ロクサーヌの想い (龍いち)
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プロローグ 商館に売られた私

わたしの名はロクサーヌ

狼人族でこの春に16才になった。

 

秋の終わりに奴隷としてこの商館に売られ、そろそろ3か月がたつ。 

自分で言うのは少し恥ずかしいけど、美人で胸も大きく少しはモテるほうだと思っている。

しかし訳あって、いまだ売れずにここで暮らしている。

  

わたしの両親は探索者で、狼人族が多く住む町の、町はずれにある迷宮を探索してお金を稼いでいたけれど、わたしが10才の時に迷宮内で死んでしまった。

 

その後、農家であった叔母のいえにお世話になり、しばらくは畑仕事の手伝いをしていたけど、13才からは迷宮探索のパーティーに参加して、少しずつだけどおかねを稼げるようになった。

 

探索パーティーの中では一番したっぱだったので、意見は聞いてもらえないし魔物にも後ろからこっそり攻撃しろなどと言われさんざんな扱いだったけど、それなりに頑張っていたし多少は強くなったと思っていた。

しかし、加入から2年を過ぎたある日、突然パーティーをクビにされてしまった。

 

居心地が悪かったし、私もあのパーティーは抜けたいと思っていたからクビにされたことにはショックは無い。

それこそ何度頼んでも、このパーティーには獣戦士が私だけしかいなかったからか、色々難癖つけてずっと抜けさせてくれなかったのだ。

 

それなのに、その日は探索を終えて冒険者ギルドに行くと、いきなりリーダーから「お前は今日でクビだ」って言われたので、そのことにはちょっと驚いた。

 

何か私をクビにしてもいい理由が出来たのか... 新しくパーティーに入る獣戦士が見つかった?

それとも色々と反抗的な態度をとっていたから、ついに堪忍袋の緒が切れたのか...... 

はて?と、クビになった理由を考えると、いくつか思いうかぶことはあった。

 

まず......

パーティーの男性メンバーたちから、なんども自分の女になるよう迫られたのを、断り続けたのが悪かったのか......

 

でも、好きでもない人の恋人になるなんて嫌だから仕方がないわね。

特に、いつも気持ち悪いニヤけ顔で私を見ていたあのボンボンはありえないわ。

 

魔物との戦闘に関して、何度か口出ししたのが悪かったのか......  

 

でも、あのパーティーは魔物との戦い方が効率的じゃ無かった。

魔物が2匹なら誰かが1匹を抑えている間に他のメンバーがまず1匹を囲んで倒すのが常識なのに、二手に分かれて戦うし、回復役は全く戦いには参加しない。

そもそも魔物を分断して1匹をより多くの人で攻撃したほうがいいのに、前に4人並んで2匹を迎え撃つから、私が入り込む隙間がない。

 

だから、常識を説明しただけなのに、「うしろからこっそり攻撃しろって言ってるだろ、素人が口を出すな!」とか、「そうだ!お前は黙って従ってればいいんだ!」とかは無いと思う。

 

それに、うしろで見ていただけの回復役が、「痛いなら手当てしてやってもいいがどうする?」って、戦闘が終わるとニヤニヤしながら近づいてくるのが本当に気持ち悪かった。

あのボンボンだけは生理的に受けつけない!

だから、これも仕方がない。

 

迷宮で魔物を探せないリーダーに、影で愚痴を言ったのを聞かれていたのか......  

 

でも、あのリーダー。狼人族なのに鼻があまり効かなくて魔物とエンカウントすることが少なかったし、魔物のいる方向を教えても「余計なことは言うな!」って怒鳴るし。

それに方向音痴のせいで、無駄に迷宮内をいったりきたりして探索が進まない。

はじめは我慢していたけど、全く悪いと思っていないようだから、「はぁ、また迷子か」とか、「はぁ、また魔物から遠ざかるし」とか、ついついグチが出るようになってしまった。

だから、これも仕方がない。

 

報酬の分配についてモメたのが悪かったのか......

 

でも、これも仕方がないと思う。

だって2年もパーティーにいたのにドロップアイテム売却金額の1割も分けてもらえないし、少し文句を言ったら「後方から参加してるだけのくせに文句を言うな!」とか、「分けまえを増やして欲しかったら、ちゃんと働くんだな。まあ、戦闘では役に立たないから、夜にからだで奉仕するのがいいと思うぞ」なんて言う人のほうが悪いと思う。

 

それに、「金が欲しいなら俺が個人的に恵んでやってもいいぜ」って言いながら触ろうとしてくるヤツなんてありえない。ほんと、あの僧侶は気持ち悪い!

私は不公平を訴えただけで、お金をくれって言ってる訳ではなかったのに。

 

実際このパーティーはとても真面目に迷宮探索しているとは思えない。

普通のパーティーは毎日朝から夕方まで迷宮探索しているのに、このパーティーは朝の集まりが遅いうえに、リーダーたちが二日酔いで急に休みにしたり、探索中に気に食わないことがあると、途中で探索をきりあげたりする。

それに、2年も探索しているのに4階層にはあがったことがない。

だからパーティーの収入が少ないし、少ないからこそ私への分配を渋っている節がある。

 

でも、私は空いた時間にこっそり一人で迷宮1階層や、近所の森で魔物を狩っているので、パーティーでの報酬が少なくてもお金に困ることはなかった。

もちろん贅沢出来るほどではないけれど、少なくてもパーティーメンバーのボンボン僧侶に頼る必要は微塵もなかったのだ。

 

そう言えば、リーダーの知り合いらしい豪商の娘に言いがかりをつけられて、訓練試合というなの決闘を申し込まれたこともあったわね。

あのときは、相手の攻撃をさんざんかわしまくったあげくに引き分けにしたのだったけど、それが悪かったのか...... 

 

確かあのとき、相手はスピードが遅くて余裕でかわすことができたわね 。

でも、いい装備品をつけていたのか、何度攻撃を当ててもまったくダメージを与えることが出来なかった。

相手がへばって動けなくなった後に、ちゃんととどめを刺すことはできたかも知れないけど、言いがかりをつけられたことに怒っていたので、最後は相手をバカにして、決着を付けずに試合を終わりにしてしまったわね。

確か......「ほんと残念。大口叩くからどれだけ強いのか期待してたのに、全く時間の無駄。付き合って損した」って言ったのだったかな。

 

そのあと“勝負を投げ出すなら引き分けだ”とか何とか相手が叫んでいたような気がしたけど、私は無視して立ち去ったわね。

 

これは...... 私のほうも少しは悪かったのかな?

 

まあ、

いまさら理由なんてかんがえてもしかたがないから、これからどうするか考えないと。

このままソロの探索者として迷宮探索を続けるっていう手もあるけれど、上の階層にあがって強い魔物と戦わないと強くなれない。

だから、しばらくは叔母さんを手伝いながら、他のパーティーにいれてもらえないか探さなくちゃ。

 

私がそんなことを考えていると、リーダーは他のパーティーメンバーたちとコソコソ話し、「今日でクビなのは決定だが、お前もいきなりじゃあキツイだろう。だから明日、最後に1回だけ探索に連れてってやる」などとニヤニヤしながら言い出した。

 

私が驚いたあとに考え込んだことを困り果てていると勘違いしたのか。

彼らはそれにつけ込むつもりなんだ。

 

最近は探索中にやたら魔物や他のパーティーが居ない場所を探していたり、ボスと戦うつもりもないのに待機部屋にとどまろうとしたり、何よりメンバーたちからイヤらしい目線を向けられることが増えていた。

それに、魔物と戦っているときに僧侶が私の後ろに回り込んで、“はぁ、はぁ”と息を荒げながらゴソゴソと何かをしていたこともあった。

 

さすがにそのときは魔物に集中出来ず、気持ちが悪くて振り向くことは出来なかったけど、ずっと後ろの僧侶の動きに警戒していた。

 

そんなことがあり私は身の危険を感じていたので、リーダーや他のパーティーメンバーの顔を見たら何を考えているのかは丸わかりだった。

 

コイツラの慰み物になんて絶対になりたくない!

なので私は、「いえ、結構です! 私は今日でクビですね! じゃあ私は次の仕事を探すので帰ります!

今までありがとうございました」とギルド中に聞こえるくらい大きな声で宣言した。

 

パーティーメンバーたちは私が突然大声で宣言したことに驚いて、「へ?、あ、いや......」と、何か言おうとしていたようだけど咄嗟に言葉にはならなかった。

私はサッと踵を返して彼らに背を向け、「前のパーティーは抜けたので、良かったら誰か私をパーティーに入れてくださーい」と叫びながら、そのまま冒険者ギルドを飛び出した。

これで周りにいた他の探索者の人たちや、カウンターにいたギルド職員にも私がパーティーを抜けたことは聞こえたはずなので、後でクビにしたことを撤回することは出来ないだろう。

 

私は思いがけずパーティーを抜けることが出来たことに喜び、翌日からは意気揚々と仕事を探した。

 

冒険者ギルドに行くと、思ったより多くのひとが昨日の宣言を聞いていたのか、それともあのあとギルド内で何かあったのかは知らないけど、ことのほか私がパーティーを抜けたことは知れ渡っていた。

だけど、なかなか次の働き口は見つからなかった。

 

冒険者ギルドの掲示板にはパーティーメンバーの募集がいくつも出ていたので、私はすぐに次のパーティーに入れると思っていた。

だけど、いざ加入を申請すると“一足違いで決まった”とか、“悪いが女性を募集したつもりはなかった”とか、“低階層しか入ったことがない人はちょっと...”などと言われてしまい、どこのパーティーにも入れなかったのだ。

 

獣戦士ギルドに入会して、探索パーティーを斡旋してもらおうかとも思ったけど、入会費を支払う余裕がなかったので、なんとか自力でパーティーを探すしかなかった。

仕方がないのでそれからは、私はソロで迷宮探索を続けながら毎日掲示板に目を通す日々が続いた。

 

ちょうど同じ頃、なぜか突然叔父の農園の野菜がまったく売れなくなった。

よくわからないけど、今まで卸していた八百屋が一斉に仕入れ先を変え、叔父の農園からの買取りを拒否したらしい。

 

そのため、叔父は借金をするようになってしまい、生活が急激に苦しくなった。

私は探索で稼いだお金を渡していたけど、私の稼ぎ程度では焼け石に水だったようだ。

 

そして、私が15才の秋になると、とうとう叔父は税金を払うめどがたたなくなってしまった。

 

生活が苦しくなりはじめてからは、叔父と叔母は毎晩私が寝たあとに、どうやってお金を工面するか話し合いをしていた。

2人は私に聞こえないようにしていたつもり らしいけど、何度か扉のそばで話を聞いてしまった。

 

2人は、荷車に野菜を載せて他の町まで売りに行ったり、農具を売ったり、農場を切り売りした。

そして最後は、農場で下働きしていた人まで解雇してお金を工面しようとしていたけど、どうしても事態を打開することが出来なかった。

結局叔父は私を奴隷として商館に売ることで、一時的に苦境を凌ぐことに決めたようだ。

 

叔母は最後まで私を守ろうとしてくれていたみたいだったけど、最後は叔父から「あの子が奴隷になるのは運命だったんだ。私たちでは守れない。諦めろ」と言われて押し切られた。

その後、しばらく叔母がすすり泣く声を、私は扉越しに聞いていた。

 

翌日。私は叔父から商館に売られることを言い渡された。

そのときさらに、「ロクサーヌ。お前は美人でモテるから、きっと金持ちの良い主人に買ってもらえるだろう。商館の人には決して狼人族には売らないよう約束させるから、性奴隷になることは了承しなさい」と言われた。

 

性奴隷...... それは衝撃的な言葉だった。

私は男の人と、そういうことはしたことがないしキスすらしたこともない。

女は15歳になれば結婚する人もいるけれど、私は付き合いたいと思えるような素敵な男性には出会ったことがなかったし、そもそも恋愛そのものにあまり興味がなかった。

なので、男の人とのそういうことも、まったく考えていなかった。

 

だけど、やはり好きになった人と結ばれたいという理想はある。

それなのに、性奴隷ということは私の意思には関係なく、私を買った人に初めてを奪われるということになる。そして、それを拒むことも出来ないのだ......

そんなの...... ひど過ぎる......

 

その時は、叔父を恨めしく思ったけど、この町の誰かに買われて見せ物にされるのなんて嫌だし、もとパーティーメンバーの誰かに買われて慰みものにされるなんて、もっとイヤッ! 

何度も言い寄ってきたあのボンボンに触れられるなんて、考えただけでも鳥肌がたつ。

だから、狼人族に売られないのは助かる。

 

でも、だからと言って性奴隷なんて怖すぎる。

狼人族じゃなくても、あのボンボンみたいな男に買われたら......

すごく悩んだけど、私には税金が払えるほどお金を稼ぐ手段がなかったし、同情してくれる人はいてもお金を援助してくれる人はいなかった。

 

逃亡して盗賊になり、あすをもしれない暮らしをする勇気もなかったので、結局私は性奴隷になることを断ることが出来なかった。

 

それ以降、私は叔父や叔母とは目を合わせて話せなくなった。

 

そうして、冬まであと3日となった日。

 

私はまだ夜が明けないうちに叔父に家から連れ出され、いくつかの冒険者ギルドを経由してベイルという町の商館まで連れて来られた。

そして、性奴隷として奴隷商に引き渡されたのであった。

 

◆ ◆ ◆

 

商館に売られた頃は将来を考えて不安になり、落ち込んで無気力になってたけど...... 

何日かしてアラン様という商館の主人から、

「ブラヒム語や礼儀作法をしっかり学べば、お前が望まない客には売らないことを約束する。

美人で器量もよければ奴隷からめかけになれることも有るから、この商館でしっかりまなび、自分を磨きなさい」と言われた。     

 

望まない客には売らない?本当に?

そんなこと...... 信用出来ない。

だって商館は奴隷を売らないとお金が稼げないし。

だいたい奴隷が主人を選ぶなんてありえない。

私はアラン様の言葉は私にやる気を出させるためだけのウソだと思い、初めのうちは取り合わなかった。

だけど、数日経って自分の置かれた状況を客観的に見れるようになり、落ち着いてアラン様が言っていたことをもう一度考えてみた。

 

他の奴隷のひとたちはどんどん売れていくのに、私は奴隷としての教育を受けるだけの日々が続いている。

この商館は繁盛しているようで、毎日何人もお客様が来ているのに、私は顔合わせや面接など、お客様に紹介される事がまったく無い。

私の教育が不十分だから、という可能性もあるけれど、

私と同じ日にこの商館に来たのに、昨日売られていった人もいる。

全面的にアラン様を信じる訳ではないけれど、このまま無気力でいてはダメという気がする。

これからどうなるかはわからないけど、少しでも良い主人に選んでもらうために、いま出来ることを頑張らなくちゃいけないわね。

少しずつそう思うようになり、私は前向きに勉強するようになっていった。

 

商館には奴隷の世話や教育をする専門のひとがいて、奴隷としての心得や礼儀作法、炊事や洗濯などの家事全般、ブラヒム語や算術など、様々なことを学ばされた。

性奴隷になるために泣きたくなるようなことも学ばされたけど、我ながら一生懸命勉強したと思う。

そのかいあってか、ふたつきほどで何処に出しても恥ずかしくないと言われるくらい家事や礼儀作法は身につけられたし、奴隷としての心得も含めてひと通りのことはなんでも出来るようになった。

 

すると、アラン様から

「おまえほどの器量良しなら自信をもって送り出せる。

今後はおまえが気に入る良い主人を探すから、しばらくはメイドとしてこの商館で働きなさい。そして、主人が見つかるまでは、さらに自分を磨きなさい」と言われた。

 

私はひと通りのことは出来るようになっていたけど、ブラヒム語だけは十全とは行かなかった。

なぜならブラヒム語は難しく、一般的な会話の言葉とは別に"ことわざ"や古い言葉の言い回しなどがある。

私が今まで使っていたバーナ語とは違ってイントネーションによっても意味が変わる言葉もあるので、しょうじき覚えきれる自信がない。

それでもメイドの仕事の合間を見つけては、一生懸命ブラヒム語の勉強に取り組んだ。

さらに、戦闘奴隷としても活躍出来るよう、毎朝欠かさずに鍛錬することにした。

 

それからさらに1ヶ月が経った。

 

ブラヒム語は完璧に扱える域に達してはいないけど、一般会話や読み書きには支障がないくらいには覚えられた。

私は奴隷になってしまったけど、戦闘奴隷として活躍すれば購入先での待遇は良くなるし、主人に気に入られて運が良ければ、奴隷身分から解放してもらえることもあると教えられていた。

なので、メイドの仕事を続けながらも日々鍛錬に励み、勉強ももっと頑張ろうって思っていた。

 

そんな日々をすごし...... 春まであと少しとなった。 

その日...... 

 

ついに私は生涯を捧げる事になるご主人様と出会ったのでした。

 



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出会い、身請け、そして宿屋で迎えた初めて

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の奴隷。

 

商館に売られてから3か月が過ぎた。

他の奴隷の人はどんどん声がかかり、そして売れて行くのに、私はメイドとして働かされており、お客様を見かけることは殆どないし声すらかからない。

 

自分で言うのは少し恥ずかしいけど、美人で胸も大きく少しはモテるほうだと思っていたので、最近少し自信を無くしている。

 

その日、商館の台所でお客様にお出しする飲み物の準備をしていたところ、いつもお世話になっているおばさんがやって来た。

「ロクサーヌ。今日はあなたに給仕をしてもらうから、すぐにメイド服に着替えて応接室の前に来なさい。お茶は私が部屋の前まで運んでおくから」

「わかりました」

「お客様はもう来ているから急ぎなさいね」 

「はい。すぐに着替えてきます」

 

私はおばさんに返事をして慌てて衣装部屋に行き、自分に合うサイズのメイド服に着替えて応接室の前に向かった。

応接室の前ではいつも以上にニコニコしたおばさんが待っていて、私の身だしなみをチェックし、小さくうなずいた。 

それから、「給仕する時にさりげなくお客様を見てきなさい」って小声で言ってきて、私の肩を軽く叩いた。

 

なんでそんな事をいうのか一瞬疑問に思ったけど、おばさんから飲み物を載せたトレーを渡され、「いってらっしゃい」と言われて、そこではじめて私ひとりで給仕をすることに気がついた。

私はお客様に一人で給仕するのは初めてだったので、

しっかり仕事をしなくちゃいけないって考えに意識が集中してしまい、おばさんに言われた「お客様を見る」ことについては深く考えずに応接室のドアを開けた。  

 

「失礼します」

声をかけて入室し、テーブルにハーブティーを置くときに、おばさんに言われた通りお客様をチラ見すると、バッチリ目が合ってしまった。

(あ...... どうしよう!)

 

内心の動揺を隠してにっこり笑い「どうぞ」と言ってカップを置いた。

少し手が震えてしまったけど、お客様は私の顔を見ていて気づいてないようだったので良しとしよう。

 

お客様は私と目があったせいか、すごく慌てていて

「あ、ありがとうございます」って敬語で答えてきた......

なんかちょっとカワイイって思ってしまった。

 

でも、そのあと視線がさがった...... わたしの胸を見てる...... 

チラチラ見てる。私はちょっと不快だったけど、ニッコリほほえみながら習ったとおりにお客様に声をかけた。      

「どうぞ、お飲みください」 

「......悪いな」  

 

そのあとアラン様の前にもカップを置き、入り口のドアまで戻った。

そして振り返って一礼し、顔を上げるとお客様は少し赤い顔をしてわたしをチラ見していた。

決して自惚れている訳ではないけれど、あのお客様は間違いなく私に気があるようだ。

 

退室して応接室のドアを閉めると、廊下の先の部屋からおばさんが上半身を出して手招きしていた。 

あし音を立てないように素早く移動して部屋に飛び込み、大きく息を吐いた。

 

「はぁ...... 思いっきり目があっちゃいましたよ」

「あははは、それで、どうだった?」 

「どうって......?」 

「いまのお客様、将来有望な冒険者さんで、アラン様はロクサーヌが気にいるなら商談をまとめるって言ってたわよ。」

「えっ!」 

(それなら先に言っておいてほしかった......) 

 

私は一度大きく深呼吸すると、いま一瞬だけ見たお客様を思い出した。  

若そう。わたしと同じくらい? 

イケメンというほど格好よくはないけれど、ブおとこという訳ではない。

 

一瞬だったから性格まではわからないけど、尊大な感じじゃないし、嫌みっぽくもない。悪い人でもなさそう。

目つきも怖くはないし、どちらかと言えば優しそうな気がする。

 

何かわたしを見てすごく慌ててた。

顔が赤くなっていたってことは...... 

もしかして照れてたのかな?

 

なんだか...... 商館にくるような人じゃない気がする。 

 

でも...... ぜったい胸......  見てたよね。

ただ、チラ見だったけど......

男の人だから胸を見ることはしかたがないのかもしれないけど...... なんかちょっと嫌だったな......

でも...... あの人なら...... 

ひどいことはしない気がする。

 

あと...... 一瞬過ぎて、あとは...... 分からない...... 

 

 

ほどなくするとアラン様がやって来た。 

「今のお客様はまだ若いが、人間族で将来有望な冒険者だ。 

迷宮に入るため戦闘奴隷を探しているが、戦闘も出来て器量も良く、ブラヒム語が使えるお前なら自信をもって進められる。 

彼なら決してお前をひどい扱いはしないだろう」  

 

その言葉を聞いたとき、

そうか、わたしはあの人に買われたのか...... って思い 「......分かりました」と答えると  

アラン様はとても優しい目になった。  

 

「まだ、お前を売却したわけではない」  

「そうなんですか?」  

「ああ、お前を購入するには手持ちが足りないそうだ」

「そうですか......」

あれ、いま私...... 残念に思った?   

   

「以前、お前がブラヒム語や礼儀作法をきちんとまなべば、お前が望まない客には売らないと約束したこと、おぼえてるか?」  

「......いえ」 

私は咄嗟に否定したけど、商館に来たばかりの頃、叔父に性奴隷になることを了承させられて絶望していた私に、アラン様が声をかけてくれたことはなんとなく覚えていた。でも、そのときはアラン様のことを信用してはいなかったので、聞き流していたのだと思う。

 

「お客様には今から戦闘奴隷を紹介する。2階の奴隷を紹介してから3階に回るので、少しかかる。  

お前が彼の元にいっても良いと思うなら、着替えて3階の踊り場まで来なさい。

嫌なら自室に戻っても良い」  

 

その言葉を聞いて、私は目を見開いた。

「わたしが決めてもよろしいのですか?!」

「約束だからな。面談させることは出来ないが......」

アラン様はそう言いながら少しだけ笑みを浮かべた。

 

「いえ、しっかり考えさせていただきます。

ありがとうございます」

お礼を言うと、アラン様は軽くうなずいて部屋から出て行った。

    

私は衣装部屋に移動し、メイド服から普段着に着替えながら考えた。

 

ふつう奴隷が主人を選ぶなんてありえない。 

話もしていないし、しょうじきどうしていいか分からない。  

 

3ヶ月も売られる話なんて無かったのに、急過ぎる......    

 

でも...... ちょっと気弱そうだけど、いい人そうだった。 

年も近そうだし、アラン様は進めてくれている...... 

     

この商館は居心地はいいけれど、ずっとここには居られないってことは分かってるし、いつかは売られるって分かってる。

ずっと売れ残っていれば、条件が悪いお客様に売られることになるかもしれない...... 

 

ここを出るのは怖いけど、戦闘なら自信があるから冒険者につかえられるなら私にとってはチャンスだ。

あの人なら...... いいかな......  

 

しばらくあれこれかんがえて、私は決断した。 

あの人につかえよう。 

 

踊り場に行くとおばさんが待っていた。

おばさんは私を見ると、軽く目を閉じて小さくうなずいた。

その横に並ぶと、すぐに女性奴隷の部屋からアラン様とお客様が出てきた。

 

アラン様はわたしを見ると小さくうなずいて、お客様に声をかけた。お客様もこちらに気付いた。

「いかがでしょうか」

お客様は私をチラッと見て、   

「やはり彼女を見てしまうとな。残念だが」 

 

その言葉を聞いて、私はお客様は帰ってしまうと思った。

頑張って......覚悟を決めたのに......  

視線を僅かに落としたが、次のアラン様の言葉を聞いて思わずお客様を見つめてしまった。

 

「さようでごさいますか」

「悪いな」

「ロクサーヌ。お客様はお前を気に入られたようだ」    

「えっ!」

「なっ!」     

お客様と目が合った! 

 

急に恥ずかしくなって視線をそらし、思わずうつむいてしまうと、お客様も動揺しているようでその場で立ち止まってしまった。

 

アラン様はここぞとばかりに攻めの言葉をかけた。

「いかがでございましょう。5日ほどなれば、お待ち出来ますが」    

「は?」  

 

アラン様は5日のうちに必要なもの?を用意してくださいと伝えると、お客様はさっきより動揺した。

「あ、い、いや......」

 

アラン様はわたしに向かって宣言した。

「お客様はおまえのことをお求めでいらっしゃるが、急なことで持ち合わせが足りないのだ。

なので、契約まで5日待つ」

 

「ありがとうございます」

私が深々と頭を下げると、お客様から「えっ。いや」という言葉が漏れた。

あきらかに困惑している。

 

「よ、用意出来るとは確約できんが」

「そうなれば新しい売り先を探すだけです。彼女の美しさです。すぐにも見つかりましょう」

 

「5日の間に、彼女にはもっと条件のいい客が現れるだろう」

「そのようなことはお客様が気になさることではございません」

 

「彼女にとってもいい客が現れたらそのほうがよいのではないか」

「いえいえ、お客様ほどのかたなら安心して彼女を任せられます。それに、彼女のほうもお客様を気にいっているようですので」

「え、気に入っている? いや、しかし......」

「想像してみてください。お客様の隣に彼女がいる光景を」

「じつに良い...... いや、じゃなくて......」

 

完全に押し売りしているような問答が続いている...... 

アラン様は何が何でも私を買ってもらおうとしている。  

 

私も何とか気に入ってもらわないといけないような気持ちになり、ここで教えてもらった必殺わざを出すことにした。   

「私なら、お待ち申し上げております」

っと、お客様に向かって明るくニッコリ微笑んだ。 

これ以上はないという会心の笑顔だ。

     

これを教えてもらったとき、ロクサーヌが決めれば落ちない男はいないって、なんども練習させられた必殺のほほえみ。   

他にも必殺のうわ目づかいとか、必殺の袖つまみとか、いくつか必殺わざを教えてもらってたけど、

いまはこれかなって思い、やってみた......。  

どうかな? 本当にきくのかな?  

 

そう思った次の瞬間、お客様は顔を真っ赤にしてくちを半開きにし、言葉を失いその場で硬直した。

「......」 

私を見たまま立ち尽くしている。  

 

やった! 決まった! 私は心のなかでグッと拳を握りしめてよろこんだ。

 

すかさずアラン様はおばさんに  

「では、彼女を売却済みの部屋に移してくれ」と指示した。  

「はい、それではこっちへ」  

わたしはおばさんに「はい」と返事をし、最後にもう一度お客様に向き直る。

そして「あの、よろしくおねがいします」と頭を下げて、その場を離れた。

 

その後、売却済みの部屋にはいってから、直前の行動を思い出した。

私って...... なんてはしたないことしてたんだろう...... うう......

 

その後、部屋の中でひとり、しばらく恥ずかしさに見悶えた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから5日、本日が身請け予定の期限となっている。

 

5日のあいだ、私は何度もお客様のことを考えた。

どのようなかたなのか?

どのような所に住んでいるのか?

若そうだったけど、私より年上? 年下ってことはないよね?

冒険者って聞いたけど、どれくらい強いのか?

私のことをどのように可愛がってくださるのか?

 

色々考えたけど、なぜかひどい扱いをされるような考えは浮かばなかった。

しかし、今日が期限の日だし、もうお昼近く...... 売り込み方が強引過ぎたため 本当に迎えに来てくれるのか、急に不安になってきた。   

 

もしかして、迎えに来ては下さらないのでは......

もし、迎えに来てくださらなかったら、私はどうなってしまうのだろう......

いつまで待っても迎えに来てくださらないお客様を、ついに疑ってしまい私が落ち込んでいると、私の様子を見に来た世話係のおばさんに声をかけられた。

「ロクサーヌ、どうしたの?」

「このまま迎えに来てくださらないような気がして......」

「はぁ、あきれた。そんなことで落ち込んでいるの?

そんなこと、よくあることよ」

「そうなのですか?」

「そうよ。あのお客様、将来有望って言っても若い冒険者さんでしょ。あなた、自分がいくらだと思っているの?アラン様は5日待つなんて言っていたけど、あなたは普通の冒険者が買える金額ではないはずよ」

「そう...... ですか......」

私はおばさんに返事をして、小さくため息を吐いた。

「だから、そんなに落ち込まない。

それに、もしお客様が迎えに来たときに貴方の顔が暗かったら、帰ってしまうかも知れませんよ」

「はい」

 

おばさんに慰められてしまった。  

ああ、こんなこと、考えてたらダメね。

あのかたを信じて、前向きな気持ちでいないとね。

 

そういえば、アラン様はお客様を見送って戻って来たとき顔がニヤついていたけど、

私っていくらで売れたんだろう?

 

そういえば...... あのかたの...... 名前、

聞いてなかったなぁ...... 

 

商館の売約済みの部屋であれこれ考えてじっと待ってると、先ほど部屋に来た世話係のおばさんがニッコリしながら入って来た。  

 

「ロクサーヌ、お客様が迎えにきたわよ」   

よかった。来てくれた...... 私はほっとして、お世話になったおばさんにおじぎした。

 

「いままでありがとうございました」   

「よかったわね。しあわせになりなさい」

「はい」

おばさんに挨拶し、したくをして部屋を出た。  

その後、アラン様と合流し、応接室に連れて行かれた。  

 

応接室には、5日前に私の買い上げを約束して頂いたお客様が待っていた。

私は入室して「ありがとうございます」とあたまをさげた。 

 

「よろしくな」 

「はい、よろしくお願いします」 

頭をあげて返事をしながら、ご主人様のかおを覗き込むと、少しはずかしそうに目をそらされた。

(顔が赤くなってる)  

 

私はご主人様が迎えに来てくれないのでは?と疑ってしまったことが申し訳なくなり、思いきって謝ると、ご主人様は笑って許してくれたので、少しほっとした。

 

その後、アラン様が奴隷契約を行い、わたしのインテリジェンスカードに所有者が書き込まれた。

 

ロクサーヌ 女 16才 獣戦士 奴隷

所有者 ミチオ・カガ

 

ご主人様にわたしのインテリジェンスカードを見せると、ご主人様もわたしに自分のインテリジェンスカードを見せて来た。 

 

「あの...... よろしいのですか?」

「まあ見られて困るものでもないだろうし」

 

ミチオ・カガ ♂ 17才 探索者 自由民

所有奴隷 ロクサーヌ

 

ミチオ様っていうんだ......  17才......  本当に若い! 

疑ってた訳じゃないけど、この若さで奴隷を買うなんて

ほんと、どんな人なんだろう?

 

その後、アラン様やお世話になった方々に挨拶して、3か月間お世話になった商館をあとにした。

 

 

あとで知ったことだけど、私に売却の話がなかなかこなかったのは、商館に引き取られるとき性奴隷になることを了承する代わりに、狼人族に直接売らないことだけでなく「将来的にも狼人族には引き渡されないようにする」との取り決めもあったからだった。

 

そのためアラン様は私をオークションには出せず、通常の売却にしても転売や再売却されることを防がなくてはいけなかった。

その為、扱いの悪そうな人やすぐに手放しそうな人には私を見せないようにし、相手が望んでも商品ではないと断ることにしたらしい。

 

実際、狼人族が、私が奴隷として売られていないか尋ねてきたり、私を見せていないはずなのに、私を名指しして買い取ると言ってきた人がいたらしい。

中には、初めは奴隷を探していると言って一通り見分したあとで、他にも居ないのかとしつこく尋ねてきた客もいたらしいが、流石にアラン様も怪しいと思い丁重にお引き取り頂いたとのこと。 

 

そんなことが度々あったので、私は奴隷としての教育をされながらもメイドとして働かされ、アラン様が見込みがあると思ったお客様にだけ、給仕の手伝いで見せるようにしたらしい。

あと、売却後に私とお客様が反目して、それが原因で再売却されるようなことがないためにも、私が納得したお客様に売却することにしたとのこと。  

 

おかげですばらしいご主人様につかえる事ができた。

私を商館に売った叔父とのわだかまりが消えることはないと思うけど、狼人族に引き渡されることがないような条件をつけてくれたことには、今では感謝している。 

 

◆ ◆ ◆

 

商館を出るとご主人様が話しかけてきた。

「と、とりあえず、一度俺が泊まっている宿に行くから。付いてきて」

「はい」

ご主人様は顔をあかくして、チラチラ私を振り返りながら歩きだした。

私はトランクを手前に持ち、ご主人様のあとをついて歩く。

「荷物はそれだけか?」

「はい」

私が返事をすると会話が途切れてしまった。

それから2分ほど黙って歩いていると、またご主人様が話しかけてきた。

 

「それ、重くない?」

私はハッと驚いてご主人様を見上げると、私の荷物が入っているケースを指差していた。

 

「は、はい。大丈夫です」

「ちょっと貸してみて」

「は、はい。どうぞ」

ご主人様に従いケースを渡すと、彼は右手で ケースを受け取り、何故かその裏に剣を持った左手を隠した。

すると、剣が消えてしまったので一瞬驚いて「えっ!」って声を出してしまったけど、ご主人様は何事もなかったような顔をして、「確かに、重くないな」と言って私にケースを戻してきた。

そして、私の動揺は気にせずに、何もなかったような顔をして、また歩きはじめた。

 

アイテムボックスにしまったようには見えなかったけど......

ご主人様は探索者だったので私の見間違いだったのかな?

でも、何でどうどうとアイテムボックスを開かずに、手元を隠して剣をしまったんだろう......?

 

それからは、ご主人様は私に気を使っているのか?歩きながら色々と話しかけてくれたけど、ひとこと答えるのが精一杯で全然話がつづかない。

インテリジェンスカードのこととかブラヒム語のことを聞かれたような気がするけど、どう答えたか覚えていない。

何故かご主人様は緊張してるみたいだったけど、私はそれ以上に緊張していたんだと思う。

私が覚えているのは、ご主人様の背中を見ながら、この人はどういう人なのか、何を考えているのか?

などと考えていたことだけだ。

 

そうして緊張しながら10分ほど歩くと旅亭についてしまった。

 

ご主人様は受付で旅亭の人と話すと、当たり前のようにダブルの部屋を頼んだ。

 

だ、ダブル?それって私を......

私は瞬間的に“怖い”って思い、からだがかたまってしまう。

そして、次の瞬間には自分が性奴隷であることを思い出し、気持ちが沈んでしまった。

 

しかし、ご主人様はそんな私に気遣うことはなく、旅亭の人についてさっさと階段を上がり始めた。

“えっ!置いて行かれる”と思って焦り、慌ててうしろを付いていくと、3階の部屋に案内され、そこでご主人様の私物を持たされた。そして、それから5階の部屋に案内された。

 

部屋に付くと、ご主人様はドカッとベットに座った。

私はどうしたら良いか分からず、入口にたたずんで部屋のなかを見回していると、ご主人様から声がかかった。

 

「えっと......。耳って、触ってもいいか」

「あ......は、はい」

「じゃあこっちにきて」 

「......はい」 

 

私はご主人様の前の床に座ろうとすると、ご主人様は「ここに」と言いながら、自分のとなりをポンポンとたたいた。 

本当にいいのか?

恐る恐るとなりに座ると、ご主人様は体をこちらに向けて両方の耳を触って来た。

 

顔が近い...... これは、このまま抱かれてしまうのか......

怖い...... でも性奴隷だから拒むことはできない......

 

私は性奴隷になることを了承したけど、男性経験はないし男の人とはキスすらしたことも無い。   

私を買っていただいたご主人様とはいえ、ほとんど話したことも無いこの人と、このまま初めてをむかえてしまうのか......   

覚悟していたはずなのに、いざ、そう思うと悲しくなってくる......

私は涙を流さないように、心を無にして耳を触られていると、無言で両手を動かしていたご主人様が唐突に話しだした。  

 

「ロクサーヌって美人だけど、耳は可愛いよね」

「えっ......あ、ありがとうございます」

「えっと。改めて、よろしく」

「はい。よろしくお願いします」

「いいよね。この耳......」

ご主人様は話しはじめたけど、話題がないのか話が続かなかった。

再び静寂が訪れる。

ご主人様はそのまましばらく無言で耳を触り続けているので、静寂に耐えられなくなり今度は私から声をかけた。

 

「あの......」  

「何?」 

「ご主人様とお呼びしてよろしいでしょうか」 

「そうだな。そう呼んでもらえるか」

「はい、ご主人様」

「......」

話が途切れ、再び静寂が訪れる。

少しすると、今度はご主人様が話しはじめた。

 

「そういえば、ここはベット一つなんだな」  

「えっ......」    

この人は何を言ってるの?

わかっててたのんだんじゃないの?

 

てっきり私を抱くつもりでダブルの部屋にしたと思っていたので、私は凄くおどろいた。

     

「え?」    

私のおどろいた顔を見て、なぜかご主人様もおどろいている。

 

私は一度深呼吸して、おどろいた理由を話した。

「えっと。頼んだのはご主人様です」    

「え? そうだっけ?」  

もしかして...... ご主人様って...... 天然なの? 

一般常識なのに、どうして...... 

あたまのなかに疑問がわくが、そのまま会話を続けた。

「はい。ダブルの部屋を頼みました」 

「あー」 

「知らなかったのですか?」  

ご主人様はわかったような、わからなかったような、曖昧な態度なので、このひと大丈夫かな?なんて思ってしまった。

 

そんなことを考えながらご主人様を見ていると、少し何かを考えてから真剣な顔になり、また話出した。

「まず最初に言っておきたいことがある」 

「はい」 

 

「俺は、ロクサーヌが聞いても信じられないくらい遠くから来た」

遠いと言われても私は世界がどうなってるかなんて知らない。

せいぜいこの世界にはいくつかの国があり、ここは帝国だということくらいしか知らない。

あとは...... そう言えばむかし、遠くの国の品物を売り歩いていた行商人に会ったことがある。

そのとき聞いた地名は...... カッシームだったかな......

 

私は自信がなかったけど、無理にでも会話を続けないと、また部屋が静かになって気まずくなりそうな気がしたので、とりあえず聞いてみた。  

「遠くというと、カッシームよりも遠くからですか?」

「カッシームというのがどこか知らないが、多分、ロクサーヌが考えるよりもさらに遠くだ」

「そうなのですか」 

私が考えるよりも遠く...... 

それじゃあ話が続かない......

 

「それに田舎でもあった。俺はこちらの常識がよく分からない。常識についてはロクサーヌにいろいろと教えてもらいたい」

「はい」

遠くの田舎から出てきたから、常識がわからないって...... 

この人は本当に大丈夫なんだろうか...... 

ちょっと心配だけど、ご主人様が常識を知らないのなら、私ががんばって助けないといけないわね。   

 

「あと、ロクサーヌにも一緒に迷宮に入ってもらうから」 

「はい、戦闘ではお役に立てると思います。お任せください」 

戦闘なら少しは自信がある。

きっとお役にたってみせる。

 

そう思っていると、視界に商館から持ってきたカバンが目に入った。

そういえば荷物を片付けていなかった。

 

「服をクローゼットにかけてもよろしいでしょうか。

シワになるので」 

そう言って立ち上がった。

 

「ああ、そうだな」 

「ありがとうございます」 

クローゼットに商館から持参したメイド服をかけていると、ご主人様から声がかかった。 

 

「この外套もついでに頼む」 

「はい、かしこまりました」 

ご主人様から外套を受け取りクローゼットにかけていると、不意に後ろから抱きすくめられた。

私が息を飲んで硬直すると、彼はややぎこちなくあたまを撫でだした。

 

「残念だけど、逃がすつもりはないから」 

「は、はい......」 

ついに... その時が来たと思い、わたしはからだの力を抜いた。

 

ご主人様は撫でることを止めると、その手を降ろして私の胸の下で腕を組んだ。

そして私の首すじに顔をうずめ、そのまま抱きついていた。

 

私は彼の手が動きだすのが怖くて、うつむいたまま押し黙っていたけど、しばらくすると、彼はゆっくりと離れてしまった。

(えっ! 何で! 覚悟したのに......... どうしたんだろう......)

 

私がクローゼットの前から動けずに立ち尽くしているとご主人様はベットに座って私を呼んだ。

そして、私が振り向いたときに足元を見て、急に申し訳なさそうな顔つきになった。

どうやら私が裸足で歩いていたことに気がついたようだ。

 

ご主人様は自分が履いているサンダルを私が履けるか聞いてきたので、装備品は魔法がかかっているのでサイズが変わるから大丈夫だと伝えると、ご主人様は何故か不思議そうな顔をした。

 

理由は分からなかったけど、とりあえず私はサンダルを履かせてもらえるようなので、ご主人様にお礼を言った。

すると、「迷宮に入るのに必要な装備品だから気にするな」と言ってご主人様は話を終わらせ、話題を探索時に使う武器に変えた。

 

「両手剣と片手剣があるがどちらにする?」と聞かれたので片手剣をお願いすると、彼はアイテムボックスから剣を取り出して私に差し出した。

 

渡された剣はシミターで、刃こぼれは無いが剣身がくすんでいた。

あまり手入れをされているようには見えなかったのでご主人様に装備品の手入れが如何に大切か伝えると、私の勢いに気おされてしまったのか、彼は急に「えっと。じゃあこっちきて、サンダルブーツはいてみて」と言って、自分が履いていたサンダルを脱いで私に渡してきた。

 

露骨に話題を変えられたような気がしたけど、文句を言える立場ではないので彼の隣に座ってサンダルを履いた。

するとご主人様はサンダルが私の足に合うサイズに変化するところをマジマジと見て、「おお。ピッタリだ」と言ってちょっと感動していた。

 

先ほどサンダルを履かせてくれると言われたときに装備品には魔法がかかっているため体に合わせてサイズが変わることを伝えたけど、本当に知らなかったようだったので少しびっくりした。

 

サンダルを履き終わると、ご主人様は他にも何か必要なものはないかと聞いてきたので、私は正直に小さくてもいいので木の盾が欲しいと伝えると、「わかった」と言ってあっさり了承してくれた。

それから小瓶でいいので装備品の手入れに必要なオリーブオイルも欲しいと言うと、こちらもあっさり了承してくれた。

 

私は少しくらいは渋られるか、必要無いと言って断られるかと思っていたのでちょっと驚いたけど、彼はさも当たり前のような顔をして、他にも生活用品として必要なものがないかと私に確認しだした。

 

その後、ご主人様がトイレに行ったので、私はベットから床に降りて座って待っていたら、戻ったご主人様にうでを引かれてベットに座らされ、また抱きつかれた。

(つ、ついに......)  

私は一瞬からだが硬直したけど、求められたときに迷惑をかけないよう覚悟して力を抜いた。 

 

そのまましばらく黙っていると、ご主人様から夜はベットで一緒に寝ることになると言われたので、お情けを頂くときはベットに入るけど寝るときは床で構わないと伝えると、それが常識かどうか確認してきた。

そして、「そういう主人もいると商館で聞きました」と伝えると、「必ずしも常識ではないということか。俺はいいや。寒いしめんどくさいし、一緒にベッドで寝て」と事もなげに言い放った。

どうもご主人様は、私のことを酷く扱う気は無いみたいだ。

 

「は、はい。ありがとうございます」

お礼を言うと、ご主人様は今度も何もしないまま、私を解放した。

(うーん...... 私が考え過ぎなのだろうか...... それともご主人様は、私の反応を見て楽しんでいるのだろうか......)

 

私が混乱している横で、ご主人様は買い揃える物に抜けがないか指を折りながら確認しだした。

 

「盾、オリーブオイル、手ぬぐい、桶、リュックサック、鎧は何か買うとして、靴下もいるか。取り急ぎこんなものかな?」

「......」

「ロクサーヌ?」

私がすぐに返事をしなかったので、ご主人様は不審に思ったのか私を覗き込んだ。

 

私はハッとして現実に戻り、申し訳無く思いながら「は、はい。あの、ありがとうございます」と返事をすると、ご主人様は「いや、必要な物だからな」と返事をした。

そして、ちょっと気まずくなった雰囲気を切り替えるように「それより石鹸ってこの辺にもあるのか?」と聞いてきた。

 

「石鹸ですか。石鹸はとても高いので。洗い物なんかにはコイチの実のふすまを使うのが一般的だと思います」

「やっぱ高いのか。シャンプー……いや、なんでもない。コイチの実だな」

「はい......」

シャンプー?何語かな?

少し疑問に思ったけど、確認する前にすぐに次の話になってしまった。

 

「あと、歯を磨くものは何かないか」

 

何かないか......?! いま、“何かないか”って言ったわね。

ご主人様は房楊枝も知らないの?今まで何で歯を磨いていたの?

さっきこの国の常識は知らないとは言っていたけど、いくら何でも......

 

いや、奴隷の私がそんなことを考えてはいけないわね。

とにかくご主人様が困らないよう、しっかりサポートしないと......

 

「えっと、房楊枝ですね。シュクレの枝ならどこの市でも売っていると思います」

「わかった」

 

その後、もう一度必要な物を確認し、それが終わると、ご主人様は私に覚えておくよう指示した。

そして、今から買い物に行くと言って立ちあがった。

私も立ちあがってご主人様に従い、市がたって活気づいているベイルの町に出た。

 

◆ ◆ ◆

 

1時間ほどかけ、木の盾や他の装備品、それから先ほど指折り考えた日用品、そして、なんと私の外套や肌着までご主人様に買っていただいた。

 

買い物が済んで宿まで戻ってきたので、私は早速装備品の手入れを始めた。

ぼろきれの代わりに私が今つけている肌着を使うので、ご主人様には先に夕食を済ませていただくよう伝えたのだけど、私の分もあるということで終わるまで待つと言われてしまった。

 

私は肌着を脱ぐところをご主人様に見られるのが恥ずかしかったので、どうしようか少し戸惑っていたけど、ご主人様が視線をそらしたので、思い切って後ろを向いて着替えた。

しかし、着替え終わってからご主人様をチラッと見ると、ばっちり目があってしまった。

残念ながら、私はお尻をしっかり見られてしまったようだ。

 

その後、装備品の手入れを行い、それが終わるとご主人様から「では、そろそろ夕食にしようか」と言われ、宿の食堂に連れて行かれた。

 

ご主人様は慣れた様子で食堂のカウンターで2人分 注文すると、奥の席に私を連れて行った。

するとすぐに2人分の夕食が運ばれてきた。

 

ご主人様は私に遠慮せずに食べるよう言うと、自分は「いただきます」と挨拶をして食事を始めた。

いただきます?

また私の知らない言葉だ。

 

少し疑問に思ったけど、私にはご主人様に意味を聞く余裕がなかった。

そして、とてもおいしそうな食事なんだけど、味を感じる余裕もなかった。

 

努めて考えないようにしようと思っていたけど、窓から見えるはずの町が暗く沈んでいることに気づいてしまうと、刻一刻とその時が近づいていることを感じてしまうのだ。

 

ふと気づくと、向かいに座ったご主人様からじっと見られていたけど、私は顔を合わせるのが怖くて、無言で食事をかき込んだ。

 

夕食から戻ると、部屋の前にタライに張ったお湯とカンテラが置いてあった。

 

ご主人様はカンテラを、私はタライを部屋の中に持ち込むと。ご主人様から声がかかった。

「体を拭いてもらえるか?」

「はい......あの、いましたくします」

ご主人様は服を脱いで後ろを向いた。

 

私は少しためらったけど、覚悟を決めて服を脱ぎ、ご主人様と私の服をハンガーにかけた。

 

「背中から頼む」

「はい」

私は手拭いをお湯に入れて堅く絞り、ご主人様のうしろから、背中、首、腕、おしり、足の順でお拭きした。

すると、ご主人様は振り返った。

私は足を拭くためしゃがんでいたので、目の前にご主人様のアレがそびえ立っていた。

私は男性のアレを見たのは初めてだったし、恥ずかしかったので直視できなかったけど、

からだの前がわも頑張ってお拭きした。

もちろんアレもお拭きした。

 

ご主人様を拭き終わるとご主人様から「次はロクサーヌのばん」って言われ、手拭いを奪われた。

そしてベットにすわらされ、ご主人様に背中側から身体を拭かれ始めた。

私は自分で拭くといったけど、ご主人様命令と言われてしまった。

 

ご主人様からの命令なのでしかたがないけど、商館では「奴隷は主人に尽くすもので、決して手を煩わせてはいけない」 

と教えられていたので、とても頭が混乱している。

 

考えてみると、このご主人様は色々と変わっている。   

  

市では新品の服を買ってくれたし、装備に関しては私の意見を聞いてくれた。  

食事も宿の料理を食べさせてくれるし、寝るときもベットで一緒に寝るよう言ってくれた。   

 

そう、全てご主人様と一緒。  

わたしを奴隷ではなくひととして扱ってくれている。  

 

それはすごく嬉しいけれど、でも、このあとは...... お情けを頂く......。  

性奴隷として買われたのでしかたがないけど、わたし...... 16才だけど...... 

まだ そういうことしたことないし...... 男の人とのキスだってまだだし...... 

正直すごく怖い。   

 

ご主人様は背中を拭き終わると、手を前に伸ばしてきて、私の胸を拭き始めた。

「あっ...... 前は自分で拭きます」

「いや。このまま俺が拭く」

ご主人様にそう言われてしまったので、私は仕方なく身を任せると、彼は丁寧になんども胸を拭きだした。

嬲るように乳首を拭かれていると先が硬くなり、くすぐったいような、気持ちいいような感じがして、我慢出来ずに思わず声が出てしまう。 

「んっ... んんっ...」 

そして、身体が熱くなっていることに気付いた。

 

怖い、悔しい、悲しい、寂しい、情けない、不安、恥ずかしい、でも少し気持ちいい......  

いろんな感情がないまぜになって、自分の気持ちが分からない。

今すぐにでもここから逃げ出したいけれど、奴隷として買われた私にそれは許されない。

だから私は感情を押し殺して、ご主人様が満足するまで黙って耐えた。

 

ご主人様は私のからだを拭き終わると、椅子を引き寄せてお湯の入ったタライを置いた。

私は何をするのかよく分からなくて黙って見ていると、実験するのでベッドに寝転んで頭をたらいにかけるよう指示された。

私が指示通りにベッドに寝ると、ご主人様は手でお湯を汲みながら私の髪をすすぎはじめた。

 

「無理な体勢ではないか?」

「大丈夫です」

ご主人様は私の返事に満足したのか、私の髪を一通りすすぐと、手ぬぐいで髪の毛を拭いてくれた。

私はどうすればいいか分からなくて、ご主人様に言われるままあたまを拭かれてしまった。

 

「あの、ありがとうございます」

「うん。二人いればあたまも洗えそうだな」

「はい。ご主人様のあたまもお洗いしましょうか」

「頼む」

私はベッドに寝転んだご主人様の髪をお湯ですすぎ、すすぎ終わったあとは手ぬぐいで髪の毛を拭いてさしあげた。

 

「それでは洗濯しますね」

私はご主人様に背を向けて、からだを拭いた手拭いを洗った。

洗いながらこのあとの事を考えると、先ほど押し殺した感情がこみ上げてくる。

そして、気づいたら頬に涙が伝っていた。

私はご主人様に気付かれないようそっと涙をぬぐい、

手拭いを干すと、  

もう、することが無くなってしまった。 

   

私はその空気に耐えられず、商館から持って来たメイド服を着ようとしたけど、

そのままベットに来るようご主人様に言われてしまった。

ついに...... そのときが来てしまった。

私は肌着を脱いで生まれたままの姿になり、1歩ずつご主人様に向かってゆっくり歩を進めた。

そして、ご主人様のとなりに座ろうとすると、手をつかまれてベットに引きずりこまれて抱きつかれた。

 

私は瞬間的に硬直し、からだを縮こめてしまったけど、ゆっくりと呼吸して力を抜くと、ご主人様の顔が近づいて来た。

私は...... 覚悟して目を閉じた...... 

 

ご主人様はわたしに優しくキスしてきた。

「これから寝る前とあさ起きたときはキスをして挨拶すること」

「はい」

「じゃあ、もう1回」

 

そのご、再度キス......

「んんっ...」

こんどはくちのなかにご主人様の舌が入って来た。  

ご主人様の舌は私の舌に絡みついたり。歯茎の裏側を這い回る。

私は男の人の舌がくちのなかを這い回る不快感に、カラダがゾッっと総毛立った。

自分の舌で押し返そうとすると、ご主人様の舌に絡めとられそうになる。

そうしてくちのなかに意識を集中していると、胸を揉まれる感覚が伝わってきた。

 

ご主人様は優しく胸を揉んでいたけど、私のくちをキスから解放すると、左の胸に吸い付いた。   

ご主人様は私の乳輪と乳首を包むように吸い付くと、舌で乳首の周りを舐め回し、それから硬くなってきた乳首の先をなぶり始めた。しばらくなぶられると乳首はすっかり硬くなり、舌で転がされ...... 吸われて...... そして甘噛された。 

 

「んんっ...  んんっ... あっ...  んっ...  んんっ...」

気付いたら声が出ていた。そして、声が出ていたことに気づくと、急激に恥ずかしさがこみあげてくる。 

 

ご主人様は左の胸をじゅうぶん責めると次は右の胸を責め始めた。

その後、右の胸をじゅうぶん責めると左の胸へ、左を責めると右の胸へ、左右の胸を交互に何度も責め続けられた。

 

私は恥ずかしさに耐えながら、ご主人様にされるがまま、しばらくは

くすぐったいような... 気持ちいいような.........   

そんな感覚に身をゆだねていると、ご主人様は右手で私の股間を触り始めた。

「あっ...... んっ......」

ご主人様の指が、私の秘部をなぞると、怖いって思う気持ちとはうらはらに、カラダは快感を感じてしまいゾクゾクと震えてしまう。

ご主人様の指はなんどか秘部をなぞったあと、秘部の入口を押し分けてなかに入ってきた。

そして、指先を何度も出し入れしながらあいぶしている。

ヌチュッ ヌチュッ ご主人様の指に私の秘部が絡みつき、出し入れに合わせて卑猥な音がなりだした。

「んんっ  クっ...... あ......  んんんん......」

私は自分の秘部から愛液が溢れ、股間が濡れていることに気付くと、恥ずかしくて顔が燃えるように熱くなった。

そして、私の秘部にご主人様の硬いものが押し当てられたことに気が付いた。

「ロクサーヌ、いくよ」

「ん...... ごしゅっ  んっ...... んんっ!」

ご主人様のアレが、私の秘部を押し分けて、なかに入ってきた。

指よりもあきらかにふとくて硬いものが、私のなかにズブズブと入ってくる。

  

次の瞬間、下腹部からブチッっと何かが切れるような感覚がひびき、鋭い痛みが走った。

「んっ... んんっ! んんんんんんんんっ! くっ!  

 いっ!  いぎっ!  いたぃっ!  んっ......」 

強烈な痛みに私のからだは硬直し、ご主人様を拒むように秘部を締めあげた。

しかし、それでもアレは止まらずに、強引になかに入ってくる。

「ロクサーヌ! スゴ...... 締まる...... クッ!」

 

ご主人様は声を漏らしながらも一度私のいちばん奥までアレを突き入れると、痛がる私をいたわるように、ゆっくり腰を動かし始めた。

私は、いままで経験したことが無い鋭い痛みを感じていたけど、シーツをギュッとつかんで我慢した。

 

「んっ! グッ! んんっ!」

ご主人様が動くたびにからだが引き裂かれるような痛みを感じ、歯をくいしばって耐えていたけど、しばらく我慢していると少しずつ痛みがやわらいできた。   

そして、痛みがやわらぐのと反対に、先ほど指先で愛撫されていたとき以上の気持ちいい感覚がこみあげてくる。 

 

「あっ...  んっ! んんっ! あっ!  んんっ! ん...あっ...」   

ご主人様が動くたびに気持ちよさが増してきて、そのたびに声がでてしまう。

心のなかでは拒否しているのにからだは反応してしまう。私は喘ぎ声をあげながらも、痛い、苦しい、悲しい、情けない、でも気持ちいい......と、自分の気持ちが良くわからなくて混乱していた。

 

「ロクサーヌ! クッ! んんっ! ロクサーヌ!......」

ご主人様は気持ちいいのか、何度もわたしのなまえを呼んでいて、動きもどんどん早くなる。

そして、パンッ!パンッ!と聞こえるくらいの勢いで、強く何度も腰を打ち付け出した。

 

ご主人様の硬くいきりたったアレが、愛液と破瓜の血で滑りやすくなった私の秘部を出入りするたび、グチュッ! グチュッ!っと卑わいな音をたてている。

「ロクサーヌ! クッ! ロクサーヌ! イクッ...... 

イクぞっ!」

 

“イク?!”

その言葉を聞いた瞬間、私は怖くなってからだが硬直した。私とご主人様は種族が違うから妊娠することは無いけれど、でも、もし出来てしまったら...... 怖い! そんなのいやっ!

「い、いやっ! ダメッ! 待って!」

私は素に戻って拒んだけど、興奮しきったご主人様には聞こえていない。

私は両手でご主人様を突き放そうとしたけれど、腕に力が入らない。

 

「ロクサーヌ! いいぞ! ロクサーヌ! クッ! もう出るっ!」

「あっ! ごしゅっ! あっ! ああっ! ああっ...... んんんんっ!」

ご主人様の動きがさらに激しくなり、私は再び快感の波に飲まれてご主人様を拒めなくなった。  

次の瞬間、アレがわたしのなかで膨らんだ気がし、びくっ!びくっ!って動いた。

そして、その動きにあわせて私のなかに、ドピュッ!ドピュッ!っと暖かいものがそそぎ込まれる感覚がした。  

「ウッ! クハッ!...... ハァッ ハァッ ハァッ ふぅ......」

「んんんんんんんんっ! ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ」

 

ご主人様は少しのあいだ固まっていたけど、私の秘部からアレを引き抜くと、私の横に倒れこんで仰向きになる。そして、私を抱きよせて目を閉じた。

私もご主人様の胸板におでこをつけて、目をつぶる。

静かになった部屋のなか、しばらく二人の息のおとだけが響いていた。

 

少しすると息が落ち着いた。

ご主人様は目を瞑っており、スゥスゥと寝息をたて始めていた。

私は目をあけてご主人様の寝顔をぼんやり見た。

そして、下腹部に違和感と鈍い痛みがあることを感じ、秘部から出血していることと、初めて嗅いだ生臭くて白っぽい液体が漏れ出ていることに気がついた。

 

ああ...... 私は...... まだよく知らないこのひとに...... 

初めてを奪われちゃったんだ...... 

それに...... なかに...... 出されちゃったんだ......

 

そう思ったとたん目尻から涙があふれ、頬をつたってシーツを濡らしはじめた。

「グスッ...」小さく声も漏れてしまう。

 

次の瞬間、自分の声を聞いてハッ!とした。

“しまった!泣いてるところを見られたら怒られちゃう”

私はご主人様に気づかれないように涙をぬぐった。

そして、いまあったことを忘れる為に、あえて明日からのことを考えた。

 

ご主人様は迷宮に入ると言っていた。

どこの迷宮に行くのかまだわからないけど、私が戦えるところをしっかり見てもらわないと......

ご主人様は探索者だったから、並んで戦うことになるのかな......

魔物と戦うなら......

 

私は初めてを奪われたことを意識しないよう努めて明日からの迷宮探索のことを考えていると、さっきよりもハッキリとご主人様の寝息が聞こえてきた。

すると、何故か私はホッとした。

 

ご主人様はぐっすり眠っているようね。

疲れたのかな?

この人はなんでこんなにぐっすり眠れるのだろう。

はじめて会ったのは5日前だけど、まだ半日しか一緒にいない私が横にいるのに。

 

私のことなんてよく知らないはずなのに...

私のことを信用してるのかな?

なんだか安心しきった寝顔ね。

 

不思議な感覚だったけど、このままでは寝不足になってしまうので、私は考えることをやめた。

そして、ご主人様の胸に顔をうずめて目をとじ、ゆっくり意識を落としていった。  

 

 

翌朝、背中をさすられる感覚がして目を覚ました。 

私は昨日言われたことを思い出し、ご主人様にキスをしてから声をかけた。    

 

「おはようございます...... ご主人様」 

  

そして、新しい1日がはじまった。

 



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内密とわたしの思い。そしてクーラタルでの新婚生活

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の奴隷。

 

昨日身請けされ、いまから迷宮に行くところだ。 

 

朝の挨拶をしたあとご主人様の着替えを手伝い、装備をつけながらぼんやりと昨日のことを考えた。

 

私は性奴隷として売られたから、何をされても文句は言えない。  

 

しょうじき怖かった...... 初めてだったし...... とっても...... 怖かった。

だけど、ご主人様はとっても優しかった。    

私が怖がらないように、優しく...... 優しく接してくれた。

お情けを頂いているときは、最初はすごくいたかったし、なかに出されたことが怖くて終わったあとに涙が出てしまったけど...... ご主人様が優しくしてくれたせいか、少し気持ちよかったし、何故かはわからないけど、ぐっすり眠れた。

 

ただ、まだ下腹部には鈍い痛みがあるし、秘部のなかにはご主人様のアレが入っているような気がしている。

それに、少しからだが重たい気もする。

 

でも、そんなことは言ってられない。

まだ、このご主人様がどんな人か知らないし、今後どうなるかは分からないけど、

このかたに嫌われないよう、いや、このかたに必要とされるよう、精一杯頑張らなくちゃいけないわね。

 

私はご主人様の隣で迷宮に入る準備をしながら決意を新たにした。

 

その後、宿の受付にカギを預けて外に出ると、何故かご主人様は迷宮には むかわずに、宿の裏側にわたしの手を引いて連れていった。

そして、宿の壁に向かって歩きだした......  

 

まだ暗いのでよく見えないが、壁にぶつかるって思って目をつぶったら、次の瞬間には迷宮にいた。  

 

え、これは、ダンジョンウォーク? 

しかし、さっきは宿屋の裏にいたのだし、ここはどう見ても迷宮のなか。 

わたしは思わずご主人様に聞いてしまった。

 

「ダンジョンウォークは迷宮の中でしか使えないはずでは、

フィールドウォークならあの場所からでも使えますが迷宮には...... はいれないはずですし」 

「やっぱ、そうなんだ」  

 

「そもそもご主人様は探索者でしたのでフィールドウォークは使えないはずです」 

「これはワープという移動魔法だ」  

 

「聞いたことがありません。」  

「俺以外つかえるやつ少ないかもしれん、だから内密にな」  

「は、はい。 .........ご主人様すごいです」 

私の知る限り、迷宮の外から中に移動する魔法なんて聞いたことがない。

ちょっと変わってるって思ってたけど、ご主人様はじつはすごい人なのかも......

 

「じゃあ奥に行くけど、この階層の魔物は一撃だから、あんまり緊張しないで」

「い、一撃ですか?」 

1階層とはいえ魔物を一撃で倒すなんて普通は有り得ない。私が以前いたパーティーは6人で囲んでも5分はかかっていたはずだし......

でも、ご主人様はかなり自信があるみたいね。

ほんとにどういう人なんだろう。

 

そんなことを考えていると、右のほうから魔物のにおいがしてきた。

ご主人様を見ていると、どちらに進もうか考えているようだ。

いぜんいたパーティーでは、魔物がいる方向を教えても、余計なくちをきくなって叱られたけど、

このご主人様は優しくせっしてくれるので、思い切って伝えることにした。

「ご主人様、右のほうに魔物がいます」

「本当か?」

「はい。においがするので間違いありません」

「魔物のにおいがわかるのか、すごいな」

「いえ、私は狼人族なので、はながきくのです」

「わかった。じゃあ行ってみよう」

 

わたしが魔物のいる方向を教えると、ご主人様は褒めてくれ、素直に信用して従ってくれた。

ちょっとうれしい。

 

歩きだして1分もすると、すぐにニードルウッドと遭遇した。

「行きます」

「大丈夫」

わたしが駆け出そうとすると何故か止められてしまった。 

そして、ご主人様は一気に駆け出してニードルウッドに斬りかかると、一撃で煙に変えた。

「えっ... えっ... ええええええええっ! 

ほ、ほんとうに一撃なんですね。すごいです」

目の前で起こったことが、しょうじき信じられない。

ご主人様、なんて強いんだろう。

  

「まあ、すごいのはこの剣だが」

ご主人様はそう言いながら、私に剣を渡して来た。

確かにすごい剣だし新品同様に輝いている。

よほどしっかり手入れしてるのだろう。

でも、いくら剣がすごいからって、そうとう強くないと魔物を一撃で倒すなんて出来ないはず......

 

そう考えているとご主人様が再び話しだした。

「この剣のことは内密にな」

「内密ですか?」

「そう。この剣の事が知られると、例えば......」 

ご主人様はそこまで言うと私の手を引き込んで後ろに回り込み、首に腕を回して手刀を突きつけた。

そして、「この女の命が惜しければ剣を渡せ、と、こういうことも出来る」と言った。

私は、そうなったときは遠慮しないで剣を選ぶように言ったけど、ご主人様は私を選ぶと即答してくれた。

私は驚きながらもお礼を言うと、ご主人様は少し照れくさそうにしていた。

そして、照れ隠しなのか「次はどっちに行けばいい?」と言って顔をそむけた。

「このまままっすぐです」

ご主人様に続いてまっすぐ歩くと、すぐにニードルウッドが現れたけど、またしてもご主人様が一撃で倒してしまう。

 

「ロクサーヌ、次はどっちだ?」

当然のように魔物がいる方向を聞いてくれるのが嬉しくて、私はご主人様にお礼を言った。

「あ、ありがとうございます」

「なんで?」

「私の案内を信用していただけるので」

「俺はロクサーヌが魔物を探してくれるのでたすかる。今までは見つけるのに苦労してたからなあ」

「え、そんなこと...... 私はただ、はながきくだけで...... 前にいたパーティーでは、誰も相手にしてくれませんでしたし......」   

「そうなのか? せっかく能力があるのに使わないなんてもったいない。  

俺はたすかるから、これからもたのむ。

つぎがわかったら教えてくれ」  

「は、はい。 次は...... こちらです」

 

その後、自分やパーティーメンバーのジョブを変えられること、魔結晶に早く魔力がたまることなど、秘密について色々教えてもらったけれど、衝撃の連続でしょうじきほとんど理解出来なかった。

それに、道中で何度も魔物と遭遇したけど...... 

すべて一撃で倒していて、なんて強いんだっておどろきもした。 

ご主人様は常識では通用しない、とてつもなくすごい人だったのだ。  

 

それなのに...... 

私が魔物を見つけたり、攻撃をよけただけでもすごく褒めてくれるし...... 

感謝までしてくれる。

私はこんなにすごいご主人様といられるのがうれしくて...... すごくうれしくて......     

浮かれながら迷宮を探索してしまった。

 

早朝の探索が終わっていちど宿に戻ったとき、浮かれていたことに加えていままで経験したことがないほど大量の魔物を倒していたことで、かなり気持ちがハイになっていた。

 

朝食を食べて部屋に戻ったあと、ベットに座ったご主人様から「これからは勝手に座っていいし、なるべく近くに座って欲しい」って言われ、横に座るよう指示された。

ご主人様は、近くに座っても押し倒すようなことはなるべくしないからって言ってくれたけど、

ハイになっていた私は「わ、私なら大丈夫です。かまいません」って答えてしまい、ご主人様の理性を飛ばしてしまった。

    

次の瞬間、ご主人様は私にギュッと抱きついた。

私は驚いて一瞬からだが硬直したけど、私が調子にのって軽口をたたいたことがいけないのだし、今から抱かれても仕方がない。

そもそも私は奴隷なので、求められたらご主人様に身を任せないといけない。

そう思ってからだの力を抜いたけど、ご主人様はしばらく深呼吸してからからだを離して、耳をなではじめた。

 

「痛かったり嫌だったらすぐにやめるから言ってくれ」  

「変なことしなければ大丈夫です。

それに...... あの、なでられると気持ちいいです」

 

恥ずかしかったので目を伏せながら答えたら、ご主人様は無言になり、そのまま耳をなで続けている。

チラッとご主人様の顔を見上げたら、目を瞑って深呼吸していた。

たぶんご主人様はエッチなことしたいのを、我慢しているのだろう。 

 

私はご主人様の奴隷だから、いつでも受けいれるし、きのうもう初めてをうばわれちゃったから...... 

い、いや。 

初めてとか、そんなんじゃなくて、ご主人様だから我慢しなくてもいいのに...... 

 

いまみたいに突然抱きつかれたら怖いけど、きのうみたいに優しくしてくれたら...... 

って私は何を考えているのっ!!!  

 

私はさらに恥ずかしくなってしまい、下を向いてしまった。

でも、なでられているのは気持ちよくて......  

優しくしてくれるのが、うれしくて......  

私は少しだけしあわせというか、安心したというか。

そんな気持ちになり、ご主人様に身をゆだねた。

 

少しするとご主人様は、私の耳の感触が故郷の食べ物に似てるって言い出した。

故郷...... いつかは帰りたいの?     

その言葉を聞いたとき、将来的にご主人様は私を売るつもりがあるのではないかと急に不安になってしまった。

「あ、あの...... ご主人様はいつか...... 故郷に帰られるのでしょうか」

「故郷か...... 故郷に帰るよりもいい物を手に入れたからなぁ......」 

  

ご主人様はとぼけたように返事をしたのちに少し考え、そのあと真剣な表情になり、まっすぐ私に向きなおった。   

「故郷には帰らないし、たぶん帰れない。  

ロクサーヌにとっては残念ながら、故郷に帰るから開放ということにはならないだろう」

 

ご主人様、とても寂しそうな目をしている。 

故郷のことは聞いちゃいけなかったんだ......  

「いえ、あの...... そういうつもりでは」

「分かってる」   

 

私はすでに、ご主人様と離れたいとは思っていない。 

まだ1日しか一緒にいないし、きのうは初めてを奪われちゃったけど......  

ご主人様はすごい人だってことが分かったし、私を大切にしてくれているってことも分かった。

  

こんな素敵な男性に、いままで会ったことがない。   

チョロいって思われるかもしれないけど、ちょっと好きになっちゃっている。 

 

だから、ご主人様を勘違いさせてしまい、寂しい思いをさせてしまったことが申し訳ない。

不安だけど、私の考えていたことをはっきり言わなきゃ。

 

「必要無くなった奴隷は売るのが一般的だと思います」

言ってて悲しくなった。泣きそうだ......   

 

すると、ご主人様は私の両肩をつかんで優しい目で見つめてきて、そして、私を優しく抱き寄せてから言ってくれた。

「ロクサーヌにはずっといてもらうつもりだから」  

 

うれしい。私の全身がうれしさで満たされていくような気がする。  

「はい。ありがとうございます」  

「ただし戦力の充実をはかるためパーティーメンバーは増員するけど」

「それは、当然のことです。   

ええと、あの… こうしてご主人様に仕えることが出来たのですから私としてはよかったと思います」

「俺としてもよかったよ」

 

しばらくして、このときご主人様はハーレムメンバーを増員するって宣言していたことに気付いたんだけど、

その時の私はうれしすぎて言われたことの真意には全く気付いていなかった。

(ご主人様...... 卑怯です......)  

 

しばらく抱き合いながら休憩したあと、冒険者ギルドにドロップアイテムを売りに行き、その後、もう一度迷宮にはいった。

 

午後も私が先導してたくさんの魔物をかり、大量にドロップアイテムを拾った。

ご主人様はこれまでの最高記録って言ってよろこび、私になんどもありがとうって言ってくれた。

 

今日の探索を終えるとき、ご主人様の探索者のレベルを聞くと、27と言われた。

わたしと1才しかちがわないのに...... すごい。 

いったい何年迷宮にはいっているのだろう? 

このとき、ご主人様をもっと知りたいって思ってしまった。

そして、改めて考えた。   

 

移動魔法のことも、剣のことも、レベルについても、

全て内密にするよう言われたけど......    

それに、ダブルの部屋にベットが2つあると思っていたり、魔結晶のことを知らなかったり、少し常識的なことにうといところもあるけれど......  

この圧倒的に強いご主人様なら将来はりっぱな仕事をやりとげると思う。                   

       

それなのに、ことあるごとに私を褒めてくれる。

この優しくて、ちょっとカワイイご主人様に一生つかえ、支えていこうって...... 

そのとき強く思った。   

 

夕方、宿に戻った時には、   

ご主人様を尊敬というか...... いとおしく思っていて、 

 

夜にはご主人様のことを心から受けいれられるようになっていた。 

 

そして、わたしからキスを誘ってしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

それから4日経った。

 

その日の探索は少しだけ早く終えた。

5日に一度のいちが立っているので、必要なものを買うためだ。

ベイルの迷宮から冒険者ギルドにワープして、そこからベイルの市街に出ると、5日前よりも人通りが多かった。

 

ご主人様と並んで探索者ギルドに向かって歩いていると、不意にご主人様に腕を引かれ壁に体を押し付けられた。

そして、ご主人様は顔を近づけて来た。

ご主人様、こんな人が多いところでキスなんて、恥ずかしいです......

私は気持ちうえを向いてそっと目を閉じると、ご主人様は小さな声でささやいた。

「ロクサーヌ、あまりジロジロ見るなよ」

「え、あ、はい」

私は驚いて目を開けると、ご主人様は左のほうに視線を向けていた。

「道の奥の建物の陰に、男が立っているのがわかるか?」

私は勘違いしていた恥ずかしさを隠しつつ視線を左に向けると、ご主人様の言う通り若い男が建物の陰から反対方向の様子を伺っているのが見えた。

「えっと。そうですね。一人立っています」

「その男は商館を伺っているように見えるか?」

「確かにそうです。そう見えます」

「やはりか」

「お客でしょうか。あまりそうは見えませんが」

「あれは盗賊だ。まともな取引をするとは思えんな」

「えっと。私のいた商館が狙われているのでしょうか」

「まだ分からん......」

 

その後、探索者ギルドに行き、ドロップアイテムの換金と掲示板の確認を済ませ、それから商館に向かった。

商館の少し手前で先ほどの建物のほうをチラッと確認すると、さっきの若い男はまだ商館を監視していたので、私はご主人様に小声で話しかけた。

「ご主人様、まだ居ます」

「ああ。気づかないふりしろ」

「はい」

 

商館に入り応接室に通されると、すぐにアラン様がやって来たので、ご主人様は軽く挨拶を交わしてすぐに本題に入った。

ご主人様はアラン様にこの商館が監視されていることを警告したけど、アラン様はよくあることだと軽く受け流していた。

アラン様が真剣に取り合わないのでご主人様は立ち去ろうとしていたけど、私はここでお世話になった人たちのことが心配になり、思わず口を挟んでしまった。

「えっと。表で見張っているのは盗賊です」

「ほう。盗賊ですか」

「......そうだ」

「どうしてそれを?」

アラン様が訝しそうな顔をすると、ご主人様は観念したようにひと息ついて答えた。

「資金を作る時に、ちょっとな」

そして、私をちらっと見てからアラン様に向き直る。

アラン様はその様子を見て察したらしい。

「なるほど。そうですか」

 

それからご主人様とアラン様の話で、商館を襲うとすると明日の明けがたが濃厚だけど、盗賊への対応は商館のほうで行うことになった。

商館には戦闘奴隷がいるので、盗賊ごときへの対応は十分可能ということらしい。

しかし、それでも私が不安そうにしていると、ご主人様はそれを察してアラン様に自分たちを用心棒として雇うよう提案してくれた。

アラン様もそれを了承してくれたので、私たちは明日の明け方に商館に行くことになった。

その後、私たちは一度裏口を確認してから、正面入口に回り、アラン様に見送られながら商館をあとにした。

 

商館から宿まで歩いて帰ったけど、先ほどの場所に盗賊の姿はなかった。

私は自分のわがままでご主人様に危険を侵させることになってしまったことが申し訳なくなり、歩きながら謝罪した。

「あの。わがままを言って申し訳ありません」

「護衛は俺が言い出したことだしな」

「監視の男が盗賊だと分かったことも、勝手に持ち出してすみませんでした」

ご主人様は少し肩をすくめると優しく言ってくれた。

「大丈夫だ。今後気をつけてくれればいい。

ロクサーヌにとっての不安は俺の不安でもあるからな」

「はい。ありがとうございます」

私はお礼を言いながら、嬉しさで瞳が潤んだ気がした。

 

その後、宿に帰って夕食をとり、装備品の手入れと洗濯を行い、それからお互いにからだを拭きあった。

そして、オヤスミのキスをして、ご主人様に可愛がっていただいた。

明日は朝が早いので少し軽めだったけれど、それでもご主人様は私をちゃんと可愛がってくれた。

私はとても幸せな気持ちになり、ご主人様と抱き合いながら眠りについた。

 

翌朝、私はいつもより1時間ほど早い時間に起きた。

そして、まだ眠っていたご主人様に覆い被さり、おはようのキスをした。

舌を絡ませて深くたっぷりキスし続けていると、ご主人様はゆっくりと目を覚ました。

「ご主人様おはようございます」

「おはよう。ロクサーヌ」

「そろそろ時間です」

ご主人様は起き上がると一人で出かけようとしたので、私もついていくと主張すると、少しだけ逡巡した。

しかし、すぐに同意してくれたので、一緒に着替えて宿を出た。

 

商館の裏口に移動してアラン様に招き入れてもらうと、商館の戦闘奴隷たちは既に準備万端で整列していた。

そして、私たちはアラン様から、2階に上がる階段を守るよう依頼された。

2階からうえは、奴隷やお世話になったおばさんたちの居住エリアなので、絶対に守り抜こうって密かに誓った。

 

それから階段のそばで座って待機していると、30分も経たずに入り口のほうから人が入ってくる匂いがした。

私が立ち上がると、続いて商館の戦闘奴隷やアラン様、そしてご主人様も一斉に立ち上がる。

「動きがあったようです」

私が小声でご主人様に伝えると、短く「わかった」という返事があった。

 

「それではこの場はお願いします」

アラン様はそう言って、戦闘奴隷達を引き連れて入り口へと向かった。

すると、すぐに戦闘が始まったようで、剣戟の音が聞こえてきた。

私とご主人様が階段の踊り場で剣を抜いて待機していると、アラン様たちをすり抜けたのか一人こちらに走ってきた。

「来ます」

私はそう言いながら階段を2歩降りて剣を構えたが、向かってきた人は階段手前の小部屋の前で止まると、扉を開けてなかに入った。

すると、ご主人様が小声で伝えてきた。

「俺が行く。ロクサーヌはここを頼む」

 

ご主人様は静かに階段を降りると、そっと小部屋の扉を開けた。そして、ゆっくりとなかへ入って行った。

 

ご主人様が小部屋のなかに入ると、すぐにブシャーッ!という音が鳴り響いた。

私は慌てて階段を降り小部屋に入ると、入口からすぐの場所にご主人様がうずくまっていた。

 

「ご主人様」

ご主人様はあえぐように口を開けて呼吸をしており、すごくつらそうだ。

私の問いかけに返事が返せない状態だ。

私が心配していると、商館の入り口のほうからまた一人こちらに駆け寄ってきた。

私は一瞬警戒したけど、匂いでそれがアラン様だとわかり少し安堵した。

「アラン様。こちらです」

私がアラン様に声をかけると、アラン様は階段を登らずに小部屋に入ってきた。

そしてアラン様の持ったカンテラで部屋が照らし出されると、私は絶句した。

「こ、これは......」

あまりの光景にアラン様も言葉を失っている。

カンテラの灯に映し出された部屋のなかは、血や肉片が飛び散ったおぞましい光景だった。

 

「大丈夫ですか」

私はご主人様を支えながらもう一度声をかけると、片手を上げて返事をしてくれた。

すると、アラン様も我に返り話し始めた。

「自爆玉ですか。盗賊がそんなものを持っているとは思いませんでした。ほとんど必殺だと聞いておりますが......」

「大丈夫なのですか?」

私は自爆玉のことは知らないのでアラン様に尋ねた。

「アイテムなので効果は一撃のみだ。こうなるという話を聞いたことがある」

「そのアイテムを使うと、こうなるのですか?」

「そうらしい。それにしてもさすがにお強い」

「ご主人様ですから」

私がそう答えると緊張がほぐれたのか、アラン様はフッっとひと息ついて優しい目になった。

 

すると、ご主人様がハァーっと深呼吸して立ち上がった。

「本当に大丈夫ですか」

「なんとかな」

「手間取ってこちらに1人逃してしまいましたが、賊はすべて倒しました。もう安心です。今回のことでは非常な迷惑をおかけしました。あれを使われていたらこちらの誰かに被害が出たでしょう。お礼の言葉もありません」

「いや、用心棒だから当然なことをしたまでだ」

アラン様がお礼を言うと、ご主人様は軽く会釈をして返事をした。

そして、床に転がっていた銅剣を拾いあげた。

「約束通りこれはもらっておく」

「問題ありません。

いま報酬を持って参りますので、少しお待ちください」

アラン様はそう言うと、足早にこの場から立ち去った。

 

「ご主人様。こんなことになってしまい、申しわけありませんでした」

「ロクサーヌが気にすることじゃない」

「でも......」

話しているとアラン様が戻ってきてしまったので、私はしかたなく話を中断した。

「お待たせしました。こちらがお約束の追加報酬です。こんなことになるとは思いませんでした。改めてお礼を申し上げます」

「いや、こちらとしても不安の種がなくなって安心した。こちらこそ、今後ともよろしく頼む」

私たちはお互いにお辞儀をして、商館をあとにした。

 

商館を出るとすぐにご主人様が声をかけてきた。

「ロクサーヌ、悪いがこのまま迷宮に行く。魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

私が返事をすると、ご主人様は商館の壁にワープゲートを開いた。

私はワープゲートをくぐり、すぐにその場で匂いを嗅ぐと、右の方から魔物の匂いがした。

しかもかなり近い場所だ。

「ご主人様。魔物が近いのはこっちですね」

「......」

「なんでしょうか?」

ご主人様に聞きながら顔を覗き込むと、青白い顔をしていた。また先程のように、具合が悪い状態になってしまったようだ。

それでもご主人様が魔物に向かって歩き始めたのでついていくと、すぐにニードルウッドが現れた。

「俺がやる」

「は、はい」

ご主人様はそうとう具合が悪そうだけど大丈夫なの?

私はご主人様が心配だったので、横にピッタリついて、攻撃されたときは盾でブロック出来るようにした。

ご主人様は動きにキレはなかったけど、結局ニードルウッドに攻撃される前に一撃で切り伏せた。

いつも見てるけどやっぱり強い。さすがご主人様。

それに、なんだか少し元気になった気がする。

 

「悪いな。次はどっちだ?」

「えっと...... こちらにいます」

私はご主人様の体調が心配だったけど、ご主人様の指示通りに魔物のところに案内した。

すると、ご主人様は魔物を倒すたびにどんどん体調が回復しているようだった。

しばらくすると完全にいつもの状態に戻ったようだけど、私はなんで体調が悪くなったり回復したりするのかわからなかったので不安になり、ご主人様に声をかけた。

「えっと。本当に大丈夫ですか?どこか体の具合が悪いのなら......」

「いや、もう大丈夫だ」

少し食い気味に否定されてしまった。あまり聞いちゃいけないことなのかな?

確かにご主人様は体調が良くなった気がするけど、じゃあ、さっき具合が悪くなっていたのはいったいなんだったのか......

 

あとで教えてもらったところ、商館を出てからワープしたところでMPが枯渇して気分が悪くなったけど、ご主人様の剣にはMP吸収のスキルが付いているので、魔物を倒すたびに体調が回復していたということだった。

この時に教えてくれれば心配しなくて済んだのに......

もう、ご主人様ったら。

 

私がご主人様の体調を心配しているとなりで、ご主人様も何か考えごとをしているようだった。

しばらくすると、何か思いついたのか?

急に質問してきた。

 

「ロクサーヌ、 魔法について知っているか」

「えっ? 魔法ですか? スキル魔法とか?」

「魔法使いが使う魔法があるだろう」

「スミマセン。魔法使いはごく一部の者しかなれませんので、あんまり知っていることはありません」

「そうか」

ご主人様が少し残念そうな顔をしたので、私は魔法について何か聞いたことがないか?もう一度思い出してみた。

すると、むかし人から聞いたことを思い出したので、ご主人様に伝えることにした。

 

「そういえば、むかし人から聞いたことがあります。それでも良ければ......」

「なんでも良い。知っていることがあるなら教えてくれ」

「かしこまりました。

確か、全体攻撃魔法と、単体攻撃魔法と、壁みたいなものを出す魔法の三つがあるそうです。

球みたいなものを撃ち出すと、魔法使いの戦いを見たことがある人が言っていました。

確かなんとかいう難しいブラヒム語で......

何と言いましたか」

「難しいのか」

「すみません。お役に立てず申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ」

 

ご主人様はそのまま考えごとをしているので、私は近くに魔物がいないか探しておくことにした。

ここから一番近いのは...... その先を右に行ったほうにいるわね。あとは...... 

私が魔物を探していると、急にあたまのうえが明るくなった。

突然のことなので驚いて見上げると、そこには火球があった。

そして、火球が通路の奥へ飛んでいき、奥の壁にぶつかって弾けた。

「えっ... えっ... ええっ...... こ、これは魔法ではないのですか?」  

「魔法だな」  

なんと、ご主人様は探索者なのに攻撃魔法が使えるようになったのでした。それもたった今、私の話を聞いて、使えるようになったとのこと。 

私はすごく驚いて「ご主人様。すごいです」と素直に言うと、ご主人様は「まあ、このことは内密にな」と、なぜかちょっと顔を赤らめて返事をした。

 

その後、ご主人様は炎の壁を出す魔法と、魔物を火に包む魔法(あとで聞いたら全体攻撃魔法らしい)を練習して、早朝の探索を終了した。

 

宿に帰って朝食を食べ終わり部屋に戻ると、ご主人様は魔法が使えるようになったことがよほど嬉しかったのか魔法についての実験をすると言いだし、ベイルの迷宮1階層にワープした。

 

迷宮に着くと、ご主人様は火、水、風、土の四つの属性の魔法について実験を開始。

休憩を入れつつ夕方まで魔法主体で魔物と戦い、何らかの結論を得たようで宿に戻るときには満足そうな顔をしていた。

 

尚、今後は私が前衛で魔物を抑え、ご主人様が後衛から魔法を撃ち込むフォーメーションを基本に探索を進めることになった。

私はご主人様を守る戦士に憧れているので、今後の探索がいっそう楽しみになった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

ご主人様に購入していただいてから、7日目となった。

 

ご主人様とはすっかり打ちとけることが出来、今では気がねなく会話出来るようになっている。

もちろん、ご主人様と奴隷という身分の違いはあるけれど、ご主人様は私をひとりの女性としてとても大切に扱ってくれている。

ときどき奴隷であることを忘れてしまうほどである。

 

夜のほうもすっかり打ちとけることが出来ていて、毎晩何度も可愛がっていただいている...... 

ちょっと恥ずかしいけど私って、ご主人様に可愛がっていただくことが好きなんだと思う。

ただ...... とても気持ち良くてどうしても声が出てしまうので、そのときの私の声が、となりや下の階の部屋に聞こえるかもしれないということが、少し心配だ。   

 

仕事のほうも順調で、すでにベイルの迷宮探索は4階層まで進んだ。  

  

いぜん私がはいっていたパーティーは6人だった。

リーダーやパーティーメンバーに多少の問題があったとはいえ、そのパーティーでは2年間で3階層までしか到達出来なかった。

それなのに、ご主人様と迷宮に入ってからは6日で4階層に到達している。

しかもたった二人で......     

 

パッと見はまったく強そうな感じがしないけど、ご主人様は本当にすごい人なんだって、改めて思う。

 

今日も早朝から大量の魔物を倒してアイテムを拾い、一度宿屋に戻った。  

それから朝食を食べ、アイテムを売りに冒険者ギルドに向かった。

私はアイテムの買い取り値段が正確にわかる訳ではないけれど、ご主人様と2人で生活するには十分すぎる収入はあるだろう。

 

いつもはアイテムを売ったあと、再び迷宮に行くのだけど、今日はちょっと違った。

ご主人様はカウンターでアイテムを売却したあと、壁ぎわでクーラタルまでの移動を募集している冒険者を見つけ、「ちょっと行ってくる」と言ってわたしを残して壁の向こうに消えていったのだ。

 

少し不安だったけど、そのまま壁の前で待っていると、ご主人様はすぐに戻ってきた。

私はホッとしてお辞儀をし、ご主人様に声をかけた。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

「ただいま。ロクサーヌ。クーラタルに行ってみるか?」

「はい。お供します」  

 

ご主人様の魔法でクーラタルの冒険者ギルドに移動し、そのまま町に出た。

ご主人様は大きな町だと思っていたようで、外から冒険者ギルドを見て、明らかにがっかりした。

 

「うーん。こんなものなのか」

「ご主人様。クーラタルは迷宮と探索者が中心の町なので、探索者ギルドのほうが充実していて大きいのです」

「そうなのか。ロクサーヌは来たことあるのか?」

「はい。一度だけ迷宮の見学に来ました。

 迷宮に入ろうとするものは、おおくが一度訪れます」  

「じゃあ、一度迷宮行ってみる?」

「かしこまりました。あちらです」

 

その後、迷宮に向かいながらクーラタルの町について知っていることをご主人様に説明し、迷宮の入り口まで移動。

迷宮入り口周辺の建物や、迷宮に入るには入場料がとられることなどを説明していると、ご主人様から質問された。

 

「料金がいるのならもっと時間のあるときに入ったほうがいいな。

 ところで、家を借りるにはどうすればいいか、知っているか」

「世話役の人がいます。どこかの商店で聞けば教えてくれるでしょう」

「ふむ」

 

ご主人様は何かを考えながら、迷宮入り口正面の金物屋に入ろうとむかって歩き出した。

その時、わたしはご主人様の魔法なら直接迷宮にはいれたことを思い出した。

ご主人様のうでをとって引き寄せ、みみもとで小さくささやいた。

 

「ご主人様」 

「......ん?」  

「ご主人様の魔法を使って迷宮にはいればよいのではないですか」

ご主人様は一瞬ハッとして私の顔を見たあと、ニヤッと笑い小さくうなずいた。

 

金物屋にはいると、すぐにお店のおばさんが出てきた。

「いらっしゃいませ」

  

ご主人様はおばさんに聞いた。 

「このあたりで済むところを探しているのだが、世話人の人はどこ......」

「それはようございました。六区の世話役はうちになります」 

おばさんは食い気味に返事してきた。

 

そのご家の説明をひとしきり聞いたあと、急におばさんが私のからだを上から下までじろじろ見だした。

「......あの」  

何?このおばさん。私を値踏みしてるの?     

 

するとおばさんは私から目線を外してご主人様にむきなおった。

「いい娘を持ったようですね。迷宮に近いほうがいいでしょうか」

「特にこだわりはない」  

「そうですか、では......」 

 

その後、おばさんにクーラタルのいえの相場やすぐにかりられる物件、そこから迷宮までの時間や物件周囲の環境、周辺のお店を説明してもらった。

そして、なかでも一番のおすすめ物件を見せてもらうことになった。

 

なんでも前の住人が遮蔽セメントで壁を全部おおってしまったらしく、冒険者には使いにくいらしいが探索者なら問題ないのでは?とのこと。

なんで探索者なら問題ないのかよく分からなかったけど、ご主人様とおばさんが物件を見に歩きだしてしまったので、私もあとについて歩き出した。

 

二人を見ると、おばさんはご主人様と肩が付くくらい近いところを歩いており、話しかけながらやたらスキンシップを取っている。

しかし、ご主人様は大変迷惑そうにしている。

ように見える。

いや、顔が引きつっているので間違いなく迷惑なんだろう。

私は少しムッとしたので、この場所の情報を知っておくためにもおばさんの横に並んで声をかけた。

もちろん、おばさんの意識をご主人様からそらすためにもだ。

ご主人様はタイミングを見て少しうしろにさがったので、やはりおばさんからのスキンシップは嫌だったのだろう。 

 

私はおばさんに、このあたりの気候や環境などを聞いたところ、だいたい以下のようだった。

 

このあたりは冬も比較的暖かく、雪はめったにふらない。

雨はそれなりにふるけど、災害になったことはない。

六区は川の上流のほうで、ドブも川の上流から水を引き込んでおり、ちゃんと整備されている。

住宅は多いが緑も多くて空気も澄んでおり、環境が良い。

とのこと。

 

おばさんと話しながら歩くと、15分くらいで物件についた。

庭が付いたちょっと大きめに見える白い2階建ての家だった。  

 

中にはいると、おばさんはこの家の問題点について説明しだした。  

どうやら遮蔽セメントのこといがいにも、前の住民が家の中を改造したので使いづらくなっている為、何をどう改造しても良いとのこと。

 

ご主人様と私は分かれてあちこち家の中を見て回った。

もちろん私はおばさんに色々聞きながらであり、ご主人様がフリーで見まわれるよう心がけている。

 

外から見たときちょっと大きな家くらいにしか思わなかったけど、中にはいるとちょっとどころかそうとう広い。

部屋数も多いし、二人で住むには広すぎる物件だった。   

 

ご主人様は2階を見に上がって行ったので、私は一階の厨房やダイニングのまわりで気になったことをおばさんに聞いてみた。   

それからゴミの捨て方や下水のこと、焚き木のことや町内会のこと、季節の行事やお祭りの事なども聞いていると、ご主人様が2階からおりてきた。 

      

ご主人様と合流するとおばさんはもう一つの問題点を言ってきた。

 

この物件は井戸が遠く水汲みに不便だけど......  

そこでわたしのほうをチラッと見て   

「問題ないでしょう」といった。 

 

ムッ! 

それは私に水くみさせれば問題ないってことだよね。  

ご主人様のためなら別にかまわないけど、このおばさんに言われるのはむっとする。   

 

その後、ご主人様はおばさんと少し話をしたあと、

私のほうを見てきた。   

「私なら大丈夫です。よい物件だと思います」

「そうだな」

 

ご主人様は少し考えてから、

「分かった、この家を契約しよう」とおばさんに宣言した。

 

私はご主人様が即決するとは思っていなかったので少しびっくりしたけれど、

ここで二人っきりの生活...... 

なんて考えるとうれしさが込みあげてきてしまい、

自然と笑みが浮かんでしまった。

 

その後、騎士団の詰め所によってご主人様のインテリジェンスカードのチェックを受けてから金物屋に戻り、契約書類を作成した。

明日からの1年契約だ。

 

私が代筆で契約書類にサインをしていると、おばさんはご主人様にベッタリ張り付いて店で売っている鍋の説明をしていた。

私がちょっと目を離したすきに、まったく油断も隙もあったものではない。

 

私はおばさんに声をかけて振り向かせ、「ブラヒム語は難しいので、ちゃんと書けているか確認をお願いできますか?」と言って書き終えた契約書類を渡した。

 

家の契約が終わったあと、ご主人様はクーラタルの冒険者ギルドから借りた家にワープした。

 

「厳密に言えば契約は明日からだけど問題ないだろう」

「ご主人様、この家は遮蔽セメントが使われているという話ではありませんでしたか?」

「いや、ちゃんと使えるかどうか試したから。フィールドウォークは使えなくても、俺のワープなら大丈夫らしい」

「え?......それって、すごいことでは」

「どうだろうな」

これはすごいことだけど、どこにでもはいれちゃうってことになるし、絶対知られちゃいけないことだ。 

気を付けないと...... 

 

その後、ベイルの冒険者ギルドにワープして、そこから宿に移動した。

部屋に入るとご主人様はベットに腰かけたので、となりに座って装備品の手入れを始めた。

 

装備品の手入れが終わるとご主人様と夕食。

そのごからだを拭きあってからお情けをいただくことになる。

もう7日目だし、毎日してるけど......

時間が近づいてくるとドキドキしてしまう。

 

今日はこの宿での最後の夜。いっぱい可愛がってもらえるだろうか...... 

明日からはあの家での生活。どんなことになるのだろうか......

 

少しだけご主人様に寄りかかり、そんなことを考えながら、しあわせなときがゆっくり過ぎていった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、私が目覚めると、ご主人様はまだ寝息をたてていた。

私はご主人様の顔をぼんやり見ながら昨日のことを思い返した。

 

私たちはクーラタルに家を借りることになった。

町の中心から少し離れた郊外の一軒家。

もちろん。ご主人様とふたりっきり。 

すっごくうれしい。  

 

昨日の朝にご主人様とクーラタルにいって、その日のうちに物件を契約。

1年分の家賃を払わなくちゃいけないのに、即決するなんて...... ご主人様ってやっぱりすごい。

 

遮蔽セメントが使われていてフィールドウォークが使えないとか、井戸が遠いとか、町の中心から離れているとかの問題があったけど、ご主人様の魔法があればすべて問題ないらしい。

 

厨房が広かったな...... ご主人様、私の料理、よろこんでくれるかしら......

2階のあの部屋はたぶん寝室ね...... 寝室では......  

私は寝室でのことを妄想して恥ずかしくなり、思わず両手で顔をおおってしまった。

 

そんな感じで私があれこれ考えていると、ご主人様が目を覚ました。

 

私は何事もなかったような顔をして、ご主人様に朝の挨拶をした。

「ムチュッ んむっ...... おひゃよう ございます。 ヌチュッ ごひゅじんさま ヌチュウ......」

何もなかったようにしたつもりだったけど、妄想が残っていたせいか思わず舌を絡めながら挨拶してしまった。

「おはよう、ロクサーヌ。なんか今日は情熱的だな」

「すみません。その......」

「いや、俺はうれしいからかまわない」

ご主人様はそう言うと、私のあたまをそっと抱き寄せてキスをしてくれた。

軽いキスだったけど、私は嬉しくて胸がいっぱいになった。

 

「今日は朝一迷宮に行って、朝食後に引っ越しする」

「かしこまりました」

 

私たちは着替えてベイルの迷宮に入り、3時間ほど探索をしてから宿屋に戻った。

宿屋の朝食を食べたあと、ご主人様の魔法を使って引っ越しを行い、8日間過ごした宿屋を引き払った。

 

その後、クーラタルの冒険者ギルドにワープしてから家具屋に移動し、家具や雑貨を購入。

家に持ち帰ることを何度か繰り返し、家具やベットを配置した。

そのご、ベットの横にマットを敷き終えると

「やはり最初になすべきことは、ベットの使用感を確かめることだと思うのだが、どうか」

そうご主人様に言われて抱き寄せられた。

「え? は、はい...... んんっ」

まだ明るいし 急だったので、おどろいているうちに唇をふさがれてしまった。

 

そして...... 服を脱がされて......

明るくて全部見えるのではじめはすごく恥ずかしかったけど、途中から恥ずかしいなんて気持ちはどこかに行ってしまった。

そして、ご主人様に求められるまま可愛がっていただき、快感の波にのまれていった。     

 

少し休んだあとご主人様と買い物に行き、うちに戻ってから夕食を作って一緒に食べた。

その後、ご主人様のからだを拭いたところで日が沈んだ。

暗くなったので、わたしのからだは自分で拭きますって言ったのだけど、ご主人様はいつも通り俺が拭くって言って、私の手から手ぬぐいを奪った。

しかし、ここで問題が発生した。

蠟燭は1本あったが、燭台や蠟燭けしが無かったのだ。

 

「今日買っておけばよかった」

「すみません。蝋燭は安いものではないので必要ないかと思いました」

 

大失敗だ。ご主人様に失望されてしまったかも......

 

そう思っていたが、暗いなかでもご主人様はわたしの体を優しく拭いてくれて、いつもどおりに可愛がりはじめた......  

 

さっき1回したのに、ご主人様はもう元気になっている。    

暗くて見えない分、意識が乳首や秘部に集中する。     

ご主人様はいつも以上に時間をかけて、私の胸や秘部をあいぶしていて、自分でもわかるぐらい乳首は硬くなり秘部の奥からは愛液が溢れだしてきた。

私は今までご主人様に求められるままに応じていた。もちろん嫌ではないし、むしろ気持ちいいので、ご主人様にお任せしていた。

しかし、今はご主人様が欲しくて我慢できなくなっている。

私のからだは受け入れる準備ができているのに、ご主人様はアレを入れてくれない。

私はいつも以上に感じており、どんどんのぼり詰めている感じがする。

このまま終わって欲しくない...... もう、我慢出来ない...... 

「ごしゅ... あっ... じんさま... んんっ... おねがい... ンンッ... します... ああっ... わたし... もう... く... ください」

私が快感に耐えながら懇願すると、ご主人様は秘部を押し開きながらアレをあてがい、「ロクサーヌ。いれるよ」と私の耳の横で優しくささやいた。

次の瞬間、ご主人様のアレが私のなかにはいって来た。

 

「ああああっ! すごい! ああっ! んんんん!」

さんざんじらされたせいか、今まで感じたことがない気持ちよさに、嬌声をあげてしまう。

そして、気持ち良すぎて何も考えられなくなる。

「ああっ! イイッ! ああああっ! ごしゅっ! んああっ!」

「クッ! ロクサーヌッ!」

ご主人様につかれるたびに快感の波がどんどん大きくなり、意識が登っていく。

そして......

「ああっ! ごしゅっ! ダメッ! ああっ! ああああああああっ!」

ひときわ高い波とともに、あたまのなかが真っ白になった。

 

「クッ! ウッ! ウウッ! クハッ! ハァッ! ハァッ!」

私が登り詰めた次の瞬間、ご主人様はイってしまい、

私のなかに精液をそそぎこんだ。

私はビクン!ビクン!っと痙攣しながら精液を吐き出すご主人様のアレを秘部で感じながら、しあわせな気持ちで満たされていく。

 

「ハァ...... ハァ...... ハァ...... ハァ......」

「ハァ...... ハァ...... ハァ...... ハァ......」

静かになった寝室に、ふたりが息する音だけが響いた。

 

しばらく息を整えてから、私はご主人様に話しかけた。

「ご主人様。ありがとうございました」

「ああ」

「その、すみませんでした」

「なにがだ?」

「その、すごく気持ちが良くて、私から欲しがってしまいました」

「そんなことはあやまることじゃない。それより、そんなに気持ちよかったか?」

「はい...... その、とても気持ちよかったです。それに、初めてその...... のぼり詰めてしまいました」

「イッたのか?」

「はい...... たぶんそうです」

「そうか、よかった。今まで俺しかイッてなかったから、ロクサーヌには少し悪いなって思ってたんだ」

「そ、そんな。

私は奴隷です。ご主人様がそのようなことをお考えになる必要はございません」

「ロクサーヌ。自分は奴隷だから虐げられるのは当然だ、という考えは俺はあまり好きじゃない。ある程度のわがままは聞くつもりだ」

「あ、ありがとうございます」

「それに、ベットの上では対等でいたい。だから、欲しいときは欲しいと言って欲しいし、いっぱいいかせてあげたい。俺も自信がつくしな」

「はい。ありがとうございます...... 

ご主人様。今夜は最高でした」

私は急に恥ずかしくなってしまい、ご主人様の胸におでこを着けて目を閉じた。

 

この日、私は初めて絶頂を迎え、女としての本当の悦びを知った。

そして、ご主人様の優しさと私が大事にされていることを、改めて認識したのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、めざめたご主人様にたっぷりキスしたあと、着替えてベイルの迷宮に向かった。

早朝探索の後、私はご主人様と朝食を作り、一緒に食べながら今日の予定を話した。

 

「今日はクーラタルの迷宮にいってみたいと思う」

「かしこまりました」

「あとは部屋が殺風景なのをなんとかしたいが」

「絨毯を飾ればよいと思います」

「絨毯を飾る?」

「はい」

「敷くんじゃなくて?」

「はい」

 

ご主人様は絨毯を敷くのは金持ちだけで、普通の家は壁に飾るということを知らなかったようでした。

 

「絨毯となると帝都か。 ロクサーヌは帝都に行ったことある?」

「残念ながらありません。私は家の掃除をしたいので、そのあいだに行かれてはどうでしょう」

「じゃあ、午前中は帝都に行ってみるか。 クーラタルの迷宮は午後からで」

「かしこまりました」   

 

わたしが家の掃除をしているうちに、ご主人様は帝都とクーラタルの迷宮にいってきて、地図を買って帰ってきた。

「ただいま、ロクサーヌ」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

ご主人様にむかって頭を下げると、

「そういう挨拶って、ベイルの商館で習ったのか」

「はい、そうです。おかしいでしょうか」

「いや。すばらしい」

耳を撫でられながらほめていただいた。 

  (うれしい)  

 

その後、クーラタルの迷宮について1階は初心者が多くて混んでいることをご主人様にお伝えしたところ、

クーラタルの迷宮攻略は明日からとなり、今日はベイルの迷宮に行くことになった。

 

そのあと、ベイルの迷宮に行き、4階探索のつづきをおこなった。

そのご、一度いえに戻り、夕方再度迷宮にいって帰ったとき、ご主人様は自分の指をじっと見つめていた。

 

「どうかしましたか」

「ちょっとかすってしまった」  

 

「大丈夫ですか」

「大丈夫ではないな。ちょっとなめてもらえるか」

ご主人様はそういって、右手の人差し指をわたしの口元に差し出した。

 

「え......あ、あの......」

ちょっと戸惑ったけど、ご主人様がしてほしそうなのでなめることにした。

 

ご主人様のゆびをゆっくりと口に含み、舌で包み込むようになめてみた。

目を閉じて集中し、ご主人様のゆびをしゃぶるように何度も往復しながら舌を絡めた。

 

しばらくしゃぶってからくちを離すと、ご主人様から痛みが引いたとほめられたけど、

なんだかすごく恥ずかしくなって顔をそむけてしまった。

 

ご主人様はその後も私をいっぱいほめ、これからも何かあったら頼むと言っていたけど、

わたしは恥ずかしかったので、「......あ、あの......はい」と答えるのが精いっぱいだった。

 

その夜、ご主人様に寝る前の挨拶のキスをしたとき、

「さっき魔物と戦ったとき、もう1か所すったところがあるのだが......」

「えっ......」

ご主人様は真っ赤な顔をして、アレを指さしていた。

たぶんそうとう恥ずかしかったのだと思う。 

 

「また、癒やしてもらってもいいか?」

わたしも恥ずかしかったのて、少し目を伏せて

「あの...... 指と同じように出来るかわかりませんが頑張ります」

「うむ」

 

私はご主人様のアレを右手でにぎり、先をくちに含んで唾液を絡ませながら舌で包み込む。

そして、歯を当てないように気をつけながらくちびるをすぼめ、ゆっくりと飲み込むようにくわえこんだ。

吐き出したくなるのを我慢しながらあたまを前後に動かしてご主人様のアレを出し入れし、

右手で竿をしごきながら左手で袋を優しく揉むと、すぐにカチカチに硬くなる。

「ロクサーヌ! スゴイ! 気持ち良過ぎる」

 

少しのあいだジュポッ!ジュポッ!っといやらしい音をたてながらご奉仕を続けていると、袋が少しこわばってせりあがってきた。

ご主人様はイカされまいと必死に我慢しているけれど、私のあたまに添えていた手に力が入ってくる。

 

ジュポッ!ジュポッ!ジュポッ!ジュポッ!

「クッ! ウウッ! クッ!」

私はご主人様をイカせてさしあげるため、右手を離してご主人様のアレを飲み込むように、グッと喉の奥までくわえ込んだ。

次の瞬間、ご主人様は「な、ダメだ!イクッ!」っと叫んで限界をむかえ、私の喉の奥にドピュッ!ドピュッ!っと精液を吐き出した。

ご主人様の精液は喉を通っておりていき、お腹のなかから私を暖める。

 

「クハッ! アッ! ハァッ! ハァッ! ハァ...... ハァ......」

私はご主人様が精液を全て吐き出すまで、アレを喉の奥までくわえ込んだままにしていたが、

脈動がおさまったので竿のなかに残った精液を吸い出しながらくちを離すと、チュポンっという音がなった。

すると、くちのなかに精液の青くささと苦味が拡がったので、くちのなかに残った精液をゴクリと喉を鳴らすように一気に飲み込んだ。

 

「ロクサーヌ、気持ちよかった。ありがとう」

「よろこんでいただけたのでよかったです」

ご主人様はありがとうと言いながらも、なぜか声が冷めている気がした。

私は言い知れない不安感に襲われ、ご主人様に尋ねてしまった。

「あの、なにかいけなかったのでしょうか」

「いや、凄く気持ちよかったからそれには文句はない。

特に、最後のは凄かった。まったく我慢出来なかった。あれは反則だ」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、気を悪くしないで欲しいのだが、慣れてるような気がして......な」

ご主人様はそう言うと、気まずそうに目をそらした。

 

ご主人様の態度を見て言葉を聞いた瞬間、あたまのなかが一瞬真っ白になり、

それからベイルの商館で性奴隷として教育されたことを思いだした。

私のカラダが硬直し、瞳からハラハラと涙がこぼれ落ちる。

「な、ロクサーヌ、どうしたんだ」

「い、いえ...... 申し訳ありません。 私......。 私......。」

「すまない。何があったのかわからんが、つらいなら話さなくてよい」

 

ご主人様は話さなくていいと言ってくれているけど、わだかまりは残したくない。

嫌われてしまうかも知れないけど、いま、話すべきだと思う。

私は涙を拭きながらご主人様に答えた。

「いえ、話させてください。

ご主人様...... 私は性奴隷となることを承諾して商館に売られました。

性奴隷ですので、商館では男の人によろこんで頂くための技術も教えられました」

「技術?」

 

「はい、技術です。もちろん、講師は女性です。

その人に、キスのしかたから手や胸、くちを使ってご奉仕する方法、秘部と手でアレを挟んで擬似的にご奉仕する方法、自分で自分を慰める方法も習いました」

「自分で自分を...... そんなことも習うのか」

「はい。その、買われた方にどのような扱いをされるかわからないので、自分で自分の秘部を濡らすことは大事なことだと言われました」

「どういうことだ?」

「その...... 主人によってはぜんぎもなく、その...... いきなり入れる人もいるそうです。その場合に必要だと......」

「そうだったのか......」

 

「女の人が講師とはいえ、裸にされて実技もさせられました。その時は仕方がないと割り切っていましたが、いまは思い出したくありません」

「実技......だと......」

 

「はい。でも、実際に男の人に触れたことはありませんし、男の人には裸を見られたこともありません。

模型や図解でご奉仕のしかたを習うことが殆どでしたが、模型のアレをしゃぶらされて喉の奥まで使ってご奉仕する練習をさせられたり、奴隷どうしで絡まされてお互いの秘部を舐めさせられたり、秘部から愛液が滴るまで自慰行為をさせられたりはしたのです。私は......」

 

そのとき、ご主人様は私を抱きしめて言葉を止めようとしてくれた。

「ロクサーヌ、もういい」

しかし、私は告白を止められなくなっていて、言葉を続けてしまった。

「私は...... 私は卑しい性奴隷です。

男の人をよろこばせられるよう教育されたのです。

ご主人様のような素晴らしいかたのそばに...... いられるような女ではないのです。

ですけど、幻滅したかもしれませんけど、どうか見捨てないで下さい」

 

私は最後まで言い切り、涙を流しながら懇願した。

すると、ご主人様は抱きしめている腕の力をギュッと強め、そして言ってくれた。

「俺がロクサーヌを見捨てることなんてないから安心しろ。俺はただ、ロクサーヌのことを知りたかっただけなのだ。

嫌なことを思い出させてしまい、本当にすまなかった。許してくれ」

「いえ、ご主人様が謝ることはございません。私が卑しいだけなのですから」

「ロクサーヌ、お前は卑しくなんてない。むしろ素晴らしい女性だよ」

ご主人様はそう言うと私を離し、そっと涙をぬぐってくれた。

 

そして真剣な表情でしっかりと私の目を見て、言葉をつづけた。

「俺はそう見抜いたんだ。

だからロクサーヌは、ロクサーヌのことを素晴らしい女性だと見抜いた俺を信じろ」

 

私はまた、瞳から涙が溢れ出した。

しかし、今度はよろこびの涙だ。

「はい、ご主人様。 私は...... 私はご主人様を信じます」

「ならいい。この話は2度としない。いいな」

「はい」

私は全てを話し、それをご主人様に受け止めて頂けたことがうれしかった。

そして、肩の荷が1つおりた気がして、晴れやかな気分になった。

 

それから、ご主人様は私に優しくキスをし、そしてゆっくりとベットに寝かせてくれた。

そのあと、なんども、なんども可愛がって頂き、私はなんどもイッてしまった。

ご主人様もなんども私の中に果てていたけど、それでも私を可愛がることをやめなかった。

そして、私はイカされ続け、あまりの気持ちよさに頭の中が真っ白になり、気を失ってしまった。

 

そして気が付くと、ご主人様に抱かれて頭を撫でられていた。

「...ご、...ご主人様......  申し訳ございません。 

わたし...... こんなの初めてで......」   

「問題ない...... ロクサーヌがよろこんでくれたなら」

「あ...はい。 その、とても気持ちよかったです......

ありがとうございました」

「そんなに気持ちよかったのか?」

「はい。凄かったです。私...... なんどもイッてしまいました」

「そうか、俺も気持ちよかったぞ」

「ご主人様によろこんで頂けて、うれしいです」

「ああ。これからもよろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

それから、ご主人様に長めにキスしていただき、優しく抱き寄せられた。

「おやすみ。ロクサーヌ」  

「おやすみなさいませ。ご主人様」 

 

その夜は、そのままご主人様の腕の中で、幸福感に包まれながら眠りについた。

 

 

それから数日、私は大好きなご主人様とふたりっきりの生活を満喫している。 

 

毎朝一緒に起きて、一緒に迷宮にいき、一緒に朝食を食べる。

一緒にお買い物もするし、一緒に夕食も食べる。

毎晩可愛がって頂き、必ずイカせて頂く。

そして、その後は一緒のベットで寝かせて頂く。

それに、何度も...... 毎日何度もキスをする。

お互いに舌をからませて...... 求め合うようなキスを......

 

わたしは奴隷だし、こんなことを考えるのはおこがましいとは思うけど...... いま、とってもしあわせ。 

このままの生活がずっと続いて欲しいって思ってしまう。

 

ふと...... 新婚生活ってこんな感じなのかなって...... 

そんなことを考えて...... 赤面してしまう......

 

 

そんな生活に、きょうは一つの変化がありました。

 

午前中の迷宮探索が終わったあと、うちに大きなタライが届いたのです。

ご主人様は、このタライにお湯を貯めてお風呂にするそうです。

 

「ロクサーヌ、前の住民が排水管つなげただけで他には何も無かった部屋があるだろ。そこまでコレを運ぶから手伝ってくれ」   

「排水管をつなげた部屋......」

私はその部屋を思い浮かべた。

 

あの部屋はちょっと変わっている。

何故かとなりの小部屋からしか行けず、床が1段低い。

それに、床一面にセメントがぬられていて、水がこぼれても下の階に漏れる心配がない。

私はお風呂にはいったことは無いけど、お風呂場にするにはちょうどいい部屋なんだと思う。

そう、2階の広い部屋...... 2階の...... 

2階?!                  

             

「えっと......  

に、2階の広い部屋ですよね...... 

が、頑張ります」

コレを2階まで運ぶってことは、階段をあがるってことだ。 おもそうだし、ちょっと無理なんじゃ......  

それとも、いままで気付かなかったけど、ご主人様は力もそうとうあるってこと? 

 

あ、あれのことを考えると、体力はかなりありそうって思うけど...... 恥ずかしい。

 

「転がして運べるから余裕だろ」

「えっと...... はい。が、頑張ります......」  

あれっ? ご主人様が疑問がおだ。

も、もしかして、私が力持ちだと思われてる?! 

 

私が焦っていると、ご主人様はあっさりワープのゲートを開き、通り抜けると2階の広い部屋だった......  

 

ですよねー......        

      

ご主人様のワープはいつも見てるのに......

私ったら......  

 

「ん? ロクサーヌ、かお赤いけど、重かったか?」

「大丈夫です...... 恥ずかしいだけです......」

「...... なんで?」  

 

転がしてきたタライを二人で慎重に寝かせると、ご主人様はさっそくお風呂の準備をはじめました。

 

ご主人様は何度も魔法で水壁を出してかめに水を貯め、火球を撃ち込んでお湯を作り

タライに移してお湯を貯めていましたが、かなり大変なようでした。

わたしはかめのお湯をタライに移す手伝いをしていましたが、何度か繰り返したあと、ご主人様から迷宮に行くと言われました。

 

迷宮にワープしたので魔物を探すと、ご主人様はデュランダル(ご主人様愛用の高そうな両手剣)で、魔物をめったぎりにしていた。

そうとうストレスがたまっていたみたいだ。

 

何匹か魔物をかるとご主人様はスッキリした顔になり、家に戻ってタライにお湯を貯める作業を再開した。

 

その後も、お湯を貯めては迷宮にいってのストレス発散を繰り返していたけど、途中から意地になったのか、私は部屋の外で待つよう指示され、迷宮だけ魔物探しで同行するようになった。

 

結局お風呂の準備に2時間ほどかかった。

ご主人様は部屋から汗だくで出てきたので、手ぬぐいを渡しながら「お疲れ様でした」と声をかけた。   

 

「時間もあるし、いちど迷宮に行き、夕食を取ってからお風呂に入ろう」

「えっと。私もよろしいのですか」

「もちろん。そのつもりだが?」

 

「風呂に入るのは王侯貴族だけです。それに途中から、外で待つように言われましたので」 

「そとで待ってもらったのは中が蒸し暑いからだ。二人とも汗まみれになることはない」  

「そうでしたか、何かご主人様にとって特別なことがあるのかと思っていました」

「まあ特別は特別だな。ロクサーヌと一緒に入るから」  

「え。......あ、あの」  

「一緒にはいってくれるよな」  

「は、はい。ありがとうございます」    

ご主人様が私を風呂場のそとで待たせたのは、意地じゃなくて優しさゆえでした。

ご主人様...... 大好きです。        

         

夕食のあと、ご主人様とお風呂にはいった。

全身をお湯に漬けて寝転がると、ご主人様はわたしを抱き寄せてくれた。

「うーん。最高だ」

「はい、とてもいい気分です」

 

それからご主人様はあたまを沈めて髪の毛を洗ったので、私も真似してやってみた。

スッキリして気持ちいい。

 

お湯の中でわたしの尻尾が触れたのか、ご主人様はいった。

「ロクサーヌの尻尾が気持ちいい」

「そうですか?ありがとうございます」 

私はご主人様に背を向けて、お湯の中で左右に腰を振り、しっぽをご主人様の太腿にすり付けると、とてもよろこんでくれた。 

 

その後、からだがあたたまるまでしばらくお湯につかり、ご主人様と一緒にあがった。

 

小部屋に移動して、

私は乾いた布でご主人様のからだを拭き、自分のからだも拭くと、裸のままご主人様に手を引かれて寝室まで連れて行かれた。

お風呂でじゅうぶんあたたまったせいか、からだがホカホカしてぜんぜん寒くない。       

っていうか、むしろ、気持ちいい。    

 

そして、その後はたっぷり可愛がっていただきました。

 

その日以降、何日かにいちど、迷宮の階層突破記念でご主人様とお風呂にはいるようになりました。

 

それと、全裸での移動が、ちょっとクセになりました。

 



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セリーと出会い、私が一番奴隷になった日

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の奴隷。

 

大好きなご主人様と二人っきりで、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。    

 

お仕事は迷宮探索。  

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索し、魔物を狩ってアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

迷宮探索は順調で2つの迷宮とも7階層に進んでいるけれど、最近少し気掛かりなことがある。  

それは...... 次の8階層から上は魔物が最大で4匹同時に出ることだ。  

 

わたしなら前衛としていちどに3匹を相手にすることも出来ると思っているけれど、   

それでも1匹はご主人様が相手をすることになる。 

そうなれば...... ご主人様は魔法に集中することが出来なくなってしまうのでは......  

 

ご主人様は剣で戦っても強いけど、後衛で魔法を使うならやっぱり増員を考えるのではないか?    

 

以前ご主人様は、戦力の充実を図るためにもパーティーメンバーはいずれ増やすって言っていた。

パーティーメンバーが増えればこの家に住むことになるかもしれないし、そうなったら今のしあわせが崩れてしまうような気がする。

 

それに...... そのメンバーが女の子だったら、今のように可愛がっていただけ無くなるかもしれない...... それは絶対にイヤッ!    

 

深く考えると、そんな不安が心をよぎってしまうけれど...  ご主人様はいつでもわたしを大切にしてくれる......  

だから、今後も決して悪いことにはならないと信じて、あまり先のことは考えないことにした。

 

今日は朝の探索でうさぎの毛皮をいっぱい拾ったので、朝食を食べたあと帝都に売りに行くことになった。

 

帝都の洋品店はとても高級そうで私なんかがなかに入るのはとっても気が引けたけど、ご主人様に続いて思い切ってはいってみた。

すごく高そうな服がいっぱい飾ってある。わたしの恰好ではこのお店に釣り合わない気がする。

  

ご主人様もなんだか居心地が悪そうで、すぐに男性店員に声をかけてうさぎの毛皮の買取を依頼し、

買取が終わるとそそくさとお店を出ようとした。 

しかし、お店を出る寸前で立ち止まり、薄手の服を手に取った。

するとすかさず女性店員が声をかけてきた。  

 

「そちらは貴族女性などに大変人気のある品でございます。インナーやネグリジェとして使用されます」

ご主人様はあわてて服を戻すが、私のほうをむいて「どうだ?」と聞いてきた。   

 

私は慌てて「えっと、あの」と言葉に詰まると。  

ご主人様は「やはり似合うだろう。いくらだ」っと店員に聞いた。 

「八百ナールと、大変お求めやすくなっております」   

 えっ......高い! 私は心の中で叫んでしまった。   

 

ご主人様は少し考えると私のほうを向き直った。

「二着ほど、買っておけ」  

「よろしいのですか」  

「うむ」   

 

こんな高そうな服を買って頂けるなんて、夢のよう。 

それなら、しっかり良いものを選ばなくてはと思い、一着一着 色や縫製などを見て選んでいると、ご主人様から一着は薄紅色のものをすすめられた。  

 

わたしは女性店員に生地の特性や洗濯方法について聞きながら、薄紅色と白色のネグリジェを一着ずつ選び、ご主人様に買っていただきました。

 

その夜、お風呂から上がったあとに薄紅色のネグリジェを着てみた。 生地がさらさらしていてとっても気持ちいい。   

似合っていると褒めていただきうれしくなったので、ご主人様の前で1回転してみると、勢いで裾がふわっと持ち上がった。  

「ロ、ロクサーヌ...... 下は?」 

「この服ですと肌着のラインが出てしまいますので...... それに......  あの......  必要ないかなって......」

「......」   

 

思いっきりご主人様を誘ってしまった。 顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

少しうつむいてから、上目遣いでちらっとご主人様をのぞいたら、彼の目が野獣に変わった。    

ちなみに、無意識の動作だったけど、少しうつむいてからの上目遣いは商館で教えられたとのがたをおとす必殺わざのひとつだったりする。   

 

そのあとのご主人様はすごかった。

私のなかで果てるのに、アレを抜かずにそのまま続け、復活する。そして、何度も私のなまえを呼びながら、可愛がり続けた。

私は何度もいかされて、最後は頭の中が真っ白になり、気づいたらご主人様に抱きかかえられていた。

イカされ続けて気持ち良過ぎ、気を失ってしまったようだ。

ご主人様はおやすみになっていたので、私は目を閉じ

しあわせを感じながら、再び意識を落とした。 

 

◆ ◆ ◆

 

翌日から、クーラタルの迷宮7階層でスローラビットを狩って兎の毛皮を集め、帝都の用品店に売りに行くことを繰り返した。

そして、毛皮を売ったあとはご主人様と帝都内を散策し、お店で調味料や雑貨など気になったものを買ったり、屋台などで食べ物を買ってベンチに座って食べたりするようになった。

まるで、デートしてるみたい。   

 

数日後、いつも通りに帝都内を散策して家に帰るとき、ご主人様は冒険者ギルドでシェルパウダーを購入し、

うちにかえると手鍋で何かを作り始めた。

「これは何なのでしょう」

「石鹸だ」

「石鹸ですか? それはすごいです」

石鹸なんて、お金持ちや王侯貴族しか使わない高級品。それを作れるなんて、やっぱりご主人様はすごい。 

 

しばらくすると、ご主人様は満足そうな顔をして、手鍋をお風呂場に持っていった。 

どうやらうまく出来たようでした。  

 

 

翌日、いつも通りに迷宮探索を行い、夕食後にお風呂に入った。

ご主人様は実験するといってわたしをお風呂場に立たせると、前の日に作った石鹸を泡立てて私の体を洗い始めた。

「何か問題があったらすぐに言うように」

「......はい」

 

手のひらから洗って頂き、腕、肩、首筋、それから脇へ。

「きゃっ!  すみません」

くすぐったくて思わず脇を閉めてしまった。 

 

ご主人様はくすっと笑い、顔を赤らめながらも  

胸、おなか、髪の毛、背中、おしり、尻尾、下半身、足、足の指先まで、しっかり丁寧に...... 洗ってくれました。 

  

「あっ......  んんっ......」   

胸やお尻、そして秘部を洗っていただいたときは気持ちよくなってしまい、少し声が出てしまった。

(恥ずかしい)  

 

最後に顔を洗って頂き、全身泡まみれになった。  

 

その後、急にご主人様に抱きつかれた。 

 

「......あ、あの」 

「こうすることで少ない石鹸で効率よく洗うことが出来る。俺の故郷で親しい男女間で行われる伝統的な洗い方だ」 

「そうなのですか」 

「そうなのだ」 

 

親しい男女間...... その言葉を聞いたとき、うれしい気持ちがあふれてしまい、ご主人様に精いっぱいご奉仕したくなった。

「そ、それでは、私もご主人様のお体をお洗いしますね」

わたしは自分の体をこすりつけ、全身を使ってご主人様の体を洗わせて頂いた。

洗っていると、アレが大きくなってしまったので、少し手でさすってから胸で挟んで洗うとご主人様は気持ちよさそうにしていた。

わたしはご主人様を気持ちよくさせられていることがうれしくなり、ご主人様に満足していただけるまで、ご奉仕させていただきました。

 

 

「ありがとう。ロクサーヌに洗ってもらうのは気持ちがいいな」  

「あの、こんなことでよろしければ」   

 

「じゃあ洗い流すから」   

ご主人様はそう言って手桶でお湯を汲み泡を洗い流してくれた。

 

お風呂につかりながら腕をさするとすべすべしていて、自分の体じゃないようだった。

「すべすべして気持ちいいです」

「問題ないな」

「はい、大丈夫です。なんか生まれ変わったみたいな気分です」

「元から綺麗なんだからあんまり変わらないと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

ご主人様はお風呂につかりながら何かを考えているようだったが、その横顔を見ていると いとしさがあふれてしまい、思わずキスをしてしまった。

「くちびるを、まだ...... お洗いしていませんでした」

「うむ...... では、たのむ」

そのあと、お風呂の中でご主人様と抱き合いながら、いっぱいキスをした。  

 

.........。

............。  

 

その夜、ご主人様はすべすべになったわたしの体をいっぱい撫でてくれて、

そして、いっぱい可愛がっていただきました。

 

◆ ◆ ◆

 

数日後......

 

今日も早朝からクーラタルの迷宮7階層でスローラビットを狩っていたが、何回か狩ったときにモンスターカードがドロップされた。

「ご主人様、やりました。モンスターカードです」

「これがそうなのか」   

 

「はい。私も初めて見ました」

「初めて見たのによくモンスターカードって分かったな」

「話しには聞いていましたので」

「それもそうか」

「ご主人様のおかげでどんどん魔物が片付けられていくのでそのうち見られるとは思っていましたが、こんなに早く見られて感激です」

 

早朝の探索を終え、朝食をとりながらご主人様から本日の予定をうかがった。

「今日の午後はベイルの町に出かけたいと思う」

「何かご用がおありになるのでしょうか」

「えーっと。商館に用がある」

「商館にですか?」

 

その言葉を聞いたとき、わたしは直感した。

ついに、その時が来たのか...... 新しいメンバーを増やすのか......  

 

私はメンバーが増えることで、今の生活が崩れてしまうことを恐れていた。  

なので、ご主人様の次の言葉に緊張したが、私の考えは外れていた。  

 

「一つには遺言をしてきたい。ロクサーヌはとてもよくやってくれている。俺が死んだら、ロクサーヌは解放しようと思う」  

 

違った...... 私は一瞬ほっとして、言葉の意味を考えた。

 

ご主人様...... なんて優しい人なんだろう。  

ご主人様はわたしのことを思って...... 

良かれと思って自分が死んだときでも、わたしが死なないようにしようとしてくれている。   

でも、私はご主人様のいない世界で生きていたいとは思わない。 

ご主人様が死んだときは、どうか殉死させてほしいって、思っている。  

 

私はこの気持ちを素直にご主人様にぶつけることにした。 

「遺言はなさらないでください」  

 

「え?なんで?」 

「ご主人様のことは私がお守りします。私より先にご主人様が討たれるようなことはさせません」 

 

わたしがきっぱり宣言すると、ご主人様は驚いた顔で私を見つめている。 

「い、いや。もちろんロクサーヌのことは頼りにしているが」

「ご主人様を守れずに私だけ生き残るとしたら戦士の恥です」

「それは分かるが、遺言とはまた別では」

「この奴隷なら最後まで自分を守ってくれる、それを信用しているという信頼の証です」

 

そのご、ご主人様は病気で死ぬ可能性もあるようなことを言っていたが、遺言はナシの方向で何とか押し切った。  

 

「ロクサーヌがそうしろというなら、そうするが」

「ありがとうございます」

「でも何故」 

 

「ご主人様は大変素晴らしいおかただと思います。若くて強く、能力もあります。おそらくは立派な仕事を成し遂げられるでしょう。

それなのに私に対しても優しく接してくださいました。このご恩は返さねばなりません」

わたしは一気にまくしたてた。  

でも、これは本心の全てではない...... 

 

わたしは...... ご主人様を愛してしまっている。 

いままでの態度から、ご主人様もわたしを愛してくれているって確信している。  

でも…だからこそ足かせにはなりたくない。  

 

私は奴隷だし狼人族。 ご主人様とは身分が違うし種族も違う。 

ご主人様が立派な仕事を成し遂げ、どんどん活躍していけば、いずれは高い地位につくと思う。   

そうなれば、ご主人様のとなりにいるひとは奴隷というわけにはいかない。

それに、私ではご主人様の子は産めない。   

 

だから、いずれは離れなければいけないと思っている。   

でも、どうか...... どうかその時までは、ご主人様が立派な仕事を成し遂げるまでは、そばに置いて欲しい。  

 

その気持ちを抑え、あくまでご主人様に忠義を尽くす騎士、というようにふるまった。

 

ご主人様は少し考え、優しい目で私を見つめながらかたった。

「分かった。ただし、言っておかねばならんが、俺が何かを成し遂げることはないだろう」

「そうとは思えませんが」

「俺はむしろ何かをなさないためにここにいる」  

ご主人様はそう言うと、少し寂しそうな目をした。

いぜん見たことがある...... 

そうだ、故郷には帰れないって言ったときの目だ。

 

「よく...... 分かりません」

「分からなくてもいい。そういうものだと思っておいてくれ」      

ご主人様は自分を過小評価しすぎだと思う。

でも、あの目は...... 

何か言って差し上げたいけど、ご主人様の真意が分からない。

「...... かしこまりました」

私はそれ以上は何も言えなかった。   

 

少し雰囲気がおもくなってしまったので、話題をかえなくちゃって考えていたら、ご主人様の目が急に泳ぎだした……!  

「しかしベイルの商館にはいく。そろそろパーティーメンバーの拡充を考えるときだろう。いい戦士がいないか聞いてみるつもりだ。」

 

く...... やっぱり、その話もあったか。  

 

ご主人様は、いろいろ言い訳しているけど、私から視線をそらすし頬も赤くなっている。 

その表情を見れば考えていることが察しられる。  

前衛で戦える... 女の子を探している… 

間違いない… 私の直感がそう告げている。 

 

もう...... ご主人様ったら...... 

浮気は許さないんだからっ!  

 

一瞬おどろき、うたがって、少し落ち込み、怒り、嫉妬

 

もちろん表情には出していないので、ご主人様はわたしの気持ちが激しく揺さぶられていることには気づいていないでしょうけど、心のなかは荒れくるった。

 

その後、ご主人様と話しているうちに、商館には私も連れて行って意見を聞いてくれることになったので、

最後は気持ちを落ち着かせることが出来た。 

 

商館にむかうとき、ご主人様の横を歩きながら、わたしは一つの決意をしていた。  

もし、女の子の奴隷が増えても、ご主人様に一番愛されているのは私。 

いつかは離れなくてはならないとは思うけど、いまはまだ、ご主人様の1番を譲る気はない。

いや、譲らない。 絶対に譲らない! 

 

そして...... 20日ぶりにベイルの商館に戻ってきた。 

 

ベイルの商館に着くとすぐに応接室まで通され、ご主人様はソファーに座ったので、私はご主人様の後ろに立ってアラン様を待つことにした。

「立ってる?」

「はい。そのほうがいいと思います」

 

ご主人様にそう伝えると、直後にアラン様が部屋に入ってきた。

「ようこそいらっしゃいました、ミチオ様」

ご主人様は立ち上がって挨拶した。

「急にきてすまないな、アラン殿」

「いえいえ。いつでもお越しください。さあ、どうぞ」

二人が座ると使用人がハーブティーを二つ持ってきて、ご主人様とアラン様の前に置いた。   

 

ご主人様は、わたしのような良い戦士を紹介して頂いて感謝しているとお礼を言い、

次のパーティーメンバーを探しに来たことをアラン様に伝えた。

すると、アラン様は少し微笑んだ。

 

「何よりのことでございます」

「少し訪ねたいが、鍛冶師の奴隷を買うことはできるか」

「鍛冶師をですか?」

「そうだ」

 

そこで、アラン様は難しい顔になり、鍛冶師の奴隷は希少で値段が高く、その理由についてご主人様に説明していた。

ご主人様は少し考えて、鍛冶師でなくても良いので前衛をはれるドワーフの奴隷がいないかアラン様に尋ねた。

 

「ドワーフは力強さを持つ種族ですから、前衛として役に立ちましょう」

「やはりそうか」

「しかしながら、残念なことに当館には現在ドワーフが一人しかおりません。

彼女は性格的にあまり荒事には向いていないかと思います」

「残念だな」   

 

ご主人様は残念がっているようだけど...... アラン様、いま、彼女って言わなかった?    

私がいたときはドワーフなんていなかったから、新しく来た人ってことかな?   

 

その後、ご主人様とアラン様は帝都にある商館を紹介していただくようなことを話していたけど、その前にここの商館にいるドワーフと前衛を務められる奴隷を紹介して頂くことになった。   

 

「一度見ていただいたものは除外いたしましょうか」

「そうしてもらおうか」

「そうすると男性ばかりになってしまいますが」

「やむをえないだろう」   

「ありがとうございます」

 

そこまで話したとき、ご主人様は何かに気付いたようで

「ん? ドワーフには会っていないと思うが」  

「彼女は最近来たばかりですので」 

あれ?

アラン様、動揺してる?  

 

「そうか」

「いえ。ここへ来て日が浅いですが、物覚えもよくすでにブラヒム語を習得しております。教育の行き届かないところはないと思います」

「では、ドワーフにも合わせてくれ」

「かしこまりました」

 

アラン様は少し慌て、準備してくるといって応接室から出て行った。

 

ご主人様はわたしをソファーに座らせて

「飲んでいいよ」って言ってハーブティーを渡してきた。

 

「前衛について何か希望はあるか」  

わたしは頂いたハーブティーを口にしながら答えた。 

「ご主人様のお好きなようになされればよいと思います」   

「好きなようにって一番困るんだよなぁ」  

「そうですか?」   

 

その後もいろいろと話していると、アラン様が戻ってきた。  

「ではまず男性の候補者から見ていただきたいと思います。失礼ながら、彼女にはここで待っていてもらえますか。男性ばかりですので」

「そうだな。ロクサーヌのような美人が現れたら、どうなるか分からないな」

「......あ、あの」

「ロクサーヌは待っていてくれ」

私はついて行きたかったけど、ご主人様からキッパリ待つように言われてしまったので、おとなしくここで待つことにした。

「かしこまりました」

私が返事をすると、ご主人様は少し苦笑気味に顔をしかめ、アラン様に先導されて部屋を出て行った。

 

どれくらい待つのか分からず少し不安だったけど、なんと10分もたたないうちに戻ってきた。 

しかし、アラン様は平然としていたが、後ろから入ってきたご主人様は顔が真っ青になっていた。

   

「い、いかがでしたでしょうか......」     

私は驚いて尋ねると、ご主人様は私の顔を見てほっとした顔になった。 

 

「ロクサーヌ、ありがとう」 

「は、はい?」  

わたしは何をかんしゃされたのか分からなくて困惑していると、ご主人様はフゥっとひと息ついた。  

 

「いろいろと難しいようだ」 

どういう意味だろう。   

っというか...... 何があったんだろう......   

 

ご主人様はわたしの耳をひとなですると、ソファーにもたれこんだ。

そして、わたしが先ほど口をつけたハーブティーをすすった。

「......あっ!」 

「ん? ロクサーヌ以外に誰か飲んだ?」   

「いいえ」 

「じゃあいい」 

 

ご主人様、うれしいけどアラン様の前では...... 

ちょっと恥ずかしいです。  

 

その後、ご主人様とアラン様は男性奴隷の値段について話していたが、ほどなくしてドアがノックされた。

「はいれ」

「準備ができましてございます」

ドアが開くと商館にいたときにお世話になったおばさんが立っていた。

私は立ち上がり、おばさんに軽く一礼した。

 

「ではここへ」

「かしこまりました」

すると、おばさんは一人の小さな女の子を招き寄せた。   

 

小さくて可愛い。っていうか、かなりの美少女に見える......  

でも、耳がだいぶほそい...... 

ドワーフで耳がほそいということは、

かなり年上ってことだ。     

 

その女性は部屋に入ると、その場で頭を下げて挨拶した。

「よろしくおねがいします」   

 

「彼女、セリーが今うちにいるただ一人のドワーフです。セリーこっちへ」

「はい」

 

セリーがソファーにすわると、ご主人様との面談が始まった。 

 

あれ? 私のときって面談とかなかったよね?  

まあ...... ご主人様に買って頂いたんだからいいですけどね。  

 

このセリーって女性。迷宮に入ることは問題ないって言ってるし、鍛冶師にはなれなかったと言っているけど、

力には自信があるのか......  

やる気もあるし、前衛でも文句はいわなそうね。 

かなり年上っぽいから長くは戦えそうもないけれど、探索者レベル10なら戦力としては大丈夫だと思う。

 

ご主人様は他種族に関しての嫌悪みたいなものは全くないので、相手がドワーフでも女性なのは少し気掛かりだけど、

かなり年上だと思えるし、わたしとしては問題ないかな。

 

そんなことを考えていると、ひと通りの話が終わっていた。

セリーとアラン様が退席したあと、ご主人様がつぶやいた。 

 

「なんで積極的なのかね」 

「条件がいいからだと思います」 

「条件......はいいのだろうか? 迷宮にも入るのだし」 

「売り込んでくるのは、元々迷宮に入っていたか、入ることを考えていたような人でしょう。私もそうでしたし」 

「そうすると、あのドワーフも有望そうか」

「そうですね。ドワーフのことはあまりよく知りませんが、才能がないといっても覚悟があれば努力と鍛錬で何とかなるでしょうし」

「そ、そうだよな」

 

ん?もしかしてご主人様は、耳のことは気づいてない......?       

ふと、そう思い、その点を指摘してみた。  

 

「彼女はある程度の年齢だと思います。確認なさったほうがよろしいかもしれません」

「え?......???」         

「ドワーフは歳を取ると耳が細くなっていきます。彼女の耳はかなり細くなっていました」

「そういうものなのか。分かった」    

 

やっぱり分かってなかったみたい。 わたし、よくやった! これであの人が来る可能性が減ったかな?

もし来てもだいぶ年上なら、ご主人様との仲を邪魔されるようなことは...... ないよね。

 

そんなことを考えていると、アラン様が戻ってきた。

そして、わたしはドアの向こうでお世話になったおばさんが手招きして呼んでいることに気付いた。

「少し席を外してもよろしいでしょうか。あのかたにはここにいたときに世話になったので」

「ああ。話をしてくるといい」

 

わたしはご主人様の言葉に甘えて応接室を退出し、

お世話になったおばさんと別室に移動した。

 

「ロクサーヌ、久しぶり。元気にしてた?」

「はい。わたしは元気です。毎日楽しいですよ」  

「そうなの? あのかたはどう? 大事にしてもらってる?」 

「はい。ご主人様は、すっごくお優しいかたです。 信じられないくらい、とっても大事にしてもらってます」

「そうね。顔色もいいし肌艶も良さそう。服もきれいね。 なにより、ここにいた頃よりも明るくなったわ」

「そうですか? でも、ご主人様は本当にいい人です。 

信じてもらえないかもしれませんけど、服は新品を買ってくれますし、食事はご主人様と一緒に食べてます。

お風呂にも入れてもらえますし、寝るときもベットで寝かせてもらってます。

そうそう、いまは一軒家に住んでるんですよ」

「それはすごいわね。まるでたまの輿みたいじゃない」

「そうですね。自分が奴隷であることを忘れるくらい良くしてもらってます。 でも、ちゃんと毎日迷宮に入って探索してるんですよ」

「へー、あのかたは真面目なんだね......」    

 

すると突然、おばさんが少し怖い顔になった。

「ところでロクサーヌ、あなた、ちゃんとご主人様にはご奉仕してるんですよね。 

あまりにも待遇が良すぎるんだけど、まさかとは思うけど、あなた、自分の魅力を逆手にとって、お預けしてるってことは無いですよね。 

もし、そんなことをしていたら、何かの時に放りだされますよ」  

「だ、大丈夫です。ちゃんとご奉仕させていただいてます。」    

「本当に? 嘘じゃないでしょうね」   

「はい...... そ、その...... ま、毎日可愛がって頂いてます」       

顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。 

 

おばさんは少しほっとした顔になった。 

「ならいいわ。ロクサーヌがちゃんとやれていてほっとした。

本当にいいかたみたいだし、それならセリーも大丈夫ね」 

 

   

「え? セリーってさっきのドワーフのかたですよね。だいぶ耳がほそかったので、かなり年上そうでしたけど」 

「あら、アラン様から聞いていない? あの子は生まれつき耳がほそいので年上そうに見えるけど、たしかあなたと同じ歳よ。

あなたと同じであっちのほうも了承してるし、ちゃんとかわいがってもらえるなら私も安心ね」

「えっ!同じ歳? わたしがいるときにはそんな話は......」  

「えっ、聞いてないの?」    

 

おばさんは少し考えてから、何かに気付いたかおをした。

「ああ、そうか、分かったわ。 セリーが若いってこと、あなたには聞かせたくないからアラン様は私にロクサーヌと話をすることを勧めたのね。」   

「えっ、 どう言うことですか?」  

「あの子は性奴隷になることも承諾しているの。いま、アラン様はそのことを伝えているはずだわ。

あなたが嫉妬して反対したら、話が無くなっちゃうでしょ」 

「し、嫉妬だなんて...... そんな、わたしなんかが、失礼じゃないですか......」  

 

なんだか悲しくなってきた。

「わたしがご主人様に...... やめてなんて言えるわけ...... ないじゃないですか」

「ごめんね。もしかしたらって言う可能性の話だから、今の話は聞かなかったことにして」

「はい......」  

 

おばさんにこたえながら考えた。 

油断した。 絶対年上だと思ってた。 かなりの美少女で、私と同じ歳......。 

私......努力と鍛錬で何とかなるって、自信満々でご主人様にいっちゃったよね...... 

 

私のバカ! しっかりしないとご主人様を取られちゃうじゃない。  

でも、まだ決まった訳じゃない。 とりあえず落ち着かなきゃ。

 

私が動揺してることに気付いたのか、おばさんが心配そうに聞いてきた。  

「ロクサーヌ、大丈夫? 本当にごめんなさいね。」   

「い、いえ... 大丈夫です。 あの、そろそろご主人様の所に戻りませんと」    

 

「ロクサーヌ。あなた、心底あのかたが好きになったのね。」

「はい。大好きです」  

 

おばさんとの話をおえて応接室に戻ると、ご主人様がひとりで待っていた。  

「ゆっくり話せたか?」  

「はい。 ありがとうございました。 あの、彼女のことは、どうでしたか?」 

「来てもらうことにしたから」  

 

ご主人様の言葉を聞いたとき、気持ちが一気に沈んだ......  

私はなんてバカなんだろう...... 

一瞬からだが硬直したけど、ご主人様に気付かれないようつとめて平静をよそおった。

「そうですか。それはよかったです」  

 

しかし、ご主人様の次の言葉を聞いて気持ちが一気に上がった。

「ロクサーヌには悪いが、先輩としてこれからよろしく頼む」 

 

先輩として......  

そうか、先輩としてか!   

ご主人様は私に期待しているんだ。

私にセリーがご主人様の役に立てるようにして欲しいって... 

 

うん。これからは私が一番奴隷として増えていくメンバーをまとめていこう。 そして、ご主人様のとなりで支えていこう。  

私の中で、うれしい気持ちと頑張ろうって気持ちが一気に爆発したような気がした。

「はい。お任せください、ご主人様っ!」         

 

 

しばらくすると、アラン様とセリーが入ってきた。セリーは私たちの前まで来ると、あらためて頭を下げた。

「よろしくお願いします」  

「よろしく頼む」   

「一番奴隷のロクサーヌといいます。よろしくお願いしますね」  

 

セリーは私を見て驚いた表情になった。 

「やはり奴隷だったのですか?若奥様かと思いました」  

「若奥様だなんて、とんでもない」 

  

 

すっごくうれしい。 

セリーっていい子なんですね。 

これからは私が先輩としてご主人様の素晴らしいところを教えてあげなくちゃ。    

 

「昔ここにいたとはうかがいましたが、服も上等のものですし、血色がよくて肌もあまりに綺麗だったので」   

「ご主人様が優しくて素晴らしいおかただからです。衣食住に関してセリーは何も心配する必要はありません」   

 

セリーと話しているうちに奴隷契約が済んでいた。  

セリーはご主人様にインテリジェンスカードを見せていたので、わたしも横からこっそり見た。  

 

セリー ♀ 16才 探索者 初年度奴隷

所有者 ミチオ・カガ

 

本当に16才だった。 

わたしは心の中でセリーにあやまった。 

年寄りって疑って...... ごめんね......   

