前線に紡ぐ物語 (鞍月しめじ)
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イリヤ小隊
01.基本作戦
ロシア某所、市街地。
少々天候が優れず、重苦しさをはらんだ灰色の雲が空を覆う。
廃墟と化した街は暗く、じめじめとした空気を纏っていた。
廃墟となっても形を保ち、樹立するビルの間を人影が複数駆け抜けた。人数にして五名。
先頭を走っていた者が止まると、続く人影も立ち止まる。
「作戦グリッドに到着っと!」
銀色の髪をした少女は乱れた髪をかき上げて呟く。見た目こそ少女だが、その手には厳ついショットガンが握られていた。スカート部分にはショットシェルキーパーが下げられ、腰には分厚い金属製のシールドまで装備されている。
重量にして20kgは超えるだろうが、少女はまるで気にしていないようだった。
「指揮官様に報告をしなければいけませんね」
厳つい装備に身を包むショットガンの少女とは対照的に、白と黒を基調にした清楚な見た目の少女は周囲を確認しつつ語る。
しかし、やはり手には厳めしいコンパクトタイプのアサルトライフルが握られていた。
白い少女は曇天の空を見上げると、あたかも天と会話するかのように呟き始める。
「指揮官様、X95以下四体。作戦グリッドへ到達致しました」
『了解。座標は追えているから、安心して。間も無く鉄血の部隊がそこを通過する。時間は──五分後』
建物の陰に身を潜めて通信する少女。アサルトライフルの少女含め、その場に居たのは女性のみだった。ただいずれもが銃で武装し、待機する所作での扱いでさえも熟練が見られた。
指揮官と呼ばれた通信の向こう側の声も、また女性だった。落ち着き払い、安心を周囲にすらもたらすような柔和な響き。しかし、その指示は正反対にその後の騒ぎを予感させるものだった。
『R93は現在地のビル屋上から狙撃を。スパス、前衛をお願いね。X95、AR-57は火力で敵を減らして。K5、撹乱は可能?』
指揮官が問うと、ハンドガンを携えた少女は高らかに答える。
「見えるのは勝利だよ、指揮官。でももしかすると、状況が変わるかも」
『分かったわ。全員、配置移動開始』
指揮官の声で、全員が散らばった。スパスと呼ばれたショットガンの少女は装填を確認し、道に停められた廃車に身を隠す。
アサルトライフルの少女、X95はAR-57と共同で予想された進路上を左右挟み込む配置で敵の登場を待つ。
ハンドガンを携えた少女、K5は軽い身のこなしで道路にあったトラックを足場に、建物の二階部分へ飛び込むと待機姿勢に移る。
「残り一分です。R93さん、敵影は?」
『見えていますよ。まだ引き付けますか?』
屋上に上っていたR93は既に手持ちのスナイパーライフルのスコープに前進する敵を捉えていた。
敵性体のどれもが機械的なバイザーで目を隠して表情は窺い知れない。武器も、待ち伏せる少女たちに比べると、随分と形状が異なる。
「今撃つと私たちの射程外です。通過させ、後ろの敵から撃ってください」
X95が壁から身を乗り出し、銃を構える。反対側ではAR-57も合わせていた。
あとはスパスの距離次第。彼女の掛け声一つで、静かな廃墟は戦場に変わる。ショットガンは散弾を主に使う武器だ。弾が散るため、遠距離では威力が出ない。その為、奇襲の号令はギリギリまで引き付けた上で上げられる事になる。
一瞬の静寂が、その場では何時間にも感じられる。配置についた少女たちはじっとスパスの声に耳を傾ける。
「よし、入った! 射撃開始!」
スパスの結った髪がじっとりと湿気を帯びた風に揺れる。廃車から飛び出した彼女は、先頭を歩いていた敵性体へ向けてトリガーを引く。
充分に引き付けた効果はあったようで、散弾は散らばりきる前に標的の頭を打ち砕いた。スパークを飛ばし、頭部の半分を失ってもなお仰向けのまま歩行を続けようとする様は人間のそれとは全く異なったものだった。
「射撃開始!」
スパスの攻撃開始から間髪置くことなく、AR-57とX95も射撃開始。K5もビル中層階の窓から敵を撃っていた。
「おっとと……!」
K5に気付いた敵の後衛が彼女へ銃を向ける。ビル内部に居たK5はその場にしゃがみ、壁に身を隠す。
複数の小口径のプラズマキャノンによる射撃は壁を砕こうとするが、刹那響いた銃声がそれを止めた。
「いい位置! やっぱり、運は私に向いてますね!」
硝煙を上げる銃口の向こうで、R93は勝ち気に笑む。
ボルトハンドルを引き、装填。後衛の敵は次々と撃ち出される彼女の銃弾からは逃れられなかった。
スパスはシールドを巧みに用いながら、敵を引き付ける。K5が上から射撃を繰り返すのもあり、敵はスパスに集中を向けきれない。
「リロード!」
スパスが叫ぶ。ショットシェルを連結したローダーを装填口に挿し込み、一気に押し込む。後退したままロックしたボルトを戻し、再び攻撃に転ずるスパス。時間にして二秒もない。攻撃はシールドに全て防がせていた。
『皆そのまま聞いてちょうだい。鉄血の部隊が更に接近しているわ。その部隊を迅速に排除し、我々は退避。応援に来る別部隊と交代する事になりそうだわ』
「だけど指揮官。悔しいけど時間制限付けて殲滅するには、火力が足りない!」
AR-57が再装填のため物陰に隠れながら指揮官へ返す。
実際、彼女の言う通りだ。X95、AR-57共に押し寄せる敵全てに銃弾を叩き込んでいては弾が足りない。スパスへの負担も大きくなる。K5はその武器の通り、敵を一体倒すにも難しい。
大火力の要であるスナイパーライフルを構えるR93も、武器の取り回しが悪く全ての敵に対応するのは難しい状態だ。
『そうね。ただ、その地点をこちらでスキャンした結果、敵から見て右側に通路がある。R93がいるビルを回り込めば、そこへ出られるわ』
通信を聞いて、K5は指揮官の示した地点を目視確認する。
「そこはバスが塞ぐように停まってるよ。あれじゃ、敵の不意を突けないと思うけど」
『そこは手を打てるわ。ううん、そのバスが頼りなの。行けるわね?
指揮官が誰かの名前を呼んだ。反応したのはスパスだった。重苦しい装備と思わせない跳躍で後退した彼女は、シールドを投げ捨てる。
「いつでも行けるよ、指揮官!」
「サブリナ……?」
AR-57がクエスチョンマークを浮かべる。
味方すら混乱する状況。指揮官は変わらず淡々と告げた。
『一度スパスは前衛から外れる。スパス、指定した地点への到達予想は?』
「障害物次第だけど、距離にして100メートルもない。30秒間、敵を押さえつけてくれれば間に合うよ」
『よし。スパスを除いた全員、30秒間敵をその場から動かさないで。何でもいい、ありったけの銃弾を叩き込んで。スパス、味方が全力で抑えるわ。貴女は全力で指定ポイントへ向かって。ポイントについたら、やるべき事はすぐに分かる』
「了解っ!」
装備を外したスパスは今までよりもずっと足取り軽く、路地裏へ消えていく。
残された人形たちへ課せられたのは、敵を一歩も前に進めてはならないというオーダーだ。
「指揮官様とスパスさんを信じましょう。全員、総攻撃を」
X95とAR-57は前進を開始。接敵距離を縮め、より敵を足留めしやすい位置に移動する。
R93は膝立ちに姿勢を変え、始末を終えた後衛の攻撃から前衛から中団への攻撃に切り替えた。
「私も加わるよ!」
ビルからしなやかに飛び降りたK5は道路を横断しつつ、射撃を繰り返す。彼女に気を取られた敵は、X95とAR-57が撃破していった。
予定時間から20秒経過。残弾は全員が尽きかけていた。
□
スパスが飛び込んだ路地裏はゴミが散らばっていたが、進路を妨げるようなものは落ちていない。
銃声はまだ彼女にも聴こえていた。まだ味方はスパスを信じて戦っている。
「あった。これだね……」
指定ポイントには道を遮るようにバスが停まっている。二度と動くことが無いような朽ち方ではあったが、形は保たれていた。
敵はその先に展開しているようだ。やるべき事は理解していた。指揮官がスパスを別の名で呼んだその時から。
ショットガンの装填を確認し、フルローディングを認識する。ゆっくりバスへ歩み寄ると、スパスはゆっくりと右足を後ろへ引いた。
「せぇいっ!」
掛け声と共に、軸のぶれない華麗な後ろ回し蹴りがバスの側面を叩く。
凄まじい衝撃音と共に、バスは反対側から強い力で引き寄せられたかのような勢いで吹き飛んだ。その先に居た敵部隊を横転に巻き込みながら。
続いて飛び出したスパスは、残った敵を後ろから撃ち抜き、瞬く間に全滅させる。
「スパスさんっ!」
X95がスパスへ叫んだ。彼女は左へショットガンを向けると、不意を突こうと銃を向けていた敵へ顔も向けずに二回の射撃を見舞う。
「よし、全滅を確認!」
スパスの声で、その場の味方部隊が安堵に胸を撫で下ろす。
『ご苦労様。次は脱出よ。南西に2キロ進んだ先をランディングゾーンに設定するから、急いで』
スパスが部隊に再合流し、シールドを回収。指揮官の示すポイントへ全員が向かった。
既に弾薬は尽きている。敵との遭遇は即ち死を意味する。索敵の分時間を掛け、少女たちは派遣されたヘリコプターに乗り込み作戦地域を離脱した。
□
ヘリコプターが向かったのは、森を切り開いた中にある広大な軍事施設だった。
巨大な隔壁に周囲を囲われ、対空機銃まで点在している。
それが、少女たちの帰る場所だった。
ヘリコプターはヘリパッドの上に滞空すると、ゆっくりと高度を下げていく。小さな揺れと共に接地し、キャビンのドアが開いた。
「任務ごくろうさん」
ドアを開けたのは、またもや少女だった。健康的に日焼けした肌にスポーティーなショートカット。指揮官と呼ばれた女性からすると、少々粗野っぽい印象だ。
「今日は指揮官様のお出迎えは無いのですか? MTSさん」
「すぐに来るさ。とにかく降りな、ヘリを整備に回せない」
少女が三歩下がると、ヘリコプターからX95を先頭に部隊員が降りてくる。その目は、基地から出てくる女性に向けられていた。
「おかえりなさい。今回は無茶な作戦だったわね、ごめんなさい」
「問題ないよ、指揮官。あれだけ弾ばらまくのは久し振りだったし」
AR-57が話す女性は車椅子に座っていた。軍事施設には似つかわしくない、ひ弱さを感じる。腕はか細く、力も無いように見えた。だが、AR-57が話したように、彼女こそが少女たちを動かした指揮官だった。
「各自、メンテナンスへ。修復不要な者から、休息してよし。今日の夕飯は少し豪勢になりそうよ」
指揮官が告げると、少女たちは歓喜の声を上げる。反応に差はあれど、激戦を潜り抜けた猛者の印象がかき消えてしまうほどだ。
指揮官の指示通りに基地へ戻る少女たち。
「報告はどうするんだ、指揮官?」
「すぐにするわよ、
「……了解した。ただ、今はMTs-255と呼べ。さっきもだ。作戦中にスパスの別名を呼ぶなんて──」
「ごめんなさいってば。でも、結果オーライだったでしょう?」
指揮官にこれ以上物申すのも無駄だと判断したのか、ライーサと呼ばれた少女は一足先に基地へと戻っていく。もっとも、少女は今そう呼ばれるのを嫌っているようだが。
「はぁ……。今日も一日、生き延びたか」
相変わらず空は晴れない。車椅子を自分で動かしながら、指揮官は暗い鈍色の空を見上げた。
「けほっ……。報告は薬の後ね」
咳き込みだす指揮官。回数は時間と共に増えていった。
基地へ戻り、通信区画で指揮官は薬の瓶から錠剤を取り出して口へ放り込む。
決して速効性の薬ではないが、『薬を飲んだ』という意識が体調も改善に向かわせる。プラシーボ効果とも言うべきものだろう。
大きく息を吸い、チャンネルを本部へ繋ぐ。
「こちら722基地、イリヤ・トレフィロヴァ。聞こえますか」
指揮官──イリヤがそう訊ねると、すぐにチャンネルが開いた。画面に映し出されたのは片眼鏡の少々堅物な印象を与える女性だった。
「ヘリアンさん、
『問題ない。そちらのスパス12が道中に障害物を作った以外はな』
「私のミスです。敵の侵攻を食い止めるには、ああする他……」
『責めてはいないぞ、イリヤ指揮官。……調子が悪そうだな?』
ヘリアンと呼ばれた女性は、イリヤの体調を見抜いているようだった。対するイリヤは画面へ微笑みかける。
「それこそ、問題ありません。彼女たちに比べれば、こんなもの──」
『指揮官、彼女たちは人間ではない。貴官のように病気にはならないし、仮に破壊されてもバックアップさえあれば何とかなる。我々人間は、彼女たちと対等にはなれない』
「それでも──それでも私は、戦えるなら彼女たちと戦場に立ちたかった。それが叶わないから、こうして指揮に全力を尽くしているつもりです」
ヘリアン──本来はヘリアントスという──が画面の向こうで頭を抱えた。イリヤは頑固なのだ。決めたことはなかなか曲げようとしない。
ヘリアントスも口論する気は無いようで、『そうだな』と一言返すと改めて真っ直ぐにイリヤを見つめる。
『とにかく、ご苦労だった。人形たちを労ってやるといい。別命については、また後で連絡する』
「了解。それでは、失礼します」
通信終了と共に、イリヤは車椅子の背凭れに身体を預けた。一先ず、これで仕事は終わりだ。
通信機器に囲まれた周囲を見渡し、無機質な天井を見上げる。蛍光灯の灯りが目に刺さるようだった。
「人間とは違う、か」
呟きは飾り気も何もない壁に、吸い込まれるように消えていく。
イリヤが作戦指示を出していた少女たちは人間ではない。『戦術人形』と呼ばれる、アンドロイドだ。
イリヤが所属する民間軍事企業『グリフィン&クルーガー』は、その戦術人形を用いて、人類に反旗を翻した『鉄血工造』の
ヘリアンが語ったように、戦術人形はバックアップデータと同型の素体さえあれば事実上『復元』が可能だ。身体が弱くなったり、病気になったりする事もない。
見た目は人間社会に溶け込めるよう、生体素材を用いているのもあって、人間そのものだ。生活習慣も大して変わり無いし、食べ過ぎれば太る。性格もまちまちだ。
人形たちがそういうものだからなのか、それともイリヤが特殊なのか。彼女はそうした戦術人形たちに、必要以上に肩入れしていた。
通信室の電気を消し、部屋を後にするイリヤ。向かう先は、戦友である人形たちの元だ。
──時代は2062年。場所はロシア。ここが少女たちの最前線である。
ドルフロアニメ見たら、結構創作意欲が刺激されまして。
MTs-255は現状オリジナル人形です。あそこの事だから、その内増えそうな気がしますが……。
ゆっくり更新していきますので、よろしくお願いいたします。
スパスちゃんバカ力概念流行って(
タイトルは仮のものです。もうちょいカッコよさげ(?)なのが浮かんだら変わると思います。
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02.互いの当たり前
いつの時代になろうと、食事は重要なものだ。栄養摂取はもちろん、いい食事は士気の向上にも繋がる。
それは人形であっても同じだった。彼女たちも人間のように食べ、そしてその喜びを知る。稀に無頓着な人形がいるのもまた、人間に近しい。
「今日はお肉ですね」
X95たちの前にはローストビーフが並ぶ。いくら復興し始めているとはいえ、鉄血という敵がいつ補給を断つかわからない以上、贅沢はできない。しかし、彼女たちも命を懸けて生きて戻った。多少の贅沢は許されるだろう。
軍事基地に相応しくない、小洒落た内装のカフェ。その一角の食事スペースに、イリヤが率いた小隊メンバーは並んでいた。
「足りるかなぁ……」
「足りなかったら後で買いに行ったら? また太るかもしれないけど」
「うぐっ……」
大食らいのスパスには、少々量が心許ないようだった。AR-57から暗に肥満を指摘されると、言葉を詰まらせる。
「大丈夫。スパスはあれだけ動いたんだし、消費エネルギーで相殺できるよ」
「K5……! そうだよね!」
確かにスパスはとてつもないパワーを戦場で発揮した。バスをその脚で蹴り飛ばすには、少々負荷があった。脚部パーツの僅かな交換で済んだのは、スパスの頑丈さ故か。
K5を見つめるスパスの輝く瞳には、彼女は救世主のように映っているのだろう。
「でも、これだけは流石に少なくないです? 奮発はしていただいてるんでしょうけど……」
R93も目の前の皿を見下ろして呟く。付け合わせが無いとなれば、それはもはや夕飯にはならないわけで。
少しして、メイド服の女性が配膳台と共に現れる。金色の髪を編み込んで下ろす女性。目付きが少々キツいが、それも理由がある。
メイド服の女性もまた戦術人形だ。G36と呼ばれる彼女は、もっぱら小隊メンバーの交替要員の他、イリヤに代わって家事代行を行う。
「ご主人様より、こちらの食事はおかわり自由との言伝てです。作戦お疲れ様でした」
配膳台の上には豪勢な料理の数々。ローストビーフはどうやらほんの一部に過ぎないようだった。
G36は深々と礼をすると、カフェから立ち去る。
それから暫く、カフェからは食事を楽しむ声が絶えなかった。
□
「ご主人様。小隊メンバーへの配膳、完了致しました」
イリヤの自室にて、G36は姿勢正しく告げた。部屋の主は自室備え付けの机に向かったまま、「ありがとう」と告げた。
本来なら退室すべきなのだろう。G36も分かってはいた。しかし、普段ならばイリヤも夕食の席についているはず。ほんの数パーセントの違和感が、退室命令を下されないG36を部屋に留めていた。
「ご主人様、我々に可能な仕事はこちらにも振ってください。私たちはその為に、ここにいるのですから」
G36もイリヤが普通の屈強な指揮官と違うことは知っていた。それがコンプレックスで、報告書作成程度の仕事は自分で抱え込もうとする事も。
このまま放っておいては、彼女はこのまま朝まで机に向かいかねない。普通の人間でも体調に支障を来すだろう。それがイリヤならば倒れかねない。
失礼を承知で、G36はイリヤへ問い掛けた。
「ご主人様? 今されているお仕事は、一段落ついていないのですか?」
G36の問い掛けに、イリヤはハッとしたように頭を上げた。仕事用のブルーライトカット仕様のメガネが照明に反射する。
「報告書は作成したわ。もう送付もしたし……」
「であれば、今は何を?」
「明後日も出撃になりそうなの。ただ、今回の出撃でダメージが残った子もいるから、その編制を──」
やはりだ。G36はメモリーの通りだと納得する。人間とは──少なくとも、この722基地の指揮官、イリヤ・トレフィロヴァという人物はそういう人間だと。
自身に力がない事をコンプレックスに、他の部分で無理をする。彼女はそういう人間なのだ。
「そういう事であれば、尚更です。私たちをもっと頼ってください。我々は兵器です、指揮官。戦士であり、兵器なのですよ」
戦術人形として、至極当然の事をG36はイリヤへ告げた。だがイリヤは「違うわ」とハッキリ否定して見せた。彼女たちは仲間で、失いたくない家族だとイリヤはG36へ告げた。
戦術人形には理解できない人間の感情だった。イリヤは戦術人形を指揮する立場にいながら、彼女たちの価値を無に帰すような思考の持ち主なのだ。
兵器は使われなければ意味がない。G36ら戦術人形はそう考える。しかし、イリヤは逆だ。
なぜ兵器ならば感情モジュールなど搭載したのか。イリヤの属するグリフィン&クルーガーと契約する人形製造会社『I.O.P.』が何を考えているか、一介の指揮官であるイリヤには分からない。
「ご主人様?」
気付けば、イリヤは俯いて震えていた。G36も討論しに来たわけではない。彼女に休息を促しに来たのだ。これでは意味がない。
完璧なメイドであるG36も、対する人間によってはごく稀にミスをする。今回はその代表例となったようだった。
「G36、一つ仕事があるの」
不意に振られた話に、G36はイリヤの傍らにしゃがみこんで視線を合わせて訊ねた。
「何でもお申し付けください、ご主人様」
無論、嘘偽り無い言葉だ。G36は、意味の無い自己破壊と指揮官の殺害以外なら何でも言うことは聞くつもりだった。
「あったかいココアをちょうだい。確かに、少し根を詰めすぎたかもしれないから、少し休むわ」
そう言って微笑むイリヤ。やっと休んでくれる気になったようで、思わずG36にも安堵から来る笑みが浮かぶ。「お任せください」と語って、G36は部屋を後にする。
残されたイリヤは、車椅子の上で伸びをする。部屋にはMTs-255も居ない。誰も居ない隙に、彼女は夜の分の薬を飲む。
薬を飲み下し、作戦予定地点の情報へ再び目を通した。分厚い雲に覆われていた空からは大粒の雨が降りだして、嵐のように風が吹き始める。
「……この天気が回復すればいいのだけれど」
