みんな、僕のことが好きで好きでたまらないのは分かったから、もうこれ以上僕を巡って殺し合うのはやめましょうよ!?~ デッドエンド✖病ンデレループ ~ (まぐろのドン)
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第1話 プロローグ✖ヤンデレループ

 

 ──誰かに必要とされたかった、それだけなのに。

 

 友達でも、恋人でも、結婚相手でも、誰でもいい。誰かの人生の中で、“自分”という存在をかけがえのないものにしたい。果たしてこれは、おこがましい願いなのだろうか。地位や名誉なんて大層なものを求めているわけではないのに、いくら手を伸ばしても手に入らない。むしろ、強く求めるほど離れていくばかりで。

 

「ねぇ、どうして逃げたりしたの?」

 

 吹き荒れる雨風の中から声が聞こえてきた──少女の声だ。

 透き通るようなその甘い声は、激しい雨音にかき消されることなく青年の耳に届いた。か細いながらも、グサリと深く突き刺さるように。

 

「私はこんなにも……あなたのことを想っているのに」

 

 嵐の夜。青年は、血まみれになった少女を車に乗せて、不慣れな道を走りながら、自分の知らない場所まで逃げた。“追っ手”を振り切ってやっと一息つけるというときに、唯一の心の拠り所は後部座席で動かぬ人形となっていた。青年はいっそ自分もと思ったが、取り残される者の事を考えてしまい行動に移せなかった。

 

「に、逃げたくもなるさ! 包丁なんか持って襲い掛かられたら誰だって!」

 

 青年は追い詰められた獣のような目で、黄色レインコートを着た少女のことを睨んだ。それを微笑で返すレインコートの少女。

 

「誤解しないでよね。わたし、あなたに手を上げようだなんてこれっぽちも思ってないのよ。むしろ、あなたのことを大事にしたいって……」

 

「……違うんだよ。そういう問題じゃないんだ。僕が聞きたいのは、どうしてキミが、あんなことをしたってことだけで……」

 

 少女の死後。時を経ずして、青年は追っ手──レインコートの少女に見つかってしまった。逃げ切れたものだと思ったのに、こうも呆気なく見つかってしまうと、青年は逃避行の中で苦しみながら逝った恋人に申し訳が立たなかった。後悔の念がポツポツと湧き上がってきて、胸が苦しくなる。

 

「しらばっくれちゃって。あんなことになったのも全部あなたのせいじゃない?」

 

 青年の顔が歪む。

 

「あなたが良い人だったからいけなかったのよ。そのせいでみんなが傷ついた。あなたがあんまり良い人過ぎたから、こうするほかになかった」

 

 ゆっくりと、少女が青年に近寄る。雨風がさらに勢いを強めた。レインコートのフードがめくれて、隠れた目元があらわになった。切れ長で、鋭く澄んだ双眸。青年にとっては見慣れたはずの少女の目が、この時ばかりは恐ろしいものに見えた。

 

「みんな、そんなあなたのことがどうしようもないくらいに好きだったの」

 

「……全部、僕のせい……」

 

 僕のせい、の続きを遮るように青年の口から勢いよく嘔吐物が吐き出される。心身に限界が訪れたらしく、今度はうずくまってボロボロと涙を流した。怯えて震えるその背中を少女が優しくさする。追い打ちをかけるように言葉を吐く。

 

「みんなの気持ちを大事にして、誰も傷つかないように必死に立ち回っていたつもりなんでしょうけど……。こうなってしまった以上、意味のないことだったのかもね」

 

 震えはいっそう激しさを増した。混乱で埋め尽くされた頭の中を、いくつもの言葉が反芻する。もっぱら、後悔の言葉ばかりが響いた。

 

 こんなことになると知っていたら、自分で決着をつけることができたはずなのだ。好きな女の子が傷つくこともなければ、目の前の彼女が奇行に走るようなこともなかった。

 

 こうなったのも、すべて自分の責任だ。たった一つのこの身で、彼女たち全員に分け隔てなく平等な幸せをもたらそうなんて、おこがましいにも程があった。

 

「……今さらそんなこと考えたってしょうがないわよね」

 

 少女は、震える青年の身体を力強く抱きしめる。すると、少女がこれまでに溜めこんできた色々なものがいよいよ満杯になって、勢いよく溢れ出した。少女の頬を、たくさんの雨が流れた。

 

「安心して。私はどこにも行ったりなんかしないから。ずっと、アナタのそばにいてあげる。二度と怖い目になんかに合わせない。どこかの湖畔に一軒家を建てて、そこで一緒に暮らすのよ……」

