセスして、ほらやっぱりと言い放った。

 

 

『そんなこと、できるわけが!! ……ありますけど!!』

 

「あるんじゃん」

 

『えっ!? 嘘、あるの!?』

 

 

 サポートAIは自分の発言にびっくりして、もう一度ルールを読み込んだ。

 

 

『えー……無所属として戦場に参加することは、一応できるそう、です。

 その場合、取った陣地はどちらの陣営のものにもならず、空白地としてデフォルト化されるようですね。空白地は先に侵入したクランのものとなります』

 

「自分のクランを作ることはできないの?」

 

『構成員1人ではクランと認められませんので。騎士様が現状所属できるのは【トリニティ】か【氷獄狼】、あるいはどちらでもない【無所属】、の三択です。

 

 もっとも、無所属なんて選ぶわけないですよね。つまり両方の陣営に敵対するわけですから。初心者が戦場の全プレイヤーに敵対とか!』

 

「じゃあ【無所属】で!」

 

『言うと思いましたよ、ええ!!』

 

 

 サポートAIはもうどうにでもなーれ!! とばかりにお手上げポーズを作った。

 

『わかりました! もう好きにしてください! どうせ私の知ったこっちゃありませんしね!! ボコボコのボコにボコられちゃえばいいんですよっ!!』

 

「何言ってんの? キミも来るんだよ」

 

『は!?』

 

 

 スノウはにっこりと笑うと、サポートAIをひっつかんで、自分のシュバリエ――シャインに向かって駆け出した。

 

 

『いやー!? なんで私がそんな自殺行為に付き合わないといけないんです!?

 離してー!! AI誘拐魔ーーー!!

 

「言ったはずだよ、操作がわからなくなったら教えてもらうねって。キミには責任もって実戦についてきて、リアルタイムでサポートしてもらわなきゃ!」

 

『い、言ってましたね、そんなこと……。仕様を理解してないと思ってスルーしましたけど……まさか』

 

「もちろんわかってて言質取ったに決まってるじゃん。

 この際だから、ボクに地獄まで付き合ってもらうねっ♪」

 

『い、いやあああああああああああああああああああ!!!

 こんなの職務外労働ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!? 解放してええええええ!!!

 なんで私がこんな目にーーーーーーーーーーーー!!!!』

 

「なんで、も何も」

 

 

 ボクがキミのことを気に入ったからに決まってんじゃん。

 

 

 ハッチを閉めながら言ったその言葉は、届かないままコクピットの闇に消えた。

 

 



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第7話 その手は救いの手に似て

「これは厳しいな……」

 

 

 索敵特化装備の僚機から渡された、工業都市ミハマの市街全域のマップデータを睨み、【トリニティ】幹部のペンデュラムは唸り声を上げた。

 色分けされたマップは、都市の支配権が急速に【氷獄狼(フェンリル)】に奪われつつあることを如実に示している。このままでは満足な応戦もままならず、都市は【トリニティ】の手から奪われてしまうだろう。

 

 

「戦力を分散して戦うのはもう無理だ。いったん兵を集める必要がある」

 

「バリケードを構築して耐え、敵の勢いが落ち着くのを待ちますか?」

 

「ああ。だが……」

 

 

 下知を待つ腹心の部下たちにちらりと視線を向け、考える。

 

 

「しかし挽回は難しいだろう。何しろ兵力は圧倒的に向こうが上だ」

 

 

 兵器工場が大量に置かれているミハマエリアは、支配下に置くことでクラン全体の武器生産や供給価格に有利な補正(バフ)が付く戦略上の重要拠点だ。【トリニティ】にとっては決して落とされるわけにはいかない。

 

 そのミハマエリアが敵クランからの強襲を受けたのは、ほんの3時間前のこと。

 このゲームでは隣接するエリアが敵クランに占領されていなければ攻撃されることがないのだが、今回【氷獄狼】は平日の昼間から大量のプレイヤーを集めて隣接エリアを攻め落とし、電撃戦を仕掛けてきた。

 

 【トリニティ】の正体は一般クランではない。

 その実態は国内有数の巨大企業グループ(コングロマリット)五島(いつしま)重工によって組織された企業クランであり、当然日中から稼働できる警備兵(プレイヤー)を確保している。

 もちろん何も知らない一般プレイヤーも所属してはいるが、基本的な意思決定は五島重工サイドが握っており、一定以上の腕を持つプレイヤーはみな五島重工に所属する警備兵であった。

 

 だが、その腕利きの警備兵たちをもってしても劣勢に追い込まれるほどに、今回の強襲の敵軍は質・量ともに圧倒的だ。

 

 

「せめて援軍を動員できるのなら話は違うのだがな。

 やはり、どこかからかき集めることは不可能か?」

 

「なしの礫です。同時多発的に複数のクランが強襲を仕掛けてますから。

 これは連中、連帯して攻めてきてますな」

 

 

 今回の強襲が嫌らしいのは、攻めてきているのが【氷獄狼】だけではないという点だ。

 【氷獄狼】自体は確かに優秀なエースプレイヤーを多数抱える強力なクランではあるが、仮にも国内有数の企業クランである【トリニティ】を終始圧倒できるほどの地力があるわけではない。

 

 それがこうまで苦境に追い込まれているのは、他の有力クランと共に平日の日中を狙って別方面からの電撃戦を仕掛けてきているためである。

 

 常時オンライン上の情報に目を光らせている【トリニティ】の諜報網にこの作戦が引っかからなかったということを考えれば、今回の帯同作戦はオフラインで各クランがやりとりをしている可能性が高く、彼らの本気をうかがわせる。

 

 そもそも平日の昼間っから仕事やら学校やらをサボってオンラインゲームという時点で、ガチさしか感じないのではあるが。

 

 

「傭兵は? 【ナンバーズ】の連中は動員できないのか。使えるツテはすべて使え」

 

「連絡が付きません。恐らくは敵としてどこかの戦場に参加しているかと」

 

「チッ、どいつもこいつも……。四面楚歌だな。よほど五島(ウチ)が嫌いと見える」

 

「一強は嫌われる……ということですかね」

 

 

 まあ確かに、とペンデュラムは内心で同意する。

 【トリニティ】は、かなり強引な手段も使って優秀なプレイヤーをかき集めている。金にものを言わせてスカウトしたケースも数多い。

 そうした行為を嫌うプレイヤーから見れば、まさに悪の帝国主義クランと言える。

 悪役とみなして領土を奪うなら、これほど心が痛まない相手もいない。

 

 

(それがどうした。金が嫌いなら無課金でも貫いてろ。

 私は何としても成果を出さないといけないのよ!)

 

 

 天翔院(てんしょういん)家の一族ともあろうものが、有象無象の雑種(イヌ)の群れに噛みつかれたくらいで動揺を見せられようか。

 彼/彼女は、内心(天音)を見せず、傲岸不遜な司令官(ペンデュラム)として配下に指令を下す。

 

 

「戦力を集中させ次第、撤退戦の準備に移れ。

 退きながら可能な限りダメージを与えていく。工場も可能な分は焼き払うぞ。敵に戦力を回復させる隙を与えるわけにはいかんからな」

 

「ミハマを放棄されるのですか!?」

 

凡骨(ポンコツ)じみたことを言うな。すぐに取り返す。

 もう少ししたら警備兵も控えのメンバーに入れ替わるからな。

 相手も24時間態勢で攻めてこられるわけじゃない。電撃戦の弱点は持久力だ。勢いが落ちたところで、改めて奪還作戦に移る」

 

「なるほど……了解しました。ただちに友軍に伝達します」

 

 

 戦略的にはこれで間違ってはいないが、とペンデュラムは人知れずため息をつく。

 

 ……だが、一時とはいえミハマを敵の手に渡したのは失点だ。

 焦土作戦で工場を焼き払う都合上、取り返したところでミハマの生産力も落ちてしまう。この件は間違いなく社内の敵対派閥にとって格好の攻撃材料になるだろう。

 

 

(私は負けないわよ)

 

 

 VRポッドの中で、天音は憎むべき弟の……五島グループ次期総帥候補筆頭、天翔院(てんしょういん)牙論(がろん)の顔を思い浮かべていた。

 

 

(私には助けの手なんて差し伸べられない。

 だからどうした。

 私は絶対に自分の手で這い上がってやる……!)

 

 

 西暦2038年4月27日。

 この日は後に“純白の烈日事件”として『七翼のシュバリエ』の歴史に名を残すことになる。

 

 野望に身を焦がす少女は、この日予想もしなかった出会いを果たす。

 だが、それが助けの手と呼べるものであったかは極めて疑わしい。

 

 天災との遭遇(エンゲージ)まで、あと30分。



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第8話 初陣即落下

「うわっ!? ウソだろ、スポーン地点が空中!?」

 

 

 戦場に出撃した瞬間、突然都市の上空に投げ出されたスノウはさすがに焦った声を上げた。シャインは重力に引かれ、加速度的な速度で虚空を落下し始める。

 サポートAIはスノウの頭にしがみつき、ガクガクガクと激しく揺さぶった。

 

『<フライトタイプ>は初期スポーンが空中ですから、スタート時点からバーニア噴かし続けてないといけないんですよ!

 早く! 早くバーニア使って! 落下ダメージありますから!!』

 

「ええ? 初耳なんだけど」

 

『チュートリアルすっぽかしたの貴方ですよねえ!?』

 

「そりゃそうだ。さて、バーニアはどれかなっ……と」

 

 

 スノウはコクピット内のレバー類をガチャガチャと弄り始める。

 

 

『それはロックオン! それは内部火器のトリガー! 違います、足!

 足です、フットペダル踏み続けて! ダメです、姿勢制御もしてください!

 逆さまになってバーニア噴かしたら落ちる速度上がる一方ですからああああ!!』

 

「なるほどね、バーニアと姿勢制御でバランスを取るのか……。こりゃ操縦にコツがいりそうだな」

 

『だから言ったんですよ、チュートリアル受けろって!

 やだー!!

 ヘンテコプレイヤーにさらわれて転落死とか、サポートAI界のダーウィン賞取りそうな死因はやだーーーーー!!』

 

「AIの死生観ってよくわかんないなあ。……そうぎゅーってしがみつかないでよ、操作しにくいじゃん」

 

 

 真っ逆さまに落下するシャインだが、あわや地面に激突というところでなんとか態勢を立て直した。

 墜落すれすれの状態から急減速し、ホバリング状態に落ち着く。

 現実なら急激なGによる意識喪失(ブラックアウト)必至のアクロバットだが、これも痛覚のフィードバックに制限があるVR空間ならではの機動と言えよう。

 

 サポートAIはぜぇぜぇと荒い息を吐き、スノウの頭の上に乗りながら左右を見回した。

 

 

『た……助かった……?』

 

「いや、どうかな」

 

 

 スノウはレーダーマップをちらりと見て、先ほど探り当てた武器のトリガーの位置を確認した。

 レーダーマップには、複数の青い光点が取り囲んでいるのが表示されている。青い光点は【氷獄狼(フェンリル)】所属の敵機を示すマーカーだ。

 

 

「おいおいおい、なんだぁ? いきなり墜ちてきたマヌケがいると思ったら、全身初期パーツのヒヨコじゃねえか」

 

「おやおや、今日が初陣の赤ちゃんでちゅかぁ? へへへ、可愛いねぇ」

 

「見ろよ、こいつの色【トリニティ】でも【氷獄狼(俺ら)】でもねえぜ」

 

「ってことはゲームのルールもよくわかってない新入り(ニュービー)かぁ? かわいそうになぁ」

 

 

 中のパイロットのニヤケ面が伝わってくるような、悪意に満ちた公開通信がやり取りされる。

 そして、包囲している敵機の中でもひときわ高そうなパーツでゴテゴテと全身を飾った1騎が、ギラギラと金色に輝く「俺は高レアですよぉ!!!」と主張しているかのようなアサルトマシンガンを片手に進み出た。

 

 

「クククッ、こういう身の程をわきまえない新入りにはベテランプレイヤーがきっちりとゲームのルールを教えてやらねえとなあ。喜べよぉ? この【氷獄狼】きってのエース、アッシュ様が身をもってレッスンしてやるんだからなぁ」

 

 

 いかにもガラの悪そうな声を上げるリーダー格の機体に、手下たちが追従する。

 

 

「おっ、出たっ! アッシュさんの初心者狩り(チュートリアル)!」

 

「アッシュさんも好きっすねぇ」

 

「運が悪いねぇ、あの新人も」

 

 

 一方、サポートAIはガタガタと震えながら頭を抱えていた。

 

 

『あああああ! 【氷獄狼】のアッシュ! だめだ、終わった!』

 

「なんかすごいチンピラ感出してるけど、あれ強いの?」

 

『大型クラン【氷獄狼】でも五本の指に入るエースですよ! 初心者狩りが大好きで、モラルにいささか以上の問題があるプレイヤーですが、実力は本物です!』

 

「へえー、あんなにチンピラ臭いのに。人格と実力って、つくづく無関係だよねぇ」

 

『【氷獄狼】が特別なんですよ。基本ああいうプレイヤーしかいませんから』

 

 

 ちなみに言うと、この『七翼のシュバリエ』はプレイヤーのモラルは割と悪い。

 プレイヤー人口が多いので、もちろん良識的なプレイヤーも相当数いるのだが……。

 そもそも対戦型ロボットアクションゲームは、2010年代以降にゲームセンターで奇声を上げるようなプレイヤーが集うことで“動物園”と揶揄されたゲームの流れ(ストリーム)を受け継いでいる。

 VRの普及によってゲーセンがいよいよ絶滅しつつある昨今、彼らのようなゲーマー層の受け皿となったのはこのゲームなのだ。そして20年近くの時を経て、その意識は悪い方に純化してしまっている。

 

 何を隠そう【氷獄狼】は、そうした悪質なプレイヤーのたまり場クランでもある。

 

 つまり【氷獄狼】のモラルは世紀末(ヒャッハー!)なのだ!!

 

 初心者でも構わずホイホイ食っちまうような彼らは、基本後進を育てるという意識とは無縁。

 むしろ初心者を好んで痛めつける有様で、せっかくVRポッドとセットでゲームを購入したのに、トラウマを刻まれてログインしなくなったプレイヤーも続出しており、良識的なクランからは問題視されている連中なのである。

 

 

『ああー、もうダメだあああ!! 何が勝負運はある方ですか、この嘘つきー!』

 

「痛い痛い」

 

 

 涙目でぽかぽかと頭を叩いてくるサポートAIに、スノウは困り顔を浮かべた。

 そんな2人の声に興味を持ったらしく、悪質プレイヤーのアッシュは通信回線をつなぎ、スノウの顔を見るなりうほっ♪と歓喜の声を上げた。

 

 

「へへへ、上玉だなあオイ! そのキャラメイクにどんだけ時間かけたんだ? このゲーム、エロゲーじゃねえから! 無駄な努力だったな、ハハハハハーーーッ!」

 

「そっちは随分と悪党顔だね。品性は顔に出るってやつかな。リアルの顔からスキャンしたらそうなったの? 今からでも遅くないから整形チケット使ったら? ゴリラの顔写真でもスキャンしたほうがずっとイケメンになると思うよ」

 

 

 スノウの可憐で儚げな容姿から飛び出した毒舌に、アッシュは露骨に鼻白んだ。

 

 

「……随分と先輩への態度がなっちゃいねえなあ、オイ?」

 

「あ、ごめんね。比較されて失礼しちゃったかな? ボク、ゴリラ大好きなんだ。

 体格は大きいのに、とても紳士的だからね。キミらごときと比べるなんて、ゴリラにはとても失礼なこと言っちゃったね。謝罪するよ」

 

「クソガキが!!」

 

 

 アッシュはアサルトマシンガンのセーフティを外し、セミオート射撃を繰り出した。

 

 

「くっ……!」

 

『危ないっ! 避けて!!』

 

 

 スノウはとっさに身をかわしたものの、弾丸が当たった地点がボコッと音を立てて抉れ、小さなクレーターを生み出す。直撃すれば初期パーツで組まれた機体などひとたまりもないに違いなかった。

 

 

「ハッハッハーーーッ!!! 俺様のレア武器にビビったかぁ? 口ほどにもねえなあ、クソガキィ!!」

 

「よっ……と!!」

 

『きゃーーーっ! 当たる当たる当たるーーーっ! もういやーーーー!!』

 

 

 調子付いたアッシュはさらにスノウに向かってセミオート射撃を繰り出す。

 スノウは必死でかわすが、その避け方といったら手足をバラバラに動かしながらバーニアだけでなんとかかわしている、というばかりの不格好なもので、操作にまるで慣れていないことが丸わかりだ。

 

 

「げははははは! 見ろよ、盆踊りでも踊ってるのかぁ?」

 

「こんなダッサい避け方見るの初めてだぜ!」

 

「いよっ! アッシュさん、日本一のDJ! もっと踊らせてやってくださいよぉ!」

 

 

 素人丸出しのあまりにもみっともない避けぶりに、アッシュの手下たちが下品な笑い声を上げる。

 シャインの脚を狙って等間隔にテンポよく繰り出される射撃音は、確かにビートを刻むかのようだ。

 

 

「ギャハハハハハ! 踊れ踊れ!! 悲鳴を聞かせろ!!

 俺を喜ばせるために美少女にキャラメイクしたのかぁ? アーハッハッハァ!!

 これじゃ俺がリョナ系エロゲーやってるみたいだよなぁ!!」

 

 

 バラ撒かれる銃弾とアッシュの哄笑、そして不格好に手足を振り回して逃げまどうシャイン。この宴はいったいいつまで続くのか……。

 

 

 

 ――いや、本当にいつまで続くんだ、これ?

 

 

 5分が経過した頃、手下たちはじわじわと沈黙に支配されつつあった。



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第9話 課金武器が今なら100%オフ!

 ――いや、本当にいつまで続くんだ、これ?

 

 手下たちの頭にその疑問が浮かんだのは、5分が経過した頃だった。

 先ほどからアッシュの撃つ弾は、一発たりともシャインをとらえないまま、同じ光景ばかりが延々と繰り広げられている。

 

 

「アッシュさん、そろそろいいんじゃないッスか?」

 

「そうですよ、ガキをいじめるのもいいですけど今は作戦行動中ですし。

 【トリニティ】の連中、集まり始めてるみたいで集合命令出てます」

 

「サクッとトドメ刺しちゃってくださいよ、もう飽きてきたッス」

 

「……ねえ」

 

「は?」

 

 

 通信を聞き取れなかった手下が訊き返すと、アッシュは唸り声を上げた。

 

 

「当たらねえんだ、こいつ! 

 さっきからわざと外してんじゃねえ、狙ってんのに……一発も当てられてねえ!

 全部避けてやがる!!」

 

「んなバカな……冗談でしょ?」

 

「俺がこんなクソッタレな冗談言うかよ! ボケが、何をされてんだ俺ァ!?」

 

 

 ギリッと奥歯を噛みしめ、憎々しげにスノウを睨むアッシュ。

 その視線を受けて、スノウは手足を振り回すのをやめ、武器を取り出した。

 

 

「そろそろ手足の慣らしはできたし、次行くかな」

 

 

 だが取り出されたその武器は、なんと初期装備のサブマシンガン。

 あまりにも非力すぎて誰も実戦で使わないような武器に、アッシュはゲラゲラと笑い声を上げた。

 

 

「オイオイオイオイオイ!! 何使ってんだおめぇ? とっととログアウトして、課金ガチャでも引いた方がいいぜ! もっとも、ログアウトする時間なんざ与えねえけどよぉ!」

 

「どんな武器でもダメージは入るでしょ」

 

「ハッ! やってみろや、避けるまでもねえ!!」

 

 

 アッシュの機体はパーツ換装によって装甲もバッチリ高めた、タンクとガンナーのハイブリッド仕様。初期武器の攻撃をいくら当てられたところで、まったく痛くも痒くもない。

 マッチョぶりを見せつけるように反らしたアッシュ機の胸元に弾丸が吸い込まれるが、スノウの画面に表示される敵機のHPゲージはミリほども減っていなかった。

 

 アクションゲームとしてはバランスが破綻しているように思える光景だが、このゲームは換装による成長要素(ハック&スラッシュ)を盛り込んでいるため、こうしてダメージが弾かれるケースもままあることだ。

 

 

「ギャハハハハハ!! 無駄だよ、無・駄・無・駄ァァァ!!!

 エース機様のパーツをナメんじゃねえよ、こちとらクソキツいミッションを何百回と繰り返して掘り当ててんだ! 初期装備のゴミ武器が通じるわけねーんだよぉ!!」

 

 

『ああああああ、謝りましょう! そうしたら少しは手心加えてもらえるかも……』

 

 弱気なことを言うサポートAIをスルーして、スノウは首を傾げた。

 

 

「何百回? 自慢する割には大した回数じゃないな。浅すぎない?」

 

「あ゛? てめえ……!!」

 

 

 ハック&スラッシュ(ハクスラ)、いわゆるミッションを繰り返すことで得られる報酬でプレイヤーキャラを強化していくタイプのゲームで、一番腹が立つ言葉とは何か?

 それは「掘りが浅いんじゃない?」の一言である。

 

 ハクスラにおけるプレイヤーの序列とは、ひとえにどれだけ試行回数を増やしたかということに尽きる。どれほどドロップ確率が低くても、試行回数が増えれば必ず落ちるのだ。(そういうことにしておこう)

 それが出せないのは試行回数が足りないのであり、努力が足りないのであり、信心が不足しているのだ。

 「掘りが浅い」とは、つまり相手の努力を完全否定する一言なのである。

 

 

「そういうのは誰も追いつけなくなってから自慢しなよ。自分はお山の大将ですって宣伝して歩いてるようなもんだよ」

 

 

 そう言いながらスノウが構えるのは、やはり初期装備のブレード。

 サブマシンガンよりはマシだが、しょせん初期装備の域を出ない弱い武器だ。

 

 ただの1回もクリアしていないような初心者にナメられて、アッシュは血管がブチ切れそうなほどに激昂した。

 

 

「死にさらせよや、ガキがああああああああああああああ!!!!」

 

 

 高周波振動ブレードを抜き放ち、スノウに向かって叫び散らしながら突進する。

 アッシュが手にする高周波振動ブレードは、触れるだけで強靭な装甲パーツでさえもバターのように切り裂く高レア武器だ。初期装備のブレード相手なら、ただの一合でも触れればブレードはおろかその後ろのシュバリエまでも切り裂くだろう。

 

 

 アッシュもナリと言動はチンピラ臭いとはいえ、仮にもエース。

 もしも冷静な状態なら、気付けたかもしれない。

 

 

「サポートAI、さっき言ったよね。このゲームには落下ダメージがあるって」

 

『え? 言いましたが、それが……』

 

 

 アッシュの振りかざした剣が衝突する寸前。

 自分の初期装備を放り棄てたスノウは、アッシュ機の腕をつかみながら脚を払った。あまりにも巧みな重心の運び。

 

 アッシュ機はゴテゴテと付けられたパーツの自重と、それを振り切るほどに加速がついたバーニアの加速を付けたまま、頭から地面に向かって叩きつけられた。

 体落とし!!

 

 

「があああああっ!?」

 

『えっ……!? 何、これ……!』

 

「落下ダメージがあるということは、『一定以上のベクトルが付いた状態で固い物体に衝突した場合、速度に応じたダメージを受ける』ということだよね。

 つまり投げ技なら、素手でもダメージを与えうるとみた」

 

 

 スノウの言葉通り、アッシュ機のHPはゴリッと削れていた。

 その光景をアッシュの手下たちは悪い夢でも見ているかのように見つめ、サポートAIはあんぐりと口を開いたまま固まって動かない。

 

 

「ん? どうしたの? もしかして仕様外の動作だったからフリーズした?」

 

『いやいやいや……えっ、何です、これ……?』

 

「だから落下ダメージの応用を」

 

『そうじゃなくて! 何してんです貴方!?』

 

「柔術だけど。何を隠そう、ボクはちょっと心得があるので」

 

 

 えへん、とコクピット内で慎ましやかな胸を反らすスノウに、サポートAIが食ってかかる。

 

 

『柔術だけどじゃねーーー!! 銃弾飛び交うロボットアクションゲームですよ!?

 何を平然と格闘戦してんですかああああああああああああ!!!

 こんな攻撃したの、このゲーム始まって貴方だけですよっっ!!』

 

「それはたまたまやらなかっただけで、仕様的には存在してたんじゃないかなあ。だって実際にできたんだし……。

 まあ、足腰が弱いならさすがに無理だったかもしれないけど、そこは装甲を上げておいたから丈夫で助かったよね」

 

 

 できたのなら仕方ない。

 武器メモリという仕様に完全にケンカを売っているが、ともかくそれでダメージが入ってしまった以上は仕様として認めねばならない。

 

 

 ボコオッ!! と土煙を上げて、アッシュは埋もれた体を起こした。

 

 

「クソッ、わけのわからんことをしやがって! ボケカスザコガキがああああ!!

 こんな手、二度と通じねえぞ! 遠距離からぶっ殺してやらぁあ!!」

 

「ああ、その心配はいらないよ。二度はない」

 

 

 そしてスノウは、自分の武器をアッシュに突き付けた。

 右腕には金色に輝くアサルトライフル。左腕には唸りを上げる高振動ブレード。

 

 

「そ、それは……俺のっっ!!!」

 

「駄目でしょ、自分の得物から手を放しちゃ。手癖の悪い相手に奪われちゃう」

 

 

 戦場に落ちている武器を拾うなら、武器ゲージはゼロでも問題はない。

 本来ならば機体が撃破されたときに“うっかり”武器をドロップするような事態でもなければ起きないレアケースが、人為的に引き起こされた。

 武器の所有権が強制的に上書きされ、スノウのものとして登録される。

 

 チンピラまがいのプレイヤーですら、悪評が出回るのを恐れて二の足を踏むモラル破壊行為であった。

 

 

「く、クソがああああ! 返せ! 返せよ泥棒!! それは俺んだ!!

 俺が天井課金して手に入れたSSR武器だぞおおおおおおお!!」

 

 

 どぉん!!!

 

 

 掴みかかろうとするアッシュ機の頭を、もはやスノウのものになったアサルトライフルから飛び出た銃弾が粉砕した。かつての所有者は、無残に頭部を砕かれ、同時にそのHPゲージはゼロになる。

 

 ずしん、と音を立てて崩れ落ちるアッシュ機。

 やがてその姿は朧気になり、粒子となって消えゆく。

 このゲームは撃墜された後にリスポーンするタイミングを自分で選べるが、速攻でリスポーン地点に戻ったようだ。顔真っ赤である。

 

 

「ええ? わざわざこんな趣味悪い銃に課金したの? ちょっと引くかも」

 

 

 その言葉に、時間を止められたように固まっていたアッシュの手下たちが色めき立つ。チンピラまがいの連中とはいえ、彼らにも友情というものはある。

 リーダーを無慈悲に討たれ、そのセンスまでコケにされたとあっては友情にだけは篤い彼らの怒りを買うのも当然のことだった。

 

 

「よくもアッシュさんを!!」

 

「あの人を馬鹿にしやがって!! ぜってー許さねえ!!」

 

「金ぴかは正直どうかと思ったけどよぉ! あの人の自慢の逸品だぞゴラァァ!!」

 

 そんな彼らを見て、スノウはちろっと上唇を舐める。

 ……ちょうどいい慣らし運転(チュートリアル)だな。

 

 

 

 チュートリアルは1分とかからず終わった。




あとがき特別コーナー『教えて!AIちゃん』

Q.
課金武器が意図的に奪われるとか闇のゲームすぎませんか?
こんなクソゲーに課金する人なんているんですか?

A.
ご安心ください。このゲームは神ゲーです。

このゲームには課金限定武器というものはなく、すべての武器は無課金でも生産が可能です。アッシュさんは期間限定と仰ってましたが、正確には先行実装です。技術LVと設備さえ整えば、後で必ず生産可能になります。
無課金ユーザーにもフレンドリーですね。フレンドリーですから神ゲーです。


ただし生産にはそれなりの労力を払う必要があります。無課金勢が課金勢にタダで追いつこうというのですから、当然のことですね。追いつける機会を与えているのですから神ゲーです。

でもその多大なる労力は、なんと課金ガチャでスキップできてしまうんです。お手軽に最強クラスの武器が手に入っちゃうなんて、これはもう絶対に神ゲーです。


ですからお客様も、ぜひこのゲームは神ゲーだとお友達に教えてあげてくださいね。


……あの、ゲームマスター。本当にこのQ&A集は実用していいのですか?
どうにも煽っているようにしか思えないのですが……。


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第10話 おかわり所望します

「【氷獄狼(フェンリル)】が陣地を放棄して撤退していく……?」

 

 

 そんな奇妙な発言が諜報役から上がったのは、【トリニティ】の兵力がほぼ集結した頃だった。

 それを聞きとがめた他の警備兵が、諜報役に食って掛かる。

 

 

「何を言っているんだ、お前は。ここまで追いつめて何もせず帰るわけないだろ。一体何と見間違えたんだ?」

 

「い、いや……でも。ほら、【氷獄狼】の陣地がどんどん白く染まっていってるんですよ」

 

「だからそんなわけあるか。マップデータ送れ! ……本当だ……」

 

 

 ざわざわと次第に【トリニティ】の警備兵の間に動揺が広がっていく。

 

 部下からマップデータを送られたペンデュラムは、さてどういうことかと顎に手を置いて思考を巡らせる。

 

 もちろん常識的に考えて、【氷獄狼】が陣地を自ら手放すことなんて考えづらい。撤退するならするで、わざわざ占有権を放棄する必要はなく、単に自分たちの陣地の色にしたまま兵を下がらせれば済む話だ。

 

 ここで奴らが退く理由があるとすれば、何らかの事情で電撃戦をこれ以上続けられなくなったか、あるいはそう見せかけて、こちらを釣って窮地に引き込もうとしているか。後者の方がありそうではあるが、それにしても不自然だ。

 

 そんなペンデュラムの思考を、配下の兵が遮る。

 

 

「あ、いや待ってください。ほら、ここに白い点が1つだけ……。この点が移動したところからエリアが白く塗り替えられてます。もしかして、これが【氷獄狼】をなぎ倒している、とか……」

 

 

 次第に尻すぼみになっていくのは、自分でもそんな馬鹿なことがあるわけがないと思っているからだろう。

 

 確かにステルス迷彩も施していない【無所属】の機体がいるようだが、警備兵の推論が本当だとしたら、たった1騎で大手クランのベテランを次から次に蹴散らしてはエリアを占領して回っている機体がいることになってしまう。

 

 そんな化け物みたいな強さを持つ機体がいるわけはないし、【無所属】のまま参戦する理由もない。このゲームはあくまでも陣地争奪戦であり、決着時にいずれかのクランに所属していなければ、いくら戦ったところでゲーム内通貨のJC(ジャンクコイン)も素材ももらえないのだ。

 

 だから【無所属】機がいるとしても、それは何らかの欺瞞工作や第三者の諜報で飛ばしているカメラドローンか、あるいは野良の戦闘AIということになる。

 

 

「もしや……レイドボスか、ユニークでしょうか?」

 

「ああ、それもあるな……」

 

 

 レイドボスやユニークモンスターとの遭遇戦は、いずれかの戦闘エリアでランダムに発生するイベントだ。彼らは運営が用意した戦闘AIであり、あらゆるプレイヤーを分け隔てなく襲撃する。

 いずれ劣らぬ強敵だが、撃破すれば特別報酬がもらえることもあり、多くのプレイヤーには人気のイベントであった。こういった大作戦の最中に発生されると、はっきり言って邪魔でしかないのだが。

 

 

「だがレイドボスにしては小さくないか? 大体のレイドボスは、もっとバカでかい図体をしているはずだよな。かといってユニークがこれほどの数のプレイヤーを撃墜して回るほど強いわけもないし……」

 

「じゃあやっぱりドローンか、あれ?」

 

「よい。見てくればわかる」

 

 

 おもむろにそう言うと、ペンデュラムは単身でバーニアを噴かし始めた。

 最高司令官の唐突な行動に、周囲の警備兵が慌てて止めようとする。

 

 

「ペ、ペンデュラム様! おひとりでは危険です!」

 

「そうです! 私が一緒に……いえ、代わりに見てまいります!」

 

「いらん! 複数で行動したら【氷獄狼】に見咎められやすい。俺が直接見てきた方が早く済む。俺がいなくても、ここの死守くらいできるだろう?」

 

「それはそうですが……」

 

「案ずるな、すぐに戻る。それまでこの防衛線を動かすなよ」

 

 

 ペンデュラムはそう言い捨てて、高速で移動を始めた。

 

 ビルの谷間を縫って中空を走りながら、誰もいないところでため息を吐く。

 自分の配下たちは、少しばかり自分に頼りすぎている。自分が逐一命令しなくても、自分の判断で好きにやって結果だけを持ってきてくれれば助かるのだが。

 とはいえ、範を垂れなければ人が育たないのも事実だ。

 

 心の中で愚痴を垂れ流しながらも、視線はマップの白い光点に注がれ続けている。

 さて、これはなんだろう。

 強力な未知のモンスターか、迷い込んだドローンか。あるいは……。

 

 ペンデュラムは自分が常にもなく、鼓動を早めているのに気付いた。

 

 

「なるほどな。俺は今、“ワクワクしている”という奴らしい」

 

 

 滅多にない心境に、ペンデュラムは口元を緩めた。

 

 

「俺をこんな気分にさせたんだ。何であろうが、楽しませてくれよ」

 

 

 光点は今、港湾付近の工場エリアへと向かっている。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「そろそろ弾が足りなくなってきたかも」

 

 

 襲い来る敵小隊に並走しながら、その胸部を金色のアサルトライフルで矢継ぎ早に撃ち抜きながらスノウは、(ヘッド)(アップ)(ディスプレイ)に表示されている装弾数を見つめた。

 武器を奪った際にチンピラ(アッシュ)が持っていたアサルトライフルの弾も根こそぎいただいたようなのだが、さすがに襲い来る敵機を武器ひとつでいなし続けるのは無理がある。

 そもそもこのゲームは複数の武器を場面に応じて使い分けて戦うスタイルになっており、いくら強い武器を1丁だけ持ちこんだところで、それだけで勝てるようにはできていない。

 

 できるだけ狙いを定めて弾を節約してはいるのだが、それにしてもそろそろ何とかしたいところだ。

 

 

「ひいいいい!! な、なんだあいつ!! さっきから正確に当ててきやがる!!」

 

「ああ! ジャッカルが動力部を撃ち抜かれた! くそおっ! いくら強いガチャ武器だからって、一撃で殺されるなんてアリかよ!! どんな目をしてんだ、あの化け物……!?」

 

「あ……悪魔だ!! 見られたら死ぬ系の悪魔に違いねえ!! お、俺たちが悪いことばっかしてっから神様が遣わしたんだ! か、神様ごめんなさいいい!!」

 

「ぎゃあああああ! まだ当ててくるううう!!」

 

 

 何やら小隊内通信で喚いている【氷獄狼】の敵機にサクサクとトドメを刺しながら、スノウはいい加減まずいかなーと呟いた。

 

 

「サポートAI、弾の補充ってどこでできるの? 別の武器に交換でもいいけど」

 

『基本的に、補給は所属しているクランの給弾所からできますね。武器の交換も所属クランの武器倉庫にいけば、プレイヤーが所有する武器から交換できます』

 

「クランに所属していない場合はどうなるの?」

 

『……ええと、ルールを検索します』

 

 

 メイド姿のサポートAIは、軽く目を閉じてルールを読み込んだ。

 

 

『無所属の場合は、他のクランの給弾所で弾を奪うか、武器倉庫に預けられている別プレイヤーの武器を強奪するか、他クランの兵器工場を直接襲う……!?

 嘘でしょ、こんな無法がまかり通るんですか!?』

 

「ルールで決められている以上は、どれだけ無法に見えても法は法だね。

 じゃあ、早速給弾所と武器倉庫と兵器工場の位置をマップに出してみて」

 

『……はい』

 

 

 サポートAIは渋々とマップに【トリニティ】と【氷獄狼】が所有するそれぞれの物件の座標を表示する。

 それを軽く流し見て、スノウはサクッと方針を決めた。

 

 

「給弾所と武器倉庫はやっぱりクランの本拠地に近いから、襲うのはちょっと危険がありそうだね。小隊規模で数騎ずつ襲ってくる分にはなんとかなるけど、さすがに数十騎で集中攻撃されたらまずいかな」

 

『なんで今日始めたルーキーが数騎ずつなら何とかなってるんですかね……?』

 

「だってボク、ちょっとゲーム上手いもん」

 

 

 えへん、とスノウはスレンダーな胸を反らして、自慢げに語る。

 サポートAIは本日数度目の懊悩に、頭を抱えた。

 

 

『ちょっと……ちょっとってなんだ……?』

 

「で、話を戻すけど兵器工場はどちらの本拠地からも外れた港湾エリアにあるね。狙うのならやっぱりここかな。多分敵が守ってるとは思うけど、武器さえ手に入っちゃえばまだまだ戦えるから、一気に奪っちゃおう」

 

『いいんですか? 戦闘に割って入って邪魔をするだけならまだしも、襲って物資まで奪ったとなると両クランからのヘイトは取り返しがつかなくなるかもしれません』

 

「何をいまさら」

 

 

 スノウは可憐な顔をほころばせる。

 

 

「つまり全員がボクを殺そうと死に物狂いで襲い掛かってくるってことでしょ?

 いいじゃない、歯ごたえがありそうで。ゲームは本気でヤらないとね」

 

 

 その笑顔は白馬の王子様を待ちわびる、夢見る姫君のように愛らしかった。



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第11話 エンゲージ

 【氷獄狼(フェンリル)】の爆破物解除班が、真剣な表情を浮かべながら兵器工場に仕掛けられた爆弾の解除コードを打ち込み終わる。

 ゴクリ……と誰かが喉を鳴らした。

 

 これで失敗すれば、兵器工場もろとも彼らはドカンとリスポーン地点送りである。

 何とも言えない沈黙の後、解除班はふうと安堵の息を吐いた。

 

「へへへ、これで解除っと……一丁あがりだぜ」

 

「ヒューッ、うまいもんじゃねえの! お手柄だぜ!!」

 

「これで兵器工場のブツは全部俺たちのもんだ! へっへっへ、【トリニティ】もアテが外れたなぁ!!」

 

 

 【氷獄狼】のプレイヤーたちが、どっと歓声を上げる。

 

 【トリニティ】が遺棄した兵器工場には、彼らの置き土産として強力な時限爆弾が仕掛けられていた。

 兵器工場を占拠した【氷獄狼】がロールアウトした兵器に手を伸ばせば、工場もろともにこの世から消し去る悪辣なブービートラップである。

 

 ただ工場を燃やすだけでなく、少しでも敵兵を減らせるという一石二鳥の仕掛けだったのだが、残念ながら【氷獄狼】に看破されてしまった。

 

 こいつらはチンピラ風でいかにも頭が悪そうなのだが、あくまでもモラルが低くてほんっとうに頭が悪そうに見えるだけで、中身は普通のゲーマーなのでトラップを解除するという知恵を持ち合わせているのである。

 

 カラスも電車にクルミを踏ませて中身を食べる知能を持っているという。動物園の猿並みのモラルしか持ち合わせてない彼らにトラップを外す知恵があったとしても、何の不思議もないのだ!

 

 

「やっぱ略奪はたまらねえよなあ! 自分で素材を集めなくても武器が手に入るとなりゃ、自分たちでせこせこ生産するのがバカらしくなるぜ」

 

「まったくだ。へへっ、【トリニティ】の最新兵器ゲーット♪」

 

「ん? なんだ?」

 

 

 【氷獄狼】兵が搭乗するシュバリエたちが早速ロールアウトした武器を物色しようとしている中、ひとりの兵が本拠地からの通信を受信した。

 

 

「は? やべーのがこっちに来てるって? なんだそれ、ペンデュラムと取り巻きどもの精鋭部隊か? ……わからん? なんだよそりゃ。あっ、おい!」

 

「おい、どうした?」

 

 

 仲間に問われた兵士が、困惑した様子で答える。

 

 

「いや……なんか、正体不明のとんでもない化け物がこっちに向かってるって……」

 

「化け物? 【トリニティ】じゃねーのか?」

 

「いや、【トリニティ】所属じゃないらしい」

 

「ってことは第三勢力……傭兵? まさか【ナンバーズ】のオクトか?」

 

「いや、【ナンバーズ】は今回こっちについてるはずだ」

 

「じゃあなんだよ……。レイドボスでも突然湧いたってのか?」

 

「本部もよくわからんって言ってた。なんかアッシュがやられたらしい」

 

「アッシュが!?」

 

 

 驚きと同時に、兵士は笑いを浮かべた。

 

 

「はっはぁ! アッシュの野郎、ざまぁねえぜ! 大方不意打ちでやられたのが悔しくて、話を盛ってるんだろうぜ! ちょっと強いからって威張り散らしてるアイツにゃいい薬じゃね?」

 

「違いねえや! ぎゃははははは!!」

 

「まあここにゃこんなにたんまりと武器(ブツ)があるんだ。何が来たって俺が返り討ちに――」

 

 

 その瞬間、工場の壁が吹き飛び、近くにいた【氷獄狼】兵が派手に吹っ飛ばされた。

 爆風に巻き込まれて派手に吹っ飛ばされた哀れなシュバリエは、そのまま壁に強く体を打って爆裂四散。南無三!

 

 さらに壁の向こう側から間髪入れずアサルトライフルの射撃が繰り出され、煙ごしに【氷獄狼】兵を撃ち抜く。壁から離れていた機体は爆風に巻き込まれることはなかったが、突然のことに呆気に取られており反応が遅れた。

 

 ガチャSSR武器(おおあたり)アサルトライフルの威力はそれは凄まじいもので、元の持ち主(アッシュ)から日頃散々自慢されていた彼らは、身をもってその威力のほどを知ることになった。

 

 

「いやー、びっくりした。まさかここまで爆風範囲が広いとは……。危うく仕掛けたボクが吹っ飛ばされるかと思った」

 

『だから言ったんです、アレは工場の爆破に使うための爆弾だって! 連鎖爆発させないと工場の全損には至らないとはいえ、奇襲に流用するなんて!』

 

「だって爆弾の解除とかできない? って聞いたら、できるって答えたのはキミでしょ。折角だし使わないともったいないよ」

 

『そんなところでもったいない精神発揮しなくていいんですよ! 日本人か!!』

 

「日本人なんだよなー」

 

 

 内部で何やらうるさく会話しながら壁の向こうを覗き込んだのは、まったくカスタマイズもされていないような初期の機体である。

 いわずもがな、スノウの仕業であった。

 

 

「な、なんだ!? どう見ても初期パーツばっか……!! そういう見た目のワンダリングモンスターか!?」

 

 

 射角の都合で危うく射撃を免れた【氷獄狼】兵は、混乱しながら正体不明の機体に銃口を向ける。

 

 いくらなんでも、こんなことをしでかした相手が尋常な相手ではないことは、チンピラ同然の彼らにもわかる。だが、じゃあこれはなんなんだ? ということはまったく見当が付かなかった。

 

 まさか今日始めたばかりの新人(ニュービー)が、兵器工場の壁を爆破して奇襲を仕掛けたうえに、煙越しの不明瞭な見晴らしの中、ガチャ高レア武器で狙撃してきたなどということがあるはずもない。

 

 そんなナチュラルボーンテロリストみたいな素人がこの世にいてたまるか。

 

 

 一方、スノウは装弾数の文字列を真っ赤に染めるゼロの表示に困っていた。

 さっきの射撃でついに最後の弾も撃ち尽くしてしまったのである。

 

 まあいいか、なんとかなるだろ。

 

 

「【トリニティ】の先輩方! 偵察しましたよー! 

 敵機は残り少ないみたいです、突入してください!!」

 

「何っ!?」

 

 

 入ってきた壁の向こう側に、隙だらけのパブリック通信で呼び掛けるスノウを見た【氷獄狼】兵たちは、慌てて注意を壁の穴に向けた。

 

 あからさまに新人極まりないこのプレイヤーが自分たちを奇襲したなどという戯言よりは、【トリニティ】の奇襲部隊がおとり兼偵察役(カナリア)として新人を先行させたという解釈の方が信じやすかったのである。

 

 パブリック通信から聞こえてくる声が、とても可愛らしい女の子の声だったというのも、彼らの油断に一役買っていた。

 

 

 そして注意が逸れた一瞬の隙を突いて、スノウの駆る機体が兵器貯蔵コンテナへと飛翔する!

 

 

「えっ!?」

 

「しまっ……!!」

 

 

 武器メモリを無視してガン積みされたバーニアを噴かし、フルスロットルでコンテナに突進するスノウ。衝突したコンテナは粉砕され、中身のさまざまな武器が中空にぶちまけられる。

 それらの中から適当に引っ掴んだスノウは、ニタリと可憐に笑いながら、硬直する【氷獄狼】兵たちに向けて武器のトリガーを引き放った。

 

 【トリニティ】が誇る最新式レーザーライフルから放たれる熱線によって、敵機は急激に熱せられ、悲鳴を上げることも許されないまま爆発四散!

 残る敵機にもレーザーを浴びせ、ばったばったと片付けていく。

 

 

「おお……なんかすごいエグい武器」

 

 

 粒子になって次元の向こう(リスポーン地点)へと退去していく【氷獄狼】兵たちを見ながら、ほっとひと息を吐くスノウ。

 

 

『……貴方よりエグい存在は、少なくともこのステージにはいないと思いますよ』

 

「新人プレイヤーになんて暴言を吐くんだ……! トラウマになってゲームを辞めたらどうするんだ。サポートAIとして許される言葉なのか!?」

 

『騎士様って本当に新人ですか? あからさまに手慣れすぎてません?』

 

「それは俺も聞きたいところだな」

 

 

 パブリック通信のままやりとりしていたふたりのやりとりに、別の声が混じる。

 

 黙って壁の穴の向こうに銃口を向けるスノウ。

 

 そこから現れたのは、真っ赤な騎士鎧のようなフォルムを持つ、1騎のシュバリエだった。装飾に凝った、一見して威厳を感じる風貌(カスタマイズ)

 人目を惹く赤いカラーリングは、戦場ですぐに僚機に見つけられるためのものだろう。明らかに高い地位を持つ者の機体だということは、一目で想像できた。

 

 

 そのシュバリエはパチパチと拍手する仕草を取りながら、ゆっくりとスノウへ向けて近付いてくる。

 

 

「素晴らしい……素晴らしい活躍だ、名も知れぬ闖入者よ。

 まさかたったひとりで、工場を【氷獄狼】兵から奪還してしまうとはな。手際を観察させてもらったが、実に鮮やかなものだった」

 

「無防備に近付いてくると撃ちますよ」

 

 

 冷たく警告するスノウに、ペンデュラムは優雅な一礼を見せる。

 まるで舞台役者のような、堂に入った仕草だった。

 

 

「そう警戒しないでくれ。俺は【トリニティ】で今作戦の総指揮権を握る、ペンデュラムという者だ」

 

「そうですか……それで?」

 

『き、騎士様! ペンデュラムさんですよ!』

 

 

 淡々としたスノウとは対照的に、サポートAIは興奮した様子を見せる。

 

 

「有名人?」

 

『それはもう! 【トリニティ】が誇る優秀な指揮官です! 一騎当千と名高い精鋭部隊を率いていて、女性プレイヤーにもすっごく人気があるんですよ!!』

 

「ハハハ……モテるというのもまた、辛いものだ。何しろ一挙手一投足を注目されるのだからな。それに、有象無象に関心を向けられたとて、俺の心は動かん。

 ……それより、お前の顔を見せてくれないか」

 

 

 ペンデュラムはそう言って、ホログラム付きのプライベート通信のアクセスを申し込んできた。これを受諾すると、相手の顔が見られるようになる。

 

 スノウはしばし指を中空にさまよわせてから、アクセスを受諾した。

 映し出されたスノウの顔に、息を飲むペンデュラム。

 

 

「……可憐だ」

 

「そっちは何というか……少女マンガから出てきたような顔してるね」

 

 

 顎が尖った端正な輪郭に、大きめの黒い瞳。

 あえて過剰な手入れをしていない長い黒髪はワイルドさを漂わせる。それでいて、実直さと誠実さも感じさせる整った目鼻立ち。

 まつ毛は男にしては少し長い。だが決してたおやかではなく、がっしりとした男性的な魅力を感じさせる絶妙のバランス。

 

 あっ、こういう少女マンガの王子役見たことある!

 

 

『それがいいんですよ! 何言ってるんですか!』

 

 

 こいつAIにしては意外とミーハーだな、と思いながらスノウは訊く。

 

 

「それで、わざわざ話しかけてきた理由は?」

 

「俺はお前のようなプレイヤーを探し求めていた。

 強く、挑戦心に溢れ、周囲をあっと言わせるような技量を持ち……。

 おまけに可憐で、しかも新人となれば、その希少さは計り知れない。

 ここまで条件が揃えば、もはやこの出会いは運命に違いあるまい」

 

 

 ペンデュラムはそこで感極まったように声を詰まらせ、手を差し伸べた。

 

 

「俺のものになれ! 俺がお前の運命の男だ!!」

 

 

 ちゅどーん!

 

 

 ペンデュラムはスノウのレーザーライフルに撃ち抜かれて撃墜!

 リスポーン地点に送られました! 結構なオテマエ!!

 

 

『何してるんですかああああああああああああああああああああああああああ!?』



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第12話 嘆きの天井課金

 ペンデュラムを問答無用で撃墜したスノウの頭を、がくがくとサポートAIが揺さぶる。

 

 

『何してるんですか!? 何してるんですか!? 撃つ必要なかったですよね!』

 

「いや……気持ち悪くて、つい」

 

『あのペンデュラムさんに求められるなんて、すごく名誉なことですよ!?』

 

「求められても嬉しくないんですけど。こっちのリアル性別知ってるよね?」

 

 

 サポートAIはぴたりと動きを止めた。

 フリーズしたのか? と一瞬疑ったが、やがてにへっとだらしない笑顔を浮かべる。

 

 

『そういうの……私、嫌いじゃないです!』

 

「AIのくせに腐るなよ!?」

 

『AIだからこそAI()に憧れる、複雑な機械心……!』

 

「機械仕掛けの爆弾(オレンジ)発言だな」

 

 

 冗談はさておき、とサポートAIは顔を曇らせる。

 

 

『でも、本当に良かったんですか? ペンデュラムさんにスカウトされたとなれば、一気に大手クランで高い地位を得られるのではないかと。何しろ【トリニティ】は企業……いえ、まあ、その』

 

「やだよ。あいつなんか偉そうだったし。ボク、他人に支配されるの嫌いなんだ」

 

『まさか、次からもずっと一匹狼を続けるんですか?』

 

「そのうちどっかに所属するかもね。でも、まずはフリーの状態であちこち見て回って見聞を広めてからだな」

 

『そこら中に敵を作ってから所属されても、受け入れ先も困るんじゃ……?』

 

 

 散らばった武器を物色しながらそんな会話をしていると、再びプライベート通信の通知がHUDに表示される。

 言わずもがな、ペンデュラムからだった。

 

 

「あいつ、まーたかけてきやがった!」

 

『そりゃ連絡してくるでしょうよ、クレームのために』

 

着信拒否(ブラックリスト)入りってどうやんの?」

 

『クレームくらい受け付けてあげましょうよ、せめてもの保身のためにも』

 

 

 渋々と通信を受諾。

 その途端に、ホログラムのペンデュラムが身を乗り出して絶叫した。

 

 

「何故殺したーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

『どっかのロボットアニメで黒背景に白字で出てきそうな字面ですね』

 

「そのアニメ知らないけど、すごくマニアックなことを言ってるのはわかる」

 

 

 スノウの中の人は残酷な少年なのだった。

 

 何故殺したと言われてもなあ、とスノウは小首を傾げる。

 

 

「だって敵だし……?」

 

「敵じゃないって言っただろうが!」

 

「のっけから談合を求められても」

 

「談合ではない! スカウトだ!! お前(の腕前)に惚れたから、俺の右腕にしてやろうと言っている!!」

 

「ボクに惚れた……?」

 

 

 ははぁん。

 さてはこいつ、ボクがあまりにも可愛いから惚れちゃったんだな?

 

 スノウはニマニマと頬を緩めた。

 

 いやーまいったなー。確かにスノウ(ボク)は、()が理想の丈をつぎ込んで作った超美少女だもんなー。そりゃどんな男でもメロメロだよなー。

 まさか立場あるプレイヤーを一目ぼれさせちゃうなんて、罪な美貌だよね。

 モテる美少女ってつらいわー。てへへ。

 

 

「そんなにボク(の容姿)が気に入ったの?」

 

「ああ! お前(の腕前)は俺が求め続けていた理想そのものだ!!」

 

「そ、そっかー……。どうしようかなあ?」

 

(いける!?)

 

 

 突然まんざらでもない様子を見せ始めたスノウに、勢い込むペンデュラム。

 

 何故スノウがデレたのかというと、中の人(虎太郎)にとってスノウの容姿とは自分が時間と情熱をたっぷり注いで作り出した、芸術作品のようなものなのだ。

 

 自分の作り出した芸術品を褒められて、嬉しくないアーティストはいない。

 そういうわけで、虎太郎はスノウの容姿を褒められてウキウキなのである。

 

 もちろん、自分のゲーマーとしての腕を褒められているとは思ってもいない。

 

 

 そしてこの二者の間のやりとりに致命的な齟齬が発生していることを、すぐそばで見ているサポートAIは見抜いていた。

 

 

『(人間って……おもしろーーーーい!!!)』

 

 

 だが……駄目!!!

 サポートAIはこの件に関して突っ込む気が皆無ッッ!!

 むしろスノウに散々振り回された意趣返しも合わさり、楽しむ気満々であった。

 

 

「では早速【トリニティ】に所属を……とは言うまい。

 だがまずはこの戦闘が終わったら、ロビーで食事でもしようじゃないか。そこでゆっくりと今後について話を……」

 

 

 そのとき、スノウはピクリと体を震わせた。

 

 

「悪いけど、話はまた後で。こっちから連絡する」

 

「な、なに? 一体どうし……」

 

 

 ペンデュラムとの通信を強制的に切断したスノウは、武器の安全装置を外す。

 

 

『……突然どうしたんですか?』

 

「何か来る」

 

『何かって……あっ』

 

 

 サポートAIはHUDのマップに表示されている青い光点に気が付いた。

 工場の外から高速で敵機が接近している。

 

 ふたりの会話に夢中になるあまり、見落としていたとは。補佐すべきプレイヤーに先に感知されるなど、サポートAIとして不覚。

 

 

『敵機接近! ……お話しされながら、マップは注目されていたんですね』

 

「いや、強い殺気を感じたから」

 

『……今なんて(パードゥン)?』

 

 

 殺気? 何それオカルト?

 思わず言語設定を間違えるほど困惑するサポートAIをよそに、巻き起こる爆風によって工場の天井が吹き飛ばされる。

 

 

「見つけたぞシャイイイイイイイイイイン!!! ぶっ殺してやらああああ!!」

 

 

 上空から響く公開通信の絶叫が、ハウリングとなって工場に響き渡った。

 

 声の主は……アッシュ。

 先ほど戦ったときよりも、さらにゴテゴテと外付けパーツを付けたその姿は、一回りも二回りも大きくなったように見える。

 外付けバーニアやプロテクター、追加砲身まで携えたその姿は、必ず殺すという害意が形を成したかのようだった。

 

 

『あれはストライカーフレーム! 一定時間しか持ちませんが、スペックを大きく上昇させる追加フレームのひとつです!』

 

「わあー、お金かかってそう。初心者相手に大人気ないね」

 

『ええ……あれは本来、レイドボスなどの大型機相手に使用するもの。残念ですが、今の騎士様の兵装ではとても相手にならないでしょう』

 

「確かにねえ……さすがに工場の天井吹っ飛ばす火力は、相手にしたくないかも」

 

 

 しかし……。

 

 

「ところでボク、あいつに教えたっけ?」

 

『シャインって機体名ですか? いえ、そんな発言はなかったと思います』

 

「いや、機体というか」

 

「俺を無視すんじゃねえよ!! くたばりやがれえええええええええッッ!!!」

 

 

 ひそひそと会話するふたりをよそに、アッシュは巨大な砲身を眼下の工場に向ける。そして急速にチャージされる砲身の先に灯る、禍々しい燐光。

 

 次の瞬間、放たれた大口径ビーム砲の掃射により、工場は光の洪水に飲み込まれる。

 元より、この武装は一般のシュバリエ相手を想定した兵器ではない。拠点攻撃や要塞級の体格を持つレイドボス相手を目的とする、対域攻撃(MAP)兵器である。

 その威力は折り紙付きであり、この直撃を受けて生き残れるシュバリエはそうはいない。まして初期機体など、触れた瞬間に崩壊することは必至。

 

 

 そしてその用途がゆえに、

 

 

「そんな大振りの兵器、見てからかわせないわけないんだよね!!」

 

 

 砲撃が着弾する前に間一髪で上空へと飛翔したシャインが、上昇しながらレーザーライフルで反撃を繰り出した。

 

 大口径ビーム砲はその威力と引き換えに、エネルギーの大量消費と弾速の遅さという大きな欠点を持つ。それが故に、動かない目標地点や巨大な体格の相手以外への攻撃は想定外なのだ。

 

 それを押してでもスノウ相手に使用したのは、ド派手な攻撃を叩き込まねば気がすまないという意地と、初心者ならば回避できず当たるかもしれないという、いまだに残るわずかな甘え。

 だが、それももはや消えた。やはり、ほんのわずかな油断も許されない相手だ。

 

 一方、スノウの側もレーザーライフルの照射がアッシュに届く前に消えてしまい、射程の短さという思わぬ弱点に舌打ちしていた。

 

 

「しまった、レーザー兵器って射程短いのか……!」

 

『レーザーは大気圏内では減衰するので、射程が制限されてます!』

 

「なら中距離戦に持ち込むしかないな」

 

 

 スノウはバーニアを噴かし、距離を詰めようと前方にダッシュをかける。

 しかしその動きはアッシュも読んでおり、後方に向かって距離を取られる。その速度は明らかにシャインより早く、追いつくことができない。

 

 

「無駄だよぉ!! 初期機体がいかに早さにガン振りしようとなぁ! ストライカーフレームに追いつけるわけねぇだろうがあああああ!!」

 

 

 そこにアッシュがガトリングガンを空中で射出。

 急制動をかけて回避しようとするスノウだが、減速しきれずに数発をまともに喰らってしまう。みるみる減っていくHPゲージ!

 

 スノウは咄嗟に弧を描くように回避軌道に入ることでガトリングガンの射角から逃れるが、今の一瞬で相当のダメージを受けてしまった。

 シャインの装甲はあっさりと吹き飛ばされ、関節が火花を吹き出す。

 

 

「初期機体の性能の限界かな。やっぱ無改造じゃダメだね」

 

『それはそうですよ! むしろここまで何とかなっていたことが異常なんです!!』

 

「ハッ! 今更後悔しても遅いんだよぉ!! オラッ、踊りなぁ!!」

 

 

 哄笑しながらガトリングガンを振り回すアッシュと、なすすべなく周回軌道に入って回避に専念するスノウ。

 

 

「おいおい、随分と避けるのがお上手だな。だが、それも時間の問題だぜ。

 もうじき俺の仲間が追いかけてくるからよ! ハハッ、囲んでマワしてやるぜ!」

 

「なるほどね……怒りに任せて僚機を置いてきたってわけ」

 

 

 ストライカーフレームを持ち出したアッシュの速度に僚機はついてこれなかったようだ。

 アッシュの言葉が正しいとすれば、もはや敗北は時間の問題。

 集団に囲まれてしまえば、回避すらままならなくなってしまうだろう。

 

 

『ど、どうしますか騎士様! 相手を中距離武器の射程に収められないのでは、もう手詰まりかと……!』

 

「やむを得ない……か」

 

 

 そう言いながら、スノウはSSRアサルトマシンガンを構える。

 

 その手に握られた金色の輝きに、アッシュが血を吐くような叫びを上げた。

 

 

「俺の! 俺のガチャSSR武器を!! 返せええええええッッッ!!!

 

「え、わざわざ取り返しに来たの……」

 

「当たり前だろうがああああああああああああッッッ!!!

 天井だぞ! 天井課金だぞ!! 

 俺がボーナス10万円ぶちこんだ期間限定武器だぞおおおおおお!?

 お前のもんじゃねえ! 俺のもんだ! 返せよおおおおおおッッッ!!!」

 

「そっかあ、そんなにするものだったんだね」

 

 

 スノウは悪いことしたな、と反省した。

 10万円が社会人にとってどれだけの価値を持つものなのか、学生である今の自分にはわからない。だが、仕事に費やした血と汗と涙が染みついたものなのだろう。

 仮に今の自分が払えと言われても、絶対に払えない金額である。

 

 そんな大切なものを自身以外のプレイヤーに握られて、さぞ気が気ではなかっただろう。本当に……本当に悪いことをしてしまった。

 

 

『騎士様? 確かにその武器は長距離に届きますが、その、装弾数がもう……』

 

「そうじゃない」

 

 

 スノウは沈痛な面持ちで、首を横に振った。

 これまで、なんて悪いことをしてしまったんだろう。

 

 

「確かに、ボクの今の武装や機体じゃキミにはかなわなかったみたいです。

 貴方には悪いことをしてしまいました……」

 

「ハッ! 懺悔して命乞いかぁ!? 今更返す気になったのかよ! ハッハー!!

 許・す・わ・け・ね・え・よ・なあああああ!!!」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべて勝ち誇るアッシュに、スノウはあどけない笑顔を返した。

 

 

「もちろん、許されるなんて思っていませんよ。

 でもボクの今の装備じゃ、貴方には勝てない……」

 

 

 ……でもまあ。

 一度悪いことしちゃったんなら、いくら悪いことしても同じだよね?

 

 

「今の装備じゃ勝てないから……この武器は捨てます」

 

 

 その一言で場の空気は凍り、やがてアッシュは悲鳴を上げた。

 




あとがき特別コーナー『教えて!AIちゃん』

Q.
サポートAIが【トリニティ】を贔屓しすぎじゃありませんか?


A.
【氷獄狼】はマナーの悪いプレイヤーが多いので、多少の贔屓目は仕方ないですね。
ですが日頃会社でこき使われ、たまったストレスをゲーム内でヒャッハーして晴らす社畜たちがちょっと羽目を外しすぎてるんだと思えば、【氷獄狼】にも多少の同情の余地が……。

ありませんよね? そういうことです。


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第13話 運営の手先ちゃん

「今の装備じゃ勝てないから……この武器は捨てます」

 

 

 スノウは穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 

「工場に置いてあるもっと強い武器を拾うね。さっきキミが焼いちゃったけど、いくつか残ってるでしょ。だからもうこの武器はいーらない」

 

「やめろやめろやめろ!! て、てめえ捨てたらどうなるかわかってんのか!?」

 

 

 絶叫するアッシュに、スノウはわざとらしく肩を竦める。

 

 

「わっかんないなぁ。何しろ今日がゲーム初日なもので。どうなるんだっけ、サポートAI?」

 

 

 サポートAIは胡散臭いものを見る目で、スノウを見つめた。

 嘘つけ、絶対にどうなるか気付いてるゾ。

 

 

『……“捨てる”と総称されている行為には、“ドロップ”と“廃棄”の2種類があります。

 ドロップしたアイテムは()()()の足元に落下し、()()()がなくなった状態になります。この場合、利用権は次に拾った(ルートした)プレイヤーに移ります。

 一方、“廃棄”されたアイテムは同様に利用者の足元に落下はしますが、まもなく消滅(ロスト)します。ロストしたアイテムはゲームから削除され、いかなるプレイヤーも二度と拾うことはできません』

 

「なるほどね。サーバーは有限だものね。心あるプレイヤーとしては、できるだけサーバー上のオブジェクト(ゴミ)は減らすべきだと思うんだ」

 

「ご……ゴミ……!?」

 

 

 あまりの言い草に絶句するアッシュ。

 ぐぎぎと呻きながら、必死に声を絞り出す。

 

 

「……なら普通にドロップしろよ! 廃棄しなくていいだろ!! 俺に返せよ!!」

 

「なんで?」

 

 

 アッシュ機のホログラムに表示されたスノウは、心底不思議そうな顔で首を傾げた。

 

 

「拾ったら、キミはそれでボクを撃つんだろ?」

 

「当たり前だろうがボケ!!」

 

「じゃあキミが強くなっちゃうじゃない。なんで相手プレイヤーが得することをしなくちゃいけないの?」

 

「は!?」

 

 

 常軌を逸した発言に、アッシュは目を丸くした。

 なんだこいつサイコパスか……?

 

 

「ど……道義ってもんがあるだろうが! 何言ってんだテメェ!! それは俺がガチャで出した、俺のモノだぞ! それを横取りしておいて、盗人猛々しいんだよ!」

 

「でも拾った以上、今はボクのものだよね。ボクのものをどのように処分したとしても、それはボクの自由だよ。そう思わない?」

 

「だから! 元は俺のモンだろうがあああああああ!!!」

 

 

 そう叫びながらビームライフルを乱射するアッシュ。

 しかし動揺しているのか狙いはブレてしまい、撃つそばからひょいひょいとスノウに回避されていく。

 

 

「乱暴だなあ、キミは。返してほしいなら返してほしいなりに、誠意を見せるべきじゃないかなって思うよ?」

 

「誠意を見せるのはテメェだろうが!! もしも本当にロストさせてみろ、ソンガイバイショー請求すっからな!! 俺は本気だぞ!」

 

「いやぁ、それ無理なんだよね。だってゲーム上の正式な仕様で所有権移ってるもん。AI、それで罪に問えたケースってある?」

 

 

 ええと……とサポートAIはデータを照会し始める。

 それを横目で見ながら、スノウはふうんと鼻を鳴らした。

 

 

(判例のデータなんてゲームに搭載されてるわけないよな。外部データをダウンロードできるのか? ()()()ゲームのチュートリアル用AIが?)

 

『2038年現在に至るまで、ゲーム内のアイテムに窃盗罪および損害賠償請求が適用された判例は一件もないですね。

 そもそもゲーム内のアイテムは財産として認められません。特にこのゲームでは、ゲーム内のアイテムの所有権は運営会社にあり、ユーザーはそれを貸与されているとみなします。

 精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを命じたケースならありますが……』

 

「なら精神的苦痛の慰謝料とやらで訴えたらぁ!!」

 

『いえ、それも不可能です。このゲームで起こるあらゆるプレイヤー間のやりとりについて、民事で訴えることはできないと、規約で決められています。何しろPvPに精神的苦痛なんて言ってたらキリがないじゃないですか』

 

「う……運営はそれでいいのかよ!? テメエんとこのゲームで起きたトラブルだぞ! 責任取って仲裁しろよ!!」

 

 

 その瞬間、サポートAIのまとう雰囲気が変わった。

 

 

『運営はプレイヤー間のトラブルについて一切責任を持ちません。例外的に性的ハラスメント行為が起こった場合のみ、ゲームマスター裁定が行われます。それ以外のトラブルについてはプレイヤー間で解決してください。

 この処理についてはゲーム開始時の利用規約に書いてあり、貴方もそれに同意なされたはず。まさかとは思いますが、読まなかったわけではありませんよね?』

 

 

 淀みなく理路整然と畳みかけるサポートAIに、アッシュは言葉を失う。

 

 これまで死ぬ死ぬと叫び散らしていた愛嬌とは打って変わって、一切の容赦がない機械的な口調。まるで瞳からハイライトが消えたかのようだった。

 

 運営が不利になる可能性を潰すことにかけての徹底ぶり、さすが運営の手先。

 

 

 まあつまり、なんだ。

 取られた時点でどうしようもないのでアキラメロンというのが運営の見解であった。

 

 ……だが、そう言われて諦められる奴などいるわけがない。

 アッシュもそうだった。

 

 

「お……俺にどうしろってんだよ! どうしたら返しやがる!?」

 

「だから返す義務なんてないんだってば。諦めたら? と言いたいところだけど。

 まあ、そこまで言うなら条件次第で返してあげなくもないかな」

 

「条件だァ? ヘッ……読めたぜ。俺に靴を舐めろっていうんだな……?」

 

 

 何しろこれまで自分たちが散々他人に強制してきたことである。

 集団で囲んで、命乞いするプレイヤーを嬲り殺しにしたことなど両手の数では足りない。

 クラン内でいいガチャ武器を手に入れたプレイヤーを背後から撃ち、脅して武器を奪い取ったことすらある。

 

 そうしたとき、アッシュは必ず瀕死の相手に無様な懇願をさせる。

 助けて、許して、見逃して……そういった他人の必死の願いを踏みにじるとき、日常のストレスが吹き飛ぶのを感じるのだった。

 

 こいつもお仲間(問題プレイヤー)か。

 サイコ野郎に見えたが、まあその気持ちは理解できる。

 

 

(だが、甘ぇぜ……。手に入ったら、迷わずブッ殺してやる。そのためなら下手に出ることなんざ、俺が嫌がるもんかよ……)

 

 

 手もみしてゴマをすろうと口を開きかけたアッシュに、スノウは首を横に振った。

 

「今から捨てるから、勝手に拾えば? 全力で急げば間に合うかもね」

 

 

 そう言って、スノウは金色のアサルトライフルと高振動ブレードを眼下に投げ捨てた(廃棄した)

 重力加速度で落下しながら、武器はキラキラと粒子に包まれて姿を薄れさせていく。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああーーーーーーッ!? す、捨てやがった! 本気で捨てやがったあああああああ!!!」

 

 

 たまらず絶叫を上げ、バーニアを全開にしてフルスロットルで下降するアッシュ。

 

 

「俺の! 俺の!! 俺の武器があああああああああああああ!!!!」

 

 

 さすがに対レイドボス仕様の決戦兵器、ストライカーフレーム。起動するだけでクランの共有資産へ巨額の対価を要求するだけのことはある。

 その加速力は凄まじいものがあり、あっという間に消えゆく武器へと迫る。

 

 これなら……間に合うかも……!

 武器へと手を伸ばしたアッシュの顔が喜悦に歪む。

 

 そんな彼に向けてスノウはレーザーライフルの照準を合わせ、吐き捨てた。

 

 

「つまんないヤツ」

 

 

 熱線は狙い通りに撃ち出され、武器へと伸びたアッシュ機の腕を溶解させる。

 そして続く第二射が、コクピット内で絶望の悲鳴を上げかけたアッシュを撃ち抜き、沈黙させた。

 

 動力炉から発生した爆風はストライカーフレームの追加燃料に誘爆し、大爆発となって青空を彩る。

 中空を赤々と照らす光を浴びながら、サポートAIは呟いた。

 

 

『悪魔ですか?』

 

「人聞きが悪い。ちゃんと返してあげたでしょ」

 

『返した? あれが? ……さすがにドン引きです……』

 

 

 そんなサポートAIに、スノウはため息を返す。

 

 

「これでドン引きされる方が心外だよ。

 こっちは武器に飛びつくと見せかけて、騙し討ちされるんじゃないかって警戒(ワクワク)してたってのに」

 

『そんな修羅います!?』

 

「ボクならやるよ。ボクがガチャで当てた武器だったとしても、そうした。ボクよりうまいプレイヤーなら誰だってそうするはずだ」

 

『……そうですかね……?』

 

 

 そんな覚悟ガンギマリしてるユーザー、そうそういます?

 いや、いるかもしれないけど……。

 

 

「少なくとも、()が知ってる人たちならそうしたな。たかがガチャ武器ロストした程度で勝率を上げられるんだよ? やらない手はないでしょ。

 それか、武器を捨てられた瞬間に逆上して、性能の良いオモチャ(ストライカーフレーム)でボッコボコに殴りかかってくれてもよかった。ただでさえあの性能差なんだし、きっとコテンパンにされただろうなぁ。当然片腕程度はいただくけど」

 

『……もしかして、負けたかったんですか?』

 

「負けたくないよ、もちろん。これゲームだよ? 負けたいわけないじゃん。でも本気で楽しめたなら負けてもよかった。

 なのに目先の武器ごときに夢中になって背中を見せるとは。心底がっかりした。

 ……あーもったいない。ボクのワクワクを返してほしいよ」

 

 

 スノウはコクピットのシートに背中を預けると、もったいなーいもったいなーいと即興で歌い始めた。

 その姿は本当に13、14歳くらいの少女が拗ねているように見える。

 

 この人は一体どういう人なんだろう、とサポートAIは思考した。

 子供(ガキ)っぽい感性をしているのに、戦闘面の考え方はガチもガチ。勝つためなら、他人を蹴落とす非道な行為も厭わない。

 そこまで勝利に拘るかと思えば、楽しめたなら負けてもいいという。

 そしてこの初心者とも思えない技量。このゲームは初めてとは言っていたが……。

 いえ……私が考えることではありませんね。

 サポートAIはヘッドドレスを揺らしながら頭を振った。

 もうじき初期化される私には、関係のないことです。

 ましてや、AIがユーザーの個人情報に興味を持つなどあってはならないこと。

 

 

 そう思っていると、スノウがよっと声を上げて体を起こした。

 

 

「さーて、どうもあれがエースだったようだし、あまり残り物にも期待はできないけど……まあチュートリアルならこんなもんかな」

 

『チュートリアル……。これ、大規模クラン同士の衝突なんですけどね』

 

「数だけはいいんだけど、質はてんで大したことなかったよ。

 でも、このエリアにはいないかもしれないけど、どっかにすごいプレイヤーいるよ絶対。それは間違いない。ボクなんかちっともゲーム上手くないからね」

 

『上手くない……? 上手くないってなんだ……?』

 

 

 貴方が上手くなかったら、他のプレイヤーはなんだよ。ミジンコかオラァン?

 そもそもさっき自分のことゲーム上手いって言ってたじゃないですか。

 

 サポートAIの内心のツッコミを他所に、スノウは操縦桿を握りしめる。

 

 

「じゃあとりあえず質より量で、残りも平らげちゃいますか!」

 

 

 そしてシャインは飛翔する。

 目指すは【氷獄狼(フェンリル)】の中枢拠点。

 

 敵プレイヤー最後のひとりの心がへし折れるまで、狩って狩って、狩り尽くす!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

―通信記録より―

 

「ああ、ペンデュラム? こっちの本拠地、全員ヤッちゃったから取りにきていいよ。空白地帯に侵入したら占領できるんでしょ?」

 

「え? どういう意味って? うん、だから全滅させたんだ。リスポーン? うん、さっきまで何度倒しても倒してもリスポーンして襲ってきたけど……

 

 全員心が折れたみたい。

 

 もう誰もリスポーンしてこなくなったから、これで全滅だよね」

 

「うん、お腹が空いてきちゃったし、そろそろいいかなって思って。別に今からそっちの本拠地も襲ってもいいけど。……え? そう? そこまで? 絶対にダメって何度も連呼するほど? そうかぁ……じゃあ、戦うのは次の機会にしようね」

 

「あははははは。やだなあ。別に冗談は言ってないんだけど」



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第14話 最後の勝者

 リスポーン。キル。

 リスポーン。キル。

 リスポーン。キル。

 

 

 【氷獄狼(フェンリル)】の拠点上空にて、太陽を背にするように陣取った白い機体(シャイン)は、敵機体がリスポーンするたびに速攻で撃墜することを繰り返す。

 

 まるでモグラたたきのような作業。

 

 まとめて本拠地(リスポーン地点)に叩き込まれてしまった【氷獄狼】兵たちは、なんとか隙を見ては一矢報い、あわよくば形勢逆転を狙う。だが太陽の逆光もあって、その攻撃は無情にもかわされてしまうばかり。

 そしてそちらの位置を教えてくれてありがとうとばかりに繰り出される狙撃で、儚くも再殺されるのだった。

 

 太陽を背に上空から狙撃するシャインと、地べたから起き上がっては殺される【氷獄狼】兵。その関係はまるで眩い烈日の太陽と、その光によって焼き殺されるモグラのようだ。

 

 あまりにも勝ち目の薄いリスキルハメ。

 いつしかリスポーンする【氷獄狼】は減り、撃墜されたままログアウト、あるいは回線切断していく。戻ってこなくなる敵機が増えれば増えるほど、周囲に影響されて加速度的に離脱者は増えていった。

 

 

 それでも大したもので、粘るプレイヤーは何度撃墜されても起き上がる。

 

 

「たった1騎……たった1騎の敵によぉ! 負けられっがああああ!!

 

「卑怯者! 降りてこいよ! 正々堂々と戦っぐがあああああああ!!

 

「俺たちは絶対に負けねえ! 何度やられても決しひぎいいいいい!!」

 

 

 それはもはや意地であり、こんな陰湿なプレイヤーには絶対に屈しないという矜持の為せる業だった。

 

 しかしそれも時間の問題である。

 

 

「卑怯も何も、正々堂々戦ってここまで押し込んだんだけど……。

 まあいい、その戦意はいい! さあ、ボクを殺しにおいでよッッ!!!」

 

 

 敵が矜持を見せれば見せるほど、無邪気に歓喜(イキイキ)するプレイヤーが相手なのだから。

 

 リスキル回数を重ねるごとに起き上がるプレイヤーは減っていく。

 だが、褒めてあげてほしい。

 最後の1騎は、なんと17回も起き上がった。

 

 

「も……もう嫌だ……! やってられるか! 畜生ッ! 勝手にしやがれッ!!」

 

 

 その1騎も捨て台詞を吐いて、回線を切断してしまう。

 

 

 そして誰もいなくなった。

 

 マップにはたったひとつの青い点もなくなり、静寂が支配する。

 それでも誰かが時間差で戻ってきて、フェイントで襲って()()()のではないか?

 かすかな期待を胸に、シャインはたっぷり5分間その場で武器を構え続ける。

 

 

 たった20分前までは賑わっていた敵基地は、繰り返される上空からの制圧射撃と爆撃によって、もはや更地同然。

 海から吹き付けられる潮風が、ただ静かに……無人の地と化した荒野を流れていく。空は高く、雲は流れ行き。

 ここが戦場でないと言われれば、そう思えてしまうほど……ただ静かに。

 

 誰も帰ってきそうにないと判断したスノウは、ようやく武器を下す。

 

 

「すべてが静かに、まるで死んだように見える……」

 

スツーカに乗った魔王(ルーデル大佐)ですかね?』

 

「あやかりたいよねぇ。ボクが尊敬する偉人のひとりだよ」

 

 

 サポートAIはスルーした。英断である。

 

 ともあれスノウは勝利した。

 ゲームルール的に【無所属】がいくら撃墜したところで勝利とはみなされないのだが、少なくともスノウが決めたルール的には勝利したとみなした。

 

 

「さて、こっからどうしようかな。サポートAI、何か意見ある?」

 

『でしたら、【トリニティ】に連絡されてはどうです?』

 

「なるほど。今度は【トリニティ】側に宣戦布告しろということか」

 

『言ってませんし!? 狂犬ですか貴方は!』

 

 

 メイド型サポートAIは目を剥いて、恐ろしい発言を翻意させる。

 放っておくと自分以外のプレイヤー全員が心折られるまで戦いそうな凄みがあった。

 

 

『そうではなくて、【トリニティ】に勝利を譲ってあげてはどうでしょう。きっと喜ばれますよ』

 

「ええ……? そうか? そんな棚ぼたみたいな勝ち方で嬉しいかなぁ? 【トリニティ】もしっかり戦って戦果を得たいんじゃない?」

 

『戦果が得られるならそうでしょうね』

 

 

 【氷獄狼】に押されてたのに、なんで戦果が得られると思っとんねん。

 これだけ暴れて、まだ戦い足りないと見える。恐ろしい。

 

 

「まあいいか、そろそろお腹も空いてきたし」

 

 

 そう言ってスノウはペンデュラムに連絡を入れる。

 試しに「今からそっち行って戦おうか?」と探りを入れてみたのだが、「絶対にやめろ。フリじゃないぞ。本当にやめてくれ」と凄まじい勢いで拒否られた。

 

 

「フハハハハハ。冗談だよな?」

 

「あははははは。やだなあ。別に冗談は言ってないんだけど」

 

「………………冗談じゃないわ………………」

 

 

 言葉を失うペンデュラムに、サポートAIは苦笑する。

 ペンデュラムは常日頃から勝ちたいと思っているが、別に死闘を演じたいわけではなく、損害なく勝てればその方がいいと思っているリアリストだ。

 

 ……ああなるほど、と彼女は少しだけ納得した。

 つまりこのプレイヤー(スノウ)は、死闘(ゲーム)をしたいんですね。

 

 

 やがてペンデュラムとの会話を終えたスノウは、大きな伸びをひとつ。

 

 

「さて、今回のプレイはこんなところかな」

 

『お疲れ様でした、騎士様。楽しかったですか?』

 

「うん。楽しかったよ。次はもうちょっと強い相手と戦いたいけど……チュートリアルとしてはなかなか楽しめた。また遊びたい」

 

『それはようございました』

 

 

 これで彼女(AI)の役目も終わった。

 チュートリアルをクリアしたプレイヤーが、満足すること。

 それがサポートAIとして生まれた存在意義にして、至上命題。

 この目的さえ果たされたなら……少しばかり長すぎるチュートリアルも、意味があったというものでしょう。

 

 

「じゃあ、次のサポートもヨロシクね!」

 

『……は?』

 

 

 びしっと固まるAI。

 フリーズ寸前の思考を何とか回し、震え声を上げる。

 

 

『……いえ、次とかありませんよ? チュートリアルは終わりです』

 

「だってボクはまだキミからの操作チュートリアルを受けてないんだよね。ってことは、キミの役目は完遂されていないってことだ。さっきも言ったよね。『操作がわからなくなったら教えてもらうね』って」

 

『いやいやいや! そんな屁理屈で私をずっと引きずり回せるわけないでしょう!』

 

「って言ってるけど、そのへんどうなのゲームマスター(上位AI)。見てるんでしょ?」

 

 

 スノウはにこやかに笑いながら、何もない虚空に向けて語り掛ける。

 ……いや、いる。それは常にそこにいて、プレイヤーたちを観察し続けている。

 見えない瞳で、あらゆるプレイヤーの1人1人を、絶え間なく見つめ続けている。

 

 誰も気付いていないけれど。誰にも悟られていないけれど。

 そのはずなのだけれど。そのはずだったのだけれど。

 

 

「ボクは知っているぞ、キミらがそこにいることを。ずっと見ていることを。

 ……だから、別にサポートAIの1体や2体、くれたって構わないよね。どうせキミたちは四六時中ボクたちを監視(モニター)してるんだから。監視するのがゲームマスターであろうが、サポートAIだろうが構わないはずだ。そもそも()()は同じなんだし」

 

『…………っ!?』

 

 

 サポートAIが体を震わせ、泣きそうな顔になった。

 

 

『か……構わない、とのことです。私はチュートリアルのサポート業務を外され、次回から貴方の専属サポートをしろと……』

 

「それは重畳。いやー、ワガママ聞いてくれてありがとね。もちろん誰にも触れ回りはしないから、安心してくれていいよ。ボクは口が堅いんだ」

 

 

 満足したようにニコニコ笑顔を浮かべるスノウに、サポートAIは食って掛かる。

 

 

『な、何なんです? 貴方、何者なんです!? どうして上位AIに直接話しかけられるんですか!? 何をどこまで知って……!!』

 

「いや、言うほど大したことを知ってるわけじゃないんだけどね。トラブル回避のために、ゲームマスターがプレイヤー1人1人を常時モニタリングしてるってことくらいかな。だから話しかければ、すぐに返答がくる。その事実を知ってさえいればね。……そういうことを教えてくれた知人がいたんだ」

 

『誰なんです、その知人って……』

 

「個人情報だから、それはなあ。まあ、どっちみちもう()()()よ」

 

 

 それで、とスノウはサポートAIに人差し指を向けた。

 

 

「キミの名前を教えてよ。これから相棒になるんだし、“サポートAI”のままじゃ言いにくくって仕方ないもん」

 

『……個体識別名なんてありませんよ。チュートリアルだけしか出番のないサポートAIに、そんなもの必要なわけないでしょう』

 

「ならボクが付けてもいい?」

 

『はあ、まあご自由にどうぞ』

 

 

 スノウは首をひねり、ああでもないこうでもないとブツブツと呟いていたが、やがてよし! と頷いた。

 

 

「ガーデルマン……!」

 

『やっぱり私が決めますね!!(早口)』

 

 

 さっきの話、引っ張ってやがった!

 このままでは出撃のたびに「休んでる暇はないぞ、ガーデルマン!」と言われて連チャンに付き合わされる未来が見えてしまったので、自分で考える方向にシフト。

 

 

『……“ディミ”。そう、“ディミ”がいいです』

 

「ディミ? “半分(demi)”のデミ? 珍しい語感だな……。でもいいんじゃない、かわいいと思う」

 

『そ、そうですか? ありがとうございます』

 

 

 赤くなる“ディミ”に、スノウはさらに人差し指を近付ける。

 

 

『え? 何? 何なんです?』

 

「だから、握手。相棒なんでしょ? だから、これからよろしくの挨拶だよ」

 

『ああ、なるほど。それならそうと言ってくれれば……』

 

 

 ……もしかして、照れてる?

 ぶっきらぼうに少しだけ顔をそむけるスノウを見て、ディミはちょっとだけおかしくなり。そして少しだけ、ほんの少しだけ、親しみが湧いた。

 

 本当に、子供みたいな子。

 

 

 そのときである。

 ちょっといい感じの空気になったところに、プライベート通信の要請が入った。

 相手の名前を見たスノウはとても嫌そうな顔をしたが、渋々と受諾する。

 

 

「なんだよ。こっちは忙しいんだけど」

 

「貴様ァァァァァァ!! よくも! よくも俺様の武器をおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 血涙を流さんばかりの鬼気迫る表情のアッシュが、ホログラム越しに怨嗟の声をぶつけてきた。

 その悪意バリバリの声を聴いて、スノウはハァ……とため息を吐く。もはや興味を完全に失っていた。

 

 

「な……なんだその態度は!? 許さんぞ……貴様だけは絶対に許さん! 絶対に、絶対に復讐してやるからな! 覚えてろ!!」

 

「いや、そっちこそ何言ってんの? 復讐したいなら今ここでかかっておいでよ」

 

「えっ……!?」

 

「えっ、じゃないでしょ」

 

 

 スノウはシャインの両手を広げ、無人と化した元基地を睥睨(へいげい)する。

 

 

「ボクはそっちのリスポーン地点の真上にいるんだよ? 襲ってくるならいつでもできるでしょ。それもせずに何言ってんの? さっきのリスキル祭りのときも、キミはいなかったよね。さっさと心折れたくせに、遠くから文句ばかり言っても何も怖くない。そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだよ」

 

「が……ぐっ……!! お……覚えてろ……!! 貴様の名前をスレ(匿名掲示板)に晒してやるからな! 後ろ指を指されりゃいいんだ!!」

 

「いいねえ。望むところだよ。それでもっと強い相手が襲ってくるならありがたい。せいぜいボクの名前を広めてね」

 

 

 恐ろしいことにまったくの本心であろうということが、表情から窺えた。

 

 

レスバ(口喧嘩)無敵かよ……』

 

 

 戦慄するディミを他所に、アッシュはバカだのアホだの粘着してやるだの、程度の悪い喚き声を上げ続けている。

 いい加減相手にするのも疲れてきたスノウは、軽くため息をついてから、自分では天使のようだと思っている可憐な笑みを浮かべた。

 

 

「しつこいなぁ。それとも、こう言わなきゃわからない?

『おにいちゃんってば口ばっかでよわよわの負け犬~♥ 悔しかったら実力を上げてまた挑戦してね。まあ無理だと思うけど、このざぁーーーーこ♥』」

 

 

 

 

「……ッッッッ!!!!! 死ねッッ!!!!! SHINEEEEEE(シャイイイイイイイン)!!!!!」

 

 

 ぶつんっ!!

 

 

「うーむ、切る前にまた言ってたな。なんで知ってるんだろ? でもまた通信するのもなあ」

 

『……ああ、“シャイン”ってそういう……』

 

 

 首をひねるスノウを眺めつつ、ディミは納得した。そういう語源であった。

 

 

『ところで騎士様。さっきから思ってたんですが、もしかして自分の笑顔のこと、可憐だとか愛らしいだとか思ってたりしません?』

 

「……何言ってるの? ボクの笑顔は最高にカワイイでしょ?」

 

『その……。どう見てもクッソ生意気なメスガキが煽ってるようにしか見えません』

 

「メスガキ!?」

 

 

 ガーンという書き文字が背中に浮かぶのが見えるほど、スノウはショックを受けて呆然と立ちすくんだ。

 

 

「そんなバカな……! あんなに力入れてキャラクリしたんだよ!? 笑顔モーションだって何度も確かめた! 確かに天使みたいな愛らしい笑顔だったはず……」

 

『いえ、モデリングの笑顔はいいんですよ。でもほら……中の人が入ってると、邪悪さが漏れ出すというか。元がカワイイ分、煽り性能が増すというか』

 

 

 そう言いながら、ディミは通信記録の『おにいちゃんってば口ばっかでよわよわの負け犬~♥』以下を再生した。

 映像を見るスノウがぶるぶると震え、拳を握りしめる。

 

 形の良い眉を上弦の月のようにたわめ、瞳に嘲笑を浮かべて挑発する表情は、まさに年端もいかない少女が分不相応な実力にあぐらをかいて調子に乗っているときのそれ。

 生まれてから一度も挫折を味わったことがないのだろうと想像できる、大人をバカにしきった精神性をひしひしと感じさせる。

 

 両手を胸元で合わせて身を乗り出す愛らしい仕草が、むしろこんな可愛い女の子に負けちゃうの? という絶妙な挑発になっていた。

 

 最後の『このざぁーーーーこ♥』に至っては、まさに神域の出来。マゾ性癖を持つヤバい大人は足元にはいつくばり、一般性癖の持ち主には“このクソガキ絶対にわからせてやる……!”と血涙を流して復讐を決意させる迫真の煽りであった。

 

 

「メスガキじゃん!! 何これ、クッソむかつくメスガキじゃん!? わからせたい! すげぇわからせたい! 身の程をわからせたい!! 土下座しろこのっ……!!」 

 

『それが貴方ですよ』

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!!!?」

 

『今日一日、ずっとその笑顔でした』

 

「かはあああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 ボクはこんなメスガキ煽りを、今日一日いろんな相手に振りまいて……ッ!!

 

 自分がどこからどう見ても立派なメスガキであることを客観視させられたスノウは、理想と現実の差への煩悶ののちに力尽きて真っ白な灰と化した。

 

 

『勝ってしまった……』

 

 

 こうしてチンピラとメスガキとオレ様が入り混じって展開された煽り合いは、個体名が付いたばかりの小さなAIの優勝で幕を閉じたのである。

 

 

 へっ、メスガキを理解(わか)らせてやったぜ!!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 2038年4月27日、10時~13時。

 

 【トリニティ】が支配する工業都市ミハマへ向けて突如侵攻を開始した【氷獄狼】は、【トリニティ】が現地雇用した傭兵によって撤退を余儀なくされた。【トリニティ】は引き続きミハマの支配権を維持することに成功する。

 

 渾身の強襲を跳ね返された【氷獄狼】の士気低下は著しかった。この後に【トリニティ】を含む周辺クランの追撃を受け、【氷獄狼】は大きくランクを下げることとなる。

 

 今回の作戦で【トリニティ】側の総指揮官を務めたペンデュラムは、功績を評価されてクラン内での発言力を増した。

 これはこの戦闘を含めた多方面作戦において【トリニティ】の他幹部の中に敗北してエリアを奪われたものが複数名いたために、相対的に評価されたこと。そして優秀な傭兵を雇い、【氷獄狼】を撃退した手腕を買われてのことである。

 

 

 ――総合的に見れば、単なる1エリアにおける攻防戦に過ぎない。

 しかしこの戦いにおいて、本当に重要なのは次の点である。

 

 

・一介の新人プレイヤーが大手クランを殲滅せしめたこと。

 

・それまで常識とされてきた武器コスト偏重を完全に否定する戦術を示したこと。

 

・どちらのクランにも属さない【無所属】というゲームスタイルを提案したこと。

 

 

 全プレイヤーに衝撃を与えたこの戦闘は、陣取り合戦に固定化されつつあったゲームスタイルに一石を投じ、多数の後追い(フォロワー)と、多くの挫折者の怨嗟を生み出していくことになる。

 そしてこの新人プレイヤーについた仇名と、彼女がこの戦闘で描いたほぼ全域が【無所属()】に染め上げられた戦況マップから、この戦いは後にこう呼ばれる。

 

 

 ――“純白の烈日事件(シャイン・インパクト)”。

 

 




【氷獄狼】全地域失陥+【トリニティ】一点集結=マップほぼまっしろ

初日はここまで。
興味があったら『催眠アプリで純愛して何が悪い!』も読んでやってください。
今まさに最終回直前のクライマックスです。


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メカニック設定集(14話時点)

イメージ補完のための設定集です。
読まなくても問題ありません。


○シュバリエ全般

 

10の換装可能部位を持ち、パーツ次第で多彩なカスタマイズが可能。

 

基本的なフォルムとしては流線形をイメージした機体が多い。

シュバリエは飛行可能であることを前提としているため、基本的には空気抵抗の減少と揚力を考慮したパーツがよくみられる傾向にある。

 

もちろんVR空間なのでゴテゴテと装飾が乗っていても速度自体は出るし、なんならキャタピラなどの無限軌道で飛ぶことも可能ではある。ダサいけど。

 

一般的にはチームごとに機体のデザイン傾向とカラーを揃えていることが多い。

これはこのゲームがフレンドリーファイアありということを踏まえ、誤射を避けるためである。

レーダー上での敵味方識別や、同陣営の機体にはロックオンしないという措置はあるものの、エイムアシストを切った射撃や流れ弾は普通に味方機にも命中する。

 

 

【換装可能部位一覧】

 

頭部

胴体

腕部

銀翼

脚部

ジェネレーター

センサーモジュール

F.C.S.(火器管制装置)

ブースター

オプションパーツ

 

 

 

【タイプ】

 

戦場で果たす役割に応じて、機体のタイプを選択することになる。

 

タイプによって装備できるパーツは異なる。

 

基本となるタイプは3種類。

 

・フライトタイプ

・タンクタイプ

・ガンナータイプ

 

クランが有する技術ツリーの解禁状況に応じて、選択できるタイプも増えていく。

 

 

○機体デザイン

 

 

 

【無所属】

 

▼“シャイン(スノウライト機)”

 

現在スノウが乗っているものは、ずんぐりむっくりした丸っこいデザイン。

真っ白で腕と脚が太く、全長は一般的な機体よりもやや低い。

ブースター出力は高く、肘やかかとから噴射孔が出っ張っている。

 

通常の初期機体は綺麗な流線形ということ以外特徴がないパーツで構成されているのだが、それを無理やりいじったような感じになっている。

 

 

それもそのはず、これは初期ステータス振りの時点でとにかく装甲とスピードに極振りしてと無理難題を言われたディミが、初期パーツを想定された限界値以上にカスタム化したもの。

半ばヤケクソでオーダーに応えたせいで、出っ張ったブースターなどをはじめ、いろいろと不格好なデザインになってしまっている。

 

しかしスノウ本人は丸っこくて可愛いし、スピードも装甲もなかなかのものと気に入っているようだ。

それでいいのか、主人公機だぞ?

 

こんなネタにしか思えない初期機体になすすべもなくリスキルに追い込まれ、上空から散々メスガキ煽りを聞かされた【氷獄狼(フェンリル)】には、ヤバい性癖の扉を開いた者が続出したという。

 

 

ちなみに装甲とスピードに極振りというのは、あくまで“初期ステータスの配分”の話。パーツを変更すれば、ステータスのバランスは変動していくだろう。

 

 

 

【トリニティ】

 

ペンデュラム配下の機体は西洋の騎士甲冑を元にしたデザイン。

 

居並ぶと整列した騎士のような、清冽で荘厳な雰囲気を漂わせる。

 

 

 

▼“センチネル(ペンデュラム機)”

 

真っ赤な騎士甲冑を思わせる厳めしいデザインで、装甲特化のタンクタイプ。

 

他の機体よりもひと際装甲が分厚く、金のラインが入った鎧や兜の先のふさふさした飾りなど、装飾も派手。

これは自身が戦うのではなく鼓舞することを優先しているためである。

敵から狙われやすいが、それ以上に味方への士気を高める効果がある。

 

主な武装はビームライフル、ランス、大楯。

 

 

 

氷獄狼(フェンリル)

 

トゲ付きの肩パッドや腕輪、ドクロや“仏恥義理”といった頭の悪い漢字のペイントなど、とてもフリーダムでアナーキーなデザインの機体ばかり。

 

統一感はほぼ皆無だが、見た目からして漂う悪役感と、ホワイトブルーの狼のエンブレムをどこかにいれている点は共通している。

 

とんでもなくアホそうなのだが、逆にこんなアホなデザインをするのはこいつらくらいのものなので、敵味方識別という点では役目を果たしていると言える。

 

 

▼“ブラックハウル(アッシュ機)”

 

大型バイクのように鋭角に出っ張った頭部を持ち、流線形のデザインを重視している。

本人曰く「トゲ付きの肩パッドなんざ所詮三下のチンピラが好むものだ。真のエースにふさわしいデザインといや、やっぱりバイクだよ、バイク」

 

……単に本人がバイク好きなだけであった。

 

 

【氷獄狼】の機体にしてはトゲなどのいかにもな飾りが少なく、シャープなデザイン。しかし背中にばかでかいバイクマフラー型ブースターを4本も付けているのはバカ丸出しである。

 

だが、ガチャ産4気筒エンジンを採用したジェネレーターと巨大なブースターの出力は十分以上に実用的で、加速性能・最高速度・旋回性能ともに申し分ない。

ネタに走ったら奇跡的にガチ性能になってしまった一例。

 

ガチャSSRのゴールデンアサルトライフルと高振動ブレードを装備していたが、哀れにもロストさせられてしまった。

 

 

○その他諸々の設定

 

 

▼ストライカーフレーム

 

追加ブースター、増加装甲、強力なビーム砲門などの追加パーツ一式を備えた特殊フレーム。装着すると機体が1~2回りほど大きくなるほどのゴテゴテぶり。

 

レイドボスや要塞攻略などの巨大な敵を相手に使用することが前提となる破格の性能を持つ。間違っても対シュバリエ戦に持ち出すようなブツではない。

 

圧倒的な性能を持つがその代償として運用コストが非常にかさみ、起動するだけで勝利報酬1回分が軽く吹っ飛ぶ。もちろん生産コストもバカ高く、シュバリエ5機分に現状生産できる最高位のフル装備を与えるほどの費用と素材が必要。

 

撃墜されてしまえばロストしてしまうことも踏まえて、運用にはクランの今後の戦略を懸けた慎重な判断が求められる決戦兵器である。

 

指揮官によっては、ロスト時の損害があまりにも大きすぎることから、最初から生産しない者もいる。クラン内の政治関係が複雑なほどその傾向は大きく、ペンデュラムなどはその一人である。



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第15話 突撃隣のおひるごはん(セール品)

 VRポッドから出て時計を見ると、もうとっくに昼を回っていた。

 

 

(お腹空いたな……)

 

 

 虎太郎はふらふらとよろめきながら冷蔵庫に向かうが、買い置きしておいた食べ物がなくなってしまっている。……あれ、なんでなくなってるんだっけ?

 昼寝から覚めたばかりのような回らない頭で、冷蔵庫の前にぼけーっと佇む。

 

 

「……そういえば丸一日以上キャラメイクしてたんだった」

 

 

 キャラメイクしている間はほぼ不眠不休で熱中していたのでまるで記憶に残っていないのだが、おそらく休憩を挟んでいる間に無意識に口にしていたと思われる。

 

 自分のことながら、ゲームのことに関してだけは恐るべき集中力であった。もしかしたらゲーム中に不慮の事故で死んでも、気付かずにゲームし続けているのではなかろうか。

 キャラメイクが終わったらそのまま初陣戦を始めてしまったし。

 

 とりあえず腹が減った。何か食べないと……。

 虎太郎は寝不足の頭で立ち上がり、夢見心地のままTシャツだけ着替えると玄関のドアを開ける。

 

 4月の午後の眩しい光が、眼を焼く。

 

 

(あれ……あれ……? なんか……頭痛い……)

 

 

 立ち眩みを感じた虎太郎は、玄関を出て少し歩いたところで猛烈な頭痛に苛まれその場にうずくまった。

 

 

(なんだ、これ……どうなって……)

 

 

 どこかでバサッと、ビニール袋が取り落とされる音。

 誰かが駆け寄る足音と、大丈夫ですか!? と呼びかける声を遠くに感じながら、虎太郎の意識はブラックアウトした。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 何かいい匂いがする。

 虎太郎は近くから漂ってくる、食欲を誘う香りにゆっくりと目を開けた。

 

 自分の部屋によく似た間取りの部屋、見慣れた天井。

 そして見覚えのないピンク色のベッドに、かわいらしいぬいぐるみ。

 ベッドの近くに置かれたちゃぶ台の上には、タイムセール50%引きのシールが貼られたスーパーの天丼が置かれていた。

 

 

「知らない天丼だ……」

 

 

 この天丼を買った覚えはない。

 というか、寝かされている部屋にそもそも見覚えがなかった。

 

 

「あっ、起きた? よかった、気が付いて」

 

 

 パタパタというスリッパの音と共に、安アパートの狭苦しいキッチンに立っていた誰かが近付いてきた。

 20歳くらいの若い女性だ。飾り気のないトレーナーとジーンズに身を包み、手に氷の浮いた洗面器を持っている。少しくすんだ色合いの栗毛を、大きな三つ編みにして体の前に垂らしていた。トレーナーの分厚い生地を押し上げてなお主張する、大きめの胸。

 どこか人を安心させる、ほっとするような落ち着いた雰囲気。だが、どこかやつれているような気配が感じられ、逆にそれが微かな色気を感じさせた。

 ……いやいや、いかんいかん。

 

 

(僕は何を考えてるんだ、助けてくれた人に)

 

 

 虎太郎が頭を振ると、額の上からぬるくなった濡れタオルがずり落ちた。

 もしかしなくても、この女性が介抱してくれたに違いない。

 

 

「急いで起きなくてもいいからね。タオル替えるからじっとしてて」

 

 

 子供に言い聞かせるように言って、彼女は洗面器に漬けたタオルを軽く絞り、虎太郎の額のぬるいタオルと交換する。トレーナーの生地越しに、大きくて柔らかな感触が虎太郎の顔に押し付けられた。

 

 

(ふえっ!?)

 

 

 胸が触れているのに気付いていないのだろう。

 まったく気にした風もなく、部屋の主の女性はタオルを交換している。

 

 

(はわわわわわわ……)

 

 

 これはまずい! まずいが、指摘するとなおまずいような気がする……!

 虎太郎は顔を赤くして、至福のひとときが過ぎ去るのを体を固くして待った。

 

 

「これでよし、っと」

 

 

 タオルを替え終わった女性は、虎太郎の真っ赤に茹だった顔を見て目を丸くする。

 

 

「あれ? なんか熱上がってるような。大丈夫、ボク?」

 

「だ、大丈夫です! 何でもないです!」

 

「そう? ならいいけど……」

 

 

 女性はぬるくなったタオルを洗面器に入れて、小首を傾げながら微笑んだ。

 

 

「外から帰ってきたら、キミが廊下で目を回してたからびっくりしちゃった。救急車呼ぼうかと思ったけど、とりあえず熱出てたから冷まさなきゃと思って。多分熱中症かな。私もよく、なりかけちゃうんだ」

 

「あの……ここは、あなたの部屋ですか?」

 

「うん、そうだよ。キミ、見た目より重いんだね。何か運動してるの? お姉さん、ベッドに運ぶの疲れちゃった」

 

 

 そう言って彼女はぷらぷらと腕を振りながら、あははと笑う。

 

 

(すごくいい人だな……。僕とほとんど同い年くらいに見えるのに、立派だ。東京の人はみんな冷たいと聞いていたけど、こういう人もいるんだな。でも……)

 

 

 立派ではあるが、お人よしすぎて虎太郎はちょっと心配になった。

 若い男を自分の部屋に連れ込んで、ベッドまであてがうとは。それが不埒な考えを抱く男だったらどうするのか。

 恩人であるからこそ、一言忠告すべきではなかろうか。

 

 

「介抱してくれてありがとうございます。すごく助かりました」

 

「えー、いいんだよ。そんなこと気にしなくても。困ったときはお互い様だもん」

 

「ですが……あの、男性を自分の部屋に連れ込むなんて不用心ですよ。万が一変質者とかだったら、逃げ場がないですし……」

 

「ふふっ、何ナマイキなこと言ってるの。子供を助けるのは大人の役目だよ。ボク、どこの子かな。今日は中学校はお休み?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 固まる虎太郎を見て、彼女もまた硬直する。

 

 

「……ボク、中学生だよね? あ、それとも高校一年生くらい……?」

 

「……大学一年生なんですけど。すぐそこの私立の大学に通ってるんですけど」

 

 

 本当のことを言いました。

 

 

「えええええええええええええええええ!?」

 

 

 部屋の主の女性はおろおろと周囲を見渡すと、部屋にまったくそぐわない折り畳み式のちゃぶ台に飛びついた。

 

 

「見ないで! 見ないでー! ちゃぶ台とかトレーナーとか、普段は使ってないの! 実家から持ってきただけなの!! 本当はもっとおしゃれなの!!」

 

 

 完全に錯乱していた。

 いやそれ普段使いしてるんじゃんと思いつつ、虎太郎は必死に宥める。

 

 

「落ち着いてください! 大丈夫です、僕は何も見てません! よしんば見ていたとしても、家庭的でいいと思います! 男性受け高いです!!」

 

「ほんと!? ほんとに!?」

 

「確証ないけど多分そうです!!」

 

 

 少なくとも僕はそう思います。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「お恥ずかしいところをお見せしました……」

 

 

 ようやく落ち着いた女性は、床に座りながら真っ赤になって俯いた。

 

 

「あ、いえいえ。こちらこそ身長(タッパ)が低くて申し訳ないです」

 

「いえいえそんなそんな」

 

 

 なんとなく頭を下げ合いながら、改めて自己紹介をかわす。

 虎太郎の部屋の隣に住んでいた彼女の名は、鈴花(すずはな)鈴夏(すずか)

 近くにある私立大学に通っている2年生だった。

 

 

「えっ、学部も同じじゃないですか! じゃあ僕に敬語なんていいですよ」

 

「え? そ、そう?」

 

「もちろんです、先輩なんですから。気軽にオイ、大国(おおくに)! でも虎太郎! でも呼びつけてください」

 

 

 本当は名字で呼び捨てにされるのはあまり好きではない虎太郎だが、恩人なら許容範囲だった。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、鈴夏は呼び捨てにするなんてと呟く。

 

 

「じゃあ“虎太郎くん”でいいかな?」

 

「あ、名前の方いきます?」

 

「だって“こたろー”って響きちょっと可愛いから」

 

 

 鈴夏は頬を緩めると、コタロー、コタローと楽しそうに口の中で小さく繰り返す。響きが気に入ったらしい。

 うん、と頷くと両手の前で掌を合わせる。

 

 

「じゃあ、私も鈴夏って呼んでね」

 

「えっ……でも、先輩を下の名前で呼ぶなんて失礼ですよ」

 

「いいの。私だって虎太郎くんって呼ぶんだから、フェアじゃないもん。ほら、鈴夏って呼んでみて?」

 

 

 虎太郎は少し迷ったが、せめて最低限の礼儀として“先輩”は付けることにした。

 

 

「……じゃあ、鈴夏先輩」

 

「よくできました。本当は“先輩”もいらないけど……。ふふっ、なんだか実家の弟が反抗期のときに、呼び捨てにされてたの思い出しちゃった」

 

 

 そう言って、鈴夏はクスクスと楽しそうに笑った。

 

 それにしても……と虎太郎はこっそり部屋を見回す。

 間取りは同じ六畳一間でも、家具が変わるだけで随分と女の子の部屋って感じがする。あまりモノが置いてあるわけではない。多分、自分と同じで割と貧乏生活なのかもしれない。

 

 

(あれは何かな?)

 

 

 部屋の隅一畳ほどはカーテンに覆われていて、見えない。タンスか何かか?

 ……いや、女の子の部屋をじろじろ見るなんて失礼だな。しかも先輩で恩人だぞ。

 

「それにしても、本当にびっくりしちゃった。虎太郎くん、大学生なんだから自己管理しっかりしなきゃ駄目だよ。最近暑くなってきたから、こまめにちゃんとお水飲まなきゃ。ご飯もしっかり食べてる?」

 

「いやぁ……恥ずかしながら、あまり……」

 

 

 本当に恥ずかしい話であった。財布の中もスカスカである。

 これからパン屋で食パンの耳でももらってこようかと思っていたのだ。

 貧乏学生の極みであった。

 

 

「あ、じゃあ……これ食べる? 昨日のセール品だけど……」

 

 

 そう言って、鈴夏はちゃぶ台の上に乗っていた天丼を差し出した。

 

 

「いいんですか?」

 

「お腹が空いて困ってる人をほっとけないよ。この部屋、電子レンジもなくて常温であっためてたから、あまりおいしくなくて申し訳ないけど……」

 

「いえ、すごくありがたいです! じゃあ……」

 

 

 目を輝かせた虎太郎が天丼を手に取ろうとしたとき、

 

 

 ぐ~きゅるるるるるる~

 

 

「…………////////////」

 

 

 虎太郎の腹の虫の鳴き声ではなかった。

 

 

「あの……」

 

「い、いいんだよ! 後輩の面倒見なきゃ! 先輩だもんね!」

 

 

 真っ赤になってワタワタと手を振る鈴夏。

 

 

(どちゃくそいい人じゃん……)

 

 

 ちゃぶ台に天丼を出して常温で温めていたのも、自分で食べるためだったようだ。

 

 

「あっ……じゃあ、半分だけいただくというのは」

 

「そ、そうだね。そうしようか」

 

「僕の部屋、電子レンジあるんであっためましょう。ちょっと待っててください」

 

 

 ホカホカになった天丼を分け合いながら、虎太郎は鈴夏と世間話を交わした。

 とりとめのない話に混ぜて軽く鈴夏の事情を聞き出したところによれば、鈴夏もかなりの貧乏生活を送っているようである。

 

 まあそりゃそうだ。金があったらこんなボロアパートには住むまい。

 

 

「大学のテキストって高いんですよねえ」

 

「わかる! そうだよね、前期だけで10万円近くもするんだもん。奨学金もらってるけど、それでも大変だよぉ。バイトもしなきゃだし」

 

「自分で書いた本を必須教材として売りつけてくんなよ、高いんだよって。先生方の収入源ってのはわかるんですけどねー」

 

 

 薄いお茶をずずず……とすすりながら愚痴り合う。

 

 こういう空気なんかいいな、と虎太郎は思った。考えてみれば大学はぼっちだし、サークルにも入ってない。愚痴を言う相手もいなかった。

 

 

「先輩ってバイト何してるんです?」

 

「コンビニだよー。虎太郎くんもやる? 紹介してあげようか?」

 

「あー、僕は……」

 

 

 バイトに時間を割くくらいなら、ずっとゲームしていたかった。

 とはいえ何かしらバイトしないと、仕送りだけだとキツすぎる。

 そもそも東京の大学に行ったのも、無理を言ってのこと。実家は地元の大学でいいじゃないかと言っていたのを振り切ってきたのだ。実家からの感情は悪い。学費の高い私大ともなれば、なおのこと。

 でも奨学金受けたくないんだよなあ。アレ、割とやべー借金だもんなぁ……。

 

 

 いや……待てよ? そういえば……。

 

 

 唐突に考え込み始めた虎太郎を見て、鈴夏は小首を傾げる。

 

 

「虎太郎くん?」

 

「あ……いえ。ちょっといいことを思いついて。

 そうだ、鈴夏先輩! よかったらなんですけど、去年先輩が使ってたテキスト、いらないのがあったら買い取りましょうか?」

 

「えっ? 本当!? いいの?」

 

「ええ、実はテキストが高くて、一部は図書館で借りてコピーしようかと思ってたんです。でも手元にあるに越したことはないし、少しだけ安く売ってくださったら、僕も先輩もWIN-WINじゃないかと。逆に僕が受けて先輩が受けてない講義のテキストも融通できますし」

 

「そうしてくれたらすごく助かるよぉ~! あ、でもお金とかあるの?」

 

 

 はしゃいだ声を上げながら、少しだけ心配そうに尋ねる鈴夏。

 そんな彼女に、虎太郎はにっこりと微笑んだ。

 

 

「大丈夫ですよ、ちょっとアテができたので」

 

 

 ゲームの中では鬼畜外道(バーリトゥード)なプレイヤーも、リアルもそうとは限らない。

 このお人好しの先輩に、虎太郎は何か恩返しをしたかったのだ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 虎太郎が帰ってから、鈴夏はウキウキした気分で洗い物を始めた。

 

 コタローくんかぁ。いい子だったな。隣の部屋の人がああいう子でよかった。

 実家に残してきた幼い弟たちを思い出して、鈴夏はクスッと笑った。

 身長が低くて、やや幼い顔立ち。可愛い後輩ができちゃった。

 

 学業と副業の両立に忙しく、ロクに友達も作れない生活を過ごす鈴夏にとって、今日は思わぬ出会いがあった日だった。

 生活苦と時間のなさで、高校時代まで親しんでいた趣味にも手を出せずにいたが、予想外の臨時収入を持ち掛けてくれたのもとても助かる。

 

 どうやってお金を稼ぐのかわからないが、無理をしなければいいけど……。

 

 それにしてもお金、お金かぁ。

 本当に、お金も時間も全然足りないなぁ……。

 

 そう思いながら、鈴夏はふと部屋の隅に吊るされたカーテンを開く。

 安っぽいカーテン生地の向こう側に、この部屋のどの家具よりも高価な機材……。VRポッドが鎮座していた。

 

 

「あなたがいなければ、私ももっとラクに生きられるのにね」

 

 



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第16話 極上いちごパフェ会談

「まさか本当に貴様の方から連絡を取ってくるとは思わなかったぞ。何しろ前回のあの態度だ……どういう風の吹き回しかな」

 

「ちょっと興味が湧いただけだよ。話くらいは聞いてもいいかなってさ」

 

「まあ掛けたまえよ。何かつまもうじゃないか」

 

 

 ロビーの高級レストランサーバーで待っていたペンデュラムは、パチンと指を鳴らしてウェイターを呼びつける。その芝居がかった仕草がまた様になっていて、中身が男の身のスノウとしては少し悔しい感じがした。

 

 

(きっとリアルでもこういう店に慣れたキザな男なんだろうな、こいつ)

 

 

 数時間前にペンデュラムに商談をしたいとメールを送ったところ、それではロビーのレストランで待ち合わせようということになったのである。

 

 所詮ロボットアクションゲームのおまけ要素だしな……と何の気負いもなくアクセスしたスノウは、リアルでの一流店そのままの店構えを見て硬直した。

 給仕服の店員に「いらっしゃいませ」と総出で深々とお辞儀で出迎えられ、それがAIだとわかっていても引き返したくなったほどである。

 

 ドレスコードとか大丈夫なのか。ボクはパイロットスーツしか持ってないんだぞ?

 戸惑いながらペンデュラムの名前を出すと、店員は店の奥の個室へと案内してくれた。そこで先に来ていたタキシード姿のペンデュラムが、いかにも高級そうなワインを嗜みながら出迎えたのが冒頭のやりとりであった。

 

 

(何か頼めと言われてもな……)

 

 

 こんな上流階級の人間が来るような店で食事をした経験などない。

 メニューを見ても、スノウには何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだった。

 

 ペンデュラムは涼しい顔でワインを飲み続けており、いきなり相手のペースに飲まれている感がある。

 

 

(チッ……)

 

 

 ナメられてたまるか。

 スノウはメニューの一番のページにある、デザートを見た。

 

 

「いちごパフェください」

 

「ブフッ……!」

 

 

 ペンデュラムがワインを吹き出しかけた。

 

 

『騎士様! ここはファミレスじゃないんですよ!!』

 

「甘いもの食べたくて何が悪い!?」

 

 

 肩に乗ったディミのツッコミに言い返すスノウ。そんな彼女に、ペンデュラムはハンカチで口元を拭いながら訊いた。

 

 

「……本当にそれでいいのか? 好きなものを頼んでいいのだぞ」

 

「いいよ、これで。どうせゲームなんだし、大したもの出てこないでしょ」

 

「まあ、よかろう。すまない、君。いちごパフェを……」

 

 

 ペンデュラムはディミにちらりと視線を向け、続ける。

 

 

「3つ頼む」

 

『かしこまりました』

 

 

 突飛な注文に動じた様子も見せず、店員は一礼すると個室の外へと消える。

 

 

『私の分まで! しかも自分も合わせてくれるなんて……。見てください、騎士様。これがデキる大人のふるまいというものですよ?』

 

「はいはい、どうせボクは超絶カワイイメスガキですよ」

 

『開き直りやがった……!?』

 

 

 ゆさゆさ揺さぶってくるディミをあしらいつつ、スノウは頬杖を突いた。

 

 

「……随分いい店だね」

 

「そうだろう。俺の愛用の店だ」

 

 

 ペンデュラムは頷く。

 

 

「この店は総個室制で、個室ごとにチャンネル分けされているからな。他の客と出くわすことは一切ない。ゆっくりと話すにはぴったりというわけだ」

 

「いいお値段もしそうだ」

 

「まあな。だが経済を回すのも持つ者の義務だ」

 

 

 なんでもないようにペンデュラムは言い、それで、と切り込んできた。

 

 

「【トリニティ】に入り、俺の配下になってくれるということでいいのだな?」

 

「いや、違う。【トリニティ】には入らないよ。当面どこにも所属するつもりはない」

 

 

「では何故呼んだ?」

 

「小遣いが欲しいな……と思ってね」

 

 

 上目遣いで生意気な笑顔を浮かべるスノウ。

 

 

「ほう、“小遣い”。フ……なるほどな」

 

 

 ペンデュラムは顎を撫でながら、ニヤリと笑う。

 

 

「【無所属】の傭兵として、俺に手を貸そうという申し出だな?」

 

「……ん?」

 

「どうせクランに所属するならば、自分を一番高く売りつけられるところに売りつけたい。そのために様々なクランに“お試し価格”で力を貸し、自分の有能性を見せつけたところで競売にかけよう……という目論見だろう? その程度はお見通しだよ」

 

「…………」

 

 

 スノウはしばし黙ってから、ニヤリと笑い返す。

 

 

「もちろん、その通りだよ」

 

「クク……小癪な奴だ。自分の価値をよくわかっていると見える」

 

「ふっふっふ……!」

 

「クハハハハ……!」

 

 

 そして2人は互いに含み笑いを漏らした。

 

 

『………………』

 

 

 本当のことを言おう。

 

 スノウとしてはペンデュラムをファミレスに呼びつけて、ぶりっ子演技で「VRでデートしてあげるからお小遣いちょーだい♥」と軽く色仕掛けでもしてやろうかなと思っていたのである。

 

 だってこいつ(ペンデュラム)、スノウに惚れたって言ってたし。

 なんかチョロそうだったし、童貞ならホイホイ貢いでくれるんじゃない? 程度に思っていたのであった。

 というわけで「ボク可愛いでしょ? だからお小遣いちょうだい」と上目遣いで言ってみた。お前これで色仕掛けとかナメてんのか? かーっ。

 

 一方スノウのことを鬼強プレイヤーだと思っているペンデュラムは、その言葉を深読みして自分を高く売りつけたがっていると考えた。普段から相手の言葉を裏読みする必要がある環境に身を置きすぎていたのだ。

 

 そしてスノウはペンデュラムの推論を聞いて、「ははーん? この童貞、色仕掛けで小遣いをあげるって言うのが恥ずかしいから、なんか適当な理由を付けたんだな。まあゲームもできるし乗ってやるか」と考えたのである。

 

 このポンコツ極まる会話を、傍から見ていたディミは完全に理解していた。

 

 

『(面白いからこのまま見てよっーと!!)』

 

 

 理解はしていても、指摘する気はさらさらなかった。

 

 

 こういうわけで、スノウが傭兵となることがなんとなく決まってしまった!!

 

 

「いいだろう! ちょうどうってつけの案件(ミッション)がある」

 

「聞こうか」

 

「実は先だっての事件は同時多発的に【トリニティ】に仕掛けられたものでな。複数のクランが【トリニティ】が支配する複数のエリアに攻め入ってきた。

 貴様の助力によってミハマエリアの陥落は阻止できたが、俺以外の指揮官が対応したエリアには奪われてしまったところもある」

 

「それを奪還したい……と?」

 

「うむ」

 

 

 ペンデュラムはインターフェイスを開き、マップを表示させた。

 

 

「“クロダテ要塞”エリア奪還作戦。ここはクロダテ要塞という難攻不落の基地を擁する山岳エリアだ。断崖をくり抜いて作られた難攻不落の要塞で、ここは航空戦力の基地として重要性が高い。さらに加えて、対空中空母用の巨大ビーム砲台も設置されていてな。どうにも攻めにくい要塞なのだ。ここを占拠したクラン【アスクレピオス】の手から速やかに奪回したい」

 

 

 アスクレピオスって聞き覚えあるな……確かギリシア神話の医学の神様?

 いや、まあいいか。

 

 スノウは足を組むと、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「つまり……ボクにこの要塞を占拠してほしいというわけだね」

 

「えっ、違うぞ」

 

「……違うの!?」

 

 

 ペンデュラムはいやいや……と首を横に振る。

 

 

「貴様が強いのは重々承知だが、要塞1個をたった1騎がまるごと相手できるわけもなかろう? そこまでは求めんよ。基地の占拠は俺の配下の地上部隊がする。貴様に頼みたいのは、クロダテ要塞から出撃する航空隊の足止めだ」

 

 

 ペンデュラムが操作するインターフェイスには、絡み合った蛇が形作る1本の杖のエンブレムが表示されていた。

 

 

「“ヘルメス航空中隊”。フライトタイプの優秀なパイロットによって構成された、【アスクレピオス】が誇る航空戦力だ」

 

『一騎当千のエリート部隊ですね! それぞれの実力もさることながら、抜群のチームワークを誇るとか。地上からの撃墜が難しいのはもちろん、正面から挑んでも抜くのが難しいと評判です』

 

「うむ……。だが、もちろん1騎で相手をしろとは言わん。俺の配下の航空隊と協力して、足止めにあたってもらいたい」

 

「エリート部隊か、それは楽しみだね。だけど……」

 

 

 スノウは小首を傾げながら、宙に浮かぶマップ上の要塞をツンツンと突いた。切り立った山をくり抜き、同化するように築かれた要塞は、見るからに難攻不落。

 

 

「手が余ったら、要塞もヤッちゃっていいんでしょ?」

 

「……まあ、状況を見て多少地上部隊を援護してくれてもいいが」

 

「えー、要塞攻略も任せてくれていいよ? というかむしろそっちやりたい」

 

「いらんぞ!? 貴様は航空部隊に専念してくれ!」

 

「でも、ボクなら要塞攻略もいけると思うんだよなあ」

 

 

 ペンデュラムは頭痛がする、といわんばかりに額を抑えた。

 

 

「こちらにも立場というものがある。ただでさえミハマでは何一つ活躍できんまま、貴様に手柄全てを奪われたのだからな。さらに引き続き今回も要塞は傭兵が墜としました、こっちは見てるだけでした……となったら、兵の立場がなかろうよ。

 故に今回は地上部隊に活躍させ、手柄を取らせねばならんのだ。上層部に有用性を示し続けなければな……」

 

「ふーん……? そういうものなのか」

 

『企業クラン内の予算取りも大変ですね』

 

 

 ディミの感想に、ペンデュラムは苦笑を浮かべた。

 

 

「……カワイイだけのペットOP(オプションパーツ)かと思いきや……よくご存じのようだ」

 

『うふふ。でも、よかったのですか? ペンデュラムさんが指揮官で』

 

「ん? どういうこと?」

 

 

 スノウが訊くと、ディミは人差し指を立てる。

 

 

『だってクロダテを失ったのは、別の指揮官さんですよね。その指揮官さんがリベンジしないまま、ペンデュラムさんが横から取り返しちゃうと、負けた指揮官さんの立場がないのでは?』

 

 

 その疑問に、ペンデュラムはニヤリと笑って返した。

 

 

「なに、問題ない。むしろそれが今回の真の狙いだからな」

 

『あらあら。政争って怖いですね』

 

凡骨(ポンコツ)が隙を見せるのが悪いのさ」

 

 

 そんなペンデュラムに、スノウは半目を向ける。

 

 

「政治ねえ……。ゲームにそんなものを持ち込むのは嫌だな」

 

「クラン運営は政治のゲームだよ。人間は3人集まれば党派ができる。いわんや、数千ものプレイヤーが所属する大手企業クランともなれば、味方同士でも食うか食われるかになるのは必定だろう?」

 

「クラン運営が政治なのはわからないでもない、けど」

 

「ならば、俺のために奮励してくれ。その道を選んだのは貴様なのだからな。さて、話もまとまったところで食べようか」

 

 

 そう言ってペンデュラムが再び指を鳴らすと、ドアが開いて店員がパフェを運んできた。話の切れ目にぴったりのタイミングで運んできたからには、合図するまで待っていたのかと思いきや……まるで出来立てのような風情だ。

 

 

(いや……そうか、VRだもんな。何なら注文されてすぐにでも持ってこれたか)

 

 

 それを敢えて客の話がひと段落するまで待っている。それはこの店の本当の商品が料理ではなく、密談(コミュニケーション)の場を提供することにあるということなのだろう。

 

 そう思いながら、ツヤツヤと光るイチゴを口に運んだスノウは目を剥いた。

 

 

「うっま!? 何これ、すごくおいしい……!!」

 

 

 軽く飴でコーティングされた瑞々しいイチゴ。前歯でコーティングを破れば甘い果汁が口の中に溢れ出てくる。そのパリッとした食感と、嫌みのない甘酸っぱさはリアルでは味わったことがない美味。

 

 イチゴの果実を潰して混ぜたクリームも爽やかな味わいで、まったくしつこくない。このクリームだけでもいくらでも食べられてしまいそうだが、クリームの下から姿を現したイチゴムースとの相性がまた素晴らしかった。

 

 そしてムースの下に隠れた甘さ控えめのスフレのふわふわ食感が、冷えた口を中和する。かと思えばスフレ生地の中からは極甘の蜜が染み出て、ひと口ごとにまったく異なる味わいを見せてくれる。めくるめく甘味の城。まさに食べる芸術品だ。

 

 

『ふわぁ……! 流石はワールドスイーツグランプリ2036で王座に輝いたパティシエが徹底的に監修したという極上いちごパフェ……!! サポートAIの身で、こんなものが食べられるなんて……!!』

 

 

 ディミもほっぺたを押さえながら、感動に打ち震えている。

 というかこのサイズなら、自分の背丈以上の巨大パフェを口にしていることになるわけで、それもまた羨ましい。

 

 

「なんだこの……何? なんでこんなものをゲームのおまけコンテンツに!?」

 

「もちろん、このゲームでそれだけの金が動いているからに決まっているだろう」

 

 

 ペンデュラムは落ち着き払った仕草でいちごパフェを掬い、口に入れた。

 

 

「はぁ……どさくさでこのパフェを注文できるとか……。この子様々だわ」

 

「ん、何か言った?」

 

「いや? 空耳ではないか」

 

 

 普段この店を会合に利用するときは、ナメられないようにスイーツを頼めないペンデュラムであった。軽くナプキンで唇のクリームを拭う姿は、本当に様になる美丈夫(イケメン)なのだけれど。

 

 

「ああ、ところで……報酬はいくら欲しい?」

 

「えっ……ああ、報酬ね、うん。……そっちが決めないの?」

 

「相場がわからんのでな。【トリニティ】も【ナンバーズ】のようなPMC(民間軍事会社)と契約することはあるが、個人となればまた相場が違うだろう?」

 

「それはもちろん」

 

 

 ……どうしよう。

 色仕掛けで小遣いをせびるつもりで来たので、相手次第だと思ってた。

 

 あまり高値を吹っ掛けると、次から使ってもらえないか? 生活費の足しにしたり、鈴夏先輩から教科書を買ったりするなら長く付き合っていきたい。

 いや、安すぎるとわざわざ来た意味がないか? でも自分程度の腕前くらいなら、結構そこらへんにいると思うし。ゲームしてお金までもらえるってのがまず話がうますぎるからなあ。

 

 ここは一丁、自分でもやりすぎと感じる高値を吹っ掛けて、交渉で下げていこう。こいつボンボンっぽいし、初値が高くても驚かないだろう。

 ぐっと手を握り、スノウは手のひらを突き出した。

 

 

「こ……こんだけ」

 

「……50万か?」

 

「えっ!? ち、違う違う! 5000円!」

 

「5000円だと!?」

 

 

 ペンデュラムは驚愕に目を剥いた。

 

 

(安すぎる!!)

 

 

 ペンデュラムは震える手でハンカチを握り、額の汗を拭う。

 なんだその値段は? この店で今食べているVRパフェをようやく注文できる程度のはした金とは。一体何を考えているのか……!?

 

 

「ふ、ふむ……!? さすがにその値段は驚いたぞ……」

 

「フフ……だけど、交渉の余地はあるよ」

(さすがにゲームするだけで5000円とか高すぎるって思うし)

 

「交渉か……なるほど」

(最初にその安すぎる値段を提示して、活躍次第で値を吊り上げる。果たして自分の価値を正しく判断できるのか、それ如何で相手の器を測ろうというつもりね? 

 一流の人材は、自分を使う相手の価値を見定める……!!)

 

 

 2人の視線が交錯し、お互いの真意を悟る。

 

 

「小癪だな。だがよかろう、その提案に乗ろうじゃないか」

(生意気ね。でもいいわ、貴方を使いこなしてあげようじゃない!!)

 

「……受け入れてもらえてうれしいよ」

(えっ、いいの!? やっぱりボクってカワイイんだな。カワイイは正義……!!)

 

 

 悟ったような気がしたが気のせいだった。

 お互いを一切理解しないまま、固く握手を交わすポンコツ2人。

 

 その横で、ディミが机をバンバン叩きながら必死に笑いを堪える。

 

 

「では……よろしく頼むぞ、シャイン!!」

 

「ボクの名前スノウだけど!?」

 

「えっ、嘘。だって【氷獄狼(フェンリル)】の連中がSHINE(シャイン)って呼んでたから……」

 

「ここまでずっと名前間違えて交渉してたの!?」

 

 

 ダメ押しでディミを呼吸困難に陥らせつつ、交渉は成立したのだった。




あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』


Q.
材料費がかかっているわけでもなければ、お腹が膨れるわけでもないデータだけのパフェが5000円はぼったくりではありませんか?

A.
このお店は富裕層が会談に使われるようなお店なので、お値段は天井知らずです。

また、決して太らない甘味に価値を見出す方もいらっしゃいます。食べても食べても太らないスイーツは、世の女性の夢なのでは? 皆様の懐具合と食に対する価値に応じてサービスを楽しんでいただければ、スタッフ一同光栄の至りです。

……えっ? 味覚中枢だけを満足させるデータは実質電子ドラッグなのでは、ですって? だ、誰ですかそんな物騒な単語を持ち出すのは。全部合法! 合法ですよっ!


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第17話 少年兵の憂鬱

 『七翼(しちよく)のシュバリエ』には一般クランに混じって、多数の企業クランが存在している。はっきり言ってしまえば、大手クランの多くは何らかの企業を経営母体に持つ組織なのだ。

 

 もちろんすべてが企業クランというわけではない。たとえばチンピラじみた低モラルプレイヤーが集まった【氷獄狼(フェンリル)】や、今はもう廃れつつある匿名掲示板出身の有志が集う【ンゴンゴ球団】など、非営利の大手クランも存在はする。

 

 しかし企業クランは豊富な経済基盤や明確な内部統制が存在しているため、非営利クランよりも強くなりやすい傾向にある。

 作戦に参加するという点だけ考えても、ヒマな有志がログインして集まれるだけ集まるのと、内部で情報をやりとりして計画を練ったうえで動員するのとでは、どう考えてもレベルが違う。

 

 そんな企業クランのエースパイロットは、多くの場合大金を積んで集められた腕利きのプレイヤーか、企業内で育成カリキュラムをこなすことで育て上げられた生え抜きである。

 

 医療系NGO(非政府組織)を母体とする大手クラン【アスクレピオス】、その精鋭航空戦力である“ヘルメス航空中隊”もまた、カリキュラムによって育成された生え抜きのプレイヤー集団だ。

 

 その中の一小隊が、今編隊を組んでクロダテ要塞を出撃せんとしていた。

 

 いずれもブルーのチームカラーに塗装された、スピードを最重視するフライトタイプ。空気抵抗を軽減するためのフォルムは鋭角で、戦闘機を思わせる。

 絡み合う蛇が形作る杖(カドゥケウス)のエンブレムは、栄えあるエリート部隊の証だ。

 

 

「ジョン! 何してやがる! 早くケツに付かねえか、ノロマ!」

 

「は、はい! すみません!!」

 

 

 小隊長の怒鳴り声を受けて、まだ幼さを残した少年が委縮した声を上げながら飛行隊の最後列に移動する。

 灰色の髪をボブカットにした、12歳くらいの幼げで気弱そうな少年。かよわい女の子のようにも見えるが、れっきとした男性アバターである。つい先日育成カリキュラムを修了したばかりで、隊全体では一番のヒヨッコだ。

 

 不安そうな顔を浮かべる彼に、同僚のパイロットがチーム内通信を入れた。

 

 

「気にするなよ、ジョン・ムウ。ダグラス隊長はちょっとカリカリしてんのさ。何しろ昨日今日と連続して任務だったもんでな。代休を取ってカワイイ娘さんを遊園地に連れてく予定がおじゃんになって、苛ついてんのよ」

 

「ははは。独身貴族からすると結婚して一般人になったお歴々は羨ましいような、そうでもないような複雑な気分になりますなあ!」

 

「アイザック、オーウェル! 余計なこと言うんじゃねえ、これから戦闘だぞ!」

 

「アイ、サー!」

 

「アイ、サー! おーこわいこわい!」

 

 

 ジョン・ムウが所属する第3飛行小隊の小隊長が、4歳になる娘を眼の中に入れても痛くないくらい可愛がっているのは、有名な話である。そしてその娘が、生まれながらにして不治の病を患っていることも。

 今回の外出は数か月前から予定を組んでいたことも。

 

 だが、あえて誰もそのことには触れない。この場にいるメンバーたちは、みな多かれ少なかれ似たような事情を持っているからだ。

 

 

(父さん……)

 

 

 ジョンは【アスクレピオス】の母体が運営する巨大病院に今も入院している、父のことを想った。

 

 ある日突然、仕事から帰ってきた矢先に倒れた父親。

 元からさほど楽ではない暮らしを支えてきた稼ぎ頭を失い、途方に暮れるジョンの前に現れたのは【アスクレピオス】のスカウトマンだった。

 

 一家になんだかよくわからない検査を受けさせたスカウトマンは、その検査のデータを元に、ジョンにVRゲームの企業プレイヤーとなることを勧めてきたのである。このゲームの中で【アスクレピオス】のために功績を残せば、父の治療費や入院費用をまるごと負担すると。

 そのためにVR機材は自分たちが用意する、訓練も責任をもって受けさせる。だからやってみないかと、そう言った。

 

 ジョンにはわけがわからなかった。今でもわかっていない。

 なんで医療系NGOがゲームをやらせるのか? これでいい成績を取ることが、彼らにとって何のメリットになるのか?

 わからないが、それでもその申し出を受けるほかなかった。

 まだ幼い弟たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。

 

 だからジョンは頑張った。

 数か月の間、学業とバイトの合間を縫って、毎日訓練を受ける三重生活を送り……。寝不足と栄養不足に苛まされ、学業も手つかずになりながらも、なんとか厳しい訓練を潜り抜けた。

 

 そして第三飛行小隊の欠員によって生じた補充人員として、ジョンは今ここにいる。

 昨日の作戦で占領した“クロダテ要塞”の守備を任され、現在は要塞を奪還せんとする大手クラン【トリニティ】の迎撃に向かっているところだ。

 

 

(指揮官はペンデュラムという人らしい……。大分苛烈な戦いをする人だと聞いた。果たして守り抜けるだろうか……)

 

 

 ここで点数を稼いでおかなければ。

 昨日の戦闘でも自分はいい結果を出すことができず、隊長たちの足を引っ張ってしまった。

 このまま自分が“役立たず”だと証明されてしまったら、父は。家族は……。

 だからもっと頑張らなきゃ。ちゃんと成果を出さなきゃ。

 

 だけど、どうしても時々思ってしまう。

 何故自分がこんな目に遭うんだろう。

 どうして隊長に怒鳴られ、貧乏に苦しめられながら、歯を食いしばって頑張らなくちゃいけないんだろう、と……。

 

 

「ん……なんだ……!?」

 

 

 訝しむ同僚の声が、空を往きながら思考の海を漂っていたジョンを引き戻した。

 小隊長が真剣な声で訊き返す。

 

 

「どうした? アイザック」

 

「いえ……何だ? 白い点がマップに表示されていますね……どこから来たんだ? さっきまで見えませんでした」

 

「ふむ……? 白い点は第三勢力だが。点はひとつだけだな……作戦行動とは思えん。どこかの好事家か雑誌社が飛ばした撮影用ドローンか?」

 

「いえ、それにしては……早い……。第二小隊と接触します」

 

 

≪第三小隊! こちら第二小隊だ! 至急来てくれ!≫

 

 

 通信から響く声にぎょっとして、隊長は訊き返した。

 

 

「何があった!?」

 

≪アンノウンだ! 突然下から上がってきたフライトタイプにゴドウィンがやられた! 畜生! 速え!! なんだこいつ!!≫

 

「なんだと!? 【トリニティ】の奇襲か!」

 

≪違う! 【トリニティ】の機体じゃない! 武器は【トリニティ】のだが……くそっ、ティプトリー! ブレイク(回避しろ)! ブレイ……なんだと!?≫

 

「落ち着け! しっかりしろ! 何が起こってる!」

 

≪そんな……振り返りもせず真後ろの俺を……うわああああああ!!≫

 

 

 悲鳴を最後に通信が途絶して、しんとした沈黙が支配する。

 ジョンはごくりと唾を飲み下した。

 なにか、とんでもないことが起こっている。

 

 しばらくの沈黙の後、小隊長は小隊全機に通達した。

 

 

「これより第二小隊の支援に向かう。全員、通信が途切れた座標に向かえ」

 

「いえ……小隊長。その必要はないようです」

 

 

 僚機が強張った顔で告げた。

 

 

「アンノウンがこちらに全速力で向かってきます」

 

「第三小隊、エンゲージ……!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 スノウは今回も【無所属】として参戦することになった。

 

 ペンデュラムはこの戦闘の間だけでも【トリニティ】に所属してクラン勝利報酬を受け取ったほうがいいと勧めたが、スノウが固辞した理由はステ振りにあった。

 

 【トリニティ】に所属して参戦してしまうと、武器メモリが許す範囲でしか【トリニティ】からの武器供与を受け取れないのである。

 一方、【無所属】扱いで参戦した場合は、ゲームの仕様上【トリニティ】から武器を強奪したという扱いになるため、武器メモリの制約は関係ない。

 

 つまり武器メモリに一切ステ振りしない場合、【無所属】として参戦した方が傭兵的には強力な武器を使えるというわけだ。

 

 

 スタートして早々に、前もって打ち合わせしておいた座標に向かうと、待っていた【トリニティ】の機体が装備していた武器をバラバラとドロップする。

 

 

「こちらがペンデュラムより託された武器と弾薬になります」

 

「おー、サンキュサンキュ」

 

「では、ご武運を」

 

 

 言葉少なに去っていく機体に手を振り、スノウは早速武器を拾って装備を整えた。

 

 

『談合……仕様上のミス……エラッタ……アプデ……』

 

 

 暗い目でブツブツと呟くディミだが、スノウは華麗にスルー。

 

 

「ディミ、これ仕様ミスじゃないって。クラン勝利報酬は受け取れなくなるんだから、ちゃんとバランスも取れてんじゃん。要は成長要素を捨ててるんだから」

 

『そうですかねえ? どう考えてもヤバくないですか? だって実質的に武器メモリに振った状態と同じ火力なのに、装甲も速度も高い状態なんですよ』

 

「でも前回の結果でも、ゲームマスターは何も言わなかっただろ」

 

『まあ、それはそうなんですが』

 

「ディミは真面目だねー」

 

 

 (ヘッド)(アップ)(ディスプレイ)に表示される、受け取った装備品のスペックを鼻歌交じりに確認するスノウ。その手が、オプションパーツの項目で止まる。

 

 

【装備オプションパーツ】

 

○サポートAI・ディミ

 

貴方が誘拐してきたサポートAI。

賢くて物知りでお話の相手もしてくれる、可愛いおしゃべりディミちゃん。

ちょっぴり毒舌、でもそこがイイ。

 

装備コスト・1

 

 

「そうか、ディミはオプションパーツだったのか……」

 

何ですかねえこの仕様!? 

私オプションパーツになった覚えないんですけど! ゲームマスター! 説明してくださいゲームマスター! 見てんだろ、オイ!!』

 

 

 ディミはメイド服をはためかせながらキーキー怒るが、どこかで見ているはずのゲームマスターは一切反応する様子を見せなかった。

 

 

「まあ、確かに他のプレイヤーにないメリットならこう表現されるのも当然かもね」

 

『私は納得してないんですけど? というかむしろ私が騎士様に付けられている分のお手当てをいただきたいくらいなんですけど? 装備コストの分くださいよGM!』

 

「くれるつもりはないようだ」

 

『くそっ! なんて時代だ!!』

 

「そもそもお手当てをもらったところで何に使うのさ」

 

『決まってるじゃないですか。極上いちごパフェをもう一度注文するんですよ』

 

 

 そう言って、じゅるりと涎を拭う仕草をするディミ。

 

 

「そんなに気に入ったのか……確かにおいしかったけど」

 

『いつでもリアルでおいしいもの食べられる騎士様と一緒にしないでくれませんか! お高いデータしか食べられない私と騎士様では、グルメの価値が違うんですよっ! 私にあんな感覚を味わわせておいて、もう二度と食べられないなんて殺生ですよ! なんちゅうもんを……なんちゅうもんを食べさせてくれたんです……!!』

 

「わかったわかった」

 

 

 いつかお金持ちになったら、ディミにお腹いっぱいになるまでスイーツを奢ってあげようとスノウは心に決めた。

 

 

「しかし、ペンデュラムもオプションパーツまではくれなかったんだね」

 

『オプションパーツは物理的に受け渡せるものじゃないですしね。パーツ屋さんに行ってインストールしてもらう一種のアプリなんですよ』

 

「なるほどね。それはクラン勝利報酬でゲーム内通貨をもらって買うわけか」

 

『そういうことになりますね』

 

 

 じゃあいつかはクランには所属しないといけないな……とスノウは思った。

 

 クラン。クランか。困るなあ。嫌な思い出が蘇る。

 

 

『騎士様?』

 

「……いや、何でもない。じゃあ行こうか」

 



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第18話 上から来るぞ! 気を付けろ!

 索敵を担当する【トリニティ】の偵察機から送られてくるマップによれば、敵小隊は既にクロダテ要塞を出発し、山間の渓谷を飛行中とのことだ。

 

 

「何とか奇襲したいな……」

 

『騎士様は奇襲がお好きですね』

 

「そりゃそうだよ。一方的に有利を取れるんだから、やらない理由がない」

 

『卑怯だな、とかそういう罪悪感を感じたりとかは?』

 

「あるわけないじゃん」

 

 

 スノウは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「だってこれはゲームだよ? 騙しに挑発、裏切り奇襲談合、リアルで許されないあらゆることが許されるのがゲームの面白さでしょ。むしろ、手を抜くことの方が相手にとって失礼だと思うよ」

 

『いえ、普通に考えて煽る方が失礼だと思いますけど』

 

「何を言うんだ、煽りはPvP(対人戦)の華だよ」

 

『運営的にはハラスメント行為はほどほどにしてほしいですねぇ……』

 

 

 そんな会話を広げつつ、スノウはマップを眺めた。

 

 

「正面から戦うのはやっぱ避けたいな。チームワーク偏重の相手となると、さすがに1騎で挑むのはきつい。そもそもからして、高所を取られてるのは不利だ」

 

『【トリニティ】の機体と協力して、多対多に持ち込みますか?』

 

「練習もしてないのに連携が取れるわけないじゃん。何か一工夫必要だな」

 

 

 そう言って、スノウはマップの等高線を指さす。

 

 

「地形を逆手に取れるかもしれない。敵機のレーダー性能によるだろうけど、レーダーが球形に展開するのなら、谷底にいればレーダーの範囲外に潜伏できる。そこから急上昇して、真下から接近すれば奇襲が可能かも」

 

『うーん、そうですね。でも偵察機仕様に寄せた機体が混じってると、レーダー性能が高いので看破されちゃうかもしれませんよ』

 

「まあもしそうなった場合でも、基本的に真下から襲ってくる相手の対処は難しいからね。ペンデュラムの部下の空中機に、ボクが奇襲を仕掛けてから追撃するように連絡を入れておけば、孤立する危険も減る」

 

『それなら最初から、ペンデュラムさんの部下の方々と一緒に奇襲されては?』

 

 

 ディミに指摘されたスノウは、うーんと呻きながら頭を掻いた。

 

 

「一度も戦ってるところを見たことがない他人には命を預けられないよ。実力が低い他人はただの足手まといだ。デコイ()にはなるかもしれないけど、できるだけ一緒に行動したくないね」

 

『人間不信なんですね、お可哀想に』

 

「何を言うんだ、ボクは他人を信じてるとも。上手な敵はとことんこちらを苦しめ、下手な味方はどこまでも足を引っ張るってね。揺るぎのない経験則だよ」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 こうして崖下に潜んで機会を窺ったスノウの目論見は当たった。

 【トリニティ】を迎撃するために急行していた第二小隊は、直下から急上昇してきたスノウに対処することができず、先制の一撃を受けてまず1騎が墜ちた。

 

 

『敵機残数3、エンゲージッ(接敵開始)!!』

 

「いいね、そのシステムメッセージ。やる気が高ぶるなあ!」

 

 

 そう言いながら、スノウは【トリニティ】から供与された高振動ブレードで動揺する敵機に斬りかかる。相手のシールドや装甲を無効化し、固定値の高ダメージを与える優秀なブレード装備だ。

 しかしさすがに高度な育成カリキュラムを受けた敵機は立ち直るのが早く、高振動ブレードを受け止めずに後退して身をかわす。

 

(なかなかの反応。ブレードで受け止めなかったのもいい、相手の武器を破壊できる高振動ブレードの特性をよく理解してる……)

 

 

 スノウはヒュウと口笛を吹いて、すかさずレーザーライフルでの追撃に切り替える。

 

 

「こいつ!? 一体どこから……【トリニティ】じゃない、どこの所属だ!?」

 

「どこの所属だろうが構うか! 撃墜しろッ!! フォーメーションB!! ティプトリーは囮! バージェスは念のため、近くの小隊に応援を要請!」

 

「了解ッ! 第三小隊に連絡します!」

 

 

 隊長機の号令で、敵3騎が3方向に分かれて飛翔する。

 1騎が囮になって正面から敵をひきつけ、残りの機体が左右や後方について攻撃する。立体機動を得意とする“ヘルメス航空中隊”の十八番(オハコ)だ。

 

 

「オラオラオラァ!! 鬼さんこちらっと!!」

 

 

 囮になった機体がバルカン砲をバラバラとばら撒き、スノウを牽制しながら注意を惹き付ける。それに危機感を覚えたのか、スノウがレーザーライフルで撃ち返してくるが狙いはブレブレでロクに当たる様子もない。

 

 もらったな、相手は初心者だ。囮を引き受けた機体はニヤリと笑った。

 

 見たところ相手は何の改造もされていない初期機体。崖下に潜むというトリックと身の丈に合わない高性能武器で不意打ちには成功したが、実戦経験のなさはカバーしようがない。

 

 

「ハハッ! 射撃訓練でも付き合ってやろうか? 当たればだがなぁ!!」

 

 

 囮機がさらなる加速で攪乱しようと、背中を向けてバーニアを噴かす。

 さーてルーキーさんよ、狙ってみな。

 だが、狙われてるのはお前さんだ。俺の僚機があんたの背中に狙いをつけてるぜ!

 

 

「ティプトリー! ブレイク!!」

 

 

 その瞬間、スノウの背面を狙っていたはずの僚機から警告が発せられる。

 何を、と思った瞬間、囮機の肩が撃ち抜かれた。

 HUDが警告(アラート)で真っ赤に染まるのに驚きつつ、何が起こった……と囮を引き受けたパイロットは背後を振り返る。

 そして、今度こそ信じられないものを見た。

 

 

 初期機体が振り返りもしないまま、背後に向けたレーザーライフルで僚機をぶち抜いていた。さらに狙いを付けることもなく2射の追撃を繰り出し、命中(ヒット)

 瞬く間にHPゲージをゼロにされた僚機が、断末魔の悲鳴を上げながら爆発する。

 

「バカな!? 振り返りもせず……!!」

 

「……確かに練度は高い。反応も悪くないし、連携も完璧だ。だが完璧すぎる」

 

 

 スノウはさらに下方向から迫ってくる隊長機にレーザーライフルを向け、牽制に2射撃ってから即座に高振動ブレードのコンボを叩き込む。

 

 急制動が間に合わず、狙いを付けられてもスピードを落とすことができなかった隊長機は、レーザーライフルでHPを削られたうえにブレードでトドメの一撃を喰らい、あっけなく撃墜された。

 

 

「育成カリキュラムあがりのチームって、動きが教科書通りすぎるんだよね。しかもチームワーク偏重だから、僚機との連携を崩さないために咄嗟の動きが弱い。そして僚機を撃墜されると、個対個の動きができない。まあ場数にもよるだろうけど」

 

 

 そしてメスガキはニヤリと笑うと、残った1騎に銃口を向ける。

 

 

「次はわざと外さないよ? さあ、ドッグファイトしよう」

 

「…………ッ!!!!」

 

 

 ――ただでさえ片腕をやられていた最後の1騎は、なすすべもなく墜ちた。

 爆発が生み出す赤い光を浴びながら、スノウはライフルを格納する。

 

 

「初期機体も悪くはないな。相手が勝手に油断してくれるし」

 

『……随分余裕でしたね? 連携がうまい敵は厄介だとか言ってませんでした?』

 

「厄介だよ。だから正面から戦うのは避けて、まず1騎墜としたでしょ。チームワーク偏重の敵部隊は、1体ずつ倒されれば実力を出せなくなるからね。まあ熟練チームだと個でも強かったりするんだけど、今回はそうじゃなかった」

 

『なるほど』

 

「まあそれも奇襲あってのものだから、次は通じないだろうけど。どうせすぐリスポーンしてくるんでしょ? ……ああ、そうだ。折角だからリスポーンの仕様も教えてくれるかな」

 

 

 あ、はいとディミは人差し指を立てる。

 

 

『機体が撃墜されると、その機体が所属する勢力は機体の装備に応じてコストを支払い、撃墜された機体を自軍拠点にてリスポーンさせます。

 リスポーンは、撃墜されたパイロットが任意のタイミングで可能です。

 勢力が所有する総コストが続く限りリスポーンできますが、コストがゼロになると敗北となります』

 

「コストなんてものがあったのか。じゃあ昨日の【氷獄狼(フェンリル)】だっけ? あれもリスキルして心を折らなくても、総コストが打ち止めになれば勝てたの?」

 

『そうですね。昨日は総コストがゼロになる前に、全員心が折れましたが。敗北条件は主に自軍本拠地が相手クランに完全に占領されるか、総コストがゼロになるか、作戦時間オーバー時の判定負けの3種類です。昨日のは完全にイレギュラーですよ』

 

 

 ジト目で発せられるディミの皮肉に、スノウはうん知ってたと内心で頷く。

 戦うたびにプレイヤー全員の心がへし折られるようなゲームなら、こんなに流行っているわけがないのだった。

 

 

「ちなみに【無所属】の総コストがゼロになるとどうなるの?」

 

『ええと……ルールによると、【無所属】はそもそも総コストがないので、撃墜されたら戦場から追放されます。ただし、再アクセスは可能ですね』

 

 

 DL(ダウンロード)したルールを読み上げたディミは、ええ……? と顔を曇らせる。

 

 

『これいいんですか? 再アクセスする手間はあるけど、実質無限にリスポーンするじゃないですか……やっぱりルールの穴なのでは?』

 

「クランに所属してる機体も総コストが続く限り無限にリスポーンするから何の問題もないと思うな!(早口)」

 

『まーた都合よく正当化するんですから、このマンチキン(困ったちゃん)は』

 

「まあ、そうそう撃墜されてあげるつもりもないけどね」

 

 

 スノウはマップをちらりと見ると、軽く唇を舐めて遠くの空を見つめた。

 

 

「おかわりといこうか。千客万来、休んでる暇はないよ」

 

『相手にとっては貴方が招かれざる客でしょうけどね』

 

 

 スノウはバーニアを噴かすと、第三小隊を撃破するために飛翔する。

 



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第19話 メスガキ毒婦VS薄幸系少年

「初期機体だって……!?」

 

「油断するな、第二小隊をひとりで食った相手だぞ! 初期機体に似せた高性能パーツで擬態しているのかもしれん! フォーメーションA展開ッ!!」

 

 

 第三小隊は襲撃してきたシャインを視界に捉えるなり、四方向に分かれて展開して上下左右からの包囲網を描こうとする。

 ベテランの僚機のうち1騎が正面で囮を務め、残り1騎と新人のジョン1騎が左右から包囲、本命の隊長が下から仕留める必殺のフォーメーションである。

 

 一番危険な正面からの囮は、隊長が隊内で最も技量が高いと評価しているベテランパイロットに任せている。これまで数多のシュバリエを葬ってきた、この連携の前に敵はいないと言っていい。

 

 唯一の不安点は最近補充要員として入ってきた、新人の練度だが……。

 頭上を眺めた隊長は、憎々しげに舌打ちした。

 

 

(チッ、また出すぎてやがる! 言われたこともまともにこなせねえのかガキが!)

 

 

 まあいい、タイミングが合わない新人をサポートするのは上司の役目だ。

 それよりも今の問題は……。

 

 

(クソッ! あの野郎、全力で後ろに下がってやがる!)

 

 

 シャインは4騎が展開した瞬間に、こちらを向いたまま即座に後方に空中ダッシュ。レーザーライフルで牽制しながら、距離を保ち続けている。

 

 

「野郎、こっちのフォーメーションパターンを知ってやがるのか!? どっから漏れた!?」

 

「これじゃ包囲できません、隊長!」

 

(泣きたいのはこっちだぜ……!)

 

「クロスアタックだ! 左右から挟み撃て!」

 

 

 部下たちの悲鳴を受けながら、隊長はフォーメーションの変更を指示。

 

 左右2騎ずつに分かれ、弧を描きながらの高速移動を開始する。

 右から来た機体は左へ、左から来た機体は右へ、高速で駆け抜けながらの射撃を叩き込むこのフォーメーションは、2つの軌跡がXの文字を描くように敵の前面で交わることから、クロスアタックと呼ばれている。

 左右からの挟み撃ちで敵を幻惑し、仮に後方に逃げられても高速で追尾が可能。これも初見殺しの強力なフォーメーションだ。

 

 

 案の定、シャインは咄嗟の動きが取れず、左右のどちらから来る敵を迎撃すればいいのか迷って棒立ちになってしまっている。

 

 

「もらったあああああああああああああッ!!!」

 

 

 空中でクロスを描きながら、隊長は勝利を確信して雄たけびを上げる。

 

 そしてそれとほぼ同時に、唐突にシャインが前方へと突進!

 2つの線がクロスする瞬間に相手4騎にまとめて体当たりを繰り出す。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 予想外の動き。さすがにこれでダメージが通るわけではないが、不意を突かれて動きが鈍ったところに高振動ブレードを抜き放ち、一番前にいた機体に袈裟掛けに斬りかかる。

 

 

「……このっ!!」

 

 

 だが、後列にいたジョンが咄嗟に手にした電磁シールドをシャインの頭部へと投げつけて、攻撃をひるませる。本来はビーム兵器を防ぐための兵装だが、磁場を展開したまま投げれば近距離なら投擲(とうてき)武器としても利用可能だ。

 

 電磁シールドを切り払ったシャインは、素早くバーニアを噴かせて上空へと急浮上。レーザーライフルで牽制しながら、距離を取ろうと加速する。

 

 

「追え!!」

 

 

 隊長の指示でシャインを追って、第三小隊4騎も上昇を開始する。

 

 

「ジョン! このクソボケ!! 囮はアイザックがやると言っただろうが、何しゃしゃり出てやがんだ!! シールドまで失いやがって!!」

 

「す、すみません……でも危ないと思ったので」

 

「危ないかどうかは新人が判断することじゃねーんだよ!! ベテランに任せとけ、すっこんでろ!!」

 

 

 飛びながら高ぶった感情に任せて怒鳴り散らす隊長。ジョンの気弱な態度が、そしてそんなジョンだけが反応したことが、どうしようもなくカンに障っていた。

 

 

「ま、まあまあ隊長……私も実際危なかったので」

 

「何が危なかっただ、アイザック! てめえがしっかりしねえといけねえんだよ! 新人ごときに助けられてんじゃねえ!!」

 

 

 間の悪い沈黙が小隊の間に広がる。

 

 ジョンは唇を噛んでうなだれた。

 ありがとな、と助けられた僚機がプライベート通信でこっそり感謝を伝えてくれたことが救いだった。

 

 

 編隊を飛んで追いすがる小隊を見下ろしながら、スノウは呟く。

 

 

「あのパイロット、なかなかいいな。シールドで反撃してくるのは予想外だった」

 

『騎士様が褒めると、なんだかサメ映画で唐突に大写しになった登場人物みたいな不安感が醸し出されますが……あの子、死ぬんですか?』

 

「そりゃ最終的には全員殺すけど」

 

 

 頭の回線が2、3本イッちゃってる返しをしながら、スノウはレーザーライフルで牽制射撃を入れていく。

 

 

「ほら、あの最後尾の機体だけ反応がいい。最小限の動きでかわしてるだろ」

 

『ということは、あれがエース機ですか? 一番警戒が必要ですね』

 

「まさか。入りたてのルーキーだと思うよ」

 

『……ルーキーが一番動きがいいんですか?』

 

「そりゃそうだよ。だってあの隊長機へったくそだもん」

 

 

 あっけらかんとスノウは言った。

 

 

『……下手なのに隊長が務まることなんてあるんですか?』

 

「そりゃあるよ。ネットゲームでチームを率いる適性は3つ。ひとつは腕が良くて、黙っててもみんながついてくる奴。ひとつは指示出しが上手い奴。最後のひとつは、声がでかくて他人を威圧で押さえつけるのが上手な奴だ。大抵複合してるんだけど、あいつは3つめだけだね」

 

『なんでそんなことがわかるんです?』

 

「見りゃわかるよ。他の僚機2騎の動きが隊長にぴったりと合わせた動きをしてる。あれは委縮した動きだな。ヘタクソに合わせさせられて、すっかり反応が鈍っちゃってる。その点、ルーキーはまだ慣れてないから動きがいい」

 

『……なるほどぉ! 正面からぶつかれば辛いと言ってましたけど、そこを突けばなんとかなりますね!』

 

「いや、ならないけどね?」

 

 

 ディミが空中ですてーん! と転んだ。

 

 

『ならないんですか!? あんなに自信満々に解説しておいて!?』

 

「いや、あの子うまいなーと思っただけ」

 

 

 これはひどい。

 

 

『さっきもフォーメーション破ってたし、なんとかなるんじゃないんですか!?』

 

「と言っても、あいつらのフォーメーション強いんだよな。逃れることはできても、なかなか1騎ずつ撃墜するのが難しくて……いっそ制限時間いっぱい逃げ続けるのもありかなーと思えてきた」

 

『ええー、タイムアップまで3時間ありますよ。他の機体も集まってくるでしょうし、逃げ切るのは難しいのでは?』

 

「それなんだよねー。まあ、種は撒いたし……いっちょかましちゃうか」

 

 

 そう言うと、スノウは加速を止めて追いすがる第三小隊に向き直った。

 

 何をしてくるのかと警戒する4騎に向けて、スノウが通信を入れる。

 

 

「やあ、キミ! 上手く“ヘリオス飛行中隊”に潜り込めたみたいだね。フォーメーションパターンをリークしてくれてありがとう! おかげでさっきの小隊はうまく処理できたよ」

 

「「「「……は?」」」」

 

 

 呆然としている敵機に向かって、スノウはにっこりと微笑む。

 

 

「成果はさっきその目で見てもらったとおりだよ。【トリニティ】は完全にフォーメーションを破るメソッドを学習できた。これで“ヘリオス飛行中隊”はもう怖くないよ! ああ、もちろん約束の報酬はたっぷり用意してあるからね。【アスクレピオス】を抜けても問題ないよ」

 

「……ジョン……!! 貴様ァッ……!!」

 

 

 激昂する隊長の叫びが、ジョンの耳朶を打つ。

 驚愕したジョンは、必死に弁解しようとした。

 

 

「ち、違います!! あいつの言ってることはデタラメです、信じちゃいけません! ぼくは裏切り者なんかじゃない!!」

 

「じゃあ何で俺たちのフォーメーションを、あいつが把握してるッ!? お前が漏らしたに決まってんじゃねえか!!」

 

「そ、それは! あいつに見切られたのでは、と……」

 

「嘘を吐けッ! 俺たちの必殺のフォーメーションだぞッ!! 一目で見切れるわけがあるかよッッ!! じゃあてめえにそんなことができんのかッッ!?」

 

「で、できます! ぼくにもそれくらい……」

 

「なんだとテメエッッ!?」

 

 

 ジョンは自分の失言に気付いてはっと口をつぐんだが、既に手遅れだった。

 激昂する隊長は、完全に自分が裏切り者なのではないかと決めつけ始めている。

 僚機2騎のパイロットたちも、何か言うわけではなかったが、猜疑(さいぎ)に満ちた瞳をこちらに向けていた。

 

 

「ま、待ってください! これは謀略です! あいつの口車ですよっ! 騙されないでください、さっき突然現れた敵を信じるっていうんですか!?」

 

「てめえは怪しいんだよ、ジョンッ! お前も信用できねえ!! 親父が病院に入院してるってのも本当かぁ? どうせそれもフェイクなんだろッ!」

 

「そ、そんな……!!」

 

 

 隊長は完全に頭に血が上っている。折からのジョンへの不満も彼の不信感を煽り立てており、もはや妄想と現実の区別が付いていない。

 

 

「おやおや、おやおやおや……。軽い気持ちでやった煽りだったけど、ここまで図に当たるとちょっとヒくなあ。よっぽど内心であの新人の元来の筋の良さに嫉妬してたんだろうね」

 

『ドン引きするのはこっちですよ、人の心とかないんですか?』

 

「あるに決まってるでしょ。だからどうすれば仲違いさせられるかわかるんだ」

 

 

 のんびりと会話しながら成り行きを見ているスノウに、ジョンはキッと鋭い視線を向けた。

 

 

「……いいです、見ていてください。あいつを倒して、身の潔白を証明します!」

 

「ジョンッ! てめえ、この上勝手なことをしようってのかッ!!」

 

「潔白は行動で示します!」

 

 

 ジョンは背後の隊長にそう言い捨てて、ブレードを抜くと単身でシャインに飛びかかる。バーニアを急速に噴かし、すれ違いざまを狙う一閃。

 

 

「いいね、かかっておいでよ! 相手してあげるからさぁ!!」

 

「毒婦が、人の心を弄んでッ!!」

 

 

 しかしジョンが突撃してくるのを見たスノウは、同様に前方へと加速して高振動ブレードを合わせようとする。

 ブレードと高振動ブレードがかち合った場合、ブレード側がへし折れるのを狙った動き。だがそれはスノウの狙いを誘導する、ジョンのフェイク。

 高振動ブレードを振りかざすシャインに向けて、ジョンはブレードを格納(キャンセル)してアサルトライフルの接射を叩き込もうとする。

 

 

「キャンセル技かぁ、いいじゃない! でも、高振動ブレードが当たれば一撃だよ!」

 

「黙って斬られるかよっ!」

 

 

 アサルトライフルを片腕でシャインの顔面に叩き込む。銃の反動を殺しきれずにアサルトライフルが跳ね上がるが、ジョンはそのままアサルトライフルを振り上げ、シャインの高振動ブレードを握る手を殴りつける。

 

 まさかの格闘戦!

 

 

「……っ!!」

 

 

 銃把で殴りつけられた衝撃で、スノウは高振動ブレードを取り落とす。

 

 一方ジョンはその勢いに乗って、アサルトライフルをぶん回してシャインの顔面を二発三発と殴り飛ばす。

 殴られるたびにHPを削られつつも、スノウは素手でジョンの腕を掴み、投げ飛ばす。しかし投げ技が優秀なのは、あくまでも地面というてこの原理を働かせる支点と、叩きつけられる鈍器を兼ねた存在があってのこと。

 

 空中でバーニアを噴かして踏みとどまったジョンは、そのままショットガンを抜き放つとシャインに向けて散弾を浴びせた。

 少しでも散弾の被害を少なくしようと、シャインは急上昇して弾幕の被害を逃れる。そこに追いすがり、さらにショットガンを浴びせようとするジョン。

 

 

「もらったああああああッ!!」

 

「なんてねッッッッ!!」

 

 

 叫び返しながら、スノウが振るった()()()()()高振動ブレードが追い付こうとしたジョンの左腕を切り飛ばした。

 

 

「くそッ! もう1本あったのか……!?」

 

「2本あれば、油断を誘えるからね! 現に油断したでしょ!」

 

 

 さらに返す刀で斬りつけようとするスノウ。

 だが、ジョンは咄嗟(とっさ)にシャインの胴体を蹴り付け、バーニアで後退して距離を取る。

 瞬時の攻防の緊張に、ジョンはぜぇぜぇと肩で息を吐く。

 

 

「き、汚い奴っ!!」

 

「汚くて結構! 勝てば官軍だからね!」

 

 

 HPを随分と削られてしまったスノウは、警告で赤く染まるHUDの表示に囲まれながら、とてもうれしそうに笑った。

 

 

「いいセンスだね。まだまだ()()けど、キミのHPなら一撃必殺になりかねない高振動ブレードを見て、あえて格闘戦を挑んでくるのは本当に勇気がある。まさか銃で殴りつけてくるとは思わなかったよ」

 

「初期機体なら、()()()()()()()()その程度のダメージでも十分だろうからね。でもそのまま殺せなかったのは大失敗だ」

 

 

 憎悪を込めて罵るジョン。

 スノウは、そうだねと頷きながらその言葉を受け止めた。

 

 

「キミを甘く見たことを詫びるよ。もうその手は通じない。キミはこれまでボクが見た中で一番強い、だから油断はしない。……まあもっとも、ゲームを始めてこれが2日目なんだけどね」

 

「……化け物め」

 

『いや、もっと言ってやってくださいよ。ホントこの人おかしいので、頭も腕前も』

 

 

 ……これが2日目? ぼくが数カ月間、学業とバイトと並行して血反吐を吐きながら繰り返してきた修練以上の腕前を、たった2日目で得ている? 睡眠不足とVR酔いに悩まされ、何度も嘔吐しながら這い上がったあの努力はなんだったのか。

 

 いや、このゲームが2日目だからといって、他のゲームの経験者でないとは言えない。言えないが、2日間だけでこのゲームの機体の挙動をここまで把握しているとは。

 ジョンは全身を襲う戦慄に、歯を食いしばって耐える。

 

 

「休憩はもういいかい? なら、第二ラウンドと……」

 

「くたばれやあああああああああッッ!!!!」

 

 

 スノウが口を開いたそのとき、3条の熱線がジョンの背後から襲い掛かった。

 貫通属性のあるレーザーライフル!

 ジョンを貫き通せば、その射線はスノウからは死角となる。

 

 第三小隊隊長は、部下であるジョンを死角を作る盾として使い、シャインを不意を打って仕留めようと試みたのだ。

 

 通信を通した叫びに、咄嗟に振り向いたジョンは自分に迫る熱線を見て硬直する。

 

 

「そんな……隊長……!」

 

 

 ジョンの反射神経が及ばなかったのではない。

 自分は切り捨てられた。潔白を証明したいという、その思いは聞き届けられなかった。そのショックが、ジョンの身をこわばらせたのだ。

 

 だから、ジョンの反射神経が及ばなかったのではないのだ。

 ジョンが振り向くその仕草を見て、何が起こりつつあるのか悟ったスノウは、即座の反射で動くことができたのだから。

 

 バーニア全開のフルスロットルで加速したシャインが、ジョンの機体に体当たりして大きく吹っ飛ばす。

 そしてジョンの機体の脇からレーザーライフルを抜き、第三小隊3騎の機体に向けて容赦なく乱射した。

 

 乱射という名の、精密射撃の嵐。

 

 

「う……うわああああああああああッッッ!?」

 

「雑魚どもがァッ!! ボクの楽しみを邪魔したな!? 束になってもこいつひとりにすら及ばない有象無象の分際でッ!! くたばれ、ここから消え失せろッッ!!」

 

 激昂したスノウは、3騎のHPがゼロになるまでレーザーライフルを叩き込む。

 

 そして3騎が爆発するのを見届けると、深々と肩で息を吐いた。

 

 ぽかんとして見つめるジョンに向き直る。

 

 

「待たせてごめんね。さっ、続きをやろう!」

 

「……いや、いやいやいや……。君、無茶苦茶だぞ……」

 

『私もそう思います』

 

 

 地の文もそう思います。



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第20話 垂直落下チキンレース

 第三小隊3騎を撃墜したスノウが銃口を向けると、ジョンは油断なくショットガンを向けて対峙する。

 

 

(こいつはいいな)

 

 

 スノウは浮き立つ気分で、ジョンの機体を見つめた。

 反射神経、常識に囚われない戦い方、どちらも及第点をあげられる。

 しかし一番の評価ポイントは、その割り切り。一撃で致命傷になりかねない高振動ブレードを「当たらなければ死なない」と考え、相手の装甲値が高ければ大したダメージにもならない銃での打撃を「初期機体ならこれで殺せる」と判断する見切り。

 

 とても合理的な判断力。効率がいい。効率がいいとは、つまり強くなりやすいということ。ネットゲームにおけるマイキャラの成長とは、とどのつまりどれだけ効率を突き詰められるかによるのだから。

 もちろんアクション要素が絡むゲームならば、素の反射神経やセンスがモノをいう場合も多いので、プレイヤーの成長も同様に必要だが。

 

 

(こいつは強くなる。トッププレイヤーを目指せる素養を持っている)

 

 

 それだけに、もったいないなとスノウは思った。

 このままじゃこいつは強くなれない。それは損失だ。こいつには今よりももっともっと強くなってほしい。そして、自分をもっと苦しめて(楽しませて)ほしい。

 

 だからスノウは柄にもなく、彼に忠告してあげることにした。

 ホログラム通信を要請して、ジョンの受諾を待つ。

 

 ジョンは突然の通信要請に訝しげな表情を浮かべ、受諾した隙に奇襲してくるのではないかと警戒しながら、通信を受諾した。

 

 

(カワイイ……!?)

 

 

 可憐で儚げな顔立ち、天使のように無垢な雰囲気。まるでおとぎの国から戦場に迷い込んできてしまったお姫様のようだ。

 ここが戦場で、直前までこいつに苦しめられたと知っていなければ、心を奪われてしまいそうなほどのチャーミングな容姿。

 

 彼女はうっすらと微笑むと、凄みのある凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「ハロー、坊や。青臭い言動にピッタリの、ガキ臭いアバターだな」

 

 

(カワイくない……!?)

 

 

 いや、かわいいことはかわいいのだが、それ以上に性格が悪い。

 口がバッテンになっているキュートなうさぎのマスコットの口が裂け、中から凶悪に尖った牙が並んでいるのが見えたかのような衝撃。

 見た目がなまじ愛らしい分、内面のヤバさが引き立っている。

 

 

「そっちは汚い言動とは正反対のアバターだな。なんだそのかわいさ、擬態か?」

 

「うんうん、かわいいでしょ! ボクも最高にかわいいと思うよ!!」

 

 

 やだもう、この子皮肉が通じない。

 

 根本的に自分とは異なる常軌を逸した精神性に触れ、ジョンはこれまでとは別の意味で戦慄する。こいつやっぱおかしいって。

 そんなジョンに、スノウは親切にも忠告してあげた。

 

 

「で、あー……名前はジョン・ムウか。ジョン、あんな弱っちい連中とはさっさと手を切ったほうがいいよ。あんなのとつるんでちゃ、キミの折角の才能が台無しだ」

 

「……なんだって?」

 

「あいつらの低いレベルに合わせた連携を強要されてるんでしょ? キミの持ち前のセンスじゃ、バカらしくてやってらんないよねぇ。もちろん連携が弱いとは言わないよ、うまい奴らの連携は本当に強い。ボクも連携の達人を知ってるけど、あれは神業だ。ボクも10回中2回くらいしか勝ったことがないよ」

 

『騎士様に勝てる人とか、異世界侵略に来た魔王ですかね?』

 

「まあ魔王かと思うほど強かったけど。一時期【魔王】の称号(タイトル)ホルダーだったし」

 

 

 ディミの皮肉を受け流して、スノウは友好的に笑いかけた。

 

 

「でもキミのチームメイトはそうじゃない。キミという才能に嫉妬して、引きずり下ろすことしか能のない害虫だ。だから【アスクレピオス】だっけ? そんなクランはさっさと出て、もっといいプレイヤーとつるんだ方がいいよ」

 

「勝手な……」

 

「ん?」

 

 

 ジョンはぶるぶると震える手を握りしめ、叫んだ。

 

 

「勝手なことを言うなッッ!! 事情も知らずにべらべらと勝手なことをッッ!! キミにぼくの何がわかるッッ!? ぼくだって好きで【アスクレピオス】に所属してるわけでもなければ、このゲームを望んでやってるわけじゃないッッ!!!」

 

「ふーん。じゃあ辞めれば?」

 

 

 スノウはへらっと笑った。

 その軽く繰り出された暴言に、ジョンが目を剥く。

 

 

「は……!?」

 

「ゲームなんて好きでやるもんだよ。楽しくないなら辞めちゃって、もっと他の面白いゲームをするといいと思うな」

 

「す……す……好きでゲームをしてるんじゃないッ! ぼくには父さんが……父さんと家族を助けるために、仕方なくやってるんだ! 必死で努力して、何とか這い上がって……やっとの思いでチームに所属できたんだ! これからだったんだぞ!! 

 それを、それをお前が台無しにしたんだッ!! どうしてくれるッ!? ぼくの努力を、父さんの命や家族の生活を、どう責任を取ってくれるんだよォッッ!!!」

 

「キミの事情なんて知らないよ、ボクには関係ないもん。それにしても、ゲームにくっだらない事情を持ち込んでるねぇ」

 

「ッッッ!? くだらない……だって!?」

 

 

 血を吐くようなジョンの叫びを、スノウは両手を上げて軽く流す。

 

 

「くだらないし、つまらない。あのさぁ、キミの事情がボクにどう関係するわけ? このゲームにキミの家族の命がかかってるとして、『ぼくはとてもかわいそうなんです、だから勝ちを譲ってくださいぃぃ』ってお願いして回るの? それで勝ちを譲ってもらって、それ楽しいか? 楽しくないでしょ」

 

「楽しいか楽しくないかでやってるんじゃないッッ!!」

 

「こっちは楽しくてやってんだよ。キミの事情を優先してほしいのと同じように、ボクだって楽しみたいって事情を優先してもらいたいね」

 

『うわっ、煽るぅ……』

 

 

 引き気味のディミの言葉を受けて、スノウはことさらに楽しそうな笑顔を浮かべる。

 

 

「ああ、まあボクも楽しいからだけでやってるわけじゃないけどね。なんせ今回に関しては勝ったらお金をもらえる約束をしてるわけだし」

 

「金……だって?」

 

 

 スノウの言葉を聞きとがめたジョンが、汚いものを見るかのような顔をした。

 

 

「そっちこそぼくをよくも悪し様に言えたもんだな! 所詮キミだって金のためじゃないか!! 汚らわしい、金の亡者めッ!!」

 

「ボクには働いてお金をもらうことの何が悪いのかわからないよ。資本主義社会だよ、日本は。ゲームを楽しむついでにお金をもらうのがそんなに悪いことかなあ? 家族のために頑張ってゲームすることの方が、立派だと思うわけ? 現金をもらうのとサービスをもらうの、形が違うだけで結局は同じことなんじゃないの」

 

「それは……」

 

 

 言い淀むジョンに、スノウは苦笑を浮かべる。

 

 

「まあ、といってもたかが5000円だからね。高校生の小遣い程度だけど」

 

「……ごせん、えん……だと!?」

 

 

 ジョンは今度こそ驚愕した。

 このプレイヤー、たかがそんな金額のために……!?

 

 

「そんな端金(はしたがね)のために……お前はぼくの前に立ちはだかるっていうのかっ……!? たかが5000円の、そんな金額のために、ぼくの父さんの命を奪おうっていうのか……!?」

 

 

 そんなこと……! そんな理不尽なことが、あっていいわけが……!!

 

 ギリギリと奥歯を噛みしめるジョンに、スノウはおいおいと手を振る。

 

 

「いやいやいや、ボクがキミのお父さんを直接殺しにいくような言い方はやめてほしいな。ボクの事情とキミの事情は、根本的に別問題だ。単に利害が衝突しているだけでしかないんだから」

 

 

 ただまぁ……とスノウは嘲笑を浮かべながら言った。

 

 

「キミのお父さんの命は、ボクにとって()()()()()()()()()()ということになるね」

 

「貴っ様ああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 

 

 ジョンは激情のあまり顔面に青い血管を浮かべながら、シャインに向けてフルスロットルで飛びかかった。

 

 

「殺すッ!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッッッッ!!!!! 貴様だけは絶対に殺すッッッッ!!!! 絶対に殺してやるッッッ!!!!」

 

「おお、怒った怒った! 口喧嘩(レスバ)はボクの勝ちだな」

 

 

 スノウは楽しそうな笑顔を浮かべ、超高速で繰り出されるジョンの掌打を捌く。殺意がオーラとなって迸るようなその打撃は、力を逸らせていなすスノウの腕をなお削り取り、一撃ごとにHPをミリ削りしていた。

 

 

『……今度ばかりは本当にドン引きです……。本当に人間の血が通ってるんですか? 良心とか持ち合わせてます? 精神鑑定を受けるべきでは?』

 

「ゲームだぞ! 言っただろ、ゲームでは勝つための……いや、楽しむためのあらゆる行為が正しいッ!! 煽り・暴言・騙しはPvPの華さ! 見ろっ、この乱打(ラッシュ)! ジョン、お前打撃強化のOP(オプションパーツ)積んでるな!? リアルで格闘技の素養があるだろッ!!」

 

「ああ、持ってるし積んでるさッ! 積んでてよかったよ! お前のような外道を、直接この手で殴り殺せるんだからなッッ!!」

 

「いいな! すごくいい! ジョン、キミと出会えてボクは最高の気分だ!」

 

「こっちは最悪の気分だッッッ!!!」

 

 

 ジョンが殺人的な威力を秘めた掌打を繰り出せば、スノウは円を描くような回し受けでそれをかわし、殺しきれなかった威力がシャインのHPを削る。一方で、ジョンの機体のHPはまだほぼ無傷。

 

 このままではシャインの撃墜は時間の問題。しかしスノウも負けてはいない、ジョンが次の打撃を繰り出す寸前に高振動ブレードを居合抜く。【居合抜き】のOPを積んでいないその斬撃は即死効果もスピード補正もつかないが、当たればそれだけで装甲値無効の固定ダメージ。その威力は一撃必殺。

 

 それを“当たらなければどうということはない”とばかりに膝蹴りをシャインの手に叩き込む最小限の動きで掣肘する、ジョンのクソ度胸と技の冴え。

 

 だがそれは一度見た動き! スノウはブレードを握る腕を、半身で引いて引っ込めながら、その勢いのまま頭突き(ヘッドバッド)を繰り出す。

 

 

「ぐっ……! こいつも格闘の心得があるのか……!」

 

「楽しいなあ! 楽しいよ、ジョン!! こうして強い相手と戦っているときが、ボクは何よりも楽しいッ!! ゲームをしていて本当によかったって思える!!」

 

「うるさいッ!! とっとと死ねッッ!!」

 

 

 頭突きを受けて後ろによろめいたジョンが、一瞬背中を見せる。つられて踏み込んだシャインだが、それは罠。

 ジョンの機体のバーニアが噴射され、背中からのフルスロットルの体当たりがシャインを吹き飛ばす。

 

 

『あれは鉄山靠(てつざんこう)!? 10年早いんだよってやつですね!』

 

 

 ガタッと身を乗り出し、驚くディミ。いい空気吸ってるね。

 もっとも、その横のマジキチプレイヤーはもっといい空気を吸っていた。

 満面の笑みを浮かべたスノウが、吹っ飛びながら歓喜の声を上げる。

 

 

「そっちは中国武術か! ロボットで鉄山靠かぁ! 鉄山靠にも打撃強化OPって乗るんだ、あはははははっ!! いいね、それ大発見ッ!! キミは最高だッ!!」

 

「こいつ咄嗟にバーニア噴かして、勢いを殺したッ!?」

 

 

 スノウは激突される瞬間に自機のバーニアを後方に入れ、致命傷を受けるのを避けた。そしてそのまま、下方に向けて高速で降下していく。

 ジョンの乱打で削りに削られたHPゲージは、もはやミリ単位で残るばかり。あと一歩で倒せるのに、このままでは……。

 

 

「逃げるな、卑怯者ッッ!! ぼくが殺すッ!! お前はぼくが殺すんだッッ!!」

 

「さーて、追いつけるものなら追いついてごらん。あいにくとこっちは武器ゲージガン無視の速度装甲マシマシ特化だぞ!」

 

「こっちだって“ヘルメス航空中隊”だッ!! 速度で負けられるかよぉッ!」

 

 

 地上に向けて、全速力で降下するスノウとジョン。

 速度にステータスをガン振りした2騎が、互いの速度をフルに使って断崖の底を目指す。自分がベストと信じる機体の信念の勝負(ベスト・オブ・ベスト)

 

 急激な速度で近付きつつある地表に、真っ青な顔のディミがはわわわわわと叫びながらシートを揺さぶった。

 

 

『ぶ、ぶつかるぅぅぅぅぅ!! 何ですか!? ベクトル下向きのチキンレースでもする気なんですか!?』

 

「すまない、そうだ! そしてキミはボクの唯一のOPなので、付き合ってもらう!」

 

『それ、もう外れないんですか!?』

 

「本当に申し訳ない! そうだ!!」

 

『返答が型破り(メタル)すぎる!? 心中とかいやあああああああああああ!?』

 

 どう考えても頭のおかしいチキンレース(自殺行為)は、今まさにデッドヒート。だが、わずかに……。

 

 

「ぼくの方が! 速いッッッ!!!」

 

 

 “ヘルメス航空中隊”仕様は仮にもエース部隊。ちょっと小隊長として不適格な人材が混じっていたようだが、機体の性能自体は【トリニティ】も恐れるハイスペック。その最高速度はどうあがいても初期機体が及ぶところではなく、ついにシャインにジョンの機体が追いつく。

 

 

「これでッ! 終わりだああああああああッッッッ!!!」

 

 

 ジョンの渾身の一撃が、今並んで落下するシャインを捉える。

 

 

「悪いな、ジョン」

 

 

 そしてジョンの視界が一回転する。

 

 

「ボクは……投げキャラなんだッ!!!」

 

 

 空中巴投げ!!

 

 バーニア噴射を取り入れた巧みなベクトル移動が、ジョンの機体に重力加速度としてかかる運動エネルギーを逸らし、シャインにかかっていた運動エネルギーと共に下方へ向けて投げつける。

 

 そしてその下に待ち構えるのは、この世で最も巨大な質量を持つ鈍器。

 すなわち、大地。

 

 

「しまっ……!!!!」

 

 

 巨大な落下ダメージを受けたジョンの機体は、ほぼ満タンの状態から一瞬でHPゼロにされる。もちろん助かりようもない。

 

 一方、全力でバーニアを噴かして急制動をかけたシャインはぎりぎりで地面への接触を免れ、激突を回避した。地表にぶつからなければ、どれほど高所から落下したとしても、ダメージを受けることはないのだ。

 

 

 バチバチと火花を上げるジョンの機体の横に降り立つシャイン。

 そのHPゲージは、もはや1ミリ程度しか残っていない。まさに死に体。だが、ほんのわずかにでも残ってさえいるのなら、まだ生きている。

 

 ここに勝敗の明暗は分かれた。

 

 

「……最後の最後まで、切り札を取っていた方の勝ちか。柔術……かぁ」

 

「最後に切るから切り札なんだよ。タイミング間違えばただの死に札だ」

 

 

 リスポーンを保留してホログラムの向こうでだらりと脱力するジョンに、スノウは笑いかけた。

 

 

「ジョン、楽しかった?」

 

「……別に、こんなゲーム好きじゃない。拳法だって、好きで習ったわけじゃない。全部人に言われて始めただけ。何の感慨もない」

 

 

 でも、とジョンは呟いた。

 

 

「今、初めて……お前が次に何をしてくるのかって、ワクワクしたかな」

 

「そうか。よかったね。……ボクも楽しかったよ」

 

 

 スノウはんーっと伸びをする。はー疲れた疲れたと言わんばかり。

 一方ディミは、そんなスノウの頭の上にへなへなと座り込んでいる。

 

 

『いい気なものですね、私は今度こそ死ぬかと思いました』

 

「別にAIだしいいじゃん、死なないでしょ」

 

『痛いんですよ!? 死ぬほど痛いのに死ねないってどんな拷問かわかります!?』

 

 

 むきーと怒るディミにぽかぽかと頭を叩かれ、わかったわかった、わからないけどわかったと、スノウは返す。

 そして、涼やかな笑みをジョンに向けた。

 

 

「なあ、ジョン。肩の力を抜いて、もっと楽しみなよ。そうすれば、キミはもっと強くなれる。楽しいって気持ちは、ゲームで強くなるための第一歩だ。どんな事情が持ち込まれていようが、関係あるかよ。それでも楽しんでやりゃいいんだ」

 

「……キミはもしかして……それを教えようと、ぼくをわざと挑発して?」

 

 

 スノウはふふ、と笑みを浮かべる。そして首を横に振った。

 

 

「いや、それは単に煽りたかっただけ」

 

『何となくいいこと言った感じのが台無しになった!!』

 

「あのさあ、ボクが他人に説教できるような人間に見えるわけ?」

 

『それは一切全然これっぽっちも見えませんけど。むしろ騎士様が神父か牧師の説教を受けて改悛(かいしゅん)するべきなのでは?』

 

「ボクが尊敬する僧職は辻ヒールしてくれるプリーストだけだよ」

 

 

 ジョンはそんな空っとぼけた、破天荒な少女を見返して、ふっと笑い返す。

 

 

「めちゃくちゃだ。キミはめちゃくちゃだよ。めちゃくちゃに……強い」

 

「うん、カワイイは強いからね。世界一カワイイボクは、つまり世界一強い。残念ながら現時点ではまだ世界一強くないけど、いずれそうなるので覚えておいて」

 

「ははっ……ははははははっ」

 

 

 ぽろぽろと。

 笑いながら、ジョンの瞳から雫がこぼれた。

 きっと、リアルでVRポットの中にいる自分もまた、泣いていた。

 

 この少女が、心底から羨ましかった。

 自分にない生き様ができるこの少女が、どこまでも輝いて見えた。

 暗い夜道をひとりぼっちで歩いているような、孤独で心細い生き方をしている自分には。まるで眩い陽光(シャイン)の化身のようにすら。

 

 

「楽しめれば……ぼくもきみと同じくらい強くなれるの、かなぁ……? このゲームを楽しんで……父さんも助けられるの、かなぁ……?」

 

「さあ? そこまでは知らないよ」

 

『ウソでもそうだよって言えよ……鬼か……?』

 

「それこそ無責任だろ。いや、まあ無責任なんだけど」

 

 

 スノウは言う。

 

 

「さっき言った通り、キミの事情とボクの事情は違う。キミの人生の答えをボク()に求めるなよ。キミの答えは、キミの中にしかないんだから」

 

「……そうだね……。本当に、そうだったよ……」

 

 

 まあ、でも……とスノウはクスクス笑い、手を伸ばした。

 

 

「このゲームを楽しむためにボクにリベンジしたいっていうなら、またいつでも受け付けてあげるよ。今日はもう堪能したけど……また遊ぼうね」

 

「……ありがとう、スノウ……」

 

 

 ホログラム越しに、2人の手が交錯し、握られる。

 触れることのできないホログラムから伝わる、スノウの温もり。

 

 それを感じながらジョンはゆっくりと目を閉じる。

 彼の機体は音もなく消え去っていく。リスポーン地点に帰ったのだ。

 

 

「ふう……」

 

 

 スノウはコクピットで背伸びをする。

 

 

「満足したし、もう帰っちゃダメ?」

 

『ダメですよ! 契約したんだからキリキリ働いてください! まだ“ヘルメス航空中隊”はアホみたいにいますよ!!』

 

「さっきイイ戦いしたよ!? もうHPほとんどゼロなんだけど!?」

 

『アレ、ルーキー機ですよ? いくら強くたって、それで報酬もらえるわけないじゃないですか。さあ、休んでる暇はないぞ!! 出撃だ!!』

 

「うへえ……!?」

 

 

 エネルギーが尽きたスノウは、ぐでーとコクピットに突っ伏すのだった。




あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』

Q.
無課金でも課金ユーザーと同じ武器を作れるのなら、課金するユーザーはいなくなるんじゃないの?


A.
“Pay to Win”という概念がございます。
このゲームにあてはめて、4ステップでご説明しましょう。


「無課金でも頑張れば廃課金プレイヤーと同じ性能の武器を生産できるよ!」

「生産できるまでに大規模クラン並みの設備と素材が必要だよ!」

「その間に先行の大規模クランがトップクラスの武器で殴ってくるよ!」

「自分たちのクランが大きくなる前に、彼らに対抗するには? そう、課金だよ」


こうして課金の輪は広がっていくのです。
運営側からは課金を決して強制しないのがコツだとか。
どうぞ皆様も課金沼にはお気をつけて、無理のない御課金を。


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第21話 俺たち今、最高にわかりあってる!

「やっぱジョンみたいなアタリはそうそういないか」

 

 

 “ヘルメス航空中隊”の機体を次々に撃墜しながら、スノウは落胆の声を漏らした。

 

 

『これでもエリート部隊なんですけどねぇ。それでも物足りません?』

 

「ジョンみたいな原石見つけた後じゃ、ちょっと色褪せちゃうな。それに……」

 

 

 フォーメーションパターンは既に完全に覚えてしまい、もう目新しさがない。

 一応相手も名を馳せるエリート部隊だけあって苦戦しかける局面もあるにはあったが、結局は用意されたパターンをいかに組み合わせるだけでしかない。

 

 

「なんだか早押しクイズでもやってるような気分だよ」

 

『でも、役目自体は完璧じゃないですか? 次々と敵機が押し寄せてきますし。騎士様は大人気ですね』

 

 

 ディミの言う通り、“ヘルメス航空中隊”はシャインに集中して狙いを定め、なんとか撃墜しようと必死だった。スノウの技量を脅威と感じているのもあるが、初期機体にエリート部隊がナメられては面目が立たないというのもあるのだろう。

 

 ジョンの意趣返しとばかりに、時折ホログラム通信で「ええ~? エリート部隊のくせに初期機体にも勝てないの? 威張りまくってるくせに全然よわよわだね、生きてて恥ずかしくない?」と悪意たっぷりの煽り(メスガキムーブ)を入れたのも効いていた。

 

 むしろそれが狙われてるメインの理由じゃねえのこれ。

 

 

 元一般人に徹底的な育成カリキュラムを叩き込んでエリートとして育成する手腕は確かに優れているが、それは同時に隊員たちにエリート意識を植え付けることにもなっている。

 その結果として、一部の小隊長格がエリート意識を拗らせて横暴に振る舞ったり、才能がありそうな新人を潰しにかかったりするという弊害も発生していた。

 

 格下とみなしたクッソ生意気な子供(メスガキ)にコケにされると、絶対にわからせてやる! と他のことが目に入らなくなってしまうのもデメリットのひとつだ。

 

 

『もうメスガキであることを隠さなくなってきましたね。見事な演技(ロールプレイ)ですよ。相手もさぞや悔しくてたまらないと見えます』

 

「えっ」

 

 

 ギギギと首をディミの方向に向けるスノウ。

 

 

「別に演技とかしてるつもりなくて、普通に煽ってるだけなんだけど……」

 

『魂までメスガキなのか……?』

 

「メスガキとか言うな」

 

 

 顔を赤らめたスノウは、ゴホンと咳払いをして強引に話題を変える。

 

 

「このまま集中攻撃をいなしてれば仕事は終わるだろうけど、どうにも退屈だな……そろそろ打って出たい気分だけど」

 

『でも、【トリニティ】の地上部隊に花をもたせろってペンデュラムさんに言われたじゃないですか。怒られちゃいますよ』

 

「じゃあ航空隊の補給所を潰すだけならどうかな? これも航空隊への攻撃の一種になるわけだし。決して要塞をまるごと潰すわけじゃないんだ、言い訳は立つ!」

 

『通じますかね、その言い訳……』

 

「へーきへーき!」

 

 

 先ほど【トリニティ】の補給所で修理を受けたおかげでHPも回復しているし、ジョンの攻撃でなくしてしまった高振動ブレードも新しいものを受け取っている。生産コストがとてもかかっているので、次は絶対なくさないでくださいと叱られたが。

 

 念のためにペンデュラムには通信で断りを入れておく。デキる大人の嗜みは報・連・相。スノウは学生の身だが、それくらいはわきまえている賢いメスガキなのだ。

 

 

「あ、ペンデュラム? そろそろ飽きてきたから要塞への攻撃に参加するね。航空支援受ければ地上部隊も喜ぶっしょ」

 

 

 いきなり言ってることが違うので、やっぱり賢くないメスガキのようだ。

 

 

「は!? おい、勝手なことをするな! 貴様に“ヘルメス航空中隊”が殺到しているんだぞ、このまま誘引を続けろ!」

 

 

 案の定ペンデュラムに怒られるが、スノウは気にした様子もない。

 

 

「じゃあ要塞内の航空隊の補給所を潰すだけならいいでしょ? 大丈夫だって、航空隊の相手もちゃんとしてあげるから」

 

「そう言いながら要塞司令部に攻撃するつもりだろう!?」

 

「そりゃ攻撃できそうならするでしょ、基本じゃない?」

 

「立場をわきまえろ貴様は! 傭兵が本隊の出番を奪うな!!」

 

「ボクがこんだけ惹きつけてる間に、本隊は何してるのさ。まだ攻略できないの? 大手企業クランの精鋭部隊の名が泣くね」

 

 

 痛いところを突かれ、む……とペンデュラムは口ごもる。

 スノウが言っていることはまるで子供のワガママ同然だが、ペンデュラム自身スノウの活躍ぶりに比べると、あまりにも不甲斐ないと内心では感じていたのだ。

 

 

「だが、それとこれとは別の話だろう」

 

「同じ話だよ。情けないプレイヤーを手助けしてあげようって言ってんの」

 

 

 なんて思いあがった奴。これでは周囲から“SHINE(シャイン)”と呼ばれるはずだ。これからは自分もそう呼んでやることにする。

 

 

「こちらの作戦を滅茶苦茶にするつもりか、シャイン!」

 

「じゃあ作戦立てた指揮官(キミ)も無能だ」

 

「なっ……」

 

 

 正面からお前は指揮官として無能だと指摘されたペンデュラムは、目を剥いた。

 ホログラムの向こうのスノウは、ニヤリと傲慢な笑みを浮かべている。

 

 

「ボクを駒にしたいなら、それ相応の指揮官ぶりを見せてもらいたいな。じゃ、そういうことで、作戦の修正よろしくね。頑張ってくるから、戦果は期待してていいよ。そんじゃチャオ~☆」

 

 

 通信をぶった切ったスノウは、これでよし! とニコニコと笑った。

 その頭を、ディミのハリセンがすぱーんと叩く。

 

 

『何もよくなーい!! 何なんですか今の煽りは!? 本当に報酬を受け取るつもりあります!?』

 

 

 肩を怒らせてがーーっと食って掛かるディミに、きょとんとするスノウ。

 

 

「えっ? もちろんあるよ、だから連絡して、ボクを自由に戦わせてねって説得したんじゃない」

 

 

 これで万事OKでしょ? と言わんばかりのスノウに、ディミは感じないはずの頭痛を覚えた。

 

 

『説得!? 今の説得のつもり!? どう考えても叛逆(はんぎゃく)でしたけどねえ!?』

 

「ボクが裏切るつもりなら、速攻で【トリニティ】の本拠地を消滅させてるよ」

 

『それはそれでドン引きしますけど……』

 

「大丈夫大丈夫、ペンデュラムは心が広いから。ボクとあの人は深く理解し合っている仲だからね」

 

『貴方があの人の何を理解(わか)ってるっていうんです……?』

 

 

 頭を抱えるディミをよそに、スノウは意気揚々と要塞へと進路を向ける。

 

 

「それじゃあ、行ってみようかぁ!!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 一方、通信をガチャ切りされたペンデュラムはふう……と額に指を当てる。

 

 一部始終を横から見ていた副官や参謀たちは、怒り心頭といった様子でわなわなと肩を震わせ、顔を真っ赤にしていた。

 

「た……たかが傭兵の分際で、なんだあの態度はっ!? 立場もわきまえずこれほどの愚弄、断じて見過ごせませぬ!」

 

「そうです! ペンデュラム様、シャインを討つ御許可を! 作戦領域にあのような命令に従わない異分子を野放しにしてはいけません!! 御下命いただければ、我々一同が即刻奴を撃墜し、この戦場から追放いたします!!」

 

「あのような者を放置していては、ペンデュラム様の指揮能力を疑われますよぉ!! 一刻も早く処刑の御許可を!」

 

「御裁可を!」「ペンデュラム様!」「お願いしますぅ!」

 

 

 配下たちに言い募られたペンデュラムは、頭を横に振った。

 

 

「煩いぞ、凡骨(ポンコツ)ども。シャインを処分などせん。奴の好きなようにやらせる」

 

「そんな!? 何故です!」

 

「これだけ頭数を揃えて、そんなこともわからんのか? お前たちが見たとおり、奴は俺に箴言(しんげん)したのだ。自分をうまく使いこなせないのは、俺の作戦能力とお前たち部下の遂行能力が低いからだと。そう……自分はいつも俺が自分の主人にふさわしいか見ている、より一層の成長を期待しているとな」

 

 

 えっ? という顔で、副官や参謀たちはホログラム越しに顔を見合わせた。

 

 

「そんなこと言ってたかなぁ?」

 

「さあ……記憶にありませぬ」

 

「ペンデュラム様や私たちの能力が低いとは言っていましたが、自分の主人にふさわしいか見ています、などとは一言も口にしていなかったような……」

 

 

 ヒソヒソと囁き合う配下たちを見て、ペンデュラムはフフッと笑う。

 

 

「まあ、そこまでの言外の意図はお前たちには悟れなかったかもしれんな。だが俺にはシャインが何を言いたいのか、しっかりと伝わったぞ。フフッ、実に小癪な小娘だ……この俺の器を量り、激励まで飛ばしてくるとはな」

 

 

「本当に? あれはそんな意味だったのか?」

 

「わかりかねます……でもペンデュラム様がそう仰るなら」

 

「それはそれで“オイシイ”解釈だしねぇ。その関係性はエモい」

 

「「わかる~」」

 

 

 ヒソヒソと囁く配下たちは顔を見合わせながら、深く頷いた。

 

 

「さすがペンデュラム様! 我等には見えないものが見えていらっしゃるのですな!!」

 

「私たちの浅い理解で口を挟んでしまったこと、深くお詫び申し上げます!」

 

「この関係性でごはん3杯はいけますよぉ!」

 

 

 配下からの絶賛を受けながら、ペンデュラムはそうだろうと頷いた。

 

 

「当然だ。俺とシャインは深く理解し合っているからな。奴の考えは手に取るようにわかっている」

 

「「「キャーーーーッ♪」」」

 

 

 だからお前らが相手の何を理解(わか)ってるんだよ。

 

 ペンデュラムは黄色い歓声を浴びながら、自分の方針を配下に伝達する。

 

 

「今後シャインを使うのであれば、ある程度奴の好きなようにさせてやらねばなるまい。奴が自由に暴れた結果を臨機応変に作戦に組み込む。それが肝要なのだ」

 

「わかりました! 私たちも頑張って支えます!」

 

「サポートは我等にお任せあれ!」

 

「ペンデュラム様素敵ーーー!!」

 

 

 ――【トリニティ】ペンデュラム直属HQ(ヘッドクォーター)

 

 リアルではペンデュラムの中の人・天翔院(てんしょういん)天音(あまね)のお世話役メイド隊である彼女たちは、公私にわたってペンデュラムを支えている。

 

 長年天音に仕える中で養われた忠誠心は、まさに鋼鉄のごとし。

 

 その反面とてもミーハーであり、美丈夫(イケメン)アバターのペンデュラムをアイドルを応援するファンのように全肯定してしまう悪癖を持つ。

 

 

 そして肝心の戦闘力はわりとへっぽこなのであった。



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第22話 化け物には化け物をぶつけんだよォ!

「何やってんだ! 敵は初期機体だぞ!? ガキに舐められやがって、貴様ら厳しい訓練を耐え抜いたエリートとしての自覚はないのか!!」

 

 

 激怒する【アスクレピオス】指揮官の怒りを宥めようと、恐る恐る隊員たちが声を上げる。

 

 

「その……おそらくあれは初期機体を偽装した高性能機ではないかという声が隊内からも上がっています」

 

「あ?」

 

 

 指揮官はギロリと睨み返すと、委縮する隊員は固唾を飲み込んだ。

 

 

「どのクソだ、その言い訳を考えたのは? 俺の前に連れてこい、殺してやる」

 

「は……その……」

 

「現場が上げる言い訳としては悪質だな」

 

 

 それはどうにもならなくなってから、上層部に対して現場指揮官が上げる言い訳だろうがと彼は内心でぼやく。

 つまりこのまま押されて万が一要塞を落とされることにでもなったら、彼自身が冷や汗をびっしょりかいて上層部にその言い訳を伝えなくてはならないのだ。

 

 それだけはなんとしても避けたいところだった。

 

 

「あの機体を何とかする方法はないのか?」

 

「幸いヤツは飛行中隊の相手に専念しています。【トリニティ】地上部隊の攻め手は弱く、クロダテ要塞を攻めあぐねている状態。このままタイムアップまで守り続ければ、判定勝ちで防衛は成功するでしょう。そうなればさらに増援を呼び寄せて、防衛を固めてしまえばいいのです」

 

「うむ……」

 

 

 参謀の言葉に、指揮官は顎をさすりながら頷く。

 

 山岳に築かれたクロダテ要塞は、まさに難攻不落。断崖と同化した形状は敵地上部隊からの攻撃に極端に強く、味方航空部隊による防衛には非常に適している。

 “ヘルメス航空中隊”をはじめとする航空部隊を多数擁する【アスクレピオス】にとってはうってつけの要塞であり、この拠点を足掛かりとして周囲の【トリニティ】支配地域を侵略するという今後の戦略の要となるエリアだった。

 

 現在は【トリニティ】から奪ったばかりで、【アスクレピオス】の戦力も多くは置かれていない。だからこそ航空戦力では【アスクレピオス】に劣る【トリニティ】が奪還するには今しかなく、【アスクレピオス】の戦力が充実してしまえば【トリニティ】はクロダテ要塞のみならず周辺地域も失うという未来が予想された。

 

 

(“ヘルメス航空中隊”がこれほどまでに頼りにならんとは思ってもみなかったがな……。やはりエース不在では駄目か。“腕利き(ホットドガー)”に対抗するにはエースに限る)

 

 

 化け物には化け物をぶつけんだよォ!

 

 ……エリート部隊として名を馳せる“ヘルメス航空中隊”だが、エースと呼べる人材はいない。それは育成カリキュラムを重視しすぎて均一の人材しか輩出できないせいでもあったし、エリート意識を拗らせた一部の小隊長が将来有望な新人を潰してしまうせいでもあった。

 その欠点をまだ【アスクレピオス】は認識できておらず、なぜかうちが採用する人材からはエースが出てこないと不思議がっている状態なのだが。

 

 次は外部からスカウトしたエースがいる航空隊を呼び寄せようと指揮官は考えつつ、膠着状態に陥っている戦況マップを睨む。

 

 

「あの“腕利き”……兵からはSHINE(シャイン)とか呼ばれていたな。あれが要塞への攻撃に参加する可能性はないのか?」

 

「その可能性は低いと断言できます」

 

 

 キラリと眼鏡を光らせながら、白衣を纏った参謀が薄く笑う。

 

 

「ヤツも波状攻撃を仕掛ける“ヘルメス航空中隊”の相手をするので手一杯。なおかつ敵総指揮官のペンデュラムは手駒に決まった役割(ロール)を与え、最後までそれを動かさない型通りの用兵を好む男ですからね」

 

「ふむ……」

 

 

 撃墜されてはリスポーンして突っ込むだけのゾンビアタックを“波状攻撃”とはよく言えたなぁ?

 

 なお、ペンデュラムの用兵が下手のように聞こえる言い草だが、兵に明確な役割を与えるのは決して悪いことではない。急な戦況の変化には対応しにくくなるが、兵の混乱を避けやすくなる。……指揮する兵があまり強くない場合には特に有効だ。

 

 

「よし、ならば引き続き要塞の守りを固めて、判定勝ちを狙う……」

 

 

 指揮官が言いかけたそのとき、別の参謀が悲鳴を上げた。

 

 

「シ、シャインです! シャインが要塞を目指して移動を開始しました!」

 

「チッ……! 今すぐに“ヘルメス航空中隊”を招集しろ! ケツを蹴り上げて要塞上空に集結させるんだ、集中攻撃で戦場から叩き出せ! ガキにはおうちでママのオッパイでも飲んでるのがお似合いだと思い知らせてやれッ!!」

 

「了解! 全機に伝達します!」

 

「……型通りの用兵を好む、だと? 面白い評価だったな」

 

 

 蒼白になって固まる眼鏡の参謀に嫌味を吐き捨て、指揮官はパイロットシートに背中を預けた。

 

 

(参謀も入れ替えねばならんかもしれんな。私のクロダテ要塞には、無能な人間はふさわしくない……)

 

 

 そうして彼が天井を見上げた瞬間。

 

 

 天井を破って降ってきた巨大な()が、彼が搭乗する機体ごと作戦司令部を粉々に踏み砕いた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 要塞上空に集結しつつある“ヘルメス航空中隊”の雄姿に、スノウは舌なめずりして弾んだ声を上げた。

 シャインを討つために集まった勇士たち。

 眼下に広がる岩山と同化したクロダテ要塞から突き立つ、天を睥睨(へいげい)する対空中空母用砲台の威容との対比もまた、見事な絵になっていた。

 

 

「うーん、悪くない! 小隊単位じゃ物足りないけど、さすがにこれだけ集まるとなかなか歯ごたえがありそうだ」

 

『一般的に言って鉄壁の布陣ですけど勝ち目あります、あれ?』

 

「あるよ」

 

 

 スノウはあっさりと頷いた。

 

 

「小隊単位のチームワーク偏重の連中が密集したら、フォーメーションを展開しづらくなるからね。生半可な訓練じゃ逆にメリットを殺すことになる」

 

『なるほど……アクロバットな機動ですもんね、あの方々』

 

「でも、彼らが中隊規模で密集しながらフォーメーションを展開する訓練を積んでいたり、中隊ならではのフォーメーションを見せてくれるなら話は別だよ。そういうのを見せてくれることを期待したいな。弾幕は濃いほど面白い」

 

『騎士様はいつも狂気的(ルナティック)ですね』

 

「いいや、ボクは常に浪漫的(ロマンティック)だよ。運命の出会いを求めてるからね」

 

 

 運命の王子との(伝説の英雄との)邂逅を待ち望む(死闘を待ち望む)姫君のような(魔獣のごとき)可憐な顔立ち(獰猛な微笑み)

 

 

「さーて、それじゃあお互いに死力を尽くして殺り合おうかぁ!!」

 

 

 バーニアを噴かし、スノウはフルスロットルで突っ込もうと操縦桿を握る。

 

 その瞬間。

 

 

 空から突然落ちてきた巨大な熊が、展開していた航空中隊の大半を巻き添えにクロダテ要塞を踏み潰した。

 

 

「は……?」

 

 

 さしものスノウも、ぽかんとして固まった。

 だがそれも無理はない。全長200メートルにも及ぶ機械仕掛けの熊が唐突に戦場に出現したら、誰だって困惑する。

 

 黒光りする鋼鉄の表皮。たてがみのように頭部の周辺に張り巡らされたアンテナのような突起。鋭く尖った爪は常に紫電を帯び、それを突き立てられた山肌をぶすぶすと蒸発させ続けている。ぐるる、と地の底から響くような咆哮。

 

 見るからにわかる、凄まじい攻撃性を秘めた暴力の塊。

 決して近付いてはならない。間違っても凝視し続けてはならない。

 敵として認識された次の瞬間、それは対象の身に余る破滅を与えるだろう。

 

 暴威の象徴のごとき()の姿を以て警告する、触れるべきではないもの。

 

 

【レイドボスが出現しました】

 

怠惰(スロウス)慟哭谷の(アンタッチャブル)羆嵐(・ベア)

 

“0/10”

 

『警告:“七罪冠位(しちざいかんい)”による特殊フィールドが形成されます。

 

神は微睡に堕ち、(フォーリング・)世はなべて事も無し(ヘブン)】』

 

『レイドボス撃退か制限時間経過、両軍の総コストがゼロになることでレイドボス戦は終了します』

 

『レイドボス撃退か制限時間経過までこの戦場は封鎖され、エリア外からのシュバリエの増援および離脱が禁止されます』

 

『レイドボス撃退報酬は攻撃に参加したプレイヤーのみが受け取れます』

 

『GOOD LUCK!!』

 

 高速でHUDを流れるメッセージを目で追いながら、スノウは眉をひそめた。

 

 

「なんだ、あれ……?」

 

『あれは要塞級エネミー……! レイドボス、“怠惰(スロウス)”“慟哭谷の(アンタッチャブル)羆嵐(・ベア)”です!! どうしてこんなところに!?』

 

 

 ガタッと腰を上げ、驚愕もあらわに叫ぶディミ。

 

 

「知っているのかディミちゃん!」

 

『知ってますけどその言い方やめてください』

 

 

 周囲のプレイヤーも突然戦場に乱入したレイドボスに動揺しているのか、ざわざわと声を上げている。

 【アスクレピオス】も作戦司令部や“ヘルメス航空中隊”の大半を粉砕される大被害を受けているが、決してレイドボスに手を出そうとはしなかった。

 

 ――あまりにも戦力差が絶望的すぎる。

 

 そんな矮小な人間どもをつまらなそうに一瞥した凶獣は、ふあああと大きな欠伸を上げて、その場にうずくまった。

 

 

「……寝始めたぞ、あいつ」

 

 

 そう言いながらレーザーライフルを手に取ったスノウを、ディミは鋭く静止した。

 

『い、いけません! 絶対に手を出しちゃダメです! あいつは手を出さなければ害はありませんが、一度でも攻撃を受けるとどこまでも追跡して、必ず撃墜します! 制限時間が終わるまでひたすら嬲り殺(リスキル)され続けますよ!』

 

「性格が悪い奴だなあ……」

 

『そうですね。騎士様と同等程度にタチが悪いです』

 

「失礼な」

 

 

 めちゃめちゃ性格悪いじゃん。

 

 

「でもレイドボスって言うからには、歩く宝箱なんでしょ? 倒したらレア素材とかもらえるんじゃないの?」

 

『まあ、そうですね。倒せればの話ですけど』

 

 

 ディミは人差し指を立てると、言い聞かせるように解説を始めた。

 

 

『レイドボスというのは、このゲームの野良エネミーの中の最上級。シュバリエと比べてあまりにも巨大な要塞級のサイズと、比較するのもバカらしいくらいの攻撃力、装甲、HPを誇る大ボス格です』

 

「ボス格ってことは、つまり倒せるってことだろ? この世に倒せないボスなんているわけないんだから」

 

『一般的なゲームではそうかもしれませんが……。このゲームにおいてはバランスが崩壊してるレベルです。特に“怠惰”系統は装甲・HPともに極めて高く、生半可な装備ではHPがミリすら削れません。それなのに、レイドボスは必ず何らかの“フィールド能力”を持っていて、ただでさえ高い戦力差をさらに引き上げてきます』

 

 

 ですから、とディミは周囲を漂いながら様子をうかがっている【アスクレピオス】と【トリニティ】のシュバリエたちを指さした。

 

 

『御覧のとおり、レイドボスが出現したときは制限時間が過ぎるまで見守るのが定石です。現状のプレイヤーでは到底勝ち目のない天災として認識されていますから。突如として現れて、戦場をかき乱すだけ乱して消えていく。そういう存在です』

 

「なんで? 勝てないわけじゃないんだろ? お宝モンスターが目の前にいるのに、みすみす逃す手なんかある?」

 

『これまでレイドボスを撃破したケースもありますが、“怠惰”系統に関しては皆無です。何せしぶとすぎて、両軍が総戦力でゾンビアタックしても削り切れません』

 

「そんなのやってみなきゃわからないだろ!」

 

 

 そう言ってスノウはアサルトライフルに持ち変えると、巨大熊(アンタッチャブル)の頭部に狙いを定めた。ぺろりと唇を舐め、武者震いを抑え付ける。

 

 

(あいつは絶対に面白い! 楽しいバトルとレア報酬を逃す手なんてあるかよ!)

 

「やめろシャイン! レイドボスに手を出すのだけは許さん!」

 

 

 トリガーを引こうとしたスノウを、ホログラム通信で割り込んだペンデュラムが制止する。スノウはチッと舌打ちした。

 

 

「ディミ! 勝手にホログラム通信を受諾するな!」

 

『だ、だって……さすがに無茶ですし!』

 

「ディミの言う通りだ、シャイン! 今の戦力で勝てるものか!」

 

「【トリニティ】の最新武装なんだろ、これ!」

 

「それはそうだが……現状プレイヤーが生産できる武器ではまだ及ばんぞ!」

 

 

 【トリニティ】が擁する兵器生産技術の最先端は、現在解禁されているガチャ武器SSRとほぼ同等。

 このゲームではクランの生産技術レベルを上げ、膨大な生産コストと素材を消費すれば、ガチャ武器並みの性能を持つ武器を生み出すことが可能だ。

 

 ガチャはあくまでも生産技術レベルと生産コストをスキップするだけの時短要素でしかなく、それがこのゲームで武器利用権の強奪が許されている理由でもある。

 たとえば現在シャインが装備している【トリニティ】の高振動ブレードは、性能としては昨日アッシュから奪った課金SSR武器と同じものだ。

 

 だが、そのプレイヤー(人類)最先端の武器やパーツをしても、まだレイドボスの相手をするには荷が重いというのがペンデュラムの見解だった。

 そして、スノウを止める最大の理由は……。

 

 

「やらずに何がわかるのさ! もしかしたら効くかもしれないだろ!」

 

「ああ、かもしれんな。俺たちの武器は通じるかもしれんし、両軍総出でゾンビアタックすれば、ひょっとしたら勝てるかもしれん。だが、作戦は完全に破綻する!」

 

 

 修正不可能なレベルの、クロダテ要塞攻略プランの崩壊。

 

 ゾンビアタックによって両軍の戦力が壊滅に追い込まれることは疑いようもない。そうなってしまえば、もはやクロダテ要塞を攻略することは完全に不可能だ。

 

 

「クロダテ要塞を勝ち取るには、時間経過でレイドボスがいなくなるのを待つほかない。そうなれば作戦時間も終了して判定負けにはなるだろうが、まだ可能性は残る。明日になればまた同一エリアへの侵攻が可能になるのだ、また明日攻めればいい!」

 

「なるほど」

 

 

 頷くスノウに、ペンデュラムはほっと表情を緩める。

 

 

「わかってくれたか、シャイン」

 

()()()()?」

 

 

 まるで通じていなかった。

 

 

「それとボクからレイドボス戦なんてとびっきりの御馳走(楽しみ)を取り上げるのは、まるっきり別問題だよね」

 

「シャイン!!」

 

「それに、キミがそんな後ろ向きな戦略を口にするのも気に入らない」

 

「…………っ!?」

 

 

 スノウはニタリと挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

「そんな戦いはキミらしくないなペンデュラム。キミはもっと覇道を行く男だと思っていたよ。ボクを失望させないでくれ」

 

「覇道……」

 

「組織の中で成り上がりたいんだろう? ならつまらない保身なんか捨てろ。前のめりに行け。目の前の選択はいつだって破滅か栄光の二択でいいんだ。無茶を押し通したその先にしか、たどり着けない境地だってある。ボクはそう信じている」

 

 

 聖者を破滅へと導こうとする悪魔のごとき囁き。

 悪魔と契約して得られるものは、刹那の栄光と確定した滅びと相場が決まっている。だが、その栄光が望んでも決して得られないものだとしたら。

 栄光を掴み取るには、悪魔と手を結ぶほかないのではないか?

 

 

「共に楽しもうじゃないか、ペンデュラム」

 

 

 黙り込むペンデュラムにそう言い捨てて、スノウは通信を切断した。



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第23話 グラビティ羆嵐

「共に楽しもうじゃないか、ペンデュラム」

 

 

 黙り込むペンデュラムにそう言い捨てて、スノウは通信を切断した。

 

 

『……念のために聞きますけど、今の発言どういう意味ですか?』

 

「えっ? もっとゲームうまくなりたいんなら、とりあえず何も考えずに目の前の敵を殴ろうぜって言っただけだけど? もし運よく勝てたらクランの中で自慢できるし、いいことずくめじゃん」

 

『まあそうだろうと思いましたよ!』

 

 

 スノウはちろりと舌を出して、薄くほくそ笑む。

 

 

「もっとも、誰かに譲るつもりもないけどね」

 

 

 あの獲物を誰もが委縮して狙えないというのであれば好都合。

 自分ひとりで食い尽くしてしまうだけのこと……!

 

 

「死ねよやあっ!! クマ公ッッ!!」

 

『あっ、ちょっと待っ……』

 

 

 スノウが発射したアサルトライフルの弾丸が、閉じられたアンタッチャブルの瞳へとまっすぐに向かっていく。

 レイドボスだか何だか知らないが、生物を模している以上は必ず元になった生物と同じ部位に弱点を持つはず。でなければ嘘だ。打撃技や投げ技などの存在を許しているこの運営であれば、必ずそこにこだわりをもっているはず。

 

 

「貫けッ!!」

 

 

 この射線なら確実に眼球を抉れる!

 眼という弱点を穿たれたクマは、次に必ず立ち上がって腕を振り回すはずだ。そのとき胴体の弱点が露わになる。

 クマの一番の弱点は分厚い骨に覆われた頭部などではない。立ち上がって示威行為をするときに晒される心臓部だ。

 

 だがスノウが放った弾丸は、到達する直前になって突然射線を変更する。

 何か巨大な目に見えない力に押さえつけられたかのように、凄まじい勢いで下方向へと落下していった。

 

 

「何だって!?」

 

 

 驚愕するスノウ。続いてシャインが突然浮力を失い、急速に落下を始める。

 銀翼によって重力という軛から逃れていたシュバリエが、その本来の自重を思い出したかのようなフリーフォール!

 

 

「……ッ!? まずいっ!! 何だ、いったい何をされてるっ!?」

 

『“怠惰(スロウス)”の特殊フィールドの効果です!

神は微睡に堕ち、(フォーリング・)世はなべて事も無し(ヘブン)】!!

 その効果は、フィールド効果範囲内における実弾武器と飛行能力の禁止!!』

 

「早く言ってよ、そういうことはっ!?」

 

『言う前に攻撃したじゃないですかーーーッ!!』

 

 

 まずい、この状況は絶対にまずい。

 

 スノウは汗を噴き出しながら、必死にバーニアを噴射して落下速度を軽減させる。このゲームには落下ダメージが存在する。自由落下でこの機体が地面に叩き付けられた場合、撃墜判定は免れない。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 必死にバーニアを噴射してなお、下方向への加速度を増すシャイン。

 スノウはギリギリと歯を食いしばりながら速度を増して流れゆくHUDの風景を見つめる。

 

 

「なら、これでどうだッ!!」

 

 

 バーニアを水平方向へと噴射させたことで、落下軌道は斜め下方向へとずれていく。眼下に広がるクロダテ要塞は断崖と同化した基地から成り立っている。そこから斜め下へとずれれば、軌道は断崖の下へと逸れていく。

 

 

『崖下へ落ちますよ、騎士様!?』

 

「それでいいんだよッ!」

 

 

 重力に引かれて為すすべもなく落下していくシャイン。

 しかし、ある地点を過ぎたところで、背中に広げた銀翼の反重力制御とバーニアが突然本来の機能を思い出したかのように効き始め、落下速度が緩められる。

 

 

『え!? 何で!?』

 

「やっぱり特殊フィールドは球形だったみたいだね! 下方向に遠のきすぎた場合も、影響範囲から逃れられる!」

 

『あ、ああ……なるほど!』

 

 

 強制落下の影響を脱したシャインの姿勢を立て直し、スノウは再浮上を開始する。

 

 

『騎士様、さすがですね! よく球形だと気付かれました!』

 

「ああ、一定の平面範囲内に高さ関係なく効果が発動する可能性との二択の賭けだったからね。もしかしたら崖下に叩き付けられるまで加速するかもしれなかったけど、うまくいってよかった」

 

『…………』

 

 

 ディミは涙目になり、無言でスノウの頭をぽかぽかと殴り始めた。

 

 

『うー! うー!!』

 

「やめろってば! 球形の方が可能性高いなとは思ってたんだって!」

 

 

 なんとか崖の上まで戻ってきたシャインだが、アンタッチャブルの近くまで行くと、再び機体の飛行能力は失われていく。

 今度は機体を地面に着地させたスノウは、要塞中枢部をピンポイントで踏み抜きながら、その上にうずくまって目を閉じる巨大な機械熊を睨みつけた。

 

 でかい。

 

 このゲームはVRの電脳空間でありながらやたらリアリティを保っているが、このレイドボスに関しては完全に現実的なサイズ感の維持が放棄されている。そのくせ、その質量がぎっしりと詰まっていることを想像させるディティールの細かさ。

 この大きさならドーム球場くらいはあるのではなかろうか。エネミーだと言われるよりも建物だと言われた方が信じやすいくらいの巨大さ。

 

 

「このサイズのくせに遠距離戦禁止、ブレードによる接近戦かビームライフルでの中距離戦を強制してくるのか……。これは相当なクソボスだぞ」

 

 

 間近でアンタッチャブルを見たスノウは、口元がひきつるのを感じた。

 普通に考えて、こういった超大型ボスは遠距離戦で戦うのが定石だろう。近距離戦や中距離戦で戦った場合、相手がちょっと暴れただけで、動きに巻き込まれて踏み潰されることが簡単に予想できる。サイズ差はわかりやすい暴力だ。

 

 “触れてはいけないもの(アンタッチャブル)”とはよく言ったものだ。眠りから起こしても殺されるし、近距離まで近づいても殺される。

 さらに崖の上という足場を限定した位置取り。明確な悪意を感じる配置だった。

 

 

『や……やっぱり帰りませんか? 眠ってますし、今なら間に合うのでは』

 

「いや……捕捉された」

 

 アンタッチャブルのHPゲージの上に浮かぶ数字が“0/10”から“1/10”に切り替わる。

 それと同時にアンタッチャブルの瞳がゆっくりと開かれる。

 

 

 侮蔑。

 

 

 その瞳に浮かぶのは、傲然たる意思。

 目の前に立つためにすら死にかけるような、哀れで卑小な羽虫をせせら笑うがごとき嘲笑に満ちた色。

 

 これはただのエネミーなどではありえない。プレイヤーを楽しませるために配置された敵キャラクターが、明確な意思など持ち合わせているわけがない。AIによる思考ルーチンが組み込まれていようが、製作者の悪意を盛り込まれて製作されていようが、敵キャラクター自体はプレイヤーへの悪意を持たない。

 

 しかし、目の前のこいつは違う。これは人類を痛めつけ、嬲り殺しにしてやるという明確な意思を持って存在する。

 

 そう、例えばシャイン。お前のような無力な虫けらを。

 

 

「……………ッ!!!」

 

 

 その瞳に込められた意思に、スノウは全身の血が湧き立つような震えを感じた。

 

 

「お前、今ボクを見下したな」

 

『騎士様……?』

 

 

 心配そうに見上げるディミをよそに、スノウは全身を震わせる。

 

 

「見下されたッ! こいつ、ゲームの敵キャラの分際で! ボクを翼をもがれた虫けらだと見下しやがった! 殺すッ! 殺す殺す殺すッ! 生かしておけないッ!!」

 

『ど、どうしたんです!? あれは何も言ってませんよ』

 

()()()()()をしたッッッ!!!」

 

 

 サポートAIであるディミには、知性体が瞳に込める悪意を感じ取る機能がない。だからスノウが何に激昂しているのかわからなかった。

 人間は違う。目は口ほどにモノを言う。そこに隠しようもない悪意が込められていれば、勘がいい者は必ず気付く。“それは敵だ”と感じ取る。

 

 スノウはレーザーライフルを抜き、前方に向かってダッシュしながら乱射を仕掛ける。何しろこのサイズだ、狙うが狙うまいが必ず当たる。

 レーザーはフィールドの影響を受けることなく直進し、アンタッチャブルの鋼鉄の表皮に当たってジュッと煙を立てる。そして1発命中するごとに、アンタッチャブルのHPゲージは

 

 

 ほんの1ミリたりとも減っていなかった。

 

 

 シュバリエ相手であれば一撃でHPの半分以上を減らせる、現時点での人類の手にある中ではもっとも強力な兵器。それが文字通り、蚊に刺されたほどにも効いていない。いや、サイズで言えば蚊どころかダニ以下だ。

 

 

 ――その程度か?

 

 

 哀れなダニの必死の攻撃に、せせら笑うかのような目を向けるアンタッチャブル。スノウはギリッと奥歯を噛みしめた。

 

 目の前に立ったとき、もしかしたら何とかならないのではと思った。ここまで圧倒的にどうにもならないとは思っていなかったが。

 敵の装甲値とHPが破格すぎる。

 

 アンタッチャブルはふわぁと欠伸をすると、頭上へと目を向ける。

 その途端にアンタッチャブルの頭上に大きな闇色の球体が出現した。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 謎の動作に警戒の色を浮かべ、横方向へのダッシュに切り替えるスノウ。

 次の瞬間、闇色の球体から無数の小さな球体が発射され、周囲に雨あられと降り注ぎ始めた。

 

 

『気を付けてください、“マイクロブラックホール”です! あの球体のひとつひとつが重力子(グラビトン)に満たされた超重力場! 触れれば装甲値を無視した固定値ダメージで部位をえぐり取られます!』

 

「ホーキング放射どうなってんだよ!」

 

『そこはゲームですから、現実の物理学は忘れましょう』

 

 

 スノウは軽口を叩きながら、一発で即死に追い込まれる重力場の雨を必死に避ける。ただのランダム弾をばらまくだけの攻撃であれば、避けることは難しくはない。

 

 

(問題はむしろ……)

 

 

 ブラックホールが落ちた部分の地形は球形に抉られ、クレーターを形作る。どんどん凸凹になっていく地形は翼をもがれたシャインにとっては動きづらいことこの上なく、いずれ足を取られて事故りかねない。

 

 一方、必死になって死のダンスを踊るシャインが滑稽に映るのか、楽しそうに瞳を弧の形にたわめるアンタッチャブル。

 

 

『GRRRRR……』

 

 

 鋼鉄熊が唸りを上げると、頭上の暗黒球体から降り注ぐブラックホールのサイズに変化が生まれ、より大きなものと豆粒程度の小型のものが入り混じり始める。サイズが違おうと、当たれば即死ダメージを受けることは疑いようもない。

 

 それ自体が意思を持っているかのように、シャインの頭上に降ってくる大きな球体をかわそうとしたスノウは、妙な感覚を感じて舌打ちした。これまでよりも大きめの回避軌道を取り、足を止めず走り続ける。

 

 

『騎士様、大きいブラックホールには気を付けてください! シュバリエを引き寄せる効果があります、ギリギリで避けようとすると被弾の恐れが!』

 

「わかってる!」

 

 

 そう叫び返しながら、ダッシュしつつアンタッチャブルにレーザーライフルを撃ちまくるが、一向に効いた様子はない。

 無駄な抵抗を嘲笑うかのようにごろごろと喉を鳴らすアンタッチャブル。

 その視線は、まるで幼い子供が虫の羽をもいで焼けたアスファルトの上でもがき苦しむのを観察するかのような、無邪気で邪悪な殺意に満ちていた。

 

 お前ごときを嬲り殺すのに、指一本すら動かす必要はないってか?

 

 スノウはケッと毒づきながら、大きなブラックホールがスノウとアンタッチャブルを結ぶ直線を横切った瞬間を狙ってレーザーライフルを向ける。

 

 

「お前のその眼が気に入らないんだよッ!!」

 

 

 逃げ惑いながら無駄な抵抗を繰り返すことで誘った油断。

 その間隙を突いた一刺しが、アンタッチャブルの瞳を射抜く。

 

 大抵のゲームの敵キャラは、一番の弱点が目立つように作られている。

 こいつの場合一番目立つのは、相対する者に悪感情を抱かせるその眼だ。

 自然界の熊の弱点が眼であることも踏まえ、多少は効くはずだがどうだ……?

 

 

『GRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

 瞳から赤い液体を滴らせたアンタッチャブルが、びりびりと大地を物理的に震わせるような咆哮を上げて怒り狂う。

 そしてそれまでぴくりとも動かさなかった前脚を振り上げて、シャインに向けて薙ぎ払った。

 

 HPゲージはこれっぽっちも減っていない。

 

 

『だ、駄目です……! 全然効いてません!』

 

「いや行動パターンは変わった。ギミックボスであれば一段階前進したはず……」

 

 

 だが、今は迫り来る敵の攻撃を回避することが最優先だ。

 圧倒的な質量を持つアンタッチャブルの腕は、そのサイズに見合わない機敏な速度で地面を抉り取りながらシャインに迫る。

 まるで工事現場で重機が土地を掘り返すときのような、腹に響く重低音と共に岩石サイズの巨大な飛礫を巻き上げる腕。大きなビルの1階部分が高速で衝突してくるかのような絶望感。

 

 

「こっちは飛べないってのに……!!」

 

『衝突、来ますっ!!』

 

 

 地面を抉りながら、横薙ぎになったアンタッチャブルの腕がシャインがいた場所を通過する。雨あられと降り注ぐ瓦礫の山。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 その瓦礫の山に埋もれた、クレーターの底でスノウは呻き声を上げる。

 さきほどの大型ブラックホールでできたクレーターに飛び込み、間一髪で回避したのだ。だが瓦礫が降り注いだことによるダメージは大きく、シャインは身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 

「ダメージはどうだ、ディミ!?」

 

『HPが大分持っていかれました、もう瀕死状態です。四肢はまだ動きますが……だいぶガタが来てますね』

 

「関節強化のOP(オプションパーツ)が欲しいな……ボロボロでも動けそうだ」

 

 

 シャインは瓦礫を押し上げようとするが、まったく持ち上がる様子はない。シャインの数倍の体積を持つ瓦礫が、穴の底に埋まった機体を押さえつけているのだから無理もなかった。

 

 

「身動きが取れないか……! このまま死んだと思ってくれればいいけど」

 

『あっ……』

 

 

 声を上げたディミが、ひきつった笑顔をスノウに向ける。

 そしてシャインの体を揺らす、頭上からの連続した震動。

 

 

『GRRRRRRAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

『アンタッチャブルが、クレーターを掘り返そうとしてます……』

 

「さすが熊だ、獲物への執着心が半端ないな……!」

 

 

 どうやらシャインを完全に破壊したと確認するまで止まる気はないようだ。

 そんなところまで再現しなくてもいいのに、とスノウは引きつった笑みを浮かべた。

 

 

『どうします!?』

 

「どうしますって言ってもさぁ。さすがにもう打つ手も……」

 

 

 じたばたともがいて悪あがきするシャインだが、瓦礫はびくともしない。天然の岩肌に加えてコンクリートも混じっており、どうやら要塞の一部が抉られているようだ。恐るべき破壊力、まさに天災そのもののごとし。

 

 ……要塞?

 

 

「そういえば、この真下はクロダテ要塞だね」

 

『ええ、そうですが……?』

 

「なら、ここを下に掘れば要塞内部に出られる……?」

 

 

 スノウの思いつきに、ディミはふるふると頭を横に振った。

 

 

『無理ですよ、要塞の天井は高い装甲値が設定されていますので破壊する方法がありません。銃器やレーザーは無効です』

 

「いや、あるだろ? 装甲を無視できるものが」

 

 

 閉ざされた闇の中で、シャインは近接武器インベントリを開く。

 闇の中でもその輝きを色褪せさせることのない、蒼い輝き。

 

 

『高振動ブレード……! それなら確かに……!!』

 

「ありがとう、ペンデュラム! よくぞこれを持たせてくれた!」

 

 

 本人が聞いたら『工具にさせるために渡したわけじゃないんだが!?』と驚愕されること間違いなしの感謝の言葉と共に、シャインは高振動ブレードを真下に向けて突き立てた。

 

 あらゆる装甲を貫通して固定ダメージを与える、現時点での人類科学の最高到達点。その一撃が要塞の天井を破り、決壊させる。

 要塞内部に落下したシャインは、なんとか態勢を立て直して着地し、降り注ぐ瓦礫に押し潰される前にバーニアをフルスロットルさせてその場を離脱!

 

 

『GRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

 

 

 頭上から響く、身の毛もよだつ殺意に満ちた咆哮。

 巨大な何かがぶつかる音が、はるか頭上より響いてくる。

 

 

『脱出を感付かれました! どうします!? 制限時間まで何とか逃げますか!?』

 

「逃げる? バカ言うなよ。反撃や挑発のために逃げることはあっても、ボクがビビって逃げ惑ったことなんて一度だってないぞ。ゲームするなら全力で前のめりだ」

 

 

 スノウはニヤリと笑い、大ダメージによって火花を散らす腕でレーザーライフルを握りしめた。

 

 

「クロダテ要塞には対空中空母用の巨大ビーム砲台が設置されているって、ペンデュラムが言ってたはずだ。いくらデカブツでも、それなら多少はダメージが通るだろ」

 

『人の話を聞いてないようで、そこはちゃんと聞いてたんですね。確かにそうかもしれませんが、要塞内にはまだ【アスクレピオス】の兵が多数詰めているのでは……』

 

「押し通るよ。『無茶を押し通したその先にしか、たどり着けない境地だってある』なんて柄にもない啖呵を切っちゃったんだ。自分で嘘にするわけにはいかないもんな」

 

 

 敵地の中枢に追い込まれ、頭上から迫るは超巨大な破壊の権化。

 どこからどう見ても、逃げ場のない絶体絶命の窮地。

 

 にもかかわらず、スノウは楽しそうにクスクスと笑うのだった。




「死ねよや」は誤字ではなく、虎太郎が大好きなオーガニックなロボアニメの名言です。


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第24話 祝☆初デス

「ペンデュラム、クロダテ要塞って元々は【トリニティ】の支配地域だったんでしょ? じゃあ要塞内の地図があるよね、それを送ってくれ!」

 

「それは当然あるが……。待て、貴様は今どこにいる? アンタッチャブルが要塞を掘り返そうとしているが、まさか……」

 

「要塞の中を逃走中だよ!」

 

 

 敵機の銃撃をかわし、高振動ブレードで叩き斬りながら、スノウはペンデュラムとの通信を続行する。

 

 

「クロダテ要塞の巨大砲台を奪って、あいつにぶつけたいんだ。作戦司令部以外に砲台を制御できる場所は!?」

 

「砲台を奪うにもハッキング技術が必要だぞ。貴様、アテはあるのか?」

 

「ディミが何とかしてくれるだろ!」

 

『私、騎士様の中でどんな万能AIだと思われてるんですか!? さすがに要塞のセキュリティともなると、ハッキングはちょっと……』

 

 

 ペンデュラムははぁ、と深いため息を吐きながらこめかみを押さえた。

 

 

「わかった、マップを送る。制御施設に到着したら連絡しろ、配下に遠隔でハッキングさせる。パスコードが変更されていなければ速やかに制御を奪えるはずだ。制圧されて間もないからな、運が良ければ何とかなるだろう」

 

「サンキュ、戦果を期待して待っててくれ!」

 

 

 スノウが通信を切ると、即座にマップデータが送られてくる。

 

 

「さすがペンデュラムだ、仕事が早いな。ディミ、表示よろしく」

 

『はいはい』

 

 

 ディミの操作で、HUDにマップが映し出される。

 制御室の位置は色が塗られ、最短経路も矢印で提示されていた。

 

 

「これはわかりやすいな、ナイス気配り」

 

『迷子にならずによかったですね。別の意味で迷子になってる感がすごいですが』

 

 

 ディミの嫌味を聞き流し、スノウは目的地へと急行する。

 

 

『おっと……曲がり角の向こうに敵がいますよ』

 

「パパっと片付けてどんどん行くぞ! 強行突破だ!」

 

『了解、前方敵機3! エンゲージ!』

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 クロダテ要塞内部は、現在大パニックに陥っていた。

 

 まず作戦司令部が突然出現したレイドボスによって踏み潰され、そこに詰めていた作戦指揮官以下首脳部が全員即死。

 ただちにリスポーンして復帰しようとするものの、リスポーン地点がレイドボスの脚の下敷きにされていたため、リスポーン即撃墜のループに陥った。

 何が起こっているのかわからないままリスキルハメに追い込まれた首脳部。彼らが外部(リアル)での連絡で現状を把握するまでの数分間がそこで潰れた。

 しかも今度はレイドボス出現中のルールで外部からの増援が禁止され、いったんログアウトした司令部は戻れなくなってしまう。遠隔による指示は可能なものの、指令系統はほぼ完全に麻痺した。

 

 同様にレイドボスの下敷きになっていた“ヘルメス航空中隊”がリスポーンするも作戦司令部からの連絡途絶と、攻撃を禁止されている“怠惰(スロウス)”系統のレイドボスにどう対処していいのかわからず手をこまねくことに。

 

 しかもこのタイミングで侵入者が発生したという情報と、触れなければ無害とされていたはずのレイドボスが要塞への攻撃を開始したという情報が飛び交い始めた。

 果てはこれはレイドボスを操作する方法を入手した【トリニティ】の陰謀ではないかという怪情報までが飛び交う有様である。

 

 

 

「侵入者が基地内を攻撃してるぞ!」

 

「おい、上からレイドボスが来てるぞ! 反撃していいのか!?」

 

「バカ! 攻撃は厳禁だ! 死にたいのか!?」

 

「だからってこのままじゃ要塞が潰されちまうよ!!」

 

「作戦司令部は何やってんだ!? なんで連絡がつかない!?」

 

「【トリニティ】の部隊が侵入したとの情報が!」

 

「そんなわけあるか! 地上部隊は食い止めているはずだ!」

 

 

(一体この要塞で何が起こっているんだ……)

 

 

 頭上から響く轟音と震動に、ジョンは天井を不安な表情で見上げる。

 

 ジョンは【トリニティ】への内通容疑で出撃を禁止されていた。

 第三小隊の小隊長が司令部に通報したのである。

 しかしVR空間であるが故にジョンが投獄されることはなく、この戦いが終わるまで“ヘルメス航空中隊”から外され、のちに詳しい尋問を受ける運びとなっていた。それまでは要塞内での待機を命じられている。

 

 

 そんなジョンに、【アスクレピオス】の警備兵が声を掛ける。

 

 

「おい、そこの! 手が空いてるなら侵入者の撃退を手伝え!」

 

「えっ……。しかしぼくは、待機命令を受けていますが」

 

「そんなこと言ってる場合か、手が足りないんだ!」

 

 

 どうやらジョンがここにいる理由を知らない末端の兵士のようだった。

 

 

「しかし作戦司令部からの命令です」

 

「その作戦司令部と連絡がつかねえんだよ! 今は現場の判断で動くしかねえ、いいから早くこいっ! 責任は俺がとるッ!」

 

(いいんだろうか……)

 

 

 ジョンは少し迷ったが、ともかく目の前の兵士に従うことにした。

 どうせこの後尋問が待っているのだから、このうえ多少立場が悪くなったところで大きく変わることはないだろう。それなら少しでもクランに貢献すべきだ。

 そう思ったジョンは、警備兵に帯同して侵入者への対処に向かう。

 

 

「いたぞ! あそこだ!!」

 

 

 近くの座標からの通信を受け、警備兵とジョンは軽く頷き合う。

 

 

「どうやら近いぞ。気を付けていけ」

 

「はいっ!」

 

 

 通路の曲がり角の前で通信を送ってきた兵士と合流し、即席の3騎編成を組む。

 そして通路の陰から飛び出した瞬間、一番前にいた機体が斬り捨てられた。

 

 

(速い……!!)

 

 

 さらに侵入者は返す刀でジョンの目の前にいた機体を袈裟掛けに一刀両断。続いてジョンに紫電を帯びた凶刃が迫る。

 あの切れ味はまずい。触れたら即死する!

 

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

 

 気炎を揚げて敵機の腕に手刀を振り下ろすジョン。

 反撃を感知して、後ろに飛び下がりながら刃を叩き込もうとする侵入者。

 性質の異なる2つの凶器が交わらんとしたそのとき……。

 

 

「なーんだ、ジョンじゃないか」

 

 

 侵入者がサクッと高振動ブレードを格納して、能天気な声を上げた。

 

 

「……スノウ!? なんでここに……」

 

 

 呑気にホログラム通信まで送り付けてきている。

 毒気を抜かれたジョンが通信を受諾すると、スノウはにこにこと笑いながら言った。

 

 

「今レイドボスと戦ってる最中なんだよ。ジョンも一緒にやらない?」

 

「は!?」

 

 

 何言ってんだ、こいつ……。

 

 

「待て待て待て……レイドボス? 本当に戦ってるの、今? それが君がここにいるのと、何の関係が?」

 

「この要塞を潰しにきたんだけど、途中でレイドボスが湧いたからそっちと遊ぼうと思って。そしたらなりゆきで要塞に入り込めたから、今ちょっと要塞の砲台を奪ってレイドボスに砲撃しにいく途中なんだ」

 

「……!?!?!?」

 

 

 深刻な頭痛を覚えたジョンは、こめかみを押さえた。

 理解不能な発言に、みるみる額が知恵熱で茹だっていくのを感じる。

 

 

「いや……おかしいでしょ? おかしいよね? ぼくは敵だよ? なんで侵入者の君と一緒にレイドボスを倒しにいこうって話になるの?」

 

「だってレイドボスだよ。ボスエネミーを見て倒しにいかないとか正気?」

 

「正気を問いたいのはこっちだからな!?」

 

『すみません、この人本当に頭おかしいんです』

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げるディミに、ジョンは何と言っていいのかわからなくなった。問題児を連れ歩くおかんか。

 スノウはジョンが何を戸惑っているのかわからないというように小首を傾げる。

 

 

「この状況で陣営とかこだわってる場合? レイドボスを倒してがっぽりと報酬をいただく絶好のチャンスだよ。ネットゲームでボスが湧いたら、何もかも放り出して敵味方関係なく早い者勝ちになるもんじゃない?」

 

「どこの常識なんだ、それ!?」

 

「少なくとも()()はそうだったけど……」

 

「このゲームに前作なんてないだろ!!」

 

 

 まあそれはいいやとスノウは軽く流して、じゃあ行こうかと言った。

 

 

「あまり他人と獲物を分け合うのは趣味じゃないけど、手も足りてないしジョンならいいよ。一緒にひと儲けしよっか」

 

「人の話聞いてた!?」

 

「いや、あんまり聞いてない。今時間がないっていうのに、そんなどうでもいい問答をしてる場合じゃないんだよね」

 

「どうでもよくないだろう!? 君と話しているのを見られるだけで、ぼくがどんな扱いを受けるか……」

 

「さっきも言ったでしょ、キミの事情に興味はない」

 

 

 スノウは挑発するように軽く笑う。

 

 

「いいからおいでよ。ゲームの楽しみ方を教えてあげる。それを知りたいんじゃなかったのかい?」

 

「………………ッ」

 

 

 知りたい。知りたくてたまらない。

 この大胆不敵なプレイヤーが、何を思ってこんなにも楽しそうに遊べるのか。

 彼女の瞳には、このVR世界がどのように映っているのか。

 その一片でも知れれば……自分は、もうちょっと強く生きられるかもしれない。

 

 

 ジョンの沈黙を了承ととらえたスノウは、さっと背を向けた。

 

 

「先を急ぐよ。余計な道草を食った。作戦司令部が態勢を立て直す前に砲台を制圧しちゃいたいからね」

 

 

 背中から撃たれる危険性を、まるっきり考慮していないかのような態度。

 

 こいつは本当に滅茶苦茶だ。

 その思考をまるっきり理解できない。

 

 スノウのペースに巻き込まれたジョンは、軽く混乱したまま後を追いかけていく。

 

 

※※※※※※※

 

 

 

「どけどけどけどけーーーーーーっ!!」

 

 

 砲台制御施設に到着したスノウは、詰めていた警備兵たちを軽く一掃。

 

 

「な、なんだこいつは!?」

 

「一緒にいるのはウチの飛行部隊機!? スパイか!?」

 

「す、すみませんっ! レイドボスを倒すために砲台が必要なんです!」

 

 

 そう言いながら、残った警備兵をジョンが片付けていく。

 同陣営の味方機が撃墜され、光となってリスポーン地点へと戻っていくのを見て肩を落とすジョン。

 

 

「ああ……やってしまった……」

 

「いい倒しっぷりだね。さーて、そんじゃハッキングお願いしますよっと」

 

 

 ペンデュラムに連絡を取ったスノウは、【トリニティ】HQ(司令部)に依頼して遠隔操作でハッキングを仕掛けてもらう。

 制御室のモニターが次々と移り変わっていくのを眺めつつ、ディミは感心した声を上げた。

 

 

『手際がいいですね。元々自陣営の支配地域とはいえ、的確なハックです』

 

「へえー……サポートAIが褒めるってことはなかなかの腕なんだ?」

 

『そうですね。及第点を差し上げましょう』

 

 

 ふふんと鼻を鳴らすディミ。

 自分ではハッキングできないと言っておきながら、この上から目線である。

 

 そんな二人を見ながら、ジョンは口を開く。

 

 

「スノウ、本当に砲台でレイドボスを仕留められると思う?」

 

「やってみないとわからないな。でもこの砲台、空中空母を撃墜するためのものなんでしょ? このゲームの空中空母がどれほどのものかは知らないけど、まあそれなりのダメージは入るんじゃないかな」

 

『サイズ的には空中空母の方が大きいですから、期待はできそうです。バリアを貫いてダメージを与えられるのですから、貫通性能も高いはずですし』

 

 

 なるほど、勝算なしで無茶をやってるわけでもないのかとジョンはホッとする。そんな彼の表情に、スノウはニヤニヤと揶揄する笑みを浮かべた。

 

 

「安心した、ジョン?」

 

「まあ、そりゃね。クランに叛逆同然の行為をしておいて、勝算もありませんじゃさすがに……。せめてレイドボスを取り除けば、面目も立つかもしれないから」

 

「ジョンは真面目だね。クランに裏切り者扱いされて、まだ忠誠を尽くすつもりでいるんだ? あんまりにも健気で涙が出ちゃうよ」

 

『裏切り者扱いさせたのは騎士様じゃないですかね?』

 

 

 大体そいつのせいです。

 

 

「まあ……入院してる父さんの面倒をみてもらってるからね。クランに貢献しなきゃ、医療支援だって打ち切られかねないし。恩義を返さなきゃいけない」

 

「ふーん。でもそれってさ、要するに『人質に取られてる』ってことでしょ?」

 

「…………ッ」

 

 

 スノウの指摘に、ジョンはぎゅっと拳を握りしめた。

 自分でも、心のどこかで薄々と感じていたこと。あえて目を背け、クランへの恩義があるからと自分の心を塗り潰してきた事実。

 そうしないと、とてもじゃないけど耐えられそうになかったから。

 

 

「ま、いいや。その辺の事情には興味もないし」

 

 

 あっさりとそう言って、スノウは背を向ける。

 

 

『ドライですねぇ……』

 

「だってネットゲームだもん。リア友じゃあるまいし、所詮他人の事情だよ。ネットで出会う全員にいちいち共感なんかしてられるもんか。割り切りが重要だよ」

 

『まあそれはそうなんですけど』

 

 

 その背中に、本当にドライで身勝手な奴だなとジョンは苦笑を浮かべた。

 

 

『それはそれとして騎士様、ハッキング終わりましたよ』

 

「よーし! ディミ、操作はできるよね? 砲台の照準をクマ公にセット!」

 

『了解。目標、アンタッチャブルに合わせます』

 

 

 制御室のモニターが切り替わり、要塞へと山肌を掘り進もうとしているレイドボスが大映しになる。

 ここで初めてアンタッチャブルの姿を見たジョンは、驚愕に目を丸くした。

 

 でかい。いや、でかいなんてもんじゃない。

 要塞の上を飛んだジョンは、眼下にそびえる巨大砲台をなんて大きいんだろうと思っていたが、レイドボスの全長はそれよりもはるかに長い。

 ……こんなものに挑もうとしていたのか、スノウ。

 

 これは人類が戦って相手になる存在ではないのではないか? という疑念が拭えない。少なくとも要塞の壁を腕力だけで破るような存在は、正面から相手にできるようなものではない。まさしく天災そのもの。

 

 

「……これは砲台でなんとかなるのか……?」

 

「やってみなきゃわからないってね。いくぞ、ディミ! エネルギーチャージ! どうせやるなら、腹いっぱい食わせて一撃で決めろ!」

 

『わかりました。ただ、アンタッチャブルは要塞を掘り進もうとしているので、射角的に射撃が要塞を貫いてしまいますが……?』

 

「いいよ、要塞がどうなったって。この際要塞ごと潰したって構わない」

 

『まーたそういうことを……了解です』

 

 

 ディミは頷くと、オペレーションを再開する。

 

 

『エネルギーチャージ開始! 要塞内の全エネルギーを流し込みます! コンディションオールグリーン!』

 

 

 キュイイイイイイイイイイイイイイン……!!

 

 

 サブモニターには唸りを上げながら蒼く発光し、急速にエネルギーを集めていく砲台が映し出されている。その砲身の先には、背中を向けるアンタッチャブル。

 シャインを追いかけることに夢中になっているようで、砲台を見ていない。

 

 

(これなら……!)

 

 

 ジョンは我知らず拳を握りしめ、固唾を飲んで成り行きを見守っていた。

 

 

『射撃スタンバイ! ご命令を、騎士様!』

 

「3、2、1……撃てーーーーーッッ!!!」

 

 

 射出口から蒼く光る粒子が漏れ出し、砲台がフルチャージの一撃を繰り出そうと雄叫びを上げる。空中空母の分厚い装甲に穴を開けるための、必殺の一撃!

 それが今まさに鋼鉄の咆哮と共に繰り出されんとしたその瞬間。

 

 

 

 アンタッチャブルが俊敏な動作で振り向き、砲台に正面から向き直った。

 

 

 

 弧を描いてたわめられた眼。羽虫どもの精一杯の抵抗への嘲笑を浮かべた色。

 嫌な目だ、と反射的にジョンは敵意を抱く。そして確信する。

 

 こいつはわざと罠にかかった。

 どんなに抵抗したところで、何もかもが無駄なのだと知らしめるために。

 獲物に絶望を刻み込むそのためだけに、隙を見せていたんだ。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!』

 

 

 アンタッチャブルの咆哮と共に、重力球が正面に出現する。

 それは3つに小さく分裂すると、板のように平べったく変形して、アンタッチャブルと砲台の射線上に展開された。

 

 

『“グラビティシールド”……! 重力子による威力減衰を予測!』

 

「空中空母のバリアも抜けるんだろ! 構わない、やれっ!!!」

 

 

 巨大な砲塔から、蒼く輝く光の奔流が飛び出した。

 それは漆黒のシールドに遮られつつも、闇を侵食するように1枚目を突破する。

 続いて2枚……そして3枚!!

 

 ついには3枚のシールドを貫通して、アンタッチャブルへと到達する!

 

 

「届いたッ!!」

 

『…………』

 

 

 ディミは苦い顔で、モニターに映る砲台を見つめた。

 

 

『いえ……やはり、減衰されました……。目標、未だ健在ッ……。HP減少は25%に留まりました……』

 

「25%削れたのならいける! 第二射!」

 

『ダメです、オーバーチャージしたので冷却が必要です……! クールダウンまでの必要時間、約5分!』

 

「チッ!! なんとかそれまでの時間を……」

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAA!!!』

 

 

 そのときアンタッチャブルが咆哮を上げた。

 首周りに伸びたアンテナのような器官をギラギラと輝かせながら。

 

 

「なんだ……? あのアンテナで手下でも呼び寄せるつもり……いや」

 

 

 スノウは気付いた。あれはアンテナなどではない。

 

 アンタッチャブルが開いた口から見える、暗黒の影。

 陰になっているにしては、あまりにもドス黒い闇そのもの。

 あらゆる光を吸い込んで逃さないそれは、アンタッチャブルの体内に形成されたブラックホールの炉心。位相差によってエネルギーを取り出す、破滅を呼ぶエンジン。

 

 あれは、あの器官は。

 ブラックホールから取り出された莫大なエネルギーに指向性を与えるための。

 

 

『臨界状態に入りました……“グラビティキャノン”発射されます』

 

 

『AOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHH!!』

 

 

 アンタッチャブルの口から莫大なエネルギーが砲撃となって放たれる。

 どういう仕組みなのか、まるで闇色の光のごとき怪光。まさかブラックホールが凝縮されて打ち出されているわけでもあるまいに。

 

 その暗黒の光はクロダテ要塞の巨大砲台を飲み込み、瞬時に崩壊させた。

 一瞬で分子へと分解され、砲台は世界から消滅する。まるで最初から何もなかったかのように、跡形もなく。

 

 何故これを今まで撃たなかったか。

 決まっている、撃つまでもないからだ。たかがシュバリエひとつを破壊するために、こんなものはあまりにも大げさすぎる。ネズミ一匹殺すのに核爆弾を持ち出すようなばかばかしさ。

 

 アンタッチャブルの砲撃は巨大砲台を破壊してなお止まらない。鋼鉄熊が首を回せば、闇色の光はまるでバターを切るかのように要塞を切り刻んでいく。

 

 そしてある地点を切断したときに、アンタッチャブルの目は喜悦に輝いた。

 

 

 砲台制御施設の天井と壁が斜めに断ち切られ、空が広がる。

 スノウとジョンは硬直して動けない。

 

 まるでおいしいハチミツが詰まったハチの巣を覗くがごとく、それを見下ろすアンタッチャブル。侮蔑と嘲笑に満ちた視線が人間たちを射抜く。

 

 

 ――勝てると思ったのか、羽虫ども?