作戦予定地域は山岳部にある鉄血の通信施設となっている。このまま荒天が続けば、非常に危険な任務になるかもしれなかった。
楽観視は出来ない。出来うる限り危険を潰さなければ、任務成功はないとまで考えている。しかし、その前に身を案じてくれる仲間がいる事も忘れてはならなかった。
仕事に戻る前に、G36の言葉に甘えよう。イリヤはそう考えて、少しの間メガネを外して目を瞑る。目が疲れた時は、眠れなくともそうしておくだけで違うものだ。
十分ほどで、G36はマグカップ一杯のココアを持って戻ってきた。立ち上る湯気が淹れたてである事を教えてくれる。
「どうぞ、ご主人様」
音を立てる事無く、G36はマグカップをテーブルに置いた。イリヤは礼を述べつつ一口啜る。どうやらある程度冷ましてくれたのか、良くある突き刺すような熱さは感じなかった。
身体が暖まっていくのが良く分かる。ほっと一息つけるのが分かる。思考も再びクリアになっていくようだった。
外で吹き荒れる風の音に耳を傾けつつ、イリヤはG36へ問う。
「この天気が、明後日までに回復すると思う?」
「難しいでしょう。出撃する方にはしっかりと話をしておくべきかと。ただ、まだ時間はあります」
G36の言葉を聞いて、イリヤは自室の時計を見る。昔ながらのアナログ時計だ。時間は夜七時を指している。
自身の夕食は後回しにしたとしても、まずはブリーフィングが必要だ。それは早ければ早いほどいい。
「G36。スパス達へ20時にブリーフィングへ集合するように伝えてくれる?」
イリヤが告げると、G36は小さく頭を下げて部屋を後にする。
彼女が淹れてくれたココアを啜りながら、イリヤは再び端末へ向かう。ふと、画面にメッセージが入っている事に気がついた。
すぐにそれを開く。送り主はMTs-255。メッセージには一言『何も無かった』とだけ添えられていた。それを確認すると、イリヤは別な場所へ向けてメッセージを送信する。完了の表示が出ると、彼女はそのままメッセージデータを消去してしまった。
風は強まり、遂には雷まで鳴り出した。G36の言った通り、これでは任務当日の天気には恵まれなさそうだ。
下ろしたブラインドを上げ、真っ暗な外を眺める。大きな雨粒が絶えること無く窓にぶつかってきていた。
ブラインドを戻すと、イリヤは車椅子を漕いで自室を出ていった。
戦術人形って人間に近いせいで、どう書き分けて良いものか分からなくなりますね。
G36好き。目付き悪いメイドさんすき……。
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03.雨天決行
イリヤが指定した20時。ブリーフィングルームにはスパスを始めとした小隊メンバーが集まっていた。もちろん、イリヤもそこにいる。
普通ならば、ブリーフィングは
「ブリーフィングを始めるけど、資料は手に渡ったかしら?」
イリヤは人形たちを見回して訊ねるが、特に声は上がらない。書類は行き渡っているようだ。MTs-255が部屋の照明を落とすと、すぐにプロジェクターに作戦区域マップが表示される。
高低差の無い平面戦術マップではなく、目標地点がどういう場所にあるかを知らせるため通常の作戦マップを使用する。
「作戦内容は単純よ。鉄血の通信基地内部に侵入し、通信機器全てを破壊する。内部も、外部も」
イリヤがレーザーポインターで指し示したのは衛星写真に映し出された巨大なレーダーサイトと、それに対応すると思われる機器モジュールの資料写真。
山岳地帯にある場所というだけでなく、その任務内容も単純ではなかった。潜入による内部破壊工作と、派手な外部破壊工作。これを同時にこなさなければならない。
それは過去に生きた人間──それも、破壊工作に精通したプロですら一筋縄ではいかないような任務だ。人形たちのブリーフィングへ向き合う姿勢も、普段より遥かに真面目だった。
「天候の予想は最悪よ。恐らく今日のまま──もしくは、かなり足場の悪い状態で挑まなければならない。各自、用意は慎重に行ってね」
マップ画面が切り替わる。目標の通信施設は山岳地帯で攻め込みづらくするためか、他の基地に比べわずかに地盤が緩い場所に建てられているようだ。雨が降り続けば、雨音が味方になってくれるかもしれない。しかし、地盤の状態を考えれば百パーセントの信頼は置けない。
「作戦開始は明後日、ヒトロクマルマルより。周囲は木に覆われているわ。想像以上に現場は暗い筈……暗視装備を用意しておくから、各自バックパックに余裕を作っておくこと。明日は丸々休みにするから、しっかり休息するように。以上、解散」
イリヤの声で、人形たちはブリーフィングルームを後にする。ふと、立ち去ろうとしていたK5をイリヤは呼び止めた。
「K5、ちょっと訊きたいのだけれど……」
「どうかした? 指揮官」
「今日の雨、明後日には止むと思う?」
指揮官の問いに、K5は天井へ視線を泳がせる。風の音だけが暫くブリーフィングルームに轟いた。それでも、K5の返答は至極単純で当たり前のようなものだった。
「この天気はきっと変わらない。でも雨もまた、きっと私たちに味方してくれる。大丈夫だよ。作戦は必ず成功させるから」
K5の宣言は心強いものだった。彼女の言葉に頷いたイリヤは、MTs-255を引き連れK5と共にブリーフィングを後にする。
廊下でK5と別れると、イリヤは彼女の背中が見えなくなるまで見送り続けた。自分に出来るのはそれしかない。戦場に共に立てないからこそ、彼女たちにもっと寄り添わなければならない。それが、イリヤの考えだった。
□
ブリーフィング後、X95とスパスはシューティングレンジにいた。休むに休めないのか、射撃訓練に打ち込んでいる。
ASST技術と呼ばれる、武器と人形本体の高度連携システムのおかげで各人形の名前にもなる
X95は弾の切れたマガジンを引き抜いて、新たなマガジンと入れ換える。その所作も熟練されたもののように見えた。
スパスもまた、複雑な機構と手間の掛かるチューブマガジン式のスパス12ショットガンを文字通り手足のように扱っていた。
雷鳴めいた銃声が終わりを告げると、不意にスパスが隣のブースにいたX95へ問いを投げる。
「次の作戦、不安要素が多いよね。X95はどう思う?」
山岳部の敵基地。予想される荒天に、任務の難易度。今までのように殲滅して終わりではない。
仕事に対して恐怖はない。そこは戦術人形ならではだ。問題は不安要素にどう対処するか。今回の小隊長は、スパスだった。前回任務の小隊長、X95に彼女は聞いてみる。
「慎重に越したことはありません。ですが、慎重も過ぎれば臆病になってしまいます。そうすれば、必ず敵に付け入る隙を与えてしまう──」
X95は答えつつ、スコープにターゲットペーパーを捉える。撃った弾痕はスコープの中心とズレは無い。
マガジンを抜き、薬室の弾薬を右手に転がし入れて彼女はスパスへ向き直る。
「現場の状況は常に変わります。私たちも休みましょう」
疲れて判断が鈍るのでは意味がない。X95はそう言いたげだった。現実に他のメンバーは既に休んでいる。
明日は丸一日休みの小隊だが、その休みは作戦準備にほぼ割かれる筈だ。スパスも少々名残惜しそうにターゲットペーパーを一瞥してから、X95に同意した。
□
ブリーフィングから日が明け、翌日。小隊は案の定、朝から作戦準備に勤しんでいた。
イリヤも車椅子でも出来ることは、可能な限り手伝っている。
「指揮官様。ライフルのスコープマウントにマグニファイアを搭載したいのですが、可能ですか?」
「倍率を掛けたいの? どうして?」
X95の提案に、イリヤは問いで返す。装備の変更は指揮官指示によるものが多い。X95ショートアサルトライフルには、無倍率のドットサイトが搭載されている。マグニファイアとは、それら無倍率のドットサイトに一定の倍率を掛ける、拡大鏡のようなアイテムと言える。
勿論小さいものではないから嵩張るし、倍率を掛けたいならスコープを採用した方が手間はない。
「次の作戦は近接戦闘も予想はされますが、中距離以降の攻撃を全てR93さんに任せてしまうのは、あまりにも負担が大きすぎます。スコープよりは、判断で倍率を切り替えられるマグニファイアの方が良いと思って……」
イリヤが暫し悩む。確かに彼女の言う通り、前任務ではR93にばかり中、遠距離の処理が向いていた。
X95ライフルは銃身を極端に短くした分射程こそ短くはなったが、それでもライフル弾である。中距離の処理も充分に可能だろう。
「三倍率の物なら、確か倉庫にあるわ。見に行って、確かめてみて」
「ありがとうございます、指揮官様」
銃を手に走り去っていくX95。マグニファイア案が上手くいけば、AR-57に装着させてもいいかもしれない。準備する人形たちを眺め、イリヤは未だ止まない雨を窓の向こうに見る。
やはり天気は味方してくれそうに無い。K5が話したように、雨は転じて姿を隠すことにも優位に働くが、人形相手ではどうか。今回は夕方から夜間に掛かる、夜戦任務。その上、天候は雨。
イリヤにも指揮官兼オペレーターとしての重責がのし掛かる事になる。
全ては明日判る。何としても、送り出す人形たちを無事に帰還させる。準備を進める人形たちを見つめ、イリヤは決意を固めた。
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04.ヘビーレイン
輸送ヘリコプターを降りた小隊は、改めて今回の任務が一筋縄ではいかないことを思い知らされた。雨はやはり止まず、山岳部特有の強風が強く人形たちの顔を打ち付ける。地面はぬかるみ、生い茂る木々は時間の感覚を狂わせてしまうほどに外の光を遮ってしまっていた。
暗闇の中、小隊は歩み始める。既に敵の勢力圏内だ。特に対象は通信施設。指揮官への連絡は傍受の危険がある。人形同士の短距離通信ですらもだ。
故に、人形たちに求められたのは昔ながらのやり方だった。戦術人形ならさして必要の無いハンドサイン、アイコンタクトといったオールドスクールな方式こそ、まさに今求められたものだった。
時間をかけ、敵に気付かれないよう山を上がり、目標に接近する。ただひたすら、それを繰り返す。索敵はR93をメインに、K5も加わる。
「敵の斥候が居ますね……」
R93が構えるライフル──そのスコープが、敵の姿を捉えた。少し待ってみたが、動く様子がない。だからと言って、小隊にも回り道をする余裕は無い。
R93は静かに照準を合わせ、緑色に発色するライティングレティクルに描かれた目盛りに敵を乗せる。
サプレッサーを装着したR93ライフルは小さくくぐもった銃声と共にライフル弾を撃ち出し、弾丸は真っ直ぐに対象の頭部を砕く。
「行こう」
こちらが人形ならば、相手も人形。スパスを先頭に、小隊は周囲を警戒しつつ動く。K5が先ほど撃たれた鉄血人形を確認し、二発ほど胸元に撃ち込んだ。人形相手ならばオーバーキル程度がちょうどいい。
それぞれ両翼に展開したX95、AR-57の両名は左右それぞれの偵察兵を撃ち倒し、小隊は尚も進んでいく。
止まない雨は確かに今のところは味方のようだった。足場は悪いが、おかげで多少の痕跡なら流れてしまう。雨音は物音をある程度遮ってもくれる。
通信基地に辿り着くまでは簡単だった。山奥に砦を築く訳にもいかなかったのか、そこは簡素な金網で囲われている。
巨大なパラボラアンテナ、レーダーサイト。通信の傍受や増幅などを担う通信施設は、人形たちには見上げるほど巨大だ。
フェンス切断用のカッタートーチを取り出して、スパスは素早くフェンスを焼き切る。雨による動作不良もなく、作動音は雨でやはりかき消されている。
切り開いたフェンスから、スパスを先頭に内部へ潜入する。一度集団で固まり、周辺を確認するがブリーフィングとの地形の差は無い。
通信施設であり、前線基地ではない。大きな規模ではなく、見張りが行き来している以外は単純な構造だった。
「今回は内外両方からの破壊ですね。スパスさん、具体的な案はありますか?」
X95は稼動するパラボラアンテナを見上げるスパスへ訊ねる。「うーん」と少し唸ってから、スパスは再び小隊メンバーへ向き直った。
「このままじゃ通信もままならない。私とK5で通信施設のコントロールパネルをハッキングして、停止させる。R93、西側にある建設中パラボラアンテナの足場に上がって偵察と処理を。X95、AR-57は私たちの通信を聴き次第、装備品の爆薬を起爆──どう?」
スパスの判断に、皆から異議は特に挙がらない。ただ、その運びにする理由だけは明らかにしておきたい。AR-57は納得した様子を見せつつも、スパスへ問う。
「その作戦自体に異議はないけど、コントロールから先に止める理由は?」
「さっきも言った通り、通信を出来るようにしなきゃ指揮官も指示が出来ない。それに、爆薬を使うんだから最後はどうせ見つかる。だから、まずは気付かれずに指揮官への連絡と私たちの通信を有効にするの」
加えて、スパスは分担について『閉所を回る側には近距離火力と取り回しのいい武器を扱える方がいい』と付け加える。R93の役割は言わずもがな、遠距離からの偵察援護だ。
「それじゃあ、作戦開始……!」
スパスの静かな一声で、部隊は雨の中で解散する。
K5と行動を共にするスパスは、まず手近の建物に入った。施設全体の通信システムをダウンさせる方法は必ずある。
「巡回は居ないみたい……」
ハンドガンを構えつつ、K5はそう漏らす。暗闇に染まった建物内には人形の気配はない。──ならば好都合だろう。
スパスとK5は手分けして各部屋を捜索する。
少しして二人が合流するが、互いにかぶり振るだけだった。そんなに都合良く事は運ばないと思い知る。
警戒は続けつつ外に戻る。目の前で巡回の鉄血人形が破壊された。スパスがアンテナの足場へ目を遣ると、R93のスコープが光を返す。
「これなら安心ね」
ちょっとした皮肉だった。バレたらどうするのか、と内心考えながら破壊された人形を建物内に引きずり込んで隠すスパス。
通信施設にはそう何棟も建物がある訳ではない。二人は再び雨の中へ飛び出した。
□
X95とAR-57は破壊すべき通信機材に爆薬を仕掛ける任務を負っていた。相手は生産力もある鉄血だ。少ない損傷では復旧させられてしまう。故に二人は、巨大なパラボラアンテナを復旧出来ないよう、爆破して切り崩そうとしている。
少なくとも稼動しているアンテナは二基。夜の闇に巨大建造物の証しとも言える、障害灯が輝く。
アンテナは勿論だが、電力も断たなければならない。変電施設の破壊も必要だ。まずは手近にあった変電施設を確認しにいくX95。AR-57はその少し後ろを、周囲に警戒しつつ付き従う。
変電施設も簡素なフェンスで囲まれているだけだ。X95がカッタートーチで焼き切ると、素早く内部へ入り込む。
「どうするの? まだスパスたちが終わってないだろうし、爆薬は無理だと思う」
AR-57は変電器の停止に関して、X95へ問う。問われた彼女の答えは決まっていたようで、返答は早かった。
「直接破壊しましょう。ハッキングは勘づかれる可能性がありますから」
「いや、どうやって……。爆破もまだマズイのに」
AR-57が迷う間に、X95は変電器のスイッチを切る。それからアサルトライフルのストック部分で殴り付け、操作盤ごと破壊してしまった。「文字通りの破壊」にAR-57は目元を覆った。清純な見た目に反して、イリヤの下に来たX95は少々手荒な気がする。少なくとも、AR-57はそう思っている。
「電力が止まったことに気付くまで、恐らく時間はありません。急ぎましょう」
ここからは時間の問題だ。スパス達は勿論、X95達にもゆっくりと施設を巡る時間はない。
パラボラアンテナの近くにいた見張りへ、X95は照準を合わせる。マグニファイヤを立ち上げ、ドットサイトをズームさせることでその姿はより克明になった。トリガーを引き、見張りを撃ち倒す。異変に気付いた人形達へは、AR-57が入れ替わりで銃弾を見舞った。彼女のバレルは今回のためにイリヤが選んだ高精度拡張バレル。サプレッサーを取り付けても、精度に影響は無いと言えた。
「仕掛けるなら根本かな?」
「そうですね。下の支えを失えば、アンテナは倒壊する筈ですから」
十数メートルはあろうか。パラボラアンテナとしては比較的中型ではあるが、二人からすれば見上げるほど大きい。アンテナ自体は過去に人間が建てたものを再利用しているのだろう。鉄血らしい造形ではなかった。
見張りが彷徨いている中で、のんきに整備用はしごを上って爆薬を仕掛ける暇は無い。使用する爆薬はC4プラスチック爆弾だ。ひとつでは倒壊させる威力にはならないだろうが、二人の手持ちをいくつか密集して設置、誘爆させれば威力の底上げはできる。
雨に濡れた爆薬の水気をぬぐい、アンテナ基部へ張り付ける。それを繰り返し、基部の片側が爆破で潰れるように設置した。起爆すれば、バランスを失ったアンテナは基部が潰れた方へ倒壊する寸法だ。
信管をそれぞれ突き刺し、遠隔装置を起動。
アンテナ二基全てに設置を終えると、X95はスパスの連絡を待った。
□
「ここが最後……」
数棟の建物を探って、スパスたちは運も悪く“当たり”は引けなかった。これから突入する先が、間違いなくコントロールパネルの備える建物だろう。
スパス、K5共に改めて薬室への装填を確認してから静かにドアを開ける。
室内は真っ暗だ。非常灯が発する微かな赤色が暗い建物の中で反射している。雨は強さを増し、ついには遠くで雷まで鳴り出した。風速も比例して増している。建物の窓が強風を受けて、激しく軋んでいた。
「スパス!」
K5が不意に声を荒げた。彼女がハンドガンを構えるより早く、見張りの鉄血人形がスパス目掛けて短機関銃を向ける。対するスパスの反応はそれより更にワンテンポ早く、肩付けして構えるまでもなく鉄血人形目掛けて引き金を引いた。今回スパスは、自身のショットガンにサプレッサーを用いている。お陰で弾の拡散も抑えられ、集中した散弾に腹部を射ぬかれた鉄血人形は、上半身から真っ二つに吹き飛ばされ、機能を停止する。無論、銃声もほぼ無しだ。
今のところは潜入しているグリフィン人形側に運の全てが向いている。気付かれた様子もない。
部屋の一つ一つをクリアリングしながら探索していると、奇妙な端末が備わったサーバー室のような部屋を発見した。スパスはそれこそがコントロールパネルではないか、と結論付ける。
素早く近付き、パネルを操作する。複雑な暗号化が施されている訳ではなかったが、やはりハッキングは避けられなかった。
停止ではダメだ。内部データを破壊し、文字通り内部から施設を破壊する。スパスの得意分野ではないが、破壊くらいはグリフィンの人形なら可能だ。
見張りをK5に任せ、素早くハッキングを済ませる。破壊するだけなら特に警戒する必要もない。関係ファイルをひたすら使い物にならなくするだけ。
比較的単純な作業だが、だからこそ完璧である必要がある。スパスのハッキング時間は十分を超えた。
それから更に一分して、スパスはやっとハッキング時のセカンダリレベルから帰還する。
「出来た?」
「うん、大丈夫。通信を開通するね」
スパス、そしてK5はグリフィン人形の通信システムをオンライン化する。今まで静寂を保っていたメンタルに仲間たちの声が流れ込むようだ。通信封止により独立していた各個体が繋がっていく。遥か遠くの指揮官とすら、人形たちには目の前のようにすら感じた。
『通信が出来るということは、上手く行ったのね』
イリヤの声には明確な安堵があった。時間にして何時間掛かったろうか。まだ日暮れだった任務開始時から、すっかり夜になってしまっている。彼女の心配は相当大きな物だっただろう。少なくとも、イリヤはそういう指揮官だ。
「ハッキングで内部データは破壊したよ。あとは物理的な破壊だけ」
『──データが来たわ。X95たちがそちらに行っているのね。……よし。脱出ルートを送るから、隙を見てアンテナを破壊、速やかに脱出して』
指揮官であるイリヤの声に、小隊メンバーが反応する。
すぐに脱出ルートがアップリンクされる。スパスは合流の号令を掛けつつ、X95らに爆薬の起爆を指示する。
ここからはスピード勝負だ。スパス、K5が建物を出るとR93が目の前に着地してきた。足場から飛んだのだろう、派手な登場だ。
それからAR-57に先導され、X95が駆けてくる。白くか細い手には無骨なデトネーターが握られている。彼女は全員の集合を目視すると、安全装置を外してデトネーターを握り締めた。
──轟音。響いたのはただただ地鳴りのように響く轟音だ。それから悲鳴を上げるようにひしゃげる金属の音。
アンテナが倒壊していく。ぎぃぎぃと音を上げ、その巨体がゆっくりと倒れていった。