 

 熱心に諭す少女だったが、青年の耳には会話の一文字も入ってこなかった。それでも、話を止める気配はなかった。ただ一方的に浴びせられる言葉を、青年は背景音楽のようにただ聞き流す。何分も、何十分も、何時間もただひたすらに。

 

「お金の心配もしなくていいの。家事も全部わたしに任せて。あなたはただ好きなことをしているだけでいいから。湖でも眺めながら本を読んで、ストレスとは無縁の生活を送って欲しい」

 

 そして、ついに壊れてしまった。

 

「えっ、ああ、ちょっと……! なにをするのっ!?」

 

 青年は少女から包丁を力づくで奪い取ると、その刃を自分の首筋に当てた。傷ついた首筋から、ツーっと血が滴る。血液の温もりが生々しく感じて、途端に手が震えた。

 

 ──最初から、こうするべきだった。

 震えを止めて、凶器を持った右手によりいっそう力を込める。ここで躊躇してしまったら、この先ずっと命を惜しんで惨めったらしく生きてしまいかねない。

 

「誠くん!」

「……ごめん……」

 

 刃が首の大きな血管に深い傷をつけた。切り口からは噴水みたいに血がぶしゅーっと飛んで、いっしょに意識もどこかへ飛んでいった。

 

「そんな、どうして、こんな真似を……」

 

 熱と生気を失ったその身体が泥のベッドの上に横たわる。濡れた土に、沈み込んだ。壮絶な最期の瞬間まで走馬灯が走ることはなかった。

 こうして、菅原(すがわら) (まこと)は壮絶なその生涯に幕を閉じたのだった。



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第2話 ハプニングデイ✖ヤンデレループ

「……ゆ、め?」

 

 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、重たげなまぶたを照り付けている。煩わしいその光を払いのけるように誠はカーテンを勢いよく閉めた。そしてすぐ彼女によって開かれた。

 

「起きてください! まったく、ここまで朝が弱いとなると手がかかりますね」

 

「んああ?……あー、すみません……起きます起きます」

 

「起きます、は一回でよろしい。ほら、さっさと布団を畳んでください」

 

 眠くて仕方がなかったが、同居人でいとこの菅原 神子(みこ)には頭が上がらなかった。なので、文句の一つも言わず大人しく布団を畳む。終えた後に、自室(和室)からリビングへ向かった。

 

「おはよう誠君。今朝も冷えるねぇ!」

 

 朝刊に目を通しながら、叔父の浩史(ひろし)が挨拶をする。テーブルの上の食器がほとんど引き払われているのを見て取ると、誠以外はとっくに朝食を済ませていたらしかった。

 

「おはようございます。本当に寒いですね。来週からだんだん暖かくなるとは、昨日ニュースで言ってましたけど……」

 

「じゃあ、キミの寝坊症(ねぼしょう)も来週になれば少しはマシになるかもしれないね」

 

「ああ……あはは……なんかすみません……」

 

 リアクションに困り、引きつった笑いを浮かべる誠。

 神子がキリっとした目つきで、そんな彼を睨みつけた。

 

「そうは言ってもですよお父さん。この人、根っからの寝坊助じゃないですか。ちょっと暖かくなったぐらいで、易々と布団から出られるようになるとは思えません」

 

「……出てこられないときは、神子が起こせば良いじゃないか? いつもみたいにさ」

 

「父さん。毎朝起こす私の身にもなってください。それと、誠君はもう少し早起きをする努力をするべきだと思います。私に“アレ”を使わせないで、自分で起きれるようになってくれないと」

 

「まあ、せめてアレからは卒業してほしいところだな。流石の俺も神子に同意見だよ……」

 

 アレとは、浩史と神子だけがその正体を知る謎のアイテムである。当然、誠はその実体を知らない。唯一分かっているのは、それが寝起きの悪さが壊滅的である自分に対して用いられる物であるということだけ。

 

「……本当にごめん、姉さん。いっつも面倒かけて」

 

「まったくです。大人になったら自分で起きれるようにならないと駄目ですからね。二十歳になったらもう起こしてあげませんよ」

 

 神子の態度が厳しいのは当然だった。登校前のこの忙しい朝に、頑固な眠り魔を相手しなければならなかったからだ、それも毎日のように。それでも見捨てないあたり、何かやむを得ない事情があるのか。あるいは、ただ単に彼女がお人好しなだけなのかもしれない。

 

「でも良かったじゃないか誠君。どうやら19歳までは毎朝起こしてくれるらしいぞ。口ではなんだかんだ言ってるけど、本当はキミのことを甘やかしたいのかね……?」

 