 

「セリーと呼んでもいいですか?」

「あ、はい。では私はロクサーヌさんと呼ばせていただきます」

 

その後、ご主人様とアラン様はひとことふたこと話し、早々に三人で商館を後にした。 

 

ベイルの商館を出ると、ご主人様からこれからの予定を伝えられた。

「冒険者ギルドまで行って、冒険者ギルドから一度いえに戻るか」

「かしこまりました」

「は、はい?」

あれ? セリーは疑問顔になってる?  

 

「何でしょうか?」  

「えっと。他に冒険者のかたもパーティーメンバーにいらっしゃるのですか」 

「いませんけど、どうして?」   

「家に帰ると言われたので」   

え?......家に帰るのになんで冒険者がパーティーにいないといけないの?   

ご主人様がいれば問題ないのだけれど、内密だから説明は難しいわね......    

 

「大丈夫ですよ。ついてくれば分かりますから」  

「え? あ、あの?......」  

ご主人様を疑ったらいけないのに...... 

あとでちゃんと教えないとダメね。  

 

その後、ご主人様のワープでうちに戻った。 

「え?...... え?...... ええっ?」   

ふふっ、セリーはおどろいているようね。 

まあ、私も最初はびっくりしたし。 

やっぱり最初はおどろくよね。  

少しはセリーもご主人様の素晴らしさに気付いたかしら。  

 

ご主人様がダイニングに座ったので、むかいの席に座るとセリーが小声で聞いてきた。

「あの、座ってもよろしいのですか?」 

「大丈夫ですよ。食事もここに座って食べますし」 

「しょ、食事が頂けるのですか?」 

「はい。ちゃんと食べさせて頂けますよ」 

セリーはまだ疑っている? 

まあ、座ったからいいか。 

 

セリーが座ったので、これからの予定についてご主人様と相談した。

「これから買い出しに行くが、時間もないし当座必要なものだけな」 

「まだそれほど遅くはありませんが」 

「今日はお風呂も入れようと思う。せっかくだし」 

「はい。それは楽しみです」   

 

その後、セリーはご主人様の魔法について、いろいろ難しいことを聞き始めた。 

ご主人様もいろいろなことを知ってるけど、セリーもすごい...... 

時間空間? ジサ?? 下にいる人は落ちる???

 

何を話しているのかほとんどわからないけど、私が見たところ...... セリーはかなりあたまがいいわね。 

ご主人様と互角かも。  

悔しいけど私じゃ今の話にはついていけない......  

 

うん。これからは普通のことは私、難しいことはセリーがご主人様の相談相手になれば問題ないわね。  

 

「今日買うのは、装備品、リュックサック、木の桶ぐらいでいいか?」

あ、これは普通の質問だからわたし。  

「えっと。そうですね。服は商館から支給された服で今日明日は十分ですが、肌着は新しいのを買ってあげてください」

「分かった。あそこの洋品店でいいな」

「はい」

「あの。まだそんなに汚くないですし、そんなことまでしてもらうわけには」

セリーは遠慮しているようね。その姿勢は評価できるわ。 

 

「買っておけ」

ふふ、言い方はぶっきらぼうだけど...... やっぱりご主人様は優しいわね。     

 

その後、ご主人様が魔法を使うこと、セリーには前衛で槌をふるってもらうこと、

ご主人様が複数のジョブを使えることなどを説明していたけど、セリーは納得いかない表情だった。  

 

それから難しい話になって、やっぱり私はほとんど理解できなかったけど...... 

セリーがちゃんと話していたから問題ないわね。

 

「すみません。何でも知ろうとするんじゃないと、母からもよく怒られました」

「別に悪くはないが」   

「己の分を超えて知ろうとすることは身の破滅をもたらすと言われました」

「ああ、なるほど。うーん」  

ご主人様はどうセリーを慰めようか困っているみたい。 ここは私の出番ね。  

「ご主人様もよく実験をなさってますし、いいと思いますよ」  

「そうなのですか?」  

「そうなんですよ」  

 

そこで、ご主人様をちらっと見ると、なぜか微妙な表情になっていた。 

あれ?なにか間違えた?  

「まあ、ほどほどにな」

「はい」        

 

また少し話した後、ご主人様がセリーを見ながら変なことを話した。

「しかし村人レベル3はちょっと低いな」  

     「え?」   

 

村人のレベルって......  

ああ、 ご主人様...... レベルは探索者しかないのに...... 常識にうとい部分が出ちゃった。  

あとでそのあたりを教えてさしあげないと。 

あ、 ご主人様も変なことを言ったことに気付いてちょっと焦ってるみたい...... ふふっ カワイイ。       

「え、えっと。じゃあ買い物に行くか」

「はい」  

「買い物のあと、俺は風呂をいれるので、夕食はロクサーヌとセリーで頼む」  

「かしこまりました」   

 

するとセリーが慌てて質問した。  

「あ、あの。お風呂というのは、あのお風呂ですか」   

「どの風呂かは分からないが、風呂だ」

 

「......分かりました」  

「ロクサーヌとセリーはちょっと待っててくれ」

ご主人様はわたしを見てちょっとうなずくと、壁の向こうに歩き出したので

ご主人様に向かってあたまを下げた。  

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

「い、いってらっしゃいませ」

セリーもあわててあたまを下げていた。

 

つまり、いまのうちにセリーを納得させておけってことですよね。 

任せてください、ご主人様。

 

セリーは私に質問してきた。

「王侯貴族のかたはお風呂に入ると聞いたことがあります。じつはすごい人なんでしょうか?」

「そうですよ」  

「ご主人様は貴族の...... いや、インテリジェンスカードには自由民って書いてあったから、ほかの国から来た人なんでしょうか?」

「ご主人様と最初に会ったとき、カッシームよりも遠くから来たって言ってました。

でも、そのお話をされたときは、すっごく寂しそうな顔をして、故郷には帰れないって言ってましたので...... 

それ以来わたしはご主人様のしゅつじのことは聞かないことにしています。

セリーもご主人様から話してくれるまでは、無理に聞かないでくださいね」  

「わ、わかりました」        

 

「あの...... ご主人様が攻撃魔法が使えるって本当ですか? 

探索者が魔法を使えるなんて、聞いたことがありません」

「本当ですよ。セリーも迷宮にはいれば見せてもらえます」

「......攻撃魔法は本来魔法使いだけが使えるはず...... 信じられませんが、本当にご主人様は複数のジョブが使えるってことですよね」  

「そうですよ。ご主人様ですから」  

「えっと......」 

 

「セリー。ご主人様は本当にすごい人です。  強くて、頭が良くて、常識ではありえないことがたくさん出来ます。   

それなのに... 奴隷として買われた私たちに対しても、とっても優しくしてくれます。 きっと将来は大きな仕事をやり遂げる人になります。 

でも、常識的なことで知らないこともけっこう多いです。  

そこがちょっと可愛いんですけど...... ご主人様が恥をかかないよう私たちがしっかりフォローしないといけません」  

「えっと...はい...」

 

セリーはまだ少し疑問がおね。まだ納得しきれてないかな?  

話しをしながらセリーの様子を観察していると、すぐにご主人様が帰ってきた。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」  

「おかえりなさい」   

ご主人様はアイテムボックスから装備品をだして、私とセリーに配り始めた。

その際、ご主人様がセリーには皮の鎧じゃダメだからジャケットで良いか? って聞いたところ、

胸が小さいことにしょげてしまった。  

わたしはセリーを元気づけるために「あんなものはどうせ飾りです」って言ってあげたんだけど、私が胸を下から手で叩いているのを見て、ますますいじけてしまった。  

 

えっと......なぜ?    

 

その後、3人でクーラタルの武器屋に行き、セリーの武器を購入。ご主人様がセリーに棍棒を渡すととても喜んでいた。

あまりの喜びようにご主人様は少し焦ったようで、私に小声で聞いてきた。

「い、いけなかった?」

「いいえ。ただ、奴隷はあまり武器を持ち歩くことはありませんので」

ご主人様は納得したようだ。

その後、洋品店で肌着、雑貨屋でリュックサックや小物を購入。食材も買って家に帰った。 

 

家に帰ると、ご主人様はお風呂の準備、私とセリーは夕飯の準備に取りかかった。  

 

セリーはご主人様にお風呂の準備を手伝わなくてもよいのか聞いていたが、

暑くて大変だから手伝う必要はないと断られていた。   

 

夕食の準備を始め、食材を切って鍋に入れていると、セリーが質問してきた。

「そんなにお食べになるのですか」

「そうですね、これくらいは。セリーも遠慮しないで食べてくださいね」

「えっと。これはあのかたの食事ですよね」

「三人分ですよ」

「三人分ですか?」

「ええ」   

「お肉も上等のものがいっぱいはいっていますし。あ。そういえばパンも上等なものだけを買っていました。

私たちの分はないのかと思っていましたが、食べ残しをいただけるのですね」  

 

「ご主人様と一緒に食べるのですよ」

「一緒にですか?」

さっきセリーに食事のことは説明したと思ったけど、聞いてなかったのかな? 

 

そこでご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ、いつものやつ、頼めるか」   

いつものってことは迷宮に行くのですね。

「はい、ご主人様」   

 

ご主人様の所に行くと、思った通り装備を渡された。

セリーも一緒に行くことになり、横で装備を付けている。  

 

その後、ご主人様のワープで迷宮に移動。セリーは迷宮内に移動したことに驚いてとまどっている。

わたしはすぐに魔物を見つけ、ご主人様に報告した。

「こっちです」

魔物のいる方向を指さすと、セリーはおどろいて質問してきた。

「そ、そういえば狼人族の一部の人は魔物のにおいが分かると聞いたことがあります。

ロクサーヌさんも分かるのですか?」

「ええ」  

 

「すごいです」 

セリーは私にむかってキラキラした目を向けてきた。

「いました」

「あ。ほんとに。こんなに早く。さすがです。」

 

前方にチープシープが2頭いた。

魔物に向かって進みだすと、左側を歩くご主人様から声をかけられた。

「ありがとう、ロクサーヌ。では行くぞ」  

「はい」    

 

ご主人様はデュランダルで左のチープシープを一撃で倒した。

私は右のチープシープ前に立ち攻撃をかわしていると、ご主人様が横からデュランダルを突き立てて

こちらも一撃で倒した。

わたしはご主人様の強いところを見て、セリーがどういう反応をしているのか気になって見てみると。

セリーは私に向かって

「すごい。すごいです。 どうやったらあんなに華麗によけられるのですか?」

と質問してきた。   

 

あれ? 私に感心してる?   

チラッとご主人様を見ると、なぜロクサーヌのほう?って顔になっていた。

 

でも、これから前衛としてどうすればよいか考えてるなら、私がどうしているかセリーに教えないといけないわね。  

 

「魔物が何をしてくるかは見ていれば分かりますから、頭がフッと動いたときに、

それにあわせて、こうからだをハッと引けばいいのです」   

 

セリーは考え込んでいるが、理解出来てないようね。 こんど特訓してあげないとね。 大丈夫。すぐに出来るようになるから。     

 

あれ?セリー? なんで目をそらすの? 何でご主人様とうなづきあっているの?     

うーん......

 

「次はどっちへ行けばいい」

「あ。はい。こちらです」

そのあと何匹か魔物を狩って、それから家に戻った。

家に着くと、セリーはご主人様がワープを使う際に詠唱がないことを聞いていた。  

「ご主人様は詠唱がなくても魔法を使えるのですか?」 

「そうですよ」  

「そうなのだ」  

 

そのあとセリーは独り言をつぶやきながら、何やら考え込んでいるようだったけど、

ふたたびご主人様への質問を再開した。

「レベルをうかがってもよろしいでしょうか」

「探索者のレベルは33だ」

 

「ええっ?」 

これには私もおどろいた。 なぜならほんの20日前までは、レベル27だったのだから。       

そして、今度は私がご主人様に聞いてみた。   

「なんだ?」

「ご主人様のレベルは27では?」  

「ああ、あのときはな」   

「あのときって......」    

「ひ、日々成長しているのだ」     

「成長って......」  

その後、ご主人様は、たったいま話したことは内密にするよう指示してから、

お風呂を入れに2階に上がっていった。

 

その後、セリーと夕食づくりを再開すると、ほどなく下ごしらえが完了。  

するとセリーがこんどは私に聞いてきた。  

 

「ロクサーヌさん。 先ほどご主人さまは攻撃魔法は使っていませんでしたけど」  

「そうですね。お風呂の準備中に迷宮に行くときは、ご主人様は魔法を使いません」  

 

セリーはご主人様が攻撃魔法を使えることを疑っているのかしら?   

「じゃあ、ちょうどいいからご主人様に火種をもらいにいきましょう」  

「は、はい?」  

わたしは火種用の薪をもって、疑問がおのセリーを連れてご主人様の所に移動した。  

 

「ご主人様、火種をもらってもよろしいですか?」  

「ああ、ちょっと待って」

次の瞬間、あたまの上に火球が出来たので、薪に火をつけた。

セリーを見ると、キラキラした目で火球を見つめ、ひとりごとをつぶやいていた。

「ほ、本当に攻撃魔法が使えるのですね。しかも詠唱なしで」

ふふ、セリー。ご主人様をうたがってはダメですよ。  

 

その後も料理の合間に何度かご主人様と迷宮に行っていると、セリーが質問してきた。

「なぜ、お風呂の合間に迷宮にいかれるのですか?」

「お風呂を入れるのは大変なのでストレス発散のためでは?」  

私が答えるとご主人様は微妙な顔になった。

ご主人様、その顔はやめて、癖になっちゃいます。。。   

 

「魔法を使っているからMP回復のためだ。この剣にはMP吸収のスキルがある」

「MP吸収......」

 

またご主人様とセリーが難しい話を始めた。セリーは本当にいろいろなことを知っているわね。

ちょっとうらやましいけど、ここはセリーの出番ね。 

 

そのご、食事が出来て食卓に並べているとき、ご主人様もお風呂の準備が出来てダイニングに戻ってきたので汗拭き用の手拭いを渡した。

ご主人様が席に座ったので私もむかいの席に座ったけれど、セリーはダイニングの隅に立ったまま動かなかった。

 

セリーが動かないのでご主人様が声をかけた。

「セリーも座れ」    

「えっと。座ってもよろしいのですか?」     

「立って食べるつもりか?」    

「食べてもよろしいのでしょうか」    

ご主人様は疑問がおで困っているので、私もセリーに座るよう促した。   

 

「セリー、ご主人様は私達と一緒に食事をすることを好まれます。私のとなりに座ってください」

セリーは恐る恐る席に着いた。

 

「ご主人様、奴隷が所有者と一緒に同じ食事、同じ食卓を囲むことはめったにありませんので」

「そうだったのか。好みの問題なんだろうな。俺は一緒でいい」

そう言うとご主人様はセリーが作ったボルシチを取り分け始めた。  

 

ご主人様は最初に取り分けた皿を自分の前に置き、次のお皿を私に渡し、最後の皿をセリーに渡した。

少し挙動がおかしかったけど、順番どおりだから問題なし。 

ちゃんと前に教えたことを覚えていてくれて...... ちょっとうれしい。

「では、いただきます」

 

ボルシチは普通においしい。 

ご主人様もほめてるし、これならセリーの料理も大丈夫そうね。 

 

そんなことを考えながら食べていると、ご主人様が固有ジョブについて聞いてきた。

「狼人族には獣戦士、ドワーフには鍛冶師があるよな。 人間にはそういう固有ジョブはないのか?」  

 

ご主人様、なんてことを聞き出すの! 

私は一気に恥ずかしくなり、視線をそらしてしまった。 

よこでセリーも真っ赤になって目をふせている。    

「え、えっと。」 

「あの......」

さすがにセリーも言いよどんでいる。   

あらためてご主人様を見てみると...... なにか期待にみちたような、ワクワクしたような顔をしている。

 

どうしよう...... ご主人様を傷つけないように答えないと......  

 

「私はご主人様に可愛がっていただけるなら...... 

その、いいと思います」 

「わ、私も覚悟はできています」   

 

ご主人様は疑問がおになった。  

「ん? どういうことだ?」

   

私はどう言えばいいか困ってセリーに視線を向けると、セリーも私を見ていた。

私は目線を強くしてセリーに“あなたが説明して”って想いを送ると、セリーは一瞬ひるんだあとに、恥ずかしそうにしながら説明をはじめた。  

「人間というのは欲望が極端に肥大化することがある種族だそうです......  

ですので...... その...... 人間の就く固有ジョブは、色魔とされています」  

「えっ?」

セリーの話を聞くとご主人様はおどろいて、それから私に救いを求めるような視線を向けてきたけれど、私は申し訳ない気持ちになりながら小さくうなずいた。

するとご主人様はうつむいてしまい、ぽつりとつぶやいた。   

 

「人間って......」            

 

その後は静かな食事となってしまった。

よほど固有ジョブに期待していたのか...... ご主人様の落ち込みぶりが、半端ない......

私はどうご主人様に声をかければよいか悩んだけれど、夕食を食べ終わるころにはいつものご主人様に戻っていた。

  

この後は、お風呂に入ってからお情けを頂く時間。

もしかして...... それで復活したのですか?

 



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色魔と鍛冶師と獣戦士

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様と後輩となったセリーの三人でクーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも7階層まで到達している。

 

夕食を食べ終わって、いまからお風呂に入るところだ。

 

ご主人様は、脱衣所で服を脱ぐと、さっさとお風呂に入っていった。

セリーはご主人様の裸を見て、顔を真っ赤にしたまま固まっている。

 

「セリー? 早く服を脱いで。ご主人様を待たせてはいけませんよ」 

セリーは私の言葉にハッとなって服を脱ぎ始めた。

 

「あの、お風呂なんて王侯貴族のかただけがはいれるものですけど、はいってもよろしいのでしょうか」

「いいんですよセリー。一緒にはいりましょう」 

服を脱ぎ始めると、セリーは私のからだを見て、そのあと少し目を伏せた。

「ロクサーヌさん。やっぱりおおきいです」

「そんなことはないですよ」

「でも私なんか......」       

 

セリーが落ち込んでしまったので、私は耳元で小声で話した。

「セリー、女性は胸だけではありません。あなたは小さくて可愛いですから、あとできっとご主人様に可愛がっていただけますよ」

「そ、そうでしょうか」

「大丈夫です。ご主人様はお優しいかたですから。さあ、行きましょう。」

私はセリーを促しお風呂に入った。

 

「あの、失礼します」

「ああ、こっちも準備が整った...」  

お風呂では、ご主人様が石鹸を泡立てていた。 

「うちではご主人様がわたしたちを洗ってくれます」   

「は、はい」 

「では、私が先に洗っていただきますので、よく見ておいてください」

私はセリーにそう言うと、からだにお湯をかけてご主人様の前に立った。

ご主人様はなぜか一瞬固まって、そのあと私の後ろのほうに視線を向けたけど、すぐに私に視線を戻した。

私はなんで視線をそらせたのか気になったけど、背後でバシャーっという音が聞こえてきたので、セリーがちゃんとからだにお湯をかけているのか確認したことに気がついた。

セリーは初めてお風呂に入るので、ちゃんと準備できるのか少し心配だったのだろう。

「では、洗うか」 

「はい。お願いします」   

 

ご主人様は石鹸の泡を手にすると、私の胸から洗い出した。

「あっ...... んんっ......」

いつも洗って頂いてるけど...... 恥ずかしいけどいつも感じてしまう。 気持ちいい。 

ご主人様は洗い方がとってもうまい......    

私が洗って頂いていると、横でセリーが落ち込んでいた。    

「やっぱり胸が大きい方が......」

もう、セリーは...... これは順番なので、胸の大きさは関係ないのに。

 

私が全身を洗って頂き終わると、次はセリーの番になった。

セリーはご主人様に「小さくてすみません」って胸が小さいことをあやまっていたけど、

ご主人様は「セリーはスタイルがいいから問題ない」ってほめている。 

 

セリーは自信がないようだけど、ご主人様...... セリーの胸をずっと洗ってるわね。

親指で乳首を転がしてるし、セリーが感じているのを楽しんでるみたい......  

 

もう、いけないひと。 

 

ご主人様はセリーの胸も好きってことね。

でも、このままじゃセリーがかわいそうだから、助けてあげないとね。

私は石鹸を泡だてて、ご主人様に声をかけた。

 

「ご主人様、追加の泡です」

「お、おう」

ほかの場所を洗うことを催促するように石鹸の泡を手渡すと、ご主人様はセリーの胸から手を離して左手を洗いはじめた。

その後もご主人様はうつむいたままのセリーを慰めていたけど、からだが洗い終わるまでセリーは落ち込んだままだった。

 

ご主人様がセリーのからだを洗い終わったので、

つぎはご主人様の番になった。

 

私はご主人様の左側に立ち、セリーに洗い方を教えた。 

「セリー。いまからご主人様をお洗いします」

「はい」

「私たちのからだを使ってご主人様のからだをすみずみまで洗います。力任せではなく泡で包み込むように優しく......」

私はご主人様の腰の手拭いを外し、下から上にからだをこすりつけると、

セリーはまた、顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。 

「セリー?」

「は、はい。 がんばります」  

 

セリーは気を取り直してご主人様の右側に立ち、一生懸命からだをこすりつけて洗い出した。

ご主人様は気持ちよさそうにしている。 

ご主人様のアレが大きくなってしまったので左手でお洗いしていると、

ご主人様は急にセリーを自分の前に移動させてセリーのあたまを洗うと言い出した。

ご主人様は顔がちょっと赤くなっていた。

 

ふふ。 ご主人様ったら、我慢できなくなりそうだったのね。   

 

セリーがご主人様の前に立ったので、私は後ろからご主人様をお洗いした。

ご主人様の背中がわを洗いながらセリーをのぞいてみると、ご主人様にあたまを洗われながらチラチラとアレを見ている。

私はうしろから右手をまわしてご主人様のアレをにぎり、上下にしごきながら洗うと、セリーの視線がご主人様のアレに釘付けになった。

セリーは顔が真っ赤になってて恥ずかしそう、

それに、いろいろ想像しているみたい。

ふふ。 セリーもなんか可愛い。

 

私はセリーの反応を見たくてご主人様のアレをしごいたのだけど、ご主人様のほうはかなり厳しかったらしく、手をつかまれてしごくのをやめさせられた。

「ろ、ロクサーヌ、もう俺は洗わなくていいから、泡を流してくれ」

「かしこまりました」

 

私は湯船から桶でお湯をすくってご主人様の泡を流そうとすると、ご主人様もセリーのあたまを洗い終わったようで、あたまの上からお湯をかけるよう指示された。

私はご主人様のあたまのうえに桶を掲げ、少しずつ傾けてお湯をかけた。

ご主人様はあたまをかきながらお湯ですすぎ、あたまが終るとセリーのあたまの上に桶を動かすよう私に指示した。

私はもう一度お湯を汲み、セリーのあたまのうえからお湯をかけた。

最後にもう一度お湯を汲み、ご主人様とセリーのからだの泡を一緒に流し、そのあと自分のからだの泡も流した。

 

それからご主人様は湯船につかったので、私はセリーを湯船にさそった。そして、私はご主人様の右側、セリーは左側につかった。

すると、ご主人様はわたしとセリーを抱き寄せた。

ご主人様は私を抱きかかえながら、いつも通り胸を揉んでいる。そして今日は反対の手でセリーを抱きかかえながらやはり胸を揉んでいた。

 

「いい気持ちです」

「まったくだ......」

ご主人様は湯船のふちにあたまを預けて目をつぶり、満足そうな顔をしている。

私はその顔を見上げながら、セリーはわたしが右手でさすっているご主人様のアレをチラ見しながら、しばらく3人であたたまった。

 

そして、3人で初めての夜をむかえた。

 

◆ ◆ ◆ 

       

いま...... ベットの中でご主人様がセリーを可愛がっているところをぼんやり見ている。 

  

さっきまではわたしを可愛がってくれていたし、私は奴隷だから文句を言ってはいけないけど......   

私のご主人様なのに......    

 

セリーは小さなからだでご主人様を必死に受け止めている。ちょっといたそうに顔をゆがめてるけど、頑張ってるみたい。

ご主人様もセリーに負担をかけないように、優しくゆっくり腰を動かしている。 

やっぱりご主人様って優しい人なんだな...... なんだか少し寂しい気持ちになる。 

ご主人様はとなりにいるのに...... なんだか遠くに感じてしまう。 

 

私はそっとひだり手をのばし、ご主人様がからだを支えている右手の甲に触れた。   

そして、ベットに入る前のことを思い出した。  

 

うちではベットに入る前に、ご主人様にお休みのキスをするルールになっている。 

わたしは... 当然1番の私が先にキスするものと思い込んでいた。   

ところが、ご主人様は先にセリーを抱き寄せると、ルールを説明しながらそのままキスをしてしまった。 

 

「あっ! 順番が......」

その瞬間、私は激しく動揺した。

ご主人様、私が1番じゃなかったの? 

ひどいっ! ずっとご主人様に尽くしているのに、あんまりです!   

瞬間的に目の前が真っ暗になった。 

セリーとキスしているご主人様を見て、

気が狂いそうになった。   

 

でも違った。  

ご主人様はセリーにキスし終わると、私のほうをむいて言った。  

「これは寝る前の挨拶だから、一番のロクサーヌは一番最後にな」  

 

「!」

そうだったのか。ご主人様を信じられないなんて、私って本当にバカ! 

ちゃんと私のこと一番って言ってるじゃない。

一番のロクサーヌって。     

 

次の瞬間うれしさが抑えきれなくなった。

「はい。ありがとうございます」

 

ベットで手を広げているご主人様に抱きついて、激しく唇を求めてしまった。

「ご主人様。 んむっ...... んんっ......」

そしてそのまま可愛がっていただいた。 

おやすみのキスからそのまま可愛がっていただけるのは一番奴隷の特権だ。

順番があとだったのは、きっとそういうことなのだろう。

 

ご主人様は私の胸や秘部を執拗に愛撫して、秘部から愛液を溢れさせると、初めは正面から挿入して私をイカせ、その後は私を犬のように四つん這いにさせてうしろから挿入した。 

 

ご主人様は、横で顔をあかくして凝視しているセリーに見せつけるかのように、私を激しく責め立てた。 

私はすぐにイカされてしまい、両腕が踏ん張れずに伏せてしまったけど、

ご主人様は私の腰だけをうかせると、パンッパンッと音が聞こえるくらい強く、腰を打ち付けだした。

そして、そのままの体勢で、ご主人様が果てるまで私はなんどもイカされてしまった。 

 

そう、さっきまで、しっかり可愛がっていただいていたのだ。

 

それなのに、となりのセリーを見て、うらやましく思ってしまう...... 

もっとして欲しかったって思ってしまう...... 

私ってなんてはしたない女なんだろう......   

 

さっきは気持ちよかったなぁ......  

セリーはどうなんだろう。  

始めは凄く痛そうだったけど、

少し表情が変わったみたい...... 

気持ちよくなってきたのかなぁ......   

 

うらやましそうにそんなことを考えていると、ご主人様がセリーの中で果ててしまい二人の行為が終わった。  

ご主人様は最後にかるくセリーにキスすると、ベットに仰向けに倒れ込んだ。  

そして、大きく深呼吸すると、不意にわたしを抱き寄せた。  

 

ご主人様は、優しい目をして言ってくれた。   

「ロクサーヌ、もう1回」  

わたしはうれしくなって、ご主人様のくちびるに吸い付いた。 

そして、こんどは私が上になって秘部をひらいてご主人様のアレをむかえいれ、じぶんから腰を振ってしまった。 

激しく、何度も、何度も......  

ご主人様は下から私の胸に手を添えると、私のからだを支えながらも激しく揉みしだき、親指で乳首を愛撫する。

ご主人様は私の動きにあわせて胸を揉んでいたけど、しばらくすると両手で私の腰をつかみ、下から激しく突き出した。

 

「ああっ! ご主人様っ! スゴイッ! ああああっ!」

「ロクサーヌッ! 俺も気持ちいいぞっ!」

「ああああっ! イクッ! ご主人様っ! 私っ! ああっ! イクッ! イッちゃう」

「ロクサーヌッ! 気持ちいい! 俺もイクぞっ!」

「ああっ! ああああっ! イクッ! ああああっ! ああああああああっ!」

「ウッ! クッ! ウウッ! クハーッ!」

私がイクと同時に、ご主人様のアレがビクンッ!ビクンッ!って脈を打ちながら私のなかにいっぱい精液を吐き出した。

 

「ロクサーヌ、ありがとう。凄く気持ち良かった」

「ありがとうございます。ご主人様。私もとても気持ち良かったです」

ご主人様はとても喜んでくれ、もう一度私にキスをしてくれた。   

そして、私に抱きついたまま目を閉じて息を整えていたが、そのまま眠ったようで少しすると静かに寝息をたてはじめた。     

 

すると、セリーが私に話しかけてきた。   

「ロクサーヌさん...... 起きてますか?」   

「起きてますよ。  

ご主人様はお休みになられたようですね」

「そうみたいですね」   

「今日は激しかったですからね」  

私はからだを起こしてご主人様ごしにセリーにからだを向けると、セリーもからだを起こしてこちらを向いた。

そして、セリーは少し顔を赤くしながら話をつづけた。

 

「いつも、あんなにすごいんですか?」   

「今日はセリーがいるのでちょっとはりきったみたいです。一時はどんなことになるかと思いましたが、

あれだけ可愛がってくれるのなら、セリーが来たことは私にとってもよかったですね」  

「私、大丈夫でしょうか」  

「大丈夫ですよ。さっきだってご主人様はセリーに無理をさせていないでしょう。優しいご主人様ですから」    

 

その後、私はご主人様の髪をすきながらしばらくセリーと話をつづけた。 

どこの出身かとか、どうして奴隷になったとかという話しから、ご主人様に買って頂いたときのこととか買って頂いてから今までの日々のことまで、

そして、ご主人様はいずれ迷宮を討伐して貴族になると思うので、自分がその力になりたいこと、

奴隷は5名まで増えるだろうけど、一番奴隷として皆をまとめていくつもりということなど、夜が更けるまで色々話した。

「でも、奴隷を5人以上増やすことは絶対に許さない、できれば独り占めにしたいくらいなのだから」って  

ちょっと笑いながら宣言したら、セリーは顔が引きつっていた。    

 

「こ、これからよろしくお願いします」  

「こちらこそよろしくお願いしますね」   

 

その後、ご主人様を一緒に支えてほしいことをセリーに頼み、ご主人様を抱きながら眠りについた。   

 

あとで聞いた話だけれど、ご主人様はこの夜 色魔のジョブを獲得したらしい。   

しかし、獲得はしたけれど、このジョブをどう使って良いか分からないし、なにより恥ずかしかったので、

数日は放置していたそうだ。

 

◆ ◆ ◆

 

朝、目覚めると、ご主人様はわたしの胸に顔をうずめながら寝息をたてていた。  

しばらくながめていると、伸びをして目を覚ましたのでゆっくりキスをしてご主人様にあいさつした。  

 

「おはようございます。ご主人様」  

「おはよう、ロクサーヌ」

 

ご主人様は私に挨拶するとセリーを引き寄せてキスをした。

「おはよう、セリー」

「お、おはようございます」

セリーはキスがぎこちなかった。まだ緊張しているようだ。

 

「じゃあ、着替えて迷宮に行くぞ。今日はセリーがどれくらい戦えるか試してみたい」

「かしこまりました」

「が、がんばります」

 

それから私たちはベイルの迷宮に移動した。

セリーを加えて3人パーティーとなったので、セリーがどの程度戦えるのか?ご主人様の指導で確認を始めたが、早朝の探索ではセリーはほとんど見学だった。

 

それに、魔物との戦闘に、どうにも違和感があった。

ご主人様の攻撃力が1回1回変化しているようなので、多分だけど何らかの実験をしているようだ。

 

ご主人様はさっきセリーに鍛冶師ギルド以外で鍛冶師になった人のことや初代皇帝のことを聞いていたので、

何か関係があるような気がするけど、なんの実験なのか全く分からない。

色魔のスキルについても聞いていたので、一応そっちも気になってはいるけれど...... まさか......  

 

ご主人様...... 迷宮で色魔は困ります......   

一瞬、そんなことを考えてしまい、ハッと我に返って恥ずかしくなってしまった。

 

朝食後もベイルの迷宮に行き、探索をおこなった。

ご主人様の実験はまだ続いていたようで、昼過ぎまでセリーは見学のまま魔物と戦うことはなかった。

 

昼過ぎ、小部屋で少しだけ休憩すると、ご主人様は言い出した。

「さてセリー、ひと通り試したいことが済んだので、そろそろ戦ってもらうぞ」

「はい。頑張ります」

「最初はロクサーヌとセリーが前衛、俺が後衛で魔法を使う。ロクサーヌ。悪いが他のパーティーになるべく合わないように魔物まで案内してくれ」

「かしこまりました」

 

◆ ◆ ◆

 

それから数日が経った。

 

セリーを迎えての探索はベイルの迷宮2階層からスタートし、さまざまな武器やフォーメーションを試しながらも、ついに7階層まで上がってきた。

 

もともと私とご主人様は7階層で戦っていたため苦では無かったが、少しずつ進んできたとはいえセリーには少しきつそうだった。

 

あとで聞いたのだけど、このときご主人様はセリーを鍛冶師にするため、ジョブを探索者から村人に変えていたらしい。

どうやら鍛冶師になるための条件がわからないので、村人としての経験を積ませていたとのことだった。

後日、セリーから聞いたところ、

「あの時はセリーには大変な思いをさせてすまなかった」と笑いながら謝られたとのこと。

 

「セリー、もう少し壁側によっても大丈夫です」

「はい」

「魔物が2匹のときは私が受け持つので、セリーは横から殴ってください」

「はい」

「魔物が3匹のときは2匹を私が受け持つので、セリーは1匹受け持ってください」

「わかりました」

連携のほうもこんな感じで試行錯誤しながら確かめていたが、7階に上がったくらいである程度の形が出来た。

 

早朝の探索中、ご主人様から話しかけられた。

「ロクサーヌ。ある程度、形は見えてきたか?」

「はい。ご主人様。

あとは連携を深めていけば大丈夫だと思います。 

よろしくお願いしますね、セリー」

「こちらこそ、よろしくお願いします」  

すると突然、ご主人様に感謝された。

「ロクサーヌ、ありがとうな」

「はい......?」

うーん。私はなにに感謝されたんだろう? 

疑問に思ったが、ご主人様はすぐにセリーと魔法についての話を始めたので、聞き返すことはしなかった。

 

その後、ご主人様が「巫女なんてジョブもあるのか」ってつぶやくと、なぜかセリーが悲しそうな顔をした。

私はセリーがなんでそんな顔をしたのか気になったけど、魔物のにおいがしたので思考を中断して報告した。

「ご主人様、すぐ近くに魔物がわきました」

 

その日は結局3時間ほど探索し、朝食をとるため一度いえに戻った。

 

朝食を食べながら、ご主人様が改めて巫女のジョブについて話をすると、セリーが悲しげにうつむいてしまった。

そこで、セリーは鍛冶師になれなかったあと、巫女になろうとしてそれもかなわなかったことを告白した。

 

ご主人様が慰めると、セリーは気を取り直して巫女のスキルや巫女になるためどんな修行をしたか説明してくれたけど、

ひととおり話すとまた落ち込んでしまった。   

 

「大丈夫ですよ。巫女には希望者の半分もなれないって聞きました。巫女になれなくたって、迷宮で活動するのに支障はありません」

「そのとおりだ。まったく何の問題もない」

私とご主人様が交互に慰めると、セリーは小さく返事した。

「はい」

 

場の空気を換えようとしたのか、ご主人様は変なことを言い出した。

「しかし希望者には村人レベル5以上とかの条件をつければいいのに」

「はい?」  

「いや、だって」   

「......」

 

またご主人様の常識にうとい部分が出ちゃったか...... 

「ご主人様。探索者のご主人様は知らないかもしれませんが、レベルというものがあるのは探索者だけです」

「え? そうなの?」

「はい」

セリーも補足してくれた。

「探索者は経験を積むと利用できるアイテムボックスがだんだん大きくなっていきます。これをレベルといっています。

他のジョブにはそのような指標はありません。ご主人様も村人のときはなかったと思いますが」

「なるほど。そうだったか......」

 

マズい。こんどはご主人様がショックを受けている......   

「だ、大丈夫です。そんなことを知らなくても、ご主人様が迷宮で活躍するのになんの支障もありません」

「そのとおりです。まったくなんの問題もありません」

ご主人様があたまを抱えてしまったので、こんどは私とセリーが慰め役になった。

 

「ものを知らなくてもご主人様はご主人様です」

「あたまがよすぎると誤解されることもあります。昔の偉い学者さんのひとりも、樽に住んでいたそうです」

ご主人様はさらに微妙な顔になったが、一度深呼吸をして気持ちを切り替えたみたい。

「で、では。気を取り直して、これからは迷宮7階層の探索を進めよう」

 

その後、ベイルの迷宮7階層に戻り探索を開始、順調にボス部屋まで来た。

すると、ボス部屋手前の待機部屋で男6人のパーティーが順番を待っていた。

 

私たちが待機部屋に入ると、彼らは全員ねっとりとした視線で私を見てきて、下品な顔をしながら何か話しはじめた。

 

話しかけてきたり、触ってきたりはしなかったけど、あきらかに私の胸を見ていて、それを隠そうともしない。

すごく不快だったけど、ここでモメたらご主人様に迷惑がかかってしまうので我慢していると、すぐにボス部屋の扉が開いた。  

 

彼らが扉の向こうに消えると、みんな不快をあらわした。

「くっそ......」

「皆さん、全員やっぱりです。滅びてしまえばいいのです」

「なんかいやらしい視線でした」

 

「まあ、気にするな」

「そうします」

「はい」

ご主人様は一息はくと、気を取りなおすよう私たちを促し、ボス戦の準備を始めた。

 

セリーからここのボスであるパーンの情報を聞き、ご主人様が自分の剣の説明をして引かれていたが、

いろいろ説明している途中でボス部屋の扉が開いてしまった。

 

さっそく扉をくぐるとそこには装備品が散らばっており、部屋の中心にはパーンがたっていた。

「います!」

私が注意を促すと、ご主人様は瞬時に動いた。 

「ロクサーヌは正面に。セリーは転がっている装備品を端にどかしてくれ」

ご主人様が素早く指示を飛ばしながら、魔物に向かって駆け出し、横に回り込む。

「はい」

私も急いで魔物の正面に向かうと、パーンの足元に魔法陣が浮かび上がった。

 

いけない! パーンの魔法は強力な全体攻撃魔法で、よけられないってセリーが言ってた。

少し焦ったけど、ご主人様の一撃でパーンはあっけなく煙になった。

 

「あれ? 一撃、か?」

「そ、そのようですね」

ご主人様は目が点になっている。

私も驚いているとセリーが散らばっている装備品を集めながら説明してくれた。

 

「前のパーティーは全滅したようです。多分、途中までパーンの体力を削っていたのでしょう」

「なるほど。そういうことか」

「あのいやらしいパーティーは全滅したのですね」

「胸の大きさで人を判断するようなやからは滅びてしまえばいいのです」

セリーが言ってることに私も納得なので、二人で大きくうなずきあった。

 

するとご主人様がセリーの持ってきた剣を見ながらつぶやいた。

「せっかく詠唱遅延のついた武器も用意したのにな」

「見ただけでお分かりになるのですか?」

「まあ......」

「あ、いや。詠唱なしで武器鑑定を使えるのでしたか」

セリーは一瞬おどろいたようだったけど、すぐに納得して他の装備品を拾いにご主人様のそばから離れた。

そしてご主人様は少し寂しそうな顔をしている。

 

武器鑑定が出来るなんてすごいことなのに、セリーに当たり前のように思われてしまったご主人様が少し気の毒になり、私は話しかけた。

 

「さすがご主人様です」

私が話しかけると、ご主人様は私のほうを向いて話し始めた。

「詠唱遅延のついた武器で攻撃すると、魔法の発動を遅らせられるんだよな?」

「そのはずですが、抑えきれなかったのでしょうか」  

「あるいは5人では足りなかったのか」

「分かりません」

 

ご主人様は少し考えていたがやがてぽつりとつぶやいた。

「情報や作戦に頼りすぎると、ひとつ歯車が狂っただけで何もかもが失敗してしまうということだな。

地道にじつりょくをつけていくことが大切だ。うん。うん」

「はい。がんばります、ご主人様」

「そうかもしれません」

私に続いてセリーも神妙そうにうなずいていた。

 

装備品の回収が終わったときに、ご主人様がまたつぶやいた。

「やられた人の装備品をつけるのも、あんまり気分がいいものではないが」

 

どうもご主人様は気分的にさっきの男たちの装備はつけたくないみたいだから、

私が手入れしてご主人様が気持ちよく装備品を使えるようにしなくちゃいけないわね。

「全滅したパーティーの装備品は次のパーティーのものです。帰ったら私がちゃんと手入れしますから、大丈夫でしょう」

ご主人様は私のほうを見て、うなずいた。

分かったってことですね。

 

その後、もう一度ボス部屋を回り、パーンを倒すことになった。

 

7階の待機部屋まで移動するとき、さっき倒したパーンについて考えた。

攻撃魔法が主体で武器のようなものはない。 

ほとんど移動しないようだったし...... 

っていうことは...... 私のスキルが使えるのでは...... 

ご主人様に聞いてみよう。

 

歩きながら私はご主人さまにスキルを使ってもいいか聞いてみた。

ご主人様は少し考え、私たちに指示を出した。

「そうだな。セリー、パーンの正面を頼めるか」

「はい。やってみます」

セリーはうなずいてくれた。   

 

待機部屋につくとご主人様は追加指示を出した。  

「魔法詠唱が始まったら俺がキャンセルする。ロクサーヌは隙を見てスキルを叩き込め」

「ありがとうございます」

「よし。行くぞ」

 

扉が開いたので、ボス部屋に移動。

ボス出現場所の正面をセリー、右後ろをご主人様、左後ろに私がつくと、すぐに煙が集まりパーンがあらわれた。

セリーとご主人様が攻撃する中、私はスキルを詠唱した。

 

ブラヒム語は難しく、何回か失敗してしまった。

そのつどご主人様にスキル呪文を確認していただき、 

ついに、その時が来た!

 

「しこのけもののもののふの、やそのちからをときはなつ、だつめい、ビーストアタック」

次の瞬間、自分の力が膨れ上がる感じがし、いつもの数段うえのスピードで剣を振ることが出来た。

そして、剣はパーンの肩口に食い込み、大きくからだを引き裂いた。

パーンは血しぶきをあげながら床を転がっていった。

 

かなりのダメージを与えたと思ったけど、パーンはたちあがり、その足元に魔法陣が浮かんだ。

しかし、次の瞬間にご主人様がパーンの背中から切りかかった。

そして、パーンが崩れ落ちた。

 

「見事に成功したな」

「はい。ありがとうございます。ご主人様のおかげです」   

びっくりした。すごい威力だった。

 

「よくやった」

ご主人様にほめていただいた。

 

「ロクサーヌさん。すごいです」

「セリーもありがとう」

セリーも祝福してくれた。

 

うれしくて、思わずセリーとハイタッチしてしまった。

(セリーはジャンプして飛びついていた)

 

その後、ご主人様とブラヒム語の古い表現について、あれこれはなしながら

ついに私たちは8階層への扉を開いた。

 

◆ ◆ ◆

 

その夜、ご主人様は凄かった。

私とセリーを2回ずつ、しかも全力で可愛がり、なんどイカされたかわからない。

あまりにも凄すぎて、ふたりとも息も絶え絶えとなってしまった。

 

ご主人様は私たちが2人ともイキ疲れてしまったのに満足したのか、ふぅーと大きく息を吐くと先に寝てしまった。

あとで聞いたのだけど、ご主人様はこの日はじめて色魔のジョブを使ったらしく、

まだ出来そうだけど私たちが疲れてしまったようなのでやめておいたとのことだった。

 

ご主人様はすぐに寝てしまったけど、セリーはまだ息が落ち着いていないようだった。

私はちょっと心配になりセリーに話しかけた。

「セリー、大丈夫ですか?」

「はぁ...... はぁ...... だ... 大丈夫です」

「ご主人様は今日も激しく可愛がってくれましたね」

「そ、そうですね。でも... 昨日までよりも凄かった気がします」

「そうですね。ずっと全力で突かれていたので、壊れてしまうかと思いました」

「ロクサーヌさんもですか、私も壊れちゃうかと思いました」

「セリーはからだが小さいから、ご主人様を受け入れるのは大変そうですね」

「いえ、もう大きさには慣れてきましたので、その大変さはありません」

「そうなのですか?」

「はい。最初は痛かったし次の日はご主人様のアレが私の中にまだ入っている気がして半日くらいは違和感がありましたけど、

今は気持ちよくなりましたし翌日に違和感は感じません」

「そうですか。私と一緒ですね。私も最初は痛かったですし、次の日はご主人様のアレが私の中にまだ入っている気がしてました。なんて言うか、その、穴を掘られてしまったというか」

「あっ!そうです。そんな感じです。

そうでしたか。違和感を感じてたのは私だけじゃないんですね。ちょっとほっとしました」

「ふふ。そうですね。こんなこと普通話さないから、わからないですね」

「はい。ですけど最初に迷宮に入った日は、私は半日ほとんど見学だったじゃないですか、なので助かりました」

「そうですか。じつは私もそうでした。

初めての次の日は、魔物を探すだけで、ご主人様が全部倒して下さったので、ほとんどからだを使ってません」

「もしかしたら、ご主人様は私たちのからだを気遣ってくれていたのかもしれませんね」

「セリーの言う通りですね。優しいご主人様ですから」

 

「ところで今日はどうでしたか?」

「思ったよりも動けました。すごいパーティーに入れてもらったおかげです」

 

しばらく話すと、セリーは戦闘奴隷になったことについての不安をいいだした。

私はセリーの不安を少しでもやわらげられるよう、ご主人様の素晴らしさを伝え、そして私の想いを伝えた。

 

「私たちは誰に買われるか選べませんが、私はこのかたがご主人様になったこと、必要としてくれたことが嬉しいです」

私はご主人様の髪をすき、その寝顔を見つめていると愛しい気持ちが溢れてしまう。

私はご主人様を起こしてしまわないよう、気をつけながら軽くキスをした。

 

「良いパーティーに加えていただけたみたいです。少し安心しました」

セリーは私を少し羨ましそうに見ながら、ポツリと返事した。言葉どおり少しは安心出来たようだ。

 

その後、私とセリーは一緒に頑張ることを誓って、その日は眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝からベイルの迷宮8階層の探索を開始した。

 

8階入り口の小部屋にて、魔物が4匹出たときは私が3匹引き付けてセリーが1匹ブロックするフォーメーションにしようと話したところ、セリーから槌は複数の魔物を同時に攻撃出来る武器なので自分が2匹相手にするという提案が出た。

話し合った結果セリーの案が採用となり、探索開始となった。

 

8階層からは魔物が最大4匹になるはずだったけど、4匹の団体は5回か6回に一度だけだった。

そして、セリーは何度か複数同時攻撃にチャレンジしていたけど、早朝の探索では成功することは無かった。

 

朝食後、再びベイルの迷宮8階層の探索を開始するとき、入り口の小部屋でセリーが棍棒を素振りしていた。

ご主人様はそれを見て、「バッティングフォームがおかしい」と言ってセリーに持ち方を変えるよう指示すると、棍棒を振る勢いが鋭くなった。

 

その後、何度目かの4匹の団体との戦闘時、ついにセリーは一撃で2匹のコラーゲンコーラルを吹き飛ばすことに成功した。

戦闘終了後、ご主人様はセリーを見ながら何か考え事をしだした。

そして、私とセリーは複数攻撃の成功を喜んでいると、ご主人様は探索を切り上げると言い出した。

その後、クーラタルの商人ギルドや服屋によってから、家に帰ってきた。

 

それから十数分後...... 

 

いま、私の目の前で、ご主人様とセリーが激しく唇を重ねている。 

ご主人様はわたしに背を向けているので表情が分からないけど、セリーは切なそうな表情をしていて瞳は恋する乙女のように潤んでいる。

ここには私もいるのだけれど、他には誰もいないといった感じでご主人様を一心に見つめている。  

そして、すがるようにご主人様に抱きついていて、ご主人様もそんなセリーを優しく抱き留めている。

  

直前までの状態を考えれば仕方がないことだけど......  う、羨ましい......   

 

直前の出来事......。

 

「今日からセリーは鍛冶師だ」というご主人様の突然の宣言に、セリーは口を開けたまま固まってしまった。

私は何のことだか分からなかったけど、ご主人様がセリーに向かって「モンスターカード融合」と言わせようとしていたので、何かの実験をしているのだと思い、首をかしげつつもご主人様と一緒に「モンスターカード融合?」って言ってセリーを応援してみた。

 

その後、セリーも小さな声で「も、モンスターカード融合」って言うと、彼女はおどろいたように目を見開いた。  

 

それからセリーはご主人様と呪文のブラヒム語について話をしていたけど、少しして覚悟を決めたのか、ご主人様から渡された銅剣とモンスターカードを重ねて目を閉じた。

そして、スキルの詠唱をはじめる。

 

「今ぞ来ませるミココロの、コトホグ蔭のアメツチの、モンスターカード融合」

 

詠唱を終えると同時にセリーの手元が強烈に光り、しばらくすると光が消えて銅剣だけが残っていた。

モンスターカードは何処かに消えてしまったようだ。

 

すると、ご主人様はセリーをひとこえ褒めてから、銅剣を受け取りまじまじと見はじめた。

私は何がおこったのかよく分からなかったけど、ご主人様が満足そうな顔をしていたので聞いてみた。

「ご主人様、成功したのですか?」

「間違いない」      

     

セリーは本当に鍛冶師になれたってことかな?  

     

セリーは鍛冶師に憧れていた。

もうあきらめたとは言っていたけど、何度もなれなかったことを思い出しては悲しそうな顔をしていた。

その鍛冶師になれたのなら、うれしくないはずがない。

いくつか疑問はあるけれど、疑問を晴らす前に私はセリーを祝福することにした。

「やりましたね、セリー」  

「よくやったぞ、セリー」   

ご主人様も祝福している。    

  

ところが...... セリーの様子がおかしい。    

 

急に下を向いたと思ったら、何かをぶつぶつしゃべり始めている。

よく聞くとひたすら謝っていた。顔色も真っ青だ。  

自分なんか死んだほうがいい。 みたいなことも言い始めた。 

 

私とご主人様は必死に話しかけたけど、セリーが受け付ける様子がない。 

なんかとってもマズい気がする......  

 

私はどうしたらよいか分からなくてご主人様を見ると、ご主人様は何かに気付いたような顔をした。

そして、アイテムボックスから薬を出すと、口に含んでセリーを抱き寄せ唇を重ねた。   

ご主人様は口移しで薬を飲ませているのだ......。   

「......」

 

 

セリーは私と同じ歳で、まだ一緒に暮らし始めてから十日もたっていないけど、私はとても仲がいいと思っている。  

 

彼女はいつでも私を立ててくれるし、一緒にご主人様を支えてくれている。  

(おもに知識の面で、セリーはほんとにあたまがいい)  

 

迷宮では前衛として一緒に戦っているし、フォーメーションの話とか魔物との戦いかたの話もする。 

食事も一緒に作るし買い物も一緒に行く。

 

夜、ご主人様が寝たあとに、いろんなことを話している。 

(お互い2回以上可愛がっていただいたときは疲れて寝てしまったこともあるけど......)

 

私が一番という気持ちはあるけれど、セリーは可愛い妹分と思っているし(実際に背が小さくて美少女だし)、

私と同じくらいご主人様に愛されて欲しいと思っている。   

 

実際、先日はふたりでいっぺんにご主人様に可愛がっていただいた。  

 

セリーはからだが小さいせいか、はじめの数日はご主人様に入れられているとき苦しそうだった。 

そんなセリーを何とかしてあげたいと思い、ご主人様に可愛がってもらっているさいちゅうに横からセリーの胸を

そっともみあげ、乳首をなめてみた。 

 

「あっ!.........   ああああっ!.........」       

次の瞬間、セリーのからだがビクッとのけぞり、可愛い声が漏れた。  

そのあとも私が乳首をなめるたびにビクッビクッとのけぞって声を出し、しばらく続けるとひときわ大きな声で喘いだ。

そして、彼女はガクガクと体を震わせて、一気に達してしまった。   

 

そのあと、まだしたりないご主人様を私が受け止めて可愛がって頂いていたのだけど、少しするとセリーが近寄ってきて、「ロクサーヌさん...... さっきのはずるいです」って耳元でささやき、横から私の乳首を口に含むと、舌で転がしはじめた。

 

「あっ!セリーっ!.........  だ、ダメっ!......  

イクっ!......... いっちゃうっ!」

すごかった...... いつもの何倍も感じてしまった......  

 

それ以来、何度かふたりいっぺんに可愛がっていただいているけど、

セリーとご主人様はそっち方面もとっても研究熱心で、今ではいろいろな方法を考えている。

 

たとえば私があお向けに寝てセリーを私の胸に吸い付かせ、セリーの後ろからご主人様が私たちを交互に可愛がるとか......  

私とセリーが抱き合ってキスしながら、ご主人様はアレと指で同時に可愛がるとか......   

寝ているご主人様のアレを2人の口で同時にご奉仕するとか......   

 

とっても恥ずかしいけれど、気持ちがいいので私もよろこんでしまっている。    

 

って...... ちょっと話しがそれちゃったけど...... 

 

そう、セリーとはそれくらい仲がいい。  

ご主人様を分けあえるくらい仲がいいのだけれど......  

 

目の前で熱烈なキスを見せられて、うらやましくないと言えば噓になる。  

 

ご主人様とキスをしはじめてから少しするとセリーは落ち着いてきたみたいで、私と目が合った。  

私がうらやましそうな気持で見ていたことに気付いたのか、セリーは動揺して目が泳いでいる。 

そして...... 状況を理解したのか耳の先まで真っ赤になった。  

 

ご主人様はセリーから唇を離し、状態を確認した。  

「どうだ、少しは落ち着いたか」  

「......はい。 えっと、あの」

「謝らなくていい。大丈夫だ」

 

その後、セリーはしばらくご主人様にあたまをなでられていた。

顔が真っ赤であたまから湯気が出そうなくらい恥ずかしそう。   

 

私はクスッと笑い、さっき思った疑問をご主人様に聞いてみた。   

「えっと。それで、セリーは鍛冶師になれたのですか?」  

するとご主人様は少し微妙な顔になった。    

(あれ? 聞いちゃいけなかった......?)   

 

「そうだ」

「でもどうして」

「方法は内密だが、俺にはそれができる」

「そうなのですか?」

「そうだ」   

「......」  

 

いつもながらご主人様には驚かされる。本当にすごい人だ。    

そう思っていると、セリーも同じ気持ちだったようだ。   

「さ、さすがはご主人様です。すごいです」  

「本当におできになるのですね。すごいです」  

 

このあと、鍛冶師がパーティーに入った時の恩恵などでご主人さまの常識にうといところが出ちゃったりしたけれど、  

それでセリーが半眼になってあきらかに尊敬度が落ちた気がしたけれど、   

そんなご主人様も、そしてセリーも可愛くて素敵って思うし、 

これからも、3人でずっと幸せに暮らせたらなって、強く思っている。  

 

◆ ◆ ◆ 

 

その夜、私は生理になってしまいご主人様に可愛がっては頂けなかったけど、ご主人様はセリーを可愛がったあと、

私を抱き寄せてたっぷりキスをし、そのまま眠りについた。 

 

少しして、ご主人様の寝息が聞こえてくると、いつも通りセリーが話しかけてきた。

「おやすみになられましたか」

「そのようですね。ご主人様は寝つきがいいですから」

「そうみたいですね」

「セリーもおつかれさま。押し付けたみたいで、悪かったですね」

「いえ、あの、別に嫌というわけじゃないので」

「そうですか。ふふ」

 

ちょっと意地悪な言いかたしちゃった。

ごめんね。って心の中で謝ってると、セリーはちょっと動揺したのか急に話題を変えてきた。

 

「きょ、今日はびっくりしました」

その後、セリーはこれからのことについて不安がいっぱいあることを話し出した。

なんでも鍛冶師の奴隷について、いろいろひどい話を聞いたことがあるらしく、

体罰を受けたり転売されることにならないか心配のようだ。

 

「大丈夫ですよ。ご主人様ですから」

「そうでしょうか」

「そうですよ」

セリーは不安そうな雰囲気なので、安心できるよう言葉をつづけた。

「セリー、モンスターカードの融合をするときに、ご主人様が言っていたことを覚えてますか?」

「えっと...... すみません。覚えていません」

「ご主人様は、何をやっても大丈夫だ。失敗してもそれは俺の見立てが悪かっただけでセリーのせいじゃないって言ってましたよ」

「確かにご主人様は私のせいじゃないって言っていたとは思いますが......」

「それに...... セリーはこれから先、いちども失敗しないって......   

私の勘は言ってます。私の勘はけっこう当たるんですよ」

「勘ですかっ!  

もう、ロクサーヌさん。 なんでそんなに前向きなんですか? 

悩んでる私がバカみたいじゃないですか」

セリーはちょっとおこったような口調だけど、すこし元気が出たかな?...... ふふ。可愛い。

 

「ふふ。いちおう根拠もあるんですよ」

「えっ?根拠ですか?」  

「ご主人様は私たちの常識の通じないすごい人だってことはもう分かりましたよね」

「はい」

「ご主人様は私たちの知らないなにかの根拠にもとづいて、いろいろな実験を行っているようなんです。

今日セリーにモンスターカードの融合をさせたことだって、ご主人様の中では成功するって確証があってやらせたことだと思いますよ。  

だって......ご主人様ってすっごく慎重なかたですし。不安があるときはやらせないと思うんです」 

「そう言われると、少し安心します......」

「私は基本的にご主人様を疑いません。だって、私たちの常識外なんですから、考えたって分かりませんよ」

「確かにそうですね」

 

雰囲気は......さっきよりはマシね。 もうひと押ししておこう。

 

「ふふふ。それに...... ご主人様は、もうセリーを手放せないですよ」

「なんでですか?」

「だって...... セリーとしてるときのご主人様。とっても気持ちよさそうですもの」

「ええっ! そ、そそ、そんなことは……」

 

セリーは一瞬声が弾んだが、すぐに悲しそうな雰囲気になった。

「ロクサーヌさん、それは嫌味ですか? 私なんて胸が小さいし...... 男の人はみんな私なんかに魅力を感じませんよ」

「セリー、あなたは間違ってます。世間の男なんてどうでもいいのです。

ご主人様がどう思っているか、それだけが問題なんですよ。

あなたがいつも言っているように、ご主人様以外の男なんて、みんな滅びてしまえばいいのです」

「み、みんなって...... そこまでは言ってませんが......」

 

「と、とにかく、ご主人様はあなたのことを大切に思っています...... 私と同じくらい。

だから、あなたは大丈夫です」

「わ、私なんてロクサーヌさんにはかなわないです......」

「気づいてますか? ご主人様、私のときよりもセリーのときのほうがイクのが早いんです。ちょっと悔しいですけどセリーのなかは、相当気持ちいいようですよ」

「えっ、そ、そんなことは......」

「間違いありません」

私が断言すると、セリーは顔が真っ赤になった。

 

「でも...... ロクサーヌさんとしてるときのほうがすごいじゃないですか」

「そうですよ。だって頑張らないと、セリーに負けちゃうじゃない?」

「だ、大丈夫ですよ。 ご、ご主人様はロクサーヌさんのときのほうが、その......激しいし......」

 

セリーは消え入りそうな小さな声で返事した。すごく恥ずかしそうなこわねだ。

「ふふ......ありがとう。 私はご主人様のことが大好きですけど、セリーのことも好きですよ」

「わ、私もご主人様のことが大好きです。その...... ロクサーヌさんのことも好きです。

その...... ロクサーヌさんで良かったって思ってます」

「ふふ。ありがとう。

これからもご主人様を信じて、一緒に頑張りましょうね」

「はい...... あ、あの...... おやすみなさい」

セリーはよっぽど恥ずかしかったのか、むこう側をむいてしまった。でも、不安はすこし解消されたみたい。 

「おやすみ。セリー」

 

私はセリーとの話を終えると、寝息を立てているご主人様のことを考えた。

 

今日もご主人様に驚かされた。いったい何度目なんだろう......。

 

ご主人様にはまだまだ秘密がありそうなので、これからもきっといっぱい驚かされるだろう。

そう考えるとこれからも、毎日がとっても楽しみ。

 

私はご主人様のあたまを胸に抱いて髪をすきながら、ゆっくり意識を落としていった。

 



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忙しい日々と待遇見直し、そして休日の過ごし方

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも8階層まで到達している。

   

 

数日前の出来事。

 

私たちはダイニングに集まり、セリーがミサンガを作るところを見ていた。 

その日の探索の最後にベイルの迷宮2階層に寄り、グリーンキャタピラーを倒して拾った糸を使うらしい。

 

「では作りますね」

セリーが糸を持ち、スキル呪文を詠唱すると手元が激しく光った。

「なるほど。こんなふうに作るのか」

「私も実際に装備品を作るところを見たのは初めてです」

 

やがて光が収まると、セリーの手元にミサンガが握られていた。

 

セリーはご主人様と少し話したあと、出来上がったミサンガをご主人様に渡した。

そして、そのミサンガがご主人様の足首に巻かれると、とても嬉しそうだった。

あとは、商人ギルドで話していた芋虫のモンスターカードが手にはいれば、ばっちりね。

 

その日の夕食は、ご主人様がジンギスカン鍋という料理を作ると言いだした。

ベイルの迷宮7階層のボスであるパーンのドロップアイテム、ヤギの肉を使った料理らしい。

 

私はご主人様の料理にワクワクしながら支度を手伝いつつ、前日からの出来事を思い出していた。

 

◆ ◆ ◆

 

昨日はベイルの迷宮7階層を探索し、ボスを倒して全滅したパーティーの装備品を獲得。

其の後もういちどボス戦をおこない、ビーストアタックを決めた。

それから8階層に進み、私とセリーで魔物2体ずつを抑える連携をおこなった。

セリーが棍棒で魔物2体の同時攻撃に挑戦し、それが出来たところ、

ご主人様はなにやら興奮したような顔になり、その日の迷宮探索を終了すると言い出した。

 

あとで教えてもらったのだけれど、このときにセリーが鍛冶師のジョブを獲得出来たことに

ご主人様は気付いたとのこと。

 

「まだ早いと思いますが」

「まあいろいろ用事もあるしな」

なんだろう。なんか浮かれているなあ...... 

まあ、ご主人様のことだからいずれ教えてくれるだろうし、いまは聞かなくてもいいかな...... 

「......かしこまりました」

 

セリーは何かに気付いたようで、ご主人様にたずねた。

「商人ギルドにいかれるのですか」

「そうだな」

 

その後、ご主人様とセリーはオークションとか仲買人とかの話をしていたが、

とりあえず商人ギルドにいってみることになった。

 

クーラタルの商人ギルドにむかう途中、セリーはご主人様に仲買人には気を付けるよう話していた。

どうやら仲買人は全ドワーフの敵らしい......  

 

商人ギルドの中に入ると、ひとりの男性が近づいてきた。仲買人のローレルというらしい。

ご主人様と同じ人間族で、歳は30代後半といったところか。

ご主人様はその場でその男性と少し話すと、振り返って私たちに声をかけた。

「ロクサーヌとセリーは先に洋品店にいっててくれ。セリーの服を上下2着ずつ買おう。

ロクサーヌも1着買っていい」

「よろしいのですか」

「かまわない。臨時収入もあったことだしな」

「ありがとうございます」

 

私は急に私たちを遠ざけようとしたご主人様の様子が気になり、出口にむかいながら考えた。

 

ご主人様の言葉に素直に従ったけど、ご主人様はあの仲買人を見てから雰囲気が少し変わったわね。

警戒しているような雰囲気だったし、私たちをあの仲買人から離そうとしたような気がする。

 

そんなことを考えながら出口の扉を開けようとしたとき、背中がゾクリとした。

恐る恐る振り返ると、ご主人様を個室に案内しながらも振り返ってこちらをイヤらしい目つきで見ていた仲買人と目が合った。

私は慌てて前を向き、扉を開けて商業ギルドを出た。

そして「ご主人様、ありがとうございます」と、心の中でお礼を言った。  

 

その後、セリーをいつもの洋品店に連れていき、服を選び始めた。

「ロクサーヌさん、ここって新品の洋服を売っている店ですよね?」

「そうですよ」

「えっと、私は奴隷なので...... ふつう服は中古か、着られるものならボロということもあると思っていたのですが」

「セリー、ご主人様は、私たちにはなるべくきれいな格好をしていてもらうことを好みます。

なにか理由がない限り、服は新品を買いなさいって言われますよ」

「ほんとうですか?」

「お優しいご主人様ですから」

「わ、分かりました」

 

それからしばらく服を選んでいると、ご主人様がやってきた。

「これなんですけど、ご主人様はどっちがいいと思いますか?」

「ロクサーヌなら何を着ても綺麗だけどね」

「あ......ありがとうございます」

ご主人様は少し悩んでこっちがいいかなって指さした。

 

「はい。ありがとうございます!」

本当はどちらでもよかったのだけれど、ご主人様に選んでもらったって思うと、とても気分があがった。

 

セリーも選んだ服を持ってきて、ご主人様に渡した。

「これでいいか」

「本当に新品の服を買っていただいてもよろしいのですか」

「大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 

セリーがご主人様に服を渡したあと、私はご主人様に声をかけた。

「あとすみません。これを買っていただいてもよろしいでしょうか」

私が赤色の布を渡すと、ご主人様は首をかしげた。

「必要なものなのか?」

「えっと。すみません。今日から始まってしまって。肌着を汚さないためのものです」

「ふうん。まあいいだろう」

 

ご主人様は分かっていないようなので、耳元で小さくささやいた。

「あとすみません。始まってしまったので、今日はお情けを受けられません」 

「......」  

ご主人様はようやく分かったようで、小さくうなずくと会計にむかった。

 

その後帰宅するとご主人様はセリーを鍛冶師にし、銅剣にモンスターカードを融合させた。

その後、セリーがひどいうつ状態となってしまったが、ご主人様が薬を飲ませて回復させた。

あとでご主人様に教えてもらったところ、MP枯渇の状態となってしまっていたとのこと。

 

そして今日。

 

朝イチでクーラタルの迷宮7階層のボス、ラピッドラビットを倒して8階層を探索。

その後、朝食をたべに家に戻り、朝食のあと帝都に出かけた。 

 

帝都の冒険者ギルドを出ると、セリーは周りの建物の大きさに感心している。

「はー。さすがに大きいです」

セリーは帝都に初めて来たそうで、周りを見てはワクワクした顔をしていた。

って言っても私とご主人様も帝都に初めて来てからひと月もたってないのだけれど。  

 

歩きながら話していると、帝都には図書館があることをセリーから聞いた。

図書館を利用するには預託金として金貨が必要で、セリーは「昔は来たかったけど奴隷になったので、今はいけない」と言っていたけど、ご主人様に「セリーは魔物のこととか教えてくれる担当だから、分からないことがあれば図書館で調べてほしい」と言われ、すごくうれしそうにしていた。

 

私は横で、そのやりとりをほほえましく見ていると、ご主人様から声をかけられた。

「ロクサーヌは、どこか行きたかったところとか、ある?」

「いいえ。特には」

「そっか」

 

私はご主人様と一緒ならどこでもいいと思っているので、ご主人様と視線を合わせて今の気持ちを素直に言ってみた。

「あ、あの。もしあったら、連れて行ってくれますか」

「そうだな。行ける場所であれば」

「えっと。ご主人様の行きたい場所が、私の行きたいところです。

是非私も一緒に連れて行ってください」  

 

私の言葉を聞くと、ご主人様は優しい目をして私の耳をひとなでした。

「分かった。ありがとう」

「はい」

 

カッコいい...... 周りに人がいなければ飛びついてキスしたい...... 

っておもっていたら、セリーがあわてて声をかけてきた。

「わ、私も一緒に行きたいと思っています」   

ふふ。ほんとセリーって可愛い。

 

それから、帝都の洋品店に行った。

前にネグリジェを買ってもらったお店だ。

お店に入るとすぐにネグリジェが飾ってあるのが見えた。

「ロクサーヌ、このまえ買ったようなやつ、2着ずつくらい、買っておくか」

「ありがとうございます」

ご主人様は私とセリーにネグリジェを選んでおくよう指示すると、初老の男性店員に声を掛けてウサギの毛皮を売りに店の奥に入っていった。

 

セリーは高級店の店構えにおじけづいたのか、少しのあいだ固まっていた。

「ろ、ロクサーヌさん。すごく高そうなんですけど、ほんとに大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。ご主人様ですから。それに、いまつかっているネグリジェはここで買ったものですよ」

「あ、本当だ。あれですよね。 確かにすごく良さそうなネグリジェだったので......」

「さあ、選びましょ」

「で、でも......」

「セリー、昨日もいいましたけど、ご主人様は私たちにはなるべくきれいな格好をしていてもらうことを好みます。」

「ご主人様を失望させちゃダメですよ」

「わ、分かりました」

セリーは私に促されて恐る恐るネグリジェを選び出したが、すぐに真剣な表情に変わり、そして目がキラキラになった。

 

「セリー、いまあなたが着ている白のほうは、これからもあなたが使って下さい」

「よ、よろしいのですか?」

「かまいませんよ。私は薄紅色のほうが好みですので。

今日も薄紅色のネグリジェにするつもりです」

「では、私は白にします。色が分かれていたほうが間違えないですよね」

「そうですね。そうしましょう」

 

しばらく選んでいると、ご主人様が戻ってきた。

「ロクサーヌはその色でいいのか?」

「はい。ご主人様が選んでくれた色ですから」

「そうか、ありがとう。セリーも、白でいいのか?」

「はい。色で分けておけば間違えませんから」

「分かった......」

 

ご主人様にネグリジェを買っていただいたあと、クーラタルの商人ギルドに移動した。

商人ギルドに入ると昨日とは違う男性が近づいてきた。仲買人のルークというらしい。

 

ご主人様は昨日と違って警戒している雰囲気ではない。

なにかよく分からないが、今日の人は大丈夫なようだ。

 

ご主人様は仲買人に妨害の銅剣を6本売却し、モンスターカードを注文していた。

セリーから言われてミサンガに融合する芋虫のカードも注文していた。

 

銅剣は交渉したときの金額よりも、最後に高い金額で買っていただいたようで、商人ギルドを出たときに、セリーがご主人様にちゅうこくしだした。

「おまけするにしても、半端な金額にするのは変です。あの仲買人には注意してください」

「そうか。わかった」

私はあの仲買人はご主人様の素晴らしさに気付いておまけしたように見えたので

「あの仲買人はご主人様のすばらしさが分かったのでおまけしたに違いありません」

というと、

二人に微妙な顔をされてしまった。

「......」

「......」

あれ?...... 

 

そのあと武器屋によって、ご主人様は剣を2本購入。

 

それからもう一度ベイルの迷宮8階層に行って探索を行ったあと、

2階層にも寄ってグリーンキャタピラーを狩って糸を拾い、家に戻ってきたのだった。

 

 

そしていま。私はご主人様の料理を手伝っている。

 

昨日から、急に忙しくなったような気がする。

でも、セリーは鍛冶師になったし迷宮も8階層に入った。

これから私たちのパーティーは、今までよりも1段うえのステージに上がれるだろう。

 

そんな予感を感じて、明日が楽しみになった。 

 

◆ ◆ ◆

   

翌日。

いつも通りのローテーションで迷宮探索を終え、家に帰って来た。

 

そして夕食。

私たちはクーラタルの家でご主人様お手製のジンギスカン鍋を食べさせていただいている。

 

ご主人様が目の前でお肉を焼いてくれて、私たちに配ってくれる。

私たちは食べるだけとなっている。

なんだか申し訳ないのだけど、肉を焼くのは主人の仕事だと言われ、しかたなくお任せしている。

 

食卓にはほかにも私が作った煮込み料理とセリーが作ったスープもある。

そして私たちのパンも。

とても奴隷の待遇とは思えない食事となっている。

 

ご主人様は私とセリーがよろこんで食べている姿が見れて満足だって言っている。

本当にお優しい、素晴らしいご主人様。

私はいま、しあわせを感じている。

 

 

昨日もご主人様は作ったけど、今日のジンギスカン鍋は更に美味しい。

 

私は昨日のジンギスカン鍋は美味しかったと思っていたので、ご主人様が「昨日のジンギスカン鍋は味に納得いかないので失敗だ。だから今日再チャレンジする」って言ったときは驚いたけど、今日のを食べたら納得である。

 

「とてもおいしいです」

にっこり微笑んで答えると、ご主人様はとても満足そうな顔をした。

 

 

おいしい食事をふるまいながら、ご主人様はセリーに奴隷になった理由を聞き始めた。

 

セリーの家はおにいさんの収入がたよりだったのだけれど、迷宮で大怪我をしてしまった。

薬を買うおかねがなかったためにセリーが売られることになったらしい。

 

ご主人様と私は借金して薬を買うわけにはいかなかったのか聞いたけど、

一度借金すると抜け出すのが難しく、少しの借金をしたばかりにどんどん苦しくなっていく家をたくさん見てきたため

自分の家にはそうなって欲しくなかったとのこと。

 

それを聞いたとき、私は叔父の家を思い出した。

「確かに、そういう家はありますね......」

 

「一度お金を借りると、他のことでもすぐ借金に頼るようになり、そのうちに返せなくなったりします。そうすれば一家離散です。

だから、そうなる前に私を奴隷として売ってくれるよう持ち掛けたのです」

「セリーは自分から言い出したのか?」

「はい」

「たいしたものだな」

「いえ。普通に考えればそれが最善です。鍛冶師や巫女への転職にも失敗してしまいましたし。

それに、奴隷になればブラヒム語を習うことが出来ます。奴隷を買えるような人はたいていブラヒム語を話しますから」

「ブラヒム語か......」

「家族のためには私が売られることが...... 一番よかったのです」

「そうか...... まあ、今は俺たちも家族になったようなものだ。

今後は俺たちのためにがんばってくれ」

「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」

 

「セリーも素晴らしいご主人様に出会えてよかったですよ。なにしろ最高のご主人様ですから」

「はい」

あれ? ご主人様から私に肉が配られてきた。 

お、おいしい............ なぜかご主人様の目が優しい。

 

「ありがとうな。そういえば、探索者というのは奴隷の主人としていい条件なのか?」

 

「えっと。言ってしまっていいのでしょうか」

「大丈夫ですよ。ご主人様ですから」

セリーが躊躇しているので、説明を促した。 

 

条件がいい奴隷の働き口は三パターンある。

一番目は大金持ちに買われて特別に気に入られる場合。大金持ちのめかけになれば何不自由なく暮らせるので。

二番目はつれあいをなくした人がのちぞえ代わりに奴隷を買う場合。そのような人は人生の成功者で余生が短く穏やかな人が多い。そして、本人がなくなった後は解放される場合が多いので。

 

「そして三番目が、迷宮探索用として奴隷を買う場合です」

「結構落差があるような」

「それはしかたがありません。前の二つのケースなど、実際にはほとんどありませんから」

「それはそうなんだろうが」

「探索用の奴隷でも最初は他の奴隷と変わりません。ただし、探索用の奴隷は戦闘技術を磨いてどんどん強くなっていきます。強くなった戦闘奴隷は替えが利きませんから、待遇もよくなるし、ひどい扱いもなくなります」

「なるほど」

ご主人様は話を聞きながらいろいろ考えているみたいで、うん。うん。とうなずいている。

 

「ご主人様だから言ってしまいますが、強くなった奴隷は待遇が悪いと他の人に話を持ちかけて

買い取ってもらうこともできるそうです」

 

あ、セリー。それは言っちゃ駄目でしょ。

 

ドキドキしながらご主人様を見ていると、急にうろたえだした。

「えっと。つまり俺は今後二人をもっと大切にしないといけなくなるということでは」

 

ああ、話がマズい方向に行きそう、早く否定しなくちゃ。

「い、いいえ。これはご主人様だからお話ししたのであって、

私は他の人に話を持ちかけるつもりはまったくありません」

「わ、私もありません」

 

「私はご主人様以外の人に買われるなど死んでも嫌です」

「わ、私もです」

「私は今のままの待遇でもとても幸せです」

「私もです」

「なんでしたら、もっと悪い待遇にしてもいいです」

「そうです」

私はご主人様と離れたくないので必死に訴えた。セリーもいまさらながら焦っている。

 

ご主人様は少し考えてから、おもむろに言い出した。

「二人の待遇について、見直してみたい」

「はい、ご主人様」

「か、かしこまりました」

 

「えっと。まずは食事ですね。ご主人様と同じ食事をいただくというのは待遇がよすぎるかと思います」

「食事は駄目だな。食うものがなくては戦争はできない」

「では別の場所で食べさせるとか」

「食事の間に情報収集ができないし、他の時間に食べるのは効率が悪い」

 

「ご主人様がテーブルについて私たちは床でいただくとか」

「別にそこまでしなくても......」

 

「では服です。もっとぼろいものでもいいのかと思います」

「そうです。奴隷が着る服としては上等すぎます」

「服か。ロクサーヌもセリーも美人だからなあ」 

 

「あ、ありがとうございます。ご主人様」

「ありがとうございます」

 

私は一瞬ではずかしくなった。

ご主人様、無意識の不意打ちは卑怯です。

隣を見ると、セリーも顔をあかくしていた。

 

「服は駄目だな。綺麗にしてくれていたほうが嬉しいし。他人に見せびらかすならともかく。俺の前でも多少着飾るくらいがちょうどいい」

「ありがとうございます」

 

ご主人様は優しいから...... 

私たちにみじめな思いをさせることは......

やっぱり無理よね。

 

「食事と服がダメだとすると......」

「あとは住環境ですね」

私が悩んでいると、すかさずセリーがフォローしてくれた。

 

「ご主人様と一緒のベットで寝るというのは畏れ多いのでは」

「......それは駄目だ」

「ご主人様と一緒にお風呂にはいらせていただくのも、畏れ多いです」

「それも......駄目だ」

「あと、ご主人様が奴隷のからだを石鹸で洗ったりするのも畏れ多いです」

「......ぐっ......だ、駄目だ」

 

「えっと。他には......」

他に何かないか考えていると、ご主人様は首を横に振った。

 

「えっと。結局、今までと変わらないということでしょうか......」

「そうなるな。これからもよろしく頼む」

「よくしていただいていることが改めて分かったので、見直したのもよかったと思います」

「......」

 

まずい、ご主人様が落ち込んでしまった。

なんとかして差し上げないと。   

 

「ご主人様、戦闘奴隷であっても、食べさせてもらえない、着るものがない、

寝るところがないなんてことは、よくあることです。

こんなによくしていただいている私たちが、ご主人様から離れたいなんて思うことはありません。

だから、安心して下さい」

「そうです。ご主人様から離れたいなんて思いません」

 

「......分かった。二人ともありがとう」

ご主人様は分かったと言っていたけど、まだ少し落ち込んでいるようだった。 

 

はぁ。どうしよう。

ほんとになんとかして差し上げないと......   

 

◆ ◆ ◆

 

その日の夜、私はまだ生理が終わってなかったのでお情けをいただけず、

ご主人様がセリーを可愛がるところを見ているしかなかった。

もう3日間、ご主人様に可愛がってもらってない。

しかたがないことだけど、横で可愛がってもらっているセリーがうらやましい。

 

私は少しでもご主人様とのつながりが欲しくて、右手を伸ばしてご主人様の右手に触れると、

ご主人様は私の手を握ってくれた。

私はそれだけでしあわせな気持ちになり、ご主人様とセリーの行為が終わるまで、その手を握り続けた。

 

ご主人様が眠りについたあと、いつものようにセリーと話をした。

「セリー、起きてますか?」

「はい。あの、今日はすみませんでした。私が余計なことを言ったばかりに......」

「そうですね。ですけど...... 大丈夫ですよ。ご主人様ですから」

 

「私は...... ご主人様に、自分の売り込みをかけてくる奴隷もいるってことを、

知っておいて欲しかっただけなんです。

それなのに、言い方が悪くて、あんな感じになってしまって...... 

でも...... いや、ごめんなさい」

「......どうしたの?」

    

「たぶんあのとき、私は...... 

私の知らないうちに、私よりも魅力てきな女性がパーティーメンバーとして

くわわることが怖かったんだと思います」

セリーは冷静に、自分の心のうちを分析した。

 

「それは...... 私も怖いわ」  

それから少しのあいだ沈黙が続いた。

 

少しして、私はもう一度セリーに話しかけた。

「セリー、あなたは私たちの待遇をどう思いますか?」

「奴隷の待遇ではないと思います。一般家庭の家族よりもいい暮らしをさせていただいています。

私の祖父が生きていた頃よりもいいです」

「やっぱりそうですよね。私も奴隷になる前は、こんないい暮らしはしていませんでした。  

不思議ですね。奴隷になったほうがよかったなんて......」

「はい。......こんなことってあるんですね。

夢でも見てるみたいです」

 

「セリー、私はご主人様と離れるのは死んでも嫌です」

「ロクサーヌさん、私もです」

「私たちの想いがご主人様に伝わるといいですね」

「はい......」

 

その後、なにかご主人様に安心していただく方法がないか考えているうちに、いつのまにか眠ってしまった。

 

◆ ◆ ◆ 

 

それから数日たった。

 

その日は午後の探索を終了してクーラタルの冒険者ギルドでアイテムを売るとき、ご主人様は受付女性からハルツ公領の緊急災害救助依頼を持ちかけられた。

 

ご主人様は迷っているようなので、災害救助の対応を断ったらあまりよくないと思い

「私たちなら大丈夫です。」と言って、そっとご主人様の背中を押した。

「......えっと」

ご主人様はこちらを振り返ると、なぜか苦笑いしていた。

となりのセリーを見ると、セリーも苦笑いしてる。

あれ、私......なにか間違えた? 

 

ご主人様は受付女性から具体的な内容を聞いて少し考えたのち、依頼を受けることにした。

 

その日の夕食のとき、ご主人様から明日の予定をうかがった。

「明日、俺は冒険者ギルドの要請で出かけることになるので、早朝にクーラタルの迷宮を探索したあとは二人は休みにしようと思う。

好きにすごしていいぞ。ロクサーヌはどうしたい」

急にお休みと言われても......

「うーん......」

 

私が悩んでいる間にセリーは図書館にいくことが決定した。

私は迷宮に入って鍛錬することを提案したが、ご主人様のいないところで危険なことはしないよう言われ、

買い物と家の掃除をすることになった。

そして、ご主人様からお小遣いとして銀貨五枚を渡してくれるといわれた。

「よろしいのですか」

「かまわない。ロクサーヌはずっとがんばってくれたしな。明日は羽根を伸ばしてこい」

「ありがとうございます。ご主人様」

 

その日の夜、ご主人様が眠ったあと、いつものようにセリーとお話しした。

「ロクサーヌさん、起きてますか?」

「起きてますよ。ご主人様はお休みになったみたいです。」

「ご主人様って優しすぎますよね。奴隷の私を図書館にいかせてくれるし、お小遣いまで......」

 

私はご主人様の髪をすきながらセリーに答えた。

「そうですね。ご主人様ですから」

「はい」

「ふふ、ところでご主人様は銀貨を五枚って言ってましたね。私は一枚でいいので、あとはセリーが使って下さい」

「え、私は入館料と筆記用具が買えればよいので二枚あれば十分です」

「私も買い物といっても小物くらいですから、そんなに使わないですけど...... 

では、入館料があるからセリーが三枚、私が二枚でいいですか」

「はい。ありがとうございます」 

 

「図書館って、どんな本があるのですか?」

「私もいったことがないのでちゃんとしたことは分からないのですけど、

昔いったことのある人が、知りたいことは何でも調べられるっていってました」

「そうですか。それでは家のインテリアについて、何かよいものがあったら調べてきてくれますか? 

ご主人様も気にしているみたいですので」

「わかりました」

「そう言えば、ご主人様からも何か頼まれていましたね」

「えっと。魔物の特徴とモンスターカードを融合したときの効果を調べることになっています。

あと、迷宮ごとにどの階層にどんなモンスターが出るのかも......

本を読むことは好きなので苦じゃないですけど......考えてみたら調べることがいっぱいで、

けっこう忙しくなりそうです」

「ふふ、がんばってくださいね」

「はい。がんばります」

 

翌日、朝食のあとご主人様からお小遣いをもらった。二人で銀貨五枚と思っていたら、ひとり銀貨五枚だった。

「こんなにもらってもよろしいのですか」

「問題ない。では、俺はセリーを送ってそのまま災害救助にいってくる」

「いってらっしゃいませ。ご主人様」

 

ご主人様とセリーが出かけたので、私もさっそく買い物に出かけた。

 

玄関にカギをかけ、町の中心にむかって歩きはじめるとすぐに近所の人たちに出会った。

この辺りは川の上流のほうで環境がよく多くの住宅があるためか、

庭の手入れやいえの周りの掃き掃除、水汲みなどで家の外に出ている人がけっこう多い。

それに皆さんいい人そうで「こんにちわ」とあいさつすると、必ず好意的に挨拶を返してくれる。

本当にいい場所に住んでいると思う。

 

ご近所様に挨拶しつつ15分ほど歩くと、クーラタルの町の中心についた。

 

特に買いたいものを考えていなかったのでどの店から見ようか考えていると、急にご主人様の気配がした。

どうやらセリーと別れてクーラタルの冒険者ギルトにワープしてきたらしい。

 

ふふ、パーティーに入っていると、メンバーのいる場所が分かるって便利ですね。

私は冒険者ギルドに行き、いりぐちからこっそり中をのぞくと、ご主人様は冒険者らしき人達と一緒にギルドの職員らしき人の話を聞いていた。

そのまま見ているとパーティーが解散され、すぐにご主人様は他の人と一緒に壁の中に消えていった。

私は心の中でご主人様を見送り、冒険者ギルドをあとにした。

 

そのあと、まず最初に金物屋にはいり、ナイフや匙などの小物を物色していると、店の奥から家を仲介したおばさんが出てきた。

確か、オネスタさんという方だったかな?

 

「いらっしゃい。おや、ミチオさんのところの娘さん...確か、ロクサーヌさんだっけ?」

「はい。そのせつはお世話になりました」

「いいの いいの、世話役だから。それよりロクサーヌだから、ロクちゃんでいいわね」

「え、あ、はい」

 

すると、おばさんはじーっと上から下まで私のことを見てきた。

「最初に会ったときにも思ったんだけど...... ほんとにいい娘ね。

奴隷とは思えないくらいきれいだし、息子の嫁にしたいくらいね」

「え、あの、すみません。もう売れちゃってますので」

「あははは、冗談よ。 あなた、よくしてもらってるみたいね」

「はい。最高のご主人様です」

「あら、いい笑顔。 ところでロクちゃん、今日は何を買いに来たの?」

 

おばさんがずいっと顔を近づけてきた。

圧がすごい、とても適当に物色してたとは言えない......

「えっと、この前メンバーがひとり増えたので、食器を少し買い足そうかと」

「そう。向こうの棚に小皿とかもおいてあるから、そっちも見て行ってね。

それより......ひとり増えたのってどんな娘?」

「えっと。ドワーフです。背は私の胸くらいの高さです」

「かわいい子でしょ」

「そうです...けど、あの...... なんで女の子って分かったんですか?」

「ふふふ、勘よ。でも、あの若さで奴隷二人って、ちゃんとやってる探索者ってやっぱり儲かるのかね」

「さあ、私はそのへんは分からないので」

「まあいいわ。ゆっくり見て行ってね」

 

結局30分ほど商品を見たあと、小皿と小物数点を買ってお店をあとにした。 おばさん恐るべし......

 

次に服屋にはいった。ご主人様の服を選ぶためだ。

 

ご主人様は私たちには服を買ってくれるけど、自分はあまり買ってない。

どうも気に入ったものを着まわすタイプのようだ。

その中に、私の選んだものをいれて欲しい......

 

予算は銀貨四枚。これだけあればよいものが買えるはず。

ご主人様が着た姿を想像しながら服を物色し、1時間くらいで上下1着を選んだ。

 

家の掃除もしたいのでそろそろ帰ろうかと思ったところで雑貨屋が目にはいった。

服が思ったより安かったので、お小遣いはまだ残ってる。あまり高いものじゃなければ......  

売っているものが気になり少しだけ見てみると、ひとつのヘアブラシに目がとまった。

 

セリーは髪の毛が長いから、ヘアブラシがあったらとかしやすいわね。

私も寝ぐせをなおすのに使えるし...... 買っちゃおうかな......

うーん。 なくても大丈夫だけど...... せっかくご主人様がお小遣いをくれたんだし...... 

二人で使えば......  

 

けっこう迷ったけど、結局ひとつ購入した。

 

お小遣いはまだ残ってたけど、無駄に散財するのはご主人様に申し訳ないし、

家の掃除もしたかったので、帰ることにした。

 

家について服を着替えるとき、生理が終わっていることに気が付いた。

これで今晩からまた可愛がってもらえるって思うと...... 

恥ずかしいけど早くご主人様に、終わったって伝えたい......

 

そんなことを考えながらメイド服に着替え、掃除を開始。

少しすると仲買人のルーク氏の使いが来て、

人魚のモンスターカードを落札したので商業ギルドまで来て欲しいと言われた。

私はご主人様が帰ってきたら伝えることを約束し、今後来たときに誰もいない場合は、

玄関扉にメモ書きを挟むことにしてもらった。

 

それからしばらくあちこち掃除をしていると、ご主人様が帰ってきた。

まだお昼を少し回ったところだったので、思ったより早いお帰りだ。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

「た、ただいま。ロクサーヌ」

「はい。早かったのですね」

「思ったより早く済んだ」

「さすがご主人様です」

私はご主人様のうしろに回り、外套を脱がせた。

 

「ありがとう。でもなんでその服?」

「いけませんでしたか?掃除など家事をするときの服と聞きましたので」

「可愛くて似合っている」

「あ、ありがとうございます」

顔が一瞬で熱くなった。たぶん赤くなっていると思う...... ご主人様、不意打ちは卑怯です。

私が照れていると、ご主人様に抱き寄せられた。

「やっぱりロクサーヌは最高だ」

「あ、ありがとうございます。留守の間にルーク氏から使いが来ました。人魚のモンスターカードを落札したそうです」

「そうか。まあ明日でいいだろう」

私はご主人様の耳元で、小さな声でささやいた。

「それと、終わりましたので今晩からまた可愛がっていただけます」

 

次の瞬間、私はご主人様に抱きあげられていた。

「ご、ご主人様?」

「ロクサーヌ、今からいいな」

私はその一言でさっした。

ちょっと恥ずかしいけどうれしくて、少しだけうつむきながら返事した。

「はい。いっぱい可愛がってください」

 

ご主人様は私を寝室まで運び、ベットの上に寝かせるとそのままキスしてきた。

お互いに舌を絡ませて、激しくくちびるをかさねた。

 

それからお互いに服を脱ぎすて、4日間の空白を埋めるように激しく求めあった。

私は快感と幸福に包まれながら、何度も、何度もいってしまった。

ご主人様も、何度も私の中に果てていた。

そして、いく感覚が短くなり、ずっと続くようになって何も考えられなくなり、気付いたらご主人様の

うでの中であたまをなでられていた。

 

「ご、ご主人様...... すみません...... 私...... 気持ちよすぎて......」

「気にするな。ロクサーヌが気持ちいいなら俺もうれしいしな」

「ありがとうございます。 その...... ご主人様...... 

すご過ぎです」

私は話しながらすごく恥ずかしくなり、ご主人様の胸に顔をうずめた。

 

そのまま少し余韻を楽しんでいたが、しばらくすると何か忘れているような気がした。

ご主人様の顔を見上げると、ご主人様は私の顔を見て不思議そうな顔をしている。

 

しばらく見つめあったあと...... とうとつに気付いた!

「あ、セリーっ!」

つぎの瞬間、ご主人様も焦った顔になった。

 

私はあわててご主人様の着替えを手伝い、ご主人様を送り出した。

 

私も着替えてダイニングに行くと、すぐに二人が帰ってきた。

しかし、帰ってきたセリーからは、強くお酒の匂いがした。

もしかして...... ご主人様が迎えに来ないから、待ちくたびれてやけ酒した?

とにかくなんでそんなにお酒を飲んだのか聞かないと...... 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様。お酒ですか?」

「ただいま。水代わりに飲んだらしい」

水代わりってどういうこと? ドワーフはお酒に強いって聞くけど...... 

 

「ただいま帰りました」

「えっと。料理のほうは大丈夫ですか?」

「はい。酔うほどには飲んでいませんから」

これは...... へたにツッコまない方がよさそうね。

 

かなりお酒くさいけど、平然としているし受け答えもしっかりしてるので、料理を作るくらいは問題なさそうね。

 

「そういえば、ロクサーヌは買い物には行ってきたのか?」

「はい。ご主人様が帰ってこられる前に」

「行ってきてたのか」

「ご主人様の服を買ってきました。着てくださいね」

「悪いな」

「私とセリーにはヘアブラシを買ってきました。一緒に使いましょう」

「ロクサーヌさん。ありがとうございます」

 

その後、夕食を作って食べ、それからお風呂場に移動して3人で体を洗いあった。

そして、からだを拭くと、私とセリーは裸のままご主人様に寝室まで手を引かれ、そのままベットに寝かされた。

 

ご主人様はセリーに覆いかぶさるとたっぷりキスをして、みみを甘噛した。

セリーは顔を真っ赤にして、ご主人様に見惚れていた。

 

それからご主人様は私の上に覆いかぶさり、たっぷりキスをしてくれた。

そして、私の胸を愛撫し始める。

ご主人様は私の胸を優しくもみ、それから乳首に吸い付くと、カチカチに硬くなるまでなぶりつくす。

 

ご主人様はしばらく胸を責めると、右手を私の股間に伸ばし、中指で秘部を愛撫し始めた。

最初は秘部の割れ目にそって撫で、人差し指と薬指で少し開いてヒダを撫で、愛液が溢れてくると少しずつ中指を出し入れし始める。すると、ヌチュッ!ヌチュッ!っと嫌らしい音が響きはじめる。

そして、トロトロになるまで愛撫すると、からだを起こしてアレの先をあてがい、そのままからだを止めた。

するとご主人様は私の耳もとに顔をつけ、小さくささやいた。

 

「ロクサーヌ。どうして欲しい?」

「ご主人様、お願いします」

「なにを?」

「ご主人様...... 意地悪。私、もう......」

私の秘部はご主人様のアレが欲しくてきゅんきゅん泣いている。

「ちゃんと言わないと分からないなぁ」

ご主人様、なんで急に意地悪になったの?私の瞳に涙が滲んでくる。

「ご主人様...... ください」

「何が欲しいんだ?」

「ご主人様のアレを...... 私のなかに入れてください」

「いいだろう」

私の秘部を押し分けて、ご主人様のアレがゆっくりはいってきた。

私は一瞬歓喜にみたされたけど、ご主人様のアレは奥まで入るとそこで止まった。

私は動いて欲しくて気が狂いそうになる。

「ロクサーヌ。これでいいか?」

「ご主人様、お願いします。私、おかしくなっちゃいます」

「どうして欲しいんだ?ちゃんと言わないと分からないぞ」

ご主人様の意地悪っ!

私の瞳から涙が溢れ出した。そして、欲望を叫んでしまう。

「動いて!動いてください!私のなかをご主人様のアレでいっぱい突いてください!」

「わかった。ちゃんと言えたのでご褒美だ」

ご主人様はそう言うと、強く腰を打ち付け始めた。

私の心は歓喜にみたされた。そして、さんざん焦らされたせいか凄く感じてしまい、私は一気にイッてしまった。

しかし、ご主人様はそのまま腰を打ち付け続け、私を解放してくれない。

昼間に何度も可愛がっていただいたのだけれど、ご主人様はすっかり復活していて、ぜんぜんイク気配がない。 

 

結局、ご主人様が果てるまで、私は何度もイカされてしまった。

凄かった。

 

あとで教えてもらったのだけれど、なかなか入れてくれなかったのはジラシプレーというご主人様の故郷に伝わる愛しかただったらしく、一度私としてみたかったとのこと。

ただ私が、途中で少し悲しい気持ちになったことを伝えたところ、「済まなかった。俺のキャラじゃないし、ロクサーヌを少しでも悲しい気持ちにさせるなら、二度としない」と謝られた。

 

ご主人様は私の秘部からアレを引き抜くと、私に軽くキスをしてからだを離した。

そして、セリーのほうに向き直る。

そう、私が可愛がっていただいたあとはセリーのばん...... 

 

セリーのばん...... のはずだったけど、動く気配がない。様子がおかしい。

ご主人様はセリーを可愛がり始めずに、じっと見続けている。

 

私は気になって声を掛けた。

「ご主人様?」

「ロクサーヌ、ちょっと見てみな」

私は上半身を起こし、ご主人様の肩ごしにセリーを見てみると、静かに寝息を立てている可愛い少女がそこにいた。

 

ご主人様は、そっとセリーの髪をなでると、私のほうに向きなおった。その顔は、いつもの優しいご主人様に戻っている。

「寝かせといてやろう」

「よろしいのですか?」

「おこすのはかわいそうだ」

「お優しいのですね」

「そんなことはないさ。ただ、ちょっと残念だがな」

 

「残念...... ですか。  

あの...... ご主人様。 その...... 

よろしかったらもう一度、可愛がっていただけますか?」

「いいのか?」

「はい。 でも...... あの...... 意地悪はしないで欲しいです」

「わかった」

 

その後、ご主人様は私をいっぱい可愛がってくれ、あたまのなかが真っ白になってしまうまで、何度もイカせてくれた。

そして、気が付くとご主人様のうでの中にいて、そっと髪をなでられていた。

「あ...あの...... ご主人様、すみません。私...... また」

「あやまらなくていいよ。 ロクサーヌが気持ちよくなってくれることは、俺にとってもうれしいことだし」

「でも...... 私ばっかり...... ご主人様に、その、気持ちよくなって頂かないと......」

「大丈夫。ロクサーヌが落ちたときに俺もイカせてもらったから、問題ない。だから......ゆっくり休め」

 

ご主人様が優しい。もう、気持ちを抑えきれない。

「......ご主人様...... 大好きです。ずっと、ずっとそばにおいてください」

「ああ、俺もロクサーヌが好きだ。ずっと一緒にいような」

ご主人様はそういうと、私を抱き寄せている腕に力をこめた。

 

私は幸せな気持ちでいっぱいとなり、ご主人様のぬくもりを感じながらふたたび意識を落とした。

 



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覚悟と嫉妬とメイド服

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

 

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも9階層まで到達している。

 

今日はいつもより早く迷宮探索を終わらせて、うちに帰ってきた。

この時間に帰るということは......お風呂かな? だとしたらうれしいな。 

ちょっと期待しながらご主人様に聞いてみた。

 

「今日は少し早いのですね。お風呂をお入れになるのですか?」

「悪いな。風呂ではないのだ。ベイルの商館に行く」

「商館ですか。仲間が増えるのですか?」  

残念。しかも商館って...... 

 

増員を考えているならご主人様についていかないと......

そう考えつつ緊張してご主人様の言葉をまったけど、あっさり否定された。  

 

「残念ながらそれでもない。まだおかねも足りないしな。

もちろん、パーティーメンバーはいずれ増やすつもりでいる。

戦力の充実を図るのは当然だからな。二人ともそのつもりでいるように」

「はい。もちろんです」

「かしこまりました」

 

はあ。 いずれパーティーメンバーが増えるのは仕方がないけど...... 

今の関係を崩さない人がいいな......   

 

そんな私の気持ちが通じたのか、ご主人様は言ってくださった。

「目的はあくまで戦力の拡充だ。ロクサーヌやセリーとうまくやっていけない者を入れるつもりはない。

その点は安心していいぞ」

「はい......」 

   

ご主人様。

いくら言葉をかさねても、目を泳がせながらじゃハーレムメンバーを増やしたいっていう気持ちがバレバレです。

全くもう...... セリーみたいにいっぽ引いてくれるような子なら我慢しますけど...... 

浮気は許さないですからね。  

 

セリーは...... 真顔になってる。 好感度が下がってるときの顔ね。 

そんなことを考えつつ、私は次の言葉を待った。

 

「それはそれとして、今日行くのは別の理由だ。服を取りに行く。あとは遺言かな。

ロクサーヌに対する遺言は変更なしでいいか?」

「はい。もちろんです」

私は自信をもってうなずいた。

 

「セリーもよく頑張ってくれるしな。

セリーは遺言によって俺が死んだら解放されるようにしてこようと思う」

「私はまだお世話になり始めたばかりですが、よろしいのですか」

「問題ない」

「ありがとうございます」

 

「セリーのことは信用している」

「信用にむくいられるようにがんばります。

ロクサーヌさんも、もう解放という遺言になっているのですか」

「いや。ロクサーヌは......」

セリーが質問するとご主人様は少し苦笑い気味になりくちごもった。

 

「私はご主人様がお亡くなりになっても解放されません」

「えっ!そうなのですか?」

ご主人様のかわりに私がキッパリ答えると、セリーは驚いて私とご主人様を交互に見た。

 

「ご主人様をお守りするのが私の役目です。何があっても、身を挺してでもご主人様をお守りしなければなりません。

だから解放される理由はないのです。ご主人様が亡くなられるときは私の任務が失敗したときです。あとを追うのも当然です。

それに、ご主人様のいない世界で生きていたいとも思いません」

私が一気に言い切ると、セリーはけおされたのか口を開けたまま言いよどんでいる。

 

「えっと......」 

セリーがくちごもってしまったので、ご主人様は苦笑いしながら助け舟を出して少し話をし、最終的にセリーはご主人様の死後は解放される遺言とすることになった。

 

その後、ご主人様が商館に出かけたので、少し早いけどセリーと夕食の下準備を始めた。

「セリーはメイド服を着たことがありますか?」

「私はありません。ロクサーヌさんは?」

「私は二度あります。

 一度目は商館で、ご主人様に初めて会ったときに。二度目はこの家に住んでから、このまえの休日に」

「休日に? このまえの?」

「ふふ。そうです。 買い物から帰ってきたあと、メイド服に着替えて掃除をしてたんです。

そうしたらご主人様が帰ってきて、ここから抱きかかえてもらってベットまで運んでいただきました」

「そ、それは...... その......」

セリーは顔が真っ赤になっている。

 

「セリー。ご主人様がメイド服を持って帰ってきたら、ここで着替えてください」

「えっ。ここでですか?」

「セリーが着替え始めたら、私もここにメイド服を持ってきて着替えます。

そうしたらふたりともベットに運んでもらえると思いますよ」

「えっ、で、でも...... まだ夕食前ですし......」

「大丈夫です。ご主人様ですから」

「......」

 

「セリー、ご主人様がさっきいずれパーティーメンバーを増やすって言ったの覚えています?」

「はい」

「そのとき目が泳いでいたことは?」

「気付いてます。ほほも少し赤かったですし、

ご主人様のことだから女性メンバーの増員を考えていると思います」

「そうですよね。ですので、もし女性メンバーがふえてもご主人様が私たちをないがしろに出来ないよう、

二人でご奉仕して気持ちよくなっていただくのです」

「そ、そうですか...... それは、ロクサーヌさんが、その......」

セリーは首まで赤くなっている。

 

「セリーはご奉仕することは嫌なのですか?」

「嫌じゃないです。

ご主人様が気持ちよくなってくれたときはうれしいし、その、私も気持ちいいし…… ただ、自信がないので......」

「大丈夫です。二人で頑張ればきっとご主人様によろこんでいただけます」

その後も料理をしながら、二人で作戦の詳細を詰めた。

 

1時間後、ご主人様が帰って来て、セリーにメイド服の入ったケースをわたした。

「セリーの服だ。タンスにでもしまっとけ」

 

作戦決行だ。 まずはセリーから。

「着てみてもよろしいでしょうか」

「そうだな。いいだろう」

セリーは予定通り部屋の隅に移動し、ご主人様から見えるように服を脱ぎ始めた。

そして、少し恥ずかしそうにからだを隠しながらメイド服を着始める。

 

思った通りご主人様が釘付けになっていることを確認し、作戦の第二段階へ。

「えっと。私も着てもよろしいでしょうか」

「え、ああ......」

私はメイド服を取りに行き、ダイニングに戻って着替えを始めた。

セリーが着替え終わってるので、ご主人様は今度は私に釘付けとなった。

「......やっぱりロクサーヌさんのは大きいです」

セリーが落ち込んでる......

 

ご主人様は我慢できなくなったのか、私に近づいてくる。

「ロ、ロクサーヌもボタンを閉めてやる」

「ありがとうございます、ご主人様」

ご主人様は私の後ろに回りこみながらセリーに声をかけた。

「セリーも、よく似合ってるぞ。小柄なおかげで可愛らしい」

「ありがとうございます」

 

ご主人様がメイド服の背中のボタンを閉め終わったので振り返った。

「ご主人様」

「なんだ?」

「私の衣装はどうですか」

「もちろん最高に似合っているぞ」

「ありがとうございます。あ、あの......」

 

ここから作戦の第三段階。

私はご主人様から目をそらせて少し顔を伏せた。

「どうした」

「この間みたいに運んでいただけますか」

 

次の瞬間、私はご主人様にお姫様抱っこされていた。

「セリーは次に運ぶからちょっと待っていなさい」

「かしこまりました」

 

ご主人様は私を寝室に運んで降ろすと、熱いキスをしてきてくれた。

「セリーを連れてくるからちょっと待っててくれ」

「はい。ご主人様」

 

ご主人様はセリーを迎えに行き、お姫様抱っこで連れてきた。

私とセリーはご主人様の前に並び、同時にあたまをさげた。

「ご主人様。こよいはわたくしたち二人でご奉仕させていただきます」

「ご主人様はわたくしたちに御身をゆだね、気持ちよくなってください」

「う、うむ」

 

私はご主人様の上着を脱がし、セリーはズボンと肌着を脱がした。

次に私がご主人様の正面に立ち、背中のボタンをセリーが外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

次にセリーがご主人様の正面に立ち、背中のボタンを私が外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

 

もうご主人様のアレは暴発寸前になっている。

 

私はご主人様の手を引いてベットに寝かせ、そのままキス。

続いてセリーがキスしているあいだに足元に移動し、ご主人様のアレにキス。そして舌でチロチロなめまわす。

セリーも下がってきてご主人様のアレにキス。

私はアレを右手でしごきながら、右から先っぽをなめ、セリーは左からなめる。

二人でなめながらご主人様を見ると、すごく気持ちいいみたいで、からだを少しそらせながらシーツをつかんでいた。

「うっ......  んぐっ......」

ご主人様から声が漏れた。 必死に我慢しているみたい。            

   

ご主人様が暴発する前に私が上になって秘部をひらき、ご主人様のアレを迎え入れた。そして、じらすようにゆっくり腰を動かして、ご主人様のアレをなぶるようにご奉仕した。同時にセリーがご主人様に胸を吸わせる。

すると、まもなくご主人様の腰がビクッ ビクッと跳ね上がり、私のなかに果ててしまった。

私はご主人様を迎え入れたまま、そのままご奉仕をつづけると、私のなかでご主人様のアレがまたふくらみはじめ、固くなってきた。

しばらく快感にゆだねてご奉仕したあと、私はご主人様から離れてセリーと場所を変わった。

 

そして、セリーをご主人様の上にまたがらせ、秘部をひらいてご主人様のアレを迎え入れさせた。

セリーはご主人様のお腹に両手をついた状態で腰を上下に動かしはじめたが、

すこしすると、ご主人様は我慢できなくなったのか、セリーの腰を両手でつかみ、下から激しく突き始めた。

セリーはご主人様につかれるたびにからだをビクビクとふるわせてあえぎごえがもれる。

ふふ。セリーったら、とても気持ちがいいみたいね。

 

私はご主人様にキスしてから、よつんばいになってあたまのうえに覆いかぶさり、ご主人様の口にみぎの乳首を含ませた。

ご主人様は乳首に舌をからませ、しつようにねぶってくる。右のつぎはひだり、そしてまたみぎ。

繰り返していると、急にご主人様の舌がとまり...... 声が漏れた......  

「くっ......」

次の瞬間、ご主人様はセリーのなかに果ててしまった。 

 

私とセリーは息をととのえ、ご主人様の左右からだきついて、同時に耳もとでささやいた。

「ご満足いただけましたか?」

「二人とも...... 最高だ」

ご主人様はとても満足そうな顔をして目をとじ、そのあと少し眠った。

 

私たちはご主人様のとなりでよこになり、ふたりでこうごにご主人様の髪をすきながら余韻を楽しんだ。

 

少しするとだんだん落ち着いてきた。

そして、つい先ほどからのことを思い返し、顔から火が出るくらい恥しくなった。

 

いまさらだけど...... 

なんてはしたないことをしちゃったんだろう......

うぅ... 

 

少し休憩してから、私とセリーは夕食づくりの続きをするため寝室からダイニングに移動した。

セリーにスープを温めてもらい、私が野菜炒めを作った。

 

「セリー、お疲れ様」

「はい。ご主人様に満足していただけて、よかったです。ロクサーヌさんのおかげです」

「私の? 二人で頑張ったからですよ」

「そんな、私なんか...... 胸も小さいですし」

 

はー...... まったくこの子は...... 

もう少し自信を持たせないと。

 

「セリー、あなたはそろそろ自分のみりょくに気づくべきです」

「わ、私のみりょくですか?」

「そうです。

セリーはからだは小さいですが美人です。

胸が小さいといってもちゃんとあります。ご主人様が毎晩セリーの胸を可愛がっているのは同情してるからではなく、好きだからですよ。

それに、ご主人様はセリーはスタイルがいいって言ってよろこんでましたし、セリーの胸が私ぐらい大きかったら逆に気持ち悪いみたいなことも言ってました。

さっきもセリーが着替えたとき、ご主人様は目が釘付けになってましたよね」

「そ、そうでしたけど...... それは、その...... ご主人様がエッチだからじゃ......」

「ふふ。それでもいいじゃないですか。

ご主人様はいまのセリーが好きなんです。

ご主人様にとってみりょくてきなら、それでいいんですよ」

「はい...... ありがとうございます」

 

いまいちなっとくしてないようね。

じゃあ、もうひと押し。

 

「それに、女性の武器は胸だけではありません。セリーにはすごい武器があるじゃないですか」

「えっ、武器ですか?」

「さっきもご主人様、我慢できなくなって手を出してましたよ」

「えっ? なんのことですか?」

「ご主人様、下からセリーの腰をつかんで、激しくつきあげてたでしょ」

「えっ、そ、そそ、そんなこと。 私、気づきませんでした」

「ふふ。やっぱりセリーのここ、すごく気持ちいいみたいですね。ちょっと嫉妬しちゃいます」

 

私がセリーの股間に軽く触れると、顔をまっかにしてうつむいた。

セリー、かわい過ぎる。 

 

「だから、少しは自信もってね」

「はい...... ありがとうございます」

 

セリーのあたまから湯気が出た......

やりすぎたかしら。

 

夕食が出来あがったので、食卓への配膳をセリーに任せ、私はご主人様をおこしに寝室に行った。

ご主人様をかるく揺すり、耳元で声をかけた。

「ご主人様、夕食の準備が出来ました」  

 

ご主人様はゆっくり目を開けると、私を抱き寄せてキスしてきた。

「ご、ごしゅ...... あむ...... あ...... ま...... まって...... あん......」

「......ん?  あ、 ロクサーヌ?」  

 

「あ、あの、夕食の準備が出来ました」

「あ、ありがとう。 すまない。  ねむってしまったか」

「いえ、大丈夫です。

あの、ご主人様によろこんでいただけたようで

うれしいです」

私は恥ずかしくなって少しうつむいた。

 

ご主人様が起きあがったので着替えを手伝い、

ご主人様のうしろについて寝室から廊下に出た。

階段をおりてダイニングの前まで行くと、ご主人様が急に振りかえり私を抱きとめた。

「ロクサーヌ、さっきのやつ...... 今度また、やってくれるか?」

「は、はい」

答えると、ご主人様はまた私にキスしてきた。

「ん、んむ...  ご、ごしゅ...... あむ...... あ...... ま...... まって...... あん...... セリー... きこえ......」

 

ご主人様のくちびるが離れたので、いきをととのえてから、小さな声で抗議した。  

「ご主人様、その、うれしいですけど、

ここではセリーに聞こえてしまいます」

 

ご主人様はだまってきびすを返すと、ダイニングにはいっていった。

ダイニングに行くと、配膳が終わっていた。

そして、テーブルの横に顔を赤らめたセリーが立っていた。やっぱり廊下での会話が聞こえていたようだ。

 

ご主人様はだまってセリーを抱きかかえ、熱いキスをした。セリーはすなおに受けいれている。

「セリー、さっきのやつ、今度また頼むな」

「は、はい。ロクサーヌさんといっしょに頑張ってご奉仕させていただきます」

「ああ、よろしく」

もう。 ご主人様ったら、

わざと聞かせてたのね。   

 

日が落ちて暗くなってしまったので、蝋燭に火をつけて三人で少し遅い夕食をとった。        

そして夕食後、三人で寝室に行きオヤスミのキスをした。

 

先ほどご奉仕させていただいてから、さほど時間はたってはいなかったけど......

ひと眠りしてスッキリしたためか、ご主人様は元気だった。

私もセリーもキッチリいかされてしまった。しかも2回ずつ......  

 

やっぱりご主人様はすごい。

 

その夜はセリーと話をすることもなく、心地よい疲れに任せて眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、クーラタルの迷宮九階層に移動して探索をはじめると、最初に入った小部屋で宝箱を発見した。

「ご主人様、宝箱です」

ご主人様はミミックかもしれないので慎重に確認するよう言ってきたが、セリーが11階層から下の階ではボスが擬態している可能性はないことを教えてくれたので安心してシミターを突き刺した。

 

すると、中から出てきたのは銀貨だった。

「ご主人様、銀貨ですね。13枚あります」

「そうか、微妙な金額だな」

「そうですか?かさばらないので弱い装備品よりはマシだと思いますが......」

「確かにそうだな」

私は銀貨を拾ってご主人様にわたすと、ご主人様はアイテムボックスの中にほうりこんだ。

 

「ついでだから次は俺も剣で戦う」

ご主人様がそう宣言したので通路に戻ると、次に見つけた魔物はニートアント4匹だった。

 

「来ました」

「行くぞ」

通常、魔物4匹の場合は3匹が前で1匹が後ろとなることが多いが、ニートアントは珍しく4匹並んでいた。

私は右の2匹、セリーが中央左側の1匹を引き付けているうちに、ご主人様が一番左の1匹を瞬殺した。

 

次にご主人様は3匹の後ろに回り込みセリーが相手にしている中央のニートアントに襲い掛かったが、私の抑えていた真ん中よりのニートアントの下に魔法陣が浮かぶと体と腕を伸ばして無理やり攻撃し、詠唱を中断させた。

 

すると、次の瞬間セリーが相手にしていた左のニートアントの攻撃をうけてしまった。

ダメージはそれほどないようだけど、表情がくもり額から汗が噴き出している。

あれは間違いなく毒を受けた症状だ。

「ご主人様。毒消し丸を飲んでください」

私はご主人様に声をかけたが、聞こえていないようでセリーが相手にしていたニートアントをデュランダルで切り伏せた。

そして次の瞬間、その場に膝をついてしまった。

 

「セリー、ご主人様をお願いします」

私は2匹を相手していて動けないので、セリーにご主人様を託した。

 

セリーはご主人様に駆け寄るとアイテムボックスから毒消し丸を出し、口に含んでキスをした。

ご主人様はセリーに抱きつきくちびるをむさぼるように吸い付いていたけど、少しすると口を離してセリーの説明を聞き出した。

そして、ハッとわれに返って私が戦っていることに気付くと、ニートアントの横から襲い掛かり2匹とも切り伏せた。

 

「ご主人様、大丈夫ですか」

「もう大丈夫だ。悪かったな。ロクサーヌにも心配をかけた。一度、さっきの小部屋に戻ろう」

私たちはすぐに先ほど宝箱を見つけた小部屋に引き返した。

 

「ここまでくれば大丈夫です」

「助かった。二人のおかげだな。ロクサーヌはよく魔物の相手をしてくれたし、セリーが薬を飲ませてくれなかったら危なかった。ありがとう。改めて礼を言う」

「ありがとうございます。当然のことをしたまでです」

「は、はい……」

当然のことなので、私は堂々と胸を張って答えたけれど、セリーは恥ずかしそうに下を向いて答えていた。

 

セリーは恥ずかしそうにしているけれど、私からするとうらやましい。

私も切羽詰まった状況で、ご主人様とキスしてみたい。

「ですけど、ちょっと私もしてみたかったです。セリーばかり二度も......」

嫉妬からか、思わず本音をつぶやいてしまった。

 

するとご主人様から声がかかった。

「水でも飲んで一息入れるか。二人ともコップを出せ」

「はい」

私とセリーはリュックサックからコップを取り出して、ご主人様の魔法で水を入れてもらった。

 

「ロクサーヌ」

「はい、何でしょう?」

「まだちょっとつらい。口移しで水を飲ませてもらえないかな」

私のつぶやきが聞こえていたのか、ご主人様から口移しを頼まれた。

ちょっと違うシチュエーションなんだけど、そう言ってくれるご主人様の気持ちがうれしくて、

私は水を口に含むとご主人様にキスをした。

 

くち移しで水を飲ませると、ご主人様はくちを離せないように私のあたまの後ろを手で押さえつけ、そのまま舌を差し込んできた。

そしてそのまま口の中を激しく蹂躙し、舌と舌を絡めあう。

迷宮の中にいることを忘れてしまうほど激しくキスをされ、私は骨抜きにされてしまった。

 

「ああ、楽になった。ありがとう」

「は、はい……」

私は恥ずかしくなり、気が付くとセリーと同じように下を向いて答えていた。

 

その後、2時間ほど探索を進め、それから朝食を食べにいえに戻った。

 

そして朝食後、商人ギルドで芋虫のモンスターカードを購入、

昼にはペルマスクに行って鏡を購入してきた。

 

いえに帰ってペルマスクでのことをご主人様に報告し終えると、ご主人様は厳かに宣言した。

「さて、いよいよこのときがやってきたな」

ご主人様は午前中に買った芋虫のモンスターカードと、足首に結んでいたミサンガを外してセリーに手渡した。

「は、はい」

セリーは緊張した面持ちでそれを受け取った。

 

「セリーは確かに優秀だという俺の見立てが試されることになる」

「えっと。最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを融合できた鍛冶師が成功するというのは俗信、迷信の類です」

「俗信だというのなら、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作り、かつ成功した鍛冶師の実例にセリーがなればいい。簡単なことだろう。なあ、ロクサーヌ」

「はい。ご主人様がそのように見立てられたのですから、セリーはきっと成功するに違いありません」

 

私が期待を込めて答えると、セリーは意を決した顔になった。

「では融合します」

セリーが集中してモンスターカード融合の詠唱を始めると、なぜかご主人様が少し慌てだした。

「いや、待て。あ、いや、今さらしょうがないか。いや、悪かったな。うん。作ってくれ」

 

ご主人様の動揺を無視するように詠唱は続けられ、セリーの手元が光ってあっさり融合が終了した。

「やりました」

セリーがこともなげに報告すると、ご主人様はセリーの手元に残ったミサンガを見てホッとした。

「おお、身代わりのミサンガが出来たか。心臓に悪いな」

 

「さすがですね、セリー。やはりセリーは鍛冶師として成功します。ご主人様が見込んだのだから間違いありません。見抜いたご主人様もさすがです」

ご主人様の安堵した姿を見てか、セリーも成功したことを実感したらしい。

とてもしあわせそうな顔になっている。

「ありがとうございます、ロクサーヌさん」

「と、とにかくよかった。さすがはセリーだ」

「はい。ありがとうございます」

 

ご主人様はさっそく身代わりのミサンガを自分の左足首に結び付けると、すぐに迷宮に行くと言い出した。

そしてベイルの迷宮9階層に行ってウサギを狩りまくり、1時間ほどでボス部屋に到着した。

 

「ちょっと俺一人で相手にしてみるから、ロクサーヌとセリーは少し離れていてくれ」

「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、試してみたいことがあるから、マズそうなときは声をかける」

「でも、もしものことがあったら......」

「身代わりのミサンガがあるから大丈夫だ」

「ご主人様、ダメです。それは一度しか身代わりになりません」

「大丈夫。お前たちのご主人様は、そんなに弱くないから」

「......」

 

ご主人様は身代わりのミサンガを付けてから明らかに浮かれている。

私は心配だったので、小声でセリーに話しかけた。

「セリー、ご主人様が攻撃をうけたら私はラピッドラビットに迷わず突っ込みます。

セリーはご主人様の盾になってください」

セリーはコクリとうなずいたので、私はいつでも飛び出すつもりでボス部屋に入った。

 

しかし、結果としてはラピッドラビットは今日のご主人様の敵ではなかった。

 

ボス部屋が開くとご主人様は部屋の中央に駆け寄り、ラピッドラビットの正面に立った。

そして、高速で動き出したラピッドラビットを切り飛ばすと、落下する前に残像しか見えないくらいの高速で回り込んで切り飛ばし、それを繰り返して十数秒で倒してしまった。

 

「ご主人様、すごいです。あんな戦いが出来るなんて、凄すぎです。

私の目ではほとんど追いきれませんでした」

「いや、けっこうギリギリだ。ラッシュとオーバーホエルミングを使いまくったんでけっこう疲れた」

ご主人様は肩を上下させてハアハア息をしていた。

私は興奮してご主人様に話しかけたが、セリーの声が聞こえない。

私は気になってセリーを見ると、くちをあんぐりあけたまま呆けていた。

何が起こったのか分からないみたいだ。

 

「セリー?」

「は、はい。 え、え、ええええええええっ! な、なにが起きたんですか?」

私が肩をゆすって呼びかけると、セリーはハッとわれに返り、そしてものすごくおどろきだした。

いつもの彼女の態度と大きくかけはなれていて、少しおかしくなってしまった。

 

「わ、私には全然見えませんでした。ご主人様が消えてしまって、気付いたら終わってて......

ご主人様、凄いです」

「はは、まあな。でも、これは疲れるから封印だな。これからも今まで通り、二人に頼るからな」

「お任せください。でも、ご主人様がこれほど強いことを知っていれば、私たちは安心して戦えます」

「そうです。安心して戦えます。これからもよろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそよろしく。じゃあ、10階層にあがろうか」

「はい」

 

私たちはボス部屋奥の扉をくぐり、10階層に移動した。

 

「ベイルの迷宮十階層の魔物は何だ?」

「ニートアントです」

ご主人様は一瞬嫌な顔をした。早朝の探索で毒をもらったことを気にしているのかもしれない。

 

「ご主人様。毒消し丸を一つ頂けますか?」

「ん?どうしてだ?」

「次にご主人様が毒を受けたときは、私が助けます」

「はははは、毒は受けたくないんだけどな......」

そう言いながらもご主人様は毒消し丸を一つ手渡してくれたので、私は受け取りズボンの内ポケットにしまった。

 

その後、2時間ほど魔物をかり、今日の探索を終了した。

ニートアントとは何度も戦ったが、結局毒消し丸の出番はなかった。

 

クーラタルの冒険者ギルドに移動してカウンターでアイテムを売ったあと、ご主人様は言い出した。

「ロクサーヌとセリーは夕食の食材を買って先に帰り、夕飯の準備をしててくれるか?」

「かしこまりました。ご主人様はどうされるのですか?」

「俺はちょっと帝都に行って、かがみの値段を見てくる」

「明日のための市場調査というわけですね。エルフは何を考えているかわかりません。

騙されないように先に調べておくなんてさすがです」

「まあ、そんな大げさなもんじゃないがな」

「さすがご主人様です。夕飯はお任せください」

「ああ、よろしく頼む」

ご主人様は私に小銭入れを預け、帝都に向かってワープしていった。

 

私はご主人様から預かった小銭入れを腰に下げると、セリーと夕飯のメニューを考えながら食材を買いに歩き出した。

「今日はなににしましょう」

「塩漬けハム、芋、人参と玉ねぎのスープなんてどうですか?」

私が問いかけるとセリーは少し考えて答えた。

考えてみると、二人だけで買い物に行くことは初めてだ。

いつもはご主人様と一緒か、足りない物をわたしかセリーが一人で買いに行く。

たまにはこうやって二人で話しながら歩くのも、悪くないと思う。

「いいですね。あと、葉野菜ときのこ、それに溶き卵を加えた炒め物はどうでしょう」

「いいと思います。あとは、パンと飲み物はハーブティーでいいですよね」

「そうしましょう。それじゃあ買うのは、卵とパン、それと......きのこですか?」

「そうですね。あとは買い置きがあるので問題ないと思います」

 

話しながらパン屋の前まで来ると、セリーがぽつりとつぶやいた。

「それにしても、ご主人様って凄いですね。私は自分が奴隷だってこと、忘れてしまいそうです」

「そうですね。ご主人様に買っていただいた私たちは、運が良かったのです。ですので、精いっぱいご主人様にお返ししなくてはなりません」

「はい。ご主人様の気持ちにこたえられるよう頑張ります」

セリーはグッとこぶしを握り、気持ちを改めたようだった。

「まずはパン屋からですね。ご主人様が好きな、いつもの高級パンでいいですよね」

「そうですね。ところでロクサーヌさん、さっきご主人様からいくら預かったのですか?」

「そう言えば中身を確認していませんでした。まあ、2,30枚は入ってそうだから足りないとは思いませんが」

私はクスリと笑いながらご主人様から預かった小銭入れを腰から外し、なかを見た。

なかには銅貨に混じって銀貨も10枚以上入っていた。そして1枚金貨が......「!」

 

ご主人様!落としたらどうするんですかっ! 

くちには出せないので、私は心の中で叫んだ。

 

「ロクサーヌさん、どうしたのですか?」

私の様子を見て不審に思ったのかセリーが声をかけてきたので、無言で中身を見せると、

セリーは固まってしまった。

「えっと...... お金の心配はないですね」

「......そうですね」

 

その後、いえに帰りつくまで、私が小銭入れを手放さなかったのは言うまでもない。

 

 



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私とセリーのペルマスク遠征(第1回から第6回 遠征)

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも9階層まで到達している。

 

いま、私とセリーはペルマスクという町に来ていて、これから鏡を買いに行くところだ。

 

2日前、朝食を食べているときにご主人様からたずねられた。

「やっぱりカガミって必要か?」

「あるに越したことはありませんが、どうしてもというほどでは」

どうやら食事の前に私がセリーの髪を櫛で梳かしていたことを気にしてくれているようだ。

「あんまり映りがよくないんだよなあ」

「カガミの映りはどれも同じだと思いますが。ひょっとしてペルマスクのカガミを持っておられたのでしょうか?」

ご主人様がカガミの映りについてぼやくと、セリーがそれに返事をした。

「ペルマスク?」

「帝国とカッシームとの間にある都市です」

 

それからセリーはペルマスクがガラス製品やそれをつかったかがみなどの高級品を生産している工業都市であることをご主人様に説明した。

「高そうだな。まあいつか探してみるか」

「ペルマスクは遠いので、高くなってしまうので、しょうがありません」

 

そこで私は気が付いた。ご主人様はペルマスクより遠いところから来たことに。

「ご主人様なら、直接ペルマスクへいけばいいのではないのですか」

「ペルマスクは直接飛べるような近い場所ではないそうです。だからこそ高いのです」

「なるほど、確かにそうか」

 

あれ? なんで? もっと遠いところから来てるなら行けるのでは?

「ご主人様なら行けるのではないですか」

私は再度、力強く言ってみた。

「ど、どうだろうな」

「何日かに分ければ行けるでしょうが、直接飛べるとは限らないのでは」

「まあ試してみる価値はあるか」

その後、ご主人様は、セリーにペルマスクまでの行き方を聞いていた。

そして、次の日から、ご主人様は毎日少しづつ町を中継し、ペルマスクまで移動するルートを確立していた。

 

今朝、セリーと朝食の準備をしている間に、「少し出かけてくる」と言ってご主人様はどこかに出かけて行った。

すぐに戻って来たのだけれど、難しい顔をして何かを考えていた。

「どうなさったのですか」

「4時間後にちょっと用事が出来た。

 4時間後......というと、日の位置はだいたいあそこくらいか」

ご主人様は日の位置で四時間後を判断しようとしているみたいだが、私は時間の把握には自信があったので別の提案をすることにした。

 

「4時間後ですね。そのときになったらお知らせします」

「わかるのか?」

「お任せください」

私が自信満々に答えると、ご主人様は一瞬何かを考え、

「ハラドケイか?」とぼそっとつぶやいた後に小さくうなずいた。

「わかった、よろしく頼む」

 

朝食後、三人でクーラタルの商業ギルドに移動し、ご主人様はルーク氏から芋虫のモンスターカードを入手した。

ルーク氏との面会が終わって商談室から出てきたとき、ご主人様は待合室にいたエルフのゴスラーさんというかたにはなしかけられ、ペルマスクのカガミを販売するような話をしていた。

どうやら先日の災害救助の際に知り合ったひとらしい。

そして、ゴスラーさんはルーク氏とも知り合いだったみたいで、ルーク氏は商談室から出てきたときにご主人様とゴスラーさんが話しているのを見て驚いていた。

 

ゴスラーさんとルーク氏が商談室にむかったあと、ご主人様はぽつりと毒づいた。

「はあ。エルフはみんなイケメンだねえ」

「まあそうですね」

私はご主人様以外の男性には興味がないのであっさり流した。

 

そしてセリーは...... すごく不信感をもってるみたい。

表情もこわねも冷めきっているわね。

「エルフと仲買人、いい組み合わせです」

「いい組み合わせなのか?」

「エルフと仲買人、ともに何を考えているのか分からない人たちです」

「そういうものなのか?」

「ドワーフならだれでもエルフには注意しろと言われて育ちます。仲買人も同様です」

 

ご主人様はセリーがエルフや仲買人を毛嫌いしていることに少し焦ったのか、かなりけおされていた。

「......じゃあ、家に帰るか」

 

そこで私はご主人様に提案した。

「まだ三時間近くあります。このままベイルに行っても大丈夫だと思います」

「分かった。ベイルの迷宮に行こう」

それからしばらくベイルの迷宮9階層でスローラビットを狩り続け、ウサギの毛皮をたくさん拾った。

そして、朝から四時間たったのでご主人様に伝えると、じゃあちょっと付いてきてと言われ、どこかの冒険者ギルドにワープした。

どうやらザビルという町らしい。

 

「一度ペルマスクに行ってくるから待っててくれ」

「かしこまりました。ご主人様」

ザビルの冒険者ギルドから、ご主人様は一度ペルマスクに行き、10分くらいで戻って来た。

そして、冒険者ギルドの隅につれていかれた。

 

ご主人様はセリーにアイテムボックスを開かせると、銀貨を90枚いれ、私とセリーに銀貨を1枚づつ持たせてくれた。

ご主人様は銀貨1枚は税金で、残りの90枚でカガミを2枚買うよう指示してきた。

「一緒にお買いにはならないのですか」

「ちょっとな」

私が困っているとセリーがご主人様に返事した。

「分かりました」

「一時間くらいで冒険者ギルドに戻るから」

 

その後、ご主人様とペルマスクの冒険者ギルドに移動した。

「それでは行ってまいります」

ペルマスクの冒険者ギルトから町の中に出るときインテリジェンスカードをチェックされ、入り市税として銀貨を1枚支払った。

 

冒険者ギルドを出ると、そこは白い壁の建物が立ち並ぶ綺麗な町でした。

「ロクサーヌさん。お店は私が探しますので、ついてきてもらえますか?」

セリーは始めてきたのにお店の場所がわかるのかしら......

一瞬考えたけど、セリーはあたまがいいので任せることにした。

「はい。お願いしますね」

 

綺麗なお店がいっぱいで、窓ごしに見えるものが色々気になったけど、セリーがどんどん歩いていくので黙ってついていくことにした。

黙ってついていくことにした......つもりだったけど......  

「ご主人様も一緒にくればよかったのに......」

寂しさからか、気付いたら気持ちが漏れていた。

私は自分の言葉にハッとしてセリーをみると、なにやらぶつぶつ言いながら考え事をしていたので、聞かれてなかったと思いほっとした。

 

気を引き締めてこれからのことを考えると、急に不安になってきた。

「私たちだけで大丈夫でしょうか」

「まあ、なんとかなるでしょう。ロクサーヌさんは横でにっこり笑っていて下さい」

「それだけでいいのですか?」

「はい。交渉は私がやります」

「え、いいのですか?」

「はい。任せてください」

 

セリーが交渉してくれるなら安心ね。

私は必殺の微笑で援護ってことかな?

つまり......今日はセリーが前衛、私が後衛ってことね。ふふ。 

そんなことを考えて歩いていると、お店がある区画をすぎて、工房がいくつもあるような場所に来てしまった。

私はてっきり冒険者ギルドの近くにいっぱいあった何処かの店で買うと思ってたけど、セリーには何か考えがあるみたい。

カガミを買う店の選定はセリーに任せ、私は黙ってそのままついて行くことにした。

 

すると、セリーはガラスを作っている工房の前でたちどまった。

大きさ的には中規模くらい。だけど、なんだか活気がある。

 

「こんにちわ。カガミを買いに来たのだけど、いくつか見せてもらえますか」

セリーが工房の入り口にいた男の子に声をかけると、少しして工房の親方が出てきた。

 

「カガミを買いたいんだって? うちは.........    

まあ、いいか」

親方は一瞬躊躇したあと、私を見て...... 正確には私の胸を見て、顔がほころんだ。

そして、工房のなかに案内された。

 

私たちは商談用の打ち合わせスペースのようなところにあったソファーに座ると、テーブルを挟んだ向いに親方が座った。

セリーが欲しいカガミのサイズや形を親方に伝えると、一度立ち上がって工房の奥に行き、希望に合いそうなものをたくさん出して来てくれた。

私は、どういった物がよいか分からなかったので親方に聞いてみると、親切に教えてくれた。

ただ、その間も胸をチラチラ見てたようだけど、私は努めて平静を装った。

 

30分ほど選び、装飾のないカガミと少し大きめの台座付きのカガミを1枚ずつ購入。

じつは予算オーバーだったけど、セリーが親方と交渉して予算ぴったりにまけてもらった。

工房を出たあと、小声で「滅びてしまえばいいのに......」って言っていたけれど、セリーがいて本当によかった。

 

冒険者ギルドに戻るとご主人様が待っていた。

「すみません。お待たせしました」

「大丈夫だ。買えたようだな」

「はい」

「じゃあ帰るか」

 

ペルマスクの冒険者ギルドからワープすると、クーラタルの家だった。

「やはりペルマスクから一度に飛べるのですね。さすがはご主人様です」

「......ぎりぎりだ。荷物を置いたらすぐ迷宮に飛ぶから、魔物を探してくれ」

ご主人様をよく見ると、すごく顔色がわるかった。

 

それからすぐにクーラタルの迷宮4階層に行き、魔物を探した。

「ご主人様、右の通路にチープシープ1匹とスパイスパイダーが2匹います」

「わかった」

ご主人様は魔物3匹を瞬殺した。

 

「ご主人様、さすがです。次はこちらのほうにチープシープが2匹います」

「わかった」

またもご主人様は魔物2匹を瞬殺。

 

「ご主人様、さすがです。次は......先ほど3匹倒したところに魔物が沸いています。

ナイーブオリーブ1匹とチープシープが2匹です」

「ありがとう。次の3匹を倒したら家に戻ろう」

「かしこまりました、ご主人様」

それからご主人様は魔物3匹を倒し、家に帰った。

 

帰ると、早速セリーが今日買ったカガミをご主人様に見せた。

「ご主人様のおかげで、いいものが買えました」

「私も実際にペルマスクのカガミを見るのは初めてです。話には聞いていましたが、きれいに映る鏡です」

私とセリーが交互に話すとご主人様はうれしそうにほほえんだ。

「気に入ってもらえたようでよかった」

「はい。ご主人様、ありがとうございます」

 

その後、カガミの相場や売ってる商品など、ペルマスクのことについて私とセリーからご主人様に説明した。

ご主人様はとても興味があるようだったので、いつかは一緒にペルマスクに行きたいって思っていた。

そう、その時は、そのご何度も行くことになるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 

翌日。

 

早朝の迷宮探索を終えた後、私とセリーが朝食の準備をしている間にご主人様がゴスラーさんの所にカガミを持って行った。

ご主人様は一時間ほどで戻ってくると、こころなしか顔がほころんでいた。

 

朝食を食べ終え、迷宮探索を行う装備に着替えてご主人様のワープで迷宮に移動すると、

はじめての小部屋についた。

いままで行ったことのあるどこの迷宮にも該当しないので、まったく場所がわからない。

 

私はおどろいてご主人様に尋ねた。

「ご主人様、ここはどこでしょうか?」

「ペルマスクへの中継地点となるザビルの迷宮だ。一階層はミノがいるから、探してくれ。

倒してMPを回復したい」

 

「えっと、ペルマスクへ行かれるのですか」

「昨日買ってもらったのと同じような、装飾も何もついていないカガミをまた買ってきてくれ。

全部で十枚、買い手がついた」

「十枚ですか」

「すぐにというわけではないから、買って運ぶのは一人一枚ずつでいい。あと、コハクの需要があるかも確認してきてくれ。ボーデの特産らしいので、カガミを買うついでに売り込み出来るか知りたい」

「かしこまりました」

「ペルマスクの冒険者ギルドから出るにはインテリジェンスカードをチェックされるから、今回も二人で仕入れてきて欲しい」

ご主人様はそう言うとセリーにアイテムボックスを開かせて、銀貨を90枚持たせた。

「ペルマスクの冒険者ギルドに移動するときにいり市税用の銀貨を渡すから、取り急ぎ魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

 

私は魔物のにおいをかぐと、小部屋を出てすぐ右のほうからミノのにおいがした。

「ご主人様、部屋を出てすぐ右にミノがいます」

「わかった。俺が倒すから、ロクサーヌとセリーは牽制だけ頼む」

「「はい」」

それから10分ほどでご主人様はミノを4匹倒した。

「よし、MPは回復した。いまからペルマスクにワープする」

 

ペルマスクの冒険者ギルドに出ると、ご主人様は私とセリーに銀貨を1枚ずつ渡してきた。

 

「それではいってまいります」

「カガミは... 前と同じ大きさか、少し大きさの違うものを二枚。それと、コハクを買ってくれるところでしたね」

セリーが確認するとご主人様はうなずいた。

 

私とセリーは冒険者ギルド出口の騎士にインテリジェンスカードを見せたあと、銀貨を1枚ずつ支払ってペルマスク市内に入った。

 

ペルマスク市内に入るとセリーが声をかけてきた。

「今回も私が交渉します」

「そうですね。交渉はセリーに任せます。私はどうすればよろしいですか?」

「先日行った工房にしますので、前回同様、横でにっこり笑っていて下さい」

「わかりました」

私は交渉事は苦手なので、セリーが交渉してくれるのは助かる。

前回同様ね。セリー、前衛は任せるわ。あとは...... 必殺の微笑ね。

 

そんなことを考えながら10分ほど歩くと、先日行った工房が見えてきた。

工房に着くと入り口付近にいた人が私たちに気付き、すぐに親方さんを呼んできてくれた。

「おう、またアンタたちか。この前のカガミはどうだった。ご主人様とやらに喜んでもらえたろう」

「はい。とても喜んでいただきました。ありがとうございました」

私が必殺の微笑でお礼を言うと、親方の顔が少し赤くなり、ニコニコになった。

「おう、そうかそうか。それは良かった」

いや...... デレデレかな? とにかくつかみはOKね。セリー、あとは頼むわよ。

私は心の中でセリーにバトンをパスした。

 

「ええ。それでまたカガミを購入するように言われて来ました」

「アンタたちになら喜んで売ってやるさ」

 

その後、セリーが先日買ったものと同じ物を10枚買うことを伝え、親方さんとの交渉がはじまった。

「この前と同じ値段ではいかんのか?」

「今後も取引したいと思いますので、できましたらもう少し値引きをお願いしたいのですけれど」

親方さんはとても親切に接してくれたけど、かがみの値段はなかなか下げてくれそうになかった。

私が横でハラハラしていると、セリーから合図が来た。

 

私は少し前かがみになりながら、気持ちだけうわめづかいで親方を見つめながら、セリーと親方の会話に割り込んだ。必殺の上目遣いである。

「おねがいします」

「お、おう...... そ、そうだなぁ。1枚につき銀貨30枚ならいいだろう。10枚なら全部で銀貨300枚な」

親方は、一瞬呆けたあと少し持ち直し、私を見ながら回答した。

私はその金額でいいのかよく分からなかったけど、セリーがすぐに交渉を引き継いでくれた。

 

「ではここに銀貨が90枚ありますので、1枚分は手付として今日お支払いしておきます。

残りのお金をもってまた来ますのでよろしくお願いしますね」

「わかった」

「あ、それと出来たらカガミは同じ大きさではなく、少し大きいものや小さいものを織り交ぜて買いたいのですが」

「ふむ。それはこちらも数を揃えやすいな。いいだろう」

そう言うと親方はセリーから銀貨90枚を受け取り、工房の人を呼んでカガミを2枚持ってくるよう伝えた。

 

カガミの交渉が付くと、次にセリーはコハクの交渉を始めた。

「もし需要があるならコハクをこちらに卸したいと考えているのですけれど......」

「コハクか...... 原石なら装飾に使えるからいくらでも欲しいな...... 

うちで使わなくてもよその工房に回すことも出来るか......」

親方はなにやら思案しながらセリーに答えた。

「わかりました。ご主人様にそう伝えておきます。次回はコハクもお持ちできると思います」

「うん。いい話を聞けて良かった。嬢ちゃんたち、またよろしく頼むよ」

 

その後、パピルスに包まれたカガミを2枚受け取った。

「それでは、これで失礼させていただきます」

「こんごともよろしくお願いいたします」

「おう、気を付けて帰れよ」

工房を出るときに私たちが挨拶すると、親方は満面の笑みで送り出してくれた。

 

冒険者ギルドまで戻ると、奥のほうでご主人様が待っていた。

私たちはご主人様と合流し、ご主人様のワープで直接クーラタルの自宅に戻った。

 

自宅に戻ってかがみを置き、クーラタルの迷宮二階層に移動。

そして、4回魔物と戦って6匹倒し、再度自宅に戻って来た。

 

私たちはダイニングテーブルに座って一息つき、ご主人様に今日の成果を報告した。

「ちゃんと買えたようだな」

「はい。十枚で銀貨三百枚でいいそうです」

セリーが報告すると、ご主人様は感心して目を細めた。

「ほお。さすがセリーだな」

「ただし、すみません。手付けということで、銀貨を全部置いてきました。カガミ一枚分先払いになります」

「その程度はしょうがないだろう」

「鏡の大きさは、大きいものと小さいものの組み合わせで買えるように交渉しました」

「さすがだな」

「コハクについては、原石であれば是非ほしいとのことでした。装飾加工もやっているので装飾に使うか、他の工房に売ることもできるそうです」

「わかった。コハクの原石は手に入れることが出来そうなので、次はそちらの販売も頼むな」

「はい」

「しかし、本当によくやってくれた。セリーに任せて正解だったな」

「いえ、ロクサーヌさんもいてくれましたし」

「そうか、ロクサーヌもありがとうな」

「どういたしまして。ですが、交渉はほとんどセリーがしてくれました。私は横で笑っていただけですので」

「人には向き不向きがあるからな。でも、一人よりは二人のほうが心強いはずだ。

これからも二人に頼むことになると思う。よろしくな」

「かしこまりました」

「お任せください」

 

その夜はお風呂とベットで労をねぎらっていただいた。

 

 

翌々日の昼間、私たちはボーデのコハク商会に来た。ハルツ公爵からの紹介らしい。

「これはこれは。お待ちしておりました」

商会に入っていくと、描人族の商人に出迎えられた。どうやらこの商会の番頭商人のかたらしい。

そしてすぐに奥の部屋に通された。

 

部屋に入りソファーを進められたので、ご主人様を中心に、私が右、セリーが左に座った。

ソファーに座ると従業員の女性がハーブティーをテーブルに四つ置く。

私とセリーもお客様として扱ってもらえている。

 

ハーブティーを飲みながらご主人様と話していると、すぐに木箱を持った番頭商人が入って来た。

そして、木箱をテーブルの上に置いてフタを開いた。

 

「わあ」

箱のなかには綺麗なネックレスがたくさん入っていて、思わず声が出てしまった。

私もそうだがセリーも目が釘付けになっている。

 

「こちらなど、いかがでしょうか」

番頭商人が箱の中のネックレスを一つ取って私に勧めて来た。

「いえ……」

「まあ見せてもらうだけは見せてもらえ」

「よろしいのですか?」

「ああ、遠慮しなくてよい」

「分かりました。見るだけなら」

私は畏れ多い気がしたけど、ご主人様に促されるまま番頭商人からネックレスを受け取った。

横でセリーも商人からネックレスを手渡されている。

 

私は裕福な家庭で育てられたわけではないので、こんなネックレスはつけたことが無い。

商館にいるときに一度だけネックレスをつけさせてもらったことがあるけれど、

このネックレスはそれとは比べものにならないくらい高級なものだ。

 

すごく綺麗。こんなネックレスをつけられたら...... 

私はネックレスに見とれながら自分がつけた姿を思い浮かべていると、いつのまにかご主人様はコハク商にコハクの原石について色々聞いていた。

私はもう一度ネックレスを見返し、今度はネックレスをつけた姿でご主人様に可愛がって頂くところを想像していると、いつのまにかセリーも加わってコハクについて色々話しており、原石を1個800ナールで20個買うことになっていた。

 

私はネックレスの細かい細工やコハクの透明具合などを見ていると、番頭商人はセリーに別のネックレスを進めていた。

「そちらのおかたには、このようなものが似合うかと存じます」

 

私は気になってセリーのほうを見てみると、セリーは番頭商人から濃い赤い色の、大きな粒がそろったネックレスを受け取り胸元に当てていた。

セリーの顔がほころんでいるし、よっぽど気に入っているみたい。

「わあ」

「確かに」

ご主人様もうなずいているので、似合うことは認めているみたい。

「で、でも。あの、私は別に……」

「こちらのネックレスは赤みが濃く、好まれる色合いなので四万五千ナール、あちらのおかたが手にしておられる方は三万ナールとなっております」

やっぱりとんでもなく高い。

とてもじゃないけどこんな高いネックレスなんて、私には分不相応だわ。

 

「そうか」

ご主人様も乗り気じゃないようね。

じゅうぶん楽しませて頂いたし、ネックレスを返さないと...... 