「走ってッ!」
スパスが叫ぶ。後は場の混乱に乗じて、小隊はイリヤが送った脱出ルートを駆けるだけだ。
人形たちに疲れはない。足の早さに人間との差は無いが、疲れが無い以上、到着は早い。追ってくる鉄血人形に振り向き様の応戦を行いながら、小隊メンバーは山を下る。ヘリコプター到着まで五分。
脱出ルートはほぼ侵入ルートと同じだ。改めて見れば、崖があり危険なルート。だが人形たちの精密さからすれば、それは無関係だ。
──外的要因が加わらなければ。
空から花火のような音が迫る。
「迫撃砲ッ!」
K5が声を上げると、部隊は素早く互いの距離を開く。一網打尽だけはあってはならないからだ。
鉄血人形の撃ち出した迫撃砲が地面で炸裂する。炸薬の衝撃は強烈で、後ろを走っていた人形たちの足が止まる。しかし、最悪だったのはR93だった。
小隊はまさに危険な断崖ルートに差し掛かっていた。先導していたスパス、しんがりを務めるSMGの二体と異なり、R93は爆風に足を取られよろめく。
「あっ……!」
R93は踏みとどまろうとしたが、その足は無常にも空を切った。遥か下は木が覆い茂っている程度にしか見えない。落ちれば一堪りもない。
「R93ッ!」
力強く地面を踏み締め、スパスは先導を止め転回する。
「R93ッ! ライフルをっ!」
スパスの声を聞いて、R93は咄嗟の判断でライフルをスパスへ向けた。彼女はそのバレルを掴むと、すんでのところでR93を支えた。
前進どころか、危機に陥った。スパスは自慢のパワーでR93を引き上げようとする。AR-57が追手の人形を迎撃し、X95とK5がR93の救助に手を貸す。
「行ってください! これじゃあ全員が……!」
「ううん! 絶対に見捨てないよッ!」
R93は見捨てるように懇願したが、スパスはかぶりを振って、腕により一層の力を込める。イリヤも諦めないように呼び掛けている。
──しかし、再び空が轟いた。
「迫撃砲が来るッ!」
AR-57の報告も皆には届いたかどうか。強烈な爆風は、支えの弱いスパス達を吹き飛ばすには充分だった。
最悪なのは、刹那に弛んだ地盤が爆発により崩れ出したこと。
「くっ! 指揮官、後は頼んだからね!」
『AR-57!?』
AR-57も崖崩れに巻き込まれる。彼女の残した言葉を拾ったのは、司令部に残った人間達だけだった。
□
「……全人形、トレーサーの反応が消えた」
MTs-255の報告が、722司令部司令室に虚しく反響する。同席したG36は口許を手で覆い、ショックを隠せずにいた。
「……そんな」
何よりショックを受けていたのは、イリヤ当人だった。彼女は言った。『必ず無事に帰還させる』と。
しかし今彼女が見上げているのは、全員の信号がオフラインになったという、紛れもない現実。
「私……。こんなつもりじゃなかった」
「ご主人様の采配のせいでは──」
「違うわG36。もっと何かやり方があったの、きっと。ルートを変えるだけでも──」
「山岳地帯だ。ヘリを寄せる場所はあそこを抜けた先にしかない」
自分を責めるイリヤへMTs-255は優しく肩へ触れる。小さな肩は震えていた。完全に放心している。
「指揮官。結果がどうなるにせよ、任務は達成された」
「失敗よ」
「指揮官。任務はあくまでも、通信施設の破壊だ。成功だ」
「違う。みんなが帰ってこなきゃ、成功なんかじゃ──」
「イリヤッ!!」
狼狽するイリヤを、MTs-255が怒鳴り付けた。G36がその気迫に息を呑む。
「お前が狼狽えるのは分かる。だが、それなら他にやることがあるんじゃないか?」
「──ライーサ……」
目を丸くしてMTs-255を車椅子から見上げるイリヤ。狼狽はすぐに消え、指揮官の一面が現れる。
「すぐに信号が最後に確認された近辺へ、捜索救難を行う。G36、空いている全人形のリストをお願い」
指示を受け、G36は一礼と共に指令室を後にする。
「ライーサ……、ありがとう」
「今のはアタシじゃない。用意してくるから、イリヤもしっかり表情を作りなよ。指揮官が泣きべそかいてたんじゃ、カッコつかないからね」
MTs-255はそう言い残し、部屋を後にした。彼女に言われ、イリヤはコンパクトを開いて自身の顔を確認する。
「本当ね……」
腫れぼったい目をした自身を見つめ、イリヤは小さな嘲笑を見せた。
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05.影を抜けろ-AR-57-
冷たい。覚醒へ向かう彼女が感じたのは、頬を打つ雨粒の冷たさだった。
「う……うぅん……」
呻きつつ、いよいよ目を覚ます。左半身が重い。
「……私はAR-57。グリフィンの戦術人形――よし」
一先ず内部チェックと同時に、人間のように自身の事を口に出してみた。意味など無い。ただそうしてみたかっただけだ。
AR-57は仰向けに転がったまま周囲を見渡す。
土砂崩れの痕が周囲に広がっていた。最後に指揮官――イリヤへ交信を終えた瞬間、彼女は咄嗟に崖から飛んでいた。埋没による
左腕は動かず、押し流された木々に足をやられたか、左脚からは枝が数本突き出ている。幸い、異常はそれだけだった。
自身の武器を捜し、這いずって土砂の中から引っ張り出したものの、とてもではないが作動するとは思えない状況だった。スコープマウントに留まらず、レシーバー本体も強く岩に打ち付けたようで歪んでいる。仮に歪んでいなくとも、銃口に詰まった泥を掻き出すのは今の彼女には難しかった。
「……通信は?」
ふと、はぐれた人形たちが気になった。R93たちは真っ直ぐ崖から落ちたはずだ。無傷である筈がない。通信基地の破壊は成功していたから、彼女も躊躇わず通信という手段を取ったが、通信モジュールにも異常が起きている。人形間の通信は勿論、722指揮所の指令室とも音信不通。
自分はまだ生きている。だが、味方はそう信じてくれているだろうか? AR-57の中に不安が過った。もしかすると、破壊された事にされて、助けなど来ないのでは?
周囲の暗闇もなおさら彼女を不安にさせた。だが、どうしてだろうか。イリヤが自身を見捨てるとはAR-57には考えられなかったのだ。
遠くに何かの灯りが見える。ズームとデータベース照合により、飛行場であると判明した。しかも、味方飛行場だ。それが彼女の活力となった。
「よっ――」
片腕片足で立ち上がるなど、無謀だ。ただ動かないのは左腕で、損傷を受けた左足は可動こそしないものの股関節部からは動かせる。つまり、杖代わりにはなった。
ぎこちなく立ち上がり、AR-57サブマシンガンは投棄する事にした。彼女がその名を冠する通り、ラインラントアームズAR-57PDWは自身の半身とも言える武器。ASST――烙印システムにより、遠くにあるその銃の銃口の向きすら見つめなくとも分かる。
それを捨てるのは心苦しいが、それより自身の機能停止が懸かっている。AR-15アサルトライフルをベースにしたこのサブマシンガンを持っていくには、少々邪魔くさい。何せ単発でも動くならまだしも、全く動かせないのだ。
代わりに彼女はホルスターからファイブセブンピストルを引き抜いた。非常用のサイドアームで、弾薬はAR-57サブマシンガンと全く同じものを使用できる。製品名もSS190 5.7mm弾。軍用基準の高貫通力仕様だ。
ASSTの対象にならないファイブセブンピストルは、彼女の半身であるサブマシンガンの扱いに比べると僅かに劣る。だが訓練がない訳ではなかった。こういった事態も想定して、ピストルやナイフ戦闘のプログラムもある。最悪は徒手格闘だが、現状の状態で敵と出会えば不利になる。格闘を仕掛けるより、隠れた方が確かだ。
「行かなきゃ……」
頬についた泥を拭い、AR-57は半身を置いて飛行場へ歩き出した。目的地までかなり距離があるように見えるが、飛行場ははっきりシルエットが分かる。行くべきは今より低い場所なのだろう。左足を引き摺りながら、ピストルのスライドを引いて初弾を装填。左腕はぶら下がっているだけだから、破けた服にスライドを引っかけて操作せざるを得なかった。
鉄血は捜索に来るだろうか? 恐らく来るだろう。向こうにはグリフィンの彼女たちを追い詰めるだけの装備もある。
そうとなれば、つっかえ棒同然の曲がらない左足さえ邪魔だ。膝関節が逆に動いたせいなのか、本来曲がる方向に曲がらない。引っ掛かっているような感じだ。そうなると、しゃがもうにもしゃがめない。いつ敵に見つかるか分からないエリアで、立ち上がったまま歩くのは危険だ。かといって、脚を切り落とす訳にもいかない。折角切断されずに残ったのだから、動きが悪くとも使うべきだろう。
AR-57は左膝裏に手を右手を押し当て、脚を曲げようとする。全く力が掛からず、上手くいかない。
近くにあった木に左半身を預け、座り込む。脚を開き、右手で脛をつかむ。
「くっ……この――ッ!」
軋むフレームを無視して、AR-57はそのまま強引に、外れた膝関節を戻した。戻す際にバキバキと嫌な音はしたが、軋みながらも多少は膝の動きが戻った。
刺さった木も引き抜いて、AR-57は再び立ち上がる。歩くのも少し楽になった。
□
十分ほど暗闇を歩いて、飛行場の灯りも希望に変わり始めた頃、周囲を足音が埋め尽くした。
慌ててその場に伏せ、ピストルを手に近くの草陰へと転がり込む。
「鉄血か……」
すぐにその場は鉄血に埋め尽くされた。飛行場はまだまだ先で、身体はろくに動かない。なんてことだ、と歯噛みする。
敵の探索の隙を縫って、這いずってでも前に進むしかない。見えるだけでも七体は居る。全体ならもっと居るはずだ。重傷の身体に、武器はピストル一挺。正面からの戦闘になれば勝ち目はない。
ゆっくり、まるで虫が這うかのような速度で前進する。これでは、到着するころには一週間は経っていそうだ。焦れったいと思う気持ちを押し殺し、確実に1センチメートルずつでも前に進む。
近くには鉄血人形がいる。短機関銃を携えた、近接戦闘型の“リッパー”だ。その足下をゆっくりと匍匐前進する。
――瞬間、リッパーの上半身が粉々に砕け散った。
「何……!?」
目を丸くするAR-57の耳に飛び込んだのは、重たい銃声だった。つまり、狙撃。着弾と銃声のタイムラグは僅かだが、距離はある方だろう。700メートルかその辺りか。
しかし、その狙撃が味方によるものか分からない。鉄血を味方と判断しない第三勢力も至るところに居る。それらはグリフィン人形だろうと攻撃を仕掛けてくるだろう。判断材料がない。
前に進めずいるうちに、近辺の鉄血人形は跡形もなく始末されてしまった。残ったのはAR-57だけ。銃声と威力から判断して、.338口径以上の大口径ライフルだ。
今は静かにする時か。息を潜め、頭を地面に付くほど低く下げる。
――すると、今度は微かな駆動音が近くで止まった。羽虫のようなその音は、小型の飛行ドローン。
「……まさか、バレてる?」
ドローンのカメラは隠れているはずのAR-57をじっと見つめていた。カメラと視線が合う。
恐らく狙撃者のものか、その味方のもの。万事休すかと思ったその時だった。
『AR-57さん、聴こえますか? 722基地所属、IWS2000です。今、敵は近くにいません。聴こえたら返事を』
――ドローンが喋った。
IWS2000というらしい声の主に、AR-57はドローンにのし掛からんとする勢いで飛び付く。
「IWS!? もしかして、私を助けに!?」
『は、はい! まずは落ち着いてください。私は約800メートル先から見ていますから』
「他の皆は? 私はいいから、他の皆も――」
『まだ連絡は入っていません。ですが、捜索部隊は既に近辺に入っています。AR-57さん、まずは貴方からです』
IWS2000の言い分は正しい。傷を負った自身が捜索に加わったところで足手まといになるのは明白だし、IWS2000たちに下っている指示は救助だろう。重傷を負っている自身を、鉄血が迫る中に置いていけるわけがない。
そもそも、IWS2000ライフルは対物狙撃銃。遠距離でこそ真の威力を発揮できるライフルで、近距離は不利。彼女がベストポジションに張っているなら、無理をさせるべきではない。
AR-57は現在飛行場まで7キロメートルの地点にいるとIWS2000が告げた。思っていたより近い。それが活力になった。何より、味方の狙撃援護がついてくれるのは心強い。
立ち上がり、顔辺りまで一緒に上昇してくるドローンを一瞥する。
「――悪いけど、あと少し手伝って。基地に戻れたら、ケーキでも何でも奢るから」
『はい。脱出まで、精一杯援護させていただきます』
ドローンが飛び去っていく。恐らく、IWS2000が利用する索敵ドローンだったのだろう。この後も近辺の索敵に使われる筈。
AR-57は左足を引き摺りながら、遥か先の飛行場を目指した。
――時おり響く、雷鳴のような銃声をその耳に聴きながら。
最近あとがきもろくすっぽ書かず、無愛想に作品投げてるだけなのでここからはちゃんとやります。
まず、追いかけてくださっている皆様ありがとうございます。第五話もお疲れさまです。
実はドルフロ復帰はつい二ヶ月ほど前で、邪神ちゃん前線やらずに一旦やめたんです。
それからアニメ始まって、創作意欲が掻き立てられた感じでこうしてます。
ネゲヴ単話や少女前線時代のオリジナル人形シリーズ時代から、いつかは普通にグリフィンの話を書きたいと思っていたのでちょうど良かったです。
今回からIWS2000が登場。かわいい(語彙力)
怪我(損傷)を無理矢理治す辺りはファークライとかを見ていただければ。知らなかったら、痛そうだなーと思っていただければ嬉しいです。
ちなみにX95だけ持ってません。
出てくれませんが試行回数400までは甘えだと思ってるので、嘆くのは後にします。
次回もまた、よろしくお願いいたします。
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06.ホライゾン-K5-
めっちゃ快適にX95堀りしてます(白目)
R93を救助しようとしたスパス、X95の二人を手伝ったK5だったが、迫撃砲の爆風により彼女たち諸とも崖下へ転落していた。
味方のものとおぼしき飛行場が遠くに見えるものの、何処かに居るかもしれない仲間を置いていく訳にもいかない。
K5は、奇跡的にもどちらかといえば軽傷な方であった。軽傷とはいえ、各駆動部の動きは鈍い。
周囲は崖崩れの跡で後退は出来ないようにされていた。運命の導きがこのように残酷な結果であるなら、彼女もそれを受け入れるしかない。
周囲には多数の鉄血の反応がある。通信モジュールはオフラインになっていて、R93たちを探すことも出来ない。無論、イリヤへの連絡も不通だ。
「……すぐにみんなで捜しに来るから」
何処かに居る――生きている筈のスパスたちへ向け、囁く。
とにかくまずは、一刻も早く飛行場に行くことにする。
彼女の半身であるK5ピストルは無傷ではないが、こちらも無事。どのような
替えのマガジンは残り二本。彼女の半身、
まだ走るだけの余力は残っている。K5自身、あれほどの事態を生き延びた割りに随分軽傷だと思っている。だが、それもまた運命の導きなのだろう。
K5は走り出した。不明の仲間たちを捜す手段を得るため、飛行場を目指して。
□
鉄血の反応がより近くなった。目的地まで残り5キロメートル。少し走る速度を緩め、ピストルを構えながら早足で先に進む。
リッパーを見つけ、素早くその頭部へエイム。一発の弾丸で見事ヘッドショットだ。
しかし同時に発せられた銃声により、敵の小隊に発見される。思った以上に反応が早い。K5も思わず舌を打つが、すかさず近くの樹木に隠れ、背中を預ける。見える敵は四体。確実に命中させれば、片付けて先に進める。
一つ息を吐いて、左翼方面へ駆けながらトリガーを絞った。乾いた四発分の銃声、崩れ落ちる四体の鉄血人形。
――上手く行った。最後の一発は排莢不良を起こし、
「ふう。まだ運命は私の生存を望んでいそうだね」
エジェクションポートが噛んだ薬莢をつまんで取り除き、スライドを引き直す。
雨は止みつつあった。運命は確かに、K5に味方している。そもそも、下が見えないほど高さの崖から落ちて軽傷で済んでいることがおかしい。R93ならば幸運に恵まれた、と騒いでいたかもしれない。
「ふふ。もしかしたら、一年分は幸運を使っちゃったかも」
そんな風に呟きながら、K5は飛行場へ向けて歩く。着実に距離は近付いている。――あと少し。
少し気が弛んだのかもしれない。木陰から飛び出してきた影への反応が、少し遅れた。青い髪を靡かせ、二振りのナイフを振るってK5の懐に飛び込んだのは、ブルートと呼ばれる鉄血の近接攻撃ユニットだ。近くに潜み、襲うタイミングを窺っていたのか。
舌を打ち、ピストルはやむなく一度投棄する。ブルートの両手首を掴み押さえ込むと、一気に力比べとなった。鉄血はエリート以外、基本的に感情は無い。発声ユニットすらついているかもわからない、ダミーの集団だ。歯を食いしばり堪えるK5に対し、当然ブルートは無表情を貫いている。
そもそも多少駆動部にダメージがある以上、無傷のブルートを正面から止めたのは無理があった。少しずつ、ナイフの切っ先が迫ってくる。必死に押さえても、逆に押され始めていた。
『そのまま押さえて!』
不意に声が森に響く。次いで轟いたのは一発の銃声。脚部に被弾したブルートはバランスを崩した。すかさず掴んでいた手首をひねり、ナイフを奪い取るとそれを逆手に持ち替え、力を振り絞りブルートを押し倒す。
腹部を素早く数回突き刺し、すぐにブルートの目にめがけてナイフを振り下ろした。全体重を乗せた一撃は、寸前で止められる。まだまだ力は残っていた。しかし、体勢的に有利なのは馬乗りになったK5だ。
何度も体重をかけ直し、ナイフの切っ先はいよいよブルートのゴーグルを突き抜け、頭部へ深々と突き立てられた。
「はぁ……。さっきの声は?」
ナイフの刺さった眼孔からスパークを飛ばし、機能停止したブルートから立ち上がってゆらりと身体を揺らしながら周囲を見渡す。間違いなく、誰かがいる。
声には聞き覚えがあった。基地でいつも聞いたその声の主は――
「G36!」
――イリヤの世話係でもある、G36だった。
いつもと変わらぬメイド服だが、基地にいる時と異なり黒いオープンフィンガーグローブを装着している。
その手に携える無骨なH&K G36ライフルも、K5は使われるのをあまり見たことがない。しかし、彼女はメンタルアップグレードという特別なプログラムを受けた、722基地の高練度人形の一体だった。
「全く。ようやく見つけましたよ。ご主人様はあなた方が連絡を絶った瞬間、この世の終わりを見たかのようなお顔をされていたのですよ?」
「ごめんごめん……。私は少なくとも、落下の衝撃で通信モジュールがやられちゃったみたいで……」
K5の報告で、G36は少々呆れ気味に「だろうと思ったわ」と手で目を覆いながら呟いた。
G36の話を聞くに、おそらく先の砲撃に巻き込まれて崖を落ちた皆が同様の状況なのだろうとK5は推測する。
「――戦えますか? 現状はAR-57さんがこの先の飛行場に向かっているそうです。援護をIWS2000さんが。K5さんも、私がそこまでお連れします」
戦えるか。そう問われて、K5はG36と正対し、彼女の鋭い眼を見つめて答える。
「私も行く。まだスパスもX95もR93も見つかってない」
「残念ながら足手まといです。それに、私は単騎で乗り込んだ訳ではありません。私達の任務は、飛行場へあなた達を連れ帰り、
――だから、大人しくついてきなさい。G36はそう言っているようだった。
目的地は全員が同じに設定されるようだが、仲間の捜索に損傷軽微な自身が加われない。K5は歯がゆさを感じつつも、G36の任務を優先することにする。
ピストルを拾い上げ、スライドを引く。
G36たちに下された『損失ゼロでの帰還』はおそらく、イリヤの至上命令だろう。そうなれば、他のメンバーが見つからないのは有り得ない。
K5を先導するG36も、絶えず戦況報告を聴いていた。その中で、戦闘の痕を見つけたらしいといったものもK5へ共有される。まだ皆生きている。
あとは捜索救難チームに任せ、飛行場を目指す。K5は森を抜けてから、一度歩いてきた道を振り返る。
(みんな、絶対飛行場に来て。……必ず)
鳥の群れが森から飛び去った。盛大な羽音は何かを告げるようにも思えた。
今は運命の導きなど関係ない。また皆を待つだけ。
「行きますよ、K5さん」
G36の呼びかけにK5は頷いて応えた。森を抜け、丘を下り、K5はG36と共にようやく文明を感じる建造物へ近付いていった。
第6話、お疲れさまです。とはいっても、そんなに字数無いですけどね。