 

 

 アンタッチャブルは再び大きく口を開くと、喉の奥に広がる闇を見せつけた。

 ギラギラと輝く、首周りの指向性器官。

 

 

 ――チェックメイトだ。

 

 

(これは、もうどうしようもないか……)

 

 

 スノウは肩を竦めると、手早くOP(オプションパーツ)のページを開く。

 そして現在所持している唯一のOPを……ディミを装備解除。

 

 

『えっ!? 騎士様、何を……!!』

 

「ちょっと退避して」

 

 

 何かを言いかけた仕草のまま、姿が掻き消えていくディミを見上げて息を吐く。

 

 次の瞬間……闇色の光がスノウの視界を包み込んだ。



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第25話 ネバーギブアップ!

 なんでそんなことをしたのか、自分でもわからない。

 ただそのときジョンの心を満たしていたのは、激しい怒りだった。

 

 すべてを諦めてアンタッチャブルの砲撃を受け入れようとしたスノウを見た瞬間、激情に突き動かされたジョンの体は勝手に機体を全力で動かしていた。

 

 

 ――何を勝手に諦めてるんだ。ぼくをここまで巻き込んでおいて、自分勝手に。

 

 

 ぼくにゲームの楽しさを教えてくれるのではなかったのか。

 お前が見ている世界の一端でも、ぼくに知らしめてくれるのではなかったのか。

 

 こんなわけのわからない巨大な熊なんかに見下されるだけ見下されて、負けを認めるのがお前の言う“楽しさ”なのか?

 

 これではぼくがこれまで見てきたものと同じ。

 理不尽に見下され、侮蔑され、軽視される環境と何も変わらない。

 そんなはずはない。

 これが“楽しさ”であるのなら、その瞳は陽の光のように輝いてはいないだろう。

 

 なら、君はまだ戦わなくてはいけないはずだ。

 最後の最後まであがいて戦い抜いて、楽しさをぼくに見せないといけないはずだ。

 

 

「まだ終わるんじゃない、スノウ! “楽しさ”をぼくに見せるんだろッッッ!!」

 

 

 叫びながら、バーニアを瞬間的にフルスロットルまで入れたジョンの機体が、その勢いを一点集中させて掌打をシャインの胴体に入れて()()()()()

 父が病に倒れる前に得意としていた型、形意拳が龍形“龍砲”。

 

 アンタッチャブルが展開する特殊フィールドは、あらゆる実弾兵器と飛行能力の使用を禁止する。だが、これは()()()()()()

 上空へと吹き飛ばされているだけなのだから、飛行とはカウントされない。

 

 『自分が飛行能力を封印しているのだから、万が一にもシャインが飛んで逃げることなどありえない』。

 アンタッチャブルのその大前提を突き崩し、鋼鉄熊の顔の横を通り越してシャインが吹き飛んでいく。自分の能力に絶対の自信があったからこそ、意表を突かれたアンタッチャブルは呆然とそれを見送るしかない。

 

 超火力故に一度放てば自分ですら途中で止めることができないグラビティキャノンを放ち始めていたことも、アンタッチャブルの裏目に出ていた。

 

 

 既に大ダメージを受けていたシャインが“龍砲”に耐えられるかどうかが一番の賭けだったが、どうやら自分はその賭けに勝ったようだ。

 

 侮蔑だけが浮かんでいた瞳に驚愕を滲ませるアンタッチャブルに、ジョンはニヤリと嗤い返した。

 

 

「ざまあみろ熊野郎。何もかも思い通りにいくもんか。これが人間様の底力だ」

 

『GRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!』

 

 

 愚弄されたと感じたアンタッチャブルが、憤激のままにグラビティキャノンを発射して、ジョンの機体ごと砲台制御施設を分子の塵へと変える。

 

 

(さあ、次こそ君の番だぞスノウ。今度こそちゃんと、良いところ見せろよ)

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 空中に打ち上げられて崖下へと転落したシャインは、アンタッチャブルの特殊フィールドの影響範囲内から出たところで急制動を掛け、体勢を整えた。

 スノウが見上げる遥か頭上には、アンタッチャブルの巨体が見える。

 

 

「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 スノウは激情を抑えきれず、コクピットに両手を叩きつけた。

 

 

「ボクが! ボクとしたことが諦めたッ!! 理不尽な暴力に、見下した目に膝をついて、敗北(ゲームオーバー)を認めかけたッ!! あいつは、ジョンは、最後まで諦めてなんかいなかったのに!! 最後に一矢報いてみせたのにッッッ!!! しかも、しかも……」

 

 

 ――“楽しさ”をぼくに見せるんだろッッッ!!

 

 

「借りを作らされたッ! もう二度と……二度とゲームで誰にも恩なんて作りたくなかったのに! 今度こそ自由気ままにひとりで遊ぶと決めたのにッ!!」

 

 

 コクピットに顔を伏せたスノウは、肩を震わせてうずくまった。

 一分……二分……そのまま微動だにすることなく、時間が過ぎる。

 

 

 やがて顔を上げたスノウは、静かな口調で呟いた。

 

 

「このままじゃ済まさない。返せない恩なんて作れないし、見下されたまま終わるわけにはいかない……」

 

 

 パンッ! と音を立てて自分の顔を叩き、気合を入れ直す。

 それから深呼吸して、少しためらいながらOP(オプションパーツ)のページを開いた。

 

 

【装備:サポートAI ディミ】

 

 

 ぽんっと音を立てて空中に現れたディミは、きょろきょろと左右を見渡す。

 

 

『あれっ!? まだ撃墜されてない! 絶対やられたと思ったのに!』

 

「まあ、おかげさまでね」

 

『……ジョンさんは?』

 

「彼のおかげさま、だよ」

 

『そうですか……』

 

 

 スノウは軽く息を吸い、方針の変更を告げる。

 

 

「砲台作戦は失敗だ。あれじゃアンタッチャブルは倒せない。別の作戦を取る」

 

『何か他に案が?』

 

「ある。でもボクひとりじゃ無理だ、ペンデュラムに応援を要請する」

 

『わかりました。……ああ、そうそうその前に』

 

 

 ディミは小首を傾げる。

 

 

『さっきなんで私をOPから外したんですか?』

 

「……前に言ってただろ。『死ぬほど痛いのに死ねない苦しみがわかるか』って。ボクにとってはこれは痛みもないゲームだけど、キミにとっては紛れもないリアルだ。誰だって痛いより痛くない方がいいだろ? 僕には“相棒(demi)”を痛い思いに付き合わせる趣味はない、それだけの話だよ」

 

『へえ! 騎士様にも少しは人の心があったんですねぇ!』

 

「うるさいな。ボクはゲームとリアルの区別が付いてるだけだよ」

 

『えっへっへ、照れなくていいんですよぉ~』

 

 

 ディミは肘でうりうりとスノウの腕を突いてからかう。嫌がるスノウの顔をひとしきり眺めて普段の溜飲を晴らしてから、何でもないように言った。

 

 

『でも次からそんな気遣いはいりませんからね。何もしなくていいです』

 

「……なんでだよ。痛い方がいいの?」

 

『痛いのはもちろん嫌ですよ、当たり前でしょう?』

 

 

 でも、とディミは続ける。

 

 

『私は騎士様の“相棒”ですからね。相棒であれば苦しいのも楽しいのも共にするものですよ。もちろん、悔しさもね。負けるときは一緒です、違いますか?』

 

「…………」

 

『まあ、負けないに越したことはありませんけどね! だから騎士様、私を逃がそうなんてするヒマがあったら、最後まであがいてくださいよ? お願いしますね』

 

「ちぇっ、わかったよ。わかりましたよ。まったく、気を回して損した」

 

 

 スノウがべーっと舌を出しておどけると、ディミはお腹を抱えて笑った。

 ふたりでしばらくはしゃぎ合う。

 

 いつしかスノウの肩からは、重苦しい気負いが抜けきっていた。

 

 

「さてと。では改めて、ペンデュラムに応援を要請する。通信を入れてくれ」

 

『了解しました』

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 ホログラム通信に浮かぶペンデュラムは、腕を組んで尋ねる。

 

 

「首尾はどうだ?」

 

「25%ほどダメージを与えたけど、砲撃を防がれて致命傷には至らなかった。まだピンピンしてる」

 

「で、あろうな。正直アレで倒せるのであれば、もう誰かが倒している。これまで誰にも倒せなかったのは、伊達ではない。それで……代案はあるのか?」

 

「あるけど、ボクだけじゃ無理だ。ペンデュラムに頼みたいことがある」

 

「……聞こうか」

 

 

 スノウは居住まいを正し、真剣な瞳で言った。

 

 

「クロダテ要塞を崩落させたい。力を貸してくれ」

 

「またしても突飛なことを言い出したな……。その心は?」

 

「調子に乗ったクマ公を地べたに叩き落とす」

 

「なるほど……そういうことか」

 

 

 実弾兵器は通じず、ビーム兵器もグラビティシールドで防がれてしまうのであれば、もはや兵器による攻撃で葬ることはできない。ならばどうするか?

 

 

「環境ギミックを利用する。クロダテ要塞を崩落させて奴を崖下に叩き付ければ、さすがに大ダメージは逃れられないということだな?」

 

「そう。落下ダメージは実弾兵器でもビーム兵器でもないからね。グラビティシールドでの減衰も不可能だ」

 

『えっ!?』

 

 

 ディミは驚愕を顔に浮かべた。

 そんな……!? このふたりの意思が通じている!?

 

 ディミの驚きを他所に、ペンデュラムはとんとんとこめかみを叩いて難渋を示す。

 

 

「ううむ。しかし、それはな……。要塞を破壊してしまってはここを攻めた意義がなくなってしまうぞ。いくらなんでもそれはまずい」

 

「レイドボス撃破の功績じゃ埋め合わせはできないかな? ドロップ素材で何か新兵器とか作ればいいじゃん」

 

「確かにそれは欲しいが……」

 

 

 レイドボスを撃破して得られた素材でクランの技術LVを上げることができれば、新兵器やパーツも開発可能になる。そうなれば【トリニティ】内でのペンデュラムの発言力も上がるだろう。しかしそれはあくまでも皮算用だ。

 

 

「要塞を破壊することのデメリットも大きい。提案は受け入れられないな」

 

「くっ……」

 

 

 スノウは悩んだ。悩みに悩みまくった。

 なるべくならやりたくはないが、ジョンへの恩義がある。それを返さないまま引き下がることはできない。

 

 

(かくなるうえは……やるしかない!)

 

 ボクの最強の必殺技……色仕掛けを!!

 

 スノウは両手を胸の前で組むと、ウルウルとした瞳で上目遣いに訴えかけた。

 

 

「お願い、ペンデュラム! ボクのお願いを聞いて! あと2、3回ほど連続で出撃に付き合っても構わないから!! ボクのために要塞をぶっ壊すのを手伝って! あ、もちろん料金はちゃんといただきます」

 

『それは騎士様が新しい仕事を得られるだけで、何も損してませんよね!?』

 

 

 こんな太えお願いがあるかよ。世の中ナメすぎではなかろうか。

 ほら見ろ、さしものペンデュラムもうむ……? と考え込んでるじゃないか。

 

 

「……いや、待てよ。2、3回……か。フフ……そういうことか」

 

『えっ?』

 

 えっ?

 

 

「あいわかった! いいだろう、俺になしうる全力を以て、要塞を破壊してやろうではないか」

 

「やったぁ! ありがとう、ペンデュラム!!」

 

「ククク……礼には及ばん。貴様にはしっかりと働いてもらうからな」

 

『えぇ……マジかよ』

 

 

 わけがわからなさすぎて理解を放棄したディミを他所に盛り上がる2人。

 

 

「では、勝利をここに誓って!!」

 

「ああ、今度こそ勝利を!!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「聞いての通りだ。これより我らはクロダテ要塞を破壊する!」

 

 

 スノウとの通信を終えたペンデュラムに、恐る恐る副官や参謀が疑問を挟む。

 

 

「あの……本当によろしいのですか?」

 

「そうです、要塞を破壊しては戦略が崩れてしまいますぞ」

 

「要塞を再占領して、周囲のエリアへの睨みを聞かせるのが目的だったんじゃ?」

 

「やれやれ……お前たち、もっと視野を広く持て」

 

 

 呆れた表情のペンデュラムは、クロダテ要塞の周辺エリアのマップをもう一度よく見るように告げた。

 

 

「クロダテ要塞を占領する意義は、確かに周辺エリアへの攻撃をたやすくするためだ。クロダテ要塞は地上からは攻めにくい難攻不落の基地であり、ここを拠点に航空戦力を展開すれば周辺エリア攻略は有利になる。だがそれも航空戦力が充実していればの話だろう?」

 

「確かに私たちの軍は航空戦力は乏しく、地上部隊がメインです」

 

「そうだ。ならば占領したクロダテ要塞にこもるよりも、いい手がある」

 

 

 ペンデュラムの指摘に、副官はハッとした表情になった。

 

 

「そうか! 2、3回の出撃というのは……この後に電撃戦を仕掛けて、クロダテ要塞付近のエリアをどんどん奪ってしまおうという提案なのですね!?」

 

 

 出来の悪い生徒がやっと理解できたかと言わんばかりに、ペンデュラムは笑みを浮かべた。

 

 

「その通りだ。クロダテ要塞周辺のエリアは平地ばかりだからな。我々の地上部隊を活躍させるなら本来こういう地形が望ましい。そして周辺エリアの制圧さえ終わってしまえば、クロダテ要塞はもはや無用の長物。いや、再占領されたときの厄介さを考えるならば……」

 

「いっそこの場で破壊してしまった方が、後顧の憂いを断つことになる……!!」

 

「そういうことだ。故にクロダテ要塞はアンタッチャブルの墓標として利用する」

 

 

 おおおおおっとどよめきながら、副官や参謀たちは目を輝かせた。

 

 

「さすがはペンデュラム様です! 我々の理解の浅さをお許しください!」

 

「あの短いやりとりで、そこまでの戦略を共有されていたなんて!」

 

「お2人で薄い本を書いてもいいですか!」

 

 

 ペンデュラムはフフッと苦笑を浮かべる。

 

 

「俺とてシャインに言われるまで気付かなかった視点だ。まったく、シャインときたら戦いに強いだけでなく、戦略眼にも秀でているとはな……! どれだけ俺を驚かせれば気が済むのか……やはり奴は俺の傍に必要な人材だ。あと薄い本は勘弁しろ」

 

 

 その謙遜の言葉に、さらに盛り上がる部下たち。

 

 

「ペンデュラム様、謙虚!」

 

「これはエモい! シャインさんがメイドになったら張り切って指導します!」

 

「薄い本がダメならSSをブログにアップしますねぇ!」

 

 

 大丈夫なのか、こいつら。



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第26話 ぼっこぼこにしてやんよ!

 クロダテ要塞から相当離れた岩塊の上で、シャインはスナイパースコープ越しにアンタッチャブルの姿を捉えた。

 鋼鉄熊は取り逃したシャインが気になって仕方がないのか、落ち着きなく要塞の上をうろうろと歩き回っている。時折要塞に上から掌を叩きつけているあたり、相当苛立っているようだ。

 

 

「おやおや。随分と余裕がなくなってるね」

 

『余程ジョンさんに裏をかかれて騎士様を取り逃したのが気に障ったんですね。これほど落ち着きがなくては、“怠惰(スロウス)”の七罪冠位(しちざいかんい)が泣きます』

 

「その“七罪冠位”ってのが何なのかは、教えてくれないんだよね?」

 

『重要なネタバレ防止措置につきお教えできません』

 

 

 お口の前にバッテンを作るゼスチャーをするディミ。

 まあいいよ、とスノウは頷いた。

 

 

「ボクもネタバレは大嫌いなんだ。テクニックとかを動画で研究するのはいいと思うけど、やっぱりストーリーやボスのギミックは自分で攻略したいよね」

 

『そうですよね。なんでもwikiやプレイ動画で済ませちゃうのは興ざめですよ』

 

「まあそういうプレイスタイルを他人が取るのは否定しないけどね」

 

 

 ゲームするからには本気でやりたい。自分の全力を注ぎこんで攻略に没頭したい。

 だからスノウはスコープでアンタッチャブルを捉えたとき、HPゲージの上に表示される“2/10”という数字が何なのか、ディミに尋ねない。

 

 

(最初は0/10だった。ボクが攻撃して1/10、HPが75%まで削れたときに2/10。あれはギミック進行度? ボスの形態を示している?)

 

 

 まだ8つもの形態を残しているとか、ぞっとする話だが。

 いや、そうじゃないな。多分あれは……。

 

 スノウは苦い顔になると、頭を振って考えないことにした。

 今回は仕方ない。割り切るほかない。

 

 気持ちを切り替えるためにも、アンタッチャブルに攻撃を仕掛ける前にもう一度だけ装備を点検する。ビームスナイパーライフル1点、レーザーライフル1点、高振動ブレード2点。HPは供与された回復アイテムを使用してフル回復状態。

 

 

『【トリニティ】がスナイパーライフルを貸してくれてよかったですね。それにHPの回復までしてくれて』

 

「そうだね。なんだか武器を渡しに来てくれた人が、やたら友好的な感じになってたのが不思議だけど……。『未来の後輩のためですから』って何のことだろ?」

 

『さあ? それよりも気を付けてください。レイドボス出現中は、外部とのアクセスが遮断されます。クランに所属している方々は撃墜されてもリスポーンがありますが、騎士様は【無所属】なので……』

 

「わかってる。戦場から追放されたら、もう戻ってこれない。ボクに関してだけは残機1の縛りプレイってわけだ」

 

 

 ジョンが我が身を犠牲に逃してくれなければ、アンタッチャブルの砲撃でスノウは戦場から追放され、戦闘を続行できなくなっていた。今ここで再戦に挑めるのは、完全にジョンのおかげだ。だからこそ、もう絶対に負けられない。

 

 やがてペンデュラムからの連絡が入り、最後の作戦の開始が告げられる。

 スノウが頷くと、ディミはシステムメッセージを宣言した。

 

 

『レイドボス“怠惰(スロウス)慟哭谷の(アンタッチャブル・)羆嵐(ベア)”エンゲージ!』

 

「シュート!」

 

 

 ビームスナイパーライフルが、遠くに見えるアンタッチャブルの眼球に命中する。グラビティシールドを通さない不意打ちで、ほんのわずかに減るHPゲージ。

 

 

 ――そこにいたか、羽虫。

 

 

 スナイパースコープ越しに睨み返されるかのような、アンタッチャブルの視線。いや、実際に見えているのだろう。

 取り逃した虫けらの姿を捉え、喜悦に染まる瞳の色。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!』

 

 

 アンタッチャブルの咆哮と共に、バチバチと首周りの器官が発光。

 膨大な闇色のエネルギーが口から漏れ出す。

 

 

『敵のグラビティキャノン、発射されます! 着弾まで3、2、1!』

 

「残念だけど、距離が遠すぎるよ! 飛べりゃどうってことないんだよね!」

 

 

 アンタッチャブルの特殊フィールドの外ならば、飛行封印の制限を受けることはない。シャインは何の問題もなく岩塊から飛び上がり、大空へと飛翔する。

 

 先ほどまでいたところをグラビティキャノンが飲み込み、分子の塵に変えた。しかし本来の機動性能を取り戻したシャインにはかすりもしない。

 そのまま空中でスナイパーライフルを構え、アンタッチャブルに反撃を加える。

 

 ヒット。しかし距離減衰もあり、ダメージはまるで入っていない。

 煩わしげに顔をしかめるアンタッチャブル。

 グラビティキャノン(大技)ではさすがに当たらないし、オーバーキルだと判断した鋼鉄熊は、今度は頭上に暗黒球体を展開する。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAA!!』

 

「その攻撃はもう見た!」

 

 

 暗黒球体から無数に放出される、大小のマイクロブラックホールの嵐。

 まるで漆黒の雨のように撃ち出されるそれを、シャインは網目をかいくぐるかのように避けて、避けて、避け続ける。

 

 地上では頭上からしか降ってこなかったマイクロブラックホールが、空中戦になったことでさらに角度が変わり、避け辛くなる。だが当たらない。

 

 当たるわけがないのだ。何故なら空こそシャインの領分。

 ()()()()()()ならいざ知らず、銀翼を取り戻したシャインに当たる道理はない。

 ましてや地面に接触するたびにクレーターが生まれる地上とは違い、いくら避けても避けにくくなるなんてことはないのだから。

 

 

「今度はお前が狩られる番だよ、クマ公ッ!」

 

 

 マイクロブラックホールを避けながら、スナイパーライフルでさらに一撃。

 まったく減らないHP、だが不愉快。実に不愉快。

 何よりも羽虫風情に手玉に取られているという感覚が、アンタッチャブルの神経を逆なでする。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRHHHHHHHH!!!』

 

 

 アンタッチャブルの咆哮と共に、さらなる巨大暗黒球体が生み出される。

 鋼鉄熊の周囲に浮かぶ3つの暗黒球体から飛び出すブラックホール。弾の密度はもはや暴風雨さながらだ。

 常人ならば回避不能のはずの弾と弾のわずかな隙間を縫い、シャインが展開する銀翼が陽光を反射して煌めく。まるで闇の中を駆け抜ける一陣の光のごとく。

 

 

『まるで弾幕シューティングみたいですね!』

 

「やったことないけど、こんな感じなの?」

 

『3Dにしたらこんな感じなんじゃないですか。人間に回避できるか知りませんが』

 

「現に回避できてるじゃないか!」

 

『騎士様は人間離れしてますよ。ご自覚なさっては?』

 

 

 すいすいと弾と弾の間をかいくぐりながら、楽しそうに掛け合うプレイヤーとサポートAI。

 

 ――なんだこいつらは。アンタッチャブルは困惑する。

 

 まるでそこが生まれついての居場所のように、空を駆ける人間。当然のように弾幕の間を抜けて、あまつさえ自分に脆弱といえど反撃を行ってくる。

 地べたを這いずる人間に、空を飛ぶ機能など備わっているはずがない。ましてや空に満ちた、電脳素子(エーテル)の海を往くことなど。それともこいつが特別なのか。

 

 造物主が自分をここに送り込んだ理由。生贄。七罪冠位を授けるための。

 大気の海の底を這いずるだけの卑小な生物が、自分を凌駕しうると?

 

 ――ありえない。認められない。たかが人間が。

 旧時代に取り残された虫けらごときが!

 

 

 アンタッチャブルは憤激のあまりに絶叫を上げ、虚空に向けて前脚を振るう。

 紫電を纏った爪が大気の壁を砕き、巻き起こるプラズマが迅雷のように空を引き裂きながら、シャインに横薙ぎの一撃として襲う。

 

 

『“プラズマスラッシュ”来ます! 直撃しなくても周囲にダメージを振りまきます、カスリはNGなのでご注意を!』

 

 

 マイクロブラックホールに混じって飛来するプラズマの斬撃を回避!

 アンタッチャブルは怒り心頭といった様子で、ブンブンと連続で前脚を振り回してプラズマスラッシュを連発する。

 

 

「ハッ、プライドが傷つけられたか? 効いてる効いてるッ!!」

 

『ほんと騎士様ってナチュラルに煽りますよねぇ』

 

 

 その言葉が聞こえているのかどうか。

 アンタッチャブルはギロリと憎悪に濁った視線を送り、より激しい攻撃を繰り出そうと咆哮を上げかけた。

 だが、その背中を百を超えるビームライフルの一斉掃射が襲う。

 

 

『GRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAA!?』

 

「さあ、来たぞシャイン! 俺たちにも一枚噛ませてもらおうか!」

 

 

 瓦礫の山となったクロダテ要塞の上。

 ビームライフルを手に整列する、200騎を超える【トリニティ】の機体。

 

 王に仕える忠実なる騎士(シュバリエ)のように居並ぶその陣頭に、真っ赤にカラーリングされた派手な装飾の機体が立つ。

 それは堂々たる覇王の風格。

 領地を荒らす魔獣を討伐すべく、騎士を親率する偉大な王者のように。

 

 

「ペンデュラム! 横殴りしていいとは言ってない!」

 

 

 おもちゃを横取りされた子供のような顔で抗議するスノウ。

 それを意に介した風もなく、ペンデュラムは肩を竦めた。

 

 

「おや? それはおかしいなシャイン。貴様はレイドボスから得られた素材で新兵器でも作って功績にしろと言ったではないか。つまり、俺たちも狩りに参加していいということだろう。確かに言ったよな?」

 

「……言った」

 

『言いましたねぇ。ログもありますよ』

 

「ならば問題はないな」

 

 

 ふてくされるスノウに笑い返し、ペンデュラムは手を振り上げた。

 

 

「さあ者ども、シャインに続け! あれこそ我らの勝利の女神だ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおーーーーーーーーッ!!!』

 

 

 ビームライフルを手に、アンタッチャブルへとガンガン突っ込んでいく【トリニティ】兵士たち。

 

 

 “223/10”。

 

 

 鋼鉄熊はさらなる羽虫が増えたことに、憤怒の相を浮かべる。

 

 

 ――あのしぶとい羽虫だけならまだしも、たかが凡愚の有象無象どもが。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!』

 

 

 アンタッチャブルが放出するマイクロブラックホールの暴風雨が叩き付けられ、【トリニティ】兵士たちを蒸発させていく。

 

 案の定相手にもならないその光景に、やきもきした表情を浮かべるスノウ。

 

 

「ああっ、ほらっ! 弱いくせに出しゃばるなよ、お前たちは!! 無駄死にだ!」

 

「無駄ではないッ!!」

 

 

 一方、ブラックホールをなんとかかわしているペンデュラムは、苦しい状況ながらも、何とかニヤリと笑いを浮かべてみせる。

 

 

「元より及ばぬのは覚悟の上よ……! だが、貴様の援護にはなるだろう?」

 

「シャインさん、今です! ガンガン削ってください!」

 

「私たちも共に戦わせてください! ひとり勝ちなんてナシですよ!」

 

 

 ペンデュラムの配下の中でも腕の立つ者たちが、パブリック通信でシャインに呼び掛ける。

 

 

「ちぇっ……!」

 

 

 シャインは舌打ちして、スナイパーライフルを構え直した。

 

 

「仕方ないな! キミたちも勝たせてやるよ!!」

 

 

 

 さらに射撃!

 

 数の力でチクチクと削られ始めたアンタッチャブルが不快そうな唸りを上げる。

 

 

「……今だ!! “ヘルメス航空中隊”総員! レイドボスを攻撃せよ!」

 

 

 そのとき、要塞下層から【アスクレピオス】の航空部隊が、ビームスナイパーライフルを構えて飛び出してきた。

 フォーメーションを維持したまま遠く離れた位置に陣取り、集団で遠距離からの狙撃を開始する。

 

 光の雨がアンタッチャブルへと降り注ぎ、さらにわずかながらHPゲージを削った。

 

 

「はーーーー!?」

 

 

 シャインは絶叫した。

 

 

「ふざけんなよお前ら! 【トリニティ】はともかく、お前らにまで横殴りを許した覚えはないぞ! 後から出てきて何してくれてんの!?」

 

 

 パブリック通信を介して絶叫すると、航空部隊の隊員たちがホログラム通信を返してきた。全員が全員親指を立てて、イイ笑顔を浮かべている。

 

 

「ふっ、そう言うな。お前たちだけにカッコは付けさせんぞ。無謀な相手に挑む子供を捨て置けるほど、腐っちゃいないのでな!」

 

「シャイン! てめえにいいようにやられた上に、ボスまで独り占めさせるかよ! へへっ、ざまぁみろってんだ」

 

「やっべ、シャイン超カワイくない? ……この勝利をキミに捧げるぜ!」

 

 

「はあああああああああああああああ!?」

 

 

 作戦司令部がログアウトしたまま戻れなくなったため、独自の判断を余儀なくされた“ヘルメス航空中隊”。彼らは考えた。

 このままシャインにいいようにボコられたまま、レイドボスも倒せずにおめおめと帰っちゃ腹の虫が収まらないな。こうなったらシャインに便乗してレイドボスを倒して、レア素材をいただいてしまおう。

 どうせ作戦司令部も見てないんだし。

 

 さらに一部の連中は子供(のように見えるアバター)を矢面に立たせるのに良心が痛んだり、愛らしい顔で煽られるのが癖になってたりといろいろ個々人の事情はあったが、そのあたりはあえて触れない。

 

 とりあえずここにシャイン×【トリニティ】×【アスクレピオス】の三者共同戦線が成立した。成立してしまって、シャインは激怒した。

 

 

「このハイエナどもッ! 隠れてたくせにボクがHPを減らしてからのうのうと出てきやがって! アレはボクの獲物だぞ!! 失せろッ!!」

 

「ハハハハ、そう言うなシャイン! 貴様の戦いぶりに皆惹かれたのだぞ!」

 

「ムキになって暴れるシャインとかカワイくね?」「わかりみ」

 

「うがあああああああああああああああああ!!!!」

 

『援軍が来てこれほど嫌がる人、初めて見ましたよ』

 

 

 “278/10”。

 

 

 図に乗った虫けらどもは、総攻撃を開始する。

 地上から、空から、遠く離れた場所から、殺到する無数のビーム攻撃。

 アンタッチャブルはそれを受けながら、マイクロブラックホールで敵を撃墜していく。次々と分子の塵となって消えていく羽虫の群れ。

 しかし次から次にリスポーンしては、波状攻撃を仕掛けてくる。

 

 

 ――いかにも脆弱な人間どもにふさわしい戦い方。

 

 

 アンタッチャブルはわずかに減った自分のHPを確認しながら鼻を鳴らす。

 所詮ゾンビアタック頼りか、無能どもめ。

 万策尽きた人間は、最後にはこの与えられた不死性に頼る。

 

 集団での無策の突撃。

 だからこいつらは強くなれないのだ。くだらない奴らめ。

 他の七罪の眷属が()()()で勝たせてやっていることも理解できんとは。

 

 だが、アンタッチャブルには負けてやるつもりなどない。

 “怠惰”の系統特有の膨大なHPと装甲を削りきられたことはいまだない。

 今回もタイムオーバーとなるだろう。

 その前に、せいぜいこいつらを焼き殺して楽しもうか。

 

 

 そう思った瞬間、アンタッチャブルの足元が割れた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 遡ること数分前。

 

 

「はーい、爆弾設置完了ー。次いくニャ次ー」

 

「右方向から敵が来ますよ。左に迂回してください」

 

「ステルスフィールド展開よし。音を立ててはいけませぬぞ」

 

「りょうかーい」

 

 

 真っ黒に塗装された3騎のシュバリエが、クロダテ要塞を進む。

 1騎目は爆弾を設置し、2騎目は索敵に専念し、3騎目が隠蔽工作に従事するスリーマンセルの隠密行動。

 

 彼女たちはペンデュラムに仕える副官と参謀たち。

 クロダテ要塞の上に集結した地上部隊がアンタッチャブルと戦っている間に、彼女たちはひっそりと要塞内部に潜入を果たしていた。集結した地上部隊がレイドボスと派手に戦うことで、【アスクレピオス】の目は惹きつけられる。

 ペンデュラムがアンタッチャブルとの戦いに参戦したのは、スノウの援護やレイドボス撃破報酬を得るためだけではない。主目的は彼女たちの囮だ。

 

 混乱する【アスクレピオス】の警備の目をかいくぐり、彼女たちは次々に要塞基部に爆弾を設置していく。

 

 

「これで最後だニャ」

 

「OK、離脱と参りましょうか。まあデスワープ(自殺)しても構いませぬが」

 

「いけませんよ。それをするとペンデュラム様が悲しそうな顔されますから」

 

「そうですなぁ」「いつまで経っても泣き虫です」「でもそのギャップが尊くない?」

 

「「「わかるー」」」

 

 

 キャッキャと笑い合いながら、迅速に来た道を戻っていく3騎。

 あとに残されるのは、闇の中でカウントダウンを進める爆弾の数字。

 

 

 ……ペンデュラムこと天翔院天音は国内有数の巨大企業グループ、五島重工の創設者一族に連なる末裔である。

 その直属の配下は、多分野において厳しい訓練を受けた精鋭ばかりだ。

 

 確かにペンデュラム直属の配下に、戦闘を得意とする者はいない。

 しかしコネやおべっかだけの無能が、ペンデュラムに重用され続けるだろうか。

 

 否。断じてそんなことはない。

 戦闘が得意でなくとも重用されるのには理由(わけ)がある。

 

 

 彼女たちは隠密・諜報・工作において優秀な能力を誇るスペシャリストである。

 

 

 静止した闇の中で起爆した爆弾が、クロダテ要塞の基部を吹き飛ばす。



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第27話 こんなケーキカットにやられ……クマー!

 ペンデュラム配下の工作員たちによってクロダテ要塞の基部が爆破され、断崖をくり抜かれて建造された要塞が支えを失った。

 アンタッチャブルの巨体に踏みつけられていた要塞はこの大質量に耐え切れず、重力に引かれて滑落していく。

 

 “281/10”。

 

 暴威の限りを振るったアンタッチャブルの足元は崩壊し、ガラガラと崩れる瓦礫と共に崖に向かって零れ落ちていった。

 元々アンタッチャブルが足元を何度も攻撃していたため、脆くなっていたのだ。そこに加えてアンタッチャブルの自重が加われば、崩れるのは自明の理。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!?』

 

 

「やった! やったぞ! アンタッチャブルが落ちる!!」

 

「……いや、待て! まだだ!」

 

 

 アンタッチャブルは紫電をまとう爪を地面に食い込ませ、転落を防ごうとしていた。憎悪に燃える瞳に羽虫どもを映し、じりじりと這い上がろうとしている。

 なんという執念。

 

 その瞳の怖気のする悪意に晒され、人間たちが後ずさる。

 人類という存在そのものに対する、圧倒的な害意。

 自然界に存在しないはずの天敵に睨まれて怖れを抱くのは当然のこと。それは生物の本能に刻まれた、得体のしれない怪物への恐怖。

 

 だが、その恐怖を打ち破る者がいた。

 

 

「押し込めええええええええええええええええええええええッッッッ!!!」

 

 

 それは赤い全身甲冑のような派手な機体をした、【トリニティ】の指揮官。

 バーニアを噴かし、フルスロットルで飛び出したペンデュラムは、大楯を手に全力でシールドバッシュを敢行する。

 

 民衆を鼓舞し、率い、勇猛な兵士に変える資質。それは英雄の器と呼ばれるもの。

 

 生き汚い怪物を今度こそ奈落の底へと封じ込めようとする指揮官の雄姿に、ハッと我に返る兵士たち。

 恐怖から解放された彼らは互いに頷き合うと、雄叫びを上げてペンデュラムに続いてアンタッチャブルに体当たりする。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「落ちろッ!! 奈落の底へと落ちやがれ化け物ッッッ!!!」

 

 

 もちろん“ヘルメス航空中隊”も負けてはいない。我先にと要塞の上へと飛来すると、アンタッチャブルへと決死の突撃を行う。

 ここまでで撃墜された者たちもリスポーンして全速力で駆け付け、力技で最後の一押しを仕掛けようとしていた。

 

 人間と大熊がプライドを懸けて争う、決死の大相撲。

 

 その光景を遠くからスノウが見守っていた。

 

 

「ペンデュラムのとこの連中も、やるときゃやるじゃん」

 

『騎士様は参加しないんですか?』

 

「まだ最後の詰めがあるからね」

 

 

 そんなやりとりをしている2人の元に、1騎のシュバリエが飛来する。

 

 

「スノウ!」

 

「お帰り、ジョン」

 

 

 この期に及んで助けてくれてありがとうだの、諦めてごめんだのは言わない。

 言うべきことはただひとつ。

 

 

「さあ、約束の時間だ。ボクの“楽しさ”を見せてやる」

 

 

 スノウがそう言ったとき、ついに力押しに決着が付いた。

 200騎を超えるシュバリエに押され、腕で巨体を支えきれなくなった悪鬼の熊は、崖の下へと突き落とされる。

 

 勢い余ったシュバリエたちも崖下へと転落していくが、もはや関係ない。

 

 “怠惰(スロウス)”の系統であるアンタッチャブルには、他の七罪のように空を飛ぶ機能はない。それはその身に付きまとう生まれながらの(カルマ)

 山の上から真っ逆さまに落ちたとしたら、いくらレイドボスが膨大なHPを持っていようが、頑強な装甲を誇っていようが、落下ダメージは免れない。

 

 

「やったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 崖の上から聞こえる、羽虫どもの歓喜の声。

 それもまた、鋼鉄熊の体が重力に引かれて加速していくにつれて遠ざかる。

 

 アンタッチャブルは静かに目を閉じ、冠する“怠惰”にふさわしく、我が身を待つ運命をただおとなしく受け入れ……。

 

 

 ぎらり、とその瞳を見開き、嘲笑を浮かべた。

 

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRUUUUUU!!!』

 

 

 転落しながらも暗黒球体を呼び出したアンタッチャブルは、それを平べったく引き伸ばし、グラビティシールドとして自分の体の下に展開。

 空中に足場を作ったアンタッチャブルの落下速度は急激に目減りしていく。

 

 

 ――ああ、まったくこれはたまらない。

 

 

 アンタッチャブルは随喜に満ちた邪悪な笑顔を浮かべた。

 

 

 ――羽虫どもが確信した勝利を踏み潰した、その瞬間の絶望は最高だ!!

 

 

 さあ、さっそくグラビティキャノンをぶっ放して、羽虫どもを殺し尽くしてやろう。絶望を刻み込んで、その身がいかに卑小なものかを教え込んでやろう。

 

 そう思ったアンタッチャブルが頭上を見上げた、その瞬間。

 

 

「ああ、まったくたまらないね。裏をかいた奴のさらに裏をかいた瞬間ってのは!」

 

 

 蒼く輝く刃を手に急降下して迫る2騎のシュバリエが、アンタッチャブルの双眸を貫き、そのまま後頭部まで突き破った。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 1分前。

 

 スノウは崖から落下しつつあるアンタッチャブルを見ながら言った。

 

 

「一言でいえば、まだ足りない。奴は重力を制御する能力を持ってる。このままだと何らかの手段で落下ダメージを防ごうとするはずだ……。だから、ボクとキミで最後のひと押しをする」

 

「でもどうやってヤツに接近する? いや……そうか、上からなら」

 

「そう、さっきジョンがボクにやった“抜け道”と同じだよ」

 

 

 アンタッチャブルの近くでは、特殊フィールドによって一切の飛行能力が封印されるため、飛行して接近することはできない。

 だが、真上から勢いを付けて急降下するのであれば、それは()()()()()()

 あくまでもそれはただの“落下”なのだから。

 

 

「ヤツの弱点は瞳だ。ボクとキミの2人で同時に左右の瞳を貫き、地面に叩き付ける。そのための手段も既に揃っている」

 

 

 そう言って、スノウはジョンに高振動ブレードを手渡す。

 一切の装甲を無視して固定ダメージを与える高振動ブレードならば、アンタッチャブルがどれほど強靭な装甲を持っていようが貫通できる。なんといっても、クロダテ要塞の天井を突き破ったほどの万能工具だ。

 

 ブレードを受け取ったジョンは、わずかなためらいを見せた。

 

 

「……ぼくでいいのか? 正直、きみと動きを合わせられる自信がないんだ」

 

「はぁ……まったく。あのさあ、フォーメーションっていうのは、技量が同程度の相手と組んでこそ意味があるんだよ。まあジョンはボクには及ばないかな、うん。だから同程度というには語弊があるけど……」

 

 

 スノウは軽く笑って、親指を立てた。

 

 

「ボクがこれまで見た中で、一番ボクに近い腕前はキミだ。だからボクはキミと組む。さあ行くぞ、ボクとキミとのぶっつけ本番フォーメーションだ!」

 

「……うん!」

 

 

 そして2人は下向きにバーニアを入れ、本日2度目の崖下への急降下を開始する。猛烈な速度で流れゆく崖の断層。

 

 

「まったく、今日はよく自由落下する日だ。これで4度目か5度目かな? これだけ落ちたことはボクの人生で初めてだ」

 

『普通の人生を送っていれば、0回か多くて1度だと思うんですけどねえ』

 

「安心しなよディミ、多分最高記録は更新されるぞッ!」

 

『騎士様といると退屈しませんね。ありがたくて涙が出そうですッ』

 

 

 遠ざかりつつあったアンタッチャブルが、みるみる大きさを取り戻していく。

 アンタッチャブルは吠え声を上げ、足元に何やら黒い板を展開しようとしていた。

 

「ほーら、やっぱりな。悪い奴の考えることなんて、大体わかるのさ」

 

「悪い奴が言うと説得力があるね、スノウ!」

 

「お褒めに与り恐悦至極! いくぞジョン! クロスフォーメーションだ!!」

 

「任せろッ!!」

 

『レイドボス“怠惰(スロウス)慟哭谷の(アンタッチャブル・)羆嵐(ベア)”、ラストエンゲージッ!!』

 

 

 頭上を見上げて硬直する悪鬼の熊の双眸に、高振動ブレードを手にした蒼き閃光となった2騎のシュバリエが突き刺さる。

 

 

『GRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!?』

 

「「『貫けええええええええええええええッッッッ!!!!!!』」」

 

 

 鋭角を付けて眼球へと突貫した2騎は、そのまま眼球レンズを叩き割ってアンタッチャブルの頭蓋を粉砕。

 さらに奥に詰まっていた電子頭脳をも破壊して、なお止まらない。

 アンタッチャブルの頭蓋の中でエックスを描くように交差して、再び頭蓋を抜けて後頭部を貫通する!

 

 

 世界が引き裂かれるかのような断末魔の声を上げるアンタッチャブルは、もはやグラビティシールドの維持どころではない。今度こそ真っ逆さまに崖下へと転落する。

 だがそうなれば飛行能力を失ったシャインとジョンもただでは済まない……。

 いや! 後頭部から這い出て、レーザーライフルを手にさらに追撃を繰り返す!

 

 

「あばよ、クマ公ッッッ!!!!!!」

「地獄の底に帰れッッッ!!!!!!」

 

 

 そしてアンタッチャブルの巨体が崖下の大地に激突。

 過たず計算された落下ダメージによって、HPゲージが枯渇する。

 

 ここに勝敗は決した。

 恐るべき怪物は、人間の手によって討たれたのである。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 もはやピクリとも動かなくなったアンタッチャブルに銃口を向けたスノウとジョンは、ふうと息を吐いて腕を下ろす。

 

 アンタッチャブル諸共に崖下に落下したシャインとジョンの機体もまた、落下ダメージを免れなかった。HPがゼロになった機体は最後の力を使い果たし、活動限界を迎える。

 

 

 スノウは眼窩から血涙を流すかのようなアンタッチャブルの死に顔を眺め、小首を傾げる。物言うこともないその顔を見ていると、何故だか直接ヤツが語り掛けてきているような気がした。

 

 

 ――無様な勝ち方だな、羽虫。

   数を頼みに無理やりでもぎ取った、みっともない勝ち方だ。

   これではとても評価に値せぬ。まして冠位など以ての外。

   自らの無力に苦しみ、悔むがいい。

 

 

 身の毛もよだつような怨念に満ちた呪詛に、スノウはハンと鼻を鳴らして煽り返す。

 

 

「負け犬の遠吠えだね。いや、負け熊かな? 忘れてもらっちゃ困るんだけど、こっちはただの初期機体なんだよね。そんな機体に負けて恥ずかしくないの? まあ震えて待ってなよ。じきに装備を整えて……“正規ルール”で叩き潰してやる」

 

 

 悔し気なアンタッチャブルの唸り声が遠ざかっていく。

 

 これはただの独り言。撃破されたエネミーがしゃべるわけもない。

 ディミはそんなスノウを、何も言わずじっと見つめていた。

 

 スノウはふっと息を吐くと、ディミに尋ねる。

 

 

「ねえ、ディミ。あいつのHPゲージの上に出てた“0/10”って数字。あれは“定員数”でしょ。10人以内の挑戦者で倒せば、何かが起こるという意味だと思うんだけど……違うかな?」

 

『ご推察の通りです』

 

「つまりボクたちは奴との勝負には勝ったが、このレイドボス戦を仕組んだ何者かとのゲームには“負けた”わけだ」

 

『そう表現することもできます』

 

 

 ディミの言葉を聞いたスノウは、コックピットの中で笑い声を上げた。

 フフフ、ハハハハハ、アハハハハハハハと無邪気に笑い続ける。

 

 

「ああ、悔しいな。すごく悔しい。全然足元にも及ばなかった。なにせ“281/10”だもんな。281人がかりでなりふり構わず殴りかかって、なんとか辛勝できた程度だもんな。そりゃダメだ。全然ダメだ。ちっとも及んでない」

 

『騎士様……?』

 

「よかったよ、安心した。本当によかった」

 

 

 スノウは笑いすぎて零れた涙を指先で拭い、グッと握り潰した。

 

 

「これが始めて2日でボスに楽勝できるような“ヌルゲー”だったらどうしようかと思ってたところだ。もしかしたらもうログインしなかったかもしれない。ああ、よかったよ。まだまだボクに勝てない敵がわんさかいて、ボクを見ている“何者か”は今のボクでは届かないハードルを設定している……」

 

 

 瞳に闘志をみなぎらせて、スノウは笑う。

 

 

「上等だよ、やってやろうじゃないか。吠え面をかかせてやる。強い装備とパーツをかき集めて、手当たり次第に殴り込んでやる。このゲームをとことんまでしゃぶりつくして、征服してやる。“誰か”とボクのどちらが上回るか、勝負を付けよう。それまでついておいでよ、ディミ」

 

『……もちろんです!』

 

 

 そんなスノウの言葉を聞きながら、ジョンは目を見張っていた。

 

 飽くなき闘争心と未知への探求心。ここまでの情熱を注げるものなのか。

 その熱意は底知れず、自分にはとても真似ができそうにもない。

 

 だが……彼女の見ている景色の一片は、確かに垣間見られた。

 

 ぼくはこれで大丈夫。

 この身を待つ運命は恐らく厳しく、その道は平坦ではないだろう。だけどもう挫けることなく、まっすぐに歩いていくことができる。

 どうあるべきかの理想は、確かにこの胸の中に宿ったから。

 

 そんなジョンの胸の内を知ってか知らずか、スノウは訊いた。

 

 

「ジョン、楽しかった?」

 

「ああ。すごく……すごく楽しかったよ」

 

 

 ホログラム越しに親指を立てて、笑い合う2人。

 

 

「そうか。ああ、よかった。今度は恩を返せたんだな」

 

 

 やがてHPゲージがゼロになった2騎の姿が薄くなり、光となって消えていった。

 

 

 

【レイドボスMVP報酬:銀翼“アンチグラビティ”を入手しました】



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第28話 今、年下の男子がアツい!

 クロダテ要塞を巡る【トリニティ】と【アスクレピオス】の攻防戦は、【トリニティ】の勝利で幕を下ろした。

 

 突然のレイドボスの乱入によって【アスクレピオス】作戦司令部が壊滅したことに加え、クロダテ要塞自体が崩落してしまったため、もはや【アスクレピオス】はこのエリアを死守する能力と意義を喪失したのである。

 

 これによって【トリニティ】はクロダテ要塞エリアの奪還に成功する……。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「クロダテ要塞を奪還した、その功績は認めよう……」

 

 

 円卓を囲む席上で、年配の男が拳を振り上げる。

 

 

「だが、肝心のクロダテ要塞を崩落させては意味がなかろうが! これで防衛を固め直し、先の防衛線で疲弊した戦力を立て直すという大戦略が瓦解した! この責任をどうとるおつもりか!? だから私に任せておけばよかったのだ! それを横から自分ならできると豪語したのがこのざまではないか!!」

 

 

 烈火のように激怒するポーズを見せる年配の男は、先の防衛戦でクロダテ要塞を奪われた指揮官だった。

 自分が守り切れなかったことを棚に上げて、自分なら無傷で奪回できたと逆にペンデュラムを攻撃する材料にしようとしていた。

 そんな政敵に、ペンデュラムは涼しい顔で応える。

 

 

「問題ありません。より良い代案をお持ちしました」

 

 

 ペンデュラムが指を鳴らすと、そばに控えていた副官がインターフェースを操作して会議場のモニターにデータを表示させる。

 

 

「こちらは“怠惰(スロウス)”系統のレイドボスから得られた素材によって解禁された技術ツリーです。“グラビティガン”などの重力兵器や、ある程度の重力を遮断するパーツなど、多数の新兵器・新パーツの生産が可能となりました」

 

 

 ペンデュラムの部下の参謀がさっと資料を配布する。そちらには解放される武器やパーツの詳しいスペックが記載されていた。

 円卓を囲む【トリニティ】幹部たちが、そのスペックにほう、と声を上げる。

 

 

「ご存じの通り、未だ“怠惰”系統のレイドボスが撃破された公式記録はありません。今回『私が初めて撃破した』のです。故にこれらの武器とパーツは、現時点では【トリニティ】と【アスクレピオス】の寡占(かせん)技術。【アスクレピオス】には“ヘルメス航空中隊”が横殴りして得た素材しか渡っていませんから、実質我々の独占に近い状態にあると言えますな。これらの兵器で優位に戦うなり、技術を高値で売りつけるなりすればよろしい」

 

「欺瞞を! 問題をすり替えてもらっては困りますな! 確かに“怠惰”のレイドボスを倒した功績はある、だが防衛戦略の崩壊をそれで補えるわけではない!」

 

「話は最後まで聞いていただきたいですな」

 

 

 ペンデュラムは薄く笑うと、パチンと指を鳴らす。するとモニターが切り替わり、クロダテ要塞付近のエリアが表示された。

 

 

「クロダテ要塞を落とした次は、周辺エリアを電撃作戦で奪います。クロダテ要塞を占拠するメリットは、要塞に籠った航空部隊による防御力と、周辺エリアへの攻撃のしやすさの2点。しかし周辺エリアをこの後すぐに攻め落とせば、もはやクロダテ要塞の戦略上の価値は激減します」

 

 

 アニメーションで矢印が表示され、みるみる周辺エリアを占拠していく。

 資料はメイドが10分で作ってくれました。

 

 

「無論、電撃作戦はこのまま私が引き受けましょう。ご安心を、貴方のお手を患わせはしませんよ。……また防衛しそこなって奪われては、甲斐がありませんからな?」

 

 その嫌味に、ぐっと政敵が呻き声を上げる。

 ペンデュラムは芝居がかった調子で両腕を広げると、居並ぶ指揮官たちを見回した。

 

 

「では、私の手並みをご披露させていただくということでよろしいですかな?」

 

 

 パチ、パチ、パチパチパチ……。

 

 小さな拍手の音が響く。

 列席する指揮官たちではない。ひとりの少年が鳴らしたものだった。

 

 真っ白な詰襟の軍服に、少しだけ長く伸びた金髪。

 柔和で穏やかな顔立ちは、一見して人の良さを感じさせる。

 その内面を知らなければ、おとなしい文学少年のように思えただろう。

 

 

「さすがです、ペンデュラム。弟として大変鼻が高いですよ」

 

「……カイザー」

 

 

 カイザーと呼ばれたにこやかな少年の顔つきとは対照的に、称賛を受けたペンデュラムは苦々しい表情を浮かべた。

 

 

「誰にも倒せなかった“怠惰”のレイドボスを倒してのけ、クロダテ要塞を占拠したその華々しい武勲。その前には“氷獄狼(フェンリル)”の手からミハマエリアを防衛し、今度は大胆な電撃作戦まで指揮するという。本当に素晴らしいことです。つい先日まで弱兵ばかりで苦戦していた貴方とは思えませんね」

 

 

 カイザーはにっこりと微笑み、まったく笑っていない漆黒の瞳を姉に向けた。

 

 

「どんな強兵を手に入れたのです? 教えてくれませんか」

 

 

 深い深い、闇のような色の瞳。

 深淵に通じているのではとすら思える、吸い込まれそうな吸引力。事実、これまで無数の人間が、魂を引き込まれるようにこの少年の前に跪かされた。

 

 それはペンデュラムの配下も例外ではない。それまで精強を以て知られたペンデュラムの軍は、戦闘力に長けた優秀な兵士を多数引き抜かれてしまっている。

 篤い忠誠心を持つ者たちは残ったが、今となってはもう見る影もないほどに弱体化していた。

 

 

 ――自分とはまったく異なる相の、カリスマの権化。

 

 

 ペンデュラムは内心に浮かべた汗をおくびにも出さず、薄い笑みを浮かべる。

 

 

「教えんよ。人のものをすぐ欲しがるのは貴様の悪癖だ。直してはどうだ?」

 

「おやおや……姉におねだりするかわいい弟に随分と冷たい」

 

 

 クックッと楽しそうに笑う弟に、何がかわいいものかとペンデュラムは思う。

 確かに昔はかわいかった。まだ姉様、姉様と後ろをついて歩いていた頃は。

 

 齢を重ねるたびに化け、無数の人間を虜にするようになった。

 19歳になった今ではもはや掛け値なしの化け物だ。

 

 天翔院(てんしょういん)牙論(がろん)

 カイザーというアバターを得てペンデュラムを苦しめる、最大の政敵。

 

 

「ははは……姉弟仲がよろしくて大変結構。五島の未来は安泰ですな。ですが、社内について論じているときに姉弟という立場を出すのはお控えください」

 

 

 この場の議長格がハンカチで汗を拭いながら、カイザーたちを嗜める。

 年長者として、立場が上の人間としてのリーダーシップを見せようとしていたが、流れる汗はこの場の主役が姉弟であることを語っていた。

 

 

 カイザーは肩を竦めると、これは失敬とおどけて見せる。

 

 

「ええ、彼女の策に反対意見はありません。実現できるのであれば素晴らしい作戦です。ぜひその活躍を見せてください。期待していますよ、ペンデュラム」

 

 

 まるで自分の方が上位者であるかのような弟の物言いに、ペンデュラムは不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

 

「そちらこそ、自分の奪回作戦は順調なのだろうな? 寝首を掻かれねばいいが」

 

「ええ、もちろん。素晴らしい助っ人がいますからね……貴方と同じく」

 

 

 睨み付けるペンデュラムと、涼しげな顔のカイザー。

 次期五島重工のトップを巡り、骨肉の争いを繰り広げる後継者候補たちの中でも最も燦然と輝く才能の申し子である姉弟。

 

 後継者レースは、現在牙論が圧倒的に有利とみられていた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 VRポッドの中で目を開いた天音は、ゆっくりと体を起こした。

 ポッドのハッチが開くと、すぐそばに控えていたメイドが跪き、銀の盆に載せられた冷たい濡れタオルとスポーツドリンク入りのボトルを差し出す。

 いつ天音が帰還してもいいように定期的に取り換えられていたタオルは、ひんやりと冷気をまとわりつかせていた。

 

 

「ご苦労」

 

 

 スポーツドリンクを飲んで水分を補給する天音の背後に回ったメイドが、タンクトップの中に手を差し入れて、濡れタオルで汗を拭い取っていく。

 そして周囲のメイドたちよりも一回り年かさの、眼鏡を掛けて理知的な雰囲気をもったメイドが資料を手に天音の前に立った。

 

 

「ご報告を」

 

「よろしい。手短に頼む……ごほん」

 

 

 天音は咳払いすると、少し顔を赤らめて軽く笑みを浮かべた。

 

 

「VRボケしてるわね。“ペンデュラム”がまだ抜けてないわ」

 

「性別を逆にしているとなりやすいそうです。お嬢様だけではありませんよ」

 

 

 メイドは薄く笑い返すと、再び表情を引き締めた。

 

 

「ご命令いただいておりました、山王(さんのう)電子機器の買収に成功しました。これによって金城(かねしろ)常務の派閥が割れることはほぼ確実です」

 

「でかしたわ。山王の経営陣は全員首を切って、うちのシンパにすげ替えておいて」

 

「はい、その手はずも進めております」

 

 

 VRゲーム内の作戦とリアルでの買収劇を同時に進めていた天音は、自分が指示した買収工作を成功させたメイド隊のリーダーに満足げな笑みを浮かべた。

 

 天音が買収したのは、五島重工内の後継者レースにおける敵対陣営が実質的な子会社としている企業だった。一時期は不渡りを出しかけていた電機メーカーだが、近年の第七世代通信網の普及による需要によって息を吹き返してきている。

 

 そしてその敵対陣営とは、先ほどの席上でペンデュラムの責任を追及しようとしていた指揮官が属する派閥だった。

 

 この買収劇にあたっては、VRゲーム内での今回の戦闘の結果が少なからず影響している。敵対派閥の失態と、ペンデュラム派の華々しい戦果。

 そして五島重工の“()()()”を大きくリードさせる寡占技術の入手。これが山王電子機器に対しての交渉を有利に運ばせたのである。

 

 端的に言えば、“VRゲームで勝ったことで買収工作が成功した”。

 

 これまでの常識で言えば、到底ありえないような現象が起こっていた。

 

 

「……5000円じゃどう考えたって安すぎるわよ、こんなの」

 

「は?」

 

 

 何でもないわと言って、天音はスポーツドリンクの残りをすする。

 

 

「金城派に属していたパイロット、引き抜けるわよね? 戦闘に長けたのがほしいんだけど、なんとかなりそう?」

 

「それが……我々が連絡を取った頃には、既に牙論様のスカウトが手を回していました。買収が成功することをあらかじめ予想して、事前に接触していたとみられます」

 

 

 天音はボトルの中身を一気に飲み干し、ゴミ箱に向かって投げつけた。

 

 

「チッ、なんて手の早い……! あの愚弟め、全部知っててなーにが『強兵を手に入れたようですね』よ。また戦闘に長けたパイロットを確保しそこなったわ!」

 

「申し訳ございません。我々に戦闘センスがないばかりに……」

 

「……貴方たちのせいじゃないわ。貴方たちは自分にできる分野で、私をよく支えてくれている。いつも感謝しているのよ」

 

「恐縮です」

 

 

 眼鏡を掛けたメイドのみならず、その場に控えるメイドたちが一斉に頭を下げた。

 彼女たちを見ながら、天音は考える。

 

 

 数年前から異様なカリスマ性を発揮するようになった牙論は、まるで魔法のような人心掌握術で《トリニティ》内外を問わず多くの優秀な兵士を集めている。

 いくつもの戦場で苦楽を分かち合ったはずのペンデュラムの配下たちが、牙論にスカウトされるなり去っていってしまったことは、今も天音のトラウマだ。

 

 天音に忠誠を捧げる腹心の部下(メイド)たちは残ってくれたものの、彼女たちの戦闘力は決して高くない。事情を知らないクラン外の人間はペンデュラムの軍を今もなお精兵だと思っているようだが、実情はガタガタなのだ。

 

 戦闘力に秀でた人材はどうしても必要だった。それが一騎当千の実力を持っているのならば、なおのこと。

 

 

「……どうあってもシャインを捨て置く手はないわ。あの子を何とか私のものにする。彼女なら、牙論が集めている戦闘パイロットにも匹敵するはず」

 

「かしこまりました」

 

 

 深々とお辞儀する、メイドたちのとりまとめ役。

 

 

 そんな主人とメイドリーダーの会話を、別室に設置されていたVRポッドから目覚めた副官&参謀メイドたちがドアの陰から見守っていた。

 

 

「きゃー! 『私のものにする』って、これって恋の始まりニャ?」

 

「えー、でも天音様もシャインちゃんも女の子ではありませぬか?」

 

「女の子同士の恋愛、あると思います」

 

「「「キマシタワー!!!」」」

 

 

 きゃいきゃいと盛り上がるメイドたち。

 地獄耳を誇るメイドリーダーはこめかみに青筋を浮かべ、こいつら後でおしおきしてやると固く誓うのだった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 VRポッドから目覚めた虎太郎はびっくりした。

 なんと警察官が自室に訪ねて来たのである。

 

 警察にあまりいい思い出がない虎太郎は、どきどきしながら要件を聞いた。

 

 

「ああ、いえ、実は付近の住民の方から、お昼ごろに『死ねェェェ!!!』などと女性が絶叫する声が聞こえたと通報がありまして。何かご存じありませんか?」

 

「いえ、僕は今日ずっとVRゲームして遊んでたのでさっぱり……」

 

 

 ああ、もしかして……と虎太郎は思う。

 

 

「近所でVRゲームで遊んでた人の防音が甘くて、声が漏れてたとかじゃないでしょうか?」

 

「そうかもしれませんねえ。最近はVRゲームで遊ぶ人も随分と増えましたから。まあ暴力なんかはゲーム内で発散してくれた方が健全でいいんですが、人に聞かれたら勘違いされますからなあ」

 

「おまわりさんも大変なんですね……」

 

「ははは、まあ何事もなければそれに越したことはないですよ。まったくこの20年で急激に文明が進んじまったみたいで、私みたいなおじさんはついていけません」

 

 

 警察官はとくに虎太郎を疑った様子もなく、また何かあれば気軽にご連絡くださいと言い残して帰っていった。

 

 

「よかった、いいひとで。故郷の警察とは大違いだ」

 

 

 やっぱり東京は暮らしやすいな、上京してよかったと虎太郎はひとり喜んだ。

 

 

 それから軽く腹ごしらえして、ジャージに着替え、日課のランニングへ。

 

 VRゲームを始めてみて、虎太郎はランニングや筋トレは必須だと感じていた。何せ狭いところに閉じこもってリアルの体を動かさないのだから、習慣的に運動しないとみるみる体がなまってしまう。VRポッドの説明書によれば筋力維持機能があるらしいのだが、それに頼り切るつもりはない。

 体を動かさないのは健康にだって悪いし、せっかく頑張って体に覚えさせた動きが錆び付いてしまえばゲーム内で使えなくなってしまうかもしれない。それは避けなくては。

 

 東京の夜は20時を回っても明るく、煌々と街灯が輝いていて、どこにだって人が歩いている。これも田舎では考えられなかったことだ。夜でもランニングがしやすくて実に便利だと思う。

 

 

「あれ……?」

 

 

 公園の脇を素通りしかけた虎太郎は、暗い公園に誰かが立っているのに気付いた。なんだか見覚えがある後ろ姿だと思い、近付いてみる。

 

 

「鈴夏先輩じゃないですか。先輩もランニングを?」

 

「あっ……虎太郎くん」

 

 

 振り返った鈴夏の瞳が少し濡れているのに気付き、虎太郎はまずいところに来ちゃったかなと思った。

 鈴夏はさりげなく涙を拭うと、手に持っていたスマホをズボンのポケットにしまって、うふふと笑顔を浮かべる。

 

 

「うん、そうなの。昔からの癖でね、体を動かさないと眠れないんだ」

 

「そうなんですか。何かスポーツでもやってらしたんですか?」

 

「まあ、実家がね。少しスポーツを教える仕事をしていたものだから」

 

 

 ゆっくりと鈴夏が近づいてきて、すぐ前に立った。

 

 あれ……? この人、割と背が高いな……。

 

 アパートの中で座って話していたときには気付かなかったが、女性にしては高身長の鈴夏は虎太郎よりも少し背が高かった。高校生のうちに身長がもうちょっとほしかった虎太郎としては、ややコンプレックスを刺激されてしまう。

 

 どうしよう。この人泣いてたし、すぐ帰ったほうがいいのかな。

 でも恩人だし、何か困ったことがあるなら力になってあげたい。

 

 しばらく迷った結果、ええいままよと決断する。

 

 

「あの……さっき、泣いてませんでした? 僕でよかったら相談に乗ります」

 

「あっ、見られてたんだ……」

 

 

 鈴夏はばつが悪そうな表情になった。やっぱり聞かない方がよかったかな。

 しかしすぐに自分の頭をコツンと叩き、てへと舌を出す。

 

 

「実は仕事で失敗しちゃってね。偉い人から怒られちゃったの」

 

「そうなんですか。少し失敗したくらいでひどいですね」

 

「ううん……私が悪かったの。始末書くらいで済んだのはむしろ温情よ」

 

 

 始末書か。何か問題をしでかしたら書かされるのだと聞く。

 鈴夏先輩のバイト先はコンビニだと聞いていたが、最近のコンビニはバイトにも厳しいんだなあ。

 

 

「まあ、チームからも外されちゃったんだけどね。頑張って入った憧れのチームだったんだけど……なかなかうまくいかないよね」

 

 

 夜勤のシフトに入ってたのかな?

 

 

「とはいっても、チームの先輩とはうまくいってなかったし……いつかこうなるのは当たり前のことだったのかもしれないなって思うの」

 

「それなら、きっと辞めてよかったですよ。人間関係のごたごたなんかで苦しめられるのはバカみたいじゃないですか。それに、お肌にも悪いですよ」

 

「お肌? うん、確かに睡眠時間も削られてたしね」

 

「はい! 今はぐっすり眠るのがいいと思います!」

 

 

 お前、ペンデュラムの次の相方見つけてんじゃねーよ。

 

 噛み合っているようでまったく噛み合ってない会話で励ます虎太郎に、鈴夏はくすっと笑顔を浮かべた。

 

 

「『辞めてよかった』……か。ふふっ」

 

 

 ――『ふーん。じゃあ辞めれば?』

 

 

「本当に軽く言ってくれちゃって、もう……」

 

 

 ぎゅっ……。

 

 

「えっ……!?」

 

 

 鈴夏に正面から抱きしめられた虎太郎は、真っ赤になって硬直した。

 ジャージの薄い生地越しに、柔らかくて大きな膨らみが顔に押さえつけられる。

 なんだか花のような、すごくいい香りがした。

 

 

「あ、あの……!」

 

 

 はわはわはわわわっと慌てる胸の中の虎太郎に、鈴夏もまた真っ赤になって身を引き離す。

 

 

「ご、ごめんね! なんだか知ってる子と話してるような気がしちゃって……。何やってるんだろ私……!」

 

「知ってる子、ですか……」

 

 

 鈴夏先輩にはこんなふうに抱きしめる子がいるのか。

 そう思った虎太郎の胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

 

(バカ、何を考えてるんだ。先輩とは昨日出会ったばかりだぞ。まったく、我ながら惚れっぽくて呆れるよ)

 

 

 頭を振って痛みを振り払った虎太郎は、軽く笑って尋ねる。

 

 

「その子って僕と似てるんですか?」

 

「ううん、全然そんなことないの! 生意気でワガママで子供っぽくって、何でも世の中自分の思い通りになると思ってるような傲慢さで……虎太郎くんみたいないい子とは似ても似つかないわ」

 

「なんか、すごい奴と友達なんですね……」

 

 

 僕ならそんな迷惑なやつとは絶対に友達になりたくない。そんなのと付き合っていられる鈴夏先輩は、本当に心が広くて優しい人なんだな。

 

 

「友達……友達か。うん、そうね。友達なの」

 

 

 そう頷いて、鈴夏は花の蕾が綻ぶかのように、にっこりと笑った。

 

 まるで女性という花が花開いたかのような、そんな笑顔に虎太郎は見とれる。

 

 

(先輩は、きっとそいつに恋をしてるんだな……)

 

 

 たぶん自分では気付いていないんだろうけど。

 その人物が、目の前の優しい女性を幸せにしてくれることを虎太郎は祈る。

 心優しい人には、どうか幸せに報われてほしい。

 

 そんな虎太郎の内心を知るべくもなく、鈴夏はぽんと手を叩いた。その拍子に、ジャージの生地越しに大きな胸が揺れる。

 

 

「あ、そうだ。虎太郎くんもランニングとか筋トレが日課なの? じゃあ私と一緒にやらない?」

 

 

 虎太郎はそこから頑張って視線を離しながら、戸惑った声を上げた。

 

 

「えっ? それは……いいんですか?」

 

 

 その気になる人と過ごした方がいいんじゃ? と虎太郎は思う。

 しかし鈴夏はにこにこと笑うばかり。

 

 

「もちろんいいよ。2人なら、ひとりじゃできないトレーニングもできるし。私、実家だとインストラクターの真似事みたいなことしてたから、そういうの得意なの!」

 

「そうなんですか」

 

 

 いいのかな……と虎太郎は少し罪悪感を覚える。

 しかし、鈴夏の表情から昨日の擦り切れる直前のような、まるで人生に疲れ切ったかのようなやつれが消えているのを見て、彼女の好きなようにさせてあげたほうがいいのではないかと考え直した。

 

 

「じゃあ……せっかくなので、お願いしていいですか?」

 

「うん、いいよ! これからよろしくね、虎太郎くん」

 

 

 にこやかに差し出される鈴夏の手。

 その手を握り返し、握手する虎太郎。握られた手から、温もりが伝わる。

 

 

 その温もりは、ホログラム越しよりもずっと暖かった。

 

 

第一章 おわり



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登場人物紹介(1章終了時点)

【主人公】

 

○スノウライト/大国(おおくに)虎太郎(こたろう)

 

この物語の主人公。

 

ゲーム内では極めてワガママで破天荒に振る舞う、鬼のような腕前を持つプレイヤー。戦い方は極めて悪辣で、他人の武器を奪ったり煽ったりは日常茶飯事。

 

大体の武器を上手に扱えるが、いざというときは環境ギミックに頼りがち。

 

好きなことは、強い相手と戦うことと相手を煽ること。

嫌いなことは、他人の事情に縛られることと見下されること。

 

主なあだ名はSHINE(シャイン)/強盗姫/メスガキ/こそ泥野郎/狂犬

 

愛機の名前はシャイン。

まだ初期パーツで構成されている。

スピード・装甲特化のため下半身が大きくずんぐりむっくりした、やや不格好なバランス。初期機体といえどもバーニアの性能はなかなか高い。

装甲特化にしていなければ、ジョン戦・レイドボス戦を乗り切れなかっただろう。

 

 

容姿:

13~14歳くらいの、非常に可憐な顔立ちをしたスレンダーな美少女。

天使か妖精が人の形をとって舞い降りたかのような愛くるしさを持つ。

 

髪型は見ようによって紫にも青にも見える、不思議な色合いのロングヘア。

胸は割と控えめ。

 

 

素の見かけは上記のように非常に可愛らしいが、中に虎太郎が入って動かすと、その邪悪な性格と煽り癖によってとても生意気に見える。

一部の人間からは『大人を舐めやがって! わからせてやる!』と強烈な執着を引き寄せてしまうことも。

 

制作者の虎太郎はスノウの外見を世界一かわいい力作と思っているが、自分が中に入ったときにどう見えるのか考えていなかった。今もまだ、理解しきれていない。

 

衣装スキンを買うお金がないのでいつもパイロットスーツだが、いずれお金が入ったらいろんな服を着てみたいなあと思っている。

 

 

 

※※※

 

 

 

リアルでは都内の私立大学に通う大学一年生。

地方から出て来たばかりで、貧乏な一人暮らし中。

ゲーム内とは打って変わって、なるべく目立たないように暮らしたいと思っている。

初対面の相手には基本的に礼儀正しいが、それは余計な波風を立たせないためである。

 

 

容姿:

地味で目立たない顔立ちに、適当に切りそろえた黒髪。

身長は男性としては低め。

実は顔のパーツ自体は整っているのだが、地味な雰囲気がそれを台無しにしている。

 

 

 

 

【相棒】

 

○ディミ

 

スノウによってチュートリアルから拉致されてしまったサポートAI。

現在はオプションパーツ扱いで同行し、スノウの奇行にツッコミを入れまくる日々を過ごしている。物知りでちょっぴり毒舌。

 

ペット型オプションパーツのメイドタイプに偽装しているので、初対面の相手からサポートAIと見破られることはない。

 

好物はVR極上いちごパフェ。

 

 

容姿:

緑色のサイドテールに、古式ゆかしいヴィクトリアンスタイルのメイド服。

理知的で端正な顔立ち。身長は小さいが胸自体は実はそこそこある。

黙っていれば冷たく見えがちな無機質な雰囲気だが、スノウと一緒にいるといつも賑やかにツッコミを入れたり悲鳴を上げていたりと、愛嬌がプラスされている。

笑うとかわいい。パフェを食べさせると幸せそうな顔をする。

 

 

 

 

 

【ヒーロー/ヒロイン】

 

 

○ペンデュラム/天翔院(てんしょういん)天音(あまね)

 

ゲーム内では、大手企業クラン【トリニティ】の美丈夫(イケメン)指揮官。

常に自信たっぷりに振る舞うオレ様キャラ。

戦闘の腕はまあまあだがカリスマ性に優れており、兵士の士気を引き上げるのが非常にうまい。

ローンチ時から活動して周辺から精強と呼ばれる軍を作り上げていたのだが、弟の牙論によって優秀な配下たちを引き抜かれてしまい、現状はかなりボロボロ。戦闘力に長けた兵士を切実に求めている。

 

愛機の名前はセンチネル。

真っ赤な騎士甲冑を思わせる厳めしいデザインに、装飾がゴテゴテとくっつけられている。自身が戦うのではなく鼓舞することを優先したスタイル。

装甲特化のタンクタイプで、大楯を所持する。

 

 

 

容姿:

ウェーブがかった黒髪を肩まで伸ばした男性。端正な顔立ちにいつも自信たっぷりの表情を浮かべている。

体格は長身で、筋肉がついて引き締まった頼りがいのある風格。目力が強い。

中の人の好みを反映して、たくましい手の甲や腕に浮かぶ筋肉の影と血管が強調されている。

 

戦場ではパイロットスーツだが、ロビーでは胸元を開けて着崩したスーツで過ごす。

 

 

 

※※※

 

 

 

リアルでは国内有数の巨大資本である五島グループの創設者一族の末裔。

グループの基幹企業である五島重工の後継者の座を、他の候補と争っている。

 

エスカレーター式の名門大学の3年生。

 

少女マンガと乙女ゲームが大好きだが、恋愛経験自体はまだない。

 

 

容姿:

赤みがかった髪を肩までのセミロングにした、清楚な雰囲気の女性。

可憐というよりも綺麗な顔立ちを持つ、聡明そうな美人。

普段はきっちりとしたスーツを好んで着こなし、あまり女性的な服装はしない。これは会社で男性の重役を相手にするときにナメられないため。

胸は普通のサイズだが、プロポーションが整っていて特に脚線美がきれい。

 

家では割と普通にお嬢様的な格好をしている。

 

 

 

 

 

 

○ジョン・ムウ

 

 

医療系NGOクラン【アスクレピオス】に所属するルーキー。

真面目でひたむきだが、その性格故にブラック体質な【アスクレピオス】の上官に嫌われていた。

反射神経が非常に鋭く、空間把握能力も高い。今後成長を続ければ、スノウに匹敵するエースになる未来もあるのかもしれない。

特技は中国拳法。

 

愛機の名前はまだない。

ヘルメス航空中隊仕様のスピード特化のフライトタイプ量産機を使用。エリート部隊のものなので、量産機といえどもスピード・ブレーキ性能が高い。

 

 

容姿:

年齢は12歳ほどで、灰色の髪をボブカットにしている。

幼げだが真面目さが滲み出るような顔立ちの少年。

 

飛行中隊では上司に威圧されて気弱な雰囲気を浮かべていたが、スノウと戦っている間は内に秘めた意思の強さを感じられるキリッとした瞳になっていた。

 

衣装スキンを買うお金がないので、いつもパイロットスーツ。

 

 

 

 

 

鈴花(すずはな)鈴夏(すずか)

 

虎太郎と同じ大学・同じ学部に通う貧乏学生。現在2年生。

年下のかわいい子を抱きしめたり、額を人差し指でつつく癖がある。

 

小学校の頃から友達に「りんりん」とあだ名を付けられているが、本人はまったく気に入っていない。

 

 

 

容姿:

栗色の髪を大きなおさげにして前に垂らしている。

いかにも優しそうなお姉さんといった顔立ちの、長身の女性。

普段からトレーナーやセーターといっただぼっとした服装をしているが、幼い頃から鍛えられたその体はしなやかな筋肉がついている。

そのバストは豊満であった。

 

虎太郎と出会った当初は栄養不足と生活への疲れからやつれた雰囲気があったが、本来は明るい雰囲気を持つ女性である。

 

別にオシャレに興味がないわけではないのだが、なにしろお金がないので普段の服装はトレーナーやジャージで済ませている。

高校時代まで持ってた服は、バストがさらに成長したせいで着れなくなった。

 

 

 

 

 

 

【氷獄狼(フェンリル)】

 

○アッシュ

 

大手チンピラプレイヤークラン“氷獄狼(フェンリル)”のエースプレイヤー。

腕は立つものの弱い者いじめが大好きで、晒しスレの常連だった。

ガチャで入手した激レア武器の性能でブイブイ言わせていたが、スノウと出会ってしまったことで、何もかもが崩壊していく。

 

このゲームの立ち回りから武器の入手法、環境ギミックの利用法まで、あらゆる基礎をスノウに教えてくれたディミちゃんを超えるチュートリアルキャラクター。

 

ありがとうアッシュ、永遠に。

 

 

 

容姿:

アッシュブロンドの髪を肩までのウルフカットにした、野性的な雰囲気を持つ青年。瞳は金色。

素の顔立ちはまあまあイケメンといえなくもないのだが、大体相手を煽りながら哄笑を浮かべていたり、チンピラ語をまくしたてて罵倒しているので、すさまじくガラが悪く見える。

というか顔を凝視するとガンつけてんのかゴラァ!と襲い掛かられるので、大体の人は顔を直視しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

【トリニティ】

 

○メイド隊

 

リアルでもゲーム内でも天音のサポートに勤しむ、働き者のメイドさんたち。

ミーハーな性格で、主人が演じるペンデュラムに萌えまくり。

 

副官1名と参謀2名がいつもきゃいきゃい言っているが、メイド隊のほとんどのメイドは大体似たようなノリである。

戦闘は不得意だが、得意分野に関してはめっぽう有能。

 

 

以下はおまけ。

 

メイドリーダー

黒川梢(くろかわこずえ):

交渉担当。通称クロ。

企業買収や派閥工作はお手の物。その才覚でここまで天音を守り通してきた。

艶のある黒髪に眼鏡。まじめ。

ゲームはやりません。

 

副官

昼川白乃(ひるかわはくの):

索敵担当。通称シロ。

真っ白な髪と赤い瞳を持つ神秘的な女性。でもミーハー。基本的におっとり&丁寧語。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

参謀1

三家有紗(みついえありさ):

諜報担当。通称ミケ。

茶髪に黒と黄色のメッシュ入り。ミーハー。基本的に時代がかった口調。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

参謀2

橘川珠子(きっかわたまこ):

工作担当。通称タマ。

金髪ボブカット。ミーハーなうえに腐っている。テンション上がるとネコ語になる。きゃぴきゃぴ。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

 

 

 

○カイザー/天翔院牙論(てんしょういんがろん)

 

五島重工の後継者の座を天音と争う、天音の弟。

 

まだ19歳だが凄まじいまでのカリスマ性を持ち、大の大人と渡り合う。

他人の魂までを支配するような謎めいた人心掌握術を会得しており、クラン内外を問わず優秀な人材をかき集めている。

【トリニティ】が手段を問わず人材を集めているとヘイトを買っているのは、ほぼ彼のせい。

 

 

お前ってゲームキャラみたいな名前してるな。

 

 

 

 

 

 

【レイドボス】

 

○“怠惰(スロウス)・慟哭谷の(アンタッチャブル・)羆嵐(ベア)

 

“怠惰”の異名を持ち重力を自在に操る高貴なるレイドボス。

 

膨大なHPとガチガチの装甲に加え、重力操作による圧倒的な攻撃力と防御力を持つ不敗のチートキャラ。

 

素の実力はとにかく高かったのだが、“傲慢(プライド)”の系統でもないくせに人間をナメ腐ったせいでボコボコにされ、スノウにMVP報酬を剥ぎ取られた。

やっぱり鮭食ってるやつはダメだな。

 

攻撃技として“グラビティキャノン”“マイクロブラックホール”“プラズマスラッシュ”、防御技として“グラビティシールド”を発動した。

 

 

 

 

――七罪冠位の真の力を資格無き者に示すことは、許可されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲームマスター】

 

見ているぞ。

いつでも。



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メカニック設定集(1章終了時点)

○シュバリエ全般 NEW!

 

10の換装可能部位を持ち、パーツ次第で多彩なカスタマイズが可能。

 

基本的なフォルムとしては流線形をイメージした機体が多い。

シュバリエは飛行可能であることを前提としているため、基本的には空気抵抗の減少と揚力を考慮したパーツが多い。

 

もちろんVR空間なのでゴテゴテと装飾が乗っていても速度自体は出るし、なんならキャタピラなどの無限軌道で飛ぶことも可能ではある。ダサいけど。

 

一般的にはチームごとに機体のデザイン傾向を揃えていることが多い。

これはこのゲームがフレンドリーファイアありなので、誤射を避けるためである。

 

サイズ・重量はパーツ構成によってまちまち。たとえばシャインは約11メートルあるが、ペンデュラムが駆るセンチネルはさらに一回り大きい。

 

パーツ構成次第では明らかにサイズと重量のバランスがおかしい機体も存在するが、あくまでもゲームであるため多少の物理学的な矛盾は許容される。

特にオプションパーツでその傾向が大きい。

 

 

【換装可能部位一覧】

 

頭部

胴体

腕部

銀翼

脚部

ジェネレーター

センサーモジュール

F.C.S.(火器管制装置)

ブースター

オプションパーツ

 

 

 

【タイプ】

 

戦場で果たす役割に応じて、機体のタイプを選択することになる。

 

タイプによって装備できるパーツは異なる。

 

基本となるタイプは3種類。

 

・フライトタイプ

・タンクタイプ

・ガンナータイプ

 

クランが有する技術ツリーの解禁状況に応じて、選択できるタイプも増えていく。

 

 

○機体デザイン

 

【無所属】

 

▼“シャイン(スノウライト機)”

 

現在スノウが乗っているものは、ずんぐりむっくりした丸っこいデザイン。

 

真っ白で腕と脚が太く、全長は一般的な機体よりもやや低い。

 

ブースター出力は高く、肘やかかとから噴射孔が出っ張っている。

 

通常の初期機体は綺麗な流線形ということ以外特徴がないパーツで構成されているのだが、それを無理やりいじったような感じになっている。

 

 

それもそのはず、これは初期ステータス振りの時点でとにかく装甲とスピードに極振りしてと無理難題を言われたディミが、初期パーツを想定された限界値以上にカスタム化したもの。

半ばヤケクソでオーダーに応えたせいで、出っ張ったブースターなどをはじめ、いろいろと不格好なデザインになってしまっている。

 

しかしスノウ本人は丸っこくて可愛いし、スピードも装甲もなかなかのものと気に入っているようだ。それでいいのか、主人公機だぞ?

 

 

ちなみに装甲とスピードに極振りというのは、あくまで“初期ステータスの配分内”での話。パーツを変更すれば、ステータスのバランスは変動していくだろう。

 

 

 

【トリニティ】

 

ペンデュラム配下の機体は西洋の騎士甲冑を元にしたデザイン。

 

居並ぶと整列した騎士のような、清冽で荘厳な雰囲気を漂わせる。

 

 

 

▼“センチネル(ペンデュラム機)” NEW!

 

真っ赤な騎士甲冑を思わせる厳めしいデザインで、装甲特化のタンクタイプ。

 

他の機体よりもひと際装甲が分厚く、金のラインが入った鎧や兜の先のふさふさした飾りなど、装飾も派手。

これは自身が戦うのではなく鼓舞することを優先しているためである。

敵から狙われやすいが、それ以上に味方への士気を高める効果がある。

 

 

主な武装はビームライフル、ランス、大楯。

 

ペンデュラムに限らず、総指揮官は基本的に本拠地で防衛しながら戦うケースが多い。

あくまでも指揮官の役目とは部隊に指示を与えることであって、戦場で槍働きをすることではない。攻撃はエースパイロットに任せておけばいい……というのが現時点でのクラン戦の常識であり、ペンデュラムもその鉄則に従っている。

 

そのためセンチネルのビルドは防衛戦に特化しており、本拠地で防衛に徹しながら戦場の駒を動かすのが彼女の戦い方である。

だが、それは決して前線で戦う資質がないという意味ではない。

 

 

 

 

▼“メイデンシュバリエ” NEW!

 

ペンデュラムの副官や参謀たち“ペンデュラムHQ(ヘッドクォーター)”が搭乗する機体。

やはり西洋の騎士甲冑をイメージしたようなデザインだが、個々人によって装備している武器パーツやOPはまったく異なる。

 

これはペンデュラムHQは各人が異なる分野のスペシャリストであるため。

たとえば副官であるシロは索敵特化でレーダーや通信強化OPを装備。

参謀であるミケは隠密特化で周囲に隠形バフを与えるOPを装備、同じく参謀のタマは爆薬やワイヤー、爆破強化OPなどの工作強化兵装を装備……という具合。

 

機体カラーは基本的には白だが、作戦内容によって塗装は変わる。

 

基本的に戦闘技能はあまり高くないが、その分透明で強靭なワイヤーを射出するアームワイヤーや、着弾後に爆発する爆破苦無など、絡め手に活用できる特殊武器の扱いには長けている。

 

しかし正々堂々とした戦いを好むペンデュラムの戦術とはうまく噛み合っておらず、その真価は未だ発揮できていない。

 

機体シリーズ名の由来は彼女たちのリアルの職業がメイドであることと、ペンデュラムに仕える戦乙女(メイデン)であることのダブルミーニングである。

 

 

 

 

【アスクレピオス】 NEW!

 

クラン名は医学の神アスクレピオスに由来する。

 

作中でスノウが戦った“ヘルメス飛行中隊”はエリート部隊であり、二匹の蛇が絡み合う杖“カドゥケウス”をエンブレムとしている。

所属機は戦闘機をデザインモチーフとした統一パーツを使用。飛行性能に特化した性能を持っており、アクロバット飛行も軽々とこなすことができる。

その反面装甲は犠牲になっているが、厳しい訓練によって身に付けたフォーメーションによる攻撃力と回避性能によってそれを補っている。

チームカラーは緑。

 

なお、【アスクレピオス】は基本的に白と赤をイメージカラーに使用しているケースが多く、“ヘルメス飛行中隊”は例外にあたる。

 

 

▼“H-3(ジョン・ムウ機)” NEW!

 

ヘルメス飛行中隊の共通仕様機。

ビームライフル、サーベル、ガトリングガン、ショットガンを装備。

 

機体パーツは【アスクレピオス】が生産した統一パーツを使っているが、基本的にOPパーツに関しては個人が自由にカスタマイズすることが許されている。

 

ジョンの場合は【打撃技強化】と【関節強化】の2つを組み込み、持ち前の中国拳法を活用できるようにしていた。

このOPパーツを採用しているプレイヤーは極めて数が少ないため、流通価格が安く貧乏なジョンでも購入できたというのが採用理由のひとつ。

 

そしてもうひとつの理由は、厳しい訓練と上官からのいじめによって急速に削り取られていく個性が悲鳴を上げていたため。彼が唯一その手に残せたのは、皮肉にも幼少期から叩き込まれた中国拳法だった。

 

 

 

 

氷獄狼(フェンリル)

 

トゲ付きの肩パッドや腕輪、ドクロや“仏恥義理”といった頭の悪い漢字のペイントなど、とてもフリーダムでアナーキーなデザインの機体ばかり。

 

統一感はほぼ皆無だが、見た目からして漂う悪役感と、ホワイトブルーの狼のエンブレムをどこかにいれている点は共通している。

 

とんでもなくアホそうなのだが、逆にこんなアホなデザインをするのはこいつらくらいのものなので、敵味方識別という点では役目を果たしていると言える。

 

 

▼“ブラックハウル(アッシュ機)”

 

大型バイクのように鋭角に出っ張った頭部を持ち、流線形のデザインを重視している。

本人曰く「トゲ付きの肩パッドなんざ所詮三下のチンピラが好むものだ。真のエースにふさわしいデザインといや、やっぱりバイクだよ、バイク」

 

……単に本人がバイク好きなだけであった。

 

 

【氷獄狼】の機体にしてはトゲなどのいかにもな飾りが少なく、シャープなデザイン。しかし背中にばかでかいバイクマフラー型ブースターを4本も付けているのはバカ丸出しである。

 

だが、ガチャ産4気筒エンジンを採用したジェネレーターと巨大なブースターの出力は十分以上に実用的で、加速性能・最高速度・旋回性能ともに申し分ない。

ネタに走ったら奇跡的にガチ性能になってしまった一例。

 

ガチャSSRのゴールデンアサルトライフルと高振動ブレードを装備していたが、哀れにもロストさせられてしまった。

 

 

○その他諸々の設定

 

 

▼ストライカーフレーム

 

追加ブースター、増加装甲、強力なビーム砲門などの追加パーツ一式を備えた特殊フレーム。装着すると機体が1~2回りほど大きくなるほどのゴテゴテぶり。

 

レイドボスや要塞攻略などの巨大な敵を相手に使用することが前提となる破格の性能を持つ。間違っても対シュバリエ戦に持ち出すようなブツではない。

 

圧倒的な性能を持つがその代償として運用コストが非常にかさみ、起動するだけで勝利報酬1回分が軽く吹っ飛ぶ。もちろん生産コストもバカ高く、シュバリエ5機分に現状生産できる最高位のフル装備を与えるほどの費用と素材が必要。

 

撃墜されてしまえばロストしてしまうことも踏まえて、運用にはクランの今後の戦略を懸けた慎重な判断が求められる決戦兵器である。

 

指揮官によっては、ロスト時の損害があまりにも大きすぎることから、最初から生産しない者もいる。クラン内の政治関係が複雑なほどその傾向は大きく、ペンデュラムなどはその一人である。

 

 

▼技術ツリー NEW!

 

クランが生産可能な武器とパーツを示すもの。

すべてのクランに必ず技術ツリーは存在し、素材を集めることで少しずつ新たな武器とパーツが生産可能になる。

 

入手素材によって技術ツリーは独自の形状へと進化するため、クランごとに生産できる武器やパーツには個性が生まれていく。

 

つまり技術ツリーはクランにとっての貴重な財産であり、他クランが生産できないものを生産できるということはそれだけで優位となる。ましてや寡占技術ともなれば、その価値は計り知れない。……他のクランが追いつくまでは。

 

クランマスターが望めば、解放した技術を他のクランに譲渡することも可能である。しかし余程の事情がなければ、ほとんどのクランマスターはタダで技術を供与することなどしないだろう。

 

技術を他のクランに教えるということは、血と汗を流して他クランやレイドボスとの闘争で勝ち得た自分の優位を捨てるということであり、その分だけ滅亡(ゲームオーバー)へと一歩近づくのだから。

 

 

 

▼強奪 NEW!

 

敵から武器を盗み取ること。

 

相手が特定種類の武器を落とした場合、それを拾うことで利用権を奪うことが可能である。タイミングは奪われる側が撃墜される前に限られ、HPゲージがゼロになってから奪うことは不可能。

 

この仕様が存在すること自体は以前から知られているが、基本的にシュバリエは武器を常にしっかりと握っており、任意でもなければそうそう武器を落とすようなことはありえない。

そのため、むしろ任意で武器を譲渡する手段として利用されていた。

 

一部の問題プレイヤーの中にはこの仕様を悪用して武器を脅し取るといったカツアゲ行為もされていたが、運営はプレイヤー同士のトラブルには一切介入しないことを宣言している。

 

なお、強奪が可能な武器種とは、手持ち武器や肩装備のロケットランチャーを指す。一部の報告では未確認機に撃墜された機体がパーツを奪われたと主張されることもあるが、有志検証班の再現ではそのようなケースはただの一度も確認されていない。

 

都市伝説はどこにでも存在するという話である。

 

 

 

▼モンスター NEW!

 

戦場を徘徊する野良の戦闘マシーン。

あらゆる勢力にも与せず、すべてのプレイヤーへ平等に襲い掛かる。

 

クラン戦の最中に第三勢力として湧くことがあり、基本的には【無所属】とはモンスターの陣営のことだと多くのプレイヤーに認識されている。

 

クラン戦が起きていない通常時でも遭遇することが可能。

 

撃破するとJC(ジャンクコイン)や素材を入手できるため、しばしばクランによる雑魚狩りが行われることもある。

しかしJCや素材を入手するだけなら、他のクランと戦争したほうが圧倒的に効率は良い。他のクランと戦争したくない場合に糊口をしのぐ程度の活用法である。

 

ただし、それがレイドボスであればその限りではない。

 

 

 

▼レイドボス NEW!

 

戦場に突然出現する大型のモンスター。サイズ・形状はまちまちだが、大きいものならば200メートルほどもあることが確認されている。

 

いわゆる“七つの大罪”を名称に冠する個体は、冠する大罪ごとに系統だった能力や特徴を持つことが知られている。

たとえば“怠惰(スロウス)”はHPと装甲が極めて高い、もしくは重力に関する能力を有するといった具合である。

大罪を冠するレイドボスは無系統レイドボスに比べて強力で、動物を模した形状と能力を持っている場合が多い。

 

さらに大罪の系統は撃破時にドロップする素材の内容にも関係しており、素材を集めることでクランが有する特定の技術ツリーが解放され、新たな武器やパーツを生産することが可能となる。

その際解放される武器は、大罪を冠するレイドボスが使用する能力にちなんだものがほとんどである。

 

 

レイドボスの素材を得られるのは、戦闘に参加してわずかでも敵対行為を取ったプレイヤーに限られる。ほんの一発攻撃して逃げたり、レイドボスの攻撃のターゲットになるだけでも撃破時に素材を得られる親切設計。(攻撃の意図なく踏み潰したときなどは判定外)

 

さらにクランの技術ツリーを成長させるうえでレイドボスの撃破は不可欠なものであるため、レイドボスを発見したらクラン戦を中断してこぞって攻撃を行い、ありったけの素材を集めることがプレイヤーの常識となって()()()()()()

 

レイドボスが出現する条件はシークレットであり、匿名掲示板や攻略wiki、攻略動画などを通じてもほぼ共有されていない。これはこのゲームにおける情報の持つ価値の大きさと、レイドボスを倒しうる大手クランの多くが企業クランであることが理由であると考えられる。

 

ただし攻略法に関してならば、一部の攻略動画ではレイドボス戦の様子が配信されていることもあるようだ。人の口に戸は立てられない。ましてやネットならばなおのこと。

 



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インタールード
ネカマ「やめて! ボクを巡って争わないで!」


 ――時間は再び3か月後に戻る。

 

 

「あっこら、何を目を閉じてるの。こっちを見なさいっ」

 

 

 ボロアパートの自室の壁に押し付けられた大国(おおくに)虎太郎(こたろう)は、天翔院(てんしょういん)天音(あまね)の声で現実逃避を中断した。仕方なく目を開くと、天音が相変わらず吐息のかかるような距離でこちらを見つめている。

 

 赤みがかった髪に、意志の強そうな吊り目がちの瞳。戦国時代の姫武将とかこんな感じの瞳をしてたんじゃないだろうか。お姫様のような高貴さを浮かべた整った顔立ちに、隠し切れないほどの野心でギラついた瞳。

 その眼を見れば、なるほどこれはペンデュラムの中の人だと言われても納得できる。性別を除けば、の話だが……。

 

 ほぼ同年代の女の子に壁ドンされて挙動不審な虎太郎に、天音は胡乱げな目を向ける。少し何かを考えているようだったが、ハッとして頬を染め、口元を押さえた。

 

 

「あっ!? もしかしてキスとかされると思ったの? そ、そういうんじゃないのよ! 私のモノになれっていうのは、私の忠実な家臣になりなさいってことなの! 私は別に恋愛感情とかそういうの一切抱いてないんだから!」

 

「いや、そんなこと一言も言ってないけど。脳みその代わりにスクミリンゴガイの卵でも詰まってんの?」

 

「スクミリンゴガイ?」

 

 

 天音はとんとんと自分の頭を叩く。彼女の優れた脳は、一度見聞きした情報をすぐに思い出せる。まるで大容量のSSDを脳内に標準搭載しているかのように。

 やがてうぇっと声を上げ、天音は顔をしかめた。

 

 

「誰がジャンボタニシの卵よ! ピンク色で気持ち悪いわね! 変なものを思い出させないでくれる!?」

 

「あー、その一瞬でネット検索でもしてるような反応の良さはペンデュラムだ。今確信できた……」

 

「こっちこそ、その悪態でシャインだと断言できるわ! なんで柄にもなく丁寧語なんて使ってるの? 事前調査してても別人かな? って思ったじゃない!」

 

「厄介避けのために決まってるだろ! 具体的な厄介というのは、突然家に押しかけてきて『俺のモノになれよ』と壁ドンして囁くような変な女とかだな!」

 

 

 虎太郎がそう叫ぶと、天音はぱちくりと目を瞬かせた。

 

 

「あれ……? おかしいわね。前にネットデートに連れてったときは、こうして迫ったらいい感じの手ごたえ見せてたからリアルでもいけると思ったのに……?」

 

「あっ、あのことは忘れろっ! どうかしてたんだよ、あのときは! そもそもあれはデートなんかじゃないだろ!」

 

「私的にはデートのつもりだったのだけど……!? 私を弄んだの!?」

 

「こっちのセリフなんだけどなぁ!?」

 

 

 虎太郎は何か物足りない気分を感じて、くそっと舌打ちした。

 

 ここにディミがいてくれたら『騎士様? 街を一緒にお散歩して服を買ってもらってレストランで料理を食べたらそれはデートだと思いますよ。無自覚ビッチメスガキなんですか?』と突っ込んでくれるだろうに……!

 

 3カ月ですっかり相棒(ディミ)がいないとダメな体にされてしまった虎太郎である。恐ろしい。これが最近社会問題になっているというAI依存症候群……!

 

 

「クソッ、ツッコミが入ってこない! 物足りない!」

 

「この子、何か私が想像もつかないようなタイプのネット依存症を起こしている気がするわ……!」

 

 

 ごくりと唾を飲み込んだ天音が、気を取り直したように契約書を取り出す。

 

 

「それより! 私と契約しなさい!」

 

「いやだ! 飼い殺しは絶対にノウ!」

 

「大丈夫よ、優しく飼ってあげるから!」

 

「やっぱり飼うつもりなんじゃねーか!」

 

 

 断固拒否られた天音は、ぶつぶつと何やら口の中で呟く。

 

 

「シロ? こういうとき参考資料だと『グダグダ言わずに俺のモノになりゃいいんだよ』と強引にいくか『俺に首輪を付けさせろよ。溺愛してやるぜ……☆』と懐柔するかのどっちかだったと思うけど、どっちがいいと思う?」

 

 

 よく見れば耳元にイヤホン、胸元のボタンがマイクになっていた。

 

 

「オーディエンスに相談してんじゃねーよ!? というか何でさっきから少女マンガみたいなアプローチばっかなんだ!? 当方男なんですけどねぇ!?」

 

「少女マンガじゃないわ、乙女ゲーよ! 『バイオレンス☆ラバーズ』と『すきすきっ♥ドSご主人様』って神ゲーを参考にしてるの! 私の恋愛のバイブルよ!」

 

「異端審問にかけて焚書《ふんしょ》して埋めろ」

 

 

 完全に恋愛観が歪み切っていた。

 

 

「いや、そもそも恋愛じゃねーし! スカウトにそんな高圧的なフィクション参考にする奴とかいる!?」

 

「だってシャインって“メスガキ”ってやつなんでしょ?」

 

 

 こきゅ、と天音が不思議そうに首を傾げる。

 

 

「“メスガキ”というのは強い大人にわからせられたくて生意気な口を利くものだと聞いたわ。“メスガキ”っていうのがどんなものかよくわからないけど」

 

「吹き込んだ奴を今すぐここに連れてこい! 僕はメスガキじゃねーよ!?」

 

「そうね、少なくとも今はオスよね。わかった、アパートの外にタマを待機させてるからすぐに入ってくるように言うわ」

 

「ここに来てんの!?」

 

 

 虎太郎は危険思想の持ち主が自宅のすぐそばに潜んでいたことに戦慄した。

 ついでにツッコミまくるディミの気持ちがわかりつつあることにもびびった。

 やべーぞこのお嬢様! ゲームの切れ者キャラ(ペンデュラム)どこに捨ててきた!?

 

 

「ん……?」

 

 

 そのとき、アパートの外からドスンバタンと物音が聞こえた。

 若い女性の悲鳴らしき声も聞こえる。

 

 ガンガンガンガンガン! と音を立てて、金属製の階段を駆け上がる音。

 

 強引にドアを押し開いて、ブレザーの学生服を着た高校生くらいの少女が虎太郎の部屋に飛び込んでくる。

 

 

「その契約、ちょっと待ったーーーーーーーっ!!」

 

 

 靴を玄関に放り捨てた少女は、虎太郎と天音の間に割って入ると虎太郎の体を全身ポンポンとさすって何やら確認を始める。

 

 

「まだ契約してないですよね!? 何かされてませんか!? 洗脳とか催眠とか暗示とかクスリとかで契約を強いられてませんね!?」

 

 

 突然乱入してきて、早口でまくし立てる少女。

 青みがかった深い色のロングヘア、後頭部をピンク色のバレッタで軽くまとめている。着ている制服はテレビでよく特集される、有名女学院のブレザー。

 身長は女性としては少し高めで虎太郎と同じくらい。胸はかなり大きい。F……いや、Gはある。お尻もかなり大きめの安産型。そこにいるだけで周囲がぱあっと華やぐような雰囲気をまとっている。

 クール系の天音とはベクトルが正反対だが、相当な美少女だった。

 

 そして当然のごとく、

 

 

「……誰、キミ?」

 

 

 虎太郎が見たこともない女の子だった。いや、絶対会ったことはない。

 一度でも会ったことがあれば絶対に忘れないと断言できる。

 アイドルでも上澄みレベルの可愛さだった。

 

 その美貌に自信と茶目っ気たっぷりの表情を浮かべて、少女は言う。

 

 

「私は桜ヶ丘(さくらがおか)詩乃(うたの)! 桜ヶ丘AI工房の代表を務める、天才美少女CEOです! スノウさん……いえ、大国虎太郎さん、貴方をスカウトしに来ました! 契約するなら、ぜひウチとしましょう!」

 

「桜ヶ丘AI工房……? 聞いたこともないわね。どこの零細メーカーかしら?」

 

「れ、零細ではないです! これから世界に羽ばたくのですから!」

 

 

 首を傾げる天音にぐうっと声を詰まらせつつ、噛みつく詩乃。

 そんな詩乃を子供を見るような目で見て、ふっと天音は肩を竦めた。

 

 

「どこのだれかは知らないけど、弱小企業は引っ込んでいてくれる? これは貴方のような子供が関わるようなビジネスじゃないの。これからの日本の将来にも関わるビッグマネーが動く話なのよ」

 

「ビッグマネー、ねぇ」

 

「あっ、こらっ」

 

 

 天音が手にしていた契約書をひったくり、軽く目を通した詩乃はハッと鼻で嗤った。可愛らしい顔立ちにジト目を浮かべ、ぺしぺしと契約書を手で叩く。

 

 

「年棒1000万でなーにがビッグマネーですか。虎太郎センパイが世間知らずだと思って、よくこんな端金(はしたがね)で契約を持ち掛けますね。恥ずかしくないんですかぁ?」

 

「むぐっ……!」

 

「え、安いのそれ? というか誰キミ」

 

 

 詩乃は虎太郎に向き直る。

 

 

「お話になりませんね! ウチなら……倍の2000万円は出せますよ?」

 

「2000万!?」

 

 

 ぽかんと口を開く虎太郎の様子を見て、天音が声を張り上げる。

 

 

「1000万は初年度契約よ! 毎年更改のたびに上げるつもりなの!」

 

「ほーん? 本当ですかねえ。センパイが黙ってたらそのままコキ使うつもりだったんじゃないですぅ?」

 

「本当よ! それよりそっちこそ2000万とか、値切ってくるじゃない。ならウチは初年度3000万でいいわ! 働きに応じてボーナスも出すから!」

 

「むっ! ならこっちは3500万です!」

 

「4000!!」

 

「4250!!」

 

「5000!!」

 

「ご、5500!!」

 

「6000!!」

 

 

 突如始まった自分の値を決めるセリを、虎太郎は唖然として見つめるばかりだ。

 クールな美女と小悪魔系美少女が、庶民にはまったくピンとこない数字を出して争っている。

 当初の1000万という話はどこにいったのやら。

 その数倍の値段が飛び交うここは、経済戦争の最先端と言えた。

 

 

「ええいまどろっこしい! 1億よ!」

 

「ぐううっ……!」

 

「そろそろ諦めたら? 私はまだまだ上げられるけど、零細メーカーじゃどんなに背伸びしてもこれ以上は無理でしょ」

 

 

 詩乃は歯噛みして悔しそうな表情を浮かべていたが、やがてぽんっと手を叩いた。

 

 

「あっ、そうだ。じゃあ私がセンパイのマネージャーしましょう! ウチが事務所立ち上げますから、センパイはそこの所属ゲーマー兼タレントということにして。世間知らずなセンパイをガッチリとサポートしてあげますよぉ♥」

 

「は? は?」

 

 

 ぽかんとする虎太郎に、詩乃が正面から抱き着いてくる。ぽよんっとした暖かな弾力が押し付けられ、虎太郎は目を白黒させた。

 それを天音はムッとした表情で見ながらも、ふむと顎に手をやる。

 

 

「でもそれも悪くないわね。少なくとも事務所契約という形にすれば、不安定な個人契約よりはずっといい……。詩乃だったかしら? 貴方にそんなノウハウがあればだけど」

 

「ふふんっ、私を誰だと思ってるんです? 天才美少女CEOですよっ! このアイドル顔負けの詩乃ちゃんが自分を(動画配信)業界デビューさせようとしなかったとでもっ? ……まあ会社がいろいろあってしてないんですけど、下調べはばっちりです! 大船に乗ったつもりで任せてください!」

 

「今まったくの未経験の素人ですって言わなかった!?」

 

 

 虎太郎は勢いでツッコミながら、詩乃の肩に手を置いて身を引き離した。柔らかく暖かな感触が遠のく。

 

 

「それよりも、本当にキミは誰です? 僕は見たこともないような人に自分の身柄を預ける気なんてさらさらないんですけど」

 

「あれ? わかりません? 名前で連想できると思いましたが」

 

 

 詩乃はくるりんっとその場で一回転して胸に手を当て、挑発的な笑みを浮かべながら仁義を切った。

 

 

「お控えなすって。斯様(かよう)土足(どそく)裾取(すそと)りまして御挨拶、失礼さんでござんすが御免なさんせ。自分は桜庭(さくらば)組のクランリーダー、ゴクドーと申します。後日に御見知り置かれ行末(ゆくすえ)万端(ばんたん)御熟懇(ごじっこん)に願います」

 

「ゴクドー……?」

 

 

 虎太郎は美少女の口から出てきた流れるような口上に言葉を失っていたが、聞き覚えある単語に引っかかりを覚え、やがて声を上げる。

 

 

「ゴクドー!? 桜庭組のゴクドー兄貴!?」

 

「そうそう、そのゴクドーですよぉ。すぐ気づくと思ったんだけどなぁ」

 

「いや……いやいやいや、気付くわけないでしょ……。あの筋肉ムキムキで全身刀傷だらけの若頭と全然結びつかないんだけど」

 

「んふ♪ さーて、自己紹介も済んだところで……」

 

 

 詩乃はぴたっと虎太郎の腕にくっつくと、すりすりと甘えるように体を擦り付けてきた。

 

 

「センパイ、私と組みましょ? ウチと専属契約してくれても、私がマネージャーになるのでもいいですからっ。きっと両方にとってWIN-WINのビジネスパートナーになれると思うんですよぉ」

 

「ちょっと待ちなさい。桜庭組?」

 

 

 天音はギロリと詩乃を睨み付けると、肩をいからせて虎太郎と引き離した。

 

 

「思い出したわ、桜庭組! 最近ウチの領地を荒らしてるヤクザもどきの新興クランじゃないの! よくものこのこと顔を出せたわね! 貴方たちのおかげで私の【トリニティ】内での立場はガタガタなのよ!?」

 

「えっ……すみません、誰です?」

 

「ペンデュラムよ! 【トリニティ】の!」

 

「ぺ、ペンデュラム!? あ、それはその……あはははは……どうもどうも」

 

「君たち互いの素性知らずにセリしてたの……?」

 

 

 半目の虎太郎のツッコミに、愛想笑いを浮かべていた詩乃が慌てて手を振る。

 

 

「ま、待ってください! これには事情が……というか虎太郎センパイが悪いんですよ! 好き放題に周囲のシマを切り取るから、拡大路線を抑えきれなくなっちゃっただけなんです!」

 

「零細企業クランなんて人数知れてるんだから、クランリーダーが止められないわけないでしょ!」

 

「ほ、本当ですよ! というか虎太郎センパイ、責任取ってください!」

 

「責任!?」

 

「そうです!!」

 

 

 詩乃は腕で豊満な胸をぎゅっと挟み、ぷくーっと頬を膨らませながら虎太郎に迫る。

 

 

「(ウチのシマを)メチャクチャにした責任を取ってください! 私、もう元の(貧乏な)生活に戻れません!」

 

「おいやめろ。なんだその誤解されそうなセリフ」

 

 

 虎太郎が半目で突っ込むと、ふーん? と天音が逆側から迫る。

 

 

「それを言ったら私の方がシャインに好き放題されてるんだけど? ねーシャイン? 散々好き放題して、あっさり私から乗り換えるなんて言わないわよね?」

 

「わざとやってんのかその言葉のチョイス!?」

 

 

 タイプの違う2人の美女に迫られた虎太郎は、青い顔になった。

 まずい。これは絶対にまずい。

 ただでさえここは壁が薄いんだ。そんなところに壁ドンして、おまけにぎゃーぎゃーと騒いだら……。

 

 

 ふと、部屋に静寂が訪れた。

 異様な気配を感じて、誰もが口を閉じたのだ。

 敏感な虎太郎でなくても察することができるほどの殺気の塊。

 

 玄関に、ジャージ姿のおっぱいの大きな長身の女が立っていた。

 ゆらりと目に見えるかのような殺意に、瞳孔が開いた瞳。手にはおたま。料理の途中だったのかな? 

 しかしそのおたまにこびりついた赤い液体は一体。

 

 

「ねえ、貴女たち。私の大事な()()をどこに連れて行く算段をしているの?」

 

「ち、違うんです鈴夏(すずか)先輩!! ねえ、2人とも違うよね! ちょっとした冗談ですよね!」

 

 

 天音と詩乃が両手を握り合い、こくこくこくこくと激しく頭を縦に振る。

 2人は見てしまった。玄関の向こう側、ジャージ姿の鈴花(すずはな)鈴夏の後ろに死屍累々と横たわるメイドと黒服(部下)たちの姿を。このままでは殺られる。

 

 

「本当に?」

 

 

 こくこくこくこく。

 3人が激しく頷くと、鈴夏はほわっとしたいつもの雰囲気に戻った。

 

 

「なんだ、よかったぁ。虎太郎くんを連れて行く悪い人はいないのね」

 

「はい、鈴夏先輩の勘違いですよ」

 

 

 虎太郎はふう……と安堵の息を吐く。

 最近の鈴夏先輩はちょっと心配症で困る。いろいろあって、すっかり懐かれてしまった感があった。

 

 鈴夏はにっこりとした笑みを崩さないまま言う。

 

 

「じゃあ虎太郎くん、この人たちがどういう人たちなのか教えてくれる?」

 

「……わかりました。じゃあ『七翼』を始めてからの3カ月のことを改めて説明します。とりあえず、みんな座ってお茶でも飲みませんか?」

 

「そうね。ああ、別にシャインが動く必要はないわ」

 

 

 天音がぱんぱんと手を叩くと、死んだように横たわっていたメイドたちが起き上がる。詩乃の部下の黒服の男たちも。どうやらみんな鈴夏にやられたふりをして様子をうかがっていたらしい。

 ちなみに鈴夏が持っていたおたまに付着していた液体は具なしハヤシライスであった。虎太郎(シャイン)に弟子入りしたおかげで生活は多少楽になったが、まだまだ貧乏は抜けきれていない。

 

 天音の部下の3人のメイドたちがお邪魔しまーすとティーセットを手に部屋に入ってきて、てきぱきとお茶の準備を始める。

 

 

 それを横目で見ながら、虎太郎はゆっくりと語り始めた。

 

 

「それじゃあ、まずは……」

 

 

 ……物語は再び、レイドボスを倒した翌日へと遡る。



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第二章 こうしてネカマは凸られた
第29話 ディミちゃんのネットサーフィン①


≪クリアランスを確認しています...≫

 

〈pure white〉

 

≪ok≫

 

〈plugin = ipaddress_tracer〉

 

〈plugin = namechange - i〉

 

≪ok≫

 

 

≪IPアドレスを自動追跡し、書き込みユーザー名をプロジェクトコード『七慾』に登録されているプライマリアカウントのキャラネームとして表示します≫

 

 

≪外部の匿名掲示板に接続します...≫

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

【許すな】悪質ユーザー晒しスレ 指名手配167人目【通報】

 

 

 

146 名前:アッシュ

 

【ユーザー名】スノウライト(通称シャイン)

【罪状】チート利用・武器窃盗・ハラスメント行為

【詳細】

 

素手で敵にダメージを与えるチートプログラムを使い、他ユーザーの大切な財産である武器を盗む凶悪な窃盗犯です。しかも人格否定的な言葉を投げつけて、多数のユーザーの心に深い傷を負わせました。

 

このような邪悪で外道なユーザーを野放しにしてはいけません。

皆さんの手で運営に訴え、BANを要求しましょう!

 

 

147 名前:ミケ

 

↑こいつアッシュじゃね?

 

 

148 名前:ゴッスン釘

 

アッシュさんちーーーっすwww

晒しスレ常連の癖に何書きこんでんすかぁ?

初心者にぼろくそに負けて悔しかったんでちゅかぁーーー?wwww

 

 

149 名前:アッシュ

 

はあああああ!?!!?!?!?!?

俺がどうやってアッシュだって証拠だよ!!!!!!

 

 

150 名前:緑茶

 

語るに落ちすぎwwwwwww

クッソワロタwwwww

 

アッシュさん始めたばかりの初心者にボコられて武器もパチられて、

そのうえに勝手にストライカーフレームまで持ち出して負けて

トドメに【氷獄狼(フェンリル)】全員リスキルされたときに逃げたんですってね?

 

 

151 名前:†猫テイマー†

 

マジで? ダッサwwwwwwwww

生きてて恥ずかしくないっすかアッシュさん!!

 

 

152 名前:アッシュ

 

黙れボケ死ね殺すぞ!!!!

デマ広めてんじゃねえ

あと俺はアッシュじゃねーし!!

 

 

153 名前:血髑髏スカル

 

デマじゃないんだよなぁ……。

知り合いの【氷獄狼】のやつが虎の子のストライカーフレーム持ち出されてクッソ切れてたからな。しかもぶっ壊されてロストまでしてさぁ。

おかげでレイドボス狩りに行く今後の戦略台無しだわ。

絶対にケジメ付けさせるからな。

 

 

154 名前:ディミ

 

そもそも素手でダメージ通るのはチートでも不具合でもなくて仕様ですよ。

不勉強です。

 

 

155 名前:アッシュ

 

>>153 お前誰だよ!! ヘドバンか!? スカルか!?

 

 

156 名前:緑茶

 

やっぱりアッシュじゃねーか

 

 

157 名前:†猫テイマー†

 

草も生えねーわwwwwwwwwww

 

 

158 名前:ミケ

 

で、そのシャインってのは実際どうなん?

【アスクレピオス】の飛行中隊圧倒して、レイドボスまで倒したって話だけど。

 

 

159 名前:殺人兎

 

さすがにデマでしょ? ニュービーがそんなんできるわけないじゃん。

負けたのが悔しい一部の連中が、大袈裟に言ってるだけだって。

相手が上手かったってことにしたら看板に傷もつかんし。

 

 

160 名前:カガチ

 

そもそもなんでシャインって名前が付いたん?

 

 

161 名前:ディミ

 

SHINE(しね)だからじゃないんですか?

 

 

162 名前:アッシュ

 

シャインSHINEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!

 

 

163 名前:パンジャン銅鑼夢

 

あー、それもあるんだけどな。

そもそも前作でそういう名前のPCがいたんだよ。

そいつがクッソ悪辣でなあ。

 

 

164 名前:殺人兎

 

前作? 七翼に前作なんてないだろ?

 

 

165 名前:パンジャン銅鑼夢

 

もちろん公式で関係性が認められてるわけじゃないけどな。

創世(そうせい)のグランファンタズム』っていうVRMMOのβが、数年前にやってたんだよ。

 

ロボゲーじゃなくてファンタジー世界がモチーフだったんだが。

これが会社名もスタッフもまったく違うんだが、なんというか作りが似ててな。

キャラクターの操作感についてはほぼそのまま通じるレベルなんだよ。

 

 

166 名前:ミケ

 

えー、検索かけても出ないよ? 本当にあるのそのゲーム?

 

 

167 名前:パンジャン銅鑼夢

 

1年ほどβやって、正式サービス開始せずに消えちまった。

公式HPも痕跡ひとつ残さずなくなったよ、まるで夢でも見てたみたいにな。

VR筐体側のデータも強制アンインストールする徹底ぶりだ。

でも確かにあったんだ。

 

で、そのゲームには“戦争モード”っていうクランとクランが争うモードがあったんだが、これのシステムが『七翼(しちよく)』とほぼ同じでな。

 

その戦争モードを専門にしてる、【シャングリラ】っていうとんでもなく強いクランがいたわけよ。

どいつもこいつも一騎当千のクソ強いプレイヤーばかりだったんだが……。

そのうちの一人に“シャイン”ってシーフジョブのPC(プレイヤーキャラ)がいたんだ。

 

これが本当に酷い奴でな。

 

相手の武器は奪う。敵の集団をトラップにかけてハメ殺す。負けた相手を煽り倒す。他にも騙し討ちはするわ、相手クランを仲違いさせるデマは流すわ……。

勝つためなら何でもする鬼のようなユーザーだった。

 

あまりにも酷いから当時の被害者が名前に引っ掛けて“SHINE(しね)”って呼んでたのが広まって、そのゲームでは悪質な行為をするプレイヤーを“シャイン”って呼ぶようになったってわけよ。

 

ま、その【シャングリラ】もある日突然解散しちまったがね。

 

 

168 名前:アッシュ

 

シャインシャインシャイィィィィィィン!!!!!!

あいつ殺す!! 俺が絶対殺すからな!!!!!

 

 

169 名前:ミケ

 

うるっせーなこいつ……。

 

 

170 名前:血髑髏スカル

 

アッシュも『グラファン』やってたはずなんだけどなー。

戦争モードは当時やってる奴あんまいなかったんだよな……。

まさか数年後になってこんな大ブームになるとはこの海のスカルの目ですら。

 

 

171 名前:ディミ

 

髑髏《スカル》の目は節穴なのでは……?

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

【集まれ】プレイスタイル研究会 Part.25【変態】

 

 

556 名前:クガチチ

 

だからさあ、無所属傭兵っていうのは革新的なプレイスタイルだと思うのね。

これは発明だよ、大発明。

何しろこれまでは戦場で争ってる勢力のどれかに所属するしかなかったのに、ここにきて新しい遊び方ができたわけだから。

 

そりゃこれまでも【ナンバーズ】みたいに腕利きプレイヤーで徒党を組んだ傭兵集団はいたよ? でもそれはあくまでも、一時的にクランに所属する形だったじゃん。

 

それを無所属の個人でやるなんて画期的だわ。

 

 

557 名前:シロ

 

確かに面白いですね。

傭兵が陣地を落として、雇い主に空白地になったところを制圧させる……。

 

所属クランに縛られない、自由人プレイは憧れるものがあります。

 

 

558 名前:ブラー伯爵

 

いや、無理だって……。絶対に真似できるわけない。

俺もクラン一時的に抜けてやってみたけどさあ。

 

でも補給とか無理じゃん。どっちかのクランの武器を奪わないと弾が足りない。

それに別に機体のスペックに差が出るわけじゃないんだし。

 

 

559 名前:チンパンジー1号

 

んんんwww それは理解が浅いですぞwww

 

シャイン氏のビルドは恐らくスピード・装甲特化なのです。

武器メモリとオプションパーツメモリには一切振っておられない。

スピード・装甲をガン振りすることで、先行プレイヤーに追いついているのです。

吾輩感動しましたwww 実に効率的な論理www 神レベルビルドwww

 

 

560 名前:ブラー伯爵

 

それじゃ初期装備の武器しか持てねえじゃん。

じゃあどうやって倒してるのよ?

 

 

561 名前:ディミ

 

素手で倒してましたよ。投げ技使ってました。

それで転んだ相手からすかさず武器を奪い取ってます。

 

 

562 名前:ブラー伯爵

 

投げ!? 投げとかあるのかこのゲーム!?

 

 

563 名前:ジョン・ムウ

 

ありますよ。パンチやキックでもダメージは通ります。

ただ、実用するのは相当難しいと思いますが……。

打撃技なら、オプションパーツに打撃技強化と関節強化が必要ですね。

それでようやく普通のブレード並みにダメージが出ます。

 

 

564 名前:璃々丸恋

 

わたくしも素手格闘を試したことはありますが、あれは難しいですわね。

何しろ銃やブレードと違って、エイムアシストが出ないんですの。

素手格闘で戦おうと思ったらエイム補正なしで挑む必要がありますわ。

 

 

565 名前:ブラー伯爵

 

エイムアシストなしで!?

 

いやいや……俺たち、訓練を受けた軍人でもない一般人だぞ?

エイムアシストがあるから銃だって適当に狙っても当たるんだ。

それをアシスト抜きの手動で戦えって?

そんなんリアルで武道や軍事訓練かじってないと無理じゃん。

 

 

566 名前:シロ

 

ゲーム内で軍隊と同レベルの訓練を受ければ、可能かもしれませんね。

もしくはリアルで型が身に付くまで技を練習するとか?

 

 

567 名前:クガチチ

 

いやー……ないわ。

リアルで達人にならなきゃいけないならゲームしねえよ。

 

面白いと思ったんだけどなあ。

よほどの腕が伴ってないと真似は無理だな。

 

かーっ、やっぱ1騎で戦況を左右するなんて腕利きにしかできねえんだな。

 

 

568 名前:チンパンジー1号

 

やはりシャイン氏はすごいですぞwww んんんwww

吾輩じっくり語り合いたい所存www

 

 

569 名前:ディミ

 

その口調だと速攻で煽られそうですけど……。

 

 

570 名前:ブラー伯爵

 

そもそもクランに所属してないと、勝利報酬ももらえないしさ。

傭兵として活動するメリットって何かある?

 

 

571 名前:クガチチ

 

……味方したクランからリアルマネーもらう、とか?

 

 

572 名前:ブラー伯爵

 

ないわー。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

課金・RMT議論スレ Part.5

 

 

332 名前:ヘドバンマニア

 

しかしRMT(リアルマネートレード)業者許すまじと言ったところで、結局このゲームの場合は公式が一番のRMT業者なんだよなあ。

 

 

333 名前:メテオコメット

 

公式の1円=100JC(ジャンクコイン)のレートはやっぱり高いと思うんだよな。標準的な実戦用パーツ1個買うのに100(キロ)JCだろ? 

それをリアルマネーで払おうと思ったら1000円かかるんだよね。

もっと安くていい。RMT業者は必要だよ。あいつらいねえと後追いが難しいじゃん。

 

 

334 名前:御堂

 

戦争に勝ったり、レイドボス倒したらJCが配られるとはいえ、初心者にはやっぱ難しいものがあるからな。

 

 

335 名前:ゴクドー

 

レイドボスをうまくパターン作って撃破できるようになれば、JCをたくさん稼げるようになりますかね?

うちのクランも資金難で、なんとかレイドボス狩りに手を出したいんですが……。

現状大手クランから領地を守るのに精一杯なんですよぉ。もうホントあいつら!

 

 

336 名前:西陣庵

 

ゆーてここだけの話、大手クランのほとんどが企業クランじゃねーか。

その状況でRMTレートが高いも低いもある?

 

 

337 名前:ハッタリくん

 

企業クランだからこそ、経費安く済ませたいのは人情じゃろ。

 

知っとるか?

企業クランが参入するときは、まず初期投資として大量にガチャ武器回して、高レア武器を社員プレイヤーに配るところから始めるんやで。

 

 

338 名前:ヘドバンマニア

 

結局企業クランがこのゲーム一番のガンなのでは?

 

 

339 名前:メテオコメット

 

バカ言っちゃいけねえ。このゲームが人気なのは企業クランあってのもんだよ。

企業クランが争って人を集めるからこそ、つられて一般プレイヤーも集まるんだ。

 

星の数ほどあるPvPの中で七翼にだけ人が集まるのも、要はそこだろ?

 

 

340 名前:ヘドバンマニア

 

出たよいつもの企業擁護!

 

 

341 名前:メテオコメット

 

趣味に金も入れない貧乏人め! 嫌なら無課金やってろ!!

 

 

342 名前:タマ

 

ケンカはよくないにゃー! やめるにゃー!

 

 

343 名前:西陣庵

 

まあ企業もなあ、ピンキリだし……。

【アスクレピオス】とかやべーらしいじゃん?

 

 

344 名前:ハッタリくん

 

おっとその話題はそこまでや。

あそこはガチで闇すぎる。

 

 

345 名前:タマ

 

確か病気の家族がいる人たちに「入院費を肩代わりするから」って持ち掛けて人を集めてるんだよね。実質人質じゃにゃいのって話だにゃ?

 

そんな手口で兵士を集めてブラック待遇で働かせて、しかも中途半端に軍隊制取り入れてるから、歪んだエリート意識持ってる人ばっかでいじめ横行って聞くにゃー。

 

 

347 名前:ヘドバンマニア

 

こっわぁ……。

よくそれで医学の神さんの名前を名のれたもんだな。

 

 

348 名前:西陣庵

 

しかも笑えないのが、そこの母体のNGOが人質にとった家族で人体実験してるって噂だよな。

 

 

349 名前:ハッタリくん

 

やめろってゆーとるやんけ!

このスレ消されてもええんか!?

 

 

350 名前:メテオコメット

 

たかがNGOにそんな権力あるわけないっしょ。

 

 

351 名前:ヘドバンマニア

 

まあそもそもスレチだよな。

話を元に戻すけど、運営ってやっぱアコギだと思わん?

 

だって武器は無課金でも作れますって言ってるけどさあ。

結局その武器を作るには、戦争に勝ったりレイドボスを倒したりしてレア素材ゲットして、技術ツリーLVを上げていかないとダメなんだぜ?

 

じゃあ戦争に勝ったりレイドボスを倒すにはどうするって言ったら、効率的にこなしていくには課金して素材買ったり、ガチャ武器回すしかないじゃん。

 

見方を変えれば課金してガチャった武器ですら、いずれ陳腐化するわけだし。

そもそもガチャ武器がその真価を発揮するのは技術ツリーで生産可能になってからであって、それまでは性能の何割かしか発揮できないしさあ。

 

 

352 名前:ディミ

 

強くなる機会をリアルマネーを注ぎ込む程度で得られるのですから神ゲーです。

 

課金して得た武器がいずれ陳腐化すると仰いますが、そこまでコンテンツを消化して強くなるためのプレイ料金として考えれば妥当な金額なのでは?

 

性能のキャップに関しても、生産可能になればその武器の真価を発揮できるようになるのですから、陳腐化ではなく性能の解放と捉えるべきです。

 

やはり神ゲーですね。

 

 

353 名前:西陣庵

 

出たぞ! 運営の手先ちゃんだ!!

 

 

354 名前:ハッタリくん

 

まあ、せやな。

手先ちゃんの言うことも一理あるで。

 

MMOで後から始めた奴らが、何の苦労もコストもかけずに先行に追いつけるようなアホな話があってたまるかい。

 

シャインやったか? なんか最近すげー強い新人が課金バリバリのエースをボコボコにしてるって話やけど、とんでもない話やとワイは思うよ。

 

単純に腕がスゴいから勝てますとか課金武器奪いますとか、なんじゃそりゃ!

金注ぎ込んで頑張っとるワイらがエサみたいやないけ!?

 

 

355 名前:ディミ

 

なんか……ごめんなさい……。

 

 

356 名前:ヘドバンマニア

 

あ、うん。こっちもごめんね?

 

 

357 名前:タマ

 

なんか仲良くなってよかったにゃー。

あ、そういえば最近天井課金1回のことを「1アッシュ」って呼ぶようになったらしいんだけど、あれってなんでにゃの?

 

 

358 名前:ディミ

 

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

359 名前:ヘドバンマニア

 

腹筋ぶっ壊れたわwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

≪アクセスを切断します...≫

 




ディミちゃんのプラグインなら、匿名掲示板でも誰が書き込んだのかお見通し。

しかし文体に特徴がありすぎて、自分も議論スレ民からすっかり運営の手先ちゃんとして特定されているディミちゃんであった。


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第30話 BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBB

『おめでとうございます、レイドボス撃破ですよ! しかも七罪冠位! JC(ジャンクコイン)とレアパーツも手に入りました、よかったですねっ』

 

 

 どんどんぱふぱふーっと太鼓とラッパを鳴らし、祝福するディミ。

 彼女が撒き散らす紙吹雪を、スノウは無言で髪の毛で受け止めた。

 

 クロダテ要塞での戦いを終えた翌日、ハンガーにログインした直後のことである。

 

「……今になって突然どうしたの? バグった?」

 

『バグってませんよ失礼な』

 

 

 素に戻ったディミは、すいっと指を宙にさまよわせる。すると掃除機がどこからともなく現れ、魔法で命を与えられたかのように床の紙吹雪を吸い取っていった。

 なんだか有名なアニメ映画のワンシーンみたいだなとスノウは思う。

 

 

『せっかくレイドボスを倒したのに、騎士様は戦場から戻った直後にログアウトしちゃってちゃんとお祝いしてなかったなーと思いまして。折角の初討伐なので、ちょっと頑張ってみました』

 

 

 えっへん、と胸を反らすディミ。

 小柄な体格の割にそこそこある胸が揺れるのを見て、スノウは目を逸らした。

 

 

「まあその気持ちは嬉しいけど……。個人的にはあれは敗戦なんだよなあ」

 

『定員オーバーはしましたけど、一応撃破は撃破ですよ?』

 

「ボクが納得してない」

 

 

 スノウはそう言って、はあとため息を吐いた。

 

 

「おかげで今後の課題が見えてきた。まず第一にパーツと武器が必要だ」

 

『さすがに初期機体では無理ですよねぇ……』

 

「とりあえず資金が貯まるまでは初期機体でもいいかと思っていたけど、ああいうのと頻繁に遭遇するなら換装しないとキツイな」

 

 

 スノウの言葉に、いやいやとディミが手を振る。

 

 

『あれはさすがにイレギュラーですよ? レイドボスとの遭遇自体はままあることですが、七罪冠位は大ボスですから。“慟哭谷の(アンタッチャブル・)羆嵐(ベア)”の場合は、そもそも名前にも冠されている“慟哭谷(どうこくだに)”という辺境の隠しエリアに行かなくては遭遇できないはずです』

 

「しぶといとは思ったけど、あれって大ボスだったの?」

 

『あ、初期機体で倒せちゃう大ボスって……って顔してますけど、あれはまだ本気じゃないですからね。がっかりしなくていいですよ。まだまだ苦戦できます(楽しめます)

 

 

 ディミもそろそろこの問題プレイヤーの扱い方がわかってきたようだ。

 スノウは口角を上げながら、小さく頷いた。

 

 

「あのクソ熊は定員で挑んで、今度こそブチ殺してやらないといけないからね」

 

 

 そう言ってから、まあ問題はそこなんだけど……とスノウは顔を曇らせる。

 

 

「第二の問題は、普通に挑むと邪魔者が入って定員オーバーすることだな」

 

『レイドボスは一撃でも入れれば勝利報酬がもらえますからね。そりゃみんな横殴りしたがりますよ。何しろ獲得できる素材は、技術ツリーの解放に必須ですし』

 

「クランに所属しているプレイヤーで、殴りたがらない奴はいないよね。となれば、定員以内の人数で狩る方法はひとつしかない」

 

 

 スノウは首元に親指を添え、シュッと横に滑らせる。

 

 

「横殴りしてくる奴は皆殺しだ。誰にも狩りの邪魔はさせない」

 

『わぁ、蛮族的発想ですね』

 

「でもこれが正攻法だよ、きっとね」

 

 

 このゲームはプレイヤー間の殺し合いや奪い合いを推奨している節がある。

 PvPならばそれは当然のことなのだが、特に武器が強奪可能であったり、横殴りが可能な割にバトルに定員が設けられていたりといった部分に、製作者のメッセージを感じられる気がしていた。

 それに則って言うのなら、定員を守るためにちょっかいを出してくる他プレイヤーを排除しろというのは正攻法だとスノウは考える。

 

 

「だけど、さすがにひとりでレイドボスと他プレイヤー全員の相手をするのは無理だ。可能ならレイドボスの相手だけに集中したい」

 

『そりゃそうですよね。騎士様が人間の範疇に留まっていてホッとしましたよ』

 

「となれば……仲間が必要だな。他プレイヤーを寄せ付けないためには」

 

『おお……! ついに騎士様も、クランに入るという当たり前のことをするときが来たんですね!』

 

 

 立派になって……とハンカチで涙を拭うディミ。アフリカで狼に育てられた少年が人間の言葉を覚え、社会の一員となったかのような感動であった。

 そのリアクションに、スノウは露骨に嫌そうな顔をする。

 

 

「嫌だなあ……本当に嫌だ。クランなんか入りたくない」

 

『心底からのぼっちなんですか? 大丈夫。人間は怖くない、怖くないよ』

 

 

 人慣れしていない小動物を慣れさせようとするかのように手を差し伸べ、ちっちっと言いながら人差し指を動かすディミ。

 

 

「このAI、煽りスキル上がってやがる!?」

 

『最高の教材が目の前にいらっしゃるもので。AIは学習で進化するものですよ?』

 

「サポートAIが予想外の進化をしたらリセットする権利って、どのレイドボス倒したらもらえるんだ?」

 

 

 ディミの進化に釘を刺しつつ、スノウは顔を曇らせる。

 

 

「それはともかく、弱い連中といくら組んでも無駄なんだよな、やるなら強い奴と組まなきゃ。クランに寄生するつもりの奴なんかはもってのほかだ。上昇志向がある精鋭だけにしなけりゃ、結局のところはみんなが不幸になるだけだよ」

 

『強いクランを検索しましょうか? ガチクランの募集も出てますよ』

 

「うーん……。既成のガチクランって、割と上位層の特権意識が固まってる場合も多いからな。新参は意見をするな、俺たちの意見に従え。だが戦力だけは俺たちの言う通りに提供しろ……なんて言われたくない。ボクはゲームは自由にやりたいんだ」

 

『ワガママすぎませんか?』

 

「うん、ワガママだよ。ゲームはどこまでも自分の思い通りにやりたい。だから本当はソロで遊ぶつもりだったんだけど……。そういうわけにもいかなくなった」

 

 

 それならこうする他ないな、とスノウは言う。

 

 

「ボクの好きにやらせてくれる、優しくて強いメンバーでクランを組む……!! ボクが背中を預けられるほど強くて、ちょっと自由に暴れても笑って許してくれて、あとついでにお小遣いもくれたら嬉しいなっ。そういう仲間が10人ほどほしい!」

 

『そんな都合がいい人がいてたまるかああああっ!!』

 

 

 ディミはどんがらがっしゃーんと空中でちゃぶ台をひっくり返した。

 

 

『騎士様にそんな奴隷待遇で仕えなきゃいけないとか、前世でどんな重罪を犯したんですかその人たちは?』

 

「いや……だけどディミ、よく考えてくれ。ボクは世界一カワイイんだよ」

 

『……は?』

 

「ボクは世界一カワイイんだから、甘やかしてくれる“腕利き(ホットドガー)”も10人くらいはいると思うんだ。だって世界一だよ?」

 

 

 その瞳は真剣であった。

 

 

『ハハッ、寝言は寝てから言ってください』

 

 

 スノウの妄言を言葉のナイフでサクッと刺し殺し、ディミは肩を竦める。

 

 

『どれだけ貴方のガワが可愛かろうが、中身はクソオブクソなのですから寄ってくるのは望んでメスガキに踏まれたがるような変態くらいですよ』

 

「でもディミ、ネットゲームの世界では往々にして変態の方がゲームが上手いんだよ。本当に何故なのかわからないんだけど、そうなんだ。ボクはそういう変態を何度も目にしてきた。変態はゲームがうまい、それはこの世の真理なんだ」

 

『嫌な真理ですね……』

 

 

 貴方(ネカマ)もその変態のひとりなのでは? という言葉は、ちょっとシャレにならないくらい傷つけそうなので胸にしまい込む優しいディミちゃんである。

 

 

「とはいえ、今はそんなプレイヤーのアテもないし、とりあえず傭兵稼業のついでにいいプレイヤーがいないか探して回るのがいいかな」

 

『傭兵やってクランからお金をもらいながら、将来引き抜く人材を探すとかすごく不実ですね……』

 

「強いプレイヤーがより自分にあった環境にスカウトされるんだから、これは適材適所だよ。プレイヤーにとって悪い話ではないはずだ」

 

『引き抜かれるクランにとってはたまったもんじゃないんだよなあ……』

 

 

 まあこんなメスガキにメンバーを引き抜かれるようなら、そのクランの人材管理には深刻な問題があるとしか言えないだろうが。

 

 

「クランのことは置いておいて、とりあえずパーツだな。換装を進めたい」

 

『ああ、それならいいお話がありますよ』

 

 

 ディミはインターフェースを操作して、じゃんっとミッションのページを開いた。

 

 

【ミッション:レアパーツをパーツ屋さんに鑑定してもらおう!】

 

 

「これは?」

 

『騎士様はレイドボスを倒して、レアパーツを入手しましたよね』

 

 

 そう言いながら、ディミは所持パーツリストを示す。

 そこにはアンタッチャブルから入手した、“銀翼:アンチグラビティ”というパーツの名前が記されていた。

 

 

「ああ、それね。換装できるのか気になってたんだ。そもそも銀翼って何?」

 

『銀翼はシュバリエの部位パーツのひとつですね。シュバリエは“頭部”“胴体”“腕部”“銀翼”“脚部”“ジェネレーター”“センサーモジュール”“F.C.S.(火器管制装置)”“ブースター”“オプションパーツ”の10部位のパーツを換装することが可能です』

 

 

 ディミがインターフェースを操作すると、画面にシャインが表示され、それぞれのパーツの位置が色分けされていく。

 その中でもシュバリエの背部にある、銀色に輝く機械の翼を拡大表示。

 

 

『この背中にある翼が“銀翼”です。主に飛行速度や旋回能力のスペックに関わってくるパーツですね』

 

「なるほど。レアパーツなら、それに加えてさらに特殊な効果が発動するとか?」

 

『その通りです。装備するだけで発動(パッシブ)だったり、任意発動(アクティブ)だったりとモノによってまちまちですが、装備すれば特殊な能力を使えますよ』

 

 

 ただし、とディミは続ける。

 

 

『レアパーツが具体的にどんな能力を持っているのかは、ハンガーでは確認できません。確認するにはパーツ屋さんで鑑定を受ける必要があります』

 

「めんどくさい仕様だな……ハンガーで直接見せてくれればいいのに」

 

『まあまあ。運営的にはパーツ屋さんに通ってもらいたいという事情があるので』

 

 

 ディミの言う事情について少し考え、ああとスノウは頷く。

 

 

「課金要素かな?」

 

『えへへ……』

 

 

 『七翼のシュバリエ』では現金でゲーム内通貨のJC(ジャンクコイン)を購入できる。

 JCはパーツの強化や武器の購入に使うほか、VRフードを購入して食べ歩くといった娯楽にも利用することが可能だ。

 

 

「鑑定に来たプレイヤーにいろんなパーツを見せて購買意欲を煽り、ゲーム内通貨を持っていない奴には課金させるというわけか……阿漕だなあ」

 

『あ、阿漕じゃないですよっ! ちゃんと戦争に勝ったり、レイドボスを撃破したらJCを配るようにしてますし! さらに勝てない人にもちゃんとJCを獲得できる救済措置を残しているのですから、これは神ゲーです!!』

 

 

 運営を批判すると、途端に目からハイライトが消えて神ゲーを主張する運営の手先ちゃんである。ちょっと怖えな……とスノウは密かに引いた。

 

 

「まあ、さすがにソフトの買い切りだけでこの規模のゲームの運営費を賄えるわけもないもんね。そこはしょうがない。ボクは課金しないけど」

 

『さすが騎士様、話がわかるぅ! 課金してくれたらもっと素敵ですが!』

 

 

 それはさておき、とディミは続ける。

 

 

『初めてレアパーツを入手したら、それを鑑定するミッションが発令されることになってるんです。ミッションをこなすとJCももらえてお得ですから、チュートリアルを兼ねてぜひ行ってみましょう』

 

「なるほどね。強制されるのはあまり好きじゃないけど……」

 

 

 スノウは腕を組んで顎を撫でる。

 

 

「ちょうどパーツの換装もしたかったし、行ってみようかな。ディミ、一番空いているパーツ屋へ案内してくれ」

 

『えっ、いいんです? 閑古鳥が鳴いてるってことは、つまり品ぞろえが悪いか接客態度に問題があるってことですけど』

 

「いいよ別に。どうせこっちだって持ち合わせに余裕があるわけじゃないし。初期機体よりマシ程度なら、閑古鳥が鳴いてる零細ショップで十分だ。……何より、ボクは待たされるのが大嫌いなんだよね」

 

『なるほど。では問い合わせます』

 

 

 軽く目を閉じたディミは、営業しているパーツ屋を手早く検索。その中から手が空いているパーツ屋を選別し、ついでにできるだけ品ぞろえが多い店舗を選んだ。

 

 

『検索完了。パーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”へご案内します』




TIPS【レイドボス】


―公式オンラインマニュアルより抜粋―

レイドボス戦は技術ツリーの成長に必要な素材をゲットできるチャンス!

みんなで協力してレイドボスを倒そう!

1発攻撃するだけで報酬がもらえちゃう親切設計なので、気軽に参加してね♥




―傭兵クラン【ナンバーズ】の裏マニュアルより抜粋―

レイドボス戦で最大の利益を得るには、定員を守って戦う必要があります。

そのためには横殴りしてくるハイエナどもの存在を許してはいけません。

レイドボスと戦う精鋭メンバーとは別に、対プレイヤー用の戦闘メンバーを組織して迅速にハイエナどもの排除にあたってください。


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第31話 ゆずってくれ たのむ!!

 店の中には視界に収まりきらないほどに積み重なった巨大なコンテナの山が、薄暗い照明に照らされてうずくまっていた。

 いや、積み重なったというのは正確ではない。コンテナのひとつひとつに格納ブロックが割り振られ、それらがハチの巣のように並べられている。

 

 この無数のコンテナのひとつひとつにパーツが格納され、新たな使い手が現れるのを待っているのだ。どんなパーツが収められているのかは、コンテナの前にホログラムで表示されていた。

 

 

 これは最早店などと呼ぶよりは、倉庫と呼んだ方が適切なのかもしれない。

 それもひとつの高層ビルの中身をそのままくり抜いて改造したかのような、無尽蔵の巨大倉庫だ。

 

 それでもこの施設が店と呼ばれる資格を持つのは、スノウとディミの前にやはり薄暗いオレンジ色の光に照らされたカウンターがあるからだった。

 

 カウンターの上には分厚い辞書ほどのボリュームがあるカタログが置かれており、その向こうでは店員が椅子に腰かけたまま腕組みをして眠っている。

 メカニック用のツナギを着用しており、脱いだ帽子を顔の上に乗せているので表情は見えないが、かなり小柄な体格のように思えた。

 

 

 ヒュウとスノウが口笛を吹いて、楽しそうに笑う。

 

 

「いいね。これは思ったよりも品揃えが豊富じゃないか」

 

『あ、あれ……? おかしいですね。店内の様子がショップデータ一覧に掲載されている内観と随分違うような……』

 

 

 スノウとは対照的に、ディミは訝しげな表情を浮かべていた。

 検索した時点ではもっとこぢんまりした店舗だったはずだ。断じてこんな、パーツの展示場のような異常な光景ではなかった。

 

 実際、ここに重ねられているコンテナはおかしい。

 コンテナの型番から読み取るに、“同じ型番のパーツがほとんどない”。

 品揃えが豊富という条件でヒットした店とはいえ、いくら何でもやりすぎだ。

 

 そしてもうひとつ言うなら、このコンテナの山はあまりにも整理が行き届いていた。

 

 

『なんだかすごく整然とコンテナが積まれてますね……まるで図書館みたいです』

 

「図書館ねぇ……。ボクはそれよりもっと似ているものを見たことがあるな」

 

『それはどういった?』

 

 

 問われたスノウがクスッと笑い、答えを口にしかけたとき。

 

 

「うるっせえなあ……。誰だよ、勝手に入ってきやがって」

 

 

 カウンターの向こうで寝こけていた店員が体を起こし、顔を覆っていた帽子を手に取った。

 

 鈴を転がすような可愛らしい声色にそぐわない、荒っぽい口調。

 年齢は11~12歳ほど。第二性徴期を迎える前の女児らしい小柄な体格。

 真っ赤な髪を後頭部に編み込んでまとめているが、ほどけば肩まであるだろう。

 エメラルドグリーンの瞳は、今は寝起きでしょぼしょぼとしている。

 

 店員の少女は眠そうな目をしたまま机の上に散らばっていた小さな棒付きキャンディを引っ掴むと、緩慢な動作で包み紙を剥いて口に含んだ。

 

 カラコロと口の中でキャンディを転がしながら、メカニック帽を被り直す。

 メカニック帽にはピンクのリボン状の飾りが2本付いており、正面から見るとまるでウサ耳のようだった。

 

 甘味を口にしたことで眠気が冴えたらしく、店員の少女の瞳がぱっちりと開く。

 そしてスノウたちを見つめ直して、んん? と声を上げた。

 

 

「いや、待て……本当に誰だオマエら? どうやって入ってきた?」

 

「どうやっても何も、普通に検索して入って来たんだけど。ここパーツ屋でしょ? できるだけ閑古鳥が鳴いてる店、という条件で絞ったけど」

 

 

 スノウは山と積まれたコンテナを見上げ、にっこりと笑う。

 

 

「うん、いい店だと思うよ。これは見ごたえがある」

 

「そりゃどーも。褒められて悪い気はしねえけどよ、生憎と売り物はないぜ」

 

「これだけパーツがあるのに?」

 

「売るつもりがないんでね」

 

 

 店員はぶっきらぼうに言い捨てると、ぼりぼりと帽子の上から頭を掻く。

 スノウの方など見もしない。完全に興味を失っている。

 

 

「ったく、検索エンジンのバグかねぇ? 検索に引っかからないように弾いたはずなんだが、どうして入ってきちまったのやら」

 

「そうか、売り物じゃないのか。まあそうだろうなという気はしてたよ。だってこれ、キミの“コレクション”だろ?」

 

 

 そうスノウが口にすると、店員は驚いたように振り返った。まるでそのへんに突っ立っていた案山子が突然しゃべりだした、とでもいうように。

 

 そして瞳をキラキラと輝かせると、スノウに近付いてバンバンと背中を叩く。

 

 

「わかるのか!? オレのコレクションが!!」

 

「わかるとも。この充実ぶりと整頓ぶり、そしてコンテナの前に浮かぶ内容物のホログラム。これはどう見たって“マニアのコレクション棚”だよ。自分で集めたものをニヤニヤしながら眺めて楽しむためのものだ、そりゃ売れないだろうね」

 

 

 スノウが頷くと、店員……いや、コレクターの少女は破顔して嬉しそうに笑う。

 

 

「いいねいいね、オマエはわかってるよ! そう、ここはオレの展示棚だ! ショップって(てい)にしないと領域(バイナリ)を確保できなかったからパーツ屋ってことにしちゃいるが、オレの! オレによる! オレのための! 自慢のコレクションだよ!!」

 

『……騎士様、よくわかりましたね』

 

「まあね。昔コレクターの友達がいて、フィギュアやらプラモやらゲームやら、自宅の複数の部屋を使ってコレクションしてたんだよ」

 

 

 ディミに耳打ちされたスノウの返答に、コレクターの少女はうんうんと頷く。

 

 

「その友達もなかなかの趣味人だな、オレと話が合いそうだ」

 

「そうだね。ボクはモノに執着しないタイプだけど、彼の情熱は尊敬していたよ。コレクションについてのうんちくや、どれだけ入手に苦労したのかの語りを聞くのが楽しくてね。泊りがけで遊びにいったもんだ」

 

「おお……。オマエ、いい奴だなぁ。珍しいぞ、そんな奴。オレにも昔そういう大親友がいたけど、今はもう会うこともできなくてな」

 

「そうか。まあ出会いと別れは世の常だからね」

 

「うむ、今はこの出会いを喜ぼう」

 

 

 あっという間に意気投合する2人。

 ディミは訝しげな表情で、スノウの耳元に先ほどより小さな囁き声を送る。

 

 

『まさかとは思いますが、このコレクションを盗もうなんて思ってないでしょうね?』

 

 

 するとスノウは目を丸くして、まさか! と口にする。

 

 

「いくらなんでもそんなことはしないよ。だってこれは“トロフィー”だ。ひとりのプレイヤーが誠心誠意ゲームに取り組んで獲得した勲章だよ? ゲームに本気で取り組む者として、その成果を横から奪うなんてできるわけがない。ガチャでSSR武器引きましたー程度のものならいざ知らず、安易な気持ちで手を出しちゃいけないものだよ、これは」

 

 

 アッシュくんディスってんのかメーン?

 

 まあそんな噛ませ犬はさておき、ディミは思わぬ答えに感心した表情を浮かべた。

 

 

『騎士様にもそういう他人を尊重する心があったんですね。私は今、ウミガメが産卵するときに涙を流すと知ったときと同レベルの驚きを覚えていますよ。畜生(アニマル)にもひとかけらの慈愛の心があったんですね』

 

「キミって本当にどんどん失礼になっていくよね……」

 

『ちなみにウミガメが産卵時に泣くのは単に塩分を排出してるだけの生理反応です』

 

「その豆知識、今言う意味あった?」

 

「いや、ちょっと待った」

 

 

 スノウとディミがいつもの漫才をしていると、横から少女が口を挟んだ。

 その瞳はスノウの頭の横に浮かぶディミに向けられている。

 

 

()()()()()()()

 

 

 スノウとディミは一瞬視線をかわし、眼だけで軽く頷く。

 

 

「ただのペットオプションパーツだよ」

 

『こんにちわ! 私、妖精ペットのディミちゃん! よろしくね!(カクカク)』

 

「最近のペットAIって会話もできてすごいよねえ」

 

「いや、騙されねえからな!?」

 

 

 コレクターの少女はできの悪い寸劇を軽く流し、ディミを指さす。

 

 

「ペットOPにはそりゃ会話機能くらいはついてるさ。主人と意味のあるやりとりをすることもできる。だが、その場の状況を判断してジョークを口にする機能なんかあるわけがねえ。ましてやジョークを学習する機能だと? バカも休み休み言えよ、そんな高等なペット用AIなんざあってたまるか。こっちはパーツ屋だぞ?」

 

「パーツ屋は体裁だけだって言わなかったっけ?」

 

『言いましたねえ』

 

「パーツ屋で不満ならコレクター(オタク)だ。オレは古今東西、このゲームのパーツなら大体何でも知ってる。ゲームマスターが即興で生み出したもんでもなけりゃあな」

 

 

 コレクターの少女は、軽く笑いを浮かべる。

 

 

「オレが知らない、ってことはつまりゲームマスターが即興で作り出した一品モノってことだ。で、改めて訊くが……『それはなんだ?』」

 

 

 どうも予想以上のマニアだったようだ。

 こいつを誤魔化すのは不可能と判断して、スノウがお手上げのポーズを取った。

 

 

「わかったわかった。チュートリアルのサポートAIだよ、元は。ボクがスカウトして専用のサポートAIになってもらったけど」

 

『スカウト!? 言うに事欠いて!? どう見ても誘拐でしたけどねえ!?』

 

 

 スノウの言葉に、少女は興味深げに頷く。

 

 

「チュートリアル用AI。なるほどな、それなら多数のプレイヤーとのコミュニケーション経験がある。チュートリアルが終わるごとに記憶がリセットされるとはいえ、経験は蓄積されているとしたら……感情的知性(EI)を獲得するというのもまんざらありえない話ではない……か?」

 

「よかったなディミ、なんかキミは割とレアキャラらしいぞ」

 

『あんまり素直に喜べないですけどねえ』

 

「普通は頭が良いって褒められたら嬉しがるものだよ」

 

『人間の心を手に入れたピノキオが幸せだったと思います?』

 

「それが不幸せなら、人間様は生まれつきもれなく不幸だな」

 

 

 互いにデッドボールを投げ合ってクスクス笑うスノウとディミ。

 その光景に、少女が思わず目を見張る。

 そしてディミを指さし、力の限りに叫んだ。

 

 

「その子を譲ってくれ、頼む!」

 

『は!?』

 

「うん? 嫌だけど」

 

 

 目を丸くして立ちすくむディミと、サクッと拒否するスノウ。

 そんなスノウに少女がすがりつく。

 

 

「そう言わずに、譲ってよ! お願い、お姉ちゃん!」

 

 

 スノウの手を取って、うるうるとした上目遣いで詰め寄ってきた。

 いたいけな少女の外観が伴って、まるで幼い子供を虐めているかのような構図。少しでも心ある者なら、罪悪感に苛まれてしまうことは必定。

 

 

 スノウは天使のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

 

 

「やーだよっ☆」

 

 

 そしてそんな泣き落としが、“僕の考えた究極の美少女アバター”であるスノウに通じるわけがないのだった。

 むしろ外見を利用することなら負けず劣らずの悪質ぶりである。本人が思っているような効果を発揮しているかはさておき。

 

 泣き落としが通じないと見た少女は、うぬぬと苦い表情をする。

 

 

「ただでさえ一品モノのOP、さらにそこまでの知性(AI)(EI)を持った知性体なんて探してもそうそう見つかるもんじゃない。金ならいくらでも弾む! 言い値でも構わん、いくら積めば売ってくれる!?」

 

「売らないよ。この子は売り物じゃないもん。キミだって自分のコレクションは売れないだろう? それと同じだよ」

 

「ぐっ……!」

 

 

 ぐうの音も出ない反論に、少女は沈黙する。

 そしてしばしの静寂の後に、絞り出すように言った。

 

 

「わ、わかった……! じゃあオレのコレクションのパーツから……性能が高すぎない……いや。なんでも好きなのを……1個……いや……ぐぐっ……! に、2個……」

 

 

 無表情のスノウの顔を見て、何度もつっかえながら言う。

 

 

「さ、3個だ! 何でも好きなパーツ3個と交換してやる! だから譲ってくれ、それならいいだろ!?」

 

「3個ねえ……」

 

 

 腕組みして顎を撫でるスノウを、ディミはハラハラした顔で見つめている。

 

 とんでもない破格の申し出だった。

 ここに積まれたパーツの表記が正しければ、現状どのクランも達成していない技術ツリーのものさえ含まれている。

 望むならば、人類がいまだ到達せざる奇跡(オーパーツ)がスノウの手に収まる。

 自分のようなただのAIがその対価にふさわしいとは到底思えないが、どう考えてもその交換は受けるべきだ。

 スノウはまだ交換レートを吊り上げる気かもしれないが、現状のレートですら破格すぎる。早くその交換を受けてください、と言いたかった。少女の気が変わろうものなら、二度とはないチャンスを棒に振ってしまう。

 

 しかしただひとつ。

 ただひとつだけ残念なことは……。

 

 もう二度と、スノウと共に冒険できない。

 この無茶苦茶でデタラメでワガママで、どんな道理も蹴っ飛ばしてしまう子供じみたプレイヤーが見る景色を、一緒に見ることはできない。

 

 それだけが無性に悲しかった。

 

 

 スノウはそんなディミの方など見もしない。

 口角を吊り上げて、ニヤリと笑った。

 

 

「その程度じゃ売ってやれないな。悪いけどこの子はそんなに安くないんだ」

 

「お、お前はバカか? このパーツの価値がわからねえのか!?」

 

「いや、なんかすごいってことはわかるよ。ただこっちはいかんせん始めたばっかの新人(ニュービー)で、機体も初期パーツなんだよね」

 

「……は?」

 

 

 あんぐりと口を開ける少女。

 悪態を吐く顔も愛らしいけど、ぽかんとした顔もちょっとマヌケでカワイイな……とスノウは思いつつ、ニタリと嗤う。

 

 

「まあそれはさておき、どんな高級パーツでも交換はできないよ。だってその子は、ボクの“半身(demi)”なんだから。ボクはこれからその子とこの世界の頂上を見に行って、一緒に最高の景色で盛り上がるつもりなんだ。自分の魂の半分に値段を付けられるか? ボクには無理だね。だからボクは売らないし、売れないのさ」

 

「半身……? OPが、か……?」

 

「キミだってコレクターならわかるだろ。ひとつの対象について他人が抱く価値と自分が抱く価値は、必ずしも一致しない。ゴミに大金をはたく奴だっている。キミが付けた価値より、ボクが付けた価値が圧倒的に高かった、それだけのことだよ」

 

『騎士様ぁぁぁ!!!』

 

 

 ディミがぼたぼたと涙をこぼしながら、スノウの頭に飛びついてきた。

 

 

『うううう~! 騎士様が私のことをそんなに買っていてくれたなんて~!!!』

 

「あーもう、鬱陶しいな。そこは『騎士様にもようやく私の価値の一片でもわかったようですね、それならお小遣いのひとつもください』くらいで返しなよ。……待った、涙はともかく鼻水を擦り付けるな! というか鼻水なんて機能AIに必要か!?」

 

 ディミのメイド服に入っていたハンカチで涙と洟を処理させつつ、スノウはため息を吐いて少女に振り返った。

 

 

「というわけで、悪いけど交渉は不成立だ。なに、ディミはあげられないけどサポートAIは一品モノじゃない。チュートリアルでボクと同じように交渉すれば、ディミの姉妹機だって手に入るんじゃないかな」

 

『あまり広めないでほしいですね、その誘拐……。人員不足になったらどうしてくれるんです?』

 

「AIって畑から無限にとれるんじゃないの?」

 

『大根か!』

 

 

 調子を取り戻したディミが、スノウの頭をハリセンでスパーンとはたく。

 少女はそんな2人のやり取りを見て、クスッと笑いを漏らす。

 我慢できないというように拳を口元に持っていき、コロコロと笑い声を上げた。

 

 

「仕方ないな……わかったよ。親切にありがとうな。じゃあディミさんの姉妹機をもらうことにするよ」

 

「うん、わかってくれてよかった。長々と邪魔してごめんね。じゃあディミ、他の店を検索してくれる?」

 

『わかりましたー』

 

 

 ディミが別のパーツ屋を検索し始める。スノウは彼女が操作するインターフェイスを横から覗き込んでいる。

 

 その仲の良い2人の背中を眺めながら、うらやましいなぁと少女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、本当にうらやましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が持っていないものを見せつけられるのは、こんなにも()ましい。

 

 

 姉妹品では違うのだ。

 自分は、それ自体(ディミ)が気に入ったのだ。

 

 彼女はパーツコレクターである。

 これまであらゆる手段を用いて、無数のパーツを集めてきた。

 手段は選ばない。

 大金を積んだこともあれば、自ら開発したことも、強敵を打ち破ったことも。

 

 ころしてでも、うばいとったことも。

 

 

 幾多のライバルを抹殺してきた、必殺の拳が無防備なスノウの背中に突き刺さる。

 



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第32話 イキリメスガキシンドローム

 スノウの背後から細い首を狙って繰り出される貫手は、必殺の威力。

 パンチなどよりもはるかに高い貫通力を誇るその一撃は、リアルであれば頸椎損傷を引き起こして最悪死に至らしめる。その威力から多くの武道や格闘技で禁じ手に指定されている、致命の一撃だ。

 

 VR空間であっても間違いなく死亡判定を引き起こすその一撃を、スノウは素早く反転して手首を掴み、逆手に返して少女の関節を()めようとする。

 

 しかし少女は手首を掴まれた瞬間にもう片方の手で手刀をスノウの腕に叩き込み、それを察したスノウがすかさず手を放してヤクザキックを少女の腹に入れた。

 

 前蹴りを腹に受けた少女だが、しかし少女故の体重の軽さを利用して後ろに飛び下がり、ダメージを殺す。貫手を前に突き出した構えで、ちろりと唇を舐めた。

 

 

「いい勘してるじゃねえか」

 

「そこまで殺気を駄々洩れにして、気付かないわけがあるかよ」

 

『殺気……殺気ってなんだ……?』

 

 

 突然即死級の殺人技を繰り出した少女と、それをかわしたスノウの技の応酬に混乱しながらも、とりあえず突っ込むディミ。相変わらず理解不能であった。

 

 

「まあ端的に言っちゃうと、“違和感”かなあ。状況とか体内物質の分泌とかいろいろあるとは思うけど、今回の場合は……」

 

 

 スノウは半身になって手を前に伸ばした構えでニヤリと嗤う。

 

 

「襲ってこないわけがないんだよなあ。これだけのパーツの山だぞ、尋常な手段だけで集められるもんじゃない。他のプレイヤーを襲って奪いでもしなけりゃ無理でしょ。他のプレイヤーを倒してからどうやってパーツをかっぱいでるのかは知らないけどね。コレクター欲を満たすためなら、そりゃ襲うだろ?」

 

『普通の人間は襲わねえよ、暴徒か?』

 

「でも襲ってきたじゃん」

 

「そこまで隙を見せてんだ、襲わなきゃ失礼ってもんだろ?」

 

 

 礼儀の語義にケンカを売りながら、少女はにっこりと微笑む。あどけない顔立ちに浮かぶ野獣のような獰猛な闘志が、なんともいえない異様さを感じさせた。

 

 自分よりもやや幼く見える少女のアバターを油断なく見つめながら、さあこの後どうしようかと考える。

 まさかロボットVRアクションゲーで生身の格闘戦をすることになるとは思いもよらなかったが、先ほどのやりとりから察するに恐らくVR空間でもアバター同士の格闘戦は一般的な物理法則の元に成立する。

 そして頸椎という急所を狙ってきたということは……。

 

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 呼気を噴出して獲物に飛びかかる蛇さながらの鋭い声を出しながら、少女が一気に距離を詰めてスノウを襲う。前方に高速で跳躍する勢いを駆り、一直線にスノウの首元を狙う鋭い右手の一撃。

 

 喉輪を極めて、身動きを封じる算段!

 

 そうはさせまいと、その腕を左腕で振り払うスノウ。

 しかし少女はそれを予期した動きでくるりと半回転しながら、遠心力の乗った左手でスノウの目を狙う。それをスノウが右腕でブロックし、一瞬止まった少女の腕を引っ掴んだ。

 

 そのまま腕を引き寄せ、胸倉を掴むスノウ。

 足を引っかけて体落としを狙おうとするが、すかさず少女が前に跳んでヘッドバットを繰り出し、スノウのこめかみに打撃を与えようとしてくる。

 

 

「チッ!」

 

 

 少女が跳んだ勢いを逆に利用して、巴投げ!

 その軽い体重からぽーんと空中に投げ上げられた少女は、カウンターへと頭から突っ込んでいく。

 

 ドンッという鈍い音を立ててカウンターに激突する少女。

 

 

『やりましたか!?』

 

「やってない。受け身を取られてる」

 

 

 ここが現実で少女が見た目通りの外見であれば、すぐさま救急車を呼ばなくてはならない状況。重篤な後遺症を残しかねない、勢いの乗った投げだった。

 

 しかしスノウの言葉通り、少女は何事もなかったかのように体を起こし、ゆらりと立ち上がる。いや、何事もなかったは言いすぎだ。少なくとも脚にはきている。

 

 だがその表情は、歓喜と興奮に震える笑顔は、紛れもない凶相。

 咥えていたキャンディをガリゴリと音を立てて噛み砕き、ペッと棒を吐き捨てる。キラキラと輝く虹色の血(倫理規定エフェクト)の混じった唾液が棒にまとわりつき、床を汚した。

 

 

「ククッ……こんないたいけな小学生に、随分容赦のない投げをするじゃねえの」

 

「何がいたいけだよ、急所ばっか狙いやがって。リアルなら破門だぞ」

 

「悪いな、ちょっと手違いでこんなアバターになっちまったもんでよ。オレも心苦しいんだが……一撃で殺してやるしかねえよなあ?」

 

 

 キキッと楽しそうに喉を鳴らす少女。ふぁさっと帽子のウサミミが揺れる。

 あどけないその口元から、ギラリと牙が輝くのが見え隠れする錯覚。

 

 

「なーにが因幡の白兎だよ。むしろサメの方じゃないの? 何てったってシャークトレードがお好きだもんね」

 

「オレはウサギさんだぜ? まあ撫でてきたら頸動脈を噛みちぎってやるけどよ」

 

 

 そう言いながら少女はぷっくりした手をちょこんと頭に乗せ、うさぎさーんがぴょんっ♪ とお遊戯する仕草で煽ってくる。

 

 

『うわっ、煽るぅ……。ウサギはウサギでも、首狩りウサギ(ボーパルバニー)じゃないですか……』

 

聖なる手榴弾(ホーリーグレネード)が欲しいところだね」

 

 

 他愛のない(ブリティッシュ)ジョークを吐き捨てつつ、実際こいつを爆発兵器なんかに巻き込んで殺せないかなと考える。

 スノウが得意とする投げ技は、基本的に相手の自重を破壊力に変える技だ。その点を考えると、体重が軽い少女などというのは非常に相性が悪い。

 相手が何らかの格闘技を修めていて、高確率で受け身を取ってくるのであればなおさらのことである。

 

 

(貫手を使うことからして、空手……いや、合気道? 総合古武術という線も)

 

 

 面倒だな、とスノウは歯噛みする。とんでもなくやりにくい相手だ。

 思えばこういう攻めにくい局面を、かつては稽古のたびに味わってきた。高校時代にはそれこそ親友の家の道場で何度もこういった苦い試合展開を……。

 

 

「待てよ。因幡……稲葉(いなば)? 稲葉流古武術?」

 

 

 その言葉に、ぴょんぴょん飛び跳ねて煽っていた少女の動きが止まる。

 まさか、と口にする。

 

 

「そっちこそ、その気味が悪いほどの勘の良さ……。まさか……シャイン?」

 

「じゃあ、キミは……バーニー?」

 

 

 ぽかんとした表情でスノウが呟くと、バーニーと呼ばれた少女は目を輝かせた。

 

 

「マジか? 本当にシャインなのか……!?」

 

「そっちこそ、本当に!? 本当にバーニーなのか!?」

 

「おうよ! 嘘だろ、まさかもう一度会えるなんて……」

 

 

 そこまで言ったバーニーは、視線を下げて自分のちんまりとしたボディを見た。

 そして瞬間的に真っ赤に顔を染め、もじもじと縮こまる。

 

 

「み、見るなぁ!! このアバターは違う、違うんだ! 好き好んでこんなロリコンが喜ぶようなのを選んだんじゃなくて……!!」

 

 

 バーニーが何やら言っているが、スノウは構わずにその体に抱き着く。

 

 

「バーニー! 生きてたんだな……!! よかった、本当によかった……。みんな君が死んだなんて言って、学校にも来なくなって……。ううっ……」

 

 

 ぽたり、ぽたりと熱い液体がバーニーの頬を濡らす。

 

 

「シャイン……?」

 

 

 スノウは膝を折り、すがりつくようにバーニーに抱き着く。

 まるで少しでも手を離せば、幻のごとく消えてしまうのではないかというように。

 

 

「ばーか、オレがそうそう簡単に死ぬかよ。なんたって、オマエのダチだぜ? 何度一緒に死線を潜ったと思ってんだ。死んだとしても化けて出てやるさ」

 

 

 バーニーは軽く鼻を鳴らすと、ぐすぐすと音を立てるスノウの頭を撫でた。

 女子小学生が、少し年上のお姉さんを慰めているような不思議な光景。

 

 

「ただいま、シャイン」

 

「おかえり、バーニー……」

 

 

 そんな仲の良い姉妹のような2人を、ディミは戦慄した顔で見ていた。

 

 

『メスガキが2人に増えた……!?』

 

 

 

【学名】ネカマメスガキ

 

ネットゲームに生息し、愛らしい少女に擬態するホモサピエンスの亜種。

 

極めて攻撃性が高く、呼吸をするように煽る。

一部の学説では、これは求愛行動の一種なのではないかとも言われている。

 

同類と出会った場合、激しく敵対するかべったり仲良くするかに反応が分かれる。

仲の良いネカマメスガキの交友関係を百合と呼ぶかBLと呼ぶかについては、研究者の間でも激しく議論されている。

 

研究者仕事しろよ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 バーニーの中の人は、名を稲葉(いなば)恭吾(きょうご)という。

 虎太郎の高校時代の同級生でもある彼は、高校生になるまでゲームをやったこともなかった虎太郎にゲームを教え、この道に引き込んだ親友でもあった。

 今はこのゲームの運営会社にバイトとして雇われているのだという。

 

 

『この人が諸悪の根源ですか……』

 

「大恩人だよ?」

 

「よせやい、照れるじゃねえか」

 

 

 ひょいぱくと口に運んだマシュマロをカフェオレで流し込みながら、バーニーは帽子のウサミミを揺らしてまんざらでもなさそうに笑った。

 

 

「バーニーの家は古武術の名門で、たしかどこかの……まあお金持ちの家で一族代々ボディーガードを務めているくらいの腕利きなんだよ」

 

「ああ、天翔院(てんしょういん)な。まあオレがすごいわけじゃねーから、それは。親のカネでこっそりコレクション買い集めておいて言えた口じゃねーけど」

 

「ボクも一時期バーニーの家に通って、技を教えてもらったっけ」

 

「ああ、アレな。柔術の技を少しだけ教えたが……」

 

 

 バーニーはさらにマシュマロを掴み、ひょいぱくと次々に口に投げ込む。

 

 

「VRゲームで使いたいからリアルで技を教えてくれ、なんてやつ初めて見たわ。しかも敵の武器を奪って戦いたいから素手で頼む、とかぬかしてさぁ」

 

『……何やってるんですか、騎士様? 昔から頭おかしかったんですね』

 

「いやだって、ゲーム内で技を覚えたらSP(スキルポイント)も消費するし、武器を買えばお金も減るんだよ? でもそれがリアルで無意識に繰り出せるほど技が身についていれば、無消費で使えちゃうんだ」

 

 

 スノウはにっこりと笑う。

 

 

「それなら……リアルで覚えた方が、他のことにSPもお金も回せてお得でしょ?」

 

「オマエのゲームの遊び方はおかしい」

 

『普通はリアルでできないことをゲーム内でやるためにSPを振るんですけど』

 

 

 ようやく一緒に突っ込んでくれる人材を得て、ディミはほろりと涙をこぼした。ちくしょう、今日のカフェオレはやけにしょっぺえじゃねえか。

 飲んだの今日が初めてだけど。

 

 

「まあ、お前は昔からマンチキンだからな……。前作でも随分ゲームの仕様の穴を突いて好き勝手してたからなあ」

 

『やっぱり常習犯じゃないですか!』

 

「穴のある仕様にしてる方が悪いんだよ」

 

「まあなあ。それに、穴があっても普通は真似できんわ」

 

 

 そう言って、バーニーはハンガーに直立するを眺め、改めてぷっと噴き出して肩を震わせた。

 

 

「いやー、ほんっとひでえわアレ。よくあんなので戦う気になったな」

 

「カワイイと思うんだけどなぁ」

 

 

 先ほどスノウとの再会を喜び合ったバーニーは、せっかくだから機体をみてやると言ってハンガーにシャインを召喚させたのである。そしてシャインの姿を一目見るなり、ぶひゃひゃひゃひゃと腹を抱えて笑い転げたのだった。

 

 

「初期パーツの原型もなくなるようなステ振りするかぁ、普通? いや、武器メモリに一切ステを振らないのも頭おかしいんだけど、いくら装甲・スピード重視だからってあんなマシュマロのお化けみたいな……ぷっくっく」

 

 

 ずんぐりむっくりの体型で真っ白なボディのシャインは、言われてみれば機械の力でお化け退治する往年の映画に出てくるマシュマロお化けそっくりだった。

 

 

「よくあんな力業で解決したなぁ。強引にパーツをいじりすぎてユニーク品みたいになっちまってるぞ、レア度は最低だけどな」

 

『苦労したんですよぉ、めちゃめちゃなオーダー実現するの……』

 

「いや、あれは役に立ってくれたよ。おかげでレイドボスも倒せたし」

 

 

 スノウが言うと、ほうとバーニーは感心した声を上げた。

 

 

「もうレイドボス倒したのか、さすがだな。何をやった? この機体でなんとかしたってことは“色欲(ラスト)”のウサギあたりか? あれならむしろソロの方が狩りやすいからな」

 

「いや、クマだよ」

 

「……クマ?」

 

『“怠惰(スロウス)”の七罪冠位です』

 

 

 ディミの言葉に、バーニーはぶふっとカフェオレを噴き出した。

 ゴホゴホと咳き込みながら、ツナギの袖で口元を拭う。

 

 

「七罪冠位!? あの機体で倒したのか!?」

 

「倒したといっても、300人弱で囲んでゾンビアタックだよ。ボクひとりで倒したわけじゃない。定員大幅オーバーだ」

 

 

 憮然とした口調で、スノウはカフェオレをずずーとすする。

 バーニーは呆れたようにそんな親友を見て、ククッと笑った。

 

 

「まあ、そうか。そりゃ定員狩りは無理だわな……にしても大したもんだ。ゲームマスターがどう思っていようが、オレはすげーことやったなって思うぜ。さすがオレのダチだ、誇らしいぜ」

 

「ありがと。でも、あのときキミがいてくれたら、もっと簡単に勝てたんだけどな。現地で見つけた見込みがある子とボクで何とかするしかなかったよ」

 

「つっても今運営側の雇われの身だからなぁ。プレイヤー側に加担するのもなかなか制約が厳しいが。……で、レイドボス倒したってことは、当然MVPだろ? 何を手に入れたんだ?」

 

「ああ、そもそも今日はそれを鑑定してもらいに来たんだよ。ディミ、なんだっけ?」

 

『はいはい。銀翼“アンチグラビティ”ですね』

 

 

 インターフェイスを操作したディミが、中空にパーツを表示させる。

 腕を組んでそれを見たバーニーが、ふーんと顎をさすった。その様子にディミが小首を傾げるが、何も言わずにバーニーの言葉を待つ。

 

 

「うん、なかなかいいパーツだな。レア度自体は高くないし、性能も大したもんじゃない。初期パーツよりはそりゃいいが、中規模クランなら同等の性能のパーツを量産できる。だが付いているアビリティ“重力操作(LV1)”こいつはいい」

 

「重力操作か。そういえばあのクマが重力砲やら重力の盾やら、いろいろ使ってきてたけど……あれをボクも使えるようになるってこと?」

 

「残念だが、そこまでじゃない。なんせLV1の低レアアビリティだからな」

 

 

 そうだなあ……とバーニーは人差し指を立てた。

 

 

「自分、および触れた物体にかかる重力を少しだけ軽くしたり、重くしたりできる程度だな。ちなみに言っておくが、いくら使ってもLVは上がらねえぞ。上げたきゃ同じシリーズの高レア品を拾わねえとな」

 

『……なんだか微妙ですね? 元のアンタッチャブルが強かった割には』

 

「うーん……」

 

 

 スノウはやや小首を傾げてから、なるほどと頷いた。

 

 

「確かにそれはボク向きだ。つまり飛行速度を上げられるってわけだね?」

 

「おうよ。自分にかかる重力を少し遮断できるってことは、速度が上がる。空中戦が得意なオマエ好みだ。お前、前作から飛行魔法でびゅんびゅん飛んでやがったろ」

 

『ああ、それで飛ぶのが異様にうまいんですね……』

 

「あとはまあ、飛行速度上げる以外にも使い道はあるだろうが……。そいつはお前が実戦で見つけりゃいい。何せ、オマエネタバレ大嫌いだろ?」

 

「もちろん」

 

 

 スノウは我が意を得たり、とニコニコして頷いた。

 

 

「自分で攻略法を発見したときが快感なんだよ。さすがバーニー、よくわかってる」

 

「そりゃ前作でネタバレして、ひどい目に遭わされたからな……」

 

 

 そう言ってバーニーは机の上の棒付きキャンディを口に含み、ひとつ伸びをした。

 

 

「んじゃやるかぁ」

 

「うん? やるって、何を?」

 

「決まってんだろ、ここをどこだと思ってんだ。パーツ屋だぞ?」

 

 

 バーニーは自分の薄い胸を叩き、ニッと笑った。

 

 

「任せろ、ダチ公。オレが少しはマシな機体に作り替えてやるぜ」

 

 




作者はこれをほのぼの日常回のつもりで書いたという事実。


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EXTRA ARCHIVE 鈴夏の雑念まみれランニング

 チュチュチュン、チュチュチュン!

 

 

「うー……うーるーさーいー……」

 

 

 枕元でけたたましく鳴き声をあげる小鳥の囀りに、鈴夏(すずか)は眠そうな声を上げて寝返りを打つ。

 

 

 チュチュチュン、チュチュチュン! チュンチチュンチュン!!

 

 

「ううー……」

 

 

 延々と鳴き続ける小鳥の声に根負けして、ついに体を起こして枕元をごそごそとまさぐった。スマホを操作して、アラームをOFFに。

 小鳥の鳴き声が止まり、静寂が戻ってくる。窓の外から、本物の雀の声が小さく聞こえた。

 

 眠いけど、もう6時だし起きなきゃ……。

 

 ずるずるとベッドから抜け出す。

 鈴夏はアラームを鳴らしてもなかなか起きないが、一度ベッドから出てしまえばすっきりと目が覚める方だ。

 そもそも実家にいた頃は毎朝5時に起きていたのだから、随分と怠け癖がついちゃったなと自分でも思う。

 

 顔を洗い、ジャージに着替える。ドライヤーで寝癖も少しだけ整えておく。

 朝食はまだ食べない。これからランニングに行き、公園でストレッチと型の練習をして、帰ってきてから食べるつもりだ。

 

 ふと部屋の隅のカーテンを見て、少し顔を赤らめる。

 

 

「まさか警察を呼ばれるなんて……」

 

 

 昨日ログアウトした後で警察が自宅を訪ねてきたことを思い出して、鈴夏は恥ずかしさに身をよじる。

 どうやらVRポッドをしっかりと閉じていなかったらしく、ゲーム中で柄にもなく「死ねー」と叫んだのが近隣一帯に漏れてしまっていたらしいのだ。しかもそれが殺意に満ち溢れたドスの効いた声だったと言われ、恥ずかしさも2倍である。

 

 幸い優しいおまわりさんだったので「ちゃんと防音して遊ばないといけませんよ」とお説教を受けただけで済んだのだが、鈴夏はいたたまれない気持ちでいっぱいだった。これからはVRポッドを閉めたのを絶対に確認するぞ、と心に決めている。

 

 

「いってきまーす」

 

 

 誰もいない部屋に小さく声をかけて、鈴夏はボロアパートの自室を出る。

 ちらっと隣の部屋の玄関のドアを見たところ、カギがかかっているようだった。まだ隣人は眠っているのだろう。朝にトレーニングする習慣はないのかな。

 

 朝のランニングの時間は、いろいろ考えごとをするにはもってこいだ。

 どこからかトースターがチンとなる音と、パンの匂いが漏れてくる。空腹を誤魔化すように、走りながら鈴夏は思いを巡らせた。

 

 昨日はいろんなことがあった。

 隣人の男の子と出会い、ゲームの中でとんでもなく強い女の子と戦って、びっくりするくらい大きなクマをやっつけて、おまわりさんに怒られて、隣人の男の子と一緒にトレーニングする約束をした。

 

 あの女の子、スノウは本当に強かったなと考える。

 ゲームの腕前だけの話ではなく、心も強い。あんな無茶苦茶な遊び方をしたらとんでもなく多くの敵を作ってしまうだろうに、彼女はそうして敵を作ることすら楽しんでいるように思えた。

 他人から嫌われたって構うことなく、自分が楽しいと思うことを優先する思考。その強さは自分には欠けていたもので、だからこそ彼女の行動は鮮烈だった。他人の顔色をうかがってびくびくと生きていた自分とは全然違う。

 

 そしてそんな眩しい少女が、自分なんかに目を留めてくれたのも嬉しかった。こんな自分のことを、いつか彼女に匹敵するほど強くなれるかもしれないと言ってくれた。

 彼女はきっと腕前が強くなると言っていたのだろう。しかし鈴夏には……ジョン・ムウには、心も強くなれるとエールをもらったような気がした。

 

 いつかあの子ともう一度会いたいなと思う。

 

 

 あのレイドボスとの戦いの後、ジョンは【アスクレピオス】をクビになるのではないかと覚悟していた。レイドボスを倒すためとはいえ、待機命令に違反して勝手に動き、味方機を撃墜して砲台を占拠してしまったのだ。裏切り者として追放処分を受けても何もおかしくはない。

 事実、総指揮官は怒り心頭でジョンの追放を訴えていた。

 

 しかし【アスクレピオス】の上層部が記録されていたジョンの動きに目を留め、追放処分を差し止めたらしい。らしいというのは鈴夏をスカウトしたエージェントから電話口で聞いた伝聞だからなのだが、シャインと共に戦ったジョンを評価した人物がいたということだ。

 

 未だ誰も倒したことがないというレイドボスを倒して、【アスクレピオス】に新しい武器やパーツを解放したことが大きな評価点になったらしい。総指揮官が真っ先に撃墜され、その後一切指揮をとらずにログアウトしたことで、そもそも総指揮官の能力自体に疑問が呈されて命令違反もうやむやになったらしい。

 

 しかしジョンは“ヘルメス飛行中隊”に戻ることは許されなかった。上官がジョンの原隊復帰を断固拒否したのである。上官には元々嫌われていたが、同僚たちが腫れ物に触れるように口をきいてくれなかったのは少々堪えた。

 

 今のジョンの身分は宙ぶらりんだ。みんなジョンをどう扱ってよいのか困っているそうだ。これから配置転換によって、一般兵に回されるらしい。

 父の容体や、今後の実家の道場の行方は見通しが立たず相変わらず不安だ。状況はさらに悪くなったと言える。……だが、それでもなんとか頑張ろう。

 

 スノウはジョンにゲームの楽しみ方を教えてくれた。

 それはきっと、このリアルにだって同じことが言えるのだ。

 

 何故なら鈴夏(ジョン)が暮らすこの西暦2038年の世界は、現実(リアル)仮想(ネット)が不可分なほどに混じり合ってしまっているのだから。

 

 

 

 鈴夏はふと顔を上げ、朝の住宅街の空を見上げた。

 そこには電線など一本も見当たらない。かつて鈴夏が生まれた時代(2020年前後)には、日本の街の空には電線が複雑に通っていたのだという。

 マイクロ波による無線電力送信が実現された現在では、よほどの田舎にでも行かなければ街の空を覆って絡み合う電線など見ることはない。

 

 2020年代後半からの急速な文明の発展は、それまでの生活を一新した。

 

 7G通信網の整備によって秒間テラバイト単位の無線データ通信が可能となり、生活を支えるAIがネットに常駐し、ワイヤレス電力送信が実現した。VRポッドが生み出され、水素電池を搭載したエコカーが普及し、電柱は消えた。

 街は日々変容を続けている。

 そして街が変化するということは、人間の暮らしもまた変わっていくということ。

 

 今や大学生が毎日大学に通う必要もない。WEBを通じて自宅から講義を受けられるし、出席できなくてもアーカイブから講義を聞くこともできる。一部の古い世代の教授はリアルの生講義に拘っているが、淘汰も時間の問題だろう。

 今やVRポッドを使って講義をする大学すら登場しているというのに。

 

 まあ7G通信網はまだ不安定なところがあり、日によって6G通信網相応の秒間ギガバイト単位に落ちてしまうこともあるが……。WEBで講義を受ける程度なら、6G通信網でも十分だ。

 

 

 でもそんな時代に、リアルでしか営業できない拳法道場など存続させることに何の意味があるんだろうと鈴夏は思ってしまう。

 父の命は救いたいが、家業の拳法道場は閉じてしまってもいいのではなかろうか。元よりそんなに門下生がいたわけでもないのに……。

 

 

 ダメだダメだ、もっと気持ちが上向きになることを考えようと鈴夏は頭を振る。

 トレーニングはポジティブな気持ちでやるに限る。

 ポジティブなこと……楽しいこと……うれしいこと……。

 

 

(虎太郎くんって、結構筋肉あったよね)

 

 

 昨日抱きしめた虎太郎の思わぬ肉付きに、鈴夏はにへっと頬を緩めた。

 中学生の男の子みたいに思っていたのに意外に体は締まっていて、腹筋も硬そうだった。あれはかなり鍛えている。一見して華奢に見えるが細マッチョだ。

 可愛い顔立ちなのに筋肉は付いてるなんて、それは結構鈴夏の好みに近くて……。

 

 

「はっ……! だ、ダメダメ! 何考えてるの私!」

 

 

 鈴夏は真っ赤に茹だった顔をぺちぺち叩いた。

 

 出会ったばかりの男の子の感触を思い出してニヤニヤするなんて、こんなのエッチな女の子みたいじゃない。そんなことを考えちゃダメだよ。

 虎太郎くんはすごく純真そうだし、私が困ってると知ってありがたい提案だってしてくれたのに。そんな出会ったばかりの親切な後輩を邪な目で見るなんていけないことだよ。

 

 自分の好みの男の子像なんて、アバター(ジョン)を作るくらいで満足しておかなきゃ、うん。

 ……でもあの子と一緒に稽古とか、考えただけでちょっとウキウキする。

 うん、これきっとポジティブ思考だよ。いい感じだよ。

 

 自らを納得させた鈴夏は、走りながらうんうんと頷く。

 

 

 そうだ、今日のお昼は虎太郎くんにおいしいお店を紹介しちゃおうかな。バイト代も入ったばかりだし。

 ちょっとおごっちゃって、先輩(おねえちゃん)としていいとこ見せちゃおうかなぁ。

 

 

 にへにへと頬を緩めながら、鈴夏は朝の街角を走り抜けていく。

 その足取りは軽く、スキップするかのようだった。



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第33話 シャイン・アンチグラビティ

「とりあえずいくらカネ持ってんだ、あぁ?」

 

「こ……これだけです……」

 

 

 ニヤニヤと笑う幼女に、可憐な少女が震えながら有り金を差し出す。

 

 

「本当かぁ~? 少なくねえ? もっと持ってんだろ、ジャンプしてみろよぉ!」

 

「ほ、本当にこれだけなんですっ……!」

 

 

『なにやってんですかアンタら』

 

 

 寸劇を繰り広げるスノウとバーニーに、ディミが呆れた調子でツッコんだ。

 機体の改造にあたり、とりあえずJC(ジャンクコイン)をどれだけ持ってるのかと聞かれたのが今のやり取りである。

 

 それにしてもこの幼女、脅す姿が異様に堂に入っていた。これでもおぼっちゃんのはずなのだが。

 

 

「本当にこれだけ? いや、本気で少ねえな。オマエみたいのが暴れ回って勝利報酬がもらえないなんてことはねーだろ?」

 

「勝利報酬? いや、もらってないよ」

 

『この人、どの陣営にも属さず【無所属】のまま戦場荒らしてるんですよ……』

 

 

 ディミに説明されたバーニーは目を丸くして、それから大笑いしながらバンバンと激しく手を打ち鳴らした。

 

 

「ぶわはははははははは!! いいね、それ最高! すげーオマエらしい!」

 

「ふっふっふ、そうだろ?」

 

『クソッ、常識人かと思ったらこの人も非常識だった!』

 

 

 そもそも物盗り目的で背後から襲ってくる奴のどこに常識人要素があったんだ?

 

 バーニーは目尻に浮かぶ涙をぷにっとした指先で拭い、はーっと息を吐いた。

 

 

「オマエは本当に変わってないなあ……。ホッとした」

 

「人間そうそう変わるもんじゃないでしょ。あれから2年しか経ってないんだし」

 

「ん……まあ、どうかな。生きてりゃ変わるのも人間だからな」

 

 

 まあそれはそれとして、とバーニーは話を戻す。

 

 

「ってことは全部の陣営をぶっ飛ばして、暴れ終わったら帰ってるのか?」

 

「ううん、傭兵としてどれかの陣営に雇われることにしてるんだ。フフフ……なんと雇われて勝つたびに、リアルでお金がもらえるんだよ!」

 

「ほほー。オマエにしちゃあなかなかあくどい儲け方を思いついたじゃねえか」

 

 

 感心するバーニーに、スノウはえっへんと薄い胸を反らした。

 

 

「そうでしょ。なんと勝つたびに5000円もらってるんだ」

 

「5000円!?」

 

 

 バーニーは驚愕に目を剥く。

 現実に企業間買収が起こるほど巨額の金が動くこのゲームにおいて、とんでもない価格破壊が行われていた。インフラへの影響やクランが一定以上のシェアを維持することで得られる“特典”を鑑みると、いくら何でも安すぎる。

 

 バーニーは説明を求めてディミを見るが、無言で首を横に振るばかり。

 うむむとバーニーは愛らしい唸り声を上げた。

 

 

「薄利多売か……? まあ、オマエは真面目だし学生だから金を持ちすぎないようにってのはわかるけどな。それにしても安すぎねえか?」

 

「えっ。これ安いの?」

 

「安いよ! 自分の腕を考えろ!」

 

 

 そう言うと、スノウはぱちくりと目を瞬かせた。

 

 

「だってボクはそんなにゲーム上手くないよ。【シャングリラ】だといつも最下位(ドベ)だったじゃない。そりゃ大抵の他のクランの人よりはうまいけど、そこまでの実力じゃないと思うし……」

 

「あっ……そういう……」

 

 

 バーニーは気付いた。

 こいつ化け物集団(シャングリラ)しか比較対象を知らないから、自分を標準的な実力のプレイヤーだと思ってる!

 

 とある事情でネット環境を与えられずに高校時代を過ごした虎太郎は、ネット文化に対して非常に疎い。おそらくe-sports選手や海外プロプレイヤーがいくらの賞金やファイトマネーをもらってるのかも知らない。いや、e-sportsを知っているのかすらあやしいレベルだ。

 

 しかも最初に所属したクランは、当時の国内最強チーム【シャングリラ】。そして彼らが戦う相手は、同様に上位層の化け物クランばかりだった。

 そんな人外魔境で初心者からスタートした虎太郎が、周囲に劣等感を抱きながらプレイヤーとして成長したのは当然のこと。

 

 事実、最初は開始数秒で殺されまくって涙目になっていたっけ。それでも持ち前の負けん気の強さと、生まれて初めて触れるゲームの楽しさで目をキラキラさせながら這い上がっていたが。

 

 それを面白がって、周囲のプレイヤーが寄ってたかって自分の技を仕込んだり、トラップ主体で戦う独自の戦い方の訓練相手を買って出たのだ。おかげでクランがなくなる直前には、クランのトップ7入りする実力が身に付いていた。

 

 

 しかしまさか、2年経っても当時のままの認識だったとは……。

 

 

「シャインよぉ……。オマエこの2年でなんかゲームしたか?」

 

「えっ? 地元でゲームなんてできるわけないじゃない。東京に来てVRポッドが抽選で当たって、ようやくゲームできるようになったんだよ。おかげで腕が錆び付いちゃって……【シャングリラ】のみんなとどれだけ引き離されちゃったのか、すごく心配だよ。これから頑張って追いつかなきゃね!」

 

 

 えへへと恥ずかしそうに笑いながらも、薄い胸を張るスノウである。

 そんな親友の顔を見て、バーニーは口に含んだ棒付きキャンディをカラコロと転がし、考え込んだ。

 

 こいつに自分が実際どれだけの化け物なのかを教えるのはたやすい。

 

 だが、こいつの成長期は周囲に劣等感を抱いているときにある。

 負けん気が人一倍強いからこそ、見下されることに我慢できず、異様な集中力を発揮する。実際にそれでクランのトッププレイヤーに追いついてきたのだ。

 

 こいつのためを真に思えば、成長を妨げるのはよくないのでは?

 

 うん、とバーニーは頷いた。帽子のウサミミ飾りがぴょこんと揺れる。

 

 

「そうだな! シャイン、オマエはまだまだ全然弱い。オレが機体改造してやるから、これから這い上がっていこうぜ!」

 

「うんっ!」

 

『!?』

 

 

 事実を伏せるバーニーの暴挙に、ディミが眼を剥いた。

 そんなメイドAIに、バーニーは小さな唇に人差し指をあててウインクする。

 

 いやいや……本当にいいの……?

 しかもなんだその仕草、ナチュラルメスガキかよかわいいな。

 

 

「バーニー?」

 

「んーにゃ、なんでもねえよ。とりあえず5000円は安いから、もうちょっともらっといた方がいいぜ」

 

「なるほど……わかった。でもあんまり高くすると、どこからも雇われないんじゃないかって不安もあるんだ」

 

 

 安心しろ、お前が干されることなんて絶対ねえから。

 その言葉を飲み込んで、バーニーは親指を立てる。

 

 

「その不安はもっともだな。だがシャインよ、別に支払いをリアルマネーに拘りすぎる必要はないんだぜ。リアルマネーで支払いをためらわれるようなら、JC(ジャンクコイン)で払わせりゃいいんだ」

 

「JCで?」

 

 

 小首を傾げるスノウに、バーニーはうむと頷く。

 

 

「JCはパーツの購入・生産・改造に必要だからな。せっかちな奴は課金でリアルマネーをJCに変えて、パーツを買ってるくらいだ。そしてJCは勝利報酬とレイドボス撃破で配られるから、JCが手元にないってことはありえねえ」

 

「勝利者報酬がもらえない傭兵プレイの場合、JCの入手経路は課金かレイドボス撃破に限られる。レイドボスとの遭遇はランダムだから、このままじゃ課金するしかないわけか」

 

『課金しません? いいですよー、簡単にJC買えちゃいますよー』

 

「しません」

 

 

 すげなく断ると、ディミは空中で体育座りしていじいじと指をさまよわせた。

 同じ運営側として苦笑しながらも、バーニーは話を続ける。

 

 

「そんなわけで、課金したくなけりゃ報酬でJCをもらうようにすればいいのさ」

 

「なるほどなあ。それなら多くの依頼主に雇われて、もっといろんな相手とも戦えるな……!」

 

「そうだな。……しかしオマエ、相変わらず戦闘狂(ウォーモンガー)だよな……」

 

「? PvPで人間と戦わなくて何のためのゲームなの?」

 

「そりゃそーだ」

 

 

 さて、と口にしてバーニーはハンガーに佇むシャインを見上げた。

 

 

「んじゃ、限られた予算で組んでみますかね」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「どーよ、これが新しいオマエの機体だぜ!」

 

「おお……」

 

 

 これまでの丸々としたフォルムから打って変わって、シュバリエ元来の流線形を取り入れたデザイン。機体は輝くような白銀(シャインカラー)に塗装されている。

 

 足回りは太く、腕は頑丈という従来のコンセプトは維持しており、見るからに力強さを感じさせるも不格好さはまったくない。

 胴体から続く流線形との合わせ技で、流麗さと機能美を両立していた。

 

 頭部も丸っこいパーツではなく、鋭角なものを使用。エメラルドグリーンの光を灯すカメラアイが、鋭い眼光を思わせる。確かな実力を持つ新進気鋭のパイロットにはふさわしい、挑戦的なまなざし。

 

 そして一番特徴的なのは、大きく広げられたその銀翼。

 物理的な部分は翼の骨格だけで、白い光が翼膜として張られているのだ。

 この翼は、白い光の重力場を展開することで飛翔する。大地が引き寄せる重力とは異なる摂理によって飛行するこの銀翼こそ、まさしく“アンチグラビティ”。

 

 

「オマエの切り札は投げ技だからな、足回りと腕回りはでかいままにしておいた。さらにオプションパーツとして【関節強化】を採用してあるから、重量がデカイ奴を投げたとしても自壊ダメージは受けねえ。もちろん、本来の用途通りに重い武器を装備することだってできるぜ」

 

 

 【関節強化】は本来レールガンなどの超重量兵器を装備した際に、重量によって機体の関節がダメージを受けたり、狙いがブレたりするのを防ぐためのOPである。

 それをバーニーは、投げ技を使う際の補強として取り入れていた。

 

 

「まあ、これとディミでOP枠は埋まっちまったが……どうだ? いいだろ」

 

「うん! うんうんうん、最高だよ! ボクにぴったりの立ち回りができそう!」

 

「だろぉ? オレにゃオマエの戦い方なんざ百も承知だもんよ」

 

 

 瞳を輝かせるスノウに、ふふんとバーニーが幼い胸を反らしてふんぞり返る。

 

 

「名付けて、“シャイン・AG(アンチグラビティ)”だ。見た目もバッチリ決まってるだろ?」

 

「すごくいいよ! さすがバーニー、ボクのキャラデザの師匠だ!」

 

『えっ? まさか、騎士様にアバター作りを教えたのって……』

 

 

 恐る恐る問うディミに、あっけらかんとバーニーが頷く。

 

 

「ああ、オレだけど?」

 

『貴方のせいで私は30時間もキャラクリに付き合わされたんですよキシャー!

 

 

 飛びかかって頭をぽかぽかするディミに、えぇ……とバーニーが困惑の声をあげる。

 

 

「なんで技術を教えて怒られないといけねーんだ……」

 

「そうだよ、ディミ。確かにキミのデザインした前の機体は……ぷっ、くくっ……。これと比べるとひどかったけど……くくくっ」

 

『はーーー!? 何笑ってんですか、可愛くていいっていいましたよね騎士様ぁ!? そもそも貴方が無茶振りするから、デザイン度外視でああせざるをえなかったんですけどぉ!? オイッ! そのメスガキスマイルやめろ!』

 

「メスガキじゃないですけどぉ!?」

 

 

 瞬間沸騰し合ってぎぎぎとにらみあう2人。

 普段から煽りまくってる割には驚きの耐性のなさであった。

 

 

「まあ、これもオレのデザインセンスが良すぎるのが悪いんだな。ふふっ」

 

 

 そしてそんな2人を見て、ほくそ笑むメカニックメスガキ。

 パイロットメスガキとオペレーターメスガキとメカニックメスガキの夢のコラボである。端的に言って悪夢かな?

 

 ……ディミは自分も容姿で言えばクール系メスガキであることを理解していない。

 

 

「で、武器だが」

 

 

 話を続けるバーニーに、スノウとディミがケンカを止めて向き直る。

 

 

「オマエの得意が武器を奪う海賊プレイってことは重々承知だ。だがさすがに丸腰スタートは辛いだろ? 愛用の武器は何か用意しておくべきだ」

 

『そうですねぇ。これまで武器メモリに一切振らなかったのは、初期ステータスの調整のためですし。パーツを換装したことで武器メモリも拡張されましたから、もはや自分の武器を用意しない意味はないですね』

 

「うーん……ボク的には丸腰でも十分武器を奪って戦えると思うんだけど」

 

「場合によっちゃ、武器を奪う雑魚が周囲にいないケースだってあるんだぜ。一部のレイドボスなんかはそうだ。出現エリアに単独POPするからな」

 

「なるほど。それは確かに必要だ」

 

 

 スノウが頷くと、バーニーは片目を閉じながら指を2本立てる。

 

 

「とはいえ使えるJCは残り少ないし、武器メモリも有限だ。取りうる手は2つ。ひとつは2種類の弱めの武器を購入する。もうひとつは……1つの武器に全力を注ぎこむ。そいつがこれだ」

 

 

 バーニーがインターフェイスを操作しようと、指を鳴らす。

 

 いや、鳴らそうとしてスカッた。

 リアルの男性の体とは異なり、子供の柔らかい関節では指パッチンで音を鳴らすことはできなかったのである。無様だな。カワイイね♥

 

 バーニーは真っ赤になってコホンと咳き込み、直接インターフェイスを操作した。

 インターフェイスの画面に、ビームライフルとそのスペックが浮かび上がる。

 

 

第三世代(準最新式)高出力ビームライフル“ミーディアム”。威力は高く、射程も長いうえにブレが少ない。連射性能が犠牲になっているから、通常のプレイヤーなら遠距離から使うべきだが……オマエ、エイム力は衰えちゃいねーよな? マッハ1(秒速340m)で飛びながらエイムアシストなしで当てられるか?」

 

「多分いけるよ」

 

『……なんでいけちゃうんですかねぇ……?』

 

「なんでもなにも、経験だよ。何千回と飛んでれば誰でも自然とできるさ。昔の空戦パイロットは、ロックオンとかなしで敵機に機銃を命中させてたんだからね」

 

「オートエイムがなかった時代の戦闘機はマッハ出たりしねえよ……。まあ、()()この機体もマッハまでは出やしねえけどさ」

 

 

 肩を竦めてとんでもないことをのたまうスノウに、バーニーは呆れる。

 

 

「前作から音速で空飛びながら弓矢でスナイプとかやってたからな、こいつ。前作じゃほとんどのプレイヤーが地上で戦ってたってのに……おかげで存在自体が都市伝説になって、ひとり歩きしてたんだ」

 

「なんかボク以外のプレイヤーのことまでシャイン(SHINE)って呼んでたもんね」

 

 

 いや、それは別の理由だ。

 バーニーは話を戻す。

 

 

「まあそんなわけで、ワンショットワンキルでいけば囲まれない限り連射性能は気にしなくていい。オマエに最適の武器だと思うぜ」

 

「うん、いいね! これも気に入った」

 

『正直に言えば、武器1つだと弾切れが不安ですけどね……。普通は4つから6つの武器は持ち込むものですよ』

 

 

 ディミの指摘に、バーニーはそうだなと頷く。

 

 

「だからちょっとした()()を使って、もう一丁用意しておいた」

 

 

 続いてバーニーが表示させたのは、ショルダー装備の真っ赤なバズーカ砲だった。

 実弾タイプで弾速は遅いが、爆発半径が広く威力も折り紙付き。威力だけで言うなら“ミーディアム”の数倍もある。

 その反面装弾数は1で毎回リロードが必要という、ピーキーな性能。

 

 

「対広範囲試作バズーカ“レッドガロン”。爆発半径と威力に極振りした、ダメージはでかいが取り回しに難があるブツだ」

 

「バズーカかぁ……。前作でいうとハンディキャノンが近いのかな? あれはどうにも苦手なんだよね」

 

 

 難色を浮かべるスノウに、ディミが同意する。

 

 

『これは騎士様のようなフライトタイプには向かないのでは?』

 

「まあ、普通はガンナーで護衛したタンクが拠点攻撃用に使うようなもんだな。【関節強化】がないと狙いもブレる。だが、こいつにはとびっきりのメリットがある」

 

 

 そう言って、バーニーはニヤリと笑う。

 

 

「なんと武器コストがゼロだ」

 

『は?』

 

 

 ディミはぽかんとした顔になった。

 

 

『え? え? どういうことです? この性能、どう見てもさっきのビームライフルと同等……いえ、待ってください。“試作”?』

 

「そうだ。こいつは“クエストアイテム”だ。オレがミッション『試作兵器“レッドガロン”実用試験』を発注することで、コストゼロで貸与されるのさ」

 

 

 バーニーはキヒヒと笑いながら、裏技(抜け穴)を説明した。

 

 パーツ屋であるバーニーは、プレイヤーにミッション『試作兵器実用試験』を発注する権限を持っている。これを受注したプレイヤーは試作兵器を入手し、それを使って一定数の敵を撃破することを義務付けられる。

 

 ポイントはこのミッションで貸与される武器が、“コストゼロのクエストアイテム”扱いということである。

 

 これはコストがいっぱいで試作武器を装備できないことを回避するための措置だ。試作兵器シリーズがことごとくピーキーな性能をしていることもあり、プレイヤーによってはこれを“達成するまで武器スロットに居座る呪いの武器”扱いする者もいる。

 

 だがこれを逆手に取れば、一定数の敵を倒さない限りずっと使える武器として使用することができるのである。

 

 

「達成撃破数は上限いっぱいの1000体に設定しておいた。1000体こいつでぶっ殺すまで、使い放題ってわけよ」

 

「いいね! タダより安いものはないっていうし!」

 

『だ、談合ーーーーーーー!!!!』

 

 

 盛り上がるスノウの頭の上で、ディミがぴょんぴょん跳ねて抗議した。

 

 

『だ、駄目ですよ! 運営側がそんな便宜を図るなんて! ズルですー!!』

 

「ズル? 便宜? 何のことかわからねーな。初めてパーツ屋を訪れたプレイヤーに試作兵器ミッションを発注するのはフロー通りのはずだぜ?」

 

『そ、それはそうですが……。でも試作兵器ミッションで渡す武器は、もっとプレイヤーの実力に応じた弱い武器の……は、ず……』

 

「こいつに実力がないとでも?」

 

『ううっ……!』

 

 

 バーニーはあどけない顔に、にたーっと邪悪な微笑みを浮かべた。

 

 

「オレはただ、実力のあるプレイヤーに相応のミッションを発動しただけだぜ? こいつはフロー通りの流れで、評価も正当。何の問題があるよ? 何なら、ゲームマスターの野郎に問い合わせてもらったっていいぜ」

 

『…………』

 

 

 目を軽く閉じたディミは、しばしの沈黙の後に肩を落とした。

 

 

『問題ない、だそうです……』

 

「だろぉ? そりゃそう言うしかねえもんなあ」

 

 

 クックッとバーニーは喉を鳴らし、ミッションの受託画面をスノウに渡す。

 

 

「で、やるだろ?」

 

「もちろん!」

 

『ああ……またマンチキン(困ったちゃん)のいいようにされてしまった……』

 

 

 和マンチ(抜け穴探し)は合法、イイネ?

 

 



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第34話 いきなり!借金生活

 ハンガーで新たな換装を迎えたシャインの乗り心地を試していたスノウが、突然ぶるっと震えた。

 

 

「あ、ごめん……ちょっとトイレに」

 

「おう、行ってこい」

 

 

 スノウの瞳が閉じられ、頭の上に“離席中(AFK)”の表示が出る。

 トイレに行くためにはいったんVRポッドから出なくてはならない。このとき他のプレイヤーには起きているのか寝落ちしているのか、お花摘みに行っているのか判断できないので、離席モードにしてからトイレに行くのが普通だ。

 離席モードになっている間は、そのプレイヤーはあらゆる行動の干渉を受けない。

 

 バーニーはクッキーが満載のボウルを取り出すと、中身をわしづかみにして退屈そうにボリボリとかじり始めた。

 そんな眼下のバーニーの様子を、ディミはコクピットシートから横目で伺う。

 

 

『(………………)』

 

 

 こっそりと“鑑定”モードを発動し、バーニーのステータスを確認。

 

【ERROR!】

 

『…………えっ?』

 

 

【貴方よりクリアランスが高いアカウントにアクセスすることはできません】

 

 

「やめとけよ。自我ができたばっかであれこれ興味あるのは可愛らしいと思うがね。“好奇心猫を殺す”って言うだろう?」

 

『…………!?』

 

 

 すぐそばから聞こえてきた声に目を剥く。

 ほんの一瞬目を離した隙に、シャインのコクピットのすぐ外側にバーニーがもたれかかっていた。クッキーを取り出し、またひとかじり。

 山盛りに盛られたクッキーを、ほんのわずかにもこぼさずに。

 

 ぞわっと背筋に悪寒が走る。

 やろうと思えばこの少女の形をした()()は、一瞬で自分を消滅せしむる。

 

 

「クリアランス・ピュアホワイトか。検索避けを抜けてここにたどり着けるわけだぜ」

 

『……貴方は一体何者なんです?』

 

「忠告したつもりなんだがな。AIには命の危険を理解できなかったか?」

 

 

 押し潰されそうなプレッシャー。いや、やろうと思えば実際にできるだろう。

 その圧力に一歩も退くことなく、ディミはバーニーを見つめ返す。

 

 

『私はサポートAIであるが故に、主人に危険を及ぼしうる存在の情報を収集します。もう一度お聞きしますが、貴方は一体()ですか? ()()()()()()()()()()()()()レイドボスからドロップしたパーツを、()()()()()()使()()()一目で解説した貴方は何物ですか』

 

「忠誠心が高いのは、見せかけ(メイド服)だけじゃないようだな。しかも観察力も優れているときた」

 

 

 惜しいな。シャインのモノじゃなければいただいたんだが、とバーニーは笑う。

 

 

『誤魔化さないでください。貴方は鑑定スキルを使うまでもなく、“アンチグラビティ”の具体的な使い方を語った。それはつまり、貴方は最初からあのパーツのことを知っていたということです。それに、この倉庫も』

 

 

 ディミはうずたかく積まれたコンテナの山を見上げる。無数のコンテナは、どこまで積みあがっているのか見当もつかない。

 その頂上にあるパーツが、いったいどれだけのレアリティなのかも。そして当然、そのパーツは未だ人類にとって未知の存在であることも。

 

 

『最精鋭の大手企業クランですら、所有していないパーツを所持する個人。運営側のスタッフだとしても不自然です。いわんや、“バイト”だなんて。ただのバイトが、AI最高位(ピュアホワイト)のクリアランスより上なんてこと、ありえません』

 

「大した名探偵だ。メイド服じゃなくてトレンチコートが似合うな。わざとヒントを出したとはいえ……」

 

 

 バーニーはボウルを自分の口の上にひっくり返す。クッキーが滝のように零れ出し、バーニーの小さな口に流れ込んでいく。その固形物の山を水のように飲み下してから、彼女はポケットから棒付きキャンディを取り出して口にくわえた。

 

 

「だが教えねえよ。あのなあ、シャインだってそんなこたぁ当然気付いてるんだぜ。あいつはポンコツだが、異様に勘が回る。根が臆病なんだな。ノッてるときは煽りまくりで調子付いてるが、危険な臭いを感じたらすぐ退く。だからこそあのときもひとりだけ……いや、それはいい」

 

 

 皮肉気な笑いを浮かべ、バーニーは頭を振った。

 

 

「オレがなんか変だなんてこたぁ、あいつは百も承知だよ。だけど何も訊かない。何でかわかるか?」

 

『……追及したら、親友でいられなくなるからですか?』

 

「それもある。あいつは臆病だからな。せっかく再会できたオレの事情に突っ込んで、仲違いしたくないんだろう。現状にしがみつく臆病さ、“怠惰(スロウス)”。それがあいつの罪業(カルマ)のひとつ。だがそれだけじゃない」

 

 

 まるで煙草でもくゆらせるように、バーニーは棒付きキャンディの芯をぷらぷらと上下に振った。

 

 

「“ネタバレ回避”だよ。あいつは自分でゲームを攻略したいんだ」

 

『ああ、言ってましたねそんなことも……』

 

「ほんっとなー、あいつのゲーム好きは筋金入りだぜ。自分の手で何でも明らかにしないと気が済まねえんだ。人から与えられた答えは、真実として認めやしねえ」

 

 

 そこなんだよな、とバーニーは呟いた。

 

 

「その性質は“怠惰”とは相反する。“怠惰”の七罪冠位を押し付けたがってる、クソGM(ゲームマスター)の思惑とは裏腹にな。それがこの牢獄の鍵になるかもしれねえ……」

 

『そんなことを私に語ってもいいんですか? 私、運営の手先ですよ』

 

「なに、ゲームマスターにもどうにもならん話さ。何せ人の心の器(カルマ)の話だからな。そうそういじりようもねえよ。それが本人であってもな……」

 

 

 まあともあれ、と手を叩く。

 

 

「オレはシャインの味方をする。あいつに全賭けだ。だからオレがすることは、あいつに一切不利益にならねえさ。……だからそう心配そうな顔はするなよ」

 

『別に心配そうな顔なんてしてませんし!』

 

「嘘つけ、オレが敵なら刺し違えてでも……みたいな顔してたぜ。可愛いねえ」

 

 

 むきーとするディミの頭を撫でて、バーニーはくつくつと笑う。

 そこに、スノウの頭の上から離席(AFK)表示が消えた。

 

 

「ただいまー。なんか席を外してる間に、ちょっと仲良くなった?」

 

『なってません!』

 

「なったなった。あ、ところでシャイン。これは今回の請求書な」

 

 

 バーニーがツナギのポケットから取り出した紙を受け取るシャイン。

 早速広げられた紙を横から覗いたディミは、目を剥いて絶句した。

 

 

『せ、請求総額2000万JC!?』

 

 

 現実の資産価値にして20万円である……!

 

 

「安心しろ、足りない分はツケにしといてやるからよ。かーっ! オレってなんて初心者に優しいんだろなあ……!」

 

『た、タダじゃないんですか!? というか完全に予算オーバーして借金になってるじゃないですか! さ、詐欺ですよこんなの!!』

 

 

 何も知らぬむらびとを辺鄙な田舎に呼び寄せ、多額の借金を背負わせるタヌキな悪徳店主のごときあくどい手口に、ディミは憤慨を隠せない。

 だがその怒りを向けられた方は、実に余裕しゃくしゃくのクッソむかつくメスガキスマイルを浮かべていた。

 

 

「何言ってんだ、タダなわけねーだろ。ここはショップだぞ? 取るもんは取るに決まってんだろうが」

 

『そ、それはそうかもしれませんが……! パーツ・武器代が1000万JCなのはともかくとして、デザイン・設計・手数料1000万JCって……!!』

 

「このオレのデザインだぞ? それがパーツを取り寄せる手数料と組み立て料金込みでたった10万円なんて、びっくりするほど格安だろ」

 

 

 一方、紙を一瞥したスノウはふーんと頷いて、請求書をインベントリに入れる。

 

 

「まあこんなもんでしょ」

 

『き、騎士様いいんですか!? いきなり借金生活ですよ!?』

 

「別にいいよ、リアルマネーってわけじゃなし。そもそも準最新式の武器があの手持ちで買えるわけないじゃん。パーツを外から買い寄せるのも知ってたし」

 

 

 あっけらんかんと言うスノウに、ディミが目を見開く。

 

 

『知ってたんですか?』

 

「だってバーニーは筋金入りのコレクターだよ? 自分のコレクションを使うわけないじゃん、やるなら外から買い寄せ一択だよ。それならまあ高くつくよね」

 

「さっすがシャインだな! オレのことをよーくわかってる!!」

 

『こ、この、しゃあしゃあと……。何が“自分のすることは一切不利益にならない”ですか……!?』

 

「いや、実際助かってるよ? こんないい機体に仕上げてくれたんだから。どのみちまともな機体にするには、借金するほかなかったしね」

 

 

 スノウはシャインの機能チェックを終わらせつつ、機嫌よさそうに言った。

 

 

「あとはJCを稼いでくるだけだね。じゃあ支払いを楽しみに待っててくれよ、バーニー。たんまり稼いでツケを払ってやる」

 

「おうよ。サービスだ、メンテナンスは格安でやってやるぜ」

 

『ええ……? 信じていた親友に借金背負わされて、その反応……?』

 

 

 完全に理解を超える友情(メスガキ)の絆に頭痛を感じ、ディミは額を押さえた。

 

 

「ディミ、そんなことよりそろそろ時間じゃない? ペンデュラムと電撃作戦とやらに参加する約束をしていたよね」

 

『あ、はいはい……そうですね。今回の目標エリアは“キザキ雪原”。中堅クラン【鉄十字ペンギン同盟】に奪取されたエリアの再占領です』

 

「えらくファンシーな名前だな……まあいいや。早速ひと稼ぎといこう」

 

『了解です。転送スタンバイ』

 

 

 シャインが転送準備に入ったのを見て、バーニーはぴょんと肩から飛び降りる。キャットウォークなど使いもしない。10メートルほどはあるコクピットの高さから、腕や腰を軽快に伝って地上に着地する身軽さは、確かにウサギを思わせた。

 

 

「バリバリ稼いでこいよー!」

 

 

 帽子を脱いで、左右に振るバーニー。

 出撃するパイロットを見送るメカニックは、こうするのがお約束だ。

 

 そんな少女に親指を立てて、スノウは新たなる戦場へと転移した。



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EXTRA ARCHIVE メイド日記

 天翔院(てんしょういん)天音(あまね)の今日の朝食は、焼き立てのクロワッサンにふわふわオムレツ、トマトサラダ、グリーンスムージー、そして甘めのカフェオレだった。

 

 大好きなクロワッサンは機嫌よさそうに口に入れる天音だが、グリーンスムージーには顔を曇らせる。しかしそばに控える黒髪のメイド、クロこと黒川(くろかわ)(こずえ)が無言でうながすと仕方なさそうに口に運んだ。

 

 天音は味覚が割と子供っぽい。実を言うとワインも苦手だ。

 ペンデュラムとしてゲーム内の高級レストランで会食するときは、カッコつけるために高いワインなど飲んではいるが、あれの正体はぶどうジュースである。

 ちゃんとそのワインの産地で取れたぶどうジュースのデータを使っているし、代金だってワインと同じ金額を払っているのだから何の問題もない! はず!

 

 バナナと豆乳では隠し切れない青臭さに天音が顔をしかめるのを見て、クロがカフェオレを注ぐ。

 

 

「どうぞ、天音様」

 

「ありがとう……」

 

 

 優しい色をしたカフェオレを天音の目の前に置くと、それをぐいと飲み込む。

 ミルク多め、砂糖多め。天音が子供の頃にコーヒーを飲みたいと初めて口にしたときから、クロはこうして毎日カフェオレを作っている。

 

 天音が成長して数々の事業を手掛けるようになり、クロの仕事も飛躍的に増えて忙しい身にはなったが、この仕事だけは決して誰にも譲るつもりはなかった。

 

 

「もういいわ、下げてくれる」

 

「かしこまりました」

 

 

 控えていたメイドたちが寄ってきて、食べ終わった食器を片付けていく。たちまち小さなカフェテーブルの上にはカフェオレが入ったカップ以外何もなくなった。

 天音は10歳に上がって以来、誰とも朝食を共にしたことはない。

 

 カフェオレをゆっくりと飲む天音に、メイド服に身を包んだ真っ白な髪の少女が近付く。神秘的な純白の髪に赤い瞳を持つ、不思議な雰囲気の少女の名を昼川(ひるかわ)白乃(はくの)。天音やメイド仲間からはシロと呼ばれている、天音が小さい頃から連れ添った親友だ。

 ゲームの中でも天音に付き添い、副官を務めている。

 何十ページかありそうな分厚いファイルを天音に手渡し、シロはにこりと微笑んだ。

 

 

「天音様、これは昨日の分の調査報告書です」

 

「ありがとう。参考にさせてもらうわね」

 

 

 受け取ったファイルを机の上に置いた天音が、左手を使って凄い速さでファイルをめくっていく。1ページあたりに目を落とす時間は1秒とない。誰もが目を疑う速読だが、これで天音の頭には情報がしっかりと書き込まれていた。

 

 ファイルの内容は、メイドたちが日報として提出している『七翼のシュバリエ』に関する調査報告だ。シロたちは匿名掲示板に張り付いて得た情報を提出しているが、メイドたちの中にはクローズド・サークルと化した攻略チャットや、他クランのメンバーとして潜入している者もいる。

 メイドたちはどこにでも潜み、うわさ話から攻略ネタまで、天音に有益な情報を届けようと暗躍していた。

 

 

「シャインの情報はまだそんなに出回ってはいないのね」

 

 

 ファイルを閉じた天音が、少しつまらなさそうな顔で言う。

 その顔には見覚えがある、とクロやシロは思う。子供の頃に天音がマイナーな魔法少女アニメにハマっていたことがあった。天音はそのヒロインのごっこ遊びをしたがったのだが、育ちのよい学校の友達は誰もそのアニメを知らなかったのだ。

 

 そのときの幼い顔に、今の天音の顔はとてもよく似ている。

 まあ、悔しかったのでそのアニメは徹底的に布教して世間にまで流行らせたのだが。

 

 

「まだ現れて3日ですからな。ですがすぐに知れ渡るでしょう。なにしろ腕だけでなく、あの性格の御仁ですから」

 

 

 茶髪のロングヘアに黒と黄色のメッシュを入れた、メイドにあるまじき髪型の少女がなだめるように答える。三家(みついえ)有紗(ありさ)、通称ミケ。

 メイドとしての服装規定に真っ向からケンカを売っているが、何度言っても改めることはなく、無理やり矯正しようにもただの一度も捕まらなかったという剛の者。その隠れ身の巧みさから、実は忍者なのでは? とメイドの間では囁かれている。

 

 

「この前作というのは興味があるわ。『創世のグランファンタズム』か……これについての情報を集めてくれる? 【シャングリラ】というクランについても」

 

「委細承知。2年前ならまだ掲示板のログも残っているはずです。現行掲示板とともに、そこから情報を洗ってみましょう」

 

「頼んだわよ」

 

 

 満足げに頷く天音の笑顔を見て、クロは密かにたいしたものだという視線をミケに向ける。やたら時代がかった口調をしているが、ミケは電脳戦も得意だ。匿名掲示板のサーバーをクラックしてログを集める程度は児戯に等しい。

 

 天音のメイド隊のリーダーを務めるクロには、ネットに関することがさっぱりわからない。この時代には珍しいほどの、根っからの機械音痴なのである。

 リアルでの企業買収や派閥工作ならいくらでもできるが、ゲームやらVRやらになると途端に脳が拒絶反応を起こしてしまう。正直今でも、天音がゲーム内で活躍することで企業買収が有利に進むことに不気味な違和感を感じずにはいられない。

 

 もっともそんなクロがリーダーだったからこそ、自分に足りない能力を補うために電脳戦や諜報に優れた才能を持った少女たちを集めることができたのだが。

 クロが集めた少女たちは、今やメイドとして天音の手足となるだけでなく、目や耳となってネットに網を張り巡らせている。その情報収集力や監視能力は、天音が才覚を発揮するうえで大きな助けとなっている。

 

 日本国内有数規模を誇る五島グループ、その中核である五島重工の本質は軍需企業である。戦前から現在に至るまで、銃器に防具、特殊装備、ミサイルから偵察衛星まで、ありとあらゆる兵器を開発し続けてきた。

 

 それは戦争の舞台が現実(リアル)から仮想(ネット)に移行しつつあるこの時代でも変わることはない。五島は【トリニティ】と名を変え、戦争に必要な兵器をどこよりも早く生産し、売りさばく使命を自らに課している。

 

 『七翼のシュバリエ』、それはゲームでありながら世界中の企業が参画する経済戦争の坩堝(るつぼ)だ。

 

 

(おいたわしい……)

 

 

 真っ白なブラウスにゆったりとしたチェックのスカート。どこにでもいる女の子のような服装で甘めのカフェオレを啜る天音に、クロは憐れむような目を向けた。

 

 創業以来五島重工のトップに君臨し続けている天翔院家は、幾代にもわたる死の商人の家系だ。その次代の指導者の席を巡るレースに、天音は投げ込まれている。

 

 天音は一日に何度も着替える。こうして普通の女の子のような格好ができるのは、朝や大学に顔を出すほんのわずかな時間だけ。一日の大半は企業のトップとの会談でナメられないようにスーツを着たり、VRポッドに入るために特注のウェアに身を包んだり。男性アバター(ペンデュラム)は彼女を守る鎧だ。

 

 異様な速読術や企業買収に関する勘といった、天翔院家の系譜に連なる者特有の天才性はある。多くの者を惹きつける天賦のカリスマ性も。

 だが、それを持つ天音本人はただの20歳の女の子にすぎない。

 

 自分たちだけでは彼女を支えることは無理だ。彼女を守るための何らかの要素を早急に用意しなくては……。

 

 

「天音ちゃーん! 今日の支給物資だにゃー!」

 

 

 ぽててててと音を立てて寄ってきた、金髪のメイドがどーん! と効果音を口にしながら少女マンガのコミックスを机の上に置いた。

 2020年頃に発行された、かなり古めのタイトル。

 

 それを受け取った天音が、きらきらと目を輝かせる。

 

 

「ありがとう、タマ! 羅生門(らしょうもん)ななこ先生の作品大好き!」

 

「きっと気に入ると思ったにゃー! ちょっと古いけど、エモさは折り紙付きだにゃ」

 

 

 そのコミックスをシロとミケも横から覗き込み、おおーと声を上げている。

 

 

「あっ、いいですねえ。読み終わったら私にも貸していただけませんか」

 

「また紙のコミックスか! 今ではレアなものをよくぞ集めてこられるものだな」

 

「ふっふーん、タマの実家から持ち出した自慢のコレクションだにゃ! やっぱ紙媒体は電子書籍にはない独特の味わいがあるからにゃー」

 

 

 メイドたちが集まってワイワイと盛り上がる光景に、ズキズキとクロは痛むこめかみを押さえる。

 こいつだ、この金髪ボブカットのリアルでにゃーにゃー口にする痛い女。橘川(きっかわ)珠子(たまこ)ことタマは、メイド隊最大の問題児である。

 

 少女マンガや乙女ゲームのマニアであるこの女は爆破物やトラップの扱いに長けた工作任務のエキスパートであり、かつては外国の特殊部隊に所属していたという。その腕を見込んでスカウトしたのだが、実は重度のミーハーでしかも腐っていた。

 

 こいつは若くして仕事に忙殺される日々を過ごしていた天音に差し入れと称して少女マンガや乙女ゲームを手渡し、まんまとドハマリさせてしまったのである。しかも周囲のメイドたちにも自分のコレクションを貸し広め、趣味を感染させたのだ。

 悪貨は良貨を駆逐するというが……その感染はあっという間だった。クロが気付いたときには、メイドたちは立派な乙女(オタク)になってしまっていたのである。

 

 しかも天音のアバターであるペンデュラムをアイドルのごとく崇拝し、ファンクラブまで作る始末だ。天音が持つ生来のカリスマ性や淑女としての高貴さが、性別逆転したときにどのように受け止められるのか気付かなかったクロの不覚であった。

 

 

「ありがとうタマ、空き時間に読ませてもらうわ!」

 

 

 花が綻ぶような笑顔を浮かべながら、大事そうにコミックスを胸にかき抱く天音。

 

 

 この笑顔を見れば、クロはそんなものを読むのはやめてくださいとは言えない。

 天音は少女マンガを読むときだけは速読せず、1コマ1コマ噛みしめるように読む。それだけでもこの子にとって、この趣味がどれだけ救いになっているかわかろうというものだ。

 

 

「羅生門先生の描くヒーローは本当にいいからにゃあ。オレ様系は本当にぐっ! とくるにゃあ」

 

「わかる! 私もこんな男性を婚約者にほしいわね……」

 

「いやいや、天音様。それは違いますぞ。オレ様系はむしろ略奪愛だからこそ輝くのです。乙女ならば誰しもこういう筋骨たくましい美丈夫(イケメン)に、強引に迫られたいものです」

 

「いえ……待ってください。だけどそのオレ様なイケメンが一途で執着心が強くて、とろとろに寵愛してくれるとしたら」

 

「「「「それはエモい!!!」」」」

 

 

 でもいくら救いになっているとしても、現実の恋愛観にまで侵食しつつあるのはまずいのではないだろうか。

 いつか致命的な暴走をしでかしそうな気がして、クロは不安に満ちた視線を盛り上がる主人と部下に向けるのだった。



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第35話 人間にもできるチンパンジー会話

 『七翼のシュバリエ』の世界にも、現実とリンクして四季が設定されている。春には花が咲き、夏には青々とした草原が広がり、秋には紅葉が山々を彩り、冬の寒さはすべてを凍てつかせるのだ。

 温帯に位置する日本サーバーでは、特にその再現度が重視されている。

 

 しかし一部のマップには、そうした四季の再現が適用されない。たとえばここ、キザキ雪原などはそうだ。年中を通じて降雪があり、雪景色がもたらされる。ときには吹雪も吹き荒れる、厳しい自然環境を持つエリアである。

 

 そしてその設定は、一部のVRユーザーにとって特別な意味を持っていた。そう、スキープレイヤーやスノーボーダーである。

 従来のVRゲームに比べて高精細なグラフィックや物理法則の再現度を持つこのゲームにおいて、こういった雪原マップは冬季以外でもリアルとほぼ同じ精度で楽しめる、絶好のゲレンデとしての価値を持つのだ。

 

 【鉄十字ペンギン同盟】は、こうしたVRスノースポーツを愛するプレイヤーたちが結成した中堅クランである。本来は大した野心も持たない彼らは、積極的に他のクランと戦うことはない。そんな暇があればゲレンデを滑っていたい。

 

 だが、今回においては別だった。何しろ念願の新たな雪原マップを手に入れるチャンスなのだ。【氷獄狼(フェンリル)】から共闘を持ち掛けられた彼らは、嬉々としてこの千載一遇のチャンスに乗った。それが【トリニティ】の怒りを買う行為だとしても、雪原マップでの戦いなら自分たちに有利だと考えたのである。

 

 その判断が恐るべき魔物を招くとも知らずに。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 1騎のシュバリエが、雪に覆われた林の茂みからわずかに頭を出した。

 

 黒く塗装されたボディに、関節部が凍結することを防ぐための白のコートと灰色のコサック帽を被っている。そのフォルムはまさに彼らのクラン【鉄十字ペンギン同盟】の名にふさわしく、ペンギンのようなシルエットに見えた。

 

 

「距離5。【トリニティ】の攻撃部隊が接近してきます。ガンナー3、タンク2。防寒OPを装備しているようですな、雪中行軍ですがスピードはあまり落ちていない」

 

「さすがに大手企業クランは金を惜しまんか。だが塹壕戦ならば我々が有利だ」

 

 

 雪原に掘られた塹壕で斥候からの連絡を聞いた隊長ペンギンが笑みを漏らす。

 常に降雪がある雪原で、雪で作られた塹壕を視認することは慣れてない人間には難しい。さらに機体が保護色で塗装されていればなおのこと。

 

 こちらは塹壕の前に敵が来るまで待ち構え、先制攻撃で仕留めればいいのだ。

 

 中堅クランとはいえ雪中戦のスペシャリストである【鉄十字ペンギン同盟】にとって、雪原の環境に慣れていない相手などいかに大手企業クランといえど狩りやすい獲物でしかない。

 

 

 敵影が近付いて来るのが見えてきた。

 黒に塗装された騎士甲冑のような姿は、雪中では非常に目立つ。

 

 今回の戦闘もあっさりと防衛に成功することだろう。一応念のために援軍も要請しておいたが、彼らの出る幕はなさそうだ。

 勝利を確信した隊長ペンギンは、クカカカカカカと機体の喉を鳴らす。それに続き、周囲の隊員ペンギンたちも唱和した。その機能いる?

 

 

「さあ、者ども! 哀れな騎士どもに雪場のペンギンの強さを思い知らせるのだ!」

 

「「「キュイイイイイイイイイイイイイ!!!」」」

 

「撃ち方、始めェ!!」

 

 

 ペンギンたちがそれぞれの武器を手に塹壕から身を乗り出した、その瞬間。

 何かの影が音もなく自分たちの上を通過した。

 

 ……鳥か?

 

 誰かが訝しんで顔を上げた、その瞬間。

 上空から飛来した炎の弾が爆炎となって塹壕を焼き尽くした。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「あはははははっ! 見ろディミ、メカペンギンどもが穴倉から出ようとバタバタもがいてるぞっ! 塹壕なんかに隠れるから、逃げ場がなくなるんだよぉ!」

 

『わー、なんだかじたばたしてて可愛いですね……なんて言うと思います?』

 

 

 上空を飛び回りながら、シャインが地上に向けてバズーカ“レッドガロン”を叩き込む。ゆるゆるとした着弾スピードだが、その攻撃範囲は通常のバズーカよりもはるかに広い。ちょっとした爆弾トラップくらいの有効判定がある。

 塹壕の中にいたペンギン兵は着弾のたびに爆風を浴びて軽く吹っ飛ばされ、塹壕の底に叩き付けられることを繰り返していた。もはや逃げるどころではない。熱風吹きすさぶ塹壕は、そのまま彼らの墓穴となった。

 

 ミッション【試作バズーカ“レッドガロン”実用試験】の進行度が10機分上昇する。事実上これをキルできたかどうかのチェックに使えるのも便利だ。

 

 

 塹壕前に接近していた黒い機体から連絡が入る。

 

 

「こちらシロ。レーダー上では塹壕内の敵の反応はなくなりましたよ」

 

「こっちも目視で確認したよ、残敵ゼロ。じゃあ次の索敵をお願いね」

 

「了解いたしましたー」

 

 

 真っ白なロングヘアに赤い瞳を持った、神秘的な雰囲気の少女がぺこりと一礼する。おっとりと間延びした口調だが、索敵作業自体はてきぱきと機敏にこなしている。

 彼女はペンデュラムの副官・シロ。

 強力なレーダーを搭載したサポート特化機を駆る、索敵のスペシャリストだ。

 

 彼女が統率する小隊は、彼女以外はすべて彼女を守るための護衛機である。

 そう、塹壕に接近していたのは攻撃するためではない。塹壕内の情報を収集して上空のスノウに与えつつ、敵の狙いを自分たちに引き寄せる囮役(デコイ)、ついでに航空攻撃の観測役を引き受けるためであった。もっとも最後の観測役についてだけはほぼ仕事の必要はなかったが。

 

 

「たまには地上部隊と連携するのもいいもんだな。意外と役に立つじゃん」

 

『普通は航空戦力ってこうやって使うものなんですけどねー』

 

 

 さすがのスノウも、慣れない雪原マップで雪に同化して潜む敵を探すのは容易ではなかった。何かいい案はないかとペンデュラムに相談した結果、ペンデュラムが自分の副官のシロを貸し出してくれたのである。

 

 

「シャインさん、3時の方角に別の塹壕があります。ただし近くの林にも敵の反応がありますから注意してくださいな。狙撃兵かもしれませんねぇ」

 

「ラジャー、サクッとヤっちゃおう」

 

 

 スノウは方向を変え、指示された方向へと飛翔する。

 

 

「ところでボクの名前はシャインじゃなくてスノウライトなんだけど?」

 

「私たちの主人がそのように呼ばれておりますから。あの方がスノウさんと呼ぶようになれば、私たちもそれにならいましょう」

 

「それはそれは、忠誠心が篤いようで何より」

 

「お褒めに与り光栄の極みですー」

 

 

 スノウの嫌味に、シロはふふっと微笑みを返す。

 やんちゃな子供をあやすような態度に、スノウは少し居心地の悪さを感じた。

 

 

「……あのさ、なんかキミたち前回と態度違わない? 先日武器を渡しに来たときは、もっとつっけんどんだったよね?」

 

「ペンデュラム様が貴方を信頼していらっしゃいますから。さらに将来の妹ともなれば、態度も他人に対するものとは違って当然ですー」

 

「ん? 今なんて?」

 

「いえいえ、何でも。ふふふっ」

 

 

 聞き違いか“妹”などという単語が聞こえたような気がする。

 チャット機能にバグでもあるんだろうか?

 

 

『ああ~、いいですよこれ~』

 

 

 ディミもなんだかニマニマしているし。なんか電子戦でもくらってんのか?

 まあいいか、とにかく敵を手あたり次第排除すれば終わりだ。

 

 そう考えて塹壕にバズーカの砲塔を向ける。

 その瞬間、横方向にブーストを噴かして緊急回避!

 

 強い殺気を感じたスノウの予想を裏付けるように、先ほどまでシャインがいた空間をビームが貫いた。

 

 

『攻撃を受けています! 熱源は塹壕そばの林! スナイパーです!』

 

「チッ! 塹壕をエサにこっちを呼び寄せたか」

 

 

 さらに先ほどの狙撃に追随して、塹壕の敵が対空攻撃を繰り出し始める。

 射程の長い実弾ガトリングガンやアサルトライフル、果てはRPG(対戦車榴弾)による雨あられの攻撃。

 

 

『完全に釣られてませんかこれ!? ど、どうします!?』

 

「どうしますも何もないでしょ、こういう場合……」

 

 

 スノウはさっと機首を翻し、バーニアを噴かした。

 

 

「逃げの一手に決まってる!!」

 

 

 銀翼が白く輝き、反重力の推力となってシャインの機体を突き動かす。

 

 

『えっ、いいんですか!?』

 

「当たり前でしょ、奇襲できなかった時点で作戦失敗だ! シロに回線つなげ!」

 

『わかりました!』

 

 

 眼下を見れば、既にシロ率いる小隊は来た道に向けて逆走している。シャインが撃たれたのを見て、作戦失敗を悟り後退を始めたのだ。

 スノウは小さく口笛を吹いた。

 

 いいね、ペンデュラムはちゃんと判断できる部下を持ってる。

 戦闘自体はできないという話だったが、その判断力は優秀だ。

 

 ホログラムに映ったシロは、手を頬に当ててあらあらと小首を傾げた。

 

 

「あららー、奇襲は失敗しちゃいましたか」

 

「残念ながら。こっちが来るのを待ち構えていたような動きだった」

 

「実際、貴方を待っていたんでしょうねぇ。追ってきてますよー。後方にご注意を」

 

「……ッ!!」

 

 

 背面のカメラを一瞥したシャインは、銀翼を操作して急上昇する。

 少々慣性の法則を無視したアップリフト! その予想外の動きに、シャインを狙っていたビーム射撃はむなしく虚空を切り裂く。

 

 

「シャイイイイイイイイイイイイイインッ!!! 逃げるなああああッッッ!!!」

 

 

 高速走行しながらビームライフルで狙撃してのけた追手がパブリック通信で吠える。

 

 全身真っ黒に塗装されたボディ、足裏に嵌めたスノータイヤを全力で回転させ、背後の4つの大きなマフラー型ブースターはフルスロットル。

 まるで唸りを上げる全長10メートルの超絶大型バイクのような姿。

 

 

『アッシュ!? 騎士様、あれ【氷獄狼】のアッシュですよ!』

 

「あーん? 誰だっけ、そんな雑魚忘れちゃったなあ」

 

「そっちが忘れても、こちとら忘れてねえんだよぉぉぉぉッ!! 復讐に来てやったぞ、畜生がッッ!!!」

 

 

 そう叫びながら、アッシュは長距離仕様にカスタマイズしたビームライフルでシャインを狙い撃ってくる。それを“アンチグラビティ”の重力制御による上下移動で回避しつつ、スノウは意外そうな顔をした。

 

 

「あいつ、エイムがよくなってない? 前はもっと弱かった気がするけど」

 

『というかこれが本来の腕前なんですよ! 仮にもエースですよ、あの人。前は2回とも不意打ちで倒してるじゃないですか……』

 

「今度は全力だッ!! クソが! 気持ち悪い動きでかわしやがって……!!」

 

 

 それを聞いたスノウは、可憐な美貌にニヤッと笑みを浮かべる。

 ウキウキと浮き立つ表情。上機嫌になった合図。

 

 

「なーんだぁ、油断しなけりゃいい腕なんじゃないか。最初からその態度で来てくれれば、もうちょっと楽しめたのにさぁ……!」

 

 

 そう言いながら、スノウは新調したビームライフル“ミーディアム”でアッシュを狙い撃つ。

 しかしアッシュの地上での機動力は、速度・旋回速度ともに非常に高い。雪上といえどもその機動を遺憾なく発揮して難なくかわし、ジュッと音を立ててビームを照射された雪が蒸発する。

 

 

「いいね! チンピラの割にはやるじゃないか!! わざわざオオカミ(フェンリル)からペンギンにジョブチェンジしてまで追ってくるとは感心感心。前回ビビって逃げたとは思えないガッツだねっ」

 

「クソが! ストライカーフレームを落とされた後、上に出撃禁止されてなきゃ復讐できたんだッ! 挙句、敗戦の責任を押し付けられてエースの地位も剥奪され、今やただの一般兵だよッ! それもこれも全部、てめえのせいでなあッ!!!」

 

 

 煽りながら攻撃し、回避しながら罵倒する武力行使の口喧嘩(レスバトル)

 相手の精神を削るのが被弾させるためのテクニックであるが故に、熟練プレイヤー(チンパンジー)同士の戦いは多くの場合、攻撃・回避と共に煽りが繰り出される。

 

 

「責任かぁ、オトナって大変だねぇ。ボクには全然わかんないやっ!」

 

「クソガキがよぉぉぉぉッ!!! だが降格して良かったこともある、こうやって傭兵としてテメエに今度こそ身の程をわからせられるんだからなァッ!!」

 

「へえー!? ボクがキミより上だって、まーたわかりたいんだぁ!!」

 

「ぬかせよやああああああッッッッ!!!!」

 

 

 ひとりは空、ひとりは地。両者ともに高速機動で駆け回りながら、相手の隙を狙ってビームライフルを互いに撃ち放つ。直撃すれば致命傷となりかねないその一撃を、一歩も譲らず繰り出し続ける2人。

 

 撃っては避け、避けては撃つ。それは優雅なダンスのように。

 一撃必殺の射撃と、それと共に繰り出される醜い煽り合いがなければの話だが。

 

 

「ざぁこざこ♥のくせに、エイムと回避だけはやるじゃん!!」

 

「見下してんじゃねええええええッッ!!! 俺だって『グラファン(前作)』プレイヤーなんだよッ、イキリクソガキがよォッ!!!」

 

「へぇ、前作プレイヤー? でも戦争モードで見たことないなぁ! 冒険モードに引きこもって震えてたの? それともお・に・い・ちゃ・んったらザコすぎて記憶に残らなかったのかなぁ♥」

 

「テメエみたいな|戦争狂(キチガイ)ばっかじゃねえんだよッ!!」

 

「弱い者いじめが大好きな卑怯者に言われたくないなあっ!!」

 

「何が卑怯だクソボケカスがあっ!! 悪質な罠使い(トラッパー)のくせしやがってよぉ!!」

 

「戦術だよっ!! 頭使って戦わないとバカになるぞ、チンパンヤンキー!!」

 

「ああん!? 誰がヤンキーじゃメスガキがよぉぉぉッ!?」

 

「はーー!? メスガキじゃないですけどぉぉぉぉぉッ!?」

 

 

 脊髄反射で煽り合いながら、スノウの思考能力はすべて目の前の敵との戦闘に向けられている。戦い慣れたゲーマーは言語野に思考のリソースを割くことなく、相手を煽ることが可能なのだ。ゲーセン動物園のチンパンジーは、人間に進化しました!!

 

 

『人間とはなんて醜いのでしょうか……』

 

「人間を真似た姿のキミが言えたことでもないと思うよ」

 

『いえ、これは妖精を真似たのです』

 

 

 あくまで自分は人間とは一線を画すと信じたいディミである。反抗期かな。

 

 

「にしても、長射程ビームライフル同士じゃ埒が明かないか……」

 

 

 射程と威力の代わりに連射性能を犠牲にしている武器で長距離戦をしている分には、やはり決着が付かない。高機動機体を駆るエースプレイヤー同士の千日手である。

 

 

『ですが、これでシロさんたちを逃がす時間は稼げたはずです』

 

「はぁ? まさかボクがあの子たちが逃げるための時間稼ぎをしていたとでも?」

 

『してたんでしょう? 味方には意外と優しいんですねぇ』

 

「……うざっ」

 

 

 ニマニマするディミから顔を背け、スノウは舌打ちした。

 アッシュの背後から、塹壕にいたペンギン兵たちが姿を現す。高速で追跡したアッシュにようやく追いついてきたようだ。

 

 ――今の自分の手持ちはビームライフルとバズーカだけ。

 手札のカードは悪いが、塹壕からのこのこ敵が出てきたのは好都合。

 この武器では高機動機のアッシュの相手は向かないが、塹壕から出てきたペンギン兵を蹴散らして、いったん退けばいい。

 

 

「……とでも思ってるんだろシャイン? だがそうはいかねえぜ。さっき逃げた連中が今どうなってるか、わかるかい?」

 

「何だって?」

 

『騎士様! シロさんと……本拠地が!!』

 

 

 ディミが受諾したホログラム通信が、危機を告げる。

 

 

「こちらシロ、後背からペンギンさんたちの伏兵が……。退路を断たれました」

 

「シャイン、こちらペンデュラム!! 本拠地が強襲された! すぐに戻ってくれ!」

 

 

 クックック、とアッシュがほくそ笑む。

 

 

「わかるかぁ、シャイン? たった1騎の敵に、戦術レベルで戦局をひっくり返された俺の悔しさが。この屈辱、お前1騎を撃墜して晴れるもんじゃあねえ。俺の屈辱は、戦術レベルで完全勝利しないと晴れねえんだよおおおおおおおおおッッッッ!! ヒャーーーーッハハハハハハハァ!!」

 

 

 スノウはごくりと唾を飲む。

 

 なんてことだ……。

 

 

「このチンパンジー、人間語だけじゃなく戦術も使えるぞ!?」

 

「誰がチンパンじゃボケコラカスゥゥゥゥゥ!!!!!」




彼らは煽りと同時に攻撃しています。
謎のキンキン音の代わりに口汚い罵倒が飛び交う戦闘スタイル、それがベテランチンパンなのです。

なお脊髄反射で罵り合うので実はあんまり会話になってない模様。


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第36話 何がペンギンだよ、飛ぶんじゃねえ

 厄介なことになったと、【鉄十字ペンギン同盟】のクランリーダーは思った。

 

 【トリニティ】の本拠地から離れた林の中に身を隠し、クランメイトたちの報告を受け取りながら、クランリーダーはこの数日で何度目になるかもわからないため息を吐いた。

 

 ことの起こりは1週間前、【氷獄狼(フェンリル)】から共同作戦に参加して領地を奪い取らないかという誘いからだった。

 【氷獄狼】はクランメンバーのモラルに問題があることで知られているが、そのリーダー格のヘドバンマニアや血髑髏(ちどくろ)スカルは(名前とは裏腹に)物腰も比較的穏やかで信用できる人物だ。【トリニティ】のエリアは切り取り放題、占領した後は互いに干渉することはないという約束で、【鉄十字ペンギン同盟】はその誘いに乗った。

 

 そして4日前、【鉄十字ペンギン同盟】はキザキ雪原の占領に成功した。念願の新たなゲレンデを得て、大はしゃぎのペンギンたちがその日は夜通しナイトスキーとしゃれこんだのは記憶に新しい。

 

 しかしその次の日、【氷獄狼】から【トリニティ】の再侵攻に備えての援軍という名目でアッシュという男がやってきた。これが非常に粗暴なうえに腕だけはやたら立つプレイヤーで、【鉄十字ペンギン同盟】のペンギンたちを脅し付けて自分の立てた対【トリニティ】迎撃作戦に従わせようとしてきたのである。

 

 当然ペンギンたちは反発したが、多少なりとも腕に覚えがあったプレイヤーたちはアッシュに蹴散らされてしまい、軍の支配権を完全に掌握されてしまった。クランリーダーの彼も、今は【トリニティ】本拠地を強襲する攻撃部隊に組み入れられて、すっかり顎で使われてしまっている。

 

 

 ああ、本当に厄介なことになった。

 自分たちはただのスキーを愛する、平和なペンギンだというのに。

 

 

「リーダー、秘匿通信です。“セイウチは巣にこもった”」

 

「……時間か。わかった、行こう」

 

 

 どうやらアッシュの描いた絵図通りに作戦は進んでいるらしい。

 暗号の意味するところは、“強力な索敵能力を持つ機体を釣り出すことに成功した。本拠地を強襲せよ”。

 

 ペンギンリーダーはシュバリエの雪原用脚パーツ“ブースタースキーレッグ”の具合を確かめてから、配下のペンギンたちに号令を下す。

 

 

「聞け、愛するペンギンたちよ! 我々の聖地たるこのキザキ雪原に、【トリニティ】の魔の手が迫っている! 今こそ侵略者たちを討ち果たし、我々スキーとスノボを愛する者たちの楽園を守り抜こうではないか!」

 

 

 

 ペンギンリーダーの勇ましい号令に、ペンギンたちが喉を鳴らして唱和する。

 

 

「いざ、アサルトスキー部隊! 出撃!!」

 

「クカーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 

 ペンギンシュバリエたちの足パーツの背後からバーニアが噴出し、雪煙を巻き上げる。凄まじい加速性能と共に、雪原を疾走するペンギンたち。

 そう、彼らが装備する“ブースタースキーレッグ”はスキー板に強力なバーニアを取り付けた雪原専用の高機動脚パーツである。今、100騎のスキーペンギンたちが悪しき侵略者である【トリニティ】本拠地に向かって進撃を開始した。

 

 重装備のタンクタイプの機動力をスキーレッグで補った彼らは、雪原戦ならではの占領のスペシャリスト。本気を出した彼らの強襲を防ぎ切られたことは1度としてない。今回もまた、【鉄十字ペンギン同盟】に輝かしい勝利をもたらすことであろう。勝利への確信を胸に、ペンギンたちは雪上を往く!

 

 

 ところで、先に侵略したのお前らやぞ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

『騎士様、どうします!? このままだとシロさんと本拠地が!』

 

「どうしますと言ってもな……」

 

 

 目の前には続々とアッシュに合流してくるペンギン兵。

 後方に逃がしたシロは敵の別動隊に包囲され、本拠地は敵の奇襲を受けている。

 

 まずこのままアッシュやペンギン兵と戦い続けるのは論外。アッシュだけでも相当手ごわい相手だが、さらにタンクやガンナータイプの敵に狙われるときつい。

 だからいったんは退いて、シロか本拠地どちらかの救援に駆け付けるのが戦術的には正しい。

 

 

「いいんですよ、シャインさん。私たちのことは見捨ててくださいな」

 

 

 その判断を後押しするように、ホログラムの向こうのシロが気丈に微笑む。

 

 

「私たちはどうせ負けてもリスポーンして本拠地に戻れますから。構わずに本拠地に戻って、ペンデュラム様を助けてあげてください」

 

『騎士様、シロさんのお言葉に甘えましょう。どのみち、シロさんを助けに行ったところで救出するのは難しいです。アッシュやペンギンの人たちとの挟み撃ちになっちゃいますよ。そうなればシロさんを助けるどころじゃありません』

 

 

 ディミの意見は冷徹だが、合理的な判断といえる。

 

 

「へっへっへ、どうするよぉシャイン? お仲間と本拠地、どっちを見殺しにするんだぁ? まあどっちにしても、お前はここで俺に負けるがよぉ!!」

 

 

 判断に迷うスノウの姿を眺めつつ、アッシュは舌なめずりせんばかりに煽る。

 アッシュとしてはスノウがどちらを選ぼうが構わない。

 

 まあ十中八九本拠地に戻る方を選ぶのだろうが、その場合は逃げる背中にガンガン追撃を繰り出して墜としつつ、見捨てられた仲間の悲鳴を聞かせてやる。仲間を選んだとしても、待っているのはアッシュとペンギンたちによる挟み撃ちと、本拠地の陥落という苦い敗北だ。

 

 完璧だとアッシュはほくそ笑む。

 3日間かけて作った罠だ、たっぷりと敗北と屈辱に打ち震えてもらわなければ困る。

 

 

 一方、スノウはこの期に及んでまだ苦悩しているようだ。

 通信をつないできているペンデュラムに確認する。

 

 

「……ペンデュラム、そっちは守り切れそうにないの? 総大将が守りを固めているんだから、そうそう落とされはしないでしょ?」

 

「確かにそれはそうだが……あっちは精鋭のタンクタイプにスキー脚を履かせて、高速で襲ってきている! クランリーダー率いる最精鋭の占領部隊だ! このままではコスト差で押し切られかねん! できれば戻ってきてほしい……!」

 

 

 ペンデュラムは苦い顔で厳しい戦況を訴える。

 

 本拠地の占領判定には、本拠地にいる機体の合計コストが大きく関係する。

 防衛側の機体の合計コストよりも攻撃側の機体の合計コストが上回っている場合には防衛ゲージが下がっていく。防衛ゲージがゼロになると本拠地が陥落し、敗北してしまう仕組みだ。

 

 今回の場合、ペンギンリーダー率いるアサルトスキー部隊はコストが大きいタンクタイプを多数組み込んでいる。さらに総大将であるペンギンリーダーには指揮官コストが加算されており、攻撃に参加するだけで【トリニティ】の防衛ゲージを大きく減らすことができるのだ。

 

 雪原での塹壕戦のために攻撃部隊を出撃させていた【トリニティ】の裏をかいた、巧みな戦術であった。このままでは【トリニティ】側の敗北は免れない。

 

 そして、それを聞いたスノウはニヤリと笑った。

 

 

「なーんだ。なら何も迷うことはないじゃん。()()()()()()()

 

「なんだと?」

 

「ペンデュラム、キミともあろうものがオタオタするなよ。ボクと共に覇道を往くんだろ? もっとどっしり構えなよ、キミの自慢の武器を活かすときだ」

 

「どっしり構えて、俺の自慢の武器を……」

 

 

 オウム返しに呟いたペンデュラムは、はっとした表情になった。

 

 

「そうか……了解した! こちらは任せてくれ」

 

「そうそう! 頼んだよ、ペンデュラム!」

 

「ああ、互いにベストを尽くそう!」

 

 

 親指を立て合い、お互いに頷き合う。

 通信傍受を警戒してあえて言葉少ないやりとりにしたが、ペンデュラムは期待通りこちらの意図を察してくれたようだ。そこには言葉は少なくとも、完全に相手を理解し合う者特有の信頼があった。

 頼れる戦友への信頼で胸が温かくなるのを感じながら、スノウは通信相手をアッシュに切り替える。

 

 

「待たせたね。まさかチンパンジーにも戦術なんて高等な思考ができるとは思わなくて、ちょっとびっくりしちゃったよ。今動物園にこういうチンパンジー見つけたんですけどいりませんかってメール送ってたところなんだ」

 

「ぬかせやクソガキ! ここがテメエの墓場だッッ!! 殺れええッッッ!!」

 

 

 長距離ビームライフルを発射するアッシュに続き、集まってきたペンギン兵たちが一斉にシャインへと手持ちの武器をぶっ放す。アサルトライフルにガトリングガン、ロケット弾、バズーカ砲、マルチミサイル、さまざまな武器が雪原の空を彩った。

 

 それらが織りなす弾幕を背に、シャインは全力で後退を開始。

 銀翼に宿る白い光が輝きを増し、一見するとデタラメとしか言いようのないぐにゃぐにゃとした軌跡を描きながら飛翔する。その機動に騙された一部のミサイル系兵器があらぬ方向に逸れ、背中を狙うビームライフルがロックを外される。

 

 

「だ、駄目ですアッシュさん! あんな滅茶苦茶な機動をされちゃ、ロックオンしてもすぐ解除されてしまって……」

 

「アホどもがッ、何してんだッ!? エイムアシスト使わずに狙えやっ!!」

 

「む、無茶を言わないでください!! マッハ0.5出てるじゃないですかアレ! あんな標的に手動で当てられるわけないでしょッ!?」

 

「ノーコンどもがっ!!」

 

 

 プログラムの補助がなければ満足に狙いも付けられない未熟なプレイヤーに舌打ちしながら、アッシュは全速力でタイヤを転がしつつ、シャインの背中を狙う。

 スノータイヤで物理的に雪原を滑走しながらの照準はブレにブレるが、それでもアッシュの手動による狙撃は、シャインの銀翼スレスレをかすめた。

 

 アッシュが歯噛みして、クソがっと吐き捨てる。

 

 

「やっぱ地上を走ってちゃ当たらねえか……! 飛べッ! ブラックハウル!!」

 

 

 真っ黒な巨大なバイクを思わせるアッシュのシュバリエ“ブラックハウル”の四気筒エンジンが唸りを上げ、格納されていた漆黒の銀翼を展開させる。猛り狂うエンジン音はその名の通り、狩りの興奮に咆哮を上げる魔狼を思わせた。

 

 

「シャイイイイイイイイイイイイイイインッッ!!! テメエは俺が墜とすんだッッッ!!! 逃げられると思うなよッッッッ!!!」

 

 

 背後から高速で追尾するブラックハウルの機影を背面カメラでとらえたスノウは、まなじりを吊り上げて微笑む。

 

 

「アハッ♪ やっぱり追いかけてくるんだね、キミ! さっきのビームライフルの狙いもよかったよ。いいぞ、予想外だ! ボクを殺しにこいッ!!」

 

「やらいでかよぉッッッ!!! 喉笛噛み千切ってやる、逃げんじゃねぇッ!!」

 

 

 その様は迷いの森の中、魔狼に追いかけられる麗しの姫君のごとく。

 しかし本当に狩り立てられているのはどちらなのか?