そう考えて私がネックレスを返すと、番頭商人は別のネックレスを取り出した。

そしてご主人様に向けて商品をアピールしている。

「あちらのおかたには、このようなものもお勧めです」

 

「ほう」

「色は薄めですが、異物などがまったく入っていないものを集めた当商会自慢の一品です」

「わあ、すごく綺麗」

思わず声が出てしまった。さっきの物よりもコハクの透明度が高い。

それに中央のコハクはひときわ大きいし、その前後も大きな粒がみっちりと連なってる。

 

私はネックレスを受け取り、胸元に当てながらご主人様に聞いてみた。

「どうですか?」

 

ご主人様は私の胸に見とれている。

他の人に見られるのは不快だけど、ご主人様に見つめてもらえるのはすごくうれしい。

 

「に、似合ってるな」

「ありがとうございます」

「いかがでございましょう」

「た、確かにこっちの方が似合っているような」

「こちらのネックレスですと、五万ナールになります」

 

私はネックレスを胸から外して手に取り、じっくり見ながらつけた姿を想像していると、

ご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ?」

「は、はい。ご主人様」

「そのネックレスはこの袋にしまってくれ」

「え? あ、はい。申し訳ありません」

「もう買ったから、次に行くぞ」

私がネックレスに見とれているうちに、ご主人様は買い終わっていたようだ。

 

結局、ご主人様はコハクの原石20個とネックレスを二つ購入し、コハク商会をあとにした。

その後、ボーデの冒険者ギルドからベイルの迷宮を経由してザビルの迷宮にワープで移動すると、

ご主人様は迷宮の小部屋で、コハクのネックレスを首に着けてくれた。

 

「ありがとうございます、ご主人様。でも、よろしかったのですか」

「大丈夫だ。二人にはペルマスクでコハクを売ってもらうわけだから、自分でネックレスの一つも着けておかないといけないだろう。これは必要経費だ」

私はすごくうれしくてご主人様に感謝していると、

となりでセリーが首にネックレスをかけられながら、つぶやいた。

「それでは、お借りしますね」

「借りるのか?」

「所有者が奴隷のために買ったものも、当然所有者のものです。消耗品や肌着や生活必需品なら別になりますが」

「なるほど」

「でも、ありがとうございます」

ご主人様は小声で「ツンデレかよ」ってつぶやくと、セリーのあたまをなでていた。

 

「いずれにしても、二人が頑張ってコハクの原石を売ってくれればすぐに元は取れる。

少なくても倍以上で売ってきてくれ」

「かしこまりました」

「お任せください」

それからご主人様はセリーに次回分のカガミの手付けも併せ銀貨六十枚とコハクの原石を渡した。

 

「えっと。今回も行かれないのですか」

「もちろん二人に行ってもらうことになる」

「ネックレスも入れると、一財産になりますが」

「二人のことは信用している。問題ない」

「ありがとうございます」

最後に税金の銀貨を一枚ずつご主人様から受け取り、ペルマスクに移動した。

 

ペルマスクの冒険者ギルドでご主人様と別れ、私とセリーはいつもの工房に向かった。

その途中、セリーからいまから戦う親方(ボス)対策のブリーフィングを受ける。

 

「今日はカガミだけでなく、コハクの交渉も行います。

親方との交渉はいつも通り私が行いますので、ロクサーヌさんはサポートをお願いします」

「わかりました。具体的にはなにをすればいいのですか?」

「私が合図したら、ロクサーヌさんは胸の下で腕を組んで、少しかがんでください。

そして、少し悩んだように うーん って言って下さい」

「そんなことでいいのですか?」

「はい。それだけで大丈夫です」

「わかりました。あとはセリーに任せますね」

「はい。お任せください」

そう言うと、セリーの瞳がキラッと光った。

今日のセリーはやる気に満ち溢れている。これなら安心ね。

 

いつもの工房に着くと打ち合わせ用のソファーに通され、すぐに親方が来た。

 

「いらっしゃい、またカガミを買いに来たのか?」

「はい。あと、こちらを」

セリーはそう言うとコハクの原石が入った袋をテーブルに乗せた。

 

「お、コハクを持ってきたのか。それにそのネックレス......なかなかいい仕事してるじゃないか」

親方はそう言いながら、私のネックレスを見つめている。

「ええ、ボーデでご主人様が買ってくれたものです」

「ふむ。こうしてネックレスに仕上げるのもいいな。……それにしても贅沢なコハクの使い方だ。

なるほどこれだけふんだんにあしらえば価値も上がるか……」

「そうでしょう。いいですよね」

「ほう...... なるほどねぇ。 うーん。これはなかなか......」

親方さんは熱心に私がつけているネックレスを見つめていたが、

急に後ろからかかった声をきいて震え上がった。

「あら、なかなか良さそうなネックレスね。私へのプレゼントかしら?」

声に気付いて親方の後ろを見ると、身長170cmくらいのハッとするような美人が立っていた。

ほっそりとしているけど胸はそれなりに大きくてとてもスタイルが良い、髪は明るい茶色で肩口くらいで切り揃えられており、ゆるくカールしている。

パッと見は30歳くらいに見えるけど、声色はもう少し若い気がする。

親方が首がギギギと鳴るかのようにぎこちなく後ろを振り向いて固まると、声をかけた女性はニッコリとほほえんだ。

 

その女性は親方の肩に右手を添え、少し乗り出す感じで私たちに声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。夫がいつもお世話になっております」

「奥様ですか。こちらこそいつもかがみを売って頂いており、お世話になっております」

「そうですか。うちは通常小売りはしないのですが」

そう言うと、親方の奥さんは親方をキッと睨みつけた。

すると、親方は震えながら言い訳をした。

「い、いや。10枚カガミの注文をもらってるし、コハクの原石も売ってもらうんだよ」

「そう、コハクを...... ふーん、そう...... そういうネックレスも売って頂けるの?」

奥さんからの質問にセリーが回答する。

「こちらは販売品ではありませんが、こちらと同様のネックレスを仕入れてくることは可能です」

すると親方の奥さんは親方におねだりを始めた。

「ねぇ。私も一つ欲しいわ」

「い、いや、俺は装飾用の原石を買おうとおもっているだけで......」

「そうなの?」

「奥様になら私たちよりも、もっとお似合いだと思いますよ」

セリーの言葉を聞いて、さらにおねだりが熱を帯びてきた。

「ねぇ、私に似合うって」

「いや......」

「私はあなたの代わりに参事委員会の会合に行ってるのよ。ちょっとぐらい良さそうなアクセサリーをつけてても罰は当たらないんじゃない?」

「い、いや、ちょっと待ってくれ。先に取引の話を済ませたい」

「そう...... わかったわ」

親方は奥様のおねだりをなんとか振り切ってコハクの交渉に話を戻した。

親方の奥様はスーっとこの場を離れるように歩き出したが、静かに親方の後ろに回り込んでこちらを観察しだした。

 

「と、とりあえずコハクの原石だがカガミと同じ一つ銀貨35枚でどうだろうか」

「もう少し何とかなりませんか?」

「うーん」

親方が難んでいるのでハラハラしながら交渉の行方を見ていると、セリーから合図が来た。

私は胸の下で腕を組み、少し前かがみになって親方を見つめた。

そして「ぜひお願いしますね」と言ってニッコリほほえむ。

すると、親方は私の胸を見ながら返事した。

「じゃ、じゃあ40枚だ。今回は特別だからな。次持って来られてもこれ以上の値段は出せないぞ」

「ありがとうございます。銀貨40枚ならなんとかなります。今後もその値段とさせて頂いてもかまいません。但し、コハクは安定して仕入れることが出来ません。次に来たときに数量を揃えられない場合がありますので、そこは了承してください」

「わかった。コハクの原石はそれでいい」 

親方は気づいていないようだけど、うしろで奥さんが眉をピクつかせながら見つめている。

私は背中に冷たい汗が流れていて、そのまま動けないでいた。

その後、親方は原石の状態と数を確認すると、代金をセリーに支払った。

 

金貨が8枚もある。

セリーは金貨の枚数を確認すると、そそくさとアイテムボックスにしまった。しています

 

コハクの原石の話がまとまると、しびれを切らしたのか再び奥さんが話に割り込んできた。

「原石の話がまとまったんだから、次はネックレスの話をしましょう。買ってくれるんでしょ?」

親方は後ろを振り返って奥さんと目が合うと、激しく動揺した。

「い、いや、安いもんじゃないし......」

 

そこでセリーは私がつけているネックレスを指さした。

「親方さんがこちらのネックレスを大変気に入っているようでした」

奥さんはその言葉を聞くと、目がスッと細まり怖い顔になった。

そして声色が低くなった。

「じゃあ私もそれを頂こうかしら」

次の瞬間、背中に悪寒が走った。部屋の温度も下がった気がする。

「わ、わかった......」

親方は一瞬ビクッとして小さく返事すると、かがみを取ってくると言ってそそくさと席を外してしまった。

親方は奥さんに敗北したみたい...... セリーに言わせたら、滅びたってところね...... 

それにしても怖い。私は...... 大丈夫よね......

 

私は奥さんの迫力に押されていたが、セリーは涼しい顔をしている。

私は心の中でセリーを応援しつつも奥さんと目が合わないよう、少し下を向くことにした。

「先ほども申しましたが、同様のネックレスを仕入れて来ますので少し時間を頂けますか?」

「ええ、いいわ。こちらと同じようなものだと、いくらくらいなの?」

「そうですね。これと同等ですと......金貨24枚から25枚になります」

「わかったわ、金貨25枚までなら払ってもいいから、あなたたちが着けているような、なるべく良いネックレスを持って来てちょうだい」

「親方の了承を頂かなくても宜しいのですか?」

「デレデレして本当にしょうのない人だし。これぐらいはいいでしょう。罰よ罰!」

「かしこまりました。奥様にお似合いの良いネックレスを仕入れて来ます」

「よろしくお願いしますね。じゃあ、亭主を呼んでくるわ」

 

親方の奥さんが席を外したので、私はホッとしてセリーを見ると、セリーはやり切った感じの顔をしていた。

そして、思わず二人でハイタッチしてしまった。

 

少しすると、親方がカガミを2枚持って戻って来た。

「とりあえず。カガミの金額は前のままでいいか?」

「申し訳ありません。やはり銀貨30枚は厳しいです。前回も申しましたが、大きさに違いがあっても大丈夫ですので、値段を下げて頂けないでしょうか」

「ふむ。確かに大きさにバラつきがあってもいいんでこちらは助かっているが......」

 

親方が悩みだしたので、セリーからの合図はないけど必殺のポーズで親方に迫った。

「お願いします」

「そ、そうだな。じゃあ、銀貨25枚」

「もう少しなんとかなりませんか?」

「うーん......」

 

私はさらに前かがみになり、少し上目遣いで親方に頼んだ。

「なんとかお願いします」

「わ、わかった。1枚銀貨20枚。これ以上は無理だぞ」

「そうですか......もう下げられませんか......」

「いくらお嬢ちゃんの頼みでも、これ以上は俺の一存じゃあ無理だ。勘弁してくれ」

親方が後ろを振り返ると、工房の入り口近くにいた奥さんが睨んでいた。

どうやらこちらの声が聞こえたらしい。

親方はこちらを向き直り、首を振った。

「わかりました。1枚銀貨20枚でおねがいします」

 

セリーが了承すると、親方は小声で話し出した。

「ここだけの話、この値段は100枚単位で買ってくれる客にもつけないんだ。

本当に特別だからな」 

「ありがとうございます」

私がニッコリほほえみながらお礼を言うと、親方もニンマリ笑顔になった。

 

その後、セリーが次回の2枚分も合わせて支払いを済ませ、カガミを2枚受け取った。

そして工房を出ようとしたとき、入り口近くに親方の奥さんが居た。

私は軽く会釈して通り過ぎようと思っていたが、セリーが声をかけた。

「親方さんにはうちのロクサーヌを大変ごひいきにしていただいてありがたいことです。

私と話している間もどことは言いませんがずっとご覧になっていましたよ」

咄嗟のことだったので、私は何を言えばよいか分からなくなり、とりあえずお礼を言うことにした。

「安く売ってもらえました。ありがとうございました」

ニッコリほほえんでおじぎをすると、

親方の奥さんはこちらに向かって軽くお辞儀をした。

その顔は笑顔だったが、目がまったく笑っていなかったので、またもや背中に冷たい汗が流れた。

こ、怖い......

 

親方の奥さんはそのまま工房の奥に歩いていき、いきなり親方を平手打ちした。

工房の中にバシーンという音が鳴り響き、私とセリーは一瞬固まった。

わ、私のせい? お礼を言っちゃいけなかったの?

私は混乱して動けなかったが、先に立ち直ったセリーに手を引かれて工房をあとにした。

 

今回は交渉することが多かったせいか、時間がかかってしまった。

冒険者ギルドに戻ると、ご主人様が私たちを待っていた。

「申し訳ございません。遅くなりました」

「いや、たいして待ってないから気にするな。とりあえずウチに帰るぞ」 

 

私たちはペルマスクの冒険者ギルドから、クーラタルの自宅にワープした。

 

こうして、3度目のペルマスク遠征は無事終了した。

 

 

自宅に帰るとカガミを置き、いつものように迷宮へ移動した。

そしてご主人様が魔物を倒してMPを回復し、再度自宅に戻った。

 

自宅に戻りダイニングに座って一息つくと、本日の成果報告会となる。

報告者はセリー、私はサポートだ。

 

「コハクは一個銀貨四十枚で全部売れました」

「おお、やった。えらいな」

 

「今回は特別だと親方がロクサーヌさんのネックレスを見て言っていました。

次があってもそこまでの値段は出せないと」

「そうか。しかし何故ロクサーヌのネックレス?」

「……滅びればいいんです」

ご主人様が疑問顔でいると、セリーが呪いの言葉を吐いた。

 

ご主人様はセリーの言葉を聞いて少し考えると、目が細まってひたいに青筋が浮かび、声のトーンが一段さがった。

「そういうことか。確かに、滅びればいいな」

ご主人様は明らかに怒りを抑えている様子だ。

嫉妬してくれているのだろうか?

私は一瞬うれしくなったけど、ご主人様をそんな気持ちにさせてしまったのは私の対応が悪かったんだと思うと、すぐに申し訳なくなった。

 

「親方の奥さんにも会って話をしてきました。

コハクのネックレスを金貨二十五枚までなら買ってくれるそうです。親方への罰だそうです」

 

「セリー、よくやった」

「はい。カガミも一枚につき銀貨二十枚にまけさせました。

今回六十枚出して、カガミ2枚分の手付はすでに払ってある状態です」

 

「ずいぶんと下がったな」

「あんな親方のやっている工房に利益は必要ありません。滅びればいいのです。奥さんは「直接セールスをしない」とも言っていたので、交渉しましたが、これ以上は下がりませんでした。この価格が本当にぎりぎりのようです」

「そ、そうか」

「下がらなかったので、もちろん奥さんにも会って親方がどこを見ていたかお話してきました。悪は滅びました」

「滅びた......のか?」

ご主人様が私のほうを見て、目で何があったのか聞いているようだったので、見たままを報告した。

「えっと、工房を出るときに、安く売って頂いたお礼を言ったのですが......そのあと奥さんは親方を平手打ちしていたので......」

「そうか...... まことこの世に悪の栄えたためしはないな」

ついさっき、ご主人様は嫉妬で怒っていたはずなのに、交渉結果と親方の末路を聞いているうちにいかりはすっかり収まって、セリーを見る目に怯えが浮かんでいた。

 

セリーは改めてご主人様の表情を確認すると一瞬だけ微笑んで、そして話を続けた。

「はい。ちなみに、コハクの分を金貨八枚で受け取ってきています。ええっと。合っていますよね」

「大丈夫だ」

報告が終わるとセリーはアイテムボックスを開いて金貨八枚をご主人様に渡した。

 

その日の夜、私とセリーはネグリジェの上にネックレスを付け、ご主人様にご奉仕させて頂いた。

ご主人様の目が野獣となり、何度も可愛がって頂いたのは言うまでもない。

そして......二人ともいかされ過ぎて、気を失ったのも言うまでもない。

 

2日後、ご主人様は朝食後にボーデのコハク商のところへ出向き、しばらくして帰ってくると、またペルマスクまで行くと言いだした。

その後、ザビルの迷宮まで移動すると、ご主人様は私とセリーにコハクのネックレスを着けてくれながら

「コハクの原石は仕入れられなかったので、今回は無しだ。あと、親方の奥さんには、いいネックレスを探していますと言っておいてくれ」

と言い出した。

 

「どういうことですか?」

「いや、コハクは希少で、いつでも仕入れられる訳ではないようだ」

「そうなのですか」

「ああ、前回から2日しか経ってないからな。

コハク商の話では、海が荒れないと海岸にコハクが打ち上がらないらしい。

あと、ネックレスは番頭の勧める物で良いのか自信がない。だから買わなかった。

次回は二人にもコハク商まで付いてきてもらうから、ネックレスの選定は頼むな」

「私たちが選ぶのですか?」

「俺は親方の奥さんには会ってないから、雰囲気や好みがわからない。ロクサーヌとセリーのセンスが頼りだ」

「分かりました」

するとセリーが会話に入ってきた。

「ネックレスの選定はお任せください。

えっと、それで、今回もご主人様は行かれないのですか?」

「ああ、今回もかがみの仕入れは二人に任せる。俺はMPを回復して冒険者ギルドに戻るから、いつも通り1時間くらいで戻ってきてくれ」

「かしこまりました」

「わかりました。頑張ります」

私とセリーが返事をすると、ご主人様は苦笑いした。

「ほどほどにな」

 

その後、ペルマスクの冒険者ギルドに移動し、私とセリーはいつもの工房にむかった。

 

工房に着くとすぐに打合せ用のソファーに案内され、親方がやってきた。

「嬢ちゃんたち、いらっしゃい。いやー、この前はひでぇ目にあったよ」

今日の親方はなんだか機嫌がいいみたい。

「どうされたのですか?」

「ああ、このあいだ嬢ちゃんたちが帰ったあと、いきなりカミさんにビンタされて、それをみんなに見られちまってさぁ。恥かいたよ」

マズい、私のせいだ...... 

私が動揺して口ごもると、セリーがなにごともなかったような態度で会話を引き継いだ。

「何か誤解されたのでしょうか?」

「さあね、おおかた嬢ちゃんたちが可愛いから嫉妬でもしたんだろう」

「それは災難でしたね。でも、とても綺麗な人なのに、私達に嫉妬なんてすることがあるのでしょうか」

「ああ、意外と嫉妬深いんだよ」

「ふふ。それは親方さんが愛されてるってことですよね。親方さんも男らしいし、私はとてもお似合いの夫婦だと思いますよ」

「ははは、そう言われると照れるな。まあ、あれで、結構可愛いとこもあるしな」

「もう、相思相愛じゃないですかぁ。ハァー暑い、暑い。ところで奥様は今日はいらっしゃらないのですか?」

「ああ、今日は次の参事委員会の準備とかで会館に出掛けてるから、しばらく帰ってこないな」

今日の親方はやたらと機嫌がいいと思っていたけど、そういうことだったのね。

 

「そうですか。それは残念です。

残念ついでで申し訳ないのですが、奥様が所望されたネックレスはまだ仕入れ出来ておりません。

納得して頂けるものを探しておりますので、もう少しお待ちくださるようお伝え下さい」

「わかった、伝えておく」

「あと、今回コハクは仕入れられておりませんので、かがみの購入だけさせていただきます」

「そうか、たしかコハクは安定供給出来ないって言ってたな。そんなに採れないものなのか?」

「はい。コハクは海岸で採取するのですが、天候に左右されますし、量もあまり採れないのです」

「そうか、それじゃあ仕方がないな。カガミは1枚銀貨20枚でいいな」

「はい。それでお願いします。先日2枚分手付を置いていきましたので、今日はそれで2枚持ち帰り。そしてまた、次の2枚分を手付としてお支払いしていきたいのですが、それでよろしいですか?」

「ああ、それでいい」

親方は返事をすると工房の奥に声をかけ、若い見習い職人に鏡を2枚持ってくるよう指示した。

 

その後、親方は私のネックレスを見ながら少しだけ雑談し、セリーから銀貨40枚を受け取ってかがみを引き渡してくれた。

 

工房を出ると、いつものようにセリーが毒づいた。

「滅びればいいのです......」

私は気にしないようにしていたが、セリーいわく、今日も親方は終始私の胸を見ていたらしい。

奥さんに派手に平手打ちされていたのに、本当に懲りない人だ。

 

冒険者ギルドに戻り少し待つとご主人様が迎えにきた。

「悪い。遅かったか」

「いえ、私たちもいまさっき戻ってきたばかりです」

「そうか。では帰ろう」

私たちはご主人様と家に帰り、今日の成果報告をした。

 

◆ ◆ ◆

 

それから2日、朝食の片付けをしているうちにご主人様はボーデに行ってかがみを卸してきた。

ご主人様はなにやら浮かない顔をしながら帰って来たが、

その理由がここ最近海が穏やかでコハクが採れないことだと知ったのは、その日の午後にザビルの迷宮に移動したときでした。

 

ご主人様はいつも通り私とセリーにコハクのネックレスを着けてくれながら、

今回もコハクの原石は仕入れられなかった旨と、奥さんのネックレスはまだ探している旨を工房がわに伝えるよう、私たちに伝達した。

そして、ペルマスクの冒険者ギルドに移動し、私たちを送り出した。

 

工房に着くとすぐに打合せ用のソファーに案内されたが、やってきたのは事務方の女性だった。

「いらっしゃいませ。ただいま奥様と親方様は参事委員会のほうに出掛けております。あと1、2時間ほどで戻ると思いますが、いかがいたしますか?」

「親方さんもいないのですか?」

「はい。なんでも重たい物を運ぶのにおとこでが必要らしく、奥様に無理矢理引っ張られて行きました」

 

「......。そうでしたか......」

私は親方がいないことを想定していなかったので動揺したが、セリーは想定済みだったようで落ちついて対応していた。

 

「そうですか。冒険者ギルドに人を待たせておりますので、あまり長い時間は待てません。

今日はカガミの件だけなのですがどなたか分かるかたはいらっしゃいませんか?」

さすがはセリー、やっぱり交渉事は任せて安心ね。私は心の中でほっと溜息をついて、セリーに賛辞を贈った。

 

「いつもの引き取りと次回分の支払いの件ですか?」

「そうです。装飾のないカガミ2枚の引き取りと、次回分の2枚、銀貨40枚の支払いです」

「それでしたら私のほうで対応出来ます」

「では、よろしくおねがいします」

 

その後、セリーは銀貨40枚をアイテムボックスから出して事務方の女性に支払った。

そして、工房の方からカガミを2枚受け取り、次に来る際に奥様がご要望されたネックレスを持参する予定である旨を伝言して冒険者ギルドに戻った。

 

しばらくするとご主人様が迎えに来たのでクーラタルの家に帰り、

次回が最後の取り引きとなる為、奥様がご要望されたネックレスを持参する旨を伝言したことをご主人様に伝えた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから3日経った。

 

この日はお昼で迷宮探索を終了し、私とセリーはご主人様に連れられてボーデのコハク商会に来ている。

理由はもちろん親方の奥さん用のネックレスを選ぶためだ。

 

ご主人様は番頭商人とふたことみこと話したのちにネックレスを出させると、私とセリーで相談して親方の奥さん用の物を選ぶよう申しつけ、

自分は番頭商人と小箱について話しだした。

 

私とセリーは番頭商人が用意したネックレスをひとつずつ見ながら、奥さんに似合いそうな物の仕分けをおこなった。

「これか、そっちがよさそうですね」

「やっぱりそうですよね」

「二つのうちのどっちにするかですが」

「私はこれがいい品だと思います」

「そうですね。親方の奥さんは背が高いですし、こちらのほうが気品があって似合いそうですよね」

 

私とセリーは選んだネックレスをご主人様に渡すと、ひとこと「ほぅ」と感心したような声をだして受け取り、コハクの原石と一緒に購入した。

 

すると、番頭商人は木製の小箱を取り出した。

「お客様には特別にタルエムの小箱もおつけいたします。小箱は二百ナールで売ることを考えていますが、アイデアをいただいたので、お客様からはお代をいただきません」

「ありがとう」

「いえ、今後も良いアイデアがありましたら聞かせていただけると助かります」

「わかった。では遠慮なくいただこう」

番頭商人はネックレスを布袋に入れ、それを小箱に入れて、さらに少し良さげな布でくるんた。

ご主人様はそれを受け取り、コハク商会をあとにした。

 

後で聞いたのだけど、小箱はタルエムというハルツ公爵領の特産の木で、高級家具の材料に使われるものらしい。

そして、前回購入した私とセリーのネックレスの分も無料でもらったとのことだった。

 

私たちは家に一度帰ってから、ペルマスクにむかった。

 

私とセリーはいつものようにザビルの迷宮でネックレスをつけていただき、税金の銀貨を手渡された。

そして、セリーはご主人様からタルエムの小箱に入ったネックレスを受け取った。

 

「やっぱり行かれないのですか?」

セリーは心配そうにご主人様に尋ねたが、力強くうなずかれてしまい、瞳が揺れていた。

ネックレスは高級品だし落としたり盗られたりしたら大変だ。

私も不安を感じるけれど、現品を持っているセリーはもっと不安だろう。

私はセリーの不安を少しでもやわらげようと声をかけた。

「大丈夫ですよ。ご主人様は私たちのことを信頼してくださっていますから」

「は、はい」

 

セリーはだいぶ緊張しているみたいだったが、不意にご主人様に抱き寄せられて背中をポンポンとたたかれ

「大丈夫だ。セリーならやれると信じている。セリーを信じている俺を信じろ」と言われて励まされると、若干頬を赤らめながら少し落ち着いた。

 

セリー......いいわね...... 

私はご主人様に抱き寄せられているセリーを羨ましく見ていると、ご主人様は

セリーを抱いたままあいている手を私に伸ばして引き寄せた。そして、あごをクイッとあげて軽くキスした。

「チュッ ん......」

「ロクサーヌも頼むな」

「は、はい」

ご主人様...... うれしいけれど...... ムネがドキドキしちゃうじゃないですか...... もぅ......。

 

その後、ペルマスクの冒険者ギルドに移動してご主人様

に見送られながら入市税を払った。

そしてギルドを出ると、なんだかまちのなかが騒がしいことに気付いた。

 

私は近くで集まっていた人たちに話を聞くと、海岸にドライブドラゴンが出たらしく、騎士団が退治したらしいとのこと。

私は興味があったので現場を見に行きたかったけど、ソワソワしている私に気付いたセリーに何をしにペルマスクに来たのか諭されてしまった。

少し見るだけでもよかったけど、セリーが半眼になってしまったので、諦めていつもの工房にむかった。

 

工房に着くと打合せ用のソファーに通され、すぐに親方と奥さんがやってきた。

奥さんは元気いっぱいニコニコ顔で、親方のほうは少し元気がないように見える。

そして、親方より先に奥さんが話しかけてきた。

「いらっしゃい。いいネックレスは見つかった?」

「はい。自信をもってお勧め出来る物を仕入れてまいりました。きっとご満足していただけると思います」

「そう。早く見せてちょうだい」

そこで、ウキウキしている奥さんに主導権を握られていた親方がくちをはさんだ。

「なあ、先に取引の話をさせてくれないか」

「はあ? 私、楽しみにしてたのに、何か文句あるの!」

奥さんの顔が一瞬で般若になった。とても綺麗な人なのでギャップがスゴイ!

奥さんは親方をギロッと睨むと、親方は慌てて目をそらした。

奥さんは フンッ!っとひと息吐くと、目をそらした親方に代わり、商談をはじめた。

 

「じゃあ先に取引から。今日はコハクの原石はあるの?」

「は、はい。一つだけございます」

「一つなら銀貨35枚ね。40枚は出せないから、それでいい?」

「は、はい」

「じゃあ買うわ。あなた、現品確認して、銀貨35枚出しなさい」

「わ、わかった」

親方はそそくさとコハク原石の現物確認をおこない、銀貨35枚をセリーに渡した。

「じゃあ、カガミのほうは?」

「今回は代金支払い済み2枚分の引き取りです」

「新規の購入は無いの?」

「はい。もともと10枚の予定でしたので今回の引き取りで終了です」

「わかったわ、では取引の話は終わりね。

あなた、さっさとカガミを2枚もってきなさい」

親方はおくさんに一喝されると、カガミを取りにすごすごと席を外した。

 

奥さんが登場してからここまで3分......

私はこの工房を仕切っているのは奥さんだと確信し、この人には逆らわないようにしようと思った。

 

「じゃあ改めて、見せてくれるかしら?」

「はい。こちらです」

 

セリーは高級感のある布の包みをテーブルに置いて、包みを開くと、これまた高級感のあるタルエムの小箱が中から現れた。

そして、小箱のフタを開いて中の布袋を取り出し、袋の中からネックレスを取り出して奥さんに手渡した。

 

「まあ、すごく綺麗......」

気が付くと、奥さんの顔が妖艶さをまとった美人に変わっていた。そして少しため息を吐きながら、しばらくのあいだネックレスをうっとりと眺めていた。

私とセリーは奥さんに見とれてしまい、少しのあいだ沈黙していたが、先に復帰したセリーが話し始めた。

「いかがですか? このネックレスのコハクは色に深みがありながらもクスミがいっさいありません。中央の石はひと回り大きくて高級感がありますし、気品の良さを感じさせる一品です。これだけの品はコハクを特産にしているボーデでも滅多に手に入りませんが、スタイルの良い奥様に是非とも着けていただきたいと思い、今回ご用意させて頂きました」

 

セリーの説明を聞き終わると、親方の奥さんは質問してきた。

「ボーデってどこにあるの?」

「ボーデはガイウス帝国の北方、ハルツ公爵領の城がある町です。近くの海岸でコハクが採れます」

セリーはパピルスに簡単な地図を書き、ペルマスクと帝国や周辺国、そしてボーデを書いて場所を説明した。

 

「あなたたちは、そんなに遠いところまで行って、このネックレスを仕入れてきてくれたのですか?」

「はい」

「そうですか。わざわざ...... とても綺麗......」

「どうでしょう、気に入っていただけましたか?」

「ええ、気に入りましたわ」

「それは何よりです」

 

そこまで話したとき、奥さんはハッとして私の着けているネックレス、セリーの着けているネックレス、そして自分が持っているネックレスを見比べ出し、おもむろにくちをひらいた。

「私、予算は金貨25枚って言いましたよね?」

「はい。そう伺いました」

「これ、あなた達が着けている物より高級感があるのですけれど」

「はい、それは間違いありません。仕入れ先の商会でも、自慢の一品と言っていました」

「いや、あなた達のネックレスだって金貨25枚くらいするのよね、本当にこれを金貨25枚で売ってくれるの?」

「はい。ご予算を伺ったうえでこちらを仕入れて来ております」

「ペルマスクにもコハクのネックレスを売っている店はあるけれど、あなた達が着けているものよりも質が落ちる物しか置いてないし、それでも金貨30枚はくだらないのよ?本当にいいの?あとで実は別途費用がかかっていて...なんて言われても払わないわよ」

「大丈夫です。奥様には是非ともこのネックレスを着けていただきたいという私たちの思いもあり、予算で収まるよう商会と交渉して仕入れたのです。ですので、金貨25枚で結構です。お近づきのしるしに特別サービスとさせていただきます」

「わかったわ。なら、遠慮なく金貨25枚で買わせてもらうわ」

「ありがとうございます」

「こちらこそありがとうよ。ペルマスクではこんなに良いネックレスを着けてる人はいないわ。それをこんなに安く買えるなんて」

「いえ、奥様。決して安い物ではありませんので、大事になさってください」

「ええ、大事にするわ。それと、ネックレスとは別に、その小箱も譲ってちょうだい」

「こちらですか?」

「ええ、こんな高級なネックレスをしまうのです。キャビネットにむき出しで置くなんて恥ずかしいわ」

「分かりました。銀貨10枚となりますがよろしいですか?」

「ええ、問題ないわ」

「では、ネックレスと小箱で金貨25枚と銀貨10枚となります」

「わかったわ、いま用意するわね。ところでこのネックレス、知り合いに勧めてもいいかしら?」

「はい。ただしカガミは注文数量を購入しましたので、次はいつこちらにお邪魔出来るかわかりません」

「それは残念ね。必要があれば次からもカガミは銀貨20枚で売ってあげるから、注文が入ったらまた来てね」

「はい。その際は是非お願いします」

その後、ネックレスと小箱の代金、それと親方が持ってきたカガミを受け取り、私とセリーは笑顔の奥さんと握手を交わして工房をあとにした。

 

冒険者ギルドまで戻ってきたが、町はまだ騒がしかった。私はドラゴンのことが気になったけど、セリーに「ご主人様を待たせることになりますよ」と諭されて冒険者ギルドの扉をくぐった。

 

冒険者ギルドのなかも騒然としており、そのなかにご主人様が所在なさげに立っていたので、小走りで近づき声をかけた。

 

「ご主人様、ただいま戻りました」

「おかえり、2人ともお疲れ様。ところで、この騒ぎはなにか知ってるか?」

「ドラゴンが出たそうです」

「ドラゴン……だと……?」

ご主人様はかなりおどろいたようで、一度周囲を見回した。

「はい。今朝ほど沿岸から襲われたようです。残念ながら、私たちが都市に入ったときにはもうすでに迎撃された後でした」

「そ、そうか。なら安心だな。 ......ん、残念?」

ご主人様の私を見る顔が、心配から、なぜか残念な人をみる顔に変わってしまった。

 

「えっ、あの......」

「いや、なんでもない。とりあえず一度帰ろう」

ご主人様は私とセリーを促し、冒険者ギルドの壁からクーラタルの家にワープした。

 

こうして、6回に及ぶペルマスク遠征は終了した。

 

私はペルマスクの白くてきれいな街並みが見れなくなることが少し残念だったけど、またいつか行く日を楽しみに、本業の迷宮探索を頑張ろうと思っていた。

 

その後、再度カガミの注文がはいり、すぐにまたペルマスクに通うようになるとは、このときは思いもしなかった。

 

 

 



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公領の迷宮と噂の冒険者たち

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも11階層まで到達している。

 

 

ハルツ公爵にカガミの販売をするようになって数日が経った。

 

早朝探索を終えて私とセリーが朝食の準備をはじめると、ご主人様は「カガミを売りに行って来る。朝食の準備はよろしく」と言ってハルツ公爵のところに出かけて行った。

 

「ロクサーヌさん。この時間にご主人様がカガミを売りに行くのが日課になりましたね」

私がスープを温めていると、ハムとたまごの炒め物を皿に盛り付けながらセリーが話しかけて来た。

 

「そうですね。今日で6日目?、7日目でしたか。

必ずこの時間ですね。

私たちも一緒に行けば一度で売り終わるのですけど......」

私はご主人様が居なくなるのがちょっとだけ寂しくて、セリーに疑問をぶつけてしまった。

 

「なんで1枚ずつ売りに行っているのでしょうか」

「そうですね...... たぶん、ロクサーヌさんをエルフに見せたくないのでは?」

「えっ? 私ですか?」

「昨日商業ギルドに行ったとき、ご主人様が「エルフはみんなイケメンだから嫌になる」って、ぼそっと言っていたので」

「えっと...... どういうことですか?」

エルフがイケメンなことと私を見せたくないことがつながらず、首をかしげながらセリーに聞くと、なぜか彼女は軽くため息をついた。

 

「えっと、ロクサーヌさんが他の男の人と話すことを、ご主人様が好ましく思っていないことには気づいてますか?」

「いえ...... 知りませんでした」

「ご主人様はすごい人ですが、エルフほど容姿は整ってませんよね」

「そんなことはありません!ご主人様の方が素敵です!」

私が反射的にムッとして即答すると、セリーは一瞬怯んであとずさった。

 

「す、すみません。その、言い方が悪かったです。

ご主人様自身がそう思っているということです」

「そうなのですか?」

「そうです。だから、嫌になるなんて言ったのです。

なので、ご主人様はロクサーヌさんがエルフに心が奪われるんじゃないか心配なのです」

「私がご主人様以外の人に心が奪われるなんてありえません」

「そうですよね。でも、ロクサーヌさんがどう思っているかではなく、ご主人様がどう思っているかが問題なんです。

ご主人様は、エルフに限らず他の男にロクサーヌさんの心が奪われることが無いか、常に心配しているのです」

「そんなこと、絶対ありえないのに......」

私が言葉に詰まるとセリーが別の懸念を言いはじめた。

 

「それに、ご主人様が心配していることは、それだけでは無いと思います」

「他にも何かあるのですか?」

「相手は貴族。それも公爵です。

もしもロクサーヌさんを手に入れたいと思われたら、ご主人様は拒めないかもしれないのです」

「そんな...... いえ、ご主人様は私たちを手放すつもりは無いって言ってました。ですから、断っていただけるはずです」

「そうですね。売れと言われたら断るでしょう。

ご主人様のことですから、いくら金貨を積まれても、きっと断ると思います。

ですが、断れない状況に追い込まれるかもしれません。

貴族がその気になれば、何をされるかわかりませんし」

「えっと......何をって......」

私が具体的にされそうなことがわからず考えていると、セリーがちょっと怖い顔をして話を続けた。

 

「そうですね。例えばご主人様が罪を着せられて、「死刑かロクサーヌさんを差し出すか、どちらかを選べ」なんてことにされるとか」

「そ、そんな...... そんなこと、できるはずは......」

「貴族なら、そういうことも出来るということです。

だから、用心するに越したことはないのです。

ただでさえエルフは何を考えているかわからないので」

「......」

少し私情が入っている気がするけど、セリーが言うことはもっともなような気がする。

 

私は...... 

どうすれば......

私が動揺してうなだれていると、セリーがまたため息を吐いた。

 

「はぁ。ロクサーヌさん。ご主人様はちゃんと私たちのことを考えて、一人でカガミを売りに行っているのです。だから、ワガママは言っちゃダメですよ」

セリーはそう言いながら、ウインクした。

「そうですね。自重します」

私は恥ずかしくなっていっそううなだれた。

 

その後、ダイニングテーブルに朝食を並べ、しばらく待つとご主人様が帰ってきた。

 

「おかえりなさいませ。ご主人様」

「ただいま。ロクサーヌ」

「いつもより遅かったですが、何かございましたか?」

「ああ。ちょっと新しい迷宮に行ってきた」

「新しい迷宮ですか?」

新しい迷宮というひびきにちょっとワクワクしていると、何故かご主人様は少し肩をすくめた。

 

「そうだ。食べながら話すから、準備が出来てるなら朝食にしようか」

ご主人様はそう言うと、ダイニングテーブルのいつもの席に回り込んで椅子を引いた。

 

「かしこまりました」

「わかりました」

私とセリーが返事をしながら席につくと、ご主人様はスープを盛りつけて私たちに配り、自分も席について食事をはじめた。

 

しばらく料理の味や天気のことなど他愛のない会話をしながら朝食を続けると、ご主人様は新しい迷宮について話しだした。

なんでもハルツ公領内には三つ迷宮が出現しているらしく、騎士団だけでは手が足りなくて困っている。

ご主人様に何処かの騎士団などと関わりがないのであれば是非とも迷宮討伐に協力して欲しいと言われ、「迷宮に入るだけでも効果があるから」とも言われてしまい、断わりきれなかったとのこと。

 

ご主人様は私とセリーに、これからしばらくはベイルとクーラタルの迷宮ではなくハルツ公領内にある三つの迷宮に入ることを宣言したので、私は「分かりました」と答えた。

すると、セリーがご主人様に質問した。

 

「どこにある迷宮か分かりますか。探索者ギルドで調べてきます」

「ボーデ、ハルバー、ターレだ」

「ボーデ、ハルバー、ターレですね。分かりました」

セリーが答えながらパピルスにメモ書きすると、今度はご主人様がセリーに質問した。

 

「いくつか質問があるんだが。階層突破の報奨金って何だ」

「管理されている迷宮なら入り口に探索者がいます。最初にボス部屋を突破した場合には、この探索者を新しい階層に連れて行くとお金が払われます」

「そうか」

ご主人様は短く返事をすると、少し考えてから次の質問をした。

 

「そういえば、ザビルの迷宮は管理されていない迷宮だった。管理されていない迷宮というのもあるのか」

「帝国の領内にある迷宮は基本的に全部管理されています。設定された領土の外にある迷宮は管理されていません。ザビルは辺境にあるので、管理されていない迷宮も近くにあるのでしょう」

 

全部管理されている?放棄された町もあるのに?

私は疑問に思い、セリーに聞いてみた。

 

「セリー。討伐されずに放棄された町の迷宮は管理されてないのでは?」

「ロクサーヌさん。討伐されずに放置されている迷宮はありますが、一応発見された時点で帝国としては名称や番号で管理しているのですよ。

ただ、そういう状況になっている場合は、入口に案内人が居ることはないでしょうけど」

「そうでしたか。知りませんでした。

流石はセリー、よく知っていますね」

私がセリーをほめると、ご主人様は「なるほど......」とつぶやいて、再度質問をした。

 

「ありがとう。最後に、迷宮に入れば最先端を探索していなくても効果があると言われたが、そういうものなのか?」

「えっ。あ、はい」

 

あれ?ご主人様は探索者が迷宮に入る意味を知らないのかな?

 

迷宮探索を行う人なら常識だと思うけど、ご主人様の常識に弱いところが出てしまったのかな?

私がそう思っていると、セリーも同じようにおもったようで、ちょっと変な顔をしていた。

「そ、そうか」

ご主人様は返事をしたが、微妙に私たちから目をそらした。

セリーはそんなご主人様の様子を見て、説明を続けた。

 

「迷宮にとって人は獲物です。だから、人が入らない迷宮は活動が激しくなり、人がよく入る迷宮は活動が和らぎます。多くの人が入る迷宮はそれだけ危険が少なくなります」

「そういうものなのか」

「はい。例えば、都市や村の近くにある迷宮はあまり外に魔物を出しません。出しても積極的には人を襲わない弱い魔物です。人里離れた場所にある迷宮は、より強い魔物を迷宮の外に出すようになり、積極的に人を襲わせます」

「ふむ。そういうことか...... チッ!」 

「エルフは何を考えているかわかりません。気をつけてください」

ご主人様は少し不機嫌そうに舌打ちしたけど、セリーの表情を見るとフッと苦笑していつもの表情に戻った。

 

「だいたいわかった。ありがとう。セリー」

ご主人様はセリーにお礼を言うと、真剣な表情になって考えごとをはじめた。

これからどうするか考えていると思い、しばらく黙って見ていると、不意にご主人様が小さな声でつぶやいた。

 

「時間ももったいないし、ふたてにわかれて行動するか......」

ご主人様はそうつぶやくと、顔をあげて宣言した。

 

「まずは防具屋へ行って、装備品を強化しよう。

それからセリーは探索者ギルドへ行って、迷宮の情報を集めてくれ」

「わかりました。お任せください」

ご主人様に頼まれると、セリーは返事をしながら少し胸を張った。

 

「さっきはハルバーの迷宮しか行ってないから、俺とロクサーヌは残りの2つ、ボーデとターレの迷宮を回ってみる。まずは場所を確認しておこう」

「かしこまりました」

 

「ところでご主人様。装備品の強化ですか?」

「ああ。ロクサーヌとセリーの皮のジャケットをなんとかしようと思う。これをもう少しいい装備品に替えたい」

 

「私たちは今のままでもじゅうぶんです。

まずはご主人様の装備品から整えるべきではないでしょうか」

「完全に余裕があっての強化ならばそうするが、今はクーラタルの11階層で詰んでいる状態だからな。必要なところからにすべきだろう」

「そうですか......」

私はご主人様に考えなおして欲しかったけど、ご主人様の言葉に強い信念を感じてくちごもった。

すると、セリーがもうしわけなさそうに謝罪した。

 

「えっと。私のためにすみません」

「気にするな。パーティーメンバーにはそれぞれの役割がある。今は前衛の防備を固めるときというだけだ」

「はい。ありがとうございます」

ご主人様はセリーに気にしないよう伝えたけど、彼女は自分が足手まといになっている気持ちが強いみたい。

口ではお礼を言っているけど、表情は暗いわね。

でも...... セリーも一応同意しているし、私たちを大事にしてくれるのは何よりご主人様の意志だから、私も素直にならないといけないわね。

 

そう考えていると、ご主人様の視線が私に向いた。

「じゃあ、そういうことで。ロクサーヌもいいな」

いまさっき私が納得しがたい態度を取ってしまったせいか、ご主人様に同意を求められてしまった。

私は素直に感謝の気持ちを込めてご主人様にお礼を言った。

 

「はい。ありがとうございます」

私はにっこり微笑んでお礼を言った。

必殺の微笑みである。

すると、ご主人様は少し顔を赤らめて私を見つめた。

なんだか私に見とれているような感じがして、うれしくなって私もご主人様を見つめ返した。

 

それから数秒。いや、数十秒か。

そのまま大好きなご主人様と見つめあっている。

言葉は無くてもそれだけでとてもしあわせな気持ちになる。

 

2人の間にゆっくりした時間が流れ、「このまま時間が止まればいいのに」なんて思ったら、唐突にご主人様がハッとわれに返ってしまった。

「ちょっと残念」なんて思うとご主人様の視線が私のすぐ隣にそれた。

私もハッとして隣を見ると、死人のようにうろんな目をしたセリーがいた。

 

しまった。瞬間的にセリーを忘れてしまった。

「せっ、セリー。えっと......」

私が動揺していると、ご主人様が小さく咳払いした。

 

「あ、あと。食べ終わったら片付けはロクサーヌに頼む。セリーは装備品を作ってくれ。頼むぞ」

「かしこまりました」

「分かりました」

ご主人様に頼むと言われ、セリーの雰囲気が少し和らいだ気がした。

 

その後、食器を洗い終わると、物置部屋からご主人様とセリーが戻ってきた。

私には良くわからないのだけど、ご主人様は良い装備品は売らずに物置部屋に保管しているので、いくつか良い物が出来たのだろう。

セリーの表情もすっかり明るくなっているから、間違いないようね。

ふふっ。流石はセリー。

ご主人様が見立てた通り、鍛冶師として成功するわね。

 

「ロクサーヌ。良ければそろそろ出かけよう」

「はい。片付けは終わりましたので大丈夫です」

「じゃあ行こう」

ご主人様がワープゲートを開いたので、通り抜けるとクーラタルの防具屋だった。

 

◆ ◆ ◆

 

防具屋に入るとすぐに店主がこちらに寄ってきた。

「いらっしゃいませ。今日はどんな要件ですか?」

「どうも。今日は売り買い両方だが、まずはこの二人の防具を探したい」

「そうですか。では、何かあったら声をかけてください」

店主はそう言うと私たちから一歩下がったところに控え、装備品を物色しだしたご主人様から声がかかるのを待ちだした。

ご主人様はそんな店主を放置して、胴装備が置いてあるコーナーに移動。

しばらく物色していたけど、不意に店主に話しかけた。

 

「店主。革のジャケットのもう一つ上は、この硬革のジャケットか」

ご主人様から声がかかると、店主はニヤリと笑って一歩近づいて返事をした。

 

「そうです。それと、前衛のかたであればチェインメイル、男性用には鉄の鎧や鋼鉄の鎧もございます。チェインメイルで強度は硬革のジャケットとほぼ同等とされております。鎧は重くて動きにくいのが難点ですが、その分お求めやすくなっております」

「そ、そうか」

店主がここぞとばかりに商品の説明をし始めたので、ご主人様は一瞬けおされていたけど、すぐに苦笑いを浮かべて私に話しかけてきた。

 

「ハハハハ。そうか。

ロクサーヌは硬革のジャケットの方がいいよな」

「えっと。そうですね。鎧だと必要以上に胸が強調されてしまいそうですので、ジャケットにしていただけると助かります。

ですが、いい装備品ですが、よろしいのですか」

「大丈夫だ」

ご主人様は私に返事をすると、セリーに向きなおった。

 

「セリーも硬革のジャケットでいいか?」

ご主人様が質問すると、セリーは胸をおさえて「どうせ私は......」と小声でつぶやいていたけど、おもむろにチェインメイルを持ち上げた。

 

「いえ、この程度の重さであれば特に支障にはならないと思います」

「お、重くないか?」

「重いことは重いですが、問題ありません」

「そうか......」

ご主人様は何か言いかけたけど、セリーの表情を見て言葉を飲み込んだ。

そして、硬革のジャケットとチェインメイルをいくつか手に取り、私たちに渡してきた。

ご主人様は「それじゃあ、このあたりでいいものを選べ」と言い残すと、店主を引き連れて他の装備品を見に行ってしまった。

 

「セリー。本当にチェインメイルで良いのですか?

硬革のジャケットのほうが軽くて動き易いですよ?」

「ロクサーヌさん。私には魔物の攻撃をかわすほど早く動くことは難しいです。

ドワーフは魔物の攻撃を弾くか受け止めるタイプですし、この程度の重さで動きが変わることはありません。

ですからなるべく防御力が高い装備が良いのです」

「そうですか。値段を見て遠慮している訳ではないのですね」

「はい。もう少し力がついたら装備はプレートメイル、武器はフレイルや鉄の槍が良いのです」

「わかりました。では、選びましょうか」

私はセリーにそう言ってから、ご主人様が選んだジャケットの縫製や細部の造り込み具合、傷の有無などを見比べた。

そして、購入する物を決めて顔をあげると、セリーは自分の物を決め終わり、他の物は棚に戻し終わっていた。

 

ちょっと時間をかけ過ぎたかな?

セリーにはちょっともうしわけなかったけど、

まあ、装備品なんてそうそう買い替える物じゃないから仕方がないわね。

 

残った装備品を棚に戻してから選んだ硬革のジャケットとチェインメイルをカウンターに持って行くと、ご主人様はすでに待っていた。

 

「おまたせいたしました。ご主人様」

「いや。ちょうどセリーが作った装備品の売却が終わったところだったから問題ない。

で、それで良いのだな」

「はい。よろしくお願いします」

「お願いします」

私とセリーが装備品を渡すと、ご主人様は店主を呼んで会計した。

横で見ていると金貨を2枚も支払っていたのでびっくりした。

私が驚いていることに気づいたからか、ご主人様は私の耳をひとなですると、「じゃあ、帰るぞ」と言って店を出た。

そして、防具屋の壁にワープゲートを開いて帰宅した。

 

「ご主人様。高価な装備品を買って頂き、ありがとうございました」

「いや、命を守る物だから気にするな。

セリーが作った防具が良い値で売れたから、そこまでの出費ではないし、迷宮で戦えばすぐに元は取れるからな」

「はい。頑張ります」

「わ、私も頑張ります」

私が返事をすると、セリーも慌てて返事をした。

 

「ところでセリーが作った防具はそんなに高く売れたのですか?」

「ああ。良い出来だったからな。セリー様々だ」

「ち、違いますよ。数があったからですよ。ご主人様。そんな言い方をしたらロクサーヌさんが勘違いしますから」

ご主人様がニヤけながらセリーをおだてると、彼女はちょっと慌てて否定した。

 

「いや。防具屋の店主はセリーが作った防具を見てなかなか良い出来だって褒めてたぞ。

店主は“この装備を作った鍛冶師なら、専属契約してもいい”って言ってたしな。まあ、数があったことは間違いないが」

「さすがはセリーですね」

「ご主人様。それは営業トークです。真に受けたら商人にいいようにされてしまいますから、話半分で聞くようにしてください」

「ハハハハッ。わかった。わかった。

だが、セリーが作った防具を喜んで買ってくれたことに間違いないのだから、これからもよろしく頼むな」

「はい。頑張ります」

セリーはご主人様に返事をしながら“フンスッ!”と鼻息を荒らげて拳を握った。

 

「それより新しい装備を着けてみてくれ」

「はい」

「はい」

私たちが、買ってきた装備品を着けていると、ご主人様はセリーに装備品を重ねて着けられるか、武器を複数持っても問題ないか等の質問をしだした。

しかし、彼女からあまり求めていた答えが得られなかったようで、少しがっかりしていた。

そして、セリーから胡乱な目を向けられて、ちょっと慌てていた。

 

誰でも知ってることだし普通は考えないことだけど、

ご主人様はときどきこういう常識的なことを聞いてくる。

ご主人様はすごい人なんだけど...... ふふっ。ほんと、ちょっと可愛い♥

 

◆ ◆ ◆

 

装備品の試着のあと、クーラタルの冒険者ギルドに移動してセリーと別れ、私とご主人様はボーデの冒険者ギルドに移動した。

カウンターで迷宮場所を聞いて冒険者ギルドの外に出るとまちなかが混んでいた。どうも市が立っているようだ。

私たちは人ごみの中を抜けて城壁の外に出、森の中を小一時間ほど歩いて迷宮に着いた。

迷宮につくとご主人様は入口の探索者に迷宮の探索状況を確認した。

 

「探索はどこまで進んでいる」

「まだ1階層を突破したパーティーはありません。出現したばかりですので。1階層の魔物はグリーンキャタピラーです」

「わかった」

ご主人様は返事をすると迷宮の1階層に入り、入り口小部屋の壁にワープゲートを開いた。

 

ゲートを通り抜けると知らない小屋の壁に出た。

「ご主人様。ここはどこですか?」

「ここはターレの村だ。ここには冒険者ギルドがないから村人を探して迷宮の場所を聞く」

ご主人様はそう言って歩きはじめると、すぐにエルフの村人を見つけた。

 

ご主人様は村人に近づき、「迷宮のある場所を尋ねたいのだが」と話しかけた。

すると、村人はいぶかしそうな顔をして私の知らない言葉で返事をした。

たぶんエルフの言葉だろう。

 

ご主人様は困って私に救いの視線を向けて来たけど、私も知らない言葉だったので、「すみません。私もここの言葉は分からないです」と答えると、「まいったな」とあたまをかいた。

 

すると村人は私たちに言葉が通じないことがわかったのか、「チッ」っと舌打ちして地面を指差し、この場から立ち去った。

どうやら誰か呼びに行ったようだ。

「待ってろってことかな」

「そう思います」

 

そのまま少し待っていると、少し身なりの良いエルフの男性が近づいてきた。

後でご主人様に聞いたのだけど、村長だったらしい。

 

その男性はご主人様をいぶかしそうに睨むと、「迷宮に来た冒険者か?」とブラヒム語で話しかけてきた。

 

ご主人様が「そうだ」と短く答えると、その男性は「迷宮は村を出て南西の方にある。人間族でも行けば分かるだろう」と吐き捨てるように言って、もう話すことはないというようにきびすを返した。

 

ご主人様はその背中に「……分かった」と返事をすると、こちらに振り向きもせずに「せいぜいがんばるがいい」と言い残してそのまま立ち去った。

 

私は男性の態度に呆気に取られていたけど、少しするとご主人様が侮られたことに気がついて怒りが込み上げて来た。

そして、我慢出来なくなり言葉を吐き出した。

 

「何か態度がよくない感じでした」

「まあそういってやるな」

「でも、ご主人様が侮られているように感じたのですが!」

私はあたまに血が上ってしまい、両手で拳を握って思いっきり振り下ろし、全身で“私、怒ってます!盛大に怒ってます!”という雰囲気を出したのだけど、何故かご主人様はクスッと笑ってちょっと嬉しそうに私を見つめた。

 

「まあ、しょうがないだろう。俺たちの実力も知らないだろうし」

「ですけど!ご主人様は迷宮探索に協力しに来ているのに、あの態度はないと思います!」

「まあまあ。ロクサーヌ。それ以上怒るな」

ご主人様はそう言って、私をなだめるように耳を撫でた。そして、「さ、行くぞ」と言って、私の手を引いて迷宮に向かって歩きだした。

 

私は怒りがおさまらなかったけど、ご主人様がそんなに怒っていないので、ひと息吐いてから話を続けた。

「さすがご主人様は寛容です。さっきの連中に思い知らせてやりたいです」

「ハハハハ。ロクサーヌ。迷宮の場所さえ分かれば二度とあの村に行くことはない。だからもう忘れろ」

ちょっと拗ね気味に言ったけど、ご主人様に笑って諭されてしまった。

私はそれが悔しくて、更に言い募ってしまった。

 

「ですけど、あの態度は許せません」

「まあまあ。確かに酷い態度だったけど、もう関わらないなら引きずっても意味がないだろう?」

「確かにそうですけど...... ご主人様は悔しくないのですか?」

私が納得行かない態度を崩さないでいると、ご主人様は優しい声音で返事をした。

 

「ちょっとムカついたけど、それだけだ。

そんなのほっとけって感じだよ。

それに、俺としては怒ったロクサーヌが見れたから、ちょっと得した気分だしな」

「えっ!それはどういうことですか?」

私が驚くとご主人様は立ち止まり、私の耳元に口を寄せて小さくささやいた。

 

「怒ってるロクサーヌも可愛いよ」

私は一瞬で怒りが吹き飛び、顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。

「ご主人様。その言葉は卑怯です......」

「ハハハハ。ロクサーヌ。俺のために怒ってくれてありがとうな」

ご主人様はそう言うと、再び迷宮に向かって歩きだした。

 

しばらく歩いて迷宮に着くと、入り口にエルフの男性が立っていた。

たぶん迷宮案内の探索者だろう。

 

私は一瞬警戒したけど、ご主人様の問いかけに普通に答えたのでホッとした。

ターレの村人と違い、この探索者はそれなりにわきまえているようだ。

 

探索者の話では、ターレの迷宮は13階層まで探索が進んでおり、13階層の魔物はラブシュラブらしい。

 

ご主人様が13階層への案内を依頼してワッペンを見せると、探索者は目を見開いて驚いた。

エルフでないご主人様がハルツ公領騎士団のワッペンを持っていることが信じられなかったのだろう。

 

「き、騎士団員のかたですか」

「いや。関係者だ」

「そうでしたか」

探索者の態度が急に丁寧になった気がする。

 

ご主人様は探索者をパーティーに加えて13階層に連れて行ってもらうと、一度迷宮の外に出た。

それから、探索者と別れたあとにもう一度迷宮に入り、1階層に寄ってからクーラタルの迷宮4階層に移動した。

 

「ロクサーヌ。MPを回復したいから魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

私は匂いを嗅ぐと、右の通路の先にチープシープが2匹。

正面通路の奥からチープシープ1匹とコボルト2匹の群れの匂いがした。

 

「ご主人様。右の通路にチープシープが2匹。正面の通路にチープシープ1匹とコボルト2匹の群れがいます」

「では、右に行こう」

「かしこまりました」

 

右に行くと、1分ほどで通路の先にチープシープが見えてきた。

ご主人様は剣を抜くと、突っ込んできた1匹をかわしざまに斬り飛ばし、一瞬だけ私が抑えたもう1匹を横から斬り伏せた。

どちらも当たり前のように一撃で煙に変えている。

 

その後2度、魔物の群れを殲滅してから迷宮を出て、探索者ギルドに移動した。

探索者ギルドでセリーと合流し、少し早かったけど夕食の食材を買って家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

家に着いて装備品を外していると、セリーがはなしかけてきた。

「ロクサーヌさん。けっこう時間がかかりましたけど、ボーデとターレの迷宮は町から遠かったのですか?」

「そうですね。ボーデは冒険者ギルドから1時間弱。ターレは村の中心から1時間ちょっとくらいでした」

私はセリーに答えながら、ターレでの出来事を思いだした。思い出すと、沸々と怒りが込み上げて来た。

 

「そう。それよりもセリー。聞いてください!

ターレはエルフの村だったのですけど、村人がすごく失礼な人たちでした」

「そうなんですか?」

「はい。

ご主人様が迷宮の場所を問い合わせたら、方角だけ教えてこちらの返事も聞かずにきびすを返したのです。

勝手に探せって感じで。

しかも最後に「せいぜい頑張れ」って捨て台詞まで吐いたのですよ。それもけっこう偉そうな人が。

ちょっと酷いって思いません!」

私が捲し立てるとセリーは一瞬キョトンとしたけど、すぐに優しい顔になった。

 

「ロクサーヌさん。相手はエルフですよね。

なら仕方がありません。

基本的にエルフは排他的で、他種族を見下すやからが多いのです。

それに、見た目と異なり、裏ではあくどいことをしている者も多いようです。

表情を見ただけでは何を考えているかわからないので、ドワーフは子供の時に、エルフには注意するよう教わるのです」

「そうでしたか。排他的で、他種族を見下す......

確かにセリーのいう通りでした。

あの村には2度と行きたくないですね!」

「エルフの村なんて行かないに越したことはありません。まあ、冒険者ギルドもないような村になど、2度と行くことはないでしょう」

「そうですね」

私はセリーと話していると、ご主人様が肩をすくめて軽くため息を吐いた。

そして、私の肩をポンポンと優しくたたいて「まあまあ」となだめてくれたので、深呼吸してさっきの景色をあたまのなかから追い出した。

 

私とセリーの会話がひと段落すると、ご主人様はセリーにクーラタルの探索者ギルドで得た迷宮に関する情報を確認した。

どうも情報は数日遅れて伝わっているようで、階層毎の魔物情報は有用だけど、探索進捗状況はあまり役にはたたなそう。

実際、ボーデの迷宮に関してはいっさい情報がなかったとのこと。

 

ご主人様は少し悩んでいたけど、階層突破の報奨金がたいした金額ではないことがわかると、「ハルバーの迷宮11階層から探索を進めることにする」と宣言した。

 

「じゃあ、ハルバーの迷宮11階層に行けるようにしてくるから、ロクサーヌとセリーは家で待っててくれ」

「かしこまりました」

「わかりました」

私とセリーが返事をすると、ご主人様はワープゲートをひらいて出かけて行った。

 

「セリー。今のうちに家事をしておきましょう」

「はい。では、私は2階の部屋から掃除します。ロクサーヌさんは?」

「私は洗濯してから掃除を手伝います。ご主人様はすぐに帰ってくるかも知れませんので、手早く済ませましょう」

「わかりました」

 

私はまず寝室に行き、シーツを交換し、それから脱衣室に移動してカゴから服を取り出し、風呂場に持って行って手早く洗濯した。

洗ったシーツと服を紐に吊るしてから風呂桶の水を捨て、それからほうきを持ってセリーを探した。

するとセリーは2階の廊下を掃いていた。

 

「セリー。2階の部屋は済みましたか?」

「はい。廊下のあとは階段。それから1階におります」

私がセリーの横を通り抜けながら声をかけると、セリーも掃きながら返事をした。

私は1階におりてダイニングから部屋の掃き掃除をはじめ、各部屋のあと廊下を掃きはじめると階段を掃き終わったセリーが合流した。

そして、2人であらかた掃き掃除が終わるころ、ご主人様が帰ってきた。

 

「おかえりなさいませ。ご主人様」

「ただいま。ロクサーヌ。掃除してたのか?」

「はい。もう終わりますので、いつでも出られます」

「そ、そうか」

「ハルバーの迷宮11階層には入れる様になりましたか?」

「ああ。10階層と11階層に入れるようになった」

「10階層もですか?」

「ああ。さっき1階層から家に帰ってきたので、1階層に飛んで一度迷宮の外に出たんだけど、ちょうどそこにゴスラーがいてな。

話をしたら、入り口の探索者にただで10階層と11階層に送るよう頼んでくれたんだ」

「さすがご主人様です」

「いや。運が良かっただけだ」

「運ですか?私はご主人様に人徳があったからだと思いますよ」

「ハハハハ。人徳は大袈裟だな」

 

話がひと段落すると、セリーも掃除を終えてダイニングに戻ってきた。

ご主人様は迷宮入り口での階層選択についてセリーに確認すると、「じゃあ、ハルバーの迷宮に移動する」と言ってワープゲートを開いた。

 

ゲートをくぐると目の前に迷宮の入り口があった。

どうやら入り口前の大木に飛んだようだ。

ご主人様はまっすぐ歩いて迷宮に入ったので、私とセリーも続いて入った。

 

「では、とりあえず10階層からこの迷宮で戦ってみよう」

「えっと。ここはハルバーの迷宮10階層なんですね」

「そうだ」

 

セリーが質問すると、ご主人様は“なんでいちいち確認するんだ?”という雰囲気で答えた。

ちょっといぶかしそうなので、たぶん根本的なことに思いがいっていないようだ。

私はそれに気づいたので、思い切って言うことにした。

 

「ご主人様。ちょっとよろしいですか?」

「ん?なんだ?」

「ご主人様は探索者なので迷宮のどこに移動したかわかりますが、パーティーメンバーとして一緒に移動してきただけの私とセリーにはわからないです」

「言われて見れば、確かにそうだな」

「もうしわけありませんがこれから移動先がどこか、伝えていただけないでしょうか。そのほうがセリーは情報が伝え易くなりますし、私も魔物を判断しやすくなります。似たような匂いの魔物もおりますので」

「わかった。ロクサーヌ。ちゃんと言ってくれてありがとう。これからも気づいたことがあったら遠慮なく言ってくれ」

ご主人様はそう言うと、私の耳をひと撫でした。

 

「かしこまりました」

「セリーも頼むな」

「わ、わかりました。

えっと。ハルバーの迷宮10階層の魔物はニートアントです」

「なんだ毒もちか......

まあ初めての迷宮だし、一応一つ下から試してみるべきだろう......」

ご主人様はこの階層の魔物の名前を聞いたとたん、明らかにテンションがさがった。

なんだかすごく嫌そう。

 

この前ニートアントの毒攻撃を受けていたので、軽くトラウマになっているのかな?

私はポケットから毒消し丸を出しながらセリーを見ると、彼女もアイテムボックスから毒消し丸を取り出した。

 

「ご主人様。私たちが毒消し丸を持っていますので、毒を受けても大丈夫ですよ」

そう言いながら、にっこり微笑んで2人で毒消し丸をつまんで見せると、ご主人様は苦笑いした。

 

「いや、まあ。それを使われないように頑張るよ。

じゃあ、ロクサーヌ、魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

 

私はその場で匂いを嗅ぐと、左のほうからニートアントの匂いがした。

匂いの強さからすると3匹というところか。

他の魔物の匂いはしないわね。

 

「ご主人様。左のほうにニートアントが3匹います」

「わかった。先導を頼む」

私は2人を連れて左の通路を進むと、すぐにニートアント3匹の群れが見えてきた。

すると、ニートアントは水の膜に包まれて苦しみだした。ご主人様がウォーターストームを放ったのだ。

私たちが動かず待機していると、ニートアントがこちらに向かってきた。

しかし、私たちに辿り着く前に2度目のウォーターストームに包まれる。

ウォーターストームの効果が切れると再びニートアントがこちらに向かってきたが、私が2匹、セリーが1匹を抑えると、すぐに3発目のウォーターストームが炸裂。

ニートアントは3匹とも煙になり、毒針をドロップした。

 

「さすがはご主人様です。ニートアントごときは敵ではありませんね」

「いや、2人がしっかり抑えてくれたから今の戦闘は完勝したが、4匹だったらこうは行かない。

他の魔物が入れば魔法3発では倒せないし、1匹でも魔法を撃たれたら、こちらが窮地に陥る可能性もある。

だから、気を抜くなよ」

「は、はい。気をつけます」

 

しまった。

ご主人様にたしなめられてしまった。

 

あまりにも楽勝だったので、ご主人様のテンションをあげるためにも意識して浮かれたことを言ったつもりだったけど、ご主人様はもう気持ちを切り替えて前を向いていたのね。

逆に私はこの階層なら余裕って思ってしまった。

迷宮はいつ牙を向くかわからないのに、私のほうこそ気が緩んでいたみたい。

反省しないと......

 

「ではロクサーヌ。組み合わせは気にしなくて良いからどんどん魔物を探してくれ」

「はい」

私は短く答えて匂いを嗅いだ。

 

「ご主人様。次はこちらです。ニートアント3匹とエスケープゴート1匹の群れがいます」

「わかった。案内を頼む」

 

左の通路を進むと、前がニートアント2匹とエスケープゴート1匹。後ろがニートアント1匹の群れが見えた。

私とセリーが構えると、魔物にウォーターストームが炸裂。更にもう1発ウォーターストームが炸裂すると、後方のニートアントの下に魔法陣が出現した。

 

「セリー、さがって!」

私は叫ぶと同時に2mほど後方にさがった。

セリーもすぐに私の横まで下がると、後方のニートアントの魔法陣がカッ!っと光った。

しかし、何も起らなかった。

次の瞬間、3発目のウォーターストームが炸裂し、ニートアントが全滅した。

すると、エスケープゴートは逃げようとしたが、私とセリーが左右から回りこんで退路を断つと、ウロウロしている間にファイヤーボールを3発撃ち込まれて煙に変わった。

 

戦闘が終了すると、セリーが話しかけてきた。

「ロクサーヌさん。さっきニートアントのスキルが不発だったのは、私たちが離れたからですか?

私の知る限り、確実に毒を与えるスキルだったはずですが」

「ニートアントのスキルは射程があるので、それ以上離れると届かないのです」

私がセリーに答えると、ご主人様も話しかけてきた。

「ロクサーヌ。よくそんなこと知っていたな」

「はい。むかし家の近くにいたニートアントで試しましたので」

「えっ!試した?」

「ど、どうやって試したのですか?」

2人がすごく驚いて聞いてきたので、私は子供の頃に試した方法を話した。

 

「えっと、最初にニートアントと戦ったとき、ニートアントのしたに魔法陣が浮かんだので全力で逃げたことがあったのです。

するとスキル攻撃を受けなかったので、離れれば大丈夫って気がつきました」

「いや、普通子供のときにニートアントと戦うことは無いと思うが......」

 

「ロクサーヌさん。気づいたあとはどうしたのですか?」

「そのあとは、小さなカエルを20匹くらい捕まえて袋に入れてニートアントに近づき、魔法陣が浮かんだらカエルを落としながら離れることを繰り返しました。

それで、だいたい8mくらいまでのカエルが死ぬことがわかったので、以降は魔法陣が浮かんだら8m離れることにしていました」

「そ、そうですか。さすがロクサーヌさんです」

セリーは返事をするとなぜか肩を落とし、ご主人様はセリーの肩を優しくたたきながら、小さくうなずいていた。

えっと......なぜ?

 

そんな会話もありつつその後、1時間ほど10階層で戦うと、ご主人様は「10階層は問題ないみたいなので、11階層に移るか」と言いだした。

 

「わかりました」

「わかりました」

私とセリーが返事をすると、ご主人様はボス部屋に向かうことなくダンジョンウォークのゲートを開いた。

 

ゲートをくぐり11階層に移動して匂いを嗅ぐと、正面通路からミノの匂いがした。

わずかながらニートアントの匂いもする。

「ハルバー11階層の魔物はミノです。特に弱点となる魔法はありません」

ゲートをくぐるとすかさずセリーが魔物の情報を伝えてくれた。

私も続いて報告する。

「ご主人様。正面通路にミノ2匹とニートアント1匹の群れがいます」

「わかった。案内してくれ」

 

先導すると、すぐに魔物の群れがいた。

10階層での戦いと同じで魔物が気づく前にご主人様のウォーターストームが炸裂し、接敵する前に2発目のウォーターストームが炸裂。そして私とセリーが魔物をブロックすると、直後に3発目のウォーターストームが炸裂した。

しかし、今度は魔物が1匹も倒れなかった。

 

まあ、11階層にあがったのだから、魔物も強くなっているのね。

私はそのまま魔物をブロックしながらセリーを見ると、彼女も魔物が残ることを予想していたようで、動揺することもなく魔物の攻撃を抑えていた。

 

何度か攻撃をかわしていると、4発目のウォーターストームが炸裂し、ニートアントが煙になった。

私とセリーはそれぞれミノ1匹ずつを抑え続けたけど、5発目、6発目の魔法でもミノは倒れず、7発目の魔法でやっと崩れ落ちた。

 

ドロップアイテムを拾っていると、「フゥッ。7発か」と

ご主人様がつぶやく声が聞こえた。

ご主人様は魔法の回数が増えたことに不満があるのだろうか?難しい顔をしながら考えごとをしている。

ミノに弱点が無いことも影響しているとは思うけど、やはり11階層にあがり魔物が強くなったことが、魔法の回数が増えた原因だと思う。

とは言っても3分くらいで撃破出来た。

装備を強化しているので多少攻撃を受けてもたいしたダメージは受けないだろうし、もう1匹増えても全体攻撃魔法を撃たれなければ大丈夫だと思う。

そう思ったので、ご主人様に素直に伝えた。

 

「ご主人様の魔法で戦闘が早く終わるので、もう1匹増えても全体攻撃魔法を撃たれなければ大丈夫だと思います」

「この階層の魔物はミノ、ニートアント、エスケープゴートがほとんどです。全体攻撃魔法を使う魔物はいないので、私も大丈夫だと思います」

私が考えを伝えると、セリーも大丈夫だとねんをおした。

 

「そうか。まあ、1回戦っただけで大丈夫だと思うのは早計だ。それに魔法はMPが減ったら使えないから、何度か戦ってから上の階層にあがるか判断する」

「わかりました」

「じゃあロクサーヌ。10階層のときと同じで組み合わせは考えなくて良いから、どんどん魔物に案内してくれ」

「かしこまりました」

 

それから何度か魔物と戦うと私は一度も攻撃を受けなかったけど、ご主人様とセリーはご主人様が剣で戦ったときに何度か攻撃を受けていた。

しかし、回復魔法は1、2回で済んでいたので、私は私たちのパーティーなら上の階層でも十分戦えると思ったけど、ご主人様は違う判断をしたようだ。

 

ご主人様はセリーが攻撃された後、受けたダメージがクーラタルの11階層でも問題ないレベルか確認したけど、彼女が「やってみなければ分かりませんが、がんばれると思います」と答えると眉をしかめた。

そして、「大丈夫ではないということか」とボソッとつぶやいた。

 

それからも何度かハルバーの11階層で魔物と戦い、お昼に迷宮の外に出て、ご主人様のワープで一度家に帰った。

ダイニングテーブルでお茶を飲みながらひと息つくと、ご主人様は「午後からはターレの13階層へ行って、ラブシュラブを狩る」と言いだした。

いつも安全重視なご主人様がいきなり13階層に行くと言ったことに違和感を感じたけど、なんだか自信有りげな表情をしていたので、私は短く「はい」と返事をした。

 

「セリー、ラブシュラブというのが次の装備品作成に必要な素材を残す魔物だったよな」

「はい。そうです」

「よし。じゃあ、そろそろ行こう」

 

ご主人様のワープでターレ迷宮のすぐ脇の大木に出ると、入り口に立っている案内人に軽く声をかけてそのまま1階層に入った。

ご主人様がアイテムボックスからデュランダルを取り出して態勢を整え、それから13階層に移動した。

 

13階層入り口の小部屋に着くと、ご主人様はセリーに話しかけた。

「ラブシュラブというのはどういう魔物か知っているか」

「戦ったことはありませんが、枝を遠くに飛ばす遠距離攻撃をしてくる魔物だそうです。火魔法が弱点です」

「火魔法だな。まあ今回は新しい魔法を使う。ロクサーヌ、魔物が少ない群れを探してくれ」

 

新しい魔法?

疑問に思ったけれど、匂いを嗅ぐとすぐ近くに嗅いだことがない魔物の匂いがしたので、どんな魔法か確認するのはあと回しにしてご主人様に魔物がいることを報告した。

 

「ご主人様。右に匂いを嗅いだことがない魔物がいます。たぶんラブシュラブだと思います。

数は1匹か2匹です」

「わかった。案内してくれ」

 

私が2人を先導して右の通路を進むと、すぐにラブシュラブが2匹出現した。

 

私はご主人様が魔法をはなつと思ってその場で立ち止まり、ラブシュラブを観察した。

根がうねって少しずつ近づいてくるけど、ずいぶん足が遅い魔物ね。これならいざというときは簡単に逃げられるのではないかしら。

などと思っていると、魔物の足元にオレンジ色の魔法陣が出現し、表面に突起が浮かんだ。

 

私はハッとして、「来ます!」と警告しながら右に飛ぶとからだの脇を茶色の棒が飛び抜けた。

すると、後ろで「うぉ!」というご主人様の焦った声が聞こえた。

ご主人様は私の後ろに位置どっていたので、回避がギリギリだったのだろう。

 

いまのがラブシュラブの遠距離攻撃か。 

いまの攻撃ならもっと近づいても避けることは出来るだろう。しかし、背を向けて逃げるのは難しいかも。

さすがは中層の魔物というところか、足が遅い分はいまの遠距離攻撃でカバーしているのね。

それなら接敵するまで動かないのは間違いね。

私はそう考えてセリーに声をかけた。

 

「セリー。突っ込みましょう」

「はい」

私とセリーが走りだしたまさにそのとき、ご主人様が突然叫び始めた。

 

「光栄に思うがいい。この魔法まで見せるのは、貴様らが初めてだ。無限の宇宙の彼方から、滅ぼし尽くす空の意志、滅殺、メテオクラッシュ」

突然どうしたのだろう?

いつもは魔法を無詠唱で放つのに、いきなり叫び始めたことに驚いてちらっと振り返ると、ご主人様の頭上に灼熱した岩石が出現し轟音をとどろかせながら私たちに向かって撃ち出された。

 

「えっ」

「何?」

私は咄嗟にからだをひねってそれを回避したけど、セリーは回避できずにあたまに直撃した。

私はその光景にゾッとしたけど、セリーのあたまは弾け飛ぶようなことはなく、岩石はあたまをすり抜けて火の粉を撒き散らしながら魔物に向かって飛んで行った。

そして、岩石は魔物に直撃すると、爆散して魔物とともに煙になり、次の瞬間に静寂に戻った迷宮にカランという板が落ちる音が響いた。

私は少しの時間呆けていたけど、ご主人様の「ふぅ」と大きく息を吐いた音を聞いてハッとわれにかえり、ご主人様に確認した。

 

「な、何ですか、今のは」

「新しい魔法だ」

「こ、こんな魔法も持っておられたのですね。さすがはご主人様です」

「以前は使えなかった魔法だ。レベルがあがってMP量が増えたから使えるようになった」

「そうでしたか。でも、すごい魔法でした」

「まあ、まだ連発はできないがな」

私とご主人様が話していると、新魔法の威力に呆然としていたセリーがハッとわれにかえった。

と、思ったら、あたまを抱えてアワアワしている。

 

「いいいい、今のは何ですか!」

「いや、だから新しい魔法だ」

どうも呆然としているあいだ、セリーには私とご主人様の会話が聞こえていなかったようだ。

 

「でででで、でも、一撃ですよ! こ、こここ、ここは13階層ですよ!」

「セリー、ちょっと落ちつけ」

「セリー、落ち着いてください」

「ででで、でも、こんな魔法は聞いたことがありません!」

灼熱した岩石があたまを通過する瞬間に走馬灯でも見たのか?

セリーはパニック状態になっている。

 

自分のあたまを焼けただれた岩石がすり抜けたのだから仕方がないかもしれないけど、ちょっと落ち着かせないと会話にならないわね。

こういうときは確か...... 一発殴って落ち着かせる?

そんな考えがあたまをよぎったけど、彼女を殴ると根に持たれそうな気がする。

だから今回は、ご主人様の素晴らしさを精一杯アピールして彼女を納得させることにした。

 

私は彼女を引き寄せて両肩をガッとつかみ、額が付くくらい顔を寄せた。

彼女は私が急に顔を寄せたことに驚いたからか、「ヒッ!」っと短い悲鳴を漏らしたけど、かまわずご主人様の素晴らしさを伝える。

 

「セリー。ご主人様ですから、強い魔法が使えても不思議なことではありません。むしろ、私たちの常識で図ることが間違っているのです。

初めてなので驚くことは仕方がありませんが、理解できないからと言って恐怖することはないのです。

なぜならご主人様は、私たちをとても大切にしてくれるのですから。

これからは、ご主人様に驚いたときは「さすがです」と讃え、そんなすごいご主人様に仕えられていることを幸運に思ってください」

私は一気に言い切って、最後に「いいですね」と念を押すと、セリーは無言でコクコクとうなずいた。

 

私は「ふぅ」と息を吐いてセリーを離すと、彼女も落ち着いたようで静かになった。

ご主人様に向きなおると、なぜか眉根がヒクついていた。

 

「ろ、ロクサーヌ。ありがとう」

「いえ。たいしたことではありません。それより話を戻しますが、すごい威力でした」

「まあ、レベルがあがって力があり余っているからな」

「13階層に行くと言われたときに自信が有りそうでしたので、何かあるとは思っていましたけど、想像以上でした。さすがはご主人様です」

「なにしろ力があり余っているんだ。今日はちょっとやりすぎてしまうかもしれん」

「えっ!では、他にも何かあるのですか?す、すごすぎです」

ご主人様が上機嫌で話すと、その言葉を聞いてセリーはまた驚愕の表情を浮かべた。

 

「ハハハハ。まあ、まだあると言いたいところだが、いまのでMPがだいぶ減った。

まずはMPを回復しないとダメだな」

 

ご主人様はそう言うと、ダンジョンウォークで1階層に移動してデュランダルで魔物を2匹狩り、その後ハルバーの11階層に移動して、さらに魔物を4グループ。合計14匹も狩った。

 

14匹目の魔物を狩ると、ご主人様は「MPが全回復したからターレに戻る」と宣言した。

そして、ターレの迷宮13階層に移動すると、私にもう一度、魔物が少ないところに案内するよう指示した。

 

魔物を探すと4匹の群れが近くにいたけど、私は魔物に気付かれないよう別の通路に進み、ラブシュラブが1匹のところに案内した。

「ご主人様。この先にラブシュラブが1匹います」

「わかった。魔物の強さを図りたいので、俺が剣で倒す。ロクサーヌとセリーは防御か回避に専念してくれ」

「はい」

「わかりました」

返事をしながら少し進むと、前方にラブシュラブが見えてきた。

 

ご主人様は「行くぞ!」と言うと、デュランダルを掲げて駆けだした。

私とセリーも左右に並んで魔物に向かうと、ラブシュラブのしたにオレンジ色の魔法陣が出現した。

 

「来ます!」

私は枝を避けるために立ち止まったけど、ご主人様は避けずに突っ込んだ。

次の瞬間、バチン!と革の鎧に枝が当たる音が響いたけど、ご主人様は顔をしかめながらもラブシュラブに飛びかかり、大上段からデュランダルを振り下ろした。

 

すごい威力の一撃で、ラブシュラブのからだが一瞬お辞儀するように折れ曲がったけど、その一撃では倒れなかった。

しかし、衝撃がすごかったためかラブシュラブは反撃できずに棒立ちとなり、ご主人様に次の一撃を許してしまう。

 

今度は右から左に薙ぎ払われ、からだをくの字に曲げて吹き飛んだ。

今の薙ぎ払いもすごい。いつもの倍は威力がある気がする。

ご主人様はからだが霞むくらいの素早い攻撃もできるけど、渾身の一撃を連発することもできたのだ。

さすがはご主人様。本当にすごい人だ。

 

しかししかし、さすがは中層。

なんとこれでおしまいではなかったのだ。

 

ラブシュラブは派手に壁に激突して倒れたので、「さすがにこれは決まったか」と思ったけど、煙にはならずにむっくりと立ち上がった。

しぶとい。

やはり中層の魔物となると、低層の魔物とは比べものにならないくらい強いのか。

 

私はラブシュラブの強さに少し焦ったけど、ご主人様の次の一撃で煙になった。

最後の一撃もすごい威力だったけど、ラブシュラブも腕を振るって攻撃を当てていたらしく、相打ちだったようだ。

 

戦いが終わるとご主人様は「くっ!」っと小さく声を洩らして片膝をついた。

思わず私はご主人様に駆け寄って声をかけた。

 

「ご主人様。大丈夫ですか」

「ああ。たいしたことはない。しかし、11階層と比べると、かなり強いな」

「そうですね。確か11階層のときはご主人様の一撃で魔物をたおしていたので、3倍くらい強いということでしょうか」

「そうかもしれないな。

まあ、なんとか戦えている。

中層の魔物の強さに慣れるためにももう少し13階層で戦ってもいいだろう」

そう言うとご主人様は板を拾っているセリーに話しかけた。

 

「セリー、板は何枚くらいあればいい」

「とりあえず、五、六枚もあれば十分です」

「そうか。あと3枚だな。ロクサーヌ。次を頼む」

「かしこまりました」

私は匂いを嗅ぐと、右のほうにラブシュラブ2匹と知らない魔物が1匹。左のほうにラブシュラブが2匹いた。

 

「ではご主人様。こちらにラブシュラブが2匹います」

私はさきほど言われた通り魔物の少ないほうに案内すると、すぐ通路の先にラブシュラブが見えてきた。

するとご主人様が「この星を消す」と言って右手を突き出したけど、ちょっと待っても何も起らなかった。

 

「えっと......?」

魔法が放たれると思って駆けださなかった私とセリーがご主人様を見つめると、軽く咳払いしてから今度は無言でもう一度右手を突き出した。

なぜか少し恥ずかしそうだったけど、あえて黙って見ていると、ご主人様の頭上に灼熱に焼けただれた岩石が浮かびあがった。

ご主人様の新魔法、メテオクラッシュだ。

轟音をとどろかせて岩石は火の粉をまき散らしながらラブシュラブめがけて飛んでいき、直撃すると爆散して煙になった。

さきほど一度見ているけど、ほんとすさまじい光景だ。

 

だけど、さっき一瞬まがあったのはなんだったのだろう?

少し疑問に思って「あの、今のは......」と声をかけようとすると、ご主人様はちょっと目を見開いて無言でじっと私を見つめた。

その目が「今は聞かないでくれ」と、訴えている気がする。

 

私はご主人様の無言の圧力にけおされ、「あ、いえ、

なんでもありません」と言ってなかったことにした。

そしてちょっと気まずかったので、セリーに声をかけて板を回収しに行った。

 

後で教えてもらったのだけど、このときご主人様はガンマ線バーストという別の新魔法で私たちを驚かせようと思っていたのだけど、魔法を念じても発動しなかったとのこと。

発動できるレベルに達してなかったことが原因なのだけど、メテオクラッシュが使えたのでまさかガンマ線バーストが使えないとは思ってもみなかったらしく、めちゃくちゃ恥ずかしかったらしい。

そして、魔物を倒した直後に私に突っ込まれそうになったので、全力の目ぢからで切り抜けたつもりだったとのこと。

こういうところは、ご主人様のちょっと可愛くて魅力的なところだと思う。

 

その後、板を回収して持って行くと、ご主人様から質問された。

「13階層にはラブシュラブしかいないのか?」

「えっと。数の少ないところに案内しているので」

「まあそうだよな」

 

「戦ったことのない魔物の匂いもします。たぶん12階層の魔物だと思います」

私の言葉を聞くと、ご主人様は「そうか」と言いながらセリーのほうを向いた。

すると、彼女は「ターレの12階層の情報はまだギルドには出ていませんでした」と当たり前のように答えた。

 

「えっと、ご主人様。コラーゲンコーラルの匂いもします」

私が話すとご主人様は一瞬こちらを向いて「そうか」と言うと、すぐにまたセリーのほうを向いた。

すると、セリーは当たり前のように「10階層か11階層の魔物ですね」と答えた。

 

仕方がないことだけど、ご主人様のなかで情報確認はセリーにするということが、すでに定着してしまったのだろう。

それにしても、なんで10階層か11階層ということがわかったのだろう?

ご主人様はすぐに納得したようだけど、私は分からなかったので、セリーに聞いてみた。

 

「セリー。コラーゲンコーラルがなぜ10階層か11階層の魔物とわかったのですか?」

「クーラタルの探索者ギルドには、ターレではコラーゲンコーラルの出現情報がなかったからです」

「そういうこと......ですか?」

私がいまいち理解できないでいると、セリーは説明を付け足した。

 

「迷宮では3階層下の魔物まで出現しますので、10階層の魔物までは出現する可能性があります。

クーラタルの探索者ギルドにはターレの迷宮についての情報は9階層までしかなかったことを伝えましたので、たぶんご主人様はターレの魔物情報にコラーゲンコーラルがいなかったことまで気づいて納得したのだと思います」

そこまで話すとセリーはご主人様に顔を向けた。

「そうですよね?」

「その通りだ」

「そうでしたか。やっと腑に落ちました」

私が納得すると、ご主人様は「では、探索を続けるぞ」と宣言した。

 

「ロクサーヌ。コラーゲンコーラルだが、数は少ないか?」

「はい。1匹か2匹だと思います。コラーゲンコーラルだけの群れです」

「じゃあそこへ連れてってくれ」

「かしこまりました」

私が先導して2分ほど歩くと、コラーゲンコーラルが1匹いた。

「今回は俺が倒すから、2人は牽制だけにしてくれ」

「はい」

「はい」

魔物に近づいて私とセリーが左右に着くと、ご主人様は魔物の正面に仁王立ちしてデュランダルを大上段に構えた。

 

コラーゲンコーラルは体当たりしてきたが、ご主人様がデュランダルを振りおろすほうが速かった。

 

コラーゲンコーラルはデュランダルであたまを斬られると、先ほどのラブシュラブのように強制的にお辞儀させられた。

そして、体制をたてなおす前に横薙ぎの一撃で吹き飛ばされ、床を転がるとそのまま煙になった。

またしてもすごい威力の連撃だ。

 

「ご主人様。すごいです」

「いや、11階層の魔物よりは強いが、この階層のラブシュラブよりはだいぶ弱いみたいだ」

「いえ、そうではなく。先ほどから、一撃、一撃がすごく強い気がします」

「ふふっ。そうか?」

「もしかしてラッシュですか?」

ご主人様はごまかすつもりのようだったけど、ずっと考えこんでいたセリーが核心を突いたようだ。

ご主人様はちょっと肩をすくめて、フッと軽く息を吐いた。

 

「さすがはセリーだな。正解だ」

「いえ。それでもすごいです。普通スキルを使うには詠唱が必要ですので連発なんてできません。

戦士のスキルまで使えるとは。それも無詠唱で...... 

いや、無詠唱で使えるから連発できるということですか......」

セリーは正解に辿りついたようだけど、普通はあり得ない事態に途中からひとりごとのようにぼそぼそつぶやきだしてしまった。

話しながら疑問がわいて、思考の海に沈んでしまったみたいだ。

 

セリーには悪いけど、私はご主人様の一撃が強かった理由がわかってスッキリした。

なので、素直にご主人様を称賛した。

 

「さすがはご主人様です」

「ハハハハ。そうか。まあ、内密にな」

「かしこまりました」

「セリーも頼むな」

「は、はい。わかりました」

ご主人様はセリーに声をかけながらあたまをポンポンとたたいて現実に引き戻すと、表情を引き締めた。

 

「ロクサーヌ。次は12階層の魔物のところへも一度頼めるか。魔法を使うから、数は多くてもいい」

「はい」

私は返事をし、先ほどのかいだことがない匂いの魔物を探し、ご主人様を案内した。

 

しばらく歩くと、通路の先に魔物が3匹現れた。

ラブシュラブが2匹と、子豚が1匹だ。

しかし、あの子豚はよく見ると牙がはえている。

次の瞬間、ご主人様のメテオクラッシュが魔物たちを襲った。

 

轟音をとどろかせ、火の粉を撒き散らしながら灼熱化した岩石が飛んでいき魔物の群れに着弾すると、ラブシュラブ2匹が爆散した。

しかし、子豚は倒れずに踏みとどまると、こちらに向かって駆けだした。

 

ご主人様はワンドを放り出してアイテムボックスからデュランダルを取り出すと、負けじと子豚に向かって駆けだす。

そして、接触する瞬間に袈裟斬りにした。

ご主人様の攻撃のほうが一瞬早く、子豚は突進が止められたけど、体制を崩さずにご主人様に頭突きを繰りだす。

しかし、ご主人様はそれを冷静にかわして横薙ぎに切り抜けると、子豚は横倒しになりそのまま煙になった。

 

魔物を倒すとご主人様がぼそりとつぶやいた。

「12階層の魔物はピッグホッグのようだな......」

「ご存知なのですか?」

「あ、ああ。たまたまな。詳しくは知らない」

私が聞くとご主人様は慌てて詳しく知らないと言ったので、たぶん名前を知っていただけなんだろう。

そんなご主人様をみて、すかさずセリーが説明した。

 

「ピッグホッグは土属性の魔物です。土属性に耐性があり、土属性魔法を使ってきます。水属性が弱点になります」

「そうか。ラブシュラブは水属性に耐性があるんだったな。コラーゲンコーラルも水属性に耐性があるからターレの迷宮は難易度が高いな」

「そうかも知れません」

 

私はドロップアイテムを拾ってご主人様に渡すと、「豚バラ肉か。夕食の食材にちょうど良い」とよろこんでいたけど、少し考えて「ここを狩り場にするのは厳しいか......」とつぶやいた。

その後、もう一度ハルバーの11階層に移動して、夕方まで魔物を狩り続けた。

当面の狩り場はハルバーの11階層になったということだ。

 

◆ ◆ ◆

 

夕方。

探索を終えてクーラタルの冒険者ギルドに移動し、カウンターでドロップアイテムを売ってからクーラタルの町なかに出ると、周りが薄暗くて道が濡れていた。

見上げると空はどんより曇っていたので、少し前まで雨が降っていたのだろう。

 

天気が悪かったことが影響しているのか、町なかには人が少ない。

こう薄暗いと何だか気がめいってしまい、この町に拒まれているような気分になる。

そう言えば、世話役のおばさんが雨はそれなりに降ると言っていたけど、クーラタルほどの大きな町でも、人がまばらになるとこんな寂しい感じになるんだ。

 

そんなことを考えつつご主人様のとなりを歩いていると、前方に探索者風の身なりをした男たちがたむろしていた。

その男たちはイヤらしい目で私を見ながらヒソヒソと話すと、ひとりがこちらに近づいてきた。

 

ご主人様はぶつからないよう道の右側に寄ってすれ違おうとしたけど、男はわざわざ同じほうにからだを寄せてきて、不自然にご主人様にぶつかろうとした。

 

私はご主人様の右側にいたので、咄嗟にご主人様の腕を引いてからだをずらすと、探索者風の男はぶつかろうとした目標がなくなりたたらを踏んだ。

すると、チッ!っと舌打ちしてこちらを睨んだ。

わざとぶつかって因縁をつけるつもりだったようだけど、避けられたので思わず舌打ちしてしまったみたいだ。

 

探索者風の男はご主人様から文句の一つも言わせたいのか?そのままこちらを睨み続けていたけれど、ご主人様はそんな男を完全に無視した。

そして、私を抱き寄せると「助かった。ありがとう」と言って、くちびるを重ねた。

ご主人様は男に見せつけるように私にたっぷりキスをすると、次にセリーを引き寄せて「いつもありがとうな」と言って彼女にもたっぷりキスをした。

 

ご主人様はセリーにキスし終わると、私とセリーの背に腕をまわし、「行くぞ」と言って歩きだした。

どう考えても挑発だけど、ご主人様に完全に無視された男は癇癪を起こし、「てめぇ!待ちやがれ!」って言いながら後ろからせまってきた。

 

ご主人様は私とセリーをグッと前に押し出すと、自分は振り向いて男と対峙した。

私はトトッと3歩ほど進んでから振り返えると、男がご主人様の胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたところだった。

 

あっ!ご主人様!危ない!

私は慌てて声をかけようとすると、ご主人様はつかまれる瞬間にほんの少しだけ上体をそらした。そして、男の手が空をきった瞬時にもとの位置にからだを戻した。

ご主人様の動きがすごく速かったので、傍から見たら男がご主人様の胸を殴ったようにしか見えない。

男にはご主人様の動きが見えていなかったようで、何故自分が胸を殴っているのか分からずにポカンとしている。

 

私にはご主人様の動きは見えていたけど、なんでそんな動きをしたのか分からずポカンとすると、ご主人様はわざとらしく胸を押えて一歩下がり、「いってぇ! いきなり殴りやがって、どういうつもりだ!」と、まるで周りに聞かせるように大声で叫んだ。

 

あれ?なんで痛がっているの?

あれ?わざとさがった?

 

私と同じ様に疑問に思ったのか、ご主人様につかみかかった男は「えっ?」とつぶやき拳を突き出したまま呆け続けている。

直後、男はハッとわれにかえったようだけど、そのときには目の前にご主人様の拳がせまっていた。

 

男は次の言葉を発する前にご主人様に顔面を殴られ、首を捻りながら3mくらい飛ばされて大の字に道に倒れた。

そして、そのままピクリとも動かなくなった。

 

ラブシュラブを倒したときと同じくらいすごい一撃だ。

そして私は気がついた。

ご主人様がわざと一歩さがったのは、踏み込んで拳に力を乗せるためだったのだ。

 

男の顔を覗くと鼻が折れ曲がっていて、あごは砕け、歯も何本か折れていた。

見るも無惨な状態だ。

しかし、よく見るとかすかに胸が上下に動いている。からだもピクピクと小刻みに痙攣しているので、気絶はしたけど何とかまだ息がある状態のようだ。

 

ご主人様を見ると、倒した男からは既に視線を外していた。

生きていることに気づかないわけはないだろうから、たぶんこれで終わりにするつもりなんだろう。

でも、ご主人様に手をあげたのだから、こんな男は殺してもかまわないはずだ。

それなのに半殺しで済ませるなんて、ご主人様はお優しいわね。

 

でも、私は許さない!

ご主人様に殴りかかってくるようなヤツは排除しなくてはならない。ここで許したら、いつか復讐される可能性もある。

次の瞬間、私は一気に倒れている男に駆け寄り、その首にシミターを振りおろした。

 

しかし、ガキンッ!という音が響いて、私のシミターはとめられた。

一瞬で間合いをつめたご主人様が佩剣していた護身用の鉄の剣を突き出して、首に吸い込まれる寸前のシミターの刃を受け止めたのだ。

 

「まだ生きてますが」

「いや。殺したら面倒な事になる気がする。だから今回はこれで済ませる」

私は怒りを押し殺してご主人様に忠告したけど、ご主人様は軽く首を振って殺すのを否定した。

 

「ですが......」

「ロクサーヌ。もう決めたのだ」

「......かしこまりました」

納得いかなかったけど、ご主人様に“決めた”と言われてしまったので、私はしかたなく引き下がることにした。

まあ、シミターを鞘におさめながら男の仲間たちを睨みつけ、きっちり殺気を飛ばしておいたけど。

 

でも、この男の顔は本当に酷い状態だ。

これを回復するためには、たくさん回復薬が必要になるはずだから、文字通りいい薬なのかもしれないわね。

 

そう思って溜飲を下げていると、横でご主人様がフッと息を吐いた。

そして、男の仲間たちを睨みつけると、「先に殴られたからしかたなく殴り返した。これは正当防衛だ。まさか文句は言わないよなぁ」と言い放った。

男の仲間たちに鉄の剣を向け、切っ先を上下にゆらゆらと揺らしている。

男を相手にしているときのご主人様は冷静そうに見えたけど、じつはかなり怒っていたようだ。

 

ご主人様に威圧された男の仲間たちは無言でコクコクとうなずくと、倒れている男に駆け寄った。

そして、男を抱え起こすと、この場からそそくさと立ち去っていった。

ご主人様の強さに圧倒されていたためか、終始私たちとは目を合わせなかったけど。

 

不愉快な男たちが居なくなりせいせいしていると、周りからヒソヒソとささやく声が聞こえた。

声がしたほうを見ると、遠巻きにことの顛末を見ている人たちがいる。

今日は天気が悪く人はまばらだったはずだけど、いつの間にか多くの人がこの騒動を見ていたようだ。

 

私たちは恥ずかしくなったので、すぐにその場を離れて夕食の食材を買い、さっさと家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

帰宅してキッチンに買ってきた食材を置き、それから装備を外してダイニングテーブルに置いた。

セリーはご主人様と鍛冶をする予定なので私は玄関を確認しに行くと、玄関ドアのスキマにパピルスのメモがはさまっていた。

 

外出中に訪問した人がメモを残していくことがあるので帰宅したときに玄関を確認しに行くのだけど、メモがあるので今日は誰かきたようね。

 

メモを取って確認すると、“ウサギのモンスターカードを落札 ルーク”と書かれている。

どうやら私たちが出かけているうちにきたのは、商業ギルドのルーク氏の使いのようだ。

 

私はメモを持ってダイニングに戻ると、セリーの前に板が積み重なっていた。

彼女は板に手をかざして呪文を詠唱すると手元が光り、その光が収まると手に棍棒を持っていた。

そして、セリーは出来上がった棍棒に歪みや破損がないことを確認しだした。

 

セリーの鍛冶がひと段落したので、私はとなりで監修しているご主人様に声をかけた。

しかし深く何か考えこんでいるようで、返事をしないどころか私がきたことにも気づいていないみたいだ。

私はもう一度声をかけながら、横から顔を突き出してじっと見つめると、ご主人様はハッと気づいて慌てて返事をした。

 

「ろ、ロクサーヌか。悪い。考えごとをしてて気づかなかった。それでどうした」

「玄関にメモが入っていました。ルーク氏からです。ウサギのモンスターカードを落札したそうです」

「おお。ウサギか。ウサギのモンスターカードは詠唱遅延だったよな」

「はい。そうです」

ご主人様はセリーに確認すると、「今日は遅いから商業ギルドに行くのは明日にする」と言って、セリーから棍棒を受け取った。

そして、その棍棒をアイテムボックスにしまいながら、私に指示をした。

 

「ロクサーヌ。もう少しセリーに鍛冶をさせるから、先に夕食の準備をはじめてくれないか」

「はい」

「メニューは任せる。鍛冶が終わったらセリーを行かせるから、よろしく頼む」

「かしこまりました」

返事をすると、ご主人様はアイテムボックスから豚バラ肉を取り出して私に渡した。

ご主人様はメニューは任せるとは言ったけど、今日のメインは豚バラ肉にせよと言うことだ。

 

商館で習ったので、煮る・焼く・炒めると、ひと通りの料理はできるつもりだったけど、ご主人様の料理を見てしまうとできると思っていた自分が恥ずかしくなる。

任せると言われても私には難しい料理は作れない。

でも、せめてご主人様に失望されないよう、頑張って美味しい料理を作らないと......

 

私はメニューを考えながらキッチンに移動して、買ってきた材料を袋から出してテーブルの上に置いた。

そして、豚バラ肉を1cm厚に切って塩・コショウをふり、少し寝かせておく。

これは後でオリーブオイルに刻んだニンニクと魚醤を少し加えて、ソテーっぽく炒める予定だ。

ただ、なまの魚醤の匂いはちょっとキツ目で苦手なので、炒めるのはセリーにお願いするつもりだけど。

 

因みに料理し終わったあとは魚醤の匂いはやわらいでいて、他の食材の匂いと混ざって香ばしさを醸し出すので、じつは結構好きである。

 

次に根野菜と葉野菜を洗ってひとくち大に切り、鍋に放り込んだ。

こっちは煮込んでから塩・コショウで味を整え、スープにする予定だ。

 

下準備ができたので火種をもらいに行こうとすると、ちょうどご主人様とセリーがキッチンにきた。

「ご主人様。火種をもらってもよろしいですか?」

「ああ」

ご主人様はひとこと返事をするとファイヤーボールをだしたので、私は薪に火をつけてかまどにくべた。

ご主人様はファイヤーボールを消すと、からだを洗うためのお湯を準備すると言って、2階の風呂場にあがって行った。

 

私はセリーにソテーを任せ、スープの鍋をかまどに乗せてから、ダイニングに移動した。

 

私はテーブルを拭いてから食器を準備していると、セリーが焼きあがったソテーを持ってきた。

その後、煮込み終わったスープとパンも持ってきて、スープ以外を取り分ける。

スープの取り分けはご主人様の役目なので、ご主人様の席の前にはスープ皿を3つ置いた。

すると、ご主人様が戻ってきたので、すぐに夕食がはじまった。

 

その後、夕食を食べながら話していると、夕方絡まれた件の話題になった。

 

「ご主人様。なぜ殺さないで済ませたのですか?」

「いや。絡まれたと言っても、殺すのはまずいだろう?」

ご主人様が視線をセリーに向けると、彼女はうなずいて答えた。

「相手が盗賊なら問題ありませんが、ただの探索者なら殺してしまったらまずいことになったかも知れません」

「まずいこととはどういうことですか?」

「もしあの男を殺してしまった場合、治安維持のため騎士団が犯人や殺人理由について捜査することになったでしょう。

そうすると、騎士団は当事者を拘束して事情確認するだけでなく、周りで見ていた人に状況を確認します。

離れて見ていた人はなんとなく状況はわかっても、私たちの会話までは聞こえてはいなかったでしょうから、必然的に男の仲間たちと私の証言が重要視されるでしょう。

向こうは5人いましたが、こちらはご主人様を含めても3人です。

しかもご主人様とロクサーヌさんは争った当人なので、騎士団は考慮してくれない場合もあります。

そうなると、5対1です。かなり厳しいですね」

「でも、悪いのはあの男ですよ?」

「向こうの5人が本当のことを言うと思いますか?」

「そうですね...... きっと自分たちが有利になるような証言をすると......」

「そういうことです」

 

セリーの説明を聞いて、私はあたまから血の気が引いた。

一歩間違えていたら私とご主人様は犯罪者になっていたかも知れない。

私の短慮のせいで、ご主人様にたいへん迷惑をかけるところだったのだ。

 

シミターの一撃を止めてくれたご主人様には、感謝しきれない。

「ご主人様。私の短慮で大変なことになるところでした。もうしわけありませんでした。

それと、私を止めて頂き、たいへんありがとうございました。」

私はあたまをテーブルに擦りつけて謝罪し、そして感謝を伝えながらご主人様を見つめると、真っ青な顔をしていた。

 

「あ、いや。それはいい。それよりもアイツ死んでなかったよな?」

「大丈夫です。息はありました」

ご主人様は動揺していて、私の言葉はほぼスルーした。

そして、セリーに相手の生死を尋ね、彼女の言葉を聞くと、あからさまにホッとした。

 

「そ、そうか。しかしヤバかった。

じつはあの男を殴るとき、あたまにきていたので思わずラッシュと念じてしまったんだ。

半殺しとか考えずに思いっきりぶっ飛ばしたから、死んでもおかしくなかった」

「そうだったのですか。それですごい一撃だったのですね。さすがはご主人様です」

「いや、ロクサーヌさん。そこは褒めるところではないと思います。それと、ラッシュは剣の攻撃にかかるスキルなので、拳で殴っても発動しません」

「そうなのか?」

「はい。相手がぶっ飛んだのは、単純にご主人様の力が強かったからです」

「ハハハハ、そうか。毎日迷宮で鍛えているから、セリーのいう通りかも知れないな。

まあ、これからは町なかで絡まれた場合は、思いっきり殴らないよう注意するよ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

夕食の片付けのあとは風呂場にいき、3人でからだを洗いあった。

今日は湯船にお湯をはっていなかったけど、大きめのタライにご主人様がお湯を用意しておいてくださったので、そのお湯で泡を流す。

そして、髪の毛もお湯で濯いでからキレイな布で髪とからだをふくと、からだがサッパリした。

今日は天気が悪くちょっと蒸し蒸ししていたので、とっても清々しい気分になった。

 

その後、衣裳部屋に行ってネグリジェを着た。

スベスベの肌にツルツルの絹のネグリジェが気持ち良く、乳首がスレて硬くなってしまう。

ご主人様は肌着だけ履き、私の胸というか浮き出た乳首を見て満足そうに微笑むと、「先に寝室にいってる」と言って衣裳部屋を出ていった。

 

それから寝室に移動して、オヤスミのキスをした。

そして、私たちの肌のスベスベ感と絹のネグリジェのツルツル感をたっぷりご主人様に堪能してもらった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、朝の挨拶をしてから迷宮に行く支度をすると、ご主人様は行き先を告げずにワープゲートを開いた。

ゲートをくぐり抜けると、ご主人様は私たちに武器を渡しながら話しだした。

 

「最初はクーラタルの11階層を試してみよう。チェインメイルでどれくらい戦えるようになったのかを見たい」

「えっと。それでは攻撃を受けてみます」

「そ、そうか」

セリーがこともなげに攻撃を受けると返事をしたせいか、ご主人様は若干引き気味だ。

でも、わざと攻撃を受けるのは普通は怖いはず。

私はセリーが無理しているんじゃないか?と疑問に思い、小声で確認した。

 

「セリー。大丈夫ですか?」

セリーは私を見て一瞬キョトンとすると、力強く答えた。

「はい。先日11階層の魔物に攻撃を受けたけど、動けなくなるほどのダメージではありませんでした。昨日装備を強化しましたので、1発受けるくらいなら大丈夫です」

「そうですか。えっと、怖くはないのですか?」

「大丈夫なことがわかっているので怖くはありません。それに、攻撃を受けたあとはご主人様が回復してくれますので問題ありません」

「確かにそうですね。わかりました」

セリーの考えを聞くと、ご主人様は苦笑いしながら「悪いな」と軽く謝罪した。

 

私はグリーンキャタピラーの数が少ないところを探すことを伝えて匂いを嗅ごうとすると、ご主人様からエスケープゴートのいないところに案内するよう要請された。

私は集中して匂いを嗅ぎ分け、エスケープゴートのいない方向を探した。

 

「ご主人様。左の通路にグリーンキャタピラー2匹とニートアント1匹の群れがいます」

「わかった。ロクサーヌに任せる」

「はい。ではこちらに」

私が先導して通路を進むと、1分ほどで魔物の群れが見えてきた。

 

次の瞬間、魔物の群れにウォーターストームが炸裂した。

私とセリーが待機していると、ウォーターストームの効果が切れて魔物がこちらに向かい始めた。しかし、途中で2発目のウォーターストームが炸裂し、魔物が到着したのちの初撃をかわすと、3発目のウォーターストームが炸裂した。

10階層のニートアントはこれで煙になったけど、この階層のヤツは3発目を耐えきった。

グリーンキャタピラー2匹も生き残っている。

 

私は気持ちを引き締めて、グリーンキャタピラー2匹を抑えていると、となりでセリーが棍棒を振り回し、ニートアントを吹き飛ばした。

 

ニートアントはすぐに立ちあがり、セリーに向かって突撃してきたけど、接触する前に4発目のウォーターストームが炸裂し、水流のなかで煙になった。

 

その後、ご主人様は私が抑えているグリーンキャタピラーにウォーターストームを2発放ったけど、2匹とも耐えきった。

するとご主人様からセリーに声がかかった。

 

「セリー。いつでもいいぞ」

「は、はい」

セリーは返事をしながら私の前に進み出て、グリーンキャタピラーの体当たりをからだで受けた。

 

ドンッ!という鈍い音が響いたと同時にセリーから「クッ!」っと痛みを我慢する声が漏れた。

彼女は衝撃でからだが一瞬グラついたけど、倒れることはなかった。

ちょっと痛そうにお腹をさすっているけれど、なんとか大丈夫そうだ。

 

次の瞬間、7発目のウォーターストームが炸裂し、グリーンキャタピラーは2匹とも煙になった。

 

「どうだった?」

ご主人様はセリーのお腹に手をかざし、手当をかけながら攻撃を受けた感想を聞くと、彼女は「そうですね。やはり攻撃に対する強度は確実に上がっています」と、当然のように装備を替えた結果について報告した。

ご主人様は苦笑しつつ、「痛くはなかったか?」と問い直すと、彼女は「ありがとうございます、もう大丈夫です」と答えてご主人様に手当を止めさせた。

そして、「多分、魔法4発放つ時間くらいなら耐えられると思います」と自分の考察を伝えていた。

 

ご主人様は「耐えられるか。済まなかったな」と言ってセリーのあたまを撫でながら、彼女を見つめて何かを考えこんでいた。

ご主人様のことだから、セリーの言葉の裏に何かを感じたのだろう。

 

ご主人様は「では、防具のテストは終了だ。ハルバーの11階層に移動して探索を行う」と言いながらワープゲートを開いた。

そして、それから3時間みっちり探索を行い、朝食を取るため帰宅した。

 

家に帰ると、ご主人様は「鏡を売りに行ってくる」と言ってハルツ公爵のところに出かけて行き、私とセリーが朝食の準備を終えるころ、「ただいま」と言って帰ってきた。

 

鏡の買い置きがなくなったので今日はペルマスクに行くのかと思っていたのだけど、ダイニングテーブルに料理を並べながら話していると、ご主人様は「ペルマスクは明日にする。毎日あの公爵と顔を合わせるのも疲れるしな」と言いだした。

 

「よろしいのですか?」

「ああ。毎日売らないといけない訳ではないし、俺は公爵の配下ではない。

セリーに言われたからって訳ではないが、あの公爵は変に馴れ馴れしいし、何を考えているのか良くわからない。

迷宮探索や鏡の仕入れなら協力出来るけど、無理難題を吹っ掛けられたらたまったものでは無いからな」

「そうですね。ご主人様の言う通りだと思います」

「私もそう思います。相手はエルフです。用心することに越したことはありません」

私とセリーが同意すると、ご主人様は満足そうに頷いた。

 

その後、朝食を取りながら話していると、ご主人様は「防具を強化したので、次は武器を替えたい」と言いだした。

 

「武器ですか?」

「ウサギのモンスターカードが手に入るからな。それに、現状問題はないが、13 階層のラブシュラブはかなり強い」

「そうですか?

ご主人様の魔法...... えっと、メテオクラッシュを使えば、一撃では?」

「実をいうとあれは結構大変なんだ。いまの俺では連発は難しい」

私が兎の肉をほおばりながら質問するとご主人様も兎の肉をほおばりながら答えた。

 

「なるほど。切り札ということですね」

「そういうことだ」

ご主人様が答えると、隣りでモキュモキュと少し大き目の兎の肉と格闘していたセリーが「ゴクン」と勝利の音を響かせた。

そして、意気揚々と会話に参戦してきた。

 

「確かにラブシュラブは強かったです。

12階層から上の魔物は強くなるそうです。

23階層から上の魔物はさらに強くなるそうです」

 

そうだ。階層があがるたび、魔物はどんどん強くなる。

私たちはご主人様が圧倒的に強いから、低層階ではほとんど苦労をしなかった。

13階層でも戦えたから、もっとうえの階層でも大丈夫なんて思ってしまっていたけど、よくよく考えるとメテオクラッシュを使わなかったときの戦闘時間は下の階層と比べて確実に長くなっていた。

それに、13階層の魔物には、私とセリーの攻撃はまったく通用しなかった。

私は魔物の攻撃を避け、セリーは棍棒でいなすことしか出来ず、ご主人様が倒してくれるまでひたすら耐えるしかないのだ。

これではそう遠くないうちに、限界がくるのだろう。

 

流石はご主人様だ。

いち早くそれに気づき、装備品の強化に乗り出したってことですね。

私はご主人様とセリーの会話についていけなかったので少し落ち着いて自分の考えをまとめていたら、そのあいだにご主人様のワンドを強化すること、セリーは武器を槍に変えて詠唱中断のスキルをつけること、そしてパーティーメンバーをなるべく早く増やすことが決まっていた。

 

聖槍なんて、オークションでしか手に入らないような貴重な武器の話も出ていたようだけど、さすがにソレをセリーに持たせるってことはないわね。

 

◆ ◆ ◆

 

朝食の後、セリーはご主人様と鍛冶をすることになっているので、私は食事の片付けを行い、その後に2階の風呂場に行って洗濯に取り掛かった。

そして、手早く終わらせてダイニングに戻ると、ご主人様が木の杖をアイテムボックスにしまっていた。

つまり武器屋に売るってことだから、あれは全部普通の武器だったってことね。

 

セリーはダイニングテーブルのいつもの席に座ったまま、なんだか呆けているような、魂が抜けてしまったような感じで自分の両手を見ている。

いったいどうしたのだろう?

 

倉庫には行っていないようなので、残念ながら今日はご主人様の認める良い装備品は出来なかったということ。

つまりセリーは、良い装備品が作れなかったことを嘆いている? ......ってことはないわね。

 

まあ、彼女は自分に自信がないタイプだから、“出来ちゃってビックリ”っていうところかな?

 

私はそんなことを考えながら、セリーに話しかけた。

 

「杖も作れるのですね。さすがはセリーです」

「あ、ロクサーヌさん。その、初めて作ったんです。

鍛冶師になってからも何年も修行しないと杖は作れないはずなんです。

ウッドステッキとはいえ、鍛冶師になってからひと月もたっていない自分に作れてしまうなんて......」

「それだけセリーが優秀だということです」

「先ほどご主人様からも同じように言われましたけど、なんだか信じられなくて」

「いえ。間違いありません。それに、毎日迷宮探索で鍛えているので、成り立ての頃からはだいぶ成長しているはずですしね」

「そうかも知れません。とはいえ、成長が早すぎる気がするのですが」

「そうですね。私も成長は早いと思います。

ですが、それに見合うだけの魔物と戦っていると思います。

私の感覚では、普通の探索者の10倍は戦っているのではないでしょうか」

「確かに......尋常じゃないくらい戦っています。

自分で思っていた以上に、私は成長していたということですね」

セリーはそう言うと、席を立ち上がった。

 

私とセリーの会話がひと段落すると、ご主人様が声を掛けてきた。

「そろそろ良いか?」

「はい。大丈夫です」

「は、はい。お待たせしました」

私とセリーが返事をすると、ご主人様はワープゲートを開いた。

 

クーラタルの商人ギルドに移動すると、ご主人様は受付でルーク氏を呼び出した。

そして、私とご主人様は応接室に移動してルーク氏との商談に臨み、セリーはご主人様に小声で何かを耳打ちされて、「お任せください」と言って掲示板を確認しに行った。

 

商人ギルドの応接室は、奴隷商館の応接室のような豪華さはなく、小さなテーブルを挟んで両側に3人掛けのソファーがあるだけの簡素な個室であり、床もただの板貼りだ。

ただ、その性格上、遮音はしっかりしており、扉を閉めるとギルド内の喧騒はまったく聞こえなくなった。

 

応接室に入ってソファーに座ると、すぐににルーク氏がやってきた。

ご主人様は挨拶をかわすと、先ずはウサギのモンスターカードを購入した。

そのあとモンスターカードの相場や取引状況について確認していたのだけど、話をしているあいだルーク氏はずっとこちらの素性を探っているような感じがした。

 

どうも、セリーの鍛冶師としての力量確認と、ご主人様がスキル融合した装備品を売る気が無いか見定めることがおもな目的のようだ。

ご主人様もすぐにルーク氏の意図に気づいたようで、こちらの情報は極力漏らさないよう慎重に受け答えしつつ、コボルトのモンスターカードとヤギのモンスターカードを注文した。

 

ルーク氏はなんとか話を続けてこちらの情報を引き出そうとしていたけど、注文し終わるのを見計らっていたかのように応接室の扉がノックされた。

そしてセリーが入ってきた。

 

「ご主人様。掲示板の確認は終わりました」

「わかった。では、モンスターカードの件、よろしく頼む」

セリーがひとこと話すとご主人様はルーク氏に軽く会釈して、立ち上がった。

ルーク氏は一瞬何か言いたそうな顔をしたけど、すぐに表情を戻して「お任せください」と言ってあたまを下げた。

 

その後、商人ギルドを出て、歩いて武器屋に向かった。

 

あとでセリーに教えてもらったのだけど、彼女が掲示板の確認をしたことを伝えたのはわざとだったらしく、ルーク氏に対する牽制の意味があったらしい。

 

セリー曰く、掲示板にはモンスターカードの取引情報以外にも、各種のオークション開催情報、特定の装備品やドロップアイテムの購入要望、特定都市への共同輸送の勧誘、特定地域の治安情報、などなど。

様々な内容が掲示されているので、「掲示板を確認した」と聞いただけでは何を確認したのかわからない。

 

かと言って、下手に質問すれば探っていますと公言することになるからそれも出来ず、黙るしかなくなる。

仲買人からすると、自分の話しのウラを取られているのかも知れないので、ご主人様を出し抜くことは難しくなるとのことだった。

 

それと、「奴隷が報告した直後に話を打ち切られたら、よほどのことがない限り話を続けることは難しいだろう。だから、掲示板を確認してから遅れて部屋に入り、会話に割り込んでくれ」と商人ギルドに入ったときにご主人様に頼まれていたそうだ。

 

セリーからすると、ご主人様も最近は仲買人を警戒するようになってきているので良い傾向なのらしい。

 

私はルーク氏が悪い人には見えないけど、間違ってもご主人様が騙されるようなことにはなって欲しくはない。

なので、この件はセリーに任せることにした。

 

◆ ◆ ◆

 

いつもの武器屋に入ると、すぐに店主がカウンターの奥から出てきて声を掛けてきた。

「いらっしゃい。今日も武器を売りにきたのか?」

「それもあるが、先に良い物が無いか見させてくれ」

「ああ。好きに見ていってくれ。因みに売る方はたくさんあるのか?」

「棍棒とウッドステッキが1本ずつ。あと、ダガーが30本ほどあるんだが」

「ダガーは前に10本持って来たのと同じやつか?鍛冶師に作らせたって言ってた新品のやつ」

「ああそうだ」

「それが30本か。そいつは助かる」

「ん?助かるのか?さすがに30本は多いかと思ったんだが」

「大丈夫だ。全部買わせてもらうぜ。

うちはそれなりに繁盛してるし、旦那の持って来るダガーはよく売れるからな」

「そうなのか?」

「ああ。あのダガーは2日足らずで売り切れた。

あれなら、100本でも買い取るぜ」

「そうなのか。大量に買ってくれるのはこちらも助かるが、ダガーだぞ?」

「いやいや。旦那。

ダガーってのはウデのない鍛冶師が作る物。とか、駆け出し探索者の武器。なんて馬鹿にするヤツもいるんだが、最近はメイン武器とは別に護身用に持つヤツも増えてるんだよ」

「そうなのか」

「ああ。特に護身用で買うヤツは、同じダガーでも旦那が持って来るようなキレイな型の物を欲しがるんだよ。

それにクーラタルはまちなかにもコボルトが出るから、探索者じゃなくてもダガーを持つヤツは珍しくない」

「なるほど、需要があるのか」

「そういうことだ。旦那の持って来るダガーは、キレイなだけじゃなくて斬れ味もいいって評判だから、30本なんてすぐに売れるはずだ」

「性能もいいのか。それは知らなかった」

 

「なんだ、知らなかったんか。この前のダガーを買った客から話を聞いて、わざわざ他の町から買いに来た客もいたんだぜ。まあ、売り切れててガッカリしてたけどな」

「あははは。そんなことがあったのか」

「作ったんはそっちの小さい嬢ちゃんか?」

「まあな」

「そうか、そうか。

装備品ってのは作る鍛冶師のセンスが出るからな。

俺から言わせてもらうと、優秀な鍛冶師ってのは何が作れるかじゃねえ。どんだけ質のいいもんが作れるかだ。

その点、そっちの嬢ちゃんは間違いなく優秀な鍛冶師だぜ」

「ハハハハ。ありがとう。そう言ってくれると彼女の励みにもなる」

「旦那。彼女の作った武器なら必ず買わせてもらう。何ならちょっとは色を付けさせてもらうから、なるべくうちに卸してくれよな」

「わかった。そこまで言ってくれるなら、これからもここに卸させてもらうよ」

「ああ。よろしく頼むぜ」

 

武器屋の店主はご主人様との会話を終えると、最後にセリーに向かって「嬢ちゃん。これからもいいもん作ってくれよな」と言いながら軽く会釈して、カウンターのなかに戻って行った。

 

ご主人様が店主と話しているあいだ、セリーは自分がすごく評価されていることに驚いていたけど、店主が去ったあとに、「不味いな。セリーが可愛くて優秀な鍛冶師だってことが広まってしまうな」ってウインクされながらご主人様に頬を撫でられ、「もう優秀な鍛冶師として評価されているなんて、さすがはセリーですね」と私からも称賛されると、“ボンッ!”って音が聞こえるくらい一瞬で真っ赤になって恥ずかしそうにうつむいた。

そして、あたまからは湯気を出して固まってしまった。

 

その後、うつむいたまま固まってしまったセリーの手を引いて槍のコーナーに移動すると、ご主人様は槍を物色しだした。

ご主人様は銅の槍と鉄の槍には目もくれず、鋼鉄の槍の前に立つと1本1本慎重に見極め、最終的に2本選んでセリーに手渡した。

 

ご主人様の行動を考えると、良い装備品と見立てた物はダガーであっても売らずに倉庫にしまっている。

 

武器や防具を買うときも、今回のように同じ物のなかからいくつか見立てて選ばせるか、これが良い物だと言ってひとつに決めてしまうこともある。

全て確認してから「今日はやめておく」と言って買わないときもあった。

 

そして、ご主人様の見立てた装備品にセリーはモンスターカードの融合を行い、一度も失敗したことがない。

つまり、ご主人様はモンスターカードの融合が出来る装備品がわかるということだ。

 

私はそう結論づけているので、セリーが持っているあの2本が良い物。つまり、モンスターカードの融合に成功する物だってことなのだろう。

私はそう思ったのだけど、セリーはちょっと違うようだ。彼女は槍を2本手渡されてあきらかに戸惑っている。

 

「では、どっちかいいほうを選べ」

「えっと。が、がんばります」

えっ?頑張ります??セリーは何を言ってるの???

 

セリーの反応に内心で戸惑っていると、私と同じようにご主人様も「ん?頼む...な?」と返事をしながら首をかしげた。

 

すると、私たちの顔を見て、セリーがぼそっとつぶやいた。

「えっと。融合に失敗すると、私では作りなおせませんが」

 

ああ。そう言うことか。

新しい武器には詠唱中断のスキルを付けるということになっていたから、それを心配していたのね。

まったくもう。ご主人様が見立てた武器なんだから、融合が失敗するわけないのに。

私がそう思っていると、ご主人様は笑いだした。

 

「あははは。まあ大丈夫だ。なんせセリーは可愛くて優秀だからな」

ご主人様はそう言って彼女の肩を軽く叩くと、私の耳もとで「俺は杖を見に行くから、セリーを頼む」とささやいて、私たちのそばから離れて行った。

 

私は肩をすくめ、狼狽気味のセリーに話しかけた。

「セリー。その2本はたくさんある槍のなかからご主人様が見立てた物です。この意味がわかりますか?」

「えっと。どういうことでしょうか」

「ご主人様がモンスターカードの融合をさせるときにいつもなんて言っているか、思いだしてください」

セリーは少し考えると、それでも不安そうにつぶやいた。

 

「確かにご主人様は融合が失敗しても責任は自分にあるって言ってますけど」

「ご主人様が武器を見立てたのです。つまり、あなたが気負う必要は無いと言うことですよ」

「確かにそうですけど......」

セリーが今一つ納得していないので、私は彼女に顔を近づけて、ことさらに小声で話しをした。

 

「あなたは前に、モンスターカードの融合は優秀な鍛冶師でも失敗するほうが多いって言っていましたよね。だから鍛冶師になれたのは嬉しいけど不安もあるって」

「はい」

「確か、あなたのおじいさんは優秀な鍛冶師だったとも言っていましたね。それでも失敗することがあったと」

「はい。私の祖父は鍛冶師の上位職、隻眼に成れると言われていました。結局は成れなかったのですけど。

その祖父でも“失敗することはよくあることだ”と言っていましたし、実際に失敗して装備品がバラバラになったところを見たことがあります」

セリーはそう言いながら、驚愕の表情を浮かべはじめた。

 

私は彼女がモンスターカードの融合を失敗したところは見たことがない。

私は彼女がカード融合するところを全て見た訳ではないけれど、カード融合のあとに彼女が落ち込んでいるところは見たことがないし、必ず見ていたご主人様から失敗したなんて話は聞いたことがない。

そう。彼女は鍛冶師になってから、モンスターカードの融合に一度も失敗したことがないのだ。

 

それは彼女も気づいているはず。

本人なんだから気づかないことなんて無いはずなのだけど、彼女の常識には当てはまらないので、あたまではわかっていても心が受け付けないのだろう。

 

私はあえて、その事実を突きつけることにした。

 

「セリー。あなたはモンスターカードの融合に失敗したことはありますか?」

「ありません......」

「そうですよね。

なら、そろそろ気づいているのでは?」

「えっ!でも、そんなこと」

「ご主人様には常識は通用しませんよ」

「......信じられないことですが、やはりそういうことなのでしょうか」

 

「間違いないと思います。

もしかしたら、あなたが史上最高の天才鍛冶師という可能性もありますけどね」

「そ、そんなことはあり得ません!」

話が重たくなってしまったのでちょっとだけセリーをからかうと、彼女は全力で否定しようとして、声が大きくなってしまった。

 

「セリー。声が大きいですよ」

「す、すみません......」

「史上最高はともかくセリーが優秀なことは間違いありません。ご主人様もそう言ってますしね。

ですが、それは別として......」

「わかってます。私が優秀な訳ではありませんが、このことは内密にですね」

セリーが落ち着いたようなので、私は彼女にどちらにするか選ばせて、決めたほうを持ってカウンターに向かった。

 

店のカウンターに行くとご主人様はすでに待っていた。

そしてカウンターには杖が1本置かれていた。

アレがご主人様の選んだ武器なんだ。

私は視界の隅に杖を入れながら、ご主人様に話しかけた。

「お待たせしました」

「いや。ちょうど武器を売り終わったところだから、良いタイミングだ」

「そうでしたか」

私は返事をしながらご主人様に槍を渡した。

すると、すぐに店主が戻ってきた。ご主人様が売った武器を店の奥に持っていっていたようだ。

 

「旦那。またせたな」

「このロッドと鋼鉄の槍をいただこう」

「わかった。2つで3万ナールだ。旦那には今後も贔屓にしてほしいから、今回は負けとくぜ」

「助かる。ありがとう」

ご主人様は客なのだけど、何故かお金を払いながらお礼を言っている。

本当はおかしいはずだけど、不思議と嫌な感じがしないことに、このとき私は驚いていた。

 

武器屋を出て商人ギルドに向かっていると、ご主人様が私に話しかけてきた。

 

「今回は俺とセリーの武器だけで悪いな」

「いえ。かまいません」

「現状、シミターで特に困ってるわけでもないしな」

「そのとおりです」

ご主人様は何故かフンスっと鼻息をあらげた。

 

「戦力の強化のためにはパーティーメンバーを増やす必要もある。装備にばかりお金をつぎ込むわけにはいかない」

「はい。確かに」

「稼ぎの悪い主人だとは思わないように」

「とんでもないことです。食事なども贅沢をさせてもらっていますし」

ご主人様は話しながら、何故か段々オロオロし始めた。

 

「あのくらいの攻撃はかわせとか、しつこい上にいやらしい男は嫌われるとか、さっさと見限って他の主人を探そうとか、考えないように」

「えっと。はい......?」

そんなことはあり得ない。いったいご主人様はどうしちゃったのだろう。

 

「いずれロクサーヌの武器を強化することもあるだろう」

「ありがとうございます。私の武器の強化はまだ先でも大丈夫です」

「店の奥に飾られている片手剣はエストックだったか。いいものが並んだらと考えている」

「……いい武器過ぎるように思うのですが」

「大丈夫。そのうちに、という話だ」

「は、はい」

「それに、ロクサーヌの武器を強化すればパーティー全体の強化になる」

「ありがとうございます」

 

ご主人様は私の武器を強化しなかったことを気にしているのだろうか。

確かに今回武器は買っていないけど、現状困ってないし昨日防具は買ってもらったし。

すごく大事にしてもらってるし、不満なんて微塵もないのに......

 

どう伝えたら、ご主人様にわかってもらえるだろうか。

そう考えていたら商人ギルドに着いてしまった。

 

その後、商人ギルドの待合室の壁からハルバーの11階層にワープした。

そして、2人の新しい武器を試しながら、夕方まで探索を続けた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから数日すると、クーラタルの町に私たちの噂が流れはじめた。

 

なんでも、

「美人な奴隷を連れた恐ろしく強い冒険者がいる」とか、

「美人奴隷をイヤらしい目で見ると、主人の怒りを買って目を潰される」とか、

「公衆の面前で淫らな行為を見せびらかす」とか、

「美人奴隷もとても強く、しかも容赦なく殺そうとする」とか、

「絡んだヤツは男に顔面をボコボコにされ、そのあと女に首をはねられた」とか、

「周りにいただけで殺気を当てられたり、おどされたりする」とか、

はては「その連中の前に立つな。視界に入るな。同じ空気を吸うな。まだ死にたくないなら」なんてことまでささやかれているとのこと。

 

半分本当のことなので否定しづらいけど、この噂のせいで私たちに絡んでくるガラの悪いやからが減ったことは確かだ。

 

世話役のおばさんにまで噂が広まっていて、顔を合わせるたびに新しい噂と、それが私たちのことなのか?って、いちいち確かめてくるようになってしまったのがちょっとうっとおしいけれど、しばらくこの噂は放置することにしよう。

 

因みに、セリーに関する噂も流れている。

「美術品のような美しい形のダガーを作る凄腕美少女鍛冶師がいる」とか、

「防具屋には美少女鍛冶師のブランド製品が売ってる」とか、

「武器屋も負けずに美少女鍛冶師のブランド製品を売り出した」とか、

「武器屋と防具屋は買い取り額を割り増しして、美少女鍛冶師を囲い込もうと競っている」とか、

「美少女鍛冶師を奴隷にして自慢げに引き連れている冒険者がいる」とか、

「美少女鍛冶師の主人は女好きで、他にも何人もの美少女奴隷を引き連れている」とか、

挙句の果てには「好色主人は美少女奴隷たちと毎晩ヤリまくっている。アイツは色魔に違いない」なんて、何で知ってるの?!って噂までたっている。

 

世話役のおばさんからその噂を聞いたとき、セリーは顔を真っ赤にしていたけど、こちらも半分本当のことなので否定しづらく、「そんなこともあるんですね~」といちおう知らないふりをしておいた。

 

因みにおばさんは一度ご主人様に、「毎晩なんてそんなにすごいなら私も可愛がってもらおうかしら」などとフザケたことを言いながらスキンシップを図ろうとしたので、私がサッと割り込んで、「ご主人様は私で十分満足してます。申し訳ありませんが入り込む余地はありませんよ」と笑顔で答えておいた。

 

私たちは目立つらしく、他にも色々な噂が流れているらしいけど、下手に否定すると更に目立って面倒なことになりかねない。

ご主人様曰く、私やセリーが付き纏われたり、詐欺師や盗賊、私たちを利用して利益を得ようとするような奴らに目を付けられたり、等々......

 

そんなことにならない為にも、ご主人様の方針で外で噂を聞いても他人のふりをすることにしている。

 

でも、そんな噂を聞いた日は、家では盛大に愚痴大会が開催されることになったのは、言うまでもないだろう。

 

 



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ミリアが仲間になった

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

少し前までクーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索していたが、最近はハルツ公爵からの依頼でハルバー、ターレ、ボーデの迷宮を優先的に探索している。

ちなみにクーラタルは11階層、ベイルは11階層、ハルバーは12階層、ターレは13階層まで到達。

発見されたばかりのボーデは1階層を探索中だ。

   

いま私たちは、新しいパーティーメンバーを探しに帝都の商館に来ている。

 

 

2日前の夕食時、ご主人様からパーティーメンバー増員の話があった。

「12階層の魔物からはかなり強くなる。戦力の充実は必要不可欠だ。新しいパーティーメンバーを入れることも考えていきたい」

「......はい」

「ベイルの商人のアランから帝都の商人への紹介状をもらっている。

鏡の受注も残り二枚だ。全部売り終わったら、あさっては新しいパーティーメンバーを探しに帝都へ行きたい」

 

本当はパーティーメンバーは増やして欲しくはないけれど、

現状迷宮探索が12階層前後で行き詰っている状況なので今回ばかりはしかたがない。

私がうなずくと、セリーも横でうなずいた。

 

「新しく仲間が増えるのですね」

「いいメンバーがいれば、そうしたい」

「はい。もちろん戦力の充実は必要なことですから」

 

パーティーメンバーを増やすことに同意すると、ご主人様は明日の昼はお休みにすると言い出した。

しかも、私と一緒に迷宮に入ってくれるとのこと。

セリーは前回と一緒で図書館のため、迷宮には二人っきりで行くことになる。

ご主人様は飴のつもりかもしれないけれど、素直にうれしいので楽しみだ。

 

「あと、明日は俺の髪を切ってもらえるか。さすがに伸びすぎた」

「はい、ご主人様」

「頼む。ロクサーヌやセリーの髪は大丈夫そうだよな」

「えっと。私も少し伸びてきました」

セリーはそう言って、髪先をいじった。

 

「全然余裕だろう」

「まだ大丈夫ですよ、セリー」

「そうですね。少しでも伸びるとごわごわしてくるのですが、

髪の毛をよく洗っていただいてるせいか、今はそうでもありません」

「ロクサーヌとセリーはもう少し伸ばしてもいいかもな」

「そうですか?」

「ああ。俺はそのほうが好きだな」

「はい」

「あ、別に強制するわけじゃないぞ。切りたかったら遠慮なく言えよ」

「分かりました」

「わ、分かりました」

 

そうか、ご主人様はもう少し髪が長いほうが好みなんだ。

私はご主人様の好みが一つわかって、少しうれしくなった。

 

その夜、ご主人様はすごかった。

ご主人様は私とセリーを交互に可愛がってくれた。しかも全力で。

 

2回目のとき、私はご主人様が果てるのと同時にあたまの中が真っ白になった。

そして気がつくと、となりでセリーが激しくあえいでいた。

セリーはうつ伏せになり、うしろからご主人様に責められていて、嬌声をあげて何度もいっている。

ビクンッ ビクンッ って痙攣しながらイキ続けている。

 

少ししてご主人様が果てたとき、セリーは動かなくなっていた。

イキ過ぎて気を失ったようだ。

 

ご主人様はゆっくりセリーから離れると、私の左胸を揉みしだきながらキスしてきた。

「ごしゅ...... あむ......」

私はご主人様の舌にくちの中を蹂躪され、一瞬で息が絶えだえとなった。

ご主人様は私のくちを開放すると、耳もとでささやいた。

「ロクサーヌ、悪い。押さえがきかない」

そう言いながらも左胸を揉んでいる手は止めず、親指で乳首をなぶり続けている。

「ご...... ご主人様...... あんっ...... 私は...... ご主人様に...... んんっ...... 可愛がっていただける...... のは、うれしいです。  あっ......    

その...... いっぱい...... してください」

「ロクサーヌ、ありがとう」

ご主人様は返事をすると、右の乳首に吸い付いた。

「あっ...... んんっ」

 

右の乳首をなぶりつくすと左の乳首に吸い付いてなぶり始め、右の乳首は指で転がした。    

左の乳首をなぶりつくすと右の乳首へ...... ご主人様はそれを何度も繰り返す。   

先ほど2回もしているせいか、私のからだはすぐにご主人様を受け入れる準備が出来た。  

そして、ご主人様が欲しくて我慢できなくなる。  

「ご主人... 様... も、もう...... んくっ...... お...... ねがい... しま... す」   

 

我慢できず、すがる気持ちでお願いすると、ご主人様のアレが私の中にはいってきた。   

同時に、私の心が歓喜に満たされる。嬉しい。そして...... 気持ちいい。   

歓喜と快感で気が狂いそうになる。    

 

ご主人様はしばらく私を責め立てたあと、不意にわたしを抱き起こした。

すると、座ったご主人様の上に私が乗り、向かい合う体勢となった。      

     

ご主人様とキスをしながら、胸も揉まれながらいれられている。  

この体勢は初めて...... すごく気持ちいい...... 今までよりも深くアレがはいってくる。   

私はご主人様が果てるまで、何度も何度もいってしまった。

 

その後、ご主人様は私の中で果てたけど、それでもアレを抜かずに私を寝かせ、再び腰を振りだした。

すると、私の中でご主人様のアレがふたたび大きく、硬くなりだす。

一度なかにだしているせいか、ご主人様にアレを抜き差しされるたびに、グチョッ!グチョッ!っとイヤらしい音が室内に響き、秘部から汁が溢れだす。

気持ちよすぎてご主人様につかれるたびに頭の中にモヤがかかり、からだはビクビクとけいれんしたみたいに反応する。

そして、あたまのなかが真っ白になり、“気持ちイイ”ということ以外なにも考えられなくなった。

私は再びいかされて...... その後もなんどもいかされて、また気を失ってしまった。       

       

気がつくと、ご主人様のすまなそうな顔が目に映った。

「ご、ご主人様...... す、すごかった......です」     

「む、無理をさせてすまなかった。大丈夫か?」      

「だ、大丈夫です。無理はしていません」

ご主人様の目が、いつもの優しい目に変わった。

「何度も......嫌じゃなかったか?」

「嫌じゃないです。ご主人様に何度も求めていただけるなんて、嬉しいです。  それに...... とても気持ちいいので」

「ロクサーヌ、ありがとう」

「こちらこそありがとうございます。これからも、いっぱい可愛がってください」

「ああ......」       

 

私はご主人様の胸板に顔をうずめ、それからご主人様の顔を見上げて目を閉じた。

ご主人様がくちびるを重ねてくれたので、もう一度舌を絡ませてご主人様を求めてしまった。

「ロクサーヌ、もう一度...... いいのか?」

「はい...... その...... ご主人様が嫌じゃなければ、私は何度でもして欲しいです」

「お、俺がロクサーヌを嫌うわけないだろ」

「はい。ありがとうございます。ご主人様、大好きです」

 

結局......     

気を失ったあと、そのまま寝てしまったセリーの横で、夜が更けるまでご主人様とからだを重ねてしまった。 

 

◆ ◆ ◆      

 

翌日、早朝の探索を終えて朝食を食べた後、ご主人様は予定通りセリーを図書館に送って行った。

私はイスを庭の前に持ち出し、はさみとかがみ、手桶に水を少し汲んでご主人様の髪の毛を切る準備をした。

20分ほどでご主人様が戻って来たので、イスの所に連れて行った。

 

「あまり巧くないかもしれませんが」

「俺の場合はロクサーヌに嫌われない程度の髪型でじゅうぶんだからな。

ロクサーヌが責任を取ってくれればそれでいい」

「わ、私がご主人様を嫌うことはありえません。ただ......  わざと失敗して、責任をとってご主人様にいっぱいご奉仕するのはどうですか?」

「あはは、それはいいかも。ただ、迷宮に行けなくなるけどな」

「それは困りますね。じゃあ、失敗しないよう頑張ります」

「ありがとう。では頼む」

「はい」

 

私はご主人様の髪の毛を少しだけ濡らし、前髪を指で挟んではみ出た部分をはさみで切った。

だいたい小指の半分くらいの長さ。

同じ長さを切るように注意しながら、前、右、左、後ろの順番で下から上にむかって切りそろえた。

そして、最後に全体的に毛先を斜めに切ってバランスを整えた。

 

私はかがみをご主人様の正面に構えて声をかけた。

「ご主人様、このくらいでどうでしょうか」

「少しはかっこよくなったか?」

「ご主人様はいつも最高です」

「あ、ありがとう」

 

ご主人様は少し恥ずかしかったのか、話題をそらした。

「えっと。迷宮はどこがいい」

「数が多いと大変なのでボス戦がいいです。ラピッドラビットが、

動きも速くて鍛錬になると思います。ベイルの迷宮がいいでしょう」

「わかった」

 

それから二人でイスやかがみなどを片付けた後、

ベイルの迷宮9階層のボス部屋近くの小部屋にワープした。

装備をつけてボス部屋にむかい、ラピッドラビットと戦った。

戦闘が終わりボス部屋を抜け、すぐにボス部屋近くの小部屋にワープ。

またボス部屋にむかい、ラピッドラビットと戦うことを繰り返した。

 

ベイルの迷宮9階層は空いていて、他の探索者に会うこともなく周回をかさねることが出来たので、

休憩を入れつつも4時間で50回くらいラピッドラビットを倒した。

すると、ご主人様から帝都に買い物に行くことを提案された。

ウサギの肉も大量に拾ったし、さすがに飽きたのかもしれない。

ちょっと申し訳なく思ったので、ご主人様の提案に乗ることにした。

 

「帝都ですか。よろしいのですか?」

「大丈夫」

「はい。ありがとうございます、ご主人様」

「ほしいものがあったら、何でも言え」

 

その後、帝都に移動し、ご主人様と話しながら町の中を歩いた。

そして、今まで入ったことがないお店にも入ってみた。

帝都の表通りは高級店ばかりだけど、裏通りには意外と安いお店も多い。

服屋が目についたので入ってみると、その店は新品の服でも二百ナールくらいで買えるものが多かった。

 

「んーと。

こっちの服が似合うと思います」

私はご主人様の胸にシャツを当てて1着選び、そのあとセリー用の小さい服を探した。

自分用に気になった服もあったけど、お小遣いは銀貨五枚なのでセリーの服を選ぶことにした。

 

セリーの服を選び終わったのでご主人様に渡そうとすると、首をかしげられた。

「ロクサーヌは買わないのか?」

「こちらのが三百ナール、この服が二百ナールになりますので。これで銀貨五枚のはずです」

「あー。まあ全員ぶん買うんだし、服は必要経費として俺がだそう」

「えっと。それではセリーへのプレゼントになりませんし」

「なるほど」

「それに、これは私からのプレゼントです」

私は最初に選んだご主人様の服をつまんで見せた。

 

「ありがとう。じゃあ、今日はロクサーヌの服を一着俺が買うことにしよう。俺からのプレゼントだ」

「よろしいのですか」

「好きなものを選んでいいぞ」

「ありがとうございます」

私はさっき気になっていた服を選び、ご主人様に手渡した。

 

服を買ったあと、ご主人様はふいに私と手をつないで顔を赤らめた。

「つ、次はあそこの店に行ってみようか」

「......はい」

 

ちょっと恥ずかしいけど......うれしい。

 

私はご主人様に手を引かれ、そのあとも買い物を楽しんだ。

その後、ご主人様は雑貨屋で変わった形のざるを見つけた。ご主人様いわくセイロと言うらしい。

「よし。これを買って帰るぞ」

「は、はい」

「今日はこれでちょっとしたデザートを作ろう」

「デザートですか」

「楽しみにしててくれ」

 

ご主人様はセイロを2つ購入。

私たちはすぐに帰宅し、ご主人様はさっそくデザートづくりを開始した。

 

小麦粉、砂糖、牛乳、卵とシェルパウダーを混ぜ合わせて生地を作った後、

その生地を丸めてカップに入れた。

1時間くらいこのまま材料どうしがなじむまでおいておくとのこと。

 

何ができるのかワクワクしながら生地を見ていると、ご主人様は急に私を抱き寄せた。

「ロクサーヌ、1時間あるんだけど...... いいよな」

私はご主人様の表情で全てをさっした。

「はい。では、時間が限られているので、その...... 急ぎましょう」

 

私はご主人様に手を引かれて寝室に行き、すぐに服を脱いで可愛がっていただいた。

時間がないって思ったら、なんかすごく盛りあがってしまった...... 恥ずかしい。

 

1時間後、さっき作った生地はカップいっぱいにふくれていた。

ご主人様は中華鍋に水を少し入れて先ほど買ったセイロをかぶせ、お湯を沸かし始めた。

セイロの中にカップを並べ、もう一つのセイロを逆向きに乗せて網の部分にふきんをかぶせ、ふたをした。

こうするとセイロの中に湯気がこもり、その熱でデザートが出来るとのこと。

 

ご主人様は火加減を調節したあと、私に火加減を見ておくように申しつけ、セリーを迎えに行った。

私は中華鍋の火加減を気にしつつ、夕食を作りながら二人を待った。

 

少しすると、セイロから甘い香りが漂ってきた。

私はセイロの中をのぞきたい気持ちを我慢しつつ夕食を作っていると、ご主人様がお酒の匂いをさせたセリーを連れて帰ってきた。

前よりはお酒の匂いが弱いので、セリーは飲む量を少し抑えたみたいだ。

 

「甘くていいにおいがします」

ご主人様に報告すると、にやりとほほえんでうなずいた。

その後、食卓に夕食を並べていると、ご主人様は中華鍋からセイロをおろしていた。

 

夕食のあと、ご主人様はカップからデザートを取り出し、私とセリーに手渡した。

「ご主人様、これはなんというデザートですか?」

「蒸しパンだ。久しぶりに作ったのだが、まあ、それなりに出来たと思う」

「そうですか、とてもおいしそうです」

「じゃあ食え」

「はい」

「いただきます」

 

口に含むと暖かく、もっちりしていてほのかに甘い。

「お、おいしいです、ご主人様」

「これはすごいです」

セリーも感心している。

私はデザートを楽しんだあと、買ってきたプレゼントを取り出した。

 

「それでは、ご主人様。改めて、私からのプレゼントです。これからもよろしくお願いします」

「ありがとう、俺のほうこそよろしくな」

私は買ってきた服をご主人様に渡すと、席を立って受け取ってくれた。

 

「はい。それから、これはセリーへ私からのプレゼントです」

「あ、ありがとうございます。大事にします、ロクサーヌさん」

私は買ってきた服をセリーに渡すと、彼女も席を立って受け取ってくれた。

セリーは服を受け取ると、この前ペルマスクで買ってきたカガミの前でからだに服をあてながらニコニコしていた。

よほど嬉しかったのか、いつもの冷静なすがたと違い、とてもはしゃいでいる。

私はふだん見ないセリーのすがたが見れて、一生懸命選んでよかったと思った。

 

◆ ◆ ◆

 

その夜、ご主人様は私とセリーを1回ずつ可愛がってくれたあと、すぐに寝てしまった。

 

しばらくすると、セリーから話しかけられた。

 

「ロクサーヌさん、おきてますか?」

「おきてますよ。ご主人様はお休みになられたようですね」

「そうですね。なんとなくお疲れのようでしたけど、なにかあったのですか?」

「そうですか? セリーを図書館に送って、戻って来てからずっと一緒にいましたけれど、

特になにもなかったと思いますが」

「そうですか...... 昨日に比べるとアッサリしていたので疲れているのかと思ったのですが...... 確か、迷宮に行ったのですよね?」

「そうです。ベイルの迷宮9階層でボス狩りをしてきました」

「ボス狩りですか?」

「はい。でも、50回ぐらいですよ」

「えっ、ベイルの迷宮9階層だとラピットラビットですよね。それを50回も......」

セリーにあきれた顔をされてしまった。

 

「いけなかったのでしょうか」

「そうですね、ラピットラビットは素早いですので、体力だけでなく精神的にも疲れます。 

私だったら倒れてるかもしれません」

「そうですか?鍛錬するにはいいのかなって思ってラピットラビットにしたのですけど」

「ご主人様は体力はあります。速さにもスキルで対応出来ますけど、

スキルを連発すれば精神的に厳しくなります。

スキルなしでも速さに対応できるロクサーヌさんは大丈夫でも、ご主人様には厳しかったのかもしれませんね」

 

「そうでしたか...... はあ...... 私は自分のことしか考えていませんでした...... 