救出話は冗長になりすぎないようにしてます。
スマホ機種変更して快適にはなったんですが、文字入力にまだ慣れない感じでして。
今回はG36の登場でした。任務前にも出てきている彼女ですが、MOD3だった事が今回で明らかになった形です。
あの立ち絵めっちゃ顔の良い女が過ぎて好き。
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07.バッドラック-R93&X95-
崖から落ちたR93は、普段から自信を抱く自らの幸運のお陰か、落下先で何層にもなった木の枝がクッションになり、かすり傷で済んでいた。
木の上から遠くを見つめ、彼女は先に飛行場がある事を突き止めた。
「この先に飛行場がありますね。味方の飛行場です。先程銃声も聴こえましたし、皆さん無事ですよ」
軽やかに木から飛び降り、語り掛けた先にはR93とは正反対に、重傷を負ったX95が木の根本に寄り掛かっていた。
「……先程とは、正反対になってしまいましたね」
落下の衝撃で右腕を失い、腹部にも枝が貫通。残った左腕も表皮が一部削げ落ち、機械である事をまざまざと見せ付けるようにフレームがあらわになっていた。
自嘲気味に笑うX95へ、R93は明るく笑い掛けた。
「確かに、立場は逆転しました。けれど、幸運は私に恩返しの機会もくれたんです。スパスさん達も近くにいると思うけれど……」
「もう三十分、近くを捜し回ったのでしょう……? 移動したのでは……」
R93たちが目を醒ましたのは一時間ほど前。既に夜は明けて、木々の隙間から朝日が射し込もうとしている。
三十分で状況確認、そしてもう三十分でメンバーの捜索。結局、合流はならなかった。
武装は両者とも破損し、サブウェポンを出す他無かった。しかし、X95は損傷の激しさから武器を持てなかった。そうした状況のため、R93は自身のシグP320ピストルに加え、X95から預かったベレッタ92FSブリガディアピストルを左手に握り締め周辺警護だ。
X95も力を振り絞って歩いては来たが、長時間立ち続けるのは既に苦しかった。潮時か。察した彼女は、R93を呼んだ。
「R93さん……。私はもう置いていってください。足手まといになります。バックアップはありますから、基地でまたお会いできますよ……。ね?」
置いていけ、と言うX95の言葉にR93は頑として譲らない。
「絶対に連れ帰ります。皆私を見捨てようなんてしなかった……。だから、幸運にも無傷の私が貴方を助け出さないと」
「鉄血の追手も来ています。それに、私はもう動けそうにありません。……ここで二人でやられれば、それは不運ではありませんか?」
X95も譲らなかった。自身のせいでR93に何かあれば、それは苦しい傷になる。だからこそ、意地を張らずに置いていってほしかった。彼女はそう願った。駄々をこねる子供のように、X95を連れ帰ると利かないR93相手にもだ。
『それは困ります』
がさり。葉の揺れる音と共に、冷たい女性の声がする。
咄嗟にR93は自身のピストルをその方向へ向けた。
現れたのは金髪のショートカットの女性だった。サプレッサー付のライフルを携え、腰にはIDカードと手錠が下がっている。
「VSKさん!?」
味方だ。R93は思わず目を丸くする。
すべて見透かすような瞳は真っ直ぐに二人を見つめている。
現れた彼女はVSK-94。グリフィンのライフル戦術人形であり、元警察局の人形だ。
「無事で何よりです。X95、ボスの命令は『損失ゼロで全員を連れ帰る』こと。よって、見捨てるという選択肢はありません」
「ですが……」
『ですがも何も無いのよ、X95。指揮官がそう指示するなら、私達はそれを絶対に達成するわ。――何があろうとね』
VSK-94の後を追って現れたのは、X95に良く似た純白の衣装に身を包んだ少女。服は返り血なのか、所々が赤く染まっている。ピンク色の髪に、真っ赤な瞳は狂気をはらんでいるようにも映るだろう。
「……ネゲヴさん?」
「VSKと合流して正解ね。X95を運び出すわよ」
X95にネゲヴと呼ばれた人形は、周囲警戒もそこそこに手早く脱出に向けて動き出す。
「私が彼女を抱えます。R93、一度私の武器を預けます。勝手は変わりますが、ライフルは扱えますね?」
VSKの問い掛けに、R93は迷わず頷いた。ASSTにより紐付いた武器ではないが、手動ボルト操作でないだけでライフルなのは変わらない。
VSK−94ライフルを受け取り、操作を手早く確かめる。マガジンの着脱、コッキングハンドルの操作まで。一分もしないうちに、慣れない武器はだいぶ様になった。
「射程は400メートル程度ですか。……行きましょう」
R93はP320ピストルをホルスターに仕舞うと、ライフルのコッキングハンドルを軽く引いて装填を確かめる。92FSピストルはX95に返し、捜索救難部隊であるネゲヴとVSK-94を交互に見つめた。
X95を抱え上げ、そのまま歩き出すVSK-94。見た目は華奢な少女でも、その中身は機械だ。重量は決して軽くないが、VSK-94も警察局に採用された人形として力はあった。
「重かったら言ってくださいね……?」
「私の心配より、まずは自分の心配をしてください。帰り道で機能停止されてしまえば任務は失敗なのですから」
森を歩き出して、X95も少しだけ気を取り直したようだった。もはや身体の自由は利かないが、それでも感情モジュールが生きている限り『羞恥』という感情も生まれるわけで。
VSK-94には任務である以上気にする要素ではないかもしれないが、X95には少々違っていたようだ。
「景色はどう? なかなか味わえないわよ、そこは」
ネゲヴの少々皮肉ったような問いにも、X95は応えられた。
「悪くありません……。ところでネゲヴさんはまたケチャップですか?」
ぴたり、とネゲヴの動きが止まる。『ケチャップ』と言われてから、フリーズを起こしたかのように固まった。
歩き続けるVSK-94の元へ駆け寄ると、前へ回り込んで彼女が抱えるX95に詰め寄った。
「次にそれ言ったら、基地に帰ってから給料が吹っ飛ぶほど奢らせるわよ」
「……わかりました。帰ったら、みんなで何か美味しいものを――」
言いかけて、X95は視線だけを周囲へ巡らせた。ほぼ同時に全員が警戒態勢へ。VSK-94もX95に了承を取り、彼女を肩に担ぐとホルスターからGSh-18ピストルを引き抜いて構えた。
「前方から鉄血人形。援護位置に移動します」
姿勢を低く取り駆け出したR93は、そのまま近くの大木へジャンプ。不安定だが視界の取れる枝の上で、立射姿勢のままVSK-94ライフルを構えた。
「一仕事増えそうね。……スペシャリストに正面切ってきたこと、後悔させてやりましょう」
「私は遮蔽物を探します」
ネゲヴ、VSK-94は互いにアイコンタクトを取る。同時に、二人は駆け出した。ネゲヴは敵へ、VSK-94は近くにあった倒木へ。
――刹那に銃弾が飛び交う戦場へと、名もない谷間の森は姿を変えた。
「やっぱりシステムに繋がってない銃は使いづらいけど――」
木の上から音もなく敵を狙撃するR93。普段使うライフルとは射程距離が圧倒的に短く、そして比較して精度も高いわけではない。更に、当然ASSTで繋がった武器でもないため、その感覚のズレは想像以上に大きかった。
引き換えに得られたのは圧倒的な
「――これはもはや、運などではありませんわ」
そうだ。スコープを覗きながら、R93は噛み締める。何度も似たような感覚は得たが、今回で確信に変わった。
幸運もまた、一つの実力ではある。しかし、彼女には幸運だけでは手に入らない『仲間』が居た。それはもはや運ではなく、別な何かだ。
R93は理解する。
X95を助けなければならない。皆を守らなくてはならない。生きて帰らなくてはならない。
義務であり、責務であり。同時に正義であり、責任である。運だけでは片付けられないものも、とうの昔に背負っていたのだと。
「撤退していきます! ネゲヴさんっ!」
スコープの向こうで、鉄血人形たちが進行方向を変えた。少なくとも、これ以上の攻撃を無意味と判断したのは間違いない。
「見えてるわ。大したことなかったわね」
ネゲヴ軽機関銃の銃口が硝煙を上げる。大したことない、と言ったものの、ヒヤリとくる物はあった。何体の鉄血を薙ぎ倒したか数えるのは止めていたが、弾薬ベルトボックスは今取り付けているものが最後だった。残りは非常用のガリルAR用マガジンだ。ネゲヴの武器にも使用できるため持ってきたが、30発の装弾数は、軽機関銃にはいささか心許ない。
とにかく、鉄血は諦めたらしい。大きく息を吐きだして、ネゲヴは戦闘態勢を解いた。
「近くに敵はいなさそうですが、この結果を見て詰め寄られると不利になります。急ぎましょう」
VSK-94が出てきて、そう告げる。彼女もただ待っていた訳ではなかったようで、倒木には機能停止した鉄血人形がもたれ掛かっていた。
彼女が伝えたように、まだ鉄血工造の行動範囲内らしいのは確かで、再度攻めてくるのも時間の問題と言えた。
X95の意識もはっきりしている。各人形は互いに視線を交わらせると、飛行場までの残り距離を一気に駆け抜ける。
「捜索部隊のIWS2000、G36から対象の発見連絡が入りました。あとはスパスだけですね」
「大丈夫です。彼女は、私の幸運なんかよりずっと強いんですからっ!」
VSK-94の報告に、R93は走ったまま笑い掛けた。VSK-94は変わらず冷たい視線を投げかけるだけだったが、肩に担がれたX95はR93へぎこちないながらも笑みを向けていた。
スパスは間違いなく生きている。きっとすぐに見つかる。一瞬森へ振り返ったR93は、そう確信を抱いていた。
第7話もお疲れさまでした。
次はいよいよスパスの回です。
ネゲヴのケチャップに触れたりと、今回はちょっと明るめになっています。
……X95は大変なことになってますけどね。AR-57より重傷です。
VSK-94、ツリ目で好き。
アニメ、アマプラ組なのでやっと11話見ました。ネゲヴクッソかわいい。語彙力を失った。
以上!
また次回もよろしくお願いいたします。
3/24
スペシャリストさんがプロフェッショナルさんになっていたので、修正いたしました。失礼いたしました。
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08.光の下へ-スパス12-
銃撃に追われ、少女は森の中を駆ける。
木の陰にスライディングで飛び込み、武器を構え直した。
──崖から落ちたスパスは、服装以外ほぼ無傷だった。
強固なシールドこそ失ったが、軍用規格の戦術人形のパワーは、ただでは崖の崩落にすら巻き込まれなかった。
結果として暫し気は失ったが、すぐにシステムを復旧。仲間を捜して森を歩き回ったところ、鉄血の追跡部隊に見つかり、戦闘に発展。戦闘開始から、既に二時間以上が経過している。
弾薬の残りも少ない。スピードローダーは崖からの転落時に落としてしまっていたし、個別で持っていたショットシェルもそれなりに紛失している。更に鉄血人形との戦闘で消費し、残りはチューブ式マガジンの中に六発とチャンバーに一発。スパス12ショットガンも無駄には撃てない状態だ。
ショットガンを除くと、サブアームにはピストルしかない。あとはナイフ。
このままでは埒が明かない。そう思っても、スパスの圧倒的不利は彼女自身よく分かっていた。
「くっ……!」
銃撃が浴びせられる。射線から避けるように身を捩り、より深く木にもたれ掛かった。
ショットガンの瞬間火力など知れている。敵はそれを遥かに上回る数で、あたかもスパスを押し潰しに来ているような勢いだった。
味方も満足に見つけられず、自身も釘付けにされて。本作戦での小隊長に任命されたというのに、元軍所属が聞いて呆れると、スパスは自身を恥じる。
『終わりはまだだぞ、スパス』
諦めかけた時、ふと何処からか声がした。周囲を見渡すが、その主はいない。鉄血人形たちも感知したように警戒し始めていて、スパスは聞き間違いではなかったと認識する。
──では、何処にいるのか? 答えはすぐに明らかになった。
スパスを釘付けにするため集まっていた鉄血人形。その真ん中に手榴弾が投げ入れられた。スタングレネードやスモークグレネードといった、非殺傷のものではない。破片手榴弾だ。
鉄血人形たちが退避を始めるより早く、手榴弾が炸裂。凄まじい爆音と衝撃波が周囲を襲った。
「……味方?」
スパスが察するに、敵の反応ではない。木陰から顔を出して様子をうかがうと、鉄血人形たちは四肢を投げ出し、破壊されていた。
土煙が晴れると、人影がスパスへ歩み寄ってくる。
──その姿は、よく見知った姿だった。
「MTS!? どうして……」
指揮官補佐、MTs-255。指揮官からは『ライーサ』とも呼ばれる事があるショットガン戦術人形が、鉄血人形たちの亡骸の真ん中に、悠然と立っていた。
「指揮官がお前たちの信号を見失って、助け出す為に捜索救難チームを組んだんだよ。もう皆、この先の飛行場に向かってる。──しかし驚いたな、ほぼ無傷か」
歩み寄り、MTs-255はスパスの身体を見つめるが軽い傷を負ったのみなのは、第三者であるMTs-255が見ても明らかだった。
流石元軍用人形か。それにしては異常な気もしたが、戦えるなら作戦もスムーズに進みそうだった。
MTs-255は背負っていたバックパックからショットシェルが納まったケースを取り出すと、スパスへ放った。
「弾切れだろう? 使いなよ」
「けど、MTSの分は──」
「余分に持ってきてるに決まってるだろ。早く拾え! すぐに森から出るぞ!」
凄まれて、スパスは我に返ったようにショットシェルを取り出す。一発をチューブマガジンに押し込み、残りは箱のまま抱える。
予備弾薬が手に入ったことで、スパス自身にも余裕が少し戻る。もとより擦り傷程度で済んでいたのもあって、MTs-255と共に森を駆け出した。
「皆無事なの!?」
「X95がかなりの重傷を負っていたようだが、機能停止にはならない。全員無事だよ。──お前も無事に送り届ければな」
MTs-255が不意に足を止めた。スパスも続いて立ち止まる。
鉄血の人形たちはそう簡単に二人を逃がすつもりは無いようで、逃走ルートへ先回りするようにして待ち構えていた。
「突破するぞ。行けるか、スパス?」
MTs-255への返答には、武器の構えで返答する。
どちらも近距離戦のみに特化した武器構成だ。真正面からやり合うには、些か数の差がありすぎる。
二人はそれぞれ左右に分かれ、鉄血人形を翻弄する作戦に出た。
MTs-255の戦闘音を耳にしながら、スパスは目の前に躍り出てくる鉄血人形、リッパーへショットガンの銃口を向ける。
距離にして数メートル。演算もなにもない。彼女は躊躇うことなく引き金を引く。
発砲と共に発生する、ショットガンの強烈な反動を受け止める。12ゲージ00バックショットの散弾はリッパーの正面へ散らばると、その破壊力をもって素体ごと打ち砕く。
オートショットガンの代表格といえるスパス12ショットガン。その連射速度は群を抜いており、二体、三体と鉄血人形は餌食になった。
しかし、武器にダメージが無かった訳ではなかった。不意にスパス12ショットガンが不発を起こす。
咄嗟に右面のエジェクションポートを確認するが、排莢不良ではない。このままジャミングを解消するのは不可能と判断し、スパスは右股に着けたホルスターからベレッタ92エリート2を抜き取ると、ありったけを対峙する人形へ撃ち込んだ。
ハンドガンは弾切れ。マガジンを交換し、ホールドオープンしたスライドを戻してからホルスターへ収める。
一方のショットガンはボルトジャムだ。開けてみないとわからないが、恐らくは内部で弾薬が引っ掛かったのだろう。ボルトハンドルはびくともせず、フォアエンドも引っ掛かったように動かない。
何度かフォアエンドをスライドさせ、無理矢理に後退させきると、未使用弾がエジェクションポートから飛んでいった。装填も無事行われた。
敵は既に居ないが、作動不良を放っておくわけには行かない。それはスパスが軍で学んだことの初歩、その一つである。
飛行場は気付けば目の前だった。味方が全て脱出済みなのもあってか、スパスたちが森を出る頃には鉄血の追跡もなかった。
先導するMTs-255の背中を眺め、スパスは一つの疑問を投げかける。
「MTS──あなたは何者なの?」
「なんだい、藪から棒に?」
振り返り、スパスの問いに問いを投げ返す。本当にスパスの問い掛けは唐突だった。
「前から訊きたかったんだけど、なかなか機会がなかったから。──指揮官と仲がいいのは分かるけど、それ以上の何かを隠されている気がして」
「……フン。気にするだけ無駄だけど──まぁ、指揮官がその気になれば知るときも来るだろ。行くぞ、スパス」
既にヘリは待機していた。仲間たちがスパスの姿を見て、緊張に満ちていた顔を綻ばせる。
スパスの
ゆっくりと地面を離れるヘリコプター。目的地は722指揮所。
スパスたちの長い一日は、ようやく終わりを告げた。
□
722基地指揮所では、ヘリコプターが着陸するより早くイリヤが待機していた。
車椅子が無ければ、着陸と同時にキャビンのドアに縋り付いていたかもしれない。ただ、前のめり気味にドアが開く瞬間を待っているせいで、基地のスタッフが制止に掛かっていた。
「MTs-255以下捜索小隊、任務完了。先行報告に変更はなく、X95、AR-57が重傷。以上です、指揮官」
ヘリから降りたMTs-255は敬礼と共に、イリヤへ報告を済ませた。
イリヤは今にも泣き出しそうな顔で人形たちを待つ。
真っ先に降りてきたのはスパスだった。
「ただいま、指揮官!」
「……おかえりなさい、スパス。皆は?」
「大丈夫、すぐに来るよ」
すぐに輸送ヘリからは軽傷だったR93、K5もやってきた。イリヤから見てもK5の動きは良くなかったが、本人は柔らかな表情でイリヤと向き合う。
一方、X95とAR-57はストレッチャーで運び出される事となった。車椅子を動かし、二人の容態を確認する。
「ゴメン、指揮官。心配掛けちゃった」
AR-57はばつが悪そうに右腕で頬を掻く。
「大丈夫。また後で話しましょう」
運ばれるAR-57を見送ると、すぐにX95の元へ向かう。
彼女の姿を見て、イリヤは頭をハンマーで殴られたかのようなショックを受けた。報告は受けていたが、改めて目の当たりにするとショッキングだ。
言葉が出ない。今回の任務に関して、自分を責める彼女ならば当然とも言えた。
「心配いりません……指揮官様。わたしは、こうして戻ってこられましたから」
「でも……」
「指揮官様ただ一人が被る責任ではありません。現に捜索部隊を編制して、わたしたちを助けてくれたではありませんか。──だから、あまりご自身を追い詰めないでください」
X95はストレッチャーの上で身動きは満足に取れない。だというのに、彼女は指揮官へ向けて優しく語り掛けるのだ。『あなたのせいではない』と。
運ばれていくX95を見送って、イリヤは車椅子の背もたれに深く身体を預ける。
いっそ詰ってくれたほうが気が楽だったかもしれない。『無能だ』と怒鳴られたほうが、今心のうちにある空虚さも少しは薄れたかもしれなかった。
ただ、それをしないのもまたX95だと言えた。それが彼女の良さなのだと。
作戦は無事終了した。決して損害は小さくないが、当初の通信施設破壊も小隊救援も終了だ。
正直、折れてしまいそうだった。ただ、作戦から帰ってきたスパスたちを見て、弱さは内に引っ込んだ。
今は彼女たちを休ませ、その後に精一杯労おう。
イリヤはそう心に決めて、指揮所へと戻っていった。
第八話、お疲れさまです。
最近ガスガンほしい欲がヤバいです。ガバメントかP226あたりがほしい。
ガシガシ遊べる東京マルイ製が安定。安いし。
あ、X95やっと来ました。
早速イリヤ小隊のメンバーで組ませてあります。
アツいですね(
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722指揮所
09.夜間警備
破壊工作及び、救援任務に関する報告を終えたイリヤは、自室で頭を抱えていた。
今まで失敗がなかった訳では勿論無い。人形たちに怪我をさせたこともある。ただ、これほど大規模なMIAを出したことはなかった。
全員見つけ出し、無事に保護したとはいえ、やはりイリヤにのしかかるプレッシャーはいつもより重い。
『イリヤ指揮官。一つ訊ねることが出来た』
携帯用端末に、サウンドオンリーでヘリアントスの声がした。先程まで報告のため通信していた相手だが、改まってどうしたのか。
イリヤは伏せていた頭を上げ、話を聞く。