 浩史が快活に笑い飛ばした。

 

「でも、僕が迷惑をかけてるのは事実ですし」

 

「そんな気負わなくたっていいさ。君の寝起きがちょっぴり悪いぐらい、大した問題じゃない。それに、神子は天性の世話焼きだ。誰かの世話を焼くのが楽しみでしょうがないってぐらいのな」

 

「……すみません、世話を焼かせてすみません」

 

「あちゃー、これでも励ましたつもりなんだけど」

 

 その様子を見て呆れた神子が、学生鞄で二人の頭を叩いた。さっきまで部屋着にエプロンだった神子の服装が、いつの間にか制服に変わっている。朝の時の流れは早く、もうとっくに登校時間だった。

 

「とっくに7時半回ってますから、早く支度を済ませてくださいね! 私はもう先に行きますから、どうかくれぐれも遅刻しないように!」

 

 早口で言い終えてそそくさと家を出て行った神子。まるで疾風のようだった。

 時間にルーズな誠や浩史とは違い、神子は時間や規律といったものに厳しい。それでいて、ハッキリと物を言う性格なので彼女に敵うものは少なくともこの家にはいなかった。とくに居候の身である誠はなおさら頭が上がらなかった。

 

「ほんと母さんに似てきたなぁ。あのキッチリしてるトコがとくに」

 

「娘は父に似るってよく言いますけどね」

 

「うーん、でも誠君は父親似じゃないか?」

 

「そうですか……父に……」

 

 その時ふと、誠は浩史から目を逸らす。彼の口から飛び出た父親というワードに反応を示したらしい。そして、それに敏感に反応することを浩史は知っていたようだ。甥の地雷になりえる言葉を口走ってしまったことを悔いているのか、右手で自らの口を押えている。

 

「す、すまん。悪気はなかったんだが」

 

「ああ、いやいや、全然大丈夫ですよ。気にしてませんって」

 

「いや……しかし……」

 

 二人の会話はここでいったん途切れた。

 次に言葉を交わしたのは、玄関前での「いってきます」「いってらっしゃい」の二言だけで、それ以上互いに干渉することはなかった。

 

(父親似……ねぇ?)

 

 浩史は、去っていく甥の背に不安を覚えながらも、新しい学校生活に身を投じる彼を「がんばれよ」と密かに応援するのだった。

 

      ■■■

 

 都内にその伝統的な校舎を構える進学校──優成高校(ゆうせい こうこう)の入学式が昨日終わり、今日は誠含める新1年生にとっては記念すべき初登校日となった。

 

「……ここを右に……それであそこの交差点を……左に行けば……。うん、間違いない。このルートなら2分の時間短縮になるな……」

 

 一方で、そんな浮かれた様子を見せることなく、誠は平然と歩を進めていた。さすがは、都内トップクラスの進学校で首席合格を決めた少年といったところか。

 

(にしても、昨日の代表挨拶は絶対やらかしたよなあ。やっぱり、練習量が全然足りなかったのかな? 毎晩、練習してたんだけど……)

 

 と、いうのはあくまで見かけだけで内心は昨日の後悔を引きずっていた。

 そうして歩いているうちに、自分と同じ制服を着た少年少女たちの姿が視界に映るようになってくると、誠は胸が締め付けられる感覚に悶えた。しかし、新たな衝撃を目にしたことでそれは解ける。

 

(リムジン!?)

 

 全長8mにもなるであろう、黒塗りのリムジンが目の前で停止している。誠はもちろんのこと、登校中の他生徒や通行人らの視線もその巨躯に釘付けだった。

 

「朝から珍しいものを見たな……」

 

 今いるこの交差点は信号の待ち時間が長く、遅刻ゾーンと揶揄される魔境である。だが、今朝に限っては時間があっという間に過ぎ去ったように感じた。そう、あくまで体感的にそうなのであって実際のところ時間は普段通りに過ぎていた。

 

(って、浸ってる場合じゃないだろっ……!)