ご主人様には大変申し訳ないことをしました」

「ロクサーヌさん......  

でも、精神的な疲れって感じでもないような気もするのですよね。

気持ちが沈んでいたようには見えませんでしたし」

「そうですか」

「はい。精神的っていうより肉体的に疲れていたようなきがするのですが......」

「肉体的にですか? 心当たりは......」

 

確かにボス狩りはしたけど、途中で休憩したからそれほど疲れるとは思えない。

あとは帝都で買い物して、帰って来て、蒸しパン作って......

「あっ!」

「どうしました?」

「いえ、なんでもありません」

「そうですか......」

「昨日すごかったので、疲れが残っていたのかもしれませんね......」

そうだった...... ご主人様がセリーを迎えに行く少し前まで、可愛がってもらってたんだった......

セリーは...... 気づいてる?  

 

「そうですか...... 確かに昨日は凄かったので...... でも、今朝は少し眠そうな感じはしましたけど、疲れているような感じはしなかったと思うのですが......」

セリーはジト目でこちらを見てる。

「セリー、その...... 帰ってきてからも色々あったので......」

「まあ、ご主人様も...... なんだかんだで今日は楽しめたのではないでしょうか」

「そ、そうですね」

「私たちに蒸しパンをふるまっているときもうれしそうだったし、昼間も楽しめてなかったらあんな顔は出来ないでしょう」

「そうですね。

迷宮のあとに帝都に買い物に行ったのですけれど、雑貨屋でセイロを見つけてからのご主人様はすごく生き生きしてましたし、蒸しパンを作っているときも、私たちが食べているときも、「どうだっ!」って顔をしてましたね。ご主人様は楽しい休日が送れたと思います」  

 

「......ロクサーヌさんもですよね?」

セリーはジト目のままだ。

「......はい。私も楽しい1日でした......     

もう、 こんどセリーがご主人様と二人っきりになれるようにしますから、きげんをなおして下さい」

 

セリーの目もとがやわらいだ。

「はい。

ごめんなさい、ちょっとうらやましかったので...... 

でも、無理に二人っきりにしなくても、大丈夫です。

そ、そういうのは...... その...... 自然とそうなれれば」

セリーは耳まで赤くなってうつむいた。

 

「ふふ。ところでセリー、図書館はどうだったのですか?」

「はい。まえにロクサーヌさんが気にしていた、インテリアとかガーデニングとかの本がありました。

ダイニングテーブルやキッチン回りでも、ちょっとした工夫ですごくいい雰囲気になるみたいですよ」

「そうなのですか?」

「はい。さっそく明日やってみようと思います。

あと、庭と道の境界の柵があるじゃないですか、あそこの見栄えをよくする方法も調べてきたので、

こんど一緒にやってみましょう」

「わかりました。楽しみにしてますね。他にはどんな本を読んできたのですか?」

「魔物関係の本とジョブ関係の本、あとは、冒険譚とか物語とか」

「物語ですか?」

「はい。でも、冒険譚とか物語の本は5冊とか6冊、場合によっては20冊ぐらいで一つの話になっているので、ちゃんと読むと時間がかかります。

ですので、なんとなく内容がわかる程度にかいつまんで読んだだけです」

「そうですか。それは残念でしたね」

「いえ、本に触れられるだけでも贅沢なのですから、1日図書館にいることが出来て私はとてもしあわせです」

「それならよかった。セリーもいい休日を過ごせましたね」

「はい。ご主人様には感謝しきれません。本当に......  

私は奴隷になったとき、いろんなことを諦めたんです。

そしてもう、普通の人の生活はおくれないって思いました。

それなのに、ご主人様は私を人としてあつかってくれます。とても大切にしてくれます。鍛冶師になるって夢も叶えてくれました」 

セリーはそう言いながら、いとおしそうな表情でご主人様を見つめた。

「ほんとに...... ほんとに優しいひとですよね......  

ご主人様。 私......  いま......  とてもしあわせです」

セリーは顔をご主人様に近づけ...... おもむろにキスをした。

 

「せ、セリー?」

「......あ!  す、すみません。つい......」

セリーはハッとしてわれに返り、オロオロしはじめた。

 

「ふふ。 セリー、気持ちがあふれちゃったんですね。わかります。私も同じ気持ちですから。       

でも、ご主人様が寝ているときは控えないとダメですよ。おこしてしまいますからね」

「は、はい。 ごめんなさい。 あの、もう寝ます」

セリーはそう言うと向こう側をむいて寝てしまった。

セリーったら、ほんとに可愛い。

でも、セリーだけじゃずるいから...... 私もしちゃおう。

 

「私はセリーに気付かれないよう、ご主人様にそっとキスしてから眠りについた」

 

◆ ◆ ◆

 

そして今日。

                   

早朝ハルバーの迷宮を探索。

家に戻って朝食を食べたあと、ご主人様はセリーにモンスターカードを融合させた。

ご主人様のロッドを強化したようだ。

 

その後。早速ハルバーの迷宮11階層に行き、魔物と対戦。ご主人様の魔法が強くなっていた。

そして、午前中のうちに11階層のボスであるハチノスを倒し、12階層に上がった。

 

セリーの説明では、ハルバー12階層の魔物はグラスビーとのこと。

私はグラスビーとは戦ったことがなかったけれど、かいだことのない魔物のにおいがするので、

そちらに二人を案内した。

 

するとグラスビーが現れ、たおすと蜜蠟を落とした。

「ご主人様、蜜蝋は革の装備品を手入れすることに使えます。

よろしければ、一つ使わせていただけますか」

「わかった」

「ありがとうございます」

 

「今日はここまでにする。

前に話したとおりこのあと帝都に行くが、二人はどうする。一緒に行くか?」

「はい。ついていきます」

「えっと。よろしいのですか」

私は絶対についていくつもりだったので即答したが、セリーは躊躇していた。

 

「二人にとっても仲間になるわけだからな。

意見も聞いてみたい」

「大丈夫ですよ、セリー」

「そういえば、私のときにもロクサーヌさんがいました。それでは私もご一緒させてください」

 

その後、帝都の冒険者ギルドにワープし、そこから歩いて商館に移動した。

少し歩くと敷地の周りを塀に囲まれた大きな建物が見えた。

 

「ここだろうか」

「そのようですね」

 

門をくぐると、ひとりの男が近づいてきたので、ご主人様はベイルの商館のアラン様から頂いた紹介状を渡した。

そして、建物いり口よこの部屋に案内された。

 

しばらくすると、商館の人がやってきた。

「ようこそおいで下さいました。私が当商会のあるじでございます」

「よろしく頼む」

「それでは、こちらにお越し願いますか」

 

商会のあるじに応接室に案内され、ソファーに座ると給仕の人が私たち三人の前にハーブティーを三つ置いた。

その後、ご主人様は商会のあるじに、ここに来た目的を話した。

 

「迷宮で戦える女性がいたら紹介してほしい」

「冒険者、探索者向けの戦闘奴隷ということですか。他にご条件は」

「ブラヒム語を話せるもので」

 

ご主人様...... もう増員するメンバーが女性ってことを隠しもしないのね。

しかも、ご主人様のことだから...... ぜったい可愛い子を探してるはず。

でも...... メンバーにご主人様以外の男性が入るのは何か嫌だし、

どちらかというなら女性のほうがいいけど...... 一番は譲らないですからね!

 

そんなことを考えていると、条件の合う人を見に行くことになっていた。

ご主人様のあとについていくと、女性が20人くらいいる部屋に案内された。

 

「探索者のお客様がパーティーメンバーを探しておられる。ブラヒム語を解するものはこちらに並べ」

商会のあるじが問いかけると、10人の女性が並んだ。

ご主人様は気になった女性にひとことふたこと話しかけ、感触をつかんでいる。

ひととおり確認すると、次の部屋に移った。

次の部屋、その次の部屋と何度か同じことを繰り返したが、ご主人様が好みそうな人はいなかった。

 

「まだあるのか」ご主人様がつぶやくと、商会のあるじは顔をニヤつかせながら言った。

「次の部屋はまだ男性経験のないもののみを集めております。

そのぶん、戦闘奴隷としてはいささかねが張りますが」

「大丈夫だ」

あ、ご主人様のテンションがあがった。 もうっ!           

       

次の部屋にはひとり美人がいた。私と同じくらいか少しだけ年上に見える。

ご主人様はしっかりチェックしているけど、視線を合わせないしやる気もなさそう。

この人はダメね。

 

「それでは、お次の部屋でございます」

「頼む」

 

次の部屋に入り、女性たちが並ぶと、奥の方に座っていた女の子が遅れて立ち上がり、並ぼうとした。

すると、商館のあるじは急にバーナ語で叫びその子を追い返した。

 

猫人族でかなりの美少女。元気良さそうだしご主人様が好みそう。猫人族なら相手に依存する性格じゃないし、いいかも。

でも、いま商館のあるじは

『ブラヒム語が話せるやつだけ並べって言ったんだ。ミリア、お前は戻れ』って言われてた...... 

ミリアか...... ダメかな......

 

ご主人様をちらっと見ると、ミリアを興味深げな目で見ていた。

「なんで追い返されたんだろう」

「バーナ語ですね」

「バーナ語?」

「はい。帝国の中東部辺りに住む獣人の話す言語です」

「なるほど。ブラヒム語が分からないのか」

 

ご主人様が思案している。 

ミリアに興味はあるけれど、しゃべれなければパーティーには入れられないって考えてるのね。

 

「すみません。彼女はまだここに来てまがありませんので」

「いや。別にいい」

「それでは、ご覧いただけますか」

 

ご主人様は商館のあるじのうしろについて、並んでいる女性を確認した。

表情を見る限りめぼしい女性はいないようだ。

 

「ロクサーヌはバーナ語が話せるのか?」

「はい。私が住んでいたところで使われていた言葉もバーナ語でしたから」

「セリーは」

「私は話せません」

 

ご主人様はもう一度考えてから、私に聞いてきた。

「彼女は猫人族だよな」

私はバーナ語でミリアに話しかけた。

『ちょっといい? あなたは猫人族ですね』

『え? えっと、魚が食べたいです』

何を言っているの?突然話しかけたからちゃんと話を聞いてなかったのかな?

「なんだって」

「えっと。魚が食べたいそうです」

「魚?」

私はもう一度バーナ語で聞いてみた。

『ちゃんと聞いて、あなたは描人族ですか?』

すると、ミリアははっきりうなずいた。そして、私にむかって話し始めた。

『あの、お魚を食べさせてくれるなら喜んで働きます』

私はご主人様に通訳する。

「猫人族ですね。魚が食べられるなら喜んで働くと言っています」

「魚かぁ」

 

商館のあるじはミリアと話されるのは困るのか、私たちに声をかけてきた。

「このものがいかがいたしましたでしょうか」

「一応、彼女との面談も頼めるか」

「まだブラヒム語も解しませんし、罪を犯して売られてきたものですが」

「だめか?」

「いえ。お客様がよろしいのであれば」

商館のあるじは顔がヒクついてるわね。

理由はわからないけど、ミリアは売りたくないみたいね。

 

その後もふた部屋見て回ったが、ご主人様は、めぼしい女性がいないようだった。

そして、全ての部屋を見おわると、商館のあるじから面談を行う女性を確認された。

 

ご主人様は、最初の部屋に居たそこそこやる気がありそうだった人、

途中で見たやる気のない美人、

それとミリアの三人を指名した。

 

ご主人様が商館のあるじに「ブラヒム語が話せなかった描人族の彼女」って指名したとき、

思わす「やった」って声が漏れてしまった。

 

私は声が出てしまったことに気付き、あわててご主人様の顔をのぞいてみたけれど、

気付いてないようだったのでほっとした。

ほっとして、セリーのほうをみると、怪訝そうな顔をされてしまった。

どうやらセリーには聞こえていたみたい......  (気を付けよう)

 

その後、応接室にもどり、ひとりずつ面談を行った。

 

ひとり目は最初の部屋に居たそこそこやる気がありそうだった人。

迷宮探索は問題ないそうだけど、特にひいでた技術はないみたいね。

ご主人様と同じ人間族だけど...... 好みじゃなさそうね。

可もなく不可もなくってところかな。

 

ふたり目はやる気のない美人。

こちらが質問したことに対して最低限しか答えないわね。目も合わせないし迷宮で戦う自信がないって言ってる。

こういう人は、あとで「私はあのとき自信がないって言いましたよね」とか言って、迷宮に行くのを断ってきそう。

なんで探索者向け戦闘奴隷の部屋にいたのか不思議ね。 

当然この人もナシだけど...... 顔だけならご主人様の好みかもしれないから、注意しておこう。

 

三人目はミリア。

「ロクサーヌ、通訳は大丈夫?」

「はい。おまかせください」

 

「えっと。まず魚なんだが、どのくらいの頻度で食べたい?」

『ミリア、魚はどれくらい食べたいの?毎日ってわけにはいかないわよ』

 

『三日に一度、ダメなら五日に一度食べられれば......』

「三日に一度、いや五日に一度でいいそうです」

 

ご主人様が少し考えていると、ミリアは自分の答えがまずかったと思ったのか、要求を下げてきた。

どうやら空気が読める子らしい。

『あの、十日に一度でもいいです。お願いします』

「十日に一度でいいそうです」

 

十日でいいと言ったあと、ミリアは期待をこめた目でご主人様を見つめている。

ご主人様は、やれやれと言った顔になり私たちの意見を聞いてきた。

「ロクサーヌやセリーはそれでもいい?」

「はい。嫌いではありませんので」

「私も大丈夫です」

私に続いてセリーも答えた。

 

「そのくらいなら問題はない」

そう言ってご主人様はミリアにうなずいてみせた。

ミリアは意味が分かったみたいで、私が通訳する前に返事しながらあたまを下げた。

『ありがとうございます』

 

すると、ご主人様は魚の素晴らしさについて語りだした。

私はミリアに伝わるように同時に通訳してみた。

『魚はおいしい。そのまま塩焼きにして油が落ちたところを食べるのもいいし、小麦粉をまぶしてムニエルっていう料理にしてもおいしい。オリーブオイルで炒めてもおいしいし、オリーブオイルとワインで煮込むのもおいしい。魚醤を使って浅く煮つけてもおいしい。塩だけで煮込んでも魚のエキスが出てすごくおいしくなる』

ミリアは身を乗り出して聞いている。

『あの、是非私のご主人様になってください』

「是非主人になってほしいそうです」

 

私が通訳するとご主人様は次の質問をしだした。

「料理は出来るのか」

『ミリア、料理は出来ますか』

『はい、まかせてください』

「おまかせくださいと言ってます」

 

「毎日魚料理ばかりでも困るが」

『料理は魚料理だけじゃなくて、他の料理も作れますか』

『はい。魚料理以外も作れます』

「大丈夫だそうです」

 

「迷宮に入るのも問題ないか」

『ミリア、迷宮探索は大丈夫?魔物と戦うことになるけど』

『はい。大丈夫です。迷宮で魚人もやっつけます』

「迷宮で魚人もやっつけるそうです」

 

「ブラヒム語は...... まあ覚えなければ魚抜きといったら覚えるだろう」

『ミリア、ブラヒム語をちゃんと覚えないと魚は食べさせません。よろしいですか』

私の言葉を聞いた途端、ミリアはご主人様をにらんだ。

しまった。ちょっと言いかたがきつかったかも。

 

『わかりました。これから頑張って覚えます』

ミリアはちょっとふてくされぎみに答えた。

 

仲間にするなら考えをただしておかなくちゃダメね。

『ミリア、ご主人様はすごい人です。将来は迷宮討伐を成し遂げて、貴族になれるかもしれないようなかたです。

それなのに、奴隷である私たちに対してとても優しくしてくれます。

あなたが仲間になったら、ちゃんとあなたのことも大事にしてくれますし、魚も食べさせてくれますよ。

でも、迷宮ではパーティーを組んで魔物と戦いますし、指示を守らないと最悪死ぬことになります。

ブラヒム語が分からなかったなんて言い訳はききません。

あなたがわがままを言ってご主人様に迷惑をかけるようなら、私はご主人様にあなたを買わないように言いますし、

一度仲間になったとしても、必ずあなたを追い出します。

どうですか?しっかりやっていく覚悟はありますか?』    

 

私の言葉を聞くと、ミリアの表情が変わった。

『は、はい。ちゃんとブラヒム語を覚えてご主人様の役に立ちます。

私は集団では漁をしなかったので、パーティーで戦うことは得意じゃないかもしれませんが、頑張って覚えます』

 

ふう。 分かったみたいね。  

『よろしい。じゃあ、ご主人様にあなたを推薦します』

『よろしくお願いします』

 

「えっと。ご主人様は優しいので大丈夫だと説明しました」

「ロクサーヌ。ありがとう」

 

面談がひと段落したのをみはからったのか、商館のあるじが声をかけてきた。

「そろそろよろしいでしょうか」

「ああ、いいだろう」

「では、わたくしは一度さがらせていただきます」

そう言うと、商館のあるじはミリアを連れて退出した。

 

ご主人様はハーブティーをひとくちすすり、私たちの意見を聞いてきた。

「三人面談してみたが、どうだ」

「二人めの人は危ないですね。迷宮で足を引っ張りかねません」

「やっぱりそうか」

私とご主人様の意見が一緒でほっとした。

 

「......全員私より胸が......滅びればいいのです」

セリーは......  はあ...... まったくもう、今日はもうダメそうね。 

私が頑張らないと...... 

 

「ひとり目の女性は悪くないと思います」

「悪くはない。が、よくもないというところか」

「はい......」

やっぱりご主人様は乗り気ではないようね。

 

「えっと。ご主人様が好まれるのであれば」

「まあ、ロクサーヌやセリーのほうが美人だからな。波乱を起こさないという点では悪くないかもしれん」

「あ、ありがとうございます。三人めの女性はいいですね。猫人族ですし」

「猫人族だといいのか」

 

あ、余計なことまでいっちゃってた。どうしよう...... 

「す、すみません。猫人族というのは、つがいになっても相手にべったりとくっついたり、つきまとったりしない種族なのです。

だから、毎日短い時間だけ相手をすれば、依存されることはないと思われます」

 

申し訳なく思いながら答えると、ご主人様は私の気持ちをさっしてくれたようだ。

「ロクサーヌをないがしろにすることは断じてないが」

「あ、ありがとうございます。集団での漁はしないので、パーティーで戦うことはあまり得意ではないようです。

そこはきっちり教えなければなりません」

「大丈夫か?」

「はい。おまかせください。通訳するのも問題ありません」

私はご主人様にミリアを選んでほしいので、力強く返事した。

 

ご主人様の表情を見る限り...... ミリアで決定だと思う。 あとは値段次第ね。

 

しばらくすると商館のあるじが戻って来た。

値段はひとりめの女性は25万ナール、ふたりめの女性は45万ナールだったが、

買う気がないのでご主人様は聞き流している。

 

ミリアの値段はオークションに出せば60万とか70万ナールになるけど、教育できてないから今回は45万ナールでよいとのこと。

 

そうか、だからご主人様が奴隷の部屋でミリアを選べるか聞いたときに、商館のあるじは売りたくなさそうな顔をしていたのね。

 

商館のあるじはミリアの値段をなかなか下げなかったけど、ご主人様がねばりづよく交渉し、40万ナールで交渉がまとまった。

その後、ご主人様が亡くなったときはミリアはセリーに相続させるよう遺言変更をかけたところ、

商館のあるじはとても感動し、ご主人様の覚悟に敬意をあらわして28万と210ナールまで値段を下げていた。

 

ご主人様がお金を支払うと、商館のあるじはミリアのしたくをしてくると言って退出した。

 

すると、今まで黙っていたセリーが復活した。

「素晴らしい交渉ぶりでした」

「そうか。ありがとう」

「とりわけ、なぜ商人が最後に大きく値を下げたのか、私にはまったくわかりませんでした」

セリーはご主人様を尊敬のまなざしで見つめている。

 

「さすがはご主人様、見事な人徳です」

「ありがとう。まあ人徳というほどでもないが」

ご主人様は謙遜してるけど、商館のあるじにはご主人様の素晴らしさが伝わったのでしょう。

「いえ、すばらしいことです」

 

「神域を冒したらしいが、問題はないだろう」

「ご主人様がそうおっしゃられるのでしたら」

「神罰など迷信です。本当に神罰があるなら、禁漁区で漁をした時点で下されているはずです」

神罰のことも知ってるなんて、さすがセリーね。ミリアには問題はないってことね。

私はセリーにむかってうなずいた。

 

しばらくすると商館のあるじがミリアを連れて戻って来た。

ミリアは私たちの前まで来るとおじぎしながらお礼を言った。

『お魚ありがとうございます』

 

商館のあるじに何を言われたのか疑問に思ったけど、聞き返さずにそのままご主人様に伝えた。

「お魚ありがとうございます、だそうです」

ご主人様は苦笑いしながら答えた。

「そのうちにな」

『いきなりは失礼ですよ。そのうちちゃんと食べさせてもらえますからね』

ミリアはじーっとご主人様を見つめた。あれは無言の要求ね。

はあ、さっき言ったこともう忘れているのかしら、この子には繰り返し教えていかないといけないわね。

 

「それでは、インテリジェンスカードの書き換えを行います」『ミリア、インテリジェンスカードを書き換えるから、左手を出せ』

商館のあるじが言うと、ご主人様、セリー、ミリアの三人が腕を伸ばした。

 

書き換えが終わるとご主人様は自分のインテリジェンスカードを確認していた。

セリーとミリアも自分のインテリジェンスカードを確認していたので、

私は皆のインテリジェンスカードを横からこっそり見た。

 

ミチオ・カガ ♂ 17才 探索者 自由民

所有奴隷 ロクサーヌ セリー(死後解放) ミリア(死後相続)

 

セリー ♀ 16才 鍛冶師 初年度奴隷

所有者 ミチオ・カガ(死後解放)

所有奴隷(所有者死後相続 ミリア)

 

ミリア ♀ 15才 海女 初年度奴隷

所有者 ミチオ・カガ(死後相続 セリー)

 

ミリアは15才... ってことはひとつしたね。 海女ってたしか猫人族の固有ジョブだったような......  

あとでセリーに聞いてみよう。

 

◆ ◆ ◆

 

商館を出るとご主人様はアイテムボックスから革の靴を取り出してミリアにわたそうとした。

「じゃあこれをはけ」

ミリアはおどろいて、靴を受け取らずに固まった。

『魚を食べさせてもらうのに靴まで履かせてもらえるなんて申し訳ないです』

「魚を食べさせてもらううえに靴まで履かせてもらうのは申し訳ないそうです」

 

「迷宮にはいる以上はこれも装備品だから」

『迷宮にはいるためには靴が必要です。装備品ですので、ちゃんと履いてください』

『わ、わかりました』

ミリアは返事しながらうなずくと、ご主人様から革の靴を受け取って履いた。

 

ミリアが靴を履くと、ご主人様はミリアをじっと見つめた。するとミリアが目をみひらいておどろいた。

『えっ?』

『ミリア、あとで説明するので黙ってパーティーにはいりなさい。』

私はご主人様がいつも通り無詠唱でミリアをパーティーにさそったことに気付き、騒ぎだす前に小声でさとした。

 

冒険者ギルドにむかって歩きながら、私はミリアに話しかけた。

『ミリア、私はロクサーヌ。ご主人様の一番奴隷です。よろしくお願いしますね』

『よ、よろしくお願いします』

 

『ミリア、ご主人様はすごい人です。今のことだけでなく、常識では考えられないようなことが色々出来ます。

しかし、それは他人に知られてよいことではありません。なぜだかわかりますか?』

『えっと。わかりません』

『ご主人様の能力を知ったとき、それを利用したり、ねたんでおとしいれようとする人がいるからです。

そして、そのような人はどこにいるかわかりません。どこで聞いているかもわかりません。

ですので、おどろくようなことがあっても、声に出してしゃべってはいけません。わかりましたか?』

『......はい』

『どうしても聞きたいことがあるときは、家に帰ってから私に聞いてください』

『はい。あの、家ですか?』

『はい。今から帰りますので、それまで質問はなしです。いいですね』

『わかりました』

 

帝都の冒険者ギルドからクーラタルの家に飛ぶと、早速ミリアが質問してきた。

『ここはどこですか?』

『ここは私たちの家です。場所はクーラタルです』

『フィールドウォークは冒険者じゃないと使えなかったと思うんですけど』

『今のはワープというご主人様の魔法です』

『ワープですか?探索者のはずなのにすごいです』

ご主人様が何を話しているのか心配そうに見ていたので、報告した。

「探索者のはずなのにすごいと言っています」

「適当に言っておいてくれ。あと、内密にするようにともな」

「かしこまりました」

 

『ミリア、ご主人様は移動魔法だけでなく治癒魔法や攻撃魔法も使えます。

しかも全て無詠唱です。他人に聞かれると問題なので内密にすること』

『わかりました』

 

『さっきも言いましたが、ご主人様は人には出来ないことがたくさん出来ます。

魔法も使えますし、すごい武器も持ってます。そして、低階層の魔物なら一撃で倒せるほど強いです。

遠い国から来たらしく、たまにこちらの常識で知らないこともありますが、

とても頭がよく、私たちの知らないことをたくさん知っています。本当にすごい人です』

『はい』

 

『それなのに奴隷の私たちをとっても大事にしてくれます。最高のご主人様ですよ』

『はい。わかりました』

 

ミリアがご主人様を見る目が尊敬のまなざしになった。

これなら大丈夫ね。

 



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ミリアを教育

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

少し前までクーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索していたが、最近はハルツ公爵からの依頼でハルバー、ターレ、ボーデの迷宮を優先的に探索している。

ちなみにクーラタルは11階層、ベイルは11階層、ハルバーは12階層、ターレは13階層まで到達。

発見されたばかりのボーデは1階層を探索中だ。

   

いま私たちは、新しくパーティーメンバーとなったミリアを加え、4人でクーラタルの家に帰ってきたところだ。

 

「改めて挨拶する、俺が主人のミチオだ。よろしく頼むな」

ご主人様はミリアにそう言うと、あたまをなでて耳をモフモフした。

ご主人様...... 私の耳もよくなでるけど、ミリアの耳も好きそうね。

 

あれ? 

セリーが羨ましそうな目でご主人様を見てる......  

そういえば......  ご主人様がセリーの耳をいじっているところは見たことがない......   

今度ご主人様に、セリーの耳もいじってあげるよう、

それとなく伝えておこう。

 

そんなことを考えているとミリアが聞いてきた。

『あの、ご主人様は何を言ってるのですか?』

『俺が主人のミチオだ、よろしく頼むなって言ってます。ご主人様は人間族で17歳、信じられないと思いますが、複数のジョブが使えます』

『本当ですか?』

『そうです。ご主人様ですから』

『わかりました。こちらこそお願いします』

「はい。こちらこそお願いしますと言っています」

私が翻訳すると、ご主人様は少し考えてからミリアに話しかけた。

「ブラヒム語の返事は、はいだ。言ってみろ。はい」

ミリアは少し考えてから、ご主人様に合わせて返事した。

「......はい」

 

「おお。ちゃんと言えるじゃないか」

『ミリア、今の「はい」はブラヒム語の返事です。わかったという意味です。

忘れないでくださいね』

「すごいです」

ご主人様に合わせてセリーもミリアをほめた。

 

「はい」

ミリアは嬉しそうにこたえ、はにかんだ。

 

続いてご主人様は、ミリアに私たちを紹介した。

「彼女がロクサーヌ。しばらくは翻訳もしてもらうのだから、世話になる。姉と思って慕え」

『改めて、私はロクサーヌ。ご主人様の一番奴隷です。狼人族の獣戦士で16才です。この家では私しかバーナ語が話せませんので、しばらくは私が通訳します。

私のことは姉と思って、わからないことは聞いてくださいね』

『はい。ロクサーヌお姉さま。よろしくお願いします』

『お姉さまはちょっと...... お姉ちゃんでいいですよ』

『はい。お姉ちゃん』

 

「よし、言ってみるか。お姉ちゃん」

ご主人様は、今度はミリアにお姉ちゃんと言わせるよう、私を指さした。

「お姉ちゃんだ。 お姉ちゃん」

「......お姉ちゃん」

「はい、ミリア」

私が答えるとミリアは嬉しそうにほほえんだ。

 

ご主人様はミリアがお姉ちゃんと言えると、今度は自分を指さした。

「お......」

ご主人様はお兄ちゃんと言いかけたが、ミリアの横でジト目で見ているセリーに気付いて言葉を飲み込んだ。

 

「か、彼女はセリーだ。パーティーメンバーは今のところこの4人になる。戦力拡充のためメンバーは増やすつもりだから、新しく入ってくる人とも仲良くやってくれ」

ご主人様は、セリーを指さしてミリアに紹介した。

『ミリア、彼女はセリー、二番奴隷です。彼女はドワーフの鍛冶師で16才です。とてもあたまがよく、色々なことを教えてくれます。

迷宮では彼女の話をよく聞いてから、魔物と戦いますので、必ず従ってください』

『か、鍛冶師さまですか?』

『そうです』

『鍛冶師さまがいるパーティーなんて、おどろきです』

『ふふ。セリーがいるおかげで私たちのパーティーは攻撃力が底上げされます。

それだけが理由ではありませんが、私たちのパーティーは人数の割には強いですよ。

但し、このことは内密にしてください』

『はい。分かりました。

えっと。セリーさんは...... なんて呼んだらいいですか?』

『そうね。セリーお姉ちゃんで』

ミリアはセリーのほうを向いて頭を下げ、ブラヒム語で呼びかけた。

「セリーお姉ちゃん」

「はい、ミリア」

セリーはにっこりほほえんで返事した。

そして、セリーが答えるとミリアは嬉しそうにほほえんだ。

 

『ミリア、パーティーメンバーは今のところあなたを加えて4人です。ただし、戦力拡充のためメンバーはあと二人増える予定です。

今後、新しくメンバーが増えた場合はあなたはその子のお姉ちゃんになりますので、しっかりして下さいね』

『はい。弟がいたので、下の子の面倒は見れるつもりです。頑張ります』

私はなにやら考え事をしていたご主人様にこたえた。

「弟がいたので、大丈夫だそうです」

私がご主人様にこたえると、ミリアが胸を張った。

ご主人様は一瞬苦笑いすると、次の質問をはじめた

 

「それじゃあ、次にジョブだが。迷宮に入るのに何かやってみたいジョブとかあるか」

『ミリア、ご主人様のパーティーは、私が獣戦士で前衛、片手剣で戦います。セリーは鍛冶師で前衛、槍で戦います。ご主人様は基本は後衛で、魔法で戦います。

ミリアはやってみたいジョブはありますか?』

『私は海女なので、このままでお願いします』

「このままでいいそうです」

「じゃあ海女か」

 

『お姉ちゃん。私はギルドとの契約で海女にしてもらいました。十年間海女でい続けないといけません。

もし他のジョブに就こうとすると、契約破棄で海賊に落とされてしまいます』

ご主人様の話にかぶせるようにミリアが話し始めたので、私はあわてて通訳をつづけた。

「というより、ギルドとの契約で海女になってからは十年間海女でい続けなければいけないという制限があるそうです」

「そうなのか」

ご主人様はミリアを見つめながら、何か考えごとをしている。

「他のジョブに就こうとすると契約破棄で海賊に落とされると言っています」

 

ご主人様はそのままミリアを見つめていたが、急に慌てだした。

「どうやら、その契約は無効になっているようだな」

『ミリア、ギルドとの契約は無効になっているみたいですよ』

私が通訳するとミリアが不安そうな顔になった。

『え、それはどういうことですか。もしかして...... 神罰でしょうか?』

「神罰でしょうか?」

「い、いや。神罰ではない。俺がちょっとな」

「そのようなこともおできになるのですね」

さすがはご主人様。しっかりミリアに伝えないとね。

 

『ミリア、神罰ではありません。ご主人様が契約をなくしてジョブ変更が出来るようにしてくれました』

『本当ですか?すごいです』

『そうですよ。ご主人様ですから』

ミリアが尊敬のまなざしでご主人様を見つめると、ご主人様は...... 

なぜか?またもや苦笑いした。

 

「セリー、海女っていうのはどういうジョブだ?」

「猫人族の女性の固有ジョブです。

確か、本来なら水の中で生きているような魔物に対して強い攻撃力を発揮します」

セリーが説明すると、ご主人様は少しのあいだ考え込んだ。

 

「武器は何を使う」

『ミリア、武器は何を使いたいですか?』

『えっと、魚をとるときは槍を使ったことがあります』

「魚をとるときには槍を使ったことがあるそうです」

「迷宮でも槍でいいのか? 前衛が槍二人になってもロクサーヌは大丈夫?」

『ミリア、あなたには前衛で魔物と対峙してもらいます。槍以外の武器は使えませんか?』

『両手剣と片手剣は使ったことがあります。片手剣のときは、もう片方の手に盾を持って戦いました』

『わかりました。フォーメーションを考えると...... あなたには剣で戦ってもらいます。よろしいですか?』

『はい。頑張ります』

 

「攻撃重視なら両手剣、防御重視なら片手剣に盾でいいそうです」

ご主人様は少しだけ考えて結論をだした。

「じゃあ片手剣か。いずれ強化するとして、当面はダガーでもいいだろうか」

「はい。十分だと思います」

「わかった。ちょっと取ってくる」

ご主人様はそういうと、物置部屋にむかった。

 

『ミリア、あなたの武器は片手剣になりました。いまご主人様がダガーという小型の片手剣を持ってきます』

『はい。ありがとうございます』

 

ご主人様が戻ると、ダガーをミリアに渡した。

「ミリア、お前が使う武器だ」

「はい」

ミリアは嬉しそうにダガーを受け取り、右手に持ってバランスを確かめた。

 

「あとは防具か。革の帽子と革のグローブはまだあるからいいとして、胴装備は皮のジャケットではきついだろう」

「皮のジャケットでも十分戦えますが」

私が答えると、ご主人様は苦笑いしながら返事した。

「何かあってからでは遅いしな。とりあえず防具屋に行く。他に必要なものがあったら一緒に買おう」

「かしこまりました」

 

『ミリア、今から防具屋に行きます。あなたもついてきてください』

『はい...... 武器だけじゃなくて装備品までそろえてもらって...... 本当にいいのでしょうか......』

『大丈夫ですよ。ご主人様は私たちが傷つくことを嫌います。出来るだけ安全に戦えるよう考えてくださいます。

とても優しいかたですから』

『わかりました』

ミリアはそう答えると、ご主人様にむかっておじぎした。

 

「では行くぞ」

ご主人様はワープゲートを開くと、壁の中に歩いて行った。

そのあとを、私たち三人はついて行った。

 

クーラタルの冒険者ギルドに出ると、ミリアはおどろいて質問しようとした。

『えっ! な...... んむっ...!!!』

即座にセリーが後ろからミリアの口を押え、私が小声で制止した。

ミリアは突然くちを押さえられ、目を白黒させている。

『ミリア、ワープは2回目でしょ。いちいちおどろかない! さっきも言ったけど質問は家ですること。わかりましたか』

ミリアがコクコクとうなずいたので、セリーにむかって小さくうなづくと、セリーはミリアの口から手を離した。

 

私は目線でセリーに「ありがとう」と伝えると、セリーは小さく肩をすくめ、目線で「どういたしまして」と返してくれた。

私はセリーがなぜ素早くミリアのくちを押さえることが出来たのか気になり、あとでセリーに聞いたところ、

猫人族だから言われたことを忘れてるんじゃないか、一応警戒していたとのことだった。

私はそれを聞いて「さすがはセリー、本当に頼りになるわね」って感心したものである。

 

私はご主人様に向きなおり、目線で「大丈夫です」と伝えると、ご主人様は小さくうなずいてくれた。

 

それから私たちは冒険者ギルドを出て、防具屋にむかった。

 

 

私は歩きながらミリアに指示した。

『ミリアはご主人様のまうしろをあるいてついて来てください。何かあったらご主人様を守るように』

『わかりました』

 

まちなかを歩いていると、途中で魚屋の前を通り過ぎた。

すると、ミリアは歩きながら商品を睨みつけ、なにやら魚の名前を言い始めた。

『ヘミチャナ、ロクスラー......』

 

私は未練がましいミリアを無視するつもりだったけど、ご主人様は気になったみたいで質問してきた。

「なんて言ったんだ?」

『ミリア、いまなんと言ったのですか?』

『ヘミチャナ、ロクスラー、バギジって言いました。いま通り過ぎた店で売っていた魚の名前です。』

 

「ヘミチャナ、ロクスラー、バギジ。魚屋に並んでいた魚の名前だそうです」

「サカナはあとでな」

『ミリア、サカナはあとです。ご主人様の様子では買ってくれるようですよ。よかったですね』

『本当ですか』

ミリアは嬉しさと感謝のこもった顔をご主人様に向けて返事した。

「はい」

 

すると、気分がよくなったのか、勢いよく先頭に立って歩き出した。

『ミリア、すぐに戻りなさい。勝手に前に出ない!』

私が注意すると、ミリアはすぐに戻って来た。

『ごめんなさい』

『いいですか、私があなたの歩く場所を指定したのには理由があります。

ご主人様の左右に私とセリー、後ろにミリアが歩くことによってご主人様を護衛できるのです。

不特定多数の人がいるような街なかや大きな建物の中では、常にご主人様を囲むようなポジションに立ちます。

そして、もし不審な人がいた場合は、必ずブロックしなさい。いいですね』

『はい。わかりました』

『迷宮でもフォーメーションは重要です。迷宮では魔物の数により、前衛の真ん中が私で私の左右にセリーとミリアが立つ場合と、

前衛の右側が私、左側がミリアで、セリーが魔物を回り込むようにして遊撃的な位置につく場合、

それと、ご主人様が前衛に出てきて4人で魔物を囲む場合があります。

他にもいろいろなパターンがありますが、対峙する魔物によってそのつど指示を出しますので、必ず従ってください。

いいですね』

『はい。わかりました』

 

ミリアにフォーメーションについて説明していると、ご主人様は小首をかしげ、セリーに何を話しているか聞いていた。

「何を言われてるんだ」

「多分フォーメーションです」

「フォーメーション?」

「はい。今までは私とロクサーヌさんが前後か左右を分かれて警護する形でしたが、三人になりましたので」

 

「そうか、悪いな」

ご主人様はセリーに礼を言うと、私のほうを向いた。

「ロクサーヌもありがとう」

「いえ。当然の任務ですから」

 

防具屋につくと、ご主人様は鉄の盾を最初に見た。

「鉄の盾って思ったより軽いな。木の盾とほとんど変わらないような気がするけど、ロクサーヌは鉄の盾でいいか?」

「私の盾を買っていただけるのですか?」

「ああ、今使っている木の盾はミリアに回す。これとこれ、この3個がよい品なので、選ぶといい」

「ありがとうございます」

わたしはご主人様が選んだ3個の盾のうち、最も傷やへこみの少ない盾を選んだ。

 

私が盾を選び終えると、ご主人様に質問された。

「ミリアは硬革のジャケットとチェインメイル、どっちにする」

『ミリア、胴装備は硬革のジャケットとチェインメイルのどちらがよいですか?』

『魚を獲りに海に入るのでなければチェインメイルでいいです』

「魚を獲りに海に入るのでなければチェインメイルでいいそうです」

「わかった」

ご主人様は私に返事すると、チェインメイルをいくつか持ってきた。

「この辺がよい物だ」

『ミリア、ご主人様が持っているチェインメイルの中から一つ選びなさい』

私がミリアに伝えると、一瞬で指さした。

『じゃあこれで。早く魚屋に行きましょう』

ご主人様は瞬間的に指さしたミリアにあっけにとられながらも確認してきた。

「これでいいのか」

「えっと。早く魚屋だそうです」

 

私はご主人様にミリアが言ったことを伝えてから、ミリアを叱った。

『ミリア、あなたは装備品を何だと思っているのですか。これはあなたの命を守るものですよ。

なにが魚ですか、死んだら何も食べれなくなるのですよ。

何が一番大切なことか、優先順位がつけられないようなら、あなただけ魚は食べさせませんからね』

『ご、ごめんなさい......』

私がミリアを叱っていると、ご主人様に背中をなでられ、耳元でささやかれた。

「ロクサーヌ、ありがとう。でも、ほどほどにしてやれよ」

「ご主人様、申し訳ありませんでした」

私があたまを下げると、ご主人様は私の耳をひとなでして、会計をしに盾とチェインメイルを持って行った。

 

その後、服屋、雑貨屋、探索者ギルド、魚屋、八百屋とまわり、ミリアに必要なものと夕食の材料を買って帰宅した。

 

帰宅すると、ご主人様はお風呂の準備、私たち三人は夕食の料理に取りかかった。

 

料理に使う水が足らないのでミリアを連れて二階のご主人様のところに行き、みず魔法で水を出してもらうとミリアが騒ぎ出した。

『ご主人様はみず魔法も使えるのですね』

『みず魔法だけでなく、他の攻撃魔法も使えますよ』

『本当にすごいです』 

  

魔法にはしゃいでいるミリアを見て、ご主人様は少し驚いて私に聞いてきた。   

「ロクサーヌ。ミリアはなにを騒いでるんだ?」

「魔法も使えるなんて本当にすごいと言ってます」

「そうか...... まあ、内密にするよう言っておいてくれ」

「かしこまりました。ご主人様」

ご主人様は少し嬉しそうだった。

 

キッチンに戻り、料理をしながらミリアを教育した。

『ミリア、ご主人様が魔法を使えること、誰にも話してはいけませんよ』

『はい...... ご主人様のことは...... 殆ど何も話せないですね』

『確かにそうです。気を付けてくださいね』

『わかりました』

 

私がミリアを教育していると、セリーが話しかけてきた。

「ロクサーヌさん。スープには何を入れますか?」

「そうですね、芋とニンジン、あと豚肉を少々」

「では、私は葉野菜とタマネギ、あと、ロクサーヌさんのほうで余った豚肉を炒めますね」

「わかりました。ミリアには野菜の下ごしらえを手伝わせてから白身を焼くよう言っておきます」

「よろしくおねがいします」

私はミリアに料理の指示をだしながら、調理器具のブラヒム語を教えた。

『ミリア。料理をしながら調理器具のブラヒム語を教えますので、私のあとを復唱して覚えてください』

『わかりました』

「包丁です。包丁」

「......ほお......ちょう」

「包丁」

「ほうちょう」

ちゃんとしゃべれたのでミリアにうなずき、次の単語にする。

「鍋です。なべ」

「......なべ」

 

しばらくするとご主人様がキッチンに来た。

「ロクサーヌ、悪いな」

「いえ」

「ミリアもえらいぞ」

ご主人様は私とミリアのあたまをなでてから、二人の耳を触って来た。

ご主人様って...... 耳フェチ?   

そんなことを考えていると、ミリアが話し出した。

『ブラヒム語を覚えないと魚が食べられないので頑張ります』

「ブラヒム語を覚えないと魚が食べられないと言っています」

私が通訳するとご主人様は苦笑いした。

「そうか。また迷宮へ頼めるか」

「はい」

「ミリアも見学させてみるか」

「そのほうがいいでしょう」

『ミリア、今から迷宮に行きます。あなたは見学だけになるかもしれませんが、いつ魔物に襲われるかわかりませんので、気を抜かないようにしてください』

『わかりました。頑張ります』

『指示は必ず守ってください。わかりましたね』

『はい』

 

ミリアはやる気を見せているので...... たぶん問題ないわね。

「ご主人様、ミリアは大丈夫です。連れていけます」

「......わかった」

 

「私が火の番をしています」

「おねがいしますね、セリー」

「はい。ロクサーヌさん」

 

その後、ご主人様から防具を受け取り装着した。  

「ミリアは見学だけしていればいいから、手はだすな」

ご主人様から注意があったので通訳する。

『ミリア、あなたは見学です。魔物には手を出さないように、とのことです』

『はい。わかりました』

『いいですね、絶対に指示にしたがってくださいね。フリじゃないですからね』

『はい。大丈夫です』

 

ミリアに念押ししてから迷宮に飛んだ。すると、またまたミリアが驚いた。

『すごい、本当に家から迷宮に飛べるんですね』

『そうですよ。ご主人様ですから。でも、内密にしなければいけませんからね』

『はい。大丈夫です』

 

「ご主人様、ここはどこですか?」

「ハルバーの迷宮11階層だ」

 

「わかりました。 

ご主人様、こっちのほうからはミノのにおいだけがします。においが濃いので一匹ではないでしょう、たぶん三匹くらいではないかと思います」

「さすがだな。じゃあそっちで」

 

小部屋から移動するとすぐにミノ三匹が現れ、ご主人様が二匹を瞬殺、残り一匹の攻撃を私が回避しているとご主人様が横から攻撃して魔物を倒した。

ご主人様の圧倒的な強さを見てどういう反応をするのか気になりミリアを見てみると、キラキラした目で私を見つめていた。  

『お姉ちゃん、すごいっ! どうやって攻撃をかわしてるの?』

『ミリア...... ご主人様のほうが凄いとは思わないのですか?』

『えっと。ご主人様はすごいですが、お姉ちゃんもすごいです』

『わかったわ、家に帰ったらどうやって回避したか教えてあげるから、迷宮では気を抜かないでね』

『はい』

 

ご主人様を見ると、微妙な顔をしていた。

「もう一回ぐらい頼めるか」

「はい。次はこちらのほうに魔物の匂いがします。ミノが二匹だと思います」

「わかった」

 

そのとき、ミリアが通路の先を指さして叫んだ。

『おねえちゃん。魚貯金があります』

『えっ、なんですか?』

『あそこに魚貯金があります』

 

「魚貯金?、があるそうです」

「......魔結晶か、すごい。よく見つけたな」

 

『ミリア、何で魚貯金っていうの?』

『えっと。むかし親から迷宮に入ってたくさん集めたら魚を食べさせてくれるって言われたので、魚貯金って言ってました』

「迷宮に入ってたくさん集めたら魚を食べさせると親から言われたそうです。だから魚貯金だと言っています」

「なるほど。あれを見つけるとは、さすがにミリアだな」

『ミリア、よく見つけましたね』

『私は暗くてもよくものが見えるんです』

「ミリアは暗い中でもよくものが見えるそうです」

「そうだったのか」

 

その後、魔結晶を拾い、ミノ二匹を倒してから家に帰ると、早速ミリアが聞いてきた。

『おねえちゃん。さっきやってた魔物のよけかたを教えてください』

『わかったわ。えっと、魔物がこう動いたら、からだをハッとこう動かす。ミリアもやってみなさい』  

私がからだの動きを教えると、ミリアが動きをまねてきた。

『えっと。魔物がこう動いたら...... こうからだを動かす』

『ミリア、もっとこうよ』

『はい、こうですね』

『そうそう。何度も練習してからだに覚えこませなさい』

『はい』

ミリアは真剣な表情で練習しだした。

 

「ミリアはいい戦士になるかもしれません」

「そ、そうか」

ご主人様とセリーがこちらを見ていたので報告すると、なぜか二人に微妙な顔をされた。

えっと...... なぜ?

 

その後、食事を作っていると、お風呂を入れ終わったご主人様がキッチンに来た。

そして、私が作っているスープを見ながら何か考えていた。

「何でしょう?」

「まだ味付けはしてないな。ちょっともらっていいか」

「はい」

 

次に、ご主人様はレモンを2個ミリアにわたしながら搾らせたいと言ってきたので、

私は搾るよう通訳した。

 

私が通訳すると、ご主人様はミリアにブラヒム語を教えだした。

「しぼーる」

「......」

『ミリア、ご主人様はブラヒム語を教えてくれているので、ご主人様にならって復唱しなさい』

『はい。わかりました』

ご主人様はもう一度搾るしぐさをしながらミリアにブラヒム語を教えた。

「しぼーる」

「......しぼる」

ご主人様はいくつか単語を教えながら、焼き魚にかけるソースを作った。

その後、夕食を食べるあいだもミリアにブラヒム語を教え続けた。

 

しばらく食事しているとミリアは自分の魚を食べ終わり、ご主人様の皿に残った魚をじっと見つめた。

ご主人様はそんなミリアに皿を渡すと、嬉しそうに受け取ってひとくちで魚を食べた。

そして食べ終わると機嫌よくつぶやいた。

『おねえちゃん。私、ご主人様に買ってもらってよかったです』

『そうですよ。本当に優しいご主人様ですからね』

『はい』

ミリアがニッコリほほえんだ。

 

「ご主人様に購入してもらってよかったと言っています」

私が通訳すると、半分魚をとられてしまったご主人様は苦笑した。

 

その顔を見て、ミリアは少し焦ったのか言葉を付け加えた。

『わ、私は一生ご主人様につかえます』

「一生、ご主人様に仕えるそうです」

私が通訳すると、ご主人様は少しだけほほえんだ。

 

次にミリアは私やセリーの皿に残った魚を見つめだした。

『ミリア、はしたないので物欲しそうに見るんじゃありません。 はあ...... しかたがないですね』

私が魚を渡し、それを食べ終わると今度はセリーの皿を見だした。

結局セリーからも魚をもらい、ミリアは嬉しそうに食べていた。

 

食事が終わると、たくさん魚を食べてご満悦なようすのミリアにご主人様が話しかけた。

「十分食べたか」

『ミリア、じゅうぶん食べましたか?』

『はい。こんなに食べられるとは思いませんでした』

「こんなにいただけるとは思わなかったそうです」

「そうか」

「ミリアにはこのあと食器を洗っておくように言います。私は装備品の手入れをしますので」

「わかった。それが終わったら、風呂にはいるか」

 

私はご主人様から蜜蝋を受け取り、ミリアに話しかけた。

『ミリア、食器を洗ってください。それが終わったらお風呂に入ります。わかりましたか?』

ミリアは少し考えて、ブラヒム語で返事した。

「はい、おねえちゃん」

ご主人様はセリーに食器を渡しながらふたたびブラヒム語を教え始めた。

「皿」

「皿」

「ナイフ」

「ナイフ」

「洗う」

「洗う」

「皿を洗う」

「皿を洗う」

「あとでミリアを洗う」

「?」

 

『おねえちゃん。ご主人様は何て言ったの?』

『えっと。あとでミリアを洗うと言いました』

『えっ。ご主人様が私を洗うの?』

『そうですよ。お風呂では、私たちはご主人様に洗って頂きます』

『えっ。ホントに? 私は奴隷なのにそんなことしてもらってもいいの?』

『大丈夫よ。ご主人様は、私たちを石鹸で洗うのが好きですから』

『そうですか...... 恥ずかしいけど頑張ります。ところで...... 私は石鹸なんて見たことないけど、どういうものなんですか?』

『お風呂場に置いてありますよ。手鍋に入っています。水で濡らして泡立てて使いますからね』   

『わかりました。見てきます』

ミリアはそう言うと、止める間もなくさっさと風呂場に行ってしまった。

そして、しばらくすると戻って来た。

『おねえちゃん。石鹸ってなんかヌルヌルします』

『おどろきましたか?お皿を洗う前に、ちゃんと手を洗ってくださいね』

『はい』

ミリアは興奮して話しながら、皿を洗いにキッチンにいってしまった。

 

気が付くと、ご主人様がミリアに視線を向けていたので、状況を説明した。

「石鹸が珍しいみたいです」

「そうか」

 

しばらくダイニングで私は装備品の手入れ、セリーがご主人様と話しながら鍛冶をしていると、皿を洗い終わったミリアが全裸でやってきた。

『お皿は洗い終わりました。お風呂が楽しみです』

『ミリア、なぜ裸なのですか?』

『お風呂にはいるので脱ぎました』

『えっと。楽しみなのはわかりましたが、服は脱衣室で脱ぐのですよ』

『......はい』

ミリアは恥ずかしそうに私に答えながらも、ご主人様を期待した目で見つめていた。

 

「ご主人様、ミリアはお風呂が楽しみだそうです」

「そ、そうか......」

ご主人様は答えながらも、ミリアのからだに目が釘付けになっている。

そして、セリーはおどろきのあまりくちを半開きにしてミリアを見ていた。

 

『ミリア、はしたないですよ。お風呂とお情けを頂くとき以外は裸にならないで下さい』

『ごめんなさい。水に入るのは得意なので...... つい......』

 

「えっと...... 水に入るのは得意だと言っています」

『魚がいたらつかまえます』

「えっと...... 魚がいたらつかまえるそうです」

「そ、そうか......」

 

ご主人様はミリアのからだを舐め回すように見つめている。

「おお、尻尾だ」

ご主人様がつぶやくと、ミリアは目線から尻尾を見ていることに気づいたようだ。

『私は尻尾を動かせます』

ミリアはそういうと、ご主人様に見せつけるように尻尾を動かした。

 

「私たち狼人族の尻尾と違って、動かせるそうです」

私が通訳すると、ご主人様は裸のミリアにブラヒム語を教えはじめた。

「尻尾」

「尻尾」

「動く」

「動く」

 

私は装備品の手入れ、セリーは鍛冶を手早く終わらせると、ご主人様はミリアの尻尾で遊んでいた。

「すみません。おまたせしました」

「じゃあお風呂にはいるか」

 

その後、脱衣室に移動して服を脱いでいると、ご主人様の視線を感じた。

ふふ。ご主人様、私を見てるわね。

さっきまでミリアに釘付けだったので、恥ずかしいけどちょっと嬉しい。

私は脱いだ服を脱衣室の棚に置き、ご主人様のほうに振りかえってわざと裸を見せつける。

以前はご主人様に裸を見られるのは顔から火が出るくらい恥ずかしかったけど、最近は慣れてしまったのか、むしろ見て欲しいと思っているので、どこも隠さずに堂々と見せている。

ご主人様はそんな私の裸を見ると恥ずかしそうに目をそらせ、「じゃあ、みんな着いてこい」って言うと、そそくさと風呂場に入って行った。

私はそんなご主人様を見て少し可愛いって思いながら、風呂場に入って行くのだった。

 

四人で風呂場にはいり、ご主人様に石鹸で私、セリー、ミリアの順でからだを洗っていただいた。

ミリアはご主人様の前に立つと、緊張しているためか、固まってしまった。

『か、覚悟は出来てます』

「覚悟はできているそうです」

「そうか」

ミリアはペコリとおじぎをしながら、ブラヒム語で話した。

「よ、よろしくおねがいします」

ご主人様はミリアの胸から洗い始め、全身をしっかりと洗った。

ミリアはご主人様が洗い終わるまで目をつぶり、固まったまま動かなかった。

 

ご主人様がミリアを洗い終わったので、次はご主人様のばんになった。

三人になったので、右にセリー、左にミリア、正面に私が付いてご主人様を挟み込んだ。

からだをこすりつけて洗い出すとご主人様のアレはすぐに硬くなったので、ご主人様の正面を洗い終わったあと、湯船からちょっとだけお湯をすくってアレについた泡を流した。

そして、右手でしごきながらさきっぽを舌でころがしてみた。

ご主人様は目をとじて暴発しないよう我慢していた。

しかし、しばらくするとアレが脈を打ったので瞬間的にさきっぽをくわえると、ご主人様は私のくちの中に果ててしまった。

「う、 ううっ...... ハァッ...... ハァッ」

 

私はくちの中いっぱいに広がった精液を一気に飲み込み、それからもう一度アレをくわえこんできれいに舐め尽くすと、ご主人様はすまなそうな顔をした。

「ろ、ロクサーヌ。すまない」

「いえ。ご主人様によろこんでいただけたのなら嬉しいです」

「気持ちよかった。ありがとう」

 

その後、お湯で石鹸の泡を洗い流し、湯船につかった。

ご主人様の左右はいつも通り私とセリーがつかり、ミリアはあお向けになってご主人様の足のほうに浮いていた。

ご主人様はミリアを気にしながらも、いつも通り私とセリーを抱き寄せた。そして、いつも通り胸を揉む。

私はご主人様のアレをさすりながら、からだが温まるまでお湯につかった。

 

お風呂からあがりからだを拭いていると、ミリアが顔を赤くして聞いてきた。

『おねえちゃん。その...... さっき飲んだのって...... おいしいの?』

『ふふ。おいしくはないわよ』

『えっと。くちに出されたら飲まなきゃいけないの?』

『そんなことはないわ。 でもね、ふふ。 私はご主人様によろこんでもらいたいので飲むようにしてるの』

『そうなんだ......』

 

ミリアは少し考えてから、また聞いてきた。

『あの、このあとって......』

『お情けを頂きます』

『そう...... だよね』

『怖いですか?』

『怖くない。商館で色々聞いて覚悟はしているので......    

ただ、ご主人様のこと、まだよく知らないし、

あと...... 私はまだしたことがないので...... ご主人様に満足していただける自信がないし......』

『ご主人様はすごい人ですよ。それに、私たちを大切にしてくれます。だから安心しなさい。

それと、お情けのほうはご主人様が優しく導いてくれるから、あなたはご奉仕しようとか考えず、身を任せていれば大丈夫ですよ。

はじめは痛いかもしれませんが、少し我慢していれば気持ちよくなりますからね』

『......わかりました。頑張ります』

 

『わがやのルールを説明しておきます。よく聞いておいてください』

『はい』

『ネグリジェを着て寝室に行ったら、ご主人様からオヤスミのキスをしていただきます。

ミリア、セリー、私の順番です。

そのあとお情けを頂きます。私、セリー、ミリアの順番です。

ご主人様が元気な時は、2回目、3回目があることもあります。そのときも私、セリー、ミリアの順番です。

最後に、朝起きたらおはようのキスをします。それも私、セリー、ミリアの順番です。

覚えましたか?』

『えっと。はい。大丈夫です』

 

「ご主人様、ミリアにわがやのルールを教えましたので、今夜もよろしくお願いします」

「ロクサーヌ。ありがとう」

 

その夜、ご主人様は私たち三人を1回ずつ可愛がったあと、すぐに寝てしまった。

私はもう一度かわいがって欲しかったけど、ご主人様に無理させてはいけないので我慢した。

 

少しするとご主人様の寝息が聞こえてきたのでミリアに話しかけた。

『ミリア...... 起きてますか?』

『......』

反応がない。ミリアは寝つきがいいようね。それとも疲れたのかな?

ミリアの反応がなかったので、こんどはセリーに話しかけた。

「セリー、起きてますか?」

「はい。起きてます。ミリアは寝たのですか?」

「そうみたいです。商館での教育も不十分でしたし、初めてのことばかりだったので、疲れたのでしょうね」

「そうですか...... ミリアはかなりいたがってましたけど、大丈夫でしょうか」

「初めてだからしかたないですよ。ちょっとかわいそうでしたけど、すぐになれるとおもいますよ」

「そうですか......」

 

 

私はセリーの言葉を聞きながら、先ほどのミリアの様子を思い出した。

 

ご主人様は私をうしろから、セリーとは向かい合うたいいでたっぷり可愛がってくれた。

私たちが可愛がられる様子をミリアは顔を赤くしながら見ていたが、ご主人様とセリーの行為が終わると仰向けのまま動かなくなった。

これからお情けをいただくことを覚悟したみたいだ。

 

「次はミリアのばん」

ご主人様はミリアに声をかけ、仰向けでかたまっているミリアに覆いかぶさった。

ミリアは自分のばんというのがわかったらしく、バーナ語で小さくささやいた。

『や、優しくしてください』

 

ご主人様はバーナ語は分からないけど、ミリアのようすをみていわんとすることを理解したようだ。

 

ご主人様はそっとミリアにキスしてから、

からだを少しさげて胸を揉みながら乳首に吸い付いた。

「ん...... んん...... 」

ミリアは気持ちいいのを我慢するように、くちをまいちもんじに閉じている。

 

ご主人様はミリアの胸を可愛がり続けてから、さらにからだをさげてミリアの股間に顔をうずめ、秘部を舐めはじめた。

ミリアは一度からだをビクんと震わせたけど、そのあとは両手ともシーツをギュッと掴んだまま声をださずに耐えていた。

ご主人様はしばらく舌と指を使ってミリアの秘部をなぶり、

じゅうぶんとろけさせてから、からだをおこして両手で股をひらいた。

「ミリア、いれるぞ」

「......はい」

ご主人様はゆっくりミリアにアレを挿入したが、ぜんぶはいるとミリアがいたがりだした。

『い、痛いっ! い...... 痛い!』

ご主人様は私やセリーのときよりも痛がるミリアに困惑しながらも、ゆっくりと腰を上下に動かした。

ミリアは目に涙を浮かべながら、ご主人様が動くたびに

痛がっている。

ご主人様のアレは、破瓜の血と愛液で赤くテカっていて、ミリアの秘部につきたっている。

見るからにいたそうだ。

 

私は見かねてミリアに声をかけた。

『ミリア、最初は痛いけれどだんだん痛くなくなるから、頑張りなさい』

『い...... おねえちゃん。 痛い...... ムリ...... すごく痛い』

『大丈夫。必ず痛くなくなるから、もう少し我慢しなさい』

『......はい...... グスッ んん...... んぐ......』

 

するとご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ、やめたほうがいいか?」

「いえ、続けてください」

「だいぶいたがってるけど大丈夫なのか?」

「大丈夫です。初めてだから痛いのは当たり前ですし、必ず痛みはやわらいで、そして気持ちよくなります。

多少個人差はありますが、私とセリーがついてますからご主人様は最後まで続けてください」

「わかった」

ご主人様は再び腰を動かしはじめたが、ミリアは目の端に涙を浮かべながらも歯を食いしばって声を抑え、いたみに耐えていた。

私はミリアの右手をにぎり、声をかけた。

『ミリア。おねえちゃんがついてるから、あと少しだけがんばって』

『......はい』

気がつくと、ミリアの左手をセリーがにぎり、ミリアを見ながらうなずいていた。

それから少しすると、ご主人様の腰の動きが早くなり、ミリアのなかに果てて動かなくなった。

 

ミリアはご主人様が離れると、横向きになってからだを丸めた。

そして、ほほにはひとすじの涙がつたっていて、小さく震えている。

『よく頑張りました』

私はミリアの耳もとでささやいてから、軽くあたまをなでてあげた。

『......』

『ミリア、ご主人様とはいえ、今日会ったばかりでよく知らない男性に初めてをうばわれたのですから、泣きたくもなるでしょう。

私もそうだったから、あなたの気持ちはわかります』

『......おねえちゃんも......泣いたの?』

『ええ。 でも、ご主人様にはないしょですよ』

『......はい』

『ミリア、必ずこの人で良かったって思えるようになりますから...... 大丈夫ですからね』

『......はい』

ミリアは小さく返事をし、しばらくすると、震えがとまって呼吸が落ち着いた。

どうやら眠りについたようだ。

 

ミリアはだいぶいたがってたけど、最後は少しやわらいだみたい。このぶんなら次はほとんどいたがらないと思うけど...... あとは気持ちの問題かな。

早くご主人様のことを心から慕えるようになれればいいのだけど......

 

ミリアが眠ったので、私は休憩していたご主人様の隣に移動した。そして、「お待たせしました」と声をかけた。

すると、ご主人様はミリアに心配そうな視線を向けた。

 

「ミリアは大丈夫か?」

「落ち着いて眠りにつきましたので大丈夫です。何度かすれば痛みなんてなくなりますから、ご主人様が気に病む必要はありません」

「わかった。ロクサーヌ。これからもミリアのこと、頼むな」

「お任せください」

私が返事をすると、ご主人様はセリーに視線を向けた。

 

「セリーも頼むな」

「はい。お任せください」

セリーが返事をすると、ご主人様は「セリーもこっちへ」と言って彼女を隣に呼んだ。

ご主人様は私とセリーを左右に抱くと、「次は2人一緒に」と言ったので、一瞬彼女と目配せをして、彼に同時に御奉仕をはじめた。

そして、3人で満足いくまで楽しんだ。

 

その後、ご主人様が満足して眠ったので、私も先ほどのことを考えながら眠りにつこうとしていると、セリーが話しかけてきた。

 

「ロクサーヌさん。ミリアはだいぶ痛そうでしたけど、大丈夫でしょうか。ご主人様のことをキライにならないと良いのですが」

「まあ大丈夫でしょう。ミリアのことだから、明日の朝にはいたかったことは忘れてしまっていると思いますよ。キライには、私がさせません。ふふっ」

「そうですか。

確かに...... 彼女ならすぐに忘れそうな気もします。

ミリアの教育は大変かもしれませんね」

 

「そうですね...... セリー、今更ですが、ミリアを仲間にしてよかったと思いますか?」

「はい。今日見た中では一番いい子だったと思います。かわいいし、素直そうだし、ロクサーヌさんもそう思いませんでしたか?」

「ふふ。少しあたまはよわそうですけど、素直で明るくて、いい子ですね」

「それに、猫人族ですし」

「そうですね。猫人族ですし」

 

私とセリーはお互いにクスッと笑い、それからも少しだけお話しした。

 



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迷宮探索と新しい料理を求める日々

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

少し前までクーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索していたが、最近はハルツ公爵からの依頼でハルバー、ターレ、ボーデの迷宮を優先的に探索している。

ちなみにクーラタルは11階層、ベイルは11階層、ハルバーは12階層、ターレは13階層まで到達。

発見されたばかりのボーデは1階層を探索中だ。

   

昨日新しくミリアがパーティーメンバーとなったので、今日から4人での迷宮探索となる。

 

朝、目が覚めると目の前にご主人様の顔があった。

ご主人様が目の前、ご主人様の向こう側にセリー、背中にミリア、がピッタリ貼り付いている。

うちのベットは大きめだけど、さすがに4人で寝るとみんながぴったりくっついた状態だった。

 

私はご主人様の左うでを枕にして寝ており、抱きかかえられている。

 

ご主人様の顔を眺めていると、すぐに目が開いたのでおはようのキスをした。

「チュッ...... はむ...... ん......」

私はご主人様のくちに吸い付いて、ご主人様のくちのなかに舌を滑り込ませる。

するとご主人様は私の舌を優しく迎え入れ、自分の舌を絡めてくれた。

私はしばらくご主人様とのキスを堪能したあと、くちびるをはなして挨拶した。

 

「おはようございます。ご主人様」

「おはよう、ロクサーヌ。今日も早いな。狭いけどちゃんと寝れたか?」

「はい。ぐっすりねました」

「そうか。でも、さすがにこのベットで4人は厳しいな」

「そうですね。狭いのは問題ないと思いますが、もう夏ですし、ちょっと暑いですね」

そこまで話すとご主人様はあお向けになった。

 

次はセリーの番なので私は起きあがろうとしていると、ご主人様に抱き寄せられたセリーの話が聞こえた。

「えっと。よろしいのですか」

「……」

「順番は変わらないのでしょうか」

私はその言葉を聞いて、からだが固まった。

 

私は一番奴隷として頑張っているつもりだし、ご主人様からも一番と言われている。

でも、それがずっと変わらないとまでは言われていない。

セリーの言う通り、順番を変えられることがあるのか...... そう考えると怖くてからだが動かなくなる。

私が混乱していると、ご主人様は

「大丈夫。すぐ変えるつもりはない」

とセリーにこたえてキスをしていた。

 

わたしはホッとして横で寝ていたミリアをゆすって起こした。

『おはようございます、ミリア。昨日伝えたうちのルールは覚えてますね』

『おねえちゃん、おはようございます。ちゃんと覚えています』

私がミリアと話していると、ご主人様とセリーの挨拶が終わった。

『ミリアの番ですよ』

私がミリアに声をかけると、ミリアは元気よくご主人様に飛びついた。

どうやら昨日の状態は引きずっていないようだ。......というか、セリーに冗談っぽく話した通り、忘れているのかもしれない。

 

「おはよう、です。ご主人様」

ミリアはブラヒム語で挨拶すると、ご主人様に軽くキスした。

ご主人様はミリアを抱こうと腕を回したが、その前にミリアが離れてしまった。

ふふ。さすが猫人族ね。

私はそう思いながらセリーのほうを見ると、セリーもご主人様を見てニコニコしていた。

 

ご主人様は一瞬残念そうな顔をしたが、気を取り直して皆に声をかけた。

「おはよう、ミリア。では、全員着替えて迷宮に行くか」

「かしこまりました」

「はい」

「はい、です」

 

みんなで起き上がり着替えていると、ご主人様はミリアに話しかけた。

「昨日は一度戦っただけだからな。最初は十二階層で様子を見よう。

ミリアは昨日と同じく見学に徹するように」

『ミリア。最初は十二階層で様子を見るので、あなたは声をかけるまでは見学に徹してください』

私が通訳するとミリアはご主人様に返事した。

「はい、です」

 

ミリアの言葉づかいがおかしかったので、私はミリアに指導した。

『ミリア。ブラヒム語で丁寧に話すときは、なになにですって教えましたけど、返事に「です」はつけません。

ブラヒム語の丁寧な返事は「かしこまりました」と言いますので、覚えておいてください』

『丁寧な返事は「かしこまりました」ですね。やっぱりブラヒム語は難しいです』

『ミリア。お魚もかかってますので頑張って覚えなさいね』

『はい。頑張ります』

ミリアは目を輝かせながら返事をし、グッとこぶしを握った。

 

着替え終わると、真っ暗な壁からご主人様のワープで迷宮にむかった。

 

迷宮に入ると、ご主人様は皆を確認してからミリアに声をかけた。

「よし。ミリアもちゃんとついてきたな」

「はい、です」

「迷宮の中では、はいでいい。一刻一秒を争うことがあるかもしれない。迷宮ではことさらに丁寧な言葉遣いをする必要はない」

『ミリア。さっき、ブラヒム語の返事に です はつけないって教えましたよね?』

『ごめんなさい』

『迷宮内での返事は「はい」でいいです。一刻一秒を争うこともあるので、丁寧な言葉遣いをする必要はありません。わかりましたか?』

私が注意とご主人様の言葉を通訳するとミリアはブラヒム語でご主人様に返事した。

「はい」

 

「ここはハルバーの迷宮十二階層だ。ロクサーヌ、魔物を探してくれ。セリーは何か注意することがあったら意見を言ってくれ」

「かしこまりました」

「わかりました。ご主人様、この階層の魔物...... グラスビーですが、毒針を飛ばすときは一瞬止まります。

出来るだけ目を離さないようにして下さい」

「わかった」

 

私は周りのにおいを嗅ぐと、先のほうからグラスビーとミノのにおいがした。

ミノのにおいが少し濃いので2匹いるようだ。

「ご主人様。この先にグラスビー1匹とミノが2匹います」

「わかった。案内してくれ」

「かしこまりました」

 

私の案内で迷宮を進むと、すぐに魔物と遭遇した。

私とセリーで魔物を抑えているうちに、ご主人様は風魔法を4発はなって全滅させた。

それからも私の案内で迷宮を探索し、魔物をかり続けた。

 

しばらくするとご主人様が話しかけてきた。ずっと魔法を使っていたのでMPが減ってきたのだろう。

「次は剣で戦ってみる。遠距離攻撃があるから、グラスビーが出たら待たずに突っ込むぞ。先導はロクサーヌが頼む」

「はい」

 

私は魔物を探すと、少し戻ったほうからグラスビーのにおいがした。3~4匹くらいいそうだ。

「ご主人様、少し戻ったほうにグラスビーが3~4匹います。そちらでよろしいですか?」

「ロクサーヌ、よろしく頼む」

「わかりました」

 

1分ほど歩くと、グラスビーが3匹見えたので駆け出した。

ご主人様は私のすぐ後ろを追従しながらミリアとセリーに指示を出した。

「俺、ミリア、セリーの順だ。セリーはしんがりを頼む」

セリーはすぐにしんがりに回り、後ろを警戒しながら追従しはじめた。

すると、前方のグラスビー1匹の下に魔法陣が浮かんだ。

 

「来ます」

私は立ち止まり、グラスビーが飛ばした毒針を盾で受けた。

そのご再び走り出し、先行してきたグラスビー2匹の前に陣取った。

 

私がグラスビー2匹をけん制していると、ご主人様は素早く横に回り込んで愛剣で切りつけた。

ご主人様は先行してきたグラスビーのうち1匹を倒すと、遅れて向かってきたグラスビーを攻撃した。

 

そのご、ご主人様は毒針を飛ばして遅れていたグラスビーを倒し、最後に私がけん制し続けていたグラスビーを倒した。

「ロクサーヌ、セリー、お疲れ様」

「いえ、ぜんぜん大丈夫です。ご主人様に魔物を早く倒していただけるので、ほとんど疲れません」

私が答えると、なぜかご主人様は肩をすくめた。

 

「そうか?早いのはロクサーヌとセリーがしっかりけん制してくれるからで、俺一人だったら早くは倒せないぞ」

「そんなことはありません。でも、ご主人様にそのように言っていただけるのはうれしいです」

「わ、私もうれしいです」

私が答えると、セリーもあわててご主人様に気持ちを伝えていた。

 

「ははは。俺としては、遠距離攻撃をロクサーヌが受けてくれて助かった」

「そうですか?今日はミリアがいますので」

「いや、これからも受けてくれるとありがたい」

「分かりました。避けるより時間がかかってしまいますが」

「かまわない」

「はい」

「次はミノかニートアントのいるところを頼む」

「かしこまりました」

   

それからさらに30分ほど魔物をかると、ご主人様は何かを考え込んでから話してきた。

「ハルバーは十二階層に入ったのでクーラタルの迷宮も十二階層に行っておきたいが、ミリアが一緒でも大丈夫だろうか」

「大丈夫だと思います」

「杖も強化していますし、まず問題はないでしょう」

私が同意すると、セリーからもお墨付きが出た。

私は全く問題ないと思うけど、迷宮移動の判断は難しいから、セリーが同意してくれるのは安心ね。

 

「そうか...... ただ、地図は家にあるので、明日の朝クーラタルの十二階層に行こう。

今日はそうだな、ベイルの八階層にでも行ってみるか」

「ご主人様、ちょっと待っていただけますか?」

 

私はミリアが暗くても見えると言っていたのを思い出し、聞いてみた。

『ミリア。あなたは暗くても見えるのですよね。文字も読めますか?』

『はい。私は夜でも手紙が読めます』

『じゃあ、ご主人様のワープで家に送ってもらえたら、地図をとってこれるわね』

『はい。家の中にあるならすぐに取ってこれると思います』

 

「えっと。家の中にあるならミリアが取ってこれると言っています」

「じゃあ行ってみるか」

ミリアは私とご主人様が話している雰囲気をさっして返事した。

「はい」

 

ミリアが返事すると、ご主人様はワープゲートを開いた。

家に戻ると中は暗くてよく見えなかったので、私はご主人様の左側にピッタリ貼り付いた。

ご主人様の向こうにセリーの気配がするので、どうやら彼女は右側に貼り付いているようだ。

 

「棚の上の方に冊子が置いてある。冊子は解いてあるから、表紙の下、十一番めのパピルスだ。

それと、棚の横に槍が立てかけてあるのは分かるか。それも取ってこい」

私が通訳すると、ミリアはうなずいて走り出した。

真っ暗の中でご主人様に抱きついているといたずら心に火がついてしまい、

少しだけ前にまわってご主人様にキスをした。

「む、ロクサーヌ、どうした?」

「ふふ。なんでもありません」

 

私が笑いをこらえていると、ご主人様がビクンとからだをこわばらせた。

「せ、セリーもどうした?」

「いえ。なんでもありません」

どうやらセリーも何かしているようだ。

私とセリーがご主人様にちょっかいをかけていると、次の瞬間にはミリアが戻って来た。

『......おねえちゃん。とって来たよ。ふたりとも何してるの?』

『い、いえ。何もしてませんよ』

「ご主人様。と、取ってきたそうです」

「早いな」

ミリアがあまりにも早かったので、ご主人様はちょっとおどろいていた。

私とセリーも少し焦った。

 

「じゃ、じゃあ、クーラタルの十一階層に移動する。ちゃんと付いてくるように」

『ミリア、迷宮にワープするからついて来て』

「はい」

ミリアの返事を聞きつつご主人様にくっ付いてワープゲートをくぐると、迷宮に出た。

私はミリアから地図を受け取り、現在位置を確認した。

「間違いないですね。現在地は?」

「入り口の小部屋だ」

「分かりました。ボス部屋はこっちです」

「あ、ロクサーヌ。案内はちょっと待ってくれ。

ミリア、その槍はミリアが使え。チャンスがあれば攻撃してもいい。

最初だから安全を第一に考えて、無理はするな。前に出てはだめだ」

 

ミリアは槍をご主人様にわたそうとしていたので、ご主人様の考えをミリアに説明した。

『ミリア、あなたは今から槍で戦ってください。

あなたは魔物がりの経験が足りないので、私とセリーの後ろに位置どって、チャンスと思ったら攻撃すること。決して前に出てはダメですよ。

ご主人様は、私たちがケガすることを嫌がりますので、無理したらダメですからね』

『はい』

『では、ダガーと盾はご主人様に返して下さい』

『おねえちゃん、ダガーはもってちゃダメですか?』

『いいけど邪魔じゃない?』

『これなら大丈夫』

『ミリアがいいなら持っていても問題ないです。盾だけご主人様に返しておいてね』

『わかりました』

ミリアはダガーを腰に下げて盾はご主人様に返した。

ご主人様は盾をアイテムボックスにしまい、私にむかってうなずいた。

 

「では、ボス部屋はこちらです。少し先にグリーンキャタピラーがいるようですので、近づいたらまたお知らせします」

「わかった。では進もう」

 

途中で4回魔物をかりながら、順調に進んで待機部屋についた。

 

待機部屋につくとセリーから改めて注意することを教えてもらった。

それからフォーメーションをどうするか打ち合わせ、方針が決定したのでミリアに説明した。

『ミリア、ここのボスはホワイトキャタピラー。さきほど戦ったグリーンキャタピラーの大きい版です。

ホワイトキャタピラーは部屋に入ると最初に糸の広範囲攻撃を仕掛けてきます。ですが、壁までは届かないので、最初の攻撃が済むまでつっこまないこと。  

フォーメーションは、正面は私、セリーが右側、ご主人様が後方につきます。   

あなたは左側について、攻撃してください。      

ホワイトキャタピラーは前にジャンプすることがありますが、向きを変えたりうしろに下がる動きは早くないので、常に左側になるよう魔物の動きに合わせて立ち位置を変えること』

『わかりました』

『あと、攻撃されるとごくまれに毒をもらうことがあります。

攻撃された場合、ちょっとでもからだに違和感があると思ったらすぐにご主人様から毒消し丸をもらって飲んでください。我慢したり躊躇したりしないこと』

『はい』

 

「ご主人様。ミリアへの説明は終わりました。もう大丈夫です」

「わかった。では行くぞ」

それからボス部屋に突入してホワイトキャタピラーと対面。最初の攻撃のあとに4人で取り囲んで攻撃すると、2分ほどで煙になった。

 

戦闘が終わるとセリーから話しかけられた。

「ロクサーヌさん。ミリアには、普通はもっと大変ってことを教えておいたほうがいいと思います。勘違いして調子に乗らないように」

「セリー、どういうこと?」

「クーラタルの探索者ギルドで確認したとき、ホワイトキャタピラー討伐時間の目安は30分から40分って書いてあったので...... それが2分ですからね。

私たちはご主人様が圧倒的に強いからってことがわかってるので大丈夫ですけど、経験の少ないミリアはボスは大したことはないって勘違いしないか心配で......」

「......そうですね。セリーの言う通りだと思います。

ミリアに勘違いしないよう釘を刺しておきますね」

「よろしくお願いします」

セリーは小さくおじぎした。

 

『ミリア。普通ここのボス戦は30分から40分かかります』

『そうなんですか?』

私が話しかけると、ミリアはおどろいて返事した。

セリーの言う通り、ミリアはボスは大したことはないって勘違いしてそうね。

『普通ボスは、その階層の魔物の何倍も強いんです。だから倒すのに時間がかかりますし、攻撃を受けたらすごくダメージを負います。このパーティーはご主人様が圧倒的に強いのでボス戦の時間が短く済みますが、12階層から上はボス部屋は2体魔物が出ますので、決してボスは大したことがないなんて思わないで下さいね』

『わかりました。気を引き締めて頑張ります』

 

ボス部屋奥の扉から12階層に上がると、いつも通りセリーのブリーフィングが始まった。

「クーラタルの迷宮十二階層の魔物はサラセニアです。消化液を飛ばす特殊攻撃をしてきます。体当たりされた場合毒を受けることがあります。消化液には毒はないとされています。耐性のある魔法属性はなく、火魔法が弱点です」

「まあ一度戦ってみるべきだろう」

 

ご主人様が返事をするとセリーは続けて説明した。

「クーラタルの十二、十三階層は私たちのパーティーにとっては金銭的に有利です。

ハルツ公領内の迷宮に入るのでなければ、狩場にしたいくらいです」

「そうなのか?」

「えっと。サラセニアは附子を残します。滋養丸の原料です。お作りになれますよね」

 セリーが説明すると、ご主人様は少し思案して答えた。

「なるほど。ではロクサーヌ、サラセニアのところに案内してくれるか」

「わかりました。こちらのほうからかいだことがない魔物のにおいがしますので、案内します」

私が先導すると、すぐに草の魔物が1匹だけ現れた。

 

私、セリー、ミリアの3人は魔物にむかって駆け出した。

1匹だったので私が中央、セリーが右側に回り込む。

走りながらミリアには左側に回り込むよう指示した。

魔物の所につく前に、ご主人様はファイヤーボールを二発当てていた。

 

囲んで攻撃を始めると、サラセニアの根元にオレンジ色の魔法陣が浮かび上がったので、みんなに警告した。

「来ます」

サラセニアが頭を下げて私にむかって消化液を飛ばして来たが、右に交わしてよけた。

その時に少しだけ盾にかかったが、盾を溶かすことなくすぐに乾いた。

その後も3人で囲んで攻撃、ご主人様が3発目、4発目のファイヤーボールを当てると、サラセニアが火にまみれて崩れ落ちた。

 

戦闘が終わるとご主人様が話しかけてきた。

「消化液は大丈夫だったか?」

「少し盾にかかりましたが、ほとんど避けたので大丈夫です」

「盾は大丈夫か?」

「はい。溶けたりしてませんし、消化液はすぐ乾くみたいです」

「そうか」

「消化液よりも通常攻撃のほうが危ないですね。かなりの大振りですし、草で柔らかいので軌道が安定しません。盾や剣で受けるにも、巧く受けないとしなってくるかもしれません」

「すまん。正面を張るロクサーヌには負担をかけるな」

「いえ、ご主人様が早く魔物を倒してくださるので大丈夫です」

 

その後、セリーがドロップアイテムの附子を持ってくると、ご主人様は滋養丸を作成した。

「よし。ちゃんと滋養丸もできるな」

ご主人様がつぶやくと、ミリアが興奮して私に話しかけてきた。

『おねえちゃん。ご主人様ってクスリも作れるんだ!』

『おどろいた?』

『はい。私のいた村にはクスリを作れるひとはいなかったので』

『ふふ、ご主人様ですからね。

ミリア、ご主人様がすごいと思ったら、ちゃんと言葉で伝えたほうがいいですよ。よろこんでいただけますからね』

『はい。頑張って早くブラヒム語を覚えます』

ミリアは私と話し終わると、ご主人様のほうをむいてブラヒム語で話しかけた。

「ご主人様。すごいです」

「たいしたことはない。だが、ミリア。ありがとう」

ご主人様はミリアに答えながらアタマとネコ耳をなでていた。

 

それからしばらくは私の案内でサラセニアを狩りまくり、ご主人様は滋養丸を大量に作成していた。

 

その後、ミリアについて実験するためベイルの迷宮八階層に移動した。

 

ベイルの迷宮に移動すると、ご主人様は海女のスキルについて質問しだした。

「セリー、対水生強化というスキル技があるわけじゃないよな」

「それは聞いたことがありません」

「ロクサーヌ、ミリアに聞いてみてくれるか」

「はい」

『ミリア。海女というジョブは水の魔物に強い攻撃が出来るらしいけど、何かスキルがあるの?例えば対水生強化とか』

『海女ギルドの人からは、スキルがあるってことは聞いてないし、対水生強化なんて知らないです』

「ミリアも知らないそうです」

ご主人様は少し考えた後、再度くちを開いた。

「ロクサーヌ、ミリアにいろいろなパターンで攻撃させたいので、なるべくコラーゲンコーラルだけの所を探してくれ」

「わかりました」

 

「ところで...... ミリアは何階層まで入ったことがある?」

『ミリア、迷宮は何階層まで入ったことがありますか?』

『一階層だけです』

「一階層だけだそうです」

「それでは八階層は大変かもしれないが、水生の魔物だ。海女ならばなんとかなるだろう」

『ミリア、今から実験です。ここからあなたに頑張って戦ってもらいます。

八階層は大変かもしれませんが、水生の魔物ですので、海女のあなたなら大丈夫なはずです。どう動けばいいか都度指示しますので、頑張ってください』

「はい」

 

ご主人様はコラーゲンコーラルに魔法を二発当て、生き残ったコラーゲンコーラルを

ミリアに攻撃するよう指示した。

そして、鋼鉄の槍、シミター、素手と、武器を変更させてミリアが戦う様子を見ていた。

 

ご主人様はミリアが素手で戦ってるときに

「ミリア、そこだ!ネコパーンチ!」ってなんだかテンションが上がっていたのは気になったけど、それを除けば私やセリーが最初にやった実験と同じだった。

 

ミリアは何度か攻撃を受けたが、その都度ご主人様に回復魔法をかけてもらっていた。

 

一通り武器を変えさせながらミリアを戦わせた後、ご主人様がミリアに話しかけた。

「魔物の攻撃はどうだ?」

『ミリア、コラーゲンコーラルの攻撃はどうでした?』

『ちょっと痛かったけど、大丈夫でした』

「大丈夫だそうです」

「水生じゃない魔物でもいけそうか」

『ミリア、水生じゃない魔物でも戦えそう?』

「はい」

 

その後、クーラタル八階層に移動して、ご主人様はミリアにニードルウッドとも一度戦わせた。

「どうだ?」

『ミリア、ニードルウッドはどうでしたか?』

『コラーゲンコーラルよりは大変だけど...... 戦えます』

「コラーゲンコーラルよりは大変だけど戦えると言っています」

「よし、大丈夫そうだな。

この後は、九、十、十一階層で一発ずつ魔物の攻撃を受けながら一撃では死なないことを確認しつつ順に上がっていくのと、一気に十二階層へ行って後ろで見学させるのと、どっちがいいだろうか」

 

私は少し考えてから、ご主人様に回答した。

「一階層ずつ試した方がいいと思います。攻撃を受けることなどたいしたことではありません。魔物に対峙すればその可能性は常にあるのです」

 

私が答えるとセリーも回答した。

「安全を考慮すれば順に上がっていった方が断然いいでしょう。わざと攻撃を受けるくらいは仕方がありません」

 

私はご主人様が何を聞いているのか、そして私とセリーの回答んついて説明すると、ミリアはすぐに回答した。

『お姉ちゃんの言う通りです』

「ミリアもお姉ちゃんの言う通りだと言っています」

「わかった、九階層に移動する」

 

その後、ミリアの状態を見ながら実験を行い、十一階層まで一階層ずつ上がった。

十一階層のグリーンキャタピラの攻撃にミリアが耐えると、ご主人様は再び私たちに質問してきた。

「十二階層では魔物が強くなる。いけそうか」

『ミリア、十二階層では魔物が一段強くなりますが、大丈夫ですよね?』

「大丈夫です」

「では、ハルバーの十二階層に移動する。ハルバーの十二階層が今の俺たちの狩場だ。十二階層ではわざと攻撃を受けることはない。無理をする必要もない。徐々に慣れてくれればいい。当面は後ろから槍を突き入れて戦え。しばらくはセリーが前、ミリアが後ろのポジションだ」

私がご主人様が言ったことを通訳すると、ミリアは力強くうなずいた。

 

それからハルバーの十二階層に移動し、魔物へ案内していると、ある場所からずっと動かない人がいることに気が付いた。

私はそのことが気になったが、前にご主人様から、他のパーティーにはなるべく合わないように先導するよう言われていたので、私はその場所を避けて皆を案内した。

 

朝の狩を終え、クーラタルの冒険者ギルド経由で街に出た。そして、朝食の買い物をした。

魚屋の前を通ったが、ミリアが一瞥しただけで素通りした。

ご主人様はそんなミリアを見て疑問顔になっていたので、私は小声でご主人様に説明した。

「ご主人様、ミリアがつぶやいていましたが、あの魚はあまり活きがよくないそうです」

「そうか。どおりで......

じゃあ今日は、ミリアにも何か作ってもらうか」

『ミリア、ご主人様はミリアにも何か作ってほしいそうです』

『じゃあ、肉を焼きます』

「肉を焼くと言っています。私も一緒に作るので、大丈夫でしょう」

「わかった。ロクサーヌ、ミリアの面倒をよろしく頼む」

「おまかせください」

「肉とパンだけじゃ寂しいな」

するとセリーが返事した。

「では、私がスープを作ります」

「セリー、そのスープの中に、卵を入れられるか」

「卵ですか? はい、大丈夫です」

「じゃあ、あとで卵白だけ渡すから、スープに入れてくれ」

「はい」

 

食材を買って家に帰り、みんなで朝食の準備を始めると、ご主人様は何やら作りだした。

卵の黄身にお酢を足し、針金を曲げていくつも重ねたようなものでかき混ぜ始めた。そして、オリーブオイルを少し足してはかき混ぜ、また少し足してはかき混ぜている。

しばらくかき混ぜていると、色が白っぽく変色し、とろりと固くなった。

ただ、ご主人様は必死にかき混ぜていたせいで、疲れて息切れしていた。

 

「じゃあ、これな」

ご主人様は残った卵白をセリーに渡し、スープに入れさせた。

私はご主人様が作ったものを初めて見たので、質問してみた。

「卵白は分かりますが、それは何ですか?」

「マヨネーズっていう調味料だ。すぐには食べられないのでフタをして少し寝かせる。

ミリア、明後日の夕方は魚にしよう。魚、かける、美味しい、オーケー?」

「お、お、お、お」

ご主人様が言い終わると、私が訳す前にミリアは魚というブラヒム語に反応し、目を丸くしてご主人様を見つめていた。

『ミリア、これはマヨネーズっていう調味料です。明後日の夕方は魚料理にしてくれるそうですよ』

『本当っ!うれしいです』

 

「がんばって迷宮に入ってくれるみたいだからな。ご褒美だ」

『迷宮で頑張っていたのでご褒美だそうです。このマヨネーズを魚にかけると美味しいってご主人様は言ってますよ』

「おいしい、です」

 

「ご褒美だ。ごほうび」

「ご褒美、です」

ご主人様はちょっと苦笑いして、ミリアにブラヒム語を教えた。

その後マヨネーズについて、すぐに食べるとおなかを壊すことがあるので、勝手に食べないよう注意されたので、ミリアに伝えておいた。

 

朝食の後もクーラタルの十二階層とハルバーの十二階層で狩を続けた。

夕方近くになると、ご主人様から本日の探索終了を告げられ、ミリアのネグリジェを買いに帝都のいつもの服屋に移動した。

「俺は店の人に話があるからミリアのネグリジェは三人でえらんでくれ」

「わかりました」

私が返事をすると、ご主人様は店の奥に入っていった。

 

ミリアにこの店でネグリジェを買うことを伝え、三人でネグリジェのコーナーに移動した。

『ミリア、私は薄紅色、セリーは白にしています。出来ればあなたは別の色にして欲しいんだけど、どうします?』

『じゃあ、青でもいいですか?』

『そうね。あなたのイメージに合っていていいですね。では、その方向で選びましょう』

「セリー、ミリアは青がいいって言ってるので、その方向で選びましょう」

「わかりました。青って言っても少し明るい色のほうがいいですよね。

この色でどうですか?」

「そうですね。ちょっと待ってください」

『ミリア、こんな色でいい?』

『はい。とても綺麗です。この色がいいです』

『わかったわ、この色で探しましょう』

「この色がいいって」

「わかりました。サイズはM、L?」

「Mですね」

「じゃあ、この色でMサイズのものを探します」

 

それから30分くらいでネグリジェを選び終わると、女性店員がメジャーでミリアのからだの採寸をはじめた。

「ご主人様、ミリアにどんな服を作るのですか?」

「ベイルの商館で一緒に買った服があるだろう。ミリアだけないからな。あれと同じようなものを作る」

「そうですね。確かにミリアだけありません」

『ミリア、ご主人様はあなたに帝宮の侍女が着るようなメイド服を作ってくれるそうです。

私とセリーは持っていますので、出来上がったら3人で着ましょう』

私が説明すると、ミリアはご主人様にブラヒム語でお礼を言ってお辞儀した。

「ありがとうございます、です」

 

その後、家に帰って夕食を作り、4人で話しながら食事した。

食事のあと、ミリアは食器の片づけ、私は装備品の手入れ、セリーとご主人様は鍛冶をおこなった。

 

みんなの作業が終わったら、全員で脱衣所に移動し服を脱いだ。

お風呂場でご主人様にお湯を作っていただき、石鹸でからだを洗って頂いた。

それから私たち三人でご主人様をお洗いし、終わるとみんなで泡を流した。

今日は湯船にお湯を張っていないので、泡を流し終わった後は手拭いでからだを拭き、ネグリジェに着替えて寝室に移動した。

そして、今日もご主人様に可愛がっていただく時間になった。

 

今日は寝室に入ると、ご主人様はベットにねころんだ。

 

最初はミリアがご主人様に覆いかぶさり、キスをした。

「ミリア、そのネグリジェは髪の毛の色と合っていて、いい色だね。とても似合ってるよ」

「ご主人様、ありがとうございます」

 

次にセリーがご主人様に覆いかぶさり、キスをした。

「セリー、今日も可愛いよ」

「ご主人様、ありがとうございます。でも、わたしなんか......」

セリーが答えると、ご主人様はセリーの耳元に口を寄せて何かささやいた。

するとセリーは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 

そして私の番。

私もご主人様に覆いかぶさり、キスをした。

「ロクサーヌは今日も最高だ」

「ご主人様、ありがとうございます」

私はご主人様の耳に口を寄せ、小さくささやいた。

「私にはなにかささやいてはくれないのですか?」

するとご主人様は私の耳に口を潜り込ませ、小さくささやいた。

「今日は抑えがきかないかもしれない。覚悟しておいてね」

私は一瞬で体が熱くなるのを感じた。

そして次の瞬間、ご主人様は私にキスをする。

私のくちのなかに舌がはいって来て、強引に私の舌を絡め取る。

同時にネグリジェを脱がされてベットに寝転がされた。

 

「ん......」

ご主人様は私に覆いかぶさり、再度キスをしてきた。今度は私の舌をご主人様の口の中に優しく誘う。

さっきと違う、とても優しいキス。心の中がキュンキュンして胸が苦しくなる。

そして、胸を揉みしだかれて、両方の乳首を親指で嬲られる。

「んん...... んあっ!」

声が漏れると同時に再びご主人様のくちびるが私から離れる。

そして、ご主人様は乳首に吸い付き舌で嬲り始める。

「あっ!...... すごい......」 

 

ご主人様は私の乳首を蹂躙しながら、こんどは片手を下腹部に伸ばし、指で秘部を愛撫しはじめる。

私はどんどん気持ちよくなり、秘部の奥から愛液があふれだす。

「んん...... ご主人...... 様...... 気持ち...... ん...... いい...... です」

 

そしてご主人様のゆびが私の敏感な部分を転がし始める。

すると、気持ちよすぎてからだが小刻みに痙攣してしまう。

「あっ...... いいっ...... んん......」

ほどなくして、私の秘部はすっかり濡れそぼり、ご主人様が欲しくてたまらなくなる。

「ご主人様...... 私...... もう......」

 

私が必死に訴えると、ご主人様はすぐにこたえてくれた。

ご主人様は私の股を開かせてからだをねじ込み、秘部を押し分けてアレを添える。

そして......

「ロクサーヌ、いくよ」

次の瞬間、ご主人様はアレが私の子宮に当たるまで、一気に突き入れた。

「ああああああああっ!」

同時にものすごい快感と、幸福感が一気に押し寄せ、からだがビクンと跳ねる気がした。

そして、嬌声をあげてしまう。

 

ご主人様が私を突くたびに快感の波にのまれる気がする。そして。どんどん上り詰めていく。

「ご主人様...... イク...... いっちゃう......」

「ロクサーヌ、俺もイクぞ」

「ご主人様...... 私...... 私......  イ...、イクッ!  んああああああ!」

 

私が絶頂をむかえると同時にお腹の中にご主人様の精液がそそがれる感覚が伝わってくる。そして、あたまの中にもやがかかったような気がして、幸福感が一気に押し寄せた。

       

     

「ご主人様...... ありがとう...... ございました」

「気持ちよかったよロクサーヌ。今夜はまだ寝かさないから、少しだけ休んでてね」

ご主人様は私の秘部からアレを引き抜くと、耳元で小さくささやいてからセリーを可愛がり始めた。

 

私は余韻にひたりながら少し休んでいると、ご主人様はセリーとの行為が終わり、ミリアを可愛がりはじめた。

私は少し心配だったので見ていたけど、ミリアは昨日のように痛がってはおらず、少し感じているようだった。

私は少しほっとして目を閉じると、すぐにご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ。2回目いくよ」

「はい。ご主人様。いっぱい可愛がってください」

 

結局その夜は、セリーとミリアは3回、私は5回も可愛がって頂いた。

 

私の4回目が終わったとき、セリーとミリアはイキ疲れたせいか、すでに眠っていた。

ミリアは1回目は少し感じているていどのようだったけど、2回目はだいぶ喘いでいた。そして3回目はイッたみたいね。少し安心したわ。

セリーはからだが小さいから大変そうだけど、相変わらずアソコの具合は良さそうね。

入れてるときのご主人様のかおを見ていると、ちょっと嫉妬しちゃうわね。

私はそんなことを考えつつ、息を整えてからご主人様に話しかけた。

 

「ご主人様、今日はいっぱい可愛がって頂きありがとうございました」

「ああ、ロクサーヌ。すごく気持ち良かったよ。今日は4回もしたし、疲れただろう。

俺のほうこそありがとな」

「いえ、私はいっぱい可愛がっていただけて、うれしかったです。

二人だけだったときに何度も可愛がって頂いたときのことを思い出しました」

「はは、そうだな。まだそんなにたってないのだけど、ふたりの時は、すごく盛り上がったこともあったな」

「そうですよ。メンバーが増えて、最近はちょっとだけ寂しかったので...... 

ですから、今日はうれしかったです」

「そうか。だが、ロクサーヌだけ何度もって訳にはいかないから...... すまんな」

 

「いえ、わがままを言ってしまい、申し訳ありません」

「まあ、みんなダウンしちゃったから、今日はしかたがないよな」

「ふふ。そうですね」

ご主人様が茶目っ気たっぷりに言ったので、私はくすくすと笑いながら可愛く返事した。

 

「じゃ、じゃあロクサーヌ。もう1回、する?」

「私はうれしいですけど、ご主人様はお疲れではないのですか?」

「大丈夫だ。色魔があるからな」

「ご主人様、大好きです。 チュッ......んむ......」

私はうれしさで我慢が出来なくなり、ご主人様の上に跨ってくちびるに吸い付いてしまった。

そしてそのままご主人様をむかい入れ、激しく腰を振ってしまった。

ご主人様はしばらくしたから私の胸を揉みしだいたあと、からだを起こして私を抱え込んだ。

そしてくちびるに吸い付き、同時に胸も揉まれる。

一度に3か所も責められた私は快感の波にのまれ、すぐにイッてしまった。

イッてはしまったが、私はご主人様に抱えられたままで3か所を責められ続けている。

私は絶頂の余韻にひたることも出来ず、またすぐにイッてしまう。

そして、何度もイかせてもらい、あまりにもイキすぎてしまい、いつのまにか気を失ってしまった。

 

気が付くと、私はご主人様の上に跨ったまま、胸の上に倒れていた。

しかも、私の秘部はご主人様のアレをしっかりくわえこんでいた。

 

ご主人様は眠っていたので、私はそっと腰を浮かしてアレを秘部から引き抜いた。

引き抜くと、秘部の割れ目からご主人様の精子があふれだしたので、私はベットの脇に置いていた手拭いで拭きとり、ご主人様を起こさないよう上からおりて寝間着を着た。

そしてご主人様のとなりにすがりつき、しあわせを感じながら眠りについた。

 

翌日も朝から迷宮探索。

ご主人様と朝のキスを交わしたあと、着替えてハルバーの十二階層へ飛んだ。

今日はミリアを積極的に攻撃に参加させて、パーティーの一員として機能するようにすることが目標だ。

 

魔物を探してみんなを案内していると、ある場所からずっと動かない人がいることに気が付いた。

たしか昨日もそこにいたはずなので気になったが、他のパーティーに合わないようにするため今日もその場所を避けて皆を案内した。

 

そうして魔物をたくさん狩り、朝の探索を終えて迷宮を出た。

その後、ご主人様は魚屋でハマグリを購入した。

昨日食事の際に、迷宮でとれる蛤がおいしいって話をしたことを覚えていてくれたようだ。

ご主人様は最初2個買おうとしていたようだったが、1個が小さいので4個に変更していた。

 

ご主人様は優しいから、4個買ったってことは、ひとり1個ずつってことね。

そう思った次の瞬間、魚屋のおじさんの言葉に私は凍り付いた。

「いつもありがとうございます。蛤四個で、八百九十六ナールにサービスさせていただきます」

た、高すぎる。ハマグリってそんなに高かったんた。

私は動揺を抑えつつ、ご主人様に確認した。

「よろしいのですか」

「ああ、問題ない。今朝はこれで俺がスープを作るから、他にもう一品か二品くらい頼む」

「はい。かしこまりました。ご主人様、ありがとうございます」

私はご主人様の優しさがうれしすぎて、思わず右腕に抱きついてしまった。

すると、後ろからセリーの声が聞こえた。

「ありがとうございます」

セリーはご主人様の左の袖をちょこんとつまみ、左肩の少し下にうつむき加減で額を付けていた。

セリーの家族は昔は羽振りがよかったと言っていたし、なにか思うところがあるようね。

ご主人様は、私とセリーの反応に少し戸惑った感じだったが、すぐに家に帰るよう私たちを促した。

 

そんななか、ミリアだけ何が起きたかわからないようにボケっとしていたので、私はハマグリの値打ちについて説明した。

『ミリア、ご主人様が今買ったハマグリは、4個で八百九十六ナールです。ご主人様は優しいので私たちに食べさせてくれますが、当たり前のことではありません。感謝しないといけませんよ』

 

私が説明するとミリアは一瞬考え、次の瞬間には目を見開いてご主人様を見つめながら発言した。

『えっ、そんな小さな貝が4個で八百九十六ナールもするの?それだったらいっぱい魚を買ったほうがよかったんじゃないの?』

『えっ、そこですか? そうじゃなくて、4個で八百九十六ナールもする物を食べさせてもらえることを驚くべきでは?』

『た、確かにそうだけど......』

私はミリアの自分本位な考え方に一瞬おどろいたけど、自分本位は猫人族の特性だからしかたがないと思い、これ以上掘り下げるのをあきらめた。

『はぁ...... ミリア、帰ったらちゃんとご主人様に感謝を伝えなくちゃダメですよ』

『はい』

はぁー、やっぱりミリアには根気よく教育していかないとダメね。

 

その後、パンと野菜を買って家に帰り、皆で料理を作り始めた。

ご主人様は毎回私たちの知らない料理を作ってくれるので、どんな料理が出来るのか今から楽しみだ。

 

私は葉野菜でお浸しを作り、セリーはジャガイモとウサギの肉の炒め物を作った。

私は料理しながらご主人様を見ていると、ミリアに野菜とハムを細かく切って炒めさせていた。そして、気付くとご主人様の横に、白い調味料のようなものが置いてあった。 

 

あれって前にホワイトシチューを作って頂いたときの...... 

ホワイトルーだったかな?

確かとてもおいしかった記憶があるし、すごく期待できそう。

 

ご主人様はハマグリを切って煮込み、そこにミリアに作らせた野菜とハムの炒め物とホワイトルーを入れて煮込んでいた。

クラムチャウダーという料理だそうだ。

『おねえちゃん。私、蛤を食べるのは初めて』

『よかったわね』

「ご主人様。ミリアは蛤を食べるのは初めてだそうです」

「ふっ。そうか。楽しみにしておけ」

ご主人様はサムズアップしながら答えた。

ご主人様は自信満々のようね。すごく期待しちゃうわ。

 

料理がすべて出来上がり食卓に並べると、ご主人様がクラムチャウダーを皿に盛り付けて配りだした。

順番は、ご主人様、私、セリー、そして最後にミリアに皿が渡され、食事が始まった。

 

クラムチャウダーからいい香りがするので、私は匙ですくって口に入れると、以前食べたホワイトシチューとは違う、濃厚なハマグリの風味がする深い味わいのスープだった。

「ご主人様、これは美味しいです」

「今まで食べた蛤の中で一番かもしれません」

「おいしい、です」

私に続いてセリーとミリアもあまりのおいしさに感想を漏らした。

 

食事が終わるとご主人様は少し出かけてくると言って家を出た。

私たちは3人で食器の片づけを行ってると、すぐにご主人様が帰ってきた。

 

「セリー、ちょっといいか?」

「はい。なんですか?」

「硬革の帽子を買ってきたので、さっき拾ったアリのモンスターカードと融合してくれ」

「わかりました。一応聞きますけど、大丈夫なんですよね?」

「ああ、大丈夫だ」

セリーは食卓の席に着くと、ご主人様から帽子とモンスターカードを受け取り目を閉じた。

ひと呼吸おいて、セリーがスキルの詠唱を始めた。

 

「今ぞ来ませる御心の、ことほぐ蔭の天地の、モンスターカード融合」

セリーの手元が強烈に光り、少しして光が収まると帽子だけが残っていた。

「おお。できたな」

 

ご主人様は防具鑑定で成功を確認したようね。

「やりましたね、セリー」

「すごい、です」

「さすがはセリーだ」

私、ミリア、ご主人様の順でセリーを褒めると、少し照れくさそうな複雑な表情をしていた。

『おねえちゃん。このパーティーの人たちはみんなすごい』

『そうですね。あなたも頑張ってね』

『はい。頑張ります』

 

「ご主人様。このパーティーの人たちはみんなすごいと言っています。

ミリアもがんばるそうです」

「わかった。よろしく頼むとミリアに伝えといてくれ」

「かしこまりました。ご主人様」

『ミリア。このパーティーで一緒に頑張れば、あなたも必ず成長できます。

しっかり頑張ってくださいね』

『本当ですか?』

『ええ。間違いありません。

私もセリーも、ご主人様に買われる前は、正確には奴隷になる前は、2年近く迷宮探索の経験がありましたが、力が足りず低階層にしかはいれませんでした。

それが、私はたった2か月、セリーは1か月くらいで12階層で戦えるまでの力を付けました。

それに、セリーは鍛冶師にジョブチェンジしてもらいました。

ご主人様は本当に素晴らしい人なので、自分だけではなくパーティーのみんなが成長して、みんなで強くなることを本気で考えています。

だから、このパーティーで一緒に頑張れば、あなたも必ず成長できます。

もう一度言いますが、しっかり頑張ってくださいね』

『わかりました。頑張ります』

 

その後、装備を整えて、再度ハルバーの十二階層に移動した。

そのまま夕方まで私が先導してグラスビーを大量に狩り、その日の探索は終了した。

 

今日の夕食は私とミリアが担当。

セリーはご主人様と鍛冶仕事をした後、装備品の手入れをすることになった。

ご主人様はセリーと鍛冶仕事をした後、セリーが作った武器や防具で不要な物をクーラタルの武器屋と防具屋に売りに行くことになっている。

 

ご主人様のアイテムボックスに、ウサギの肉がたくさん残っているため1品はシェーマ焼き、あとは南瓜と芋の煮つけ、それに玉ねぎスープとパンという献立にした。

 

先ずは、ご主人様からウサギの肉をもらい、包丁の背がわで丁寧に叩いた。

ご主人様いわく、肉は包丁の背で叩いて繊維質を壊しておくと、柔らかく仕上がるとのこと。

それからひとくち大にカットして、塩とコショウを振って下味をつける。

そしてシェーマにくるんで竹串に刺す。

中華鍋を火にかけてからオリーブオイルをひいてウサギの肉の串を次々に放り込んだ。

焼きあがったらシェーマ焼きの完成。

 

次は南瓜と芋を洗ってひとくち大にカットする。

手鍋に水と魚醤を1:1で張り、料理酒と砂糖を少々入れて切った具材を投入。

具材に竹串が通るまで煮込んだら煮つけの完成。

 

最後に別の手鍋に水を張って火にかけ、薄くスライスした玉ねぎをいれて煮込む。

それに塩と香辛料で味を調えれば玉ねぎスープの完成。

 

出来上がったものを食卓に並べ、夕食の準備が完了した。

その後、みんなで夕食を食べながら、ご主人様に明日の予定を確認した。

「ミリアがだいぶ成長したので、明日は頃合いを見て先頭にしたい」

「となると、槍では戦いにくいので、ダガーと木の盾にしたほうがいいですね」

「そうだな。ミリアに説明しといてくれ」

「かしこまりました」

 

『ミリア、明日は頃合いを見て先頭に出てもらいます。

その時は私が右側、あなたが左側の担当、真ん中の中央にセリーを配置して遊撃。

ご主人様は最後方から魔法を放つ...... 基本的には今言った態勢になります』

『はい』

『魔物の種類や数によっては態勢を変えることもありますので、戦う前にみんなの話を聞いて指示に従うこと。いいですね』

『はい』

 

食事が終わり、片づけが終わったので、全員でお風呂場に移動してからだを洗った。

今日も湯船にお湯を張ってはいないので、石鹸でからだを洗って流すだけだが、

ただのお湯でからだを拭くよりは何倍もスッキリする。

今日は全員あたまも洗ったので、みんな爽快な気分だ。

 

その後はネグリジェを着て寝室に移動し、ご主人様に可愛がって頂いた。

その夜は、セリーとミリアは3回ずつ。そして私は4回。        

昨日よりは1回少ないけど、とても満足している。

 

ご主人様はほんとに凄い。

ただ回数が多いだけでなく、1回1回、私たちをとても満足させてくれる。

 

以前ご主人様が眠った後にセリーと話したことがあるんだけど、ご主人様はただ可愛がってくれるだけではなく、私たちを愛して、そして慈しんでくれている。

だからご主人様との行為は、気持ちいいだけでなく、しあわせを感じることができる。

私はイッた次の瞬間にすごい幸福感に包まれる気がするし、セリーは行為が終わったあと、余韻にひたるときにしあわせな気分になるらしい。

そして最近は......

色魔というジョブのせいか、3人を相手しているのに毎晩何回も可愛がってくれる。

私はメンバーが増えると、必然的にご主人様に可愛がっていただける回数が減ってしまうと思っていたけれど、そんなことはなかった。

なので、ここ最近はずっと心が満たされている気がする。

 

そんなことを考えながら、今日もご主人様のとなりで眠りについた。

 

翌日、昨日と同じようにご主人様と朝のキスを交わしたあと、着替えてハルバーの十二階層へ飛んだ。

いよいよ今日からはミリアを前衛に配置し、本格的に探索を開始することになる。

 

十二階層入り口の小部屋を出て魔物を探すと、すぐ右のほうからグラスビーの強いにおいがした。4匹で間違いないと思う。

 

「ご主人様、右方向にグラスビーが4匹います」

「わかった。とりあえず今日の1戦目だから昨日と同じでミリアが後ろ寄りのフォーメーションで戦おう。その後、みんなに異常がなければミリアの武器をダガーに変えて、最前列に配置する」

「わかりました」

 

その後、すぐにグラスビー4匹と会敵。

ミリアが攻撃を受けていたが、大したダメージは負わなかった。

ご主人様は全員の状態を確認したのち、ミリアにむかってフォーメーションの変更を指示した。

「ではそろそろいいだろう。木の盾を渡すから、ロクサーヌと並んで一番前で戦え。

最初はあまり無理をすることはない。ロクサーヌも頼むな」

「かしこまりました」

 

私はご主人様に返事をしてからミリアにフォーメーション変更を伝えた。

ご主人様は、私に対してうなずいているミリアに木の盾を渡し、銅の槍を受け取った。

ミリアが腰からダガーを抜いて私の左側に立つ。

「ご主人様、グラスビー三匹とミノが一匹います」

「わかった。そちらに向かってくれ」

そちらにむかうとすぐに魔物と会敵した。

 

「ミリア、魔物が来るまでは一歩下がれ」

ご主人様は指示するなりブリーズストームをはなった。

すると、グラスビー1匹の動きが止まった。あれは、先日セリーから聞いた針を飛ばす前兆だったはず。

 

「来ます」

私はみんなに注意喚起すると、私にむかって針が射出された。

遠距離だったので私は難なく針を盾ではじくと、ご主人様が二発めのブリーズストームをはなつ。

さらにご主人様が三発めのブリーズストームをはなったので、私とセリー、ミリアの3人はそろって前に出た。

 

私とセリーがグラスビーをブロック。ミリアはミノを止めた。

3人でおのおの魔物を抑えていると、ご主人様が四発めのブリーズストームをはなった。

すると、グラスビーが落下し、ミノが倒れ、すべての魔物が煙になった。

 

しばらくハルバーの十二階層で狩りを行い、朝食でいちど家に帰ったが、朝食を食べたのちもハルバーの十二階層に戻って昼過ぎまで魔物を狩り続けた。

 

その後、迷宮内の小部屋で少し休憩すると、ご主人様は今日の夕食にオリーブオイルが必要と言い出したのでベイルの迷宮六階層に移動した。

「ロクサーヌ、ナイーブオリーブを探してくれ」

「わかりました」

私は左右をむきながらその場でスン、スンとにおいをかいだ。

「......ご主人様、左のほうからナイーブオリーブのにおいがします。たぶん3匹です」

「わかった。では案内してくれ」

 

すぐにナイーブオリーブ3匹を発見し、ご主人様の魔法2発で殲滅。オリーブオイルを拾った。

「ロクサーヌ、多少他の魔物が混ざってもよいがナイーブオリーブを優先的に探してくれ」

「わかりました。次の角を右に曲がったほうにナイーブオリーブが2匹います」

「わかった。では案内してくれ」

 

その後も私の案内でナイーブオリーブを狩りまくった。

炒め物などの料理に使うにしてはかなり多めのオリーブオイルを拾っているので、私は気になって聞いてみた。

「ご主人様、そんなにオリーブオイルが必要なんですか」

「まあちょっとな」

ご主人様はなんだか自信ありげな顔をしているので、今日の夕食が楽しみになった。

 

いつもより少し早い時間に探索を終え、クーラタルの冒険者ギルドに出た。

そこから魚屋にむかうと、ミリアが張り切って先頭を歩きだした。

毎日同じ道を歩いているのですっかり道を覚えたようだ。

 

「魚。魚。魚、です」

ミリアな上機嫌で、鼻歌交じりにブラヒム語で魚を連呼している。

そして、先陣を切って魚屋に突っ込んで行った。

 

「なんかいい魚があったか?」

『このロクスラーは新鮮!絶対美味しいはず』

ミリアはご主人様に訴えかけた。

「ロクスラー、です」

『ミリア、ご主人様はロクスラーがわかりませんので、指さしてください』

私が訳すと、ミリアがぴたりと指を差した。

すると、魚屋のおじさんが感心した顔になった。

「これはお目が高い。マスモドキは先ほど入荷したばかりです。とれたて新鮮ですし、よく肉もついてます。煮ても焼いてもいけます」

ご主人様は軽くうなずくとおじさんに注文した。

「では、マスモドキを四尾」

「まいど」

「いつもありがとうございます。四匹で、特別サービスで二十八ナールです」

ご主人様がお金を払い、店のおじさんが魚をパピルスにくるむと、商品はミリアが受け取った。

 

「俺とミリアで魚料理を作るから、ロクサーヌとセリーもなんか頼む」

「分かりました。セリー、スープはどうします?」

「そうですね。あっさりした味のものがいいような気がします。今日は私がスープを作ります」

「では下ごしらえは手伝いますので、煮込みと味付けはお願いしますね」

「わかりました」

 

それからパンや卵、野菜などの食材も買うと、ご主人様は家を世話してくれた金物屋へ行くと言い出した。今日の料理に使う鍋を買いたいらしい。

ますます何ができるのか楽しみになる。

 

お店の中に入ると、奥のほうから家を紹介してくれたおばさんが出てきた。

「あら、ミチオさん、ロクちゃん。いらっしゃい」

「おせわになってます」

私が返事をすると、おばさんは私たちをジーっと見てきた。

あ、これはいつものやつね。

「ふーん。みんな可愛いわね。誰かひとりうちの息子の嫁にならない?」

やっぱりいつものくだりね。私はクスッと笑って返事した。

「すみません。みんなもう売れちゃってますので」

「あははは、冗談よ。みんな、よくしてもらってる?ミチオさんが嫌になったらいつでもうちにおいでね」

「大丈夫です。最高のご主人様ですから」

ふふ。ご主人様は冗談って分かってはいるけど、少し苦笑気味ね。

「あいかわらずね。ところでロクちゃん。今日は何を買いに来たの?」

「今日は鍋を買いに来ました」

「そう、なら、浅いものはそこの棚、深い鍋はその棚の裏側にもあるので料理に合うものを探してみてね」

「やっぱり鍋って料理に合わせてかえるものなんですか?」

「料理人でなければ普通はそこまでしないけど、ミチオさんってこだわるタイプでしょ」

「そうですね。料理には妥協しないタイプです」

「料理に “も” でしょ」

「えっ? “も” ですか?」

「“も” よ。 女の子に“も”妥協はしてないじゃない。みんなかわいいし」

「あはは。そうですね。ご主人様はかわいい女の子が好みなことは否定しません」

「でしょ。 まあ、ミチオさんは見た目だけじゃなくて、性格までみてるわね。ロクちゃんを見てればわかるわ」

「そうですか? ありがとうございます」

 

私がおばさんの相手をしていると、ご主人様、ミリア、セリーの3人は鍋を選び始めた。

私は...... しばらく抜けられそうにないわね。

 

「ふふ。ところでロクちゃん。あの小さな子がこの前言っていたドワーフの娘よね。

猫人族の娘は新しい子?」

「はい。3日前に仲間になりました」

「そう、やっぱりミチオさんってすごいわね。もしかしてどこかのお金持ちの息子だったり」

「違いますよ。たまたま臨時収入があったので、メンバーが増やせたってとこです」

「そうなの。まあ、ただの探索者がぽんぽん奴隷を買うことなんて出来ないから、よっぽどいい臨時収入があったようね」

「さあ、私はお金のことはわからないので」

 

「まあいいわ。ところであの二人の名前は?」

「えっと。ドワーフの娘はセリー、猫人族の娘はミリアです」

私が名前を教えると、おばさんは鍋を選んでいるご主人様たちをジッとみた。

「本当にみんな可愛いわね。それにみんなミチオさんを慕っているようね。

ミチオさんとあなたたちの関係性がわかるわ」

「見ただけでわかるのですか?」

「ながねん世話役をやってるからね。

ミチオさんはあなたたちを奴隷として扱ってないわね。恋人として扱われてるでしょ」

 

「こ、恋人だなんて、おそれ多いです」

私は一瞬で火が出るくらい顔が熱くなり、思わず目をふせてしまった。

おばちゃんはニヤニヤしながら私の顔を覗き込み、言葉を続けた。

 

「そう? ミチオさんはともかくロクちゃんはそうなりたいんじゃないの?」

「そ、それは......」  

「ロクちゃんは一人の女の子として大事にされてるんじゃない?」

「はい。とっても大事にされています」

「なら、悩むことないじゃない。

ロクちゃん。あのタイプは、意外と自分に自信を持ってないの。だから、拒否されるのが怖くて告白してはくれないわよ。

あなたから行かないとダメだからね」

「ですが、私は奴隷ですし。ご主人様に告白なんて......」

「あのねロクちゃん、ミチオさんはそんなことを気にする人じゃないでしょ。

いい、ちゃんと言葉にして伝えなきゃダメよ。ウチの亭主もそうだけど、イイ男は鈍感だからね。

なんなら私からミチオさんに言ってあげましょうか?」

「だ、大丈夫です。あの...... ちゃんと自分で言いますから」

「そう? ならいいけど」

「......」

 

「ロクちゃん。ミチオさんを逃しちゃダメよ」

「はい。絶対に逃しません」

「ふふ。いい返事ね」

私が力強く答えると、なぜかおばさんの目が光った。 

 

私とおばさんが話していると、ご主人様がこちらに話しかけたそうにしている姿が目に入った。

私が視線をご主人様に向けると、おばさんも気づいたようだ。

 

「ロクちゃん、なんだかミチオさんが困っているようだから、そろそろ行ってあげなさい。

それから買うものが決まったら、奥のカウンターまで持ってきてね」

「はい」

私はおばさんにかるくおじぎをして、ご主人様の所に戻った。

 

「ご主人様、只今もどりました」

「だいぶつかまってたけど大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。いがいと優しいかたですから」

「そうか、俺はちょっと苦手なんで、ロクサーヌが相手してくれると助かる」

「はい。おまかせください。ところで何か困っていたのでは?」

「ああ、ちょっとミリアに聞きたいことがあるので通訳してくれ」

「かしこまりました」

 

「ミリアはなんか使いたい調理器具とかあるか」

『ミリア、あなたが料理するときに使いたい調理器具とかってあります?』

『使い慣れたものがいいんだけど...... いいの?』

『大丈夫。ご主人様ですから』

『じゃあ、この平鍋がいいです。煮つけにも油炒めにも使えますので、

この鍋があれば、おいしい魚料理が作れます』

『わかったわ』

 

「ご主人様、この平鍋がいいそうです」

「これか」

「この鍋があれば、おいしい魚料理が作れるそうです」

「魚限定か?まあ、これなら他の料理にも使えそうだから買うことにしよう」

 

それからご主人様が選んだフタつきの小さい寸胴鍋とミリアが選んだ底の浅い平鍋を購入し、家に持って帰った。

 

家につくと早速料理を開始する。

「ミリアは魚をおろしてもらえるか」

キッチンでご主人様がミリアに頼むと私の翻訳を待たずに調理に取りかかった。

魚関連のブラヒム語はかなり覚えたようだ。

 

ミリアが魚をさばいているあいだ、ご主人様はお湯を沸かしてゆで卵を作っていた。

そして、卵と一緒に少しだけ野菜を湯がいている。

ミリアは魚をさばき終わると、ご主人様の指示でレモンをしぼりはじめた。

ご主人様はゆがいた野菜をみじん切りにし、一昨日作ったマヨネーズ、つぶしたゆで卵、レモン果汁とあわせてソースを作った。

タルタルソースというらしく、今から作る料理にかけるものらしい。

 

「では、次はパンを粉々に砕く。こうして細かくちぎるんだ」

私はミリアに説明しようとして気が付いた。

「ご主人様、これはパン粉ですね」

「パン粉あんのか」

「チーズが買えないとき、代わりに振りかけます」

「……で、では、ミリア、頼む」

ご主人様はパン粉は手でちぎって作ると思っているのかしら?

私は疑問に想い、ご主人様に普通に作ってよいか聞いてみた。

「ご主人様、おろしがねでパンを削ってもよろしいですか?

そのほうが細かいパン粉が出来ますが......」        

「へ? おろしがね?」

「はい。おろしがねです」

私がおろしがねを持って見せると、ご主人様は苦笑いしながらほほをかいた。

「はははは...... そ、それでいいぞ」

「わかりました」

どうやらご主人様は、パン粉の作りかたを知らなかったみたい。

久しぶりにご主人様の可愛いところが見れた気がして、思わずほっこりしてしまった。

 

私はミリアにパン粉を作るよう指示し、自分の料理に取り掛かった。

私は中華鍋に浅く水を張り、セイロをセットしてお湯を沸かす。

セイロの中にジャガイモとくき野菜を入れて蒸し始める。

これはご主人様に教わった蒸し料理で、先日作ったマヨネーズという調味料をかけると美味しいらしい。

 

ご主人様をふと見ると、新しい鍋にオリーブオイルを大量に入れて火にかけていた。

そして、ミリアから受け取った切り身に塩コショウし、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして鍋の中にほおりこんだ。

次の瞬間、ジュワッという音がして、魚の切り身が鍋の中で茶色に変色しだした。

 

ご主人様は、魚の切り身が全体的に薄茶色に変わったのを確認すると、長めのさいばしで切り身を鍋から取り上げた。

そして薄茶色になった切り身を少しさますと、そこにタルタルソースをかけた。

ご主人様いわく、これはフライという料理方法らしい。

 

食卓にフィッシュフライ、蒸し野菜、スープ、パンが並べられ夕食が始まると、ミリアが早速フィッシュフライにかぶりつき、目を見開いてほおばった。

 

「お、お、お、おいしい、です」

ミリアが感動しているので、私もフィッシュフライをかじってみた。

すごくおいしい。特にこのタルタルソースが絶品だわ。

「美味しいです。こんな料理は食べたことがありません」

「私もありません」

私が感想を言うとセリーも追従した。

 

「魚を調理するには優れたやり方だ」

「さすがはご主人様です」

「ご主人様って本当にいろいろな料理を知っていますね。それに、感動的なおいしさです」

「そうか?俺はみんながよろこんでくれれば満足だ」

「ご主人様は、いつもすごくおいしいものを食べさせてくれます。うれしすぎて言葉では表せません」

「わたしもそうです」

「それならよかった。フライ系の料理でもう一つ作ってみたいものがあるので、明日の朝も楽しみにしててくれ」

「「はい」」

私とセリーはとびっきりの笑顔で返事した。

 

私とセリーがご主人様と話していると、横でミリアがしょんぼりしていた。

自分の分のふた切れを食べおわってしまったようだ。

ご主人様はそれに気づき、ミリアに声をかけた。

「俺の分も一つ食べるか?」

「ありがとうございます、です」

ご主人様が皿を差し出すと、ミリアはフィッシュフライを素早く奪ってかぶりついた。

 

『ミリア、前にも言ったけど、自分の分を食べ終わったからって人の分を物欲しそうに見てはいけませんよ。そんなことだと、そのうちご主人様に嫌われますよ』

『......ごめんなさい。すごくおいしかったので、なくなったら悲しくなって...... つい』

ミリアは反省っぽい言葉を言いつつも、ご主人様からもらったフィッシュフライをすぐに食べ終わり、また横でしょんぼりした。

私はセリーを見ると、あきれた感じのポーズをしてからミリアに皿を差し出したので、

私も同じように皿を差し出した。

すると、ミリアは私とセリーの皿からフィッシュフライを奪い取り、ニコニコしながらかぶりついた。

 

私はそのあと蒸し野菜のマヨネーズがけを食べてみた。

「ご主人様、これもおいしいです」

「これが蒸し料理ですか...... 野菜のあじが濃いですね」

私は素直に感動していたが、セリーはなにか考えながら食べていた。

 

「ああ。野菜を蒸すと、素材からあじが逃げないからな」

「あじが逃げない......?」        

「そうだ。茹でたり炒めたりすると水や油のなかにあじがしみだすから、素材のあじが薄まるんだ。蒸した場合はしみだす場所がないからな」

「なるほど、だから濃く感じるんですね」

「そういうことだな」

ご主人様は説明しながらドヤ顔になった。

 

「このマヨネーズも野菜にあっていて、とてもおいしいです」

「そうだろう。マヨネーズはいろんな料理に合う万能調味料だからな。

そのままでもいいし、ひとてまかけるとあじが進化する。タルタルソースもその一つだ」

「他にもあるのですか?」

「ああ、マヨ醤油とかオーロラソースとか。それに、油の代わりにマヨネーズで炒めたりすることもできる」

「すごいです。それならマヨネーズは常備しましょう」

「いや、そんなに日持ちしないから常備は難しいな。それに、作るの大変だから......」

私はご主人様がマヨネーズを作っていた時のことを思いだして納得した。

「......確かに」

 

 

翌日も朝から迷宮探索。

 

ご主人様と朝のキスを交わしたあと、着替えてハルバーの十二階層へ飛んだが、魔物と1戦するとターレの十三階層へ移動した。

「ロクサーヌ、朝食用に豚バラ肉が欲しいので、ピッグホッグを探してくれ」

「わかりました」

私はにおいをかぐと、左のほうにかすかにピッグホッグのにおいがした。しかし、その前にラブシュラブの濃いにおいがする。

「ご主人様、左のほうにいそうですが、その前にラブシュラブが3匹います」

「では、ラブシュラブを倒して先に進もう」

 

それから3時間ほどターレの十三階層で狩りを行い、大量の板と少しの豚バラ肉を拾った。

早朝の探索を終えてクーラタルの冒険者ギルドに移動。そこからまちなかに出て野菜と卵、パンを買って家に帰った。

 

家に帰ると早速朝食の準備を開始。

ご主人様は昨日のオリーブオイルの鍋を火にかけて準備し、ミリアにパン粉を作らせた。

そして昨日のフィッシュフライと同様に、豚バラ肉に塩コショウし、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして鍋の中にほおりこんだ。

そして、パン粉を付けて白くなった豚バラ肉が薄茶色に変色するまで揚げていた。

「ご主人様、これは豚バラフライですか?」

「いや、これはトンカツっていう料理だ。本当はあまからいソースをかけて食べるんだけど、残念ながら作りかたを知らないので、帝都かどこかで見つけたら買うつもりだ。

今日はレモン果汁をかけて、サッパリ味でいただこう」

 

ご主人様はチュウノウソース?と言う専用のソースが無いので今日のトンカツはいまひとつという評価みたいだったけど、とてもおいしかった。

魚以外には興味を示さないミリアでさえもよろこんで食べていた。

 

食事が終わり迷宮に行く準備をしながら...... ふと考えた。

 

ご主人様って、本当に食には妥協しないわね。

特にここ最近は、高い食材を購入したり、食材を求めてわざわざ迷宮を探索したりしているし。

ご主人様の料理はとてもおいしいので、私としてはうれしいのだけれど、誰かに見られたら喰い道楽なんて呼ばれるかもしれないわね。

 

そんなことを考えると、おかしくなってしまい、口元がにやけてしまう。

そして、ご主人様のことが可愛く思えてしまい、今まで以上に愛おしくなってしまう。

 

今から迷宮に入るのに、こんな顔してちゃ危ないわね。

集中しないと......

 

私が心を落ち着かせるよう静かに深呼吸していると、ご主人様から号令がかかった。

「よし、行くぞ」

 

その言葉を聞き、私はご主人様の出したゲートにむかって歩き始めた。

 



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盗賊退治

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは12階層、ベイルは11階層、ハルバーは12階層、ターレは13階層、ボーデは1階層を探索中。

ここ数日は、ハルツ公爵がキッチリ管理しているハルバーの迷宮12階層に行くことが多くなっている。

 

今朝も早朝からハルバーの迷宮12階層の探索を開始したけど、私には一つ気になっていることがあった。

ここ数日、ハルバーの迷宮12階層のある場所から、ずっと動かない人がいることに気が付いているからだ。

 

迷宮探索では、トラブルを避けるために他のパーティーと合わないようにすることは基本であり、特に私たちのパーティーは内密にしないといけないことも多いので、人がい続けている場所を避けていたのだが、一向にボス部屋が見つからないのでその場所を調べないといけないような状況となっていた。

 

私は迷宮の1か所にずっといつづける理由が思いつかないので、初めのうちは勘違いかもしれないと思っていたけれど、その場所に近づくと、今日も人のにおいがした。

もはや間違いない。これからどうするか、みんなと考えないといけないと思い、ご主人様に話しかけた。

 

「おかしいですね」

「何がおかしい」

「この先に人がいます。こんな時間なのに、です。昨日も、一昨日も、ずっと同じ場所にいました」

「人のにおいがする魔物とか」

「聞いたことがありません。なるべく人のいるところを避けているので、このままずっといられると、先に進めません」

 

みんなでどうすべきか考えていると、セリーがハッとした顔になった。

「そういえば、聞いたことがあります」

「何をだ、セリー」

「それほど人の来ない迷宮では、十二階層で盗賊が待ち伏せをすることがあるそうです。すみません。小さいころに聞いたことなので、忘れていました」

 

盗賊かあ、そう言えば...... 

ご主人様と私、セリーの3人で迷宮探索していた頃にもターレの13階層で盗賊に会ったことがある。

そのとき盗賊は13階層入り口付近に待ち伏せしていて私たちの後ろを付け回したので、返り討ちにしたのだったわね。

つまり、迷宮にいる盗賊は、待ち伏せするのが常套手段というわけね。

 

「なぜ人が来ない迷宮なんだ」

「クーラタルのように人の多い迷宮ではすぐに見つかってしまいます。まったく人の来ない迷宮では仕事になりません。あまり人が多くなく、たまに来るくらいの迷宮が一番いいのです」

 

「十二階層なのはなんでだ」

「十二階層からは魔物も強くなります。ですから、十二階層に来る人は装備も整えてきます」

「それを頂戴しようということか」

「そうです。十二階層に入るくらいではまだまだ中級者ですから、盗賊の方も強いメンバーをそろえれば十分に圧倒することができます。それにあまりよい装備品を盗賊が持っていても買い叩かれるだけでしょう。中級くらいの装備品がもっともよいのです」

 

「そうすると、どうすべきだろうか。いなくなるまで待つか」

待ったらいなくなるのか?

いや、気にしたときは必ずいたので、早朝から夕方までもう何日もずっといつづけているはず。そう簡単にはいなくはならないだろう。

それに、においから考えて、そんなに多くない。突破するなら今しかないような気がする。

私はそう考えて発言した。

「こんな時間にいるとなると、一日中いると考えた方がいいかもしれません。多分、早朝なので人が少なくなっていると思います。突破するなら今がチャンスです」

 

「騎士団に報告するという手も」

「ハルツ公爵家のけにんでなければ、動いてはもらえないと思います」

ご主人様の考えをセリーが即座に否定してくれた。私もそう思う。

 

「そうなのか?」

「家人は保護の対象ですから」

私はご主人様がいまいちわかっていないようなのでセリーの言葉を補足した。

「ご主人様は自由民ですよね」

「そうだ」

「では難しいですね」

「自由民であれば、自力救済が基本です。自由民には自力救済をする権利があります。保護を求めることは庇護した者の家父長権の下に置かれることを意味します。それはあまり得策ではないでしょう」

「得策ではないのか?」

「はい。家父長権の下に置かれるということは、命令に従わなくてはならなくなるということ。

つまり、自由を失うということです」

私とセリーの説明を聞くと、ご主人様の顔が曇った。

他人には頼れないということがようやく理解できたようだ。

 

「そうなるのか......」

「自力で突破するのが当然です」

『ミリア、この先に盗賊がいます。たぶん戦うことになりますので、覚悟しておいてください』

「大丈夫。です」

ミリアは返事をしながらうなずいた。

 

「大丈夫です。そんなにたくさんはいないようです。盗賊ごときに遅れを取ることはありません」

「私もそう思います。盗賊が待ち伏せしているのなら十二階層で戦うパーティーを念頭においているでしょう。普通のパーティーは魔物を倒すのにもっと時間がかかります。私たちは他の十二階層で戦っているパーティーに比べてかなり強いはずです。私やミリアが足を引っ張るかもしれませんが、連携すれば大丈夫でしょう。盗賊がいても簡単に負けることはありません」

 

私とセリーが交互に説得するとご主人様は少し考え、そして覚悟を決めたようだ。

「ミリアもそれでいいか」

『ミリア、もう一度聞きます。この先に盗賊がいます。たぶん戦うことになりますし、殺すことになります。本当に大丈夫ですか?』

「大丈夫。です」

ミリアは真剣な目をして返事を返した。

 

「では、一度行ってみるか。俺が剣を持つ右手を上げたら攻撃の合図、左手を上げたら全員退却の合図だ」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい」

 

そうして人がいつづけている場所に近づくと、私は判断間違いをしていることに気付いた。

「すみません。多分この先に隠し扉があって、その向こう側にいるのだと思います。扉があるとは思いませんでした。扉があれば、においはあまり出てこなくなります。思ったより多くいるかもしれません」

 

私がご主人様に謝罪すると、軽く背中をたたかれた。

「大丈夫だ」

 

突き当たりの隠し扉に近づくと、ご主人様から号令がかかった。

「全員、俺の後ろに回れ。ロクサーヌはさいこうびを頼む」

ご主人様は愛剣を抜き、先頭に立った。

そして洞窟の突き当りまで進むとガラガラと音を立てて扉がスライドし、小部屋が現れた。

その中には、6人の男がいた。

 

男たちは私たちに気付くと話しかけてきたが、ご主人様が首をかしげると、わざわざブラヒム語で話しかけてきた。

「おはようございます。ボスのいる部屋はあっちです。俺たちはまだ少し休んでから行きますんで」

 

ご主人様はその言葉を聞き一瞬止まったが、すぐに警戒しながらも、小部屋の中に入ったので私たちもついて行った。

 

私たちが部屋に入ると、男たちはばらばらに別れて部屋の中に広がり、ボス部屋と言った方向の通路以外をふさいだ。

 

男たちが動いたのでご主人様はもういちど一瞬止まったが、一言お礼を言って、すぐにボス部屋と言われたほうの通路にむかって歩き出した。

男たちはご主人様のうしろを歩く私たち3人を見て、明らかに下品な笑みを浮かべていた。

小声で「ヒヒヒ」と笑う男やゴクリとツバを飲みこむ男もいる。

 

ボス部屋と言われたほうの通路に入ると、セリーが小声でつぶやいた。

「……滅びればいいのです」

「大丈夫。すぐに滅ぼしてやりましょう」

私はセリーに小声で返しながら一番後ろをついて行った。

 

少しすると、洞窟の先のほうから人のにおいがしてきた。3、4人いる。

わたしはご主人様に小走りで追いつき、小声で報告した。

「ご主人様、曲がった先に3、4人います。さっきの6人もこちらに向かい始めたようです」

 

ご主人様は軽く舌打ちすると、私たちに指示をした。

「あいつらは盗賊だ。一戦は必至だろう。襲ってきたら、ロクサーヌが前、セリーは後ろを頼む。ミリアはロクサーヌの後ろから援護しろ。盗賊は俺が倒すから、守備に重点を置いて戦え。俺は自由に動く。俺の動きにはつられるな」

『ミリア、あなたは私の後ろから援護してください。ご主人様は自由に動いて盗賊を倒しますので、動きにつられないようにして下さい』

「はい」

ミリアはご主人様から銅の槍を受け取り、木の盾と交換した。

 

曲がり角まで進むと、ご主人様はこちらを確認した。

盗賊はまだ先にいるので、私は小さく首を振った。

 

角を曲がると、洞窟の先の方に4人いた。

それを確認すると、ご主人様は早足で進みだした。

 

前の4人は先ほどの6人と比べて、明らかに強者の雰囲気を出している。

4人のうち、前の3人が通路をふさぎ、その後ろ5メートルくらいの所に1人が控えていた。

 

通路の少しさきに壁が見えるので、どうやらこの通路は行きどまりのようだけど、何故か洞窟の一番奥には行かせないように立ちふさがっているように見えるので何だか違和感があるけど、今はそんなことはどうでもいいわね。

 

一番後ろの男が偉そうに踏ん反り返っているので、たぶんあの男が盗賊のかしらなんだろう。

でも、盗賊のかしらのような男より、前の3人のうちの真ん中の男から強者の雰囲気を感じる。

私と同じ狼人族で細身の長剣をもっている。

鋭い眼光で顔にも傷があり、名のある盗賊であることが伺える。

 

あの男はすごく強そうね。倒せないとは思わないけど、私では時間がかかりそう。

でも、ご主人様と比べると、ちょっと可愛そうかな。

あの男ではご主人様の足元にも及ばないと思う。

ご主人様ならきっと盗賊たちを全員倒してくれるはずだから、そのあいだ私たちは、自分自身をしっかり守らないといけないわね。

 

そんなことを考えながら盗賊たちに近づくと、前の3人が口々にはやし立てだした。

「ボスがいると思ったか」

「残念だったな、盗賊だよ」

『お前は狼人族だな。うまそうなカラダだ』

真ん中の狼人族の男は私を見ながら目をギラつかせ、バーナ語でおどしている。

そして、なめるように私たちを見だした。

「ぐひひひ、いい胸してるな。すぐに気持ちよくさせてやるぜ」

「へへへ、俺のはデカイぜ、そんなひ弱そうなやつより満足させてやるぞ」

『ククッ、お前は俺さまが飼ってやる。ありがたく思ってしっかりほうしするんだぜ』

盗賊たちは私たちを犯すところを想像しているようで、気持ち悪い顔でにやけている。

見ているだけで、鳥肌が立ってくる。

 

前の3人が言いたいことを言っていると、後ろに控えていた盗賊のかしらと思われる男が声を発した。

「持っているものと女を置いていくなら、命だけは助けてやってもいいぜ」

 

その言葉を受けてもご主人様は黙ったままだった。

すると、すぐに後ろの曲がりかどからさっきの6人も歩いてきた。

後ろの6人とはまだ距離はあるが、盗賊10人に挟み撃ちされる状態となってしまっている。

 

なおも黙っているご主人様にイラついたのか、前の男たちはしびれを切らしたように叫び始めた。

「おら。さっさと全員武器を捨てな」

「命あってのものだねだぜ」

 

すると、ご主人様がいきなり呪文を唱え始めた。

いつもは無詠唱なので、不謹慎にも少し新鮮な気持ちでご主人様を見てしまったのは秘密にしておこう。

「入り組み惑う迷宮の、勇士導く糸玉の......」

 

盗賊たちは一瞬警戒したが、ご主人様が唱えはじめた呪文がダンジョンウォークの呪文と気づくと、あざ笑いながら言葉を吐き出した。

「この洞窟には遮蔽セメントを塗ってある。逃げられないぜ」

「ガハハハ、残念だったな」

「おまえをやったあと女どもは可愛がってやるから、安心してあのよに行け」

 

ご主人様は、盗賊の言葉を無視して「ダンジョンウォーク」と唱えると通路の左側に黒い壁が現れ、中に飛び込んだ。

 

「馬鹿な。ダンジョンウォークが使えただと」

「いや。逃げたのは1人だ。女をほっといて逃げるとは、馬鹿なやつだ」

盗賊たちは一瞬おどろいたが、私たち3人が残っていたことに気付いてご主人様をバカにする言葉を吐いた。

 

私は前の4人の後方右側の壁からご主人様が飛び出したことに気付き、盗賊たちの注意をひくため剣をかまえながらとっさに大声で返事した。

「馬鹿はどっちですか!」

 

次の瞬間、こちらに注意をそがれた盗賊のかしららしき男の首にご主人様の剣がつき刺さった。

盗賊のかしららしき男が崩れ落ちると、その音で他の盗賊たちが事態に気づいた。

 

「馬鹿な。どうなってやがる」

「とにかく、全員でやっちまえ」

盗賊たちが身構えた瞬間、今度は私たちと後ろの盗賊6人との間にファイヤーウォールが出現した。

 

「な、もう一人いやがった。どこかに魔法使いが隠れてるぞ」

盗賊たちがあわてだした。

ファイヤーウォールは通路の左よりに張られたので右側には人が抜けられるスペースがあったが、セリーが素早く回り込んで槍を構えたため、後ろの盗賊6人は前に突っ込んでこれなくなった。

 

すると、前の3人はこちらではなく、ご主人様にむかって駆け出した。

 

私はご主人様を援護するため前に駆けだそうとしたが、3人のうちの真ん中の盗賊のからだが吹き飛んだので立ち止まった。

次の瞬間、残りの2人の首がご主人様に切り飛ばされた。

あっと言うまだった。

 

私はすぐにきびすを返してセリーに並び、ファイヤーウォールが収まった後の盗賊の襲撃に備えた。

ミリアを少し下がらせて真ん中に配置し、私とセリーの2人が前衛、ミリアがサポートの三角形の布陣で後ろの盗賊6人に相対すると、すぐにファイヤーウォールが消える。

 

ファイヤーウォールは消えたが、盗賊たちは奥の4人が全員倒されていることに気付いたようで、明らかに動揺していてこちらに突っ込んでこなかった。

「な、首領たちが死んでる!」

「どうなってるんだ!」

「知るか!」

 

すると、盗賊たちの後ろからご主人様の声がかかった。

もう一度ワープで盗賊たち6人の後ろに飛んだようだ。

「こっちだ。逃げられないぜ」

ご主人様はわざわざ声を掛けて姿をさらし、自分を気づかせていた。

私は一瞬なぜ気付かせたのか疑問に思ったが、盗賊たちは激的な反応を見せた。

 

「な、挟み撃ちか!」

「う、うしろは一人だ。囲んでやっちまえ!」

6人はうしろからかけられた声に一瞬ひるんだが、一人が叫ぶと一斉にご主人様にむかって駆け出した。

しかし、次の瞬間、駆け出した6人のすぐ前にファイヤーウォールが出現した。

 

1人すり抜けたように見えたが、ファイヤーウォールの向こうでドサッと倒れる音がした。

たぶん一瞬でご主人様に切られたのだろう。

 

2人がまともにファイヤーウォールに突っ込んだ。あれは即死だと思う。

1人は半身を焼いたまま横っ飛びで逃れたが、衣服の火を消そうと気をとられた次の瞬間、ご主人様に袈裟切りにされて絶命した。

1人は片足を突っ込んでから引き抜いたが、しりもちをついて焼けただれた足を伸ばし、動けなくなっていた。

最後の1人はファイヤーウォールの手前で止まったが、私たち3人のほうには戻らずご主人様を警戒している。

 

ファイヤーウォールが消えると、ご主人様はしりもちをついている盗賊に注意しながら歩を進め、私たちに少し下がるよう指示を出した。

 

次の瞬間、ご主人様は跳躍してしりもちをついている盗賊の首をはねにかかる。

すると、1人無事だった盗賊がご主人様に切りかかった。ご主人様の剣が止まったところを狙うつもりのようだ。

しかし、ご主人様の剣は尻もちをついていた盗賊の首をなめらかに切り飛ばしたので、まったく体勢を崩していない。

ご主人様は最後の1人の剣を余裕をもってかわすと、愛剣を横腹に突き刺した。

それからゆっくり剣を引き抜くと、最後の1人が崩れ落ちた。

 

私たちは全員倒されたことに安堵してご主人様に駆け寄った。

「ご主人様」

「全員無事か」

「はい」

 

「ロクサーヌとミリアは他に逃げた者がいないか確認を頼む。セリーは、インテリジェンスカードの回収を手伝ってくれ。手首を包むから、盗賊の服を切り取れ」

 

私はご主人様の言葉にハッとして気を引き締めなおし、先ほど盗賊6人がいた小部屋にむかって走り出した。

小部屋まで戻り、ミリアに周囲に不審なものがないか確認させ、私はにおいをかいだが、近くに人のにおいは無かった。

ミリアも特に不審なものはないと言っているので、逃げた者はいないと判断した。

 

私とミリアがご主人様の所に戻ると盗賊たちの死体は消えていた。

たぶん私とミリアが逃亡した者がいないか探しているあいだに迷宮に飲まれてしまったのだろう。   

だけど、セリーが袋を持っていたので、手首の回収はなんとか間に合ったようだ。

 

私はご主人様に誰もいなかったことを報告した。

「逃げた者はいないと思います」

「そうか」

「それにしてもすごい戦いでした。さすがはご主人様です」

「ありがとう。ロクサーヌたちも無事でよかった。三人とも怪我はないな」

「はい」

 

「ファイヤーウォールを張っていただいたおかげで、後ろから来た盗賊はこちらに手出しできませんでした。ありがとうございます」

『す、すごかったです』

「ミリアもすごかったと言っています」

 

私たちは盗賊の装備品の回収を行いながら話をつづけた。

「大変な目に遭わせてしまったな」

「いえ。それに、ご主人様が全部倒してくださいましたから」

「このくらいのことはいつでも起こりえます。助かりました」

私とセリーが答えると、ご主人様は少し考え事を始めた。

 

少しすると、緊張が解けたのか、ミリアが興奮して話し出した。

『おねえちゃん。ご主人様がこんなに強かったなんて知らなかったです』

『ふふ。おどろきましたか?ご主人様はすごく強いのですよ』

『はい。すごく驚きました』

ミリアがご主人様を尊敬することはいいけれど、忘れっぽいからまた釘を刺しておかないといけないわね。

私はそう思ってミリアに話しかけた。

 

『ミリア、いいですか。ご主人様は本当に強いですが、他人に知られていいことではありません。

下手に知られると、ご主人様にたかったり、力を利用したり、場合によっては排除しようとしたりする人がいるかも知れません。

ですから、くれぐれも内密にしなければなりませんよ』

『わ、わかりました』

私が少しきつめにミリアに口止めしていると、ご主人様が困惑したような顔で見ていたので説明した。

 

「ミリアはかなり驚いているようですが、ご主人様ならこれくらいは造作もないことなので内密にするように言っておきました」

「......」

ご主人様は微妙な顔になり、無言のまま装備品の回収を再開した。

 

あれ?何か間違えた?       