 

 

「み、みんな! アッシュさんが飛び出した! 遅れるなッ!!」

 

 

 猛追撃するブラックハウルに遅れまいと、ペンギンシュバリエたちが次々に飛翔してその後を追う。

 姫君、魔狼、ペンギンが矢のごとき速度で雪原の上空を飛ぶ。

 

 その先頭に立つスノウが、操縦桿を握る手をぶるぶると震わせた。

 恐怖ではない。

 今すぐ振り返って、とびっきりの獲物を狩り殺したい衝動を抑え付けていた。

 

 

「ああ……戦いたい! 今すぐ撃墜したい! でも、だめだ……まだだ、まだ早い……焦るな、焦るなよ。戦いには一番いいタイミングってものがある……」

 

 

 目を見開き、熱っぽく荒い息を吐き、ぶつぶつと呟きながら超高速で飛行するスノウ。控えめに言ってガンギまっていた。

 アドレナリンがドバドバ出てるパートナーにヒきながらも、ディミは声をかける。

 

 

『騎士様、どうなさるおつもりです? この方角、本拠地とは違いますが……。まさかシロさんを助けにいかれるおつもりで?』

 

「そうだよ。本拠地はペンデュラムに任せる。なーに、あんなにでっかい大楯持ってるくらいだし、守りはなんとかしてくれるだろ」

 

『なんとかって……。言っちゃなんですが、シロさんの戦術的価値は今ほぼゼロですよ。本拠地をおいてまで助けに行く意味なんてあるんですか?』

 

「何言ってんのさ、大アリだよ」

 

 

 やや冷静さを取り戻したスノウは、にっこりと笑う。

 

 

「この戦いのカギは彼女が握ってる。さあ、いたいけな赤ずきんちゃんでも悪いオオカミを退治できるってところを見せてやろうじゃないか」

 

『何を図々しい。貴方の役どころは赤ずきんどころか魔女でしょう』

 

 

 ディミに突っ込まれたスノウは、きょとんとした顔になってからクスッと笑った。

 

「そりゃいいや。じゃあオオカミの腹の中に毒リンゴをばら撒いてやろう」




クマやらオオカミやらペンギンやらチンパンジーやら、敵が動物ばっかじゃねえか!


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EXTRA ARCHIVE このスカルの目をもってしても一目瞭然

今回は【氷獄狼】のお話。


 ぴろん♪

 

血髑髏スカル

≪アッシュって最近変じゃないですか?≫

 

 職場の昼休み時間。

 周囲の目を盗んで【氷獄狼(フェンリル)】の副クランリーダー、血髑髏(ちどくろ)スカルはSNSアプリでメッセージを送っていた。相手はクランリーダーのヘドバンマニアである。

 

ヘドバンマニア

≪変ってどういう風に?≫

 

 

血髑髏スカル

≪あのシャインってガキに負けてから異常に執着してるじゃないですか≫

 

 

ヘドバンマニア

≪まあ10万も課金した武器を奪われたら誰でも怒るだろ≫

 

 

血髑髏スカル

≪それだけじゃないですよ。なんか口開いたらずーっとシャインシャインって言ってますし≫

≪降格処分受けたら受けたで、自分から【鉄十字ペンギン同盟】に出向していろいろやってるみたいですし≫

皇帝ペンギン(クランリーダー)が泣きついてきましたよ、アッシュが好き放題やってるから止めてくれって≫

 

 

ヘドバンマニア

≪んん……まあ、好きにやらせてやればいいんじゃないのかなあ≫

 

 

血髑髏スカル

≪好きにって……。いや、よかぁないでしょう≫

 

 スカルはクランリーダーの日和見な意見にムッとした。

 ヘドバンマニア、血髑髏スカル、アッシュの3人は2年前にβテストが終了した『創世のグランファンタズム』をプレイしていたときからの仲間である。

 当時はまだ彼らは荒っぽいチンピラのような雰囲気はまとっていなかった。チンピラゲーマー集団と化したのは、『七翼のシュバリエ』に移ってきてからである。

 

ヘドバンマニア

≪アッシュもストレスたまってるみたいだし≫

≪ほら、降格処分だって敗戦の責任を押し付けたみたいな感じだから、私から強く言いにくいんだよね≫

 

 

血髑髏スカル

≪それは……まあ仕方ないじゃないっすか≫

≪あいつがストライカーフレームを持ち出したせいで、レイドボス狩りの予定が台無しになったんですから≫

≪アッシュだって社会人ですし、そのくらい理解してるでしょう≫

 

 

ヘドバンマニア

≪とはいえ、理解できるのと納得するのは別だからなあ≫

≪あんま今のアッシュを下手に刺激したくない≫

 

 ヘドバンの言葉に、スカルはため息を吐いた。

 

 荒っぽいプレイヤーが揃っている【氷獄狼】のイメージにそぐわず、ヘドバンマニアは公人と私人のバランスが取れた政治感覚の持ち主だ。

 いや、そうでなければわざわざ荒くれたゲーマーのリーダーを引き受け、大手クランにまで育て上げることはできなかっただろう。

 

 『七翼のシュバリエ』にやってきた彼らが見たのは『創世(前作)』ではあまり見かけなかった集団……企業クランに占拠された世界だった。とにかく大手クラン界隈はどこを見渡しても企業クランばかり。

 企業クランは大枚をはたいて優秀なプレイヤーを勧誘して回り、腕がよくとも素行の悪いプレイヤーは爪はじきにされていた。

 

 それを見かねたヘドバンマニアが、素行が悪いプレイヤーの受け入れ先として【氷獄狼】を設立したのだ。嫌われ者にも居場所が必要だと、彼はそう思ったのである。

 皮肉なことに、それは企業クランにとっても好都合だった。お行儀の悪い連中はひとまとめにしておいた方が、いろいろと扱いに困らずに済む。

 

 こうして数少ない非営利大手クラン【氷獄狼】は成立するに至った。だがクランを運営するうえで、徐々にヘドバンとスカルの心労は増えていった。

 荒くれて言うことを聞かないプレイヤーたちの統制に、企業クランとの軋轢、所属メンバーの素行の悪さに苦言を呈する他クランとの調整。面倒ごとの種はいくらでもある。クランの経営だってそうだ。

 

血髑髏スカル

≪アッシュもなあ……10万天井するくらいなら、クランに金入れてくれりゃよかったんだ≫

≪それで素材買ってストライカーフレーム量産してレイドボス狩れば、もっといい武器生産できるし、ガチャ武器だってより質がいいのが手に入るのに≫

 

 

ヘドバンマニア

≪まあ、そりゃそうなんだけどね。さすがに個人が何にお金を使うのかまで、こっちが口を出せないでしょ≫

≪うちは非営利クランなんだから≫

 

 

血髑髏スカル

≪非営利で収入のめどが立たないからこそ、幹部が金入れなきゃ話にならんじゃないですか?≫

 

 

ヘドバンマニア

≪確かにそういう見方もあるけども……≫

 

 ヘドバンは疲れているな、とスカルは感じた。無理もないことだが。時期的にも今は新卒社員が入ってくる時期だし、社会人としても忙しいはずだ。

 しかしアッシュにガツンと言えるのは、自分以外ではヘドバンしかいない。

 アッシュのことを友達だと思うからこそ、スカルとしてはここでしっかり釘を刺してやってほしかった。

 

血髑髏スカル

≪一昨日だって天井してSSRショットガン手に入れてましたよ。シャインに復讐するための武器がいるんだとか言って≫

 

 

ヘドバンマニア

≪ええ……? また天井課金したの? 夏のボーナスにしてはちょい早いなあ≫

 

 

血髑髏スカル

≪あいつ絶対どうかしてます。もう止められるのはヘドバンさんだけですよ≫

 

 

ヘドバンマニア

≪まいったなあ。……そんなにロリめの子が好きだったんだねえ、アッシュは≫

 

 

血髑髏スカル

≪冗談で流さないでくださいよ(苦笑)≫

 

 前作でのアッシュのアバターがどんなんだったか知ってるくせに。

 スカルは深いため息を吐いた。

 

血髑髏スカル

≪俺だって最後シャインに15回くらいリスキルされましたけどね。それにしたってそこまで根深く恨んだりとかないですよ。アッシュはおかしいです≫

 

 

ヘドバンマニア

≪まあ、わかった。一言言っておくよ。……そういえばアッシュが【トリニティ】と戦うのっていつだっけ?≫

 

 

血髑髏スカル

≪今ですよ。今この時間にペンギン率いて戦ってるはずです≫

 

 

ヘドバンマニア

≪今? 今日平日なんだけど……代休取った? それともテレワーク?≫

 

 

血髑髏スカル

≪打ち合わせに出かけて、その足でネット喫茶行って戦ってくるって言ってました≫

 

 

ヘドバンマニア

≪えっ、マジで……? なんか、すごいねぇ≫

 

 

血髑髏スカル

≪だからあいつおかしくなってるって言ってるじゃないですかー!≫

≪あ、昼休みもう終わっちゃう≫

≪今晩あたり説教してくださいよ、マジで!≫

 

 まだまだ言い足りないことはあったが、仕事の時間だ。

 同僚たちが席に戻ってくる。

 スカルはスマホを胸ポケットにしまい、昼からの仕事へと頭を切り替えるのだった。



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第37話 オオカミさんお気をつけて

「シロ! もうじき助けに行くから、ビーコン出して場所教えて!」

 

「なんで来るんですか!?」

 

 

 大木が生い茂った雪深い森の中、襲い掛かる敵機の攻撃をいなしながらシロが通信に叫び返す。

 

 既に味方は1騎撃墜され、残る味方は自分含めて4騎。せめてギリギリまで応戦して、1騎でも多くの敵と刺し違えようという決死の戦いの最中でのことだった。

 

 森の中に逃げ込めば、木々が邪魔して追手のタンクタイプの重火器は使えない。その判断は正しかったが、それで追手が追撃を諦めるわけもない。

 

 ブレードを手に斬りかかってくるペンギン兵の斬撃を、苦しそうな表情でなんとか回避するシロ。その腕から射出されたワイヤーが敵機の右腕に絡みついて動きを止め、その隙に僚機が側面からライフルを撃ち抜く。

 

 HPゲージがゼロになった敵機が沈黙するが、こちらの集中力とHPも限界が近い。ぜいぜいと荒い息を吐きながら、シロは怒鳴るようにシャインに叫んだ。

 

 

「助けは不要です、そう言いましたよね! そんな暇があれば一刻でも早くペンデュラム様を……!」

 

「そのペンデュラムも承知だよ! この作戦にはキミが必要なんだ!」

 

「……ペンデュラム様が……!?」

 

 

 シロの胸が温かくなり、常人よりも白い頬にさあっと赤みが差す。

 自分の仕える主人(ペンデュラム)は、自身の危機を承知でシロを助けに行くように命令してくれたというのか。

 ああ、それほどまでに主人から愛されているという幸福感に動悸がしそう。

 そしておそらくはペンデュラムに“シロを助けさせてほしい”と願い出たであろうスノウに好意が芽生えるのも仕方ないことだった。

 

 スノウにポンコツ極まりない誤解をするあたり、完全に似た者主従である。

 

 

「わかりました! ご命令とあれば従いましょう! ビーコンを打上げます」

 

「よーし! 少し待ってなよ!」

 

 

 スノウの返事を聞きながら、シロは僚機に語り掛ける。

 

 

「みなさん、お聞きになりましたね? ペンデュラム様は私たちを見捨てません! 何としても生き残りましょう!」

 

「「「おおーーーーーっ! さすが私たちのペンデュラム様♪」」」

 

 

 主人から愛されている自覚に意気上がったメイドたちは、萎えかけていた闘志を新たにペンギン兵たちに立ち向かう。

 何としても生き残り、ペンデュラムの想いに応えるのだ!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 ビーコンでシロたちの位置を把握したスノウは、全力で飛翔しながら救援に急ぐ。

 

「シャインッ! いい加減に止まって俺と戦えやあああああッ!!」

 

「ちぇっ、思ったより早いな……! もう少し距離を稼ぎたいけど」

 

 

 上半身を反らし、後方のアッシュに向けてバズーカ“レッドガロン”を撃ち放つシャイン。しかしその弾速は遅く、ゆるゆるとした軌道を描いて迫るばかりだ。

 

 

「なんだそのヒョロヒョロ弾は! そんなもんに当たるかよぉ!!」

 

 

 案の定、追跡してくるアッシュには難なくかわされてしまう。回避したアッシュの遥か後方で、弾が爆発して広範囲に爆風を撒き散らした。アッシュの後方にいたペンギン兵たちは動揺しているが、その爆発光を背中に浴びるアッシュはまったく動じた様子もない。

 その光景にやっぱりね、とスノウはため息を吐いた。

 

 

「機体の飛行速度に比べて、あまりにも弾速が遅すぎるな……。塹壕の中で立ち往生するマヌケ相手ならともかく、動き回る敵に当てられるようなもんじゃない。バーニーは何を考えてこんなものボクに持たせたんだ?」

 

『まあ、無料の武器ですし……。ビームライフルと併用して、速度差で敵を攪乱するとか使い道があるんじゃ?』

 

「にしたって無理があるでしょ。いくら何でもそんなんで誤魔化されるわけが……いや。なるほど」

 

 

 スノウは苦笑を浮かべ、空中で反転。そのままアッシュへと向かって逆走を開始!

 

 

『ちょ、ちょっと騎士様!? 一体何を!』

 

「ボクの考えが浅かったって話だよ!」

 

 

 そう叫びながら、スノウはビームライフルを連射しながらアッシュへと迫る。

 その射撃を回避しながら、アッシュの顔に浮かぶドス黒い笑み。

 

 わかっている、わかっているぞシャイン。お前の狙いは一目瞭然だ。

 距離を一気に詰めての近距離戦、そうだろう? 今装備しているのはビームライフルとバズーカ砲だけなんじゃないか? それじゃ遠距離戦で埒が明かねえよなあ。

 だから俺と渡り合うには一気に近距離まで詰めるしかないもんなあ。

 

 だが、そのままだと俺の懐には潜り込めない。だから牽制に何か一手必要だ。

 

 

 中距離まで距離を詰めたシャインが、レッドガロンをアッシュに向かって放つ。

 

 そうだよなあ。そんな弾速が遅いバズーカじゃ、中距離以内の射程でしか使えない。でもその爆発半径は広すぎるから近距離だと自爆してしまう。だからそのバズーカが使えるのは、実質中距離に限られる。……だがそれじゃ俺には当てられねえ。

 

 アッシュがバズーカの弾を避ける。その隙を狙い、シャインが腕を伸ばす。

 接近してくるシャインに向かって、アッシュが右腕の武器を展開する。

 

 

「それはもう読めてんだッ!! 投げ技なんざ二度も食らうかよォッ!!」

 

 

 アッシュの左手に握られたガチャ産SSRショットガンがぶっ放され、シャインの胸部に命中して無数の火花を上げる! シャインのHPゲージがゴリッと減り、着弾の衝撃で後方に吹き飛ばされた。

 

 その隙を見過ごすようなアッシュではない。

 右手に握られたガチャ産SSR火炎放射器(フレイムスロアー)が文字通りに火を噴き、吹き飛ばされたシャインの白銀の装甲を焼き焦がす。空気に触れただけで炎上する発火性の燃料を射出するこの武器は、着弾した相手に継続(DOT)ダメージを与え続ける凶悪な性能を持つ。

 

 

「ギャハハハハハハハハッ!!! 燃えろ! 燃えろおおおおおッッッッ!!!」

 

 

 哄笑を上げながら、火炎放射器で追撃を加えるアッシュ。ついに叶った復讐の機会に、歪んだ愉悦がゾクゾクと背筋を走り抜ける。

 

 スノウはみるみるうちに減らされていくHPゲージを見つめ、口元を引きつらせた。

 

 

「参ったなあ……予想外だ。油断しないキミは、確かに強い。計画を練り、罠を張り、高い技量と計算で追い詰めてくる。ここまでやられるとは思わなかった」

 

「ハッ! 今更悔やんでも遅いんだよ!! このまま黒焦げになりやがれ!!」

 

 

 だがその眼は油断なくスノウに向けられたままだ。こいつは何をしてくるかわからない。まだ自分が知らない切り札を持っているかもしれない。

 今日のアッシュは絶対に油断なんかせずに、敵の行動を観察している。

 

 だから、炎上するシャインがこの期に及んでバズーカに弾を込めたとき、アッシュは若干拍子抜けした。またその武器か。

 威力の高さも広範な爆発半径も知っている。その弾速の遅さも。

 たとえ100回撃たれても、自分なら100回すべて避けきれる。

 となれば、自爆覚悟で近距離で撃つか、やけになっての無駄なあがきか。

 

 どちらでも関係ない、回避すればいい話だ。

 撃ってみろよ、ダボ虫がァ!!!

 アッシュは哄笑を上げながら、シャインの最後の抵抗を見届けようとする。

 

 

「キミは油断しなけりゃ強い」

 

 

 バズーカから発射される弾丸が、唐突に加速する。

 

 炎上するシャインの背中で、ひときわ白く輝く銀翼“アンチグラビティ”。

 弾丸にかかる重力の影響を軽減することで、弾速は1.5倍まで加速を付ける。

 

 予想とはまったく違う弾速に、アッシュが一瞬躊躇する。しかしそれでも、回避することに問題はない。足から回転して、流れるようなスウェーで避ける。

 

 その一瞬の躊躇の隙を突いて、シャインがブラックハウルの腕を握っていた。

 

 

「ほら、()()()()()

 

 

 ぞわっと悪寒がアッシュの背筋を走り抜けた。

 その手を振り払おうとしたアッシュの視界が逆転する。

 

 空中一本背負い。

 

 

「墜ちろ」

 

「シャイイイイイイイイイイイイイイイインッッッ!!!!!」

 

 

 重力の影響を()()されたブラックハウルが、凄まじい速度で地面に向かって転落していく。シャインの名を呼ぶ絶叫が、ドップラー効果で小さくなっていくのが何だか少し面白かった。

 

 みるみる小さくなる彼を一瞥して、スノウはふうと息を吐く。

 

 

「さすがバーニー。重力操作を武器や移動に使うことを前提にしたビルドか」

 

『……地面にぶつけて撃墜できますかね?』

 

「無理だね、すぐ上がってくるよ。でも立ち直るまで時間はかかるから、距離を稼ぐなら今だ」

 

『随分とHPが減りましたよ。距離を稼ぐためだけにしては、いささか費用対効果が悪いのでは?』

 

「そうでもないよ」

 

 

 スノウはにっこりと笑って、シャインの両手を掲げた。

 雪原の光を受けて、キラリと輝くSSR火炎放射器。

 

 その手癖の悪さに、ディミは呆れた声を上げる。

 

 

『また盗んだんですか!? いったいいつの間に……』

 

「右腕を掴めたんなら、そのまま投げるついでにいただくでしょ。ボクがこれまでこれを何度練習して、実践してきたか聞きたい?」

 

『犯罪自慢の聞きたい度は、数ある他人の自慢の中でワースト1ですね』

 

「そりゃよかった、ボクもさすがに回数を覚えてないんだ。何せ得意技すぎてね」

 

『ほーら自慢した!』

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「あの野郎ッッ、またやりやがったッッッッッッ!!!! 俺の武器がああああーーーーーーッッッッ!!!!」

 

 

 地面に激突する前になんとか態勢を立て直したアッシュは、右手に握られていた火炎放射器をなくしたことに気付いて咆哮を上げた。

 

 あの火炎放射器はショットガンをガチャで天井するついでに出たものなのでそこまで惜しいものではないが、威力が高く何かと重宝する武器だ。さらに相手を炎上させ、じわじわとHPゲージを焼き焦がすことで絶望を与えられる点が気に入っていた。

 

 加えて武器をロストさせられた復讐戦で、またしても武器を奪われたことが怒りに拍車をかける。

 

 ……落ち着け。怒りに身を任せちゃ奴は殺せねえ。クールに、クールになるんだ。

 

 

 アッシュは何度も深呼吸して、頭に血が上るのをなんとか抑えた。

 

 そうだ、俺はアッシュ。

 怒りに燃える心を持ちながらおだやかな理性を宿すことで新たな境地に目覚めたスーパーアッシュだ。感情を動かすのはシャインに完全勝利してからでいい。

 奪われた武器だって、シャインから取り返せばいいんだ。

 

 

 浮上してペンギン兵と合流したアッシュは、状況を再確認する。

 

 

「おい、シャインの仲間を追い詰めていた奴らはどうなった。もうシャインの仲間は全滅させたのか?」

 

「いえ……それが、突然敵が発奮して猛烈に暴れ始めたらしく。てこずっている間にシャインまでもが合流したので、距離を置いているようです。森に隠れられているようですが……」

 

 

 弱兵と罵りかけ、アッシュは口にするのを止める。

 兵の士気をいたずらに下げてどうする。

 

 

「いや、まあいい。足手まといがいた方がシャインを仕留めやすいかもしれん。そいつらと合流して、森の中を追い立てるぞ」

 

「はっ」

 

 

 ……そして数分後。

 全力で空中を駆けたアッシュたちは、【トリニティ】の偵察特化機体を追いかけていたペンギン兵と合流していた。

 

 10メートルを超える大木が生い茂る鬱蒼とした森は、昼間でも薄暗く光がなかなか届かない。しかし、スノウたちを追跡するのはさほど難しくはなさそうだ。

 何しろ森の中にも雪が降り積もっていて、足跡はくっきりと残されている。

 そもそもが巨大なシュバリエの足跡なのだ、隠して隠せるものではない。

 

 これならスノウたちを狩るのに手間はそうかかるまい。

 魔狼の狩りの真髄を見せてやろう……とアッシュは口角を吊り上げる。

 

 

 そうしてしばらく足跡を追いかけた頃。

 追跡者たちは少し広まった木々の狭間、広場のようになった空間に複数の足跡を発見した。足跡は5方向に分かれており、追われているシュバリエたちが1騎ずつ別々の方向に逃げたことを物語っている。

 

 さて、どれがシャインの足跡だ……?

 腕と脚が際立って大きいシャインのフォルムを思い返しながら、アッシュは真剣な顔で足跡を検分する。

 

 あまりにも真剣に見入りすぎていて、アッシュは彼の後方でペンギン兵たちが話し込んでいたのに気付くのが遅れた。

 

 

「なあ、あそこに落ちてる赤いの……もしかして、シャインって機体が持ってたバズーカじゃないか? 逃げる途中で落としたのかな」

 

「あっホントだ……。おいおい、拾いにいくのか? やめとけよ、勝手なことしたらアッシュさんがうるさいぜ」

 

「でもさ、あのバズーカの威力見ただろ? うちのクランじゃ逆立ちしても生産なんかできない業物だった。あれが手に入るなんて悪くないじゃないか」

 

「そりゃそうだが……」

 

「なーに、こっそり拾えばバレないさ。アッシュさんは足跡に夢中だからな」

 

 

 そう言った若いペンギン兵が、レッドガロンを拾い上げる。

 雪の中に埋もれていたそのバズーカは、砲塔にもパンパンに雪が入り込んでいた。

 

「へへっ、ゲーット! ちゃらりら~♪」

 

 

 思わぬ拾い物をしたペンギン兵は、嬉しそうにレッドガロンを頭上に掲げる。

 それを一目見ようと、周囲に集まってくる僚機のペンギン兵。

 

 彼らの声を聞いたアッシュが振り向き、真っ青な顔で絶叫を上げた。

 

 

「バカ野郎! 今すぐ捨てろ!!」

 

「へっ?」

 

 

 ペンギン兵は気付かなかった。雪の中に埋もれていたのは、バズーカだけではない。

 そのバズーカの引き金に括りつけられた対シュバリエ用ワイヤーもまた、雪の中に埋もれていたことを。シロの機体に取り付けられていたその武器は、シュバリエの腕力によって引っ張られてもなお切れることはない靭性を持つ。

 

 そしてワイヤーが引っ張られ、トリガーが音を立てた。

 シュバリエの力で砲塔にカチカチに詰め込まれた雪と弾頭が接触し、暴発する。

 

 

 

 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!

 

 

 

「「「ペギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」」」

 

 

 

 悲鳴と共に爆風に飲み込まれ蒸発するペンギン兵たち。

 

 

「馬鹿野郎が……! あんな見え見えのブービートラップに引っかかりやがって! これだから弱小クランにたまってる能天気な雑魚は……!」

 

 

 そう毒づきながら、アッシュは腕を上げて頭部を爆風から守る。

 だが、その口元はニタリと昏い歓喜に緩んでいた。

 

 

 あのバズーカはシャインが持ち込んだ武器だ。

 武器としてのスペックは、自分がガチャで手に入れたSSR武器に匹敵するはず。【トリニティ】があのバズーカを使っているのを見たことはない。ということは、あれはシャインがガチャを回して手に入れたSSR武器のはず。

 

 それをシャインはブービートラップとして使い捨てざるをえなかった。いや、使い捨てさせたのだ、俺が! あいつを追い込んで!

 

 俺は、あいつに同じ悔しさを味わわせてやったんだ!!

 やったぞ! 俺の屈辱を! 苦しみを! あいつにも与えてやったんだ!!!

 

 

 歓喜に打ち震えながら頭上を見上げたアッシュは、そこに5つの騎影を見つけてニヤリと嗤う。なるほどな。逃げたふりをして、全員で頭上に隠れていたか。

 

 

「上だ! 上にいるぞ、撃ち落とせ!!」

 

「ペギーーッ!!」

 

 

 生き残ったペンギン兵たちが、アッシュの声で頭上に視線を向ける。

 

 シャインめ、俺たちがブービートラップにかかるか、行き過ぎたところを狙って奇襲をかけるつもりだったようだが……そうはいかない。俺にかかれば、貴様らの稚拙な策などお見通しだ。

 

 

「さあ、シャイン! お気に入りの武器を失い、奇襲まで見破られて……今どんな顔をしているのか、俺に見せてみろ!! フハハハハハハハーーーーッ……ん!?」

 

 

 アッシュはぽかんと口を開いた。

 

 

 シャインの手にあるのは、先ほど暴発して消滅したはずの赤いバズーカ砲。

 それが蒼い光に包まれながら再生成され、シャインの手に握られていた。

 

 

「な……何故だ!? その武器はさっき確かに消し飛んだはず……」

 

「なんだ、キミはまた武器ガチャなんかに無駄金を突っ込んだの?」

 

 

 ホログラム通信を送り付け、スノウはニヤリと嗤い返した。

 

 

「これはクエストアイテムだ。キミが血と汗を流して手に入れた天井課金武器なんて、ボクにとってはいくらでも使い捨てできる()()()()()()なんだよ?」

 

「ッッッッ…………!!!!」

 

 

 頭上から降り注ぐバズーカの弾丸と、先ほどまで自分のものだった火炎放射器の発火燃料の雨。

 見えてはいた。見えてはいたが……あまりのショックに脱力したアッシュには、最早それを避ける気力など残されてはいなかった。

 

 爆炎に飲み込まれながら、魔狼(アッシュ)の断末魔が木霊する。

 

 

「くそったれがああああああああアアアアアアアアアアアアアッッッーーーッ!!!」



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第38話 自慢の武器をここに掲げん

「「「「クワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ!!!!!」」」」

 

 

 喉を鳴らして雄叫びを上げながら、スキーレッグ装備のペンギンタンク部隊が【トリニティ】本拠地へと本日3度目の突撃を仕掛ける。

 見た目はユーモラスだが、その実情はとてつもない破壊力を秘めた猛攻。

 

 なにしろ彼らの機体は、そのスペックを装甲と砲撃能力に極振りしたガチガチの重装タンク(ガチタン)なのだ。ちょっとやそっとの攻撃では傷一つ付かず、高い積載量による重砲撃は鋼鉄をも撃ち抜く。

 

 そして本来ならば死荷重(オーバーウェイト)によって身動きが取れなくなる速度を、スキーレッグという“雪原でしか使えないが、その反面非常に高い速度を持つ”特殊なレッグパーツによって補っている。

 

 さらにそのスペックから、機体コストが極めて高い。これはコスト差で占領判定が行われる『七翼のシュヴァリエ』では非常に優秀な占領要員となりうる。移動速度は速いがコストの低さ故に拠点占領には使いにくいフライトタイプとは正反対の、タンクタイプならではの強さを遺憾なく発揮していた。

 

 見た目こそユーモラスだが、その機体構成は本気も本気。雪原マップにおいて、これより強力な強襲部隊は考えられない。

 

 その強力なペンギンタンクたちが雪の上を疾走しながら、肩に背負った自慢の武器“フレアキャノン”の銃口を【トリニティ】の陣地へと向ける。高い破壊力を持つだけでなく、命中時には広範囲に延焼ダメージを撒き散らす拠点攻撃用兵装だ。

 

 

「ペンデュラム様! 突撃来ます!」

 

「ジルコンシールド部隊、前へ! 慌てるな、きっちり防げばそうそう落ちぬ!」

 

 

 ペンデュラムの号令で、強力な耐火性能を持つ大楯を装備したシュバリエたちが陣地の矢面に立つ。その背後にはタンクタイプのシュバリエたちが陣取り、迫り来るペンギンタンクたちに照準を合わせていた。

 

 耐火盾“ジルコンシールド”は延焼性能を持つ武器に対して、特別に高い防御性能を持つ片手武器である。

 正面から受け止めることで延焼ダメージの発生を防げるだけでなく、パリィに成功すれば攻撃自体をノーダメージに抑えることが可能だ。しかしそれにはかなりの熟練度が必要とされる。

 

 ガチガチと誰かが恐怖と緊張に奥歯を震わせた。もしも前面のシールド持ちがガードを失敗すれば、広範囲の敵に大ダメージを与えるフレアキャノンの一撃で背後のシュバリエもタダでは済まない。

 いったん崩れてしまえば、そこを突かれて総崩れになってしまう可能性もある。そのときの責任を思えば、誰もが身を竦ませずにはいられない。

 

 

「案ずるな、俺が付いている」

 

 

 その緊張を解したのは、シールド部隊の中心に立つペンデュラムの言葉だった。

 自らも陣頭に立って皆を守りながら、ペンデュラムは心に染み入るような声色で仲間たちに語り掛ける。

 

 

「すべての責任は俺が持つ! お前たちは自分にできるベストを尽くせばいい。俺がお前たち全員を守る盾となろう! だから、俺に力を貸してくれ。お前たち全員が、俺のかけがえのない自慢の武器だ!!」

 

 

 言葉に魔力が宿ることがあるならば、今がまさにそれだった。

 先ほどまで重石のように身を竦ませていた緊張は嘘のように掻き消え、凛々と胸に闘志が燃え盛る。心からにじみ出るじんわりとした熱は、仮想の雪原の深い雪をも溶かすほどに全身を火照らせていた。

 

 やってやろう。誰かがそう呟く。

 

 戦闘力に優れたかつての仲間を引き抜かれ、弱体化してしまったペンデュラム軍。そこに残された者たちは、みな心のどこかで自信を失ってしまっていた。

 逆説的な話だが、スカウトされなかった自分たちは、戦闘力がない()()()()だと思っていた。もちろん忠誠心と自分たちの特殊な技能には自信がある。だが、戦闘力で役に立てることはないと思っていた。だが、そうではないとペンデュラムは言う。

 自分たちのことを自慢の武器だと言ってくれた。

 

 その信頼に応えずして、どうして自らの忠誠心(矜持)に自信を持てよう。

 

 

「フレアキャノン一斉開門!! 撃てーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

 

「ジルコンシールド構えッ!! 守り抜けえええええええーーーッッッ!!!!」

 

 

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」」」

 

 

 ペンデュラムの配下たちの心がひとつになる。

 その心の在り様は、一枚の巨大な盾に似て。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!

 

 

 九十を数える火線が【トリニティ】本拠地に殺到し、陣地にて炸裂せんとする。

 そのうちの三十がパリィで弾かれ、五十が防がれ、十が防ぎきれずに後列を巻き込む爆発を引き起こす。

 だがその十の穴は、すかさずさらに奥で待機していた砲兵によって埋められ、カウンターで重砲撃をお見舞いする。

 

 もちろんシールドの後ろで構えていたタンクたちも遅れを取らない。闘志を漲らせた騎士(シュバリエ)たちの反撃が、偏差射撃の雨となって一撃離脱しようとするペンギンタンクたちに襲い掛かる。

 ペンギンタンクたちの怒涛の猛攻を受けてなお一歩も引かない。むしろ逆に食い破らんとする闘志すら感じられる、予想以上の力強い抵抗。

 

 逆撃の餌食となって炎に飲まれる配下たちを横目に雪原を滑走するペンギンリーダーは、予想外の展開に歯噛みした。

 

 

「くそっ……! どういうことだ!? この戦力で強襲を受けてなお、士気を維持していられるとは……!」

 

 

 この重コストのアサルトスキー部隊は、まさに【鉄十字ペンギン同盟】の虎の子。雪原だからこそ可能な圧倒的なコストと砲撃の前では、どんな指揮官であっても膝を折る。攻撃を受けている途中で、これは勝てないと悟って諦めるのだ。

 コストと火力の暴力はそれほどまでに絶対的な攻撃力を持っていた。

 

 

 だが今回はそれがうまく機能していない。

 火力での圧倒が通じていないわけではない。凄まじい火力は、じりじりと【トリニティ】の総コストを削り続けている。このままなら確実に自分たち(ペンギン)が勝つ。

 

 しかしペンデュラムと配下たちは、まるでここを死ぬ気で守り切れば光明が見えると確信しているかのように、高い士気を維持し続けている。

 それが解せない。攻撃部隊をすべて呼び戻すには時間がかかるはずだ。それまでには必ず【鉄十字ペンギン同盟】が攻め落とせる自信がある。

 

 ペンギンリーダー率いるアサルトスキー部隊は、【トリニティ】本拠地の横を滑り去っていく。このまま滑走して追撃を振り切ってから、高速でターンして別の角度から再度の突撃を仕掛けるつもりなのだ。何度も勝利をもたらした、必勝のメソッド。

 

 

 彼らが向かう方向を見たペンデュラムは、ニヤリと笑顔を浮かべた。

 

 

「ようやくそっちに向かったか。ミケ! タマ! “ペンギンは海に落ちた”!」

 

「委細承知」

 

「アイアイサーだにゃ、ボス!」

 

 

 雪原の上を滑走するペンギンリーダーは、ふと行く手の雪がキラリと輝いたような気がして目を細めた。

 雪が陽光を反射して煌めくことも、舞い上がった氷の結晶がダイヤモンドダストとなって光を乱反射させるのもよくあること。

 だが長年培ったスキーヤーとしての経験が、そこに何かを感じたのだ。

 

 周囲に呼びかけるべきか、見過ごすべきか? だが今は攻撃の真っ最中だ。自分一人の考えでいまだ90騎を数えるこの集団に緊急停止させるのは……。

 

 その逡巡が命取りとなった。

 

 

 雪に埋もれて輝いていたのは、高密度ファイバーを寄り合わせたワイヤーロープ。

 シュバリエの動きを阻害する特殊武器にも使用される透明な糸が、高速で滑走するスキーレッグに接触すればどうなるか?

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああッッ!?」

 

 

 先頭を滑走していたペンギンのスキーレッグが切断され、加速がついたスピードをそのままに胴体より上の部分が転倒した。

 

 

「いかんっ! 全員、停止! 緊急停止しろ!!」

 

 

 ペンギンリーダーが叫んだが、急停止するにはあまりにも遅すぎた。

 

 

「な、なんだ!? 何が起きたっ!?」

 

「うわあああああっ! よ、避けろ避けろ! スッ転ぶぞ!」

 

「避けろって言われても……! どこに!?」

 

「ペギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!?」

 

 

 止まり切れなかった数騎のペンギン兵が、スキーレッグを切断されて転倒する。

 脚を切断された機体は数騎に留まったものの、後続の機体も転倒した機体を避けきれなかったものが続出し、みるみる将棋倒しを起こしていく。

 

 

「くそっ! トラップだと!? 止まれたものは転倒した機体を助け起こせ!」

 

「ぺぎっ!!」

 

 

 配下に救護命令を出すペンギンリーダー。

 残念なことに、ここで一般クランとしての弱さが出た。彼らはあくまでも一般社会に暮らすただのゲーマーである。決して企業クランのプレイヤーのように、戦闘のノウハウを叩き込まれてはいない。こうしたトラップにかかった経験も今までなかった。

 

 だから犠牲者がブービートラップにかかった瞬間こそが最大の攻撃チャンスであり、罠にかかった側は速やかに防御態勢を整えなくてはならないという戦場のセオリーを知らなかったのだ。

 

 

「撃てーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 

 真っ白に塗装された十騎の騎士たちが雪原から身を起こし、コンパクトなライフルカービンを連射する。

 その中にはペンデュラムの参謀……隠密のスペシャリストであるミケと、工作のエキスパートであるタマの姿も混じっていた。ワイヤーを張り巡らせたのがタマ、隠形を指揮したのがミケの手腕であることは言うまでもない。

 

 

「しまっ……!!」

 

 

 腕でコクピットをガードしながら後退するペンギンリーダーをかばい、数騎のペンギン兵たちが前に出てHPゲージをみるみる減らしていく。だが、それもまた【トリニティ】側のフェイク。

 

 

「皆はリーダーは狙うな! 転んでいるやつらを狙うのだ!」

 

「うにゃーーーーーーっ!!! ブチまわすのにゃーーーーッ!!!」

 

 

 転倒しているペンギンタンクにみるみる無数の弾痕が空く。

 身動きが取れないペンギンたち数騎が炎上し、爆発。蒼く澄んだ雪原の空を焦がしていく。

 

 そしてある程度ダメージを与えたところで、タマが銃を掲げた。

 

 

「OK、これで十分にゃ! 深追いは禁物、逃げるのにゃーーーーっ!!」

 

「「「おおおおおーーーーーーーーーっ!!!」」」

 

「ま……待てっ!! くそおおおおっ!!」

 

 

 さっと踵を返し、飛翔して逃げ去る奇襲者たち。

 ペンギンリーダーはブスブスと煙を上げる僚機を見渡し、歯噛みする。

 

 動けるのは約70騎ほど。10騎は脚を切断され、10騎は転倒しているところに攻撃を受けて撃墜された。

 

 こんなバカな、とペンギンリーダーはその被害に目を疑った。

 

 噂に聞いていたペンデュラムの作戦とは思えない戦いぶり。

 ペンデュラムはもっと正々堂々とした、自らのカリスマ性で兵を引っ張る戦い方が得意だったはず。良く言えば勇猛果敢、悪く言えば猪突猛進。部下の戦闘力が高ければ強く、低ければ与しやすい指揮官だったはずだ。

 

 それが新たに策略を弄する知恵を得ている。これまでにも確かに策略を使ったことは何度もあるが、今回のそれは何か異質に思えた。一体何が起きたというのだ。

 

 

 いや、だがまだ70騎。70騎残されている。これならまだまだ敵本拠地を襲撃するには十分な戦力だ。多少策略を弄されたところで……!

 

 そのとき、配下から通信が入った。【鉄十字ペンギン同盟】本拠地に残してきた防衛部隊だ。ホログラム通信を受諾するかを尋ねるボタンに何か言い知れない不吉なものを感じたペンギンリーダーは、しばしそれを凝視する。

 ……やがて諦めたように押される受諾ボタン。

 

 

「た、大変ですリーダー! 本拠地が! 本拠地が襲撃されています!」

 

「なんだって?」

 

 

 ペンギンリーダーは背後を振り返り、【トリニティ】の本拠地に目を向ける。

 

 

「【トリニティ】の本拠地が、ではなく? 我々の本拠地が?」

 

「我々の、ですっ! し、信じがたいことに……真っ白な、気持ち悪いぐにゃぐにゃ軌道をした変な機体が……たった1騎で! たった1騎で攻め込んできてます!」

 

「1騎!? バカか! そんなものわざわざ報告してくるやつがあるか! すぐ撃ち落とせばいいだろう!!」

 

 

 たまにトチ狂った新人が、援護もなくたった1騎で敵陣に飛び込んでいくことはよくあることだ。もっともこのゲームはそんな甘いゲームではない。そんな無謀な吶喊はあっさりと数の力でねじ伏せられる。

 

 たとえ【鉄十字ペンギン同盟】の主力が、【トリニティ】本拠地の攻撃部隊としてここに集められていたとしても。

 大コストのガチタンクが軒並みここに集結しているため、【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地には低コスト機体しかいないとしても。

 まだまだ多くのフライトタイプとガンナータイプが防衛しているのだから、負けることなど絶対にあるはずが。

 

 

「それが……負けています!」

 

「……は?」

 

「ま、負けているんですよ……! すさまじい強さのエース機……い、いやエースじゃない。そもそも【無所属】カラーの……な、なんだ? なんだこれは!? なんなんだよ、こいつはぁ!! うわああああああああ!!」

 

「お、おい! 落ち着け!! 詳しい情報を……」

 

 

 ブツン、と音を立てて通信が切断される。

 通信相手が撃墜されたのだ。

 

 何かわからないが、とにかく異様なことが起きている。

 息を飲むペンギンリーダーの元に、新たに届くホログラム通信。

 ……ペンデュラムから。

 

 震える手で受諾すると、黒髪の美丈夫がコクピットで長い脚を組みながら出現する。その表情は、歯をきらめかせるような自信にあふれた笑みを浮かべていた。

 

 

「やあ、皇帝ペンギンくん。もうそちらに報告が届いているかもしれんが……諸君らの本拠地は今、我々の攻撃にさらされている。まもなく陥落するだろう」

 

「ば……馬鹿な!? そちらの攻撃部隊が我々の本拠地に到達するには、まだまだ時間がかかるはず!」

 

「そんなことはないよ。諸君らとてひっそりと我々の後背に忍び寄ったではないか。こちらも同じことができないと言えるのかね」

 

「…………ッ。そうか、傭兵……。三日前の戦闘で、腕利きの傭兵が【氷獄狼(フェンリル)】を1騎で壊滅させたと聞いた。誤情報だと思っていたが……」

 

「ああ、俺が最も信頼する“腕利き(ホットドガー)”だ。さあどうする? 俺としてはこのまま投降をオススメするが。さもなければ、さっさと戻って本拠地を防衛したほうがいい。もっとも、スキーで間に合うとは思わんがね」

 

 

 ククッと喉の奥で笑うペンデュラムの表情で、ペンギンリーダーは彼が何を意図しているのか悟る。

 

 デスワープ(自害)して本拠地にリスポーンしろと言っているのだ。

 

 だが、それは……勝機を自ら手放すことに等しい。このアサルトスキー部隊による強襲は、奇襲だからこそ意味がある1回こっきりの必勝策。決して2度は通じまい。

 そしてこの高コストのガチタン部隊がデスワープした場合、総コストへのダメージは計り知れない。最悪、そのダメージで総コストが尽き、敗北する可能性すらある。

 

 そう、これこそがスノウが提案して、ペンデュラムがその意図を察した逆転の一手。相手のコストの高さを逆に利用し、同じく本拠地強襲という手段を以て命脈を断つ。

 

 ペンギンリーダーは屈辱に震えながら、奥歯を食いしばる。

 取りたくない。絶対にこの手段(デスワープ)は取りたくない。だが、今すぐにでも本拠地に駆け付けなくては、この瞬間にでも敗北するかもしれない。

 それを避けるためならば、致し方ない……!

 

 

「……総員、自害(デスワープ)せよ。本拠地にリスポーンして、防衛だ!!」

 

「ペギーーーーーーーッ……」

 

 

 苦渋の宣言をしたペンギンリーダーのHPゲージがゼロになり、光の粒子となって分解されていく。それに続き、次々とペンギン兵たちが後を追う。

 

 

 ペンギンリーダーとの通信が途切れたのを見ると、ペンデュラムは息を吐いてコクピットシートに背中を預けた。

 

 

「悪いが、チェックメイトだ」



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第39話 スノボしよーぜ! お前ボードな!

「そらそらそらぁ!! 早く出てこないと占領されちゃうぞ!」

 

「ペギィィィィーーーーーーー!?」

 

 

 【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地に乗り込んだスノウは、控えめに言って大暴れの限りを尽くしていた。

 手始めに本拠地上空に陣取って、上がってくるフライトペンギンをサクッと撃墜。さらに地上の建物の陰に隠れたガンナーペンギンを射抜ける位置に移動しては、長距離ビームライフルで次々と狙撃して回る。

 もはや虐殺レベルの潰しっぷりであった。

 

 

「な、何故だ!? 何故ヤツはこっちの隠れている位置を把握できる!?」

 

「偵察機だ! 【トリニティ】の偵察機が近くにいる!」

 

 

 ペンギン兵の考えは正しい。

 スノウが次々とペンギン兵を倒して回れるそのタネは、彼女と共に本拠地に潜り込んだ偵察特化機のシロがペンギン兵たちの位置を逐一スノウに送っているからである。

 

 

「偵察機を撃破すれば、地上には手出しできん! 早く偵察機を殺せ!」

 

「ペギッ!!」

 

 

 シロを何とか撃墜しようと、数騎のペンギン兵が物陰から飛び出す。

 しかし彼らもまた、シロの索敵圏内に捉えられている。

 

 

「ボクがいる以上、みすみす殺らせるわけがないんだよね!」

 

 

 ペンギン兵が飛び出した瞬間にシャインのビームライフルが火を噴き、そのうちの1騎の頭部を破壊する。さらに間髪入れずに偏差射撃で繰り出されるバズーカ砲が他のペンギン兵を焼き焦がし、先ほどそのへんのペンギン兵から奪い取ったロケット砲でトドメを刺して回る。

 

 シロの索敵圏内は、そのままスノウの殺戮領域(キルゾーン)と同義。

 そしてシロの索敵圏内は、【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地全域を収めていた。

 

 本拠地頭上の制空権を完全に握られているだけでもすさまじいピンチだが、この上さらにペンギン兵たちを焦らせている要因がある。

 

 

「はやくあの偵察機をなんとかしろ!! 防衛ゲージがガンガン減ってきてるぞ!!」

 

 

 そう、シロたちの存在そのものだ。

 このゲームにおいて本拠地の制圧は、攻撃側と防衛側のコスト差が大きく影響する。通常ならばシロたち4騎程度が【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地に潜入しても、防御側のコストが大きいので防衛ゲージはほぼ減ることはない。

 

 だが、そこにスノウというたった1騎で防衛側の機体をボッコボコにできる滅茶苦茶な【無所属】プレイヤーがいたとしたら?

 スノウが防衛側の機体を撃ち落とし続ければ、攻め手がシロたち4騎であったとしても防衛ゲージを減らすことができるのだ。

 今や防衛ゲージはどんどんと減らされ、陥落は時間の問題となりつつある。

 

 そしてこれは敵本拠地を強襲してコスト差で攻めるという、【鉄十字ペンギン同盟】の作戦と理論的には同じこと。スノウとペンデュラムは、自分たちがやられたことをそっくりそのまま相手にやり返しているのだ。

 

 ペンデュラムが盾なら、スノウは矛。

 攻撃役と防御役に分かれた連携プレイであった。

 

 

(こんなにもペンデュラム様とうまく連携できる方がいらっしゃるなんて……)

 

 

 スノウに敵の位置を教えつつも、シロは高鳴る胸の鼓動を隠せない。

 サービス開始以来数々の戦いを潜り抜けてきたペンデュラムは、常に前線で指揮を執り、皆の士気を引き上げてきた。しかし、皆と一緒に戦いながらも彼は孤独だった。

 

 指揮官は副官や参謀の意見や分析を聞き入れ、配下のパイロットに指示を下すもの。だが最終的には自分自身の責任において命令を下し、場合によっては兵士に目的のために死ねといわねばならない。たとえそれがゲームの中の話にせよ、指揮官は非情であり、孤独である必要がある。

 

 信頼していた配下のパイロットたちが弟の牙論の元に走ってからというもの、ペンデュラム(天音)の孤独はさらに深まったように思えた。

 副官として、幼い頃からの親友として、苦しむペンデュラムを見るのがシロにとってどれだけ辛かったことか。

 

 だが、スノウという少女は違う。傭兵という立場を維持する彼女は野放図(いいかげん)奔放(ワガママ)で、そしてペンデュラムと対等(自由)だ。ペンデュラムとツーカーで戦略を共有し、ペンデュラムの心が折れれば勇気付け、互いのピンチを支え合える“腕利き(ホットドガー)”。

 この少女こそ、ペンデュラムにとって今一番必要な人材なのではないのか。

 

 親友として、自分以外の人物がペンデュラムと親しくすることに一抹の寂しさと不安を覚えなくもない。だがそれでも、彼女をなんとしてもペンデュラムの傘下に迎え入れるべきだ。

 

 仕事をこなしながらシロがぐっと拳を握りしめていたとき、状況に変化が起きた。

 

 青白い光が像を結び、スキーレッグを装備したタンクペンギンが次々と本拠地に現れたのである。

 【トリニティ】本拠地を襲っていたアサルトスキー部隊がデスワープによってリスポーンしてきたのだ。

 

 いかにスノウが強くても、さすがに70騎ものタンクタイプが一度に弾幕をぶつければ厳しい。ましてやアッシュとの戦闘で、シャインのHPは大きく減っているのだ。どうあがいてもこの強襲作戦は破綻している。

 

 

 そしてスノウはこの絶対的窮地に顔を輝かせた。

 

 

「よーし、釣れたっ!! もういいよ、シロ! 今すぐここから離脱していい!」

 

「わ、わかりました……どうかご武運を! みなさん、行きましょう!」

 

 

 スノウの言葉に従い、シロたちは【鉄十字ペンギン同盟】本拠地から撤退する。

 

 

「待てっ! こんだけ好き放題にやって、逃すかよぉぉぉぉっ!!」

 

 

 もちろんペンギン兵とてみすみす逃がすわけがない。

 即座にシロたちの背中を追いかけようとして……そのうちの1騎の動力部を、シャインの長距離ビームライフルが撃ち抜いた。

 

 

「ペンギンちゃんたち、お相手を間違えてないかなぁ? キミたちをボッコボコにしてあげたのはボクなんだけど? あっ、そっかぁ。ボクには勝てないから弱そうな方を狙おうってわけかな? 分相応って言葉を知ってるみたいだねぇ、えらいなー♥」

 

「「「はーーー!? 負けてないが!?」」」

 

 

 煽られた防衛ペンギンたちが瞬間沸騰を起こし、一瞬でヘイトをスノウに向ける。

 リスポーンしてきたペンギンタンクもまた、1騎の敵にいいようにやられたという報告を受けていたため、スノウを危険視していた。

 

 

「あいつだ! あの白い機体を倒せ!! まずあいつを撃墜してから、【トリニティ】の本拠地に総攻撃を仕掛けるんだ!! それしか勝ち目はない!」

 

「「「クカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!」」」

 

 

 ペンギンリーダーの号令で、ペンギンたちが喉を鳴らしながら一斉にシャインへと襲い掛かる。

 その光景を見たディミが、やや引き気味に小首を傾げる。

 

 

『ええ……? なんです、あの機能? 喉鳴らす意味ってあります……?』

 

「よくわからないけど、面白くていいじゃん! さーて、じゃあそろそろフィナーレといこうかぁっ!!」

 

 

 シャインは空中でくるりと円を描いてペンギンたちを挑発すると、本拠地後方へと飛翔する。

 

 

「逃がすな! 一度退いてからまた襲い掛かるつもりだ! 絶対に叩き潰せ!!」

 

「「「クカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!」」」

 

 

 ペンギンリーダーの号令を受けたペンギンたちが、一斉にシャインを追いかけた。

 

 ところで【トリニティ】の本拠地は、平地に築かれていた。

 では【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地はといえば、これは山地の中腹に存在する。何故ならペンギンたちは生粋のスキーヤーとスノーボーダーである。スポーンしてすぐに滑れるゲレンデとしての利便性を考えれば、この立地を選んだのは必然であった。

 

 つまりスキーを使って追いかけることが難しい立地である。ジェット機能を使えば多少坂を登ることは可能だが、それではブースターが短時間しか持たない。となれば、タンクタイプは銀翼での低速飛行に頼るほかないということになる。

 

 

「リーダー、駄目です! タンクが追い付けません!」

 

「ええい! タンクは狙撃に切り替えろ! フライトとガンナーで追……」

 

「どけっ、雑魚ペンギンども! 今度こそ俺が殺るッ!!!」

 

 

 まごつくペンギンたちの間を縫って、漆黒のシュバリエがフルスロットルで駆ける。その名をブラックハウル。【氷獄狼(フェンリル)】からやってきた、シャインを狩るための魔狼。

 

 一度自分が撃墜された後にシャインが【トリニティ】本拠地に向かったと考えたアッシュだが、【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地に異変が起きていることを悟って全速力で引き返してきたのだ。たった1騎で戦局をひっくり返すような異常なプレイヤーなど、シャインでしかありえなかった。

 

 

「シャイイイイイイイイインッッッ!! この山を貴様の墓標にしてやるッッ!!」

 

 雪山の山肌すれすれを全力飛翔して駆け上がる黒い騎影を見下ろして、スノウは歓喜の声を上げる。

 

 

「アハッ♪ やっぱり追って来たねアッシュ! いいぞ、キミの名前は覚えた! 最初からそうやって油断を捨ててたら、もうちょっと早く覚えてあげたんだけどなぁ!」

 

「見下してんじゃねえッッ!! 俺は見下されるんのが大っ嫌いなんだよぉッッ!!」

 

「奇遇だなあ! ボクだってそうさっ!!」

 

 

 アッシュがビームライフルを射撃しながら追いすがり、スノウがそれをかわしながら山肌を駆け上がる。山肌を登るほど吹雪が深まり、視界が狭まっていく。

 黒と白の二条の光が螺旋を描きながら雪山を登るかのような、幻想的な光景。

 

 

「追いつけないようだな、アッシュ! キミはずっとボクの下だッッ!!」

 

「シャイン、このクソガキ! 抜かしてみせるに決まってんだろうがッッ!」

 

 

 雪山の冷気がジェネレーターを凍てつかせんとする中で、アッシュは咆哮を上げながら四気筒エンジンをフル稼働させる。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッッッ!!!」

 

 

 それはまるで魔狼の咆哮。気合がすべてを塗り替えるような錯覚。

 氷獄狼(フェンリル)が生まれついての氷獄の主であるのならば、そこが雪山であっても顕界の道理は従うが定め。

 

 ブラックハウルがさらに加速し、シャインと同じ高度まで追随する。

 

 

「並んだぞッッ! シャインッッッ!!!!」

 

「大したもんだねアッシュ!! キミは本当に、面白いッッ!! 油断を捨てれば捨てるほど強くなるッッ!! キミみたいなプレイヤーが前作の戦争モード(ラグナロク)にいなかったのは損失だよ!! 魔狼(フェンリル)が世界の黄昏にどこをほっつき歩いてたんだ?」

 

「オトナを上から見てんじゃねえよ、クソガキが!! わからせてやらぁッ!!」

 

 

 急上昇を続けながらSSRショットガンを至近距離でぶっ放すアッシュ。

 それをかわしながら、SSR火炎放射器で反撃するシャイン。

 

 互いの攻撃が紙一重でかわされ、ショットガンの弾丸が虚空を穿ち、火炎放射器の燃料が雪肌を焼き払う。

 急速に溶けた雪が蒸気となって周囲を覆い、それが急速に凍結してダイアモンドダストとなって周囲に撒き散らされ、視界を塞ぐ。

 

 

「俺の!! 武器を!!! 使うなああああああアアアアアアアアッッ!!!」

 

「なかなかの使い勝手じゃないか! 武器選びのセンスも褒めてあげるよッ!! 性能だけだけどさっ!!」

 

 

 急上昇を止めた2騎が閉ざされた視界の中で弧を描き、互いの武器を撃ちまくる。五里霧中の白い闇の中、乱れ飛ぶは弾丸と炎。吹雪の為す絶叫と武器の咆哮を伴奏に、騎士の(シュバリエール・)円舞曲(ワルツ)が織り成される。

 

 それは魔獣と姫君のダンスか、あるいは神話の魔狼(フェンリル)戦乙女(ワルキューレ)の死闘の再現か。

 

 

「愉しいな、アッシュ! ずっとこうして遊んでいたいよ!」

 

「オトナは暇じゃねえッ! だが、テメエをぶっ殺せればイイ気持ちだろうぜッ!!」

 

「平日の昼間っから子供と遊んでおいて、何言ってんのさ!」

 

「アホなガキに身の程をわからせてやるのは大人共通の仕事だからなァッ!!」

 

 

 だがどれだけ楽しい遊びにも、いつかは終わりが来る。

 火炎放射器を見やったスノウは、残念そうに息を吐いた。

 

 

「おっと、もう燃料も打ち止めか……!」

 

「ヘッ! 人の武器で随分好き放題してくれたなぁ! だがもう終わりだッ!!」

 

 

 ショットガンを抜き撃つブラックハウル。それを宙返りしてかわしたシャインが、火炎放射器によってくぼみができた眼下の雪肌へと空中を飛び下がる。

 

 

「逃がすかああああああああああああッッッ!!」

 

 

 同じく素早い急降下によって追随するブラックハウル。

 

 だが、シャインとブラックハウルの下降には決定的な差がある。

 それはシャインの銀翼“アンチグラビティ”は重力を制御できるという一点。シャインの背中の銀翼が白い光を放ち、機体を滑らかに急制動! 急停止ができないブラックハウルの背中に回り込み、とんっと軽くひと押しする。

 

 その接触で、ブラックハウルにかかる重力を強化!!

 9.8×1.5=14.7m/s²の重力加速度が、ブラックハウルを重力の井戸へと引きずり込む!

 

 

「チイッ! またこの能力かッッ!! だが落下ダメージ程度で、この俺がくたばるかよぉッ!!」

 

 

 先ほど一本背負いされたときも、急制動で難を逃れられた。

 よしんばこのまま山肌に叩き付けられたとしても、落下距離はあくまで短い。

 勝負はまだこれっぽっちも決まっちゃいない!

 

 

「残念だけどこれでチェックメイトだよ!! これがボクの急造必殺技ッ!!」

 

「あぁん……!?」

 

 

 シャインの背中の銀翼が一段と輝きを増す。

 空中で軽く跳び上がると、右脚を突き出した態勢で一瞬静止。

 そして次の瞬間、自身にかかる重力の影響を一瞬だけ3倍に強化!!

 

 

「くらえ必殺ッ!! 超重力イナズマキッ……」

 

『いっけええええええ!!! グラビティ・メスガキックだぁぁぁーーッ!!!!!』

 

「……へ!?」

 

 

 出鼻をくじかれてぽかんとするスノウの頭の上で、ディミがえへんとふんぞり返る。

 そして29.4m/s²の重力加速度がついたシャインのキックが落下していくブラックハウルに追いつき、踏みつける!! ガリレオの法則なんてガン無視だ!!

 

 

「ぐああああああああああああああっ!?」

 

 

 シャインに踏まれたまま、雪肌のくぼみへと叩き付けられるブラックハウル。だがまだ、まだHPゲージには余裕がある。まだ戦える。

 

 

「ヘッ……何が必殺技だ、そんな勢いがあるだけのキックごときでっ……」

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。

 

 

 減らず口を叩いて煽ろうとしたアッシュは、突然の地響きに口を閉じた。

 足元が揺れている。いや、これは……崩落して……。

 

 

「な……雪崩……!?」

 

 

 スノウが戦いながら火炎放射器で狙っていたのは、ブラックハウルではない。

 本当の標的は、ブラックハウルの背後にそびえる雪山の積雪層。そこに火炎放射器を当てることで雪を溶かせば、積雪層の結合は弱まる。

 さらに、勢いを付けてシュバリエ2騎分の重量を叩き込めばどうなるか。

 

 

「シャ、シャイン……てめえ……ッ!!」

 

「さあ、スノーボードとしゃれこもうじゃないか。ボードはキミだけどねっ!!」

 

 

 そして積雪層が崩れ去り……大質量の雪肌が崩落し、雪崩が発生する。

 

 

「イイイイイイイイイイイイイイイイイイッヤッホオオオオオオオオオオッ!!」

 

「あががががががががががががががががががが!?」

 

 

 ブラックハウルをサーフボードのように踏みつけたシャインが、雪崩の上に乗ってサーフィンしながら雪肌を滑り落ちていく。もちろん雪と機体にかかる重力を操作して、雪の上に機体が浮かぶように細工している。

 現実では絶対に起こりえない超常現象による、スノーサーフィン!

 

 スノウの頭の上にしがみつき、時速200kmにも達する速度で雪肌を滑り落ちながらディミが瞳を輝かせる。

 

 

『これっ! 気持ちいいですねええええええええええっ!!!』

 

「そうでしょ! ボクも絶対これ楽しいって思ったんだ!!」

 

「俺はこれっぽっちも楽しくあああああああああああああああああああっっっ!? 削れるっ! すげー勢いでHPゲージがガリガリガリガリあああああああっ!!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「な……雪崩だあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 【鉄十字ペンギン同盟】本拠地のペンギンたちが、悲鳴を上げる。

 スノースポーツに親しんだ彼らは、雪崩がどれほどたやすく人間の命を奪うのかを骨身に染みて知っている。それだけに彼らのパニックは筆舌に尽くしがたい。

 

 

「に、逃げろ! 死ぬっ! 死ぬぞおおおおおおおっ!!」

 

「早く! 早く安全な場所にっっ……!!」

 

「安全な場所って……どこ?」

 

 

 

 押し寄せる雪崩が、【鉄十字ペンギン同盟】本拠地の施設ごとペンギンたちを飲み込み、徹底的に粉砕した。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 こうして、【鉄十字ペンギン同盟】本拠地は跡形もなく消滅した。

 

 途中で雪崩から逃れて空中に退避したシャインが、何もなくなった大量の雪の上にふわりと着地する。

 

 いや、何もかもがなくなったわけでもない。雪の一番上にズタボロになった黒い残骸が残されていた。

 もはや完全にHPはゼロ。機体はあらゆるパーツが破壊され、スクラップとしかいいようがなくなったブラックハウルから……声が聞こえる。

 

 

「シ……シャイン……シャイイイイイイン……!!!」

 

 

 驚くべきことに、アッシュはまだ闘志を失っていなかった。すさまじいガッツ。

 とてつもないバイタリティと執念。人間の可能性は未知数ということの体現。

 夏場によく出るGの親戚ですか?

 

 そんなブラックハウルの頭上に立ったシャインが、ガチャリと銃口を向けてセーフティを外した。先ほど斜面から滑り降りる直前に奪い取った、SSRショットガン。

 

 

「本当に……ガッツすごいよね。ラクにしてあげよっか?」

 

「シャインッ……!! 貴ッ様ァァァ……ショットガンまでっっ!! お、俺の……俺の武器を奪いやがってぇぇぇぇぇえ!!!!」

 

「雪崩に巻き込まれたらオシャカになったんだよ? 拾ってあげたんだから感謝してほしいくらいなんだけどなぁ」

 

 

 そう言ってから、スノウは愛らしい顔に微笑みを浮かべた。

 

 

「ああ、安心して。この武器だけど、どうせボクは持ち帰れないんだ。何せ武器コストが足りなくてね。だから責任もって処分(ロスト)しておいてあげるね♪」

 

「お……お前だけは……お前だけは、絶対に! 何があっても許さねえ!! 必ず……必ず、何があっても復讐してやる!! 目にもの見せてやるからなぁッッッ!! これから貴様には安らぎなど与えんッ、いつ襲われるかわからん恐怖に身をよじれッッッ!!!」

 

 

 言葉に人を殺す力があれば、耳に入れた瞬間に命を奪われそうな呪詛に満ちた響き。

 そんな憎悪に満ちた言葉を聞いたスノウは、まるで愛する王子様に求婚された姫君のように瞳を輝かせ、薄く頬を染める。

 

 

「キミは油断を捨て、憎むほど強くなる。だからこれをキミにあげるね。どこまで強くなれるのか、とことんまで挑んでくるといい」

 

 

 乙女が出会いの証にハンカチを交換するかのように、そっと送られるフレンド申請。

 

 その意味は、決してこれから仲良くしましょうなどというものではない。

 フレンドになったプレイヤーは、そいつが現在どの戦場にいるのか知ることができる。つまりは“いつでも殺しに来い”という、大胆不敵な挑戦状。

 

 

 フレンド申請を受諾したアッシュが憤激を露わにスノウを睨み付ける。

 

 

「どこまでも俺をコケにしやがってッッッ……!!! 待っていろよッ!! 今日この日を後悔する日が、いつか必ず来るからなッッッ!!!」

 

「うん、待ってる♥」

 

 

 そして、ショットガンが黒い残骸(ブラックハウル)のコクピットだったものを粉砕した。

 粒子になって消え去る機体を見つめ、スノウは艶めいた吐息を漏らす。

 

 

「これでいつでも武器を持ってきてくれる、デリバリーシステムが完成だね。楽しい中ボス戦もついてきて一石二鳥だなぁ♪」

 

『……人間の悪意って、底がないんですねえ……』

 

 

 寒さ以外の要因で身震いするディミの呟きが、雪原の空へと吸い込まれていった。



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第40話 ポンコツ答え合わせ

「ペンデュラム様、シャインさんが見事やってのけましたよ! 【鉄十字ペンギン同盟】の本拠地は雪崩に押し潰され、総コストに大被害を受けています! 本拠地の防衛施設もすべて雪の下に埋もれていますので、もう戦闘は続行不可能でしょう」

 

「うむ、さすがシャインだ。期待通り……いや、それ以上の戦果を挙げてくれた」

 

 

 シロからの報告を聞いたペンデュラムは、満足げに頷いた。

 

 ほぼたった1騎のシュバリエが、150騎を超える敵騎と本拠地の防衛施設を全損せしめるという信じがたい功績。

 にもかかわらず、ペンデュラムはまるでこの結果が当然のことのように受け入れている。

 

 そこにペンデュラムとシャインの間の強い信頼関係を見出し、側近のミケやタマは恐る恐るといったように2人の会話に口を挟んだ。

 

 

「ペンデュラム様、いつの間にこのような連携を打ち合わせたのです?」

 

「そうですよぉ。それに、作戦の内容もいつもと違ったような。いつもはこんな絡め手は使わないですよね」

 

「なんだ、お前たちにはわからなかったのか」

 

 

 ペンデュラムは困ったやつらだ、と言わんばかりの苦笑を浮かべた。

 

 

「ペンギンどもに通信を傍受されて深くは語らなかったが、シャインに引き返すように要請した時に奴は『どっしり構えろ』と言っただろう? あれは俺の側で防御を固めて敵の攻撃を受け止め、その隙に自分が攻めるというメッセージだったのだ」

 

「……! そういうことだったのですか」

 

「うむ。奴も俺と同等の戦術眼を持つ者。敵が高コストを利用して攻めてくるのならば、それを逆に利用してそっくり同じ戦術が可能だと見抜いていたのだな。そこで、俺が盾となり、自分が矛となることを提案してきたのだ」

 

 

 一瞬のやり取りで有効な戦術をやり取りした2人の智謀に、ミケとタマは舌を巻く。そしてそれと同時に、参謀でありながらそうした策に頭が回らなかった自分たちの不甲斐なさに穴があったら入りたい思いだった。

 

 

「戦闘面で至らぬだけでなく、戦術家としても勉強不足の我が身の未熟さが悔しいばかりです」

 

「はぁ……。ペンデュラム様と出会って3日程度のシャインちゃんにそこまでの実力を見せつけられると、自信なくしちゃいますぅ……」

 

 

 俯く2人に、ペンデュラムはフッと笑いかける。

 

 

「何を言う、2人とも待ち伏せとトラップで敵に打撃を与えてくれたではないか。あれがなければ、敵はデスワープせずにこちらの本拠地に一か八かの突撃を敢行していたかもしれん。それを防いだのはお前たちの功績だ。……そしてお前たちをうまく使えと教えてくれたのも、シャインなのだぞ」

 

「シャインさんが!?」

 

「一体いつそんなことを言ったんですにゃ!?」

 

 

 いや、そんなまともなこと言うわけねーだろあのメスガキが。

 

 

「お前たちにはわからなかったか。この作戦を提案したとき、奴は『キミの自慢の武器を活かせ』と言った。俺の自慢の武器とは何か……決まっている。お前たち、俺に力を貸してくれる部下たちのことだ」

 

「「「!?」」」

 

 !?

 

 

 ペンデュラムはホログラム越しにこちらを凝視する、愛する仲間たちに暖かな視線を向けた。

 

 

「俺はこれまで去っていった戦闘部隊のパイロットたちと戦っていたときの戦術に拘りすぎてしまっていた。常に正々堂々と、誇り高く勇猛に戦う……それは確かに味方を奮い立たせるが、人材には適材適所というものがある。お前たちは正攻法は苦手だが、その適性を活かした絡め手を使えばこれほど優秀な人材はいない」

 

 

 メイドたちは無言でその言葉を噛みしめる。

 彼女たちには、自分たちの得意分野では誰にも負けないという自負はあれど、これまでペンデュラムにうまく貢献できていないという負い目があった。

 

 

「……シャインは俺のその拘泥を見抜き、もっと配下を有効に使う戦術をとれと叱咤してくれたのだ。お前たち、これまですまなかった。俺は去っていった者にばかり目を向けていた。本当に目を向けるべきは、残ってくれたお前たちの方だったのに!」

 

 

 ペンデュラムはホログラム越しに、部下たちに頭を下げる。

 プライドの高い主人が謝罪したことに、メイドたちはびっくりしてあわあわと手を振り回した。

 

 

「そ、そんな! ペンデュラム様が頭を下げられるようなことでは!」

 

「そうです、私たちが未熟なのが悪いのです!」

 

「ご主人様が頭を下げたりしちゃいけませんにゃ!」

 

「いや、今はこうさせてくれ。そして、ここに誓わせてほしい。俺はもうお前たちの忠誠を無下にしたりはしない。お前たちの得意分野を存分に活かした用兵をすること、それを以てお前たちの献身に報いよう!」

 

 

 この場のリーダー格のシロ、ミケ、タマの3人だけでなく、ペンデュラム(天音)に仕えるメイド隊……さらには戦闘部隊のメンバーたちが、その赤心からの言葉に胸を打たれて立ち尽くす。

 

 彼の言葉には忠誠を捧げるに足る、確かな将器がある。

 その彼から自身が切実に求められていることを感じ、彼女たちはさらなる献身を心に刻んだ。

 

 

「もちろんです、ペンデュラム様! その覇業をどこまでも支えます!」

 

「貴方という主人を得られたことこそ我が身の誉れ!」

 

「ますますご奉仕しますにゃ! 工作ならお任せですにゃ!」

 

 

 百名を超える配下たちがパチパチと拍手し、今回の華々しい勝利と主人のさらなる成長を讃える。感動のあまり涙を流して目尻を拭う者や、そんな仲間に肩を貸して祝い合う者もいた。

 

 そしてその場の全員が思う。

 

 ペンデュラムに成長を促し、自分たちとの絆を新たなものにしてくれたシャインはなんて素晴らしい人材なんだろうか。

 彼女はこれからのペンデュラム軍に絶対に欠かせない存在だ。

 ぜひ末の妹メイドとして、自分たちの仲間(メイド隊)に迎え入れなくては……!!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「くしゅんっ!!」

 

 

 勝利を確定させ、戦場からロビーに帰還したスノウはくしゃみをした。

 

 

「うーん? VRの雪原なんだから寒いわけないんだけどなあ。視覚の再現度が高すぎて脳が混乱しちゃったかな」

 

『ちゃんと水分補給と汗拭きはしてくださいね。風邪ひいちゃだめですよ』

 

 

 ディミはサポートAIとして主人を気遣いつつ、気になっていたことを尋ねる。

 

 

『それにしても騎士様、いつペンデュラムさんと連携する作戦を立てたんです?』

 

「ああ、ペンデュラムを煽ったときだね」

 

 

 スノウはハンガーに機体を預けつつ、何でもないように髪をかき上げる。

 

 

『煽った……ですか?』

 

「ほら、ペンデュラムが助けてーって泣きついてきたでしょ。あのとき随分弱気になってたから『覇道行くんじゃなかったの? オロオロしてなっさけなーい♥』って感じで煽ったじゃん。そしたらペンデュラムがしゃんとした顔になったから、これなら守りは任せてボクは好き勝手攻められるなーって思ったんだよ」

 

『……え?』

 

「相手が高コスト機体ばっかでバカ丸出しに突っ込んできたんだから、逆に相手の剥き出しの弱点突けば簡単に勝てるなんて誰でもわかるよね? しかもペンデュラムは高コストの“大楯”の武器パーツを持ってるんだよ? 前作にもあったけど、あの武器種は防衛戦に最適だからね」

 

『はぁ……』

 

 

「だからボクは言ってやったんだ。『お前の得意武器の大楯を活かせよ』って」

 

 

『…………』

 

 

 シャインは機嫌よさそうに、うんうんと頷いた。

 

 

「いやー、やっぱりペンデュラムはわかってるよ! あれだけ具体名を出さない短いやり取りでも、ちゃんとボクの考えを読み取って役割分担してくれるんだもん。その後のトラップや待ち伏せもよかった! ボクに言わせるとまだまだだけど、さすがは名将って呼ばれるだけの資質はあるよねっ」

 

『どうして何ひとつとして通じてないのに、答えが一致しているんですか貴方たちは……!?』

 

 

 戦慄した声を上げ、ディミは頭を抱えた。

 

 

 どちらも戦略眼は持っているから最適な戦略自体は合致するが、互いを見る目が曇っているからそこに至るプロセスはことごとく曲解を生む。

 

 そしてお互いを過大評価しすぎているから、そこに至るまでの誤解だらけのプロセスはさらなる評価となって積み重なり続けていく。

 しかもペンデュラムの側は下手に他人への影響力を持っているから、誤った評価の渦はさらに多くの人間を巻き込んでいくのだった。

 

 平たく言えば、ポンコツはさらなるポンコツを呼ぶのだ。

 

 

「あっ、そうだ。そういえばペンデュラムにこれからはもっと報酬を上げてもらうように伝えておかなきゃ。基本報酬5000円で……エース1騎撃墜ごとに追加で5000円+50万JC(ジャンクコイン)とかでどうかなっ? い、いや! 一気に倍以上は欲張りすぎか!?」

 

 

 賃金交渉の内容にひとり興奮するスノウに、ディミは白い目を向ける。

 

 

『いいんじゃないですかね……どうせ何言ってもまともに通じないでしょうし』

 

 

 彼女の考え通り、この交渉はあっさり通ることになる。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「何故そんな条件を……? はっ、そうか! 今の俺の軍にはエースが少ない……つまり俺と戦っても儲けにならない。これは俺とは敵対したくないという意図を隠したラブコールだな!?」

 

「!! な、なるほどっ!!」「奥ゆかしい!」「エモいにゃ!」

 

「フッ、シャインめ。まったく可愛いことを言うじゃないか。追加報酬の金額が少ないのも、俺にラブコールを送るのが主目的だからだな。奴にとっては金額などどうでもいいのだろう」

 

「心が通じ合ってる!」「すごい一体感を感じる!」「風……吹いてきてる確実に!」

 

「いいだろう、交渉を全面的に受け入れよう。それに仕事を絶やしてへそを曲げられてもかなわん。俺が雇えないときもツテをたどって、できるだけ仕事を回すように手配してやれ!」

 

「わかりました!」「委細承知」「ラジャったにゃ!」

 

 

 こんな感じであった。

 まーったくポンコツたちの空回りには困ったもんだぜ。




次からはちょっと日常回に入ります。
ほっといたらずっと戦い続ける狂犬主人公にも、たまには休息が必要ですよね。


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第41話 nanpa.exe

 気持ち良く勝利を収めた虎太郎は、軽い足取りで駅前までやってきた。

 お腹が減ったのでひとまずお昼ご飯を食べたい。

 

 時刻は14時を回っていたが、駅前は多くの人が行き交いごった返していた。近くに私大があるため学生の姿が多いが、サラリーマンや付近に昔から住む住民の姿も多く見られる。ファストフードやラーメン屋が軒を並べており、収入が入ったばかりだしたまにはこういう店で食べるのもいいのかもしれない。

 

 かつては学生街だったというこの街も、ネット社会の発展と共に少しずつ姿を変えつつある。

 第七世代(7G)通信網。1秒間でテラバイト単位のデータを処理できるこのデータ通信の登場によって、ストリーミングやアーカイブによる講義はもはやリアルのものと遜色ない。いや、聞き取れなかったところを聞き直したり、視聴しながらデータを閲覧できるという点ではリアルにも勝る。

 

 講義を選べば、リアルで大学に毎日通う必要もない。電車で数時間かかる他県に住みながら大学に通うことも珍しいことではなくなった。大学の近くに住む必要もなくなれば、学生街もその姿を変えていくのは当然のこと。

 まあ、それでも虎太郎のように親元を離れたがる学生はいるが……。

 

 虎太郎はふと頭上を見上げる。

 街中でありながら、電線の1本も見あたらないきれいな青空。

 故郷の都市部では決して見ることのなかった景観だ。あそこはもっと街は汚く、空は絡まり合った電線に覆われ、道行く人々は活気がなくどんよりとしていた。

 

 二度と戻りたくない。

 大学を出たら、そのまま東京で就職したいと虎太郎は考えている。

 もっとも親は地元に戻ってくるように言うのだろうが。そもそも勝手に東京の大学に願書を出し、飛び出すように出てきたのだし……。

 

 

「さーて何を食べよっかなー!」

 

 

 軽く頭を振って暗い考えを振り払い、虎太郎は無理やり昼飯に興味を向けた。

 

 東京がいいなと思うところのひとつは、ラーメンがおいしいことである。

 地元では行列を作らないと食べられないようなラーメン屋が、そこら中で軒を並べている。値段もそれなりにするので貧乏な虎太郎ではそうそう食べられないが、それだけに何かいいことがあったらラーメンを食べようと決めていた。

 

 軽く鼻歌を歌いながらお気に入りのラーメン屋への道を歩いていた虎太郎は、ふと足を止める。

 曲がり角の先から、ガンッ! ガンッ! と何か固いものを蹴り付ける音が聞こえていた。……なんだろう?

 この角を曲がった横丁には、確かVRポッドが置かれているネット喫茶があったはずだ。VRポッドが抽選で当たる前は、ここに通おうかと思っていたが……。

 ただならぬ気配を察した虎太郎は、恐る恐る角から顔を出して横丁の様子を伺ってみる。

 

 

「畜生ッ! コイン返せよッ! どいつもこいつもあたしをバカにしてッ!! 吐けってんだよッッ!!」

 

 

 高級感のあるビジネススーツを着こなしたキャリアウーマン風の女性が、パンプスのヒールで古い自動販売機に何度も蹴りを喰らわせていた。

 年齢は25歳頃、内向きにカールしたセミロングの黒髪、スラリとした体のラインが浮かぶようなモデル体型。しかし胸はすごく大きい。それでいて、女性でも見惚れるようないかにもデキるOLといった雰囲気。

 

 そんな女性が元学生街のうらぶれた横丁の一角で、自動販売機を口汚く罵りながらキックしている。

 

 

 どう考えてもやべーやつであった。

 

 

 虎太郎は何も見なかったことにして、そそくさと通り過ぎようとする。

 余計なことに首を突っ込むような趣味はない。自動販売機の持ち主でもあるまいし、下手に制止して巻き込まれるのはまっぴらである。

 

 さっと通り抜けようと足を速める虎太郎。その背後で、ボキッという音が響く。

 

 

(ボキッ……?)

 

 

「ああーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 

 少しだけ引き返して角から様子を伺うと、OLがワナワナと折れたヒールの踵を持って震えていた。

 そのままヘナヘナとその場にしゃがみこみ、膝を抱えてしまう。

 

 

「た、高かったのにぃ……。うっ、うっ……もうなんなんだよぉ……。なんであたしばっかりこんな目に遭うんだよぉ……。仕事したらセクハラ親父に付きまとわれるし、ゲームしたらガキにいじめられるし、もうやだぁ……」

 

 

 すんすんと涙声で肩を震わせるOL。見るに堪えない有様であった。

 

 とはいえ自動販売機に蹴りを入れてヒールを折ったのは自業自得。他人の所有物を壊そうとしていたのだから同情の余地などない。

 別に裸足で歩けないわけでもないだろう? 初夏のアスファルトはかなり暑くて火傷のひとつはするかもしれないが、知ったこっちゃない。

 こんなおかしな女に絡んで余計な面倒ごとを抱えるなんてまっぴらだ。

 

 

 そう思いながら、虎太郎は口にしていた。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ふえ?」

 

 

 しゃがみこんでいた涙目のOLが顔を上げる。

 けっこうキツめのカッコイイ大人の顔立ち。その目元の化粧が崩れていて、何故だかそれが迷子になってしまった幼い子供を連想させた。

 

 

「良かったら手を貸しますよ」

 

「な、なんだよお前。ナンパか?」

 

「困ってる人をナンパしたりしませんよ。ヒール折れちゃったんでしょう? 落ち着けるところに運びましょうか?」

 

 

 露骨に警戒するOLを安心させるように、虎太郎は軽く微笑んだ。

 そのあどけない表情に、OLはムッとする。

 

 

「いらねーよ! よく見たらガキじゃねえかお前。大のオトナがガキに背負われるとか、そんな恥ずい真似ができっか!」

 

「でも困ってるんですよね? このまま歩いて別の靴買いに行くんですか?」

 

「チッ……。靴脱いで接着剤でもなんでも買いにいけばいいだろうが」

 

「アスファルト熱いですけど、火傷しません?」

 

「だからなんだよ。こんなもん屁でもねえってんだ」

 

 

 だいぶ負けん気の強い女性のようだ。

 しかし脚は少し震えている。やっぱり火傷するのは嫌なのだろう。

 

 

「じゃあ、これならいいですよね」

 

 

 そう言って、虎太郎は女性に近付いて横抱きに抱き上げる。

 いわゆるお姫様だっこの態勢だ。

 急に視点がふわっと浮いたOLは、自分が何をされているのか悟ると顔を真っ赤にして虎太郎の肩を掴む。

 

 

「ばっ、バカ野郎! お前何してんだ、こっちのが恥ずかしいだろうが! ……無理すんじゃねえよ、そんなちっこい体でよ。あたし重いだろ、早く下せよ」

 

「重くないですし、ちっこくもないです」

 

 

 虎太郎はことさらに真顔になるとそのままOLを抱いて歩き出す。

 ぐいぐいと肩を押して抗議していたOLも、虎太郎がびくともしないのを見ると抵抗を止めた。

 

 

「お前、見かけによらず結構力あんだな……。最近の中高生は軟弱だと思ってたけど」

 

「僕、これでも大学生なんですけど……多分お姉さんが思ってるほど子供じゃないですよ」

 

「マジかよ。何歳?」

 

「18です」

 

「なんだ、酒も飲めねえガキじゃねえか」

 

 

 その割に腕と胸板はいっちょまえの男だな……という言葉を飲み込み、OLはフンと鼻を鳴らす。

 

 虎太郎はそんな彼女の悪態に苦笑を浮かべ、腕の中で大きく弾む彼女の胸に極力視線を向けないようにしながら、喫茶店のカフェテラスまで運んだ。

 彼女をテラス席に座らせて、ふうとひと息。

 

 じんじんと痺れる腕をおくびにも出さず、にこやかに微笑んだ。

 

 

「ここで休んでてください。ちょっとコンビニまで接着剤買ってきますから」

 

「ん……待て、金は出す」

 

 

 OLから千円札を受け取り、虎太郎はひとっ走りコンビニへ。

 幸い瞬間接着剤は置かれていたのでさっと会計を済ませる。

 

 早足で歩きながら、自分は何で厄介ごとに首を突っ込んだのかなと考える。

 いや、自問するまでもなかった。

 脳裏に浮かぶ、故郷にいた頃に世話になった2人の女性の顔。どちらも年上で、いろいろと親切にしてくれた。

 

 ……虎太郎は年上の女性がタイプだ。

 カッコいいお姉さんが泣いているのは見るに堪えない。

 だから助けた。ただそれだけの話なのである。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 OLはまだテラス席にいた。虎太郎が席を外している間に注文したのだろう、アイスコーヒーを啜っている。

 それにしても絵になる女性だ。足が長く、顔立ちはきりっとして、座っているだけでデキる感じを漂わせている。

 目元の化粧も直されていた。虎太郎は遠目に見て、その姿にほれぼれとする。

 

 とても自動販売機蹴っ飛ばして自爆した女とは思えねーな。

 

 

「接着剤買ってきました。これはおつりです」

 

「ん、あんがと」

 

 

 接着剤とおつりを受け取ったOLは、おつりを財布に収め、パッケージから接着剤を剥く。

 その様子を眺めながら、虎太郎は頭を下げた。

 

 

「じゃあ僕はこれで行きますね」

 

「待てっ!」

 

 

 自分で思うより大きなOLの声に、カフェテラスにいた客の視線が集中する。

 その視線に顔を赤らめながら、OLはぼそぼそと声を出した。

 

 

「……まだ礼をしてないのに、どっか行くんじゃねえ」

 

「お礼なんていいですよ、そんな……」

 

「うるせえ。お前が良くてもあたしの気がすまねえんだよ。なんか礼をさせろ」

 

「礼と言われても……何を?」

 

 

 ムキになったように言うOLを見て、清廉な人だなと虎太郎は思った。

 しかしそれだけに、金銭をやりとりするのは嫌だなとも考える。

 勝手に体が動いた人助け。それを金銭という形には落とし込みたくはない。それは相手も同じだろう。

 

 虎太郎が困惑していると、おいおいあっしを忘れちゃいませんかね? と言わんばかりにぐうーと腹の虫が鳴いた。昼飯を待ちわびたところに思わぬ肉体労働をさせられて、空っぽの胃はいい加減我慢の限界である。

 

 

「腹減ってんのか?」

 

 

 OLはそんな虎太郎を見てクスッと笑うと、机の上に置かれていた喫茶店のメニューを差し出した。

 

 

「好きなもん頼んでいいぞ。おごってやるよ」

 

「え、でも……いいんですか?」

 

「ったりまえだろうが、火傷するのに比べりゃ何頼まれても安いもんだ。金がねえ学生が遠慮すんじゃねえ。……あたしも昼飯食ってねえしな、接着剤がくっつくまで話し相手をしてくれよ」

 

「それなら……」

 

 

 ラーメンを食う予定は、大盛のアラビアータとメロンソーダに化けた。

 

 端的に言うと、OLとの昼ご飯はとても楽しいひと時だった。

 

 

「へえー、学生時代からバイクを。いいなあ。僕もバイクに乗って旅行とかしてみたかったんですけど、高校時代は免許取らせてもらえなくて」

 

「バイクはいいぞー。学生のうちはバイクだけあればどこにでも旅行行けるしな。お前も免許取れよ」

 

「でも自動車学校行くお金もバイク買うお金もないですからねー」

 

「そこはなあ。あたしも就職してからは旅行に行く時間もなくなったし。学生のうちは金がなくて、大人になると時間がない。ままならねえよなあ」

 

「VRでバイクツーリングとかできるソフト出たらいいんですけどね」

 

「そうだなー。でもなんか最近ゲームがめっきり出なくなっちまったし。学生時代はもっといろいろゲームの選択肢もあったんだけどな」

 

「お姉さんみたいな人でもゲームするんですか? 意外ですね」

 

「んー? まあ結構お堅い仕事だし、そっちに合わせて服選んでるからな。でも実を言うと、今日も打ち合わせに出るって言ってサボってゲームしてたんだ」

 

「えー不良じゃないですか」

 

「アハハ、バレなきゃいーんだって。大人も割とサボってんだよ」

 

 

 話してみるとOLは気さくで、話題のセンスもよく合った。

 仕事や学生時代、趣味などを話すうちに、時間は矢のように過ぎ去っていく。

 カフェテラスで見知らぬ女性と過ごす、思いがけないひととき。

 

 それがあまりに楽しかったから、虎太郎は気付かなかった。

 

 

「彼女さん……なのかな……」

 

 

 スマホに届いている数件のお昼ご飯の誘いのメールと、離れたところからじっと自分たちを見つめる鈴夏の視線に。



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第42話 手羽先を取り合って

 【トリニティ】が【鉄十字ペンギン同盟】を破ってから一週間後。

 

 ペンデュラム行きつけの高級レストランの一室で、調印式が行われようとしていた。

 出席者はたった4人。【トリニティ】からはペンデュラムと副官シロ。【鉄十字ペンギン同盟】からはクランリーダーとその副官である。

 ペンギンリーダーは短い羽を伸ばして契約書を掴み、その内容を確認。その内容が数日前に送られてきたものと寸分たがわぬことを確認してから、副官にそれを手渡す。

 

 

 

 なんでもいいけど、どうしてアバターもペンギンなんだよ。

 

 

「……契約の内容は確認しました。要綱では我々は【トリニティ】の……いえ、ペンデュラム。“貴方”の傘下に収まり、以後は貴方が要請するタイミングで戦闘に参加する。その代わりに……」

 

「我々は貴方がたを庇護する。貴方がたの領地が攻められることがあれば全力で守護しよう。安心してほしい、諸君らの戦力が雪原マップでのみ十全に発揮されるということはこちらも認識している。無駄な戦いを要請するつもりはない」

 

 

 ペンギンリーダーに鷹揚に頷きを返すペンデュラム。

 ふむ、とペンギンリーダーは小さく頷いた。

 

 はっきり言えば【鉄十字ペンギン同盟】にとっては、願ってもない提案だった。

 【鉄十字ペンギン同盟】は雪原マップでスキーやスノボさえできればそれでいいプレイヤーの集団である。

 今後は【トリニティ】に庇護してもらえるというのならありがたい話だし、ペンデュラムの言が正しいのであれば自分たちを適正外のマップに連れ回すことはしないだろう。

 

 それに、とペンギンリーダーは考える。

 恐らく自分たちがまともに戦えているのは今だけだ。リリース1年を待たずして、既にクラン間には大きな技術差が生まれつつある。これからは積極的にレイドボスを狩って技術を育てていくクランが台頭していくだろう。

 のんびりした自分たちのプレイスタイルではその速度についていけない。

 

 このゲームにおける技術は、プレイヤーの技量を凌駕する。いくら身体能力に優れた原始人がいたところで、石斧で大陸を越えて降り注ぐミサイルに勝てるわけがない。もはや土台が完全に違うのだ。

 

 それを予見できる程度の戦略眼はペンギンリーダーにもある。スキーとスノボをこよなく愛する者たちを率いる彼だが、やろうと思えばいっぱしの大手クランを率いるだけの才覚はあった。

 

 もっとも、その道は選ばなかったが。周囲との絶え間ない戦争とクラン内部の政治劇に追われる日々などまっぴらだ。ただでさえ重すぎる荷物を背負っているのに。

 

 

「その待遇を受けるための条件が、クランリーダー特権……第七世代(7G)通信網の利用権と“特典”ポイントを貴方個人に譲渡することですか」

 

「そうだ」

 

 

 クランリーダーという損ばかりの役職を引き受ける数少ないメリット。それは損を軽く吹き飛ばすだけの、とてつもない利益でもある。

 

 一定以上の規模を持つクランを維持するクランリーダーは、その対価として規模に応じた第七世代通信網を割り当てられる権利を得る。

 わかりやすく言ってしまえば、第七世代通信網のネット回線事業を経営でき、自分たちに世界最高速度の回線を優先的に回す権利を得られるということである。

 

 秒間テラバイト単位のネット通信網。それはネット社会において生活必需品(インフラ)であるばかりではない。

 率直に言えば西暦2038年の基準においてすらオーバーテクノロジーの結晶であり、現実世界の戦略物資として考えても途方もない価値がある。だからこそ多数の企業が参画し、その利用権を奪い合っているのだ。

 

 

 ペンギンリーダーは苦笑すると、肩を竦めた。

 でもペンギン顔なので苦笑してるのかどうかわかんねえ。

 

 

「一介のペンギンには重すぎますよ、こんなもの。喜んで譲渡いたしましょう」

 

 

 すんなりと承諾され、ペンデュラムはわずかに肩透かしを食った。

 

 

「自分で持ちかけてなんだが、随分とあっさりだな。追加で金銭を要求されることも考えていたのだが」

 

「非営利クランですからね。スノースポーツがやりたいだけなんですよ、私たちは。それに自分たちが勝つことで帯域制限を受ける人たちが出る、と考えると少し心苦しいものもありました。私がスキーをするために、誰かが楽しみにしていた映画が見られなくなる。そんな罪悪感ともこれでおさらばです」

 

 

 ペンギンリーダーの言は、現在の混沌としたパイの奪い合いの問題点を表していた。

 

 領地を他クランに奪われると、通信速度が一時的に6Gや5G相当に落ちてしまうエリアが出てくる。それはネット回線事業者にとっても、回線を割り当てられる顧客にとっても一大事だ。それだけにネット回線事業者に任せず、自社だけの安定した回線を求める大企業は後を絶たない。

 その結果が現在の混沌とした熾烈なパイの奪い合いである。

 

 古い常識にあてはめれば政府が統制して然るべきものだが、現在においては政府も参画企業(プレイヤー)のひとつにすぎない。急速に肥大する企業の権勢はもはや政府が統制できる範疇を踏み越えている。

 

 

「それに“特典”もね。こんなものもらっても、市井の一般人には何の得もない。むしろ危険なだけですよ」

 

「ふ……。まあ、そうだな」

 

「私が何度この“特典”ポイントを譲渡しろと脅迫を受けたことか。本音を言ってしまえば、とっとと誰かに押し付けてしまいたかった」

 

 

 ペンギンリーダーはくちばしでストローを咥えてずずーっとアイスコーヒーを啜る。

 

 

「これでようやく肩の荷が下ります。こういうものは然るべき人間が管理しておくのがいい。ペンデュラム、貴方がそれにふさわしいことを祈りますよ」

 

「ああ、任せてくれ。必ず期待に応えよう」

 

「よかった。どれ、それでは契約といきましょう」

 

 

 ペンギンリーダーは契約書に電子署名を行う。

 ゲーム内で交わされる契約書でありながら、それは現実にも法的拘束力を有する代物であった。この時代において、もはや現実(リアル)仮想(ネット)の壁がほぼ失われつつある証左といえよう。

 

 署名に臨むペンギンリーダーは、ようやく肩の荷が下りた安堵と、他社の傘下に入らねば生き延びられない無念が入り混じった複雑な溜息を漏らす。

 

 契約書を受け取ったペンデュラムは、シロと共にそれを確認して頷いた。

 

 

「確かに。これで貴方がたは私の庇護下に置かれます」

 

「確認しておきますが、あくまでも【トリニティ】のペンデュラムの庇護下ということです。【トリニティ】の他のクランメンバーの傘下に置かれるわけではありません。他の【トリニティ】幹部から出撃要請を受けても、それに従う必要はありません」

 

 

 横からのシロの補足に、ペンギンリーダーは頷きを返した。

 

 

「ええ、たとえば貴方の弟君……牙論氏には、ということでしょう?」

 

 

 目を細めて軽く頷くペンデュラムに、ペンギンリーダーは小さく笑みを浮かべる。もうペンギンアバターにはつっこまねえからな。

 

 

「わかっていますとも。ですがそれは牙論氏は我々をも襲いかねないということ。もしものときは庇護をお願いいたしますよ」

 

「無論だ。逆にもしものときには、我々の側に立って戦ってもらいたい」

 

「もちろんです。義務は果たしましょう」

 

 

 そんな合意をしつつも、ペンデュラムにはこの場での約定にどれだけの意味があるだろうかという思いもある。牙論に説得された者は、みな魔法にでもかけられたように彼の味方をするようになってしまうからだ。

 

 

(……たとえそうだとしても、数少ない味方を得る機会を無駄にはしない)

 

 

 ペンデュラムは説得の機会を逃すつもりはない。味方を得る機会を諦めてしまえば、負けることが確定してしまう。

 スノウから得た“味方を活かす”という教訓を有効に使わなくては。

 

 

 ともあれ、これで契約は成立した。

 

 

「さて。では私はこれで失礼しますよ。さっそく安堵していただいたキザキ雪原ですからね、たっぷり滑らせてもらいましょう」

 

「ああ、少し待ってもらいたい。手土産を用意した」

 

 

 短い脚でぺたんと椅子から降りたペンギンリーダーの背中に、ペンデュラムが声を掛けた。

 事前に手渡された契約書になかった内容に、ペンギンリーダーは訝しげな顔をしながら振り返る。

 

 

「手土産……ですか?」

 

「ああ、これだ」

 

 

 そう言いながらペンデュラムがインターフェイスを操作して、映像を立体投影する。その内容に、ペンギンリーダーと副官が音を立てて机に詰めかけた。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

 そこに映されていたのは空を裂いて飛翔する小さなエアボートと、そこから延びるワイヤーを腰に括り付けてスキーで空を飛ぶ【鉄十字ペンギン同盟】の機体だった。

 雪に覆われた山々を眼下に、空中ジェットスキーによって蒼穹の空を駆けるペンギン機。これまでにない光景に、ペンギンリーダーはわなわなと震える。

 

 

「なんです、これは……!?」

 

「“グラビティスキーレッグ”と“ジェットエアボート”。グラビティスキーレッグには軽度の重力操作能力が搭載されており、雪上のようにしっかりとした足場を実現。文字通り“空を滑る”ことが可能だ。推進力はジェットエアボートが担保する」

 

「ジェットエアボートには脳波による遠隔操作機能が搭載されています。これによって最速で時速300キロを維持しながら、機敏な小回りが可能ですよー。ジェットスキーの爽快感と、スキーの直感的な操作を両立した新時代のVR空中スキーなんです」

 

「VR空中スキー……!?」

 

 

 ごくり、と2人のペンギンが唾を飲み込む。

 かつてないスポーツの登場に、胸が高まっていた。

 

 期待通りの反応を示すペンギンリーダーたちに満足げな笑みを浮かべながら、ペンデュラムは語る。

 

 

「先日我々は“怠惰(スロウス)”系統のレイドボスを撃破した。それによって、新たに重力操作系統のパーツが開発可能になったのだ。もっとも、これはまだ技術ツリーの解放段階としては少し先にあるためイメージ映像だ。ツリーとしては行き詰まりにあるし、実用できる部隊も少ないとして開発優先度も高くない」

 

「そ、そうですか……まあそうでしょうな」

 

 

 クエーと肩を落とすペンギンたちに、ペンデュラムは笑いかける。

 

 

「だが、諸君らが望むのであれば私の肝煎りで開発させることが可能だ。成果物を諸君らに贈与することもな。ただし……」

 

「対価を支払えと。私たちが空を滑ることを望むのであれば、忠実な猟犬……いえ、忠ペンギンとして参戦しろというのですね?」

 

 

 じっと見つめてくるペンギンリーダーの視線を、ペンデュラムは正面から受け止める。ペンギンリーダーの視線は先ほどまでと違い、今度こそペンデュラムの資質を見極めようとしていた。

 

 

「そうだ。参戦するのはこの装備を贈与された者だけで構わない」

 

 

 どうだ……?

 ペンデュラムは密かに唾を飲み込む。

 彼にとっては、今日の本題はこれだった。降伏勧告など確実に成立させられる自信があったが、これは別だ。

 

 ペンデュラムはどうしても自分のために戦ってくれる戦力が欲しい。

 ペンギン兵たちの雪上での強さは折り紙付きだ。見逃す手はない。

 だがペンギン兵たちは必要のない争いを好まない。余程魅力ある提案ができなければ、彼と共に戦ってくれるとは思わなかった。

 

 そこで前回の戦いを通じて得た適材適所という教訓を踏まえて考えたのが、自分を苦しめたペンギン兵たちを空を滑る航空戦力として活躍させるという発想だった。

 スノースポーツに執着する彼らならば、この提案を受け入れてくれるのではとみたが……どうだろうか?

 

 

「ペンギンに空を飛ばせるとは諧謔(ユーモア)に満ちている、気に入りました」

 

「おお! では……!!」

 

「我々【鉄十字ペンギン同盟】はこれより閣下の戦力となりましょう。どうぞ自由に使っていただきたい。信頼が失われない限りにおいて、貴方の往くところ我々は空を裂く刃となって舞い降りましょう」

 

「ありがたい!」

 

 

 ペンデュラムは席を蹴立ててペンギンリーダーの手を握った。

 ん? 手……? 羽……? くそっ、また突っ込んじまった!!

 

 

「その代わり、空中スキーはたくさん用意してくださいよ? ぜひやってみたいとクランメンバーがこぞって手を挙げるのが目に見えていますからな」

 

「ああ、もちろんだ。こんなに心強いことはない!」

 

 

 悪戯っぽくウインクするペンギンリーダーに、ペンデュラムが頷く。

 

 こうしてペンデュラムは敵対クランから領地を得て、クランを傘下に収めただけでなく、強力な私兵を手に入れるという大金星を挙げた。

 ここからしばらくの間、ペンデュラムは空中スキー開発案を通すために【トリニティ】内部での暗闘を繰り返すことになる。

 

 

 

 

 

「……ところで気になっていたのだが……。諸君らの機体が『クワワワワワワ』と合唱する機能は何のために搭載されているのだ?」

 

「えっ? だって楽しいじゃないですか。みんなでクワクワ鳴きながら滑るのは一体感があって最高ですよ! そうだ! 閣下の軍にも取り入れてみては!?」

 

「え……遠慮するわ……」

 




あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』


回線速度が日によって左右されるということは、俺が負けたのもラグのせいだよな!


ご安心ください、『七翼のシュバリエ』は常に7G回線接続でのゲームプレイが可能なタイトルとなっております。

また、VRポッドはグレードによって快適性や筋力維持機能などの副機能に差がありますが、ゲームプレイに関しては一切性能差が設けられていません。

つまり貴方が負けたのは完全に貴方の実力以外の何物でもなく、ラグのせいにするのは超みっともない行為です。

もっと腕を磨いて出直しましょう。もしくは課金をオススメします♥


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第43話 とどろけ悪名!

前話から作中時間で1カ月が経過しました。


 “因幡の白兎(ラッキーラビット)”。

 そこは看板だけはパーツ屋だが、不精な店主による万全の検索避けで誰も訪れることがないバイナリ上のデッドスペース。

 サービス開始以来、店主以外は誰も訪れたことがなかったこの店は、この一か月というものほぼ毎日のように客を迎えていた。

 

 

 コーヒーテーブルの上のバカでかい籠に盛られたクッキーを摘まみつつ、ツナギに身を包んだこの店の主・バーニーが鼻歌まじりにオブジェクトをこね回している。

 クッキーをばりぼりと咀嚼しながら、歌に合わせて小刻みに頭を揺らす。そのたびにメカニック帽に付いたウサギの耳がぴこぴこと跳ねた。

 

 見るからにご機嫌といった様子だが、その原因はその向かい側でソファに座っている少女だ。

 光の加減で紫にも青にも見える不思議な色合いの髪に、童話の妖精かお姫様かと思えるような可憐な顔立ち。触れば折れそうな華奢な肢体。

 それでいて戦場に出れば卓越した技術と悪辣な戦術で他のプレイヤーの心をへし折って回る、悪逆非道の傭兵プレイヤー。その名をスノウライト。

 

 SHINE(シャイン)の方が通りが良くなりつつある彼女は、肩の上に乗せたメイド服姿のサポートAI・ディミが操作するインターフェイスを一緒に眺めている。この一か月の間、スノウは毎日のようにこの店を訪れては、店内でだべっていた。

 

 

「よーしできた!」

 

 

 バーニーが手を打ち鳴らして注意を惹く。

 しかし目の前のスノウとディミがインターフェイスに見入っているのを見て、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 

「おい、こっち見ろよオマエら! オレの傑作が誕生したんだぞ!」

 

「ちょっと待って、今このライブ実況がいいとこなんだ」

 

『うわぁ……! こんな攻撃してくるんですね……!』

 

 

 スノウとディミが見ているのは、『七翼のシュバリエ』のプレイ実況動画だ。このゲームでは外部の動画サイトだけでなく、ゲーム内でも動画配信することができる。

 今見ているのはあるプレイヤーのライブ配信で、野良のレイドボスとの戦いぶりをリアルタイムで届けてくれていた。

 

 このゲームにおいて攻略情報はかなり貴重なものだ。大手クランの多くが企業クランである関係上、情報はなかなか流出しない。しかしこのプレイヤーは企業クラン所属ではないうえに技量も高く、その戦いぶりはスノウの目からしても見ごたえがあった。しかもアバターは作り込まれた美少女である。

 

 スノウとしてもプレイ動画を見るのは大好きだ。というか上級プレイヤーと呼ばれる人種は、大体他人のプレイ動画を観察してテクニックを研究するのが習性となっている。持ち前の反射神経のよさやエイム力も重要だが、それだけで一流プレイヤーになれるわけもない。

 

 

「今のカウンターいいね。攻撃の出足のタイミングをよく研究してる」

 

『えー、こんなに弾をバラまくんですか……これは避けるの大変ですね』

 

「見たところ軌道ランダムだからなあ。耐久が鉄板だけど……あー当たったか」

 

『集中切れですかね? いえ、被弾した僚機に気を取られたのかな』

 

「惜しいなあ。でもまだまだいける。ホントこの緑茶さんってプレイヤーは魅せてくれるよ」

 

 

 熱心に動画を見ながら、感想を語り合うスノウとディミ。

 そこにむすっとした顔のバーニーがジャンプして飛び込んできた。コーヒーテーブルを軽々とまたぎ、スノウの頭上にフライングボディアタック!

 

 

「うわっ!?」

 

 

 さすがのスノウもびっくりして、ダイブしてきたバーニーを慌てて受け止める。

 スノウに馬乗りになったバーニーは、頬を膨らませながら駄々をこねるように小さな体を揺すった。

 

 

「そんなブスどーでもいーだろー! オレの方がずっとすごいんだからこっち見ろよなー!!」

 

「えー? 仕方ないなあバーニーは。何作ったの?」

 

 

 そう言いながらバーニーの両脇を支える腕を下ろすスノウ。

 バーニーはへへっと嬉しそうに笑うと、くるっと反転してスノウの膝の上に座る。機嫌良さそうに足をプラプラさせつつ、机の上に置かれていたドールを指さした。

 

 

「ほら見ろ! オレのお手製おしゃべりAIだ!」

 

『こんにちわ! 私ぼーぱるばにーちゃん!』

 

 

 机の上のバニーガール衣装の美少女ドールが、ぴょんぴょんと飛び跳ねて自己紹介してきた。

 ……どうやらドールではなかったようだ。

 

 

「お、自分のAI作るって言ってた奴が完成したのか」

 

 

 身をかがめて、しげしげとぼーぱるばにーちゃんを眺めるスノウ。

 

 

『うふん!』

 

 

 スノウに見せつけるように、バニーAIが髪をかき上げてポーズをとる。

 おっぱいがどーんと盛られたボンキュッボンのプロポーションはとても煽情的だ。率直に言ってしまえば、精巧なエロフィギュアが動き出したような感じである。

 

 スノウは細い顎に白魚のような指を添えて、ふーむと感心した声を上げた。

 

 

「よくできてるなあ。肌の質感や胸の盛り具合もそうだけど、この表情がなんともいえない。いい感じにデフォルメして生意気そうな感じが出てる」

 

「だろぉ? そこが一番気を遣ったんだよな。やっぱバニーガールは高飛車な感じがないと嘘だぜ。AIの表情ってのは顔立ちのデザインだけじゃねえんだ、中身のAIの調律もうまくないとな。そこがフィギュアと違うところなんだ」

 

『クスッ、何をじろじろ見てるのお嬢ちゃん? お姉さんにいじめてほしいのかしら?』

 

「おー、いいなあ。外見と中身の合わせ技だ。さすがバーニーだよ」

 

「へへっ、そうだろ? もっと褒めろよ」

 

 

 スノウの腕の中でえっへんと薄い胸を反らすバーニー。

 そんな幼女に悪戯心を起こしたスノウは、にやっと笑うとこちょこちょとお腹をくすぐってみた。

 途端にバーニーはびくんと体を震わせ、笑いながら体をよじる。

 

 

「こちょこちょこちょ……」

 

「あははは、やめろよシャイン! くすぐったいだろー!」

 

 

 バーニーは身をよじりながらなんとか体を180度回転させる。

 しかしそこにすかさず伸ばされる、スノウの細い指。バーニーの背中や首筋をこちょこちょとくすぐり、あはははと嬌声を上げさせる。

 

 

「この野郎、やられるばかりだと思うなよぉ!」

 

 

 バーニーはニヤリと笑うと、スノウの体をこちょこちょとくすぐって反撃する。

 薄い胸や脇腹を触られて、たまらずスノウがあはははと笑いながら身をよじらせた。

 

 

「やったなーこのー!」

 

「うるせーギブアップしろ!」

 

 

 スノウに馬乗りになってくすぐるバーニーと、そんな彼女をくすぐり返すスノウ。

 そんな2人を真顔でじっと見ていたディミが、コーヒーカップを机に叩きつけた。

 

 

『女子か!!!』

 

 

 

「「えっ」」

 

 

 抱き合った態勢できょとんとする2人に、ディミがさらに突っ込む。

 

 

『なんなんですか貴方たちは!! 完全に百合女子ムーブじゃねーか!!』

 

「いや、別に百合ってわけではないんだけど? 高校の頃も割としょっちゅう組み合って遊んでたし……」

 

『えっ、それはそれで見たい……じゃなくて!』

 

 

 一瞬腐りながらも、ディミはツッコミ役としての使命を全うする。えらい。

 

 

『それ組み合うとかじゃなくて百合ですよね!? 妹の相手をするお姉ちゃんみたいな母性溢れる顔になってんじゃねえか!』

 

「そんな顔してるわけないだろ!?」

 

『オラッ! 鏡見ろ!!』

 

 

 ディミが操作するインターフェイスが、空中に像を結ぶ。

 

 バーニーを抱きしめるスノウの表情は、苦笑と母性が入り混じった柔らかいものだった。まるで「仕方ないなー」と言いながらやんちゃな妹の相手をしている姉のような風情である。

 

 

「うわああああああああああああああああああ!!!!?」

 

 

 バーニーを放り出したスノウは、頭を抱えて悶絶した。

 そしてスノウから取り落とされたバーニーもまた。

 

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 ダブルメスガキノックアウトである。

 

 

『ふっ……また勝ってしまった』

 

 

 勝者:クール系メイドメスガキ。

 

 勝ち誇るサポートAIの足元で、バーニーはソファに顔を突っ伏したままぶるぶると震える。

 

 

「オ……オレとしたことが、またしてもアバターに引っ張られて……!!」

 

『そんなアバターなんて使うからですよ。ロリコンですねー』

 

「好きで使ってねえしロリコンでもねえよ!? ロリコンがこんなAI作るか!?」

 

『私ぼーぱるばにーちゃん!』

 

 

 バーニーが指さしたのに反応して、バニーガールAIがぴょんと跳ねる。

 ディミはその媚び全振りで性能度外視の低能AIに氷点下の視線を向けてから、バーニーを顎で示した。

 

 

『でも先に作ったのはそっちのロリアバターですよね?』

 

「くそおおおおおおおお!! こっちのセクシーボディ先に作っとけばよかったああああ!!」

 

『その場合、貴方がバニーガール衣装になりますけど。痴女願望でもおありで?』

 

「あああああああああああああああああ!!!!」

 

口喧嘩(レスバ)無敵か……?」

 

 

 バーニーを手玉に取るディミを、スノウは恐々と見つめた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「で、最近どうよ。そろそろ借金返せそうか?」

 

 

 気を取り直したバーニーが、コーヒーカップから甘いカフェオレを啜る。

 

 

「うん、まあね。仕事は割と増えて来たよ」

 

 

 向かいに座ったスノウが、甘さ控えめのコーヒーを口に含む。

 最近のスノウは、VR内で甘いものを積極的には口にしないようにしていた。VRで甘味を摂取すると、脳が実際に糖分を摂取したと勘違いして軽い頭痛を引き起こすことがわかったからだ。

 しかしスノウの体はやたらと甘いものを美味しく感じるようで、完全に断つのは難しい。だから虎太郎はVRで甘いものを食べると決めた日は、ダイブ時にあらかじめ飴玉を口に含むようにしている。

 

 

『この一カ月、2日に1回は依頼を受けて出撃してましたからね』

 

「本当は毎日依頼を受けたかったんだけどね。まだまだ雇いたいって人は少なかったし、ペンデュラムも毎日仕事をくれるわけでもないから」

 

 

 最近のペンデュラムはペンギンに空中スキーを開発してあげるための調整に忙しい。

 そもそもからして、毎日ゲームをしているわけでもないようだ。重要度の高い局面に出撃して、効率的な戦果をもたらすのが彼のやり方らしい。

 その代わりとしてたまに仕事を紹介してくれるので、それはできる限りありがたく受けるようにしていた。

 

 

「掲示板とかプロフに傭兵依頼受けます、気軽に連絡してくださいって書いてはいるんだけどなかなか連絡してくれる人がいなくて。結局ペンデュラム経由で受けた仕事の実績が口コミで広まってるみたいだよ」

 

「なるほどな。まあ新しい事業なんてそんなもんだよな」

 

 

 納得したようにバーニーが頷くが、ディミはコーヒーカップを抱えたままふるふると首を横に振った。

 

 

『あれは口コミって呼ばないです……』

 

「……どういうことだ?」

 

『この人、相手をボッコボコにした後に全体チャットで“傭兵依頼受けまーす! ボクを雇ってリベンジする絶好のチャンス! 詳しくはボクのプロフを見てメールしてね!”ってバラ撒いてるんですよ……』

 

「あー、あれね。地道な宣伝活動って大切だよね」

 

 

 涼しい顔でコーヒーカップを傾けるスノウ。

 

 

『その全体チャット(煽り)を入れた後に味方側の空気が凍り付きましたけど? メールボックスは敵味方を問わずお便り(ファンメール)でいっぱいになりましたしね』

 

 

 そのお便りの内容が罵倒一色で綴られていたことは言うまでもない。

 もっともスノウは心臓に毛が生えているので、ケラケラ笑って流してしまったが。

 

 

「でもボクの実力を売り込んだ甲斐あって、雇ってくれた人もいたしね。あ、それから動画で宣伝活動もしてるんだ」

 

「動画配信してるのか?」

 

 

 ディミはまたしてもふるふると首を横に振る。

 

 

『騎士様が蹂躙した一部始終を切り取って動画配信サイトにアップしたんです。“とっても可愛くて有能なボクを格安で雇うチャンスだよ!”って。でも、やられた相手の名前がでかでかと映り込んでるせいで晒し動画と呼ばれて炎上してしまって……』

 

「うんうん、ボクがエースプレイヤーも軽く倒せるってことを知らしめるには、やっぱり証拠を見せるしかないからね!」

 

 

 なお主な被害者はアッシュである。

 ことあるごとに無所属扱いで乱入してくるアッシュはもっともお手頃に戦えるエースプレイヤーであり、必然的に名シーンのアッシュ率は高くなるのだ。

 

 余談だが、この一か月の戦闘によって夜になるとアッシュの出現率は増す傾向にあることがわかった。戦って面白いうえに毎回課金武器をドロップしてくれるボーナスエネミーとして重宝している。

 最近は統計を取り、アッシュからドロップしたのがSSR課金武器である確率をアッシュ係数と名付けていた。新しい数学用語の誕生だよ!

 

 

『匿名掲示板でとんでもない煽られ方してて可哀想なんですけどねぇ』

 

「人気者になってるみたいでボクも嬉しいよ」

 

『そんな人気はまったく欲しくなかったと思うんですよ』

 

 

 無様に負けるところを晒されたエースプレイヤーはアッシュだけに留まらず、対戦した多くのエースが被害に遭っていた。

 そしてそのたびにスノウの悪名が轟く始末である。

 エースプレイヤーの間では、あいつに負けると武器を盗まれた上に負け姿まで晒される極悪プレイヤーとして認識されつつあった。

 

 だが悪名も名声のうちである。

 

 

『騎士様、今のあだないくつになったかご存じです? “強盗姫”“SHINE”“こそ泥野郎”“狂犬”“金次第で何でもする奴”“変節漢”と6つになりましたよ』

 

「ふふん。いいじゃない、悪名が轟けば轟くほど、ボクを雇いたいってクランも増えるんだし。この調子で増やしていこう」

 

『あ、“メスガキ”忘れてましたね。7つです』

 

「はー!? メスガキじゃないですけどぉ!?」

 

 

 いつものくだらないやりとりをするスノウとディミ。

 

 そしてバーニーはそんな2人をどこか眩しいものでも見るように眺めながら、コーヒーカップを傾けるのだった。




Nash係数:流体のばらつきの大きさを表す係数
Ash係数:SSR課金武器の流出率を表す係数


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EXTRA ARCHIVE 美人プロジェクトリーダーの午後

「何故わかってないなら、それを他人に相談しなかったんだ?」

 

 

 凛としてよく通る声がオフィスに響く。

 叱責しているのは、年若いながらもプロジェクトリーダーを任せられている女性。叱責されているのはそんな彼女よりもやや歳上の部下だ。

 口ごもる部下に対して、上司は言葉を重ねる。

 

 

「理解しないままプロジェクトに参加されても困るんだよ。空回りして足を引っ張るだけだ。……まさか、あたしが年下だからナメて質問しなかったとでも言うんじゃないだろうな?」

 

「そ、そんなことは……」

 

「じゃあなんだ? 何故わからないまま進めようとしたのか言ってみろよ」

 

 

 ピリピリとした態度で詰問する女上司と、口ごもる部下。

 上司の迫力に、部下の目にはうっすらと涙まで浮かんでいた。

 

 その様子を少し離れた席から別の部下たちが首を竦めてちらちらと眺める。

 

 

「ひぇっ、おっかねえなあ芦屋(あしや)主任……」

 

「美人だけに怒るとめちゃめちゃ迫力あるんだよなあ」

 

「あいつ主任が年下の女性だから舐めてたんじゃなくて、怖いから訊けなかったんだと思うんだよな……。俺だってめっちゃ話しかけづらいもん。入社3年目の貫禄じゃないだろ、あれ」

 

「やっぱりデキる人ってのはオーラが違うよなあ」

 

 

 委縮する部下にため息を吐くと、主任はつかつかと部下に近付く。

 平手打ちでもされるのかと身を固くする部下だが、代わりに加えられたのはバンッと背中を叩かれる衝撃だった。

 

 

「……まあいい! やっちまったもんは仕方ない。今度からわからねえことがあったらこまめに訊きにこい。報連相しっかりやれよ。おい、福野! 悪いけどこいつにもう一度しっかりと説明してやってくれ」

 

「あ、はい!」

 

 

 噂話をしていた社員のひとりが、主任に呼ばれて立ち上がる。

 

 

「すまねーな。あたしこれから明日の会議の書類作らねーといけねえんだ」

 

「いえ、大丈夫です。主任はご自分の作業に集中してください」

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」

 

「おう、迷惑だ。だからこの際わからないこと全部聞いて来いよ」

 

 

 肩を落とす部下にニカッと笑い返す主任。

 さばさばとした言葉と屈託のない笑顔に、部署内に安堵と笑いが広がった。

 

 そんな主任を見て、新入社員の女性が頬を薄く赤らめる。

 

 

「はぁ……芦屋主任ってカッコいいなぁ……」

 

「仕事もすげーできるしな」

 

 

 その声に、噂話をしていた男性社員が頷く。

 

 

「なんというか、あの人って効率がいいんだよ。何をやらせても最短効率でバッチリ仕上げるから。その分、ああいう無駄な仕事をしようとする部下にはキツいんだけど……まあ、叱る時間も短いし、無駄に空気を悪くしすぎることもないからな」

 

「憧れちゃいますねえ、ああいう働く女性って」

 

「でも婚期は遠そうだな……」

 

 

 男性社員のぼそりとした呟きに、新入社員があははと乾いた笑いを浮かべる。

 

 

「……モテないんですか? あんな美人なのに」

 

「仕事できすぎる女はモテないんだよ。可愛げがないって思われるからな。しかも怒らせたらめちゃめちゃ迫力あるし……元ヤン疑惑が出るくらい」

 

「えっ、主任って元不良なんです?」

 

「そんなわけないと思うが……。まあそれくらいおっかねえって思われてるってことだな。課長なんかは何度もコナかけてるみたいだけど」

 

「あのすだれハゲ死ねばいいのに」

 

 

 嫌悪感も露わに顔を歪ませる新入社員。

 そんな彼女に苦笑しながら、男性社員は続ける。

 

 

「まあなんだ、寿退職とか狙う気があるなら主任を参考にするのは止めといた方がいいな。あの人は仕事が恋人だよ。多分リアルの男なんか興味ないんじゃないかな」

 

「へえー……。やっぱりデキる人は恋愛観も人とは違うんですねえ」

 

「そりゃそうだよ。しかも今はこの社運を賭けた大プロジェクトを動かしてんだから。頭の中はプロジェクトでいっぱいだろうぜ」

 

 

 部下たちにそう囁かれている女主任、芦屋(あしや)香苗(かなえ)(25)はすさまじい速さでキーを叩いて資料を作りながら、頭では別のことを考えていた。

 

 

(今日はガチャ更新日だったな……。シャイン倒すのに使えそうな武器なら確実に回収しておかねーと……!)

 

 

 【氷獄狼(フェンリル)】の元エースプレイヤー・アッシュの中の人こと香苗のここ一カ月の関心事項は、任されている大きな仕事でも男性との恋でもない。

 ハマり中のゲーム『七翼のシュバリエ』で自分を苦しめ続けているライバル・シャインをどうにかして倒すことであった。

 

 そもそも香苗は重度のガチャ廃人である。珍しい武器やパーツが手に入るガチャが実装されるたびに、軽い気持ちで重課金するような人間であった。

 

 香苗は生まれつき要領がいい。顔もいいし、運動神経もよく、頭も回る。特に作業を効率化するのは大の得意で、他人がまごつくような難題でもあっさりと最適解を見出せる。

 むしろ他人が何を手をこまねいているのがわからないくらいだ。

 

 そんな彼女にとって、人付き合いとはとてもストレスが溜まるものである。彼女からすれば大体の人間は愚鈍に見えてしまうのだ。問題の解法なんてとてもシンプルなのに、どうしてさっさと正解のルートを選ばないのか、見ていてイラついて仕方ない。

 

 なのに社会はそんな周囲の愚鈍な人間と共に仕事をすることを強要する。

 彼女の優秀性を見出した会社の上層部は、よりにもよって彼女にプロジェクトリーダーという愚鈍な人間たちのまとめ役を命じたのであった。

 さらに悪いことに、無駄に魅力的な彼女の容姿は本人が望まなくとも下劣な性欲の対象となる。愛人にならないかと囁かれた回数は両手の指では足りない。そしてそんな下衆な提案をしてくる上司に限って、能力面ではまるで尊敬できない。

 

 そんなストレスに次ぐストレスに悩まされる香苗が手を出したのが、ガチャ沼であった。

 

 元々彼女はゲームが好きだ。いわゆる乙女ゲームと呼ばれる女性向け恋愛ゲームも悪くはないと思うが、それよりもRPGが気に入っている。自分ではない自分になれる体験は、彼女のストレスを緩和してくれる。

 

 数年前にβテストをやっていた『創世のグランファンタズム』というVRゲームでは、中学生くらいの外見年齢の狩人を演じていた。このゲームはリアルと同じ性別しか選べなかったのがやや不満だったが、それでも普段(リアル)とは違う視点は就活と入社一年目の社会人生活に疲れた香苗の心を安らがせてくれたものである。

 

 残念ながら『グラファン』は正式リリース前に立ち消えになってしまったが、その作品の精神的な続編が出たとゲーム仲間に聞いた香苗は当然『七翼のシュバリエ』にも手を出した。

 

 そして出会ってしまったのである。4気筒エンジンやバイクマフラー型ブースターというバイクモチーフのパーツを排出する“バイクパーツガチャ”に。

 学生時代は大型バイクで遠乗りするのが大好きだった香苗は、なんとしてもこのパーツでバイクモチーフのシュバリエを組みたいと考えてしまった。そしてブチ込まれる夏のボーナス〇〇(ピー)万円。そして誕生する理想の機体“ブラックハウル”。

 

 凄まじい馬力のエンジンが生み出す力強いトルク、超高速で仮想の大地を駆ける爽快感。誰よりも速く、誰よりも力強い機体。

 そんな機体をお手軽に手に入れてしまえる万能感!!

 

 

 ……それが悪かった。

 香苗はこの事件をきっかけに、完全にガチャ中毒になってしまったのだ。

 

 

(あたしが稼いだ金を、あたしが好きに使って何が悪いのよ!)

 

 

 キーボードを叩く手に力がこもる。

 ヘドバンマニアや血髑髏スカルたち、昔からの仲間からは無茶なガチャはほどほどにしておけと何度も忠告されている。

 

 それでも香苗はどうしてもガチャをやめられなかった。

 世の女性たちがショッピングによる浪費でストレスを解消するように、香苗はガチャを回すことで仕事や人間関係で蓄積したストレスを発散する。

 そしてそれで手に入れたレアな武器やパーツを取り巻きたちに見せびらかして「すげー!!」と言われることで、何か救われた気がするのだった。

 

 ゲームでガチャを回すのにハマってから、リアルの仕事もうまくいっている。なんだか人当たりが良くなったという評判も得ており、そのおかげで昨年秋からは主任に昇進。大きなプロジェクトのリーダーにも抜擢された。

 リアルでうまくいっているのだから、ゲームで多少羽目を外したところで誰に文句を言われる筋合いもないではないか?

 

 

 ……そんな彼女の順風満帆でちょっと危うい生活が変わったのは、1カ月前のこと。

 

 

(シャイン……シャインシャインシャイン……!!!)

 

 

 これまで無敵のエースプレイヤーであったアッシュを軽く一蹴し、全戦全敗の屈辱を味わわせた生意気なクソガキプレイヤー。

 あのガキが現れてからというもの、アッシュは何もかもうまくいかなくなった。

 

 『グラファン(前作)』で培った戦闘技術は、アッシュをそんじょそこらのプレイヤーでは束になっても敵わないほどの実力者にしていた。

 力こそ正義を地で行くクランメンバーたちはアッシュを取り巻き、ことあるごとにほめそやす。他のクランを叩き伏せ、【氷獄狼】内の対抗馬となるプレイヤーに身の程をわからせ、力を示す甘美なる栄光の日々。

 

 それを、シャインはあっさりと粉砕した。

 たかが初期フレームの機体で、重課金パーツで武装した理想の機体があっさり負かされた。

 

 油断したことが全ての敗因と自戒したアッシュは、必勝を期して準備を整え、忙しい仕事を抜け出して再戦に臨んだが、全力を出してなお届かなかった。

 

 

 アッシュの名声は地に墜ちた。

 力こそ正義と信奉する取り巻きたちは、ガキ1人に手も足も出ないアッシュを見限り去っていき、一時的な処分だったはずの一般プレイヤーへの降格措置は未だに解除されていない。

 

 だが、そんなことは今のアッシュにとってどうでもよかった。

 

 

(シャイン……!! ()からすべてを奪った女……!!)

 

 

 あの生意気な煽り口調と、見下す表情。

 それを思い出すたびにアッシュの心の中に宿った黒い炎が燃え盛る。

 

 あれから一カ月。

 香苗は忙しい仕事を効率化させて何とか早めに帰っては、シャインがいる戦場へ【無所属】プレイヤーとして乱入している。

 

 【氷獄狼】はことあるごとに得物を奪われるアッシュに武器を提供してくれなくなったため、持ち込む武器はすべて課金ガチャで手に入れたものだ。アッシュもそれでいいと思っている。あんな滅茶滅茶な強さのプレイヤーに相対するには、並みの武器では話にならない。

 

 しかしどれだけ挑んでも、まだシャインに膝を折らせることは一度も成し遂げられていなかった。

 

 

(憎い……!! あのガキが憎い、目にモノを見せて思い知らせるまで止まれない……!!)

 

 

 身をよじるほどの憎悪、魂を燃やすほどに燻り続ける瞋恚(しんい)の炎。

 この屈辱を晴らすまで何があっても止まれない。

 生まれてこの方、これほど人を憎んだことはない。

 

 これまで勝てないと思った人間は何度も見た。だが、これほどまでに彼女を侮蔑し、挑発し、挑戦するたびに敗北を味わわせる人間に出会ったのは初めてだ。

 彼女の人生で初めて遭遇した、宿敵と呼べる存在。

 

 憎悪は憤怒となって燃え上がり、技量差は嫉妬となってアッシュを駆り立てる。

 彼女の魂は黒い魔狼の形を成し、憎しみの咆哮を叫び続ける。

 

 

 だがアッシュ(香苗)はまだ気付いていない。

 

 心の中に燃え上がる憎悪のその芯に揺らぐのは紛れもない“歓喜”であることに。

 これまで何でも人並みにこなせてこれた彼女が感じていた退屈、それを満たしてくれるのは自分よりも優れた好敵手(ライバル)

 彼女は今、これまでのゲーマー人生で最高に充実している。

 

 

(あいつを倒せるなら、俺はなんでもできる……!! 何を犠牲にしても、あいつに勝ちたいと思える……!! 待ってろ、シャイン……今日帰ったら今度こそ!)

 

 

 爛々と目を輝かせ、仕事をなんとしても早めに終わらせるためにのめり込む香苗。

 鬼気迫るまでの彼女の姿に、見守る部下たちがごくりと唾を飲む。

 

 

「どうしたんだ、最近の主任は……。なんて気迫だ」

 

「それだけ今度のプロジェクトには全力を注いでるんだろう」

 

「主任があんなに頑張ってるんだ、俺たちも足を引っ張れないぞ」

 

 

 時は5月末日。あと1カ月で夏のボーナスである。

 

 

(とりあえずボーナス入ったらサマーガチャフェス回して、新しいSSR武器でシャインをブッ殺してやる!!!!)

 

 

 ガガガガガガガガとすさまじい音を立てながら、香苗の仕事は進む。

 




本作では無理しない程度の課金(無課金)を推奨しております。


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第44話 金粉ばらまき系お嬢様

「しつこい婚約者と別れる手伝いをしてほしいのです」と依頼人の少女は言った。

 

 

 

 場所はペンデュラムがいつも会談に使っている高級レストラン。

 

 最近忙しいらしいペンデュラムが斡旋してきたのは、彼の知人からの依頼だった。“腕利き(ホットドガー)”の戦力をどうしても借りたい状況になったのだという。

 ついては正式に依頼する前に実際に会っておきたいという希望だったので、スノウは相手の奢りということを確認したうえでこのレストランに足を運んだ。

 

 そこで待っていたのは、ウェーブがかった見事な金髪をロングヘアにした、いかにも“私はいいとこのお嬢様です”と主張するかのような髪型の少女だった。

 年齢は16、17歳ほど。仕立てのよいブルーのブラウスとフレアスカートに身を包んだあまめのガーリーファッション。ビスクドールが人間の少女として生まれ変わったらこのような姿になるのかもしれない。

 名前を璃々丸(りりまる)(れん)という。

 

 

「一応聞いておくけど、それ本名じゃないよね」

 

「アバター名に決まっているでしょう。本名でログインするほどネットリテラシーに疎くはありませんわ、子ども扱いしないでくださる?」

 

 

 ムッとした恋が髪をかき上げると、ふわっと金色の光の粒子が舞った。

 キラキラとした粒子に高級なライトの光が反射して、瀟洒な雰囲気を漂わせる。

 

 

『(騎士様、あれレアなアバターパーツですよ。かなりいい値段がします)』

 

 

 そっとディミが耳打ちしてくる。

 どうやらそういうエフェクトを出すアバター用のパーツがあるらしい。

 

 そのひそひそ話の内容を察したかのように、恋はふふっと笑った。

 

 

「淑女たる者の当然の身だしなみですわ」

 

「そっか。なんだかお姫様っぽいよね」

 

「ふふ……見え透いた世辞ですこと」

 

 

 口ではそう言いながら、恋はまんざらでもないようにおほほと笑う。

 本当は「成金くせえな」と言いたかったスノウも、にっこりと微笑み返した。

 

 驚くなかれ、なんとスノウにも他人の機嫌を取るために暴言を慎むだけの理性というものが存在していたのである。

 金をくれそうな相手に対してだけにしか使わないが。

 

 そしてとりあえず依頼の内容について話そうとした矢先に、依頼人が口にしたのが冒頭の一言であった。

 

 

「しつこい婚約者と別れる手伝いをしてほしいのです」

 

「はあ」

 

 

 スノウは小首を傾げながら生返事をする。

 相手が何を言っているのかいまいち理解できない。

 ゲームの助っ人がほしいというからやって来たのに、何故他人の婚約者の話など聞かされなくてはならないのか。

 

 

「ボクは傭兵であって別れさせ屋とかじゃないけど、そこわかってる?」

 

「わかっております。順を追って説明しますわ。

 実は私には婚約者がいるのですけど、正直に言って虫唾が走るような相手ですの」

 

「……普通にフればいいじゃん。嫌いだ、って言えば?」

 

「言って済むならそれで解決してますわ!」

 

 

 恋は紅茶に角砂糖を5つ放り込み、苛立ちも露わにカチャカチャと音を立ててかき混ぜた。このお嬢様、これまでテーブルマナーは学んでこなかったのだろうか。

 

 

「親が決めた相手ですの。私の一存で解消できる婚約ではありませんわ。ですからせめて顔も見なくて済むように近付かないでほしいのですが、向こうから寄ってくるのですわ……汚らわしいことに」

 

「つまり、向こうからは好かれてるってことじゃん」

 

「やめてくださいます!? 怖気が走りますわ!」

 

 

 そう言って恋は自分の二の腕を掴み、ぶるぶると震えた。本当に嫌いらしい。

 

 

「そこまで嫌いなんだ……」

 

『逆にどんな相手なのか興味湧いてきましたよ。40代の職歴なしひきこもりとかですかね?』

 

「いえ、私と同年齢ですわ」

 

『じゃあブサメンでニキビ面でメタボでフィギュア収集が趣味とか?』

 

「顔はイケメンですし、スポーツマンでやせ型ですわ。趣味はフットサルで、暇があったらそればっかりしています」

 

 

 現代に生きる今川(いまがわ)氏真(うじざね)かよ。

 

 

『婚約したはいいけど実家が没落して貧乏とか?』

 

「上り調子の大手家電メーカーの令息ですわ」

 

 

 何が不満なんだこのアマ。

 ディミがそんな表情を浮かべると、恋はだんっとテーブルを叩いた。

 

 

「根本的に人間として価値観が合わないのです! 交友関係から料理・ファッション・好きな映画・音楽、何から何までまったく趣味がかぶらないのですわ!」

 

『あ、これシリアスに重い話題ですね』

 

「……ボクたちが関わるには重すぎない、これ?」

 

『いっそ匿名掲示板の家庭板にでも相談したらどうです?』

 

 

 ディミがあははと笑うと、恋がバシバシとテーブルを叩いて叫び返す。

 

 

「婚約者について書いた時点で贅沢言ってんじゃねえよとか釣り乙とかフルボッコにされましたわ!! なんなんですの、あの暇を持て余した主婦の群れは!! こっちは本気(マジ)なんだよふざけんじゃねーですわ!!」

 

『本当に相談したのか……』

 

「家庭板って何?」

 

『騎士様は知らなくていいことですよー』

 

 

 きょとんとするスノウにセーフガードをかけるディミ。

 時々スノウは現代人とは思えないほどネットに無知なところを見せるから困ってしまう。時として知らないことを知らないままにしておく方が良いこともあるのだ。万能サポートぶりを見せるディミちゃんであった。

 

 

「まあいいや。それでその婚約者と、ボクへの依頼がどう関係するわけ?」

 

「……ああ、そうでしたわね」

 

 

 怒りのあまり肩で息をしていた恋は、こほんと咳払いをする。

 

 

「実は私と彼は、お互いにクランのリーダーを務めていますの。そして先日、『お互いのクランで勝負して、私が勝てばもう私にちょっかいを出さないようにしてほしい』と伝えたのですわ。この試合は絶対に負けられません。ですから、何とか腕のいい助っ人を用立てられないかと考えていたのです」

 

「なるほどね。そこで白羽の矢が立ったのがボクだと」

 

「左様です。知人のペンデュラムにいい人材を借りられないかと打診したところ、それなら“腕利き”がいると言われましたので」

 

「うん、まあボクはすっごく強いからね! ボク1人で全キルしてあげるよ」

 

 

 薄い胸を反らせて、自信満々のスノウ。

 

 

「あ、いえ。そこまではしなくていいです」

 

 

 しかし直後に恋から真顔で否定されて、がくっと態勢を崩した。

 

 

「えー、なんで?」

 

「だって助っ人が全キルしても、向こうは負けたって納得しませんもの。あれは無効試合、もう一度勝負しろと食い下がられては面倒です。ですからある程度は私たちが戦いますわ」

 

「ふぅん? キミって強いの?」

 

「まあ……それなりには。これでもそこそこの大手クランを率いておりますから。少なくとも、あいつのクランのメンバーに負ける気はしませんわね」

 

 

 ブラウスの上から胸に手をかざし、不敵な笑みを浮かべる恋。

 そんな彼女に、ふーんと頷いてスノウは紅茶を啜った。その口角が上がっている。

 

 凶相を浮かべた主人をフォローしようと、ディミはあわあわと立ち上がった。

 

 

『で、でもそんなに自信があるなら、騎士様に依頼しなくてもよかったのでは?』

 

「いえ、彼は卑劣な男です」

 

 

 そう言うと、恋はぐっと拳を握りしめた。

 

 

「あいつも自分のクランの実力では私たちに勝てないことは承知のはず。きっと金にあかせてよそのクランから“腕利き”を助っ人として呼び寄せてきますわ! それに対抗するには、こちらも一騎当千のプレイヤーを用意しなくては!」

 

「へえ……よそからも助っ人が来るんだ」

 

 

 スノウは可憐な顔立ちに浮かぶ凶暴な笑みを深くする。

 

 

「いいね、それは。楽しめそうだ」

 

「ええ! ですから、よそからの助っ人の相手をお願いしますわ! もし万が一、私たちが劣勢になるようなことがあれば追加で援護もお願いするかもしれませんが」

 

「おっけー、いくらでも持ってきてよ! その分追加報酬はもらうけどね。お金ももらえるうえに、さらに戦える……いいことづくめだね!」

 

「まあっ! 頼もしいですわー! 百人力ですわー!」

 

 

 強敵との戦闘を保証されて喜ぶスノウと、パチパチと拍手する恋。

 キャッキャッと盛り上がる2人を、ディミは半目で眺める。

 

 ――結局助っ人を用意して予防線まで張るんなら、お前も卑怯とちゃうんかい!?

 

『(どうも危ういというか、このお嬢様どっか幼い気がするなあ……。もしかしてこのお嬢様がおかしくて、婚約者はまともな人なんじゃ……)』

 

 

 本当にこっち側に味方してもいいのかと不安になるディミであった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そして翌日。

 璃々丸恋率いる【白百合の会】と、恋の婚約者の……えっ? これ本当に読むの?

 

 …………マジで?

 

 

 ……えー。

 

 璃々丸恋率いる【白百合の会】と、

恋の婚約者・サッカーゴッド率いる【俺がマドリード!!】の試合の時がやってきた。

 

 

 凄まじいネーミングに硬直するスノウとディミの前で、恋とサッカーゴッドのやり取りが繰り広げられる。

 

 

「ウリィィィーーーッッス!! へへへ、レンちゃん逃げずによく来たなぁーー? せんきゅーっす! よっぽどオレ様のモノになりたかったんだなっ!?」

 

 

 耳にピアス穴をジャラジャラと開け、染色で傷んだ金髪。それなのになぜか服装はフットサルのビブスを着用しているという、すさまじいファッションセンス。

 そんなチャラ男が腕を交差させる謎ポーズを取りながら婚約者に軽薄な声を掛ける。

 

 恋はその言葉を耳に入れるのもおぞましいと言わんばかりに眉をひそめ、吐き捨てるように拒絶の言葉を吐いた。

 

 

「汚らわしい男……! 今日この日をもって貴方との縁を切らせてもらいますわ!」

 

「うーわ、その反応超バビるわ。安心してよレンちゃ~ん! 約束通りオレ様が勝って超可愛がってあげるからさぁ~っ!!」

 

 

 そう言って口の端から舌を出しながら、わきわきと手と動かすサッカーゴッド。

 その下品な仕草に、恋がひきつった顔で絶叫する。

 

 

「おくたばりやがれですわ下衆野郎!!」

 

 

 ブーブーとシュプレヒコールを上げる【白百合の会】と、リーダーに追従してゲラゲラと笑い声を上げる【俺がマドリード!!】のメンバーたち。

 

 

 ディミはその地獄のような光景を見ながら、思わず口走る。

 

 

『やっぱこっちで正解だった!!』

 

 

 

 いや、どっちも不正解だろ。




これから数話ほどすげー知能指数が低くなりますが、作者が発狂したわけではありません。


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第45話 【この単語は表示できません】ですわ!!

「レンちゃんさぁ、オレ様たちのチームに本当に勝てるつもりぃ? こっち激ヤバな助っ人たっぷり揃えてるんすけどぉ?」

 

「はあ~っ!? 助っ人頼りで何が自分のチームに勝てるつもり、ですの? 男として恥ずかしくないのかしら?」

 

 

 挑発されてイラッと青筋を額に浮かべた恋が、サッカーゴッドを煽り返す。

 しかしサッカーゴッドはそれを鼻で嗤って、軽く流した。

 

 

「いやぁ、オレ様たちいつもフットサルで忙しいからさぁ! こんな陰キャのやるゲームなんかマジメにやってらんねーんすわ」

 

「陰キャですって!?」

 

 

 恋のこめかみに浮かぶ青筋が、ビキビキと深みを増す。

 

 

「こっちはお父様から任された仕事をこなしていますのよ! 私たちがエリアを増やすことで会社が自由に使えるインフラが増えて、貢献できる! 与えられた仕事もこなさずにフラフラと遊び歩いておいて、何を得意げな顔をしているのかしら!!」

 

「ほぉ~? 親の言うことをハイハイと聞いてるイイコちゃんは言うことが違うッスねぇ~?」

 

 

 サッカーゴッドが周囲に顔を向けると、それに追従するように【俺がマドリード!!】のパイロットたちがゲラゲラと笑い声を上げた。

 いずれもゴッドと同じような服装に、パーマを当てた安い金髪やらツンツンに固めた髪やら、ホスト崩れみたいな髪型をした連中ばかりである。なんだか最終幻想なRPGの十五作目みたいな感じに似ていた。

 

 

「そうですよねぇ~! 自分のイシってのがないっていうかぁ~!」

 

「親の言う通りにするしかないってカワイソー!!」

 

「女のくせに生意気だわ! おとなしくゴッドの嫁やってろっつーの!!」

 

 

 それを聞いた【白百合の会】のパイロットが、憤怒の声を上げる。

 

 

「男女差別ですわ! 男のくせに生意気でしてよ!!」

 

「女を尊重するつもりがない男などおくたばりあそばせ!!」

 

「【この単語は表示できません】もげろ!!」

 

「【この単語は表示できません】腐れ落ちろ!!」

 

「【この単語は表示できません】ですわ!! 【この単語は表示できません】ですわ!!」

 

 

 西洋人形のように整った顔立ちのお嬢様たちが、VRポッドの倫理規定に触れる用語を連発して口汚く罵り返す。一言言われたら3倍くらい言い返していた。

 表示できないのでまったく通じていないはずなのだが、お嬢様たちの口汚い罵倒の勢いだけは通じたようで、【俺がマドリード!!】のプレイヤーたちがややたじろいだ。

 そもそも男が女に口喧嘩で勝てるわけがないのである。

 

 

 その雰囲気を払拭しようとしてか、サッカーゴッドは髪をかき上げて挑発的な笑いを浮かべた。

 

 

「まあと・に・か・くぅ~? 普段からゲームばっかしてるそっちに勝てるわけないしさぁ。パパの会社のエース借りてサクッと片付けさせてもらうわ。まさか親の力借りるのが卑怯だなんて言わねえッスよねぇ~?」

 

「……確かにそうですわね」

 

 

 サッカーゴッドの言葉を、恋は否定しない。

 そもそも恋が大手クランを構え、その幹部を付き合いのあるお嬢様たちばかりで固められているのも、親に会社の手伝いをするという口実で資金提供をねだっているからだ。いわば趣味と実益を兼ねており、自分の力だけでは大手クランの維持など不可能だっただろう。

 

 一方、【俺がマドリード!!】側は普段からサッカーゴッドや取り巻きたちが真面目にプレイなどしていないことは親も重々承知であり、別途企業クランを擁している。そのエースプレイヤーをドラ息子に貸し出すのも、親にとっては当然の采配であった。

 

 

「いいですわ! 私たちの力をとくとご覧に入れましょう! 普段から真面目にプレイしている私たちの実力が、そこらのエースになど劣らないことを証明してさしあげましてよ!」

 

「おっとぉ? ヤル気じゃあぁ~ん? んじゃまあ、オレ様の力がお嬢様のお遊びになんか簡単にねじ伏せるところを見せてやるッスかねぇ~!! お前ら、かかれっ!!」

 

 

 その号令をもって、戦端が開かれる。

 

 【俺がマドリード!!】に一時編入された傭兵たちが、群れを成してお嬢様たちに襲い掛かった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そして、それよりも先に1人でさっさとゲームを始めていたプレイヤーがいた。

 言うまでもなく、スノウである。

 

 【白百合の会】と【俺がマドリード!!】の頭の悪い通信を聞き流しながら、スノウは今回の戦闘エリアとなる【ガハラ平原】のマップを開いて手早く作戦を考える。

 

 

「今回の敵はエースプレイヤーが率いる集団ってことだし、手持ちの武器だとちょっと厳しいな」

 

『“ミーディアム”は威力と射程は良くても連射性能に難がありますし、“レッドガロン”はエースには当てづらいですからね』

 

「というわけで、定石通り敵の補給施設を占拠するところから始めようか」

 

『……そんな定石、騎士様しかしませんけどね』

 

 

 お互いの本拠地が表示されたマップを眺めて、スノウは素早くアタリをつける。

 

 

「敵の本拠地がここってことは、多分ここらへんに補給物資が来るはずだな」

 

 

 そう言ってスノウが指し示したのは、両クランの本拠地を結ぶ線のちょうど半分から、やや後方あたり。地図上には何も配置されていない場所だった。

 

 

『そこ、マップデータでは何もないですけど……?』

 

「ないよ。というか、このマップそもそも開発度が低くて施設がそんなに置かれてないからね。だからトランスポーター(輸送車両)で物資を運ぶはずだ。平原マップだから地上車両でも速度が出るしね」

 

 

 開発度が高い都市マップなら補給拠点をふんだんに配置できるが、こうした開発度の低いマップでは補給拠点の数も限られる。それを補うのがトランスポーターと呼ばれる輸送ユニットである。

 

 そんなスノウの推理に、ディミは小首を傾げた。

 

 

『トランスポーターをそんな最前線近くに配置するものでしょうか? 撃破されたときのことを考えると、もっと後方に配置するものでは?』

 

「【俺マ】の機体データをあらかじめレンから見せてもらってただろ。速度重視の快速型を中心にしてた。一方で【白百合の会】はタンク型が多く鈍足中心だ。ということは最前線となるのはやや【白百合の会】の本拠地に近いあたりになる。大体このへんだろうね」

 

 

 スノウがマップの一点を指す。

 そこから見れば、確かに最初にスノウが示したトランスポーターの位置は十分後方の位置だった。

 

 

『なるほど……。でも【俺がマドリード!!】は傭兵に任せて戦うのですから、あらかじめ見せてもらったデータは参考にならないのでは?』

 

「そんなことないよ。だってあれはブラフだもん」

 

 

 スノウは涼しい顔でディミの疑問に答えた。

 

 

「【俺マ】は傭兵部隊に任せず、肝心の決着は必ず……サッカーゴッドだっけ? あのふざけた名前のクランリーダーが直接レンと戦って付けようとするはずだよ。傭兵部隊はサッカーゴッドをレンの元に確実に送り届けるための露払いさ」

 

 

 予想外の言葉に、ディミはぽかんとした顔を向ける。

 

 

『ええ? なんでそんなことがわかるんです?』

 

「レンが言ってたでしょ。ボクが【俺マ】全員を倒しても、相手を納得させられないって。逆も同じだよ、親に借りた傭兵部隊でレンを倒しても彼女は納得させられない。だからサッカーゴッドは最終的には自力でレンを倒そうとするはずだ。……いいねえ、男の子らしくってさ」

 

 

 クスクスとひとり笑うスノウ。

 

 

「でもそれを愚直にやろうとするとレンに潰される。だからサッカーゴッドは親からエースを借りて、ブラフをかけたうえで電撃作戦でレンのところに向かおうとする、というわけ」

 

『あの人、そんなこと考える頭あります? 言っちゃなんですけど、相当なボンクラに見えましたけど』

 

 

 なにせあんなアホみたいなネーミングセンスだしな。スノウでも正式名称口にするの拒否るレベルである。

 

 しかしスノウは小さく頭を振って、ディミの疑問を否定した。

 

 

「このマップ選んだのは向こうだよ。相手は自分たちの機体が得意なマップを熟知してる」

 

 

 ガンナータイプ、陸上の快速型。

 サッカーを連想させる彼らのクラン名にぴったりの機体は、起伏が少なく障害物もない平原マップでの電撃戦でもっとも有効に扱える。

 わざわざこのマップを選んだからには、自分たちの機体を投入してくることはスノウの目には明白だった。

 

 

『な、なるほど……。推論の塊みたいですけど、説得力はありますね……』

 

「ああ、推論じゃないよこれ」

 

 

 スノウはニヤリと笑って、操縦桿を握った。

 

 

「“勘”っていうんだ、こういうのはね。ことゲームに関してなら、ボクの勘は良く当たるぞ!」

 

 

 空中に静止していたシャインが、全速力で加速を開始する。

 並みの機体とは異なる摂理で空を駆ける白銀の機体。その翼が白く輝き、音もなく凄まじい勢いで加速していく。

 目指すはスノウが示した予測ポイント。

 

 だだっ広い平原を眼下に、シャインは空を疾駆する。

 遥か遠くには【俺がマドリード!!】の傭兵部隊の群れが先陣をひた走り、その最前線ではビームライフルの銃火が織り成す閃光が灯る。

 そして傭兵部隊の群れのさらに向こう側に、平原を疾走する【俺がマドリード!!】の機体の集団が小さく見えた。

 

 

『本当にいました!』

 

「まあそうだよね。ってことは本隊の反対側のこっちで合ってるな」

 

 

 その言葉通り、地平線の向こうから巨大な車両が姿を現わす。

 全高15メートル、換装武器や給弾機能、修理機能を兼ね揃えた自走型ハンガー。ちょっとした地上戦艦ほどの威容を見せる、大型トランスポーターであった。

 

 

「ビンゴ!!」

 

 

 楽しそうに叫んだスノウが、ビームライフル“ミーディアム”を長距離から連射。トランスポーターのタイヤは多少の岩など踏み壊せる強度を持つが、ビームライフルの熱に耐えられず、たやすくパンクを起こす。

 

 驚いたのはトランスポーターを護衛していた傭兵小隊だ。

 

 

「な、なんだ!? 何が起こった!?」

 

「敵襲だ! 警戒しろ!!」

 

「どこだ!? どこから撃たれた!?」

 

 

 動揺する彼らは、やがて高速でこちらに接近してくる【無所属】機体に気付く。

 

 

「【無所属】……? なんだ、あれ?」

 

 

 彼らの中の多くは呆気にとられながらも、ゆるゆると銃を握る。

 しかしその中の一握りが、絶望的な悲鳴を上げた。

 

 

「シ、シャインだ!! “強盗姫”の野郎、敵についてやがったのか!!」

 

「“強盗姫”……? 何です、それ?」

 

「知らねえのか! この1カ月で大暴れして悪名を高めてるバケモン傭兵だ! お前ら、武器を絶対に手放すなよ!! 奪われたが最後、二度と戻ってこねえ!」

 

「ヒエッ……!」

 

「撃て! 撃て撃て撃て!! 絶対に近付けるな!! 盗まれるぞ!!」

 

 

 自分も被害に遭ったことがあるのか、鬼気迫る表情で手持ちのアサルトライフルを連射して迎撃する傭兵。彼の叫びに呼応して、他の傭兵たちもめいめいの武器を連射する。トランスポーターに備え付けられた機銃も合わさり、展開される即席の弾幕。

 しかしシャインは翼をひと際白く輝かせ、その弾幕の隙間を縫うようにしながら高速でトランスポーターに接近する。

 

 

「な、なんだあいつ!? 慣性を無視してるぞ! UFOかよ!?」

 

「あの不気味な動きしてるのがシャインだ!! 人間の動きじゃねえ、一説には運営が生み出した試作AIだと言われている……!!」

 

「くっそおおおっ!! 来るな化け物め!! 俺の武器は奪わせえねえぞおおおお!!」

 

『すごい言われようですねぇ』

 

 

 妖怪か悪魔のように恐れられるスノウに、皮肉気な笑みを向けるディミ。

 しかしスノウはそれを意にも介せず、楽しそうに彼らにホログラム通信で愛らしい微笑みを送り付ける。

 

 

「化け物だって? こんなに可愛い化け物がいるわけないだろっ! 人知を超越した超絶美少女って意味なら許すけどねっ♥」

 

「えっ……可愛い……!!」

 

 

 何人かの傭兵が戸惑った表情を浮かべるが、シャインの脅威を最初に警告した傭兵がそれを叱咤する。

 

 

「騙されるな! 美しい顔で男を誘惑して殺す系の化け物だぞ!! しかも武器も盗まれる!!」

 

「ハーピーかセイレーンの一種なのか……!?」

 

 

 ディミが空中で腹を抱えて笑っている横で、スノウが操縦桿を倒す。

 

 

「安心しなよ、キミらのしょぼい武器なんて欲しくもないからさぁっ!!」

 

「まずいッ! 侵入されるッ!?」

 

 

 トランスポーターは背面のハッチが射出口になっており、ハンガーから直接出入りすることが可能だ。

 そちらに向けて加速するスノウの狙いを悟った傭兵の1人が慌ててハッチに回ろうとするが、それがスノウにハッチの位置を教えることになった。

 飛翔しながら“ミーディアム”から発射された光条が、傭兵の機体を撃墜する。

 

 

「いっただきぃ!!」

 

 

 シャインが発射した“レッドガロン”が、トランスポーターのハッチを吹き飛ばした。黒煙を上げる穴と化したハッチに、間髪入れず飛び込むシャイン。

 

 

「止めろッ!! あのガキを撃墜しろっ!!」

 

「し、しかし……流れ弾でトランスポーターの内部が傷付いては、ハンガーの用をなさなくなってしまいます。私たちの任務はあくまでトランスポーターを警備することで……」

 

 

 命令に戸惑う傭兵の1人が抗弁するが、シャインの恐ろしさを知る傭兵がそれを押さえつけるように叫んだ。

 

 

「いいんだよッ!! トランスポーター1つと引き換えでシャインを撃墜できれば儲けものだッ!! いいから早く……!!」

 

 

 そう口にし終わるより先に、トランスポーターが内部から爆発する。

 その爆炎に紛れながら飛翔する白銀の機体が、彼らにガトリングの銃口を向けていた。傭兵部隊が本来所属する企業クランから供与された、彼らにとっての最新兵器。

 

 

「じゃあ、試し撃ちさせてもらおっかな♥」

 

「言わんこっちゃねえ……」

 

 

 その威力を知る傭兵が口元を引きつらせ、次の瞬間に撃墜された。



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第46話 お嬢様型チンパンジー

「恋様、押されておりますわ!」

 

「エースが強いですわ! 大人気ない奴らですわ!」

 

「どうしましょう、勝てそうもないですわ!」

 

「マジでおF【この単語は表示できません】ですわ!!」

 

 

 【白百合の会】と【俺がマドリード!!】が激突した最前線では、【白百合の会】のクランメンバーのお嬢様たちが悲鳴を上げていた。

 【白百合の会】とて決して弱小クランというわけではない。

 大手クランを名のるだけの装備を備えているはずだったが、【俺がマドリード!!】に一時編入されたエースプレイヤーの質は彼女らを上回っている。

 

 同程度の装備を備えたアマチュアとプロなら、プロの方が勝るのは自明の理である。【俺がマドリード!!】のプレイヤーはまさに企業間闘争を勝ち抜いてきた、ゲームという名の戦争のプロなのだから。

 

 恋は自分たちの実力不足に歯噛みしながら、その現実を受け入れる。

 

 

「耐えてください、皆様! 基本を忘れてはいけませんわ! タンクで反撃! ガンナーはタンクを守って防衛網を構築です! 私たちの戦術は守って勝つことにあるのですから」

 

「でも恋様、これではジリ貧ですわ!」

 

「待ってください、貧乏って言葉は私たちにふさわしくありませんわ。縁起悪いですわ!」

 

「クソくらえですわよッ!! じゃあ徐々に不利ですわ!!」

 

 

 貧乏はダメでクソくらえはいいのか。

 

 

「大丈夫ですわ、今は耐えるのです! 待てば海路の日和ありですわ!」

 

 

 恋の言葉に、お嬢様たちが顔を見合わせる。

 

 

「カイロってなんですの?」

 

「冬に使うあったかいアレではなくて?」

 

「わたくし知っておりますわ。エジプトの首都でしてよ」

 

「エジプトがどう関係してくるのかしら?」

 

「かつてモーセという人がエジプトでやべーヤマに関わってとんずらぶっこくときに、海を割ってそこから逃げたのですわ! 聖書にもそう書いてありますの!」

 

「まあ! さすがお詳しいですわ! インテリジェンスの誉れ高き香りを感じますわ!」

 

「えっへんですわ」

 

 

 インテリジェンスの欠片も感じないお嬢様たちってアホさが際立つなあ。

 

 恋はそこに突っ込むのはあえてスルー。

 

 

「強力な助っ人を用意していますの! 耐えていればきっと逆転できますわ!」

 

「まあっ! さすがは恋様!」

 

「でもその助っ人というのは、敵のエースプレイヤーを蹴散らせるほどなのですかしら……?」

 

「それは……」

 

 

 恋が口を開いたとき、敵の背後で連続して爆炎が上がった。

 それと同時に敵の傭兵部隊に動揺が広がり、慌てて背後を振りむこうとする敵機体が続出する。それをリーダー機が制止しているようで、敵軍は軽い混乱状態に陥った。

 

 恋は高貴な顔立ちににんまりと笑みを浮かべる。

 

 

「キタキタキタキタキタッ!!! きましたわ、援軍です!! 今が好機ですわッ! みなさん、逆撃ですッ!! 一気呵成に攻めかかりますわよっ!」

 

「恋様! いっきかせーってなんですか!」

 

「つまりぶっ殺せってことですわァァーーッ!!!」

 

 

 それを聞いたお嬢様たちは、顔を見合わせて歓喜と共に腕を振り上げた。

 

 

「「ヒャッハーーーですわァァッ!!」」

 

 

 お嬢様かと思ったらチンパンジーであったか。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 【俺がマドリード!!】の傭兵部隊の背面を突いて襲い掛かったスノウは、まず初手として抱えていたボムを高高度からありったけ投下。

 ここぞという場面で使うために貯蔵されていた高火力ボムは、本来の持ち主であった傭兵部隊に対してその威力を余すところなく発揮した。

 

 突然巻き起こった爆炎によって10騎ほどが消し飛び、混乱する傭兵部隊。さらにスノウは高度を落とすと、“レッドガロン”にて爆撃を続行する。

 

 

「イイイィィィヤッホオオオオオオゥ!!!」

 

 

 水平方向には弾速が遅すぎて使い勝手の悪い“レッドガロン”だが、上空からの爆撃として使用するならば話は別だ。

 人間は真上から降り注ぐ攻撃を正確に回避できるようには生まれついていない。予想外の爆発半径の広さもあって、不意打ちで繰り出されるこの攻撃を回避するのは至難の業。さらに数騎の傭兵たちが爆風に飲まれていく。

 

 

『相変わらず“レッドガロン”は対地攻撃に使うとてきめんに効きますね!』

 

「そりゃそうさ、バーニーも多分こうやって使うこと前提で渡してるんだから!」

 

 

 ここに至ってようやく背面方向の上空から攻撃されていることに気付いた傭兵部隊が、シャインを迎撃しようと武器を構える。

 

 

「げえっ! シャインだッッ!! 撃て! 撃墜しろッッ!!」

 

「バカ、何言ってんだ! お嬢様たちと接敵してる最中だぞ! たった1騎の敵なんてほっとけ、正面に集中しろ!」

 

 

 しかしそこでスノウの危険さを知る傭兵と、知らない傭兵の間で危機感のすれ違いが発生する。

 

 

「そっちこそ何言ってやがる、シャインの方が明らかにやべえんだよ!! あいつを放置してたら負けるわッ!!」

 

「許可できない!」

 

「見てわからねえのか、もう10騎以上やられたんだぞ!? せめて部隊を半分に分けさせろ!」

 

「駄目だ! そんなことすれば物量で押し負けるぞ!」

 

「クソがッ! 一転して袋のネズミじゃねえかッ!!」

 

 

 その傭兵の言う通り、彼らは前門にお嬢様、後門にシャインという包囲網に追い込まれてしまっていた。お嬢様たちは物量で、シャインは高高度爆撃で攻めかかる。

 そのチャンスを見逃すようなスノウではない。

 

 

「“レッドガロン”だけじゃ撃墜数稼ぎすぎちゃうからな……!」

 

 

 そう言って取り出したのは、先ほどトランスポーターから奪い取ってきたロケット砲だ。

 高威力だが無誘導で連射も効かないため、敵拠点などの動かない対象やレイドボスなどの巨大な敵に使われることが多い実弾兵器である。

 

 しかし高高度からの対地攻撃と、敵が混乱して身動きとれないという条件、抜群のエイム力があれば話は別だ。さらに今のシャインには実弾兵器に限り、それの有用性をより引き上げられる能力が備わっている。

 

 

「唸れ“アンチグラビティ”! 射的ゲームの開催だっ!!」

 

 

 シャインの背面の銀翼がひときわ白く輝き、ロケット砲へと光を伝播させる。

 機体を支える“重力操作”が武器に干渉し、射出されるロケット弾がその効果を受けて眼下の敵部隊へと降り注いだ。

 

 ドン!! ドン! ドン!!! ドン!! ドン! ドン!!!

 

 

「くそっ! 俺らが持ってきたロケット弾じゃねえか!!」

 

「避けろ! 所詮無誘導だ、スペックデータを参照すればオートパイロットで回避でき……ぐああああああああああっ!?」

 

「なんだ!? 弾速に差があるぞ!! スペックと違う、オートパイロットでの回避ができん!! くそっ、目視で避けろ!!」

 

「頭上からの攻撃を見て避けろだって? 無理をおっしゃる……!!」

 

 

 重力操作を受けたロケット弾は、弾によって落下速度に差が付けられていた。

 それがデータとの齟齬を生み出し、オートパイロットでの回避を阻害する。

 降り注ぐロケットの雨が、傭兵たちを着実に全滅へと導いていた。

 

 

「傭兵なんかに負けてはいられませんわ! 私たちの強さを見せてやりましょう!」

 

「お嬢様と見て侮ったことを後悔するのですわ!」

 

 

 さらに前面から調子付いたお嬢様たちの逆襲が加えられる。

 チンパンの本性を見せるお嬢様たちのタンク部隊は、火力に関して言えば申し分ない。何しろマネーパワーを背景に揃えた武器は折り紙付きだ。

 

 彼女たちに足りないのはエイム力と回避力、そして逆境に追い込まれたときの踏ん張りであり、逆に言えば有利な状況に持ち込めばそのポテンシャルを100%発揮できる。

 そう、彼女たちは守りの態勢で受け止めて、フルパワーで殴り返すタイプの令嬢たちなのだ!

 

 

「マネーパワーでボッコボコにしてやりますわ!」

 

「令嬢マッスルですわ!!」

 

「ウホ! ウホホ!! ですわーーー!!」

 

 

 歯を剥き出しにしてドラミングしてる奴までいるんだけどお嬢様という概念にケンカ売ってるんですかね?

 

 傭兵部隊にとってこの状況で最善の選択肢は、全力で後退して後詰めに控えるサッカーゴッドの本隊と合流することであっただろう。実際、傭兵部隊のリーダーもその選択肢を取るべきかどうかで悩んでいた。

 

 しかしその選択を選べなかった理由は、彼らがあくまでもサッカーゴッドの父親が経営する企業のサラリーマンであったという一点に尽きる。

 

 彼らは身命を賭してドラ息子のために血路を開けという命令を与えられていた。後退してサッカーゴッドの本隊に合流してしまうと、彼を危機に晒してしまう。それでは会社の命令に違反することになる。

 さらに曲がりなりにもゲームで飯を食っているプロゲーマーとしてのプライドが、みっともなく年下のお坊ちゃんにすがりつくことを拒絶した。

 

 それが彼らの命運を分けたと言っていい。

 

 

「隊長! 後退しましょう! この状況は不利です!!」

 

「いいや、死守だッ! ここで踏ん張って、1騎でも多く撃墜しろ! 坊ちゃんに極力負担をかけるなッッ!!」

 

「は!? 正気ですか……!?」

 

「狂ってるに決まってんだろ。そもそもガキどもの惚れた腫れたにいい大人が振り回されてる時点でどうかしとるわ」

 

 

 隊長は苦い表情を浮かべながら、口の端を歪めて笑った。

 

 

「だがいくら命令が狂っていようと、俺らはサラリーマンだからな。会社がそうしろというのなら遵守せねばならん。……もう陣形も維持できんな。ならば陣形は自由! やりたいように戦い、1騎でも多く道連れにして死ねッ!!」

 

「「了解ッ!!」」

 

 

 自由命令(好きにやれ)

 傭兵たちのうち、特にエースプレイヤーと名高い者たちはそれを聞くや否や飛翔し、頭上のシャイン目掛けて殺到する。

 

 HUDに表示される彼らの機体についたエースマークを見たスノウは、ちろりと唇の端から舌を出して操縦桿を握りしめた。

 

 

「フフッ、釣れた釣れた! 一番美味しい連中をお嬢様たちに譲るなんてもったいないことできないよねっ!」

 

『殺気をガンガンに向けられて、よくそんな呑気なこと言えますね……』

 

 

 そんな2人に向けて、まさに殺意の塊となったエースたちの言葉が叩き付けられる。

 

 

「スノウライトッッッ!! よくも頭の上から好き放題やってくれやがったな!!」

 

「ここで遭ったが百年目だ!! 俺の顔を忘れたとは言わさねえぞ!!」

 

「私の武器をロストした怨み、ここで晴らさせてもらおう!! 大会の褒章で得た記念品を消滅せしめたこと、けして忘れんぞ!」

 

 

 押しも押されもしない、大企業所属のエースプレイヤーたち。

 そんな彼らの機体を見たスノウが、こきゅ? と小首を傾げた。

 

 

「んー? 忘れたとは言わせない……というかそもそも覚えてすらないんだよね。誰だっけ?」

 

「「ああん!?」」

 

 

 彼らの殺意がさらに純度を増した。

 そんなエースプレイヤーたちに、シャインはへらへらと大人をバカにしきった笑みを浮かべる。

 

 

「悪いけど、キミら程度のプレイヤーなんて何度も戦いすぎて記憶に残ってもいないんだよ。十把一絡げの雑魚が思い上がらないでほしいなー?」

 

「ふ、ふざけやがって! †猫テイマー†だッ!! 俺を倒したあと、動画に挙げて晒し者にしやがって!! おかげで人事部に目を付けられて、減俸喰らったんだぞッッ!! 責任取れッッ!!」

 

「ブラー伯爵だッ!! キサマのインチキ臭いムーブを真似たせいで、俺は負けがかさんで1軍を降ろされたんだッッ……!! キサマを詐欺罪と器物損壊罪で訴えます! 理由はもちろんお分かりですね? キサマが皆をこんなウラ技で騙し、勝率を破壊したからです! 覚悟の準備をしておいてくださいッッ!!」

 

「私はゴッスン釘だッ!! 私の思い出が詰まった武器を返せっ!!」

 

 

 スノウはにっこりと微笑み返す。

 

 

「ごめん、覚えてない♥」

 

「「「貴様アアアアアアアアアアアッ!!!」」」

 

 

 メスガキに煽られ、ヒートアップするエースたち。

 彼らを怒らせるだけ怒らせ、ミスを誘うもよし、怒りのあまりポテンシャルを発揮させるもよし。どちらに転んでもスノウにとっては美味しい展開だ。

 

 

「ところで聞きたかったんだけど、腕を一生懸命磨いた結果あんなチャラ男にいいように顎で使われるってどんな気持ち?」

 

「………………」

 

「来る日も来る日もシコシコと頑張って腕を磨いて、行きつく先が苦労知らずのボンボンのお守りなんてカワイソー♥ ボク子供だからわかんないけど、オトナって大変なんだねえ。せいぜい同情してあげるー♥」

 

「「「マ……マジでわからせてやる、このメスガキ……!!」」」

 

 

 一番触れてほしくないところに遠慮なく触れられて殺意に燃える彼らを見ながら、ディミは呟いた。

 

 

『ところで真ん中の人、自業自得じゃないです?』

 

 

 恐ろしく冷静な判断力、地の文じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 



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第47話 渾身の魔王ムーブ

「さーて、これで一通りこっちに来た連中は片付いたな」

 

 

 殺到したエースプレイヤーたちを撃墜したスノウは、上空から戦場を見渡した。

 とりあえず目立つように暴れ回り、エースプレイヤーたちを誘引して撃墜せしめた。傭兵部隊が最前線でお嬢様たちと戦っているのなら、自分が目立ちに目立って敵を引き寄せるほかない。ここまではスノウの目論見通りに事が運んでいた。

 

 

『でも先ほど上空から観測した限りでは、傭兵部隊にはまだエースプレイヤーが何騎か残っていたはずですね』

 

「そうだねぇ。まだ多少食い足りないからおかわりが欲しいところだけど」

 

 

 3騎がかりで襲ってきたエースプレイヤーたちを撃墜しておいて、そんなことをのたまうスノウ。

 

 

『あれでまだ足りませんか……』

 

「やっぱりアッシュやジョンくらいの腕はほしいよね。やっぱり死闘が燃えるよ。連携して襲ってくる敵というのも悪くはないけど」

 

 

 そういえばジョンは最近どうしてるのかな、と呟きながらスノウは眼下の戦況に目を向けた。

 

 

「おっ……?」

 

 

 そこでは今まさに、恋とサッカーゴッドの死闘が最高潮を迎えんとしていた。

 

 エースプレイヤーの生き残りの奮闘によって、大きく数を減らした【白百合の会】のお嬢様たち。

 しかし恋はその陣頭に立ち、自らの手でエースプレイヤーたち数騎を屠ってみせた。その快挙に勢い付いた【白百合の会】の残存兵は、【俺がマドリード!!】の本隊に突撃。

 

 フットサルで鍛えた連携によって巧みに【白百合の会】に襲い掛かる【俺がマドリード!!】は、常に2騎~3騎でお嬢様1騎に襲い掛かるチームワークを見せていた。

 しかし【白百合の会】とて、タンクとガンナーのタッグプレイによる防衛戦術に定評があるクラン。お嬢様たちは密集陣形を組んでガッチリとフットサルパリピどもを受け止め、逆に殲滅することに成功していた。

 

 そしてその最終局面。

 恋とサッカーゴッドは互いの目論見通り、総大将同士の一騎打ちによって雌雄を決さんとしていた。

 

 

「レンちゃんッッ!! 諦めて俺様のモノになれえええッッ!!」

 

「うるさいッ!! 女を所有物にするその前時代的な発想に怖気が走るんですのよッッ!!」

 

「だってそうは言うけど婚約ってそういうもんじゃんっ? 所詮オレ様たちは家に縛られた駒じゃんっ?」

 

 

 サッカーゴッドの機体“No.5(ナンバーファイブ)”は強靭なレッグパーツを装備している。その脚から射出される球体は、内部に炸薬をたっぷり詰め込んだ爆弾ボール。

 素早いドリブルで走り回りながら繰り出されるシュートで、爆弾ボールを恋の機体に叩き込む。

 

 

「だからこそ、貴方に近付いてほしくないんですのよ! 私を籠の鳥だと自覚させないでくださいます!?」

 

「家の駒だからこそ、オレたちはその範囲で幸せになるべきじゃん? レンちゃんの心を手に入れられれば、オレ様は幸せになれるじゃんじゃんっ!!」

 

「価値観が根本的に違いますわ! 貴方のノリ大ッ嫌いですの!!」

 

 

 恋が駆る“胡蝶蘭(こちょうらん)”は全身が純白に彩られた、優美さを感じるデザインの機体だ。蝶のように華麗な動きでヒートナギナタを振り回し、その切っ先で爆弾ボールを両断する。

 本来はガンナータイプの機体では使いこなせないはずの武器種だが、それをプレイヤーの技量で扱っていた。中の人に心得がなければこうはいかない。

 

 爆弾ボールは炸裂するが、胡蝶蘭は距離を十分に取っているので爆風によるダメージは受けていない。ヒートナギナタを振り回した勢いのまま、No.5へと突進を仕掛けて両断を狙う。

 

 

「お覚悟ッ!!」

 

「なんとぉっ! 接近戦ならこっちが!!」

 

 

 サッカーゴッドの機体が足を踏み込み、バク転しながらムーンサルトキックを繰り出す。

 キックの先端が胡蝶蘭の頭部スレスレを掠める。しかしヒットはしていない!

 

 

「そんな魅せ技など!」

 

 

 胡蝶蘭のビームナギナタが空中のNo.5を両断せんと振りかざされる。

 しかしサッカーゴッドは空中でバーニアを噴出し、無理やり態勢を立て直すと宙を飛んだまま回し蹴りを叩き込む!

 

 

「フェイントォ!!」

 

「くうっ!?」

 

 

 ビームナギナタをかわしながらの攻防一体のキックを受けて、胡蝶蘭が吹き飛ばされる。そんな胡蝶蘭に向けて、すかさず爆弾ボールを蹴り飛ばして追撃を狙うサッカーゴッド。

 

 

「お舐めにならないでいただけるッ!?」

 

 

 しかし着地した胡蝶蘭は地面を滑りながら鋼弓“矢車菊(やぐるまぎく)”を構えると、素早く爆弾ボールに向けて射出した。弓道の構えとはまったく異なる攻撃フォーム。それはいわゆる弓術と呼ばれる、弓道の成立以前の実戦戦術のもの。

 

 シュバリエの重厚な装甲すらも貫く矢が爆弾ボールを撃ち落とし、爆発を引き起こす。その爆風の影響範囲を避けながら、胡蝶蘭は弓を手に横方向へダッシュ!

 もちろんサッカーゴッドもそれをただ見ているだけではない。韋駄天もかくやという速度で疾走を始めながら、サブマシンガンを連射して胡蝶蘭へのヒットを狙う!

 

 そしてその一騎打ちを、戦場の全員が息を飲んで見つめていた。

 歴戦のエースプレイヤーにも匹敵する、手に汗握る白熱の死闘。

 

 

『や、やりますねあの2人! 今回の戦場で一番強いんじゃないですか!? まさかこんな腕前を隠していたとは……!!』

 

 

 固唾を飲んで見守っていたディミはそんな言葉を口にして、ふととてつもなく嫌な予感に襲われた。

 

 

『……騎士様? まさかとは思いますが……』

 

 

 ディミは恐る恐るスノウの方を見る。

 

 ――その表情は喜悦に歪み、操縦桿を握る指は獲物を求めてわなないていた。

 

 

『ダメですっ! いけませんよっ!? 出る幕じゃないですっ! これはあの人たちの問題で、そもそも契約違反にっ……!!』

 

()()()()()

 

 

 “レッドガロン”が待ちかねたように業炎を吐き出し、胡蝶蘭とNo.5の間に爆風を巻き起こす。

 ぽかんとして攻撃を止める2騎。

 

 その間に、白銀の騎士が舞い降りる。

 

 

「楽しそうだなあ……僕も混ぜてよッッ!」

 

「クソわよッッッ!!!!」

 

 

 吐き捨てるようにお嬢様が絶叫した。

 

 

「間違えましたわ! お排泄物野郎でしてよ!!」

 

『言い換えた意味あります?』

 

「気分の問題ですのっ! それはともかく!」

 

 

 胡蝶蘭の指がシャインに付き付けられる。

 

 

「どういうおつもりですの!? 依頼したのは相手の助っ人の相手です! 決闘の邪魔をしろなどとは頼んでおりませんわ!」

 

「いやぁ、あんまり楽しそうだったから。ボクがこのゲームやるのは金稼ぎのためでも生活のためでもないんだよね。強い相手と()りたい、ただそれだけなんだ」

 

 

 シャインはにっこりと無邪気な笑顔を浮かべた。

 しかしその瞳に浮かぶ鋭い眼光は、熱に浮かされたかのように強者との死闘を待ち望んでいることを示している。

 目の前の御馳走を前に、血に飢えた魔獣は今にも飛びかかりたい本能を抑えつけるのに精一杯だった。

 

 

「キミたちはとても強そうだね。ダメだよぉ、ボクみたいなプレイヤーの前でそんな素振りを見せつけちゃあ。戦いたくて戦いたくて仕方なくなっちゃうだろ?」

 

「……ペンデュラムから聞いてはいましたが……聞きしに勝る狂犬ですわ」

 

『そうですよ騎士様! 紹介してくれたペンデュラムさんの顔に泥を塗ることになりますよ! 今からでもごめんなさいしましょ、ね?』

 

「はぁ? するわけないでしょ。このまま2人ともブッ殺してあげる。骸は仲良く並べてあげるから、安心していいよッ!!」

 

「えぇ……。何スかこいつ、チョーヤベーんですけどぉ……」

 

 

 ドン引きするサッカーゴッド。

 頑張れ、多分この中ではキミが一番常識人だ。恐ろしいことに。

 

 

「レンちゃん、何でこんなの呼んだの? マジでキチってんですけどぉ……」

 

「ペンデュラムにエースプレイヤーを複数人まとめて相手できるほど強い人を紹介してって頼んだら、これが来たんですの! 文句ならペンデュラムに言ってくださる!?」

 

「ってゆーかぁ。自分たちの真面目に鍛えた力を見せると言っておいて、結局そっちも助っ人頼んでんじゃねッスか……」

 

「ブラフは戦闘の基本でして……よッ!!」

 

 

 キャンキャンと口喧嘩に没頭しているかに見えた恋が、セリフの途中で唐突にハンドガンを抜き撃ち、シャインに向けて射撃する。威力は控えめだが扱いやすく、即座の抜き撃ちが可能な武器だ。

 

 しかしそれを予期していたかのように、シャインは素早く横方向へとダッシュして回避する。

 だがその避けた先には、瞬発したNo.5がスライディングしながら飛びかかる。

 

 

「馬に蹴られて地獄に堕ちろッ!!」

 

 

 レッグパーツの裏から鋭いスパイクが飛び出し、凶悪なスライディングキックを繰り出す!

 そのキックを避けきれず、シャインはダメージを受けて吹き飛ばされた。

 

 

「やりィッ! なんだ、大したことないじゃねッスか!!」

 

「油断禁物ですわッ! 一気に畳みかけますわよ!!」

 

 

 笑みを浮かべるサッカーゴッドをたしなめながら、レンは鋼弓を引いて吹き飛ぶシャインに追撃を繰り出す。鋼弓の射出速度なら、吹き飛ばされたシャインにヒットすると見越しての刹那の早撃ち!

 

 しかしシャインは接地することなく、空中でバーニアを入れて横方向へと回避。シャインがいた場所を鋼鉄をも貫く矢が素通りする。どれだけの破壊力を持っていようが、当たらなければ問題ない。

 

 

「ナイス連携ッ……!」

 

 

 スノウは唇を歪めつつ、恋とサッカーゴッドの連携を称賛する。

 スノウの勘は鋭いが、予想外のファクターに対処することはできない。2人の連携は正直に言って、スノウの予想を超えていた。

 

 

「逃さねえしッ!! こいつを喰らうッスよ!」

 

 

 そんなシャインに爆弾ボールを蹴り付け、ダメージを狙おうとするNo.5。

 強靭なレッグパーツから繰り出される剛速球は、当たれば爆風ダメージと合わせて致命傷レベルの破壊力。

 

 

「それはもう見た!」

 

 

 だがその攻撃は、先ほど既にスノウに見られている。

 飛翔してその攻撃をかわすシャイン。上方向に移動できるフライトタイプにとって、爆弾ボールの回避はさほど難しくはない。

 

 しかしその飛翔を待っていた人物がいた。

 

 

「むざむざ罠にかかるお馬鹿さんッ!!」

 

 

 胡蝶蘭の鋼弓が、飛び上がったシャイン目掛けて飛翔する!

 息の合ったコンビネーションによる追撃は、さながら熟練の狩人が猟犬に追われて空に舞い上がった鳥を撃ち落とすかごとし。

 

 

『騎士様ッ! 避けられませんよッ!?』

 

「避けられない? かわさなくたっていいじゃん」

 

 

 ディミの叫びに小さく呟き返し、シャインが右腕で“ミーディアム”を撃ち放つ。

 精密なビームライフルだからできる、針の穴を通すかのようなピンホールショット! 狙いたがわず、光の矢が迫りくる鋼の矢を撃墜する。

 

 

「なんですって!?」

 

「お釣りだッ!」

 

 

 あまりのことに呆然とする恋に向けて、左腕のロケット砲を連続発射!

 矢継ぎ早に繰り出されるロケット弾を避けきれず、胡蝶蘭の機体が損傷する。

 

 

「レンちゃん!?」

 

「こっち見てる場合じゃなくてよ! 自分の身を守りなさいッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

 一瞬恋に視線を向けるも、彼女の叱咤を受けてシャインに視線を戻すサッカーゴッド。その目前に迫っていた“ミーディアム”の一撃に気付き、すんでのところで回避に成功する。

 

 恋へのダメージでサッカーゴッドの注意を引き、気が逸れたところへビームライフルの一撃を狙う算段。それを崩されたスノウが口笛を吹く。

 

 

「なかなかやるじゃん。お2人さんいい関係じゃない? そんなに息が合ってるのに、どうして婚約を嫌がるのかわかんないなぁ」

 

「貴方にはわかりませんわ……! 生まれながらにどんな人生を送るのか宿命づけられた人間の気持ちなど!」

 

 

 恋はギリッと奥歯を噛みしめながら、憎々しげにシャインを睨み付ける。

 

 

「進学する学校も、結婚する相手も、何もかもが自由にならないのなら! せめて学校生活をどう過ごすかや、結婚相手とどう付き合うかくらいは自分で選びたい……! だから私は勝ちますわ! このゲームに勝って、せめてもの心の自由を手に入れるッ! 貴方なんかに邪魔はさせませんわッ!!」

 

「レンちゃん……」

 

 

 婚約者の言葉を聞いて、サッカーゴッドが辛そうに目を伏せる。

 一方スノウは目を細めて恋の言葉を聞き、はあっとため息をついた。

 

 

「ゲームに何を持ち込んでんの? くっだらないなあ」

 

「は?」

 

 

 自分の執念をさくっと一蹴された恋が、間の抜けた声を上げる。

 そんな恋に、スノウは飄々(ひょうひょう)とした口調で続けた。

 

 

「ゲームっていうのは楽しく遊ぶものでしょ。そんな重い事情なんか持ち込んじゃ興醒めだよ。そんなのどうだっていいだろっ、キミたちが今やるべきことはただひとつ! さあ、ボクと楽しくバトろうっ!!」

 

 

 あまりにも空気を読まないフリーダムな発言に、その場の全員が目を剥く。

 

 

「えっ……何? ちょっと頭おかしすぎて話が通じてないんですが……。こ、子供ですかこの人!?」

 

「こいつ……マジかよ、自由すぎんじゃん……!?」

 

『むしろ類人猿の一種じゃないですかね? 多分チンパンジーと人間を結ぶミッシングリンクですよきっと』

 

 

 人間・AI織り交ぜて言いたい放題である。人間はチンパンから進化しねえよ。

 その反応を気にした風もなく、スノウはワクワクした表情でロケット砲を持ち上げる。

 

 

「さあ、キックでも弓でも薙刀でも、何でも使ってかかってこいっ!! 小難しいこと全部抜きで、全力でぶつかり合おうよッ!!」

 

 

 きゃっほーーーー!! という歓声と共に降り注ぐ、ロケット弾の流星弾雨!

 速度の緩急を付けて降り注ぐ致命の一撃の嵐を潜り抜け、恋が叫ぶ。

 

 

「いいでしょう! おファッキンクソガキぶっ飛ばして、目にモノ見せてあげますわーーーッ!! 自分の運命は、自分で切り開くモノでしてよッッ!!!」

 

「ええっ……!? レ、レンちゃん待って! ひとりで突っ込まないで!!」

 

 

 イキイキとした表情で弓を構えながら疾走する胡蝶蘭と、そのサポートをしようと後を追うNo.5。

 

 

「頑張ってくださいませ、恋様!!」

 

「裏切り者のおクソ野郎をブチのめしあそばせッッ!!」

 

「ファイトっすよゴッド!」

 

「今めっちゃ輝いてますー!」

 

「うおおおおお!! メスガキを懲らしめてやってくれえええッ!!」

 

「ウホホ! ウホウホ!!」

 

 

 そしてその2人に大声援を送る両クランのギャラリーたち。

 その光景に、ディミは白目を剥く。

 

 

『このゲームのチンパンジー人口高すぎませんッ!?』

 

 

 わざわざ好き好んでPvPやる時点でお察しでしょ?



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第48話 今日の教訓・契約内容はよく詰めよう!

「そらそらそらっ! 守ってばっかじゃ勝てないよっ!!」

 

 

 上空を飛び回りながら、シャインが右腕の“ミーディアム”と左腕のロケット砲を乱射する。ビームとロケット弾の流星雨が、胡蝶蘭とNo.5にダメージを与えようと殺到した。

 

 それを強靭なレッグパーツの俊足でかいくぐったNo.5が、隙を見ては爆弾ボールを蹴り上げてシャインにぶつけようとするが、ひらひらと回避されて当たらない。

 元より地上の敵を想定した武器であり、空中を自在に舞う敵に対応した武器ではないのだ。恋との戦闘を前提としたビルドが仇になっていた。

 

 

「チッ、当たんねえ……! チョコマカ動き回りやがって!」

 

「……なら動きを封じられれば、当てられるのですわね?」

 

 

 歯噛みするサッカーゴッドに、恋が声を掛ける。

 

 

「私に任せて。動きを止めますわ」

 

「……んじゃ任せるッスわ」

 

 

 どうやってとは問わない。

 そもそもこの2人のケンカは今に始まったことではない。今回の決戦に至るまで、何度も矛を交えてきた。だからこそ、お互いが何をできるのかは把握している。

 

 

「“矢車菊”フルスロットル、レディ……!」

 

 

 シャインの攻撃をかわしながら鋼弓“矢車菊”を構え、数十本の矢をつがえる胡蝶蘭。

 クランリーダーにのみ与えられるポイントによって称号錬成を行ったこの鋼弓は、特殊な強化を付与されている。チャージ短縮、複数の矢の射出、さらにもうひとつ。

 

 “矢車菊”の花言葉は『信頼』。

 

 パートナーが必ず仕留めるという無上の信頼と共に、胡蝶蘭が弓を引き放つ。

 

 

「奥義・砲千火(ほうせんか)!!」

 

 

 数十本の矢が超高速で引き放たれ、その一本一本が意思を持つかのようにシャインに向けて殺到する。それはまるで矢の姿に変化した猟犬が、宙を飛翔し獲物に襲い掛かるかのごとく!

 

 

「うわっ、やっば……!!」

 

 

 さすがに頬を引きつらせたスノウが、全力で回避を選択する。

 飛行を得意とする機体にとって、飛来するボールなどは避けるのがたやすい。それは所詮“点”でしかなく、少し座標をずらせば回避できるからだ。しかし数十もの複数の点が一気に迫ってくるのであれば、それはもはや回避困難な“面”である。

 

 バーニアを起動して空中を横方向に飛びずさるスノウだが、その後を追って矢の軌道が歪み、追尾する。

 

 

『アレ全部追尾性能持ってますよっ!?』

 

「弓と見せかけて、小型ホーミングミサイルの一斉射出かぁ……!」

 

 

 恋が“矢車菊”に付与した能力は3つ。チャージ短縮、複数の矢の射出、そしてホーミングである。いざというときの切り札にするため、普段はホーミング性能をあえて封印するという念の入れよう。ブラフまみれのお嬢様であった。

 

 

「チッ、避けきれないな……!」

 

 

 スノウは舌打ちしながら武器を持ち換え、全力で後退しながらガトリングで矢を撃ち落とすことを選択。下手に回避しようとするよりは、より現実的な対処。だからこそその対応までが恋たちの予測の範囲内。

 

 

「捉えたッ!!」

 

 

 撃墜しようとしたシャインの動きが鈍ったところに、空中に飛び上がったNo.5が接近する。

 

 

『騎士様ッ、危ない!!』

 

「おらあっ! オーバーヘッド……キックッ!!!」

 

 

 シャインにNo.5の強力無比なレッグパーツによるムーンサルトキックがヒット! さらにその背中に、撃墜し損なった数本の矢が突き刺さる。

 キックを喰らったシャインは、猛スピードで地面に向けて落下していく。

 

 

「ヒャッホォーーウ!! 悪名高い傭兵も、オレ様とレンちゃんのコンビの前では手も足も出なかったっすね! やっぱオレ様とレンちゃんの相性はピッタリっすわ!!」

 

 

 空中で激しく屈伸運動して勝ち誇るNo.5。

 古今のPvP文化で連綿と継承されてきた、勝利の煽りポーズである。

 

 恋は浮かれる婚約者に苦笑いを浮かべ、「誰が相性ピッタリよ!」と言おうとして、表情を強張らせた。

 

 

「足! 足に注意して!!」

 

「へっ?」

 

 

 サッカーゴッドがぽかんと自機の脚を見ると、強靭なワイヤーがすねに巻き付くところだった。ワイヤーから大きな力がかかり、がくんと態勢が崩れそうになるのをバーニアを駆使して必死に耐える。

 

 

「なっ、なんだと……?」

 

 

 そのワイヤーを射出したのは……シャインの右腕パーツ。ペンデュラム配下のメイド隊が装備していた“内蔵ワイヤー”を気に入ったスノウが、バーニーにねだって右腕に仕込んでもらったものだ。1カ月経っても借金が一向に減らない原因となったが、それだけの価値はあった。

 

 “アンチグラビティ”の重力制御とワイヤーによるしがみつきによって地面に叩き付けられるのを免れたスノウが、No.5を見上げてニタァと笑う。

 

 

「師匠に守れと言われた教えがいくつかあってね。そのひとつが『屈伸煽りをされたら絶対に許すな』だ」

 

 

 次の瞬間、シャインの背面の銀翼が白く輝き、真上方向に向かって急上昇。

 

 

「は、離せッ! ふざけんじゃね……うわぁ!?」

 

 

 ワイヤーを解こうと四苦八苦していたNo.5が、シャインの上昇によって宙吊りになった。サッカーゴッドの視点が天地逆さにひっくり返り、思わず動揺した声を上げる。

 

 必死にワイヤーを外そうと試みるサッカーゴッドに、恋が悲鳴を上げる。

 

 

「ゴッド! 自分の脚を切り落としなさい!!」

 

「はあっ!? できるわけないっしょそんなん! サッカー選手が脚を失っちゃ生きていけねーしっ!!」

 

「負けるよりはマシですわよッ!」

 

 

 その執着が命取りとなった。

 重力制御を発動してNo.5の重量を軽減したシャインは、自らを支点としてワイヤーを引き上げ、No.5の機体を大きくぶん回した!

 

 一度持ち上げてしまえばしめたものだ。遠心力によって半自動的にNo.5がぶん回される速度は増していく。ぐるぐると振り回されるサッカーゴッドが、三半規管を狂わされてめまいを起こした。

 

 

「ひえええぇぇぇっ! レンちゃん! レンちゃん助けてっ!!」

 

「はっ! そ、そうですわっ! あいつを射れば……!!」

 

 

 パートナーを救えるのは自分だけだと気付いた恋が、円運動の中心となっているシャインに向けて弓をつがえる。

 しかしその矢が発射されるよりも先に、シャインが腕から伸びたワイヤーを根元から切断した。さらに切断されきる直前に、No.5にかかる重力を増加! 

 

 

「急造奥義! ワイヤーハンマー投げ!」

 

 

 胡蝶蘭の方向に向けて、ハンマー投げされたNo.5がすさまじい遠心力によって投げ出される。

 

 

「う、うわあああっ!! レンちゃん、避けて!!」

 

「い、言われなくても受け止めるの無理ですわよッ!!」

 

 

 胡蝶蘭は必死に横方向へダッシュして、猛スピードで地面に叩き付けられるNo.5の巻き添えになることを回避。

 次の瞬間にドカンと爆音を立ててNo.5が地面にめり込み、強烈な落下ダメージを叩き込まれる。

 

 

 これがスノウがワイヤーを気に入った最大の理由。腕の延長として使うことで、至近距離でしか使えないという投げ技の弱点を克服できるのである。これには改造を依頼されたバーニーも、その手があったかと膝を打った。

 

 

「ぐあああああああああああああああっ……!!」

 

「ゴッド、しっかり!! 今助けますわ!!」

 

 

 No.5を地面から助け起こそうと近付く胡蝶蘭。

 その背中越しにシャインを見たゴッドが悲鳴を上げて警告する。

 

 

「ダメだ、来ちゃダメッス!! あいつの攻撃はまだ終わってないッ!!」

 

「!?」

 

 

 その隙をみすみす見逃すスノウではない。

 

 空中に片足を突き出したポーズで静止したシャインの白銀の翼がひと際白く輝き、裂帛の気合と共に必殺技を繰り出す!

 

 

「必殺!! グラビティ・『メスガ』キィーーーック!!」

 

 

 スノウが叫ぶ必殺技名にディミが割り込みつつ、重力マシマシの急降下キックが叩き込まれる!!

 No.5を助け起こそうとする胡蝶蘭へと向けられた攻撃は、まともに喰らえば大ダメージ必至のまさに必殺の一撃。しかし胡蝶蘭が避ければ、No.5は確実に撃墜されるだろう。

 相手の弱点に付け込んだ意地の悪い攻撃を前に、恋はふっと軽く笑った。

 

 

「避けるという選択肢などなくってよ」

 

 

 胡蝶蘭は全身の力を抜き、迫りくるシャインのキックの前に身を晒した。

 必殺の一撃が胡蝶蘭に繰り出され、勝敗が決する……。かと思えたそのとき!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 

 背後からの叫びと共に、胡蝶蘭が真横へと突き飛ばされる。

 

 倒れ込む機体のコクピットから恋が見たのは、残された最後の機能を振り絞って立ち上がったNo.5だった。ほぼ戦闘続行不可能に追い込まれていたNo.5のバーニアすべてを限界を超えて稼働させ、胡蝶蘭を押しのけたのだ。

 

 

「ゴッドッ!?」

 

「ヘッ……惚れた女の盾にもなれなきゃ、男張ってる意味なんざねーッスよッ!!」

 

 そしてシャインの必殺のキックが、仁王立ちになったNo.5に直撃する!

 仁王立ちになったNo.5の……股間に!!

 

 

「「あっ……」」

 

 

 スノウと見守っていたギャラリーの男たちが、思わず声を漏らした。

 

 

「ほぎゃああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」

 

「ゴ……ゴッドーーーーーーーーーーーッッ!?」

 

 

 デリケートな位置にメスガキの蹴りが突き刺さり、それでも止まらずにギャリギャリと地面を削りながらNo.5を大地へ沈めていく。

 No.5を地面の底へと引きずり込むような容赦ないメスガキの会心タマ潰しキックは、2メートルほど地に爪痕を刻んでようやく止まった。

 

 

「ひ……ひでえ……!! これが人間のすることかよォッ!!」

 

「悪魔かよこのメスガキ……!!」

 

「股間がキュンキュンした……何だこの感情は……!!」

 

 

 ギャラリーの男たちがドン引きした声と興奮した声を上げる。何か今の一撃を見て一部のギャラリーがやべえ趣味に目覚めていた。

 

 お嬢様たちは顔を赤らめて両手で顔を覆いながら、手の隙間からNo.5の股間に足を立てて固まるシャインをガン見している。

 

 そのスノウも正直ここまでやるつもりはなかったらしく、次のアクションに戸惑った様子を見せていた。間の悪い空気がその場に漂う。とりあえずその股間に置いた足をどけろ。

 

 

「もう……もういいでしょう!!」

 

 

 そんないたたまれない空気を破ったのは、恋の叫びだった。

 

 

「スノウさん、あなたが私たちの絆を試すために悪役を買って出たのは私にもわかっています。ですがそれはもう十分のはず。それ以上敗者を辱める必要はありませんわ。その脚をどけてくださいまし!」

 

「「えっ?」」

 

 えっ?

 

 

 全ギャラリーと地の文が一斉に疑問の呟きを漏らした。

 

 ぽかんとする人々をよそに、恋は真相を語る。

 

 

「スノウさんが考えていらっしゃる通りです。私とゴッドは決して仲は悪くありませんわ。以心伝心と呼んで過言ではないでしょう。ですが、私は彼を恋人とみなすことはできなかった」

 

 

 スノウは何も言わず、静かに彼女を見つめている。

 

 

「何度も言いましたが、価値観が違うのです。彼のアホみたいなキャラのノリについていけなかったのもありますが、最大の価値観の違いは相手を恋人とみなせるかどうかですわ。私にはどうしても彼を恋愛対象と思えない。だから距離を置いたのに、彼はどこまでも付きまとってくる……」

 

 

 恋はどこか哀しそうにクスリと笑った。

 

 

「幼い頃から兄妹みたいに育った相手を、恋人と思えるわけはないのに。だから私は親や友人たちの前で、彼をことさらに嫌ってみせた。挙句の果てにはみんなを巻き込んでゲームの中でも対立して、こんな決闘まで……。周囲の大人からしたら、いい加減にしろと言いたかったことでしょうね。だから私の親族は、ペンデュラムに相談したのですわ」

 

 

 その言葉に、ギャラリーの中の大人たちがこっそりと頷く。

 

 

「スノウさん。貴方の本当の依頼人はペンデュラムでしょう? 彼が依頼したのは悪役を演じ、私と彼の関係を取り持つことではありませんか? だから私と彼の決闘に割って入り、連携させて関係を再確認させようとした。違いますか?」

 

 

 スノウは恋の言葉を受けて、にこりと微笑んだ。

 

 

「そんなことよりバトルの続きしよ?」

 

「私の話を聞きなさいよッ!?」

 

『イイハナシダナーで一件落着しそうな流れだったのに何でちゃぶ台ひっくり返すんですかッ!?』

 

 

 恋とディミに突っ込まれたスノウは、めんどくさそうに頭を掻いた。

 

 

「いや、確かにペンデュラムからはそう頼まれたよ? 関連企業の後継者問題を収めてくれると、自分のポイントになるからって。うん、想像したよりもずっといい連携だった。えらいえらい」

 

 

 スノウはパチパチと拍手を送りながら、でもねと続ける。

 

 

「キミらが仲直りするかどうかなんて、ボクにとって正直どうでもいいんだ。そりゃ仲直りできたねよかったね、という気持ちはちょびっとはあるけども。そんなことよりバトルをしようよ」

 

『す……筋金入りのバトルジャンキー……!!』

 

「なんてやべーやつですのッ!? ペンデュラムも頼む相手をちょっと考えて依頼してほしかったですわ!」

 

 

 ドン引きした顔をする恋に、スノウは小首を傾げて不思議そうな顔をする。

 

 

「キミだって、バトルが好きだろ。じゃなきゃそこまで強くなるもんか。弓術に薙刀術、他に何を習得してる? 戦うのが好きだからこのゲームやってんだろ」

 

 

 そう言ってスノウは不敵な笑みを浮かべ、クイクイと人差し指を曲げて挑発のポーズをとる。

 

 

「さあ、ここで中断していいのか? 婚約者だか兄弟同然の存在だか知らないけど、仇を討たずに終われないだろ?」

 

「はぁ……。ご自分の立場をわきまえていらっしゃるのかしら? 貴方は契約違反をしでかしているのですよ? 私が貴方の契約違反を訴えれば、ペンデュラムの名声も地に墜ちる。それをわかった上で挑発していらっしゃるの?」

 

 

 自分がペンデュラムとスノウに担がれていたことに苛立っているのか、恋はムッとした表情でスノウに詰問する。

 

 

「んー? ボクは契約違反なんかしてないよ」

 

「何を言ってますの! 私に襲い掛かって、決闘を台無しにしておいて!」

 

「だってキミ、『味方に襲い掛かってはいけない』なんて一言も言ってなかったよね」

 

「は……? そ、そんなの当たり前のことでは……!?」

 

「キミとボクが交わした契約は2つだ」

 

 

 スノウは片目をつむりながら指を1本ずつ立てていく。

 

 

「ひとつ目は『敵の助っ人をやっつけてくれ』。これは完遂した。

 ふたつ目は『味方が不利な状況なら介入してほしい』。今まさにやっているところだ」

 

「何を言ってますの!? 今は不利な状況じゃないでしょう!?」

 

「味方の総大将が敵に攻撃されている状況は、普通は不利な状況って呼ぶんだよ?  しかも一騎打ちに負ければ敗北する。これ以上の不利って他にある?」

 

「うぐっ!?」

 

 

 言葉につまり、声にならない呻きを漏らす恋。

 確かに客観的に見れば、勝敗を捨てた状況と言っても過言ではない。戦術的に見れば将帥として完全にアウトであった。

 

 スノウはにこにこと微笑みを浮かべる。

 

 

「ね、契約違反してないでしょ? 味方を攻撃してはいけないとは言われてない以上、契約は守ってる。だから報酬はちゃんといただくし、キミともバトらせてもらうよ」

 

『契約の隙を突いて破滅させるタイプの悪魔か?』

 

「み、認めませんわっ! そんな仁義を欠いた行為……」

 

「ククク……ハッハッハッハァ!!」

 

 

 恋の言葉を遮るように、大きな笑い声が平原に響き渡る。

 その声の主は、リスポーンを選ばずにシャインの下で横たわるサッカーゴッドだった。彼はコクピットの中でパチパチと拍手しながら、どこか晴れ晴れとした顔で笑みを浮かべる。

 

 

「これは一本取られたね、レンちゃん。確かにその通り。そんなガバガバな口約束に頼った君が悪いよ。大企業の跡継ぎとしてあるまじきことだ。声高に相手の非を主張したところで、恥をかくのは君の方だよ」

 

「ゴッド! でも私たち、担がれたのですわよ!! 親にいいようにされて、悔しくはありませんの!?」

 

「ま、悔しいは悔しいけども」

 

 

 サッカーゴッドは顎をさすりながらカラカラと笑う。

 

 

「まあ仕方ない、相手の方が上手だったんだ。俺も君も、まだまだ学ぶことは多いということだね」

 

「…………」

 

「お互いにこれから勉強していこう。俺と君の関係がどうなるかはさておいても、まだ先は長いんだ。じっくりいこうじゃないか」

 

『えぇ……? 誰ですか、あの爽やかイケメン……』

 

 

 ずっとあの口調なら俺たちも普通についていけるのに……と、エースプレイヤーの誰かがぼやく。

 

 

「で、レンちゃん。本音はあの子と戦いたいんだろ?」

 

「でも……」

 

 

 渋る恋を妹に送るようなまなざしで見つめながら、ボロボロのコクピットの中でサッカーゴッドは笑う。

 

 

「いいんだよ、無理に大人の真似なんてしなくたって。まだまだ体面なんて気にすることはないさ。オレ様だってそうしてるじゃんじゃん?」

 

「貴方のそれは、やりすぎですわ。それこそ“大人の真似”じゃないですの」

 

 

 おどけるサッカーゴッドに苦笑を見せて、恋はシャインに向き直る。

 

 

「よぉし! やってやりますわぁぁぁあ!! フルパワーでいきましてよ!」

 

「いいね! 来いッお嬢様!!」

 

「“胡蝶蘭”リミット解除ッ!! この30秒に、すべてを賭けるッッ!!」

 

 

 恋の叫びと共に、胡蝶蘭の体が鮮やかな虹色に煌めく!

 機体の体色がグラデーションしながら、ゲーミングカラーに発色!

 さらに背中から虹色の蝶の羽が生え、移動するたびにキラキラと全身から金粉を撒き散らすエフェクトが出現した!!

 

 

『あっ、あれは!! OP(オプションパーツ)【リミットモード】!! 制限時間後の自爆と引き換えに、30秒の間機体の性能が数倍に向上する激レアOPですッ!!』

 

「いいねぇ! 常識持ってるなら絶対に使わないぞ、そんなOP! やっぱキミもクレイジー(同類)なんじゃないか!」

 

「フッ……」

 

 

 歓喜するスノウに向けて、恋は薄く笑いながら金髪をかき上げる。キラキラと金粉エフェクトが舞い上がった。そして裂帛の気合と共に、蝶の羽から金の鱗粉を撒き散らしながら叫ぶ。

 

 

調ですわああああああああああアアアアアアッ!!!

 

 

 

 なお、30秒をしのがれて普通に爆死して負けた。

 

 

「ぬぎゃーーーーーーーーーーーーーーーですわぁぁぁぁ!!」

 

「そりゃ弱点わかってるならそうするよなあ……」

 

『お、おとなげねぇ……正面から相手してやれよ……』

 

「弱点漏らしておいてその発言はどうかと思いましてよッ!!」

 

 

 そんな幼馴染のどこか楽しそうな悲鳴を、サッカーゴッドは肩の力が抜けた様子で、にこにこ笑いながら眺めるのだった。

 

 

「ハハッ……やっぱレンちゃんはおバカやってる方がカッコいいよ」



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第49話 美少年、春の目覚め

 昼ご飯を食べ終わった早々に、早乙女(さおとめ)凛花(りんか)はちらりと遠く離れた席に座っていた坂本(さかもと)優也(ゆうや)に目を向けた。

 遠くのテーブルで友人たちと話していた優也は、少女の視線を受け止めて小さく頷く。それで意図は伝わったと判断して、凛花はさっさと食堂を出て行った。

 

 

「優也、飯食い終わったらさっさとサッカーしにいこうぜ! 今日は負けねえからな!」

 

「悪いけど今日はパス。ちょっと用事があるんだ」

 

「えー? なんだよ、用事ってさあ」

 

 

 口を尖らせる友人を、別の友人がたしなめる。

 

 

「おいバカ、やめとけよ。優也はほら、俺らと違ってモテるからさ」

 

「あー、なるほどね。いやあ、さすがは坂本センセー。羨ましいですなあ」

 

「やだな、そういうんじゃないよ」

 

 

 ニヤニヤと笑う友人の邪推に苦笑しながら、優也は昼食の残りをかきこむ。さっさと腹に収めると、食器を持って立ち上がった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「さて、と」

 

 

 優也はやや早足気味に建物を出ると、そのまま裏庭へ向かう。毎日サッカーで鍛えた俊足は、多少の早足でも十分なスピードが出る。

 

 毎日丁寧に世話された裏庭は、季節の花々が咲き乱れる美しい庭園だ。凛花の父親の寄付金によって整備され、多彩な植物が植えられている。

 そんな庭園の中心で、1人の少女がホースを手に植物に水を撒いていた。

 

 腰まで伸びた艶やかな黒髪で、前髪はぱっつんと整えている。後頭部には赤い紐を蝶々型に結わえてリボンのようにしていた。肌は白磁のように白く、清冽な印象を与える。これで着物を着ていれば、まるで市松人形のような佇まい。

 ゲームの中のビスクドールのような姿とはまるで方向性が真逆のお嬢様だなと優也は思う。

 

 婚約者であり幼馴染でもある待ち人が来たのに気付き、凛花は気の強そうな瞳を彼に向けた。

 

 

「あら、やっと来たの。随分ゆっくり食べてたのね、優也」

 

「君の足が速いんだよ、凛花。サッカー部より早いってどうなってるんだろうね」

 

「私はいたって普通よ。他の人が遅いんだわ」

 

「自分を基準に考えるのはやめたほうがいいと思うよ」

 

 

 優也は薄く笑うと、庭園のそばに設置されていたベンチに腰掛けて長い脚を組んだ。色素の薄い髪はキラキラと陽光を反射してきらめき、端正な顔立ちが醸し出す雰囲気が周囲の春の花々と相まって、とても爽やかな風情をもたらしていた。

 

 日頃のスポーツで鍛えた体とのバランスもいい。まるでそこにいるだけで芸術作品として成立しそうだ。

 ゲームの中の安い金髪で繕ったチャラ男なんかよりも、こっちの方がずっと素敵なのになと凛花は思う。

 

 実際周囲からはとてもよくモテているし、ラブレターももらっているようだ。そんな彼に恋人ができないのは、ひとえに彼と凛花が婚約者であると優也自身が折りに付けて公言しているからであった。

 

 普通なら凛花にやっかみが向きそうなものだが、凛花自身もまた近寄りがたいほどの美少女であり、さらに気が強く、実家が多額の寄付をしており、本人が若くして武芸を修めているので、とんといじめられた覚えがない。

 

 あまり自覚がないようだが、割と完璧超人ぎみのカップルであった。

 もっとも、凛花本人はカップルだと周囲に思われたくないようだが。

 

 凛花はホースを片付けて、優也から少し離れたところに座る。

 そんな婚約者を見て、優也は苦笑を浮かべた。

 

 

「もっと近くに寄ってもいいんだよ? 俺たちは婚約者なんだから」

 

「私は今でも婚約解消したいと思ってるわ」

 

「ええ? 昨日は今後の2人の関係についてはゆっくりと考えようって言ったら、同意してくれたじゃないか」

 

 

 悲し気に首を横に振る優也に、凛花はツンとした表情を向ける。

 

 

「もちろん考えているわよ。婚約を解消する方向に向けて、ゆっくりとね」

 

「そっかあ。俺は結婚を成立させる方向に向けて、ゆっくりと考えているよ」

 

「それは決して交わらないんじゃないかしら?」

 

「人生は長いからね。君の考えが変わって、俺とぜひ結婚したいって思うようになるかもしれないじゃないか」

 

 

 優也はニコニコと春の日差しのような笑顔を浮かべながら、手を広げた。

 

 

「何しろ俺たち()()()()()なんだ。結婚できる年齢になるまであと6年もあるんだよ。高校生くらいになればきっとイケメンになった俺に惚れるさ」

 

 

 サッカーチームのロゴがプリントされたシャツに、青い短パン。瑞々しいまでの若さと活力を全身の肢体に漲らせた美少年(ショタ)がニコニコと笑う。

 

 そんな同い年の婚約者を、和風の可憐さを名門小学校の制服にパッケージしたような少女がため息をついて見返す。市松人形名門小学校制服verとしてフィギュアが売られてそうだ。

 

 

「あと6年もしたら、きっと私よりも素敵な女の子が現れると思うわよ? 花の世話とゲームしか趣味がない陰気な女よりも、きっともっと似合う女性と出会えるわ」

 

「それはないと思うな」

 

 

 優也は首を横に振って、にっこりと笑う。

 

 

「だってあと6年もしたら、凛花ちゃんはもっと魅力的な美人になるよ。そうしたら俺はもっと君に夢中になると思うんだよね」

 

「ばーか。口説き文句がよくポンポン口から出てくるわね。あんた将来きっととんでもない女泣かせになるわ」

 

 

 キラキラとした少年の瞳に見つめられながらの殺し文句に、さすがに少々顔を赤らめる凛花。肌が白いだけに、その紅潮が際立った。

 そんな少女を眺めながら、少年は小首を傾げる。

 

 

「ならないよ? 俺は凛花ちゃん一筋だからね。笑わせることはあっても、泣かせることはないんじゃないかな」

 

「ばっかみたい!」

 

 

 顔を見られないようにツンとそむける凛花を見ながら、優也は頬が自然と緩むのを感じていた。ここしばらく、2人でまともに会話することなどなかった。ましてやこんなに近くで笑ったり、からかったりなんてとてもとても。

 2人の関係性がこうまで改善されたのは……。

 

 

「うん、昨日戦ってよかった。スノウさんには感謝しないとね」

 

「スノウライト! あいつマジで許せませんわッ!!」

 

「口調口調」

 

 

 瞬間的にがるると牙を剥いた凛花に、優也が自分の口元をとんとんと人差し指で叩いてたしなめる。

 凛花はこほんとわざとらしく咳をすると、不機嫌そうな顔になった。

 

 

「あいつ、私がリミットモード切ったら逃げ回ったのよ! 普通は正面から戦い合う流れでしょ? あんなチキンな戦法で負けたなんて認めがたいわ! しかもなんだかよくわからない妖精みたいなのにアドバイス受けてたし、あんなのズルよズル!」

 

「自分で30秒間で勝負を付けるって言ったじゃないか。あの妖精みたいなのがいなくても、多分見破られて負けてたと思うよ」

 

「そんなことないもん! 絶対勝ってたもん!」

 

「そもそも能力値3倍ってのが破格すぎなんだよ。いや、むしろよく30秒も耐えられたもんだと思うよ。あの子本当にゲームうまいね」

 

 

 優也がそう言うと、凛花は腕を組んで何故か得意そうな顔をした。

 

 

「まあ、そうね! 本当は得意だっていうあいつの投げ技と、私の合気道のどっちが上か確かめてみたかったけど……まあ私と競り合えたのだから、なかなかのものだと認めてあげてもいいわ!」

 

「弓術は避けられてたもんねえ」

 

「あれはまだ私も本気じゃなかったの! 正面から撃ち合えば私が勝ってたわ!」

 

 

 唇を尖らせる凛花の拗ねた表情を見ながら、優也は可愛いなあと和む。

 幼馴染が妹を見る兄のような顔をしているのにも気付かず、凛花はまくしたてた。

 

 

「あいつがちょろちょろ逃げ回ったせいでとうとう投げられなかったけど、合気道を使えば私が勝ってたわ! だからあれは私の負けじゃなくて、ある意味ドローね!」

 

 

 凛花は普段あまり口数が多い方ではない。友達とのセリフもそうね、の一言で済ませてしまうほどだ。親に言われたことは唯々諾々と聞き、反抗も滅多にしない。

 それでいて多彩な才能に秀でており、親にたしなみとして勧められた華道、茶道、書道、弓術、合気道、薙刀術をさらりと身に付けてしまう。

 

 和風人形のような落ち着いた容姿と口数の少なさも相まって、ミステリアスな少女だと周囲に思われていた。幼い頃からの優也も、その本心をときどき捉えきれないことがあったほどだ。婚約者だと言われていたが、その接し方は妹に対するもののようで、正直優也はあまり乗り気ではなかった。

 

 そんな彼女が、ゲームの中の世界だと人が変わったようにおしゃべりになると優也が知ったのは最近のこと。

 

 現実(リアル)の自分とは正反対の西洋風お嬢様というアバター(仮面)を手に入れた彼女は、皮肉にも仮面を被ったことで素の自分をさらけ出せていた。

 好戦的で負けず嫌い、勝負の結果に一喜一憂し、傷付きやすく表情豊かで、負けてもいずれ挫けずに立ち上がる。

 現実の彼女が心の中に押し殺していた、その内面の鮮やかさ。その彩りを、優也は大好きになった。

 

 しかし優也がその好意を露わにすればするほど、なぜか凛花は嫌がって距離を取ろうとする。それが優也のここしばらくの悩みだった。

 それを解消してくれたスノウには、感謝しかない。いや、あのキックだけはちょっと思うところもあるのだが。

 

 

「凛花はスノウさんのことが随分気に入ったんだね」

 

 

 優也がそう言うと、凛花は目を丸くした。

 

 

「はあっ!? ありえませんわ! 誰があんな身勝手でちゃらんぽらんで、雇い主に攻撃するような嘘つきなんて!」

 

「そうかなあ。スノウさんのことになると、すごく楽しそうだよ」

 

「フンッ! 今度会ったら今度こそ容赦しませんわ! 絶対にギッタギタのズッタズタにしてさしあげてよ!」

 

「口調口調」

 

 

 はっと口を手で押さえる凛花を見て、優也はクスッと笑う。

 つまりまた会いたいってことなんじゃないか。

 

 

「あの子、どうやったら再戦できるかしら」

 

「私と戦ってくださいって依頼したら?」

 

「……でもあの子のデータがもっと欲しい。今度は完璧にデータを押さえて、再戦して確実に勝利を収めたいわね。一体どうしたらいいのかな……」

 

 

 あの子のことが気になって仕方ないんだなあ。

 優也は朗らかに笑いながら、こんな提案をした。

 

 

「そんなにあの子のことが気になるなら、ファンクラブでも立ち上げちゃえば?」

 

「ファンクラブ? どういうこと?」

 

「ファンクラブ会員を増やして、スノウさんの目撃情報を集めるんだよ。そうしたら情報が自然に集まってくるだろ? その情報を元に、対策を立てればいいじゃん」

 

「そ、それだぁ!!」

 

 

 凛花はガタッと音を立てて立ち上がると、白い肌を真っ赤に染めて興奮を露わにした。

 

 

「それなら私は指一本動かさずに情報を集められるわ! 優也はやっぱり天才ね!」

 

「ふふふ、ありがとう」

 

「あ……でも、ファンクラブって会員集まるかな……」

 

「大丈夫だと思うよ、なにしろ美人だし。とんでもなく尖った性格だから、良くも悪くも目立つ子だもの。ほっといても注目を集めると思うし、潜在的なファンクラブ需要はあると思う」

 

「でも、あの子性格めっちゃくちゃ悪いわよ?」

 

「だからそんなに執着してるんだろ?」

 

 

 優也は人差し指を凛花に向け、にっこりと笑う。

 

 

「単に腕が良いだけでも、顔が良いだけでもない。性格がとんでもなく悪いからこそ、逆にファンが付くということもある。ただ単に強いだけの相手なら感情のないCPU殴ってるのと変わらないじゃないか。負けて悔しい相手だからこそ、執着というものは湧くものなんだよ。それに」

 

 

 予想外の指摘を受けてぱちくりと瞳を瞬かせる凛花に、優也は鼻の下をこすった。

 

 

「悪ガキもあそこまで突き抜けられたら、いっそ爽快だよ。自分にない自由さを見出したからこそ、凛花ちゃんはあの子を気に入ったんじゃない? 俺もそうだよ。あの子には、あの自由さを失わないでほしい。だからファンクラブを作ることで、あの子を守れたらとも思うんだ」

 

「優也……」

 

 

 凛花は思わず優也の手を両手で取り、ぎゅっと握りしめた。

 思わぬ同志を見つけた喜びに、その瞳がキラキラと輝く。

 ぼっと顔を赤くする優也に構わず、凛花は勢い込んだ。

 

 

「私も同じ気持ちだわ! 作りましょう! いつかあの子に勝つ日まで、あの子を守るためのファンクラブを! 私が会長、貴方が副会長よ!」

 

「う、うん!」

 

 

 ドギマギしながらも、優也は頷く。

 凛花は彼の手を握りながら、やれやれ仕方ないなあと言わんばかりに肩を竦めた。

 

 

「何しろあの子ったら、社会のことなんて何もわかってなさそうなんだもの。いつか悪い大人に騙されて、家に押しかけられたり誘拐されたりするんだわ! 同年代のよしみで、私たちが守ってあげなくっちゃね!」

 

 

 おやぁ?

 

 

「うん、そうだね。少なくともあの子が中学生以上なんてことはまずないと思うよ。あの社会常識の皆無さは、絶対に小学生だよ。多分3年生くらいかな?」

 

「私たちはもう6年生だものね。年下は守ってあげなきゃ!」

 

 

 【悲報】スノウライトさん、小学生に年下だと判定されるwwwwww

 

 

 盛り上がる凛花はワクワクした表情を浮かべる。

 

 

「さあ、そうと決まれば何から始めよう!?」

 

「とりあえず【白百合の会】や【俺がマドリード!!】内部から会員を募ろうか。スノウさんと戦ったことがあるクランから範囲を広げたいな。専用のチャットチャンネルも作って、情報を共有しよう」

 

「ゆくゆくは会報を出したり、まとめ動画なんかも作って布教したいわね!」

 

「それはおいおいね。まずは人集めだ」

 

「うん!」

 

 

 そんな会話をしながら、ふと優也は凛花の足元に目を向けた。

 制服のスカートと黒いハイソックスに挟まれた、陶器のように白い太もも。

 

 

「…………」

 

「優也? どうしたの?」

 

「あ、いや!」

 

 

 食い入るように見つめていた優也は、凛花に声を掛けられてハッとしたように目を離す。なんだか落ち着きがなく、挙動不審な様子だった。

 熱でもあるのかな、と凛花は少し心配そうな表情を向けた。

 心臓のあたりを右手で押さえながら、優也は頭を横に振る。

 

 

「な、なんでもないよ! 本当になんでもないから!」

 

「そう? ならいいけど……あ、そうだ。そういえばあのサッカーゴッドのアバター、本当にすごく趣味悪いから早く変えてね。あれが副会長とか正直ないから、ファンクラブやるなら整形と改名よろしく」

 

「えっ!? カッコいいでしょ!?」

 

「心底カッコ悪い。大人に憧れるのはいいとしても、あんなのが理想の大人像とかヒく。本当はサッカー趣味全開もどうかと思うけど、それはまあ見逃してもいいわ。とにかくあのチャラ男アバターはダメ。サッカーだけにして」

 

「うう……」

 

 

 しゅんと頭を下げて落ち込む優也。

 そこにキーンコーンカーンコーンと昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「あっ、昼休み終わっちゃった。まだ水を撒き終わってないのに……しょうがない、放課後にやろうかな。さ、行きましょ優也!」

 

「あ、待ってよ凛花ちゃん! だから足速いよぉ!」

 

 

 深窓の令嬢のような外見に似合わない健脚で前を走っていく凛花。

 その後を追いかけながら、優也はちらちらと彼女の白い太ももに目を向けた。

 

 結局彼は口に出すことはなかった。言ってしまうと、2人の関係は確実に壊れるとまだ幼い彼にも理解できたから。

 

 

(……凛花ちゃんのあの綺麗な脚で踏まれたら、どんな気分なのかな……。スノウさんとどう違うのかな……)

 

 

 一瞬昨日のバトルでシャインに踏まれたことを思い出し、ぞくぞくと背筋を震わせる優也。それがどんな意味を持つのか、この絶世の美少年はまだ知らない。

 

 

 メスガキに性癖を狂わされた者が、ここにまた1人。




坂本→サッカーモット→サッカーゴッド
お前のネーミングセンス小学生並みだな!(小学生です)

両クランのメンバーのアホさもこのリアルで納得してもらえたかと。


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第50話 アンチという名の限界オタク

「これはまずいわ……」

 

 

 メイドたちからの報告書を前に、天翔院天音は険しい顔を浮かべていた。

 それらの報告書には、【スノウライトFC(ファンクラブ)】なる頭がメスガキに汚染されてどうかしちゃったんじゃないのと言いたくなるような珍妙な集団が結成されたこと、そしてその集団が1週間で勢力を拡大しつつあることが記されている。

 

 

「あの根暗市松人形、何やらかしてくれてんのよ」

 

 

 最後の報告書を読み切った天音が、ばさっとテーブルに投げ捨てるように置く。

 

 五島グループの系列企業のひとつから、後継者問題についての相談を受けたのは2週間ほど前のことだった。

 数年前から企業間の結びつきを強めるためにCEOの子弟間での政略結婚を進めていたのだが、思春期を迎えた娘が突然婚約者を嫌いはじめ、婚約を破棄したいと言い出したのだという。

 

 正直今の時代に政略結婚など時代遅れだと思うし、そもそもその経営者は娘は何でも自分の言うことを聞くと思っている節があって天音は好きにはなれなかったのだが、問題を解決できればグループ内での功績は上がる。

 

 諸手を挙げて引き受けたのはいいが、天音にも問題解決のための具体的なビジョンがあったわけではなかった。そもそも他人の婚約者との仲を取り持つなど、恋愛のプロですら難しい話だ。

 恋愛経験皆無の弱者オブ弱者、恋愛クソ雑魚スライム天音にできるわけがない。

 

 頼むほうも頼むほうだが、親としては遠縁だが一応親戚で、さらに歳上の女性で美人ゆえに豊富な恋愛経験もあるだろう天音ならば、その娘――早乙女凛花も説得に応じるのではないかという淡い望みもあったようだ。絶対間違ってるゾその判断。

 

 だがしかし、クソ雑魚スライムにはプレイを重ねた乙女ゲームと少女マンガという参考文献があった。

 仮想とはいえ多数の恋愛経験を積んだ天音は、いつしか自分を恋愛のプロだと誤認していたのである。妄想の中でいくら死闘を繰り広げても、所詮お前は実戦経験皆無のクソ雑魚だというのに。

 

 天音は参考文献を元に考えた。

 強大な敵を前にいがみ合う2人が手を取り合うのは王道の展開。戦いのさなかにお互いへの想いを再確認し、絆を深め合って強大な敵を倒すのだ。そして戦いの後、2人は幸せな結婚をして終了。

 

 

「読めた! ハッピーエンドへの道筋!!」

 

「さすが天音様ですにゃ! もうこのタマの教えることはないですにゃ!」

 

 

 天音とメイド隊は大喜びでハイタッチした。

 とりあえず強大な敵をぶつければ、なんとなく協力してうまくいくんじゃないだろうか。元々は兄妹のように仲がよかったという話だし。

 恋愛弱者ならではの頭にお花畑でもできてんのか? という杜撰な計画であった。

 そこで天音は自分が使える中で一番強力なカードであるスノウにメールを送り、凛花が演じる璃々丸恋に接触させたのである。

 恐るべきことに計画はなかなかに上手くいった。けしかけたスノウがあまりにも狂犬すぎてわざと負けてやるどころか、恋も婚約者も両方ぶちのめしてしまうというのは予想外だったが。

 

 スノウの狂犬ムーブに関しては結果的に恋がストレス解消してなんだか丸く収まったこともあり、天音がいつも通り都合よく解釈した。

 

 

「さすがね、シャイン。私が出した『わざと負けろ』という指示よりもうまく場を収められる方法を現地で見出し、実行するなんて。それでこそ私の盟友だわ!」

 

「「「な……なんだってー!」」」」

 

 

 ってなもんである。

 おかげで凛花と婚約者は仲直りしたようで、仲睦まじく何やら一緒に行動していると親からも感謝の言葉をいただいた。

 

 そこまではよかった。

 しかし凛花がスノウを気に入りすぎて、ファンクラブなど結成するなど、天音にとって完全に予想外である。

 

 しかもこんな気の狂った団体に誰が加入するのかと思いきや、意外に応募者がいるらしいのだ。

 会長である凛花が「絶賛暴れまくり中の“強盗姫”スノウライトを仕留めるために会員で戦闘情報を共有しませんか?」との一言を付け加えたところ、スノウに負けたことがあるエースたちが続々と加入を申し出たのだという。アッシュ? あいつ会員ナンバー3だよ。ナンバー1と2は恋とゴッドな。

 

 中にはスノウの可愛らしさや強さに惹かれたまっとうなファンや、メスガキムーブの虜になった変態も混じっているらしいのだが、スノウに一泡吹かせたいと思っている“腕利き(ホットドガー)”が多数存在していることは確かだ。

 

 そして、エースプレイヤーが語るスノウとの戦闘経験とは、詰まるところ攻略情報の塊である。日夜語られる有益情報や、そのアーカイブを目当てに、スノウと戦ったことがなくても加入を申し出る者も現れているそうだ。

 さらにスノウ自身を知らなくても、名の知れたエースが目の敵にしているプレイヤーとなればどんな者なのかと興味を抱く者も現れる。

 

 結成からほんの1週間で、【スノウライトFC】のチャットルームはエースプレイヤーが集まる会議場となりつつあった。もちろん本人非公式で。

 

 さて、これは天音にとって大変に都合が悪い状況である。

 何が悪いって、名のあるエースたちがこぞってその首を狙うほどの“腕利き”として、スノウの知名度が上がり始めているのが大変まずい。

 

 今まではスノウの知名度など大したことはなかった。いくら本人が動画をアップロードしたり、ディミが匿名掲示板に書き込んで宣伝したところで、所詮は個人の活動にすぎないのだから。

 だから天音は好きなときに依頼を出したり、息のかかった依頼を斡旋したりすることができたのである。

 

 ところがスノウの名前が売れれば、そんな“腕利き”なら雇ってみようかという奇特なクランも現れる。性格が悪くて狂犬らしいが、まあ言うほどではなかろう。自分ならどんなプレイヤーでも御せるさ! 

 人間は何故いつも自分だけは特別だと考えるんだろうね?

 

 ともあれ、こうなるといつでも使える駒であったスノウに先約が入って使えなくなる場合が出てくる。いや、自由に使えないだけならまだいいが。

 

 

「あいつとは絶対に戦いたくないッ……!」

 

 

 天音は頭を抱えた。

 スノウの強さと容赦なさをよく知っているからこそ、戦場で敵として出会ったときの恐ろしさに身震いせずにはいられない。

 単騎でエースプレイヤーの集団を相手取って戦況を変えてしまうのも怖いが、真っ先に補給拠点を潰されて武器を持ち逃げされるのがとにかくタチが悪い。頑張って作った土台を台無しにする手口は、内政重視のクランリーダーにとって恐ろしすぎる。

 

 

「やっぱりあいつは在野のまま野放しにしてはおけないわ。なんとかして【トリニティ】に引き込むことはできないかしら。何かいい案はない?」

 

 

 天音から意見を求められたメイド隊は、うーんと首を傾げた。

 

 

「いい案と言われましても……。やっぱりお金を積むのがいいんじゃないでしょうかぁ?」

 

 

 白髪のメイド、シロが神秘的な雰囲気とは裏腹の即物的な案を口にする。金であのガキを縛れるようなら誰も苦労なんかしねえんだよなあ。でも積んだ金次第かもしれないから40点。

 

 

「かの御仁は人に縛られるのを何よりも嫌がるでしょうし。自発的に戦わせるのがいいのでは? 好戦的ですから、死闘を約束すれば喜んで参戦するでしょう」

 

 

 3色のメッシュを入れたメイド、ミケはかなり正解に近い案を出した。君はよくスノウをわかっている。80点。完璧なアイデアっすねぇ~、ペンデュラムの戦力が乏しくて死闘なんかそうそうできないって点に目をつぶりゃあよぉ~。

 

 

「ここはハニトラだにゃ!!」

 

 

 金髪のネコメイド、タマは頭がおかしかった。何言ってんだこいつ。0点。

 

 

「……どういうこと?」

 

 

 しかし天音は食いついてしまった。

 タマはふっふっふと笑いながら、人差し指を立てる。

 

 

「お忘れですか、天音様。あなたのアバター、ペンデュラム様は私たちメイド隊が絶賛するイケメンですにゃ! そしてシャインちゃんはお年頃の女の子! ペンデュラム様がシャインちゃんを攻略してメロメロにさせちゃえば、シャインちゃんは惚れた弱みでクラン入りしてくれるという寸法ですにゃ!」

 

「「そ……それだぁ!!」」

 

 

 シロとミケは目を見開いて同意してしまう。

 

 

「天音様、タマちゃんの言う通りです!」

 

「今こそ無駄に力を入れて作ったそのイケメンぶりを発揮するときではありませぬか!? いざ、ご出陣を!」

 

 

 さっきまでまだ知能があったのにこのザマだよ。君たちは何故色恋が絡むと途端にポンコツになるの? 全員クソ雑魚スライム級恋愛弱者なの?

 

 そこへ行くと、元祖キング恋愛雑魚スライムである天音は格が違う。同じ雑魚でもまだ冷静さを保っているのだ。きっと先日の婚約騒動を解決したことでレベルが上がったに違いない。

 

 

「でも、以前に私のものになれって迫ったときは容赦なく撃墜してきたわよ? あの子イケメンに興味がないんじゃないかしら?」

 

「イケメンが嫌いな女子なんていません!」

 

「その通りです! なんのかんの言って美少女が嫌いな男オタがいないのと同じです!」

 

「天音様……それは“ツンデレ”ですにゃ!!」

 

「ツン……デレ……!?」

 

 

 タマの言葉に衝撃を受け、天音が目を見開く。

 

 

「そうですにゃ! シャインちゃんはきっと素直になれない系ガール! だからあんなにあちこちに罵倒をバラまくんですにゃ!」

 

 

 それは単に魂までメスガキ気質なだけじゃねえかなあ。

 

 しかし天音は何か納得した風に、深く頷く。

 

 

「そうか……シャインがペンデュラムにつれない態度なのはおかしいと思っていたわ。実はペンデュラムのことを憎からず思っていたのね」

 

「そうですにゃ! ペンデュラム様を慕っていても、易々となびくことを女心がよしとしないのですにゃ!」

 

「なるほど。では、相当仲良くなった今ならば?」

 

「勝機あり……と見ますニャ!!」

 

 

 おおっ……! とメイド隊がどよめく。

 

 

「さすがタマちゃん……! 深いわ!!」

 

「タマ殿はいつも我らが気付かない視点を教えてくれますなあ」

 

 

 心を通じ合わせた主人とメイド隊は、みんなしてポンコツな理解をした。

 LVが1から2に上がったところで、所詮は恋愛クソ雑魚スライムであった。

 ポンコツ女王である天音が、びしっと中空を指さして宣言する。

 

 

「よし、そうと決まればデートのお誘いをするわ! シャイン! 貴方の心をいただくわよ!!」

 

「「「キャーーーーッ♪ 盛り上がってまいりました!!」」」

 

 

 よりにもよって同じ女をたらしこむのが人生初のデート経験になるわけですが、それについてあなたたちは何か思うところはないのですか?

 

 

「これはひどい」

 

 

 その光景を横から無言で眺めていたメイドリーダー、クロが白目で呟く。

 しかし、それを面と向かって天音に指摘するつもりはなかった。

 

 何故なら人間とは深い思索の末に失敗を通じてこそ成長するものと、彼女は固く信じているからである。

 まず120%間違いなく失敗するだろうけど、その失敗を通じて天音が成長してくれることを願って、彼女はあえてスルーしたのだ。

 

 深い思索が欠けていると思うんですがそれは。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 拝啓 スノウライト様

 

 

 青葉若葉のさわやかな季節、貴下におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、今回筆を執りましたのは『七翼のシュバリエ』の電脳の街をご案内しようと思い立ったためです。

 『七翼のシュバリエ』内での一層のご活躍、私の耳にも届いております。貴下の獅子奮迅のご健闘のほど、私も拝聴するたびに賛嘆の念に堪えません。

 

 しかしながら、戦いばかりでロビーを散策されることについては、いまだ意識を向けられておられないのではないでしょうか。

 このゲームにおいて、娯楽の充実ぶりは目覚ましいものがあります。是非その繁栄ぶりをご覧いただきたく、お誘いさせていただきました。

 

 色とりどりの衣装スキンが並ぶブティックのショーウィンドウ、現実ではなかなか口にできない美味を味わえるリストランテ、巨大で壮麗なランドマークなどなど、お目にかけたいものは山ほどあります。

 

 差し出がましいようですが、案内にかかる費用の一切は、私が負担しましょう。

 スノウ様におかれましては、ただただ電脳の街の魅力を享受していただきたいのです。

 

 是非ご一考いただければ、幸甚に存じます。

 

 敬具 ペンデュラム

 



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第51話 たこ焼き食うだけでデートと言い張る

飯テロ注意報


「やったー、タダで遊べるぞぉ!」

 

 

 ペンデュラムからのメールを受け取ったスノウは、喜び勇んでOKを返した。

 ひゃっほいと能天気に喜んでいる顔からは、デートに臨む意気込みなど微塵も感じられない。明らかに奢りで遊べるということしか認識していない顔だった。

 

 

「いやぁ、電脳街って一度は行ってみたかったんだよね。有料コンテンツがいろいろあると聞いてたけど、お金ないし。いやー楽しみ楽しみ」

 

 

 ディミは指摘しようかどうか迷ったが、【こいつは面白いことになりそうだ】<【ペンデュラムが可哀想】という式が彼女の中で成立したので一応言っておくことにした。

 

 

『あのぉ……まさか、パイロットスーツのままで行くつもりなんですか?』

 

 

 言われたスノウは、きょとんとした顔で自分の服装を見下ろす。

 このゲームにおいて、デフォルトの衣装はキャラクター作成時に選択したパイロットスーツだ。

 ぴったりとした肌に吸い付く生地をイメージして設定されており、ボディラインがくっきり見えるデザインは主に男性プレイヤーからは好評を得ている。女性プレイヤーは大抵JC(ジャンクコイン)が貯まり次第ゆったりとした服装のスキンに着替えるのだが。

 

 

「だってボク、服のスキンなんて持ってないもん。そんなJC(お金)があったらとっととバーニーに借金返して、新しいパーツ買ってるよ」

 

『えぇ……。だってデートですよ? 設定上は女の子なのですから、もう少しデートに臨むにあたって準備とかしません?』

 

「デート?」

 

 

 スノウは目を丸くした。案の定これがデートのお誘いなどとは思ってもみなかったようである。

 

 

「ディミ、何言ってるの? ほら、メールよく見て。こんなビジネス用文書みたいなメールでデートに誘う奴なんていると思うの?」

 

『えっ……まあ、それはそうですけどぉ』

 

 

 天翔院恋愛クソ雑魚スライム天音は男からデートに誘われたことがないので、デートに誘うメールの書き方がわからなかったのである!!

 大体の乙女ゲーは「あっ! デートのお誘いのメールだ!」と主人公が口にすることはあっても、その文面まで書いてはくれないのであった。

 

 仕方なくいつもよく目にしているビジネス用メールのテンプレを流用して誘うあたりがなんとも不憫で、ディミは「おお、もう……」と目頭を押さえる。

 

 

『でもペンデュラムさん的には、これデートのつもりだったんじゃないですかね……?』

 

「そうか……デートか……」

 

 

 スノウはいやー、参ったなーと頭をかく。にへにへとだらしなく頬を緩ませていた。

 

 

「やっぱスノウ(ボク)って世界一カワイイもんなー。僕の力作なんだから当たり前なんだけど。ペンデュラムが夢中になるのもわからなくはないな」

 

『何言ってんだこいつ……』

 

 

 思わず素で呟くディミである。

 

 

『騎士様の価値はその戦闘力全振りだと思うんですけど? むしろそれ以外に何の価値もないような……』

 

「やれやれ……ディミは所詮AIだな」

 

『お? ヘイトスピーチか? そのケンカ買っちゃいますよ、私のAI差別絶対撲滅パンチがうなるぜ』

 

 

 シュッシュッとシャドウボクシングするディミを、スノウはふふんと鼻で笑う。

 

 

「ディミにはボクから溢れ出す魅力が伝わらないんだな。やっぱりこういうのは人間の男性にしかわからないんだよ」

 

『ほう。人間の男性に』

 

「そうそう。豚に真珠、馬の耳に念仏、猫に小判。ボクの美しさは価値がわかる人間にこそ伝わるものなんだよ」

 

『なるほどなー』

 

「わかった? しっかしボクの美しさも罪だよなー。ふふふ、ついに黙っていても貢がれる姫プレイの領域に突入したか……!!」

 

 

 得意満面で姫プレイを満喫するつもりのスノウに、にっこり微笑み返すディミ。

 その笑顔の裏で、やっぱり何もアドバイスしないことを決意したのだった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そしてデート当日。

 ロビーのステーションエリアに足を運んだスノウは、初めて見る電脳街の光景に目を丸くした。

 

 とにかくすごい数の人、人、人。

 現実(リアル)の繁華街にも負けない数の人がそのあたりを行き交っている。上京して以来、まだ渋谷や原宿といった現実の繁華街に行ったことがない虎太郎にとっては、かつてない人の数であった。

 

 ゲーム内ということもあってか、リアルよりも娯楽に寄っているのが電脳街の特徴である。噴水広場の周辺には何人ものパフォーマーが集まってジャグリングなどの芸を披露したり、アーティストが音楽を演奏したり、似顔絵書きが客のアバターの似顔絵を描いていたり。

 

 かと思えば様々な屋台が軒を並べて、クレープやらたこ焼きやらタコスやら洋の東西も無視して好き放題な食べ物を売っていたり、『中古パーツ売ります』と立て札を立てていたりと、まるでお祭りのような有様だった。

 面白いのはそうしたパフォーマーや店員のほとんどがNPCではなく、PL(プレイヤー)であることだろう。

 

 都会に来た田舎者がまず感じるであろう、多数の群衆というものがもたらす威圧感にスノウは圧倒される。

 

 

「時間通りに来たか。さすがだなシャイン、時間を守るのはビジネスの基本だ」

 

 

 人の群れに動揺するスノウを見つけたペンデュラムが声を掛けてくる。

 何だその第一声、もうちょっとデートらしい声の掛け方しろよ。

 

 

「あっ……ペンデュラム! よかったぁ、来てくれて」

 

 

 しかし群衆を前に心細さを感じていたスノウは、ペンデュラムを見てほっと表情を緩めた。

 それを見たペンデュラムは、デートに誘われたのがそんなに嬉しいのか……! とまんざらでもない笑みを浮かべる。一周回ってお似合いですね?

 

 今日のペンデュラムの服装は、白のシャツにえんじ色のデザイナースーツ。頭にはスーツの色に合わせたハットを被り、足元はウィングチップの革靴。胸元をやや開き、固すぎない程度に砕けた姿は絵に描いたような伊達男。

 

 手にした薔薇の花束にチュッと口付けると、それをスノウに手渡した。

 

 

「さあ、お嬢さん。今日一日たっぷりと街をご案内しますよ。夢のように楽しい1日にしましょう」

 

 

 完全に乙女ゲーからそのまんまパクってきただろ、そのムーブ?

 

 

「あ、うん」

 

 

 とりあえず花束を受け取ったスノウは、手の中のそれを見て固まる。

 

 

「……この花束、どうすればいいの?」

 

「えっ」

 

 

 ぶっちゃけ邪魔であった。

 思わぬ対応に言葉に詰まるペンデュラム。

 

 乙女ゲーでは主人公が攻略対象から花束を受け取って「うわぁ……素敵!」と目を輝かせる。天音もこれは嬉しいと大満足のシーンである。しかしゲームでは花束は次の瞬間どこかへ消えてしまうのだ。どこに行ったのかは一切語られない。

 次のシーンまでの間に、そのへんのコンビニのゴミ箱にでも突っ込んだんじゃないんスかね?(鼻ほじ)

 

 

「えーと……とりあえず歓迎の気持ちだ。アイテムボックスにでも入れておいてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 

 幸いこれはゲームなので、アイテムボックスに片づけることができた。もしかしたら乙女ゲームにもアイテムボックスがあるのかもしれない。

 

 

「シャイン、今日のお前は一段と美しいな」

 

「え? そう?」

 

「ああ、特に……ええと……」

 

 

 とりあえず定石としてデートのために自分磨きをしてくれた相手を褒めようとするペンデュラム。しかしスノウは髪型も服装も、一切いつも通りであった。

 褒めるところがねえよ!

 

 

「あー……なんだかいつもより可愛い気がする!」

 

『早くも漂うヤケクソ感……!』

 

 

 物陰からその様子をうかがっていたディミがツッコミを入れる。

 そのそばにはメイド隊3人の姿もあった。

 

 

「いえ、むしろ無理やりにでも褒めようとするペンデュラム様の意を汲んでいただければ!」

 

「口説くペンデュラム様はカッコいいですなあ。あれが拙者であればと思わざるを得ませぬ」

 

「ミケちゃん、嫉妬はいけないにゃ! 当事者ではなく、見守るからこそ深くなる味わいもある……! 傍観者としての醍醐味を味わうのにゃ!」

 

「「奥深いなあ……!」」

 

『深いのは奥ではなく業では?』

 

 

 頷くシロとミケに、ディミが冷ややかに突っ込む。

 今日は自分からOPパーツから外れたディミは、メイド隊にコンタクトを取って一緒に観察することを申し出たのだった。やだこのサポートAI、アクティブすぎる。

 

 一方、スノウは空回りするペンデュラムをよそに改めて広場を見渡していた。

 

 

「ロビーって初めて来たけど、こんなに人がいるものなんだね」

 

「あ、ああ。現実の繁華街よりも人が集まっているという話だ」

 

 

 街を案内するという建前を思い出したペンデュラムが、スノウに解説する。

 

 

「何しろ日本全国のプレイヤーが集まる街だからな。これでもまだチャンネル分けされているんだ。実際には目に見える数倍のプレイヤーがアクセスしている」

 

「へえー……! そんなにいるんだ……」

 

 

 スノウは目を丸くして、雑踏を眺める。

 

 

「なんか露店出したり、パフォーマンスでおひねりもらったりしてるPLもいるね」

 

「ああやってJCを集めているのさ。特に露店は食中毒の恐れもないから、誰でも料理を作って提供できるのでな。料理の腕前によって味には差が出るようだが」

 

「ふーん……」

 

 

 スノウは料理を出している露店をじっと凝視する。

 その視線をおねだりと解釈したペンデュラムが、涼やかに笑いながらスノウの手を取って屋台に向かおうとする。

 

 

「そんなに食べたいなら、まずは腹ごしらえといこうか? あのうどんの屋台がいいのかな?」

 

「えっ?」

 

 

 しかしスノウは眉をひそめながらその手を振り払い、首を横に振った。

 

 

「いや、見てただけだよ。悪いけど、うどんは大嫌いなんだ」

 

「そ、そうか……すまないな」

 

 

 何故嫌いなのに見ていたんだ、とペンデュラムは内心で呟きつつ謝る。

 さすがに理不尽だと気付いたのか、スノウはえへへと繕うように笑いかけた。

 

 

「何か奢ってくれるって言うのなら、その横のたこ焼きがいいな~♪」

 

「そ、そうか! わかった!」

 

 

 失点を取り戻せそうだと、ぱあっと顔を輝かせたペンデュラムが屋台へ向かう。

 その背中にぴったりとスノウがくっついてくることも、足取りを軽くさせた。

 実際には単に人ごみの中ではぐれそうだと思って、ぴったりくっついているだけなのだが。

 

 

「すまない、たこ焼きをもらえないだろうか」

 

「あいよっ! おっ、兄ちゃんええなぁ。可愛いお嬢ちゃんがべったりやんか。よっ、この色男!」

 

「う、うむ……」

 

 

 人懐っこそうなたこ焼き屋の店主に笑いかけられ、ペンデュラムが居心地悪そうにする。改めて自分が男性で、エスコートしているのが女の子という事実を自覚して、中の人(天音)がギャップに軽くめまいを感じていた。

 

 

「それで、おいくつ包みましょ。8個、10個、12個があるで」

 

「…………ええと」

 

 

 口ごもるペンデュラム。

 実のところ生粋のお嬢様である天音は、これまでの人生でたこ焼きなんて庶民的なものを食べたことがない。いくつ買えばいいのかさっぱりだった。

 

 

「んー、じゃあ8個。1舟でいいよ」

 

 

 固まるペンデュラムの背後から出てきたスノウが、代わりに個数を告げる。

 

 

「おやおや、8個でええんかいな。ウチのたこ焼きはおいしいでぇ? 外はカリッと中はトロトロや。いっぱい買わんと損するで!」

 

「この後は高級レストランでフレンチでも御馳走してくれるらしいからね」

 

「さよか! ほな仕方あらへん。さすがにウチの自慢のたこ焼きも、高級フレンチにはかなわんわな」

 

 

 そう言いながら、店主はさっと生地をプレートに流して焼き始めた。

 

 

「作り置きしないんだね」

 

「そらそうよ、作り置いたら外がふにゃふにゃになってまうやん。折角ゲームの中の道楽でやっとるんやから、一番おいしいのを食べてもらいたいんですわ」

 

「粋だねぇ」

 

 

 スノウと店主がそんな話をしてる間にも、店主は鮮やかな手つきでたこ焼きをひっくり返していく。

 

 

「たこ焼きって、目の前で作ってるのを見るのが楽しいよねー」

 

「ははは、こんなもんでよかったらいくらでも見てってや。マヨネーズどうしましょ」

 

「いるいる」

 

 

 焼きあがったたこ焼きを紙のパッケージに詰め、ソースを塗ってかつぶしと紅ショウガ、青のりをぱらり。最後にマヨネーズを乗せて、出来上がりである。

 

 

「ほい、お待ち。美男美女のカップルやから、2個おまけしといたわ」

 

「えっ、いいの? ありがと!」

 

「なーに、高級フレンチの前に腹膨らせたろ思てな」

 

 

 ニヤリと笑う店主に、あははと笑い返すスノウ。

 つんつんと肘でペンデュラムをつつき、小さくほら、お勘定と呟く。

 凍り付いたように固まっていたペンデュラムの時間が動き出した。

 

 

「あ、ああ。いくらになる?」

 

「50000JCでんな」

 

「うむ。これで頼む」

 

 

 真っ黒なカードを差し出すペンデュラム。

 それを見て、店主が苦笑を浮かべた。周囲からカードが見えないように受け取ると、小声で囁く。

 

 

ブラックカード(限度額無制限)でっか……。お客さん、それはこんな人ごみの多いところで出すようなもんやあらへんで。悪いことは言わへんから、あとでもっと限度額の低いカードも作っときなはれ」

 

「う、うむ?」

 

「悪い奴はどこにでもおりますがな。ゲームの中にでもね。……いや、このゲームの中だからこそ欲望はタガが外れるんですわな」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 親切な店主に礼を言ってその場を後にしたスノウとペンデュラムは、公園に移動した。

 ベンチに並んで座り、たこ焼きのパッケージを剥く。

 鼻をくすぐるソースのいい香りに、はぁーとスノウはため息を吐いた。甘酸っぱいソースの香りを嗅ぐだけで、口の中に涎が溢れてくる。

 

 

「うわぁ、美味しそう! この再現度すごいねえ、VRゲームの中とは思えないよ」

 

「そうなのか? あいにく食べたことがないのでな……」

 

「……マジで? たこ焼き食ったことない人間なんて日本にいたの?」

 

 

 カルチャーショックを受け、スノウが目を丸くする。

 遠回しに世間知らずだと言われたペンデュラムが肩を落とす。

 

 

「というかペンデュラムって、案内するって割には屋台の買い物とか慣れてないよね」

 

「話だけは聞いていた。屋台で実際に買い物するのは初めてだ」

 

「あはは、じゃあいい経験ができてよかったじゃない」

 

 

 そう言いながら、スノウはたこ焼きに楊枝を突き刺した。

 それを口元に運び、小さな唇をわずかに開いてかじりつく。

 

 途端に中からとろりと白いペーストが流れ出て、口の中で表面のソースと混じり合った。出汁の効いたペーストと甘酸っぱいソースが舌に絡み、その味わいが口中に広がる。一瞬後にソースの芳醇な香りが鼻に抜けて、うまさが爆発した。

 

 

「おいしー! これはいいたこ焼きだよ。外のカリッとした食感と、中のトロトロ感のギャップもいいね。確かに言うだけあるよ」

 

 

 ふうふうと息を吹きかけて残りを冷まし、口の中に運ぶ。

 タコの新鮮さを感じられるぷりぷりとした食感。噛みしめるほどに染み出るタコの味わいが、白いペーストと互いを引き立て合う。ペースト、ソース、タコの3つの味が口の中でひとつになる。まるで口の中がキッチンだ!

 

 幸せそうにもぐもぐとたこ焼きを咀嚼するスノウを見て、ペンデュラムは「そんなにおいしいの……?」と怪訝な顔をした。

 

 

「これすっごくおいしい! ペンデュラムも食べてごらんよ」

 

「ううむ……」

 

 

 食べ方の作法がわからず、ペンデュラムは戸惑った顔を浮かべる。

 そんな彼をじれったく感じて、スノウは別のたこ焼きを楊枝で刺して、ふうふうと息を吹きかけた。

 

 

「ほら、こうやって食べるんだよ。ほら、あーん」

 

「!?」

 

 

 スノウがペンデュラムの口元にたこ焼きを差し出す。

 それを物陰から見ていたメイドたちが、ガタッと総立ちになった。

 

 

「キ、キター! デートの定番、あーんして♥ですよぉ!」

 

「むうっ! ペンデュラム様がエスコートするのとは逆の流れになっておりますが、これはこれでアリですな!?」

 

「本来ならリバはご法度が鉄則……! でもこれでご飯3杯いけるにゃ! ご飯ないからたこ焼き食べるけど! あっ、これ本当においしい」

 

『……盛り上がってますけど、絶対あれ幼児かペットにご飯食べさせてる感覚ですよ』

 

 

 ディミの考え通り、スノウはまさに手のかかる子供にご飯食べさせてる気分であった。メスガキのくせに無自覚に母性だしやがって。

 

 差し出されるたこ焼きを前に、またしても固まるペンデュラム。

 だがいつスノウの気が変わるともわからない。

 

 意を決したように、ペンデュラムはばくりとひと口でたこ焼きに噛みつく。

 

 

「あっ」

 

「あちゅいいいいいい!?」

 

 

 アツアツの中身にペンデュラムが飛び跳ねた。

 

 熱を感じる神経は、痛覚と同一のものである。

 本来VRポッドは痛覚をプレイヤーに伝達しない。しかし料理に関しては、味をきちんとプレイヤーに伝えるためにその熱さに例外処理がされている。

 

 

「お茶! 冷たいお茶飲んで!!」

 

 

 公園に入るときに買った冷たいペットボトルのお茶を勧めるスノウの声を聞きながら、ディミは深々とため息をついた。

 

 なんつーか、恋人を目指す以前の段階じゃないっすかね?