 

 誠は全力で走り出した。腕時計は、8時15分を指している。朝礼の時間まであと残り10分しかない。校舎までの直線距離およそ1km。遅刻を回避するためには、分速100m以上で行かなくてはならない。いや、確実に間に合うためには分速120mのペースは確保しておきたい。熟慮のすえ、誠は答えを導き出す。

 

(分速120m。このペースを、死ぬ気で守ってみせる)

 

 全速力で駆ける両脚にブレーキ―をかけた後に、誠は120m毎分のペースで再び走り出す……走り出したところまでは良かったのだが。

 

「っはぁ、はぁ、はぁ……策士策に溺れるとはよく言ったもんだよ……」

 

 ペースを維持できる十分な体力が、彼にはなかった。

 

(こんなことなら早起きするんだった)

 

 残り時間はあと8分。このままでは遅刻は必至だ。

 タクシーを借りようにも手持ちはほんのわずか。バスに乗ろうにも、待ち時間がある。そこで、誠は考える。遅刻を回避するための最善の一手を。

 ……しかし、思いつかなかった。諦めかけようかとしたその時。

 

「──乗りなさい、菅原(すがわら) (まこと)

 

 黒のリムジンが現れ、その車窓から同い年ぐらいの少女が顔を出した。おそらく、欧米人とのハーフだろう。ツーサイドアップの金髪に、快晴の空を写したような碧眼、彫刻のように整った顔立ちは純日本人のそれではなかった。

 

 

 

「ぼっさとしてないで早く乗りなさいよ」

 

「あ、はい」

 

 しっかり咀嚼して考えたいことはあったのだが、ひとまず危機を脱するために誠はリムジンに乗車した。広々とした車内には飲み物や様々なメディア機器が置かれていた。30秒ほど辺りを見回して誠が質問する。

 

「どうして僕の名前を」

 

「どうしてって、アナタ……入学式で代表挨拶してたじゃない?」

 

「……いやでも、普通忘れると思いますけど。とくに僕なんか、容姿にも名前にもこれといった特徴ないですし……」

 

「自覚ないのね。結構有名人なのよアナタ」

 

「有名人!? ぼ、僕がですか……?」

 

 波風の立たない平凡な中学時代を送ってきた誠にとって、その事実は驚くべきことだった。

 

「あくまで、教師たちの中でだけどね。……なんでも、あの高難度の奨学生試験を満点で合格したっていうじゃないの」

 

「なんでそんなこと貴女が知ってるんですか」

 

「ちょっとしたコネがあるのよ」

 

「……コネ? コネって、まさか」

 

 怪訝な顔を向ける誠を、少女は睨んだ。

 鋭い視線の氷柱が彼の顔に突き刺さる。

 

「勘違いしないでよ! 合格を勝ち取ったのは私自身のチカラ。それもアナタと同じく奨学生試験というルートを辿ってね!」

 

 ふんすと、誇り高く鼻を鳴らした。奨学生試験に合格したことを、よほど自慢に思っているらしい。年相応と言われれば確かにそうなのだろうが、見た目がお淑やかなだけに、ガキっぽさが目立ってしまっている。

 

「は、はぁ……」

 

「そして、私はアンタに負けたわ……。500点満点中の486点、あなたと14点の差でね。こっ、こんな屈辱は生まれてはじめてだったわ! 本当に最悪よ!」

 

 いきなり怒鳴られて怯む誠。

 

「……ええ、あの、そんなこと言わてもリアクションに困るんですけど……。えっと、つまり、あ、謝れってことですか? 謝れば、許してくれるんですか?」

 

「いらないわよそんなもの! ていうか、アンタの謝罪なんか犬の餌にもなんないのよ。ただ、私はね……」

 

 よく見てみると少女の目元は赤らんでいるようだった。

 

「アンタに負けたのが、悔しくってしょうがないだけなの……。ああ、もう最悪。こんな天然で、見るっからに弱そうなやつなんかに、この私が負けるなんて!」

 

 繰り広げられる一人劇を前に、ついに誠は言葉を失った。励ましの言葉をかけてやったところで火に油を注ぐようなものだ。この嵐が過ぎ去るまで今は押し黙る──。 

 それが誠の出したこの場を切り抜ける最適解だった。が、この少女の前では悪手となった。

 

「……少しは励まそうとは思わないわけ!」

 

「り、理不尽だ」

 

 理不尽娘とのドライブ登校はこの後もほんのしばらく続いた。学校につく頃には誠の精神はかなり摩耗していた。

 

「……ま、まぁ、何はともあれ。ありがとうございました。おかげで遅刻せずに済みそうです。それであの、お礼のほうは……」

 

「ふんっ、礼なんていらないわ。私が勝手にやったことなんだから」

 

 少女は両腕を組んで、そっぽを向いた。

 

「私はただ、私に勝った奴が一体どんな人間なのかを知りたかっただけよ。こっちこそ、無理に付き合わせて悪かったわね……!」

 

 去り際で、思い出したように少女が声を上げる。

 

「神宮司アンナ、私の名前よ! 覚えておくことね!」

 