     

 

「ん、これは...... レイピアか......」

装備品を拾っていたご主人様が一言漏らし、私のもとに細身の剣を持ってきた。

一番強そうだった狼人族の盗賊が持っていた剣だ。

「ロクサーヌ、ちょっといいか?」

「はい。刺突剣ですね。より上位の片手剣は切るよりも突き刺すことで魔物を攻撃します。

戦闘スタイルも若干変わってきます」

「ロクサーヌは大丈夫?」

「おまかせください。それに、レイピアには刃もありますから、今までどおり切っても使えます」

「じゃあレイピアはロクサーヌに、あと、この鋼鉄の盾もな。シミターと鉄の盾はミリアに回せ」

「ご主人様、ありがとうございます」

「俺のアイテムボックスはそろそろ容量が厳しいから、ミリアには交換した装備品はセリーに渡すよう言ってくれ。セリー、頼むな」

「わかりました。私のアイテムボックスにしまっておきます」

セリーはご主人様に返事をすると、ミリアに向きなおった。

 

私はご主人様からレイピアと鋼鉄の盾を受け取り、シミターと鉄の盾をミリアに渡す。

『ミリア、あなたの装備はシミターと鉄の盾に変更です。ダガーと銅の槍はセリーに渡してください』

『はい』

「セリーおねえちゃん。おねがいします」

「はい。ミリア」

セリーはにっこりほほえんで、ミリアからダガーと銅の槍を受け取りアイテムボックスにしまった。

ミリアはダガーと銅の槍をセリーに渡すと、シミターを振り回してバランスを確かめていた。

 

ほどなくして盗賊の装備品をすべて回収すると、ご主人様は回収品の中に黄魔結晶を見つけて考え事をしていた。

私はご主人様の服が盗賊の血にまみれてしまっていることに気付いていたので、このまま迷宮探索をつづけるのは難しいと考えてご主人様に声をかけた。

「えっと。まだ早いですが、一度いえに帰って、体を拭いた方がいいです。服もすぐに洗います。装備品も手入れしたほうがいいですね」

「わかった。みんな、一度いえに戻ろう」

「かしこまりました」

私たちはご主人様のワープでいえに戻った。

 

いえに戻ると、セリーとミリアには休憩してもらい、ご主人様にはからだを洗うようすすめた。

「ご主人様、すぐにお風呂場でからだを洗ってください」

「わかった」

私はご主人様とお風呂場にむかい、脱衣室で服を脱いだ。

ご主人様は一瞬なぜか不思議そうな顔で服を脱ぐ私を見ていたが、すぐに何かに気付いたような顔になり自分も服を脱いだ。

私はご主人様から汚れてしまった服を受け取り、一緒に風呂場に入った。

 

風呂場に入るとご主人様はウォーターウォールでかめに水をため、ファイヤーボールでお湯を沸かした。

そして、かめからタライにお湯をそそぐ。

「では、ご主人様。おからだをお拭きします」

「そう言うと思ってたけど、からだは自分で拭くからロクサーヌは俺の服を洗ってくれ。

着ているときは気付かなかったが、ひどい汚れようだしな」

「そ、そうですか...... そうですね。ひどい汚れなのですぐに洗います」

私はちょっと残念に思ったが、ご主人様に手拭いを渡してとなりで服を洗い始めた。

 

少しして、私がご主人様の服を洗い終わろうとしていると、セリーが様子を見に来た。

「ご主人様、ロクサーヌさん。何か手伝うことはありますか?」

「そうですね。こちらは大丈夫です」

「風呂を上がったら盗賊から回収した装備品の手入れをお願いするから、取り急ぎ俺たちの装備品を手入れしててくれるか?」

「わかりました」

 

セリーが風呂場から出ていき、私がご主人様の服を干していると、ご主人様は私に話しかけてきた。

「ロクサーヌ、今日は悪かったな。結果的には倒せたが、盗賊10人に囲まれたのは、俺の判断ミスだ」

「そんなことはありません。盗賊と戦うようすすめたのは私やセリーのほうですし、10人もいることを察知出来なかったのは私のミスです」

 

「いや、でも、戦うことを決めたのは俺だからな。

12階層にいるぐらいの盗賊なら簡単に倒せるだろうと甘く考えていた。

結果的には勝てたけど、一歩間違えば俺は殺され、ロクサーヌたちがひどい目にあっていたかもしれない。

俺はどうでもいいが、ロクサーヌたちがけがされることには耐えられない。

彼我の戦力差について、もっと慎重に判断してもよかったんだ。

結果的に、俺はみんなを危険な目に合わせてしまった。済まなかった」

 

ご主人様はよほど自分を許せなかったのか、少しうつむいていた。

私はご主人様の正面から軽く抱きつき、額を合わせて言葉をつむいだ。

「何をおっしゃいますか。すばらしい戦いでした。

盗賊を倒すのは当たり前のことですし、危険度はいつもの魔物討伐と大差はなかったと思います」

「そうか」

「はい。戦闘時間も短かったですし、ご主人様に全員倒していただきました。

私たちはそのあいだ、自分の身を守っているだけでしたから疲れてもいません。

それに、ご主人様にこんなにも大事にしていただけて......  私は幸せです」

「そ、そうか。ま、まあ、ケガがなくてなによりだな」

ご主人様は返事をしながら急に少し動揺した感じになり、目をそらしたので不思議に思ったけど、

すぐに原因に気が付いた。

ご主人様のアレが大きくなり、雄々しく屹立してしまったのだ。

そういえば...... 私もハダカだった。

 

「ご主人様。盗賊から守っていただき、ありがとうございました。大好きです」

私はご主人様にキスをすると、ご主人様はくちを開いて私の舌を優しく向かい入れてくれた。

私は右手でご主人様のアレを優しくしごくと、ご主人様は我慢出来なくなったようで、すぐにくちを離した。

 

「ご主人様、こちらをわたくしにもう少しお洗いさせて頂いてもよろしいですか?」

「......ああ、頼む」

私はご主人様の前にかがんでアレの先をくちに含み、そのあと胸も使ってご奉仕させていただいた。

 

ご主人様にスッキリしてもらい、着替えてダイニングに行くと、セリーとミリアが装備品の手入れをしていた。セリーは私に気付くとすぐに話しかけてきた。

「ロクサーヌさん。私たちの装備品の手入れはあらかた終わりました。

ミリアに手入れのしかたを手ほどきしたつもりですけれど、言葉が通じないのでどこまで理解してくれたかちょっと不安です」

「ありがとう、セリー。ミリアを任せてしまってごめんなさいね。大変でした?」

「いえ、素直な子だからみようみまねで頑張ってくれるので、そこまで苦労はしてません」

「そうですか」

『ミリア、装備品の手入れのしかたはわかりましたか?』

『はい。セリーおねえちゃんが私でも分かるように、実演しながら教えてくれたので、だいたい覚えたと思います』

『それはよかった。装備品はちゃんと整備しておかないと本来の力を発揮できませんから、忘れないようにしてくださいね』

『はい。あの、おねえちゃんも、セリーおねえちゃんも、ご主人様も、みんな優しいので、毎日楽しいし、うれしいです。これからも、よろしくおねがいします』

ミリアはそういうと、私にペコリとおじぎしてセリーに向きなおった。

「セリーおねえちゃん、ありがとう。これからも、よろしくです」

「え、ミリア、急になに?」

セリーが突然お礼を言われたことにおどろいていたので、補足しておいた。

「セリー、ミリアは装備品のていれ方法を丁寧に教えてくれたあなたに感謝しています。それに、みんなが優しいので毎日楽しいし、うれしいって言ってます」

「それはよかったです。ミリア、こちらこそよろしくね」

セリーがにっこりほほえみながらミリアのあたまをなでると、ミリアも楽しそうにほほえんだ。

 

私たちの会話を聞きながら、ご主人様は微笑みつつ「仲がいいのは良いことだ」っとつぶやいた。

そして、自分のアイテムボックスから、盗賊から回収した装備品をすべて取り出して並べた。

 

「ほとんど売るつもりだが、いちおう整備しておいたほうがいいか?」

「そうですね。汚れは拭き取っておいたほうが商人の買い取り価格も上がりますので、整備しましょう」

私が答えるとセリーが提案した。

「今後のことを考えると、予備としていくつか取っておいたほうがいいと思います」

「確かに。セリーの言う通りだな」

その後、予備用と売却用に装備品を分け、予備用は私がいつでも使えるように本格的に整備し、売却用はセリーとミリアが汚れを拭き取った。

 

装備品の手入れが終わると、私たちの装備品はご主人様のアイテムボックス、売るものはセリーのアイテムボックス、予備品は物置部屋に片付けた。

その後、ご主人様は盗賊が持っていた決意の指輪についてセリーに聞いていた。

どうも、固定の際にギルド守護神からの祝福で受け取るようなものらしい。

 

家宝として扱うこともあるようだし、盗賊が持っていたってことも気になる。

誰かから盗んだのだろうか...... のちのちトラブルにならなければいいのだけれど......

そんなことを考えていると、ご主人様はインテリジェンスカードのチェックを始め、またセリーと難しい話をし始めた。

 

しばらくするとセリーの説明にあらかた納得したのか、ご主人様から声がかかった。

 

「ロクサーヌ。盗賊の手首を捨てに行くから、ちょっと付き合ってくれるか?」

「かしこまりました。ご主人様」

「セリー、ミリア。手首を捨ててきたら朝食の材料を買いに行くから、ちょっとだけ待っててくれ」

「分かりました。いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい、です」

 

私はご主人様に従ってワープゲートをくぐり、ハルバーの迷宮12階層に移動した。

「ロクサーヌ、魔物も人もいない場所に手首を捨てたいが、どんな感じだ」

「そうですね...... 人は全然いないようです。そこの先を左に行ったほうは、魔物もいません」

「では、そっちにいって手首を捨てたら急いで戻ろう」

「ご主人様、ちゃんと装備品を付けてください」

「いや、一瞬だったら大丈夫だろう?」

「ダメです。途中で魔物が沸くかもしれません」

 

「じゃあ、走って行って、手首を投げ捨てたらそこでワープゲートを出して、いえに帰るってのは?

これなら大丈夫だろう?」

「確かにそうかもしれませんが......

わかりました。私が魔物のいない方向に案内します......   今回だけですよ」

「わかってる」

 

ご主人様は顔をニヤつかせながら軽くからだを伸ばしていて、なんだか楽しそう。

私もちょっぴり楽しくなってきた。やるとなったら全力だ。

「では、行くぞ。よーい...... どん!」

私とご主人様は勢いよく走りだし、迷宮の中を疾走した。

防具もつけず、武器も持っていない。

魔物にあったら一貫の終わりだし、絶対にやってはいけないことだけど、スリル満点ですごく楽しい。

そして、ご主人様が私を全面的に信用してくれることがすごくうれしかった。

 

においをかぎながら走ること3分。

右に左にと魔物を避けながら通路を走り、行き止まりまで来た。

「はあ... はあ... た... 楽しかった。 ありがとう、ロクサーヌ」

「はあ... はあ... ご... ご主人... 様、 私も楽しかったです。 でも、セリーとミリアには... 内緒にしないと」

「ああ、わかってる。今回限りだし......  ふ、ふたりだけの秘密な」

「はい。ご主人様」

私はご主人様との二人だけの秘密が出来たことが、たまらなくうれしくなった。

その後、通路の突き当り付近に盗賊たちの手首を捨て、ご主人様のワープでいえに戻った。

 

「ただいま」

いえに戻ると、セリーが話しかけてきた。

「ロクサーヌさん、おかえりなさい。なにかあったんですか?」

「特になにもありませんよ」

「そうですか?なんだかうれしそうなかおをしていたので......」

そう言いながらセリーは疑いのジト目で見つめてきたが、あえてとぼけているとすぐに肩をすくめてそれ以上の追及をあきらめた。

私はホッと一息つき、胸をなでおろした。    

  

その後、みんなで朝食の食材を買い出しに行った。

そしてウチに帰って手早く朝食を作り、少し遅い朝食にした。

 

朝食を食べ終わるころ、セリーがご主人様に話しかけた。

「ご主人様、ちょっと気になっているのですが、以前にも盗賊と戦ったことがあるのでしょうか?」

「ああ、何度か戦ったことがあるが、何で気になったんだ?」

えっ、何度か? 以前ご主人様は、私と始めて会う前に一度盗賊と戦ったことがあるって言ってなかったかな?

あ、そう言えばベイルの商館が盗賊に襲われたときにも戦ったわね。そのことも含んで何度かってことね。でも、あのときは一人だったし......

私は少し気になったけど、とりあえず先にセリーの話を聞くことにした。

 

「えっと、魔物と戦う強さと人と戦う強さは一般的には別とされています。

そして人の場合は個人で戦う強さと集団で戦う強さも別の強さとなります。

相手が個人の場合はこちらも個人で戦えますが、相手が集団なら、こちらも集団でないと戦えないという考えが一般的です。

そして、個人・集団とも、相手より弱い方が負けるのです」

「確かにそうだな」

 

「盗賊が厄介なのは、集団で戦う強さを有していながら、自分たちよりも圧倒的に弱い集団か、個人を狙うことです。

つまり、彼らは負けない状況を作ってから戦いに臨んでいるのです。

ところが、ご主人様はその集団に対して、戦略をもって戦力分散や奇襲を仕掛け倒し切ってしまいました。

初めて盗賊と戦う人が出来るようなことではないと思えるのです」

「なるほど。それで気になったのか」

「はい」

「そうだな、じつは盗賊とは何度か戦ったことがある。

あいつらは自分たちで考えた戦い方を乱されると、ロクな連携が出来なくなる。

だから、戦う前にあたまのなかでシミュレーションをして戦い方をきめておいた」

「シミュレーション?」

私は初めて聞く言葉に首をかしげると、セリーも同じように首をかしげていた。

 

「シミュレーションとはあたまのなかで動きを考えておくことをいう。例えば...... 夕食を魚にすると言えばミリアはよろこぶ、とか」

「さかな。です!食べる。です!」

すかさずミリアがつっこんだ。

 

「い、いや、例えだからな。

で、はなしを戻すが今日のシミュレーションではこうだった」

ご主人様はミリアの反応に焦りつつ、一度言葉を切ったあと、瞑目しながら話を再開した。

 

「まず、後ろの6人が追いつく寸前で戦いをはじめる。そうすれば瞬間的に4対4になり、前の4人が突っ込んでくることを避けられる。そして俺だけワープで逃げるように消え、前の4人のうち後方にいるかしらをその後ろから不意打ちで倒せば、盗賊たちは動揺するし、残りの3人は俺に向かってくるしかなくなる。一撃で倒すようなやつをうしろに放置は出来ないからな。

 

そこで、ロクサーヌたちと後方6人の間にファイヤーウォールを張れば、6人は突っ込んで来れなくなる。

さらに、ファイヤーウォールのせいで前方の戦局も見えなくなるわけだ。これでロクサーヌたちの安全はひとまず確保できる。

 

次に前の3人だが、まずは真ん中のやつを俺の特殊魔法で爆発させる。すると左右のやつらは必ず隣を気にするから動きが止まる。

この時MPが枯渇するが、動きが止まった左右のうち1人の首を落とすくらいは出来るだろう。1人を切った瞬間に多少なりともMPが回復するので、もう一人はオーバーホエルミングで加速して首を落とす。

 

次にワープで後方6人のさらに後ろに飛び、最初に唱えたファイヤーウォールの効果が切れるまで待つ。

切れると前方の主力4人が死んでいることに気付くはずだから、後方6人は動揺するだろう。

そこで後ろから声をかけてさらに動揺させ、俺が1人だと気づけばどうなるか。

後方6人は、明らかに手練れがいて主力を葬った相手より、後方の1人を倒して逃げようとするはずなので、俺に向かってくるしかなくなる。    

 

走り出したところで再びファイヤーウォールを張り、何人かつっこまさせれば、残りは雑魚だけになるので、オーバーホエルミングで加速して始末する」

 

ご主人様はそこまで話してから目を開いた。

「......って、ここまで考えてから戦闘を開始したってとこだ」

 

私はご主人様が強くてあたまが良いことは知っていたが、想像していたはるか上だったことを知って、改めて敬意を持った。

セリーもしばらく固まっていたが、少ししてからぽつりと感想を漏らした。

 

「戦う前にこれほどのことを考えられていたのですか、それも、前の4人に気付いてからだと...... 1、2分で考えたってことですよね。

ご主人様、凄すぎです」

「いや、完璧じゃないし幸運もあった。ロクサーヌとセリーの機転があったからうまくいったんだ」

「私とセリーがですか?」

私は戦いの最中なにも出来なかったと思っていたのでご主人様の言葉におどろいた。

 

「ああそうだ。まず最初にワープしたときに、ロクサーヌが大声で奴らの気を逸らしてくれた。だから一撃で盗賊のかしらを倒せる隙が出来た。

それとファイヤーウォールを張った時、すかさずセリーが切れ目に回り込んで槍を構えたので、後ろの足止めが完璧となった。

そして、前の4人を倒したあと、後ろの6人に対して3人が完璧な布陣を取った。だから後方の奴らが突っ込んでこれず乱戦状態になることを避けられたのだ」

 

「いや、私たちは必死で...... でもお役に立てたのはうれしいです」

「ああ、ありがとう。一応ミリアもな」

ご主人様はそう言うと、ミリアを見てクスリと笑った。

私とセリーもミリアを見てほほえむと、ミリアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

たぶん、ミリアは何で笑われたのかを勘違いしている気がするけれど、今は放置しておこう。

 

それより、私はご主人様のさっきの発言が気になっていたので質問してみた。

「ご主人様、先ほど盗賊とは何度か戦ったことがあると言われましたが、それは私と出会う前のことと、ベイルの商館が襲われたときのことですよね」

「あー、あと、もう1回あるな」

「え、まだあるのですか?」

「ああ。ロクサーヌを買うときに、5日間の期限があっただろう。その時にな」

「そうなんですか。それは知らなかったです」

「ああ、ちょっと恥ずかしい理由なので黙っていたんだが...... まあ、いまなら話してもいいかもな」

そう言いながら、ご主人様は一瞬私を見つめ、恥ずかしそうに目をそらした。

 

「ご主人様、是非教えてください」

「私も知りたいです」

「知りたい、です」

私に続きセリーとミリアも知りたがると、ご主人様は少し考えてからおもむろに話し始めた。

 

「わかった。だが、その前に、ロクサーヌには少しだけ話したことがあったと思うけど、最初に盗賊と戦ったときのことから話そう」

「かしこまりました」

「ミリアは...... わからない所はあとからロクサーヌに聞いてくれ」

『ミリア、これからご主人様が盗賊と戦った話をしてくれるのですけど、わからなかったところはあとで教えてあげるから、おとなしく聞いていてね』

「はい。わからなかったら、あとで聞く、です」

 

 

「よし、では。

俺が最初に盗賊と戦ったのはソマーラという村だった」

「ソマーラというと?」

セリーがすかさず質問してきた。

「ソマーラはベイルから西に馬車で半日の所にある小さな村だ。確か盗賊と戦ったのは、ロクサーヌと出会う2日前の早朝だった」

「ベイルの商館に来られた2日前ですか?」

「ああ、そうだ。実はその時、商館には2度行った。ロクサーヌと会ったのは2回目に行った時だ」

「そうだったのですか」

「ああ、最初、ソマーラの商人と犯罪奴隷を売りに行ったんだ」

「あの、ご主人様は何故もう一度商館に行かれたのですか?」

「まあ、それも含めて順に説明する」

「すみません。興味があったのでつい先走ってしまいました」

「気にするな。では、もう一度ソマーラのことから。

まず俺は故郷を出て旅をしていた。そしてソマーラに立ち寄った時、ちょうど村が盗賊団に襲われているところだった。

盗賊の数は30人、村側は荷馬車の荷台や畑用の柵などで街道に簡易的なバリケードを作っていたけど殆どがただの村人だからな、人数的には足りていたけど押されていたんだ。

 

盗賊となんか関わりたくなかったから俺は隠れてやり過ごそうかと思ってたんだけど、あきらかに盗賊のかしらみたいな奴が村人の上に跨って殺そうとしていたのが見えたんだ。

しかもそいつは目の前の村人に集中していて周りが見えてないようだったので、チャンスと思った。で、気付いたら駆け出してたんだよ。

幸い一刀で首をはねられたんですぐに体制を整えて周りを見ると、すぐ近くで俺におどろいて硬直した盗賊がいたんで、そいつの首も一刀ではねた。

 

それからは、村人とせりあっている盗賊たちを横や後ろから斬り伏せて周り、半分ぐらい倒したかな。

流石にそこまで減ると奴らも俺に気付いたようで、少し強そうな奴が俺にむかって来た。

まあ、そいつの剣を絡め飛ばして返す刀で首を飛ばしたんだけど、そしたら残った奴らが街道を逆走して逃げ出した。

だけど、疲れてたのか足が遅くてな...... 全員後ろから斬り伏せたよ」

「誰も街道をそれなかったのですか?」

「そうなんだよ。みんな街道を走ってたんで、簡単にうしろから切り飛ばせたよ。

たぶん、奴らは自分たちが狩られることは想定してなかったんだろうな」

 

「ご主人様が全員倒したのですか?」

セリーが目を丸くして聞くと、ご主人様は少し恥ずかしそうに答えた。

 

「いや、全員じゃないさ。2人は村人が倒したから、おれは28人だな」

「......ご主人様、それは凄いことですよ」

「そうか?まあ、それは置いといて、そのとき倒した盗賊の装備に盗賊のバンダナってのがあったんだけど、装備品を回収したときに、それを普通のバンダナとすり替えて盗んだ奴がいたんだ。

そいつはすぐに捕まったんだけど、村の決まりで犯罪奴隷とすることになった。それで商館に売りに行ったのが1回目だったんだよ」

「そうでしたか」

「ああ、その時にアラン殿に会ったのだが、俺がベイルに来る途中でグミスライムを倒したことと、ソマーラで盗賊団を倒したことを話したら、しきりに奴隷を買うことを勧められてな、そのときあとで説明させてくれって言われたんだ」

 

「ご、ご主人様はグミスライムを倒したことがあるのですか? かなり強い魔物のはずですが」

「ああ、そうらしいな。倒したあとに商人にそう言われたけど、2度切ったら煙になった。

だから、俺にはよくわからんな」

ちょっ、セリー。話の腰をおらないで!私は心の中で叫んでしまった。

 

グミスライムも気になるけど、私は早く先が聞きたいのでちょっと強引に話を戻した。

「さすがはご主人様です。それで、アラン様と話したあとはどうされたのですか?」

「ん、ああ。そうだったな。

アラン殿と話したあと、騎士団の詰所に行って盗賊のインテリジェンスカードを渡して懸賞金を受け取り、それから武器屋と防具屋に行って盗賊の装備を売りさばいた。それで一通りやることが終わったので、もう一度商館に戻ってアラン殿に話を聞くことにしたんだ」

いよいよ私と出会ったときの話になるのね。

私はドキドキしながらその瞬間を待ってしまった。

 

「商館に戻ってアラン殿を呼び出すと、さっきとは別の部屋に通されたんだ。

すぐにアラン殿がやって来たんだが、話を始める前に何故かまた1回目のときに犯罪奴隷を売った部屋に案内されたんだよ。

その時、なんで初めからこの部屋に案内しなかったのか疑問に思ったんだけど、すぐにそんなことは吹き飛んでしまったよ」

ご主人様はそこまで話すと、私の目をじっと見つめて話を再開した。

「ロクサーヌに出会ったからな」

私は恥ずかしくなって一瞬で顔が赤くなった。

ご主人様はそんな私の顔を見て少しほほえむと、話をつづけた。

「ソファーに座ったとたん、メイド服を着たロクサーヌが俺にハーブティーを持ってきてくれたんだ。思わず見惚れてしまったよ」

「え、あの、そうだったのですか?」

「ああ、ロクサーヌほどの美人に会ったことがなかったからな」

「あのとき私はお世話になっていたおばさんに、お客さまに給仕するよう言われたのです。そして、ご主人様に出会いました。

実は私はそれまでお客様にひとりで給仕をしたことが無かったので、ちょっと緊張していたのです。

それに、おばさんからはお客様を良く見て来なさいって言われてたので...... 

それでハーブティーを置くときに横目でご主人様を見たのですけど、ご主人様と目が合ってしまい内心ではすごく焦りました」

「あははは、そうだったのか。あのとき俺はロクサーヌは冷静だとおもっていたよ。俺はわかりやすく焦ってただろ」

「そうですね。でも、私はご主人様は優しそうな人だって思いました」

「そうか、それは良かった。ロクサーヌが退室したあとアラン殿にロクサーヌを勧められたんだけど、とてもじゃないけど買えなくてな、

それで他の戦闘が出来る奴隷を紹介してもらうことになったんだよ。

でも、ロクサーヌを見たあとでは気に入る奴隷はいなくてな、帰ろうと思ってたんだ。

そうしたら、廊下でロクサーヌに会ってな、アラン殿とロクサーヌ本人にめちゃくちゃ売り込まれて、

それで購入まで5日の有余期間って話になったんだよ」

 

「実は...... アラン様から、ご主人様に買ってもらいたいのなら着替えて廊下に来るよう言われていたのです。ですので、廊下で会ったのは偶然ではありません。

それに、アラン様は私の意思を尊重してくださると言っていました。ですので、あんなに強引に売り込みされたのです」

「そうだったのか。でも、なんでロクサーヌは俺に買って欲しいって思ったんだ?」

「ご主人様を見たとき、優しそうな人だなって思ったのです。それに、有能な冒険者だって聞かされたので、それなら私は役に立てるのでは?って思ったのです。

そしてそれは正解でした。今となってはその時その判断をした自分をほめてあげたいです」

「そうだったのか。まあ、今となっては良い思い出だな。おかげで俺はロクサーヌと一緒にいられるのだからな」

「ありがとうございます。私もうれしいです」

 

私とご主人様が互いにのろけていると、セリーが冷静にツッコミを入れた。

「ご主人様、その後はどうなったのですか? もう一度盗賊と戦ったのですよね?」

「ああ、そうだった。話がそれてしまったな。

商館でロクサーヌの購入を決めた後、足りない資金を稼ぐために取り合えず迷宮に入ったんだ。

でも、俺一人では魔物が見つけられないし、モンスター部屋に入って死にかけるし、

そこまで頑張ったのに、思ったほど稼げないし。

どんどん追い詰められていったんだ。

そして、購入期限まであと3日となり、盗賊を狩るしか資金調達は無理って思ったんだよ」

 

「ご主人様、それは危ない考えですね」

「ああ、わかっている。今なら絶対にしない」

「ご主人様は、私を買うために盗賊を狩る決心をしてくれたのですね」

セリーが冷静にツッコミを入れると、ご主人様は我に返ったように、返事をした。

でも、私はご主人様が私のために危険に立ち向かってくれたことがうれしくて、とっても幸せな気持ちになった。

そして...... このあとのご主人様の活躍を聞くのが待ち遠しい......  

「ご主人様、そのあとはどうしたのですか?」

私は少し申し訳なく思いながら、ご主人様をせかしてしまった。

 

「それからな、盗賊がいそうなスラム街とか娼館の近くを見て回ったんだけど見つからなくてな、そうしているうち、確か次の日の朝だったかな、たまたま西門のすぐ外に人だかりを見つけたんだ。

そしたらそこには左手を切り取られた死体が転がっててさ、そこでの雑談を聞いてたら、街を追い出された盗賊たちが戻って来ていて、他の盗賊たちと争っているらしいって言葉が聞こえたんだよ。

その時に、盗賊が見つからないのは夜中に活動しているからではないか?って思い浮かんだので、一度宿に帰って仮眠して、夜中に探すことにしたんだ。

それで、夜中に捜索していて、娼館の近くで盗賊を見つけたんだよ。

そして、その盗賊を尾行して、スラム街のアジトを見つけたんだ。

ただ、その時は盗賊が複数人アジトの前にいたので、物陰から観察しただけで、自分が見つからないうちに宿屋に戻った。

ただ、そのあと宿屋に戻って受け付けとなにげなく話をしたら意外に情報つうでさ、西門のところで聞いた盗賊どうしが争っていることと、街を追い出された盗賊の一部が戻って来ていることは間違いないって分かったんだ。

つまり、見つけた盗賊がどちらの陣営かは知らないけど、狩っても反対側の陣営のせいに出来るから問題ないと考えたわけ。

 

それで、ロクサーヌを買う期限の前日の深夜、スラム街のアジトに行くと、ブラヒム語が話せる盗賊が一人で見張りに立っていたんだ。

俺はソマーラで手に入れた盗賊のバンダナをエサにそいつに話しかけ、金貨1枚で売ってやるから情報を寄越せって言ってアジトのなかに入ったんだ。

すると、アジトの中は小部屋に分かれていて、そいつ以外は全員寝ていたんだ。

そのときご丁寧にお偉いさんが寝ている部屋を教えてくれたんで、あとで助かったよ。

そのあとそいつの部屋に入って話をはじめると、いきなり飛びかかってきて、腰に下げていたシミターを奪われたんだ。

そいつは勝ち誇った顔をして「命が惜しければ盗賊のバンダナをよこせ」って言って来たんだよ。

なので、俺は「盗賊のバンダナはくれてやる」って言ってバンダナを丸めてカンテラのうえに投げ込んでやった。

そいつは「何しやがる」って叫んでバンダナに飛びついたんで、デュランダルを出して背中から心臓を一突きで殺したんだ。それからそいつの手首を落として袋に入れ、お偉いさんの部屋に向かった。

部屋に入ると手前と奥にベットがあって、二人ずつ寝てたので、まず手前二人の寝首をかいて殺した。

そのとき、物音がしたことに奥の女が気づいて起きあがって歩いてきたので、仕方なく首を落としたんだ。

さすがに奥の男はその音に気づいて起き上がり、銅剣を装備して振り回し始めたので、俺はワープで部屋の外に出て扉の前で待機した。

応援を呼ぶか逃げるために必ず扉を開けると読んだからな。

案の定次の瞬間扉が開いたので、俺は心臓があるはずの位置に剣を突き刺した。

それからお偉いさん二人の手首を回収したんだけど、物音をさせたせいか、周りが騒がしくなってしまったので、見つかる前に急いで迷宮にワープして盗賊のアジトから姿をくらましたんだ。

そのあとインテリジェンスカードを回収してから、宿屋に戻ってひと眠りした。

そして、昼前に起きて騎士団詰所に行き、懸賞金を受け取ったんだ。

そのあと懸賞金を確認して、金貨が7枚以上あったときはホッとしたよ。これでロクサーヌが買えるってな。

その足でベイルの商館に行って、ロクサーヌを買ったんだ」

「そうでしたか。私のために......」

私は幸せ過ぎて、そしてうれし過ぎて、目から涙があふれてきた。

 

「なんか恥ずかしかったのでな、盗賊を刈って資金を作ったことは、今まで黙ってたんだよ」

そこまで話すとご主人様は席を立ち、私の横に歩いて来た。そして私の手を引いて立ち上がらせると、そっと私を抱き寄せて言ってくれた。

「ロクサーヌ、俺は命をかけてお前を買ったんだ。

だから、手離すつもりはないからな」

「私は身も心もご主人様のものです。離れることなんてありえません」

「ロクサーヌ」

「ご主人様」

私がそっと目を閉じると、ご主人様は優しくくちびるを重ねてくれた。

私は幸せな気持ちでご主人様とキスしていると、横から小さく咳払いするおとが聞こえた。

 

「コホン。 あの、私とミリアもいるのですが」

「へ、あっ、セ、セリー。

そ、その...... ごめんなさい」

ビックリした。あまりにも幸せ過ぎて、セリーとミリアがいたことが完全にあたまから飛んでしまった。

 

はっとして彼女たちを見ると、セリーは仕方がないですねぇって感じで小さく肩をすくめ、ミリアは真っ赤にした顔を両手で押さえているけれど、指のスキマからしっかりとコチラを見ていた。

 

私は2人を忘れて盛り上がってしまったことを申し訳なく思い、どうしようかとオロオロしていると、ご主人様が私からそっと離れてセリーのほうに向き直った。

 

「セリー、ミリア、すまんな。話しながらロクサーヌの顔を見てたらあのときの気持ちを思い出して、盛り上がってしまった。許してくれ」

ご主人様は少し照れながらも、男らしく誤魔化さずに謝った。

 

かっこいい...... 

それに躊躇なく私たちに謝ってくれる。

ご主人様...... なんて素敵な人なの......

思わず私はご主人様に見惚れてしまう。

 

ご主人様、私たち...... 

奴隷なんですよね?

 

「いえ、ご主人様のお話とロクサーヌさんの表情を見て、その...... キスするなとは言えません。 ただ......」

「......ただ?」

ご主人様が首をかしげながら

セリーはご主人様から少しだけ目をそらし、ぼそっとつぶやいた。

「ちょっと羨ましかったです」

 

セリーはつぶやくと、少しだけ潤んだ瞳でチラッっとご主人様を見た。

セリーは背が低いので、自然と上目遣いとなる。

 

あ、可愛い。私は思わず思ってしまう。   

ご主人様は瞬間的に硬直し、くちをパクパクさせながら手が伸びかけたが、目を閉じて一度大きく深呼吸した。

 

「はは、本当にすまない。

だが、これ以上は収拾がつかなくなるので、2人には悪いが夜まで我慢してくれ」

「あの、私はそんなつもりで言ったのでは......」

「わかっている。これは俺への自制の言葉だ」

「自制?」

セリーはご主人様を見上げたまま小首をかしげた。

可愛い過ぎるその仕草に、私の胸がキュッっと締め付けられる気がする。

セリーはどうやら無自覚に可愛らしさを振りまいていることには気付いていないらしい。

破壊力抜群だ。

 

ご主人様にはクリティカルヒットしたらしく、次の瞬間にはセリーの手を引いて抱き寄せると、そのままキスをした。

「ご主人様? あっ んむぅ...... まって...... んんっ......」

セリーは一瞬おどろいた顔をして抵抗しかけたが、すぐにとろんとした表情に変わった。

そして、ご主人様に求められるままくちびるを重ね、首すじに華奢なうでを回している。

 

ご主人様はセリーのくちを蹂躙しながら、あいている手で上着のボタンを外し始める。

 

あ、このままでは......

今日は1日ご主人様に可愛がって頂くことになってしまう。

 

そうして欲しい気持ちはあるけれど、それは夜のお楽しみであり昼間は他にすることがある。

2人を正気に戻さないといけないので、私はパン!パン!と軽く手を叩いた。

決してさっきキスを止められたお返しではない.....。

 

「ご主人様、セリー。そろそろ......」

セリーはハッとしてくちびるを離すと、慌てて私を向いてあたまをさげた。

「ご、ごめんなさい」

「す、すまない。セリーが可愛すぎたので、抑えられなかった」

「わ、私が可愛すぎるって、そんな......」

ご主人様の言葉を聞くと、セリーは少しうつむいて照れだし、あたまから湯気がでた。

 

ご主人様はフッと息を吐くと、気持ちを引き締めたようで、いつもの精悍な顔に戻った。

カッコいい。

迷宮探索を始めるときの顔だ。

 

なんにせよ、これで日中の迷宮探索に行けるようになったわね。

そう思っていたのだけど、こんどは今まで黙って様子を見ていたミリアが、バッと音がする勢いで私を見た。

そして次にセリーを見て、それからご主人様を見た。

ミリアはおもむろに席を立つと、なにやら少し思案しながらご主人様のはたまで歩いていき

 

「ご主人様、私も頑張る、です」

そう言うやいなやご主人様に抱きついてキスをした。

ご主人様はちょっとおどろいたようだったけど、そのままミリアとのキスを堪能し、そして優しくミリアを引き離した。

そして、うんっと頷いて一言。

「よし、ミリア。迷宮に行くぞ」

「へ?」

 

ミリアはご主人様に何を言われたのか分からなくて、正確には何で迷宮に行くと言われたのか分からなくて、

ポカンとボケてご主人様を見つめた。

 

ご主人様はそんなミリアを見て、ブッと噴き出して笑ってしまった。

私とセリーもクスッと笑うとミリアは笑われたのが恥ずかしかったようで、顔を赤くしながら私に聞いてきた。

 

『おねえちゃん。その、これからご主人様に可愛がってもらうんじゃないの?』

 

私は人差し指をミリアのくちびるに当ててとじさせて、ウインクしながら優しく言った。

『ミリア、昼間はお仕事の時間ですよ。お楽しみは夜まで我慢しましょうね』

私の言葉を聞くと、ミリアは違う意味で赤くなった。

 

こんどこそ迷宮探索に行けるようになった。

私がご主人様に小さくうなずくと、ご主人様から号令がかかった。

「装備品を売却してから、クーラタルの迷宮12階層に行く。みんないいな」

「かしこまりました」

「はい」

「はい、です」

 

そして、私たちはご主人様の出したワープゲートに向かって歩き出した。

  

       

数日後、今回倒した盗賊は兇賊のハインツと狂犬のシモンといい、貴族のおかかえ騎士を何人も殺していた相当手ごわい賊だったことが判明した。

 

特に狂犬のシモンのほうは狼人族のなかでは有名で、昔から一度は戦ってみたいと思っていた海賊だった。

しかし、ご主人様が倒してしまったので、もうその望みが叶うことはないけれど、

自分の持っているレイピアがシモンの使っていた剣だと知り、なぜだか気分が高揚してまじまじと見つめてしまった。

 

それにしても、そんなすごい盗賊たちを一人で簡単に倒してしまう......

ご主人様の強さはやっぱり底が知れない。

私はご主人様と一緒にいられることがうれしくて、全てを捧げてつかえることを改めて誓った。

 



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迷宮探索と地域活動

ねこぬぬぬそ


わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の獣戦士。そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは13階層、ターレは13階層、ボーデは10階層を探索中。

ここ数日は、クーラタルとハルバーの迷宮に行くことが多くなっている。

 

 

盗賊を退治してから数日がたったある日、朝食のあと、ご主人様はセリーとジョブやスキルについて話していると、

「今後のことを思えば、騎士という選択肢も必要かもしれん。誰か、騎士になってみたい人はいるか」

と言い出した。

 

騎士...... ご主人様の騎士...... それは私がなりたい!    

瞬間的にそう思った私は手を上げて発言していた。  

「ご主人様のお役になれることでしたら、私がなりたいです」 

    

するとかんぱついれずにセリーが否定した。 

「騎士になるには長い間戦士の修行をしなければなりませんが」

私は一瞬セリーにむっとしたが、よくよく考えると私は戦士でないことに気付き、小さく息を吐いて少し落胆した。

 

「大丈夫だ。それはなんとかする」

ご主人様の発言にセリーはドープ薬というあやしい薬を使うのか尋ねていたが、ご主人様は即座に否定した。

「別に薬を使うわけじゃない」

「そうですか......」

 

するとミリアが首をかしげながら私に聞いてきた。

『おねえちゃん。ご主人さまとセリーおねえちゃんは何を話してるの?』

『ご主人様は、私たちのだれかに騎士になって欲しいって言ったの。それに対してセリーは長い間戦士の修行をするのか、それともあやしい薬を使うのか確認したのよ。でも、ご主人様は、なにかいい方法があるようなそぶりを見せているところ』

『そうなんだ。騎士なら私もなってみたい』

『ミリアも?...... わかりました。ご主人様に伝えておきますね』

 

「ご主人様...... 役に立てるならミリアもなると言っています」

「そうか...... まあ、とりあえずロクサーヌからいってみるか」

「はい」

私がうれしさいっぱいでご主人様に返事をすると、セリーがすぐに発言した。

「では、ロクサーヌさんを戦士に転職させるのですね。一人だけの転職の場合、狩場の階層を下げないことも多いようです。

複数のメンバーが騎士を取得しても重複するだけですし、ロクサーヌさんがなるのがいいでしょう」   

セリーが私を推してくれた。

「セリー、ありがとう」

「いえ、私たちの中では回避力に優れているロクサーヌさんなら、転職したてでもじゅうぶん戦えて、早く経験が積めると思いましたので」

「ふふ。そうですか」

 

その後、ご主人様は すぐに私のジョブを戦士に変更した。

「ロクサーヌ、ジョブを戦士に変更した。からだの動きが鈍ると思うので気を付けてくれ」

「かしこまりました。ですが、いままで通りで大丈夫なような気がします」

「頼もしいな。だが、危なそうなら後ろに下げるから、気負い過ぎないように」

「はい。ご主人様」

それから装備品を付け、ハルバーの迷宮13階層にワープした。

そして、休憩を入れつつも夕方まで魔物と戦い、一度も攻撃をもらわなかった。

 

「ご主人様、朝よりはだいぶ体が慣れました。明日はもっと上の階に行っても大丈夫です」

「さすがはロクサーヌだな。わかった、明日はこの階層のボスを倒して上の階層に進もう」

「かしこまりました」

「じゃあ、アイテムを売ってから、夕食の材料を買いに行こう」

 

私たちはご主人様のワープでクーラタルの冒険者ギルドに飛び、ギルドカウンターでアイテムを売ったあと

夕食の材料を買うため町に繰り出した。

 

買い物の途中、荷物を抱えて歩いていると、金物屋のおばさんが近寄って来て声をかけてきた。

「あら、ミチオさんたちじゃないの?」

「あ、どうも」

「こんにちは、いつもお世話になってます」

「こんにちは」

「こんにちは、です」

 

私たちがそれぞれ挨拶すると、おばさんはいつものようにじっくり私たちを見てからつぶやいた。

「うーん。いつ見てもみんな可愛いわね。ほんと、誰か息子の嫁になってくれないかしら」

「いやー。悪いけど、誰も売りませんよ?」

「あら、ミチオさんの言い値で買うわよ」

「申し訳ないけど、いくら積まれてもダメですね。お金の問題じゃありませんから」

ご主人様が返事をするとおばさんはニヤッと笑い、私に話しかけて来た。

 

「ふーん...... ミチオさんがそのつもりでも。

ねえ、ロクちゃん。うちに今年18才になった息子がいるんだけど、今ならお嫁さんとして迎えるわよ。

どう?誰かうちに来る気になった?」

「あははは、誰も行きませんよ。みんなご主人様が大好きですから」

「あら、残念ねえ。私の所はいつでもOKだから、気が変わったらいつでも来てね」

私が返事をすると、おばさんはいつものようにあっさり引きさがった。

そして私たちの恰好を見てふたたび話しかけてきた。

 

「もしかして迷宮からの帰り?」

「はい。そうです」

「そう...... 誰もつかれてる感じじゃないし、痛そうにもしてないけど...... 

あまり魔物と戦わなかったの?」

「ちゃんと戦いましたよ。でも、ご主人様は私たちには無理をさせないので、誰もケガはしてません」

「そう、相変わらずミチオさんは優しいのね」

そう言いながらおばさんはご主人様をチラッと見て、ニヤニヤしている。

そしてご主人様は...... ちょっと恥ずかしそうに苦笑いしていた。

 

「はい。いつも言っていますが、最高のご主人様ですから」

「あら、いつ見てもいい笑顔ね」

私は返事をしながらほほえむと、いつもの通りおばさんが返してきた。

 

私は気になっていたことをおばさんに聞いてみた。

「ところで、なにか用事があったのではないのですか?」

「あーそうそう、ここで会えてよかった。これからお宅へ行こうかと思ってたんですよ」

「何かありましたか?」

「先日の大雨でドブの一部の堤が壊れたんです」

 

「大雨……」

ご主人様は心当たりがないような素振りをしていたが、何日か前に強めの雨が降っていた日があったのを覚えていたのでおばさんに話を合わせてみた。

「そういえば...... 何日か前に雨が強かった日がありましたが、堤が壊れるほど降ったとは思いませんでした」

「そうよね。でも、ここら辺よりも上流のほうで多く降ったのよ。だから、思ったよりも川が増水しちゃったの。もちろんドブがわもね。

壊れたところはもともと流れが悪かったから、補修したいって領主様に申し入れていた場所だったのよ」

「そうでしたか」

 

そこで、おばさんが少し真面目な顔になった。

「それで、今更だけど領主様から許可が下りて、明後日修復作業をすることになりました。

作業は昼すぎから夕方まで。その時間、下水には何も流さないようにしてください。

浚渫やリコリスの植えつけもついでに行います。できれば各家から一人、人を出してください」

「わかりました」

「では、お宅から町の中心寄りに歩いて2、3分くらいのところに、災害時避難用の空き地があるでしょ」

「6区の物置小屋があるところですよね」

「そうそう。

正午に、そこに集合してください」

「わかりました。誰か行かせます」

 

その後、帰宅して夕食を食べてるときにご主人様が言い出した。

「ばっくれるわけにはいかないよな」

私は一瞬おどろいて、ご主人様を見つめた。

 

地域活動への不参加...... そんなことをすれば、地域で問題が起こったときに他の住民が敵に回ってしまう可能性がある。

例えば犯罪が起こったとき、自分たちの無実を証明しようとしても他の住民と良好な関係をきずけていなければ誰も味方には立ってくれない。

ご主人様は自由民だから自力救済の権利はあるけど、だからと言って不利はまぬがれない。

そうならない為にも、地域活動への参加は不可欠なのだ。

ご主人様は地域活動を軽く考えているようだけど、おろそかにしていいことは何もないし、逆に問題のほうか大きい。

 

不参加はマズいと思い、私が対応しようと発言した。

「私が出るから大丈夫です」

「誰も参加しないのはまずいと思います。私が出ます」

私に続きセリーも答えた。セリーも地域活動への不参加がどのような影響をもたらすか瞬時に理解したようだ。

「なんで誰も参加しないのはまずいんだ?」

ご主人様はよくわかっていないようなので、地域活動への参加の重要性について、セリーが具体的に説明を始めた。

「ご主人様、強盗や殺人が起こったとき、騎士団が犯人を捜すことは知ってますよね」

「ああ、そうだな」

「物的証拠や目撃証言があれば犯人特定につながりますが、それがないときはどうなると思いますか?」

「それは...... 犯人が見つからずに解決しないとか」

「そういう場合もあるかもしれませんが、ほとんどの場合、騎士団は付近に犯罪を犯しそうなあやしい人がいないか近所の住民に聞き込みします。そうすると、近所の人からねたまれていたり、得体がしれないと思われている人は疑われる可能性があるのです」

「得体のしれない人とは?」

「近所づきあいが無い人、おかしな行動をしている人、人をおどすようなことをしている人、いえにあやしい人が出入りしている人、とかですね」

「......そうか」

 

「容疑者として騎士団に連行されると、厳しい取り調べを受けることになりますし、場合によっては自白するまで拷問されることもあります」

「それはマズいな」

「そうです。そうならない為にも、近所の人に良い印象を持ってもらうことは重要なのです」

「......」

 

「ご主人様は若いのに一軒家に住んでいて、奴隷を3人も所持しています。それだけでも ねたまれる要素は十分です。

それに、探索者として普段は迷宮に入っているので近所の人との交流がありません。

地域活動に参加しなければ、近所の人との交流する機会を失うだけでなく、なにより「何であのいえの人は不参加なんだ」という恨みまで買ってしまいます。

ですので地域活動は非常に重要なのです。不参加なんて考えないで下さい」

「わ、わかった。俺の考えが足らなかった。セリー、教えてくれてありがとう。助かったよ」

セリーが少し涙目になりながら必死に説得すると、ご主人様は地域活動の大切さに納得できたようだった。

さすがはセリー。こういうときは頼りになるわね。

 

すると、少し気まずくなったのか、ご主人様は軽い感じで「いや、まあ別に俺が出るからいいが」などと言い出した。

それはそれでマズいと思い、私はご主人様をとめることにした。

「ご主人様は参加しないでください」

「俺が出るとまずいのか」

「顔を見せることはかまいませんが、所詮はドブさらいです。ご主人様がなさっては侮られます」

「そうか」

 

そこで私は、ミリアに状況を説明した。

『明後日ドブ川の浚渫と堤防の補修をする地域活動があって、各いえから一人ずつ手伝う必要があります。今から誰が参加するかを決めますが、あなたでも大丈夫ですか?』

『はい。川での仕事なら是非やりたいです』

『いや、川と言ってもドブがわですよ?』

『大丈夫です。絶対に私が参加します』

ミリアは強い目で参加するというので、ご主人様に伝えることにした。

 

「ご主人様。ミリアが絶対に自分が参加すると言っています」

「出る、です」

ミリアが答えるとご主人様は少し思案してから懸念を言い出した。     

「魚は、獲らないぞ」

「はい、です」

「いても食べるなよ」

「はい、です」

ミリアは目が泳いでいる。これは釘を刺しておかないとマズいわね。

 

『ミリア、ドブがわの水はよごれています。

そこに住んでる魚もよごれてしまっていることは分かりますよね?』

『......はい』

『そんな魚を食べたら、病気になってしまいますし、ご主人様にも迷惑をかけることになります。

だから、どんなにおいしそうに見えても、ドブがわの魚は食べてはいけませんからね』

『わ、わかりました』

私が少し強い口調でいさめると、ミリアは一応分かったようだ。

 

「食べないように言い聞かせたので大丈夫でしょう。多分ですが」

「夕食を魚にしないと危ないと思います」

私が返事をすると、セリーも発言した。同じことを懸念していたようだ。

 

「出る、です」

ミリアはあくまでも自分が出ると言い張っている。

 

「ミリアが参加して、言葉は大丈夫だろうか」

こんどはご主人様が懸念を言い出した。

 

「獣人の参加者もいるはずです。大丈夫でしょう」

「いなかったら」

「金物屋さんのところで下女をしている女性が獣人です。彼女が出てくるでしょう。

ミリアのことも頼んでおきます」

「そんなに難しい作業をすることもないはずですから、大丈夫です」

私とセリーが返事をすると、ご主人様は納得したようにうなずいた。

しかし、次のミリアの言葉を聞いて、再び微妙な顔になった。

「大丈夫、です。夕食は魚、です」

 

「わかった。今回はミリアに行ってもらうことにする。

それと、明後日は早朝の探索が終わったらハーフェンの魚市場に行って夕食用の魚を買うことにしよう」

「そうですね。それがいいと思います」

「さすがはご主人様ですね。それならミリアも大丈夫でしょう」

「いい魚をさがす、です」

ミリアはすでに、明後日が待ち遠しいみたいだ。

 

夕食を食べ終わり片づけをしていると、ご主人様は質問してきた。

「ところで地域活動って、他にもあるのか?」

「クーラタルでは秋の10日目から12日目にかけて収穫祭があります。その時に地域の防犯見回りがありますので、参加を求められます。あと、冬の15日目に6区の餅つき大会を行うそうです。それにはなるべくみんなで参加して欲しいって世話役のおばさんが言ってました。定期的な活動はこの2つです」

「定期的でないものは?」

「今回みたいな自然災害の復旧作業、森などで迷子になった人の捜索活動、地域によっては魔物討伐なんてものもあるようです」

「そうか。思ったより多くはないな」

「そうですね。ですので、私たちは、必ず参加しないといけませんね」

「ああ、今後は探索にかまけて地域活動をおろそかにしないよう気を付けるとしよう」

 

◆ ◆ ◆

 

2日後、朝一の探索を済ませると、一度いえにワープして桶を取り、ハーフェンの魚市場に飛んだ。

ご主人様はミリアに夕食用の魚を探すよう申し付けると、ミリアは真剣な表情で魚市場の中をうろつきだした。

しかし、何件かの魚屋を見てまわると、すぐに前と同じネコミミのおばちゃんの店にたどり着いた。

 

『おねえちゃん。やっぱりこのお店が一番魚のいきがいい。下処理も完璧だし、絶対おいしいはず』

『わかりました。魚の名前を言っても分からないので、選んだものを指さしてね』

ミリアはうなずくと、先日も食べた小ぶりの魚を指さした。

「この魚です」

「じゃあそれを八匹でいいな」

「はい、です」

ミリアが注文した魚を桶に入れてもらっているとき、ご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ、エビは焼けばいけるよな」

「はい」

「夕食でも大丈夫か」

「大丈夫だと思いますが、夕方までもつか聞いてみます」

『すみません。そのエビは夕方まで持ちますか?』

『まだ生きてるし、鮮度は抜群だから二、三にちは大丈夫だよ』

そう言ってネコミミのおばちゃんはエビをつつくと飛び跳ねた。

 

「二、三にちは大丈夫だそうです」

「じゃあそれも8

匹」

『すみません。このエビも8匹ください』

おばちゃんはエビを葉っぱで包み、桶にいれた。

『エビは2匹で1ナール、アジは1匹1ナールだから...... 

全部で12ナール』

「エビが2匹で1ナール、全部で12 ナールだそうです」

私が通訳すると、ご主人様はお金を払った。

 

その後、2時間ほどクーラタルの迷宮16階層を探索し、いえに帰った。

いえに着くとご主人様はミリアに魚の下処理をさせ、それが終わるとドブさらいに送り出した。

 

ミリアが出た直後、入れ替わるようにルーク氏の使いが来たので用件を聞いた。

「ご主人様、ルーク氏から使いの者が来ています。スライムのモンスターカードを落札したそうです」

「わかった。あとで行くとルークに伝えてくれ」

「かしこまりました」

ルーク氏の使いにあとで行く旨を伝えてからリビングに戻ると、ご主人様はセリーにスライムのモンスターカードのことを聞いていた。

 

その後、クーラタルの中心部に出かけ、パンと野菜、商人ギルドでモンスターカードを買っていえに戻った。

いえに戻るとご主人様はセリーに硬革の帽子とスライムのモンスターカードを渡して融合を頼むと、頼まれたセリーはあっさり融合を成功させた。

「できました」

「おお。さすがセリーだ」

「やりましたね、セリー」

「じゃあ早速装備して、迷宮に行ってみよう」

 

私とご主人様、セリーの3人でハルバーの迷宮13階層に移動し、探索を開始した。

久しぶりの3人探索のせいか、今回はご主人様が攻撃をもらうことが多かった。

何回か魔物と戦ったあと、最後に残ったピッグホッグをウォーターボールで倒すのと同時にご主人様が膝をついた。直前にグラスビーの体当たりを受けていたので、毒を受けたようだった。

 

すぐにご主人様の様子にセリーが気付いて毒消し丸を口に含み、くちびるを重ねた。

ご主人様はセリーを抱き寄せて激しく口にむさぼりついていたが、少しすると落ち着いて

あわててセリーの口を解放した。

「ありがとう、セリー。もう大丈夫だ」

次は私の番。

ご主人様は私にコップを用意させ、ウォーターウォールで水を注いだ。

私はコップの水を口に含むと、ご主人様にキスして口移しで飲ませた。

「ロクサーヌもありがとう」

 

「早めに家に帰って今日は風呂をとろうと思う」

「そうですね。ミリアはだいぶよごれて帰ってくるでしょうから、すぐに洗ったほうがよいでしょう」

いえに帰ると、ご主人様はすぐに風呂の準備を始めた。

途中、何度か迷宮に行ってMPを回復していたが、以前よりもはやく準備が出来たようだ。

 

私とセリーがリビングで装備品の手入れをしていると、ご主人様が部屋に入ってきた。

「ふう、風呂の準備は終わった」

「ご主人様、お疲れ様です。少し休憩なさってください」

「休憩か...... ミリアが帰ってくるのはもう少し後だよな」

「そうですね。あと1、2時間くらいでしょうか」

すると、ご主人様は少し顔を赤らめて、目をそらせながらつぶやいた。

「いまからベットで休もうと思うんだが...... 二人とも付き合わないか?」

「はい、おともさせていただきます」

「私もお願いします」

私とセリーは即答し、3人でベットにはいった。

 

そして、久しぶりに3人で一緒に楽しみ、私とセリーは何度もイカせてもらった。

そしてご主人様も私の中で2回、セリーの中で1回果てていた。

 

ご主人様の4回目。

私に教えられながら、セリーがくちでご主人様のアレをご奉仕した。

セリーは商館にいた日が短かく、くちでのご奉仕は教えられていなかったので、彼女の希望で練習することになったのだ。

 

セリーはあたまが良く、とても知識にどん欲で、

性に関しても色々なことを知りたがる。

ただ、ミリアには見られたくなかったので、いまがチャンスだったとのこと。

セリーいわく3人だけの秘密らしい。

 

「セリー、じょうずよ。

ゆっくりでいいから右手のしごきとしゃぶるスピードをあわせて」

「んっ......」

ジュポッ!ジュポッ!

 

「左手は力をいれてはダメよ、ふくろはソフトに触ってあげてね」

「んっ......」

ジュポッ!ジュポッ!

「そう、とてもじょうず」

 

「うっ! セリー、気持ちいいぞ。んっ! くぅ......」

ジュポッ!ジュポッ!

 

寝室に、セリーがアレをしゃぶる音と、ご主人様の短いあえぎ声が響く。

ご主人様はとても気持ち良さそうね...... そろそろかしら。

 

「セリー、少しスピードをあげて」

「んっ......」

ジュポッジュポッジュポッジュポッ!

「ウッ! クッ!」

ご主人様、セリーのあたまに添えた手に力がはいってきたわね。すごく我慢してるのが分かるわ。

 

ジュポッジュポッジュポッジュポッ!

「ウッ! クッ! クハッ! ウッ!」

私は必死に我慢しているご主人様が可愛くて、つい意地悪したくなってしまう。

「ふふ。ご主人様、もう少し我慢なさってください」

「クッ! ロクサーヌ、さっきより気持ちいい。そろそろ限界だぞ」

「かしこまりました」

 

ご主人様が限界なので、私はセリーと交代して精液をくちで受け止めるため、声をかけた。

セリーは初めてなので、私が喉までくわえこむところと、精液を飲み込むところを見て覚えるという約束だったのだ。

「セリー、ご主人様がそろそろイクので代わりま......」

声を掛けているまさにそのとき、玄関からミリアの元気な声が聞こえてきた。

「ただいまーっ!です!」

 

瞬間的に現実に引き戻される感覚がした。楽しんでいる場合じゃない。

「あっ!ミリアが!」

「やば、ミリアが帰ってきた。 ウッ!あっ! で、出るっ! クハッ!」

ご主人様はセリーの口技に我慢してたのが一気に緩んでしまい、くちのなかに出してしまった。

「むぐぅ...... んんんんっ!」

セリーは突然くちのなかに精液を出され、声にならない声をあげる。

ご主人様は限界まで我慢していたからか、凄くいっぱいでているようだ。

 

「セ、セリー、ごめんなさい。全部受け止めて」

「んっ!」

 

「ハァ! ハァ! セリー、すまん。気持ち良すぎて、いっぱい出てしまった」

「んーんんん、んん」

セリーはアレをくわえたまま、私とご主人様に返事をした。

 

「ご、ご主人様。私がミリアに対応します。

セリーはご主人様をきれいにしてからお風呂に行ってください」

セリーはくちの中がご主人様の精液でいっぱいのため、黙ってコクコクうなずいた。

アレをくわえたまま、竿のなかに残った精液をしぼり出すように右手でしごきながら。

 

私はハダカのまま寝室を飛び出して、衣装部屋の棚からワンピースをつかみ取り、かぶりながら玄関にいるミリアに声をかけた。

『ミリア、お帰りなさい。いま行くからそのまま玄関で待ってて』

『はい。だいぶよごれちゃったので、ここで待ってます』

私は大きめの手拭いと水を入れたタライと洗濯板を持って玄関にいくと、あちこち泥だらけで服はぐちゃぐちゃになったミリアが立っていた。

 

『ミリア、お疲れ様でした。よく頑張りましたね』

『はい。あと、世話役のおばさんが、もう水を流してもいいと言ってました』

『わかりました。ご主人様に伝えます。

あなたは服をここで脱いで、水が滴らないようにこの手拭いであたまから拭いて下さい。

それから足をきれいに拭いて、風呂場に行って下さい』

『わかりました』

 

ミリアに服を脱がさせていると、ご主人様が玄関までおりてきた。

「ミリア、お疲れ様。すごく頑張ったようだな」

「はい。頑張りました」

「ロクサーヌ、ありがとう」

「いえ、ミリアにすぐ脱ぐように言いました。もう水は流してもいいそうです。ちょっとにおうので、私が外で洗濯してきます」

「そうか、風呂に入れてやりたいが」

「そうですね。今日はいいでしょう。私とセリーは可愛がっていただきましたので」

「じゃあ、足を拭いたら風呂場に連れて行って先に洗っておく。ロクサーヌも服を洗ったら風呂場に来い」

「かしこまりました。ところでセリーは?」

「いや、飲むのに苦労しているようだ。リスみたいになっていたんで」

「リス...... フフッ!」

私は先ほどのセリーの顔を思いだし、我慢出来ずにクスッと笑ってしまった。

すると、ミリアに訝しげな顔をされてしまった。

 

「ムリしなくていいって言ったんだがなぁ......」

ご主人様は困ったような、少しうれしいような、なんだかよくわからない顔をしながらつぶやいた。

 

その後、ミリアをご主人様に任せ、私はミリアの服とタライ、洗濯板をもって外の流し場に移動した。

 

流し場でミリアの服を洗い始めると、私は股間がスースーすることに気付いてハッとした。

慌てて玄関に向かったために肌着をはいていなかったのだ。

しかも私の秘部からは、ご主人様の精液が垂れてきている。

そっと指でぬぐってみると指先にトロリと白濁した精液がつき、ツンっとあおくさい匂いがした。

私はさきほど可愛がっていただいたことを思いだしながら、その指先をペロッとなめてみた。

 

「ふふっ」

自然とうれしくなって、笑みがこぼれてしまう。

私はもう一度指先を見て、ご主人様の精液の匂いを嗅いだ。

「スゥ、ハァ♥ スゥ、ハァ♥ うふっ♥」

あおくさいけど、ご主人様のって思うと、もっと嗅ぎたくなってしまう。

そんなことを考えていたけど、次の瞬間、私は頬に風を感じて今度こそ、ハッとわれに返った。

いけない、いけない。

私は外に出ていたのだ。

 

こんな姿を人に見られたら恥ずかし過ぎるし、それが男の人だったらなにをされるかわからない。

私は嗅覚には自信があるけど、風が流れる屋外では索敵の役には立たない。

私はキョロキョロと周りを気にしながらもミリアの服をしっかり洗い、外の物干し紐に両袖を通して吊った。ミリアの肌着も同じ用に吊って、乾かした。

 

いつもはご主人様の方針で、私たちの服は部屋ぼししているのだけれど、しっかり洗ったとはいえにおいが気になったので、今日は外ぼしすることにした。

だいぶ暖かくなったので、明日の朝には乾くだろう。

 

洗濯が終わり風呂場に入るとセリーがご主人様に洗われていて、ミリアはすでに湯船に浮かんでいた。

ご主人様はセリーを洗い終わると、じゃあロクサーヌの番と言って私を洗い始めた。

そして、私を隅々まで丁寧に洗ってくださった。

 

その後、私とセリーでご主人様をしっかり洗い、お湯で泡を流して風呂につかった。

しばらくつかるとご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌとセリーは先にあがって、スープを作ってくれ。あとの料理は俺が作る」

「かしこまりました」

 

私とセリーがお風呂から上がり、脱衣所で服を着ていると、風呂場の中からミリアの喘ぎ声が聞こえてきた。

私とセリーは先ほど可愛がっていただいたので、顔を見合わせて肩をすくめると、二人で台所に向かった。

台所でスープを作りながら、私はセリーに話しかけた。

「そう言えば...... うまく飲み込めました?」

「なかなか喉を通らなかったので大変でした。ロクサーヌさんは、その、いつも簡単に飲み込んでいるように見えますが、コツとかあるのですか?」

「コツですか...... はじめのうちは、私は喉を意識して鳴らすつもりで飲み込んでました」

「喉を鳴らすつもりですか...... 難しそうですね」

「慣れですよ。慣れ。今は意識しなくても飲めるようになりましたし」

「す、凄いですね」

「大丈夫です。セリーならすぐに私と同じように飲めるようになりますよ。嫌じゃないんでしょ?」

「嫌じゃないです。ご主人様の全てを受け止めたいと思っています。けど......」

「ふふ。セリー、ご主人様のこと、愛しているのでしょ? 

ご主人様の全てが欲しいって思っているのでしょ?」

「え、そ、その...... 私は...... 全てなんて......」

「いいんですよ。ご主人様の為に本気で意見が言えるあなたなら...... 私はとっくに認めているんです。

私にだってご主人様を独占したい気持ちはありますけど、私だけで満足させられるような小さなかたではないってことも分かっているんです。

だから、セリー、私と一緒にご主人様を愛しましょう」

「はい。ロクサーヌさん...... 改めまして、これからもよろしくお願いします」

私とセリーはお互いに手を握り合い、ご主人様への想いを固く誓った。

 

私たちがスープを作り終わるころ、ご主人様とミリアがダイニングに降りてきた。

 

ご主人様は私たちにスープを配り終わると、ダイニングテーブルの上に土器のコンロを置き、先日フライを作った小さな寸胴鍋を置いてオリーブオイルを温めた。

そして、魚、エビ、腸詰め、ハム、各種の野菜と、クリーム色のどろどろした調味料のようなものを用意した。

「ご主人様、これは何という料理ですか?」

「これはてんぷらという料理だ。今から食材を揚げるから、先に配ったレモン果汁と魚醤と酢を混ぜたタレにつけて食べてくれ。あと、揚げたては熱いから気を付けてな」

「はい。楽しみです」

 

「では、何でも食べたいものを言ってくれ。

まず俺はエビからいってみるかな。ロクサーヌは何が食べたい」

ご主人様は私に食べたいものを聞きながら、クリーム色の調味料?にエビを漬け込んでから鍋に投入した。

すると、フィッシュフライのときのようにジュワーっという音がして、エビが揚がりだした。

 

「私もご主人様と同じくエビが食べたいです」

「ハムをお願いします」

「魚、です」

私、セリー、ミリアが希望を言うと、ご主人様は先ほどと同じように食材をクリーム色の調味料に漬け込んでから鍋に投入した。

 

少しすると食材が揚がったようで、ご主人様は鍋から箸という2本の棒で食材を取り上げて私たちの皿に配った。

揚がった食材にはフライのように衣が付いていたが、フライと違って衣の色がうすい黄色だった。

 

私たちは同時にタレにつけて食べた。弾けるような歯ごたえがあり、エビの甘みとタレの酸味が調和してすごくおいしい。

「旨いな」

「ご主人様の作る料理はいつも最高です」

「美味しいです」

「すごい、です」

 

「次は葉野菜でもいってみるか」

「私もお願いします」

「私は、キノコを食べてみます」

「魚、です」

……。

 

その後もご主人様にてんぷらを揚げていただき、食材がなくなるまで堪能させて頂いた。

ミリアはドブさらいを頑張った対価がもらえて大変満足しているようだった。

 

◆ ◆ ◆

 

夕食が済み片付けが終わると、ご主人様に可愛がって頂く時間だ。

私たちはご主人様に夕食を堪能させて頂いたので、今度はご主人様に3人を堪能して頂く番ということだ。

 

私たち3人が歯磨きや着替えなど、身のまわりのことを済ませて寝室に行くと、ご主人様はベットに腰かけて私たちを待っていた。

「お待たせしました」

「おお。今日もみんな美しいな。では、ミリア」

ご主人様がミリアを呼ぶと、彼女はスッと前に出た。

そして、ご主人様に抱きついて、自分からキスをした。

しかも、舌を絡めて濃厚にキスしていて、だんだん目がトロンとして来ている。

彼女はいつもはあっさりしているけど、今夜はとても情熱的だ。

 

ミリアがうちに来てからそろそろ2週間。

最初は奴隷としての義務感でキスやご奉仕をしているような感じがしてたけど、今は心からご主人様が好きになりだしているように見える。

掴みどころが難しい娘だけど、少なくても今は自分の意志でご主人様と一緒にいたいと思っているようだから、このまま順調に行けば間違いなく彼女もご主人様を愛してしまうわね。

 

ふふっ。それにしても流石はご主人様ですね。

短い時間でみんな本気にさせちゃうんだから。

もしかして、これも色魔のスキルなのかな?

まぁ、スキルかどうかはどうでも良いのだけれど、

パーティーメンバーはあと2人だから、慎重に選んでいただかないといけないわね。

 

私がそんなことを考えていると、いつの間にかミリアはベットの端にちょこんと座っていて、セリーがご主人様とキスしていた。

セリーは背伸びしながら上を向き、ご主人様の首に手を回している。

ご主人様はそんな彼女の背中に片腕を回して支え、反対の手で彼女のあたまを押さえていた。

 

私が考えごとをしているうちに、どれくらいキスしていたのだろうか。

セリーはすでに目が蕩けていて、とても幸せそうな表情になっている。

考えごとをしている場合じゃないわね。

次は私の番だから、2人の様子を見ておかないと。

 

そう思った直後、ご主人様とセリーのキスが終わった。

ご主人様はミリアの横にセリーをそっと座らせると、ふり返って私に「ロクサーヌ。来い」と呼びかけてベットのうえに寝転んだ。

私はご主人様のうえに覆いかぶさり、たっぷりとキスをした。

 

舌を絡めてキスをしていると、ご主人様はネグリジェのうえから胸をもんで、指で乳首をねぶった。

「あっ!」

私は気持ち良くなり声が漏れてしまうと、ご主人様はネグリジェを下からたくし寄せて直接胸をもみはじめた。

そして、私の下に少し潜り込むと胸を揉みながら乳首に吸い付いた。

私はご主人様のうえによつん這いで覆いかぶさり、胸を吸わせているような体勢になっている。

しばらく乳首を吸われたあと、私はご主人様の下半身側にさがって肌着を脱がせ、アレを咥えこんでしゃぶりはじめた。

すると、ご主人様とは別の誰かの手が私の秘部を開いた。

えっ?と思うと、私の秘部に誰かが吸い付いた。

そして、舌と指を使って秘部の入口となかを愛舞しはじめた。

 

「んんんんんんんんっ!」

気持ちいい! おしゃぶりに集中出来ない。

私は秘部をグショグショに濡らされて、感じてしまいながらも必死にご主人様のアレをご奉仕していると、不意に誰かが私の前に立った。

私はご主人様のアレを咥えているので顔は見えなかったけど、華奢なからだつきなので前にいるのはセリーだろう。と、いうことは、執拗に私の秘部を愛舞しているのはミリアか。

そう思っていると、セリーはゆっくりと腰を落とした。

彼女は私のほうを向いていたので、目が合う。

 

ご主人様にまたがり、お腹の上に両手をついている。

顔を赤らめて、すごく恥ずかしそうにしている。

しかし、すぐに視線を落とし、小さく喘ぎ声をあげだした。

「ご主人様、そんなところ、はっ! イヤッ! あっ! はうっ! 

き、汚いから、ダメです。 そんな...... あっ!

いけません。 んんんんっ!」

よく見ると、彼女の両足の付け根がご主人様の両手で持ち上げられながら開かれており、下から秘部を舐められている。

ピチャッ、ピチャッ、と水っぽい音も聞こえだした。

 

すると、ご主人様は興奮したのか、アレがすごく硬くなり、そりあがった。

私は秘部にご主人様のアレをあてがい、ゆっくりと腰をおろした。

「ああああっ! すごく気持ちいいです! 

ご主人様!」

入れただけで凄く気持ちいい。

今日のアレ、いつもよりも大きい気がする。

気を抜くと今にもイッてしまいそうだ。

 

私はご主人様に腰を打ち付けていると、アレは私のなかでビクビクと震えだした。

私もそうだけど、ご主人様も限界が近いようだ。

私は秘部の神経に集中して、イカないように我慢しながら腰を打ち付けていると、ミリアが私の後ろから抱きついて胸を揉みだした。

彼女は胸を揉みながら、指先で乳首をころがしていたけど、私の限界が近いことがわかったのか、急に乳首をキュッとつまんだ。

「ああっ! ダメッ! んんっ!」

 

私が喘ぐとご主人様に秘部を愛舞されていたセリーが、恍惚とした表情で両手を私の耳に添えてきた。

「ロクサーヌさん......」

彼女は私を呼びながら顔を近づけ、そのまま濃厚にキスをしてきた。

私はご主人様に腰を打ち付けながらミリアに胸をもまれて乳首を責められ、セリーと舌を絡めてキスをしている。

3箇所を同時に責められて、私はすぐに絶頂を向かえた。

「ああっ! イッ! イクッ! ああああああああっ!」

 

私がイッたのと同時に、私のなかで暴れていたご主人様も絶頂を向かえた。

アレがビクン!ビクン!と脈動し、ドピュ!ドピュ!っと精液を吐き出す感覚が伝わってくる。

私は絶頂の余韻にひたっていたかったけど、次が控えているのでご主人様のうえからおりた。

 

私がどくと、ミリアがご主人様のアレを咥えてお掃除をはじめた。

すると、ご主人様のアレはすぐに復活した。

そして、今度はセリーが秘部でアレを咥え込み、腰を打ち付けだした。

 

セリーがご奉仕をはじめると、ミリアはご主人様の顔にまたがり秘部を愛舞してもらいはじめたので、私はセリーのうしろにまわって彼女の胸をもみ、指で乳首を転がした。

ミリアが少し体を前に倒しセリーとキスをはじめると、セリーはすぐにビクン!ビクン!とけいれんして絶頂を向かえた。

 

「あっ!あああああああっ!」

3箇所同時責めは彼女にとってもやはり気持ちが良すぎるようだ。

 

彼女は絶叫をあげてイッたけど、ご主人様はまだイけてない。

私はイッた直後で力が抜けたセリーの腰に両腕をまわしてからだを支え、ご主人様の腰にセリーの腰を打ち付けはじめた。

「あっ! ダメです。 あっ! ああっ!」

セリーは言葉では一瞬嫌がったけど、からだはいっさい抵抗しなかった。

そして、すぐにまた喘ぎだした。

 

「ああっ! イヤッ! あんんん、んんんんっ、んあっ! いっ! イクッ! ダメッ! またイッちゃうっ!」

セリーが激しくよがっていると、ご主人様の腰が持ちあがってきた。

 

そろそろご主人様はイキそうね。

セリーもすぐに、もう一度イキそう。

そう思っていると、先にセリーが2度目の絶頂を向かえた。

「イッ! ああああああああっ!」

そして、セリーがご主人様のうえでビクン!ビクン!と痙攣すると、ご主人様もビクン!ビクン!とからだを震わせてセリーの秘部から漏れ出すほどの精液を吐き出した。

 

私はすっかり力の抜けたセリーをどかすと、ご主人様のアレをくちできれいにした。

私がお掃除をはじめると、ご主人様のアレはすぐに元気になった。

私はミリアを呼んでご主人様にまたがらせ、彼女の秘部にご主人様のアレを当てがった。

そして、ゆっくりと腰を落とさせ、根元まですっぽり咥えさせた。

ミリアはくわえ込んでいくときはからだをプルプルと震わせていたけど、根元まで咥えたあとは震えが止まり、喘ぎながらも腰を打ち付けはじめた。

 

私はご主人様の上半身にまたがって顔に胸が当たるように左右にからだを振ると、ご主人様は舌を伸ばして下から乳首を舐めだした。

セリーはミリアのうしろから抱きついて、胸を揉みながら指先で乳首を転がしている。

ミリアはご主人様に腰を打ち付けながら気持ち良さそうに喘いでいたけれど、少しすると私の秘部をイジリだした。

「あっ! あんっ! んんっ! んんんんっ!」

はじめは秘部の縁を撫でるくらいだったけど、すぐに指を抜き差ししはじめた。

そして、私の秘部からご主人様の精液を掻き出すと、喘ぎながらも指先をペロペロと舐めだした。

 

ミリアは何度か腰の動きが止まり、からだをビクンッ!と跳ねさせて軽くイッていた。

そのせいか、少ししてご主人様がミリアのなかで果てると、彼女はご主人様のうえから転がり落ちた。

 

ミリアがご主人様のうえからいなくなると、今度はセリーがご主人様のアレを咥え込み、お掃除をはじめた。

ほどなくして、ご主人様のアレがまた元気になったのでまたがろうとすると、ご主人様から「次は俺がうえになる」と言われた。

 

私はご主人様の横に仰向けに寝転ぶと、ご主人様が覆いかぶさり私にキスをした。

「さっきは3対1だったからロクサーヌにいいようにイカされてしまったが、今からは1対1だ。思う存分堪能させてもらうからな」

「ご主人様。私はまだまだ大丈夫です。よろしくお願いします」

 

私が返事をするとご主人様は私の脚を両手で持ちあげ気味に開いて秘部を上向きにし、アレを挿入してズブズブっとゆっくり根元まで突き入れた。

「あっ! ふあっ! どうしてっ! ああああっ!」

びっくりした。

さっきよりも奥深くまで入ってきている。

今までも奥をつつかれることはあったけど、今はその奥をこじあけて、さらに奥までアレが入ったことがハッキリとわかる。

ご主人様が動かなくても、気持ち良すぎてイッてしまいそうだ。

「ロクサーヌ、どうだ?」

「ごしゅっ! ああっ! すごい...... こんなのはじめてっ! わたし...... おかしくなるっ! ダメッ! ああああああああっ!」

ご主人様は動かなかったけど、私はガクガクとからだを震わせてイッてしまった。

私がイクと、ご主人様はゆっくりと腰を動かしはじめた。

ご主人様のアレが私の一番奥をこすりあげると、今までの何倍も気持ちいい。

すごい。感じすぎて、あたまのなかにモヤがかかったような、からだが浮かんでいるような。

ふわふわした感覚がして、何も考えられない。

ただ、ただ、気持ちいい!

 

私は感じすぎてしまい、すぐにまたイキそうになる。

「ご主人様、またイクッ! 動かないでっ! ほんとにダメッ! ああああああああっ!」

ご主人様が少し動いただけで、私はまたイッてしまった。

しかし、ご主人様はそのまま腰を動かし続ける。

「ロクサーヌ、もっとだ。もっとするぞ」

「ご主人様! ダメッ! 動いちゃっ! またイクッ! ああああああああっ!」

「ご主人様! わたしっ! おかしくなっちゃうっ! ああああああああっ!」

 

それから、私はご主人様に心いくまで堪能されてしまい、何度も何度もイカされて、最後は意識を飛ばされてしまった。

私が意識を飛ばされたあと、セリーとミリアもご主人様に堪能されて、私と同じように意識を飛ばされてしまったらしい。

 

こうして、

今夜はご主人様に堪能して頂き、私たちはみんな意識を飛ばされて眠りについたのだった。

さすがはご主人様だ。

 

あとで聞いたのだけれど、

色魔のジョブには精力増強というスキルがあるので、ご主人様は3人と2回する位なら余裕があるとのこと。

しかし、この時は私とセリーとは事前に2回ずつ、ミリアとは事前に1回していた。

つまり、合計11回もしていたのだ。

なので、最後にミリアの意識を飛ばしたときには精力・体力ともにギリギリだったらしく、ご主人様もすぐに眠りについたそうだ。

 

翌日、ご主人様はセリーに、色魔の上位ジョブを知らないか聞いていた。

今までの経験から考えると、ご主人様が聞いたってことは目指しているってこと。

ということは、きっと近い将来、夜は昨日よりもすごいことになるということだ。

 

ふふっ♥

私たちもご主人様に負けないよう、頑張らなくっちゃいけないわね♥

 



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新メンバー受け入れ準備

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは14階層、ターレは13階層、ボーデは10階層を探索中。

 

盗賊団を倒してから10日が過ぎた。

 

私たちはハルツ公爵との約束?に従って、ハルバー、ターレ、ボーデの3迷宮に行くことが多くなっていたが、盗賊騒ぎの合った間はクーラタルの迷宮にもいっていた。

しかし、ご主人様が退治した今となっては、本格的に3迷宮の探索を進めなくてはいけないようで、今日も朝からハルバー迷宮の14階層を探索している。

 

昼を少しすぎたころ、ご主人様が言いだした。

「ハルバーは比較的安全だが、ターレやボーデの探索も進めなくてはならない。

ボーデの探索が一番遅れているので、今日はいまからボーデの迷宮にいく」

「かしこまりました」

「ちゃんと迷宮に入っていることをハルツ公爵にアピールしておきたいので、ボーデの迷宮いりぐち近くのデカイ木にワープする」

 

ご主人様はそう言うと、ワープゲートを開いて入って行った。

そのあとを私たち3人もついて行く。

そして、ゲートを抜けると目の前に畦道が横切っていた。

迷宮入口の手前、20mくらいのところだった。

振り返ると、この当たりでは一番太い大木があった。

 

私たちが全員いることを確認すると、ご主人様は迷宮にむかってあるき出した。

 

ご主人様はボーデの迷宮いりぐちに立っている騎士に探索状況を確認すると、探索は11階層まで進んでいると言われていた。

4、5日前は10階だったので、探索が1階層進んだようだ。

 

私たちは会釈をしながら騎士の前を通り過ぎ、ボーデの迷宮一階層の入り口の小部屋にはいった。

小部屋にはいると、急にご主人様が言い出した。

「帰りにちょっと家具屋に寄っていこう」

「家具屋ですか」   

「さすがにベッドがちょっと狭いからな。いつまでも今のままというわけにも」

迷宮探索とは全く関係ない話を急にしだしたので一瞬おどろいてご主人様の顔を見ると、微妙な表情で私たち3人を伺っていた。

 

ご主人様...... 平静を装おうとしているようですが、こんなところで言う話ではないでしょう。

違和感がすごいです。

ご主人様は、この話をする機会を伺っていたみたい...... っていうことは...... 

なにか後ろめたいことでもあるのかしら......  

 

ベットを大きくするということで、ご主人様が後ろめたいって思うということは......

メンバーを増やす準備って思われたくないのでしょうね。しかも女性の......  

 

ご主人様なんだから、奴隷の私たちに気を使うことなんかないはずなのに......

 

本当はメンバーを増やして欲しくはないって気持ちはあるけれど、

迷宮を探索するうえで5人まではしかたがない。

なら、どうせベットは大きくしないとダメね......

 

そこまで考えて私は答えた。

「そうですね。それもいいでしょう。私たちのためにありがとうございます」

私がそう答えると、ご主人様は少しほっとした顔をした。

 

その後、ボーデの迷宮11階層で2時間ほど探索を行い、少し早めに切り上げた。

 

クーラタルの家具屋に着くと、ご主人様はベットを物色しながら私に聞いてきた。

「あまり大きいサイズのはないな。いまと同じような大きさのベッドをもう一つ買って、横にして並べてみようと思うのだが、どうだろう」

 

今のベットは結構大きい。いわゆるキングサイズというベットだ。

3人までなら十分だけど、ミリアも加わって4人で寝るようになってからは

からだがピッタリくっついた状態となり、少し暑い。

 

一人分なら小さなベットを買えばよいはずだけど...... 

どうやらご主人様は将来的に6人で寝ることを考えているようね。

 

しかたがないとは思うけど、私はちょっとだけ意地悪を言ってみた。

「大きすぎるかもしれません」

「パーティーメンバーは、いずれ増やしていくからな」

ぐ...... ご主人様に即答されてしまった。

なんだかいつになく強気な気がする。

 

っていうか奴隷の私がこんなことを考えるなんて......

いけないわね。

ご主人様の優しさに慣れてしまっていたみたいね。

 

私は少し反省して、ご主人様に従うことにした。

「そうですか」

「そ、それに、今のベッドが無駄になるのももったいない」

ふふ、それはとってつけた理由ね。ご主人様ったら...... なんだかカワイイ。

「分かりました。そのようにしましょう」

 

「あとは、棚も一つ買っておくか」

「棚ですか?」

「ああ、そのうちみんなの服が増えるだろうし、パーティーメンバーも増やすつもりだからな」

「はい...... ありがとうございます」

私が少し沈んだ声色でお礼を言うと、ご主人様は少し焦りだした。

 

「た、棚はロクサーヌたちが使う機会が多いだろうから、三人で選んでくれ」

「いいんですか?」

「ああ、好きなものを選んでいいぞ」

「かしこまりました」

 

私はセリーとミリアを引き連れて、店の奥にある棚が置いてあるエリアに移動した。

視界の端でご主人様は店員にベットについてなにやら聞いているようだったが、

場所が離れて聞き取れそうになかったので、私は棚選びに集中することにした。

 

「セリーはどれがいいと思いますか?」

「そうですね。先ずは何人で使うか考える必要があると思います」

「何人?」

「はい。ご主人様は今後もメンバーは増やすつもりと言っていました」

「そうですね。迷宮探索をしているのだから、5人までは仕方がないですね」

「そうです。そしてご主人様はみんなの服も増えるだろうとも言っていました。つまり、なるべく大きな物を買うか、今後も都度都度買い足すことを考える必要があると思います」

「そうですか......」

 

「あと、棚を置く場所は、いま使っている棚のとなりですよね?」

「そうですね。並べて置くほうがいいと思います」

「並べて置くなら...... 形の違う物ではなく、今の棚と同じ物にするのはどうですか?

今後もメンバーが増えて棚を買い足すなら、同じ物を並べていくほうが良い気がします」

「確かにそうですね。さすがですね」

「いえ、それほどでも。それよりミリアの意見も聞いたほうがいいと思います」

「そうですね。あまり興味がないような感じですけど一応聞いてみますね」

私がクスリと笑って答えると、セリーもクスリと笑った。

 

私はキョロキョロ周りを見回しながらウロウロしているミリアに声をかけた。

『ミリア、ちょっとこっちに来て』

『はい、おねえちゃん』

ミリアはすぐに駆け寄ってきた。

 

『今後メンバーが増えても大丈夫なように棚を買い足すのだけれど、何か希望はありますか?』

ミリアは首をかしげ、逆に私に聞いて来た。

なんで私に聞くの?って顔をしている。

『セリーおねえちゃんはなんて言ってるの?』

『セリーはいま使っている棚と同じ物を買って、並べて置く。それで足りなくなったら同じ物を買い足していくのがいいと言ってます』

『それでいいです』

やっぱりミリアは興味ないみたいね。

 

『では、私とセリーで決めますね』

『はい』

私はセリーに向き直る。

「ミリアはセリーの意見に従うって言ってます。やはり興味はないようですね」

「そうですか、ではいまウチにある物と同じ棚を探しましょう」

『ミリア、いまウチにある物と同じ棚を探して下さい』

『おねえちゃん、それならあっちに有ったよ』

『えっ?』

『おねえちゃんとセリーおねえちゃんが話してたとき、色々見てたらウチのと同じのが有ったの』

『偉いわ、ミリア。セリーに伝えるから案内してね』

『はい』

ミリアは自分が役に立てたことがうれしかったのか、にっこり笑った。

「セリー、ミリアが見つけているようですので案内してもらいます」

「本当ですか、無駄にウロウロしてた訳じゃなかったんですね」

私はクスリと笑ってセリーに答えた。

「偶然ですよ」

 

その後、私たちはミリアの案内で棚を見つけて家具にいたみがないか確認し、ご主人様のもとに戻った。

そしてご主人様に説明し、ベットと棚を購入して頂いた。

ちなみにベットもいまウチにある物と同じキングサイズのものがあった。

あまり売れるサイズではないので展示されていなかったが、裏の倉庫に在庫があったとのこと。

 

家具はすぐにいえまで運んでくれるとのことなので、私たちは家具屋の店先からご主人様のワープで帰った。

 

いえに着くとご主人様がベイルの商館に行くと言い出した。

ただし今回はメンバーを増やしに行くわけではなく、情報収集と帝都の商人を紹介してもらったお礼を言いにいくということだったので、私たちはご主人様を見送り、夕食の支度をはじめた。

 

夕食の支度を始めて少しすると、家具屋がベットと棚を荷車に載せて運んできた。

私とセリーはミリアに料理の下ごしらえを任せ、玄関でベットと棚を受けとった。

 

ベットと棚を軽く拭き、その後ミリアを呼んで、棚は衣装部屋、ベットは寝室まで運んだ。

 

2階に上げるのに苦労すると思っていたけれど、そこはセリーが大活躍。

ベットも棚も、階段はほとんど一人で持ちあげて登った。

迷宮で重たい棍棒を振り回しているので力が強いことは知っていたけど、まさかキングサイズのベットを一人で持ち上げられるとは思っていなかったので、すごくおどろいた。

セリーいわく、重さは大したことないけど、大きいので壁にぶつけないように振り回すのがたいへんとのこと。

なので、私とミリアが左右に着いて先導した。

 

新しく買ったベットを今のベットに並べて置き、ベットマットもピッタリ並べて置く。

そして、シーツ用に用意しておいた大きな布をベットマット2枚を包むサイズにカットし、布がほつれないよう4辺を少しだけ折り返して縫う。

私は商館で裁縫を習ってはいたが、あまり得意ではなかったので苦労していると、ミリアが「私がやる」と、言い出した。

ミリアはなかなか手際がよく、あっという間にできあがった。

後で聞いた話だが、ミリアは小さいときから家で裁縫することが多く、刺繍や服を作ることもあったとのことだった。

 

私たちは家具の配置を終えると、夕飯の支度に戻った。

その後、夕飯を作り終わりダイニングテーブルに配膳していると、ベイルの商館に出掛けていたご主人様が帰ってきた。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ただいま、ロクサーヌ」

「いかがでした?」

「ああ、アラン殿から良い情報を聞いた。夕食を食べてからみんなに相談しようと思う」

「かしこまりました。食事の準備はすぐに出来ますので、お席についてお待ち下さい」

「わかった」

私はご主人様を席に案内し、セリー、ミリアと一緒に残りの準備をおこなった。

 

◆ ◆ ◆

 

夕食を食べ終えると、ご主人様はベールの商館で聞いてきた情報について話し始めた。

「みんな、ちょっと聞いてくれるか?」

「「「はい」」」

 

「今度の休日にオークションがあるそうだ。次のパーティーメンバーはそこで探してみようと思う。

戦力の拡充は必要だからな」

 

「分かりました」

「オークションでなら確かにいいメンバーが選べるかもしれません」

私とセリーが返事をすると、ミリアが少し考えてから「ミリアがお姉ちゃん、です」と言った。

 

「セリーはオークションのことを知っているのですか?」

「はい、知識として知っているだけですが。 

奴隷のオークションは年4回、季節の間の休日に開催されます。

各商館のメンツがかかっていますので、出品される奴隷はみな一級品だと言われています。

また、事前に出品する奴隷を確認出来ますが、その後オークション会場に入るためには高額な供託金を支払う必要があります。

ですので、入札の意思がない人が参加することは少ないと言われています。

あと、一般的に落札金額は高額になると言われています」

私がセリーに聞くと、セリーはオークションについて説明してくれた。

 

「こ、高額になるのか?」

ご主人様は少し焦りながらセリーに問いかけた。

 

「はい。オークション参加者はみな入札の意思がありますので、落札するには競り合いに勝つ必要があります。必然的に価格は上がるのです」

「そうか、つまりオークションで欲しい奴隷を買うためには、資金にいとめをつけてはダメということだな」

「そうです。商館での購入のように価格交渉は出来ませんので、資金に余裕がないと厳しいと思います」

「わかった。まあ、資金についてはかがみで儲けた分とこのまえ倒した盗賊の賞金でなんとかなると考えている」

「そうなんですか?」

「ああ、大丈夫だ。あとは、どういったメンバーを加えるべきかだが...... みんなから意見はあるか?」

「ご主人様のよろしいように」

私が反射的に答えると、ご主人様は微妙な顔になった。

「ロクサーヌ。俺は完璧な人間じゃない。見落としもあるから意見を聞かせてくれないか?」

「は、はい。失礼しました。少し考えさせてください」

「ああ、よろしく頼む」

 

私が次のメンバーの条件を考えていると、セリーから意見が出た。

「やはり、前衛を張れるようなメンバーが良いのではないでしょうか」

「理由は?」

「私たちのパーティーは、前衛が魔物の攻撃を抑えている間に、ご主人様に魔法で殲滅して頂くというスタイルです。16階層からは魔物が最大5匹出るようになりますので、前衛を増やしてご主人様が確実に魔法を使える環境を整えるほうが良いと思います」

「ふむ。確かにな」

 

パーティー編成はセリーの言う通りで問題ないとして、あとは本人のやる気と...... 出来れば女性ってことね。

私はそう思いご主人様に意見を言うことにした。

「ご主人様。迷宮に入って戦うことを厭わない人にして頂ければ......」

「ああ、それは大前提だな」

「あと、出来れば女性にしてください」

「え、女性? 嫌じゃないのか?」

ご主人様は私が女性を希望したことにおどろいたようで、聞き返して来た。

 

「はい...... 本当は嫌です」

私がキッパリ答えると、ご主人様はポリポリとほほをかいた。

私はご主人様の反応を見ながら言葉を続けた。

「ですが、パーティーメンバーはあと2人増やしますよね。でしたら女性のほうがいいです。

このいえのなかに...... その...... ご主人様以外の男性には、入って来て欲しくはありませんので」

「そ、そうか。セリーとミリアもそれでいいのか?」

「はい。私もこのいえにご主人様以外の男性は必要ないと思います」

「はい、です」

「わかった。では男は選ばないようにする」

 

じつはご主人様以外のパーティーメンバーを全員女性とすることについては、セリーとは合意が取れている。

ミリアが加入する少し前、ご主人様が寝てしまったあとに話をしていたのだ。

だけど、今の今までご主人様に言ったことはなかった。

なぜならメンバーが増えれば増えるほど、ご主人様に可愛がって頂くことが減ると思っていたからだ。 

だから自分からは言いたくなかったのだ。

 

でも、今回はオークションなので、私は連れて行ってもらえない。

ほおっておいてもご主人様は女性にするとは思うけど、

ここで本心を言っておかないと後悔する気がしたので、私は隠さずにご主人様に伝えた。

そして、言ってしまうと胸のつかえが取れた気がして、なんだかスッキリしてしまった。

 

ご主人様は女性のメンバーを増やすことにお墨付きを貰えたことがうれしかったのか、

顔がニヤけないよう必死に平静を装おうとして、口角があがるのを引き付きながら耐えていた。

ちょっとムッとする気持ちはあるけれど、それ以上にご主人様のことを可愛いって思ってしまった。

 

そして、ミリアは...... ぜったい雰囲気で答えただけね。

返事をしてからちょっと挙動不審になってるので、私に通訳してほしそうね。

私はどこから伝えようか迷っていると、先にご主人様からミリアに要望を言われてしまった。

「お姉ちゃんになるから頼むな」

「はい、です」

 

ミリアは即答していたが、またしても返事をしてからちょっと挙動不審になっている。

はぁ...... ぜったい雰囲気で答えただけね。

 

『ミリア、こんど奴隷のオークションがあるから、ご主人様が新しいパーティーメンバーがいないか

探しに行くことになったわ。』

『オークションに行くのですか。ご主人様はすごいです』

『そうですね。オークションは基本誰でも参加できるけど、高額な供託金が必要になります。

ですので、ご主人様が一人で行くことになります。

私とセリーは新しいメンバーに関して、ご主人様に意見を言っていたのです』

『わかりました。それに関してはおねえちゃんたちに任せます』

 

私は新しいメンバーに関してあまり興味がないミリアに対してヤレヤレと肩をすくめながら話をつづけた。

『そうですか。わかりました。

もしメンバーが増えた場合、あなたはお姉ちゃんになるから、しっかりしなさいね』

『わかりました』

 

その夜、お風呂場でからだを洗ったあと、

いままでの倍の広さとなったベットでご主人様に可愛がって頂いた。

お情けを頂くとき、「新しいメンバーが増えるまで、たっぷり可愛がってください」というと、ご主人様は「ロクサーヌ。メンバーが何人増えても寂しい思いはさせないから、信じてくれ」と耳もとでささやいた。

そして、そのあとはイキ続けて意識が飛んでしまうまで、激しく可愛がってくれました。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、ご主人様は「ウーン!」っと大きくからだを伸ばしながら目を覚ました。

私はご主人様に覆いかぶさり、たっぷりキスをしてから話しかけた。

「おはようございます、ご主人様。寝不足ですか?」

「おはよう、ロクサーヌ。寝不足じゃあない。

ただ、ベットが広くなったから、せっかくなんで伸びをしてみただけだ」

「そうでしたか」

 

するとご主人様は私をキュッと抱きしめて、耳もとでささやいた。

「ああ。だから今晩もたのむな」

「はい。たっぷり可愛がってください」

 

私が顔を赤らめながら、ご主人様のうえからどくと、

セリーが覆いかぶさって、やはりたっぷりキスをしてから話しかけた。

 

「おはようございます、ご主人様。お疲れではないですか?昨日は...... その...... 凄かったので......」

「おはよう、セリー。疲れてはいないぞ。色魔のレベルがあがったせいか、まだまだいけそうだ。それより、昨日は無理をさせたか?」

「いえ、何度も可愛がって頂き、うれしかったですし...... その...... 気持ちよかったです」

 

セリーは顔をあかくして、目線をそらしながら答えた。

いつも通り無自覚に可愛さを撒き散らしている。

ご主人様はセリーをキュッと抱きしめると、答えながらほそ耳に甘噛した。

「今晩もたっぷり可愛がるから、よろしくな」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

セリーがご主人様のうえからどくと、すぐにミリアが覆いかぶさってキスをした。

「おはようございます、ご主人様」

「ミリア、おはよう。昨日も可愛かったぞ」

ご主人様はミリアを抱きしめようとしたが、それはかなわなかった。

「ありがとうございます」って答えながら、ご主人様の手をすり抜けて離れてしまったからだ。

いつもの流れ、ご主人様いわくヨウシキビというものらしい。

 

私たちは着替えて、早朝の迷宮探索に出発した。

 

今朝はハルバーの14階層から探索を開始したが、何度か魔物と戦うと緊張感にかけたのか、魔物が見えた瞬間、合図を待たずにミリアが駆け出してしまった。

すかさずご主人様はファイヤーストームをはなったが、ミリアは止まらずに真ん中のサラセニアにつっこんでしまった。

 

魔物の数は4匹。サラセニアが3匹とピッグホッグが1匹だ。

サラセニアが1匹遅れているので、少しすると魔法かスキル攻撃を仕掛けてくるはずだ。

私とセリーはあとを追って駆け出したけど、魔物たちはひとあし先に着いたミリアを囲んで攻撃し出した。

 

「セリー、右のピッグホッグを」

私は短く指示を出すと、セリーはピッグホッグとミリアのあいだにはいって攻撃し、自分に注意を向かせた。

それから少しずつ右に回り込み、ミリアから引き剥がした。

 

私は左のサラセニアを真横から攻撃したが、サラセニアはミリアへの攻撃をやめなかった。

私はミリアと左のサラセニアのあいだに強引にからだをねじ込んで、攻撃を盾でいなした。

セリーと同じように少しずつ右に回り込みながら引き剥がしにかかったが、すでにミリアは何発か攻撃を受けているようだった。

そして、前に出てこなかったサラセニアの足もとに魔法陣が浮かぶのが見えた。

 

これはマズい、この攻撃がミリアに向いたらよけられないだろう。

そう思った次の瞬間、後方から炎をまとった岩が飛んできて、全ての魔物をけむりに変えた。

ご主人様が私たちの状況を見て、メテオクラッシュを使ってくれたのだ。

 

ミリアはご主人様のメテオクラッシュを初めて見て興奮し『おねえちゃん、今のはご主人様の魔法ですか?一撃で魔物が全滅しました。凄いです』と、目をキラキラさせながら私に話しかけてきた。

私はセリーに目配せすると、彼女は小さく肩をすくめ、それからドロップアイテムの回収を始めてくれた。

 

私はミリアに向き直って一喝した。

『ミリア! 勝手に飛び出して! あなた、死にたいのですか!』

『えっ?』

『あなたが飛び出して陣形が崩れたから、ご主人様は仕方なくメテオクラッシュを使ってくれたのです。この魔法はMP消費が大きいので、ご主人様はあまり使わないようにしているのですよ。

だいいち、ご主人様にこの魔法がなかったら、あなた、本当に危なかったのですからね!』

『ご、ごめんなさい』

『私に謝っても仕方がありません。ご主人様に謝りますよ』

私はミリアを叱りつけてから、ご主人様のもとに連れて行った。

 

「ご主人様、申し訳ありませんでした」

「ご主人様、ごめんなさい、です」

「いや、ロクサーヌが謝ることはない。むしろ、セリーと連携してミリアをよく守ってくれた。ありがとうな」

ご主人様はそう言って、私の耳をなでてくれた。

 

「ミリアはロクサーヌに怒られてたから俺は怒らないけれど、おねえちゃんたちの指示はちゃんと聞くこと。それからメテオクラッシュはあてにするな。MPが足りなかったら出せないからな。あと、内密にな」

『ミリア、ご主人様の話は理解できましたか?』

『えっと、わたしがおねえちゃんに怒られたから、ご主人様は怒らない。おねえちゃんたちの言うことはちゃんと聞きなさい。メテオクラッシュは出せないから内密にする』

ミリアは指折り数えながら答えた。

『ミリア、メテオクラッシュはMPが足りないと出せないからあてにするな。あと、内密にしなさいって言ったのよ』

『わかりました』

 

「ご主人様。ミリアはご主人様のお話をおおむね理解しておりましたので、内密にすることだけ念を押しておきました」

「ロクサーヌ、ありがとう。ところでミリアはだいぶブラヒム語を覚えたようだな」

「いえ、聞くほうも話すほうもまだまだです。読み書きは全然ですし」

「えっ、いや、読み書きは俺も全然だから...... なんか済まん」

「い、いえ...... 私のほうこそ、申し訳ございません」

 

私が謝ると、ドロップアイテムを回収し終わったセリーがご主人様に話しかけた。

「そう言えば気になっていたのですが、ご主人様はとても流暢にブラヒム語が話せるのに、なぜ読み書きは出来ないのですか?」

 

「それは......」

ご主人様は一度言葉を切ると少し考えた。そして

「ここでは説明しづらいから、家に帰ってから話す」

そう言って優しい顔になり、セリーのほほをひとなでした。

セリーが真っ赤になったことは言うまでもない。

 

その後、2時間ほど探索を続けたが、ボス部屋は見つけられず打切り。

ご主人様のワープで家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

朝食を食べ終わると、セリーの要望にこたえてご主人様は話しだした。

 

「俺の故郷の言葉はブラヒム語ではなく日本語と言う。その日本語だが、発音や言葉の意味は殆どブラヒム語と変わらないが、文字は全く違うのだ」

「どう違うのですか?」

私が聞くと、ご主人様はパピルスに何か文字を書き出した。少しカクカクしたカドばった文字で、なにかの記号にも見える。

 

「これは、加賀道夫と書いてある」

「ご主人様のお名前ですか?苗字が先なんですね」

「ああ、そうだ。ブラヒム語とは並びが反対だな」

ご主人様はそう言うと、さらにパピルスに文字を書き足した。

 

「これは、ロクサーヌ。これは、セリー、こっちはミリアだ」

ご主人様はさらに文字を書き足す。

「こっちから、1、2、3、4、5、6、7、8、9、0。

こっちは、魚、肉、オリーブオイル、おはよう、おやすみ......。

こんな感じだ」

「確かに違いますね。なぜなのでしょうか?」

「さあ、俺にはわからんな。だが、日本語にあってブラヒム語にない言葉がある。

探せばこの反対もあると思う。

だから、俺の祖先はブラヒム語を使う国から移り住み、長い年月で文字だけが変わったのではないか?

っと考えている」

「なるほど。確かにそうかも知れませんね」

私はご主人様の説明に納得したけど、セリーはジト目でご主人様を見続けている。

「セリーは納得いきませんか?」

「いえ、文字は変わったのに意味や発音が変わらなかったのはなぜかな?って。

それと、日本語なんて聞いたことがありませんでしたので...... ちょっと考えていただけです」

「そうですか」

「セリー、悪いな。なんでそうなってるか、俺は知らないから説明出来ないのだ。

だから、理由はともかくそういうものだって思ってくれ」

「......わかりました」

セリーはわかりましたと返事をしたけど、小声でブツブツと独り言を漏らしながら考えごとをしている。

こうなると...... 

しばらくセリーは駄目ね。

 

私がセリーから視線をはずしてご主人様のほうを向くと、ご主人様もこちらを向いていたので目が合った。

ご主人様は困ったような微妙な顔をしていたので、私はちょっとほほえみながら肩をすくめてみせた。

するとご主人様も少しほほえんで、私たちに声をかけた。

「さて、そろそろ探索を再開しよう」

「かしこまりました」

 

その後、私たちはボーデの迷宮に向かった。

ご主人様が入り口の探索者に聞くと、探索は十二階層まで進んでおり、

十二階層の魔物はマーブリームとのことだった。

 

「マーブリーム、です」

探索者が12階層の魔物の名前を言うと、急にミリアが復唱した。

そして、真剣な顔でご主人様を凝視している。

するとセリーがご主人様にミリアが真剣になった理由を話した。

「マーブリームは魚人の魔物です。白身を残します」

「で、では十二階層へ案内を頼めるか」

ご主人様は探索者にハルツ公のエンブレムが入ったワッペンを見せ、

パーティーに加入させた。

そして、12階層に移動すると、探索者はパーティーから抜けて戻って行った。

 

探索者がいなくなると、セリーのブリーフィングがはじまった。

マーブリームについてひと通り聞き、基本戦術を確認すると、ご主人様は私に魔物までの案内を依頼してきた。

「ロクサーヌ。まずは数の少ない所に案内してくれ」

「かしこまりました。右に行くとたぶん一匹の所があります。かなり近そうです」

「そうか、では頼む」

 

私たちが歩き始めて1分後、マーブリームが一匹だけいた。

私たちは左右の壁際に分かれて駆け出すと、ご主人様はマーブリームにサンドボールの魔法を打ち込んだ。

3人で囲みマーブリームの気を引いているうちに、ご主人様はサンドボールを追加で打ち込む。

そして、4発目を打ち込むと、マーブリームはけむりになった。

 

マーブリームがけむりになると、ミリアがドロップアイテムに飛びついた。

ドロップアイテムは白身だったので、ミリアがそのままかじりつくのではないか不安がよぎったけど、

「はい、です」っと言ってご主人様に渡したのでホッとした。

 

渡したが、ミリアはニコニコしながらご主人様を見つめ続けている。

すると、すぐにご主人様は根負けした。

「今夜の夕食だな」

「はい、です」

ご主人様から望む回答を引き出せたせいか、ミリアは嬉しそうに返事をしながら頭を下げた。

 

「ご主人様。よろしいのですか?」

「ああ。今から大量に白身を拾うのに、お預けするのはこくだろう」

私が聞くと、ご主人様は肩をすくめながら答えた。

 

「そうですね。では、ミリアがはりきり過ぎないよう、私とセリーでしっかり見張ります」

「ああ。ロクサーヌ、セリー、頼むな」

「お任せください」

「わかりました」

私、セリー、ご主人様は3人で顔を合わせ、クスリと笑った。

しかし、すぐに表情を引き締め、探索を再開する。

「マーブリームは土魔法4発で倒せる。

ロクサーヌ。次からは数は多くても良いので、なるべくマーブリームが多い所に案内してくれ。

ただし、ここはまだ探索がはじまったばかりなので、あまり入り口から離れないでくれ」

「かしこまりました。では、こちらに」

 

その後、何度か魔物を狩ると、ご主人様はメテオクラッシュを使った。

ご主人様は魔物が一発で倒せることを確認すると、私に話しかけてきた。

 

「メテオクラッシュが効くということは、奥に行っても大丈夫だということだよな」

「そうですね」

「問題ないと思います」

「魔物がいるところじゃなくて、探索をしてみるか」

「かしこまりました。」

 

それから、何度か魔物を狩りながら探索を続けると、凄く強い魔物のにおいがする小部屋を発見した。

 

◆ ◆ ◆

 

「ご主人様、この部屋から凄く強い魔物のにおいがします。たぶんモンスターハウスです」

「わかった、行くぞ」

「えっ! 入るのですか?」

私が驚いているとご主人様は自信満々で返事をした。

「ロクサーヌ、大丈夫だ。ちょうどさっきデュランダルでMPを回復したから、部屋に入ったらメテオクラッシュで魔物を殲滅する。そのあとのドロップアイテム回収は任せる。みんな、いいな?」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「では、行くぞ!」

 

小部屋に入ると、そこには数え切れないほど大量のマーブリームが沸いていた。

私は一瞬みがまえたけど、マーブリームが動き出す前に大量の炎をまとった岩が飛んで行き、すべてをけむりに変えた。

 

「さすがご主人様です」

「あれだけ大量にいた魔物が一撃です」

「すごい、です」

私たちはご主人様をたたえたけど、返事がなかった。

 

ご主人様を見ると青い顔をして苦しそうにしていたので、私はセリーとミリアにドロップアイテムの回収を頼み、ご主人様を抱きしめて支えた。

ご主人様はアイテムボックスから強壮丸を取り出して飲み込むと、すぐに立ち直った。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「どうされたのですか?」

「MPが枯渇したようだ。

全体攻撃魔法のMP消費が魔物の数によって変わるとは思わなかった」

「そうでしたか。

ご無理をさせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、ロクサーヌは悪くない。

俺が安易に考えていたばちが当たっただけだ。

それに、いい経験になった。

知識は力だからな」

「さすがはご主人様です」

「いや、そんな褒められるようなことではないさ。

それよりロクサーヌ、そろそろ支えはいらないから、セリーとミリアを手伝ってはくれないか?」

私はその言葉を聞いて、自分がご主人様にべったり抱きついていることに気がついた。

 

「か、かしこまりました」

私がご主人様から離れると、ミリアが嬉しそうに何かを持ってきた。

すると、ひとあし先に戻って来ていたセリーが説明してくれた。

「尾頭付きですね」

「尾頭付き?」

「マーブリームがきわめてまれに残すアイテムです」

「じゃあこれも今夜の食材ということで」

「食べる、です」

ミリアが今にもかじりつきそうな顔で尾頭付きを見ていたけど、貴重な食材なので私とセリーはご主人様に忠告した。

 

「貴重な食材なので高く売れると思いますが、よろしいのですか」

「尾頭付きは貴重なので、特別な日などに使う食材です」

私とセリーの話を聞き、ご主人様は少し考えた。

すると、ミリアは不穏な空気を感じたようで、私に話しかけてきた。

『おねえちゃん、食べちゃだめなの?』

『高いものですよ。それに1匹しかないですよね』

『少しでもいいです。お願いします』

『私の話を聞いてました?高級品なんですよ?』

『わかってます。でも...... 食べたいです』

ミリアは涙目になりながら訴えてくる。

 

『はあー......。 わかったわ。ご主人様に頼んでみるわね』

『おねえちゃん、ありがとう』

私が折れるとミリアは満面の笑みになり、急に元気になった。

 

「ご主人様。その...... やはり食べさせて頂いても」

「はははは、ミリアの説得に失敗したか。

まあいいだろう。

結構でかいから一人一尾とはいかないが、4人で分けるとちょっと少ないかも」

「少しでいいです。ミリアも少しでいいと言っています」

「尾頭付きは、家長が最初にひときれ食べ、残りを少しずついただくものです」

「そうなのか、じゃあこの一尾を分けるから、少ないけど我慢してくれ」

「ご主人様、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「ありがとう。です」

 

その後はハルバーの迷宮14階層に移動して探索をおこない、夕方、家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

家に帰り夕食の準備を始めると、尾頭付きをミリアが奪い取った。

「私が作る。です」

私とセリーはご主人様を見ると、ご主人様は小さくうなずいてミリアに「任せる。うまい料理を作ってくれ」と言って、肩をポンっと叩いた。

 

私が葉野菜のおひたし、セリーが根野菜の煮っころがしを作った。

そして、ミリアは尾頭付きのあたまを落として腹がわから身を開くと、ワインと魚醤で浅く煮つけた。

 

夕食では、尾頭付きの皿をご主人様、私、セリーの順で回してひとくちずつ食べ、最後にミリアの手元に収まった。

「おおっ。これは旨いな」

「とてもおいしいです。こんなにおいしい魚は初めて食べました」

「アブラが乗っていて、くちのなかで身がとろけました。本当においしいです」

「おいしい。です」

ミリアは嬉しそうに尾頭付きの煮つけをほうばっていた。

 

「ちょっとくれ」

「はい、です」

「ミリア、ひとくちちょうだい?」

「はい、おねえちゃん」

「ミリア、私もいい?」

「はい、セリーおねえちゃん」 

私たちが頼むとミリアは尾頭付きの皿をまわしてくれる。

 

「みんなで食べる。です」

「ありがとう」

「ミリア、ありがとう」

「ミリア、ありがとう」

私たちがお礼を言うと、ミリアはニッコリほほえんだ。

「はい。です」

 

私たちは食事のあいだ中、尾頭付きをミリアから少しずつ分けてもらったので、じゅうぶん堪能出来た。

 

ミリアは嫌な顔をせずに分けてくれたけど......

なにか違うような気がする。

 



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驕れる者たちの末路と私が手に入れた幸せ

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは14階層、ターレは13階層、ボーデは10階層を探索中。

 

 

今日は日課の早朝探索から帰宅して朝食を食べ終わると、ご主人様は商人ギルドに出かけて行った。

この時間を利用して、私たち3人は手分けして家事を行う。

 

「私はシーツとみんなの服を洗濯します。セリーは食器洗いと片づけをお願いします。

ミリアにはホウキではき掃除をさせますね。それでいいですか?」

「そうですね。ご主人様はすぐに帰ってくると思います。

そのあとは鍛冶をすることになると思いますので、その分担としましょう」

私とセリーで分担を決め、ミリアに伝える。

『ミリア、あなたは2階から掃除をしてもらえますか?』

「はい。です」

ミリアはセリーにも自分が理解したことが伝わるよう、ブラヒム語で返事をした。

ちょっと抜けているところもあるけど、彼女は空気が読める子である。

 

寝室にいってベットからシーツをはがし、新しいシーツをセッティングしていると、

ホウキを持ったミリアが寝室に入ってきた。

そして、部屋の奥から入り口に向かって床を掃き始めた。

『ミリア、寝室はあまりホコリをたてないように気をつけてね』

「はい。です」

「......」

ミリアが元気よく返事したので良しとするけど、語尾に「です」を付けるのを治すのは...... もう無理ね。

 

私はシーツをまるめて風呂場に移動し、洗濯用の少し大きめのタライで洗った。

そして一度しぼってから物干しにかけ、次の洗い物にかかる。

私は脱衣室の洗濯カゴにはいっている服のなかから、肌着を取り出した。そしてまた風呂場に移動して洗い、シーツとは別の物干しに干す。

その後、私とセリー、ミリアの服をカゴからだして順番に洗って干し、最後にカゴからご主人様の服を取り出した。

 

私は洗う前に自分の前に一度掲げて汚れ具合を確認すると、少しだけご主人様の香りがした。

次の瞬間、私は無意識にご主人様の服に鼻をつけ、スンスンとにおいを嗅いでしまった。

大好きなにおい。このにおいを嗅いでいると安心する。

一度かぎ始めると止まらなくなり、しばらく堪能してしまった。

 

私はご主人様のにおいに包まれ、幸せな気持ちにひたっていると、ご主人様のにおいにまじってセリーのにおいが少しした。

私はハッとしてまわりを見ると、脱衣室の扉の横にくちをポカンとあけたセリーが立っていた。

 

「セ、セリー。えっと...... どうしたのですか?」

私は動揺を抑えてセリーに話しかけた。

「え、えっと、ロクサーヌさん...... ご主人様がお呼びです。あの、手があいたらおりて来てください」

「そ、そうですか。すぐに終わりますので、ご主人様に伝えてください」

「わかりました」 

「セリー、その......」

「あの...... 私はなにも見てません」

「ありがとう......」

セリーの心遣いが胸にいたい。

 

セリーはすぐにダイニングにおりて行ったので、私は素早くご主人様の服を洗って干し、ダイニングに向かった。

 

ダイニングに入るとご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ、忙しいところ悪いな」

「いえ、ご主人様。お迎え出来ず、申し訳ございませんでした」

「洗濯してたんだろ?別にいいさ。それより、ロクサーヌ、靴を脱いで出してくれ」

「は、はい」

私はめいじられるまま靴を脱いで渡そうとすると、ご主人様はセリーに話しかけながらテーブルのセリーの前に置くよう指でさし示した。

 

私がセリーの前に靴を置くと、ご主人様はセリーにモンスターカードを渡した。

そして、融合を指示すると、セリーは「分かりました」と返事して、こともなげにモンスターカード融合をおこなった。

もう、完全に慣れたみたいね。

 

「さすがセリーだ」

「相変わらず素晴らしいです」

ご主人様と私がセリーを褒めると、彼女は少し照れながら顔をあげ、「できました」と返事した。

 

あっ!可愛い。

セリーは普段、つとめてクールキャラをよそおっているけど、ふとした瞬間に可愛い姿が顔をのぞかせる。

セリーはまったく自覚してないようだけど、このギャップは彼女の魅力のひとつである。

 

「すごい、です」

ミリアは目をまるくしておどろいている。

この娘はなかなか進歩しないわね。

 

「ご主人様。この靴は?」

「これは柳の硬革靴だ。回避力上昇。で、あってるよな?」

ご主人様がセリーに聞くと、彼女は「はい」と返事をしながらうなずいた。

 

「一応全員で試してみるが、まずはロクサーヌがつけろ」

「はい」

 

ご主人様から柳の硬革靴を渡されたので、私はすぐに履いて迷宮に行く準備をした。

その後、ハルバーの迷宮14階層に移動して魔物と戦った。

 

私の次はご主人様、その次はセリー、そして最後はミリアが柳の硬革靴を装備して魔物と戦った。

全員が戦い終わるとご主人様はミリアから受け取った柳の硬革靴を見ながら少し悩み、そしてセリーとミリアに話しかけた。

「これはロクサーヌの装備でいいか?」

「いいと思います」

「はい。です」

 

ご主人様は二人に確認を取ると私に向き直った。

「じゃあこれからもロクサーヌがつけろ」

「ご主人様の装備品からいいものにすべきでは」

「試してみたが、俺よりロクサーヌが着けたほうが効果が大きそうだしな」

「分かりました。ありがとうございます」

 

私はお礼を言って頭を下げると、ご主人様はスッとしゃがみ込み、柳の硬革靴を私に履かせようとした。

「じ、自分で履きます」

私は慌てて言葉をかけたけど、ご主人様はその言葉には答えずに、交互に私の足をとって靴を履き替えさせてくれた。

立ちあがったご主人様に「ありがとうございました」とお礼を言うと、ご主人様は視線を少しそらせながら「俺がしたかっただけだ、気にするな」と答えた。

 

ご主人様、かっこよ過ぎます。

私は胸がキュッと締め付けられ、抱きついてキスしたい衝動にかられて手を伸ばしかけたけど、視界のはしに二人の観客が見えた為、グッと我慢してご主人様から視線をそらした。

そして、「ま、魔物を探します」と宣言し、においを嗅ぎながら心を落ちつけた。

 

その後、しばらく探索を続けてボス部屋を発見し、ネペンテスを倒してハルバーの迷宮14階層を突破した。

因みにネペンテスは葉っぱ攻撃の軌道がランダムに変化するので厄介な魔物だけれど、私と柳の硬革靴の相性が良かったためか、以前クーラタルの迷宮12階層で戦ったときよりも楽に戦えた気がした。

 

15階層の入口の小部屋に出ると、ご主人様がセリーに話しかけた。

「そういえば、俺たちぐらいの力があればもっと上の階層に行ってもおかしくないんだっけ」

「えっと。……あの、そうです」

 

セリーは答えにくそうだった。

以前言っていた、「戦闘奴隷は強い魔物と戦わさせられて、使い潰される」という話を気にしているのね。

 

「まあ他のパーティーのことは知らないか」

言いにくそうにしているセリーを見て、ご主人様が話を打ち切ろうとしたので、変わりに私が答えた。

「戦闘奴隷のいるパーティーはなるべく上の階層へ行ってギリギリの戦闘をする傾向があるそうです」

「そうなのか?」

「はい」

 

私の言葉を聞くと、意を決したようにセリーが説明し始めた。

「えっと。なるべくうえの階層で戦った方が、いい経験を積んでより早く強くなれるとされています。うえの階層は危険も大きくなりますが、失敗したとしても必ずしも全滅するとは限りません。

回復魔法や薬を所有者から優先して使っていけば、所有者の危険度は小さくなります」

 

セリーの説明を聞きながらご主人様は少し考え、そしてくちを開いた。 

「しかしその方法は...... 俺のパーティーでは使えないな。

ロクサーヌもセリーもミリアもいなくなったら困るし」

ご主人様は少し恥ずかしそうにしている。

 

「ありがとうございます。ですが、もっと上の階層に行っても大丈夫です」

「はい。ありがとうございます」

私とセリーがお礼を言うと、ご主人様はさらに恥ずかしそうにし、視線をそらせながら言葉を続けた。

「いや、お前たちがキズ付くところは見たくないんだ。

かけがえのない仲間だからな」

 

仲間...... ご主人様がいつも私たちを対等に扱ってくれていたのは、私たちを奴隷ではなく仲間と思っていたのだったからですね。

なんて器の大きい、そして本当に優しいひと。こんなにも私たちを大事に思ってくれているなんて......

 

私はうれし過ぎて瞳に涙を浮かべると、横でセリーも胸の前で両手を組みながら、瞳を潤ませていた。

「ご主人様、私、すごくうれしいです。こんなに大事に思っていただき、ありがとうございます」

「私もです。本当にありがとうございます」

「はははは。なんか恥ずかしいな」

 

私とセリーが嬉しそうにしていると、うしろからクイッと袖を引かれた。

振り向くと、ミリアが少し申し訳なさそうに立っていた。

彼女はブラヒム語がわからないから状況もわからない。

けれども私とセリーの様子を見て、怒られても聞いておかなければいけないと思ったのだろう。

 

『ミリア。戦闘奴隷は主人のために無理矢理うえの階層で強い魔物と戦わされ、使い捨てにされるという話を聞いたことはありますか?』

『はい。商館で覚悟しておくよう言われました』

『ご主人様は、私たちはかけがえのない仲間なので、そういうことはしないって言ってくださったのです』

『な、仲間ですか?』

『そうです。仲間です。ご主人様は私たちを奴隷ではなく仲間と思ってくださっているのです』

『そうだったの。私は奴隷なのに...... ご主人様は私を買ったのに...... なんて言ったらいいのか分かんないけど、凄くうれしいです』

『私とセリーはご主人様に感謝の気持ちを伝えましたので、あなたもそうしなさい』

私が状況を伝えると、ミリアはコクリとうなずいて、ご主人様の前に出た。そして、ペコリとあたまをさげながらお礼を言った。

「……ありがとう、です」

 

ご主人様は照れながら私たちの顔を見ていたけど、すぐに気を取り直して探索開始を宣言した。

 

「セリー、ハルバー15階層の魔物は何だ」

「ビッチバタフライです」

「風魔法が弱点だったな」

「そうです」

「クーラタルの16階層で戦っているから、少ないところで試してみなくても大丈夫だろう。ロクサーヌ、頼む」

「ビッチバタフライがサラセニアと同数以上のところがいいです」

ご主人様からの依頼に、セリーが口をはさんだ。

 

「何故?」

疑問顔のご主人様にセリーが答えた。

「お忘れですか。ビッチバタフライは火属性魔法に耐性があります」

「そうか。さすがセリーだ。これからも何かあったら頼む」

「はい」

 

「では、ロクサーヌ」

「かしこまりました」

私はにおいを嗅ぎ、ビッチバタフライ2匹とサラセニア1匹の団体を見つけて案内した。

 

その後しばらく15階層で戦ったあと、ご主人様はセリーと話しながら魔法の効き目の実験を始め、サラセニアやビッチバタフライなど、なんどか指定された組み合わせの魔物を探して戦った。

そして、最後に「ヒカクケンショウ」と言って12階層におりてグラスビーにメテオクラッシュを使った。

 

ご主人様はメテオクラッシュで魔物を殲滅すると少し考え込み、なにかの答えを見つけたみたいで本日の実験は終了となった。

 

すると、ご主人様はミリアに向かって話しだした。

 

「そういえば、前にパーンの残したヤギ肉を魚醤につけて揚げたことがあっただろう」

 

えっ!いきなり料理の話しですか?ご主人様、切り替えが早過ぎです。

私は内心でつっこんでしまったけど、表面上は冷静に返事をした。

 

「はい」

「尾頭付きを同じようにしたら、旨くなると思わないか」

ご主人様が魚の話をした瞬間、ミリアは即座に対応した。

「食べる、です」  

「魚醤につけておく必要があるから明日の夕食になるが、十四階層の突破記念だ。ロクサーヌとセリーもそれでいいか」

「はい。ありがとうございます」

「美味しいと思います」

 

私とセリーが同意すると、マーブリームを狩るためにボーデの迷宮12階層に移動した。

 

移動してマーブリーム狩りをはじめると、最初の団体を倒したところで尾頭付きを1匹拾った。

「すごい、です」

ミリアがすぐに飛びついて、嬉しそうにしながらご主人様に手渡していた。

 

『尾頭付きはかなり残りにくいのに、一発で残すとはさすがご主人様です』

「ご主人様、尾頭付きはかなり残りにくいアイテムだそうです。一発で尾頭付きを残すとはさすがご主人様だと言っています」

私がミリアの言葉をブラヒム語にやくすと、ご主人様はドヤ顔になった。

 

その後、4回目のマーブリームの団体を倒すと、2個めの尾頭付きが出た。

 

「尾頭付き、です」

ミリアが拾ってご主人様に手渡す。

 

「尾頭付きは相当に残りにくいと聞いたのですが……」

「ミリアもそう言っています。さすがはご主人様です」

セリーがポツリとつぶやいたので私が答えると、セリーは少し考えた。

「あ。でも料理人になれば食材が残りやすいという話を聞いたことが......」

セリーはご主人様の秘密に気がついたようで、答え合わせをするように問いかけた。

 

「ひょっとして、料理人のスキルですか?」

ご主人様は返事をする代わりに、ニヤッと笑った。

どうやら正解だったようだ。

 

あとで教えてもらったのだけれど、料理人にはレア食材ドロップ率アップの常時発動スキルが有り、ご主人様は尾頭付きや三角バラなどのレア食材が欲しいときは利用しているらしい。

 

「尾頭付きも拾ったし、ちょっと早いけど今日の探索は終了しようと思うが、どうする?」

「そうですね。鍛冶もしたいですし、いえのことも有るのでたまには早目に切りあげても良いかも知れませんね」

ご主人様の問いかけにセリーが返事をしていたとき、とても不快なにおいがただよってきた。

 

「あの。ご主人様、すみません」

「何だ」

「知り合いのにおいがします。入り口から入ってきたところだと思います」

「知り合いか」

 

「移動した方がいいですが、近くにいてはっきりとにおうので、向こうにも私の存在が分かったかもしれません。このまま逃げて後で会ったら、何か言われる可能性もあります」

「嫌な知り合いなのか?」

「えっと。少し」

「そうか」

 

本当は少しどころか凄く不快だったけど、私が強く拒否して逃げ出すことになったらのちのち面倒なことになりそうだし、向こうが私を無視する可能性も......

などと考えていると、向こうはこちらに向かいだしたようで、においが強くなってきた。

 

「こっちに近づいています。確実に私のことが分かったのでしょう」

「しょうがないか。このまま待とう」

「すみません。変なことを言われるかもしれません。お気になさらないようにお願いします」

 

「そこまで嫌な相手なのか」

「昔から私のことを目の敵にしてくるので」

「何かあったとき、俺はロクサーヌの味方だから」

「はい。ありがとうございます、ご主人様」

ご主人様はそう言うと、私の肩にそっと手を置いてくれた。

私はご主人様の優しさに、少し気持ちが軽くなった。

 

「ところでどんなやつなんだ?」

「バラダム家という大きな商家の娘です。名前は知りません」

「えっ、名前は知らないのか?」

「一方的に私に絡んできていたのですが、興味がなかったので」

「そうか。穏便に済めばいいんだがなぁ......」

ご主人様は小さくつぶやいた。

 

 

少し待つと、通路の先のほうから6人のパーティーがあらわれた。

先頭は私の嫌いなバラダム家の娘だ。

その女はどうでも良かったが、うしろにいた男を私は知っていた。

乱暴者のサボーだ。

獣戦士では最も強いと言われているが、恐喝や暴行、女性を襲ったなんて噂もある危険な男だ。

揉め事は起こさないほうが良いので、私は丁寧な対応をすることにした。

 

「おーほっほっ。やはりロクサーヌではございませんこと」

「ご無沙汰しております」

「ホント、久しぶりだというのに、相変わらずさえない女ですわね」

相変わらず性格が悪そう、人相にもそれがにじみ出ているようで、顔が歪んでいる。

そう思いながらも丁寧な対応を心がける。

 

「そちらはお変わりもなく」

「以前のわたくしとは思わないでいただけます? 半年前からさらに強くなりましてよ」

「そうですか」

私はとりあえず、相手を刺激しないように無難に受け答える。

 

「かすかでしたが、迷宮の途中でロクサーヌの貧相なにおいが漂ってきましてよ。わたくしにかかればこのくらい何でもありませんわ」

「こちらにはどのようなご用件で」

ムッとするけど我慢して、丁寧な対応を続ける。

 

「情報弱者のロクサーヌはなんにも知りませんのね。かわいそうだから教えて差し上げますわ。狂犬のシモンが出没するという手配書が回っていましてよ。活躍の見込めない家に手配書は回らないでしょうけど」

「狂犬のシモンですか?」

「シモンはかつて、狼人族でも一、二の使い手といわれた男。サボーが倒し、わたくしのバラダム家こそ狼人族の中で一番強いと証明してみせるのです」

 

「あー……」

シモンはご主人様が既に倒してしまっている。

私はどう答えるか困っていると、向こうは私がブラヒム語を話せないと思ったようだ。

 

「相変わらず躾がなっていない雌のくせに、ブラヒム語は多少覚えましたのね。まだ巧く話せないようですけど」

「えっと。いや」

「奴隷に落ちたのも少しは役に立ったようですわね。感謝してほしいですわ。いろいろてを回して、あなたの家に収入がいかないようにしたのですから」

 

いま、なんて言った......? 

私の家に...... この女が?

「そんな……。あなたが……」

私は向こうの突然の暴露に言葉が出なくなった。

 

なんでそんなことをしたのか?

何がそんなに気に入らなかったのか?

この女のせいで、叔父や叔母は苦しんだのか?

そのせいで私は奴隷に落とされたのか?

そもそもいつから嫌がらせをしてたのか?

 

私のあたまのなかを色々な疑問が駆け巡り、動揺していると、女はさらにとんでもないことを言い出した。

 

「わたくしのバラダム家の力を使えば、簡単でしたけど。ロクサーヌがひとの男に色目を使うビッチなのがいけないのですわ」

「使ってません!」

私は一瞬で我に返り、キッパリ反論した。

 

女は一瞬怯んだように見えたけど、さらに言葉を重ねてきた。

「口ではそんなことを言っても、態度を見れば明白ですわ。どれだけの男を手玉に取ったのやら。ロクサーヌを見る男の視線が違うのだからすぐに分かりましてよ。その上わたくしの婚約者まで」

「そんなひと知りません!」

私は再度キッパリ否定した。

実際この女の婚約者なんて知らないし、興味もない。

ただ、ご主人様に私の心象をわるくされるのが凄く不快で、思わずキッ!っと睨んでしまった。

 

すると、女は貶める矛先をご主人様に変えてきた。

「奴隷になったら、今度はそちらの軟弱男を籠絡したのですか。ロクサーヌに騙されるようでは知れたものですわね」

「ご主人様の悪口は言わないでください!」

私は一気にあたまに血が登り、声を張り上げてしまった。

 

女は一瞬怯んだが、すぐに[してやったり]というイヤらしい顔になった。

「あら。ロクサーヌごときがわたくしに指図するんですの」

「いえ。私のことはかまいませんが、ご主人様の悪口はやめてください」

「それならわたくしと決闘なさい」

「決闘?」

「ご主人様とやらの名誉を守りたければ、勝ち取ればいいだけの話ですわ。そんなにいいご主人様なら、奴隷の決闘も認めてくださるでしょう?」

 

女はほほを緩めてにやけた。その時、はじめからこれが狙いだったことに気付いた。

私は女の策略にまんまと嵌ってしまったことを申し訳なく思いながら、ご主人様に決闘の許可を求めることにした。

 

「ご主人様……」

私がご主人様に話しかけると、その言葉を遮って、女が宣言した。

「わたくしとロクサーヌとの決闘を認めるなら、わたくしのほうから決闘を申し込んで差し上げてもよろしくてよ」

 

ご主人様は状況が飲み込めず、セリーに説明を求めた。

「どういうことだ?」

「決闘を申し込めるのは自由民だけです。ただし、決闘は申し込んだ本人がやらなければなりません。申し込まれたほうは代理の者が代わりに受けて立つことができます。誰かの保護を受けている場合などです。奴隷は当然主人の保護下になりますから」

 

セリーが説明したが、ご主人様はまだ理解出来ていないようだった。

すると、反応の悪いご主人様にしびれを切らしたのか、女が分かりやすく説明した。

 

「ロクサーヌに代理の者を立てないというのなら、わたくしが決闘を申し込もうというのです」

 

すると、ご主人様は小声で尋ねてきた。

「ロクサーヌより強いのか?」

「半年前に練習で一度試合しただけですが、私の攻撃がほとんど通じませんでした」

「向こうの攻撃は?」

「もちろん、かすらせません」

 

「どんな卑怯な手を使ったか知りませんが、今度は半年前と同じ引き分けにはなりませんわ。半年の間にわたくしも強くなっています。尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちですわね。小生意気な雌犬など、叩き潰して差し上げます」

私たちの会話を聞くと、女はわめき出した。

しかし、何を言っていたのか、自分の考えに集中していたので耳に入っていなかった。

 

私はご主人様と出会って2ヶ月で、かなり強くなったと思う。試すにはちょうど良いかも知れない。

「ご主人様、やらせてください」

「でも、やったら勝っちゃうだろ」

ご主人様は女に聞こえるように即答した。

 

「そうかも知れませんが、私がどれくらい強くなれたのか試してみたいです」

「そうか?あの女じゃモノサシにもならんと思うぞ」

私とご主人様は敢えて女に聞こえるように会話を続ける。

 

「な、何を言っているんですの」

女はご主人様の言葉に明らかに動揺していた。

そんな女を追撃するように、ご主人様は言葉を重ねた。

ご主人様も、この女の態度には怒り心頭のようだ。

 

「どう考えてもロクサーヌが負ける想定ができないのだが」

それを聞いて女が反論する。

「それならばなおのこと決闘させてもかまわないではありませんの。主人と奴隷そろって勘違いしているその鼻をへし折って差し上げますわ」

 

ご主人様は顔をしかめると、ポツリとつぶやいた。

「めんどくさいな。勝ってもメリットがないんだよな」

 

確かにご主人様の言う通りだ。私たちにはなんのメリットもない。

せいぜい私がどれだけ強くなれたのか、モノサシとして使えるくらいだろうか?

そんなことを考えていると、今度は女のうしろから声がかかった。

 

「ここまできておまえが決闘を受けないというのなら、我がバラダム家に対する侮辱となる。なんなら、俺がおまえに決闘を申し込んでもいいのだぞ」

くちを開いたのはサボーだった。

 

「ご主人様、サボーは獣戦士で最も強いと言われています。危険です。ここは私に決闘をさせてください」

「いや。俺がやっても負けるとは思わないが」

「なんだと。この女ならともかく、俺を誹謗することは許さんぞ」

サボーが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 

確かにご主人様が本気で戦えば、サボーといえども勝てないだろう。

だけど、サボーは何をするか分からない。

卑怯な手も平気で使うと聞いたことがある。

サボーは人を殺すことに躊躇しないだろうし、ご主人様が怪我でもしたら申し訳ない。

 

サボーが出てくる前に、ここは私があの女を倒して終わらせるしかない。

私はそう思い、セリーに目配せすると、彼女は軽くうなずいてご主人様に助言してくれた。

 

「私もロクサーヌさんなら負けないと思います。やらせてみてもよいのではないでしょうか。万が一のときにはあれがあります」

セリーはわざと女に聞こえるように、身代わりのミサンガがあることを伝えている。

 

「ロクサーヌなどのために貴重な装備品を無駄にすることはありませんのに。ですが、決闘の途中でも手をついて謝るのなら命までは取らないで差し上げますわ。バラダム家にもそのくらいの慈悲はありましてよ」

 

さすがにあの女でも、セリーの言葉からこちらに身代わりのミサンガがあることには気づいたようね。

でも、あの様子だと、私たちが普段から足首に装備していることは想像もしていないみたい。

私に装備する必要はないような言い方をしてるけど、あの女のことだから信用はできないわね。

私のことを殺そうとしているのかしら......

 

あの女が何を考えているのか?

はっきりとはわからないけど、少なくてもセリーのほうが何枚もうわてってことね。

 

ご主人様は私に小さくうなずくと、バラダム家の娘に返事した。

「うーん。まあ分かった」

 

「ありがとうございます、ご主人様」

「おーほっほっ。しかと承りましたわ。ロクサーヌ程度、惜しいこともないでしょう。それでは、ハルツ公騎士団の詰め所まで参りましょうか。逃げ出すなどもってのほかですわ」

 

あの女がきびすを返して出口のほうへ向かうと、バラダム家の他のパーティーメンバーも続いた。

 

すると、ご主人様は私に話しかけてきた。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。入り口の小部屋まで魔物はいません」

「決闘には騎士団の許可が必要です。私たちも早く行きましょう」

私に続いてセリーもご主人様をせかす言葉をかけると、ご主人様は微妙な顔になった。

聞きたいことが違ったようだけど、遅れて良いことは何もないので、足速にバラダム家のパーティーを追いかけた。

 

「それでは、ここで待っていなさい」

ボーデの城の前に着くと、あの女は一人で中に入っていき、しばらく待つと中からゴスラーさんを連れて出てきた。

 

「ハルツ公領騎士団のゴスラーである。彼女が自由民であることを確認した」

私が一歩前に出て「はい」っと返事をすると、ゴスラーさんは一瞬私を見て、軽く目を閉じて小さく首を振ったあと、私に声を掛けてきた。

ゴスラーさんの態度を見れば、あの女がどんな言いがかりで決闘の正当性を訴えたのか想像出来るけど、私はあえて黙っていた。

言葉ではなく、実力であの女が嘘をついていることを証明すれば良いと思いながら......

 

「そのほうがロクサーヌか。決闘に異議はないか」

「ありません」

「それでは、申し出に従い、自力救済の原則にのっとって決闘を認める。被指名者に誰か保護するものがいれば、代理の者とすることができる。代理の者を立てるか」

「いいえ」

私が答えると、ゴスラーさんはちらりとご主人様を確認し、少し残念そうな顔をした。 

 

「相手方は非公開での決闘を望んでいる。それでよいか」

「日にちを延ばして、また卑怯な手でも使われては困りますからね」

バラダム家の娘は公開にして決闘が先延ばしになることを避けたいようだ。

私も面倒なことは早く終わらせたいので、ご主人様のほうを向くと、問題ないとうなずいてくれた。

 

「かまいません」

「それでは、双方のパーティーメンバーのみついてくるがいい」

 

ゴスラーさんに連れられてボーデの城に入ろうとすると、バラダム家の娘は「これでもう逃げられませんわよ」と捨て台詞を残して先に入って行った。

 

私たちはお城の中庭のような広場に案内された。

 

「ここでやるのか」

「公開で行うのであれば場所を設営しますが、非公開なのでさっさとすませるのでしょう。ほとんどの決闘は非公開で行われるようです。騎士団にとっても面倒ごとは手間をかけずに終わらせたいはずです」

ご主人様はセリーと小声で会話をすると、私に声を掛けてくれた。

 

「ロクサーヌ、俺の剣を使うか」

「いえ。使い慣れた片手剣の方がいいので」

「わかった。では、せめてジョブは獣戦士に戻しておく。いいか、絶対に気を抜くなよ。俺は......」

「ご主人様。大丈夫です。必ず勝ちます」

「わかった。頑張ってこい」

「かしこまりました」

ご主人様と話し終わると、ミリアが心配そうな顔をしながら私に頑丈の硬革帽子を渡してきた。

 

「はい、です」

「ありがとう、ミリア」

私は帽子を交換してただの硬革帽子をミリアに渡し、彼女のあたまを軽く撫でた。

 

「それでは、両者前へ」

ゴスラーさんの号令で、私とバラダム家の娘は向かい合う。

「しっかりやってこい」

「ロクサーヌさんなら負けるはずがありません」

「お姉ちゃん、がんばる、です」

私は3人からの声援を受けたが、バラダム家のパーティーは静かだった。

 

すると代わりに女が吠える。

「おーほっほっ。決闘をするとなれば、命のやり取りは常道ですわ。覚悟なさい、ロクサーヌ。もちろん、はいつくばったところで許すことなどありえませんわ。今日がおまえの命日になりましてよ」

 

やはりそうだったか。

この女は私を殺すきだ。

そっちがその気ならこちらも容赦はしない。

 

「行きます」

「教えて差し上げましょう、ロクサーヌ。半年前の試合にはお互いパーティーメンバーはいなかったのに、今日はサボーがわたくしのパーティーメンバーなのですわ。サボーはわたくしのバラダム家が総力を結集して求めたドープ薬を服用しているのです。その意味がお分かりになりまして」

「……」

 

ドープ薬...... サボーも所詮はハリボテの強さってことね。それに、サボーがパーティーメンバーだから強気だったなんて、とてもがっかりね。

それよりも...... この女は私にもパーティーメンバーがいることは考えてないのかしら。

性格と容姿だけでなく、あたまも悪いなんて......