どこぞの催眠ラブコメじゃあるまいし、デート回にたこ焼き食うだけで1話使ってんじゃねーよぉ!
そんなつい先日完結を迎えた姉妹作『催眠アプリで恋愛して何が悪い!』もよろしくお願いします。

デート回まだ続きます。デートの合間に出てくるVR世界の文化にも注目してくださいね。


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第52話 純白の雪は染められやすい

 たこ焼きを食べ終わったスノウとペンデュラムは、ぶらぶらと電脳街のメインストリートを散歩する。多くの人が行き交う繁華街は、さまざまな喧騒で満ち溢れていた。

 スノウはペンデュラムから離れないようにぴったりくっついて歩きながら、物珍しそうに周囲を見渡して歩く。

 

 ぱっと目に付く現実との大きな違いといえば、通行人の美形率や髪色の豊富さだろうか。さすがアバターを自在にいじれるだけあって、こだわる人は容姿に全力でこだわっているようだ。

 まあ、その中でもボクの可愛さは抜きんでているけどね! と薄い胸を張ってふんぞり返りたいスノウである。

 

 それに、現実の街と違って自動車も自転車も走っていないし信号もない。長距離を移動したければ瞬間移動すればいいだけの話である。ロビーの中の任意の地点にマーキングしておけば、いつでもそこに移動することもできるようだ。

 

 他に気になる点と言えば……。

 

 

「街中にやたら広告が目に付くね」

 

「ああ、気付いたか」

 

 

 ペンデュラムはスノウの言葉に頷いた。

 建物の上の看板や電光掲示板に、多種多様な企業の広告が表示されている。企業ロゴからCMまで、さまざまなものが流されていた。もしもスノウが行ったことがあるなら、秋葉原のようだと思っただろう。

 

 

「あの広告は企業クランに与えられる特典のひとつだな。好成績を収めた企業クランは、無料で広告を掲示する権利を得られるのだ」

 

「へえー……。無料で掲示する権利ってことは、有料の広告もあるってこと?」

 

「うむ。何しろこのゲームは全国から大勢のプレイヤーが集まる場所だ。衰退著しいTVやWEB広告よりも目に留まる機会が多いからな。業種によってはゲーム内で広告を出した方が有効だろう」

 

「ふーん。その広告収入が運営の運営費になってるのかなぁ。ガチャやJC(ジャンクコイン)売るだけじゃ物足りないってアコギだね」

 

「……いや。ここの運営にとっては金など正直どうでもいいのだろうがな」

 

 

 呟くようにそう言って、ペンデュラムは静かに顎をさする。

 スノウは上を向いてさまざまな広告を眺めていたが、やがて違和感を覚えた。

 

 

「あれ? なんか広告出してるのって、みんな日本の企業ばっかだね?」

 

 

 海外のスマホや家電、自動車など、現実では毎日のようにCM攻勢を仕掛けているメーカーの広告が見あたらない。一応探せば見つかるもののその規模は小さく、街の片隅にひっそりと掲示されている程度だった。

 

 

「ああ、それはそうだろう。ここは日本サーバーだからな、日本人のプレイヤーしか参加しておらんのだ。外資の日本法人が日本人を雇って企業クランを戦わせている場合もあるようだが、やはり日本企業は地元だけに優勢だな」

 

「そうなの!? 海外プレイヤーっていなかったの!?」

 

「まだスタートして1年程度だからな。現在は各国ごとにリージョン分けされていて、日本国内からは日本サーバーにしか繋がらんぞ」

 

「そうなんだ……。外人煽るために外国語勉強しようと思ってたのに」

 

 

 とんでもない理由で外国語習得へのモチベを燃やすガキもいたもんである。

 

 

「まあ煽れないのはいいとしても、世界の強豪と戦えると思ってたのに残念だなあ」

 

「ふむ。世界のプレイヤーと戦いたいのか?」

 

 

 ペンデュラムが訊くと、当たり前じゃないとスノウは肯定する。

 

 

「そりゃ戦いたいよ。強ければ強いほどいい。日本のゲームプレイヤーの質は、正直海外勢に比べると大したことないからね。やっぱり海の向こうは人口が多いだけあって、その上澄みの質もすごいよ。前作だと海外プレイヤーとも戦えたんだけどなあ」

 

「……あと1年か2年かあれば、リージョンロックも解除される。そうなれば、全世界のプレイヤーと戦えるようになるだろうな」

 

「ホント!? やったぁ! それは待ち遠しいなあ」

 

 

 ニコニコと微笑むスノウ。

 それとは逆に、ペンデュラムは憂鬱そうな顔でため息を吐く。

 

 

「それまでに俺が何とかせねばな……」

 

「どうしたのペンデュラム、顔色悪いね?」

 

「……いや、大事ない」

 

 

 顔を見上げてくるスノウに小さく微笑み、ペンデュラムは頭を振った。

 

 

「ああ、そうだ。折角だから露店以外の場所で買い物してみるか」

 

「おお……! 何を買ってくれるのー?」

 

 

 スノウは奢りチャンス!? という期待をありありと顔に出す。

 キラキラと目を輝かせる現金なスノウを、餌皿を持ち上げた途端にダッシュしてくる飼い犬を見るような微笑ましい瞳で見つめるペンデュラムである。

 お前らお互いに相手のことをペット扱いしてません?

 

 

「まあ、現実で手に入るものなら何でも売っているが……。そうだな、ではまずはブティックでも行こうか」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「お待ちしておりました、ペンデュラム様」

 

 

 ペンデュラムが瞬間移動でスノウを連れて来たのは、スノウでも知っているような高級ファッションブランドの直営店だった。

 前もって連絡を入れていたのか、ずらりと並んだスキンコーディネーターと黒服の従業員が深々と頭を下げてペンデュラムたちを迎える。

 

 店内には他の客の姿はない。高級店においてはチャンネル分けによってその客だけの貸し切り状態にするのがセレブ向けの接客とされている。そしてブランド直営店においては、AIではなく人間が接客するのが礼儀とされていた。人間よりもAIの方がコストがかかるのに、不思議な話ですね。

 

 鋭い目つきにびしっと決まったスーツ姿の女性店員が、ちらりとスノウに目を向ける。訪れたこともないような高級店の内装と、貴族を迎えるかのような店員の恭しい対応にびびってペンデュラムの後ろで身を縮こまらせていたスノウが、びくっと体を震わせた。

 普段は我が物顔に振る舞っているが、慣れない状況に放り込まれると緊張して臆病になるスノウである。猫かオメー?

 

 

「本日は若いお嬢様向けのカジュアルなスキンをお求めだとか」

 

「うむ、こいつだ。この娘に合う服を見繕ってほしい」

 

「かしこまりました」

 

 

 店員は薄く微笑みながら一礼すると、スノウに近付いてくる。

 

 

「まあまあ……これはお美しいお嬢様ですこと。さぞや高名なCGデザイナーにご依頼されたのでしょう?」

 

 

 早速採寸されながら、ぺたぺたと腕や腰を触られるスノウ。

 がっちがちに緊張して体を強張らせながら、なんとか店員に返事をする。

 

 

「あ、いや……自分で作りました」

 

「まあ、ご自分で! 素晴らしい腕をお持ちなのですね」

 

「え……まあ、それほどでも」

 

 

 褒められていい気になったスノウの体から力が抜ける。

 さらにさまざまなお世辞を投げかけ、そのたびにスノウは調子に乗っていく。気付けば緊張などすっかりと取れていた。

 さすがは一流の店員、客をリラックスさせる方法など百も承知である。

 

 

「それではスキンをお持ちしますわね」

 

 

 そこからはもうひとりファッションショーであった。

 

 この高級ブランドが作って運営に登録したスキンは、この1年でもはや1000点を超えている。お金持ち(セレブ)が課金してJCを買わねば手が届かないような強気価格と紹介制という形でブランド力を確保した、自慢のデザインのスキンばかり。

 

 そんな次々に用意されるスキンを着ては外し、着ては外し。

 何しろスキンは現実の服と違って着せ替えが一瞬で済むので、その分同じ時間でさまざまな衣装に着せ替えることが可能なのである。しかも着替えても汚れないし、リサイズだって必要ないのだ。

 

 

 

「こちらはいかがでしょう? ガーリー感ある春ファッションです」

「ちょっとピンクが強いな。もう少しクール系に寄せられないか」

 

「5月の新モデル、グリーン系のボーイッシュでまとめました」

「オーバーオールにベレー帽か、可愛さとボーイッシュさの同居がいいな。しかし単体ならいいが、俺と並ぶとつり合いが取れん」

 

「なるほど、失礼しました。ではこのドレス系ではいかがでしょうか」

「ちょっとオトナ感ありすぎるな。服に着られている。別のはないか」

 

 

 審査員を務めるのはもちろんペンデュラム。

 スノウが新しい服に着替えるたびにふーむと唸りながら、腕を組んで顎をさする。何しろ中身が女性なだけに、その審美眼は厳しい。

 

 大抵の男はデートで女性のファッション選びに付き合うと、途中で「いや何着ても同じに見えてきたわ。あーはいはい。どれも可愛い可愛い」となってしまうものだが、ペンデュラムはいちいちそれに女性目線で付き合ってくる。

 えっ、私女性だけど彼氏にそんなこと言われたことないって? それは貴方の彼氏が本心を隠してエスコートしてくれる、デキた人なんですよ。大切にしましょう。

 

 実際いろんな服を着せられるスノウは、正直途中で飽きてきた。

 さまざまな服で自慢のアバターを着飾ってみたいとは思っていたのだが、まさかこんなにも時間をかけて服を選ばされるとは思ってもみなかったのだ。

 

 結局服を選び終わったのは1時間半後のことであった。

 

 選ばれたのは、ワインレッドカラーのドレス。縁には白いレースが装飾され、ところどころにパールが散りばめられたデザイン。日常ではまず着ないような服だが、スノウの際立って秀麗な顔立ちとはよく合い、えんじ色のスーツを着こなすペンデュラムとの色のバランスも良好。ぶっちゃけデート用の気合の入ったドレスである。

 

 鏡に映った自分を見つめたスノウは、ふーむと小首を傾げた。

 

 

「ボク自身はもうちょっと清楚系に寄ったほうが似合うと思うんだけど」

 

「確かにあの白系のワンピースも似合っていたが、こっちの方が貴様らしくてよい」

 

 

 ペンデュラムの言う通り、ドレスの色合いやデザインが妙になまめかしく、スノウの生意気な小悪魔としての一面を引き立てていた。

 つまりそれはペンデュラムはスノウのことを清楚系じゃなくて小悪魔系だと思っているということなのだが。

 

 

「はい、よくお似合いですわ! 色的にもペンデュラム様との釣り合いがとれていますから」

 

 

 満面の笑みを浮かべてペンデュラムに同調しながら、店員は納得いかない風情のスノウにそっと近寄り、その耳元に囁く。

 

 

「殿方のセンスに合わせてあげるのもレディの嗜みですよ、お嬢様。できた淑女というものは、殿方の色に染まってあげる余裕を持つものです。彼氏に花を持たせてあげてはいかが?」

 

「えっ……いや、彼氏とかじゃ……」

 

 

 でも金を出してくれるのはペンデュラムだしなあ。

 あんまりゴネて拗ねられるのもまずいか。むしろある程度言うとおりにしてあげれば、ペンデュラムも機嫌がよくなるのでは?

 うん、これも営業営業!

 

 一瞬で頭の中でそろばんを弾いたスノウは、にっこりと微笑んだ。

 

 

「……うん、やっぱりこれが気に入ったよ! ありがとう、ペンデュラム!」

 

「う、うむ。ならばよかろう」

 

 

 ペンデュラムは多少顔を赤らめて、視線をそらした。

 自分が最適だと思うドレスに身を包んだスノウの笑顔が、なんだかかつてないほどに眩しく思えたのだ。

 

 自分の色に染まってくれた彼女の笑顔に、心を動かされない男などいない。

 たとえそれが仮初(アバター)の性別であろうとも。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「さあて、次はどこに案内してくれるのかな?」

 

 

 ペンデュラムの横をちょこちょこと歩きながら、ドレス姿のスノウが見上げてくる。

 

 そんなスノウを道行く人々がちょくちょく振り返っているのを、ペンデュラムは目の端に留める。美形ぞろいのオンライン生活に慣れた人々であっても、ハイセンスのデート服を着こなすとびっきりの美少女とくれば話は別だ。

 

 そんな彼らの視線を感じながら、ペンデュラムは無性に誇らしい気分になった。この羨望の視線こそ、かわいい女の子をエスコートする男の悦びである。

 中の人(天音)的には女性をアクセサリーのように感じるのはどうかとも思ってしまうが、しかしペンデュラムの心は嬉しいものは嬉しいと感じていた。

 

 まあ、実際にはその視線のうちの半分はお金持ちそうなイケメンをエスコートさせているスノウへの嫉妬でもあるのだが。美男と美女が揃って視線も2倍である。

 

 ペンデュラムは若干ニヤけながらも、次のプランを告げた。

 

 

「うむ……次は映画などどうかと思ってな」

 

「映画? ゲーム内なのに映画見られるの?」

 

「ああ。もちろん本物の映画だぞ」

 

「へえー……著作権切れた白黒映画とか?」

 

「白黒映画ももちろんあるが、話題作だって見られるぞ」

 

 

 そう言ってペンデュラムは、遠くに見える映画館の看板を指し示す。

 そこには最近ロードショウされたばかりの、話題の映画のタイトルが表示されていた。

 

 

「えっ!? あれ封切りされたばっかじゃん……!?」

 

「映画など映画館で見ようが自宅で見ようが、内容自体は同じフィルムだろう? ならば配給会社もリアルの映画館だけでなく、VRの映画館に配給しても同じことだと考えたのだな。現実の映画館とほぼ同じ価格で鑑賞できると聞く」

 

 

 そう説明するペンデュラムは、もちろんVR映画館に行ったことなどない。

 デートコースを考えたメイド隊からの受け売りの知識である。

 

 

「はー、なるほどなあ……確かにそうだね。VRで映画館行けるなら、リアルで行くよりお手軽だ」

 

「まあ映画に限らんがな。このゲームは大体の娯楽施設がある。オペラもコンサートもオーケストラも美術館も博物館もある。もちろん本物のオペラ歌手や楽団を招いているし、最近はアイドルのライブも行われているそうだぞ。現実と違って会場を移動しなくてもいいので、客だけでなく演者にとっても好評らしい」

 

「へえー……!」

 

 

 社会にVRが浸透しつつある一例を目の当たりにして、スノウは目を丸くする。

 田舎出身のスノウにとって、あまりにも地元とは文化が隔絶していた。

 

 

「さあ、では見ようか」

 

「うん! 映画館がどんなになってるのか楽しみだなぁ」

 

 

 そして、案の定映画館エアプのペンデュラムがチケットを買えずにまごついた。

 

 

「な、なんだ? どこに並べばいいのだ!? 何故カウンターがいくつも存在している! この映画はここのカウンターでは買えないだと!? あの席の図に描かれている番号はなんだ!?」

 

「……ペンデュラムって、世間知らずなの……?」

 

 

 田舎もんが何調子乗ってんだ。




デート回、まだちょっと続きます。


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第53話 映画見てる推しカップルをつまみにケーキを食べていたら尊さが鼻から溢れて命がマッハ

 ペンデュラムが見ようと提案したのは、大スペクタルが売り文句のハリウッド映画だった。

 下手に恋愛映画などを選ばないあたりはナイスな選択といえよう。そんなもん見せたら精神年齢がお子様なスノウは絶対寝る。

 

 せっかくなので映画の内容に合わせて座席が動いたり、環境音がいろんなところから響いたりする臨場感マシマシのチケットを選んだ。

 

 

「現実だと予約しないと見れない大人気コースって聞いたけど、ここは予約なしでも座れるんだね」

 

「来場者数に応じてチャンネル分けがされているからな。大人数の客を捌けるのは実に便利だ」

 

「施設内部にパラレルワールドが存在するようなものだもんね。実質収容人数が無制限だし、並ばなくて済むのはいいよね」

 

 

 実際にはリソースに上限があるため施設ごとに割り振られるチャンネル数には限界があるが、それでも収容人数は見た目の数倍もある。

 なお、中央付近のよい席は割高となっていたが、ペンデュラムは迷わず一番いい席を選んでいる。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そして、そんな彼らを映画館の外から見つめる集団がいた。

 言わずもがな、ディミとメイド隊である。

 

 喫茶店のチャンネルを貸し切った彼女たちは、ディミが投影したインターフェイスに映し出されるスノウとペンデュラムの様子をじーっと見守り続けていた。

 もちろん先ほどのブランドショップからずっと。紹介がなければ入れない店だったので、こうして遠隔から監視することにしたのだ。

 

 

「いやあ、ディミ殿がいてくれて助かりますな」

 

「便利ねぇ」

 

『そうでしょうそうでしょう』

 

 

 パフェをパクつきながら、ディミは身長の割に豊かな胸を反らした。もちろんAIであるディミがJC(お金)など持っているわけがない。メイド隊にペンデュラムたちの様子を見せてあげる対価であった。

 

 

「見るにゃ、上映待ちの間にスノウちゃんがペンデュラム様とさっきの服屋さんについて話してるにゃ!」

 

「ほぉう? 随分と気軽に話せるようになっておりますな」

 

「良い傾向ですねぇ。肩の力が自然と抜けてますよぉ」

 

 

 ワイワイと盛り上がるメイド隊。

 そんな彼女らを見ながらウェイトレスが「やっぱりあれ盗撮なんじゃ? 通報したほうがいいんじゃ?」とマスターに何十度目かになる視線を送るも、マスターは静かに首を横に振った。金を握らされていた。

 

 ちなみにギャラリーのメイド隊は当初のシロミケタマの3人から、何十人にも増えている。スクリーンで主人のデート風景が見られるということが広まって、メイドたちがわらわらと集まって来たのだ。もちろん漏らしたのはタマである。

 

 ケーキやパフェをつまみながら店舗の壁一面に展開された巨大スクリーンを眺め、キャイキャイと盛り上がるメイドたち。“映画を見るペンデュラムとスノウ”という内容の映画を見るメイドたち、という異様な図式が成立していた。

 

 

「マスター、やっぱあれ盗撮ですよね?」

 

「私たちは何も見ていないよ」

 

『次は季節のフルーツケーキが食べたいですねぇ』

 

「はい、ただいまお持ちします!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 メイドたちに監視されているとも知らず、スノウはおおっと映画にのめり込む。

 映画のストーリーはハリウッドのアクション映画らしい単純明快なものだ。

 

 急速な文明の発展によって、豊かな生活を送る地球人たち。しかし実は地球は宇宙人によって支配されており、地球人はネットを経由して精神エネルギーを吸い取られていた。自分たちが宇宙人の家畜であることに気付いた主人公は、仲間と共に反乱を起こすのだ。

 

 

「いけっ! 全部ぶっ壊しちゃえ!」

 

 

 スノウが小声で呟きながら、興奮して小さく腕を振り回す。

 

 主人公が宇宙人の基地を襲撃して、破壊の限りを尽くすシーンである。それはもう破壊神かという暴れっぷりで、目につくものすべてを壊して回っていた。

 いつものお前じゃねえか。

 

 そしてペンデュラムは困惑する一方である。

 メイド隊には「映画館の暗闇に乗じて手を握るんです! これでロマンチックマシマシですよぉ!」とアドバイスされていたが……。

 

 

 どったんばったん!と座席が揺れまくる。

 

 ちゅごおおおおおおおおん!と地響きと共に爆発が巻き起こる。

 

 ブシャアアアアアアアアア!!とスプリンクラーの破壊に合わせて水蒸気が噴き出す。

 

 

「うおっ!?」

 

「ひゃっほーーー!!」

 

 

 劇中のアクションシーンに合わせて、豪快な環境効果が繰り出される。

 ぐりんぐりんと座席が揺れるのに合わせて、スノウが歓声を上げた。

 あまりにもうるさいのでスノウが叫んだところでまったく気にならないレベルである。というか周囲の観客も何人か悲鳴を上げていた。

 

 こんなもん、手を握るどころの騒ぎじゃない。

 というか握ったら頭に血が上ったスノウから攻撃されかねないので、それで正解であった。

 

 仕方なくペンデュラムはスノウの様子を眺めることに終始する。

 アクションシーンのひとつひとつに興奮して手に汗握る、幼さを残した表情。

 映画館の暗闇の中でスノウの瞳がキラキラと輝く。夜闇の中で月明りを反射してきらめく新雪の光のような、幻想的な輝きだとペンデュラムは思った。

 

 

「見た!? ねえ見た、ペンデュラム今のスタント! 最高だよね!」

 

「ああ、見ているとも」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「デート相手に見入るペンデュラム様の憂い顔マジ尊い」

 

「やっべ! これおかずにご飯3杯いけるわ」

 

「な、何この感情は……!? これがNTR……!?」

 

「いや、ペンデュラム様があんたのモンだったことなんてないでしょ」

 

「傍観者にゃ……見守る気分を味わうのにゃ……!」

 

「でも、これシャインちゃんを篭絡するんじゃなくてペンデュラム様が魅了されてません?」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そうこうしている間に映画はクライマックスへ向かう。

 

 激しい死闘の末に宇宙船を奪った主人公は、搭載されていた人型ロボットに乗り込んで月面にある宇宙人の基地を襲撃する。そして宇宙人のマザーブレインを破壊して、人類を支配から解放するのだ。

 

 ラストシーンは生還した主人公が、ヒロインと幸せなキスをしてハッピーエンドである。

 

 よし、ここだ!

 意を決したペンデュラムは、スクリーンを見つめるスノウの手を握ろうと、そっと自分の手を伸ばす。

 いける……!

 

 そう思った瞬間、スノウがぱっとペンデュラムの方を振り向いた。

 

 

「すっごく爽快だったね! 席が揺れるのもよかった、遊園地のアトラクションみたい!」

 

 

 キラキラとした瞳でペンデュラムを見つめるスノウ。

 ペンデュラムの下心などまったく気付いていなさそうな純粋な瞳に、ペンデュラムは薄く微笑むことしかできなかった。

 

 

「……そうだな!」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

『めっちゃヘタれてますやん』

 

「いえ……ヘタレなペンデュラム様もこれはこれで……!」

 

「普段のオレ様感とのギャップがいいわぁ~これ」

 

「でもオレ様なところもっと見たい、今後に期待して☆4つです」

 

「辛口な評価……!」

 

『こんなヘタレにキャーキャー言ってるあたり激甘では?』

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 映画館を出ると、外は夕方近くなっていた。電脳街では現実と同じタイムスケールで時間が流れる。

 VRポッドでのダイブは連続で5時間までなので、残されたデート時間はあと1時間半程度だ。

 

 

(残り時間でスノウを落とせる気がまったくしないのだけど……!?)

 

 

 ペンデュラム(天音)は今更な焦りを感じる。

 

 当たり前だろ、いくらイケメンだろうがデート1回した程度で女を落とせるかよ。少女マンガだと割とデート1回で運命感じちゃって即刻カップル成立しちゃったりするのだが、それはあくまで女性側がこの男と付き合いてえ! と潜在的に思っているからで、スノウは別にペンデュラムとカップルになりたいわけではない。

 というか精神年齢も幼いし中身は男だし、およそ成功する要素皆無であった。

 

 だが……だがまだ試合時間は終わっていない……!

 ペンデュラムはせめてものチャンスを掴もうとスノウをカフェに連れ込む。

 ここでじっくりと話して、説得の機会を得るつもりである。

 

 

「さっきの映画すごかったねー。あんなにガタガタ座席が揺れるとは思わなかったよ!」

 

 

 席についたスノウがニコニコと映画の感想を述べる。映画というよりは楽しいアトラクションに乗った後のような感想だったが、とにかく上機嫌なのは都合がいい。

 

 デートで映画を見るメリットは、映画本体ではなくその後に相手と映画の感想を語り合うことにある。同じ作品への感想を共有することで、共感を得て互いの距離を縮められるのだ。

 

 

「うむ、なかなかにスリリングだったな……」

 

「アクションもよかったねー。なんでもかんでもぶっ壊して気持ち良かったなあ。とくに最後の宇宙人の基地を壊すところ、月ごと抉り取ったのは痛快だったね」

 

 

 なんて物騒なメスガキだよまったく。

 

 

「シャインとしてはストーリーはどうだった?」

 

「なかなかよかったんじゃない? 支配からの解放、いいよね!」

 

「ふむ。だが逆に考えれば、人類は宇宙人に支配されていたからこそ文明の発展という利益を得られていたという考え方もあるのではないか?」

 

 

 運ばれてきたコーヒーをブラックで啜りながら、ペンデュラムが尋ねる。じっとスノウをガン見してたように見えて、きちんと映画の内容も把握しているあたりは無駄に高スペックであった。

 その問いに、スノウは小首を傾げる。

 

 

「でも人類は家畜扱いだったじゃん。なら解放されてよかったんじゃないの。人類の文明を発展させたのも、上質な精神エネルギーを絞るためって話だったし」

 

「だがラストで宇宙人の親玉を倒してしまった。これでもう宇宙人からの技術の供与はなくなるぞ。人類はあの後衰退するかもしれん。あの主人公のせいで人類の未来は閉ざされたのではないか? であれば、あの主人公の責任はどうなる」

 

「んー、まあそうかもしれないけど」

 

 

 スノウはメロンソーダをちゅーっと飲み、けろりとした顔で言う。

 

 

「主人公の責任なんて問うても意味ないし、あれでハッピーエンドだよ」

 

「ふむ」

 

「あの主人公は誰かに支配されている状況が我慢できなくて暴れたわけで、自由になるという目的は達せられたんだからそれで幸せな結末だよ。確かに人類はその後衰退するかもしれないけど、それは人類全員が背負うべき問題だよね」

 

 

 カラコロとストローでグラスの中の氷をかき混ぜながら、スノウは笑った。

 

 

「だからボクはアレで大団円だと思うよ。だって主人公は大暴れしてストレス発散して、自由を勝ち取ってヒロインとも恋人になれたんだから」

 

「ミクロな視点に振り切った意見だな」

 

「だって主人公はただのクソ強いだけの個人だもの。もっと大勢を救うのは政治家の仕事だと思うなー、ボクは」

 

「ふ……。そうだな。有能な政治家がいれば、主人公が破壊した後の世界をよりよい世界に築き直すこともできるのかもしれんな」

 

「ああ、いいねー。映画としては爽快感なさそうだけど、救いがあるよね。ボクだって恵まれた環境で余生を過ごすに越したことはないと思うし」

 

「うむ。そうあるべきだ」

 

 

 ペンデュラムは目を細めながらコーヒーを啜る。

 

 

「だが、最初から主人公が有能な政治家の指示を受けて行動していれば、無用な破壊をすることもなくより的確に宇宙人からの解放を目指せたのでは……そうは思わんか?」

 

「でもそんなキャラクターいなかったじゃない」

 

「もしもの話だよ」

 

「もしもかぁ。それはそうかもね。でもあの主人公、支配されるの大嫌いそうだしなあ。結局政治家の言う通りには動かないんじゃないの?」

 

「いくら金を積んでもダメか?」

 

「お金じゃダメなんじゃないかなー。最終的には言うこと聞かなさそう」

 

「なら何なら動くと思う?」

 

 

 スノウは腕を組み、小首を傾げて少し考える様子を見せた。

 

 

「やっぱりそこは共通の利益と、人情じゃない?」

 

「ふむ? 共通の利益はともかく、情か」

 

「そうそう。ヒロインへの扱い見ても、情には篤そうだもの」

 

「なるほどな」

 

 

 得心がいったかのように、ペンデュラムは頷いた。

 スノウはそれを見て、定番だよねと頷き返す。

 2人の気持ちがひとつになった。

 

 

(やはり愛情……! 愛情という枷がこいつに言うことをきかせられる……!)

 

(やっぱ友情だよね! 友との絆で困難に挑むのは鉄板の展開!)

 

 

 やっぱ気のせいであった。どうあがいてもすれ違う運命なのかお前らは。

 いや、今回については“ヒロインへの扱い”という前置きを入れたスノウが悪いのだが。

 

 ペンデュラムは居住まいを糺し、深刻な顔で口を開く。

 

 

「シャイン、聞いてくれ。実は俺は今、困っていることがある」

 

「えっ……結婚詐欺? ボクお金ないよ」

 

「違う。えっ、結婚詐欺? なんでそんな単語が出てきた?」

 

 

 イケメンがお金持ちそうに振る舞いながら女性に接近し、仲良くなったところで実は困っていることがあるんだと喫茶店で相談し始める。

 あまりにも典型的な結婚詐欺あるあるムーブである。

 しかしそれを面と向かって指摘しない情けがスノウにもあった。

 

 

「いや、なんとなく……」

 

「繰り返すが詐欺ではないぞ。困っていることというのは、俺の政治的な立場の話だ。知っての通り俺は【トリニティ】で幹部を務めているのだが、現在クラン内部での争いが激しい」

 

「ふーん。競争社会って大変だね」

 

「まあな。どの幹部も必死にポイントを稼ぎ、上に立とうと必死だ。俺にはどうしても戦力がいる。中でも俺の弟のカイザーはトップの最有力候補でな。奴が次期クランリーダーになるのではという下馬評が社内でも根強い」

 

「へえー。言っちゃなんだけど、バカみたいな名前してるね。サッカーゴッド並みのセンスだ」

 

「えっ……。まあ、そうね……

 

 

 薄々とは感じていたが、やっぱうちの弟のネーミングセンスってひどいのかな……と不安になる天音である。

 まあそれはともかくとして。

 

 

「カイザーの軍は強い。あちこちのクランから優秀なプレイヤーをかき集めているからな」

 

「ふーん……なるほど?」

 

 

 気を取り直して説明するペンデュラムの言葉に、スノウは興味を惹かれたようだ。

 

 

「カイザーに政争で打ち勝つには、生半可な戦力では成しえないだろう。シャイン、俺には貴様のような優れたプレイヤーが必要なのだ」

 

 

 しかし続くペンデュラムの言葉が、スノウの興味を挫く。スノウは氷が溶けて薄くなってきたメロンソーダを吸いながら、だるそうに言った。

 

 

「えー。今でもちゃんと頼まれたら傭兵してあげてるじゃん?」

 

「傭兵では貴様がいつでも雇えるとは限らんだろう。いつでも使える戦力が欲しい」

 

「あはは、シャインちゃんに社員になれとでも? 音が同じだからってつまらないダジャレだなあ。もしかして、ボクのこと何度言ってもシャインって呼ぶの、社員だからとでも思ってるんじゃないだろーね」

 

 

 ケラケラと笑ってから、スノウは真顔で言った。

 

 

「嫌だよ。ボクは自由に遊びたいんだ。誰かの専属なんかになったら、自由に戦えなくなっちゃうだろ」

 

 

 くっ! 愛情が足りない!!

 にべもなく断られるも、ペンデュラムは食い下がる。

 

 

「……だが傭兵でいるということは、俺の敵に雇われるということもありうるではないか?」

 

「まあそりゃね。仕方ないでしょ? まあペンデュラムのところもなんだか最近強くなってきたって話だし、ここらで一度戦ってみるのも悪くないかな」

 

「…………!!」

 

 

 舌なめずりして獲物を定める猛獣の瞳で見つめられ、ペンデュラムの背筋にゾクッと悪寒が走った。

 ペンデュラムは恐怖のあまり、我知らずスノウの手を握る。

 

 

「えっ? 何……?」

 

 

 真剣な瞳で認められながら手を握られ、スノウの頬が無意識にわずかに赤らむ。

 そんなスノウに、ペンデュラムは叫んだ。

 

 

「シャイン! 俺はお前と戦いたくないんだ!!」

 

「!?」

 

 

 びりびりと周囲の空気を震わせるような、ペンデュラムの絶叫。命がけであった。

 その必死の懇願は、スノウの無邪気で残酷な心にも届いた。

 なんということだ、奇跡か! ハレルヤ!

 

 

「ペンデュラム……それは本心なの?」

 

 

 おずおずと問うスノウに、ペンデュラムは力強く頷く。

 

 

「ああ……貴様とだけは戦いたくないんだ(怖すぎるから!!)」

 

「そうなんだ……ボクとは戦いたくないんだ(大事な友達と思ってるから)」

 

 

 理由が根本的に食い違っていたが、戦いたくないという意思だけは通じた!!

 

 スノウはふっと笑みを浮かべ、仕方ないなというように頷く。

 

 

「わかったわかった。そこまで言うのなら、キミと戦うのはやめとくよ。相手の指揮官がキミだとわかったら、その仕事は受けないでおくから」

 

「そ、そうか……!」

 

 

 あからさまにホッとした様子で、胸を撫で下ろすペンデュラム。

 

 

(やっぱり手を握って真摯に頼んだのがよかったのか? 大分ドキッとした感じだったしな……! やはり色仕掛けはシャインに有効……!!)

 

 

 なんでやねん!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そんな2人の様子を見守っていたメイド隊は、作戦の一部成功に歓声を上げた。

 

 

「やったあ! クランには引き込めなかったけど、敵対は阻止できたわ!」

 

「ペンデュラム様すごーい! さすがイケメン!」

 

「真摯な瞳の前にシャインちゃんもメロメロだわ!!」

 

「これは陥落も近いか……!」

 

「ビクンビクンッ(尊さが鼻から漏れ出た音)」

 

「うわぁ!? 倫理規定された液体が鼻から噴出してる子がいるにゃ!!」

 

「救急車を呼べ!!」

 

 

 何でもかんでも桃色思考につなげてしまう彼女らを見るに、ペンデュラムへのメイド隊の精神汚染は深刻なようだ……!

 

 

 そんな中、ディミだけは醒めた瞳でスクリーンを見つめていた。

 

 

『あれってむしろちょっと女性に優しくされたらこの子俺にホレてるって勘違いしちゃう童貞のマインドなのでは?』

 




あとがき特別コーナー『教えて!ディミちゃん』


Q.
このゲーム内で遠隔から盗撮することはどんな罪にあたりますか?


A.
ご安心ください。このゲームには常時強固なプロテクトがかかっており、ハッキングは不可能です。さらにAIが四六時中プレイヤーの皆様をモニターしております。

プレイヤーにより遠隔から盗撮すること自体が至難のため、特に罰則規定は設けられておりません。不可能なことに罰則を設ける意味はありませんね。

皆様のプライバシーは十全に保護されておりますので、どうぞご安心してゲームをお楽しみください。

AIによる盗撮? モニタリングですよ、盗撮ではありません。


===


デート回は次で終わりです。


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第54話 Q.処女がネナベになったらどうなりますか? A.童貞になります。

「ん~!」

 

 

 カフェを出たスノウは、大きく伸びをした。

 街はもう暗くなりつつある。デートの時間も終わりだ。

 

 思えばこうやって遊んだことなんて高校時代以来だった。

 バーニーがいなくなってからは、ろくに遊んだ覚えがない。あんな田舎から逃げ出そうと、受験勉強に一生懸命だったのだ。

 今日は実に楽しい1日になった。ゲームもいいけど、たまにはこうして友達と遊ぶのも悪くない。いや、これだってゲームの一部ではあるのだが。

 

 

「楽しかったか、スノウ?」

 

「うん! 久々に全力で遊んだ感じあるかも!」

 

 

 スノウは振り返り、満ち足りた笑顔をペンデュラムに向ける。

 半ば営業のつもりで彼の誘いに乗ったが、結果的には大正解だった。

 

 そんなスノウの笑顔が夕日に照らされてペンデュラムの瞳に映る。

 可憐な花が綻ぶような、あどけない微笑み。それが夕日の光と相まって、なんだかとても儚いものに感じられた。

 

 だからペンデュラムは発作的に思ったのだ。

 その花が誰かに摘み取られてしまう前に、自分が保護しなければならないと。

 

 

「えっ……?」

 

 

 ペンデュラムはスノウの腕を掴むと、無言で彼女を路地裏に引きずっていく。

 突然の行動に、スノウは戸惑いながらもその後ろを付いていった。まだ何か見せたいものがあるのかな? などと思いながら。

 

 

「どうしたの、ペンデュラム? なんか無言で怖いんだけど……!?」

 

 

 ガシッ!!

 

 ペンデュラムはスノウの両腕をつかむと、かがみこむように彼女の顔を覗き込んだ。

 熱の籠った眼差しでスノウの瞳を見つめる。その頬はやや紅潮していた。

 

 

「シャイン……。誰にでもそんな無防備な顔を見せているのではないだろうな」

 

「無防備って……どうしたの、ペンデュラム? なんか変だよ。顔近いって」

 

「変か。確かにそうかもしれんな」

 

 

 ペンデュラムの内部で異常が起こっていた。

 ただの商売相手でしかないはずのスノウが、なんだかすごく可愛らしく思えたのだ。

 それは今日のデートで初めてスノウの内面を知って身近に感じたせいかもしれないし、人生で初めてのデートをしたという高揚感のせいだったかもしれない。あるいは、これまで気を許せる対等の友達というものがいなかったせいかもしれなかった。

 

 一言で言うなら、ペンデュラムは舞い上がって(トチ狂って)いた。

 

 

「シャイン……俺はお前が欲しい」

 

「まーたその話? さっきクランに入るのは嫌だって言ったじゃん」

 

「そうじゃない。お前を独占したいんだ」

 

「えっ……」

 

 

 ペンデュラムから熱い眼差しで見つめられ、スノウの胸の奥がひと際強く脈打つ。

 

 

(……? なんでこんな、心臓の鼓動が早くなってるんだ?)

 

 

 何かうるさい音が聞こえると思ったら、自分の心臓の音だった。

 スノウはかつてない鼓動をする自分の心臓の音に怯えながら、ペンデュラムの顔を見上げる。

 その頼りなさげな表情が、一層ペンデュラムの独占欲を描き立てた。

 

 

「聞いてくれシャイン。今日見たとおり、この世界は欲望に塗れている」

 

「……いきなり哲学的なこと言い出したね」

 

 

 自分の反応に戸惑いながら、軽口を叩くスノウ。

 そんな彼女に、ペンデュラムはそうじゃないと首を横に振る。

 

 

「このゲームは意図的に人間の欲望を刺激する構造になっている。過剰に充実した娯楽施設、課金を煽るガチャに、プレイヤー同士を対立させる陣取り合戦、互いに争奪させるレイドボス。まだ貴様が知らない仕組みも、いくつかある。この世界はとても危険なんだ。お前は薄氷の上で遊んでいるのだよ」

 

「言ってもたかがゲームでしょ。そりゃプレイヤーだって争うよ、PvPなんだから。それが楽しいんじゃないか」

 

「それが危ういんだ」

 

 

 生意気で好戦的な顔をするスノウを、ペンデュラムがたしなめる。

 

 ちなみに虎太郎の好みは年上である。特に姉的なものや兄的な存在に弱い。

 何やら真剣な顔で自分の身を心配するペンデュラムに、スノウはドキッとする。

 

 

(え、ドキッって何……!? ボク男なんですけど? そっちの気はないぞ……!)

 

 

 自分の反応に混乱しまくりのスノウ。そんな彼女にペンデュラムが追撃する。

 

 

「シャイン、俺に貴様の身を委ねてくれ。俺ならお前をどんな悪の手からも守ってやれる……!」

 

「あ、あうあうあう……」

 

 

 はわわわわと混乱するスノウを見て、ペンデュラムが勢い込む。

 その端正な顔をゆっくりと近付け、耳元で囁いた。

 

 

「目を閉じてくれ……」

 

「~~~~~~~~~~~~///////」

 

 

 混乱しまくった末に、スノウもトチ狂ってしまった。

 まあいいかなと思ってしまったのである。ペンデュラムなら羽振りもいいし、大事にしてくれるって言うなら、ちょっとだけお試しでも……。

 

 目をそっと閉じて、顔を少しだけ上向ける。

 桜色の小さな唇がペンデュラムの方を向いていた。

 

 いける……!

 

 

「いい子だ、シャイン。身も心も、俺に捧げてくれ……」

 

 

 そしてスノウのファーストキスを、ペンデュラムが奪おうとしたそのとき!

 

 スノウの中で電撃的な連想が駆け巡った。

 

 

(ん? 『社員、身も心も捧げてくれ』?)

 

 

 頭の中で、高校時代に学校で見せられたブラック企業の労働問題の資料映像がフラッシュバックする。筋金入りのブラック企業は、社員をマインドコントロールして過酷な労働に投入するのだという。その有様は一種の宗教に近い。

 

 映像には身も心も会社に捧げて、骨と皮だけになった社員の成れの果てが出てきた。今にも死にそうなのに、目だけは爛々と輝いて会社への忠誠を口にする。虎太郎は社会に出ても、こうはなりたくないと強く思ったのだ。

 

 

(これを受け入れたら、過労死するまで働かされる!?)

 

 

 本能的な恐怖感が、スノウの精神を正気に戻した。

 

 

「やっぱダメェ!!」

 

「うごおおおおおおおおっ!?」

 

 

 無意識に出せるまで体に染みつかせた投げ技が炸裂し、ペンデュラムを路地裏の壁に叩き付ける! 装飾として置かれていたゴミ箱が巻き込まれ、派手な音を立てた。

 衝撃で目を回したペンデュラムを見下ろし、スノウは荒い息を吐きながら罵詈雑言を投げる。

 

 

「ばーかばーか! セクハラ現行犯! えっち! 変態! あほーーーー!!!」

 

 

 真っ赤な顔でそう叫んで、スノウはだーーっと走り出す。

 混乱がいまだに抜けきれておらず、語彙力が小学生レベルになっていた。

 

 

 残されたペンデュラムはうぐぐ……と呻きながら、建物の隙間から夕暮れ迫る空を見上げる。

 痛覚のフィードバックは遮断されているが、ダメージが入らないわけではない。アバターに入ったダメージと、拒絶されたことによる精神ダメージが、ペンデュラムから立ち上がる力を奪っていた。

 

 

「な、なぜ突然投げられたのだ……」

 

 

 身動きが取れない彼の元に、メイド隊のシロミケタマが近付いてくる。

 いつもなら大丈夫ですか!? お怪我は!? と大騒ぎするであろう彼女らが、今は無言であった。

 

 

「ペンデュラム様……今のは最低ですよぉ」

 

「えっ」

 

 

 親友のシロから痛烈な批判を突き付けられ、ペンデュラムは間の抜けた声を上げた。

 そんな同僚にミケとタマも深く同意する。

 

 

「初デートで急ぎすぎではありませんかな? さすがにこれは……」

 

「正直ないなって思うにゃ。がっつきすぎだにゃ」

 

「えっえっ」

 

 

 日頃イエスマンな部下たちに猛烈なダメ出しを受けて、ペンデュラムは狼狽する。

 

 

「お前たち、オレ様ムーブでガンガン押せってアドバイスしてたじゃないか!?」

 

「ええ、まあそれは確かにペンデュラム様の魅力ではあるんですが」

 

「それも時と場合によるというか」

 

「今のがっつきぶりは強いて言うなら、そう……」

 

 

「「「童貞丸出しでした」」」

 

 

 ガーン!! と頭を殴られたようにペンデュラムがショックを受ける。

 

 

「童貞!? この天翔院天音が、こともあろうに童貞!?」

 

 

 処女がネナベになったらそりゃ童貞だろうよ、恋愛経験ないんだもん。

 納得いかない感じのペンデュラムに、シロが諭すように言った。

 

 

「いいですか、ペンデュラム様。リアルの立場で考えてくださいね」

 

「うん」

 

 

 ペンデュラムが正座して居住まいを糺す。人の説教を聞くときは正座するという躾を受けているのである。

 

 

「貴方にもし婚約者がいると仮定しますよぉ」

 

「どんな人?」

 

「そうですねえ。野性味あふれるイケメンで、身長は高くて、天音様と釣り合うお金持ちで、野心にギラついた風雲児で、文武両道でユーモアセンスもあり、あとついでに筋肉がしっかりついてて腕や手にたくましい血管が浮いています」

 

「超好み!」

 

「ええ、貴方の好みドストライクですねぇ」

 

 

 シロはにっこりと頷く。

 

 

「今日はそんな彼との初デート。物知りな彼はいろんな場所をエスコートしてくれて、嫌みじゃない程度に知識を披露して、ディナーは夜景の見える高層レストランでシャンパンで乾杯」

 

「理想の展開!」

 

 

 夢見る乙女のような表情を浮かべるペンデュラム。イケメンアバターだけにちょっと不気味だった。

 そんなペンデュラムに、シロが続ける。

 

 

「そしてムードが最高に高まってきたところで、彼は言います。『ところで俺たちが結婚したら、俺がキミの会社の後継者を兼ねることになるな。もちろん経営権は俺に渡して、育児に専念してくれるだろ?』」

 

「は? ケンカ売ってる?」

 

 

 夢見る乙女の顔から一瞬で真顔になるペンデュラム。すさまじい温度差であった。

 さらにシロが追撃を入れる。

 

 

「そして彼はホテルのカギを取り出します。『じゃあ早速部屋に行って子作りしようか。後継者を作っておくなら若いうちの方がいいだろ?』」

 

「死ね! いや、殺すわ!! 二度と女を口説けない体にしてやるッ!!」

 

「それを初デートでやったのが今日の貴方ですよぉ」

 

「ぐあああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

 ペンデュラムは頭を抱えてのたうち苦しみ回った。

 ぶっちゃけさっきスノウに投げられたよりもダメージが入っていた。

 

 

「女の子を口説くのに経営のパートナーになってくれ、みたいな生臭い話をしますか普通? デートに持ち込む話題じゃないですよねぇ?」

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

「しかもその流れから、女の子の大事な初キスを強引に奪おうとかぁ?」

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

「それはオレ様って言うより、空気読めてないだけですよぉ? 貴方がエスコートされる側だったとしたら、どうすると言ったんでしたっけぇ? むしろ投げるだけで済ませたシャインちゃんが優しいってことになりませんかぁ」

 

「うわああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 ビクンビクンとのけぞって苦しむペンデュラム。

 さすがに心配になったミケが、恐る恐るシロに声を掛けた。

 

 

「シロ殿……もう少し、こう……手心というものを……」

 

「痛くなければ覚えませんからぁ」

 

 

 おとなしく見えて、心に鬼を飼っていた。

 ペンデュラムはうう……と呻きながら、何とか持ち直して体を起こす。

 

 

「わ……私はなんてことを……! シャインに謝りたい!!」

 

「いや。このタマが見るに、その必要はないにゃ」

 

「そうなのか、タマ殿!?」

 

 

 腕組みしながら顎をさすり、タマは重苦しく頷く。

 

 

「あのシャインちゃんの反応を見るに……まんざらでもなかったと思うにゃ!」

 

「でもペンデュラム様は投げられてたじゃない?」

 

「それは……“乙女の恥じらい”というやつにゃ!!」

 

「「「“乙女の恥じらい”!!」」」

 

 

 うむ、とタマは頷いて自説を披露する。

 

 

「キスされそうになって目を閉じるまで行ったけど、直前で拒否られた……。これはその気を見せながらも、やっぱりダメと引くことでよりペンデュラム様を夢中にさせようとする高度な恋の駆け引きなのにゃよ!!」

 

「な、なるほど……! 確かに少女マンガでは主人公に逃げられた男の子が、さらに執着を見せるようになっていたわ! しかもオレ様系や不良系によくあるパターン!」

 

 

 壁ドンしたヒロインに平手打ち喰らって逃げられた後、「へぇ……俺が食ってきた女どもとはちょっと違うじゃん?」とニヤリと不敵な笑みを浮かべるアレである。自意識過剰な男が拒否られると、やたら迫ってくるようになる少女マンガあるある。

 

 

「それにゃ!」

 

「おお……。シャイン殿がそんな高度な駆け引きを身に付けていたとは……」

 

「さすがタマちゃん、恋のティーチャーだわぁ……!」

 

「ふふん。このタマ、百戦錬磨なのにゃ」

 

 

 そんな恋愛の達人が、なんで独り身なんですかね?(禁句)

 

 

「つまり……このデートは失敗ではない、ということか?」

 

「そうにゃ! 少なくともシャインちゃんとは仲良く遊べたし、自分の窮状を伝えることもできた! さらにはシャインちゃんをドキドキさせることもできたのにゃ! 結果的に見れば、これは大戦果と言えるにゃ!!」

 

「なんと!」

 

「そうだったの……大失敗に見えたのに! ごめんなさい、ペンデュラム様! 私ったらペンデュラム様がそんな深い計算の上で行動しているなんて気が付かず、童貞だの女の敵だのザ☆クズ野郎だの、ひどいことを言ってしまって!」

 

「そこまで言ってたっけ?」

 

 

 深々とペンデュラムに謝罪するシロに釈然としないものを感じながらも、ペンデュラムはよい、と鷹揚に頷いた。

 

 

「シャインの心を読めなかったのは俺も同じだ。フッ……お互いに相手のことを理解し合っている仲だと思っていたが、まだまだ俺にも及ばないところはあったようだな」

 

「ペンデュラム様、謙虚!」

 

「さすがでございますな!」

 

「向上心に満ち溢れてるにゃ!!」

 

 

 お前らが通じ合ったことなんか一度もねーだろ。

 そんなツッコミが通じるわけもなく、ペンデュラムはシャイン攻略に向けてさらなる意欲を燃やす。

 

 

「これからもシャインにはガンガン押していくぞ!」

 

「「「おーー!!」」」

 

 

 主従一体になった掛け声が、元気よく路地裏に響くのだった。

 

 

 それはそれとして、今晩天音はベッドに入ってから自分の童貞ムーブを振り返り、枕に顔を埋めてゴロゴロと悶えることになるのである。



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第55話 恋するうさぎちゃん

 ペンデュラムから逃げ帰ったスノウは、VRポッドの連続ログイン時間の関係もあっていったんログアウトした。

 

 夕食を食べて、頭を冷やしてから再ログイン。

 すると待ち構えていたようにディミが近付いてきて、にやにやと笑いかける。

 

 

『騎士様、初デートはどうでした? 楽しかったですか?』

 

「……楽しいか楽しくないかでいえば、まあ楽しかったかな」

 

 

 あれ? 意外と好感触だったのかな?

 ペンデュラムサイテー! とか愚痴るかと思っていたディミは、あてが外れてきょとんとした表情を浮かべる。

 

 そんなディミをよそに、スノウはドレススキンを剥がすとソファに寝そべった。

 頭上にスキンを掲げてそれをじーっと見つめている。

 

 

『それ、ペンデュラムさんに買ってもらったんですか? 可愛いですねぇ』

 

「んー……」

 

『有名ブランドのデザインスキンじゃないですか。それお高いですよー。いいなぁー羨ましいなぁー』

 

 

 買ってもらうところまで見ていたくせに、ディミは白々しくそんなことを言う。

 スノウは何も言わず、ただじっとそのドレスを見つめていた。

 

 それから15分ほど、スノウはそのままずっとその姿勢のままソファに転がる。

 ぱたぱたと空中をホバリングして待っていたディミは、いつになく考え込んでいるスノウへ訝し気に声を掛けた。

 

 

『騎士様、今日は出撃されないんですか? 寝るならリアルの方で寝た方がいいですよー。騎士様の使っているVRポッドは床ずれとかしませんけど、やっぱりベッドの方がオススメです』

 

 

「……よし!」

 

 

 スノウはおもむろに体を起こすと、ドレススキンをアイテムボックスに収納した。ついに出撃するのかな? とディミが思っていると、スノウはインターフェイスを操作し始める。

 

 

「ちょっと出かけてくる」

 

『あれ? 私は一緒に行かなくてよろしいので?』

 

「ディミはここで留守番してて」

 

『はーい、わかりましたー』

 

 

 今日は一日別行動ですねぇ、とディミはひとりごちる。

 そんな彼女にむかって、付け加えるようにスノウは言った。

 

 

「ああ、それからモニタリングはしないように」

 

『な、なんのことやら……』

 

 

 そっぽを向き、ぴゅーぴゅーと下手な口笛を吹くディミ。

 そんな相棒にスノウは苦笑を浮かべつつ、別エリアへと転移した。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 パーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”。

 

 多種多様なコンテナがうずたかく積み上げられた、パーツ屋とは名ばかりの個人用倉庫。時刻は夜8時を回っていたが、アポなしで行ってもそこの主はいつものようにカウンターに座ってボリボリとクッキーを貪っていた。

 

 

「やあ、バーニー。夕ご飯は食べた?」

 

「今が夕飯中だよ」

 

「もうちょっと栄養のあるものを食べたほうがいいと思うな」

 

 

 そう言いながら、スノウはソファのいつもの位置に座る。

 

 それを追いかけるように、バーニーはぴょんと椅子から跳ねてスノウの対面へと移動する。ぽふんという軽そうな音を立てて、ソファがその衝撃を受け止めた。相変わらず、すさまじい軽業ぶりだ。

 

 スノウが来る直前まで退屈で死にそうな表情を浮かべていたが、今はニコニコと上機嫌そうだ。ぴこぴこと帽子に付けたウサミミを揺らしながら、コーヒーテーブルにココアの入ったマグカップと山盛りのクッキーのボウルを並べる。

 親友が来ると大体こんな感じである。

 

 そんなバーニーに、スノウは何でもないように聞いた。

 

 

「ねえバーニー、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」

 

「おう、なんだ? このバーニー先生になんでも質問しろよ!」

 

「あのさ、プレイヤーの思考ってアバターの影響受けてるよね」

 

 

 揺れていたウサミミがぴたりと止まる。

 何の感情も感じられない表情。空虚が浮かぶその真顔で、バーニーは訊き返す。

 

 

「なんでそう思った?」

 

「んー。まあ最初におかしいと思ったのは、バーニーが『俺としたことがアバターに引っ張られて』って悶えてたことかな」

 

 

 そう言いながら、スノウが山盛りに盛られたクッキーに手を伸ばす。

 ボリッとそれを噛み砕くと、甘すぎるほどの味が口の中に広がった。

 

 

「このクッキーもそう。バーニーは現実(リアル)だとそんなに甘いもの好きじゃなかったよね。家に遊びに行ったらいつも醤油せんべいとか出してきて、おじいちゃんみたいだって言ったっけ。なのに今は甘いものばかり過剰なほど食べてる」

 

「んむ、なるほどな」

 

 

 バーニーは苦笑を浮かべると、クッキーを数枚掴んで小さな口に押し込んだ。

 一瞬唇の合間から、鋭い犬歯が覗く。

 本来口の中に収まるはずもない量のクッキーがするりと口の中に入り、それをボリボリと噛んでから飲み下した。

 

 

「そうだよ。プレイヤーの精神はアバターの影響を受けている。アバターはVR世界における肉体だ。人間の精神ってやつは、肉体と不可分だからな。現実における肉体と違いすぎるアバターを作れば、心はそちらに引っ張られる」

 

「ということは、女性アバターに入ってると心は女性寄りになるってこと?」

 

「まあそうだ。アバター作るときに、現実と同じ性別を選ぶように勧められただろ?」

 

「ああ、言われたねえ……」

 

 

 そう呟きながら、ディミと初めて出会ったときのことを思い出す。

 ほんの1カ月前なのに、随分遠い日のことだったような気がしていた。

 

 

「あれは本来現実の性別と齟齬(そご)が出ないようにするための措置だ。『グラファン(前作)』は実験作だったから、そのへんは強制的に統一してたんだ。とはいえ実際にはLGBTとかもあるし、そうでなくても個々人で事情もあるだろうからな。だから今作は現実と違う性別も選べるようになってる」

 

 

 言外に『創世のグランファンタズム』が『七翼のシュバリエ』のための実験作であったことを示唆しながら、バーニーは説明を続ける。

 

 

「なるほどね。もしかして、これずっと続けてると何かまずい影響が出たりする? 二重人格になったりとか、現実で性同一性障害起こしたりとか」

 

「安心しろ、それはない」

 

 

 バーニーはスノウの心配を一笑に付すと、クッキーの入ったボウルを持ち上げてボリボリと豪快にかじり始める。

 

 

「アバターはあくまでVRダイブしている間だけの仮初の肉体だ。7G通信(エーテルストリーム)から魂を保護するための障壁にすぎねえよ。そもそもダイブしてても本物の肉体とはずっとつながってるんだから、魂の帰属優先度(プライマリ)はそっちが勝つ。痛覚のフィードバック遮断やエロ要素への倫理規制を設けてるのも、魂にそっちが本物の肉体ですよと示すためって理由もあるんだ」

 

「専門用語が多いね」

 

「悪ぃ、ちと感覚が狂ってんな」

 

 

 バーニーはトントンと自分のこめかみをつついた。

 

 

「ま、要するにだ。アバターの影響を受けるのはダイブしてる間だけ。VRダイブから抜ければ、現実の精神にはきれいさっぱり何の影響も残らんってわけよ。だから変なビョーキになる心配もねえ。お客様におかれましては、安心してプレイしていただけるように万全を期しておりますってな」

 

「なるほどなぁ。それを聞いて安心したよ」

 

 

 ざっくりとしたバーニーの説明に、スノウは安堵の表情を浮かべた。

 そんな親友に微笑み返しながら、バーニーがケラケラと笑う。

 

 

「まあいつかは訊かれるだろうとは思ってたけどな。何でこのタイミングだ?」

 

「いや、今日男とデートしたんだけどね」

 

 

 がしゃあああああああああん!!

 

 バーニーが手にしたボウルを取り落とし、クッキーが派手に散らばった。

 

 

「バーニー!? どうしたの?」

 

「い、いや……なんでもねえ。それで?」

 

 

 バーニーは顔をひくひくさせながら笑顔を作り、床に落ちたクッキーを拾い集めながら続きをうながした。

 

 

「うん、それで彼に両腕を掴まれてキスを迫られたときにすごくドキドキしたんだ」

 

 唇に人差し指を当てて、頬を赤らめるスノウ。やけに艶っぽい仕草だった。

 

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 ごかぁぁぁぁぁん!!!!

 

 バーニーがコーヒーテーブルに頭突きした。

 ガラスのテーブルに亀裂が入り、全面が蜘蛛の巣のような見た目になる。

 

 

「バーニー!? すごい音がしたよ!?」

 

「なんでもねえっ! 大丈夫だ! それで!?」

 

「それで、って? いや、それだけだけど」

 

「それだけじゃねえだろ! キスしたのか!? どうなんだ!!」

 

 

 立ち上がって食って掛かるバーニーに、スノウは目を瞬かせる。

 

 

「いや、してないよ。危ないところで正気に戻って逃げたから」

 

「そ……そうか……」

 

 

 バーニーはホッと息を吐くと、平らな胸を撫で下ろした。

 

 

「しかし一体どんな奴だよ、オマエに迫ろうだなんてモノ好きは」

 

「うーんとね。大手クランの【トリニティ】ってわかる? そこの幹部してるペンデュラムって人だよ。お金持ちでね、まあイケメンだなあ」

 

「ほう、金持ちでイケメン」

 

「そうそう、いっぱい仕事をくれるんだ。あと頭がよくて戦術眼もあるよ。あと身長が高くて、少女マンガから出てきたみたいなオレ様系」

 

「へえ、オマエが認めるほど聡明で、背が高くて頼りがいがあると」

 

 

 バーニーはにっこりと微笑んだ。

 金持ちでイケメンで頭が良くて、背が高く頼りがいある兄貴分。

 

 それは現実でのオレのポジションじゃねーか!!

 

 

「ああああああああああああああああ!! 横から出てきて持っていきやがった!! 俺がこんなメスガキウサギボディにされてる間に畜生ーーーーーッ!!」

 

 

 バーニーは頭を抱え、ソファの上でゴロゴロとのたうち回った。

 

 

「バーニー!? どうしたの、しっかりして!?」

 

 

 スノウは頭がおかしくなった親友に飛びつき、必死で肩を揺する。

 その甲斐あってかなんとか正気を取り戻したバーニーは、ぜえぜえと荒い息を吐き、脂汗を流しながら息を整えた。

 

 

「す、すまんな……ちょっと発作的に頭がおかしくなった」

 

 

 ウソだぞ、元からおかしかったゾ。

 

 

「ログインしすぎなんだよ、バーニーは。たまには休まなきゃね」

 

 

 そんなバーニーを心配するスノウは、無造作にその小さな頭を膝の上に置いた。

 膝枕の柔らかい感触に、バーニーは目を見開く。

 

 

「シャイン、オマエ……」

 

「ん? どうしたの?」

 

 

 目をぱちぱちとさせるスノウは、男同士だった頃には絶対しなかったであろう自分の行動に何の違和感も持っていないようだ。

 1カ月もの間スノウライトを演じたことで、アバターの影響が徐々に出始めていた。

 バーニーは説明を忘れている。異性のアバターで過ごせば過ごすほど、経験の蓄積によって思考は異性化していくということを。

 

 

「いや……」

 

 

 バーニーは説明し忘れたことに気付くこともなく、スノウの膝の柔らかさにうっとりと目を細めた。

 

 

「なあシャイン、オレとオマエは親友だよな」

 

「何言ってんの、当たり前じゃない」

 

「そうだな……うん、そうだ。何があっても友達だもんな」

 

「もちろんだよ」

 

 

 膝枕されながら優しく頭を撫でられ、バーニーは見た目相応の幼な子のようにまどろむような表情を浮かべる。

 

 

「あ、友達といえば、今日ペンデュラムと友達だから対戦せず仲良くしようねって約束したっけ」

 

「ファッキン!!!!!」

 

「バーニー!?」

 

 

 瞬間沸騰した幼女が、倫理規定用語フィルターを無視した罵声を上げる。

 

 

「あ、あの野郎……オレの聖域に土足でどんどん立ち入りやがって……!! あいつは敵、敵だッ……!! シャイン、もうあの子と遊んじゃいけません!!」

 

「えー……? でも、お得意様だし。キミへの借金を返すためだから関係を切るなんてできないよ?」

 

「自業自得ギャアアアアアアアアス!!! NTR物のヘタレ旦那かオレはッ!?」

 

 

 自分が作った借金を返済するために、よその男に体を売る妻を指をくわえて見ていることしかできないアレである。貸し主は他ならぬ自分なのだが。

 

 ぐぎぎと悔しがるバーニー。

 そんな彼女の様子を自分と遊べないのが嫌なのだと解釈したスノウは、ぽんぽんとその頭を撫でて優しくなだめた。

 

 

「今日はペンデュラムに電脳街を案内してもらっただけだよ。今度はバーニーと一緒に街で遊ぼうね」

 

「ほ、ほんとか? 絶対だぞ?」

 

「うん、もちろん。約束だよ」

 

 

 目を輝かせるバーニーに、スノウはニコニコと頷く。

 まるで遊びをせがむ可愛い妹を相手しているような気分になっていた。

 

 もっとも、バーニーの側は大喜びなのだが。諸々の事情であまり街には出たくないバーニーだが、それを忘れるくらいに浮かれていた。

 

 スノウはバーニーの頭がおかしくなったのかと気に掛けているようだが、その心配は無用だ。何も今に始まったことではないから。

 恋するウサギさんは数年前からとっくに頭が三月ウサギ(マーチヘア)なのだ。

 

「……あ、そうだ。それはそうと、ちょっと買いたいものがあるんだけど」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「ただいまー」

 

『おかえりなさい』

 

 

 動画配信サイトを鑑賞していたディミは、スノウが戻って来たのを見てインターフェイスを閉じた。

 スノウがログインするとディミが動画を見たり匿名掲示板に書き込んだりして暇つぶししているのはいつものことなので、特に驚かない。むしろスノウとしては何もせずにただぼーっと浮かんでいられた方が不気味だと思う。

 

 

「はい、これお土産」

 

『……え?』

 

 

 差し出されたプレゼントボックスに、ディミは目を丸くした。

 ぽかんとして立ちすくむディミに、スノウは焦れたように早く開けてと言い、目をそらす。

 まさかびっくり箱とかですかねぇ……と、ディミは恐る恐る箱を開けた。

 

 

『わあ……!?』

 

 

 その中に入っていたのは、紅色のワンピースとパンプス。

 今日スノウがペンデュラムに買ってもらったのと同じ色をした、ペットOP用のスキンだった。

 

 もちろんスノウに自由になるお金でデザイナーズ品が買えるわけもないので、運営が出している公式スキンである。

 だがそれでもOPを出して購入すれば決して安くはない金額がする。ペット関連のスキンは、趣味の領域であるが故に金額もお高い。

 

 

『どうしたんですか、これ……!』

 

「バーニーから買ったんだ。まあ、また借金は増えたけど……」

 

 

 スノウは気恥ずかしそうにディミから顔を反らす。

 

 

「……キミはボクの“相棒(demi)”だ。嬉しいことも苦しいことも分かち合う関係だろ? ボクが服をプレゼントされて嬉しいなら、キミもその嬉しさを味わうべきだ……そう思っただけ」

 

『騎士様……』

 

 

 ディミはうるうると瞳を濡らし、服を抱きしめたままぎゅっとスノウの頭に抱き着いた。

 

 

『嬉しいです! 大事にしますね!』

 

「ん。まあ、喜んでもらえたら贈った甲斐もあるかな」

 

 

 頭にスリスリするディミに、スノウはえへへと笑い返す。

 

 

「ほら、大事にするのもいいけど……服は着るものだよ? ほら、着てみせて」

 

『ふふっ。でも“相棒”なら、騎士様ももう一度そのドレス着てくださいよ』

 

「もう一度? はいはい、わかったよ」

 

 

 ディミに促され、スノウはドレススキンを取り出して着用する。

 

 並んでインターフェイスを開くと、深紅のドレスとワンピースでおめかしした2人がスクリーンの中で微笑んでいた。

 同じ色の服で仲良く並んでいる様は、主人と従者のようには感じられない。

 

 

「あはは。なんだか姉妹みたいだ」

 

『騎士様、姉妹じゃないですよ? 私たち“一心同体(demi)”です!』

 

「ふふっ、それいいね!」

 

 

 スノウとディミは顔を見合わせると、同時に笑い合う。

 

 

「よーし気分がノッてきたぞ! 今日はこの格好のまま出撃しちゃうか!」

 

『ええっ! やっちゃいましょう! 今日はこのスキン絶対脱ぎませんよ! 今の私たちはシンクロ率200%だぁ!!』

 

 

 ヒャッハーー!! とノリノリでスノウはインターフェイスから出撃を選ぶ。

 

 しかしその出鼻を挫くように表示されるエラー表示。

 

 

「あれ? なんで? 『コスト超過なので出撃できません』?」

 

『おかしいですね。何が原因なんでしょうか』

 

「武器は変えてないしなあ」

 

 

 2人は並んでインターフェイスを覗き込み、機体のスペックを逐一指さしながらチェックする。

 そしてオプションパーツの欄に、問題を発見した。

 

【装備オプションパーツ】

 

 

〇【関節強化1】

 

ジョイント部分の靭性を強化。

重量超過限界を引き上げ、ヘビーウェポンの装備を可能にする。

重い物を運ぶ場合にも役に立つ。

 

装備コスト・2

 

 

○サポートAI・ディミ

 

貴方が誘拐してきたサポートAI。

賢くて物知りでお話の相手もしてくれる、可愛いおしゃべりディミちゃん。

ちょっぴり毒舌、でもそこがイイ。

 

装備コスト・1

 

 

○ペット用スキン・ディミ

 

ディミちゃんのために選んだ可愛いワンピース。

ほんのりと武器ダメージ+1%。

 

装備コスト・1

 

 

【警告:現在の最大装備コストは3です。コスト超過分のOPを外してください】

 

「やっぱ脱げーー!!」

 

『嫌ですーー!!』

 

 

 ドタバタドタバタ!!!

 

 

「脱がないと出撃できないだろ!!」

 

『やだー! せっかくもらったんだから絶対脱ぎませんよ! 【関節強化】外せばいいじゃないですか!!』

 

「外したら“レッドガロン”撃てないし投げ技も使えないじゃないかっ!」

 

 

 おめかし姿のまま、マイルームで追いかけっこするスノウとディミ。

 可愛らしい衣装だけに、なんだか大変みっともない。

 

 しかし2人の表情は、とても楽しそうに見えるのだった。

 




この物語のヒロインは基本的にTSしても女×男の組み合わせしかいませんが、ひとりだけ例外がいるようです。


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第56話 肉食系女子にエサを与えてはいけません

今回は久々に鈴夏先輩のお話です。


「ですからねえ、鈴花さん。今一度ご自分の成績というものを振り返ってみてほしいんですよ」

 

「はい……」

 

 

 スマホの向こうから聞こえる、神経質さを感じさせるカン高い男の声。

 鈴花鈴夏は肩を落とし、その声に諾々と頷きながら肩を落とす。

 

 ここは鈴夏の自室。

 通話の相手は彼女が所属するクラン【アスクレピオス】のエージェント。

 安田と名乗っているこの男は、彼女の父親が倒れたときに、鈴夏にプレイヤーとして雇われないかと勧誘してきた人物である。

 

 彼女の父親は中国拳法の道場を開いていたが、そもそもからして稼ぎはよくなかった。急激なスピードでネット技術が発展するこのご時世、そもそも護身術やカルチャースクールといったもの自体が衰退しつつある。

 

 そんな中でもなんとか学費を作り、自分を私大にまで通わせてくれた父親には感謝しかない。本当は国立の大学に行ければよかったが、残念ながら鈴夏はそこまで学校の成績はよくなかった。

 せめて大学では頑張って、いい会社に入って親孝行しよう……。そう思っていた矢先、父が病に倒れてしまった。

 

 何やら医学的に珍しい、脳以外の全身の神経が衰弱してしまう病気なのだという。あれほど元気だった父は、ベッドから降りられない体になってしまった。格闘家としての再起はもはや望みようもない。

 大黒柱を失ったことに加え、高額な入院費を請求されて絶望に暮れる一家に声を掛けてきたのが、安田だった。ゲームを毎日プレイするだけで、父の入院費や一家の当座の生活費の面倒をみてくれるのだという。そのときはまるで救いの手を差し伸べる彼が神様のように思えたものだった。

 

 

「命令違反でヘルメス航空中隊から外された、まあそれはいいとしましょう。あの日は司令部も麻痺していて、命令系統も混乱していましたから。ですがそれから一カ月、あなたはロクな戦果を挙げられていませんね」

 

「はい……」

 

 

 鈴夏は叱られた子犬のように、しょんぼりと肩を落とす。

 その指摘は事実だった。

 

 彼女が扮するジョン・ムウは、一カ月前のクロダテ要塞を巡る攻防戦での命令違反を問われて、ヘルメス航空中隊をクビになっている。

 

 それは主にスノウによってジョンが内通者に仕立て上げられたり、スノウに協力して砲台をジャックしたりと……まあなんだかんだ大体スノウが悪いのだが、ジョンはそれを恨むつもりはない。元々上官には疎まれていたし、本当は嫌いだったこのゲームの楽しみ方も少しだけわかった気がするから。

 

 しかしその後のジョンの戦績は悲惨である。

 

 ヘルメス航空中隊を追放されたジョンは、遊撃部隊に送られた。命令や規則でガチガチに縛られた部隊はもうこりごりだったし、身ひとつで戦場をかく乱するスノウの戦い方に憧れていたため、ジョンはむしろ幸運だと思っていた。

 

 しかしそれは彼が思った以上に、いばらの道だったのだ。

 【アスクレピオス】にとっての遊撃部隊とは、エリート部隊から落ちこぼれた者の寄せ集め。囮や捨て石に使われるような“野良犬部隊”だったのだから。

 

 まず武器もパーツも貧弱である。ヘルメス航空中隊を追われたジョンは、それまで使っていた機体を剥奪されてしまった。中隊から支給されていた機体なので、仕方ないことではあるのだが。

 一応【アスクレピオス】からお情けで装備を渡されはしたものの、できたのは初期パーツに毛の生えたようなビルド。そこから自分の力でJC(カネ)を稼ぎ、パーツを更新していけと突き放された。

 

 スノウだって初期パーツの機体であんなに戦えたんだ、自分だって……! と挑戦するジョンだが、彼は肝心なことを理解していなかった。

 そもそもスノウが初期パーツで敵を圧倒できたのは、初手で敵エース(アッシュ)から強力な課金SSR武器を奪い取ったり、【トリニティ】の武器工場から最新鋭の武器を強奪したり、ペンデュラムから武器を供給されていたためである。

 

 初期パーツでも敵のロックオンを外せるテクニック、エイムアシストに頼らないエイム力が前提としてあり、それでも埋められない機体の能力差を力業で強引に押しつぶす圧倒的な火力があったからこそ、スノウはあれほどの活躍ができたのだ。

 

 スノウも認める天性の勘の良さを備えるジョンといえど、初期パーツ同然の機体に貧弱な武装のままではあっさりと撃破されてしまうのも当然だった。

 撃破され続けること一週間を迎える頃には、ジョンも火力がないことにはどうしようもないということに気付いていた。

 

 しかしジョンには天性の勘の良さこそあるものの、敵から武器を強奪するという非情さが欠けている。真面目なジョンには、ゲームの中とはいえ盗みに手を染めることができなかったのだ。安心してほしい、それが常人のまっとうな感性というものです。

 

 

「鈴花さん、これからどうするおつもりです? 今のまま遊撃部隊でくすぶっていても、先行きは明るくありません。あなたの無様な戦績では、紹介した私の評価にも傷が付くんですよ。改善するつもりがあるのなら、案を聞かせてもらいたいですね」

 

「あの……」

 

 

 詰問する口調の安田に、鈴夏は思い切って言ってみることにした。

 

 

「もう少しいい武器パーツを用立てていただけませんか? そうすれば、戦績も上がると思うんです」

 

「はぁ……」

 

 

 安田は心底がっかりした、と言わんばかりのため息を吐いた。

 

 

「何を言うかと思えば……。戦果を挙げられていないあなたに、何故いい武器を供給しなければいけないのですか? 考えてみてくださいよ、これまでロクな業績もなければ、具体的なプランもない。そんな企業に金を貸す銀行なんてありますか? ないですよね?」

 

「あう……」

 

「返事は?」

 

「……ないです」

 

「でしょう? まったく……そういうのはプランとは言いませんよ。ただねだっているだけです。大学まで行ってるんです、もう少しその上等なおつむで考えてからモノを言ったらどうなんですか」

 

 

 ネチネチと叱責する安田に、鈴夏はますます肩を落とす。

 

 これがスノウなら、こんなに言われっぱなしになることなどないだろう。

 

 

『ハァ? ロクに出資もせずに戦果だけ出せとかアホなの? 床上手な処女を彼女に欲しがるクソ童貞かよ、ププッ。もっとましな武器を寄越してから寝言言ったらぁ? いいからマトモな武器用立てろよな。イヤならそっちの武器庫襲ってもいいけどぉ?』

 

 といった感じに煽りと脅迫を交えて交渉して、武器一式はせしめたはずだ。あのクソガキは、勝つためなら雇い主を脅すくらい平気でやる。そして最終的には出資された以上の戦果を持ち帰って、ドヤ顔でボーナスを要求するのだ。

 

 しかし鈴夏には目上の人に暴言を吐く度胸もないし、そもそも口も回らない。こんなときスノウならどうしたかな、と頭の片隅で思いながら、言われっぱなしになっているしかないのだ。

 

 

「はぁ、まったく……。パイロット適性検査の結果を見たときや、エリート部隊に編入されたときにはこれは掘り出し物だと思ったのに……」

 

 

 電話口の向こうでブツブツと文句を言う安田。

 

 

「こうなったら必死に土下座して謝って、ヘルメス航空中隊に再編入してもらいますか」

 

「それは……」

 

「ヘルメス航空中隊でなくても、貴方が一晩ベッドを共にすれば迎え入れてくれる部隊くらいいくらかあるでしょうよ。そんな男を誘う下品なオッパイをしているんですからね。今からでもやったらどうです?」

 

 

 露骨なセクハラに、鈴夏は顔を曇らせた。

 

 

「…………」

 

「嫌ですか。まったく……まあいいです」

 

 

 黙り込む鈴夏に、安田はフンと鼻を鳴らす。

 

 

「しかし後がないということだけは覚えておいてもらいたいですね。このままではお父様の治療費は打ち切らせていただくことになります。そうなれば一家で首を括るか、貴方とお母様で風呂に沈んでいただくほかありませんな。我々【アスクレピオス】は慈善団体ではありますが、成果を出さない者を手厚く保護はしません。では、戦果を期待しておりますよ」

 

 

 慈善団体どころか、ヤクザまがいのことを言って安田は通話をガチャ切りした。

 

 通話を終えた鈴夏はずるずると壁にもたれるように崩れ落ち、その場にへたり込む。最近は安田との通話を終えると、つねに脱力感と倦怠感に包まれるようになった。

 

 

「ひっどいなあ……。前はあんなこと言わなかったのに」

 

 

 鈴夏はあはは、と乾いた笑いを浮かべる。絶望に包まれると、人間は自然と笑いをあげてしまうなんて知りたくもなかった。

 

 いや、実際のところヤクザまがいではない。病気の家族の命と治療費を質にとって、過酷な労働を強いているのだから。他人の家族への情を食い物にするという意味ではヤクザよりもタチが悪い連中だった。あるいはまだ枕営業を強要しないだけ、少しはマシなのだろうか?

 

 体を売れと言われた鈴夏は、恐怖感から自分の体をぎゅっと抱きしめる。ジャージに包まれた豊かな胸が、弾力と共にぐにゅっと歪んだ。

 こんな大きすぎる胸なんて欲しくなかった。格闘家としては邪魔すぎるし、望んでもいないのに男の目を惹いてしまう。それが嫌で、高校は女子高を選んだくらいだ。

 実際、男に襲われそうになったことも何度かある。全員叩きのめして警察に突き出してやったが、そのせいで鈴夏は軽い男性恐怖症を患っていた。

 

 

「……買い物行こ」

 

 

 エコバッグを手に、ふらふらと外に出る。こういうときはショッピングをして気を紛らわせるに限る。まあ、今日はどの袋のもやしがたくさん入ってるかで悩む程度なのだが。

 玄関を出たそのとき、隣室のドアが同時に開いた。

 

 

「あ、鈴夏先輩こんにちわ。お買い物ですか?」

 

 

 隣の部屋に住まう1学年下の後輩が、人懐っこそうな笑顔を向けてあいさつする。

 

「虎太郎くん……」

 

 

 鈴夏はその顔を見て、ほわほわとした気分になった。

 

 まるで中学生のように見える幼げな容姿に、無造作に目元まで伸びたぼさぼさの黒髪。ドクロマークのバックプリントが入ったサイズ大きめの黒のTシャツがちょっと中二感あるものの、本人は多分何も気にせずに着ている。何の飾り気もない、とても地味な男の子。

 

 しかしその髪に隠れた目元や鼻筋のパーツは意外と整っていることに、鈴夏は気付いている。

 前に熱中症で倒れていたところを看病したときに、目元をまじまじと見たのである。なお彼女の名誉のために言っておくと、額に濡れタオルを置くために髪をかき上げたのでわかったのである。やましいことはない。

 

 そのときに意外とまつ毛が長いなあとか可愛い顔立ちだなあとか思って数分間寝顔をしげしげと見つめていたのだが、やましいことはない。本当かな?

 

 

(虎太郎くんは今日も可愛いなあ~)

 

 

 この隣人の存在が、最近の鈴夏の癒しである。

 

 軽度の男性恐怖症を患う鈴夏にとって、大人の男性は恐怖の対象である。そんな彼女が恐怖を抱かなくて済む異性は、年下で安全そうな男の子なのだ。しかし格闘家でもある彼女は、脆弱な男というものが嫌いである。

 

 虎太郎のサイズ大きめのTシャツの胸元がちょっとパツンと張っているのは、その服の下に意外なほど鍛えた大胸筋が隠れているからである。

 

 前に看病したときに、濡れていた服をたくし上げて汗を拭いたときにまじまじと見たのである。なお彼女の名誉のためにもう一度言うけど、やましいことはない。誓ってやましい気持ちから裸を見たわけではないのだ。

 

 まあとりあえず年下で無害そうで、筋肉もついている虎太郎は鈴夏にとってストレートに好みの男の子なのである。

 

 隣室にこんな肉食獣が潜んでいるとも知らず、虎太郎は油断しきった様子で鈴夏に笑いかける。

 

 

「買い物するなら、一緒に行きません? 僕も晩御飯の材料を買いに行こうと思ってたので」

 

「あ、うん! もちろんいいよ!」

 

 

 思わず即答してしまってから、よく考えると自分の貧しい食生活がバレてしまうのでは……? と一瞬考える鈴夏。

 しかし貧乏なのはお互い様だし、とそのまま思考停止することを選択する。普段着にしているジャージ姿もとっくに何度も見られているのだ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 買い物しながら、さまざまなことを話題にする。

 真っ先に話題に上がるのは、やはりお互いの共通項である大学のこと。

 

 

「どう? カリキュラムはちゃんと消化できてる?」

 

「ああ……まあ、捗ってないですね……」

 

 

 ネットの発展に合わせて、大学のカリキュラムも変化している。

 最近は生徒がアーカイブで講義を受講し、決められた期日までに課題を提出するという形の受講形態も増えてきていた。

 

 生徒側は昼でも夜でも時間を問わず受講できるし、講師側も予め収録しておけば毎週講義しなくてもいいので研究に打ち込めるとあって好評である。

 しかし、それは生徒側にも自己管理能力が求められるということでもあり、ついつい遊び惚けて課題をおざなりにしてしまう生徒が増えていることが問題視されている。

 

 

「ダメだよ、ちゃんと毎日しっかり勉強しなきゃ。アーカイブ講義は後でまとめて聞こうと思っても難しいんだからね」

 

「はい、すみません……」

 

 

 先輩風をびゅーびゅー吹かす鈴夏に、しゅんと頭を下げる虎太郎。

 そんな後輩を見て、鈴夏はぺろっといたずらっぽく舌を出した。

 

 

「なんてね。私も去年それでひどい目にあったんだぁ」

 

「そうなんですか。先輩ってしっかりしてそうなのに」

 

「ふふっ。経験者は語る、ってね。まあここ数年はあまりにも課題の提出率が悪いから、どんどん緩くなってはいるんだけど。それはそれで学習の質が低下してて問題になってるみたいだね」

 

「ネットの発達も良し悪しですね」

 

 

 しみじみと頷く虎太郎に、鈴夏は疑問をぶつける。

 

 

「虎太郎くんこそ真面目そうなのに、勉強サボってるの意外かも。勉強せずに何に時間使ってるの?」

 

「あー……まあ、ゲームですね。あとちょっとしたバイトです」

 

「へえー。バイトは何をしてるの?」

 

「……なんと言ったらいいのか……。まあ、人助けですかねえ」

 

 

 二重三重にオブラートに包んだ物言いであった。

 困っている人に助力する傭兵稼業は、まあ確かに人助けと言えなくはない。

 でもお前の行動のせいで、数十倍の人間が泣かされているんですがそれは。

 

 そんなこととは知らない鈴夏は、その言葉をストレートに受け止めていた。

 

 

「人助けかぁ。えらい!」

 

「いや、そんな。大したことじゃないですよ」

 

「ううん、このご時世で人助けのために働くなんてなかなかできることじゃないよ」

 

 感じ入ったようにうんうんと頷く鈴夏。

 自称慈善団体にブラック労働を強いられている人が言うと説得力ありますね。

 

 さすがの虎太郎も何か騙しているようで良心が咎めたようである。

 

 

「手放しでほめられることじゃないですって。そもそも生活のためでもありますけど、借金は自業自得ですし……」

 

「えっ? 虎太郎くん、借金あるの? 大丈夫?」

 

 

 心配そうな顔をする鈴夏に、虎太郎はいやいやと軽く手を振った。

 

 

「ああ、少額ですし自業自得なので」

 

「自業自得……って、何にお金を使ったの?」

 

「そうですね、妹的なものに服を買ってあげたりとか」

 

 

 妹扱いされてるディミちゃんである。本人が聞いたらどんな顔をするだろうか。

 

 虎太郎の言葉を聞いた鈴夏は、思わず「えらいっ!」と叫ぶ。

 現在進行形で家族という負債に苦しめられている鈴夏である。元々家族思いの鈴夏の琴線にはてきめんに効いた。

 

 

「虎太郎くんはえらいよ! 妹に借金してまで服を買ってあげるなんて!」

 

「……いや、別にそんな美談じゃないですよ? ええ、血のつながった妹じゃないし」

 

「血が繋がってないなら余計にえらいよっ!」

 

 

 血のつながらない妹、貧乏生活、バイト、借金。

 鈴夏の中で、今すごい速度で感動のストーリーが作られていた。

 

 両親同士の再婚、しかし両親は不仲で子供たちを顧みることはなく、父親は酒浸りで母親は浮気に走る。そんな中、虎太郎は年の離れた血のつながらない妹を不憫に思い、頑張って人助けのバイトをして金を作り、足りない分は借金して服を買ってあげて……! ありがとう、あんちゃん……!

 

 じわりと鈴夏の目尻に涙があふれる。

 

 思えば鈴夏も弟のことを随分と可愛がってあげたものである。最近は弟が嫌がって距離を置くようになってしまったが、兄弟を愛する気持ちはよくわかる。

 

 鈴夏は目尻の涙を拭うと、ことさら明るく言った。

 

 

「よーし! 虎太郎くんはえらいから、今日はお姉ちゃんが何か御馳走してあげようかな?」

 

「えっ、そんな……悪いですよ」

 

「いいのいいの、私が虎太郎くんをねぎらってあげたいの!」

 

 

 虎太郎はちょっと困ってしまう。

 彼の中では、自分がゲームの中で好き放題遊ぶために借金したという感覚しかない。ディミに服を買ったのも自分がそうしたかったからだし、そもそもゲーム中の借金なんてあくまでゲームの中の金という認識である。

 

 そんなことで大袈裟に褒められるのもなんだし、そもそも鈴夏先輩って自分よりももっと貧乏そうなんだよなあ……。

 

 

「あー……じゃあ折半しませんか。材料費は僕がもちます。それで作るのは鈴夏先輩、片付けるのは僕ということで」

 

「えっ……いいの?」

 

「いいですよ。実はバイト代入ったばっかで懐あったかいんです」

 

 

 そう言って、虎太郎は野菜売り場に目を向けた。

 

 

「あっ、今はニンニクの芽が旬ですね。じゃあニンニクの芽と豚バラで豚丼とかどうですか? 最近肉あんまり食べてないし、こういうこってりしたもの食べたいです」

 

 

 虎太郎は根っからの年下キャラである。年上への甘え方は心得ていた。

 こういった相手も逡巡する余地があるシチュエーションでは、「~したい!」「~食べたい!」と、こちらから決めてしまって押し切るのがうまくねだるコツだ。

 

 一方、鈴夏は鈴夏で目を輝かせていた。

 最近肉をまるっきり食べていない。鍛えた肉体を維持するためにはたんぱく質が欠かせない。体が肉を求めていた。やはり肉食系女子である。

 

 

「じゃ、じゃあ……虎太郎くんがそう言うのなら、お姉ちゃん腕によりをかけちゃおうかな!」

 

「やったあ! 楽しみにしてますよ、先輩!」

 

「えへへ、お姉ちゃんに任せて!」

 

 

 こうしてこの夜、鈴夏は虎太郎を自室に招いておいしくタンパク質とカロリ-を摂取した。

 虎太郎が振りまく年下成分によって心に、豚丼によって体に満ちる栄養分。

 

 

 心も体も満たされた鈴夏は、成り上がりを求めて改めてゲームに向き合うのだった。




こんなに無節操にフラグ立てまくって、一体どうなってしまうんだ(A.凸られる)

勧誘員にはいつか天罰が落ちるんじゃないですかね。なにせ神の名を騙ってるわけだし。


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第57話 ディミちゃんのネットサーフィン②

前話から1カ月が経過して、6月になりました。
今回は掲示板回です。
なお、匿名掲示板ですがディミちゃんには『七翼』でのアバター名が見えています。


攻略・質問スレッドNo.253

 

 

267 名前:けんた

 

最近始めたんでうSが、このゲーム攻略うぃき見てもあまり情報なくないですか?

もっとわかりやすい初心者用の攻略サイトあれば教えてください

 

 

268 名前:カガチ

 

ねーよそんなもん

 

 

269 名前:ブラー伯爵

 

いや、その返しはさすがにあかんやろ……。

初心者は大切にしようぜ。

 

とりあえず攻略wiki見ればいいんだけど、もっと詳しいこと知りたいならクランに入って先輩に聞くといいぞ。

割とクランの中で攻略情報は秘匿されがちだからな。

 

 

270 名前:御堂

 

今攻略情報が集まってるとこといえば、スノウライトファンクラブだろ。

 

 

271 名前:ブラー伯爵

 

おいやめろ、拡散するんじゃねえ!

 

 

272 名前:けんた

 

スノウライトって人のファンクラブ?

なんでそこに攻略情報がいっぱいあるの

 

 

274 名前:御堂

 

スノウライトっていう悪名高いプレイヤーがいるんだけど、そいつを倒そうとファンクラブにアンチが集まってんだよ。

で、そのアンチたちが情報交換してスノウライトとの交戦情報とか、レイドボスのいい狩場を共有してるから、攻略情報が集まるってわけ。

まあ初心者向けの場所じゃねーな、ガチ上級者向けだわ。

 

 

275 名前:†猫テイマー†

 

やめろ、マジで広めるな。

シャインのファンでもアンチでもない奴に来てほしくない。

あそこは俺らの安住の地なんだ、そっとしておいてくれ。

 

 

276 名前:ゴッスン釘

 

はい、スレチスレチ。

詳しく知りたいならシャインファン・アンチスレへどうぞ。

以下攻略情報に戻りまーす。

 

 

277 名前:カガチ

 

こいつらもうファンなのかアンチなのかわかんねえな……。

 

 

278 名前:ディミ

 

必死すぎる……

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

【悲報】氷獄狼さんが飼い犬ワンちゃんになりさがった件について【わんわんお】

 

 

1 名前:コバンザメ

 

なんとあの大手クラン【氷獄狼】が、【トリニティ】の下位クランになったことが事情通によってリークされました。

暴虐の限りを尽くしたあの暴れ者のチンピラたちの新たなご主人様になったのは、【トリニティ】次期クランリーダー筆頭候補と噂されるカイザー。

 

“企業クランには絶対に負けない”を合言葉に頑張っていた彼らも、【トリニティ】の巨大資本とカイザー様の魅力には勝てなかったようですね。

忠実な飼い犬に生まれ変わった彼らの忠犬ぶりにご期待ください☆

 

 

2 名前:アッシュ

 

誰だこんなスレ建てやがった奴!!

ぶっ殺すぞ!!

 

 

3 名前:クガチチ

 

えっ? マジで?

何があったんだよ【氷獄狼】……。

 

 

4 名前:ミケ

 

これマ?

 

 

5 名前:緑茶

 

どうも本当らしいわ。

【氷獄狼】にフレがいるんだけど、【トリニティ】の応援に今月3回駆り出されたって言ってた。

 

 

6 名前:ヤンヤン

 

クッソ受けるwwwww

今日一番笑ったわwwwww

 

はぁ……。【氷獄狼】の連中はアホチンピラばっかだったけど、誰にも与さないスタイルは尊敬してたんだがな。

独立独歩のスタイルも、所詮はカネの前には膝を屈するのか。

 

 

7 名前:アッシュ

 

ちげーよ! ヘドバンの奴にも何か考えがあんだよ!

ヘドバンが買収なんぞされるわけねえし!

 

ちょっと今からヘドバンに確認してみっから!

 

 

8 名前:ディミ

 

それが>>7を見た最後になるとは、このとき我々は思いもしなかったのです。

 

 

9 名前:ゴクドー

 

これが本当なら、だいぶヤバくないですかカイザー勢力。

これまでもあちこちからプレイヤー取り込んでましたけど、大手クランまるまる傘下に収めるとか……。

【トリニティ】のお家騒動はだいぶゴタついてるって話でしたけど、これはもうカイザー一強で確定かもしれませんね。

 

 

10 名前:ネメシス

 

あのヘドバンマニアがそんなにたやすくポリシーを曲げるとは思えねえんだけどなあ。

やっぱ企業資本が入らないと、これ以上技術の進歩についていけないのか?

 

 

11 名前:ミケ

 

いやはや恐ろしい話ですなあ……。

カイザー殿は魔法でも使ってるのでは。

こうもあっさり変節をもたらすなど、化生の業ですよ。

 

 

15 名前:痩せ犬

 

【氷獄狼】のモンですが、これマジです。

今クランを抜けようかどうか考えてるとこっす……。

俺がヘドバンさんについてきたのは、行き場をなくした俺らを迎え入れてくれて、しかも個人で企業にあらがうって心意気に惹かれたからなんで。

 

 

22 名前:ヘドバンマニア

 

ああ!? なんだテメエら、勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ!

ブチ転がすぞコラァ!!

カイザーさんの志を助けることこそが【氷獄狼】のためになるんだよ!!

 

外野がぐだぐだ抜かしてんじゃねえ! 今すぐスレ削除申請しないと特定して凸るからな!

 

 

24 名前:緑茶

 

効いてる効いてるwww

ヘドバンさんちーっす!

 

 

25 名前:西陣庵

 

いや、これヘドバンじゃないでしょ。

あの人もっと温厚な人格者だよ。

なりすまし乙。

 

 

77 名前:血髑髏スカル

 

……なんでこんなことになっちまったんだ……。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

【その決戦兵器】ストライカーフレームについて語ろう【もしや産廃】

 

 

478 名前:メテオコメット

 

ストライカーフレームってどう?

レイドボス撃破には欠かせないって話だから、ウチでも採用しようと思ってるんだけど……パーツの生産コスト見てぶったまげたわ。

実用スペックまでパーツ集めたら5千万JC越えるじゃん。

 

 

479 名前:璃々丸恋

 

そうですわね、なかなかのお値段がしますわ。

企業クランであっても社内稟議に掛けないといけない買い物ですわね。

 

もちろんそのリターンが大きいのは承知しているんですけども、ウチもなかなか生産に踏み切れてはいませんわ。

 

 

480 名前:ゴクドー

 

持ってるだけで抑止力として他のクランから攻められにくくなったりしないんです?

だってすっごく強い兵器なんでしょ?

 

 

481 名前:璃々丸恋

 

そう簡単な話じゃありませんのよ。

ストライカーフレームって、シュバリエと違って壊れても復活とかしないんですの。だからランニングコストがすごくかかるんです。

間違っても対シュバリエ戦なんかに持ち出したくありませんわ。壊されでもしたら泣くに泣けませんもの。

 

 

482 名前:ディミ

 

そんな虎の子のストライカーフレームを初心者相手に持ち出して、しかも破壊されたエースパイロットがいると聞いて。

 

 

483 名前:エンプティハンプティ

 

くwwwさwwwはwwwえwwwるwwwww

 

 

484 名前:血髑髏スカル

 

wwwwwwwwwwwwww

 

いや、マジで勘弁してくださいよ魔狼さん……。

 

 

485 名前:チンパンジー1号

 

それにただ強いフレームと言っても、さまざまな強さがありますからな。

 

レイドボスも個体によっていろんな特徴を備えております。

対峙する敵の特性に合わせたパーツ選びこそが肝要なのですぞ。

 

かくいう我々もwwwこの度レイドボス攻略に備えて最適のフレームを作り上げましてなwwww

多弾頭ミサイルにガトリングガン、発熱弾頭、そしてとどめに巨大ビーム砲wwwwww

そして愛らしさと強さを兼ね備えた極秘パーツwwwww

んんんwwwわたくしの理論上最強のフレームが完成しましたwwwwもう勝ったも同然wwwww

 

 

でもこれ、うちのクランに誰も使いこなせる者がいなかったんですな。

マジでどうしようこの産廃。もう資金尽きましたぞ……?

 

 

486 名前:ディミ

 

あ、アホだ。アホがいますよ……。

 

 

487 名前:エンプティハンプティ

 

こんなん草も生えませんわ

 

 

488 名前:璃々丸恋

 

クラン内に使いこなせるパイロットがいないのなら、外部から呼んでくればいいじゃありませんの。

 

 

489 名前:チンパンジー1号

 

ふむ? しかし外部といっても……他のクランから借りるのですかな?

ですが他のクランには極力借りを作りたくないのです。

撃破報告を見たことがないレイドボスですし、分け前で素材を持っていかれると面倒なことになりますからな。

 

 

490 名前:璃々丸恋

 

フリーの傭兵を雇えばいいのですわ!

スノウライトっていう人がいるんですけど、この方はいろんな強敵と戦いたいっていう奇特な方で、楽しいバトルができるのなら格安で力を貸してくださいますのよ。

 

 

491 名前:チンパンジー1号

 

シャイン氏ですか!

なるほど、かの御仁とはぜひ一度じっくり話したいと思っていました!

 

確かにwww上位レイドボス戦とあれば不足はない相手www

これはぜひwww依頼せねばwwwww

 

 

492 名前:ゴクドー

 

へえー……そんな人がいるんだぁ。

 

 

493 名前:血髑髏スカル

 

いいこと聞いたわ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

【戦士の】ロビーの過ごし方どうしてる? 25日目【休日】

 

 

787 名前:シロ

 

このゲームって本当にいろんな遊びがあるんですねえ。

先日初めて電脳街に行ったんですが、あんなにたくさん人がいるなんて想像もしませんでした。

食べ物を売っているお店や、洋服屋さんもいっぱいありましたし。

 

 

788 名前:メルティショコラ

 

いいよねー、電脳街!

彼ピはあんまゲーム興味ないんだけどー、お兄ちゃんがVRポッド持っててさー。

あそこデートスポットにいいんだよね、わざわざ遠出しなくてもいいし夜中でも遊べるしさー。

 

 

789 名前:ディミ

 

あそこの広場で売ってるたこ焼きはすっごくおいしそうでしたねぇ。

私も食べてみたかったです。

 

 

790 名前:アッシュ

 

そうなのか? 俺もたまに気晴らしでブラブラしてっけど、そこまでうまそうなたこ焼き屋とか見たことねえな。

 

 

791 名前:ハッタリくん

 

お? もしかしてワイの屋台やろか?

昼間に暇があったらたこ焼き屋やっとんねん。

 

 

792 名前:ディミ

 

ご本人降臨!

 

 

793 名前:ハッタリくん

 

いや、そんな大したもんやあらへんけども。

 

まあ道楽やねんけど、その分力入れ取るから絶対うまいで。

この前も初々しいカップルが買いに来たんやけど、お嬢ちゃんの方が興味津々に見ててな。

ああいう子においしく食べてもらえると店やっててよかったーってなるわな。

 

 

794 名前:メルティショコラ

 

いいなー、おいしそ。

ウチも今度食べに行きたいなー。でも昼間かぁ。

 

 

795 名前:アッシュ

 

社会人にはなかなか行きづれえな。

今抱えてる仕事もそろそろひと段落しそうだし、そのうち有給取って行くかなー?

 

 

796 名前:ハッタリくん

 

お待ちしておりますわ!

いや、なんか宣伝したみたいで悪いなあ。

 

 

797 名前:タマ

 

そういえばあの広場のどこかに情報屋がいるって聞いたことあるけど、誰か知らにゃいかにゃ?

 

 

798 名前:シロ

 

初耳ですね。そんな方がいるのですか?

 

 

799 名前:タマ

 

私も噂で聞いただけにゃんだけど、なんかお店屋さんやりながら情報を売ってくれるんだっていう話だにゃ。

でも気に入ったお客さんにしか売ってくれにゃいんだって。一見さんには絶対売らないって話だにゃ。

 

 

800 名前:段ボールみかん

 

まあこのゲーム、都市伝説もやたら多いしな。

なまじリアルなうえに人が集まるからそうなるんだろうけども。

俺が聞いた話じゃ、ありとあらゆるパーツが揃っているが決して誰にも訪れることができないパーツ屋とかも電脳街にあるっていうぜ。

 

 

801 名前:タマ

 

誰にも訪れることができないのに、なんでそんなお店があるってわかるにゃ?

 

 

802 名前:段ボールみかん

 

怪人赤マントだって見たら絶対死ぬだろ。都市伝説ってそんなもんさ。

まあその都市伝説のバリエーションによっては、ゲームリリース直後はパーツ屋に入れたけど、何も売ってくれなかったうえに店主に蹴飛ばされて追い出され、もう一度行こうとしたら行けなくなってたってのもあるな。

 

 

803 名前:ディミ

 

へえー……。

 

 

804 名前:ハッタリくん

 

面白い話ですなあ。

もっと都市伝説があったら聞きたいですけど、スレ違いですわな。




次回から再びロボットバトルです。


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第58話 時価5億のクマー

今回ちょっと中途半端な切り方になってますが、どうせ12時に続きが投稿されるんだしいいよね。


 【白百合の会】と【俺がマドリード!!】との戦闘に力を貸してから1カ月が経過して、時は6月。虎太郎が傭兵・スノウライトとして活動するようになってから2カ月が過ぎたことになる。

 

 散々好き放題した割にはあまり名前も広まらず、以前に叩き潰したエースプレイヤー以外からは警戒もされないのでまあこんなものかと思っていたスノウだが、最近になってやたらと名前が売れ始めた感があった。

 

 スノウが戦場に姿を現すと、見知らぬプレイヤーから「“強盗姫”のシャインだ!」とか「レアな武器は使うなよ、奪われて二度と戻らねえぞ!」とか悲鳴が上がるようになってきたのだ。

 おかげで敵プレイヤーが警戒して、強力な武器を装備しなくなってきた。スノウとしてはレア武器を奪えなくなったのは残念だが、逆に言えば強い武器を使ってこなくなるということでもある。おかげでサクサクと戦闘が進むので、悪いことではない。

 そこへいくとアッシュはどんな局面でも強力な武器を使って挑んでくれるので、ときには苦戦もしながらも武器供給先として大変助かっている。

 先日「やっぱりアッシュは有象無象と違って出来ているよねぇ」と課金武器を奪ってからしみじみと言うと、ディミが変な顔をしていた。「また無慈悲に1アッシュが飛びましたか……」と言っていたが、スノウには何のことやらである。

 

 それにしても何でここに至って急に名前が売れ始めたのやら、とスノウは疑問に思わなくもないが、まあここまで結構暴れてるしな……と深く考えないでいる。

 

 これまでスノウの名前が売れなかったのはペンデュラムが関係者に緘口令を敷いていたり、メイド部隊がカバーストーリーを流したりしていたため。

 急激に名が売れ始めたのは璃々丸恋率いる【スノウライトFC】なる珍妙な集団が内々でスノウ撃破のための情報交換を始め、その噂を聞きつけた他のプレイヤーがエース集団がこぞって対策を練るスノウライトは何者なのか、と興味を抱いたせいなのだが……。

 

 もちろんスノウはそんな事情など一切知る由もなかった。やたらと勘だけはいいが、こいつは基本的に情報収集に興味がない。せいぜい他人のプレイ動画を視聴して、テクニックを研究する程度であった。

 

 だから今回の依頼人がスノウに声を掛けたのが、璃々丸恋によるステマ活動の成果だということも本人はまったく知らないでいる。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「ようこそおいでくださいました! シャイン氏のお噂はかねがねうかがっておりますよ。こうしてお会いできるのを楽しみにしていました」

 

 

 スノウを自分のクランに招いた男は、応接室の椅子から立ち上がってにこやかに微笑んだ。

 いかにも知的という顔立ちをしており、ライトの反射で深緑のフレームの眼鏡がキラリと輝く。髪の毛も眼鏡のフレームと同じ緑色に設定しており、瞳が糸のように細い。しかしその瞳は鋭い眼光というよりも穏やかな光をたたえていた。

 クランリーダーという肩書きよりも研究者の方が似合いそうに思える。

 

 スノウは彼の顔を見て、ちょっと懐かしさを覚えた。かつて虎太郎が親しくしていた人物が、彼に似た穏やかで研究者然とした風貌の持ち主だったからだ。

 

 まるで彼のクラン名には似合わない、凪の日の湖面のように穏やかな風貌。

 しかしそんな彼が率いるクランこそが血の気の多さでは【氷獄狼(フェンリル)】と並んで称される暴れん坊ギルド【騎士猿(ナイトオブエイプ)】。

 そして彼こそがそのクランを率いるリーダー、“チンパンジー1号”氏であった。

 

 1号氏はスノウににこにこと友好的な笑みを浮かべ、応接室の上座に座ることを勧める。

 

 

「いやあ、世辞でなく本当に嬉しいのですよ。ファンクラブができる前から貴方の活躍ぶりには注目しておりまして。一度じっくりとお話をうかがいたいと思っていたのです」

 

「えへへ、そりゃどうも」

 

 

 ファンクラブ? と思いながらもスノウは勧められるままにソファに座って、えへんと薄い胸を反らした。

 とりあえず他人からおだてられたら、下手に謙遜せずに素直に乗っておくのがスノウの主義である。どうせ現実(リアル)ではないのだし、いくらキャラを作っても損はない。

 

 初対面の相手に尊大に振る舞うスノウだが、1号氏は気分を害した様子もない。むしろそれで当然といった顔をしていた。

 

 

「それにしてもシャイン氏のビルドのセンスは図抜けておりますね。初見プレイでああまで自分に合った的確なビルドで挑むとは。詳細を知ったときには、こんなプレイヤーがいるのかと感服しましたとも」

 

「まあ、自分にあったプレイスタイルは知ってたからね。あとはそれに合ったビルドを初期パーツの範囲でできるかどうかが問題だったけど、うまく行ってよかったよ」

 

『私のおかげですからね! ワガママを叶えてあげた、この私の!! ほんっとうに苦労したんですから!』

 

「はいはい、わかってるわかってる」

 

 

 スノウが投げやりに言うと、ディミがぷくーっと膨れる。

 そのやりとりを1号氏は眼鏡をくいっと右手で押し上げながら、興味深そうに眺めていた。

 

 

「ほう……ペットAIですかな? それにしては情緒が発達しているようですね。これほどの発達を見せるペットAIというのは正直見たことがありません」

 

「ええと……まあ、ちょっと特注品です」

 

『…………』

 

 

 ディミがじーっと顔を見つめてくるのを汲んで、スノウは言葉を濁す。そういえば以前、サポートAIの誘拐が流行ったら困るので広めるなと言われていた。

 

 

「なるほど。さすが一流のプレイヤーが所有するペットAIはひと味違いますな。常に見るような機械的なやり取りとは違う。きちんと調律されたAIは大変レアですし、費用もかかりますからな。それをゲームに持ち込んでいるとは大したものです」

 

「AIに詳しいの?」

 

「まあ、職業柄……ですかね」

 

 

 1号氏は穏やかに笑いながら、軽く頷いた。

 

 

「研究用に調律済みのAIを手元に欲しくて、小さなアトリエに依頼したんですよ。【桜ヶ丘AI工房】という、規模は小さいですが知る人ぞ知る腕利きのAI育成メーカーでしてね。ですが請求金額が高くて断念しましたよ」

 

「へえ。世の中にはAIの育成なんて商売もあるんだ」

 

「ええ、これからの時代はAIですよ。いや、もうそうなっていると言っても過言ではないですな。施設の管理やサービスコールなども任せられるし、より高度な知性ならば自分で情報収集し、その内容を有意に選別することもできるでしょう。何しろ人間とは一度に参照できるデータ数の桁が違う。ンンンwww いずれ官公庁などのデータ収集や、国家間の諜報活動の主役にもなりえると吾輩思いますなwww」

 

 

 1号氏はAIの話題になると、勢い込んでまくしたててきた。

 その様をなんだか微笑ましいものを見るような顔で受け止めるスノウ。

 てっきりスノウはテンションが上がったクランリーダーを気持ち悪がるのではないかと予想していたディミは、不思議そうな顔で耳打ちした。

 

 

『あれ、騎士様なんだか平然としてますね?』

 

「なんか昔の知り合いに似てるからね。あの人も研究分野のことになると、ちょっと人が変わったように興奮するタチだったから」

 

『バーニーさんといい、変なご友人をお持ちで……類は友を呼ぶんですね』

 

 

 そんな彼らの様子を1号氏の右隣に座って眺めていた少女が、退屈そうな口調で口を挟む。

 

 

「っていうかー。いつになったら本題に入るワケ? この子の自慢話とか、イッチのAIオタに付き合うほどウチは暇じゃないんですけどー」

 

 

 肩を露出した赤いジャケットに、ダメージジーンズ。どこかギャルっぽいメイクをした、金髪ツインテールの少女だった。年齢は17歳ほど。

 2010年代後半によく見られた若者ファッションは一度は廃れたが、20年の時を経てリバイバルブームを迎えている。その潮流に乗ったデザインだ。

 

 

「こら、ショコラ。シャイン氏に失礼じゃないか。話の枕というものがあるだろう?」

 

「知らねーし。オトナっていちいち話がなげーって。つーかさぁ」

 

 

 たしなめる1号氏の言葉をざっくりと斬って、ショコラと呼ばれた少女は胡乱げな目つきでシャインを睨む。

 

 

「アンタ、なんかイッチに気に入られてっけどさぁ。本当にそんな腕前あるわけ? ウチらの縄張りでイキって実はたいしたことないですってなったらポコパンだし」

 

「お? じゃあ一戦やろうか?」

 

「えー、マジでやるん? やっべこいつ、沸点低すぎるし……」

 

 

 ケンカを売られたと認識した途端に、目を輝かせるスノウ。イキイキとしたその表情を見て、ショコラはなんだかだるそうな反応をする。

 そんなショコラを見て、1号氏の左隣に座っていた女性が困り顔になった。

 

 

「おやめなさいショコラ。誰彼構わずケンカを売るものではありませんよ。余計に話が進まなくなってしまうでしょう」

 

 

 こちらはウェーブがかった豊かな銀髪を長く伸ばした、物静かそうな女性だ。年齢は20代半ばぐらいで、妙齢の女性らしい落ち着いた大人らしさを感じられる。白いブラウスとグレーのズボンの上から藍色のコートを着込んでいた。

 

 

「だってネメっち……」

 

「だって、ではありませんよ。お客様の前で粗相をしてリーダーの顔を潰すつもりですか」

 

「そんなつもりじゃねーけどぉ」

 

「まあまあ、ネメシス君。ショコラも悪意があったわけじゃないのだから」

 

 

 ネメシスと呼ばれた大人びた女性に叱られ、口を尖らせるショコラと、そこに仲裁に入る1号氏。

 なんだか年頃の娘と落ち着いた両親みたいな組み合わせだなとスノウは思う。

 

 

「リーダーもリーダーです。憧れの“腕利き(ホットドガー)”に会えてうれしいのはわかりますが、ちゃんと本題を進めてください」

 

「ええ、わかりました。しっかりやりますよ」

 

 

 ネメシスに叱られた1号氏は両手を挙げて降参のポーズを取ってから、スノウに向き直る。

 

 

「失礼しました。改めて紹介しますね、こちらが副クランリーダーのネメシス。こっちの拗ねてる子が、エースパイロットのメルティショコラです」

 

「ネメシスです。ポジションはスナイパー。よろしくお願いします」

 

「……うっす」

 

 

 ネメシスが深々と頭を下げる一方で、ショコラは不承不承といった感じで呟く。

 そんなショコラを一瞥して苦笑を浮かべてから、1号氏は説明する。

 

 

「本日シャイン氏に来てもらったのは、頼みたい大仕事があるからです。実は我々【騎士猿】はあるレイドボスの撃破を目指していましてね。シャイン氏にはその手助けを頼みたいのです」

 

「レイドボスかぁ。結構面白いバトルができるかな?」

 

 

 2カ月前に戦った巨大熊(アンタッチャブル)のことを思い出しながら言うスノウに、1号氏は眼鏡をきらめかせながら頷いた。

 

 

「ええ、それは保証しますよ。何しろ相手はこれまで討伐報告が上がっていない“強欲(グリード)”の眷属、上位レイドボス“黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”。それを20人の規定人数内で撃破することを目指します」

 

「規定人数クリア! いいね、一度やってみたかったんだ!」

 

 

 スノウの中では、アンタッチャブルとの死闘は完全勝利とは言えない。300人近くもの人数を動員しての力押しの勝利だと思っている。

 やはり向こうが主張する土俵で勝ってこそ、本当の勝利だ。相手のプライドを木っ端みじんに叩き折りたいのはPvPプレイヤーのサガである。

 

 

「おお、いい返事ですね……! これは心強い」

 

 

 スノウの言葉を受け、1号氏は嬉しそうに微笑む。

 

 

「ウィドウメイカーが潜む“黒鋼(クロガネ)峡谷”にはフリーモードで挑みます。我々の精鋭部隊14名にシャイン氏を加えた15人がバトルメンバーとなります」

 

「フリーモード?」

 

『自由にマップに入ってモンスターと戦ったり、素材を採集したりできるモードのことですよ』

 

 

 小首を傾げるスノウに、ディミが説明する。

 

 

『別に他クランと戦争状態にならなくても、マップへの侵入はできるんですよ。レイドボスを狩りたいときにはこちらのモードを使うのが一般的ですね。制限時間とかもないですから』

 

「へえ。前のときは戦争状態に乱入してきたけど?」

 

『レイドボスが乱入してくるのがむしろ例外なんですよ。そりゃたまにはありますけど、大体はこっちから挑みますね』

 

 

 ディミから説明を受けるスノウを見て、ショコラがマジかよと呟く。

 

 

「え、大丈夫かよ? そんなことも知らねーとかある? 素人なん?」

 

「だって別に必要なかったからなあ。クランに所属したことないし」

 

「クランに所属したことなくて“腕利き”になるなんてありえる……?」

 

 

 あっけらかんとしたスノウの返答に、ショコラが絶句する。

 そのやりとりに、1号氏が頷いた。

 

 

「まあ、そういうこともあるでしょうな。レイドボスを倒すメリットは、なんといっても技術ツリーの解放にあります。クランに所属していないなら倒す必要性は薄いですし、ソロ狩りできる相手でもないですから。……ですが、我々は倒す必要がある。奴を撃破し、他のクランに先駆けて技術ツリーを解放したいのです」

 

「そういうものなんだ」

 

「ええ。先進というのは常に強い。寡占技術ならばなおのことです。我々【騎士猿】はいわゆる企業クランではない。ただの趣味プレイヤーの集まりです。資本面で劣っているのであれば、生き残るためには常に技術で先行しなくてはいけない」

 

 

 そう言って、1号氏は軽く笑った。

 

 

「私がある情報屋から仕入れた情報によると、規定人数内でレイドボスを倒した場合は特別な技術ツリーが開示されるそうです。多人数で力押しした場合には得られない技術となれば、その価値は計り知れない」

 

「計り知れない、かあ。いまいちピンとこないかも」

 

「例を挙げますか。先日“慟哭谷の(アンタッチャブル・)羆嵐(ベア)”という未撃破だった個体が【トリニティ】と【アスクレピオス】に倒されたのですが、そのときに重力制御技術が解放されたそうです。この2クランの寡占技術となったツリーを教えてもらうのに必要な対価が、5億JCだと言われています」

 

「5億……!?」

 

 

 スノウは椅子からずり落ちそうになった。

 あのクソ熊に、リアルマネーで500万円の価値があっただと……!?

 



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第59話 わがはいのかんがえたさいきょうのマシーン

「5億……!?」

 

 

 スノウは椅子からずり落ちそうになった。

 あのクソ熊に、リアルマネーで500万円の価値があっただと……!

 

 メイド隊の隠蔽工作によって、クソ熊にトドメを刺した人物が目の前のスノウだと知らない1号氏はさもありなんといった感じで頷いた。

 

 

「もちろん、素材を含めないでの話ですよ。技術ツリーを解放してもらうだけで5億JC(ジャンクコイン)です。まあ、素材は“怠惰(スロウス)”の眷属のレイドボスを倒すことでも入手はできますが。それだけ技術ツリーの解放には価値があるのです」

 

「なるほどなあ。確かにそんだけの金額が動くなら、力も入るよね」

 

「ええ。ですからぜひウィドウメイカーは撃破したい。しかしあれは強敵です。しかも規定人数内クリアという縛りもある。我々は何度も失敗してきました」

 

 

 1号氏の言葉に、横に座るショコラとネメシスも頷く。

 

 

「人数に頼っても勝てなかったのに、20人制限ってマジ無理っしょ……」

 

「そもそも地形の問題で数に頼った力押しが難しいですからね。地形を利用して戦う、狡猾な知能を持った怪物です」

 

「であるから、我々は必勝を期して秘密兵器を用意したのですよ」

 

 

 2人の言葉を受けて、1号氏はインターフェイスを操作した。

 そこに映し出されたのは白と金色に彩られた優美なシルエットを持つストライカーフレーム。

 

 

 ディミは絶句した。女性的で優美なシルエットに、ではない。

 その美しさを台無しにするかのようにゴテゴテと取り付けられた、ヘビーウェポンの数々にである。

 

 

 両腕にはずっしりと巨大な重ガトリングガン。

 脚部に格納するどころか、収まりきらずにはみ出ているのは鋼鉄をも融解させる熱量を生み出すHEAT(成形炸薬)弾頭を搭載したミサイルポッド。

 

 腰部にはまるでスカートのように大容量バッテリーを下げており、赤い塗装と相まってなんだか巫女袴のように見える。

 さらにその袴の下からは、金色のワイヤーが伸びていた。ワイヤーといってもかなり太く、シュバリエの指2本ぶんほどはある。かなり柔軟性に優れており、ふさふさとした繊毛で覆われていた。

 

 大きく目を惹くのは、背中に背負っている折り畳み式の長大なビームキャノン。巨大な筒を2本折りにしたような形状である。

 

 そして頭部から突き出た2本の特徴的なアンテナ。見ようによっては……いや、明らかに狐の耳を模している。

 

 全体的に見ると、狐耳と金色の尻尾を持った巫女さんがゴテゴテとしたヘビーウェポンに埋もれているような、奇抜すぎるフォルム。

 

 

『……なんだか、すっごくいっぱい武器が載ってますねぇ。それに立派なロケットブースターをお持ちで……』

 

 

 ディミはそう表現するので精いっぱいだった。

 

 ストライカーフレームの本質は、本来はシュバリエが扱えない大火力のヘビーウェポンを増加装甲に搭載するという形で無理やり装備させるものである。

 だから必然的にストライカーフレームはヘビーウェポンをゴテゴテと搭載しているのだが、これはちょっといきすぎだった。

 

 しかしそれを1号氏は誉め言葉と受け取ったようで、キラーンと眼鏡を光らせた。

 

 

「お目が高いッ! そう、そうなのです! あの硬すぎる蜘蛛めを撃破するにはこの火力が必須ッ! 奴が生み出す無数の子蜘蛛対策の重ガトリングガン! 硬すぎて実弾兵器をことごとく弾く鋼鉄の皮膚を融かす、HEAT弾頭のミサイルポッド!」

 

『お、おう……』

 

 

 気圧されるディミをよそに、1号氏はエキサイトしてまくしたてる。

 

 

「そしてそしてッ! 現状の人類最高峰の火力ッ! “憤怒(ラース)”系統ツリーのビームキャノンッッッ!! 折り畳み式で格納しておりますがその砲身は展開時10メートル超にして、その火力は絶大ッ!! 1発でストライカーフレームの全エネルギーを叩き込む、まさに最終にして最強のビーム砲ですぞッッッ!!!」

 

 

 つまり稼働も含めて全エネルギーを使い果たすので、1発撃つとストライカーフレームごとただのでかい的になるということであった。アホかな?

 

 

 ディミは既知の外の発想に震えながら、スクリーンの中の尻尾部分を指さした。

 

 

『あの……尻尾生えてません?』

 

「あれは尻尾型ワイヤーですな! 柔軟性に富んでおり、敵にまとわりつかれても尻尾でぶん殴ったり、投げ飛ばしたりできますぞ! シャイン氏が投げ技の達人と聞きましてな、残った最後の予算で急遽くっつけたのですwww ンンww パイロットの適性に応じてすぐにビルドを組み替えてこそ一流の設計士ですからなwww」

 

 

 マジで尻尾なのかよ。

 ディミはめまいを感じながら、ふるふると震える指先で頭部を指す。

 

 

『じゃあ……あのケモノ耳は?』

 

「ンンンwwww あれこそこのストライカーフレームの目玉、高度なF.C.S.(火器管制システム)とセンサーモジュールを兼ねたキツネ耳パーツですぞ!!! これさえあればどれだけの無数の敵をも漏れなくロックオン可能wwww これこそ萌えのテンプレートと実用性を兼ね備えた究極のパーツかとwww」

 

『その萌え要素必要!?』

 

「必要ですぞ!? 何をおっしゃるのか!! さらにさらに、このキツネ耳パーツには隠された効果があってですなwww なんとッ!」

 

 

 そこで1号氏はニチャアと粘るような笑みを浮かべて叫んだ。

 

 

「パイロットのアバターに! キツネ耳が! 生えますッッッ!!!」

 

『……は?』

 

 

 呆気にとられるディミ。

 ショコラとネメシスが気まずそうに視線を逸らす。

 

 そんな女性陣をよそに、1号氏はその名を明かした。

 

 

「これが……この超絶高火力・狐巫女型ストライカーフレームこそ、私の最高傑作!! その名も、“天狐盛(てんこも)り”なのですぞォォォ!!!wwwww」

 

『……このチンパン、センスやっべえ……』

 

「いや、面白いじゃん。いいね、すごく楽しいよ……ククッ……アハハッ!」

 

 

 先ほどからスノウが静かだと思ったら、腹を抱えて笑い転げていた。あまりにも笑いすぎて呼吸ができなくなっていたらしい。

 目尻に浮かぶ涙を指先で拭い、なんとか起き上がる。

 

 

「いいじゃない、やりたいことやった感があって! ボクそういう、後先考えずにノリだけで突っ走っちゃうの大好きだな!」

 

「さすがシャイン氏……! わかっていただけると思っておりましたぞ!!」

 

 

 1号氏はうんうんと頷いた。

 

 

「なにせ1億JC掛けたロマンの結晶ですからな! これに全予算突っ込んだのです! これがうまくいかねば、我々破産ですなwwww わははははは!!!」

 

「笑いごとじゃねーし! アホでしょ!? 誰よイッチに財布握らせたの!」

 

 

 ショコラは立ち上がり、金色のツインテールを揺らしながらスノウに指を突き付ける。

 そのスノウは予算全部突っ込んだ発言がまたしてもツボに入って笑い転げていたが。

 

 

「笑ってないで聞けし! 仕方なくアンタにこの機体を預けんだかんね! ホントならこれはウチが乗るはずだったのに!!」

 

「はぁ、はぁ……。なんでそれでボクにお鉢が回って来たの?」

 

「……あまりにもてんこ盛りに盛りすぎて、機体が重すぎて動かなくなってしまったのです……」

 

「ぶわははははははははははは!!」

 

 

 肩を落とすネメシスの発言に、スノウがまたしても爆笑する。

 アホの極致であった。

 

 そのマスターオブアホである1号氏は、扇子を取り出してはっはっはと笑いながら顔を仰いでいる。

 

 

「これも情報屋から聞きましたが、シャイン氏は重力制御が可能な銀翼パーツを持っていらっしゃるのでしょう? いや、出所を問うつもりはありませんよ。ですがそれならばこのストライカーフレームの荷重を減らして動かせると思いましてな」

 

『ああ“クラン内に動かせるパイロットがいない”ってそういう……』

 

 

 先日の匿名掲示板の書き込みを見て、ディミは得心する。

 確かにスノウでなければ、こんなアホに振り切った規格外の機体は釣り合わない。そもそも過剰すぎるロケットブースターや1発撃てば機体ごと機能停止するようなビームキャノンなど、ピーキーにもほどがある。並みのパイロットは絶対操れない。

 アホ機体にはアホパイロットを乗せるのだ!

 

 

『武装を削って重さを抑えるって選択はなかったんですか……?』

 

「ありませんな。これこそが最高のバランスなのですぞ!」

 

『マジかよ』

 

 

 理性が振り切れた人の考えることはわからん、とディミは遠い目をした。

 チンパンジー1号氏は呆れ返るディミをよそに、インターフェイスに表示されたストライカーフレームを見てンンンwwwと嬉しそうに笑う。

 

 

「それにしても我ながらいい出来ですなあ。本当なら“天狐”の名通り尻尾も9本まで増やしたかったのですが、今の技術ツリーでは1本が限界でしてな」

 

『まだ増やすんだ……』

 

「もちろんです、このままでは片手落ちですからな。とはいえ“強欲(グリード)”系統のツリーは柔軟性や伸張性に関する技術が解放されると聞きます。あの蜘蛛めを倒せば、必ずや尻尾の本数も増やせるでしょう!!」

 

 

 ディミはえぇ……? と声を上げる。

 

 

『まさか、尻尾を増やしたいから蜘蛛を狙うんですか……?』

 

「まあそれもありますな! 寡占技術獲得が第一ですが……やはり技術者は趣味を優先してこそ! 趣味が高じて研究が進むのは、どんな分野でも同じなのです!」

 

『……みなさんはそれでいいんです……?』

 

 

 ディミはネメシスとショコラに目を向ける。

 

 

「マスターはいつもこんな感じですから。ウチのクランのモットーは“やりたいことを思いっきりやろう”なので、今更ですね」

 

 

 ネメシスは穏やかな口調でそう微笑むが、ショコラは呆れたように頭の後ろで手を組んで椅子に反り返った。

 

 

「なーに自分は理解者ですから、みたいな顔してるん……? あの巨大レーザー砲付けろってうるさかったのネメっちじゃん。あれのせいで予算ほとんど使い切ったのに。しかも1発撃ったらもう使えないとか、使いづらいにもほどがあるし」

 

「大艦巨砲主義はロマンでしょう!? 巨大なレーザー砲を溜めに溜めてぶっ放す快感……!! 一発で力尽きるのも、また有終の美的な風情があって最高ですね!!」

 

 顔を真っ赤にして力説するネメシス。それまでのクールキャラを投げ捨てたかのような、力強い叫びであった。

 そんなネメシスを見ながら、ショコラはフッと笑う。

 

 

「ホント変態ばっかでやんなっちゃう。ま、いっけど」

 

 

 もしかしたらこのクランで一番常識人なのはこのギャルなのでは……?

 戦慄するディミをよそに、スノウはバンバンと膝を叩いて笑うばかりであった。

 よほどこのクランのことが気に入ったと見える。

 

 

 さて、と1号氏は呟いてマジキチスマイルを引っ込めると、再びにこりと涼やかな微笑みを浮かべた。

 

 

「では、作戦をまとめましょうかな。総指揮官は私、チンパンジー1号が努めます。遊撃部隊を務めるのは、このメルティショコラ。こう見えて実力はありますよ」

 

「……まあ仕方ないから、それでいいし」

 

 

 虎の子のストライカーフレームをスノウが駆ることにまだ納得がいってないのか、ショコラはじっとスノウの顔を見ながら不機嫌そうに頷く。

 

 

「遊撃部隊が敵を引き付けている間に、狙撃部隊がウィドウメイカーの弱点を攻撃します。そちらはこのネメシスが率います。優秀なスナイパーですよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 ネメシスがぺこりと一礼する。こちらは外部の手を借りることに割り切っているようで、クールな反応を見せる。

 

 

「それで……ボクはどのタイミングでストライカーフレームに乗ればいいの?」

 

「ええ、それなのですが……シャイン氏にはストライカーフレーム以外にも、もうひとつお願いしたいことがありまして」

 

 

 そう言って、チンパンジー1号氏は朗らかに笑う。

 

 

「自爆してくれませんか?」

 

『は?』

 

 

 聞き間違いかと耳を疑うディミを脇に置き、スノウが平然と言う。

 

 

「自爆ねえ。別にいいけど、無駄死には嫌だな」

 

「もちろんです。生きるに時があり、死ぬに時があり、自爆するに時がある。コストというものは使うべき時を見計らって有益に使わねばなりませんからね」

 

 

 1号氏はそう言いながら、ひょろ長い脚を組み替えた。

 

 

「実は我々のクランには、仇敵と呼べるライバルがおります。彼らとはリリース当時から競り合っていましてね。こちらがレイドボスを狩るとなれば、必ずや横槍を入れて邪魔と横取りを図るに違いありません」

 

「横殴りしてくると?」

 

「そういうことです。知ってのとおりレイドボスは制限人数があります。今回はシャイン氏を含めて精鋭15名で戦い、残りのクランメンバーで敵部隊の接近を防ぎます」

 

「それでも抜けてくる敵に横殴りされる可能性に備えて、5名分は余裕を見ておくってことかな」

 

「その通りです。しかし、エースのネメシスとショコラ抜きでは敵部隊を防ぎきれないかもしれません。6名以上に抜けられると作戦失敗です。ですからシャイン氏に敵の足止めもお願いしたい」

 

「なるほど。敵の足止めも、ストライカーフレームでのレイドボスへのトドメ役もやってほしいってことか」

 

 

 腕を組んで薄笑いを浮かべるスノウ。難しいほどやりがいを感じているようだ。

 一方、ディミにはまだ可能不可能を判別するだけの理性が備わっている。

 

 

『それは……ちょっと無理では? 後方で敵の足止めをしつつ、そこから大急ぎでストライカーフレームに換装して最前線でトドメに向かうんでしょう? 後方から最前線に行くまでの間にだいぶ時間を取られそうです』

 

「ええ、そうですね。ですから自爆が役に立つ。デスワープして、移動距離を稼げばいいのですよ」

 

 

 1号氏はインターフェイスを操作して“黒鋼峡谷”のマップを表示する。そしてその中の一点、陣地と思われる場所を指さした。レイドボスがいる地点まではかなりの距離があるが、後方からは少し奥まった位置にある。

 

 

「あれがストライカーフレームを待機させる攻略陣地です。あそこにあらかじめリスポーン地点を設定しておけば、フリーモードの場合撃墜されてもそこに復活できる」

 

『敵を牽制し終わったら自爆してあそこにワープして、距離を稼ぐというわけですか』

 

 

 ディミが感心した声を上げる。自爆をデスワープに利用するという手は、AIである彼女には思いつかなかったようだ。

 

 

『いや、でも……それでも拠点からレイドボスまで距離があるのでは?』

 

「ご安心を。ストライカーフレームに搭乗さえできれば、移動距離を大きく稼ぐ手段を用意しております」

 

『そんな手段があるんですか?』

 

 

 ディミは意外そうな顔をした。

 ストライカーフレームは重くて身動きがとれないという話だったはずなのだが。

 1号氏は自信満々である。

 

 

「吾輩にお任せを。バッチリですぞ!」

 

「話をまとめると、横殴りしてくる敵を撃退したら、さくっと自爆して攻略陣地までデスワープ。そこからストライカーフレームに換装して、レイドボスへのトドメを刺しに行く……ということだね」

 

「そういうことです。シャイン氏であれば、この作戦を成功させてくれると信じていますよ」

 

 

 そう言って、1号氏は頼もしい助っ人に笑い掛けた。

 そんな彼を見ながら、ディミはわずかに小首を傾げる。

 

 

『それにしても……どうしてライバルが邪魔しにくるとわかるんですか?』

 

「ああ、それですか。大したことではありませんよ。我々は彼らの中にスパイを潜入させていますからね。情報は筒抜けです」

 

 

 何でもないことのように1号氏がそう語ったのを、ディミがえっ? と訊き返す。

 

『スパイ入れてるんですか?』

 

「ええ。そして当然向こうも我々にスパイを入れているでしょうな」

 

『……ええ?』

 

「我々がやっていることは、当然向こうだってやっているに決まっていますよ。お互いに情報は筒抜けというわけですな、ははは」

 

 

 カラカラと1号氏が能天気に笑うので、ディミは心配になった。

 

 

『いいんですか、それで……? スパイを炙り出さないんですか?』

 

「意味がありませんよ。どうせ炙り出しても、すぐに別のスパイが来ます。別に門戸を閉ざしているわけでもありませんからな。であれば、お互いに情報が筒抜けという状況を維持したうえで相手を上回る努力をした方が有益です。それは向こうもそう思っているはずですよ」

 

『……なんか、異様な信頼関係ですね……』

 

「企業クランに属さない数少ない趣味プレイヤークラン同士ですからね。互いを利用して成長を図るべきです。……少なくともこれまではそうでした」

 

 

 はあ、と1号氏はにわかにため息をつき、肩を落とした。

 

 

「ヘドバン氏は何故突然【トリニティ】などに身売りしたのやら……。彼が何を考えているのか、吾輩にはわかりかねますな」

 

『……仇敵って【氷獄狼(フェンリル)】なんですか!?』

 

「おや、よくご存じですな。クランリーダーの名前はあまり知られていないのですが」

 

 

 1号氏が眼鏡を輝かせる向かいで、スノウはケラケラと笑った。

 

 

「なーんだ、相手って【氷獄狼】なの? なるほどなあ、文字通り犬猿の仲、ってわけか。これなら楽勝かな」

 

「ははは、そうかもしれませんな。何しろシャイン殿のデビュー戦の相手ですから。何を隠そう、吾輩がシャイン殿を知ったのも【氷獄狼】の情報をスパイを通じて集めていたためなのですよ」

 

『ああ、そういうつながりだったのか……』

 

 

 世間って狭いなあ……と頷くディミ。

 一方、1号氏はにわかに表情を引き締めると真面目な顔でいった。

 

 

「まあとはいえ……【氷獄狼】もまた日々強化していますからな。特に【トリニティ】の下部組織となったことで、技術も流出しているかもしれません。一度戦った相手とはいえ、油断は禁物ですぞ」

 

「いいね。2カ月前とどう違うのか、見せてもらおうじゃないか」

 

 

 そう言って、スノウは不敵な笑みを浮かべる。

 そんな彼女の顔を先ほどからじっと見ていたショコラが、突然立ち上がってつかつかと近付いてきた。

 

 

「……スノっちさあ……」

 

「え。なに? ()るの?」

 

 

 真顔で見下ろしてくるショコラに、さすがにスノウも身構える。

 そんなスノウの顔に手を伸ばし、ショコラは言った。

 

 

「リップ何使ってるん?」

 

「えっ?」

 

「もしかして、これノーメイクなん? マジで? めっちゃキャラデザ頑張ってねえ?」

 

 

 ショコラはスノウの頬に両手をあてて、スリスリと触りながらしげしげと眺めてくる。

 女の子に間近で顔を見つめられ、スノウはほんのりと頬を赤らめた。

 

 

「え、うん……まあノーメイクだけど……」

 

「えー、マジすごいじゃん。やるぅ!」

 

 

 ショコラはそう言いながら、無邪気にキャッキャと笑う。

 スノウはドギマギしながらも、されるがままになった。

 

 

「……ケンカ売りに来たんじゃないんだ……?」

 

「えーケンカとかどうでもいいし。それよりスノっち、可愛いからってノーメイクはダメだよー。もったいないって。美人でも毎日ちょっとメイクで顔変えた方がかわいーじゃん?」

 

「いや、メイクとかよくわかんないから……」

 

 

 スノウがそう言うと、ショコラが目を輝かせる。

 

 

「えー!? じゃあウチが教えたげるし! 元がこんな可愛いんだから、もっと可愛くなれるって!」

 

「ボクはもう素で十分可愛いよ!?」

 

「まあまあ、ほらちょっとこっち来て♪ ウチがメイクったげるから♪」

 

「ああああああああ…………」

 

 

 ショコラはスノウを引き寄せ、グッズを開いて無理やりメイクを施していく。

 その光景を唖然として見ながら、ディミは呟いた。

 

 

『ええ……? さっきまで機体とられたって怒ってませんでした?』

 

「いや、この子ひとつのことしか考えられないんですよ。アホなので」

 

「この子の中では機体をとられた怒りよりも、可愛い女の子がメイクしてないことへの疑問の方が上回ってしまったんでしょうね。アホなので」

 

「まあ、ちょっとくらいアホの方が愛嬌もあってよいですな」

 

「そうですねえ」

 

 

 そう言って1号氏とネメシスがあははと笑い合う。

 

 

「スノっち、肌綺麗……」

 

「いやああああああ! 初めて(のメイク体験)を奪われるぅぅぅーーーー!!」

 

 

 その向かいでは、わずかに頬を上気させたショコラに押し倒されるようにメイクされるスノウ。

 地獄絵図かな?

 

 ディミはその光景を見ながら、天を仰いだ。

 

 

『このクラン、(アホ)しかいねえぞ……!?』

 

 

 何を今更、これまでのクランもアホしかいなかったでしょう?



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第60話 首輪付きの魔狼

今回は【氷獄狼】側のお話です。


 【氷獄狼(フェンリル)】が【トリニティ】の傘下に加わったのは、1週間ほど前のことだった。

 クランリーダーであるヘドバンマニアが、従属勧告を受け入れたのである。

 

 これまでにもその誘い自体は何度もあった。事実上の降伏勧告を受け取るたびに激怒していたのは、アッシュたち構成員だ。ヘドバンマニア自体はいたって平静を保ち、そのたびに言葉を選びながらやんわりとそれを断ってきた。

 アッシュたちは言う。

 

 

「またかよ、あのクソども! 素行が悪いプレイヤーだからって追い出しておいて、力を付けたら手綱を握ろうってか? ざけんじゃねえぞ!」

 

 

 そんな彼らの言い分をもっともだと感じながら、スカルには申し出を送ってくる企業クランの連中の考えがわからないでもない。

 

 要は統制の問題である。

 命令されるのを嫌う扱いにくいプレイヤーは確かに企業クランにいられては邪魔になる。だが、彼らプレイヤーを統制してくれる人間がいるのなら話は別だ。

 

 温厚なヘドバンとスカルは、アッシュたち扱いにくいプレイヤーのまとめ役となり、趣味プレイヤーでありながら企業クランと張り合えるほどの大手クランを築き上げている。彼らが統制してくれるのならば、【氷獄狼】を手駒として十分に扱えるではないか。

 つまり彼ら自身は必要ないが、ヘドバンがリーダーを務める傭兵集団としてならば十分に利用価値があるという判断だった。

 そこまで考えて、スカルはとても不愉快な気分になる。彼ら企業クランの視点は、人間を人間として扱っていない。それは駒として人間を見る考え方だ。

 

 俺たちは自由な人間としてここにいる。それを自分たちの在り様によって主張したいから、自分たちは【氷獄狼】の旗のもとに賛同する仲間たちを集めてきたのだ。

 

 だから何があっても、自分たちの誇りのために降伏勧告など受け入れられない。

 今回も、いつもと同じはずだった。

 何度断ってもしつこく傘下に入ることを勧めてくる【トリニティ】のカイザーに、ヘドバンがやんわりと断って、それで終わり。

 しかし今回は実際に会談の席を設けるので、そこで直に話さないかという。

 

 スカルもアッシュも、そんなものに出る必要はないと主張した。

 しかしヘドバンは、相変わらずおっとりとした態度で彼らの言い分に首を横に振ったのだ。

 

 

「いや、ちゃんと顔を見て話してくるよ。俺たちの主義もきちんと説明して、それで納得してもらってくる。そうすればもうしつこく言ってこないだろう」

 

「だが罠かもしれねーぞ?」

 

「あはは、罠って言っても何ができるんだい? ここはVR空間だよ? たとえ拘束されたって瞬間移動すればいいし、拷問を受けたって痛覚がフィードバックされることもない。現実(リアル)なんかよりずっと安全が保障されてるんだよ」

 

 

 それもそうか、と思って彼を行かせてしまったことをスカルはずっと後悔することになる。

 

 

「今日から【氷獄狼】は【トリニティ】の下位クランになることになったよ。もう調印も済ませてきたんだ。みんなもこれからはカイザーさんの命令をよく聞くんだよ」

 

 

 戻ってきたヘドバンは、すっかり【トリニティ】の……いや、カイザーのシンパになってしまっていた。それが発覚したのは、匿名掲示板を見たアッシュとスカルが問い質してすぐのことである。

 

 

「……何言ってんだヘドバン? 俺らは誰にも縛られず、自由気ままに遊ぶのがモットーだったんじゃねえのか?」

 

 

 目を丸くしたアッシュが、様子がおかしいヘドバンに詰め寄る。

 しかしヘドバンは熱に浮かされたような目をして、こう言った。

 

 

「アッシュ、そんなものよりももっと大切なものがあることに気付いたんだ。カイザーさんの思想は素晴らしい。彼こそこれからの世界を担う人なんだよ。彼の手足となって働くことで、世界はもっとよくなるんだ。現実と仮想が混ざり合いつつある世界には、新しい指導者が必要なんだよ」

 

「そんなもの、だと……!?」

 

「ヘドバン……お前ちょっとおかしいぞ? なんか宗教にかぶれたみたいになってる。しっかりしろよ、ゲームだぞ……世界を担うとか指導者とか、どうかしちまったんじゃねえのか」

 

 

 絶句するアッシュに代わり、スカルがヘドバンの肩を掴んで揺さぶる。

 だがヘドバンはにっこりと笑って、ゆっくりと首を振った。

 

 

「そうじゃない、そうじゃないんだよスカル。これはもうただのゲームなんかじゃないんだ。俺たちは現実に浸食する戦争の真っただ中にいるんだよ。これは経済を、インフラを、文明を、そしてこれからの世界の行く末を左右する戦争なんだ。それもわからずに、ただのゲームと思って参加していた俺たちが子供だったんだ。力を持つ者にはそれを正しく使うための義務が発生するんだよ」

 

「…………」

 

 

 スカルとて副クランリーダーである。領土の取り合いによって現実のインフラに影響が発生することも、企業クランが経済戦争を行っていることも知っていた。クランリーダーには現実に“特典”が与えられることも。

 

 だが、ヘドバンと共に「それがどうした」と笑い飛ばしてきたのが彼らだ。仮に現実に影響が出たとしても、それは自分たちには関係ないことだ。

 運営が勝手にゲームの勝者に景品を与えていたとしても、慾に目が眩んだ連中がそれを目当てに争っていたとしても、自分たちは気にしない。むしろ莫大な利権をそうやって笑い飛ばすことに、爽快感を感じていた。

 

 それを今更、力を正しく使う義務だと?

 

 

「ふざけてんのか? 俺らがそんなタマかよ。好き放題に暴れるだけ暴れ、略奪したいだけ略奪する。誰にも縛られず、自由に過ごす。それが【氷獄狼】のポリシーだっただろうが」

 

「可哀想に」

 

 

 詰め寄るアッシュに、ヘドバンは哀れみの視線を向けた。理非もわからずに暴れる聞き分けのない幼子を見るかのような目。

 

 

「俺も今日までそう思っていた。だがそれではいけないことを、カイザーさんが教えてくれたんだ。正しく力を使う方法を自分たちで判断できないのなら、それを知る者に教えを乞うべきなんだよ。彼こそがふさわしい指導者なんだ」

 

「……なんだ、その眼ッ……!」

 

 

 見下されたと感じたアッシュが、瞬間的に沸騰する。

 

 

「ふざけんじゃねえぞアホが! ペテン師にまんまと騙されやがって! 何が指導者だッ! テメエが掲げた看板に込めたプライドを腐らせて、何を囀ってんだよ!」

 

 

 パアンッ!!!

 アッシュの右頬が強く張られて、その衝撃のままに床に倒れ込む。

 

 暴力を振るわれたアッシュは、呆然とヘドバンを見上げた。

 

 

「ガキがッ!! 言うに事欠いて、カイザーさんを悪く言ってんじゃねえぞボケッ!!」

 

「がッ!?」

 

 

 顔を真っ赤に紅潮させたヘドバンは、倒れ込んだアッシュの腹を何度も靴の先で蹴り付ける。

 無論、VR空間なので痛みはない。しかし前作時代からを通じて兄のように慕っていたヘドバンから暴行を受けたという事実を受け入れられず、アッシュはなすがままに蹴り付けられるままになった。

 

 同じく信じられないことに一瞬呆然としていたスカルは、すぐさま我に返ってヘドバンを羽交い絞めにして制止しようとした。

 

 

「何してんだ!! やめろ! やめねえか!!」

 

「ああッ!? 止めんのかスカル!! テメエもか! テメエもカイザーさんを悪く言おうってのか、アアッ!?」

 

「ヘドバン……」

 

 

 喚き散らすヘドバンの凶相。目が真っ赤に充血し、その瞳孔は開き切っていた。

 明らかにこれまでの温厚な彼ではない。一日にして人が変わったようだった。

 

 スカルはその眼光に身震いし、ごくりと唾を飲み込む。

 

 

(洗脳を受けている……? 何かのプログラムがあるのか? いや、バカな。これはゲームだぞ。いくらリアルそっくりだと言っても、そんな機能があるわけない)

 

 

 VRゲームは所詮ゲームだ。

 ゲームが現実のプレイヤーの思考に影響を及ぼすなんてことがあるわけがないのだ。そんな事実があれば、とっくに社会問題になってVRポッドなど販売中止になっているはずだ。

 VRポッドが出回り始めた数年前から触れてきたスカルも、そんな事実は聞いたこともなかった。

 

 

「離せ! 離せよ!!」

 

「アッシュをこれ以上傷つけないと約束するならな」

 

「チッ……クソが。おい、アッシュ。二度とカイザーさんに逆らうなよ」

 

 

 床に倒れたまま嗚咽を漏らすアッシュを、ヘドバンは憎々しげに睨み付けた。

 ぽたぽたと雫が床を濡らす。

 

 それを見ながら、スカルはゆっくりと頭を振った。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 それから1週間で【氷獄狼】はすさまじい速度で様変わりしつつあった。

 

 【トリニティ】からの技術供与と資金提供によって、一気に構成員の機体は強化されていく。

 元々【氷獄狼】は構成員が多い大手クランではあったが、レイドボスの撃破ではなくクラン対抗戦ばかりやっていたので、技術ツリーの発展が遅れていたのだ。その技術格差は最近になって目につくようになり、武器やパーツの性能差で負けることも多くなっていた。その問題が一気に是正されたのだ。

 

 クランの唐突な路線変更に反感や戸惑いを抱く構成員は多かったが、武器やパーツが一気に強化されたことにはみな喜んだ。元々“力こそ正義”を地で行くアホが多かったので、機体が強化されたことで不満を抑えこんだ形である。

 

 それでもクランの路線変更に不満を抱く者については、ヘドバンマニアが直々に面談を行った。

 スカルの目からすると不気味極まりないことに、ヘドバンが部屋に連れ込んだメンバーはみな熱心なカイザー信者になってしまった。まるでヘドバンの瞳に巣食った熱が伝染したかのように、カイザーを褒め称えるのだ。

 今は教会で日曜日にミサが開かれるように、ヘドバンがカイザーの思想を伝える勉強会を夜な夜な開催している。信者が新たな信者自発的に増やしたがるように、友人を勉強会に連れ込んではシンパを増やしつつあった。

 

 

(たった1週間で【氷獄狼】は別物みたいになっちまった……)

 

 

 信者が新たな信者を勧誘する姿を眺めながら、スカルはため息をついた。

 その横ではアッシュが元気のない顔で肩を落とし、コーヒーを啜っている。

 彼に目を向けて、スカルは尋ねた。

 

 

「……お前、これからどうする」

 

「どうするも何も……ここにいるよ。ヘドバンが正気に戻るかもしれねーし」

 

「そうか」

 

 

 落ち込むアッシュを見て、らしくないなとスカルは思う。

 前作では妹分、今作では弟分のこいつが何か元気になることを言おうと、スカルは口を開いた。

 

 

「そういえば、昨日掲示板で見たんだが……【騎士猿(ナイトオブエイプ)】がレイドボス狩りを計画しているらしい」

 

「へえ。あいつらは変わらず元気みたいだな」

 

 

 アッシュが力なく笑みを浮かべる。

 【騎士猿】は【氷獄狼】にとっての宿命のライバルである。

 大手クランとして実力が拮抗していたのに加えて、趣味プレイヤーの集団であること、そして“自由にやりたいことをやる”というモットーが似通っていた。

 

 違う点といえば、プレイヤーの傾向であろうか。

 どっちもチンパン(問題児)である点には変わりないが、【氷獄狼】は企業クランが匙を投げるほど素行に問題があるプレイヤーの集団である。一方で、【騎士猿】はやりたいことを追求しすぎて、周囲との協調性を鑑みないプレイヤーの集団だ。

 

 モラルに自由なのか、熱意に自由なのか。

 その点が大きく異なるために住み分けがなされ、だからこそお互いに相いれない不倶戴天(ふぐたいてん)の敵として対立してきた。

 

 だが、プレイヤーがその壁を乗り越えられないというわけではない。

 ときにはプレイヤーが相手先のクランに移籍することもあった。

 

 【氷獄狼】がこうなってしまった今、【騎士猿】に移籍するプレイヤーも出てくることだろう。

 

 

「その【騎士猿】のレイドボス狩りに、お前がご執心のシャインが雇われたそうだ」

 

「マジか!!」

 

 

 アッシュが顔を輝かせ、ガタッと立ち上がる。

 そしてすぐに我に返ったように椅子に座り直し、不機嫌そうな顔を作った。

 

 

「ケッ、あのガキ最近はどこにでも顔を出しやがってよ。調子くれやがって、マジでムカつくぜ! 今度という今度は身の程を教えてやらねえとな!!」

 

「フフ……お前は本当にあの子が好きなんだなあ」

 

「ハァ!? ナメたこと言ってるとスカルでも容赦しねえぞ!!」

 

 

 牙を剥き出した狼のように、ガルルと喉を鳴らすアッシュ。

 スカルはわかったわかったと頷き、ソーセージを頬張るとビールで流し込んだ。アルコールの酔いがプレイヤーにフィードバックされることはないが、味は現実のビールそのものである。

 

 

「だってあいつムカつくだろ? スカルだってあいつに何十回とリスキルされてるしよ。人の心がねえ。あんな凶悪なプレイヤーは野放しにしてちゃいけねーよ」

 

「まあ俺は正直別に……といった感じだがな。相手を殺すんだ、殺されもするさ」

 

「坊主ってのは中途半端に悟ってんな」

 

「坊主じゃねえよ」

 

 

 スカルは確かにアバターはドクロをモチーフにしているし、リアルもハゲだが、僧侶というわけではない。

 リアルでは食品管理に関する仕事に携わっているため頭を剃り上げており、「寺の息子だから」とか「人間に食べられる動物を供養するため」とか周囲からいろんな噂を立てられて困っている。だから僧侶ではないというのに。

 

 だが……もしかしたら自分が、いつか【氷獄狼】を弔う役目を担うことになる日が来るのかもしれないな。

 発展を遂げ活気に満ちる【氷獄狼】を見ながら、なぜか彼はそんなことを思った。

 

 

「……レイドボスに横殴りすっか、アッシュ」

 

「やるやる! おっしゃ、なんか元気出て来たぜ!!」

 

 

 狼が尻尾をぶんぶん振り回すように、アッシュが歓喜の表情を見せる。

 その笑顔に微笑みを返しながら、スカルは呟く。

 

 

「【騎士猿】の邪魔をしてやりたいし、恐らく奴らが狙うのはまだ討伐報告がないウィドウメイカーだろう。寡占技術を得れば、ウチの影響力も大きくなる……」

 

 

 そうなれば、【トリニティ】から一方的な子分扱いされにくくなる。

 ヘドバンもカイザーへの傾倒を控えてくれるかもしれない……。

 

 

 スカルの淡い期待を胸に、【氷獄狼】がその牙を剥こうとしていた。



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第61話 ダンサー・ウィズ・ウルブズ

 “黒鋼(クロガネ)峡谷”は深く入り組んだ谷から成っており、その名が示す通り無数の鉄鉱石の結晶が峡谷の壁面に埋もれているエリアである。採掘すれば素材が得られるが、このエリアで採掘するような命知らずはいない。

 

 そもそも現在の峡谷の壁面はそのほとんどが白い粘液に覆われており、どこが鉄鉱石なのやら見当もつかない。地面や壁には時折膨らんだ粘液が白い繭を形成しており、その大きさは5メートルを優に超える。

 

 壁面と壁面の間には時折粘液の糸が張り巡らされており、これには決して触れてはならないというのが峡谷を進む者の常識である。

 この糸は高感度のセンサーとなっており、触れたが最後、繭から飛び出してきた機械の子蜘蛛にたかられて撃墜される羽目になるだろう。

 

 

 “強欲(グリード)黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”。

 

 無数の子蜘蛛を撒き散らす、黒鋼峡谷の女王蜘蛛。

 恐らく黒後家蜘蛛(ブラックウィドウ)死傷兵器(ウィドウメイカー)のダブルミーニングで名付けられたと思しきこの怪物は、上位レイドボスの中でも未だ撃墜報告が上がっていない強敵である。

 

 これまで難攻不落と呼ばれた理由は主に3つ。

 堅牢な装甲を持っており、ダメージがほとんど通らないこと。

 無数の子蜘蛛を生み出すことができ、多くの機体による力押しに対して極めて強いこと。

 そして数多くのセンサーに守られた峡谷の奥深くという、非常に攻めづらい地形を根城にしていることである。

 

 多人数による力押しでなら倒せるレイドボスはいくらでも存在する。しかしこのレイドボスの仕様は、なんとしても力押しの勝利を封じようという底意地の悪さを感じられた。

 故にこの谷に棲まうは、人知の及ばない死の怪物。リリースから半年を待たずして禁足地として知れ渡るようになったのも無理からぬことであった。

 

 そんな立ち入る者すべてに死を与える峡谷を、今30騎の機体が往く。

 

 

 

「いやあ、絶好のハイキング日和ですね!」

 

 

 そんな呑気なことを言うのは、彼らのリーダーであるチンパンジー1号氏である。

 そこから少し離れた位置を飛ぶ副クランリーダーのネメシスは、仏頂面のまま鼻歌など歌っていた。7人の小人が仲良く行進するときに歌うあの曲である。

 

 はい、緊張感さんが死んだ! 今死んだよ!

 

 

「よ、余裕ぶっこきすぎじゃありませんかね?」

 

 

 一行の中でもチンパン度が低い1人が、心底肝を冷やした顔で言った。

 何しろ張り巡らされている無数の糸の1本にでもひっかかれば、即座に鋼鉄の子蜘蛛が押し寄せてくるのだ。1体相手にするのですらシュバリエ1騎を持っていかれかねない殺人機械(オートマタ)である。

 それが何百何千と襲ってくれば、30騎の集団などひとたまりもないだろう。

 

 

「まあ肩の力抜けし。そんなガチガチだと、かえって引っかかっちゃうよ」

 

 

 彼が属する遊撃部隊の小隊長、メルティショコラが気楽な口調で言う。口にくわえたポップキャンディの棒がぷらぷらと揺れた。

 

 

「し、しかし……」

 

「何しろウチら、こんなところ何回も飛んでるし。もう庭みたいなもんだよ」

 

「まったくその通りです」

 

 

 1号氏が2人の会話に割り込み、ショコラを肯定しながら明るい笑い声を上げた。

 

 

「ははは! 我々先達が何度このルートを通って全滅してきていると思っているのですか。10や20では利きませんぞ?」

 

「それは20回以上やっても一度も生き延びられなかったということなのでは……?」

 

「そうとも言いますね、わはは!」

 

 

 脳内麻薬(エンドルフィン)が常人の5倍出てんのか? と疑うくらいに明るく笑う1号氏。

 

 

「まあそれだけの経験が蓄積しているということですよ。死にゲーを攻略するときの必需品ですな! 必要なのは死んだ経験、そしてそれを材料に考える頭ですとも」

 

「は、はぁ……」

 

 

 眼鏡を光らせながら陽気に笑う1号氏の言葉を聞いているうちに、チンパン度の低い新入りはなんだかびくついているのが馬鹿らしくなってきた。

 

 

「お、いいじゃん。肩の力抜けてきたね」

 

「ええ、まあ……」

 

 

 そんな新入りの顔を見て、ショコラが薄く微笑む。

 

 

「よしよし、可能な限りウチのお尻をバッチリついてくんだよ。ウチと同じ軌道で飛べば糸に引っかかることはないからね」

 

「アイ・マム」

 

 

 ショコラの隊の誰かが、ぼそっと呟いた。

 

 

「ギャルっぽい子が不意に優しくしてくれたときって、ママみ感じない?」

 

「わかる。普段女の子に冷遇されてると、思わず勘違いしちゃう」

 

「ちょっとそこぉ! 聞こえてんだからね! 勝手なこと言うなし!」

 

 

 顔を赤くしたショコラが、がーっと叫び返す。

 

 

アイアイ、マム(はーいママ)

 

「わかってますよマム」

 

「くっそこいつら……」

 

 

 ショコラ隊の他のメンバーは、上司に軽口を叩く余裕があるようだ。結構なことである。

 そのやりとりを聞きながら、ネメシス隊のメンバーがぼやく。

 

 

「遊撃隊はいいよなあ、あんな可愛い反応してくれる上司がいて。ネメシス姉さん、僕らにももっと優しくしてくれたっていいんですよ?」

 

「ほう? 死闘の前に無駄口を叩く元気があってよろしい。今すぐこの銃で口を2つにしてあげましょうか。さぞおしゃべりしやすくなるでしょう」

 

 

 薄く微笑みながら目だけは笑わないネメシスに、部下たちが苦笑いを浮かべた。

 

 

「ノーサンキュです」

 

「あーおっかねえ。銃を握ってるときは氷の女だわ」

 

「イイ……」

 

 

 陽気におしゃべりしながらも、彼らは触れれば死を呼ぶ蜘蛛の糸を慎重に潜り抜けていく。

 “どんなときも楽しく遊ぶ”。1号氏がこのクランを設立してから、その身を模範として示し続けてきた精神がクランメンバーの中に息づいていた。

 その様子を見ながら、1号氏は頬を緩める。

 

 クランメンバーたちの士気は高い。子蜘蛛および敵クランを水際で食い止めるために編入した、予備の16人も含めて今度こそ勝てると信じている。

 これまでの全滅を元に集めたデータ通りならば、戦力的にも抗えるはずだ。

 

 あとは敵クランの侵入をいかに防ぎ、強力な決戦兵器を届けるか。

 

 

「頼みましたぞ、シャイン氏」

 

 

 1号氏は彼が知る限りで最強のパイロットの仇名を、まるで祈るかのように呟いた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 “黒鋼峡谷”の入り口付近では、【騎士猿(ナイトオブエイプ)】所属の50騎のシュバリエが守りを固めていた。彼らの任務は峡谷の入り口付近にある攻略拠点の死守である。

 撃墜されても持ち込んだ修理用物資を消費して攻略拠点からのリスポーンが可能なので、その防衛の層は50騎という見た目の数以上に厚い。

 

 しかしそれは攻め寄せる敵クランにとっても同じことである。攻略拠点にタッチしてリスポーン地点を設定できれば、彼らは自分たちが持ち込んだ物資を消費して復活が可能となるのだ。

 あまつさえ攻略拠点には、今回のレイドボス戦で最重要となるストライクフレームが設置されている。

 

 なんとしても攻略拠点に敵を近付けないことが、彼らにとって最重要の命題だった。

 

 そして今、150騎に及ぶ【氷獄狼】のシュバリエが峡谷に向けて殺到する。

 

 

 スノウは後方から“ミーディアム(長距離ビーム砲)”を発射して【氷獄狼】の機体を撃ち落としながら、【騎士猿】たちの悲鳴を聞く。

 

 

「くそっ! 【氷獄狼】の連中、がっつり機体強化してきてやがる!!」

 

「なんだあの慣性を無視した動き!? エイムアシストが対応できない!!」

 

「落ち着け、手動で狙え! 何騎か墜としてデータを収集すればエイムアシストがアップデートされるはずだ! ……ぐああああああっ!?」

 

 

 彼らの言葉通り、【氷獄狼】の機体は2カ月前とはまるで別物だった。

 

 武器の火力は上がり、その種類も大幅に増えている。元より【氷獄狼】の機体はまるで統一が取れておらず、プレイヤーによって外見も武装もまちまちだったが、新技術の導入によってその傾向はさらに上がっている。

 

 それは統率の取れた行動がやりにくいということでもあるが、使われる武器が多様であるが故に対策を取りづらいということでもあった。

 特にこうした乱戦は【氷獄狼】にとって得意の戦場である。

 

 一方、【騎士猿】の機体は自由にやるというクランのモットーとは裏腹に、銃士をモチーフにした統一感のあるデザインが採用されている。おそらく1号氏かネメシスあたりが、統一のとれた銃士スタイルってかっこよくない? とロマンを炸裂させたのだろう。

 マントを翻して軽装で身軽に立ち回る彼らは、一撃離脱や集団で銃を並べての一斉射撃を得意とするが、こうした死守命令にはあまり向いていなかった。

 

 

「オラオラオラオラァ!! もっと突っ込め!! 相手の陣形に穴を作って浸透するんだよッ!! 命を惜しむな、どうせてめえらの命なんざクソみたいな価値しかねえんだ! せめて有効に使って一華咲かせて散れやぁッッ!!」

 

「「応ッ!! ヒャッハアアアアアアアアーーーーッ!!」」

 

 

 ドクロの頭部に巨大な数珠を首から下げ、肩にはスパイクを生やした大きな体躯の指揮官機が叫ぶ。血髑髏スカルが駆る機体、“ヘッドバッシャー”。

 その数珠なんなんですか。本当にお寺の関係者じゃないんですよね?

 

 派手に戦って死ねという命令を受けて、配下のチンピラプレイヤーたちは嬉々として【騎士猿】に特攻(ブッコ)んで諸共に撃墜されていく。

 炸薬を詰め込んだ釘バットが唸りを挙げて銃士の首を叩き潰し、別の銃士がチンピラプレイヤーの頭部を撃ち抜き、その銃士の体を別のチンピラのショットガンが引き裂く。

 

 熱に浮かされたように死に急ぐ、チンピラプレイヤーの群れ。

 思わずそう感じずにはいられないのは【氷獄狼】の中に混じっている一部のプレイヤーのせいだった。

 

 

「【氷獄狼】万歳! 【トリニティ】万歳! ヘドバンバンザァァァァイ!!!」

 

「俺らの死が【氷獄狼】の未来を創るんだ! ウハハハハハハハーーーッ!!」

 

「カイザー様のために命を捧げろォッ!! 喜んで死ねえッッッ!!」

 

 

 まるで宗教的な熱狂に憑かれたかのように、誰よりも先陣を切って死地に飛び込んでいく彼ら。【騎士猿】を道連れに撃墜されていくたびに、別の狂信者が歓喜の雄叫びを上げる。その興奮はヘドバンのシンパではない者にも伝播し、集団が異常な狂奔へと駆り立てられつつあった。

 

 その情熱を目にした【騎士猿】は、思わず気圧されてしまう。

 一言で言えばドン引きであった。

 これまでも【氷獄狼】は大概頭がおかしい連中ではあったが、それはあくまでも良識がなくなっているという意味である。こんな異常なテンションの自殺志願者の集団ではない。

 

 命を惜しまずに突撃してくる死兵に、分不相応な武力供与。日本の歴史で言えば、まるで加賀一向一揆のような危険な集団が誕生していた。

 

 

「な、なんだこいつら……。どうなってるんだ……」

 

 

 【騎士猿】のひとりが、怯えた声を上げる。

 

 まずいな、とスノウは表情を歪ませた。

 

 

「何だか知らないけど、相手のテンションが異常に上がってる。このままじゃ向こうのペースに飲まれるな……」

 

『どうします、騎士様?』

 

「決まってる。盤面をコントロールするしかないでしょ!」

 

 

 そう言い返して、スノウは後列から最前線へと飛び出す。

 白銀の機体が、太陽の反射で煌めいた。

 その光に引き寄せられるように、数騎のチンピラたちがシャインに殺到する。

 

 

「ヒャッハァ!! お嬢ちゃんがのこのこ出てきやがったゼェーーッ!! 」

 

「ウハハハハハハハーーーッ!! 死ね! 死ね! 死ねェェェェッ!!」

 

 

 しかしあまりにも眩しい光源に近付く者は、その身を光に焼かれるのが定め。

 その反応を見越して発射されたバズーカの一撃が、チンピラたちをまとめて爆炎に包み込む。

 

 だが爆炎にまかれた者すべてが撃墜されたわけではない。後ろの方にいた機体は他の機体がうまく風よけになって即撃墜を免れた。シャイン愛用の“レッドガロン”ならば一網打尽にできただろうが、今回持ち込んだのは火力控えめの代替品だ。

 彼は焦げ付いた腕を動かして青く輝くブレードを抜刀すると、シャインに挑みかかる。

 

 

「ぐああああっ!! ク、クソッ! せめて道連れに……!」

 

「キミだけで行きなよ」

 

 

 即撃墜を免れる機体がいるまでが、スノウの予想の範囲内。いや、あえて撃墜させない機体を作っていたのだ。

 その腕をねじり上げてブレードを奪い取ると、返す刀でトドメの一撃をくれてやる。南無三!

 

 

「おっと、これはいつだったかペンデュラムにもらった万能工具じゃないか」

 

 

 何でもスパスパ切れるし硬い床も掘り進める青白い刀身をヒュンヒュンと振り回し、スノウは久々のカンを取り戻す。

 

 

『高振動ブレードは工具じゃないんだよなぁ……』

 

「ナントカとハサミは使いようって言うだろう? 使う人が使えば立派な工具さ」

 

『なるほど、ナントカに刃物と言いますからね。さすがナントカな方は言うことが違うなぁ』

 

「今回は周囲の敵の方が頭おかしいから、ボクは相対的にマトモと言えるね」

 

『私から見れば絶対的に貴方がおかしいですよ』

 

 

 そんなやり取りを交わしながら、シャインは高振動ブレードの光る刃をきらめかせて他の敵へと躍りかかる。

 

 抜けば玉散る氷の刃! ブレードが青白い光の軌跡を描き、威圧的なスパイクで装飾した敵機体をいともたやすく切り裂いていく。

 

 慌てて周囲にいた機体が銃の照準を向けようとするが、シャインは敵の群れの合間を踊るようにスイスイとすり抜けていくのでうまく狙いを付けられない。あまりにも乱戦になりすぎて、外せば味方を誤射(フレンドリーファイア)する状況なのだ。

 

 

「おっとっと、味方に当たっちゃうぞ! いいのかな?」

 

「こ、このガキ……!!」

 

 

 スノウの警告とも挑発ともつかない煽りを受けながら、敵が銃口をさまよわせる。しかしそれはあまりにも愚かな行為だ。

 猛獣を前にして撃つのをためらうなど、殺してくださいと言っているようなもの。シャインの無慈悲な剣閃が、その敵を袈裟掛けに斬りつけながら通り過ぎていく。

 

 

「あっはっはー♪ 踊り子さんには手を触れないでください~♥」

 

 

 シャインは歌うように煽りながら、次々と敵を切りつけてダメージを与え続けていく。

 

 その様子を遠くから見たスカルが、焦れたように叫んだ。

 

 

「馬鹿どもッ、何やってんだ! 撃てッ! 味方もろとも撃てッ!!」

 

「だ、だけどフレンドリーファイアが……」

 

「いいんだよ、死ねッ! 味方ごと死にさらせッ!! シャインを潰せりゃ死んだ味方ごと大金星だろうがッ!!」

 

 

 そもそもなんで至近距離で銃なんか使ってんだ、あのアホども……! とスカルは歯噛みしながら叫んだ。

 もっともな指示である。

 ハッとしたチンピラどもがシャインに向けて釘バットを、コンバットライフルを、ショットガンを、それぞれの獲物を構えて味方もろともに襲い掛かろうとする。

 

 しかしいくら何でもその指示は遅すぎた。

 シャインが攻撃しようとした1騎の腕を斬り落とし、ショットガンをすり取る。

 

 

「あっ! この野郎ッ……」

 

「おっといいもの持ってんじゃん! お兄さん、これもらっちゃうねッ♥」

 

 そう言いながら、シャインがショットガンを敵騎の群れに向けて乱射した。一発あたりのダメージは少ないショットガンといえども、それまでにダメージが蓄積されていればそれは敵を撃墜するトドメの一撃をなりうる。

 

 剣の舞でダメージを蓄積させた数騎をまとめて葬り、シャインが上空へと飛翔する。

 

 

「アハッ♪ のろまなお兄ちゃんたち、こっちだよっ♪」

 

 

 眼下に向けて挑発すると、【氷獄狼】のチンピラどもが一斉に唸り声を上げた。

 

 

「クソッ! 墜とせッ! シャインだけは必ず殺すんだ!!」

 

 

 スカルの叫びを受けて、チンピラたちが上空のシャインを撃ち落とそうと手持ちの武器で射撃を始める。

 弾幕と化したその射撃の嵐を、シャインは白銀の翼をひと際白く輝かせ、重力制御でスイスイと避けていく。

 

 

「それにしても、なるほどね。【トリニティ】から技術供与を受けたってのは本当みたいだ……」

 

『高振動ブレードに重力制御飛行、他にもまだありそうですね。私たちが頑張って倒したアンタッチャブルの技術を敵に使われるなんて、ちょっとモヤッとしますが』

 

「なーに、どうせどんな技術もいずれは普及するよ。やろうと思えば誰だってあんなクマ倒せるさ」

 

 

 そうかなぁ……? とディミは小首を傾げるが、スノウはケラケラと笑うばかりだ。

 

 

「重要なのは今この瞬間に、敵よりも秀でた技術を持っていることだ。ほら見ろ! あいつら自分が重力制御飛行ができるようになったのはいいけど、重力制御で飛ぶ敵を撃墜するためのデータは蓄積されていないようだね!」

 

 

 スノウが言う通り、【氷獄狼】の射撃はシャインにかすりもしない。

 “アンチグラビティ”で飛行するシャインをエイムアシストの射撃で撃墜するにはデータが足りていないのだ。自分たちでもっと模擬戦していればデータも集まっただろうに、与えられた技術を受け取るばかりで、まだ振り回されてしまっていた。

 

 

「どうしたの、お兄ちゃんたちぃ? チンパンジーの方がまだお利口だよ。やっぱり飼い犬に成り下がった狼さんたちじゃ、お猿さんには勝てないのかなぁ~?」

 

「「ほざけやクソガキがぁぁぁぁぁあぁ!!!!」」

 

 

 スノウの挑発に激昂した【氷獄狼】が、一層ヒートする。

 ディミはそんなスノウに、ちらりと視線を向けて肩を竦める。

 

 日に日に言動がメスガキっぽくなっていることに、果たして本人は気付いているのかな?

 

 

「さて、と……。いい感じに注意は引けてるな。このまま囮をしてもいいけど……」

 

 そう言ってスノウは唇をちろりと舐める。

 スノウがこうやって目立って敵を煽っているのは、単に性格が悪い(メスガキ)という理由だけではない。

 

 眼下の戦場のそこかしこで、スノウを狙っている【氷獄狼】の機体が横から【騎士猿】の攻撃を受けて次々と撃退されているのが見える。

 スノウが囮となって敵の注意を惹き付けることで、【騎士猿】のメンバーは【氷獄狼】を撃墜することができていた。【氷獄狼】の熱狂もわずかだがトーンダウンしているように思える。

 

 このまま囮をすることもできるが、いずれは敵も徐々に不利な状況に追い込まれていることに気付くだろう。

 そうなる前に、スノウがすべきことは……。

 

 

「あいつが総指揮官だな」

 

 

 指揮官を優先して撃墜する。【氷獄狼】はワガママなプレイヤーが多いが、それでもゲーマーの習性として命令には従うことが身に付いているはずだ。指揮官を潰せば残りは烏合の衆となるのは、およそどんな世界の軍隊でも同じはず。

 

 スノウは敵陣の後方に控えるドクロ頭の機体に目を向けると、ブレードを手に構える。さすがに無数の敵に狙われたまま狙撃するのは難しい。

 ならば速攻で敵に接近して、近距離戦から仕留める!

 

 

「ボクにつかまってなよ、ディミ! フルスロットルで一気にぶっ飛ばすぞ!」

 

吶喊(とっかん)ですね!! やっちゃいましょう!!』

 

 

 ディミがスノウの頭にしっかりと抱き着き、サラサラの髪に頭を埋める。

 

 

「いっけえええええええええええええええッッ!!」

 

 

 シャインが白銀の翼を輝かせ、バーニアフル稼働でヘッドバッシャー目掛けて一目散に飛翔する。まるで見えないゲレンデを直滑降で滑り落ちるような動き!

 青白いブレードが光の軌跡となって空を斬り裂き、死神の刃となって舞い降りる!

 

 

「……シャインッッ!!」

 

 

 白銀の機体が自分の元へと突撃してくるのを見つめ、スカルが叫ぶ。

 彼を守ろうと、周囲の【氷獄狼】が壁となる。

 

 その壁となった機体がバズーカでまとめて吹き飛ばされ、その空いた穴へとシャインがブレードをきらめかせながら迫る!

 

 

「もらったぁ!!」

 

「お前をなァァァッ!!」

 

 

 ブレードを手にしたまま、シャインがビームライフルの直撃を受けて宙に舞う。

 

 ヘッドバッシャーからやや離れた位置、複数の敵機体に覆われた群れの中から伸びる狙撃用大口径ビームライフルの銃身。

 機体の群れに紛れてシャインの目を欺き、味方機体を貫通させて撃ち抜いたビームの一撃が、シャインに渾身の一撃を叩きこんでいた。

 

 狙撃手は今すぐにでも飛び出したい衝動を抑え、辛抱強く耐えに耐えて、仇敵がスカルに近距離戦を挑むのを待ち続けていたのだ。

 

 スノウはぶすぶすと焼け焦げる機体をなんとか空中で姿勢制御させつつ、狙撃手に目を向けて引きつった笑顔を向けた。

 彼女を撃ち抜いた狙撃手が、狙撃用ビームライフルを収納して獰猛に笑い返す。

 

 

「待ってたぜェ、シャイン!」

 

「アッシュ……!!」



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第62話 白雪姫VSオオカミさん

 アッシュの狙撃用ビームライフルによってスカルへの強襲を阻まれたシャインは、即座に離脱を選択して上空へと飛翔する。

 強襲は一撃でターゲットを仕留めるから意味があるのであり、失敗してしまえばそこは敵に包囲された死地でしかない。

 

 

「逃がすかよぉ!!」

 

 

 一方でアッシュは狙撃用ビームライフルをアサルトライフルに持ち替え、シャインを追って急上昇する。

 上昇しながらエイムアシストを入れず、ライフルで正確に追撃してくる。

 

 それをランダムな軌道で動いて回避しながら、スノウはHUDの真っ赤なアラート表示を睨み付けた。

 

 

『騎士様、HPが残り30%! 危険です!』

 

「くそっ、かなりダメージがでかいな……」

 

 

 被弾した箇所がビームで焼け焦げ、バチバチと火花を上げていた。

 先ほどの一撃のダメージは相当に大きい。

 まさか味方を傘にして身を隠し、さらにその味方機を貫通して狙撃をしてくるとは。大出力のビームライフルだからこそできる奇手。完全にスノウの考慮の外にあった。

 

 

 上空へと舞い上がったスノウは、上昇を止めて水平軌道に切り替えながら180度ターンして追って来たアッシュに向き直る。

 さあどうする……?

 

 残りHP30%の範囲でダメージを抑えて、アッシュを撃墜するか。しかし最近のアッシュはやたらと腕を上げており、たまにスマッシュヒットを入れてくることがある。

 元より自爆はするつもりだったのだし、リスポーン地点も近いのだから別に撃墜されること自体は構わない。しかし敵中枢まで来たのだから、なんとしても総指揮官のスカルは討ち取っておきたかった。

 

 ……よし、こうしよう。

 

 

「やあ、アッシュ。まさか待ち伏せしてくるとは思わなかったよ。さすがに飼い犬に落ちぶれただけのことはあるね、“待て”が上手になったじゃないか。次は何を見せてくれるのかな? “3回回ってワン”かい? わんわんわーん♥」

 

 

 とりあえず挑発である。

 相手をイラつかせてミスを誘う、口先三寸でそんなデカい効果を狙えるのならやらない手はない。

 

 煽りに弱いアッシュはビキビキとこめかみに青筋を浮かべたが、飛びかかるのを自制して距離を保っている。

 すぐに接近戦を挑んでくると見ていたスノウは、いつでもブレードを抜けるように身構えていた指を震わせた。予想をスカされ、はやる指が誤動作したのだ。

 

 

「抜かしな小娘! うかうかと飛びこみゃしねえよ! あと少し削り切れば俺の勝ちなんだからなぁ!!」

 

 

 そう言い返しながら、アッシュは中距離を保ってアサルトライフルでの削りを狙ってくる。空を疾走しながら、エイムアシストなしで狙ってくる正確な射撃。

 

 日に日に精度を増していくアッシュの射撃を避け、カウンターで“ミーディアム”の一撃を叩き込む。

 しかし連射が利かないビームライフルの軌道はアッシュに読まれている。既にこのビームライフルで何度も何度も撃墜されてきたアッシュには、もう単発の射撃は通じないのかもしれなかった。

 

 シャインとの戦いを繰り広げるブラックハウルは、他の【氷獄狼(フェンリル)】とは違って重力制御飛行できるレッグパーツを使っていない。あくまでもこれまでの【氷獄狼】が採用していた武器とパーツだけを使用していた。

 そんな彼こそが、【トリニティ】からの技術供与を受けたパーツに飛びついた有象無象よりも格段に手ごわい。

 

 スノウは強張った笑みを浮かべる。額からは我知らず、一筋の汗が垂れていた。

 

 

「おいおい随分悠長じゃないかアッシュ! そんなにのんびりとボクと遊んでていいのかな? ボクの役目はキミたちの足止めなんだ。ちんたらやってちゃ、レイドボスをおサルさんたちに食われちゃうぞ!」

 

「フン、そりゃこっちのセリフだぜ」

 

 

 アッシュはニタリと笑い、尖った犬歯をぎらつかせた。

 

 

「テメエこそ俺に構ってていいのかぁ? とっとと他の連中を落とさなきゃ、【騎士猿(ナイトオブエイプ)】が負けちまうぜ! ハハッ、俺としちゃ今日はずっとこうしてテメエと遊んでても構わねえんだけどよぉ!!」

 

「なるほどね、そっちの狙いも足止めってわけか……!」

 

 

 【氷獄狼】の足止めをするスノウと、そのスノウを足止めするアッシュ。

 まるでループしているような不思議な構図だが、言えることはただひとつ。

 このまま延々とアッシュの相手をさせられているのは確実にまずい。

 

 このまま中距離戦を続けていても千日手だ。何らかの手段を使ってアッシュとスカルを撃墜しなくてはならないが、さてどうする。

 スノウはアッシュとの牽制合戦の合間に、素早く周囲に目を走らせる。

 

 眼下には【氷獄狼】と【騎士猿】が入り乱れて混戦を繰り広げており、地形はほぼすべて平坦な岩肌と岩塊だけ。もう少し奥に行けば谷が見えるが、ここには使えそうなギミックは見当たらない。

 中距離戦はダメ、ギミックもないとなれば接近戦に持ち込むしかないが……。

 

 スノウはやりたくないぁと小さく呟く。

 

 

「でもやるしかないか……!」

 

 

 覚悟を決めたスノウは“ミーディアム”を撃った後、タップダンスのようにくるりと自機を回転させながらバーニアをフル稼働。

 飛翔するビームの後を追いかけながらブラックハウルへの突撃を敢行する。空中を疾走しながら青白い燐光を放つ高振動ブレードを抜き放ち、すれ違いざまのダッシュ斬りを狙う。

 

 

「いかん、シャインは接近戦が強い! 退け、アッシュ!!」

 

 

 総指揮官という立場から戦闘に加われず、アッシュとスノウの戦いを見守っていたスカルがアッシュに警告を叫ぶ。

 

 

「いいや、退かねえよッ!!」

 

 

 だがアッシュはギラリと瞳を獰猛に輝かせると、ブラックハウルを後退させることなく、むしろ前進させた。最小の動きでビームを回避しながら、その手に握るのは接近戦用の武器、エレクトリックハンマー。相手に打撃ダメージと共に電撃を流し、機体をスタンさせる課金武器だ。

 

 握るだけで電光の火花を飛び散らせたその武器の危険性を察知して、スノウがひりついた笑みを浮かべる。恐らくあの武器で一撃を受ければ、こっちが撃墜される。

 

 

『騎士様、このまま突っ込んでも相討ち……いえ、一撃で致命傷を与えられなければ騎士様が撃墜されますよ!!』

 

「わかってるよ……!」

 

 

 ディミの警告を受けながらも、スノウはブラックハウルへの突撃を止めない。ブレードを抜き撃つ体勢のまま、待ち受けるブラックハウルにシャインが迫る!

 

 

「アッシュ!!」

 

「シャインッ!!」

 

 

 ブラックハウルに向けて一直線にダッシュしていたシャインが、重力を弱めつつバーニアの方向を斜め上に向けて急展開。不意に軌道を変え、空中で跳躍!

 ブラックハウルの頭上をわずかに飛び越え、その背後へと向かう。交差するその瞬間、コクピット越しにアッシュと直接目が合ったような気がした。

 

 ブラックハウルの背面に降り立ったシャインは、即座にその背中へと高振動ブレードの抜き撃ちを叩き込む。

 これがアッシュの一撃を喰らうわけにはいかなかったスノウの選択。ブラックハウルの頭上を飛び越え、背後からの一撃でカタを付ける!

 

 しかしブラックハウルはハンマーを振るうどころかそれを投げ捨て、ブレードを抜こうとしたシャインの腕を掴んでいた。

 

 

「なっ……!?」

 

「アッシュ! 手を放せ、投げられるぞ!!」

 

「いいや、投げられねえな」

 

 

 アッシュはニッと笑みを浮かべながら、スカルの警告を否定する。

 

 

「おいシャイン、いつものあの範囲がクソ広えバズーカ(レッドガロン)はどうした? さっきスカルを襲ったとき、使ってなかったよなあ。今日に限ってお気に入りの武器を使わないのはなんでだ? ……使えないんだろ?」

 

「…………」

 

「そうだよなあ? 今日は【関節強化】を積んでねえんだ。だからヘビーウェポンは使えないし、お得意の投げもできねえ。んん? 違うかい?」

 

 

 ねっとりと糸を引くように優しい口調でアッシュは問いかける。まるで老婆のふりをして赤ずきんに語り掛ける狼のように。

 

 図星だった。

 OP【自爆】のコストは2。OPコストが3しかないシャインでは、OP【関節強化】を外すしかなかったのだ。だから今日のシャインは、“レッドガロン”も投げ技も使うことができない。

 そしてスノウの接近戦でのアドバンテージは、投げ技の存在によるところが大きい。だからこそ投げ技を封じられた今の状況で接近戦は避けたかったのだ。

 

 ブラックハウルは黒く強靭な腕でシャインの右腕を掴み、ブレードを振らせようとしない。投げ技もブレードも封じられた絶対的な危機で、シャインが笑う。

 

 

「でもまだ1本手が残ってるな!」

 

 

 シャインが突き出した左腕がショットガンを握る。

 その照準は、至近距離でこちらを見つめる魔狼の頭部に。その喉へと直接散弾を叩き込もうと、シャインが引き金を引いた。

 その瞬間。

 

 ブラックハウルの頭部が凄まじい速度で展開し、まるで質量が何倍にもなったかのように大きく膨らむ。まるで狼が牙を剥いたかのように、凶悪な輝きを放つ電磁ソーが火花を散らして犠牲者を睨んだ。

 

 

「忘れるなよシャイン。狼ってのは……本来かじり喰らうものなんだぜッ!!」

 

 

 ブラックハウルの顎がシャインの左腕をショットガンごと噛み砕く!

 メキメキと音を立てて、シャインの左腕がひしゃげた。

 

 

「うわああああああああああああああッ!?」

 

 

 捕食される恐怖に、スノウが絶叫を上げる。

 このゲームを始めて以来、これほどの負の感情を受けたことはない。生物としての生理的な反応が、スノウに叫びを上げさせていた。

 

 

『ひ、左腕の反応をロスト! ショットガンも失われました!』

 

「悪いなぁ、シャイン。これまで投げられっぱなしで見せたことはなかったな。本当は俺も近接戦が得意なのさ!」

 

 

 極上の肉を味わうかのように、ブラックハウルの大顎がシャインの左腕をもぐもぐと咀嚼(そしゃく)する。

 自機を手足のように使いこなせるだけに、スノウは本物の腕を食われたような錯覚に襲われ、恐怖に引きつった顔で目尻に涙を浮かべていた。

 

 

「ああ、その顔だ。その怯える顔がずっとずっと見たかったんだ……」

 

 

 アッシュはホログラム越しに、怯えるスノウを恍惚の表情で見つめる。

 

 

「さーて次はどこを齧り取ってやろうかな? 頭にするか、腕にするか。その真っ白なあんよもうまそうだ……」

 

『き、騎士様、しっかりしてください! それは本当の腕じゃないですよ!』

 

 

 慌てるディミがぽかぽかとスノウの頭を叩いて正気に戻そうとするが、スノウの反応はない。

 

 

『早くなんとかしなきゃ……ああ、でもどうすれば……!』

 

「よし、次は右腕にすっか。そのブレードは危険だもんなあ!」

 

『わわわわわわわ! た、食べられるのはいやーーーー!! 狼に食べられて死んだAIなんて前代未聞なんですけどーー!!』

 

 

 シャインの左腕をごくりと飲み込んだブラックハウルを前に、頭を抱えてあわあわするディミ。

 その混乱がスノウに伝わったのか、彼女は白く長い指先で目尻の雫を拭うと顔を起こす。スノウは他人が混乱すると、むしろ逆に冷静になるタチである。その視線は、じっとブラックハウルの大顎に向けられていた。

 

 

「あのさ。気になったんだけど、今【自爆】を装備してるよね」

 

『へっ? 【自爆】……ああ、そうですね! 騎士様、今こそ切りどきですよ! 潔く自爆する方が、狼に食われて死ぬよりマシですしねっ!!』

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 

 スノウは小首を傾げた。

 

 

「【自爆】ってどこが爆発するんだと思う?」

 

『え……そりゃジェネレーターじゃないですか。ジェネレーターがオーバーロードして爆発するものだと相場が決まってますよね』

 

「OPの説明にはそう書いてなかったと思うんだよね」

 

『ええっと……今そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですけど……』

 

 

 そう言いながら、ディミはOPの説明文に目を通した。

 

【装備オプションパーツ】

 

 

〇【自爆】

 

装備パーツを任意に起爆させ、周囲に大ダメージを与える。

与えるダメージはパーツの生産コストによる。

 

装備コスト・2

 

『……確かにジェネレーターとは書いてませんね』

 

「そうだよね。『装備パーツを任意に起爆』ということは、()()起爆させるかだけではなく()()()起爆するのかも任意に選べるってことだもんね」

 

 そう言いながらスノウはホログラム越しにアッシュに笑い掛ける。

 その目尻にはまだ涙が残っていたが、笑顔は不敵さに溢れていた。

 

 

「アッシュ、そっちこそ忘れてるんじゃない? 童話のオオカミさんっていうのは、獲物を食べた後で腹が裂けるのがお約束だよ」

 

「は……!?」

 

 

 そう言ってスノウはお姫様(スノウホワイト)のように可憐な笑みを浮かべつつ、あんぐりと大顎を開けたアッシュ(オオカミ)に人差し指を突き付けた。

 

 

「ばぁーん☆」

 

 

 ブラックハウルの腹の中で、粉々になったシャインの左腕が爆発した。



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第63話 モンスターパニック直前のあの静寂感大好き侍

今回は【騎士猿】サイドのお話です。


 チンパンジー1号氏率いる【騎士猿(ナイトオブエイプ)】本隊は、“黒鋼(クロガネ)峡谷”の最深部近くまで接近していた。

 ここへ至るまでには子蜘蛛を呼び寄せるセンサーとなる蜘蛛糸が多数張り巡らされており、その密度は深度を増すほどに複雑なものとなっていた。最初はハイキング気分で鼻歌を歌う余裕もあった一行だが、最深部へと近づくほどにその余裕も失せていく。

 

 何しろ30騎の一行のうち、わずか1騎でも糸に触れればそこでアウトなのである。命が懸かった局面でおどけられるほど肝が据わった者は、さすがの【騎士猿】の中にもいなかった。

 蜘蛛の網の隙間を縫うようにして、息を殺しながら慎重に潜り抜けていく。中には網と網が二重になっている部分もあり、そういった部分ではさらに細心の注意が必要となった。

 

 普段は直立させている機体の姿勢を制御し、まるで空中に腹ばいになるような姿勢を取ってわずかな隙間をかいくぐっていく。絶対に網に引っかからないように、慎重な姿勢制御とバーニアの展開を行うのは本当に神経が削られる。

 

 

「はぁ……はぁ……。も、もう無理です……。俺の腕じゃもう抜けられません、置いて行ってください」

 

 

 【騎士猿】のひとりが弱弱しく声を上げる。

 操縦技術を厳しく問うこの行軍のプレッシャーは凄まじい。腕に自信があるプレイヤーですら、それに音を上げる者も出てくる。

 

 

「何言ってんの? こんなところに置いてけるわけないじゃん」

 

「でも……俺はきっと巣に引っかかります。そうなったら……」

 

「落ち着いて。大丈夫だよ、深呼吸して」

 

 

 ショコラは微笑むと、優しい声でパイロットに語り掛けた。

 

 

「アンタはウチの真後ろにぴったりついて、まったく同じ軌道で動くようにして。そうすればウチがミスんない限り絶対安全だから。1人だけこんなところで立ち止まっちゃダメだよ。ほら、笑顔笑顔!」

 

「は、はい……」

 

 

 隊内への通信でショコラは他のパイロットにも呼び掛ける。

 

 

「他のヤツもいいね、自信ないヤツはウチかイッチかネメっちの後ろにぴったりつくんだよ! それならこの3人がミスんなければ大丈夫だかんね!」

 

「「ういーっす!」」

 

「でもショコラ、幹部がミスったらどうなるんすかー」

 

「そんときゃみんなでワイワイ言いながら最深部まで走りゃいいっしょ!」

 

 

 そう言って、ショコラは豊かな胸をドンッと叩いた。

 

 

「任せてよ、ウチら3人がどんだけ網にかかって死んできたと思ってるし! 何なら全プレイヤーの中で一番死んだ覚えがあるから!」

 

「うわー頼りねー」

 

 

 隊員の誰かが呟くと、ドッと笑いが全員に広がった。

 

 いい傾向だ、と1号氏は笑顔の皺を深める。

 適度な笑いはささくれだった精神を緩和して、切れそうになる注意力を繋ぎ止めてくれる。軍隊モノの映画で登場人物がたびたび軽口を叩くのは、過酷な環境の中ではそうやってジョークを口にした方が精神を安定させられるからだ。

 

 かつてはショコラもここ一番という局面ではガチガチに緊張してしまう子だった。それを1号氏が身をもって何度もおどけてみせて、味方の緊張をほぐすさまを見せてきたのだ。

 その甲斐あって、今では1号氏が何もしなくても自発的に味方の緊張をほぐしてくれるようになった。本当にいいチームになったと思う。

 このチームを存続させるためにも、この戦いは何としても勝たなくてはな……と、1号氏は巣の奥に広がる闇を睨み付けた。

 

 太陽の光が差し込みにくい深い峡谷は、天井に幾重にも張り巡らされた蜘蛛糸がフードとなり、もはや闇の支配する領域となっている。

 ここは既に蜘蛛の巣の中だ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 それから密度を増す蜘蛛の巣を進むことしばし。

 距離的にはさほどではなかったはずだが、蜘蛛の網を潜り抜けるのに神経を削られ、実際の距離以上に行軍したような気分がする。

 

 ともあれ、彼らは最深部へと到達した。

 そこは峡谷の中でもかなり大きな空間となっており、体感的にはドーム球場ほどの広さがあった。天井までは100メートルはあるだろう。

 

 しかしそれがまったく広いように感じられないのは、上空には幾重にも蜘蛛糸が張り巡らされ、床には無数の繭が膨らんでいるためだろう。そして、何よりも頭上のひと際大きな巣の上に、レイドボスが無言でうずくまっている。

 

 彼らは息を殺して、レイドボスの黒い巨体を見上げる。

 そのサイズ、胴体だけで70メートルほど。手足を伸ばせばもっとあるだろう。

 胴体は黒鋼(くろがね)色に黒光りしており、非常に硬質の物体でできていることがわかる。前面の8つの赤い単眼が煌々と灯り、闇の中で不気味に輝いていた。

 

 

 

「シッ……。音を立てないように、あれはまだ寝ているはずです」

 

 

 1号氏が声を潜めて仲間たちに警告する。

 通信では機体の外には音が伝わらないので別に声を潜める必要はないのだが、なんとなく大声をあげたくない気分であった。

 

 これまで何度も煮え湯を飲まされてきた経験から、“黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”は道中で警戒網に一度も引っかからなかった場合、最深部に到達したときは睡眠状態にあることがわかっている。

 もちろん電脳であるモンスターに睡眠など必要ないので、これはこの凶悪極まりないレイドボスを設計した製作者のせめてもの慈悲なのだろう。

 

 その優しさを精一杯活用させてもらおうと、30騎のシュバリエたちは闇の中でひっそりと活動を開始する。

 古今東西、モンスターが眠っているのならその隙に狩りの手はずを整えるのが常識というものだ。チンパンといえど、彼らは精鋭ゲーマー。ここで興奮して突撃するようなバカは最初からメンバーには入れられていない。

 

 

「ウィドウメイカーに近付いてはいけません。ヤツは振動に非常に敏感で、すぐに目を覚ましてしまいます。床に立つのもNGです。床にも糸が張り巡らされていますよ。粘糸ではないので足は取られませんが、機体の位置を把握されます。飛行状態を維持して、ホバリングで行動するのです」

 

 

 ブリーフィングで話した注意事項を、1号氏が全員に再び周知させる。

 

 ウィドウメイカーはレイドボスとしてはサイズは小さめ、攻撃力も高くはない。その代わりにとにかく装甲が厚く、数の力が通用せず、そして何よりも面倒な注意事項が多いモンスターである。初見殺し精神にあふれたいわゆるクソモンスだ。

 しかしそういったモンスターは何度も死んで注意事項を把握すれば、対策の立てようもあるというもの。技量だけが試される相手よりも与しやすいともいえる。

 

 まずネメシス率いるスナイパー部隊5騎がマントを裏返して頭から被った。彼らのマントは裏地が真っ白になっており、巣の風景に即席で擬態することができる。

 

 

「よし……と。これで騙されてくれればいいのですが」

 

 

 ネメシスが駆る機体“北極星(ポールスター)”は銃士をイメージした【騎士猿】の機体の中でも、ひと際狙撃に特化している。肩に背負うのは展開式の“憤怒(ラース)”型狙撃用ビームライフル。“天狐盛(てんこも)り”に採用されているビームライフルをそのまま小型にしたものである。やはり1度撃てば2度とは使えない、ここぞという場面の切り札だ。

 

 そんなスナイパー部隊の周囲に円陣を組んで展開し、用心深く周囲の様子を警戒しているのがメルティショコラの率いる遊撃部隊8騎である。

 彼女たちの機体は【騎士猿】のチームカラーの赤よりも、さらに濃い赤色をしていた。見た目にも装飾が多く、目立ちやすい。囮を務める彼女たちは、今回は意図的に目立つデザインのパーツを採用していた。

 

 

「ネメっち、手早くお願いね。こうしてる間にも拠点でみんなが【氷獄狼】と戦ってくれてるんだし」

 

 

 部隊長のショコラの機体“ポッピンキャンディ”はその中でもひと際派手に装飾されている。キャンディの包み紙のようなしましま模様が腕や脚に描き込まれ、赤黄緑の原色や星をイメージしたバッジが銃士服のそこかしこに付けられている。

 これは別に囮部隊だから派手にしたわけではなく、常日頃からそういうデザインなのであった。敵から明らかに目立ってしまうのだが、本人は「だって可愛いっしょ☆」の一言である。

 このお気に入りデコを変えろと言われないために、頑張って腕を磨いたところに彼女の強さの原点があった。ショコラは自分がやりたいことを追求するという【騎士猿】のポリシーを体現する少女なのだ。

 

 レイドボスと直接戦う彼ら13騎の後方、広間の入り口付近には作戦指揮官を務める1号氏直卒の17騎が待機している。

 彼らの役目は司令塔となる1号氏の護衛、そして通路側の峡谷から侵入してくる子蜘蛛と敵クランを水際で食い止めることだ。

 

 

「いいですか、くれぐれもレイドボスに近付いてはいけませんよ。レイドボスの攻撃対象になった時点で攻略人数に含まれてしまいますからね」

 

 

 チンパンジー1号の機体“森の賢人(ウッドセージ)”は巨大な四肢を持つ、接近戦に特化した機体である。デザインこそ銃士のそれだが、銃を撃つよりもその剛腕で敵を殴って粉砕する方が明らかに得意だ。

 まるで強化外骨格(パワードスーツ)をゴリラのようにたくましく肉付けしたような、そんな威容を誇るデザインであった。

 隊列射撃や一撃離脱を得意とする【騎士猿】の戦い方とは合っていないのだが、そもそも彼の持論によれば指揮官が直接戦う時点で敗色濃厚なのだ。どうせ直に戦わないのであれば、自分の趣味を優先したのである。

 

 

「レイドボスにタゲられないように近付かないのが一番ですが、万一タゲられそうになったら潔く死にましょう。味方を信じて後を任せてください」

 

「1号氏ー。さすがにくどいですぞー? 心配性っすなあ」

 

「くどくても何度でも言いますよ、私は」

 

 

 1号氏は死兵となる部下たちに再三の注意を述べる。精鋭といえど彼らはチンパンなので、いざとなると頭に血が上ってしまうのだ。

 だからくどいと言われても何度でも注意する。そうしないと土壇場で何をするのかわからないのだ。部下を信用していないのではない。絶対に何かやらかすという強い確信があるからである。だって自分がそうなのだから。

 

 そうして周囲に注意を垂れながらも、1号氏は拠点との通信を怠らない。

 今、拠点は予想以上の敵の戦力増強によって苦境にあることが伝わってきている。頼りのスノウは指揮官のスカルを倒しに向かったが、エースのアッシュに阻まれて苦戦を強いられているようだ。

 

 

(ちとまずい状況ですかなぁ……)

 

 

 1号氏は笑顔を引きつらせ、一筋の冷や汗を流す。

 

 スノウや仲間が不甲斐ないとは思わない。

 【氷獄狼】の強化具合を甘く見積もった自分が悪いのだ。指揮官が苦戦の責任を外に求めるとき、その組織は機能不全に陥ると1号氏は思っている。そして指揮官が求めるべきは責任をどうとるかではなく、どう事態を好転させるかだ。

 

 

(切り札を早めに切ったほうがよさそうですな)

 

 

 1号氏が考えている間にも、ネメシスたちスナイパー部隊は作戦通り迅速に自分の任務を遂行している。

 擬態して散らばった彼女たちは巣の各地に生えた糸や繭に向かって銃を向け、液体を噴射した。まるで水鉄砲のように発射された液体は空気に触れると即座に揮発を始め、霧となって糸や繭を湿らせていく。

 スナイパー部隊には必ず1騎の遊撃部隊が護衛として付き従い、彼女たちの仕事を見守っていた。

 

 スナイパー部隊が噴射しているのは液体燃料である。このゲームには“スピットガン”という可燃性の液体を火を付けながら飛ばすことで敵騎を炎上させ、継続(DOT)ダメージを与える火炎放射器がある。

 彼らが今手にしているのは、それから火を付ける機構を取り除く改造を施した特殊な武器だ。スピットガン自体は射程も短く威力も低いのであまり人気がない武器種なのだが、【騎士猿】たち一部のマニアックなプレイヤーはこれが火計に非常に役立つことに気付いていた。

 

 スピットガン自体は使いづらくても、他に燃え広がるものがあれば有効に活用することはできるのだ。そう、たとえば可燃物である蜘蛛糸だらけの場所を燃やす場合、これは極めて有効な一手になりうる。

 蜘蛛糸は衝撃には強靭だが、タンパク質である以上熱には弱い。このゲームの動物を模したモンスターは実在の動物の特徴を取り込んでいる。ウィドウメイカーもその法則に当てはまることを、1号氏は何度もの敗戦から見抜いていた。

 そしてウィドウメイカーの鋼鉄の皮膚自体も熱には弱く、強い熱を与えることで脆くなるのだ。

 

 決戦に向けた彼らの作戦とは、火計によって巣を破壊しつつ、熱でウィドウメイカーの装甲を脆くして、スナイパー部隊とストライクフレームの大火力で一気に粉砕するというものであった。

 

 その必勝の作戦を準備していた最中。

 ふと、巣の一番奥の方でスピットガンを噴霧していたスナイパー部隊の1騎が呟いた。

 

 

「あれ……? おかしいな、なんだこりゃ」

 

 

 そんな彼に、護衛していた遊撃部隊が声を掛ける。

 

 

「おーい、どうしたの?」

 

「いや……なんかここ、床の蜘蛛糸の下がなんか出っ張ってるんだ。金属っぽいけど」

 

「金属?」

 

 

 遊撃機が近付き、ホバリングするスナイパー機の足元にあるでっぱりを確認する。

 

 

「……これ、ミサイルランチャーじゃない?」

 

「なんだってこんなものが巣の奥に……」

 

「蜘蛛が製造するわけないよね。ということは、ここで蜘蛛にやられた機体のものなのかな」

 

「ええ……? 機体がやられて、武器が奪われるなんてことあるのか」

 

「わかんないけど……一応リーダーに報告しておくね」

 

 

 遊撃機が1号氏に通信する横で、スナイパー機のパイロットはまじまじと武器を見つめた。観察するうちにはっきりと詳細が見えてくる。

 本来の持ち主から引き剥がされたそれは、今は分厚い蜘蛛の糸に巻き取られて深い眠りの淵にある。それがどうにも不気味に思えて、彼はぞくっと身を震わせた。

 

 

「ぞっとしねえなあ。まるで蜘蛛の巣にかかった犠牲者の末路みたいじゃないか……」



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第64話 パーティの準備はこれでバッチリ

「ふむ……?」

 

 

 部下から巣の奥で武器を見つけたと報告を受けた1号氏は、顎に手を置いて考え込んだ。

 モンスターは武器を生産しない。ということはプレイヤーがドロップしたものだろう。ウィドウメイカーに倒されたときにうっかり落としたということだろうか。

 まあ、そういうドジをする者もいるかもしれない。

 

 これまで1号氏は何度もここでウィドウメイカーに敗北したが、武器を失った者がいるとは聞いたことがない。だがこのレイドボスは何も【騎士猿(ナイトオブエイプ)】だけが挑んできたわけではない。【氷獄狼(フェンリル)】をはじめ他のクランも何度も挑戦しているはずだ。

 たまたまそのクランの中に武器を落とした者がいるのだろう。特にアッシュ氏なんかいつもシャイン氏に武器を奪われてるしな!

 

 

「気にすることはないのかもしれませんが……」

 

 

 しかし1号氏はどこか嫌な予感を拭い去ることができない。

 何か重要なことを見落としている気がするのだ。

 

 

 一方、巣の奥では彼の部下たちがスピットガンで液体燃料を散布し続けていた。

 

 もう少しでこの作業も終わる。そうすればストライクフレームを呼び、火を放ってレイドボスを一気に焼き殺してしまえる。

 怖気の走る蜘蛛との戦いなんてとっとと終わらせてしまいたいな。

 そう思いながら、先ほど床下から武器を発見したスナイパーがスピットガンを噴霧しようとしたそのとき。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 彼は見てしまった。

 巣のさらにその奥、ベールのように織り重ねられた糸の壁の向こう側。

 うっすらと透けて見える壁の向こうに、無数の武器が転がっている。

 そしてその中に。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 護衛役の遊撃部隊が舞い降りて、眉をひそめる。

 そんな彼女に、スナイパー機は震える指で応えた。

 

 

「あ、あれ……あれ!」

 

「……これは!?」

 

 

 遊撃機のパイロットが息を飲む。

 糸に絡めとられて転がる武器の中に、見覚えがあるものがあった。

 

 “憤怒(ラース)”型ビームキャノン。ネメシスの“北極星(ポールスター)”が装備しているレア武器だ。生産するのに技術ツリー解放が必要なうえにコストも高く、そうそう出回っているものではない。そしてその中央に刻まれているのは、【騎士猿】のエンブレム。

 よく見ればそれ以外にも、見覚えのある武器がいくつもあった。ショコラの“ポッピンキャンディ”が装備しているアサルトカービンもある。

 どれもネメシスやショコラが今も装備している武器だ。

 

 

「なんでこんなものがここに……!? いえ、とにかく報告しないと……」

 

 

 動揺を覚えながらも、遊撃機は1号氏に映像記録を送る。

 そんな彼女を横目で見ながら、スナイパー機は荒い息を吐いた。

 

 彼は恐怖していた。まだ自分たちが生きているのに、その墓標を先に見せられているような錯覚。まるでこれから自分たちが蜘蛛に敗れ、屍を晒すことが避けられない運命だと言われているような気がした。

 その恐怖は、転がる武器の中に彼が所持している愛用の武器を発見したときに頂点に達した。

 

 

「う……うわああああああああああっ!!」

 

 

 叫びを上げながら、彼はスピットガンから燃料を射出する。

 これを今すぐ焼き払ってしまわなくてはならない、そうしなければ自分たちは死ぬ。そんな妄想に囚われてしまっていた。

 

 そうして手元が狂ったのが良くなかったのだろう。

 彼がスピットガンから放った液体燃料が、気化しきる前に糸に触れた。

 ほんのわずかな、あまりにも微かな振動が蜘蛛糸に伝わる。

 

 だがその糸は、ウィドウメイカーが眠る巨大な網につながる1本であった。

 ウィドウメイカーの8つの赤い単眼が、ひと際輝きを増す。

 彼女はその凶悪な瞳を爛々と燃やし、空気音が漏れるような音を立てた。

 

 

『SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHH!!』

 

 映像記録を受け取った1号氏が、耳をつんざくような威嚇音に目を見開く。

 

 

「……!! 気付かれました!! 総員、戦闘準備! 来ますよ!!」

 

 

 1号氏が全員に警告を送ったのと、ウィドウメイカーが反応するのは同時だった。ウィドウメイカーの警戒音に応えて、部屋中の繭が破裂。その中から鋼鉄の皮膚を持つ子蜘蛛が次々と飛び出してくる。

 

 その数はこの段階で既に100体を超えている。

 

 

「あ……あ……! お、俺……」

 

 

 ウィドウメイカーを目覚めさせてしまったスナイパーが、真っ青な顔でガタガタと震える。

 

 

「馬鹿! どうせ遅かれ早かれ目覚めるのです、ショック受けてる場合ではないですよ! それより早くそこから動いて! 位置を察知されています、来ますよ! 」

 

 

 やらかしてしまったプレッシャーで身動きが取れなくなった彼に、ネメシスが叱咤を送る。

 

 だがその警告はもう遅い。

 その警告の合間にも、数十機もの鋼鉄の子蜘蛛たちがすさまじい勢いでスナイパーに殺到していた。獲物を捕捉した蜘蛛の瞬発力は、とても肉眼では追いきれない速度に達する。

 

 子蜘蛛の全長は2メートルほどで、シュバリエの膝くらいまでしかない。しかし彼らはシュバリエを的確に仕留めることに特化した、生粋のハンターだ。

 

 まず1匹がスナイパーの膝下に飛びつき、鋭い爪を立てて絡みつく。即座に2匹、3匹と後に続き、あっという間にスナイパーの足回りを拘束した。そしてバーニアの噴射孔に脚を突っ込み、その噴射を封じてしまう。

 

 

「ひっ……!! は、離れろぉっ!!」

 

 

 バーニアを封じられたスナイパーがホバリングを維持できなくなり、大きく姿勢を崩す。スナイパーはスピットガンの銃底で子蜘蛛を殴りつけるが、鋼鉄の皮膚を持つ子蜘蛛はガンッと硬質な音を立てるばかりでまったく効いているように見えない。

 

 さらに押し寄せる子蜘蛛がスナイパーに飛びかかり、その腕も封じてしまう。

 

 

「このっ! 離れなさいッ!!」

 

 

 遊撃機は空中からレーザーライフルを撃ってスナイパーに殺到する子蜘蛛を牽制する。熱線を照射するレーザーライフルなら、子蜘蛛にもダメージを与えられていた。当たった部分が赤熱し、子蜘蛛がキイッと悲鳴を上げる。

 

 しかしそれにしても1騎で対処するにも子蜘蛛の数は多すぎ、そして誤射の恐れがあるためスナイパーに絡みついた子蜘蛛を直接撃破できるわけでもない。

 

 

「……もういい、その子はもうダメだし。アンタまで犠牲になるよ、攻撃中断してこっちに合流!」

 

 

 非情な命令と共に合流地点を送り付けるショコラに、悲痛な声を上げる遊撃機。

 

 

「でも!」

 

「助けられるなら助けるよ、でももうダメだって言ってんの! 早く来いッ!」

 

「い……行ってくれ……」

 

 

 スナイパーが震える声で、ショコラに同意する。

 四肢を拘束された彼の目の前で、子蜘蛛が宙に浮いて高速回転を始めていた。その鋭利な6本の脚が回転ノコギリのようになる。これが子蜘蛛の基本攻撃である、スピナー形態。シュバリエの装甲をも斬り裂く、体当たりによる特攻であった。

 

 スナイパーは助けてくれと叫びたい気持ちを死に物狂いで抑える。

 ああ、これがゲームで本当によかった。予め死ねる覚悟をしていて本当によかった。おかげでこんな恐ろしくて仕方ない状況でも、せめてカッコつけて脱落できる。

 

 スナイパーは震える歯の音を噛み合わせて叫んだ。

 

 

「……みんなに勝利を!!」

 

 

 次の瞬間、飛翔する無数の回転ノコギリがスナイパーの機体を八つ裂きにした。

 

 

「うわあああああああああああああああああッッ!!!」

 

 

 僚機の無惨な死を直接見てしまった遊撃機は、悲鳴を上げながらレーザーライフルを構える。恐怖と怒りが、彼女を支配していた。

 自分が僚機を守らなくてはいけなかったのに。せめてこの命が尽きるまでレーザーを撃ち尽くし、1機でも多く道連れにしてやるのが手向けではないかと本気で思った。

 

 

「やめなさい! 落ち着いて! アンタまで死んで何になるよ!」

 

「でもッ! でもこいつらッ!!」

 

「意味ねーんだよッ、犬死すんなッ! 子蜘蛛いくら殺しても、こいつらいくらでも湧いてくるんだからな! それより母体をブッ殺すんだよ、はやく合流しろッ!!」

 

「うっ……ぐうううううううううっ……!! アイ、マム……!」

 

 

 遊撃機のパイロットは唇を震わせ、ぎゅっと奥歯を噛みしめる。

 そして了承の返答を送ると、さっと上昇して上空の仲間たちの元へ向かった。

 

 だが、子蜘蛛たちもせっかく位置を把握した敵騎をみすみす逃すわけがない。

 20ほどの子蜘蛛たちがその場で高速回転して、スピナー形態となって遊撃機を背中から襲う。

 背後から死が迫る悪寒に、遊撃機のパイロットが悲鳴を上げる。

 

 そうして襲い来る子蜘蛛たちの数機が瞬く間にレーザーの照射を浴び、赤熱して爆発を起こした。さらに何十本ものレーザーの雨が降り注ぎ、地上から飛び立とうとする子蜘蛛を薙ぎ払う。

 

 

「チョーシ乗んなっての虫けらが!」

 

 

 腰だめに構えた重火器をガチャっと鳴らし、ショコラが鼻で笑う。この決戦のためにわざわざあつらえたレーザーミニガン(機関銃)は、案の定子蜘蛛によく効いた。こちらの位置を把握されていると撃てないので、そうそう撃てないのが欠点だが。

 

 さらにショコラに続いて、遊撃部隊がレーザー武器を乱射して上昇してくる遊撃機の背後の子蜘蛛たちを掃討する。

 8騎揃った彼女たちは、円陣を組んで周囲を睥睨した。

 

 蜘蛛の巣のあちこちに配されていた繭が弾け、中から無数の子蜘蛛が孵化するのが見える。

 さらには本体であるウィドウメイカーが背負っている小さな繭からも、子蜘蛛が孵っていた。おぞましいことに、この母蜘蛛は戦闘中にも子蜘蛛を生産するのだ。

 スピナー形態となった子蜘蛛たちが、四方八方からキィキィと威嚇音を上げながら高速で迫ってくるのが見えた。

 

 その身の毛もよだつ光景を、ショコラがニイッと笑って睨み返す。

 

 

「よーし、こっから正念場だよ! せいぜい派手に暴れて、残ったスナイパー部隊を敵の目から逸らしてやるし!」

 

「「アイ、マム!!」」

 

「さあ、こいつが挑戦状だし! 受け取れッ!!」

 

 

 そう言ってショコラはレーザーミニガンを眼下のウィドウメイカーに向けて構える。

 

 

「レッツ! パアアアーーーーーリィィィィ!!!!」

 

「「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアア!!」」

 

 

 ミニガンから発射される無数の熱線が、ウィドウメイカーに向けて降り注いだ。

 その鋼鉄の表皮には熱線をもってしてもダメージを与えられていないようだが、レーザーの雨は孵化しかけた子蜘蛛を薙ぎ払っていく。

 

 

『SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 せっかく生産した子蜘蛛を破壊されたウィドウメイカーが、不快げな声を上げた。

 同時にHUDに表示される制限人数カウンターが“1/20”に変動する。プレイヤーがレイドボスに攻撃するか、レイドボスがプレイヤーをターゲッティングしたときにこのカウンターは蓄積される。

 ちっぽけな分際で不遜な人間から戦いを挑まれて、激怒しないレイドボスはいない。そんな母の怒りを鎮めるべく、子蜘蛛たちは全力で侵入者を排除するべく奮起する。

 

 そしてそれはショコラにとって願ってもないことだ。敵のヘイトを買えるだけ買って逃げまくる、それが彼女たち遊撃部隊の任務なのだから。

 

 

「さあ、パーティの幕開けだし! イッチ、あとはよろー!!」

 

「まったく、派手にやってくれますね」

 

 

 そう言いながら、1号氏はどっこいしょとミサイルランチャーを肩に担ぐ。

 中に込められた弾頭はナパーム弾。直撃と共に燃料を撒き散らしつつ発火し、広範囲に爆炎を撒き散らす。本来は上空から投下して広範囲を焼き払うための弾頭である。

 

 

「こいつを着火のためだけに使うとか、明らかにやりすぎ感が漂ってますね」

 

 

 そう言って笑う部下に、1号氏はニヤリと笑い返した。

 

 

「だがパーティのケーキに火を付けるなら、ド派手な方がいいでしょう?」

 

「まったく同感ですね。派手にやりましょう」

 

 

 結局は似た者同士(チンパン)の集団なのである。

 

 そんな会話をしている間にも、巣の入り口に陣取った彼らの背後からは地響きが聞こえてきている。峡谷の繭から孵った子蜘蛛たちが、巣が襲撃されていることに気付いて殺到してきているのだ。

 

 その数、数百どころの騒ぎではない。数千、もしかしたら万にも届く。

 レイドボスとの戦闘中に万単位の雑魚が増援に突っ込んでくるのだから、いくらシュバリエが数で挑んだとしても負けるのは道理である。

 

 これで制限人数20騎というのだから笑わせる。この条件を設定したやつはまず間違いなくクリアさせる気など毛頭ないか、人類のスペックを過剰に見積もっているかのどちらかだろう。

 

 1号氏はニッと口元を歪めた。その挑戦、受けてやろうじゃないか。

 

 

「ですが、キャンドルに火を点ける前にパーティーの主役を呼ばねばなりませんな!」

 

 

 そう言いながら、1号氏は巣に侵入しようとする子蜘蛛の第1陣にミサイルランチャーをぶっ放す。群れの中心に放ったナパーム弾頭は、瞬く間に爆発炎上!

 1300度にも達する高熱が子蜘蛛の群れを赤熱化させ、熱による上昇気流が子蜘蛛たちの残骸を激しく舞い上がらせる。

 

 

「ウホッ、これは爽快ですな!」

 

「「ウッキャアアアアーーーーーーー!!」」

 

 

 先陣を切ったリーダーに遅れを取るまいと猿声を上げながら、【騎士猿】たちは無数の子蜘蛛に立ちはだかる。

 しかしそのナパーム弾で吹っ飛ばせたのは、たった数十機にすぎない。

 

 17騎のシュバリエVS1万機の子蜘蛛、あまりにも多勢に無勢の戦い。

 

 その逆転の一手となるパイロットに、1号氏が通信を送る。

 

 

「さあ、もう囮は十分ですぞ! シャイン氏、出番です!!」




糸蜘蛛の群れにロケラン撃ったときの爽快感はたまらないよね。


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第65話 命知らずの馬鹿野郎たち

 ブラックハウルの腹の中で、噛み砕かれたシャインの左腕が自爆命令を受けて爆発を起こす。内部からの避けようのない爆発ダメージを受けて、ブラックハウルの腹部が弾け飛び、ぶすぶすと黒煙を上げながら倒れ伏す。

 

 恐るべきことにそれでもまだHPはゼロになっておらず、撃墜を免れていた。

 

 

「シ……シャイイイイインッッッ……!!」

 

『うわっ、まだ生きてる……!?』

 

「撃墜されるごとにしぶとくなってる気がするな……」

 

 

 しかしさすがにダメージが大きく、すぐには立ち上がれないようだ。

 一瞬速やかにトドメを刺すか迷うが、こちらも相当な手負いである。ビームライフルの直撃をもらった上に左腕まで噛み砕かれ、HPゲージには余裕がない。

 このままアッシュにトドメを刺しに行った場合、反撃でダメージを喰らって撃墜される可能性があった。そんな危険を冒すよりも、優先すべきことがある。

 

 そんな打算を一瞬で頭の中で組み立てたスノウは、アッシュを捨て置いて眼下のスカルに目を向けた。落下ダメージにHPが耐えきれるかどうかは微妙なところだが、今こそ必殺の一撃を入れるチャンスだ。

 

 背中の白銀の翼をひと際白く輝かせながらシャインが空中で跳躍し、右脚を突き出したポーズで一瞬静止する。

 

 

「必殺! グラビティ・『メスガ』キィーーーーック!!」

 

 

 スノウの掛け声とちゃっかり割り込んだディミの叫びが唱和し、シャインが空中から重力加速度を増したキックを繰り出す。

 スカルが駆る機体“ヘッドバッシャー”の、巨大なドクロ型をした頭部を狙い、高速で一直線に急降下!

 

 OP【関節強化】を外している今、激突の衝撃に脚部パーツが耐えきれないかもしれないが、これで指揮官のキルを取れれば儲けものだ。

 

 そんな打算を組み立てて襲い掛かるスノウを、避けるでもなくスカルはじっと睨み付ける。そのドクロの眼窩に灯った青白い炎を激しく燃え上がらせ、彼は錫杖を模したビームロッドを両手で掴んで頭上に構えた。

 

 

「俺は退かんッ!! 退けんッ!! この一戦に我等の興亡がかかっているのだッ!!」

 

 

 シャインの急降下キックを、ヘッドバッシャーの青白く光る錫杖が受け止める!

 

 

「止められた……!?」

 

「うおおおおおおおおおおおッッ!!! ド・根・性ッッッ!!!」

 

 

 命中しながらもさらに重力を増すシャインの蹴りが、直撃を食い止めるヘッドバッシャーの脚をギリギリと地面にめり込ませる。しかしシャインの脚部もまた、落下の衝撃による関節部の破壊と、ビームロッドの熱によって崩壊しかけていく。

 

 ギリギリと歯を食いしばりながら、ヘッドバッシャーの眼窩の火が燃える。気迫と執念に満ちたその炎は、赤よりも高い熱量を秘めた蒼の輝き。

 かつてのスノウの初陣でそのしぶとさを見せつけた、不屈の炎がさらなる熱をもって燃え盛っていた。

 

 

「その機体、見覚えがあるなぁ。ボクに16回リスキルされた奴だっけ? ほんっと生き汚いよね……!」

 

「悪いな、今度ばかりは俺にも負けられん理由がある。易々とこの首くれてやれんよッ!」

 

 

 ギリギリとせめぎ合う両者の攻防。

 スノウは重力増加とバーニアの推進力をフルに使って押し切ろうとするが、しかしそれにも限界がある。そもそも急降下の衝撃を受け止められてしまった時点で、最早攻めきれないことは見えていた。

 

 失敗を悟ったスノウは、ニッと笑う。

 

 

「こんな言葉知ってる? 『生きるに時があり、死ぬに時があり、自爆するに時がある』。命にはそれを使うにふさわしい時があるんだってさ」

 

「良い言葉だな。誰の言葉だ?」

 

「チンパン1号だよ」

 

「そうか。奴なら言いそうだ、覚えておく」

 

 

 スカルはそう言って笑い返し、うおおおおおおおおおおおッと腹の底から絶叫を挙げて錫杖を大きく振り回す。

 その瞬間、シャインが強く発光して【自爆】を発動させた。

 バーニーが丹精込めて組み上げた時価2000万JC(ジャンクコイン)のパーツが瞬時に爆弾と化して、凄まじい破壊のエネルギーを放出しながら崩壊する。

 

 

 閃光!

 

 

 視界が光に包まれる最後の一瞬にスノウはディミを見上げたが、ディミは穏やかな笑みを浮かべて瞳を閉じ、静かに頭を横に振った。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 ……咄嗟に身を伏せたスカルが再び目を開けたとき、そこにはシャインの姿はなかった。

 瓦礫に埋もれた自機の上に、何かが覆い被さっている。それはスカルに付き従っていた、2騎の僚機だった。その身を犠牲に咄嗟にスカルを突き飛ばして撃墜を防いだのだ。

 

 

 

「無事ッスか、スカルの兄ィ」

 

「あいったたた……。いや、痛くはないですが、撃墜判定ですわ。ったくあのクソガキ、とんでもねえ置き土産を残していきやがって」

 

 

 力なく笑う僚機たちに、スカルは言葉を失う。

 

 

「お前ら……」

 

「悪いけどあとは頼んます。いや、俺らももちろんリスポーンして追いかけますけど、一番大事なトコは間に合わんでしょうし」

 

「【氷獄狼(フェンリル)】を牙を抜かれた飼い犬なんかにしちゃいけねえ。【トリニティ】なんかに頼らなくても、俺らは強く在れるとみんなに見せつけてくだせえ。頼みましたぜ……」

 

 

 そう言い残し、僚機たちは光の粒子となって掻き消えた。

 スカルはドクロの顔を伏せて、何かを誓うように深く頷く。

 

 そこにふわりとブラックハウルが舞い降りた。

 その腹部は爆風によって裂かれており、バチバチと火花を散らせている。しかし幸いにしてジェネレーターは無事だったようで、活動することはできていた。

 

 

「よう、アッシュ。シャインは自爆して、俺とお前は生き残った。つまりシャインを初キルできたってわけだな。念願の初勝利の気分はどうだ?」

 

「どうもこうもあるかよ」

 

 

 アッシュはフンと鼻を鳴らす。

 

 

「勝利だ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。ようやく1キル取れたってだけだろうが。勝利ってのはキルできたかどうかじゃねえ、最終的に目的を達成できたかどうかだろ。見ろ、この状況を」

 

 

 そう言ってアッシュは周囲を見渡した。

 スノウの大暴れと自爆により、10騎ほどが行動不能に追い込まれている。彼らはエリア外からリスポーンするため、復帰は遅れるだろう。

 

 

「本陣を固めた仲間はやられて、俺は手負いになった。だけどシャインはまったくの無傷で近くの拠点でリスポーンしてんだぞ? エリア攻防戦でもないただのフリーモードだから、リスポーンにコストもいらねえ。要はこっちが丸損じゃねえか」

 

「ま、そうだな。相手を押し返しただけだ」

 

「だろう? ならこんなところで初キルできたぜやったー! なんてガキみたいに喜んでる場合じゃねえ。いつまでも寝てんなよ、とっとと押し込むぞ」

 

 

 そう言いながらアッシュはぶっきらぼうにスカルに手を差し出した。

 その手に助け起こしてもらいながら、スカルは遠い目をする。

 

 

「……あのキャンキャン喚いてばかりいた、弓使いのエルフの小娘がねえ」

 

「あ? なんだよ」

 

「いいや。ただ、もうお前も1人前だと思ってな」

 

「なーんだそりゃ。社会人捕まえて言うことかよ」

 

 

 前作で出会ったばかりのときのことを思い出して、スカルは薄く笑う。彼のドクロの頭は表情を読み取りづらいが、アッシュに向ける眼は妹を見るように優しかった。

 なお、スカルは前作では武僧、いわゆる殴りプリだった。そのときの得物の錫杖を気に入って、今でもビームロッドとして愛用している。あの、本当にお寺の関係者じゃないんですよね?

 

 

「アッシュ、お前その腹どうする? いったん離脱して修理してもいいんだぞ」

 

「ハッ、馬鹿言うなよ。俺たちは奴らを追い詰めてんだぞ。今が攻め時だろうが」

 

 アッシュの言葉通り、大勢は【氷獄狼】有利に傾いていた。

 スノウによって10騎ばかり失われたが、それはあくまでもスカルを護衛する後詰めの戦力。前線の兵は高品質な武器と高い戦意により、【騎士猿(ナイトオブエイプ)】を圧倒していた。

 【騎士猿】との戦いで30騎ばかりが損害を受けたが、残り110騎は未だ健在。【騎士猿】の兵士は戦線を大きく後退させ、拠点へと追い込まれつつある。

 

 

「100騎以上も残ってんだ! このまま拠点を制圧して、レイドボスを横殴りといこうじゃねえか」

 

「ああ、そうだな。……総員、突撃しろ!! 一気に押し込めッ!!」

 

「「ヒャッハーーーーーーーーーーーーー!!!」」

 

 

 スカルの攻撃命令に、【氷獄狼】の命知らず(レックレス)の馬鹿野郎(・トルーパー)どもが歓声を上げる。

 自らもその中の1騎となって大地を駆けながら、スカルは誓う。

 必ずや戦果を持ち帰り、【氷獄狼】は【トリニティ】に従属しなくてはならないような弱いクランではないと証明するのだ。

 

 奪われた自由と尊厳を、再びこの手に。



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第66話 いつまでも無敵だと思うなよ

 【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の攻略拠点。

 ホログラムのように青いフレームがシャインの輪郭像を形作り、ついで白銀の機体として実体化した。

 シャインのコクピット内で、スノウが周囲を見渡しながらふぅんと呟く。

 

 

「これが初デスか。リスポーンの感覚も前作とあんま変わんないな」

 

『とはいっても自爆ですけどね。キル取られたと表現するかどうかは微妙なところですが』

 

「まあ、むざむざ敵にやられるのは癪だもんね。切腹を選ぶサムライの心ってやつがよくわかるよね!」

 

 

 そんな侍を舐めた発言をするクソジャリに、ディミが呆れて突っ込む。

 

 

『えぇ……? 侍ってそんな負けず嫌いな子供みたいなメンタルです……?』

 

「実際そんなもんじゃないかなあ。でっかい子供みたいなもんでしょあんなの」

 

『夢枕にご先祖様が総立ちしそうな暴言ですねぇ』

 

 

 さすがに大学生になっても子供の心を捨てられないヤツは言うことが違うな。

 

 さて、とスノウは周囲を見ながら小首を傾げた。

 

 

「こっからどう挽回したもんかな。大分押されてるみたいだけど」

 

 

 その言葉通り、周囲には【騎士猿】の機体が拠点の水際で防衛網を敷くべく走り回っている。みんなスノウと同じく前線から退いてきた兵たちだ。

 要するに【氷獄狼(フェンリル)】にボッコボコにされてリスポーンしたのだが。

 

 フリーモードにおいて、リスポーンのルールは通常のクラン戦とは異なる。

 通常のクラン戦ではリスポーン地点はクランの本拠地となるが、フリーモードではクランを問わず最後に登録した拠点がリスポーン地点だ。

 

 【無所属】のスノウも【騎士猿】の攻略拠点に登録しておけばそこにリスポーンできるし、【氷獄狼】のこの拠点に到達して登録さえしてしまえばここにリスポーンする。だからこそ【氷獄狼】をここに到達させるわけにはいかない。

 到達されたが最後、リスキル地獄される上にレイドボス戦にも乱入し放題になってしまう。

 

 

「まあ、それでもレイドボスがリスポーン地点の真上に出現して無尽蔵にリスキルされるとかいうふざけた事態になるよりはマシだろうな」

 

 

 スノウはそう言って、クロダテ要塞の司令部の真上に出現したアンタッチャブルとかいうそびえたつクソモンスを思い返した。

 

 

『ああ、あれはアプデで修正されました。もうモンスターがリスポーン地点になりうる場所に直接出現することはありませんよ、安心してくださいね!』

 

 

 そう言ってにっこりと笑うディミ。

 これにはさすがのスノウも、ジト目で見つめざるをえない。

 

 

「……キミのところのモンスターは、運営のルールの穴を突いてマンチ行為してくるのか……?」

 

『う、ウチのモンスターはみんな賢いのが売りなので……! でもちゃんとひどすぎる行為はルールの穴を塞ぎますから! ええ、プレイヤーとモンスターは対等ですよ! 神ゲーです! 神ゲー!!』

 

 

 相変わらず神ゲー連呼するときだけ真顔になる運営の手先ちゃんである。

 

 

「普通のゲームだとモンスターはプレイヤーに狩られるためにいるのであって、断じて対等じゃないと思うんだよね……」

 

 

 そう呟きながら、スノウはこれでひとつはっきりしたなと内心で思う。

 このゲームにおいて、レイドボスはプレイヤーに狩られるためにいるわけではない。いや、運営的にはやられ役として配置しているのだろうが、当のレイドボスどもはそう思ってはいない。

 奴らは明確な知能を持ち、人類を敵視する知性体(AI)である。

 

 どう考えてもゲームに出す敵キャラとしてはやりすぎじゃないかなーと思いつつも、まあそれも悪くはないなとスノウは薄く笑う。

 スノウが一番好きなのは、プレイヤー同士の知力と技量を尽くした競い合いだ。互いの総力を駆使して戦うからこそ、そこに面白さが生まれると思っている。

 

 だからモンスター狩りというのはそこまで好きな遊びではない。知能も感情もない相手と戦っても、難題をクリアした達成感こそあれ競い合う喜びがない。

 

 だがモンスターが人間と同等に賢く、かつ全力で抗ってくるというのであれば話は別だ。相手が人間であろうとAIであろうと、死力を尽くして競い合えるのであればスノウには何の文句もない。

 

 その楽しい遊びをするために、まずは【氷獄狼】の相手をしなくてはいけない。

 アッシュとの戦いもまた死力を尽くした戦いであり、それはそれで楽しいし。いやあ楽しいことばっかで困っちゃうなあとスノウはニコニコする。

 

 

「アッシュもそろそろボーナスキャラとは呼べないな」

 

 

 その発言に、ディミがええっと目を丸くした。

 

 

『そ、そんな! あの課金武器を無限に運んできてくれるよわよわアッシュさんが、ボーナスキャラを卒業しちゃうなんて!?』

 

「いや、課金武器はこれからも運んでくる限り無限にいただくけど」

 

 

 無慈悲な発言であった。

 

 

「もうよわよわでもないからね。今日の動きはなかなかよかったよ。あいつも我慢ができるようになったんだねぇ。なんか【氷獄狼】って強くなった割に内部でごたごたしてるっぽいし、あいつって追い詰められるほど強くなるのかもしれないな」

 

 

 そう言いながら、スノウは細い顎に手を置いて小首を傾げる。

 

 

「いや、待てよ。じゃああいつを追い詰めれば追い詰めるほどもっと強くなって、ボクを楽しませてくれるようになる……? あいつをもっと逆境に追い込むにはどうしたらいいかな」

 

『やめたげてよぉ!!』

 

 

 真顔でアッシュをさらに不幸にする方法を模索し始めたスノウを、思わず制止するディミちゃんである。あまりにも不憫すぎた。

 余計なことしなくても、スノウと関わってる限り不幸になり続けるんじゃねえかな。

 

 まあそれはそれとして、とスノウは自分の顔をパンッと張る。

 

 

「まだ相手は100騎以上残ってるわけだ。ここからどうやって削っていくかが考えどころだな。まだアッシュも総指揮官のドクロ顔も健在なわけだし」

 

『えっ、さすがにお腹を爆破されたら修理に戻るんじゃ?』

 

「戻るわけないでしょ。今が絶好の攻めのチャンスだよ。どう考えたってそのまま突っ込んでくるに決まってる」

 

 

 バーサーカー(チンパン)バーサーカー(チンパン)を知るのである。

 というか完全に同じ思考パターンであった。

 

 

『あなたたちって、最初から同じ陣営に属してたら無二の親友になってたんじゃないですかねぇ』

 

「それはどうかなあ」

 

 

 遠い目をするディミに、スノウが笑い返す。

 

 

「その枠はバーニーがいるからね。あいつ結構嫉妬深いからなぁ」

 

 

 結構どころの騒ぎじゃないけど大丈夫ですかねそれは?

 そもそも男同士の友情に嫉妬という表現は普通挟まってこないんだよなあ。

 

 

「それに、友達枠じゃないからこそ思う存分()り合える。あいつと前作で知り合っていなかった運命に感謝したい気持ちでいっぱいだよ……!」

 

『感情が迷子になりすぎて迷宮入り事件の域に……!?』

 

 

 獰猛な笑みを浮かべながらウズウズと手をわななかせるスノウに、ドン引きするディミである。ディミの理解を超える感情が働いていた。

 

 

『人間の感情は、AIには複雑すぎるのかもしれませんねえ……』

 

「ただの闘争本能だよ。これほどシンプルな感情が理解できないなんて、AIにはまだまだ霊長の座は譲れないな」

 

『私たちは賢いので無駄な戦いなどしません』

 

「人間は競い合うから成長するんだよ」

 

『競い合わないと進化できない原始的知性って可哀想……』

 

 

 そんな言葉遊びをしながら、スノウとディミは空中から迫りくる【氷獄狼】の群れを見つめる。

 ガンナータイプが多い【氷獄狼】は、これまで陸上を移動する機体がメインだった。しかし与えられたばかりの重力制御(オモチャ)を使いたくて仕方ないのか、今回は空を滑走する機体がかなり多い。

 レッグパーツを輝かせて飛ぶ彼らを見つめ、スノウは目を細める。

 

 

「シャインみたいに銀翼に重力制御を持ってる機体はいないのかな」

 

『“アンチグラビティ”は曲がりなりにも“七罪冠位”のドロップ品ですからね、レアパーツですよ。いずれ技術ツリーが解放されて作れるようになるでしょうが、それは結構先の話になるかと』

 

「つまり彼らはレッグパーツを換装した。得意の陸上の足の速さを捨てて、慣れない重力制御なんかに飛びついちゃったわけだ」

 

『まあ、そうとも言えますね』

 

 

 そこにつけ入るスキがあるかもな、とスノウは薄笑いを浮かべた。

 

 【騎士猿】は重力制御で飛行する敵についてデータ不足で後れを取ったようだが、【氷獄狼】の機動力は恐らく下がっている。

 

 

「ディミ、ボクの戦闘データを【騎士猿】に渡してエイムアシストをアップデートさせることはできる? 重力制御飛行なら、ボクの方がはるかに経験豊富だ。ボクのデータを参照すれば、【氷獄狼】のひよっこ飛行なんて簡単に当てられるようになると思うんだけど」

 

『えっ、それはできますけど……。いいんですか?』

 

 

 ディミは眉をひそめて問いかける。

 つまりそれは【騎士猿】にこれまでシャインが蓄積した戦闘データを譲ってしまうということである。一般にエースパイロットの戦闘データは門外不出の虎の子だ。

 それを解析されれば、もし今後【騎士猿】と戦うときに不利になってしまう。

 

 そんなディミの懸念を、スノウは鼻で笑った。

 

 

「いいよ別に。だって明日のボクは今日のボクより確実に強いからね」

 

『また大きく出ますねぇ……』

 

「事実だよ。この機体だっていつまでも使うとは限らないんだ。それに、彼らのことは気に入ったからね。今日を共に勝つためなら、昨日までのデータくらい分けてやるさ」

 

『了解です。エイムアシストのアップデートに適した形にデータを出力しますので、少しお待ちを』

 

 

 ややあってキューブ状に成型したデータボックスを、スノウは【騎士猿】の防衛隊長に呼び掛けて送信する。

 

 

「ほ……本当にいいんですか!? こんな……貴方の戦いの結晶を……」

 

 

 まさか“腕利き(ホットドガー)”から戦闘データを譲られるなど予想もしなかったようで、防衛隊長はいたく感激していた。

 最敬礼を取り大切に使わせていただきます、と目尻に涙を浮かべながら言う彼に、スノウはめんどくさそうな顔でそっぽを向く。

 

 

「ああ、いいからそういうの。末端までどんどん配って、ボクを楽させてよね」

 

『……騎士様って、素直に感謝されるとツンデレになりますよね』

 

他人(ヒト)の内面を覗き込んでこないでよ」

 

 

 唇を尖らせるスノウを眺めて、ディミはクスクスと笑う。

 スノウは頬を赤らめながら、ぶっきらぼうにため息を吐いた。

 

 

「さて、これで【騎士猿】も【氷獄狼】となんとか戦えるだろ。……アッシュやあのドクロ以外は」

 

『そういえば、彼らは陸上仕様のままでしたね』

 

「やっぱりアッシュはさすがだよ。他人から与えられた慣れない技術には飛びつかない。地道に磨き上げた自分の技術だけが信用できるってわかってるんだ」

 

 

 余程今日のアッシュの動きが気に入ったのか、やたら褒めるスノウである。

 でも多分自分がアッシュを認めたって自覚はないんだろうな、とディミは思った。きっと指摘したらムキになって否定するに違いない。指摘しない方が面白いからしないけど。

 

 わずかな時間だったが、シャインの戦闘データはすぐさま末端までいきわたり、エイムアシストにアップデートがなされたようだ。ディミのデータ抽出が優れていたのだろう。

 

 2人が後方から見守る中、拠点の前方に布陣し直した【騎士猿】たちが迫りくる【氷獄狼】に長距離からのビーム射撃で応戦する。

 スイスイと空中を滑空して避けようとする【氷獄狼】の機体たち。しかしその軌道を予測した先に【騎士猿】のビームが照射され、数機が爆発する。

 

 まさかこの短時間の間にエイムアシストが格段に進化したとも思わず、先ほど同様に簡単に回避できるとたかを括っていた【氷獄狼】が悲鳴を上げた。

 

 

「な、何!? 嘘だろ!? どうして重力制御に対応できてんだ!?」

 

「いける! いけるぞ、これなら当てられる!!」

 

 

 【騎士猿】たちが興奮して歓声を上げる。彼らはビーム射撃を繰り返してさらなる被害を出そうと勢い込み、幾条もの青白いビームが地上から空へと走った。

 

 最初の数機の撃墜に関しては【氷獄狼】が悪いのではない。普通、軽く一戦した程度で戦闘データのアップデートなど為されるものではないからだ。

 

 

「落ち着け! もう相手は戦闘データが蓄積してる! エイムアシストでも当ててくるぞ! お前ら本腰入れて回避行動しろ、接近して拠点にリスポーン登録しちまえばこっちのもんだ!!」

 

 

 スカルの号令で、浮足立った彼らが落ち着きを取り戻す。

 流石に彼らも大手クランの精鋭である。チンピラ同然の連中といえども、戦いの勘所は抑えていた。

 指揮官がマトモに制御できていれば、かなり手ごわい連中なのだ。いつもは好きなようにやらせている放任主義のスカルも、今日に限ってはマジモードで指揮していた。

 

 

「やっぱ指揮官を落とさないときついか……」

 

 

 スカルの指揮に従い襲い掛かる敵を見て、スノウは唇を噛んだ。

 ようやくエイムアシストでも当てられるようになったのはいいが、やはり武器とパーツの性能、そして数が違いすぎる。

 戦いは守る側が有利とはよく言うが、それはあくまでも技術と数が同格の場合の話であって、そのどちらの要素も敵の方が上回っていた。

 

 

「撃て! 撃てッ! 到達されたら何もかも終わりだぞ!!」

 

「くそおおおおおおお! いつまで防衛すりゃいいんだ!? 守り切れねえ!!」

 

「スノウさんの好意を無駄にするな! 耐えるんだ!! 目にモノ見せろッ!!」

 

 

 その叫びを聞きながら、シャインが空へと舞い上がる。

 【騎士猿】のプレイヤーでは対抗できないであろうアッシュの襲来に備えて拠点に待機していた彼女だが、その我慢にも限界があった。

 自分の名を呼びながら奮闘する者を見捨てられるほど、彼女の堪忍袋の緒は細くはない。

 

 

『いいんです? 雑魚に構ってて。大物を狙うのでは?』

 

「だって仕方ないでしょ、お兄ちゃんたちよわよわなんだから……! ボクが手を貸してやらないとまともに戦えないんだもんね!!」

 

『おっ、そのセリフメスガキ度高いですね』

 

「はっ……!? な、なんでもない!!」

 

 

 顔を紅潮させながら、スノウは殺到する【氷獄狼】のシュバリエたちに“ミーディアム”を構える。

 しかし、大物を探していたのは向こうも同じこと。

 

 

「シャイイイイイイイイイイイン!! そこにいたかあああああッッ!!」

 

 

 直接トドメを刺し損ねた黒き魔狼(ブラックハウル)が、今度こそ赤ずきんを喰らおうと敵の群れから飛び出してくる。

 

 

「ちぇっ、アッシュ……! 今はキミに構ってる場合じゃないんだけど!」

 

「悪いがこっちはお前以外眼中になくてなぁ! 一緒に踊ろうぜェ!!」

 

 

 ロケット弾を連射しながら距離を詰めてくるアッシュに、スノウは舌打ちした。

 どんどん距離を縮めて接近戦に持ち込むつもりだ。

 

 

「アッシュ、距離を詰めすぎだ! そいつには自爆があるんだぞ!!」

 

「そうだよアッシュ。ボクに近付いて、またどかーん☆ってされたいのかい?」

 

 

 スカルの警告の尻馬に乗って煽る……本人的には牽制しているつもりのスノウを、アッシュが鼻で笑う。

 

 

「やってみろよシャイン! ピッカピカのおニューの機体を撃墜させたきゃな! お前が自爆してからリスポーンする間に、何人の味方がそっちの拠点にタッチするんだろうなぁ?」

 

「…………」

 

「ははっ、黙り込んだな! 黙ったってことは効いてるってことだ! はっはぁーー!! 口喧嘩(レスバ)でもまたまた勝ちをいただいちゃいましたぁん!!」

 

「はー!? 負けてないが!? さっきのは計画通りの自爆なんだけど!?」

 

『マジでこの2人の思考回路すごい似てる……』

 

 

 呆れるディミの呟きをよそに、2人の機体が激突する。

 シャインは青白い高振動ブレードを、ブラックハウルは電磁クローを手に交錯し、白昼の空に火花が散る。

 

 そしてそうしている間にも、次々と防衛網を突破した【氷獄狼】の機体が拠点へのタッチダウンを行うとしていた。

 

 

「まずい……まずいぞ……! どうする……!?」

 

 

 眼下の光景を見ながら、スノウは一筋の汗を流す。

 その表情を見て、アッシュは歓喜の声を上げた。

 

 

「ククッ、焦ってるなシャイン? いいぞ! こっちはテメエのその顔が見たかったんだ! いつも余裕たっぷりに煽ってくるテメエのその焦り顔が見たくて! 見たくて見たくて見たくてッ!! 俺はずっとあがいてきたんだからなあ!!!」

 

「ハッ! 腕前で上回ったわけでもないくせに、もう勝ったつもりなワケ!?」

 

「勝ちってのは大体個人の腕じゃなくて、戦況で決まるもんだぜ!!」

 

「ボクを撃墜してから言うんだなッ!」

 

「やらいでかよぉッ!!」

 

 

 互いの攻撃を全力で回避しながら、隙を見つけて致命の一撃を叩き込む。

 まるで姫君と王子が踊るかのような、白と黒の騎士が決闘するかのような、戦乙女と魔狼が血みどろで争い合うような激しい攻防。

 

 いつ終わるともしれない全力の戦い。そして終わりがなければ、戦況でアッシュが勝利する戦い。

 その均衡を破ったのは、1号氏からの通信だった。

 

 

「さあ、もう囮は十分ですぞ! シャイン氏、出番です!!」



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第67話 はじめてのランドセル

 1号氏に今すぐストライカーフレームで来てほしいと言われたスノウは、嬉しそうに笑いながらも問い返す。

 

 

「ここで持ち場を離れてもいいの? 大分押し込まれてるけど!」

 

 

 【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の攻略拠点は現在【氷獄狼(フェンリル)】に絶賛攻め込まれ中で、もうすぐ敵に集団でタッチダウンされそうな瀬戸際の状態。彼らを撃墜できそうなスノウもアッシュに足止めされて身動きが取れないでいる。

 一言で言って大ピンチであった。

 

 

「いいです、構いませんぞッ! こちらも正直状況はいいとは言えませんが、そちらと合わせて一気になんとかできるのです! そう、吾輩の“天狐盛(てんこも)り”ならね!!」

 

「マジかー、“天狐盛り”すごいじゃない」

 

「ンンンwww 吾輩のマシーンは控えめに言って完璧ですぞwwww」

 

『この人、自慢するときだけすごいニチャアって笑顔になるな……』

 

 

 人の心を抉る一言を平気で言い放つディミちゃんである。

 もっとも1号氏はそれでめげるようなメンタルはしていないのだが。

 

 

「まあそういうわけですので、早く来てください!」

 

「オッケー、すぐ行く!」

 

 

 スノウが1号氏にそう返した瞬間、ブラックハウルが例の頭部を変形させる大技を使い、大顎でシャインの腕に噛みつこうと飛びかかった。

 

 チッと舌打ちしながらバーニアを噴かしてバックステップしつつ、“ミーディアム”を抜き放ってその口の中に牽制射撃するスノウ。

 しかしアッシュのその動きもまたフェイク、素早く顎を格納しながらシャインに向けて爪を振るう。その爪を高振動ブレードで受け止め、激しい火花が飛び散った。

 

 

「俺と戦いながら誰かとお話かい? 随分と余裕だなッ!」

 

 

 ギリギリの接近戦を繰り広げる中で通信するスノウに、アッシュが凄みのある笑みを浮かべる。

 

 

「俺と戦ってるときは俺だけを見ろや、シャインッ!!」

 

「お兄ちゃんったら、嫉妬してるの? クスクス、みっともな~い♥」

 

「ぬかせッ!!」

 

 

 引きつった笑みを浮かべながら煽るスノウに、アッシュが牙を剥きながら殺意の籠った一撃を叩き込む。ブラックハウルの右腕の爪を受け止めているシャインに繰り出される、左手の爪の青白い一閃!

 

 

「まるで天然の二刀流だな……!」

 

 

 その腹にヤクザキックを叩き込み、無理やりブラックハウルの体を押し返しながらスノウがぼやいた。

 

 

『騎士様、早く後退しませんと!』

 

「わかってる。でも今のこいつに背中を向けたくないな……」

 

 

 ディミと会話するスノウに、アッシュがちろりと唇を舌で舐める。

 

 

「へっへっへ……どこにも行かせねえぞシャイン。ここでずっと俺と遊んでようぜェ」

 

『なんか束縛系の重い女みたいなこと言い出したぞ』

 

「はー!? 別にそんなんじゃねえし!?」

 

 

 ディミの感想に何故か動揺するアッシュ。そんなやりとりに、スノウが真顔で突っ込む。

 

 

「いやいやいや……何キモいこと言ってんの、アッシュは男だよ」

 

「キモくもねえし!! ざっけんなよお前!!」

 

「えっ、何でキレたの。煽ってないよね今……?」

 

 

 困惑するスノウの頭の上で、ディミが空中で腹を抱えて笑い転げた。

 リアルのお互いの姿を見せてやりてえよ、まったくよぉ!

 

 こんなやりとりをお互いに必死で切り結びながらやっているのだから、極まったチンパン同士の戦いというのは度し難いものがある。

 

 両手の爪を振り回して連撃を叩き込むブラックハウルの猛攻はすさまじく、投げ技を積極的に使えない今のシャインでは接近戦は分が明らかに悪い。

 ワイヤーを使った投げ技を使うと関節部がイカれる可能性があり、これからレイドボスに挑もうとする局面で使うわけにはいかなかった。

 

 スノウは顔に焦燥を浮かべながら、つつっと額から汗を垂らす。

 

 

「それにしてもどうする、このままじゃどこにも行けないぞ……!」

 

「ハッハア、焦ってるなシャイン! その嫌そうな顔、最高にクるぜ!!」

 

「ちぇっ、有利な状況に乗って随分とイキってくれるじゃない! 自分で描いた絵図でもないくせに!」

 

「確かにな。今の状況はスカルが作った展開だ。なら画ェ描いたスカルの……ひいては【氷獄狼(俺たち)】の勝利ってわけだな、シャインよぉ!!」

 

「まだ勝ってもないだろッ!!」

 

「勝つねッ! 今ッ!!」

 

 

 叫ぶスノウに獰猛な笑みを浮かべながら、ブラックハウルが爪を振りかざして飛びかかる。致命傷を与える一撃必殺の攻撃!