「なんです……?」
『……貴官は、その身体が動けば現場に出たいと願うか? と。ふと、そう思ってな』
何を今更、と思った。思わずため息を吐きそうになるほどに。
「当然です。今回の案件も、もっと彼女たちに寄り添って考えるべきでした。──私は、
通信越しに、ヘリアントスが唸るのが聴こえた。
『……そうだな。だが、契約書にサインをしたのは貴官だ。その条件で構わない、と』
「ええ。分かっています」
端末を睨みつけるようにしながら、イリヤは拳を握る。
今更そんなことを蒸し返して、どうする気だったのかさっぱり分からない。
『近々また情報は送る。では、人形たちと仲良くやれ』
「了解しました」
通信終了。結局、イリヤの苛立ちが増すばかりで何か進展があるわけでもなかった。
握っていた拳を机に振り下ろして、逆に痛みに悶える。
そんな些細な痛みにすら涙が滲む自身に、ほとほと嫌気がさしてきた。
(なんでこんなに弱いんだろ……)
このままだと本当に泣き出してしまいそうだった。時計を見れば、基地消灯も間もなく。
基地に休みは無いが、仮眠程度は勿論ある。
もういっそ寝てしまえ。人形たちはまだ修復から上がってこないのだ。基地の中で無様を晒すくらいなら、寝てしまおうと考えた。
「けほっ……。ちょっと──薬抜いちゃってたかな」
なおさら嫌になる。身体まで弱い。人形たちの件で、定刻に飲まなければならない薬も抜けていたから、少し不安定になっているのかもしれなかった。
睡眠薬もろとも飲んでしまおう。イリヤは水と共に、薬を用意する。
□
カフェテリアでは、巡回シフトの人形たちが待機している。軽傷だったスパス、R93も整備を終えると、早速夜間警備に志願したまでは良かったのだが……。
「……無理でした」
席についてコーヒーを嗜む人形たちへ、しょんぼりとした様子でR93は頭を垂れる。
そもそも彼女が何をしていたかといえば、イリヤへの挨拶のはずだったのだが、思いがけず彼女とヘリアンの会話を盗み聞く形になり、その後に一人悶える彼女までもを見てしまって、声も掛けられずに逃げ出した次第だ。
「……相当キてるわね、指揮官」
巡回シフトのネゲヴは悩ましげに呟く。手は顎へ。まるで推理でもするかのようだ。
直属では無いものの、イリヤとの付き合いは決して短くないネゲヴ。一緒に過ごしてみればなるほど、世話焼きのX95やG36がイキイキとする訳だと知らしめられる。実際、イリヤに食事を作ったことがあったが、その際の喜びようといえば庇護欲をかられるような何かはあった。──というか、彼女自身に何かそう思わせるものがあるのだろうか。
そう推測はするが、自身ではイリヤの問題を解消する方法が見当たらない。
「それで、ボスは?」
VSK-94がコーヒーを一口啜ってからR93へ問う。
「そのまま薬を飲んでベッドへダイブです……」
「下手に起きているよりは、正解ですね」
VSK-94は時計を確認し、椅子から立ち上がる。腰にぶら下げた手錠が、ジャリジャリと物々しい音をたてる。
ここから先はカフェで腐っていても仕方がない。基地人員や他の人形たちと手分けする形で、R93たちと巡回に行けばまた話もできるだろう。
「時間です。行きますよ」
VSK-94の声掛けに、巡回メンバーが動き出す。あいにく、意気揚々と──とはいかないが。
基地内部は灯りがついている。当然といえば当然だが、鉄血もいつ攻めてくるかわからないのだ。今では敵は鉄血だけに留まらない。
幸いにして722基地では鉄血以外に遭遇したことはないため、警備ももっぱら鉄血人形の攻撃を警戒している。
敵がいつ押し寄せるかわからないのだから、基地は休むことなく動き続ける。巡回に当たるR93たちが終われば、また別な人形と交代して彼女たちが休む。
そうして基地は朝を迎えられるのだ。
「うぅん……。やっぱりX95たちが居てくれないと、指揮官は笑ってくれないんでしょうか」
「何よ、R93? 私達じゃ不満?」
誤解とはいえ、それを招きやすい物言いではあった。不機嫌に眉をひそめるネゲヴへ、「そういう訳では!」とR93は手と首をぶんぶんと横に振って必死に否定する。
「気持ちは分かるけどね。あの指揮官には笑っていてほしい……。──なんというか、そう思っちゃうのよね」
そう語って、ネゲヴは自身の発した言葉がそこそこ恥ずかしいものだったと気づいた。みるみるうちに顔を真っ赤に染めて、それ以上は何も言わずにメンバーから顔を背けてしまった。
「なんにせよ、私達にボスの過去や問題を探る権限はありません。あの人の命令に従い、戦うのみです」
あまりに退屈な警備巡回。気難しそうな顔のまま、VSK-94はイリヤに関する話は打ち切った。
あまりにキリがない。そんなことより、給料分は働かなくては。
指揮所内部では他の人形たちともすれ違うこともある。一部には夜ふかしして一晩中ビデオゲームに打ち込んだりする人形もいるため、そうした問題行為を是正するのも、巡回を請け負った人形の仕事だ。
今回はそういった人形は居ないようだが、ふとR93が気付いた。
「この先って、指揮官の私室がある居住区画ですね……」
『居住エリア』と書かれた札が、R93ら巡回人形の目に映る。
彼女の言う通りイリヤの私室もあるエリアになってはいるが、人形は指揮官をサポートする存在でもある故、特段立ち入りが禁止されている訳ではない。
無論、巡回エリアにも含まれている。VSK-94からすれば、何故狼狽えるのかいまいち理解し難い。
「何故狼狽えるのです? 仕事ですが」
「それは……そうですけどぉ……」
R93は少々恥ずかしそうに身を捩る。
先程見た、情緒不安定なイリヤの姿がメモリーから離れない。人間ならば忘れられたのだろうか? 彼女は少しだけ、今の自分自身を恨む。
悩む間も与えられずに、VSK-94、ネゲヴ共に構わずエリアに足を踏み入れていった為に、R93も駆け足気味について行かざるを得なくなった。
居住エリアは灯りが絞られ、廊下は薄暗くなっている。
周囲を照らすのは常夜灯と避難案内の電光プレートだけ。指揮官の私室は勿論だが、基地に勤める人間スタッフや人形の部屋もここにある。そのため、夜間の居住エリアは電力節約の意味もあって照明は最小限だ。
「特に不審な点は無さそうね」
ネゲヴは規定の巡回ルートに沿って回りつつ呟いた。
「まもなくボスの私室ですね」
「大丈夫でしょうか、指揮官……」
巡回開始からそこそこの時間が経つが、R93は未だに気を取り直すに至っていなかった。
VSK-94は無関心を貫くが、ネゲヴは呆れ気味にR93を見つめる。
「まーだ言ってるの?」
「もし飲んだ薬が多かったり、毒だったりしたらどうするんですか!?」
「……そんなわけ無いでしょ」
考えすぎだ。ネゲヴの呆れも頂点に達する。
第一、任務の失敗は今回の一度ではない。その際は、すぐに切り替えられていた。
あまりにR93が引きずるので、ネゲヴは巡回任務を受けた際に預かった手動解除キーを取り出す。
グリフィン&クルーガーの指揮所含め、そのほぼ全てが自動ドア。特に居住エリアはプライバシーのためロックが掛かる。また、非常時の対応の為にも手動でドアを開けられるようにする、一種のマスターキーが存在する。
それが、ネゲヴの取り出したカードユニットだ。
「そんなに気になるなら、少し様子を見ましょう。いい? VSK-94」
「……まあ、このままR93がウジウジしているのを見ているのも気持ちが悪いですし。巡回の一環ですから」
「『気持ち悪い』はひどくないですか!?」
R93のテンションが少しだけ上がる。VSK-94は本心を言っただけなのだが。
イリヤの私室は気付けば目の前だ。
ネゲヴがカードを手に、カードリーダーを管理モードに切り替えた。
一瞬、任務での突入を控えるような静寂と緊張感に包まれる。ただ、それを感じたのはR93だけだった。
ドアに手を掛け、ゆっくりとスライドさせる。
音もなく開くドアの隙間から、R93は部屋の中を覗いた。
「どう? 様子は」
「寝てるみたいです……」
R93が見る限り、イリヤはすやすやと寝息を立てているようだった。彼女が考えていたようなことは見受られなかった。
「だから言ったのに。ほら、閉めるわよ」
ネゲヴはR93をドアから引き剥がし、再びドアを自動モードへ戻す。ロックが掛かり、立ち入りも制限された。
「さて、そろそろ分かれましょうか。三人で固まるのはここまでです」
居住エリアはそこそこ広い。人形たちの居住スペースも含めれば、分かれないと効率があまりに悪い。
交替時間も含めれば、あまり猶予はなかった。
VSK-94の提案に賛同し、R93もひとまず安心した様子でグループを解散した。
人形たちの警備はまだ続く。
夜はまだまだ明けないのだから。
お疲れ様です。
最近体力落ちてきたのか、すぐ疲れて眠くなってしまうのでなかなか筆が進みません。
今回からまた少し、書き方が変わってます。
第二章は722指揮所のちょっと平和な話をメインにしたいですね。
次回もよろしくお願いいたします。
ちなみに722のカフェに春田店長ことスプリングフィールドさんはいません。
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10.指揮官の朝
指揮官の朝は早い──と、言うべきなのだろうが、イリヤに関して言えばそれほどでもない。
目が覚めると、まずベッドの中でしばらくうつらうつらと現実と夢を行き来する。彼女は凄まじく朝に弱いのだ。
特に夜に服用した睡眠薬が少々強かった。身体の重さはいつも以上と言えただろう。
(眠い……)
起床と睡眠の天秤が、僅かに睡眠へと傾きかける。
「起きろ!」
「起きてください、ご主人様!」
それを良く理解しているのが、MTs-255とG36の二人だ。イリヤの世話係として、伊達に長く付き合っていない。
凄まじい剣幕で指揮官私室に突入するが、事情を知らない訳ではない。
「G36、水を頼む」
「既に用意してあります。ご主人様の意識は?」
G36に言われて、MTs-255がイリヤを抱え起こす。反応はあった。二度寝はしていない。
しかし、単純な手では彼女も起きない。睡眠を薬に頼るイリヤは、なおさらその傾向が強かった。
「う……んぅ──」
イリヤの意識は僅かに覚醒に向かっている。
MTs-255は息を吐くと、真っ直ぐにイリヤを見つめて声を掛けた。
「起きな、イリヤ。もう朝だ。天気も良いぞ」
優しげな声音で囁く。MTs-255を知る者であっても、その雰囲気はまるで姉だと思わざるを得ない。
最も付き合いが長いからこそ、為せる技だろうか。G36は水の入ったコップとピッチャーを用意して、イリヤが目を開けるのを待つ。
「んっ……。らいーさぁ……? んー……もう朝ぁ?」
「もう朝だ。水、飲むか?」
まるで子供に戻ったかのように、どこかたどたどしく話すイリヤは、MTs-255の問いに頷く。
MTs-255が視線を配らせれば、G36はすぐに水をコップに注いで手渡す。
「ほら、溢すなよ……」
水を飲ませてやると、ひやりとした水がイリヤの覚醒をより促していく。
まだ少々寝ぼけてはいるものの、彼女はほぼ覚醒した。
「……ありがとう、二人とも。昨日少し強い薬のんじゃったから」
「R93から聞いてる。昨日の巡回も、気が気じゃなかったらしいぞ」
昨晩の出来事はMTs-255にもきっちり報告されている。
話を聞かされて、イリヤは申し訳無さそうに俯いた。一々心配をかけていては指揮官失格だ。
「後で謝っておくわ。ライーサ、着替えを手伝って。G36は修復上がりの人形たちに、調子を訊いてきて。特にX95は重傷だったから、全く同じ素体で大丈夫か気になるの」
修復中の人形たちは既に修復を終えている。一刻も早く人形たちと話はしたいが、何しろイリヤは普通よりも着替えに時間がかかる。
身体が不自由になって長いが、それでもある程度は一人でこなせるようにはなったつもりだ。無論、そうもいかないのだが。
着替えを終え、MTs-255に車椅子を押してもらってカフェテリアへと向かう。
前回の任務により、一部休養日が認められたため、後方支援に向かった人形以外は仕事を離れて思い思いに過ごしている。
カフェテリアでゆっくりとコーヒーを飲む姿も、それなりにあった。
「指揮官様……! おはようございます」
ふと、白い服の少女が椅子から立ち上がる。
敬礼する少女を制すると、イリヤは心底安心したように顔をほころばせた。
「X95……。良かった、大丈夫なのね」
白い服の少女──前回の任務で最も重傷を負った人形であるX95は、すっかり元の姿でイリヤへ微笑んだ。
人形であるが故に、人格を司る『メンタルモデル』のバックアップさえ取れていれば、例え身体がバラバラになろうとも復帰が出来る。見た目が少女ゆえ痛ましいが、それが今の戦場の姿。
X95は722指揮所で数少ない、その実例の一つになってしまった。
「聞きましたよ、指揮官様。昨夜はだいぶ落ち込んでいらっしゃったのでしょう?」
「……それは、ね。私がもっと上手くやるべきだったのに」
俯き加減でイリヤが語ると、X95は彼女の車椅子の前へ跪き、顔を真っ直ぐに突き合わせる。
「あまりご自身を責めないでください。小隊の皆さんも、わたしも──指揮官様が悪いとは少しも考えていません」
「でも──」
「むしろ指揮官様が居なければ──あなたがもし諦めていたら、わたし達はこうして基地へ帰ってこれなかったのですから」
「でしょう?」とX95はイリヤへ問い掛けた。
車椅子を押すため後ろにいたMTs-255も、表情には出さないもののイリヤの肩を優しく撫でている。
「今日はわたしが指揮官様とMTs-255さんに付いていきます。宜しいですか?」
「アタシは構わないぞ。指揮官はどうだ?」
「えぇ。じゃあ、休暇を少しでも楽しみましょう」
イリヤたちの意見がまとまると、X95は両手を合わせ、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。
この後は基地内を散歩しようか、と考えていたイリヤだったが、カフェテリアの片隅から気になる発言が聴こえてくる。
「うーむむ……。あのゲーム、どうやって脱出しようかなぁ」
真剣な面持ちで悩む少女こそ、たまに基地を困らせるゲーマー戦術人形ことRFBだった。
イリヤたちはRFBへ近寄り、話を聞くことにする。
「RFB? 何かのゲームの話?」
「あっ! 指揮官じゃん! いやぁ実はさぁ、最近発掘されたゲームがあるんだけど、これがハードコアなんだよぅ」
いつにも増して饒舌になるRFB。
MTs-255は聞くだけ無駄、といった空気を醸し出しているものの、イリヤたちはそんなに冷たくはなかった。
「どういうモノなの……?」
ゲームに詳しい訳ではないイリヤだが、知的好奇心で訊ねてみる。ゲーマーであるRFBすら苦戦するゲームとは何なのか、指揮官的な面でも興味があった。
「まぁ、舞台は良くある閉鎖された街なんだけどね。端的に言うと、そこから脱出するってゲームだよ」
ゲームに関しては比較的饒舌な筈のRFBだが、珍しく内容の大半を端折ってきた。
やれやれと首を振る彼女は、更に続ける。
「──っていうのも、ざっくりしたシナリオはあるんだけど、ゲーム中で明確なイベントシーンは無いんだ。アイテムとかで背景が分かっていく感じかな」
そこからエンジンが掛かってきたのか、RFBの説明に熱が入りだす。
「問題はそのゲーム内容! ほぼ現実そのものなの! セカンダリレベルで遊べるシューティングゲームなんだけど、実銃で戦うんだ。──で、弾薬とかは最初に持っていったり、倒した敵から漁るんだけど……」
この辺りはまだイリヤからすれば、よくゲーム好き人形たちが話している内容と変わりないように思えた。
「さっきも言ったけど、脱出が目的なんだけど脱出地点は数ヶ所あるうちランダムで、アイテムとしてコンパスを持ってないと方角さえわからないの! 勿論、案内なんて出ないよ!」
「要するに、極端に情報量が少ない……ということですか?」
X95の問い掛けに、首が折れんばかりにRFBは頷く。
「それから体温、水分、空腹の要素もあるし、私達人形じゃ味わえない骨折だとか頭痛だとか──そういう病気にかかる概念もあるの。薬もあるけど、副作用が出たりもするよ」
「それじゃあ、ほぼ戦闘状態だと思うんだけれど……休息は取れてるの?」
イリヤの心配は、件のゲームを『人形が人間の極限状態を味わえるサバイバルゲーム』だと仮定するなら、休息にならないのではないかということ。
その心配に関しては、RFBが否定した。
「私達は大丈夫。このゲームが難しいっていう人形たちはもっとカジュアルなのをやってるし、あくまでも仮想体験だから過剰な痛みや疲れは多分無いよ。指揮官たちもどう? セカンダリレベルなら歩けるし、協力プレイも出来るよ。──背中を撃たれない保証はないけど」
「サラッと最後に恐ろしいことを言いやがったな」
含みの有る笑みを浮かべたRFBを見て、MTs-255が身構える。
「うーん……。試しに一回だけなら、今日は指揮所に仕事もないし、良いわよ」
「えっ!? おい指揮官、大丈夫なのか……?」
MTs-255は目を丸くして車椅子のイリヤへ問う。セカンダリレベルでは関係ないとはいえ、戦場の追体験となっては危ういかもしれない。
心配をよそに、イリヤとRFBはゲーム内で落ち合う約束をして、RFBは去っていってしまった。
「心配ですね……。わたしも一緒に行きましょう」
「アタシもだ。あのゲーム馬鹿がイリヤに何かしでかしたら、タダじゃおかないぞ」
時間はまだ午前。イリヤたちは一度RFBとの合流を果たすべく、それぞれの私室へと戻っていった。
ゲームに少し付き合うだけだ。イリヤはさほど重く考えていなかった。少なくとも、今の段階では。
このゲームのモデルが察せた人は、恐らく皆脱出しようとしてるんでしょうね……。
ええ、私もその一人。出来たことないですけど。
多分最近ドルフロに来てる銃はわりとここから来てると思うので、MTs-255が本実装されてしまうのも近い気がする。
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11.仮想空間
セカンダリレベルとは、端的に言えば『電脳世界』の事だ。
作戦時はこのセカンダリレベルやセカンダリ領域へのダイブによってファイヤーウォールを攻撃したりといった、所謂ハッキングに使われたりもする。
一部人形はこの領域をカスタムし、ゲームにも利用している。この場合、そのゲームはフルダイブタイプの体感ゲームである事が多い。
人間である指揮官だが、アバターを用いればセカンダリレベルへの進入は可能だ。
「ゲームにはログインしたけど……」
イリヤは慣れないゲーム設定に苦戦しながらも、なんとかゲームアカウントを作成。セカンダリレベルにて車椅子ではなく、自らの足でゲームの世界に立っている。
しかしながら、現在地はすえた臭いのする洞窟のような場所。申し訳程度に用意されたマットレスや、焚き火から察するにプレイヤーの拠点なのだろうと推測する。
外から吹き付けているであろう風が隙間を通りヒュウヒュウと音を立てていて、換気の悪い部屋で、有害な一酸化炭素を起こす焚き火。これではあまり健康に良い場所とは思えなかった。
(そういえば、武器って何があるのかしら)
ゲーム開始時に、
イリヤはロシアのPMCを選んでいた。
装備はAK-74MアサルトライフルとMP-443ピストル、サブマシンガンにPP-19が使えるようだ。ひとまず無難な装備で固めはしたが、MTs-255やX95たちが来られるかどうかが気になる。
RFBからの連絡もない。
武器を手に途方に暮れていると、一通のメッセージが届く。送り主はMTs-255。内容はパーティへの参加要請だった。
ロビーに移動すると、そこは特に何もない味気のない空間だ。
MTs-255もX95も、武装完了でイリヤを待っていた。しかし、問題は言い出しっぺだ。RFBのことである。
「RFBは? よくわからないけれど、連絡が無くて……」
「どうやら合流出来なかったようですね……。どうしましょうか? 指揮官様。あなたのご判断にお任せします」
X95の判断には、MTs-255も概ね同意のようだった。
仕方ないかとつぶやいて、イリヤは取り敢えず一度だけ3人でゲームに参加することにした。RFBが来ないのなら解散してしまう手もあったのだが、仮にもゲームなら気晴らしになるだろうと考えてのことだった。
□
ゲームスタートと同時。三人は、巨大なショッピングモールの倉庫と思しき建物の入口前にいた。
武器のチェックを行って、イリヤは周囲を見渡した。
(いや、広い!)