救いようがないわね。

 

そんなことを考えて少し哀れに思っていると、あたまの悪さが出てしまったのか、勝手に勘違いしてまたしゃべりだした。

「おーほっほっ。意味が分かるようですわね。いい気味ですわ。それでは、まいりますわよ」

 

私は無言で剣をかまえ、女が踏み込んで振るった剣を半歩下がってかわした。

その後も女が振り回す剣を最小限の動きでかわし続け、それから反撃を開始した。

 

私は女の剣をかわしざま、手首や肩、脇腹や太腿を切りつけた。

女は自分の攻撃がかすりもせずに一方的に攻撃を受けていることにごうを煮やしたのか、大振りになって突っ込んできた。

私はそれをかわして、体勢を崩した女にわざと大振りにレイピアを振ると、女は無駄に大きく飛びのいて、勢いあまって尻もちをついた。

「ハァー......」

私は思わずため息をついてしまった。

 

「半年前と違って私の攻撃が通用するようですね。どうしたのですか。本気を出してください」

「くっ。相変わらずちょこまかと」

 

女が顔を歪めて立ち上がると、また剣を振り回しはじめた。

私はそれを冷静に避け続ける。

 

「半年前の方が強いと感じました」

「あと少しのところですのに……。どうして……。そこですわ」

なにがそこなものか、ハッキリ言って遅すぎる。

攻撃も単調だし、足技を使うこともない。

私はこのまま続けても、時間がかかるだけで得るものは何もないと思い、さっさと終わらせることにした。

 

「ご主人様の薫陶を得て少し強くなったような気がしたのでどのくらい強くなったのか計りたかったのですが。ご主人様の見立て通り、モノサシにもなりません」

「くっ。そんなはずはありませんわ」

「もういいです」

 

“殺してやる!”私は一瞬殺気をこめて、女の喉に剣を突き入れた。

レイピアは正確に女の喉にヒットしたが、女は串刺しにはならずに突き飛ばされた。

 

女はのけぞって倒れ、そのまま仰向けにばったりと横たわった。

 

「ま、まだこれくらいで……」

女は震えながら身を起こそうとしたが、足元に切れた紐が落ちたことに気づくと動けなくなった。

 

私は動けなくなった女に声をかけた。

「私の家が困窮するように、いろいろと画策してくれたようですね。しかし、そのことには感謝しないといけないのかもしれません。素晴らしいご主人様に出会えましたから」

 

私はそう言ったあと、女にだけ聞こえるくらいの小さな声で、言葉を続けた。

「ところであなたは確か、シモンを倒しにこちらに来たと言っていましたね」

「......」

「情報弱者のあなたに、ひとつ良いことを教えてあげましょう。

私のレイピア、前の持ち主はシモンという狼人族の海賊でした。この意味が分かりますか?」

「えっ!」

「活躍の見込めない家に手配書は回らない?

討伐完了の連絡もいかない家が期待されているとでも思っているのですか?」

「そんな、いつの間に......」

「あなた達は相当あたまが悪いようね。誰に喧嘩を売ったのか理解出来ないようですし」

「なっ! えっ!」

「ふふ。因みにあの海賊と他にも賞金首が何人かいましたけど、10人で襲ってきたのに私のご主人様ひとりに瞬殺されていましたけどね」

そう言いながら私が一歩踏み出すと、女はヒッ!っと軽く悲鳴をあげた。

 

「あなたはサボーなら誰にも負けないと思っているようですけど、クスリで強くなったようなハリボテ男が私のご主人様に勝てるとでも思っているのかしら?

ふふ。私は瞬殺されると思うのですけど」

「そ、そんな筈は...... サボーなら......」

「まあ、これ以上話しても時間の無駄ですね。どうせあなたはサボーの死ぬところを見ることが出来ないのですから」

「えっ! それはどういう......」

「今までの自分の行いに後悔しながら死になさい!」

 

私は女にトドメを刺すためレイピアを構えて歩き出すと、女は尻もちをついて悲鳴をあげ、後ずさりながら股間を濡らしだした。

「ヒイィィィッ!」

 

私は構わず間合いを縮め、あと一歩でレイピアが届く距離まで近づいた、まさにその時。

私のうしろから、ご主人様の声がかかった。

 

「ロクサーヌ!」

私は数歩下がって女と距離を取ってから、ご主人様に振り返えると、小さく首を振っていた。

殺さずに終わりにしろということだ。

 

「よろしいのですか」

「かまわない」

「このままだと、引き分けということになりますが」

私の顔を見て不安になったのか、ご主人様はセリーに確認した。

 

「大丈夫だ……よな?」

「あまりよくはありませんがそれでいいのであれば」

ご主人様はセリーの答えを聞いて首をかしげたが、そうしながらも手を振って私を招き寄せた。

 

すると、今度はバラダム家のパーティーのほうから声がかかった。

「あれを使え」

発言したのはサボーだ。

 

「そんな」

「大丈夫だ。見ていたが、あいつは身代わりのミサンガを渡していない。今なら、ただの引き分けでなく名誉ある引き分けに持ち込める」

 

身代わりのミサンガを渡していない?

サボーも私たちが普段から身代わりのミサンガを装備しているとは考えてもいないのか......

 

「で、ですが……」

「おまえはバラダム家の家名に泥を塗るのか!」

「も、申し訳ありません」

「いいからたてっ!負けは許さんぞ!」

「......」

 

名誉ある引き分けが何かは分からないけど、サボーに逆らったらあの女はただでは済まないわね。

まあ、あの女がどうなろうと構わないけど、引き分けは良いことではないわ。

 

チラッと振り返ると、女は顔が真っ青になっていたけど、動く様子はなかった。

このままでは、またいつ絡まれるかわからないし、他のことで嫌がらせをされるかも知れない。

ご主人様はそのあたりをどう考えているのか......

 

私はそう考えながらも視線を戻し、指示どおりにご主人様のところに戻った。

「よくがんばったな」

「はい」

「さすがはロクサーヌさんです」

「すごい、です」

 

「ご主人様の戦いぶりを常に身近で見ていたので私も少しは強くなれたのではないかと考えていましたが、思った以上でした」

「そ、そうか」

「ご主人様の薫陶の賜物です」

私が答えると、なぜかご主人様は肩をすくめた。

 

「相手は降参をしていないので勝負なしということになるがよろしいか」

勝負が膠着したからか、ゴスラーさんがこちらに寄ってきて問いかけて来た。

ご主人様を見るとコクリとうなずいたので、私はゴスラーさんに向き直り「はい」と返事をした。

 

次にゴスラーさんはバラダム家のパーティーのほうにも歩み寄り「そちらもそれでよろしいか」と尋ねると、サボーが前に出て答えた。

 

「仕方がない」

サボーは顔を真っ赤にしてひたいには青筋が浮かんでおり、カラダがプルプルと震えている。

あの男にとって、この結果は屈辱だったのだろう。

そしてあの女は、地面にヘタリこんだまま顔を青ざめさせていた。

 

「それでは、この決闘は引き分けとする」

ゴスラーさんが宣言すると、サボーは地面にヘタリこんで股間を濡らしている女に向かって歩きだした。

 

サボーは女に近づくと腰の鞘から大剣を引き抜き、

「バラダム家の面汚しがっ!」とひとこと怒鳴ると女の首を刎ね飛ばした。

 

「あっ!」

「なっ!」

「えっ!」

周りにいた全員、一瞬動きが止まった。

 

するとサボーは、自分はさも正しいことをしたのだと言わんばかりに、とんでもない事を言い出した。

 

「こいつにはもしものときのために自爆玉を渡しておいた。まさか本当に遅れをとるとは思わなかったが。その程度の覚悟もないやつなど、我がバラダム家には必要ない」

 

自爆玉...... つまりサボーは、あの女に自爆して私を巻き込めって言っていたのね。

だからあの女は、サボーに怒鳴られても立ち上がれなかったのね。

でも...... サボーもそうとうあたまが悪いわね。

完全にセリーの手のひらのうえで踊らされているわ。

 

あの女が自爆玉を使っていたら、卑怯な手を使ったうえに負けていたのだから、バラダム家の家名は地に落ちていたわね。

サボーは逆に、あの女に助けられたってことね。

 

まあ、私としてはあの女が死んでせいせいしたけど、引き分けだから、このままでは済みそうにないわね。

 

地面に転がる女の首を無視してわめいているサボーにゴスラーさんが詰め寄ったけど、バラダム家内部の問題だと言われ、しかたなく引きさがった。

 

すると、サボーはこちらを向いて、くちを開いた。

「だが引き分けなのは都合がいい。おまえたちは我がバラダム家に恥辱を与えた。決闘で敗れ、とどめを刺されないなどこの上もない不名誉だ。この汚辱をすすぐため、俺はそこの女に決闘を申し込む」

 

サボーはゴスラーさんにインテリジェンスカードを見せながら、私を指差した。

 

再戦はないと思い込んでいたらしいご主人様は、困惑してセリーに説明を求め、自分が引き分けにさせたことが悪かったことにやっと気づいたみたいだ。

 

ご主人様はしばらく決闘を回避する方法がないかセリーと話していたけど、それが無理だと悟るとフッっと息を吐いて自分が戦うと言い出した。

 

サボーは仮にも獣戦士で一番強いと言われている。だからといってご主人様に勝てるとは思えないけど、卑怯な手も平気で使う。

もし、それでご主人様が怪我をしたら...... 

万が一にも命を落とすことになったら......

 

そんなの耐えられない。

それを見ているなんて、私には......

 

ご主人様は私を気遣って自分が戦うと言ってくださっているけど、ここは私に任せて欲しい。

私はそう思い、自分が戦うと進言した。

「いえ。私が。サボーの強さはよく知られています。危険です」

「ロクサーヌがやるとあっさり勝っちゃいそうだし」

ご主人様が軽い感じで返事をすると、サボーは自分が馬鹿にされたことに気づいて怒鳴った。

 

「なんだと。貴様言うにこと欠いて」

「サボーは相当に強いはずです。狼人族の間では暴れ者として有名です。ご主人様を危険にさらすわけにはいきません。もし万が一のことがあれば」

 

私が思わず不安を口にしてしまうと、ご主人様の雰囲気が変わった。

今まで一度も感じたことがなかった、静かだけど圧倒的強者の雰囲気。

その雰囲気に包まれて、私は次の言葉が出せなくなる。

 

「万が一......だと? 万が一お前に何かあったらどうするんだ」

ご主人様は私の目を見て言葉を紡いだ。

決して大きな声では無いけど、こんな怒ったご主人様は見たことが無い。

 

私には.... とめることが出来ない...... そう思うと瞳が潤みはじめる。

それでもご主人様には戦って欲しくなくて必死に見つめると、ご主人様は私の不安を拭うように優しく耳を撫でた。

そして、ハッキリと言った。

 

「大丈夫だ、ロクサーヌ。おまえのご主人様はそこまで弱くない」

そこまで弱くない...... ということは、サボーなんて相手にならないってことですよね。

“か、かっこいい!”

私のために...... 私の不安を消し去るために......

このかたは、なんて素敵な人なんだろう......

 

「万が一は無いから、お前はそこで見ておけ」

「は、はい」

私はご主人様に見惚れてしまい、気づいたら返事をしていた。

 

「ただ向こうも少しは強いみたいだからな。手加減は難しい。殺してしまうことになるが、問題ないか」

「はい......」

「大丈夫です」

私に続いてセリーがしっかりと答えた。

 

あとで聞いたのだけど、このとき私はうわのそらで返事をしていたようで、気づいたセリーがフォローしてくれたそうだ。

 

その後、ご主人様は自分が代理に立つことと、サボーを殺すことに問題はないかゴスラーさんに確認すると、サボーは俺が負けるわけがないと怒鳴り散らした。

 

ご主人様はサボーを小馬鹿にして何度も挑発すると、さらに顔を赤くしながら怒鳴り散らしていて、明らかに冷静さを欠いている。

あれではまともな戦いにはならないだろう。

 

ご主人様の挑発にサボーはついに耐えられなくなり、「さっさと始めるがいい」とゴスラーさんに向けて怒鳴った。

 

ゴスラーさんは小さく咳払いすると、宣言した。

「では、異議がないのであれば決闘を認める。始めてよいか」

「おう」

サボーが吠え、ご主人様がうなずいた。

サボーは大剣を軽く振りながら前に出てきた。ご主人様を威嚇でもしているのだろうか?

対するご主人様は、なんと手ぶらだ。

 

ゴスラーさんが「両者前へ」と声を掛けると、サボーは

ご主人様を睨みつけながら歩み寄り、5メートルくらい離れたところで立ち止まって剣を構えた。

ご主人様は素手のまま立ち尽くしているけど、その目はサボーを見据えている。

 

「はじめ!」という声と同時に、サボーはご主人様に向けて一直線に突っ込んだ。

しかしご主人様は動かない。

 

サボーが上段から大剣を振り下ろした刹那、ご主人様のカラダが一瞬ブレた。

 

ご主人様は姿が霞むくらいのスピードで右に回り込みながら剣をかわし、うでをつかんで引き寄せながら足を掛けてサボーを転がした。

私は離れた場所から見ているからわかったけど、サボーには目の前にいたご主人様が突然消えたように見えたことだろう。

 

サボーはご主人様に突っ込んだ勢いのまま、糸の切れた人形のように手足をぶらつかせ、2転、3転と地面を転がった。

自慢の大剣も手放しており、うつ伏せにからだがとまると、そのまま動かなくなった。

 

ご主人様は倒れたサボーには一瞥もせず、ゴスラーさんに小さくあたまをさげると私たちに向かって歩き出した。

サボーはうつ伏せに倒れたまま、動く気配が無い。

 

「えっと……」

「まだ始まったばかりですが」

私とセリーが声をかけると、ご主人様はフゥっと息を吐いていつもの優しい顔に戻り、返事をした。

「終わりだ。あいつはもう、死んでいる」

 

いったいなにがどうなったのか...... 

私は、ご主人様のカラダがブレた瞬間に何かのワザを仕掛けたのだと推測した。 

 

推測はしたけど...... 見ていたはずだけど...... 

その瞬間に何をしたのか全く見えなかった。

ご主人様はやっぱり凄い。

「す、すごいです。近づいて腕を取り足をかけたのは見えましたが、何をしたのかは分かりませんでした」

 

「剣も抜かずにあっという間に倒すなんて……」

「すごい、です」

私に続き、セリーとミリアもご主人様を称賛した。

 

「確かに事切れている」

サボーの状態を確認していたゴスラーさんがつぶやいた声が聞こえてきた。

 

「サボーはとてつもなく強いと聞いています。だから、今まで誰もバラダム家には逆らえませんでした。それをあっさり倒すなんて。さすがご主人様です」

「いや、どうなんだろ。ロクサーヌのほうが強いんじゃないか」

 

私たちが話していると、バラダム家の残りのメンバーが我に返り、狼狽え出した。

「そんな……あのサボーが」

「確かにお嬢様と戦ったあの女性も強かったが、まさかサボーを上回るなんて」

「どうしよう、こんなの想定してないぞ」

「と、とにかく御館様に報告しないと......」

 

狼狽している向こうのパーティーメンバーを見かねたのか、サボーの死亡を確認したゴスラーさんが歩み寄った。

「この決闘はハルツ公騎士団のゴスラーが確かに見届けた。両者死力を尽くした、正当な決闘であると証言する。報復などのないように」

ゴスラーさんが向こうのパーティーメンバーに訓示していると、ご主人様も近寄って声をかけた。

 

「決闘じょうのことなのでやむをえぬ仕儀となった。遺恨のないように願いたい」

「は、はい。それは分かっております。サボーを倒されるようなかたと諍いを起こすつもりはありません。それで、装備品のことですが」

「装備品か......」

 

ご主人様が振り返ると、すぐにセリーが説明をはじめた。

「決闘に負けた人の装備品は本来勝利者のものです。しかし受け取らないことが多いです。装備品目当てに決闘を挑む者もいますので。

特に強い憎悪がある場合には、装備品の中から一つだけ奪うことも行われています」

 

セリーの説明を聞くと、ご主人様は私に問いかけてきた。

「ロクサーヌ、どうする」

「私は特に怨みはありませんので」

 

ご主人様の手前怨みはないと言ってしまったけど、本当はそんなことはない。

 

あの女のせいで叔父や叔母は借金を背負わされ、私は奴隷に落とされて売られることになった。

売られることが決まってからは、叔父とは口を聞かなかったし、叔母とは目を合わせて話すことが出来なくなった。

 

私が商館に連れて行かれる日、叔母は涙を流しながら私を強く抱きしめ、なんども謝っていたけれど、私は気持ちの整理がつかず、突き放すように最低限の返事しかしなかった。

そして、叔父には性奴隷となることを無理矢理承諾させられていたので、一生恨んでやると心に誓った。

 

そう、あの日。

私と叔母たちとの関係は壊れたのだ。

 

あの女は私に負け、サボーに殺された。

自業自得だし同情する気なんてサラサラない。

それに、今後は絡まれることがなくなるので、それ自体は良い結果だ。

だけど...... 気持ちは晴れない。

 

あの女は死んだけど、だからといっていまさら叔父や叔母との関係がもとに戻ることは無いだろうし、性奴隷に落とされて、誰に買われるかもわからずに、悩み苦しんだ日々が消えることもない。

 

その後、ご主人様に出会えたことは私の人生で最大の幸運だけれど、もしも主人と奴隷としてではなく、対等の立場で出会えていたら...... 

 

それに、私があの女に絡まれたせいでご主人様にまで迷惑を掛けてしまった。

私が男たちを手玉に取っていたなんて、ひどい嘘までつかれて、ご主人様からの心象を悪くされてしまった。

あのとき、ご主人様はどう思ったのだろうか。私に失望したのではないだろうか。

 

それに、あの女は、ご主人様を軟弱男などと...... 

 

死んだからって許せるわけがない。

私が...... やっぱり私がさっさとあの女を殺しておけば...... 

あの女を突き飛ばしたあと、そのままつっこんで刺し殺していれば......

 

私は目をふせ、モヤモヤした気持ちのまま考えこんでしまっていた。

 

すると、ご主人様は私の両肩をつかみ、心配そうな声音でもう一度私に確認してくれた。

「ロクサーヌ。本当にいいんだな」

「は、はい」

ご主人様の声でわれにかえると、ご主人様が心配そうに私を覗き込んでいた。

 

私は顔をあげて一度深呼吸し、ご主人様をしっかりと見つめ返した。

ご主人様は私に小さくうなずくと、振り返って向こうのパーティーメンバーに告げた。

「装備品は必要ない」

 

すると、向こうのパーティーメンバーは「ありがとうございます」とご主人様に形ばかりのお礼を言った。

そのあとゴスラーさんに「装備品とインテリジェンスカードを持って帰りますので、遺体の処分はおまかせします」と一方的に告げ、そそくさと死体から装備を剥ぎ取りはじめた。

 

ゴスラーさんは一瞬あきれた表情をしたけど、すぐに私たちに移動するよう促した。

「では、こちらへ」

ゴスラーさんに案内されて城内にはいると、そのままロビーまで通された。

そこで、私はご主人様に謝罪した。

 

「ご主人様、私のためにすみませんでした」

「いや。引き分けにしろといったのは俺だしな」

「ですが......」

「大丈夫だ」

ご主人様に力強く言われてしまい、私は「はい」と返事をして押し黙った。

 

私はご主人様に叱って欲しかったのだろうか......

それとも慰めて欲しかったのだろうか......

 

私が自分の感情を持て余しているうちに、ご主人様はゴスラーさんとひとことふたこと話をして別れた。

 

その後、家に帰って来ると、ご主人様はもう一度私に声をかけてくれた。

「ロクサーヌ、大丈夫か」

「はい。私なら大丈夫です。えっと。あの女が言ったこと、気にしないでもらえますか」

「軟弱男だったか。別に気にしていない」

「いえ。あの。私が男を手玉に取ったとか」

「そっちはもっと気にしていない」

ご主人様はそう言って笑いかけてくれた。

でも、本当に気にしていないのだろうか?

 

私は不安な気持ちを押し隠し、ご主人様に笑みを返した。

 

その夜、ご主人様はいつにも増して私を激しく可愛がってくれた。

全てを洗い流すように。

全てを忘れさせてくれるかのように。

 

ご主人様が横になったあと、私はなぜこんなことになったのか、また考えてしまった。

そして、ポツリとつぶやいてしまう。

「私、叔母の家族に迷惑をかけたかもしれません」

「今日のことは忘れろ」

すぐにご主人様から声がかかったけど、私は言葉を止められなかった。

 

「叔父は私に性奴隷になることを了承させ、代わりに狼人族には売らないという条件を奴隷商人につけました。酷い叔父だと思いましたが、それは私を守るためだったかもしれません」

「細かいことを言い出したら、俺があの女に感謝しないといけなくなる。あの女のおかげでこうしてロクサーヌを手に入れることができたのだしな。だから、細かいことはあまり気にするな」

「はい。ありがとうございます」

 

「俺とロクサーヌが幸せになればいい。それがあの女に対する最高の復讐だ」

ご主人様はそう言いながら私を抱き寄せてくれた。

私はご主人様の肩にあたまを乗せ、幸せな気持ちで目を閉じた。

私はしばらくそのままでいたけど、ご主人様が眠ったのでベットを抜け、ダイニングにおりた。

ひとりになって気持ちを整理したかったからだ。

 

暗い部屋の中でイスにすわり、静かに今日のことを考えた。

 

あの女は、私を奴隷に落とすため、私の家に収入がいかないようにしたと言っていた。

そして、私があの女の婚約者に色目を使ったことがいけないのだと言っていた。

 

私は誰があの女の婚約者なのか知らないし、そもそも男の人から言い寄られることはあったけど、色目を使ったことなど一度もない。

あの頃はご主人様のような素敵な人と出会ったことがなかったので、恋愛対象として男の人に興味を持つこともなかった。

 

誰と話すときでも愛想よくしていたとは思うけど、誰からの誘いも受けなかったし、男の人から告白されてもちゃんとことわったはず。

なかには何度断ってもしつこく迫ってきた人もいたけれど、思わせぶりな態度を取ったことは一度もない。

それなのに、こんな仕打ちを受けるなんて......

 

愛想が良かったことがいけなかったの?

それだけで奴隷に落とすほど恨まれたの?

 

私には心当たりはないし、本当の理由はわからないけど、あの女が嫉妬に狂って私を恨んだことに間違いはない。

そして、そのせいでご主人様に迷惑がかかってしまったことも......

 

何をどうすれば良かったのかは分からないけど、

私がもっと気をつけていれば......

私がもっとうまく立ち回れていたら...... 

私が悪かったのか......

私が...... 

私が......

 

私が沈み込んでいると、不意に誰かに見られている気がした。

顔をあげるとそこにはいつの間にかセリーが立っていた。

 

セリーは私の隣まで近寄ると、私のあたまを引き寄せて胸に抱えた。そして、黙ったまま私のあたまを撫でだした。

次の瞬間、私の瞳から涙が溢れ出し、嗚咽してしまった。

今はただ、セリーの優しさがうれしかった。

私はそのままセリーにしがみつき、しばらく泣いた。

 

少しして落ち着くと、セリーはくちを開いた。

「落ち着きましたか?」

「セリー...... ありがとう」

「いえ、これは貸しですよ。私が落ち込んだときに返して頂きますからね」

「ええ。そのときは必ず......」

 

「それにしても、今日のご主人様は凄かったですね。ロクサーヌさんはどう思いました?」

「確かに凄かったですね。攻撃が早すぎて、私の目では追いきれませんでした」

「ロクサーヌさんには見えていたのではないのですか?」

「いえ、私に見えてたのは、ご主人様が剣をかわしながら右回りにサボーの腕を引き寄せて、その手を流しながら足を引っ掛けて転ばした。というところまでです。攻撃したところはまったく見えませんでした」

「そうでしたか。帰りぎわにゴスラーさんが、サボーの死体のところに身代わりのミサンガが落ちていたので、ご主人様はあの瞬間に2回致命傷になる攻撃をしていたと言っていましたよね。

ですから、普通の攻撃ではなく何か特種な魔法ではないかと私は考えています」

「本当ですか? 私はゴスラーさんの話しを聞いていなかったので気づきませんでした」

「そうですか。やはり聞いていなかったのですね。 

ロクサーヌさんは決闘であの女が死んだあとくらいから、ずっとうわの空でしたからね」

「セリー、すみませんでした。私......」

「仕方ないですよ。ご主人様、凄くカッコ良かったですし」

私はあのときの、私のかわりにサボーと戦うと言ったときのご主人様を思い出した。

カッコ良かった。凄く素敵だった。

それと同時に、あの女がついた嘘をご主人様はどう思ったのか......不安もよぎる。

「......そうですよね」

 

私があのときの光景を思い浮かべていると、セリーに肩をたたかれて現実に引き戻された。

「ロクサーヌさん、帰ってきてくださーい!」

「せ、セリー、すみません。

あの、ご主人様は今日のことで私に失望してしまったのでは......」

「はぁ?」

「だって、男を手玉に取ったとか、色目を使ったとか言われたのですよ?」

「そんなのもてない女のひがみに決まってます。ご主人様もきっとそう思ってますよ」

私は不安をくちにしたが、セリーにキッパリ否定された。

 

「そうですか?」

「ご主人様はロクサーヌさんを信頼しています。それに、ひとりの女性として間違いなく好意を寄せています。そんな人があんな女の言葉を信じるはずがありません」

「本当にそうでしょうか...... 私、自信がなくて......」

「はぁ?ロクサーヌさんがですか?

あきれた。あなたが駄目なら世の中の女性は全員駄目ってことになりますよ」

「そ、そんなこと...... でも、私は奴隷ですし、あんな素敵なご主人様とは釣り合いが......」

「ああもう。何を言っているのですか!

ご主人様はロクサーヌさんのために命をかけたのですよ?好きでもない女に命をかける男がいるとでも思っているのですか?」

「確かにそうかもしれませんが、私......」

「はぁー......」

セリーは深くため息をつくと、ニヤッと笑みを浮かべて再びくちをひらいた。

 

「私がいくら言っても駄目ですね。お薬が届いているみたいですので、ちゃんと飲んでくださいね。

ちゃんとロクサーヌさんに効くように、今からおまじないをかけますから」

「えっ!どういう...」

そのとき、不意に大好きな匂いがした。大好きな、ご主人様の匂いだ。

するとセリーは少し大きな声で私に告げた。

まるで廊下にいる誰かに聞かせるように。

 

「ロクサーヌさん。もう一度言いますよ。

好きでもない女に命をかける男なんていません!

素直にもう一度ご主人様のところに行って、想いを伝えてください。大丈夫きっと受け止めてもらえますから。

いいですね!」

「は、はい」

「では、私は先に寝ます。おやすみなさい」

セリーはそう言い残すと、ダイニングを出て行った。

廊下で一度立ち止まったようだけど、少しすると彼女は寝室にあがって行った。

 

その後、ダイニングにご主人様が入ってきた。

「ロクサーヌ。少し話をしようか」

「はい。ご主人様」

私が返事をすると、ご主人様はいつもの向かい側ではなく、私の隣に座った。

 

「今日は、その、色々大変だったな」

「私のせいでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「ロクサーヌのせいじゃないだろう」

「いえ、私のせいです。私があの女に恨まれるようなことがなければこのようなことには......」

「それは無理だな。あれは逆恨みだ。それもあの女が言っていた、ロクサーヌが色目を使ったとか、男を手玉に取ったとかじゃない」

「えっ!違うのですか?」

「ああ、そうだ。だからこそ厄介なんだが、ロクサーヌは分からないか?」

「えっと....分かりません」

「やっぱりな。ハッキリと言うから、これからはちゃんと自覚してくれ」

「はい......」

 

「ロクサーヌ。あの女がお前を恨んだ理由は、お前が美人で魅力的だからだ」

「えっ!」

「あの女はロクサーヌの容姿に嫉妬して、言いがかりをつけて貶めようとしたのだ。だから、厄介なんだ。嫉妬されることは防げないからな」

「私の容姿って、そんなことは」

「ロクサーヌ。自覚しろって言っただろう。お前はそこらの美人なんて比にならない、あたま一つ飛び抜けた美人なんだ。それに、スタイルも良い。それもそこらのスタイルの良い女と比べてあたま一つ飛び抜けている」

 

私は自分が美人でスタイルが良いほうだとは思っていたけど、自分くらいの容姿の人はいくらでもいると思っていた。

なので、ご主人様からあたま一つ飛び抜けていると言われ、正直驚いている。

 

ご主人様は驚いている私の様子を見ながら、さらに言葉を重ねた。

 

「ハッキリ言うけど俺はベイルの商館でお前にひとめぼれしたのだ。お前ほどの美人でスタイルが良い女を見たことがなかったからな。

だから、ロクサーヌが売られる前、他の男がどんな目でお前を見ていたのか、容易に想像がつく。

たくさんの男が言い寄っていたのではないのか?」

「確かに言い寄ってきた男の人は何人かいました。でも、ちゃんと断りましたし興味もありませんでした」

 

「いや、ロクサーヌは断っても、相手の男はどうかな?未練タラタラでなんど断っても言い寄るやつもいたのではないのか?」

「......はい」

「ロクサーヌの言葉を曲解して、自分に気があると思い込んでいたやつもいたのではないか?」

「......はい」

そのとき、私はもとパーティーメンバーのことを思いだした。

 

あのボンボンは何度断っても気持ち悪くにじり寄ってきた。

社交辞令は通じなかったし、露骨に嫌がっても他のメンバーに「ああいうのを照れ隠しって言うんだぜ」なんて言っていた。

その言葉を聞いたとき、私は背筋がゾッ!と総毛立ったことを覚えている。

 

他のメンバーも私に“自分の女になれ”って言っていたし、まちで声を掛けられることも何度もあった。

思い出してみると、知らない女から急に「フンッ!このビッチが!」とか、「いい気になってんじゃないわよ!」とか言われたこともあった。

そのときは変な女がいるって思っていたけど、あれは私の容姿に嫉妬していたということなんだ。

つまり私はご主人様の言う通り、自分が思っているよりも、はるかに美人でスタイルが良いと見られているのだろう......

 

ご主人様は私の表情を確認したのか、少しのあいだじっと私の目を見て、そして話を続けた。

 

「そんなロクサーヌを、あんな顔も心も歪んだ到底もてそうにない女が見たらどう思うか。

嫉妬心に火が付くことは容易に想像が付くだろ?

だから厄介なんだ。

さっきも言ったけど、嫉妬されることは防げないからな。

だからこれからは、ちょっと良い顔をしただけで自分に気があると勘違いする男や、ロクサーヌの容姿を見ただけで殺したいほど嫉妬する女もいるということを自覚して行動すること。わかったな?」

「はい」

 

「あと、難しいかも知れないが...... 常に周りには気を付けてくれ」

「えっと、それは?」

「ロクサーヌは美人で魅力的だ。男なら、なんとしてでも手に入れたいと思える女だ。

だから、無理矢理襲ってでも欲望を満たそうとするやつもいるかも知れん」

「大丈夫です。そんな男は返り討ちにします」

 

私はそこらの男に負ける気はしないし攻撃されてもかわす自信があるので、自信満々でご主人様に返事をすると、ご主人様は軽くため息をついて首をふった。

 

「いや、駄目だ。相手が必ず正攻法で来るとは限らない。薬や魔法で動きを封じられてしまうかも知れない。

複数人で一斉にかかって来るかも知れない」

「それは......」

ご主人様の言う通りだ。

相手が卑怯な手を取らないなんて、なんて甘い考えだったのだろう。

 

「だから、身の危険を感じたら、とにかく逃げろ。あと、普段からなるべく人通りの少ない場所は避け、なるべく1人で行動しないように」

「わかりました。ご主人様の言う通りにします」

「分かれば良い」

 

「ご主人様...... ご主人様はなぜ、そこまで心配してくださるのですか?」

私は答えがわかっていたけれど、あえてご主人様に聞いてみた。

すると、少し顔が赤くなり、ぼそっとつぶやいた。

「そんなの好きだからに決まっているだろう」

「ありがとうございます。私もご主人様が大好きです」

予想通りの言葉が聞けて嬉しくなり、私が明るく返事をすると、ご主人様はなぜか微妙な顔をした。

 

「えっと、何かいけませんでしたか?」

「いや、そうではないが...... 

うん。これはちゃんと言わないと駄目だな」

そう言うと、ご主人様は真剣な顔付きになり、私としっかり目を合わせた。

私はご主人様の瞳に吸い込まれるような気がして息を飲む。

すると、ご主人様の口がゆっくりと開いた。

 

「ロクサーヌ。お前を愛している」

その瞬間、私のカラダは雷に撃たれたようにビクンと跳ね、歓喜に満たされた。そして、一瞬で涙が溢れ出した。

「は、はい...... はい...... ありがとう...... ございます」

うれしい。ご主人様に愛して頂けるなんて、夢のよう。

でも、ご主人様のような素敵なかたに愛される資格が、私にあるのだろうか?

私はその不安を、口にしてしまう。

 

「ご主人様...... 私は奴隷です。ご主人様に愛される資格は私には......」

「奴隷だったら何か問題なのか?

そんなことは俺には関係ない。

それともこの国では男が女を愛することに身分が関係あるのか?」

「い、いえ。恋愛に身分は関係ありません」

「では、俺からの好意は迷惑か?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の気持ちが溢れてしまった。もう、止められない。

「迷惑だなんて、そんなことはありません。

とても...... とてもうれしいです。

私も...... 私も愛しています...... ご主人様を、心から愛しています」

ご主人様は私の返事を聞くと少しホッとしたようで、小さく微笑んでから優しい声音で話を続けた。

 

「ロクサーヌ。俺は命をかけてお前を買ったし、今回も命をかけてお前を守った。

俺は自分の命よりもお前が大切なのだ。

お前がいなくなったら、たぶん俺は耐えられないだろう。だから、主人として二つ命令する」

「はい」

 

「一生俺のそばから離れることは、許さない」

「かしこまりました」

 

「俺より先に死ぬことも、許さない」

なんて優しい命令なの......

私は幸せ過ぎて、止めどなく溢れて来る涙を拭うこともせずに、ありったけの想いを込めて返事をした。

「かしこまりました。私は絶対にご主人様より先には死にません。ご主人様の寿命が尽きるときまで一緒にいて、必ず看取らせて頂きます」

 

その後、しばらく嬉し涙を流していたけど、私が少し落ち着くと、ご主人様は意を決したように表情を引き締めて再びくちを開いた。

 

「ロクサーヌ。最初に話したが、俺はこの国の常識を知らない。だから、俺の故郷の常識を当てはめたい。

3年後、ロクサーヌが20歳になったときまで気持ちが変わらなかったら...... 結婚して欲しい」

 

私はご主人様の言葉を聞いた瞬間、あたまのなかが真っ白になった。

そして、いまご主人様が言った言葉を反芻する。

ご主人様はいま...... 結婚って...... 私が20歳になったら、結婚......? 私と...... ご主人様が?!

 

「わっ!私で良いのですか?」

「ロクサーヌが良いのだ。俺には勿体ないくらいだ」

 

私が...... ご主人様と結婚!

私がご主人様のお嫁さんになれるなんて...... し、信じられない。

ゆ、夢? これは私の願望が見せている夢なのでは?

幸せ過ぎて、死んでしまいそう。

「そそそそ、そんな、私なんて...... 恐れおおいです」

その時、一抹の不安がよぎった。

唐突に、前から気になっていたことを思いだしたのだ。

 

私は狼人族。私とご主人様の間には子供が出来ない。

ご主人様はそれでも私をお嫁さんにしてくれるのだろうか?

私はそれが気がかりで、以前はいつかご主人様のそばから離れなくてはいけなくなると考えていた。

私はそのことが気になり、ご主人様に確認してしまった。

 

「あの、ご主人様。私は狼人族です。私とご主人様の間には、その...... 子供は出来ません。

それでもよろしいのですか?」

「それはあまり気にしてない。っていうか、子供が出来ないのは本当なのか?」

「はい。異種族間に子供が出来ないことは常識です」

 

「そうか。ところでロクサーヌは固有ジョブには上位職があることは知ってるよな」

「はい。それがどうかしたのですか?」

「獣戦士は百獣王、鍛冶師は隻眼、海女は...... 海女は判らんが、当然色魔にも上位職があるとは思わないか?」

「......はい。あると思います」

 

「昔故郷で読んだ本に、人間族とエルフ族の間に生まれたハーフエルフのことが書いてあった。

その本には、人間族と獣人族の間にも子供が出来ると書いてあった。

この国の常識では人間族と他種族の間には子供が出来ないってことになってるみたいだけと、俺の故郷ではそうではないと伝わっている。

そこで色魔の上位職なんだが...... どんなスキルを持っているか、気にならないか?」

「気になります。ええ、とても気になります」

「まだ分からないことではあるが希望はある。

いまは子供のことは抜きにして考えて欲しい」

「かしこまりました」

私は返事をしたが、ご主人様は黙ったまま私をじっと見ていた。

私はご主人様が何を考えているのかわからなかったので小首をかしげると、ご主人様は少し恥ずかしそうな、そして少し不安そうな声音でつぶやいた。

 

「それで...... その...... 返事はもらえるのか?

それとも、何日か待ったほうが良いのか?」

えっ!返事?

もしかして私...... 

ご主人様のプロポーズに対して返事をしていなかったの?

展開が早すぎて、とっくに返事をしたつもりになっていた。

私は嬉しさと恥ずかしさで、もう自分がどんな顔をしているのかわからなかった。

「ご主人様。よろこんでお受けさせて頂きます」

「そ、そうか、ありがとう」

 

ご主人様は私の返事を聞くと礼を言い、それから大きく息を吐いて、ホッとした顔になった。

「良かった。ほんとに良かった。

ロクサーヌとはかなり親密になれているとは思っていたけど、断られたらどうしようって考えたら怖くて、返事してもらえるまでドキドキだったよ。

俺はロクサーヌと釣りあえるほどカッコよくないから、正直自信がなかったし」

「いえ、ご主人様はとてもかっこいいです。私のほうこそ見放されないように、努力します。

あと、私、ご主人様からプロポーズして頂けるなんて思ってもみなかったので、夢のようです」

「俺はロクサーヌが受けてくれてほんとにうれしい。

結婚は3年後だから、それまでは愛想尽かされないよう努力しないとな」

「そうでした。3年後の話しですね。

私もご主人様にもっと愛して頂けるよう努力します。

ところでなぜ3年後なのですか?」

「俺の故郷では、20歳になると成人として認められるのだ。成人とは、自分の起こした事の責任を自分で取らなければいけない年齢、つまり大人ということだ。

20歳に成る前に故郷を出てしまった俺が言っても説得力は薄いかもしれないが、結婚するならお互い成人どうしのほうが良いと思った。そういうことだから」

 

「かしこまりました。帝国では結婚するのに歳は関係ありません。ただ、一般的に女は15歳以上なら問題ないと言われています」

「なんで15歳なんだ?」

「えっと、だいたい15歳から子供を産むことが出来るようになりますので」

「そ、そうか。ロクサーヌも...... やっぱり子供は欲しいのか?」

「ご主人様との子供なら、いつかは欲しいです。

ですけど、その...... いまはまだ」

「いまは?」

「えっと、その...... ご主人様との時間が減ってしまうので」

「そ、そうか。まあ、俺もいまはロクサーヌとの時間は減らしたくないなぁ。

それに、色魔を上位職にしないといけないから、すぐには難しい。

すまないが子供のことは結婚してからまた考えるってことにしないか?」

「はい。ご主人様♥ 

色魔を上位職にするため一緒に頑張りましょう♥」

「そ、そうだな。一緒に頑張ろう。

ところでロクサーヌ。このことは、他の皆んなにはしばらく黙っておいてくれないか?

セリーやミリア、それから今後増えるメンバーたちと不公平感を出したくないんだ」

「かしこまりました。

ですが...... それだけですか?」

ふふふふ。ご主人様、私はわかってますよ。

 

私が質問すると、ご主人様は少し逡巡したあと、観念したのかボソっと答えた。

「まあ、なんだな。セリーやミリアも好きだから...... 

ゆくゆくは...... 駄目か?」

ご主人様は、恐る恐る聞いてくる。

 

「いえ、良いと思います」

「えっ!いいのか?」

「はい♥」

「そうか、ありがとう」

私が同意すると、ご主人様は一瞬驚いたあと、ホッとしたみたいだ。

 

「ご主人様、私たちは家族です。

形はお任せしますので、誰ひとり欠けることなくずっと一緒に暮らせるようにして頂けると嬉しいです」

私が同意した理由を話し、今後についてのお願いをすると、ご主人様は少し考えてから答えた。

 

「わかった。妻の言うことには素直に従うよ」

「つっ!」

私は顔から火が出るくらい、一気に恥ずかしくなり、思わずうつむいてしまった。

それと同時にからかわれたことが悔しくて、ちょっとだけ反撃することにした。

私はゆっくりと顔をあげて、気持ち上目使いの位置で止める。そして小さな声で答えた。

「ありがとうございます...... 私の旦那様♥」

「だっ!」

ご主人様の顔も一気に赤くなった。

 

「い、意外と恥ずかしいな。セリーたちの前でぽろっと言ってしまうと面倒だから、しばらくは今まで通りの呼び方としよう」

「そ、そうですね。しばらくは今まで通りご主人様と呼ばせて頂きます」

それからご主人様は私の手を引きながら立ち上がると、私を抱き寄せて軽くキスした。

 

その後、私とご主人様が寝室に戻ると、セリーとミリアは片側のベットで熟睡していた。

いつもはセリーとミリアが両端なので、わざわざ片側のベットをあけたようだ。

 

セリーありがとう。でも、だいぶ遅くなってしまったから、このまま寝ないとね。

ご主人様もセリーの気遣いに気づいたみたいで、寝ているセリーに「いつもありがとうな」と言いながら軽くキスした。

 

私とご主人様はベットに入り、もう一度軽くキスだけして、そのまま眠りについた。

 

 

翌朝、目が覚めると、自分でも驚くほど気分が晴れやかだった。

決闘騒ぎで色々あり、驚愕の事実発覚やご主人様にご迷惑をかけてしまい大変な思いをしたけれど、それ以上に得た物が大きかった。

 

まず、ご主人様の超絶カッコよくて素敵な姿を見られた。しかも、私のために命をかけてくれたのだ。

そして、ご主人様とお互いに愛し合っていることが確かめ合えたし、プロポーズまでして頂いた。

3年後には、私はご主人様のお嫁さんに...... 

ああ。思い出すだけで幸せな気持ちになれる。

 

でも、この結果は、私とご主人様だけで得られた訳ではない。影でセリーが頑張ってくれたから、最高の結果が得られたのだ。

 

彼女は決闘のときは色々と助言をしてくれたし、私がほうけてしまったり、思考の海に沈んでいたときは、私をフォローしてくれた。

そして夜は私を励ましてくれ、ご主人様とのなかを取り持ってくれた。

セリーには、いくら感謝しても感謝しきれない。

この恩は、いつかしっかり返さないといけないわね。

 

私が昨日を振り返っていると、ご主人様の目が覚めた。

私はご主人様にキスをして挨拶する。

「ご主人様。おはようございます」

「ロクサーヌ。おはよう。大丈夫か?」

私はご主人様の耳もとに顔をつけて小声で話した。

「大丈夫ではありません。朝から幸せ過ぎて、死んでしまいそうです」

するとご主人様も小声で答えてくれた。

「俺も同じ気持ちだが、昨日のことは、まだ二人だけの秘密な」

「はい。ご主人様」

 

その後セリーとミリアが順番に、ご主人様に挨拶する。因みに私はセリーとご主人様が挨拶しているあいだにミリアを起こしながら挨拶し、ミリアとご主人様が挨拶しているあいだにセリーと挨拶するのが日課となっている。

 

私たちは一通り挨拶しあうと、早朝の迷宮探索にむけて着替えるため衣装部屋に移動した。

 

ご主人様と私の二人だけだったときはベット横の小さなテーブルに翌日の服を用意していたが、人数が増えた今ではご主人様を除く3人は衣装部屋に着替えに行くようになっている。

 

衣装部屋では、まず私はご主人様の服を選んでミリアに手渡す。

それから自分の着替えをはじめるのが、日課となっている。

 

因みにミリアは私がご主人様の服を選んでいるあいだにネグリジェを脱いでしまうので、私の服選びが早いときは上半身裸のまま寝室にいるご主人様に服を持っていき、戻ってきてから着替えを続けることがある。

どうも彼女は、ご主人様に裸を見られることはまったく恥ずかしくないようだ。

 

そして、これは後で知ったのだけど、ご主人様は最初にミリアが裸で服を持って来たときは驚いたそうだ。

でも、今は慣れてしまいミリアが服を差し出したときに両手で受け取るフリをして、人差し指で乳首をツンツンするらしい。

そのとき彼女はからだを振って胸を揺らすので、両方当たるのは3回に1回くらいらしいけど、当たったときは胸で顔をマッサージするご褒美があるので、ご主人様はけっこう真剣にチャレンジしているらしい。

 

 

そんなことをしていても、ご主人様は着替えるのが早いので、先にダイニングにおりて座って待っていることが多く、今日も私が着替えているうちに1階におりて行った。

 

私は自分の着替えをしながらセリーに話しかけた。

「セリー、昨日はありがとうございました。

あなたのおかげで元気になれました」

「なんだか凄く嬉しそうですね。一肌脱いだかいがありました。

それで、あのあとはどうだったのですか?」

「詳しいことは今はまだ内緒ですけど、あなたが言った通りでした。

私の気持ちを伝えたら、ちゃんとご主人様に受け止めて頂けました。

あなたには本当に感謝しています」

「ふふ。内緒ですか?ロクサーヌさんのしぐさと今の話から大体わかっちゃいますよ。

私は仲間として当然のことをしただけです。

でも、一つ貸しですからね」

セリーはそう言うと、私にウインクした。

 

「はい。必ず返します。次はセリーのばんですから、サポートは任せてください」

私はそう言うと、セリーにウインクを返した。

 

「えっと、私は......」

「大丈夫です。セリーもご主人様から愛されています。間違いありません」

「本当にそうでしょうか...... 私...... 自信がなくて......」

 

「セリー。あなたが思っている以上に、ご主人様はあなたを必要としてますよ。

それも、ただあなたの能力だけを必要としているのではありません。

間違いなく、人としてのあなた個人に愛情をいだいています。

ただ、ご主人様はセリーにフラれることを恐れているので、セリーが間違いなく自分を愛してくれているという確証がもてないと、告白してもらえません」

「な、何を言っているのですか。私がご主人様をフルなんてありえないじゃないですか。

それより、告白って......

私がご主人様に告白して頂けるってことですか?」

「はい」

「そんなことは...... えっと、もしかしてロクサーヌさんは告白されたってことですか?」

あっ! しまった。

このままではご主人様との秘密がバレてしまう。

 

私はセリーにも早く幸せになって欲しくて、思わず話し過ぎてしまったことに気がついた。

「えっと...... まだ秘密です」

「......」

セリーの目がジト目に変わった。 

 

「と、とにかくセリー、頑張ってください。

なんなら私がご主人様に話しを通しておきます」

「い、いえ。大丈夫です。

自分の気持ちは自分でちゃんと伝えます。

私のタイミングで伝えたいので、ロクサーヌさんには温かく見守って欲しいです」

「見守るだけで良いのですか?」

「はい」

「そうですか...... わかりました。

セリー、頑張ってください」

「はい。頑張ります」

 

私たちが着替えてダイニングにおりると、先におりていたご主人様は同じく先におりていたミリアと向かいあって猫耳をモフっていた。

ミリアはとても気持ち良さそうに、うっとりとご主人様を見つめている。

 

ご主人様はセリーに気がつくとモフるのをやめ、すぐに話しかけた。

ご主人様の手が耳から離れると、ミリアは一瞬悲しそうな表情を浮かべ、そして落ち込んだ。

もう少しモフって欲しかったようだ。

 

ご主人様は昨日のことについてセリーに感謝を伝えると、セリーは「いえ、仲間なら当然のことですので。でも、うまくいって良かったです」と返事をした。

ただ、セリーは顔が真っ赤になっていて、まともにご主人様と目をあわせてはいなかった。

私が「セリーもご主人様から愛されています」と言ったせいだと思うので、心のなかで「セリー、頑張れ!」と応援した。

 

 

その後、私たちは迷宮にワープして、日課の早朝探索を開始した。

私の動きがキレッキレだったことは言うまでもない。

 

 

あとから聞いて知ったのだけど、

昨日、セリーがダイニングにおりてきたのは、ご主人様に私の様子を見てきて欲しいと頼まれてのことだった。

そして、セリーは私のあたまを撫でているときに、ご主人様がこっそり追いかけてきて廊下で様子を伺っていたことに気づいたらしい。

そのため、最後に少し大きな声で話し、ご主人様を焚きつけたとのこと。

 

ご主人様はセリーの言葉を聞いて、私が本心からご主人様を慕っていることに確信が持てたので、告白して、可能ならプロポーズまでしてしまおうと思ったそうだ。

 

後日、ご主人様は「あのときは完全にセリーの掌の上で踊らされたよ」って笑っていっていた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから2日経った。

その日は武器屋と防具屋にたち寄るため、少し早く探索を切りあげていた。

ご主人様は定期的にセリーが作った武器や防具を卸しているが、いつもそのついでに掘り出し物がないか確認しているのだ。

 

因みにセリーが作る武器や防具は他の鍛冶師が作った物と比べて見た目が格好良い。

決して身内びいきという訳ではなく実際に並べて見ると微妙に形が異なり、セリーが作った物は細部まで丁寧に作られていて、なんというか美しいのだ。

さらに耐久性も優れているらしく、特によく売れるらしい。

防具屋の店主曰く、並べて置くと10人中9人はセリーの作った物を選ぶとのこと。

武器屋の店主もセリーの作った武器は他の鍛冶師の物より良く売れると言っていた。

 

実際に使った人からの評価も良いらしく、防具屋の店主からは店の専属鍛冶師になって欲しいとか、セリーブランドとして専用コーナーを設けるので、卸す量を増やして欲しいとか言われている。

 

ご主人様はセリーが褒められると嬉しそうにしているが、防具屋の店主には「セリーは公私共に俺の専属だから、この店の専属には出来ない」と言って誘いをことわっている。

そのとき、セリーはご主人様の袖をちょこんとつまみ、恥ずかしそうにうつむいている。

これがいつも見られる風景である。

 

しかし、今日はいつもと様子が違った。

まず武器屋に入ると、店のカウンターの上や奥の高級品が飾ってある壁の前に中級から上級の武器が大量に置かれていたのだ。

 

ご主人様は早速店主と話し、エストックやスタッフ、レイピアなど、いくつか良い物を選別して購入した。

ダマスカス鋼製の武器もいくつかあったけどご主人様は一瞥しただけで、値段の確認もしなかった。

 

私は以前、武器や防具はちゃんと整備すればみんな同じ能力を発揮すると思っていた。

しかし、ご主人様から同じ武器でも個体差があることを教えてもらった。

ご主人様はいつも、この個体差を見極めているとのこと。

ご主人様は「見極めをしくじるとカード融合の成否に関わるから、セリーの名誉のためにも絶対にてを抜けない。これは内密にな」と言っていた。

つまり、あのダマスカス鋼製の武器は、あまり良い物ではないと言うことだ。

セリーもそれをご主人様から教えてもらっているので、ダマスカス鋼の槍を見てご主人様が首を振ると、素直にうなずいていた。

 

次に防具屋に行ったのだが、防具屋の店の中はいつもと変わりがなかった。

しかし、ご主人様は店主と話しをすると、私たちについてくるよう促し、店の裏手に回った。

すると、そこには大量の防具が置かれていた。

店主曰く量が多すぎるので、仕分けと買い取りしたばかりで、まだ店頭に並べるまえだったとのこと。

 

私たちはお得意様なので、特別に先に見させて頂けることになり、ご主人様はダマスカス鋼の額金や竜革のジャケット。それにアルバという希少な胴装備など、良い物をいくつか選別して購入した。

 

夕食のときにご主人様から教えてもらったのだけど、あの武器や防具はバラダム家が資金に困って売りに出した物らしい。

今までサボーの武勇を背景に、支払いの延期や踏み倒しなど、強引な商売を行っていたらしいが、サボーが死んだために一斉に精算を求められてバラダム家は窮地に陥っているとのこと。

あの女やサボーもひどい性格だったが、バラダム家自体まともな商売をしていなかったようだ。

 

それからしばらく経ってから、夕食のときの話題に再びバラダム家の話が出た。

(このときはベスタとルティナが加わり、私たちは6人家族になっていた)

 

バラダム家の資金繰りは、武器や防具を売り捌いても悪化が止まらず、ついには家宝にしていた聖槍(これはのちにご主人様が装備品交換で手に入れた)をオークションに出品したり、魔法使い(これは後日ご主人様がベスタをオークションで落札したときに、目玉商品として出品されていた)や戦士、若い娘など、家人を何人も奴隷としてベイルの商館に売ったりした。

しかし、結局没落してしまい、商売から足を洗ったとのこと。

 

強引な商売をしていたためか各所から恨まれていたようで、何度も決闘を申しこまれては逃げ周り、最後は一家離散して、家長は夜逃げしたらしい。

風の噂では、海を渡って他の国まで逃げだしたとか......

 

ご主人様は私たちにバラダム家の末路を伝えたあと、

「どんなに繁栄していても、それに驕って理不尽なことをしていれば、いつかは破綻して悲惨な末路を辿るという良い見本だ。

今後は何ごとも丁寧に、慎重に、誠実に、対応していこう」と、宣言していた。

 

私は一刻も早くご主人様に迷宮討伐を成し遂げてもらうため、多少無理をしてでも可能な限り早く迷宮の上層階にあがって行こうと思っていたけれど、少し考えを改めることにする。

 

今後はバラダム家の二の舞にはならないよう、無謀なことはせず慎重に上の階にすすむ時期を見極めよう。

そして、将来にそなえて堅実に力をつけていこう。

 

未来の妻として♥ ウフッ♥

 

◆ ◆ ◆

 

追伸......

 

先日より、SRさん(仮名)から

いくつか苦情を頂いていますので、

反省を込めてご紹介致します。

 

①最近楽しそうにしているのは良いと思いますが

迷宮内でスキップするのは辞めて下さい。

緊張感が薄れます。

あと、ミリアがマネして勝手に前に出てしまい

フォーメーションが崩れるので焦ります。

近くに魔物がいないことは匂いでわかっているのでしょうけど!

 

②休憩のたびにご主人様に抱きついて

長々とキスするのは辞めて下さい。

私もキス出来るので、それは嬉しいのですが、

やはり緊張感が薄れます。

あと、待ってるあいだにミリアが爆睡してしまいます。毎回起こすのが面倒です!

 

③夕食の料理中に決闘のときのノロケばなしをするのは

辞めて下さい。

毎日聞いているので飽きました。

それに、あのときのご主人様が素敵だったことは知ってます。

私も横にいたので!

あと、ロクサーヌさんがトリップしているあいだにミリアが

「アジミ」と言いながらつまみ食いをはじめてしまいます。

そもそも「アジミ」を教えたご主人様がいけないのですが、

私が気を付けていないと夕食が減ってしまいます!

 

 

最近毎日が楽しくて、幸せで。

ついつい気が緩んでしまっていたようです。

 

以後、気をつけます。

 



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料理とエプロン 私も料理?

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

クーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは15階層、ターレは13階層、ボーデは12階層を探索中。

 

現在はハルバーの迷宮15階層で、先日仕入れた新装備をつけて探索中だ。

 

ちなみにいまの装備は

 

ご主人様(ミチオ・カガ) 

ひもろぎのロッド 硬革の帽子 アルバ 竜革のグローブ 竜革の靴 身代わりのミサンガ

 

私(ロクサーヌ)

エストック 鋼鉄の盾 ダマスカス鋼の額金 竜革のジャケット 硬革のグローブ 柳の硬革靴 身代わりのミサンガ

 

セリー 

強権の鋼鉄槍 防毒の硬革帽子 チェインメイル 防水の皮ミトン 硬革の靴 身代わりのミサンガ

 

ミリア 

レイピア 鉄の盾 頑丈の硬革帽子 チェインメイル 硬革のグローブ 硬革の靴 身代わりのミサンガ

 

全員スキル付きの装備品と身代わりのミサンガを着けており、中級のパーティーとしてはかなり充実した装備となっている。

 

ご主人様はアルバというくるぶしまで丈のある長いワンピースの胴装備のせいで、一見すると神官のようだ。

しかし、見た目は神官でも強力な魔法を使う。

 

いまもブリーズストーム五発でビッチバタフライを3匹、追加のファイヤーボール三発でサラセニアを1匹倒した。

魔物4匹を倒すのに、かかった時間はたったの3分である。

 

私が以前いたパーティーは6人だったし、戦っていた場所は3階層、魔物は2匹しかいないのに、倒しきるには15分はかかっていた。

単純に比較することは難しいけど、ご主人様がいるだけでパーティーは断然強くなる。

さすがは私たちのご主人様である。

 

私は戦闘を終えたご主人様に話しかけた。 

「ご主人様、お疲れ様です。魔法が強くなりました?」

「ああ。ひもろぎのロッドとアルバの影響だな。だが......」

「何か問題があるのですか?」

「見た目で魔法使いとばれてしまいそうだが」

「そうですね。今まで以上に気をつけて案内します」

「まあロッドを持っている時点で駄目駄目か」

「ふふ。確かにそうですね」

私がクスリと笑うと、ご主人様も微笑んだ。

くちで言うほど気にしてはいないのだろう。

 

「神官や僧侶がつけることもありますので」

セリーも問題はないことを諭す。

 

「僧侶が剣を出して戦うのは変な気もするが、僧侶が前衛でもおかしくはないんだっけ?」

ご主人様はセリーの言葉にしばし考えてから、私に聞いてきた。

「はい。火力は多ければ多いほどいいですから」

私が答えるとご主人様はひもろぎのロッドをしまい、スタッフを装備して戦った。

しかし、一度戦うと首をひねって「ひもろぎのロッドのほうがいいな」とつぶやき、スタッフをしまって再びひもろぎのロッドを装備した。

 

その後、すぐにボス部屋に到着。

セリーからブリーフィングを受けてミリアに説明する。

 

『ミリア。ここのボスはマダムバタフライです。

ビッチバタフライを強くした魔物ですが、攻撃を受けると麻痺することが多いので、避けること』

「はい。です」

ミリアが返事をすると、ご主人様は「では、行くぞ」と号令をかけた。

 

ボス部屋に入ると、私とセリー、ミリアの3人でマダムバタフライを囲み、ご主人様は付き添いのビッチバタフライの正面に立った。

そして、私たちがボスを引き付けていると、すぐにご主人様が囲みに加わる。

迷宮の15階層といえども、いまのご主人様にかかれば付き添いの魔物ごときは瞬殺である。

 

マダムバタフライは羽を大きく振り回して攻撃したが簡単に皆んなにかわされ、それではという感じで魔法攻撃を仕掛けたが、ご主人様とセリーにあっさりキャンセルされる。

結局ボスも私たちに何も出来ないまま、すぐに煙になった。

 

ボス部屋に入ってから、まだ5分も経っていない。

装備が良くなった影響もあるだろうが、もはや15階層では余裕で戦える強さになっている。

16階層からは一度に魔物が最大5匹出現するけど、私たちのパーティーなら十分に戦えるだろう。

 

私がそんなことを考えていると、ドロップアイテムを回収していたミリアが叫んだ。

「魔結晶、です」

どうやらたったいま出来たばかりのようだ。

 

ご主人様はミリアから魔結晶を受け取ると

「さすがはミリアだな。えらいぞ」と、

ひとこと褒めてミリアの頭を軽くなでた。

 

それを見て私はマダムバタフライのドロップアイテムを、セリーはビッチバタフライのドロップアイテムをご主人様に渡したけど、特に何もなかった。

まあ、そうでしょうね。

 

ちょっとがっかりしながらセリーを見ると、彼女は私を見てクスリと笑った。

私も思わず苦笑してしまった。

 

その後、ご主人様はボス部屋は魔結晶が出来やすいこととボスは魔力が大きいことをセリーから教わると、

「悪い。もう一度今のボスと戦っていいか」と、

私たちに聞いてきた。

いま出来たばかりの魔結晶を使って実験をするようだ。

 

16階層に抜けた後、再び15階層に戻った。

15階層の中間部屋に移動すると、ご主人様は自分のリュックサックから黄魔結晶を取りだした。

確か本日の探索開始前は緑魔結晶だったはずだ。

 

「黄色ですね。さすがはご主人様です」

「ありがとう」

私が称賛すると、ご主人様は少しうなずいて黄魔結晶をアイテムボックスにしまい、先ほど拾った黒魔結晶をリュックに入れた。

 

ボス部屋に入ると、今度のお付の魔物はサラセニアだった。

しかし、先ほどとまったく同じ展開で、5分も経たずに2匹とも煙になった。

 

ご主人様はリュックを降ろして魔結晶を確認すると、紫色になっていた。

「紫魔結晶ですか。相変わらず無茶苦茶です」

セリーがそれを見てあきれて言うと、ご主人様は目を泳がせながら

「確かにセリーのいうとおり、ボスは魔力が大きいようだ」と答えた。

 

「いくらボスは魔力が多いからといって、この階層でボス一匹を倒しただけで紫魔結晶ができるという話は……」

セリーはつぶやくと、何やらブツブツ言いながら考えだした。

彼女は自分の知らないことがあると、なぜそうなるのか必ず理由を知りたがる。

知りたがりはもはや、彼女のクセだと思う。

 

「ご主人様なら当然のことです」

私はご主人様と最初に迷宮に行ったときに、魔結晶に早く魔力を貯められることを教えてもらっていたので、素直に肯定した。

 

「すごい、です」

ミリアは相変わらず何も考えていない。

素直に驚いたけど、興味がないことだとすぐに意識から外してしまう。

実際、もうソッポを向いている。

 

「まあこれくらいはな」

ご主人様は私に乗ったようね。

セリーに説明するのが面倒みたい。

 

「はあ……」

セリーはまだ納得してないみたいだったけど、ご主人様は構わずハルバー16階層の魔物についての説明を促した。

ハルバー16階層の魔物はクラムシェルで、火魔法には耐性があり、土魔法が弱点とのこと。

 

「シェルパウダーだっけ」

「そうです」

「これからは買わなくてすむな」

「はい」

私がニッコリほほえみながら返事をすると、ご主人様は軽くうなずいた。

 

「しかしビッチバタフライに続いて火魔法に耐性か。16階層だしサラセニアの多いところにはあまり近づかない方がいいな。では、ロクサーヌ。最初は数の少ないところから頼む」

「かしこまりました」

 

私が案内をはじめると、セリーからピッグホッグが多いところも避けるように追加の指示が来た。

ピッグホッグは土魔法に耐性があるので、この組合せも駄目なようだ。

 

私はクラムシェルが多めの組合せを探しながら、パーティーを案内した。

 

クラムシェルは1mくらいの二枚貝の魔物で、突撃からの体当たり、噛み付き、水弾、水魔法と、多様な攻撃を仕掛けて来る。

しかし、実際に戦うと、体当たりは大したスピードがなく簡単に盾ではじくことが出来た。

 

次は貝殻が少し開いたので、何かを吐き出すと思って注意深く見る。

すると、思った通り水を吐き出した。

「来ます!」

私はみんなに注意を促しながら水弾が飛ぶ方向を確認すると、私に向かって射出された。

しかし、大したスピードではない。

私は上半身を傾けて水弾を避け、スッと近づいてエストックで切りつけた。

 

貝殻が再び動き、口が大きく開いた。

ここまで開くのだから、おそらく噛み付き攻撃だろう。

 

私が少しさがると、予想通りクラムシェルは口を開いたまま飛びついてきて、二枚の貝殻で挟み込もうとする。

しかし、大したスピードではない。

私は口のなかにエストックを突き入れてから盾でいなし、クラムシェルが向きを変えるところを狙って再びエストックで突いた。

 

「い、今のが噛みつきか」

「そのようですね」

 

クラムシェルはカラダが小さいし大したスピードでもない。それにモーションが大きいので攻撃が予想出来る。

いまの私たちをおびやかすような敵ではないわね。

 

そう思いながらご主人様に返事をすると、セリーも話しかけて来た。

 

「噛まれると麻痺することがあると図書館の本に書いてありましたが、確かにあの攻撃を受けたら麻痺もしそうです」

「あそこまでモーションが大きいと、なかなか当たらないでしょうけどね」

私が答えると、なぜかご主人様とセリーが顔を見合わせていた。

 

クラムシェルはご主人様が5発めのサンドボールを撃ち込んだあと、セリーが槍をくちに突き入れると横向きに倒れ、煙になった。

「あ。倒れた」

「やりました」

 

私たちのパーティーはご主人様の火力が圧倒的の為、普段魔物のトドメはご主人様の一撃となる。

しかし、たまに私たちの一撃がトドメになることもある。

別に誰がトドメを刺してもパーティーとしては一緒だけど、自分が刺すとやはり嬉しいものである。

 

「やりましたね、セリー」

「すごい、です」

私とミリアがセリーを褒めると彼女はニッコリほほえみながら返事をした。

やはり嬉しいのだろう。

「ありがとうございます。口を開けたときにロクサーヌさんが中を突いたのが大きかったと思います。それに、多分水棲の魔物ですから、ミリアの力も大きかったでしょう」

「そうですか? ですが、やはり最後のセリーの一撃で倒れたのです。さすがですね」

 

私たちが喜んでいると、ご主人様が話しかけてきた。

「中を攻撃した方がダメージがでかいのか?」

「硬い貝殻を斬っても傷一つつきませんでしたし、そうじゃないでしょうか」

「うーん。そうか」

セリーの答えを聞くと、ご主人様は顎に手をあてて考え込んだ。

 

「そうですね。これからは、水弾攻撃か噛み付き攻撃をかわしながら口のなかを攻撃しましょう」

私が答えると、さっきと同じようにご主人様とセリーが顔を見合わせていた。

 

えっと...... なぜ?

 

 

その後も16階層の探索を続けた。

 

何度目かの戦いのとき、私たちが最後に残ったクラムシェルを囲んで戦っていると、ご主人様は私とクラムシェルを交互に見て、なぜか顔を赤くしていた。

 

私は気になったので、クラムシェルを倒したあとに聞いてみた。

「ご主人様。先ほど私とクラムシェルを交互に見ておられましたが、何か問題がありましたか?」

「いや、何も問題ない」

「そうですか?」

「い、いや。たいしたことじゃないから気にするな。

それより、探索を続けよう」

「......かしこまりました」

 

ご主人様は理由を教えてくれそうにないので

[私は気になるのですけど]

という言葉は飲み込んで、次の魔物を探した。

 

このときは理由を教えてくれなかったけど、あとでご主人様は、ヴィーナスの誕生という開いた二枚貝のうえに裸の女神が乗っている絵画を見たことがあるそうで、このとき私が乗っているところを想像してしまったと、打ち明けてくれた。

 

ご主人様...... 

私が女神だなんて、さすがにおだて過ぎですよ。

でも、少しでもそう思っていただけるのは、素直に嬉しいです。

ただ、探索中に私の裸を想像していたなんて......

もしかして、色魔の影響ですか?

 

 

さらにしばらく探索していると、ご主人様は私たちに問いかけてきた。

「そういえば、蛤も二枚貝だよな。食材の蛤って」

「クラムシェルの残すアイテムです。レアアイテムですが、尾頭付きほど残りにくいわけではないようです」

セリーがすぐに答えた。

するとご主人様はミリアの顔をチラ見してから一瞬考え、宣言した。

 

「蛤を今夜の夕食に、尾頭付きの竜田揚げを明日の夕食でどうだ」

「明日の夕食、です」

ミリアは蛤よりも、明日の尾頭付きに喜んだのは言うまでもない。

 

その後はご主人様から要望通り魔物が3種類の群れを探したり、クラムシェルがなるべく多い群れを探して狩りを続けたが、残念ながら蛤は拾えなかった。

 

ご主人様はまだクラムシェルを狩りたいようだったが、魔物との戦闘が終わるたびに向けられるミリアからの視線に耐えかねて、蛤を断念した。

 

ボーデの迷宮12階層に移動してマーブリーム狩りをはじめると、こちらは1時間足らずで尾頭付きを2個拾った。

セリーは尾頭付きよりも蛤のほうが拾いやすいようなことを言っていたが、今日の結果は反対だった。

まあ、こんな日もあるだろう。

 

ご主人様は「少し早いけど、今日はこれで探索を終了し、魚屋による」と言い出した。

先日大量に拾った白身を売って、代わりに今日拾えなかった蛤を買うそうだ。

 

クーラタルの冒険者ギルドを出て魚屋の前まで行くと、ご主人様に声をかけられた。

「ロクサーヌ、セリー、ミリア。俺は店主と取り引きしてくるから先に卵とパンを買っておいてくれ。

あと、他の足りない食材も。

俺は夕食に蛤のクラムチャウダーを作るから、他は頼む。買い終わったらパン屋の前で待っててくれ」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

 

ご主人様は私に小銭入れを渡すと、魚屋の店主に声をかけながら店のなかに入って行った。

 

私は念のため小銭入れのなかを確認した。

いた...... ご主人様に入れないでってお願いしたのに......

私は小銭入れの口を縛り、セリーに渡そうとした。

「セリー、小銭入れを持って......」

「ロクサーヌさん。入ってたんですよね」

「......」

しれっと渡してしまおうと思ったけど、食い気味に受け取りを拒否されてしまった。

さすがはセリー。

私の表情を見て、中に何が入っているか気づいたのね。

セリーがダメならミリアは...... 

無理ね......  落としそうで怖いわ。

 

私は仕方なく小銭入れの紐を左手にくくりつけ、袋をしっかりと握った。

ご主人様...... 

入れないでって、私、お願いしましたよね!

 

私はふぅーっと息を吐いて心を落ち着け、二人を連れて八百屋に向かった。

 

歩きながらセリーに夕食の相談をした。

「セリー、ご主人様はクラムチャウダーを作ると言っていたので、何か炒め物を作ろうと思うのですが」

「それで良いと思います。

そうすると、うちには芋と人参はあるので、葉野菜が必要ですね」

「そうですね。では、葉野菜を2、3種類買いましょう」

「ロクサーヌさん。たしかご主人様はウサギ、ヤギ、豚バラ肉を持っているはずなので、どうせなら少しもらって肉野菜炒めにしません?」

「そうですね。では1品はそれで決定としましょう。 

他には何か作ります?」

「えっと...... クラムチャウダーも肉野菜炒めも味が濃いので、何かさっぱりした飲み物があればじゅうぶんかと」

「それならハーブティーなんてどうですか?」

「そうですね。今日は少し蒸し暑いので、先に作ってさましておきましょう」

 

私たちは八百屋で葉野菜3種類と卵を買い、パン屋に向かった。

いつもなら野菜はなるべく新鮮な物を、卵はなるべく大きな物を選んで購入するのだけれど、今日は小銭入れが気になってしまい確認に集中出来なかった。

 

因みに卵はマヨネーズ用で、このあとミリアが必死にかき混ぜることになる。

まあ、明日の尾頭付きの為なので、彼女ならよろこんでかき混ぜるだろう。

 

パン屋でご主人様の好きな高級パン

(って言っても1個8ナールだけど)

を4個買って店を出ると、魚屋に寄っていたご主人様が待っていた。

 

「ロク......」

「ご主人様!先に小銭入れを返します」

私は一刻も早く返したかったので、ご主人様の言葉をさえぎって話しかけた。

「お、おう」

私はご主人様に小銭入れを渡しながら、耳もとで小さく抗議した。

「ご主人様。この前入れないでってお願いしましたよね。私、もう汗びっしょりなんですけど」

「済まない。あとで拭いてあげるから許してくれ」

「はい。ありがとうございます...... い、いや。そうではなくて、緊張しますので、もう入れないでください」

「アハハハ。悪かった。気を付けるよ」

ご主人様はそう言うと、小銭入れのなかから金貨を取り出してアイテムボックスにしまった。

 

「ところでご主人様。魚屋のほうはどうでした?」

「白身のストックを半分売って、夕食用の蛤を買ってきた。

白身はこの前大量に拾ったので半分売ったところでどうということはないが、蛤はそれなりに高いから、次からはなるべく迷宮で拾うようにしよう」

「かしこまりました」 

「頑張ります」

「頑張る。です」

私が答えると、セリーとミリアも追唱した。

 

「それで、ロクサーヌたちのほうは?

クラムチャウダー意外の料理は決まったか?」

「肉野菜炒めを作ろうと思います。

ですので、葉野菜を3種類買いました。

うちに帰ったらお肉を出してください」

「わかった」

「あと、卵といつものパンも買ってます。

ところで卵はマヨネーズ用で有ってますよね?」

「ああ。有ってる」

「卵の白身は使いますか?」

「クラムチャウダーには使わないな」

「では、肉野菜炒めに入れちゃいますね」

「ああ。それで良い。マヨネーズは作るのが大変だと思うけど、宜しく頼むな」

「はい。かき混ぜるのはミリアに任せますが、大丈夫でしょう」

「混ぜる。です。明日は尾頭付き。です」

「頼んだぞ」

ご主人様は返事をすると、ミリアのあたまをひと撫でした。

 

「夕食のメニューは、クラムチャウダー、肉野菜炒め、パン...... だけか?」

「あと、ハーブティーにしようと思います。

クラムチャウダーと肉野菜炒めは両方とも味が濃いので、サッパリした飲み物があれば良いかと」

「まあそうだな。それで良いだろう」

 

私たちは15分ほど歩いて帰宅した。

パン屋の横の壁からワープで帰る方法も有ったけど、今日は敢えて歩いて帰ることにした。

 

私たちは迷宮探索を仕事にしているので、普段から家に居ないことが多い。

それに家から直接目的地に移動することも多いので、近所の人に会う機会が少ないのだ。

なので、たまに歩いて帰宅することにより、近所の人たちとコミュニケーションを図っている。

セリー曰く、近所の人たちに見られるだけでもちゃんとここに住んでいることがアピール出来るため、有効とのこと。

 

もくろみ通り、私たちは何度かご近所様とすれ違い、その都度挨拶や軽く雑談してコミュニケーションを図りながら帰宅することが出来た。

今のところ、ご近所様とは良い関係が築けていると思われる。

 

夕食を作っていると、ご主人様がミリアに蛤を見せて「これは?」と聞いた。

ミリアが一瞬考え「貝。です」と答えると、ご主人様は残念な子を見るような表情になり、そのあと目を閉じて軽く首を振った。

 

『ミリア、「蛤」ですよ。前にも教えたはずですよね』

『おねえちゃん、ごめんなさい。忘れていました』

『今度はちゃんと覚えてね』

「はい。蛤。です」

 

その後、久しぶりにご主人様お手製の蛤のクラムチャウダーを食べた。

ご主人様の作る料理はやっぱり美味しい。

肉野菜炒めも具材たっぷり肉もたっぷりで、こちらも美味しい。

今日も大満足の夕食でした。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索でクラムシェルを狩りはじめると、いきなり蛤がドロップされた。

パーティー初の蛤ゲットである。

って喜んでいたら、クラムシェルは3、4回に一度の割合で蛤を落とすようになった。

昨日は1個も拾えなかったのに、今日は早朝の3時間で8個も...... いったい昨日はなんだったのだろう......

それとも...... ご主人様は驚いてないし、また何かしたのかな?

さすがは...... ご主人様?

 

早朝探索を終えてクーラタルの迷宮から外に出ると、ご主人様は「今日の朝食は俺がマカロニを作るから、後はスープを頼む」と言い出した。

「分かりました」

「では、スープは私が作ります」

セリーが立候補したので、私は任せることにした。

 

ご主人様とセリーが朝食を作っているうちに、私は洗濯、ミリアは掃除に取り掛かった。

 

私はいつもの通りに脱衣室に向かい、洗濯かごからみんなの肌着を取り出した。

そしてお風呂場の洗濯用タライで洗い、物干しに釣った。

次に洗濯かごからみんなの服を取り、お風呂場で洗って物干しに釣った。

洗濯を終えても、ご主人様とセリーは朝食を作っていたので、私はダイニングテーブルを拭いてから、ミリアの様子を見に行った。

 

ミリアは昨日2階のはき掃除をおこなったので、今日は1階を掃除しているはず。

そう思って探したけど、どこにも見つからない。

ご主人様とセリーにも聞いたけど、二人とも見ていないとのこと。

2階にあがり各部屋を確認しても、やはり見つからない。

他にどこか見てないところがないか?

考えていると、不意にうえから音がした。

 

私は廊下のつきあたりにあるハシゴを登って屋根裏に顔を出すと、ミリアが床を磨いていた。

「ミリア、もうすぐ朝食が出来ますよ」

「はい。です」

「なんで屋根裏を掃除してたのですか?」

『おねえちゃん。「屋根裏」ってなに?』

『屋根裏のことです。ブラヒム語で「屋根裏」です』

『えっと、掃除してたのは、この部屋が埃まみれだったから』

『そうですか。でも、ここは使ってないですよ』

『いまは使ってないけど、いざ使うことになったときにすぐに掃除が出来るかどうか分からないので、いつでも使えるようにしておいたほうが良いと思ったの』

『確かにそうね。ミリア、偉いわ。ご主人様に伝えておきますね。じゃあ、そろそろおりて来てね』

『はい。もう終わるので、すぐに行きます』

 

私がダイニングに行くと、ご主人様とセリーがテーブルに料理を運んで来ていた。

私も手伝い準備が出来ると、ミリアもおりてきて朝食となった。

 

朝食のメニューはセリーが作った野菜スープと、ご主人様が作った......マカロニ炒め?

私はご主人様が作った物を初めて見たので素直に聞いて見た。

「ご主人様。これはなんという料理ですか?」

「海鮮あんかけ焼きマカロニだ。マカロニにかかっているとろみに蛤のエキスがしみ出していて、旨いはずだ」

 

カイセンアンカケヤキマカロニ...... 呪文?

私は一瞬変なことを考えてしまい、慌ててその考えを振り払った。

「とても美味しそうです」

 

ご主人様に少し微妙な顔をされてしまった。

「......では、食べよう」

「はい。いただきます」

「いただきます」

「いただく。です」

 

ご主人様が作った海鮮あんかけ焼きマカロニは、炒めたマカロニのうえに白身、蛤、豚バラ肉、そして数種類の野菜が入ったあんがかかっていて、とても美味しい。

ご主人様の言う通り蛤の味が強いけど、とても複雑な味だ。

 

「旨い。蛤は旨いな」

ご主人様は食べながら自画自賛している。

なぜかホッとしているみたいだ。

もしかして自信がなかったのですか?

 

「はい。ご主人様の料理は最高です」

「とても美味しいです」

「白身、おいしい、です」

私、セリー、ミリアが追唱した。

ミリアの感想が少しおかしいが、よろこんでいるので良しとしよう。

 

朝食のあと、再びハルバーの迷宮16階層の探索を行い、クラムシェルを狩った。

ボス部屋は見つからなかったけど、蛤は10個以上拾ったので当面は困らないだろう。

 

その日の探索を終えるころ、ご主人様はアイテムボックスからドロップアイテムを取り出して、ミリアに名前を聞いていた。

ミリアは、シェルパウダーと蛤はちゃんとブラヒム語で答えていた。

昨日教えたこと覚えていたので少し安心していると、ミリアが話しかけてきた。

『おねえちゃん。「蛤」は朝、白身と一緒に食べたよ』

『......そうですね』

「ご主人様。ミリアは蛤は今朝白身と一緒に食べたと言っています」

「なるほど。つまり魚と一緒に食べないと覚えないと言うことか......」

「そうですね。なかなか覚えない言葉は、これからは魚と紐づけて覚えさせましょう」

 

夕方、家に帰ると防具商人のルークからの伝言メモがあり、蝶のモンスターカードを落札したと書いてあった。

 

ご主人様に伝えると、なぜか少し渋い顔をしてセリーと打ち合わせを始め、蝶のモンスターカードは私の装備しているダマスカス鋼の額金につけることになった。

そのときご主人様は、最終的にダマスカス鋼の額金に四属性の耐性を全てつけると言ってセリーに引かれてたけど、ご主人様が言ったってことは出来るってことだから、将来が楽しみだわ。

 

その後、夕食の準備をはじめた。

メインは尾頭付きの竜田揚げだ。

 

ミリアが尾頭付きを揚げているうちに、ご主人様、私、セリーの3人でスープと温野菜のサラダ、竜田揚げ用のソースを用意した。

 

ミリアが油がはねるたびに飛び退くのを見て、ご主人様は「明日にはエプロンが出来上がるから今日は我慢してくれ」と言っていた。

 

そのあと食べた尾頭付きの竜田揚げは、とても美味しかった。

食事をしながらご主人様は

「しかし階層突破の記念料理が毎回毎回こればかりというのも味気ないよな」と言ったので、

私がミリアに通訳すると、彼女は悲しそうな視線でご主人様を見つめた。

ご主人様はその視線にいたたまれなくなったようで、動揺しながらもミリアに言った。

「い、いや。これはこれで間違いなく旨い。旨いが、いつもいつも同じというのも能がないような......」

 

「……パン粉、です」

ミリアは少し考えてご主人様に告げると、ご主人様は根負けした。

「あれか。じゃあ次の記念料理は尾頭付きのフライということでどうか」

「いいと思います」

「はい。楽しみにしています」

私とセリーが賛同すると、ミリアは目を輝かせた。

「食べる、です!」

そう言うなり、ミリアは目の前に残っていた最後の1個の竜田揚げにかぶりついた。

 

◆ ◆ ◆

 

数日前の出来事。 

 

夕食の支度で、ご主人様が尾頭付きを揚げていた。

その日のメインディッシュも竜田揚げだった。

 

ご主人様がクーラタルの服屋で買ってきたエプロンをつけて尾頭付きを揚げているあいだミリアは横でかぶりつくように見ていたけど、油が跳ねるたびに後ろに飛んで逃げていた。

「今、油が飛んだだろう」

「飛んだ、です」

「やっぱり油料理を作るならエプロンが必須か」

ご主人様は私のほうを向いて質問してきた。

 

「エプロンですか。あれば便利だと思います」

「ごっついのしかないんだよな」

「そうですね」

 

ご主人様がいう通り、エプロンというと......

いまご主人様がつけている下半身を隠す前かけか、あたまからすっぽりかぶる割烹着、もしくは割烹着の背中が開いているものしかない。

お世辞にも可愛いとは言えない。

 

「メイド服の前側のフリル部分だけって売ってないか?」

「私は見たことがありません。セリーは見たことありますか?」

「私もありません」

「そうか...... なんでごっついのしかないんだ?」

「エプロンは食品関係の販売者か、飲食店関係者がつける物です。

実用性と耐久性が求められますので、どうしても生地は厚手になります。ご主人様が言われるような可愛いエプロンは売ってないと思います」

 

セリーの説明を聞くとご主人様は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように言い出した。

「明日にでも帝都の服屋に行って作ってもらうか」

「えっと。よろしいのですか」

「ロクサーヌたちには可愛らしいものを着てほしいしな」

「はい。ありがとうございます」

 

その翌日。

 

私たちはその日の迷宮探索を早目に切り上げて、帝都の服屋に行った。

ご主人様がウサギの毛皮をおろし私たちのネグリジェを買った、女性用のきらびやかな衣装を扱っている高級店だ。

もちろんエプロンを売っているような店ではない。

 

ご主人様は店に入ると、いつも話している紳士風の店員に話しかけた。

 

最初店員は、エプロンを熱く語るご主人様に訝しそうな顔をしていたけど、次第に素材がどうとか色がどうとか加工がどうとか話し始め、かなり高い金額を提示した。

 

そして、ご主人様が少し躊躇したところ、強烈な言葉の一撃を加えてきた。

「想像してみてください。トップラインは水平にして、裾は膝丈。絹のなめらかな布地が前を覆い、優しく包み込みます。美しい光沢に加えて肌触りのよい絹のエプロン。最高の品であることをお約束いたしましょう」

 

次の瞬間、ご主人様は私を見て顔がにやけ、口からホンネが漏れ出した。

今にもヨダレを垂らしそうだ。

「ロクサーヌの素肌に...... ああ、素晴らしい......」

ご主人様...... なぜ素肌?

エプロンをつけた私でいったい何を考えているのですか?

 

私がご主人様の反応に戸惑っているうちに、ご主人様は店員に注文をかけた。

「通常の布を使ったやつと、絹のものと、彼女たち三人に一つずつ作ってもらえるか」

「かしこまりました。では採寸させますので」

 

「ありがとうございます」

私はご主人様がエプロンで何を考えていたのか想像できなかったけど、決して安いものではないのでご主人様にお礼を言った。

「ありがとうございます」

「ありがとう。です」

私に続きセリーとミリアもお礼を言っていた。

 

その後、私たちは女性の店員に店の奥に連れて行かれ、体の隅々まで採寸された。

ご主人様は店員とまだ話すことがあるようで、私たちにはついてこなかった。

 

奥の小部屋に案内されると、店員は私たちに肌着意外の服を脱ぐように指示し、かなりこまかくからだの採寸をはじめた。

女性どうしとはいえ、ちょっと恥ずかしかった。

 

採寸されている途中、セリーが私に話しかけてきた。

「ロクサーヌさん。エプロンを作るのになぜこまかく採寸までされるのか、何か聞いていますか?」

「いえ、何も聞いていません。

ただ、ご主人様はメイド服のフリル部分のようなエプロンがないかと言っていたので...... 

私たちのからだにピッタリあうサイズの、可愛いエプロンを作るのでは?」

「そうですか...... なぜエプロンに可愛さが必要なのでしょうか......」

そう言ったあとセリーは黙り、ずっと何かを考えていた。

 

5日後にエプロンが出来上がるようなので、セリーの疑問はそのとき解決されるだろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

翌朝、食事の後、ご主人様は商人ギルドに行って蝶のモンスターカードを買ってきた。

そして午後、迷宮探索を少し早く切りあげて帝都の服屋に行き、エプロンを受け取って家に帰った。

 

私たちは家についてエプロンを包みから出し、広げて見た。2種類ずつ入っている。

 

エプロンは、フリルがふんだんにあしらわれた可愛らしいもので、絹のエプロンには裾にレースがあしらわれている。

通常の布で作られたエプロンも、レースはないがフリルが着いていて可愛く仕上がっていた。

からだにあてがうと、通常の布のほうは膝丈だけど絹のほうは短めで、股間をやっと隠すくらいだ。

しかし、絹のほうはスベスベで、肌触りがとても良かった。

 

「これはいいですね。ありがとうございます」

「よくできています」

「かわいい、です」

 

私たち三人がエプロンを見てはしゃいでいると、ご主人様も嬉しそうに私たちを見ていた。

 

「これを着けて食事を作るんですよね。料理が今まで以上に楽しくなりそうです。絹のほうは少し丈が短いですが、スベスベで肌触りがとても良いです」

「そうですね。ただ、絹だと汚すと大変そうですが」

セリーが懸念を示すと、ご主人様はニヤリと笑って答えた。

「絹のエプロンは、台所では使わない」

 

「それではどこで使うのですか?」

私が聞くと、ご主人様は絹のエプロンについて説明をはじめた。

 

「絹のエプロンは寝室で使う。

俺の住んでいたところに伝統があってな。

エプロンは料理をするときに使うものだ。

だから、寝室で何も着ずにエプロンだけを着けると、私のことを好きに調理してください、という意味になるのだ。

三人にも是非やってみてもらいたい」

 

ご主人様...... そのためにわざわざ......

私は自分用のエプロンを作って頂いたことは嬉しかったけど、エッチのためにわざわざ作ったご主人様に少しだけあきれてしまい、返事が少し冷たくなってしまった。

「へえ。そうなのですか。あの。今夜にでもやってみますね」

「エプロンだけを身に着けるのですか......」

「やる、です」

私が返事をすると、セリーはジト目で、ミリアは元気に返事をした。

 

セリーはエプロンをエッチのために使うとは予想していなかったようで、あきれを通り越して残念な人を見るような表情になっている。

ミリアはご主人様の前で裸になること自体恥ずかしがっていないので、純粋に楽しみにしているみたいだ。

 

夕食の後、いつも通り私たちはお風呂場でからだを洗いあう。

いつも通りご主人様に隅々まで丁寧に洗って頂き、いつも通り気持ち良くなってしまう。

そして、いつも通り最後にご主人様をみんなで洗い、お湯で泡を流す。

 

いつも通りならこのあとは、みんなで湯船につかるか、お湯をはってないときは、みんなでからだを拭いてネグリジェを着て寝室に行くのだけれど、

今日はいつもと違った。

 

お湯でみんなの泡を流し終わると、ご主人様から「みんな、悪いが先に着替えて寝室で待っててくれ」と言われ、私たちは先にお風呂場を出た。

 

私たちは脱衣室でからだを拭き、絹のエプロンをつけて寝室に移動する。

そして、ベットの前に並んでご主人様をお待ちした。

 

ご主人様に言われた通り絹のエプロンはつけたけど...... 

大事なところが隠しきれていない。

 

正面から見れば胸はギリギリ隠れてるけど、横から見ればわずかに乳首は隠れているものの、胸自体は殆どまる見えの状態だ。

それに、足のつけ根がギリギリ隠れるくらいの長さで、しかも裾がレース加工になっているため、

陰毛が透けて見えてしまう。

 

生地がスベスベのせいで肌に触れる部分が撫でられているように気持ち良く、私の意思とは関係なく乳首が擦れてしまい、どんどん固くなってしまう。

そして、薄手の生地のせいで、固くなった乳首がプックリ浮きでてしまう。

 

この格好は恥ずかしすぎる。今にも顔から火が出そう。

裸でいるよりも断然恥ずかしい。

 

私も恥ずかしいけど、横に並んだセリーもかなり恥ずかしそうだ。

彼女は寝室に来てからしきりにモジモジしている......

 

セリーは小柄だけど、セリーのエプロンはさらに小さい。

私よりはいくぶん胸が隠れているものの、正面から見てもちゃんと膨らみが分かる。

それに、ご主人様に毎日揉まれているせいか、2ヶ月で少し大きくなった気がする。

ただ、あくまでこれは私の主観なので、彼女には言わないでおこう。

 

横から見るとわずかに乳首は隠れているものの、胸のラインは殆どまる見えの状態だ。

それに裾のレース部分が透けて、うっすら陰毛が見えている。

 

殆ど私と同じだ...... 

同じ店で一緒に作っているのだから当たり前か......

 

セリーも乳首が固くなり、プックリ浮きでてしまっていた。

スベスベの生地に乳首が擦れて、気持ち良いのだろう。

 

 

次にミリアを見ると、格好こそは私やセリーと同じだけど、何だか堂々としている。

表情を見る限り、まったく恥ずかしくないようだ。

 

ただ、乳首はプックリ浮きでていた。

やはりスベスベの生地は、彼女にとっても気持ち良いのだろう。

 

私たちが恥ずかしそうにしていると、寝室にご主人様が入ってきた。

 

「おおッ」

ご主人様は部屋に入るなり声を上げた。

 

「どうでしょうか」

私が尋ねると、ご主人様は改めて私の全身を舐めるように見た。

 

この恥ずかしい姿をご主人様に見られている......

舐めるようにねっとりと見られている......

それだけなのに......

触られてもいないのに......

秘部から愛液が溢れてくる......

私は恥ずかしすぎてご主人様を見ていられなくなり、思わず俯いてしまった。

 

「素晴らしい」

「ありがとうございます」

ご主人様が喜んでいるようで、少しほっとした。

 

次にご主人様はセリーを見だした。

私と同じようにじっくりと、ねっとりと、全身を見回している。

 

ご主人様はセリーを見ながら「まるで幼な妻のようだ」と小さな声でボソっと呟いた。

セリーも恥ずかしそうに俯いており、ご主人様の呟きには気付いていないようだ。

 

「セリーもすごいな」

「少し恥ずかしいです」

「いや、すごく可愛いぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

ご主人様は次にミリアを見だした。

ミリアはなぜか腰に手を当て、自信満々にからだを見せつけている。

全く恥ずかしいとは思っていないようだ。

 

ご主人様はミリアの全身もしっかり見てから声をかけた。

「ミリアも、似合ってるぞ」

「はい、です」

 

ご主人様がミリアまで見終わったので、声をかけた。

「えっと。ご主人様。どうぞお好きに調理なさってください」

「ああ。今日は最高の料理ができそうだ」

ご主人様はそう言うと、ミリアから順におやすみのキスを始めた。

 

ご主人様は私におやすみのキスをすると、ベットには寝かせずに立ったままうしろを向かせた。

目の前にはベットがあり、先におやすみのキスをしたセリーとミリアが座ってこちらを見ている。

そして、私と目があった。

 

ご主人様は私の背後からエプロンとからだのあいだに手をさしいれ、胸を揉みしだく。

まるでセリーとミリアに私の恥ずかしい姿を見せつけるように......

私はふたりに見られながら可愛がられていることと、それなのに感じてしまい秘部から愛液が溢れ出してしまうことで恥ずかしさが振り切れてしまい、顔から火が出るように熱くなる。

 

ご主人様は私の胸をじゅうぶん堪能すると、足を肩幅くらいに開かせた。

そして、片手をうしろから私の股間に回し、秘部を愛撫しはじめた。

 

クチュッ クチュッ 

私の秘部からは愛液が滴っていて、ご主人様の指にあわせてイヤらしい音を奏でてしまう。

 

セリーはうっとりと、ミリアは興味深そうに、私が可愛がられているところを見続けている。

 

気持ちいい。でも恥ずかしすぎる。

二人とも、もう見ないで......

 

私は心のなかでそう思うけど、からだはご主人様を求めてしまう。

ご主人様のアレを...... 早く...... 早く入れて欲しい。

 

どれくらい経っただろう、いや、実際はまだ数分も経っていないかも知れない。

私が入れて欲しいのを我慢していると、ご主人様が肌着を脱ぎすてた。

そして、アレを秘部に押し当てた。

ご主人様のアレは雄々しく反り返り、既に硬くなっている。ご主人様、早く......。

 

私はアレが秘部のなかに入ってくるのを期待したが、ご主人様が腰を前後に動かしても、アレは秘部の割れ目をこするだけでなかには入ってこなかった。

二人とも立っているからだ。

 

私はからだを折り曲げてご主人様のアレを私のなかに誘おうとしたが、再びご主人様がエプロンとからだのすきまに両手を差し入れて胸を揉まれた。

からだをまっすぐに立たされてしまった為、アレがなかに入らない。

ご主人様...... 私...... もう......

 

ご主人様のアレにこすられ、私の秘部からは愛液が溢れ出す。入れられていないのに、快感の波が大きくなり、登りつめそうになる。

イキそう、イッちゃいそう。

でも...イキたくない。ご主人様とつながりたい。

ご主人様、早く...... 早く入れて。

 

私はついに我慢が出来なくなり、激しくご主人様を求めてしまった。

「ご主人様、入れてください! 私、もう我慢出来ません!」

「わかった。入れられて悦んでいる顔を、二人にしっかり見せてあげるんだぞ」

 

ご主人様はそう言うと、私の上半身をくの字に傾けさせて、硬く反り返ったアレを私の秘部に突き入れた。

「ああああああああっ!」

さんざん焦らされたためか悦びが溢れてしまい、私は嬌声をあげてしまう。

 

ご主人様は私の両腕をうしろから押さえ、そのまま腰を打ち付けだした。

 

グチョッ! グチョッ! グシュッ! グチョッ!

私の秘部が濡れすぎていたせいか、とても水っぽくてイヤらしい音が響きだした。

裸にエプロンをつけただけの姿で、ご主人様にうしろから犯されている。

そして、その姿をセリーとミリアの二人に凝視されている。

 

さんざん焦らされて高まった快感と、強烈な羞恥心で何も考えられなくなり、ついに私は一匹のメスになってしまった。

 

もう、なんでもいい。

ただただこの快感を悦びたい。 

ご主人様!もっと、強く!私をグチャグチャにして!

 

私はご主人様の動きにあわせて嬌声をあげ、みずからも腰を振ってよがってしまう。

 

そして、快感の波が頂点まで高まり、あたまのなかが真っ白になった。

同時に、私のなかにドクンッ ドクンッ とご主人様の精液がそそぎ込まれた。

嬉しい...... こんなに愛して頂けるなんて......

私...... 幸せです......

 

「はぁ... はぁ... ごしゅ... じんさま...... ありがとう... ござい... ました」

「はぁ... はぁ... ロクサーヌ...... 凄く良かった......

少し、休んでいてくれ」

 

ご主人様が息も絶え絶えとなった私の秘部からアレを引き抜くと、私は支えを失って立っていられなくなり、セリーのすぐ隣にうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 

ご主人様も肩で息をしていたが、ベットのふちに座っていたセリーに手を引かれて彼女の前に立った。

すると、セリーはベットに腰掛けたまま、ご主人様の腰に手を回して口でアレをご奉仕しはじめた。

 

セリーは始めにアレをすっぽり咥えこむと、口をすぼめて竿のなかの精液を吸い出した。

そして、チュポンっと一度口を離し、ゴクリと喉を鳴らして飲み干す。

それから舌先でチロチロと尖端から舐めはじめ、エラや竿、袋まで丁寧に舐めてお掃除した。

お掃除が終わる頃には、ご主人様のアレはすっかり元気を取り戻していた。

 

アレは元気になったのだけど、セリーはご主人様の腰から手を離さず、再度尖端から咥えこんだ。

 

私が息を整えながら休んでいると、セリーがご奉仕する音が部屋中に響きだした。

 

ジュポッ ジュポッ ジュポッ ジュポッ

数日前に教えたばかりなのに、セリーはだいぶうまくなっている。 

ご主人様はとても気持ちが良さそうだ。

 

ご主人様...... 

いったばかりなのに...... 

もうあんなに硬くなって......

 

私がぼんやり見ていると、ご主人様は美味しそうにしゃぶっていたセリーのあたまを引き離した。

セリーは少し残念そうだ。

 

ご主人様はセリーを仰向けに寝かせると、両足だけM字に開かせて股間に顔を埋め、彼女の秘部を舐めだした。

しかし、口元がエプロンで隠れるのでよく見えない。

 

「ヒャッ! ご、ご主人様、いけません。 そこは...... アッ! き、汚いので......」

セリーは反射的に上半身を起こし、ご主人様を離そうとして両手をあたまに添えたけど、気持ちいいのかまったくちからが入らないようだ。

そのせいで、セリーがご主人様のあたまを抱えて秘部を舐めさせているようにも見える。

しかし肝心なところはエプロンの裾で隠れていて、それが嫌らしさを増大させている。

「ご主人様、アッ! アアッ! ダメです...... そんな...... アアッ!」

 

しばらくするとセリーの秘部からは愛液が溢れだしているのか、ご主人様がセリーの秘部を舐める音が響きはじめた。

 

ピチャッ ピチャッ ピチャッ ピチャッ

セリーはからだをのけ反らせ、あえぎ声を漏らしだす。

 

ご主人様はしばらくセリーの秘部を舐めると、不意にからだを起こしてアレを秘部にあてがい一気に挿入した。

 

「アグゥッ!」

セリーは一気に入れられたことに驚いたのか、入れた瞬間にひときわ大きくあえいだ。

 

するとご主人様はセリーを首にすがりつかせ、彼女の腰のうしろに腕を回してからだを抱きかかえると、そのまま立ちあがった。

ご主人様はセリーの足をM字に開かせたまま前後に動かし、自分の腰にセリーの秘部を打ち付けだした。

 

パンッ パンッ パンッ パンッ

「アッ! ンンッ! アンッ! アアッ!」

部屋にパンッパンッというセリーが打ち付けさせられる音とセリーのあえぎ声が響く。

 

ご主人様...... 凄い。

あれ、私もやって欲しい。

でも...... 

からだが小さいセリーじゃないとご主人様が厳しいかも...... 

 

セリーはそうとう気持ち良さそう...... 

嬌声をあげてよがっているし、そうとう悦んでいる。

 

ご主人様は少しのあいだ立ったままセリーを可愛がっていたけど、最後はセリーを優しく寝かせ、正常位でイッていた。

セリーはそうとう気持ち良かったのか、肩で息をしているものの恍惚な表情を浮かべ、半開きとなった口から涎を垂らしている。

 

こんなセリーはなかなか見られないわね。

 

ご主人様はセリーの秘部からアレを引き抜くと、今度はミリアを可愛がりはじめた。

 

ミリアはベットに仰向けで寝て「ご主人様、大好き。優しくして。です」と言ってご主人様を迎え入れる。

すると、ご主人様の目が野獣にかわり、ミリアに襲いかかった。

 

ご主人様はエプロンのうえからミリアの胸を揉みしだいた。

そして、スベスベの感触をしばらく楽しむとエプロンを中央に寄せて左右から乳房を引き出し、胸でエプロンを挟み込んだ。

ご主人様はミリアの胸に一度顔をうずめ、それから左右交互に乳首を嬲りだした。

 

基本、ミリアはベットのうえでは自分から動かない。

初めての日に「ご主人様に満足していただける自信がない」と言って不安を抱えていたミリアに、私が「ご主人様が優しく導いてくれるから、あなたはご奉仕しようとか考えず、身を任せていれば大丈夫ですよ」と言ったためなのか、お慰みを頂くときはずっと受け身だ。

 

かと言って決して嫌いなわけではなく、むしろ気持ちいいから大好きだそうだ。

ただ、自分から何かするよりも、興奮したご主人様が好きに動いて、自分のからだで悦んでくれるのが嬉しいと言っていた。

なので、彼女はご主人様が他の誰かを可愛がることには、あまり興味がないらしい。

 

その割にはさっきは私を凝視していたようだけど......

 

「ンッ!...... クッ!......」

ミリアはしばらく声を押し殺して乳首を嬲られていたが、ご主人様が片手をさげて秘部を愛撫しはじめるとあえぎ声が漏れ出した。

 

「アアッ! アッ! ンンッ! アアッ!」

ご主人様はしばらく指先でミリアの秘部を愛撫すると、不意にミリアの腰を持ち上げて、彼女自身に秘部を見せつけた。

ミリアはからだをまるめられ、顔を真っ赤にして自分の秘部を見上げている。

ご主人様はミリアの秘部に吸い付き、ミリアのなかに舌を出し入れした。

「あっ! ンンンンッ!」

ご主人様はしばらくミリアの秘部をあじわってから顔を離してなか指と人差し指を挿入し、ミリアに見せつけながら出し入れしはじめた。

 

ミリアは恥ずかしさから一度目を瞑ったけど、ご主人様から「ミリア、目をあけてしっかり見るんだ」と言われ、あえぎ声をあげながらも自分の秘部を凝視している。

ご主人様の指の動きにあわせてミリアのあえぎ声が段々大きくなり、ついに絶頂を迎えてしまう。

 

その瞬間、彼女はからだをガクガクと痙攣させ、プシューッ!って音がして秘部から愛液が吹き出した。

そして、エプロンと彼女の顔をビショビショに濡らした。

 

ご主人様はミリアがイクと秘部から指を引き抜き、今度はミリアを四つん這いにさせて、うしろからアレをつっこんだ。

そして、パンッ パンッ パンッ パンッ とリズミカルに腰を打ち付け出し、しばらくするとミリアのなかで果てていた。

ミリアはご主人様が果てるあいだに、さらに2回イッたようだ。

 

ご主人様はミリアの秘部からアレを引き抜くと、もう一度私のところにきた。

「ロクサーヌ。2回目、いくよ」

「はい。ご主人様」

 

返事をするとご主人様は私に覆い被さり、優しくキスをしてくれた。

そして、2回目がはじまった......

 

 

その夜、私たちは3回ずつ可愛がって頂いた。

 

エプロンの威力は凄まじかった、まさかあんなことになってしまうとは......

 

私は.... 

何だか新しい性癖に目覚めてしまったような気がして、今後が少し心配になっていた。

 

もしかして私って......

 



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ペルマスク再び(第7回・第8回 遠征) ~ミリアが仲間になってからの話~

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所に加え、ペルマスクへの中継地点であるザビルの迷宮も探索している。

 

クーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは16階層、ターレは13階層、ボーデは12階層、ザビルは1階層を探索中。

 

 

その日は、ハルバーの迷宮16階層の探索から帰宅して朝食の準備に取り掛かると、ご主人様は「俺はボーデの城へ行ってくる。朝食の準備は三人で頼む」と言い出した。

昨日ご主人様は、商人ギルドから帰って来たときに「ハルツ公領騎士団に呼び出された」と言っていたので、多分ハルツ公爵かハルツ公領騎士団長のゴスラーさんに決闘のことを詳しく聞かれるのだろう。

 

「かしこまりました」

「気をつけて行ってきてください」

「はい、です」

私たち3人は返事をしたが、ご主人様はしばらくダイニングでうだうだしていた。

 

私たちが朝食の準備を始めてもご主人様はなかなか出かけようとしなかったので、セリーが見かねて声をかけた。

「お出かけになられるのではないのですか」

「ちょっと準備が」

「そうですか」

そのままセリーがジト目で見ていると、ついに観念したのかご主人様は出かけて行った。

 

しばらくするとご主人様は戻ってきた。

話がうまくいったのか、少し安堵の表情が見られた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「ロクサーヌ。ただいま」

「決闘のことを聞かれたのですか?」

「ああ、そうだ。ゴスラーがどう話したのかわからんが、ハルツ公爵がロクサーヌにも興味を持っていて困ったよ」

「えっ?私にですか?」

「それはそうだろう。ロクサーヌも見事な戦いっぷりだったからな。そうとう評価しているようだぞ」

「ありがとうございます。ですが、私は...」

「大丈夫だ。俺がロクサーヌを手放すことはありえない」

ご主人様はそう言うと、私の耳元に顔を近づけ周りに聞こえないよう小さな声で囁いた。

「未来の妻だからな」

私は一瞬で顔が真っ赤になったけど、同じように小声で囁いた。

「はい。旦那様♥」

ご主人様も一瞬で顔が赤くなった。

 

私はご主人様の正面に顔を向け、少しだけ上を向いて目を閉じた。

いわゆるキス待ち顔である。

ご主人様が少しだけ躊躇したような気がしたけど、すぐに優しくキスをしてくれた。

しかし、軽く唇が触れるとすぐに離れてしまったので目を開けると、真剣な表情でこちらを見ているご主人様がいた。

 

再び顔が近づき、そのまま唇をかさねる。

そして、私たちはお互いに舌を絡め、激しく求めあってしまった。

 

ご主人様とキスをしながら私が幸せな気持ちにひたっていると、隣から咳払いが聞こえた。

 

「コホン...... あの、朝食の準備ができましたが......」

「せ、セリー。ごめんなさい」

「セリー、すまんな」

私とご主人様は謝ったが、セリーはジト目のまま私たちを見続けていた。

するとご主人様は、すっとセリーの顎に手をかけて上を向かせ、そのまま唇を重ねた。

 

「ごしゅ...... んっ......」

セリーは一瞬抗議するような表情をしたが、すぐにうっとりした顔に変わった。

ご主人様が唇を離すとセリーは小声で呟いた。

「もう、ご主人様。卑怯です」

セリーは顔を真っ赤にして照れ、視線を下に向けた。

可愛い。

 

「あははは、済まない。ちょっと盛り上がってしまったのでロクサーヌとキスしてしまったが、決してお前たちをないがしろにしたわけではないからな」

ご主人様はそう言うと、セリーのうしろで状況を見ていたミリアに手を伸ばして引き寄せ、唇を重ねた。

 

ミリアもうっとりした表情でご主人様にキスをされていたけど、唇が離れるとにっこり笑顔に変わり、元気よく返事をした。

「ありがとう。です」

彼女は単純に大好きなご主人様にキスしてもらったことが嬉しいのだろう。

 

その後、私たちは朝食を食べ、それからまたハルバーの迷宮16階層の探索に取り掛かった。

 

この階層はクラムシェルが一番多くその次にビッチバタフライが多い。

その次にサラセニア、たまにピッグホッグが出る。

 

クラムシェルは土魔法が弱点だけど火魔法には耐性がある。ビッチバタフライは風魔法が弱点だけど火魔法には耐性がある。サラセニアは火魔法は弱点だけど、水魔法には耐性がある。ピッグホッグは水魔法が弱点だけど土魔法には耐性がある。

 

この階層は難しい。

ご主人様は魔物の種類と数により瞬時に魔法を選択せねばならず、苦戦していた。

しかも、1種類の魔物を倒しても、他の種類の魔物は魔法耐性のおかげでまた何度も魔法を撃ち込む必要がある。

必然的に戦闘時間も15階層に比べて伸び、セリーとミリアは魔物から攻撃をもらうことが多くなった。

 

しかし、16階層探索も3日目になると、みんなだいぶ慣れてきた。

セリーとミリアは魔物から攻撃を受けることが殆どなくなり、ご主人様の表情にも余裕が見える。

私もクラムシェルにはだいぶ慣れ、後列からの単体魔法や水弾なら、前列の魔物を2体相手にしていてもじゅうぶん避けられるようになった。

それに、前列の魔物もスキルや魔法を使うことがあるけど、魔法陣が浮かんだ時点でセリーが槍で突く。

セリーの槍には詠唱中断のスキルがついているので、魔物の魔法やスキルが発動することもなくなった。

 

ハルバーの16階層はかなり難易度が高いけど、みんな落ち着いて戦えている。

もう、うえの階層にあがってもいいだろう。

と、思っているとご主人様から声がかかった。

 

「次は剣で戦う」

ご主人様はひもろぎのロッドをしまい、デュランダルを出した。MPの回復に専念するのだろう。

 

「分かりました。こっちですね」

私は一番近い場所の魔物に案内した。

 

通路の先に魔物を確認すると、ご主人様は「行くぞ!」と号令をかけて駆け出した。

私たちも同時に駆け出し、魔物の群れが戦闘体勢を整える前に襲い掛かった。

 

魔物はクラムシェル二匹にビッチバタフライとサラセニアの群れだった。

ご主人様は私の斜め横を走り、一番右のクラムシェルに斬りかかる。

私は真ん中のクラムシェルと左のビッチバタフライを牽制し、セリーが私のフォローに回る。

ミリアばビッチバタフライに斬り付けつつ、左を抜けて奥のサラセニアに斬りかかった。

 

ご主人様はクラムシェルの噛み付き攻撃を冷静にかわすと、デュランダルで斬りつけて一匹目を倒した。

次にミリアが抑えていたサラセニアに斬りかかり一瞬で倒すと、その勢いのままビッチバタフライも瞬殺した。

最後は私が押さえていたクラムシェルを4人で囲むと、最後のあがきか貝殻が少し開き、スッと動いて私に向かって水弾を発射した。

 

私は上半身を傾けて水を避け、エストックで口のなかを突き刺した。

それから4人でいっせいに攻撃し、最後はご主人様の一撃でクラムシェルは煙になった。

 

戦闘が終わるとご主人様がぼやいた。

 

「クラムシェルにもだいぶ慣れてきたが、動きのパターンが分かんないんだよなあ」

「そうですか?」

私はご主人様が噛み付き攻撃をかわしていたので、少し驚いた。

「クラムシェルの貝殻が動いたとき、水を吐き出すのか噛みついてくるのか分からん」

「えっと。そうですね。水を吐き出すときには貝殻がスッと動いて、噛みついてくるときには貝殻がフッと動きます」

私はみんなにもわかり易いように身振り手振りを加えて説明したけど、ご主人様とセリーは目が一瞬点になり、それから向かいあってお互いに首を傾げていた。

えっと...... 何故?

 

ミリアだけはウンウンとうなずいていたので、一見理解してくれたように見えるけど...... なんか怪しいわね。

 

すると、ご主人様はうなずいていたミリアに質問した。

「ミリアはクラムシェルの動きの違いが分かるか?」

 

ミリアはご主人様の質問を聞くと、すがるような目で私を見つめてきた。

『ミリア。ご主人様は、ミリアはクラムシェルの動きの違いが分かるか?と聞いてます』

 

すると、ミリアは私から目を逸らし、ボソりと答えた。

『えっと...... 見分けられるように努力しています』

 

はぁ...... やっぱりミリアはわかっていないのに、わかったようなフリをしていたのね。

私は少しガッカリしながらも、ミリアの言葉を通訳した。

 

「見分けられるように努力しているそうです」

私の言葉を聞くと、ご主人様はなぜか嬉しそうにほほえんだ。

そしてセリーも少しほっとしたような顔をしている。

 

えっと...... なぜ?

 

「がんばる、です」

「なるほど。偉いな」

ご主人様はミリアのあたまを撫でると、迷宮探索を再開した。

 

その後、探索はかなり進んだけれど、結局ボス部屋は見つからなかった。

 

 

翌朝

引き続きハルバーの迷宮16階層の探索をおこなった。

 

昨晩はエプロンエッチで凄く盛りあがってしまい、ちょっと寝不足気味なんだけど、とっても清々しい気分で探索を進めることが出来た。

セリーとミリアは肌がつやつやしてるし、ご主人様は目が輝いている。

みんな何だか機嫌が良い。

また今度...... ウフフフッ♥

 

私たちは気分良く早朝探索を終え、クーラタルの町で食材を買って家に帰った。

そして朝食を食べ終わると、ご主人様はコハクのネックレスを取り出した。

 

「コハク、です」

ミリアはネックレスを見た瞬間に宝石がコハクとわかったようで、ご主人様はそんなミリアを見て驚いている。

「知ってるのか?」

「おねえちゃん。『私がいたとこではめったにとれないけど、北の海に行くと魚のかわりに網にかかることがあって私以外の人は魚が穫れるよりも喜んでた』」

 

ミリアはブラヒム語で説明ができなかったので、バーナ語で私に説明した。

私はミリアの言葉をブラヒム語に通訳する。

「ミリアがいたところではめったに採れませんが、北の海に行くと魚の代わりに網にかかることがあるそうです。ミリア以外の人は魚が穫れるよりも喜ぶと言っています」

「綺麗なものだろう」

「きれい、です」

「ミリアに似合うものがあったら、買おう」

「買う、です」

 

「ペルマスクへ行くのですか」

セリーが尋ねると、ご主人様はニヤッと笑って答えた。

 

「そうだ。カガミを3枚、頼むな」

「分かりました」

「ではロクサーヌ」

「はい。ありがとうございます」

ご主人様は自ら私にネックレスを付けてくれた。

そして私の胸をじっくりと見て「やはりロクサーヌの胸にコハクのネックレスは映えるな」と、ポツリとつぶやいた。

私はなんだか嬉しくなりご主人様のあたまを抱き寄せたくなったけど、このまま昨日の続きなんてわけにはいかないし、なによりセリーとミリアの二人が見てるのでグッ!と我慢した。

 

その後、ご主人様はセリーにもネックレスをかけ、「コハクを仕入れてからカガミを買いに行く。じゃあ出かけよう」と言ってワープゲートを開いた。

 

ゲートから出ると、そこはボーデの冒険者ギルドだった。

そして冒険者ギルドを出て、すぐ横にあるコハク商会に入る。

 

「いらっしゃいませ」

商会に入ると、猫人族の番頭商人に出迎えられた。

ご主人様は軽く挨拶をかわすと、コハクの原石とミリアのネックレスを注文した。

 

私たちは店の奥に通され、商談用のソファーに座らされた。

すると番頭商人はすぐに大きな箱を持ってきて、中からコハクの原石を取り出した。

全部で12個ある。

ご主人様が原石を全て買い取ると言うと番頭商人の顔がほころんだ。

 

次に、番頭商人はコハクのネックレスを取り出した。

今回はたくさんテーブルに並べ、選び放題になっている。

この商人もやっとご主人様の高尚さに気がついたのだろう。

 

綺麗なネックレスをたくさん並べられ、私はついうっとりと見惚れてしまった。

そして、思わず心の声が漏れてしまった。

「どれも綺麗...... すごいです」

 

セリーもよこで見惚れていたけど、すぐに冷静に商品を確認しだした。

 

「これなどはかなりの品だと思います」

「きれい、です」

セリーがネックレスをミリアの胸元に当てると、ミリアはすごく喜んでいる。

私も見とれている場合じゃない。

ちゃんとミリアのネックレスを選ばないと......

 

私はミリアに似合いそうなネックレスをテーブルの上から選び、彼女の胸にあてがった。

「ミリアにはこういうのが」

「それもいいですね」

「キレイ。です」

 

すると、セリーはひときわ高そうなネックレスを指さした。コハクの粒が大きく、装飾もかなり豪華。

まるでお姫様が舞踏会で着けるような逸品だ。

 

「一番いいのはこのネックレスでしょうか」

「これはお目が高い。最高級のコハクを使った、当店自慢の一品です」

セリーは最高級のネックレスを手に取ると、その品質を確認し始めた。しかし、なぜか顔をしかめている。

 

「確かに澄んで輝きもありますね」

「これだけのコハクはなかなか手に入りません。ここ数年で一番の品です」

「私がしているのも赤く味わいのある色ですが」

私が自分のネックレスを指差すと、番頭商人がニコッと微笑んだ。

「お客様にお譲りしたものも十年に一度の一品です。こちらの方もそれと同様の申し分のない品質となっており、しかもそれが複数個ついております」

番頭商人の返事を聞くと、セリーの目が光った。

どうやら戦闘開始のゴングが鳴ったようだ。

 

「でも、お高いんでしょう?」

「いえいえ。これだけの品ですが、今回はなんと七万ナールを割り込むお値段、特別に6万9千8百ナールでご奉仕いたしましょう」

 

じゅうぶん高いっ!

「特別に」って、この番頭商人はいったいなにを言っているんだろう......

私があきれていると、横でご主人様が番頭商人をにらんでいた。

 

セリーは視線をネックレスから外してチラっと番頭商人を見ると、少し悩んだ。

そして「うーん、しかし......ミリアにはもう少しソフトな方が似合いそうですか......」と言って、持っていたネックレスを置いた。

 

セリーがネックレスを置くと、番頭商人は店のカウンターの下から別のネックレスを出してきた。

「そうですね。そちらのかたには、このネックレスなどいかがでしょう」

番頭商人が出してきたネックレスは、他の物とは感じの違う少し派手目なものだった。

 

「赤、ピンク、黄色、乳白色といった、さまざまに色の違うコハクをつないで作ったネックレスでございます。着ける位置によって印象が猫の目のように変わります。猫人族のかたに是非着けていただきたいネックレスです」

番頭商人は説明をすると、ネックレスをミリアに渡した。

すると、ミリアの目が星になった。

「きれい、です」

ミリアがうっとり眺めていると不意にご主人様がネックレスを手にとった。

そして、ミリアの首にかけ、ウンとうなずいた。

 

「いいじゃないですか」

「似合うと思います」

私が賛成するとセリーも同意した。

 

「猫人族のかたにつけていただけるのなら、特別に4万5千ナールでお譲りいたします。いかがでございましょうか」

番頭商人はそう言うと、手もみをしながらご主人様に購入を促した。

 

「どうする?」

「え……」

ご主人様がミリアに声をかけたけど、彼女はためらい、返事が出来なくて困っていた。

4万5千ナールもするのだから、奴隷が自分から欲しいとは言えない。

当然と言えば当然だけど、私とセリーはつけているので、ミリアもきっと欲しいはずだ。

その証拠に今もネックレスを着けたままで外そうとしない。

ご主人様はミリアがためらう理由がわかってはいないようね。

 

私はご主人様の耳もとに唇を寄せ、小声で囁いた。

「ご主人様、いくらミリアでもネックレスのような

高価なものはおねだり出来ません。

助けてあげて頂けますか?」

 

ご主人様は私に小さくうなずくと、ミリアのあたまをひとなでした。

そして番頭商人に「では、これをもらえるか」と、ミリアがつけているネックレスを指さした。

 

「ありがとうございます。コハクの原石とあわせ、私と同じ猫人族のかたにつけていただけるのですから、全部で3万8千2百20ナールとさせていただきましょう」

 

番頭商人は最後にかなり値引きをした。

いつものことだけど、ご主人様の人徳はスゴいわね。

 

「よかったですね、ミリア」

「はい、です」

私が声をかけると、ミリアは満面の笑みで喜んだ。

 

「ネックレスはミリアが着けたままでいろ」

「はい、です。ありがとう、です♪」

ミリアが頭を下げる。

声が弾んでいるし、かなり喜んでいるみたい。

ご主人様もミリアが喜んでいるのを見て、凄く嬉しそうだ。

「ロクサーヌとセリーもそのまま着けておけ」

「かしこまりました」

「ありがとうございます」

「じゃあ、次に行くぞ」

 

私たちはコハク商会を出てボーデの冒険者ギルドまで歩き、そこからワープした。

移動先はザビルの迷宮1階層だった。

 

「ご主人様。ここはザビルの1階層ですよね?」

「ああ、そうだ。MPを回復したいので魔物を探してくれるか?」

「お任せください。装備を着けたら案内します」

「魔物を倒しに行くのは俺だけでいいから、3人はここで待っていてくれ」

 

「いけません。私たちも同行します」

「いや、ここの1階層はミノだし、問題ないだろう」

確かにご主人様なら一撃だし問題ないけど......

私がどうしようか考えていると、セリーから意見が出た。

「ご主人様。申しわけないのですが、装備を着けずにここに置いて行かれるのは怖いので、同行させていただけないでしょうか」

 

えっ?怖い?ここなら魔物は来ないのに?

私はセリーがなぜ怖がるのかわからなかった。

「迷宮入口に魔物は来ないから大丈夫だと思うが」

ご主人様も私と同じ意見だ。

 

「いえ、怖いのは魔物ではありません。他の探索者です」

 

他の探索者?

 

あっ!そうか。

迷宮内に武器も持っていない女がいたら、襲ってくださいと言っているようなものか。

まして、私たちは高価なアクセサリを着けている。

冷静に考えて、とても危ない状況だわ。

 

私は鼻には自信があるけれど、入り口での鉢合わせは防げない。

装備を着けているならまだしも、丸腰では自分の身も守れないわね。

流石はセリー、いつも冷静で本当に頼りになるわ。

 

ご主人様もハッとしている。

この危険性を理解したようね。

 

「すまなかった。セリーの言う通りだ。

ちょっと強くなったからって慢心して、危機感が足りなくなっていた。

迷宮で怖いのは、魔物だけじゃなかったな」

ご主人様は返事をしながらセリーの手を引き、キュッと抱きしめた。

そして「気づかせてくれてありがとう」と言うと、からだを離して頬を優しく撫でた。

「いえ。そう言って頂けるだけで嬉しいです」

セリーは顔を赤くしながら、嬉しそうに返事をした。

 

「お前たちに何かあったら俺は一生後悔すると思う。

だから、気になることがあったら遠慮せずに発言してくれ。みんな、頼むな」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

 

その後、私たちはしっかりと装備をつけてミノを5匹狩り、再び1階層の入口に戻った。

私、セリー、ミリアの3人は装備を外してカガミの代金と入市税の銀貨、それにコハクの原石をご主人様から受け取った。

そして、ザビルの迷宮からペルマスクの冒険者ギルドにワープで飛んだ。

 

ペルマスクの冒険者ギルドに着くと、ミリアが窓に駆け寄った。

そしてネコミミをぴんと立て、ペルマスクの町を興味深そうに眺めだした。

よほど楽しいのか、尻尾の先もくるくる動いている。

それを見て、ご主人様はミリアの後ろから声をかけた。

「ミリアはペルマスク初めてだよな」

ミリアは窓の外を眺めながら返事をした。

「白い、です」

「建物が白くて綺麗だな」

「海、です」

ミリアは潮の香りか、もしくはかすかに聞こえる波の音で、海が近いことに気づいたのね。

 

ご主人様はミリアの横に並ぶと、あたまをひと撫でしてから耳に触れた。

そして、当たり前のようにミミをモフりはじめ、そのまま会話を続けた。

ミリアはモフられるのが気持ち良いのか、ご主人様に頭をもたれかけている。

「そういえば、ペルマスクは島だって言ってたか」

「そうです。風向きにもよりますが、外に出ると潮の香りがします」

私が後ろから声をかけると、ご主人様はモフるのをやめて振り返った。

「海は近いのか?」

「はい。5分も歩けば海岸に出るようです」

「そうか...... 時間に余裕があったら一度行ってみてもいいかもな」

「はい。そのときは私たちも連れて行ってください」

「ああ。わかった」

 

私たちが会話を終えてもミリアは楽しそうに窓の外を見続けている。

私は少し心配になり、ミリアに釘を刺しておくことにした。

『ミリア、ペルマスクに来た目的はカガミの購入よ。

寄り道はしませんからね。分かってますか?』

「はい。です」

ミリアは窓の外を見ながら返事をした。

 

む...... これは聞いてない。尻尾の先もくるくる動きっぱなしだ。

ちゃんと理解するように、少し強めに言ったほうがいいわね。

 

私はミリアの肩を掴んでこちらを向かせ、顔を覗き込みながらもう一度注意した。

『本当にわかってますか?ここは帝国ではありませんよ?』

「は、はい、です」

ミリアは少しビビりながら返事をした。

 

『私とセリーは何度か来たことはありますが、ここからカガミの工房までの道しか知りません。

ですので、迷子になったら探せません。最悪、見捨てることになりますからね』

『はい。ちゃんとついて行きます』

『あと、工房に着いたらあなたは勝手に話をせず、私たちに追唱するだけにしてください。

交渉は全てセリーが行うので邪魔をしないこと』

『わかりました』

 

私がミリアにひとしきり注意をし終わると、ご主人様に出発を促された。

「いつも通り1時間くらいで戻ってきてくれ。

では頼むな」

「分かりました」

「おまかせください」

「はい、です」

 

私たちは入市税を支払い、ペルマスクに入った。

何度見ても綺麗な街並みだ。

 

いつもの工房まで歩く途中、私は今日の取り引きについて考えた。

今日はコハクの原石販売とカガミの購入。

どちらも確か値段が決まっているから、取り引きはすぐ終わるわね。それなら...... いいかな?

私は横で今日の取りひきについてシュミレーションしているセリーに話しかけた。

 

「セリー、今日の取り引きはそんなに時間はかかりませんよね?」

「たぶんそうですけど、どうかしましたか?」

「早目に終わったら、海を見に行きませんか?

ご主人様が興味ありそうでしたので、先に見て

どんな所だったか様子を伝えられればと......」

「帰りとなるとカガミを持っていますし、ちょっと心配です。落としたら割れてしまいますし......」

 

「確かにそうですね......」

セリーの言う通り、カガミは落としたら割れてしまう。

だからいつもひとり一枚ずつしか買わないんだ。

わかっているつもりだったけど、今まで大丈夫だったから気が緩んでいたみたいね。

 

私はセリーの言葉に改めて気を引き締めようと考えていると、なんとセリーのほうから妥協案がきた。

「ですけど、見るくらいなら」

「えっ! いいのですか?」

「はい。ただし二つ条件があります」

「二つですか?」

「はい。一つ目は、当然のことですが取引が早く終わること。だからと言って、こちらから取引をせかすのはダメですよ」

「そうですね。それで二つ目は?」

「はい。これも当然ですが、ミリアには勝手に動かないようしっかりと言い聞かせる必要があります」

「そうですね。難問ですが、それは私が引き受けます。

ただし、カガミを買って、冒険者ギルドの近くまで戻ってきてからにしましょう」

「そうですね。いま言っても忘れそうですね」

そう言うと、私とセリーはクスリと笑いあった。

 

いつもの工房に着くと、すぐに奥の打ち合わせコーナーに案内された。

そして親方がすぐに顔を出す。

「いらっしゃい、嬢ちゃん達。

次はいつになるかわからないって言ってたから、しばらく来れないかと思ってたが、案外早かったな」

親方は私を見ると、満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。

私もニッコリとほほえみを浮かべて返事をする。

 

「はい。私たちも驚きました。またカガミの注文が入ったので、こさせて頂きました。

ご迷惑でしたか?」

私が小首をかしげると、親方は顔がデレデレになった。

「いや、嬢ちゃん達ならいつでも歓迎するぜ。ところでそっちの猫ちゃんは初めてだな」

「はい。よろしくおねがいします。です」

「はははは、よろしくな。

そのネックレスもコハクか?なかなか面白い品だな」

親方はそう言いながら私たちの対面のソファーに座り、ミリアのネックレスをじっくり見始めた。

「ほう、見る角度で印象が変わるな。こういうの、カガミの枠に利用しても面白いか......」

親方はネックレスを見た感想を言っているけど顔がニヤついている。

これは...... 間違いなく胸を見てるわね。

本当に懲りない人だ。

また奥さんに怒られるんじゃ?

 

そう思いながら親方を見ていると、親方の後ろから声がかかった。

 

「あら、私に黙って楽しそうにお話ししてるわね。

またカガミを買いに来たら、私にも声をかけてって言っといたでしょ」

そう言いながら親方の奥さんが登場した。

そして、「もう、忘れっぽいんだから♥」と言って、親方の背中をたたいた。

工房中にバシーンッ!という音が鳴り響く。

そして、「ウッ!」っと言う親方のうめき声が聞こえた。

 

あ、親方が固まった。それに笑顔が引きつっている......

 

親方の奥さんは......

顔は笑っているけど目は全く笑っていない。

そして、ひたいには青筋が浮かんでいる。

それなのに、声のトーンは異様に高い。 

 

怖い...... やっぱり私はこの奥さんは苦手だ。

ここはセリーに頑張ってもらわないと......

 

私が早々にギブアップしていると、セリーが親方の奥さんに話しかけた。

「奥様、ご無沙汰しております。

今日はコハク原石の販売とカガミの購入に参りました。

カガミは前回と同様で、枠のないものです。

よろしくお願いいたします」

「わかったわ。こちらもお願いがあるの。

コハクのネックレスを買いたいって人がいるので、後で話をさせてちょうだい」

「かしこまりました」

セリーはにっこり笑って返事をすると、深々とあたまをさげた。

私とミリアもそれに倣い、頭を下げておく。

 

私たちがあたまをあげると、親方の奥さんはスタスタと歩いてきてソファーに座った。

打ち合わせテーブルをはさんで、こちら側は私、セリー、ミリアの順、向かい側は親方、奥さんの順で座るかたちだ。

 

奥さんが座ると、取引の話が始まった。

もちろん工房側の代表は親方の奥さんである。

「じゃあ、取引をはじめましょう。今回はコハクの原石は何個あるの?」

「12個用意してございます」

「12個ね。それだけあるなら1個銀貨40枚でいいかしら?」

「はい。それでお願いします」

「あなた。現品を確認して、代金を支払いしてね」

「わ、わかった」

私がご主人様から預かった袋の中からコハクの原石を取り出してテーブルに置くと、親方は一つづつ確認した。

「原石は問題ない。いい品物だ。

では買取金額は銀貨が...... 480枚になるので...... 金貨4枚と銀貨80枚だ」

「ありがとうございます」

私がおじぎをすると、親方は事務の女性に金貨4枚と銀貨80枚を持ってくるよう指示した。

 

「じゃあ、次はカガミね。今回は何枚必要なの?」

「今回は3枚です。前回までと同じで大きさが多少違っても問題ありません」

「それはこちらも助かるわ。1枚当たり銀貨20枚でいいわね」

「はい。それでお願いします」

「あなた。カガミを3枚持ってきて」

「わかった」

親方は一瞬名残惜しそうな顔をしたが、奥さんに一瞥されるとスッっと顔を逸らしてそそくさと工房の奥に向かった。

セリーがアイテムボックスから銀貨60枚を取り出して奥さんに渡すと、手早く数えて「確かに」と言い、コハク原石の代金をトレーに乗せて持ってきた事務の女性に渡した。

セリーはコハク原石の代金を受け取って手早く数え、「間違いなく」と言ってアイテムボックスにしまった。

 

セリーがアイテムボックスを閉じると、親方の奥さんが話し出した。

「じゃあ、コハクのネックレスだけど、2つ欲しいの」

「2つもですか?」

「そうよ。一つは私の一番仲のいい友達からで、私がつけてるのと同じくらいの質のものをお願いするわ。

もう一つは参事委員会の代表を務めたこともあるかたの奥様からで、お金に糸目はつけないから最高級のものが欲しいと言っていたわ」

「かしこまりました。代金はどれくらいを想定すればよろしいのでしょうか?」

「そうね。私の友達には私のネックレスの購入金額を教えているので、出来れば金貨25枚で売って欲しいわ。

元参事委員会代表の奥様は......」

そう言うと親方の奥さんはあごに手を当てて少し考え、そして、うん、っと軽くうなずくと話をつづけた。

「あの人、ずいぶん羽振りが良さそうだから、金貨35枚は出すと思うわ。

もしかしたら、もう少し出せるかも」

 

「かしこまりました。ご希望に合う品を仕入れてまいります」

「よろしくね。ところでどれくらいかかりそう?

実は元参事委員会代表の奥様に、「いつになったらネックレスを仕入れられるの?」って、毎日聞かれるのよ」

「えっと、私たちが次にいつ来るかわからないことは伝えてあるのですよね?」

「ええ。そう言ったんだけど、納得してくれないのよね」

「そうですか。

帰ってご主人様に相談しないといけませんけど...... 4日、いえ、3日で仕入れて来れると思います」

「急がせるようで悪いわね」

「他ならぬ奥様からのご注文です。なんとかします」

「宜しくね」

 

「ところで、前回奥様に、知り合いに勧めても良いか聞かれていたので、もしかしたら注文があるかも。とは思っていましたが、2つも注文されるとは思いませんでした」 

「ウフフ。驚いた?

でもね、本当は一番仲がいい友達だけに勧めたかったの」

「そうなのですか?

では、どうしてもう一つ注文することになったのでしょうか」

 

「じつは、友達に勧めた次の日に、商工会婦人部会の会合があったの。それにコハクのネックレスをつけて参加したんだけど、そこで注目を浴びちゃってね」

「そうなんですか」

「とても良い気分だったわ。ほんと、買って良かった」

「奥様によろこんで頂けて、こちらとしてもうれしい限りです」

セリーの言葉に親方の奥様はニコッと笑い話を続けた。

 

「それでね、これだけの品だから欲しいって人が何人もいたのよ。でも、みんなが着けたら嫌じゃない?あなた達には悪いけど。ふふっ」

「そんなことはありません。

行商はもともと専門外ですし...... 

たくさん注文されたら困ってしまうところでした」

「そうだったの?

私はてっきりあなた達は商人なのかと思ってたわ?」

「いえ。じつは私どもの主人がカガミの買い付けを依頼されることがあるので、そのときだけコハクの原石を仕入れてペルマスクまで来ているのです」

「じゃあ、コハクのネックレスを売り歩くなんてことはないのね?」

「はい。その点はご安心ください。

ところでお話をいただいている途中でしたけど、ご婦人がたからネックレスを欲しがられた後はどうなったのですか?」

「そうだったわね。そのときは「たまたま遠方からカガミの買い付けに来ていた人に頼んで仕入れてもらったんだけど、その人との取引が終わったから、もう仕入れられるかどうか分からないわ」って言って取り次ぎをことわったの。

そこまでは良かったんだけどね。その後、会合に出席していた元参事委員会代表の奥様に目を付けられちゃったのよ」

 

「目を付けられたのですか?それは災難でしたね」

「そうなのよ。その奥様とはあまり仲は良くなかったから会合が始まる前は離れていたのだけど、会合の最中に私のネックレスに気付いたみたいでね、終わったとたんに目を血走らせて「そのネックレス!どこで仕入れたのっ!」って指をさして叫びながら駆け寄ってきたのよ。鼻息まで荒くして迫ってきたものだから、ちょっと怖かったし、その場にいた全員がドン引きしちゃってたわ」

 

「商会自慢の一品ですし、スタイルの良い奥様にとても似合う品物ですので、きっと嫉妬したのでしょうね」

「ふふふ。たぶんそうね。

それでね、他の人と同じように取り次ぎをことわったの。

ですけど、根掘り葉掘り聞いて来るし、なんなら私のネックレスを買い取るなんて言い出したのよ。

そんなの冗談じゃないし、だからといって発言力があるひとだから断りきれなくってね...... 

結局注文を取り次ぐことになったの」

「本当に災難でしたね。

ですが、そう言うことなら考えがあります。奥様には恥をかかせませんので、私どもにお任せください」

セリーはそう言うと、なぜかニヤリと半笑い気味の悪い顔になった。

その顔を見て親方の奥さんもニヤリと笑った。

「よろしくお願いするわね」

 

私にはわからないけど、二人には何か通じるものがあるらしい。

 

その後、親方が持ってきたカガミを受け取り、私たちは工房を後にした。

 

冒険者ギルドに戻る途中、私はセリーに話しかけた。

「思ったよりも時間がかかりましたけど......

やはり無理ですか?」

「そうですね。

そろそろ1時間立ちますし、ご主人様は冒険者ギルドに来ていると思います。

残念ながら海を見に行く時間は無さそうです」

「ご主人様に、どのような感じだったか伝えたかったのですけど......」

「仕方ありませんよ。

でも、またペルマスクに来る理由が出来ましたし、まだチャンスがありますよ」

「そうですか?」

「はい。

それに、ネックレスの注文が入ったので、ご主人様には喜んでもらえると思います。

私としては、早く今日の成果をお伝えしたいですね」

「確かにそうですね。今後のことも考えて頂かないといけませんし、寄り道してる場合ではありませんね」

 

ペルマスクの冒険者ギルドに着くと、すぐにご主人様がワープしてきたので、私たちは駆け寄った。

「ご主人様、ただいま戻りました」

「ただいま戻りました」

「ただいま。です」

「悪い。待たせたか?」

「いえ。来たばかりなので大丈夫です」

「そうか、お疲れ様。うまくいったか?」

「はい」

「はい」

「海、見れなかった。です」

冒険者ギルドの中には私達以外にも人がいたので、私は短く返事した。

ほんとは色々話したいことはあるけど、外では誰に聞かれているかわからない。

報告は家に帰ってからだ。

 

セリーもわきまえているので、余計なことは話さない。

ミリアは......  

もっとしっかり教育しなきゃいけないわね。

 

そして、ご主人様のワープでザビルの迷宮に一度寄り、それからクーラタルの家に帰った。

ザビルの迷宮に寄ったとき、いつも通り魔物を探そうと匂いを嗅いでいると、ご主人様から「薬で回復して家まで帰る。鏡もあるし、魔物は探さなくていい」と言われた。

私は「分かりました」と素直に答えたけど、私は必要ないと言われた気がして、少し残念だった。

 

◆ ◆ ◆

 

家に帰り物置部屋にカガミを置いた後、ダイニングで今日の報告会となった。

 

まずはセリーから。

「コハクの原石は約束どおりの価格で売れました。鏡の値段も約束どおりです」

「よかった。まあセリーがしっかり交渉してきたのだから心配はしていなかったが」

「それと、コハクのネックレスの注文が二個入っています」

「二個もか」

「はい。

親方の奥さんがコハクのネックレスをつけて何かの会合に出たらしいです。

そこで注目を集めたようですね」

 

すると、ご主人様は「計画通り」と言ってニヤリと笑った。

しかし、セリーの目がスッと細くなると、すぐに真顔に戻った。

 

「一個は、参事委員会の代表を務めたこともあるかたの奥方様からの注文です。お金に糸目はつけないので、最高級のものがほしいそうです。ずいぶん羽振りのいいかたらしいので、本当に品質のよいものを高く売ればいいでしょう。親方の奥さんの話を聞くに金貨35枚くらいは出しそうです」

 

金貨35枚?

奥さんの口ぶりだともう少し出せそうな気がしたけど、最悪の場合を予想したってことね。

 

「分かった」

「ミリアのネックレスを買ったとき、最高級のコハクを使った商会自慢の一品がありましたので、それで良いと思います」

ご主人様は一瞬考えると、顔をしかめた。

 

「アレか...... 確かに豪華なネックレスだったが...... ほんとにアレで良いのか?」

「はい。親方の奥さんは仕方なく取り次いでいると言ってたので、アレで良いでしょう」

あのネックレスはとても豪華で高価な物だったので、ご主人様がなにを懸念してるのかわからないけど、セリーが悪い顔をしているので何か問題があるのでしょうね。

ちょっと気になるけど話が進まないので、いまは確認しなくてもいいわね。

 

「わかった。セリーに任せる。で、もう一つは?」

「もう一個は、親方の奥さんとは仲のよいご婦人の注文です。こちらは親方の奥さんと同じ金貨25枚くらいのネックレスをご所望です。親方の奥さんに売ったネックレスより心もち劣るくらいのネックレスを用意すればいいと思います」

「同じ値段なのに悪いのを用意するのか?」

「親方の奥さんには特別にこの値段だと言って売っています。それに、同じ品質では親方の奥さんもいい気がしないでしょう。ほんの少し、心もち劣るくらいがちょうどよいのです。はっきり落ちるようではいけません」

「それを探すのも結構難しそうだが」

「大丈夫です。質のよいコハクのネックレスはどれも一品モノです。色や大きさが少しずつ異なります。まったく同じものはありません。説明などどうにでもできるでしょう」

「そ、そうか」

セリーがニヤリとほほえみながら答えると、ご主人様の顔が引き攣った。

私も聞いていて顔が引き攣った気がした。

セリー...... 頼もしいけどちょっと怖いわ。

 

「ところでご主人様、ひとつ謝らなければならないことがあります」

「なんだ?」

「じつは3日後にネックレスを持参すると親方の奥さんに約束してしまいました」

「そうか。問題ないと思うが、なんでそうなったんだ?」

「親方の奥さんは元参議委員会の奥様からだいぶせっつかれているようで、私にいつ仕入れられるか聞いてきたのです。

かなり困っているようでしたので、安心していただくようにはっきりと日にちを伝えました。

勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いや。謝る必要はない。

明日からハルツ公にカガミを卸に行くから、日程的には3日後はベストだ。

資金的にも問題はないから、3日後はカガミを卸したあとにボーデのコハク商会に行ってネックレスを仕入れる。それからペルマスクに行くことにしよう」

 

◆ ◆ ◆

 

それから3日経った。

 

早朝の迷宮探索のあと、私たちが朝食の準備をしているあいだにご主人様は3枚目のカガミをハルツ公に卸しに行き、私が料理をダイニングテーブルに並べているときに戻ってきた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ただいまロクサーヌ」

ご主人様は私を見て、少しだけホッとしたような顔をした。微妙な変化だけど、だからこそ気になったので理由を聞いて見た。

「ご主人様、どうかされましたか?」

ご主人様は一瞬躊躇した後、意を決して話し出した。

「じつはカガミの注文をもらった日から、ハルツ公に会うたびロクサーヌのことを聞かれてるんだ」

「毎回ですか?」

「ああ。連れて来いってしつこくてな。

ちょっとウンザリしてるんだ」

「そうですか。別に私なら大丈夫ですよ?」

「いや、その......」

私はご主人様が何を気にしているのか分からなくて小首をかしげると、料理を運んできたセリーが口を挟んだ。

 

「ご主人様はハルツ公爵に「ロクサーヌさんを譲れ」と言われることを、懸念しているのではないですか?」

「さすが鋭いな...... セリーの言う通りだ。実際、そんな雰囲気を出された。だから嫌なんだ」

ご主人様の言葉を耳にした瞬間、私は混乱して激しく拒絶してしまった。

「えっ!私は、私は絶対に嫌です!ご主人様から離れたくありません!」

「ロクサーヌ、落ち着け。俺がお前を手放すわけないだろ」

ご主人様は混乱している私をギュッと抱きしめ、優しく背中を撫でてくれた。

そして耳もとで小さくささやいた。

「大丈夫だ。俺を信じろ」

 

「申しわけありません。取り乱してしまいました」

少しすると私はだいぶ落ち着いたけど、ご主人様は私を抱きしめたまま話を続けた。

「さっき3枚目のカガミを卸したとき、もう3枚注文された。だから明日からもハルツ公とは顔をあわせなきゃならん。

だが、ロクサーヌだけでなく、お前たちの誰も連れては行かないつもりだ。

あの公爵に目を付けられたらろくなことにならないだろうからな」

「そうですね。よろしくおねがいします」

「エルフは何を考えているかわかりませんので、十分注意なさってください」

「お願いします。です」

ミリアの返事が少し変だけど、みんなご主人様から離れたくない気持ちは一緒だ。

 

「ところで良い匂いだな」

「すぐに朝食の準備が出来ますので、ご主人様は休憩なさっていてください」

「ああ、そうさせてもらう」

ご主人様はそう言うと私を開放し、ダイニングテーブルの椅子に座った。

そして、すぐに食事がはじまった。

 

朝食が終わるころ、ご主人様から今日の予定を伝えられた。

「片付けが終わったら、ボーデのコハク商会に行ってコハクのネックレスを買う。

ネックレスは3人に選んでもらうから、よろしく頼む」

「かしこまりました」

「お任せください」

「はい。です」

「そのあとペルマスクに行くので、ネックレスの販売とカガミの仕入れを頼む。俺はその間にルークに会って来る」

「仲買人に何かご用ですか?」

ルークという名前を聞いて、セリーがいち早く反応した。

「ああ。オークションについて話を聞こうと思う。詳しいことを専門家に聞いておいたほうが良いからな」

「ルークなら地元ですし、なにか情報をもっているかも知れません。仲買人は信用出来ませんが、今回は仕方がありませんね」

セリーは不満げだが、一応ご主人様に同意した。

 

「じゃあ、その予定で」

「かしこまりました」

「ペルマスクのほうはお任せください」

「はい。です」

私たちが返事をすると、ご主人様は小さくうなずいた。

 

その後、食器の片付けと洗濯、掃除をみんなで手分けして手早く終わらせ、ボーデのコハク商会に向かった。

 

コハク商会に入ると、さっそく番頭商人が声をかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました。あいにくとコハクの原石は用意できませんが」

「それはしょうがない。今日はネックレスを買いに来た」

ご主人様の返事に番頭商人はニッコリとほほえみ、「さようでございますか。それでは、こちらへどうぞ」と言って店の奥に案内した。

するとご主人様は番頭商人にも聞こえるように

「選ぶのは三人にまかせる」と言い出した。

 

「分かりました」

「おまかせください」

「はい、です」

私たちが返事をすると、番頭商人は一瞬ニヤリとイヤらしい顔をして、すぐにもとの笑顔に戻った。

相手がご主人様ではないと知って、くみしやすいとでも思ったのだろうか?

残念だけど、この番頭商人はこのあと思い知るだろう......