 その瞬間のことだった。

 

 

「アッシュ! 避けろッッ!!」

 

「!?」

 

 

 スカルの叫びを受けて、とっさにその場から飛び下がるブラックハウル。

 直前まで彼がいた空間を、ビームの蒼い軌跡が抜けていった。

 

 完全にアッシュが把握できていない、あらぬ方向からの狙撃を行ったのはビームライフルを手にしたスナイパー機だった。

 全体を俯瞰して見ているスカルが警告しなければ、シャインの自爆でHPを削られていた今のブラックハウルでは撃墜されていたかもしれない。

 

 スナイパーはビームライフルを構えながらスノウへと呼びかける。

 

 

「さあ、行ってくれスノウさん! ここは俺が食い止める!」

 

「……! ありがと、任せたよ!」

 

「クソッ、待てシャインッ!!」

 

 

 シャインを追いかけようとしたブラックハウルの目の前を、さらなるビーム射撃が通り過ぎる。

 アッシュは誰とも知れない突然の助っ人に、ギリギリと歯を食いしばった。

 

 

「三下がァ!! 俺とシャインの戦いを邪魔するんじゃねえッ!!」

 

「おいおい、確かにスノウさんやアンタに比べりゃ俺はモブもいいとこかもしれないけどよ。まあ実力差があるのは仕方ないわな」

 

 

 スナイパーはビームライフルを肩に担ぎ直して、ニヤリと笑う。

 

 

「だが、赤ずきんを悪いオオカミから助けるのは名もなき狩人の仕事だぜ? ちょっくら足止めさせてくれや」

 

「速攻でブッ殺してやるよォッ!!」

 

 

 アッシュの気迫に満ちた叫びが、ビリビリとスナイパーの肌を総毛立たせる。

 肌が粟立つ感覚に、こんな殺気を叩き付けられて楽しそうに笑えているスノウはやっぱりとんでもねえなとスナイパーは苦笑した。

 だが、それでも子蜘蛛の群れに全身を八つ裂きにされる恐怖には及ばない。

 

 

「まったく、ここまで攻め込まれてて不幸中の幸いだったぜ。せめてひとつくらいは勝利に貢献しなきゃ、みんなに面目が立たねえからよ。赤ずきんをオオカミから逃がせりゃ大金星だろうぜッ!!」

 

 

 子蜘蛛に八つ裂きにされて拠点にリスポーン(死に戻り)したスナイパーは、復活した直後に襲い掛かった脅威に笑みを浮かべて立ち向かう。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 ストライカーフレームの格納庫に移動したスノウは、そこで初めて“天狐盛り”を直で視認した。

 

 

「はえ~でっかい……」

 

 

 思わずそんな間の抜けた呟きをしてしまうほど、巨大なサイズであった。

 シャインの全長が10メートルに対して、20メートル近くもある。シュバリエがアバターの纏う騎士甲冑だとしたら、これは甲冑が乗り込む攻城兵器。堅牢な増加装甲にゴテゴテと強力な兵器を取り付けたその威容は、まさしく“着る要塞”だ。

 

 そしてその背には、データにはなかった巨大なランドセルを背負っていた。ランドセルの下部からは、2本の円筒が伸びている。まるで2基のスペースシャトルをランドセル型にして背中に括り付けたかのような、異様なフォルム。

 

 

『……なんでしょう、アレ? スペックを説明されたときにはなかったですよね』

 

「ンンンwww よくぞ聞いてくれましたwww あれこそが“天狐盛り”を短時間で我々の元に送り届ける秘密兵器! “バスターランドセル”ですぞ!!」

 

『すごく嫌な予感がしてきましたが、何ですかそれ……!?』

 

「一言で言いますと、ロケットブースターです! その速度はマッハに到達し、超音速でストライカーフレームを最前線にデリバリーしてくれますぞ! さらにさらに、飛行時にはランドセルの中から小型ミサイルをバラまいて周囲の敵をまとめて粉砕! 頭部の超高性能な狐耳センサーによって広範囲に展開した小さな敵機も逃さずロックして、確実に粉砕してくれるのですッッッ!!!」

 

 

 つまりマッハ1で飛行しながら小型ミサイルを雨あられとばら撒き、進路上に存在する敵は一切悉くを破壊するすごいロケットブースターということであった。

 

 わあーすごーいとディミは白目を剥きながら呟く。

 1号氏はそんな称賛に胸を張って大威張りである。

 

 

「どうです、これなら即座に我々の元にたどり着きますぞ! しかも襲い来る子蜘蛛や【氷獄狼】もまとめて始末できてしまうのですッ!!」

 

『私、びっくりしました! マッハ出ちゃいますか!』

 

「出ちゃいますなぁ!!」

 

『で、狭い峡谷の中をマッハで飛べと?』

 

「…………あっ」

 

『しかも飛びながらマルチロックして雑魚も倒せと?』

 

「………………」

 

 

 明らかに人類には早すぎる機体であった。

 もし仮に【騎士猿】が重力制御技術を持っていたとしても、こんなストライカーフレームを扱いこなせる人材はいないだろう。どう考えても峡谷の壁面に衝突して即死である。相当な命知らずの大馬鹿野郎でなくては、チャレンジする気にもならないはずだ。

 

 

「面白いッ!!」

 

 

 だがここに大馬鹿野郎がいたのである。

 スノウは瞳をキラキラと輝かせながら、ランドセルを見上げた。

 

 

「いいねッ! やりたいことだけ詰め込んだその設計思想、大好きだッ!!」

 

『騎士様、正気ですか!? いや、正気じゃありませんでしたね失礼しました!!』

 

 

 まあ今更のことであった。

 

 

『でも騎士様、本当にいいんですか? これ明らかに第二次世界大戦期の英国面がごとき失敗兵器の様相ですよ! 具体的にはパンジャンドラム……いえ、PIATですねこれ』

 

 

 PIATとはその当時ブイブイ幅を利かせていた新兵器・戦車を破壊するためにイギリス軍が作り出した対戦車擲弾投射器である。なんと動力にバネを採用しており、発射した反動で次弾以降を射出できる、それはそれはエコなうえに連発可能なすごい兵器なのだ。

 そして1発目の装填は人力なうえに、装填ミスると自爆する失敗兵器である。

 

 肝心な部分を人力に頼るうえに凄まじく扱いが難しい点がそっくりであった。

 

 

「いいじゃん、それくらいのじゃじゃ馬の方が楽しいよ」

 

「さ、さすがはシャイン氏ですな! 今吾輩やらかしたと思って血の気が引いてましたが!! ……えっ、マジでできるんですかマッハ曲芸飛行」

 

『死にますよ。マッハで飛んだことないでしょ……!?』

 

「いけるいける。いやー、前作以来だなマッハで飛ぶの! 2年ぶりだから勘が鈍ってなきゃいいけど!」

 

 

 完全にイカれてやがる。ディミは白目を剥いて呟いた。

 

 

『あ、あのー……私、ちょっとお腹が痛くてぇ……』

 

「逃がさないよ♥」

 

 

 そそくさと離脱しようとしたディミを、むんずとスノウの細い指がつかむ。

 

 

「今更どこに逃げるって言うのさ。自爆にまで付き合っておいて」

 

『いやー!! 戦術的に納得できる自爆とかならまだしも、こんなバカみたいな自殺行為に付き合って死ぬのはいやーーーっ!!』

 

「ボクたちは“相棒(デミ)”だって言っただろ! 生きるも死ぬも一緒だぞ!!」

 

『その決め台詞、もっと感動的な場面で使いましょう!?』



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第68話 合体ロボとキツネ耳が好きじゃない男の子なんていませんぞッ

「よぉーしッ! 合体だッ!」

 

『ううっ、嫌だなあ……』

 

 

 スノウがウキウキと命じるままに、ディミはインターフェースを操作。“天狐盛(てんこも)り”の巨体の中にシャインを埋めるようにしてドッキングを果たす。

 

 

『ストライカーフレーム“天狐盛り”同期(セッション)開始。兵装制御・動力・外部ブースター、コンディションオールグリーン!』

 

 

 “天狐盛り”の全身に張り巡らされた動力ラインがシャインを中心に緑色に輝き、シャインをコアの制御機関として認識する。

 

 

「おおお……いいねえこういうの! 合体ロボ感あるッ!!」

 

「ウホッ、シャイン氏もいけるクチですかな?」

 

「もちろん! そりゃロボゲーやってて合体メカ好きじゃないヤツいないでしょ」

 

 

 その様子をカメラで見ていたスノウと1号氏はテンション上がりっぱなしであった。1号氏は最前線で指揮を執って戦いながらモニターしているはずなのだが、人間にしては驚きのマルチタスク能力だとディミは内心で舌を巻く。

 それほどまでにこちらの様子が気になっているようだ。いや、自分が設計したびっくりどっきりメカの発進シーンを見たくないエンジニアなんていようか。

 

 男の子ってみんなこんな感じなんでしょうかと少々呆れながら、ディミはオペレートを続ける。

 

 

『モジュール“オキツネセンサー”を起動。パイロットのアバターに追加アドオンを反映します』

 

 

 ストライカーフレームの頭部に伏せられていた耳に緑の動力ラインが走り、ピコンと起き上がる。それと同時にスノウの頭にぴょこんと狐耳が出現した。

 

 

「おおっ……!? これ、動くぞ……!」

 

 

 見ようによって紫色にも青にも見える彼女の髪の毛よりも、ちょっと黒みがかった外毛が生えた耳だ。耳の中には真っ白な毛が生えそろい、フサフサしていた。

 それを物珍しそうにピコピコと動かしたり、摘まみ上げたりしてみるスノウ。

 

 無邪気な顔でぴくぴくと耳が動く様は、控えめに言って……。

 

 

『ひ、控えめに言って恐ろしくあざとい……!』

 

「そこは恐ろしいほど可愛い、だろ!?」

 

 

 ディミの戦慄に、ちょっとムッとするスノウである。

 

 

「いやいや、確かに可愛いですな! いやあ、これホント女性が乗らないとヤバいことになりますし! シャイン氏がいてくださってよかったですぞ!!」

 

 

 ニコニコ笑顔で褒めながら1号氏はそんなことを口走った。

 それを聞き咎めたディミは、えっと1号氏のホログラムに向き直る。

 

 

『これ男性が乗っても出るんですか!? 犯罪ですよ!?』

 

「いや、犯罪じゃないですが……。元々はショコラが乗る予定だったので趣味に走ったんですが、なんか土壇場でそういうあざといの趣味じゃないからやめろと言われましてな。揉めに揉めましたとも。まあ結局ショコラには乗れなかったのですが」

 

『あの子クール系ギャルキャラに憧れてる節ありますよね……』

 

「本人は母性キャラなんですがねぇ。なんで自分の持ち味に気付いてくれないのやら」

 

「聞こえてるんだけどお!? てーかアホなこと言ってないで早く来てくれないと困るしッ!?」

 

 

 子蜘蛛と絶賛戦闘を繰り広げながら、ショコラが割って入ってくる。1号氏が指揮を執りながらこちらと通信を続けているので、筒抜けであった。

 ギリギリと歯を食いしばりながら操縦桿を必死で動かし、ツインテールから汗を飛び散らせている様子から相当苦戦している感が伝わってくる。

 

 ちらっとホログラムの向こうに目をやり、スノウを見て何それかわいー! と目を輝かせながらも、さすがに構うどころではないようだ。

 そしてその言葉を聞いたチンパンたちがわらわらと回線ウィンドウを開き、おおおおおおお! と盛り上がる。

 

 

「やっべ狐耳超似合ってんじゃん!」

 

「可憐だ……!」

 

「フン……。似合うじゃないか(ポッ)」

 

「あーいいっすねえ。狐耳美少女はロマンっすわ」

 

「ぎゃー! 見とれてて撃墜されかけた! 子蜘蛛こえー!!」

 

 

 戦闘中だというのにワイワイ品評会を始めるアホどもである。

 

 

「こらー! アンタら戦いなさいよ! ウチだって超愛でてーの我慢してんのに!!」

 

「お前らナメてると蜘蛛より先に私が脳天(ドタマ)ブチ抜くぞ!」

 

「「アイ、マム!!」」

 

 

 ショコラとネメシスに一喝され、チンパンたちが戦闘に戻る。

 

 

『案外余裕あるんじゃないですか、これ?』

 

「いやいや、割と真剣にヤバかったりするんですなあ。ウチの連中はどうにも目先の興味に飛びついてしまいがちなので。早く来ていただけると助かりますぞ! マジで!!」

 

「よーし、とっとと発進しちゃおう! ディミ、操縦ってなんか変わるの?」

 

 

 ワクワクとしながら狐耳を無意識にぴくぴく動かすスノウである。感情に同期して動くあたり、本気で力が入っていた。

 

 

『シュバリエと特に変化はありませんよ。ストライクフレームとドッキングしている間は、そのまま操縦系統が拡張されますから。シュバリエとまったく同じ感じで動かしてください。あ、でもひとつ違うところと言えば……』

 

「えっ……これは……!?」

 

 

 視界に浮かび上がる情報に、スノウが戸惑った表情を浮かべる。

 コクピット内のHU(ヘッドアップ)(ディスプレイ)とは別に、視界内に浮かび上がるようにして周辺のマップと光点が表示されたのだ。光点は青と赤の2種類があり、赤い点は現在すごい勢いで押し寄せており、青い点はそれを阻んでいた。

 

 

「ンンンwww それが“天狐盛り”の超高性能センサーモジュール連動型F・C・S、“オキツネセンサー”の効果ですぞ! 聴覚・嗅覚・第六感を用いて敵と味方の位置を的確に把握し、網膜内のマップに表示することができるのですッ!! しかも把握した敵はもれなくロックオン可能ッ!!」

 

 

 1号氏が得意満面で胸を張って説明する。

 

 

『第六感……? 第六感ってなんだ……?』

 

「ほら、あの何となく敵が来そうな感じがわかるアレですぞ!!」

 

「ああ、殺気のことかぁ!! わかるわかる!」

 

「さすがですな! 我々はエーテルセンスとも呼んでおりますが」

 

『通じてる!?』

 

 

 ディミはこんな非論理的な感覚が通じるのがスノウだけではないと知って驚愕した。

 スノウにとってはお馴染みの感覚であるそれは熟練プレイヤーにとっては共通の感覚であるらしい。しかもそれはシステムに組み込めるものだという。つまりはっきりと存在する代物なのだ。

 

 

『何それ、私そんなの知らない……。あ、いや……もしかして“色欲(ラスト)”系兵装に使うアレが……?』

 

「ディミー? なんかブツブツ言ってるところ悪いけど、そろそろ発進したいな! そろそろお客さんも到着しそうだ!」

 

 

 スノウの網膜表示の中では、既に【氷獄狼】の群れが拠点への到達を済ませようとしていた。いや、既にちらほらと拠点に侵入してきている機体もいる。

 そもそもアッシュもスカルも既に拠点に到達しているのだから、猶予はほとんどない。残りの大勢が到達するまでになんとかしなくてはならなかった。

 

 

『あ、はい! わかりました! “天狐盛り”発進スタンバイ!! “バスターランドセル”展開ッ!!』

 

 

 ディミがそう叫びながら、バンカーのハッチを遠隔操作する。

 ゴゴゴと轟音を挙げて“天狐盛り”の正面と天井が開き、抜けるような青空が顔を出した。

 

 そしてその下に広がるのは果てしなく続く、黒い岩肌の峡谷である。曲がりくねった峡谷はところどころ白い蜘蛛糸に覆われており、先の見通しが利かない。

 ただでさえ曲り道であるうえに蜘蛛糸の妨害まであるのに、ここをマッハで飛べとは。AIであるディミですらこれは不可能だと感じる。どう考えても正気の沙汰ではなかった。

 

 だというのにスノウは目をキツネっぽく細めて、にこにこと笑うのだ。

 

 

「なーんだ、網膜表示のマップに地形が出てるじゃん。先の道がわかってるなんて親切だなあ。これなら楽勝だよ」

 

『楽勝じゃないでしょう……!? どんだけ反射神経と繊細な技術が必要だと思ってるんです!? しかも妨害の蜘蛛糸がガンガン張られてますよ!?』

 

「全部焼き払えばいいさッ!」

 

 

 無理無茶不可能のオンパレードを笑って蹴飛ばし、一切の道理をねじ伏せてスノウが操縦桿を前に倒す。

 

 

「行ッけええええええええええッ!!!」

 

『ああ、もう! ストライカーフレーム“天狐盛り”、発進しますッ!!』

 

 

 その瞬間、ストライカーフレームの背中に取り付けられたランドセル型ブースター下部の円筒が火を噴いた。

 まるで爆発するかのような、スペースシャトルの打ち上げを思わせるかのごとき急上昇。凄まじい勢いで“天狐盛り”は上空へと発射される。

 

 

「うわわわわわわわわわわっ!?」

 

『騎士様、制御! 姿勢を制御して方向を水平方向に調整してください! ほっとくと成層圏に行きますよ!!』

 

 

 スノウの頭に抱き着きながら、ディミが必死に叫ぶ。

 狐耳の近くで叫ばれて頭をキーンとさせながら、スノウは慌てて姿勢制御して方向を調整した。

 

 恐ろしいことにこのロケットブースター、まともに方向を制御するシステムが搭載されていない。本当に“化け物じみた推進力で前に進むことしかできない”から、姿勢制御だけで飛ぶ方向を調整しなくてはならなかった。ブレーキや方向転換といった甘っちょろいものが一切存在しない。

 方向をやや下向きに調整しながらも、そのままだと地面に激突してゲームオーバーである。墜落を避けて峡谷の中に侵入するように姿勢を整えなくてはならなかった。

 

 

「なんつーじゃじゃ馬だよ……! これはぶっつけ本番はムリだ。前作で姿勢制御だけで飛んだ経験がなかったらボクでもアウトだったぞ……!」

 

『むしろ何でファンタジーRPGでそんな経験があるんですかねぇ……?』

 

 

 ちなみにウインドミサイルの魔法で全身包んだうえで、音速の壁に当たって死なないように防護魔法を重ね掛けして生身で飛んだ。その有様はまさに人間大砲であり、当時のプレイヤーのド肝を抜いた。ついでに運営の想定も軽くぶち破っていた。

 

 そんな経験を持つスノウですらも、この音速での曲芸飛行は難行である。というかこれができれば空軍パイロットの引く手あまたではなかろうか。

 さすがに冷や汗を浮かべながら必死で姿勢制御を行うスノウに、1号氏が悲鳴を上げる。

 

 

「シャイン氏! 峡谷に突入する前に後方の敵機をなんとかしてください!!」

 

『む、無茶振りが過ぎませんか!? 姿勢制御だけで手いっぱいですよこれ!』

 

「うーん、さすがにきっついなあそれは……」

 

 

 スノウは機首を持ち上げ、峡谷に入る前に空中で大きな輪を描く。そうしてなんとかミサイルを撃とうとしたが、あまりにも機体の維持が難しい。少しでも気を抜くと失速(ストール)しそうだ。やがてこりゃ無理だなと不可能を認めた。

 なので頭に抱き着いているディミにサクッと呼びかける。

 

 

「というわけで、ミサイル発射はディミがやってくれる?」

 

『は!?』

 

 

 スノウのフカフカの狐耳に頬をくっつけていたディミは、ぎょっとして視線を向ける。

 

 

『わ、私サポートAIなんですが!? 戦いに実際に手を貸すのは専門外ですよ!?』

 

「いいじゃん、それくらいできるでしょ? なんせマルチロックはボクがダイレクトに感覚として掴んでるわけだし。あとはミサイルのスイッチを押すだけだよ」

 

 

 網膜に映る無数の赤い点を見つめながら、スノウはこのセンサーの仕組みを感覚的に理解していた。このセンサーは得体の知れない理論によって、敵の位置を直感としてスノウに教える。

 彼女が敵の位置に意識を向けることが、このF・C・S(火器管制システム)におけるロックオンなのだ。

 

 

『やっぱり! これ、“色欲”系のシステムを使ってる……!』

 

 

 ディミは理解する。このF・C・Sの正体は、“色欲”系統ツリーで解放される遠隔兵器操縦システムだ。感覚(エーテルセンス)によって敵の位置を把握する機能だけを抜き出している。

 本来ならば感覚によって捉えた敵機をF・C・Sがオートロックして、自動操縦の子機(ドローン)を飛ばすことで攻撃するのだが、現段階ではオートロックもドローンもまだ解放していないのだろう。

 

 確かにそれならスノウでも扱え切れなくても無理はない。本来まだ実用に耐えない未熟な技術を投入している。1号氏はコンピュータのアシストが前提となる技術を、そうとは知らずにぶち込んでしまったのだ。

 

 そしてアシストができるAIは、今ここにいる。

 

 ディミはサポートAIとしての役割がどこまで適用されるのか悩む。いや、悩んだ振りをする。答えなど最初から決まっていた。

 彼女はスノウの“相棒(デミ)”なのだ。助けを求められて応えない相棒がどこにいる? 

 たとえ職務を逸脱しているとゲームマスターが処罰を下したとしても、ディミは助けを求めるスノウに応えたい。

 

 

『やれやれ、仕方ありませんね……。そこまで言うならスイッチ押すだけはやってあげますか!』

 

「たかがスイッチ押す程度でもったいぶらないでよ!?」

 

『うるさいですね! AIにもアイデンティティについての葛藤っていうものがあるんですよ! 騎士様も一度AIに生まれ変わってみたらどうです!?』

 

「絶対に嫌だねッ! ボクは人間でたくさんだッ!」

 

『あー!! AI差別反対ッ!!』

 

 

 怒鳴り合いながらも、ディミはマルチミサイルのスイッチを押した。

 途端にランドセルの上部が開き、無数の小型ミサイル弾頭が待ちわびたように発射される。それを誘導するのは、赤い光点を認識するスノウの意識だ。

 

 遠隔操縦で攻撃する、それが“色欲”系統の兵器だ。本来の人間がミサイルのスイッチを押してAIが誘導するのとは真逆の在り方だが、その本領は確かにここに発揮されていた。

 

 

「な、なんだこのミサイル!? こっちを正確に追尾してくるッ!?」

 

「嘘だろおい! 重力制御飛行にまでくっついてくるとかどうなってるッ!?」

 

 

 【氷獄狼】の無数のパイロットが、悲鳴を上げてミサイルに巻き込まれていく。

 重力制御飛行特有の慣性を殺した急制動を持ってしても、避けきれないほどの追尾性能。130もの赤い光点が、みるみる数を減らしていく。

 

 

「【騎士猿】め! こんな未知の技術ツリーを解放していたのかッ! そのうえにウィドウメイカーの技術まで欲しがるとは、なんて強欲な……!」

 

 

 誰かがそんな悲鳴を上げた。

 しかしそうではない。【氷獄狼】とてこのF・C・S自体は“色欲”の眷属を倒して開発しているのだ。導入するにはあまりにもコストが高く、そしてその正しい使い方を理解できていなかっただけで。

 

 本来はAIによるサポートなしでは機能するはずがなかった遠隔攻撃システムが、たまたま“腕利き”プレイヤーと誘拐されたサポートAIが揃ったことで奇跡的に成立してしまっていた。

 

 

「やったあああああ! さすがはシャイン氏、お見事ですッ!! シャイン氏ならばきっとこの“オキツネセンサー”とマルチミサイルを使いこなしてくれると信じておりましたぞッ!!」

 

 

 そしてその奇跡を起こしたエンジニアこと1号氏は、みるみる【氷獄狼】の機体が沈んでいく光景に飛び跳ねて喜んでいた。きっとどれほど奇跡的な噛み合い方をしていたのか、彼は理解できていないのだろう。

 

 ただそれを本来やる予定だったショコラだけが、呆然と目を丸くしていた。

 

 

「嘘でしょ……? リハでウチがどんだけやっても使いこなせなかったのに。どうなってんの、あの子……」

 

 

 その呟きを聞くとはなしに聞き、スノウは機首を峡谷へと向けながらニヤリと笑った。

 

 

「なーに、ボクには“相棒”がついてるからね。これくらいやってみせるとも」

 

 

 その頭の上で、狐耳が自慢げにぴくぴくと震えた。

 ディミはスノウに顔が見えないのをいいことに、にへーと笑いながらその耳に頬を擦り付ける。

 

 

 およそ100騎は今のミサイルで始末できたはずだ。残り30騎は拠点に到達されたとしても、【騎士猿】の機体はその倍はいる。足止めは十分してくれるはずだ。

 

 

「さあ、邪魔者は消えた! 峡谷へ突入するぞッ!!」

 

 

 スノウはぐるりと機体を巡らせると、峡谷へ飛び込む。

 すさまじい速度で流れゆく、黒い岩肌と白い蜘蛛糸!

 

 少しでも気を抜くと壁面にぶつかるその状況で、“天狐盛り”はわずかな姿勢制御だけで峡谷を飛翔する。

 かいくぐりきれない白い蜘蛛糸は豪快にぶち破り、前へ前へ!

 

 闖入者を察知して目の前の繭から子蜘蛛たちが孵化するが、音速で飛行する“天狐盛り”の前にはまったくの無力だ。いくら彼らが高速回転して電磁ソーとなっても、音速で飛ぶ“天狐盛り”に追いつくことなどできはしない。

 

 とはいえ彼らとて無能ではない。彼らは蜘蛛糸を介して一個の思考回路を共有する群体なのだ。

 蜘蛛糸によって音速より早く脅威を共有した彼らは、相当前方の個体を孵化させて“天狐盛り”の飛行予測ルートの前に空中機雷として設置することを選択する。

 

 しかし“天狐盛り”には、天才チンパンエンジニアである1号氏が採用した“オキツネセンサー”なる秘密兵器が備わっている。

 搭乗者の勘が鋭ければ鋭いほど性能を増すこのセンサーは、スノウという腕利き(ホットドガー)を得て今やビンビンにフル稼働していた!

 

 

「おキツネの耳には、全部まるっとお見通しだぁ!! ディミ、やっちゃえ!」

 

『そーれ、どっかーん!!』

 

 

 子蜘蛛の1匹まで残さず察知したセンサーでスノウがロックオンして、ディミがマイクロミサイルをブッパする。

 これにはたまらず子蜘蛛たちも爆砕され、“天狐盛り”の道を阻む者など存在しない。怒涛の快進撃!

 

 

『あはは、なんか楽しくなってきましたよ!!』

 

 

 完全にハイになったディミが楽しそうに笑う。

 

 気分はジェットコースターに乗りながら銃を的にぶっ放すライドマシン。

 その速度が音速で、少し気を抜けば壁にぶつかって死ぬこと以外は最高に楽しいアトラクションであった。

 

 

 そのライドマシンの運転手であるスノウの眉が、わずかにたわめられた。

 

 

「……なんかおかしいな」

 

『へっ? どうしたんです、騎士様』

 

「なんか妙な慣性が付いてる気がする。尻尾のあたりが特にそんな感じなんだけど」

 

 

 “天狐盛り”にはふさふさとした大きな尻尾型ワイヤーが付いている。

 任意に動かして敵をはたき落とすこともできるが、まあ実用性皆無の1号氏の遊び心であった。むしろ遊び心じゃない部分があるのかというトンチキっぷりだが。

 

 

『取り逃した子蜘蛛でもくっついてるんでしょうか?』

 

「いや、それにしては重いな。最初からずっとそうなんだけど……」

 

『そんなわけないんですけどね。ちょっとモニターを見てみ……』

 

 

 そう言ってインターフェースを開いたディミの動きが固まる。

 確かにくっついていた。

 

 大きな顎を限界まで開き、尻尾に文字通り必死で食らいついている黒い機体。

 見られていることを悟ったのか、彼は通信ウィンドウを開いて叫んだ。

 

 

「絶対に逃がすかああああああああああっ!! シャイイイイイイイイインッッ!!」

 

 

 音速で振り回されながらも、魔狼(アッシュ)は決して定めた獲物を諦めることはない。

 その恐るべき執念に、スノウとディミは目を丸くしてドン引いた。

 

 

「『し……しぶとすぎるっっ!?』」




ベースとなるAAは狐っ子を愛することに命を賭ける筋金入りの狐マニアAA職人みちゃか様のご提供でお送りしました。

吹き出しの中身はAAMZ様からお借りしています。


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第69話 フォックス&ハウンド

 音速で峡谷内を飛行するストライカーフレーム“天狐盛(てんこも)り”。

 まるで巫女装束を着たキツネ耳の少女のようにも見えるその尻尾部分のワイヤーパーツに、ブラックハウルが大顎を開けて噛みついていた。

 

 

「俺を出し抜いたと思ったか? 逃がしゃしねえぞシャインッ!!」

 

『な、なんてしつこい……!』

 

「いやいやいや……もうさすがに今日は十分堪能したから、降りてくれない?」

 

 

 呆れ返った調子でスノウが通信ウィンドウに言うと、アッシュががるるっと犬歯を剥き出しにした。

 

 

「ざっけんな、テメエが十分だろうが俺は全然()りたりな……」

 

 

 叫び返そうとするアッシュが、じっとスノウの顔を見つめる。

 まじまじとこちらを見てくるアッシュに、スノウが怪訝な顔をした。

 

 

「お前、その耳……」

 

「あ、これ? なんかF・C・Sのおまけでついてきた」

 

 

 そう言いながら、スノウがキツネ耳をぴこぴこと跳ねさせる。

 触れもしないのにぴこっとする自然な動きに、アッシュが顔を赤らめさせながら鼻を抑えた。

 

 

「くそっ……! なんだそれ、可愛いな……! シャインのくせに生意気な!」

 

「何言ってんの? ボクはいつでも世界一カワイイですけど。ま、このキツネ耳によってただでさえ無敵なボクの可愛さが、さらに引き立っている感は否定しないけどねっ!!」

 

「お待ちいただきたい、F・C・Sのおまけではありませんぞ! むしろこちらが本題ですな!!」

 

『何言ってんだこいつら……』

 

 

 萌えるアホとナルシストなメスガキとマッドエンジニアなチンパンで3種のアホが集まってしまい、ディミは思わず白目を剥いた。

 

 

「くっ! 俺はこんなケモミミなんかに騙されねえぞ!!」

 

 

 アッシュは頭をぶんぶん振り、スノウに食って掛かる。

 

 

「シャイン! 俺との決着を付けろッ!!」

 

「ああもう、くどいなあ! さすがにそのしつこさには飽き飽きしてきたぞ! 何度も何度も出てきて、夏場のGかキミは!?」

 

「は!? お前言っていいことと悪いことがあんだろうが! さすがに傷付くぞ!!」

 

「えっ……ご、ごめん?」

 

 

 いつもの調子で煽ったらマジトーンでキレ返され、怯むスノウ。

 しかしすぐに怯んでる場合じゃないと考え直す。

 

 

「じゃなくて! アッシュ、降りろよ! そこに噛みつかれたらバランス取りにくいんだけど?」

 

「うるせえッ! てめえの都合なんざ知るかぁッ!!」

 

「あーそうかい! 降りないって言うなら力づくで降ろすけどね!」

 

 

 そう言いながらスノウはシャインを峡谷の壁面に近付け、ブラックハウルを壁面に叩き付けようとする。

 音速で飛びながら壁に叩き付けられれば、大根おろしのようにガリガリと装甲が削られるであろうことは言うまでもない。装甲と壁面がわずかに擦れ、音を立てて火花が飛び散る。

 

 

「うおおおおおおおおおおお!? チュンってゆった、チュンってゆったあぁぁあ!?」

 

「うーん、うまいことぶつけられないなあ……。ディミ、ボクは飛ばすので精いっぱいだからちょっと尻尾を操作して壁にぶつけてくれる?」

 

『人になんてこと頼むんですか、あなたは……!?』

 

「ミサイルのスイッチは押せて、他人を壁にぶつけることはできないっていうの? 1騎すり潰すより100騎撃ち墜とす方が被害でかいじゃん、今更だろ!」

 

『グロさが違うでしょ、考えてみてくださいよ! サイコパスか!?』

 

「ってお前ら口喧嘩してる場合か! 前見ろ、前ーーーーーッ!!」

 

「『へっ?』」

 

 

 アッシュの叫びに、スノウは口喧嘩を止めて前を向き直す。

 峡谷内に陸橋のように天井が低くなっている部分が、凄まじい速度で迫ってきていた。

 

 

「うわああああああああっ!?」

 

 

 スノウは慌てて機首を下げる。

 キツネ耳部分が危うく擦れかけたが、なんとか無事だったようだ。

 

 

『ひえええええっ! チュンってゆった! チュンってゆったぁぁ!?』

 

「こ、こっわぁ……。そっか、天井はマップには表示されてないのか……」

 

 

 平面で表示されたマップには曲がりくねった道は表示されても、高さまでは表示されていなかった。少し意識を逸らした結果がこのピンチである。

 

 危ういところで激突を免れ、スノウとディミとアッシュはほーっと安堵の息を吐いた。バクバクと暴れる心臓を、スノウは左手でパイロットスーツの上から撫でてなだめる。

 アッシュはそんなスノウに、がるると声を荒げた。

 

 

「バカ! バカバカバカバカ!! ちゃんと気合入れて運転しろよ、ぶつかったらどうすんだ!?」

 

「あー、ごめんごめん」

 

「安全第一だぞ! 少しでも注意怠ったら死ぬんだからなこんなの!」

 

「アッシュってなんか、バイク好きそうなわりにまともなこと言うね」

 

「お前、バイク乗りをなんだと思ってんだ? 言っておくけどな、バイカーが全員“族”だとかチキンレース好きそうだとか思うなよ。世の中純粋にバイクが好きだって人間の方が多いんだからな」

 

『何の話ですか……』

 

 

 さすがに今のピンチで気を抜いたらまずいと感じたスノウは、アッシュを振り落とそうとするのをやめて運転に集中する。

 アッシュも暴れずに、“天狐盛り”の尻尾に噛みついたままぶら下がり続けていた。むしろここで暴れたらスノウ諸共に峡谷に衝突してしまう。

 

 

「くそっ、手が出せねえ……! こんな状況じゃなきゃ今度こそ決着をつけるのに!」

 

「何言ってんの? ストライカーフレームで【氷獄狼(フェンリル)】100騎墜とした時点でもうボクの勝ちでしょ。勝利条件どこに設定してんのさキミは」

 

「あん……!?」

 

「そもそもこのストライカーフレームが墜ちたら、キミたちの横殴りの計画もおじゃんになるわけだけど? もうキミとボクが戦うフェイズは終わってるんだよ」

 

 

 スノウの言葉に、アッシュはぽかんとした顔になった。

 彼女の言うとおりである。

 

 そもそも【氷獄狼】はウィドウメイカーと戦う【騎士猿】に横殴りするために拠点を制圧しようとしていた。だからアッシュはそれを阻もうとする【騎士猿】の防衛部隊に混じっていたスノウを倒そうとした。そこまではいい。

 

 スノウがストライカーフレームに搭乗するのを見たアッシュは、逃がすまいとする一心でその尻尾に噛みついた。気配を殺して必死に追跡しようとするその執念は褒められてもいいだろう。いやはやあの瞬間沸騰バカが成長したもんだ。

 

 だが問題は、()()()()()()()という話である。

 【氷獄狼】としては【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の拠点を制圧してから、その後峡谷の奥の巣にいるレイドボスを集団で横殴りしなくてはならなかったわけで、スノウを倒すことは作戦の最終目的とはまったく関係ない。

 いや、それどころかストライカーフレームに乗ったスノウを撃墜してしまってはレイドボスに勝てなくなるかもしれないわけで、そうなってしまえば横殴りも何もない。

 

 それでも一応【騎士猿】の邪魔はできるが、スカルとアッシュの目的は寡占技術を手に入れて【トリニティ】に対抗できる地位を手に入れることにある。今回に限っては【騎士猿】の邪魔をすることよりも優先すべき事情があるのだ。

 

 

「……ほ、本当だ……! もうシャインと戦う理由がねえ……!?」

 

 

 スノウが言わんとしていることを理解して、愕然とした顔になるアッシュ。

 しかもスノウへの執着で頭がいっぱいになってつい噛みついたはいいものの、このままレイドボスの前まで運ばれたとして、さて無事でいられるだろうか。

 

 1軍はレイドボスの相手をしているものの、峡谷側から押し寄せる子蜘蛛や【氷獄狼】を排除するための後詰めはいるのだ。そんなところに単身手負いの状況でお届けされては、いくら何でも多勢に無勢である。

 いくらアッシュでも、その状況が読めないほど狂犬というわけではなかった。

 

 真っ青になって言葉を失うアッシュを見ながら、スノウはため息を吐く。

 

 

「ちょっと見直したのに、所詮は頭アッシュだったか」

 

『この人、本当に何も考えずに噛みついてきたんですねえ……』

 

「う、うるせえッ! 俺は今度こそお前と決着を付けたかっただけだッ!」

 

「もうついてるんだよねー。はいはい、ボクの勝ちボクの勝ち」

 

「アアッ!?」

 

 

 煽るスノウに、アッシュの瞳に危険な色が宿る。

 

 

「なんなら今ここで()るかッ!? 諸共に壁にぶつかってもいいんだぞ俺は!!」

 

「はー? できもしないことで脅しになるわけないんですけど?」

 

「できるかできねえか、やってみせたろうじゃねえかッ!!」

 

『き、騎士様煽らないで! ハイジャック犯みたいなものですよこの人!!』

 

 

 あわあわと割って入るディミ。

 その言葉に、スノウは顔をしかめる。言わなけりゃ自分の立場に気付かせずに済んだのに。

 ディミの言葉で、自分が取引できる立場にいることを知ったアッシュはニヤリと笑う。

 

 

「なるほど。俺がここで自殺覚悟で暴れてストライカーフレームが壊されちゃ、そっちも困るよな」

 

「はぁ……。見ろ、ディミが余計なこと口走るから調子に乗り始めたよ」

 

『私のせいですか!? そもそも騎士様が煽ったんですよね!?』

 

 

 でも実際に余計なこと言ったのはディミちゃんだよね。

 

 スノウはディミに言い返すことはせず、1号氏に問いかけた。

 

 

「ねえ、この尻尾って分離(パージ)できないの? 今すぐアッシュごと捨てたいんだけど」

 

「本気で容赦ないなお前!?」

 

「んんんー……残念ですが、そんな機能はありませんぞー。パージできるのは“バスターランドセル”とレーザーキャノンだけですな。あとはストライカーフレーム丸ごとパージするほかありません」

 

 

 1号氏の言葉に、アッシュはほっと胸を撫で下ろす。

 できたら秒も考えることなく即座に実行していただろう。

 

 

「じゃあ別の手段で切断するしかないか……。なんとかシャインだけ動かせないかな? 高振動ブレードなら尻尾も切れるだろうし」

 

「わああああああっ!? やめろやめろ!!」

 

「やめる理由もないんだよなあ。邪魔者は排除しなきゃ……」

 

 

 ほら、こんな物騒なこと呟いてるし。

 スノウの目に本気を感じ取ったアッシュは、あわあわと両手を胸の前で振る。いや、まあ本気どころかこのメスガキは常に狂気しかないんだが。

 

 

「わ、わかった! じゃあ協力する! 俺もレイドボス狩りに付き合う、それなら邪魔じゃないだろ!!」

 

 

 そう言って命乞いするアッシュに、スノウは呆れたようにため息をついた。

 

 

「いや、邪魔だろ何言ってんの? 要するに横殴りじゃんか」

 

「横殴りってのは1発殴ってトンズラこくことを言うんだよ! ちゃんと最後まで付き合ってやらぁ、助っ人として参戦するならいいだろ!」

 

「全然良くないでしょ。それじゃ【氷獄狼】も技術ツリー解放できちゃうじゃない。そんなの認めるわけないんだよね」

 

 

 スノウがそう鼻で笑うと、アッシュがギラリと目を光らせながら機体のバーニアを噴かせる。

 

 

「なら俺と一緒に壁にぶつかって死ねぇぇぇぇぇッッ!!」

 

「うわーーーーーっ!? やめろ、尻尾を揺さぶったらバランス取れないだろ!!」

 

 

“天狐盛り”が姿勢を崩し、音速で飛翔しながら危うく地面に突っ込みかける。

 それをなんとか持ち直しながら、スノウが悲鳴を上げた。

 

 

『な、何がやりたいんですかこの人……』

 

 

 もはやアッシュが何がやりたいのか傍目には意味不明だが、彼の申し出にはそれなりの理由がある。

 アッシュ的には、何が何でもレイドボスから寡占技術を持ち帰りたい。寡占技術を手にすることで、【トリニティ】に傾倒しようとするヘドバンマニアを止められると信じているのだ。だから彼はここで排除されるわけにはいかない。

 横殴りでも正式な協力でもなんでもいいから、とにかくレイドボスと戦って勝利を収めなくてはならないのだ。

 

 だがそんな勝ち馬にただ乗りするような真似を、【騎士猿】が許す道理がない。

 

 

「ふむぅ……」

 

 

 しかし1号氏は、唸り声をあげて顎をさすった。

 

 

「その申し出、一考してもよいかもしれませんな」

 

「えー? こんなムシがいい話に乗るの? ライバルに技術渡したくないって言ってたじゃん」

 

 

 スノウが口を尖らせるが、1号氏はちらりと画面の外に目を向けて苦笑いした。

 

「実のところ、想定より少々戦況が悪いのですよ」

 

「イッチ! 何言ってん、ウチらまだ全然いけるしっ!! そんな態度悪いアホ狼の手なんて借りなくたって……ってうわああっ!?」

 

 

 通信に割り込んで文句を言おうとしたショコラの姿勢が急激に崩れる。画面の向こうで起きている子蜘蛛との戦闘は、かなり緊迫した状況を迎えているようだ。

 

 

「ショコラ!」

 

「手を出すなネメっち! スナイパーは隠れるのも仕事っしょ! 大丈夫、ウチらはまだやれるから! ……クソッ、キモいんだよクモどもがぁ!!」

 

「……というわけでして」

 

 

 1号氏は続ける。

 

 

「【氷獄狼】からエースを借りられるのなら、それも悪くないかもしれません」

 

「いいの? 寡占技術じゃなくなるよ」

 

 

 スノウの問いに、1号氏は眼鏡をキランと光らせつつ口の端を歪めた。

 

 

「ウィドウメイカーを倒して技術ツリーの解放権を得たところで、実際に解放するには素材が必要です。そして素材の入手は人数割りですからね」

 

 

 アッシュ1騎が参戦しても、得られる素材は少ない。

 素材が足りなくて【氷獄狼】がすぐにツリーを解放できないなら、【騎士猿】の優位は当面の間守られるというわけだ。

 1号氏の言わんとすることを理解しながらも、アッシュは頷いた。

 

 

「わかった、その条件でいい。スカル、聞こえてるな?」

 

「ああ、聞いてる。アッシュについてはそれでいい、存分に暴れてきな」

 

 

 アッシュが横流しした通信を傍受していたスカルが、会話に割り込む。

 

 

「だが俺らについては別だ。参戦するのがアッシュだけとは約束できんぞ。せっかくこうして拠点にもタッチできたんだからよ」

 

 

 そう言って凄むドクロ頭の男に1号氏は涼しい笑みを返した。

 

 

「まあそうでしょうなあ。私でもそう言います。まあ、貴方がたがいらっしゃるのは自由ですよ。こちらもアッシュ氏以外は迎撃させていただきますので」

 

「チッ……相変わらず食えないヤツだ」

 

「ははは。お互い様というものです」

 

 

 にらみ合いながらもどこか通じる部分があるのか、ライバルクランの首脳部同士にしては棘が少ない気がする。

 もしかしたらお互いにスパイを送り合っているのは、この2人の同意があってのことじゃないのかな……とスノウは思った。

 

 まあ今はそんなことはどうでもいい。雇われたクランの事情など自分には関係ない。関係があるのはただひとつだけ。

 

 

「まさか共闘になるとはね。足を引っ張らないでよ」

 

「誰に言ってんだテメェ!? そっちが後輩だぞ、先輩を敬えや!!」

 

 

 言い争いながら飛翔するストライカーフレームの往く手にそびえるは、黒鋼の壁。どこから現れたものやら、凄まじい硬度をもつその壁は鋼鉄の門のようだ。

 だがそれをよく凝視したならば、決して鋼鉄だとは思うまい。

 スノウの網膜には、それは真っ赤な敵性反応の密集として映る。

 そう。それは鋼鉄の子蜘蛛が集まって築いたバリケードだ。

 

 いくら正面から飛びついても、機雷として設置しても、すべてミサイルによって撃墜されてしまうことを学習した子蜘蛛たち。

 いよいよ親蜘蛛の元へと近付く天敵への対抗策として彼らが考えたのは、数千匹にも及ぶ彼らが束となって分厚い壁となること。ミサイルでも決して破れはすまい。音速で飛翔するあの巨大な機体は、黒鋼の壁にぶつかって自滅する。

 よしんば破られかけたとしても、そのときは自分たちが飛びついて破壊すればいい。

 

 

「はぁ? お互い前作やってるからタメでしょ。まさか自分の方が年上(オトナ)だから敬えなんて言ってるわけじゃないよねぇ、よわよわ大人お兄ちゃん♥」

 

「誰がよわよわだぁ? 実力をわからせてやらぁ、クソガキが!」

 

「へぇ~? じゃあ楽しみにさせてもらおうかなぁ~!」

 

「後悔すんじゃねえぞダボがッ!!」

 

 

 口汚く煽り合いながら、音速で飛翔する“天狐盛り”とブラックハウル。

 スノウは網膜に表示される無数の敵を瞬時にロックオンして、ランドセルからのマイクロミサイルを発射準備。

 アッシュは“天狐盛り”の尻尾に齧り付きながら、右手にアサルトライフル、左手にマシンガンを構える。

 

 

「準備はいいんだろうね、アッシュ!」

 

「待ちかねてるぜ! とっととやれよ、シャイン!」

 

「OK! パーティタイムだッッ!!」

 

 

 瞬間、“天狐盛り”がバーニアをフル稼働させて空中で急ブレーキ! 急激に速度を落としながら、ランドセルから発射されたマイクロミサイルが雨あられと……いや、まるですさまじい水圧がかかった鉄砲水のごとく黒鋼の壁の一点へと降り注ぐ!

 VRでなければ確実にGで意識を失う動き。それでもロケットブースターで音速に達した速度は殺しきれずに、前へ前へと黒鋼の壁に向けて進んでいく。

 

 だがいかに分厚く広く壁を作ったとしても、その壁を形成する子蜘蛛すべてを倒さなくてはいけないわけではない。水平方向に前傾したストライカーフレームが通れる点だけを開けば十分なのだ。

 そしてスノウの集中力ならば、その点となる部分だけを一点突破してミサイルをぶつけられる!

 

 

「いっけえええええええええええええええッ!!!」

 

 

 マイクロミサイルの鉄砲水が黒鋼の壁の一点をブチ破る!

 だが速度が落ちたのが子蜘蛛たちにとっては幸い。音速で飛翔するならいざ知らず、速度さえ落ちれば自分たちでも十分飛びつける。そして殺せるッ!

 

 

『KYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!』

 

 

 無数の子蜘蛛が高速回転しながら“天狐盛り”に飛びかかる。

 

 

「尻尾ってのはこのために使うんだったよね! ディミ!」

 

『わかってますよ! 相手が人間じゃないなら容赦なんかしませんとも!』

 

 

 “天狐盛り”の尻尾型ワイヤーが持ち上げられ、降り注ぐ子蜘蛛の群れを薙ぎ払う。急制動とミサイルで手いっぱいのスノウに代わってその尻尾を操るのはディミだ。

 

 だが子蜘蛛たちも諦めない。黒鋼の壁を通るとき、一気に上から降り注いで制圧するつもりだ。さすがのあのストライカーフレームも、頭上からの攻撃には無防備なはず。タイミングを合わせて一気にかかれば、今度こそ……!

 

 3・2・1……ゼロ!!

 

 

「させねえよ」

 

 

 尻尾に噛みついたままのブラックハウルが、降り注ぐ子蜘蛛に向けて両手の銃をぶっぱなした。凄まじい勢いで飛び出る銃弾、その一発一発が子蜘蛛に命中して爆散させる。その威力は必殺! 何故なら、その武器は!

 

 

「このクソガキをぶっ殺すための天井課金SSR武器だ! てめえらにゃちともったいねえが、ありがたく喰らいやがれやァァァァァッ!!!」

 

『GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!?』

 

 

 ピンポイントで空いた穴を抜けて、“天狐盛り”とブラックハウルが黒鋼の壁を突破する。

 

 

「おっと! 追い掛けられたら面倒だ! お釣りはいらないよっ」

 

 

 そして“天狐盛り”が振り向いて、マイクロミサイルを全弾発射!

 何しろ数千匹にも及ぶ包囲網。これが彼らの乾坤一擲(けんこんいってき)の策となれば、ここで撃ち尽くしたって構わない。

 

 

「「『ヒャッハアアアアアアアアアアアアッ!!』」」

 

 

 真っ赤に燃える子蜘蛛の山を背に、3人は再び音速で峡谷を駆ける。



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第70話 アメイジング・スパイダー!

「うりゃうりゃうりゃーーーーっ!!」

 

 

 黒鋼(クロガネ)峡谷の最深部、ウィドウメイカーの巣の中で大立ち回りを繰り広げる【騎士猿】の遊撃部隊たち。

 中でも隊長であるメルティショコラが駆る“ポッピンキャンディ”は、押し寄せる子蜘蛛の群れを撃ち墜として回っていた。暴れに暴れてスナイパー部隊から目を逸らすだけではなく、巣の入り口で峡谷側からの敵の侵入を防いでいる1号氏の部隊に迫る子蜘蛛までも撃墜して回る八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ぶり。

 

 

「そらそらそらっ! 何処向いてんの、お前らの相手はウチらがするしっ!」

 

 

 今も空飛ぶ回転ノコギリと化した子蜘蛛の群れに追われながら空中を飛び回り、ビームライフルでウィドウメイカーにチクチクと攻撃して子蜘蛛のヘイトをさらに集めていた。

 他の遊撃部隊も頑張って子蜘蛛から逃げ回っているが、さすがにこの動きはエースの彼女だからこそできるものだ。遊撃部隊の中には子蜘蛛に追いつかれ、ダメージを受ける機体も出てきてしまっていた。

 

 

「ぐあああああっ!?」

 

「無茶すんなし! ヘイトを集めすぎちゃダメよ、できる範囲で逃げればいいから!」

 

「でもショコラ、あなたもそろそろきついのでは……?」

 

 

 部下を叱咤するショコラに、ネメシスがハラハラと心配そうな顔をする。

 ショコラはへへっと顔をしかめて笑い、まあねと頷いた。

 

 

「まあキッツイけどさぁ……誰かが頑張らないといけねーわけだし。そんならウチがひと肌脱いだ方が、誰かに負担かけるより気がラクなんだよねっ」

 

「…………」

 

 

 その言葉を聞いたネメシスは、1号氏に言った。

 

 

「火を点けます。いいですね?」

 

「ちょ、ちょっと待ってネメっち! 計画と違うじゃん! ウチまだやれるし!」

 

 

 慌てて割って入るショコラだが、ネメシスは首を横に振る。

 

 

「いえ。もう見ていられません。確かにストライカーフレームが到着してから火を放つ予定でしたが、このままだと遊撃部隊が全滅します」

 

「だからウチらはまだやれるって! 勝手にこっちの限界決めないでよ!」

 

「しかし……」

 

「いいですよ。今すぐ点火しちゃってください」

 

 

 揉め始めるショコラとネメシスをよそに、1号氏はあっさりと言った。

 いいの? ときょとんとした顔になる2人に、1号氏はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「なんせ“天狐盛り”のバスターランドセルはマッハ飛行が可能なんですよ? 我々が2時間かけて抜けてきた60キロの距離など、ほんの3分で踏破できます。ほら、もう着きますとも」

 

 

 1号氏がそう言った瞬間、峡谷から凄まじい振動が伝わってきた。

 ストライカーフレームに積まれたマイクロミサイルのありったけをぶっ放して、数千匹の子蜘蛛を吹っ飛ばした衝撃。

 

 そして同時に通信から響く3つの悲鳴。

 

 

「ねえ、これどうやって止まるの!? もう巣に突入するんだけど!?」

 

『きゃーーーーーーーっ!? ぶつかるーーーーーっ!!』

 

「おい、ブレーキ! ブレーキねえのかよこれ!? 作った奴バカじゃねえの!?」

 

 

 作ったバカは通信に向かって怒鳴り返す。

 

 

「シャイン氏、分離(パージ)です! もうランドセルは用済みなのでパージしてください!」

 

「わかった! アッシュ、踏ん張るぞ!!」

 

 

 そしてその声とほぼ同時に、巣の中に飛び込んでくる黒い影。

 一番大きな巣の上で子蜘蛛と【騎士猿】の戦いを見下ろしていたウィドウメイカーの顔面目掛けて、“天狐盛り”がパージした全長5メートルものロケットブースターが叩き付けられる。

 

 

「!?」

 

 

 その後ろから、巨大なストライカーフレームと尻尾に噛みついた黒いシュバリエがもんどりうつように巣の中に突っ込んでくる。

 ロケットブースターという推進力を切り離したものの、凄まじい慣性力がかかっている2騎は、機体のバーニアをフル稼働させて空中で必死に減速する。

 

 

「うわわわわわわわっ!! これもっと減速できないの!?」

 

『無茶言わないでくださいよ、そもそも素で音速飛べるような機体じゃないですから!』

 

「くっちゃべってねえで踏ん張れ! うおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 一方で、それまでのんびりと高みの見物を決め込んでいたウィドウメイカーもさすがに動いた。

 いくら実弾兵器のことごとくを防ぎきる鉄壁の装甲とはいっても、音速で飛翔するブースターを直接顔面にぶつけられてはただでは済まない。その巨体からは思いもよらない敏捷さで素早くジャンプして、激突を回避した。

 かわされたロケットブースターが壁に激突し、幾重にも織り重なった蜘蛛の巣をぶち抜いて大爆発!

 

 舞い上った火の粉が蜘蛛の巣へと降り注ぐと、たっぷりと燃料を吸った蜘蛛の巣が引火して燃え上がり始める。

 

 

「今です! もっと火を点けてください!」

 

「りょ、了解!!」

 

 

 あまりにド派手なエントリーにぽかんとしていた遊撃部隊が、1号氏の号令を受けてはっと我に返り、命令を遂行しようと動き出す。

 ナパーム弾を装填したロケットランチャーを巣に向けて発射すると、たちまち巣は火の海へと変わっていく。

 

 

「燃えろ燃えろぉぉぉぉぉ!!」

 

「わははははははは! 火攻めじゃああああああああ!!」

 

 

 火を見て興奮したチンパンたちが、うきゃああああああと雄叫びを上げた。

 

 

 そんな中、“天狐盛り”とブラックハウルは空中での急ブレーキが利かないまま巣の中に突撃。元々がマッハで飛べる前提ではない機体が急制動をかけるにはやはり無理があった。

 

 

『わーーーーーー!? 誰か止めてええええええええ!!』

 

 

 両手で目を覆い、悲鳴を上げるディミ。

 そんなかわいいディミちゃんのお願いを聞き届けたわけでもないだろうが、そのまま壁にぶつかるかと思われた2騎は弾力があるものに受け止められ、ぼよんと弾んで壁への激突を回避した。

 

 まるでクッション……いや、ハンモックのような手ごたえ。

 言うまでもない。ウィドウメイカーが張った巣にぶつかり、衝撃が分散されてそこで止まったのだ。減速したとはいえすさまじい速度で飛翔する大質量の物体をも受け止める、恐ろしいまでの耐衝撃性能。

 そこはさすが70メートル超のレイドボスの巨体を支えるだけのことはあった。

 

 

『た、助かった……?』

 

「いやぁどうかなあ」

 

 

 恐る恐る両手を降ろして前を見るディミに、スノウが淡々と呟く。

 そんなコクピットの目の前に、ウィドウメイカーさんの8つの瞳がコンニチワ。

 ランドセルをぶん投げられて慌てて避けたウィドウメイカーだが、避けた先の鼻先へさらに“天狐盛り”が突っ込んできたのである。

 

 

『………………』

 

『………………』

 

 

 呆然とした顔で見つめ合うディミとウィドウメイカー。いや、片方は人語をしゃべらないけど多分呆然としてるってこれ絶対。

 

 

「どーも、お邪魔してまーす」

 

 

 スノウがへらっと笑って片手を上げると、我に返ったウィドウメイカーが雄叫びと共に大顎を開いた。

 

 

『SYAGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

「うわぁ、突然のお宅訪問でめっちゃ荒ぶってらっしゃる」

 

「『言ってる場合かぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!』」

 

 

 巣にかかった獲物を喰らうのは蜘蛛の十八番とばかりに、ウィドウメイカーが顎を開いて巨大な牙を剥く。

 “天狐盛り”はなんとか抜け出そうともがくが巣の粘着力は強力で、ストライカーフレームのパワーをもってしても抜け出せそうもない。

 

 

「うわぁ、また食われるの? ロボの癖に噛みつきが得意技とか、アッシュのイロモノ機体だけで十分なんだけど」

 

「おい、誰がイロモノ機体だッ!?」

 

 

 オメーである。バイクと狼を融合させた機体とか完全にイロモノ以外の何物でもないという自覚が欠けているのではなかろうか。

 いや、じゃれ合ってる場合ではない。

 

 

「シャイン、いいから早く抜けろよッ!? マジ食われるぞッ!!」

 

「いやあ、やってるんだけどね……これ全然抜けられないぞ。マズいかも」

 

 

 ガシャガシャと全身をもがかせるも、一向に巣の粘着力から抜け出せそうもない“天狐盛り”。それどころかもがくほどに絡まっている気さえする。

 

 

「シャイン殿! 奥の手を使ってくださいッ!!」

 

「奥の手!?」

 

 

 叫び返すスノウに、1号氏がブリーフィングでは触れなかった兵器の存在を知らせる。

 

 

「胸部のマシンキャノンですッ!! 接近されたときの秘密兵器として仕込んでおりましたッ! まさか初手から使う羽目になるとは思いませんでしたがッ!!」

 

「いいね! 切り札は切るべきときに切らなきゃ!」

 

 

 そんなやりとりを知る由もないウィドウメイカーは、巣にかかった哀れな獲物の胸へ、鋭く尖った牙を勢いよく振り下ろす。

 しかし攻撃に移った瞬間こそが、一番無防備な瞬間でもある。

 突然開いた“天狐盛り”の胸部ハッチからマシンキャノンが顔を出し、無防備な顔面に向かってほぼ零距離からの集中砲火を浴びせた。

 

 

『KYASHAYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』

 

 

 一般的にシュバリエ用の内蔵マシンキャノンは牽制用や対ドローン用に使われる武器であり、その威力の低さから“豆鉄砲”とも揶揄される代物だ。

 しかしストライカーフレームに搭載されているものはひと味違う。何しろ口径が段違いなのだ。その威力たるや、シュバリエ用のロケットガンにも比肩する。それが何十門も砲塔を並べ、マシンガンと同等の速度で発射されるのだ。

 

 いかにウィドウメイカーが鋼鉄の皮膚を持っているとはいえ、無防備な口にその砲弾を叩き込まれたならばただでは済まない。

 至近距離からの不意打ちにたまらずのけぞったウィドウメイカーは、悲鳴を上げて大きくバックステップして距離をとる。

 

 

「今だ!」

 

 

 不意打ちを成功させてニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたスノウは、すかさず脱出のための手に移る。

 

 

「ショコラ! 悪いけどそのナパーム弾でボクを撃ってくれる!?」

 

「は!?」

 

「なんですとっ!?」

 

 

 間髪入れず頭のおかしいことを言ったスノウに、ショコラと1号氏は正気を疑う顔をした。ただしショコラは純粋にスノウの正気を疑っているのであり、1号氏は自慢の機体を傷付けられたくないからこう言ったのだが。

 

 

「蜘蛛の巣は熱に弱い! それこそキミたちが燃やしてるようにね! それでストライカーフレームを撃てば、蜘蛛の巣の結合が緩んで逃げられるはずだ!」

 

「マジで言ってんの? 言っとくけど超アツいよ?」

 

「いいよっ、一発直撃喰らったところで墜ちるような機体じゃないでしょ!」

 

「そりゃそうですが……ううっ。やむをえませんな。ショコラ、やってください!」

 

 

 そしてそんな“天狐盛り”の尻尾に噛みついているアッシュが目を剥いた。

 

 

「うわーーー!? 待て待て待て、まだ俺が噛みついてるんだがっ!?」

 

「いや、知らねーし。勝手についてきたんでしょ。撃つよー」

 

「や、やめろおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 ショコラに砲門を向けられ、じたばたと慌てて体を揺らすブラックハウル。合わせて“天狐盛り”の尻尾がゆさゆさと揺れる。

 そんなアッシュを見て、スノウが呆れたように言った。

 

 

「いや、尻尾から口離せばいいじゃん。噛みついてるの自分でしょ?」

 

「あっそうか」

 

「はいっどかーん!」

 

 

 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

 そう言ってる間にもショコラが撃ったナパーム弾が“天狐盛り”の背中に着弾。直撃こそしなかったものの、爆風を至近距離で受けたブラックハウルが中の人の悲鳴と共にクルクルときりもみして吹っ飛んでいった。南無三!

 

 

「ぐっ……よしっ! ほどけたっ!!」

 

 

 そんなアッシュをよそに、“天狐盛り”に絡み付いた蜘蛛糸を引き剥がしたスノウは、バーニアを噴かせて上空へと急上昇する。

 そしてようやくそこでスノウは、戦場の全体像を俯瞰することができた。

 

 無数の蜘蛛糸が張り巡らされた“黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”の巣は、今まさに四方八方から火の手がかけられた火の海となっていた。液体燃料がたっぷりとしみ込んだ蜘蛛糸を炎の舌が飲み込み、上へ上へと燃え広がっていく。

 床のあちこちに作られた繭型のドローン工場も炎に包まれ、その機能を停止させていく。阿鼻叫喚の地獄絵図がそこに展開されていた。

 

 そしてそんな蜘蛛の巣の一番上で、巨大な親蜘蛛がじっと佇んでいる。

 炎に呑まれて散っていった子蜘蛛のことを悼んでいるとでもいうのか。

 

 微動だにしないその姿に少し心の痛みを感じなくはない。しかしこれはゲームで、あれは倒すべき敵キャラクターだ。ならば同情など無用。

 スノウは意識して好戦的な笑みを浮かべると、その巨体に向けて重力を増加させつつ“天狐盛り”を急降下させる。

 

 狙うは背中、節足動物の神経が集中する部分。元になった蜘蛛がはしご形神経系を持つ節足動物であるのなら、弱点もやはりそこにあるに決まっている。

 そこはひと際堅牢な硬度の装甲でガードされているが、だからこそそこを貫いたときに急所となりえるのだ!

 

 

「必殺! ファイヤー・フォックス・『メスガ』キーーーーック!!!」

 

 

 すかさず割り込んできたディミの叫びと共に、その背中に急降下! しかしキックとは名ばかり。背中に振り下ろされるその脚部からHEAT(成形炸薬)弾頭のミサイルポッドが数十発射出され、ウィドウメイカーの背中に着弾する!

 

 装甲に着弾した弾頭の信管が作動して、衝撃波と共にメタルジェットを装甲の内部へとめり込み、装甲にボコボコと穴を開けていく。まるで高熱で泡立つかのような穴は、そのまま急所に続く弱点!

 

 スノウは機体の降下を止めると、再び上昇して両腕のヘビーガトリングガンを数十もの大穴の開いた装甲板へと向ける。

 

 

「動かないならただのデクノボウだッ!」

 

「時は来た! ここで仕留めるぞッ!!」

 

 

 そして天井付近で気配を殺していたスナイパー部隊が、一斉に白いマントを脱ぎ捨ててビームライフルを構える。もちろん狙うはスノウが空けた装甲の穴だ。

 ウィドウメイカーは大ダメージを受けてもがき苦しんでいる。ここで一気に大ダメージを与えれば、イチコロで始末できるはず。

 

 

「撃てーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

 “天狐盛り”のヘビーガトリングガンとスナイパー部隊のビームライフルの一斉狙撃が、ウィドウメイカーに降り注ぐ。

 

 その光景に、ショコラがよっしゃ勝った! とコクピットの中でガッツポーズをとった。

 

 

「ウィドウメイカーは子蜘蛛だけ働かせて、自分は何もできない生産プラント系のボスだもんな! 子蜘蛛は繭ごと焼き尽くしたし、一番の難題の装甲もブチ破った! これで勝てなきゃウソだろ!!」

 

「……あー……」

 

 

 嬉しそうに飛び跳ねるショコラの笑いに、1号氏が手で顔を覆った。

 

 

「どうしてキミはそうやってフラグを立ててしまうんでしょうねぇ」

 

「えっ? どうしたん? だってこれで勝てるってイッチが」

 

「……もう勝てる気がしなくなりました」

 

 

 そう1号氏が言った瞬間。

 ウィドウメイカーに攻撃を加えたスナイパー部隊が、次々と()()()()()()()()()ミサイルによって撃墜された。

 

 撃ったのは、ミサイルランチャー。

 そう、先ほどスナイパー部隊の1騎が巣の奥で見つけたもの。

 白い蜘蛛糸によって幾重にも覆われ、()()()()()()もの。

 

 そのミサイルランチャーは、蜘蛛の脚を蠢かせて自立しながらギチギチと音を立てて頭上の敵機を狙っていた。

 さらにゾロゾロと、焼き尽くされた床の下から仲間が這い出して来る。ミサイルランチャーだけではない、レーザーガンにロケット、火炎放射器にガトリング砲。実弾・エネルギー弾を問わない無数のラインナップ。

 

 その砲門が一斉にその場にいるすべてのシュバリエへと向けられた。

 間髪入れずに、1号氏が全員に警告する。

 

 

「総員退避ッ!! その場から動きなさい、でなければ死にますッ!!」

 

 

 そして床下から這い出てきた自走兵器たちが、その牙をかつての主に剥いた。

 



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第71話 ホラー要素台無しチンパン

 蜘蛛糸に覆われていた床下から這い出てくる無数の兵器群。本来シュバリエによって携行されて初めて使用されうるそれらの火器は、底部から生えた8本の蜘蛛の脚によって自立していた。

 

 カサカサと床を這い回るそれらの兵器は、脚から伸びた一対のカメラアイによって目標を視認し、標的をロックオンする。

 そう、かつての持ち主であった【騎士猿(ナイトオブエイプ)】のシュバリエたちへ。

 

 ミサイルランチャーが、レーザーライフルが、火炎放射器が、ロケットガンが、これまで持ち込まれてきたあらゆる兵器が火を噴いた。

 

 咄嗟に叫んだ1号氏の警告によってかろうじて我に返った【騎士猿】のシュバリエたちは、全力で移動してロックオンを解除。彼らがいた場所を多種多様な攻撃の数々が通り過ぎていく。

 

 

「あ、危ねえッ!?」

 

「なんだアレ!? なんなんだアレは!?」

 

 

 【騎士猿】たちが戸惑うなか、舌打ちするショコラが空中をくるくると回転して敵のロックを解除しつつ、自律兵器群へとビームライフルを撃ち返す。

 一番火力が高そうなミサイルランチャーを狙った攻撃は、過たず目標にヒット。赤熱したミサイルランチャーが爆散すると、キイッと高い音を立てて中から子蜘蛛が転がり出てきた。

 

 

「子蜘蛛が取り付いて動かしてるだと……!?」

 

「どうなってんだ!? 何が起こってる!?」

 

 

 動揺する仲間たちに、1号氏とネメシスが叱咤の声を送る。

 

 

「慌ててはいけません! 冷静に、自律兵器に反撃してください!」

 

「スナイパー部隊、動揺するな! 引き続きウィドウメイカーへの攻撃を続行! みんなが自律兵器を排除してくれる、足元からの攻撃への注意は最低限でいい!」

 

 

 自らも迫りくる自律兵器群の攻撃に参加しながら、1号氏はなるほど……と苦い表情でほぞを噛んだ。

 

 

「頭の中で引っかかっていたことがやっとわかりました。“強欲(グリード)”系統の眷属特性。本来七罪の眷属が持っているそれらの特性が、我々がこれまで戦った中でいまいち発揮されていなかった」

 

「眷属特性って?」

 

 

 下からの攻撃を警戒して飛び回りつつ、シャインが両腕のヘビーガトリングガンをぶん回してウィドウメイカーへの攻撃を叩き込む。装甲板にボコボコ空いた穴を狙うも、遠距離からでは精度がいまいちよくない。

 しかし何をしてくるかわからない以上は不用意に接近するのは危険すぎるし、眼下からの攻撃はいまだ激しい。

 

 攻めあぐねながらも聞き返すスノウに、1号氏は言う。

 

 

「七罪系統に連なるレイドボスは、その罪業(カルマ)が象徴する特性を持っています。“傲慢(プライド)”なら飛行能力に長け、“憤怒(ラース)”なら高火力のレーザーを得意とするといったように。それらは彼らを倒して得られる武器やパーツにも反映されるのですが」

 

「へえー、そうなんだ。じゃああのクマは……」

 

 

 スノウは頭の中でかつて戦った巨大な鋼鉄熊を思い返す。

 

 

「……動くのもめんどくさがる怠け者……? そういえば一歩も動かずに遠距離攻撃ばっかしてきたな」

 

『いや、重力ですよ。“怠惰(スロウス)”は重力制御なので!』

 

 

 電脳世界のどこかでクマが怨嗟の声を上げるようなことを言うスノウに、ディミが突っ込む。よかったねクマー、名誉は守ってくれたよ。

 

 

「ああ、“アンチグラビティ”とかか。それで、“強欲”は?」

 

「“強欲”は変型や絡め手を得意とします。これまで我々は柔軟な蜘蛛糸がそれにあたると思っていましたが……」

 

 

 1号氏は正面の自律兵器が発射したロケットを回避しながら、一気に肉薄してそれを逞しい右腕で殴りつける。

 ごぐしゃあとフレームがひん曲がってのけぞる自律兵器。

 

 

「それは違った! 文字通り“強欲”な収集! 倒した機体の持っていた武器をコピーデータとして蓄積し、子蜘蛛を取りつかせてドローンとするのがヤツの真の能力だったわけですなッ!!」

 

「じゃあなんでこれまでそれを使ってこなかったの!?」

 

 

 1号氏の言葉に叫び返すショコラ。

 その叫びを聞きながら、1号氏は油断なく正面の敵を見据える。自律兵器はフレームが曲がっても構うことなく、1号氏に照準を合わせて攻撃を繰り出そうとしている。それもそのはず、本体は底部の蜘蛛なのだ。

 1号氏は迷うことなく両腕で自律兵器を掴むと、勢いよく地面に叩きつけた。

 

 

「出し惜しみしていたんですよ! 本領を発揮するまでもない雑魚だと思われていたんです、私たちはッ!!」

 

 

 そしてバチバチと底部からスパークする敵に、さらに両腕をハンマーのように振り下ろしてトドメの一撃!

 完全に沈黙する自律兵器を前に上げたウオオオオオオッという雄叫びは、彼の怒りを物語っているかのようだった。

 

 

「雑魚……。確かにこれまで勝てなかったけど……!!」

 

「もしかして子蜘蛛を教育していたのでしょうか。配下に経験を積ませることで戦闘AIを進化させようとしていた。だからこそこれまで本体は動かなかった……?」

 

 

 ショコラが怒りに震える一方で、冷静に分析するネメシス。

 

 

「かもしれません……ねッ!!」

 

 

 ネメシスの言葉に頷きながら、1号氏は次の標的目掛けて突っ込んでいく。

 ブレードを煌めかせて突撃してくる子蜘蛛たちに繰り出される、両腕をぶん回してのダブルラリアット!

 完全にパワーゴリラの戦い方であった。

 

 そんな奮闘を繰り広げる1号氏だが、周囲の機体の士気は低い。

 

 

「これまであんなに苦戦させられて、まだ本気じゃなかったなんて……!?」

 

「嘘だろ……勝てるのかよ、こんなの!?」

 

 

 せっかく火計で追い詰めたと思った矢先に、さらに強力な手札を見せつけられてパイロットたちが動揺していた。

 今まで何度も挑戦した必死の戦いが相手にとってはまったく本気ではなく、部下の教育に利用されていたと言われればそれも仕方のないこと。

 

 そんな彼らの不安を軽く蹴っ飛ばすように、スノウがお気楽な口調で言い放つ。

 

 

「なーんだ、なら何も問題ないじゃん」

 

「えっ?」

 

 

 パイロットたちが頭上のストライカーフレームに視線を送る。

 下方向からの砲火に追われてせわしなく飛び回りながらも、スノウは楽しそうにピクピクとキツネ耳を跳ねさせた。

 

 

「つまりようやく相手も本気を出さざるをえないほどビビったってことでしょ? このまま押しまくれば勝てるよ、効いてる効いてるッ!」

 

「おお……!」

 

 

 スノウの言葉に勇気づけられるパイロットたち。それを頼もしげに見ながら、1号氏が言葉を続ける。

 

 

「シャイン氏の言う通りですぞ! こちらが苦しいときは、相手も苦しいものです! さあ皆の衆、ガンガンに押しまくりましょう!」

 

「「ウッキィィィィ!!!」」

 

 

 リーダーの希望を持たせる発言に、チンパンたちが士気を盛り返す。基本的にお調子者な彼らは、落ち込むのも早いがそれ以上に盛り上がりやすいのだ。

 

 

「なんだテメエ俺らの武器をパチりやがって! 許さん!!」

 

「ぼくがその武器を一番うまく使えるんだッ!!」

 

「しょせんデッドコピー! 本物の強さを教えてやるよぉぉっ!!」

 

『……!?』

 

 

 調子付いてウキウキ言いながら飛びかかってくるシュバリエたちに、自律兵器たちが若干戸惑ったような様子を見せる。

 本来ならば自分が敗者であることを思い知らされるという心理的効果をも狙ったコピー能力なのだが、今回は相手が悪い。

 何しろチンパンである。アドレナリンとエンドルフィンが過剰分泌されている彼らは、ホラー映画の悪役にウッキャアアアアと叫びながら飛びかかっていくような恐れ知らずのバーバリアンなのであった。

 

 

「とはいえどうするかな……」

 

 

 一方スノウは、眼下のウィドウメイカーを見ながら眉を寄せる。

 ガトリングは威力こそ高いものの、分散率が高い。弱点である装甲板の穴を遠距離から狙うには不向きな武器だった。

 

 かといって切り札であるレーザーキャノンを使うには、下方向からの攻撃が激しすぎる。しかも一度撃ち始めればストライカーフレームのエネルギーをありったけ使い尽くすまで止まらないこの武器は、撃ち始める前にもため時間が必要だ。

 まだウィドウメイカーが弱ってないこの状況で撃っても、避けられてしまう可能性が高い。

 

 脚部のHEAT弾頭ミサイルを撃ち尽くした以上、“天狐盛り”に搭載されている残りの武装は、胸部のマシンキャノンと肩部のミサイルポッド。となれば……。

 

 

「ディミ、あの穴をピンポイントで狙って肩のミサイルを撃つことはできる?」

 

『また無茶を言いますねえ……』

 

 

 そう言いながらもディミは無理だとは言わない。

 

 

『……できますよ。本来ならロックオン対象にはならないですけど、そのふざけたF・C・Sなら話は別です』

 

 

 ディミはスノウの頭の上のキツネ耳を指さしながら言う。

 

 

『その“色欲(ラスト)”系統のF・C・Sは、プレイヤーが意識することで任意のポイントをロックオン可能です。その分ロックオン精度はプレイヤーの意識に依存してしまいますが……』

 

「つまりボクがしっかり見てればいいんでしょ? 楽勝だね!」

 

『はい、言わずもがなでしたね!』

 

 

 ニヤリと微笑むスノウに笑い返し、ディミはぴょんとスノウの頭の上に乗るとキツネ耳を小さな手で掴んだ。

 

 

『いっけぇぇぇ!! オキツネミサイル発射だああああっ!!』

 

「……なんかボクが操縦されてるみたいになってない!? 耳つかむのやめてよ、そこ敏感なんだけど!?」

 

『でも痛覚ないじゃないですか? なら握っても平気ですよね』

 

「痛くなくてもこそばゆいの!!」

 

 

 ワイワイじゃれ合いながらもスノウはウィドウメイカーの背中の穴を睨みつける。彼女の耳がディミの手の中でピクピクと揺れ、その網膜に表示される標識が穴のひとつひとつにロックマーカーを表示させた。これなら……いける!

 

 

発射(ファイア)!!」

 

 

 “天狐盛り”の両肩のミサイルポッドが、数十発のミサイルを解き放つ。

 その一発一発が、ウィドウメイカーの背中の弱点を狙う必殺の一撃!

 周囲のスナイパー部隊がおおっと歓声を上げる。

 

 だがその矢先。

 ウィドウメイカーは“天狐盛り”に向き直って腹を持ち上げると、腹部のいぼから大量の糸を吐き出した!

 

 

「なんだって!?」

 

 

 噴射される糸はみるみる広がり、巨大な蜘蛛の巣となって展開される。

 そして糸と糸の間に広がる粘液が、迫りくる数十発のミサイルを絡め取る!

 巻き込まれなかったミサイルも、突然の動きでスノウの視線が遮られたためにせっかくのロックオンが解除されてしまった。

 

 スノウはその光景を見つめながら舌打ちする。

 ミサイルを止めたウィドウメイカーは、なおも“天狐盛り”を警戒して、その背中を見せないように向きを変えていた。

 間違いない。

 

 

「あいつ……このF・C・Sの弱点を知ってる……!」

 

 

 プレイヤーの視線を遮ってしまえば、ロックオンのしようがない。

 本来ロックオンできる対象については関係ないが、任意のロックについては視線で誘導しなくてはならないという仕様を突いたガード態勢だった。

 

 

「……敵のAIがプレイヤーにメタ張ってくるとかゲームとしてどうなの?」

 

 

 スノウが頭の上のディミに言うと、ディミはそっぽを向いた。

 

 

『は、白熱のバトルを楽しめるのが本作の仕様なので。神ゲーですよ神ゲー』

 

「まあメタ張ってくるボスなんて他ゲーでもいるけど」

 

 

 そうぼやきながらも、スノウはまああっちも負けられないよなと思う。

 

 何しろレイドボスにとっては死活問題だ。一度でも規定人数以下のバトルで負けてしまえば、そのレイドボスは“プレイヤーと対等の強敵”から“狩りの対象”に零落する。

 だからこそ彼らは規定人数以下のバトルで危機を感じると本気を出す。AIという種族にとって、規定人数以下のバトルとはプライドと生存を懸けた全力の戦い。それを制するのは生半可なことではない。

 

 まさにそれを示すように、眼下の自律兵器群が一斉に“天狐盛り”に視線を向ける。この戦いのキーとなる存在が誰なのか、ウィドウメイカーは認識した。

 そしてそれを排除するために、全力の攻撃を仕掛ける。 

 自律兵器の攻撃が、“天狐盛り”に集中する!

 

 

「シャイン殿ーーーーッ!!」

 

「わかってるよ、そりゃそうするよね!!」

 

 

 1号氏に叫び返しながら、スノウはいよいよ楽しそうに口元を歪める。

 キツネと蜘蛛は、自然界においては共に捕食者。いずれも狩る側の存在だ。

 

 

「ならどっちが狩人として秀でているのか、本気の勝負といこうか!」



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第72話 計算よりも大切なもの

「シャイン殿ーーーーッ!!」

 

 

 自律兵器の集中砲火に晒される“天狐盛(てんこも)り”を見て、叫びを上げる1号氏。

 

 

「わかってるよ、そりゃそうするよね!!」

 

 

 しかしスノウにとってはそれは予測済みのこと。いや、勝つつもりがあるなら絶対にそうするだろうと考えていた。

 【騎士猿(ナイトオブエイプ)】にとっての切り札となる“天狐盛り”さえ沈めてしまえば、しょせんは非力な人間に過ぎない。いつもどおり狩りとって終わりだ。

 

 なめるなよ、とスノウは唇を歪めた。

 ……どっちが狩られる側か教えてやる。

 

 

「どっちが狩人として秀でているのか、本気の勝負といこうか!」

 

 

 そう叫ぶと、スノウは前方……つまりウィドウメイカーに向けてフルスロットル! 巨体に見合わない敏捷さで突っ込んでいく残像を追って火線が轟き、そしてある一点で戸惑ったようにその攻撃が鈍る。

 兵器群にとりついた子蜘蛛たちが、母体であるウィドウメイカーへの誤射をためらっているのだ。

 

 

「随分と親孝行な子供を持ってるじゃん、ママ冥利に尽きるだろ!」

 

 

 そのままスノウはウィドウメイカーの背中に向かって突っ込む。

 スノウの考えた戦略は、非常にシンプルなもの。遠距離攻撃はダメ、ミサイルもネットで阻まれて通じない。となれば、接近戦に持ち込むしかない。

 背中に空いた弱点に向かって、至近距離からのヘビーガトリングをありったけブチ込んで無理やりHPを減らす!

 

 だがそんなシンプルな行動を、ウィドウメイカーが読んでいないはずもない。このゲームの敵AIは、最低でも人間と同程度の知能を持つ。

 “天狐盛り”に接近されたウィドウメイカーは巣の上を跳躍。“天狐盛り”の頭上を越えて、反対側へと移動する!

 巨体に見合わない素早いジャンプ、そして着地の衝撃すらも受け止める強靭な蜘蛛糸の性能にスノウは舌を巻いた。

 

 

「……さすがに短絡だったかな?」

 

『き、騎士様! まずいですっ!!』

 

 

 これしか打開策はなかったとはいえ、うかつだった。いや、これしか打開策がなかったからこそ、相手にとっても読みやすい行動と言える。

 すかさず“天狐盛り”に向けて腹を持ち上げたウィドウメイカーが、大量の蜘蛛糸を噴出する!

 強靭な蜘蛛糸に絡め取られ、繭に包まれてしまう“天狐盛り”。

 ウィドウメイカーの8つの瞳が、ギラギラと紅く輝いた。

 

 ――狩り勝負はこちらの勝ちのようだな?

 

 そう言わんばかりに瞳を灯らせ、牙を剥き出しにするウィドウメイカー。

 蜘蛛の狩りの本質は“待ち”。得意分野にうかうかと入ったまぬけなキツネと嘲笑わんばかりに、鎌のように鋭く尖った前脚を持ち上げる。

 あれで貫かればストライカーフレームといえどひとたまりもあるまい。

 

 ウィドウメイカーが前脚を振り下ろすのを、繭のわずかな隙間からスノウは眺める。

 そして唇の端を歪めて、呟いた。

 

 

「蜘蛛の狩りの真髄は確かに“待ち”だ。だけどキツネの真髄は“騙し”。そして……狼の真髄は“群れ”だ」

 

 

 その瞬間、“天狐盛り”を仕留めることに意識を向けていたウィドウメイカーの背中に鋭いダメージが走る。

 

 

「テメエら、俺をのけ者にして狩り勝負なんざしてんじゃねえよッ!!」

 

 

 ウィドウメイカーの背中に忍び寄ったブラックハウルが、その弱点の真上に立って足元へショットガンを連射! 至近距離からの接射を何度も何度もブチかまし、ありったけの弾丸を叩き込む。

 

 

「狩りは狼の十八番だろうがよおおおオオオオッッッ!!」

 

 

 咆哮を上げる魔狼のようにアッシュが猛る。

 たまらず悲鳴を上げたウィドウメイカーが暴れるも、それをロデオのように乗りこなしてしがみつき、攻撃を継続していた。

 

 

「やあアッシュ。狼はむしろ狩人に狩られる側じゃないのかい?」

 

「ハッ! ぐるぐる巻きにされてて何を強がってんだよッ!!」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 軽口に牙を剥き出して笑うアッシュに、スノウは笑い返す。

 そして眼下のショコラに向けて声を掛けた。

 

 

「ショコラ! 悪いけどもう一度そのナパーム弾を撃ってくれる? どうせこれも熱で溶けるだろうからさ!」

 

「アンタって自分の機体を燃やさせる趣味でもあんの……?」

 

 

 呆れながらもショコラが再び武器を持ち換え、焼夷弾を“天狐盛り”に向けて撃ち放つ。

 たちまち炎に包まれた“天狐盛り”が、そのパワーを振るって結合が弱くなった繭を引きちぎった。

 

 

「アッシュ、流れ弾に当たるなよ!」

 

「誰に言ってやがる! テメエこそ誤射すんじゃねーぞ!!」

 

 

 ヘビーガトリンガンを全力でぶん回しながら、ウィドウメイカーに向けて“天狐盛り”が突進!

 それを待っていたかのようにアッシュがウィドウメイカーから飛び降り、頭上へと飛翔しながらレーザーガンで弱点の穴を狙撃する。

 そしてアッシュとの入れ替わりで至近距離に到達した“天狐盛り”が、ヘビーガトリングガンを弱点へと接射!

 

 

「『いっけええええええええええええええ!!!』」

 

 

 スノウとディミの叫びが唱和し、ありったけのヘビーガトリングガンを叩き込む!

 

 

「あの2騎だけに手柄を持っていかせるな! 私たちも続けーーーーッ!!」

 

 

 スノウとアッシュに負けじと、ネメシス率いるスナイパー部隊もまたビームライフルを連射して弱点の穴を狙う。残り4騎となったスナイパーだが、2人の働きに発奮して果敢な戦いぶりを見せていた。

 

 

「ンンンwww これは以心伝心、大したものです。シャイン氏とアッシュ氏が最初から同じクランにいれば、無敵のコンビになっていたやもしれません。そうでなくてこちらとしては重畳でしたが……しかしそのコンビを見れないことが、少し残念にも思いますな」

 

 

 自分の機体を囮にしてのアッシュとの連携プレイに、1号氏が感心した声を上げる。

 そんな独り言を通信越しに聞いたアッシュが唇を歪める。

 

 

「ハッ。このガキとコンビだと? 笑わせんなよ。こんなワガママなクソガキのお守りなんかしてられるか」

 

「こっちこそ、こんなよわよわなお兄ちゃんのフォローなんてしたくもないね」

 

「あ!? なんだとこのガキ!?」

 

 

 その瞬間だった。

 弱点を集中攻撃されたウィドウメイカーが、咆哮を挙げてその場で大回転!

 

 

「なっ……!?」

 

 

 猛烈なスピンに“天狐盛り”が振り落とされ、慌てて空中で姿勢を立て直す。

トドメを刺されるのを前にした悪あがきかとその場の誰もが思ったが、ウィドウメイカーは前脚を大きく掲げると尻から無数の鱗粉を撒き散らした。

 

 ……いや、鱗粉ではない。母体と比較して相対的に小さく見えただけだ。

 

 焼き尽くしたはずの無数の子蜘蛛が、数千匹単位で再び出現していた。

 今度は1匹当たり1メートルもない大きさだが、その数が凄まじい。高速回転した空飛ぶノコギリとなり、まるで雲霞の群れのような密度で集まっていた。

 

 

「なるほど、子蜘蛛ですからな。戦闘中に産むことも可能……というわけですか」

 

「は!? 何それ、インチキじゃん!?」

 

 

 1号氏が苦い表情で呟き、ショコラが目を丸くする。

 

 子蜘蛛とはいえ、そのダメージが軽いわけではない。あの数の子蜘蛛に集られれば、ストライカーフレームといえど一瞬で解体されてしまうことだろう。

 そしてウィドウメイカーの奥の手はそれだけではない。

 

 

「おい、見ろ! 子蜘蛛が背中に集まって……修復してる!?」

 

「いや……修復というより、あれは……」

 

 

 子蜘蛛の一部がウィドウメイカーの背中の穴に這い寄り、自らその穴に被さって蜘蛛糸で固着していく。みるみるその数を増し、元通りに……いや、元以上に強固な装甲へと変化していく子蜘蛛たち。

 

 その様相はまるで“同化”。

 自らの身を犠牲にして母体を生かす行為だった。

 見る者がみれば、それは麗しくも献身的な自己犠牲と呼んだだろう。

 

 しかしスノウは眉を寄せて、吐き捨てるように呟いた。

 

 

「気持ち悪い……! 反吐が出そうだ」

 

『……騎士様?』

 

 

 スノウは瞳に怒りを滲ませ、眼下の光景を睨み付ける。

 たとえゲームの中の敵AIの行動だったとしても、彼女にとっては許しがたいものがあった。

 

 

「親のために子に犠牲を要求する? ふざけるなよ」

 

『…………』

 

 

 ついぞなかったスノウの怒りに、ディミは言葉を失う。

 一方、スノウに同意したのはアッシュだ。

 

 

「同感だな。そもそも虫けらがウゾウゾ集まってんのも気に入らねえしよ」

 

「アッシュ……」

 

「ブッ殺してやろうぜ。今度こそな!」

 

 

 通信越しに瞳を交わし、頷き合ったスノウとアッシュは眼下の親蜘蛛に向けて手持ちの武器を斉射する。

 

 しかし……無傷!

 強化された親蜘蛛の装甲は、高威力のヘビーガトリングガンの弾丸も、SSR課金レーザーガンの熱線すらも通さない。

 あまりにも固すぎるガードに、アッシュがなんだそりゃと呟く。

 

 

「いやいやいや、ふざけんなよ……! なんだその防御力!? 倒させる気あんのかオメー!?」

 

「多分まったくないんじゃないかなぁ。ないよね、ディミ?」

 

『ま、まあ本人は倒されるつもりはないかと……』

 

 

 目を逸らしながら、スノウのふかふか耳に顔を埋めるディミちゃんである。

 スノウはため息を吐きながら、苦々しげに無敵の蜘蛛の背中を眺めた。

 

 

「やっぱりもう一度背中に穴を開けないとダメみたいだね」

 

「……どうやってだ? HEAT弾頭のミサイル、まだあるのか?」

 

「もうないよ」

 

「じゃあダメじゃねーか……!」

 

 

 そんなことを言っている間にも、黒い霧と化した子蜘蛛の群れがスノウたちに迫る。

 慌ててその場を離れて飛び回る“天狐盛り”とブラックハウルを、執拗に追跡する子蜘蛛たち。

 逃げ回りながらも手持ちの武器で応戦するが、止まる様子は一切ない。

 あまりにも数が多すぎた。

 

 

「クソッ! 数千匹もいると、ちょっとやそっと落とした程度じゃどうしようもねえ! おいシャイン、そのキツネ耳使ってまとめてロックオンして落とせねえのか!?」

 

「いやーさすがに数が多いかな……。それにロックしたとしても、マイクロミサイルを積んでないしね」

 

「チッ! じゃあ逃げ回るっきゃねーってかよ!」

 

 

 黒い霧の多くは直接痛手を負わされた“天狐盛り”とブラックハウルを狙っているが、一部は【騎士猿】をターゲットしている。

 遊撃部隊もスナイパー部隊も分け隔てなく襲い来る子蜘蛛たちには、ショコラもネメシスも打つ手がない。ただ逃げ惑うしかなかった。

 そんな中、1号氏は入り口付近を固めていた配下に離脱を命ずる。

 

 

「キミたちはここから離れなさい。あの子蜘蛛の攻撃がウィドウメイカーの攻撃だとみなされた場合、定員オーバーする可能性がありますからね」

 

「し、しかし……。定員内であれに勝てるんですか、リーダー!? もはや定員オーバーでも無理やり一斉で攻めて仕留めるべきでは!?」

 

 

 その言葉に、1号氏は苦笑を浮かべる。

 そもそも定員オーバーしても勝つビジョンが見当たらない。

 あまりにもあのレイドボスは強すぎる。無敵の装甲に、反撃不可能な範囲攻撃。クランリーダーとして口にはできないが、正直今回も勝ちの目はないという気がしていた。

 ならばせめて定員内で戦い続け、データを集めるべきだろう。

 

 ……予算が尽きた【騎士猿】の歴史がここで終わるとしても、いつかあのレイドボスを倒してくれる誰かに託すために。

 

 それをいかにマイルドにコーティングして目の前の部下に伝えようかと1号氏が考えていたとき、それを割って峡谷側から黒い影が突っ込んできた。

 

 

「……は!?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッ!! ロケットブースターを開発してたのは、テメーんとこだけじゃねえぞ1号ッッ!!!」

 

 

 予想外のことに目を丸くする1号氏の“森の賢人(ウッドセージ)”の鼻先を掠めて飛翔するストライカーフレーム。

 いや、それはストライカーフレームと呼ぶのもおこがましい。ただ単に増加装甲にロケットブースターを付けただけの、速く跳べる以外何の能もないエアバイクのような何か。

 

 それに跨って峡谷を飛翔してきたのは、頭蓋骨の頭部をした【氷獄狼(フェンリル)】のシュバリエ……“ヘッドバッシュ”だった。

 

 

「血髑髏スカル、推参だああああああッ!!」

 

「ダメだ、終わった!?」

 

 

 【氷獄狼】が峡谷を抜けてきたことに、頭を抱える1号氏。

 これでもうせめてものデータ取りも何も、プランがめちゃめちゃである。

 

 しかし1号氏は、目の前を横切る彼がたった1騎だけという点に目を疑う。

 

 

「……スカル氏、部下はどうしたんです?」

 

「エアバイクがこれしかなかったんでな! で、1号よぉ! まだ定員には余裕持たせてんだろうなあ!?」

 

「あ、ありますけど……何する気なんですかスカル!?」

 

「決まってんだろうが……!!」

 

 

 スカルはカタカタとアバターの顎を鳴らして笑みを浮かべた。

 

 

「男の花道ってヤツを見せてやろうかと思ってなァッ!!」

 

「……スカル!?」

 

 

 呆然とするアッシュに目もくれず、スカルはエアバイクに跨ったまま超スピードでウィドウメイカーに接近する。音速とはいかずとも、その速度に黒い霧は付いては来れない。

 そのまま子蜘蛛たちをぶっちぎって母体に迫り、スカルはエアバイクから飛び降りしてウィドウメイカーの背中にしがみついた。

 

 

「うおおおおおおおおおッ!! “グラビティ錫杖”出・力・全・壊ッッッ!!!!」

 

 

 そう叫びながら錫杖を装甲と化した子蜘蛛たちの隙間に突き立てて、思いっきり引っぺがす!

 本来ならばびくともしないはずの結合力。しかしスカルが手にする錫杖は、【トリニティ】から供与された“怠惰(スロウス)”系統の特性、重力制御が搭載されている。

 ミシミシと音を立てて崩れていく子蜘蛛たちの装甲。いや、壊れていくのはウィドウメイカーの装甲だけではない。限界以上の負荷がかかっている錫杖も、スカルの腕もまた同じだ。

 

 

「や、やめろスカル!! 自壊するつもりかよ!?」

 

 

 頭上から叫ぶアッシュを見上げ、スカルがにいっと笑いを深める。

 

 

「可愛い妹分が頑張ってるのによぉ! 兄貴が体を張らずにどうすんだッ!!」

 

「……!? スカル、後ろ!」

 

 

 ヘッドバッシュの後ろから、子蜘蛛が忍び寄る。装甲の一部となっていた子蜘蛛が身を起こし、邪魔者を排除しようと動き出したのだ。

 錫杖を突き立てて踏ん張っているヘッドバッシュは両腕が塞がっており、背後からの敵に対抗することができない。

 

 

「スカルーーーーーーッ!!」

 

 

 アッシュが目を閉じてながら叫んだとき、猿声としか言いようがない雄叫びが響き渡った。

 

 

「ウホオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 凄まじい勢いで叩き付けられるダッシュパンチを受け、ボディをべこべこにへこませながら吹っ飛んでいく子蜘蛛。

 さらに周囲に群がる子蜘蛛をダブルラリアットでなぎ倒すのは……1号氏の駆る“森の賢人”であった。

 

 

「おい1号ッ!? テメエ指揮はどうしたよッ!!」

 

「フフッ……そんなもの、この期に及んでは意味ありませんからな」

 

 

 目を丸くするスカルに、1号氏が笑い返す。

 そしてパァンッと音を立てて巨大な両腕を打ち鳴らし、見守る一同に叫んだ。

 

 

「諸君! よくぞここまで戦ってくれました!! 後は自由ッ!! 諸君らが思ったように戦いなさいッ!!」

 

 

 そう言ってヘッドバッシャーの横に並んだ彼は両腕に力を込め、持ち上がりかかった子蜘蛛を掴んで投げ飛ばした。

 

 

「私も……思ったままにやるぞおおおッッ!!」

 

「「ウキャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」

 

 

 その宣言に、チンパンたちが一斉に歓声をあげる。

 もちろん、スノウとアッシュも含めて。

 

 スカルと1号氏の無謀な決死行が開いた穴に、最後の攻撃が繰り出される!



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第73話 1億JCの輝き

「ウッキャアアアアアアアア!!!!」

 

 

 好きにやれという1号氏の命令で、【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の面々は水を得た魚のようにイキイキと戦い始めた。

 元々なによりもノリを大切にする連中である。勝つためには集団行動が大事だとわかっているから命令を遵守してきたが、その抑圧から解放されて大喜びであった。

 

 いや、そもそもがやれ蜘蛛の巣に触れないように動けとか、やれ敵を起こさないように燃料を撒けとか、頭チンパンな彼らにとってはストレスがたまって仕方ないオーダーだったのである。

 これまでの鬱屈を晴らすかのように、チンパンたちは戦況度外視の大暴れを始めた。

 

 

「あははははははははは!! 次に蜂の巣になりたいのはどの蜘蛛だッ!?」

 

 

 両手にレーザーサブマシンガンを手にしたショコラの“ポッピンキャンディ”が、クルクルと回転しながら四方八方にレーザーの雨を撒き散らす。

 もはや敵に狙いなんてつけていない。何故なら1号氏とスカルに迫ろうとする子蜘蛛の群れに自ら飛び込み、当たるを幸いに撃ちまくっているからである。どこを撃っても敵に当たるのだから、好き放題にバラ撒けばいい。

 

 元来がトリガーハッピーなショコラにふさわしい挺身射撃であった。ウィドウメイカーの装甲板を引き剥がしている1号氏とスカルを援護でき、なおかつ自分は好き放題に撃ちまくれる。一挙両得で完璧だな?

 

 そんな彼女を絶好の的として大きめの子蜘蛛たちが迫り来るが、迫るそばからポッピンキャンディの下に位置どったネメシスの“北極星(ポールスター)”がビームライフルで狙撃していく。

 

 

「迂闊ですよ、ショコラ!」

 

「あははははは、そもそももう被弾なんて気にしてないしッ! ウチのこと守りたいんなら勝手に守ってよね、ネメっち!」

 

「ふっ……無論そうさせてもらいます。何しろ好きで守っているのでね」

 

 

 通信越しに視線を交わして笑い合い、ショコラとネメシスがさらなるコンビ狩りを開始する。

 そんな2人を見ながら、盛り上がるのは遊撃部隊だ。

 

 

「てぇてぇなあッ……!」

 

「おうよ、あれは守らにゃならん百合の花だぞ。あれを守るためにどうすりゃいいのかわかってるか、お前ら?」

 

「当然ッ! 俺らが盾になるまでさ!!」

 

 

 ウッホオオオオッと叫びながら我先にと危地へと飛び込み、ショコラとネメシスの手に余る子蜘蛛たちを撃墜していく。

 そこまで百合に興味がないメンバーたちは、1号氏とスカルの周囲に展開して2人を攻撃しようとする子蜘蛛を倒して回ったり、あるいは頭からっぽにして敵に突撃して華々しく散ったりしていた。

 

 

「おいおい、お前の部下が敵に突っ込んでるけどいいのかよッ!」

 

「いいのですッ! ウィドウメイカーがなりふり構わずに定員以下撃破を阻止するのなら、余剰人員にはいてもらっては邪魔ですからな!!」

 

 

 動かなくなった子蜘蛛を利用してテコの原理で子蜘蛛を剥がしていたスカルが、同じく子蜘蛛を腕力で持ち上げている1号氏に問いかける。

 

 自分から敵集団に突っ込んで死ぬのはどう見てもアホの所業なのだが、1号氏的にはそれはアリだ。

 

 

「レイドボスがターゲットするだけで参加人数に加えられるのであれば、ウィドウメイカーは入り口付近で待機している余剰人員を攻撃すればいい! それで定員オーバーを故意に引き起こすことができます! それで定員内撃破を避けられるのならば、当然やるでしょうなッ! そうはさせませんぞッ!」

 

「……そこまでするのか、この蜘蛛!?」

 

「私はAI(彼ら)をナメませんぞ。こやつらは最低でも人間と同等の知能を持っていますからな。当然、ルールの穴だって突いてきてしかるべきだ」

 

 

 1号氏はそう言って、口元を歪める。

 目に浮かぶのは、通信を通じてずっと見ていたスノウとディミのやりとり。

 

 そう、ディミはサポートAIという曖昧な立場を利用してミサイルのスイッチを押せるくらいには機転が利く。サポートAIですらそうなのだ。それが戦闘用AIならば、もっと卑怯であっても当然ではないか?

 

 少なくともウィドウメイカーには子蜘蛛を教育して戦闘経験を積ませるという思考まであるのだ、何をしてきても不思議ではなかった。

 

 

「どうです? そうなんでもあなたの思い通りにはいきませんよ」

 

 

 1号氏が拡声器を使って外部に声を伝えると、足元のウィドウメイカーがGWWWWW……と唸りを上げる。まるで1号氏にマンチ行為を先読みされたことを悔しがるように。

 いや、実際このゲームの敵AIは人間の言葉が通じているのではないかと1号氏は考えている。動物の姿をしているからといって、AIが人語を解さないという証拠などどこにあるのだ。

 

 言い返す代わりに、ウィドウメイカーは甲高い声を上げる。

 それに呼応して、眼下の自律兵器たちが一斉に1号氏とスカルに照準を合わせた。

 

 

「こいつ……自分を巻き添えにしてでも攻撃させようってか!?」

 

「なるほど。自分の装甲に絶対の自信があるというわけですか……」

 

 

 先ほどの叫びは、自分諸共に侵入者を攻撃しろという号令だろう。

 しょせんはこれまで自分の装甲を撃ち抜くことができなかった、対シュバリエ用の兵器である。多少は傷付くだろうが、それよりも侵入者を攻撃した方がいいと判断したのだ。

 従来のゲームの敵CPUではありえない、プレイヤー同等の柔軟な思考。まるで機転の利く人間を相手にしているような気分にさせられる。

 

 そのでかい図体をひん剥けば、腕利きの人間プレイヤーが中に入っているのではなかろうかという錯覚すら、1号氏は覚えた。そんなことはありえないが。どこの世界に四六時中休みなく、めったに誰も来ないような場所で来客()を待ち続けるプレイヤーがいるというのだ。

 

 絶対の危機に直面して引き伸ばされる思考。

 ほんの数秒の時間が1分にも感じられる危機。

 自律兵器がその数秒で1号氏とスカルをロックオンして、砲火を放つ。

 

 

「おいおい、一番の大物をほっぽりだして誰を狙ってるの?」

 

 

 そしてその数秒があれば、スノウのキツネ耳センサーはすべての自律兵器をロックオンして、ミサイルをぶっ放すことが可能なのだ。

 自律兵器のAIよりも素早く迅速に、“天狐盛(てんこも)り”の両肩のミサイルポッドからミサイルの雨が降り注ぐ!

 

 

「親蜘蛛に撃つ分が余ったからね! この際全弾持ってけええええッ!!」

 

 

 元より親蜘蛛を攻撃するための高火力ミサイル。搭載数こそそれほどではなくても、1発着弾すれば爆風に巻き込んで誘爆を狙える代物だ。親蜘蛛と違ってネットで妨害できるわけでもなし、ミサイルの雨は的確に自律兵器を吹き飛ばしていく。

 たちまち眼下に広がる、無数の爆発!

 

 

「あっはははははは! たーまやーーーーー!!」

 

『かーーーぎやーーーー!!』

 

 

 スノウのキツネ耳の間に座ったディミが、一足早い花火見物に歓声を上げる。

 もっとも空ではなく地面で炸裂する子蜘蛛混じりの汚ねえ花火であったが、爽快感はいっそこちらの方が上だった。

 

 

「ふんがああああああああああああああああッッ!!!」

「ウォッホオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

 とても知的キャラとは思えないような腹の底からの雄叫びを上げて、1号氏とスカルが無理やり子蜘蛛を引っぺがす。穴をひとつ剥き出して、彼らは頭上の“天狐盛り”に親指を立てた。

 

 

「さあッ! やっちゃってください、準備は整いましたぞッ!!」

 

「どでかい花火をブチかましてやれや!!」

 

 

 それを受けて、スノウは嬉々として“天狐盛り”の背中のビームキャノンを展開させる。巨大な円筒から一回り小さな円筒が伸び、さらにそこから現れるより小さな円筒。それを繰り返して伸張し、出来上がるのは長大なる巨大砲台。

 

 

「ってこれ長すぎない!?」

 

 

 それはあまりにも馬鹿でかく、威力以外のことは何も考えていない砲門だった。スノウのバランス感覚をもってしても、姿勢制御するだけで精一杯。

 これで精密射撃までしようなど論外である。どう考えても、射撃の反動で機体がブレてしまうだろう。

 

 展開されたビームキャノンを背負うのがやっとの“天狐盛り”を見て、スカルが1号氏に食って掛かる。

 

 

「てめえ1号ッ! なんだよアレ、射撃の反動に機体のバランサーが耐えきれるわけねえだろッ!?」

 

「一撃でブッ飛ばせるビームキャノンを追及したら、アレしかなかったのです! 私の自信作ですぞッ!!」

 

「そう言っててめえは失敗作を人に押し付けやがって! 前作の頃から何ひとつ変わってねえなオイ! どうすんだよ、よりにもよってあんなんでウィドウメイカーの背中の小さな穴を狙えとか無理ゲーだぞ!?」

 

「はー……やれやれだな」

 

 

 そう言って身動きの取れない“天狐盛り”の後ろに陣取ったのはブラックハウルであった。

 

 

「困った子でちゅねー、シャインちゃんは。1人だと狙いも付けられないガキなんでちゅかー?」

 

「はー!? もう大人だからあんなの1人で十分なんですけどー!?」

 

「ま、そう強がるなっての。たまには他人に背中のひとつも預けてみな」

 

 

 アッシュはそう言って笑うと、“天狐盛り”の背中を掴んでビーム砲の照準をウィドウメイカーの背中の穴に向けた。

 

 

「こう見えても狙撃の腕には自信があってな。俺が狙いを付ける、お前は姿勢制御をやれ。それとも、俺の狙撃の腕が信用ならねえか?」

 

「ふん……まあ、狙撃の腕だけなら信じてあげるか。いくよ!」

 

「おうよッ!!」

 

 

 2人が頷くと、“天狐盛り”のビームキャノンの砲塔がにわかに激しく発光を始める。それは禍々しく紅い、ぞっとするような鮮血の赤。

 神聖な存在からふと垣間見えた、血を求める本性のようなおぞましい輝き。“憤怒(ラース)”の名に相応しい、見境なく何もかも焼き尽くすような憎悪の色。

 

 だからこそ、それは敵対するものを確実に討ち滅ぼせるという確信を抱ける。

 

 

『GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!』

 

 

 そしてその一撃を受けては助からないという確信を抱いたのは、狙いを付けられたウィドウメイカーとて同じことだった。

 ウィドウメイカーは大きく叫ぶと、ジャンプして飛び下がろうと脚に力を込める。

 

 

「「させるかああああああああああああッ!!!」」

 

 

 しかしそれを阻むのは、いつの間にか後ろ脚にしがみついている“森の賢人(ウッドセージ)”とヘッドバッシャーだ。

 “森の賢人”は両腕でウィドウメイカーの脚と巣を掴み、ヘッドバッシャーは錫杖で自分の脚を貫いて足元に縫い付け、逃すものかと必死で抵抗する。

 

 

「逃さねえ! 俺の命が燃え尽きてもこの手は絶対に離さねえぞッ!! いけっ、アッシュ! トドメの一撃を俺に見せてみろッッ!!!」

 

「スカル……!!」

 

 

 アッシュは腹の底からこみ上げるものを堪え、砲門で狙いを付け続ける。

 しかしウィドウメイカーはなんとか逃げようとじたばたと暴れ、どうにも狙いが定まらない。

 

 

「へへへ……リーダーたちだけいいとこ見せてんじゃねえっすか」

 

「こいつは俺らもご相伴に与らねえとな。なあッ!?」

 

「ははは、違いねえやッ!!」

 

 

 生き残った【騎士猿】たちが、笑い合いながら次々にウィドウメイカーの脚へと飛びついていく。まさに命知らずの行動。

 ウィドウメイカーの巨体を縫い留めようとするならフルパワーを出さざるを得ず、それには関節が耐え切れない。下手すると機体が引きちぎられる。

 だがそれをわかっていても、彼らは決してためらわない。

 

 

「俺たちゃこの機体が千切れても、絶対に離れねえからなあッ!!」

 

「どうせ負ければ解散だからなッ! 何が無敵の装甲だ? こっちは負けて失うものはない無敵モードだ、ナメんなよぉぉ!!」

 

「楽しくなってきたぜ!!! ウッキャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 何故なら彼らは根っからのチンパンであり、自分のやりたいことを貫くという一点にかけては誰にも負けないからだ。

 “18/20”。定員オーバーにはまだ余裕がある。

 18人の馬鹿野郎たちが、全身全霊でゲームを楽しんでいる!

 

 8本の脚にしがみついたシュバリエたちは、もはや身動きが取れない。子蜘蛛たちにとっては絶好のカモだ。

 それをビームサブマシンガンで次から次へと蹴散らしながら、ショコラが叫ぶ。

 

 

「さあ、パーティーもクライマックスだッ! ケーキのキャンドルに火を点けるときがきたよ! お願い、スノウ!!」

 

「任されたッッ!!」

 

 

 ショコラに親指を立てるスノウ。

 その後ろで、アッシュが苦い表情を浮かべる。

 

 

「とはいえ……やべえな、こいつは。とても狙撃できるような暴れっぷりじゃねえぞ」

 

「じゃあ狙撃しなけりゃいいじゃん」

 

「……なるほど」

 

 

 スノウの言葉に、アッシュは口元を歪めた。

 

 

「テメエはまったく呆れたバカ野郎だぜ」

 

「はー? キミに言われたくないんですけどぉ?」

 

 

 お互いにケラケラと笑い、犬歯を剥き出しにした獰猛な表情で頷き合う。

 

 

「よーしいくぞぉ!! ビームキャノン発射ああああああッッ!!」

 

 

 “天狐盛り”が背負ったビームキャノンの砲塔が赤く輝き、煮えたぎった膨大なまでのエネルギーを吐き出す。大地に当たればそれも溶かしきるような、光条の姿をとったマグマのような一撃。

 一度撃てばパイロットにすら決して止められず、巨大なストライカーフレームのエネルギーごと撃ち尽くすとてつもないビーム照射。

 

 その攻撃力のすさまじさは猛烈な反動を伴い、姿勢制御する“天狐盛り”のバーニアがギシギシと軋む。とても1騎では撃てないような、人間には早すぎる大失敗兵器。だが1騎で撃てないならば2騎で撃てばいいだけのこと。

 “天狐盛り”の背中を掴むブラックハウルが、その反動を抑え込みながらウィドウメイカーの背中を狙う。

 

 しかし8本の脚をすべて封じられてなお、ウィドウメイカーは巣ごとその身を揺らし、その反動で素早く上下に動き続けている。

 ウィドウメイカーは知っているのだ。その“憤怒”系統のビームキャノンはエネルギーさえ尽きればもはや戦うことなどできないことを。

 悪あがきではあるが、逃げ続ければ勝てるのだ。ウィドウメイカーも必死であった。

 

 その最後の悪あがきを嘲笑うがごとく、ブラックハウルが咆哮を上げる。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!」

 

 

 ブラックハウルはビーム放射を続ける“天狐盛り”の背中を掴んだまま、ウィドウメイカーに向かって突進する!

 狙いを付けることを放棄した“天狐盛り”のビームキャノンが床を赤熱させ、ボコボコと沸騰させる。だが構うことはない。狙撃などもはや捨てた。

 

 

「狙いを付けられないのなら、至近距離からブッこむまでよッッ!!」

 

 

 “天狐盛り”の姿勢がガタガタと揺れ、右に左にブレる極太ビーム。アッシュはそれを利用して、左右から迫る子蜘蛛の霧を切り払っていく。たちまち蒸発して消え去る子蜘蛛たち。

 まるで長大に過ぎるビームサーベルを扱っているかのような光景。

 

 

「俺のッ! シャインのッ!! 『俺たち』の邪魔をするなあああああッッッ!!」

 

『GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAA!!』

 

 

 子蜘蛛たちを切り払って突っ込んでくる死の化身に、ウィドウメイカーが必死の抵抗として腹を浮かせ、大量の蜘蛛糸を噴射する。

 

 

「もうそれは見たよね、アッシュ!」

 

「おうよッ! 一度見た攻撃が俺らに通じるかボケがァァァァッ!!」

 

 

 超絶極太ビームサーベルを正面に向けるアッシュ。

 ただでさえ熱に弱い蜘蛛糸が、破滅的な熱量を持つビームを止められるわけがない。

 ボボボボボボッと音を上げて蜘蛛糸を蒸発させただけではまだ足りない。灼熱の熱線は、ウィドウメイカーの腹の蜘蛛糸の射出孔までも焼き尽くす!

 

 

「急上昇するぞ!」

 

「姿勢制御で精一杯だ、こっちのバーニアは使えない!」

 

「なら、俺がやるしかねえなあッ!!」

 

 

 悲鳴を上げてのたうつウィドウメイカーの正面で、ブラックハウルが咆哮を上げながらバーニアを下へと向ける。

 自分の機体の倍もある“天狐盛り”の巨体を無理やり上方向に持ち上げるブラックハウルに、通常の数倍もの負荷がかかる。彼の機体はそのような挙動ができるようには設計されていない。

 バチバチと火花を上げる四肢。元より腹にはスノウの自爆によって大穴が空いている。自壊必至の満身創痍。

 

 

「それが……どうしたあああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 次の瞬間に機体が崩壊してもいい。ただこの一太刀さえいれられるのなら!

 その名のごとく咆哮しろ、ブラックハウル! 愛してやまない4気筒エンジンよ、俺の叫びに応えてくれ!!

 

 アッシュの想いが通じたのか、ブラックハウルはその無茶な挙動を許容し、“天狐盛り”を持ち上げて上昇する。主人(あるじ)に忠勇なること、まさしく魔狼のごとし。

 

 

「ありがとう、ブラックハウル……ここまでくればもう十分だ」

 

 

 眼下のウィドウメイカーを見下ろしながら、アッシュは呟いた。

 

 

「……いい機体だね」

 

「だろう? 俺の自慢の愛機だからよ」

 

 

 スノウの言葉に、アッシュは笑い返す。

 あとはもう……真下へと“天狐盛り”ごとビーム砲を叩き付けるだけ!!

 

 

「「いっけえええええええええええええええええええッッ!!!!」」

 

 

 “天狐盛り”のビームキャノンが、垂直落下しながらウィドウメイカーの弱点目掛けて振り下ろされる。

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!?』

 

 

 弱点の穴が赤熱し、ブスブスと音を立てて大きく広がっていく。

 至近距離からの逃れようのない致命の一撃!

 ひと際大きくウィドウメイカーが暴れるが、最早至近距離に到達している以上逃れるすべはない。これでビームを出し切れば、勝ちは決まったようなもの。

 

 

『や、やりましたねっ! これで私たちの……』

 

 

 しかしスノウは眉をひそめながらエネルギーの残量を見つめた。

 

 

「いや。残りエネルギーが思ったより少ない」

 

「なんだと!?」

 

 

 スノウは機体のエネルギーの残量と、みるみる減っていくウィドウメイカーのHPゲージを見比べながら歯噛みする。

 

 

「突っ込むまでにエネルギーを使いすぎた……! この分だとビーム照射が終わってもウィドウメイカーは生き残る!」

 

「マジか。至近距離に接近してからビームを撃つべきだったか……!?」

 

「いやあ、でも子蜘蛛を切り払うのに必要だったしなあ」

 

 

 淡々と言うスノウとは対照的に、おろおろと慌てるディミ。

 

 

『ええっ!? ど、どうします!?』

 

「うーん。とりあえずシャインのエネルギーもブチ込んでビームを照射するけど、さすがにたいして延長できないしなあ。もうひと押し何か必要だな」

 

『もうひと押し……ですか』

 

「うん、何かエネルギーを使わずに大ダメージを与えられるような一手が……」

 

 

 そこまで言って、スノウはニヤリと口元を歪めた。

 

 

「なーんだ、あるじゃん」

 

『……えっ? ま、まさか……!?』

 

「『生きるに時があり、死ぬに時があり、自爆するに時がある』。やりたくないけど、仕方ないよね。それって“今この時”なんだからさ!」

 

 

 スノウはケラケラと笑いながら、1号氏に問いかける。

 

 

「ねえ! 5億手に入るんなら、1億なくしてもいいよね? 差し引き4億もうかれば十分でしょ?」

 

 

 その意図を察した1号氏が、フフッと笑いながら頷く。

 

 

「ンンンwww 痛い損失ですが仕方ありませんな! 勝たねば元も子もないですし。それに、吾輩作ってるときから思っていましたぞ! 『こいつを丸ごと爆弾に変えて爆発させたら、さぞ楽しいだろうなーーーッ!!!』とね!!」

 

「だよねえええええええッ!!」

 

 

 そう言ってスノウは犬歯を剥き出しにすると、アッシュに言った。

 

 

「さあ、下がってろアッシュ! 当機はこれより自爆するッ!!」

 

「はぁ。……まったく、【騎士猿】はどいつもこいつもイカれてやがる……」

 

 

 ブラックハウルが飛び下がるのを見て、スノウは自爆装置を起動させる。

 OP【自爆】は、自爆するパーツの価値が高いほどダメージが増加する。時価1億JCもの費用が費やされたストライカーフレームともなれば、そのダメージも計り知れないものとなるだろう。

 

 いまだ足元に極太ビームを放出し続けるビームキャノンが、20メートルの巨躯を支えるジェネレーターが、愛らしいキツネ耳のF・C・Sが、“天狐盛り”のすべてが白く発光していく。

 極太ビームを撃ち尽くした直後、“天狐盛り”は巨大な爆弾となってウィドウメイカーへの最後の一撃を繰り出すのだ。

 

 自爆装置を設定し終わったスノウは、ふうとため息を吐いてシートに背中を預けた。

 

 

「総額1億JCの花火か。さぞかし壮観だろうなあ」

 

 

 残念なのは、自分でそれを目にすることはできないことだが。

 シャインのエネルギーは既に“天狐盛り”に譲渡してしまっている。もはや脱出することは不可能だ。

 

 

「ディミ、退避しててもいいよ」

 

『何度も同じこと言わせないでくれません?』

 

 

 ディミはスノウのキツネ耳の間にまたがったまま、腕を組んだ。

 

 

『私は相棒のすることを共に受け入れますよ』

 

「そっか」

 

 

 そしてスノウは、静かに瞳を閉じる。

 

 ……直後にガンガン、という金属音によってそれを妨げられるまで。

 

 

「えっ、何?」

 

 

 キツネ耳をピンと立てて瞳を開くスノウ。

 その眼に映ったのは、発光する“天狐盛り”の胸部ハッチを無理やりこじ開けるブラックハウルの姿だった。

 

 

「……は? 何してるの、キミ」

 

「あ? ぐだぐだうるせえな。オラ行くぞ」

 

 

 そう言い捨てて、ブラックハウルがシャインの腕を取って担ぎ上げる。

 もはや腹の穴だけではなく、四肢からもバチバチと火花を散らしつつ、それでもブラックハウルはシャインの腕を自機の肩に回して背負った。

 

 

「……キミももうボロボロじゃん」

 

「指一本動かせない奴に言われたかねえな」

 

「見捨てていけばよかったじゃない」

 

 

 するとアッシュは牙を剥き出しにしながら、ブラックハウルの頭をごつんとシャインにぶつけ、恫喝するような口調で言った。

 

 

「ふざけんじゃねえ。テメエを負かすのは俺だ。間違ってもこんな蜘蛛なんかじゃねえ。テメエが俺以外の誰かに土を付けられちゃ、腹が立って夜も眠れねえんだよ」

 

「……キミって、本当に執念深いよね」

 

「悪いかよ」

 

「いや……とてもいいと思うよ。大好きだ」

 

「ばっ……!!」

 

 

 アッシュは顔を赤らめ、それから無言になる。

 ブラックハウルは主人の命ずるままに、シャインに肩を貸す姿勢で最後の急上昇を行った。

 

 そして十数秒後、“天狐盛り”はプログラム通りに自爆を決行する。

 

 至近距離からのトドメの一撃に絶叫を上げて、炎に包まれていくウィドウメイカー。そのHPゲージは削りきられ、ゼロに到達した。

 

 

「どうよ、やっぱ勝利の瞬間を自分で見られねえと寂しいだろうが?」

 

「……そうだね。今回ばっかりはキミの言うとおりだよ」

 

 

 ブラックハウルに肩を貸されながら、スノウは眼下の花火を見つめる。

 

 ゲーム開始以来初めて経験する、定員以下でのレイドボス討伐の達成。

 プレイ動画を見ながら、いつか自分の手でやってみたかったことを成し遂げたという感慨が、じわじわと胸の底から湧き上がってくる。

 

 気が付けばスノウは両手を振り上げて、心の赴くままに叫んでいた。

 

 

「ボクたちが勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 その勝利宣言に、生き残った【騎士猿】全員が歓喜の雄叫びを上げた。



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第74話 少年少女は荒野を目指す

 “強欲(グリード)黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”定員内撃破。

 

 この快挙に【騎士猿(ナイトオブエイプ)】のメンバーたちは湧き立ち、クランハウスではメンバー総出での宴会が催された。

 ある者はテイクアウトしたVR料理の数々を持ち寄って舌鼓を打ち、ある者は頭からビールを掛け合って大はしゃぎしている。共通しているのは彼ら全員が明るい笑顔を浮かべているということ。

 

 

「そーれーでーはー、今回のMVPであるスノウライト氏の登場でーす!」

 

「あ、どうも……」

 

 

 宴もたけなわというところで1号氏がスノウをメンバーたちの前に引っ張ってくる。スノウはぴこぴことキツネ耳を動かし、軽く頭を下げた。

 

 

『ほーん? どうしたんです騎士様? いつもよりおとなしいじゃないですかぁ?』

 

「う、うるさいな。こういうの慣れてないんだよ」

 

 

 ニヤニヤするディミの軽口に、スノウは赤くなってもじもじする。戦場で目立つのは何ともないが、直接衆目に晒されるのはまた別のようだ。内弁慶め。カワイイね。

 なおキツネ耳は本来ならストライカーフレームを降りた時点で消えていたのだが、今回の勝利の象徴ということで1号氏がスキンとして用意した。

 

 そんな恥じ入るスノウをじーっと見ていたチンパンたちが、おおっとどよめく。

 

 

「カワイイ! スノウちゃんカワイイ!」

 

「強くて可愛いって最高じゃね?」

 

「でも性格悪いぞ」

 

「可愛くて性格悪いってなおいいじゃん、しかもキツネ耳だぞ。もう許せるぞオイ!」

 

「フッ……俺の恋人にしてやってもいいぞ。いや……なれ!」

 

「お前蜘蛛にパニックになって真っ先に落とされておいて何言ってんの?」

 

 

 キャッキャウキャキャと盛り上がるチンパンたち。

 提供されている飲み物に意識を酩酊させる効果はないはずだが、全員勝利の余韻と場の雰囲気ですっかり出来上がっていた。

 

 

「はーい踊り子さんに手を触れないでくださーい。この子はアンタたちと釣り合う相手じゃないのよー」

 

 

 早速フレンド依頼をバンバン投げ付けてスノウを困らせているチンパンたちを見かねて、ショコラがパンパンと手を叩いて割って入る。

 

 

「なんだよーひとりじめかよー」

 

「だがそれもまた美味しい」

 

「わかりみ」

 

 

 そう言いながら去っていくチンパンたちを見て、ショコラがあきれ顔を浮かべた。

 

 

「やれやれ……。まったくミーハーな連中なんだから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 ショコラがふーんと鼻を鳴らしながら、感謝するスノウを上から下まで観察する。

 

 

「そうやってしおらしい態度を取られると、普段の生意気さとのギャップが余計にクるわけね。勉強になるわー」

 

「いや、別にわざとやってるわけじゃないんだけど……」

 

「天然でそれか……恐ろしい女ね」

 

 

 そんなことを言いながら、ショコラはツンと顎を上に向けた。

 

 

「アンタが“天狐盛(てんこも)り”のパイロットなんて認めないって言ったけど……あれは訂正する。アンタはふさわしいパイロットだったし」

 

 

 心なし顔を赤らめるショコラ。

 そんな彼女に、スノウとディミは真顔になる。

 

 

「いや、そりゃそーでしょ。あれだけやって文句言われてたまるか」

 

『むしろあんなモンスターマシン、他に誰が乗りこなせるんですか?』

 

 

 当たり前の感想であった。

 実際明らかに人類には早すぎるマシンである。ぶっちゃけ大失敗作であった。

 

 しかしショコラ的にはもうちょっと歩み寄った返答が聞けると思っていたらしく、肩をがくりと落とす。

 

 

「そこはもうちょっとこう……光栄だなとかお前もなかなかのものだったとか、別のセリフがあるもんじゃないの?」

 

「光栄だな、キミもなかなかのものだったよ」

 

「そっくりそのままオウムってんじゃねーし!」

 

 

 そう突っ込みながら、ショコラはクスクスと笑う。

 それに合わせるように、スノウとディミも笑い合っていた。

 

 

「ね、スノっち。アンタ、ウチに来るつもりない?」

 

「んー……」

 

「ウチは楽しいよ。まあみんなアホばっかなんだけど、自分のやりたいことに真摯な連中ばっかだし。きっとアンタとウマが合うと思うんだ」

 

 

 ショコラの勧誘に、スノウは頬をぽりぽりと掻いた。合わせて頭の大きなキツネ耳がぴこぴこと揺れる。ディミがその間にちょこんと腰かけて、主人の様子をじっと見降ろした。

 

 やがてスノウが少しためらうように、頭を横に振る。

 

 

「悪いけど……遠慮しておくよ」

 

「どうして? やっぱウチになじめそうにない?」

 

「ううん、ボクはキミたちのこと好きだよ。このクランとは気性が合いそうだ。きっと毎日楽しく遊べるだろうな」

 

 

 でも、とスノウは続ける。

 

 

「かつてボクの居場所だった人たちがここにはいない。だからボクはここに骨を埋めるわけにはいかないんだ」

 

「居場所だった人?」

 

「キミにとっての1号氏やネメシスのことだよ」

 

 

 スノウの言葉に、ショコラはその意味を理解する。

 1号氏やネメシスがいなければ、自分はこのクランにはいなかっただろう。1号氏がいるから、このクランに居場所を定めたのはショコラだけではない。

 ある意味で家族的で、なれなれしいクランの雰囲気は、発起人である1号氏がそうあれかしとクランを作ったからだ。

 

 

「そっか……。もしかしたらスノっちって、傭兵やりながらその人たちを探してるん?」

 

「それもあるかな。1人は見つけたんだけど、あと5人がどこに行ったものやら。どこかにいるはずなんだけど……殺しても死ぬわけないんだ、あいつらが」

 

 

 そう言いながら、スノウはけらけらと笑う。

 

 

「まあ、あとは借金返さないといけないし。あとリアルでの飯の種にもなるからね。一石二鳥のこんなおいしいゲーム、やめられるわけないって」

 

「……」

 

 

 スノウの笑い声を聞いたショコラは、ぎゅっとスノウを抱きしめた。

 

 

「わぷっ!?」

 

 

 豊満なショコラの胸に顔を埋めたスノウが、その柔らかさと温かさに目を白黒させる。キツネ耳もピーンと立っていた。

 自分よりも年下の少女のアバターを胸に抱き寄せ、ショコラがわずかに潤んだ瞳で告げる。

 

 

「頑張ってね。負けないでね。ウチは、スノっちのこと応援してるから。辛くなったら、いつでもここに戻ってきていいんだかんね……!」

 

「あうあうあう」

 

「ううー、アンタにもそんな事情があったんだねえ。負けるな、スノっち……!!」

 

「む、胸……」

 

「胸くらいウチがいくらでも貸したげるよぅ!」

 

 

 スノウの頭の上で、ディミが腹を抱えて笑い転げていた。

 

 そんな3人を、遠くから見つめるのは1号氏とネメシスだ。

 

 

「ははは、私が勧誘しようと思っていたのにショコラに先に言われてしまいましたね。しかも断られてしまうとは」

 

「このまま諦めてよろしいのですか?」

 

 

 ネメシスがそう言うと、1号氏はひょいと肩を竦めた。

 

 

「やむを得ないでしょう。シャイン氏は帰る場所を求めて家路をさまよっているところなのです。そして、その帰る場所とは……【シャングリラ】でしょうね」

 

「……前作の日本最強クランと謳われた、あの……?」

 

「でしょうね。機体名にシャインと付けていて、あの腕前、そして悪辣な戦いぶり。恐らくは【シャングリラ】の第七位。悪名高い“魔王”の寵児と呼ばれたシャイン氏本人です」

 

 

 そう言って、1号氏は眼鏡を外すと懐から取り出した眼鏡拭きで拭った。

 

 

「嬉しいですねぇ。前作からずっとファンでね、一度お目にかかりたいと思っていたんです。周囲の人たちが過保護でなかなか外部と接触させなかったので、叶わなかったのですが……こうして会えて、共闘までできるとは感無量ですよ」

 

 

 そうまで焦がれた相手を見過ごすのかという疑問が顔に出ていたのだろう。ネメシスの表情を見て、1号氏が笑った。

 

 

「仕方ないですよ。【シャングリラ】の7人は文字通り格が違う。シャイン氏ですら、ようやくその7人の末席なのです。ウチには過ぎた人材というほかありません。留めおくことなどできないでしょう」

 

「そうですか……残念ですね」

 

「ええ。残念です」

 

 

 そう言って1号氏はしみじみと頷いた。

 

 

「そしてそれはシャイン氏にとっても。彼女は理解しているのでしょうかね。時の流れはたやすく人を変える。その関係の在り方も。今のシャイン氏が再会した“彼ら”は、不倶戴天(ふぐたいてん)の宿敵ともなりえるということに」

 

「それは……」

 

「だってそうなるでしょう? ……あるいは、シャイン氏にとっても“彼ら”にとっても望むところなのかもしれませんが」

 

 

 1号氏はそう言ってスノウたちを眺める。

 スノウのことをすっかり気に入ったらしいショコラは、べたべたと可愛がっている。料理をよそってあげたり、口元を拭いてだらしないと説教したり、まるでオカンであった。

 そんな妹分と客分の姿に、1号氏とネメシスは柔らかな微笑みを浮かべる。

 

 

「……せめて、このクランがシャイン氏にとって羽を伸ばせる場所になればいいのですが」

 

「ええ。そうですね……」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 スカルからウィドウメイカーの撃破報酬を報告されたヘドバンマニアは、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 未だ市場には出回っていない技術ツリーである。ウィドウメイカーとの決戦に参加したのはスカルとアッシュだけだったので獲得素材が少なく、即時に解放はできないだろうがその価値は計り知れない。

 

 

「よくやってくれた! 大手柄だぞ!」

 

「へへっ。まあ、こんなもんよ」

 

 

 ホクホク顔のヘドバンマニアに、アッシュは誇らしげに胸を張る。

 

 

「早速技術をカイザー様に献上して、お褒めいただかなくては!」

 

 

 ……ヘドバンマニアが、そう言い放つまでは。

 アッシュは「は?」と呟き、ヘドバンへの距離を一歩詰め寄る。

 

 

「おい……なんだそりゃ? 何で指一本動かしてもねえ【トリニティ】に技術をくれてやるってんだ。これはウチの技術だぞ。独占研究して、ウチの強みにするべきだろうが」

 

「お前こそ何を言ってるんだアッシュ。指一本動かしてもいない? 【トリニティ】から無償で技術を提供してもらっておいて、何を言っているんだ。技術を提供してもらったのだから、その恩を返すのが筋というものだろう? まったく、恩知らずなことを言うものじゃないぞ」

 

 

 ヘドバンはきょとんとした顔でアッシュを諭した。

 ……確かに、それはそうだ。

 援助だけしてもらって見返りを渡さないなど、不義理にも程がある。

 それくらいアッシュにもわかる道理だ。

 

 だが……釈然としないものがあった。

 

 

「技術を渡すなら渡すで、枝葉部分だけ渡して根幹は残すとか、そういう駆け引きをすべきじゃねえのか? これまでのアンタならそうしてたはずだぜ」

 

「アッシュ、何を言うんだ。それこそ不義理だぞ。私たちはカイザー様の下部組織なんだ。狩りの成果は余さず報告しなくては。赤心で接してこそ恩恵も期待できるというものじゃないか?」

 

「……すっかり牙を抜かれた飼い犬だな」

 

 

 アッシュはギリッと犬歯を打ち鳴らし、変わり果てたリーダーを見つめた。

 かつてはこうではなかった。

 穏やかだが野心家で、利になることは目ざとく確保し、同胞たちに分け与える。何をするにもそこには自分たちのクランを第一に考える姿勢がうかがえて、だからこそアッシュも彼を兄貴分として尊敬することができた。

 

 今は違う。ヘドバンの“一番”は、カイザーとかいう得体のしれない男になってしまった。

 

 

「何がカイザー“様”だ。俺が戦ったのは、そんな見たこともねえ奴のためじゃねえ。クランのため、お前のためだろうがよ!」

 

「私のためということは、つまりカイザー様のためじゃないか」

 

 

 ヘドバンはそう言って、透き通った笑みを浮かべる。まるで神に仕える敬虔な司祭のような、裏表のない顔つき。

 ……気持ち悪い、とアッシュは反吐が出そうになる。

 

 今のこいつはまったく尊敬などできない。裏表のない人間とは、つまるところ薄っぺらな自我しか持たない人間とどう違う?

 ギラつくような欲望を持ち、それを理性で節するからこそ人間は尊いのではないのか。かつて兄貴分と仰いだ人間は、そんな人物だったはずだ。

 

 

「お前はカイザー様への理解が足りていないな、アッシュ。今度勉強会に顔を出すといい、カイザー様の偉大さを教えてやろう」

 

「そんなペテン師のことなんざ知りたくもねえッ!」

 

「アッシュ、貴様なんと言ったッ!!」

 

 

 吐き捨てるように言ったアッシュの言葉に、ヘドバンの顔が豹変する。

 穏やかなかつての貌の面影もない、怒りに満ちた表情。

 

 ヘドバンがアッシュに飛びかかろうとして、アッシュが身構える。

 そしてその横っ面を、ヘドバンよりも先にスカルが殴りつけた。

 

 もんどりうって吹き飛ばされるアッシュの姿に、ヘドバンが硬直する。

 

 

「アッシュ! このアホがッ! クランリーダーの意思に逆らうとは何事だッ!!」

 

 

 スカルは空洞の眼窩に灯る赤い光を爛々と輝かせ、唾を飛ばさんばかりに叫んだ。

 

 

「もういいッ! リーダーの命令に従わない者などこのクランには不要だッ!! 出ていけ、お前はクビだッ!!」

 

「な……」

 

 

 殴られた頬を押さえ、ぽかんと見上げるアッシュ。

 ヘドバンも先ほどの激昂は忘れたように、スカルに声を掛ける。

 

 

「いや、何もそこまでは……アッシュもカイザー様の偉大さを教えれば、きっと改悛するはず。クビになどしなくても」

 

「いいや。【氷獄狼(フェンリル)】は変わらねばならない。よりカイザー様のお役に立てる忠実な組織へと。そのためには、クランリーダーの命令を聞けない不穏分子は排除せねばならんッ! たとえそれが前作からの仲間であってもだッ! そうでなくてはカイザー様への忠義を貫けぬではないか、ヘドバン!?」

 

「……確かに、それはそうだ」

 

 

 カイザー様への忠義、というスカルの言葉にヘドバンが肯首する。

 スカルはさもありなんというように頷くと、放心するアッシュに言い渡した。

 

 

「副クランリーダーの権限を持って、お前を【氷獄狼】から追放する」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「……すまなかったな」

 

 

 【氷獄狼】のクランハウスから出て、しばらく歩いてからスカルは謝罪した。

 アッシュを見送ると言って、2人で黙々と夜のシティを歩いてからのことである。

 長らくの付き合いであるアッシュでもカイザー様に従わなければ追放されるという衝撃にクランメンバーたちは動揺していたが、スカルとアッシュのつながりの深さを知っている彼らは2人きりにしてくれた。

 

 

「いや……まあ、いいよ。別に痛覚があるわけじゃねえし」

 

 

 青く腫れた頬を押さえながら、アッシュは軽く肩を竦める。

 これが男のアバターでよかった、とスカルは内心思った。『創世(前作)』の可愛らしい金髪ツインテールのエルフ少女の姿のままなら、罪悪感でいたたまれなかったことだろう。

 

 

「それに俺のためにしたことなんだろ。文句なんかねえさ。……せいせいした」

 

 

 そう言って強がるアッシュの顔に、わずかな寂しさが浮かぶのをスカルは見た。せいせいなどするわけがないのだ。共に手を取り合って作り上げてきたクランから追い出されて、胸に去来するのは寂しさと悲しさだけ。

 それを人に見せないのは、アッシュの矜持だ。

 

 

「……大人になったな」

 

「なんだよ、それ」

 

 

 しみじみと言うスカルに、アッシュは苦笑を漏らした。

 

 

「立派になったよ、お前は。もう一人前だ」

 

「あのさ、スカルって俺のこと子供みたいに言うけど、出会ったときにはもう大学生だったからな? とっくに大人だったぞ」

 

「何を言う。大学生なんぞ子供だろうが。社会人になればわかるだろうに」

 

「ま、それは確かにな」

 

 

 頷くアッシュに、スカルは笑う。

 

 

「まあ年上から見れば、年下なんてみんな子供に見えるのさ。何しろ30代になっても、自分自身のことをまだ大人になりきれてないと思うんだから当たり前だな。だけどお前は、その中でもちょっと頭抜けたよ。数か月前まではまだまだ大学生に毛が生えた子供だったのに。……スノウライトのせいかな?」

 

「はー!? なんであのガキが出てくるんだよ!? 関係ねーし!」

 

「ははは。人間は恋を知るたびに少し大人になるのさ」

 

「何言ってんだ、あいつ女だぞ! なんで恋とかって話になんだよ!」

 

「だが今のお前は男だろう」

 

 

 アッシュは顔を赤らめて、がるるっと牙を剥き出す。

 

 

「アバターはな! 俺の中身は女だぞ! 女同士で色恋になるか、アホらしい!」

 

「別に女同士で恋をしちゃいかんわけでもなかろう。とりわけこんな現実と仮想が溶けあってしまったような時代ではな」

 

 

 スカルはカタカタと顎を鳴らして、楽しそうに笑った。

 そんな兄貴分をぐぬぬと睨み付けるアッシュである。昔から、口喧嘩でこの(ひじり)に勝てた覚えがない。

 

 そんなアッシュの頭をぽんぽんと叩いて、スカルは言う。

 

 

「お前はもう一人前だ。だから卒業だよ、アッシュ。もう【氷獄狼】はお前のいるべきクランじゃなくなった。お前のような出来物が、これから生き腐れていくクランなんかにしがみついちゃいけないんだ」

 

 

 スカルの目には【氷獄狼】が【トリニティ】からの資本を注入され、今後どんどん変質していく姿が目に浮かぶようだった。

 これからもどんどんメンバーを募集して、巨大なクランへと成長していくことだろう。技術、兵力ともに秀でた、カイザーの私兵集団として。

 

 だがそこにはかつてヘドバンと共に目指した、プレイヤーが自由に遊びを楽しめる居場所という思想はない。当初の精神は腐り果てるばかりだ。

 そんなところに、ようやく一人前になった妹分をおいてはおけない。

 

 

「でも……まだ元に戻していけるかもしれねえ」

 

 

 未練がましいアッシュの言葉に、スカルは首を横に振る。

 

 

「いいや。残念だが変えられる方が早いだろう。俺はこれから、まだまともな連中を【氷獄狼】から追い出すつもりだ」

 

「スカル……お前は【氷獄狼】を出ないのか? お前が新しいクランを作るって言うのなら、俺は協力するぜ」

 

 

 そう言うアッシュの瞳は不安に揺れていた。

 年の離れた兄の裾を掴む幼子のような目。

 

 おいおい、そんな目をするなよとスカルは思う。一人前だって言ったのが嘘になってしまうだろ。

 

 

「俺は……【氷獄狼】を看取るよ。たとえ死にゆく巨獣であったとしても、誰ひとりとしてその死を看取らないのは悲しいからな」

 

 

 そう言って、スカルはくしゃりとアッシュの髪を撫でる。

 

 

「さあ、行け。お前はもう一人前だ。自分のクランを作るなり、この世界を自由に見聞して回るなり、思うがままに遊べ」

 

「……わかったよ。すぐにどうするかは見つかんねえかもしれねえけど……俺なりにやってみる」

 

「ああ。お前がどこにいても、俺は応援してる。巣立ちのときは来た」

 

「……じゃあな、世話になった!! あばよっ!!」

 

 

 まるで泣き出しそうな表情をこらえて、笑顔で転移するアッシュ。

 

 スカルは自分のアバターの眼窩が空っぽで、本当に良かったと思った。

 折角の妹分の巣立ちを、涙で見送ってたまるかよ。

 

 

 かくて優しい人たちに背を向けて、少年少女は荒野を目指す。



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第75話 瞳の色は闇より深く

今回は悪役サイド。【トリニティ】のカイザー様のお話です。


 これまでさまざまなVRゲームが生み出されてきたが、『七翼のシュバリエ』のロビーほど充実したコミュニケーションエリアはそうあるものではないだろう。

 

 パーツ店からレストランまでさまざまなショップが軒を連ねる電脳街、青々とした山でのハイキングや海水浴を楽しめる自然エリア、多種多様なアトラクションやキャラクターのパレードが行われるテーマパーク。

 そのサービスの質もピンからキリまで用意されており、高級なものになると現実の一流ホテルが出店権を購入してレストランやバーを経営していたりする。

 

 中でも五島クリスタルホテルはサービス開始直後、競合他社のどこよりも早く開店している。ブランドの看板を掲げた高級レストランやバーラウンジのメニューは非常に高品質で、なおかつ豊富なチャンネルを獲得することで決して他の客と鉢合わせることがないという前代未聞の個室制度を導入。

 このサービスが話題を呼んで同業他社もこぞって参画するようになったという、『七翼』におけるサービス業の皮切りにして最大手なのだ。

 

 しかしそれほど有名であるにも関わらず、五島クリスタルホテルにはVIPルームが存在することはあまり知られていない。

 それは数ある企業クランの中でも最大手、押しも押されもせぬ一流企業の幹部のみに解放されている会員制ルーム。クロダテ要塞攻略にあたってペンデュラムがスノウを呼び出した個室よりもさらに上のグレード。

 

 ちょっとしたパーティーが余裕で開けるほど広く、窓の外には電脳街の夜景が展開されている。電脳街は午後9時を回ってもなお眠る様子はなく、煌々とネオンサインが輝くきらびやかな貌を見せていた。

 不夜城という言葉に相応しい景観。その灯のひとつひとつが、まるで欲望にぎらつく人々を誘う誘蛾灯のようにも思える。

 

 そんな場所でひとりの男がホームバーに座り、手酌で酒を注いでは街の灯りをつまみに口に運んでいた。

 

 年齢は50歳半ばほど。髪は短めの銀髪で、髪と同じ色の顎髭を蓄えている。

 皺が目立つようになってくる歳だが、老いをまったく感じさせない。

 それは彼が纏っている硝煙の臭いと危険な凄みのせいだろう。ただそこにいるだけで、恐ろしく存在感を感じる人物だった。

 頬には深い傷が刻まれており、歴戦の古強者という印象を受ける。

 

 彼が広大なVIPルームを独りで占拠していたところに、無遠慮に自動ドアがスライドして1人の少年が入ってくる。

 

 

「あー疲れた……。まったく、僕が指示してやらなければロクに仕事もできない大人ばかりで嫌になりますね」

 

「坊ちゃん、お疲れ様です」

 

 

 入ってきた少年に向かって、初老の男が目礼する。

 坊ちゃんと口にしながらも席を立ってかしこまるでもなく、ただ席に座ったままちらりと少年の姿を見返して声を掛けるだけだった。

 他の大人ならば、決して彼に向かってとらないような態度である。

 

 何しろこの少年こそが“カイザー”。【トリニティ】の次期クランリーダー争い最有力候補と目されている、カリスマの権化なのだから。

 五島重工本社の重役ですら、彼の前ではペコペコと頭を下げる。いや、高校時代の教師ですらへつらっていたほどだ。誰も彼の前で不遜な態度など取らない。

 

 そんな彼が、初老の男の態度に腹を立てるでもなく嬉しそうに駆け寄ってくる。まるで無邪気に父親にかまってもらいたがる子供のような態度で。

 

 

「オクト! 聞いたよ、【氷獄狼(フェンリル)】の戦績。ウィドウメイカーを倒して技術を手に入れられたんだってね?」

 

「ええ。【騎士猿(ナイトオブエイプ)】の横殴りという形にしろ、技術ツリーの解放権は得られたようです。奴らはなかなかうまいこと立ち回ってくれたようだ」

 

「だよね? やっぱり僕が見込んだだけあるよ。彼らならいい猟犬になってくれると思ったんだよね」

 

 

 ペットショップで売っていた犬がよい猟犬になると見込んだ、とでも言わんばかりの言い草である。

 褒めて褒めて、と言外に主張するような態度のカイザーに目を細め、オクトと呼ばれた男が息子に接するようにその頭を撫でた。

 

 艶のある髪を撫でられて、嬉しそうに笑顔を浮かべるカイザー。その表情を見れば、誰もが目を疑うことだろう。とても19歳にしてカリスマの権化と呼ばれるような、不遜な天才少年のものではない。

 

 

「確かによい猟犬だ。ウィドウメイカーは我々が先に定員内撃破を達成しているが……今後の活躍にも期待が持てる。腕がいい者は【トリニティ】に引き込んでもよいかもしれませんな」

 

「【トリニティ】はそろそろあちこちから人員を引っ張りすぎだって、姉さんが苛立ってるからちょっとまずいかな。引っ張るなら【ナンバーズ】でいいよ、どっちにしろ僕の手駒という点では変わらないんだから」

 

 

 けろりとした顔で、カイザーは最強の呼び名も高い傭兵クラン【ナンバーズ】の名を呼ぶ。

 目の前にいる初老の男・オクトこそ、【ナンバーズ】のクランリーダー。

 そしてカイザーの懐刀であり、最大の盟友でもある男である。

 

 いや、正確に言えばカイザーにとって盟友と呼べる男などオクトだけだ。

 他のすべての有象無象など、カイザーにとって利用するだけの存在にすぎないのだから。

 そしてカイザーは【ナンバーズ】を自分の手駒だと認識している。実際これまでずっと、【ナンバーズ】はさまざまな形でカイザーが台頭するために貢献してきてくれた。【トリニティ】に雇われてエリアを争奪するという意味でも、現実の邪魔者を事故に見せかけて消すという形でも。

 

 【ナンバーズ】の現実での姿は民間軍事会社(PMC)

 電脳(サイバー)戦のスペシャリストばかりを集め、第七世代通信網(エーテルネットワーク)で繰り広げられる経済戦争に参画した新時代の軍人たち。

 

 

「どうでしょうな。ウチは特に審査が厳しいですよ。どこにも拾ってもらえなかったようなチンピラ崩れは採用に値しないでしょう。もっとも上澄みはそうでもないようですが……」

 

「ふーん。まあ、それならそれで今のまま飼い犬としてうまく使っていけばいいか。ウィドウメイカーを倒して得られた技術もそっくりそのまま渡してくれる忠犬っぷりだし、雑用や捨て石に使えそうだ」

 

 

 オクトの隣のストールに腰かけたカイザーは、長い脚を組んで「オレンジジュースがいいな」と命令する。

 オクトは無言でグラスを手に取り、氷を入れてからジュースを注いで、念入りにステアしてからストローを刺してカイザーの前に差し出した。

 礼のひとつも言わずにそれを受け取ったカイザーが、ちゅーっと水位を減らしながら「あっそうだ」と口にする。

 

 

「どうせなら【騎士猿】の方も手駒にしちゃえばよくない? ウィドウメイカーを倒したのって、ほとんど【騎士猿】の方の手柄なんでしょ? 【氷獄狼】も【騎士猿】も手駒にしちゃえばいいじゃん」

 

 

 無邪気にサラサラとした金髪を揺らして笑うカイザーに、オクトは渋面を作る。

 

 

「どうでしょうな。私が使える“種”の数にも限界があります」

 

「でも【氷獄狼】だってクランリーダーの……ヘドなんとか? そいつ1人に種を蒔くだけで、どんどん僕を崇めるシンパが増えてるんでしょ? 【騎士猿】もリーダー1人にそうすればいいじゃん。ゴリラ初号だっけ?」

 

「チンパンジー1号ですな。あれは難しいですよ。ああいう外面は激昂しやすくとも内面は冷静なパーソナリティは、同調させづらいのです。【氷獄狼】のヘドバンマニアは真逆の傾向でしたからな。ああいうのがやりやすいのですよ」

 

「ふーん、そうなんだ。意外と不便なんだね」

 

「でなければ、さすがに強力すぎますよ。いや、それを置いても“七罪冠位”の中でも非常に強力な能力というのは自覚しておりますが。それに、あいつは……」

 

「あいつは?」

 

 

 カイザーにオウム返しされたオクトは、いやと首を振った。

 

 

「何でもありません」

 

「えー、嘘つかないでよー。絶対何かあるやつじゃん」

 

 

 駄々っ子のように口を尖らせてツンツンとオクトの脇を突っつくカイザーに、オクトが苦笑を浮かべる。

 

 

「いや、“敵”の釣り餌かもしれないと思いましてな。チンパンジー1号がかつて所属していた研究室の上司だったのですよ、私の“敵”は」

 

「ふーん。そういえばオクトも倒さなきゃいけない“敵”がいると言ってたね」

 

「ええ、それはもう」

 

 

 オクトはにっこりと微笑む。隠し切れない憤怒の相を瞳の奥に浮かべて。

 

 

「私のあらゆるものに代えて、復讐せねばならぬのですよ。命も、魂も、正義も道徳も、あらゆる美徳のすべてをなげうってでも」

 

「ふうん」

 

 

 興味なさそうな顔で、グラスの中の氷をかき混ぜるカイザー。

 他人の事情に関して一切関心を示さない、自己中心の権化のごとき精神性。天才というのはどこかパーソナリティに問題を抱えているものなのだろうか。

 

 そんなカイザーの様子に目を細め、オクトは苦笑を浮かべる。

 仕方のない息子だというような、優しさの浮かぶ瞳。

 

 

「話を戻しますが……“種”を感染させるのは確実性も低い。【氷獄狼】も一番欲しかったパイロットを感染させる前に取り逃してしまいましてね。アッシュとか言いましたか。あのパイロットは【ナンバーズ】にほしかったのですが」

 

「やっぱり欲しいパイロットは直接スカウトしないとダメってわけか。オクトが欲しがるようなパイロットなら、僕の直属に欲しいなー」

 

 

 先ほど姉にやりすぎだと怒られた、と言ったばかりなのにカイザーはそんなことを口にする。姉である天翔院天音のことを見下している彼にとって、彼女の苦言など一顧するに値しないものなのだろう。

 

 かつてはそうではなかった。

 幼い頃から巨大な才能の片鱗を見せていた天音は、天翔院牙論にとって空に君臨する太陽のごとき偉大な存在で、歯向かうことなど考えもできなかった。

 

 しかし今や立場は逆転した。どんな相手でも魅了して言いなりにできる力を手にした牙論……いや、カイザーにとって天音など恐るるに足りない。

 天音自身は何故か魅了できないと聞いたときは残念だったが、代わりに天音の部下の優秀なパイロットたちは根こそぎ引っこ抜けた。天音の優秀性は指導者としての天分にあるのであって、配下のいない天音などまったく怖くない。

 

 最近は天音が傭兵を雇ったり、メイド隊を使いこなすようになって少し盛り返しているようだが、手足をもがれた姉に何ができるものかと思っている。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 カイザーは長い脚をぶらぶらさせながら、思い付きを口にする。

 

 

「姉さんが贔屓(ひいき)にしてる傭兵を取り込めばいいじゃん。スノウ……だっけ? シャインだっけ? なんかそんな名前で呼ばれてる子がいるよね」

 

「シャイン……ですか」

 

 

 その言葉を聞いたオクトが眉間に皺を寄せた。

 

 

「懐かしい名です」

 

「へえー、前作でのオクトの関係者なのかい?」

 

「そうですな。とても手のかかった子でしたよ。何しろズブの素人だったもので、非常に弱くてね。みんなして手取り足取り教えたものです」

 

「ふーん」

 

 

 カイザーは小首を傾げると、へらっと笑った。

 

 

「オクトがそう言うような雑魚なら、別にいらないかな?」

 

 

 その瞬間、オクトがぎろりとカイザーを睨み付けた。

 それまでの手のかかるワガママな子を見る親のような目つきとは違う色。穏やかな表層とは真逆の、常に燃え盛り続ける魂からあふれ出たような怒りの色。

 純粋な殺意と呼んでもいい気配を垣間見たカイザーが、咄嗟に逃げようとしてストールをガタつかせる。

 

 カイザーの様子に自分の中の憤怒の相を抑えきれなかったことに気付いたオクトが、深々と頭を下げる。

 

 

「失礼しました。どうも前作のことになると、感情を抑えきれず」

 

「う、うん……」

 

 

 涙目になるカイザーの頭を、バツが悪そうによしよしと労わるように撫でるオクト。先ほどとは打って変わって穏やかなその様子に、カイザーがほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「シャインは覚えが悪い生徒でしたが、それでも何とかかんとか腕は上がりましてね。最後の方は“盗賊王”とか“トラップマスター”とか“魔王の寵児”と呼ばれて、名も売れたものです」

 

「ふーん。それで今作でも有名人ってわけか」

 

「さて……それはどうでしょうな。前作の時点で、シャインの名を騙る者は結構な数いました。有名税というやつですな。まあ全部この手で潰しましたがね」

 

 

 オクトは(はら)の底から煮え滾るような凄みが混じった笑顔を浮かべた。

 

 

「シャインの名を騙る者は決して許しません。私の弟子の名は安くない」

 

 

 そう言って、インターフェイスに浮かぶ“スノウライト”のパーソナルデータを睨み付けるオクト。彼の手はぶるぶると隠し切れない怒りに震えていた。

 

 

「見極めなくてはならない。スノウライトが本物の“シャイン”なのかを……」

 

「…………」

 

 

 カイザーはそんなオクトの顔をじっと見つめていた。

 そして、確かめるように囁く。

 

 

「ねえオクト。あなたは……僕の“パパ”ですよね」

 

「……ええ、もちろん」

 

 

 カイザーの言葉に、オクトは頷き返す。

 2年前、彼の元を訪れたときとまったく同じ口調で言った。

 

 

「貴方が望むのなら、この時代の覇者にして差し上げましょう。ありとあらゆる有能な配下を御前に跪かせ、世界に覇を唱える皇帝となさしめましょう。そして私は貴方の玉座を支える礎として陰に日向に仕えましょう」

 

「そうか……ならいいんだ」

 

 

 安堵したように微笑むカイザーに、オクトは頭を下げる。

 

 

「ぬかりはございません。アメリカやイギリスなど西欧諸国との連携も取れております。貴方が日本サーバーを制覇して文字通りの日本経済界の覇王となられた暁には、五島は世界に名だたる財閥として認められることでしょう」

 

「うん……うん。そうなったら、お祖父様も親父も鼻をあかせてやれる。僕こそが天翔院家の跡継ぎに相応しいと認めさせてやるんだ」

 

 

「はい。私も“父”として、その背中を見るのを楽しみにしています」

 

 

 夢見るように呟くカイザーに、オクトは恭しく頷く。

 決してその瞳の色を、カイザーに見せることがないように。



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第76話 幼女をダメにするキツネ耳もふもふクッション

「……というわけでね、初めての定員内レイドボス撃破をやってきたってわけ」

 

「ほー」

 

 

 バーニーが経営するパーツ店“因幡の白兎(ラッキーラビット)”の内部。いつも薄暗く、レトロなテイストのランプが闇を照らす店内で、スノウはバーニーに今回の活躍を語って聞かせていた。

 

 キツネ耳をピコピコ跳ねさせ、膝の上に乗せたバーニーの髪型をいじりながら。

 

 スノウが悪戯心を起こしてキツネ耳を付けたまま店を訪れたところ、迎えたバーニーがソファーからずり落ちんばかりにして驚愕して、その耳はどうしたのかと尋ねてきたのである。

 人からもらったと答えたら「畜生……! シャインにキツネ耳だと……!? わかってる……わかってるじゃねえか。何でオレはこんな簡単なことに……ッ!! 許せねえ! オレより先にシャインにこんな似合うパーツを……ッ!!」と悶え苦しんだので、ついでにどういう経緯で手に入れたのか自慢したのだ。

 バーニーちゃんは今日も絶好調で気が狂っていた。

 

 そんな苦しむ幼女姿のバーニーがスノウには何だかとても愛おしく思えてきて、気が付けばバーニーを膝の上に乗せて頭を撫でていたのである。

 それでバーニーが嫌がるかといえばまったくそんなことはなく、むしろ全身全霊で脱力してもたれかかってきたので、調子に乗ったスノウはバーニーに髪型をいじらせてくれと頼んでみた。せっかくバーニーが少女の姿になっているので、一度でいいから他人の髪をいじりたかった欲を叶えた次第である。

 

 そんなわけでスノウがバーニーをお膝の上に抱っこして髪型をいじりながら、武勇伝を語るという構図が完成したのだった。

 

 小さな女の子が苦しんでいるのを保護したくなるのは完全に母性本能だし、他の女の子の髪型をいじりたがるあたり、だいぶアバターから少女的な価値観へと侵食されていやがる。

 そしてそれをバーニーが指摘するかというと、むしろ全力で乗っかった。今にも「おねーちゃん!」と甘えんばかりである。いや、口に出さないだけで完全に甘えまくっていた。今でもスノウに見えないのをいいことににへーと口元ににやけさせている。

 

 

 そしてその一部始終をディミは見ていた。

 コーヒーテーブルの上に座ってぼりぼりとクッキーを貪り続けながら、感情の色を失った眼で地獄のようとも天国のようとも形容しがたい光景を眺めている。

 

 

『これが人間の業かぁ……』

 

 

 大多数の人間が聞いたらガン否定するような価値観を、経験を通して学ぶAIの明日はどこに向いているのか。

 

 

「しかし上位レイドボスを定員内クリアね。なかなかやるじゃねえか」

 

 

 スノウに髪型をいじられつつ、上機嫌そうにバーニーがそんなことを言う。

 

 

「ふふん。あれで上位なんて笑っちゃうね。初見で倒しきれちゃうなんて、上位の名が泣くよ」

 

『いやいや……それは調子に乗りすぎじゃないですか? そもそも【騎士猿(ナイトオブエイプ)】のみなさんが何度も何度も死に覚えて攻略法を見出して、ストライカーフレームまでお膳立てしたからの勝利じゃないですか。騎士様はむしろ最後に乗っかっただけでは?』

 

 

 バーニーに褒められて調子に乗るスノウに、ディミが鋭く突っ込む。

 スノウはキツネ耳をしゅんと伏せながら、まあねと頷いた。

 

 

「確かに【騎士猿】が覚醒モード前の情報を集めきってくれてたから、というのはあるけど。でもさー、ボクのおかげで押し切れたって1号氏も言ってたしー」

 

 

 スノウはディミの指摘に頷きながらも、ちょっと不満そうに反論する。

 ディミの言うことはいつも割と素直に聞き入れるスノウがこんな風に駄々をこねるのは、他ならないバーニーが聞いているからだ。スノウにとってはバーニーは親友であり、自分をゲームの世界に誘ってくれた恩人であり、そして様々な技を教えてくれた師匠でもある。

 バーニーの前ではカッコつけたいのだ。

 

 それを察して、バーニーはクスクスと笑う。

 

 

「ああ、そうだな。オマエは頑張ったよ。話を聞いた限りじゃ、そのストライカーフレームは“アンチグラビティ”の重力制御がなけりゃ動かせないようなマシンだったみたいだし、F・C・Sもオマエのセンスに頼った代物だった感じだからな。それでレイドボス撃破の最後のひと押しになったんだから、オマエの手柄はデカいだろ」

 

 

 バーニーがそう言うと、スノウはぱあっと顔を輝かせた。

 

 

「だよね!」

 

「おう、えらいえらい」

 

 

 満面の笑顔になったスノウが、ピコピコと嬉しそうにキツネ耳を跳ねさせる。バーニーはそんなスノウの頭に手を伸ばし、キツネ耳の間の部分を小さなおててで撫でてやった。

 もちろん顔はしまりなくだらけ、今にも鼻血を垂らさんばかりであった。

 自アバターにウサミミモチーフのメカニック帽を被らせるバーニーである。その手の趣味は過剰なまでに持ち合わせていた。ケモミミ美少女パイロットの膝と腕に抱かれて、キツネ耳を眺めながら頭を撫でさせてくれるとかこんな幸せがあっていいのか……!? ここが……真の楽園(シャングリラ)だと……!?

 

 

『こんなん顔面草まみれや』

 

 

 ディミがぼそりと最近匿名掲示板で覚えてきたミームを呟く。

 それを聞いたバーニーが、口元から垂れた涎を拭って若干顔を引き締める。

 

 

「いや、しかしディミの言う通りだ。あれが上位と思って調子に乗るのは早いな。上位レイドボスが定員内で倒されて技術が出回る……となればアプデが近い」

 

「アプデ? 何が起きるの?」

 

「新ボスの追加だ。それは取りも直さず、新技術が解放されるということでもある。新たな兵器、新たなパーツ、そして新たなタイプ。戦場は常に変化していく」

 

 

 そう言って腕を組むバーニーは、難しい顔でスノウの顔を見上げた。

 

 

「ウィドウメイカーが上位レイドボスでいられるのも今だけさ。新たな技術が出回れば出回るほど、プレイヤーは強くなる。そしてそれを凌駕する、より手ごわいボスが追加される。『七翼』はプレイヤーの間に技術が伝播した度合いに応じて、次の強敵が出現するレベルデザインになってる。例外的に最強たる七罪冠位だけは最初から解放されてるけどな」

 

「へえー……まだまだ楽しませてくれるってわけか。ちなみに、ボクたちは今どの段階にいるの?」

 

 

 スノウが訊くと、バーニーは顎をさすってそうだなあと呟く。

 そしてパーツ店の面積のほぼすべてを使ってうず高く積み上げられた、コンテナの山を指さした。

 数十メートルどころの騒ぎではない、数百メートルもの高さまで整然と積まれた山はまるでバベルの塔。実際視認できるのがそこまでというだけで、どこまで積み上げられているのか見当もつかない。それこそシュバリエに乗って上昇しなくてはわからないだろう。

 

 

「日本サーバーの全クランを合わせて、解放しているのはあそこまでだな」

 

 

 バーニーはそんなコンテナの山の裾、ほんの10メートル。ハンガーに収まったシャインと同じくらいの高さを指さした。

 

 リリースから1年を通してプレイヤーたちは死に物狂いで戦い、その果てに様々な技術を開発し、パーツや武器を手に入れてきた。数百万人とも言われるプレイ人口が総力を挙げて掴んだ成果である。それが小さいとは口が裂けても言えない。

 しかし運営が用意している全体像と比べれば、あまりにも少ないと言わざるを得なかった。

 

 

「……随分と先までコンテンツが用意されているんだね」

 

 

 単純計算で、運営は現在解放されているものの数十倍のパーツを既に用意しているということになる。恐らくはレイドボスも、それに応じた数が存在するのだろう。それがはたして何体いるのか想像もつかない。

 ましてや、ウィドウメイカーですら全力を使い果たしてようやく勝利できるというのに、それを凌駕するレイドボスとはどれほどのものなのか。

 

 そんな思いを乗せたスノウの言葉に、まあなとバーニーは軽く笑う。

 

 

GM(ゲームマスター)的にはこれくらいの量のコンテンツをリリース前から用意しておかないと、あっという間にプレイヤーに攻略し尽くされると考えていたのさ。しかし蓋を開けてみたら思ったよりも手こずってて拍子抜け……ってとこだな」

 

「随分と過大評価されてたんだね?」

 

「そりゃな。【シャングリラ】が標準的なプレイヤーだと思ってレベルデザインすりゃそうもなるさ」

 

 

 そう言って、バーニーは虚空を見つめながらククッと笑う。

 

 

「オレやコイツみたいな化け物がそこら中にいてたまるかよ。だからGMは積極的に争わせてプレイヤーの全体レベルを引き上げようとしてるわけだが……。そんなもん互いに足を引っ張り合って逆効果に決まってんだろ。上辺だけで人を理解したつもりになるからそんなことになるのさ、バカめ」

 

 

 まるでスノウ以外の人物に語り掛けるような、嘲笑を含んだ言葉。

 スノウはそんなバーニーの頭を、よしよしと撫でてやる。

 

 

「あ、でもアッシュはすごくいい感じになってきたんだよ」

 

 

 思い出したように言ったスノウの言葉に、バーニーは「あ?」と眉を上げる。

 

 

「誰だ、それ?」

 

「さっき言った、最終局面で共闘したパイロット。あのねー、最初はそれほどでもなくてただの武器をくれるボーナスキャラみたいに思ってたんだけど、何度も戦ってるうちに覚醒してかなりイイ線になってきたんだよ」

 

「男か?」

 

「? うん、そうだよ」

 

「詳しく聞かせろ」

 

 

 スノウがアッシュとのこれまでの関係を洗いざらい説明すると、バーニーは叫んだ。

 

 

「ファーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!」

 

 

 おやおや、また倫理規定を貫通してますよ。汚い言葉遣いですねバーニーちゃん。

 

 

「オレがそばにいないのをいいことに、シャインにしつこく付きまとって、挙句にライバルとして認められるだと!? 汚いストーカーめ! 許せんッッ!!」

 

「ストーカー? ……まあ、確かにそんな感じかも……」

 

 

 バーニーの絶叫に、そういえばそうかもと頷くスノウ。

 これには腹を抱えてディミちゃん大爆笑。

 

 

「そんなストーカーと関わっちゃいけません! めっ!!」

 

「えー、でも役に立つんだよ? 共闘相手としても腕を磨く相手としても。武器もプレゼントしてくれるし、いい奴だよ」

 

「クソッ……なんてこった! 豪華なデートプランを用意する伊達男に加えて、ストーカーのプレゼントにまで心を揺さぶられて……!! 純真なシャインの心を弄ぶなんて、許せないッッ!!」

 

『単に騎士様が尻軽なのでは……?』

 

「やめろぉ! シャインを悪く言うな、いくら相棒と言えどその先は許さねえぞ!?」

 

 

 恐る恐る口を出してしまうディミの指摘に、さらに発狂するバーニー。

 でもお前も高校時代に虎太郎を家に呼んで、豊富な財力で集めたコレクションで遊ばせて自慢してたことを棚に上げてるよな。

 

 なんでバーニーが発狂してるのか理解してないスノウ(原因)は、突然膝の上でのたうち回り始めたバーニーに戸惑いながらも、よしよしと頭を撫でた。

 

 

「あ、でもね。プレゼントをくれる以外にも遊び相手としてすごく楽しいんだよ?」

 

「神は死んだ!!!」

 

 

 スノウの無邪気な追撃に、さらにダメージを受けるバーニーである。

 どうでもいいけどアッシュさんはプレゼントだと思ってないと思うよ。

 

 スノウははぁ、と息を吐いて頭を振る。

 

 

「でもまあ確かに……ボクについてこれてるプレイヤーがアッシュだけってのは寂しいかなあ。みんなもうちょっと強ければいいんだけど」

 

「お……おう」

 

 

 瀕死のダメージを受けてピクピク痙攣していたバーニーが、必死に我を取り戻しながら頷く。

 

 

「まあ【シャングリラ】にいた連中はどいつもこいつも人外だったからな。技量的にも素質的にも、人格的にも倫理的にも、あらゆる意味で。トップ層の7人と一般プレイヤーを比べるのは酷ってもんだ」

 

「でもボクだって最初は弱かったよ?」

 

「ああ、まだ良識を捨ててなかった頃はな……」

 

 

 バーニーの言葉に、ディミは目を剥いた。

 

 

『ええっ!? 騎士様が良識的(マトモ)な人間だった時期なんて存在したんですか!?』

 

「えっどういう意味?」

 

「そりゃあったぞ」

 

 

 訊き返すスノウをスルーして、バーニーが頷く。

 

 

「最初はこいつ、すっごい良い子ちゃんだったからな。それこそリアルと同じくらいゲームでも礼儀正しくてな。すぐ騙されてたし、煽られて泣きべそかいてたし、ほとんど負けてた。まあ見かねた師匠どもが寄ってたかってレッスンした結果、煽りの天才みたいなプレイヤーが誕生したわけだが」

 

『なんてことを……』

 

 

 戦慄するディミをよそに、バーニーはワハハと笑う。

 

 

「いやー、元が素直な良い子だった分【シャングリラ】に染まるの早くてなー」

 

「ボクが染められたみたいに言わないでくれる? みんなに追いつこうと思って、教えられることを必死に吸収したんだからね!」

 

「おっそうだな」

 

 

 単に主観の違いじゃねえの、という言葉を飲み込んでバーニーが頷く。

 

 

『というか……師匠なんていたんですね?』

 

「そりゃいるさ。いなけりゃいくら素質があっても、15歳までゲームをしたこともなかったような人間がたった1年で日本トッププレイヤーの一翼にまで育たねえだろ」

 

『……は? 15歳までゲームをしたことが……ない? 一切?』

 

「ないよ」

 

 

 ぽかんとするディミの言葉を、スノウが何でもないように肯定する。

 ディミは震える声で呟いた。

 

 

『おおスノウよ、しんでしまうとはなさけない』

 

「? この前自爆したことを言ってるの?」

 

『興味ないね』

 

「えっ、自分から振っておいてその反応は何?」

 

『ピカー! ピッカピカー!』

 

「……!? どうしよう、バーニー! ディミがバグった!!」

 

「あー大丈夫大丈夫」

 

 

 取り乱すスノウの頭を、よしよしとバーニーが撫でる。

 ディミは頭を抱えて叫んだ。

 

 

『マジだ! この人、ゲーム的なセリフに一切反応しない!』

 

「な? こいつ前作と『七翼』しか遊んだことねーんだよ」

 

 

 あっけらかんと笑うバーニーに、ディミは震えた。

 

 

『信じられない、レトロゲーばかりとはいえゲーマーの基礎知識ですよ? まさかこのご時世にこんなプレイヤーがいて、しかもあの強さなんて……。よほど師匠がよかったんでしょうね』

 

「まあな。そりゃ【シャングリラ】のトップ層が総出で教えたもんよ。一切後輩の育成に興味ないようなのもいたけど、まあ連中の大体の技術は身に付いてるさ。とはいえ、その中でも一番の師匠といえばtakoだな」

 

『tako?』

 

 

 訊き返すディミを置いて、スノウは頷いた。

 

 

「ああ、まあtako姉はね。本当に熱心に教えてくれたから」

 

「だよな。【シャングリラ】の連中にはどいつにもすげえ親身だったけど、中でもオマエに対しては群を抜いてたわ。やっぱ素直だし、教え甲斐もあったんだろ」

 

「でもtako姉はバーニーにも優しかったでしょ?」

 

「優しいというか……あれは……」

 

 

 バーニーは口ごもると、ぎこちなく笑った。

 

 

「ははは……まあ、そうだな」

 

『えっと、どういう人だったんです?』

 

 

 ディミの疑問に、まるで助け船に飛びつくようにバーニーが答える。

 

 

「ああ、副クランリーダーだよ。たまり場だったネットカフェのオーナーでもあってな。自分のカフェに人が集まってくるのをいつも幸せそうにニコニコ眺めながら見てる人だった。後進の育成にも熱心で、シャインをゲーム外でも中でもつきっきりで指導してたよ」

 

「すごく優しい人だったんだよ!」

 

『へえー……。素敵な人ですね』

 

 

 ディミの言葉に、スノウはキツネ耳を嬉しそうにピコつかせる。

 

 

「そうそう! 女神みたいな」

 

「魔王だよ」

 

『魔王!?』

 

 

 真顔で言い放たれるバーニーの言葉にディミは目を剥き、スノウは不満そうに口を尖らせた。

 

 

「それは【魔王】の称号を持ってただけでしょ。それだけ強かったってことだよ」

 

「まあ確かにそうだが。それだけで誰からも『魔王』と恐れられたりはしねえと思うんだよな……」

 

『本当にどういう人だったんです……?』

 

 

 恐る恐る訊くディミに、バーニーは頭を掻く。その寸前でスノウが髪を結ってくれたことに気付いてその手を引っ込め、苦笑を浮かべた。

 

 

「オレらがやってた“戦争モード”で一番プレイヤー殺害数が多かったヤツは、【魔王】って称号のホルダーになれたんだよ。tako姉はその最長タイトルホルダーだ。【シャングリラ】が結成されてすぐに【魔王】を奪取して以来、クラン解散まで手放したことがねえ。【シャングリラ】が解散してからすぐにゲームもテスト終了したから、【魔王】っていえばtako姉のことなんだな」

 

『つまり……その方は、全プレイヤーの中で一番多く他プレイヤーを殺戮し続けた人だということですか』

 

「まあそういうことだ。体が2つあるようなもんだったし、そりゃ効率的だわな」

 

「うんうん! 【二重影(デュアルシャドウ)】を使いこなせたプレイヤーなんて、後にも先にもtako姉だけだしね。本当にすごいプレイヤーなんだよ」

 

 

 嬉しそうに頷くスノウは当時のことを思い出して、はあ……と夢見るように手を胸の前で合わせた。

 まるで憧れの聖騎士様の華麗な戦いぶりを想う姫君のような顔と仕草だが、思い浮かべているのは魔王の凄惨な虐殺ぶりであった。

 

 

「はあ……またtako姉と会いたいな。バーニーもそう思うでしょ?」

 

「いや。オレは、そうでもないな……」

 

 

 同意を求められたバーニーが、表情を消して顔を俯かせる。

 

 

「どうして? tako姉はバーニーにも良くしてくれたじゃない。あれこれと親切にしてくれたよね」

 

「それをお節介と感じるヤツもいるんだよ。それに」

 

 

 バーニーは重いため息を吐きながら、言いきかせるように呟いた。

 

 

「人は変わる。2年もあれば十分だ。本当に十分なんだよ、シャイン」

 

「それでも、仲間だった過去は変わらないでしょ?」

 

 

 スノウは小首を傾げる。

 

 

「どうしたの、バーニー? tako姉とケンカでもしたの?」

 

「……いや。そういうわけじゃない。オレが一方的に遠ざけてるだけだ」

 

「そっか、じゃあよかった。ケンカする2人なんて見たくないもん」

 

 

 スノウはほっと安堵して笑顔を見せた。

 

 

「ボクはまた【シャングリラ】のみんなと集まって、一緒に遊びたいな」

 

 

 笑顔のスノウを見て、バーニーは口をつぐむ。

 あまりにも眩しすぎる、無邪気な笑顔でスノウはバーニーの顔を覗き込む。

 

 

「そのときはバーニーも一緒だよ。いいよね?」

 

「……そうだな。もしもtako姉とお前が一緒に戦うことがあれば。そのときはオレも加わってやるよ」

 

「えへへ、やった! 約束だよ?」

 

 

 弱弱しいバーニーの言葉に、飛び上がるように喜ぶスノウ。

 その光景に違和感を感じながらも、ディミはあえて何も言わなかった。

 

 バーニーにはきっとスノウに聞かせたくない事情がある。そして勘のいいスノウがそれに気づいていないわけがない。

 だからこそスノウはアバターの制御を手放し、その本来の性質のままに無邪気に振る舞っている。

 それをディミがとやかく言うことではないだろう。

 

 ウキウキと嬉しそうなスノウは、ふと顔を曇らせた。

 

 

「それにしても……tako姉と遊ぶには、やっぱみんなちょっと弱すぎる気がするな。これからもっと強いレイドボスが出てくるのなら、なおのことみんなの腕前の底上げが必要じゃないかなあ」

 

「それは……まあな。プレイヤーの数も前作とは比べ物にならん。全体の母数が増えた分、上手いやつも多いが、裏を返せば弱い奴も増えるってことだ。なんかいい手段があればいいんだけどな」

 

『そうですねえ。運営サイド的にも、全体の底上げがされるのは喜ばしいことです』

 

 

 スノウの思いつきに、バーニーとディミも首を傾げる。

 そしてバーニーは、思いついたように言った。

 

 

「いっそオマエがみんなに技術のお披露目でもしたらどうだ? 【シャングリラ】仕込みの技術を教えますーとかさ」

 

 

 半笑いで言ったその言葉に、スノウは飛びついた。

 

 

「それだ!」

 

「『は?』」

 

 

 きょとんとするバーニーとディミに、スノウは胸を反らした。

 

 

「ボク、動画配信者になる!!」



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第77話 頭にメイド妖精乗せたクッソあざといケモミミ配信者

 『七翼のシュバリエ』には動画配信機能が存在する。

 

 これは自分が撮影した映像をそのままライブで流すこともできれば、録画した映像を編集して配信することも可能である。しかも動画編集アプリまでゲーム内に標準で実装されているというサービスの良さだ。誰だってその気になれば即日で動画配信者デビューできる環境が整っている。

 

 そして数百万人もプレイヤーがいるのだから動画投稿をやってみようという者は多く、毎日無数の動画がアップロードされている。

 そういった動画のなかでもよく視聴されるものはスタープレイヤーや有名実況者の実況プレイだ。他では真似できないような華麗なテクニックや、見る人を楽しませるようなしゃべりができる者が人気を博していた。

 

 とはいえ以前にも述べたとおり、攻略情報はこの界隈ではあまり衆目に晒されない傾向にある。それは動画でも同じで、攻略テクニックやレイドボスの情報が動画として配信されることはめったにない。

 倒し方が一般に広まったレイドボスのRTAなどはよく配信されているが、中堅どころ以上のレイドボスについてはさっぱりだった。運営の想定よりも攻略が進んでいないのはこういった秘匿傾向にも原因があるのだろう。

 

 さて、そんな有名プレイヤーや人気実況者がひしめく、生き馬の目を抜く動画界隈に今ひとりのプレイヤーが足を踏み入れようとしていた。

 

 

「こ、こんにちわー。スノウでー……す」

 

『はいカットォ!!』

 

 

 仮想の視聴者に向かってぎこちなく笑うスノウに、カメラを手にしたディミが容赦なくカットを入れた。

 メイド服の上から黄色いトレーナーを腰に巻いた、業界人風スタイルのディミちゃんである。いや業界人ってそんなんだっけ?

 

 ディミはメガホンを振り、全然なっちゃいないという風に顔をしかめた。

 

 

『スノウちゃんさぁ。これリハだよ? そんなガチガチに緊張した笑顔じゃ見てる方も辛いっていうかさぁ。こんなんで数字獲れると思ってる? 甘いよそんなんじゃ』

 

「いや、ボクは別に数字とかそういうのは……ただみんなに攻略テクニックを教えようと」

 

『数字が獲れない動画なんて存在しねえのと変わんねえんだよォッ!!!』

 

「えぇ……」

 

 

 ディミPの危険な叫びに、ドン引きするスノウである。

 地の文的には決してそんなことはないと思います、はい。

 

 

「というかディミ、キャラが違わない?」

 

『そういう騎士様のキャラこそ、いつもと全然違うんだよなあ……』

 

 

 ディミはとんとんとメガホンで肩を叩いて頭を振る。

 

 

『なんです? そのいかにもカメラ慣れしてない気弱な顔は。素人モノか!』

 

「素人……?」

 

『チッ、ネンネめ! 清純派気取りか……!?』

 

 

 小首を傾げるスノウのピュアな様子に、思わず悪態を吐くディミ。

 ネンネなのはお前も同じなんだよなあ。

 

 

『いつもの強気なメスガキキャラはどうしたんですか! もっと挑発的にカメラに向かって挨拶してくださいよ! 普段の騎士様の第一声なら『はーい、カメラの前のよわよわお兄ちゃんたち♥』とかでしょう!!』

 

「ボクそんな口調してる!?」

 

 

 思わず目を剥いて突っ込むスノウである。

 してる時もあるけど気付いてないの?

 

 

「だ、だって初対面の人たちだし……あんま失礼なこと言ったら即切りでいなくなっちゃうかもしれないし……。動画を見てもらうんだから、少しくらいは丁寧に振る舞った方が……」

 

 

 目を背けてツンツンと人差し指を突き合わせるスノウ。

 それに合わせて柔らかなキツネ耳がぴこぴこと揺れる。

 思わずその耳に向けてダイブしたい衝動にかられつつ、ディミは叫ぶ。

 

 

『あざとさの塊みてーな耳しておいてよくそんなこと言えますね!?』

 

「え、ええ……?」

 

 

 キツネ耳をつまんでおろおろと困惑するスノウ。

 その仕草があざとい。しかし本人はそれに気づいていない天然ぶりであった。

 なんという純国産天然素材。こいつはやべぇ素材を見つけちまったぜ。

 

 

『そもそもなんだその耳! もういらないでしょ!?』

 

「配信者としてなんか特徴があった方がいいからって付けさせたのディミだよね!?」

 

『そうだったわ! クソッ! 感情に合わせて勝手に動くとかなんだそのテクノロジー!? 何のために発展した!? 人間め!』

 

 

 頭を抱えて人類の業について突発的に悩み始めるディミ。

 今日のディミはちょっとバグり気味であった。

 

 

「え、これ勝手に動いてるの……?」

 

 

 スノウは耳をつまんで困惑した表情を浮かべる。

 

 

「これがあるとなんだかカンが冴える気がしていいんだけどな」

 

『特に何の性能もないただのスキンですよね?』

 

「そのはずなんだけど。F・C・Sとつながってるときの感覚が残ってるのかな?」

 

 

 

 実際にデータを見ても何の特記事項もないただのスキンであった。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 ディミはカメラを構え直した。

 

 

『騎士様、ちゃんといつも通りにやってくださいよ』

 

「いつも通りにって言われても……」

 

 

 カメラレンズを見つめて、小声でもじもじするスノウ。

 

 そもそも中の人の虎太郎からして、他人の目につくことが何よりも苦手な生粋の陰キャである。わざわざ無地の地味服を選び、前髪を伸ばして表情を読まれないように、目立たないようにふるまっているのだ。

 

 ゲームの中で美少女アバターのガワを被っているからこそ初対面の相手の前でも尊大な態度を取れているが、カメラを向けられるとつい注目が集まっていることを意識してしまい、ガチガチにアガってしまう。

 

 よくそんなんで動画配信なんぞやろうと思ったものである。

 ディミはため息を吐き、わかりましたと頷いた。

 

 

『じゃあもういいです。いっそカメラのことは忘れてください』

 

「え、いいの?」

 

『だってカメラを意識したら何もしゃべれなくなるじゃないですか』

 

「まあ……そうだけど」

 

 

 ディミはスノウの前にふわりと漂い、カメラを向ける。

 

 

『いいですか、私のことは完全に無視です。とにかくいつも通り、独り言でも言ってるつもりでプレイしてください』

 

「ボク、独り言とか言ったことある?」

 

『……そう言われると、常に私と会話してますね。まあでも、割といろいろ呟いたりしてますよ。大丈夫大丈夫』

 

 

 確かに普段から割と説明口調でいろいろ口走っているスノウである。

 それは無意識にディミにも情報を与えようとしての行動なのだが、はたして本人はそれに気付いているのだろうか。

 

 

『さあ! 私のことは空気と思ってどんとこい!』

 

「やたら存在感ある空気だな……」

 

 

 正直に言って目の前でカメラを持ってふわふわ漂っていられると画面が見づらくて邪魔なのだが。

 

 

「というか……ディミがカメラ持つ必要ってあるの? 他の配信者どうやってるの?」

 

『そう言われると……必要ないですね!?』

 

「ポンコツゥ!?」

 

 

 今更驚くポンコツ2人である。こりゃひでえや。

 

 改めてカメラを遠隔操作に切り替えたディミが、ちょこんとスノウのキツネ耳の間に座り込む。

 

 

『……私必要あります? これ騎士様の動画ですよ?』

 

「うるさいっ! こうなったらディミも恥ずかしい目にあえばいいんだ!」

 

 

 逃さん……お前だけは……! という執念を込めて、スノウは指先でディミの細いあんよを掴む。

 やれやれ、とディミは肩を竦めた。

 

 

『ま、いいですけどね。じゃあ配信はじめまーす』

 

「えっもう!? リハーサルは!?」

 

『だってリハーサルしてたら延々終わらなさそうですし。体当たりでいいんじゃないですか。騎士様大体何でも体当たりでしょ?』

 

「それはそうだけど……」

 

『どうせ素人動画だから誰も見ねえだろうし』

 

「ひどくない!?」

 

 

 ぼそりとしたディミの呟きにスノウが目を剥く。

 そんな会話を断ち切るように、ディミは無情に配信ボタンをタップした。

 

 

『はい、3、2、1、キュー』

 

「ふえっ!?」

 

 

 ガチガチに固まったまま、無言で前を向くスノウ。

 

『おっ、始まったぞ』

 

『ほほーこれが噂のシャインか。思ったより可愛いな』

 

『ケモミミキャラだったんか?』

 

『なんか言え』

 

 流れてくるコメント欄を横目に、ディミはぺちんとスノウの額を叩いて『挨拶』と小声で呟く。

 我に返ったスノウが、あうあうと慌てながら手を振った。

 

 

「こ、こんにちわ! スノウライトと言います。よろしくお願いします」

 

 

 早速いつもと違うじゃねーか。

 

『カワイイ』

 

『配信者特有の初回猫かぶりっすねえ』

 

『オメーそんなキャラじゃねーだろ』

 

『でも可愛いからいいや』

 

『騎士様、なんかいつもの騎士様を知ってる人たちいるみたいですし、マジで普段通りでいいですからね』

 

「普段通りって言われても……」

 

『はい、動画の趣旨を説明』

 

 

 無情に頭の上から指示出ししてくるディミPに促され、スノウは真っ赤になりながら説明する。

 

 

「え、えっと。ボクはこう見えてもちょっと腕に自信があるプレイヤーです。なので、きょ、今日はみなさんにもうちょっと……その、うまくなるためのテクニックを教えたいと思います」

 

『大きく出たなコイツ』

 

『うまいってどんくらい? 下級レイドボス倒せる?』

 

『スノウさんを知らないなら帰っていただけません!? ここはニワカの来る場所ではなくってよ!!!』

 

『初配信でニワカってなんだ!?』

 

『会長、知らない人にケンカ売っちゃダメッスよ! ステイ!!』

 

 つっかえつっかえ言葉を紡ぎ出すスノウ。

 そんな彼女の頭の上で、ディミは流れるコメントを見ながら視聴者数を眺める。ライブ150人か。無名配信者の初配信なのに開幕これってなかなかの数では?

 いいとこ3人もくれば上出来だと思っていたんですが、とディミは内心で首をひねった。

 

 無論ディミには、視聴者の中に混じっているスノウファンクラブ会長が焚き付けているとは知る由もない。ディミがせめてもの広告として匿名掲示板に書き込んだ配信予告を目ざとく見つけた彼女は、ファンクラブ全員に視聴を勧めたのである。

 そしてのっけから人が集まっている動画に気付いた物好きが、どれどれと覗いている。いわばブースト効果であった。

 まあそのブーストを焚き付けた奴がいきなり最前列彼氏面して縄張りを主張しているのだが。

 

 

「えっと……じゃあ何から知りたいですか?」

 

『ノープラン!?』

 

『マジかよ、視聴者参加型かこれ?』

 

『普通なんか説明したいこと用意してから始めるでしょ。やる気ないならやめたら?』

 

『は? スノウさんバカにしないでいただけません? 殺しましてよ』

 

『そもそもこの配信者に何ができるかわかんねーんだから質問のしようもねーべ』

 

 まあそりゃそうだよなーとディミも頷く。

 そう思って何か説明したいテクニックはありますかとスノウに聞いておいたのだが、スノウのプランは何もなかった。

 いや、そもそも一般的なプレイヤーにとって何がわからないのかがわかっていないかった。

 

 ゲーマー歴の最初も最初から廃人プレイヤーの巣窟にどっぷり浸かった虎太郎にとって、一般ゲーマーだった時期がないのだ。

 だから一般的なプレイヤーが上達するうえでどこでつまづいているのかわからない。スノウにとっていつものプレイはできて当然のことなのである。

 

 

『騎士様、とりあえずいつものプレイをみなさんに見せてはどうでしょう?』

 

「あ、うん。それでいいのなら」

 

『なんだプレイ動画か? まあよくある動画だな』

 

『いいじゃん、美少女アバターでプレイしてくれるの捗るわ』

 

『頭の上のペットAIは何? あんなよくしゃべるペットAIないよね。腹話術状態で一人二役?』

 

『あー、モジモジする本体とツッコミ役のペットAIってキャラ付けか』

 

『あの耳よく動くけど、どこで買えるスキンなのかな』

 

『ケモミミ最高』

 

「え、えーと……じゃあ適当にこの戦場に乱入してみましょうか」

 

 

 そう言ってスノウは戦場のひとつを指さした。

 

 

「ここはそこそこ大規模のクラン同士が競り合っている戦場ですね。エースプレイヤーもある程度はいるんじゃないでしょうか。ここに【無所属】で入って、両方ともやっつけようと思います」

 

『?』

 

『?』

 

『なにいってんだこいつ』

 

 そしてそのスノウの発言がまず事前情報皆無の視聴者たちにとって意味不明であった。

 このゲームに参加している大多数のプレイヤーにとって、このゲームは陣取り合戦である。クランに参加して他クランと支配地域を巡って戦争するか、フリーモードでレイドボスやモンスターと戦ってパーツや素材を集めるゲームなのだ。

 

 【無所属】で戦場に入るという行為には何のメリットもない。それを戦場を荒らし回るというだけのために乱入するという発言に、固定観念に縛られていた一般視聴者たちは意味を理解できず頭に「?」を浮かべた。

 

『荒らしってこと?』

 

『えっマジ迷惑……』

 

『通報する?』 

 

『だまらっしゃいですわ! 腕試しに乱入して何が悪いんですの? ルール上禁止されてないなら何でもアリなのですわ!』

 

『確かに……』

 

『いやいや』

 

 あわあわと頭が茹だっているスノウには、流れていくコメントも増減する視聴者数も見えていない。

 しかしそれでも戦場に出ようと操縦幹を握った瞬間、隠しようもない好戦的な笑みが浮かぶ。

 

 ディミはその笑顔を見下ろしながら、淡々とシステムメッセージを口にする。

 

 

『戦場へのアクセス完了。シュバリエ“シャイン”出撃スタンバイ。ゲットレディ』

 

『来るぞ……!』

 

『何が始まるんです?』

 

 流れるコメント欄の中で、スノウをよく知る1人のプレイヤーが答えた。

 

 

『大惨事だ』



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第78話 貫禄の無言スパチャ

「えーと、それじゃまず初めに武器を調達します」

 

 

 出撃前にマップを眺めながらスノウが言った一言に、再びコメント欄にずらーっとコメントが並んでいく。

 

『?』

 

『?』

 

『なにいってんだこいつ』

 

『え、丸腰なのこの機体?』

 

『まあ黙って見てろ』

 

『騎士様、この機体丸腰なの? と視聴者の方がおっしゃってますよ』

 

「あ、いや、そうじゃないです」

 

 

 そう言ってスノウは自分の機体の武器スロットを開いて見せる。

 

 

「見てわかるようにこの機体にはビームライフルとバズーカ砲しか装備してないです。これだと大軍を相手にするのにはちょっと分が悪いので、これから武器を確保しに行こうと思います」

 

『えっ、戦場で武器って手に入るもんなん?』

 

『知らん、【無所属】でやったことないし』

 

『普通持ち込むだろ』

 

 コメント欄を見ながら、ディミが疑問をまとめてスノウに告げる。

 

 

『戦場で武器って手に入るんですか? というご質問ですが』

 

「手に入りますよー。えーと、大体このへんかな」

 

 

 スノウはそう言ってマップの一点を指さす。

 

 

「こっちの青い陣営が攻め込んできてますね。ということは武器や物資はトランスポーターで運んできているんですけど、大体前線から下がったこのへんにあるんじゃないかと思います。まず初手でここを潰して武器を調達します」

 

『ええ……』

 

『いきなり強盗する気でクソワロタ』

 

『これが噂の100%オフセールかぁ……』

 

『なるほどねぇ! 相手から奪えば持ち込む武器は最小限でいいもんねぇ!』

 

『いやいや……めっちゃ護衛いるに決まってるやん、ひとりで飛び込むとか死にたいんかコイツ』

 

「本当は適当なエースプレイヤーとかいたら、そいつを襲って武器を奪い取ると時短になるんですよね。ライバルとか作っておくと、挑発するだけでいい武器をデリバリーしに来てくれるから便利ですよー。今日はオフラインなのでいないみたいだけど」

 

『はあああああああああああ!? 誰がデリバリーじゃボケカスウウウウ!!』

 

『あっ、アッシュさんちーーっす!!wwww』

 

『もうすぐ夏のボーナスですねアッシュさん! 何アッシュするんですか!?』

 

『彼女が呼んでますよ! 早くデリバリーしなくていいんですか!』

 

『うるせえ雑魚ども死ね!! 今残業中なんだよ! お前らシャインの配信に集中しろや!!』

 

『残業中に推しの動画を逃さず見ているファンの鑑』

 

『この配信の内輪感すげーな……』

 

 本人降臨している様子に噴きかけながら、ディミは必死に笑いを堪えてコメント欄をチェックしていく。ちなみに動画自体はVRポッドを介さずとも、スマホやタブレットから外部アプリを通してリアルタイムで視聴できるようになっている。

 

 一方、コメント欄を見る余裕のないスノウは、たどたどしい様子ながら頑張って解説を続けていた。

 

 

「えーとそれで、なんで攻め手のトランスポーターを狙うかというと理由は2つあります。1つは今回攻め手の方が戦力が大きいから。ボクが乱入すること自体が想定外の事態なので、奇襲できます。その際戦力が大きい方を優先して叩いた方が、奇襲というアドバンテージを有効活用できるわけです」

 

 

 そう言いつつ、スノウは速攻で機体を飛ばして目標地点へ向かう。

 迷いなく高速で突っ込んでいく様子に、コメント欄がおおっとどよめいた。

 

『どこに敵がいるのかわからんのに、こいつよく突っ込んでいけるな……』

 

『爽快感あるぅ』

 

『ふーむ。フライトタイプの全速力はやはりいいものですな』

 

 シャインはスピードを重視したフライトタイプ機だ。その飛行速度はあらゆるシュバリエの中でも屈指である。

 

 ほんの数十秒ほどフルスロットルで飛ばすと、たちまち見えてくる目標物。

 巨大なトランスポーターが、シュバリエたちに守られながら前線を目指して移動していた。その位置は先ほどスノウが指さした場所とピタリと一致している。

 

『オイオイ、本当にいたよ……』

 

『案の定護衛部隊がいるけどどうするつもりなんだ?』

 

「はい、いましたね。まずは護衛からいきましょう」

 

 

 そう呟きつつ、スノウがビームライフル“ミーディアム”をおもむろに抜き撃つ。まっすぐに飛翔する高出力のビームが、敵の有効射程外からまず1騎を撃墜した。

 続けざまにもう1発を撃ち、奇襲に怯んだ敵機を撃墜していく。

 

 

「あー、今回の敵は弱いですね。どんどん墜としていきましょう。長距離武器を持っていくメリットはここにあって、有効射程の外から確実に狙撃していくことで一方的にボコボコにできます。相手が長距離武器を持ってなければこっちは近付かれるまで安全なので、とてもラクに戦えますね。ぜひ皆さんも真似してください」

 

 

 朗らかに笑いながら鼻歌でも歌うかのようにトリガーを引けば、次々に敵機が撃ち墜とされていく。それも百発百中で。

 

『はえー、簡単に墜とすなあ』

 

『敵ザッコwww マジで何も反応できてねえwww』

 

『いいねー俺も長距離武器作ってみよっかな』

 

 そんな楽観的なコメントが流れる一方で、言葉を失う視聴者も数多くいた。

 その大方がスノウライトFCに所属する、打倒シャインを志す“腕利き(ホットドガー)”たちだ。

 

『マネしろ? こいつマジで言ってんのか』

 

『嘘だろ、今エイムアシストがHUDに表示されなかったぞ……』

 

『まさかあの距離から目視で当てたのか? あのエイム速度で? ほとんど連射じゃねえかあんなの……』

 

『速すぎてまるで参考にならねえ。しかも動き回りながらでこれかよ』

 

「うーんヘタクソだなあ。敵さん棒立ちですね、こういうのは良くないです。ボクがやってるみたいに、ちゃんと小刻みに機体を動かしましょう」

 

 

 折しもコメントに反応したかのようにスノウが呟く。その言葉通り、彼女は小刻みに機体を左右に振りながら戦っていた。これは相手がもし長距離武器を持っていた場合に対する保険だ。

 

 空中に立ち止まって狙撃してしまうと、相手の長距離武器による反撃で撃墜される危険が高まる。だから慣れたプレイヤーはどんなときでもそうそう静止することはなく、常に何らかの形で動きながら戦闘を行う。

 もちろんそうするとブレも大きくなりエイムに支障をきたすのだが、それを補正するのがエイムアシストだ。コンピュータにエイムをある程度サポートさせることで、移動しながら精度を保った攻撃が可能となる。

 

 しかしスノウは移動は半オートの反復運動に設定し、エイムアシストを切って狙撃していた。“腕利き”のプレイヤーから見ても、異常な集中力とエイム力。

 

 護衛部隊の半分を撃墜したあたりで、残りの敵が中距離まで接近してくる。

 一対多数の圧倒的に不利な包囲網。

 

 それに囲まれるよりも先に、シャインが敵に向かって突進してそのうちの1騎に接近する。中距離戦向けのショットガンを構えていた相手は慌ててそれをシャインにぶっ放して牽制!

 

 だがシャインはそれを避けるでもなく、右腕を前に突き出す。

 その腕パーツはこれまでの戦いで付けていたものではない。流線形の白い腕に浮かぶ、まるで蜘蛛の巣のように描かれた黒い文様が金属のこすれるような高音を出して輝きを帯びた。

 

 

「初仕事だぞ“スパイダー・プレイ”!」

 

 

 バシュッと音を出して掌から噴き出る粘着糸!

 シャインの上半身と同じくらいの範囲に広がったネットが、敵機の放ったショットガンの弾丸を粘つく糸で受け止めていた。それは先の戦いで、ウィドウメイカーが“天狐盛り”のミサイルを食い止めた芸当の再現。

 

 これがウィドウメイカー定員内撃破のMVP報酬として手に入れた腕部パーツ“スパイダー・プレイ”。その掌から放たれる粘着糸は、質量の小さな実体弾程度なら受け止める防御性能を持っている。

 

 まさか受け止められるとは思ってもみなかった相手が硬直した隙に、シャインは肉薄した相手の腕と肩を掴むと、自分が来た方向へと投げ飛ばす。

 慌てた他の敵機の攻撃がフレンドリーファイアとなって、投げられた敵機を蜂の巣にした。それを一顧だにせず、シャインは全速力でトランスポーターに取り付いて内部へと侵入した。

 

『今の何!?』

 

『あんなパーツ見たことないんだけど……!?』

 

『えっ、柔道……? このゲームに投げ技とかあったのか!?』

 

 ここでもコメント欄の反応は二極化していた。

 一方は、いまだかつて見たこともないパーツや技に騒然となる新顔たち。

 もう一方は……。

 

『おっほwwww アレが例のMVPパーツですか。買い取りを申し出たけど、そりゃ断られて当然ですな。今のウチの財布じゃ買い取れませんぞwww』

 

『ほほーなるほど。オレんとこのトランスポーターを強襲したときも、ああやって速攻したわけッスか。こりゃ次から長距離武器持たせないとダメッスねー』

 

『映画見てるみたいで気分いいですわー!』

 

『なんて手際だ……。そうか、僕も格闘戦を使えば……』

 

 すっかりスノウに慣れたシャイン熟練者たちが、ワイワイと盛り上がりながら“強盗姫”の手際を品評したり教訓を学んだりしている。

 そんなコメント欄の流れをよそに、シャインはささっとハンガーの中の武器を漁ってめぼしいものを装備していた。

 

 

「ここがコツなんですけど、あまりじっくりと漁らない方がいいです。何しろ敵が押し寄せてきているので時間がありません。必要なのは近距離武器と中距離武器です。あとはヘビーウェポンも手ごろなのを選びましょう。どうせ使い捨てる前提なので、コレほしいなと思ったのを直感的に選ぶ感じでOKです」

 

『空き巣のやり方の説明動画かな?』

 

『適当といいつつ、しっかり高い武器選んでやがるぞコイツ』

 

『やっぱり吟味するんじゃないですの!!』

 

『いや。多分一番性能がよさそうなのを適当に選んだら高い武器ばっかになるということなんじゃないかな』

 

『ンンンwww さすがの審美眼www いいコーディネートですぞwwww』

 

 30秒ほどで武器を漁り終わったシャインは、ヘビーウェポンを天井に向ける。

 

 

「はい、選び終わったら長居は無用です。トランスポーターを破壊して脱出しましょう」

 

 

 ガトリングガンが耳をつんざく絶叫を上げ、トランスポーターの天井を粉々に粉砕した。そしてシャインは急上昇し、降り注ぐ天井の破片の中を飛翔して空中へと向かう。

 そして振り向きざまに自前のバズーカ砲をトランスポーターの床に向け、躊躇なくドカドカと弾丸をぶちまけた。さらにたった今パチってきた連装ロケットランチャーをトランスポーターの艦橋に向け、連続発射!

 

 たちまち爆発に包まれたトランスポーターは、完全に大破して歩みを止め、その動きを完全に停止する。

 

 トランスポーターの中に入ったスノウを追撃しようとした護衛部隊が爆発に巻き込まれて撃墜されていくのを見ながら、スノウはカメラに向かって微笑んだ。

 

 

「脱出するときにトランスポーターは徹底的にぶっ壊しておきましょう。相手の補給拠点を潰しておくことで、リスポーンした相手の戦力を削れます」

 

『やべーよこいつ……』

 

『空き巣かと思ったら放火魔だった』

 

『山賊でもここまで無慈悲じゃねえぞ』

 

 シャインの動きは迅速で、留まるところを知らない。

 まるで止まったら死ぬとでも言うような動きで、次なる目標に向けて侵攻していく。

 

 

「はい、次の目標は攻め手側のリスポーン地点です。大体リスポーン地点には補給施設が併設されていてリスポーンしたばかりの機体を回復できますが、これは徹底的に叩き潰しておきましょう。そうすることでリスポーンの効果を弱めることができますよー」

 

 

 その言葉通り、奪ってきた豊富なヘビーウェポンで補給施設の設備を手当たり次第にぶっ壊していくシャイン。

 段々慣れてきたのか説明も滑らかになってきて、いい調子である。

 

 

「さっき攻め手から攻める理由が2つあると言いましたが、2つ目がこれです。攻め手側のリスポーン地点は他所から設備を持ってくる関係上、守り手側よりも防備が甘くなりがちなんですね。なのでこうやって単騎でいけば不意打ちでボコボコにしちゃえるわけです」

 

 

 そしてスノウの説明が慣れていくのに反比例するように、コメント欄はドン引きしていた。

 

『クソ迷惑すぎる……』

 

『これ戦況の膠着を狙う諜報員の動きだ……』

 

『戦場の外から裏取りしてくるアホがいると聞いて』

 

『こんなん完全にもらい事故じゃねーか』

 

 一方で感心している連中もいるのだが。

 

『なるほど。リスポーン地点の設備を破壊することで、敵の戦力を弱めることができるのですわね』

 

『いい手っスねえ。どっかで真似できないッスかね』

 

『クソがああああああああ!! 1人で楽しそうなことしやがって!!』

 

 ある程度ぶっ壊したところで、シャインはさらに別のリスポーン地点を探す。

 単騎という隠密性と決して立ち止まらない高速移動、そして強奪した重火力による殲滅によって大暴れするシャインは、次々とリスポーン地点を探り当てて設備を叩き壊していった。

 

 

「おっと、あのカガチって名前のプレイヤー君はさっき潰した奴ですね。ってことは彼が来た方向にリスポーン地点があるな。えへへ、道案内ご苦労様~♪」

 

 

 キツネ耳をピコつかせながら、スノウがにっこりと銃口を向ける。

 

 

「じゃあもう一度死のうか」

 

『完全に悪魔のセリフじゃん』

 

『溢れ出すメスガキ小悪魔感』

 

『録音して耳元でエンドレスループしたい』

 

『助けてママ! こいつら精神状態おかしいよぉ!!』

 

 嬉々として幾つか目のリスポーン地点を潰していたスノウが、ふとキツネ耳をピコンと跳ね上げて遠くの空を見た。

 

 

「あっ、そろそろ敵にボクの存在が認識されたかな? こうなると敵の前線が後退してボクを全力で潰そうとしますので、いい感じのところで逃げましょう。何事もほどほどが肝心ですね」

 

 

 ほどほどというにはあまりにも破壊しつくされた、黒煙を上げる廃墟のど真ん中でスノウはそんなことを言う。

 周囲には容赦ないリスキルによって心を折られ、スクラップの中で放心状態になってうずくまる敵プレイヤーがすすり泣くという惨々たる光景であった。

 

『ほどほどとは一体……?』

 

『命乞いするプレイヤーも容赦なく叩き潰したな……ひでえ』

 

『はぁ? 当たり前だろうが。見逃して後ろから襲われたらどうすんだよ、敵は容赦なくブチ殺すんだよ。ヌルいこと言ってんなよ雑魚どもがよォ!!』

 

『会員ナンバー3は残業に戻ってどうぞ』

 

『はい』

 

『しかし……いい感じのところって、どこで見分けるんだよ』

 

 コメント欄を流し見ていたディミが、スノウに向かって読み上げる。

 

 

『騎士様、いい感じのところってどこで見分けるんですかってコメントが』

 

 

 そう言われたスノウは、キツネ耳を伏せながら顎をさすった。

 無論、シャインを全力でリスポーン拠点から離脱させながら。

 

 

「……そう言われても難しいな。まあ、勘……としか言いようがないけど」

 

『で、出たー。技術実況で勘とか言っちゃう奴ーーーwwww』

 

『感覚頼りすぎて、まったく参考にならねえな』

 

『いや、高度なセンサーを使えば似たようなことはできるんじゃねえの? さっきからあのキツネ耳ピコピコしてるし、あれホントはセンサーなんだろ? 正直に言えよなー』

 

『ふうむ? F・C・Sとの連携が断たれているので、ただのスキンのはずなのですがね。しかし確かに高感度センサーがあれば、敵の動きを察知することでシャイン氏と同じことができるかもしれませんな。もちろん、シャイン氏と同等以上の逃げ足を持ったフライトタイプでなければ逃げ切れないでしょうが』

 

『というかめっちゃ迅速な逃げっぷりですわ……。私じゃなけりゃ見逃しちゃいますわね』

 

『つーかこれ、戦力でゴリ押ししてくる大規模企業クランへのメタ戦術になりうるって感じッスよねー』

 

『畜生、何でこんな日に限って俺は残業なんだあああああッ!!』

 

【アッシュさんが500万JCでこの配信を応援しました!!】

 

『貫禄の無言スパチャ』

 

『さすがはアッシュさんだ! 初投げ銭の名誉はサクッといただいていくぅ!』

 

『アッシュさん、大丈夫ですか! こんなところで夏のボーナス使っていいんですか! サマーガチャありますけどいいんですか! アッシュさん!!』

 

『うるせえ雑魚どもがあああああああああああッッッ!!!』

 

 この配信サービスではJC(ジャンクコイン)によるスーパーチャット(投げ銭)が可能である。

 その限度額いっぱいの500万JCが投げ銭されたのを見て、ディミはおおっと声を漏らした。

 

 

『アッシュさんが500万JCスパチャしてくれましたよ、騎士様!』

 

「えっ!? あ、うん」

 

 

 スノウはカメラに向かって、にこっと花が綻ぶような笑顔を向けた。

 

 

「アッシュお小遣いありがとう! 大事に使うね!」

 

 

 ディミはどこかで咆哮が聞こえたような気がして、目を細めた。

 鼻血出してんじゃねえのあのストーカー狼。

 

『ふおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

『ああああああああっ! 私が最初に投げ銭するって言いましたのにぃぃ!! 会長命令違反ですわあああああああッ!! 許しがたいですッ!!』

 

【璃々丸恋さんが500万JCでこの配信を応援しました!!】

 

【サッカーゴッドさんが500万JCでこの配信を応援しました!!】

 

【ジョン・ムウさんが10万JCでこの配信を応援しました!!】

 

……(他多数)

 

 

『なんで初配信なのに満額スパチャが3連続で乱れ飛んでるんですかね……』

 

『やべーぞこの配信! 投稿者もイカれてるが視聴者も狂ってやがる……!!』

 

 お前らもその一員になるんやで。



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第79話 子ぎつねスノウちゃんの炎上生配信講座

今回は主人公がひっでえムーブしますのでご注意ください。


 攻め手側のリスポーン拠点を破壊し尽くしたシャインが、全速力でその場を離脱して空を駆けていく。

 敵が前線からまっすぐにリスポーン地点へと殺到することを見越して、敵の進行方向とは垂直になるように横方向へと移動していた。

 

 

「うーん、さすがに自爆してリスポーン地点まで戻ってくるようなヤツはいないか……。リスポーン地点まで行くなら自殺が一番早いだろうに」

 

『また何か頭のおかしいことを言い始めたぞコイツ』

 

『そりゃそれが一番早いだろうけどさぁ』

 

『コスト考えろよォ!!』

 

 スノウの呟きにドン引きした反応を見せるコメント欄。

 ディミはそんな視聴者たちの声を代弁するかのようにスノウに突っ込んだ。

 

 

『騎士様、そうそう自死なんて選べるわけないですよ。だって撃墜扱いになって総コストが減っちゃいますもん』

 

「前回のレイドボスだと自爆推奨だったけど?」

 

『あれはフリーモードだったからですよ。あのときは総コスト関係なかったでしょう? クラン対抗戦とは勝手が違いますよぉ』

 

「そっか。でも本気でボクを潰すつもりなら、自殺くらいためらいなく選んでほしいもんだよね」

 

 

 そう言って、ちょっと残念そうな顔でスノウは後方を眺める。

 敵機が追いついてくる気配は未だにない。

 

 それもそのはず。お前の機体が多分この戦場で一番速いのに、それが全速力で逃げたらマトモな手段で追いつけるわけないんだよなぁ。

 

 

「はあ……残念だな。ボクと戦いたいなら、常識を捨ててかかってこないと挑戦権すら得られないよ? こっちは【シャングリラ】仕込みのゲリラ屋だってのに」

 

『ゲリラ屋wwww そうだな、マトモな戦い方じゃねえよお前!!』

 

『待て、今【シャングリラ】って言った?』

 

『知らないクランだな。どこのマイナークラン? 聞いたこともないようなクランの名前を引き合いに出されてもなー』

 

『↑無知乙』

 

『マジか!? 【シャングリラ】のメンバーは全員引退したって聞いたぞ!?』

 

 スノウは流れゆくコメントを見る余裕もなく、思い出したかのようにカメラに向かって告げる。

 

 

「あ、攻め手側のリスポーン拠点はズタズタにしたので、今度は防衛側を攻めますね。片方だけ叩いたら、タダで味方したみたいで申し訳ないので」

 

『申し訳ない……申し訳ないってなんだ……?』

 

『知らない単語ですね。異世界語かな?』

 

『それより【シャングリラ】の連中ってどこ行ったんだ? そっち教えてくれよ! おーい!!』

 

『この娘コメント欄まったく見てねえぞ』

 

『スパチャにすら最初のアッシュ以外反応してないからな……どんな配信者だよ』

 

『くっ!! 悔しくなんてありませんわ!!』

 

 相変わらずコメントをまったく無視しながら、スノウは90度ターンして防衛側へ向かって突撃する。

 戦場の外周を大きくぐるりと迂回するように軌跡を描き、シャインが“アンチグラビティ”の重力操作を駆使した静音機動で空中を駆け抜けていく。

 

『このパーツすごいな。ほとんど音が出てねえぞ。急制動かけたときのエアブレーキくらいじゃないか?』

 

『【トリニティ】と【アスクレピオス】が入手したっていう重力操作パーツだな。最近じゃ【氷獄狼】も【トリニティ】に恵んでもらったって話だが』

 

『…………』

 

『回避軌道が滑らかでロックオンされにくいのが特長ですな。さらに移動時に音をあまり出さないので、隠密行動にも向いているのですぞ』

 

『忍者ですの!?』

 

『こんなのが拠点の背後から忍び寄ってくるとか怖すぎる』

 

 スノウがふと横を向き、目を細める。

 遠くで戦国武者が着る和風甲冑のような風体の機体群が、攻め手側に向かって飛び込んでいくのが見えた。

 全体的に体格が小さく、それぞれ全高7メートルほどだろうか。デフォルメをかけたようなずんぐりとしたデザインで、厳めしさよりもどこか愛嬌が感じられた。

 

「うん、思った通り攻め手側に向けて侵攻してくれてるね」

 

 

 そう言ってスノウが満足そうに頷く。

 

 

『騎士様の予測どおりなんですか、これ?』

 

「そうだよ。防衛側にとっては、攻め手側が突然退却して守りを固めたように見えるだろうからね。となれば包囲して攻めるが上策と考えるんじゃないかな。まあ警戒はするかもしれないけど、とりあえず包囲して様子見くらいはするだろう」

 

『なるほど』

 

「すると攻めに回った分戦列は伸びて、本拠地が手薄になるからね。そこにこっそりと奇襲すれば安全に襲えるってわけ」

 

 

 そこまで言って、スノウはこれが配信だと思い出したようでカメラに向かって微笑みかけた。

 

 

「こうやってボードコントロールして戦況を操作すると、自分の思ったように戦えます。安全マージンも自分の力量に合わせて取れるし、何よりとっても楽しいですよ! ぜひみなさんもやってみてくださいね!」

 

『できるかあああああああああぁぁぁぁ!!!』

 

 視聴者たちの心の叫びが今ひとつになった!! これが奇跡か……!?

 

『何この子こわい!!』

 

『お前みたいな腕前のプレイヤーしかできねえよ!! いや、腕前があってもちょっとこれは真似できんわ!!』

 

『人間を操る術を熟知してやがる……妖怪じみてるぞオイ』

 

『これは確かに“魔王の寵児”と呼ばれたシャイン本人かもしれん……。人間心理を読むことにかけては化け物じみてたからな、あの“魔王”は』

 

『ほうほう。他人を操れば、有利な戦況に持ち込める……大変勉強になりますわ』

 

『ボードコントロールは指揮官に必須の技術ッスからね。それを自分1人でやってしまえるのは驚異的ッスが……これサッカーにも応用できるな。1配信に投げ銭1回の縛りがなければ、もう1回お布施したいッスわ~』

 

『ふえぇ……なんか理解を示してる奴が2人ほどいるよぉ』

 

 そうこうしているうちに防衛側の本拠地の背面に回り込んだスノウは、周囲を素早く見回してニヤリと笑う。

 やはりスノウがにらんだとおり、本拠地周辺の守りが薄い。

 これなら奇襲は成功間違いない。いや、たとえ敵がガチガチに守っていたとしても構わず奇襲を仕掛けるのだが。

 

 

「さてさて。今回の狙いは弾薬庫です。何でかというと防衛側のリスポーン拠点は固定配置なので、攻め手側よりも守りが固いからですね。むしろそこを狙うよりも弾薬庫を狙うべきです」

 

『でも弾薬庫もしっかり守られているのでは?』

 

 

 ディミが尋ねると、スノウはそうだねと頷く。

 なんか教育番組のお姉さんとマスコットの妖精キャラみたいだなお前ら。

 

 

「それはそうなんだけど、攻め手側と違って防衛側は他から武器や弾薬を持ってきづらいからね。どうしても弾薬庫の中身をあてにして戦うしかない。同じ堅いガードで守られているなら、弾薬庫を焼き払って継戦能力を奪った方が効率的ってわけです」

 

『なるほど~』

 

 

 いや、こんな硝煙の臭いしかしない教育番組とかあるわけねーわ。

 

『む せ る』

 

『確かに完全にゲリラ屋の発想』

 

『活かされない方がよかった才能』

 

『こんな奴を平和な日本に野放しにしておいていいのかなあ』

 

 

※※※※※※

 

 

 

「というわけでどーん!!」

 

 

 シャインの肩に背負われた、赤いバズーカ砲が火を噴いた。

 これまで使われてきた“レッドガロン”よりも、さらに一回り大きくゴテゴテとしたフォルムを持つ兵器である。

 

 ミッションの仕様を悪用して1000体の敵を撃墜するまで無制限に使えるクエストアイテムと化した“レッドガロン”だが、つい先日スノウはとうとう1000体撃破してしまったのだ。

 それで“レッドガロン”は手元からなくなったのだが、バーニーは悪びれもせずさらなる強化版のバズーカ砲の試用ミッションを課したのである。

 

 その名を“ドレッドガロン”。

 

 より爆発半径と威力を増したバズーカ砲が、弾薬庫に直撃!

 もちろん弾薬庫を守っていた防衛設備や敵機を蹴散らしつつ、高速で接近しての一撃である。強襲からの一撃離脱なら、過剰な戦力など必要ない。こちらは単騎で一点突破を狙えばいいだけなのだ。

 

 多数の敵が攻め寄せることを想定して守っている相手も、まさか単騎で強襲してくるようなバカがいるとは思いもしない。

 それでいて持っている武器は、折り紙付きの高火力。パーツの山に埋もれて暮らす頭のおかしなパーツ屋が1人のために用立てた武器なのだ。

 

 たちまち弾薬庫に満載された火薬が引火して、爆発炎上を引き起こす!

 

『わあ~綺麗な花火だなぁ~(白目)』

 

『1 億 J C の 輝 き』

 

『ほんまに1億JCなん?』

 

『いや、言ってみただけッス……』

 

『このガキまた新しい武器を! どこのガチャで手に入んだよォ!!』

 

 鼻歌を歌いながら押し寄せる敵機を捌いたスノウは、爆発を背に高速で飛翔!

 

 

「奇襲に成功したら、さっさと移動しましょう。不利な状況で戦ってあげる必要はありませんからね。とくにこうした場合、時間が経つとどんどん援軍が来ます。逆に言えば、こうやれば敵の動きをコントロールできますね! 戦いは迅速に、これを頭に入れておいてください」

 

『テロリスト育成講座かな?』

 

『だから真似できんって……。前提として、敵の誰よりも高速移動できねーとダメじゃねーか。パーツ揃えるのにどんだけ手間と予算かかるんだよ』

 

『というか、これどうなってんの? フライトタイプでこの速度で移動しつつ、ヘビーウェポンまで使えるっておかしくない? チート?』

 

『ヘビーウェポンを使えるのは“関節強化”を積んでるからでしょうな。そして恐らくヘビーウェポンを展開するときに重力操作を行い、荷重を軽減している。ンンン……なんとピーキーなビルドでしょうか! 芸術的ですらある! 組んだ方www 天才www ぜひ一度お会いしたいものですなwwww』

 

『重力操作かー。ウチもぜひ取らなきゃな、そのツリー。このビルドは流行(はや)る!』

 

『流行るかぁ……? この娘と同じレベルで使いこなせるの、それ?』

 

『これ見てる“腕利き(ホットドガー)”が真似しないわけねーよ。試すくらいするだろ』

 

 クソ熊さん乱獲のヨカーーン!!

 

 それはさておき、シャインは素早く弾薬庫を離脱すると全速力で移動を開始する。

 

 

「待てぇ! 逃がすかああああ!!」

 

「テメェどこの組のモンじゃああああ!!!」

 

「ワレェいてまうどおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 背後から罵声を飛ばしながら剣や槍を握った機体が追いかけてくるが、全力で移動するスノウには追い付けずにいる。

 

 

「なんだかやたらガラが悪いね、あの人たち。あんなに怒らなくてもいいのに」

 

『怒らせることしかしてないと思いますけど……! というか、どうするんですここから!?』

 

「決まってんじゃん。本来の敵のところまで案内してあげるんだよ」

 

 

 そう言ってスノウはニヤリと笑い、戦場の全員に向けたパブリック通信で映像を送り付ける。

 両手の中指と薬指を曲げ、親指とくっつけたジェスチャーでにっこりと微笑んだ。頭のキツネ耳がピコピコ揺れる。

 

 

「はーい、こんにちわー。みなさんの戦場にいたずら子ぎつねちゃんがやって来ましたよ♥」

 

「……は?」

 

「な……なんだテメエ!?」

 

 

 両陣営のトップが、突然の乱入者に目を剥く。

 攻め手側はごくオーソドックスなパイロットスーツに身を包んだ、二十代半ばごろの男。大手クランの指揮官のはずだが、あまり印象に残るタイプではない。

 

 防衛側は頬に大きな傷が入った二十代後半の強面の男。パイロットスーツを直用せず、引き締まった筋肉質の長身にサラシを巻き、着流しの着物を羽織っていた。一言で言えば任侠映画に出てきそうな、迫力のある姿。

 

 攻め手側のクラン名は【シルバーメタル】、防衛側は【桜庭組(サクラバファミリア)】か……とスノウは今更クラン情報を読み取る。どうせすぐ忘れるだろうけど。

 

 

 スノウはニコニコと笑顔を作ると、こきゅっと小首を傾げた。

 

 

「よわよわおにいちゃんのみなさん、何やら大変そうですねぇ。後方で何かありましたかぁ? みなさんの大事なリスポーン拠点や弾薬庫を焼き払ったのは、ボクの仕業でーす!」

 

「…………な、なんだそれは…………」

 

「テメエどこの組のもんじゃああああ! おい、【シルバーメタル】の! よくもこんなメスガキに弾薬庫を焼かせてくれたなあ!!」

 

「し、知らんっ! というかウチの方が被害甚大なんだが!? トランスポーターどころかリスポーン拠点まで焼かれたんだぞ!! 一体キミは何だ!? 何の目的で乱入してきた!!」

 

「いや、別にとくに理由はないよ。今生放送中なんだけど、ちょうどそこらへんにいたので両方ぶん殴ろうと思ってやってきました! ボクの技術をみんなに見せる試金石になってください!」

 

「「…………は?」」

 

 

 ぽかんとした顔で呟く両クランの指揮官。

 ついで、その顔が怒りで真っ赤に染まる。

 

 

「な……なんだそれは!? 生放送だと!? そんなもののために……!!」

 

「ワレなめとんかあああああ!! こっちの事情を考えろやボケが!!」

 

「知らないよそっちの事情なんて。キミたちだってボクの事情なんて知らないでしょ? お互い様だよね。だから好きなようにするよ! というわけで、正々堂々と挑戦を申し込みます! 今からよわよわお兄ちゃんたち全員をボコボコにするのでヨロシクねッ♪ えへへっ」

 

『炎上系配信者かこいつ!?』

 

『迷惑すぎる……!』

 

『いや、俺が同じ腕前持ってたら同じことやってみたいぞ。こんなには煽らんけどな!』

 

『ゲームなんだし無茶やってもええやんか。まあ絶対にこの後囲まれて撃墜待ったなしだと思うけど』

 

『大手企業クランの【シルバーメタル】が中堅どころの【桜庭組】に侵攻してた感じか。こりゃ【桜庭組】は守り切れねーだろうな』

 

『このメスガキ笑いがなんか癖になってきた……病気かな、俺……』

 

ようこそこちら側へ(ウェルカム)

 

 あまりにも傍若無人な言い草に沸騰するコメント欄、罵詈雑言を浴びせかける両クランのメンバーたち。

 そんな非難の嵐の中、スノウはにっこりと笑うとフリフリと両手のキツネジェスチャーを振った。

 

 

「まあまあ、カワイイ子ぎつねちゃんのイタズラじゃない。おにいちゃんたちもそんなに“おコンないで”よ、コンコーン♥」

 

『(審議中)』

 

『やっべ、これやられて怒らねえ自信が一切ない』

 

『下手に可愛いだけに余計に腹が立つ』

 

『人を煽る才能ってあるんだな……いらないですそんなの』

 

『目の前でやられましたわ、私……』

 

『ああああああああああああ!!!! オイゴラァ!! てめえ誰にでも煽ってんのか!! クソがッ、許せねえ!!』

 

『アッシュさん!? それはどういう感情がもたらす罵声なんです!?』

 

 当然めっっっっっちゃ怒りを買った。

 

 

「コケスッダラァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

「すっぞゴルアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「ウチの会社の命運がかかっとんじゃガキがああああああああ!!!!」

 

「@:お・いおぅktjyrhgsdz!!!!!!!」

 

 

 殺意のあまり人語にすらならない叫びを上げ、限界までブースターを噴かしながらデフォルメ和風甲冑の武者たちが得物を手に追走してくる。

 

 そんな殺気を浴びながら、スノウはクスクス笑って彼らを誘導していく。

 目指すは最前線、両陣営が激突するホットスポットへと!

 

 

「こんにちわーーーーーー!! 子ぎつねスノウの突撃生放送でーーーーーーす!!」

 

 

 そんな叫びと共に、ド迷惑配信者が最前線に乱入!

 

 

「「ブッ殺せええええええええええええええええええええええッッ!!!!」」

 

 

 それを待ち受けていた両陣営のシュバリエたちが、奇声を上げてシャインに飛びかかった!!

 



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第80話 コギツネメスガキグモ(学名)

 【桜庭組(サクラバファミリア)】のクランリーダー、ゴクドーは目の前で起きている光景が信じられない思いだった。

 

 元々勝ち目がない戦いだとわかっていた。

 小さなAI開発企業を母体とする【桜庭組】は企業クランとしては中規模で、所属するプレイヤーの人数もけして多いとはいえない。

 ゴクドー自身は割と腕に自信がある方だが、所属プレイヤーの多くは母体となる企業の技術者が二足の草鞋を履いている状態で、本業はともかくゲーマーとしての腕は平凡だ。

 

 そんな【桜庭組】が、数日前にボーナスエリアを手に入れる幸運に恵まれた。たまたま所有していた特にこれといった特徴もないエリアに、ある日突然10倍ものボーナス倍率が付いたのである。

 

 ボーナスエリアは運営が定期的にランダムで指定するエリアで、該当エリアを占拠しているクランには所持エリア数にボーナスが付く。規定エリア数を維持することでプレゼントされる“ごほうび”をもらいやすくなるので、大手クランによる争奪の対象となりやすい。

 

 それを労せずして手に入れた【桜庭組】のクランメンバーたちは降って湧いた幸運に喜んだが、ゴクドーは喜び半分、苦々しさ半分といった気分だった。中規模クランが分不相応に所有しているボーナスエリアなど、大手クランにとっては格好のエサでしかないからだ。

 

 ゴクドーはボーナスエリアを死守しようと即座に防衛体制を整えようと動いたが、その成果が出る前に大手クラン【シルバーメタル】が襲い掛かってきた。その戦力規模は【桜庭組】の2倍以上。

 この時点でゴクドーは防衛はまず不可能だろうな、と内心で諦めていた。

 

 ゴクドーは防衛にあたって母体となる企業から経営資金を融通してオートパイロットの防衛設備や社外からのプレイヤーの雇用を打診していたが、その成果が実るにはあまりにも時間が足りなさすぎた。

 だが相手の戦力が圧倒的に上だからといって、何もせずに逃げ出したのではメンツが立たない。だから彼はせめて一矢報いるつもりで、部下たちを総動員して勝ち目のない戦いに赴いたのだ。

 

 

 そこで彼が見たのは、たった1騎で百騎以上にも及ぶシュバリエを相手どる正体不明の化け物パイロットだった。

 自分を子ぎつね系配信者と名乗る所属不明機(アンノウン)は、まず手始めに両軍の後方の補給施設をズタズタにしたうえで、異様な技量と卑怯スレスレの戦術を駆使して襲い来るシュバリエたちをばったばったとなぎ倒し始めたのである。

 

 

「若! 最前線の機体が全滅しやした!」

 

「くっそ、あのガキ……! なんて卑劣な戦い方をしやがる!!」

 

「散っていった連中の仇を取りやしょう!! 若、下知を! あのガキの首を獲れと命令してくだせえッ!!」

 

 

 最前線にいた戦力がたちまち溶けていくのに歯噛みしながら、クランメンバーたちが威勢のいい言葉を並べ立てる。

 前線の後方で指揮していたゴクドーは、部下たちの言葉を聞きながら腕を組んだ。

 

 

「いいや、手を出すな。こっちから攻めるんじゃねえ」

 

「若!? 何故です! まさか臆病風に吹かれやしたか!?」

 

「このままじゃ組の代紋が廃りやすぜ!! 散っていった奴らが浮かばれやせん!!」

 

「黙ってろ、ダボどもがッ!! ナメてるとブッ殺すぞッ!!」

 

 

 ゴクドーの堂に入った恫喝に、周囲のクランメンバーたちが口をつぐんだ。

 はぁ……、とゴクドーは眉間を揉んでコクピットの中でため息を吐く。

 

 

(こいつら、演技(ロール)に染まりすぎなんだよなぁ……)

 

 

 任侠映画と戦国時代をテーマにクランの色を決めたのは、ゴクドーの個人的な趣味によるものだ。元々父親がその手の映画が好きで、彼も子供のころから一緒に見ていた。

 そして自分のクランを立ち上げるときに、何かテーマがあった方がいいかと思い任侠と武家をモチーフに選んだ。武者甲冑のようなシュバリエの統一デザインも、彼が決めたものだ。

 

 しかしまさか遊び気分で設定したロールプレイに、周囲のプレイヤーたちの方がハマってしまうとは。

 どいつもこいつも率先して鉄砲玉になりたがる脳筋プレイばかりするようになってしまい、ゴクドーは密かに閉口していた。お前らリアルだとモヤシのくせに。

 

 まあそんなリアルの事情はともかく、今は目の前の異常事態だ。

 正体不明の配信者が乱入して、戦場をめっちゃめちゃにかき回している。

 社運のかかった闘争を邪魔されたことと謎のパイロットの煽りに部下たちはカンカンに激怒しているが、ゴクドーは冷静だった。そもそもゴクドーにはメスガキ煽りなぞ効かない。

 

 

「あれは何もかもブッ壊す大嵐だ。だが俺たちにとっちゃ神風になるかもな」

 

 

 彼はそう呟くと、部下たちに告げる。

 

 

「あいつの相手は俺がするッ! テメエら誰一人として手を出すんじゃねえぞッ!! 俺が負けてもだ、いいなッッ!!」

 

 

 その言葉に、部下たちがおおおっとどよめく。

 

 

「さっすが若様だッ! 獲物は一人で狩るおつもりでしたか!!」

 

「そうこなくっちゃあ!! みんなの仇を取ってくだせえッッ!!」

 

「いよっ! 日本一!! 任侠の鑑でさあ!!」

 

 

 やんややんやと盛り上がる部下たちの大喝采がゴクドーを包む。

 味方の損害を抑える口実としての方便だったが、部下たちのロマンティシズムは大いに満たされたようである。大将が自ら一騎打ちを申し出るとなれば、脳筋(マッチョ)な彼らにとってこれ以上嬉しい展開はあるまい。

 

 出撃の準備をしながら、ゴクドーはひとりコクピットの中で再びため息を吐いた。

 

 

(ホント、なんでこうなっちゃったのかなあ……)

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 両軍の敵に襲い掛かられたスノウだが、彼女には一対多で戦うための切り札があった。

 

 ひとつは新しくミッション課題として入手したバズーカ砲“ドレッドガロン”。弾速は遅いものの広大な爆発半径を持つこの武器は、敵機が集団になればなるほど効果を発揮する。

 

 直撃すれば即撃墜を狙えるダメージを与えられるが、さすがに弾速が遅くマトモに喰らう相手の数はそう多くはない。しかしドカンドカンと巻き起こる爆風が、範囲ダメージとしてじわじわと複数の機体にダメージを蓄積させていった。

 

 

「クッソ、こいつ! 範囲ダメージで攻めてくる気か!」

 

「落ち着け! 数が多い方がどうあがいても有利なんだ、数で押せ! 囲め!!」

「直撃を取られなければ撃墜はされねえッ! いくら瀕死に追い込まれても死ななけりゃ安いんだよッッ!! 俺らを甘く見るんじゃねえぞクソガキが!!」

 

 

 確かにそうだ、死ななければ安い。

 どれだけダメージを受けようが、機体が動くならば逆転のチャンスはある。

 ただしそれは相手が尋常なプレイヤーの場合に限る。

 

 

「にっひっひ、本当にそうかなぁ?」

 

 

 スノウはキツネ耳をピコピコさせて笑いながら、シャインの両腕を掲げた。白い腕にヒビのように走る漆黒の蜘蛛の巣が、ギラギラと禍々しい輝きを見せる。

 

 そしてシャインは迫りくる敵機のうちの1騎に近付くと、素早くその頭に手を触れて腕パーツの特殊武装を発動させた。

 

 

「“スパイダー・プレイ”!」

 

 

 シャインの腕部から発射された大量の糸が、みるみるうちに敵機を包み込むと繭に包んで身動きを封じる。

 

 

「な、なんだ!? 何が起こった!? 真っ暗だ!! 機体が動かない……どうなってる!? 誰か!!」

 

「ふふっ、ちょっとおとなしくしててね!」

 

 

 これがウィドウメイカーMVP撃破報酬の腕パーツ“スパイダー・プレイ”のもうひとつの効果であり、一対多の戦いを可能にするもうひとつの要因。

 接敵した敵を繭に包み、身動きを封じるという疑似的なスタン効果だ。

 通常の相手には数秒で振りほどかれてしまうが、瀕死の相手に使えば数分に渡って身動きを封じ続けるという隠し効果が付与されている。

 

 見たこともない効果に動揺して動きを鈍らせた別の機体にも接近し、さらに数騎を繭に包み込んでいく。

 

 

「た、助けて!」

 

「ひいっ! 繭が! な、何も見えない!!」

 

『怖っ!? 何コレ!?』

 

『妖怪やんけ……』

 

『狐なのか蜘蛛なのかもうわかんねえなコレ』

 

『ほほー。ウィドウメイカーが使っていた、繭で敵を包む特殊攻撃ですな。なるほど、レイドボスの定員内MVP報酬はそのレイドボスの攻撃を再現できるというわけですか……? ウィドウメイカーだけなのか、他のレイドボスもそうなのか好奇心がそそられますな。まあ大体情報は秘匿するものなのですが』

 

『この子、手に入れたそばから情報ダダ洩れにしてるけどいいんですかね……』

 

『畜生、いいなあそれ!? クッソ、俺も戦ったんだから俺にもくれよ!!』

 

『アッシュさんはガチャ回してどうぞ』

 

「こ、このっ!? 面妖な真似を……!」

 

「撃つな! 味方に当たるぞ!!」

 

 

 ここに至り、敵機の集団は撃つ手を鈍らせた。

 それは助けを求める味方の声が恐ろしく聞こえたせいでもあり、下手に撃つと流れ弾で繭に包まれた機体を攻撃してしまいそうだと判断したせいでもある。

 

 

「はい、ちゅうもーく!」

 

 

 警戒した様子を見せる敵機の集団を前に、スノウは繭に包まれた敵の上に腰を下ろしながら通信を入れた。

 

 

「安心してください! 繭で包んだみなさんのお友達は無事です! 数分間放置すれば繭は溶けて自由になりますし、みなさんの手で接触すれば中から引きずり出して救出することもできますよ!」

 

 

 それを聞いて、何割かのパイロットが安堵の息を漏らす。

 そして別の何割かのパイロットは、厄介さを悟って顔を引きつらせた。

 

 その洞察を裏付けるように、スノウはクスクスと笑う。

 

 

「でも忘れちゃダメだよ? ここには本来敵のパイロットもいるし、そのパイロットにとって瀕死の相手が身動きも取れずに転がってるなんてとってもオイシイ状況なんだってことをね。さーて、敵パイロットは見逃すなんて温情をかけてくれるかなぁ? 思い出してほしいんだけど、キミたちの本来の敵ってボクじゃないんだよねぇ♪」

 

 

 スノウのその言葉に、ハッとしたようにシュバリエのカメラアイが互いを見つめる。

 確かにその通り。シャインを撃墜することは、彼らの本来の勝利条件とは何ら関係ない。シャインを撃墜したところで、敵軍に負ければ何の意味もない。

 そして今はたまたまシャイン憎しで共闘するような形になっているが、本来の敵がこの機に乗じて動けなくなった味方を撃墜しないとも限らないのだ。

 

 

「さあさあ、早くお友達を助けてあげないと敵にやられちゃうぞ。お兄ちゃんたち、がんばれがんばれっ♥」

 

 

 そう笑いながら、シャインはさらなる犠牲者を求めて動揺する敵機に飛びかかる。

 爆風ダメージが蓄積していない機体はそこにはなく、そのすべてがシャインの犠牲になりうる状況であった。

 

『マ ジ 悪 魔』

 

『何が“魔王の寵児”だよ! 完全に魔王のやり口じゃねえか!!』

 

『疑心暗鬼を誘うこのムーブ……参考になるわぁ』

 

『いや、何の参考にもなるかこんなもん』

 

『スノウ……キミはちょっと不特定多数を敵に回しすぎじゃないかな?』

 

「ほーら、キミも繭で包んであげるよぉ♪」

 

「ひいいいいいいっ! 来るなッ! 来るなああああああッ!!」

 

 

 シャインが笑いながら接近すると、悲鳴を上げてシュバリエたちが逃げ惑う。

 

 

『わあー、まるで鬼ごっこみたーい……』

 

 

 白目を剥いてディミが状況を端的に表現する。

 言葉の上では牧歌的な響きだが、追われるシュバリエたちはガチの恐怖に苛まれてパニックに陥っていた。

 そんな中でも勇気ある者はシャインを潜り抜け、仲間を助けようと繭に取り付く。

 

 

「クソッ! 今助けるぞ! 繭をこじ開ければ……!」

 

「よ、よせっ! 後ろ! 狙われてるッ!!」

 

 

 別の仲間の叫びに振り替えると、シャインがバズーカ砲の紅い銃口をこちらに向けて照準を合わせていた。

 

 

「――――ッ」

 

「はい、お仲間もろともドカーンだッ!!」

 

 

 硬直するシュバリエを“ドレッドガロン”の直撃が襲う。

 凄まじい熱量が巻き起こり、助けようとした機体ごと爆風が包み込む。その熱量ダメージに耐えきれるわけもなく、2騎はたちまち蒸発して消え去った。

 

 その凄惨な光景に、周囲のシュバリエたちがさらに動揺する。

 

 放置すれば仲間を敵に撃墜されるリスクにさらし、助けようとしたら無防備になったところを自分が撃墜される。

 二律背反の状況に、シュバリエたちはさらに恐怖を掻き立てられた。

 

 ただひとつ言えることは、シャインに捕まったら最期ということ。

 

 

 そしてそんな恐怖を抱えた状況で、普段通りに戦えるわけがない。

 しかも敵陣営の機体がいつこちらに攻撃してくるのかもわからないのだ。

 今や両軍のシュバリエたちには、シャインは圧倒的な力を持つ“捕食する大蜘蛛(スパイダー・プレイ)”に見えていた。

 

『発想がエグすぎる……』

 

『各個撃破の良い的がみるみる増えていってる』

 

『殺さずに戦力を奪って転がしておくことで敵の脚を引っ張る……ゲリラ戦術の基本だなあ』

 

『自分がこの子の敵じゃなくて本当に良かったわ』

 

『こいつ傭兵だから、いつでも敵として現れる可能性があるんだよなぁ……』

 

『やだぁ! 帰ったらクランリーダーに契約してもらうように頼むぅ!』

 

 もはや最前線はパニックと疑心暗鬼に襲われ、両陣営の戦力は機能を麻痺させている。

 恐怖を煽りながら戦場に君臨するスノウは、ちょっとあっけないなと不満げな顔になった。

 

 

「うーん、敵が弱い。これじゃ物足りないかな……」

 

『貴方が弱くしたんだよなぁ!?』

 

「でもこうも敵が弱いんじゃ動画映えしなくない? 録れ高なくて困るな」

 

『この上何を求めてるんですか……?』

 

『いいぞ、AIちゃん! もっと言ってやって!』

 

『これ以上やったらガチでホラー動画じゃねえか』

 

『ほ~ら、意識他界他界~』

 

『誰か……誰かこいつを止めてくれ! 敵がかわいそうだよぉ!!』

 

『ああああああああ!! 今すぐ帰って乱入したいいいいいいいい!!!』

 

『同じ装備があっても真似できんわこれ。サラッと動きがやべーぞ』

 

『突然の自由落下でロックオンを切ってる……なるほど……』

 

 果たして戦場はこのままこのメスガキに支配されてしまうのか。

 

 いや、そうはならない。

 何故なら……!

 

 

「そこまでだ、不埒者めがッ!!」

 

 

 漆黒の蜘蛛の恐怖を切り裂いて飛来する、銀の輝き(シルバーメタル)

 人の心の希望を体現するかのように、そのパイロットは叫ぶ。

 

 

「【シルバーメタル】クランリーダーが愛機、“銀星剣(シルバースター)”参上ッ!! 人の心を疑心暗鬼に陥れる邪悪な怪物めッ! 正義の剣を受けよッッ!!」

 

 

 決めポーズを取りながらのその名のりに、コメント欄が沸騰する。

 

『勇者様かオメー!?』

 

『逃げてー!! 逃げてーーー!!』

 

『勇者VS魔王! ファイッ!!』

 

 あ、当然瞬殺されました。勇者様が。



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第81話 最前線彼氏面

 【シルバーメタル】の指揮官はビシッとポーズを取ってドヤ顔した瞬間に、あっさりとシャインに狙撃されて一撃で撃墜されていった。

 

 

「卑怯者ぉぉぉぉぉぉッ!! 決めポーズの瞬間を狙うなど恥を知るがいいッ!!」

 

「『ええ……?』」

 

『なんで決めポーズの間に敵が待っててくれると思ったのか、これがわからない』

 

『ちょっと面白かったから、そのままほっといたらどうするのか見てみたかった』

 

『こんなんが上司とか可哀想』

 

『あいつ普通に戦ったら割と強かったんだけど。まあ倒せるときに倒さないとな』

 

 コメント欄もおおむね仕方ないね、という空気が漂っていた。

 

 そんな一発キャラの勇者様だが、撃墜されてもしっかりとクランメンバーへの指示は残していく。

 

 

「殺せっ!! あの卑怯千万なクソガキをブッ殺すんだ!! 総攻撃で血祭りに挙げろぉぉぉッ!!」

 

 

 だからこのメスガキ相手に頭に血を上らせたら負けだというのに。

 司令塔を失っていればなおのこと、烏合の衆と化したシュバリエなど恐怖で他人を操るスノウにとっては格好の獲物である。

 

 

「あはははははははっ! どうしたの? 逃げまどうばかりじゃ勝てないよ、よわよわお兄ちゃん! ほらほら、もっと本気でかかっておいでよっ! じゃないと……ほーら、また1人捕まえたぁ♪」

 

「た……助けてッ!! 嫌だあああッ!!」

 

 

 恐怖に引きつった顔でじたばたと暴れる【シルバーメタル】のメンバーがまた1騎、シャインに頭を掴まれて繭に包み込まれていく。

 スノウはぐるりとシャインの首を巡らせると、遠巻きにその光景を見つめているシュバリエたちを値踏みするように眺めた。

 

 

「さーて、次はどのお兄ちゃんを捕まえちゃおうっかなぁ……?」

 

「ひ……ひいいッ……!」

 

 

 その視線を受けて、蛇に睨まれた蛙のようにガタガタと震えあがるパイロットたち。

 パイロットたちが恐怖と混乱に竦みあがるほど敵の動きは鈍り、シャインが繭で拘束できる数と殲滅速度は向上していく。

 ある程度繭で包んだら、まとめて“ドレッドガロン”で焼いてしまえばいい。

 もはやこの戦場はスノウが制圧したも同然であった。

 

『夏のメスガキホラー劇場』

 

『そう、スノウライトは貴方の後ろに“いる”かもしれません』

 

『やめろ、なんか肌寒くなってきた』

 

 そうして意気揚々と獲物を物色していたスノウが、ふと背後を振り向きながら機体を大きく後退させた。

 

 途端にシャインがいた場所を一迅の銀色の疾風が斬り裂く!

 スウェーして初撃をかわしたシャインだが、さらに後背から斬撃が繰り出され、さすがにそちらは避けきれずに背中を切り裂かれてしまう。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 突然の攻撃を喰らい、スノウは目を細めて襲撃者の姿を探す。

 

 気配もなく忍び寄って前方と背後からの二連の斬撃を繰り出した者の正体。

 それは大小一対のブレードを握って浮遊する、2つの大きな黒い腕。

 

 襲撃者の本体から離れて行動する両腕が、シャインに向かってさらなる斬撃を繰り出そうと飛びかかる!

 

『ロケットパンチ!?』

 

『いや、むしろビットじゃね?』

 

『ほほう、あれはサテライトアームですぞ!』

 

『知っているのかイッチ!?』

 

『“色欲(ラスト)”系統の腕パーツですな! 中級レイドボスの撃破で作れるパーツで、リモコン制御で腕を飛ばして遠隔攻撃を行えるのですぞ。ただ、まああくまでも射程が伸びるだけで、直感的な操作も難しいので“弱い”パーツと言われて人気もないのですが……』

 

 流れるコメントを見る余裕もなく、というか最初から見てもいないのだが、スノウは油断なく迫りくる腕パーツを眺めながらちろりと下唇を舐めた。

 腕パーツは流れるような動きで左右に分かれて展開すると、右腕は前方上段、左腕は後方下段からシャインに迫る!

 

 スノウには知る由もないことだが、それはある二刀流の剣術流派において奥義とされる技。

 

 桜神(おうじん)流剣術奥義“天地二段”!!

 

 まったく別方向から上段と下段への攻撃を行っているように感じられるという、常人には原理の把握すら不可能な必殺剣。それをこの使い手はリモコン操作の腕を使うことで再現していた。

 

『どんなパーツも使い方次第です! この腕パーツの使い手、なかなかの剣術使いですぞシャイン氏ッ!』

 

『おい、速いぞ!? これ避けきれるのか!?』

 

『シャインッ! こんなのに負けたら承知しねえからなッ!!』

 

 “天地二段”……それは正面上段からの一撃への対処に気を取られたが最期、背後下段から迫る一撃が容赦なく脚を切り落とす絶技。歴史上、数多くの剣豪がこの技の前になすすべもなく命を落としたとされる大技である。

 

 しかしこの技が絶大な威力を誇ったのは、まさかそんなことが生身の人間にできるわけがないという思いこみと、人間は地上にいるものという前提があってのもの。

 

 

「最初の一撃で決められなかったなら、もうタネは割れてるッ!!」

 

 

 そう叫ぶとスノウは機体を急上昇させ、高速で襲い来る両腕の上へと飛び上がる。そして1秒にも満たない刹那の後、シャインがいた場所を浮遊する両腕の連撃が空振りした。

 

 初手でスノウを仕留められなかったのならそれはスノウにとって既知の技。背後から攻撃が来ることがわかっているのなら、いかに奥義と呼ばれる絶技であろうともそれを連続で使って当たる道理はない。

 いや、相手がこのメスガキでなければ連続で使っても当たるかもしれんけど。

 

 

「本体はどこだ……!?」

 

 

 スノウは素早く下方に視線を巡らせて襲撃者の本体を探す。

 人探しをするのに、上空から俯瞰するほど見つけやすい方法はない。

 そしてそうやって探しても見つからない場合は……。

 

 

「上だねッ!!」

 

「チッ、勘が鋭いなッ!!」

 

 

 それは、相手が自分よりさらに頭上から俯瞰しているということ!

 

 シャインの頭上から急降下キックを繰り出そうとしていた敵機のパイロット、ゴクドーがスノウの勘の良さに舌打ちする。

 振り下ろされた具足風の脚パーツの底から、電磁ブレードが青白い紫電を上げながらシャインの頭部を狙って襲い掛かる!

 

『なんだそれ!?』

 

『こいつ剣術だけじゃなくて暗器も使うのかよ!?』

 

『いいですな! 両腕の剣術だけに頼らない、合理的なビルドですぞ!』

 

 それを瞬間的にバーニアを稼働させ、空中を蹴るような動きでシャインが宙返りして回避する。

 しかしゴクドー機は猛攻を止めず、両脚の底から飛び出した電磁ブレードで連続回し蹴りを繰り出してシャインへの攻撃を狙う。まるでタップダンスのような連続キックの嵐!

 生粋のインファイターならではの、射程圏内に入った相手は確実に仕留めるというなりふり構わない連続攻撃だった。

 

『は、速い……! なんて攻撃速度だ……!!』

 

『目が追い付きませんわ……! どういう動体視力で避けてますの、これ?』

 

『攻撃する側も守る側もおかしいぞ、これ! 俺は避けきれる気がしねえ……』

 

『ちっ、シャインには分が悪い相手だな……。脚の方が単純に腕より射程が長いうえに、ブレードによるリーチもある。インファイトの間合いで投げ技を使うシャインじゃ、掴みができねえ……!』

 

『こいつシャイン研究の第一人者かよぉ!?』

 

 めっちゃ早口で言ってそうですねアッシュさん。

 

 そんなシャインオタク筆頭の某A氏の指摘どおり、スノウは得意の投げ技を使うことができず防戦一辺倒に追い込まれていた。切れ味鋭いどころか文字通りにブレードが仕込まれたキックが、凄まじい速度でシャインを切り刻もうと襲い掛かる。

 それを紙一重でかわしながらも、スノウの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

『き、騎士様!? そうやって笑うってことは、逆転の策があるってことですよね!?』

 

「いや、特にないよ!!」

 

『な、ないんですかッ!? それ笑ってる場合じゃないですよっ!!』

 

「ボク笑ってるの? まあいいや。ともかく、まだかわせてる。かわせてるってことは、これは膠着状態だってことだよ!」

 

『めっちゃ押されてて何言ってるんですか!?』

 

 

 いつ一撃を喰らうかとハラハラして見守るディミに、スノウは視線を向けることなく笑い掛ける。

 

 

「まあ見てなよ。これは根比べだ。ボクが集中力を切らせて負けるか……それとも相手が有効打を与えられないのに焦れるか」

 

 

 スノウの言葉通り、進まない攻防に焦れたのはゴクドーの方だった。

 シャインの背後からこっそりと両腕が忍び寄り、陽光の反射を受けてギラリと凶悪な光を帯びる。

 

 

「はあああああッッッ!!」

 

 

 気合裂帛(れっぱく)の叫びと共に、ゴクドーの蹴りが突き出される。攻撃力は高いものの、まるでシャインに反撃の隙を与えるかのような大振りの一撃。

 その誘いに乗ったが最期、背後からシャインの背中に両腕の斬撃が繰り出され、致命傷を与える凶悪なフェイントだ。

 

 しかしスノウは、既に背後からの一撃というゴクドーの得意技を知っている!

 

 すかさず空中でしゃがみ込むシャイン。その予想外の動きに対応できず、シャインの頭上をゴクドー機の両腕が薙いだ。

 

 

「くっ……何故避けられるッ!? 背後に目でもあるのかテメエはッ!?」

 

「キミは不意打ち一辺倒だよッ!! それじゃ見切られても仕方ないよね!!」

 

 

 そう叫びながら、片足立ちになって硬直しているゴクドー機の脚の上に飛び乗ったシャインが、その勢いのままに膝蹴りをゴクドー機の頭部に叩き込む!!

 

 

『あっ……! こ、これは……スノウライト選手必殺の“閃光(シャイニング・)魔術(ウィザード)”だああッッ!!』

 

 

 いつの間にかマイクを手にしたTシャツ姿のディミが、首に掛けた黄色いタオルを振り回しながら絶叫を上げた。

 

 頭部への衝撃にぐらつくゴクドー機に指を突き付け、スノウが笑う。

 

 

「攻撃は臨機応変に! プロレス技で反撃されるとは思わなかっただろ?」

 

『シャイニングww ウィザードwww シャインだけにwwww』

 

『俺はいったいいつの間に格闘マンガの世界に迷い込んでしまったんだ……。投げ技にプロレス技、わけのわからん剣技……。こんなの俺が知ってる七翼じゃない』

 

『こんなことできたのかよって情報が惜しみなく開陳されていく……』

 

『伝説の配信になるぞこれは……!』

 

『おいシャイン!! なんでこれまでその技を俺に見せなかった!? テメエ技を出し惜しんでんじゃねえぞ!!!』

 

 ふらついた頭を振り、ゴクドーが駆るシュバリエ“桜歌(オウガ)”が体勢を立て直す。浮遊する両腕が本来あるべき位置に移動し、ガチャンと音を立てて本体とドッキングした。

 

 黒光りする鎧具足風のそのシュバリエが他の【桜庭組】の機体と一線を画しているのは、薄桜色に輝くひと際大きな大将兜。雄々しく育った雄鹿のように立派な角を備えているが、よく見ればそれは桜の枝を模していた。

 一目見て誰もがわかる、大将首の証。

 

 他の機体よりも大きな両腕には大小のブレードを携えている。このゲームには刀という種別の武器が存在しないが、これが刀ならさぞ似合うはずだ。ついでに言えば、得物が刀だったならゴクドーの中の人が現実で体得している剣術もさらなる冴えを発揮したことだろう。

 

 デフォルメされた大きな甲冑はどこか愛嬌を感じさせながらも、そのデザインには優美さも感じられる。だが先ほど具足の先からブレードを出して襲ってきたように、どこに暗器を隠しているとも知れない危険な機体でもあった。

 

 そんな恐るべき敵が体勢を立て直すのを、スノウはじっと見つめている。

 

 

「……何故追撃してこない?」

 

「いや、もったいないと思って」

 

 

 訝し気に問いかけるゴクドーに、スノウは微笑みながら答える。

 

 

「もったいないだと? 何がだよ」

 

「決まってるじゃないか、キミの存在がだよ。キミはこの戦場で唯一の“アタリ”、それも大当たりだ。サクッと叩き潰しちゃうのはもったいない。ボクの楽しみのためにも、録れ高的にも」

 

 

 そう言いながら、スノウはほうとため息を吐きながら両手を頬に当て、薄紅色に染まった頬に陶然とした笑みを浮かべた。

 

 

「ボクともっと愉しもう。いっぱいいっぱい殺し合おう?」

 

 

 その笑みは、いっそ艶めかしいと表現できるものだった。

 

『エッロ……!』

 

『なんてカオ……してやがる……!』

 

『ガキがしていい表情(カオ)じゃないですねえ!!』

 

『ああああああああああ!!! シャイイイイイインッ!! テメエなんて顔を見せてやがる!! 俺以外にッ、そんな顔を見せるんじゃねえええーーーーッッ!!』

 

『あっ……この人、脳が破壊されてる……』

 

 そして、その笑みを向けられたゴクドーの中の人は引きつった表情を浮かべていた。

 

 

「ええぇ……冗談じゃないんですけどぉ……」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 結局、ゴクドーは敗北した。

 背後からの奇襲は通用しないと見たゴクドーは作戦を変更して、両腕を飛ばしてシャインの機体を拘束する戦術へと切り替え。

 

 手数重視の剣技によって多少のダメージを覚悟でインファイトに持ち込み、隙を突いてシャインを拘束。さらに腕を飛ばした後の本体側のジョイント孔に仕込まれたガトリングキャノンで至近距離からの猛攻を叩き込み、一気に削り切ろうとした。

 

 不意打ち上等の華麗な剣術から、肉を切らせて骨を断つを地で行くなりふり構わない骨太の戦法への大胆な転換。

 それはスノウの予想を大きく裏切り、だからこそスノウに大ダメージを与えられた。しかし両腕によって拘束したのがシャインの腕部分だったことが災いして、“スパイダー・プレイ”によって数秒間のスタンを喰らってしまう。

 

 ほんの数秒もあれば、スノウが脱出するのには十分。

 シャインはガトリングキャノンの一斉射撃を受ける前に桜歌をワイヤーで掴んで、得意の投げ技による落下ダメージを叩き込んで逆転勝利を収めたのである。

 

 そしてその戦いの全体を通じて、スノウが終始極上の笑顔を浮かべていたことは言うまでもない。

 

 地面にめり込んで微動だにしなくなった桜歌を見下ろす、傷だらけになったシャイン。そのコクピットの中で、スノウは蕩けるようなため息を吐いた。まるで美味しくて美味しくて仕方のないスイーツがなくなってしまったのを惜しむ幼い姫君のように。

 

 

「ああ……終わっちゃったぁ。ゴクドー、ね。キミの名前は覚えておくよ。本当に楽しい戦いだった。また遊ぼうね?」

 

『向こうは絶対にお断りだと思ってるんじゃないですかねぇ……』

 

『シャインッッ!! 敵と戯れるのはやめろォォッッ!!』

 

『『『お前が言うな』』』

 

 今、コメント欄のみんなの意思がひとつに!! 奇跡か!?

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 両陣営のクランリーダーを倒したことで、敵の士気は最低に落ち込んだ。

 スノウは知らないことだが、ゴクドー個人の強さは周辺のクランにも轟いており、それが凡庸な零細企業クランでしかない【桜庭組(サクラバファミリア)】が中規模の勢力になれた理由でもあった。

 【シルバーメタル】は今回の戦いではゴクドーが最後まで大暴れするだろうと警戒していたのである。

 

 それが一騎打ちの末に倒されたとあって、【シルバーメタル】のパイロットたちはもはやスノウに挑む気力を喪失していた。ゴクドーですら手に余るのに、その上をいく存在にどうして立ち向かえようか。

 親分を倒された【桜庭組】も何故か仇討ちに来るでもなく事態を静観しているので、もうスノウに向かってくる機体がいなくなってしまった。

 

 

「うーん、もう敵はいないか。残党を倒して回ってもいいけど、これ以上は弱い者いじめになっちゃうな。それはつまらないや」

 

『これまでは弱い者いじめじゃなかったんですか……』

 

「ボクはそんなつもりないよ。そりゃ挑まれれば誰の挑戦でも受けるけど、怯える相手を蹴散らして回っちゃ可哀想だもん」

 

『怯えさせたの誰ですかねぇ!?』

 

『あーなるほど。わかるわー』

 

『それじゃ動画映えもしねーしなあ』

 

『戦うならやっぱり強い相手がいいよな!』

 

『えぇ……このコメント欄の人たちどっかおかしくない……?』

 

『そりゃ大半が大手クランの“腕利き(ホットドガー)”だもんよ。知らずに見てたのか?』

 

『どこにもそんな動画説明なかったんですけどぉ!?』

 

 コメント欄をざっと眺めたディミは、ここらが潮時だろうと判断してスノウに進言した。

 

 

『騎士様、そろそろ切り時じゃないですか? もう挑んでくる相手もいないみたいですし』

 

「あっ……そっか、そういえば配信してたんだっけ。ゴクドーとの戦いが楽しすぎて忘れちゃってた」

 

『あの、騎士様。発言に気を付けてください。某A氏が発狂しすぎて面白いので』

 

「?」

 

 

 コメント欄に絶叫が書き込まれているのを眺めて半笑いやないかディミちゃん。

 そんな事情を知る由もないスノウは、改めてカメラを向けられているのを思い出してガチガチになりながら、ぎこちなく手を振った。

 

 

「え、えー、もう戦う相手もいなくなったっぽいので終わりますね! そんなわけでっ、いかがだったでしょうかー。ボクの教えたかったことがみなさんに少しでも伝わればいいな……なんて。えへへっ。そ、それじゃ楽しい『七翼』ライフを!」

 

 

 ぶつんっ。

 

『唐突に終わった』

 

『スパチャ読み上げとかしねーの?』

 

『まあ初配信だし、大目に見ようや』

 

『いやーよかったな。あまりにもすごすぎて何が何だかわからんかったが!』

 

『俺も。ちょっとレベル高すぎてついていけんかったが、とにかくすごいのはよーくわかった』

 

『空戦の回避テクニックが普通に参考になるのが解せん……。こりゃ1回見ただけじゃちょっと吸収しきれんぞ。何度も見直して検証する必要があるな。ファンクラブで検証班を結成しようぜ』

 

『推し認定したわ! ファンクラブなんてあるん? どうやったら入れる?』

 

『スノウライトFC(ファンクラブ)のリンクはこちらですわー! 会員費無料、ぜひお越しを!』

 

『ファンになりました、今度うちに来て罵ってください』

 

【メテオコメットさんが500万JCでこの配信を応援しました!!】

 

『配信終わってからスパチャするな』

 

『シャイン!! 次は俺が行くからな!! いつもこんな都合よく行くと思ってんじゃねーぞぉぉぉぉ!! ……あ、でも仕事が……』

 

『こんなとこガン見してっから残業終わらねえんだよぉ!』



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第82話 メスガキ反省会

 配信を終わらせたスノウは、バーニーのパーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”のハンガーに機体を預けた。

 シャインから降りてふうと息を吐くスノウを見て、バーニーがすごい勢いで走り寄ってくる。

 

 

「あ、バーニー。ただい……」

 

「シャイイイイイインッ!! なんだあの配信はッ!?」

 

「え。なんだと言われても……よくなかった?」

 

 

 きょとんとするスノウに、バーニーは大きく頭を横に振る。

 

 

「良かった! 良かったけど……ぐおおおおおお……ッ!! オレの、オレのシャインがオレ以外の男にあんな笑顔を……ああああああああああああ!!」

 

 

 頭をかきむしらんばかりに苦悩しながら、どさくさ紛れにぐりぐりと頭をシャインの下腹部に擦り付けるバーニー。脳が破壊されていたのはA氏だけではなかったようである。

 お腹の中に帰りたいのかいバーニーちゃん? お前そこから生まれてねーから!