イリヤは心の内で、らしくなく叫ぶ。
内心で驚いたのはその広大さだ。所詮ゲームだろうと高を括っていた。
広がるのは見上げるほど巨大な建物と、マップの外側へは果て無く広がる森。空気はどこか淀んでいて、清浄とは言いがたかった。
しかもゲームならある程度あるべき補助表示は一切無い。
「指揮官、足は大丈夫か?」
MTs-255は自身と同じ名のショットガンを手に、イリヤへ訊ねる。
セカンダリレベルでのゲームならば、イリヤの身体も正常だ。彼女が歩けないのは先天的ではなく、後天的原因であるため、歩行の感覚が分からない訳でもない。筋力低下も、無論ない。
「大丈夫よ。──にしても、本当にどこに行ったらいいかわからないわね」
一応ゲーム内で装着する腕時計を見ると、現在のマッチングが残り何分か確認できると共に、数ヶ所の出口を示す場所の名前が、ポップアップで表示される。
──表示はされるのだが、三人ともにこのゲームは未経験なのだ。RFBの言った通り、方角すらも分からない。今向いているのは北か南か、東か西か。
「どこを目指せばよいのでしょう……。目的地の名称は全く把握していませんし」
X95も想定以上の難易度に困惑している。少なくとも、このゲーム中は戦術人形の座標認識はオフになっている模様。
そのような状況では、人形も強みを発揮しづらいだろう。
「……レイルウェイという出口があるな。線路だ。目印になりそうじゃないかい?」
MTs-255が提案する一つの脱出ポイント。他はエリア名やチェックポイントで、探すには余程の経験が必要に思えた。しかし、一箇所はハッキリと『線路』の名があるのだ。つまり、マップのどこかに線路があるということ。
見渡す限りは、現在いるエリアから線路は見えない。どうやら動く他に無いようだ。
外を行くとスナイパーに狙われる可能性もあるとして、一行はひとまず倉庫に入る事にした。
□
内部は無人で、普段はたくさんの在庫を綺麗に積んでいたであろう巨大な棚も、物資はないばかりか、棚そのものが崩れていたりと散々な有様だった。まるで空襲の跡。
周囲警戒を怠ることなく先に進むが、いつ敵に襲われるかも分からない。
既に銃声も数回聴いていた。敵か、はたまた友好的な存在か。どちらにせよ、誰かが既に同じエリアにいることは確実。緊張の糸は張り詰めっぱなしだ。
「戦闘は避けましょう。初心者の私達が不利よ」
イリヤはメンバー二人に、隠れながら進むよう指示。MTs-255たちは合わせて姿勢を低く取る。
遠くに足音が聴こえた。どうやら他のプレイヤーが歩き回っているようだ。
「銃撃戦にすらならなかったようですね」
倉庫の棚から、音のする方向を注視するX95は呟く。
少女が一人、遺体を漁っている。想像以上に荒んだバックボーンを持つゲームであるようだ。
ただ、その少女は明らかに戦術人形。手際の良さから、かなり慣れているように見えた。
『コーラだー!』
無骨なリボルバーピストルを片手に、倒した敵からはコーラの缶を奪う戦術人形。
まるで西部劇からそのまま出てきたような彼女には、無論イリヤ一行も見覚えがあった。
「SAA? あの子、セカンダリレベルでゲームなんてやってたの……?」
「そういえばここ数日、コーラを欲しがる声を聞いていませんね」
「まさか電脳世界でコーラ欲を満たしてたとは……」
コーラを花丸の満面笑顔で飲む戦術人形、SAA。722指揮所でも古参の一体だ。
能天気そうな立ち居振る舞いに反し、戦場ではシンプルに『相手が死ぬまで撃ち続ける』ロジックで戦果を上げている。ある意味、恐ろしい戦術人形だ。
恐ろしいとはいえ、ハンドガン以外に武装は無いようで、彼女自身油断しきっているように見えた。
人数もイリヤたちが有利。倒して通る手もあった。
『誰か、そこに居るよねー? 分かってるよー』
突然の呼びかけ。イリヤの鼓動が跳ねた。人形たちも動揺を見せる。
しかし、SAAがカマをかけている可能性は否定できなかった。
「焦っちゃダメ。この距離じゃ撃ち合えないわ」
イリヤも多少の訓練はあるが、銃を立射したことはない。正面からの銃撃をかわしながら、AK-74の射撃反動を受け止める自信がなかった。MTs-255はショットガンで、30メートル以上は離れているであろう現在位置では、威力を発揮できない。
確実にSAAを止められるならX95だろうが、そもそも出来るなら余計な損失は避けたいのだ。
『黙って隠れても分かってるよー?』
未だにSAAは語り掛けてくる。本当にバレているなら、彼女もこれ以上の距離は詰めてこない筈。
隠れる時間が続いて、約二分。また別な銃声が倉庫に響く。
どさり、と何かが落ちるような音を確認する為イリヤが棚から顔を出すと、SAAが床に倒れているのが見えた。すぐさま他プレイヤーが彼女の持ち物を漁る。
「RFB……。案内役を忘れて、敵になってないか」
SAAを倒したのは、他でもない言い出しっぺのRFBだった。合流は果たせなかったものの、おなじマップにマッチングし参加してきたようだ。
その容赦の無さはまさに熟練プレイヤーのそれ。
『しきかーん。かわいい髪の毛見えてるよー』
RFBの言葉で、イリヤの背筋をぞわりとした怖気が襲った。彼女からは逃げられない。倒すしか無い。
素早く装填を確かめ、イリヤは味方に攻撃の号令をかける。
──刹那に、倉庫は戦場に変わった。
轟く銃声は幾重にも重なるが、RFBもイリヤたちもフルオートは使わない。単発で確実に当てる。それが絶対と言えるほど、ゲームの銃器反動の表現は凄まじかった。
「あっ!?」
RFBからの銃撃がイリヤの肩を貫いた。衝撃で後方に吹き飛ぶ。痛みはほぼ無いが、気分が悪くなる。
アイテムインベントリと言う名のリュックから救急キットを引っ張り出し、治療を行うが出血が止まらない。
「クソッ! X95、援護しろッ! 指揮官を下げる!」
ハンドガンで応戦しながら、イリヤが身に着けるチェストリグをつかむMTs-255はそのまま安全な場所へと引き摺る。
リロードする為隠れたX95はその様子を確認しつつ、マガジンを交換。空のマガジンはそのまま投棄した。
──かつーん
X95アサルトライフルのマガジンが床で跳ねる。不思議と、その音だけはイリヤには他の銃声よりもハッキリと聴こえた。
出血により起きる症状は随分とリアルだった。失血により意識も朦朧としている。
「ライーサ……」
「なんだ、イリヤ!? ──いや、喋るな! 喋らないほうが良い!」
銃撃は終わらない。イリヤを寝かせたMTs-255も、ハンドガンでRFBへの応戦を開始。
相手はRFBたった一人。そのたった一人に、ゲーム内での立ち回りで圧されている。MTs-255にも悔しいながら、それが良く分かっていた。
「……今度は、逆になっちゃったね。ライーサ──」
「イリヤ?」
呼ばれて、彼女がイリヤを寝かせた場所へ振り向く。イリヤは死亡扱いでマッチングから外されていた。
音が隔離されていく。同時にトリガーを引く指が動かなくなった。銃を持ち上げる気力すら湧かない。
イリヤを助けられなかった。その感情がMTs-255を呑み込みつつあった。
「MTs-255さんッ! 相手の武力の方が上です! 退きましょう!」
下がってきたX95に肩を揺すられ、我に帰る。急激に戦闘の音と感覚が戻ってくる。
そう、今は戦闘中なのだ。戦術人形として、戦闘中に放心などあってはならない。
「リタイヤするぞ! 話にならんッ!」
「──はいっ!」
MTs-255、X95は二人でマッチングから切断。ペナルティはあるが、もうこの仮想空間の大地を踏むつもりは二人ともにも無かった。
□
MTs-255がセカンダリレベルから帰還し、部屋を見渡す。X95は私室に戻ったが、彼女はイリヤと同じ部屋に居た。護衛の為でもある。
しかし、イリヤの姿がない。彼女は移動に車椅子を必要としているため、何処かに隠れられはしない。
先に帰還して部屋から出ていってしまっただろうか? 何にせよ、後味の悪いゲームになってしまった。
(あのゲーム馬鹿。よりにもよって初心者狩りとはな。もう少し配慮してくれると思ったけどね)
RFBは良くも悪くもゲームに全力を傾けている。ゲームを広める時も全力だが、そこで敵対されても容赦などされない。彼女にとって、手加減こそ失礼だから──とはRFB本人がMTs-255に以前話した事だった。
いわゆる『初心者狩り』になってしまったのは結果論かもしれないが、それにしても後味は良くない。
悩んでいると、部屋の扉が開いた。姿を見せたのはX95。悩まし気な表情で、彼女は部屋へ一歩踏み入った。
「どうかしたかい? さっきのゲームの話なら──」
「ゲーム内で聞いた話ですが、ゲームの話ではありません」
ふるふるとX95は首を横に振った。
「聴こえたのです。指揮官様が『逆になった』と仰っていました。──これが、わたしの中で引っ掛かっていて」
「知る必要は──」
「スパスさんも話はしてもらえなかったそうです。勿論、深くお訊ねするつもりはありません。しかし、わたしが少しでもお役に立てるなら、立ちたいのです」
あぁ、そうだった──とMTs-255は頭を抱える。X95とはそういう戦術人形であった。彼女は敵すらも赦してしまうほど、優しいメンタルモデルを持っているのだ。
「……アタシの話だけをしよう」
「ありがとうございます」
X95はそれでも構わなかった。指揮官であるイリヤとMTs-255はただの指揮官とオペレーターの立場ではない。それはもはや、イリヤに付いてくる人形たち皆が抱く、ある種共通の認識だった。
それを少しでも紐解けるのなら、X95はそれ以上を求めることはしなかった。
「……私は、根っからの戦術人形じゃない。本来は指揮官──イリヤ・トレフィロヴァを介護する為の介護人形だ」
「介助用だったのですか?」
「ああ。ライーサの名前はその時に貰ったものだ」
「それがどうして、戦術人形に……」
「詳しくは、アタシからは言えない。ただ、アタシはイリヤがグリフィンと契約する際に副官として、彼女専用の戦術人形としてASSTを組み込まれることになった」
重い空気が部屋を埋め尽くしたようだった。イリヤでさえ、根っからの指揮官では無かったということ。X95は話を聞いて、そこまで予測を立てた。
MTs-255はワンオフの戦術人形であり、イリヤをよく知る人形であった。
「それがなんやかんやで、今に至る。アタシが出来る話はそれまでだよ」
話を切り上げるMTs-255だったが、X95からすれば十二分だ。スパスにも話されなかった話を、彼女は話してくれたのだ。
「……ライーサという名前の由来は訊いたのですか?」
なんとなしの質問のつもりだった。だが、MTs-255は深刻そうに息をつく。
「……姉の名前だそうだ。それ以外は話せない。口外もするな」
「勿論です。──ありがとうございました、MTs-255さん。指揮官様が何を背負っていらっしゃるのか私にはまだ知り得ませんが、あの方は恐らく沢山の悲しみを背負っている気がします。……それでは、残りの休息をお互い満喫しましょう」
話を聞いていたX95は深々と一礼すると、静かに部屋を立ち去った。
残されたMTs-255は真っ白の無機質な天井を仰ぐ。
「……全く。アタシも甘いな」
とうとう、一部とはいえ話してしまった。X95は純粋な戦術人形だ。一部で話題の『グリフィンタレコミ掲示板』に持っていくとも考えにくい。
アンニュイではあるが、MTs-255は話す相手だけは間違えていないと確信していた。
随分長ったるくなりましたが、ゲーム編は終わりです。お疲れ様でした。
ちょっと色々ありまして、執筆にめちゃめちゃな時間がかかりましてですね……えぇ。おまたせいたしました。
モデルにしたゲーム、マップにインして目的地わからず右往左往してたらスポーン地点を張ってたスナイパーにぶち抜かれて死んだ思い出しかありません(
次回は平和回(詐欺)になるかもしれません。それだけ先にお知らせしておきます。
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12.面接希望
イリヤはゲームからのログアウト後、すぐに部屋を立ち去っていた。
MTs-255たちを覚醒させる理由もなく、楽しんでいたら申し訳ない。そんな思いから、彼女は黙って立ち去った。
自分で車椅子を動かすのは慣れたが、最近はMTs-255がずっと押してくれていた。普段より腕が疲れるのを感じる。
「ご主人様! 良かった。ずっと探していたんです」
慌てたように駆けてきたのはG36。何事か、とイリヤも思わず背筋を正した。
「どうかしたの?」
「いえ、それが……」
要領を得ない発言をするG36は、比較的珍しい。
「……ご主人様へ、面接希望の方が」
「え……?」
思わず耳を疑った。
──面接だと? この世の中に、今更面接を受けてグリフィンへ入りたい人間がいるのか?