ウチのセリーの恐ろしさを。

 

そんな私の考えを裏付けるよう、商談スペースに座る前に、セリーが番頭商人に声をかけた。

「この間見せてもらった、ここ数年で一番の品というコハクを使ったネックレス。あれはまだありますか」

番頭商人は商談の貴賤を取られたことに驚いたようで、一瞬笑顔が引きつった。

しかし、すぐにもとの笑顔に戻す。

さすがは番頭商人というところか、相手もなかなかの手練れのようだ。

 

「ございます。 えっと...... こちらですね」

番頭商人はあわててカウンターの向こうに回り、ネックレスを出してきた。

ミリアのネックレスを買ったときに見た、コハクが大きく装飾もすごい豪華な一品だ。

 

番頭商人がテーブルにネックレスを置くと、「やはりものはいいですね。素晴らしいです。この色といいこの透き通り具合といい。最高級の一品です」と言いながらセリーはネックレスを手に取り、褒めちぎった。

 

「そうでございましょう」

「値段は?」

「はい。前回も申しましたので、特別に6万9千8百ナールでお譲りさせていただきます」

 

番頭商人の答えを聞くと、セリーはため息をついた。

そして「やはり値段が」とつぶやいて、あっさりとネックレスをテーブルに置いた。

 

「これと同様のものが他にありますか?」

「ど、同様のものとなりますと...... こちらの方もそれに引けをとらぬ品ではございますが」

番頭商人はカウンターから別のネックレスを取り出した。大きなコハクが一個、中央にぶら下がったネックレスだ。

確かにコハクはとても大きいけれど、このネックレスにはコハクはひと粒だけなので、何だか少し寂しい気がする。

これが同様なの?

私は疑問に思ったけど、セリーは顔色をひとつも変えずに商談を続けた。

彼女にとっては想定内なのだろう。

 

「なるほど。これもよい品です」

「深紅の大玉を配したネックレスでございます。ここまでのコハクが出るのは50年に一度でございましょう。そのため、他のネックレスのように複数のコハクを並べるということはできませんが。こちらですと、お値段は6万5千ナールとなっております」

 

値段を聞くと、セリーは腕を組んで首をひねりながら悩み始めた。

「うーん」

 

セリーが悩み始めると、番頭商人は次々にカウンターからネックレスを出して、私とミリアに見せてきた。

ご主人様から私たちが買っていただいたネックレスと比べるといくぶん質が劣る品ばかりだったけど、たくさん出てくると目移りしてしまう。

セリーが次に何を言うのか気にはなったけど、すぐに私とミリアは目の前のネックレスに釘付けになってしまった。

「綺麗です」

「きれい、です」

私とミリアは互いにネックレスを胸にあてがい

はしゃいでいると、不意にセリーから話しかけられた。

 

「どうしましょうか」

気がつくと、セリーが私の前に二つのネックレスを差し出し、テーブルに置いた。

セリーだけでなく番頭商人も私のことを見ている。

 

「えっと。そうですね......」

どうしよう。

セリーを見ていなかったので、どう答えるのが正解なのか見当もつかない。

なぜ番頭商人まで私を見ているのかもわからない。

 

私が悩んでいると、セリーは私に合わせるように会話を続けた。

「やはり複数の玉が連ねてあるこちらのネックレスの方が。しかし値段が...... うーん」

セリーは最初に見ていた豪華なネックレスを指し示し、私と同じように悩みだす。

 

「そうですね。そこまで気に入っていただけたのなら、そちらのネックレスは今回のみ特別に6万8千ナールとさせていただきましょう」

私たちが悩んでいると、番頭商人は根負けしたのか値段を下げてきた。

 

一気に1800ナールもさがった。これはチャンスだ。

私はそう思ったけど、セリーは悩み続けている。

そして、「うーん。もう一声」と言いだした。

 

番頭商人は笑顔を引きつらせながら、さらに値をさげてきた。

「6万7千5百ナール。これ以上はさすがに下がりません」

セリーは一度、番頭商人の顔をチラ見して.....

少しだけ悩んでから宣言した。

「その値段ならしょうがないですか。一つはこれでいいと思います」

 

番頭商人はホッとしたようで、ひとつ息を吐いた。

セリーはテーブルからネックレスを手に取ると、ご主人様に渡した。

「ご主人様、ひとつはこれにします。」

「分かった。もう一つも選んでくれ」

「かしこまりました」

セリーはご主人様に返事をすると、ふたたび番頭商人に声をかけた。

「もう一つ、5万ナールくらいのネックレスがほしいのですが」

 

番頭商人はセリーの言葉にひとつうなずくと、カウンターに手をつっこんだ。

「それですと、こちらになります。これなどもいかがでしょう」と言いながら2つネックレスを取り出して、セリーに渡す。

 

番頭商人は微笑んでいるけど、なぜかセリーは訝しそうな顔をした。

「これですか......」

セリーは右に置かれたネックレスを手に取り、じっくり確認しだした。

私はセリーがなぜ訝しそうな顔をしたのか気になりネックレスをよく見ると、5万ナールという値段の割にはセリーのネックレスよりも質が悪いような気がする。

さすがはセリー、ひと目見てそれに気づいたようね。

 

私たちの様子を見て番頭商人は少し慌て、ネックレスの説明をしだした。

何か怪しい気がする...... 

やはり騙そうとしていたのか......

「左の方は柔らかくて豊かな色合いの上質のコハクを使ったネックレス、手にお持ちの方も輝きの強いなかなかの出来栄えとなっております。左の方が5万2千ナール、持っておられる方が5万ナールとなっております」

 

セリーは番頭商人の説明を聞くと、首をひねった。

「なるほど。しかしこれは少し濁りがあるようです」

そう言いながら2つのネックレスを丁寧に見比べ、最初手に持っていた方のネックレスを番頭商人に返した。

すると、番頭商人は「その他にこういうのもございます。そのネックレスを上回る一品です。5万6千ナールと少々お値段は張ってしまいますが」

と言いながら別のネックレスをカウンターから出してきた。

 

「確かにいいものです。しかし、お客様の要望もありますので」

セリーは5万6千ナールのネックレスを手にとって一瞥すると、すぐに番頭商人に返した。

 

すると番頭商人は慌て、また別のネックレスをカウンターから出してきた。

「そ、それでは...... こちらなどいかがでしょう。輝きと色合いの調和の取れた一品。5万4千5百ナールとなっております」

 

セリーは番頭商人からネックレスを受け取ると、じっくり確認してから口を開いた。

「これはいいですね。ただお客様が。うーん。どうしましょうか」

そう言いながら、セリーはネックレスを私の前に置いて相談してきた。

「こちらの5万2千ナールのものよりはこちらのほうがお客様の要望には叶うと思います。ですが、やはり値段が......」

「えっと。そうですね...... うーん、悩ましいですね」

「うーん、です」

私はどう答えるのが正解なのかわからなかったけど、さっきと同じように悩んでいる姿を見せたほうが良いと思い、うなりながらネックレスを見た。

ミリアも私と同様に、うなりながらネックレスを見ている。

 

私たちが悩んでいると、番頭商人は先ほどと同じように根負けしたのか値段を下げてきた。

「そうですね。それでは特別に、5万3千5百ナールとさせていただきたいと思います。それでいかがでしょう」

「なるほどそれなら……。しかし……。うーん」

セリーはなおも首をひねる。

番頭商人をチラリと見ると、笑顔のままだ。

まだ余裕があるのだろう。

「では5万3千ナールでいかがでしょう」

最初の値段から1500ナールさがった。

番頭商人のほうは笑顔のままだが右の眉がヒクついている。

そろそろ限界だろう。

私はそう思っていたけどセリーは違ったようだ。

彼女はなぜかジト目で番頭商人を見上げ、「もう少し何とかなりませんか」と少し低い声で言った。

何だかすごい迫力だ。

 

番頭商人はセリーの迫力にけおされたのか、額に汗を浮かべた。右の眉も盛大にヒクついている。

「し、仕方ありません。5万2千5百。これが限界でございます」

セリーは番頭商人が陥落したことに満足したのか、フッと表情がやわらいだ。

「分かりました。いいと思います」

セリーはテーブルからネックレスを手に取ると、先ほどと同じようにご主人様に渡した。

番頭商人はガックリと肩を落としたような気がする。

 

結局、ひとつ目のネックレスで2千3百ナール。

2つ目のネックレスで2千ナール。

合計で4千3百ナールも値引きさせた。

さすがはセリー。容赦がない。

ご主人様を見ると、少し青ざめながらセリーを見つめていた。

セリーはそんなご主人様の表情を確認すると、ニッコリと微笑んだ。......ちょっと怖い。

 

番頭商人はセリーの怖さが身にしみたのか、何故かすがるような表情でご主人様のほうを向いた。

ご主人様は自分の前に2つのネックレスを並べ、ひとつうなずくと「では、この二つのネックレスをもらえるか」と番頭商人をまっすぐ見て伝えた。

すると、番頭商人は深々とあたまをさげ、

「ありがとうございます。本日はよい商売をさせていただきました。

大盤振る舞いのついでです。2つで、8万4千ナールとさせていただきましょう」と宣言した。

 

すごい値引きだ。やはり、ご主人様の人徳はすごい!

 

私はご主人様を尊敬の念を込めて見ていたけど、なぜかセリーは私の隣でガクリと肩を落とした。

ご主人様は番頭商人に金貨8枚、銀貨40枚を支払うと、番頭商人がタルエムの小箱を持ってくるあいだ、セリーをねぎらうようにあたまを撫でていた。

ちょっと羨ましかったけど、一番頑張ったのはセリーなので、私は我慢して黙って見ていた。

 

その後、小箱を受け取ってネックレスをしまい、商会をあとにした。

そして、ボーデの冒険者ギルドから、ザビルの迷宮にワープで移動する。

ザビルの迷宮につくと私は魔物を探してご主人様を案内し、MPを回復してもらった。

何度か魔物と戦うと、「もう大丈夫だ」とご主人様が言ったので、迷宮の入口部屋まで戻った。

 

装備を外してペルマスクに移動する準備をしていると、ご主人様はセリーに尋ねた。 

「そういえば、何で5万ナールのネックレスがほしいといったんだ? 注文は親方の奥さんに売ったネックレスと同じ値段と言っていたが、親方の奥さんに売ったのは5万5千だっただろう」

確かにご主人様の言う通りだ。

私はセリーに交渉を任せていたから気にしていなかったけど、確か親方の奥さんのネックレスからほんの少しだけ劣ったものを探していたはず......

「予算が5万ナールと聞いて5万ナールの商品を売るのは素人です。本物の商人なら、5万と聞けば5万5千ナールのものを売りつけようとするでしょう。ですから逆に、5万5千ナールの品がほしいときには予算は5万ナールだと告げるのです」

「なるほど」

さすがはセリー。そういうことだったのね。

ご主人様も関心しているわね。

 

「あの商人も最初に5万ナールの品はこれですといって少し質の落ちるものを出して比べさせたのだから、なかなかのやり手です。あのネックレスが本当に5万ナールする商品かはあやしいものです。それに、5万ナールと5万6千ナールの品なら、誰だって5万6千ナールの方がほしくなります」

やはり最初に出してきたネックレスは質の落ちるものだったのね。

私もおかしいとは思ったけど、瞬間的に気がつくなんて、ほんと心強いわね。

セリーが言うようにあの番頭商人はやり手なんだとは思うけど、今回は相手が悪かったわね。

 

私が考え事をしている横で、ご主人様はセリーと会話を続けていた。

「ペルマスクで売るときにも予算より高く売るのか?」

「今回は難しいですね。予算を聞いてしまっているので。相手も、最低限その値段で赤字にはならないものを持ってきているはずだと分かっているでしょう。いくつか用意できればよかったのですが。それに、一つは親方の奥さんに売ったのと同じ値段のものをという注文です。親方の奥さんより高いものを用意したのでは親方の奥さんがいい顔をしません」

「そうか。さすがはセリーだ」

「私のことよりも、私が散々粘ってようやく五百ナール下げさせたのに、何も言わないでももっと大幅に安くなったことがすごいと思うのですが。三割くらい安くなってますよね」

セリーが割引について聞くと、ご主人様は明らかに目をそらせた。

 

「そ、そうだな......」

ご主人様は咄嗟に誤魔化す言葉が浮かばなかったのか、歯切れ悪く答えた。

そんなご主人様をセリーは訝しそうに見つめている。

 

このことについては何か秘密があるとは思うけど、私はその秘密を含めてご主人様という人を相手が受け容れて値引きや割増をしていると思っている。

なので、セリーにも受け容れやすそうな言葉で肯定した。

 

「ご主人様の人徳なら当然のことです」

「当然、です」

私がご主人様を肯定すると、何故かミリアが胸を張って自慢した。

たぶん、この場の雰囲気に合わせただけなのだろう。

相変わらず...... とても良い娘なんだけど...... 

ちょっと残念ね。

 

「人徳ではないが、ま、そういうことだな」

ご主人様は私に乗ったようだわ。

少しだけ苦笑しながらも強く否定はしないので、説明するのが面倒ってところかしら。

 

セリーはいまいち納得していないようだけど、ご主人様は説明する気はないみたい。

この話はここまでね。

 

その後、私たちはコハクのネックレスを身に着け、カガミ3枚分の仕入れ費用と入市税用の銀貨を頂いた。

そして、ご主人様の出したワープゲートをくぐってペルマスクへ移動した。

 

ペルマスクの冒険者ギルドにつくと、セリーがご主人様に話しかけた。

「今回は少し時間がかかるかもしれません」

「そうだな。分かった。

焦らなくていいから、しっかり頑張って来てくれ」

「かしこまりました。

ではご主人様。行ってまいります」

「がんばってきます」

「行く、です」

「ああ。よろしく頼む」

 

私たちはご主人様に挨拶し、入市税を払っていつもの工房に向かった。

そしていつものように歩きながら、セリーからのブリーフィングを受ける。

「今日は先にコハクのネックレスを販売し、それからカガミを仕入れます。

いつも通り私が交渉しますので、ロクサーヌさんとミリアは私にあわせてください」

「わかりました。ですが、こちらの思い通りの順番で交渉出来るのですか?」

「3日後って約束してましたので、工房のほうではたぶん最初にネックレスの注文主のところに案内する段取りになっていると思います」

「わかりました。セリー、今日もよろしくおねがいしますね」

「はい。任せてください」

「ミリアは私にあわせてね」

「はい。おねえちゃんにあわせる。です」

 

工房に着いて入口にいた見習いに声をかけると、いつも通りに奥の商談コーナーには通されずに入口で待つように言われた。

すると、すぐに親方の奥さんが工房の奥からかけつけてきた。

 

「こんにちは、奥様」

「いらっしゃい。コハクのネックレスは?」

「ご要望のものを仕入れてきております」

「良かった。じゃあ早速で悪いけど、一緒に来てくれる」

「えっ、はい。あの、いったいどうされたのですか?」

「元参事委員会代表の奥様が馬車を寄こして来てるのよ。

工房の裏に停めてあるから話はそのなかでするわ」

「かしこまりました」

それから親方の奥さんは、事務の女性にことづてをして送り出した。

そして、私たちには少しだけここで待つように言うと、工房の奥に向かった。

そのままに2、3分待つと、親方の奥さんはコハクのネックレスを身に着けて戻ってきた。

 

今日の奥さんは少し落ち着いた袖の短いカジュアルなワンピースドレスを着ており、腰まわりをほそめのベルトで絞っている。

スタイルの良さも相まって、コハクのネックレスがとてもよく似合っていた。

女の私が見惚れてしまうくらい美しい、大人の女性という感じだ。

 

親方の奥さんは私たちを工房の裏手に案内すると、馬車に乗り込むよう促した。

そして、親方の奥さんと私たちが馬車に乗り込むと、すぐに馬車はどこかに向かって走り出した。

 

馬車が走り出すと、親方の奥さんが経緯を説明しだした。

「あわただしくてごめんなさいね」

「いえ、私どもは大丈夫です。それより馬車まで用意されているとは、心痛お察しいたします」

「ありがとね。ほんと、あの奥様は強引だから疲れるわ」

親方の奥さんはそう言うと小さくため息をつき、話を続けた。

「一昨日ね、あなたたちが今日来るってことを伝えたのよ。そしたら「来次第ウチに連れて来なさい」って言われたの」

「酷いですね。奥様はわざわざ仲介してあげているのに命令口調ですか」

「そうなのよ。ほんと酷いでしょ。

でもね、発言力がある人だし断われないのよね。

だから、来次第連れて行くようにするから、お急ぎなら送迎用に馬車を用意してくださいって言ったのよ。

そしたら本当に馬車を寄越して来たのよ」

「そうでしたか。遠いのですか?」

「いえ、もう着くわ。馬車はただの嫌がらせだから」

そう言うと、親方の奥さんはちょっとあやしい笑みを浮かべた。

セリーもなんだか悪い顔をして「よろしいと思います」と返事をしている。

やはりこの二人には何か通じ合うものがあるようだ。

 

それからすぐに、馬車が止まった。

あとで親方の奥さんに聞いたのだけど、ゆっくり歩いても15分位で着く場所だったらしい。

 

馬車から降りるとかなり瀟洒な豪邸だった。

ペルマスクのなかでも裕福な人たちが住んでいる地区なのか、周りの家もクーラタルの私たちの家よりずっと大きい。

そのなかでも、この家はひときわ大きかった。

 

玄関で執事に来訪目的を伝えると、私たちはかなり大きな応接間に通された。

広さはウチのダイニングの倍はあるだろうか。

床や壁は石貼りで、見るからに高そうなガラスのテーブルを囲うように革張りのソファーが置かれている。

壁には絵画が飾ってあり、部屋の奥には暖炉もある。

私たちは執事に促されてソファーに座ると、ハーブティーが運ばれてきた。

そして、部屋の豪華さに圧倒されながら元参事委員会代表の奥様を待っていると、ドタドタと足音を鳴らしながら奥様がやってきた。

 

元参事委員会代表の奥様は人間族で50歳くらいだろうか。

身長は私より少し低いようだけど、からだの幅は私の倍くらいある。かなり厚化粧のようだけど、肌のたるみは隠せていない。

髪は肩口までの長さで揃えられており、細かく巻かれていた。

 

彼女は私たちを訝しそうに見ながら挨拶してきた。

「いらっしゃい。あなた達が行商のかた?随分若そうだけど......」

「お初にお目にかかります。

私たちは商人ではありません。

わたくしどもの主人が知人からカガミの仕入れを要望されたので、こちらの奥様の工房から購入させて頂いておりました。

その縁でコハクのネックレスの買い付けも行なわさせて頂いた次第です。

このたびは......」

セリーが軽く会釈したあと返事をしたが、元参事委員会代表の奥様は話しが終わる前に手を振ってやめさせた。

「もうわかったわ。それで、コハクのネックレスを見せてちょうだい。持ってきたのでしょう?」

 

「......かしこまりました」

奥様の失礼な態度に私はムッとしたけど、セリーは少しだけうつむいただけで冷静に返事をし、カバンからつつみを取り出してテーブルの自分の前に置いた。

そして、つつみをほどいて小箱を見せ、小箱のフタを開けてなかからネックレスの入った小袋を取り出した。

 

「こちらがご所望頂いた、最高級の一品です」

セリーはそう言いながら、小袋からネックレスを取り出してテーブルの中央に置いた。

「いかがでしょう。

大粒でくもりのないコハクが複数連なっており、特に中央の粒はひときわ大きなものです。

これほどのコハクは原産地のボーデでも、10年に一度採れるかどうかという逸品です。

仕入れもとの商会で一番豪華なネックレスであり、これ以上のものはございません」

セリーがネックレスの説明をしていると、元参事委員会代表の奥様はネックレスを手に取りじっくり見だした。

そして、少しすると顔をあげて私たちや親方の奥さんのネックレスと見比べ、ニチャッとした嫌らしい笑みを浮かべた。

その顔は、私たちや親方の奥様に勝ち誇っているようだ。

「ふーん。なかなか良い品ね。

で、いくらなの?」

「金貨40枚です」

セリーが回答すると元参事委員会代表の奥様は、あきらかに不機嫌になった。

「フンッ。たかすぎるわね。

「金に糸目はつけない」とは言ったけど、査定しないとは言ってないわ。

私の見立てじゃせいぜい金貨35枚ね」

 

元参事委員会代表の奥様が大幅値引きを要求すると、セリーは顔をあげて返事をした。

「奥方様。

申し訳ございませんが、それでは採算が取れません。

事前にご予算を伺っておりませんでしたので、こちらにも落ち度がありますが......

では、思い切って金貨39枚とさせて頂きます。

いかがですか?」

「ダメね。金貨35枚よ」

「金貨35枚ではお譲りすることはできません...... 

金貨38枚と銀貨50枚でいかがでしょう?」

「しつこいわね。金貨35枚。これは譲れないわ」

 

元参事委員会代表の奥様は買い値を上げる気はないようで、強気の姿勢を崩さない。

どうしよう。

セリーはかなり困っているようだけど、相手がオバさんだから私はどうアシストすれば良いかわからない。

へたなことを話せば邪魔をしてしまう。

歯がゆいけれど、ここはセリーを見守るしかない。

 

「いや、それでは...... では...... 金貨38枚。これ以上はさげれません」

「話にならないわね。金貨35枚。何を言っても無駄よ。これ以上は出さないわ」

元参事委員会代表の奥様はそう言うと、ネックレスをテーブルに置いた。

勝ち誇ったようにニヤニヤしながら、イヤらしい目でセリーを見ている。

 

私はセリーがどうするのかわからずハラハラしていると、彼女はフッとひと息吐いてから私にからだを寄せてきた。

そして、耳もとで小さくささやく。

「ロクサーヌさん。今から私のすることに驚かないで下さい。決して表情に出さないようにお願いします。

あと、私が少し離れたら「問題ありません」とひとこと言ってうなずいて下さい」

セリーはそう言うと私から少しだけからだを離したので、私は指示通りに「問題ありません」と言いながら小さくうなずいた。

 

すると、セリーはおもむろにネックレスを手に取った。

そして、「誠に残念ですが、金貨38枚以下ではお譲りすることは出来ません。今回はご縁がなかったということで、引きあげさせていただきます」と言いながら、ネックレスを小袋にしまいだした。

 

私は内心すごく驚いたけど、事前にセリーに言われていたので表情には出さないように我慢した。

私がつとめて無表情のまま元参事委員会代表の奥様を見てみると、驚愕の表情を浮かべていた。

「な、何をしてるの!」

「引きあげさせて頂きますので片づけているのですが」

セリーの返事を聞いて、元参事委員会代表の奥様は明らかに動揺しはじめた。

まさか取引を中止されるとは思わなかったのだろう。

 

「はぁ?引きあげる?商談を中止する気?」

「はい。合意を得られなかった以上、仕方がありません」

「あなた、ネックレスを売らないで帰れるの?

このまま帰ったら...... 

そう、このまま帰ったらあなたは主人に叱られるでしょう?」

「いえ、これほどの品はペルマスクにはございません。卸す先はいくらでもあります。

冒険者ギルド付近の商店なら、金貨40枚でもよろこんで買い取るでしょう。

それに、遠方まで出向いてわざわざ仕入れてきた品を採算の合わない金額で卸しては、かえって主人の不興を買ってしまいます」

「そのネックレスは私に売るために仕入れたのでしょう。あなたなんかが勝手に売り先を変えて良いと思っているの?」

「わたくしは主人より全件を委任されております。

卸し先を変更してもなんら問題はありませんし、金額に折り合いがつけられずにこのネックレスを持ち帰っても、咎められることはございません」

「商売は信用が第一なのよ。

《高い値段をふっかけて、交渉が不利になったら商談を中止して逃げ出す連中》なんて話が広がったら、あなたたちはペルマスクで商売出来なくなるわよ。

それでもいいのかしら?」

 

はぁー。セリーは少し大げさにため息をつくと、覚めた目で元参事委員会代表の奥様を見た。

 

「奥方様。

最初に申しあげましたが、わたくしどもは商人ではありません。

ですので、ペルマスクで商売出来なくてもなんら問題はありません。

それに今回はお世話になったこちらの奥様からのご依頼でしたので、特別に対応させて頂いたに過ぎません。

何か勘違いされているようですが、奥方様から直接ネックレスの仕入れを依頼されていたら、わたくしどもはお断りしていました」

セリーの言葉にプライドを傷つけられたようで、元参事委員会代表の奥様の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「な、ワタシが頼んでも断るって?!」

「当然でしょう。わたくしどもは、奥方様には何の世話にもなっていないのですから」

元参事委員会代表の奥様は激昂したけど、セリーは涼しい顔で返事をした。

そして、返事をしながらも手は止めずに小箱にネックレスの小袋をしまい、つつみを閉じ始めた。

それを見て、元参事委員会代表の奥様は慌ててセリーを静止した。

 

「わ、わかったわ。わかったからちょっと待ちなさい!」

そう言いながら、元参事委員会代表の奥様はバンッ!っとテーブルをたたいた。

セリーはその声を聞いて手を止める。

 

「いかがなされましたか?」

「いや、その、あなたたちがペルマスクで商売するものだと思い込んでいたから、ちょっとキツイことを言っちゃったのよ。

でも、そうじゃないのよね。それなら話は別だわ。

あなた達は商人じゃないし、どうしてもさげられないと言うなら...... 

し、仕方がないから今回は金貨38枚で手を打つわ。

それなら文句はないのよね」

 

元参事委員会代表の奥様が金額に合意すると、セリーはニッコリほほ笑み、「はい。それなら問題ありません」と返事をした。

そして、再び小箱からネックレスの小袋を取りだしてテーブルの中央に置いた。

 

するとそれを見て元参事委員会代表の奥様はホッとしたのか、すぐにもとの横柄な態度に戻った。

そしてボソッと愚痴を言う。

「チッ!まったく忌々しい......」

「何かおっしゃいましたか?」

セリーが咎めるように聞き返したが、元参事委員会代表の奥様はその返事を平然と無視して次の要求をしはじめた。

 

「その小箱はなに?それはもらえるのよね」

「こちらはアクセサリーを輸送、保管するための小箱です。ネックレスの代金には含まれておりませんが、どうしてもということなら銀貨10枚でお譲りすることは可能です」

「はぁ?」

「申し訳ございません。こちらの販売は考慮しておりませんでしたので、無償でお譲りすることは出来ません」

「金貨38枚も払うのに、それくらいサービスしなさいよ」

「申しわけございません」

セリーが完全拒絶で軽く会釈をすると、元参事委員会代表の奥様は再び顔を赤くしてひたいに青筋を浮かべた。

そして、何かぶつぶつと独り言をつぶやいたあと、親方の奥様のほうを向いて口を開いた。

 

「あなたはこの小箱を持っているの?」

親方の奥さんはクスリと笑うと、「ええ。持ってますわ。ネックレスとは別に、銀貨10枚で譲って頂きましたので。

こんな質の良いネックレスを剥き出しで保管するなんて、淑女として恥ずかしいですからね」っと返事をした。

そして、うっとりとした表情で自分のネックレスに軽く触れる。

そのようすを見て、元参事委員会代表の奥様は明らかに嫌そうな顔をしたけど、親方の奥さんには嫌味のようなことは言わなかった。

 

「そう、確かに貴方の言う通りね。

銀貨10枚くらい問題ないわ、私にも譲ってちょうだい」

「かしこまりました」

 

元参事委員会代表の奥様は、豪華なハンドバッグからネックレスと小箱の代金、あわせて金貨38枚と銀貨10枚を取りだした。

セリーは代金と引き換えに、ネックレスと小箱を元参事委員会代表の奥さんに引き渡した。

 

「今回は良い取り引きをさせて頂きました。ありがとうございました」

「そうね。また機会があったらよろしくお願いするわ」

元参事委員会代表の奥様は、社交辞令で「また機会があったら」と言っていたけど、私は二度と会いたくないと思った。

私たちは元参事委員会代表の奥さんに挨拶をしてから、馬車に乗り込んだ。

 

馬車が走り出すと、親方の奥さんは両手をあげて背伸びをし、表情をやわらげて話しだした。

「お疲れ様、大変だったわね」

「ありがとうございます。なかなか強引なかたでしたので、しょうじき疲れました」

奥さんのねぎらいにセリーが答える。

 

「私はあの奥様がやり込められるところが見れて、楽しかったわ。

だけど、すごく豪華なネックレスだったわね。

残念だけど、これからも会合の主役はあの奥様になりそうね」

「そうでしょうか。私はそうならないと思いますよ」

「えっ?それはどうしてなの?」

「あのネックレスをよく思い出してください。

あのネックレスはコハクが大粒で装飾もすごい。間違いなく最高級の一品です。

ですが、とても豪華な品ですので、合わせる服装もパーティードレスのような豪華なものでなくては釣り合いが取れません。

カジュアルやフォーマルな服装に合わせたところを想像してみてください。

なんか下品な感じがしませんか?」

「......確かに。パーティードレス以外、あわせるのは無理そうね」

「ですので、今回あの奥方は最高級のコハクのネックレスを手に入れましたが、会合でお披露目することは難しいと思います」

「フフッ。そういうことだったのね」

「はい。権力に任せて無理を押し通したのです。

多少バチが当たっても仕方がないでしょう。

ただし、少しだけ懸念があります」

「なにが懸念なの?」

「かなり強引なかたでしたので、下品とか気にせずに普通の服にあのネックレスを着けたりしないかと、フフッ」

「フフッ。フフッ。アハハハハハハハ。もう、想像しちゃったじゃない」

そう言いながら、親方の奥さんはお腹を抱えて笑い出した。

「さすがにそれはないでしょうか」

「さすがにね。

そんな格好をしたらいい笑いものになるからね。

でも、ちょっと見てみたいわ。フフッ」

そう言いながら親方の奥さんは、また楽しそうに笑った。

 

工房につくと、商談スペースで親方の奥さんの友達が待っていた。

身長は奥さんより気持ち低く、見た目は奥さんよりも少し若い感じだけど、奥さんに負けないくらいとても綺麗な人だ。

「おまたせー」

「あ、おかえりー。けっこう時間がかかったわね。もしかしてモメたの?」

「フフフッ。そうなのよ。でもね、おかげでちょっと面白い物が見れたわ」

「あら、なになに?」

「フフッ。話したいけどこの娘たちに悪いから、先にネックレスを買ってあげてね」

「そうね。じゃあ話はあとで」

そう言うと奥さんの友達は私たちのほうに向き直った。

 

「はじめまして。あなた達のことは彼女から聞いているわ。遠いところまで仕入れに行ってくれたのでしょう。わざわざありがとうね」

「いえ、こちらこそご用命頂き、誠にありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」

セリーは挨拶をすると、カバンからつつみを取りだし、テーブルのうえに置いた。

そして

つつみを開いて小箱のフタを開け、なかからネックレスの入った小袋を取りだした。

そして、小袋からネックレスを取りだし、「どうぞ、こちらがご要望のネックレスになります」と言って奥様の友達に手渡した。

「まあ、綺麗」

奥様の友達はネックレスを受け取りながら一声漏らすと、コハクの粒をひとつひとつじっくりと見回してから小さくつぶやいた。

「聞いていた通り、すごく質が良いわね。こんなのペルマスクには売ってないわ」

すかさずセリーがネックレスを説明した。

「いかがですか?このネックレスは輝きと色合いの調和の取れた一品です。見比べて頂ければわかると思いますが、私どもの着けているものよりも質が良く、こちらの奥様が着けられているものと遜色がないものです」

「彼女から金貨25枚って聞いてるけど、ほんとにそれで良いの?」

「はい。その予算を聞いて仕入れもとの商会と交渉して参りましたので大丈夫です」

「じゃあ買うわ。それと、その小箱は銀貨10枚って聞いてるけど、そちらも売ってくれる?」

「はい。では合わせて金貨25枚と銀貨10枚です」

「いま出すわ」

奥様の友達はハンドバッグから金貨と銀貨を取り出し、セリーに手渡した。

親方の奥さんから事前に色々聞いていたのでしょうけど、さっきと比べると驚くべき早さだ。

 

すると奥さんの友達は、いま買ったネックレスを親方の奥さんに渡し、「着けて着けて」とせがんで着けてもらっていた。

奥さんの友達はカガミの前に移動して自分が着けたネックレスを見て、うっとりとしている。

親方の奥さんは、そんな友達を楽しそうに見守っていた。

 

しばらく時間がかかりそうだと思っていたら、セリーが親方の奥さんに話しかけた。

「あの、奥様。ちょっとよろしいですか?」

「ええ。どうしたの?」

「じつは、本日もカガミを購入したいのですが、よろしいでしょうか」

「問題ないわ。いつものやつでいいのよね」

「はい。大きさは多少不揃いで3枚お願いします」

「わかったわ。銀貨60枚ね。コハクの原石はあるの?」

「今日は原石はありません」

「わかったわ」

 

親方の奥様はすくっと立ち上がり、工房の奥のほうを向いた。そして大きな声で「あなたー、ちょっと来てー」っと叫んだ。

すると、すぐに工房の奥からドスドスと足音を響かせて親方がやってきた。

 

「おう、嬢ちゃんたちか。元代表のところに行って来たんだろう。あそこのババア、大変だったろ」

「アナタは余計なことは言わなくていいの。それよりカガミを3枚持ってきて」

「はははは。わかった。ちょっと待ってろ」

親方はそう言うと、あっさり工房の奥に戻って行った。

なぜかはわからないけど、今日の親方は機嫌が良さそうだ。

 

私と同じように親方の機嫌が良いことに気づいたようで、セリーが親方の奥さんに質問した。

 

「機嫌が良さそうでしたけど、何か良いことでも有ったのですか?」

「ふふっ。あの人、わかり易いわよね」

「あの、間違えていたら申し訳無いのですけど、もしかして......」

「あら?わかっちゃった?」

「はい。奥様。おめでとうございます」

奥様が少し嬉しそうに返事をすると、セリーが御祝いの言葉を告げた。

 

えっ?セリーは理由がわかったの?

それに“おめでとう”ってどういうこと?

 

私は2人が何を喜んでいるか検討がつかなかったけど、次のセリーの言葉で理解した。

「何ヶ月ですか?」

「まだ2ヶ月よ。昨日分かったばかりなのに、よく気づいたわね」

「いえ。奥様だけなら気づきませんでした。ですけど親方がとても機嫌が良さそう。と言いますか、ハッキリ言って浮かれていますので、これは、よっぽどいいことがあったのだと気がつきました」

「ふふっ。じゃあ、あの人の責任ね♪」

「あははは。これでもだいぶ落ち着いたのよねー。昨日なんか近所に言い回っていたし、大変だったもんねー」

「そうなんですか?」

 

奥さんとセリーが話していると、さっきまでネックレスに見惚れていた奥さんの友達も会話に加わり、親方が戻ってくるまでみんなで楽しくおしゃべりした。

 

しばらくして親方が戻ってくると、セリーはアイテムバックから銀貨を60枚取りだした。

そして、親方の奥さんがサッと数えて「間違いなく」と言うと、親方がパピルスに包まれたカガミ3枚を私たちに手渡した。

 

何だか話が盛り上がってしまったので名残惜しかったけど、冒険者ギルドでご主人様が待っているので、私たちはカガミを受け取り、工房を出た。

 

工房を出るときに、セリーが親方の奥さんに何やら耳打ちすると、奥さんはニッコリと笑った。

やはりこの二人には何か通じ合うものがあるみたいだ。

 

冒険者ギルドに着くと、ご主人様は既に待っていた。

「ご主人様、ただいま戻りました」

「おかえり、うまくいったようだな。では帰るぞ」

ご主人様はそう言うと、冒険者ギルドの壁にワープゲートを開いた。

そして、ザビルの迷宮を経由して家に帰った。

 

物置部屋に鏡を置いてからダイニングに移動し、手早くハーブティーを用意して席に着くと、セリーが今日の成果をご主人様に説明し始めた。

 

「ペルマスクではまず親方の奥さんと一緒に元参事委員会代表の奥方様のところへうかがいました。かなり瀟洒な豪邸でした」

「すごかったですね」

「大きい、です」

私があの豪邸を思い出して感想を言うと、ミリアも追従した。

 

「そんな豪邸に住んでいるならと金貨40枚と言ったのですが、残念ながらそこまでは無理でした。親方の奥さんの紹介ならということで、金貨38枚で手を打ってきています」

「金貨38枚? 35枚の予定だったよな?」

「はい。頑張って交渉しました」

 

セリーはすごく頑張ったのだけれどご主人様にはいまいち伝わってないようなので、私は少し補足することにした。

「ご主人様、元参事委員会代表の奥方様はすごく強引なかたで最初は自分の査定が金貨35枚だからと言って全く交渉にならなかったんですよ。

それも、私たちを馬鹿にするようにニヤニヤしながら見下して来たんです」

「そうなのか?じゃあ、どうやって交渉したんだ?」

「ロクサーヌさんが言った通り、はじめ奥方様は自分の査定では金貨35枚だと言いました。

私は金貨40枚から少しずつ値段を下げて交渉したのですが、金貨38枚まで下げても全く歩み寄ってくれませんでした。

ですが、奥方様がコハクのネックレスを欲っしていることは明らかでしたし、私たちを馬鹿にするような態度だったので、交渉を中止して引きあげると脅かしました」

「お、脅かしたのか...... そんなことをしたらただではすまなかったのではないか?」

「はい。逆に奥方様から取引を中止したら悪い噂を流すとか、ペルマスクで商売できなくする。って言って脅されました」

「まじか......」

「あと、「このままネックレスを売らないで帰ったら、主人に叱られるだろう」とも言われました」

「それも脅しだな......」

「そうです。かなりムッときたので、「このまま奥方様にネックレスを売らなくても、売り先を何処かの商店に変えても主人に咎められることはありません。

それに、私たちは商人ではないので、ペルマスクで商売出来なくても困りません」って、ネックレスを片付けながら言ってやりました」

「......」

「そうしたら、慌てて片付けるのを静止するよう叫んでから、「仕方がないから金貨38枚払う」って言い出したので、すぐに了承しました。

それから小箱のほうもひとつ銀貨10枚で売りつけました。完全勝利です」

「す、素晴らしい。その奥方には悪いが、セリーに逆らったバツだな」

ご主人様はセリーを褒めているけど、顔が引きつっていた。セリーはそんなご主人様を見てニッコリと微笑み、そして呪いの言葉を吐いた。

「親方の奥さんに迷惑を掛けるような悪は、滅びれば良いのです」

 

セリーはハーブティーをひとくち飲んでひと息つくと、続きを話し始めた。

「親方の奥さんと仲のよい人には約束どおり金貨25枚で売りました。やはりよいものだと喜んでいただけましたし、帰り際に親方の奥さんの方には「少し大きさが」と伝えたので、こちらの方もばっちりです」

「そうか。すごいな。さすがセリーだ」

「ありがとうございます」

セリーはアイテムボックスから金貨63枚と銀貨20枚を出して、ご主人様に手渡した。

「明日から3日かけてカガミを売りに行くが、これでオークションにむけてのひとまずの資金は出来た。

皆んな、ありがとうな」

ご主人様は私たちにお礼を言いながらあたまをさげた。

 

その夜、私たち3人はお風呂をあがって寝室に行くと、ご主人様からネグリジェのうえにコハクのネックレスを着けていただいた。

カンテラの淡い灯りのなか、私たち3人の肢体が浮びあがる。そして、胸元のコハクがカンテラの灯りを映して煌めいた。

ご主人様はベットに腰掛けたまま私たちをボーっと眺め、ポツリと声を漏らした。

「美しい...... まるで夢のようだ......」

私はご主人様の言葉に頬が熱くなるのを感じながら、

「ご主人様。今夜もどうぞ私たちを可愛がってください」と、声をかけた。

 

ご主人様はミリアから順番に抱き寄せてオヤスミのキスをした。

ミリアの次はセリー、セリーの次は私の番。

ご主人様は私を抱き寄せてキスをすると、肩紐をずらしてネグリジェを脱がせた。

すると、私は生まれたままの姿にコハクのネックレスを着けた姿になった。

「ロクサーヌ。綺麗だ......」

「ご主人様......♥」

 

その夜、私たちは順番に2回ずつ可愛がって頂いたあと、久しぶりに私とセリーを同時に可愛がって頂いた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから3日経った。

 

迷宮探索のほうはとても順調だった。

ハルバーとクーラタルの迷宮探索はともに18階層まで進み、スキル付きの装備品も増えた。

それに、ご主人様の緑魔結晶が黄魔結晶に、以前盗賊退治で拾った黄魔結晶が、なんと白魔結晶に変わったのだ。

オークションにむけての資金も万全なものになったようで、ご主人様はとても嬉しそうにしていた。

 

しかし、カガミ販売のほうは、そうでもなかった。

ご主人様は毎日カガミを売りにボーデに行き、本日最後の1枚を売りに行ったけど、追加注文の話はなかったそうだ。

「おまえたちは残念かも知れないが、しばらくはペルマスクに行くことはないだろう」

「いえ、残念ではありません。迷宮探索の時間を増やせるので、むしろ良かったのではないでしょうか」

「そうか...... そうだな」

ご主人様は何か思うところがあるような雰囲気だったけど、このときはそれ以上何も言わなかった。

 

私は......

本当は海が見れなかったのは少し残念だし、あのきれいな町にまた行きたいという想いはある。

だけれど、本来の目的を忘れては決してならない。

私たちは迷宮探索を進めて実力を伸ばし、いずれはご主人様を貴族に押しあげなくてはならないのだ。

そう考えると資金集めで行いはじめた行商は、そろそろ潮どきなんだと思う。

 

もうすぐメンバーが増え、私たちのパーティーはもっと強くなる。

これからは本来の目的に立ち戻って迷宮探索押し進め、いち早く迷宮討伐を成し遂げられる実力を身に着けようと、私はこのとき強く思った。

 



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白金貨と聖槍の取り扱い

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所に加え、ペルマスクへの中継地点であるザビルの迷宮も探索している。

 

クーラタルは18階層、ベイルは11階層、ハルバーは18階層、ターレは13階層、ボーデは12階層、ザビルは1階層を探索中。

 

 

夏から秋に変わる季節と季節の間の休日

その数日前。

 

その日、午前中の狩を終えて昼休息を取るために一度家に帰ると、装備品を外していたご主人様がリュックサックを見てつぶやいた。

 

「おっ!?」

「えっと。何でしょう」

私が尋ねると、ご主人様はニヤリと笑って「見るか?」と言いながらリュックサックに手を突っ込む。

そして、白く輝く魔結晶を取り出した。

 

「こ、これは白魔結晶ですか?

すごいです。さすがご主人様です」

「は、初めて見ました」

「さすが、です」

私が驚くと、横にいたセリーとミリアもご主人様が持っている白魔結晶を覗き込み、心底驚いている。

ご主人様は私たちの様子を見て満足そうだったけど、セリーが「休憩したら売りに行きますか?」と聞くと、「ギルドへは夕方売りに行くのがいいだろう」と言いだした。

 

「えっと。はい?」

私はなんでわざわざ混み合う夕方に高価な白魔結晶を売りに行こうとしているのかが分からずに首をかしげると、ご主人様はちょっと視線をそらした。

そして、「い、いや。急ぐことも無いだろう」と言って、アイテムボックスに白魔結晶をしまい込んだ。

 

私は特に気にしなかったけど、セリーはジト目でご主人様を見つめ、「あやしい......」とボソリとつぶやいた。

そして、トトトッとご主人様の向いたほうに回り込み、顔を合わせようとした。

セリーが「んっ?」と言いながらご主人様を見つめると、ご主人様は反対方向に顔をそむけた。

しかし、セリーは追いかけるように回り込み、また「んっ?」と言いながら顔を合わせようとした。

ご主人様はまた顔をそむけたけど、またまたセリーが回り込む。

 

結果、ご主人様の周りをセリーが回り続けている。

そして、いつの間にか彼女は顔がほころんでいて、「んっ?」、「んっ?」っとじつに楽しそうだ。

 

私とミリアは顔を見合わせ、ひとつうなずいてから、すぐに2人で参戦した。

そして、しばらくご主人様の周りを回り続け、その状況を楽しんだ。

 

しばらく楽しんでから、ハッ!と気づいた。

休憩するはずだったのに、息があがってしまい、かえって疲れてしまっていた。

午後からも迷宮に潜るのに、ちょっと失敗。

反省しないと......

 

でも、気持ちはリフレッシュできたから、たまにはこんな休憩も良かったかな?

 

◆ ◆ ◆

 

結局その日は午後からも、ハルバーの迷宮18階層で狩りをおこなった。

 

夕方、ご主人様はクーラタルの探索者ギルドでドロップアイテムを売るときに、お昼に宣言した通り白魔結晶も一緒に売ってしまった。

そのとき、ご主人様は周りに気づかれない為か、買い取りトレーに白魔結晶を置くと大量のドロップアイテムで埋めて隠していたけど、受付の女は一瞬目を見開いた。すぐに何ごともなかったようにすましているけど、どうやら白魔結晶があることに気づいたようだ。

 

私はその女の雰囲気が気になったので、買い取り代金を持って戻ってきたときの様子を見ていると、受付の女は値踏みするような目つきでご主人様を見ていた。

 

私は警戒心をあげて女の行動を見ていると、口のはしをにやつかせながら、トレーから金貨を回収しているご主人様に手を伸ばした。

 

さすがに金貨を掠め取ることはないだろうから、ご主人様に触れて気を引こうとでも考えているのか。

それとも言いたいことでもあり、自分に注意を向けようとしているだけなのか。

 

だけど、そんなことは関係ない。

この女がご主人様に触れることは許さない! 

 

私は瞬間的にそう思い、ご主人様の斜めうしろから女の手をはじいた。

今となっては記憶が定かではないけれど、たぶん冷静に判断して適切な対応が取れていたのだと思う。

 

次の瞬間、パシッ!って音が鳴り響く。

すると、ご主人様は驚いたようでビクッ!っとからだを震わせた。

女の行動には気づいていないようだったけど、私が自分の死角から手を伸ばして何かをはじいたことは理解したようだ。

 

「ロクサーヌ、どうした?」

「いえ。虫がいたのではじきました」

「そ、そうか。気づかなかった」

「大丈夫です。次は斬り落とします」

そう言いながら、私はエストックの柄に手をかけてカチャリと鳴らし、それから受付の女に殺気を飛ばした。

すると女は、「ヒッ!」っと小さく悲鳴をあげて、顔をうつむかせた。

 

ご主人様は金貨と白い金貨?のようなものをアイテムボックスにしまうと、残りの銀貨と銅貨は数えもしないでガサッと一気に袋に詰めてリュックにしまった。

そして、私たちを連れて探索者ギルドを出ると、寄り道せずに足早に歩き、冒険者ギルドに飛び込んだ。

 

ご主人様は周りを確認すると、「誰も来てないな」と小声で私たちに聞いてきた。

「はい。大丈夫ですね」

「ついてきた人はいないと思います」

「いない。です」

 

私たちも小声で答えると、ご主人様はあからさまにホッとした。

「そ、そうか。では買い物してから帰るか」

「えっと。何かありましたか?」

「いや...... なんでもない」

「......かしこまりました」

 

私は何を気にしていたのか分からなかったので思わず聞いてしまったけど、ご主人様が言葉を濁したのであえて聞かないことにした。

 

その後、夕食の買い物をしながら帰宅すると、玄関ドアにパピルスのメモがはさまっていた。

メモは商人ギルドのルーク氏からで、芋虫のモンスターカードを落札したとのことだった。

ご主人様に伝えると、「これで身代わりのミサンガの予備ができる」と言って喜んでいる。

 

どうやら明日は早朝探索のあと、ご主人様は商人ギルドに行くことになりそうね。

そうすると少し時間ができるはずだから、洗濯するのは明日にして、今日は早めに可愛がっていただいてもいいかも♥

 

◆ ◆ ◆

 

それから1時間後。

 

夕食を食べながらご主人様と話をしていると、話題が探索者ギルドでのことになった。

「そう言えば、ご主人様はなんで白魔結晶を換金したあとビクビクしていたのですか?」

私が尋ねると、ご主人様はアイテムボックスから白い金貨のようなものを取り出した。

 

「ご主人様。それは?」

「白金貨だ」

「は、白金貨ですか?!」

「そうだ」

 

探索者ギルドでご主人様がアイテムボックスにしまっていた白い金貨のようなものは、まさしく白金貨だったのだ。

 

白魔結晶を売ったのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、白金貨なんて一般人が持つことはないし、私は見たことすらなかった。

だから、探索者ギルドにいたときは、ご主人様がしまっていた物が白金貨だなんて、思いもよらなかったのだ。

 

さすがにご主人様も白金貨は初めてだったので、トレーからつまんでアイテムボックスに入れるときは震えたし、その瞬間に私が虫?をはじいたので、注目を集めてしまい誰かに見られたんじゃないかと気になって、このときは落ちつかなかったとのことだった。

 

でも、それはあながち間違いではなかったかも知れない。

なぜならあの受付の女は間違いなく白金貨を見て、ご主人様にちょっかいをだそうとしていたのだから。

 

そのことをご主人様に伝えたら、「そういうことだったのか。ロクサーヌ、ありがとう」と大変感謝してくれた。

私は少し調子にのって、ちょっとドヤ顔して胸を張ったら、「でも、ロクサーヌさんはご主人様に触れようとしたあの女に嫉妬して、手を叩いただけですよね」と、セリーに実状をバラされてしまった。

 

恥ずかしいけどセリーに言われた通りだ。

あの瞬間、私は“この女!なに勝手にご主人様に触れようとしてるの!”って怒りが込みあげ、気づいたら手が出ていた。

でも、わざわざバラすことはないでしょう。

私はちょっとムッとして、セリーに言い返した。

 

「そんなこと言って。

セリーだってムッとしてたじゃないですか。

探索者ギルドを出るときに、振り返ってもう一度あの女を睨んでいたの、知ってるのですよ」

「なっ、そそ、そんなこと......」

私が暴露し返すと、セリーは顔が赤くなって動揺した。

すると、「まあまあ、2人とも仲良く」ってご主人様に苦笑しながら言われてしまった。

 

私とセリーは顔を見合わせたけど、お互い目が笑ってしまい、次の瞬間にはプッと吹き出してしまった。

そしてそのあとは、今後あの女をどう懲らしめてやろうか?という話に華が咲いた。

因みに私とセリーが話しているあいだ、ミリアは空気だった。

最初にちょっと言い合いっぽくなってたので、空気が読めなかったようだ。

 

その後、ご主人様が「ほどほどにな」と言いながら、更に苦笑したことは言うまでもないだろう。

 

それ以降、あの女が私たちと目を合わせることは一度もなかった。

そして、しばらくすると探索者ギルドからいなくなり、クーラタルの町なかで見かけることもなくなった。

たぶん故郷にでも帰ったのだろう。

 

いつもご主人様の肩越しから、私たちが冷たい視線を向けていたせいかもしれないけど、ご主人様に悪い虫がつくことがなくなったので、これで良しとしよう。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

 

早朝の探索を終えると、ご主人様は鏡を売りに行き、朝食のあとは商人ギルドにでかけた。

私たちは手分けして洗濯や掃除に取りかかり、終わらせた者からダイニングテーブルの席について、ハーブティーを飲みながらひと息ついていたのだけれど、なかなかご主人様は帰ってこなかった。

 

「そろそろ1時間経ちますが、ご主人様はどうしたのでしょうか」

「そうですね。もしかすると、オークションについて、ルークに何か聞いているのかも」

「オークションですか?」

「ご主人様は次のメンバーはオークションで探すと言っていたので、」

「そうですか......」

 

私がこのあとどうしようか考えていると、ご主人様が戻ってきた。

「あ、おかえりなさいませご主人様。お待ちしてました」

「ただいま。ロクサーヌ」

私はご主人様が帰ってきたのが無償にうれしくなって思わず近寄ってしまうと、ご主人様はなぜか困惑した顔になった。

 

「悪いがもう少し時間がかかる」

「えっと......」

「心配するな。オークションの体験をしてくるだけだ。

1時間くらいかかると思う」

私が不安気な顔をしてしまったためか、ご主人様は私の耳を撫でながら安心するように言ってくれた。

 

「かしこまりました」

「じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃいませ。ご主人様」

ご主人様がでかけたのでセリーとミリアのほうを向くと、なぜか肩をすくめていた。

 

「えっと...... 1時間あるので、庭の手入れでもしましょうか」

「そうですね。なら、柵のところに例の種を植えませんか?」

「種。です。きれいにする。です」

「そうしましょう。

今は殺風景ですけど、きれいに蔦が絡んだら、かなり良い雰囲気になりますからね。

では、ミリア。私とセリーは先に準備をしてますので、あなたは倉庫からこの前雑貨屋で買った種を持ってきてくれますか?」

「はい。です。持っていく。です」

ミリアは返事をすると、倉庫に種を取りに行った。

 

私とセリーは庭に行き、道具箱から小さいスコップとじょうろをだして、柵のところに移動した。

そして、柵に沿って内側の土を耕した。

そのあと横のロープに等間隔に紐を結んでたらし、したに小さな木の杭で固定した。

更に横にも紐を伸ばして結ぶと、庭と道の境界線に打ちつけた杭と杭のあいだに、30cm角くらいの網目ができた。

 

それから30分ほど3人で格闘してなんとか全ての杭と杭のあいだに網目を作り終え、そのあと等間隔にミリアが取ってきた種を植えて水をかけた。

 

「ふぅ、なんとか出来ましたね」

「思ったより大変でした。考えが足りずにこんな提案をしてしまい、すみませんでした」

「疲れた。です」

たかだか1時間弱の作業だったけど、ほぼ中腰でいたためミリアが弱音を吐くくらいには疲れた。

セリーは安易に提案したことをもうしわけなく思っているようだけど、きっと素晴らしい生け垣になるはずだから、このくらいは問題ないと思う。

 

「セリー。謝る必要はありませんよ。これならきっと素晴らしい生け垣になるはずです」

「そうですね。そうなって欲しいです」

「なる。です」

「ただ、ちょっと疲れたので、ご主人様が帰ってくるまではお茶でも飲みながら休憩しましょう」

「わかりました」

「はい。です」

私たちは道具を片付けて手を洗い、家に入って休憩した。

 

席に座ると、ミリアはウトウトし始めた。

私はまぶたが閉じかけているミリアは放置して、セリーに話しかけた。

 

「セリー。蔦はどれくらいで伸びるのですか?」

「すみません。ガーデニングの本にはうまく育ったときの挿絵はあったのですけど、育つまでの期間は書いてなかったです」

「そうですか。頑張ったので、早く成果が見たいところですが、自然が相手ですので仕方がありませんね」

「そうです。気長に育てましょう」

 

それから30分くらいセリーとおしゃべりしていると、ご主人様が帰ってきた。

 

「あ、ご主人様。お帰りなさいませ」

「おかえりなさい」

「......」

「ただいま。

悪い。時間をくったな」

「いえ。時間があったので庭の手入れができました。

お気になさらず」

「そうか」

「はい。ところでオークションはいかがでしたか?」

「ああ。参加の仕方はわかった」

 

「何かお買いになったのですか?」

「いや。気になる物はあったが、オークションでは何も買ってない」

「そうでしたか」

「ああ。だが、これでいつでも参加できるようになったから、体験した意味はあったよ」

「それは良かったです」

「いちいち仲買人を通さなくても良くなったことは僥倖ですね」

 

「いや。セリーには悪いが、ルークとはこれからも付き合うことになる。

毎回オークションに張り付いていたら迷宮探索が出来なくなるからな」

「迷宮探索出来なくなるなんて絶対にダメです」

「うーん...... 仕方がありません...... 残念ですが仕方がありません」

 

その後もセリーは「仲買人は敵だから、早く手を切ったほうがいいのに......」とつぶやいていたが、ご主人様は聞こえないふりをして話を終わらせた。

 

「じゃあ、遅くなったが探索を再開しよう」

「かしこまりました」

私はミリアを起こし、まだモゴモゴ言っているセリーをなだめながら準備をはじめた。

 

あとで教えてもらったのだけど、ご主人様はオークションで聖槍を見て欲しくなったけど諸事情あって入札出来なかったので、このときルーク氏を通して買い取り交渉を持ちかけていた。

ただ、買えなかったら恥ずかしいので、私たちにはそのことは伏せていたとのことだった。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様のワープでハルバーの17階層に飛び、ケトルマーメイドとクラムシェルをたくさん狩る。

どちらも土魔法が弱点で、この組み合わせなら戦い易いとご主人様がよろこんだので、私は意識してこの組み合わせを探して狩を行った。

 

2時間ほど戦うと、ご主人様は私を見つめて考えごとをはじめた。

そして、「ロクサーヌ、恐ろしい子」とポツリとつぶやいた。

ご主人様は自分がつぶやいたことに気づいていないようだけど、いったい私に何を見たのだろう。

 

「......えっと。何でしょう?」

「えっ? あ、いや。ちょっと疲れた。

みんなも疲れただろうから、いったん家に帰って休息するか」

私が小首をかしげて聞くと、ご主人様はちょっと動揺して言葉を濁した。

こういうときは迷宮内では言いづらいけど、何か確かめたいことがあるときだ。

“恐ろしい子”と言われたことは気になるけど、今は素直に従おう。

 

「はい。分かりました」

私が返事をすると、ご主人様はサッと振り返って迷宮の壁にワープゲートを開き、そのままくぐって行った。

ご主人様に続いてゲートをくぐると家のダイニングで、ご主人様はテーブルの上にアイテムボックスの中身をだしていた。

 

白金貨だけでなく、金貨もいっぱいあって驚いたけど、それよりもドロップアイテムが大量にあったので、すぐにテーブルの上に山積みになった。

 

私はご主人様が何かの実験をするのだと思い黙って見ていたけど、セリーは好奇心に負けたのか「何かあるのですか?」と問いかけた。

するとご主人様はニヤリと笑い「ちょっとした実験だ。なんならセリーもやってみるか?」とセリーを誘った。

セリーは二つ返事で了承し、自分のアイテムボックスの中身をテーブルの上に全部出した。

 

「ちょっと待ってろ」

ご主人様はセリーにひと声かけて、ダイニングから出ていき、ミサンガとモンスターカードを持ってきた。

 

セリーはミサンガとモンスターカードを受け取ると、「融合するんですね」と言って呪文を唱えだした。

 

セリーが呪文を唱えはじめると、ご主人様は私に「ロクサーヌ、俺に向かって、任命と言ってみろ」と言いだした

私は「任命ですか?」とご主人様に聞いたけど、「そうだ」と返されたときに“あ、これは実験なんだ”って気づいた。

でも、ご主人様に言われるまま「任命」と唱え、あたまのなかに呪文が浮ぶと正直すごく驚いた。

なぜなら戦士のジョブに任命なんてスキルは無いからだ。

 

ご主人様は私の表情を見て満足したのか、ニヤっと笑って「ロクサーヌは今騎士になった。それは騎士のスキルだ」と宣言した。

 

「えっと。騎士ですか?」

前に誰かを騎士にするという話があり、私に決まったので、ご主人様にジョブを戦士に変えて頂いたのだけど、あれからまだひと月も経っていない。

それなのに、もう騎士になれたのか?本当に?だから任命?

 

私が困惑していると、モンスターカード融合をしていたセリーが「村長に任命するスキルですよね」とご主人様に確認した。

彼女は当たり前のように融合を成功させて、ご主人様に身代わりのミサンガを渡している。

本当はすごいことなんだけど、彼女は一度も融合を失敗したことがないので、すでに洗濯や掃除をしてるくらいの感覚なんだろう。

 

「そうだ。ありがとう。さすがはセリーだな」

「しかし騎士になるためには戦士の修行を何年も積まなければならないと思うのですが。

ロクサーヌさんが戦士になってから少ししか経っていません」

セリーも私と同じように、騎士になるのが早すぎることを疑問に思ったようだ。

 

しかし、私はセリーがモンスターカード融合を当たり前のように成功させているところを見て冷静になった。

そして思いだした。

ご主人様が実験をするときは、成功することがわかっているときだったことを。

つまり、私が騎士になれたのも、そういうことなんだ。

 

私は疑いの目でご主人様を見ているセリーの肩に手を置き、「セリー。そこはご主人様ですから」と諭した。

すると、何故かミリアも「ご主人様、です」と言ってセリーに頷いた。

セリーがそれでもうろんな目を向けていると、ご主人様は「いや。むしろロクサーヌだからでは」と言って、ちょっととぼけた。

 

“もう、ご主人様ったら何を言ってるのですか”って心のなかで突っ込んでいると、なぜかセリーは「なるほど。ロクサーヌさんなら」と言って、左手のひらの上に右拳をポンっと軽く打ちつけた。

 

へっ?なんで?

良くわからないけど......

ほんとに良くわからないけど、何故か彼女は納得したようだ。

 

「さすがお姉ちゃん、です」

セリーが納得したのを見て、ミリアも追従した。

たぶん訳はわかっていないけど、空気を読んだつもりなんだろう。

 

「えっと。ご主人様を任命すればいいのですね」

「頼む」

私は気を取り直して呪文を唱えようとしたけれど、ブラヒム語の言いまわしがよく分からず、なかなかうまくスキルを発動出来なかった。

すると、ご主人様は「じゃあまず俺がやってみるから、聞いてみろ」と言って、セリーを村長に任命した。

 

「さすがはご主人様です。私もやってみますね。

あめつちすべるすめらぎの、断り攻めてしろしめせ、任命」

ご主人様に向かって呪文を唱えると、「おお。よくやった、ロクサーヌ」とご主人様に褒められた。

どうやら成功したようでホッとした。

 

「ありがとうございます」

「えっと。騎士が勝手に村長を任命することは禁止されているはずですが。私も村長になったのですか?」

私はご主人様にお礼を言うと、セリーが口を挟んだ。

 

ご主人様は一瞬セリーを見つめると、「いや。もう村長ではない」と真顔で答えた。

でも、“もう”ってことは、いま元に戻したということだ。

「いま。変な間がありましたよね」

セリーも気づいたようで、ジト目でご主人様を見つめている。

仕方がないので私はもう一度セリーの肩に手を置いて、「大丈夫です。内密にすれば誰にも分かりません。ミリアもいいですね」と彼女を諭した。

 

「内密、です」

ミリアは一瞬キョトンとしていたようだけど、また空気を読んだようだ。

 

セリーは「はぁ」っとひと息吐くと「まあそうですけど」と言って、ご主人様への追求を諦めた。

 

「それよりセリー、暗殺者というジョブを知ってるか」

ちょっとあきれ気味のセリーにご主人様が尋ねた。

ご主人様の雰囲気から、騎士や村長よりもこっちのほうが本命のようだ。

 

「かなり珍しいジョブですね。確か毒に関係しているとか。毒付与のスキルがついた武器なんかを使うと活躍するそうです」

セリーもこちらが本題だと察したのか、真剣に答えている。

 

そういえば私は子供の頃、毒針でノンレムゴーレムを倒したことがある。

もしかして私、暗殺者のジョブを持ってるの?

それで“恐ろしい子”......

 

「あの、もしかして......」

私がゆっくり手をあげながら恐る恐る聞こうとすると、ご主人様からビシッ!っと指を指された。

そして、「正解!」と言われてしまった。

「そ、そうでしたか......」

 

ご主人様はなんだか楽しそうだけど、私は暗殺者のジョブを持っていてもまったくうれしくない。

ご主人様には申し訳ないけど、まったくテンションがあがらない。

ご主人様はそんな私の気持ちに気づくことはなく、「よし。実験をしよう」と、意気揚々と宣言した。

 

「えっと。実験ですか?」

「そうだ。毒で魔物を倒す実験だ。セリー、ハルバーの10階層の魔物がニートアントだったか」

「そうです」

「じゃあ、アイテムをしまったら迷宮に行く」

ご主人様はそう言いながら、テーブルの上のアイテムを片付けはじめた。

 

◆ ◆ ◆

 

ハルバーの迷宮10階層に移動すると、ご主人様から注意された。

 

「ロクサーヌは騎士になったばかりだから、気をつけるように。では、ニートアントのたくさんいるところに案内してくれ」

「分かりました」

私はニートアントを探し先導して案内していると、ご主人様から質問された。

 

「毒で魔物を倒すのに、毒持ちのニートアントでも大丈夫だろうか?」

「大丈夫です」

「問題ありません」

私とセリーが答えるとご主人様は少し考えた。

 

「わざわざ他の階層にいく必要は無いか......

このままこの階層で実験する。まずはたくさん毒針を集めよう」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

 

それからしばらくニートアントを狩って毒針を集めた。

ご主人様は水魔法でニートアントを攻撃していたけど、以前と比べると威力が段違いにあがっていた。

そして、何度か戦うと、なんと魔法一発で倒せるようになった。

 

「ご主人様。すごいです。魔法が強くなりましたか?」

私が驚いて尋ねると、ご主人様は「フッ、俺もちょっとは強くなってるからな」と言ってドヤ顔になった。

 

それから1時間ほどニートアントを狩って20個くらい毒針を集めると、ご主人様は「では実験を開始する。ロクサーヌはすでにやったことがあるので、最初は俺が毒針を投げる。他の三人は攻撃しないように」と宣言した。

 

「魔法陣が浮かんだ場合にはどうしますか」

「そのときには槍でつけ」

セリーが質問するとご主人様はあっさり攻撃するよう指示したので、私は「ニートアントのスキル攻撃なら、かわしてしまえば毒になりません」と進言したのだけど、「みんなロクサーヌみたいに早く動けないから却下だ」と言われてしまった。

 

その後、ご主人様、セリー、ミリアの順番で毒針を投げてニートアントを倒す実験をおこなった。

 

途中でご主人様から「魔物が毒を受けたらどうなるのか」と聞かれたので、「少し青白くなります」と伝えたのだけど、「ニートアントは色が黒っぽいし、迷宮も暗いから全然わからない」と言って困っていた。

確かにニートアントの毒判定は難しいので、他の階層に移動することを提案しようと思っていたら、ミリアが「毒、です」と叫んだ。

 

「ミリア。わかるのですか?」

「はい。です」

ミリアは夜目が効くし自信満々に胸を張っているので空気を読んで発言した訳ではないようだ。

なので、彼女に判定を任せることにした。

 

あと、セリーが毒針を投げているときにニートアントの下に魔法陣が浮かんだ。

そのときセリーの槍はご主人様が持っていたけど、後方にさがっていたのでキャンセル出来ない状態だった。

そのため、さっき私が提案した通り、「来ます!」っていう警告を合図にみんなで後方に全力で逃げだすことになった。

戦闘のあと、クスッと笑ってご主人様に「ちゃんと間に合いましたね」と言うと、「生きた心地がしなかったから、可能な限りキャンセルの方向で」と改めてこれからも基本は槍でついて詠唱中断させることを念押しされてしまった。

セリーもとなりでウンウンとうなずいていたけど、ミリアは「さすがお姉ちゃん、です。がんばる、です」と言ってやる気を見せていた。

 

ミリアの実験が終わったあと、ご主人様に「これで全員暗殺者のジョブを取得したのですか?」と尋ねると、「いや。ジョブ獲得には戦士の経験も必要だ。いまのところ暗殺者のジョブを獲得したのは俺とロクサーヌだけだな」

「そうでしたか」

「まあ、これで下地はできたから、誰を暗殺者にするかはおいおい考えることにするよ」

「わかりました」

「じゃあ、17階層に移動するから、また魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

 

その後、ご主人様のダンジョンウォークで17階層に移動して、夕方まで探索をおこなった。

 

◆ ◆ ◆

 

家に帰えると、商人ギルドのルーク氏からの伝言メモが残っていた。 

「ご主人様、ルーク氏からの伝言ですね。至急来られたしと書いてあります」

ご主人様に伝えると、「わかった。では、ちょっと商人ギルドまで行ってくる。後は頼む」と言って、ワープゲートをだした。

私はご主人様の背中に「はい。いってらっしゃいませ」と声をかけると、片手をあげてそのままワープして行った。

 

私たちは手分けして洗濯、装備品の手入れ、夕食の準備に取りかかる。

すると、10分もしないうちにご主人様が帰ってきた。

私は洗濯をしていたので匂いでご主人様が帰ってきたことはわかったけど、手早く終わらせてダイニングにおりたときにはご主人様の姿がなかった。

 

セリーが装備品の手入れをしているが、なんとなく不安そうな顔をしていたので、彼女に話しかけた。

「セリー。ご主人様が帰ってきませんでしたか?」

 

すると、一瞬躊躇したあと、今しがた何があったのか話してくれた。

 

ご主人様は帰ってくるなり倉庫に走って行き、スタッフをつかんで戻ってくると、アイテムボックスからモンスターカードを取り出した。

そして、セリーにスタッフとモンスターカードを渡し、「セリー、これを融合してくれ」と言ってきて、融合するとほとんど確認もせずにそれを持ってまた出かけて行ったとのこと。

 

「セリー。ご主人様はそんなに慌てていたのですか?」

「はい。ちょっと心配だったので、モンスターカードを融合する前にカードがあってるか確認したのですけど、俺は記憶力が良いから大丈夫と言ってて。

融合したあとも、スタッフに違うスキルがついてないかって一応確認するよう言ったんですけど、大丈夫って言って、慌ててまた商人ギルドに戻って行ったんです」

「そうだったのですか」

「はい。でも、ご主人様は詠唱なしで武器鑑定が使えるし、融合したあと成功だって言っていたから、たぶんスタッフ自体は大丈夫だとは思うのですが......」

「なんだか歯切れが悪いですね」

「スタッフ自体はあまり気にしていないのですが、相手は仲買人ですので、ご主人様が騙されていないか心配です」

「そうですね。慌てていたってことは、冷静な判断が出来ていない状態だったのかも知れません。

ご主人様が帰ってきたら話を聞いてみましょう」

「わかりました」

 

セリーの話を聞いて私も心配になったけど、だからと言って何かできることが有る訳ではない。

だから、今は奴隷としてやるべきことをしようと気持ちを切り替えることにした。

「セリー、作業に戻りましょう。私は洗濯が終わりましたので、料理のほうにまわります」

「装備品の手入れもすぐに終わりますので、私もすぐに料理にまわりますね」

 

私はひとあし先にキッチンにいくと、料理を担当していたミリアはイモと玉ねぎの皮剥きをすでに終えており、ひと口だいに切っているところだった。

 

以外と言っては彼女に悪いが、ミリアは手先が器用で料理や裁縫が得意だ。

凸凹したイモの皮もナイフ一本でキレイに剥く。

もう見慣れてしまったけど、はじめて彼女の手際を見たときは軽く嫉妬したものだ。

 

だけど、そのあと彼女が手先が器用になった経緯を聞いたときは思わず抱きしめてしまい、「頑張ったのですね」と言ってあたまを撫でてあげたことを思いだした。

 

◆ ◆ ◆

 

ミリアは生まれてからずっと小さな漁村で暮らしていた。貧しいけれど、両親と2つ下の弟の4人で仲良く暮らしていたそうだ。

しかし彼女が13歳のとき、漁に出た両親が帰ってこなかった。

そのとき海は荒れてはおらず転覆するような波もなかったので、不思議に思いながらも村民総出で探してもらうと、すぐに近くの浜に両親が使っていた漁船がうちあがっているのが見つかったそうだ。

 

その後、数日は船の周りや近くの海中も探したけれど、両親は見つからず、手がかりになるような物も見つからなかった。

それで、結局行方不明ということで、捜索は打ち切りになってしまい、彼女は帰ってくるかどうかも分からない両親を待ちながら、弟と2人で生きていくことになったそうだ。

 

それからは、彼女は知り合いに頼んで漁や魚の加工の手伝いをしながら暮らしていたのだけど、みんな貧しかったのでお金がもらえる訳ではなく、かわりに余った魚や野菜の切れ端をもらっていたとのこと。

着るものも買える訳ではなかったので、小さくなった服を自分で仕立てなおししたり、もらった服を繕ったりして着ていた。

そんな暮らしを送っていたから、自然と料理と裁縫ができるようになったとのことだった。

 

両親がいた頃は近くの迷宮に入って、魔物を避けつつ魚貯金(黒魔結晶)を集めていたこともあったから、それでお金を稼ぐことも考えたけど、試しに1日頑張っても3個しか拾えなかったらしい。

それに、近くの町からきた商人に買い取ってもらったけど、3個で銅貨1枚しかもらえなかったので、さすがにそれでは生活出来ないと思い、迷宮で稼ぐことは早々に諦めたとのこと。

 

でも、彼女には漁船の上から魚を突くことに才能があったようで、漁に出るたびに銛の扱いが上達した。

漁師仲間のあいだでも評判になったそうで、頼めば必ず漁船に乗せてもらえたし泳ぎも得意だったので、このまま漁師になろうと考えていたけど、半年ほど前、ミリアの噂を聞きつけた近くの神殿の神官長がわざわざ会いにやってきた。

そして、ミリアに海女ギルドへの入会を推薦してくれたとのこと。

そのとき神官長からは『そのウデがあるなら海女になって迷宮に入り、魔物を狩ったほうが村の為になる。お金も稼げるようになるから、少しは暮らしも楽になるだろう』と言われ、彼女は二つ返事で了承したそうだ。

 

ミリアの住んでいた村は小さかったけど、周辺には同じような村がいくつも有り、それに小さいながらも神殿や各種ギルドなどが有る町もあった。

海女ギルドもそこにあったそうだ。

 

海女ギルドに入会して神殿で海女のジョブにしてもらうと、それまで以上にからだを速く、強く動かせるようになったらしく、それからはギルドから剣と盾を借りて新人同士でパーティーを組み、迷宮探索を行って少しだけどお金を稼げるようになったとのこと。

そして2ヶ月ほど前には、弟も見習いとしてだけど漁師ギルドに入れたので、贅沢は出来ないけれど生活することに不自由することはなくなったそうだ。

 

ところがそんなとき、村の漁場に大きなサメが出て荒らすようになってしまったらしい。

村人総出で退治に向かっても追い払うことしか出来ずに

困っていたのだけれど、ある日ミリアがそのサメを見つけて追いかけていると小さな入江を見つけたらしい。

そして、そこにサメが逃げ込んだので、また逃げられる前にそっと近づいて、銛で仕留めたとのこと。

 

『そのときは、村の人たちがすごく喜んで宴会を開いてくれたので、私もとても嬉しかった』と彼女は嬉しそうに語っていた。

しかし次の瞬間、『でも、そのとき見つけた小さな入江で後日網を打っていたら、いきなり神官に捕まってしまったの』と言って寂しそうな顔になった。

 

ミリアは知らなかったそうだけど、その入江は神域とされて魚を取ってはいけない場所だったらしい。

神域を荒してしまったので、村では彼女を犯罪者として裁かなくてはいけなくなったのだけど、仲の良い知り合いの人たちが彼女を庇おうとして、何日も話し合いをしてくれたらしい。

だけど、神殿にお布施という名の補償金を払わなくてはならず、そのお金を工面するためには彼女を奴隷に落として売却金をあてるしかなかったとのこと。

 

ミリアは自分が奴隷になるまでの経緯をひとしきり話したあと、最後に『村のみんなにはとても迷惑をかけてしまった。それなのに、『弟の面倒はみんなでしっかりみるから、これからは自分のしあわせだけを考えて生きなさい』と言ってくれたんです。だから、村のみんなには感謝してるし、少し寂しいけど弟のことは心配していません』と言って、寂しそうに笑った。

 

そこまで話しを聞いたとき、私は思わずミリアを抱きしめてしまった。そして、『頑張ったのですね』と言ってあたまを撫でてあげた。

彼女は私の胸に顔を埋めたまま、しばらく泣いていた。

 

その後、ミリアが泣き止んだので、ところでなんで網を打ったのか聞いてみた。

すると彼女はまったく悪びれずにとんでもないことをのたまった。

 

『あの入江では誰も漁をしている雰囲気がなかったので、穴場を見つけたと思ってうれしくなって。それに、弟と2人でお腹いっぱい魚を食べられると思って......』

『思って?』

『入江の入口に、なんか入っちゃダメって感じの縄が張ってあったんだけど、普通にくぐれたのでなかに入って網を打っちゃいました』

そう言って、彼女は可愛くテヘッと笑った。

『......全然ダメじゃないですか!』

 

まったくこの娘は......

明るくものおじしない娘だけど、ちょっと考えが足りないわね。

でも、捕まったこと自体には同情はできないけど、彼女がつらい思いをしたことは間違いない。

だから、ご主人様と一緒にいる限り、もうつらい思いはしないということを、しっかり教えてあげないといけないわね。

 

私は唐突にそのときのことを思い出しながら、彼女に声をかけた。

「お疲れ様、ミリア。夕食の準備は進んでますか?」

 

◆ ◆ ◆

 

その夜、いつものように楽しく話しながら夕食を食べていると、ご主人様が「貴族の間では、結納にスキルのついた装備品でも贈る習慣があるのか?」とセリーに聞いた。

彼女は貴族のことは知らないと返事をしたけど、ご主人様から「MP吸収のついた武器を公女を娶るのに用意するとか言っていた」と聞くと、何かに気づいたようで、「ああ。なるほど。そのためですか」と話しはじめた。

 

「公女ってのはどっかの令嬢のことでいいんだよな」

「貴族の令嬢ですね。魔法使いなのでしょう。MP吸収のスキルがついた武器は、その女性が使うのだと思います」

「嫁のためなのか」

「力をつけてくるでしょう」

「そこまで分かるのか。さすがセリーだ」

 

力をつけてくる。

つまり迷宮を討伐して貴族になるご主人様のライバルになるということね。

「ご主人様、負けていられませんね」

「まあ負けるつもりはないが」

 

ご主人様は反射的に私に答えたけど、ちょっと不安そうな顔になり、セリーのほうを向いた。

彼女はちょっと肩をすくめると、説明し始めた。

 

「えっとですね。魔法使いがいるパーティーは殲滅力が高くなります」

「そうだな」

「逆にいえば、迷宮で活躍しようと思ったならパーティーには魔法使いが必須です」

「そうだろう」

「しかし魔法使いは誰もがなれるものではありません。魔法使いになれるのは貴族や大金持ちの子どもに限られています」

「そう聞いた」

「ただし、一から魔法使いを育てようとしても、なれるのは乳幼児だけ。一流の魔法使いまで育てるのに何十年もかかってしまいます」

「分かる分かる」

「期間を短縮する一番の方法は、魔法使いを嫁にもらうか婿に獲るかすることです。公女を娶って、MP吸収のついた武器を求めているということは、迷宮での活躍に必須な魔法使いが手に入ったということなのです」

 

ここまで聞いて、ご主人様はやっと合点がいったようだ。

「なるほどね。だから力をつけてくるというわけか」

「そういうことです」

「別に競っているつもりはないが、大丈夫だろう。代わりにもっといい武器を奪ってきたし。これだ」

ご主人様はそう言うと、アイテムボックスからきらびやかな槍を出した。

 

「槍ですか?」

「槍ですね」

「槍、です」

「以前セリーが言っていた、魔法が強くなる槍だ」

ご主人様はドヤ顔になり、セリーに聖槍を差し出した。

セリーは槍を受け取ったけど、何故か困惑している。

「聖槍ですか?

だとすると、かなり貴重なものだと思いますが」

「セリーが融合してくれた武器との交換で手に入ったからな。セリーのおかげだ」

「初めて見ます。本当にあるんですね」

「ああ。なかなかの物だろう?」

あ、ご主人様のドヤ顔が増したかも。

しかし、このあとのセリーの言葉で表情が一変した。

 

「あの...... この聖槍は誰が使うのですか?」

「へっ?」

ご主人様がキョトンとしている。

 

「聖槍は魔法が強くなる槍です。そう考えるとご主人様が使うのが良いと思いますが、杖として使うなら、ひもろぎのロッドには敵わないと思います。

それに、武器として使うなら、デュランダルのほうが遥かに強いはずです」

「そうかも知れないが......スキルが付けば......」

ご主人様のトーンがみるみる降下していく。

 

「い、いや。 いま慌てて考える必要はないだろう。

えっと、どう使うかは明日じっくり考えることにする」

そう言うと、ご主人様はセリーから聖槍を受け取り、そそくさとアイテムボックスにしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝。目が覚めて、ご主人様にキスをしながら昨日の夜のことを思い出した。

 

結論から言うと、ご主人様は今までで1番すごかった。

聖槍を衝動買いしてしまったことをあたまのなかから消去したかったからなのか?

夜がふけるまで腰を振り続けていた。

 

記憶がさだかではないけれど、たぶんセリーとミリアは3回ずつ、私は4回可愛がってもらったと思う。

しかも、内容もすごかった。

 

なかなかイかせてもらえずに焦らされたり、

失神せずにイキ続けさせられたり、

立ったままうしろから入れられたり、

壁に押し付けられてからだを丸められ、私の秘部にご主人様のアレが出入りするところを見せつけられたり、

ご主人様に入れられながら、セリーやミリアと絡まされたり......

 

とにかくすごかった。

あたまのなかが痺れて、とにかくご主人様を求め続けていた気がする。

そして、昨日の余韻が残っているのか?今もすごく気持ちいい。

 

ご主人様の舌が私の舌に情熱的に絡んでいて、あたまのなかが痺れてくる。

ご主人様の上からキスをしたはずなのに、気づいたらご主人様が上になっていて、左の胸を揉まれている。

そして、ご主人様のアレが私の秘部に擦りつけられ、私のからだは準備が出来てしまっている。

「ごしゅっ、じっ!んさまぁ...... わたし、もう」

 

次の瞬間、わたしのなかにご主人様が入ってきた。

ご主人様は私を激しく責めたてて、一緒に登りつめてしまった。

 

ご主人様は私を開放するとセリーを抱き寄せ、私と同じように可愛がった。

そして、そのあとミリアも可愛がってもらっていた。

 

ご主人様がミリアを開放したので、私はご主人様に声をかけた。

「おはようございます。ご主人様」

「おはよう。ロクサーヌ。済まない。色魔をつけっぱなしにしていた。

自分が抑えられず朝からしてしまった」

「いえ。私のほうこそ気持ち良くて自分が抑えられなかったです。すみませんでした。

あの、朝からしたのははじめてですね♥」

私は恥ずかしくて少しうつむき加減、上目遣いでご主人様に言うと、ご主人様は顔がみるみる真っ赤になって、視線をサッとそらせた。

「ろ、ロクサーヌ。刺激が強すぎる」

刺激が? ...... あっ!裸だった。

しかも夜が明けたせいで丸見えだ。

 

私は急に恥ずかしくなり、そそくさと着替えて迷宮に行く支度を始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

いつもよりも1時間以上遅くなってしまったけど、今日も早朝探索を始めた。

 

ワープでハルバーの17階層に飛ぶと、ご主人様はアイテムボックスから聖槍を取り出した。

 

「俺はロッドを使うし、詠唱中断のついた槍も必要だし、しまっておくしかないというのがちょっともったいないくらいだな。

やっぱりロクサーヌかミリアが使う訳にはいかないか?」

「そうですね。ミリアに使わせるのは片手剣の形が崩れそうで怖いですし、私が使うのも間合いが変わるのでやりにくそうです」

 

「そうか。それじゃあ仕方がないか...... 

じゃ、じゃあ。セリーが二本の槍を持つってわけにはいかないか?」

「クラムシェルだけが相手のときには詠唱中断は必要ありませんが、ケトルマーメイドやビッチバタフライがいれば必要です。持ち替えて聖槍を投げ捨てるようなことはやりたくないです」

「そ、そうか。わかった」

セリーにも持つことを否定されてしまい、ご主人様は肩を落とした。

 

「取り敢えず、今度俺が使えないか試してみるか......」

ご主人様は寂しそうに言いながら、聖槍をアイテムボックスにしまった。

 

ちょっとかわいそうだったので、私はご主人様を元気づけるために話しかけた。

 

「ご主人様。まだメンバーは2人増えますよね」

「そのつもりだが」

「では、そのメンバーが揃った時点で聖槍を誰が使うのが良いか考えてもよろしいのではないでしょうか」

私の言葉を聞くと、ご主人様の顔がパッと明るくなった。

 

「うん。そうだ。ロクサーヌの言う通りだ」

「つまり聖槍は先行投資ということですね。さすがはご主人様です」

「ま、まあ、良い物だからずっと使えるし、将来役にたつだろう」

 

ご主人様はいつもの調子が戻り、その後の探索は順調に進んだ。

 

セリーが「甘やかし過ぎでは......」とつぶやいていたのは聞こえなかったことにしよう。

 

◆ ◆ ◆

 

ひと月後の話。

 

パーティーメンバーがひとり増え、私たちは5人で迷宮探索に邁進している。

ご主人様指導のもと皆が成長し、今ではハルバーの迷宮23階層で戦えるようになっていた。

 

その日、ご主人様はひもろぎのイアリングという新たなアクセサリーを装備して、迷宮探索を開始した。

前日にセリーがモンスターカード融合により生みだした新装備だ。

なんでも魔法を強くする効果があり、つい先日手放してしまったひもろぎのロッドをカバーする物らしい。

 

ご主人様は迷宮に入ると、「試してみるか」とつぶやいて、アイテムボックスからあの日封印した聖槍を取り出した。

 

ご主人様は一度腰溜めにシャキッ!と構えると、私に向かってひとつうなずいた。

魔物を探してくれということだ。

 

匂いを嗅ぐと左の通路から魔物の匂いが漂ってきた。

シザーリザード3匹とマーブリームが1匹の群れのようだ。

ご主人様に報告して魔物に向かうと1分もせずに会敵した。

 

ご主人様は魔物が近寄る前にサンドストームを2発放ち、接敵直後に3発目のサンドストームを放った。

シザーリザードも負けじと魔法陣を浮かべて魔法を発動しようとしたけれど、セリーの強権の鋼鉄槍にあっさりとキャンセルされていた。

 

シザーリザードはハサミを振り回し、マーブリームは水弾を放ったけど、私たちが攻撃を弾き、いなし、躱しているうちに、4発目、5発目のサンドストームを放たれて煙に変わった。

 

「うん。このイヤリングを装備すればひもろぎのロッドより、聖槍の方が魔法が強くなるな」

ご主人様はそうつぶやくと、顔がニヤけた。

 

「さすがはご主人様です。聖槍を手に入れたことは、やはり先見の明があったということですね」

「ハハハハ。そうか? まあ、槍はリーチがあるから魔法の合間に攻撃も出来るしな。セリーほど使えるようになるには少しかかるが、使い勝手は悪くはないな」

「ご主人様ならきっとすぐに使えるようになります。私が保証します」

「あははは。ロクサーヌ、ありがとう。

まあ、もうひとつ試してみたい武器があるからこれをメインに決めた訳ではないがな」

ご主人様は嬉しそうに答えながら、聖槍をアイテムボックスにしまった。

そして、先日ひもろぎのロッドを売却しに行ったときに手に入れたというダマスカスステッキを取り出した。

 

ご主人様はダマスカスステッキをビシッ!と構え次の魔物と戦ったけど、今度は倒すまでに魔法を7発放っていた。

すると戦闘後、ご主人様は憮然とした顔になり、ステッキを見つめて小さくため息を吐いた。

そして、セリーに小声で話しかけると「そんな物、いつの間に手に入れたのですか?」と聞かれたあと、何やら彼女からキツク叱られて、ガックリと肩を落としていた。

 

その後、ご主人様はダマスカスステッキをアイテムボックスにしまい、また聖槍を取り出した。

そしてそれ以降、ご主人様が迷宮探索でダマスカスステッキを使うことは一度もなかった。

 

あとでセリーに聞いたところ、ご主人様はひもろぎのロッドを売却するつもりだったのに、言葉巧みにダマスカスステッキと彼女では融合出来ないハイコボルトのモンスターカード1枚、コボルトのモンスターカード2枚、それと差額1万ナールで交換してしまった。

 

セリー曰く、ひもろぎのロッドのオークション相場は35〜40万ナール。

対してダマスカスステッキはほとんど市場には出ていないけど、ダマスカス製の杖の相場よりは安いはずなので、5万ナールが妥当。

ハイコボルトのモンスターカードは3万ナール、コボルトは2枚でいいところ1万ナール。

それと1万ナールだから、結果的にご主人様は最低でも25万ナールは損しているとのこと。

 

「騙されたことを訴えることは出来ないのですか?

商人なら信用を失うことは困ると思うのですけど」

私は商人ギルドに“商人は信用が第一”という看板が掲げてあったことを思いだし、疑問に思ったことを素直に聞いてみた。

するとセリーは少し考えてから口を開いた。

 

「難しいですね。

今回イヤらしいのは、あの仲買人はあくまでもご主人様に取り引き相手を紹介しただけということと、取り引き自体が売却でなかったことです」

「どういうことですか?」

「先ず、あの仲買人はあくまで相手を紹介しただけなので、アイツに取り引き内容についての責任を問うことは出来ません。

では、取り引き相手を訴えるということになりますが、

売却で不当に低い価格だと騙されたのなら訴えることは出来ますが、交換ではそうもいきません」

「そうなのですか?」

 

「交換ということは、相場に関係なく本人たちが納得したうえで取り引きしたことになるからです。

交換する際にそれぞれの品物の相場を確認し、その価格を騙されていたなら話は別ですが、今回ご主人様は、“いきなり見たこともない品物との交換を持ちかけられ、更に納得出来ないなら1万ナール上乗せするとまで言われてしまい、勢いに押されて相場の確認を失念した”と言っていました。

これでは訴えたところで否は相場を確認せずに交換を承諾したこちらに有るということになります。

相手に“珍しい品物だから、相場に上乗せして価格を判断してると思っていた”と言われてしまえばこちらは何も言えませんし......

残念ですが、今回は諦めるしかないでしょう」

「そうですか。ご主人様を騙すなんて万死に値しますが...... 仕方がないですね」

 

「ですけど、ひとつハッキリしていることがあります」

「それは何ですか?」

「取り引き相手はともかく、あの仲買人は相場は分かっていた。つまり、ご主人様が損をすると分かったうえで取り引きを止めなかったということです」

「そうですね。ルーク氏なら気づかない理由がありませんね」

「形としては、あの仲買人は相手を紹介しただけで取り引きには直接絡んでいませんが、後できっと紹介料をせしめているでしょう」

「そうですね。セリーの言う通りだと思います」

 

「今回のことはいい薬になったでしょう。ご主人様のことですから、今後仲買人には慎重に対応して頂けるようになると思います」

「そうですね。私もルーク氏ならご主人様を騙すようなことはしないと思っていたので反省します」

「ロクサーヌさん。それは私もです。口ではいつも“仲買人には注意してください”とは言っていましたが、油断していたようです。あのとき強引について行けば、ご主人様が大損することはなかったのですから......」

 

このあと私とセリーは二度とご主人様に大損させない為、仲買人への注意を怠らないようにすることを堅く誓いあった。

 

 

ご主人様はダマスカスステッキの性能はひもろぎのロッドを上回ると期待していたらしく、迷宮で華々しく披露して、私たちに自慢するつもりだったらしい。

だけど、いざ自慢げに宣言して使ってみたら、ひもろぎのロッドよりも発動した魔法が弱かった。

ステッキだから叩くことも出来ると一瞬考えたらしいけど、短いから魔物に接近しないと使えないし、そもそも叩くなら柄の長いスタッフのほうが何倍もマシ。当然、聖槍には遠く及ばないことにすぐに気がついたそうだ。

つまり、ダマスカスステッキは、全てが中途半端で使い勝手が悪い武器だったということ。

 

戦闘のあとでご主人様がガックリと肩を落としたのは、ダマスカスステッキがまったく使えない武器だったことで気分が落ちていたところに加え、自分の行動を不審に思ったセリーからことの経緯を洗いざらい説明させられた。

挙句、自分が仲買人に良いように騙されたことに気づかされ、更に「だからあれほど仲買人には注意して下さいって忠告しましたよね」とこっぴどく叱られてしまったからだったらしい。

 

さすがにご主人様も仲買人を信用し過ぎていたことを反省して、「今後、商人ギルドに行くときは、可能な限りセリーを連れて行く」と言っていたとのことだった。

 

 

以降、ご主人様はルーク氏を過度に信用することはなくなり、スキル付きの装備品を卸すことはなくなった。

ルーク氏のほうはセリーが鍛冶師でモンスターカードの融合をおこなっていることがわかっているので、何かに付けて探りを入れてきているらしいけど、ご主人様はモンスターカードの融合は失敗することが多いとか、スキル付きの装備品は自分たちで使うから余っている物は無いと言って、追求を躱しているとのこと。

 

本当はセリーはモンスターカードの融合は失敗したことがなく、使っていないスキル付きの装備品もあるのだけれど、ご主人様は機会を見ながら別のところに卸すつもりでいるとのことだ。

 

あと、最近ご主人様は、「別に金に困っている訳ではないしなあ」と言って白金貨をアイテムボックスから出して手でもてあそぶようになった。

特に誰も困ることではないので指摘はしないけど、何か言ってさしあげたほうが宜しいのかしら......

 

まあ、全て内密なことなので、誰にも教えないけどね。



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季節がわりの休日と新しいメンバー

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の騎士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは18階層、ベイルは11階層、ハルバーは18階層、ターレは13階層、ボーデは12階層を探索中。

 

 

「明日は休日だけどどうする? セリーはやっぱり図書館か? 図書館も休みだろうか」

夕食を食べ終わる頃、ご主人様が私たちに問いかけてきた。

 

「お休みをいただけるのですか?」

「休日じゃないのか?」

ご主人様の言う通り明日は夏から秋に変わる季節と季節の間の休日だ。

だけど、迷宮が閉まる訳ではないし私たち奴隷が休める日ではない。

ご主人様は何か勘違いをしているのかな?

私はそう思いながら返事した。

 

「暦の上ではそうですが」

「世間一般的に?」

私が返事をすると、ご主人様は被せるように再度聞いてきた。

ご主人様はどうしたのだろう?

私が困惑していると、代わりにセリーが答えた。

 

「お店なんかは普通にやっていると思います。図書館は年中無休です。迷宮にも休みなんてありませんし」

「それもそうか」

ご主人様が返事をしたが、セリーは説明を続けた。

「休みになるのは、騎士団ですね。ギルドもカウンター業務などは休みになります。農作業も休みにする人はいました」

 

セリーの説明を聞くと、ご主人様は「ふぅー」っと息を吐いて私たち3人を見回してから宣言した。

 

「明日はオークションがある。参加費がかかるので俺だけで行ってこようと思っている。

パーティーメンバーの充実を図るのは当然のことだからな」

 

ようするに、ご主人様は自分がオークションにいくので、私たちには休みを与えたいってことかな?

パーティーメンバーを増やすことには異論はないので、あとは前に話した条件を満たしてくれれば問題ない。

私はそう思いながらご主人様に要望してみた。

 

「かしこまりました。ご主人様、是非迷宮探索に前向きに取り組んでくれる女性にして頂けますか?」

「ああ。それは基本だな。ほかに何か希望はあるか?」

ご主人様。もう女性は基本なんですね。

まあ、私たちの希望だから文句は言いませんけど、少しムッとします。

私が余計なことを考えているうちに、セリーが返事をした。

「16階層から上は魔物が最大5体出ます。やはり前衛になれる人がいいですね」

「戦士や剣士ってことか?」

「そうですね。

ロクサーヌさんがブロック、ミリアが遊撃、私がブロックかサポート役が多いので、前衛でブロックか1段うしろから前衛のサポートが出来る人材が増えるとパーティーが安定すると思います」

 

「ご主人様。出来ることなら私のように魔物の攻撃をかわすか、盾で受けるタンクタイプの人がいいです。私はセリーを1段うしろに配置して前衛のサポートをさせるのが一番安定すると思います」

「そうだな。俺もロクサーヌと同じ意見だ。セリーはあたまが良い。全体を見て、瞬時に自分が何をすべきか判断出来る。前衛から1段さがった位置に司令塔がいることの意味は大きいと思う」

「わ、私が司令塔って...... ご主人様、冗談でも評価が過大すぎます」

 

「そんなことはない。セリーなら大丈夫だ。もっと自信をもってくれ」

「そうですよ。セリーなら大丈夫です。ご主人様がそう仰っているなら間違いありません」

「えぇぇ......」

ご主人様にあわせて私もセリーを応援したのだけど、なぜか二人から微妙な目で見られてしまった。

 

「えっと...... ?」

私が二人の反応に戸惑っていると、ご主人様が首を軽く振って話を続けた。

 

「ま、まあ。とにかくお前たちの希望はわかった。

軍資金には余裕があるし、なるべく希望に沿うメンバーを探してくる」

「ありがとうございます。ご主人様。宜しくお願い致します」

 

「あと、今回は俺基準となるが、3人と気の合いそうなメンバーを探すつもりだ」

「そうして頂けると助かります」

「ありがとうございます」

「ミリアがおねえちゃん。です」

若干ひとり変な返事を返したけど、全員一致でご主人様に任せることとなった。

 

因みにミリアは今の一言を言うまでは、残ったおかずをずっと食べていた。

 

「話しを戻すがみんな明日はどうする?」

「そうですね。お休みを頂けるのは嬉しいのですが迷宮探索の方はどうしますか?感覚を鈍らせたくはないので出来れば休みたくはないのですが」

「そうだな、早朝探索は日課になっているからな」

「はい」

「では、朝は迷宮に入って、その後は休みにしよう。小遣いも出すから好きに過ごしてくれ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。では、私は図書館でいいですか?」

「セリーは図書館だな」

「私は、買い物などをしてのんびりすごしたいと思います」

「ロクサーヌもいつもどおりと。ミリアはどうする。どっか行きたいところとかあるか」

ご主人様が質問すると、ミリアは勢い良く返事をした。

「海、です!」

「なっ!」

「えっ!」

「......」

ミリアが海と言った瞬間、いままで和やかに話していたご主人様とセリーの顔がこわばった。たぶん私もすごい顔をしているだろう。

まさか自分が奴隷になった理由を忘れたわけではないだろうが、勝手に魚を取ったりしないかとても心配だ。

 

「大丈夫か」

「大丈夫、です」

ご主人様にミリアが大丈夫だと言ってるけど、まったく信用できない。

 

「釣る以外で魚をとることは問題視される危険が大きいと思います」

セリーもミリアが魚をとるんじゃないか、不安にかんじているようだ。

 

「やっぱそうだよな。しかし、釣りがあるのか」

「はい。釣りは貴族や引退生活者の趣味として認知されています。貴族や有力者がやるため、釣りで魚を獲ることは漁業権の例外として認められています」

「海釣りもあるのだろうか」

「祖父が海に行くと言っていたので、あると思います。帝都に釣具屋があるはずです」

セリー の言葉を聞いて少し考えると、ご主人様はミリアに向き直った。

 

「じゃあ、ミリアは釣りでもやってみるか。

釣りだ。釣り」

ご主人様が話しながら身振りで両腕を上下させると、彼女はすぐに理解したようだ。

「はい、です。釣り、です」

ミリアはうれしそうに返事をしてるので、これならたぶん大丈夫ね。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、日課の早朝探索のあとに朝食を取り、

そのあとご主人様のワープで帝都の図書館に来た。

話には聞いていたけど、すごく広い。

こんなに広い建物のなかには一体どれだけの本があるのでしょう。

私は本にはあまり興味がないけれど、本好きなセリーには夢のようなところでしょうね。

 

セリーはご主人様に挨拶して図書館の受付に向かったけど、なぜかすぐにこちらに戻ってきた。

そして、受付で聞いて来てくれたらしく、私たちに釣具屋の場所を教えてくれた。

さすがセリー、気が利くわね。

ご主人様へのアピール成功ってところね。

私はご主人様に気づかれないよう小さくうなずきながら右手を少しあげて拳をグッと握ると、彼女もそれに気づいたのかニッコリと微笑んで一礼し、再び図書館の奥に向かって行った。

 

私たちは図書館を出て10分ほど歩くと、割りとあっさり釣具屋が見つかった。

店頭に釣竿が何本も置いてあるので、間違いないだろう。

「あそこのようですね」

「ああ。そのようだな」

私が指差すと、ご主人様は返事をしながらうなづいていた。

 

店に入ると「いらっしゃいませ」と元気よく店員が声をかけてきた。

ご主人様は早速その店員を捕まえて釣具の説明を聞きながら、楽しそうに道具を物色しだした。

ミリアも楽しそうに道具を選んで店員の説明を食い入るように聞いていたけど、ブラヒム語が分からないのにちゃんと理解出来ているのか心配になったので声をかけた。

『ミリア。店員さんの説明は理解出来ますか?』

『だいたいわかるけど...... 少しだけわからないところがあるので聞いてもらってもいい?』

『わかったわ』

それからミリアがわからないことがあるたびに通訳して店員に確認し、

それを伝えると、彼女はコクコクとうなずいていた。

 

『もう大丈夫。夕食の魚は任せてください』

釣り道具を選び、ひと通り使い方を教えてもらうと、ミリアは自信満々に宣言して胸をはった。

 

『わかったわ。頑張ってね』

私の返事を聞くとミリアは「はい。です」とブラヒム語で返事し、グッっとこぶしを握った。

 

その後、ご主人様に釣り道具を一式購入して頂いてから3人で手分けして道具を抱え、図書館に向けてあるき出した。

途中、私はミリアに、釣れなくても海に入って魚を取らないよう少しだけキツく注意すると、彼女は顔を引きつらせながらもコクコクとうなずいた。

 

図書館に着くと、釣り道具を抱えた私たちは変に目立ってしまった。

場違い感がハンパない。

ご主人様も同じ思いだったのか、壁にワープゲートを開いてそそくさとくぐって行ったので、私とミリアも慌ててあとを追った。

 

ワープゲートを抜けると潮の香りがした。

ハーフェンの港近くの大木に移動したようだ。

 

ご主人様は周りを見回して一人のエルフを見つけると、

近づいて話しかけた。

「この辺りで釣りをしても大丈夫か」

「はい。釣りはどこで行うことも認められております。この先にある磯などはなかなかよいポイントのようです。以前釣りに来た人がよく釣れたと言っておりました。岩場で網を入れにくいので魚も多くいるようです」

「この先か。行ってみよう」

私たちはご主人様に連れられて磯に移動すると、ミリアが真剣な表情で辺りをうかがいだした。

そして、海を覗き込みながら「魚がいる、です」と言って目を輝かせた。

「じゃあミリアはここで釣りをしているか」

「はい、です」

ご主人様はミリアに皮の帽子をかぶせると、小遣いの銀貨五枚を渡した。

そして、午後に迎えに来ることを伝えてから、私と家に戻った。

 

家に戻ると、ご主人様は今更ながらミリアを心配して、私に声をかけてきた。

 

「大丈夫だろうか」

「大丈夫でしょう。あの村なら言葉の通じる獣人もいます」

「確かにそうだな」

ご主人様はひとつうなずくと、改めて私に向き直った。

「ロクサーヌには銀貨十枚を渡しておこう」

「えっと。私だけ、よろしいのですか」

「ロクサーヌは一番奴隷だからな。特別だ」

「はい。ありがとうございます、ご主人様」

ご主人様は私に銀貨十枚と家の鍵を渡すと、不意に私を抱き寄せた。

そして、優しくキスをしてくれた。

「それでは行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ。いいパーティーメンバーがいたら、お願いしますね。

だ・ん・な・さ・ま♥」

私が返事をするとご主人様はほほを赤らめ、もう一度、今度は舌を絡めて熱くキスをしてくれた。

ご主人様は私を蕩けさせると、「ロクサーヌも楽しんでおいで」と耳もとで優しくささやいてからキビスを返し、ワープゲートを開いて出かけて行った。

 

私はぽーっと呆けながらご主人様を見送ったあと、ハッと我に返って家の戸締まりを確認し、玄関から外に出て鍵をかけた。

 

今日は天気が良いが、ときより少し風が吹くせいか暑すぎなくてすがすがしい。

私は「んっ!」と背伸びをしてから深呼吸して、畑の手入れをするため庭にまわった。

 

庭にまわると、そこからハーブの良い香りが漂ってきた。

あまりこまめに手入れをしているわけではないけど、うちのハーブはみな青々として、元気に育っている。

 

私は畑の雑草を抜き、貯水槽から水を汲んで水遣りをした。

畑では数種類のハーブを育てているけど、まだ半分以上あいている畝がある。

この家を借りたあと、庭の3分の2を半日かけてご主人様と二人で耕した。

耕したあとご主人様は畝を作り、私は木の杭と縄で簡単な柵を作って畑にしたのだけど、いざ世話役のおばさんから頂いた種を植えると、半分以上の畝が余っていたのだ。

するとご主人様は、フゥーっと大きく息を吐いたあと、

「大き過ぎたな......」とつぶやいた。

そのあとは、なぜか可笑しくなって二人でクスクスと笑いあってしまったわね。

私はそのことを思い出し、一人でクスリと笑ってしまった。

 

このあいている場所で何を育てようか、良い種があったら買おうかな。

どうせ育てるなら野菜が良いと思うけど、野菜の種なら農家から譲ってもらったほうが確実ね。

売ってるところが見つからなかったら、世話役のおばさんに農家を知っていないか聞いてみよう。

 

私は色々考えながらも畑の手入れを終えて手を洗い、そのまま買い物にでかけた。

 

◆ ◆ ◆

 

休日のせいか意外と道に出ている人が多く、私は何度か近所の人に挨拶しながらクーラタルの町の中心に向かって歩いていた。

 

種も探したいけど、とりあえず最初にミリアの服を探してみようかな。

この前ドブ浚いで汚れた服は洗ったけど、ヘドロのにおいを取るためにゴシゴシ洗い過ぎてしまったから、生地をだいぶ傷めてしまっていた。

早目に買っておかなきゃって思ってたから、ちょうどいいわね。

あと、どんなメンバーが増えるのかわからないけど、食器や日用品は買っておいたほうがいいかな。

服は...... どんな娘か見てからか......

 

そんなことを考えながら歩いていると、急に私の前に二人の男が立ちはだかった。

私は二人を避けて進もうとすると、二人のうち一人が横にスライドして私の進路をふさいだ。

そして、その男が話しかけてきた。

 

「かわいいね。いまから俺たちに付き合わないか?」

顔をあげて見ると、私より少し背の高い人間族。

ご主人様よりも少し高いかな?

ぱっと見、20才くらいだろうか。

ねっとりとした気持ち悪い視線で私の胸を見ている。

 

「お断りします」

私が即答すると、もう一人の男も口を開いた。

 

「俺たちについてくればいい思いさせてやるぜ」

となりの男も同じくらいの歳に見える人間族。

ふたりともチンピラ風で下品に顔をニヤつかせており、言葉遣いも良くない。

この辺りでは見たことのない男たちだ。

 

6区は住宅街で比較的治安は良いはずなので、こんな人たちが住んでいるとは思えない。

おおかた他の地区に住んでる人で、仕事が休みでやることがなく適当にうろついていたところ、私を見かけて声をかけたってところかな......

私より強い感じはしないから、多少痛い思いをさせて追っぱらってもいいのだけど......

あとでご主人様に迷惑がかかったら申しわけない。

ムッとするけどなるべく穏便に済ませたほうがいいわね。

私はそう考えてもう一度丁寧に断ることにした。

 

「もう一度言いますが、お断りします。

申しわけありません。急いでいますので失礼します」

私はきっぱり断わったのだけど、男たちは引き下がらなかった。

 

「つれないこと言うなよ。ちょっとぐらいいいだろ」

「いえ。まったくつきあう気はありません」

私が完全拒否をすると目の前の男の顔つきが一瞬変わった。

しかし、男の視線が少しさがると、勝ち誇ったように再び顔をニヤつかせた。

 

「フンッ!生意気な女だな。だがなあ......ククククッ。

首輪なんかつけて...... おまえ、奴隷だろ」

何を勘違いしているのか、私が奴隷と気づいて態度が大きくなったようだ。

「そうですがなにか?」

「奴隷のくせに一般人に逆らっていいと思ってるのか?躾がなってねえな」

ああ。やはり勘違いしているのね。

奴隷は身分が低いから一般人には逆らえないものだって。

 

「奴隷は身請けして頂いた主人に尽くすものです。どこの馬の骨ともわからない人の言うことは聞きませんよ」

私が引かずに言い返すと、男はニヤケ顔をこわばらせた。

そして、今度は威圧的な態度で私を脅してきた。

 

「はあっ?ほんとに生意気だなっ!

どうせ年寄りの軟弱ジジイに飼われてんだろ」

「違います。私のご主人様は年寄りでも軟弱でもありません」

「フンッ!どうだかな。あやしいもんだぜ。

それより奴隷が揉め事を起こしてもいいのか?

ご主人様ってやつに迷惑をかけたら、あんたが困るんじゃないのか?

俺はここで騒いだっていいんだぜ」

男はそう言うと薄ら笑いを浮かべ、私に向かって一歩踏み出した。

私は距離を取るため一歩あとずさりながら、警告した。

 

「なんと言われてもあなたのような人と付き合う気はありません。これ以上私の行く手を遮るなら許しませんよ」

私の言葉を聞くと、男は再び顔を引きつらせた。

「ああっ?どう許さないってんだ?

奴隷のくせに、俺に何か出来るとでも思っているのか?

ちょっと可愛いと思って優しくしてりゃあつけあがりやがって」

「つけあがってません。警告しただけです」

「ああっ?警告だぁ?

ふざけるな!いたいめ見ねえとわからねぇみてぇだな。

俺がてめえの種無し主人にかわって気持ちよくしてやろうって言ってん...... グヘッ!」

男は激昂して叫びながら掴みかかってきたので、私はその手を躱しながら一歩踏み込み、最後までしゃべらせずに男の腹を殴った。

 

さっきは[ちょっと痛い目に合わせれば]なんて、手加減することを考えていたけど、男の吐いた言葉に一瞬殺意が湧いてしまい、気づいたら拳を振り抜いていた。

男はからだをくの字に曲げて2メートルほど吹っ飛び、そこからさらに3メートルほど地面に転がった。

そして嘔吐しながらその場で腹を押さえてうずくまっている。

ここ数ヶ月、迷宮でご主人様に鍛えて頂いたかいもあり、力が強くなっているようだ。

あ、セリーがメンバーにいるのも効いているのかな?

 

それはともかく少しマズいかな。

ご主人様の悪口を言われてあたまに血がのぼってしまい、思わずやり過ぎてしまったわ。

でも、全力ではなかったつもりだし、ご主人様の悪口を言ったのだから、まあいいわね。

死ななかっただけありがたいと思って欲しいわ。

下手にしたてにでて付け込まれても面倒だから、このまま押し切るしかないわね。

私は一瞬考えてそう結論づけ、言葉で追撃した。

 

「ずいぶん軟弱ですね。ハッキリ言って拍子抜けです。

痛い目ですか?

そのような口は、一撃で魔物を倒せるくらい強くなってから言ってください」

私はそう言いながらもう一人の男をキッと睨むと、さっきまでの態度とはうってかわり、あきらかに動揺していた。

 

「なっ、なっ......」

「今すぐそこの男を連れて私の前から消えなさい。

でなければ本気で殴りますよ。

それと、あなたたちの顔は覚えました。

次にご主人様を見くだすような言葉を吐いたら......

首と胴体にお別れしてもらいますからね」

私はそう言いながら自分の首に手刀を当てて横に引き、ニッコリと微笑むと、もう一人の男は「ひっ!」っと短い悲鳴をあげてきびすを返した。

そしてうずくまっていた男にかけ寄り、小声で「あの女、笑ってるけど目がやべえ。逃げねえとマジでやられるぞ」って言いながら、肩を貸して助け起こした。

殴られた男は何か言いたそうにこちらを睨んで来たけど、私と目が合うとサッと視線をそらし、「チッ!」と舌打ちしてそそくさと逃げて行った。

 

私はふぅっとひと息整えると、周りから拍手が起こった。

一部始終を何人かの人が見ていたのだ。

「よくやった」とか、「いやー、お嬢ちゃん強いね」とか、「あのお姉ちゃんカッコいい」とかいう声も聞こえてきたので私は急に恥ずかしくなり、

「お騒がせしました」と言って一礼し、その場を去ろうとすると、不意に名前を呼ばれた。

 

「ロクちゃんだっけ。ケガはないかい?」

呼ばれたほうを向くと、そこには世話役のおばさんの旦那さんがいた。

「あ、はい。大丈夫です。ご無沙汰しております」

「ご無沙汰?アハハハ。妻からよく話を聞くから、ご無沙汰なんて感覚はなかったなぁ」

「そうですか。奥様とは仲良くさせて頂いております」

「毎日迷宮に入っているだけあって、やっぱり強いんだね。でも、ああゆうときは、最初に周りに助けを呼ばなくちゃだめだよ」

「周りにですか?」

「そうそう。ここは町中にも魔物が出るんで、鍛えてるヤツが多いからね。

特に6区の住民はみんなロクちゃんたちの味方になると思うよ」

「そうですか?」

「ああ。間違いないよ。

君たちは近所付き合いがいいし、皆んな礼儀正しいって妻が褒めてたからね」

「ありがとうございます」

「途中からしか見てないけど、さっきのヤツらは君を誘おうとして拒否されてもめたってとこじゃないの?

休日になると、他の町からやってきて悪さをする若いヤツがたまにいるんだよね」

「はい。そのとおりです」

「やっぱそうだったか。

なら、そういうヤツらは意外と周りを気にするから、囲まれたら捨て台詞を吐いて逃げてたと思うよ」

「そうなんですか?」

「まあ、変にもめたりケガしても損だから、次からは無茶はしないようにね」

「わかりました。次からは頼らせて頂きます」

「おう。

じゃ、俺は仕事に戻るから気をつけてな」

そう言うと、世話役のおばさんの旦那さんは道端に置いてあった薪の束を抱え込んで鍛冶工房の方に歩き去った。

たぶんいつでも助けられるように、荷物を置いて見守っていてくれたのだろう。

そう思うと、何だか少し嬉しくなり、気づくといま懲らしめた男たちから受けた嫌な気持ちは消えていた。

ただ、時間を無駄にしたのは残念なので、私は気をとりなおして洋服屋に向かって歩き出した。

 

数日後、クーラタルのまちなかを歩いていると、世話役のおばさんに呼び止められた。

そのとき、「ちょっとロクちゃん。こんどはゴロツキ2人をボコボコにしたんだって?殴られた男が5mくらい吹っ飛んだって聞いたわよ!」って楽しそうに大きな声で言うもんだから、周りの人たちにすごい目で見られてしまった。

そして、何より隣りにいたご主人様に、「えっ!」っと驚かれて身を引かれてしまい、一瞬悪魔でも見たような視線を向けられてしまったことがショックだった。

 

私はご主人様と世話役のおばさんに、そのときの状況を詳しく説明して頑張って誤解をといたのだけど、気づいたら周りからヒソヒソと話す声が聞こえ、私たちをチラチラ見ているひとたちがいた。

 

そして......

 

後日、クーラタルの町に新しい噂が広まった。

なんでも「トロールなみの豪腕美人奴隷がいて、絡んだ男は5mもぶっ飛ばされて憤死したらしい」とのこと。

 

“トロールってなによっ!あと、殺してないからっ!”

その噂を聞くたびに、私が心のなかで盛大に突っ込むようになったことは言うまでもないだろう。

 

◆ ◆ ◆

 

クーラタルの中心まで来ると思った以上に人が多く、凄く活気付いていた。

すっかり馴染みになった店でミリアの服を選んでいると、いつもの店員さんが忙しそうに客の相手をしていた。

私は選んだ服を買うため店員を呼び、服を渡しながら「お疲れ様です。今日は混んでいて大変そうですね」とねぎらいの言葉をかけると、「季節がわりの休日は近くの村や他の町からも人がやって来るんで、いつも混んで忙しくなるんだよ」と言っていた。

私はクーラタルでの休日は初めてだったので、少しびっくりしたけれど、店員は「今日はかきいれどきだから気合が入るぜ」と言って、フンッ!と気合を入れなおしていた。

 

服屋での買い物を済ませて次に雑貨屋に寄ったら、この店も混んでいた。

どこの店も今日は忙しそうだ。

雑貨屋でも種は売ってたけど、あまり良い物がなかったので、小物をちょっとだけ買ってすぐに店を出た。

 

それからいつもは行かない通りの店も見てまわった。

何件か店をまわったあと、商業ギルドの近くを歩いていると、突然うしろから声を掛けられた。

 

「ロクサーヌ?」

振り返るとそこにはベイルの商館でお世話になったおばさんが立っていた。

私はなんで彼女がこんなところにいるのか疑問を持ちつつも、「ご無沙汰してます」と挨拶した。

 

「あなた、こんなところで何してるの?

あっ、もしかしてオークション?」

オークション? そうか、おばさんは私がご主人様と一緒に商業ギルドに来ていると思っているのか。

以前ご主人様はアラン様もオークションに出品すると言っていたので、たぶんおばさんは世話係としてついて来てたのね。

おばさんに会えたのはうれしいけど、ご主人様の秘密は漏らさないように話さないといけないわね。

 

「いえ。今日はご主人様だけオークションに参加しているので、私は日中はお休みを頂いてます」

「えっ!お休み?」

「はい。お休みです」

「で、こんなところで何してたの?」

「買い物してました」

「買い物ってお金は?」

「ご主人様からお小遣いを頂きました」

「お小遣いって...... 

あなた、どうしてお小遣いなんてもらえるの?

アラン様から一番奴隷になったって聞いてはいたけど、

だからって、身請けされてから半年やそこらでお休みやお小遣いなんて......」

「そうですね。聞いていた奴隷像からは、かけ離れた生活をさせて頂いております。

それもこれもご主人様が強くて賢くて、そしてとってもお優しいかただからです。

私は奴隷ですが、毎日幸せに暮らしています」

「優しいって...... 

あなたの主人は確か若い冒険者のはずだったわね。

もしかしてお金持ちの家のご子息だったの?」

「済みません。ご主人様のことはお答え出来ません」

「はぁ〜。それもそうね。

ところでセリーはどうしているの?」

「元気に一緒に暮らしてますよ」

「そう。なら良かったわ。

あなたと一緒なら大丈夫だとは思うけど、あの子はじゅうぶんな教育が出来ていないうちに身請けされたし......

それに、なんていうか後ろ向きで、自分に自信が持てていなかったから、ちょっと心配だったのよ」

「そうですか?セリーはとても優秀ですよ。

彼女は家でも迷宮でも大活躍ですし、家ではみんな仲が良いです。

何も心配いらないと思います」

「そうなの。わかったわ。これからもみんな仲良くね。

私はそろそろアラン様のところに戻らなければならないから、元気でね」

「はい。おばさんもお元気で」

サヨナラの挨拶をかわすと、商館のおばさんは商業ギルドに入って行った。

 

あそこには今、ご主人様がいるはず。

パーティーを組んだままだから、どこにいるか分かるんじゃないかな?

そう思って商業ギルドを眺めると、ギルドの2階からご主人様の気配がした。

あ、いた♥

私はうれしくなってそのまま気配を感じていると、しばらく動かなかった気配が急に移動しはじめた。

もしかして、そろそろ家に帰るのかな?

 

私はなんとなくそんな気がして、すぐに家に帰ることにした。

 

あとで聞いたところ、ご主人様はちょうどこのときベスタを競り落としたので、契約するため奴隷商の控室に移動したとのことだった。

 

◆ ◆ ◆

 

足早に帰宅して家の鍵を開けると、リビングのほうからご主人様ともう一人誰かの匂いがした。

 

「ただいま帰りました」

「おかえり」

「あ。よかったです。

ご主人様がいるような気がしたので、急いで帰ってきました」

そう言いながら小走りでご主人様に近づくと、

となりに立っていた女性を紹介された。

 

「紹介しよう。彼女はベスタ。今日から仲間になる」

 

大きい......

私よりあたま2つ分は背が高いから、2メートル以上はあるんじゃないだろうか。

近づくと、ちょっと見上げるようになってしまう。

褐色肌で燃えるような赤い髪をしており、とても強そうな女性だ。

それにしても胸が凄く大きい。

またセリーが呪いの言葉を吐き出しそうね。

 

「背が高いですね。頼りになりそうです」

「はい。戦闘でも役に立ちたいと思います。

よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますね」

ベスタに挨拶すると、今度はご主人様がベスタに私を紹介してくれた。

「ベスタ、彼女はロクサーヌ。一番奴隷だ」

「一番奴隷ですか。すごいです」

ベスタは一番奴隷の意味がちゃんとわかるようね。

ご主人様はベスタの反応にちょっと微妙な顔してるけど、とりあえず流すようね。

 

「俺の言うことは聞かなくてもいいけどロクサーヌの言うことはちゃんと聞くようにな」

「ええっと。はい」

ご主人様の言うことを聞かなくていいなんて普通は許されないことだから、ベスタはだいぶ混乱してるみたい。

でも、ご主人様の優しさに慣れたときに変に調子に乗らないよう、私がしっかり指導しないといけないわね。

とりあえず一言釘を刺しておきましょう。

 

「優しいご主人様ですので、誰も手を上げられたりしたことはありませんが、だからといって増長しては駄目ですよ」

私はベスタの目を見ながら軽く注意すると、彼女は神妙な面持ちで「はい。大丈夫です」と返事をした。

大柄なのでぱっと見は落ち着いて見えたけど、実際はかなり緊張してるみたいね。

「まあ仲よくやってくれ」

「はい、ご主人様」

「かしこまりました、ご主人様」

 

私は返事をしてから改めてベスタを見た。

大柄で胸が大きく赤い髪が特徴的だけど、体格の割に顔は小さく容姿も整っている。

そして、髪色と同じ光彩をはなつ瞳がとても綺麗だ。

「すごく大きくて綺麗ですね。さすがはご主人様が選んだ人ですね」

「ロクサーヌさんもすごく素敵です」

私がベスタをほめると、彼女は私をほめ返した。

たぶん真面目な性格なんだろう。

 

「ありがとうございます」

彼女に褒められたお礼を言うと、彼女はキョトンとした顔になった。

その後、彼女に家の中を案内してひと通り覚えさせ、キッチンでハーブティーをいれた。

それからダイニングテーブルの座る場所を教えて着席させて一息つくと、彼女は少しためらいながら小声で私に質問してきた。

 

「あの、ご主人様って探索者ですよね」

「そうです」

「フィールドウォークを使ったみたいなのですが」

私はなんと答えて良いか迷ったので目の前にいるご主人様のほうを見ると、ご主人様は興味深そうに私を見ていた。

 

ご主人様のイジワル..... 

なんて説明すれば良いのですか......

私はちょっとだけ考え、

まあ、この件に関しては悩んでも仕方がないわね。っと結論づけた。

 

「ああ。……えっと。ご主人様はご主人様というジョブだと思ってください」

「そうなのですか」

私の答えにベスタは混乱しているようなので、「この程度で驚いていてはやっていけません。あと、これらのことは他言無用です。内密にお願いしますね」と、少し強めに彼女に伝え、覚悟を促すよう指導した。

ベスタは私とご主人様を交互に見て狼狽していたけど、ご主人様がうなずくと「は、はい」と返事をした。

 

「それでは、必要なものをそろえた方がいいでしょうから、三人で買い物に行きませんか」

「そうだな」

「えっ?」

「ん?」

「あ、いえ。なんでもありません」

ベスタへの指導が終わったので買い物に行くことを提案すると、ご主人様はあっさり了承した。

ご主人様のことだから「このままベッドに直行」なんて言うんじゃないかと

ほんの少しだけ期待してたので、あっさり了承したことに動揺してしまった。

「まあ買い物にはいくけど、その前にもう少しだけベスタと話しておこう」

「分かりました」

ご主人様は少しだけ訝しそうな顔をしたけど、気を取り直したのか何もなかったかのように会話を続けた。

 

「ベスタは、武器は何を使う」

「器用な方ではありませんので、得意とする武器はありません。竜人族の人はたいていどんな武器でも力任せに振り回すだけだそうです」

竜人族?!

どおりで大きいと思ったら、そういうことだったのか。

 

私が何年か前に見た竜人族は男性で、確か身長は私の倍以上だったはず。

その頃の私は今よりも少し背が低かったけど、大木を見上げるくらい大きい人だったって記憶がある。

ベスタは確かに大きいけど、たぶん竜人族にしては小柄なほうなんじゃないのかな?

そんなことを考えていると、唐突にご主人様から話を振られた。

 

「大盾というのは見たことがないな。ロクサーヌはあるか」

えっ!大盾?

私は先ほど思い出した竜人族の男性をもう一度思い出した。

確か大きな剣と特別大きな盾を持っていた。

 

「えっと、何年か前に竜人族のかたが特別大きな盾を持っているところなら見たことがあります。

きっとあれが大盾だったのでしょう」

「大盾は竜人族以外の人はあまり使いませんので、広く出回ってはいないと思います」

 

私の答えにベスタが補足すると、ご主人様は大盾の入手方法を模索しだした。

しかし、話をしているうちにベスタの両親がともに奴隷だったことを知ると、なぜか視線が泳ぎ救いを求めるように私を見てきた。

別に両親が奴隷なんて珍しくもないので私は平然としていたけど、ご主人様は申しわけなさそうな顔になってしまった。

優しいご主人様のことだから、きっと生まれたときから奴隷だったベスタの境遇に同情しているのだろう。

 

その後、ベスタが「種族固有ジョブである竜騎士になると、片手に両手剣、片手に大盾を持つことができるそうです。両手剣を二本持つ竜騎士もいるみたいです」と言うと、ご主人様は目を輝かせて「二刀流か!」っと言いながらグッと身を乗り出した。

どうやらご主人様のなかでベスタは二刀流でいくことが決まったようだ。

 

「装備に関してはセリーに聞いてみる必要もあるから、しばらくはあるものでいいだろう」

ご主人様の考えに私が「はい」と同意すると、ベスタはうなずきながらもちょっと首をかしげていた。

ベスタはパーティーメンバーのことは知らないので、セリーと言われてもわからないのだろう。

 

「セリーはとても物知りなドワーフです。装備品のこともよく知っています。パーティーの戦い方や作戦のことなどについては、セリーにまかせておけば間違いありません」

「そうなのですか」

私が簡単に説明するとベスタは納得したようだ。

 

「じゃあ次は、こっちのイスに座って、足首を出せ」

「足ですか?」

ご主人様はベスタを手招きし、彼女がおとなしくイスに座ると身代わりのミサンガを足首に巻いた。

ご主人様はミサンガを巻きながら「セリーが作ってくれた装備品だ」と告げ、セリーが鍛冶師であることを伝えると、

「か、鍛冶師……様なのですか」と動揺し、私に対してもロクサーヌ様と[様]をつけだしたので、私もセリーもご主人様の奴隷なので[様]は必要ないと諭してあげた。

すると今度は、ご主人様が鍛冶師の奴隷を所持していた事に大変驚き、改めてご主人様の凄さに気づいたようだった。

 

そのあと「まあそんなに堅苦しく考えるな」と、ご主人様が優しくベスタの肩をたたくと、少し緊張がほぐれたようだったけど、

たったいま足首に巻かれたミサンガが身代わりのミサンガであることを教えると、再び驚愕の表情に変わった。

 

「すごく貴重な装備品だと聞いたことがあるのですが。以前の主人がなんとか手に入れようと必死になっていたのを覚えています」

「貴重といえば貴重なの、か?」

ご主人様が小首をかしげながら私に聞いてきた。

ご主人様のこういうちょっと世間の常識とズレているところも好きだなぁ......

なんて思いながら、この国では常識となっている内容の返事をした。

 

「はい。私もご主人様のところに来るまでは見たことがありませんでした。普通は奴隷が着けるような装備品ではないと思います」

ご主人様は私の返事を聞いてひとつうなずくと、「だそうだ」っとベスタに答えた。

すると、彼女はご主人様と私を交互に見て、ひどく混乱しており、「そんな貴重なものを着けていただいてもよろしいのでしょうか」と困惑しながらも確認してきた。

 

「大丈夫だ」

ご主人様が答えると、彼女は「大丈夫......ですか......」とつぶやきながら私を見たので、「大丈夫です。ご主人様ですから」と答えると「はぁ......」と間の抜けた声を漏らした。

 

しかし、次の瞬間ハッと目を見開いて、「ではロクサーヌさんも?」と聞いてきたので、「はい。つけていただきました」と返事をした。

そして、ズボンの裾をまくって身代わりのミサンガを見せてあげると、彼女は少し安心したようでハァーっと大きく息を吐き出した。

 

ご主人様はベスタが少し落ち着いたことを確認すると、「じゃあちょっと待ってろ」と言いながら席を立った。

そしてダイニングを出て行こうとしたので、彼女は慌てて立ち上がり、「はい。あの、ありがとうございます」と言いながら勢い良く頭を下げた。

 

ご主人様がダイニングを出て行ってもベスタは頭をあげなかったので、「ベスタ、頭をあげなさい。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」と声をかけた。

 

「ロクサーヌさん。私、ご主人様にどう接していいかわかりません。前の主人とあまりにも違い過ぎます」

「あなたの前の主人がどのような方かは知りませんが、ここでは普通のことです」

「ですが、あまりにも大事にされ過ぎています。

普通、こんなことはありえませんので、なにかひとつでも対応を間違えるとどうなってしまうのか......とても怖いです」

ベスタは少し涙目になっている。相当混乱してるわね。

でも、はじめが肝心だから、いまここでしっかり言っておく必要があるわね。

 

「ベスタ。まずはじめに言っておきます。

ご主人様は私も含めて奴隷を3人所持しており、あなたが4人目になります。

ご主人様は奴隷として私たちを購入しましたが、私たちのことは世間一般的にいう奴隷とは考えておらず、家族と考えておいでです。

ですから、ご主人様の第一優先は私たちの命なのです。

信じられないかも知れませんが、自分の命をかけてでも私たちを守ってくれます。

ご主人様は私たちを奴隷として見くだしたりせず、人として対等に接してくれる素晴らしいかたなのです。

ですが、私たちはそれに甘えてはいけません。

いざというときはご主人様の盾となり、守らなくてはなりません。

なぜなら、私たちにとってご主人様を失うことは、すべてを失うことなのですから。

ですから、これから迷宮探索でしっかりと実力をつけ、ご主人様をしっかり守れるように、そして、みんなからも信頼されるメンバーになってください」

「はい。わかりました。精一杯頑張らせて頂きます」

 

「よろしくお願いしますね。

あと、ご主人様はとても強く、私たちの常識では計り知れない能力をいくつも持っています。

ですので、あなたはこれからたくさん驚かされることになるでしょう。

ですが、それらについてはいっさい他言無用です。

全て内密にしなければなりません。

なぜだかわかりますか?」

「......申しわけありません。わかりません」

 

「ご主人様の能力を知れば、それを利用したり、逆におとしいれようとしたり、悪意を持って近づいてくる人がいるからです。

そして、そのような人はどこにいるかわかりません。

どこで話を聞いているのかもわかりません。

ですから、例え知りあいであっても、ご主人様のことは話してはいけません」

「はい」

「もちろん、パーティーメンバーのことも同様です。

私たちの情報は、いっさい漏らしてはならないのです。

ですから、メンバー同士であっても、外で不用意に内密にしなくてはならないことを話してはいけません。

よろしいですね」

「はい。わかりました」

ひと通り教育すると、ベスタの表情が引き締まった。

 

ベスタとの話が終わると、見計らったかのようにご主人様が鉄の剣を持って戻ってきた。

「ご主人様。ベスタにはご主人様やパーティーメンバーのことで驚いたことがあっても、全て内密にするよう言い聞かせておきました」

「そ、そうか。ロクサーヌ、ありがとう」

「いえ」

 

私が短く返事をすると、ご主人様はベスタに向き直った。

そして、「一応これでも下げておけ」と言ってベスタに剣を渡すと、彼女はまた驚いて「はい。あの……」っと口籠りながら不安そうに私のほうに顔を向けた。

 

「大丈夫ですよ。ご主人様ですから」と答えてあげると、彼女は「ありがとうございます」と言ってご主人様にあたまをさげた。

 

「じゃあ行くか」

ご主人様がリビングの壁にワープゲートを開いて中に入って行ったので、私はベスタに「では、私たちも行きましょう」と声をかけて彼女の手を引きながらゲートをくぐった。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様、私、ベスタの3人は家からワープゲートをくぐりクーラタルの冒険者ギルドに出た。

ご主人様は私のあとから私に手を引かれてベスタがゲートから出てきたのを見ると、少しホッとした顔をした。

そして、私に話しかけてきた。

 

「どこから行く?」

「武器屋と防具屋に行かないのでしたら、雑貨屋から先に回って、後で服屋へ行けばいいと思います」

この順番なら服屋でたっぷり時間が取れるので良いと思っていると、ベスタが「服ならこれがありますが」と服の購入を辞退しようとした。

しかし、ご主人様がすかさず「替えの服もいるだろう」と説得するとオロオロして私を見てきたので、「大丈夫です。ご主人様ですから」と言ってあげるとホッとして「ありがとうございます」とご主人様にお礼を言った。

 

冒険者ギルドからクーラタルの街中に出ると、先ほどと変わらず人で混み合っていた。

するとご主人様の驚く声が聞こえた。

「うおっ!なんだ、今日は人が多いな」

そういえばご主人様は家からワープで商業ギルドに往復しただけなので、まちなかがこんなに混み合っていることには気づかなかったのだろう。

 

「ご主人様。季節がわりの休日は、近くの村や他の町からクーラタルに訪れる人がたくさんいて、まちなかは混み合うそうです」

「そうなのか。初めてなんで驚いたよ」

「私もクーラタルでの季節がわりの休日は初めてだったので、先ほど来たときは驚きました」

「そうか。そういうことならロクサーヌは先輩だな。はぐれないように先導してくれ」

ご主人様はそう言うと、右手で私の手を掴んだ。

そして、左手でベスタの右手を握ると彼女は驚愕の表情になって固まった。

こんな混み合うまちなかで主人から手をつながれることなど理解の範疇から外れているのだろう。

彼女はとても混乱しているようだけど、今日はまちなかが混んでて雑貨屋まで時間がかかりそうだから、さっさと移動しはじめよう。

 

私は「では、私について来て下さい。ベスタあなたもご主人様の手を離してはいけませんよ」と声をかけて店を出た。

店を出てからちらっと振り返ると、ご主人様の後からちゃんとベスタがついて来ていたので、私は安心して人混みをすり抜け、一気に雑貨屋まで移動した。

 

雑貨屋に着くと、

ご主人様は「ロクサーヌ、俺はリュックを見てるから、他に必要なものをみつくろってくれるか」と言って来たので、「お任せください」と返事をしていったん分かれた。

私は買い物カゴをベスタに持たせて店内を連れ回し、食器やコップ、シュクレの枝、手ぬぐいなど、こまごましたものを選んだ。

そして、リュックサックの売り場に着くと、ご主人様がいくつかの候補に絞って悩んでいた。

 

「ご主人様。お待たせしました」

「いや、たいして待ってない。それより必要な物は揃ったか?」

「はい。あとはリュックサックだけです」

「そうか。リュックサックは......やはりこれでは小さいか?」

「そうですね。このサイズでは厳しいかと」

「そうですか?」

私はベスタの体格では、私たちが使っているサイズのリュックサックでは小さいと思ったけど、ベスタが疑問に思っているようだったので、一応彼女に背負わせてみた。

すると、思った通りパツパツで、からだを動かすとベルトが切れそうだった。

「やはりこのサイズは無理があるな。こっちの大きいのにしておくか」

「それがいいですね」

ご主人様が大きいサイズのリュックサックをベスタに渡し、背負わせてみるとちょうど良い感じだった。

「ベスタ、迷宮ではリュックサックを背負ったまま戦うこともありますので、ちょっとからだを動かして、ベルトが突っ張ったりしないか確かめてみてください」

「は、はい」

私が指示すると彼女は両手をあげたり身体を捻ったり、屈伸したりして、フィット感を確かめた。

「どうですか?」

「はい。大丈夫だと思います」

ベスタが了承したので、他の雑貨と合わせてご主人様に渡した。

「ご主人様、よろしくお願いします」

「うむ」

 

ご主人様に会計して頂いている間に、私は ベスタ に指示した。

「ベスタ。会計が終わったら、いま買ったリュックサックに他の買った物を入れてください。あと、リュックサックはあなたが背負うこと」

「わ、わかりました」

その後、彼女がリュックサックに購入した物を詰め込んでいるあいだに、私は彼女に気づかれないように店員にこっそりとブラシを渡し、「これもお願いします」と頼んだ。

 

しかし......

「まだなんかあったのか」

こっそり買ってあとで彼女にプレゼントしようと思ってたけど、ご主人様に目ざとく見つけられてしまった。

ベスタもご主人様の声で、私が追加で何か買おうとしていることに気づいたようだ。

まあ、見つかってしまったらしかたないわね。

 

「いえ。これは私が」

「そうか?」

ご主人様は疑問顔だったけど、私が会計を済ませて「このブラシは私からのプレゼントです」と言ってベスタに見せるとハッと気づいて、小声で「すまなかった」と謝ってくれた。

ご主人様に謝ってもらったとき、イタズラごころが浮かんでしまった。

私は小声で「では、責任をとって、あとでいっぱい可愛がってください」とご主人様の耳もとでささやいたけど、ご主人様に小声で「それは基本だな」と返された。

私は驚いてご主人様の顔を見ると真顔だった。

少し頬が赤かったけど、それでも真顔だった。

「うぅ...... もう。ご主人様ったら......」

可愛がることが基本と言われ、私は恥ずかしすぎて一瞬で顔が熱くなり、思わず下を向いてしまった。

 

ベスタはブラシをプレゼントされることに凄く驚いたようで「わ。ありがとうございます。私...... 誰かから物をもらったことなんてなくって...... うぅ......」と話しながら目尻に涙を浮かべていた。

彼女はすごく感激していたようだったけど、私はご主人様に私を可愛がることは[基本]になっているって言われたことで恥ずかしさが振り切れてしまい、彼女の話が半分もあたまに入らなかった。

 

その後気持ちを落ち着かせてから、ベスタに後ろを向かせ、リュックサックにブラシをしまった。

その際、私はご主人様に「お金を残しておいてよかったです。今日セリーとミリアの分も買いました」と伝えると、ご主人様は「さすがロクサーヌは優しいな。だけど、自分のためには何も買わなかったのか?」と聞いてきた。

「えっと。肌着を少し......」

私が答えると、ご主人様は眉をハの字にした。

「それは必要なものだろう。小遣いは自分のために使って欲しいのだけど」

ご主人様はちょっとあきれているようだ。

 

「ご主人様。私はみんなのプレゼントを選ぶのが楽しいですし、プレゼントしたときにみんなが喜んでくれることがうれしいのです。

ですから、お小遣いは自分のために使っております。

それに...... 必要な物はほとんどご主人様が買ってくださいますので」

私がそう言いながらちょっとだけ上目遣いで見ると、ご主人様はほほを赤らめながら、返事をした。

「そ、そうか...... まあ、ロクサーヌがそれで良いなら」

「はい♥」

私がニッコリ微笑むと、ご主人様はフッと柔らかい顔になった。

「では、服屋に行こうか。ロクサーヌ、また先導を頼めるか?」

「はい。お任せください」

私は返事をしながら左手を差し出してご主人様と手をつなぐと、ご主人様も左手をベスタに差し出した。

するとベスタは少しためらいながらも、今度は自分からご主人様と手をつないだ。

私はベスタが手をつないだことを確認したので、服屋に向けて人混みのなかを歩き出した。

 

服屋に着くと、いつもの店員はまだ忙しそうに接客していたが、ご主人様を見つけると小走りでやってきた。

クーラタルに来てそろそろ4ヶ月、すっかり常連になっているので、店のほうも大事な客と思ってくれているようだ。

「いらっしゃいませ。本日はどのような服をお探しですか?」

「彼女が着るようなサイズの服があるか」

ご主人様がベスタを指差すと店員は一瞬考えてから返事をした。

「はい、ございます」

店員はそう答えると、私たちを店の奥に案内した。

 

「こっちか」

「こちらの服なら、かなり大きいサイズになっておりますので着られると思います」

「あるのか」

「竜人族のお客様などもおられないではありませんので。どうしても数は少なくなってしまいますが」

 

そうなんだ。でも、少ない......?

いや、店全体からすると少ないけど、棚2つ分はある。

これだけ有れば...... 

ふふっ。ちょっと気合が入るわね。

 

「これだけあれば悪くないですね」

私はご主人様にそう告げて、服選びにとりかかった。

とりあえずサイズと色で絞り込もうか......

私が服を選びはじめると、ご主人様に「上下二、三着ずつくらいで頼む」と言われた。

 

「分かりました。ほら、ベスタも」

「そ、そんなによろしいのですか」

「大丈夫だ」

ご主人様は遠慮しているベスタの肩を押して、私の隣にたたせた。

「え......その......」

隣には立っているが、彼女は顔をこわばらせたまま固まっている。

 

私は小さくため息をついてから、ベスタが積極的に服を選ぶよう、彼女を諭した。

「ベスタ。

ご主人様は私たちがなるべくきれいな格好でいることを好みますので、ちゃんと服を選んでください。

遠慮する姿勢は悪くはありませんが、みすぼらしい格好をしていたら、ご主人様に嫌われてしまいますよ」

「は、はい!」

 

私は棚にある服をひとつづつ彼女の胸元に当て、サイズと色見、生地や縫製の状態、そしてデザインが似合う、似合わないかと、なによりベスタ自身が気に入るか、気に入らないかで候補を絞った。

「これなんかはどうでしょう」

「はい。いいですね」

「こっちもなかなかですか」

「わ。素敵です」

「あ、これもいいですね」

「えっ、これですか?これでは胸が見えてしまいそうで、恥ずかしいです」

「そうですか?似合うと思うのですけど。うーん......

では、こちらのは?」

 

ベスタは最初こそ恐縮していたけど、私が積極的に話しかけているためか、少しずつだけど自分の意見を言うようになってきた。

私はベスタの意見を聞きつつしばらく二人で服を選んだあと、彼女が気にいったデザインで色違いの物があったので、ご主人様にも意見を聞いてみた。

「ご主人様。この服、白と灰色があるのですが、どちらが似合うと思いますか?」

「んー......そうだな。ベスタは肌が小麦色だから、白のほうが清潔感があっていいかな」

「確かにそうですね。さすがはご主人様です。

では、こっちとこっちは決定として......

ベスタ。後は、これなんかどうでしょう」

「そうですね。私としてはもう少し袖が短いほうが」

「では、こちらのほうがいいですか?」

「はい。これがいいです」

「これでは胸がキツくありませんか?」

「大丈夫だと思います」

「では、これも。これで3着づつかな?」

私は選んだ服を数えて上下3着づつあることを確認し、ご主人様に選び終えたことを伝えた。

 

「ご主人様、選び終わりました」

「うむ」

「では、これをお願いできますか」

「わかった」

「あと、肌着も3枚ほど買って頂いてもよろしいですか?」

私がご主人様にベスタの肌着を頼むと、彼女はブンブンと手を振って全力で遠慮した。

「いえ、いえ、いえ、いえ。

肌着はまだ汚れていませんし、服を何着も買って頂けるのに。

も、申しわけないです」

「問題ない。いずれ必要になるものなら今買っておけ」

「あ、ありがとうございます」

 

ご主人様がぶっきらぼうに返事をすると、ベスタは勢いよくあたまをさげた。

すぐ横でブンッ!って音が出るぐらい勢いよくあたまをさげられた為、ご主人様は「うおっ!」っと言って少しからだを引き、一歩あとずさってしまっていた。

私はその姿が可笑しくてクスクスと笑うと、ご主人様はちょっと恥ずかしかったのか、その場をごまかすようにひとつ咳払いをした。

 

「ろ、ロクサーヌ、この服を先に持って行っとくから、肌着を選んでカウンターまで持って来てくれ」

「かしこまりました。ベスタ、あなたはこの服をカウンターまで運んでください」

「わ、わかりました」

私はベスタに服を渡すと、肌着の棚に移動して大きいサイズの物を3枚選び、カウンターに持って行った。

 

服と肌着をご主人様に購入して頂き、ベスタのリュックサックに詰めて店の外に出ると、もう一度ベスタがあたまを下げてご主人様にお礼を言った。

「ありがとうございます」

「いや、必要なものだから気にするな」

ベスタが何度もお礼を言うので、ご主人様は苦笑ぎみに返事をしている。

まだ緊張しているせいだと思うけど、このままだとみんなとの仲がギクシャクしそうだから、ベスタはもう少し私たちに慣れてもらったほうがいいわね。

ミリアと違ってルールを守ることに関しては問題なさそうだけど、私たちと打ち解けさせるほうは少し大変かも知れないわね。

 

◆ ◆ ◆

 

服選びに小一時間ほどかけたせいか、まちなかはだいぶ人が減っていた。

それでも普段の日よりは人が多いけど、手をつながなければはぐれてしまいそうなほどの人混みではなくなっていた。

 

「あとは夕食の食材を買って帰ろう」

「かしこまりました」

「かしこまりました」

私たちが返事をすると、ご主人様は八百屋に向かって歩き出した。

ベスタを見ると、とてもうれしいのか涙を拭き拭きしながら歩いていた。

「よかったですね」

「はい。あの。この服って新品ですよね」

「そうですよ。さっきも言いましたが、ご主人様は私たちがなるべくきれいな格好をしていることを好んでいますので、基本的に服は新品の物を買ってくれます。

それどころか、私たちのからだに合わせた服を作ってくれることもありますよ」

「ええっ!そんなことが...... 奴隷が服を作ってもらえるなんて、普通はありえないです」

「そうみたいですね」

「私、新品の服なんて着せてもらったことがありません」

「大丈夫です。ご主人様ですから」

私の言葉に彼女は「はい」と返事をしながら、また涙を流した。

 

私とベスタが歩きながら会話してると、ご主人様が彼女に質問した。

「恥ずかしいから泣くな。それよりベスタは、料理はできるか」

ベスタは涙を手で拭って返事をした。

 

「自分が食べる分くらいの簡単な煮炊きなら大丈夫です」

「簡単な煮炊きか......」

ご主人様がちょっと残念そうな顔をしたので、私はベスタにうちのルールを説明した。

 

「うちでは全員の食べる分をみんなで作ります」

「全員の分をですか。習ったわけではないのでそれほど上手ではないと思いますが」

「まあ一品作ってもらうか」

ご主人様に料理を一品作るよう言われると、ベスタの表情が明らかに曇った。

 

「ええっと...... すみません。

ご主人様が口になされるようなものは作れません。

私が作れるのは、芋とくず野菜のスープとか......

パンの耳の煮込みとか」

 

ベスタは奴隷が食べるような料理しか作ったことがないので、自信がないようね。

確かに彼女が作れると言っている料理は粗末なものだけど、それは食材そのものの影響が大きいような気がする。

たぶん食材や調味料が良ければちゃんと美味しい物になるはず出し、料理の心得はあるのだから、ちょっとコツを教えればじゅうぶん戦力になるわね。

 

「では...... 料理のとき、ベスタは俺や他の誰かを手伝ってくれ」

「はい。それなら大丈夫だと思います」

「今日の夕食のスープはロクサーヌが頼む」

「かしこまりました」

私がスープってことは、メインはご主人様が作るってことかな?