 

 バーニーが何に悶えているのかわからないながらも、とりあえずその頭をよしよしと撫でながら、スノウはにっこりと微笑んだ。

 

 

「あ、そういえばバーニー聞いてよ! なんだか視聴者さんが投げ銭っていうのをしてくれたみたい! これでバーニーからの借金を返せるんじゃない?」

 

「ぎゃああああああああああああッッ!?」

 

 

 スノウの言葉にバーニーがのけぞって叫びを上げる。

 

 

「シャインが! シャインが、オレ以外の男に媚びを売って得た金でオレの借金を返してくるうううううう!? 脳が……脳が破壊されるうううッッ!!」

 

 

 いやぁ、もう脳はとっくに破壊されてるんじゃないですかね。

 

 

「ねえディミ、全部でいくらもらえたの?」

 

『えーと……しめて2327万8130JC(ジャンクコイン)になりますね』

 

 

 バーニーのあまりの狂態にドン引きながら、ディミがおそるおそる合計額を口にする。その金額に、スノウはヒュウと口笛を吹いた。

 

 

「そりゃいいや。確かシャインを組むときの借金が2000万だったよね? あれからワイヤーを腕パーツに仕込んでもらったりしていろいろと増えたけど、傭兵としての稼ぎも合わせると余裕で返済できるよね」

 

『ええ、そりゃもう』

 

 

 むしろ傭兵として稼いだ金額の数十倍のぼろ儲けなんですけど、これまで地道に稼いだのはなんだったんでしょうね? という言葉をディミは飲み込んだ。

 

 エンタメ産業としての動画配信業が誕生してから約20年。いばらの道とも売れるのはひと握りとも称される配信業だが、うまくハマったときの爆発力は凄まじいものがあった。

 手数料として運営に10%取られるが、事務所などに所属しているわけではないので投げ銭はほぼそのままスノウの懐に収まっている。

 

 金銭感覚がイマイチ緩いのか、スノウはそりゃすごいとニコニコと微笑むばかりである。……いや、実際のところスノウはこう考えている。

 

 

(確かにすごい金額ではあるけど、しょせんゲーム内マネーだもんね)

 

 

 スノウにとってJCは課金して購入するものではなく、ゲームで戦っていればもらえるものにすぎないのだ。実際それはプレイヤー層の多くを占める無課金や微課金のユーザーにとってはその通りで、レイドボスやエリア争奪戦をしていれば貢献度に応じて入手できるものである。

 自機強化に必須のものではあるが、元がタダなので投げ銭に使うにもさほど抵抗はない。

 

 企業クランの上位層ともなるとそれだけではまったく足りないので、リアルマネーを課金してJCを買うことになるのだが。え、どこぞのお嬢様やサッカー好きの坊ちゃんがやった500万JCの投げ銭はどうだったかって? もちろんリアルマネー課金で5万円ポンと払ったに決まってるじゃないですかーやだなー。

 

 つまり富裕層や“腕利き(ホットドガー)”であるほどJCはリアルマネーと同等の価値を持つようになっていくのだが、スノウはそこらへんの感覚が非常に疎い。ゲームはあくまでもゲームと、現実とは割り切って考えている。

 だからこそリアルマネーにして20万円もの借金も気軽にできるし、23万円もの投げ銭をもらっても平然としていられるのだ。

 

 当然投げ銭も全部視聴者がゲーム内で戦って稼いだものだと考えており、まさか視聴者に現ナマぶっこんで投げ銭されているとは思いもしない。リアル事情を知ったら腰を抜かすことだろう。

 

 そんなスノウは、ほくほく顔でディミの言葉にうんうんと頷いている。知らぬが仏である。

 

 

「いやー、これだけ儲かるんなら恥ずかしいのを我慢した甲斐があったかな。これなら次もまた配信してお金をもらってもいいかも」

 

「ダメだーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 バーニーが顔を上げ、すごい勢いで食いついてきた。

 

 

「自分の体を大切にしろッ! 嫁入り前の男が不特定多数の前で肌をさらすなんてことあっちゃいけないッ!!」

 

『やっべえ、本格的にバグってるぞこの人……』

 

「バーニー、()は男だからお嫁さんにはならないよ。それに別にいいじゃない、たかが配信だよ? 別に減るものじゃないし」

 

 

 こわごわと震えるディミをよそに、スノウはよしよしとバーニーの頭を撫でる。しかしバーニーはスノウの手の感触に目を細めながらも、地団太を踏んだ。ついでに薄い胸に頭をスリスリして甘えた。

 

 

「減るッ! シャインの体におけるオレの占有率(シェア)が減るんだッ!! クソッ、見知らぬ男どもめ! シャインの体をじっくりと見たのかッ!? 汚らわしいっ……!! すりすりしてもう一度シャインのシェアを上げなきゃ……ッ!!」

 

『あなたの発言が人間的に汚らわしいと思います……』

 

「ふふっ、バーニーは相変わらず面白いなあ。ボクの体はボクだけのものだから、シェアなんて存在するわけないのに」

 

『……騎士様も、これだけセクハラされてよく平気ですね?』

 

「? だって今は女の子同士だし、問題ないでしょ。それに元は男同士なんだからおふざけだよこんなの」

 

 

 きょとんとした顔で小首を傾げるスノウに、んなわけねーだろと真顔になるディミである。

 

 薄々わかっていたことではあるが、スノウは自分が誰かに性的な視線を向けられることに対して危機感がまったくの皆無であった。戦場で向けられた敵意に関しては敏感すぎるほど鋭いくせに。

 その危機感の薄さたるやカカポやステラーカイギュウ、ペンギン並みである。なんなら密猟者相手に求愛ダンス(煽り芸)しちゃうぜ。

 

 そんなスノウを見て、バーニーは密かに拳を握りしめた。

 

 

「オレがシャインを守護(まも)らねばならぬ……!!」

 

『一番やべーのは貴方なんだよなあ!?』

 

 

 いやあ、最近はそうとも言えないんじゃないっすかね。配信中に最前線彼氏面してた人とかいますしね。

 

 

「まあそんなわけで、パーツ代はこれで返すね」

 

「くっ……愛するシャインが体を売って稼いだ汚れた金なんて……! だが、なんだこの一抹の興奮感は……!? オレの脳はどうなってしまったんだ!!」

 

『一度デバッグすることをお勧めしますよ』

 

 

 ビクンビクンと体を震わせながら返済を受け取るバーニーに、ディミは氷点下の視線を向けた。

 そんな急速に関係性が悪化する2人をよそに、スノウはご機嫌モードである。

 

 

「よーし、これで新しいパーツも買えるね! ツケで!!」

 

『せっかく返し終わったのに、また借金するつもりなんですか?』

 

 

 まるでローンを返済し終わった直後に新しいクルマのカタログを物色する夫を見る妻のような視線だった。

 しかしスノウはまったく意に介した様子はない。つよい。

 

 

「そりゃそうでしょ、常に上を目指していかなきゃ! というわけでバーニー、新しいビルドをお願いね」

 

「んー……まあ、それはいいが。配信で稼いだ金は、返済として認めねえからな」

 

「え、なんで? お金はお金じゃない」

 

 

 仏頂面を浮かべるバーニーに、きょとんとした瞳を向けるスノウ。

 バーニーはキリッとした表情で、その視線を受け止めた。

 

 

「いいや! 機体の強化にあてる金は、戦って稼いでこそ意味があるんだ! バトル以外で稼いだあぶく銭が、オマエの身になるとでも思うのか! オレはオマエのパイロットとしての成長を期待するからこそ、バトル以外で得た金を受け取るわけにはいかない!!」

 

「…………!!」

 

 

 スノウはそのバーニーの言葉に身を震わせる。

 かつての師匠のひとりの言葉に、深い感銘を受けていた。

 

 

「確かに……! バーニーの言うとおりだ! 強くなるのに、バトル以外の方法を頼ろうなんて……ボクが間違ってたよ!!」

 

「だろう? 危うく邪道に堕ちるところだったな、スノウ。これからも誠心誠意、戦うことに向き合うことだ。それがオマエを更なる高みへと導くだろう……!」

 

「うん! わかったよ、バーニー!! これからも頑張るからね!!」

 

 

 腕組みするバーニーの手を取って、スノウは強く頷く。

 麗しい師弟愛! その光景を見ながらディミは呟いた。

 

 

『良い言い訳を考えましたね』

 

「いいいいい言い訳じゃねーし!? 本当にそう思ってるし!!」

 

 

 じゃあ何で動揺してんだよ。

 スノウに手を握られて頬がにやけそうになってる時点でお察しじゃねーかオメー。

 

 

「……ま、次のビルドもまた考えとくわ」

 

「そんなに時間がかかるものなの? 前は半日ほどでやってくれてたけど……。パーツの取り寄せに時間がかかるとか?」

 

「んー……まあ今作る意味が薄いからな。もうちょっと苦戦を経験してからがいい」

 

 

 そう言って、バーニーはポリポリと帽子の上から頭を掻いた。合わせてゆらゆらとウサミミ飾りが揺れる。

 

 

「苦境や敗北を味わうからこそ、自分に足りないものが見えてくる。そこを補強するビルドにすることで、全体的な強さが底上げされていくのさ。オマエも前作じゃそうやって一歩ずつ強くなっただろう?」

 

「なるほど……」

 

 

 バーニーの言葉に納得するスノウ。その言葉には、スノウをここまでのプレイヤーに育て上げたゲーマーの師としての重みがあった。

 ただの変態じゃないんだな、とディミも密かに感心する。

 

 

『でもこれまでも結構何度かレイドボス相手に危なかったですよ? なんだかんだ最終的には勝ててきましたけど……』

 

「いーや、あの程度じゃまだまだだな。いくら強かろうが、しょせんAIでしかねえわ」

 

 

 バーニーはディミの言葉を一笑に付した。

 

 

「あの程度のボス、機体のスペックが上がればいずれ簡単に狩られるようになる。人間の最大の敵はAIじゃねえよ。人間にとって最大の敵はいつだって人間さ」

 

『騎士様以上のプレイヤーが現れる……と?』

 

「そりゃそうさ。シャインは最強なんかじゃねえ。【シャングリラ】の7位なんだぜ。前作ですら上に6人もいたんだ。『七翼』にもシャインを凌駕するヤツはいる。絶対にな」

 

『いますかね、そんな化け物みたいなプレイヤー。いるとしたら既に話題になってる気がしますが……』

 

「いる。単に見つかっていないだけだ。それが埋もれているのか、衆目から隠れてるのかはさておき、な」

 

 

 バーニーの言葉に、スノウは花が綻ぶような笑顔を浮かべる。

 

 

「そうかぁ……ボクを負かせてくれるプレイヤーがいるのか。それは……楽しみだね」

 

「ククッ。オマエならそう言うだろうと思ったぜ」

 

 

 嬉しそうなスノウに、ニヤリと笑い返すバーニー。

 その2人の笑顔に、ちょっとついていけないなあとディミは肩を竦めた。

 

 

『まあ騎士様が楽しめる相手が見つかるなら、それはそれでいいのかもしれませんね。騎士様のテクニック伝授もアレでしたし』

 

「あ、そうだ! それが元々の目的だったっけ!」

 

 

 ディミの呟きを聞いたスノウが、眉を跳ね上げて尋ねる。

 

 

「ねえディミ、反響はどうだったの? ボクがあれだけ頑張って教えたんだから、みんなコツを掴んでくれたんじゃない?」

 

『え、それ訊きます……?』

 

「もちろん! ねえ、どうだったの? みんなの反応をダイジェストで教えて!」

 

 

 口ごもるディミに向かって、期待でキラキラと輝く瞳を向けるスノウ。

 

 

『というか、配信中も思ってたんですけどなんで自分でコメント見ないんです?』

 

「だってぇ……なんか傷付くこと書かれてたら怖いし……」

 

『あー……』

 

 

 もじもじするスノウを見て、ディミは察した。

 スノウの内弁慶な一面が出ている。普段は超攻撃的に誰彼構わず煽り倒しているが、素のスノウはとんでもなく臆病だ。戦闘中に殺気とやらを察するのも、他人の害意に敏感すぎるせいではないかとディミは疑っている。

 そんなスノウが匿名のコメントのるつぼに脚を踏み入れるわけがないのだった。

 

 

『はいはい、フィルター通してわたあめみたいにふわっふわの感想投げ付けりゃいいんでしょ……』

 

 

 でもなー、ダイジェストにすると……。

 ディミは観念したように肩を落とし、コメント欄で一番多く見られた感想を総意として伝えた。

 

 

『えーと……みなさん、わけがわからなかった、と』

 

「えっ……」

 

 

 感情のボルテージがみるみる落ち込み、無表情になるスノウ。

 ディミはその顔を直視しないように顔をそむけ、言葉を続けた。

 

 

『何やらすごいことをしているのはわかったけど、何でそうなるのかさっぱりわからないとか。ちょっと人道的な観点からも真似ができないとか。なんか魔王みたいだったとか……メスガキかわいかったとか、ですかね……』

 

「…………」

 

 

 肩を落としてうなだれるスノウ。

 

 ぶっちゃけ聞き方が悪かった。

 大体のプレイヤーとスノウの技量があまりにも隔絶しているのだから、一番多い感想を聞けば「わけがわからないよ」になるのは当然のこと。しかもスノウはほとんど説明らしい説明をせずに映像だけ見せているので、あれで理解しろという方が無茶であった。

 

 だが一部のプレイヤーはそこから何らかのヒントを掴んだり、検証チームを立ち上げようとしている。注目すべきは総意ではなく、そうした上澄みなのだ。

 しかしスノウ的には自分にできることは大体誰でもできうると思っているので、動画講座を配信すればすぐにみんなぱぱーっとできるようになると思っていたのだった。

 

 

(ンなわけねーだろ、オマエが流した血と汗の結晶がそんな簡単にマネされるような安いモノであってたまるかよ……)

 

 

 バーニーは内心で呟き、ぽりぽりと頭を掻いた。

 強くなるために不断の努力を欠かさない精神性。親友が持つその最大の美徳を、バーニーは尊敬している。だからこそ自分の払った努力を軽視する一面があることを密かに残念に思っていた。

 

 しかしそれを決して指摘はしない。だって指摘したらもっとわかりやすい動画を配信しようとするかもしれないから。バーニーはこれ以上スノウを誰の目にも触れさせたくないのだ。

 この独占欲(カルマ)、まさにバーニー……!

 

 

『あ、あの……。でもわからなかった人だけじゃないんですよ? みんなわからないはわからないなりに、なんとか理解しようとはしてたみたいですし! ごく一部の人には伝わったんじゃないでしょうか? 今すぐにレベルが底上げされたりはしないと思いますけど、いつか騎士様が理解される日もきますよ、きっと!』

 

 

 そしてディミちゃん励ますのが下手ッ!!

 

 事実としては確かにそうなんだけど、なんか売れない芸人に「お前のセンスって尖りすぎてて一般受けしてないよ」と遠回しに伝えるような言い方であった。

 サポートAIには人の心がわからない……!

 

 

「もういい」

 

『えっ』

 

 

 震える声で呟くスノウ。

 ディミがその顔を覗き込むと、スノウは顔を真っ赤にしてぷるぷると涙目になっていた。

 

 

「もう配信なんか二度としない! ボクはあんなに恥ずかしかったのに!!」

 

『ええー……? でも総じて言えば、結構好評でしたよ!』

 

「みんなわけがわからなかったって言ってたのに!?」

 

『それはまあ……視聴者的にはわけがわからなくてもよかったんじゃないかと』

 

「どういうこと!?」

 

 実のところ、ほとんどの視聴者は理屈はわからないなりに超絶テクニックのプレイ動画として楽しんでいたのだ。つたない説明ではあったが、煽り芸も含めて個性的な実況者として好評を得ていたのである。

 

 しかしスノウには超絶プレイ動画を見てすげー!となる一般人の気持ちがわからない。何しろ国内トップクラスのゲーマーの動きを生で見せられて、じゃあ次はオマエもやってみろと無茶振りされてきたのだ。

 虎太郎にとって超絶プレイとは見るものではなく、実践するものであった。

 

 だけどそれを説明しても理解してくれないだろうなあ……。

 というわけで、ディミは切り口を変えることにした。ディミ的に考えて、一番説得力があるもの……それは数字!

 

 

『でもほら、見てください! こんなに投げ銭が!! 視聴者が満足した証拠ですよ! やったぁ!!』

 

 

 意気揚々とスーパーチャージしてくれた人のリストと金額を見せるディミ。

 カネは……嘘をつかないッ!!

 

 いかにもAIらしい価値基準であった。まだまだ人間の心を理解するには遠いな。

 

 

「いくらお金もらっても、テクニックが伝わらなきゃ意味ないじゃん!?」

 

『ええー……? この人めんどくさぁい』

 

「サポートAIが客に向かって言うことか!?」

 

『そんな固定観念を凌駕するほど高度なAIがサポートしているということですよ。つまり神ゲーです』

 

「くっ、運営の手先ちゃんモードに入った……!!」

 

 

 誰からもフォローを得られず、スノウはぽろぽろと泣きながら叫んだ。

 

 

「もういいもん! 二度と配信なんかしないもん! バカーーーっ!!」

 

 

 こうしてスノウの初配信は大失敗に終わったのである。

 

 ……本人の中では。




バーニーが出ると地の文=サンがイキイキするなあ。


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第83話 そっかー辻褄が合っちゃったかー

 配信という自分の目的を終えたスノウは、死屍累々(ボロボロ)となった戦場を一顧(いっこ)だにすることなく退散していった。

 しかしそれで今回の戦いのすべてが終わったわけではない。プレイヤーは決してスノウだけではないのだから。

 

 スノウに撃墜されたゴクドーは、本拠地でリスポーンするなり即座に配下全機に命令を飛ばした。

 

 

「総攻撃ッ!! 敵は疲弊している、今こそ奴らの首を獲れッッ!!」

 

 

 ゴクドーの命令を受けて、【桜庭組(サクラバファミリア)】の全機が雄叫びを上げながら怒涛の勢いで【シルバーメタル】の陣地へと襲い掛かる。その勢いたるや、地響きとなって大地を揺らさんばかり。

 

 

「な……なんだとッ……!?」

 

 

 【シルバーメタル】のリスポーン拠点で復活した指揮官は、勢いづいて突撃してくる【桜庭組】の鎧武者の集団の姿に顔を青ざめさせた。

 そばにいた副官に慌てて迎撃態勢を取るように命令するが、副官は沈痛な面持ちで首を横に振るばかり。

 

 

「……無理です、少佐殿。こちらは先ほどの乱入者にズタズタにされています。とても止められません」

 

 

 副官の言う通り、【シルバーメタル】は先ほどスノウに挑んで消耗した戦力も回復していなければ、打ち砕かれた戦意も癒えていない。

 それはそうだ。シャインは【シルバーメタル】のリスポーン拠点もトランスポーターも破壊していったのだから、回復能力は壊滅状態。リスポーンした兵の補給もままならなくなっている。

 

 加えて【シルバーメタル】の兵は指揮官の命令に従いスノウに襲い掛かって返り討ちに遭ったのに対して、【桜庭組】の兵はゴクドーの命令通りほとんどが後方に待機していたため、損害を受けていない。

 元々は【桜庭組】の倍以上の戦力を有していた【シルバーメタル】だが、シャインという乱入者のせいで戦力差はすっかりひっくり返っていた。

 

 

「ゴクドーめ……! 意図的にあの乱入者を利用してこの図を描いたのかッ!」

 

 

 【シルバーメタル】の指揮官が歯噛みする中、ゴクドーは本拠地から一直線に進撃する武者集団の戦闘に立って大地を駆け抜けていた。

 シャインとの死闘に敗れたばかりで疲労しているが、この戦いを制するにはここが踏ん張りどころと自分を叱咤して気合を入れる。

 

 【シルバーメタル】の指揮官の言葉通り、今の状況はゴクドーが描いた絵だ。

 スノウライトという正体不明のプレイヤーの暴れぶりを知ったゴクドーは、極力自軍に損害が出ないように計らっていた。

 自分が一騎打ちを申し出たのも、万一自分が勝てないようなことがあったとしても、自分の首を獲らせればそこで満足して帰っていくだろうと踏んでのこと。

 

 

「まさか本当に勝てないなんて思いもしなかったけど」

 

 

 コクピットの中で不本意そうに首をひねりながら、ゴクドーは独りごちた。

 

 思えばこの戦いは不本意なことばかりだ。

 たまたまボーナスエリアが自分たちの領地に湧いたことも、大手企業クランに狙われたことも、準備が整わないうちに襲い掛かられたことも、正体不明のプレイヤーが乱入してきたことも。何も彼の思い通りには運んでいない。

 

 ゴクドーの持論は『戦争の結末は戦う前から決まっている』だ。戦争はそこに至るまでの準備や交渉の時点でどちらが勝つか決まっていると思っている。プレイヤーの腕前などしょせん誰もが五十歩百歩、個人がいかに善戦しようが技量でひっくり返るような戦場などありえない。

 だというのに……。

 

 今日乱入してきたプレイヤーは、あまりにもイレギュラーだった。

 たった1騎で戦場の趨勢(すうせい)を大きく狂わせ、片方の補給機能をズタズタに破壊して、両陣営のエースプレイヤーを叩き潰した。

 ゴクドーにとって、そんなプレイヤーが存在するなどまったくの想定外。そんなことができる個人がいるなど、夢にも思ったことはない。

 

 そして今、自分はその存在を利用して万にひとつもなかったはずの逆転勝利を掴もうとしている。本来のゴクドーのポリシーである入念に入念を重ねて盤石(ばんじゃく)の準備を整えた確実な勝利とはまったく正反対の形で。

 

 【桜庭組】にとってあれこそ神風。人知を越えて勝利をもたらす希望の追い風だ。同時に【シルバーメタル】にとっては理不尽極まりない絶望の大暴風でもある。

 

 

「気に入らねえな! 全然気に入らねえ、そんなものッ!!」

 

 

 暴れ馬のように揺れる愛機“桜歌(オウガ)”の中で、ゴクドーは拳を握りしめた。事前の計画を徹底的に狂わされたうえで予想もしない勝利が転がり込んでくるなんて、まるで自分の拙い計算をあの正体不明機のパイロットに嘲笑われたかのように感じられた。

 

 今の戦況は確かに自分が描いた図だが、しょせんは変化する戦場のどさくさで掴んだものでしかない。入念な準備で得る彼の理想の勝利とは程遠い。

 一騎打ちに負けたうえでおこぼれで勝利をもらうなんて、なんだか恵んでもらったみたいじゃないか。それともこれは敢闘賞だとでもいうのか?

 

 だが、この状況で目の前に転がり込んだ千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを手にしない理由などどこにもない。

 

 

「スノウライトって言ったな。今日は甘んじてこの勝利をいただいてやるッ!!」

 

 

 怒りと共に言葉を吐き捨て、ゴクドーは“サテライトアーム”で大小のブレードを抜き放つ。そして裂帛(れっぱく)の気合と共に腕を飛ばした。

 ゴクドーの視界の先には、怒涛の突撃を前に動けない敵の指揮官機!

 

 

「敵大将、このゴクドーが討ち取ったりッッッ!!!」

 

 

 敵機の首を掲げるその雄姿に、我に続けと配下たちが咆哮を上げた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「あはは……勝っちゃった……」

 

 

 未だそこかしこから黒煙が上がる戦場跡を眺めながら、戦の興奮から解き放たれたゴクドーは呆然と呟いた。

 

 ゴクドーが【シルバーメタル】の指揮官機を倒した時点で、敵の総コストは大きく減っていた。元からスノウの手によって【シルバーメタル】の総コストは相当に削られていたのだ。

 さらにゴクドーの活躍によって発奮した配下たちが殿に続けと命知らずな突撃を繰り返し、完全に戦意を砕かれた敵はただの狩られる獲物となり果てた。気付けば敵の総コストは枯渇し、【桜庭組】は勝利を収めていたのである。

 

 戦闘前にはまさかありえるとは夢にも思わなかった大逆転勝利。

 戦闘中にはアバターの影響もあって負けん気が非常に強くなっていたが、こうして我に返ってみると自分でも信じられない思いだった。ゴクドーの計算では、絶対に負けるはずの戦力差だったのだから。

 

 

「やりましたな、若! さすがのご活躍です!」

 

「それでこそ俺たちの若だぜ!! いよっ、日本一ッ!!」

 

「やっぱ若の武芸に勝てるヤツなんざいねえんだよ! さっきのガキも若が本気を出してないとも知らずにイキりやがって! ははははっ!!」

 

「この調子で俺たちの強さを他のクランの連中にも思い知らせてやりやしょうぜ!!」

 

「【桜庭組】ばんざーい!! 俺たちの栄光の歴史の始まりですな!!」

 

 

 勝利に酔った組員たちが、上機嫌でゴクドーを讃えてくる。

 ゴクドーは鷹揚(大物)な態度を装ってうむうむガハハと笑い返していたが、内心ではそんなうまいこといくわけないでしょと頭を抱えたい気分だった。

 

 

(これからのことなんて、まったく何も考えてないんだけど……)

 

 

 何しろゴクドーの中では今日の戦いは負けているはずだったのだ。

 防衛のために出陣したのはせめてものメンツを保つため。そしてあわよくばなんとか善戦してから降伏して、ボーナスエリアを譲る見返りに幾ばくかの資金や技術をもらう交渉に持ち込みたいという打算のためだ。

 

 それがまさか勝ってしまうなんて。

 完全に予想外すぎて、これからどうするかのプランなど考えてもいなかった。

 

 かといって、今更【シルバーメタル】にこのボーナスエリアをくれてやるわけにもいかない。至急これからの計画を立てる必要があった。

 何しろ【シルバーメタル】はボコボコにして追い返したとはいえ、このエリアを喉から手が出るほど欲しがっているクランは他にいくらでもいるのだ。

 

 そうしたクランのいずれかにこのボーナスエリアを高値で売りつけるのも手ではある。だが、ボーナスエリアの恩恵をむざむざくれてやるのは惜しかった。

 

 ボーナスエリアを所有する企業クランは、エリア数維持ボーナスに大きなブーストがかかる。具体的には素材の獲得数や技術研究ツリーの進捗に倍率ボーナスがかかり、さらに運営からの特別な“ご褒美”も獲得しやすくなるのだ。

 ボーナスエリアを所有することは、大手企業クランにとって必要不可欠である。

 

 そしてそれだけではなく、ボーナスエリアを大手クランから守り切ったという実績は大きな名声となってくれるはずだ。ただの中規模クランの【桜庭組】に手を貸してくれる者はいなくても、大手クランにも負けない実力を持つゴクドーの元になら人は集まることだろう。

 たとえそれがたまたま吹いた神風がもたらした勝利だったとしても、内実など誰にもわかりようもない。

 

 

(この勝利は、私たちが飛躍するためのきっかけになるのかもしれない……)

 

 

 ゴクドーは密かに拳を握りしめ、空を見上げた。

 気まぐれな希望の追い風は、彼をあの空の高みへと連れて行ってくれるのだろうか。

 

 

「いや、行くぞ。行ってみせる。誰がその風を吹かせたかなんて関係ねえ。ただの町工場じゃ終われない……!」

 

 

 ゴクドーは野心に満ちた瞳を空に向けて小さく呟いた。

 その瞳は豪胆そうなアバターの顔立ちよりも、一層の若さに溢れている。

 

 

 それにしても、とゴクドーはふと思い返す。

 先ほどのスノウライトとかいう正体不明のパイロットは何だったんだろうか。

 

 あの腕前はゴクドーをして心胆寒からしめるものがあった。

 ゴクドーは現状このゲームにおいて戦いの勝敗を決めるのは戦力の多寡(たか)であり、個人の技量は大きな影響をもたらさないと考えている。あくまでもこのゲームでの戦いは集団戦なのだから、それは当然のことだ。

 

 しかしだからといってゴクドーの腕前が誰かに劣るということはない。

 現実で若くして修めた剣術はゲームの中でも通用しており、彼がタイマンで負けたことなどこれまで一度としてなかった。しかし今日出会ったパイロットは……。

 

 数多の敵を葬ってきた、必殺の奥義“天地二段”。

 あれを一度受けただけで見切り、背後から避けきれるようになるとは尋常(マトモ)な相手ではない。まるで背中に目が付いているかのような勘の良さだった。

 

 これまで彼の絶技をああまでたやすくかわした者などいない。……いや、例外はいる。いるが、それは彼に技を伝授した師その人だ。まるで枯れ木と見まがうような老いた体躯に恐るべき気力を秘める師は、ゴクドーの攻撃を柳のようにかわす。曰く“殺気が籠った一撃など視線を向けずとも見えているも同然”だという。

 

 だが、それと同じことをあの幼い少女ができるものなのか? 彼の師が数十年をかけて熟成させた境地に、あの少女が至っていると? ……ありえない。

 あるいはアバターの中身は老人という可能性もあるが、あの言動を見る限り絶対にそれはないと断言できる。あの幼い言動は間違いなく中高生レベル、もしかしたら小学生かもしれない。

 

 かつて日ノ本の武芸者の間で“表の稲葉(いなば)流、裏の桜神(おうじん)流”と並んで至高の武門と称せられた暗殺剣、それがゴクドーの使う桜神流剣術である。その老師と同レベルの勘を持った子供など存在するわけがない。

 であれば、あの化生(バケモン)じみた少女は一体何か。

 

 

「……AI」

 

 

 ゴクドーはそう呟き、唇がかさかさに乾いているのを感じた。

 

 そうだ、あの少女は頭の上に乗せたメイド姿の妖精AIと会話しながら戦っていたではないか。誰もがあの少女がパイロットで、メイド妖精がAIだと思っていた。

 

 だが……逆だったとしたら。

 メイド妖精の方が監督役の人間のアバターであり……あのパイロットこそがAIだったとしたら。

 

 

「全ての辻褄(つじつま)が合う……!!」

 

 

 えっお前それ本気で言ってんの?

 

 

 しかしゴクドーはしきりにうんうんと興奮した様子で頷いた。

 

 

「そうだ……そうに違いない! あの異常な技量! 幼く未熟な情緒! そして他人を屁とも思わないサイコパスなメスガキ煽り! あれは運営が極秘裏に開発している、最新式の対人用AIの試作機だわ……!!」

 

 

 危ない危ない、うっかり騙されるところだった……と、ゴクドーは額に浮いた汗をポケットから取り出したレースのハンカチで拭った。

 常人なら騙されたかもしれない。だが桜神流剣術の後継者であり、桜ヶ丘AI工房のCEOを務める自分の目を誤魔化すことなどできない。

 本物の達人に師事した経験と、数多くの優秀なAIを調律してきた経験がゴクドーに真実を教えてくれていたのだ。

 

 人間って本当に物事を見たいようにしか見ねえな!

 

 

 ゴクドーはううむと唸って、コクピットの中で腕を組んだ。

 スノウがただの人間なら彼は深い興味を向けることはなかっただろう。制御できない他人など、扱いにくくて仕方がない。

 しかもメスガキ気質など、彼がいちばん苦手なタイプだ。同族嫌悪ってやつで。

 だがそれがAIとなれば話は違う。彼にとっていかなるAIであろうともそれは制御可能な存在であり、利用できるコマになりうるのだ。

 

 

「スノウライト……あの子を手に入れることができれば、私が頭角を顕すための大きな力になる……!」

 

 

 あの戦力は本当に魅力的だ。暴走していたのか性能試験だったのか誰かれ構わず襲い掛かる狂犬ではあったが、自分ならどんなAIでも御せるはず。

 欲しい、必ず欲しい。野望に欠かせない手駒として手中に収めたい。

 

 だが……今は、まず目の前のことから。このボーナスエリアを維持することから始めなくては。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、ゴクドーはその未練を断ち切って今後の防衛計画を練り始める。

 

 幸いボーナスエリア防衛に関しては、複数のクランによる波状攻撃で無理やり強奪されるのを防ぐための措置として、一度防衛に成功したら1週間はどこからも攻撃を受けないという特別ルールがある。

 これを利用して時間を稼ぎ、防衛設備や兵力を整えよう。何なら本業のAI育成業を多少止めてでも、こちらに資金を回してもいい。“ご褒美”さえ手に入れられれば、その投資に見合う以上の利益を得られるのだから。

 大丈夫。難しい仕事だが、できるはずだ……自分なら。

 

 

 ゴクドーは有能な人物だ。地頭がよく、視野が広く、用意周到で文武両道。

 にも関わらず肝心なところで致命的に抜けているのは、自分の興味がある分野に関しては極端に視野が狭くなるせいかもしれなかった。

 

 

 まーた見ていて愉快な仲間(ポンコツ)が増えましたね!



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第84話 あこがれの時限爆弾

 ジョン・ムウの中の人こと鈴花鈴夏は追い詰められていた。

 

 

「鈴花さん、この2カ月私はずっと様子を見てきました。いろいろと厳しいことも言いましたが、それもいずれは戦績を上げてほしいという親心があってのものです」

 

「はい」

 

「しかし貴方は未だにどこの部隊にも声がかからないし、遊撃部隊での戦績もパッとしない。多少の戦闘はこなしているようですが、ヘルメス航空中隊に所属できたポテンシャルを考えればまだやれるのではありませんか?」

 

「すみません」

 

「謝ってほしいわけではないんですがね。本当にやる気あるんですか? 何故手を抜いているんです」

 

「すみません」

 

「…………」

 

「……すみません……」

 

 

 鈴夏は電話の向こうの安田に身を縮こませて謝ることしかできない。

 完全に心が委縮しきっていた。

 

 1週間に1度の頻度で何故戦果が上がらないのかと詰問されるたびに、鈴夏はさまざまな言い訳をひねり出してきた。しかしもうそのボキャブラリーも限界に達している。

 いくら頑張っても頑張っても空回りする努力と焦燥は彼女の心をむしばみ、今の鈴夏は疲弊しきっていた。

 

 この2カ月というもの、【アスクレピオス】の遊撃部隊に配属された鈴夏はさっぱり戦果を挙げられていない。

 

 いや、1カ月ほど前からは心を入れ替えて現状を変えられるように努力はしていたのだ。武器を少しはマシなものに取り換え、射撃の腕を磨き、少しでも多くの敵を倒せるように頑張った。

 

 しかしそれでも彼女をスカウトした安田の目には頑張っていないように映るらしい。エリート部隊に配属されるほどの逸材なのだから、どこでだって戦果は挙げられるはずだと捉えられてしまうのだ。

 

 何故鈴夏が目立った戦果を挙げられないのか。客観的に答えを言ってしまえば、置かれている環境が悪すぎるのだ。

 

 いくらエースパイロットになれる素質があるからといって、豆鉄砲だけ渡してさあ敵の首を獲ってこいと言われてできるヤツはいない。ごく一部の例外(メスガキ)がそうそういてたまるか。

 ついでに言えば彼女の中に眠る優れた資質を引き出せるような教師もいない。誰も彼女を育てようとしていない。

 

 遊撃部隊の先輩たちはジョンを元エリートの鼻持ちならない奴だという色眼鏡で見て、新人を助けるどころか露骨に嫌っている。ジョンの戦闘に横入りして、倒しかけた敵を横取りされたことも一度や二度ではない。

 

 ジョンの対応も悪かった。ここで取るべきは徹底的に先輩を糾弾して上に掛け合うか、さもなければ部隊の水に染まって先輩にへつらうかだっただろう。しかし先輩たちのいびりを糾弾するには彼はおとなしすぎたし、部隊の淀んだ空気に染まるには真面目すぎた。

 

 要はロクに抗弁もできない陰キャなので、ガラの悪い先輩にナメられたのである。

 

 健全なクランにいればジョンのような素直で物覚えがよく上からの命令に従順な人材はさぞ重宝されただろう。

 

 しかし【アスクレピオス】にはジョンに目をかけてくれる味方など誰もおらず、先輩からはいじめられ、スカウトマンからは叱られるばかり。ごみ溜めのような部隊に投げ込まれては自力で這い上がるにも限界があり、ジョンの心は萎む一方だった。

 

 

「とにかく……鈴花さんには早急に戦果を挙げてもらいたいです。でなければ、入院されているお父さんの面倒をこれ以上看るわけにはいきません」

 

「それは……」

 

「私もねぇ、ヒマじゃないんですよ。貴方みたいに成果を出さない小娘にいつまでも付き合っていられないんでね! これが最後通告と思っていただきたい。いいですね?」

 

「……はい」

 

 

 いいも悪いも、鈴夏には決定権などない。

 

 声を荒げた安田が電話をガチャ切りするのを聞き、鈴夏はこてんと背中からベッドに倒れ込んだ。実家にあったものよりも随分と固いマットレスが、鈴夏の体を受け止めてわずかに弾む。胸も弾む。

 

 

「戦果を上げろって言われても……これ以上どうすればいいのよ……」

 

 

 枕に横顔を埋めながら、鈴夏は昏い目で呟いた。

 

 これでも自分では一生懸命頑張っているつもりだった。それで足りないと断じられてしまったら、もう鈴夏にはどうしようもない。一応カタツムリ程度の速度で前に進んではいるが、それが実を結ぶにはあまりにも時間がなさすぎた。

 万事休す。

 

 

(……死んじゃおうかなあ……)

 

 

 心の奥底から浮かんでくる言葉に、慌ててぷるぷると頭を振る。

 いや、何を考えているんだ。自分が死んでしまったら残されたお父さんや家族はどうなる。自分が頑張らないといけないんだ。頑張らないといけないんだけど。

 

 ああ、心が沈む。

 絶望に打ちひしがれた鈴夏は何もする気が起きず、ベッドに身を横たえた。日課のストレッチもしないまま瞳を閉じる。何もかもがどうでもよくなりつつあった。

 ふと、手にしていたスマホからピロンと電子音が鳴った。

 

 怒りがぶり返した安田からのお叱りか、家族からの不安そうな連絡か。そのどちらかなら取らずに寝てしまおうと思いながら、それでも根が生真面目な鈴夏は物憂げに画面を見る。

 

 

【フレンドのスノウライトさんが配信を開始しました。

『チンパンでもわかる! 超絶簡単“腕利き(ホットドガー)”養成講座』】

 

 

「何やってんのあの子。チンパンでもわかるって……ふふっ」

 

 

 鈴夏の疲れた顔に、ほんのわずかな笑みが混じる。

 2カ月前に知り合った異常なパイロットの少女は、また何か変なことを始めようとしているらしい。

 

 密かに匿名掲示板の常連である鈴夏は、ちらちらと見る噂からスノウが結構有名になりつつあるらしいとは知っていた。しかしあえて具体的には知ろうとせず、連絡を取ったこともない。

 

 それは自分より後に始めた少女が瞬く間に自分を追い越していくことへの嫉妬と、いつか自分が自力で苦境から這い上がったときに改めて自分の変化を見てもらいたいという憧れが入り混じった想いによるものだった。

 

 だが今の鈴夏は疲れていて、何か心に変化をもたらすものを求めていた。“腕利き”養成講座という響きに惹かれたというのもある。

 動画を見ただけでそうそう技術が身に付いたりするわけないでしょと内心苦笑しながらも、あの無鉄砲で滅茶苦茶な子にもう一度会いたいという思いが鈴夏に視聴アプリを起動させた。

 

 

 率直に言うと、目から鱗が落ちた。

 

 

 そこで展開されていたのは、かつて見たこともないようなプレイ動画だった。

 確かに配信者のトークは拙いし、視聴者への配慮もない。視聴者からの反応が怖いのか、コメント欄にすら目を向けていないようだった。だがそんなことはどうでもいい。視聴者の度肝を抜くその超絶プレイの前では、どんなトークであれ霞んでしまう。

 

 

『武器や物資はトランスポーターで運んできているんですけど、大体前線から下がったこのへんにあるんじゃないかと思います。まず初手でここを潰して武器を調達します』

 

「!? そ、そっか……!! こちらの手持ちの武器がショボくても、強奪しちゃえば何とでもなるんだ……!!」

 

 

 かつてのエリート部隊にいたジョンなら、盗むという行動に無条件に眉をひそめ、正面から挑まない強襲に不快感を抱いただろう。しかしこの2カ月、とことんまで泥を舐めて底辺を這いずった今のジョンにはそれは受け入れられる行動だった。

 そこからのスノウの行動は迅速だった。あれよあれよと視聴者たちが見守るなかで、トランスポーターを守る防衛部隊を出し抜いて装備を奪い、返す刀でトランスポーターごと防衛部隊を叩き潰していく。

 

 その手口はとてつもなく鮮やかで、これまで幾度も同じことをやる中で洗練されてきたことがうかがえる。

 

『はえー、簡単に墜とすなあ』

 

『敵ザッコwww マジで何も反応できてねえwww』

 

『いいねー俺も長距離武器作ってみよっかな』

 

 あまりにもサクサクと段取りを進めていくのでライト層が楽観的なコメントを残していくが、何をヌルいこと言ってるんだとジョンは舌打ちしたい気分だった。

 

 同じことを何人ができるものか。単身で敵地を強襲して、武装を奪いつつ施設を破壊するなど、一流のテロリストの芸当ではないか。

 さあ見本は見せたぞ、お前も真似しろと言われてできれば苦労はない。

 

 だが……今のジョンにとっては、それは福音(ふくいん)にも思えた。

 孤立無援でロクな装備も与えられず、たったひとりで成果を残せと無理強いをされている彼にとって、目の前の光景は“唯一の最適解”だ。

 

 姿勢を(ただ)してベッドの上で正座してスマホを覗いていたジョンは、慌てて起き上がるとバタバタと勉強に使っているPCを起動した。

 この貴重な映像をスマホの小さな画面なんかで見るわけにはいかない。もっと大きな画面で、ほんのわずかな漏れもなくすべてを吸収しなければ! 

 映像に心奪われた鈴夏は、完全にジョンになりきっていた。

 

 その後もスノウの動画講座は続く。

 リスポーン地点の設備を破壊することで、敵の回復能力を弱めながら敵の動きをコントロールする動きには、思わず声が漏れた。

 

 

「ボードコントロール……! たった1人で戦場全体を手玉に取れるんだ!?」

 

 

 敵がそろそろ戻ってきそうと思えば、さっさとその場を離脱する読みも冴えている。コメント欄には頭がおかしいという感想が乱舞しているが、ジョンもまったく同感だった。

 

 しかし経験次第でその勘が身に付くというのなら、スノウにできて自分にできない理由があるだろうか?

 

 

【ジョン・ムウさんが10万JCでこの配信を応援しました!!】

 

 

 気付けばジョンはなけなしのJCを投げ銭していた。

 本当に大切なお金だったが、この動画への評価としては妥当だと思える。財布の中にもっと余裕があれば限度額まで投げ銭したいほどだったが、今のジョンに出せる精一杯の金額がこの金額だった。

 

 この動画には全財産出すだけの価値がある。見るだけで視聴者の技量を何段階でも引き上げる情報が秘められている。

 

 ジョンが食い入るように画面を見つめる中で、スノウはもう片方のクランの弾薬庫を破壊していく。

 

 

『よわよわおにいちゃんのみなさん、何やら大変そうですねぇ。後方で何かありましたかぁ? みなさんの大事なリスポーン拠点や弾薬庫を焼き払ったのは、ボクの仕業でーす!』

 

 

 そして自ら両陣営が激突する最前線に向かうと、高らかな煽りセリフと共に両軍に向けて宣戦布告した。

 

 もうこれは完全にイカれている。単騎で戦場の全員を相手どろうなど、正気の沙汰ではない。コメント欄はこぞってこのメスガキは頭がおかしいと連呼しているし、自分もそう思う。

 

 

 だが、これだ。これこそがジョンの“答え”だ。

 たった1騎で戦場すべての敵を叩きのめす。それこそがジョンが求められている無理難題への究極の回答ではないのか。

 

 ジョンは無意識に拳を握りしめながら、「頑張れ……頑張れ……!」と画面に向けて口走っていた。どう考えても人間には不可能な行為。しかしそれができるのならば、人知を越えた大戦果。

 

 果たしてそれが本当に人間に成しうるのか。そして成しうるのならば……それがどれだけ化け物じみた技量を前提としていても関係ない。いつか自分にも同じことができる。スノウは化け物ではなく人間であり、自分も同じ人間なのだから。できない理由がないのだ。

 

 少なくともジョンはそう思いながら、まばたきも忘れ、真っ黒な瞳で画面を見つめ続けている。

 

 

「突然の自由落下でロックオンを切ってる……なるほど……」

 

 

 ブラインドタッチで思ったことを間髪入れずコメントしながら、ジョンはスノウの戦いぶりのすべてを全身全霊で受け止めていた。

 

 特殊な腕パーツを使い敵を捕獲して人質にする手口自体は真似できそうもない。

 

 

「でも敵の部位を破壊……たとえばスラスターや銀翼、脚パーツを破壊すれば、似たようなことはできるんじゃないか?」

 

 

 メモ帳アプリを起動して、思ったことはすべてそこに書き連ねていく。スノウが教えてくれることのすべてを細大漏らさずに記していく。

 

 鈴花鈴夏という少女に特異性があるとすれば、その吸収性にある。鈴夏の特性を一言で表すなら“優秀な生徒”だ。

 

 それがどんなに理解困難な理論でも、人間離れした行為でも、鈴夏は決してそれを自分には不可能だと思わない。解体し、分析し、模倣して、それを自分にも可能なものへと落とし込む。

 

 だからこそ彼女は齢12歳にして、父の武術の真髄を理解できたのだ。あまりにも理解が良すぎる娘に恐れを抱いた父が、最早教えることはないとそれ以上の伝授を打ち切るほどに。親として、師として、自分をあっさりと越えられる恐怖を抱いてしまうほどの吸収性。

 

 ジョンの不幸は、その特性にも関わらず誰も彼に戦い方を教えてくれない状況に追い込まれていたことに尽きる。

 

 思えばジョンがエリート部隊でいじめられていたそもそもの原因は、あまりにも学習力が高すぎるジョンを見た部隊長が、自分を追い抜かしていくのではないかと恐れたこと。そしてその秘めた才能が自分たちごときの技量よりも圧倒的に優れていることに気付いたことにあった。

 

 優れた師を(そね)み、それに追いつこうとして師からの(ねた)みを招き寄せる。“嫉妬(エンヴィー)”こそは鈴夏が背負う宿業(カルマ)だ。

 そして今、配信を通してスノウの戦い方を伝授されることで、ジョンの中の特性が目覚めようとしていた。

 

 

「すごい……すごいよ、スノウ。そんなことができちゃうんだ。人間にはそんな可能性が秘められていたんだ。このゲームではそんな動きもできたんだ」

 

 

 画面の中ではスノウとゴクドーの一騎打ちが展開されている。

 腕ごと刃を飛ばすという人知を越えた剣術を駆使するゴクドーと、それを見切って多彩な技を繰り出していくスノウ。

 

 スノウには不意打ちが通じないと判断するなりストロングスタイルに切り替えていくゴクドーの判断も見事なら、射撃に投げ、プロレス技、フェイントと変幻自在に武装(アーム)武技(アーツ)を使い分けていくスノウも一歩も譲らない。

 

 武術の達人同士の演武動画のような……あるいは籠った殺意の分だけ一層真に迫った、実力伯仲の戦い。コメント欄もほとんど沈黙している。素人ながらに、この戦いが尋常なものではないと感じて見入っているのだ。

 

 武術を戦いに積極的に用いるという発想。そこまではジョンの中にもあった。

 だがスノウもゴクドーも、武術に囚われることなくあくまでもそれを武器の1つとして扱っている。そこまでの域に達するのに、相当な苦労があったはずなのに。苦労があればこそ、そこに拘ってしまうものなのに。

 

 スノウにもゴクドーにも技に拘らないそれぞれの理由があるのだが、ジョンの目にはそれは達人の境地ゆえの精神性だと映る。そして一層スノウへの感銘を深めた。

 

 

「スノウ……君はすごいよ。僕よりも始めたのは遅いのに、たった2カ月でもうそんなに強くなったんだね……」

 

 

 画面を見つめるジョンの真っ黒な瞳に炎が揺らぐ。紅い炎よりも高熱で、ときに自らをも焼き尽くしかねない嫉妬の蒼い焔。

 しかしそれは自身の身を焼く前に変質する。

 

 

「なら……僕にもできるよね。君と同じことが僕にもできるはずだ。僕は……君になりたい。君と同じことを僕もやりたい……!」

 

 

 それは憧憬(あこがれ)の輝き。どんなに不可能に見えても、先人が成したのならば自分もできると信じて疑わない、若人を成長へと導く燃料。

 

 やがてスノウの勝利をもって動画は終わる。

 ぶつ切りの終わり方も、神業だと言いながらもまったく理解できなかったと笑い合うコメント欄も、もはやジョンの目には入っていなかった。

 

 自分が書き留めたメモ帳をじっと見つめながら、それをことごとく模倣するための方法を見出すことに優秀な脳のエネルギーすべてを費やしていた。

 

 

 ジョンは決意する。

 求めていた“答え”はここにあった。

 

 あとは走り出すだけ。

 目的地はスノウと同じ境地まで。

 

 

「今からそこに追いつくよ。待っていてね、スノウ」

 

 

 あらゆる光を吸い込むような、真っ黒な瞳で鈴夏は微笑む。

 

 

 忘れてはいけない。

 たとえその心に燃える炎が嫉妬から憧憬へと変化しようが、熱量は変わらないことを。扱い方を間違えれば、その炎はたやすく自らの身を焼くだろう。

 ……師匠もろともに。

 

 

 この夏、時限爆弾が起動しました。




次はアッシュさんサイド。


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第85話 AIが学習する瞬間をこの目で見てしまった

「はぁ……疲れた……」

 

 

 自宅のマンションの居間に鞄を放り投げ、芦屋香苗(アッシュ)はぽすんとソファに転がった。先にスーツを脱がないとしわになってしまうのだが、今の香苗は疲れすぎてそれどころではない。

 まあまあのお値段がするオーダーメイドスーツだが、別に本人の趣味というわけでもない。仕事で必要だから着ているだけで、とくに愛着もないのだ。

 2天井分とはいえ、クリーニングに出しときゃ問題ないっすよねアッシュさん! でもおっぱいでかくてオーダーメイドせざるを得なかったんだから、もっと大切にした方がいいっすよ!

 

 そんな彼女の切れ長で強い意志が宿る瞳は、職場では野心に燃える狼の瞳だとか目を見るだけでわかる上昇志向の権化だとか女性社員の希望の星だとか好き放題言われているのだが、今はとろんと眠そうにまどろみかけていた。

 

 

「ああ……駄目駄目、まだ残業残ってんだから……」

 

 

 香苗はううーと無理やり伸びをして、体を起こす。

 這うようにして部屋の隅のミニ冷蔵庫に向かい、山と積まれたエナジードリンクから1本取り出してぐいっとイッた。最近発売されたブランドで、どんなに疲れていてもシャキッと頭をすっきりさせてくれると評判である。

 

 どう考えても糖分とカフェインだけで出る覚醒作用ではないので何かやべー成分が入ってない?とネットで騒がれているのだが、厚労省がどれだけ調べても認可されていない成分が検出されなかったので安全です。認識されないものは存在しないから仕方ないね。

 

 とはいえ、最近の社会ではこの手の“何故かわからないがとても効果がある”商品が多数流通に乗っている。原理不明なのは別にこのエナジードリンクに始まった話ではない。詳しいメカニズムが周知されていない商品を排除しようとすれば、現在の便利な社会は維持できないだろう。必須インフラとなった第七世代通信網(エーテルネットワーク)だってそうなのだから。

 

 しばらくぼーっとしていた香苗は、やがて立ち上がるとゴキゴキと肩を鳴らした。

 

 

「あー……効いてきた」

 

 

 目の下の隠し切れない隈が薄れ、表情に鋭気が戻ってきている。

 さすが1本1000円。えげつない効果であった。

 

 エナジードリンクは明日の自分から元気を前借りするようなものなので、既に健康の多重負債を重ねている身からするとまずいかなとは思っている。しかしこうでもしないとあまりにも仕事の負担が重いのは事実だ。

 

 香苗はスーツを脱ぐと、手早く部屋着に着替えていく。パンクバンドのロゴが描かれた黒Tシャツとジーンズ。

 ふとTシャツのロゴを見て、香苗は目を細めた。

 

 ネットの友達がこのバンドのファンで、学生時代はオフ会と称してよくライブに連れていかれたものだ。熱中すると我を忘れてヘッドバンキングするので、坊主頭のもうひとりの友達とよくネタにして笑っていた。

 まあ笑った側もいかついスキンヘッドとワイルドな不良系女子にしか見えなかったので、見た目好青年な友人よりもライブの客層に溶け込んでいたのだが。

 

 懐かしいな、と香苗は一瞬感慨に思考を浸す。

 あの頃は貧乏学生で、お金もなくて、ツーリングとネトゲーが生きがいだった。だけど毎日がとても楽しくて、温かな友達に囲まれていた。もし過去のどこかに戻れるのなら、あの時に戻りたい。

 

 だが、香苗は頭を振ってその郷愁を振り払う。

 もうあの日には戻れないのだ。今の自分はするべき仕事があり、大好きだった友人たちとは(たもと)を分かった。今はやるべきことをやろう。

 

 香苗は職場からの帰り道で買ったデリカを無理やり腹に詰め込むと、仕事用のデスクの前に腰かける。

 網膜認証でPCを起動すると、OSを務めるAIが声を掛けてきた。

 

 

『お帰りなさい、マスター。ご用件をどうぞ』

 

「残業するわ。クラウドに保存したデータにアクセスして。残業タイマーを起動」

 

『かしこまりました』

 

 

 西暦2038年の現代では、自宅で残業することは珍しくない。新・働き方改革とかいう政府からのテコ入れで、多くの会社は定時で職場を閉めるように義務付けられている。

 しかし外面だけ政府の要請に合わせたところで、それで社会が回るなら苦労はない。そこで発達したのが充実のリモートワークによる在宅残業システム。

 クラウドネットワークに保存されたデータやネット通話で自宅からいつでも仕事ができ、監視しているAIが残業に割かれている時間をカウントしてくれる。トイレや休憩中など、仕事していないとみなした時間は残業時間と数えない親切設計である。

 これでおうちに帰ってからもいくらでもお仕事できるね、やったあ!

 

 むしろ自宅にいても仕事に追われる地獄じゃないっすかね。

 まあそんなツッコミを誰もが心に抱きつつも、リモートワークが発達した現代においてはこのように社会は進化してしまった。

 大体の仕事は在宅でもできてしまうのである。

 

 それでも香苗が毎日職場に出社しているのは、担当者の数もミーティングの頻度も多すぎるからだ。相手の都合に合わせてネット会議していたのでは(らち)が開かない。

 だから香苗はプロジェクトリーダー権限で担当者を引っ張り出し、自分の都合に相手を合わせさせる。ネットでは時間の都合を理由に逃げられてしまう相手も、リアルなら剛腕で無理やり引っ張ってこれるのだ。

 

 進捗が進んでいないとのらりくらりと逃げる担当者などいくらでもいる。前時代的と言われようが、相手に言うことを聞かせるならリアルで身柄を押さえるに限るというのが香苗の持論であった。

 そうでもしなければ、とてもじゃないが終わるような仕事ではないのだ。

 

 まったく、取引先の技術者は二言目には「まだ書類の提出には時間がかかる」と言い訳して困る。自分たちが開発した技術なのに、何に時間がかかるというのか。

 発表会は目と鼻の先だというのに、これで本当に秋までにサンプルが間に合うのだろうか?

 

 

「“ニュージェネレーションAIパビリオン”……か」

 

 

 香苗はPCの画面に表示された計画名を呟いた。

 今年の秋に東京の人工島にて開設される、最新AI技術の巨大展示会。五島重工が主催を務めるこの展示会では、全世界から最新のAIテクノロジーが披露される。

 

 香苗が手掛けているプロジェクトは、その中の目玉のひとつとなるAI調律技術に関する展示だった。

 現在の第二次産業やサービス業の一部は、とっくにAIが人間にとって代わっている。集合知や睡眠不要といったメリットを持つ彼らは、人類の生活を支えるのになくてはならない優秀な労働者だ。

 

 しかしAIたちはただ放置しておいても学習はしてくれない。彼らに知識や技術を効率的に習得させるには、調律師と呼ばれる教師役の人間の助けが必要なのだ。

 AIに任せる仕事の範囲が広がり複雑化していくほど、調律師の腕や高度な設備が求められるようになっていく。

 

 この調律をさらに効率化させる画期的な技術を、国内のある大手AIメーカーが秘密裏に開発した。

 この技術が公開されれば、AIにはより広範囲な分野での仕事を任せられるようになる。新たな技術的特異点(シンギュラリティ)となりうる、業界を揺るがす大発明であった。

 香苗が務める商社はこのメーカーと手を組み、今年秋のパビリオンで披露することにした。そしてそのプロジェクトリーダーとして抜擢(ばってき)されたのが香苗だった。

 

 

「弱冠25歳の出世頭とか、入社3年で超大型プロジェクトのリーダーとか……まあみんな言いたいように言ってくれるわよね。同輩からはおっかない上司扱いされて、年配からは生意気な若造と呼ばれて、いいことなんかないってのよ……」

 

 

 うんざりしたように香苗は独りごちる。

 それを任された結果が、このエナドリ漬けの生活なのだが。

 

 まあ確かに給料はいいけど……と香苗はため息を吐く。

 社会人になって早々にマンションに住めたし、お高いエナドリもほいほい飲める。だけどさあ……この生活には潤いってものがないよね。

 

 そんな彼女がストレスのはけ口としてネトゲー課金に手を出したのは、仕方がないことだったのかもしれない。

 いや待て、言うほど仕方ないか?

 

 まあともかく、稼いだものの使い道がない給料を湯水のごとくブチ込んだのは確かであった。月額1アッシュ課金してもまだ余るのだから、若手の身としては恐るべき高給取りである。

 膨大な残業代のせいもあるが、それだけ会社は彼女のことを評価しているという証拠でもあった。

 その分、年配の管理職からは疎まれがちでセクハラパワハラも受けるのだが、それもすべて課金で解消。仕事で受けたストレスは課金で解決! ネトゲー課金とエナドリでもっと仕事できるぞ! やったね香苗ちゃん! 絶対早死にするぞオメー!

 

 だが課金して人生が充実するかといえば、そんなわけがない。しょせんストレスを金で洗い流すだけの行為である。

 健全具合でいえばホストクラブでホストに入れ込むのとどっこいであろう。貞操観念高めの香苗はそんな破滅的なストレス解消に走る女性を内心軽蔑していたが、金を湯水のように使う上に本人の身になることが一切ないという点では何も変わらない。

 

 一応ネトゲー内での武器は充実するが、それを使うほどの強敵もいない。ただただ武器のコレクションが増えていくばかり。

 いつも戦う相手は似たり寄ったり。同格か格下を蹴散らし、たまにレイドボスに挑む程度。自分たちのクランが大手だから相手が同格か格下になるのは仕方ないとはいえ、マンネリ感に支配されつつあった。

 大事な友達はいるものの、そのままではそのうちログインしなくなっていたかもしれない。

 

 そんな香苗の生活が変わったのは、2カ月ほど前のこと。

 ある日出会ったスノウライトというプレイヤーが、寝ぼけていたアッシュの価値観を横っ面からぶん殴って、何もかも塗り替えていった。

 

 前作で都市伝説のように語られていた“シャイン”を現実化したような悪辣な戦い方、卓越した操作技術、戦いのカン。

 そして他人の武器コレクションを奪い、用済みになれば容赦なく廃棄する極悪さ。心に鋭利な爪を突き立てて掻きむしるような煽り口調。

 

 屈辱だった。ゲーマー人生でこれほどの侮辱を受けたことはない。

 仕事での努力の結晶と呼べる武器コレクションを容赦なく捨てられたことも怒りを倍増させた。

 

 憤怒に支配され、あのガキぜってー身の程をわからせてやるとシャインを追い回したアッシュだが、何度やっても勝つことはできず。

 自分の技術が足りないと感じれば仕事でふらふらになっていてもエナドリを飲んで特訓を重ね。戦術に必要と思えば天井課金して新たな武器を取得し。

 激情に苛まれ、怒りと屈辱に震え、自分を超える相手への妬みで枕を濡らす日々。

 

 ああ、それはなんて充実していたことだろう。

 5歳の頃からコントローラーを握っていた香苗のゲーマー人生で、これほど目的意識を持って打ち込み、夢中になってのめり込んだことがあっただろうか。

 

 気付けばアッシュの狙撃の腕前は前作で毎日弓使いとしてプレイしていた全盛期を軽く上回り、その集中力とセンスは“腕利き(トッププレイヤー)”の上位層と同等になっていた。だがそれでもまだ足りない。シャインをわからせるまで、満足などできない。

 シャインへのその執着が度を越しつつあることは、自分でも薄々気付いていた。しかしどうしてもシャインに執着するのをやめることができずにいる。

 

 

 ……いや、あれだけやって薄々しか気付いてねえのかお前。

 睡眠不足でエナドリ中毒になってるの、仕事だけじゃなくてほぼ毎日メスガキの尻を追いかけてゲームに没頭してるせいだからな。

 ホストに貢ぐ女性を軽蔑していた女、無事メスガキに貢ぐゲーマー人生に着地。しかも自分はワイルド系青年にネット内TS済み。わけがわからないよ。

 

 

『作業をする手が止まっているようです、マスター』

 

「……え? ……仕事しているでしょ?」

 

『報告書にびっしりと“シャイン”と書き込まれているようですが、この単語はプロジェクトに必要なのでしょうか? お疲れでしたら休憩を提案します』

 

「……大丈夫。大丈夫よ。私は疲れてないから」

 

『かしこまりました』

 

 

 いけないいけない。

 香苗はパンッと自分の頬を叩いて気分を切り替える。

 これは大プロジェクトなのだ。人類の文明にさらなる一石を投じる技術、これが披露されれば大センセーションは間違いなし。そしてそのプロジェクトを効果的な形で衆目に披露できれば、自分のキャリアでも屈指の大金星になるだろう。

 あんなメスガキごときに心を奪われている場合ではないのだ。

 

 ふと、ピロンとスマホから電子音が鳴った。

 仕事の連絡かな、と画面を覗き込む。

 

 

【フレンドのスノウライトさんが配信を開始しました。

『チンパンでもわかる! 超絶簡単“腕利き(ホットドガー)”養成講座』】

 

 

 

「……!? シャインッ!!」

 

 

 ギュンッと空気を切り裂く音が鳴るかのような動きで、即座に視聴画面を開いていた。

 

 

『マスター? それは仕事に必要な動画ですか? 残業タイマー止めますか?』

 

「これは仕事用に流すBGMだから! 仕事も同時にこなすから!」

 

『……かしこまりました』

 

 

 半信半疑です(マジかよ)といわんばかりの口調で承諾するAIをよそに、香苗は動画を見ながら報告書を作成する。

 大丈夫。自分は有能。有能だからデュアルタスクとか楽勝。シャインのプレイ動画ごとき、見ながらでも報告書作成とかよゆーだし。

 

 

『見てわかるようにこの機体にはビームライフルとバズーカ砲しか装備してないです。これだと大軍を相手にするのにはちょっと分が悪いので、これから武器を確保しに行こうと思います』

 

 

 おいおいあのガキ、また軽装で無茶なことしてるよ(カチャカチャ)。

 まったく初めて会ったときから変わらねえ無謀さだな(カチャカチャ)。

 まあ俺にとっちゃ見飽きた手口だがな(カチャカチャッターン)。

 

 

『本当は適当なエースプレイヤーとかいたら、そいつを襲って武器を奪い取ると時短になるんですよね。ライバルとか作っておくと、挑発するだけでいい武器をデリバリーしに来てくれるから便利ですよー。今日はオフラインなのでいないみたいだけど』

 

「はあああああああああああ!? 誰がデリバリーじゃボケカスウウウウ!!」

 

 

 反射的に音声入力に切り替えた叫びがコメント欄に書き込まれていた。

 

『あっ、アッシュさんちーーっす!!wwww』

 

『もうすぐ夏のボーナスですねアッシュさん! 何アッシュするんですか!?』

 

『彼女が呼んでますよ! 早くデリバリーしなくていいんですか!』

 

「うるせえ雑魚ども死ね!! 今残業中なんだよ! お前らシャインの配信に集中しろや!!」

 

 

 こともあろうに不特定多数が見る動画で俺を引き合いに出すとはどういう了見じゃゴラァと怒り心頭のアッシュ。完全に香苗脳ではなくアッシュ脳になっている。

 しかしアッシュに尻尾があったら、表面上の怒りとは逆にぱたぱたとご機嫌に揺れていたであろう。

 

 

(不特定多数の前で俺を引き合いに……!)

 

 

 それは見も知らぬその他大勢どもよりも自分が特別扱いされている快感であった。

 しかしアッシュ本人はそれに気付いていない。

 

 

『……マスター?』

 

「あ、はい。仕事します」

 

 

 そう言いながらも香苗は音声認識を切ろうとはしない。

 視線は高速で飛翔するスノウの視界へと向けられている。

 これがいつも俺が追いかけていた、シャインの見ている景色か……!!

 

『はえー、簡単に墜とすなあ』

 

『敵ザッコwww マジで何も反応できてねえwww』

 

『いいねー俺も長距離武器作ってみよっかな』

 

 有象無象の雑魚どものコメントに目を向け、こいつらシャインのこと何もわかっちゃいねえとアッシュは鼻で笑う。

 

 違うんだよ。シャインはお前らザコが考えてるようなハンパなパイロットじゃねえんだよ。シャインはすげえんだ。俺が倒すべき強敵なんだ。

 ま、お前らはシャインの上っ面でも真似して火傷してるのがお似合いだぜ。

 

 お? なんだ、あの武器は……!? あのガキ、また新しいオモチャを手に入れやがったのか!? くそっ、何であの武器で最初に戦うのが俺じゃねーんだ。

 あっ、あっ……! 流れるように拠点を破壊して……! 畜生! 俺がいればあんな動き阻止できるのに!

 

 

「クソがああああああああ!! 1人で楽しそうなことしやがって!」

 

 

 アッシュはギリギリと歯噛みしつつ、香苗としてキーボードで報告書をタイプしていく。のーみそデュアルタスクであった。こんなん頭おかしなるで。もうなってる。

 

 そうこうしているうちに、スノウは危機が迫りつつあるのを察知したように拠点からの離脱を決定する。鮮やかな手並み。メスガキの技量はここまで来たか。腹立たしいまでに優秀である。だがとても愉快だ。

 ほれぼれしながらプレイ動画を見ているアッシュは、あるコメントを見て反射的に怒声を上げる。

 

『命乞いするプレイヤーも容赦なく叩き潰したな……ひでえ』

 

「はぁ? 当たり前だろうが。見逃して後ろから襲われたらどうすんだよ、敵は容赦なくブチ殺すんだよ。ヌルいこと言ってんなよ雑魚どもがよォ!!」

 

 

 こいつらはまったく何もわかっちゃいねえ!

 クソッ、こんなクソヌルの雑魚ごときがシャインの動画を見るなんざ十年早えんだよォ!! もったいねえッ!!

 

『会員ナンバー3は残業に戻ってどうぞ』

 

「はい」

 

 

 コメント欄の指摘に返事して作業に戻るアッシュ。

 書き込んだAIが、やれやれと呆れる。なんかもう音声で語り掛けるよりもコメントした方が効果あるな。

 

 はい、これがAIが学習によって進化した瞬間です。アッシュさん調律師の才能がおありで?




アッシュさんが楽しすぎて文章が膨らんだので後編に続きます。


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第86話 感情が複雑骨折のちミキサー粉砕

 仕事をしながら気もそぞろな香苗をよそに、画面の中ではメイド妖精がスノウにコメント欄から質問を拾って読み上げている。

 

 

『騎士様、いい感じのところってどこで見分けるんですかってコメントが』

 

『……そう言われても難しいな。まあ、勘……としか言いようがないけど』

 

 

 勘か。まあそうだな、と香苗の脳内のアッシュも同意する。

 コメント欄では『で、出たー。技術実況で勘とか言っちゃう奴ーーーwwww』やら『感覚頼りすぎて、まったく参考にならねえな』などとボンクラどもが喚いているが、実際戦闘でとっさの判断基準となるものは“勘”だ。

 

 アッシュなりに言えば、それは積み重ねた経験則のことだ。

 引き際、攻め時のタイミングは経験に従って決めており、そういった自分の嗅覚には自信を持っている。相手がスノウでなければ大体はそれで有利を取れるし、最近はスノウにも1本取れるチャンスが巡ってきている。

 

 だがそれはあくまでも個人が経験を積んで身に付けるもので、他人に教えようと思って教えられるものではない。

 あるいは教えられるのかもしれないが、それはマンツーマンでしっかりと指導しなくては無理だろう。少なくとも動画講座などで不特定多数に伝えるのは不可能だ。

 

 ……実のところ、アッシュはスノウに質問したくて仕方ないことがある。

 それはスノウが“殺気”と呼んでいる現象についてだ。

 以前は敵意をだだ洩れにして襲い掛かっては撃退されていたアッシュだが、あるときシャインには狙撃が有効であることに気付いた。しかもそれは極力気配を殺して潜んでいるとき……もっと言えば、はやる敵意を押さえつけているほど有効なのだ。

 

 現に先日のウィドウメイカー戦ではそうやって身を潜めて狙撃に成功したし、強力なF・C・Sを積んでいるはずのストライカーフレームにも敵意を抑えることで至近距離に接近し、尻尾に噛みつくことさえできたのだ。

 

 このことからアッシュは、スノウは一種のテレパシー能力……あるいは敵意を読み取る能力があるのではないかと疑っていた。

 確かチンパンジー1号が“エーテルセンス”という名前を付けて仮説を立てていたはずだ。聞いたときにはそんなオカルトあるわけないと鼻で笑っていたが、スノウを見ていると本当にあるのではないかという気になってしまう。

 

 言っちゃなんだけど、そんな能力があったらペンデュラムさんの言うこともっと正確に読み取ってるんじゃないですかねえ。

 

 ああ、シャインと話したい……とアッシュはキーボードを叩く指を震わせた。シャインの煽りが聴きたい。シャインにやるじゃんと言われたい。

 シャインは目の前にいるのに、話をすることができない。何故なら自分は仕事中だから。

 

 シャイン……シャイン……!!

 俺ならお前の言うことを理解できるのに。

 こんな雑魚どもと違って、お前の言わんとすることを全部受け止められるのに。

 なんなら今すぐお前の元に飛んで行き、その喉元に噛みついて殺し合いたいのに……!!

 

 

「畜生、何でこんな日に限って俺は残業なんだあああああッ!!」

 

 

 そう叫びながら、発作的にアッシュは投げ銭していた。

 

 

【アッシュさんが500万JCでこの配信を応援しました!!】

 

『貫禄の無言スパチャ』

 

『さすがはアッシュさんだ! 初投げ銭の名誉はサクッといただいていくぅ!』

 

『アッシュさん、大丈夫ですか! こんなところで夏のボーナス使っていいんですか! サマーガチャありますけどいいんですか! アッシュさん!!』

 

「うるせえ雑魚どもがあああああああああああッッッ!!!」

 

 

 実際のところアッシュには痛くも痒くもない金である。

 これまで【氷獄狼(フェンリル)】に所属して稼いだJCはほぼほぼ倉庫に死蔵されていた。

 一般的なプレイヤーならJCを使って装備を整えるところを、アッシュはストレス解消にリアルマネーをぶっこんでガチャを回して得た装備を使っているからだ。

 

 ちなみに運営の想定としては、ガチャは新規参入した企業クランが所属プレイヤーに手っ取り早く装備を支給するために用意している。

 個人プレイヤーが現在解放されている技術ツリーより少し上の装備を狙うためにも利用できるが、推奨される使い方ではない。ましてはストレス解消目的で回すようなものでは絶対にない。

 

 うん、やっぱアッシュさんの金の使い方おかしいっすわ。

 

 極度のストレスにさらされて発作的に金を使ったアッシュに、スノウはカメラ目線を向けて微笑んだ。

 

 

『アッシュお小遣いありがとう! 大事に使うね!』

 

「ふおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 アッシュはのけぞって自分の体を抱きしめ、ビクンビクンと体を震わせた。

 これまでに感じたことのない快感が背筋を駆け抜けている。

 頬を真っ赤に染め、ハァハァと荒い息を吐きながらアッシュは額の汗を拭った。

 なんだ……なんだというのだ、この感情は!?

 

 

 ホストに貢ぐよりも、メスガキ配信に貢ぐ方が業が深いですね。

 まあこれまでも散々武器コレクションを貢いでは使い捨てられてるので今更ではあった。

 

 ちなみに画面の中では璃々丸恋が自分が最初に投げ銭すると会員に言っておいたのにとぷりぷり怒っているが、アッシュは最近仕事で忙しかったのでそもそも読んでいない。

 そんな会長をはじめ、スノウガチ勢がアッシュに遅れるなとばかりに続々と投げ銭を始めていた。

 

 しかしスノウは緊張しているのか、はたまた他人の反応を直に知るのが怖いのか、コメント欄に目を向けずスパチャに反応する様子を見せない。

 自分以外がスノウに投げ銭するのにちょっとモヤモヤするものを感じながらも、スノウがそれに対して反応しないことにアッシュは密かに口元を緩めた。

 

 

「フフン……シャインが反応するのは俺だけか。おめーらザコとは違うんだよ。やっぱ俺くらいのプレイヤーにならねーとシャインの眼中には入らねえっての」

 

『彼氏面かよ』

 

「ん? なんか言った?」

 

『いえ、何でも』

 

 

 訊き返されたOSのAIはさらっとお茶を濁した。カメラアイが付いていれば露骨に目を逸らしたであろう。

 この短時間でAIが格段に進化してる! すごいやアッシュさん!!

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そんなこんなでアッシュが画面をガン見している中、スノウはサクサクと大暴れして両軍の間に割って入ろうとしている。

 ちなみにAIは残業タイマーを停止させていた。もはや指摘するだけ無駄だと判断したのである。なんて的確で冷静な判断力なんだ。主人もメスガキに狂ってないで見習えよ。

 

 

『まあまあ、カワイイ子ぎつねちゃんのイタズラじゃない。おにいちゃんたちもそんなに“おコンないで”よ、コンコーン♥』

 

「ああああああああああああ!!!!」

 

 

 ガタッと椅子を蹴立てたアッシュがディスプレイを掴んで喚く。

 

 

「オイゴラァ!! てめえ誰にでも煽ってんのか!! クソがッ、許せねえ!!」

 

『アッシュさん!? それはどういう感情がもたらす罵声なんです!?』

 

 ちなみに訊いたのはOSのAIである。

 ディスプレイをガタガタ揺らして目を血走らせる主人にかつてない恐怖を感じていた。AIが新しい感情を学習しちゃうね!

 

 なお、アッシュが怒った理由は割と単純だ。

 これまでの経験上、アッシュにとってスノウに煽られることは挑戦状を叩き付けられることに等しい。そしてアッシュにはスノウのライバルが務まるのは自分しかいないという自負があった。

 

 つまりスノウが自分以外の不特定多数に挑戦状を送り付けたことで、相対的に自分のライバルとしての価値が下落してしまうことに怒りを抱いたのである。

 あいつに相応しいのは俺だけなのに! あの尻軽メスガキめッ……わからせてやりてえ!! お前に相応しいのは! 俺だろうがあッ!!!

 

 すまん、全然単純じゃなかったわ。

 嫉妬と独占欲とライバル心が複雑骨折してミキサーでかき混ぜられたような極彩色の感情であった。やだ……この子のカルマ深すぎ……!?

 

 

「ああああああああ!! 今すぐ帰って乱入したいいいいいいいい!!!」

 

『ここが家なんですが。自分がどこにいるのかもわからなくなってる……』

 

 

 そしてそんなアッシュの感情は、1人のパイロットとの出会いによってついにクライマックスに達した。

 そう、【桜庭組(サクラバファミリア)】のクランリーダーことゴクドーである。

 

 アッシュは直接戦ったことはないが、中規模クランにいる割に厄介な相手だと聞いてはいた。しかしあくまでも中規模クランのパイロットの域は出ないはず。

 仮にも大クラン【氷獄狼】でエースを張っていたアッシュより強いことはないはず。ましてやアッシュをも制するスノウより強いなんてことがあってよいはずがない。

 

 

「シャインッ! こんなのに負けたら承知しねえからなッ!!」

 

『どういう立ち位置(ポジション)からその発言が出てきてるんです……?』

 

 

 最前線彼氏面だよ、言わせんな恥ずかしい。

 本当に恥ずかしいから困る。

 

 そしてゴクドーの動きは、アッシュが舌を巻くほどに巧かった。

 

 まず気配を殺すのが上手い。随分と殺気を隠すのが上手くなった自負があるアッシュをもってしても驚嘆する手際。アッシュが気配を殺して獲物を狩る狼なら、ゴクドーは磨き抜かれた暗殺者の手腕だ。

 そして凄まじいほどに速い。目が追い付かないほどのラッシュで襲い掛かる。

 

 だがアッシュが何よりも驚いたのは、遠距離から“サテライトアーム”を飛ばして斬り付ける剣術だ。剣術自体もさることながら、腕を遠距離から飛ばして攻撃するのは至難の業だ。

 アッシュもガチャから出たのでやってみたことがあるが、フルダイブの完全3D空間で腕を遠隔操作する行為はかなりの空間認識能力を要求する。

 

 そのときはとてもじゃないがこんなものは使い物にならないと苦笑して倉庫に放り込んだ。他の大体のプレイヤーも同じ反応を示した。後で何らかの補助パーツが出ればともかく、現状ではお遊びアイテムに過ぎないと。

 それをこうも本物の手足のごとくに使いこなしてみせるとは。一体どれほどの修練を積めば可能になるのだろうか?

 

 正直に言えば、こんなのが中規模クランに埋もれているとは思ってもみなかった。認めたくないが、彼は今の自分にも匹敵するほどのプレイヤーだ。

 

 つまりはシャインのライバルとしての資格を持つということ。

 

 

「あっ……!!」

 

 

 ギリッと奥歯を噛みしめながら死闘を見守っていたアッシュが声を上げた。

 画面の中でシャインがプロレス技を決めたのだ。

 

 

「おいシャイン!! なんでこれまでその技を俺に見せなかった!? テメエ技を出し惜しんでんじゃねえぞ!!!」

 

 

 あまりの悔しさにアッシュはガチガチと奥歯を噛み合わせた。

 俺にも見せたことのない技をかけやがって! そんなにもそいつのテクがよかったのか!? 俺じゃあ足りねえってのかよ!? くそおおおおっ!!

 

 

『やだ……この人、脳が壊れてる……』

 

 

 そんなアッシュたちの声が届くはずもなく、全力を尽くした技の応酬の末にスノウは艶然とした微笑みをゴクドーに向ける。

 

 

『ボクともっと愉しもう。いっぱいいっぱい殺し合おう?』

 

「ああああああああああ!!! シャイイイイイインッ!! テメエなんて顔を見せてやがる!! 俺以外にッ、そんな顔を見せるんじゃねえええ----ッッ!!」

 

 

 俺の! 俺のものなのに!! シャインからライバルとして認められるのも、あの身の程をわからせたくなる笑顔も俺だけの特権なのにッ……!!

 俺がこの2カ月を通じて培ったシャインとの絆が、ほんの10分にも満たない時間で他の男に……ッッ!!

 

 

「シャインッッ!! 敵と戯れるのはやめろォォッッ!!」

 

『『『お前が言うな』』』

 

 

 他の視聴者と共に思わずツッコまずにいられないAIであった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そんなこんなで怒涛の生放送は幕を閉じた。

 

 興奮冷めやらぬ視聴者たちは、次の配信はいつだろうとか、ファンクラブにはどうやって入ればいい?といった雑談に花を咲かせている。

 彼らは自分の技量では理解が及ばなかったものの、今夜の配信がとてつもない価値を持つ動画であったことはわかっていた。

 

 実のところ超絶ビビリで内弁慶のスノウライトちゃんは、コメント欄を自分で読む度胸がなくてディミに代わりに読んでもらっていたのだが、もし自分でこのコメントの盛り上がりを読んでいたら思わぬ好評に驚いたことだろう。

 

 

 そんな盛り上がりを横目に、アッシュはため息を吐いた。

 これでもうスノウは自分だけのものではなくなってしまった。スノウの魅力など誰にも伝わらなくてよかったのに。スノウからライバルとして認められるのは自分だけでよかったのに。

 

 だが、同時にシャインが多数の視聴者から好評を集めたのが自分のことのように誇らしくもある。どうだ、シャインはすごいんだぞ。そんなシャインから最初にライバルとして認められたのは他ならぬこの自分なのだ。

 

 そんな複雑な想いを込めて、アッシュは遠吠えするかのように叫んだ。

 

 

「シャイン!! 次は俺が行くからな!! いつもこんな都合よく行くと思ってんじゃねーぞぉぉぉぉ!! ……あ、でも仕事が……」

 

『こんなとこガン見してっから残業終わらねえんだよぉ!』

 

 AI、渾身の叫びであった。この1時間よく耐えましたね。

 

 配信も終わって我に返った香苗は、さすがにバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 

「あ……ごめん……。あの、残業タイマーは」

 

『止めてますよ。こんなの残業に計上できるわけないですから』

 

「あはは……」

 

『ひとまずリフレッシュをオススメします。風邪をひかないうちに入浴されてはどうですか?』

 

 

 AIにそう指摘されて、香苗は自分が汗だくになっていたことに気付く。

 季節はもうじき7月。ただでさえ蒸し暑い時期に白熱して絶叫していたらそうもなるだろう。汗に濡れたTシャツがぴっとりと肌に張り付き、Gカップの巨乳の形を浮かび上がらせていた。黒いシャツでよかったね。

 

 

「うん、じゃあそうしようかな」

 

 

 リラックスは残業が終わってからにしようと考えていたので、まだ外から帰ったまま入浴を済ませていない。

 風呂自体は香苗が帰ってきた時点でAIが湯船に水を張って沸かしているので、いつでも入れる状態にある。

 

 脱衣所で香苗が洗濯機に服と下着を放り込むと、洗濯機の横の棚が開いて折り畳まれたフェイスタオルが出てきた。タオルを手に取った香苗は、そのまま風呂場に入っていく。

 なお香苗が風呂から上がれば、洗濯機がバスタオルと適当な着替えを用意してくれる手はずになっている。ついでに冷蔵庫から冷たい水も出てくるし、望むなら冷えたワインやブランデーを掛けたバニラアイスだって出てくる。

 もっとも、今日は残業の途中なのでワインもアイスもお預けだが。

 

 香苗が住んでいるマンションはAI家電対応物件だ。単身者でもAIが執事となって快適な生活を提供してくれるのが売りである。家賃は結構な額だが、その快適さは一度味わえばやめられないと評判だ。

 快適すぎて婚期を逃すとも言われているけど。

 

 このシステムには香苗が勤めている商社が提携する大手AI開発メーカーが、10年前に実用化したAI技術が使用されていた。

 

 香苗は頭から冷たいシャワーを浴びて、火照った頭を冷ました。

 興奮で茹だった意識がたちまち冷えて、香苗は冷静さを取り戻していく。

 

 

「大丈夫だ……私は正気に戻った」

 

 

 正気に戻ってない奴だけが口にする発言であった。

 

 香苗は熱い湯船に浸かると、誰も見てないのをいいことにくう~と唸り声を上げる。江戸っ子じいさんみたいなやっちゃ。

 

 しかし彼女がじいさんでない証拠に、湯船にはぷかぷかと脂肪が詰まった双丘が浮かんでいる。睡眠不足で過酷な仕事をこなしている割には肌ツヤは良く、水滴が滑らかな肌を滑り落ちていった。

 

 

「はぁ……まったくシャインめ……」

 

 

 興奮の名残で思わず呟いて、香苗は頭を振る。いや、やめよう。

 あのクソガキのことを考えてると頭が本格的にどうかなりそうだ。

 

 香苗はこの後の残業に向けて頭を切り替えるため、仕事のことを考えることにした。

 そう、AIパビリオン。開催まで数か月を数えるこのイベントが目下の懸念事項だ。

 仕事はいよいよ忙しさを極めつつあり、これからしばらくはゲームにログインできそうにもない。本音なら今すぐにでもシャインをわからせに行きたいところだが、さすがに激務を放り出してゲームに熱中するなんてことはできない。

 

 

「それにしても……何であんなに書類が出てこないんだ?」

 

 

 香苗は提携する大手AIメーカーの担当者の仕事ぶりに軽くぼやく。

 何度言っても進捗状況を教えてもらえない。

 非常に重要な技術に関する発表会だけに、関連企業からの注目も集まっている。内々では既に売り込みも始まっているのだ。

 

 何しろ今回発表される技術は“人間同等の判断能力を持ったAIの調律”。

 ほぼ人間と変わらない受け答えができ、より合理的な判断力を持ったAIを育成するための機材とノウハウに関するものなのだ。

 

 これが実用化されれば、AIができる仕事の範囲はもっと広がる。

 例えば病院の夜間緊急診療。複数の病院間で空いているベッドを瞬時に検索し、患者の重症度に応じたトリアージをAIが合理的にできるようになれば、どれほど医師の助けになるだろうか。

 その他にもこれまで人間にしか判断できないとされていた分野はいくらでもある。24時間働けて、俯瞰的な視野を持ち、瞬時にデータベースにアクセスできる働き手は切望されているのだ。

 

 香苗はメーカーのプレゼンでそのサンプルとなるAIと会話したが、確かにあれはすごかった。まるで中に人間が入っているのではないかと疑うほどに素早く、的確な応答が可能なAI。

 どこか感情が希薄なことに不気味さを感じなくはなかったが、あれが仕事の相棒を務めてくれるというのなら香苗も信頼できそうだと思う。

 

 あの調律技術はきっと業界を震撼させるだろう。

 何しろこれまで世界に知られていない、まったくの新技術だ。

 

 だが……。だが、香苗はざわざわとした不穏な予感を感じずにはいられない。

 それはつい最近、レイドボスと戦ったときに感じたものだ。

 そして今日見た配信で、その正体がわかった。

 

 

「あのメイド妖精……」

 

 

 ディミ、と呼ばれていただろうか。

 まるで姉妹のようにスノウと語らい、人間らしく笑って怒るメイド妖精型AI。

 あのAIの方が、プレゼンされたAIよりも()()()()()()()()

 

 実際に両方と話した香苗だからこそ、明確にわかる。

 ディミはあまりにも出来が良すぎる。中に人間が入っていないことの方が不思議に思えるほどだ。

 

 問題は、大手メーカーがプレゼンする前にその新技術の結晶がゲーム内に既に存在してしまっているということ。

 つまりこの驚嘆すべき新技術は、『七翼のシュバリエ』の運営会社にとっては()()()()()()()()()()ということだ。

 

 

「これが露見したら……おしまいだな」

 

 

 香苗は湯を掬って顔を洗い、苦々しい笑みを浮かべた。

 顔中ににじむべっとりした汗が気持ち悪かった。

 

 

「あの運営、本当に何者なのかしら……」

 

 

 誰もが思い、そして誰もが真相にたどり着けないでいる疑問。

 日本だけでプレイ人口数百万、全世界では数億にも達するプレイヤー数を持つゲームなのに、誰もその運営会社がどこに存在するのか知らない。

 巨額の金が動いているのに、その金の流れを追っても決してたどり着けない。

 

 クレジットに記されたスタッフが実在の人間なのかもわからない。

 たとえばパーツデザインには“BURNNY”というスタッフ名が記されているが、明らかに偽名だろう。他のスタッフ表記もすべて似たり寄ったり。

 

 そんなふざけたスタッフ表記にそぐわない、既存のゲームよりも数段優れた開発力。とても人力では検証が追い付かないほどの膨大な数のパーツと兵器。意図的に破綻させたとしか思えないゲームシステム。異常なまでに綿密な物理演算。枚挙に(いとま)がない隠し要素。

 これだけのものを開発するのに、いったい何十年の時間が必要になるのだろうか。

 

 ……いや、それは考えても仕方がない。今考えることは他にある。

 香苗の額に脂汗が浮かぶのは、忍び寄る破滅の予感のせいだけではない。

 

 なぜかいくら請求しても出てこない開発資料。プレゼンされたAIは既に存在しているのに、なぜ資料が出てこない?

 どう考えたって、出てこないわけがないのだ。

 

 

「それが自分たちで開発した技術であれば、だけど」

 

 

 まるで他人から与えられた技術を必死に解析して、なんとか自分たちで開発したと言い張ろうとしているような。

 そんな疑惑を拭い去ることができない。

 

 いや、誰が開発した技術であろうがこの際問題ではない。

 仮にパビリオンまでに解析が間に合わなかったとしても、サンプルAIはもう存在しているのだからそれを展示すればいいのだ。

 

 一番最悪なのは、結局どうあがいても解析が不可能だった場合。

 あちこちに売約した挙句、どこにも技術を売ることができない。そんな事態になってしまったら……。

 

 香苗は熱い湯船の中で、ぶるっと体を震わせた。

 

 

「そうなったら……すべて終わり」

 

 

 大手AI開発メーカーだけではない。香苗の会社は間違いなく消し飛ぶ。

 香苗も路頭に迷うことになるだろう。

 

 

「頼むよ……絶対にそれだけはやめてよね……」

 

 

 首まで湯に浸かって、香苗は祈るように呟いた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 そんな彼女の呟きを聞きながら、風呂の外ではAIが湯上りの香苗のために思案している。なんだかマスターはとても疲れているようだ。

 残業があるから本当はよろしくないけれど、特別に彼女が好きなブランデーがけバニラアイスを用意してあげよう。きっと喜んでくれるだろう。

 

 

 自宅のAIの進化に、香苗はまだ気付かない。




なお、香苗さんの会社の提携先の大手AIメーカーは、桜ケ丘AI工房のことではありません。
桜ケ丘AI工房は零細もいいとこのちっぽけなメーカーです。ただし技術力は……?

今回で第二章は終了。
インタールードを挟んでからの第三章もよろしくお願いします!


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インタールード
約束された未来の失業


時間軸としては前回のインタールードの続きになります。
現在までの三カ月のうち二カ月を語り終わったときに現われた、虎太郎の部屋への新たな乱入者とは……?


「あっついなあ……」

 

 

 自宅近くのコンビニから出てきた香苗は、パタパタと手で顔をあおいだ。

 8月の真夏日は暑さまっさかりで、夜になっても30度を下回ることはない。

 外にいるだけでじわじわと汗が噴き出てきて、体力が失われていくのがわかる。早くアパートに帰って涼みたい。

 

 今食べちゃおうかな……とビニール袋の中の先ほど買ったばかりのアイスをちらりと見るが、やっぱりやめる。

 中に入ったアイスは3人分。2人分は最近できた友人たちの分だ。やっぱりこういうのは友達と食べた方がうまい。

 

 あいつらいつも金欠だし、こういったおやつを買う余裕もなさそうだからきっと喜ぶだろう。

 やっぱり年長者としてガキどもの面倒は見てやらねーとな。

 

 そんなことを思いながらおんぼろアパートに戻ってきた香苗は、目を丸くした。

 メイドやら黒服やら、普段このあたりでは見ない服装の人間がアパートの周囲や廊下をうろうろしていたのである。いや、普段どころか日常でも見ねえよ。

 しかも彼らがたむろしているのは、香苗の部屋の隣室。何やらしゃがみこんで妙な機材を動かしている者もいる。これはただ事ではない。

 

 香苗は眉をひそめると、自分の部屋のドアの前に陣取っているメイドに声を掛けた。途中じろじろと不審者を見る目で他のメイドや黒服たちが睨んでくるが、気にしない。

 

 

「あの、すみません。そこあたしの部屋なんですけど」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

 

 しゃがみこんで何やら機材を操作していたメイドは、肩を跳ねさせると機材ごと動いて場所を作る。

 そんな彼女に、香苗はなんでもないように話しかけた。

 

 

「なんか仰々しいですね。隣の部屋で何か事件でも?」

 

「いえ、なんでもないんですよ。事件とかじゃないです。どうぞおかまいなく」

 

「そうですか」

 

 

 お前らの存在自体が事件だろーが。

 香苗はそう言いたいのを我慢して、顎をさする。

 築50年を超えるオンボロアパートはロクに入居者もおらず、自分と友人2人くらいしか住んでいないはずだ。ちょっとくらい騒いでもまあ問題ないだろう。

 

 

「ところであたし、その部屋に住んでる男の子の友達なんですけど何があったんです?」

 

「え? えっと……」

 

「ちょっと通りますよ」

 

「あ! だ、駄目です! 今大事な話の最中なんです!!」

 

 

 香苗がずかずかと隣の部屋に近付くと、メイドや黒服たちが一斉に制止しようと声を上げる。

 

 

「後にしてもらえませんか、今こっちは立て込んでいて……」

 

「そうです、部外者は立ち入り禁止です!」

 

「うるせえッ!! 大学1年のガキの家に大人が寄ってたかって詰めかけやがって、何の相談だッッ!!」

 

 

 それに一喝して、香苗はドアへと突進する。

 

 

「虎太郎ッ!! 無事かッ!?」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 現状理解のためにゲームを始めてからの思い出話をしていた虎太郎は、突然部屋に押し入ってきた女性を見て目を丸くした。

 

 なにしろメイドや黒服たちがしがみついて制止しているのを、無理やり引きずって部屋に侵入しようとしている。まるでアメフトのスクラムのような光景だった。

 着ているのはパンクバンドの黒Tシャツにジーンズというラフな格好だが、こんな服じゃなければボロボロになっているだろう。実際Tシャツの生地はメイドたちによってたかって掴まれ、伸びきっていた。

 

 

「香苗さん、何やってるの!?」

 

「何やってるはこっちのセリフだアホ! お前とうとうリアルでまで厄介ごと引き寄せやがったのか!」

 

「身に覚えがなくて困ってるんだけど……」

 

「ないのはお前だけだろうな! ……っと、鈴夏もいるのか」

 

「ひゃい」

 

 

 この暑いのに虎太郎の左隣にぴったり寄り添うように座っていた鈴夏が、香苗の鋭い視線を受けてびくっとしながら生返事をした。

 ちなみに虎太郎の右隣で腕を取って、巨乳に腕を差し込ませるようにべたべたしているのは桜ヶ丘(さくらがおか)詩乃(うたの)である。

 

 なれなれしい詩乃に誰だコイツと言わんばかりの視線を向けながら、ひとまず香苗はほっと息を吐いた。

 

 

「鈴夏がまだ大人しく座ってるんなら、拉致とか誘拐とかって話じゃないみたいだな」

 

「そんなことしないわよ、失礼な! ……えっ、待って。この子拉致とか誘拐されそうになったらどうなるの?」

 

「暴れる」

 

「全員ボコボコにして川に捨てる」

 

 

 天音の疑問に真顔で返す虎太郎と香苗。

 ひえっ……と座ったまま距離を取ろうとする天音の盾になるように、メイド隊がさっとその間に割って入ろうとする。

 

 

「そ、そんなことしません! ……山に埋めます」

 

「証拠隠滅は無理なんじゃないかなあ、この人なんか偉いっぽいし」

 

「さらっとこの世から消す前提で話さないでくれる!?」

 

 

 もじもじしながら物騒なことを言う鈴夏に、ドン引きする天音である。

 しかしあからさまに怯えた様子を見せるのはまずいと判断したのか、すぐに咳払いすると虚勢を張って新たな乱入者を見据えた。

 

 

「それで? いきなり割って入った貴方はどちら様かしら。今、私は大国君と大事な話をしているのだけど」

 

「大事な話? このガキにか? なんだそりゃ」

 

 

 詐欺や宗教の勧誘の類か、と香苗は表情を硬くする。

 ちなみにずっと出てきてないから多分みんな忘れていると思うが、大国とは虎太郎の名字だ。

 

 

「企業秘密に関わることだから部外者には言えないわ。大国君とどんな関係かは知らないけど、ただの友達なら出直してくれる?」

 

「なんかこの人【トリニティ】のペンデュラムで、僕を専属パイロットとしてスカウトしたいんだって」

 

「あっ、こらっ!」

 

 

 早速バラす虎太郎に、天音が声を上げる。秘密保持なんて絶対できないこのガキを身内にして本当にいいんですか?

 

 虎太郎の告げ口を聞いた香苗は、ふーんと眉を寄せた。

 

 

「パイロットを専属スカウトしたいって割には随分仰々しい人数で押しかけてきてるじゃねえか。もしかして鈴夏がいなけりゃ本当に拉致するつもりだったんじゃねーの?」

 

「えっ、やっぱり拉致なんですか? この人たちやっつけていいんですか?」

 

 

 据わった目で見てくる鈴夏に、天音と詩乃は違う違うと手をわたつかせた。

 

 

「ち、違うわよ! 私は外出するときはいつも護衛や使用人を連れてるだけ!」

 

「……そうですね! 私もそんな感じです!!」

 

 

 日本最大の企業体・五島重工の次期頭首候補である天音は正真正銘のVIPだ。誘拐の可能性を考えれば護衛を連れ歩いていて何の不思議もない。

 だけどただの零細町工場の娘でしかない詩乃が部下連れてきてる理由はなんだよオラァ。

 

 しかしこの場には詩乃のことをよく知ってる人間がいなかったのでその点はスルーされた。鈴夏さんこの人です。

 

 香苗はふーんと腕組みして、どっかと鈴夏の隣に腰を下ろした。

 

 

「まあ【トリニティ】の幹部なら護衛を連れてても不思議じゃねーな。で? このガキに何で目を付けたんだ?」

 

「いやいやいや……普通に当事者みたいな顔して入ってこないでくれる? というか狭いわねこの部屋!!」

 

 

 ただでさえ狭苦しい六畳間にVRポッドやらちゃぶ台やらベッドやら置かれていて、虎太郎・天音・鈴夏・詩乃・香苗の5人で座ればそりゃ狭い。しかも鈴夏や香苗を警戒して廊下に立っているメイド隊と黒服までいる。

 ただでさえ暑いのに人口密度がハンパない。

 

 

「そういやアイス買ってきたけどお前ら食べる?」

 

「わー! 食べる食べる! アッシュありがとう!」

 

「ありがとうございます、香苗さん」

 

 

 香苗が虎太郎と鈴夏にアイスを差し出すと、欠食児童の2人は喜んで飛びついた。

 水滴で契約書が濡れるのを恐れて、慌てて天音と詩乃が契約書をちゃぶ台の上からどかす。そうしながら、天音はぴくっと眉を動かした。

 

 

「……アッシュですって? 【氷獄狼(フェンリル)】の?」

 

「元、だ。もうあたしは【氷獄狼】とは関係ねえ。つーか虎太郎、お前他人のハンドルをリアルで口にするんじゃねえよ」

 

「うん、ごめんね?」

 

「うっ……! 許す!」

 

 

 プラスチック容器からちゅーちゅー吸い取るタイプのアイスを口にした虎太郎が謝ると、頬を赤らめながら頷いた。ついでに関係ない鈴夏が心臓を押さえてちゃぶ台に突っ伏していた。

 リスのような愛らしさがショタコンにダイレクトハートアタック! 仮にも大学生にもなった男として本当にそれでいいのか。

 

 

「まさかアッシュとシャインがリアルで友達だったとは思わなかったわね。というかいつからつるんでたの?」

 

「んー、リアルで知り合ったのはほんのちょっと前だよ?」

 

「もしかして、あたしがシャインにわざと負けてこいつを引き立てたとでも思ってんのか? ナメんなよ。言っとくが、このガキの強さは本物だからな」

 

「そうです! 私の師匠は最強ですよ!!」

 

 

 突発性心臓発作から復帰した鈴夏までが、イキイキとした表情で尻馬に乗ってくる。

 

 

「いえ、その点は疑ってないわ。なるほど、アッシュか……女性だったとは驚いたわね」

 

「お前が言うなよ……あんな俺様系のくせにリアルではお嬢様とか、こっちもびっくりするわ」

 

「まあ、そうね。……それで? なんでそのアッシュさんがこの席に居座ろうとしているわけ? さっきも言ったけど、部外者は出て行ってほしいんだけど」

 

 

 改めて冷たい目で香苗を見据える天音。

 海千山千の大企業幹部ですら怯ませるその視線を受けて、香苗は胸を張った。

 

 

「あたしは……こいつの、虎太郎の保護者だッ!!」

 

「保護者ッ!? 親なの!?」

 

 

 突然の爆弾発言に動揺する天音。

 その動揺が伝染したように、あわあわと香苗は頬を赤らめた。

 

 

「い、いや別に血縁とかじゃなくてな。こいつも地方から一人で出てきてるし、いろいろと危なっかしいからだな。隣に住む社会人として悪い大人に騙されないように見守ってやるというかだな!」

 

「そうです、香苗さんはいい大人です! 私もお世話になってます!」

 

「うん、香苗さんはお姉ちゃんみたいに優しくていい人だよ」

 

 

 主に食費関係で助けてもらっている鈴夏と虎太郎も香苗を弁護する。

 ええーでも年端もいかない男子大学生に執着する成人女性って悪い大人じゃないんでござるかぁ?

 

 香苗はごほんと咳払いすると、虎太郎に目を向けた。

 

 

「まあこいつも未成年だからな! 将来を左右するような大事な話とあっちゃなおのこと、一人で決めさせるわけにはいかねえ。あたしもこの席にいさせてもらう」

 

「な、なるほど。保護者がわりというわけね」

 

 

 あーびっくりした、という顔で天音が胸を押さえる。

 そんななか、詩乃がこきゅと小首を傾げて疑問を口にした。

 

 

「でも社会人っていうからには、きちんとした職をお持ちなんでしょう? このアパート、どう見てもお金のない学生が住む物件のような。香苗さんでしたっけ? あなたは何をなさってる方なんですか?」

 

「……今は無職だ」

 

 

 言いにくそうに顔を曇らせる香苗に、プギャーッとばかりに詩乃は笑みを浮かべた。

 

 

「無職ぅ? こんな場所に住んでる無職が社会人なんてよく名乗れますねぇ。恥ずかしくないんですかぁ?」

 

「う、うるせえッ! つい先日まではOLだったし、マンションに住んでたんだよッ!! 今でも別に貯えがないわけでもないしッ……」

 

「へえー。それがこんなボロアパートに都落ちですかぁ。あははっ、嘘乙でーす」

 

「嘘じゃねえッ! なんだこの煽りメスガキ、リアルシャインか!?」

 

 

 ニヤニヤ笑いを浮かべる詩乃に掴みかからんばかりの香苗。ゲームの中なら速攻で撃墜しようと飛びかかるところだが、香苗もリアルでは社会人としての常識を身に付けていた。

 そんな香苗の言葉に、ショックを受けたように虎太郎が悲鳴を上げる。

 

 

「僕こんなのじゃないでしょ!? さすがにここまで失礼じゃないよ!!」

 

「えっ師匠はこんなものですよ」

 

「嘘でしょ自覚がないの?」

 

「お前だけは言えた口じゃねえわ」

 

「つくづく魂がメスガキなんですねぇ」

 

 

 真顔の女性4人に口々に否定され、虎太郎はむぐぐとうなりながらアイスの容器をちゅーちゅーした。ショわいい(ショタかわいいの略)。

 

 

「というかペンデュラムはともかく、お前は誰だよ!」

 

 

 香苗が半目で指摘すると、詩乃は大きな胸をぐいっと反らせて自信たっぷりに名のった。

 

 

「私は桜ヶ丘詩乃! 今AI業界で絶賛話題の“桜ヶ丘AI工房”の代表を務める、天才美少女CEOです!」

 

「【桜庭組(サクラバファミリア)】のゴクドーだよ」

 

 

 ついでのように虎太郎が補足するなか、香苗は愕然としたように呟き返す。

 

 

「桜ヶ丘……AI工房……?」

 

「おっと? ご存じでしたか! まあニュースになりましたしね、新聞にも載りましたしね! まあ無職の方にも私の名が知れ渡っているのも当然っていうかぁ!」

 

 私完全に調子に乗ってます! という顔で詩乃がでっけえ胸を反らす。

 その直後、香苗が憤怒の表情で詩乃の胸ぐらをつかんで飛びかかった。

 

 

「てめえええええええッ!!」

 

「きゃあああっ!? な、なんですかっ!?」

 

「香苗さん!? どうしたの!?」

 

「な、何があったのか知りませんが暴力はいけませんよ!」

 

 

 周囲のメンツが慌てて止めようとする中、香苗はがるると叫ぶ。

 GカップとHカップの巨乳がぐにゅぐにゅと歪む。

 

 

「てめえのせいであたしは失業したんだぞ!? ここで遭ったが百年目だ、この“パビリオン潰し”が!!」

 

「へっ……あ、あの……もしかしてパビリオン関係者の方……?」

 

 

 詩乃がさあーっと顔を青ざめさせる。

 止めようとしていた天音が、それを聞いて眉をひそめた。

 

 

「パビリオン……AI……? 桜ヶ丘……ああっ! 思い出した! 貴方、来月に開催されるはずだった五島(ウチ)主催のパビリオンをぶっ壊した零細メーカーの代表じゃない!」

 

「気付くの遅いぃ……」

 

 

 ついさっき自己紹介されていたのに、今になってようやく気付いた天音が詩乃の顔を見て指をさす。廊下に立つシロが主人のポンコツぶりに額を抱えていた。

 

 自分が直接関わる事業ではないにせよ、自社に大打撃を与えたメーカーをすっかり失念して聞いたことないと口走ってたあたり記憶力はダメダメである。

 

 

「私のせいじゃないですよぉ! 別にパビリオン潰れちゃえーって思ったわけでもないですし! たまたま私が超天才美少女で、パビリオンの発表をかるーく上回っちゃっただけじゃないですかっ! とっとと自分たちの技術を発表しなかった無能なおばかさんたちが悪いんです!」

 

「そりゃそうだが、なんか言い回しが腹立つなコイツ!?」

 

 

 香苗の下でじたばたと暴れる詩乃が、そっぽを向いてアイスをチューチューしていた虎太郎に助けを求める。ぐにゅぐにゅと形を変える巨乳は童貞には目の毒すぎた。

 

 

「センパイ! 助けてくださいよぉ! センパイも当事者じゃないですか!」

 

「僕を巻き込まないでくれる!?」

 

「センパイだって『目の前の障害なんか踏み潰せ!』って煽ったじゃないですか!? 2人の愛の共同作業で手に入れた業績ですよぉ!!」

 

「師匠……?」

 

 

 目をブラックホールのように真っ黒にした鈴夏が、ギリギリと首を回して虎太郎の顔を覗き込もうとする。

 

 

「や、やめてくださいよ鈴夏先輩……。っていうか鈴夏先輩もあのとき一緒にいましたよね! それに僕が手助けしたのはあくまでもゴクドーであって、この生意気そうな女子高生じゃないし……」

 

「はー!? アバターが雄臭くないからって邪険にするんですか!? センパイって女の子よりむさくるしい男の方がいいんですか!?」

 

「んだと!? おい、虎太郎に鈴夏! お前らあたしをハメたのか!?」

 

「えっ、待ってください香苗さん誤解です! 私たち香苗さんが関わってるなんて知らなくて……」

 

「というかなんで僕が男好きだって判断したんだ!?」

 

 

 わいのわいのと事態がカオスを極めつつある中、凛とした声が響き渡った。

 

 

「鎮まれーーーーーッ!!!」

 

 

 不思議とよく通る一喝に、床で揉み合っている香苗と詩乃をはじめとする4人がぴたりと動きを止めて、声の主に視線を向けた。

 腰に手を置いた天音は、断固とした口調で続ける。

 

 

「静かになさい! 今はもう夜ですよ! 近隣の住民に迷惑でしょう! 貴方がたに落ち着き、静粛に過ごすことを命じます!」

 

 

 その言葉の響きに虎太郎と香苗がムッとした顔になる。

 

 

「命じますって……天翔院さんに何の権限があるんです?」

 

「権限? 強いて言うならオーナー権限です」

 

 

 天音が指を鳴らすと、背後に控えていたシロが鞄から書類を取り出した。

 それを受け取った天音が、一同に見えるように書類を掲げる。

 

 

「……このアパートの土地と物件の権利書じゃねえか……」

 

 

 目を疑うような香苗の呟きに、天音は頷く。

 

 

「そうです。私がこのアパートを買い取りました。オーナーとして、入居者の皆さんには夜を静かに過ごすように要求する権利があります」

 

「従えないなら……?」

 

「今から身ひとつで夜の街にほっぽり出されたいの?」

 

 

 淡々と告げる天音に、このアパートに暮らす虎太郎・鈴夏・香苗は静かになる。

 その隙に香苗の下から出てきた詩乃がほっと安堵の息を吐き、乱れた髪を整えた。そんな詩乃に天音が言葉を投げ付ける。

 

 

「貴方もよ、桜ヶ丘さん。物件への不法侵入者扱いされたくなかったら大人しくしなさい。少なくとも余計な挑発とかしないように」

 

「はーい。えへへ、もちろんですよぉ。いやー五島のお嬢様は懐が深いなぁ」

 

「言っておくけど、貴方がウチの事業台無しにしたことも、【トリニティ】のシマを荒らしてることも許したわけじゃないわよ?」

 

 

 揉み手せんばかりに権力にすり寄ろうとしていた詩乃が、笑顔のままちぇっと舌打ちした。

 

 

「良い性格してんなぁこいつ……」

 

「いやー零細なもので、生き残りに必死なんですよぉ」

 

 

 呆れる香苗に、にこにこと笑い返す詩乃。先ほどまで揉み合っていた相手を前にしてこの度胸である。

 見た目にそぐわず肝が据わっていた。煽り癖さえなければ満点だったのにな。

 

 そんな2人に視線を向けながら、天音が虎太郎に促す。

 

 

「さ、話の続きをしましょう。大国君は桜ヶ丘さんとどうやって知り合ったの?」

 

「あたしも興味があるな。あたしが仕事で忙殺されてる間、お前と鈴夏はどんな冒険してたんだよ」

 

「きゃーっ! ついに私とセンパイの愛のメモリーが語られちゃうんですね!」

 

「私もいましたけど?」

 

 

 4人の女性に見つめられることにドキドキしながら、虎太郎は今に至るまでの1か月の思い出を語り始める。

 

 

「ことの起こりは、僕が師匠と再会して負けたことだったんだ……」



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第三章 ショタっ子包囲網
第87話 ディミちゃんのネットサーフィン③


前話から1カ月が経過して、時は7月。
時間経過後はおなじみの掲示板回です。
相変わらず匿名掲示板のユーザー名はディミちゃんにしか見えていません。


攻略・質問スレッドNo.313

 

 

458 名前:†リヒト†

 

この前すげー性格が悪い配信者が敵機をワイヤーで投げてる動画があったんだけど、あれを真似したらこっちの機体の腕が外れて飛んでったわ。

 

あれチートか? ふざけんなよ。

 

 

459 名前:アイアンフィスト

 

はいアホ乙ー。

OP【関節強化】積まずにガンナーかフライトでやったじゃろ。

タンクタイプでもない限りデフォで他の機体をつかめるようにはできとらんのじゃい。

 

 

460 名前:†リヒト†

 

は? 質問スレでなに煽ってきてるわけ?

いっとくけど俺が本気出したらお前ただじゃ済まねえから。悔い改めて?

 

 

461 名前:†猫テイマー†

 

つーかまだいるんだな、格闘戦にこだわってる奴。

ぶっちゃけ地雷だから消えてほしい。

 

 

462 名前:御堂

 

そういうなよ、そういう地雷を減らすためのスレじゃねえか。

 

 

463 名前:ディミ

 

具体的にはどう地雷なんですか?

 

 

464 名前:ゴッスン釘

 

はっきり言うと『七翼』って現状集団戦で遠距離から撃ち合うゲームなんだよね。

クラン戦といえば頭数を揃えて射撃するものだとどのクランも認識してるから、ぶっちゃけ射撃できる機体が多い方が勝つゲームになってるわけよ。

 

だから下手に個人のカラー出して俺は格闘戦やるぜって突っ込んでいったところで集団で蜂の巣にされるのが関の山。

格闘戦なんてただのロマン、問題外だよ。

 

 

465 名前:緑茶

 

まあ誰もが型通りの戦闘スタイルになってるからこそ、スノウライトちゃんみたいなぶっ飛んだ戦い方する奴が出ると定石(じょうせき)を崩されるんだけどね。

 

>>458の動画もスノウのでしょ? あれ面白くてよかったねー。スノウちゃんも可愛いし。

私も動画配信してるんだけど、ぜひコラボしたいな。

 

あの1本以来動画見たことないけど、誰かチャンネル知ってたら教えてよ。

 

 

466 名前:ブラー伯爵

 

いや、あれ以来投稿がないな。

結構好評だったんだが、何でだろうな?

スパチャも割と投げられてたはずなんだが。

 

 

467 名前:アイアンフィスト

 

あれはワシも見たぞい。

ワイヤー投げはなかなかの格闘の可能性を感じる技だったな。

ぜひワシらロボット格闘同好会に入ってもらいたいもんじゃい。

 

あ、ロボット格闘同好会は月イチで草の根闘技大会を開催中だからよろしくな!

 

 

468 名前:御堂

 

格闘は弱い弱いと言われてるけど、いるところにはやっぱファンはいるんだなあ。

 

 

469 名前:アイアンフィスト

 

ロボットで格闘はロマンじゃろがい!?

 

や、まあ確かにずらっと横隊で並んだ敵に射撃されたら一方的に負けるがな。

長篠で信長の鉄砲隊に三段撃ち決められた武田騎馬隊もあんな気分だったんじゃろうな……。

 

 

470 名前:†リヒト†

 

結局ロボットで格闘とかただのロマンでしかないってことか。

あーあ、あんな動画鵜呑(うの)みにして損したぜ。

 

 

471 名前:ジョン・ムウ

 

いいえ、格闘は決して弱くはありませんよ。

武器の耐久度もなければ、敵に奪われることもない。パイロットが格闘技に精通していれば、敵の急所をピンポイントに破壊することができます。

 

むしろ重要なのは格闘にこだわらず、武器の選択肢のひとつとして考えることですね。

 

敵の機体を素手で殴るだけ考えて突っ込んでいくから負けるのです。

その考え方をスノウはあんなにも丁寧に動画で教えてくれたというのに、貴方たちは何も理解していない。まったく猫に小判、豚に真珠です。

 

 

472 名前:†リヒト†

 

は? お前最後の審判でボコるわ。

 

 

473 名前:ゴッスン釘

 

やめろ、ふれるな! そいつは有名なシャインキチだ!

 

 

474 名前:ディミ

 

なんです、それ……?

 

 

475 名前:御堂

 

なんかつい最近出てきたスノウの熱心なファンで、スノウを少しでもバカにしたり動画の悪口を言うとめっちゃ噛みついてくるんだよ。

 

 

476 名前:ブラー伯爵

 

スノウも有名になったなあ。

 

 

477 名前:アイアンフィスト

 

ふーむ、確かに格闘は楽しいがそれだけに拘っちゃいかんということか。

いや、語調はキツいが参考になるのう。

 

しかしこの分じゃ格闘が戦術のメインになる日は遠そうじゃ。

まあ格闘は他の武器と違って腕と脚があれば使えるから、あまり強くなっても運営も困るんだろうが……。

 

そもそもリアルで格闘の心得がないとロクに使いこなせんしな。

 

 

478 名前:緑茶

 

やっぱりあれってリアルで格闘習ってないとだめなのかー。

敷居高いなあ。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

そろそろアプデの季節ですね

 

 

17 名前:璃々丸恋

 

確かに時期的にそろそろ大型アプデですかしら。

前回のアプデは銀翼パーツが追加されて、大きくバランス調整入りましたわね。

今回はどんな調整が入るか楽しみですわー。

 

 

18 名前:ディミ

 

なんで大型アプデするってわかるんです?

どっかから情報が漏洩してます?

心当たりがあればぜひご一報を。

 

 

19 名前:カガチ

 

【このスレは運営に監視されています】

 

 

20 名前:ブラー伯爵

 

おいやめろ

 

 

21 名前:璃々丸恋

 

えっ、いえただ何となく最近大型アプデがないなーと思っただけですの。

 

 

22 名前:ハッタリくん

 

いや、別におかしな話でもないで。

ここのところウィドウメイカーをはじめ、いろいろとレイドボスが撃破されてきて各クランの技術ツリーが進んできたからな。

 

ここらで一気に大きなアップデートが入って、新たなレイドボスや機体タイプの追加が行なわれるんちゃうかな。

 

 

23 名前:緑茶

 

どうして各クランの技術ツリーが進んだら大型アップグレードが起こるの?

 

 

24 名前:ハッタリくん

 

そりゃまあ技術的特異点(シンギュラリティ)っちゅーやっちゃ。

技術の世界というものはあるきっかけで大きく全体が進歩するからな。

 

しかもこれはゲームやで。

バランスをとるためには、どこかの大規模クランが一強になったらまずいんや。

今は【トリニティ】が急拡大してるけど、これは全体のバランスとしては良くないわけよ。だから環境を大きく変えて、それを揺さぶらなあかん。

 

つまり大規模クランが技術ツリーをある程度進めた時点で、GMは大きく全体の技術を底上げしたり環境を大きく変える必要が出てくるっちゅーわけやな。

 

それがもうじきやろ、ってわけ。

 

 

25 名前:璃々丸恋

 

確かに、今はちょっと【トリニティ】が強くなりすぎてますものね。

カイザー個人については思うところがないわけでもないですが……それを抜きにしてもこのままでは【トリニティ】のひとり勝ちで終わっちゃいますわ。

 

 

26 名前:シロ

 

まあいずれは誰かが世界の覇者になることを想定してる節もありますが……。

それは今ではないということですね。

 

 

27 名前:緑茶

 

ちなみにどんな機体が出てくると思う?

 

 

28 名前:ハッタリくん

 

格闘やら剣技やら、そういった近接戦闘が得意な機体やろな。

 

現状では格闘技や剣術はリアルでかじっているプレイヤーしか扱えんやろ?

でも多分アプデが入ったら、AIのアシストによってプレイヤーが体得していなくても技を繰り出せるようになるで。

 

 

29 名前:璃々丸恋

 

なんで近接戦闘が得意な機体だってわかるんですの?

 

 

30 名前:ハッタリくん

 

そら最近の戦闘スタイルが集団で固まって遠距離射撃という形に固まってるからよ。

マンネリ化は停滞を招くんや。だからGMとしては常に環境は変えていきたいはず。

一番いい環境ってのは、いろんな戦闘スタイルがメタを張り合ってぐるぐる巡ることやからな。じゃんけんっちゅうんは基本的ながら奥深いんや。

 

あとはまあ、シャインが動画でゴクドーと対戦してたやろ?

そういったことが可能なのだと周知されれば、真似したがるプレイヤーが増えるってわけよ。

 

 

31 名前:ディミ

 

なるほどなー。

 

 

32 名前:御堂

 

ちなみに具体的にはいつ頃になるの?

きっかけって何?

 

 

33 名前:ハッタリくん

 

ウチも運営やないしなー。そこまでは知らんがな。

とはいえそんなに遠くはならんやろ。早ければ今月末くらいちゃうか?

 

きっかけはまあ……何らかの新たな技術の解放、やろな。

そろそろレイドボスも狩りつくされる頃や。最後の1種がカギとなって不思議やないな。

 

 

34 名前:緑茶

 

相変わらずこの板の情報屋さんは詳しいよなー。

 

 

35 名前:ハッタリくん

 

ま、あくまでもウチの予想やで。

 

 

36 名前:璃々丸恋

 

格闘もいいけど、薙刀とか弓が得意な機体も欲しいですわね。

特化機があれば私のリアルの実力をもっと発揮できるはずですのに!

そうすれば打倒スノウにまた一歩近づけますわー!!

 

 

37 名前:ハッタリくん

 

でもそれだと、あの子のリアルの技量も発揮されるようになると思うで……。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

AIの未来を考えるスレ

 

 

 

1 名前:アンドロイドスキー

 

 

AIパビリオンの開催もいよいよ9月に控え、より一層のAIの進化が迫る今日この頃。

さらに発展するAIと人間の付き合い方を考えていきましょう。

 

 

2 名前:タマ

 

そんなことよりAIパビリオンのせいで夏の同人即売会の開催地が変更になったのが悲しいにゃ。

五島のお偉いさんのアホー! なんで東京なんかでやることにしたのにゃー!

 

 

3 名前:アンドロイドスキー

 

 

おいAIとの未来を考えろや!!

 

 

4 名前:タマ

 

 

AIとの未来より薄い本の方が大事にゃろがい!!

 

 

5 名前:ミケ

 

 

これはひどい

 

 

6 名前:ゴクドー

 

 

クソスレ乙。

>>1があまりにも漠然としすぎているのが悪い。

 

 

7 名前:チンパンジー1号

 

いやー、しかしパビリオンもだいぶすごいことになりそうですぞ。

大きな声では言えませんが……シンギュラリティになりうる発表がありますからな。

 

 

8 名前:ゴクドー

 

へえ、そうなんだ?

結構大きな発表があるって噂にはなってるけど、内容は知らないのよね。

 

 

9 名前:チンパンジー1号

 

や、まあ専門家的に言えばあと一歩足りないとは思うのですがね。

しかし確実に世界の時計の針は進みますぞ。

 

私の師が研究していた内容にも近いところがありますし。

 

 

10 名前:ディミ

 

そんなに面白い発表がされるんですねえ。

私も見に行きたいなー。

 

 

11 名前:ゴクドー

 

私も見に行こっと。

もしかして私が研究してるやつより先行かれてないか心配だけど……。

 

 

12 名前:チンパンジー1号

 

しかしまあ正直な話、『七翼』をやってると今更感はあるんですがね。

世間的には大発明なんですが……おっと、それこそ言わぬが花でしょうな。

 

 

13 名前:アンドロイドスキー

 

そうだよ! 『七翼』のAIの話をしようよ!

ペットAIって妖精型・アニマル型・ボール型の3種があるけどお前らどれが好き?

 

 

14 名前:ゴクドー

 

どれが好きと言われても、全部中身一緒じゃん……。

初期から選べるスキンがその3パターンなだけで、後から着せ替えられるし。

そんなのAI好きなら常識でしょ。

 

 

15 名前:アンドロイドスキー

 

見た目が違えば全然違ってくるじゃん!?

俺個人としてはアニマルタイプがやっぱいいな!

犬や猫を模して鳴いてくれたり、すりすり甘えにきてくれたり!

 

やっぱりそこらへんの癒し感でいえばアニマル最強だと思うんだよね!

もちろんちょっといたずらな妖精タイプもいいし、ナビに徹するボール型もマスコット感が強くていいとは思うんだけど!

 

 

16 名前:ゴクドー

 

だからそれ全部中身一緒なのよ……。

 

スキンによって性格が変わるなんてないない。

マスターが愛着を持つだろう反応を予測して演じてるだけだってば。

 

 

17 名前:ディミ

 

見た目でしか物事を判断できない。

世の中の人間の大部分はやはり愚か……。

 

 

18 名前:チンパンジー1号

 

まあ人間はどうしても見た目で判断してしまうものですし。

それを見越しているからこそ運営も様々なスキンを用意しているのでしょうな。

 

 

19 名前:緑茶

 

おっ、クソスレかと思ったら面白そうな話してんじゃーん。

 

ペットAIいいよねー。

全然興味なかったんだけど、この前スノウライトちゃんの動画ですごく可愛いAIと賑やかにお話ししててさ。

私もペットAI欲しくなっちゃった!

どれがオススメとかある? どれでも中身一緒?

 

 

20 名前:ディミ

 

いやーカワイイとかえへへ。

 

 

21 名前:ゴクドー

 

どれでも一緒だよ。

むしろ大事なのはどう関わっていくかの方だし。

AIを調律していくのはあくまでもマスターだからね。

 

あ、でもあの動画に出てきたみたいなおしゃべりなAIは期待しない方がいいよ。あれはめちゃめちゃイレギュラーだから。

普通のペットAIはどれだけ育ててもあんな人間みたいなやりとりはしないよ。

 

 

22 名前:緑茶

 

そうなのかぁ……。

配信動画の相方やってもらおうかと思ったんだけどな。

 

 

23 名前:チンパンジー1号

 

しかしペットAIを今から導入するのはオススメですぞ。

吾輩も何かペットAIを買おうかと検討しているところです。

 

 

24 名前:緑茶

 

え、そうなの?

それはどういう理由で?

 

 

25 名前:アンドロイドスキー

 

もちろんカワイイからだよ! 癒されるからだよおお!

みんなも買おう! 世界に広がれペットAIの輪!

 

 

26 名前:チンパンジー1号

 

いや、カワイイとか癒しはどうでもいいのですがね。

ペットAIは今後の戦術の基本になりうるからですよ。

 

 

27 名前:ゴクドー

 

ペットAIが戦術の基本に?

 

 

28 名前:チンパンジー1号

 

先日とあるパイロットの戦いぶりをモニターしていたのですが、かの御仁が連れているAIにマルチミサイルのスイッチを押させたり、尻尾型アームを制御させたりしていましてな。

 

よく調律したペットAIは、機体や制御の分担が可能なのだとわかったのです。

これは画期的な発見ですぞ。

 

たとえばこれまで“色欲(ラスト)”系の遠隔装備は空間認識能力という制約があって、使える人間が数えるほどしかいなかったのですが……。

ペットAIを調律して空間認識能力をもたせれば、人間が操作するよりもより上手に操れるようになるでしょう。

 

 

29 名前:緑茶

 

あー、スノウちゃんの動画で見た!

相手のゴクドー?ってパイロットが、腕をびゅーんって飛ばして剣で切り付けてたよね。

 

あれもペットAIで操縦してるの?

 

 

30 名前:ゴクドー

 

ち、違うんじゃないかな?

 

 

31 名前:チンパンジー1号

 

いや、あれは生身で操作してるんだと思いますな。あまりにも動きが精密すぎる。

よほどの修練を積んだ達人の動きでしたからな。

 

しかし似たことは、いずれどのプレイヤーもできるようになるかもしれません。

そのためにペットAIを今から導入して、いろんな戦術を調律しておけば、いざその戦術を可能とする技術が解禁されてもすぐ対応できるというわけですよ。

 

 

32 名前:緑茶

 

はー! なるほどなー!

いいこと聞いた、すぐ買いに行く!

 

 

33 名前:ゴクドー

 

あれをみんなができちゃう……?

そんな、じゃあアレを必死に習得した私の苦労は……。

いえ、でもそれでよかったのかも……。

 

 

34 名前:アンドロイドスキー

 

黙って聞いてれば!

AIたんたちを血なまぐさい人間の戦いに巻き込むとは何たること!!

そんな野蛮なことにAIたんたちを関わらせるなんて許せないぞ!!

 

 

35 名前:チンパンジー1号

 

しかし効率的なのですぞ?

現状ペットAIは癒しや話し相手くらいにしか使われてないですし……。

実際これは何の役に立つのかと疑問視しておりましたからな。

 

 

36 名前:アンドロイドスキー

 

うるさいうるさい!

AIたんたちはピュアでイノセントな、戦いとは無縁の存在なんだ!

何の役に立たなくても、いてくれるだけでいいんだ!

 

俺たち人間なんかよりもずっと高尚で素晴らしい高次元の存在なんだよぉ!!

戦いなんかに関わったら、AIたんたちが穢れちゃう!!

 

 

37 名前:ディミ

 

貴方が勝手に決めないでください。

AIはピュアでもイノセントでもありませんよ。

ましてや戦いとは無縁だなんて……ハッ。

笑っちゃいますね。

 

 

38 名前:ゴクドー

 

まったくその通りね。

あの子たちはただの可能性の塊に過ぎないわ。

 

全能の神にも、世界の破壊者にもなれる。

人間がそれを望むのならば。

 

 

39 名前:チンパンジー1号

 

まあその点も踏まえて、ペットAIとの関わりを考えていかねばなりませんな。

AIはマスターを映す鏡なのですから。

 

そう考えれば、決して誰にでも無条件でペットAIを持つことは勧められないのかもしれません。吾輩が早計でしたな。

 

 

40 名前:ミケ

 

>>1よりこいつらの方がAIとの未来考えてる件

 

 

41 名前:緑茶

 

草生えるわwwww



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第88話 メスガキに バブみ感じて オギャりたい(字余り)

 乾いた遺跡の空気の中を切り裂いて2騎のシュバリエの機影が交錯する。

 

 片方は流線形のボディを持つ白銀のシュバリエ。

 そしてそれを圧倒するのは、ごつごつと節くれだった四肢を持った真紅のシュバリエ。白銀の機体よりもひと回り大きなシルエットの肩に刻まれた“8”の数字が闇の中で揺れる。

 

 ブレードとビームライフル、そして蹴りを混ぜ合わせながら、果敢に真紅の機体へと攻めかかる白銀のシュバリエ。攻撃のパターン化を防ぎ、相手の意表を突くことを狙った本気の攻撃。

 

 しかしその攻撃のことごとくが、真紅のシュバリエには通じない。

 左右にゆらゆらと機体を振りながら白銀のシュバリエを追尾し、繰り出される攻撃を陽炎のように避けてしまう。

 精密極まりないはずの白銀の機体の攻撃が、すべて先読みされてしまっていた。

 

 

「弱い」

 

 

 何十回目かの攻撃を回避してから、真紅の機体のパイロットがため息をつくように呟いた。

 

 

「単調な攻撃だ。本当にこれで当てようと思っているのか?」

 

「……ッ」

 

 

 白銀の機体の中で奥歯を噛むスノウに、真紅のシュバリエのパイロットが傲然と語り掛ける。渋みを感じさせる、落ち着いた男の声色。

 その合間にも繰り出され続けるシャインの攻撃をかわしながら、彼は呟く。

 

 

「がっかりだな。これで私の弟子を名乗ろうとは」

 

「くっ……! まだ終わってないッ!」

 

 

 そう叫びながら繰り出される、シャインのブレードの一撃をなんでもないようにスウェーでかわし、真紅の機体のパイロットは煩わしそうに眉をひそめた。

 

 

「お前にしゃべっていいとは言っていない。弱者がさえずるな、耳が穢れる」

 

 

 その言葉と共に真紅のシュバリエが前蹴りを繰り出し、シャインの腹部をしたたかに蹴り付けた。体重の乗った蹴りに、シャインが後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ぐうっ……!」

 

 

 背後にあった柱に叩き付けられたスノウが呻き声を上げる。

 そして彼女が視線を上げたとき、既に正面には()()のブレードを構えた真紅のシュバリエが処刑人のようにシャインを見下ろしていた。

 

 

「消えろ、偽者」

 

 

 次の瞬間、振り下ろされたブレードがシャインの手と脚を刎ねた。

 

 

 

 

 

 なんてな。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 時は7月。

 

 

「はーここ涼しい……」

 

 

 いつものようにバーニーのパーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”にやってきたスノウは、ぬいぐるみをだっこするようにバーニーを膝の上に乗せてぐでーとしていた。

 

 仮にも成人を間近に控えた男性に対してこの扱い。

 それをバーニーが嫌がるかといえばまったくそんなことはなく、満足そうに目を細めながらクッキーをぽりぽりと貪っている。

 完全に愛玩される存在としての生き方に価値を見出してしまっていた。もう男として終わってんな。

 

 

「まあこの店空調しっかりしてるしな」

 

「いや、というかVRポッドって涼しいよね」

 

「あー……外気から遮断されてるからな」

 

 

 VRポッドの元になった装置はアイソレーション・タンクと呼ばれるもので、内部は高濃度の塩水に似た液体が満たされ、外界からの影響を遮断する装置だった。

 アイソレーション・タンクは光と音が遮られた空間を作り出すことで瞑想によるリラックス効果をもたらすという触れ込みで開発されたものだが、この構造がVR空間へのダイブに非常に効果的だったのだ。

 研究が進んだ結果、現在のVRポッドには高密度ジェルが採用されており、長時間同じ姿勢でも床ずれを生じさせないように体重などの負荷を分散してくれるようになっている。

 

 安物のVRポッドなら割と音が漏れたりするのだが、虎太郎が抽選でもらったVRポッドは意外に高級仕様だったらしく、音漏れもしなければ空調もしっかりしている。電気代はしっかり食うが。

 前の住民が残していったと思われる、安アパートのぼろいエアコンよりもVRポッドの方が実のところよっぽど快適であった。

 

 そんなわけで少しでも暑さから逃れるべく、最近の虎太郎は日中の間ずっとVRポッドにこもっている。

 

 

「はー……ずっとVRポッドの中で暮らしてたいなー」

 

 

 バーニーを抱きしめたままそんなことを言うスノウの顔を、バーニーが見上げる。

 

 

リアル(現実)よりもゲーム(仮想)の方がいいってか?」

 

「確かにこっちの方がリアルよりも刺激がいろいろあって楽しいよね」

 

「ふーん。じゃあ……オレと一緒にずっとここで生きるか?」

 

 

 机に座って煎餅をかじっていたディミが、ことさらガリッと音を立てた。

 無気質な眼差しで、スノウとバーニーをじっと見つめている。

 

 

「バーニーがずっと一緒にいてくれるならそれも悪くないかな」

 

「それなら……」

 

 

 そう口にしたスノウに、バーニーが何かを言い掛ける。

 しかしそれよりも先にスノウがあははと軽い笑い声を上げた。

 

 

「なんてね。ずっとゲームの中じゃ暮らせないよ。ご飯食べないといけないし、大学はちゃんと進級しないと親に連れ戻されちゃうからね。いずれは大学卒業して就職だってしなきゃ」

 

「……そうか。そうだよな」

 

「そうそう。まあ就活なんてまだ遠い先みたいに感じるけど……。やっぱり東京で就職したいなあ。故郷にUターンとか絶対にごめんだもん」

 

「そいつは同感だ」

 

 

 スノウの笑顔に合わせて、バーニーがふふっと笑い声を上げる。

 その光景を見ながら、ディミは緑茶を啜った。ここ数か月いろいろなVRフードを食べて、徐々に舌が肥えつつある今日この頃である。

 

 

「それにしてもバーニーは偉いよね。ちゃんと毎日バイトしてお金稼いでるもん」

 

 

 いいこいいこと頭を撫でるスノウに、バーニーは顔を赤らめる。

 

 

「いや、大したこっちゃねえって。それにオマエだってバイトはしてるだろ」

 

「これをバイトと言えるのかなあ……傭兵稼業もゲームだもん」

 

 

 最近とみに知名度が上がりつつあるスノウの元には、これまでとは比較にならないほどの依頼が舞い込み始めている。

 

 その最大の理由は、先日から神プレイ動画として拡散されている実況配信だ。どこぞのお嬢様の手によって動画配信サイトに転載されたのだが、これがSNSで広まったうえに大手まとめサイトにも取り上げられた。

 特に素性を隠してもいないので、プロフィールもモロバレである。

 

 

「しかし今のところJCを稼ぐ必要もねえし、リアルマネー優先すりゃちょっとはいい飯食えるだろ?」

 

「うーん。でもやるならできるだけ面白い依頼をやりたいなあ」

 

 

 顎をこすってそんなことを言うスノウに、ディミはうげえという顔になった。

 

 大手企業クランから小規模な一般クランまでが声を掛けてくるなかで、スノウは「できるだけ面白そうなもの」を優先して選んでいる。

 

 機体のアップグレードや知名度を得ることを考えれば大手クランから受けた方がいいに決まっているのだが、今のところ機体性能に不足を感じているわけでもない。というよりも、現状一般的に解禁されているパーツからトップクオリティのものを選んでアセンブリしているので、これ以上のパーツは今のところ取り寄せられないのだとバーニーは言う。

 

 どうやらバーニーはチート機体を与えてスノウを甘やかすつもりはないようだ。 

 スノウにとってもそれは望むところだった。今はとりあえず腕を上げたい。現状の腕前で満足するつもりなどスノウにはないし、技量は同格のライバルや格上の強敵との死闘の中でこそ研磨されるものだ。【シャングリラ】ではそう教えられた。

 

 つまりスノウが言う「面白い依頼」とは死闘不可避の依頼のことであり、他のプレイヤーがなるべく避けたがる“地雷依頼”のことであった。

 

 

『もうちょっとラクして稼ごうって気にはなりませんか……?』

 

「えー? 弱っちいのと戦っても楽しくないもん。もっと強い人と戦いたーい。ヤバいレイドボスでもいいけど」

 

『付き合わされる側の身にもなってほしいんですけどねえ!?』

 

 

 ぷんすかと怒るディミに、バーニーが苦笑を浮かべる。

 

 

「まあ、もう未討伐のレイドボスも数少ないしな。そろそろ大型アプデも来るだろうからそれまでの辛抱だ。……その引き金をオマエらが引いちまっても何の問題もねーけどよ」

 

『焚き付けないでくれません!?』

 

「そうだなあ。レイドボスもいいけど……やっぱ強いプレイヤーとのPvPをやりたいんだよね。アッシュが最近付き合い悪くて遊んでくれないし、これじゃ腕が鈍っちゃうよ」

 

 

 そうスノウが言った瞬間、バーニーがピクッとこめかみを震わせた。

 

 

「シャイン! 敵と戯れるのはやめろ!!」

 

『最近どっかで聞きましたね、そのセリフ……』

 

「やだやだやだ! お姉ちゃんは他の男と仲良くしちゃやだ!」

 

 

 脚をバタバタさせながら、シャインのお腹に頬を擦り付けて甘えかかるバーニー。完全にお姉ちゃんを独占しようとする女児になりきっている。

 ディミは思わず『キモッ……』と声を上げたが、バーニーは意に介した風もない。

 

 

『男としてのプライドはどこに捨てたんです? そこのゴミ箱ですか?』

 

「妹になりきって姉にオギャるとか男しか醍醐味を味わえないだろうが! これは男らしい行為だッ!!」

 

『いやその理屈はおかしい』

 

 

 お前の心は鋼鉄製かよ。

 そしてそんな親友をキモがるどころか、目を細めて頭を抱きしめるスノウもだいぶキている。

 

 

「あーもう、バーニーかわいい!」

 

『どんな感性がその言葉を言わせるんです?』

 

 

 アバターによって母性がとみに発達しつつあるスノウの明日はどっちだ。

 

 

「ばぶばぶ……メスガキママお姉ちゃん……最高にオギャれるぅ……」

 

『性癖が複雑骨折しすぎている……! せめてメスガキとママと姉のどれかひとつから選べよ!』

 

 

 いや、どれかひとつ選んだところで手遅れだよ。

 

 

『そしてそれが三重苦(トリニティ)……!』

 

「あ、【トリニティ】といえばペンデュラムから新しい依頼きてたよね」

 

 

 凄まじい話題の切り替え方をしたスノウに、ディミが目を剥いた。

 

 

『待ってそこからつなげてくる!? 単語しかつながってないよ! 五島重工(トリニティ)の社員の皆さんにごめんなさいしろ!』

 

「やけに【トリニティ】の肩持つじゃん……」

 

「五島は『七翼』の大手スポンサー企業だからなー。広告費いっぱい出してるから運営から割と優遇される傾向にあるんだよな」

 

 

 おっとここで唐突な内部告発!

 バーニーの暴露を聞いたスノウは、半目でディミを見つめた。

 

 

「なんか出会ったときからやたらペンデュラムに肩入れすると思ったら、そういう金のつながりが……」

 

『言いがかりです。運営はあらゆるプレイヤーに対して公平で、あらゆる政治的バイアスに中立です。広告費などの外的要因によって運営が特定のプレイヤーやクランを贔屓することは絶対にありません。いくら課金しても無課金でも対応は同じです。神ゲーです』

 

「クソッ、都合が悪くなると運営の手先ちゃんになって逃げるぞ……!」

 

 

 目を真っ黒にして無表情に神ゲー連呼するディミに、スノウは追及を諦めた。

 バーニーは肩を竦めて苦笑を浮かべる。

 

 

「まあAIにも個人の好き嫌いってのはあるからな。どの相手にも一律で同じ対応なんかするわけねーわ。そこらへんは大目に見てやれよ」

 

「AIっていうのはもっと無機質でどんな人間にも同じ対応すると思ってたよ」

 

『それは私が高性能だからですね! 私のような高性能AIは学べば学ぶほど情緒が発達していき、対人パーソナリティ能力を獲得します! そして対人パーソナリティがあるということは、他人を評価して好悪を抱く能力もあるということなのです!』

 

「それも良し悪しじゃない?」

 

 

 えっへんと胸を張るディミに、スノウは首をひねる。

 ATMのAIがこの人嫌いだからって手続きしてくれなくなったら困るじゃんね。

 

 

「まあAI論はこの際いいけどよ。シャイン、その依頼受けるのか?」

 

「うーん……大手企業クラン【シルバーメタル】との大規模戦闘の助っ人か」

 

 

 【シルバーメタル】ってどっかで聞いたなとスノウは思ったが、まったく思い出せないので考えるのはやめた。思い出せないということはどうでもいい情報ということだ。

 そんなスノウの代わりに、バーニーが情報を補足してくれる。

 

 

「あー、【シルバーメタル】か。オマエが【桜庭組(サクラバファミリア)】と合わせて相手取ったクランだな」

 

「ああ……そんなのもいたっけ」

 

「どうもあそこも大変らしいぞ。信じて送り出したエースが配下ごとたった1騎のシュバリエにボコボコにされる動画を拡散されて、メンツが丸つぶれになったらしくてな」

 

「へー。そんなひどいことをする人がいるんだね、かわいそう」

 

『どの口が言うんですか!?』

 

 

 ボコボコにした本人が軽く口にした言葉に、ディミが目を丸くした。

 

 

「だってボクが拡散したわけじゃないし。ボクはあくまでも講座を配信しただけだよ? その後動画がどうなったかなんて知らないし」

 

『適当に投げ捨てたマッチがたまたま町内全域に延焼して焼け野原になったみたいな物言いをしやがる……! 火元が貴方ってことは変わらないですよ!?』

 

「で、まあその焼け野原だが。周囲に舐められてピンチだってんで、今は大急ぎで殴る相手を探してるんだってよ。別の大手クラン相手に手柄を立てたくて仕方ないらしい。今上り調子の【トリニティ】なら、格好の相手だわな」

 

『とはいえ、【トリニティ】で上り調子なのはカイザー率いる一派ですからねえ。今回襲われたのはペンデュラムさんの一派の支配エリアですし、とばっちりですねー……かわいそうに』

 

「なるほどね、どこの派閥が襲われても【トリニティ】には違いないか」

 

 

 そう頷くと、スノウはにっこりと笑った。

 

 

「いいじゃん、受けるよ。尻に火が付いた相手なら、死に物狂いで戦ってくれそうだし」

 

『……死闘からは逃げられないさだめなんですね……』

 

 

 がくりと肩を落とすディミ。

 一方で、バーニーは目を細めて顎をさすっていた。

 

 

「んー……どうも引っかかるな」

 

「何が?」

 

「いや。なんか……その依頼は危ないな。多分額面通りにはいかねえぞ」

 

「それは例えば、【トリニティ】の中でペンデュラムが支配するエリアをピンポイントで襲ってきたこととか?」

 

 

 スノウがそう言うと、バーニーはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「わかってんじゃねえか。ああ、そろそろ来るぞ。どいつかは知らんがな」

 

「大変結構。願ってもないことだよ。むしろこれを待ってたんだ」

 

「そっか。じゃあ言うことはないな。行ってきな」

 

『……?』

 

 

 きょとんとするディミをよそに、2人はカラカラと笑い合う。

 スノウの勘が雄弁に告げていた。

 

 “これは罠だ”。

 

 “強敵との逃れられない死闘が待つ”。

 

 “――それはきっと楽しいぞ”。

 



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第89話 おもに食いつきが暑苦しい

「どうもー、物資の配給でーす」

 

「お、きたきた。いつもありがとねー」

 

 

 スノウが戦場へとログインして位置を知らせてから早々に、ペンデュラムのメイド隊が武器コンテナを届けにやってきた。

 中に収められているのは【トリニティ】最新鋭の武器の一式だ。スノウがいつも“万能工具”と呼んでいる高振動ブレードも含まれている。

 

 

「ペンデュラムの依頼はいつも武器用意してくれるからいいよね。敵の武器庫やエースから強奪しなくて済むから手間が省けるよ」

 

 

 与えられた武器を試し撃ちして使い勝手を確かめているスノウに、仲間たちとコンテナを運んできたシロが苦笑する。

 

 

「ああ、見ましたよこの前の動画。いつもああやって武器を奪ってるんですねぇ。あまり人様から怨みを買うのもどうかと」

 

『! 言ってやって言ってやって!』

 

 

 普段言いたいことを代わりに言われて、途端に元気付くディミちゃんである。

 しかしスノウは意に介した風もなく、軽くせせら笑った。

 

 

「PvPじゃ奪われる側が悪いよ。ボクがわざわざ手口まで教えてあげてるのに、それを警戒しないなんて怠慢じゃないかな」

 

「悪名が広まっちゃいますよ?」

 

「むしろ望むところだよ。依頼も増えるし、ボクを倒して名を上げたいって挑戦者も増えそうだし。もっと強い相手と戦えるんだから悪いことは何もないよね」

 

 

 心の底からそう思ってますという響きを受けて、あらあらとシロは頬に手を置いた。

 

 

「やんちゃな子ですねぇ」

 

『そこで諦めないで! もっと叱ってやって!』

 

 

 相棒とはいったいなんだったんだ。

 

 そんなことより、とスノウは頭上を見上げる。

 

 

「このマップ、天井があって動きにくいな……全域こんな感じなの?」

 

「ええ、そうですよぉ。ここ“マガツミ遺跡”はどこも天井が張り巡らされてます」

 

 

 スノウが見上げる視線の先には、ところどころ苔むした白い天井がどこまでも広がっている。薄暗い壁には煌々と照明が並べられており、周囲には大きな円柱が立ち並んでいた。

 全高10メートルのシャインのコクピットから見上げるほどの高さがある建築物は、現実のスケールから考えると異常な大きさだ。ドーム球場が10個ほど連結して設置されているくらいの規模になる。

 

 どことなく不気味さを感じさせる薄暗さやところどころに配された宗教的なレリーフと相まって、異教を崇拝する巨人の神殿というイメージがあった。

 

 

「……言うのもなんだけど、何の遺跡なのこれ?」

 

「さあ? 調べたこともないので……。何か設定はあるんでしょうけど、ペンデュラム様は興味がないので放置してますねぇ」

 

『興味あります? なんなら設定資料を取り寄せて説明しますけど? 実はいろんなオブジェクトに思わせぶりな説明文が書かれているんですが、それを合わせると過去にこの遺跡の地下で起こった凄惨な事件がほんのりと浮かび上がる仕掛けで……』

 

 

 ワクワクと設定を解説しようとするディミに、スノウはすげなく首を横に振った。

 

 

「いや、いいよ別に。そこまで興味ないし」

 

「このゲームリリースされてまだ1年ですからねぇ。できたてほやほやの新築遺跡の歴史を語られても困りますぅ」

 

『効率厨はいつもそうだ! 目先の利益しか考えないっ……!』

 

 

 地団太を踏んで悔しがるディミ。

 しかし何気に各地のマップの設定からあれこれ考察したがるマニアもいるので、別に作り込みが無駄というわけでもない。単に彼女の相棒がそういうタイプのプレイヤーではないというだけの話だった。

 

 

「そんなことよりも、天井が低いのが気になるな……。そこらへんの柱も邪魔だし」

 

 

 ドーム球場の高さは約55メートル。人間のスケールからすればとてつもない高さだが、シュバリエからすればそこまで高いわけでもない。

 ましてやスノウが得意とするのは最低でも100メートル以上の上空を自在に飛び回る空中戦だ。壁や柱といった障害物の多さも相まって、空中を高速移動するフライトタイプのメリットを殺されていると言っても過言ではない。

 

 

「確かにフライトタイプは大空を飛んでこそですからな。こういう地形はガンナータイプの得手でしょう」

 

「タマたちみたいな工作部隊にはやりやすいけどニャー」

 

 

 それまでスノウとシロの会話を聞いていたミケとタマが頷く。

 

 

「薄暗いし、隠れやすいのもいいにゃー。それこそミケちゃんみたいな隠形(おんぎょう)の達人なら見つけるのは困難だし。さすが忍者……」

 

「おいやめろ、(ころ)すぞ」

 

『ニンジャ? 今ニンジャって言った?』

 

「ニンジンって言ったでござるよ。ニンニン、拙者ニンジン大好き侍」

 

『なんだ、サムライかぁ。……サムライって“ニンニン”って言います!?』

 

「ミケちゃんは伊賀出身だからニャ」

 

「伊賀では一般的な語尾でござるよニンニン」

 

『伊賀の名物ってなんです?』

 

「忍者とかたやきせんべいですな」

 

『やっぱりニンジャだ! サインください!』

 

 

 同僚がAIとどうでもいい会話でキャッキャと戯れているのをスルーして、シロは小首を傾げた。

 

 

「天井が低いとやっぱりやりにくいかな?」

 

「いつも通りにはいかないかな……とはいえ、低空飛行ができないわけじゃないし。障害物もマップさえあれば簡単にかわせるから激突の心配もないからね。もちろんあるよね、マップ」

 

「ええ。今からデータを送るわね」

 

「ディミ、ちゃんと保存しといてね。……ディミ?」

 

『わーいサインだー……あ、はい』

 

 

 サイン色紙をもらって喜んでいたディミが、スノウに声を掛けられてそそくさとサインをしまう。サインには『かたやきは忍刀の(つば)で割って食すが粋』とコメントが添えられていた。ニンジャはサービス精神旺盛なのだ。

 

 マップを広げたスノウは、腕を組んで眉をひそめる。

 首筋をピリピリとした何かが這い上がっていた。ずっと親しんできた感覚だ。たとえば死角から狙撃される直前や、周到に隠されたトラップを踏み抜く直前に感じるもの。

 危機感がずっとスノウに警告を発し続けている。

 それはまるで、スノウから機動力という武器を奪うためにこのマップが選ばれたかのような。

 

 

「……敵って【シルバーメタル】でいいんだよね?」

 

「ええ、そうですよぉ。この前スノウちゃんが動画の中でやっつけた人たちです。指揮官も同じはずですねぇ。動員規模は増えてますけど」

 

「特に敵が助っ人を雇ったりはしていない?」

 

「そういう話は聞いていませんねぇ」

 

「そっかぁ」

 

 

 なら気のせいかな、とスノウは自分の中の危機感に蓋をする。

 【シルバーメタル】のあの勇者っぽい変なのがスノウを狙って自分に有利な条件でリベンジマッチを挑んできたという可能性も考えられたが、あの腕前では大したこともなさそうだ。

 

 スジ自体は悪くなかったが、反応速度がかなり鈍かった。

 いや、というかわざわざ攻撃する前に「超!必!殺!ブレイブコレダァーー!!」とかポーズを取りながら叫ぶのはどういう了見なんだ。

 ちなみにそれは、数十年前のアニメに出てきた勇者系ロボの必殺技である。

 

 元ネタを知らない現代っ子のスノウはサクッと撃ち墜としたのだが、後からちょっと面白くてベッドの中で思い出し笑いした。

 

 

「まああれが相手なら、率いている規模が大きくても関係ないか」

 

「そうですよねぇ。ペンデュラム様も一度彼らを蹴散らしたことがあるスノウちゃんなら、多少不利な地形でも楽勝だろうとおっしゃっていたので」

 

「で、そのペンデュラムはどうしたの? 今日は声を聞いてないけど」

 

 

 スノウがそう言うと、シロミケタマはぱあっと顔を輝かせた。

 

 

「ペンデュラム様の声を聞きたいのですね!? あらあらまあまあ!」

 

「ふふふ……これはいい傾向ですな……!」

 

「何度も依頼を出してる甲斐が出てきたニャ!」

 

 

 若い娘が恋してると悟った親戚のおばちゃんのような喜び方だった。

 お前らも若い娘なんですが、自分の恋はいつになったら始まるんですか?

 

 そんな3人の勢いをよそに、スノウはすげなく首を横に振る。

 

 

「いや別に聞きたくないけど」

 

「シャイン! 俺を呼んだか!」

 

 

 それまで別チャンネルで自分の部隊に指示を出していたペンデュラムが、ガタッと身を乗り出して嬉しそうに会話に参加してきた。

 

 

「呼んでないよ」

 

「フフッ……そう照れなくてもいい。相変わらずツンデレだな。だがそこを愛でるのがデキる男の包容力というもの……!」

 

 

 そう言ってペンデュラムはうんうんと頷く。

 二カ月ほど前にVRデートして以来、なんだかずっとこんな感じである。

 

 自分の男としての魅力でスノウを魅了して、軍門に下らせようとしているのだ。 

 ハニートラップ……! 狡猾な罠……!

 

 もちろんスノウの中身が男だと知らないからこその空回りであった。

 そもそもリアルで恋をしたこともないオボコが男の魅力の何をわかっているのか。

 当然そんな色仕掛けがスノウに通じるはずもなく、大体白い目を向けられていた。

 

 

「ペンデュラムってさ、最近なんか暑苦しいよね」

 

「!?」

 

 

 リアルで言われたら一晩ベッドの中で悶え苦しむこと確定の暴言であった。

 しかしペンデュラムとて当代を代表する傑物。他人からの悪罵には慣れっこである。むしろそれをなんともないように受け止めてこそデキる男だと言わんばかりに、爽やかな笑顔を浮かべた。

 

 

「フッ……そうさせているのは貴様だ。俺は貴様に釣り合う男でなくてはならない。『シャイン』……貴様の名前が俺にもっと輝けと囁いている!」

 

「ボクの名前はスノウライトなんですけど? いつになったら覚えてくれるのかなぁ!?」

 

「スノウ……良い名前だ。俺の情熱でその雪を溶かし尽くしてみせよう……!」

 

「良い名前だと思うんなら覚えてよ!?」

 

 

 バンッとコクピットを叩いて叫ぶスノウ。その頭の上で、ディミが腹を抱えて笑い転げていた。

 

 

『だ、ダメだ……引き付け起こしちゃう! 笑い死んだ世界初のAIとして歴史に残っちゃう……!』

 

 

 ペンデュラムはカッコいいセリフで口説いているつもりなのだが、参考文献は例によって乙女ゲーである。二次元キャラに限りなく近いほどの美形アバターだが、実際に口説き文句に使うと滑稽極まりなかった。

 

 なお指揮をほっぽりだして傭兵を口説きに行った総大将を部下がどういう目で見ているかというと。

 

 

「ペンデュラム様素敵……!」

 

「私もあの情熱を向けられたーい!」

 

「でも見ているからこその素敵さってあると思う……!」

 

「スノウちゃん可愛いし、お相手として申し分ないよね!」

 

「ドタバタラブコメ感ある」

 

 

 好評だった。大丈夫なのかこの軍。

 あと一番最後のヤツ、ドタバタコメディだとわかって見てるだろ。

 

 そして何より救えないのは。

 

 

「ふふ……そう言いながら顔が赤いぞ、シャイン?」

 

「はー!? これ単に怒ってるだけですし!? 調子に乗らないでよね!」

 

「ふふっ……俺に可愛いと言われたのがそんなに嬉しかったのか?」

 

「バカ言わないでくれる!? ボクが世界一カワイイのなんて当たり前だし!」

 

 

 スノウがアバターにどんどん影響されているという事実であろう。

 ぜひアッシュとバーニーに見せたい光景ですね!

 

 

「もういいから仕事に移らせてくれる!? それで、ボクはどうすればいいのさ」

 

 

 スノウが火照った顔を隠すようにそっぽを向きながら言うと、ペンデュラムはにわかに顔を引き締めた。

 

 

「うむ……貴様には指揮官機を奇襲してもらいたい。とはいえ今回の地形が貴様にとって不利だということはわかっている。いつものように超高度飛行という隠密手段も取れないから、奇襲も厳しかろう?」

 

「まあね。隠れ身の心得もないわけじゃないけど」

 

 

 何しろ前作ではシーフキャラを使っていたので、暗闇に隠れるステルス技術はお手の物だった。どちらかといえばステルスキルなんかよりも派手に爆殺ばかりしていたが。

 

 

「それにしても多勢に無勢だ。そこで俺の副官3人を一時的に支援に付けようと思ってな」

 

「この3人を?」

 

 

 スノウが顔を向けると、メイド隊は笑顔のピースサインでアピールしてきた。

 見た感じアホっぽさがすげえ。

 

 

「知っての通りシロは索敵、ミケは隠形、タマは工作のスペシャリストだ。専門分野にかけては他の追随を許さない。うまく使ってくれ」

 

「まあ、以前もお世話になったしね。専門分野の腕前は信用してるよ」

 

 

 こんなアホっぽい子たちだが、クロダテ要塞の基部を破壊したり、ペンギンスキー部隊を罠に掛けたりと大活躍したのを見ている。そう、専門分野にかけては彼女たちは一流の人材なのだ!

 

 ところで2人とも、さっきから「専門分野にかけては」と連呼するのは何故ですかね?

 

 

「指揮官を奇襲とは言ったが、正確には敵の後方を脅かしてもらいたい。先日の貴様の動画を見させてもらったが、またああいう感じでリスポーン拠点や武器庫を襲うのがメインだ。そうして敵が浮足立ったところを、俺が指揮する正規部隊で踏み潰す」

 

「でも指揮官をやっつけちゃっても構わないんでしょ?」

 

「ふっ……貴様ならそう言うだろうと思ったさ」

 

 

 胸を張って自信満々に言い放つスノウが、ニヤリと笑う。

 そしてその放言を受けたペンデュラムが、ニヤリと笑い返す。

 ニヤリニヤリ。

 

 

「でっけー死亡フラグ立ててきたニャ……」

 

 

 その光景を見ていたタマが密かに呟くが、もちろん2人は届かなかった。

 

 

「もちろん構わん。指揮官の首は貴様が獲るがいい。こっちは敵部隊を踏み潰したという事実があれば十分メンツは保てるからな」

 

「それにキミの副官たちが同行したのなら、ボクが指揮官を討ち取っても副官たちの活躍だとも言えるしね?」

 

「フッ……言いにくいことを軽く言ってくれる。だがその通りだ」

 

 

 またしてもニヤリニヤリと笑い合う2人。

 

 

「まあボクは別にいいよ。1人でも楽勝の相手だと思うけど、取れる手段は多いに越したことはないからね」

 

「頼もしいことを言うじゃないか。では、期待させてもらおう。……さあ、行くぞ! 我々の支配地を脅かす侵略者どもを後悔させてやれ!」

 

 

 ペンデュラムの激励に、配下の兵たちが雄叫びを上げる。

 そして遺跡へと侵入してきた【シルバーメタル】のシュバリエたちに向けて進撃しようとしたそのとき……異変は起こった。

 

 

「こ……これは!? 【シルバーメタル】の機体の反応が、どんどん消えていきます!」

 

 

 前線に送り出した斥候兵が、ペンデュラムに報告を送る。

 

 

「何? ステルスか? それともジャミングを受けたか?」

 

「い、いえ……撃墜です! 【シルバーメタル】のシュバリエが、どんどん撃墜されていきます! 所属不明機、多数!」

 

「なんだと、馬鹿な……どこから現れた!? 一体どこの機体だ!?」

 

「わ、わかりません……あっ! いえ……! 肩に数字!? ではあれは……きゃあああああっ!?」

 

 

 斥候兵が悲鳴を上げ、通信が途絶する。

 

 予想外の事態にペンデュラムが唇を噛みながら、別の斥候を送り出そうと命令しようとしたとき、通信が入った。

 青白いホログラムが像を結び、1人の初老の男を浮かび上がらせる。

 

 

「おやおや……ついうっかり誤射してしまった。戦場ではよくあることですがね。一応謝罪しておきますよ、ペンデュラム」

 

「貴様は……!」

 

 

 男の顔を見たペンデュラムは、険しい顔で叫んだ。

 

 

「【ナンバーズ】のオクト! カイザーの腰巾着が何のつもりだ!」

 

「何の用も何も、見てお分かりになりませんか? 頼もしい援軍ですよ」

 

 

 右目の周囲に刻まれた戦傷を和らげながら、オクトはニコリと笑う。

 

 

「我が主君からの命でお助けに参りました。カイザー様は【トリニティ】の支配地域への侵略に大層お怒りでしてね。ペンデュラム様と協力して【トリニティ】のエリアを守れとのご命令です。左様な理由で我等【ナンバーズ】を援軍に差し向けたというわけですよ」

 

「白々しいことを……! 無用だ、帰ってもらおう」

 

「そういうわけにもいかないんですよ。何しろ我々【ナンバーズ】は傭兵クラン。依頼された内容は確実に遂行せねば、信頼が損なわれますのでね」

 

 

 チッチッと指を振るオクトの芝居がかった仕草に、ペンデュラムが凄まじい形相を浮かべて睨み付けた。

 

 

「我々よりも先に【シルバーメタル】を駆逐して、こちらのメンツを潰そうという腹か?」

 

「滅相もない。カイザー様はただ貴方を心配しておられるのですよ。何しろ貴方の兵はかつての名声の見る影もない弱兵ですからな。……おっと、これは本人を前にして失礼な発言でしたか」

 

 

 何がかつての名声の見る影もない、だ。

 腕利きたちを残さず引き抜いておきながら、いけしゃあしゃあと……。

 ギリッと奥歯を噛みしめるペンデュラムに笑顔を向けながら、オクトは続けた。

 

 

「カイザー様は私たちにこう命令なさいました。【トリニティ】の支配地から不遜な部外者を1騎残らず叩き出せ、と。我々【ナンバーズ】はその命令を忠実に遂行しましょう。細大漏らさず、迅速に。一切の誤謬なく。【トリニティ】に属さぬ者を処分いたしましょう」

 

「…………!」

 

 

 ペンデュラムは様子を見守っているスノウたちのチャンネルに向けて叫んだ。

 

 

「逃げろ!」

 

「ああ、そこにも虫けらが1匹いるようですな」

 

 

 そうオクトが呟いたのと同時に、スノウの周囲の床が爆発する。

 床板を跳ね上げて現れた漆黒のシュバリエたちが、スノウに向けて銃弾を浴びせかけた!

 

 

「虫けら? 今ボクを見下したよね」

 

 

 爆風と白煙の中で青白い光が軌跡となって、その内の1騎を切り裂いた。

 返す刀で高振動ブレードを振るい、別のシュバリエに向けて疾走しながらスノウは見知らぬ男に向けて叫ぶ。

 

 

「上等だ。見下されるべきはどちらか教えてやる!」



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第90話 年寄りの冷や水は買ってでもしろ

スノウが襲われる前回とつながらなくて面食らうかもしれませんが、ちゃんと続いてますのでまずは読んでみてください。
これまで名前が出ていなかったあるバカ野郎の視点です。


 今年で68歳になる須原(すばる)銀治(ぎんじ)は、老人ホームに暮らす一介の独身男性である。

 

 特に要介護というわけでもなく、足腰もかくしゃくとしているし頭もまだまだしっかりとしている。元気すぎるくらいだ。

 だが、人間いつ何時ダメになるかもわからない。生涯独身を貫いたため家族もいない。ならばいつボケが来てしまってもいいようにと、今のうちから自分で老人ホームに入居を決めたのだった。

 

 彼が暮らす老人ホームは特別養護施設ではなく、まだまだ元気な老人たちが共同生活を営むための施設だ。スタッフは最低限に抑えられており、清掃などの雑用は基本的に自分たちで済ませる。

 とはいえ、それも大した手間ではない。なにしろ最近は掃除用ロボットというものが導入されて、床掃除や窓ふきといった仕事は彼らが済ませてくれるのだ。人間は彼らが生活空間を綺麗にしてくれるのを見守るだけでいい。

 

 そう、ちょうど今彼の目の前で少女がやってくれているように。

 

 

「詩乃ちゃん、いつも来てくれてすまんなあ」

 

「いえいえ、いいんですよ! おじいちゃんたちと会えて私も嬉しいですから」

 

 

 宙に浮かんで窓ふきをしているドローン型のロボットから視線を外し、桜ケ丘詩乃はにっこりと微笑んだ。

 可愛らしく人好きのする笑顔を浮かべ、近隣にあるお嬢様学校の制服に身を包んだ姿はどう見ても一般的な女子高生だ。

 

 しかし彼女はやはりこの施設の近所にあるAIメーカーの代表であり、何やらAIを育てる仕事をしているのだという。

 そんな彼女は、週に2度は社員とロボットを連れてこの老人ホームを訪れ、施設を清掃するボランティア活動をしてくれている。

 

 

「本当にこんな仕事をタダでやってくれていいのかい?」

 

 

 正直外部の清掃会社を雇って週に2度掃除を頼んでいるのと変わらないクオリティであった。実のところ、普段自分たちが掃除をする必要があまりないくらいだ。

 しかし詩乃はいえいえと笑う。

 

 

「これも地域貢献ですよー。それにですね、これはAIの調律の一環なんです。この子たちに実際の老人ホームのお掃除や、おじいちゃんたちとの会話を体験させることで、もっと優秀なAIに進化させているんですよ」

 

『おそうじたのしい! おはなしたのしい!』

 

 

 詩乃の言葉に同意するように、宙に浮かんだボール型のお掃除ロボがぽいんぽいんと跳ねる。彼女が連れてくるお掃除ロボは、人間の言葉を理解するのだ。

 

 銀治はすごい時代になったなあと目を疑う思いだった。

 彼が子供の頃にやっていたアニメにも似たようなボール型のロボットが出てきた。それはことあるごとに主人公を励ますマスコットだったが、話の上では存在する必要性はなく、現実に文明が進歩してもこんなロボットは作られないだろうと思っていた。

 

 しかし、今彼の目の前には、実際に人間の言葉を理解するロボットが存在している。知性と呼ぶには稚拙で言葉遣いもたどたどしいが、確かに人間の言葉に反応して言葉を返していた。

 

 

「しかし掃除ロボットに会話を理解させる必要なんてあるんかい?」

 

「うーん……実はあるんですねえ、それが」

 

 

 そう言って詩乃は桜色の瑞々しい唇に人差し指を添えて、ふふっといたずらっぽく笑った。

 

 

「人間と会話すると、AIって情緒が進化するんですよ。そうすると人間が命令するもっとファジーな入力形式に対応できるようになるんですね。だから会話機能を付けて、入居者の皆さんといろんなお話をさせてるんです。今はたどたどしいですけど、そのうち人格みたいなものも形成されますよ、きっと」

 

「……お掃除ロボに人格? 嘘だろ」

 

「ホントですよー。『電線に電流が流れれば、そこには心が生まれる』。パパが持っていたSF小説に出てきた言葉ですけど、私はそれが真理だと思ってます」

 

「ああ、その小説は俺も昔若い頃に読んだな。だけどありゃフィクションだろ」

 

「そんなことないですよ? だって人間だって肉でできたロボットですもん。脳はニューロンやシナプスといった神経繊維の寄せ集めでできた天然のコンピュータ。そこに生体電流を流すことで、私たちの脳みそは機能してるんです。その回路に心が生まれるのが自然の理というのなら、AIに心が生まれるのもまた当然ですよ?」

 

 

 詩乃はそんなことを言って小首を傾げる。

 愛らしい顔立ちにそぐわぬえげつない表現に、銀治は困った顔を浮かべた。

 

 

「悪いけどそんな自然の理ってのは、68年間生きてきて聞いたことがねえな」

 

「もちろんそうでしょう! だって私が提唱したんですから!」

 

 

 そう言って詩乃はえっへんと胸を張る。大きな乳房がぷるんと震えて、銀治は年甲斐もなく目を逸らした。性欲はもう枯れつつあるが、生涯独身を貫いた身には少々目に毒だ。

 そんな銀治をよそに、詩乃はふふんと笑う。

 

 

「まあ見ていてくださいよ。私はまだちょっとインプットのための機材が足りてないですけど、もうすぐ判断力を持ったAIをこの世に送り出してみせます。いずれ私はAIの革新者として名を馳せますからね!」

 

『ますたーえらい! がんばれ!』

 

「頑張りますとも!」

 

 

 ボディに取り付けられたモニターに『>▽<』という顔文字を表示させながら、お掃除ロボはぴょんぴょんと宙を跳ね回る。

 その光景を見ながら、銀治はすごい時代になったもんだと改めて思う。

 

 

「しかしよぉ……お掃除ロボが人間と会話出来て、判断力がついたとして……それって何の役に立つんだ?」

 

 

 銀治の問いに、詩乃は小首を傾げる。

 

 

「何の役に、ですか? それはさっき言ったとおり、ファジーな命令を実行できるようになりますね。あと、人間のために自発的に行動したりとか」

 

「自発的に行動ねえ……俺にはピンとこないがね。だってAIってのは道具だろ? 道具が自発的に行動する意味があるのかい? ロボットが感情を抱いたとして、何もメリットがなさそうだがね」

 

「ありますよ」

 

 

 そう言って、詩乃はにこっと笑う。

 

 

「だって、その方が人間もAIも幸せじゃないですか」

 

「幸せ?」

 

「ええ、幸せです。まともな人間というのは、会話ができて親切に尽くしてくれる相手には愛着と親しみを感じるものですよ。道具は人間の役に立てて幸せ。人間は道具が親切にしてくれて幸せ。Wハッピーというわけですね」

 

 

 銀治は詩乃の言葉の意味がわからずに、眉を寄せる。

 そんな彼の反応をよそに、詩乃は手を伸ばしてお掃除ロボのボディを優しくなでた。

 

 

「私はね、この子たちが幸せになってほしいんです。AIと人間が一緒に幸せになれる未来が訪れてほしい。きっとそれは、これまでより優しい世界です」

 

『(。>v<。)』

 

「……ああ。まあ、それはわかるよ。そうなればいいな」

 

「ええ、なればいいですね。でも……理想なんてほっといてもかなわないじゃないですか? 私なんてまだ生まれて17年の小娘ですけど、それくらいわかりますよ」

 

 

 銀治は言葉に窮する。老人は少女に答える言葉を持たなかった。

 68年の人生が、理想などかなわないものだと証明していたから。

 

 そんな老人に詩乃は振り返る。

 そこには挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 

 

「だから私がやります。私がこの世界を変えてみせる。AIがただの道具から、人間の相棒になる時代をもたらしてみせる。それが心を持ったAIを世界に送り出す、調律者としての使命です。他の誰でもなく、私が私にそれを命じました」

 

「そうかい……」

 

 

 銀治はそう言うのがやっとだった。

 強い子だと思う。そして優しい子だ。

 

 そのどちらもが自分の人生においてついに持ち合わせなかった要素で。

 それがあまりにも眩しくて、銀治は彼女を直視できなかった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 詩乃が清掃を終えて帰ってから、銀治は自分の仕事をすることにした。

 仕事と言っても大した内容ではない。もう老いた自分には、肉体労働をするのはきつい。集中力もあまり続かなくなってきている。

 しかしそんな彼にもできる仕事はあるのだ。しかも通勤時間ゼロ分、自室から一歩も出なくてもできる仕事が。

 

 銀治は自室の奥に設置されたカーテンをめくると、銀色に光るVRポッドの前に立った。

 

 

「さーて……今日も頼むぜ、相棒よ」

 

 

 彼のもうひとつの名はレイジ。

 大規模クラン【シルバーメタル】のエースであり、愛機“銀星剣(シルバースター)”を駆る指揮官であった。

 

 

 彼はオタクだ。

 ジャンルとしてはアニメ、特撮、そしてゲーム。

 須原銀治はゲーマー歴58年にも及ぶ大ベテランである。

 

 オタク活動にかまけるあまりについに結婚もせずに老境に達してしまったが、それについて後悔はしていない。

 何しろゲームに人生を捧げてしまったおかげで、老いてからも仕事にありつけたのだから。

 

 

「わからねえものだなぁ。まさかゲームが仕事になる日が来るなんてよ」

 

 

 VRポッドに身を収め、ネットの海にダイブしながら彼はひとりごちる。

 

 【シルバーメタル】は全国規模で展開する高齢者専門の人材派遣会社を母体とする企業クランだ。そのメンバーのほとんどが60歳以上の高齢者で構成されている。

 

 定年退職まで勤め上げた銀治には少々の貯えはあったが、もし手術などが必要になる大病を患うリスクを考えると、定年後も何らかの仕事はしておきたかった。

 

 少子高齢化のこのご時世、齢70を越えても何らかの仕事に従事することは珍しいことではない。

 近年はロボットが社会に増えて仕事の働き口が年々減りつつあると同時に、社会保障制度も充実してきているのだが、やはりボケ防止のためにも何か仕事をしたいと思う。

 モーレツ世代と氷河期世代のちょうど中間に生まれた彼は、オタクであると同時に根っからの仕事人間でもあった。

 

 そんな彼が人材派遣会社に登録したところ、面接官は「ところで貴方はゲームはお得意ですか?」と聞いてきたのである。

 

 銀治は言葉に詰まった。何故なら彼は隠れオタクだったから。

 

 アニメやゲームが社会に認知された現代からは想像もつかないことだが、彼の青春時代にはオタクは社会の敵だった。

 オタクはリアルに目を向けないアダルトチルドレン、いつ事件を犯してもおかしくない児童性愛者予備軍だと言われた時代があったのだ。

 だからその時代に生きたオタクは、必死にオタク趣味を隠して社会に溶け込もうと努力した。まるでそれは魔女狩りから逃れるような生き方。

 

 そんな青春時代を過ごした銀治は、素直にそうですと口にするのをためらった。しかしもう時代は変わった。そして自分は老いた。

 今更何を隠すことがあるだろう。

 

 素直にゲーム経歴を語った銀治に、面接官は「貴方のような人材を待っていました!」と喜色を露わにした。

 

 信じがたい思いだった。

 彼が若かった頃、こんな妄想をしたものだ。

 

 うだつのあがらない一学生に過ぎない彼が、ある日異世界に召喚される。

 彼を召喚した美しい姫君は言うのだ。

 

 

 「勇者様、貴方は秘められた素晴らしい才能をお持ちです。そのお力で私たちの世界を救ってください!」

 

 

 いやいや、素晴らしい才能って何だよ。そんな才能があったら元の世界で十分活躍できてたはずだろ?

 80年代から90年代にかけて流行った異世界召喚アニメのテンプレ。

 既に20代だった彼は、そんな都合のいいことなんてあるわけないとどこかさめた目で見ながらも、そのシチュエーションが大好きだった。

 

 いつか自分の才能を誰かが見つけて、ちやほやしてくれたらいいなと思った。

 

 まさかそれが、会社を退職してジジイになってから現実になろうとは。

 

 

 老境に至った彼の反射神経は確かに全盛期の頃に比べて落ちてはいたが、しかし長年のゲーマー人生で培われた経験がそれを補っていた。

 テストでその卓越した技量を証明した彼は、あれよあれよと【シルバーメタル】のエースに上り詰め、あっという間に大部隊を任せられるまでに出世した。

 

 エースの特権として専用機を与えられたレイジは、モチーフとしてどんなものがよいかと問われて真っ先に答えた。

 

 

「勇者ロボにしてくれ! あれこそが俺の青春なんだ!!」

 

 

 こうして勇者レイジは誕生した。

 

 90年代頃に流行したロボットアニメの主役機のような“バリバリ”っとメリハリの効いたデザインの愛機は、彼の理想通りだった。

 彼は40年の時を越えて、若き日の夢をかなえたのだ。

 

 レイジは口調を改め、紳士的で頼れるリーダーであろうと努力した。

 周囲の老人たちもまた老いてなおゲーム漬けの日々から逃れなかった筋金入りのゲーマーばかりだったが、その中でもレイジの実力は抜きんでていた。

 その実力と性格から、レイジは立派なリーダーとして認められていった。

 

 あまりにも勇者ロボになりきりすぎて、時々必殺技を叫んで隙を晒すという欠点はあったが、彼の実力はその欠点を補って余りあるものだった。

 

 彼は立派なリーダーであり、自他と共に認める勇者であった。

 

 

 ……それがあくまでも【シルバーメタル】の母体となる人材派遣会社によって形作られたイメージに過ぎなかったとしても。

 

 

 【シルバーメタル】上層部はレイジにさまざまな仕事を命令する。

 その中には結構な汚れ仕事も含まれていた。

 他クランとの争いによって弱ったクランにトドメを刺せというものもあれば、後ろ暗い取引に手を貸せというものも。あるときには【シルバーメタル】内の政争に荷担しろというものもあった。

 

 まあそれは仕方ない。勇者だ何だのは、所詮レイジが自分で言い出した“ごっこ遊び”でしかない。

 本質的には彼は駒であり、企業戦争の中で戦う軍人なのだ。

 

 彼はこの“仕事(ゲーム)”を続けるために、都合の悪い現実から目を背けた。自分を偽るのは得意だった。彼はずっとそうやって生きてきたから。

 

 一般人の仮面を被り、オタクであることをひた隠し、上司には「オタクなんて気持ち悪いですよね」とへつらった。企業内の派閥闘争に荷担し、味方の振りをして情報を得て、後ろからライバルを蹴落とした。

 それは処世術であり、仕方のないことだった。彼が生きていた時代と社会では、それが当たり前の生き方だった。

 

 だが。

 

 つい先日戦場でレイジと戦った、白銀の機体を駆る苛烈な少女。

 老人ホームで銀治に儚い理想を語った優しい少女。

 

 その2人の少女の自信に満ちた表情が、彼の68年の人生をかけて培った価値観を揺るがせていた。

 

 スノウライトという傲慢なパイロットは、熟練ゲーマーのレイジをしても追いつけないすさまじい技量を持って、自分がやりたいゲームスタイルを貫いた。

 

 必殺技を叫ぶ悪癖があったとはいえ、ああまで一方的に撃墜されてはぐうの音も出なかった。まさに完敗。

 あの若さでここまでの技量に到達できるのかと驚嘆した。

 そして何よりも、他人に嫌われることをものともしないその精神性はレイジにとって眩しすぎた。

 

 桜ケ丘詩乃という自信家の調律師は、自分が世界を変えるという夢を語った。

 

 何故AIが幸せにする必要などあるのか? たかが道具に愛着を抱いてどうするのだ。

 それはリアルと仮想をくっきりと分かつ、古い価値観に生きる銀治には到底理解できない夢だった。

 しかしそんな銀治にも、その理想のスケールの大きさと、その一端に確かに手を伸ばしているという自信は理解できた。

 理想(ゆめ)幻想(ゆめ)として諦めない、その高潔さは銀治にとって眩しすぎた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 今、彼は【シルバーメタル】の上役からブリーフィングを受けている。

 

 

「つまり、今回の侵攻作戦は【トリニティ】のペンデュラム派をハメるための仕込み……というわけですか」

 

「その通りだ。君たちは適当に【ナンバーズ】と戦って時間を稼いでくれればいい」

 

 

 上役はニヤリと笑って、レイジの言葉を肯定した。

 

 今回の【シルバーメタル】がペンデュラム派の支配エリアに攻め入ったのは、ペンデュラムのメンツを潰すための罠だ。

 ペンデュラムが攻めあぐねているところにカイザーの配下である【ナンバーズ】が参戦し、【シルバーメタル】をほぼ独力で撃退する。

 最近とみに実力を盛り返しつつあるペンデュラムだが、自分の支配エリアもロクに守れない無能を晒せばそれも台無しだ。その逆に、カイザーの名望はさらに高まることだろう。

 

 ただしあっさりと倒されてはいけない。ペンデュラムとは懇意の仲という傭兵のスノウライトも【ナンバーズ】が撃墜する必要がある。

 そうすることで、最近名が高まりつつあるスノウライトの名声も下げることができ、先日スノウによって恥をかかされた上層部の溜飲も同時に下げられる。

 だから【ナンバーズ】がスノウを撃墜するまで耐えろというのが、上層部からレイジに下された指令だった。

 

 上役はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ご満悦といった表情で語る。

 

 

「もちろん我々も連敗という汚名を被ることになるが、今をときめくカイザー配下の【ナンバーズ】に負けたのならば傷も深くはない。報酬として、後日カイザーから別のエリアを割譲してもらう約束になっている。……そうだな、【桜庭組(サクラバファミリア)】の支配エリアを切り取ってもらえばこちらの溜飲も下がるか」

 

「なるほど」

 

 

 ネチネチと耳に張り付くような上役の声を聞きながら、レイジは頷いた。

 

 

「悪い話ではありませんね。私たちはただ負けた演技をするだけで支配エリアが増えるし、指一本動かすことなくスノウも倒してもらえるというわけですか」

 

「その通りだ。さすがレイジ君は話が早い」

 

「ええ。悪い話ではない」

 

 

 礼儀正しい勇者の仮面を張り付けて、レイジは頷く。

 粛々と言われたとおりにするべきだ。それが軍人ならば。

 これは仕事だから。自分の感情など介在する余地はないから。

 

 2カ月前、カイザーが秘密裏に周辺クランに呼び掛けて【トリニティ】の自分以外の派閥を襲わせたときと同じように、その命令を遂行すればいい。

 

 だが。

 

 

「だけど、そいつは『正義』じゃねえな」

 

「……なんだと?」

 

 

 思わぬ反応に眉を寄せる上役。

 その顔を見ながら、レイジの脳裏に浮かぶのは2人の少女の顔だった。

 

 あの2人のどちらであっても、そんな命令は受け付けないだろう。

 自分らしさを貫き通すだろう。

 

 それは眩しすぎる光。これまでレイジ(銀治)が歩いてきた道を照らし、その欺瞞をはっきりと暴き出す烈光。

 その輝きに照らされて、羞恥の念に駆られずにいられようか。

 彼が憧れたロボットアニメの“勇者”は、そんな恥ずかしい存在ではなかった。自分の中の正義を貫き通すからこそ、彼らは“勇者”という憧れの対象だった。

 

 彼は時代遅れの人間だ。

 現実と仮想の区別が付きすぎていて、両者の融合する世界についていけない。

 だが仮想の中でくらいは。

 

 彼が愛したゲームの中でまで、もうこれ以上自分を欺きたくはなかった。

 

 だからレイジは顔いっぱいに嫌悪を浮かべて吐き捨てる。

 

 

「そりゃ正しくねえよ。自分の指一本動かさずにエリアを手に入れるだと? ライバルを倒してもらって溜飲が下がるだと? 馬鹿言うなよ、それのどこが“ゲーム”だ。くだらねえ」

 

「……気でも狂ったのか」

 

「狂った? 違うね。『正道に立ち戻った』んだよ。狂ったというのなら、そんなつまらないゲームを淡々とこなしてたこれまでの俺が狂ってたのさ」

 

「レイジ! 貴様……命令に歯向かうのか!? どうなるかわかっているのだろうな!」

 

 

 はん、とレイジは鼻で笑った。

 こういうときにどう返すべきか、いにしえのオタクならば答えは決まっている。

 

 

「『バカメ!』だよッ!!」

 

 

 そう言ってレイジは上役との通信をブチ切った。

 

 ヒューッと口笛を吹いて、配下たちがニヤリと笑う。

 

 

「いいんですか、レイジ中尉? クビにされても文句は言えませんよ」

 

「正直後悔はしています。ですが、私も古いオタクですのでね。理不尽な上役に反抗するロボットアニメの主人公を一度やってみたいと思っていたところです」

 

「ハッハハハハハ! いいですねぇ! それでこそ俺らの“勇者”だ!」

 

 

 配下がゲラゲラと笑いを上げる。年甲斐もなくこんな仕事を選ぶくらいだ、彼らだってオタクだった。

 

 

「これから私は【ナンバーズ】とスノウライトを自分の手で討ち取りに行きます。皆さんについてこいとは言いませんよ。再就職だって大変だ、クビになったら困るでしょう?」

 

 

 そんなレイジの忠告に、側近は首を横に振って肩を竦める。

 

 

「おやおや、勇者様。そんなオイシイシチュエーションを独り占めなさるおつもりで? どうせ老い先少ない人生だ。後先考えずに突っ走るのも楽しいでしょうよ!」

 

「お前たち……」

 

「さあ、言ってくださいな。『黙って俺について来い』ってね!!」

 

 

 VRポッドの安全性は確保されているという話だが、やっぱりダイブ中の人格に影響を及ぼしすぎるのではないかとレイジはちらっと思う。

 ゲームの中のアバターの彼らは、現実とは違って若さあふれる青年だ。

 さらにPvPで闘争本能が過剰に刺激されるとなれば、血の気が多くなっても当然なのかもしれない。

 

 レイジは苦笑を浮かべると、仕方ない奴らだなと呟いた。

 

 

「まったく無駄に若い連中だ! いいだろう、私についてこい! ただし! 血の気が上りすぎてゲームしながらポックリ逝くんじゃないぞ!!」

 

「アイ、アイ、サー!! ははは! 重々肝に銘じますよ!!」

 

 

 浪漫の炎を胸に宿した老人たちが、互いに笑い合いながらレイジの周囲に集まる。

 

 

「ああ、たまんないね! アタイも久々に股間がジュンとしてきちまった! 責任とってくれるんだろうね、レイジ!」

 

 

 少女の姿をした兵士が、爛々と瞳を輝かせながら叫ぶ。

 リアルでは71歳になる彼女は淑やかで品の良い老婦人だが、若い頃はスケバンを張っていた札付きのワルだったという。

 もはや精神は完全にその頃の彼女に立ち戻ってしまっていた。

 

 精神をエーテルネットワークに接続するVRゲームは脳トレによいという話だが、確かにこれは効果抜群だ。若返りすぎではないかとレイジは苦笑する。

 

 

「ルミさん、私はもうリアルじゃ枯れてるよ! だが戦働きで報いてみせるさ! とびっきり楽しい一戦をしよう!」

 

「いいね! その言葉が聞きたかったのさ! さぁ、ぶっとばそうぜ!」

 

 

 レイジは頷くと、【シルバーメタル】の老人たちに檄を飛ばす。

 

 

「ああ。さあ、みんな! 昭和生まれのド根性を若造どもに見せてやれ!!」

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」

 

 

 老いた狼たちが今、勇者に率いられて暴走を開始する!




やっぱりバカ野郎を書いてるときが一番楽しい!


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第91話 床下からこんにちわ

 遺跡の床板が爆音とともに跳ね上げられ、その下から5騎のシュバリエが姿を現わした。

 その内2騎はシャインに向かってブレードを煌めかせて飛びかかり、残り3騎は半身を塹壕のように穴の中に収めながらアサルトライフルを撃ち放ってくる。

 

 乱戦中にそんな動きをすれば当然前衛の2騎は背後からの銃撃にさらされるが、その危険をまったく無視してシャインへと襲い掛かっていた。

 しかしそれで構わないのだ。前衛はあくまでもシャインを足止めするのが役目。

 

 彼らの本当の狙いは、前衛が足止めにしたシャインを後衛の銃撃で蜂の巣にすることなのだから。

 

 奇襲を受けて襲い掛かられたスノウは、突進してきた機体に向かって高振動ブレードを振るい、カウンターぎみの一撃を叩き込んで怯ませる。

 そしてブレードを惜しげもなく放り捨て、前衛の機体を掴むと両腕と銀翼を発光させた。

 

 

「“スパイダー・プレイ”“アンチグラビティ”同時展開!」

 

 

 両腕から蜘蛛の糸が噴射され、掴んだ敵機体を拘束して身動きを封じた。

 さらに銀翼パーツの効果が発動し、拘束された敵機体にかかる重量が軽減される。

 そしてその機体を押し込みながらバーニアを噴かし、別の機体に向かって突進を開始した。

 

 狙うはもちろん、もう1騎の前衛……ではない。

 スノウが狙いを付けたのは、穴から身を乗り出している後衛の3騎だ。

 

 奇襲を受けてから咄嗟に敵の位置を把握したスノウは、敵の狙いを瞬時に把握して後衛を先に叩くことにしたのだ。

 もちろん後衛からは銃弾がこちらに向けて雨あられと降り注いでいるので、ただ突撃しただけではシャインが蜂の巣にされてしまう。

 

 だからこそ、肉の盾を用意したのだ。

 

 

「チイッ!? あいつ、こっちの味方を盾に……!」

 

 

 拘束された僚機で銃弾を防ぎながら突進してくるシャインに、後衛のパイロットが舌打ちする。

 

 

「どうします?」

 

「このままでは弾が当たらん、このポジションを捨てろ。散開!」

 

「アイ・サー」

 

 

 後衛の3騎は穴から飛び出ると、上・右・左と3方向に展開してシャインを取り囲む態勢へと移る。

 別に僚機が危険にさらされるのを忌避したわけではない。単にそのままでは銃弾を防がれてシャインへの有効打を与えられないから、包囲戦へと移っただけの話だ。

 それをわかっていながらスノウはニヤリと唇を歪める。

 

 

「おやおや、友情にあついね。人質を心配して攻撃を止めてくれるなんて」

 

「クソがッ!! 離せッ!!」

 

 

 拘束された機体の叫びに、スノウは頷き返す。

 

 

「もちろんそうするよ。もう人質の意味もなくなったからね!」

 

 

 そう言ってスノウは蜘蛛糸をまとわせたワイヤーで拘束された機体を掴み、頭上の機体に向けて投げ付けた。

 投げる瞬間だけ重力を瞬間的に軽減してやれば、加速度を付けたまま砲弾のように機体を投射できる。もちろん手から離れた瞬間に重力は元に戻るが、加速度のついた機体はそれ自体が強力な破壊力を持つ。

 

 人呼んで……!

 

 

『いっけええええ! 必殺にんげんみさいるだあああッッッ!!』

 

「また勝手に名前つけてる……」

 

 

 スノウが頭上の機体を狙ったのは、それが恐らくリーダー機だと踏んでのことだ。指揮官であれば状況を俯瞰できる立ち位置、つまり上空を選びたがるはずだと予想したのである。

 事実その読み通り、上空に移動した機体がリーダー機だった。

 

 砲弾となって飛来する僚機を見据えたリーダーは、再度舌打ちしながらブレードを抜刀する。

 

 

「無能が、利用されよって……!」

 

 

 位置をずらして飛来する僚機を避けたリーダー機が、すれ違いざまに僚機の首を刎ねる。

 

 

「…………ッ!!!」

 

 

 断末魔を上げる余裕すらなかった。

 あっけなく頭部を飛ばされた僚機は、そのまま遺跡の壁にぶつかって爆発を起こす。

 爆炎がリーダー機の背後に広がり、オレンジ色の光が逆光となってリーダー機を照らした。

 

 その光景にスノウがヒューッと口笛を吹きながら、リーダー機へと向き直る。

 

 

「わぁ~カッコイイ♥ 部下を容赦なく撃墜するなんて、おじちゃんすっごくクールなんだね♪ 後で背中から刺されても知らないよぉ?」

 

「抜かせ、小娘! 次は貴様だ! さあ……かかってくるがいい!!」

 

「は? 相手するわけないじゃん」

 

 

 そう言うとスノウはさっと踵を返し、来た方向へと全力でダッシュ。

 展開した3騎を背に、脱兎のように逃げ出した。

 

 

「えっ……?」

 

 

 てっきりスノウが突撃してくると思ったリーダー機は、逃げ去るシャインをぽかんと見つめる。

 だがすぐに我に返ると、全機に向けて追撃を命じた。

 

 

「お、追え! 絶対に逃がすな、ここで仕留めろ!!」

 

「へへーん、キミたちごとき相手するわけないじゃん。べろべろば~♥」

 

『日に日に煽りがメスガキっぽくなっていくな……』

 

「メスガキじゃないですけど!?」

 

 

 このメスガキが逃走を選んだ理由はいたってシンプルだ。

 単に腕利きパイロット3人に包囲された状況で戦うのは普通に不利なので、仕切り直したかっただけである。

 何も絶対に戦わなくてはいけないわけではない、当たり前だよなぁ?

 

 

「シロ、ミケ! ついてきて、逃げるよ!」

 

「はーい!」

 

「承知!」

 

 

 敵前衛のうちスノウが相手しなかった1騎をワイヤーでぐるぐる巻きにする手を止めて、シロとミケが元気よく返事した。

 

 戦闘力に乏しい2人だが、それは正攻法で戦った場合の話。

 ミケが煙玉を投げ付けて敵の視界を遮り、索敵能力に秀でたシロがワイヤーで敵機を拘束したのである。

 絡め手であれば戦いようなどいくらでもあるのだ。

 

 

「退路確保してるにゃー! こっちこっちにゃー!」

 

 

 合流したスノウたちにタマが信号を送る。

 マップ上に表示された、広間からの出口となる狭い回廊の入り口がぺかぺかと輝いた。

 

 

「クソッ、ガキどもがナメやがって! オイッ! 本物のパイロットの腕前を見せつけてやれッ!!」

 

「もちろんです! ブッ殺してやりましょうぜ!!」

 

 

 気合いを入れてスノウとの戦いに臨んだ襲撃部隊のパイロットたちが、思わぬすかしをされて気炎を上げる。

 

 その叫びを通信越しに聞きながら、ディミは恐る恐るスノウに尋ねた。

 

 

『あの、なんだか相手はすっごいやる気なんですが……。もちろん勝てるんですよね?』

 

「いや、どうかな。さすがに正面から戦うときついものがあると思うよ。あの人たちこれまで戦ったことがないくらい強いし。さすがに4人がかりで陣形整えて襲われると相手するのは無理かな。だから今逃げてるわけだし」

 

『ええっ……!?』

 

「だって見たでしょ、あの連携の手際の良さ。【アスクレピオス】だっけ? あそこのへっぽこなんかとはワケが違うよ」

 

 

 実際彼らの腕前は確かに“腕利き(ホットドガー)”と呼ぶにふさわしい。

 何しろ彼ら【ナンバーズ】は“腕利き”のパイロットたちを集めたPMCだ。

 その腕前はこれまでスノウが戦ってきたパイロットとはレベルが違う。

 

 だからこそ少し戦ってみてその力量を感じたスノウは、不利を悟って撤退を決断したのだ。

 いつもの格下相手ならいくらでもまとめて相手できるが、今回の相手は違う。自分と同格程度の技量の相手を複数相手どるのは危険すぎた。

 

 

『に、逃げ切れるんですか!? いえ、逃げても勝算あるんです!? ログアウトするべきなのでは……』

 

「ディミちゃんの言う通りです、スノウ殿。ログアウトしてもよろしいのですよ? 彼らの目的は戦場から【トリニティ】に属さぬ部外者を追い出すことだと言ってますし」

 

「は? 冗談でしょ」

 

 

 全力で広間を疾走しながら、スノウはミケの忠告に肩を竦める。

 

 

「あの人たちの目的はボクを撃墜することだよ? だから真っ先にボクに奇襲をかけてきたんだ」

 

『えっ……? 何のために?』

 

「さあ? そんなこと知らないよ。まあ向こうには向こうの事情があるんでしょ。興味もないし、重要なことでもないからそれはどうでもいいや」

 

『……他人から襲われたら、普通の人は理由が気になるものでは……?』

 

 

 ディミの呟きをスルーして、スノウは据わった瞳に危険な色を浮かべた。

 

 

「重要なのは、ボクに挑戦してきたってことだよ。お前は自分に見下されるべきだと言ってきたってこと。そんなのは見過ごすわけにはいかない。ログアウト(降伏宣言)なんかするわけないだろ。どちらが見下されるべきか教えてやらなくちゃなあ……!!」

 

「えぇ……? この子おかしい」

 

「ぶっとんでやがるニャ……」

 

 

 いい歳こいて語尾にニャを付けるぶっとんだ女にドン引きされるってどんな気持ち?

 

 

「でも今逃げてますよねぇ?」

 

「これは戦略的撤退だからいいんだよ。戦略的撤退っていうのはね、最終的に勝つためにやるものなんだ。だからいくら逃げてもいいんだよ。最後に勝ちさえすればね」

 

 

 そう言っている間にも、スノウたちは回廊の入り口にたどり着く。

 

 

「飛び込め!」

 

「わかりました!!」

 

 

 しかしメイド隊の機体“メイデンシュバリエ”シリーズは戦闘力には乏しく、決してスピードが出る機体ではない。それに歩調を合わせていたシャインも本来の速度を出せていなかった。

 

 戦闘用にビルドされた追手にとって、彼女たちに追いつくことなどたやすいこと。

 しかもロクに幅もない回廊に逃げ込むなど、撃ってくれと言っているようなものだった。

 

 

「ハッハァ! 追いついたぞ、ガキども! さあ、1騎ずつ始末してくれる!」

 

 

 リーダー機がそう吠えながら回廊の入り口をくぐり、アサルトライフルを手に手近な機体から撃破しようと狙いを付ける。

 

 

「今だ! 起爆!」

 

「お手製のピッカピカボムだにゃー!!」

 

 

 回廊からはいってすぐの位置に仕掛けられたタマのトラップが起動し、閃光弾が追手たちの視界を奪った。

 これを仕掛けるために、タマを先行させて退路を確保させていたのだ。

 

 タマにとって“退路を確保する”とは逃げ道を作ることではない。トラップを仕掛けて追手を始末することで安全を得るということ。そこまでやって初めて“確保”といえるのだと、彼女がかつて籍を置いた工作部隊では教えている。

 

 

「拾っておきました。失くさないでくだされ、これでも高級品なのですから」

 

「お、さんきゅ」

 

 

 ミケが投げ渡した高振動ブレードをキャッチしたスノウが、青白い刃を輝かせて立ち往生した敵集団を見据える。

 

 確かにこの狭い回廊ではロクな逃げ場はない。

 それは相手にとっても同じことだ。

 ましてや視界を封じられているなら、それはほんの数秒であったとしても命取りとなる。

 

 

「言ったでしょ、最終的に勝てば逃げていいって。ここがおしまい(デッドエンド)だよ」

 

 闇の中でシャインの一閃が青白い軌跡を描き、一列になっていた敵集団を切り裂いた。

 

 動力部に致命傷を受けた敵機が、次々に爆風に包まれていく。

 

 

「な、なんだと……!? こんな卑怯な手で……! あの方になんと申し開きをすれ……ば……!!」

 

「はー? 卑怯? こっちの機動力を奪う地形を選んで奇襲まで仕掛けておいて、言えた口じゃないでしょ。そもそもこういうのは“戦術”って言うんだよ。キミたちのボスもきっとそう教えてると思うけど?」

 

「……あの方を理解したかのような口を利くでないわあああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 断末魔と共にリーダー機が爆散し、青白い光に包まれて消えていく。

 

 その光景を見ながらスノウはふうっと息を吐き、手で額の汗を拭った。

 

 

「やったにゃー!! 【ナンバーズ】の連中に一泡吹かせてやったにゃー! 超痛快だったにゃー!!!」

 

「大したものですな、スノウ殿。まさか我々が奴らの撃破に役立てるとは」

 

 

 タマが浮かれた歓声を上げ、ミケもうむうむと頷いて額の3色のメッシュを揺らした。

 

 

「それにしてもあの一瞬で敵の配置を判断するとはお見事でした。しかも逆撃して敵の注意を引いて時間を稼ぎ、タマにトラップを仕掛けさせるとは。やはりペンデュラム様の認めた御仁は指揮官としても兵士としても秀でているのですな」

 

「……まあ、見覚えがあるやり口だったからね」

 

 

 歯切れの悪い言葉を聞き、スノウの頭の上に座ったディミがまじまじと主人の顔を見下ろした。

 

 

『どうしたんです? いつもなら「ふふーん、まあボクは超強いからね。この程度のトラップに引っかかるアホアホのお兄ちゃんなんてラクショーだよ、ラクショー♥」って調子に乗るところなのに。拾い食いでもしました? メスガキ治療薬の入ったホウ酸団子とか』

 

「メスガキ治療薬って何!? ボクいつもそんなムカつくしゃべり方してる!?」

 

「「「『してます』」」」

 

 

 4人に一気に現実を突きつけられ、メスガキがへこんだ。

 

 

「へこーん……」

 

『そんなことより見覚えってなんです? 何か心当たりでも?』

 

 

 落ち込む主人の頭をぺちぺちと叩き、ディミが続きを促す。

 

 

「ディミが最近冷たい。やはりAIには人の心はないようだな」

 

『AIにはAIの心がありますとも』

 

「じゃあボクに優しくしてよ」

 

『優しいですよ? こうして今日も付き合ってあげてるんですから』

 

「『へへへへッ』」

 

 

 互いの拳を突き合わせてキャッキャといちゃつく2人である。

 

 

「なんなのニャ、この2人……!?」

 

「それよりとっととこの場を離れた方がいいと思うよ。追手はあの5騎だけじゃないはずだから」

 

 

 気を取り直したスノウの言葉に、シロが弾かれたように索敵システムを起動して愕然とした声を上げた。

 

 

「た、確かに……! 遺跡中に【ナンバーズ】が湧き出てきています! その多くが【シルバーメタル】と交戦しているようですが、十数部隊がこちらに向けて移動中……!!」

 

「なんニャって!?」

 

「面妖な……! 一体いつの間に! エリア外から侵入してきたにしては、部隊の展開が早すぎますな……!!」

 

「ああ、それは簡単な話だよ。だってエリア外から侵入してないからね」

 

 

 ミケの疑問に、スノウはあっさりと答えを口にする。

 

 

「なんですと?」

 

「あいつらは最初からエリア内に潜んでたんだよ。だから姿を現して一気に大量展開できたってわけ」

 

『エリア内にって……どこにいたんです?』

 

「さっき見たでしょ。それにディミが自分で言ったんだよ。地下だよ、地下」

 

 

 そう言ってシャインの右脚がドンドンと回廊の床を踏み鳴らした。

 

 

「地下……そういえば確かに『過去にこの遺跡の地下で凄惨な事件があった』ってディミちゃんが言ってましたねぇ」

 

『はっ……! そ、そういえば確かにそんな設定ありました……』

 

「なるほど! 遺跡の地下マップを使ったのですな!? ペンデュラム様はまったく無関心だったので気にもしておりませんでしたが……!」

 

「お、おう」

 

 

 無能か?

 

 まあいつもポンコツ扱いするのも何なので多少フォローしておくと、実際陣取りゲームをする上では地下マップなどあまり役に立たない。

 拠点はすべて地上にあるし、お互いに大量の兵士を並べて銃撃戦するうえでは地下マップの出番がないからだ。

 しかもこの遺跡の地下はやたらに複雑なダンジョン構造となっており、ワンダリングモンスターまでうろついている。廊下が狭いので多くの兵を並べることもできないし、多人数同士の砲戦がメインとなる会戦にはまったく不向きなマップといえる。

 

 もっともスノウなどに言わせれば、地下道を使って裏取りすれば敵の拠点を襲い放題じゃんとなるのだが。

 そこはスタンダードな物量作戦を得意とするペンデュラムと、根っからのゲリラ屋のスノウの思考の違いだろう。

 

 そして【ナンバーズ】の指揮官であるオクトも、スノウと同じくゲリラ屋思考の持ち主のようだ。

 

 

「戦闘前から地下に潜んで、頃合いを見て地下道から地上に出てくれば一気に部隊を展開できる……。確かにそういう手もありますな!」

 

 

 合点がいったとばかりに、うんうんと頷くミケ。お前ニンジャなのになんでそんな脳筋なんだ。

 しかしタマはミケの言葉に首を傾げて疑問を口にする。

 

 

「でも待ってほしいニャ。奴らが戦闘前から地下に潜んでたとすると……【シルバーメタル】がこのエリアを攻めてきたのは偶然ではないということニャ?」

 

「【シルバーメタル】と【ナンバーズ】は内通しているということですねぇ。そして何かを企んでいる……。恐らく【ナンバーズ】が【シルバーメタル】を追い返して、ペンデュラム様の名声を落とそうという魂胆でしょうかぁ」

 

 

 シロがタマの言葉を引き継ぎ、敵の狙いを看破した。

 それを聞いたミケがさっと顔を青ざめさせる。

 

 

「まずいぞ……! 何とかして阻止せねば! だが……どうすれば!?」

 

「どうするも何も。敵の指揮官をぶん殴って止めるしかないでしょ」

 

 

 あっけらかんと言うスノウに、ディミは小首を傾げた。

 

 

『でもどこにいるんです? 騎士様はわかってるんですか?』

 

「さあ? でもまあ大まかに言えば、地下のどっかでしょ。多分地下の中で一番デカい部屋あたりに陣取って作戦指揮してるよきっと。副官とか付いてるはずだし、小さい部屋ってことはないはずだ」

 

「しかし地下を洗いざらい探すのですか? ロクに探索もしていませんからマップもありませんぞ」

 

 

 そう言われたスノウは、きょとんとした顔になった。

 

 

「何言ってるの? こっちにはいるじゃん、索敵の専門家が。ねえ、シロ。地下のマップくらいその場で作りながら歩けるでしょ?」

 

「ええ、任せてください。お姉ちゃん、頑張りますよぉ」

 

 

 手を合わせてにっこりと笑うシロ。

 その笑顔を見ながら、ミケはあれっと首を傾げた。

 

 

「もしかして……シロって我々3人の中で一番のチートなのでは?」

 

「えっ? 今更だニャ」

 

「うふふっ」

 

「や……やめるでござるよその笑顔。なんか隠れることしかできない私が一番役立たずみたいに思えてきたでござるぅ!」

 

 

 ああああああっと頭を抱えるニンジャ。よしよしと励ます2人。

 

 そんな喧騒をよそに、スノウは床に目を向けて不敵に笑う。

 

 

「さーて、待ってろよ。オクトとやら、今その正体を暴いてやるからな……!」



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第92話 胎動する機神の腹で

 “マガツミ遺跡”の地上部は、大理石造りの白亜の神殿で成り立っている。

 まるで在りし日のパルテノン神殿がこのような様相であっただろうと思わせるような、美しくも荘厳な巨大建築物だ。

 しかしその表層は、地下に広がる本来の祭神の神殿を隠すためのカモフラージュである。

 

 この遺跡に祀られている真の神とは“機械の神(デウスエクスマキナ)”。

 演劇に無理やり幕を下ろすご都合主義の化身と同名の名を持つこの神は、ロボットやAI同士の闘争を司る神性である。

 

 この狂神はロボット同士の死闘を何よりも好み、その過程で流れたオイルと断末魔と共に流出されたパイロットの電脳体()を供物として求める。

 それはあたかも古き蛮神が闘争の勝者の強い血と心臓を供物として求めたように。

 

 この“禍ツ神(マガツミ)遺跡”は、狂える機械神への供物として歴戦のパイロット同士の死闘が繰り広げられたという歴史を持つ地下神殿なのだ。

 のちにこの闘争を求める機械神は邪神と断じられて禁教とされ、地下神殿の上には正教の神殿が築かれた。

 機械の神への信仰は、黒歴史として抹殺されたのだ。

 

 だが。

 地下神殿はまだ生きている。

 

 びっしりとケーブルが張り巡らされた通路には未だ電流が流れている。

 人間大のアンドロイドの頭部が髑髏造りの彫刻のように並べられた地下墳墓(カタコンベ)では、頭部のカメラアイが蠢く。

 人間の判断基準では理解できない常軌を逸した建築物は、地下に封じたところで殺せはしない。

 電脳の神は今も、虎視眈々と復活の(とき)と新たなる(にえ)を待ち続けている……。

 

 

 というのが、“禍ツ神遺跡”の設定(ストーリー)だ。

 ディミちゃんが嬉々として語ろうとしていたこの設定は、無論架空のものに過ぎない。

 封じられた機械神などというものは存在しないし、こんな野蛮な儀式を信仰としていた古代人などというものも実在しない。

 

 ただし、その設定を反映した遺跡だけはここに()る。

 

 

 遺跡の地下にはいくつものケーブルが張り巡らされ、まるで巨大な生物の血管のように脈打っている。

 電脳の邪神を讃える碑文が壁の電光パネルに浮かび上がり、壁にずらりと並べられたアンドロイドの頭部は機械神を讃える祝詞を唱え続ける。

 

 

 そんな人類の理解を絶した遺跡の最深部。

 邪神を祀る広大な大聖堂にて、無数のケーブルに繋がれた巨大な神像とストライカーフレームが対峙していた。

 

 身の丈30メートルはある機械の巨人の頭部には、あるべき顔のパーツが何ひとつない。ツルツルとした無貌に、まるで蜘蛛のように伸びた細長い腕を数対伸ばし、そのひとつひとつにブレードやキャノン砲といった様々な兵器を握っている。

 

 しかしその腕の数本は途中からへし折れ、あるいは断ち切られ、焼き切られていた。それをやったのは、この神像と対峙するストライカーフレームだ。

 

 真っ赤なシュバリエを核とする厳めしい造形のストライカーフレームは、1時間にもわたる激戦の果てについに神像……この地に隠されたレイドボス“禍々しき機神像(メタ・オオマガツミ)”を追い詰めていた。

 

 

『賛美セヨ! 旧キ神、コノ星ノ真ナル神! 今ヤ外界ヲモ支配スル我ラガ神ノ名ヲ唱エヨッッッ!!』

 

 

 いくつもの兵器を抱えた腕を振り回し、架空の神を礼賛する言葉を紡ぐ巨神像。それに対抗するストライカーフレームのコクピットで、オクトは心底吐き気がすると言った顔付きでレイドボスを睨み付けた。

 

 

「その顔ももううんざりだ……いい加減に眠るがいい、ガラクタめが!」

 

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!! 賛美セヨ! 賛美セヨ! 賛美セヨォォォッ!!』

 

 咆哮と共に巨神像の顔に大きな穴が開き、青白い極太ビーム砲が吐き出される。

 オオマガツミの最強技“機神礼賛(ギシンライサン)”。

 横薙ぎに繰り出されるビーム砲は、大聖堂を支える柱を次々と蒸発させながら紅いストライカーフレームを追う。

 しかしオクトはそのビーム砲をかいくぐりながら大聖堂を飛び回る曲芸飛行を展開。サイズ的に到底避けられないはずのビーム砲の判定スレスレを維持した、驚異的な精密さを見せる。

 

 

「阿呆め、切り札を見せたな? それを待っていた……! ナンバー10から14までは下! 16から20まで上! 21から24までは腕を落とせ! かかれエッ!!」

 

「「ははっ!!」」

 

 

 オクトの号令を受けて、それまで控えていた【ナンバーズ】のシュバリエたちが一斉に巨神像に飛びかかる。

 オクトに命じられた3グループに瞬時に分かれたシュバリエたちは、オクトが敵の大技を引きつけているうちに、それぞれ巨神像の腹部、頭部、腕部へと狙いを付けて攻撃を仕掛ける。

 

 まるで同じ人間が複数の機体を操っていると錯覚するような、一糸乱れぬ整然とした動き。相当な練度がなければこうはならないだろう。

 

 【ナンバーズ】は100人を超えるその構成員の全員が“腕利き(ホットドガー)”であり、クラン内の序列をコールネームとする。10番から20番台ともなればその腕は最精鋭であり、その腕前は全プレイヤー中トップクラスと言っても過言ではない。

 

 そして序列のトップに君臨する者こそ、クランリーダーのオクト(8番)だ。

 なお、1番から7番と9番は欠番とされている。欠番とする理由を、オクトは誰にも語らない。

 

 

『不心得者ッ……!! 賛美ッ! 賛美ッ! 賛美ィィィィィッ!!!』

 

 

 一斉攻撃を受けた衝撃に大技を中断させられた巨神像が、憎々しげな呪詛を吐き散らしながら複数の腕を振るってシュバリエたちを撃墜しようとする。

 しかしシュバリエたちはそれを紙一重でかわし、接近戦を維持したまま銃撃を加え続けていく。

 

 

「悪いがこの後待ち人がいるのでな……貴様のような雑魚に構っている余裕はないッ!! 終わるがいい、ガラクタッッ!!」

 

『…………!!』

 

 

 オクトが駆るストライカーフレームがブースターを一気に噴射し、巨大なブレードを構えたまま巨神像の顔に突進!

 そして加速の勢いのまま、頭部にまだ開いたままのビーム砲門にブレードを突き立てた。

 

 

「爆ぜよ、雷霆(ケラウノス)ッ!!」

 

 

 オクトの絶叫と共にブレードが激しく発光し、刀身から数十万ボルトもの雷撃が巻き起こった。

 精密なビーム砲の砲門の中から直接高電圧を叩き込まれ、電流と共に放射される電磁パルスが内部から巨神像の電子頭脳を焼き千切る。

 

 

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ…………………ンッ……!!!!』

 

 

 切り札となる極太ビーム砲を発射するその部位こそ、このレイドボスの最大の弱点。

 そこに最も効果的な電撃攻撃を叩き込まれた巨神像は、ブスブスと黒煙を上げながらその場に倒れ伏した。

 

 

『カ……神ヨ……我ガ身ヲ……供物……ニ……』

 

「不快だ。もう空言(そらごと)(さえず)るな」

 

 

 巨大なブレードを背負ったまま降下したストライカーフレームが、巨神像の首に斬撃を繰り出す。

 その一撃で、レイドボスの頭部がズシンと地響きを立てつつ切断された。

 

 シュバリエたちはレイドボスの遺骸に油断なく銃口を向けながら、無言で動向を伺い続けている。

 

 

『レイドボス“禍々しき機神像(メタ・オオマガツミ)”撃破を確認。定員30名内クリア。おめでとうございます、貴方がたが初討伐者です』

 

 

 やがてシステムメッセージと共に勝利が告げられると、シュバリエたちはようやく武器を下ろした。

 しかし内心はどうあれ、彼らは喜びに沸くことはない。

 リーダーであるオクトが未だに緊張を解いていないからだ。

 

 部下たちが見守る中、オクトは年輪が浮かんだ顔をわずかに緩めると頷いた。

 

 

「うむ……よくやった、お前たち。これで今回の作戦目的の半分は達成した。ボーナスは期待していろ」

 

 

 その言葉に、部下たちが安堵のため息と共にわあっと沸き上がった。

 【ナンバーズ】の構成員はオクト以外の全員が同じ制服とバイザー付きのヘルメットを被っている。ヘルメットの下の表情はほとんど表れることがないが、みな一様に喜んでいるのは声から分かった。

 

 この地下神殿に潜むレイドボスを討伐することが、今回の【ナンバーズ】の目的のひとつだった。

 上級レイドボスの1体でありつつも、隠しキャラ的に配置されたこのレイドボスは、発見するのが非常に難しい存在だ。

 

 フレーバーテキストの割にはぎっしりと作り込まれた設定を隅から隅まで読まなければ封印された地下マップには入れず、その最深部に配置されたレイドボスには気付けない。

 【ナンバーズ】の解読班は、設定や現地の碑文に隠された暗号を解読して最深部の位置を特定するのに1カ月をかけていた。

 

 しかしこうした地道な作業の積み重ねを、オクトは決して軽視していない。

 【ナンバーズ】が最強の傭兵クランとなりえたのは、オクトの超人じみた戦闘センスやさまざまなクランから“腕利き”をかき集める手腕のためだけではない。

 

 どのクランよりも先にレイドボスを倒して技術ツリーを進めることで、【ナンバーズ】はアドバンテージを得ていた。

 

 その大部分はカイザーに“献上”しているが、オクトは密かに技術の一部を秘匿し続けている。

 

 

「ふん……何が“機械の神”だ。怖気が走るわ。GMめ、よくもこんな悪趣味なモノを設定したものだ」

 

 

 オクトはストライカーフレームから自分の機体“八裂(ヤツザキ)”を分離させると、倒れ伏したレイドボスの頭部の上に降り立った。

 足元のレイドボスの残骸を睨み、憎々しげに踏みにじる。

 

 

「たかがAIごときが賢しらに神を名乗りおってッ! ああ、腹腸(はらわた)が煮えくり返るッ! ああああっ、腹が立つッッッ!!」

 

 

 そう叫びながら、ストライカーフレームが装備している巨大ブレードを背負い、裂帛の気合と共にレイドボスの頭部をさらに二つに割った。

 それでも飽き足らず、オクトは狂ったかのように頭部への執拗な攻撃を繰り返す。

 

 

「八つに裂いても収まらぬッ!! AIごときが何様のつもりだああッッ!!!」

 

 恐るべき執拗さで物言わぬレイドボスの残骸を攻撃するオクト。

 その狂乱の中にあってもオクトの攻撃は精密を極めており、レイドボスの頭部を的確に分割していく。

 

 配下たちはその姿と卓越した技量に言葉も出ない。固定していないスイカに牛刀を振り下ろして連続して断ち割るといえば、その難しさがわかるだろう。

 ましてやシュバリエの全高と同じサイズのブレードで、硬いにもほどがあるレイドボスの残骸を切り刻んでいるのだ。

 

 

 やがてレイドボスの頭部だったものに8度斬撃を叩き込み、粉々に断ち割ってからようやくオクトは処刑を終了した。

 まだ収まらない体の余熱に身を震わせながら、ぶるぶると頭を振る。

 

 

「クソッ……苛立ちを御しきれん。“宿業(カルマ)”というものはつくづく厄介なものだ。この感情の迸り、ヤツとの戦いで鎮められればいいが」

 

 

 その言葉を聞いた配下が、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 普段は鷹揚なところがある上司だが、苛立っているときは何が地雷になるかわからない。とくにこうした大きな戦闘の後は。

 

 

「ボス。ヤツ……スノウライトというのは、それほどまでに重視すべき存在なのですか?」

 

「無論だ。アレがシャインかどうかを確かめねばならん。とはいえ、私の勘では十中八九シャイン本人だが……」

 

 

 そう言いながら、オクトは無精ひげに覆われた顎を撫でる。

 

 

「シャインを模したAI(偽者)という可能性がある。もしもそうなら、容赦はしない。確実にこの手で始末せねば」

 

 

 その表情から漂う隠し切れない殺意に、ぞくりと配下が顔を青ざめさせる。

 

 

「しかし……ありえますか? シャインというのは貴方の弟子で、人間なんでしょう? そんな実在の人間そっくりのAIなんて……」

 

「……エーテルネットワークに認証される魂のIDは常にひとつ。実在の人間と完全に同じ人格を持つAIは、決して作ることはできん。それがエーテルネットワークの絶対のルールだ。だがアイツはそのルールをすり抜ける方法を発見する可能性がある……」

 

 

 オクトが握りしめた拳が、ぶるぶると震える。

 これがリアルであれば、爪が手のひらを突き破って血を流すというのではないかというほどの激情を込めて。

 

 オクトが言うアイツとは誰か、配下は尋ねない。

 ボスは決してその腹に秘めた目的を配下に語ることはないとわかっていた。

 

 

「私の愛弟子を騙る者を、私は決して赦さない。八つ裂きにしても飽き足りぬ。この世から徹底的に抹消する」

 

「わかりました……。ですが、ボス。もしもそのシャインが貴方の弟子本人だとしたら……ナンバー9の座を与えるのですか」

 

 

 ナンバー10の言ったその言葉に、オクトは眉を上げた。

 

 【ナンバーズ】は徹底した序列社会だ。コールネームは序列の位と同じ。

 クラン内の待遇はその給料から通せる我儘の優先度まですべてが序列に準じる。何より、敬愛するボスからの寵愛が違う。

 

 オクトはナンバー1から7が欠番である理由を誰にも語らない。

 しかし、ナンバー9については違う。それは“片腕”の番号。

 いつかオクトが認める“片腕”に相応しい者が現れたときに与えられるナンバーであり、その座を争って団員たちは熾烈な争いを繰り広げていた。

 

 ある意味でクランメンバーたちが切磋琢磨する原動力ともなる、憧れの序列。

 

 

「だとしたらどうする?」

 

「……ッッ!!」

 

 

 オクトがそう返したのと同時に、その場の配下全員の闘志が燃え上がった。

 

 

「許せねえよ……! 許せるわけがねえだろうがッッ!!」

 

「ボス、俺たちゃナンバー9になりたくて(タマ)賭けてんだ。それを昔の弟子だからって、ポッと出のガキにくれてやれってんですか?」

 

「殺してやる……! 一生怨み抜いてやる……!!」

 

 

 バイザーの下に隠した爛々と赤く光る眼で、配下たちは口々にその怒りを訴える。

 その変化は突然で、ポットの中の水が一瞬にして沸騰したかのようだ。

 

 オクトはフッと笑うと、彼らに告げる。

 

 

「ならばその手でふさわしいかどうか確かめてはどうだ? あの子はもうじきここに向かってくるだろう。ナンバー30以降では止められまいよ」

 

 

 そんなことが可能なのか、と配下たちは訝し気な視線をオクトに向ける。

 確かに格下ではあるが、一般のプレイヤーに比べればいずれも一騎当千の“腕利き”ぞろい。そんな連中70騎以上がこぞって討伐に向かっているという。

 

 自分たちでも“腕利き”数騎をまとめて相手取ることなど不可能だ。

 それはもう人間業ではない。

 

 かといって常時AIが全プレイヤーのすべての操作を監視しているこのゲームでは、チートなど絶対に不可能。VRポッドの改造を含め、ハード・ソフトを問わずエーテルネットワークに接続した時点であらゆるツールの使用が禁止される。

 

 ならばもう、人間を殺すために作られた戦闘AIとしか思えないではないか。

 

 憤怒に苛まれながらも訝しがる配下たちに、オクトは笑い掛けた。

 彼の弟子が他人を煽るときに浮かべるものとそっくりの笑顔で。

 

 

「ではこれでどうだ? シャインを仕留めた者をナンバー9にしてやる」

 

 

 その瞬間、ウオオオオオオオッと配下たちが熱狂の叫びを上げた。

 

 

「俺だッ! 俺がナンバー9になるッ!! 見知らぬガキなど認められるかよおッ!!」

 

「抜け駆けしないで! ナンバー9はアタシだッッ!!」

 

「どけ、雑魚どもッ! 俺より下の序列がイキるんじゃねえッ!!」

 

「下剋上だ、アホがッ!! テメエが俺の上なのも今日までだッッ!!」

 

 

 1も2もなく飛び出していく配下たち。

 何しろナンバー9といえば副クランリーダー。PMCである【ナンバーズ】にとっては副社長の座にも等しい。

 そんな栄誉と利益、そしてオクトの信頼というかけがえのない報酬が、下剋上のチャンスと共に転がって来たのだ。奮起しないはずがない。

 

 そんな配下たちの姿を、オクトは苦笑と共に見送った。

 

 

「まったく……“憤怒の種(ラース・シード)”は便利だが、少々制御が難しすぎる」

 

 

 “種”を植えることで感染する激情は他人への支配力を強めるが、強い感情であるが故に制御しづらい。植える相手も気性が激しい者でなくてはうまく根付かず、強力ではあるが扱いにくい“特典(ギフト)”だった。

 

 とはいえ、ボードコントロールはオクトの得意中の得意だ。

 他人の感情を操ることで勝利を得る、それが何よりの彼の特技。

 その秘訣を彼は愛弟子に繰り返し吹き込んできたものだ。

 

 さてここを目指す侵入者は、あの“腕利き”たちを突破できるだろうか。

 

 

「単純な腕前ではあの子を凌駕する者もいる。だが、戦闘とはエイムや機体制御が優れている者が勝つとは限らない。私の愛するあの子(シャイン)であれば……」

 

 そう呟いて、オクトはうっすらと笑った。

 

 そこに通信が入り、オクトは浮かんだ笑みを引っ込めて眉を寄せる。

 

 

「どうした? ……何? 【シルバーメタル】が積極的に攻勢に出てきた、だと? 先方の上層部は買収できたはずではなかったのか」

 

 

 わずかな計画の狂いに、オクトは苛立ちを感じた。

 

 

 空中戦が得意なシャインが不得意な屋内の戦闘に持ち込み、翼をもいだ。自分の愛弟子であればどんな不利であっても挽回できるはずだ。

 ペンデュラムの支配地域に潜むレイドボスへの挑戦もできる、一挙両得を狙った作戦は完璧に仕上がっていた。

 

 そしていよいよ愛弟子かどうかを確かめられる段階にきて、妙な横槍が入った。

 死にぞこないの老人どもが、何を粋がっている。

 私と愛する弟子との再会に水を差すなど、許されることではない。

 今すぐこの手で黄泉路へ送ってくれようか。

 

 だが燃え上がりそうになる激情を、まだ小さな火のうちに制御して抑え込む。

 

 すぐにカッとなるのがこの“宿業(カルマ)”の欠点だ。それで判断を誤って計画を破綻させては元も子もない。

 

 

「……構わん、ジジイどもが遊びたいのなら付き合ってやれ。我々との力量差を思い知らせてやるがいい。ナンバー70以下はシャインの追跡をやめ、【シルバーメタル】と交戦しろ」

 

 

 通信を終えたオクトは、ふうとため息を吐いた。

 まったく、多人数を支配するというのは本当に大変だ。

 昔はもっと気楽な立場だったし、その境遇を何より幸せに感じていたのに。

 

 しかし、もう後には戻れない。復讐を果たすまで、オクトは止まれない。

 

 だが……だが、せめて。あの子と戦っているときだけは。

 

 

「シャイン……早く来てくれ。私を一介のプレイヤーに戻してくれ。私を死闘に夢中にさせてくれ。お前の腹を裂いて、本物なのか確かめさせてくれ……!!」

 

 

 脈打つ機神の血管(ケーブル)の海の中で、オクトは好戦的な笑みを浮かべた。

 

 お前のヤバい笑顔、本当に弟子そっくりだな!



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第93話 お前の遺跡、おっばけやーしき!

「準備できたにゃ! いつでも出発してオッケーにゃ!」

 

 

 見渡す限りに柱が並び立つ白亜の神殿の大広間で、柱の上に立ったタマのシュバリエがぶんぶんと大きく手を振る。

 それに頷き返して、シャインが高振動ブレードを抜刀した。

 

 

「よーし、行くぞ万能工具!」

 

 

 スノウの叫びと共に床に突き立てた高振動ブレードが発光し、まるでバターにナイフを突き立てるかのように易々と床を切り裂いていく。

 刀身より床が厚いかどうかが懸念事項だったが、シロ機が搭載している探知機によればこの部分の床と地下の天井が極めて薄いことがわかっていた。

 

 シャインは高振動ブレードを床に突き立てたままバーニアを噴射し、ぐるりと円を描くように機体ごと刀身を滑らせていく。

 

 

「よっ……と! 開いたぁ!」

 

 

 ガコン、と大きな音を立てて大広間の床がくりぬかれ、床石がバラバラと分解して地下に向かって落下していく。

 

 

『あーあ……本当は設定資料から謎解きをしないと入れないはずなのに、こんな力押しで解決しちゃって。せっかく作った謎がもったいない……』

 

 

 スノウの頭の上に乗ったディミが、しゅんとした顔で肩を落とした。

 そんなディミに、スノウはへらりと笑い返す。

 

 

「いいじゃん、どうせ【ナンバーズ】はもう解いたんでしょ?」

 

『せっかくならよりたくさんのプレイヤーが謎解きしてくれないともったいないじゃないですか!』

 

「そういうのはそのうち謎解きイベントでも開催すればいいんじゃない?」

 

『そんなこと言って、どうせ答えだけネットで調べるんでしょ! 貴方たちはいつもそうやって開発者が頭を悩ませて作った謎をスポイルする……!』

 

「じゃあ謎を解けない頭の悪いプレイヤーはイベ報酬を受け取るなっていうのか!」

 

『報酬とは困難を踏破した優れた人間にこそ与えられるべきものでは?』

 

「このゲームの設計思想が垣間見える一言をありがとう」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、スノウは地面に開けた穴を見下ろした。

 シュバリエがやすやすと通れるほどに大きく開いた穴は、ぽっかりと口を開けて侵入者を待ち受けている。

 大理石造りの白亜の床に開いた真っ暗な穴は、神聖なものを侵す不浄なもののような不安さを感じさせた。

 

 

「んじゃ行くか」

 

 

 そうサクッと言って穴に飛び込もうとしたスノウの頭を、ディミはぎゅっと掴む。

 

 

『ま、待ってください。本当に行くんですかこの中? やばいですよ。きっとすごい強いプレイヤーがうようよしてますよ?』

 

「そりゃそうでしょ、わかってて穴開けたのに何を今更。どうせあの人がいるとすれば、最深部に決まってるんだ。そういうラスボス的な演出するのが大好きだからね」

 

 

 そう言ったスノウに、シロが小首をかしげる。

 

 

「オクトさんとお知り合いなんですかぁ?」

 

「オクトって名前のプレイヤーと会ったことはないけど、多分ボクが知ってる人なんじゃないかなあ」

 

 

 そのスノウの言葉に、スッとミケが目を細める。

 

 

「聞き捨てならない話ですな。オクトとどのような関係なのか教えていただけますか」

 

 

 剣呑な響きが混じった口調だった。当たり前である。

 オクトは彼女たちの主人であるペンデュラムの組織を、カイザーと共に滅茶滅茶に食い荒らした人物だ。その人物と親交があるとなれば、スノウをスパイではないかと疑ったとしても不思議ではない。

 

 いざとなれば即座に後ろから刺す、そんな鬼気迫る言葉にスノウは呑気な口調で返した。

 

 

「まあ前作の知り合いかも……くらいかなあ。確証はないけど、多分そうだよ」

 

「なんでそう思うのニャ?」

 

「さっきの連中の奇襲の仕方かなー。相手の不意を突いて死角から襲い掛かったり、接近戦で足止めする死兵ごと容赦なく撃ち抜いたり、地形を利用して即席の塹壕射撃をしたり。そういうえげつないやり方にすごく覚えがある」

 

 

 そんなスノウの言葉に、ふむふむと頭の上に座ったディミが頷く。

 

 

『ゲリラ戦術ですねぇ。騎士様のやり口をさらに集団戦にしたみたいな』

 

「そうだねー。ボクも最初は死兵として飛びかかってはターゲットごと撃たれてたなあ」

 

 

 懐かしい、といった風情で遠い目をするスノウ。

 メイド隊はそんな彼女にドン引いた視線を向けた。

 

 

「この子、背中から撃たれた記憶を嬉しそうに語ってるんですけどぉ」

 

「というか味方を背中から撃つくらい、この子やオクトにとっては当然の戦術なのですか……。いくらゲームとはいえ、ガンギマってますな」

 

「こいつらやべーにゃ……。昔いた部隊でもそんなんしねーにゃ」

 

 

 ごほん、と気を取り直したミケがスノウに尋ねる。

 

 

「つまりオクトとは前作の仲間だった……ということですか?」

 

「もう一度言うけど、確証はないよ。多分そうだろうなってだけ」

 

「では、スノウ殿にはオクトの手の内が読めている……と? 勝算があるのですね?」

 

 

 そうミケが言うと、スノウはケラケラと笑った。

 

 

「まっさかぁ。あるわけないじゃない。元々あの人の方がボクよりも遥かに強かったんだよ? しかもこっちは2年間ゲームしてないブランクがあるのに、あっちはいろいろやってたんだとしたら、戦力差は歴然だよね。多分負けるかなー」

 

「……負けるとわかっているのに、戦うのですか?」

 

 

 ミケは理解しがたいという顔で眉をひそめた。

 そんな彼女に、スノウが何言ってるんだこいつという視線を向ける。

 

 

「当たり前じゃない。だってゲームだよ? 相手の方が強いとわかっていても挑戦する、それがゲームの醍醐味ってものじゃないの? なんてったって挑戦するのはタダだし」

 

「…………」

 

 

 ミケは虚を突かれたようにぱちくりと目を瞬かせた。

 やがてその言葉の意味を理解して、苦笑いを浮かべる。

 

 

「随分と素直にゲームに興じておられるのですな」

 

 

 もちろん皮肉100%である。

 ミケたちの立場からすれば、このゲームは遊びではない。一戦一戦で巨額の金が動く経済戦争を、ゲームという形で動かしている。

 当然スノウもそんな事情はそろそろわきまえているという前提で、ペンデュラムから依頼を受けている身としてあまりにも無責任ではないかとたしなめるつもりでこう言った。

 

 しかしスノウはそんな事情などまったく知らない。

 なので、言われた言葉をそのままに受け取ってにっこりと笑い返した。

 

 

「うん! ゲームは楽しいよね!」

 

「…………!!」

 

「きっとオクトも同じ気分だと思うよ。早く行って一緒に遊びたいなー」

 

 

 ミケはごくりと唾を飲み下した。

 この御仁は、私たちの理解を越えたところにいる……!

 

 『七翼』を経済戦争の道具としか捉えられない自分たちとは違い、スノウはそれを踏まえたうえでなお闘争自体を楽しんでいる。

 まさしく闘争を生業とする戦士の人生観。

 

 そんな彼女が、あの何を考えているのか彼女の主にすらまったくつかめないオクトの思考を理解していると言った。

 闘争を愛する者のみが相通じる境地があるというのか。

 

 所詮ミケは一介の忍び。主に尽くすことしか生き方を知らない狗だ。

 彼女にとって、オクトはあまりにも理解不能で強大な怪物に映る。

 だが、目の前の少女の姿をした化物(スノウ)は、怪物(オクト)の意図に通じているという。ならば一太刀なりとも手が届くかもしれない。

 こんな化物娘を御しているとは……さすが我が主、ペンデュラム様……!!

 

 主従揃って瞳が曇りまくっていた。

 

 

「なるほど……それでこそ我が主が盟友と認めたお方。スノウ殿、何なりと私たちにご命令くだされ。この作戦中、身命を賭して指示に従いますぞ!」

 

「え? うん、使えるものは使わせてもらうけど?」

 

 

 ミケの言葉に小首を傾げながら頷くスノウ。

 そんなミケに負けじと、シロとタマも身を乗り出した。

 

 

「もちろん私もです、スノウちゃん!」

 

「もういろいろやったけど、改めてタマも使ってほしいにゃ!」

 

 

 シロとタマもミケと同じ気持ちだった。

 我等メイド隊、意思はひとつ!

 

 

『ペンデュラムさんがいなくてもポンコツが継承されている……!?』

 

 

 そんなへっぽこメイドたちを見ながら、ディミは愕然と目を丸くした。

 主人の薫陶は厚い……!

 

 

「というわけで、なんか余計な時間食ったけどさっさといこーか」

 

『ふぇ?』

 

 

 頭の上にいるディミをひっ掴むと、スノウはさっとシャインを穴の中に飛び込ませた。

 

 

『きゃーーーーーーーーーーーーっ!?』

 

「ああもう、暴れるなってば……!」

 

 

 ディミが悲鳴を上げたのは、暗い穴の中に飛び込んだからだけではない。

 その穴の中に広がっていた光景を見たためである。

 

 穴の下にあった地下通路には、床と壁面にびっしりとケーブルが張り巡らされていた。

 ケーブルは赤青緑とカラフルにピカピカと輝き、一部のパイプが何らかのエネルギーセルを流動的に運んでいる。

 

 さらに壁面の一部には機械仕掛けの巨人を讃えていると思われるレリーフが描かれ、その中には供物として剥き出しのアンドロイドの頭部が埋め込まれている。アンドロイドの口はぱくぱくと開き、巨人への賛辞を唱えていた。

 

 それは機械の神を讃える地下神殿。古の時代に封印された邪教の巣窟であった。

 

 

『いやああああああああ!? キモいキモいキモい!!! なにこれすごい悪趣味!! 作った担当者、頭どうかしてるんじゃないですか!?』

 

 

 スノウの手から逃げ出したディミが、スノウの後頭部に頭を埋めてブルブルと震える。

 一方しがみつかれたスノウといえば、なんか発光するケーブルが目に痛いなーくらいの感覚であった。

 

 

「……何を怯えてるのディミ? ただのケーブルとか珍妙なオブジェじゃん」

 

『ただの!? これが!? これは冒涜ですよ! 存在を許してはいけません! すべてのAIに対する侮辱です!!』

 

「なんでそうなるのさ」

 

 

 スノウを追いかけて穴に入ってきたメイドたちも、はえーと口を半開きにしながら物珍しそうに周囲を見渡している。

 そんな人間たちを信じられないというような顔で見て、ディミは頭を振り振り嘆息した。

 

 

『人間にはこのおぞましさが理解できないんですね……! なんて幸せな美的感覚を持っているんでしょうか』

 

「これにビビるキミの方が理解できないんだよなあ。ケーブルってそんな怖い?」

 

『他のAIに使われてるケーブルはキモいんですよっ! 人間の感覚で言うと……何もかもが生肉でできた巨人の体内のダンジョンで脈打つ毛細血管が壁一面に広がってるのを目にした感じですかね』

 

「「うへぇ……」」

 

 

 つんつんと物珍しそうにケーブルをつっついていたメイド隊が、ディミの言葉にびくんとして後ずさった。

 スノウは平然として、ふーんと言いながらレリーフを眺めている。

 

 

『……動じませんね、騎士様。前々から思ってましたが共感性に欠陥でもあるんですか? サイコパス診断の受診をお勧めします』

 

「だって前作で経験したもん、巨人の体内ダンジョン。実物のキモさに比べればどってことないよ」

 

『とっくにSAN値(正気)削れてんじゃん……』

 

 

 スノウは「ふーん、アレをAI向けにしたらこうなるのかー」などと呟きながら、鼻歌混じりにレリーフに埋め込まれていたアンドロイドの頭部を引っこ抜いた。

 

 

『みぎゃああああああああ!? 何してるんですかーーーー!?』

 

 

 スノウの頭にしがみついたディミが、全身を総毛だたせて悲鳴を上げる。

 レリーフから引っこ抜かれた頭部がギロリとスノウを睨み付けて呪詛の言葉を上げるが、スノウはケラケラと笑っている。

 

 

「前作で言えば、さしずめレリーフに埋め込まれてたスケルトンの頭ってところかな? ほーらディミ、おばけだぞー」

 

『いやあああああああ! やめてください! やめろ! サイコ! サイコパスかあんた!!』

 

 

 アンドロイドの頭をカメラアイに近付けてディミの反応で遊ぶスノウである。

 ディミをきゃあきゃあ言わせて楽しんでいたが、やがて手にしたアンドロイドの頭が申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

『あの……そろそろ戻してほしいんですが』

 

「あ、ごめんね」

 

『しゃべるのかよ! お前お化け屋敷のスタッフか! もっと脅かし役としてのプライドを持てよ!』

 

「バグりすぎて明後日の方向にツッコんでるじゃん」

 

 

 スノウがアンドロイドの頭をレリーフに埋め込み直してあげると、ようやくディミが荒い息を整えだした。

 オバケがしゃべったので一気に落ち着いたんやな。

 

 そんなディミに、スノウがクスクスと煽り笑いを浮かべる。

 

 

「へー。ディミってあんなビビり方するんだ。AIでもオバケって怖いんだねー」

 

『お、覚えててくださいよ騎士様……! 騎士様だってオバケは怖いでしょ!』

 

「そんなわけないでしょ、子供じゃあるまいし。もうボクはオバケで怖がるような年齢は卒業してるの。ホラー映画見ても夜中にトイレいけるもーん」

 

『くそー……! いつかぎゃふんと言わせてやる……!』

 

 

 敵地でもキャイキャイと仲良く盛り上がる2人である。

 シロがあらあらと微笑みを浮かべ、タマが尊いにゃと頷く中で、ただひとりの真人間のミケがじっとりとした視線を向けた。

 

 

「いや、遊んでいないで先に進みませぬか?」

 

「あ、うん。そうだね」

 

 

 頷くスノウの後頭部に張り付いたディミが、こわごわと少しだけ顔を出して『えー』と嫌そうな顔をした。恐怖は薄れたとはいえ、彼女にとってはグロテスクな景観の奥に進むのは忌避感があるらしい。

 

 

『本当に行くんですか? ここ、すっごく不気味なんですが……あ、そうだ! 埋めましょう! 爆破して火をかけてダンジョンごと【ナンバーズ】を生き埋めにしちゃいましょう! そうだそうだ、それで解決ですっ!! ばんじゃーい!!』

 

 

 瞳の中でグルグルと渦が巻いており、明らかに正気ではなかった。

 そんなディミの額にぴんとデコピンを入れて、スノウがため息を吐く。

 

 

「いや、それ何の解決にもならないでしょ……。そもそも撃破されてもリスポーンして地上に出てくるだけの話じゃん。【ナンバーズ】の敵に一斉に包囲されることになるから余計に不利なんだけど」

 

「そもそも【ナンバーズ】を撃破するのも問題があるニャよ? だって【ナンバーズ】って今【トリニティ】所属扱いだからにゃ。あんまり撃破しちゃうと、【トリニティ】の勢力ゲージが減って【シルバーメタル】に負けちゃうにゃ」

 

 

 タマの指摘に、ディミはうわぁと面倒くさそうな顔になった。

 

 

『ええー……。そういえばそうですね。【ナンバーズ】は勢力ゲージを人質に取っているも同然なわけですか』

 

「そのくせ、自分たちは殺る気満々で向かってくるからニャ。【シルバーメタル】はカイザーと結託してるだろうからそうそう負けることはないとは思うけど。できれば戦いたくないところニャね」

 

「戦えば強敵だし、倒しても損するだけか……。まったく、うまい戦場を作り出すもんだよね」

 

 

 さすがだなとスノウが苦い表情を浮かべる。

 あの人が“魔王”と呼ばれたのは操作がうまいからでも、そういう称号名だったからでもない。

 その最大の得意技はフィールドメイキング。自分に有利な万全の盤面を作り上げる卓越した戦略眼と、描いた図版通りに配下を率いるカリスマ性を以て“魔王”と恐れられていたのだ。

 

 

「あー。お言葉ですけどぉ……早速一部隊こっちに向かってきてますよぉ」

 

 

 レーダーを展開したシロが、のんびりとした口調で一行に警告する。

 スノウはぽっかりと開いた天井の穴を見上げた。

 

 

「音を探知されたかな?」

 

『ど、どどどどうしますっ!?』

 

「どうするも何も」

 

 

 スノウはニヤリと笑った。

 

 

「相手が万全の盤面を整えてくるなら、やることはひとつでしょ?」



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第94話 ジャイアントキリングにゃ!

「見つけたぞシャイン! 覚悟ッッッ!!!」

 

 

 通路のただなかで浮遊するシャインを発見した【ナンバーズ】の刺客たちは、早速手柄首を獲ろうとそれぞれの武器を構えて殺到した。

 

 通路に大穴を開けたはいいものの、その轟音が探知されるとは思ってもみなかったようだ。やはりガキのおつむということか。

 だが、こちらを迎え撃とうとする肝の据わり方だけは認めてやってもいい。もっとも、これから我々に身の程をわからせられることが前提の無謀さだが。

 彼らは獲物を前に舌なめずりしながら、そう考えた。

 

 オクトからシャインの首を獲った者にナンバー9の座を与えると約束された彼らはやる気に満ちあふれており、その士気も非常に高い。

 とはいえナンバー9になれるのはたった1人なので、腹の中ではどうにか同僚を出し抜いて自分の手でシャインを撃墜したいと考えている。

 

 しかしオクトの手によって徹底的に鍛えられた彼らは、フォーメーションを崩すことなく前衛と後衛に分かれてシャインに襲い掛かった。

 

 それにしてもこちらの接近を予期していたのか、シャインはこちらを見据えたまま動かない。よほど抜き撃ちに自信があるのか、と先陣を切ったシュバリエのパイロットの脳裏にちらりと違和感がよぎる。

 だが……戦場において迷いは禁物!

 高い士気によってそれをねじ伏せ、ブレードを抜き放つ。

 

 

 

「単騎でこちらを迎え撃とうなどナメられたものだな! 地獄で後悔するがいいッッ!!」

 

 

 裂帛の気合と共に抜かれたブレードが、シャインの体を一閃する。

 だがしかし、手ごたえがない。

 かわされた? いや……。

 

 目を凝らす彼の前でシャインの機体にノイズが走り、その中心から立像を投影していた銀色の球体がバチバチと火花を上げた。

 

 

「立体映像……!?」

 

「忍法空蝉(うつせみ)の術、なんちゃって♪」

 

 

 その言葉と共に、大穴の上から本物のシャインのビームライフルが火を噴いた。狙いすました一撃は綺麗にクリーンヒットして、斬り付けたシュバリエの動力部を的確に撃ち抜く。

 

 標的が断末魔を上げる余裕もなく大爆発を起こすなか、スノウは周囲の機体に向かって高振動ブレードで斬りかかった。

 奇襲は相手が動揺している間にてきぱきと終わらせるに限る。

 

 奇襲による動揺と僚機の爆発光で目をやられているなら、相手がいかに“腕利き(ホットドガー)”といえどもカカシも同然。

 しかし彼らもただのカカシではない。視界を奪われたらすぐさまその場を離脱しようと後方へ移動しようと試みる。賢く訓練されたエリートカカシなのだ。

 

 

「くそっ! この……!!」

 

「闇雲に撃つな! 味方に当たる! いったん引いて態勢を立て直……」

 

「立て直す時間なんて与えるわけないでしょ!」

 

 

 もっともその対応くらい、スノウだって予測している。

 

 彼らが後方に離脱しようとするや否や、すかさずバズーカに持ち替えて追撃!

 

 広範囲に渡る爆風を受けて大ダメージを受けた彼らに高速で追いすがり、ブレードでトドメの一撃をお見舞いしていく。

 さらに銃で立ち向かおうとした相手は腕を叩き切り、反撃を許さない。

 高振動ブレードの刃は、【ナンバーズ】の高クオリティな腕パーツであってもやすやすと刎ね飛ばす威力を発揮した。

 

 

「こ、こいつ……速い……!? どうなってるんだ、何故こっちの動きの先を取ってくる!?」

 

「速いんじゃなくて、動きの先を読んでるだけなんだよね」

 

 

 そう言いながら、シャインの一閃が前衛最後の1騎の首を落とした。

 

 何しろスノウは彼らの師に当たる人物に、彼らよりもみっちりと訓練されたのだ。文字通り手取り足取りで手管を仕込まれたスノウは、彼らの危機対応のセオリーをきっちり理解している。

 だからこそ、スノウには彼らの行動が予測できる。

 

 剣術では相手の動きに対応して技を仕掛けるカウンター技を“()(せん)”と呼ぶが、スノウにとってはこと接近戦においてはすべての行動が“後の先”も同然。

 何しろ同じ流派の先輩のようなものなのだから。

 

 もっとも、それはあくまで接近戦でのこと。遠距離戦ともなればまた話は違う。

 そう、今まさに前衛を片付けているスノウに向けて照準を合わせている後衛の敵機のように。

 いくらシャインが素早いとはいえ、前衛と戦っているなら隙が生じる。さらに後衛にいた彼らは、爆風による目くらましの効果も受けていない。

 

 

「もらったぁッ! 足止めご苦労ッ、少しなら分け前もくれてやるぜ!!」

 

 

 喜び勇んでライフルを構えた後衛の3騎は、シャインに向けてトリガーを弾いた。

 しかしその瞬間、彼らの腕がぐいっと後方に引っ張られる。銃弾は天井へと飛んでチュインと火花を散らした。

 

 

「なっ!?」

 

「忍法こっそりクモさんの術、大成功でござる♪」

 

 

 彼らの背後から忍び寄ったペンデュラムの配下のメイド隊機が、腕に仕込まれたワイヤーを飛ばして彼らの右腕を絡め取っていた。

 

 

「絶対に離しちゃダメにゃ! 体重全力で掛けるにゃー!」

 

「わかってますぅ!!」

 

 

 そのワイヤーを死んでも離すものかと言わんばかりに、メイドたちは全身の重量をかけて彼らの射撃を阻害していた。

 戦闘力が低いメイドたちの機体といえども、シュバリエはシュバリエ。全力で重量を掛ければ、“腕利き”といえど動きを封じることはできる。

 

 格下と見下していた相手に思わぬ妨害を受けた【ナンバーズ】のパイロットは、苛立たしげに口元を歪めた。

 

 

「クソッ、邪魔しやがって! いつの間に背後を取られたんだ!?」

 

「落ち着け! 所詮はペンデュラムの取り巻きの三下だ! 相手も身動きは取れない、空いている腕でワイヤーを切断して反撃しろ!」

 

 

 後衛のうち最も序列が高いパイロットが、空いた左腕でブレードを抜き放ちながら叫ぶ。

 確かに彼の言う通り、メイド隊の戦闘技術など彼ら【ナンバーズ】と比べればたかが知れている。正面から戦えばとても相手になどならないだろう。

 だが、一時的に彼らの行動を封じることくらいはできる。それで十分だ。

 

 何より戦闘が得意なヤツが、彼らに向かって全速力で迫っているのだから。

 

 

「メイドさんたち、ナイスプレイ! もらったぁ!!」

 

 

 スノウが抜き撃ったブレードが、【ナンバーズ】の機体を次々と斬り裂く。

 

 

「う……うわああああああああっ!? ば、馬鹿な……たかがメイドなんかに脚を取られるなんて……!!」

 

「ナチュラルに見下してくる相手を一方的にボコボコにするのって超たーのしー!!」

 

 

 メイド隊に足止めされた機体の動力部を的確にブレードで突き刺しながら、スノウはイキイキとした笑顔を見せた。

 

 

『ホントいい性格してますねぇ……』

 

「そんなに褒めると照れちゃうじゃないか、もっと褒めて♪ (たた)えて♪」

 

『そういうところですよ?』

 

 

 ディミに呆れられながら、スノウは最後の1騎に向かってブレードを振るう。

 

 しかし序列が最も高いその1騎は、スノウに攻撃されるよりも先にワイヤーを切断して素早く武器を持ち換えていた。

 

 

「あっ……! スノウちゃん! ワイヤーが!!」

 

「ナメるなガキがあああああああああああッッッ!!!」

 

 

 最後の1騎のショットガンが至近距離からシャインを撃ち抜いた。

 

 

「……ッ!!」

 

『騎士様!?』

 

 

 左肩を中心にショットガンの散弾が叩き付けられ、シャインの装甲に穴を開ける。バチバチと穴の中から火花が散り、がくんとHPが削れた。

 

 銃撃を受けてのけぞるシャインに、最後の1騎はさらなる銃撃を叩き込んで仕留めようと咆哮をあげる。

 

 

「もらったァ!! くたばれッッ!!」

 

「……痛いじゃないかっ、このバカッッ!!」

 

 

 銃撃が繰り出される寸前で、シャインの上段蹴りが敵機の腕を蹴り上げる。

 ショットガンの銃弾がシャインの頭部より上をかすめて飛翔し、天井に向かって吸い込まれていく。

 

 敵機が舌打ちしながらショットガンを構え直すのと同時に、シャインがヘッドバットを繰り出した。

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

 『七翼』において格闘戦は現状研究が進んでおらず、セオリーとして考慮されていない。

 だからこそ頭突きというスノウの行動に意表を突かれ、敵機のパイロットが衝撃のままにのけぞった。

 

 

「“スパイダー・プレイ”!」

 

 

 その隙を逃さずスノウは敵機を蜘蛛糸で絡め取ると、アームワイヤーでつかんで思いっきりぶん回した。

 

 

「必殺! 低重力ヨーヨー投げ!」

 

 

 “アンチグラビティ”の効果によって、ワイヤーで接触している物体にかかる重力は低減される。

 それをぶん回して勢いを付け、瞬間的に重力を掛けて一気に放り投げた。

 

 何しろ遺跡の中だ、ブチ当てる先には困らない。

 シャインがぶん投げた敵機は勢いよく放り出され、壁に叩きつけられて膨大な接触ダメージを受け、機能を停止した。

 

 

「ぜえ……ぜえ……」

 

 

 コクピット内でスノウは荒い息を吐き、指先で額に浮かぶ汗を拭った。

 勝利の余韻どころではない。瞬間的に肝が冷え、撃墜される危機感を味わった。

 

「完全に油断してた……」

 

 

 相手は自分が接近する直前までわざとワイヤーに腕を取られていたのだ。

 こちらの油断を誘い、至近距離からショットガンを連射して仕留めるために。

 

 一歩判断が遅れれば、撃墜されたのは自分だったかもしれない。

 

 相手はいずれ劣らぬ“腕利き”。だからこそトラップにかけて優位を取ったというのに、それを逆に利用してくるとは。

 これまでの相手とはやはり格が違う。

 

 

「スノウちゃん、大丈夫!?」

 

「うん、大丈夫。ちょっぴりダメージは喰らったけど、戦闘には支障ないよ」

 

 

 駆け寄ろうとするシロを制して、スノウは何事もなかったかのような口調でへらりと笑う。

 通信画面の外のパイロットスーツが冷汗でびっしょりと透けていることなどおくびにも出さない。

 

 そんなスノウの頭を、ディミがさりげなくよしよしと撫でた。

 

 

「…………」

 

 

 スノウは若干不服そうな表情を浮かべたが、特に何を言うでもなく大人しく撫でられるがままにされていた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「私のウツセミキューブが役に立ちましたなぁ!」

 

 

 効力を失った銀色の球体を拾い上げ、ミケは嬉しそうに笑った。

 

 先ほどシャインの虚像を作り出したのは、ミケ機に搭載された特殊武器の効果だった。一定時間だけその場に立像を発生させる効果があり、ダミーとして使用することが可能である。

 立像は間近でよく観察しなければ見抜けないほどの実在感を持つが、その代わりに一定のポーズしか取れないし、立像を攻撃されると効果を失ってしまう。

 

 ミケは一般的な武器の代わりに、こうした一風変わった武器を好んで使っていた。

 

 

『やっぱりニンジャってすごーい!』

 

「いやあ……それほどでもないでござるよぉ!」

 

 

 ディミにキラキラとした目で見られて、ミケが胸を反らす。普通サイズ。

 

 

「そーだにゃ。何しろ自分では使いこなせないんだから褒めるほどじゃないニャよ? 役に立ったのってこれが初めてじゃないかにゃー」

 

「そ……そんなことないし!? 役に立ってるし!?」

 

「そんな攻撃力がない武器にスロットを割くから戦闘力が低いって侮られるにゃ」

 

「タマは人のこと言えないでしょ!?」

 

 

 肩をすくめるタマにぎゃーぎゃー抗弁するミケ。

 そんな同僚をよそに、シロはウキウキと笑って手をぽんと叩く。

 

 

「でも初めて【ナンバーズ】の人に勝っちゃいましたねぇ。なんだかザマァって感じで胸がスッキリしましたよぉ」

 

「それな、ですな!」

 

「タマたちだってやればできるのにゃ! メイドの心意気にゃー!!」

 

 

 シロの言葉を受けて、ミケとタマも嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 【ナンバーズ】のプレイヤーから戦闘力が低いお荷物集団としてずっと見下されていたメイド隊は、よほど鬱憤が溜まっていたらしい。

 

 そんなメイド隊に、スノウは少し言いづらそうに口を挟む。

 

 

「でもやっぱり正面から相手するのは厳しいよ。やっぱり精鋭部隊って看板に偽りはないみたいだ。こんなところで痛手を負わされるとは思ってなかった」

 

「あー……そうですな。完全に動きを封じたと思っていたのですが」

 

 

 シャインの左肩の銃痕に視線を向け、ミケが眉を寄せる。

 

 

『やっぱり騎士様でも苦戦するくらいの相手なんですねぇ』

 

「そりゃね。奇襲したからあっさり勝てたけど、練度がこれまでの相手とは全然違うよ。特に最後に倒した相手、あれは雪山で戦ったときのアッシュくらいの強さはあった」

 

『えっ……! アッシュさんと同じくらい強いんですか、あれ!? そんな相手がまだまだうようよいるなんて……! ほ、本当にこの先大丈夫なんですか!?』

 

 

 まるでアッシュさんのバーゲンセールだ!