なにかの罠ではないか。スパイではないか。あらゆる思考を巡らせる。
「経歴は?」
「
G36の話ではいまいち決め手に欠ける。だが、会ってみるだけ会ってみようか。イリヤはそう考え、面接を受け入れることにした。
手を借りてグリフィンの制服を羽織り、帽子を被って見掛けだけでも正装を取り繕う。
□
訪問者は722基地の応接室にいた。
G36に車椅子を押され、イリヤが立ち入ったそこに居たのは、中性的で端正な顔立ちの人物。ざんばらなショートカットヘアーという先入観もあってか、ただ見ただけでは男女の判別も難しかった。
「貴方が、面接希望の方ですか……?」
イリヤが問うと、訪問者はちらりと切れ長の目を向ける。
「突然の話を持ち込んで、申し訳ないと思っています。ただ、どうしても自分はここで働きたいのです」
座っていた椅子を立ち上がり、脱帽し一礼を見せた。
極東──中でもアジア式の『辞儀』だろうが、訪問者にアジア系の雰囲気はない。
イリヤはG36から受け取った資料を開く。そこでようやく、名前と性別が判明した。
「レヴォーヴナ・エリツィナさん。女性なのね」
声には出さないが、少なからず驚いた。レヴォーヴナの外観はそれこそ、男女どちらと言われても違和感はない。声質もハスキーで、多少女性らしい響きは感じられるが、気付かない範囲だ。
端的に表すなら、クールビューティーとでもいうべきか。立ち上がった彼女の背は高く、脚はすらりと長かった。身長はデータ上、170cmぴったりになっている。
「女性では役不足ですか」
レヴォーヴナが問う。『嘗めてくれるな』と暗に言いたげな、少し冷たい雰囲気だ。
「違うわ。確認をしたの。……精神鑑定も問題無いのに、どうして前の基地を辞めたの? グリフィンの選抜試験は難しいし、人員だって無限じゃないのよ」
「それは……。元の基地では、自分は目的を果たせないから──」
「目的?」
イリヤに問い掛けられ、レヴォーヴナは『しまった』とばかりに身体を強張らせる。
「……自分──私は、貴方の下で働きたいのです。他の人間ではない、イリヤ・トレフィロヴァ指揮官──貴女のもとで」
目を伏せ、レヴォーヴナはそう語る。
「信用ならなくとも仕方ないでしょう。ですが、この気持ちに嘘偽りはありません」
一瞬こそ物悲しげな表情を見せたレヴォーヴナだったが、そう語ったときには真っ直ぐ射抜くようにイリヤを見つめていた。
対するイリヤは口元に手をやり、悩む。経歴などはG&Kの内部文書に則っていたが、果たして頭から信用してよいものか。
(少なくとも、ヘリアンさんたちには報告が要るわね)
ここはイリヤの率いる指揮所だが、最終的な権限までを有している訳ではない。あくまでも、基地運営に関する指揮権を有するに過ぎない。
採用可否だけならばイリヤが決められるが、人員の異動があるのだから上官への報告義務はつきまとう。
「エリツィナさん、少し待っていて。G36、彼女にお茶を。私は少し席を外すわ」
レヴォーヴナへ軽く手を振り、イリヤは車椅子を漕いで部屋を出る。向かったのは司令室だ。
どうにもレヴォーヴナの態度が気に掛かった。イリヤは別段、グリフィンでも目立つ存在という訳ではない。鉄血工造に対する反撃を最前線で引っ張った794基地の指揮官の方が、よほど有能だとイリヤ自身考えている。
それでもレヴォーヴナは『イリヤがいい』というのだから、それなりの理由があるはずなのだ。
□
「──ヘリアンさん、レヴォーヴナ・エリツィナについては知っていましたか?」
司令室で、イリヤは真っ先にヘリアントスへ通信を繋いだ。ラグもなく繋がると、通信の向こうからは少々呆れたような溜息が聴こえてくる。
「はぁ……。こちらも早まるな、と再三注意はしたんだがな。そうか、やはり貴官の元へ行ったか」
「早まるな、とは?」
「彼女は元いた基地の後方幕僚だ。それだけ重要な任務を負っていた事になる。そのような人材を『はい、そうですか』と簡単に異動など出来んだろう」
確かに。ヘリアントスの話を聞いて、イリヤは全く同感だと内心で頷いた。
しかし、後方幕僚となれば、その上官である指揮官も居るはず。その問題もレヴォーヴナは解決しているのだろうか。試しにヘリアントスに訊いてみる。
「エリツィナさんの上官──指揮官はなんと?」
「真っ先に連絡した。『扱いづらいから要らん』だそうだ。貴官に押し付けるつもりだな」
「うーん……。なんだか彼女の執着は異常な気が……」
やはり堂々巡りか。振り出しに戻ろうとしたその時、イリヤの前にそびえるモニターにデータの受信があった。
送信者はヘリアントス。データはR05地区と呼ばれる、とうの昔に戦闘によって廃墟と化した、イエローゾーンの街だ。
「これは……」
イリヤが目を丸くする。その地区は、イリヤの家がある地区なのだ。
──同時に、彼女が自由に動く身体を失った場所でもある。
現在も立ち入りは制限されていないため、仕事が空くとたまにMTs-255と赴くこともあった。
しかし、それが今なんの関係があるのか。
ヘリアントスは語る。
「レヴォーヴナ・エリツィナは、約二年前のR05地区対鉄血防衛戦にて、部隊を率いた。──あとは説明しない」
ヘリアントスの言葉を聞いて、合点がいった。何故レヴォーヴナがイリヤにこだわるのかが。
「……なるほど。よく分かりました。──ただ、一先ず彼女は722基地にて預かります。何を考えているのかを知りたいですし、MTSにも今は知られるわけには行きません」
「了解した。レヴォーヴナ・エリツィンの人事については、こちらで上に報告を上げておく。──
通信が終了すると、一気に静寂が司令室を包み込む。
大きく、肺いっぱいに空気を吸い込んでから息を吐く。
イリヤはヘリアントスが考えるほど自らを見失ってはいない。何かするつもりはないし、今はひどく頭も冷静だった。
まずは物事を整理しなくては。イリヤは再び車椅子を動かし、レヴォーヴナへ採用の通知を行うため、応接室へと戻っていった。
最近年食ったのか、なかなか創作に頭が回らなくなってきたしめじです。
某ゲームでカーモデル作ってたりするので、それも良くない。
今回は平和より何かキナ臭い雰囲気のある話になりました。
いつまでも謎で引っ張りたくないですしね。
次回はゆっくり更新します。
感想などお待ちしております。
6/7
原作との設定齟齬(グリーンエリア周り)の修正のため、一部文章を書き換えました。
6/25
後の展開と原作タイムラインに齟齬が発生するため、一部修正致しました。
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13.慰問
それは、なんてことない普通の日常だった。
ほんの数年前、イリヤはR05地区で一般人として汚染と闘いながら暮らしていた。しかしある日、とある事件が起きて戦闘に巻き込まれた。
彼女はR05地区防衛戦闘にて、避難に遅れた家族もろとも流れ弾を受け、瀕死の重傷を負った。だが、彼女の唯一の家族であった姉は助からなかった。
イリヤは襲撃者の正体を突き止め、同時に防衛戦を繰り広げたのがグリフィン&クルーガーであると知った。
──家族を奪ったのも、イリヤの足を奪ったのも、まさに今彼女が身を置くグリフィンなのだ。
「……まさか今になって、そんな人間が出てくるなんて思わなかったわ」
車椅子を停め、重苦しくため息をつくイリヤ。
本当に、レヴォーヴナが件の作戦に関わった人間だとするならイリヤにとっては複雑な心境だ。ヘリアントスには問題無いように伝えはしたが、やはり割り切るには難しい。
ただ、彼女が何を考えて722基地に来たのかは知りたい。だからイリヤはレヴォーヴナを採用することにした。自分の近くに置くためだ。
MTs-255に彼女の正体を言えはしないが、採用自体に異論は唱えないだろう。人形である以上、それは覆らない。
いつもより基地が暗く、空気は重く感じた。レヴォーヴナに採用を通知し、基地の案内を人形に任せてもイリヤの気持ちはどこか晴れなかった。
「おやおやぁ? 指揮官ちゃん。今ヒマしてるの?」
「MCX? ……忘れてた。今日はオフだったんだわ……」
通路で悩んでいるイリヤの前へ現れたのはMCXと呼ばれる戦術人形。捜索部隊で編成されたVSK-94とおなじ、警察局の人形でもある。
険しい顔立ちのVSK-94と違うのは、制服の襟から首筋に見えるタトゥーといったヤンチャな雰囲気か。性格も当然、かなり違う。MCXはイタズラ好きだ。イリヤにも度々、ゲームと称してカードゲームを仕掛けてくる。
「面接あったんでしょ? どうだったの?」
「採用したわ。今夜、夕飯時に紹介するから」
「しーきかーんちゃーん? 何かあったんでしょ?」
MCXは鋭い。本人は飄々とした雰囲気ではあるが、その根は至極真っ当であるとイリヤは評価している。勘の鋭さもまた、相当だ。
こうなると彼女は引かない。無理矢理に話を切ろうとすれば、ポーカー辺りに引っ張り出されて結局ボロ負け。話さなければならないのだ。それに、今は信用できる人形でも人間でも、誰でもいいから何か話していたい気分だった。今度の問題ばかりは、MTs-255でも務まらない──否、
「車を出せる? MCX」
イリヤが出した答えはMCXからすれば意外な──しかし、そうする以外無いものだった。
勿論、とMCX。通り掛かったネゲヴに言伝を頼み、何かあれば連絡するように伝えた。ここからはイリヤとMCX。二人による、ある種の逃避行だ。
□
722基地の一角には小さな車庫がある。これは、他の基地には備わっていないものだろう。
MCXも722基地に来てそれなりに長いが、この中身は知らない。噂好きな人形は『幽霊がいる』だとか『過去の戦いで壊れた人形の残骸が山積み』だとか、有る事無い事をグリフィンタレコミ掲示板に書き込んでいるようだが……。
(まぁ、この指揮官がやるようなことじゃないよね)
MCXは傍らにいるイリヤへ視線を落とし、一人納得する。その後は躊躇いなくシャッターを開けた。
中に鎮座するのは幽霊でも無ければ、人形の残骸でもない。一台の白いピックアップトラックだった。
「ヒューッ! 随分古いクルマだねー? 軍用車両でもないクルマが、なんでこんなところに?」
「私がグリフィンと出会う前に、姉が見つけてずっと直してたの。彼女が死んで、私がグリフィンに来るときに持ってきたの」
「なるほどね。ホラ、掴まって。乗せたげる」
MCXが伸ばした手を取ると、イリヤはヒョイと軽く持ち上げられた。やはり人形というべきか、まるで重さなど感じさせないまま車のシートにイリヤを座らせると、車椅子を畳んでリアシートへ滑り込ませる。
運転席へ移動し、シートに身を預けるMCX。元は艶があり、綺麗であっただろう革張りのシートはかなりの擦れが見られたが、何しろ車が古すぎる。しかし誰が整備していたかはともかく、エンジンは不思議と快調に回った。
ガレージから車を発進させ、基地を出る。イリヤが指定したのは、近くのイエローゾーンだった。そこは風の影響を受けにくく、汚染が広まっていない。油断は出来ないものの、ごくごく小さな町は形成されている場所だ。
鉄血に警戒しながら車を走らせるMCXだが、その中で彼女はイリヤへ訊ねた。
「それで、このクルマは一体なんだって?」
「姉が生前に、古いのを拾って直してたの。『いつかはイリヤも乗せてやるからな』って、口癖みたいに言ってたわ」
窓の外を眺めながら、イリヤは感慨に耽る。姉が直していた車はこうして走っている。悪路も気にすることなく、下手な軍用車両よりずっと速く。装甲などはないが。
「姉、ねぇ。ずっと気になってたからあたしも調べさせてもらったよ。ライーサ・トレフィロヴァ──どこかで聞き覚えがある名前がヒットした」
MCXの情報収集能力は流石といったところか。伊達に警察局で人形をしていなかったということだろう。
窓の外を眺めるイリヤの表情が、少しだけ曇った。横目にそれを見たMCXは、
「ねぇ指揮官? MTSのことをライーサって呼んでるのは……」
言いかけて、MCXは我に返る。何もそこまで調べ上げる必要などなかったのに。
目的地も近い。一言謝罪を述べ、MCXは運転に集中することにした。
□
イエローゾーンでの生活。それは死と隣合わせ。鉄血の人形に襲われるかもしれないだけでなく、いつ崩壊液による感染が広がるかわからないのだ。
明日には彼らの住む集落は破壊され尽くし、無くなっているかもしれない。
少なくとも、イリヤに言われるがままMCXが車を停めた場所は、そうはなっていないようだったが。だが、人の姿はない。生体反応は感知しているが、警戒しているのか誰か出てくる様子はない。
「ホーンを一秒間隔で短く、三回鳴らして」
「なるほど、合図ってワケね」
MCXがホーンボタンを言われた通りにノックする。三回目が鳴り終わり、数分更に待ったところで一人、また一人と住人と思しき人影が現れ始めた。
「これは民間軍事会社のお嬢さん。また“慰問”ですかい」
嫌味そうな難民が助手席のイリヤへ語りかける。
少なくとも、諸手を挙げて歓迎というわけではないようだ。MCXを見つめる視線もどこか冷たく、敵意すら感じるものもあった。
「『また』って……指揮官? 一般人と接触してたの?」
PMC──民間軍事会社が台頭するごとに、当然彼らのような難民の立場は悪くなっていく。グリフィンの指揮官は仕事と引き換えに、絶対的な安全圏に居られるのだから、妬ましく見られるのも当然だ。
それだけならまだいいが、鉄血工造の人形の暴走という事実を知る一部の難民はそもそも戦術人形という存在にすら懐疑的。暴走したらどうするのか、とイリヤもよく問いをかけられた。
難民たちへイリヤに出来た返しは『信じている』と、ただ脆い一言の返答だけ。それは、そういった難民たちを納得させるだけのインパクトがある返答ではない。
「どうするの? このままクルマの中?」
「降りるわ。手伝って、MCX」
難民たちに囲まれた状態だが、MCXもむやみに武器は抜けない。車高の高い車から、飛び降りるように降車し、人を退かしながら車椅子を引っ張り出す。
イリヤを抱え、車椅子に座らせると、ようやく彼女の目的も明らかになった。
「おば様はいるかしら?」
「ああ、いるぜ。今日は姿を見てねぇ。家にいるハズだ」
難民の男はそう語り、一軒の小屋を指差した。集落はそれなりに大きいが、建物はほぼ木造。難民たちの服装もまるでボロ布だ。
(指揮官ちゃんの知り合いがこんな所に……?)
MCXはイリヤの指示に従い、車椅子を押す。しかし、その思考は目の前にいる『イリヤ・トレフィロヴァ』という人間についての興味でいっぱいだった。
戦術人形の間でも、彼女の過去は詳しく分かっていない。グリフィンの指揮官は少なからず自身も戦えることが多く、イリヤのようなタイプはかなりの少数派。彼女の知人がイエローゾーンに居るとすれば、R05地区関連の話も信憑性を帯びてくる。
「ありがとう、MCX。少し見張りを頼める?」
「了解。キッチリ見張ってるから、安心して」
小屋の扉、その向こうへ消えていくイリヤ。MCXは好奇の視線を向ける難民たちの前へ取り残される事となった。
□
「まさか、こんな事になるなんて思わなかったなぁ……」
MCXは少々気だるそうに首を鳴らす。難民たちの視線は相変わらずだが、逃げ出すわけにもいかない。指揮官からのオーダーは見張りなのだ。
武器を抜いておくわけにもいかないまま、彼女は小屋に寄り掛かるようにして周囲へ視線を配らせていた。
「なぁなぁ! ねーちゃんって『にんぎょう』なんだろ!?」
ふと、そんなふうに声を掛けられた。
声の方へ視線をやると、興味津々とばかりに目を輝かせる難民の少年が居た。
「そうだよー。そしてあたしは、警察なの。お巡りさん、分かる?」
「うっそだー! 俺の知ってるケーサツって、もっと背すじ立ててるもん!」
今どきの子供とは度し難い。純粋に渡り合おうとした自分が馬鹿だった。MCXは「あ、そう」と見張りへ戻る。──戻ろうとして、やはり癪だと思った。
どうしてくれようか。武力を示すのは論外だが、頭脳戦を繰り広げられる相手でもない。
少し悩んで、MCXは少年へ一つ約束をする。
「じゃあもしキミが危ない目に遭ったとしたら、その時はあたしが助けてあげる。そうなったら、ちゃんとお礼言ってよ?」
「俺はこの辺りで一番強いんだ! そんなことにはならないよ!」
腕を組む少年を見て、MCXは心底その自信が現実になることを祈る。人間たちにもっと力があれば──一人でも良い、人を導く存在がいれば、この苦境もきっと乗り越えられるに違いないのだから。
「いつか、イリヤねーちゃんみたいにグリフィンで働くんだ。それで、ここの皆を基地で守ってやる!」
「キミ、指揮官……いや、イリヤの知り合いなの?」
「最近良く来てくれるんだ。皆が喜ぶわけじゃないけど、たまに食べ物とか分けてくれるし」
少年の話を聞いて、MCXはイリヤへの認識を確かにした。彼女はグリフィンには似合わないほど人に甘く、自分に厳しい。それが彼女の長所であり、翻って短所になるのだ。
そもそも、ヘリアントスたちにバレたら大変だろう。MCXもメンタルの奥底でため息をつく。
「グリフィンに憧れるのはいいけど、ちゃんと身体を鍛えなきゃダメだよ? ──一旦、話はここまで」
少年との会話を遮り、MCXは扉に背を向けたまま小屋の扉をノックする。
彼女には複数の敵性体が確認できていた。真っ直ぐ集落に向かっている。通り過ぎるものではない。敵意を持って集落を目指していると推察出来た。
ドアを開けるイリヤへ、MCXは告げる。
「鉄血の信号が五体。数は大したことないけど、こっちに向かってる。それに、戦えるのはあたしだけ。どうする? 指揮官」
「……集落に向かってるの? 一般人しか居ないのに」
「あたしたちを追ってきた可能性が高いね。数がソレを物語ってそうじゃない?」
イリヤは暫し悩む。五体の鉄血人形、数は多くない。普段は更に多くを相手にしている。しかし、それは小隊の編制を行い、適切な戦闘エリアで最適な作戦を選びながら行っている戦闘だ。
一般人が多くいるこの地区で、戦えるのはMCX一体。ダミーは無し。死者を出すことも許されず、弾薬などの物資は必要最低限。そうとなれば、作戦の難易度は跳ね上がる。たった五体も、されど五体。
イリヤにその全てが委ねられる。グリフィンの指揮官として、重圧が全て彼女の小さな背中にのしかかる。
「敵が居住地区を射程に収める時間は?」
「武装次第だけど、七分。狙撃タイプがいたら五分」
「わかった。MCXは住民を避難させて。絶対に家から出ないで、頭を下げておくようにって」
「了解」
駆け出していくMCXを見送り、イリヤは小屋の中を振り返る。知人の女性は頷き、部屋の奥へと身を潜めた。
□
MCXは車の中に居た。エンジンを切り、悟られないよう道の外れで待機する。彼女はイリヤの滅茶苦茶な作戦に、少々不安を覚えていた。
「あたし次第とはいえ、本当に大丈夫なの……?」
イリヤの提案した作戦は、彼女自身を囮にすること。集落を戦闘に巻き込むわけにはいかず、その外れで侵攻ルート上にイリヤが待ち構える。勿論、彼女には非常用のハンドガンしか無い。移動もままならないイリヤでは、とてもではないが鉄血の人形は相手にできない。
そこで、MCXの出番だ。彼女が奇襲を掛ける。イリヤ曰く、上手く嵌まれば弾薬はかなり節約できる目算らしい。
武器は手持ちのシグP250ピストルのみ。MCXアサルトライフルは基地に置いてきている。戦闘になれば、なおさら不利だ。
敵性反応は更に近付いている。まもなく接触できるだろう。
エンジンを掛け、シフトレバーをドライブポジションへ運ぶ。あとはアクセルを踏み込むだけ。
遅れればイリヤは死ぬ。慎重にタイミングを測り直し、MCXはここぞと決めアクセルペダルを床まで踏み込んだ。
鉄血人形小隊の真横に飛び出した車を素早いハンドル捌きで真横に向け、敵全てを巻き込み轢き倒すように滑らせる。
複数の重い衝突音を聴き、フロントウィンドウ越しにイリヤと目が合った。
奇襲成功だ。間髪入れずに車から飛び降りると、MCXは敵が体制を立て直す前に頭部をハンドガンで破壊する。
「なんとか上手くは……行かなかったようね」