「あっ、僕は菅原……」

 

「……言われなくたってとっくに知ってるわよ! アンタは菅原 誠。私の……好敵手(ライバル)よ!」

 

「ラ、ライバル……?」

 

 こうして嵐のような少女──神宮司アンナは誠の前から去っていったのだった。しかし、春の嵐はまだ終わってなどいない。一難去ってまた一難、いくつもの不幸が束になって誠に襲いかかる。

 

(嘘だと言ってくれ……)

 

 結果、用意していたはずの自己紹介の台本を家に置き忘れるなどの不幸が多発……。誠の高校デビューは悲惨なものに終わってしまう。

 

「お、終わった、僕の高校生活……」

 

 そして最終的に「真面目君」という実質不名誉な烙印を押された彼は、陽気グループにもオタクグループにも中間グループにも属さない、無属性キャラ(無キャ)という地位を確立したのだった。

 

(居心地が悪い)

 

 絶望の午前が終わって、昼がやってきた。クラスメイトたちは、新しくできた友達と机をくっつけ合って昼食を食べている。一方、誠は孤島の中に閉じこもっていた。そして、耐えきれない現状から目を背けるように机に突っ伏した。

 

(こんなはずじゃなかった。高校では上手くやっていけるって思ってたのに、それなのに僕はこんなところでつまづいて……)

 

 春休みの間に練りに練った高校デビュープランは崩壊し、思い描いていた青春の好スタートは切れなかった。このままでは、中学時代の自分と何ら変わりない生活を送ることになる。

 

(中学のときと変わらないじゃないか)

 

 勉強ばかりにかまけて、友達や恋人のことを疎かにしてきた中学時代をふと、彼は振り返る。思い出したくもない過去の映像が頭の中を駆け巡った。

 

『……本当のこと言ってくんなきゃ分かんねぇよ。いっつも、楽しそうなフリしてんのバレバレなんだよ……お前……。俺といんのがつまんねぇならハッキリ言えよ』

 

 ──違う。

 

『誠君って、とっても優しい人よ。でも、だからって無理してまで私に付き合おうとしなくてもいいの。私といるのが窮屈なら、正直にそう言って欲しい……』

 

 けっして、嫌われたいわけではなかった。築いた関係は、大事にしたいと彼は思っていた。手放すつもりはこれっぽっちもなかった。ただ、彼の不器用な性格から生じた度重なるすれ違いが、不幸な結果を招いてしまっただけで。

 

(僕もバカだよなぁ。そんな簡単に変われるわけないのに……)

 

 詰まった鼻をすすると、途端に涙が溢れた。

 ピカピカに磨かれた新品の机が濡れる。

 「もう帰りたい」嗚咽を堪えながら、誠が呟いた。

 

「まこ……ああ、ええと、菅原誠くんいますか?」

 

 その声で誠は起きた。

 聞き馴染みのある女性の声──いとこの菅原神子だ。

 クラスメイトたちの視線が彼女に集まる。

 

「神子さんじゃないか? 2年の菅原神子……」

 

「まさか、うちのクラスにやってくるとは」

 

 1年3組の教室が騒然とし始めた。

 誠を除く、男子新入生たちはある噂を耳にしていた。2年生に美人の先輩がいるという噂を。そして、神子の顔を見て男子たちは確信するのだった。このクラスに降り立った彼女こそが噂の──菅原神子であるということを。

 

「ね、姉さん? どうしてここに?」

 

「お弁当、忘れてましたよ。あなたって人は、入学早々世話が焼けますね……」

 

「何から何まで、ごめんなさい……」

 

「……顔真っ赤じゃないですか? どうかしたのですか?」

 

「ちょっ、ちょっと熱っぽくて! それよりも、お弁当持ってきてくれてありがとう姉さん。本当に助かったよ。それじゃあ僕はこれで……」

 

 昔から誠に対して過保護な神子が、彼の異変に気付かないはずもない。そのとき偶然にも、転入した小学校で上手く馴染めず、顔を泣き腫らして帰って来た誠の姿を神子が脳裏に浮かぶ。誠のことをこのまま放ってはおけなかった。

 

「お昼……」

「え?」

「……お昼、一緒にどうですか。誠君」

 

 入学したばかりの彼がこの場で頼りにできる人間と言えば、いとこである自分以外にいない。慈愛に満ちた神子の目が、誠の凍りついた心を溶かす。そして、わずかに顔が緩んだ彼の顔を見て、神子は確信した。

 

(やっぱり、誠に居場所を作ってあげられるのは私しかいない)



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