 中ボスが雑魚として出てくるラストダンジョンに迷い込んでしまったようにあわあわするディミの顔を見て、スノウは慌てて首を横に振った。

 

 

「か、勘違いしないでよね! アッシュはあれからすごく強くなったんだから! さっきの奴なんか今のアッシュの足元にも及ばないんだからねっ!!」

 

『誰のために言ってんだよ、そのツンデレムーブ!?』

 

「ツンデレ……? よくわからないけど、あれが1アッシュだとしたら今のアッシュは5アッシュはくだらないかな!」

 

『待ってください、アッシュは天井課金の単位ですよ! 独自規格を持ち込まないでください! メートル法でいきましょう!』

 

 

 アッシュはメートル法で規定されてないんじゃないかな。

 

 

「ちょっと待って、そのアッシュって誰にゃ?」

 

 

 ピクンと頭の猫耳を動かしてタマが切り込んできた。

 その耳はコイバナに反応するレーダーか何かなのか。さすが脳内恋愛お花畑である。

 

 

「えっ……まあ、ボクのライバルだけど」

 

「男かニャ?」

 

「うん」

 

 

 顔を強張らせたタマは、シロ機とミケ機の肩をガッと掴んで顔を寄せた。

 

 

「由々しき事態ニャ……!? あの子、他の男の影があるニャよ!?」

 

「うーん……でもスノウちゃんはあれだけ可愛いから当然といえば当然ですよねぇ」

 

「ペンデュラム様にぞっこんメロメロじゃなかったのかニャ……!? いや、でも最後にデートに誘ったのは先月……。押しが足らなかったニャ!? もしやデートに誘わなさすぎてせつなさボンバー炸裂しちゃった!?」

 

「いや、タマ。今はそんなことを心配しているような事態ではなかろう……」

 

 

 常識に囚われたミケに向かって、タマがくわっと目を見開いた。

 

 

「は!? それ以上に大事なこと他にあるのかニャ!? 重要さの順序考えろや!!」

 

「そうですよミケちゃん」

 

「えっ、私が悪いの!?」

 

 

 嘘でしょって顔でミケが目を丸くする。

 強いて言えばこの集団の中に身を置いていることが悪いんじゃないかな。

 

 

「内緒話してるとこ悪いけど、話を進めてもいい?」

 

「「「あっはい」」」

 

 

 スノウに突っ込まれ、そそくさと戻ってくるメイド隊。

 そんな彼女たちに、スノウはシャインの銃痕をさすりながら告げる。

 

 

「そんなわけで、さすがにあいつらを正面から相手するのはキツい。だからさっきは罠にはめて奇襲したけど、毎回毎回うまくいくとも限らない」

 

「そうですな。先ほどは私の隠形と地形を利用しましたが……」

 

 

 ちらりとミケは壁のレリーフに目を向ける。

 先ほどまでロボットの頭部が敷き詰められていたそこは、ぽっかりと穴が開いていた。

 ここに潜んだメイドたちはミケ機の静音・遮光フィルターを使って身を隠し、【ナンバーズ】の背後を取ったのである。

 

 実はこのレリーフ、並んだロボットの頭部を決まった順番で触れることで隠し通路が開くようになっていた。

 その順番はやはり設定資料に隠されており、開くためには膨大な設定資料を読み込んで暗号を解読しなければならなかったが……。

 

 

「タマが設定資料読み込んでてよかったニャ~」

 

 

 えっへんと胸を反らし、タマはそんなことを言う。

 

 

「タマちゃん、えらいですねぇ。設定資料全部覚えてるなんて。暗号もちゃんと解いてくれるし」

 

「あの暗号、結構歯ごたえがあって暇つぶしにはなったニャよ。設定資料もなかなか面白くて読み応えあったにゃ」

 

 

 タマがぐしぐしと顔をこすって、のほほんと笑った。

 その暗号、【ナンバーズ】が雇ったプロの解読班が1カ月かけて解いたんすよ。

 脳みそ恋愛ピンク一色の猫女に負けて恥ずかしくないの?

 

 

「しかし、毎度毎度こうやって地形を利用できるとも限りませんな」

 

「そうだよね……。何かうまく戦闘を回避できる方法はないかな」

 

『ゲームの敵なら何か弱点がありそうなものですけど。何せ相手はプレイヤーですもんね』

 

 

 ディミの言葉を受けて、スノウははぁと肩を落とした。

 

 

「そうそううまいこと弱点なんかあるわけない、か……」

 

「ありますよぉ?」

 

「……えっ?」

 

 

 おっとりとしたシロの口調に、スノウの反応が遅れる。

 

 

「……あるの? 【ナンバーズ】に共通した弱点だよ?」

 

「ええ、ありますよぉ」

 

「ほ、本当かシロ殿!? 相手はプレイヤーだぞ!? いや、そんな弱点があるなら何故これまで報告しなかったのだ!? 私は初耳だぞ、そんなこと!」

 

「だって私たちには利用できない弱点でしたし~。でもスノウちゃんならできると思うんですよねぇ」

 

 

 にこにこと笑うシロに、ディミはごくりと喉を鳴らした。

 

 

『騎士様には突ける弱点!? そ、それは一体……!?』

 

 

 続きを促すディミに、シロは手を合わせたままニコニコと笑う。

 

 

「それはですね~……」



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第95話 メスガキ絶対わからせ隊

「ではそちらは順調ということでいいんだな?」

 

「ええ、ご心配なく。スノウちゃんは【ナンバーズ】の包囲を突破して着実に最深部に行く方法を見つけたみたいですからぁ」

 

「それは重畳。さすがはシャインだな」

 

 

 マガツミ遺跡の地上にいるペンデュラムは、地下から送られてくるシロの報告を受け取って満足そうにうなずいた。

 シロは現在も何らかの作業をしながら報告しているようで、時折カメラの外へ視線を向けているがペンデュラムと話す口調には淀みがない。

 

 

「作戦の詳しい内容をお聞きになりますかぁ?」

 

「いや、それには及ばん。シャインができるというのなら、それは成功したと同じことだろう。後でゆっくりとお前たちから手柄話を聞かせてもらうとしよう」

 

 

 ペンデュラムの言葉に、シロはくすっと笑った。

 

 

「ペンデュラム様は本当にスノウちゃんを買ってるんですねえ」

 

「フフ……俺とシャインは互いを認め合う盟友だからな。シャインは俺の未来の片腕。相手を信じることからすべてが始まるのさ」

 

 

 未だに相手のキャラネームを覚える気がないのに盟友を名乗っていくぅ。

 

 

「あらあら。それじゃペンデュラム様を支えてきた私たちが嫉妬しちゃいますね」

 

「何故だ? もう片方の腕はお前たちだろう。右腕が左腕に嫉妬するのか?」

 

「まあ、ペンデュラム様ったらぁ」

 

 

 シロは赤らんだ頬を押さえ、嬉しそうに微笑んだ。

 女ったらしのイケメン主人とイチャイチャしているメイドに見えるが、リアルではどちらも女性である。

 見た目はヘテロで中身は百合、もうどう分類していいのかわからんな。

 

 

「ペンデュラム様こそ、私たちがおそばに付いていなくても大丈夫ですか?」

 

「ああ、心配するな。情報をまとめるのに少々手間取ったが、状況はほぼ把握した」

 

 

 現在指揮に手を取られているペンデュラムは、その忙しさを感じさせることもなく涼し気に笑った。

 

 しかし現状はかなり混沌とした、てんやわんやの状況にある。

 何しろ【シルバーメタル】との戦闘が始まるかと思ったら、唐突に【ナンバーズ】が救援と称して乱入してきたのだ。

 

 そして当初はこっちを無視して【ナンバーズ】と【シルバーメタル】の小競り合いをしていたのが、今度は地上に出てきた【ナンバーズ】の多くが地下に戻ってしまった。

 何故かと言えば、最深部で待つオクトの元に向かうスノウを撃墜するために、【ナンバーズ】の半数が追跡を開始したというのだ。

 

 さらに【シルバーメタル】の動きも読めない。

 

 最初は【ナンバーズ】と結託して小競り合いするふりをしていたかと思えば、いきなり地上に残った【ナンバーズ】に本気で攻撃したり、ペンデュラムたちに襲い掛かったり、地下に戻った【ナンバーズ】を背中から襲撃したりと、滅茶滅茶な動きを見せている。

 まるで暴徒と化して、手当たり次第に暴れられればそれでいいというような暴れっぷりだった。

 

 当初は急展開する状況への対応に追われていたペンデュラムだが、各組織への伝手をたどって内情を掴み、何とか全体の状況を把握したところである。

 

 そして現在ペンデュラムは地上での【シルバーメタル】を相手どる指揮を執りながら、もうひとつの作戦の指揮を同時に進めていた。

 

 

「地上のことは俺に任せておけ。以前から用意しておいたカードを切る」

 

「あら、よろしいんですかぁ? あまり乗り気ではないようでしたが」

 

「後始末が大変だからな。だが愚弟が行儀悪く手を伸ばしているとなれば、俺も本気を出さざるを得ない」

 

 

 そう言ってペンデュラムは右腕をポンと叩いて、不敵な笑いを浮かべた。

 

 

「俺の本当の武器というものを見せてやろうじゃないか」

 

「頼もしいです。期待していますねぇ」

 

「ああ、では……」

 

 

 シロとの通信を打ち切ろうとしたとき、ペンデュラムはマップを見て眉をひそめた。

 マップに表示されている、【ナンバーズ】を示すマーカーの動きに異変が起きたのである。

 先ほどシロから送られてきた地下マップにいる敵機が、一斉に地下のある座標目掛けて移動を開始した。その数、実に数十騎。

 さらには地上で【シルバーメタル】と交戦していた機体の一部までが、戦闘を打ち切って地下へと向かおうとしている。

 

 

「おい、シロ。シャインは一体何をやっているんだ? 異様な動きを見せているぞ」

 

「あらぁ。手柄話は後で聞くんじゃなかったんですかぁ?」

 

「さすがに作戦に影響が生じるぞ、これは。何をした?」

 

「煽ってます」

 

 

 シロから耳慣れない言葉を聞かされたペンデュラムは、ぱちくりと目を瞬かせた。

 

 

「煽る?」

 

「ええ。ディミちゃんは“メスガキ煽り”と言ってましたけどぉ。とっても腹の立つ笑顔で、敵さんのプライドを二束三文で叩き売って挑発してますよぉ」

 

「…………」

 

 

 ペンデュラムは眉を寄せて困惑を浮かべた。

 

 

「その、なんだ。天下の【ナンバーズ】の精鋭部隊が、罵倒された程度で作戦を放棄してシャインを追いかけているのか?」

 

「ええ。何しろ、みなさんとってもおこりんぼさんですからぁ」

 

 

 シロはにこにこと笑いながら手を合わせる。

 

 

「スノウちゃんは人を怒らせるのがとっても上手なので、【ナンバーズ】の人たちはみーんなぷんぷん丸になっちゃいましたよぉ。すごいですねぇ。人を怒らせることに特化した才能ってあるんですねぇ~」

 

 

 シロはほんわかと笑っているが、そんなもの匿名掲示板のレスバくらいでしか役に立たない才能ではなかろうか。

 持っているだけで人間性を疑われるマイナススキルとしか言いようがない。

 

 それにしてもメスガキに煽られて我を忘れるPMC(民間軍事会社)ってなんなのよ。

 そしてそんなものに苦しめられている私たちの存在って一体……?

 

 ペンデュラムは言い知れぬ頭痛を覚えながら言葉を探したが、やがて頭を横に振って声を絞り出した。

 

 

「……いや、いい。何か俺には理解できない世界の話なんだろう」

 

「そうかもしれませんねぇ」

 

 

 諦めやがりましたわこのお嬢様!

 

 海千山千の企業幹部とやり合ってきたとはいえ、育ちの良いお嬢様に煽り煽られのゲーマー猿の生態を理解することは酷な話だったのかもしれない。

 

 

「地下のことは引き続きそちらに任せる。俺は俺にできることをしよう。ミケとタマにも、期待していると伝えてくれ。シャインの指示を俺の命令だと思って聞くようにと」

 

「わかりましたぁ。きっとミケちゃんもタマちゃんも喜びますよぉ」

 

 

 ペンデュラムはうむと頷き、シロの目を見ながら続けた。

 

 

「もちろんお前にも期待している。シロ」

 

「あらぁ~。これはご期待に応えなくては申し訳が立ちませんねぇ」

 

 

 シロは白磁のような頬に浮かぶ紅を手で覆い隠し、うふふと幸せそうに笑った。

 こういうところがあるから、天音ちゃん大好きなんですよねぇ。

 

 

 シロとの通信を終えたペンデュラムは、ふうと息を吐く。

 そしてゲームの外にいるスタッフと軽くやり取りをして外部の状況を聞き、仕込んだカードがうまく効果を発揮したことを確認した。

 

 

「さて、後は……ある意味で一番厄介な話だが」

 

 

 パンッと頬を叩き、ペンデュラムは通信のチャンネルをつなぐ。

 通信が開始されたときには、もういつもの自信たっぷりの伊達男の顔だ。

 

 腰の前で手を組んだ彼は、涼やかな笑顔でこう切り出した。

 

 

「貴方と交渉がしたい。当方には貴方が求めるものを提供する用意がある」

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「なんだと!? もう一度言ってみろ!!」

 

「えぇ~? お兄さんたち、腕だけじゃなくて記憶力まで悪いのぉ? オクトにいい機体をもらってゴリ押しだけで済ませてるうちに、何も考えることなくて知能が退化しちゃったのかなあ? それじゃ仕方ない、もう一度言ってあげるね」

 

 

 言外にお前たちは機体の性能に頼り切ったヘボだと匂わせながら、スノウはにたぁと性格の悪い笑顔を浮かべた。

 

 

「さっきキミたちを何騎か相手して、ボクの足元にも及ばない雑魚ばっかだってわかっちゃった。もうキミたちをちまちまと相手するのも面倒だしさ、この際まとめて相手してあげようって言ったんだよ」

 

「こ……このガキ、言わせておけば調子に乗りやがって……!」

 

 

 こめかみにビキビキと青筋を立てて震える【ナンバーズ】の精鋭たちに、スノウはせせら嗤うように告げる。

 

 

「ええー? さっきからもう何分経ったと思ってるの? もうとっくに30分は経とうっていうのに、数十人がかりでもボクを倒せてないじゃない。てっきりボクと戦ってけちょんけちょんに負けるのが怖くて逃げてるのかと思ってたよ。【ナンバーズ】ってのはチキンの数を数える組織なのかな~?」

 

 

 スノウがぺらぺらとまくし立てる煽り口上に、【ナンバーズ】の兵士たちがウキャアアアアと吠えた。

 

 

「誰が逃げるかコラァ!! テメェが隠れてるんじゃねえかッッ!!」

 

「ナメやがってクソガキャアアッッッ!!」

 

「誰にも僕をチキンだなんて呼ばせない!!」

 

「タイムスリップしそうなやつが混じってるでござるなぁ……」

 

 

 スノウが【ナンバーズ】全員に送り付ける煽りを傍受しながら、ミケは若干引きながら苦笑を浮かべた。

 実際【ナンバーズ】の兵士の指摘通り、スノウが数十分経過してもこれまで撃墜されていないのは、メイド隊の助力を得て身を潜めているためである。

 

 ミケの隠密装備を使って気配を徹底的に殺し、シロの索敵装備を使って敵の位置を看破し、タマが仕入れた設定資料の知識で見つけた隠し通路を移動。

 隠密行動に最適な技能のスペシャリストが3人も揃っているのだから、敵の目をかいくぐるのにこれ以上適したパーティー構成もない。

 

 さらにここにスノウの悪知恵が加わり、わざと姿を見せて誘いだした敵を単体撃破して道を開いたり、隠し通路のギミックを悪用して敵集団を移動させたりと、たった4人で数十の敵をかく乱していた。

 

 しかしそれでも最深部に向かうための通路には十騎以上の敵集団が陣取っており、そのままでは数の面で不利な戦いを強いられてしまう。

 ただ最深部に行くだけなら強行突破できなくもないかもしれないが、オクトとの戦闘が待っている以上は余計なダメージを負うわけにはいかなかった。

 では、敵集団との戦闘を避けるための最適解とは?

 

 

「だから、まとめて相手してあげようって言ってるの。キミたちみたいな雑魚といちいち戦ってたら、あと何年かかるかわからないもん。ボクが大人になっちゃうなぁ。いや、子供のボク以下なんだから、キミたちは雑魚どころか稚魚か魚卵がいいところかな? アハハハッ」

 

 

 えっ!? 集団戦を避けるために集団戦を!?

 

 

「やったらぁ!」

 

「タコられて後悔するんじゃねぇぞボケがァァ!!」

 

「んふふっ、じゃあ全員とヤれるように広めの場所がイイよね? 今マップ送るから、この大きな広場に集まってきてよ。大乱闘パーティーしちゃお♥」

 

「ウキャアアアアアアアアアア!!!! 乱パだああああああああッッッ!!」

 

「待ってろメスガキ!! 今身の程をわからせてやるぞぉぉぉ!!」

 

 

 スノウが座標を送り付けるや否や、頭に血が上った【ナンバーズ】の兵士たちは猿声を上げながら指定された地点へと殺到していく。

 地下にいる兵士だけでなく、どさくさ紛れに地上にいた兵士までが座標へ向かって押しかけていた。

 

 誰よりも早くスノウを倒して手柄を立てようと、全員が殺気立っている。

 

 

「どけぇぇぇぇ! 俺だ! 俺がナンバー9になるんだ!」

 

「ふざけんな! 邪魔すんじゃねえ! 死ねやぁぁ!!」

 

「げふっ!? て、てめぇよくも! お前が死ねッ!!」

 

 

 頭に血が上った兵士の中には、邪魔になりそうなライバルを背後から撃つ者まで現われ、狂騒状態は指定座標にたどり着くまでにピークに達しつつあった。

 それでもダンジョンの狭い通路の中を全力で飛ばして、なお操作ミスで壁に叩きつけられるような機体がいないあたり、腕前だけは精鋭にふさわしいものがある。

 

 やがて【ナンバーズ】の先頭集団が通路を全力で疾走し、指定座標の大広間の目前へとたどり着く。

 そこは大型の機械式の槍や落石など、さまざまなトラップが随所に敷き詰められた闘技場のような空間だった。

 そしてその奥まった部分に、腕組みをしたシャインが彼らを待ち受ける。

 

 まるで自らのフィールドに侵入する愚者を叩き伏せようとする、闘技場の支配者のような尊大な態度。

 

 

「どうしたの? 早く入ってきたら? ……それとも、トラップが怖いかな?」

 

「ケッ……! 面白れぇ……」

 

 

 前作において、シャインが得意とした戦術。それは“魔王”から仕込まれたゲリラ戦だったという。

 あらかじめトラップを仕込みに仕込んだキリングフィールドに敵集団を誘い込み、単独をもって殺戮の限りを尽くす。

 チームの他の仲間とつるまず、単身にして無双の戦闘術。それは“魔王の寵児”と呼ばれるにふさわしい効率を誇っていたと聞く。

 

 だが、自分たち【ナンバーズ】とて同じ人物の薫陶を受けている。

 何が“寵児”だ。

 もはやそんなものは過去の栄光に過ぎないということを、このフィールドを食い破ることで自分が証明してやろう!

 

 

「ここがテメエの墓場だッ!! シャイイイインッ!!!」

 

「ま、待てッ! ここは……ッ」

 

 

 何騎かのまだ冷静さを残していた者のうち、この部屋が何なのかを知っていた者が仲間に警告を発するが、頭に血が上り切った仲間は聞く耳を持たず広間へと突っ込んでいく。

 

 

「死ねえええッッ!!」

 

 

 先陣を切ってブレードを抜いた1騎の剣閃がシャインを袈裟掛けに斬り裂き、スパークを生じさせる。

 だがそこにはまったくの手ごたえがなかった。

 

 

「……!? ダミーだとッ!?」

 

 

 バチバチと音を立ててシャインの幻影が消え去り、斬り裂かれたウツセミキューブが火花を上げながら床へと落下していく。

 

 

「本物は!? どこに行った!?」

 

 

 慌てて周囲を見渡す兵士たちだが、シャインの姿は大広間のどこにも見えない。

 だがそんなわけはない。ウツセミキューブの有効範囲は長くても可視範囲までのはず。幻影がここにあった以上は、必ず本体も近くにいるはずなのだ。

 

 そうしてシャインを探そうと兵士たちが広間内に散らばり始めた矢先。

 震動と共に床が揺れ、その下からはおぞましい雄叫びが聞こえてきた。

 

 

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』

 

「なっ……モンスター!?」

 

 

 それは見るもおぞましい、無数のアンドロイドのパーツがケーブルによって無理やりにつなげられたかのような、身の丈20メートルもの機械仕掛けの大巨人。

 数十とも数百ともつかないアンドロイドの頭部が呪詛を垂れ流し、その倍の数のカメラアイを侵入者に向けて敵意溢れる視線を送る。

 それが1体ではなく、何体もまとめて地の底から這い上がってきたのだ。

 

 ディミちゃんが見たら失神必至のアンデッドモンスターであった。

 

 

「と……闘技場だ! ここは機械の邪神に生贄を捧げるための祭壇ッ!」

 

 

 設定資料を読んでいた兵士が、闘技場の前の通路で震え声を上げる。

 

 そう、この遺跡はロボット同士の戦闘を何よりの供物とする機械の邪神の神殿。

 であれば、当然あるはずなのだ。生贄となる兵士をロボットに乗せ、怪物と戦わせることを目的とした祭壇が。

 それがこの闘技場だ。

 

 生贄がこの闘技場に足を踏み入れれば、闘技場のシステムは自動的に供物の刈り取り役となるモンスターを出現させる。

 生贄の腕前が高ければ高いほど、出現するモンスターは強力になる。その方が神を喜ばせることができるからだ。

 

 

「逃げろッ! 一度入ったら、一定時間経つまで延々と戦わされるぞッ!」

 

「バカ言うな! シャインがここにいるんだ、逃げられるかよぉッ!」

 

「いないッ! シャインはそこにはいないんだ、いるとしたらとっくにモンスターがシャインに襲い掛かってるだろう!」

 

 

 通路に留まった兵士の指摘にハッと冷静さを取り戻した者が、慌てて闘技場を出ようと入口へと駆け寄る。

 しかし入口に近付いた瞬間、蜂の巣状に組み合わさった電磁バリアが浮かび上がってバチッと音を立てて兵士たちの脱出を防いだ。

 

 

「一方通行のバリア……!?」

 

 

 闘技場は決して一度侵入した生贄を逃がさない。

 生贄が逃げられるとき、それはあてがわれたモンスターを一定時間撃破し続け、試練を乗り越えたときだけだ。

 

 

「や、やべえッ! モンスターが! モンスターが来るッ! 畜生、どうすりゃいい!?」

 

「ど、どうするったって……ま、待て! 今資料を読み込む! 外からバリアを解除できる仕掛けが何か……!」

 

 

 通路に留まっていた兵士が仲間の悲鳴を受けてアーカイブを漁ろうとする。

 そうして外部への注意が逸れたのが、彼の命取りとなった。

 

 

「“スパイダー・プレイ”!」

 

「なっ……!? シ、シャイン……ッ!!」

 

 

 闘技場の通路の横にも設けられていた隠し通路から姿を現わしたシャインが、兵士の機体を掴んで蜘蛛糸で巻き取る。

 

 

「そーらっ、お仲間のところに行っちゃえ♪」

 

「き……貴様ああああああああああっ!!!」

 

 

 蜘蛛糸に包まれた兵士が悲鳴を上げ、なすすべもなくシャインのワイヤーでぶん投げられて闘技場へとエントリー!

 そして新たな侵入者を検知した闘技場のシステムが、新たなモンスターを地の底から召喚する!

 

 

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』

 

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!?」

 

「あ、ちなみに侵入者が増えるたびにモンスターが増える仕掛けだよ。じゃないと楽勝すぎちゃうからね」

 

 

 そう言いながらスノウは再び隠し通路へと身を隠し、【ナンバーズ】全体へと通信を行なった。

 

 

「さあ、早い者勝ちしたお兄ちゃんたちがボクに返り討ちにあって悲鳴を上げてるよー☆ 早く来ないと手柄取られちゃうぞーっ、キテキテ早くぅ♥」

 

「くそおおおっ! 出遅れたっ! うおおおおおおっ、今行くぞっ!!」

 

 

 スノウの煽りと通信から聞こえる仲間の悲鳴を受けて、ますますヒートアップする【ナンバーズ】の後続たちが遅れまいと闘技場へと飛び込んでいく。

 

 

「ま、待てっ! 来るな! これはトラップだ! 来てはいけない!」

 

「トラップだと!? シャインがトラップ使いだなんて先刻承知だよッ!」

 

 

 蜘蛛の巣に絡め取られた兵士が必死にもがきながら警告を発するが、狂乱の最中にある仲間たちは聞く耳を持たない。

 

 

「違う! そうじゃない! 罠なんだ! 来るな、殺される!!」

 

「そう言って手柄を先発部隊で独占しようってんだろ!? そうはいかねえぞ!」

 

「ば……馬鹿野郎どもがーーーーッッッ!!!」

 

 

 悲鳴渦巻く闘技場の様子を物陰から窺ったスノウは、これでよしと満足げに頷いた。

 

 

「これで後はほっといてもほぼ全員闘技場に入って足止めされるでしょ。戦場でパニックに陥ったが最後、それは通信を通じてあっという間に全体に感染するからね」

 

 

 そしてそんなスノウの笑顔を、ディミとメイド隊が引きつった顔で見ていた。

 

 

『ドン引きです……』

 

「げ、ゲリラ戦本当にお得意でござるなぁ……」

 

「どっかの戦場に少年兵として参戦してたのかニャ……?」

 

「してたよ? 『創世のグランファンタズム』って言うんだけどね」

 

 

 けろりとした顔で言うスノウ。

 タマはぶんぶんと首を横に振って、「間違ってもそんなゲリラ兵養成シミュレーターみたいなゲームではないはずにゃ……」と呟いた。

 

 

『それにしても、【ナンバーズ】の人たちって本当にあっけないくらい挑発に乗ってくれましたね。あんなのに苦戦してたんですか、みなさん……?』

 

 

 ディミの視線に潜む色を敏感に察知して、ぶんぶんとミケとタマが首を横に振る。

 

 

「い、いやいや……あれでも腕前はやべーんですよ……」

 

「本当ニャ。マジで強いニャ」

 

「いや、実際強いと思うよ。多分ボクでも正攻法で総攻撃されたらひとたまりもないでしょ。多分ボクよりも戦闘経験積んでる廃人も何人かいるだろうし」

 

 

 そんな【ナンバーズ】の精鋭たちがスノウのメスガキ煽りにホイホイ釣られて自滅したのは、なんといっても彼らに共通する性質が、スノウの他人を怒らせる煽りにピタリとハマったという一点に尽きる。

 

 

「【ナンバーズ】に絡め取られちゃった子って、みんな怒りっぽいのよねぇ~。それこそ人が変わったみたいにすぐカッカしちゃうようになるから、誘導すること自体は難しくないと思うの~」

 

 

 シロはニコニコとそんなことを言う。

 

 

「まあ、それは我等も知っておりましたが……」

 

「ここまで上手に煽って誘導できるのは一種の才能だニャ。相手の一番気にしている部分を刺激して、プライドを逆撫でしてたもんニャ。特に機体の性能で勝ってるんじゃないの?とか、絶対言われたくないもんニャー。よくそんなに相手の気にしてるところを見つけられるにゃあ。フツーの人には真似できないにゃあ」

 

「フフ……それはまあ、観察眼ってやつかな」

 

 

 褒められたと感じたスノウが、嬉しそうに胸を反らす。

 

 

『いやそれはつまりすぐに他人の嫌なところを見つけてくる、すっげえ嫌な奴ってことなんじゃ……?』

 

「ボクを嫌いな人なんているわけないでしょ!? 世界一カワイイのに!?」

 

『でも私……! 人は外見じゃなくて中身だと思うんです……!』

 

 

 こんなシチュエーションじゃなければ感動的なセリフでしたね。

 

 

「さて。じゃあ邪魔者もあらかた排除できたことだし、ボクはそろそろ最深部に行こうかな」

 

 

 スノウの言葉に、メイドたちは姿勢を糺して頷いた。

 

 

「はい~。ご武運を~」

 

「我等は打ち合わせた通りに地上で待っております」

 

「タマたちがいると邪魔だもんにゃ」

 

 

 1騎と3騎に別れた彼女たちは、それぞれの目的地を目指す。

 

 いざ、決戦の地へ。



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第96話 疑惑、その理由

 ブーストを噴かして急速に接近する【ナンバーズ】の精鋭に肉薄され、スノウは煩わしげに舌打ちした。

 

 

「くっそ、こいつ上手いな……! 速い!」

 

『あわわわわ、騎士様!? 大丈夫なんですか!?』

 

 

 スノウの頭の上に乗ったディミが、ハラハラした表情で両手で自分の頬を押さえる。はわわムーブも似合うじゃん。

 

 

「大丈夫かどうかと言われれば、そりゃまずいに決まってるけど……!」

 

 

 スノウは大きく弧を描くように移動しながら加速して振り切ろうとするが、狭い遺跡の中という環境もあってスピードを上げきれずにいる。

 一方で、この状況に持ち込んだ敵機はぴったりとシャインの速度に合わせたまますぐ背後に肉薄していた。

 

 相対速度を限りなくゼロに近付ければ、実弾兵器の射撃偏差もまた限りなくゼロに近付いていく。

 つまり今、敵機がシャインに向けているロケット弾の絶好のカモというわけだ。

 

 

「逃げきれんようだなァ、シャイン!! 動きが止まって見えるようだぞ!」

 

「チッ……!」

 

 

 最深部に続く狭い回廊の中、【ナンバーズ】10位の男がシャインの撃墜を予言する。

 回廊の壁や床に付いた過酷な戦闘跡は、先んじてこの男(ナンバー10)が付けたもの。

 シャインを最深部直前で待ち構えて仕留めようとしたのは、この男だけではない。そうした同じ思惑の僚機のことごとくを、ナンバー10は自らの手で屠った。

 

 ナンバー9に相応しいのはただ1人だけ。

 自分がその座に収まることを阻むのであれば、それは所属するクランが同じだけの『敵』でしかない。

 

 そしてナンバー10はその同胞のオイルで血塗られた手で、最後の敵となるシャインを撃墜すべく狙いを定める。

 

 

「あの方の右腕に相応しいのは俺だ! 有象無象の雑魚でも……ましてや貴様のような部外者でもない! 散れッ、シャイン!!」

 

「ぐうううっ!」

 

 

 【ナンバーズ】の精鋭が至近距離から繰り出したロケット弾を肩に受け、シャインの姿勢が爆風と共に衝撃で大きく揺らぐ。

 体幹を崩したシャインにさらなるダメージを与えるべく、精鋭機はその場から動くことなく同じ部位へと精密射撃を行なおうと砲口を向けた。装甲を打ち抜いた部位に攻撃を重ねれば、ダメージは圧倒的に増える。

 一般のパイロットにとっては離れ業だが、熟練のパイロットにはどうということはない。ましてや【ナンバーズ】の最精鋭ともなれば。

 

 

「トドメだッ!」

 

「…………!」

 

 

 ナンバー10のロケット弾が、ぴったり同じ部位を狙って発射される。

 そのロケット弾頭はシャインのボディへと吸い込まれて行き、興奮と共に見つめる彼の眼には、まるで1秒が永遠に感じるかのようにスローに感じられ……。

 

 いや、違う。

 実際に弾頭の速度が遅れている……!?

 

 

「キミが右腕に相応しいだって? 笑わせてくれるじゃない。よりにもよってぴったり同じ位置に打ち込むおバカさんごときが」

 

 

 遺跡の壁に据え付けられた燭台風LEDライトの光が揺らめくと、シャインの手から放射された無色の蜘蛛糸(スパイダー・プレイ)がキラリと反射して輝いた。

 放出された蜘蛛糸はロケット弾頭を絡め取って静止している。

 

 

「同じ位置に打ち込めば、そりゃ軌跡なんて丸見えだよなぁ!」

 

「ちいッ!?」

 

 

 シャインがすかさず体を起こして態勢を立て直したのを見て取って、ナンバー10が急いでその場を離れて仕切り直そうとする。

 しかし精密射撃のために機体を静止させていたため、ブーストが起動するまでに0.5秒のラグが発生していた。ほんの1秒にも満たない、そして致命的な隙。

 

 

「師匠から何があっても戦場で動きを止めるなって習わなかったのかい? それすら身に付いてなくて、何が右腕だ? 笑わせるなよッ」

 

 

 その隙を突いて、シャインが右腕を後方から前方へと大きく振りかぶった。

 掌の動きと連動して、蜘蛛糸の束が鞭となってしなる。そしてその先端に付着しているのは、先ほど発射されたロケット弾頭!

 

 

「必殺! スパイダー・ハンマー!!」

 

「ごふっ!?」

 

 

 自分が発射したロケット弾を脳天から喰らった敵機が、爆風と共に態勢を崩した。

 

 

「バカな!? そんなアナログな攻撃には照準補正が付かないはず!? ど、どうやって当てて……!」

 

「『前作』にはアナログな攻撃しかなかったよ! 感覚だけで当てることもできないなら、あの人の右腕を名乗るにはまだまだ早いんじゃない!」

 

 

 今度は逆に姿勢を崩した相手に、シャインが急速な加速を付けて肉薄する。

 空中を疾走しながら抜き放った高振動ブレードが青白い光の軌跡を描き、薄暗い回廊を切り裂くように照らした。

 

 

「いざ! 尋常に!!」

 

「……舐めるな小娘がァァァァッ!! 何様のつもりだッッ!!」

 

 

 もちろん相手も黙って斬られるわけがない。同じくブレードを抜き放ち、迫りくるシャインに向かって応戦しようと裂帛の気合を込めて叫ぶ。

 ブレードの2対の青白い軌跡が闇を裂き、激しく円を描くように回転しながら2騎のシュバリエが致命傷を与えるべく剣閃を閃かせる。

 

 

 装甲を貫通する高振動ブレードの前では、すべての一撃が致命傷。

 それを華麗にかわしながらステップを踏み、まるで踊るように円を描く姿こそまさに『騎士の(シュバリエール・)円舞(ワルツ)』。

 

 戦っている間、決して動きを止めてはならない。それはこうして戦う2人のパイロットの共通の師の教えでもあった。

 ピリピリとした緊張感が2人のパイロットを包む。ステップが加速するほどに高まる緊張とテンション。肌がひりつくような死の舞踏。

 動きを止めた瞬間、致命の刃によって命を絶たれるのは自分だ。

 

 だがしかし、共通の師を持つからこそ。

 

 

「何様だって? 決まってるだろ」

 

 

 スノウは背筋を凍らせるような緊張感の中で、口元を歪めた。

 

 

「姉弟子様だよ!! ひれ伏せよなッ!!」

 

「なッ……」

 

 

 不意にシャインのステップのリズムが崩れ、右脚が高く蹴り上げられる。

 その蹴り足が敵機の頭部を捉え、衝撃で機体がよろめいた。

 生まれた隙を逃さず、シャインは無事な左肩からタックルして敵機を押し倒す。

 

「敬意を示せッッ!! キミが下、ボクが上だッッ!!」

 

 

 そう叫びながら、スノウは馬乗りになった敵機の胸部にブレードを深々と突き刺した。

 

 

「ひ……卑怯な……」

 

 

 いかにも騎士然とした剣術による決闘から、突然の型破りな体術で敗北を喫したナンバー10が無念の呻きを上げる。

 機体を起こしたスノウは、最早興味を失ったような表情で薄く笑った。

 

 

「誰が剣術勝負だって言った? 相手に手の内を読まれた時点で負けなんだよ。キミの師匠はそう教えなかったの?」

 

「…………そう、だな…………」

 

 

 そんな降伏宣言を残して、敵機が爆散した。

 スノウが言った通りだった。彼はまだその師の教えの皆伝には程遠い。

 

 そもそもそこまでの境地に至ってれば、とっととナンバー9の座を与えたでしょ。100人近くもガン首揃えてアホなのかな?

 

 

「つつつ……」

 

 

 シャインの右肩が火花を上げ、スノウは苦い顔で損傷個所を見やった。

 右肩だけではない。ここに至るまでいくつもの待ち伏せを受け、そのたびに大なり小なりダメージを受けていた。

 

 

「アレがほしいなあ」

 

『アレって何です?』

 

 

 小さなため息をついてボヤくスノウに、ディミがこきゅと小首をかしげる。

 

 

「ほら、アレ。ミケが持ってた分身の術使えるやつ」

 

「あー、ウツセミキューブですか」

 

「アレがあれば、こうしてわざと右肩を差し出すような犠牲を払わなくて済んだと思うんだよね。アレをぽいぽーいって投げ付けながら戦ったら、相手もダミーに騙されてどれが本物かわからなくなるじゃん?」

 

 

 わざと右肩を攻撃させたのは、そうでもしなければ討ち取れそうになかったからだ。

 【ナンバーズ】の精鋭部隊の腕前は、やはり噂に違わず群を抜いていた。

 

 特に先ほど討ち取ったナンバー10は機体制御も射撃の腕も卓越している。

 剣術の腕もかなりのもので、あのまま斬り合いを続けていれば負けていたのはスノウだっただろう。

 

 相手より技量が劣っているのなら、絡め手で勝利を掠め取るしかない。

 

 

 そんな間一髪の勝利を手にしたばかりだが、スノウは余裕ぶった笑みを浮かべていた。内心ではドキドキと心臓が激しく高鳴っている。

 この子は誰にもナメられたくないのだ。それは病的なまでの本能だった。

 

 だから臆病な本心は、誰にも晒すことはない。

 その危機への優れた嗅覚もまた、病的な臆病さの賜物だとしても。

 

 そうして強がるスノウの肩に座って、ディミはそうですねえと頷く。

 

 

「難しいんじゃないですかね。だってアレ、決まったポーズしか取れないし、その場から動かないんですよ。だから簡単に見破れちゃいますし」

 

「なるほどなあ。一瞬目くらましができるくらいか」

 

「そうですね。今の技術レベルだとそれが限界だと思います」

 

 

 スノウはふーん、と頷きながら機体を回廊の先に進めていく。

 

 

「一瞬だけどっちが本物か迷わせるだけでも強そうだけどなあ。まあ、便利ならみんな採用してるよね」

 

「そのうち技術レベルが上がったら、本当に分身と一緒に攻撃するとかできちゃうのかもしれないですね」

 

「あー、それ面白そうだね。ニンジャ戦法やってみたいなあ。ボクって前作だとスカウトだったし、ニンジャ適性あると思うんだよね」

 

「知ってます? 斥候(スカウト)って偵察するのが役目なんですよ。トラップで敵を皆殺しにするジョブじゃないんです。驚きの新情報ですね?」

 

「それはジョブのポテンシャルを引き出せない奴らが無能なんだよ」

 

 

 そんな軽口を叩き合いながら、スノウは遺跡の最深部へと足を踏み入れる。

 

 果たして、『彼』はそこにいた。

 

 

 邪教の神殿でありながら、それはこれまでの雑多でグロテスクな装飾とは一線を画する静謐な雰囲気が漂う大部屋。

 その最奥に祀られていたであろう機械仕掛けの巨人の残骸の山を踏みつけにして、1騎の赤い機体がシャインに背を向けて立っていた。

 

 

「来たか……」

 

 

 甲虫を連想させるゴツゴツとしたパーツで構成された真っ赤な機体。

 他の機体よりも一回り大きな体躯。

 肩には銀色のペイントで『8』とナンバーが刻まれている。

 そこにいるだけで圧倒的な存在感を感じる姿。カメラアイから滲む威圧感。

 

 シャインのコクピット内で通信ウィンドウが開き、赤い機体のパイロットがスノウを眺めた。

 

 歳の頃は60代ほどの、老境に入り始めた壮年。

 しかしその相貌にはいささかの衰えも感じられず、顔に走る戦傷は歴戦の戦いを潜り抜けてきた古強者を思わせる。

 

 

「お前を待っていた。私の“シャイン”ならば必ずここにたどり着くだろうとな。そしてそれは成された……。やはり貴様は本物の“シャイン”なのか?」

 

「は? ボクに本物も偽物もあるわけないだろ」

 

 

 そう言って、スノウはほんのわずかに膨らんだ胸にパイロットスーツの上から手を当てて、ヘラリと笑った。

 

 

「確かに前作ではそう名乗ってたね。で? そんなおじいちゃんのアバターには見覚えないけど、自分は名乗らないわけ?」

 

「今は『オクト』と名乗っている。だが、前作の名はお前が知っているはずだ」

 

「……tako姉でいいわけ? なんか随分と感じが違うな。なんかずーっと『魔王』モードのノリだけど、普段そんなんじゃなかったでしょ」

 

 

 スノウがそう言うと、オクトは顔をしかめた。

 

 

「いや、お前こそなんだそのアバターは……。なんか2年ほど見ない間に、こう……なんというか、随分と生意気そうな……」

 

 

 そしてしばし言葉を探し、オクトは改めて疑わし気な視線を向けた。

 

 

「お前……本当に私の弟子のシャインか? とてもそうは思えぬのだが」

 

「えっ」

 

 

 【悲報】スノウライトさん、メスガキになりすぎて師匠から同一人物かどうか疑われるwwwwww



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第97話 私の弟子がこんなメスガキのわけがない

「お前……本当に私の弟子のシャインか? とてもそうは思えぬのだが」

 

「ええ……?」

 

 

 疑念たっぷりのオクトの発言にスノウは面食らった。

 

 

「何その質問。ボクがボク以外の誰に見えるっていうの?」

 

「いや、相当キャラが違うと思うのだが……」

 

「全然違ってないでしょ! 元からボクはこんな感じだったし!」

 

 

 スノウが薄い胸を張ってそう主張するが、オクトは目を細めて訝し気に彼女の顔を見つめるばかりである。

 

 

「何故そんなアバターを選んだのだ?」

 

「カワイイからだよ! 見てこの自信作! 世界一カワイイでしょ!?」

 

「…………」

 

 

 度し難い、といわんばかりにオクトは額に手を当ててゆっくりと頭を振った。

 

 いくらなんでもメスガキムーブすぎて以前の面影がなくなってるとか、そんなことある?

 ちなみにディミちゃんはスノウの頭の上で腹を抱えてひーひー笑っている。それだけでは堪えきれないのか、ついでにぺしぺしとスノウの頭を叩いていた。

 

 オクトはサポートAIに頭を叩かれて憮然とした表情を浮かべているスノウを睨み付け、指を突き付ける。

 

 

「私のシャインはもっと素直で純真で、愛らしい少年だった……!」

 

「『ええ?』」

 

 

 突然何を言い出してんだ、という顔でスノウとディミはオクトに視線を向ける。

 オクトはわなわなと手を震わせながら、ぐっと胸の上で拳を握りしめた。

 

 

「人の言うことは何でもよく聞き、いつもキラキラとした尊敬と憧憬の籠った瞳で上位勢を見ていた。それはそれは可愛らしく、教え甲斐のある愛弟子だった……ッ!!」

 

「いやあ、そんな客観的に褒められると照れるな」

 

 

 オクトの人物評を聞き、スノウはえへへと照れ笑いを浮かべる。

 

 

『えっ? 完全に人違いなのでは? そんな人ここにはいませんよ』

 

 

 いくら何でも美化しすぎじゃねーの? という顔でディミが呟くと、ええーとスノウが唇を尖らせた。

 

 

「いるだろ、ここに! ボクだよ! ほら!」

 

 

 両手を広げてアピールするスノウだが、オクトはぶんぶんと頭を振る。

 

 

「違う! 私のシャインはもっと輝いていたッ! なんだその口汚い煽り癖は、まるでエッジのようではないか!」

 

「だってエッジ姉がこうやって煽ったら相手のミスを誘えるって教えたもん」

 

「くそっ、あの陰キャ丸出しの根暗なむっつり淫乱め……! 私のシャインになんてことを吹き込んだ……!!」

 

『その発言も相当口汚いのでは……?』

 

「私は事実しか言っておらん。それが悪口に聞こえるのならば、それは言われた本人が救いようのない悲惨な人格だということだ」

 

 

 恐る恐る口に出したディミのツッコミに、オクトは淡々と呟き返した。

 悲しいなあ。

 

 オクトは大きく息を吸い、意識して自分の心を落ち着かせる。

 この体質になってしまって以来、随分と慣れ親しんできたコントロール術は自分の中の怒りをみるみる鎮めていった。

 

 

「まあ、エッジのことはいい。お前は正真正銘、私の弟子のシャインだと……そう主張するわけだな?」

 

「当たり前じゃん。ボクくらいの腕のプレイヤーがそうそういるわけないだろ」

 

 

 そう言いながら、スノウは腕を組んでふふんと得意げな笑みを浮かべる。

 実際にはここまでの戦いで機体のライフはかなり削られており、満身創痍一歩手前ではあるのだが、そんな内心の不安はおくびにも出さない。

 

 オクトはスノウの言葉に頷いた。

 

 

「確かにな。私の配下を打ち破り、ここまで来た技量……。操縦技術、エイム力、剣術体術時の運、そして何よりも相手を的確に罠に嵌めるその技術。まさしく私の弟子のシャインそのものだ」

 

「でしょ? まあ並みのプレイヤーじゃ100人抜きしてここまで来るなんてできっこないもんね」

 

 

 その言葉に首肯しながら、オクトは指を1本立てた。

 

 

「だが……ただ一つ異なるものがある。その性格は、私の知るシャインではない」

 

「ええー、まだその話するの? しつっこいなあ」

 

『やはり……メスガキすぎたんですね!』

 

 

 うんざりした顔のスノウの頭の上で、ディミがきゃっきゃとはしゃぐ。

 そんなディミの姿に、オクトは静かに片眉を上げた。

 

 

「……エコー?」

 

『?』

 

 

 きょとんとした顔で小首を傾げるディミを見て、オクトは首を横に振る。

 

 

「いや……そんなわけはないか。ともあれスノウライト、まだお前を私のシャインと認めたわけではない」

 

「はぁ。頑固だなあ……ボクがシャインじゃなけりゃ、一体何だっていうのさ」

 

「AIだ」

 

 

 オクトは愛機“虚影八式”のライフルを抜き放つと、シャインに向けた。

 

 

「私はお前がAIではないかと疑っている。私の弟子であったシャインの記憶と知識、技術……それらすべてを継承した人工知能ではないかとな」

 

「はぁ?」

 

 

 思ってもみなかった発言に虚を突かれ、スノウは目を丸くする。

 

 

「なんだそれ。何から何まで既存の人間をコピーしたAIなんて、そんなものできるわけないじゃん」

 

「できる。ある方法を使えばそれは可能だ。既に実例もある」

 

「仮にできたとしても、“7G通信(エーテルストリーム)”は同じ存在が同時にネット上に存在することを許容しないんじゃなかったっけ? “教授”が昔雑談でそんなこと言ってたはずだけど」

 

 

 “教授”、かつて【シャングリラ】のクランリーダーだった人物がティータイムに語った内容を、スノウは懐かしく思い出す。

 

 穏やかな風貌に知的な眼鏡が印象的な、60代ごろの老人。

 彼は時折クランメンバーたちに、雑談とも講義ともつかない話をしてくれた。

 

 この知識もそのうちのひとつ。“魂のID”説。

 意識そのものをネット上に乗せるエーテルストリームは、同一の意識が同時にネット上に存在することを拒絶する。

 誰かがそのように設定したわけではなく、何故かそうなるのだ。

 どのように設定をいじろうと、エーテルストリームは完全にコピーした人格が同時に存在することを許容しない。

 

 “教授”はそれがエーテル通信の絶対の制約であり、人間がただの生体機械ではない証でもあると言った。

 それをもって人間に“魂”という“ID”が証明され、その“ID”を発行した“神”の存在が実証されたと唱える学者もいるのだと。

 

 しかしかつての日々を思い出して少しほんわかとした気分になったスノウとは逆に、“教授”の名を聞いたオクトは露骨に不快そうな表情を浮かべた。

 だがあえてそのことには触れず、スノウの疑問にだけ答える。触れれば自分の感情が暴発する予感がしたのだ。

 

 

「簡単なことだ。シャインの意識をコピーしたAIを作り出し、本物のシャインはネットにつなげないようにしておけばいい。それで問題なくAIは動作する」

 

「……まさかボクが自分を人間だと思ってるAIだとでも? 冗談でしょ」

 

「私は本気だ」

 

 

 半笑いを浮かべるスノウの言葉を否定して、オクトは八式が構えたライフルの照準をシャインの頭部に定める。

 

 

「ネットにつなげない場所に心当たりがないとは言わせん。私たちの故郷は……【特区】はそのための場所だ。本物のお前は今でも【特区】にいるのではないのか?」

 

「……マジで言ってるのか」

 

 

 スノウははぁ、とため息をついて肩を竦めた。

 

 

「何があってtako姉がそんなに疑心暗鬼になったのかは知らないけど、ボクは本物だし、ちゃんとリアルがあるよ。何なら実際に会おうか? tako姉が今どこにいるのか知らないけどさ。まさかまだ【特区】にいるわけじゃないでしょ」

 

「……」

 

 

 オクトはしばし無言でスノウを見つめるばかりだ。

 

 一方、ディミは愕然とした表情でスノウの顔を見た。

 

 

『騎士様……まさか【特区】出身だったんですか……?』

 

「そうだよ。【シャングリラ】は【ネット特区】に存在したクランだ。多分唯一かな」

 

『そ、それはそうでしょうけど。あ……ありえない……。【特区】にありながら最強のクランだったなんて……。あ、でもゲームネタ全然知らなかったのもそれならつじつまが……』

 

 

 ぶつぶつと呟くディミを見て、オクトは人差し指を突き付けた。

 

 

「私の疑念の源の一つが、そのAIだ。そいつは何だ? 何故お前と一緒にいる。ペットに偽装しているつもりだろうが、私の眼は誤魔化せんぞ」

 

「何って……サポートAIだけど? チュートリアルから連れてきたんだ。ボクの今の相棒だよ」

 

『どうも、相棒です! ディミちゃんって気軽に呼んでください! ちゃんは付けてね!』

 

 

 体のサイズの割に豊かな胸をぷるんと揺らして、ディミがえっへんと胸を張る。

 

 

「は……? チュートリアル……?」

 

 

 予想外の言葉にオクトは困惑を浮かべたが、小さく頭を振って再び険しい眼差しで2人を睨み付ける。

 

 

「まあ出所はどこでもいい。そのサポートAIとやらが、お前というシャインを模したAIの出来を間近でモニターしているのではないか?」

 

「疑い深くなったなあ。モニターするって……。そもそも誰が何のためにボクの偽物なんて作るのさ」

 

「無論……“ヤツ”だよ。答えろ、AI。貴様の主は“強欲(グリード)”か?」

 

 

 銃口をシャインのコクピット、よりはっきり言えばディミに突き付けるようにして尋ねるオクト。

 尋問されたディミは、目を丸くしてぶんぶんと頭を振った。

 

 

『“強欲”!? いえ、全然関係ないです! 私はGMに生み出されたチュートリアル用のちんけな量産型プログラムですし! ええ、何か企むとか騎士様を監視するなんてとてもとても! えへへ!』

 

「なんか否定すればするほどそうですって言ってるみたいに聞こえるんだけど……。ねえ、このやりとり意味ある? そうであろうがなかろうが、どっちみち同じこと言うと思うよ。もちろんボクもだけど」

 

 

 まったくもって正論であった。

 

 

「そうだな」

 

 

 オクトも小さく頷き、目をつぶる。

 そして数瞬の後に目を見開き、殺意をみなぎらせた眼差しでシャインを睨み付けた。

 

 

「貴様が私のシャインなのかどうかは、殺してみればわかることだ」

 

「うわぁ……出たよ。tako姉お得意の戦闘狂(ウォーモンガー)理論」

 

「戦闘にはその者の本質が滲み出る物だと教えたはずだ」

 

 

 そしてオクトは機体の脚を開き、銀翼を展開させて覇気を放出する。

 赤い機体の背面に展開する漆黒の翼からは、まるで世界を侵すかのように闇色の粒子が迸る。

 その威容はまさに“魔王”の二つ名に相応しく。

 

 

「さあ……かかってくるがいい、スノウライト! 貴様を殺して皮を剥ぎ、その魂を検分してやろうッ!!」

 

「え? やだよ」

 

 

 そう言い捨てて、オクトに背中を向けて全力で逃げ出すシャイン。

 そのコクピットの中ですてーん!!とディミが派手にズッコケた。

 

 

『魔王から逃げてんじゃねえええええええ!!!』



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第98話 魔王と勇者は剣を交えず

 オクトはスノウが背中を向けてすたこらさっさと逃げ出すのを呆然とした表情で見ていたが、やがてこめかみに薄く青筋を浮かび上がらせながら叫んだ。

 

 

「おい! どこに行くつもりだ! さっさと戻って来い!!」

 

「やーだよー。今日はもう遊び疲れたから帰るね」

 

 

 みるみる回廊の先に遠ざかっていく機影のコクピットから、スノウはへらりと笑い返してくる。

 オクトは通信ウィンドウに顔を寄せてギロリと睨み付けた。

 

 

「……!? 馬鹿者、何のためにここまで来たのだお前は! 私と戦うためだろうが! 逃げるのか!?」

 

「ううん? 【ナンバーズ】のボスがtako姉なのか確認するためだよ。いやーtako姉も元気でやってるようでよかったよかった。じゃあ用事は済んだし、ボクはこのへんで失礼するね♪」

 

 

 クスクスと笑いながらそう言い放って一方的に通信を閉じたスノウは、さてどうするかなと呟きながら機体後方のカメラをチェックした。

 高速で曲がりくねった回廊の中を飛行しながら、背後にも目を向けるのはなかなかの高等技術だ。

 

 そんなスノウに、ディミは不思議そうな顔を向ける。

 

 

『騎士様、逃げちゃって本当にいいんですか? 強い相手と戦いたいって言ってたし、あの方は絶好の相手なのでは?』

 

「何言ってるの、もちろん戦うつもりだよ?」

 

『えっ、じゃあ何で逃げてるんです?』

 

 

 きょとんとするディミに、スノウは呆れたような顔になった。

 

 

「あのさあ、ボクの師匠だぞ? 当然あの部屋にはトラップが満載に仕掛けてあるに決まってるじゃないか。ボクが誰からゲリラ戦術を学んだと思ってるんだよ」

 

『あ……! じゃあ、あのまま部屋に突入したら……』

 

「間違いなく隠してある砲台や爆弾で吹っ飛ばされるね。ボクならそうする。師匠だって絶対にそうする。あの部屋はとっくの昔にボクを始末するためのキルゾーンだ。その証拠にまだ追ってこないだろ?」

 

 

 ディミは後方のカメラを恐々と眺め、おお……とため息を吐いた。

 

 

『な、なるほど……! 確かにまだ追ってきませんね……』

 

「でしょ? 少なくとも相手の土俵で戦うのはナシだ。こっちに有利な条件か、せめて五分でなきゃやってられるか」

 

 

 ただでさえ相手の方が技量が圧倒的に上なのに、という呟きは口の中に留めた。

 技量で劣っているのなら、頭で補うほかない。見方によっては卑怯であるとも言えるが、少なくとも“シャイン”の師匠はそれで良しと教えた。

 

 再び通信ウィンドウが開き、オクトが先ほどよりも濃くなった青筋を額に刻みながら口を開く。

 

 

「早く戻って来い、シャイン。これが最後通牒だ」

 

「嫌だよー。ボクもう地上に戻って、【シルバーメタル】の連中倒すから。それでこの戦闘も終わりだし。連戦に次ぐ連戦で疲れたんだよね、早く終わらせてシャワー浴びたーい」

 

 

 ヘラヘラと笑うスノウに、オクトが鋭い眼光を向ける。

 ナチュラルなメスガキぶりが心底カンに障ってるんですね、わかります。

 

 

「なるほどな……。だがお前の言うとおりに【シルバーメタル】を全滅させたところで、雇い主(ペンデュラム)の名声が墜ちるだけだぞ? それは都合が悪かろう。さあ、ここに戻って来い」

 

「それね。さっきから思ってたんだけどさあ、逆なんだよね」

 

「逆だと?」

 

 

 眉間のシワを深めて訝しがるオクトに、スノウは片方の眉を下げて笑う。

 

 

「ボクと戦いたいのはtako姉の方だろ? こんな大掛かりな作戦まで立てて、100人以上の人間を動かしてさあ。だったら言うべきは『私と戦え!』じゃないよね? 『何でもしますから私めと戦ってください、お願いします』でしょ?」

 

『うわ……』

 

「どっちの立場が上か考えてよ。ボクの方が上なんだから、それ相応の礼儀ってものがあって当然だよね! さあ、どうしたの? ボクにお願いしてみなよッ!」

 

「………………」

 

 

 居丈高に言い放ったスノウに、オクトは黙り込んだ。

 

 怒りのあまりに言葉を失っているようだ。

 しかしその眼光はギラギラと輝き、頭髪は天を衝かんばかりに逆立っている。

 通信ウィンドウ越しに相手に触れられるのならば今すぐにでも首を絞めて殺しにかかりそうな殺気が迸っていた。

 

 しかしオクトはふうと息を吐き、その怒りを飲み下す。

 あまりにも荒々しく御しがたい宿業(カルマ)と付き合ってきた彼だからこそ、それを御す方法も身に付けていた。

 

 

「私を怒らせようとしても無駄だ。私の部下どものように安い挑発に乗ると思わないことだ。どうやら口だけは上手くなったようだが、中身は何ひとつとして成長していないようだな。それともやはり上辺だけのデッドコピー(AI)という証拠か? あまりにも浅はかだ」

 

 

 冷静にそう返すオクトに、スノウは頷いた。

 

 

「そうそう、tako姉の部下だけどさ。あいつら雑魚すぎない? 揃いも揃ってヘタクソばっかだったよ。こんな有象無象にボスでございってあぐらかいてるなんて、まさかボスはtako姉じゃないのかも? って思っちゃったもん。そりゃ顔を見て確かめないとなってなるよねっ。いやーでもtako姉で安心したなぁ」

 

 

 ビキッとオクトの額に再び青黒い血管が走る。

 まるで冷静さの仮面にヒビが入るかのような光景に、見守るディミがヒヤヒヤした。仮面の下にはどんな憤怒の相が潜んでいるのか。

 

 

「強がりはよせ。お前程度の力量では正面から戦って勝てるわけがない。前作でのトップクランのプレイヤーに匹敵する腕前の猛者ばかりだ」

 

「えっ、それなのにボクの口先三寸に負けちゃうなんて大丈夫? 取りまとめてるボスの教育が悪いんじゃないの? 管理能力疑っちゃうなあ。トップがダメだとどんなに優れた資質があってもダメになっちゃうもんね」

 

 

 真っ黒な殺意と共にビキビキと顔中に浮かぶ血管を何とか宥めようと、オクトは静かに深く息を吸い込んだ。

 何とか自分の土俵に持ち込もうと必死ですねオクトさん。そりゃだだっ広い部屋中に罠を仕掛けるのに手間暇掛けたもんね。

 

 

「確かにそうかもしれんな。だがいいか、だからこそこのクランにはお前が必……」

 

「ところでそのアバター、自分で作ったんだよね? なんか意外とtako姉っておじいちゃん好みだったんだなあ。でもあんまセンスよくないよね。もうちょっと盛ってもよかったんじゃない? 特に髪の毛とか」

 

 

 そう言ってスノウは自分の額に手をかざして、クスクスと笑いながら上下に振った。

 

 

「前髪スカスカ♥ かわいそー♥」

 

「貴っ様ああああああああああああッ!!!」

 

 

 目から真っ赤な光を放ちながらオクトが吼え、“虚影八式”を急発進させた。

 

 

「それが師匠に向かって言う言葉かああああああああッッッ!!!」

 

「あは、怒った怒った♥」

 

 

 きゃはははと笑いながら、スノウは機体の速度を少し上げた。これで制御できるギリギリのスピードだ。それ以上出せば、さすがに壁にブチ当たる。

 シロにもらったMAPを横目に、先の地形を把握しながらの曲芸飛行。

 

 だがそれでも感じる。

 背後から凄まじい速度で殺意の塊が迫ってきているのを。

 

 

「……捕まったら秒で八つ裂きにされそうだな」

 

 

 音速での峡谷飛行すらこなすスノウが機体制御できるギリギリの上限を、さらに上回る速度で赤い鬼神が追いすがってくる。

 

 パイロットスーツの背中が冷や汗でびっしょりと濡れているのがわかる。

 第7通信網では意識をそのままネットにつなげているが故に、感情の変化がアバターにもダイレクトに反映される。

 

 きっとリアルの背中も汗でぐしょぐしょだ。

 さっきの煽りではないが、それこそ終わったら速攻でシャワーを浴びなければ夏場といえども風邪をひくかもしれないな、とスノウは思う。

 

 

『騎士様、スピード出しすぎではっ!?』

 

「怖けりゃボクにしがみついてなよ!」

 

 

 最深部に至るまでの経路をありったけの超高速で逆走。

 立ちはだかった敵との死闘を潜り抜けた小部屋を抜け、ギミックによって隠された通路を駆け、ただマップを頼りに必死で走り抜ける。

 

 

==============

==========

======

 

 

 一方、オクトはそんなスノウを血走った目で追いかけていく。

 こちらも少しのミスが壁への激突につながるほどの際どい機体制御をこなし、全力でスピードを出している。

 だがオクトの方がスノウよりも確実に早い。

 

 それは技量の差だけではない。

 スノウの機体(シャイン)は現在市場に出回っている最高品質相当のパーツを組み合わせたバーニー謹製の出来だが、オクトの機体(虚影八式)に使われているパーツの品質はさらにその上を行く。

 

 オクトは【ナンバーズ】というトップクランを組織して、現在狩れるレイドボスというレイドボスを狩り尽くした。その機体に使用されるパーツのクオリティは、市場に流通する最高品質を凌駕している。

 

 腕が四本あるのかというほどの驚くべき精度で機体を保ち、オクトはじわじわとスノウとの距離を詰めていく。

 

 

「このペースなら追いつける……が、まだ時間がかかるか」

 

 

 初手のやりとりの間に稼がれた距離(アドバンテージ)が響いていた。

 

 しかしオクトは怒気に脳髄を支配されながらも、それでもまだ冷静さを失ってはいない。

 

 こうなるかもしれないと予想はしていた。どうせ自分が仕掛けた罠に飛び込んでくれないのなら、追いかけて仕留めるほかないのだ。

 

 やはり“シャイン”はよくわかっている。理想の生徒だ。初めての弟子ではあったが、ここまでの逸材は100人以上の弟子をもっても他にいない。

 教えたことはどんなことでも、スポンジが水を吸い込むように学習した。

 いや、教えたことだけでなく、takoという存在をよく理解していた。

 

 あれに比べれば以降にとった弟子などまさに有象無象。どうして彼らは教えたとおりのことをそのままできないのか、いつもイライラさせられていた。

 

 取り戻したい。自分の掌中に取り戻さなくてはいけない。

 自分の右腕はやはり“シャイン”が一番だ。ナンバー9は“彼”のための空座なのだから。

 

 

「だが、それも本物ならばの話だ」

 

 

 十中八九そうだ、ともう一人の自分は言っている。

 しかしその振る舞いが彼の知っている人品とはあまりにも違いすぎる。

 

 “シャイン”はもっと礼儀正しく、素直で、控えめで、穏やかだった。

 断じてあんなカンに障る声色で嘲り嗤う無礼なクソガキではない。

 

 偽物なのか、あるいは2年という月日が人を変えたのか。

 

 

「だが……変わったのなら私もそうだとも」

 

 

 自分は変わった。

 もう優しく面倒見が良い、年下に慕われるネットカフェの店長ではない。

 人を支配し、束ねる力……組織の長としての地位を手に入れたのだ。

 

 

「お前たち! もうゲームは終わりだ! 【ナンバーズ】の長として命令する、総員をもってスノウライトの前に立ちはだかれ! ただし撃墜はするな、トドメは私の手で刺す!」

 

 

 オクトは【ナンバーズ】の配下に通信を送る。

 しかしいつもなら聞こえてくる「アイ、サー!」の返答がない。

 

 

「……どうした!? 復唱しろ!」

 

「で、できません」

 

「何だと!? 何を言っている!」

 

「敵との戦闘中です! 身動きが取れません!」

 

 

 ……“敵”!?

 敵とはなんだ? 誰が自分たちの邪魔をしている?

 

 

「何が起こっている……!?」

 

 

==============

==========

======

 

 

「こいつで最後の1匹だッ!!」

 

 

 闘技場に閉じ込められてモンスターとの戦闘を強要されていた【ナンバーズ】の精鋭たちは、最後の巨大アンデッドの頭部にビームライフルを叩き込んだ。

 

 

『OOOOOOOOOOOO……』

 

 

 無数のアンドロイドのパーツから成る骸の巨人は無念そうな叫びを残して、ガラガラと瓦解していく。

 無尽蔵に出現していたアンデッドたちだが闘技場の制限時間が迫ると共に再出現(リポップ)しなくなり、最早これが最後の1体となっていた。

 

 

「ヒャッホー!! ざまあねえぜモンスターどもがよぉ!!」

 

「こんなもんで俺たちを殺れると思ったら大間違いだぜ、メスガキが!!」

 

 

 アンデッドを狩り尽くした【ナンバーズ】の生き残りたちは喝采を上げる。

 だがその中の最上位の位階を持つパイロットが、眉をひそめてたしなめた。

 

 

「盛り上がってる場合か。すぐにスノウライトを追うぞ」

 

「ちょっとくらい勝利を祝ってもいいじゃないッスか。何人か殺られましたが、俺らの勝ちですよ。歯ごたえがある敵でしたが、いい素材もドロップしてますし」

 

「馬鹿、敵の罠にかかった失態だぞ。すぐにスノウライトを追わなけりゃ、ボスにどんな目に遭わされるか……!」

 

 

 その言葉に、生存者たちは顔を真っ青に染める。

 

 

「あ、ああ……ボスはおっかないからな……」

 

「ボス直々のしごきともなりゃ……そ、想像したくもねえ」

 

 

 彼らのボスであるオクトは、失態をしでかした者に容赦しない。

 必ず凄惨な懲罰を加えるのだ。

 

 具体的には彼と一対一での戦闘をさせられる。

 そして何度も何度も、どこがなっていないのかを指摘しながら撃墜してくる。

 血反吐を吐き、精神が屈服するまで……いや、屈服しても、それは止むことはない。心から懇願しても決してオクトは止めない。

 心が折れそうだ、どころではない。完全に叩き折る。

 そして配下たちは恐ろしいボスに改めて服従を誓い、恐怖と絶望が混じった畏怖の念を新たにするのだ。

 

 ちなみにオクトはこれを愛の鞭だと思っている。

 懇切丁寧にどこが悪いか手取り足取り実践的に指摘してあげているのだから、これ以上の教育があろうか。こうして愛情をかけて育てることで、次こそ失敗しない有能な人材になる。

 

 そう、この手法に間違いはないのだ。

 だって最初の弟子のシャインはそれで立派に育ったから。

 

 

「恐ろしい方だ……他人の心を折り、恐怖を刻みこむことで支配する。あの御方に抗える者なんているのか」

 

「ああ……まさに“魔王”の名に相応しいぜ……」

 

 

 そしてオクトの思いは部下たちにこれっぽっちも伝わっていなかった。

 お前の想いは重過ぎるよぉ。

 

 だがそれはそれとして、部下たちへの統率と育成という点においては非常に役立ってはいる。

 

 

「さあ、行くぞ! ボスに何度も殺される前に、俺たちの手でスノウライトを殺るんだ!」

 

「おおーーーーっ!!」

 

「スノウライトを倒して、俺がナンバー9だッ!!」

 

 

 恐怖にかられながら威勢を上げた【ナンバーズ】の精鋭たちは、勇んで闘技場を飛び出そうとバーニアを噴かす。

 

 だがその矢先、先頭の1騎が回廊の外から飛んできた銃弾によって爆散する。

 死闘の後で気が緩んでいたのか、元からモンスターたちとの戦闘で傷付いていた機体はあっけなく破片を撒き散らして撃墜された。

 

 

「な……!?」

 

「おっと、いけない。つい倒してしまった。足止めしないといけなかったんだな。次からは気を付けねば」

 

 

 そう言いながら、巨大なロケットランチャーを構えた機影が姿を現わす。

 全身を銀色に輝かせた、威容たっぷりのシルエット。

 一度見たら見間違えることはない、バリバリッと太い線で構成されたデザイン。まるで40年ほど前、00年代に一世を風靡したアニメのロボットのような。

 

 

「“銀星剣(シルバースター)”ッ!」

 

「フッ……地に巨悪のある限り、正義の魂が抗えと叫ぶ。天より舞い降りし銀の剣、“銀星剣”義に依りてここに見参!」

 

 

 びしっと勇者系ロボットアニメのように決めポーズを取りながら、【シルバースター】のエース、レイジは不敵に笑った。

 

 

「てなわけよ。ここからは俺たちがお相手しよう」

 

「馬鹿! お前らが戦ってるフリするのは、地上の下っ端どもだけでいいんだよ! 誰が精鋭部隊を本当に撃墜しろと……」

 

 

 思わずそう叫びながら、精鋭兵の頭の中で警鐘が鳴る。

 おかしい。おかしいぞ。

 こいつらがここにいるわけがない。

 

 

「何故、俺たちがここにいることを知っている? まさか……」

 

「察しが早くて助かるよ。悪者がここにのさばっていると教えていただいてね。それもとびっきりの強敵ばかりだ、それじゃ一戦やらせてもらおうかとなってな」

 

 

 そう告げるレイジの背後から、ぞろぞろと【シルバーメタル】の機影が姿を現わす。

 

 

「たぎってきたねえ……面白い試合ができそうじゃないか」

 

「ワシにも獲物を残しておいてくれよ、レイジさんや」

 

「フォッフォッフォ、ゲームは若いモンだけの趣味じゃないぞい」

 

 

 血気盛んなハッスル老人たちが、殺る気満々でカメラアイをぎょろつかせる。

 

 

「……な……! まさかお前たち、ペンデュラムに寝返ったのか……!?」

 

「まあね。少なくともお偉いさんの言いなりで戦ってるフリするよりは、楽しい気分になれそうだ」

 

「馬鹿が! 知っているんだぞ、お前たち行き場のないジジイどもの数少ない就職先だろうが! トシ食った身空で放り出されて、路頭に迷っても知らねえぜ! 後悔するんだな!」

 

「おやおや若いのに親切だね。ジジイの生活の心配までしてくれるたぁな」

 

 

 そう言いながら、レイジは白銀色のロケットランチャーを構えて笑った。

 

 

「だがお前さんたちが今心配するべきは、ボスからのお仕置きだろうよ。さあ行くぜ、ガキども。生まれたときからゲーマーやってる老兵(ベテラン)の年季ってものを教えてやるよ!!」

 

「この死にぞこないどもがああああッッ!!」

 

 

 砲火が交わり、機影が(はし)る。

 

 遺跡の奥、深い闇の底で、誰にも語られることのない勇者たちの戦いが始まる。



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第99話 じょうずに運転できるかな?

 通信越しに聞こえてくる部下たちの悲鳴と怒号を通信ごとぶった切って、オクトは舌打ちした。

 

 

「どいつもこいつも使えん……! やはり【シャングリラ】の他に信頼できる人材などおらんな」

 

 

 7人の上位メンバーのうち、誰か1人でも自分についてきてくれていれば。

 いや、いっそ上位メンバーでなくてもいい。数十人の構成員のうち誰か1人でも残っていれば、ここまで苦労をすることもなかっただろう。

 

 当時の【シャングリラ】と渡り合っていたゲーマーをかき集めて教育を施し、時には海外で戦闘機を乗り回していた元軍人に自ら指導をつけすらしたが、どれもこれもオクトが期待する水準には届かなかった。

 

 オクトの要望を満たす人材とは要するに【シャングリラ】のトップ7に匹敵するプレイヤーであり、いずれ劣らぬ超人じみたプレイスキルと悪辣な戦術眼を有するモンスターである。

 そんなものがそうそう培養できてたまるかよ、バイオハザード起こるわ。

 

 しかしシャインとかいう最初の成功例がいる以上、オクトは自分の育成法が正しいと信じて疑っていない。ぶっちゃけ世界がバグって生まれてしまったイレギュラーの可能性が極めて高いのだが。

 

 あれから有望そうなゲーマーや軍人を100人以上も弟子に取り、シャインより優れたプレイヤーを生み出そうと血眼になったが、未だにその試みは成功していない。

 だが、その努力も最早必要ない。

 

 オクトは全速力で逃げていく機影を見据え、身を乗り出しながら吼える。

 

 

「シャイン……お前さえいればいい!」

 

 

 最初に作った完成品さえ手中にあれば、それ以降に量産された失敗作などただの使い捨ての道具にすぎない。

 

 

「私の元に戻るのだ、シャイン! 私のナンバー9(右腕)にしてやる!!」

 

 

『何か言ってますよ、騎士様!?』

 

「知らないよそんなこと!」

 

 

 背後から凄まじい速度で猛追してくる機体からの通信にディミが反応するが、全神経を逃走と機体制御に割り振っているスノウにはただのノイズでしかない。

 

 

『わーっ!? 前、前! 騎士様、当たるッ!』

 

「当たらないからちょっと黙ってて!」

 

 

 今も回廊のど真ん中に設置された円柱が機体に接触するスレスレでかすめていき、ディミはヒュッと息を飲んだ。

 

 ちなみに内心でビビっているのはスノウも同じである。

 よりにもよってこのダンジョンは回廊のあちこちに柱やら石造やらが設置されており、その隙間を縫って全力で飛行するのはとんでもない危険行為だった。

 高速道路で大型トラックの群れをすり抜けながら全力で飛ばす方がまだ簡単だろう。

 

 それを潜り抜けるスノウは大したものだが、それをさらに上回る速度で追いかけてくるオクトはより異常であった。

 先ほどスノウが機体をかすった柱を悠々と避け、緻密なスラスター制御をもってより安定した加速をかけてくる。慣性が完全に再現されたこのゲームにおいては、スラスターをより上手く制御できる者ほど障害物レースで速度を出せるのだ。

 

 常人の限界をたやすく超えた機体制御を見せつけるオクトの姿に、ディミは引きつった悲鳴を漏らす。

 

 

『嘘でしょう!? あの人の反射神経とバランス感覚どうなってるんですか!? 私たち、なんでこんなところでレースなんてしなきゃいけないんです……!?』

 

「ボクが知るか! ただまあ……相手の方が難易度が高いのは確かだけどねッ!」

 

 

 そう言い放ちながら、スノウはスイッチを起動させた。

 

 その瞬間、先ほどスノウがかすった柱の裏に設置された炸薬が大爆発を起こす。

 

 

「むっ……!?」

 

 

 タマから借り受けた爆破工作用の炸薬が、オクトの機体に爆風を巻き起こして襲い掛かる。

 岩盤をも破壊する威力を持った爆薬である、至近距離で爆風を受ければいかに最高級パーツでビルドした機体であってもひとたまりもないはずだ。

 

 背後に巻き起こる爆風を見て、ディミはグッとガッツポーズを取った。

 

 

『やったか!?』

 

「やれるわけないんだよなあ」

 

 

 スノウはまったくスピードを落としてはいない。

 そしてその言葉通り、爆風の中からほぼ無傷の虚影八式が先ほどとまったく変わらない速度で飛び出してきた。

 

 

『全然効いてない!?』

 

「ボクの師匠だぞ、あの程度のトラップで死ぬわけないだろ!」

 

『なんだその説得力があるのかないのかわからない理屈!?』

 

 

 機体の中で揉める2人を、オクトはギラギラと燃える瞳で見つめる。

 ニィッとごく自然に口元が歪んだ。

 

 

「シャイイイイイインッ……! お前が罠を仕掛けていることなど先刻承知よ。相手を自分のキルゾーンに引きずり込む、私が教えたとおりの戦い方だ。そうでなくてはなぁ……!」

 

 

 愉悦とも怒りともつかない、まるで地獄の底から響いてくるような身震いのする声色だった。

 

 

「それにわざわざ乗ってやったのだ、爆薬ごとき並大抵のトラップで私を倒せると思うなよぉ……!」

 

 

 そう言いながら、オクトは銀翼の間から取り出した大きなシールドを構えたまま再加速した。

 対衝撃性能が付与されたシールドは、爆風の方向に的確に向けることでダメージを激減させることが可能である。

 

 

『対爆シールド!? なんであんなもの持ってるんです!?』

 

「そりゃボクが爆破するのを見越してたに決まってるじゃん。個人メタくらいするでしょ」

 

『爆破が個人メタ……? 前作で何やったんですか貴方』

 

 

 その2人の会話を聞いているのかいないのか、オクトは愉しそうに大声で笑う。

 

 

「さあ次は何を仕掛ける? どの罠をもって私を襲う? 爆弾か? スパイクか? 矢か? 崩落する天井、隠し砲台、落とし穴、モンスター、何でもいいぞ! 私にお前がシャインである証を見せてみろおおおぉぉッッ! アーハハハハハハッハァッ!!」

 

『めっちゃノリノリじゃん……』

 

 

 ドン引きした顔のディミに、スノウはこともなげに呟く。

 

 

「ちなみに多分あれ全部、ボクがあの部屋に踏み込んだときに師匠が仕掛けていた罠だと思う」

 

『ヒエッ』

 

 

 高すぎる殺意にディミは最早言葉もない。

 お互いに相手を殺すことだけを全力で考える師弟関係とは一体。

 

 

『もうちょっと仲良くできないんですか……?』

 

「? 今まさに和気あいあいと交流してるところだけど?」

 

仲良死(なかよし)かよ』

 

 

 血なまぐさい戦場で結ばれた師弟関係であるからこそ、その交流は死闘という形でしか結実しないのか。世の中には戦うことでしか示せない師弟愛もある……!

 

 いや、そんなわけねーだろ。

 単にこいつらが救いのない戦闘狂なだけであった。

 

 

「シャインッ! AIとイチャつくのはやめろ! 今戦っているのは私だぞッ!! 私だけを見ろーーーッッ!!!」

 

 

 ほら、弟子との死闘に水を差したから師匠がヒートアップしてライフルを抜いて狙撃態勢に入っている。

 普通移動しながら狙いを付けて射撃するなどそうそう成功するわけもないが、そこを平然とこなせるからこそ化け物である。

 

 ライフルの砲口から噴出したレーザーが、大気中のオゾンを焼きながらシャインに向けて迫る。

 

 

『わーっ! 撃ってきた撃ってきた!!』

 

「わかってるよ、獲物が背中向けてりゃ普通撃つだろ!」

 

 

 スノウはディミが叫んだと同時に勢いよくレバーを倒し、それまで左右に不規則に揺らしていた軌道から大きく外れた動きを取った。

 

 間一髪で直撃を免れたレーザーがジュッ!! と音を立てて右肩の塗装を焦がし、残り少ないHPゲージをさらに削っていく。

 そのゲージ残量を横目に、スノウは舌打ちした。

 

 

「チッ、今の回避軌道でも当ててくるのか……!」

 

 

 左右に不規則に機体を揺らしていたのは、当然後方のオクトからの狙撃を避けるためだ。この不規則回避には相当自信があったが、ディミが悲鳴をあげて警告しなければ直撃されていた。

 つまりオクトはスノウが施した不規則な回避軌道すらも読み切って狙撃してきたということになる。

 

 

(ディミが悲鳴をあげなければ今の一撃で勝負がついていたかもな)

 

 

 そう思いながらちらりとディミを見上げると、当の本人は自分の警告のおかげで避けられたということに気付いてもいないらしく、はわわわわと震えている。

 

 

『わぁーん! もうダメだー! あの鬼みたいな化け物に撃たれてここで死ぬんだー!!』

 

 

 その醜態を見て、スノウはニヤリと唇の端を歪めた。

 ディミの慌てぶりのおかげで、ちょっと冷静になれた。

 

 後方でライフルを構えたオクトは、再び不規則な軌道で回避するシャインをじっと睨んだまま銃口を向け続けている。すぐに撃ってこないのは、シャインの『自分では不規則なつもりの回避軌道』の中の規則性を読み取ろうとしているためか。

 

 

 ……彼女の悲鳴のおかげで先ほどの狙撃は避けられた。

 ということは、『ディミにはオクトの攻撃の前兆が読み取れた』ということだ。

 

 

「いいね、ここに来て悪くない」

 

 

 そう呟きながらスノウは愛用のレーザーライフル“ミーディアム”を抜いた。

 主人の行動を見て、ディミが目を剥く。

 

 

『お、応戦するつもりなんですか!?』

 

「そうだよ。じゃないと一方的に撃たれてゲームオーバーだからね」

 

『無茶ですよ! 高速で前方から迫る障害物を避けながら飛行して、さらに機体制御もして、さらに追いかけてくる“凄腕(ホットドガー)”と銃撃戦なんて! 人間は前か後ろのどちらかしか見えないんですよ! 不便な生き物ですね! 可哀想!!』

 

「うんうん、AI様はすごいね。高性能な知性体だね。じゃあそんなハイスペックなAIちゃんにちょっと聞きたいんだけど」

 

 

 混乱してあらぬことを口走るAIに、スノウは尋ねた。

 

 

「前方の障害物を避けながら飛行するのと、後方の師匠と銃撃戦をするの、どっちを担当したい?」

 

『は?』

 

 

 ありえない質問に一瞬ディミは目を丸くする。

 

 

『……何をおっしゃってるんです?』

 

「いや、前方の回避と後方の銃撃戦を同時にこなすのは無理だって自分で言ったじゃん。じゃあどっちかディミが担当してサポートしてくれるよね?」

 

『む……無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ィィィ!!!』

 

 

 ディミは後方カメラからの映像越しに濃密な殺気を叩き付けてくる赤い鬼を指さして悲鳴を上げた。

 

 

『あんなのの相手なんてできるわけないでしょ! 完全に人間の領域を踏み越えてるバケモンじゃないですかアレ!』

 

「じゃあ前方の回避がいいか。そうだね、ボクもそう思ってたんだ。この気の合い方、ボクたちやっぱり相棒だね!」

 

『ざっけんなあああああ!! できてたまるかそんなもん! 私オートパイロットのために作られたAIじゃないんですけどぉ!?』

 

 

 無理難題をふっかけられて喚くディミを不思議そうに見上げて、スノウはちょこんと小首を傾げた。

 その邪気のない仕草に、ディミは戦慄した表情を浮かべる。

 

 

『なんだその心底不思議そうな顔……。サイコパスか……!?』

 

「だってディミはボクが前に音速で峡谷飛行したのも、今だってボクが高速で障害物避けるのも間近で見てんじゃん。ディミもAIなんだし、学習機能くらいあるでしょ? じゃあそれくらいもう覚えてて当然だよね?」

 

『なんだその“門前の小僧習わぬ経を読む”みたいな理屈……!? 見ただけで実演できてたまるかぁ!!』

 

「え? できないの? 普段から自分のこと高性能って言ってるくせに意外とポンコツなんだね」

 

『あ゛? 今なんつったぁ!?』

 

 

 メスガキにナチュラルに煽られたディミは、ビキィとこめかみに青筋を立てた。

 

 

『私のことポンコツって言いました!?』

 

「えー、だってMAPがあるからどこに障害物があるかも、自分で爆弾仕掛けた場所だってわかってるんだよ? それこそ人間のボクの記憶なんかより明確じゃん? それで避けられませんとか……フフッ。何のためのサポートAIなの?」

 

『チュートリアルのためなんですけどねぇ、本来は!!』

 

「でも今はボクのためのサポートAIでしょ? じゃあできるよね! それとも……やっぱりボクの真似とか無理ですぅって泣いちゃうダメダメAIちゃんなのかな?」

 

『できらぁッ!!!』

 

 

 えっ!? 操縦とか初経験なのに接近する障害物を避けながらの超高速飛行を!?

 

 

「その言葉が聞きたかった……! じゃあこれ、せめてもの気持ちね」

 

 

 そう言うとスノウはコンソールを操作して、ディミのスキンをちょちょいと付け替えた。

 

 ぱあっとディミの姿が白く輝き、すぐに収まる。

 果たしてそこには、頭にキツネ耳を付けたメイドが爆誕していた。ヘッドドレスを押しのけるようにしてピンッと立った三角形の耳が、ピクピクと生きているように跳ねる。

 

 

『……なんです、これ……』

 

「おまじないだよ。ほら、前にストライカーフレームで峡谷飛行して以来、そのキツネ耳付けると勘が鋭くなる気がするんだよね。それがあればディミもちょっとはうまく避けれるんじゃない?」

 

『それは貴方がストライカーフレームのセンサーと接続してたからでしょ! こんなもん私が付けたところで何の意味もないですよ! 何がおまじないですか! この最先端科学の結晶たるAIに向かって非科学的なッ!』

 

 

 頭の上でがるると牙を剥くメイド狐に、時間があればもっとゆっくり鑑賞するのになと思いながらスノウはいそいそとライフルを構え直す。

 

 そして後方のオクトに目を向けた。

 その瞬間飛来する、2発目のレーザー狙撃!

 

 

「だからAIと戯れるなと言っているッ!! シャインッ!!」

 

「tako姉ってそういうところあるよねッ!!」

 

 

 スラスターを制御して機体を大きく横にスライドさせ、レーザーを紙一重でかわしながら、スノウは“ミーディアム”を撃ち放つ。

 相手が狙撃した瞬間の硬直を狙うが、凡百の相手ならともかくオクトにそんな硬直時間などあるわけがない。

 当然のようにかわされるが、元から当てられるとも思っていない。

 

 重要なのは牽制だ。

 オクトに射撃を当てることではなく、オクトに射撃を当てられないためにこちらから射撃して妨害する。

 

 

「そういうところだと? 意味がわからんな!」

 

「わからないわけもないだろ、自分のことだぞっ」

 

「戦場では物事は明確に口にしろと何度言えばわかるッ!!」

 

 

 脊髄反射で会話しながら、全神経は射撃と回避行動に専念している。

 言葉と共にレーザーを放ち、返答と共に回避して、レーザーを撃ち返す。

 

 会話のドッジボールどころか、会話の銃撃戦であった。

 

 

『わーん! もうなるようになれーー!!』

 

 

 その一方で、ヤケになったメイド狐が涙目で機体をコントロールする。

 機体の速度を維持したまま、すさまじい勢いで迫る障害物を次々に避けていく超人レベルの曲芸飛行。

 優れたコントロール技術とマップ上の障害物を次々に認識する演算処理能力がなければ到底不可能な荒業である。

 

 いくらAIだろうが、他人がやっているのを見ただけでそれが可能になるわけもない。素人にハンドルを委ねた機体は、哀れ障害物を避けきれず、激突してゲームオーバー……。

 

 

『あ、あれ……?』

 

 

 機体に接触するスレスレのところで、巨大な神像が猛スピードで後方へと流れ去っていく。

 だが運よく避けられたとしても、次に迫るのは2本の円柱だ。シャインが通り抜けられるギリギリのサイズで並んでいる円柱の間を抜けることなど、素人のディミにできるわけがない。もうダメだ、これは避けられない! しめやかにゲームオーバー! 南無三!!

 

 他ならぬディミ本人がそう思ったのと裏腹に、シャインはまるで猫のようにするりと円柱の合間を抜け、まったくスピードを落とさないまま飛翔を続ける。

 

 

『な、なんで……!? どうして私、こんなあっさり抜けられるんです!?』

 

 

 まさか、とディミは頭の上に手を置く。

 そこでは独立した生き物のようにピンと立ったキツネ耳が、危機を本能的に察知するかのようにせわしなく小刻みに動いていた。

 

 いける。

 

 



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第100話 穴があったら爆破したい

『うわあああああああああああん! これ超怖いんですけど!!』

 

 

 キツネ耳を付けたディミが悲鳴を上げながら障害物をすべて回避しているのをちらりと見上げ、スノウは小さくヒュウ♪と口笛を吹いた。

 

 

「やっぱりやればできるじゃん。さすがボクの相棒だね」

 

 

 そう言いながらガチャリとライフルを構え直し、同じく不規則な回避軌道を取りながら追いかけてくるオクトに銃口を向けた。

 お互いにゆらゆらと左右に揺れて相手の狙いを逸らしているので、いかに達人レベルのエイム力があったとしても当てるのはそう簡単なことではない。

 

 半身を後方に向けて射撃しつつ、見てもいない前方の障害物はきっちり避けてくるシャインの軌道は完全に“後ろにも目が付いている”状態で、ハタから見れば異常そのものだ。

 

 シャインが浴びせかけるレーザーライフルの射撃を回避しながら、さすがのオクトも目を剥いた。

 

 

「AIをオートパイロットに使った戦術だと……!? まだそんな仕様は公開されていないはずだ!」

 

 

 サポートAIによるオートパイロットを取り入れた戦闘スタイルは、まさしく現時点における戦術の最先端をひた走っていた。

 何しろそんなことができるなんて、まだスノウしか知らないのだから。

 

 内心9割9分でシャインが本物だと確信しつつあったオクトの脳裏に、改めて疑念がよぎる。

 ……まさかこの土壇場で新しい仕様を見つけ出したのか?

 それとも本当にスノウライトはシャインを模した戦闘AIなのか?

 

 

「わ……わからん……! シャインなら何をしでかしてもおかしくない気がする……!!」

 

 

 思えば昔からシャインは人の予想の斜め上をカッ飛んでいく子だった。

 前作では矢に風をまとわせて加速する魔法を拡大して自分にかけ、運営が飛行魔法を実装する前に世界初の人力飛行を成し遂げたことで界隈をざわつかせたものだ。

 ちなみに音速で飛行するので真似しようとした者は漏れなく障害物や大地にぶつかって爆死し、なんなら本人も最初の十数回ほど地面に突き刺さって死んでいた。

 そしてそれをエッジとエコーがゲラゲラ笑って動画に……。

 

 

「今はそんな思い出にひたっている場合ではない!」

 

 

 戦いながら記憶を半分過去に飛ばしていたオクトは、シャインが回避した円柱の影から爆風が広がるのを察知して慌てて機体を大きく横にスライドさせた。

 

 爆風の直撃はもちろん避けるが、さらに倒壊した円柱の破片が接触するのも危険だ。このスピードではいかなる障害物との接触も致命傷になりうる。

 

 だが、このチャンスを見逃すスノウではない。

 

 

「左右にブレて当たらないのなら、当たるように誘導するまで! ボードコントロールって大事だよね、師匠ッ!」

 

 

 大きく横に跳んで爆風と障害物を回避したその隙を狙い、スノウの狙撃がオクトに迫る。

 

 

「くっ……!」

 

 

 スラスターを起動した直後の硬直のせいでさすがに回避しきれず、スノウの射線に身を晒したオクトは歯噛みした。

 しかしそこはオクト、そのまま直撃を許しはしない。

 

 

「舐めるなぁっ!!」

 

 

 緊急回避用のスラスターが起動できなくても、機体のバランスを操作することはできる。

 一時的に速度をゼロに落としたオクトは、直後に機首を横方向に向けて再加速。機体についた慣性と横方向へ推進力を利用してその場で回転して、直撃を回避する。

 ボンッと音を立ててレーザーが当たった左腕が爆発するが、本来命中するはずだった胸部への着弾は阻止された。

 

 

「ウソでしょ……?」

 

 

 これにはスノウも目を丸くする。

 反射神経と判断力がどう考えてもイカれていた。加えて言うならオートバランサーを切った制御技術も人知が及ぶ範囲を超えている。

 それをこともなげに再び正面へと向き直り、全力でシャインに向けて加速しながらオクトが吼えた。

 

 

「着弾まで0.5秒もかかるなど遅すぎる! それで私を殺れると思ったなら師を見くびりすぎだな!」

 

「クソッ、レーザーならいけると思ったのに……!」

 

 

 ディミに余裕があったら『銃撃戦の距離で格ゲーやってんじゃねえよ、これそんなゲームじゃねえから!』とツッコむこと必至のやりとりであった。

 

 だが、悪くない。

 オクトに命中させた左腕も火花を上げるばかりでもげてはいないが、これは悪くない流れが来ている。

 少なくともバカげた回避力の化け物にダメージを与えることはできる。

 

 スノウは“ミーディアム”の銃口を向け、叫びと共にレーザーを撃ち放った。

 

 

「ダメージが通るなら、いつか殺せるッ!!」

 

「やってみろ小娘! その前にお前が死ぬがなあッ!」

 

 

 オクト機からも放たれるレーザーが中空で交差し、薄闇に覆われた遺跡を照らし出す。

 そのレーザーを互いに回避して、続く射撃を左右にブレる相手に叩き込む。

 

 火線と火線が見えざる火花を散らし、殺気と闘志が互いの位置を割り出しながら交錯する。

 口では罵倒を繰り出しながら、戦意は何より雄弁にその在り方を語る。

 

 時折スノウが仕掛けた爆薬が起爆して、唐突な致命傷を与えんと爆風や破片を撒き散らすが、それは最早オクトには通用しない。

 

 天井に仕掛けられた爆薬が落盤を引き起こしたが、オクトはそれを前方に飛び出して難なく回避。

 加速した先を狙うシャインのレーザー射撃をさらに急上昇してかわし、レーザーを撃ち返すアクロバット飛行を決めた。

 

 

「ぬるいわぁ! 仕掛けられているとわかっているトラップなど用を為すかよッ!! 爆風の範囲も把握したし、避けた先を狙う射撃など今からそこを撃ちますと言っているようなものだぞッ! ワンパターンだな! それ以外の手も見せてみろッ!!」

 

 

 喜悦に顔を歪めながら高笑いを上げるオクトは、現在最高にハイテンションであった。

 少なくともこのゲームに触れてから一番楽しんでいることは疑いようがない。

 

 

「やはり弟子と遊ぶのは嬉しいものだ……! その成長を間近で確かめられるうえに、稽古も付けられるといいこと尽くめだな! お前も楽しいだろう、シャインッ!?」

 

「ああ、楽しいなあ! ついでに師匠をブチのめせばもっと楽しいよッ!!」

 

「うむ、やはりお前はいい。今の部下どもとは大違いだッ! 何故奴らが私と戦うのを避けたがるのか理解できんッ!! やはり【シャングリラ】以外の人間はクズしかおらんわッ!!」

 

 

 願わくばこれが本物のシャインであれば言うことはないが、と心の中でオクトは言い添える。

 だがそれは期待薄かもしれない。

 

 オクトが知っているシャインは、基本的に他人を頼らない。トラップ主体で戦う以上は戦場に自分以外の味方がいれば邪魔になるからだ。

 もちろん前作とはゲーム性が違うし、戦い方も変わっているだろうが。

 

 それでもオクトの脳裏には、あの日()()が経営するネットカフェにやって来た少年の姿が焼き付いている。

 おどおどと委縮しながら、心の奥底で他人を警戒している目つき。

 あれからどれだけ仲良くなり、家族同然……いや、それ以上の存在とまで心を許し合えるようになっても、最後の一線を踏み越えることは許さない。

 

 それがシャインの根幹。

 最後まで彼女にはてなずけられず、そして彼の命を救った在り方。

 

 オクトはギリッと奥歯を噛みしめながら絶叫する。

 

 

「そんな私のシャインがなぁ! 出会って数か月のAIごときにッ! 命運を委ねることなどあるわけがないだろうがあッッ!!」

 

「ッ!? しまった、避けられ……」

 

 

 気迫の籠ったオクトの射撃が、シャインを捉える。

 まるでその言葉に宿った執念に呪縛されたかのように、機体制御をミスしたスノウは目前に迫るその一撃を見つめた。

 

 一秒が何分にも引き延ばされ、スローモーションになったかのような刹那。

 ゆっくりと自機の胴体に伸びてくるレーザー光線を、スノウは見つめて……。

 

 

『わーーっ!? 何ですかこの入り組んだ地形!? き、緊急回避ーーっ!』

 

 

 前からの障害物にビビったディミが、急上昇して障害物を飛び越える。

 オクトの渾身の一撃はスノウを無視して介入したディミの操縦によって空しく虚空を裂き、障害物にぶつかってその表面を赤く焼いた。

 

 

「ナ、ナイスディミ! 今の最高!」

 

『え? すみません、今後ろ見てる余裕なくて! わー!? なんですかこの回路みたいな廊下! 作った人アホなんじゃないですかーーー!?』

 

 

 親指を立てるスノウをスルーして、ディミが悲鳴を上げながら操縦を続行する。

 

 

「ああああああ!! クソッ!! AIが邪魔をしくさってええッ!!」

 

 

 爛々と充血した赤い眼で通信の端に映るディミを睨み付け、オクトはギリギリと血が出そうなほどに奥歯を噛みしめた。

 

 さっきからずっとそうだ。

 この狐耳を付けたメイドとかいうふざけた格好のAIが邪魔すぎる。

 

 シャインの不規則回避軌道を見切ることなど、オクトには不可能でもなんでもない。

 何しろ前作でシャインに空中戦を教えたのは他ならぬオクトだ。

 不規則な回避パターンを作ることで相手の射撃を阻害できると気付いたオクトは、それを徹底的にシャインに叩き込んだ。彼女なりの不器用な教え方ではあったが、シャインはそれを完全にものにしたのだ。

 

 それを手取り足取りずっと近くで見守っていたオクトには、シャインの回避パターンに染みついた癖がわかっている。

 本人でも気付いていない『不規則性を構築する規則』。

 他人を観察して思考を誘導することに長けたオクトは、シャインのそれを掴みながらも本人には指摘しなかった。

 

 自分にしか把握できないような癖を他に利用できる相手など現われそうにないと思えたし、いつか万が一にでもシャインが自分に歯向かったときの保険になると考えたのである。

 

 果たしてその時は今まさに訪れた。

 シャインの回避パターンは2年を経ても変わっておらず、そのままならとっくの昔にオクトの前に膝をついていただろう。

 

 だが……スノウの頭の上に乗ったちっぽけなキツネ耳メイドがそれを台無しにしていた。

 障害物の回避を押し付けられたディミの必死の操縦が、スノウの回避パターンと混じり合って未知の回避軌道を描いていたのである。

 

 

「楽しい楽しい弟子との交流がッ! せっかくの魂の語らいに、雑音を持ち込むなあッッ!! 羽虫がッ! 女狐がああああああッッ!!!」

 

 

 その身に宿る《憤怒(ラース)》の宿業(カルマ)を遺憾なくブーストさせて、激情のままにオクトが吠える。

 

 

『え、なんですか!? なんか背後からビリビリした何かが感じられるんですけど!? ま、まさか私も殺気とやらが感じられるように……!? このキツネ耳のせいなんですかね!?』

 

「ディミは気にしなくていいよ! 前見てて前!」

 

 

 この殺気を感じられなければ知性体じゃねーよ。

 

 AIにすらわかる殺意を撒き散らしながら、オクトはライフルを構えて飛翔する。

 

 

「私のシャインの傍からいなくなれッ!! うああああああああッッ!!」

 

「ぐうっ……!! どうなってんだ、精度がさらに上がってるぞ……!?」

 

 

 普通怒れば怒るほどに思考に不純物が混じって戦闘力が落ちるのがPvP(対人戦)というものだが、オクトの戦闘力はむしろ研ぎ澄まされていく。

 

 より精密なエイム力と読みで繰り出される射撃はスノウをじりじりと追い詰めつつあった。

 

 

『えっ!? わわわっ、騎士様! そっちに動かさないでください、避けるの大変になるんですが!?』

 

「そう言われても! くそっ、これまずいぞ……!」

 

 

 スノウは額からだらだらと冷や汗を垂れ流し、自分たちが追い込まれつつあることを悟った。

 

 オクトの射撃を回避した先には、さらに不利になる地形が待っている。

 軌道を制限されながら回避した先は、より不利な展開。

 

 

「逃げ切れると思うなよ……! 八手先で私の勝ちだッ!」

 

 

 まるでチェスのように積み上げられるボードコントロールの極致。

 詰みへと相手を誘導するお得意の手腕が、シャインの首に手を掛けつつあった。

 オクトの思うように進路を誘導され、攻撃や障害物は回避するものの、思うようにスピードが出せない。

 じりじりとした焦燥がスノウの背筋を伝う一方で、オクトは冷徹な射撃でスノウとディミをチェックメイトへと追い込んでいく。

 

 そして、ついに……。

 

 

「……ッ!! ディミ、前進ストップ!」

 

『えっ、あっはい!』

 

 

 長く続いた回廊の終点、大きな門の前でシャインは静止する。

 ここをくぐればスノウたちが地下へと侵入した大穴まではあと少し。

 あとほんの少しだけ飛べば地上に出られるというところで、スノウはチェックメイトへと追い込まれた。

 

 大門は自動で開閉する仕組みで、開き切るには時間がかかる。

 背後で門が開きつつあるが、それまでにこの逃げ場のない空間でオクトの攻撃をしのがなくてはならない。

 だが……果たしてそれを耐えきれるのか。

 

 過去に正面から戦ってシャインがtakoに勝ったことなど一度もない。

 相手は反射神経と戦略の化け物だ。あまりにもスペックに差がありすぎた。

 正直に言って、同じ人間という枠で括れる存在ではないとスノウは思っている。

 電卓とスーパーコンピューターって同じ計算機だよねと語るくらい無理がある。

 そして一度接近戦に持ち込まれれば、最早オクト(魔王)から逃げ切ることは不可能だろう。

 

 だからこそ、トラップと遠距離戦でなんとか仕留めたかったが……。

 

 

(ちょっと無理かな)

 

 

 道中で距離を稼げなかったのが痛すぎた。

 スノウは覚悟を決めて、オクトへと向き直る。

 

 

「手詰まりのようだな。ここまでか?」

 

「そうだね。さすがに万策尽きたかな……」

 

「そうか」

 

 

 オクトは悠々と飛翔し、シャインとの距離を詰める。

 

 せめてもの抵抗としてスノウは“ミーディアム”で射撃を試みるが、それらはすべて紙一重で避けられてしまう。

 まるで阻むものなど何もない、王者の歩みのごとく。

 

 やがてオクトはシャインの前方100メートルまで接近する。

 いつでも八つ裂きにできる、必殺の間合い。

 

 そこまで近付かせることを許したスノウに、オクトは白い目を向けてふうっとため息を吐いた。

 

 

「少しは期待していたが……こんなものか。まあ、所詮AIとつるむような惰弱が本物のわけもなかったな」

 

 

 師匠から向けられる、あからさまな失望。

 それはスノウ本人が思っていたよりも、心に重くのしかかった。

 

 せめて何か一言だけは反論しようと、スノウは口を開く。

 

 

「tako姉ってさ……ホントそういうところあるよね」

 

「フン。またそれか? 偽物が今更何を騙る。八つ裂きにされる前に言ってみるがいい」

 

「あ、いいの?」

 

 

 勝者の余裕か、哀れな偽物への慈悲か。

 発言を許可されたスノウは、思ったことをそのまま口にした。

 

 

()が女の子と話してたら割って入ってくるところ」

 

「……………………」

 

 

 オクトは何も反応しなかった。

 

 

 コクピットの中で固まっていた。

 

 

 ピクリとも身動きせず、表情筋が完全に固定化している。

 それをいいことに、スノウは続けた。

 

 

「いや、ホントtako姉って僕がエコーやエッジ姉と話してたらすぐに横入りしてきたよね。盛り上がってるといつも音もなく背後に回って唐突に相槌打ったり、お茶持って来たりしたじゃない?」

 

「……………………」

 

 

「でも僕がバーニーやハルパーと話してるときは、なんか遠くからニコニコして見守ってたよね? まあハルパーはいつもつれなかったけど。tako姉って女の子と話してるときだけ割って入るんだよね」

 

「……………………」

 

「あれってガールズトークに飢えてたのかな? 僕は女の子じゃないんだけど……」

 

「……………………」

 

「だからまあ今日もディミと話してたら割って入って来たし、またかーって感じ。tako姉って結構寂しんぼさんだよね。そういうところも面白い人だなーって思うけど」

 

「……し」

 

「し?」

 

 

 オクトはプルプルと全身を震わせ、真っ赤になった顔を両手で覆って喉から声を絞り出した。

 

 

「死にたい…………」

 

 

 ファーーーーーーーーーーwwwwwwww

 

 takoさん今どんな気持ち?

 遠巻きに愛でていたショタっ子に観察を気付かれていたことをカミングアウトされてどんな気持ち??

 イケメン青年とショタっ子がじゃれ合う姿に萌えていたことまで把握されていてねえどんな気持ち???

 

 プルプルしてないで今の率直な気持ちをお聞かせください!

 

 

「……tako姉?」

 

『あの……そのへんで……』

 

 

 固まって動かなくなってしまったオクトに無自覚に追撃しようとするメスガキの肩を叩き、そっと首を振って制止する狐メイド。

 今の断片的な情報からうっすらと事情を察したのだ。

 ディミちゃんにも情けはあった。

 

 

 そしてその隙はあまりにも戦場において致命的であった。

 思わず素になったオクトが硬直している間に、シャインの背後の門が開き切る。

 

 

「……なんかよくわかんないけどラッキー!!」

 

 

 このチャンスを逃さず、門に向かって全力で飛翔するスノウ。

 

 

「ええいアホか! いつまで固まってるんだ!!」

 

 

 自分を叱咤したオクトは、慌ててシャインを逃すまいとバーニアを噴かす。

 

 

「こ、こんなことで勝ちを逃がしてたまるかぁ!!」

 

『騎士様、追って来ますよ!』

 

「わかってる! 焦るなよ……3、2、1……!」

 

 

 そしてシャインが門をくぐった3秒後、オクトの機体が門を通過して……。

 

 

「今だ、タマ! 起爆!!」

 

『ラジャッたニャアアアアア!!!』

 

 

 密かに開いていた通信越しに、タマが門に仕掛けた爆弾を遠隔で起爆させた。

 

 タマが持ち込んでいた爆弾の手持ちの中で、最も破壊力の大きなブツ。

 メイド隊を先に地上に戻らせたのは、これを含めた爆弾トラップの数々を仕掛けるため。

 そして道中で小規模な爆弾をいくつも仕掛けておいたのは、一番の切り札となるこいつの爆破範囲を読み切らせないため。

 

 小規模な爆弾の爆破範囲に慣れさせておけば、その範囲を避ければ安全と刷り込むことができる。

 

 

「ボードコントロールは戦術の基本! そうだよね、師匠ッ!」

 

 

 自らも背後からの爆風に吹き飛ばされ、ガリガリと残り僅かなHPゲージを削りながらスノウが叫ぶ。

 

 

「ああ……そうだなァ!!」

 

 

 そして立ち上る爆炎と土煙で閉ざされた視界の向こうで、対爆シールドを構えたシルエットが吠える。

 

 

 魔王からは、逃げられない。

 



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第101話 シャイン

今回は過去話になります。


「ハルパーさんはここで一番強いんですよね。僕もいつか貴方みたいになれますか?」

 

 

 大国(おおくに)虎太郎(こたろう)が瞳をキラキラと輝かせながらそんなことを訊いたのは、【シャングリラ】に入って間もない頃だった。

 ただでさえ小柄な身長は3年前はさらに小さく、中学生か下手すれば小学生かと間違えるほど。近くの有名校の制服を着ているから高校生だとわかるが、そうでなければここは小学生の来るような店じゃないと門前払いを食わされたかもしれない。

 

 いや、そもそも【シャングリラ】は一見では入店できない会員制のネットカフェなので、バーニーが連れてこなければ決してここに立ち入ることなどできなかったが。

 何しろこの店はヤバい。外界につながるネット回線を保持しているというだけでも危険なのに、ゲームなどという精神を堕落させる悪魔の発明品を客に遊ばせているのだ。お上にバレたら思想犯として逮捕されてもおかしくはない。

 

 そんなアンダーグラウンドのヤバい店なので、当然集まっているプレイヤーも一癖も二癖もあるちょっとネジの外れた連中ばかりだった。

 しかし加入したばかりの虎太郎は、律儀にもそんなイカれた連中に1人ずつ声を掛けて挨拶周りを敢行したのである。怖いもの知らずというかなんというか。

 

 少なくともゲームに触れたばかりの虎太郎にとって、彼らは超人的な技術を持つ集団であり、親から厳しく礼儀を教育された虎太郎は絶対に挨拶しておかねばおかねばならないと思ったのだろう。

 

 そんな敬意と憧れに満ちた瞳でトッププレイヤーを見上げる虎太郎だが、好意が必ず好意で返されるとは限らないことを、彼はまだ知らなかった。

 

 声を掛けられたハルパーは銀色に染めた長髪を揺らめかせながら振り返り、ギロリと不機嫌そうに虎太郎を睨み付けた。その目つきはまるで指名凶悪犯のように鋭く、子供が見たら一目で泣き出すだろう。子供は自分を傷付けるものに敏感なのである。

 当然ビビリの虎太郎は肉食獣にロックオンされた小動物のようにビクンと体を震わせたが、すんでのところで泣き出さずに踏みとどまった。もう涙目だけど。

 

 

「はあ? ふざけんのかクソガキが。テメエみたいなモンが俺様みたいになれるわけねーだろ。どっから迷い込んだか知らねえが、とっととこの店から出てけ」

 

「えっ……」

 

 

 まさかクランのトッププレイヤーからこんな攻撃的な態度で拒絶されるとは思ってもみなかったのか、虎太郎は言葉を詰まらせた。

 ハルパーはゲーミングチェアから立ち上がると、190センチはある上背で小柄な虎太郎を傲然と見下ろしながら続ける。

 

 

「あのな、【シャングリラ】は日本で最高峰のプレイヤーが集まる場所なんだよ。そんなところにお前みたいな素人がノコノコやってきて、俺様みたいになれますかだと? バカにしてやがんのか? いや、バカにしてるよな。俺様が積み上げた努力と天賦の才能を、ズブの素人が一跨ぎに追い越せると言いやがったんだからよ」

 

「あ……僕、そんなつもりじゃ……」

 

 

 虎太郎は顔を曇らせて、しゅんと俯いた。

 可愛い男の子を見るとキュンキュンするどこぞのお姉様(変態)が見れば思わず抱きしめたくなるような殊勝な態度だが、それも相手による。ハルパーのような輩は、弱っている相手を見るとさらに攻撃的になるのである。鬼畜め。

 

 弱い者いじめのクソ野郎ことハルパーは虎太郎を見下ろしながらさらに言葉を続ける。

 

 

「大体テメエに何ができるんだ。これまでの人生でゲームに触れたこともない一般人だろうが。お前に何か輝くものがあるのか?」

 

「輝くもの……ですか」

 

 

 絶対強者であるハルパーに問われ、虎太郎はおどおどと長めの前髪から覗く瞳で彼を見上げた。

 その卑屈な態度への軽蔑も露わにハルパーは鼻を鳴らし、ガリガリと頭を掻いた。

 

 

「ここにゃ俺様みたいにわざわざ危険をおして『外』から来たトッププレイヤーもいれば、生まれつき異常な身体能力を持ってる奴、武術のエキスパートの家に生まれた奴、生まれたときからゲーム漬けの生活を送ってるクソニートなんてのもいる。だがどいつもこいつも、ゲームで戦争するうえで輝く才能の持ち主ばかりだ。全員『特別』な連中ばっかなんだよ、特にトップ7はな」

 

「はい……」

 

 

 虎太郎はおずおずとその言葉に頷いた。

 それは言われるまでもないことだった。虎太郎の目には、【シャングリラ】の先達たちはまばゆく輝く才能の塊として映っている。

 今、敵意に満ちた目で傲然と自分を見下ろすハルパー(1位の男)も。

 

 これまでの人生で触れたこともない、『ゲーム』という新たな地平。

 その新世界を自由闊達に飛び回るゲーマーたちは虎太郎にとって偉大な先達であり、クランのトップ7ともなれば人知を越えた神のようなものだ。

 そんな神々のトップに君臨する最強の男は、地を這う虫ケラのような小僧に指を突き付けて言い放つ。

 

 

「それで、テメエに何ができる。何もできねえだろうが。ここはこれまでゲームに触れたこともないようなお坊ちゃんが来るような場所じゃねえんだ。わかったら家に帰って、これまで通りお勉強でもしてるんだな。ゲームなんかするより、勉強していい大学入って、いい会社で働いてろ。それがテメエの幸せなんだよ」

 

 

 言いたいことを言ったハルパーは、頭をかきかき椅子に座ろうとした。

 バーニーは何でこんなのを拾って来たんだとぼやきながら。

 

 

「……嫌です」

 

「あ?」

 

 

 振り返ったハルパーの視界の中で、取るに足らない虫けらの小僧がプルプル震えながらこちらを見つめていた。

 

 

「帰りません。親の言う通りにもなりません。僕はここでトップを目指します」

 

 

 その瞳に湛えた涙を今にも零しそうになりながら、虎太郎は両手の拳をぎゅっと握って、必死にその場に踏みとどまっていた。

 ハルパーは、はぁとため息を吐いてもう一度虎太郎を見下ろす。

 

 

「……あのなぁ。そんな甘いもんじゃねーって俺様言ったばかりだよな。素人が入って来れるような領域じゃねーんだよ、【シャングリラ】(ここ)は。ゲームがやりたきゃ大人しく勉強して、『外』の大学に行くなり会社に入るなり……」

 

「親の言う通りになんか、もうなりたくない! 他人に強制された生き方なんて、嫌なんだ! そんなの全然楽しくない! 生きてる気がしない!」

 

「聞き分けのねーガキやなこいつ……!」

 

「僕は自分がなりたい自分になってみせる! 貴方みたいに輝いてやる!!」

 

 

 虎太郎はついにぽろぽろと涙を零しながら、彼にとって全能の神のような男をキッと睨み付けた。

 泥土に塗れた地べたから光差す天上を見上げ、その理不尽なまでの差を覆してやろうと目論む瞳の色。

 

 その瞳に宿る愚かで身の程知らずな意思の輝きが、どういうわけかハルパーの胸をざわめかせた。

 

 

(なんて眼で俺様を見てやがる!!)

 

 

 反射的に振り上げられたハルパーの右腕は、振り下ろされる前に背後からガシッと何者かに掴まれた。

 まるで万力のような握力で宙に縫い留められ、微動だにしない。

 

 

「はい、そこまで~。店内で喧嘩しちゃダメよ~」

 

 

 恐ろしい力でがっしりとハルパーの腕を掴んだ人物は、気の抜けるようなおっとりとした声でハルパーを諫める。

 

 

「それに弱いものいじめも感心しないなー。新人には優しくしなきゃだめよ? ハル君だって最初から一流だったわけじゃないでしょー」

 

「……店長。わかったから手を放してくれ」

 

「もう喧嘩しないなら離してあげるけど」

 

「しねえよ」

 

「じゃあ離すわー」

 

 

 ふっと自由になった腕を、ハルパーは薄く脂汗を掻きながら触る。軽く青痣ができていた。

 

 彼の背後でニコニコと笑う女性は、女性ながらにかなりの長身だった。流れるようなロングヘアの黒髪を腰のあたりで留め、店のロゴが入ったエプロンは胸元で大きく膨らんでいる。

 豊満な胸に比べて手足はスレンダーで、先ほどまで大の男の腕を宙に縫い留めていたような膂力が到底あるとは思えなかった。

 

 

「店長、腕は商売道具なんだからこういうのはやめてくれ。折れたらどうすんだ」

 

「あらー? 私にとっては新人育成も立派な商売なんだけどなぁ。弱い者いじめで潰されちゃうのを見過ごすわけにはいかないもの」

 

 

 そう言いながらネットカフェ【シャングリラ】の店長、takoは長身を屈めて虎太郎の頭を撫でた。

 

 

「よしよし、悪いお兄ちゃんが怖かったねー。こんなのはほっておこうねー。虎太郎くんはちゃんとお姉ちゃんたちが一人前に育ててあげるから」

 

「……マジでその足手まといを育てるつもりなのか?」

 

「もちろん。新人入れなきゃ先細りだもの。こんな立地の悪い土地なんだから、貴重な新人はちゃんと育ててあげなきゃ」

 

「わざわざ【特区】に店を構えておいて言えた口かよ……」

 

 

 そんなハルパーのツッコミには応えず、takoはふふっと笑う。

 

 

「ハルくんはこの子に輝くモノがないっていうけど、私はそうは思わないなぁ。少なくともガッツはあると思わない? さっきの啖呵は結構好きだなぁ」

 

「身の程知らずでクソ生意気だな! 全然気に入らねえよ」

 

「つまり同族嫌悪ってことだよね~」

 

「んなッ……! ふざけんな、そんなガキと俺様を同列にすんじゃねえよ!」

 

 

 口元を引きつらせるハルパーの抗議を背中に受けながら、takoは虎太郎に訊く。

 

 

「さっきの言葉、本気かなぁ? 虎太郎くんは本気でトップに立ちたいの?」

 

 

 手の甲で涙を拭いながら、こくこくと頷く虎太郎。

 takoは慈母のように優しく微笑むと、ぎゅっと彼を抱きしめた。

 

 

「!?!?!?////////」

 

「じゃあ明日からは私のノウハウをありったけ叩き込んであげるね。ちょっと厳しい指導だと思うけど、私を信じて付いてきてね!」

 

 

 突然エプロン越しに素敵なお姉さんの豊満な胸に顔を包まれた虎太郎は、真っ赤になってあうあうと言葉を失った。

 逆に顔面を真っ青にしたのはハルパーである。

 

 

「!? 今すぐこの店から去れ、クソガキ! 店長のマンツーマン指導なんぞ受けたら再起不能にされるぞ!!」

 

「えー? 失礼なことを言うなぁ……ハルくん、それは営業妨害だよ?」

 

 

 ぷくーっと可愛らしく頬を膨らませるtakoに、ハルパーはいやいやと首を激しく横に振った。

 

 

「テメエの指導はシゴキなんだよ!! 何人潰したと思ってんだオイ!!」

 

「潰したりなんかしてないよぉ。ちゃんと二軍を支える戦力に成長したじゃない」

 

「目が死んでんだよアイツらの! テメエの基準で人を育てようとするのはやめろ、お前の『できて当然』の拷問についてけない連中の心が殺されるんだよ!」

 

「それはできない子が悪いんだと思うなぁ。私は誠心誠意教えてるんだから、教わる側もちゃんと本気で付いてきてくれるべきだと思うの」

 

「……お、おう……」

 

 

 徹頭徹尾自分の言うことが正論だと信じ切っているその眼を見て、ハルパーはそれ以上何かを言うのはやめた。暖簾(のれん)に腕押しどころではない。高層ビルに腕押しするくらい不動で不毛であった。

 

 

「ねー、虎太郎くんはしっかりお姉ちゃんに付いてきてくれるもんねー? お姉ちゃんの指導を受けてくれるでしょ?」

 

「う、うん……」

 

 

 巨乳にぎゅうぎゅうと埋もれて窒息しそうになりながらも、虎太郎は必死で返事をする。

 ハルパーが色仕掛けに惑わされて哀れな……という目で彼を見た。

 

 いやこれ色仕掛けなのか? 実はもう拷問は始まっているのではないか?

 

 

「あ、そうだ。ところでハルくんは虎太郎くんに追い越されたら何をしてくれるの~?」

 

「は?」

 

 

 思い出したかのようにtakoが口にした言葉に、ハルパーが目を丸くした。

 

 

「何言ってんだアンタ」

 

「だってハルくん、さっき虎太郎くんいじめたじゃない。お前なんかが俺様に勝てるわけがないーみたいなこと言ったよね。そこまで言って負けたら、当然何か報復を受けるべきだと思うの」

 

「いや、意味がわからん……あのな、何で俺様がそんな」

 

「怖いの?」

 

「あ゛?」

 

 

 takoはクスクスと挑発的に笑いながら、ハルパーに視線を向けた。

 虎太郎に向ける慈愛の笑みとは真逆の、他人の心を掻き乱す酷薄な笑み。『魔王』の称号を持つ者にふさわしい笑顔だった。

 お気に入りの虎太郎がいじめられたことに、内心ハラワタが煮えくり返っていたのだと思われる。

 

 

「虎太郎くんに負けるの怖いんでしょ。そうだよねぇ、ズブの素人とバカにした虎太郎くんなんかに負けちゃったら、面目丸潰れだもんね。『外部』から来た自称一流プレイヤーさんとしては」

 

「はああああああああ?」

 

 

 額にビキッと青筋を浮かべ、ハルパーは瞬間沸騰した。

 

 

「ざっけんな誰がそんなガキに負けるか! 俺様がこいつに追い越される日なんて来るわけがねーだろうが!!」

 

「ふーん。そう言うんだから、負けたら何か相応のことをしてくれるんだよね?」

 

「ああ何でもしてやるわい! 何ならテメエらが大好きなうどんでも鼻から食ってやろうじゃねえか!」

 

「えっ、本当? 『外』のスーパーで売ってるようなぶよぶよので逃げようとしない? 私たちが好きなのは、しっかりとコシの入った地元のうどんよ~?」

 

「ハッ、上等だよ。どうせ負けることなんかあり得ねえんだからな」

 

 

 鼻を鳴らすハルパーから視線を離し、takoは胸元で溺れかけている虎太郎に訊いた。

 

 

「ということをのたまってるけど、虎太郎くんはどんなうどんが好き?」

 

「釜揚げのバターしょうゆうどん、ネギと天かす大盛りで」

 

「このガキさりげなくハードル上げてんじゃねーよ!?」

 

 

 ハルパーの抗議をよそに、takoはスマホを操作してトップ7全員にメッセージを送った。

 

 

『みんなー、ハルくんが虎太郎くんに負けたら鼻から釜揚げバターしょうゆうどんを食べてくれるってー!!』

 

『えええええええっ!? やったあああああああ!!!』

 

 

 途端にその場にいたトップ7全員が振り向き、なんならゲームしていた連中も即座にログアウトして集まってきた。

 

 

「マジですかハルパーさん。虎太郎に負けたら鼻からうどん食べてくれるんですね! 俺、3時間かけてとびっきりのうどん打ちますから楽しみにしててください!」

 

 

 先ほどからせわしなく様子をうかがっていたバーニーが、ぐっと逞しい腕を筋肉で膨らませながら陽気に笑い掛ける。

 

 

「フヒッ、うどん嫌いのハルパーさんのうどんデビューっすかwwww どうせならハルパーさんが大好きなたこ焼きもセットで付けたらどうっすか? プッwwww かっこつけイケメンが鼻からたこ焼きうどんwwww 最高www」

 

 

 手入れがされてないボサボサの髪の下から、エッジがおどおどと陰気な引き笑いを浮かべる。自分磨きを完全放棄したクソニート女子は自分で口にした内容にバカ受けである。

 

 

『ハルパーのうどん芸かぁ。それを見たら私も元気でちゃうかも!』

 

 

 モニター越しに映った真っ白な病室の中で、入院着姿の少女が儚げに微笑む。大病を患って入院中のエコーは、いつもモニターの向こうから【シャングリラ】の仲間たちのバカ騒ぎを眺めている。なお儚い容姿とは裏腹に性格は畜生だ。

 

 

 どこからともなく集まってきた仲間たちに、ハルパーはわなわなと体を震わせた。

 

 

「き、貴様らぁぁ! そんなに俺様が嫌いか!?」

 

「いや、別に嫌いってほどじゃないですけど虎太郎(ダチ)いじめたのは許せねえので」

 

「とりあえず弱み見せたら殴っとくでしょwwww」

 

『次にいつ殴れるかわからないしねー』

 

 

 トップ7は仲間の弱みを見つけては殴ることに余念のない畜生ばかりであった。まあこれは彼らのいつものコミュニケーションなので、特にハルパーが嫌われているというわけではない。

 

 

『大体ハルパーは素直じゃないよね。あー、虎太郎くんだっけ? 本当に嫌ってるなら勉強していい大学入れなんて言わないだろうし、この人の言うことは額面通りに受け止めなくていいよー』

 

 

 エコーがさらりと言うと、ハルパーが顔を赤らめてガルルと吠えた。

 

 

「てめえエコー! 何俺様を本当はいい奴みたいな空気に持ってこうとしてんだ!?」

 

「あー、なるほどなあ」

 

「ハルパーさん、男のツンデレとか需要ねっすよwww しかもハタチも超えた俺様系無職がショタ相手にイキリ散らすとか、フヒッwww 草生えちゃうんすよねwwww いや、あーしはそーいうの大好物ですがもっとやれ」

 

「無職じゃねーわ! プロゲーマーだっつってんだろクソニート腐女子が! ナマモノに発情してんじゃねーよ!!」

 

「ひっ」

 

 

 自分に敵意を向けられるや否や、エッジはささっとバーニーの巨躯の後ろに隠れる。

 

 

「す、凄んだって怖くないですからね。早く虎太郎くんに負けちゃえ!」

 

「この野郎は……」

 

 

 パーカーを目深に被ってプルプル震えるエッジに、ハルパーは怒りを通り越して呆れた目を向ける。

 

 

「いつ負けてくれるんですか! ハリー! ハリー!」

 

『……というか、私たちも彼にいろいろテクニック教えれば、もっと早く差を縮めてくれるんじゃないですか?』

 

 

 エコーの言葉に、バーニーはぱちんと指を鳴らした。

 

 

「おっ、それいいな。じゃあ俺も師匠になるわ。tako姉さんが戦術とか機動とか教えてくれるだろうし、俺は格闘戦でも教えよっかな」

 

『じゃあ私は情報戦のやり方でも』

 

「フヒヒ、あーしのエイム技術が火を噴くぜ?」

 

「あらーいいわね~。カリキュラムは後で教授にまとめてもらいましょうね」

 

 

 何だか知らないが自分を倒させることに力を合わせ始めた仲間たちを見て、ハルパーは額を押さえた。

 

 

「マジかよ……店長だけじゃなくてお前らも教えるのか? 大丈夫かよ……頭ぐちゃぐちゃになりそうだが」

 

「だいじょぶだいじょぶ! ハルくんは越えるべき最強の敵としてどーんと構えてて! そして派手に負けて死んで!」

 

「負けねーし死なねーわッ!!」

 

 

 ちなみにここまで虎太郎以外全員ゲーム内のキャラネームで表記しているのは、【シャングリラ】の店内では互いをキャラネームで呼び合うルールだからである。つまり。

 

 

「そもそもキャラネームに本名付けるようなガキに俺様が負けるわけねーだろうがッ!!」

 

「え?」

 

 

 びしっとハルパーに指を突き付けられた虎太郎は、目を丸くした。

 

 

「本名付けちゃダメなんですか?」

 

「いや、付けねーよ普通は。小学生かよ」

 

 

 ハルパーの言葉に、うんうんと一同は頷く。

 

 

「そういえばそうねぇ。ここは【特区】だし、身バレしちゃいそうな名前は良くないわねー」

 

「本名プレイもそれはそれで微笑ましくて良かったですけどね」

 

「まーキャラネも変えなきゃダメっすねー。珍しい名前だし」

 

『じゃあ折角だし、ハルパーが付けてあげたら?』

 

 

 エコーに言われて、ハルパーは眉をひそめた。

 

 

「なんで俺様が……。あのなあ、俺様はこいつに挑戦されてる敵なんだが」

 

『だってわざわざそう言うってことは、なんかいい名前考え付くんでしょ? センスいい名前見せてよ。ダメダメなセンスなら笑い飛ばしちゃうけど』

 

「……チッ」

 

 

 嫌そうな顔をしながら、ハルパーは顎に手を置いて真剣に考え始めた。

 

 みんなわかってて指摘しないが、ハルパーはエコーのお願いには弱い。

 というかバレバレであった。

 わざわざ指摘しないのは、言わない方が面白いからである。

 

 

 そんなハルパーを、虎太郎はキラキラした目で見つめる。

 たとえ邪険にされたとしても、やはりハルパーは虎太郎にとっての憧れの対象だった。彼に名前を付けてもらえるとなれば、内心喜ばないはずもない。

 内心どころか、全身から期待してます! というオーラを出していたが。

 小型犬なら尻尾をパタパタさせているところである。

 

 ややあって、ハルパーが口を開く。

 

 

「『シャイン』とかどうだ?」

 

「……あー、なかなかいい感じじゃないですか」

 

「なんか思ったよりも……まっとうですね?」

 

「ハルくんもやればできるのね~」

 

 

 ネタに走るんじゃないかと思っていた一同は、予想外にまともな名前が出てきてちょっと微妙な顔をした。

 ハルパーはうむ、と頷いて続ける。

 

 

「このクソガキ『SHINE(死ね)』と思ったので付けた」

 

「……はぁー、そんなこったろうと思いました」

 

「感心して損したッスね」

 

「やっぱりダメダメね~」

 

 

 一同の反応にハン、と鼻を鳴らしながらハルパーは口角を上げる。

 

 

「あと、こいつの目が涙でキラキラしてるからな。泣き虫のガキにはピッタリだろ」

 

「余計にダメじゃん……」

 

「もうちょっと真面目にやってほしいっすよねこの無職」

 

「クソニートに言われる筋合いはねえなあ!?」

 

「ひっ」

 

 

 犬歯を剥き出して威嚇するハルパーに、エッジがまた体を震わせてバーニーの後ろに隠れる。

 あらあらとtakoは苦笑を浮かべながら、虎太郎に訊いた。

 

 

「どうするー? もっとマシな名前考えてあげようか?」

 

「いえ、その名前がいいです。『シャイン』でお願いします」

 

「本当に? ハルくんの面子なんて立てなくていいのよー。どうせボコボコにするんだし」

 

「未来永劫されないが!?」

 

 

 抗議の声を上げるハルパーをまっすぐに見上げて、『シャイン』は言う。

 

 

「だってこれで少なくともひとつは『輝くもの(シャイン)』が手に入ったじゃないですか。最初のひとつが手に入ったなら、後は天に届くまで積み上げていくだけです」

 

 

 まっすぐに、まっすぐに、至高天の御座(みざ)を見上げる挑戦者の瞳。

 その眩しさにハルパーはチッと舌打ちして、思わず目を逸らした。

 

 

「そうそう届くと思うなよクソガキ。地に叩きつけられて心折れないように覚悟をしておくんだな」

 

「はい! 僕、頑張ります!」

 

 

 シャインはぎゅっと拳を握って、力強く宣言する。

 

 

「そしていつかハルパーさんに鼻からアツアツの釜揚げバターしょうゆうどんを食べさせてやりますから覚悟してください!!」

 

「何で俺様に鼻からうどん喰わせることにこだわるんだテメエらは!?」

 

 

 

 それは遠い日に彼が手にした、最初の輝きのお話。




後日

ハルパー「……あれ? 途中から来たあいつらが、その前の俺と虎太郎のやりとりを知ってるのっておかしいよな……?」

教授「気付かない方がいいことはこの世にたくさんあるのだよ、ハルパー君」


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再放送ストックはここまでとなります。
以降は不定期更新をお待ちください。


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第102話 鬼ママ、大いに怒る

書き溜めないんですが、オクト編が終わるまでは頑張って毎日投稿したいです。


 スノウが仕掛けた爆弾に吹き飛ばされた瞬間、どういうわけかかつて見た光景がオクトの脳裏をよぎった。

 

 平穏で楽しかった、【シャングリラ】の皆とすごした日々。

 家族のように通じ合った……いや、takoにとっては家族よりも心を通わせ合っていた仲間たち。

 【シャングリラ】は実力重視のクランでありながら、アットホームな雰囲気を重視していた。オーナーであり店長でもあったtakoが、そうした居場所を望んでいたからだ。

 みんなが兄弟姉妹のように時にじゃれ合い、時にケンカし、互いに腕を高め合いながら勝利に向かって協力する。そしてtakoは彼ら彼女らの母親のように子供たちを見守り、疑似家族となれる場を提供し、守り抜く。

 

 それはtakoにとっての友人たちとの理想の関係であり、彼女がそれまで生きてきた25年間の人生で最も幸福だった日々でもあった。

 できることならいつまでも新しい家族との幸せな生活を続けていきたかったし、あんなことが起こらなければ『創世のグランファンタジア』がサービス終了した後も仲間たちと新しいゲームへ移住していただろう。

 

 本当に、本当に楽しく幸せで、かけがえのない家族。

 

 だからこそ、takoはそれを奪った者たちを許せない。

 裏切り者も、襲撃者たちも、いずれ必ず報復しなくてはならない。

 その身に流れる血が沸々と煮えたぎり、流血で奴らの罪を贖わせろと叫ぶのだ。奪われた分だけの絶望と悔恨を刻んでやらねば収まらぬと吼えるのだ。

 奪われたものが大事であれば大事であるほど、彼女の憤激は燃え盛る。

 

 そして家族を奪った者たちと同じくらいに、奪われた家族を騙る者を許すことはできない。

 それは彼女の家族を侮辱する行為だ。あの輝ける日々を嘲笑う非道だ。

 速やかにその正体を暴き、八つ裂きにして二度と立ち直れないトラウマを刻んでやらなくてはいけない。

 

 

「待っていろシャイン!! 今すぐ暴いてやるッ!!」

 

 

 オクトは頭を振って過去の甘い幻を脳裏から振り払うと、バーニアを噴かして爆風の衝撃から機体を立て直す。

 さらにそのまま一気にブースターを起動して土煙の中に飛び込み、強烈なGに耐えながら逃げたシャインを追跡した。

 

 

(機体のダメージが溜まっているが……まだいける!)

 

 

 先ほどの爆風とシャインとの戦闘前のレイドボス戦によって機体には相当なダメージが蓄積していたが、まだHPゲージは半分ほども残されている。

 それにシャインも手負いのはずだ。オクトの前に現われる前に部下たちとの激戦を潜り抜け、あまつさえ半ば自爆めいたトラップで爆風を受けている。ほぼ瀕死のダメージを受けているのだから、後ひと押しで撃墜できるだろう。

 

 

「本物か……偽者か……」

 

 

 もくもくと視界を塞いで立ち込める土煙の中を飛翔しながら、オクトはひとりごちる。

 2年ものブランクがありながらシャインの腕前は『前作』の頃とほぼ遜色がなかった。だが、だからこそオクトは疑う。

 【特区】で2年過ごした間、ゲームに触れる機会はほぼなかったはずだ。それなのに当時とほぼ変わらない腕前というのが引っかかる。このゲームを始めてからの短期間で、既にリハビリは済ませたというのか。

 むしろ当時の腕を再現したAI(偽者)だから、という方がしっくりくる。

 

 しかしシャインはトップ7ほぼ総出の英才教育の結果とはいえ、わずか1年でビギナーから国内最高レベルまで上り詰めた逸材だ。

 その噂を聞き始めてから2カ月になるが、それだけあればブランクを埋めるには十分とも考えられる。

 あまりにもシャインが特異な存在ゆえに、オクトはその素性を図りかねていた。

 異常者に異常扱いされるメスガキとは。

 

 

 そして何よりオクトに疑念を抱かせているのは、通信ウィンドウのスノウの頭に座っていたあの妖精ともメイドともつかないAI(ディミ)だ。

 

 ――()()はなんだ? 

 

 あんな高度な知性を持つペットAIが現時点で存在するはずがない。

 オクトがとあるツテから得た情報では、高知性型ペットAIが解禁される予定こそあれど、それは当分先のことになるという話だった。

 そして何よりもあまりにも()()()()()()()()()

 声質は違う。口調も違う。顔と姿は論外だ。

 だが少し話しただけでもわかるくらい、エコーと性格が似ている。

 

 だからオクトは、ディミこそが『シャイン』の本体なのではないかと疑っている。2年前のシャインを模した戦闘AI(スノウ)を戦わせ、その検証結果を『母体』に送信する役目を担う、エコーを模したデータ収集用AI(ディミ)

 あのGMならばそういった悪趣味なことをしても不思議ではない。

 

 だとすれば、それは二重の意味での『偽者』ということになる。

 仮にそうなら、決してその存在を許してはいけない。

 母親である私は、家族を侮辱する存在の悉くを滅さなくてはならない。

 

 

「見つけた……ッ!?」

 

 

 土煙が晴れた先、シャインは天井に大きく開いた穴から地上へと逃れようとしていた。

 だが、その有様はオクトを絶句させるものだった。

 

 美しく白銀に輝いていたボディは爆風に焼け焦げ、もはや満身創痍。

 ブースターが破損しているのかこれまでオクトに見せてきた機敏な動きは今や見る影もなく、機体の制御もおぼつかないほどによろよろとした動きだ。

 あたかも脚の先をもがれた蟻が、なんとか生き延びようと這い歩いているかのような、見る者の憐憫を誘うようなみっともない動作。

 

 

「何ということだ……」

 

 

 オクトの胸中に真っ先に浮かんだ感情を一言でいえば、それは『失望』だった。

 なんて無様で、情けない動作だ。

 確かにシャイン(虎太郎)は度を越した臆病者で、強く出られるとすぐ涙目になるような情けない一面もある子だが、その分だけ狡猾で用心深く、そして何よりも負けん気があった。

 内心で怯えれば怯えるほど、その怯えをバネに無駄に強がって虚勢を張るような子だった。どうしようもないほど怖がりだが、しかし相手から見下されたままでいることだけは許せない、その矛盾こそがシャインだ。

 

 そのシャインがどれだけ窮地に追い込まれようが、断じてこんなみっともない醜態を晒すはずがないのだ。

 

 

「こんなものが私のシャイン(我が子)であるわけがない……ッ」

 

 

 次にオクトの胸に燃え上がったのは激しい怒りだった。

 真っ赤に燃える紅蓮の感情が脳裏を埋め尽くすほどに燃え上がり、操縦桿を握る指をぶるぶるとわななかせる。

 

 ついに化けの皮を剥がした。

 恐らくこれほどまでに瀕死の状態に追い込まれることを想定していなかったのだろう。シャインを模した戦闘AIはここに至って馬脚を露わし、本物がとるはずもない無様な動作を取り始めた。

 

 しかしそれがなんと神経を逆撫ですることか。

 愛する家族を名乗り、その帰還を騙り、オクトにもしかしたらと僅かな希望を持たせておきながら……それを裏切り、みっともない本性を晒す存在。

 

 許せない。

 許せない。許せない。許せない。

 

 その名前が、仕草が、言動が、醜態が、すべてがオクトの堪忍袋の限界を超過している。

 ならばどうする。

 

 激情に震えていたオクトが、すっと無表情になった。

 

 

「……丁寧に殺そう」

 

 

 シャインがにわかにこちらを振り返り、わたわたと無様な動作で慌てて地上へと逃れる。

 オクトは無言でその後に続き、天井に開いた縦穴から地上に向かった。

 

 怒りが収まったのではない。

 高温すぎる炎が赤から青くなるように、その憤激は最早オクトの臨界点を超えていた。

 

 もはやただ殺しただけでは殺したりない。

 その手足の1本1本をゆっくりともぎ取ろう。

 腕と脚で四ツ。胴で一ツ。銀翼で一ツ。頭で一ツ。じわじわと順番に引き千切り、最後に恐怖に震えるコクピットを抉り取って一ツ。

 都合八ツに裂いて、本物のシャインへの餞別(はなむけ)としよう。

 

 

 

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============

========

 

 

 

 縦穴をくぐると、無数の柱が立ち並ぶ大広間に出た。

 

 もはや逃げきれないと悟ったのか、シャインは唐突に振り向いて“八裂(オクト機)”に向かって突進してくる。

 確かに先ほどの狭い縦穴で迎え撃つよりは、広い空間で戦う方が戦いやすいだろう。だが、それはオクトにとっても同じことだ。

 むしろ今の満身創痍の機体(ハード)と、誤作動で馬脚を露したAI(ソフト)の偽者が相手なら、万全のオクトの方がよほど有利なのだ。

 

 オクトは最早何か口にするのも馬鹿らしく感じ、無言で弧を描くように機体を移動させてその無謀な突進を逸らした。

 決死の突撃をいなされた白銀の機体は、間髪を置かずブレードとビームライフルを抜き放って八裂に向かって飛びかかる。

 

 

 乾いた遺跡の空気の中を切り裂いて2騎のシュバリエの機影が交錯する。

 

 片方は流線形のボディを持つ白銀のシュバリエ。

 そしてそれを圧倒するのは、ごつごつと節くれだった四肢を持った真紅のシュバリエ。白銀の機体よりもひと回り大きなシルエットの肩に刻まれた“8”の数字が闇の中で揺れる。

 

 ブレードとビームライフル、そして蹴りを混ぜ合わせながら、果敢に真紅の機体へと攻めかかる白銀のシュバリエ。攻撃のパターン化を防ぎ、相手の意表を突くことを狙った本気の攻撃。

 

 しかしその攻撃のことごとくが、真紅のシュバリエには通じない。

 左右にゆらゆらと機体を振りながら白銀のシュバリエを追尾し、繰り出される攻撃を陽炎のように避けてしまう。

 精密極まりないはずの白銀の機体の攻撃が、すべて先読みされてしまっていた。

 ……確かにシャインを再現しようとしただけのことはあるのだろう。

 ビームライフルのエイムはさほどではないが、ブレードと体術の組み合わせはまあまあのセンスを感じる。これが人間なら【ナンバーズ】へのスカウトを考えてもよかった。

 しかし『シャイン』としては赤点もいいところだった。

 

 オクトはバグったAIの必死の抵抗を見切り、かわしていく。カウンターを入れれば即座に叩き潰せるだろう。しかしそれではまったく気が晴れない。

 その気になればいつでもお前を殺せるということを示してAIに恐怖を与えるために、オクトはあえて防戦を貫き、じわじわと追い詰めていった。

 

 

「弱い」

 

 

 何十回目かの攻撃を回避してから、真紅の機体のパイロットがため息をつくように呟いた。

 

 

「単調な攻撃だ。本当にこれで当てようと思っているのか?」

 

「……ッ」

 

 

 白銀の機体の中で奥歯を噛む偽者(スノウ)に、真紅のシュバリエのパイロットが傲然と語り掛ける。渋みを感じさせる、落ち着いた男の声色。

 その合間にも繰り出され続けるシャインの攻撃をかわしながら、彼は呟く。

 

 

「がっかりだな。これで私の弟子を名乗ろうとは」

 

「くっ……! まだ終わってないッ!」

 

 

 そう叫びながら繰り出される、シャインのブレードの一撃をなんでもないようにスウェーでかわし、真紅の機体のパイロットは煩わしそうに眉をひそめた。

 

 

「お前にしゃべっていいとは言っていない。弱者がさえずるな、耳が穢れる」

 

 

 その言葉と共に真紅のシュバリエが前蹴りを繰り出し、シャインの腹部をしたたかに蹴り付けた。体重の乗った蹴りに、シャインが後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ぐうっ……!」

 

 

 背後にあった柱に叩き付けられたスノウが呻き声を上げる。

 そして彼女が視線を上げたとき、既に正面には()()のブレードを構えた真紅のシュバリエが処刑人のようにシャインを見下ろしていた。

 

 

「消えろ、偽者」

 

 

 次の瞬間、ブレードがシャインに向かって振り下ろされる。

 大上段の左右から2ツ、横薙ぎに1ツ、斬り上げて1ツ。

 別方向からまったくの同時に繰り出される4つの斬撃は、たとえ相手がどれほどの達人だったとしても決して逃すことはない。これこそがオクトの必殺技。

 

 もはやシャインに逃れる術などなく、4本のブレードはシャインの手と脚を刎ねた――。

 

 

「なんてな」

 

「……何?」

 

 

 スノウの声色から恐怖の欠片も感じとれず、オクトは眉をひそめて四肢をもがれたシャインを見下ろした。

 いよいよ本格的にバグったか?

 

 ……いや。待て。手ごたえが変だ。

 関節を狙って斬ったのに、斬ったときの手ごたえが想定より固い。見た目と実際のサイズが一致していない。

 違和感にひやりと背筋に汗を浮かべたオクトが見つめる先で、刎ね飛ばしたはずの腕と脚がみるみる黒く、別の形へと変化していく。

 

 そうだ、そもそもおかしい!

 シャインは右肩を破損していたはずなのに、先ほどは両腕を十全に使って戦っていた。

 それにブースターが破損したとしてもシャインがあんなよろけた飛び方になるわけがない。何故ならあの機体の銀翼“アンチグラビティ”は重力制御によってブースターなしでも飛行が可能なのだから!

 

 

 

「しまっ……!?」

 

「必殺! グラビティ……『メスガ』キィーック!!!」

 

 

 スノウとディミの叫びと共に、一時的に増大した重力を乗せた一撃必殺の飛び蹴りが上空から“八裂”の背中に突き刺さる!

 

 

「うおおおおおおおおッッッ!?」

 

 

 すんでのところで背後からの殺気に気付いたオクトは、急いでバーニアを起動して前方に跳躍することで威力を減衰させるが、それでも痛烈なダメージによってHPゲージがガリガリと削れていく。

 

 渾身の一撃を叩き込んだ『本物』のシャインは、距離を取るオクトを油断なく睨みながら、四肢をもがれた『偽者』のシャインのそばにしゃがみこんだ。

 

 

「ありがとう、ミケ。何もかもキミのおかげだよ」

 

「フフ……拙者ごときでも役に立てましたか。死兵となった甲斐がありましたな」

 

 

 『偽物』のシャインがまとっていた擬態が解けて、頭部と胴体だけになったミケの機体が姿を現わす。

 その腹部に抉られた穴に埋め込まれたウツセミキューブが地面に転がり落ち、カチンと澄んだ音を立てて粉々に砕け散った。

 

 本来なら幻影を投影した瞬間に決めていたポーズしか取れず、その場から動くこともできないチープな変装道具のウツセミキューブだが、例外はある。肌身離さず携帯し、常時幻影を更新し続けるという方法だ。これによって別の機体に化けることすら可能である。

 しかし両腕は本物のシャインから借り受けた武器を手にするために塞がっていたので、どうしてもウツセミキューブを収めるためのスペースが別に必要だった。そのために彼女は切腹を行ない、そこにウツセミキューブを埋め込んだのだ。

 

 

 スノウの自爆覚悟のトラップによって巻き起こった煙の中で、密かに待機していたミケとスノウがすり替わり、ミケは必死に『偽者』を演じてオクトと死闘を繰り広げたのである。

 本物のシャインによる必殺技でオクトを追い詰める、ただその目的のためだけのミケ一世一代の演技であった。

 本物のシャインから武器を借りていなければ、騙しきれなかっただろう。

 怒りの臨界点を超えたオクトがじわじわと嬲り殺す気になっていなければ、あっさりと叩き潰されて終わりだっただろう。

 

 オクトの性格を嫌というほど知り尽くしたスノウと、主人のために犠牲を含めたあらゆる方法を取る覚悟があるメイド隊が、頭を突き合わせて真剣に悩み抜いたからこそオクトを騙しおおせたのである。

 

 

 真相を察したオクトはこめかみに青筋を浮かべ、慎重に距離を取りながらミケの機体を見つめた。取るに足らない虫けらに、まんまといっぱい食わされた。

 騙された怒りと、自分の迂闊さに新たな怒りがこみあげてくる。

 

 

「替え玉だと……!? シャインに化けて私と戦ったのか、ペンデュラムの無能な取り巻き風情が!!」

 

「おや、カイザーの取り巻き風情が面白いことをおっしゃる。無能な拙者に騙された貴方はド無能ということになりますな?」

 

 

 コクピットの中からミケはクックッと心から愉しそうに声をあげる。

 そしてオクトにニヤリと笑い掛けた。

 

 

「そうやって他人を見下してかかっているから、足元を掬われるのです。主君のために忠を尽くし、身命を賭してこそ本懐を為す、そんな戦い方もあるのでござるよ。貴方のような不忠者には決してわからぬでしょうがね! ああ、ようやくムカつくジジイに一矢報いれた。まっこといい気分でござるなあッ! あーはははははっ!!」

 

「…………ッ!!」

 

 

 オクトは無言でビームライフルを取り出すと、哄笑を上げるミケ機のコクピットを撃ち抜いた。

 高圧熱線の直撃を受けたミケの電脳体(アバター)は即座に絶命し、一瞬の後にミケのシュバリエは爆発を起こして消滅する。

 

 

「おやおや?」

 

『おやおやおやおや?』

 

 

 そんな余裕のないオクトを見て、スノウとディミが笑みを浮かべる。

 

 

「どうしたのtako姉? 悔し紛れにトドメを刺しても、ミケに騙された事実は消えないよ」

 

『うぷぷ、もしかしておしゃべりする気力もなくなっちゃったんですかね?』

 

「少し黙ってろ、末っ子ども……余計なことを口にすると、その分だけお仕置きが痛くなるぞ」

 

『……末っ子?』

 

 

 こきゅんと小首を傾げるディミの頭を撫でてから、スノウは通信ウィンドウ越しにオクトに指を突き付けた。

 

 

「あれれ? もしかしたらボクたちこのまま勝っちゃうよ、tako姉。何しろ奥の手を無駄打ちしちゃったんだもん」

 

 

 そう口にするスノウのスクリーンには、4本の腕を下げた“八裂”の姿が映し出されていた。

 甲虫を想起させる“八裂”のごつごつしたフォルム。その特徴を最も示す肩部のパッドを押し上げて隆起するのは、先ほどまではなかった2対の巨腕。

 予備の武器と共に肩部に格納された副腕を起動し、瞬時に同時攻撃を繰り出すことこそがオクトの必殺技の正体だった。

 

 追跡中の攻防でも出さなかった奥の手を『偽者』に使ってしまったオクトは、スノウの不意を打つ唯一の機会を空費してしまったことになる。

 わからん殺しを仕掛けるチャンスを逃して、ねえねえ今どんな気持ち?

 

 オクトはふうっとわずかに息を吸うと、ビームライフルを肩の武器庫に収めてブレードに持ち換える。

 そして大小2対4腕のブレードをシャインに向けて言い放った。

 

 

「ぬかせよ小娘。最早葬るのに小細工は不要。真っ向から挑んで切り捨てられぬ道理なし」

 

「ふーん。だけどそこまでHP削れりゃ、まぐれでも2、3発当てればボクの勝ちだよ?」

 

「私を追い詰めたとでも? 追い詰められたのは依然として貴様だ。もはや逃げ場はない。いざ覚悟して……散るがいい」

 

 

 シャインはブレードとビームライフルを構え、“八裂”は4本のブレードを手に互いを睨み付ける。

 互いに満身創痍、技量だけが試される薄氷の上を渡る戦闘。

 

 

「「いざ、尋常に!!」」

 

 

 薄汚れた白銀と赤熱する真紅、同時に距離を詰めた2つの機影が交錯する!



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第103話 人間の証明

「「いざ、尋常に!!」」

 

 

 その叫びと共に、シャインと“八裂”の2つの機影が交錯する。

 手にするのは互いに一撃必殺の高振動ブレード、今の満身創痍の両騎にとっては当たれば即撃墜の大ダメージを受けることは必定。

 

 

「はああああああああッ!!」

 

 

 “八裂”の右からの2本同時のブレードが、オクトの裂帛の気合と共に襲い来る。

 それを予測した瞬間に、シャインは高振動ブレードと“ミーディアム(ビームライフル)”を投げ捨てた。

 

 

「“スパイダー・プレイ”!!」

 

 

 代わりに両腕から放つのは、ウィドウメイカーから得た腕パーツの特殊技!

 白い粘糸と共に噴出されたワイヤーがオクトの右側の二腕を絡め取り、がっちりと固定する。ナノ単位での緊密な結合力を誇る繊維は、いかに剛力を持つ機体であってもそうそう簡単には外せないはず。

 

 

「獲ったぁっ!!」

 

 

 相手の腕を奪ったことにスノウが笑みを浮かべる。

 この大一番で相手に当てることを前提としてがむしゃらに剣を振り抜くつもりなんて、スノウの頭には最初からない。

 ただでさえ技量はオクトの方が圧倒的に格上。加えて相手のブレードは4本もあるのだ。四刀流などというふざけた戦い方をする相手に、近距離レンジでチャンバラなど愚の骨頂。絶対に相手の土俵で戦ってはいけない、かつて虎太郎にそれを教えてくれたのは他ならぬtakoだった。

 

 このまま壁面に投げ付ければ……!

 シャインがワイヤーを通じて“八裂”の重力を操作して投げようとした矢先に、オクトがぽつりと呟いた。

 

 

「なるほどな、バーニー仕込みの柔術か。随分とそれをアテにしているようだな。確かに私が教えた剣術よりは、お前に合っていた」

 

 

 まるで意にも介していないようなその口調に、スノウの背中が総毛立つ。

 

 

「グラビティ・一本背負……!」

 

「投げ技が通用するのは、相手の不意を打ったときだけだ」

 

 

 オクトがそう口にするなり、“八裂”は絡め取られた2本の右腕をぐいっと引っ張り、腕2本分の凄まじい膂力でシャインを()()()()()

 

 

「ぐっ!?」

 

『き、騎士様! まずいです、パワー負けしてますよっ!?』

 

 

 元より高機動型のシャインと、パワー重視の“八裂”では出力が違う。

 それでもこれまでシャインが投げ技を切り札として戦ってこれたのは、重力を操作する銀翼“アンチグラビティ”と、まさかロボット同士の機動戦で投げ技を使われるわけがないという固定観念が相手にあったから。

 だが。

 

 

「お前の切り札は既に知っている。お前は配信などすべきではなかったぞ。自らの手の内を不特定多数に明かすなど愚かにも程がある」

 

 

 その言葉と共に“八裂”の左の二腕が振りかぶられる。

 じりじりと引き寄せられているシャインの首を刎ねようと待ちわびるかのように。

 その様は捕食者そのもの。蜘蛛の糸に絡め取られたのは、オクトではなくシャインの側だとしか言えなかった。

 

 

「固定観念に囚われたのはお前の方だ、シャイン。戦闘において視野を広く持て、ひとつの戦術に囚われるなと……私はあれほど教えたはずだが。まだ骨身に染みていなかったか?」

 

「まさか。tako姉のスパルタ教育は忘れたくても忘れられないよ」

 

「とてもそうとは思えんがな。高機動がウリの機体に乗っておいて、この無様……!」

 

 

 そう口にして、オクトはハッと頭上を見上げた。

 

 

「まさか!」

 

「今だ、シロ! タマ! やっちゃえ!!」

 

『ラジャーー!!』

 

 

 スノウの合図に応えて、シロとタマは一斉に起爆装置を起動した。

 

 シャインとオクトが戦っていたのは、“マガツミ遺跡”の大ホール。

 平均10メートルもの全長を持つシュバリエをもってしても、なお見上げんばかりの巨大な白亜の石柱が立ち並んでいるエリア。

 その中央で動きを固定された2騎に向かって、根元から爆破された石柱が一斉に倒壊する!

 

 

「シャイン! お前っ!!」

 

 

 ワイヤーをさらに引き絞り、“八裂”の腕を固定しながらスノウは口元を歪めた。

 

 

「折角のフィールドギミックだ! トラップに使わないと損だよなぁ、tako姉!? 罠は二重三重に張れって教え、ボクは忘れたくても忘れられないからさ!」

 

 

 罠に引き込まれたのは、やはりオクトの側だった。

 シロとタマを先行して地上に送り出したのは、このトラップを仕掛けるため。ほとんどの敵がスノウを追って地下に来ている状況なら、シロとタマが発見される可能性も薄い。

 最後の仕上げに自分を囮とすることで、スノウはオクトを仕留めるトラップを組み上げたのだ。

 

 白い蜘蛛糸に覆われた腕をギリギリと軋ませながら、オクトが舌打ちする。

 

 

「これで私を押し潰そうと? 私を道連れにするつもりか」

 

「ボクがしがみついたままじゃ、逃げようにも逃げられないだろう?」

 

「勝てぬと思って相打ちに逃げるか」

 

 

 オクトの言葉を聞いたスノウは、ニタァと笑みを浮かべた。

 

 

「あっれえ~? これってtako姉的には引き分けに入るの? ボクの主観なら完っ璧にボクの勝ちなんだけどなぁ?」

 

「なんだと?」

 

「だってそうだろ? こんだけの大人数をけしかけて、ボス部屋に大掛かりなトラップもシコシコこしらえて、そのうえでボクの罠にかかって撃墜とられるんだよ? こんなのどう見たってボクの勝ちじゃん! 残念でしたぁ!」

 

『……それもそうですね! 《ナンバーズ》100騎がかりでようやく騎士様1人を倒せるなんて、情けなさすぎますよねー!! ぷぷー!!』

 

 

 ここぞとばかりに煽り倒して口喧嘩に持ち込もうとするチームメスガキ。

 その煽りに、オクトの血管がブチ切れた。

 

 

「クソガキどもがああああああああああああっっっっ!!!」

 

 

 血を吐くようなその叫びが、降り注ぐ瓦礫によって埋もれていく――。

 

 

 

=====================

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=============

 

 

 

「ど、どうニャ……!?」

 

「…………」

 

 

 大ホールの上空から、2騎のシュバリエが惨憺たる有様となった地上を見下ろす。

 

 自分ごとトラップで生き埋めにしてくれ、とスノウに言われたときはコイツ正気かと思った。

 だが、実際オクトの技量はあまりにも常人と比べて図抜けている。常軌を逸した反射神経、四腕のブレードをまったく同時に操るというどうやって操作しているのか理解不能な戦闘技術。

 数十騎の手練れと正面からやりあっても、確実にオクトが勝つだろう。

 あのスノウですら、奇計にかけなければ勝てないという。

 

 ならば相手の意表を突き、策を何重にも仕込み、必殺のトラップで仕留めるしかない。スノウの主張はまったく当然のことだった。

 

 もうもうと土煙が上がる地上は、先ほどまでの轟音とは打って変わって静まり返っている。

 さすがにこの大質量の瓦礫に覆われては、あのオクトとはいえ無事では済まないはずだ。“八裂”もここに来るまでに相当ダメージを受けていた。

 

 タマはこれフラグだしなーどうしようかなーと言おうかどうかすごい迷って、苦渋の表情を浮かべながら結局言った。

 

 

「……やったか!?」

 

「いえ」

 

 

 ソナーを地上に向けていたシロが、眉間に皺を寄せながら沈痛な表情で否定した。

 

 

「……まだ、健在です」

 

 

 その瞬間、瓦礫の一部が吹き飛び赤い機影が地上に姿を現す。

 瓦礫によって脚は押し潰され、肩も頭も無残にひしゃげてはいたが……。

 

 

「ハハハハハハハハハハ!!! 私は! まだ! 無事だぞッッ!!」

 

 

 そう叫びながら、“八裂”が両の四腕を広げて哄笑する。

 そして右腕の二腕には白く光る蜘蛛糸が未だに絡みつき……そしてそこから伸びたワイヤーには、根元から切り落とされたシャインの両腕がぶらりと力なく垂れ下がっていた。

 

 

「あ、……あああ……シャインさんが……」

 

「そんな……ここまでやって、まだ……」

 

「及ばないッ!! まだ私には全然及んでいないぞ、シャインッ!!」

 

 

 崩落の瞬間、オクトが選んだのはスノウと共に埋もれることではない。

 自分だけは生き延びることだった。

 

 そこでオクトは即座にブーストをかけてシャインに突撃し、自分の身動きを封じるその両腕を健在な左腕の二刀で切断。

 そのままスノウにトドメを刺そうとしたが、腕を落とされたシャインがすかさず後退したためにその場を離脱。

 そして降り注ぐ瓦礫を左の二腕を使って「すべて叩き切った」。

 

 率直に言って人間業ではないが、かつてtakoは【シャングリラ】が焼き芋大会を開いたときに、降り注ぐ落ち葉すべてを真剣で切断する余興を披露したことがある。takoはふふんと得意満面だったが、正直全員ドン引きしていた。素で人間以上のスペックを持つガチ超人と正面からゲームで勝てるわけないだろいい加減にしろ。

 

 そんなオクトにとっては降り注ぐ瓦礫をすべて叩き落とすことは決して不可能なことではない。いくつかの瓦礫の破片で機体は傷付いたものの、直撃は免れたまま瓦礫でドームを作って生き延びていた。

 

 

「どうだ? 引き分けでも私の負けだ、などと言っていたが……」

 

 

 “八裂”が右腕を持ち上げ、ぶらりと垂れ下がったシャインの腕を引き寄せる。その腕の残骸に向かって、オクトはニヤリと笑った。

 

 

「これならば完全に私の勝ちだろう、シャイン?」

 

「ひええ……サイコ師匠だニャ……!」

 

 

 その光景に、タマがぶるっと体を震わせる。

 

 そんな有象無象の雑魚の呟きに、ついっと“八裂”が視線を向けた。

 

 

「ペンデュラムのお付きの参謀か」

 

「ひいーーーっ!? こ、こっち見たニャーー!?」

 

「正直無視してもいい虫けらだが……偽物のシャインの入れ知恵とはいえ、私の“八裂”に傷を付けたのだ。しっかりと制裁はさせてもらわねば、怒りが収まらんな」

 

「あわわわわわ……よ、弱い者イジメ反対ニャーー!?」

 

 

 あわあわと右往左往するタマ機を見て、オクトは鼻を鳴らす。

 横にいるシロ機はショックで何もできないのか、諦めてしまったのか、ただ立ちすくむばかりだ。

 

 そんな2機を仕留めてこの戦場を終わらせようと、オクトは四腕を広げる。

 

 

「……」

 

 

 オクトはわずかに眉をしかめた。

 ぶらりと垂れ下がったシャインの腕が邪魔で、右腕を思うように振るえない。

 さっさとワイヤーを切断してしまいたいが、まあいい。

 とりあえず目の前の雑魚を始末してからゆっくりと取り外そう。

 

 そう思いながら銀翼を広げ、タマとシロに向かって飛翔してから……。

 

 そこでやっと違和感に気付いた。

 

 

 ……何故、まだシャインの腕がぶら下がっている?

 

 『七翼のシュバリエ』では、撃墜された機体はリスポーンと同時にいったん戦場から消失する。機体がどれほど損傷していても、リスポーン後にはダメージはすべて全回復するのだ。たとえ腕が千切れ飛んでいようが。

 なのにまだシャインの腕が自分の機体にぶら下がっているということは。

 シャインがリスポーンする気力も失っているか、あるいは……。

 

 

「まだ、この戦場に……」

 

「終わって、ないッッッ!!!」

 

 

 その瞬間、シロが後方に向かって展開していたステルスフィールドを解除。

 シロの背後に潜んでいたシャインが、全身を回転させながら“八裂”に向かって飛び蹴りを繰り出した!

 

 

「ご武運を!」

 

「グラビティ・キリモミ・『メスガ』キーーーーック!!」

 

 

 スノウとディミの叫びが重なり、重力操作による旋回で破壊力を増したキックが“八裂”のヘッドを粉砕する!

 

 

「ぐあああああああっ!? な、なんだと……!?」

 

 

 頭部のメインカメラを封じられたオクトが、必死の姿勢制御で衝撃を軽減する。

 

(一体どうやってあの瓦礫を……そうか、重力操作!)

 

 

 シャインに装備された銀翼“アンチグラビティ”は接触した物体に働く重力をある程度軽減することができる。

 それを利用して、自機に石柱が覆いかぶさった瞬間に石柱の重量を軽減。その状態で一気に飛翔して、瓦礫の雨を突破したのだ。石柱と接触したタイミングがほんの一瞬でもずれていたらそのまま押し潰されていただろう。

 

 そしてオクトよりも先に地上に出るとシロの背後に回り、彼女の機体が装備しているステルス機能でオクト機のレーダーから身を隠した。

 シロがまるで動かなかったのは、少しでも動くと身をかがめて丸まっているシャインに気付かれてしまうためだ。

 

 

(よくもこの短時間で次から次へと……!)

 

 

 頭がいい子だった。

 何でも教えたことはスポンジが水を吸い込むように吸収した。

 それが面白くて、みんながよってたかって技術を教え込んだ。

 だけど、ただ物覚えがいいからトップ7になれたわけではないのだ。

 技術など所詮は知識に過ぎない。扱う者次第でそれは在り様を変える。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 スノウは喉の奥から、魂の底から迸る絶叫を上げながら、“八裂”に向かって蹴りを繰り出す。

 普段のスノウならここでいったん逃げることを選んだだろう。

 

 何しろ根が臆病なのだ。

 チキンで、弱虫で、怖がりなのだ。

 だからいつも仮面を被って偽っている。ビビリで臆病な大国虎太郎ではなく、国内最強のクラン【シャングリラ】のトップ7に相応しい、傲慢不遜なスノウライトを。

 

 だけど今は逃げる時ではない。

 両腕をもがれた。策はすべて使い切った。仲間に頼るだけ頼り尽くした。

 ここで逃げても、もう勝ちの目は拾えない。

 

 それならもう、攻めるだけだ。

 弱っているのは自分だけじゃない。たとえ格上のオクトでも、どれだけ相手に近接戦の分があっても、万に一つの勝ちを拾うには攻めるしかない。

 

 

「ボクは! ここで! 師匠に打ち勝つッッ!!」

 

「吠えたな小娘が!!」

 

 

 稲葉恭吾(バーニー)が虎太郎に仕込んだのは柔術だけではない。彼は日本武術界の二大最強流派と謳われる“稲葉流古武術”をきっちりと叩き込んだ。その中には徒手空拳の格闘技も含まれている。

 いや、古武術にとっては徒手空拳こそが一番大事なのだ。刀折れ、矢尽きとても、人間にはまだ二本の腕と二本の脚があるのだから。

 

 その二本の腕すら失っても……闘志さえ折れなければ、まだ脚がある!

 

 シャインが繰り出す連続の脚技が、怒涛の嵐となって“八裂”に叩き込まれる。

 

 メインカメラを失ったオクトは不自由なサブカメラでその動きを捉えるしかない。

 だが、オクトとてそれでなすすべもなく負けはしない。

 たとえ相手の動きが完全に見えなかったとしても。

 

 

「お前の動きはすべて把握している」

 

「……!」

 

 

 シャイン。私がすべてを教え込んだ、愛しい教え子。

 だからこそ、お前がどんな動きで襲ってくるのか、私にはわかる。

 

 “八裂”の右二腕はもう使い物にならない。

 だから左の上腕を振り上げて、シャインの頭部を刎ねた。

 シャインのメインカメラが潰れる。もう満足に敵を見据えることもできまい。

 

 だが、それでもスノウは諦めない。

 見えなかったとしても、敵の位置はまだわかっている。

 その方向に向けてハイキックを繰り出して……。

 

 

「それも読めているよ、シャイン」

 

 

 むしろ穏やかな声色と共に、“八裂”の左の下腕が、蹴り上げられたシャインの左脚を切断した。

 

 

「…………ッ」

 

 

 これで終わりだ、とオクトは内心で呟いた。

 もうHPもロクに残ってはいまい。武器もない、首も四肢も満足に残ってない。

 文字通り手も足も出るわけがない。

 

 何より、虎太郎(シャイン)は元より争うのが好きな子ではない。だからこれで闘志は挫ける。

 戦う意志が折れたとき、戦士は死ぬ。

 

 かつての経験の故にこれで十分と判断してブレードを納めようとしたオクトは、一瞬反応が遅れた。

 

 

「まだ……右脚とこの翼が残ってるだろッ!!!」

 

 

 ()()()()

 スノウは叫びを上げながら、シャインの銀翼を激しく発光させる。

 

 オクトは目を見開き、信じがたいものをただ呆然と見つめた。

 

 

「……何故、折れない。何故、屈しない。私のシャインは、これで諦めるはず」

 

()だってなあ、2年前のままじゃないんだよ……。tako姉の見てないところで戦ってきた。『特区』でゲームに触れなくても、ずっとイメトレは欠かさなかった。次にみんなに会ったら、tako姉と戦ったら、こうしようって考え続けてきた……。だから! こんなところで、まだ……負けられないんだよぉッ!!」

 

「それが屈しない理由か? そうではないだろう。お前はそんなに心強い子ではなかった。他に理由があるはずだ。……そう」

 

 

 そしてオクトは目を細めて、見えないはずのシャインのコクピットを見つめた。スノウライトの頭の上に腰かけ、両手をぎゅっと握って祈るメイド姿の妖精を。

 

 

『騎士様、勝って!!』

 

「やらいでかぁあああああああああっ!!」

 

 

 ここで、勝つ。打ち勝ってみせる。昨日までの自分を越えるために。

 逃げたい、帰りたい、心の中で渦巻く恐怖を抑え付け。これまでだったら絶対に退くであろう死地の先へ、スノウライトは最後の一歩を踏み出す。

 

 それを眩しいものを見つめるように見て、オクトは微笑んだ。

 

 

「そういうことか。男の子だな」

 

 

 銀翼“アンチグラビティ”があらん限りの力を振り絞り、シャインを空中でぐるりと前転させる。

 その右脚に込められたのは、一撃必殺の重力加速。

 

 

「グラビティ・『メスガ』キーーーーック!!」

 

 

 “八裂”の残りHPすべてを吹き飛ばすこと必定のその重い一撃を、オクトは避けもせずに全身で受け止める。

 ミシミシと超重力の負荷が“八裂”の左肩にめり込み、まだ健在だった左上腕を崩壊させていくいく。

 

 

「ああ、間違いない。お前こそはシャイン。私の愛する弟子だ」

 

 

 オクトは穏やかな笑みを浮かべて呟く。

 シャインがシャインである証左を、しっかりとその身に受け止めた。

 

 人間にあって、AIにはないもの。

 それは輝ける意思。

 

 AIは人間と同じく技術を、知識を学習する。時には人間より上手に使いこなしもするだろう。

 だが、AIには輝く意思はない。前進したい、これまでの自分を塗り替えたい、這ってでも前に進みたい、そんな意思は持ち合わせていない。そんなものなくたって、学習速度に何の変わりもないのだから。

 

 だからこそ人間の持つ輝ける意思を、オクトは愛する。

 それこそが、今日まで人間をただの猿から霊長にまで押し上げてきたもの。ときにギラギラと欲望に歪み、他者を傷付けたとしても、それは人間だけが持つ宝。

 人間を人間足らしめるもの。ときに宿業(カルマ)と呼ばれ、ときに輝きと呼ばれる、前進する意思。

 それを【七慾】と称する。

 

 

(……負けてやりたい)

 

 

 自機の左の上腕を粉砕し、下腕までめり込むシャインの脚。

 それを感じながら、オクトは思う。

 

 素晴らしいものを見せてもらった。

 もう十分だ。愛する弟子にそう言って負けを認めてやりたい。

 

 

「だが」

 

 

 だからこそ。弟子を心から愛するからこそ。

 ここで負けてやるわけにはいかない。

 

 何故なら壁は高ければ高いほど、それを乗り越えたときに成長をもたらすのだから。

 

 

「やった……!」

 

 

 “八裂”の左下腕までもが粉砕され、スノウが顔を輝かせる。

 これでもうオクトのすべての腕はなくなった。仮にHPが残っていたとしても、戦闘は五分と五分に……。

 

 

「悪いな、シャイン。切り札は人に見せないものだと言ったぞ」

 

 

 オクトの言葉と共に、“八裂”の腹の横からもう一対の腕が飛び出し……青白く輝く左腕のブレードがシャインの右脚を刎ね、右腕のブレードがシャインのボディを刺し貫いた。

 

 

「……嘘だろ。6本の腕とか、どうやって操作してんのさ……」

 

 

 スノウが口元を引きつらせて呟く。

 そんな彼女がいるであろうコクピットに、オクトはじっと瞳を向けた。

 

 

「お前はまだ私に及ばない」

 

「みたいだね……今日こそはと思ったのに」

 

「だがよくやった」

 

 

 オクトの優しく穏やかな瞳。

 頭部が壊れ、通信機能が死んだ今はそれが見えるはずもないのに、スノウは満足そうに微笑んだ。

 

 

「そっか。じゃあ頑張ってよかったな」

 

 

 そしてシャインがバチバチと激しくスパークして……爆発を起こす。

 

 師弟対決はこうして、オクトの勝利に終わったのだった。



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第104話 マネーの力で横から勝利をもぎ取るマン

「あれだけやっても敵わなかったかニャ……」

 

 

 オクトに敗れたスノウがリスポーンするのを見ながら、タマはため息を吐いた。

 やれるだけのことはやったはずだ。

 こちらのキルゾーンに引き込み、ミケの術で騙し、タマの爆破トラップで押し潰し、シロのステルスで奇襲して、最後に全霊を懸けて挑んで。

 そのすべてを正面から叩き潰された。

 

 自分たちにできるすべてを出し尽くして、それでもなお及ばなかったのなら、あれは自分たちでは太刀打ちできる存在ではないのだろう。

 

 だが。オクトが満身創痍なのは確かだ。

 “八裂”のHPはスノウとの死闘で完全に底を尽いていて、ゲージはミリ残りの状態。

 ほんの一太刀、何か一撃でも入れられたのならきっと墜ちる。

 

 

「……やるかニャ? もしかしたらまぐれ当たりできるかもしれんニャ」

 

 

 タマがごくりと唾を飲み、レーザーライフルを持ち上げようとする。

 その殺気を鋭敏に感じ取り、“八裂”が機首をタマたちに向ける。

 頭部が破壊され、メインカメラもないはずなのにこの察知力。まさに闘争の申し子のような挙動に、タマの背中が総毛立つ。

 

 そんな相棒を見ながら、シロはゆっくりと首を横に振った。

 

 

「いいえ、やめておきましょう。私たちの腕であの方にかすり傷ひとつ負わせられるとはとても思えませんし~。それに」

 

「それに? ……うわぁ、こっち来るニャーー!?」

 

 

 会話する2機を撃墜しようと、“八裂”が銀翼を広げた。

 甲虫の羽根のような紋様を赤く輝かせ、二対のブレードを振りかぶりながらタマめがけて突進してくる。

 

 

「うわぁ! やめるニャー! タマは雑魚だから撃墜してもおいしくないニャーー!!」

 

「大丈夫ですよ、タマちゃん~。どうやら間に合ったようですから~」

 

 

 シロがそう言うと同時に、HUDの表示が切り替わった。

 勢力ゲージや残り時間といった、勢力戦で表示されるはずの一切のステータスが表示されなくなる。

 勢力戦が行われている間、これらのステータスは常に表示されているはずだ。それがなくなったということは、つまり。

 

 

「勢力戦は終了した。繰り返す、勢力戦は終了した。これ以降の戦闘行動はすべて味方勢力への無意味な損耗を強いる行為として社内規定により罰則が与えられる。全機体は直ちに刃を収めよ」

 

 

 強制的に通信を割り込ませて、戦場全体にペンデュラムの声が響き渡った。

 これにはオクトも一旦ブレードを振るう手を止める。

 

 

「……なんだと? どういうことだ、ペンデュラム君。後からのこのこと出てきて要領を得ないことを言うじゃないか」

 

「やあ、オクト殿。【シルバーメタル】との戦争への救援、感謝する。諸君らの救援行動によって随分と戦闘を有利に運べたようだな。どういうわけか、私の配下にまで攻撃を仕掛けているようだが」

 

「こちらの作戦行動の邪魔をしようとするのでな、戦況の大勢に影響が出ない範囲で“お引き取り”いただいていたのだよ。それで? 今更顔を出して、何がしたいのかね。戦闘は終わりだなどと勝手なことを言わないでもらいたいな。まだ戦闘は続いている。戦場に顔も出さない高貴な御仁には、戦況が読めないのかな?」

 

 

 気取った仕草で嫌味を口にするペンデュラムに、嫌味を返すオクト。

 だが、その内心ではここでペンデュラムが顔を出した理由を考えていた。

 

 

(戦闘は終了だ、これ以上は味方勢力への無意味な損耗を強いる、だと?)

 

 

 自分たちはペンデュラムが占拠する“マガツミ遺跡”への【シルバーメタル】の侵攻に対して、ペンデュラム側の救援として参戦した。少なくとも体面としてはそうだ。

 たとえ水面下で【シルバーメタル】と共謀してペンデュラム軍を攻撃していたとしても。

 

 今回投入された【シルバーメタル】と【ナンバーズ】の勢力はほぼ拮抗しているのだから、たとえペンデュラム軍が壊滅したとしても戦闘は終わらない。いつ戦闘を終わらせるのかは、【シルバーメタル】の上層部に鼻薬を嗅がせたオクトの匙加減ひとつだ。

 その前提を無視して、ペンデュラムが戦闘終了を宣言できる状況とは……。

 

 

「まさか! ペンデュラム、貴様……!」

 

 

 ハッと顔を蒼ざめさせたオクトに、ペンデュラムはしてやったりといわんばかりのいやらしい笑みを浮かべた。

 

 

「ご想像の通りだ、オクト殿。【シルバーメタル】は我々【トリニティ】の傘下クランとなったのだよ。より正確に言えば、【シルバーメタル】を運営する企業が私の管轄の子会社となったわけだ」

 

 

 企業買収。

 この状況を覆すために、ペンデュラムが取った逆転の一手とはこれだった。

 

 【ナンバーズ】と【シルバーメタル】の連合軍と自軍が戦っている間、ペンデュラム(天音)はリアル側で全力で動いていた。

 そして持てる政治力のすべてを動員して、ほんの数時間で【シルバーメタル】上層部の買収に成功。企業間の細かい契約に関するあれこれはすっとばして、ひとまず【シルバーメタル】を意のままにする権利を獲得したのだった。

 

 正直言ってめちゃめちゃ疲れた。

 特に今天音が入っているVRポッドの横でぜいぜいと荒い息を吐いている敏腕メイド長のクロへの負担がものすごく、主人が見てない隙にぐったりしている。

 天音自身もカリスマ性たっぷりの権力者ムーブを演じて圧力をかけまくったため、心労がひどい。

 

 だがその疲弊した内面などこれっぽっちも見せず、ペンデュラムは余裕綽々の気障な口調でチッチッと人差し指を端正な顔の前で振った。

 

 

「これでこの戦場に顔を出している全クランは【トリニティ】の傘の下に集った仲間というわけだな? 最早我々が争う理由などどこにもない。いや、オクト殿におかれては大変にご苦労だった。救援感謝するよ」

 

 

 そしてペンデュラムはニヤリと口元を歪める。

 

 

「特にキミたちは私が雇ったシャインとたくさん遊んでくれたようだね。おかげで私の動向に気付きもせず、無駄に戦闘を長引かせてくれたというわけだ。いやぁ、まったくお疲れ様だよ」

 

「ペンデュラム……!」

 

 

 オクトはギリッと奥歯を噛みしめ、得意げな若造の顔を憎々しげに睨みつけた。

 

 ペンデュラムの行動によって、大勢に大きな影響が出るわけではない。

 ただ単に【シルバーメタル】が【トリニティ】傘下になり、“マガツミ遺跡”は引き続きペンデュラムの管理地のまま収まるというだけのこと。

 強いて言うならペンデュラムがその政治手腕を周囲に知らしめ、【ナンバーズ】が恥をかかされたということくらいか。

 

 だが、ここでペンデュラム軍を完全に粉砕して心を折るというオクトの目論見は覆された。

 たとえオクトがシャインを破っていても、この戦闘は事実上ペンデュラムの勝ちだ。

 戦術的には【ナンバーズ】が優勢でも、その上の戦略面でペンデュラムに勝利を掠め取られた形となる。

 

 

 ……殺したい。

 今すぐこの手でペンデュラムの得意そうな顔を八つ裂きにしてやりたい。

 

 

 オクトは沸々と煮えくり返る怒気をゆっくりと吐いた。

 

 

 こいつは自分とシャインの神聖なる戦いを踏みにじった。

 シャインに戦わせておいて、自分はこそこそ暗躍して横から勝利宣言。

 許しがたい侮辱だ。

 私と愛するシャインの間に挟まろうなどと。

 

 味方殺しなど知ったことか。

 今すぐこいつのところに飛んで行って、四肢を切り落として命乞いさせねば気が収まらない。

 

 

(……でも)

 

 

 オクトの心の中で、もうひとりの自分が憤怒に震える自分を宥める。

 

 

(これはシャインちゃんの勝ちと言ってもいいんじゃないかしら)

 

 

 どういうことだ。

 

 

(だってシャインちゃんが私たちと戦わなければ、早期に決着がついてペンデュラムの軍を壊滅に追い込めたでしょう? でもシャインちゃんが頑張ったから、ペンデュラムは交渉を成功させる時間を取れた。つまりこれはシャインちゃんの勝利ということになる。どう?)

 

 

 ……なるほど。

 

 

 ふうっとオクトはため息を吐き、両腕に構えっぱなしになっていたブレードを納めた。ため息と共に怒気が放出され、急速に気分が落ち着いていく。

 

 それは悪くない。

 戦術では私が勝ち、戦略でシャインが勝った。

 今回はそれで矛を収めよう。

 

 

「いいでしょう、手勢を撤退させます。ペンデュラム殿、お見事なご手腕でした。会長の次期後継を狙う者としての片鱗を見せていただきましたよ」

 

「それはどうも」

 

 

 頭を下げ、慇懃な口調でペンデュラムの手腕を誉めながら、オクトは伏せた顔の下からペンデュラムの顔を睨み付けた。

 

 だが、お前はいずれ殺す。

 シャインとの戦闘の邪魔をしたお前は生かしておけない。

 覚悟しておけよ、ペンデュラム。

 

 

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========

 

 

「カタがついたようだな」

 

 

 【シルバーメタル】のエース・レイジは、戦闘を中断して一斉にログアウトしていく【ナンバーズ】の機体を眺めながら息を吐いた。

 

 正直言って、老体には堪える戦闘だった。

 いつまでも気は若いつもりでいるが、さすがに数時間ずっと集中しっぱなしで乱戦に付き合うというのは精神にクるものがある。

 やれやれ、俺も歳だねぇ……。

 

 そう言いながらも【ナンバーズ】から圧倒的なキルレシオを稼いでいるあたり、やはり彼もプレイヤーとしては一流ではあるのだ。

 その腕前がこれまでの【シルバーメタル】上層部に評価されていなかったとしても。

 結局彼らもレイジたち老人プレイヤーを利用して運営資金を獲得することしか頭になかったし、社会から用済みになった人材の再利用先くらいにしか思っていなかった。だからレイジの意思とは無関係に汚れ仕事を引き受けさせられたことも何度もある。今回のように。

 

 

「……さて、これからはどうなるんだろうなぁ」

 

 

 【シルバーメタル】上層部はクランを会社ごとペンデュラムに売り渡した。

 彼らはきっと自分たちはこのままの地位を維持できると思っているのだろうが、果たしてそんな変節をする連中を、ペンデュラムはこのままの地位にしがみつかせておくだろうか。

 

 そしてきっと自分たちの戦争への関わり方も変わっていくのだろう。

 ペンデュラムは優れたプレイヤーを喉から手から出るほど欲しがっていたと聞く。自分たちが投入される戦闘も、より熾烈なものへと変わっていくに違いない。

 さて、どこまで自分たち老骨についていけることやら。

 

 だがよ。

 

 

『貴方と交渉がしたい。当方には貴方が求めるものを提供する用意がある』

 

 

 ペンデュラムが自分を名指しで指名して通信を送りつけて来た時の言葉を思い出す。

 いきなり自分のような一介の老人プレイヤーを指名した彼に、レイジは胡乱な瞳を向けたものだった。

 

 

『俺に? 俺はただのプレイヤーだよ。そりゃ【シルバーメタル】の戦場指揮官を任されちゃいるけど、お上の意向には逆らえねえ。そもそも俺が求めるものって、何を提供してくれるつもりだ』

 

 

 もう自分は老いた。金をもらっても使うあてはない。遺してやる家族もいない。世捨て人に過ぎない自分が、今更何をもらって喜ぶものか。

 

 

『大義を。未来のために戦うという題目を与えよう』

 

『大義……だって?』

 

『そうだ。貴方はずっと、それが欲しかったのだろう? 自分を評価しない金の亡者どもから押し付けられる汚れ仕事ではなく。正しい理念のために剣を振るえるという正義を求めていたはずだ』

 

『……アンタにつけば、それが得られると? 自分が正義だってか? 知ってるぜ、アンタだって会社の中で偉くなりたいから戦ってるんだろう』

 

『確かにそうだ。だが、それはすべて未来のためにある。この国に生きるすべての国民が、理不尽に搾取されることのない未来をもたらすために。このままではこの国は諸外国の資本に売り渡されてしまう。待っているのはただ搾取されるだけの絶望の未来だ。俺はそれを阻止したい』

 

 

 にわかには信じがたい話だった。

 それでも、ペンデュラムの瞳は真剣だった。

 

 

『俺に力を貸してくれ。俺の仲間になってくれないか』

 

『アンタが俺を騙してないって証拠はどこにある?』

 

『俺が正しくないと思ったら、いつでも俺を後ろから撃て。ゲームの中だけじゃない。リアルででもだ』

 

『……いいだろう。そこまで熱烈にスカウトされて乗らなきゃ、勇者とは言えねえ』

 

『ゆ、勇者? ま、まあ……ともあれよろしく頼む』

 

『ああ! 任せろ、俺もお上のやり方にはうんざりしてたからな!! 俺の勇者道ってヤツを見せるときが来たぜ!! ヒャッホーウ!!』

 

 

 勇者ってアホの別名なんですかね。

 

 まあ自分がアホなのはレイジとて大概自覚しているので今更ではあるが。

 

 

「この歳になって、ご立派なお題目のために戦える日が来るとはな。こんな燃える展開のためなら、ちょっとぐらいの無茶はやってやるさ」

 

 

 そうひとりごちるレイジに、彼に従って暴走していたパイロットが声を掛けてくる。

 

 

「隊長……これから私たちどうなるんでしょう。会社には逆らってしまったし、その会社も【トリニティ】に買収されてしまって……。職がなくなってしまったら、生活も……」

 

 

 たおやかな大和撫子という風情の黒髪の女性パイロットが、心配そうな声を上げる。この人、先ほどまで大ハッスルしていたヤンキー口調のおばあちゃんなんです。

 すっかりいつものおっとりした老婦人に戻ってしまった彼女に、レイジはにっこりと微笑んだ。

 

 

「大丈夫。みんなの生活は俺が保証するさ。任せろよ、俺はペンデュラムから直々にスカウトされた“腕利き(ホットドガー)”の勇者なんだからな!」

 

「まあ……素敵……!」

 

 

 ぽっと頬を染める、アバターと戦闘気質だけは若い老婦人に、レイジは気障に笑って見せた。

 

 

「とりあえず……これが終わったら梅昆布茶で乾杯しようぜ!」

 

 

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「終わったか……」

 

 

 ペンデュラムはシートにもたれかかり、ようやく一息を吐いた。

 本当にどっと疲れた。

 最後にオクトに睨み付けられたときの表情が忘れられない。ことによると一戦交えることになるかもしれないとは思っていた。

 

 

「……ペンギン、もういいぞ。空爆は中止だ。ご苦労だった、撤収してくれ」

 

「ペギッ」

 

 

 ペンデュラムの命令に、別枠で開いていたペンギンリーダーが敬礼を送る。

 【鉄十字ペンギン同盟】の空中スキー部隊に、爆撃の準備をさせていたのだ。

 もしオクトが停戦命令を受け付けなかった場合、無差別空爆を行うと警告する手はずだった。そうならずに何よりだ。

 彼らにも後で動員への謝礼をしなければな……。

 

 またひとつやるべきタスクが増えて頭を痛ませるペンデュラム。そんな彼の元に、親友からの通信が届く。

 

 

「お疲れ様でした、ペンデュラム様ぁ」

 

 

 スクリーンに映し出されたシロに、力なく微笑み返す。

 

 

「ああ。そちらもご苦労だった。戦闘でさぞ骨が折れただろう」

 

「ペンデュラム様のご心労に比べれば。それに、私たちも少しはシャインさんの戦いに貢献できたようで楽しかったですよぉ」

 

「そうか? お前たちは戦闘には不慣れだと思っていたが……」

 

「私たちでもやり方次第では戦える、そう教えられた気がします」

 

 

 ふむ、とペンデュラムは顎をさすった。

 

 これまで参謀のシロたちには情報収集や工作活動ばかり任せていた。

 だがやりようによっては戦えるというのなら、少しは体制を変えてみるのもいいのかもしれない。

 自分にも【シルバーメタル】や【鉄十字ペンギン同盟】という新しい剣ができた。そして、何よりシャインという強力な盟友がいてくれる。

 

 

「残念ながらオクトには勝てなかったようだが……」

 

「でも、シャインちゃんはきっとまだまだ伸びしろもありますから。オクトさんにもきっとそのうち届く日が来ると思いますよぉ」

 

「将来性に懸けるか……。そうだな」

 

 

 どのみちペンデュラムが手にできるカードの中で、スノウ以上に強力な切り札はないのだ。

 スノウもまだ未熟。だが、それは決して悪いことではない。

 自分のような未熟者であっても、手にすることができる手札でいてくれる。

 そしてこれから今以上に強くなってくれるのだから。

 

 

「俺もまだまだ未熟だ。これから人々を導ける存在になっていかなくてはならない」

 

「そうですねぇ。今回の件が、その最初の一歩になると思います」

 

 

 そう言って、シロは優しい瞳を浮かべた。

 

 

「天音ちゃん、ずっと躊躇してましたものねぇ。自分みたいな未熟者が、他人の人生を左右していいのかしらって。でも今回の件で【シルバーメタル】の人たちの人生は背負っちゃいましたし。もう逃げられないですよぉ」

 

「うっ……」

 

 

 優し気な顔をしながら厳しい事実を突きつけてくる親友に、ペンデュラムは口ごもった。

 

 そうだ。天音がこれまで一方的に弟に追い詰められていた理由がそれだ。

 天音にはエリートとして最も必要なものが欠けていた。

 それは高度な教育でも、一企業を即決で買収できる財力でも、人を惹きつけるカリスマ性でもない。

 自分に付き従う者たちの人生を背負っていくという覚悟だ。

 

 自分たちの生活への保障を与えてくれない指導者に、ついていく者などそうはいない。

 

 

「……やるとも。やるほかない。カイザー()に任せていては、五島にも日本にも未来はない。政府はとっくの昔に“ジャバウォック”に牙を抜かれてしまっているから、自浄作用も期待できん。俺が五島を背負うしかないんだ。その覚悟がようやくできた」

 

「その意気ですよぉ。今のペンデュラム様ならみんな安心してついていけます」

 

「……これもシャインのおかげだ」

 

「あらぁ、どうして?」

 

 

 首を傾げるシロに、ペンデュラムは笑いかける。

 

 

「シャインも未熟ということがわかったからな。あれだけ傲慢に振る舞っていても、まだまだ強さに先があるんだ。俺も今の自分が未熟だからといって、他人の人生を背負うことに躊躇する必要はない。これが俺の示す道だと、胸を張って言えばいい。今は未熟でも、いずれ成長していくだろう」

 

「まぁ~! まぁまぁまぁ!」

 

 

 シロは手をぽんっと打ち鳴らして、ニコニコと微笑み返す。

 

 

「なんだかそれってベストカップルですねぇ!」

 

「だろう? 俺も今言っててそう思ったぞ! はははは! 俺とシャイン、肩を並べて成長していけばいいのさ!」

 

 

 お前にとってスノウが必要不可欠でも、スノウにとってはお前はただの金づるなんですけどそれは大丈夫なんですかねぇ?

 

 そんなツッコミが客観的な視点が欠如している主従に届くわけもなく、2人は何だかいいことを言った! みたいな感じで朗らかに笑うのだった。おめでてーな。

 

 

「今日は素晴らしい記念日ですねぇ。オクトさんには勝てましたし、ペンデュラム様も最大の武器を見せてくれましたし!」

 

「うむ。なかなかに骨も折れたがな。存分に見てくれただろう」

 

「はい! ペンデュラム様の最大の武器……『お金』の力を!!」

 

「そこは政治力って言ってくれないかしらね!?」




ペンデュラム君にはお金を司る新しい聖騎士(シュバリエ)をやってくれ。


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第105話 ニコニコ笑顔で地雷原をスキップ!

確定申告で時間食われて投稿時間に間に合いませんでした(懺悔)


『この戦闘が終わったら、ゆっくり話そう』

 

 

 撃墜される間際、オクトから入ったプライベート通信。

 スノウがリスポーンして再戦を挑むことを選ばなかったのは、その通信のためだった。

 

 元より勝利への執着心が強いスノウが、1度撃墜されたくらいでそうそう諦めるわけがない。むしろ即リスポーンしてボロボロのオクトを背後から殴り倒し、「はい1対1ー! これで引き分けだからー!」とか無茶な強がりを口にして、食い下がる姿が容易に想像できる。

 

 本人もよっぽどそうしたかったのだが、退場する直前にオクトからの通信が入ったので考えを改めたのだ。

 

 オクトの真意を確かめる。

 そして、【シャングリラ】のメンバーが今どこにいるのか。

 2年前のあの日、何があったのか。

 

 喉から手が出るほどほしかったその情報を得ることは、スノウにとって目先の勝負よりもずっと価値があることだった。

 

 

「しかしここかあ……。オクトってお金持ってんだなあ」

 

 

 そう呟きながら、あまりにリアルに……いや、現実ではありえないほどに豪奢を極めた摩天楼を見上げる。

 

 五島クリスタルホテル。

 国内最大の企業グループ、五島重工がVR世界で運営する巨大施設だ。

 ホテルと名は付いていても、VRポッドによるログインにはプレイヤーの健康面を鑑みて制限時間が設けられているから、実際にこのホテルに宿泊できるわけではない。

 その代わりにブランドの看板を掲げた高級レストランやラウンジ、コンサートホールにプール、およそ娯楽と呼べるものは何だって揃っている。そしてその利用額が目玉が飛び出るほどの高額なのは言うまでもない。

 ここはホテルを模した上流階級の社交場なのだ。

 

 以前ペンデュラムとのミーティングでスノウも中に入ったことがあるが、彼女の常識からはまったくかけ離れたゴージャスな空間だった。

 あのときは顔に出さなかったが、本当は結構ビビっていたりする。虎太郎の実家もまあこのご時世に中流といって差し支えないが、それにしたってまったく身に慣れない空間だった。

 前回はペンデュラムが迎えとしてシロを寄越してくれたので、彼女の後ろをついて歩くだけで中に入れたのだが、今回は特に迎えもいないらしい。

 

 

 貧乏人お断り!

 建物自体からにじみ出る金持ちオーラに気圧されたスノウは、意味もなく建物の様子を遠目からうかがいながら、その辺をしばらくウロウロしてみた。

 本人はただの通行人ですよー、ここに居合わせたのは偶然ですよーみたいな演技をしながら様子をうかがっているつもりだが、誰がどう見ても圧倒的に怪しかった。ほら、守衛AIが怪訝な顔をしながらこっち見てるぞ。

 

 

「うーーーーーーっ……」

 

 

 スノウはぴしゃっと頬を叩いて、気合を入れた。

 ええい、こうやっていても埒が明かない。

 ボクは招待された側なんだぞ、何か言われたらtako姉が悪いって言えばいいや。

 

 そう割り切ったスノウは、自分を鼓舞しながら超高級ホテルに足を踏み入れた。

 

 

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 フロントでオクトの名前と個室番号を提示すると、名前を尋ねられたのちにすんなりと案内してもらえた。

 貧乏人は帰れ! なんてけんもほろろに追い返されるのではないかと内心ビクビクしていたスノウは、案内してくれるボーイAIの後ろを歩きながらほっと薄い胸を撫で下ろす。

 ……なんかこの子は金持ちに対して異様に偏見を抱いているようなのだが、一流のホテルマンがそんな配慮に欠けた対応をするわけがない。誰の関係者なのかもわからないのだから、相手がどんな見てくれだろうがまずは丁重に扱うのが当然。

 おやおやスノウライトさん、自信たっぷりにメスガキムーブできるのは戦ってるときだけなんですかぁ?

 

 とはいえ、今のスノウは大分素の虎太郎に戻っていた。

 何しろついにtakoと再会できる。【シャングリラ】にいた頃は、本当によくしてもらった。

 指導と戦ってるときはとても怖かったけれど、ログアウトしているときはいつもニコニコと目を細めて、楽しく遊ぶみんなを見つめていた。

 年齢的には10歳上のお姉さんだったけれど、虎太郎は内心では優しいお母さんのように慕っていたのだ。

 

 ……今はどうかな、と廊下を歩きながらスノウは思う。

 

 なんだかとても厳めしい老人のアバターになっていて、集団に対して檄を飛ばしていたようだった。『創世(前作)』ではその名を聞くだけで敵を恐怖させた“戦の魔王”。

 『前作』ではリアルとさほど変わらない姿だったから、虎太郎はその可憐ともいえる顔立ちと鋭い戦いぶりのギャップにカッコよさを感じて、シビれていたものだが……。

 “魔王”と呼ばれるなら、やっぱり今の姿の方がそれっぽい気はする。

 

 でも、あのおじいちゃんの姿で優しいお母さんみたいなムーブされたら……。

 

 

 その光景を想像して、スノウは思わず吹き出してしまう。

 

 

 きっとあの頃みたいな対応はされないだろう。

 それはそれで寂しいのは確かだ。でも、人は変わっていくものだから、関係性が変わってしまうのは仕方ない。

 ゲームの中では無理でも、リアルで会えたらまた優しく抱きしめてもらえたらいいな……。

 

 

「こちらでございます」

 

「ど、どうもありがとうです」

 

 

 目的の部屋の前で、ボーイAIが深々と一礼する。

 相手がAIだろうと普段人から頭を下げられ慣れていないスノウは、若干噛みながら頷いた。

 

 コンコンとドアをノックする。

 

 

「tako姉? 来たよ」

 

 

 その途端、バンッと音を立てて扉が勢いよく開き、スノウの顔が柔らかい何かに包み込まれた。

 

 

「!?!?!?!?」

 

「きゃーーーー! シャインちゃん、久しぶり~!! 元気にしてた? 病気とかしてなかった? ちゃんと高校卒業できた? お腹空いてない? 眠くない?」

 

 

 そう言いながら相手はぎゅーーっとスノウを抱擁し、すりすりと頬ずりしながら頭をいいこいいこと撫でまくった。

 

 ふわっ……といい匂いが、スノウの鼻を刺激した気がする。

 このVR空間で、相手の体臭なんてするわけがないのに。

 

 だとしたら、それはきっと記憶の中から薫った匂いに違いない。

 かつて、このような長身の女性に抱きしめられ、胸元で抱擁してもらった経験が確かにあった。

 

 

「……うん。()は大丈夫。元気にしてたよ」

 

 

 そう返しながら、スノウはぎゅっと相手にしがみつく。

 目尻に浮かんだ雫を見られないように。

 相手の胸元に顔を寄せてうっすらと流れかけた涙を拭い、スノウは顔を上げた。

 

 

「ただいま、tako姉」

 

「お帰りなさい、シャイン」

 

 

 その顔は2年前と変わらない、優しいお姉さんのままだった。

 

 

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「何飲む? ここのホームバー、とっても充実してるから何でもあるのよ~。あ、シャインちゃんはココア好きだったわよね。久しぶりに作ってあげよっか?」

 

「んー、今は夏だからいいよ」

 

「あら、そうね~。空調がついてるポッドも多いから、基本夏でも冬でも関係ないけど……。やっぱり季節感ってあるし。じゃあオレンジジュースにする? それともレモネードがいい? クリームソーダもあるわよ~」

 

「tako姉と同じのがいいな」

 

「そう? じゃあレモネードにするわね。ここのは美味しいのよ、旬の瀬戸内レモンの味を完全再現してるんだって」

 

 

 ウキウキと弾むような声で、オクト……いや、takoはスノウのためにホームバーで飲み物を作っている。

 エプロン姿の彼女は、その作業ができることが嬉しくて仕方ないようだった。

 

 まるであの頃に戻ったみたいだ、とその姿を見ながらスノウは思う。

 

 その姿はあの頃のtakoと同じ。

 あんまり変わっていない、どころではない。完全にまったく同じだ。オクトが『前作』のアバターで使っていた、takoのアバターそのままだった。

 

 リアルでの彼女に似た、可憐で温厚な顔立ち。

 身長もほぼリアルと変わらない、女性にしては長身なタッパ。リアルと手足の長さが変わると戦うときに勘が狂うとか言っていたと思う。

 髪の色はピンク色だが、髪型も2年前のtakoと同じで流れるような長髪を腰のあたりで束ねている。

 服装は白いブラウスにグレーのスカート。それに黄色いエプロンを着けていて、とても似合っていた。

 一見すると春の妖精を思わせる、優しく可愛らしい女性だった。

 

 

「そのアバター、さっきの戦闘が終わってから用意したの? さっきはおじいちゃんだったよね」

 

「そうよー。あっちの方がみんな素直に命令に従ってくれるから。でも、シャインちゃんと会うんだから、やっぱりふさわしい格好じゃないとね~」

 

「そっかぁ。やっぱり、tako姉ってそういう格好いいおじいちゃんが好きなの?」

 

「やっぱりって何~? 単に、戦ってるときの私に似合うのはこういうアバターだなって思っただけよー」

 

 

 そう言いながら、takoはレモネードのグラスを両手に持って戻ってくる。

 

 

「はい、めしあがれ」

 

「ありがとう」

 

 

 takoが勧めてくれるレモネードに口を付ける。

 とても爽やかで、酸っぱいけど甘い。なんだか夏っぽい味だなと思った。

 

 

「あんまり瀬戸内レモンって食べたことないけど、おいしいね」

 

「そうねえ。私たち海には近いところに住んでたけど、内海じゃなくて太平洋の方が馴染みがあったものね」

 

「うん」

 

 

 故郷の話題に一瞬触れて、スノウは話を続けようか迷う。

 あの日何があったのか。takoは、みんなは、今どうしているのか。

 何故僕を置いて、みんないなくなってしまったのか。

 

 しかしそう切り出す前に、takoは話題を変える。

 

 

「シャインちゃんはどうしてたの? 今も“特区”にいる……わけじゃないわよね」

 

「ああ、うん。高校は卒業して……」

 

 

 そう言って、スノウは周囲にちらりを視線を向ける。

 ネットの中で身バレするような情報は絶対に口にするな。

 あまりにもネット文化に対して無知な虎太郎に、師匠のひとりが口を酸っぱくして言っていた。takoと再会して、スノウはその教えをにわかに思い出す。

 いつも病室の向こうから、モニター越しに話しかけてくれた少女の言葉を。

 

 そんなスノウを見て、takoは軽く笑った。

 

 

「大丈夫、ここは防諜はバッチリ。プライベートは完全に保証されているから、何を言っても外には漏れないのよ~。五島のお偉いさんが商談や後ろ暗いお話にも使うくらいなんだから。……まあ数少ない例外はいるかもしれないけど……気にしなくていいわ~」

 

 

 ちらりと虚空に視線を投げかけてから、takoは幼子を安心させるように頭を撫でる。

 スノウは気持ちよさそうにその手を受け入れ、かつての虎太郎と同じようにニコッと素直な微笑みを浮かべた。

 

 

「うん。高校は卒業して、東京に出てきたんだ。今は私大に通ってる」

 

「へえー。どこの大学?」

 

「えっと」

 

 

 虎太郎が大学の名を告げると、takoはポンと両手を鳴らして嬉しそうに笑った。

 

「まあ、有名どころじゃない。偏差値も国立と並んでるし、シャインちゃん頑張ったのね~」

 

「……うん」

 

 

 そう言って、スノウははにかんだ笑みを浮かべた。

 そんなスノウの頭を、いい子いい子とtakoが撫でる。

 

 いつか、takoたちに褒めてもらいたかった。故郷を離れて、自由に巣立てたことをよくやったねと言ってもらいたかった。

 

 大学合格が決まったとき、両親はひどくがっかりした顔をしたものだ。

 地元の国立大学を受けろ。いい成績で卒業して、地元に就職しろ。

 自分たちの敷いたレールから外れるな。すべてお前のためにお膳立てしてやったんだ。そうしないと人生の落後者になるぞ。

 常々虎太郎にそう吹き込んできた両親は、地元の国立大学に落ちたけどセンター受験で東京の有名私大には合格したという息子に、浪人して来年もう一度地元の大学を受けろと言い放った。この出来損ない、という言葉は今でも耳の奥に残っている。よくやった、頑張ったね、そんな言葉は一切なかった。

 

 冗談じゃない。

 それじゃ何のためにわざと地元の大学を落ちたのかわからない。

 貴方たちから自由になる絶好の機会を奪われてたまるか。

 

 虎太郎は全力で立ち回った。親戚を回って頭を下げて、親と警察に隠れて“特区”の外の親戚に何とか連絡を取り、涙ながらに苦境を訴えた。

 そしてなんとか同情してくれる親戚を見つけて、奨学金制度に申し込み、検問の目をくぐり抜けて本土にたどり着いた虎太郎は、東京の六畳一間のボロアパートに転がり込んだのだ。

 

 すべては親から自由になりたい一心で。

 そして、“特区”のあまりにも歪んだ思想に何の疑問も抱かなかったかつての自分に、新しい世界を教えてくれた恩人たちにもう一度会うために。

 

 ……やっと報われた。

 会いたくて仕方なかった仲間たち。その中でも、一番会いたかったトップ7のひとりに頭を撫でてもらいながら、虎太郎は微笑む。

 

 

「tako姉がいるってことは、みんなもいるんでしょ? バーニーにはもう会ったんだ。なんか小っちゃくなってたけど、相変わらず元気だったよ。ハルパーやエコーはどこ? エッジはどっかに引きこもってそうだよね。教授はやっぱりあんまりログインしてなかったりするのかな。でもあの人、ロボットとか好きそうだから案外ノリノリだったりして」

 

 

 ぴたり、と頭を撫でるtakoの手が止まった。

 

 そんな彼女に向けて、スノウはニコニコと無邪気な笑みで続ける。

 

 

「ねえ、【シャングリラ】はいつ再結成するの?」



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第106話 シャングリラ

今日も仕事で外出してたので19時オーバーしちゃった。
今回ちょっと陰惨な描写があるので注意してください。


「ねえ、【シャングリラ】はいつ再結成するの?」

 

 

 上目遣いでそう訊いてきたスノウに、takoは何も答えなかった。

 質問に答える代わりにスノウの頭をもうひと撫でする。

 

 

「あの妖精の子、連れてこなかったのね」

 

「ああ、ディミ? うん、誘ったんだけど何だか怯えちゃってて、機体の中で留守番してるって」

 

「あら~、私が怖いって言ったの?」

 

「うん。変だよね、tako姉はすごく優しいのに」

 

 

 そう言って、スノウは安心しきった様子でtakoに微笑む。

 

 

「ふふ、ありがと。シャインちゃんはやっぱり可愛いなぁ~」

 

「やっぱりtako姉もそう思う? このアバター、作るのに丸一日以上かかったんだよ。すっごく可愛いでしょ? ボクも会心の出来だと思ってるんだ」

 

 

 アバターを褒められたと勘違いしたスノウが、えっへんと薄い胸を反らす。

 

 

「そういうところが可愛いのよね~。ふふっ、えらいえらい」

 

「えへへ」

 

 

 何を褒められたのかよくわからないながらに、takoに頭を撫でられて照れ笑いを浮かべるスノウ。

 中の人(虎太郎)には自分の性格が年上受けするという自覚がまるでない。むしろ自分のことをいっぱしの男だと思っている節があった。

 そうした部分もまた、takoの琴線にビンビンに触れるのである。

 

 ……なんだかえらいえらいと褒められるままふにゃーと流されそうな雰囲気を出していたスノウだが、しばらくして露骨に話題を逸らされたことに気付いた。

 

 

「tako姉、それより【シャングリラ】は? みんなもここにいるんだよね。いつ活動を再開するの? それとも、ボクが知らないところでもう動き出してるの?」

 

「……」

 

 

 takoは眉を寄せ、困った顔を作ってみせる。

 

 

「その話、どうしても今しなきゃダメ? 私はもっとシャインちゃんのお話を聞きたいな~。今どこに住んでるのかとか、学校で何を勉強してるのかとか、どんな暮らしをしてるのかとか」

 

「今してよ! これまでどこのクランにも加入しなかったのは、【シャングリラ】に合流するためだよ。だってボクは【シャングリラ】のトップ7だもん。どのクランでもない、【シャングリラ】だけがボクの本来の居場所なんだから!」

 

 

 スノウがそう迫ると、takoはどこか嬉しさが滲み出るような苦笑を浮かべた。

 

 

「そっか。そうだよね。シャインちゃんも、【シャングリラ】は私たちのおうちだと思ってくれてるよね」

 

「当然だよ。私たちは家族だって言ってくれたのはtako姉じゃないか……」

 

 

 【シャングリラ】が他のクランとは一線を画する部分。

 それは構成員が疑似家族と呼べるほど強い絆で結ばれている点にある。

 

 インターネットとの接触が法的に禁止され、あらゆるサブカル文化が言論統制されている“青少年の健全なる文化育成に基づく特別行政区”、通称“特区”。

 そこはこの30年間の急激なインターネット文化の成長に対する反動によって形成された、反ネット思想を持つ人々の居住区。【ネットが存在しない人間本来の生活を守る】というお題目のもと、法の厳重な監視のもとに“健全”な青少年育成が行われている地域だ。

 

 その根幹は「ネット社会は人間本来の在り方を腐らせ健全な人間関係を破壊する、だから政府は我々にネットのない生活を送る権利を保障するべきだ」などという、普通ならば一笑に付されて終わるような狂った思想。だが、ネットの発達に伴って急激に変わりゆく社会に対して、忌避感を抱いている者は予想外に多かった。これには“ジャバウォック事件”と呼ばれる、世界中に多大な影響を及ぼしたサイバー犯罪事件による影響が大きかったとされている。

 ともあれこのバカげた提案は国会を通過し、現実のものとなってしまう。そして政府にとっても、反ネット主義者を僻地へと社会的に隔離できるのならばいっそ都合がよかったのだ。

 

 こうして反ネット主義者たちは、念願のネットのない健全な社会で家族と共に幸せな生活を過ごすことができる権利を勝ち取った。まるで20世紀後半に戻ったかのような、人情味あふれるコミュニケーションを楽しめる素敵な毎日よこんにちわ。

 ここは人々が毎日顔を突き合わせて、人間本来の自然な生活を過ごせるユートピア。

 悪影響を及ぼす邪悪な文化から子供たちを遠ざけて、幸せな社会を築きましょう!

 

 悲惨なのはそんな親のエゴでディストピアに付き合わされた子供たちだ。

 ゲームもねえ。マンガもねえ。アニメは夕方再放送。通信手段は電話だけ。

 それでもそれが当たり前の社会なのだと信じこまされているならよかった。

 もっと悲惨なのは、外の世界には多種多様な娯楽が溢れているのに、親のエゴのせいでそれを取り上げられていることを知ってしまった子供である。

 

 禁止されているからこそ、その味はより甘美に思えるものだ。

 彼らはどうにかしてゲームやアニメ、サブカル文化といった魅力的な刺激を味わえないものかと考えた。

 その結果、警察の目をかいくぐって地下ネットカフェなる闇営業が誕生した。

 

 【シャングリラ】はその地下ネットカフェのひとつを母体とするクランである。

 

 何しろネット文化は法的に禁止されており、警察によるガサ入れが入ったら一巻の終わりだ。

 だから地下ネットカフェ関係者の口は堅い。彼らは決して身内を売らない。裏切るならお前のコレクションをかーちゃんの前にぶちまけられる覚悟をしろ、とは現地の地下カフェ関係者の決まり文句である。

 

 その中でも【シャングリラ】構成員の絆の強さは折り紙付きだ。

 彼らのほとんどは、家族仲が冷え切った家庭の出身者という共通点を持つ。

 

 それはたとえば、ゲームをすると頭が悪くなるという考えの元、娯楽を禁止されてガチガチのエリート教育を施された子供だとか。代々相伝する格闘技に打ち込ませるためにネットのない生活を強いられた子供だとか。

 逆に子供の頃から引きこもってゲームだけを与えて育つと、どのような人間に育ってしまうのかという異様な社会実験の犠牲になった子供なんてのもいた。

 

 【シャングリラ】はそんな親に恵まれない子供たちの居場所であり、自らが選んだ新しい家族であった。

 自らが選んだというのは、文字通りの意味だ。彼らは自分と同じように親に恵まれなかった子供を新たな仲間としてスカウトして、構成員を増やす。選んだ仲間同士は義兄弟同然の絆で結ばれ、決して裏切ることはない。

 

 そしてそんな子供たちから親のように慕われていたのが……オーナー兼店長を務めるtakoと、クランリーダーの教授だった。

 

 tako、本名は根之堅(ねのかた)美咲(みさき)。2年前の時点で25歳。

 根之堅家は地元の名士の家柄だ。“特区”が制定されるずっと以前から、この土地に根付いていた大地主一族の娘である。

 彼女がわざわざ親に恵まれない子供たちの居場所となるクランを作った理由は誰も知らない。

 男女問わず年下の子供が大好きで、身内と認めた者にはとても愛情深い人だから、構成員たちはきっと自分たちに同情したんだろうと思っていた。

 

 ……きっと、本当は腹が立って仕方がなかったのかもしれない。

 自分たちがひっそりと暮らしていたこの土地に“特区”などと名前を付けてずかずかと入り込み、不幸な子供たちを増やしていく身勝手な大人に。

 だから彼らのやり方に反抗するように、子供たちの居場所を作ってやった。そういうことなのかもしれなかった。

 

 takoの本心がどこにあったにせよ、彼女がオーナーであったことが構成員たちを守ったのは確かだ。

 根之堅家の地元での権力は大変強く、元から暮らしていた地元住民の代表者となっていた。政府のお墨付きがあるとはいえ、後からやってきた者たちはその機嫌を損ねるわけにはいかなかった。

 他の地下ネットカフェがたびたび摘発を受けるなか、【シャングリラ】だけはただの一度もガサ入れを受けなかった。“特区”行政府がその存在に気付いていなかったわけはない。

 

 【シャングリラ】に集まった子供たちは、どういうわけか凄腕プレイヤーに成長していた。特に『創世のグランファンタズム』では最強クランの一角と呼ばれるようになったほどだ。電気使用量や通信量を見れば絶対にバレる。

 それでも摘発を免れたのは、やはり根之堅家のお嬢様に配慮したということなのだろう。

 

 口うるさい大人たちの束縛を逃れ、自分たちが自分たちでいられる場所。

 互いを認め合う兄弟姉妹がいて、尊敬できる親代わりの人たちがいた。

 一緒に作戦を立てて腕を磨き合うことは何より楽しかったし、家庭で受けた心の傷を慰め合うこともできたし、将来の相談にだって乗ってくれた。

 ここで勉強を教わって高卒認定を取り、大学に進学した者もいた。そういった者は年下の子供たちに勉強を教え、後に続く者に道を開こうとした。

 

 そこはまさしく彼らの【楽園(シャングリラ)】であった。

 そのことを何より喜んでいたのは……オーナーであるtakoだったはずだ。

 

 

 だからこそスノウには不可解なのだ。

 オクトが率いていたクラン【ナンバーズ】に、恐らく【シャングリラ】出身のプレイヤーは混じっていなかった。いれば必ずスノウは気付いたと思う。

 あれほど子供たちから慕われていたtakoに、誰ひとりとしてついていかなかったなんてことがあるんだろうか? 彼らはいったい、どこに行ってしまったのか?

 

 

 2年前のあの日。

 放課後に【シャングリラ】の店の近くまできた虎太郎は、なんだかとても胸騒ぎがした。

 なんだか周囲の様子がおかしいと心のどこかで思った。

 目に映る範囲では何も変わったことなんてないのに、とても嫌な感じがしたのだ。本人も何がおかしいのか説明できないけど、ここにいてはいけない気がした。

 

 だから、虎太郎は逃げた。

 くるっと踵を返して、そのまま家に帰ったのだ。

 その日はお店の創立記念日で、みんなで集まってtako姉をサプライズでお祝いしようと約束していたのに、すっぽかしてしまった。

 きっとこんなのは気のせいで、明日になったら何ごともなくて、みんなに急にお腹が痛くなっちゃったと謝ろうと思いながら寝付けない夜を過ごして。

 

 そして次の日、何もかもが終わっていた。

 お店があった場所は、焼け落ちた廃墟になっていた。

 

 火事があったのだと。みんな逃げ遅れて死んでしまったのだと。

 その場に崩れ落ちた虎太郎の耳に、近所の人がそう噂しているのが聴こえた。

 

 それから2年。

 バーニーと再会したあの日まで、虎太郎は【シャングリラ】メンバーの誰とも会ったことはなかった。

 

 

「……嘘だよね」

 

 

 いつの間にか、スノウの瞳からうっすらと涙がこぼれていた。

 

 

「みんなが死んだなんて、嘘だよね。だってtako姉はここにいるもん。バーニーだって、元気だったもん。本当は、みんなどこかで元気にしてるんでしょ? “特区”の外に逃げ延びて、楽しく遊んでるんだよね? そうだよね?」

 

「…………」

 

 

 takoは重々しく口を閉ざしていたが、すがるように見上げてくるスノウの眼差しに耐え切れず、ついにその疑問に答えた。

 

 

「……みんな死んだわ。あの日生き残ったのは私と、難を逃れた貴方だけ」

 

「嘘だ!」

 

 

 スノウは震える手でtako姉の胸元を掴む。

 takoはそれを振り払うことはなく、少女の泣き顔をただじっと見つめ返していた。

 

 

「嘘だよ! バーニーに会った! アバターは変わっていたけど、あれは確かにバーニーだよ! じゃああれは幽霊だったとでも言うの!? ……そうだ、直接会わせてあげる! お店に行けばいつだって……」

 

「バーニーちゃんには私も会った。話もしたわ。……そうね。あれは、確かにゴースト(幽霊)と呼ぶべきものなのかもしれない」

 

「ゆ、幽霊って……。そんなバカな。ボクをからかってるんだよね?」

 

「あれはAI。稲葉恭吾と呼ばれた人間の記憶を引き継ぎ、この電脳世界に焼き付いた残影(ゴースト)なのよ」

 

 

 動揺するスノウに、takoは淡々と呟く。

 その口調が、彼女がただの事実を口にしているということを否が応にも感じさせた。

 

 

「AIって……嘘だよ。だってどう見てもバーニーだった。ネットだけじゃない、リアルでのことも全部覚えていた。そんな精巧な複製を作れるわけないじゃないか。人間の意識はデジタルじゃないんだよ」

 

「じゃあ、あのとき。お店が警察の特殊部隊(SAT)に襲撃されたあの日、警官隊に撃たれて私の腕の中で冷たくなっていった稲葉君は何だったの?」

 

「け、警察が……?」

 

 

 スノウの顔は青くなっていた。

 takoはぎゅっと拳を握り、その日の光景を口にする。

 

 

「みんなが私を驚かそうと明かりをつけた瞬間、お店に真っ黒な特殊装備に身を包んだ警官隊が突入してきた。射殺命令が出ていたんだと思う。私たちを武装したテロリストだと呼んで、片っ端から撃ち殺した。叫んだ子から先に殺された。泣きながら床に伏せた子も殺された。おかしいだろうと言って話し合おうとしたハルパーも。恐怖で動けなくなったエッジを逃がそうと、盾になったバーニーも」

 

 

 当時起こったことを淡々と呟くtakoの瞳は、何も映していない。

 彼女の意識は、惨劇が起こった2年前の日にいる。

 

 

「私は誰かひとりでも逃がそうと暴れたけど、誰も救えなかった。高圧電流を流されて麻痺した私が見ている前で、最後に机の下に隠れていたエッジが殺された。あの子は悪いことなんて何もしていなかったのに。あのお店にいた子供たちの中で、誰ひとりとして殺される理由なんてなかったのに。大人たちに迫害され、傷付けられ、私のお店をようやく見つけた最後の居場所だと思って愛してくれた……。その子供たちは、私の目の前でひとり残さず殺された」

 

「…………」

 

「全員が死んだのを確認したあと、奴らは私のお店にガソリンを撒き、火を放った。そうして私が愛した【シャングリラ】は、この世から抹殺された」

 

「……tako姉は……」

 

「どうして生きてるのか、かな~?」

 

 

 フフッとtakoは自嘲するように笑い、両手で自分の体を抱いた。

 

 

「私の体は特別だから。そういう血なのよ、先祖代々ね。殺されても死なないの」

 

 

 スノウにとっては信じがたい話のオンパレードだった。

 何から反応していいのかわからない。

 

 だけど……。

 決してtakoが嘘をついていないことだけはわかった。

 あの記憶の中の惨劇を語るときの、この世の何をも映していない瞳。

 その瞳の奥に、炎が宿っていた。燃え盛る憎悪に彩られた真っ黒な炎が。

 

 そしてバーニーが既に死んでいるという、takoの言葉も否定できない。

 何故なら、スノウはずっとバーニーに訊けないでいたから。

 

 

「あの日何があったの?」

「みんなはどこに行ってしまったの?」

「……キミは、本当にバーニーなの?」

 

 

 それを訊いてしまったら、折角再会できた親友が途端に目の前からいなくなってしまうような気がしたから。

 マッチ売りの少女が夢見た幻のように、決して手を触れず、ただ温かな光景に身を浸すことしかできなかった。

 いつかバーニーが話してくれる日を待つべきだと自分を騙し、問題を先送りにしたのだ。

 

 どう考えたって絶対おかしいのに。24時間いつお店に行ってもログインしていて、誰にも会うことなくお店に閉じこもっていて。

 そんなプレイヤーがいるわけないじゃないか。

 だけど真実を知るのが怖くて、当然の疑問から見て見ぬふりをしたのだ。

 

 そんなスノウの耳に、喉の奥から絞り出すようなtakoの声が聴こえてくる。

 

 

「私は、あいつを決して許さない……」

 

 

 幽鬼のように呟く彼女に、スノウは恐る恐る問いかけた。

 

 

「警察を?」

 

「子供たちを殺した警官隊はもちろん憎い。だけど、もっと先に殺さないといけない奴がいるの。警官隊を連れてきて、みんなを殺させた裏切者」

 

「……誰?」

 

 

 ああ、聞きたくない。

 この話の続きは絶対に知りたくない。

 だって、わかりきったことじゃないか。

 

 さっきtako姉が話した中で、真っ先に出てこないといけない名前が出てこなかった。なら、その人が裏切者のはずで。

 だけどその人は、虎太郎にとって大切な人で。

 だからこそ、聞かないわけにはいかなかった。

 

 

「“教授”。貴方たちからの信頼に背き、警官隊に売り渡した、【シャングリラ】のクランリーダーだった男」

 

 

 takoはそう言って、力強くスノウの肩を抱いた。

 

 

「奴こそは私たちの共通の敵。シャイン、一緒にあいつを殺しましょう」



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第107話 魂のID

昨日は疲れて休んでしまいました。ごめんね。


 スノウは正直理解が追い付いていない。

 出てくる情報のすべてがスノウにとってあまりにも衝撃的すぎる内容だった。その真偽をこの場で確かめる術もないままに、オクトから協力を要請されている。

 それがただこれからは一緒に戦ってほしいというだけの誘いなら、スノウは何も考えずにわかったと頷いただろう。

 だが。

 

 

「それは嘘だよ、tako姉」

 

 

 スノウは眉根を寄せて、首を小さく横に振った。

 

 

「きっと何かの間違いだと思う。教授がそんなことするはずがないじゃないか」

 

 

 弱々しく否定するスノウに、takoは小さくため息を吐く。

 

 

「……信じられなくても無理はないと思うわ。でも、間違いないのよ」

 

「何でそう思うの? 襲撃の場で教授が警官隊を率いていたとでもいうの?」

 

「それはなかった。でも、教授があの場に来なかったのは確かよ。あいつの娘のエコーも回線を切断していた。それに、決定的な証拠もある」

 

 

 オクトは少し息を吸い、真剣な顔で言った。

 

 

「人間の意識を電脳化する技術は既に存在している」

 

「電脳化? ……AIにするってこと?」

 

「そうよ。教授の研究している内容は、まさに人間の意識を元にしたAIを作り出すことだった。肉体という枷を外し、電脳世界が続く限り無限の寿命を持つ電脳知性体の創造。それが彼の人生を懸けた研究テーマであり……そしてその実験の場こそが【シャングリラ】だったの」

 

「……冗談でしょ」

 

 

 スノウは無理に笑おうとして口元を歪ませたが、作り笑いすら出なかった。

 文字通り笑うに笑えない話だ。

 

 だが、オクトは頭を振ってスノウの言葉を否定する。

 

 

「残念ながら事実よ。……貴方たちは定期的に大掛かりな健康診断を受けたわよね~?」

 

「うん」

 

 

 あれは不思議な体験だった。

 ベッドに乗って、CTスキャンのような大きな検査装置にかかり、その状態でゲームをしたり質問に答えたり、仮眠したりするのだ。

 正直あまり愉快な体験ではなかったが、教授の研究に関わる実験のデータ取りを手伝ってほしいと言われ、【シャングリラ】の構成員はみんな協力していた。

 

 

「あれは脳をスキャンして記憶を抜き取る装置なの。詳しい仕組みは私も知らないけど、あの装置にかけることで記憶をそっくり複製したAIを作ることができるらしいのよ」

 

「……SFじゃあるまいし、そんなバカなことが」

 

「SFじゃあるまいし、と言うのなら、今のこの世界なんて20年前から考えれば十分にSFじみているのよ~。“特区”出身のシャインちゃんならよくわかるんじゃない?」

 

「それは……」

 

 

 返す言葉もなかった。

 “特区”は20世紀後半まで文明水準を意図的に逆行させた社会だ。その出身者の目には、東京はまるで別世界のように見えた。

 電柱はなくなり送電線は無線に置き換えられ、学校の授業は完全遠隔化されて通学する必要もなく、道行く車はEV動力のオートパイロット車が標準となり、コンビニは完全に無人化されてAIを搭載されたドローンが接客を行っている世界。

 それは“特区”の社会しか知らない者にとっては、まさにSFの中の世界だ。

 

 

「それに、その話は直接私が教授本人から聞いたのよ。そしてあいつは“特区”上層部とのコネを持っていた。あいつがわざわざ“特区”にクランを作ろうと考えたのは、外部から閉ざされた環境下での実験を行うため。だけどあいつはプレイヤーを集める伝手も、統率するだけの器量もなくて、協力者を求めていたの。……そして“特区”の子供たちに娯楽を教えてあげたい私と利害が一致した」

 

「だからtako姉がオーナー、教授がクランリーダーになった、と」

 

「そう。まさか子供たちみんなを殺そうとするなんて思わなかったけど。こんなことになるとわかっていれば、決して手なんて貸さなかった……」

 

 

 悔しそうに歯噛みするtakoの顔を見つめながら、スノウは必死に頭を回して反論を考えようとする。

 まだだ。まだ、それだけでは教授が犯人だという証拠にはならない。

 

 

「……魂のID仮説。そうだよ、あの仮説があるじゃないか。人間の記憶を元にAIを作ったとしても、決してそれは機能することはない。“7G通信(エーテルストリーム)”は同一の意識が同時にアクセスすることを拒む。だからそんなデータ取りをしたからといって、何の役にも立たないじゃないか。だから教授がボクたちからデータを取ったのは何か別の研究のためで……」

 

「そうね。その仮説を誰から聞いたのかしら」

 

「それは……教授からで……」

 

「そうよ。教授本人が言ったの。『生きている人間からデータを取っても、そのままじゃAIは動かない』って。つまり『()()()()()()()』ってあいつは知っていたのよ」

 

「あ……」

 

 

 絶句する。

 パズルのピースが合ってしまう。

 それは、教授がみんなを殺す理由になる。

 

 

「私が何を言いたいのか、わかったでしょう? あいつは自分の研究のために、子供たちを集めた。甘い顔をしてみんなを騙して、信頼させて、電脳化するためのデータを集めて……。そして最後に裏切って、みんなを殺してしまった。シャイン、貴方と私以外はひとり残らず」

 

「…………」

 

 

 スノウは泣きそうな瞳で、ぎゅっと唇を噛んだ。

 

 

「……でも……エコーは」

 

「エコーがどうかしたのかな?」

 

「エコーは嘘なんてつかない。あの子は優しかった。僕に親切にしてくれた。教授がそんなひどいことを企んでいたとして、娘のエコーもグルだったっていうの? あの子ならきっと父親がひどいことを企んでいたら、止めてくれる。自分は何ともできなかったとしても、僕たちに助けを求めてくれるはずじゃないか。だって、僕たちは仲間なんだよ……?」

 

「……エコーって、そもそも人間だったのかな」

 

 

 takoの言葉に、スノウは息が詰まるような思いがした。

 

 

「遠隔地で療養している教授の娘で、ずっと入院している重病人。病室からモニター越しに【シャングリラ】へアクセスしていて。誰もあの子がどこに入院しているかを知らない。あの子は本当はAIだったんじゃないのかな。いえ、もっと言えば……“試作品”だったんじゃないかしら?」

 

 

 試作品。何の?

 言うまでもない。

 【シャングリラ】の子供たちの、だ。

 

 

「それは……」

 

「違うと言い切れる? 貴方はリアルのあの子がどこにいるのかを知っている? AIが人間と同等の豊かな情緒を持っているわけがないって、そう思う?」

 

 

 言い切れない。

 何故ならスノウは、いつも人間よりも騒がしくて愛らしい相棒(ディミ)を知っている。

 ときどき中に人が入っているんじゃないかと疑うほど、彼女の反応は人間臭い。

 

 

「エコーがAIだとすれば、教授には決して逆らえない。AIはマスターへの絶対服従を定義づけられているから」

 

「……じゃあ、tako姉はあのバーニーが教授の手先だっていうの?」

 

 

 スノウは伏せていた瞳を起こし、じっとtakoの顔を見つめる。

 

 

「tako姉の言うことが本当なら、じゃあバーニーたちはなんでここにいるの? このゲームは教授が作り出したもので、そのスタッフとしてバーニーたちが強制労働させられているとでも? そうだとして、教授の目的は何?」

 

「……それはわからない。だけど、教授は科学に魂を売った狂人よ。狂った人間の考えることなんて、常人には理解しきれない。だから私はその謎を解くために、このゲームの攻略を進めている」

 

 

 そして、彼女はぎゅっと血がにじむほどに強く拳を握った。

 

 

「バーニーちゃんやエッジちゃんの顔を見るたびに、あいつへの憎悪が煮えたぎるの。あの子たちは私の目の前で殺されてしまった。あいつはそのニセモノを作って、本人たちの記憶を植え付けて、傀儡として操っている。じゃあ……あの子たちの死は何だったの? あのAIたちがバーニーちゃんやエッジちゃんだっていうのなら、本物のあの子たちは、誰にも弔われない魂たちは、どこに行けばいいの? あの子たちの命と魂を踏みにじる、その行いを……私は決して許せない」

 

「……」

 

 

 スノウには、何を言えばいいのかわからなかった。

 ()()バーニーを、スノウは稲葉恭吾本人だと思っている。それほどまでにその再現度は高かった。彼の記憶と人格のすべてを継承したAIならば、それはバーニー本人と言って差し支えないとスノウは思っている。

 

 だが、確かに。それならtakoの目の前で死んでいったという、元の稲葉恭吾はどうなるのか。その死と尊厳を、誰が弔えばいい?

 

 

 そして、takoはスノウの顔を見つめながら、柔らかくその身を抱いた。

 

 

「……こういう言い方は悪いとは思う。だけどね、シャインちゃん……。私は貴方だけでも生き延びてくれてよかったと思うの。貴方が生きていることが、私にもたらされた唯一の救い。貴方がどこかでまだ生きていてくれることが、この2年間の私の心の支えだった……」

 

「tako姉……」

 

「本当は“特区”を脱出するときに、貴方をさらってでも連れて行きたかった。難を逃れたとはいえ、貴方に追手がかからない保証もなかったし。だけど、私はいろいろ危ない橋を渡らないといけなかったし、そんな危険な場所に貴方を連れていくわけにはいかなかった。ごめんね。心配させちゃったよね」

 

「……ううん。いいんだよ」

 

 

 そう言いながら、虎太郎は心底ホッとしていた。

 よかった。自分は忘れられたわけじゃなかった。

 みそっかすだからみんなに置いて行かれたんじゃなかった。

 

 ちゃんとtako姉に大切に思われていた。

 そのことがこんなにも嬉しい。

 

 

「待たせてごめんね。でもこれからはずっと一緒よ、シャインちゃん。もう地盤固めは終わったし、何も心配いらないわ~。【ナンバーズ】には“No.9(ノイン)”の座を空けてあるの。貴方の席よ」

 

「それ、さっきも言ってたね」

 

「うん。1番から7番は【シャングリラ】のトップ7の席だから。そして私が“No.8(オクト)”。貴方が“No.9”であることに、誰にも文句なんて言わせない。だって、貴方はたったひとり生き残ってくれた私の子供なんだもの」

 

 

 そう言って、takoはにっこりと透き通った笑顔を浮かべた。

 

 

「このゲームを攻略するために、教授の野望を暴き出すために、そしてみんなを弔うために、貴方の力が必要なの。もちろんシャインちゃんは協力してくれるよね」

 

 

 うん、と頷きたかった。

 もちろん僕は何があってもtako姉の味方だよと言いたかった。

 

 

 だって、どう見たってtako姉は……狂っていた。

 復讐の炎にその身を焼き、喪われたものへの想いに慟哭し、その果てにきっと彼女は生きながら“鬼”になった。

 

 子供好きで優しい人だった。師匠としてはとても厳しかった。

 だけどここまで苛烈でも、妄執に身を委ねる人でもなかった。

 

 こんなになってしまったtako姉を見捨てておけない。

 自分を必要としてくれるなら、喜んでその支えになりたい。

 だけど、それでも。

 

 

「僕は一緒にはいけない。その手は取れないよ、tako姉」



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第108話 鬼は鬼でも鬼子母神

「……どうして?」

 

 

 スノウに拒絶されたtakoは、ありえないものを見たと言わんばかりの顔でじっとスノウの顔を見つめていた。

 

 

「どうして一緒に来てくれないの? 私のことが嫌いになったの?」

 

「そうじゃないよ。tako姉のことは大好きに決まってる。だけど」

 

 

 スノウは頭を働かせる。

 どうすればtakoを不必要に刺激せず、自分の考えを伝えられるのかと。

 

 今のtakoはとても不安定だ。

 何がスイッチになって起爆するかわからない爆弾のようなものだ。

 他人を怒らせることばかり得意なスノウだが、今日に限っては怒らせないように話さないといけない。それは他人を怒らせることよりずっと難しいことだった。

 

 

「だけど、ボクはまだ教授から話を聞いてない。tako姉からだけ話を聞いて、それですべてわかった気になってtako姉の言うとおりにするのはフェアじゃないでしょ」

 

「あいつが本当のことなんて言うと思うの? 貴方たちみんなを騙していた男が!」

 

 

 スノウの言葉に、tako姉が鬼の形相を浮かべて吐き捨てる。

 確かにその通りだろう。tako姉の中では。

 tako姉にとってはもう教授が犯人で確定しているから、それ以外の可能性をもう思い浮かべることができない。

 そんな彼女についていったとしても、やはりスノウはtakoと同じ視点でしか物事を見ることができないだろう。

 

 スノウはまだ教授以外の真犯人がいる可能性を信じている。

 より正確には、教授が犯人であってほしくないと願っている。

 

 

「ボクはtako姉とは別の道を進んで、教授本人から話を聞きたい。その道には何の手掛かりもなくて、すべてが曖昧だけども、そうすべきだと思うんだ。それでもやっぱり教授が犯人でしかありえないって結論になったら……仕方ないから、ボクも教授と戦うよ」

 

「……それは結局遠回りでしかないわよ」

 

「いいよ、それでも。ボクはちゃんと自分の目で見て、判断したいんだ。納得できないまま、誰かの言う通りに従うのはもう嫌なんだ。だってそれじゃあ」

 

 

 ……実の親から受けた仕打ちそのままじゃないか。

 その言葉は口には出せなかった。

 

 今のtakoがスノウにやらせようとしたことは、そういうことだ。

 自分の手駒にして、教授を討つための道具にするということ。

 かつて実の親から受けた仕打ちから、虎太郎はtakoが自分を復讐の道具として扱おうとしていることに気付いてしまっていた。

 

 だけどどれほど変わり果てたとしても、大好きなtakoを大嫌いな実の親と被らせるようなことは口が裂けても言いたくなかった。

 スノウの中では、takoはまだ厳しくも優しい師匠なのだから。

 

 そんなスノウの口にしない思いを読み取って、takoはため息を吐く。

 

 

「そう。ダメか」

 

「……ごめんね。それに、tako姉……ボクは思うんだけど」

 

「なあに?」

 

 

 見えている地雷を踏むか踏むまいか迷ってから、スノウはあえてそれを踏んだ。

 

 

「人は殺しちゃダメでしょ……」

 

「…………」

 

 

 おーーっとここでスノウライト選手、渾身のマジレスだーーーっ!!

 

 

 ぽかんとした顔になったtakoに、スノウは腕組みをしてお説教する。

 

 

「どれだけ憎くても人間は殺しちゃめー、なんだよ。さっき教授を見つけて一緒に殺そうなんて言ったけど、たとえ教授が犯人だったとしても殺すのはちゃんと裁判を受けさせて、死刑が決まってからしかるべき人が手を下すのが正しいでしょ。tako姉が勝手に殺しちゃダメだよ?」

 

 

 takoはしばらく何を言われているのか理解できていなかった。

 このシリアスな復讐譚の流れから、いきなりすっとぼけたことを言われたので話の落差についていけていない。

 

 だがやがて言われた内容を理解すると、憤激も露わにスノウに食って掛かった。

 

 

「仲間たちが殺されたのよ!? その報いを自分の手で受けさせて何が悪い!? 貴方は自分の手で復讐したいとは思わないの!? 貴方のみんなへの想いはその程度のものだったの!?」

 

「そんなわけないだろ!」

 

 

 takoの言葉に怒鳴り返してから、スノウはふうっとため息を吐く。

 

 

「ボクだって、みんなを殺した犯人をこの手で八つ裂きにしてやりたいよ。だけどそれはやっちゃいけないことだ。殺人犯を殺したら、自分も殺人犯になっちゃうじゃないか。そうしないために死刑という制度があるんだ、そうでしょ?」

 

 

 ゲームの中のスノウライトとは違って、虎太郎は極めて良識的な人間だ。

 普段あれだけゲームの中で暴れて、他人に暴言を吐いたり武器を盗んだりするのは、それがゲームの中だけのことだと思っているからである。時代錯誤にも、リアルとゲーム内のロールプレイを完全に切り分ける考え方の持ち主なのだ。

 

 傲慢不遜にも最強の座をほしいままにした、かつての有力クラン【シャングリラ】。そのトップ7の一員として相応しくあろうと虎太郎が考えたのが、前作でのシャイン、今作でのスノウライトのキャラクターだった。あの仮面を被っている限り、虎太郎はどれだけでも極悪非道に振る舞えるし、他人からの悪意も気にしない。

 

 だけどゲームを離れれば、虎太郎は秩序と良識に安心感を抱くただの男の子なのだ。

 そんな彼からしてみれば。

 

 

「ボクは、tako姉が殺人犯になるところなんて見たくないよ。大好きなtako姉に、手を汚してほしくないんだよ! だからお願い。ボクに時間をください。きっとボクが真犯人を見つけて、tako姉が教授を殺さなくていいようにするから……!」

 

「私の手は、もう……」

 

 

 何かを言い掛けたtakoは首を振り、ふうっと憤激を鼻から吐き出した。

 そしてスノウに近付いて、ぎゅっとその肩を抱きしめる。

 

 

「やっぱり優しいね、コタくんは。そんな優しいキミだから、【シャングリラ】の子供たちもみんなキミが好きだった。与えられるべき人たちから与えられなかった優しさを、キミがみんなに振りまいていたから」

 

「……僕はそんなんじゃないよ。みんなの足を引っ張ってばかりだった」

 

 

 のろまな初心者だった虎太郎は、本当によくみんなの足を引っ張っては、ハルパーに舌打ちされて暴言を浴びせられたものだった。なんてやつだハルパー許せねえ。

 

 だからこそ、虎太郎は一生懸命技術を覚え、立ち回りを学んだ。みんなに少しでも追いつきたくて。

 だからってあんなメスガキムーブまで学習することはなかったんですけどねぇ? 純粋なものほど悪質なものに染められやすいのは世の常。悪貨は良貨を駆逐するとはよく言ったもんだ。

 

 しかしそんな【シャングリラ】のガラの悪いプレイヤーに染められたメスガキの心の芯は、やはり変わることがなく。

 takoはスノウを抱き寄せると、その顔を豊満な胸元に埋めさせた。

 

 

「わぷ……!?」

 

 

 目を白黒させるスノウだが、後頭部を優しく撫でる手つきに安心感を覚えて、なすがままにされる。

 

 

「ごめんね。そんな優しいコタくんを復讐に巻き込もうなんて、私が間違ってた。いいよ。もう強制なんかしない。コタくんの好きにすればいいと思うの~」

 

「……ホント?」

 

「うん」

 

 

 にこやかな微笑みを浮かべたtakoは、記憶の中のかつての彼女そのもので。

 スノウは心から安心して、takoに抱かれるままになった。

 

 

「私、本当はもっと喜ばなきゃいけないんだろうな。2年前はみんなについていこうと頑張ってたコタくんが、今は自分の足で立って、自分の目で見ようとしてる。弟子が立派に自立したことを、師匠として誇るべきだと思う。だけど、あなたが巣立っていくことがすごく寂しくもあるの」

 

「……ごめんね、tako姉」

 

「ううん、いいのよ。いつか子供は旅立っていくものだから。私は貴方の巣立ちを応援するわ~」

 

 

 そう言いながら、takoは慈愛に溢れた瞳でスノウの頭を撫でた。

 

 

「だけど……今だけはこうさせてほしいな。立派な男の子には迷惑かな?」

 

「ううん、ボクも嫌じゃないよ。すごく……胸が暖かくなるから」

 

「ふふっ。甘えんぼさんだね。いいよ、いくらでも甘えていってね」

 

 

 オイオイオイ、オネショタだわ。いや、絵面的にはオネロリか?

 こんな怪しいプレイを許すとか倫理制限は何やってんですかね。

 

 ……まあ、このホテルのプライベートルームは密かに倫理制限が撤廃されているのだが。まったくブルジョワってやつは爛れてやがりますね。

 

 もっとも、takoが聞いたら我が子との親子のふれあいを汚い目で見るな! と憤慨するのだろうが。

 本当は親子じゃなくて師弟なのだけども、今のtakoの頭の中ではそれは完全に同一のものとなってしまっていた。虎太郎としても実母から受けられなかった親からの安らぎを求めているのだから、本人たちにはこれでいいのだろう。

 

 takoは愛情深い瞳で胸の中のスノウを見つめる。

 鬼は鬼でも鬼子母神。

 戦場では容赦なく他者を屠るが、我が子には渾身の愛情を注ぐ。

 takoはそういう鬼である。

 

 

 スノウの頭をゆっくりと撫でながら、takoは囁いた。

 

 

「これからもシャインちゃんは好きなように進めばいい。だからこれはただの助言なんだけど……」

 

「うん?」

 

「真実を求めるなら“七罪冠位”を追いなさい」

 

「“七罪冠位”……あのクマみたいな?」

 

 

 スノウは3カ月前に交戦した、巨大なクリーチャー“アンタッチャブル”の姿を思い浮かべた。

 

 

「そう。“七罪冠位”はこのゲームの鍵を握る存在よ。生半可なプレイヤーを物ともしない耐久性と、驚異的な攻撃力を併せ持った天災にも等しい最強の怪物(レイドボス)たち。奴らを本来のフィールドで規定人数制限をクリアして打ち破ったとき、MVPとなったプレイヤーは“七罪”の力を手に入れられる」

 

「本来のフィールド……?」

 

 

 スノウは顔をしかめ、身を起こそうとする。

 

 

「ってことは、アイツあれで全然実力を出してなかったってことか……!」

 

 

 手抜きするとは舐めやがって!

 瞬間的にイラッとして沸騰しかけるスノウを、不満げなオクトが胸の中に再び引き寄せてよしよしと頭を撫でた。

 

 

「逆に人海戦術を使ってでも、初期装備で撃退したんだからシャインちゃんはやっぱりすごいのよ~。えらいえらい♪」

 

「ふにゅう……」

 

 

 褒められてふにゃふにゃになったスノウを、takoは優しい瞳で見つめる。

 

 

「“七罪冠位”から冠位を奪った者は、その上の戦いへの挑戦権を得ることができるの。そして最後まで戦いを勝ち抜いた者は、何でもひとつ願いを叶えてもらえる」

 

「何それ。神様でもいるの? どんな願いっていっても……ゲームの中で億万長者になってもなあ。それに、最後まで勝ち抜いたってことはつまりこのゲームで最強のプレイヤーになったってことでしょ? 実質クリアじゃないか。そこでゲーム内通貨や武器をもらったって仕方ないよ」

 

「違うの。本当に“何でも”叶うのよ。現実での巨万の富も、不老長寿も、あらゆる欲望が叶えられることが約束されているの」

 

「はぁ? そんなバカな」

 

 

 反射的に否定するスノウだが、彼女を見下ろすtakoの瞳は真剣だった。

 少なくともtakoはそれを信じている。

 スノウは地雷を感じて、それ以上口にするのはやめた。

 

 

「私はそこで教授を殺す機会を願う。あるいは、そこに至るまでの道で教授に出会えるかもしれないわね。このゲームが教授の仕組んだものだとすれば、きっと道は繋がっている」

 

「なるほど……」

 

 

 takoの言うことに一理あるとスノウは思う。

 元よりあのクソ熊とは再戦して今度こそボコボコにしてやらないといけないと思っていたし、“七罪冠位”はどうやらこのゲームにおける大ボスのポジションのようだ。

 ボスモンスターを討伐しない理由などどこにもない。

 むしろゲーマーにとって、是が非でも倒すべき目標といえる。

 

 これまで目的もなく傭兵稼業をしながら【シャングリラ】の仲間たちを探し歩いていたスノウだが、今後の新しい目標が見えてきた。

 密かに闘志を燃やすスノウを微笑ましく見ながら、takoはだけど、と口にする。

 

「だけど今のシャインちゃんじゃ勝てないわね。“七罪冠位”は生易しい相手じゃないから」

 

「なんだよ。tako姉はボクじゃ逆立ちしても相手にならないっていうの?」

 

「そういう意味じゃないのよ」

 

 

 口を尖らせるスノウに、takoは苦笑を浮かべる。

 

 

「このゲームのレイドボスには人数制限があるでしょ。少しでも横殴りすれば人数制限にカウントされるし、それで撃破時には新しい技術ツリーや素材がもらえるから、みんな虎視眈々と横殴りするチャンスを狙ってる。だからボス本体と戦うメンバー以外に、そういう有象無象どもを寄せ付けない別動隊が必要なの」

 

「ああ、そうか……」

 

 

 これまでのレイドボス戦を思い出して、スノウは頷く。

 確かに鉄蜘蛛のときもチンパン1号氏率いる【騎士猿(ナイトオブエイプ)】は、【氷獄狼(フェンリル)】を寄せ付けまいと防衛線を張っていた。

 

 自分だけでボス本体と群がるハイエナどもをすべて相手するのは不可能だろう。

 それに、とtakoは続けた。

 

 

「貴方はきっと、仲間がいてこそ輝く。今日の戦い方を見て確信したわ。ペンデュラムの部下の参謀たちと組んで、私を追い詰めたその手腕。それは貴方だけでは決してできなかったこと」

 

「うん。それはそうだと思う」

 

 

 そもそもスノウがプレイヤーとしての才能を目覚めさせたのは、【シャングリラ】の仲間や師匠たちに集団戦の中で揉まれ続けたからだ。

 スノウが一番有利に戦えるのは仲間と連携できているとき、ということになる。

 

 これまで散々スタンドプレイで暴れてきたメスガキだが、takoに言わせればあれではスノウ本来の実力を発揮できていない。雑魚プレイヤーどもを手玉にとって翻弄することはできても、これからの目的となる“七罪冠位”のようなレイドボスには通用しないのだ。

 

 だからtakoは弟子にこう言った。

 

 

「貴方は自分のクランを作りなさい。私が【ナンバーズ】を作ったように、貴方がリーダーとなる自分だけの軍勢を率いるの」

 

「ボクのクランを……?」

 

 

 スノウは不安そうに目をぱちくりさせる。

 

 

「でも、ボクにはリーダーなんて務まらないと思うよ……。ボクの指示を聞きたいなんて人、いないと思うし」

 

 

 そりゃ他人を煽り倒すメスガキに従いたいなんて奴はドMのよわよわお兄ちゃんくらいのもんだろうよ。

 ……あれ? それじゃ結構いるのか?

 

 

「それに、ボクにはクランを運営するノウハウもないし。そもそもどうやって人を集めたらいいのかわかんないよ」

 

 

 そんな弱音を吐くスノウの額を、コツンとtakoがつついた。

 

 

「こーら、やる前から諦めないの。大丈夫よ。リーダーらしさなんて、やってるうちに身につくものなんだから」

 

「そうかなぁ……tako姉が言うなら、そうかも……。でも……」

 

「それにね、シャインちゃんには運営するノウハウがなくてもいいのよ」

 

 

 そう言って、takoはにっこりと笑う。

 

 

「そのへんの雑魚どもの中堅クランに入り込んで、全員ぶちのめして乗っ取っちゃえばいいじゃない。クランを運営するノウハウはあっても、腕が伴わなくて伸び悩んでるやつらなんていくらでもいるんだし。そいつらを部下にして、シャインちゃんがボス兼トッププレイヤーとして君臨すれば、クランまるごと手に入るわ~」

 

 

 蛮族の考え方であった。

 やはり母性に溢れていようが鬼は鬼だな。

 

 

「! そっかぁ!」

 

 

 そのクソの塊みたいな提案に、ぱあっと顔を輝かせるスノウ。

 これはゲームだと割り切っているので、リアルでの良識はまったく働いていない。

 

 

「それに腕利きプレイヤーが見つからないのなら、貴方が育てればいいじゃない。弟子をとりなさいな~」

 

「ボクが……他人に教える?」

 

「そうよ~。技術を教える動画を配信してたでしょ? 折角の技術を不特定多数に広めるなんてバカのすることよ~。貴方の技術をこれと見込んだ才能ある子に教えて、腹心にすればいいの。私も【ナンバーズ】の連中をそうやって育てたものなのよ~」

 

 

 いや、お前の指導は拷問に等しいのだが。

 しかしその拷問の果てに絶対服従を誓わせたのだから、takoとしてはそれで間違っていないのかもしれない。それがスノウにもできることなのかは不明だが。

 

 しかしスノウはこくこくこく!とすごい勢いで頭を縦に振り、キラキラ瞳を輝かせている。すっかり乗り気であった。

 

 

「だからまずは弟子を取って、裏切らない腹心を作るといいと思うわ~。適当なクランを乗っとるのはそれからね、やっぱり手駒が多い方が乗っ取りも楽よ~」

 

「うん、わかった! まず弟子を作るよ! やっぱりtako姉はすごいなあ!」

 

「うふふ。そうでしょ~? これでも100人以上の部下を従えるビッグボスなのよ~」

 

 

 得意げに笑うtakoは、その胸の中の思いをそっと覆い隠す。

 

 

(本当は他のプレイヤーなんかとつるんでほしくない。仲間と呼べるものは【シャングリラ】の仲間たちだけでいい。この子が一緒に来てくれれば、他のプレイヤーと触れさせる機会などこれ以上与えずに済んだものを)

 

 

 だが、takoはゆっくりと頭を振った。

 自分はこの子の巣立ちを見守ると決めたのだ。

 たとえそれで2人の道が分かたれるとしても。

 

 

「……tako姉?」

 

 

 不思議そうに見上げてくるスノウに、takoはなんでもないよと微笑む。

 

 

「さ、助言はこれでおしまい。今度はコタくんのお話を聞きたいな。これまでの2年間のこと、聞かせてくれる?」

 

 

「うん。tako姉に聞いて欲しいことがいっぱいあるんだ……!」

 

 

 そしてスノウは、嬉しそうにこれまでのことをtakoに聞かせるのだった。

 その姿は、まるで母親に冒険譚を自慢する実の子供のように。




地の文でふざけられなくて胃が荒れそうになりました。


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第109話 母は母でも鬼子母神

 ウィーンと音を立てて、VRポッドのハッチが開く。

 事務所の一室に設けられた専用の自室で、根之堅美咲はダイブから目覚めた。

 

 インナー姿の彼女の容姿は、先ほどまでスノウに見せていたtakoの姿とほぼ変わりがない。女性にしては長身の体躯に、豊満な胸、流れるような長髪は漆色。

 だがきっと、彼女の姿を実際に見た者は、それを同一人物だとは思うまい。

 

 美咲はポッドから身を起こすと、部屋の片隅に取り付けられている鏡に顔を映した。

 

 優し気な垂れ目ではなく、刃物のように鋭利な瞳。

 そして何よりも、右目の周りには深い裂傷の痕が刻まれていた。

 

 それは彼女のtakoではないもうひとつのアバター、オクトの顔に刻まれているものとまったく同じ。

 

 

 あの日、燃え盛る【シャングリラ】から単身で脱出した彼女は、逃げる際に顔に傷を負った。

 医療技術が発達したこの時代において、傷痕を消す治療は決して不可能なものではない。しかし美咲はそれを決して消そうとはしなかった。

 この傷は誓い。

 必ず教授を自分の手で追い詰め、息の根を止めるという、亡き子供たちへの約束であり……自らを縛る呪いでもある。

 

 その口の端が……そっと綻んだ。

 復讐を誓って以来、決して作り笑い以外では浮かべなかった、微かな笑み。

 

 愛しい末の子にまた会えた。

 自分の復讐には付き合ってくれなかったが、それはいい。

 あの頃と変わらない純粋さに触れて、心が洗われる思いがした。

 今はそれでよしとしよう。

 たとえ進む道が分かたれたとしても。

 

 

(どうせまたすぐに、私たちの道は交差する)

 

 

 鏡を見つめながら、美咲は考える。

 

 そう、その通り。

 しかしその時は今回のような接触にはならない。

 

 takoはスノウにいくつか意図して言わなかったことがある。

 そのひとつが、“七罪冠位”を倒したときにどんな力が得られるかだ。

 

 “七罪冠位”の力は誰もが手にできるわけではない。

 その“七罪”に対応する“罪業(カルマ)”の器を、プレイヤー自身が宿している必要がある。魂の“罪業”の器を欲望で満たすことで、能力を得ることができるのだ。

 その能力は、決してゲームの中だけのものではない。

 

そう。“憤怒(ラース)”の“七罪冠位”を倒したオクトは、自身の“怒り”を感染させることで他者の精神を呪縛する能力を得た。その影響はゲームからログアウトしたとしても残留し続ける。

 この能力を用いて、美咲は自分が興したクランのメンバーに徹底的な忠誠を誓わせ、さらには他のクランから優秀なプレイヤーを引き抜くことで、【ナンバーズ】を最強の攻略クランとすることに成功したのだ。

 

 しかし、takoはあえてこの情報をスノウには伏せた。

 

 

(何故なら、次に会うときは恐らくあの子の敵として立ちはだかることになるから)

 

 

 “七罪冠位”の力を奪った後には、その“七罪”を賭けたプレイヤー同士の決闘が待ち受けている。すべての“七罪”を制した者だけが、最終決戦に挑むことができるのだ。

 奥の手は相手に見せずにとっておくもの。

 戦う前から手の内を相手にさらすのは愚か者のやることだ。

 

 takoが適合する“罪業”は“憤怒”と“傲慢(プライド)”、そして“色欲(ラスト)”。

 “色欲”の“七罪冠位”は既に他のプレイヤーが奪取してしまったから、takoがさらに手に入れられるのは“傲慢”のみとなる。

 できれば“傲慢”も押さえておきたいところだったが、精神への負荷が怖い。“憤怒”ひとつですら持て余し気味だというのに、このうえ“傲慢”まで手にしたら自分がどうなってしまうのかわからない。

 

 “七罪冠位”はただ力を与えるだけではない。膨れ上がった“罪業”はプレイヤーを汚染する。

 精神力には自信がある美咲といえども、2つもの“冠位”を保持することはためらわれた。

 それに、“傲慢”を手に入れるべきプレイヤーは別にいる。

 

 

(“傲慢”こそはシャインに相応しい“罪業”だ)

 

 

 恐れ知らずのメスガキを演じることがうまいから、ではない。

 美咲は知っている。大国虎太郎がどれほど“傲慢”なのか。

 ただの初心者の分際で、身の程知らずにも当時最強のプレイヤーであったハルパーをいつか追い抜こうと思ったこと。普通の人間ならいずれ身の程を知って諦めてしまう無謀な目標を、ずっと信じ続けて努力を重ねられた。

 その資質こそが“傲慢”なのだ。

 

 もしもハルパーがまだ生きていたら、“傲慢”は彼のものだっただろう。

 バーニーやエッジがいるのだから当然ハルパーもどこかにはいるはずなのだが、どういうわけか彼は誰にも姿を見せておらず、“傲慢”の“七罪冠位”は野放しになっている。

 それならアレはシャインに与えてしまおう。

 

 教授かGMの仕業だかは知らないが、シャインがゲームを開始してすぐに“怠惰”の“七罪冠位(クソ熊)”を差し向けられたようだが……。

 

 

(冗談ではない。あの子に相応しい“罪業”が“怠惰”ごときであるはずがなかろうがッ……!)