イリヤが見つめる先はMCXではない。その先からやってくる、鉄血人形の軍隊。数えるのすら諦めてしまうほどの、圧倒的戦力差。
MCXは武器を構えるが、イリヤはそれを止めた。
「車に乗って逃げるのよ、MCX。貴方は生きて帰るの」
「何言ってるの! 指揮官も生きて連れ帰るのが、今のあたしの仕事。たとえ手足失ったって、守ってみせるから」
語るMCX。ハンドガン一挺で戦える相手ではないが、既に交戦距離だ。
イリヤをかばうように立ちはだかり、手に握ったハンドガンの照準器を覗き込む。
『勝手に諦めないで。じゃなきゃ、あたしが来た意味もなくなるじゃない!』
何処からかそんな声が響いて、その場にいた人形も、そしてイリヤも動きが止まった。
刹那、轟音と爆風がイリヤたちを襲う。MCXが庇うようにして彼女を抱き寄せた。
「この信号……まさか」
MCXが声の方へ振り返る。鉄血の信号は消えた。
吹き飛んだ鉄血人形の真ん中で、腕を組み堂々と立つのは小さな影。MCXも、イリヤも、見たのは資料や情報共有の中だけだった。銀色のツインテール、輝く琥珀色の瞳、黒色を基調にした服飾と装備。
そして、闖入者は巨大なランチャーを二挺携えていた。
紛れもなく、イリヤたちはその小さな少女の名前を聞いたことがある。
「鉄血エリート……」
イリヤが息を呑む。
「SP5NANO……デストロイヤー!」
MCXは構えたハンドガンで、すかさず攻撃に移る。しかし、撃ち出した銃弾は鉄血エリート人形、デストロイヤーが翻したランチャーによって防がれた。
「戦いに来たんじゃないわよ! というか、ヤル気ならこの人形たち使って殺させてるし」
腕を組み、頬を膨らませるデストロイヤー。まるで機嫌を損ねた子供のような様だ。
対するMCXは弾の切れたP250ピストルのマガジンを振り出し、手早くリロード。ロックしたスライドを戻すと、一度攻撃をやめた。
「どういうこと? 鉄血の言うことを信じろっての!?」
「信じられないならやる? たかだかグリフィンの人形一体に、人間一人。あたしが出るまでもないのは分かるでしょ」
デストロイヤーに言われ、MCXは舌を打つ。引き下がるわけにはいかないとはいえ、彼女の言うとおりだ。実際デストロイヤーは武器を構えてすらいない。殺す気ならば、既に二人共彼女の主兵装である大口径ランチャーの攻撃に巻き込まれていたはず。
「MCX、銃を下げて。私が話すわ」
「正気!? 向こうは敵なんだよ!?」
「そうね。でも、全く話が通じない相手ではないわ」
イリヤはMCXの銃を押さえ、その銃口を下げてやると車椅子を漕いでデストロイヤーへと単身で接近する。
しかし携えたハンドガンはそのまま。デストロイヤーはそれでも良さそうだったが。
「はじめまして、デストロイヤー。貴方のことは794基地の指揮官から聞いているわ」
「あぁ……
デストロイヤーは、既に別基地にて確認済みの同個体を『別の自分』と定義しているようだった。それにはイリヤも首を傾げる。
デストロイヤーの撤退を確認したから、794基地はその後も快進撃を続けたのだ。では、今ここにいるデストロイヤーは? グリフィンが知らぬ筈はない。
「あたしは、そうね。R05地区でグリフィンと
「R05? もう二年も前だわ」
「あたしは知ってる。鉄血工造は知らないけど、あたしは他の死んだあたしを覚えてる。何度もやられたわ」
イレギュラーだ。あり得るはずがない。イリヤの手が思わず、膝の上においたハンドガンへ伸びようとする。しかし、すかさずデストロイヤーが釘を差した。
「今その拳銃に手を触れたら、あんたは得られる手掛かりを失うけど。ていうか、まだあったんだソレ」
「……詳しく聞くには条件が要りそうね」
「勿論。あたしを鉄血から保護して。あたしは今の記憶を失いたくないけど、奴等はすぐに見つけてくる。今回集落にこのガラクタが来たのも、あんた達の慰問とやらにあたしの信号が被った──言うなら、偶然だし」
ランチャーを下ろし、デストロイヤーは手を振る。無抵抗、友好の意思表示のように見えた。
「どうせ、R05の作戦に関わった奴がそっちに行ったでしょ? あそこの指揮官、無能すぎてアッサリ情報が抜けちゃった」
呆れたように首を振るデストロイヤー。
「私に得は? 手掛かりとやらをあなたが持っているとも限らない」
「あたしが力を貸したげる。今グリフィンでは、新たな勢力や勢いを増す鉄血に備えて、別な鉄血を捕獲して味方にするプログラムが考案されてる。その最新プログラムに、あたしが乗ってあげる」
「鉄血の力を……」
「嫌? まぁ、乗らないなら吹っ飛ばすまでだけど」
敵に頭を垂れる必要があるのかイリヤは迷う。鉄血には何度も自軍の人形を傷付けられた。危うく失いかけもした。
同情しかけたのは、彼女が『言葉を話すから』ではないのか? 他の鉄血と意思疎通が取れたならどうか。
否、それは一旦拭い去る。デストロイヤーも交渉の場に立っているのは同じはずだ。
(ううん。この場合、こちらが強く出られる。私の重要性より、デストロイヤーの必死感のほうが強い)
デストロイヤーの要求は自身の火力提供と、過去の事件に関する聴取を受ける代わりに、鉄血から彼女を守ることだった。
対するイリヤがデストロイヤーに要求することといえば、彼女の聴取のみ。火力は魅力だが、それは決め手にならない。
「デストロイヤー、はっきりと問うわ。あなたは『死にたくない』の? それとも、単なるメモリー保存のため?」
「両方よ! あたしが死ねば、今まで見てきた全てを失う。逃げる間に見た綺麗な景色も、荒れ果てた村も、死んだあたし自身のことさえね」
やはり、デストロイヤーは必死だ。何を見てきたのか、鉄血らしくないことまで口走る。
これでイリヤの要求もあと一つになった。
「じゃあ、貴方をまず基地へ連れて行く。武装は解除し、信号を遮断する。それから、MCX……後ろに控える私の部下に対する説明は、貴方がしてね」
イリヤが説明を終えると、デストロイヤーは小さく笑みを浮かべたように見えた。それは邪悪なものではなく、確かな喜びと安堵を感じるもの。
乗ってきた車がピックアップトラックで良かった。デストロイヤーの武器は大柄だが、積めないサイズではない。持ち帰ることも出来るだろう。
思わぬ収穫を得たと考えるべきか、それとも余計な火種を背負ったと考えるべきか。イリヤは大きな溜め息を一つ吐きつつ、MCXが文句を言いつつ運転する車内で考える。
リアシートではデストロイヤーが『乗り心地が悪い』だの『揺らすな』だのとぶつくさ文句を垂れていて、それがなおMCXを苛立たせているようだった。
集落は結果として無事だった。デストロイヤーは隠し、今はこうして帰路に着いている。
今はまず、デストロイヤーから話を聞くべきだ。そのためには、人形たちを上手く誤魔化さなくては。
イリヤからまた一つ、大きな溜め息が漏れた。
何だかんだめちゃめちゃな日にちがかかってしまって申し訳ありません。
年を取るとアレですね、なかなかゆっくり時間を取れなくなりますね。すぐ疲れちゃって。
デス子かわいいよデス子。
鉄血エリートで一番好きです。二番目はハンター。
今回の話を組むにあたって、原作年表にムリが生じましたので前話の繋がりを変えてます。
宜しければ、前の話もさらりと読み直してみてください。
感想お待ちしております。
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14.小さな記憶
イリヤたちを乗せた車が、722基地へ入り込む。念の為、デストロイヤーには車の中で伏せるように伝えたが、ガレージまで基地人員に近寄られることもなかった。
「ぷふー! もういいよね? 着いたんでしょ?」
リアシートにへばり付くようにしていたデストロイヤー。大袈裟に息を吐くと、前席の間から顔を出して問う。
MCXは『もうどうにでもなれ』と言わんばかりに顔を逸らす。
「着いたわ。MCX……気に食わないのは分かるけれど、もう少し手伝ってくれない?」
「分かってる。あたしだって、722所属の人形なんだよ? 指揮官の指示を無碍に出来るわけ無いじゃん」
MCXの手を借りて車を降り、車椅子に座るイリヤ。後部座席に座るデストロイヤーへ手を差し伸べると、彼女は告げた。
「私はあなたを受け入れるけれど、その正体を暫く隠すわ。一つは混乱を抑える為、二つはレヴォーヴナの真意を隠させない為」
「やっぱり、あの女か。今の指揮官を捨てて、アンタの所に行ったってワケね。ま、あたしはそれでも構わないわよ──っと!」
小さな躯体で、デストロイヤーは車のシートから飛び降りる。
粉雪のように埃が舞い、それを吸い込んだイリヤが小さく咳き込んだ。
「いい? おチビちゃん。あんまり調子に乗らないで。あたしはまだ信用してないし、もし指揮官に何かあれば、その時はその可愛らしい顔──グチャグチャにするから」
ガレージに置いていたMCXアサルトライフルを取って、チャージングハンドルを引いて見せる。今出来る精一杯の牽制だ。デストロイヤーからは何も感じない。牽制も特に効いてはいないようだった。
「とにかく、一度バレないように管理施設にコイツを連れて行かないと……。指揮官ちゃん、MTs-255をかわせる?」
「大丈夫、今から少し指示を出すから……少し待って」
胸ポケットから携帯端末を取り出し、メッセージを送信するイリヤ。内容は『レヴォーヴナの作戦指揮能力を測るため、セカンダリレベルにて彼女の指示にて模擬戦闘を行うように』とあった。
人形を動かすには、レヴォーヴナはちょうどいい人員だった。入ったばかりで自己紹介もまだだが、これを機に副官のMTs-255だけでも彼女を知れば手間も省ける。
当然彼女からは疑問の返信があったが、すぐに了解へ切り替えている。
これでMTs-255はかわせる。今のうちだ。
□
素早く移動した三人。あまり寄り道している時間はないが、まずは鉄血エリートを体現するような服装を誤魔化さなければ。
向かった先は倉庫。指揮官用の制服がまだ余っていたはずだとイリヤは踏んでいた。支給品として、サイズ違いで幾つか余分に送られているから、ピッタリとは行かなくても近いサイズの物があるはず──と、思ったのだが。
「……ぶかぶかなんだけど」
残っていた中で一番サイズの小さな制服だった。それでもデストロイヤーには袖が余っていて、不満げに口をとがらせながら袖口をブンブンと振り回していた。
しかし、オーバーサイズのお陰でボディは完全に誤魔化せている。ちょっと目に入ったくらいではデストロイヤーとはバレないだろう。
「よし、あとは帽子被って。行きましょう」
帽子を被せれば、多様性の世界では否定出来ない小柄な指揮官の完成だ。バレたとしても、上手く誤魔化せる自信がイリヤにはあった。
倉庫を抜けて、MCXに車椅子を押してもらいながら足早に向かうのは情報処理室だ。処理室には指揮官以外の立ち入りは認められていない。入れるのは、指揮官がその時に立ち会いを認めた人物だけ。邪魔も入らず、デストロイヤーのメモリーを調べるのにもお誂え向き。
ぶかぶかの制服に文句を垂れるデストロイヤーも、処理室を目指す意味を理解すると大人しく付いて来た。
途中で人に見つかること無く、無事に情報処理室に進入したイリヤたち。MCXは操作を理解しているのか、イリヤとのアイコンタクトで手早くサーバーの電源を入れていく。
まるで過去に存在した摩天楼のようにチカチカ輝くサーバー群は、722指揮所でも重要な物。人形たちの過去戦術データや、倒してきた鉄血の人形データはこのサーバーに収められる。
「適当に椅子に座って、デストロイヤー」
データ処理室というだけあって、椅子は何脚かあった。イリヤに促され、デストロイヤーは指揮官制服を脱ぎつつ椅子に腰掛ける。
小さな身体を揺らし、サーバーの光を目を輝かせながら追っている。鉄血人形エリートとはいっても、メンタル面は見た目相応のようだった。
「R05のことが知りたいんでしょ? サーバーなんか何に使うの?」
飽きっぽいのもまた子供らしいと言うべきか。今度は転じて退屈そうに口をとがらせる。
「貴方が嘘をついていないか、過去のデータと比較するためよ」
車椅子を漕いでデストロイヤーに近寄ったイリヤ。彼女がそう語り掛けると、デストロイヤーは彼女の話を一笑に付す。
「あはは! バッカバカしい! あたしは鉄血だけど、結局人形なの。分かる? 機械よ? 嘘なんてつけないの」
「それでもよ。あの事件から本当にリセットされずに来たのなら……、或いは。何より、貴方は仲間の鉄血を売ったでしょう?」
イリヤに返され、デストロイヤーは『ぐむ……』と唸った。嘘をつけない人形ならば、『生き残りたい』という感情も無くなるはずだ。味方陣営を売ってまで敵に擦り寄る事も出来るはずがない。
しかし、今イリヤの前で視線を泳がせるデストロイヤーという人形は、自分の身の安全の為に敵であるイリヤ達に投降し、しかも彼女たちグリフィンに“自ら”力を貸すと申し入れた。
その時点で、少なくともこの場にいるデストロイヤーという個体は、単なる人形や機械であると済ませていいものではなくなっている。所謂『イレギュラー』とも言えるだろう。
「だから、貴方が自分の為に嘘をつく可能性を加味して、過去データと合わせる必要があるの。一分後に聞き取りを開始──MCX、記録をお願い」
「了解、指揮官」
グリフィン側の機械的なやり取り。デストロイヤーはイリヤの目をちらりと見遣る。
──
「あの日、あたし達はイエローゾーン──R05地区へ進軍する事になっていた。そこの人間を皆殺しにして、鉄血の前哨基地にするためにね」
デストロイヤーはイリヤの目を見つめながら、過去を振り返り始める。
ゆっくり、それこそ歩くような速さで。
□
遡ることおおよそ二年前。
R05地区へ向けて、デストロイヤーたち鉄血工造は進軍を続けていた。イエローゾーンとは言うが、共有される情報からしてそれなりに栄えている場所のようだった。
射程距離まで間もなく。近距離型の人形も用意は出来ている。
「人間たちは片っ端から殺して。グリフィンは──来てるね」
デストロイヤーのセンサーにも、鉄血の仇敵ともいうべきグリフィン人形の反応は入っていた。彼女が勘付いているのだ、グリフィンも既に臨戦態勢に違いない。
体格に見合わない、巨大なグレネードランチャーを構え、その引き金を引く直前にデストロイヤーは指示を飛ばす。
「あたしが戦闘エリアに砲撃をする。最初の砲撃の着弾を確認次第、ブルートを筆頭に順次突撃。ストライカーはエリア進入次第、その場にいる全ての生体反応へ射撃。その後は順次指示するから」
ランチャーの銃口を調整し、戦闘エリアのど真ん中に着弾するよう合わせる。人間もいたが、何よりグリフィンの人形もいる。
計算した座標に着弾すれば、戦力はかなり削れる算段だ。
「ファイヤ」
デストロイヤーの声と共に、酒瓶の栓を抜くような発砲音が響く。放たれた榴弾は綺麗に弓なりの弾道を描き、誤差約0.2センチメートル程度の位置に複数着弾。地区にいた人間もろとも、グリフィンの人形にダメージを与える。
ブルートたちは先程受けた指示通り、風を切るように戦闘エリアへ駆け込み、直ぐ様応戦の銃撃音がデストロイヤーの耳にも届いた。
「やっぱり削りきれなかったか。次々行くよー」
デストロイヤーの真髄は火力支援。彼女の武装ではグリフィンの旧式武装といえど、小回りの利きで劣る。
故に、彼女には戦闘エリアへ人形たちを送り込みながら絶えず砲撃を加え、ゆっくりと前進する他にない。
発砲する度にランチャーのシリンダーが回転し、巨大な空薬莢が排出される。鐘を叩くような重たい金属音を引き連れながら、デストロイヤーも戦闘エリアへと進入。グリフィン人形たちと対峙した。
「ん?」
ふと、デストロイヤーは破壊しそこねた民家に視線を移す。
人間の女が亡骸を胸に、泣き喚いている。彼女の武装で死んだなら、肉片も残らない。抱き抱えた遺体に残されていたのは、小火器の弾痕だ。
──何にせよ邪魔だった。左手のランチャーを女へ向け、引き金を引く用意をする。
「そこまでだ、デストロイヤー。これ以上被害を広げてもらっては困るからな。掃討する」
グリフィンの制服を着た人間がまた一人。男女の区別はつかない。グリフィン指揮官の後ろからは、更に人形たちが押し寄せてきていた。こちらにも損耗がある、数的不利は明らかだ。
「それ以上部隊を近付けたら、あそこの人間を殺すよ」
「ほう? 鉄血にも交渉術はあったのか? だが、どちらにせよもう手遅れだ。彼女たちは避難命令時に不在だった。ここが戦場になるなど、知る由もなかったんだ」
指揮官の言葉を聞いて、デストロイヤーは眉をひそめる。人間側に立つグリフィン&クルーガーの指揮官から出る言葉とは思えなかった。
どす黒い感情を指揮官からは感じる。思わずデストロイヤーはたじろいだ。こんな指揮官とは遭ったことがない。そもそも戦闘装備無しで戦闘エリアに入り込むのはあまりにも無謀。まともとは思えなかった。
「どうする? デストロイヤー。勇敢に立ち向かうか、無様に背中を撃たれるか。せめて選ばせて──」
指揮官が言い切る前に、乾いた銃声が響いた。一発、二発、三発。それからは考え無しの連射に聴こえた。
銃弾の一部はグリフィン指揮官に命中していた。人形たちの注意も銃声の発生源に分散する。
発砲したのは、先程の女だった。恐らく戦闘の混乱で転がってきた拳銃を取り、発砲したのだろう。撃ち尽くした後で、放心しているようだった。
「一体何を……!?」
グリフィン人形が女へ問い掛けるが、彼女は糸が切れたように崩れ落ちた。
デストロイヤーから見ても重傷だった。建物の破片は身体を貫いていたし、出血量も多い。グリフィンが彼女を連行する前に死ぬだろう。
「今のうちに……!」
デストロイヤーはランチャーの榴弾をスモークに素早く装填し直すと、煙幕と共に後退を開始。味方の鉄血人形には目もくれず、とにかく彼女は走った。
□
デストロイヤーが語ったR05地区の話を聞いて、イリヤは頭を抱える。
「……レヴォーヴナ。彼女が──」
「間違いはあった?」
「無いわ。グリフィンの避難命令は私達に届いていなかった。イエローゾーンで親戚を失い、様子を確認しに向かった姉はグリフィンの流れ弾で死んだ。あの時の指揮官はレヴォーヴナだった。……多分」
イリヤもハッキリとは断定できずにいた。何しろ、ほぼあの時の記憶はないのだ。姉が死に、無我夢中で転がっていた拳銃を拾い、好き勝手に宣った人間を撃った。
それしか覚えていない。それが男女のどちらかも分からない。面接に来たレヴォーヴナがその時の指揮官だ、という説とするなら彼女は男女どちらとも区別は付きにくい。混乱している状況なら尚更だ。若い男性指揮官だったのか、そうでないのか。
ただ、それに関してはヘリアンもデストロイヤーと同じような説をイリヤへ教えている。
「どうするの? 指揮官。あのレヴォーヴナとかいう女を締め出す?」
MCXの提案ももっともだろう。今はどうあれ、過去の彼女がその当事者だったのなら、行動を共にするのは精神的にも良いとはいえない。
「ヘリアンさんには『事を荒立てるな』と言われているわ。レヴォーヴナは引き受ける。彼女が何を考えているのか知りたいから」
「本当にいいの? あたしとしても、気分いいと思えないけど」
「気分なんて、昔から悪いままよ。MCX」
まるで重力が増したかと錯覚する程に重くなった空気は、そのまま晴れる事はない。
デストロイヤーの処遇は722基地で採用に決まったが、あくまでも存在は機密扱い。R05地区の真相は、まだ完全に解けたわけでもない。
デストロイヤーの視点。そして、レヴォーヴナの視点。双方に言い分はある筈だ。イリヤは、レヴォーヴナから話を聞けるまで判断を保留する事にした。
(でも、デストロイヤーの言う通りの冷たさなら──どうしてわざわざ……?)
イリヤは自室で、考えに耽ける。レヴォーヴナの考えが読めない。しかし、考えている間にもレヴォーヴナを基地の人員として正式に迎える時間は迫っていた。
彼女は敵意を持って近付いたのか、それとも違うのか。それを解き明かすには、まだ少し時間が必要のようだった。
暑いですね。
スマホもPCも速攻で熱が……。
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