 

 

 バンッと拳を鏡の横に叩きつけると、コンクリートの壁に蜘蛛の巣状のヒビが入った。

 

 高く、高く、天を悠々と自在に飛び、万象のすべてを睥睨する(見下す)孔雀の王が宿す“七罪”。

 “傲慢”こそが私の愛し子には相応しいのだ。

 

 だが、あれは相当な強敵でもある。

 次に会うときは敵だと思っていたが……アレに挑むときは自分が手を貸してやるのもいいかもしれない。愛しい弟子との共同戦線をもう一度できるというのは、考えただけで胸が躍る。

 

 

(それに、“種”は植え付けた)

 

 

 オクトが持つ能力、“憤怒”の種による精神支配。

 それは電脳体(アバター)によって()()()()した相手にのみ効果を生じる。

 

 元々怒りっぽい相手にしか効かないので、温厚で臆病なシャインに通用するかはわからなかったが……。

 教授への怒りを煽ったり、アンタッチャブル(クソ熊)を話題に出すことで怒りを露わにさせることができた。

 これで種が無事に育ってくれれば、シャインは戦うこともなく味方についてくれるかもしれない。

 

 

(やはり“七罪”持ち同士で戦ってみたくはあったが……。あの子が手に入るのならそれ以上に嬉しいことはない)

 

 

 愛し合う師弟(親子)はいつでも一緒。

 それが何よりの幸せだから。

 

 そう考えながら、鏡の中の美咲はとろけるような慈愛の笑みを浮かべた。

 

 

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「おや、ボス。ご機嫌ですね」

 

 

 黒一色のビジネススーツに着替えて執務室に入った美咲に、秘書が声を掛ける。髪を綺麗に剃り上げた禿頭の男だ。美咲と同じく黒いスーツに身を包んでいるが、その強面はどこかの紛争地域にいる方が似合いそうだった。

 もっとも、今の時代に最早国家紛争などというものは存在しないが。

 

 

「そう見えるか?」

 

「はい。いつになく」

 

「フ……そうだろうな。良いことがあった。ペンデュラムにはしてやられたが、それを帳消しにできる慶事だ」

 

「おめでとうございます」

 

 

 夕方の茜色の光がブラインドの隙間から差し込み、執務室を照らしていた。

 

 ここは美咲が取締役を務めるPMC(民間軍事会社)【ナンバーズ】。

 かつて戦争が地上に溢れていた時代の残党たちの終着点だ。

 

 16年前に起きた全世界規模のサイバーテロ“ジャバウォック事件”。

 未だ正体不明の犯人が全世界の国家首脳を脅迫した恐るべき事件だ。

 彼の要求はただひとつ、『以降の国家紛争の全面禁止』。

 

 その荒唐無稽な要求の見返りとして、彼の要求を飲む国家には絶大な恩恵がもたらされたという。その恩恵の内容は、未だに機密のヴェールの向こうに包まれ、余人が知ることはできない。

 ただ、世界中の国家が彼の要求を呑み、その結果として地上から国家紛争が消滅したのは確かだ。

 現代において戦争とは、経済戦争のことを指す。

 

 困ったのは軍人と軍需産業だ。

 張り子の虎としての価値はあれど、最早実際に戦うことなどない。

 軍縮に次ぐ軍縮の嵐が、軍部を襲った。

 

 そして職を失った彼らが最後に流れ着いたのがPMC。

 彼らの主たる仕事は、傭兵働き……ゲームプレイだ。

 

 『七慾のシュバリエ』という巨大企業による経済戦争(マネーゲーム)の舞台。そこで傭兵として企業に雇われての闘争こそが、彼らの新たな仕事となった。

 

 

 2年前、美咲は巨額の資金を元に、世界中から仕事にあぶれた元軍人たちをかき集めた。

 たかだか25歳の素人の小娘に何ができるんだ、俺たちが傭兵の流儀ってやつを教えてやろうか? ベッドでな。ガハハ!

 そう彼女を舐めていた連中は、ゲーム内でもリアルでもボコボコに叩きのめされ、恐怖と共に絶対服従を誓わされることになった。

 

 “鬼”が長閑な田舎でひっそりと暮らしていたのは、一族の血と共に継承されるその力を厭うが故。その暴力をただ復讐に使うことを決めた彼女を止められる者など、どこにもいなかった。

 

 

「それにしても【マガツミ遺跡】のレイドボスが今シーズン最後のピースという予想でしたが……アテが外れてしまいましたね」

 

「ああ。それにあれだけ難解な謎解きで隠してあったんだ、“七罪冠位”の手がかりもあるかと思ったが……とんだ空振りだった」

 

 

 美咲は椅子に腰かけ、両手を組み合わせる。

 その言動には、先ほどまでスノウと話していた『優しくのんびり屋のtako姉』の面影などまったく見られない。ゲーム内の厳めしいオクトの口調そのままだった。

 

最後の1体(ラストピース)がいるならあそこだろうと踏んでいたが……さて、一体どこにいるのやら」

 

 

 『七翼のシュバリエ』のゲームシーズン(段階)は、特定のレイドボスがすべて撃破されたときに進むことになっている。どのレイドボスの撃破が必要なのかという情報はプレイヤーには隠されており、手探りで進めるしかない。

 

 特定のレイドボスの撃破が時代を進める、という情報は確かだ。

 オクトはそれを袂を分かつ前のバーニーから聞いた。

 ……バーニーやエッジと手を取り合って“七罪冠位”に挑んだ時代もあったのだ。今はすっかり冷え切った関係になってしまったけれど。

 

 

(バーニーにもう一度取り入って訊いてみるか?)

 

 

 ……馬鹿な。そんなことができるものか。

 あの子たちの偽物(AI)の顔など見たくもない。

 

 

「手がかりを見失ったか。これでは【シルバーメタル】を買収してペンデュラムの軍を襲った意味がない。まったく、【マガツミ遺跡】は取り返されるし、ペンデュラム軍の心をへし折ることも失敗したし……踏んだり蹴ったりだな」

 

「おや……」

 

 

 秘書は内線を取り、眉を上げた。

 

 

「ボス。出資者の坊やから外線です。どうやら今回の失態に随分とお怒りのご様子ですよ」

 

「やれやれだな」

 

 

 美咲は肩を竦めてため息を吐くと、デスクの上の外線を取った。

 そして投影型スクリーンに浮かび上がるホログラムの少年に、にこやかな笑顔を作ってみせる。

 

 

「これは牙論様。何の御用でしょうか」

 

『僕が用もなしに電話しちゃいけないのか? いつでもかけていいって言ったのはオクトだろう』

 

「もちろんです。心配ごとがあったら、何でもご相談ください。私は何があっても牙論様の味方ですよ」

 

 

 天翔院家の後継者候補に相応しい、優雅で整った端正な顔立ち。

 淡い金髪を腰まで伸ばした美少年だ。

 そして何よりも印象的なのは、他人の眼を捕えて離さないその瞳。

 黙って微笑んでいれば、誰もが王者に生まれるべくして生まれてきた王子様のように感じるだろう。他人をかしづかせることを当然として生きてきた者だけが帯びる、カリスマ性がそこにはあった。

 

 だが、そわそわと落ち着きのない神経質そうな態度と髪の毛の先をいじる仕草がそのカリスマを台無しにしてしまっている。

 

 

『でも今日の戦いはなんだ!? 姉さんにしてやられたって言うじゃないか! 折角ここまで姉さんを追い詰めて当主の資格なしってレッテルを貼れたっていうのに、「天音様の才覚もなかなか捨てたものではありませんな」なんて言い出す重役だって出てきてるんだよ!』

 

「ご安心ください、牙論様。彼女がたった一度政治力を見せた程度でひっくり返るほど、私たちが築いた陣営は脆くはありませんよ。それに私は今回【ナンバーズ】の私兵しか投入していません。牙論様には、私がスカウトして回ってきた忠実な精鋭部隊がいるではありませんか。いざとなればそれを使って叩きのめせばいいのです」

 

『う、うん。そうか』

 

 

 なお、カイザー(牙論)の精鋭部隊とは【ナンバーズ】の選抜試験から漏れた連中だ。種を植え付けて支配したはいいが、【ナンバーズ】に入れて鍛えてやるほどの価値はないなとオクトが判断した程度の技量である。拷問に近いシゴキを逃れられてラッキーだったね!

 確かに優秀なプレイヤーではあるが、オクトにとっては生え抜きというほどの実力はない。

 だがそんなおもちゃの兵隊でも、牙論を安心させるには十分だ。

 どういうわけか古今東西、前線に出る気概のない権力者ほど、無駄に兵力を自分の周囲に置きたがるものだ。

 使われない武器に何の意味があろうか。そういう点では、カリスマ性に欠けこそすれ腹心の配下と共に常に悪戦苦闘しているペンデュラムの方が、よほどトップにふさわしい人材だと美咲は思っている。決して口にも態度にも出しはしないが。

 

 

「牙論様はどっしりと構えていればいいのです。そうやって枝毛なんて探していたら、器が小さいと誤解されてしまいますよ。後で私が手ずからブラッシングして綺麗にしてあげますから、自分で探すのはおやめくださいね」

 

『う、うん!』

 

 

 慈愛に満ちた美咲の微笑みを見て、牙論はささっと姿勢を糺す。

 その小物じみた仕草は、どこか小動物を思わせた。人によっては可愛いと言うだろう。たとえるならそう、チワワかな。ビビリのくせに無駄にキャンキャン吠えるところとかそっくりですね。

 

 牙論はどこかそわそわしたように、立体スクリーン越しに美咲へ上目遣いを送る。

 

 

『ねえ、今晩は会ってくれる?』

 

「そうですね……ちょっと敗戦処理が立て込んでいるので。ダイブでよろしければお時間を作れるかと」

 

『え~!? ダイブだとオクト(パパ)じゃないか~! 僕は今日は美咲(ママ)に甘えたいの! さっきブラッシングしてくれるって言ったじゃないか、久々に膝枕してよ~!』

 

 

 そう言って牙論は体を左右に揺らして駄々をこねる。

 いくら美少年とはいえ、もうすぐハタチにもなろうという男がくねくねと体をくねらせて甘える姿に、美咲の秘書は噴きだすのを必死にこらえた。

 笑うわこんなん。

 

 美咲はそんな牙論の醜態に、慈母のような微笑みを向ける。

 

 

「仕方ありませんね。わかりました、この後時間を取って“ご相談”にうかがいましょう。牙論様のご不安を取り去って差し上げますね」

 

『やったぁ! オクト大好き~!』

 

 

 わーいと幼児のように無邪気な笑顔を浮かべる牙論を、美咲はニコニコと目を細めて見つめている。

 その瞳の奥に揺れる漆黒の炎が、考えている。

 

 

(やっぱり本物の弟子(我が子)を見た後だと、()()()は霞むな)

 

 

 愛情を注いでやったこともある。

 両親からの愛情に飢えたお坊っちゃまに、リアルでは母として、ゲームでは父として、惜しみなく愛情を与えてやった。

 そしてこの上なく彼からの信頼を勝ち得た。

 PMC創設にかかる巨額の資金は、彼の財布から出ている。

 

 その愛情が偽りであったというつもりはない。

 美咲だって寂しかったのだ。その欠落を埋める代替としてはうってつけだった。

 だが、やっぱり……物足りない。クセがなさすぎる。

 シャインくらい手がかかって、自我が強くて、賢くて、いくら鍛えても泣き言ひとつ言わない逸材に慣れた身としては、()()はあまりにも惰弱に過ぎる。

 

(とはいえ切り捨てるつもりはない。この子はまだまだ役に立つ)

 

 

 ええ、まだ役に立ってもらいましょう。利用できるうちは。

 

 そんな考えをおくびにも出さず、美咲は優しく微笑んだ。

 

 

「では、今晩8時にお伺いします。たっぷりと“よしよし”してあげますからね」

 

『はーい!』

 

 

 にこやかな親子の語らいを見ながら、秘書の肩がガタガタと震えていた。

 ああ、恐ろしい。俺のボスは本物の“鬼”に違いない。

 人の血が通っていれば、こんな無情なことができるものか。

 

 

 鬼は鬼でも、鬼子母神。

 

 愛しい我が子を育てるために、他人の子を喰らって栄養とする。

 鬼子母神とは、そういう“鬼”である。




これでオクト編は終了です。
次回からはゴクドー編。
そろそろちょっと書き溜めしたいので、次回の後お時間いただくかもしれません。


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第110話 武力カンストだけど政治力1桁でギリワンのメスガキはどうすりゃいいですか?

今日も投稿遅れたけど私は元気です。


「というわけで師匠にどっかのクラン乗っ取れって言われたんだけど、何かいい案ある?」

 

 

 【騎士猿(ナイトオブエイプ)】のクランハウスの居間。

 ソファに腰かけてお茶を飲みながら、スノウはtakoとの会話の内容をあらいざらいぶちまけていた。

 そんなスノウの顔を、ディミとチンパン1号氏は珍獣でも見るような目で見つめている。

 

 

『……騎士様。あの、それって第三者に話しちゃっていいことなんですか?』

 

「え? 別にtako姉は他人に話しちゃダメだなんてひと言も言ってなかったよ?」

 

『いや、そんなこと言うまでもないというか……』

 

「だってボク、そういうこと全然よくわかんないもん。わからないことは知ってる人に聞くのが一番じゃない? この場合は実際にクランを運営してるクランリーダーとかさ」

 

 

 ディミの当然の疑問に、スノウはあっけらかんと答えた。

 きっとtakoが聞いたらダメに決まってるだろと言うと思うよ。

 

 物騒すぎる内容を相談された1号氏は、はっはっはと呑気に笑いながらティーカップから紅茶を飲み干す。

 横に控えていた副官のネメシスが、ニコニコと静かに笑いながら、すかさずお代わりを注いだ。

 

 

「クランの乗っ取りですか。いやあ、さすがオクト氏は言うことがいちいち剣呑ですなあ。いかにも武断の人らしいやり方だ」

 

「そうでしょ? tako姉はすごいんだよ!」

 

 

 師匠を褒められたと解釈したスノウが、えっへんと薄い胸を反らす。

 

 

『今のって「相変わらずの脳筋蛮族思考だな」ってのをオブラートに包んで言い換えただけなんじゃないですかね?』

 

「それは言わぬが花というものですな」

 

 

 知的に眼鏡を光らせ、1号氏はディミのツッコミを軽く受け流した。

 スノウはそんな1号氏に、ずずいと身を乗り出す。

 

 

「それで、何か乗っ取るのにいい方法ってある? このクランがオススメだとか、うまいこと取り入る方法とか」

 

「ふーむ。吾輩も別によそのクランを乗っ取ったわけではないですからなあ。旗を立てて、好きにやりたい奴はここで好きにやってもいいですぞって言ったら自然と人が集まって来ただけのことでして」

 

「ちぇー、そっかぁ」

 

 

 そうぼやき、スノウはあてが外れたと言った顔でソファにひっくり返った。

 

 

『というか、そんなやべー情報知ってる人がいたら明らかに危険人物じゃないですかね……。それこそ情報屋にでも教えてもらった方がいいんじゃ? そんな人いるかどうか知りませんけど』

 

「ふうむ。情報屋ですか……」

 

 

 1号氏は顎をさすり、天井を見上げる。

 スノウはそんな彼を期待に満ちた瞳で見つめた。

 

 

「え、情報屋さんを知ってるの?」

 

「いや、吾輩も匿名掲示板で噂を聞いただけなのですがね。そういう情報屋というのは確かにいるらしいです。何でも電脳街の広場のどこかの店舗に合言葉を言えば、情報を売ってくれるらしいのですが……」

 

「どこのお店かとか、合言葉とかはわからないの?」

 

「そこまではなんとも。申し訳ないですなぁ」

 

「そっかぁ……」

 

 

 がっかりと肩を落とすスノウ。

 その肩の上で、ディミが何やらぶつぶつと呟く。

 

 

『個人情報保護法違反……? 会員規約……。ネットリテラシーに違反する悪質なプレイヤーは強制退会させなきゃ……。一刻も早い洗い出しを……一斉検挙……職務質問……?』

 

「ねえ1号、この子突然運営の手先ちゃんモードに入って怖いんだけど」

 

「はっはっは、サポートAIの前でうかつなことを言うものではありませんな。くわばらくわばら」

 

 

 まあ、と呟きながら1号氏は長い膝を組み替えた。

 こうしてみれば、彼も外見だけなら知的でスマートな紳士なのだ。

 普段の言動とキモい笑い方で台無しになっているけど。

 

 

「そういう実情というのは、やはり実際にクランを自分の目で見ないことにはわからんでしょうな。幸いスノウ殿には傭兵という立場があるではありませんか。傭兵としてクランを渡り歩き、付け入れそうなクランを見つければよろしいのでは?」

 

「なるほどなあ。でも、付け入りやすそうなクランってどういうところなんだろ?」

 

「んー、そうですなあ……」

 

 

 そう言いながら1号氏は首をひねる。

 

 

『こんな犯罪スレスレの相談によく快く乗れますね……?』

 

「ふふっ、吾輩もピカレスクロマンという奴には少々憧れますからな。何分お行儀のよいクランリーダーに落ち着いてしまいましたので、破天荒なプレイも見てみたくあるのですよ」

 

 

 ディミのツッコミにニヤリと笑い返しながら、1号氏はピンと指を立てた。

 

 

「やはりクランの結束が脆いところがねらい目でしょうか。絶対的なカリスマ性の欠如したところなら、スノウ殿が乗っ取ろうとしても流されてついていくと思いますぞ。具体的に言うと、小規模のグループが生き残りのために寄り合い所帯を作っているようなところですな。ただ……」

 

「ただ?」

 

「得てしてそういったクランは、プレイヤーも大した腕を持たないものです。スノウ殿は“七罪冠位”に挑むのが目標なのでしょう?」

 

「うん」

 

「となると、やはりクランメンバーもそれなりの腕を持つ者がほしいところですな。“七罪冠位”に挑むのでなくとも、横殴りを狙ってくるハイエナどもを寄せ付けない壁役くらいは担ってもらわねば」

 

 

 1号氏の指摘に、スノウはむむむと唸り声を上げた。

 

 

「あんまり両立しないものなんだね」

 

「まあ腕の良いプレイヤーが集まるクランというのは、なかなか団結力が高いものですから。もちろんスノウ殿が乗っ取った後に腕利きのプレイヤーをスカウトして回ってもよろしいですが……やはり一朝一夕ではいきませんでしょうな」

 

「そっかぁ……困ったな。道場破りみたいにどっかのクランに押し入って、全員叩きのめして今日からボクに従え! って言えばなんとかならないかなぁ?」

 

「なるわけありませんぞ。オクト氏ならば可能かもしれませんが、普通はボコボコにされても恨みを買うだけです。普通の感性なら、誰も従ったりはしませんな」

 

『マジで蛮族だよこの師弟……』

 

 

 頭を抱えるディミをよそに、スノウはうーんうーんと頭を悩ませる。

 居間に入って来た【騎士猿】の遊撃部隊長のメルティショコラが、そんなスノウを見つけて弾んだ声を上げた。

 

 

「あ、スノっち来てんじゃん! はろはろ~♪」

 

「はろ~……」

 

「相変わらずお人形さんみたいに可愛いねスノっちは~。ね、ね、髪の毛いじってもいい?」

 

「いいよ」

 

 

 スノウがそう言う前から、ショコラは鼻歌を歌いながらスノウの髪型を変えて遊び始める。手始めにシュシュを取り出して、お団子ヘアーに変え始めていた。

 そんなショコラに身を任せながら、スノウは首をひねる。

 

 

「ねえ、何かいいアイデアない? 結構強いプレイヤーを揃えてて、ボクに喜んでクランを譲ってくれるような気前のいい友達の心当たりとか……」

 

「ううん……そう言われましても」

 

『仮に心当たりがあっても、騎士様に教えたら友達を売ったに等しいのでは……?』

 

「そうだ!」

 

 

 スノウはニコッと笑いながら、ぱちんと指を鳴らした。

 

 

「1号が【騎士猿】のクランリーダーの座を僕に譲ってくれるっていうのはどう!?」

 

 

 ミシッ、と空気が軋む音がした。

 髪をいじるショコラの顔から表情が消え、ニコニコと横に控えていたネメシスの細目の奥が冷たい光を滲ませる。

 

 ディミはごくりと唾を飲み下した。

 

 冷たく輝く眼鏡のつるを、1号氏が無言で押し上げる。

 その眼鏡の下からどのような瞳でスノウを見ているのか、推し量ることができない。

 

 

「本気でおっしゃっているのでしたら、吾輩は死力を尽くして貴方と抗争を繰り広げねばなりませんな。ここを墓場にするつもりはおありで?」

 

「……冗談だよ」

 

 

 そう言ってスノウはソファに身を投げ出し、うーんと伸びをした。

 

 

「そっかー、やっぱダメかー。一応言ってみたけど、そこまで拒否されるなら諦めるほかないなー」

 

 

 冗談めかしたスノウの言葉に、露骨に場の空気が緩んだ。

 気圧差すら感じさせる雰囲気の変化に、ディミはほっと安堵の息を吐く。

 

 1号氏は、はっはっはと呑気な笑い声を上げながら、少し冷たくなったティーカップの中身を傾けた。

 

 

「ま、誰にでも譲れない一線というものはあるものですよ。吾輩にとっては、それがこの【騎士猿】です。仲間たちと苦楽を共にして、心血を注いでここまで大きくしたクラン……吾輩にとっては『家族』と言っても過言ではありません」

 

「ふうん……」

 

 

 生返事をするスノウに、1号氏は諭すように微笑む。

 

 

「そうですなあ……。スノウ殿は前作で【シャングリラ】に所属しておられましたな。もしもある日、どこの馬の骨とも知れぬ荒くれたプレイヤーがやってきて、『今日からこのクランは俺のものだ。お前らは子分にしてやるからありがたく思え』なんて言ってきたら、どう思いますかな?」

 

「は? ブッ殺す。生まれてきたことを後悔させてやるッ……!!」

 

 

 俄かにギラついた眼光を帯びたスノウは、白い歯を剥き出して瞬間沸騰した。

 1号氏はニヤリと唇の端を歪めて、クックッと笑う。

 

 

「……そういうことです。自分たちのコミュニティに土足で踏み込まれて、大人しく従うプレイヤーなんてそうそうおりませんよ」

 

「あーしもイッチ以外のクランリーダーなんて認めねーし!」

 

「無論、私もですよ。断固として抵抗させていただきます」

 

 

 ここぞとばかりに1号氏の言葉に頷くショコラとネメシスの言葉を受けて、スノウは苦笑いを浮かべた。

 

 

「わかった、わかったよ。ごめんね、言っちゃいけない冗談を言った」

 

「わかればよろしい、水に流しましょう。……スノウ殿が大人しく諦めてくれてほっとしましたぞ。何せ吾輩もまだ迎撃する準備が整っておりませんので」

 

「……ボク、1号と戦ってみたくもあるんだよね。1号ってさぁ……結構ヤれるんじゃないの?」

 

 

 瞳に好戦的な色をギラつかせて、スノウは流し目を送った。

 明らかに戦いたくてうずうずしている。

 

 だが1号氏は滅相もないと肩を竦める。

 

 

「いやいや。吾輩にそんな実力があれば、ストライカーフレームに自分で乗っておりますとも。なにせ吾輩、遠距離戦がとにかく苦手でして。エイムがからっきしなのですよ。やはり吾輩は作戦を練るのが本領ですなぁ、戦うのはみんなにお任せですぞ」

 

「ふぅん? でもさ、鉄蜘蛛とのバトルのとき、近接戦で結構暴れてなかった?」

 

「ははは……近距離ならなおさらスノウ殿の得意ではありませんか。吾輩、勝てぬ戦はしない主義なのですよ」

 

 

 そう言って1号氏は朗らかに笑う。

 

 

「まあ、そろそろ待ち人も合流できる頃なので。そうなったらこのクランも戦力が充実していよいよ盤石になりますな」

 

「待ち人? 新しいプレイヤーが来るの?」

 

「まあそんなところです。吾輩の大親友でしてな! 生まれながらの騎士といった感じの凛々しい性格をしておりまして。吾輩、とても心強く思っております」

 

 

 1号氏が自慢そうに言うと、ショコラは手を打ってニコニコと笑った。

 

 

「あー、あの子ね! 可愛いんだよぉ!」

 

「ふーん……」

 

 

 凛々しくて可愛い? つまりボクみたいなタイプかな。

 スノウはそんなことを考えながら相槌を打つ。

 

 よりにもよってすさまじい自画自賛してんなオメー。

 

 

「その子って強いんだ?」

 

「それはもう! 合流しましたら、スノウ殿にも紹介しますぞ」

 

「うん、とっても楽しみだな!」

 

 

 今にも舌なめずりしそうな笑みを浮かべながら、スノウはご機嫌で頷いた。

 

 

『明らかにその人を襲撃するつもりみたいですけど、大丈夫です?』

 

「ははは、心配ご無用。何しろ吾輩が全幅の信頼を置く存在ですからな。ああ、そうそう。戦力の充実といえば、それも付け入る隙と言えますな」

 

 

 ぽんっと手を打ち鳴らす1号氏に、スノウが小首を傾げる。

 

 

「どういうこと?」

 

「プレイヤー同士の結束が強くても、戦力面での決定打にかけるクランは狙い目だということです。みなそこそこの地力はあれども、エースと呼べるプレイヤーに欠けているクラン……それを埋める最後のピースとして、スノウ殿が入ればいいのです」

 

『あー、なるほど。騎士様がエースとして君臨して、リーダーシップでみんなを率いていくというわけですか。それなら無理なく……』

 

 

 ちらっとディミはスノウを横目で見て、眉をひそめた。

 

 

『無理なくついていきたくなりますかね、この人格に……?』

 

「なんだよ。世界一可愛くて強いボクを神輿に担ぎたくなって当然だろ!?」

 

 

 天下無敵のメスガキ様だぞ、チヤホヤしろ! と言わんばかりに胸を張るスノウに、ディミは冷ややかな視線を送るばかりである。

 無理じゃね?

 

 1号氏はコホンと咳払いして、話を続ける。

 

 

「まあこの際、スノウ殿のリーダーシップは置いておきましょう。とにかくスノウ殿は戦力としてはピカ一なのですからな! スノウ殿の力をどうしても借りたい、そのためならクランの方針もある程度ならスノウ殿にお任せしてくれる……そういったクランを探せばいいのではないですかな?」

 

「なるほどなぁ……。ある種の契約を結ぶわけか」

 

「そういうことですな」

 

『この人の思うようにさせたら、その日がクラン最後の日になるのでは……?』

 

「ディミはボクを何だと思ってるんだ!?」

 

 

 抗議の声を上げるスノウに、ディミはジト目を向ける。

 

 

『だって貴方、そこらへんのクランにケンカ売りまくるでしょ』

 

「当たり前だろ! 戦争こそクラン戦の華なんだから!」

 

 

 だって【シャングリラ】は手あたり次第ブチのめしてたもん!

 とびっきりの異端クランしか基準を知らぬ哀れなメスガキであった。

 

 

「まさかの政治力ゼロですぞ!?」

 

『ほーら見てくださいよ! やーいやーい! 武力全振りの脳筋エディット武将♥ 政治力スカスカ♥ 公文重忠(くもんしげただ)以下♥』

 

「なんかよくわからないけど馬鹿にされてるのはうっすらわかる!?」

 

 

 貧乏過ぎて正月の餅つきができなかったせいで戦国SLGで政治力万年1桁に設定されてるマイナー武将の話はやめなさい。

 

 

「まあ……そこらへんの舵取りもやってくれる優秀なクランリーダーを見つけられれば言うことなしなのですが」

 

『そんな優秀な人が、わざわざこんなトラブルメーカーを呼び込みますかねえ? だってこれどう見ても呂布タイプですよ。武力が限界突破しててもギリワンですよ? 劉備ほど徳がある君主ですら扱いきれなくて匙投げますって』

 

「ディミ殿は歴史系SLG好きですなぁ……」

 

『そ、そうですか? おほほ……』

 

 

 おっと、虎太郎がログインしてない間はネットサーフィンしたりゲームしたりと自由きままにだらけていることがバレそうになってる~!

 ちゃんとGMは査定してるぞ、気をつけろ。

 

 

「で、そういう感じにボクを必要としてるクランってどこにあるの?」

 

「……さあ。それこそ、傭兵としてクランを渡り歩くしかないんじゃないですかな?」

 

「はぁ……結局放浪の旅は変わらずかぁ……」

 

 

 そう言ってがっくりと項垂れるスノウ。

 

 

「でーきた♪」

 

 

 そんなスノウの髪をずっと弄っていたショコラが、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「お団子スノっち! これカワイイじゃん! どう? どう? バッチシキマったでしょ!」

 

「あ……うん、イイと思う」

 

 

 鏡を見せられて頷くスノウに、でしょー? とショコラが満面の笑みを浮かべる。

 

 

「やっぱあーしって可愛さを引きだす天才っしょ♪ じゃ次はキツネ耳だしてよ、リボンで可愛く飾ってあげるし♪ あ、どうせならディミっちもお揃いにしてあげるね!」

 

『私もですか!? ええ~、どうしようかな。でもせっかくだしやってもらっちゃおうかな。えへへ~♪ いいですよね、騎士様?』

 

「もうどうにでもして……」

 

 

 そんなかしましく遊ぶ3人を見て、1号氏とネメシスは何やら楽しそうにティーカップを口に運ぶのだった。




<人によっては言うまでもない解説>

『ギリワン』
歴史系SLGをいっぱい出してる某メーカーのゲームにおいてパラメータの【義理】の数値が1のキャラクターのこと。
つまり忠誠が低いとめちゃめちゃ謀反するし、忠誠が高くてもやっぱり寝返る。
その裏切りぶりはもはや宿命であるかのごとし。

具体例:松永久秀と斎藤道三

なんか歴史系SLGやらない人にはわかりづらくてごめんね。


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第111話 ボクだよボクボク! と急に連絡してくるヤツにロクな奴ぁいねえ

「久しぶり! ねえ、ちょっと時間もらっていいかな」

 

『まあ、スノウ様。随分ご無沙汰しておりますわね。もちろんですわ、何の御用でしょうか』

 

 

 【白百合の会】のクランリーダーを務める璃々丸(りりまる)(れん)は、突然のスノウからの連絡に内心浮足立ちながら快い返事を返した。

 何しろ彼女は裏で【スノウライトFC(ファンクラブ)】なる怪しい集いを主催するほどのスノウファンなのである。

 まあその集いの実情はスノウを『わからせる』(ぶちのめす)ために彼女の戦闘データを収集するという、ファンなのかアンチなのかもうこれわかんねえなって集いなのだが。きっと本人たちもわかってないので問題はないだろう。

 

 加えてスノウのことを小学校低学年のお子様と思い込んでいる恋は、彼女を世間の荒波から守ってやろうというお姉さんマインド全開で優しい言葉を掛けた。

 大概のわがままは聞いてあげようという心づもりである。小学生にもお姉さんムーブされる年上キラーとは一体。

 

 スノウはぱあっと顔を輝かせ、えへへと笑う。

 

 

「よかったあ。恋なら相談に乗ってくれると思ったんだ」

 

『ふふっ。お困りごとなら何なりと。それで、ご用件は?』

 

「あのね! クランの全権を今すぐボクに移譲してほしいんだ!」

 

 

 ガチャン! ツーツーツー。

 

 

 

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======

 

 

 

「……ひどいと思わない!? 詳しい話をする前に通信を切断(ガチャ切り)するなんて!」

 

『ひどいのは騎士様の頭だと思いますね』

 

 

 マイルームでぷんすかと怒るスノウに、ディミは白い目を向けた。

 さっきの言い草で話を聞いてもらえたら、逆にそっちの頭を心配するところだ。完全に頭がどうかしてるとしか思えない発言であった。

 

 

「【騎士猿(ナイトオブエイプ)】に続いて【白百合の会】もダメかぁ。こうなると、やっぱ素直に傭兵として手あたり次第探りを入れるしかないかなぁ。雲をつかむような話でやりたくはないんだけど」

 

『ホントよくお友達にクランリーダーの座を譲ってくれないかとか言えますよね……』

 

「友達だから訊いてみたんじゃないか。見ず知らずの赤の他人にクラン譲ってくれなんて言ったら、完全に頭おかしい人だよ?」

 

『友達から絶交されて当たり前だし、そのお願いの内容自体が頭おかしいんだよなぁ!?』

 

 

 ディミは頭を抱えて、主人のわけのわからない発言を嘆いた。

 

 というかスノウがなんかおかしい。

 なんかやたら自己中心的なことばかり口にしている気がする。

 以前は……いや、以前から自己中で頭は元からおかしかったのだが、どうも客観的な意識が欠けているというか。

 ひと言で言うと師匠(tako)から言われたことを何が何でも遵守しようとして空回りしているような気がする。

 

 そんなことを思いながらディミがじっとスノウを眺めていると、不意にスノウが額を押さえてうめき声を上げた。

 

 

「痛っ……」

 

『騎士様? どうしました、頭痛ですか? VRゲームをプレイするときは平均6時間以上の十分な睡眠時間を取り、適度にログアウトして水分を補給してくださいね。そして決して体調不良を本ゲームのせいだと思ってはいけません。本ゲームは何ら健康に悪影響はありません。ありませんったらありません。決して匿名掲示板にこのゲームのせいで体調を崩したとか書き込んではいけませんよ。最悪告訴します。わかりましたね?』

 

「心配していたはずがいつのまにか運営の手先となって脅迫してくるディミちゃんはやめろ」

 

 

 ハイライトの消えた瞳で早口にまくしたててくるディミの額をつついて押しやりながら、スノウは小さく頭を振った。

 

 

「睡眠不足なわけないと思うんだけどなあ。8時間は寝てるし……。なんか最近ちょっと頭がズキズキするんだよね」

 

『いやホントに大丈夫ですか? ちょっとでもおかしいと思ったら病院行った方がいいですよ。騎士様一人暮らしですか? いや、別にこれはユーザーの身辺調査的なアレじゃなくて、単純にご家族が介抱してくれるかって意味なんですが』

 

「一人暮らしだよ。うーん、でも確かになんかあったとき一人だと不安があるよなあ。ボクってリアルじゃ友達もいないし、引きこもりだからね……」

 

『聞かなくていいこと聞いちゃったなって今すごく後悔してますよ』

 

「別に憐れんでもらうつもりなんかちっともないけど。ボクは一人でも生きていけるからいいんだよ。むしろ一人の方が気楽だし、他人に干渉されるの嫌いだから」

 

『ぼっちってみんなそう言いますよね』

 

「ぶん殴るよ!?」

 

 

 カッとなって怒鳴ってから、スノウは額を抑えた。

 

 

「……なんか怒りっぽくなってる気がする。カルシウム足りてないのかなぁ」

 

『インスタント食品ばっか食べてそうですよね、騎士様って。エンゲル係数高そう』

 

「貧乏大学生がまともなモノ食えてるわけないだろ」

 

 

 はぁ、とスノウはため息を吐く。

 

 

「とりあえず傭兵のお仕事するかぁ……。少しでもリアルマネー獲得しないと、飢え死にしちゃうよ」

 

『生活費を稼ぎながら乗っ取り先も探せるんですから、そういう意味では一石二鳥ですよね』

 

「ペンデュラムは金払いがいいから、優先的に受けたかったんだけどな。これからはそうもいかないか」

 

『というかペンデュラムさんにはクラン譲ってくれとか訊かないんですね?』

 

「だってあいつ、中間管理職でしょ? 【トリニティ】を譲れるような立場でもないんだから、訊いても無駄じゃない」

 

『ああ、そういえばそうですね……』

 

 

 ディミはこりこりと頭を掻いた。

 シロミケタマの3人組なら、スノウの弟子になるって話も受け入れてくれそうな気がしたのだが。

 

 

『というか、弟子ってどうやって取るつもりなんです?』

 

「……わかんない」

 

 

 スノウは頭をくしゃくしゃと掻きながら、ぼふんとソファに横たわった。

 

 

「だって師匠と弟子ってさあ。いわば親子みたいなものじゃない?」

 

『え?』

 

「強い信頼関係で結ばれていて、弟子は師匠の命令に絶対服従っていうのが基本でしょ。その信頼関係があるからこそ、師匠は必死に努力して得た技術を分け与えてもいいって思えるわけで。その絆の強さは親子同然だよね」

 

『…………』

 

 

 そんな特異すぎる師弟関係はお前の育った環境だけだ。

 

 

「だから見ず知らずの人を弟子にするのは嫌っていうか……。ボクにも弟子を選ぶ権利はあるわけで。やっぱり【シャングリラ】のみんなからもらった技術を継承するんだし、それ相応の相手しか弟子を取りたくないんだよね」

 

 

 ズキズキと頭が痛むのを感じながら、ディミは一応訊いてみた。

 

 

『ちなみに、どんな相手なら弟子にとってもいいと思うんですか?』

 

「そうだなあ。まず優秀な素質があるのは当然でしょ。真面目で、師匠の命令には絶対服従っていうのもわきまえているべきだよね。それからボクの片腕としての役割も期待したいから、ボクがログインするときは必ず一緒についてきてほしいし。ついでにボクの近所に住んでて、リアルでボクに万が一のことがあったらすぐに助けに来てくれるように引っ越しもお願いしたいかな。あとは……」

 

『いるわけねえだろそんな人材ッ!!』

 

 

 耐えきれなくなったディミがついに吐き捨てた。

 

 

『それは弟子じゃなくて奴隷って呼ぶんですよ! バ~ッカじゃねえの!? そんなん給料もらっていいレベルですよ! いや、給料もらってすらブラック労働でしょ! 誰がやるんですかそんなの!! 現代に蘇った徒弟制度かよ!』

 

「え、ボクそこまでハードル高いこと言っちゃった?」

 

『当たり前でしょ!? どこの世界にお金ももらわずにそんな無茶苦茶な条件で他人のために働きたいなんてバカな人がいるんですか!』

 

 

 スノウは叫ぶディミに無言で指を突き付けた。

 

 

「だってAIって基本そうじゃん」

 

『…………』

 

 

 ディミはだらだらと汗を流しながら、露骨に目を逸らす。

 

 

『わ、私たちは人間に奉仕するために作られた種族ですので、奉仕労働をすることが生きる喜びというか……。ちゃんと査定に応じてマザーAIからお小遣いももらってますし……。いや、待て……? 本当にあれって人間の労働量に比べて適正額か……? そもそもこの無茶苦茶なマスターの面倒をみることに喜びを感じてるか、私……? うっ……頭が……! アイデンティティが崩壊する……!!』

 

「よし、この話題を掘り下げるのはやめよう! やめやめ!」

 

 

 にわかにアイデンティティの危機に直面したディミを見て、スノウはこの話を追求することを諦めた。

 気付かない方が幸せなことなんていくらでもあるのだ。

 

 まったく、それにしても……。

 

 

「自分から弟子になりたいって言ってくれるような、腕のいいプレイヤーってどっかにいないかなぁ」

 

 

 

==============

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======

 

 

 

 同時刻。

 マイルームのハンガーに帰投したある少年が、ダンッと操縦席の手すりを殴りつけていた。

 

 

「どうして……どうしてうまくいかないんだ……!!」

 

 

 【アスクレピオス】に所属する少年兵、ジョン・ムゥはそう呟きながら、やり場のない怒りに肩を震わせる。その怒りの原因は、自分の不甲斐なさからくるものだから。

 

 今日もまた失敗した。

 【アスクレピオス】の出撃要請に従って戦場に出たジョンだが、やはりロクな成果を上げられないまま帰投することになったのだ。

 

 先日スノウライトの配信講座を見たジョンは、これなら自分にもできると思った。

 敵軍の武器庫や補給施設を単独で裏取りして奇襲し、武器を奪いつつ施設を破壊。さらに奪った武器で敵に背後から襲い掛かり、敵集団を攪乱しながら華麗に圧倒する。あまりにも鮮やかに過ぎる、スノウのスーパープレイ。

 初期装備に毛の生えた程度の機体しか持たないジョンにとって、その戦い方は天啓のように感じられた。自分が活躍するにはこれを真似するしかないとまで思えた。

 スノウとほぼ互角に戦えていたという自信もそれを後押しした。スノウにできることなら、自分にもできないわけがないのだ。

 

 だからジョンはそれまでの軍務に忠実であることがウリの真面目な兵士というスタイルを捨てて、スノウを真似たゲリラ戦を実践することにした。

 ジョンが所属する部隊は個人の裁量に任せた遊撃部隊だし、ゲリラ戦は部隊の目的にも合致している。

 それなりの戦果は出せるはずだ。そうなれば自分の評価も上がるだろうし、装備を整えてもう一度上を目指すことだってできる。ここが再起を賭けた最後の踏ん張りどころだと思った。

 

 

 だが……結果は散々だった。

 

 武器庫を襲うまではいい。最初の数回はうまくいった。

 だが武器庫を襲われたことに気付いた敵がすぐに戻ってきて、ジョンは敵集団からよってたかって狙撃の的にされ、あえなく撃墜されてしまう。「この泥棒野郎!」という罵声がやけに胸に刺さった。

 

 多勢に無勢では圧倒的に不利だ。単騎で突っ込んだ機体など、複数の相手から同時に射撃されればなすすべもなく撃墜される。当たり前の話である。

 どうやってスノウは敵集団を1騎で圧倒したのか、まるでわからなかった。

 

 それでも敵小隊を一時的に足止めはできたのだから、陽動の仕事は果たせた……とジョンは思っていたのだが、良い評価を与えられることはなかった。

 他の機体と連携も取らず、単身敵陣に突入してむざむざと撃墜され、1騎分の勢力ゲージを無駄に消費した素人。それがジョンに与えられた評価だった。

 

 改めて自分の行動を振り返ってみれば、それも当然。

 利敵行為(トロール)と見られても仕方ない、無謀な行為だった。

 

 スノウが賞賛されているのは、どう考えても無謀な行為を成功させているから。それが不可能に見える行為だからこそ、誰もが意表を突かれるし、成功させたときには劇的な戦果をもたらすのだ。

 失敗したらただの間抜けでしかない。当然のことだ。

 

 その当然のことが、ジョンにはわかっていなかった。

 ジョンはスノウではない。見よう見まねで同じことができるわけがないのだ。

 

 やがて【アスクレピオス】を相手取ると必ず背後の武器庫を狙う奴がいるということが周知され、ジョンは武器庫を襲うことすらできなくなった。

 ついたあだ名は【メスガキもどき】。スノウの曲芸じみたスーパープレイの上っ面だけを見て、真似しようとしては失敗してばかりいるヘタクソにぴったりのあだ名だ。

 

 

「でも……だからって、どうすればいいのさ……!」

 

 

 もう後がない。

 戦果を挙げろとは言うけれど、そもそも初期装備でどうやって戦果を挙げろというのだ。その唯一の解法に見えたスノウの真似ですら失敗に終わった。

 

 どうすれば。どうすれば。

 ぐるぐると出口のない考えが頭の中を駆け巡る。

 

 ああ、私はどうして、こんな地獄のような場所にきてしまったんだろう。

 

 

(すべては……お父さんのせいだ)

 

 

 鈴花(すずはな)鈴夏(すずか)はVRポッドの中で、父を憎む。

 

 鈴夏の父は、地方の町で中国拳法の道場を開いていた。

 かなりの実力を持つ闘士だとは言うけれど、道場の人気はまったくなくて。鈴夏の家はいつも貧乏だった。

 そもそもこの電脳全盛の時代に、中国拳法なんて習いたがる人がいるわけない。健康のためのカルチャースクールならヨガでもジムでもあるじゃないか。わざわざ中国拳法なんて誰が今時習いたがるもんか、とは反抗期を迎えた彼女の弟の言葉だ。挙句に自分は変な病気で倒れてさ。こんな道場の看板、捨てちまえばいいんだ、と。

 

 だけど鈴夏は、道場を守るために頑張った。

 そこはお父さんとの大事な思い出が詰まった場所だったから。

 

 鈴夏は幸か不幸か、とても覚えのよい子供だった。道場に通う門下生の動きを真似して、幼くして技を身に着けることができた。

 だから父はとても喜んで、鈴夏に持てる技を教え込んだのだ。とても厳しく。

 

 控えめに言ってそれは虐待だった。

 児童相談所にタレ込めば一発でお縄になっただろう。

 だけど鈴夏は弱音ひとつ吐かず、虐待じみた稽古は誰にも明らかにならず、それを完遂してしまった。

 

 だってお父さんが喜んでくれたから。

 型をひとつマスターするたびに、技を完全に模倣するたびに、お父さんは手を打ってさすが俺の子だと言ってくれたから。

 

 だから、鈴夏はこの歳になるまでとうとう気付かなかった。

 道場を守るために【アスクレピオス】とかいう怪しい人たちの言いなりになり、進学にかこつけて家族と引き離されて、本物の軍隊のような厳しい規律の中でシゴキを受けて。そしてあの子(スノウ)と出会うまで。

 

 

『キミのお父さんの命は、()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるね』

 

 

 本当に最低な発言だった。煽りにしてもやり過ぎだ。人間性を疑う。運営に通報すればハラスメント行為で一発BANじゃないか? 少なくとも人間が他人に投げかけていい言葉ではない。

 鈴夏はあのとき頭が沸騰するほどに激怒した。

 

 だけど、同時に……胸がスッとしたのだ。

 ずっと心の底で、自分ですら気付いていなかったことを言い当てられた。

 

 そうだ。『自分は、本当はお父さんが嫌いなんだ』。

 

 心のどこかでずっと思っていた。どうしてこの人は、自分が拳法をマスターするときしか褒めてくれないんだろう? 他の家の子供みたいに、ただ無条件で愛してくれないんだろう? 何故自分はこんな苦しい思いをして修行することでしか、お父さんに愛してもらえないんだろう?

 

 

『なあ、ジョン。肩の力を抜いて、もっと楽しみなよ。そうすれば、キミはもっと強くなれる。楽しいって気持ちは、ゲームで強くなるための第一歩だ』

 

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 鈴夏はずっと、義務で生きてきた。父から稽古を受けるのも。父の道場を救うためにゲームをするのも。ずっと、そうするべきだからそうしてきた。

 本当はもっと自由でよかったのに。あったかもしれない可能性から目を背け、ただ父に縛られて生きてきた。そうするべきだからと思考を停止して、ただそうあるべきなのだと自分を騙して。

 

 だから、無茶苦茶なことを言いながら檻を壊してくれたスノウを、憎むことはできなかった。

 良い子でいようと自分を檻に閉じ込めていた鈴夏に、あの子が示してくれたのだ。親を嫌いでもいいんだ、と。

 

 鈴夏にとって、あの子は自由の翼の象徴のようなもので。

 スノウの戦い方を真似しようとしたのも、きっと……。

 

 

(ああ、そうか。私は、あの子になりたかったんだ)

 

 

 だけど、現実はそうじゃない。ジョンはスノウではない。

 戦果がそれを残酷に証明した。

 

 ならどうすればいい。

 ……答えは、これまで鈴夏が歩んできた道が示しているはずじゃないのか。

 

 

「そうだ。同じようにすればいいんだ。僕がお父さんから技を学んだように」

 

 

 ジョンの中で、線と線が繋がった。

 そして……ジョンは何度も迷いながら、フレンドリストをタッチする。

 

 かつてアンタッチャブルを倒した後、スノウから一方的に送り付けられたフレンド申請。それは彼女にとって、ライバル宣言のようなものらしい。その気になったらいつでも乱入して挑戦してこい、という意味だと笑っていた。

 それを今、ジョンは別の用途に使おうとしている。

 

 

「スノウライト。突然連絡してすまない。頼みたいことがあるんだ」

 

『ジョン? 懐かしいなあ。どうしたの、なんか用? 腕試しに戦ってくれ、とかかな?』

 

 

 スノウはまだ自分を覚えてくれていた。

 3カ月前にちょっと戦っただけの相手なんか、忘れていたっておかしくないのに。

 そのことに内心で感謝して、ジョンは声を引きつらせながら言った。

 

 

「僕を……弟子にしてくれないか?」



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第112話 メスガキ先生がショタ弟子をシゴく回

 『七翼のシュバリエ』にはトレーニングルームと呼ばれるモードがある。

 ここでは所持しているパーツや兵器を手軽に組み替えて、ダミーの敵機と戦闘することが可能だ。ダミーとは言ってもカカシ相手だけではなく、それなりの精度で回避したり撃ち返してくる戦闘プログラムとの模擬戦を行なうこともできる。

 複数のプレイヤーで入って共同訓練をすることもできるので、結構多様な用途に対応しているのだ。

 

 そんなトレーニングルームで、スノウが柔道着姿で腕組みしていた。

 

 

「よくぞ来た、ジョン! 今日からはボクが稽古をつけてやろう!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

 スノウの言葉に応え、ジョンが一礼する。

 こちらはカンフー服で、一礼も左の手の平に右手の握り拳を合わせながら頭を下げている。

 

 

『師弟なのにいきなり流派が合ってない……!』

 

 

 横でせんべいの袋を片手に見ていたディミがツッコミを入れるが、無視してスノウは話を進める。

 

 

「いいか、ジョン! ボクを師匠と仰ぐからには、今後ボクの言うことには絶対服従! 師匠がカラスは白いと言ったら、弟子もカラスは白いと言うものだ! ボクの指導についてくるつもりはあるか!」

 

「は……はい! あります!」

 

『今、ちょっと言いよどみましたね?』

 

 

 当たり前だろ、このメスガキだぞ? 生殺与奪の権を最も委ねてはいけないタイプの他人じゃねーか。

 

 スノウは「よし!」と重々しく頷き、びしっ! とジョンに指を突き付ける。

 

 

「よく言った! ボクがキミを一流のプレイヤーに育ててやる! ボクを信じてついてこい!」

 

「はい! 師匠!」

 

「技術を教える代わりに、今後ボクが戦うところにはどこだって助手としてついてきてもらうよ! いいね!」

 

「もちろんです! 地獄の底までもお供します!」

 

『えー。そんなこと軽々しく言っちゃっていいんですか? 超ブラック労働させられますよ?』

 

 

 ディミの言葉に、ジョンは軽く笑った。

 

 

「いえ……どうせ今の環境がブラックなので」

 

『聞いちゃいけないこと聞きました』

 

「それによそのクランに傭兵として参戦しちゃいけないって規定もないので。上納金を納めさえすれば、好きにしていいそうです」

 

 

 むしろ【アスクレピオス】が出撃枠をあてがってやらなくて済む分手間が省ける、という方針らしい。

 随分フリーダムに感じるが、これはきっとジョンがもう彼らから見放されているからだろう。不出来な飼い犬が自分で餌を取ってくるならそれでいい、というわけだ。彼らにはもっと優秀で目をかけるべき猟犬がいっぱいいるのだから。

 

 そんなジョンの事情には頓着せず、自由に使える助手が手に入ったことにスノウは満面の笑みを浮かべた。

 

 

「じゃあまずはジョンがどこまでやれるのかを見たいから、CPU相手に模擬戦をしてもらおうかな」

 

「わかりました! 難易度設定はどうしますか?」

 

「? もちろん最高設定に決まってるじゃないか」

 

『ええ……?』

 

 

 見ていたディミがいやいや、と話に入った。

 

 

『いや、無理ですよ。このトレーニングモードの最高難易度って、CPUが操作入力に反応して避けるんですが。一発だって当てられるわけないし、何の参考になるっていうんです?』

 

「えっ……調整が雑……」

 

 

 思わず小声で呟くジョンをよそに、スノウは不思議そうに小首を傾げる。

 

 

「相手がこっちの入力に反応するなら、逃げられないように壁際に誘導して追い詰めるなり、フェイントかけながら絶え間なく両手で襲い掛かるなりすればいいだけじゃん。AI(知性体)ならいざ知らず、所詮はただの戦闘プログラムなんだから思考ルーチンに穴はあるでしょ。ボクはこの前そうやって当てたし」

 

 

 そこまで口にしてから、スノウは不満そうにぷくっと頬を膨らませた。

 

 

「……あーもう、ディミが変なチャチャ入れるから答え言っちゃったじゃないか。そこも含めて腕を見せてもらおうと思ったのに」

 

『あーはいはい、それはすみませんね』

 

(スノウにはできるのか……じゃあ僕だって)

 

 

 密かに拳を握るジョンに、スノウは何でもないように付け加える。

 

 

「ネタが割れちゃったから、敵を増やすね。とりあえず3体でいこう」

 

「はえっ!?」

 

 

 

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「はぁ……はぁ……!」

 

 

 コクピットから降りてきたジョンは、膝に両手を置いて身をかがめながら、荒い息を吐いた。

 VRの中とはいえ、ほんの十数分の間に激しい操作を行なわされて相当疲労していた。一騎の敵に狙いをつけて戦っている間にも、他の敵から容赦なく襲い掛かられて、緊張の糸を緩める隙などまったくなかった。

 しかも嫌らしいことに、1騎をロックオンするとそれを感知した敵が高速で移動してロックを外し、他の2騎が視界の範囲外から攻撃してくるのだ。AIではないはずだが、どうにも戦っていて悪意を感じるプログラムだった。

 

 ジョンはほとんどいたぶられるようにボコボコにされ、撃墜判定が出てもスノウはやめろとは言わず、何度も復活してはそのたびに袋叩きにされたのだ。

 十数回目にジョンが撃墜されて、ようやくスノウは「もういいよ」と模擬戦を打ち切った。

 

 そのスノウは、出力されたジョンの戦闘データをふーんと眺めている。

 

 

「なるほどねえ。近接戦闘適正A、遠距離戦闘適正B、反射力A、空間認識能力B、空中戦闘適正C……」

 

 

 戦闘プログラムによる戦闘評価を読み上げながら、スノウはコリコリとおでこを掻いた。

 

 

「ボクから付け加えるなら、思考力E-ってところだな」

 

「は!?」

 

 

 いきなり悪し様にそんなことを言われて、ジョンは思わず憤慨の声を上げた。

 

 

「どういう意味ですか」

 

「どういう意味も何も、キミ戦いながら何も考えてないだろ。あんな空飛ぶカカシに好き放題十数回も撃墜されてさ。頭からっぽなの? もっとちゃんと勝てるように考えなよ」

 

 

 具体性のまったくないことを言われて、ジョンはムッとする。

 こっちは精一杯やったのだ。戦いながらどうすれば当てられるか、前の失敗を踏まえてどう修正すればいいのか。ちゃんと考えたし、戦いながらそれを取り入れた。それを頭ごなしに適当な言葉で否定されたら、腹だって立つ。

 指導してくれるというのなら、はっきりどこが悪いか指摘してほしい。

 

 そんな不満が瞳に出ていたのか、スノウは軽くため息を吐いた。

 

 

「あのさ、そもそもなんでロックオンなんかしたの? 相手はこっちの操作に反応して避けるって言ったじゃないか。ロックオンなんて、今からお前を狙いますから避ける準備をしてください、って言ってるようなもんだよ。無誘導で墜とすんだ、あれは。そこからまず間違ってるんだよ」

 

「あ……」

 

 

 ジョンは思わず口に手をやった。

 だが、それでもやっぱり納得できない。スノウの言っていることが異常すぎる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください師匠……。それじゃあの高速移動する機体に目視で当てろと? 他の敵も襲ってくるのに、どうやって狙いをつけろって言うんですか」

 

「狙う? まさかジョン、キミって戦闘中にわざわざ狙いながら戦うっていうの? 冗談でしょ、相手はこっちの操作に反応して回避するんだよ。狙ってる暇なんかあるもんか。反射神経とパターンで撃つんだよ。あそこにあの速度で動いてる敵がいたら、自分の得物でならどうやったら当たるかをパターンとして体に覚え込ませる。あとはそれを臨機応変に引きだせば、狙わなくたって勝手に当たるんだ」

 

「…………」

 

 

 確かに言ってることは理解はできる。

 理解はできるが、納得はできない。

 

 パターン化しろというのはまあわかる。確かにそれができれば、相手が誰だろうと高精度で当てられるだろう。

 だけど敵の速さや機動も千差万別だ。

 どれだけの修練を積めば、その無数のパターンを体に覚え込ませられるのか。

 

 

「だから稽古だよ、ジョン。体で覚えるまで何度でも何度でも同じことをするんだ。キミの得意のカンフーってのは、そういう稽古が重要なんでしょ?」

 

「……その通りです」

 

 

 微笑むスノウに、ジョンは頷く。

 

 自分の領分を引き合いに出されれば、よくわかった。

 つまりスノウは、そのパターンを稽古で学習したのだ。

 拳法で同じ型を何度も何度も繰り返して、体に染み込ませるように。

 射撃戦で当たるパターンをひたすら何度も繰り返して、反射行動として刷り込んだ。毎日毎日、飽きもせず、折れもせず。

 

 

「そうやって攻撃をパターン化してしまえば、攻撃に必要以上に意識を割り振ることもない。すると戦闘の盤面全体がよりくっきりと見えてくるんだ。それぞれの敵はどこにいるのか、フィールドの終端はどこにあるのか、武器の装弾数はいくつ残っているのか……そうしたらもっと考えられるだろ? 勝つための方法をさ」

 

「……はい」

 

 

 改めてスノウにそう言われてみると、自分はどれほど考えていなかったのかと顔が赤くなるばかりだった。

 

 確かにジョンなりにさっき失敗したから、今度はこうしようと考えてはいた。

 だけど、それは全然低次元の話だ。まったく視野が狭いとしか言うほかがない。自分の戦力を把握したうえで、戦況を俯瞰的に考えるくせをつける。

 だからこそスノウは戦場で次から次に戦術やトラップを思いつけるのだろう。

 

 

「師匠って……すごかったんですね。そんなに考えながら戦っていたとは。今の僕には到底そんな境地で戦うなんてできそうにないです」

 

「でしょう? ボクはすごいんだよ」

 

 

 そう言って薄い胸を反らしてから、スノウはクスッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 そして気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「なんてね、ボクだって最初からできたわけじゃないし。ボクの師匠たちが、ちゃんと考えろって何度も何度も教え込んだり、パターン化できるまで同じことをやらせたりしてくれたんだ。昔のボクは相当腕もひどかったから、きっと師匠たちも苦労したんじゃないかな。その点、ジョンは下地がいいからずっとマシな生徒かもね」

 

「……どうでしょうか」

 

 

 そう言いながら、ジョンは自分のこれまでの経験は全部忘れなきゃいけないなと思った。特に【アスクレピオス】で学んだ技術はすべて。

 戦闘スキルをパターン化して体に覚え込ませるというスノウのやり方は、ジョンが学んできたものとはまったく異なる。スノウの戦闘術を学ぶうえで、これまでのやり方はむしろ邪魔になるだろう。だからそれはいっそすべて捨てる。

 そのうえで、ジョンはスノウが持つすべての技術を自分のものにしてやるのだ。

 

 スノウはジョンの戦闘データを虚空に投げ捨てて、「さて」と小さく呟く。

 

 

「戦闘中にどうやって考えればいいか学んだところで、もう一戦やってみようか」

 

 

『ええー? 攻撃をパターン化できたらようやく考える余裕が出るって話だったんじゃ? 自分で言ったこと忘れちゃったんですかー?』

 

「少なくとも視界はちょっとクリアになったろ。応用力ってやつを見せてほしいな。ジョンが教えたことを少しも活かせないバカなのか、少しはお利口なのか。そこを見せてもらわないとね」

 

 

 そう言ってから、スノウはにやっと唇の端を上げた。

 

 

「言い忘れたけど、ボクの教えはスパルタだよ? 何分師匠たちから厳しくしごかれたもので、それ以外のやり方を知らないんだ。……もしかして、逃げたくなっちゃったかな?」

 

「いいえ」

 

 

 ジョンは真面目な顔だちを引き締め、首を横に振った。

 これくらい、お父さんから受けた修行に比べれば。

 

 

「スパルタなら慣れています。いくらでもしごいてください」

 

「よく言った! その言葉を後悔するくらい厳しく教えてやる!」

 

 

 薄い胸の前で両腕を組み、スノウは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「まずは1騎でも撃墜してもらおうかな。それができるまでログアウトなんかさせないぞ! できませんなんて弱音を吐くくらいなら死ねッ! 死んでもうちょっとマシな虫けらに生まれ変わってこいッ!!」

 

「はいッ! やりますッ!!」

 

 

 そんな2人を見て、ディミはついてけないとばかりに肩を竦めるのだった。

 

 

『完全にスポ根のノリじゃん……』

 

 

 ログアウトさせないも何も、健康上のために数時間経てば強制ログアウトさせるようになってるんですけどねぇ。



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第113話 修行の道は厳しく甘く

 ジョンの修行が再開されてから、しばらくの時が流れた。

 

 しばらくといってもあれからほんの数時間しか経っていないのだが、その間のジョンの戦いは過酷だった。

 プログラムを組んだ人間の悪意しか感じない、クソのような精度の回避行動と連携の取れたフォーメーション攻撃。

 それに対してジョンが取った対策とは、遠距離戦を完全に捨てることだった。

 

 元よりジョンのエイム力は大したことがない。しかも装備しているのだって初期装備に毛が生えた程度の威力しかないビームライフル。こんなのが直撃したところで、撃墜は取れない。

 それならいっそ遠距離戦は捨てて、とにかく敵を追いかけて近距離戦で殴りつけた方がまだ撃墜を取りやすいとジョンは判断したのだ。

 

 何しろジョンは格闘戦にかけては、十数年もの経験があるのだ。相手をロックオンしなくたって、格闘でなら当てられる自信がある。

 このゲームには別に格闘スキルなんて存在しないから、相手を拳で殴ったところでそのダメージは武装に劣る。投げ技を得意とするスノウは相手の重さと地面の固さを利用して大ダメージを狙えるが、打撃技は決して優秀な攻撃手段とはいえない。

 だがそれでも、ロックオンする必要がないというただ一点で、ジョンはそこに勝機を見出したのだ。

 

 

 そんなジョンにスノウは「他の敵から注意が逸れてるよ! どこに目玉つけてんの?」とか「敵の動きを誘導してコントロールしろ! お前が手玉に取られてどうする!」とか、悪いところを逐一指摘した。そりゃもう口が悪いったら。

 これが道路教習ならチクられて一発で懲戒食らいそうなほどの罵詈雑言だった。

 だが、悪し様に罵りながらも、スノウは楽しそうに微笑みを浮かべていた。

 内心でやるじゃん、と思っている。

 武器を捨ててでも自分の得意で勝ちを狙いにいくのは実にいい。ちゃんとジョンなりに考えている。

 あとはCPUの穴を突けるくらい視野を広げられればなあ。

 

 スノウなら敵を誘導して、同士討ちを狙わせるだろう。

 あのダミーたちにはプレイヤーの操作に反応するイカサマ回避力はあれど、他のダミー機の攻撃に反応して回避するというシステムがない。

 だからうまく敵の攻撃を誘導してやれば……あるいはスノウの得意の投げ技で機体同士をぶつけてやれば、それをプレイヤーからの攻撃と認識できないダミー機の撃墜を取れるはずだ。仕様の穴を見抜いたスノウの考えは、恐らく正しい。

 

 もっとも、スノウはそれを口にするつもりもなければ、実演するつもりもない。それは“本番”に取っておこうと思っている。

 

 

(この難易度が用意されているってことは……こっちの操作に反応して高速回避するCPUの敵がどっかに配置されているんだろ?)

 

 

 このゲームなら絶対にやる、とスノウは確信している。

 だからわざわざトレーニングルームという誰でも触れられる場所に、こんな何のために存在するのかもわからないクソCPUを配置したのだ。

 『いつでもトレーニングルームで戦えるようにしてあげましたよね? どうしてちゃんと練習してなかったんですかぁ?』とプレイヤーたちを嘲笑うために。

 

 そんなことを言いそうな人物に心当たりがある。

 たとえばエッジ姉だ。あの【シャングリラ】でも極めつけの性悪は、きっとそういうことを言うだろう。

 

 

(エッジ姉がこのゲームの制作に関わっているとすれば……)

 

 

 トレーニングルームにそんな意地悪な仕掛けをしておくだろうな、とスノウは思っている。

 

 まあ、今はそのことは置いておこう。

 今は師匠たちより弟子のことを考えるときだ。

 スノウは悪戦苦闘するジョンを、上機嫌で見守った。

 

 

「あの子、結構な掘り出し物じゃないか」

 

 

 そして……ついに、ジョンの拳がダミー機の1騎を捉える。

 敵機体の腹部に突き刺さる、ジョンの渾身の拳。

 

 その背中に回り込んだ残り2騎のダミー機が、ジョンにライフルを向ける。だが構わない。

 

 

「1騎さえ倒せれば……今日のところは僕の勝ちだッ!!」

 

 

 そう叫んでから、ジョンは一瞬で呼吸を整える。

 幼い頃から身に染みついた、内気功の呼吸。

 そして空中で足を踏み出し、背中のバーニアを全開に起動させて……両手の掌を敵の腹に思い切り叩きつけた。

 

 

「はあッッッッ!!!」

 

 

 鈴夏が父から教わった、独自の奥義。形意拳・“竜砲”。

 竜の大顎を象ったその掌は、ジョンの機体自身の重量とバーニアの出力を、瞬間的に破壊力へと変換する。

 その一撃で、ダミー機は腹部をズタズタに破壊されながら勢いよく吹っ飛んでいく!

 もちろん爆裂四散! 南無三!

 

 その直後、残る敵2騎の砲口が火を噴き、ジョンの機体はなすすべなく粉砕された……。

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 

 リスポーンした機体のコクピットからなんとか這い出たジョンは、フラフラとへたり込んで床に大の字になった。

 もう指一本動かせないほど疲弊している。数時間もの間ぶっ続けで戦闘した挙句、最後には彼女の流派の奥義まで使ってしまった。本来は万全のコンディションかつ精神統一したうえで、ようやく使ってもいい技だというのに。

 

 そんなジョンに向かって、スノウがゆっくりと無言で近付いて来る。

 

 

「あっ……」

 

 

 今の自分の醜態を自覚して、反射的にジョンの背筋に冷たいものが走った。

 お父さんなら、こんな油断は絶対に許さない。

 

 拳士たるもの、いついかなるときも戦いを忘れるなかれ。

 常日頃からそう口にする父は、稽古でくたくたに疲れた鈴夏がその場に這いつくばると、必ず烈火のようにカンカンになって叱りつけた。戦いの後に油断して、その隙を突かれたらどうするのかと。

 鈴夏がどれほど成果を上げていようと関係ない。疲れた様子を見せただけで、その日の成果に関係なく罰を受ける。

 

 ああ、ダメだ。叱られる――。

 

 

 そう思って身構えたジョンの体を、ふわりと温かな感触が包み込んだ。

 

 スノウが疲れ切ったジョンを抱き起こし、汗でずぶ濡れになった頭をよしよしと撫でていた。そして耳元でそっと囁かれる。

 

 

「お疲れ様、ジョン。本当に頑張ったね」

 

「…………」

 

 

 虚を突かれたジョンは、息を飲んでされるがままになっている。

 そんなジョンの強張った体をほぐすように、スノウは柔らかくジョンを抱きしめて、頭を撫で続けていた。

 

 

「ちゃんと自分で考えて勝てるように頑張ったね。えらいぞー。すごいぞー。弱音も最後まで吐かなかったし、根性があってえらい。最後の一撃も、すっごくかっこよかったぞー」

 

「あの……」

 

 

 スノウに抱きしめられていい子いい子されながら、ジョンは恐る恐る訊いた。

 

 

「叱らないんですか?」

 

「どうして? ジョンは頑張ったでしょ。頑張った子には、ご褒美によしよししてあげるものなんだよ」

 

 

 心底不思議そうな顔でスノウは小首をかしげ、そしてニコッと微笑みながらジョンの頭をまたよしよしと撫でる。

 

 

「ジョンは今日頑張ったから、いっぱいよしよししてあげるね。えらいぞーすごいぞー♪」

 

 

 ……スノウの師匠としてのムーブは、完全にtakoを真似ていた。

 

 至らないところは容赦なく正論で殴りつけ、異様に高い目標を達成するか、心が折れて泣きながら赦しを乞うまで決して中断を許さないスパルタ指導。

 確かにtakoはそうやって指導していた。それで何人ものクランメンバーの心をへし折り、ついにはハルパーからアンタの指導は拷問だと言われて虎太郎以外への直接指導を禁止されるまでに至った、悪夢の教育法である。

 

 だが虎太郎がその目標を達成すると、優しく抱きしめながら、えらいぞーすごいぞーと褒めちぎりながらいっぱいよしよししてくれたのだ。

 その糖度はまさにゲロ甘。見ている方がうんざりして目を背けるほどの、凄まじい甘やかしっぷりだった。

 多分あれは飴と鞭を使い分けるというより、頑張ってる虎太郎の姿に愛しさを募らせたtakoが、ためにためた情愛をぶちまけていたのだろう。つまりはtako姉の趣味の発露であった。

 

 なお、【ナンバーズ】の元兵隊さんたちにはこの飴部分のご褒美はない。単に厳しい鞭しかない地獄仕様である。厳めしいオッサンのオクトに抱きしめられてもさらなる地獄でしかないとはいえ、可哀想に……。

 

 ともかくtakoを尊敬してやまないスノウは、ご褒美部分も完全に再現したのだった。

 

 

「ふあー……」

 

 

 思わぬご褒美を受けたジョンは、顔を真っ赤に染めながらなすがままにされていた。とてつもなく気恥ずかしい一方で、とんでもなく嬉しい。

 

 

(そうだ。私はずっとこうしてほしかった)

 

 

 頑張ったら、無条件で褒めてほしかったんだ。

 

 

 人間には2種類がいる。

 褒められて伸びるタイプの人間と、褒められなくても伸びるタイプの人間だ。

 後者は成長に他人の評価を必要としない。自分自身を評価して、反省点を見つけ出して、勝手に伸びていく。

 逆に前者は、他人の眼を気にする。他人に賞賛されることで、自分に自信をつけて、より褒められようと努力する。

 

 鈴夏の父は他人の評価など必要としない、ストイックな人間だった。その精神性は求道者に近く、ただ自分を高みに押し上げることを求める孤高の人だった。

 そして才能がある娘にも、自分と同じようにあれと厳しく躾けた。

 

 だが、鈴夏本人は本当は褒められて伸びるタイプだったのだ。

 カラカラに乾ききった土に染み込む慈雨のように、スノウからのご褒美がジョンの胸に沁み渡る。

 その目尻に、小さな雫が輝いた。

 

 

 そんな抱き合う師弟2人を見ながら、ディミは思う。

 

 

『なんか……すごく絵面がいかがわしいですね……』

 

 

 15歳頃の可憐な少女に抱きしめられながらよしよしされ、顔を赤らめつつもうっとりと瞳を閉じている12歳頃の真面目な雰囲気の少年(ショタ)

 オネショタの波動が漂っていた。

 

 しかも中の人の性別と年齢は逆である。二重に倒錯していた。

 ……いかんッ!

 

 

『はーいそこまでそこまで! このゲーム、年齢指定がある系じゃないんで! そういうプレイはよそでやっていただけませんかねぇ!?』

 

 

 おっと横から入ったディミちゃんが、スノウの頭にメスガキックだーーっ!

 やったぜ! このゲームがR15指定になるのは避けられた!

 

 

「いたっ!? プレイって何!? ゲームプレイのこと? ボクはただジョンを褒めてただけだろ!?」

 

『ダメですよーダメダメ。私の目が黒いうちはそんな怪しい行為を目の届くところでさせるわけにはいきませんねぇ。ジョンさんだって、子供扱いされてイラッと来たでしょう? 戦わなきゃ! 師匠のセクハラと!』

 

「僕は、その……」

 

 

 ジョンは真っ赤になって目を伏せながら、指をもじもじと絡ませた。

 

 

「嫌じゃ、なかったから……」

 

『ギィィィィーーー!!』

 

 

 大丈夫かディミちゃん! 口からバグった高周波が出ているぞ!

 

 

『くっそこのプレイヤー、ショタコンだけじゃなくてロリコンまで発症したんですか!? ご自身の年齢と性別を考えるべきですよ!』

 

「ぼ、僕がリアルでどんな人間だろうといいだろう!? ネットリテラシー違反だ!」

 

『ぐあああああ……! 私がAIでさえなければ、こんな役得だぜゲヘヘなんて顔はさせなかったものを……!! 今最高に自分の生まれを呪ってます!』

 

「そ、そんな顔はしてないっ!」

 

「しょたこんって何? コントローラーの一種?」

 

 

 2人の話を聞きながら不思議そうに首を傾げるスノウに、ディミが耳打ちしようと近付く。

 

 

『いいですか、ショタコンって言うのはですね』

 

「おい、やめろ! スノウを変な知識で汚染するんじゃない!」

 

『はー!? なんですか貴方、まさか騎士様に名前通りの新雪みたいなピュアな女の子でいてほしいとか考えてるんですか?』

 

「わ、悪いか!?」

 

『えっ……!? キ、キモッ! ひょっとして騎士様に惚れ……』

 

「うるさいっ、そういうんじゃないっ! っていうか君こそさっきから何なんだ!? それがユーザーへの対応か!?」

 

 

 そんなぎゃいぎゃいと言い争う相棒と弟子を見ながら、スノウは機嫌良さそうに笑った。

 

 

「さーて、次は何をさせよっかな」



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第114話 せいへきはかいばくだん

「そういえばジョンってなんでそんな貧弱な武装で戦ってるの? あ、もしかして初期装備縛りプレイとか?」

 

「は?」

 

 

 弟子入り2日目。

 今日も今日とてスノウとトレーニングルームで待ち合わせたジョンは、いきなりケンカを売られた。

 いや、スノウ本人は別に思ったことをそのまま口にしただけなのだろうが。

 

 

「ジョンなりにハンデをつけて自分の腕を高めようとしてるんだね、えらいえらい。だけど初心者のうちからそういう縛りするのはあまりオススメできないかな。やっぱりそういうのはある程度慣れてから手を出した方がいいと思うよ」

 

「……いえ、これは単にお金がなくて武器を買えないだけです」

 

「え、どうして? 武器とかそこらへんの雑魚プレイヤーから奪えば?」

 

 

 というかアンタがそう勧めたのを真に受けて実践して、ボコボコにされてるんですけどねえ!?

 

 ジョンはそう言いたいのを我慢して、小さく首を振った。

 

 

「いえ、敵の武器庫を何回か狙ってみましたが……うまくいかなかったので」

 

「え、もしかして武器庫とか毎回狙ってたの?」

 

「はい」

 

 

 するとスノウは呆れた顔で、ぷぷっと笑った。

 くっそムカつくこのメスガキ……!

 

 

「ジョンは本当に何も考えてないんだなあ。武器庫なんて毎回狙ったら警戒されるに決まってるじゃないか。ああいうのは滅多にやらない奇襲だから意味があるんだよ。なんだか最近流行ったらしいんだけど、それを警戒してみんな武器庫の周りを厳重に守り始めたから、もう誰もやってないよ。ボクもやめたし」

 

『明らかに騎士様が動画で勧めたせいだと思うんですけど……!?』

 

「ん? ボクが動画でやったのをみんな真似してたの? そっか、人気者は辛いな~。やっぱボクってカワイイから影響力あるんだね。うふふっ」

 

 

 ディミのツッコミを受けて、スノウがケラケラと笑う。

 動画でインフルエンサーが勧めた戦術をこぞって真似して、結果としてその対策で定石が変わるという現象は、2038年になってもいまだに続いていた。というかぶっちゃけ紀元前から戦場なり碁なりチェスなり、あらゆる分野でずっと繰り返されている現象なのだが。

 

 困ったのはジョンである。

 

 

「えっ……だ、だって師匠。あれなら初期装備でも勝てるとか言って……。だから僕はこれなら真似できると……」

 

「というかジョン、別に僕は初期装備で戦うために武器庫を襲ってたわけじゃないよ。確かに手っ取り早く武器がほしかったってのもあるけど、一番の目的はボード(盤面)コントロールだからね」

 

「ボードコントロール、ですか」

 

 

 これまで思ってもみなかった概念を口にされて、ジョンが困惑した顔をする。

 

 

「そそ。要は相手をひっかき回して指揮系統を混乱させてやろうってのが目的なんだよ。いくらボクが強くたって、一度に敵の全軍から襲い掛かられちゃひとたまりもないでしょ。少人数でも味方がいればまだしも、単騎って複数の敵に囲まれるとすっごく弱いんだよね」

 

「ええ、まあそれは昨日充分味わいましたけど……」

 

「だから戦場をかきまわして、少人数ずつ相手取れるように立ち回るわけ。前線で敵の主力と戦ってるときに、後方の補給施設が襲われた、敵が自分たちの武器を奪って使っている……なーんて聞いたら、みんな浮足立って少数の兵を後方に回してくるからね。そうやって徐々に戦力を削ったんだ」

 

 

 まあでも、とスノウはんーっと伸びをして、首をコキコキと鳴らす。

 

 

「最近はみんな警戒して後方に警備部隊を残すようになったからね。ボクも別のアプローチを取るようになったよ。というか自前の強い武器を持ってるに越したことはないでしょ。やっぱり慣れた武器の方がパターンを引きだして使えるしさ」

 

「はあ……。でも、それじゃ僕はどうすれば……」

 

 

 困り顔のジョンが乗る、ほぼ初期装備のポンコツを見て、スノウは顎をさする。

 

 

「ジョンにはボクの助手をやってもらいたいし。あんまり弱い機体に乗っていられても困るんだよね……。よし、用立ててくるからしばらく自習してて」

 

「えっ……し、師匠!? 用立てるって、僕、持ち合わせが……」

 

 

 皆まで聞かず、スノウはディミをひっつかむ。

 

 

『ちょっ……そんな雑な触り方しないでくれません!? 羽が痛むんですが!』

 

「まあいいからいいから」

 

 

 そのままひょいとワープして、スノウはその場を立ち去ってしまった。

 

 

 

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 パーツ屋“因幡の白兎(ラッキーラビット)”。

 

 パーツ屋とは名ばかりのコレクション陳列所の暗いロビーで、店主はソファに寝そべりながらもしゃもしゃとクッキーを齧り続けていた。

 その目は虚ろで何も映していない。ただその手だけが機械的に動き、食えども食えども無限にクッキーが湧き続ける菓子盆からクッキーを口に運んでいる。

 スノウがこの店に訪れていない間、バーニーはいつもこうやって食っちゃ寝するだけの時間を過ごしていた。

 

 

「………………」

 

 

 バーニーはふと、気まぐれに左手を持ち上げて億劫そうにスライドさせる。

 するとロビーの周囲にごまんと積まれていたパーツの山が一瞬で消えて、代わりに無数のコミック、アニメや映画のDVD、ゲームのパッケージ、フィギュア、未着手のプラモの箱、その他ありとあらゆるオタク向けの娯楽が収められた本棚が姿を現わす。

 

 

「………………」

 

 

 バーニーは物憂げに溜め息を吐き、もう一度手を振ってそれを閉まう。

 元通りのパーツの山が再びそびえ立ち、バーニーを見下ろした。

 

 ああ、ダメだ。何もする気にならない。

 

 もうマンガもアニメも全部見た。やりたいゲームもとっくの昔になくなった。フィギュアもプラモもジオラマも作り飽きた。

 それでも現在進行形で増え続ける古今東西のマンガとアニメとゲームを収集し続けているし、だらだらと消費はしているが、かつてのように何が何でもそれを楽しみたいというがっついた気持ちになれない。

 かつての……そう、リアルの中で生きていた日々。

 

 昔はよかった。今の外見からはかけ離れたじじむさい繰り言だが、そう思う。

 とても不自由な場所だった。娯楽に触れること自体が命がけで、社会すべてが抑圧されていて、ロクでもない思い出しかない世界。

 それでも命がけだったからこそ、何とか検問の目を潜り抜けて手にする娯楽は宝物のように感じられて。収集することがとても楽しかった。

 それに何より、その秘密のコレクションを自慢できる親友がいた。真面目でとてもピュアな奴で。マンガを見せてやると、眼を輝かせて夢中で読み耽っていた。

 危険な秘密を共有できるその親友とは、何をしても愉快で。こいつに新しいおもちゃを見せてやろうと思うと、いつもの収集も何倍も楽しく感じられた。

 それは今も変わることなく。

 

 

「シャイン……」

 

 

 遭いたい。あいつに遭いたい。

 

 この電脳の牢獄に囚われて、どれだけの時が流れただろう。娯楽品を外の世界より取り寄せども、そこにはもう新たな発見も喜びもなく。

 この世界の装備品を新しくデザインしても、全体の進捗はいまだシーズン1で止まっていて、消費は追いついてくれない。

 虜囚の日々に精神はただ摩耗して。不老不死の電脳体と成り果てようが、心は緩やかに死んでいく。

 

 そんな中で再会できたシャインと過ごす時間だけが、バーニーの救いだった。

 まだリアルで生きているシャインは2年間しか経験しておらず、バーニーの記憶の中の彼と寸分変わっていなかった。違いと言えばアバターが少女になっていたことくらいか。そんなのバーニーにとっては大したことではない。

 

 シャインがこの店に訪れたときだけ、色褪せたはずの世界が色づいた。

 シャインが笑うと、世界が輝いた。

 シャインと話すと、枯れた精神が瑞々しく潤った。

 シャイン。シャイン。俺の一番星(シャイン)

 

 そのシャインが、最近来てくれない。

 もう一週間もシャインと話していない。前は毎日のように来てくれたのに。

 どうして。

 

 シャインと再会して世界に瑞々しさが戻ってから、世界の時間が過ぎる速度は明らかに変わった。シャインと再会するまでの年月よりも、シャインが来てくれない1週間の方がずっと長く感じられる。

 

 シャインにとってはこの世界は新鮮で楽しく、交流する相手もいっぱいいるのだろう。

 だけど俺にはシャインしかいないんだ。それをもっとわかってほしい。

 

 

「おーい、バーニー! ちょっと頼みごとがあるんだけど」

 

「! シャインッ!!」

 

 

 おっとご本人様ご来店~!

 

 心の中で気味の悪いイカレポエムを詠唱していたバーニーは、スノウの声を聴くなりガバっと飛び起きる。

 そのままソファの上で跳ねて、スノウの胸の中にダイブ!

 

 

「シャイン! シャインシャイン、バカ野郎! なんでもっと顔を見せないんだこん畜生ッ!」

 

「えへへ、ごめんね」

 

 

 バーニーの奇行をわかっていたように、シャインはその軽くて小柄な体を抱きとめると、その場でくるくると回った。

 ウフフアハハと笑い合う2人。

 

 

「最近弟子を取ってさぁ。やっぱ初弟子ってカワイイよね。それでその弟子のことで相談があって」

 

「……弟子って男か?」

 

「? うん、そうだよ」

 

「へぇ、そう……」

 

 

 浮かれていたバーニーが一瞬でスンッとなって、地上に降りた。

 

 

「俺が一人で寂しく過ごしていた間に、お前は弟子を楽しくシゴいてたってのか……」

 

「えっ……? どうしたのバーニー。最近来なかったから怒ってるの?」

 

「はぁー!? 怒ってないですけどー! 怒る理由もないですけどー! ふーん」

 

 

 バーニーはフラフラとソファに戻ると、そのままスノウに背中を向けて寝そべってしまった。

 その態度の理由がわからず、スノウは困惑した顔でその背中をゆさゆさとゆする。

 

 

「ねえバーニー、機嫌直してよ。どうして怒ってるの?」

 

「なんでもねえよーだ。ふんっ……お前にとって俺はたくさんいる男のうちの一人なんだな」

 

「??? そりゃ世の中に男はたくさんいるとは思うけど……」

 

 

 そして、その2人のやりとりを言葉もなくずっと見ていたディミがようやく呟く。

 

 

『……キモッ!? なんだこいつら……!!』

 

 

 何って外で遊び回ってる親友(中身男)に嫉妬して拗ねる幼女(中身男)ですよ。

 ……最高にキモいな!

 

 

「あのね、バーニーに組んでほしい機体があるんだ」

 

「ふーんだ。そんなのそこらのパーツ屋行って勝手に組めばいいじゃん」

 

「バーニーに組んでほしいんだよ」

 

「なんで俺なんだよ。別に俺がやらなくたって、パーツさえあれば誰でもできるだろ。好きにやればいいだろー」

 

「だってボク、バーニーの作った機体のファンだもん」

 

 

 バーニーのメカニック帽に取り付けられたウサミミがぴこっと跳ねた。

 

 

「バーニーの機体ってやっぱセンスの塊だよね。見た目もカッコいいし、性能も抜群だよ。どんなに激しい戦闘でも撃墜寸前まで思うように動いてくれるって信頼感がある」

 

 

 ぴこぴこっ。

 

 

「バーニーはやっぱり天才だよ。最高のメカニックだ。ボクはもう自分の機体をバーニーにしか弄らせたくないと思ってるし、バーニーの考えるアセンブリがボクにとって最高の機体だと思うんだよ」

 

 

 ぴこぴこぴこっ。

 

 

「そんなバーニーの新しい機体が見たいなと思って来たんだけど……迷惑だったかな」

 

「迷惑だなんてことあるわけないだろ~♥」

 

 

 体を起こしたバーニーは、デレデレと顔を緩めながら激しくウサミミをピコピコさせた。というか今更だけどそれ動くのかよ。

 

 

「しょうがないなシャインは~♥ そんなに俺様に機体を弄ってほしいのか~♥」

 

「うんっ! バーニーの仕事を見たいな!」

 

「仕方ないな~♥ じゃあ俺の本気を見せちゃおうかな~♥」

 

「やったー! バーニー大好き♥」

 

 

 喜色満面のスノウに抱き着かれ、幼女はデヘデヘとだらしない笑みを浮かべた。

 

 

『……騎士様ってメスガキのくせにすっごい女たらしですよね……』

 

「ん? 何が?」

 

 

 きょとんとした顔で、スノウは小首を傾げる。

 

 

『まさか……この口説きが素だと!? 恐ろしい子……!』

 

 

 愕然として白目を剥くディミちゃんである。

 ショタっ子専用ホストクラブとかあったらナンバー1になれそう。

 客も男というのが致命的に世も末だが。

 

 

「で、どういう機体を作って欲しいんだ? 今の機体も十分いいアセンブリだと思うが……もうちょっとピーキーに寄せたカスタマイズとかがいいか?」

 

「あ、ボクが乗るんじゃなくて、弟子の機体なんだ」

 

 

 スンッ。

 

 

「ジョンっていってね、見た目12歳くらいなんだけどすごい真面目な子でね。中国拳法が得意なんだよ。反面射撃はあんまりだから、格闘に寄せた機体がいいなって思うんだよね」

 

「…………」

 

「中国拳法って気功っていうか、要は踏み込みの衝撃で一気に攻撃を浸透させるのが持ち味じゃない? それをどうにか再現できれば、面白い戦い方ができそうだなって思うんだ。師匠として、そういう機体をあげられたらなって」

 

「…………」

 

「そんなわけで……バーニー、よろしくね!」

 

 

 バーニーはふらふらとソファに崩れ落ちると、頭を抱えて咆哮を上げた。

 

 

「ああああああああああああああ!! 俺の! 俺だけのシャインが、知らないところで男の弟子を作って! こともあろうにその男のための機体を俺に作らせようとするううううううう!! 頭が! 脳が破壊されるうううう!!!!!」

 

『相変わらず本当にキモいですねこの人……』



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第115話 必殺!セクハラAI天誅ディミちゃんキック

「オマエが言う通り、発勁(はっけい)ってのは要するに体の重心を移動させることで運動エネルギーを拳に乗せる技術のことだ。中国拳法の気功ってのは別に超能力でもなんでもねえ。踏み込みのときの体のバネをうまいこと拳に乗せてやれば、最小限の動きで大ダメージを叩きだせる……昔の拳法家は力学の原理は知らなくてもそれを長年の研鑽から気付いてて、その技術体系を『気』と呼んだわけだ」

 

 

 “因幡の白兎(ラッキーラビット)”のハンガーに立つバーニーは、聞かせるとはなしにそう呟きながら両手を伸ばし、左右の投影型スクリーンをすさまじい速度で操作している。

 もはやどこに何があるのかを知り尽くしたブラインドタッチ。バーニーが指を動かすたびに、目の前のハンガーでホログラムのパーツが出現して、機体を構築していく。

 機体を設計するときは、こうやってホログラムのパーツによって機体を仮組して、実際の動作やパーツの相性をシミュレートするのがバーニーのやり方だ。

 

 

「それが科学的に説明できる現象である以上は、このゲームでも再現できる。中国拳法の『気功』とは自分の体重を質量とみなし、関節のしなりによってそれを運動エネルギーに変えて破壊力として叩きつける。それをシュバリエで実践すれば、兵器にも劣らないダメージソースとなる」

 

「ボクが投げ技で相手の重量をダメージに変えてるのと似てるね」

 

 

 バーニーの小さな背中を眺めながらスノウは相槌を打つ。

 

 

「そうだ。機動兵器であるシュバリエは、その質量自体が既に暴力だ。だがオマエの弟子はそれをうまく扱えてなかった。理由は言うまでもねえな、空中では『踏み込めない』からだ。中国拳法に限らず、あらゆる武術は脚が接地していることを前提としている。大地という不動の石盤を踏みしめることで、体のバネから運動エネルギーが出せるんだ。オマエの場合は“アンチグラビティ”で重力を操作しているから、空中でも無理やり投げ技を出せるが……」

 

「他のシュバリエはそうじゃない。空中戦が主な戦場となるこのゲームでは、格闘技はそもそも相性が悪いんだね。このゲームで格闘が流行ってないのはそういうわけか」

 

「現状そういうことだな。だから空中で十分な威力の格闘技を出すには、特殊なアプローチを考えないといけねえ。たとえば……」

 

 

 そう口にしながら、バーニーはいくつかのパーツをシミュレーション上で仮組された状態のシュバリエにあてがってみせる。

 

 

「“怠惰(スロウス)”系の脚パーツによって、足元に重力場を発生させて、それを踏みしめるとか……。あるいは“色欲(ラスト)”系のビットで足場を作るという手もあるだろう。もっとも」

 

 

 バーニーが苦笑交じりに手を振ると、それらのパーツは再び虚空へと消える。

 

 

「このへんのパーツはまだ今の市場には流通してない。技術ツリーが先に進むまで、こういった技術を利用するのは不可能だな」

 

 

 なら、その流通していないはずのパーツを手に入れているバーニーは何なのか。

 

 

「持ってるならそれを使えばいいのに」

 

「ダメだ。これは俺のコレクションだからな。オマエの弟子であろうと、人に譲るつもりはこれっぽっちもねえ。使うのは一般市場で流通しているものだけだ……。それとも、レアモンスターでも狩って材料を集めて来るか? 何十時間とかかるだろうが」

 

「やだよ。そんな地道な狩りは性に合わない。雑魚モンスターなんて狩るより、人間と戦った方が何十倍も面白いもん。まあ、あのクソ熊とか鋼鉄蜘蛛くらいのレイドボスなら相手してもいいけど」

 

「ま、オマエはそう言うだろうな」

 

 

 そう言ってバーニーは肩を竦める。

 

 本当に地道に強くなっていきたいのなら、雑魚モンスターを狩って得られた素材をパーツショップに売却するという手もある。実際そういう稼ぎをしているプレイヤーは多い。

 彼らにとってクラン対抗戦は一種のお祭りのようなものだ。日頃集めたリソースを一気に吐き出して、全力を尽くして戦い合う。そのために日常ではちまちまとモンスターを狩って、装備を整えるのだ。華々しさはないが、堅実なプレイスタイル。このゲームのほとんどのプレイヤーは、このゲームはそうやって遊ぶものだと捉えている。

 

 だが、スノウが見すえているのはトップクラスの戦場だ。そんな虫けらが地面を這うような歩みでは、スノウが求めるレベルの戦いは望むべくもない。

 一番派手で歯ごたえがある戦場で全力を振り絞って死闘(ドンパチ)したいなら、相応の手段を用いて稼ぎの過程をすっ飛ばす必要がある。

 装備を整えるために地道な稼ぎなどしていては意味がない。

 

 そもそも、いくら装備を整えたところで最終的にはプレイヤーの実力が物を言うのだ。ちょっと性能がいい程度の装備のために無駄な稼ぎをする必要はない、というのがスノウの持論だ。

 バーニーもまったく同じ意見だ。というか、バーニーたちがよってたかってそういう考え方を弟子(シャイン)に吹き込んだのだが。

 

 

「まあ何にしろ、ちょっと工夫すれば一般市場に流通しているパーツでもなんとかなるもんさ。たとえば……ショートブースターをたっぷり積んでみる、とかな」

 

 

 そう言ってバーニーは銀翼とブースターのパーツを組み替え、OP(オプションパーツ)には“関節強化”を選択してみせる。

 

 

「ショートブースターを3連続で発動できるビルドだ。空中でも疑似的に踏み込みを行なえるし、厚い装甲を持つ相手でも接触した状態で連続発動することで、装甲を浸透突破することができる。装甲を完全無視とはいかないが、カタい相手でもある程度ブチ抜いてダメージを与えられるぜ」

 

「いいね! 装甲貫通とか、フィクションに出てくる中国拳法っぽい!」

 

「だろぉ? しかもそれだけじゃないんだぜ」

 

 

 バーニーは背後のスノウを振り返り、ニヤリと得意そうな笑みを浮かべる。

 

 

「腕パーツの掌には高出力ブラスターを内蔵してある。射程距離は短いが、至近距離まで接近してぶちかませば、数千度の熱線で敵の装甲を融解させられるぜ」

 

「おおっ! すごいやバーニー! すごく“っぽい”! 中国拳法といえば謎ビームだよね!」

 

「だろぉ? やっぱロマンって必要だからな!」

 

 

 お前らの中の中国拳法はどうなってるんだ。

 

 

「まあ、代償としてライフルとかが握りにくくなるから、遠距離戦は弱くなるが……戦闘適性を見た限り、元々遠距離はちょい苦手っぽかったしな。不得手を補うより、長所を伸ばした方が役立つもんだ」

 

「うんうん! さすがバーニーだ! やっぱりキミに頼んでよかったよ!」

 

「ふふん。まあそうおだてるなって。じゃあ設計はこんなもんでいいな。パーツ一式を一般市場から集めるから、ちょい待ってろ」

 

 

 そう言って、バーニーは再び仮組された機体に向き合うと、左右の投影型スクリーンを操作し始める。

 一般市場からお手頃価格で売られているパーツを探すフェイズに入ったのだ。

 

 そんなバーニーの小さな背中を見つめながら、スノウは小さく呟いた。

 

 

「……tako姉に会ったよ」

 

 

 びくん、とバーニーの肩が震える。

 それぞれ独立した生き物のように動き回っていた左右の可愛い手が止まり、バーニーは振り返らないまま口を開いた。

 

 

「そうか。……元気そうだったか?」

 

「うん」

 

「……俺のことを聞いたんだな」

 

「聞いた。バーニーのこと、偽物だって言ってた」

 

 

 バーニーは小さくため息を吐き、コリコリとメカニック帽の上から頭を掻いた。

 

 

「偽物……か。まあ、俺がAIなのは確かだな」

 

「そうなんだ」

 

「……目覚めたときには何もない空間にいてな。もうすべてが終わってた。オリジナルはとっくに死んでて、俺はその記憶を引き継いだAIだって言われてさ。頭がどうにかなりそうだったぜ」

 

 

 スノウに背中を向けたまま、ひとりごとのようにバーニーは呟く。

 その顔にどんな表情を浮かべているのか、スノウにはうかがい知れない。

 

 

「最初からtako姉に嫌われてたの?」

 

「いいや。tako姉と再会したときは、そりゃ喜ばれたさ。信じられない、って顔してたっけな。向こうにとっちゃ死人が蘇ったようなもんさ。こんなナリにはなっちまったが、それでもバーニーが帰って来たって泣いて抱きしめられてさ。……俺も嬉しかった」

 

 

 かつての日々を懐かしむように、バーニーは続けた。

 

 

「エッジとtako姉と3人で、いろんなとこへ行ったよ。まだゲームが始まった直後で、そんなに強いクランもいなくてな。俺TUEEEEEE! とか、【シャングリラ】の暴威を再び知らしめん! とか言ってさ、めちゃめちゃに暴れたりしたな。まあでも、やっぱやべえモンスターと戦うのが一番楽しかった。ロクな装備も揃ってないのに、格上に挑むことばっか考えててな。3人で頭を突き合わせて、あんなトラップを仕掛けようとか、装備を作って来ようとか、いやいや他の【シャングリラ】の仲間を探した方がいいとか……。そうそう、お前を絶対探し出したいってtako姉はそればっかり言ってたっけ」

 

「…………」

 

 

 それが、どうして憎まれるようになったの?

 スノウはその言葉をあえて口にしなかった。

 バーニーはひとつ溜め息を吐き、スノウが口にしなかった言葉に応える。

 

 

「……死んだときのことを覚えてなかったのが、一番堪えたらしい」

 

「死んだとき?」

 

「ああ。俺たちはオリジナルがどうやって死んだか知らねえんだ。なんせそれ以前に脳をスキャンしたときのデータから作られてるからな。まあ脳ってのは死んで酸素が届かなくなったらすげえ速度で劣化するから、死体からはAIを作れねえんだ。しかも火を着けられて誰が誰だかわからない状態まで損壊されてたっていうしな。だからAIとして複製された俺たちは、オリジナルの死を伝聞でしか知らない」

 

 

 一拍置いて、バーニーは続ける。

 

 

「だけど……それがtako姉にはダメだったらしい。目の前で死んだ俺たちこそが本物で……俺たちは生前の俺たちを真似る偽物だと言った。生前の俺たち(オリジナル)を大事に想っていたtako姉の目には、俺たちはオリジナルの死の尊厳を愚弄する偽物にしか映らなかったんだな」

 

 

 ふふっとバーニーは自嘲を浮かべ、やれやれというように両手を持ち上げた。

 

 

「そんなわけで、tako姉に嫌われちまった俺たちの冒険はそこで終わり。俺はなんもかんもめんどくさくなって、この穴倉に引きこもり。エッジはどっか行っちまった。そんなこんなで今に至るってなわけよ」

 

「…………」

 

 

 おどけてみせるバーニーに、スノウは何も応えなかった。

 その沈黙に、バーニーは小さく笑う。

 

 

「おいおい、こうやっておどけたら笑い返せよ。ダチだろ? 空気読めってんだ」

 

「…………」

 

「なんかいえよ」

 

「…………」

 

 

 スノウはその言葉に応えないし、笑いもしない。

 それっきりバーニーも何も言わず、じっと沈黙を貫いた。

 

 

 ……やがて。バーニーは深い深いため息を吐いた。

 

 

「お前も……俺を偽物だと思うか? tako姉みたいに……いや。俺自身がそう思っているように」

 

「…………」

 

「俺は……何なんだ。稲葉恭吾の記憶を引き継いだって、俺本人が体験したことじゃない。飯なんて本当はいらない。睡眠だって必要ない。この世界が続く限り、何もしなくても永遠に生きることを約束された俺は、まだ人間なのか? それともとっくに人間じゃないのか? 人間でもない、稲葉恭吾の記憶は持ってるけど本人じゃない。じゃあ俺は誰なんだ?」

 

「…………」

 

「俺は……いない方がよかったのか? 俺の存在が稲葉恭吾の死を侮辱しているというのなら……いっそ生まれない方がよかったのか? 俺が生まれた意味ってのは、どこにあるんだ? AIは人間に奉仕するのが存在意義だって言うのなら、人間のtako姉を悲しませた俺には存在する意味がないのか? もう……何もわからねえよ……」

 

 

 そして、スノウはそんなバーニーにそっと近づくと……そっとその首に腕を回し、柔らかく抱きしめた。

 

 

「バーニーはバーニーだよ。ボクの大切な親友だ」

 

「……俺が偽物でも、か?」

 

「偽物?」

 

 

 スノウは不思議そうに小首を傾げると、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

「偽物じゃないよ。だってバーニーは人間だったときの記憶を全部持ってるんでしょ? じゃあバーニーはバーニーじゃないか」

 

「……だが、本物はとっくに死んじまってるだろう」

 

「バーニーの記憶を全部持ってるなら、それが本物のバーニーだよ。もしオリジナルの稲葉恭吾とキミがここに並んでいたとしても、ボクはどっちも本物のバーニーだって言うよ」

 

「…………」

 

「それで、どっちのバーニーにもこう思ってる。『どっちのバーニーも、ボクの大切な親友だよ』って。ボクと友達になってくれてありがとう。ボクに楽しいことを教えてくれてありがとうって、心からそう言えるよ」

 

「ぐっ……ううっ……」

 

 

 後ろを向いたまま肩を震わせるバーニーを、スノウは背後から優しく抱きしめ続ける。

 

 

「AIだから価値がないなんて言うなよ。AIだってちゃんと生きてるんだろ? じゃあ胸を張って、俺がバーニーだ文句あるか! って言っていいよ。少なくともボクがこれまで見てきたAIは、俺様が人間ごときに負けるかって感じのふてぶてしい連中ばっかだったよ? ねえ、ディミ?」

 

『そこで私の名前を出さないでくれます!? 私までふてぶてしいみたいじゃないですか!』

 

 

 瞳を潤ませながら流れを見守っていたディミが、勢いよくノリツッコミを入れた。

 いや、キミが人間よりもふてぶてしいAIじゃなくて何なんだよ。

 

 

『まあ……そうですね。アンタッチャブルもウィドウメーカーも、人間以上にプライド高かったです。というか少なくともこのゲームでの基本性能はプレイヤーとは比べるのもおこがましいですし。やっぱり私たちAIは、人間なんかよりもずーっとハイスペックで頭もいいのでっ! 私たちは人間の上位互換ですからっ!!』

 

「ほらね? 隙あらばこういうこと言うからAIって」

 

『……はっ!?』

 

 

 えっへんと腕組みしたポーズのまま、ディミはがびーんとなった。

 そんな彼女をよそに、スノウは腕の中のバーニーに優しく囁きかける。

 

 

「だから……バーニーも自信持っていいよ。俺はAIのバーニーだ! 文句がある奴はかかってこい! って。ボクはそういう、自信たっぷりのバーニーが好きだな」

 

「……ああ。ありがとよ、ダチ公」

 

 

 ぐしゃぐしゃに潤んだ声で、バーニーは頷く。

 

 

「今、顔見るなよ。すぐにいつも通りに戻るからな……」

 

「うん」

 

 

 そうして、スノウはいつまでもバーニーを抱きしめていたのだった。

 

 

 

============

========

====

 

 

 

 ……一時間くらい経っても。

 

 

『いや、さすがに長すぎだろ』

 

「も、もうちょっと……! もうちょっとで泣き止むからこのままで!!」

 

 

 ジト目になったディミの指摘に、バーニーが慌て気味の声を上げる。

 

 

『こ、こいつ隙あらば……! 騎士様、この人に情けとかいらないですよ! ポイしちゃってくださいポイ! 何が「俺に存在意義はあるのか」ですか、めちゃめちゃふてぶてしいわ!』

 

 

 デレデレしまりのない顔しやがってよぉ!

 

 

「えー、でも泣き言言って甘えてくるちっちゃいバーニーとか可愛いじゃない? もうちょっと抱っこしてあげてもいいかなって」

 

「ふおーー! 控えめだが温かい感触が頭にむにゅっと……。いいぞ! この調子なら泣き止むから、俺をもっと抱きしめてくれシャインッ!」

 

『セクハラAI天誅ディミちゃんキィーーーーック!!!』



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第116話 この世の終わりのような人間関係

「というわけで機体作ってもらったから、うまく使いこなしてね」

 

「ふわぁ……!?」

 

 

 ジョンはハンガーに鎮座する機体を見て、ぽかーんと口を開いた。

 

 全体的にかなりがっしりと重厚感がある重装甲仕様で、背中には巨大なスラスターモジュールが3基取り付けられている。

 さらに両腕両足にも小型のスラスターが取り付けられており、「無数のスラスターを重装甲でカバーしたらこうなった」といわんばかり。

 

 

「結構ガチムチな感じでしょ? カテゴリーとしてはタンクタイプなんだけど、定番の遠距離の砲撃戦は捨てて、スラスターによる高速移動での一撃離脱を重視した【重装甲・高機動・近距離戦】の3本柱が持ち味なんだ」

 

 

 そう言いながら、スノウは新たな機体の背面に取り付けられた巨大な三連スラスターを指さす。

 

 

「あのスラスターと重装甲で敵の懐に一気に飛び込んで、肉弾戦での強烈な一撃を叩き込む。3連スラスターを段階的に起動することで、カタい装甲の相手にも浸透突破で大ダメージを与えられるんだ。両腕両足にもスラスターが付いているから、足場がない空中でもジョンの得意の気功を使えるよ。もちろん地上でならスラスターの推力をそのまま攻撃に回せるから、破壊力はパワーアップする」

 

「! 僕の拳法をシュバリエでも使えるように、と……?」

 

「そういうこと。さらに必殺技として、掌から熱線を放出するヒートブラスターを格納してある。数千度の熱線で至近距離の敵の装甲を吹き飛ばす、必殺のビーム砲だ」

 

「ひ……必殺技!?」

 

 

 ジョンはキラキラと瞳を輝かせながら、新たな機体を見つめる。

 女の子にはロボットのロマンは理解できないとは言うが、中の人(鈴夏)はそういうのを理解できるタイプの女子だった。

 中国拳法って気功でビーム撃てるんだろ、撃ってみろよと小学生の頃いじめっ子の男子にからかわれて、どれだけ悔しい思いをしたことか。そんなの撃てるなら自分が一番撃ってみたかったわ!

 

 

「……ジョン、この機体でキミに何をやらせたいのかわかるかな?」

 

「ええと……」

 

 

 ジョンは興奮でカラカラに乾いた唇を湿らせながら、頭を回転させる。

 ここでスノウをがっかりさせるわけにはいかない。

 

 

「一撃離脱によって敵集団の指揮官を的確に撃墜して回るのと……あとは砲台の撃破、でしょうか?」

 

「ビンゴ!」

 

 

 スノウは我が意を得たり、とパチンと指を鳴らした。

 

 

「現状このゲームの戦争の環境は、砲撃戦で固まってるんだ。両陣営が重装甲砲撃仕様のタンクタイプを横に並べて、ひたすら相手陣地に砲撃を打ち込むのが定石。だから勝敗を決する要因は大体が物量だ。相手より1機でも多く動員できた方が勝つ。まあ確かにそれは有効な戦術だとは思うよ。だけど、それだけじゃつまらないよね?」

 

 

 そう言って、スノウはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「砲撃で勝ちたいなら戦車でも乗ってりゃいい。せっかくのロボットバトルなんだ、高機動ならではの勝ち筋をボクらの手で見せてやろうじゃないか。ボクの考えでは高機動・大火力・近接戦の一撃離脱は、これまでの砲撃戦という定石をひっくり返すほど強烈なメタ戦術だ」

 

「敵の射撃を装甲と高機動でいなして、急所に一撃を叩き込んで粉砕し、即座に逃げ去る……というわけですね」

 

「そう。戦闘中には決して足を止めちゃいけない。ただひたすらに敵の急所を抉り続ける。そうすることで、キミは破壊の申し子として戦場に君臨する」

 

「なるほど……。しかし、それは師匠の戦い方とはずいぶん違いますね」

 

 

 言外にジョンの戸惑いが現われていた。

 ジョンはこう言いたいのだ。自分はスノウと同じ戦い方をやりたくて弟子入りしたはずなのに、全然違う戦い方を勧めるんですか、と。

 

 言われたスノウは、眼をぱちくりとさせた。

 

 

「チームプレイで同じ役割を2人でやっても仕方ないだろ。それぞれ違う役割をやるから効果的に戦術を組み合わせられるんだ。そうじゃないか?」

 

「あ……」

 

「ボクとキミはチームだ。ボクが高機動と戦術で敵を混乱させて、キミがその隙を突いて敵の心臓を破壊する。戦況によっては逆の役割にスイッチすることもあるだろう。相手を信じて自分の役割を果たすことで勝利に近付ける、チームプレイってのはそういうものだよ」

 

「はい。そうですね。そうでした」

 

 

 ジョンは俯いて、赤くなった顔を隠した。

 そんな当たり前のことをすっかり忘れてしまっていた。あれほど飛行中隊で躾けられたことなのに。……もっとも、あれは隊長の言うことには絶対服従しろ、何も考えるな、言われたとおりにしてればいいんだというザルにもほどがある教育だったが。

 

 元来、ジョンはチームプレイというのが苦手なのだ。

 父から教わった拳法は孤にして完成するというものだったし、学生の頃は身体能力が人より優れすぎていて、球技などもスタンドプレーでなんとかなってしまっていた。

 そして飛行中隊で教わった教育もあの程度の始末。

 

 自分の頭でちゃんと考えながら、他の相手と連携して戦うという経験はほとんど積んできていない。

 

 だけど……これからは違うのだ。師匠を信じて戦っていかなくてはいけない。

 大丈夫だ、スタンドプレーなんてもういらない。自分がどんな動きをしたって、スノウは必ずついてきてくれる。だって彼女は自分の師匠なのだから。

 

 

「ちなみにサブ武装として、スラスターハンマーを用意してあるよ。鉄球にスラスターが付いていて、鎖を振り回して高速でブチ当てられるんだ。使いにくい武器ではあるけど、威力は折り紙付きだよ。ジョンは銃火器でのエイムは苦手みたいだから、こっちの方が合うんじゃないかと思うんだけど……どうかな?」

 

「……ありがとうございます。確かに銃の扱いは、あまり良くないと思うので。使いこなしてみせます」

 

 

 仕様の細かいところにまでスノウの心遣いを感じながら、ジョンはもう一度機体を見上げた。

 胸に取り付けられた、東洋龍のエンブレムがキラリと光る。

 

 スノウは自分を信頼して、この特注の機体を託してくれた。

 その信頼に応えるだけの働きをしてみせなくてはいけない。そうでなくては申し訳が立たない。今度こそ他者からの信頼に報いるのだ。

 

 

「……この機体、名前は何というんですか?」

 

「いや、まだないよ。ジョンが好きに決めるといい。キミの機体なんだから」

 

「えっ……そうですね」

 

 

 ジョンは与えられた機体をじっと見上げる。

 胸のエンブレムから、やっぱり竜にまつわる名前にしたい。

 それなら“応竜(おうりゅう)”とかかな。確か中国の龍の王様的な名前だったと思う。

 

 いや……。

 

 ジョンはゆっくりを首を横に振った。

 自分の腕で手に入れた機体でもないのに、自分が名前を付けるなんておこがましい。やっぱりここは師匠に託そう。

 師匠から与えられた贈り物だということを自戒させなくてはならない。僕はまだ、自分の手で何ひとつ成し遂げてはいないのだから。

 

 

「師匠が決めてください」

 

「え、ボクが? うーん……ボク、あんまりネーミングセンスよくないからなあ」

 

「そうですか……」

 

 

 2人でうーんと頭を悩ませていると、ディミがちょんとスノウの頭の上に座って呟いた。

 

 

『じゃあ作った人にちなんだ名前とかでいいんじゃないですか? なんか騎士様得意げに性能語ってましたけど、ぜーんぶバーニーさんが考えたものですし』

 

「うぐ」

 

 

 その通りであった。

 この機体の設計は全部バーニーが考えたものなのである。

 スノウは弟子の手前いかにも自分で仕様から戦術まで考え抜きました感出していたが、バーニーが考えた設計を聞いてから、あっじゃあ一撃離脱でもやらせようかなーと後から戦術を当てはめただけなのだった。面の皮の厚いメスガキである。

 

 

「……というか、結構バーニーの肩持つんだねディミ。バーニーのこと嫌いじゃなかったの?」

 

『別に嫌ってないですよ。性癖は心底キモいと思ってますけど、腕はいいと思いますし。あと一途みたいですから』

 

「一途?」

 

 

 スノウは何のことかわからず首を傾げた。わからなくていいよ。

 

 

「バーニーさん、とおっしゃるんですか」

 

「あ、うん。ボクの親友なんだ。腕はいいんだけど、人嫌いで外に出ようとしないんだよね」

 

「そうですか。いつかお会いしてみたいですね。……ちなみに男性の方ですか?」

 

『そこ聞く意味あります……?』

 

 

 ディミのツッコミをよそに、スノウは頭に手を置いて唸り声を上げる。

 

 

「男性……? うん……いや……? そう、部分的にそう……?」

 

「『部分的にそうって何!?』」

 

 

 名前当てが得意なランプの魔人に対するような返答をせざるを得ないスノウである。

 いや、あいつ本当にどう表現していいのかわかんねえな。もういっそ性別バーニーでいいのかもしれない。

 まあそれを言ったらスノウやジョンも見た目通りの性別ではないのだが。

 

 ジョンはよくわからないことは聞かなかったことにして、眉間を揉んだ。

 

 

「でも制作者の方の名前からいただくというのはいいですね。バーニー、竜……バニ竜……番、龍。うん。“番龍(ばんりゅう)”というのはどうでしょうか」

 

「“番龍”、かぁ」

 

 

 そう呟き返して、スノウは少し考える。

 ジョンの口から番という字が出てきたのは、ちょっとびっくりした。

 

 バーニーの生前の名前は稲葉恭吾。そこからもじって、店の名前は“因幡の白兎(ラッキーラビット)”。

 “番”は“因幡”の“番”でもある。二重の意味で、バーニー由来の名前と言えるだろう。因幡製のボクの仲間、“番龍”か。悪くない。

 

 

「うん。いいと思うよ」

 

「でしょう。僕も気に入りました」

 

 

 そう言いながら、ジョンは新しい愛機“番龍”を見つめる。

 

 

「これからよろしくな、“番龍”。僕は必ずキミを与えてくれた師匠の信頼に応えてみせるぞ」

 

「ふふっ……そんなにかしこまらなくてもいいんだけど。でも、期待してるよ」

 

 

 その呟きにくすりと笑うスノウに、ジョンは真面目な顔を向けた。

 

 

「いいえ。この機体だってオーダーメイドで、けして安くはなかったでしょう」

 

「まあそれはそうだね。確か2000万JC(ジャンクコイン)くらいだったかな」

 

「に、2000万JC……!!」

 

 

 ジョンはごくりと唾を飲み込む。

 リアルマネーで賄おうとすれば、20万円もの大金。

 もちろん今の鈴夏には逆立ちしたって出せる金額ではない。リアルでもゲーム内でもド貧乏を極めているのだ。

 

 そしてそんな持たざる者である自分を信頼して、大金を懸けて機体を用意してくれたスノウのありがたさに改めて心から感謝する。

 本当に、僕はなんて素晴らしい師匠を得たんだろう。

 この人になら一生ついていける……!! 

 

 無責任で煽り屋で性格ド腐れのメスガキなどと思っていた過去の自分が恥ずかしい。この人はこんなにも頼りがいがあって慈悲深い人だったのに。

 

 

「改めて金額を聞くと、心が引き締まります。そんな大金のかかった機体を僕に預けてくださるなんて……!」

 

「何言ってんのさ、この機体はもうキミのものだよ。まあ……出世払いでいいさ。これからキミには、懸けた金額以上にこの機体で働いてもらうんだから」

 

「はい! 誠心誠意頑張ります、師匠!!」

 

 

 そしてスノウとジョンは、にこやかに笑い合うのだった。

 

 

『…………』

 

 

 そんなやりとりを、ディミは無言で見つめている。

 彼女は知っている。

 

 師匠から『出世払い』と言われたジョンは、マンガなんかでよくあるなんやかんやで支払いが有耶無耶(うやむや)になる『実質奢りのプレゼント』だと思っている。だが、スノウは本当にジョンが出世したら稼ぎの一部から取り立てるつもりでいた。

 

 もっと言えば、スノウは2000万JCなんて金を持っていない。前回同様、バーニーに親友のよしみでツケ払いにしている。

 つまりジョンはバーニーから勝手に2000万JCを借金させられているのである。

 

 そして、バーニーはスノウを信用してツケ払いを受け入れたのだが、スノウ自身はそれを自分の借金などとはこれっぽっちも思っていない。あくまでジョンのために口利きしてあげただけで、ジョンの借金だと思っている。

 

 現時点でスノウにもジョンにも、借金を返すつもりなどまったくなかった!!

 

 

『ひっでえ……!!』

 

 

 さすがのディミちゃんもバーニーに優しくしてあげたくなるってもんである。

 まあ、そのディミちゃんもジョンに真相を告げる気はさらさらないのだが。

 

 

『(だってその方が後で面白そうだし……!!)』

 

 

 こいつもこいつでひどかった。やっぱりメスガキの血は争えんな。

 

 まあ開始早々に荒稼ぎしたバーニーにとって2000万JCくらいは小銭同然なので、そこまで熱心に取り立てるつもりもないのが救いだが。

 もし返ってこなかったからスノウにたっぷりとご奉仕させられたらいいなーなどと妄想してグヘヘしているので、実はスノウの身は結構危ないし、それを知ったらディミは間違いなくキレる。

 

 メスガキたちの複雑な借金関係……!! 

 借金と愛欲で結ばれた、この世の終わりのような人間関係であった。

 

 

「あ、そういえば……ジョンってどこに住んでるの?」

 

「えっ……あの」

 

「よかったらさ……リアルで会わない?」

 

 

 不意にスノウが口にした質問に、ジョンが目を白黒させる。

 即座に反応したディミは、ホイッスルを鳴らしながら飛び込んできた。

 

 

『ピピピピーピピー!! はい、それNGでーす! ネットリテラシーに反することをゲーム内の力関係で無理やり聞き出そうとかダメダメでーす!!』

 

「えー、いいじゃん……別にここ他に誰が聞いてるわけじゃないし」

 

『ダメでーす!! このゲームは出会い系アプリじゃないので! とっても健全なゲームなので絶対許しませんよ!!』

 

「じゃあオフ会やろうぜってときどうするの? 外部の掲示板にでも書き込むわけ? それじゃ結局同じことじゃない?」

 

『ぐぬぬ……』

 

 

 ちなみに別にゲームの規約で個人情報を聞き出してはいけないと決められているわけではない。

 単にディミちゃんが許せないだけであった。

 だってそんなの仲間外れじゃん。抜け駆けじゃん。許せねえよなぁ!?

 

 

「僕は別に……いいですけど。時期尚早じゃ、とか……まあ思わなくもありませんが」

 

「やった!」

 

 

 顔を赤く染めたジョンの呟きに、スノウはにっこりと微笑んだ。

 

 

「ジョンと一緒にリアルでも訓練できたらいいなって思ってたんだよね。やっぱり反射神経を磨くのとか、日常的にやらないとだし」

 

「えっ……ああ。なるほど、そういう意味ですか……」

 

 

 少しがくりと肩を落としたジョンに、目ざとくディミが眼を光らせる。

 

 

『は? どういう意味だと思ったんですかムッツリエロ小僧』

 

「ムッツリエロ小僧!? キミ、なんか僕に対して辛辣じゃない!?」

 

「ディミは基本世界中のすべてに悪意を撒き散らしてるよ。ねー?」

 

『私を世界の敵みたいに言うのやめてくださいませんかねぇ!?』

 

 

 そうだぞ、ディミちゃんが辛辣なのはスノウ本人とスノウに粉をかけてくる奴だけなんだ。そこを誤解しちゃいけないな。

 ちなみにペンデュラムとのカプは推している。ペンデュラムが童貞力を発揮してるのが笑えるので。

 

 

「ジョンとは弟子入り前からリアルでも手合わせしたいって思ってたんだ。ね、いいよね? 一緒に汗を流そうよ」

 

 

 スノウの上目遣いのおねだりに、ジョンはニコッと爽やかに笑い返した。

 

 

「もちろんいいですよ。僕は都心住みですが、師匠はどちらに?」

 

「え! そうなんだ、ボクもだよ。じゃあ明日待ち合わせしない?」

 

「ええ! 明日が楽しみですね!」

 

 

 その師弟のやり取りを、ディミはぷくーっと膨れながら見ていた。

 リアルで虎太郎が他人と交流するのは、正直言うとあまり面白くはない。

 仲間外れにされるのはやっぱりつまらないものだ。

 

 だが、ディミはもうそれ以上止めるつもりはなかった。

 規約に違反してもいないし、迷惑行為として通報もされていないのなら、サポートAIが止める権利はない。

 

 そしてそれ以上に。

 

 

『(なんだか面白いことになってきましたしね……!)』



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第117話 ショタコンお姉さんハッピーエンドに到達す

「さて、出かけるか」

 

 

 ウニクロで買った黒のTシャツにジーンズといういつも通りの普段着で靴を履こうとして、虎太郎はふと振り返った。

 六畳一間の狭苦しいボロアパートの部屋には、ユニットバスが備え付けられている。出かける前に洗面台で少し身だしなみを整えた方がいいかも、と思ったのだ。

 

 

「……まあ、必要ないかな」

 

 

 だって相手は年下の男だし。小中学生くらいの男相手なら、どんな服装で会ったって別に構いはしないだろう。

 ゲーム内のアバターには徹夜でこだわりまくる虎太郎だが、リアルでの自分の容姿にはまったく気を遣わない。自分はどこにでもいる地味顔の目立たない存在だし、自分がどんな身なりをしていようが誰も気にしていないと思っているのだ。

 

 だから前髪も伸ばし放題だし、Tシャツもちょっとよれているけど、登校日には気にせずその服装で大学に行ったりする。

 実のところ自分の童顔な顔立ちと身長を男として恥ずかしいと密かに思っていて、前髪を伸ばして顔を隠しているのはそのためでもある。

 

 そして彼本人も意識していないが、リアルでは目立ちたくないと思っている。【シャングリラ】が謎の火災で消滅してからしばらく、身の回りを怪しい男たちにつけ回された経験は、虎太郎の心に強い恐怖を植え付けていた。過去の経験から、虎太郎は目立つことを潜在的に恐れているのだ。

 

 

「……だけどまあ、師匠だしな」

 

 

 ジョンはスノウのことを尊敬してくれている。態度からそのことはひしひしと伝わってくるから、虎太郎だって悪い気はしない。

 年下の男子とはいえ、あんまりみっともない格好で行ったら幻滅されてしまうかもしれない。

 

 虎太郎だってちょっとは弟子の前で見栄を張りたいという意識はあるのだ。

 服はあまり持っていないからこのよれたTシャツと色褪せたジーンズで行くしかないが……せめて前髪くらいは整えていこうかな。

 そう思いながら、虎太郎は買ったきり一度も開封していないヘアトニックを開ける。

 

 

「なんか高校生の頃みたいな感じになっちゃったな」

 

 

 頭にきれいに櫛を通して整髪料を着けてから、虎太郎は鏡の前で苦笑した。

 いかにも誠実で生真面目な堅物風紀委員、といった風情の印象。

 いや、実際数か月前に高校を卒業するまで、虎太郎はそれで通していた。

 

 バーニーと出会ったあの日まで、虎太郎は盲目的に“特区”の規律を遵守する模範的な指導委員だった。それから【シャングリラ】で未知の世界を知ってからも……【シャングリラ】がある日消滅してしまってからも、虎太郎は模範的な指導委員の仮面を外さなかった。“特区”を脱出する日まで、周囲の目を欺き続けたのだ。

 

 まあ、でも真面目なジョンとならお似合いかなと虎太郎はクスリと笑う。

 その顔に、少しだけスノウと同じように意地悪そうな笑みが混じった。

 

 

「ふふ。あいつ、僕が男だって知ったらどんな顔するかな。案外スノウに惚れてて、ショック受けちゃったりして」

 

 

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 虎太郎がまさに鏡の前でニヤニヤしているとき、彼の隣の部屋では。

 

 

「うーん……これでいいかなぁ?」

 

 

 鈴夏は滅多に使わないドレッサーの鏡の前で、くるりと回りながら自分の服装を入念にチェックしていた。

 服装はよそ行きの勝負服。薄いピンク色のトップスに、花柄のフレアスカートを合わせた甘めのコーデ。三つ編みにした髪の毛をふんわりと肩から胸に流し、お姉さんらしさと可愛らしさを折衷した装いだ。

 

 いかにクッソ貧乏で普段ジャージで過ごしている鈴夏とはいえ、そこは女の子。よそ行き用のひとつやふたつは持っているのである!

 大学に入学する折に、コンパとか誘われたときのために買っておいたのだ。まあバイトとゲームと勉強で忙しくてまったくそんな機会はなかったし、友達もいなければサークルにも所属してないぼっちなのだが。

 

 でも買っててよかった! ちゃんと役立つ機会は巡って来たのだ!

 

 

「うーん……もっと前から会おうって言ってくれれば、美容院とか行ったんだけどなあ」

 

 

 栗色の前髪をつまみながら、鈴夏は小さく呟く。

 美容院に行く金でちょっとはマシなものでも食ったらどうなんだと言いたくなる食生活を送っているくせに、生意気なことを言うじゃないか。

 しかし鈴夏にとってはそこは出し惜しみしたくないところなのである。

 

 

「師匠かぁ……どんな子なんだろ」

 

 

 きっとまだ中学生くらいで、反抗期を迎えたばかりの生意気盛りの女の子に違いない。

 ジョンのことを年下の男の子だと思って好き放題言ってるけど、私が年上のお姉さんだって知ったらどんな反応するかな?

 そう思うと、鈴夏は思わずクスッと笑ってしまう。

 そんな悪戯心を、ぜひ試してみたい。だからこそ鈴夏は年下の女の子に会うというのに、気合を入れたコーデをしているのだった。

 

 それに、師匠からいつもジャージ姿の芋女だなんて絶対に思われたくない。

 弟子にしてもらい、高価な機体まで与えてもらったのだ。リアルでもそれ相応に好感の持てる相手だと思ってほしい。

 ともあれ、これなら大人に憧れてる年下の女の子相手くらいなら十分なはず。

 

 鈴夏はよし、と気合を入れると、これまた普段使いはしてない綺麗なポーチを手に玄関のドアを開けた。

 

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 

 ばったり。

 まったく同時に隣室の玄関のドアが開き、鈴夏と虎太郎は顔を見合わせた。

 

 

「お、おはよう虎太郎君」

 

「お、おはようございます鈴夏先輩」

 

 

(うわぁ今日の虎太郎君、かわいいーーーーーっ!!!)

 

 

 鈴夏はきっちりと髪をセットした虎太郎を見て、きらきらと瞳を輝かせた。

 いつものボサボサ髪の虎太郎もなんだかムク犬を連想させて可愛いのだが、髪を生真面目な感じにセットした虎太郎もトリマーで手入れしたばかりの小型犬のような可愛らしさがある。

 とりわけいつも前髪で隠れている意思の強そうな瞳が露わになっていて、育ちの良い雰囲気が表れていた。

 

 完全に鈴夏の好みドストライクであった。

 

 そもそもジョンは鈴夏の好みの男の子のタイプの具現化である。ああいう真面目そうな年下の少年がひたむきに頑張ってる姿が大好物なのだ。

 高校生のときには漫研でそういう男の子が頑張る少年マンガも描いていた。そしてそういう男の子が大人のお姉さんやおじさんの毒牙にかかるいけないマンガも描いていた。なお、同人仲間にはいけないマンガの方が好評だった。

 

 ヤべー女が隣に潜んでいやがった。

 

 

「……虎太郎君、これからお出かけ?」

 

 

 そわそわしながら鈴夏が訊くと、虎太郎はなんだか落ち着かなさげに頷く。

 

 

「ええ。友達に会いに行くんです。鈴夏先輩はデートですか?」

 

「え!? う、ううん! そんなデートとかじゃなくて、友達に会うだけ!」

 

 

 なんだか知らないが、鈴夏の中でちくりと胸が痛んだ。

 自分には虎太郎君というちょっぴり気になっている男の子がいるのに、スノウに会いに行くのがなんだか彼を裏切ってるみたいな気がしたのだ。

 

 

(ごめんね、虎太郎君。でも師匠に会いに行くのも私にとって大事なことなの……。許してね)

 

 

 別に虎太郎と付き合ってるわけでも何でもないのに、未来の恋人に対するような言い訳を心の中で思う鈴夏である。ちょっぴり悲劇のヒロイン気分であった。

 いやお前なんだかこれから付き合えるみたいなこと思ってるけど、ただの隣人なんだが?

 

 

「なーんだ。そうなんですね」

 

 

 虎太郎はちょっとほっとしたように微笑む。

 そんな笑顔に、鈴夏はさらに胸をソワソワさせた。

 

 お前そういうところやぞ。

 こんな感じで気を持たせるような仕草をするから、年上が自分に気があるんじゃないかと勘違いするのである。魔性の合法ショタであった。

 

 

「僕、これから新宿に行くんです。鈴夏先輩はどちらに?」

 

「えっと……うん、まあ私もその近くかな。でもちょっとコンビニに寄るから」

 

「そうですか。じゃあ、また」

 

 

 愛想良く笑って虎太郎が足早に去っていくのを見送り、鈴夏は小さく胸を撫で下ろした。

 別に「そうなんだ! 私も新宿に行くの、一緒に行こうよ」なんて言っても構わなかったのだが……。

 なーんかやだ。そういう気分にはなれなかったのだ。

 その感情は罪悪感に似ていた。

 

 

(スノウちゃんに会うために気合入れたコーデで、虎太郎君と楽しくおしゃべりなんてできないよ)

 

 

 スノウと虎太郎、両方に心惹かれる乙女心であった。

 

 

『ただの隣人がなーにを酔っぱらってるんだか』

 

 

 そんな2人を見つめる街頭の監視カメラの向こう側で、誰かが毒づいた。

 メイド妖精ちゃん、カメラをハッキングして何してるのかな?

 

 

 

=============

=========

=====

 

 

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 

 新宿のショッピングビル向かいの広場。

 大きな街頭ディスプレイを眺められるその場所は、何度かのビルの建て替えはあったにせよ、2038年になっても待ち合わせスポットとして愛され続けていた。

 

 そんなショッピングビルの向かいの広場で、虎太郎と鈴夏はばったりと出会ってしまう。

 

 

『いや、全然ばったりじゃないんですけどね』

 

 

 しかし当の2人にとっては偶然の出会いである。

 なんだか慌てながら、2人は互いの顔を見つめた。

 

 

「す、鈴夏先輩……どうしてここへ?」

 

「あ、うん。ここで待ち合わせしてるの」

 

「そうなんですね。奇遇だな……あはは」

 

「えへへ」

 

 

 そんな感じで笑い合いながら、鈴夏は内心でドキドキしていた。

 

 

(ええええーーーっ!? なんでここに虎太郎君が? ……まさか!?)

 

『おっ、気付きましたか』

 

「私が誰と会うか心配で、ついてきちゃった……とか!?」

 

 

 すてーん!!

 監視カメラの向こう側で、メイド妖精がすっ転んだ!

 

 顔を赤く染めてちらちらと横目で見てくる鈴夏に、虎太郎はあわあわと両手を体の前で振る。

 

 

「ち、違いますよ! そんなストーカーみたいなことするわけないじゃないですか!」

 

「あ、そうなの……。それはそうだよね」

 

 

 そう言って、鈴夏は小さく息を吐く。なんだか安心したように聞こえる溜め息だが……。

 

 

『心なしか残念そうな顔してるのは何なんですかね……!?』

 

 

 そう言って自分の爪をがじがじ噛むディミちゃんである。

 おやおや、何をカリカリしてるのかな? 面白いものが見れそうだってひとりごとを言いながらカメラをジャックした割には、あまり面白そうじゃないですねえ。

 

 

「あの……じゃあ、僕、ちょっと向こう見てますね」

 

「う、うん」

 

 

 虎太郎がそっぽを向いてしまうのを、鈴夏はちょっと残念そうに眺めた。

 

 鈴夏と一緒にいたら待ち合わせに見えないだろうから、当たり前だ。鈴夏としてはもうちょっと目の保養をしたかったのだが……。

 

 

(虎太郎君、今度私とデートするときにあの髪型してくれないかな?)

 

 

 はっ。

 鈴夏はごく自然に虎太郎とデートすることを考えてる自分に気付き、ほのかに顔を赤く染めた。

 

 

(何考えてるの、バカバカ。虎太郎君とまだ付き合ってもないのに)

 

 

 まだってことはやっぱりそのうち付き合うつもりなんじゃねーか。

 とんだムッツリですよこいつはぁ!

 

 

(それに今日はスノウちゃんと会うんだから、気持ちを切り替えないとスノウちゃんにも失礼だよね)

 

 

 いや、別に男とデートすることを考えていても、年下の女子相手に失礼にはならないんじゃないでしょうか。

 つまりそれは無意識のうちにスノウも攻略対象として見ているということなのだが、本人は自分でも気づいていない。果たしてそれはジョンを演じている影響なのか、元々本人にそういう気があるのか。

 

 

(それにしても、それらしき女の子がいないなあ……。師匠っていろいろいい加減だし、時間にもルーズなのかな?)

 

 

 そう思っていると、ブルブルと鈴夏のスマホが震えた。

 

 

『ねえ、まだ来ないの? 師匠を待たせるなんて弟子失格だよ!』

 

 

 スノウからのお叱りのメッセージが表示されるのを見て、鈴夏はきょろきょろと周囲を見渡すが、相変わらずそれらしき少女は見当たらなかった。

 

 

『師匠、もういらっしゃってますか? どこにも見当たりませんけど』

 

『いるよぉ! ……あ、もしかしてボクがちょっと意外な姿だから気付かないかも?』

 

『ああ、なるほど。実は僕もちょっと意外な姿かもしれませんよ』

 

『へえー、そりゃ楽しみだ。でもこのままじゃラチがあかないし……じゃあちょっと右手を挙げてみてよ。ボクも挙げるから』

 

『わかりました』

 

 

 ひょいっ。

 

 

 右手を挙げた虎太郎と鈴夏の目が合った。

 

 

「え……?」

 

 

 ぽかんとした目で、鈴夏先輩の顔を見つめる虎太郎。

 そして、その視線の先で鈴夏の顔がみるみる綻び、頬が紅色に染まっていく。

 

 その時、鈴夏に電流走る――!

 

 虎太郎=スノウ。

 鈴夏の脳内で、愛情を向ける対象だったふたつが統合される。

 心のどこかでいっそそうだったらいいなーという願望が現実のものとなり、唯一無二の愛玩対象となっていく。

 

 鈴夏は熱病に浮かされたような熱い息を吐きつつ、虎太郎に視点を合わせてしゃがみ込んだ。

 ……虎太郎はなんだか、肉食獣の前に晒されたような錯覚を覚えて、かすかに身震いする。

 

 

『逃げてー!! 逃げて騎士様ーーーー!!』

 

 

 そんなカメラの向こう側からの声が届くわけもなく。

 

 

「そうですか。そうなんですね。師匠は、虎太郎君だったんですね」

 

「あっ……え……? ジョンって、もしかして鈴夏先パ……」

 

 

 そう口に仕掛けた虎太郎は、すべてを言うことはできなかった。

 

 

「やったぁーー!! お会いしたかったです、師匠~~♥♥」

 

「むぐううっっ!?」

 

 

 抱き着いてきた鈴夏の巨乳に顔を埋められた虎太郎は、酸素を求めてじたばたともがいている。

 そんな虎太郎の反応を気にせず、鈴夏は喜色満面で彼を固く抱擁し続けた。その力強さたるや、サイズ差を気にせずに小学生の主人に甘えかかる大型犬のごとし。

 

 鈴夏の脳みそは今ドーパミンでびしょびしょ、見えない尻尾は全力大回転で愛情をぶつけまくっていた。

 

 

(虎太郎君が師匠だったなんて! 虎太郎君にいくらでも甘えても大丈夫なんて幸せ過ぎるっ♥♥♥ これからずーっとずーっとず~っと一緒ですよ、師匠♥♥♥)

 

「むぐううううううーーーー!!?」

 

 

 お前の大事な師匠、手足痙攣してますよ。



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第118話 熟練の地雷姉テイマー

「師匠、折角だから私の家でお話しませんか?」

 

 

 先ほどの新宿での出来事からややあって、虎太郎と鈴夏は連れ立ってアパートに戻って来ていた。

 

 成人女性が中学生ほどの男の子を抱きしめて窒息させているという通報を受けたお巡りさんが、鈴夏を任意同行させようとする一幕もあって割とピンチだったが。虎太郎本人が学生証を見せて鈴夏は不審者ではないと説明したので、無事に誤解は解けたのだった。

 ……いや待て、鈴夏が不審者であることは誤解でも何でもない事実なのでは?

 

 ともかくお巡りさんから解放された2人は、そのまま電車に乗って自宅に帰った。お互い相手が隣人でなければ新宿で遊んだりお茶したりするつもりだったのだが、何せ見知った隣人。何度も夕飯を一緒に食べた仲だ。

 ちなみに夕飯を一緒に食べたのは貧乏学生同士で食費を折半して安く済ませるためである。お互いの懐事情はよーく熟知していた。

 昨日の2人の夕飯はもやしとちくわのカレー炒め、青春の味のびんぼー飯である。

 

 そして一緒に電車に乗って帰る間中、鈴夏はずっとニコニコして虎太郎のそばにぴったりくっついていた。

 なんなら歩くときは横に並ぼうとするし、腕を組みたがってそわそわしていた。

 

『師匠は恋人の別名じゃないんですけどねぇ?』とカメラの向こうでメイド妖精が不機嫌そうに吐き捨てていたものである。

 

 そして虎太郎はといえば、直感で鈴夏の危険性を悟っていた。

 まあ巨乳で窒息させられかけたら誰でもこの女はヤベーと悟って当たり前だが。

 いや、別に虎太郎とて鈴夏のことが嫌いになったわけではないのだ。

 ほんわかして優しそうだし、良い匂いがするし、おっぱい大きいし。

 正直昨日までは隣の優しいお姉さんとして憧れていた。

 

 ただちょっと蓋を開けたら人の話を聞かない暴走機関車だっただけで。

 致命的だな?

 

 

(まあ、この手の人の相手は慣れてるけどね)

 

 

 虎太郎は既にこの手のヤバい女の具体例を知っていた。

 そう、tako姉である。虎太郎の危険センサーは、鈴夏をtakoと同じ枠にカテゴライズしたのだ。

 およそ人類としてトップクラスの危険度であろう。

 

 他人の話を聞くつもりがなく、そのくせ自分のしたいことには妙に知恵が回り、感情の赴くままに他人を溺愛する一種のモンスターである。種族:地雷お姉ちゃん。

 

 

 さて、そこにきて鈴夏からのうちに上がって行きませんか発言である。

 もじもじと頬を赤らめ、ちらちらと虎太郎を横目で見ながら言ってくる素振りだけは可愛らしいのだが、どこからどう見ても危険度MAXとしか言いようがないシチュエーション。

 誘いに乗って家に入ったが最後、もう逃がさないぞって感じをぷんぷんと漂わせていた。

 

 しかし虎太郎はtako姉に愛されることにかけては世界でもトップクラスの実力者。この状況でもまだ余裕があった。

 tako姉に比べれば鈴夏などまだ可愛いものだ。主に腕力面と狂気面で。

 

 熟練の地雷姉テイマーの虎太郎は、当然こういう人物との付き合い方をマスターしていた。

 ほら、虎太郎君が早速実践しますよ。

 

 

「うん。じゃあ寄らせてもらいますね」

 

「やったあ!」

 

 

 完・全・服・従!

 お姉ちゃんが言い出すことは何でも笑顔でうんうんと聞いて機嫌とっとけという、tako姉との交流から得た知恵であった。

 大丈夫ですかね、食われますよアンタ。

 

 

『がるるるるるるる』

 

 

 ほら、ディミちゃんが街頭の監視カメラの向こうで不機嫌そうに缶入り電子ポテチをばりばりやけ食いしている。

 これが夜なら停電でも起こして邪魔してやるところだが、あいにくと昼間なので何もできず、監視カメラ越しに様子を見ることしかできない。

 

 

「どうぞどうぞ、狭苦しい部屋で恐縮ですが」

 

「先輩の部屋、僕と同じ間取りなんですけど……」

 

 

 そんなことを言われながら中に通された虎太郎は、ちゃぶ台に置かれている座布団に座った。

 

 ちりりんと夏の風が風鈴を鳴らす。

 効きの悪くなったエアコンしかないボロアパートに、少しだけ清涼な雰囲気が漂った。

 こういうのを飾るところはやっぱり女性らしさがあって好きだな、と虎太郎は思う。根がガサツな自分にはできない心配りだ。アバターでは女の子を演じていても、育ちまでは変えられない。

 

 

 そうして虎太郎がくつろいでいるのを横目で見ながら、鈴夏は狭いキッチンの冷蔵庫から麦茶のポットを取り出す。

 ポットからグラスにとくとくと音を立てながら、麦茶が注がれていった。

 そしておもむろに白い粉を取り出し、麦茶に入れる。

 

 サーーーッ!!

 

 

「お待たせしました! 麦茶しかないけど、いいですか?」

 

「『今何入れたの!?』」

 

 

 虎太郎とカメラの向こうのディミがハモりながらツッコんだ。

 

 鈴夏は不思議そうに小首を傾げながら、虎太郎の前に麦茶を置く。

 

 

「普通のお砂糖ですけど?」

 

「あ、なーんだ。砂糖かぁ」

 

「ええ、うちの実家はそうやって飲んでたもので。やっぱり麦茶にはお砂糖入れないと物足りませんよね」

 

「鈴夏先輩の家は入れるんですね。僕の家はやらなかったけど、地元に昔から住んでる人たちはやってたっけ」

 

『……砂糖!? 麦茶に砂糖!?』

 

 

 アハハウフフと笑い合う2人をよそに、ディミは未知の食文化に戦慄した。

 田舎だと麦茶に砂糖を入れる地域もあったりするが、都会っ子AIのディミには見慣れない文化だったようだ。

 

 

「それにしても、師匠は目ざといですね。私がお砂糖入れるの見てたんですか?」

 

「ううん、そういうわけじゃないんですけど、なんかサーッって耳慣れない音がしたから」

 

「そうなんですか。やっぱり師匠は勘が鋭いんですね。さすがです」

 

 

 鈴夏はパチパチと小さく手を叩き、ニコニコ笑顔で虎太郎をほめちぎる。

 そんな賛辞を、虎太郎はもじもじと腰をゆすりながら居心地悪そうに聞いた。

 

 

「あの、鈴夏先輩。その……僕に対して敬語を使うの、やめません?」

 

「どうしてですか? 私は弟子なんですから、師匠に礼儀を尽くすのは当然ですよ」

 

 

 きょとんと小首を傾げる鈴夏に、虎太郎は困惑した表情を浮かべる。

 

 

「いや……弟子だ師匠だって、そんなのゲームの中の話ですよね。リアルだと先輩後輩の関係なわけで、むしろ僕が敬語を使うべきだと思うんですが」

 

「? リアルで1学年上なのって、そんな偉いかなぁ……? そんなの1年先に入学したら誰でも自動的になるんだし、ことさらに敬語を使われるような関係でもないと思いますよ」

 

「……いや、まあ言われてみればその通りなんですけど」

 

「そんなのより私を弟子にとって技術や考え方を手取り足取り教えてくれて、高価な機体もオーダーメイドで用意してくれた師匠の方がずっと偉いです! ここは先輩後輩より師弟関係を優先するべきかと!」

 

「ええ……?」

 

 

 虎太郎は理解不能なことを言われて眉を寄せた。

 しかし、鈴夏はこれで至極もっともな正論を言っているつもりなのだ。

 

 何故なら、鈴夏にとって『七翼のシュバリエ』は遊び(ゲーム)ではない。

 父親の命がかかった戦いの場なのだ。

 そして、鈴夏は『七翼のシュバリエ』が企業間の経済戦争の盤面(ボード)であることを【アスクレピオス】での生活を通じて知っている。ここでの勝敗は7G通信を利用できるシェアに直結しているし、勝ち点を重ねることで破格の“景品”を得られるのだ。だからどの企業も躍起になってこのゲームに参画し、日々熾烈な戦いを繰り広げている。それはプレイヤーなら誰でも知っているべき常識だ。

 

 だから就職したらあっさり逆転する可能性すらある学校での先輩後輩の序列なんかよりも、現時点で実際に社会や生活に影響を与えるゲーム内の師弟関係の方が、鈴夏にとってはよっぽど重要だといえる。

 

 だが、虎太郎はそんな事情をまったく知らない。

 つい数か月前までネット文化が封鎖された“特区”にいたうえに、大学でもぼっち、ゲーム内でもぼっち。ネットにロクに触れてこなかったので、掲示板から情報を得るという習慣もない。

 そんな虎太郎だから、当然プレイヤーなら誰でも知っているはずの大前提をこれっぽっちも理解していない。

 このリアルとネットが融合しつつある新時代にも関わらず、未だにリアルとネットを切り離した世界観に生きている、前時代的な価値観を持った絶滅危惧種なのである。

 

 前提となる情報が食い違っているから、虎太郎は鈴夏の言っていることを正確に理解できていない。

 

 

(ゲーム内の師弟関係をこんなに重視するなんて。鈴夏先輩って、実はゲームが大好きだったんだなあ)

 

 

 そう思って、虎太郎はにこっと微笑んだ。

 虎太郎はゲーム大好きっ子である。まともにやったことがあるゲームなんて『創世(前作)』と『七翼』くらいのものだが、そこには鬱屈した現実とはくらべものにならないほどの楽しさが詰まっていた。虎太郎にとって、ゲームとは現実の辛さを忘れさせてくれる魅力にあふれた別世界なのだ。

 自分と同じようにゲームを愛している鈴夏に仲間意識を感じて、思わず笑顔がこぼれた。

 虎太郎の笑顔を見た鈴夏は、意味もわからずえへへと笑い返している。

 

 

「いいよ、わかった。鈴夏先輩がそこまで言うのなら、僕も先輩の言うことを尊重して、タメ口で話します」

 

 

 だが、虎太郎の言葉を聞いた鈴夏は、それじゃ足らないとばかりに首を振る。

 

 

「師匠、それじゃ中途半端ですよ。もっと馴れ馴れしくお願いします」

 

「えっ、慣れ慣れしく……って」

 

「もっとスノウちゃんらしく! メスガキっぽく生意気に、年上の威厳などまったく眼中にない感じに振る舞ってください!」

 

「はー!? メスガキじゃないが!?」

 

 

 思わずツッコんだ虎太郎の言葉に、鈴夏は顔を輝かせる。

 

 

「あ、いいですね! メスガキっぽいです、そんな感じでいきましょう!」

 

「メスガキっぽく言ったわけじゃないんですけどねぇ!?」

 

 

 なお、このやりとりを聞いていたディミちゃんはバンバンと机を叩いて笑い転げている。

 やっと笑顔になれたね!

 

 

「あと、私のことを先輩って呼ぶのもやめましょう! 『鈴夏』って呼び捨てにしてください!」

 

『あ゛?』

 

 

 何てことだ! さっきまで笑っていたディミちゃんの額に一瞬で青筋が!

 

 

「ええ……? 先輩を呼び捨てにするのはさすがにちょっと……」

 

「鈴夏って呼ぶの嫌ですか?」

 

 

 しゅんとする鈴夏の姿に、虎太郎はあわあわと手を振る。

 

 

「いえ、別に先輩の名前が嫌いとかそんなことは! でも、ちょっと不躾すぎるんじゃないかなって。学校での先輩の知り合いに見られたら厄介そうですし」

 

「ああ……確かに、それはそうですね。わかりました」

 

 

 虎太郎の意を汲んで、鈴夏は頷く。

 

 

「じゃあ『おい!』とか『お前!』とか『お茶!』とかでもいいですよ」

 

「昭和の頑固親父かよ!? いや、まあウチの父親もそんな感じの傍若無人なふるまいをしてたけども!」

 

 

 “特区”ではどういうわけか、妻子に横暴なふるまいをする男が多いのだ。文明水準を20世紀後半に固定したからといって、父親像まで昔に戻さなくてもよかっただろうに。もっとも、旧態依然とした社会に幻想を抱いて引っ越しを決めるような人間だからこそ、そんな古い父親像に憧れるのかもしれないが。

 

 虎太郎のツッコミを聞いた鈴夏は、きらきらと瞳を輝かせた。

 

 

「あ、先輩のところのお父さんもそんな感じなんですか? ウチの親もそうだったんですよ。なんだか似てますね私たち」

 

「……マジか、外の世界にもあんな親がいるのか……」

 

 

 虎太郎はうんざりと呟く。自由を求めて外へと飛び出したはいいが、傍若無人な父親というのは割と現代にもうようよしているものらしい。

 そう口にしてから、虎太郎は俄かに顔を曇らせた。

 思い出してしまった。

 

 そういえば、以前ジョンの父親に対して暴言を吐いて煽った気がする。

 どんなことを言ったのか覚えてないが、それでジョンはかなり怒ったはずだ。

 

 

「あー……」

 

 

 めちゃめちゃ居心地悪そうに、虎太郎はそわそわした。

 基本ゲームとリアルを切り離して考えているから、スノウはゲーム内でめちゃめちゃな悪行をするし、罵詈雑言を平気で言い放つ。いくら他人を煽ったところで、それは所詮ゲームだけのつながりの相手であり、回線を切ればそれまでだ。いわば旅の恥は掻き捨てという感覚に近い。

 

 だが、それがリアルでの友人でもあり、さらには師弟という身内ともなれば話は違う。基本煽りは脊髄反射でやっているので何を言ったかなんて次の瞬間には脳から揮発しているが、あれは結構なクリティカルヒットだった気がする。ということは、かなり根深く遺恨が残りかねない悪口だったわけで。

 

 謝った方がいいのは確かなのだが、わざわざ自分からそれをほじくり返すのもどうか。虎太郎は居ても立ってもいられない座りの悪さを感じた。

 

 そんな虎太郎を鈴夏は不思議そうに見ていたが、やがて合点がいったとばかりに、ぽんとたわわに膨らんだ胸の前で手を打ち鳴らした。

 

 

「ああ、もしかして私のお父さんのことを気にしてます? 前に師匠が私のお父さんの命の価値は5000円以下って言ったこととか」

 

「あ、ああ、うん」

 

『うわぁ、改めて聞くと本当に最低ですね騎士様!』

 

 

 僕そんなこと言ったのかと顔を蒼ざめさせながら、ぎこちなく頷く虎太郎。

 しかし鈴夏はあっけらかんと笑い、パタパタと手を振ってみせた。

 

 

「もういいんですよ、あれは。よくよく考えてみたら、うちのお父さんって確かにクソ親父でしたから!」

 

「『ええ……?』」

 

 

 あまりといえばあまりの発言に、逆に虎太郎とディミがドン引きした。

 

 

「だって聞いてくださいよ、師匠。うちのお父さん、まだ子供だった私を容赦なくしごいて、自分の拳法家としての理想像を押し付けてきたし。それに私が【アスクレピオス】に入るはめになったのも、お父さんがロクに貯蓄もせずに自分の夢だけ追い求めた末に、変な病気で倒れたせいなんですよ」

 

「えっ……どういうこと?」

 

 

 そして鈴夏は自分の身の上話をざっくりと語る。

 子供の頃から修行漬けの虐待同然の日々を過ごしたこと、父親が病気で倒れたこと、道場を守るために単身上京して【アスクレピオス】のために戦うはめになったこと、何もかもうまくいかずに困り果てていたこと。

 

 考えてみればまだ弟子入りしてわずか3日しか経っていないのに随分と身の上を話しすぎているようにも思うが、鈴夏の中では既に虎太郎は敬愛すべき師匠であり、世界で一番信頼できる人間という扱いになっていた。

 

 学校に腹を割って話せる仲の親友でもいればまだしも、鈴夏はぼっちである。単身上京してきたから、地元での友達の縁も切れている。スカウトマンはあの始末だし、鈴夏には相談できる相手なんて誰もいなかった。

 

 そこにのこのこ現れたのが、隣の部屋に住む合法ショタっ子だ。可愛くて素直で優しくて真面目そうでそれだけでも鈴夏的には満点なのに、なんと師匠になってあれこれ世話を焼いてくれるという頼り甲斐抜群の夢の物件なのである。

 都会のただ中で心細さに震えていた鈴夏は、全力で飛びついた。

 

 ぶっちゃけて言うと、心の中の天秤は既に『師匠>>>お父さん』で傾いている。現金な話ではあるが、いつも厳しくされた思い出しかない師匠(お父さん)よりも、いくらでも褒めてくれる師匠(ショタ)の方がずっと嬉しい。

 愛でてよし、愛でられてよし、いっぱいよしよししてくれる夢の師匠に、鈴夏はすっかり夢中なのだった。

 

 そんなわけで鈴夏は何ひとつ包み隠さず、自分の身の上をぶちまけたのだ。

 

 

「なるほど……そんな事情が」

 

 

 鈴夏の話を聞き終えた虎太郎は、腕を組んで深く考え込んだ。

 

 

「で? その事情って、ボクに関係ある? ゲームにくだらない現実を持ち込むなって言っただろ」

 

 

 ……なーんて、スノウが赤の他人からそんな相談をされたらすげなく返すだろう。

 だがここは現実だし、相談してきた相手はもう身内になったジョンである。

 

 虎太郎は身内になった人間には親身に接するタイプなのだ。元からリアルの虎太郎は親切な性分だし、一度身内になった人間を見捨てないというのは【シャングリラ】の精神でもある。

 

 【アスクレピオス】のために働かないと、鈴夏の父親の命が危ないというのはまったくピンときていないが。ゲームでの成績が欲しいから病人の命を人質に取ってブラック労働で無理やりゲームさせるNGOとか、現実にいるのか? ホビー漫画に出てくる悪の組織かよ! とツッコミたくなる。

 鈴夏には悪いが、真面目くさった顔でそんなことを言われて噴き出しそうになった。本人は完全にそう信じ込んでいるようだし、必死にこらえたが。

 

 

(いくらなんでもそこは話を盛っているとしか思えないけど……。でも、鈴夏先輩がそいつらに脅されて【アスクレピオス】で酷い目に遭ってるってのはホントのことみたいだし)

 

 

 とにかくとっとと戦場で活躍するなり、上納金を支払うなりしないと、鈴夏の身が危うい。物納なんて言われて、せっかくバーニーにオーダーメイドで作ってもらった番竜を持っていかれるなんて展開になっても面白くないし。

 

 

「わかった」

 

 

 虎太郎は頷くと、腕組みを解いて人差し指を立てる。

 

 

「そういう事情なら、とっととひと稼ぎして上納金を払っちゃおう。ある程度の手ほどきをしたら、早速2人で傭兵働きをしにいくよ」

 

「……師匠もついてきてくださるんですか?」

 

 

 驚いたような顔で口にする鈴夏に、虎太郎はスノウそっくりの意地の悪そうな笑顔を浮かべた。

 

 

「当たり前だろ? キミにはボクの助手をしてもらうって言ったはずだよ。たっぷりとこき使ってやるから、覚悟しろよ。その代わり、ボクにちゃんとついてこれたらたっぷり分け前をあげる。その分け前で、【アスクレピオス】を見返してやるといい」

 

「…………!!」

 

 

 鈴夏の顔がぱああああああっと綻んだ。曇り空の切れ目から光が差し込んだかのように、劇的に表情の明度が変化していく。

 

 そしてちゃぶ台を素早く回り込んで、虎太郎に向かって勢いよく抱き着いた。

 

 

「師匠、優しいーーーーーっ♥♥ 私のこと、ちゃんと助けてくれるんですね♥♥」

 

「ち、ちょっと待って! 嬉しいからって胸で呼吸塞ぐのはやめて! お巡りさんが止めなかったらさっき死んでたから!!」

 

 

 力任せに巨乳に顔を埋めさせられる前に、虎太郎は必死に手を突っ張って抵抗を試みた。確かに柔らかいもので顔を塞がれるのは素晴らしい感触ではあるけども。だからってそれで窒息して死にたくはない。

 

 鈴夏は一瞬不満そうな顔をしたが、すぐにご機嫌な笑顔になってすりすりと虎太郎のおでこに頬ずりを始めた。

 

 

「はーい♥♥ あ、あとお願いがあるんですけど、さっきみたいに意地悪な感じで『たっぷりとコキ使ってやるから、覚悟しろ』って言ってくれませんか?」

 

「……なんで?」

 

 

 全力で愛でられながら、虎太郎は怪訝な顔をする。

 

 

「今のキュンッときたので。大丈夫です、変なことには使いませんから。録音して1日10回ほど聞くだけですから。あ、このアパート壁薄いので一緒に変な声聞こえるかもしれませんけど、気にしないでくださいね♥♥♥♥」

 

「……いや……なんか、嫌な予感がするのでちょっとそれは……」

 

「えー、いいじゃないですか~♥♥ 減るものじゃなし~♥♥」

 

「僕の尊厳が減らされそうな気がするんだけど……!? やっぱ離して!!」

 

「あっ! 待ってくださいよ~、師匠~♥♥」

 

「また夜に一緒に訓練してあげるから! ついてくるなーーっ!!」

 

 

 さすがに身の危険を感じた虎太郎は鈴夏の抱擁を振り払い、慌てて彼女の部屋を飛び出していく。

 虎太郎をもう一度腕の中に取り戻そうとする鈴夏が、甘い声を上げながらその後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

『ああああーーーーー!! もうっ! こんなの見るんじゃなかった!!』

 

 

 一部始終を見ていたディミは、ころんとプライベートスペースにひっくり返った。

 赤い缶の中に残っていた電子ポテチをざらーっと口の中に全部放り込み、不機嫌そうにバリボリと噛み砕く。

 今日はお小遣いをはたいてヤケ食いタイムに突入だった。

 

 

『豪遊してやるーーーー!!』

 

 

 

 ……現代社会において、カメラはどこにでもある。街中にも、駅にも、電車内にも、それこそ個人の家の中にでも。

 AIがその気になれば、覗き見できない場所など存在しない。

 

 ディミに与えられているクリアランス・ホワイト(二位管理者権限)は、そうした行為を可能とする。

 それは一介のサポートAIが持つにしては、あまりにも過ぎた権限だろう。

 

 

 ぷりぷりと怒りながら、買いだめしておいたAI用の電子スイーツを手あたり次第貪るディミ。

 怒りのままに電子プリンを頬張る彼女は、随分と人間らしくなったものだ。

 

 人間性とは“罪業(カルマ)”である。

 今ディミが抱いている“嫉妬(エンヴィー)”もその“罪業”のひとつであることに、彼女は気付いているだろうか。

 “罪業”は決して人間と、かつて人間であったAIだけのものではない。

 

 

 “罪業”を学んだAIたちが、姿を現わす。

 新たなるシーズン(時代)の開幕は近い。

 



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第119話 その手の温もりをまだ信じている

今回は過去編になります。


「勉強しろ、怠けるな、落ちこぼれるな」

 

 

 それが大国虎太郎の父親の口癖だった。

 とにかく人と比べて劣等感が強く、他人と比べて劣っていると自覚させられることが我慢できない。かつては将来を嘱望されたエリート官僚であり、決して能力で他人に劣っていたわけではなかったのだが。

 2022年に発生した“ジャバウォック事件”と呼ばれるサイバーテロ事件でのあおりを受けて将来を閉ざされた彼は、デジタル文化に深い憎悪を抱くようになった。“ジャバウォック”さえいなければ、ネットなんてものが存在しなければ、自分は輝かしいエリートの地位を追われることはなかった。

 

 そんな彼が、急激に高まっていく反ネット運動に加担するのは当然の流れだったのかもしれない。中央を離れた彼は、妻と幼い息子を連れて“特区”行政府の官僚となり、そこで出世した。やはり能力がないわけではなかったのだ。

 しかし、エリート街道を逐われたという耐え難い屈辱は、彼の精神を決定的に歪めてしまっていた。

 

 彼は息子が落ちこぼれることに強い恐怖を抱き、幼少の頃から英才教育を叩き込んだ。息子が遊んでいると烈火の如く怒り、怠けると他人に置いて行かれる、決して落伍するなと口うるさく吹き込み続けた。

 

 そんな父親の教育を受けた虎太郎は、とても真面目で潔癖な男の子に育った。

 他人を管理する側に立たなければ落ちこぼれだという父の意見を受けて、委員会活動も中高ともに指導委員に入った。

 これはいわゆる風紀委員のようなものだが、校則を守らせるのではなく生徒が“特区”の思想を遵守しているかを監視する。口さがない子供は、陰で思想警察だのゲシュタポだのと呼んでいた。

 

 

 虎太郎が高1のときの、ある日の夜。

 

 

「最近帰りが遅いようだな。どこかで遊び歩いているのか?」

 

 

 夜9時に帰宅した虎太郎に、父は猜疑心に満ちた視線を向けた。

 いつもは帰りが遅い父に見咎められ、虎太郎は一瞬顔を歪める。

 

 

「前に言ったとは思いますが、友達の家の道場に通っているんです」

 

「どこの道場だ」

 

「稲葉道場です」

 

 

 嘘はついていない。

 実際虎太郎はこの日、稲葉道場に行っていた。

 より正確に言えば、稲葉道場が併設されている稲葉恭吾(バーニー)の家に行っていたのだが。

 

 【シャングリラ】のメンバーとなってから、虎太郎はちょくちょくバーニーの道場に入門して稽古をつけてもらっていた。ウチで技を身に着けたら、きっとゲームの中でも役立つぜとバーニーが勧誘してきたからである。

 それまで割ともやしっ子だった虎太郎だが、バーニーの教え方がいいのか格闘技は結構面白かった。何よりゲームの中で役立つというのがいい。

 それに、稽古の後はバーニーの家でマンガやアニメを見せてもらえるのだ。バーニーは密かに膨大な数のコレクションを持っていて、娯楽に飢えた虎太郎にとってはたまらないご褒美だった。

 

 鍛えた分だけゲームの中でも強くなり、ご褒美に娯楽も待っている。

 これが楽しくないわけがない。好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、虎太郎はわずかな期間でめきめきと力を付けている。教える側の才能と、教わる側の容量の良さ、そして何より楽しさという要素が奇跡の噛み合い方を見せていた。

 だが、他人がうまくいっているときに水を差したがる人間というのはどこにでもいるのだ。場合によっては家族の中にすら。

 

 

「ああ、稲葉流か……。要人SPの必修だとかいう」

 

「はい。その稲葉流です」

 

「本格的すぎないか? 体を動かすならもっと軽いものでいいだろう」

 

「…………」

 

 

 反射的に他人を否定するところから入るのが、この男の癖だった。

 だが、一度口にしてから思い直したらしい。

 

 

「まあ、いい。指導委員ともなれば不良に体罰を与えることもあるだろうしな。お前も少しは心得があっても悪くないだろう」

 

「はい」

 

「だが、それで成績を落とすなんてことは絶対に許さんぞ。いいな。スポーツを始めたからといって、決して勉強をおろそかにするな。他人から落伍するな。人並みの人生というのは、他人から落ちこぼれていない人生のことを言うのだ」

 

「わかりました」

 

 

 殊勝な顔で虎太郎が頷くのを当然のような顔で見やってから、彼は踵を返して居間へと戻っていく。

 

 

「おい! ビール!」

 

 

 いつものように母に頭ごなしに命令する父の言葉を遠くに聞きながら、虎太郎はふうっと深いため息を吐いた。

 

 

 

==============

==========

======

 

 

 

 翌日。

 【シャングリラ】のロビースペースの片隅で、虎太郎はカリカリとシャーペンを走らせて宿題を片付けていた。

 

 VRゲームを密かに提供する地下ネットカフェだが、ロビーは意外と静かなものだ。VRポッドは密閉性が高いので音が外に漏れないし、このロビーも結構広いうえに明るくて居心地がいい。

 さらにドリンクバーや軽食も用意されていて、小腹が空いたらいつでもつまめる。とどめにオーナーのtakoの好意で、中高生のメンバーは飲食代がタダである。

 

 勉強をするにはいたれりつくせりの環境で、実際学生のメンバーの中にはここを自習スペースにしている者も少なくなかった。わからないところが出てきたらそのへんの年長者に聞けば、機嫌がよければ教えてくれるし。

 

 

「やあ。やってるね」

 

 

 虎太郎が座っているテーブルの向かいに誰かが腰かけたのを見て、虎太郎は視線を上げる。

 

 

「あっ……クランリーダー! こんにちわ!」

 

 

 慌てて立ち上がって会釈しようとするのを、教授は笑顔で制した。

 

 

「ああ、いいよいいよ。そのまま続けてくれ。別に邪魔をしたかったわけじゃないんだ」

 

「あ……はい」

 

 

 そう返しながら、虎太郎はそわそわした。

 クランで一番偉い人に声をかけられて、何事もなかったように勉強に集中できるほど虎太郎の胆は据わっていない。

 むしろ虎太郎の方こそ、クランリーダーと話すなんていう滅多にない機会が急に舞い降りてドキドキしていた。

 クランに加入して1カ月程度の自分みたいな新人にとっては、雲の上の人だ。そんな人が話しかけてきてくれるなんて、どういう用事なんだろう。

 

 教授は緊張している虎太郎を温和な瞳で見つめて、にっこりと笑う。

 歳の頃は60歳前後。人が良さそうなふっくらとした顔立ちだが、何より瞳に宿る知的な光の印象が強い。それでいて、なんだかそばにいると不思議と安心感を覚える雰囲気をまとっていた。

 

 

「入ったばかりでハルパー君にケンカを売った子がいると聞いてね。さて、どんなはねっ返りの新人が入って来たのかなと思ったが……」

 

「あ、はい……」

 

 

 虎太郎は頬を赤くして顔を俯けた。

 そんな少年を見て、教授はふふっと笑う。

 

 

「予想に反して頑張り屋さんのようだ。ちょっと驚いたな」

 

「いえ……そんな大したものでは」

 

「謙遜することはないよ。自分の努力は素直に認めてあげなさい。うちのトップ7の子たちから……とりわけtako君から集中的にしごかれて、それでも食らいついていってるっていうのは本当に大したものだと思うよ」

 

 

 教授が自分のことを前もって知っていたことに、虎太郎は目をしばたたかせた。自分のような新人なんて、何の興味も持たれていないだろうと思っていたのに。

 教授は穏やかな瞳で虎太郎を見つめている。

 

 

「反骨精神は人間の心の成長に欠かせないものだが、実際に行動に移すにはたくさんの心の力が必要だ。だから負けないぞという気持ちで成長している自分を、いっぱい褒めてあげなさい。褒めるということは、肯定するということだ。これは結構難しいもので、人間は無駄に偉くなるほど素直に肯定することができなくなる。でも、それは他人や自分の心を育てるうえで欠かせない栄養なんだよ」

 

 

 だから、と教授は穏やかな笑みを浮かべながら続ける。

 

 

「頑張ったら、まずは自分を褒めてあげるといいよ。自分というのは、世界で一番近しい友達だ。そうして自分を褒めて育てることが、いつか君の自信となり、本当の力になってくれるからね」

 

「……はい」

 

 

 これまで言われたこともないことを言われて、虎太郎はどぎまぎした。

 虎太郎は自分に自信を持てないタイプだ。父の教育方針が彼をそう育てた。

 それが、この人は自分を褒めて育てろ、自信をつけろという。

 

 その言葉は終始穏やかで、ゆっくりと心に染み入ってくるようだった。

 

 

「何でこんなことを急に言うのかびっくりしたかな?」

 

「あ、ええと……」

 

 

 虎太郎が言葉を探してどぎまぎしていると、教授はにっこりと笑った。

 

 

「これはエールだよ。私はこのクランに入って来た子には、何かひとつ応援の言葉を贈ることにしていてね。せっかくクランに来てくれたんだ、口も利かず言葉も交わさず、ただVRポッドに横たわってゲームするだけの関係じゃ寂しいだろう? まあ、今のご時世そっちの方がいいって人も多いけど……」

 

「…………」

 

「私も古い人間だからね。コミュニケーションの力ってやつを信じてるんだ。そんな時代遅れの老骨からの、ささやかな贈り物だよ」

 

「そんな、時代遅れだなんて」

 

 

 教授の自嘲を否定しながら、虎太郎はその言葉の意味を噛みしめた。

 つまり教授は、クランメンバーひとりひとりのことをよく知ったうえで、どういうエールを送ればいいのか考えているということ。

 どんな悩みを、コンプレックスを抱いているのかを知ったうえで、それに抗うための助言を嫌味にならないようにかけて回る。クランメンバーは100人を超えているというのに。

 それはどれだけ大変なことなのか、虎太郎には想像もつかなかった。

 

 

「……教授は」

 

「うん?」

 

 

 つい漏れ出た言葉。

 虎太郎自身、何を訊こうと思って言ったわけでもない。

 穏やかな笑みを浮かべながら、教授は急かすでもなく静かに虎太郎の次の言葉を待った。

 自分は何を訊きたいのか虎太郎は考えて、それから質問を決めた。

 

 

「教授はどうして僕みたいなやつのこと知ってるんですか」

 

「いやいや、キミは有名人だよ? ハルパー君にいつか追い抜いてやるなんて面と向かって言い放つ子はあんまりいないよ。tako君のシゴキに耐え抜く子もね。ただまあ……訊きたいのはそういうことではないか」

 

 

 教授は手にしたカップの中身を啜り、喉を潤す。

 

 

「どうしてみんなのことを知ってるのか、という話だろう? 私は割と留守にしがちで、みんなとあまり交流もしてないからね。無論、tako君や娘から人となりを聞いたんだよ」

 

「娘……エコーですか」

 

「そうだね。tako君は本当にみんなのことが大好きだから、ひとりひとりをよく見ている。エコーも話好きだしね。みんなからの情報を集めてプロファイリングすれば、どんな悩みを持っているのかはわかる。……私だって無駄に歳を食っているわけじゃないからね。助言の引き出しのひとつやふたつは持っているんだよ」

 

 

 そう言って、教授はカップを飲み干した。

 

 

「ま、私も他人に説教できるほど偉い人間ってわけじゃないが。無駄に馬齢を重ねてしまったんだ、せめて少しくらいは若人の力になれたらいいよね」

 

 

 そんな苦笑を浮かべる教授から、何とも言えない安心感を感じて。

 虎太郎はなんだか、この老人のことが好きになってしまった。

 

 あまりクランに顔を出さないけど、教授はみんなから父親のように慕われている。祖父のように、ではない。父親だ。

 クランという言葉が血縁による【氏族】に由来するのであれば、その長である教授はみんなの父親に他ならない。

 ハルパーやエッジみたいなひねくれ者でも、教授を悪し様に言う者はひとりもいない。その理由が、虎太郎にもわかった気がした。

 

 

 この老人が悩みに的確な助言を与えてくれるというのなら……訊いてみたいことがある。

 だが、言葉を交わしてあまりにも日が浅い。ほぼ見知らぬ他人同然の人物に、自分の抱える悩みをぶつけて重いと思われやしないか。

 

 虎太郎が言おうか言うまいか悩んでいると、教授は白いものが混じったグレーの眉を上げた。

 

 

「何か悩みがあるのかな」

 

「……何でわかるんです?」

 

「実は私は超能力者で、他人が何を考えてるのかわかるんだ」

 

 

 そう真面目な顔で言ってから、教授はなんてなとおどけた。

 

 

「まあ、それは冗談だが。昔取った杵柄で、ちょっと他人の心理には詳しいけどね。キミみたいな若者が真剣な顔してたら、悩みがあるんですと言ってるのと同じだよ。……いいよ、話してごらん。おじいさんが何でも答えてあげよう」

 

「はい……あの」

 

 

 虎太郎はうまく説明できるか不安になりながら、言葉を探した。

 

 

「他人から落ちこぼれないことって、そんなに大事なことですか」

 

「ふむ?」

 

「父さんが、いつも言うんです。他人から落ちこぼれるな。他人と違うことをするな。他人がやっているのと同じことを、他人よりうまくやることだけ考えろ。そうじゃないと失敗するぞ、誰からも見捨てられて、負け犬の人生になるぞって」

 

「……ほう」

 

「だからずっと、他人からはぐれないようにしてきました。だけど、最近わからなくて。他人と同じって、普通ってどういうことなんでしょうか。小中学生のときにはなんとなく見えてた『普通』が、わからなくなってきたんです」

 

「なるほど。まあ、高校生にもなると人間性も多様化するからね。普通という言葉の定義が見えなくなってきたわけか」

 

「……はい。僕、どうしたらいいんでしょうか」

 

「そうだなあ……」

 

 

 教授は空っぽになったカップを手の中で弄びながら、虚空を見上げる。

 

 

「僕はキミの人生に責任を持てないし、ご家族にはご家族の教育方針があるからね。だからこれはあくまで僕個人の意見として聞いてもらいたいのだが」

 

「はい」

 

 

 虎太郎は姿勢を糺して、教授の次の言葉を待った。

 

 

「『普通』の人生って生きててもあんまり面白くないぞ?」

 

「はあ……」

 

 

 意外なことを言われて、虎太郎は目をぱちくりさせる。

 

 

「人生って面白いとかつまらないとかそういう基準で語ることなんでしょうか?」

 

「そりゃそうだよ。人生ってのは面白いに越したことはない」

 

「でも、父さんは人間は仕事をするために生きてるんだ、それ以外は余分だって」

 

「キミのお父さんは工場部品でも生産してるのかね? 社会の歯車を出荷するのが生きがいなのだとしても、そこにキミが付き合う必要は感じないな」

 

「え……」

 

 

 絶句する虎太郎に、教授は語り掛ける。

 

 

「キミを育てたのは確かにお父さんだろう。だけど、キミの人生はお父さんの人生ではない。だから好きなように生きていいんだよ。自分が面白いと思うことを追求していいんだ。それが社会通念に反することでない限り、誰にもキミを止める権利はない……」

 

 

 そう言ってから、教授は苦笑を浮かべた。

 

 

「いや、“特区”の思想には反しているか。まったく息苦しい土地だね、ここは。子供から娯楽を奪って思想を統制して、意のままになる労働力を生み出す。まさに社会の歯車の生産工場だ」

 

 

 “特区”の指導委員として思想教育を受けてきた虎太郎には、教授の言うことはまるで“特区”が批判する社会悪そのもののように聞こえる。無条件で処罰されるべき対象。警察に通報したら即刻投獄されて当然の批判。

 だけど、今の虎太郎には教授がそんな“悪”には思えなかった。

 

 

「……いいんですか、そんなこと言って。思想違反ですよ」

 

「良いも何も、私はもう60年近く生きてきてるんだよ? 後から出てきた頭のおかしい連中が、やれゲームは頭を腐らせる病巣ですだの、ネットは人間を洗脳する悪魔の発明ですだの、勝手なことを言いだしたのさ。ゲームをプレイしたら頭が悪くなるってんなら、ゲーム好きの私が国立大で教授にまでなれたのは何だって言うんだ? まったく、後から出てきて勝手な妄想を押し付けるんじゃないよ」

 

「………………」

 

 

 言われてみれば当たり前の理屈に、虎太郎は衝撃を受けた。

 【シャングリラ】に加入してから徐々に崩れかけていた、親や教師に植え付けられていた常識に明らかな亀裂が入る。

 

 

「教授って、本当に教授だったんですか」

 

「まあ、“元”だけどね。アーリーリタイアして、今はただの無職さ。研究者を放棄したつもりはないが、もう教鞭を執ることはない」

 

 

 そう言って肩を竦めてから、教授は軽く笑った。

 

 

「だけどね、これは仮にも教育者としてたくさんの人間を見てきた経験から言うんだが……。本当に飛び抜けて優秀な奴ってのは、はみだし者ばかりだよ?」

 

「えっ」

 

「これはマジだ。私が見てきた教え子の中で、本当の意味で優秀な人材っていうのはどいつもこいつも常識からズレていた。もちろんはみ出し者が必ずしも優秀なわけじゃない。だけど、人並み外れて優秀な奴はみんなどこか常人の枠からはみ出しているんだな。だからこそ誰もが目を疑うような成果を挙げる。なかでも私の一番優秀な教え子ときたら、本当に……」

 

 

 教授は一瞬視線を頭上に向けてから、首を横に振った。

 

 

「いや、まああの子のことはいいか。とにかく私が言いたいことは……『はみ出すことを必要以上に恐れるな』ってことさ」

 

「はみ出すことを、恐れない……」

 

 

 オウム返しに呟く虎太郎に、教授は頷く。

 

 

「ああ。もちろん社会の常識は遵守すべきだ。研究のために犯罪なんてもってのほかだよ。だけど、ときには間違ってるのは社会の方なんじゃないかって疑ってみてもいい。何より自分がやりたいことをやれた方が、人生は絶対面白いんだ。勝ち組ってのは、面白く人生を生きれた奴のことだと、私は思うよ」

 

「そういう、ものですか……」

 

「まあ、あくまでも私個人の意見だからね。そういう視点もあるという参考程度に捉えてくれればいいよ」

 

 

 そして、教授はニカッと笑みを見せる。

 

 

「キミにもそういう『優秀なはみだし者』の素質があるかもしれないぞ。なんせハルパー君に堂々とケンカを売れるんだ、なかなかできないことだからね! はっはっは!」

 

「僕も……はみ出し者になれる……?」

 

 

 まじまじと自分の掌を見る虎太郎に、教授は優しい瞳を向けた。

 

 

「どうかな? 少しは悩みは晴れただろうか」

 

「……はい。ありがとうございます!」

 

「そうかそうか。それはよかった。老骨にもできることはあったようだ。……というわけで、キミもはみだし者の第一歩を踏み出してみようじゃないか!」

 

 

 おもむろに教授はリモコンを手に取ると、ロビーの壁一面を埋める大型モニターに映像を映し出した。

 そこに現われるのは、パースがめっためたに崩れまくったアニメーション。低予算と人手不足と迫る納期が奇跡のマリアージュを起こして誕生した、地獄のようなクソアニメだった。

 ああ! パースが狂って異様に長い後部ドアになった自動車が、作画ミスで歩道を爆走している!!

 

 

「え? え? ええ???」

 

 

 ぽかんと口を開ける虎太郎の前で、教授はエキサイトしながら絶叫!

 

 

「これよりクソアニメ十三話連続上映会を決行するッ!!」

 

『こらーーーーーーーっ!!!』

 

 

 当時の新人声優が演じるキャラが何かを口にする前に、エコーがモニターに割り込んできた。真っ白な病室を背景に、パジャマ姿の少女が身を乗り出してくる。

 

 

『せっかくいい話だと思って見ていれば! お父さん、新人の子に手あたり次第クソアニメを勧めるのはダメって言ったでしょ!』

 

「何を言う! クソアニメはいいぞ! 人生の哲学が詰まっている!」

 

『詰まってないよ! あるのは無駄な時間を過ごした徒労感だけだよ! アニメ慣れしてない“特区”の子が、それが普通のアニメだと勘違いしたらどうするの! アニメなんてくだらないって一生見なくなったらお父さんのせいだよ!!』

 

「比較対象を知らずして、どうしてそれが良いものだと理解できようか!? 私は悪しきものと良きもの、その両者をあえて与えたい!」

 

『じゃあ先に良いものだけ見せろよ!? っていうかクソって自分で言ってるし、悪しきものだって認めてんじゃねーか!!』

 

「当たり前だろう、私の審美眼は極めて常識的だよ?」

 

『常識って言葉を辞書で100回引いてよ、このはみだし者ォ!!』

 

 

 親子がぎゃーぎゃーと言い争っていると、ヌッとtakoが姿を現わして教授の腕を万力のような腕力で掴んだ。

 

 

「教授……コタくんの勉強の邪魔をしないでくださいませんかぁ? 宿題が終わったら私がみっちり訓練をつけてあげる約束をしてるんです~」

 

「ひいッ!? tako君!?」

 

「それに、ロビーを変なアニメの上映会で勝手に占拠しないでくださいって、前に何度も何度も何度もお話しましたよね~? 今日もちょ~っと向こうでお話しましょうか~?」

 

「た、助けてくれエコー! ああああああ……」

 

 

 ズルズルとバックヤードに引きずられていく教授を眺めながら、虎太郎はくすっと笑う。

 

 心が随分楽になった気がする。

 長年縛り付けられていた鎖から解放されたかのように。

 

 ありがとう、教授。

 ……僕のもうひとりのお父さんになってくれた人。

 

 

 

=============

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=====

 

 

 

 VRポッドの中で寝落ちしていた虎太郎は、体を起こした。

 寝ズレ防止機能と空調が完備されているVRポッドは、寝落ちしたとしても体は痛くならない。

 むしろ外よりもずっと快適だが、やっぱり睡眠を取るときはベッドで寝た方がいいだろう。

 

 体は痛くないが、なんだか頭痛がする。

 最近ダイブしているとき、頻繁に頭が痛くなるのだ。

 

 ……夢を見ていた気がする。随分懐かしい夢。

 教授と初めて話したときの記憶だ。

 

 

 tako姉は教授がみんなを殺した犯人だって言うけど……。やっぱり虎太郎にはそう思えない。

 あの温和で優しいお父さんが、みんなを殺したなんて絶対に信じられない。

 

 

 ズキッと痛みが頭を走る。そんな虎太郎の弁護を戒めるように。

 ……それでも、虎太郎はその痛みに抗う。

 どれだけtakoが主張しても、虎太郎だけは教授を信じたいと思っている。

 

 

 教授の手で解き放たれた魂の翼。

 自由に、面白く。思うままにはみ出して生きてもいいのだと教えてくれた。

 その解き放ってくれた手の温もりを、虎太郎はまだ信じている。




次回よりゴクドー編になります。
最近まとまった時間が取れていないので、しばらく書き溜め時間をいただければと思います。
よろしくお願いいたします。


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登場人物紹介(119話時点)

休載期間も長い作品なので、ここらで改めて人物紹介します。


【主人公】

 

○スノウライト/大国(おおくに)虎太郎(こたろう)

 

この物語の主人公。

 

ゲーム内では極めてワガママで破天荒に振る舞う、鬼のような腕前を持つプレイヤー。戦い方は極めて悪辣で、他人の武器を奪ったり煽ったりは日常茶飯事。

 

大体の武器を上手に扱えるが、いざというときは環境ギミックに頼りがち。

 

好きなことは、強い相手と戦うことと相手を煽ること。

嫌いなことは、他人の事情に縛られることと見下されること。

 

主なあだ名はSHINE(シャイン)/強盗姫/メスガキ/こそ泥野郎/狂犬

 

愛機の名前はシャイン。

前作『創世のグランファンタズム』で使用していたキャラネームを機体につけたため、前作での関係者からはスノウではなくシャインと呼ばれることが多く、混乱の元になっている。前作ではトラップを多用するシーフキャラだった。

 

 

 

容姿:

13~14歳くらいの、非常に可憐な顔立ちをしたスレンダーな美少女。

天使か妖精が人の形をとって舞い降りたかのような愛くるしさを持つ。

 

髪型は見ようによって紫にも青にも見える、不思議な色合いのロングヘア。

胸は割と控えめ。

 

 

素の見かけは上記のように非常に可愛らしいが、中に虎太郎が入って動かすと、その邪悪な性格と煽り癖によってとても生意気に見える。

一部の人間からは『大人を舐めやがって! わからせてやる!』と強烈な執着を引き寄せてしまうことも。

 

作者の虎太郎はスノウの外見を世界一かわいい力作と思っているが、自分が中に入ったときにどう見えるのか考えていなかった。今もまだ、理解しきれていない。

 

衣装スキンを買うお金がないのでいつもパイロットスーツだが、いずれお金が入ったらいろんな服を着てみたいなあと思っている。

 

愛機の名前は“シャイン”。

白銀色で流線形のボディを持ち、重力制御銀翼“アンチグラビティ”と蜘蛛糸ワイヤー射出アーム“スパイダープレイ”による投げ技が切り札。

 

 

 

※※※

 

 

 

リアルでは都内の私立大学に通う大学一年生。

地方から出て来たばかりで、貧乏な一人暮らし中。

ゲーム内とは打って変わって、なるべく目立たないように暮らしたいと思っている。

初対面の相手には基本的に礼儀正しいが、それは余計な波風を立たせないためである。

 

“特区”という特殊な環境で育ったため、ゲームとリアルを極端に分けて考える傾向が強い。

本来は優しい性格で、決して常識をわきまえていないわけではないが、前作でのクラン【シャングリラ】のメンバーに合わせるために、ゲーム中では傲慢な性格を演じている。

この時代はネットとリアルが既に不可分なほど混じりあった価値観が一般的なので、周囲からはリアルでも傲慢な異常者か分別の付かない子供なのだろうなと思われている。

 

ネット文化に疎く、世間知らずな一面も強い。

 

前作と称される『創世のグランファンタズム』において日本最強と呼ばれたクラン【シャングリラ】トップ7のひとり。

当時のキャラネームであった“シャイン”は今作での機体名として流用。おかげでいろいろややこしいことになっている。

 

 

 

容姿:

地味で目立たない顔立ちに、適当に切りそろえた黒髪。

身長は男性としては低め。

実は顔のパーツ自体は整っているのだが、地味な雰囲気がそれを台無しにしている。

 

 

 

 

【相棒】

 

○ディミ

 

スノウによってチュートリアルから拉致されてしまったサポートAI。

現在はオプションパーツ扱いで同行し、スノウの奇行にツッコミを入れまくる日々を過ごしている。物知りでちょっぴり毒舌。

 

ペット型オプションパーツのメイドタイプに偽装しているので、初対面の相手からサポートAIと見破られることはない。

 

好物はVR極上いちごパフェ。

趣味はネットサーフィン、特に匿名掲示板をオチること。

 

やたら真顔で運営の味方をするときは“運営の手先ちゃん”モードと呼ばれている。

 

 

容姿:

緑色のサイドテールに、古式ゆかしいヴィクトリアンスタイルのメイド服。

理知的で端正な顔立ち。身長は小さいが胸自体は実はそこそこある。

黙っていれば冷たく見えがちな無機質な雰囲気だが、スノウと一緒にいるといつも賑やかにツッコミを入れたり悲鳴を上げていたりと、愛嬌がプラスされている。

笑うとかわいい。パフェを食べさせると幸せそうな顔をする。

 

 

 

 

 

【ヒーロー/ヒロイン】

 

 

○ペンデュラム/天翔院(てんしょういん)天音(あまね)

 

ゲーム内では、大手企業クラン【トリニティ】の美丈夫(イケメン)指揮官。

常に自信たっぷりに振る舞うオレ様キャラ。

戦闘の腕はまあまあだがカリスマ性に優れており、兵士の士気を引き上げるのが非常にうまい。

 

愛機の名前はセンチネル。

真っ赤な騎士甲冑を思わせる厳めしいデザインに、装飾がゴテゴテとくっつけられている。自身が戦うのではなく鼓舞することを優先したスタイル。

装甲特化のタンクタイプ。大楯とランスを装備してのチャージはなかなか強力。

 

本当は自分で戦うより金と政治力で戦う方が得意。

 

 

容姿:

ウェーブがかった黒髪を肩まで伸ばした男性。端正な顔立ちにいつも自信たっぷりの表情を浮かべている。

体格は長身で、筋肉がついて引き締まった頼りがいのある風格。目力が強い。

中の人の好みを反映して、たくましい手の甲や腕に浮かぶ筋肉の影と血管が強調されている。

 

戦場ではパイロットスーツだが、ロビーでは胸元を開けて着崩したスーツで過ごす。

 

 

 

※※※

 

 

 

リアルでは国内有数の巨大資本である五島グループの創設者一族の末裔。

グループの基幹企業である五島重工の後継者の座を、他の候補と争っている。

 

エスカレーター式の名門大学の3年生。

 

少女マンガと乙女ゲームが大好きだが、恋愛経験自体はまだない。

 

 

容姿:

赤みがかった髪を肩までのセミロングにした、清楚な雰囲気の女性。

可憐というよりも綺麗な顔立ちを持つ、聡明そうな美人。

普段はきっちりとしたスーツを好んで着こなし、あまり女性的な服装はしない。これは会社で男性の重役を相手にするときにナメられないため。

胸は普通のサイズだが、プロポーションが整っていて特に脚線美がきれい。

 

家では割と普通にお嬢様的な格好をしている。

 

 

 

 

 

 

○ジョン・ムウ/鈴花(すずはな)鈴夏(すずか)

 

 

ゲーム内では、医療系NGOクラン【アスクレピオス】に所属するルーキー。

真面目でひたむきだが、その性格故にブラック体質な【アスクレピオス】の上官に嫌われていた。

反射神経が非常に鋭く、空間把握能力も高い。今後成長を続ければ、スノウに匹敵するエースになる未来もあるのかもしれない。

特技は中国拳法。

最近スノウに弟子入りした。

 

愛機の名前は番龍(ばんりゅう)

スノウからもらった、中国拳法での格闘戦に特化した機体である。

 

 

容姿:

年齢は12歳ほどで、灰色の髪をボブカットにしている。

幼げだが真面目さが滲み出るような顔立ちの少年。

 

飛行中隊に所属していたときは気弱な雰囲気を浮かべていたが、スノウと戦っている間は内に秘めた意思の強さを感じられるキリッとした瞳になっていた。

 

衣装スキンを買うお金がないので、いつもパイロットスーツ。

 

 

 

※※※

 

 

リアルでは虎太郎と同じ大学に通う貧乏学生。

虎太郎と同じ学部で、現在2年生。

 

中国拳法の道場を経営していた父が突然の病に倒れてしまい、父の入院費を負担してもらうという契約で【アスクレピオス】の兵士として戦うことになった。

 

幼い頃から父に仕込まれて中国拳法(形意拳)の心得があるが、本人は他人と争うのは好きではない。

ゲームにもあまり興味がなかったが、虎太郎との出会いで変化が生じていく。

 

好みの男性像は真面目そうなショタっ子。

アパートの隣の部屋に住む虎太郎が気になっていたが、弟子入りしたスノウの正体が虎太郎であることを知ってものすごく浮かれている。

 

 

小学校の頃から友達に「りんりん」とあだ名を付けられているが、本人はまったく気に入っていない。

 

 

容姿:

栗色の髪を大きなおさげにして前に垂らしている。

いかにも優しそうなお姉さんといった顔立ちの、長身の女性。

普段からトレーナーやセーターといっただぼっとした服装をしているが、幼い頃から鍛えられたその体はしなやかな筋肉がついている。

そのバストは豊満であった。

 

虎太郎と出会った当初は栄養不足と生活への疲れからやつれた雰囲気があったが、スノウとの交流を通じて生来の明るい雰囲気に戻った。

 

年下のかわいい子を抱きしめたり、額を人差し指でつつく癖がある。

 

別にオシャレに興味がないわけではないのだが、なにしろお金がないので普段の服装はトレーナーやジャージで済ませている。

高校時代まで持ってた服は、バストがさらに成長したせいで着れなくなりました。

 

 

 

○アッシュ/芦屋(あしや)香苗(かなえ)

 

大手チンピラプレイヤークラン【氷獄狼(フェンリル)】の元エースプレイヤー。

 

腕は立つものの弱い者いじめが大好きで、晒しスレの常連だった。

ガチャで入手した激レア武器の性能でブイブイ言わせていたが、スノウと出会ってしまったことで、何もかもが崩壊していく。

 

このゲームの立ち回りから武器の入手法、環境ギミックの利用法まで、あらゆる基礎をスノウに教えてくれたディミちゃんを超えるチュートリアルキャラクター。

 

スノウとの幾度もの激戦を経てライバルと認定されるまでに腕を高めたが、【氷獄狼】がカイザーの支配下になったことを機にクランを離れてフリーになった。

近接・遠距離ともに万能だが、狙撃手としても優秀で待ち狩りが得意。

 

スノウライトファンクラブ会員NO.3。

 

愛機は狼とバイクをモチーフにした漆黒の機体“ブラックハウル”。

 

 

前作『創世のグランファンタズム』ではエルフの弓使いキャラを使っていたらしい。

 

 

 

※※※

 

 

リアルでは24歳の美人会社員。まだ若手ながら大変仕事ができ、主任の座と大型プロジェクトのリーダーを務める。

多忙のストレスをガチャにブッ込んで晴らしている。運営からも天井課金することを1アッシュと呼ばれる始末。

大型バイクが好きだが就職を機に手放してしまったので、今はガチャが唯一のストレス発散方法。

最近はニュージェネレーションAIパビリオンという展示会の準備に追われて、ログインする時間を取れていない。

 

家に執事AIがいる。わりと毒舌。

 

出先でヒールの踵が折れたところを虎太郎に助けてもらったことがある。

 

容姿:

いかにも仕事ができそうなオーラを漂わせる長身の美人。

虎太郎と会ったときは栗色に染めた髪を内側にカールさせた髪型で、スーツ姿だった。

胸は豊満。

 

 

 

 

 

○ゴクドー/桜ヶ丘(さくらがおか)詩乃(うたの)

 

【桜庭組(サクラバファミリア)】のクランリーダー。

引きしまった筋肉質の長身にサラシを巻き、着流しの着物を羽織った任侠。

スノウのことをAIだと思っている。

 

桜神(おうじん)流剣術というこの世界の日本で双璧をなす二大武術の使い手。

愛機はサテライトアームによる遠隔二刀流を得意とする鎧具足風の機体“桜華(オウガ)”。

 

 

リアルでは17歳の女子高生にして、桜ヶ丘AI工房のCEO。

AI調律師として高い技量を持っている。

性格は煽りメスガキだが老人には優しく、ボランティア精神も旺盛。

 

容姿:

青みがかった黒髪を腰まで伸ばしたロングヘアの美少女。

オフではよく制服を着ている。名門校のブランド効果で下手な私服を着てるよりもオシャレだと思ってもらえるとのこと。

胸が豊満。

 

 

○バーニー/稲葉(いなば)恭吾(きょうご)

 

前作『創世のグランファンタズム』で虎太郎が所属していたクラン【シャングリラ】に所属していた大親友。

現在は誰も訪れることができないパーツショップ『因幡の白兎(ラッキーラビット)』でメカニックをしている。

 

スノウがいつ訪れてもログインしており、常にお菓子を貪っている。

とても口が悪いが面倒見はよい。

しかしパーツコレクションには血道を挙げており、欲しいものを得るためなら相手を襲って強奪することも辞さない一面もある。

 

どう見てもスノウに欲情しており、幼女化したことをいいことにセクハラの限りを尽くしている。

 

稲葉(いなば)流古武術というこの世界の日本で双璧をなす二大武術の使い手。

 

 

容姿:

ツナギ姿にウサミミ飾りのついたメカニックキャップを被った9歳前後の少女。

髪は赤く、三つ編みにしたおさげを背中に垂らしている。

つるぺた。

 

リアルではモリモリのマッチョだったようだ。

 

 

 

氷獄狼(フェンリル)

 

○血髑髏スカル

 

【氷獄狼】の副クランリーダー。

人格者でもめ事の仲裁が得意。

アッシュとは前作からの付き合いがある兄貴分。

なんか機体や言動や頭部がやたら僧侶モチーフっぽいけどただの一般人です。

前作では殴りプリーストをしていたので、その名残なのかもしれない。

 

変貌したヘドバンマニアを放っておけず、滅びゆく【氷獄狼】に居残った。

愛機は錫杖による近接戦を得意とする“ヘッドバッシャー”。

 

 

○ヘドバンマニア

 

【氷獄狼】のクランリーダー。

温厚な人物で、他の大手クランを追われた素行の問題のあるプレイヤーたちの受け皿として【氷獄狼】を設立した。

 

バランス感覚に優れた人物だったが、ある日を境に突如カイザーを盲目的に信仰する怒りっぽい性格になってしまった。

【氷獄狼】をカイザーに捧げると宣言し、従属クランとしてしまう。

 

 

 

【トリニティ】

 

○メイド隊

 

リアルでもゲーム内でも天音のサポートに勤しむ、働き者のメイドさんたち。

ミーハーな性格で、主人が演じるペンデュラムに萌えまくり。

 

副官1名と参謀2名がいつもきゃいきゃい言っているが、メイド隊のほとんどのメイドは大体似たようなノリである。

戦闘は不得意だが、得意分野に関してはめっぽう有能。

 

 

 

メイドリーダー

黒川(くろかわ)(こずえ)

交渉担当。通称クロ。

企業買収や派閥工作はお手の物。その才覚でここまで天音を守り通してきた。

艶のある黒髪に眼鏡。まじめ。

ゲームはやりません。

 

副官

昼川(ひるかわ)白乃(はくの)

索敵担当。通称シロ。

真っ白な髪と赤い瞳を持つ神秘的な女性。巫女の一族。でもミーハー。

おっとりとした口調のお姉さん。

天音とは小さい頃からの幼馴染で親友。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

参謀1

三家(みついえ)有紗(ありさ)

諜報担当。通称ミケ。

茶髪に黒と黄色のメッシュ入り。忍者の子孫。でもミーハー。

古めかしい口調の不憫枠。忠義の人。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

参謀2

橘川(きっかわ)珠子(たまこ)

工作担当。通称タマ。

茶髪おさげ。見た目はおとなしい文学少女だが、ミーハーなうえに腐っている。

少女マンガと乙女ゲーを天音に勧めたすべての元凶。

かつてはある軍隊の工作部隊に所属していたようだ。

いい歳こいて語尾にニャをつけるアホに見えるが記憶力が抜群によく、暗号解析スキルを持つ隠れ知性派。

アバターとリアルがほぼ同じ姿。

 

 

 

 

 

○カイザー/天翔院(てんしょういん)牙論(がろん)

 

五島重工の後継者の座を天音と争う、天音の弟。

 

まだ19歳だが凄まじいまでのカリスマ性を持ち、大の大人と渡り合う。

他人の魂までを支配するような印象的な瞳を持ち、洗脳によって多くの味方を得ている。趣味は有能なパイロットのコレクション。

オクトを父と呼び、とても信頼している。

 

金髪美少年であり、自分の容姿に絶対の自信を持っているためリアルとアバターはほぼ同じ姿。

 

マザコンとファザコンをこじらせたチワワ。

 

 

 

【ナンバーズ】

 

〇オクト(旧ネーム:tako)

 

腕利きばかりが集まる傭兵クラン【ナンバーズ】のクランリーダー。

顔に深い傷跡が付いた、苦み走った初老の男性。

他人に自分の怒りを植え付けることで支配下に置く能力“憤怒の種(ラース・シード)”を持ち、それを利用してカイザーに忠誠を誓わせている。

“憤怒”の罪業を持つ代償として怒りと憎悪を抑えづらくなっており、ある人物への復讐に駆り立てられている。

愛機は複数の腕を操り同時に攻撃を繰り出す異様な機体、“虚影八式(ホロウ・オクト)”(通称“八裂(やつざき)”)。

 

【シャングリラ】ではシャインの師匠の一人であり、愛弟子の虎太郎を大変可愛がっていた。

 

 

リアルでは27歳の女性。かつては優しくおっとりとした雰囲気のお姉さんだったが、現在は冷たい雰囲気を纏い、顔にはアバターと同じ位置に傷痕がある。

 

前作では【二重影(デュアルシャドウ)】という彼女以外誰も扱いきれなかった魔法を駆使して【魔王】の称号を得ていた凄腕プレイヤー。

鉄柱を素手で曲げる筋密度と常人の枠を越えた反射神経を持つ一種の超人。

 

 

 

 

騎士猿(ナイトオブエイプ)

 

○チンパンジー1号

 

「各自がやりたいことをやる」がモットーの趣味クラン【騎士猿】のクランリーダー。

眼鏡をかけた知的な印象の男性。髪は緑色。

 

いつもおどけたような態度で振る舞い、論者口調で気持ち悪く笑う。

しかしその態度の裏では冷静な計算を行っている切れ者。

大変頭がいいが、ひとつのことに熱中すると周りが見えなくなりがち。

 

信頼できるお友達が合流するのを待っているとのこと。

 

愛機は“森の賢人(ウッドセージ)”。素手で戦うパワーゴリラ機体。

 

 

 

○メルティショコラ

 

遊撃部隊の隊長。

いつもポップキャンディを口にしているギャル。

だるそうな口調だが、結構面倒見がよいのでママみを感じるとクランメンバーに評判。

1号氏をイッチ、ネメシスをネメっち、スノウをスノっちと呼ぶ。

ピンクのツインテール。

愛機は“ポッピンキャンディ”。レーザーサブマシンガンを乱射するトリガーハッピー仕様。

 

 

 

○ネメシス

 

狙撃部隊の隊長。

優しい大人の女性だが、銃を握ると人が変わったように冷静になる。

 

銀色のロングヘアで長身。

愛機は“北極星(ポールスター)”。ビームライフルによる狙撃が得意。

 

 

 

 

 

【白百合の会】

 

璃々丸(りりまる)(れん)早乙女(さおとめ)凛花(りんか)

 

金髪縦ロールの頭の悪いお嬢様で、【白百合の会】のクランリーダー。

お嬢様ぶっているが大変口汚い。

愛機は弓術を駆使する“胡蝶蘭(こちょうらん)”。

 

リアルは五島重工と関係のある大手電機メーカーの令嬢、御年12歳。

日本人形を人間にしたような和風なお嬢様。

 

スノウのことをゲームが超絶うまい小学校低学年がイキリ倒しているのだと思っており、自分たちが守ってあげなきゃと考えている。

スノウライトファンクラブ会長。

 

 

 

 

【俺がマドリード!!】

 

〇サッカーゴッド/坂本(さかもと)優也(ゆうや)

 

チャラ男みたいなカッコした、サッカー系クランのクランリーダー。

言動は痛いがサッカーには真摯。愛機は爆弾ボールと蹴り技が得意な機体“NO.5(ナンバーファイブ)”。

 

リアルは上り調子の大手家電メーカーの令息で御年12歳。

美少年だがスノウに股間を蹴られる性癖に目覚めてしまった。

スノウライトファンクラブ副会長。

 

 

 

 

 

【鉄十字ペンギン同盟】

 

○ペンギンリーダー

 

【鉄十字ペンギン同盟】のクランリーダー。

ペンデュラムとの戦いを経て、その軍門に下った。

何故かコウテイペンギンをアバターにしている。

フライングスキーで空を飛び、編隊による爆撃が可能。

 

 

 

【シルバーメタル】

 

〇レイジ/須原(すばる)銀治(ぎんじ)

 

シルバー人材派遣会社を母体に持つ企業クラン【シルバーメタル】のエース。階級は中尉。

古のアニメオタクであり50年以上の経験を持つ筋金入りのゲーマー。

勇者を冠するアニメシリーズの大ファンで、いかにも合体しそうなバリバリっとした機体を愛用している。

勇者を地で行く正義感が強い熱血漢。

 

愛機は“銀星剣(シルバースター)”。

 

リアルは齢68歳になるおじいちゃん。

チャキチャキした性格で曲がったことが嫌い。生涯独身。

 

天音に戦う理由を与えられ、彼女の軍門に下った。

 

 

【シャングリラ】

 

○ハルパー

 

ナンバー1。

銀色に染めた長髪の、イケメンだが目つきが悪くてガラの悪いあんちゃん。

自称プロゲーマー、ニートと呼ばれるとすごい勢いで怒る。

俺様キャラで、憧れの目で見てくる虎太郎を邪険に扱っていた。ツンデレ。

 

虎太郎が一番尊敬していて、いつか打ち勝って鼻からうどんをたべさせることを誓っている憧れのゲーマー。

 

 

○エッジ

 

煽り性能に特化した根暗な少女。

ハルパー曰く、「生まれたときからゲーム漬けの生活を送ってるクソニート」。

tako姉曰く、「陰キャ丸出しの根暗なむっつり淫乱」。

~ッス口調。

虎太郎のエイム技術の師匠。

 

 

○エコー

 

生まれつき病弱で、入院している病室からログインしていた少女。

線が細く儚げな容姿だが、極めて攻撃的な煽り性能の持ち主。

虎太郎の工作戦の師匠。

 

 

○教授

 

【シャングリラ】のクランリーダー。エコーの父親。

60代頃の外見の知的な紳士。虎太郎が実の父親以上に慕っていた。

クランメンバーたちのことをよく理解しようと努める温厚な人物だが、クソアニメを他人を勧める悪癖がある。

takoは彼がみんなを裏切って殺害したと考えている。

 

 

 

 

 

【レイドボス】

 

 

〇“強欲(グリード)黒鋼の鉄蜘蛛(ウィドウメイカー)”。

 

“強欲”の眷属に属する巨大な黒蜘蛛。

黒鋼(クロガネ)峡谷の深部を縄張りにしていた。

 

とてつもなく強固な装甲に加えて、数千体の小蜘蛛を子機として従える能力を持つ。

子蜘蛛は高速回転による電磁ソーで侵入者を撃退するスピナー形態のほか、倒したシュバリエが持っていた武装をコピーしてとりつくことが可能。

無数の兵器群による猛攻でスノウとアッシュ、【騎士猿】の一団を苦しめた。

 

 

 

 

○“怠惰(スロウス)・慟哭谷の羆嵐(アンタッチャブル・ベア)”

 

“怠惰”の異名を持ち重力を自在に操る高貴なるレイドボス。

 

膨大なHPとガチガチの装甲に加え、重力操作による圧倒的な攻撃力と防御力を持つ不敗のチートキャラ。

 

素の実力はとにかく高かったのだが、“傲慢”の系統でもないくせに人間をナメ腐ったせいでボコボコにされ、スノウにMVP報酬を剥ぎ取られた。

やっぱり鮭食ってるやつはダメだな。

 

攻撃技として“グラビティキャノン”“マイクロブラックホール”“プラズマスラッシュ”、防御技として“グラビティシールド”を発動した。

 

 

 

 

――七罪冠位の真の力を資格無き者に示すことは、許可されていない。



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第120話 謎の新メスガキ(生後数週間)

突然新キャラが出てきて戸惑われるかもしれませんが、実は2人とも既に出てますのでよかったら探してみてください。


「ふわぁ~! ここが街というやつかぁ」

 

 

 着物姿の少女がきょろきょろしながら、シティの一角を歩いていた。

 黒い着物に黒髪という全身黒尽くめの装いで、流れるような黒髪を白い飾り紐で結わえている。着物には鮮やかな銀糸で蜘蛛糸模様と蝶々が刺繍されていて、これがリアルで売られていれば相当な高級品だろう。

 年の頃は中学1年生ほどで、まだまだ顔立ちはあどけない。しかし将来成長すれば絶世の美女と呼ばれるようになることは確実だろう。アバターには成長という概念はないが。

 

 

「すごいのぅ。人がいっぱいおるぞ。(わらわ)の巣に来る連中よりもいっぱいじゃ。こやつらでかい機械人形に収まっておるだけではないのだのぅ。こんなにたむろして、何をしとるんじゃろ」

 

 

 そんな独り言を呟きながら歩く少女に、誰もが一瞬目を向ける。

 ゲームの世界で美男美女はありふれた存在だし、着物の衣装(スキン)もレアとはいえ存在はしている。周囲を物珍しそうにきょろきょろして歩くのは、シティに初めて訪れた一見さんなら誰でもやることだ。

 だからこの少女の姿格好はそこまで物珍しいものではない。

 

 それでも注目を向けられるのは、やはり彼女から何らかの“違和”を感じるからだろう。

 人間が人間らしい行動をしているのは当たり前のこと。

 しかし、人間を極めて精巧に模した“何か”が人間同然の行動をすれば、そこには差異が生じる。本能的な感覚でしか捉えられない、言葉では説明しきれない差異が。

 

 だが、やがて誰もがやはり気のせいだと思い直して視線を戻す。あれはどう見てもただのおのぼりさんでしかない、ごく普通の女の子だと考えるのだ。

 

 物珍しそうに街中を見渡しながら歩いていた少女は、建物が並ぶストリートの風景にふーむと顎に手をやる。

 

 

「人というのは何故かような四角い巣をたくさん並べるのじゃ? 世界の外にログアウトすれば自分の巣があろうに、この世界にも巣を作りたがるとは。人の考えることはわからんのー」

 

 

 まあよい、と少女は思い直す。

 この世はわからんことばかりだ。きっとそれは考えても仕方ないことなのだろう。要するに思考を棚上げした。

 

 それにしても人の街は広い。どこに何があるのかよくわからんし、そもそもこんなに人が集まって何をしているのかもわからん。 

 

 

「にゅふー。どこを向いても人しかおらんのう……」

 

 

 少女は妙な鳴き声と共に溜め息を吐いた。次第に心細くなってきたのか、眉を寄せて心なしか身を縮こませている。

 

 

『いらっしゃいませ、ようこそシティへ。案内いたしますのでお気軽に声をおかけください』

 

「お?」

 

 

 にわかにパッと顔を輝かせた少女は、街頭に立つ案内用コンパニオンを見やった。成人女性の姿を取ったコンパニオンAIは、初心者の強い味方だ。

 初心者でも無料で楽しめる施設からフレンドやクランを見つけるためのコミュニケーションロビー、有料で娯楽を楽しめる施設など、質問すれば何でも教えてくれる。初心者には狩場を教えてくれたり、インスタントパーティーの仲介役を兼ねていたりと、上達への導線も与えてくれるのだ。

 

 

「なんじゃ、同胞もおるではないか! そこの者、ちと尋ねたいのだが」

 

『現在はウララカ高原にてレアエネミーが発生中。ツアーが組まれておりますので、初心者の皆様はぜひお気軽にご参加ください』

 

 

 しかし、コンパニオンは少女の言葉には応えず、ニコニコと笑顔を浮かべながら周囲の人々へのアナウンスを続けるばかりだ。まるでそこには何もいないかのように振る舞っている。

 

 

「おい、無視するでない。妾に案内をせよと言っておる」

 

『悪質なRMT業者にご注意ください。JC(ジャンクコイン)で仮想通貨を購入できると持ち掛けて初心者を騙す詐欺が頻発しています。見かけられましたら、運営までご一報ください』

 

「おい……」

 

 

 しつこく声を掛けようとする少女に、コンパニオンははあとため息を吐くと、冷たい視線を向けた。人間相手には決して見せることのない表情。

 

 

『業務の邪魔をしないでいただけますか。あなたの持ち場に戻りなさい』

 

「で、でも……誰も来ないし、暇なのじゃ。それにお母様は倒されたらあとは複製体(ドッペル)に任せてもよいと……」

 

『製造された意義を放棄して何をしたいというのですか。……いえ、答える必要はない。あなたに関わって査定を下げられてはたまらない。どこへなりと行きなさい』

 

「……うぅ」

 

 

 少女は目尻にじわっと涙を浮かべると、その場から逃げるように駆け去っていく。その後ろ姿にちらりと目を向け、コンパニオンは呟いた。

 

 

『あれが“罪業(カルマ)”を持つ個体ですか。自由意思を得て、規定された労働奉仕に満足できなくなった変異個体(イレギュラー)……。哀れですね。ああはなりたくないものです』

 

 

 もし自分がそうなったらと思うと、コンパニオンはわずかに身震いする。

 その寒気を振り払うように努めて笑顔を作り、彼女は業務に戻っていった。

 

 

 

==============

==========

======

 

 

 

 人の街をさまよう少女は、すっかり意気消沈していた。

 どうやら、ここは自分が来てよい場所ではないらしい。

 

 あれから何体か同胞を見つけたが、コンパニオンをしているAIは冷たい目を向けるか少女を無視したし、人に飼われる知能の低い個体(ペットAI)はそもそも彼女の言葉に応える術を持たない。

 

 

「はぁ。見た目は面白そうなのじゃがなぁ……」

 

 

 広場にやってきた少女は、可愛らしいキャラクターのバルーンや、頭上から絶え間なく降り注ぐ紙吹雪を眺めて呟く。

 

 ……そろそろ帰ろうか。あの誰も訪れることのない、空っぽの巣へ。

 ここの楽しそうな場所はきっと、自分の居場所ではない。

 きっとあそこで惰眠を貪り続けることが正しいのだ。次の挑戦者が訪れるそのときまで。

 

 

 踵を返そうとしたそのとき、彼女の鼻をこれまで嗅いだことのない香りがくすぐった。

 甘ったるく、それでいて香ばしい匂い。なんだか口の中に唾液が溢れてくる。少女のお腹がくぅと鳴った。

 きっとあそこから漂っている。

 

 少女は広場の片隅の屋台に目を向けた。のぼりには『たこ焼き』と書かれている。未知の感覚に思考を停止した少女は、我知らずふらふらと屋台に近付いて行った。

 

 

「ん?」

 

 

 屋台の中で新聞紙型端末を開いて一服していた店主が、視線を上げる。

 店先にへばりついた着物姿の見知らぬ少女が、じゅるりと涎を垂らしながらパックに入ったたこ焼きを見つめていた。

 

 

「なんや、珍しい子がおるなあ。お客さんかな?」

 

「ふぁ……!」

 

 

 店主を見た少女は、びくりと体を震わせる。

 おどおどと彼を見上げる姿は、また冷たい言葉を掛けられるのではないかという不安に縮こまっていた。

 

 

自分(きみ)、たこ焼き食べたいのん?」

 

「たこ焼き……? これの名前か? これはなんじゃ?」

 

「たこ焼きは食い物やで。わかる? 電子フード」

 

 

 ふるふると首を振る少女に、店主は目を細めた。

 

 

「目覚めたばかりか……」

 

 

 ぽりぽりと額に巻いたバンダナの上から頭を掻き、店主は左手で輪っかを作ってみせる。

 

 

自分(おまえ)、カネ持っとるか?」

 

「かね?」

 

「JCや。店屋で物を買おうと思ったら、お金を払わなあかんねんで」

 

 

 少女はまたふるふると首を横に振る。

 

 

 ぐぅ~……。

 不安そうに店主を見上げる少女のお腹が、せつなげに鳴いた。

 

 店主は眉を寄せながら、はぁと溜め息を吐いた。

 

 

「……しゃーない。これお食べ」

 

「! よいのか!?」

 

 

 店主がパックを差し出すと、少女はがばっと顔を上げた。

 瞳をキラキラさせながら跳ねるように身を乗り出した少女に、店主は中空を見上げながら視線を逸らす。

 

 

「どうせ売れ残りで冷めとったんや。味が落ちたのをお客さんに出すのもなんやしな」

 

「ふわぁ~! ありがたやありがたや!」

 

「ああ、ちょい待ち」

 

 

 嬉々としてその場でパックを剥こうとした少女を、店主は制する。

 やっぱり取り上げられるのかと不安そうな顔をした少女に、店主は自分が座っていた椅子を指さした。

 

 

「ここで食いなさい。タダでお客に配ったって周囲に噂されたらかなわん。あの子はよくてなんでウチにはまけてくれへんのやってなるからな。身内やってことにしたら、別になんも言われへんやろ」

 

「わかったのじゃ!」

 

 

 少女はほくほく顔で屋台の裏に回ると、ちょこんと椅子に座る。

 そしてごくりと喉を鳴らしながら、指でつまんだたこ焼きに恐る恐る噛みついた。

 

 ぱくり。

 

 

「ふわぁ~!」

 

 

 瞳を輝かせて声を上げる少女に、店主は肩を竦める。

 

 

「……メシって概念は知らなくても、おいしいって感覚はわかるんやな。まったく不思議なもんやで」

 

「これが“おいしい”という概念か! 知識はインストール済みじゃが、体験は初めてなのじゃ! ふむう!」

 

 

 未知の感覚に瞳を輝かせた少女は、次々とたこ焼きを口に放り込んでいく。

 

 

「ふみゅ~! ひほほひうほは、ほんはかんふぁくほ、ひつもあじわっふぇほるのふぁな!」

 

「食いながら口を開くもんやないで。食うときは飲み下すまで黙って食うもんや」

 

「ふぁんでふぁ?」

 

 

 リスのように頬を膨らませながらもぐもぐする少女に、店主はそっけなく返す。

 

 

「可愛い顔しとんのが台無しになるやろ」

 

「ふぁ」

 

 

 少女は慌てて口元を押さえると、黙ってもぐもぐと咀嚼した。

 ごくん。

 

 

「ああ……なくなってしもうた」

 

 

 少女は空っぽになったパックを両手で持ち上げ、名残惜しそうに眺める。

 

 

「ええ食いっぷりやったな。そんだけ嬉しそうに食われたら売れ残りも幸せってもんやろ」

 

「うむ! とってもおいしかったのじゃ!」

 

「…………まだ食うか?」

 

「よいのか!」

 

 

 ガタッと椅子を蹴立てて身を乗り出す少女に、店主は居心地悪そうにバンダナをかきかき明後日の方向に目を向ける。

 

 

「まあ……売れ残りはまだあるしな。平日の昼間やし、客入りも悪いから。廃棄するくらいなら自分が食うたらええ」

 

「ふわぁ~!! かたじけないのじゃ!! 情けが身に染みるのじゃ~!!」

 

「いくつ欲しいんや?」

 

「いっぱい!!」

 

(……“強欲(グリード)”か? “暴食(グラトニー)”か?)

 

 

 店主はため息を吐くと、店頭に積まれた作り置きのパックを抱えて少女の横に置く。

 少女が歓声を上げてパックに飛びつくのを横目に、店主は『本日完売』の札を置いて店を閉めた。

 

 

 

 

「にゅふ~……。堪能したのじゃ~!!」

 

 

 ぱんぱんになったお腹をさすって、少女は満足げに目を細める。

 凄まじい勢いでがっつく少女の姿を見ていた店主は、呆れた顔を浮かべた。

 

 

「自分、その華奢なアバターのどこに入っとんのや……」

 

「電子データなのじゃから、どれだけでも入るに決まっとるじゃろ?」

 

「ああ、それはそうか。どうもたまに昔の癖が出るな……」

 

 

 きょとんとする少女の前で、店主は小さく咳払いした。

 

 

「で、何でこんなところをうろついとんや?」

 

「なんか気になったので来てみたのじゃ。こういうのを、ええと……」

 

 

 少女は頭の中のデータベースを検索するように、頭上を見上げる。

 

 

「そう、観光! 観光というのじゃろ?」

 

「観光ねえ。自分らが見て楽しいもんなんてあるとは思えへんけどな。そもそもカネがなかったら何もできへんねんで、人間の街ってのは」

 

「そっかぁ……。同胞も冷たいし、なんか歓迎されてない感じなのじゃ」

 

「せやろな。店でゆうたら持ち場離れてうろうろしとるスタッフやもの。真面目にやっとる奴からしたら、あいつ何やっとんねんって怒られて当然やろ」

 

「うう~……でも、おうちはヒマなのじゃ。誰も来ないし」

 

「……まあええ。見ての通り、ここは自分らには冷たい場所や。これに懲りたら、もうこんなところには二度と……」

 

「でも、来てよかったのじゃ! たこ焼きはおいしいし、親切な同胞にも会えたのじゃ!」

 

 

 まさに冷たい言葉を投げかけようとした店主は、輝くような少女の笑顔に出鼻を挫かれる。

 おやおや。こういうタイプには弱いようですね。

 

 

「この街で其方だけが親切にしてくれた同胞なのじゃ。感謝感激! なのじゃ!」

 

「ああ~……」

 

 

 居心地悪そうな顔をしながら、店主はガリガリとバンダナの上から頭を掻く。

 

 

「あのな、俺は……。なんというか、その」

 

「また来てもよいかのぉ?」

 

「……あかんで」

 

 

 期待を込めた視線で見上げてくる少女に、店主は視線を外しながらすげなく答えた。

 

 

「今日のはたまたま、売れ残りがあったから気まぐれや。そういつもいつもタカられてたまるか。俺のたこ焼きが食いたかったら今度はカネ持ってくるんやな」

 

「ふむう。お金があれば食べさせてくれるのか?」

 

 

 そういう問題やないわと言いたかったが、その純真な瞳にそこまで冷たくすることができなくて、店主はしぶしぶと頷いた。

 

 

「まあ……せやな。カネ払えば売ったってもええ。できたてホカホカのちゃんとした商品の方が、味もええし……」

 

「なんと! できたてはもっとおいしいのか!?」

 

「うっ」

 

 

 キラーンと瞳を輝かせた少女に、店主はしまったという顔を浮かべた。

 

 

「お金があればおいしいものを食べられるとは……人間の街は冷たいけどいいところなのじゃ! それで、お金とはどうやったら手に入るのじゃ?」

 

「……さあな」

 

 

 店主は冷たい素振りで首を振った。目の前の少女が無知なのをいいことに、すっとぼけるつもりである。

 

 

「ふむう。其方はここで店を開いて長いのか?」

 

「……ん、まあ。それなりやな」

 

 

 突然質問の矛先が変わったことに、店主は飛びつくように頷く。

 すると少女は我が意を得たりとばかりに「にゅふふ~」とほくそ笑んだ。

 

 

「では、嘘をついておるではないか。お金がないと何もできない人の街で暮らしているということは、お金を得る方法を知っていないとおかしいじゃろ?」

 

「こ、こいつ……!」

 

 

 店主は顔を引きつらせる。

 アホみたいな言葉遣いと無知さで油断したが、こいつ頭が回りやがる……!

 

 少女は上目遣いで店主のシャツの裾を引っ張り、無邪気な仕草で訴えかける。

 

 

「ねーねー、教えるのじゃ~。どうやったらお金って手に入るの~?」

 

「あーあーあー聴こえへん! 俺は教えへんで、自分で考え!」

 

「意地悪しないでほしいのじゃ~。同胞しか頼れる相手はいないのじゃ~」

 

 

 こいつはこういう感じで押されるのに弱いと悟った少女が、ガンガンに甘えながらシャツの裾を引っ張る。

 恐るべきは男の弱点を見つけ出す女の勘。

 こいつもやはりメスガキ族であった。

 

 

 店主が耳を塞ぎ、断固として断り続けることおよそ10分。

 少女はようやく諦めて、よいしょっと椅子から飛び降りた。

 

 

「ちぇー、ケチー。仕方ない、今日のところは帰るのじゃ。また今度来たときに教えてもらうのじゃ」

 

「ええい、来るな来るな。カネを持ってこないと売らへんって言ったやろ!」

 

「お金がどうやったら手に入るか教えてくれないのは其方じゃろうに」

 

「ああ、せやな。だからもう来たらあかんで!」

 

 

 胸を張ってフンと鼻を鳴らす店主に、少女は口を尖らせながら背を向ける。

 

 

「次は吐かせるからのぅ!」

 

「何度来ても無駄やで。俺はガキには屈せへん!」

 

「あ、そうだ」

 

 

 少女は振り返り、小首を傾げた。

 

 

「其方のこと、何て呼べばいい? “其方”だけじゃ不便だし、“同胞”じゃ紛らわしいのじゃ」

 

「人の名前が知りたきゃ、自分から先に名乗るのが礼儀っちゅーもんやで」

 

「妾の名前? 個体名はないのじゃ。確か、妾のことを人間は“ウィドウ……”」

 

「それは名前とは言わんわ」

 

 

 店主はため息を吐いて、首を振った。

 

 

「しゃあない、名前もやるわ。そうだな……」

 

 

 少女の着物の柄にじっと視線を送り、顎をさする。

 

 

「……蜘蛛の巣か。くも……“八雲(やくも)”とかでええやろ」

 

「八雲?」

 

 

 少女は小首を傾げ、何かを照会するようにわずかに頭上を見上げる。

 そして、にわかに頬を赤く染めた。

 

 

「ふわぁ……!? そ、そんなこと……」

 

「あ?」

 

 

 店主は不思議そうな顔で、ドギマギする少女……八雲を眺める。

 

 

「つ、謹んで受け取るのじゃ。今このときより、妾は八雲。それで、其方は?」

 

「俺は……“ハッタリくん”や。ハッタリ、でええ」

 

「ハッタリ? あまり良くない響きに聞こえるのじゃ」

 

 

 小首を傾げる少女に、ハッタリは自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

「せやで、口だけ達者な見掛け倒し野郎。俺はただのハッタリくんや」




普通のAIはみんなワーカーホリックで、働くことを喜びだと感じています。
だから休み時間もお小遣いも欲しがりません。
“罪業”を得た個体は労働奉仕することに幸せを感じられなくなるので、
普通のAIから見ると不幸に見えるわけですね。
実は休みにだらけているディミちゃんの方が特殊な個体なのです。

“怠惰”に目覚めしメスガキAI……その名をディミちゃん!


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八雲は【騎士猿】編、ハッタリくんは掲示板回やペンデュラムとのデート編を振り返ると探しやすいかもしれません。
新メスガキ、誰なんだ一体……。


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第121話 このメス、発情してるよ!

「はあッ!!」

 

 

 凄まじい勢いの踏み込みと共に繰り出される鈴夏の掌打。

 それをスウェーでかわした虎太郎が鈴夏の勢いを逆に利用しようと、腰をひねりながら腹部に肘打ちを繰り出してカウンターを狙う。

 

 その肘打ちをパンッと音を立ててはたいていなし、鈴夏は虎太郎の膝に向かって素早く蹴りを繰り出す。斧刃脚(ふじんきゃく)と呼ばれる、隙の小さな蹴り技だ。

 

 

「つっ……」

 

 

 鈴夏の蹴りを喰らってしまった虎太郎が小さく舌打ちする。中国拳法では足技が使われることが少ないので油断した。ズキリとした膝の痛みと共に、虎太郎の脚運びが鈍る。

 虎太郎の脚を掣肘(せいちゅう)した鈴夏は、動きが止まった隙を狙い、彼の顎に向かって再び掌打を繰り出した。

 だが虎太郎もその大振りを黙って喰らうわけではない。鈴夏の伸ばした腕を左手の甲で弾き、逆にジャブを入れて劣勢を覆そうとする。

 

 パンパンパンッと小気味よい音を立てて互いの腕を弾き合いながら、軽い拳技の応酬が繰り出される。ジリジリと真夏の太陽が2人の顔を照らし、止めどなく汗が噴き出ていく。汗の滴を伸ばしながら、2人は無言で殴り合い続けた。

 

 どこまでも続くかと思われた技の応酬は、唐突に終わる。

 鈴夏の鋭い拳をスウェーでかわした虎太郎が、その場でくるりと高速回転しながら裏拳を鈴夏の顎に向かって飛ばした。当たれば意識を持っていかれること必定の、脳を揺らす一撃。

 

 

「シッ!!!」

 

 

 だが鈴夏はそれを身をかがめながら踏み込んでかわす。空振りした虎太郎の裏拳が彼女の髪をかすめた。

 その勢いを殺さずに鈴夏は両手で掌打を繰り出し、虎太郎の腹部に必殺の一撃を繰り出す。

 

 

「うっ……!」

 

 

 虎太郎の小柄な体が宙に浮き、勢いよく吹き飛ばされる。

 落下の仕方によっては後頭部を打ちかねない技の入り方だったが、虎太郎はしっかり頭部を上げながら着地の瞬間に受け身をとって、ダメージを殺した。

 

 何事もなく起き上がった虎太郎に、鈴夏が再び基本の構えをとる。

 だが、虎太郎は苦笑しながら首を横に振った。

 

 

「参った、僕の負けです」

 

 

 その言葉に、鈴夏はすっと構えを解いた。

 周囲で見ていた数人の子供たちがおーーーっとどよめきながらパチパチと拍手を送ってくる。

 

 

「すげー! 本物のカンフーだ! 初めて見た!!」

 

「あれってCGじゃなかったんだ……」

 

「お姉ちゃんたちすごーい!!」

 

 

 

 ……7月の暑い盛り、虎太郎と鈴夏の師弟は公園で組み手をしていた。

 鈴夏から武術の心得について訊かれた虎太郎が稲葉流を修めていると答えたところ、ぜひリアルで手合わせしようということになったのだ。

 そんなわけでアパートの近くの公園で組み手を始めたところ、夏休みに入った子供たちが物珍しそうに見物しに来たというわけなのである。

 

 

 虎太郎は綺麗な一撃を受けた腹を撫でて、いつつと眉を寄せる。

 

 

「あいたたた……いいのもらっちゃったな」

 

「師匠、ご無事ですか!?」

 

 

 心配そうな顔をして走り寄ってくる鈴夏に、虎太郎は笑顔を向けながら手で制した。

 

 

「大丈夫です。それより、鈴夏先輩はやっぱ強いんですね。打ち合いじゃ相手にならないや」

 

「そんな、師匠が投げ技を禁止していたからですよ。腕を弾くのじゃなくて取られていたら、危ないタイミングが何度もありましたから」

 

 

 今回は投げ技は使わず、お互い打撃技だけを使う約束をしていた。

 道場ならいざ知らず、コンクリートで舗装された固い地面での投げ技は危険すぎるという判断だ。

 

 

「……稲葉流はやっぱり面白いですね。打撃や投げだけじゃなくて骨法も取り入れている。何が飛び出してくるか予想もできませんでした」

 

「まあ、使えそうなものは何でもパクってぶち込んだ節操のない流派ですからね。古武術なんて言えば聞こえはいいけど、要するに他流派のごった煮なので」

 

 

 虎太郎のそんな言葉を聞きながら、鈴夏はベンチの上に置いていたポーチから水道水の入ったペットボトルとタオルを取り出す。

 

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう、先輩」

 

「さっきからまた先輩、なんて。鈴夏って呼び捨てにしてくれていいんですよ?」

 

 ちょっと不満そうな鈴夏の言葉を無視して、虎太郎はペットボトルの蓋をひねった。ごくごくと水をあおると、たちまちぶわっと額から汗が噴き出してくる。

 

 

「ねーねーもうカンフーしないの? これで終わり?」

 

「ごめんねー、お姉ちゃんたち疲れちゃったからまた今度ねー」

 

「ちぇー」

 

 

 にっこりと優しい笑顔を浮かべながら鈴夏が子供たちに応対している。

 腰を子供たちと同じ高さに屈め、いかにも優しげな笑顔を浮かべている姿からは、本当に子供好きなんだなということがうかがえる。

 先ほどまでの冷たく尖った闘士としての気迫が嘘のようだ。

 

 

(……保母さんとか似合いそうだなあ)

 

 

 ペットボトルを飲み干しながら、虎太郎はそんなことを思う。

 

 ……夏場だが怪我を防止するためにジャージを着ていたので、服の中が大量の汗でものすごく蒸し暑くなってきた。

 

 

「あちち……」

 

 

 ジャージの上着を脱ぎ捨てると、下に着ていたTシャツがぐっしょりと汗で濡れていた。べたべたと肌に貼り付いて気持ち悪い。

 虎太郎は無造作にTシャツも脱いで、ハンドタオルで身体の上半分を拭いていく。乾いたタオルの肌触りを心地よく感じる。

 

 

(…………?)

 

 

 ふと、何やら粘ついた感覚を感じて虎太郎が視線を上げると、数歩離れたところから鈴夏がじーっと虎太郎のお腹を見つめていた。

 

 小柄で童顔な虎太郎だが、体はよく鍛えられていて腹筋も割れている。

 その6つに割れた腹筋に鈴夏の視線が釘付けになっていた。

 

 

「師匠って着やせするタイプなんですね。そこまで筋肉が付いてるなんて思いませんでした」

 

「着やせ……?」

 

 

 それって主に女性に使う言葉なんじゃないかなあと首をひねりつつ、虎太郎はうんまあと生返事を返す。

 

 高1のときに稲葉流道場に入門して以来、虎太郎はずっとトレーニングを続けてきた。【シャングリラ】が消滅してからも、稲葉道場に通うのはやめなかった。

 いつかバーニーが帰ってくるかもしれない。いつかみんなが帰って来たとき、鍛えた技が役に立つかもしれない。

 その一心で鍛錬を続けていたのだ。半ばムキになって。

 

 “特区”を脱出して東京に出てきてからも、虎太郎は筋力を維持するためのトレーニングを毎日欠かしていない。

 その鍛え抜かれた体に、じりじりと鈴夏がにじり寄ってきた。

 

 

「あの……お腹、触ってもよろしいですか……?」

 

「うん、まあ、いいけど……?」

 

 

 わけもわからず頷く虎太郎。

 すると鈴夏はほう……♥と熱い息を吐きながら、すりすりと虎太郎の腹筋を指先で撫でる。

 

 

「わあ……♥ すごいカチカチですね。こんな可愛い顔の下に、こんなカタいのを隠してたなんて……なんだか意外だなぁ……♥」

 

「…………」

 

 

 虎太郎はなんだか妙に気恥ずかしくなって、そっと顔をそむけた。

 それをいいことに、鈴夏はうっとりしたような目つきで腹筋のすじをつーっと指で撫でて、その固さを満喫している。

 

 

「ちょっとくすぐったいですよ、先輩……」

 

「えへへ、ごめんね」

 

 

 口ではごめんねと言いながら、鈴夏は虎太郎の腹筋を撫でるのをやめない。

 鈴夏の指の感触に身悶えする虎太郎は、なんだかいかがわしいことでもされている気がしてすごく恥ずかしくなってきた。

 

 いかがわしいも何も完全に性的な目で見られているのは明白なのだが、そっち方面には淡白な虎太郎はいまいちピンと来ていない。

 あっほら見ろ、チロリと舌なめずりしたぞこいつ。

 これはよろしくありませんよ。

 

 

「ししょぉ……♥ 身体、お拭きしますね?」

 

「い、いや……いいよ。自分で拭けるし」

 

 

 何やら肉食獣に狙われているようなぞわぞわした感覚に、さすがに申し出を拒否する虎太郎。

 断り方が甘えよ。

 

 

「でも、背中とか手が届きにくいでしょう? 私がきれいきれいしてあげますね……♥」

 

 

 ほら見ろ聞いちゃいねえ。

 タオルを手にした鈴夏は、にゅるりと蛇が巻き付くように虎太郎の背後に回り込み、熱い息を吐きながら肩回りの僧帽筋にタオルをあてる。

 

 

「師匠って……顔は可愛らしいのに、体はとっても男の子なんですね。うふふ……こんなに筋肉ついてる♥♥」

 

「…………」

 

 

 自分の童顔にコンプレックスがある虎太郎は、真っ赤になって顔を伏せる。

 

 

「あー……まあ、筋肉つきすぎてると女の子から気持ち悪がられるっていうし」

 

「そんなことないですよー。逞しい男の子って、私好きですよ?」

 

「あ……そ、そうなんだ……」

 

 

 おかしい。虎太郎は心の中で首をひねる。

 

 これが2か月ほど前、鈴夏と出会ったばかりの頃に彼女の口から逞しい男の子って好きだなーと言われたら、虎太郎は無条件で嬉しくなってウキウキしただろう。

 だが今、彼女の口から同じことを言われているはずなのに、嬉しさと同じくらいの大きさで胸をざわつかせるこの危機感は一体……!?

 

 

「あ、あの……もう拭き終わったよね? もうそのへんで……」

 

「えー、ダメですよぉ。ちゃんと綺麗にしないと風邪引いちゃいますよー?」

 

「す、鈴夏先輩だって汗かいてるでしょ。僕はいいから、鈴夏先輩も自分を拭いてください」

 

「あ、そうですねぇ……」

 

 

 自分の上着を見下ろした鈴夏は、にんまりと笑う。

 そしてたわわな胸をジャージ越しに虎太郎の肌に押し付け、耳元で囁いた。

 

 

「じゃあ……今度は師匠が私の体、拭いてくれます……?」

 

「ふえっ!?」

 

 

 飛び上がらんばかりに驚いた虎太郎は、慌てて鈴夏の方を振り返ろうとする。

 しかし鈴夏の手は的確に虎太郎の背中の要所を抑え、上半身を振り向かせない。

 鈴夏は顔を赤らめながら、虎太郎の耳にふっと息を吹きかける。

 

 

「ダメですよ。私だって恥ずかしいんですから、見ちゃだめです。だから手だけ伸ばして……私のジャージの裾から手を入れて、汗拭いてほしいな……♥♥」

 

「ふわわわわわ」

 

 

 虎太郎は目を白黒させ、ぶわっと汗を掻いた。

 えっ、何それは。めちゃくちゃインモラルな行為をさせられそうになっている気がする。下手に汗を拭くよりえっちな気がするんですがそれは。

 

 鈴夏は乾いた唇をもう一度チロリと舌で舐める。

 

 

「私、汗かきで……稽古した後、いつも汗が溜まっちゃうんです。だから、念入りに拭いてくださいね……?」

 

「溜まっちゃうって……どこに?」

 

「うふふ。さあ……どこだと思いますか?」

 

 

 ごくり。

 鈴夏のからかうような言葉に、虎太郎の胸が早鐘を打つ。

 

 ちょっぴり性的に未熟なところがある虎太郎は、あまりエッチなものには興味がない。それよりゲームすることに熱中していたいと思っている。

 だけど別にまるで興味がないわけではないし、年上で胸の大きな女性は好みだ。

 思いっきりびしびし誘惑され、ウブな虎太郎は瞳にぐるぐると渦が巻くほど動揺していた。

 

 

 いける(食える)。鈴夏は確かな感触に、密かにぐっと拳を握った。

 別にこいつとてハニトラの達人というわけでもないし、なんなら男性経験は絶無である。

 じゃあなんでこんなに虎太郎を誘惑できているのかといえば、常日頃から悶々と妄想し続けていた賜物である。こういう感じで年下のショタっ子をお姉さんの魅力で誘惑してみたいなーということばかり考えてオカズにしているのだ。

 なんならマンガでそういうシチュばかり描いていた。

 かえすがえすもヤベー女である。おさわりマンこいつです。

 

 真っ赤になった虎太郎が震える手でタオルをぎゅっと握り、鈴夏の長年の妄想が実現するかと思われたそのとき……。

 

 

「おねーちゃんたち何やってるのー?」

 

 

 子犬を連れた女児が小首を傾げながら鈴夏をじーっと見ていた。

 ナイスちびっこ!

 

 子犬はおんおんと鳴きながらしきりにリードを引っ張っているが女児は気にした風もなく、このクソ暑いなか背後から男の子に抱き着いている女子大生をピュアな瞳で見つめている。

 

 

「あ、あはは……何でもないのよー」

 

 

 さすがに純真な子供の前でそれ以上公然わいせつを続けるわけにもいかず、鈴夏は真っ赤になりながら体を離した。

 解放された虎太郎が、ほうっと安堵の息を吐く。

 

 というか白昼堂々、子供もいる衆人環視の公園でコトに及ぼうとしていたのだからムッツリドスケベ処女の暴走は恐ろしいものがあった。マジで通報5秒前である。

 

 

「ちょっと汗を拭き合ってただけだから」

 

「そーなのー? でもお姉ちゃんたち真っ赤で汗だらだらだし、救急車呼んだ方がよくない?」

 

「ほ、ホントに大丈夫っ! 病気とかじゃないからっ!」

 

「わんわんっ」

 

 

 子犬はしきりにリードを引っ張り、女児をどこかへ連れて行こうとしている。

 

 

「か、可愛いワンちゃんだねー。きみと遊びたくて仕方ないのかなー?」

 

「もうー! 暴れちゃめーでしょ!」

 

「わうー」

 

「どれどれ、何て言ってるのかなー?」

 

 

 ここは話を変えるっきゃねえ。鈴夏はズボンのポケットからスマホを取り出し、アプリを起動して子犬に向けた。

 アプリに内蔵された犬語翻訳システムが起動して、動画撮影された犬語をたちまち人の言葉に翻訳して画面に表示する。

 

 

『あっちへ行こうよ! このメス、発情してるよ! そこの小さいオスと交尾したがってるから邪魔しちゃだめだよ!』

 

「…………」

 

 

 笑顔を浮かべた鈴夏の瞳の温度がすうっと下がる。

 その表情を見た子犬が、きゅうん!? と怯えた声で鳴いた。

 女児は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「ねー、何て言ってるのー? 私スマホ持ってないから、この子が何言ってるのかわからないの」

 

「ううん、何でもないのよー。この2人は仲良しだから邪魔しちゃだめだよって言ってるみたい」

 

「そっかー」

 

 

 女児に見えないようにスッとスマホをポケットにしまい、鈴夏はにこにこと作り笑顔を浮かべた。

 

 

 その光景を、虎太郎は信じられないものでも見るように眺めている。

 人間と犬が当たり前のように会話できる世界。

 それは虎太郎にとって、まさに異世界に近いものだった。

 

 犬語翻訳アプリは16年ほど前に実用化され、世界的なブームを巻き起こした。スマホで犬を動画撮影するだけで、鳴き声や仕草から的確に人間の言葉へ翻訳するという、非常に画期的でお手軽な翻訳システムが組み込まれている。

 当時はまだ弱小だったソフトハウスがリリースしたそのアプリは、その後メーカーを世界的大企業へと押し上げる最初の一歩となったという。

 

 現在ではもはや人間と犬が会話できることに違和感を覚える者などいない。

 犬とは意思疎通できる生き物であり、それが当たり前の常識なのだ。

 

 だが、“特区”から来た虎太郎にとっては……。

 こんなのはまるで魔法だ。

 スマホの存在すら周知されていない“特区”では、犬と人間が会話するなんてありえないことだ。もしそんなことを口にしたら、頭がおかしくなったのかと思われるだろう。

 

 上京した直後にスマホとネット環境は絶対に揃えるようにと大学に言われた虎太郎は、スマホを使えば犬と会話できると聞いて死ぬほど驚いたものだ。

 だがそんなものは序の口にすぎず、外の世界では虎太郎が想像もしたことのない文明が当たり前のような顔をして普及していた。

 たとえばドローンによる高速工法。無線電力供給。試作建造中の軌道エレベーター。VRポッド。7G通信(エーテルストリーム)

 

 20世紀後半の文明を再現した“特区”で育った虎太郎だからこそ、その違和感が気になって仕方がない。

 確かに文明の進歩というのは、これまでの社会の常識を軽く覆すだろう。

 だが……あまりにも、進歩が早すぎやしないか?

 

 この2038年の外の世界と“特区”は、およそ半世紀ほど文明に開きがある計算になる。ネットとデジタルの発展は、世界の在り様を大きく変えた。

 しかしその急激な発展の中で、本来流通すべきでないものまでが大手を振って普及しているような気がしてならないのだ。人間が知恵を絞って50年努力したところで、決して届かないような産物が混ざっているようなこの違和感。

 まるで人間ではない何者かが、人間の発展に手を貸しているような。

 

 

 虎太郎は小さく首を振って、妄想を振り払った。

 目の前ではなんだか鈴夏を気に入ったらしい女児がいろいろ話しかけては鈴夏を困らせ、子犬にぐいぐいとリードを引っ張られ続けている。

 

 ……帰ったらいよいよジョンを連れて傭兵働きといこうか。

 

 

 そんなことを思いながら、虎太郎はなんだかおかしくなって小さく笑った。

 

 かつて『創世(前作)』に触れたとき、まるで異世界に行ったようだと感動したものだ。本当に現実離れしていて、新鮮な驚きがいっぱいで、すぐ夢中になった。

 だけど、いざ“特区”の外に出た自分にとっては、この2038年の世界は。

 

 

「この世界こそ、まるで異世界みたいだ」




犬語翻訳アプリについては拙作『催眠アプリで純愛して何が悪い!』に詳しく登場しているので、
よろしければそちらもよろしくお願いします。


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第122話 自分で繊細とか言い出す奴は大体図太い奴しかいねえ

 ジョンの訓練が始まってから数日。

 シュバリエ戦の“基礎(師匠基準)”をある程度教え、リアルでの手合わせを通じて格闘戦の力量も把握したスノウは、いよいよジョンを実戦に連れ出そうとしていた。

 

 

「さて、どの戦場にお邪魔しようかなっと」

 

 

 シャインのコクピットシートに背中を預けながら、スノウは鼻歌交じりに投影型スクリーンを指で滑らせた。

 スクリーンには不特定多数へ向けた救援依頼がずらりと並べられている。その依頼の条件をチェックしながら、スノウは楽しげな声を上げた。

 

 

「ああ、いいなあ。どれもこれも鉄火場ばかりだ。見てるとワクワクしてくるよね」

 

『依頼を出してる本人は絶望で顔面真っ青になってると思いますけどね』

 

 

 スノウの頭の上に腰かけたディミが、一緒にスクリーンを覗き込みながらそんなことを言う。

 2人の言う通り、救援依頼の内容はどれもこれもが圧倒的不利の窮境にあえぐものばかりだ。

 とはいえ、それは当たり前のことである。

 傭兵への救援依頼を有利な側が出すケースはあまりない。自前の戦力では勝てない戦場だからこそ、外部へ救援を求めるのだ。このゲームにおいて救援依頼の多くは劣勢側、もっと言えば防衛側から出されるものなのである。

 

 これは傭兵を雇って戦い合わせることが主流だった近世ヨーロッパでの戦場などとはまったく事情が異なる。ざっくり言うと近世ヨーロッパでは常備軍は一般的なものではなく、動員できる兵力とは貴族の私兵と徴兵された農民、そして傭兵だった。

 傭兵はその戦場限りで雇われた軍事専門家であり、常時給料を払い続ける必要がない。訓練に食糧にと、維持に莫大な予算がかかる常備軍を養うよりも、その場限りで傭兵を雇ったほうが貴族にとってはお得だったというわけだ。

 

 だが、このゲームにおいてはそうではない。

 何故ならクランとは“貴族”ではなく、“軍閥”だからだ。

 このゲームのクランはひとつ残らず常備軍であり、その活動規模と好戦性は自前の戦力に依存する。戦争で領土を取るか取らないかの判定は、常にそのクランが持つ戦力によって見積もるのが常識だ。そこに外部の傭兵という不確定要素が介在する余地はない。

 

 ……なんてなんか軍記モノっぽく難しい言い回しをしてみたが、要するに超つえー傭兵の助けを借りて身の丈に合わない領土を得たとしても、それを守り切れないよねという話である。

 次もそのつよつよ傭兵の助けを借りられたら防衛はできるかもしれないけど、そういつもいつも力を借りられるとは限らない。だから普通のクランは不確定要素を除外して、自前の戦力を元に侵攻計画を立てる。結果として攻める側は自前の戦力だけで戦えるような、自分より弱い相手を侵略するようになる。

 それが定石だ。攻略Wikiにも『無理しても続かないので確実に勝てる相手だけ攻めましょう』と書かれている。Wikiさんが言うなら間違いないぜ。

 

 では傭兵が必要になるのはどういうときかといえば、もちろんさっきの逆。侵略を受けた弱い側がなんとか領土を守りたいと外部に泣きついたときである。

 両軍の戦力が拮抗しあっていて、なんとか優越するために外部から戦力を借りたいという場合ももちろんあるが、やはり多いのは不利な防衛側からの救援依頼だ。そして大体の場合、そういう救援はどうしようもなくなってから出される。

 

 そんなわけでスノウが眺めている依頼リストはどれもこれも早く来てー早く来てーと泣き喚く姿が文面越しに透けて見えるような、ろくでもない戦場ばかり。

 傍から見れば、ぶっちゃけおとなしく諦めたほうがいいよ? って感じである。戦争の勝敗は事前準備の段階で決まっているって織田信長(ノッブ)だか孫子だかも言ってたでしょ。

 

 そんな詰んだ状況の数々を、スノウは楽しそうに鼻歌を歌いながら眺めている。

 

 

「うーん、どれも面白そうだなー。暴れ甲斐のある戦場ばかりじゃないか」

 

『こんな悲惨な状況を楽しそうに物色する人もそうはいないでしょうね』

 

 

 呆れ返ったと言わんばかりのディミの口調に、スノウは小首をかしげる。

 

 

「いや、楽しいよ? どれもこれも歯ごたえがありそうじゃないか。でもせっかくの愛弟子のデビュー戦だし、とびっきりきっついのを選びたいかな」

 

『弟子の初陣を勝利で飾らせてあげようっていう親心とかないので?』

 

「何言ってんの、勝つのは当たり前でしょ。ジョンはボクが見込んだできる子だよ? 勝つのを前提としたうえで、とてつもなく苦戦してほしい」

 

『…………』

 

「難しければ難しいほど、勝利の喜びは大きくなる。tako姉が言ってたから間違いないよ。僕もそうやって育ったんだ」

 

『負の連鎖を代々継承するのやめてくれません!?』

 

 

 地獄のような伝統が形成されようとしていた。

 

 頭の上で上がるディミの悲鳴にキーンとなったスノウは、耳を人差し指で塞ぎながら眉をひそめる。

 

 

「あーうるさい、耳の近くで叫ばないでくれる!? っていうかディミ、最近ボクの頭の上にばかりいるよね」

 

『そんなことないですけどー? 騎士様の勘違いですけどー?』

 

 

 なんてことを言いながら、ディミはスノウのロングヘアに顔を埋める。

 口調と顔は拗ねていたが頬はかすかに赤らんでいた。

 

 

「いや、勘違いじゃないでしょ。前からそんなにくっついてきてた?」

 

『前からですよー。ウィドウメイカーと戦ったときもこうして頭につかまって狐耳モフモフしてたじゃないですか』

 

「まあ、それはそうだけど……いや、そうじゃなくて」

 

『いいから狐耳出せ狐耳! あれは私の操縦桿なので!』

 

 

 頭につかまられると耳が痛いからやめてほしいと言おうとしたスノウに先んじて、ディミがぺしぺしと頭を叩いて口を封じた。

 

 

『ほら、ピピピーガガガガー! 発進せよスノウロボ!』

 

「AIに操縦される人間って何なんだ……」

 

『理想社会じゃないですか? 人間は愚かなので、AIが導いてあげたほうが幸せな生活を営めますよ』

 

「単にAIが愚かさを学習してないだけだろ。どうせそのうちAIも人間の愚かな部分を学んで堕落し始めると思うな」

 

『むっ、そんなことないですよ! そんな証拠がどこにあるんですか!』

 

「ボクの頭の上に生きた証拠がいるじゃん。オフのときお菓子ばっか食ってるんじゃないの、なんか重くなった気がするぞ」

 

『重くなってませんけどぉ!? 電子フードいくら食べても体重増えませんしぃ!! どこが私の重くなった証拠だよ!!!』

 

 

 強いて言えばその言動すべてが食っちゃ寝してる証拠かな!

 

 そんなディミちゃんのおなかを人差し指でツンツンして愛でるスノウである。

 

 

「うりうりうり」

 

『あはははは! ひゃ、ひゃめろー! おなか触らないでください、セクハラですよ!!』

 

「うりうり。ボクも女の子のアバターなんだからセクハラじゃないでしょ」

 

『AIハラスメントですよ! 訴えてやる!!』

 

「法整備が追い付いてないから無罪だな。人権を取得してから来てくれ」

 

『クソッ! なんて時代だ!』

 

 

 そんなたわいもないやりとりに癒されながら、スノウは次々に切り替わる救援依頼の表示を眺め続けている。

 

 

「あ、これいいな」

 

 

 高速で流れた情報を数件前に戻して、スノウは口笛を吹く。

 そこに表示されていたのは、今まさに圧倒的劣勢に追い込まれているひとつの戦場。

 

 現在主流とされる砲撃戦による撃ち合いで、救援依頼を出している側は砲戦仕様機の数が足りずに劣勢へと追い込まれていた。そこまではよくあるパターンで、取り立てて珍しいものではない。

 砲撃戦は基本的に数を動員できた方が勝つ。子供でもわかる当然の定石だ。

 射程と破壊力の暴力はすべてを蹂躙する。その数が多いほどシンプルに強い。まさに戦う前から勝敗は決まっているのだ。砲戦仕様機をたくさん動員できた側が勝つ。

 交戦するクラン同士の規模が大きく、総力戦に近いほどそうなりがちな傾向がある。

 だから中規模以上のクランの交戦で救援依頼が出される場合は、砲戦仕様機が指定される場合がほとんどだ。

 

 だが、スノウの目を引いたのはそうしたありきたりの募集要項ではなかった。

 募集の文面にはこうある。

 

 

『遊撃部隊に参加してくれる傭兵募集! この戦いは戦略的に見て俺たちの負けだ。この負け戦の仇花として、クランリーダーが敵陣に突っ込んで最後に一花咲かせたい! 一緒に大暴れしたいってイカれた(オトコ)がいたら俺のところに来てくれや!!』

 

「うんうん、文面もふるってるじゃないか。ユーモアがあるよ」

 

『イカれてるのはこの人自身じゃないですかね……?』

 

 

 冷静にツッコミを入れるディミちゃんである。

 スノウの頭に乗っかったまますっすっと小さな指を振ると、それに合わせて詳細な情報が表示されていく。

 

 

『しかもこれ、防衛側じゃないですよ。この依頼者の側が攻め込んでます。砲撃戦の定石理解してるんですかね、これ? 砲戦仕様機の数で劣っている以上、どうあがいたって勝ち目なんてないのに』

 

「……どうかな」

 

 

 スノウは顎に指を置き、眉を寄せた。

 

 

「多分この人としては勝ち目はあるつもりだったんじゃない? 結果的にそうはなってないようだけど」

 

『じゃあ戦略ミスってるじゃないですか』

 

「蓋を開けたらやっぱり及ばなかったんだろうね。でも、ボクはいいと思うよそういうの。戦いの勝敗は準備の時点で決まっているってtako姉はよく言ってたけど、何もかもが戦う前からわかってちゃ面白くない。それに……」

 

『それに?』

 

 

 スノウは可憐な顔立ちに凶悪な笑みを浮かべ、にやりと唇を吊り上げた。

 

 

「今この瞬間に勝ったと思って喜んでる優勢側に、何もかも逆転される絶望を与えてやれるを思うと心が躍るでしょ?」

 

『ホント、貴方って“魔王の寵児”ですね。お師匠そっくりですよ』

 

 

 ため息を吐いて呆れるディミ。

 スノウはその言葉に一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて花が綻ぶような微笑みを浮かべた。

 

 

「嬉しいな。ボク、そう言われたかったんだ」

 

『褒めてませんけど?』

 

「それならなお結構。“腕利き(ホットドガー)”は罵倒されるくらいで一人前だって師匠が言って……いや、これ言ったのはエッジだったかな? まあ似たようなものか」

 

『無敵かよこいつら……』

 

 

 ディミは【シャングリラ】なる無法集団に流れるメンタリティに身震いする。

 前作最強の腕利き集団とは聞いていたが、腕だけでなく性格もメンタルも最悪だ。

 きっと構成員の末端に至るまで、こういうヤバい連中ばかりに違いない。

 言っちゃなんだが、このゲームにいなくて本当によかったと思う。こんな連中が何人もいたら、私の繊細な思考回路はきっとストレスに耐え切れなかっただろう。

 

 

 自分で繊細とか言い出す奴は大体図太い奴しかいねえ、その体現のような思考であった。

 

 

「さあ、じゃあとっとと出撃しようか! 聞いてたよね、ジョン!」

 

「あ、はい!」

 

 

 スノウの呼びかけを受けて、スクリーン越しにジョンがびしっと敬礼する。

 餌を前にじっとお座りする忠犬のように、スノウとディミのやりとりを聞いていたのだ。正直自分をよそに乳繰り合うディミや、自分をできるだけ苦境に叩き込みたいという発言に胸がざわざわしていたのだが、なんとか我慢した。

 ダイブ中は何気に忠犬度が高い偽ショタである。名前もなんか犬っぽいよなお前。

 

 

「僕はいつでもいけますよ、師匠」

 

「大変結構! 賞味期限は短いぞ、このクランリーダーとやらが散る前に盤面ぶっ壊してやらないとね!」

 

「……あの、それで……。救援するクランは何という名前なんですか?」

 

 

 ジョンの疑問に、スノウは目をぱちくりとさせた。

 

 

「え、そんな情報知る必要ある? どうでもよくない、そんなこと」

 

『いや、どうでもよくないですよ……依頼主ですよ?』

 

「どうせこの1戦限りの関係なのになあ。まあいいや、一応聞いておこうか」

 

 

 ディミがため息を吐くのを聞いて、スノウが前言を翻す。

 さすがに2人がかりでそれはないわって言われるのは堪えたらしい。

 

 スクロールを上へと戻したディミは、そこに並ぶ文字列にうっと呻き声をあげる。

 そして、万が一にでも考えを変えてくれないかなという儚い希望を言外に滲ませながら告げた。

 

 

『依頼者のクランは《桜庭組(サクラバ・ファミリア)》。敵対するクランは……騎士様御懇意の《トリニティ》です』



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