ミリアの釣果次第だけど、今日の夕食は楽しみね。

 

その後、八百屋で根野菜と葉野菜を3種類ずつ、あと、トマトとキノコを買って、パン屋に移動した。

パン屋のカウンターでいつも買う1個8ナールの高級パンと1個4ナールの三角パンを人数ぶん買おうと考えていると、ご主人様がベスタに話しかける声が聞こえた。

 

「ベスタはやっぱりたくさん食べる方か?」

「ごくつぶしとは私は言われたことがないので、大丈夫だと思います」

「そ、そうか」

「......」

ごくつぶしって、それに大丈夫...... ね。

うん、間違いなく遠慮しているわね。

これだけ大きいのだから、たくさん食べるはずだわ。

私はそう思い、黙ってパンを人数ぶんより少し多めに選んだ。

 

「このくらいあればいいでしょう」

私が選んだパンをご主人様に渡すと、ひとつうなずいてから購入するためにカウンターに持って行った。

ご主人様が精算していると、ベスタが話しかけてきた。

 

「すごく柔らかくて美味しそうなパンです。あまったらいただけるのでしょうか」

「食事はみんなで一緒に取ります。遠慮せず食べてくださいね」

「わ。いいのですか」

ベスタはまた驚いている。

私やセリー、ミリアと違い、彼女は奴隷として別の主人につかえていた。

そのときと比べて待遇が違い過ぎるから、すごく驚くのだろう。

それにしても、これだけ何度も何度も驚くってことは、やはり奴隷の待遇は、ベイルの商館で聞いていた過酷な状態が普通なんだろう。

「大丈夫です。ご主人様ですから」

私はベスタに返事をしながら、改めて私たちが良くして頂いていることを実感し、ご主人様に感謝した。

 

「迷宮に入ってもらう以上、体が資本だからな」

「ありがとうございます」

ご主人様がベスタを諭すと、彼女はまた勢いよくあたまをさげた。

ご主人様は苦笑いしながら私に小さく肩をすくめて見せ、「じゃあ、帰って夕食の支度をしよう」と言って、冒険者ギルドに向かって歩き出した。

 

◆ ◆ ◆

 

冒険者ギルドの壁からワープで家に帰ると、ご主人様は私に夕食の準備を申しつけた。

そして、「では、俺は風呂を入れてくるから、ベスタのことは頼むな」と言って風呂場に向かった。

 

ご主人様が風呂場に向かうと、ベスタが「あの、ロクサーヌさん。風呂ってなんですか?」と言いながら首をかしげた。

「聞いたことはありませんか?

買い物に行く前、家の中を説明したときに風呂場の場所を教えましたよね?」

「はい。あの...... えっと。すいません。

その、先ほど2階の広い部屋が風呂場だとは聞いたのですが......

その、風呂場がなにをする部屋なのか聞いたら怒られると思って......」

怒られるって...... 私に?

私、そんなに怖そうな態度だったのかな......?

 

一瞬考えたけど、思いだせなかったので、そのまま話を続けた。

「そうですか...... えっと...... 

家ではわからないことはちゃんと聞いてくださいね。

内密にしなくてはならないことがあるので外では気をつけて欲しいですけど」

「わ、わかりました」

 

「では、話を戻します。

お風呂とは、お湯を張った大きな桶のことです。

からだを洗ったあとに、そこにつかってあたたまります。お風呂場とは、お風呂があってからだを洗う部屋のことを言います」

「からだを洗う...... 部屋ですか?」

「そうです。

あなたは今までからだをどうやってきれいにしていました?」

「からだですか?雨水や川の水で濡らした布で拭いてました。

あと、暖かい日は、川に直接入って洗っていました」

「まあ、それが普通ですよね。

では、石鹸は知ってますか?」

「石鹸という物があることは知っていますが、見たことはありません」

「そうですか。まず、うちではお湯でからだを濡らしてから、石鹸を泡だててその泡でからだを洗います。

そして、洗い終わったらお湯でからだに付いた泡を流します。その後にお風呂につかるのです。

もちろん忙しいときは濡らした手ぬぐいでからだを拭くだけのときもありますが......

まあ、見ながら話したほうがいいですね。

ベスタ、ついて来てください」

私は口で教えるよりも見せたほうが早いと思い、彼女を風呂場に連れて行った。

 

風呂場に行くとご主人様がシャツを脱ぎ、ズボンの裾をまくってお湯を作る準備をしていたので、ベスタが風呂を知らないことを伝えてご主人様の作業を見学させてもらった。

私はベスタに普通お風呂は王侯貴族が入るものだと伝え、次に、ご主人様がベスタも一緒に入ることを伝えた。

すると、ベスタはお約束のように驚いて、私たちの前で固まってしまった。

 

その後の説得で、彼女が一緒にお風呂に入ることに同意すると、ご主人様は明らかに顔がニヤけた。

私はちょっとムッとしたので、ベスタに見えないようにご主人様を肘でつつくと、ご主人様は小さく咳払いして作業を再開した。

 

「では今からお湯を入れるから、少し見ていけ」

ご主人様はそう言ってウォーターウォールを出すと、ベスタは「わ」っと声をあげた。

「どうだ」

「すごいです」

ベスタがお約束のように驚くと、ご主人様は「そうだろうそうだろう」と言ってよろこんだ。

なんだか私もうれしくなって「ご主人様ですから」というと、ベスタは予想外の言葉を吐いた。

 

「初めて見ました。水を出せる種族の人もいるのですね」

「えっ?種族ですか?」

「種族、なのか?」

「違うのですか?」

私とご主人様は予想外の言葉だったのでベスタに聞き返したつもりだったけど、逆に彼女に首をかしげられてしまった。

水を出す種族って、ご主人様のことをクラムシェルとでも思っているのだろうか?

私が考えているうちに、ご主人様は魔法で水をだしたことを伝えていた。

するとベスタは「ご主人様は魔法使いではなく探索者......」と言って一瞬考えたあと、「あ。ご主人様というジョブですか?」と正解を言い当てた。

言ったあと、彼女は少し不安そうな顔をしたので、「そうです。ご主人様ですから」と言って肯定しておいた。

「そうなのですか。すごいです」

ベスタは正解してホッとしているようだ。

 

すると、ご主人様がベスタに質問した。

「水を出せる種族がいるのか?」

私と同じでご主人様も気になっていたのね。

 

「水を出す種族は知りませんが、竜人族は火を出せます」

「え。そうなのか?」

「えっ?火を出せるのですか?」

「はい」

ベスタの言葉に私たちはすごく驚いたけど、彼女はさも当たり前のように肯定した。

むしろ、なんで驚いているのか不思議?という感じに首をかしげている。

私はただ驚いただけだったけど、ご主人様はあごに手を当てて一瞬考え、何かを思いついたように顔をあげた。

 

「見せてもらってもいいか」

「もちろんです。あまりたいしたことはありませんが」

「火を出して、この水瓶の水を温めることはできるか?」

ご主人様が水瓶を指すと、ベスタは自信なさそうな顔になった。

 

「温まるほどは無理だと思います」

「そうなのか」

「一応、やってみます」

ベスタはそう言うと、水瓶に顔を近づけて口から火を吹いた。

ご主人様はそれを見て「おおっ」と驚いたけど、火は水面を一瞬なめただけですぐに消えてしまった。

すぐさまご主人様は水瓶の水に触れたけど、次の瞬間には残念そうな顔になった。

 

「残念。無理だったか。ああ、手間かけさせて悪かったな」

「お役に立てず、申しわけございません」

ベスタはそう言いながら、深々とあたまをさげた。

彼女曰く、竜人族なら誰でも使えるけど、魔物や敵の注意を一瞬だけそらす技で、魔法のような威力はないとのことだった。

でも、薪に火をつけるくらいなら出来そうね。

彼女にはなるべく料理を手伝わせようかしら。

私がそんなことを考えていると、ご主人様は水がめにファイヤーボールを撃ち込んでお湯を作り始めた。

 

「わ。本当にすごいです」

ベスタはご主人様の魔法を見てまた驚き、目をキラキラさせていたので、少しのあいだ風呂場にとどまり、彼女にご主人様の作業を見せた。

そして、ご主人様がファイヤーボールを2度撃ち込んだところで彼女に声をかけた。

 

「ベスタ、そろそろ良いですか?」

「はい」

「では、料理をしに戻りますよ」

私はそう言ってきびすを返し、ベスタを連れてキッチンに移動した。

 

キッチンに入り、壁にかけてあるエプロンをベスタに着けてあげると、彼女は驚いて「こんなかわいいエプロンは見たことがありません」と言ってよろこんだ。

彼女のものはなかったのでミリアのエプロン(もちろん料理用)をつけてあげたのだけれど、腰の紐は結ぶのがギリギリで、エプロンの布からからだがはみでてしまっていた。

エプロンの紐は私たちがうしろ手でゆったり結べるくらいの長さなのでとどいたけど、彼女が自分で結ぶのは長さが足りないわね。

服もカバーしきれないし、彼女にはもっと大きなサイズのエプロンじゃないと駄目ね。

 

「ちょっと小さいですね」

「はい。あの...... からだが大きくてすみません」

「別に責めているわけではありません。

あとでご主人様に言って、明日にでも貴方に合うサイズのエプロンを作りに行きましょう」

「えっ?作るのですか?」

「はい。作るのです」

「......あの、よろしくお願いします」

ベスタはそういうとペコリとお辞儀をしたが、その後に何をすれば良いか戸惑っていたので、鍋に水を汲んでかまどに置き、それからかまどに火をつけるよう指示した。

私は彼女がかまどの準備をしているあいだに自分のエプロンを付け、丸イモと葉野菜を洗った。

 

作業をしながらベスタの様子を見ていると、彼女はかまどの上に鍋を置き、片手で水瓶を掴みあげるとそのまま水を注いだ。

それからかまどのなかに薪をくみ、薪を1本手に持つと火を吐いて先端を燃やし、それを焚べて他の薪に燃え移ることを確認した。

「ベスタ。次はこっちを手伝ってくれる?」

「はい」

「そこの包丁で丸イモの皮をむいて、ひとくち大に切ってください」

「わかりました」

ベスタは包丁を右手に持ち、洗い終わった丸イモを左手で掴むと、左手のなかでイモをクルクルと回しながら包丁を当てて皮をむいた。

そして、皮をむき終わったイモをまな板の上に並べると、包丁でひとくち大に切って鍋に入れていった。

特に指示しなくても、根野菜から煮込むことはわかっているようだ。

 

「イモが終わったら、この葉野菜をお願い」

「はい」

私が洗い終わった葉野菜をしめすと、彼女はそれを包丁で切り、イモと同様に鍋に放り込んだ。

思った通りかなり手際が良い。

力もありそうだし火もつけられる。

料理づくりではかなり役に立つわね。

 

ベスタが野菜類を全て鍋に放り込んだあと、私はトマトを細かく切って鍋に入れ、塩と胡椒で味付けした。

そのまましばらくスープを煮込んでいると、ご主人様がキッチンにやって来た。

私は迷宮に行くと思いご主人様にたずねると、少しの沈黙のあとに「……いや、ちょっと休憩」と言われた。

私はご主人様がなにを考えていたのか気になったけど、とりあえずは「そうですか」と返事をしておいた。

 

ご主人様は更にしばらく考えてから、余っていた野菜をベスタに渡し、おもむろに指示をだした。

どうやら考えていたのは、夕食の献立だったようだ。

 

「ベスタ、これを洗って食べやすい大きさに切ってもらえるか」

「かしこまりました」

「こっちのキノコは半分にしてくれ。夕食はそれを揚げる。楽しみにしておけよ」

「すごそうです」

すごそう......ね。......天ぷらのこと、ホントにわかっているのかな?

私は驚いているベスタはひとまず放置して、ご主人様に向き直った。

「ご主人様、エプロンのことなんですが」

「ああ。わかった。明日な」

「ありがとうございます」

「いや。俺のほうこそ、気づいてくれて助かる。

さすがはロクサーヌだ。いつもありがとうな」

ご主人様はそう言うと、私を抱き寄せてキスをしてくれた。

私もご主人様の背中に手を回して抱きつき、積極的に舌を絡めてしまった。

ベスタはキスしている私たちをじっと見ていたようだったけど、その時は何も言わなかった。

 

「ご主人様、私は天ぷらの準備を進めておきますね♥」

「ああ。頼む」

「お任せください」

ご主人様は小さくうなずくと、「じゃあ、続き、やってくる」と言って私から離れ、風呂場に戻っていった。

 

ご主人様がいなくなると、ベスタは恐る恐る私に話しかけてきた。

「あの、聞いてもよろしいでしょうか」

「どうしました?」

「ロクサーヌさんは、その......

ご主人様のことが好きなんですか?」

「はい。大好きですよ」

「そうですか......」

「おかしいですか?」

「いえ。その......」

ベスタはくちごもってうつむいたので、私は強い口調で彼女に話すよう促した。

「ベスタ、なにか思うことがあるならハッキリ言いなさい。溜め込んで、内心で反抗するなんて許しませんよ!」

「は、はい。えっと...... 私は奴隷商に売られたあと、先輩がたに奴隷というものがどういう存在なのか、さんざん聞かされました。

その時は、奴隷からするとご主人様は絶対で、逆らうことは許されない存在で、当然求められれば奉仕しなくてはいけない存在だと聞いていました。逆らえばひどい目に合わされたり、処分されてしまうこともあるし、なかには奴隷を性的や肉体的に虐待する主人もいるということも。

先輩がたには、前の主人はそこまでひどい人ではなく、私も両親も虐待されるようなことはなかったと言いましたが、それは運がよかっただけだと言われてしまいました。

なので、ご主人様とロクサーヌさんがお互いに信頼していて、まるで恋人のように見えることが信じられなくて......」

「恋人だなんて...... そう見えます?」

「その...... はい」

「ふふっ。ベスタ、ありがとね。

私も商館にいたときは、あなたと同じようなことを聞かされたわ。

だから、私もご主人様に買われたばかりのときは、すごく不安だったの。

でもね、さっきも言ったけど、私たちのご主人様は本当に素晴らしい人なのよ。

あとで他の二人に会うことになるけど、そのときに二人の様子を見れば、安心出来ると思うわ」

「そうですか」

「ええ。間違いありません。

とりあえずいまは、私を信じてください。

それと、いま私から言ってあげられることは...... 

私たちはとても幸運で、今日あなたもその仲間になった。ということです」

「わかりました」

「では、そろそろ料理を再開しましょう」

 

ベスタはご主人様に指示された通り野菜とキノコを洗い始めたので、私は食材を切ったら種類別にわけてザルに入れておくよう彼女に指示した。

私はベスタが野菜を切っているあいだに小さな器に小麦粉、卵の黄身、少量の水を入れてかき混ぜ、天ぷら用のころもを作った。

そして、ご主人様が天ぷら用に使っている小さな寸胴鍋を用意して、オリーブオイルをたっぷりと入れた。

ベスタは切った食材をザルに移し終わると、寸胴鍋を見て「えっ?」っと小さく声をあげた。

彼女は目を見開いて口をぽかんとあけたまま、まるで石化でもしたようにその場で固まっている。

驚き過ぎて声も出なくなったようだ。

 

「どうかしました?」

「あ、あの...... こんなにたくさん......」

小さい鍋とはいえ、オリーブオイルをこんなに使うなんて普通は考えられないから、彼女が驚くのも無理はないわね。

 

「驚きましたか?」

「は、はい。 あの...... 大丈夫なんですか?

こんなに使ったら...... その...... 

ご主人様に怒られたりしませんか?」

「ふふっ。大丈夫ですよ。ご主人様ですから」

「そうですか......」

私はニッコリと微笑みながら答えたけど、ベスタはどこか不安げな顔をしながらボソリとつぶやいた。

するとその時、ご主人様が2階から降りてきた。

「ご主人様、お疲れ様です」

「ああ、ロクサーヌもお疲れ。どんな感じだ?」

「スープはあと少しで出来あがります。

天ぷらの準備もほぼ完了しています。

あとはミリアが魚を釣ってくれば、というところです」

「そうか、じゃあ、スープができたら一度火を落としてセリーとミリアを迎えに行くか」

「はい。スープはあとは余熱で出来あがりますので、すぐに準備します」

私はベスタにミトンを渡してスープの鍋をかまどからずらすよう指示した。

そして、火かき棒で薪を散らしてからかまどに蓋をして、火が消えるようにした。

それからスープ鍋と天ぷら用の鍋に蓋をして、天ぷら用のころもと食材に布巾を被せた。

 

「ご主人様。準備が出来ました」

「うむ、では迎えに行こうか」

「かしこまりました」

「わかりました」

ご主人様は、私とベスタが返事をしたことを確認すると、リビングの壁にワープゲートを開いた。

 

◆ ◆ ◆

 

ワープゲートを抜けると図書館のロビーだった。

そのまま受付のほうに進むと、セリーが駆け寄ってくるのが見えた。

彼女は私たちの近くまで駆け寄って来たが、急に立ち止まって一瞬ベスタのほうに視線を向けた。

そのあとにご主人様を見てからうつむき、「滅びればいいのです」と、呪いの言葉を吐いた。

ご主人様は一瞬で固まり、額に日汗を浮かべる。

そして、「いや、き、気のせいだな」と、心の声が漏れだした。

聞こえなかったことにしたいのだろう。

 

「セ、セリー。彼女はベスタだ。今日から仲間になる」

「滅びれば……あ。竜人族のかたですか?」

セリーはご主人様の様子を見て、もう一度呪いの言葉を吐こうとしたが、なぜか途中で言葉を切って彼女の種族を質問した。

セリーは竜人族になにか思い入れがあるのかな?

 

「はい。そうです。よろしくお願いします」

「そうなのですか。大丈夫です。

こちらこそよろしくお願いします」

ベスタが返事をすると、セリーは丁寧に対応した。

ご主人様はそんなセリーを見て面白くなかったのか、ベスタに向かって「ベスタ。この酒の匂いをさせているのがセリーな」っと少し悪意がある紹介をした。

「......はい」

ベスタは気まずそうに返事をした。

 

ご主人様の紹介のしかたが気に入らなかったのだろうか、セリーはムスッとして右手を突き出した。

「預託金です」

セリーはご主人様に金貨を渡すと、ジト目でご主人様を見つめた。

するとご主人様はその目に耐えかねたのか、言葉をひねり出した。

「な、仲よく頼むな」

「もちろんです。竜人族で胸の大きい女性に悪い人はいません」

「そうなのか?」

「はい。それを見る者は滅びてしまえばいいですが、竜人族の女性に罪はありません。竜人族は子どもを母乳で育てたりはしない種族です。竜人族の女性の胸には空気が詰まっています。気嚢といいます」

「へえ」

「胸の大きい竜人族の女性は不当な扱いをされるのです」

「そうなんだ」

「あの、竜人族の女で胸が大きいと、無駄に空気が入っているだけだと馬鹿にされます。

わ、私なら大丈夫です」

セリーの説明にご主人様が気のなさそうな返事をすると、ベスタが補足した。

 

「いいえ。ベスタには何の問題もありません。

胸のことを気にするやつらなど滅びてしまえばいいのです」

セリーはそういうと、ベスタの手をとった。

そして、みずからもう一度名乗った。

「ベスタ、私はセリー。ドワーフで16才です。詳しいことは帰ってから話しますが、取り敢えずよろしくお願いします」

「ベスタです。竜人族で15才です。こちらこそ、よろしくお願い致します」

彼女は返事をすると、セリーに向かって勢いよくあたまをさげた。

 

セリーが私に目を向けたので小さくうなずくと、彼女も小さくうなずいた。

ベスタにはお話しが終わっていることが伝わったようだ。

「では、ミリアを迎えにハーフェンに飛ぶ」

「はい」

ご主人様はそう言うと、図書館の壁にワープゲートを開いた。

 

◆ ◆ ◆

 

ゲートをくぐるとハーフェンの海近くの大木に出た。

海のほうを見ると、岩礁の上に人だかりが出来ており、その中にミリアがいた。

よく見ると周りにいる人はみんな猫人族で、小さな子が多いことに気づいた。

ミリアはかなり自信があるようだったし、もしかしていっぱい釣れてるから、みんな気になって見てるのかな?

歩いて近づくと、ミリアがこちらに気づき、「ご主人様ー!」っと叫んで手を振ってきた。

 

「どうだ、ミリア。釣れたか」

「ミリア。今晩のおかずは釣れましたか?」

「はい、です」

ミリアが嬉しそうに答える。

「おお、そうか。じゃあそろそろいいか?」

「はい、です。あの……」

ミリアはブラヒム語で説明しきれず、バーナ語で私に話しかけてきた。

 

『お姉ちゃん。この子たちに魚を分けてあげてもいい?』

『なんで分けたいのですか?』

『昼に大きな魚がかかって、ひとりでは釣りあげられなかったの。そのときこの子たちが手伝ってくれたの。それからずっと、魚を取り込むのを手伝ってくれてるの』

『だから分けてあげたいと』

『うん。駄目かな?』

『あなたが釣ったのだから大丈夫よ。一応ご主人様に確認するわね』

私はミリアから事情を聞いたので、ご主人様に説明した。

 

「ご主人様。ミリアは彼女たちに魚を分けてもいいかと言っています。取り入れるのを手伝ってもらったようです」

「ミリアが釣ったのだから、もちろんかまわない」

「はい、です」

ミリアはご主人様の言葉を聞くと、嬉しそうに返事をした。

彼女はブラヒム語を聞くほうはだいぶ出来るようになってきたけど、話すほうはまだまだ苦手ね。

それに、読み書きは全然だから、どこかで集中的に教えないと駄目ね。

 

そんなことを考えていると、ミリアは猫人族の小さな娘たちを手招きしてバーナ語で話しかけた。

『みんな、ご主人様から魚を分ける許可をもらったから、カゴのところに行くよ』

ミリアが説明すると、子供たちから歓声があがった。

みんな顔がニコニコだ。

そして、ご主人様から夕飯は天ぷらにするから合わなそうな魚は分けてあげるよう言われると、「そうする、です」と言ってミリアの顔もニコニコになった。

 

籠のところまで移動してなかを見ると、かなりたくさん魚がいた。

「ミリア、随分たくさん釣ったわね」

「はい。です」

ミリアは胸を張って、誇らしそうに返事をした。

 

私が驚いていると、猫人族のひとりがバーナ語で話しかけてきた。

『このお姉ちゃんすごいんだよ。お魚がどう動くのかわかるんだよ』

『そう。それはすごいわね』

私がバーナ語で返事をすると、今度は別の子が話しかけてきた。

『このお姉ちゃんはすごい漁師さんなんだって。さっき私のお母さんが言ってた』

『それ、タルケおじさんとエク爺ちゃんも言ってた。あんだけ釣る人は見たことねえって』

『そうなんだ。すごいねー』

私は子どもたちの話をひと通り聞き、ご主人様に通訳した。

 

「ミリアには魚の動きが分かるようです。

すごい漁師だとこの子たちも言っています」

「そうなんだ。確かにかなり釣ってるな。

ロクサーヌ、すごい大きな魚もいるぞ」

ご主人様と私がカゴのなかを覗いていると、

「魚の気持ちになって釣る、です」と言ってミリアがまた誇らしそうに胸を張った。

 

その後、周りの子たちにミリアが魚を分けてあげると、みんな口々にお礼を言って去って行った。

子どもたちが全員いなくなると、ご主人様はミリアの前にベスタを立たせた。

ミリアはベスタを見上げ、「大きい......です」とつぶやいて、そのまま口が半開きになっている。

魚に夢中だったせいか、今の今までベスタの存在に気づいていなかったようだ。

 

「ミリア、彼女はベスタ。今日から仲間になる」

「よろしくお願いします」

ベスタがあたまをさげると、ミリアも「ミリア、です」と言ってあたまをさげた。

私は苦笑しながらバーナ語でミリアに『あら、あなたがお姉ちゃんじゃなかったの?』と言うと、彼女はハッとして顔をあげた。

 

ご主人様は雰囲気で察したのか、苦笑しながら今度はベスタにミリアを紹介した。

どうやらミリアがあたまをさげたことは、なかったことにしてくれるようだ。

 

「ベスタ、彼女がミリアだ」

「お姉ちゃん、です」

今度はミリアは胸を張って、ベスタを見上げた。

「はい」

「お姉ちゃんと呼ぶ、です」

「お姉ちゃん」

「ベスタ、です」

ミリアはベスタにお姉ちゃんと呼ばれると、背伸びして手を伸ばし、ベスタの頭をなでた。

 

なんだか微笑ましい光景で場がなごんだけど、ご主人様は何故か二人とセリーを交互に見て、ククッと小さく笑った。

そして、それをセリーに気づかれた。

ご主人様は何も言ってないけれど、セリーと目が合うと視線を反らせた。

すると次の瞬間、セリーのからだがプルプルと震え、黒いオーラが立ち昇った気がした。

 

いったい何?ご主人様はなんで笑ったの?

私は何がなんだかわからなかったけど、とりあえずセリーを抱き寄せて、無言であたまを撫でた。

彼女は私の胸に半分顔を埋め、涙目になりながらプルプル震えている。

私はセリーのあたまを撫でながらご主人様に視線を向けると、ご主人様は済まなそうにしていた。

 

えっと......どうしよう......

理由はわからないけど、とりあえずご主人様が謝る必要がありそうね。

私はそう思い、ご主人様に向けている視線をグッと強くした。

そして、心のなかで謝ってくださいと強く思いながら、「ご主人様」と声音をさげて言うと、観念したのかセリーの背中側から抱きついて謝罪した。

 

「セリー、変なことを想像して悪かった。

だけど、決してお前を嫌ってとか、蔑むような気持ちはないんだ。

ただ、お前は小さくて可愛いから、ついつい色々想像してしまうんだ...... セリーだったらどんな感じかなって......

その、本当に済まなかった」

 

「ご主人様は、私のことを可愛いって言いますけど、本当にそう思ってるんですか?」

「当たり前のように思っているが」

「私なんて背も低いし胸も小さいのに?」

「なにを言ってるんだ?背が低いのは種族特性だろ?

俺だってそんなに背は高くないから、全く気にならないぞ。

それに、はじめに言ったと思うけど、セリーはスタイルが良いし胸の形も綺麗だから、俺は十分満足してる。

セリーは胸の大きさにこだわっているようだけど、

お前の華奢なからだつきにロクサーヌくらいの胸があったら、バランスが悪くて気持ち悪い。

セリーは今のスタイルがベストなんだ。

そして、なによりセリーは美人だしな。

俺からしたら、容姿については文句のつけようは無いと思っているぞ」

「はうぅぅぅ...... ご主人様が私のことをそんなふうに思っていてくれたなんて...... すごくうれしいです......」

セリーは顔が真っ赤になって、からだが熱くなってきた。ご主人様にべた褒めされて、相当恥ずかしいんだろう。

もう大丈夫そうなので、私はご主人様に小さくうなずくと、ご主人様も小さくうなずいてセリーから離れた。

セリーは一瞬寂しそうな顔をしたけど、私と目が合うとハッとして私から離れた。

 

私は「ふふっ」っと微笑んで「よかったですね」と言いながらセリーのほほを撫でると、彼女は更に顔が赤くなった。

そして、恥ずかしさに耐えられなくなったようでうつむいてしまった。

そこで、私はミリアとベスタのことを忘れていたことに気づき、慌てて周りを見渡すと、私のすぐ後ろに立っていた。

ただし、二人は何が起こっていたのか理解ができず、目が点になって固まっているようだった。

 

これ、どうやって収拾すればいいの?

私がどうすれば良いか悩み、次の行動を考えていると、ご主人様がひとつ咳払いしてベスタに向き直った。

「ベスタ。今のところ、お前を含めてこの五人がパーティーメンバーだ。これからも仲間は増えていくこともあるだろうが」

と、まるでいま起こったことはなかったかのように、唐突に宣言した。

混沌としたこの場を強引に収めるつもりなのかな?

「えっ...... その......」

ベスタはどう返事をしたら良いか分からず、オロオロしている。

そして、彼女は救いを求めるような表情で、視線を私に向けてきた。

私はとりあえずうなずくと、彼女は「はい」と小さな声で返事をした。

 

「よ、よし。じゃあ家に帰って夕食にするか」

ご主人様はそう言って、そそくさと林の大木のほうに歩きだした。

正解...... だったのかな?

 

私は釈然としなかったけど、うつむいたままのセリーの手を引きながら、「ミリア、ベスタ、帰りますよ」と二人に声をかけた。

「はい、です」

「わかりました」

二人から返事があったので、私はご主人様のあとについて行き、ワープゲートをくぐって家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

家につくと、ミリアは物置部屋に釣り道具を片付けに行き、私たちはキッチンに移動した。

カゴとザルを置いてひと息つくと、ミリアがキッチンに入ってきた。

 

ご主人様がミリアに魚の下ごしらえを頼んだので、私はベスタにかまどの火起こしを頼み、セリーには天ぷら用の鍋と食材をダイニングテーブルに運ぶよう指示した。

私はスープの鍋をかまどに乗せ、オタマでスープをかき回した。

私たちが料理に取りかかると、ご主人様はみんなの作業を見ながらセリーに話かけていた。

そして、しばらく話したのちに、セリーにダイニングテーブルで油を温めるよう指示した。

 

それからご主人様は小さめの器を5つ用意して、ベスタにレモンを搾るよう指示し、自分はナイフで兎の肉を一口サイズに切ると、塩とコショウで下ごしらえした。

ベスタはご主人様が料理するのを見てすごく驚いていたので、ご主人様は料理が得意でよく私たちに知らない料理を作ってくれること。どの料理もとても美味しいことを伝えると、それにもすごく驚いていた。

 

スープを温め終わったので、私は火かき棒で薪を散らしてかまどの火を落とした。

それからベスタと一緒に出来上がったスープをダイニングテーブルに運んで食器類を用意し、ご主人様とミリアが肉と魚を持って来たので、全員で食卓についた。

 

ベスタは主人と食事をすることが初めてだったようで、

ご主人様がスープを配ると食べても良いか確認、ご主人様が天ぷらの食べたいネタを聞くと、食べても良いかまた確認と、最初のうちはおどおどしながら夕食を食べていた。

しかし次第に慣れてきたようで、途中からは美味しい、美味しいと食べ物を口に入れるたびに感激しはじめた。

 

そして

「こんな美味しいものは食べたことがありません」

と言って皆んなに感謝しだし、ついには

「食べるものを選べるなんてすごいことです。どれもこれも美味しいですし。確かに、私はすごいところに買っていただいたようです」

と言って泣き出した。

 

ご主人様はベスタに「泣くな。な」と優しく声をかけ、パンも食べるよう勧めたけど

彼女は「こんなに柔らかくて美味しいパンも、好きなだけ食べていいなんて」

と言って余計に泣き出した。

 

食事があらかた終わったので、私は皆んなにハーブティーを配り、ひとつ提案した。

「ご主人様。ベスタには、ご主人様やパーティーメンバーのことなどの情報はいっさい漏らさないよう注意してありますが、逆に私たちのことについては、あまり教えられておりません。

これから迷宮探索をするメンバーとなりますので、簡単に皆んなの紹介をしたいと思いますが、よろしいですか?」

「ああ。そうだな。ロクサーヌ、宜しく頼む」

「かしこまりました」

私は立ちあがり、まずは自分の自己紹介からはじめた。

 

「改めまして、私はロクサーヌ。一番奴隷です。

狼人族の16才で、ジョブは騎士。片手剣で戦います。

迷宮では前衛で、主に魔物の攻撃をかわしながら足止めする役です。あと、索敵も担当しています。よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

私が座ると、入れ替わりでセリーが立ちあがった

「私はセリー。二番奴隷です。

ドワーフの16才で、ジョブは鍛冶師。槍で戦います。

迷宮では主に中衛で、ロクサーヌさんかミリアのサポート役です。

また、私の武器には詠唱中断のスキルがついていますので、魔物の魔法やスキルの発動をキャンセルします。

あと、魔物やアイテムの調査とメンバーへの伝達、迷宮内のマッピングも私の役目です。

それから、鍛冶師として、武器・防具の作成と、モンスターカードの融合も行います。

よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

「セリーはとてもあたまが良く、咄嗟の判断も的確です。迷宮内ではセリーの話を聞き漏らさないようにして下さい」

私がセリーの自己紹介に補足すると、ベスタは「かしこまりました」と返事をした。

 

セリーが座ると入れ替わりでミリアが立った。

「ミリア、です」

「ベスタ、ミリアはまだブラヒム語がカタコトしか話せないので、私が紹介しますね」

「はい」

「彼女はミリア。三番奴隷です。猫人族の15才で、ジョブは海女。片手剣で戦います。

迷宮では前衛で、主に遊撃。つまり、自由に闘っています。

あと、ミリアはとても目が良くて、暗がりでも見えるので、黒魔結晶を拾ったり、アイテムや宝箱を見つけたりしています。迷宮の異変にいち早く気づくのも彼女です」

「お姉ちゃん、です。よろしく、です」

「よろしくお願いします」

ベスタが返事をすると、ミリアは着席した。

 

「あとは、ご主人様です」

「わかった」

私が促すとご主人様は立ちあがり、何かを一瞬考えてから、おもむろに話し始めた。

「では改めて。ベスタ、俺はミチオ・カガ、自由民だ。

人間族の17才で、ジョブは探索者だが...... 実は複数のジョブを持っていて、いつでも自由に入れ替えることが出来る。

なので、ロクサーヌに言われた通り、ご主人様というジョブだと思っていてくれ。

あと迷宮では、通常は後衛で魔法で戦い、MPを増やしたいときは前衛で両手剣で戦う。

俺の剣にはMP吸収の他に詠唱中断のスキルもついているので、ボス戦などではスキルや魔法のキャンセルに回ることもある。

まあ、他にも色々できるが、それは追い追い教えるということで。

よろしくな」

「よろしくお願いします」

ご主人様は自分の紹介が終わり、ベスタが返事をすると着席した。

 

ご主人様が着席したので、私は補足した。

「ベスタ。ご主人様はとても強いです。

迷宮では、私たちが魔物を抑えているうちに、ご主人様の魔法で魔物を殲滅する戦い方を基本としています。

ご主人様が剣で戦うときもありますが、その時も前衛陣が魔物を抑えているうちに、ご主人様に攻撃して頂く場合が多いです。

ご主人様は剣で戦ってもとても強いですからね」

「えっと...... 魔法も剣も強いのですか?

えっと...... あ、ご主人様だからですか?」

「はい。ご主人様ですから」

「わかりました」

 

「では、ベスタ。あなたのことも教えてください」

私が促すと、ベスタが立ちあがった。

「ベスタです。竜人族の15才で、ジョブは村人です。

迷宮には入ったことはありませんが、村の近くに出た魔物はたおしたことがあります。

精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします」

ベスタは自己紹介が終わると、勢い良くあたまをさげた。

「ああ。よろしくな」

「よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」

「よろしく。です」

 

皆んなの紹介が終わると、ご主人様が鼻息を荒くして号令をかけた。

「よし。風呂に入るか」

 

もう、ご主人様ったら。

しょうがない人ですね。

 

私たちとのお風呂を、どれだけ楽しみにしてるのですか?

 

◆ ◆ ◆

 

私たちは夕食の片付けを手早く終わらせ、脱衣室に移動した。

私はベスタに、「脱いだ服は明日洗うから、こちらのカゴに入れてください」と指示すると、彼女は「かしこまりました」と返事をした。

ご主人様、私、セリー、ミリアが服を脱ぎはじめると、ベスタはためらいながら私に「あの、本当に私も良いのでしょうか」と確認してきた。

「大丈夫ですよ」と優しく答えてあげると、彼女は恐る恐る服を脱ぎはじめた。

 

ご主人様は服を脱いで手ぬぐいを腰に巻きつけると、なぜかからだを捻ってストレッチのような運動をしながら、私たちが服を脱ぐところをチラチラとしばらく見ていたが、ひと通りみんなの裸を見ると「先に入って石鹸の準備をしておく」と言って先に風呂場に入っていった。

私は脱いだ服をカゴに入れてからみんなが準備出来たことを確認し、ベスタに手ぬぐいを渡した。

そして「じゃあ、入りましょう」と声をかけて、風呂場の扉を開いた。

 

風呂場に入ると、ご主人様は既に石鹸を泡立てて私たちを待ち受けていた。

私はタライで湯船からお湯をひとすくいしてからだにかけてご主人様の前に立つと、ベスタがご主人様の手の泡を指さして聞いてきた。

「ロクサーヌさん、それは何ですか」

「石鹸です。これでご主人様に洗っていただくととても気持ちいいですよ」

「洗っていただくのですか」

「そうですよ」

「そうだな。いまからロクサーヌを洗うから、興味があるなら見てるといい」

ご主人様はベスタに見ているように言うと、私の胸に泡を擦り付けた。

「あんっ!」

「ロクサーヌはいつ見ても美しいな」

「ありがとっ、うんっ! ござい、ます」

そして、からだの隅々まで洗い、最後に秘部を優しく洗い始めた。

「ご主人様。いつも、あっ! ありがとうございます。

あっ! とても、気持ちいい、です」

ご主人様は優しくもリズミカルに指を動かし、洗いながら愛撫する。

私は気持ちよすぎてまっすぐ立っていられなくなり、ご主人様にしなだれかかると、今度は指がなかに入ってきた。そして、激しく抜き差しされる。

「あっ! ああっ! ごしゅっ! んああああっ!」

私は快感に身をゆだねて軽くイッてしまうと、ご主人様は耳もとに顔を寄せて「続きはベットでな」っと言ってからだを離した。

「ロクサーヌは最後に髪を洗うから、あとでもう一度な」

「はぁ、はぁ、は、はい。 ご主人様」

私は息も絶え絶えでなんとか返事はしたが、その場にへたり込んでしまった。

ご主人様はそんな私のあたまを撫でると、セリーに声をかけた。

「次はセリーだな」

セリーはご主人様に呼ばれると、恥ずかしそうにご主人様の前に立った。

私は息を整えながらぼんやりご主人様を見あげると、セリーに話しかけながら彼女の全身を丁寧に洗っていた。

セリーはときおりからだをビクンッ!と震わせて小さく喘ぎながら、恍惚とした表情を浮かべている。

きっと彼女も気持ちいいんだろう。

私がそんなことを考えていると、不意にセリーがとなりにしゃがみ込み、はぁ、はぁ、と肩で息をしながら片手をついた。

ご主人様はセリーを洗い終わったようで、「次はミリアだ」と、ミリアを呼んでいた。

 

「セリー、気持ち良かったですか?」

「はぁ、はぁ、は、はい。き、気持ち良かった、です」

「ふふっ。少し休憩しましょう」

「はい。あの、ロクサーヌさん。

その...... 今日のご主人様、すごくないですか?」

「あなたもそう思いましたか?」

「はい。あの、指づかいが」

「もしかして、イキました?」

「えっと...... はい」

「ふふっ。私もですよ」

「やっぱりそうでしたか。へたり込んだのでもしかしてって思ってました。でも、アレは反則ですよね」

「しかたありませんよ。ご主人様ですから♥」

私が返事をすると、セリーはクスクスと笑った。

「ロクサーヌさん。それ、完全に口癖になってますね。 ご主人様ですから〜って」

「ふふっ。そうですね。なぜだかわかりませんが、言いたくなってしまうのですよね。

それに、おこがましいですが、ご主人様ですからって言うと、誇らしくなります」

「あははは。わかります」

私とセリーが話していると、すぐ横にミリアがへたり込んだ。

彼女は肩で息をしながらも、恍惚とした表情でご主人様を見あげている。

セリーと話しながらぼんやり聞いていたけど、ご主人様に洗われながらずっと小さく喘いでいたので、たぶんイカされてしまったのだろう。

「ミリア。気持ち良かったですか?」

「はぁ。はぁ。 あの......。はい。です」

彼女は肩で息をしながらも、私の言葉を肯定した。

思った通りのようだ。

私とセリーがクスクスと笑うと、ミリアは顔が真っ赤になった。

そして、おもむろに深呼吸してから、顔をキリッとさせて言った。

「洗った、です」

ふふっ。誤魔化したつもりかな?

「ミリア、洗われた。ですよ」

「洗われた。です」

私が言い間違いを指摘すると、ミリアは胸を張って言い直した。

まったく......

言い直せば良いわけではないのだけど。

 

ご主人様はミリアを洗い終わると、ひと息ついてベスタのほうを向いた。

「よし。最後にベスタだ」

「はい」

ベスタは私たちが洗われているあいだ、所在なげに風呂場の角に立ってじっとこちらを見ていたが、ご主人様に呼ばれて近づいた。

私は下から見あげるようになったためか、彼女の胸の大きさに改めて驚いた。

 

「すごい。顔と同じくらい。それが2つって、重くないのかな......」

そう思って見ていると、ご主人様が胸を揉みだした。

いや、洗いだしたのか。

ご主人様は胸の感触を確かめるようにしばらく洗っていたけど、私たち...... というよりセリーのジト目に耐えられなかったようで、他の場所も洗いだした。

ご主人様はベスタの上半身から下に向かって洗っていき、私たちと同じように彼女の秘部も丁寧に洗いだした。

するとベスタは、「ああっ!」とか「んっ!」とか小さく喘ぎだしたけど、声とは裏腹に表情がどんどん曇りだした。

そして、ご主人様が秘部に指を出し入れしはじめると、ついにたまりかねて、「あの、ご主人様。そこを触られるとゾクゾクするのですが、私は初めてなので、その、このままでよろしいでしょうか?」と言った。

彼女の言葉にご主人様はハッとして秘部から指を引き抜き、抜いた指を見て少しホッとした顔になった。

そして、ベスタに「続きはあとでな」と言って残りの場所を洗いはじめた。

 

しばらくして、ご主人様はベスタをひと通り洗い終わると、彼女の胸を触りながら呼吸するよう指示した。

そして、何度か彼女に深呼吸させると、小首を傾げて何か考えはじめた。

それからご主人様は、胸の大きい竜人族が馬鹿にされていることは誤解で、胸が大きいほうが運動能力が高くて素晴らしいということを、気嚢と肺の仕組みの違いをまじえて説明してくれた。

セリーは自分の知識が間違っていたことに考えこんだけど、ベスタはコンプレックスが解消されて嬉しそうだった。

セリーは納得いかなかったようでご主人様にいくつも疑問をぶつけてたけれど、全て反論されて言い負かされてしまった。

さすがはご主人様。本当に私たちが知らないことを、良く知っている。

セリーもあたまが良くて頼りになるけれど、今回は完敗ね。

 

「さすがご主人様です。本当に色々なことを知っていて、なんだか誇らしいです。誰かに私のご主人様はすごいんですって言いたい気分です」

「誰かに言うのは簡便だな。出来れば内密にな。

しかし、誇らしいか...... なんか照れるな。

まあ、たまたま聞いたことがあっただけだ。

大した事ではない。

それよりロクサーヌ。触ってみれば気嚢があることが実感できるぞ」

ご主人様は照れ隠しをするかのように、ベスタの胸を触るよう私に勧めてきた。

「えっと。ベスタ、いいですか?」

「はい、どうぞ」

ベスタが了承したので、私は立ちあがって彼女の胸に触った。

彼女の胸は大きさの割に張りがあり、指先を押し込むと力強く押し返してくる。すごい弾力だ。

そのまま触っていると、彼女の呼吸に合わせて胸の大きさが変わることに気がついた。

「あっ!ご主人様。ベスタの呼吸に合わせて胸の大きさが変わります」

「気づいたか」

私はもう一度確かめるため、両手で左右の乳房を触った。

「はい。ちょっと押していないとわかりづらいですけど...... あ、わかりました。

確かに、呼吸によって空気が出入りしているようです。

息を吸うと右が膨らみ、右が戻りながら左が膨らみ、息を吐くと左が元に戻ります。

ご主人様が先ほど言っていた通り、右の胸から左の胸に空気が流れて行くのですね」

貴重な体験が出来たので、私は二人にも声をかけた。

「セリー、ミリア。あなたたちも触らせて頂いたらいかがですか?」

「いえ、私は大丈夫です」

「大丈夫。です」

私は良かれと思ってセリーとミリアにベスタの胸を触らせてもらうように薦めたけど、残念ながら二人に拒否されてしまった。

すると、ご主人様は私たちに声をかけた。

 

「で、ではロクサーヌの髪を洗う前に、俺の体も洗ってもらえるか」

「かしこまりました」

私が返事をすると、セリーとミリアが立ちあがった。

「はい。ご主人様をお洗いすればいいのですか」

ベスタが答えたので、私はからだにもう一度石鹸を泡だてて塗り、ご主人様のうしろから抱きついた。

セリーは右から、ミリアは左から同じように抱きつく。

「そうです。こうして全員でご主人様の体を洗います」

私たち3人がご主人様にからだをこすりつけて洗い出すと、ベスタは「かしこまりました」と返事をしてご主人様の正面にしゃがみこんだ。

そして、その大きな胸でご主人様の正面側を洗うと、最後の仕上げと言わんばかりに、ご主人様の顔を挟んでマッサージした。

「そ、それは...... ぱふぱふ……だと……」

「こうすると主人となるかたに喜んでいただけると、先輩の奴隷から聞きました」

 

ベスタはご主人様の顔をしばらくマッサージすると、次にしゃがみこんで少し大きくなりかけたアレを胸で挟み込み、上下にこすりだした。

すると、ご主人様のアレがみるみる大きく、硬くなっていく。

 

ベスタはご主人様のアレが完全に硬く、そそりたつと、胸で挟んだまま、先端を舌でチロチロと舐めだした。

「ううっ! スゴッ! クッ!」

ご主人様はそうとう気持ちいいのか、短く喘ぎながらからだをビクビクと震わせている。

ベスタは再び胸を上下させてアレをしごき始め、胸のあいだから顔をのぞかせる先端に長い舌を這わせている。

ベスタ、すごい。その方法は知らなかったわ。

ほんの1、2分で、ご主人様がイキそうになってる。

 

私はご主人様の様子を見て、ベスタに言葉をかけた瞬間、ご主人様が限界を迎えてしまった。

「ベスタ、ご主人様はもう限界です。ちゃんと受けとめて......」

「えっ?」

「クッ! ベスタ、駄目だ。我慢できん」

ご主人様はそう言うな否やベスタの顔に精液をぶちまけた。

ベスタは驚いて「ヒャッ!」と短く悲鳴をあげて、からだを離した。

しかし、ご主人様の射精は止まらずベスタの全身に降り注ぎ、彼女は精子まみれになってしまった。

「すまん。気持ちよすぎて、いっぱい出てしまった」

「いえ。大丈夫です」

「いえ、いけません。ベスタ、お口でご主人様をイかせてさしあげるときは、ちゃんとお口で受けとめてください」

「いや、無理じいしなくても。別に嫌な気持ちはしなかったから、問題ない」

私がベスタを指導すると、ご主人様が彼女をかばった。

「そんな、それでは......」

私はご主人様に否定されて悲しい気持ちになり、くちごもってしまった。

次の言葉が出てこない......

 

「セリー。ミリア。悪いがベスタをきれいにして、先に湯船につかっててくれ」

「かしこまりました」

「はい。です。お姉ちゃんがきれいにする。です」

ご主人様はセリーとミリアに指示を出すと、私に向きなおって抱き寄せた。

「ロクサーヌ。お前を否定したわけではない。

その、男には、きれいなものを汚したくなるような衝動もあるのだ」

「それって......」

「まあ、その...... 顔にかけてみたい...... とか」

「そうだったのですか? でも、ご主人様は私には一度もかけてはくださりませんでした」

「ロクサーヌ。顔にかけるってことは、見くだしてるようにもなりうる。尊厳を踏みにじるようなものだしな。だから、ガンシャはお互いの合意がなければやってはいけないと思ってるんだ」

「そうだったのですか。ご主人様の配慮に気づかず申しわけありませんでした。

ですが、その、ガンシャは...... 最初は私にして欲しかったです」

「いや、ロクサーヌ。さっきのは事故みたいなものだ。決してベスタの同意を得たわけではないし、俺だって望んでしたわけではない。だから、あれはガンシャではない。ノーカウントだ」

「では、私が望んだら、ご主人様は私にガンシャしていただけますか?」

「もちろんだ...... って、ロクサーヌ、いいのか?」

「はい。ご主人様が望むなら、初めては、私でして欲しいです」

私はベスタの様子を確認すると、セリーとミリアにあたまを洗われていた。

飛び散った精子が髪のなかにも入りこんでしまったようで、石鹸で全身泡だらけだ。

少し時間がかかりそう。今なら、いいわね。

私はそう思い、ご主人様の前にしゃがみ込んでアレを咥えた。

私はさっきベスタがしてたように胸でご主人様のアレを挟み込んで上下にしごきながら先端をしゃぶると、すぐに大きく、硬くなった。

「ロクサーヌ。気持ちいいぞ」

ジュポッ、ジュポッ、ジュポッ、ジュポッ!

「ごひゅじんひゃま。きもちいいれすか?」

私はアレを咥えたまま聞くと、ご主人様はコクッとうなずいた。

私はうれしくなって、胸とお口でご奉仕を続けると、ご主人様はすぐに限界を向かえた。

「ロクサーヌ。出すぞ!」

「はい。ご主人様」

私がご主人様のアレから口を離すと、ご主人様は片手で竿を握り、先端を私の顔に向けた。

次の瞬間、ご主人様は勢い良く射精して、私の顔に精子をぶちまけた。

暖かい。そして、むせ返るような青臭い匂い。

これがガンシャなのね♥

 

ご主人様は射精し終わると、私の口にアレの先端を押し付けてきたので、私は咥えて竿のなかに残った精子を吸いだした。

私はご主人様の竿を握ってしごき、すべてを吸いだしてからチュポンっと口を離した。

そして、口を開けてご主人様に精子を見せ、そしてゴクリッと飲み込んでから、再び口を開けてなかを見せた。

 

「ご主人様。ありがとうございました」

「いや、ロクサーヌ。お礼を言うのは俺のほうじゃないのか?」

「でも、私は嬉しかったです。ご主人様の初めてを頂けて」

「そうか。俺も初めてがロクサーヌでよかった。次も頼むな」

ご主人様がそう言うと、セリーが声をかけてきた。

「ご主人様ダメです。初めてはロクサーヌさんに譲りましたけど、次は私の番です」

ご主人様が次も私と言ったことに、セリーは少しだけ嫉妬しているようだ。

「ご主人様。何事も順番が大切です。次はセリーにしてあげてください」

「ロクサーヌ。いいのか?」

「はい。ご主人様への気持ちはセリーも同じですから」

私が胸を張って言うと、セリーは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「そ、そうなのか。

わかった。セリーが望むなら、俺は問題ない」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。次は、是非」

私がご主人様にお礼を言うと、セリーも顔を真っ赤にしながらあとに続いた。

 

「じゃあ、俺はロクサーヌのあたまを洗うから、3人は先に風呂につかっていてくれ。せっかくのお湯が冷めてしまってはもったいないからな」

ご主人様に促されて3人は湯船に向かうと思っていたら、不意にミリアが近寄って来て、私の顔についた精子を舐め取った。

「おいしい。です」

「あ、ずるい」

セリーはそう言うと、ミリアと同じように私の顔についた精子を舐め取った。

すると、今度はベスタが近寄って来た。

「ロクサーヌさん。私もよろしいですか?」

「えっと、私はかまいませんよ」

「失礼します」

彼女はそう言って私の顔についた精子を舐め取り、コクッと飲み込んだ。

そして、「不思議な味がします」と言うと、セリーとミリアに手を引かれて湯船に入っていった。

 

「みんな仲が良いと安心するな」

「ふふっ。それはご主人様がいるからですよ」

「そうなのか?」

「はい。間違いありません」

「俺はみんながいるから幸せだな」

「それは私たちもです」

「これからも宜しくな」

「はい。これからも、ずっと♥」

 

その後、私はご主人様にあたまと顔を洗って頂き、それから5人で湯船につかった。

 

◆ ◆ ◆

 

湯船のなかではご主人様の右が私、左がセリー、足元にミリアが浮いているというのが今までの定位置だったけど、今日からはベスタが入るので配置が変わった。

と言ってもベスタがご主人様の向かいでつかったのと、ミリアの浮かぶ場所が足元からヒザうえあたりにズレただけだけど。

さすがにベスタの足はご主人様の足のあいだまで伸びてきてたけど、膝のあたりまでだったので圧迫されるような感じではなかったようだ。

 

ご主人様はお湯につかってハァーっと大きく息を吐くと、「このサイズにしておいてよかった」としみじみと語った。

「さすがはご主人様です。先見の銘があったと言うことですね」

「たまたまだ」 

ご主人様は言葉では突き放すような口ぶりだけど、顔はニヤケテいるので、嬉しそうだ。

 

私たちは、そのまましばらくお風呂につかると、のぼせないうちにあがった。

このあとは、いよいよお情けを頂く時間だ。

 

「お待たせしました。ご主人様。」

「いや。たいして待ってない。気にするな。

それより......」

「大丈夫です。ベスタには我が家のルールを教えてあります」

「そうか。ありがとう。ではベスタ」

「はい」

ご主人様が声をかけると、ベスタは返事をしてご主人様の前に立った。

そして、ご主人様を抱きしめておやすみのキスをした。

それからはいつも通り、ミリア、セリー、私の順番でおやすみのキスをした。

 

今日からはベスタも加わり、ご主人様は4人を相手にしなくてはならない。

私は少し心配していたのだけど、いざ始まったら凄かった。

 

ご主人様は、私をたっぷり愛舞したあと、私を四つん這いにさせた。

そして、犬のようにうしろから、私の秘部にアレを突きたてた。

「ロクサーヌ。入れるぞ」

「はい、ご主人様...... あっ! ああああっ!」

ご主人様のアレが、私の秘部を押し分けて入ってくる。

そして、秘部の一番奥まで入りアレの先が子宮の入口に当たると、ヌチュ!ヌチュ!っと注送を繰り返した。

 

「あっ! ああっ! んんっ! ああっ!」

ご主人様が腰を打ち付けるたびにアレが子宮に当たり、あたまのなかが痺れるように気持ちいい。

ご主人様はしばらくゆっくり注送を繰り返すと、私の腰を両手でグッとつかんだ。

そして、いままでよりも速く、パンパンとリズミカルに腰を打ち付けだした。

 

ご主人様が突くたびに、どんどん気持ち良さが増していき、アレ以外のことが考えられなくなる。

私はすぐに限界までのぼり詰め、絶頂に達してしまった。

 

しかし、ご主人様は私がイッてもアレを抜かずに腰を打ち付け続ける。

何度イッテも終わらせてくれない。

「ご主人様っ! イクッ! ああっ! ああああっ! はぁ、 はぁ。  

んっ! クッ! イクッ! またイクッ......  んっ!

イクッ!  んあっ! んあああああっ! はぁ、はぁ」

「ロクサーヌ、気持ちいいか。まだまだ攻めるぞ」

「はい! んんっ! あっ! ダメッ! また、イッちゃう ご主人様っ! イキます! またいっちゃいます! ああっ! んああああっ!

 はぁ...... はぁ......」

 

今日のご主人様は本当に凄い。

私が何度イッテも腰を振り続けてるし、気を失いそうになると微妙に動きが変わり正気に戻される。

何度イかされただろうか......

イク間隔がどんどん短くなり、ついに私はイキ続けるようになった。

すると、ご主人様のアレが私のなかで更に大きくなった気がして、「クッ! ウッ!」と、短く我慢する声が聞こえだした。

ようやくご主人様も限界をむかえるようだ。

 

「あっ! ああっ! またっ! ご主人様! イッテる イッてます! 

もう、ずっとイッてます! ああっ! おかしくなっちゃうっ!」

「クッ! ロクサーヌッ! ウッ! 俺もイクぞっ!」

ご主人様はひときわ強くアレを打ち付けると、一番奥に挿入した状態から、更にグググと腰を押し付けた。

ニュチュッ! 次の瞬間、ご主人様のアレが奥の奥、子宮のなかに入った感覚がした。

「あぅっ! ああああっ! ご主人様っ! すごっ! いっああああああああっ!」

「クッ! ウゥッ! クハッ! ハッ...... はぁっ! はぁ はぁ はぁ」

 

私とご主人様は同時に絶頂をむかえた。

私はガクガクと痙攣したあと腰くだけとなってしまい、そのまま突っ伏してしまった。

そして、ご主人様のアレがビクビクと痙攣しながら吐き出した熱い精液で、子宮のなかが満たされていくのを感じながら、ゆっくり意識を手放した。

 

しばらくして気がつくと、私の左右にセリーとミリアが裸のまま倒れていた。

ミリアは寝ているようだけど、セリーは耳を真っ赤にしながら私とは反対の方向を向いていた。

セリーの向いているほうに視線を送ると、ご主人様がベスタを可愛がっていた。

 

「ベスタ。どうだっ!」

「ごしゅじ、 んっ! さまっ! あっ! ああっ!

わたっ.... わたっ、しは... あぅっ!

はじめて、な...... なので...... あああっ!」

部屋にご主人様がパンパンと腰を打ち付ける音と、ベスタの喘ぎ声が響く。

ベスタは初めてと言っているけど、種族特性のせいなのか痛がる様子はまったくなく、なんだか戸惑っているように見える。

 

「気持ちいいのか」

「よく..... わかりまっ! あっ! せ...... んんっ!

こんなっ! ああっ! んんんんっ!

ごめんなさいっ! 何か変です......」

 

ベスタは気持ち良くてイキそうになっているみたい。

でも、初めてだから良くわからないようね。

ふふっ。あのようすだと、そろそろかな?

私はベスタがイクと思ってながめていると、ご主人様から切羽詰まった声が聞こえた。

どうやらご主人様も限界だったようだ。

 

「ベスタ、クッ! そろそろイクぞっ!」

「ああっ! 何かっ! んんっ! んあっ!

ごしゅ、 じん、 さ、さまっ! だめですっ! だめっ! 

んああああああああっ!」

ベスタがイッた瞬間、ご主人様も限界をむかえた。

「ウッ! クッ! クハッ! はぁ...... はぁ......」

「はぁ...... はぁ...... ありがとう... ござい... ました」

ベスタは自分がどうなったのかわからずに、息を整えながらも呆然としていたけど、ちゃんとお礼を言っていた。

そして、ご主人様が離れると目を閉じた。

すると、すぐにスゥスゥと寝息をたてはじめた。

 

ミリアもそうだけど、ベスタも一瞬で寝れるのね。

私はちょっと呆れながらも、ひとまずご主人様のとなりに移動して話しかけた。

「ご主人様。きれいにしますね」

私はご主人様のアレを咥えてお掃除すると、彼はあたまをそっと撫でてくれた。

そして、アレをきれいにし終わると、ご主人様は私に話しかけてきた。

 

「ロクサーヌ。済まない。悪いが今晩はこのまま寝たい」

「お疲れですか?」

「いや。俺はまだ大丈夫だが、ちょっと張り切ったからみんな疲れただろう」

「ふふっ。そうですね。ミリアとベスタはもう寝てしまいましたね。ですけど、私はまだ大丈夫ですよ。

それにセリーも」

「えっ?セリーも?」

ご主人様が驚いたので、私がセリーの腰をポンっとたたくと、彼女はビクッ!っとからだを震わせた。

そして、観念したようにこちらに顔を向けて話しだした。

 

「ロクサーヌさん。気づいていたのですか?」

「ええ。目は瞑っていても耳が真っ赤になっていましたからね」

「そうだったのか。俺は全然気づかなかった」

「恥ずかしいです」

「ハハハハ。いまさらだな。

だが、やはり今夜は寝よう」

「そうですか......」

「いや、別にしたくないわけではないぞ。

ただ、今日はもう遅いから、いまからすると寝不足になるからだからな」

私が少し落ち込むとご主人様は急に慌てて言い訳した。

私はそんなご主人様が急に可愛く思えてしまい、思わず笑ってしまった。

セリーもクスクスと笑っている。

 

「ふふっ。かしこまりました。それなら仕方がないですね」

「わかりました。では、今夜はおとなしく寝ます」

私とセリーが返事をすると、ご主人様は私とセリーを抱き寄せた。

 

「明日また、色魔をつけて、たっぷり可愛がるからな。じゃ、今夜はおやすみ」

そうか、今日ご主人様が凄かったのは、色魔のせいだったのか。

でも、もう私はご主人様なしでは生きてはいけないからだにされてしまったと思う。

私のとなりでご主人様を見ているセリーもきっと同じなのだろう。

 

「おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」

私とセリーはご主人様に軽くキスをして、左右に抱きついたまま、その日は眠りについた。



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赤髪の竜騎士

わたしの名はロクサーヌ

狼人族で16才の騎士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、そして

昨日ご主人様がオークションで競り落としたベスタを加えた5人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは18階層、ベイルは11階層、ハルバーは18階層、ターレは13階層、ボーデは12階層を探索中。

 

 

朝、昨晩よりも少しの涼しさを感じて目が覚めた。

ご主人様は暖かい。背中側で寝ているミリアも暖かい。

では、涼しいのはなぜ?

昨日は季節がわりの休日だったから、今日から秋になった。

だからと言って、急に気温が下がるわけではないはず。

なんでかな?

少し疑問に思ったけど、ご主人様に背中をさすられたので私は思考を中断した。

 

もうすぐご主人様が起きるわね。

 

ご主人様は起きそうになると、私の背中をさする癖がある。

本人は意識していないようだけど、実は私はそのせいで何度か目が覚めたことがある。

私は目覚めがいい方なので、起きてすぐにご主人様にキスをするのだけれど、

ご主人様はだんだん意識が覚醒するようで、いつも私が先に起きていると思っているようだ。

 

んっ、ちょうど起きる時間ね。

私はちょっとだけからだを伸ばして、ご主人様の左側から上にかぶさりからだを擦り付けた。

そして、ご主人様の意識が覚醒するように舌を絡めてたっぷりとキスをする。

すると、ご主人様はだんだん舌の動きが積極的になり、さわさわと撫でるように私のお尻を触ってきた。

ちょっとくすぐったかったので少しだけ腰を浮かせると、今度は両手でお尻をガッチリと掴み、私の股間を自分のアレに押し付けた。

「んあっ!」

思わずくちびるが離れ、声が漏れてしまった。

すると、すぐ横でセリーがモゾモゾと動き出した。

ちょっと調子に乗ってしまった。

ご主人様はまだしたそうだけど、セリーが拗ねちゃうからここまでね。

 

「おはようございます。ご主人様」

「おはよう。ロクサーヌ...... ん?何だか今朝は涼しいな」

「そうですね。秋になったからでしょうか」

「まあ、すがすがしいからいいんじゃないか?」

「そうですね」

私はニッコリと微笑むと、ご主人様の右側で寝ていたセリーがこちらを向いた。

彼女はじーっとこちらを見ている。

無言のおねだりだ。

私が小さくうなずいてご主人様の上からどくと、セリーはニッコリと微笑んでご主人様にキスをした。

ご主人様はセリーを抱え込むとたっぷりねっとりとキスをしはじめた。

 

私はセリーが朝の挨拶をしているあいだにミリアを起こす。

これも毎日の日課になってしまった。

ただ、ミリアは寝起きがとても良いのでまったく苦労にはならないけど。

私は彼女の肩をさすると、すぐにパチリと目が開いた。

「ミリア、おはよう」

「お姉ちゃん、おはよう。です」

ミリアは私に挨拶すると、その場で軽くからだを伸ばしながら、ご主人様のほうを向いた。

目をランランと輝かせ、やる気に満ちている。

そうしているうちにセリーはご主人様に蹂躙され、骨抜きにされていた。

 

ミリアはセリーが蹂躙されるところを見ながら静かに闘志を燃やしている。

そしてセリーが開放されると、ミリアはフッと笑ってスルスルッとご主人様の胸のうえに覆いかぶさった。

そして、「おはよう。です」と言ってキスをした。

素早い!今日もミリアの勝ちかな?

 

ご主人様は「おはよう」と言いながら、ミリアを抱き止めようとバッと両手でかかえた。

彼女は腕のあいだをスルリと抜けようとしてたけど、今日はご主人様のほうが速かった。

「んんんんっ!あっ!」

ご主人様はガッチリミリアをつかまえた。

ミリアは逃げようともがいたけど、逃げられないと悟るとすぐにおとなしくなった。

 

「ふふっ。つかまえた」

「つかまった。です」

ミリアがニコリと笑みを浮かべると、ご主人様もニヤリとした笑みをうかべた。

ご主人様は片手でミリアのからだを押さえ、片手で胸を揉みしだいた。

「あっ!ご主人様。お許しください。です」

「ふふふ。良いではないか。なあ、これがいいんだろう?」

「ああっ!ダメ。です」

 

ご主人様がミリアのあたまを後ろから抑えて強引にキスをしようとすると、ミリアは「イヤー!」っと言いながら抵抗した。

すると、ご主人様はミリアを抱えたままからだをクルッと回して、ミリアに覆いかぶさった。

そして、ミリアは抵抗も虚しくムチュッとくちびるを奪われた。

「イヤッ! あっ! ムチュッ! イ......」

ミリアはクビを振ってキスを避けようとしてたけど、ご主人様にあたまを押さえられて動かせなくされた。

そして、思う存分蹂躙される。

「んっ! あっ! んむう! んんっ! イヤッ! んんんんっ!」

 

ミリアは抵抗出来ずに蹂躙されているけど、とても笑顔である。

そして、蹂躙している側のご主人様も笑顔である。

すると、その場にセリーの冷めた声が響いた。

「ご主人様。ミリア。遊んでないで支度してください」

「アハハハ。すまん。久しぶりにつかまえたから、ちょっと遊んでしまった」

「遊んだ。です。支度する。です」

セリーに注意されると、ご主人様は笑って謝り、ミリアは何事もなかったように、ご主人様の拘束からスルリと抜けて身支度をしはじめた。

 

さあ、あとはベスタね。

昨夜、ベスタはご主人様に可愛がって頂いたあと、ベットの一番端で寝ていたはず。

そちらを見ると、彼女はまだ寝ていた。

 

ご主人様とミリアがドタバタ騒いでいたのに目覚めないなんて、よっぽど疲れていたのかな?

それとも寝起きが悪いとか......

とにかく起こさないといけないけど、声をかけたくらいじゃダメなようね。

 

私はベスタをゆすって起こそうと思っていると、ひと足はやくご主人様が起こそうと彼女の肩に触れた。

すると、次の瞬間、ご主人様は「つめたっ!」と言って手を引っ込めた。

 

「竜人族だから、朝は冷たいはずです」

ご主人様が驚いていると、すかさずセリーが答えた。

すると、ご主人様に触れられたことに気づいたのか、ベスタがモゾモゾと起きだした。

 

「……おはようございます、ご主人様」

「おはよう」

「すみません。朝は少し弱くて......」

それからベスタは、竜人族は周りの気温や昼夜で体温が変化するという特性を説明した。

彼女は心配そうにご主人様の顔色をうかがっていたようだったけど、ご主人様はそれを聞いて、夜の寝苦しさから開放されるとよろこんでいたので、ホッとしていた。

 

ベスタはご主人様への説明を終えると、昨晩説明した通りに挨拶のキスをした。

昨日ご主人様にはじめてを奪われたというような悲壮感はなく、淡々と仕事をこなしているような感じがする。

 

いざキスをしはじめると、かなり積極的に舌を絡めているけど、顔はいっさい紅潮していない。

私は違和感を覚えたので、装備を着けながら見ていると、彼女は奴隷商館で習った通りに奉仕したことをご主人様に説明し、「これからがんばります」と宣言していた。

 

積極的にご奉仕しようとする姿勢は良いけれど、まだ今の境遇を受け入れられただけで、残念ながらご主人様でなくてはならないというわけではないようだ。

一番奴隷としては、彼女が心からご主人様を慕うようになるよう、しっかり導かないといけないわね。

私は装備を着けながら、ベスタの教育を頑張ろうと心に誓った。

 

◆ ◆ ◆

 

全員が装備をつけ終わると、ご主人様はワープゲートを開いた。

そして、ハルバーの18階層に移動した。

 

迷宮の小部屋にでると、ベスタはご主人様から鋼鉄の剣や木の盾、革の帽子、黒魔結晶を渡された。

すると、ベスタは鋼鉄の剣を右手に、木の盾を左手に持った。

すごい、ベスタは両手剣である鋼鉄の剣を片手で振り回すようだ。

 

ベスタに装備品を渡すとご主人様はセリーと大盾について話し始めたので、私は魔物が居ないか匂いを嗅いだ。

 

「ご主人様。右に行くと数の少ない魔物が、左に出た方が多分大きな群れになると思いますが、どうしますか」

「左でいいだろう。最初なので、ベスタはしばらく安全な位置から見学な」

「かしこまりました」

私は先頭に立って魔物に向かって歩きだすと、ベスタが話しかけてきた。

 

「あの。ロクサーヌさんは魔物のにおいがお分かりになるのですか」

「はい。ご主人様に役立ててもらっています」

「すごいです」

「そうですか?

でも、私が役に立てるのは、ご主人様が私の判断を信じてくださるからですよ。

ですから、ほんとにすごいのは、私の能力を信じて役割を与えてくださるご主人様なんです」

「そうですね。さすがはご主人様です」

そこまで話したとき、前方に魔物があらわれた。

前方はフライトラップが2匹にケトルマーメイド、後方はフライトラップとクラムシェルという5匹の群れのようだ。

 

「セリー、ミリア、来ました。ベスタは少し下がってください」

私が指示すると、セリーが左、ミリアが右に並んだ。

ベスタは私の後方右側、ご主人様は後方左側だ。

戦闘態勢が整うと、魔物たちが火の粉に包まれ、一気に燃えあがった。

ご主人様のファイヤーストームだ。

 

私たちが構えていると、ご主人様は2発目のファイヤーストームをはなち、さらに3発目のファイヤーストームをはなった。

すると、後方にいたフライトラップの足元に魔法陣が浮かんだ。

そして、上部に水の玉が浮かび上がる。

 

「来ます」

私が注意喚起した次の瞬間、フライトラップは私めがけてウォーターボールを発射した。

反射的に体を捻ると、私の目の前をウォーターボールが通過して行った。

 

一泊置いて、魔物が前線に到着して襲いかかってきた。

魔物の前衛はフライトラップが2匹にケトルマーメイドだ。

私がフライトラップ2匹の攻撃を引き付け、ミリアがケトルマーメイドを引き付け、セリーが前方3匹の魔法をブロックしはじめると、すぐにご主人様が4発目のファイヤーストームをはなった。

すると、フライトラップ2匹が焼け落ちた。

 

私は後方にいたクラムシェルを攻撃しはじめると、ご主人様のサンドストームが炸裂した。

そして、2発目のサンドストームが炸裂すると、クラムシェルとケトルマーメイドも煙になった。

 

ほとんど攻撃を受けずに魔物の群れを倒すと、ベスタがはしゃぎだした。

 

「すごい。みなさんすごいです」

「まあこんなもんだ」

「魔法を使うとこんなに早く魔物を倒せるのですね。私たちが戦っていた弱い魔物ならともかく、もっと時間がかかるかと思いました」

「そうだな」

 

ベスタはご主人様に今の戦闘の感想を言うと、ドロップアイテムを拾いながら私に近寄ってきた。

「特にロクサーヌさんは驚異的です。すごかったです。参考にさせてもらいます」

「ありがとうございます」

「どうやったらあんなに動けるのでしょう」

ベスタには前衛で魔物をブロックさせたいから、ここはしっかり教えないといけないわね。

私はそう思い、彼女に魔物をかわす方法を教えることにした。

 

「魔物の動きをよく見れば大丈夫です。腰を使ってバッと避けます」

「腰を使って、ですね」

「そうです。バッ、です。魔物がシュッと動いたときに、シュッ、バッ、バッ、と」

「が、がんばります」

私は身振り手振りを加えながら魔物をかわす方法をひと通り教えたけど、ベスタの反応はいまいちだった。

一応うなずいてはいるけれど、ミリアみたいに食いつくような感じはせず、どちらかというとセリーと同じような反応だ。

ちょっと残念だけど、まあ、迷宮に慣れてくれば少しずつ変わるだろうから、これから根気よく教えていこう。

私は気を取り直して次の魔物を探した。

 

それから1時間ほど魔物を狩ると、ご主人様はベスタを戦わせると言い出した。

「ご主人様。少し早いような気がしますが、大丈夫ですか?」

「いや、本格的に戦わせるわけではなく、低層階で色々試してみようと思う」

「あ、そういうことですか」

「まずは1階層に移動するから、魔物を探してくれ」

「かしこまりました」

 

ご主人様のダンジョンウォークで1階層の小部屋に移動すると、すぐに魔物が見つかった。

「ご主人様。右にチープシープがいます。かなり近いです」

「わかった。

ベスタ、すぐ先に羊がいる。俺が魔法で弱らせるから、まずはその剣で倒してみろ」

「かしこまりました」

ベスタは先頭にたち、右の通路を剣を構えて前進した。

ご主人様もひもろぎのロッドを構え、いつでも魔法を唱える体勢だ。

すると、1分もかからずに通路の先に魔物が見えてきた。

しかし、ご主人様がファイヤーボールを撃ち込むと、魔物は一発で煙になった。

ベスタは魔物が魔法一発で倒れたことに驚き、目を丸くして声を無くしている。

「うーん。どうするか......」

ご主人様は少し思案し、セリーに相談した。

 

「この間行ったところだし、10階層から始めても大丈夫だろうか」

「10階層はさすがに厳しいかもしれません。一撃でやられることまではないと思いますが」

「そうか......」

ご主人様はまた少し考えると、「これで駄目だったら10階層も考える」と言って武器をひもろぎのロッドから鉄の剣に持ち替えた。

そして、次に出てきたチープシープを魔法2発で倒し、その次を魔法一発で倒した。

そして、次のチープシープを魔法2発で倒すと、「よし、たぶんこれでいい。ロクサーヌ、次を頼む」と言った。

 

「かしこまりました。次はこっちですね」

「よし。ベスタ、次に魔物が魔法一撃で倒れなかったら、剣で倒せ」

「はい」

ベスタはご主人様に返事をすると鋼鉄の剣を構えながら、通路の先に鋭い視線を送った。

 

通路の先にチープシープが現れると、ご主人様はファイヤーボールをはなつ。

そして、今回は一発受けても生き残っていた。

 

それを見て、ベスタが猛然と走りだし、鋼鉄の剣を振りかぶってチープシープをけさ斬りにした。

剣がうなりチープシープはガクンと膝をついたが、瞬間的に立ちあがってベスタに突進する。

 

ベスタはチープシープを盾で軽々と受け止め、鋼鉄の剣で薙ぎ払った。

チープシープは1mほど後ろに飛ばされたが、体勢を崩さずに踏みとどまると再度突進してきた。

しかし、ベスタは盾で受けとめ、そのまま壁まで押し込んで動きをとめた。

そして、魔物が立ち往生したところに剣を突き立てた。

すると、チープシープがゆっくり倒れ、煙になった。

 

「や、やりましたっ!」

ベスタが歓喜した。とても嬉しそうだ。

 

「えらいな。なかなかの戦いぶりだ」

「ベスタ。よく頑張りました。」

「はい。ありがとうございます」

私たちがベスタをねぎらっていると、ご主人様は彼女を見つめながら思案しはじめた。

たぶんベスタのジョブを確認して、次になんのジョブを取得させるか考えているのだろう。

すると、ベスタはご主人様に黙って見つめられていることに気がついて、急にあたふたしだした。

理由がわからず不安になったのだろう。

 

「あの、何か......」

「ベスタ。ご主人様はあなたの状態を確認しながら実験しているのです。

詳しいことはあとで説明しますので、今は詮索はなしですよ」

「わかりました」

私がベスタを諭すと、彼女は素直に返事をし、すぐに落ちついた。

ベスタはからだは大きいし力は強いけど、行動や言動にまったく反抗する態度がない。

昨日1日見ていてわかってはいたけど、本当に素直で良い娘だ。

こんな良い娘を選ぶなんて、さすがはご主人様。

また好きになってしまう。

 

私がご主人様を見つめていると、彼は小さくうなずいてアイテムボックスから槍を取り出した。

つい先日ご主人様が手に入れていた聖槍だ。

 

「次に魔物が残ったら、今度はこの槍で倒せ」

「槍ですか?」

「いろんな武器を使ってみるテストだ」

「はい」

ご主人様はベスタに聖槍を渡すと、私に向かって小さくうなずいた。

次の魔物を探せということだ。

ベスタは明らかに高価そうな槍を渡されて戸惑い、不安そうな顔をしていたので、私は彼女の背中をポンとたたいて声をかけた。

「大丈夫ですよ。次も頑張りましょう」

「はい」

 

ベスタが落ち着いたので、私はその場でスンスンと匂いを嗅ぐと、いま歩いてきた方向からチープシープの匂いがした。

新しく魔物が湧いたようだ。

「ご主人様、少し戻ったところに魔物が湧きました。こちらです」

 

少し戻ると、通路の先にチープシープが現れた。

さっきと同じようにご主人様がファイヤーボールをはなつと、ベスタが魔物に向かって走りだした。

ベスタは聖槍をあたまの上でクルクルと回しながら魔物に接近し、直前で振りかぶった。

「なっ!」

「あっ!」

「えっ!」

「......」

 

しまった。ベスタに槍の使い方を教えていなかった。

槍は突き刺すことで、敵に最大のダメージを与える武器だけど、彼女は鋼鉄の剣と同じように魔物の真上から切りつけようとしている。

マズい!これでは魔物は倒せない!

 

私はエストックを抜いて、ベスタをサポートするため駆け出そうとしたけど、彼女の槍はブンッ!っと唸りをあげて魔物に叩きつけられた。

すると、ドガッ!っという衝撃音とともにチープシープは文字どおり叩き潰され、そのまま煙になった。

 

槍本来の力は出せていない。それどころか魔物には槍の刃ではなく腹側が当たっていた。

それなのに一撃で倒してしまうとは、なんという腕力!

竜人族はちから任せに武器を振るうとベスタは言っていたけど、正直これ程だとは思いもしなかった。

 

「す、すごいな」

「さすがは竜人族。ちから強いですね」

「はい。一発で倒せました。

すごい武器を使わせて頂き、ありがとうございます」

私たちが驚くと、ベスタはニッコリ微笑んだ。

 

「いや。まあ、気にするな。

では次は...... 素手で戦ってみろ」

「素手ですか?」

ベスタは素手と言われて少し不安そうな顔をしているけど、僧侶のジョブを獲得するための試練だから、しかたないわね。

 

「ああ。ちょっと大変かもしれないが」

「大丈夫だと思います」

彼女は返事をすると、ご主人様にドロップアイテムと聖槍を渡した。

 

私は次の魔物を探すと、通路の先から魔物の匂いがした。しかし、更に人の匂いもしてきたので、魔物の近くに他のパーティーがいるようだ。

「ご主人様。通路の先に魔物がいますが、その近くに別のパーティーがいるようです。

いま来た通路を少し戻ってから、もう一度魔物を探しますが、よろしいですか?」

「ああ。ロクサーヌに任せる」

「はい。では移動します」

 

私が先頭にたって歩きだすと、すぐに魔物の匂いがしてきた。

「ご主人様。その先を右に行くと魔物がいます」

「わかった。ベスタ、魔法を一発撃ち込むから、あとは頼むぞ」

「はい」

 

右に曲がると、すぐにチープシープが見えてきた。

さっきと同じようにご主人様がファイヤーボールを撃ち込むと、ベスタは魔物に向かって走り出し、勢いよく殴りかかった。

チープシープも体当たりで反撃していたけど、彼女は何度もかわしてパンチを撃ち込み、最後は体当たりを受けながらもカウンターで右ストレートを撃ち込んだ。

すると、チープシープはよろけて横倒しになり、そのまま煙になった。

 

戦闘終了後、ご主人様がベスタに回復魔法をかけると言うと、彼女は「かすった程度ですので、大丈夫だと思います」と返事をした。

その後、ご主人様が回復魔法を使えることに驚いていたので、彼女の肩に手を置いて「ご主人様ですから」と

伝えると、「そうですか。さすがはご主人様です」と言って納得していた。

 

ご主人様はまたベスタを見つめながら少し思案して、それから質問しだした。

 

「竜騎士になるのに必要な条件って分かるか」

「竜騎士は、竜人族の中でもひときわ勇敢な、一人で魔物に向かっていった者だけが得られるジョブとされています」

ベスタが答えるとご主人様は少し考えてからセリーを見た。

 

「種族固有ジョブのことはあまりよく分かりません。昨日図書館でジョブに関する本も読んできたのですが」

「いや、セリーがわからなかったなら仕方がない。

そういえば、ジョブ関係で何かわかったことはあるのか?」

「はい。えっと......」

その後、ご主人様の関心がセリーが調べてきたジョブ関連の話しになり、博徒というジョブに関心を寄せていた。

 

ご主人様はしばらくセリーと話していたけど、彼女が調べたことだけでは博徒の取得方法まではわからなかったようだ。

しかし、「とにかくいい情報を聞いた」とよろこんで、セリーのほほを撫でながら「ありがとう」とお礼を言った。

セリーが顔を真っ赤にしてうつむいたことは言うまでもないだろう。

 

ご主人様はセリーと話し終わると、アイテムボックスからデュランダルを取り出した。

そして、「ベスタ、じゃあ次はこの剣を使って最初から一人で戦ってみるか」と言い出した。

「はい」

ベスタは返事をしたが、私は彼女の前に出てご主人様に確認してしまった。

「えっと。それは、いつもご主人様が使っておられる剣ですよね」

「そうだ」

私はご主人様の剣をベスタが先に使うことが許せなくて嫉妬してしまい、「私でも使ったことがないのに......」と思わず声が漏れてしまった。

 

ご主人様は肩をすくめて、「いや。両手剣だし」と言ったけど、嫉妬した私には言い訳に聞こえてしまい「両手剣だからといって私でもまったく使えないわけではないです」と反論してしまった。

ご主人様は私にけおされたのか、「で、ではロクサーヌが使ってみるか」と言うと、私にデュランダルを差し出した。

 

私は一瞬で嬉しい気持ちがあふれてしまい、「よろしいのですか?」と言いながら必殺の上目遣いでご主人様の顔を覗き込むと、ご主人様はほほを赤らめた。

 

「順番に実験してみるべきだろう」

「はい」

私はご主人様からデュランダルを受け取り、ゆっくりと剣を構えた。

嬉しい。早く戦いたい。

私は魔物を探して先頭で進むと、チープシープが見えてきた。

 

「よし。それではその剣で倒してみろ」

ご主人様からの激を受け、私はチープシープに駆け寄り、渾身の力を込めてデュランダルを振り下ろした。

すると、魔物は一撃で煙になった。

 

「すごいです。私でも一撃で倒せました。こんなにすごい武器を持っておられるなんて、さすがはご主人様です」

ご主人様にドロップアイテムとデュランダルを渡しながら話しかけると、ご主人様はニッコリと微笑んだ。

 

その後、セリーとミリアもデュランダルで戦い、ふたりとも一撃でチープシープを煙に変えた。

そして、ベスタの番になった。

 

「ベスタも行ってみろ」

「かしこまりました」

ベスタはご主人様からデュランダルを受け取ると、右手でブンブンと振り回して感触を確かめた。

鋼鉄の剣と同じように片手で大丈夫なようだ。

 

私は魔物を探して案内すると、ベスタも魔物を一撃で倒した。

やはりご主人様の剣はすごい。

ベスタも相当驚いたようだ。

 

ベスタがドロップアイテムとデュランダルを渡すと、ご主人様はまたしても彼女をじっと見つめて思案した。

そして、先ほどと同じように彼女に質問した。

 

「ダメージ軽減というのはどういうスキルだ」

「私ですか? 聞いたことはありませんが」

「セリーは?」

「物理ダメージ軽減と魔法ダメージ軽減のスキルならあります。ただのダメージ軽減というスキルは知りません」

ご主人様は小首をかしげると、ベスタに「ダメージ軽減」と言わせて反応を見て、「竜騎士というのは、どういうジョブだ」と彼女に質問した。

 

「竜人族の中でも正義感に溢れ、主君や仲間を守る盾となるジョブです」

「竜騎士は守備に秀でたジョブです。竜騎士がいるとパーティーの安定度が増すとされています」

ベスタが答えると、すかさずセリーが補足した。

 

私は先ほどと同じ状況に軽くデジャブを感じていると、ベスタがご主人様に「竜騎士はすべての竜人族にとって憧れのジョブです。私もいずれは竜騎士になってご主人様やパーティーに貢献できればと思います」と宣言した。

本当に良い娘ね。

私はベスタの肩に手を当て、「一緒に頑張りましょう」と声をかけると、横からご主人様の声が聞こえた。

 

「まあ、ベスタはいま、竜騎士だけどな」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?です」

「えっ?」

ご主人様以外の4人が一斉に驚いた、赤毛の竜騎士が誕生した瞬間である。

 

私、セリー、ミリアの3人は一瞬驚いたけど、ご主人様がベスタに竜騎士のジョブを取得させるために実験していたことには気づいていたので、無事取得させることが出来たことがわかり、すぐにたちなおった。

 

しかし、当のベスタはなんのために実験しているのか理解していなかったので、ポカンとしたままご主人様を見つめている。

すると、ご主人様は「ではこのまま竜騎士でいってみるか」とさらっとベスタに提案した。

 

「ええっと。竜騎士になるには、何年も修行をして、ギルド神殿で認められなければなりません。

私はあまり戦ったこともありませんが」

「そこは大丈夫だ」

ベスタはご主人様が何を言っているのか理解出来なくて、自分の知っている常識を話している。

これは...... このあとギルド神殿でないとジョブ変更が出来ないという常識が覆されて混乱するパターンね。

 

「左手を出してみろ」

ご主人様はベスタに左手を出させると、彼女の左手からインテリジェンスカードが浮きでた。

「え?」

「見てみろ」

 

ベスタは自分のインテリジェンスカードを見たので、私も横から除き込んだ。

 

ベスタ ♀ 15才 竜騎士 初年度奴隷

所有者 ミチオ・カガ(死後相続 セリー)

 

「本当に……竜騎士になっています」

「ちゃんとなってるだろ」

「ええっと。竜騎士……。ええっと。インテリジェンスカード……。ええっと。インテリジェンスカードを扱えるのはご主人様のジョブで……」

ベスタは混乱しているので、私は彼女の肩をポンポンとたたいてこちらを向かせた。

 

「大丈夫です、ベスタ。ご主人様ですから」

「は、はい。あ、わかりました」

ベスタはだいぶ混乱していたけど、当然のことだと思っている私の顔を見て、すぐに落ち着いた。

 

「憧れのジョブにつけてよかったですね」

「はい。とっても嬉しいです。さすがはご主人様です」

「むしろ竜騎士になれたのはベスタの素質のおかげではないかな」

「いえ。そんな」

ご主人様は少し茶化すように答えたけど、ベスタは落ち着いて返事をした。

 

あとで教えてもらったのだけど、竜騎士には体力中上昇、体力小上昇、体力微上昇という3つの効果と、ダメージ軽減という常時発動スキルがある為、ベスタが竜騎士になった瞬間に、私たちのパーティーは防御力と継続戦闘力があがったとのことだった。

 

ベスタが落ち着いたことを確認すると、ご主人様は「それはともかく、次は10階層に移動する」と宣言した。

ハルバーの迷宮10階層の魔物はニートアントだ。

つまり......

「毒のテストですか?」

「そうだ」

「かしこまりました」

 

10階層に移動したので、私はご主人様に「ではニートアントですね。こっちです」と言って案内した。

ご主人様はベスタをさがらせて見学に専念するよう指示したので、他の4人で魔物を倒してまわった。

そして、毒針を10個集めると、再び18階層に移動した。

 

ベスタは18階層でも見学するようご主人様から指示されると、「竜騎士になったようですので、私も戦えます」と進言した。

しかし、ご主人様に「えらいな。まあすぐにも戦ってもらう。もうしばらく待て」と諭されて、「かしこまりました」と、ちからなく答えた。

彼女はほとんど働けていないこの状況が心苦しいのだろう。

私はそう思い、彼女に話しかけた。

 

「あなたは竜騎士になったばかりですので、この階層の魔物と戦うのは厳しいです。

今は私たちがどのように戦っているかよく見て、各個人の動きを覚えることに専念してください。

でないと、いざというときうまく連携出来ませんからね」

「わかりました」

「すぐに戦うことになりますから、焦らないでしっかり見ること。よろしいですね」

「はい」

ベスタの表情が引き締まったので、私は魔物を探してパーティーを誘導した。

 

それから1時間ほど18階層で魔物を狩ると、ご主人様から早朝探索の終了が宣言された。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様のワープでクーラタルの冒険者ギルドに移動し、朝食の材料を買いに町にでた。

私は歩きながらご主人様に話しかけた。

「朝食のメニューはいかがいたしますか?」

「そうだな。俺がハムエッグを作るから、あとはスープとサラダ、それからパンでどうだろう」

「かしこまりました。では、スープとサラダはセリーとベスタでお願いできますか?」

「わかりました」

「はい」

「私は洗濯してから風呂場を掃除しますので、ミリアは装備品の手入れと倉庫整理。あと、時間が有ったら私を手伝ってください」

「はい。です」

 

私たちは歩きながら家事の割り当てを決め、それからパン屋と八百屋、肉屋に寄って食材を購入してまわった。

すると、昨日の夕食で経験しているからわかっているはずだけど、食材を買うたびにベスタは涙ぐんでいた。

およそ奴隷が食べさせて頂けないような料理をまた食べさせて頂けることが嬉しくて感動しているのだろう。

 

しかし、これはあまり良いことではないわね。

私は彼女の背中をそっと手でさすり、小声で声をかけた。

「ベスタ。嬉しいのはわかりますが、ご主人様の印象が悪くなりますので、いちいち泣かないようにしてください」

「は、はい。すみません。気をつけます」

ベスタは注意されてキョトンとしている。

ちゃんと注意した理由を説明したほうがいいわね。

 

「素直に感動することは悪いことではありませんが、泣いている奴隷を連れている主人が周りの人からどのように見られるか、よく考えてくださいね」

「はい。申しわけありませんでした」

「これからは、嬉しいときは笑顔になるよう心がけてください」

「はい」

ベスタは返事をすると、涙を拭いて笑顔になった。

彼女は素直に感動しただけなので申しわけないとは思ったけど、毎回これでは買い物しづらくなるので、心を鬼にして注意した。

ちゃんと理由も説明したので理解はしてくれるだろう。

 

すると、不意にご主人様が耳もとに顔を寄せて来た。

そして、「ロクサーヌ、憎まれ役をやらせて済まない。

いつもありがとうな」とささやいた。

ご主人様はちゃんと私を見ていてくれたのだ。

私は嬉しくて笑顔になり、「いえ、一番奴隷ですから」と答えると、ご主人様も笑顔になってフフッと笑ってくれた。

 

あとでセリーに、「ロクサーヌさん。盛大に尻尾かピクついていましたよ」と言われてしまい、恥ずかしい思いをしたことは内密のお話し。

 

◆ ◆ ◆

 

買い物を終えて帰宅し、食材をダイニングテーブルに置いて倉庫に移動。

装備品をはずしてテーブルに置き、ミリアはこのまま装備品の手入れ、私は風呂場で洗濯、ご主人様とセリー、ベスタの3人はキッチンで朝食づくりをするため、各自持ち場に向かった。

 

私はいつも通り脱衣室のカゴのなかから衣服を取り出して風呂場に移動し、洗濯用の桶で洗濯をはじめた。

そして、カゴの衣服を全て洗濯してひもに吊るし、洗濯用の桶と、ついでに風呂桶を掃除していると、ミリアがやってきた。

 

「装備品手入れと倉庫整理、終わった。です」

「ありがとう。では、そこのブラシで床を磨いてください。水は......この手桶の水を使ってください。

他の桶の水は風呂桶の泡を流すのに使うから、使わないように」

「はい。です」

 

その後、私とミリアは風呂場の掃除を終えてダイニングに行くと、ご主人様とセリーが装備品を作成していた。

「ご主人様。洗濯とお風呂場の掃除が終わりました」

「ご主人様。装備品の手入れと棚整理、終わった。です」

「ロクサーヌ。ミリア。お疲れ様。

料理はあらかた出来てるから、飯にするか」

「鍛冶のほうはよろしいのですか?」

「ああ。ちょうど材料がなくなったところだったから、問題ない」

「かしこまりました。ところでベスタは?」

「ベスタには火のばんをさせている。

スープを煮込み始めたところで任せてきたけど、そろそろ出来てると思う」

「そうですか。では、セリーとミリアは装備品を片付けてください。私はテーブルの準備をしますので」

「わかりました」

「はい。です」

セリーとミリアは返事をすると、テーブルのうえに有った装備品を抱えて倉庫に持って行った。

 

「ご主人様。倉庫にセリーの作った装備品がだいぶ溜まってきてます。そろそろお売りになってはいかがですか?」

「そうしたいと思っているのだが、少し前に武器、防具とも大量に売られてただろう」

「はい。バラダム家のやつですね」

「ああ。そのせいで供給過剰になっているから、少し時間をおいたほうがいいんじゃないかと思ってな」

「確かにそうですね。さすがはご主人様です」

「だが、ロクサーヌの言う通り。このままじゃ倉庫に置けなくなるから早目に売るようにするよ」

「いえ。倉庫にはまだスペースがありますので、急がなくても大丈夫です」

「わかった」

 

「では、ご主人様は休憩なさっていてください」

「いや、俺は料理を持ってくるからロクサーヌはテーブルの準備をしてくれるか」

「よろしいのですか?」

「ああ。そのほうが早く食べられるし、ベスタもいるから問題ないだろう」

「わかりました」

 

ご主人様がキッチンに向かったので、私はテーブルを拭いてからテーブルクロスを敷いて食器を用意した。

すぐにご主人様とベスタが料理を持って来たので、一緒に配膳しているとセリーとミリアも戻ってきた。

 

みんなで席につき、食事を始める。

朝食は、ハムエッグ、根野菜と豚肉のスープ、葉野菜とトマトのマヨネーズサラダ、それと高級パンだ。

 

「「「「いただきます」」」」

「い、いただきます」

うん。美味しい。

「たまごがフワフワで美味しいです」

「本当にフワフワですね」

「どうやって作ったのですか?」

「マヨネーズを作るときにかき混ぜるヤツがあるだろ、あれでたまごをかき混ぜて泡立ててから焼くんだよ。

そうするとたまごがフワフワになる。

あ、かき混ぜる前に少しだけ水を混ぜるのがコツな」

「そうだったのですか。さすがはご主人様です」

「私も初めて見ましたけど、魔法のようでした」

「ハハハハ。まあ、たまたま知っていたからやってみた。うまくいって良かったよ」

「美味しい。です」

私たちはこんな食事に慣れてしまったので、驚いたり、感動したり、ご主人様への感謝の気持ちはあるけれど、ご主人様と会話を楽しむ余裕はある。

しかし、昨日うちに来たばかりのベスタは、そうは行かなかった。

 

彼女はまず朝食の量に驚き、次にその味に感動し、そして今の状況を噛みしめて、嬉し涙を流した。

彼女は涙をボロボロと流しながら食べ物を口に運び、噛みしめながら嗚咽を漏らし、飲み込んでは鼻をすすった。

そして、「美味しいです」、「本当に美味しいです」、「ありがとうございます」と何度も言いながら、涙を流してまた食べ物を口に運んだ。

 

ベスタは昨日もこの家で食事をしているけど、昨日よりも感激しているし、ご主人様に感謝をしている。

彼女の姿勢はとても良いけれど、もう少し慣れてもらわないと気まずいわね。

 

私はどうしたものかと思いながら、「ベスタ、大丈夫ですよ。これからも、美味しいお食事がいただけますからね」と言ってあげたけど、かえって大泣きされてしまった。

ミリアはすぐに慣れて良い感じに馴染んだけど、ベスタはちょっと気を使わないといけないようね。

 

その後、泣きながら食べるベスタを気遣いながら、朝食を食べ続けた。

 

◆ ◆ ◆

 

朝食後、ご主人様のワープでクーラタルの7階層に移動した。

 

ベスタはご主人様からわざと魔物の攻撃を受けてみるよう言われたけど、大丈夫だと答えていた。

普通はひるむところだけど、彼女は魔物をあまり怖がっていないようだ。

気持ち的にも前衛に向いているので、悪くない。

セリーは竜騎士ならダメージに強いって言ってるし、希望していた通りのタンクタイプなら、言うことはない。

私はベスタの活躍に期待しつつ、スン、スンと匂いを嗅いで魔物を探した。

 

左のほうに魔物の群れがいそうだけど、ちょっと遠いかな?

右にもいるけど、スローラビットが1匹だけみたいね。

まあ、あえてダメージを受けさせるなら...... 数が少ないほうってことかな?

 

私が魔物を探しているあいだに、ご主人様はセリーとベスタに竜騎士の装備やスキルについて話しはじめた。

タイミングを逃してしまったので、私は加わらずに待っているのだけど、なかなか話が終わらない。

少しだけ退屈だったので、エストックを目の前に掲げて刃こぼれや歪みがないか見ていると、不意にご主人様の視線を感じた。

しかし、私がご主人様のほうをチラッと見ると、なぜか視線をそらされた。

そして、「では、そろそろはじめるか」と言って、デュランダルをベスタに渡した。

 

結局ベスタはデュランダルと木の盾という朝食前の装備のまま、戦うことになった。

ご主人様は昨日は竜騎士が二刀流で戦うことを聞いて興味を示していたのでてっきり両手剣を2本持つのかと、ちょっと期待していたのだけど、とりあえずこのまま様子を見るようだ。

私が少しだけ残念に思っていると、ご主人様から声がかかった。

 

「ロクサーヌ、スローラビットで数が少ないところに案内してくれるか」

「はい。では右にスローラビットが1匹いますので、そちらに向かいましょう」

「ん?早いな」

「ご主人様がお話ししているあいだに探しておきました」

「そ、そうか。じゃあよろしく」

私はニッコリ微笑んで返事をしたのだけど、なぜかご主人様の頬が引き攣っていた。

 

私はみんなを先導して右の通路を進むと、すぐにスローラビットがあらわれた。

ご主人様はスローラビットにファイヤーボールを一発撃ち込むと、ベスタが一人で前に出た。

スローラビットがベスタに向けて飛び上がると、彼女わわざと盾を横にそらしてわき腹で体当たりを受けた。

しかし、ベスタはよろめきもせず、しっかりその場に立っており、体当りした魔物のほうが弾け飛んでいる。

一体どういうことだろう?

魔物は間違いなくベスタの脇腹に当たっていた。

それなのに彼女は全くダメージを受けた素振りがない。

私が困惑しているうちに、ご主人様は2発目のファイヤーボールを撃ち込んでスローラビットにとどめを刺した。

 

「どうだ」

「ええっと。はい。大丈夫だと思います」

「痛かったか?」

ご主人様がベスタにダメージ具合いを確認したけど、ベスタは脇腹をさすりながら、仕切りと首をひねっている。

「いえ。それが全然衝撃がなくて。さっき戦ったチープシープと同じくらい軽い攻撃でした。すみません。盾かどこかに引っかかったのかもしれません」

「盾には当たっていないように見えたが......」

ご主人様が考えこんだので、私が補足した。

「はい。盾には触れていませんでした。竜騎士は防御力にすぐれているということでしょうか」

私が証言するとご主人様は少し考え、そして考えがまとまったのか、"ウン"とひとつうなずいた。

 

「なんにせよ、衝撃が少ないというのはいいことだ」

「はい」

ベスタが答えると、ご主人様は苦笑いした。

7階層では問題ないと判断すべきか。それとももう一度受けてみるか?」

「大丈夫だと思います」

ベスタが返事をすると、ご主人様がワープゲートを開いた。

もうこの階層での確認は必要ないのだろう。

ゲートをでると、そこはハルバー迷宮の1階層だった。

 

「え? ご主人様。

ベスタにわざと魔物の一撃を食らわせて、ダメージ具合を確認するのではなかったのですか?」

「まあ、そうなんだが...... そればかりでは飽きるからな」

「そうでしたか」

「といっても、次は毒針を投げるだけの簡単なお仕事だ」

ご主人様はそう言いながら、ベスタに毒針を渡した。

ベスタはご主人様から渡された物が毒針ということに驚いたけど、ご主人様に「魔法に耐えた魔物が出てきたら使え」と言われて気をとりなおした。

 

「ロクサーヌも頼むな」

「はい」

私はご主人様に返事をしてからベスタに向き直った。

「ベスタ。私が正面で魔物の相手をしますので、あなたは横から毒針を投げてください」

「はい。わかりました」

 

ベスタが段取りを理解したので魔物を探すと、すぐにチープシープが見つかった。

しかし、ご主人様のファイヤーボールであっさり消し炭になった。

 

「あ、すまん。強すぎた。ロクサーヌ、次を探してくれ」

「えっと、ご主人様。その先を右に曲がればすぐにチープシープがいます」

「じゃあ頼む」

 

次のチープシープはファイヤーボールを撃ち込まれても生き残ったので、私は魔物の正面に立って攻撃を引きつけ、ベスタは段取り通り横から毒針を投げつけはじめた。

そして、彼女が4本目の毒針を投げつけると、ミリアが「毒、です」と宣言した。

良く見ると、白いはずのチープシープが青白くなっている。

私はそのまま魔物の攻撃をかわし続けると、2分もしないうちに魔物が崩れ落ちた。

 

「よし。次は11階層へ行って、ミノ相手に攻撃を受けてみるか。無理をする必要はない。駄目そうだったら、そう言え」

ご主人様はベスタに声をかけながら、ワープゲートを開いた。

 

ワープゲートを出たので私は魔物を探すと、すぐにミノが一匹でうろついているのを発見した。

そして、スローラビットのときと同じ段取りでベスタが魔物の攻撃を受けたけど、またもや体当りしたミノのほうが弾けとんだ。

それを見て、ご主人様はすぐに二発めの魔法でミノを焼き払った。

 

「どうだ」

「はい。全然大丈夫です。今回はちゃんと攻撃が当たりました。ミノとは迷宮の外で戦ったことがあります。ただ、そのときの衝撃とそんなに違わないような気もしますが」

ベスタの返事を聞いて驚いていたら、セリーがツッコんだ。

「迷宮の外にいるミノと11階層のミノでは結構違うと思いますが、大丈夫ですか」

セリーの言う通り、魔物は階層があがる都度強くなる。同じ魔物でも迷宮の外となかでは強さが段違いだ。

さすがに11階層の魔物の攻撃ならベスタもダメージを受けると思ったけど、ダメージどころかよろけてさえいない。

 

さっきセリーが「竜騎士は守備に秀でたジョブ」って言ってたけど、ほんとにすごいわね。

11階層で全然大丈夫ってことは、次は何階層にするのかな?

などと考えていると、迷宮外での魔物の攻撃について話していたみんなが、一斉に私に視線を向けてきた。

ベスタが魔物の強さは迷宮のなかと外であまり変わらないと言っていることについて、私の意見が欲しいのだろうけど、私は迷宮外で魔物の攻撃を受けたことがないので答えられない。

「私は迷宮の外にいた魔物には攻撃を受けたことはないので......」

そう言いながら小首をかしげると、ご主人様は軽く肩をすくめ、セリーはガクリと肩を落とした。

 

「では、次は13階層のピッグホッグだ」

いつも慎重なご主人様でも、全然ダメージを受けないベスタのようすを見て、1階層飛ばすことにしたようだ。

 

ワープゲートを抜けて13階層にあがり、ピッグホッグ1匹とグラスビー2匹の群れを見つけ、先ほどと同じようにご主人様が魔法で先制攻撃。

その後、私、セリー、ミリアの3人でグラスビーを抑えているうちにベスタがピッグホッグに攻撃を一発受け、それからご主人様の魔法で魔物を殲滅した。

 

「ベスタ、どうだ」

「ええっと。さっきのミノとほとんど変わらないような。まだまだ余裕です」

ベスタが返事をすると、ご主人様が私のほうを向いた。

「ロクサーヌからはどう見えた?」

「そうですね。ピッグホッグが当たった瞬間少しだけですがベスタがさがりました。ですが、ほんの少しです。ほとんどダメージはないでしょう」

私が答えていると、横でセリーが「ピッグホッグなのに」とぶつぶつつぶやいていたけど、ご主人様はあえて聞こえないふりをして話を進めた。

 

「次は14階層のサラセニアか。あるいは余裕がありそうなら16階層でクラムシェルを相手にしてみるか」

「16階層で大丈夫だと思います」

「私も16階層で宜しいと思います」

ベスタと私が返事をすると、ご主人様は「わかった。じゃあ次は16階層だ」と答えてワープゲートを開いた。

 

「ロクサーヌ、16階層のボス部屋の位置は分かるか」

「はい。確かこっちですね」

「ではボス部屋まで頼む。近くにクラムシェルがいたら案内してくれ」

「かしこまりました」

私は返事をしてから魔物の匂いを嗅ぐと、ボス部屋の方向に魔物の群れを見つけた。

 

「途中クラムシェルとビッチバタフライが群れでいますね。クラムシェルは複数です」

「数が多いのは危険だな」

「クラムシェルしかいないのは反対側になりますし、多分複数ですね。右にいくと、やはりクラムシェルとビッチバタフライが群れでいますが、おそらくクラムシェルは単体です」

 

「そっちでいいだろう」

「わかりました。では右に向かいます」

少し歩くと、クラムシェルが1匹とビッチバタフライ2匹の群れと会敵した。

私、セリー、ミリアの3人で魔物を抑えているうちに、ご主人様がブリーズストームを連発してビッチバタフライを煙に変え、残ったクラムシェルをとり囲んだ。

私は正面をベスタにゆずると、彼女は鋼鉄の剣で貝殻を叩いて魔物を挑発した。

すると、クラムシェルが口を大きく開いてフッと動いた。

これは噛みつき攻撃だ。

 

「ベスタ、挟み込んできます。避けてください」

私が指示をすると、ベスタは飛びついてきたクラムシェルを木の盾で弾き飛ばした。

すると、クラムシェルはベスタに再度近づいて体当たり攻撃してきたので、彼女は盾をずらしてわざと受けた。

さすがの彼女でも今度はグラついた。

多少はダメージを受けたようだけど、全然平気な顔をしている。

そして、ご主人様がサンドボールを撃ち込んでクラムシェルを倒したので、「大丈夫ですか?」と聞くと、「二階層上がりましたが、大丈夫ですね。あ。回復はもういいです」と、こともなげに返事をしながら回復魔法をかけたご主人様を止めた。

 

「ロクサーヌ。ボス部屋に向かってくれ」

「かしこまりました。

ご主人様。途中、クラムシェル3匹とビッチバタフライ1匹の群れがいますので、そのまま倒して進むということで、よろしいですね?」

「ああ。それで頼む」

ボス部屋に向かって少し進むと、魔物の群れが見えてきた。

ご主人様がサンドストームをはなったので、私の左右にセリーとミリアが配置につくと、ベスタが前衛に立つと主張しはじめた。

ご主人様は一瞬考えたけど、次の瞬間にはセリーにベスタと入れ替わるよう指示をした。

二人が入れ替わると、私たちのパーティーは前衛がタンク2人と遊撃1人、中衛が詠唱中断出来る司令塔、後衛が魔法使いというバランスの良い体制になった。

 

ご主人様が2発目のサンドストームをはなち、効果が消えると魔物が私たちの前に到着した。

私は半歩前に出て真ん中と右のクラムシェルを引きつけ、ベスタが左のビッチバタフライを引きつける。

ミリアは右のクラムシェルの更に右側を走り抜け、奥のクラムシェルに相対すると、ご主人様が3発目のサンドストームをはなち魔物達に追加ダメージを加えた。

 

すると、奥のクラムシェルの貝殻が少し開いた。

これは、クラムシェルが水弾を放ってくる予備動作だ。

「来ます!」

私が叫ぶと、クラムシェルは私に向かって水弾をはなった。

私は上半身を少しだけ右に傾けて水弾を避けると、後ろにいたセリーも身をかがめて水弾をかわした。

 

セリーは水弾をかわすと私の左から真ん中のクラムシェルを槍で一突きし、少しだけ右側に押し込んだ。

そして、ベスタの後ろを回ってビッチバタフライの左から槍で突き、中央のほうに押し込んでいく。

すると、ご主人様が4発目のサンドストームをはなち、クラムシェル3匹が煙になった。

 

残ったビッチバタフライは左からセリーに槍で突かれて真ん中まで押し込まれ、正面がベスタ、後ろにミリア、右に私が張り付いて四方から攻撃された。

ビッチバタフライは苦し紛れに魔法陣を出したけど、発動する前にセリーに槍で突かれてキャンセルされ、ご主人様のウィンドボールを食らって煙に変わった。

 

「ベスタ。どうでしたか?」

「えっと、2度ほど魔物に体当りされましたが、一度は剣で、一度盾で弾き返したので、ダメージは受けませんでした」

「なら、この配置のままで大丈夫ですね」

「はい。大丈夫だと思います」

 

待機部屋に着くと、ご主人様はベスタに話しかけた。

「今度はボス戦も経験してもらう。攻撃をわざと受ける必要はない。雑魚は俺が片づけるから、ベスタはロクサーヌたちと一緒にボスを囲め」

「分かりました」

ご主人様はベスタに指示をすると、私のほうを向いてひとつうなずき、ボス部屋への扉の前に進み出た。

 

扉が開いてボス部屋に入ると、部屋の中央に煙が集まり、オイスターシェルとクラムシェルが現れた。

ご主人様がデュランダルでクラムシェルに斬りかかったので、私たち4人はオイスターシェルを囲んで攻撃をはじめた。

オイスターシェルは私に体当たりや噛みつき攻撃を仕掛けてきたけど、さほどスピードがなかったので全てかわしながら攻撃していると、1分もたたずにご主人様が向かってきた。

さすがはご主人様。クラムシェルごときは瞬殺だ。

 

ご主人様が私たちに近づくと、右にいたセリーが素早く後ろに下がった。

そして、ご主人様と入れ替わり、セリーは2列目の位置から、オイスターシェルの動きをコントロールしだした。

 

オイスターシェルが右を向こうとすると、私の右側から槍を突き入れて向きを戻し、左を向こうとすると、左側から槍を突き入れて向きを戻す。

オイスターシェルの背後はベスタが陣取っているので後ろに下がろうとしても押し戻される。

そのため私と距離を取ることが出来ず、体当たりも出来ない。

結果、オイスターシェルは動けずにずっと私の正面で向き合う形となり、まわりから好き放題攻撃されている。

 

さすがはセリー。

やっぱり彼女が一段さがった位置にいると、パーティーが安定するわね。

それにベスタも素晴らしいわね。

魔物にひるむことはないし、押し負けることもない。

攻撃されてもほとんど痛がらないし、何よりとてもちから強い。

今も木の盾でオイスターシェルがさがらないように押さえ付けながら、鋼鉄の剣を叩きつけている。

 

私はオイスターシェルの噛みつき攻撃をかわしながらベスタのことを考えていると、彼女が剣を叩きつける音が、ガンガンから、急にボコッ!という大きな音に変わった。

っと思ったら、オイスターシェルが横倒しになった。

最後の一撃はベスタだったようだ。

 

「ベスタ。やったな」

「ベスタ。やりましたね」

「はい、ありがとうございます。今は会心の攻撃ができました。竜騎士になると、ときおり自分で思った以上の攻撃ができることがあるそうです。今のがそうだったのかもしれません」

「そうなのですか?確かに最後の一撃はとてもちから強かったですけど」

「私は初めてなので確信はもてませんが、最後の一撃は自分が思った以上に力が出た気がします」

ベスタがよろこんで報告していると、ご主人様が首をかしげた。

 

「そういう思った以上の攻撃って、竜騎士以外でも出せるのか?」

私とベスタが話していると、ご主人様が会話に割り込んだ。

「聞いたことはないですね」

「セリーは?」

「はっきりとした話は。攻撃がたまにうまくいくことなら...... 誰でもあるかもしれませんし」

「噂レベルでもいいが」

ご主人様がくいさがると、セリーは少し考えてからなぜか私を見た。

 

「そうですね...... ロクサーヌさんは知っていますか?」

「えっ?私ですか?......知りませんが」

私は突然話を振られて驚いたけど、ちょっと考えても思い当たる節がなかったので素直に知らないと答えた。

すると、なぜかセリーが小首をかしげた。

 

「そうですか?

獣戦士で長年修行を積むと、百獣王というジョブに就けることがあるそうです。その百獣王になると、ときどきすごい攻撃を出せるらしいという話を聞いたことがあります。

狼人族のあいだでは有名な話だと聞いていたのですが......」

「そうなのですか。百獣王というジョブがあることは聞いたことがありますが、強い攻撃が出来るということは知らなかったです」

 

百獣王。

獣戦士の上位職って言われてるけど、ほとんどなれる人はいないらしいし、私は一度も見たことがない。

狼人族なら百獣王というジョブがあることは誰でも知っているけれど、伝説的なジョブだから、

どんなスキルがあるのかはほとんど知られていないと思う。

実際私も知らないし。

でも、さすがはセリー。本当に色々なことを知っているわね。

 

私が感心していると、ご主人様も感心したようでセリーを賞賛した。

「さすがはセリーだ」

「本当のことかどうかは分かりませんが、むかし物知りの人から聞いたことがありましたので」

「いや、参考になった。ありがとう」

ご主人様はそう言いながらセリーのあたまを優しく撫でると、彼女は耳まで赤くなった。

 

しかし、良く考えると竜騎士ってすごいわね。

ちからが強くて防御力に優れているだけでなく、百獣王と同じ能力があるなんて。

私も負けないようにしないといけないわね。

 

そんなことを考えていると、ミリアがドロップアイテムを拾ってきた。

ミリアはアイテムをご主人様に渡そうとするとご主人様は右手で押しとどめながら「そのボレーはベスタに渡せ」と彼女に伝えた。

 

ベスタは自分がボレーをもらって良いのか確認したけど、ご主人様から「必要なんだろう」と言われたのでお礼を言ってミリアから受け取った。

なんでも竜人族の成人女性は10日に一度くらいの間隔でボレーを食べないと、からだが弱くなってしまうらしい。

あんな硬そうな貝殻を食べるなんて、竜人族は噛むちからまで強いのかと思ったけど、どうやら粉状になるまで細かく砕いて飲むとのことだった。

 

因みにミリアはボレーを渡すときに「お姉ちゃん、です」と言って、何故か自慢げに胸を張っていた。

そしてベスタはミリアからボレーを受け取ると、「お姉ちゃん、ありがとう」と返事をしながらお辞儀をした。

ベスタのほうが背が高くて見た目は大人びているので違和感はあるけど、彼女はミリアの妹というポジションを受け入れたみたいだ。

 

「じゃあ18階層に行くか」

「……はい、です」

ボス部屋を抜けて17階層に出た直後、ご主人様が宣言すると、ミリアがうなだれた。

その後、クーラタルの17階層でブラックダイヤツナと戦いたいミリアと、ハルバーで18階層にあがりたいご主人様との攻防があったけど、いつの間にかベスタの加入記念で牡蠣を食べようという話になり、ハルバー16階層でボス狩りをすることになった。

ちなみに、少し抵抗気味だったミリアは、明日の夕食の材料に赤身を提供すると言われてあっさり陥落していた。

 

ご主人様のダンジョンウォークで16階層の小部屋に飛び、小部屋から待機部屋まで進み、ボス部屋に入った。

 

ボス部屋に入ると、さっきと同じようにご主人様がクラムシェル、私たち4人がオイスターシェルを囲み、ものの2分で戦闘終了。

ドロップアイテムはボレーだった。

 

うーん、残念。

ご主人様はボレーをベスタに持たせ、「さあ次だ」と言ってダンジョンウォークで16階層の小部屋に飛んだ。

ボス部屋まで進んでボス戦3回目。

2分で倒すと今度は乳白色のプルプルした物体が残った。

これが牡蠣?はじめて見た。

下手に触ったら、オリーブオイルみたいに割れそうだ。

私の手のひらよりも大きいし、慎重に持たないと危ないかも。

みんなも拾うのを躊躇している。

「なんか割れそうですね」

「そ、そうですね」

私とセリーが話していると、ご主人様が両手で慎重に拾い上げた。

 

「あ、申しわけありません」

「いや、いいさ。見た感じ、割れそうだし。持ちあげるの怖いよな」

ご主人様はそう言いながら、アイテムボックスを開いた。

「しかし、これが牡蠣か。どうやって食べるんだ」

「焼くか、煮るかだと思います。私も小さいころに一度食べたかどうかなので詳しくは知りません」

「さすがはセリーですね。私は見るのもはじめてでした」

「いえ、かなり前の話です。味は全く覚えてませんし」

「そうなのですか?」

「じゃあ、夕食が楽しみだな。たくさん食べるためにもじゃんじゃん拾うぞ」

ご主人様はそう言いながら、ダンジョンウォークのゲートを開いた。

 

それから周回を重ねると、5回か6回に一度は牡蠣がドロップした。

「また残りました。さすがはご主人様です」

「もっと残りにくいアイテムのはずなんですが」

「すごい、です」

「すごいと思います」

セリーは疑問顔だけど、私、ミリア、ベスタの3人は素直にご主人様を賞賛した。

 

それからもボス狩りを続け、はじめてから2時間もたたずに5個めの牡蠣がドロップされた。

「ご主人様。これで5個めです」

私は牡蠣を慎重に拾ってご主人様に渡すと、横でセリーが「やはりおかしいです。もっと残りにくいアイテムのはずですし......」とつぶやいた。

ご主人様はセリーのつぶやきを聞いてちょっと焦ったようで、「ま、まあ、今日は調子がいいのかもな」と言い訳をした。

 

「そうなんですか?」

「ああ。だが、それでも5個めが出るまでに20周以上はしたから、セリーの言う通り残りにくいアイテムなんだと思うぞ」

私が小首をかしげて聞くと、ご主人様は返事をしながらセリーのあたまをポンポンとたたいた。

しかし彼女は納得が行かなかったのか、少し目線を下げながら、料理人がどうとかドロップ率がどうとかぶつぶつと何かをつぶやいていた。

 

ご主人様は私に向かって肩をすくめると、「じゃあ、目的達成したから18階層に移動する」と言ってゲートを開いた。

 

18階層入口の小部屋にでると、ご主人様はベスタをさがらせ、魔物が1匹になったら前に出て攻撃を受けるよう指示した。

魔物の群れを探すと、フライトラップとクラムシェルの匂いがした。

 

「こっちにフライトラップとクラムシェルのいる群れがありますね。フライトラップは複数いますが、クラムシェルは単体だと思います」

「わかった。そちらに向かってくれ」

「かしこまりました」

私たちは小部屋を出て2分ほど歩くと、通路の先にフライトラップ2匹とクラムシェル1匹の群れが見えてきた。

 

いつも通りご主人様の魔法で先制し、魔物たちが近づく前に2度目の魔法が飛ぶ。

そして、私たちとぶつかる前に、フライトラップ2匹がファイヤーストームで崩れ落ちた。

 

私たちは残りのクラムシェルに駆け寄り、ベスタを正面にして取り囲む。

そして、ベスタが両腕を開いて少しだけ腰を落とし、攻撃を受ける体勢を取ると、すぐにクラムシェルが体当たりしてきた。

 

ベスタはクラムシェルの体当りを受けて1歩だけさがったけど、倒れそうな感じではないので予定通り場所を交代した。

そして、クラムシェルの攻撃をかわしていると、すぐにご主人様のサンドボールで煙に変わった。

 

さすがのベスタでも18階層の魔物の一撃は応えたと思って彼女を見たけれど、全然平気そうな顔をしている。

ご主人様に聞かれても、「このくらいなら問題ありません」と返事をしていたし、「盾も必要ありません」とも言っていた。

ご主人様の回復魔法も1回で止めているので、やせ我慢していることもないようだ。

 

ベスタは本当に打たれ強いわね。

でも、16階層ではダメージを受けていなかったけど、18階層では受けている。

まだまだ余裕はありそうだけどいずれは限界が来るはずだから、前衛タンクとはいえ戦闘技術はしっかりまなばせないといけないわね。

 

「ロクサーヌ。しばらくこの階層で魔物を探してくれ」

「かしこまりました...... ご主人様。その先を右に行ったところにフライトラップだけ、4、5匹の群れがいます」

「わかった。案内してくれ。

ベスタ。次からは魔物の攻撃は受けなくていいからな」

「はい」

ベスタが返事をしたので魔物に向かってあるきだすと、1分ほどで通路の先にフライトラップの群れが見えてきた。

しかし、今度はご主人様のファイヤーストーム2発で全て燃え尽きてしまい、私たちの出番がなかった。

 

「さすがはご主人様です」

「まあ、今のは組み合わせがよかったからな」

「では、次からもフライトラップだけの群れを探しましょうか?」

「いや、より好みして倒す数が減っては元も子もない。組み合わせは考えなくて良いから、どんどん案内してくれ」

「かしこまりました」

 

それからも探索を続けてベスタを戦いに慣れさせた。

彼女は何度か攻撃を受けていたけど、一度も弱音を吐くことはなかった。

それどころか段々耐久力があがっているようで、2時間ほど経つと、魔物の通常攻撃ではダメージを受けるどころか、逆にカラダで跳ね返していた。 

 

とても頼もしい。

もう18階層の魔物では、通常攻撃では彼女にダメージを与えられないみたいだ。

さすがに水弾が当たるとからだを弾かれるので、少しはダメージを受けるみたいだけど、彼女のようすからたいして効いてはいないように見える。

 

「ベスタ、本当に大丈夫なのですか?」

「はい。少しすれば乾くと思います」

「いえ。そうではなくて、痛くはないのですか?」

私が聞くと、ベスタは被弾したところをさすり、小首をかしげる。

「衝撃は受けましたけど、今さすったらほとんど痛くないので大丈夫だと思います」

「そ、そうですか......」

さすがは竜騎士といったところか、この階層では通常攻撃だけでなく魔法でもダメージを受けなくなったようだ。

 

その後、ボス部屋の場所に見当がつくと、ご主人様は本日の探索終了を宣言した。

いつもと比べるとちょっと早い時間なのだけど、ご主人様はベスタにメイド服やエプロン、それに寝間着も買う必要があるからとのこと。

確かに帝都で買い物するならちょうど良いタイミングなので、私もすぐに同意した。

 

ちなみにご主人様が「ベスタのものをいろいろ作る」と言ったときに、横で話を聞いていたベスタが「ありがとうございます」と言って勢いよく頭を下げた。

するとご主人様は、「うぉっ!」っと言って一歩あとずさった。

 

うーん。既視感?

最近同じ景色を見た気がする......

 

◆ ◆ ◆

 

帝都に移動して冒険者ギルドから外に出ると、あまり周囲を見ないベスタを見てご主人様は疑問顔になった。

 

「ベスタは帝都に来たことがあるのか?」

「いいえ。ありません」

「そうか......」

ご主人様が首をかしげると、それに気づいたベスタが言葉を付け足した。

「ついていくだけですから」

「......」

ご主人様は少し残念そうな顔をしたけど、すぐに気をとりなおしていつもの服屋に向かって歩きだした。

 

そういえば...... 昨日クーラタルの街中を歩いたときも、ベスタは周りを気にしているそぶりがなかった。

緊張しているせいかもしれないけど、そんな感じには見えない。

迷宮でも魔物の攻撃を受けろと言われれば素直にしたがったし、素手で戦えと言われて驚いていたことはあったけど、嫌がるそぶりや拒否する態度はまったくなかった。

 

反抗的でないのは良いのだけど、何かおかしい...... 

無理して自分の気持ちを抑えているのではないのだろうか......

 

私はベスタがあまりにも従順過ぎることが気になったので、歩きながら話しかけた。

 

「ベスタ。あなたは周りが気にならないのですか?」

「はい」

ベスタは当たり前のように答えたけど、だからこそおかしい気がする。

ひととして何か大切なものが抜けている?

それとも何か別の理由があるのかな?

どちらにしても、もう少し話をしないとわからないわね。

 

「もしかして、あなたはこのような大きな街に行ったことがあるのですか?」

「いえ。私は小さな村で育ちました。

こんな大きな街に来たのは初めてです」

「では、どうして周りが気にならないのですか?」

「気にしないといけなかったのですか?」

 

質問を質問で返されてしまった。

でも、どういうことなのか?

私が小首をかしげると、彼女は少し不安そうに言葉を続けた。

 

「すみませんでした。誰からも気にしろと言われなかったので、次からは気をつけます」

「いえ。そうではなくて、自分から見たいとは思わないのか気になったので」

「見てもよろしいのですか?」

「いえ...... その......」

 

もしかして...... 許可がもらえなければ何もしないということ?

それとも、自分からは何かが欲しいとか、何かをしたいとか、普段からそういうことを考えないようにしているのかな?

 

まだよくはわからないけど、魔物との戦闘に関しては積極的に学ぼうとする姿勢が見れた。

だから、自分からは何も要求したいことがないわけではないだろう。

私はそう考えて、更に質問を重ねた。

 

「ベスタ。あなたは何かしたいことはありませんか?

それか、何か欲しい物はありませんか?」

「えっと...... 特にありません」

「そうですか...... 

ベスタ。あなたは今まで誰かに物をねだったり、お願いしたことはありますか?」

「えっと...... 

からだが弱くなってしまうので、ボレーを食べさせて欲しいとお願いしたことはあります」

「他には?」

「えっと...... たぶんないと思います」

 

「では、あなたは誰かに言われたことを断ったことはありますか?」

「えっと...... たぶんないと思います」

「そうですか。わかりました」

話が終わるとベスタは少し疑問顔で私を見ていたけど、すぐに前を向いてしまった。

そんな彼女を見ながら私は考えた。

 

商館では、[奴隷は主人に従わなくてはならず、逆らうことは許されない]と教えられた。

だから普通奴隷は主人の命令に従うけど、拒否したいことや要求したいことがあれば多少なりとも顔や態度に出てしまう。

 

うちの場合はご主人様が優しいし、何より私たちが不自由にしていることを好まないので、自分の想いを発言することが出来る。

はじめは戸惑っても、すぐに素直に話せるようになる。

 

しかし、ベスタは自分から何かを要求するようなそぶりがほとんどない。

さっき少し思ったけど、彼女が自分から要求したのは戦闘に関することだけだ。

昨日服を買ったとき、少しだけベスタは希望を言っていたけど、それは私が声をかけたから言えたのだろう。

 

まだ2日しか見ていないけど、誰かに従うことや誰にも反抗しないこと。

それと、主人に有益と思うこと以外は、自分からは何も要求しないことが彼女には当たり前になっているみたいね。

 

言われたことには逆らわず、自分からは何も要求しないのは奴隷としては優秀なのかもしれないけど、これではうちの一員として、本当の意味で打ち解けることは出来ない。

 

素直で性格も おとなしく、とても良い子だから、あとは自分から意思表示しても大丈夫ってことを教えてあげられれば......

 

結局いつもの服屋に到着するまで、私はベスタへの対応を考えていた。

 

◆ ◆ ◆

 

服屋につくとベスタは店内に入るのを一瞬躊躇したが、ご主人様に促されるとビクつきながらも素直に入店した。

そして、ご主人様が店員を呼んでベスタの採寸を依頼すると、彼女は不安そうな顔をしながら店の奥に連れていかれた。

 

ご主人様は店員にエプロンとメイド服を注文し、エプロンは5日、メイド服は10日で出来上がることを確認すると、「わかった」と短く告げていた。

ご主人様のことだから、出来上がるつど別々に受け取るつもりだろう。

注文品の話が終わったので、私はご主人様が話しているあいだに取ってきたキャミソールを掲げて店員に話しかけた。

 

「後はこれですね。さっきの彼女に合う大きさのものもありますでしょうか」

キャミソールのある棚の前に移動すると、店員が説明をはじめた。

 

「こちらは既製品ですので、サイズの方はここまでになってしまいます」

「これですか。一応ちゃんと着れそうですね」

私は棚から一番大きいサイズのキャミソールを手に取り、掲げて見た。

 

「肩幅などは十分だと思います」

「そうですね」

セリーが一度同意したけど、すぐに少し首をかしげた。

「ただし裾が少々短いかもしれません」

「セリーもそう思いますか。うーん。どうしましょうか」

裾が短いと...... お辞儀をしたらおしりが出ちゃうかな?

もう少し長いものがあるといいのだけど......

 

私が悩んでいると、店員が申しわけなさそうな顔をした。

「これ以上のサイズとなると、別注で作ることになりますが」

「そうですか......」

別注で作るとなると、高くなる。

ご主人様なら払うと言いそうだけど、いくらなんでも贅沢過ぎる気がする。

だけど、ベスタだけキャミソールが無いというのは差別されているようで可愛そうだ。

同じように考えているのだろう、私の横でセリーも悩んでいる。

ミリアも「うーん。です」と言って悩むポーズをしているが、たぶんこれは私達に合わせようとしているだけだろう。

 

私達が悩んでいると、店の奥の個室からベスタが出てきた。

採寸されたことが衝撃的だったのか、少し呆けている感じがする。

ベスタは店内を見回して私たちに気付き、こちらに歩いて来た。

 

「彼女が戻って来たので当ててみます」

私は店員にそう言って、採寸から戻って来たベスタにキャミソールを当ててみた。

すると、おしりが出るようなことはなかったが、裾から膝が出てしまった。

 

「やはり短いですか」

「さすがに短いでしょう」

「みじかい、です」

 

私、セリー、ミリアが短いことを残念がると、ベスタも

「そうですね」と短くつぶやいた。

すると、キャミソール選びを黙って見ていたご主人様が発言した。

 

「とりあえず買ってみて、どうしても困るようなら作ればいいだろう」

「そうですか? もし着れないと無駄な出費になってしまいますが」

「大丈夫だ」

ご主人様が自信満々に答えたのは気になるけど、まあ、いいって言うのだから反対する必要はないわね。

 

そう思っていると、店員が次の問題を言って来た。

「こちらのサイズは現在白か黒しかございませんが」

「そうですか」

白はセリーの色だから、ベスタは黒でいいかな......

褐色の肌に黒のキャミソール...... ちょっと大人っぽい気がするけど、すごく似合いそう。

 

「ベスタは黒でいいですか?」

「よろしいのですか?」

また質問を質問で返されてしまった。

なかなか自分の気持ちを出してくれないわね。

 

「大丈夫です」

私はにっこり微笑んで答えてあげると、ベスタは「ありがとうございます」と答えてあたまをさげた。

私たちは黒いキャミソールのなかから縫製のしっかりしたものを2着選んで、いつの間にかお店のカウンター付近に移動していたご主人様に持って行った。

 

その後、ご主人様は服の会計と兎の毛皮の買い取りを依頼すると、店員はご主人様のことを騎士団員と思っていたらしく、ちょっと驚いていた。

ふふっ。なかなか見どころのある店員ですね。

私はちょっとうれしくなって、お店を出たところで ご主人様に話しかけた。

 

「店員はご主人様のことを帝国騎士団員だと思っていたようですね」

「なんでだろうな」

「ご主人様を見れば当然のことです。あの店員には見所があります」

「普通の探索者は荒くれ者がほとんどです。きちんとしたマナーを守ることができるのを見れば、帝国騎士団員だと判断してもおかしくないでしょう」

「ブラヒム語、です」

 

ご主人様が首をかしげたので私が胸を張って答えると、セリーとミリアも続いて自分たちの意見を言った。

セリーはいつも通りしっかりとした根拠がある意見だったけど、今回はミリアの見かたにもしっくり来た。

ご主人様もミリアの意見に納得したらしく、彼女のネコミミをなでて褒めた。

 

確かに良い意見を言ったけど、ミリアだけ......ずるい。

私は無言でご主人様の横にピッタリと並ぶと、ご主人様は私の耳もモフってくれた。

ご主人様は私の耳をしばらくモフると、半眼でご主人様を見ていたセリーのあたまを優しくなでた。

すると、セリーはすぐに恥ずかしそうにうつむき、そのままご主人様になでられ続けた。

そんなことをしながら、私たちは防具屋に向かって歩いた。

ベスタは私たちのやり取りをじっと見ていたけど、防具屋に到着するまで結局会話には入って来なかった。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様のワープでクーラタルの商人ギルドにとび、そこから歩いて防具屋に移動した。

 

防具屋に入るとご主人様はプレートメイルを探し、鋼鉄のプレートメイルを両手で持ち上げた。

かなり重そうだけど、ベスタはこれを着て動き回れるのだろうか?

たくさんのプレートを重ねた草摺という鎧もあったけど、ご主人様が「重いけど、ベスタは着れそうか?」と言いながらプレートメイルを彼女に渡すと、片手で軽く受け取り「そうですね。大丈夫だと思います」と答えた。

 

あんな重そうな鎧を片手で受け取るなんて......

私が驚くと、横でセリーとミリアが口を開いたまま言葉を失っていた。

ご主人様もちょっと顔が引きつっている。

ベスタは側面の留め具を外して鎧をひらくと、そのまま装着してからからだを左右にひねり、装着感を確かめた。

 

「鎧はそれでいいか?」

「はい。十分です。ありがとうございます」

ベスタは返事をすると、鎧を脱いでご主人様に返そうとした。すると、「か、買うからそのまま持っててくれ」とご主人様に言われ、「はい」と答えてそのまま片手で持っている。

重たいはずなのに、ベスタは涼しい顔をしている。

私は無理してないか心配になり、「ベスタ。先にカウンターに置いてきても良いですよ」と言ったのだけど、「いえ。たいして重くありませんので」と言われてしまった。

顔色通りで間違いないらしい。

 

その後、籠手売場で鋼鉄のガントレット、靴売場で鋼鉄のデミグリーヴを選んで、カウンターに持って行った。

 

◆ ◆ ◆

 

それからひと月。

 

ベスタはご主人様に2本目の鋼鉄の剣を買ってもらい、二刀流で戦う屈強な騎士のようになった。

迷宮では前衛で魔物をキッチリ抑えており、まちなかではご主人様の前を歩いてガード役としてのポジションを不動の物にしている。

 

兜を被ってないので女性とはわかるが、そうでなければ...... いや、そうであっても気軽に話しかけられない容姿となっている。

 

本当のベスタは見た目と違ってちょっと気弱で大人しく、心やさしい性格なので、話をしたらそのギャップに気がつくだろう。

だけど、その容姿が声をかけることをためらわせるようで、本当の彼女を知る人はほとんどいない。

 

変なやからに絡まれないからベスタは今の容姿は気にいっているようだけど、私は本当の彼女を知っているのでちょっとだけ気の毒に思っている。

 

うちに来た当初は常に遠慮がちで、ご主人様だけでなく私たちにも一線引いていたベスタだけど、ひと月たった今では自分の意見を言えるようになってきた。

私たちにもすっかり溶け込み、ご主人様を本心から慕うようにもなった。

私たちからも信頼され、完全にパーティーメンバーの1人となっている。

 

彼女は背が高くて目立つので、将来は「赤髪の竜騎士」なんて呼ばれるようになるかもしれないわね。

 



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巫女になりました(前編)

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様と可愛い後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

3番奴隷のミリアが仲間になる少し前。

朝食を取りながら雑談していたとき、セリーの武器をレベルアップするという話になった。

そのとき、ご主人様が「パーティーメンバーを増やすには前衛の方が選択肢が多いはずだ。

槍なら後ろから突く形も取れる。セリーには回復役をやってもらうという手もある。

槍の方がいろいろと柔軟に応用が利くだろう」と言いだした。

 

すると、セリーが「えっと。私は巫女にはなれませんでしたが」と申し訳なさそうにつぶやいた。

 

巫女......それは女性探索者が憧れるジョブ。

 

以前セリーは鍛冶師に成れなかったあと、家族には内緒で神官ギルドで修行した。

でも、結局巫女には成れなかったと言っていた。

そのとき私は巫女には希望者の半数も成れないと言って彼女を慰めたのだけど、出来ることなら私も修行して巫女への転職に挑戦してみたいと思ったものだ。

 

ご主人様はセリーを慰めるように、「鍛冶師にもなれたんだから、心配するな」と伝えると、彼女は「はい……。がんばります」と小声で返事をしながらあたまをさげた。

 

はじめに巫女の話をしたときはセリーは探索者だったので、“巫女になれるよう頑張ります”って言っていたけど、今や彼女は憧れだった鍛冶師になり、装備品の製作やモンスターカードの融合で活躍し始めている。

セリーが巫女を目指したのは、鍛冶師に成れなかったから第2希望としてであって、今更転職したい訳ではないだろう。

ご主人様はパーティーメンバーのジョブを変更出来るから、迷宮では巫女、家では鍛冶師ということも出来るだろうけど、そうすると迷宮ではパーティーが強くなる恩恵が受けられない。

それなら......

 

「ご主人様。回復役は前衛がやるという手もあります」

「そうなのか?」

「はい。僧侶や巫女は、必ずしも後衛のジョブというだけではありません。特に少人数で迷宮に入る場合には僧侶のジョブを取る人も多くいます」

 

「殴れて回復もできるからか」

「先頭に立って戦いながら仲間の回復もこなす。迷宮に入ろうとする者が憧れる姿です」

 

私が答えるとご主人様は少し考え、「まあ回復役については今後のことだ。今はまだ俺の回復で間に合っているしな」と言って、そのときは巫女のことは一旦保留となった。

 

◆ ◆ ◆

 

それから2ヶ月の月日が流れた。

 

私たちの環境はだいぶ変わり、クーラタルの家自体は変わらないけど、ミリアとベスタが仲間になって今では5人で暮らしている。

そして、迷宮のほうもクーラタルは21階層、ベイルは11階層、ハルバーは22階層、ターレは13階層、ボーデは12階層を探索するようになっている。

 

私たちは5人だけど、セリー曰く「中堅どころのパーティーのなかでも上位の力を付けている」とのことだ。

 

22階層では無理なく戦えるし、自分たちがメキメキと強くなっている自覚もある。

ただ、安全重視というご主人様の方針があるので、一足飛びにうえの階層に進むことがない。

だから22階層までしか到達していないのだ。

 

23階層からは、魔物の強さが一段回あがると言われているけど、今の私たちならきっと十分戦えるだろう。

 

 

その日、ハルバーの迷宮22階層で探索を行い、3つ目の尾頭付きを拾うと、ご主人様は本日の探索を切りあげて帝都の服屋に行くと言いだした。

 

「ベスタのメイド服ですか?」

「そうだ。今日が予定日だから取りに行く」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「ありがとうございます」

私たちが全員了承(ベスタは感謝)すると、ご主人様はワープゲートを開いた。

 

帝都の冒険者ギルドにワープして、服屋まで歩いて移動すると、たくさんの視線を感じた。

私はご主人様とセリーから、「注目を集めている自覚が足りない」と何度も注意されたので、街中では出来るだけ人の視線を気にするようにしているのだ。

 

以前は人から見られているなんてまったく考えたことはなかったけど、言われて視線を気にしてみると、私は思った以上にいろんな人から見られていた。

しょうじき自分でも、よく今まで気づかなかったものだと少し呆れてしまったものである。

 

気にしてみると、男の半数はイヤらしい目で、女の半数は睨みつけるような目で、私を見ていた。

でも、残りの人たちは一瞬私を見ても特に気にした様子はなく、私の前を素通りしている。

なので、私は2人に「私を見ても半数の人は気にしていません。だから、そんなに心配しなくてもよろしいのでは?」と伝えた。

すると、ご主人様からは「はぁ〜。あのなあ。それは、男の半分はロクサーヌにイヤらしい感情を抱いているってことだぞ。俺はロクサーヌが他の男と話すだけでも良い気分はしないからな」と怒られ、セリーからも「それは女性の半分はロクサーヌさんの容姿を見ただけで嫉妬しているってことですよ。バラダム家のアノ女のように。

また決闘騒ぎにでもなって、ご主人様に迷惑をかけることになったらどうするつもりですか?」と怒られてしまった。

 

そんなことがあったので、私はご主人様にピッタリと寄り添って腕をつかみ、知らない人から声を掛けられないようにしている。

 

別に声を掛けられたからといって、愛するご主人様のそばから離れることなんて微塵も無いのだけど、みんなから“そうしろ”と言われるので、喜んで寄り添わさせてもらっている。

自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど、このときばかりは美人で良かったって思ってしまう。

 

そんな訳で、街中に出るときは私は公然とご主人様との恋人気分を満喫出来るのだけれど、今日は5分も掛からず目的地に着いてしまった。

 

残念だけど仕方がない。

 

私はご主人様の腕を離して、ご主人様のあとについて服屋の入口をくぐった。

 

◆ ◆ ◆

 

「いらっしゃいませ。服は出来上がっております。少々お待ちください」

私たちが店に入ると,すぐに初老の男性店員が気がついて声を掛けてきた。

 

何度も服を買っているし、エプロンやメイド服をオーダーメイドで作らせているので、ご主人様は上客という扱いなんだろう。

実際他にも客はいるけれど、この店の店員は客の近くに控えるだけで自分から声を掛けてはいないようだ。

 

カウンターに移動して、初老の男性店員がメイド服を持って来るのを待っていると、ご主人様が店の奥のほうをじっと見ていることに気づいた。

 

「あの。何かありましたか?」

「いや、あの奥に掛かっている服。あれはガウンか?」

「えっと、ガウンですか?」

 

ご主人様に言われて店の奥を見ると、真っ白で見るからに薄手の服が掛かっていた。

しかし、服にしてはまったく飾り気がなく何よりちょっと布が大き過ぎる。

あれでは体に軽く巻き付けないと着れないのでは?

それともすごく太っている人の服なのか......。

 

横に掛かっている、服と同じ素材の薄手の白い紐で結んで着るような気がするけど、あのような変わった形の服は見たことがない。

ガウンと言われればそんな気もするけれど、あの薄さだと、カラダのラインが透けて見えてしまうだろう。

偏見かも知れないけど、なんとなく下着のような気がする。

 

「どうでしょうか......」

「わからんか......」

ちょっと考えたけど、結局確証が持てずに私が曖昧に返事をすると、セリーが少し言いづらそうに話しだした。

 

「えっと。あれは」

「お。セリーは知ってるのか」

「神官ギルドで巫女になろうとする志願者に貸し出される衣装です。巫女服の一部をアレンジしたものだとか」

「ほう。巫女服だったのか」

「ずいぶん薄手の服ですけど、普通の服の上から羽織るのですか?」

「いえ。あれ1枚だけを身に着けます」

「えっ!あれだけですか?」

「そうです。あの服は滝に打たれる修行で使います。

滝行といいますが、ずぶ濡れになる修行ですので昔は裸で行っていたそうです」

「そうなのですか」

「はい。今では女性はあの服を着るようになりましたけど、男性は今でも肌着1枚か、ギルドによっては裸で修行を受けるそうです」

 

私たちが奥の服を見ながら話していると、メイド服を持ってきた初老の男性店員が会話に割り込んできた。

 

「あちらは、さる家のご息女が巫女を志すので作った衣装でございます」

「やはりそうか」

「当店で仕立てさせていただければ、絹を使った柔らかな着心地の、本人の体に合った衣装をご用意できます。神官や巫女になる修行は、滝に打たれる荒行でございますから。スタイリッシュで、機能性、ファッション性に優れた一品となります。頼まれるかたも結構いらっしゃいます。いかがでしょう」

「まあ機会があればな」

初老の男性店員は熱心に売り込んだけど、ご主人様に素っ気なく返された。

 

「ふふっ」私は思わず笑ってしまった。

いつもいつも思い通りにはならないわよ。

 

この店員は口がうまい。

ご主人様はいつも言い負かされ、提案されるがまま高い服を買わされている。

ご主人様が買うのは私たちの服だから、良い服だし嬉しいのは嬉しいのだけど、なんだかいつもこの店員には負けている気がしていた。

でも、今日はご主人様は負けなかった。

この店員の提案を軽くあしらったのだ。

 

気づくとセリーもクスッと笑い、ミリアとベスタもニコニコしていた。

ちょっと良い気分だ。

 

と、思っていたらこの店員はご主人様に近づき、小声でささやいた。

「ギルドでの滝修行は男女別で行われます。濡れる修行ですので透けてからだのラインが見えてしまいますが、下もちゃんと着込みますから、問題ありません。

下は着ない場合もあるそうですが」

「そ、そうなのか......」

 

私はすぐ隣りにいたので聞こえたけど、他のみんなには聞こえなかったみたいだ。

 

下は着ない? ......?!

このオジサンなんてことを言ってるの!

濡れて透けるのに肌着を着ないなんて、そんなことあるわけ無いでしょ!

この初老の男性店員は、あたまがオカシイのでは?

 

はぁ~。まったく話にならないわね。

そう思って肩をすくめ、隣にいるご主人様を見ると、驚愕の表情を浮かべていた。

えっ?!どういうこと?

私は一瞬考えて、そしてこの言葉の真の意味に気がついた。

 

ご主人様は驚きが収まると、その顔がニヤニヤしだした。

そして、「濡れて透けるか......」とか、「着なくても良いのか......」とか、ブツブツ独り言を言っている。

 

しまった。遅かった。

 

先にご主人様が一度軽くあしらったから、初老の男性店員がもうアノ服を進めることは無いだろうと思い込んでいた。

油断した。

ご主人様...... やっぱり買うなんて言い出さないですよね?

 

ちょっと焦っている私に構うことなく、ご主人様は「そうか。近いうちにまた来るかもな」と初老の男性店員に告げ、スタスタと出口に向かった。

 

私たちは慌ててご主人様のうしろに付き、一緒に店を出ようとすると、背中からあの店員が「お待ちしております」と声を掛けてきた。

ちらっと振り返ると深々とお辞儀をしていた。

一見礼儀正しい態度だけど、よく見ると口の端が笑っている。

ムッ!なんだかあたまにくる!

今日は注文は受けられなかったから戦術的には負けたけど、将来への布石が打てたから、戦略的には勝ったつもりなんだろう。

モヤモヤするけど街中に出てしまったので、服屋でのことは一旦忘れることにした。

 

私はご主人様に寄り添って、遠慮なく腕に絡みついた。

するとご主人様はちょっと顔を赤らめて、恥ずかしくも嬉しいというような表情を浮かべてくれた。

私は“ご主人様。その表情は反則です!”って叫びたくなり、そしてキスしたくなる衝動を必死に抑える。

ご主人様のくちびるから目が離れなくなり、熱い吐息が出てしまう。

苦しい。街中じゃなければ飛びついているのに。

 

恋人気分を満喫出来るのはすごく嬉しいけど、こんなことを言ったらみんなに怒られそうだけど、こんな生殺しのような状況で我慢し続けるのは頭がおかしくなりそうで、拷問されているのと変わらない気がする。

 

私は全力で衝動を抑えながら、冒険者ギルドまでの道のりを歩いた。

 

◆ ◆ ◆

 

帝都の冒険者ギルドからワープして帰宅したので、私、セリー、ミリアの3人は装備品を外してダイニングテーブルに置くと、ご主人様とベスタを残して衣裳部屋に移動した。

そしてメイド服を取って戻り、ご主人様に声を掛けた。

 

「では着替えますね」

「えっ?」

ご主人様は首をかしげたけど、私たち3人が構わず服を脱ぎはじめると、慌てて止めに入った。

「待て待て待て。落ち着け、ロクサーヌ」

「どうかしましたか?」

「まだ早いだろう」

「えっ?!でも、いつもは......」

「いや。食事の後、身体を拭いてからでいい」

「そ、そんな...... 私...... もう我慢が......」

「その、今からすると、終わるころには日が暮れてしまう。夕食を作らなきゃいけないし、食材も買いに行かなきゃいけない。 

だから、お楽しみは夜までとっておく」

 

私はすっかりその気になっていて、恥ずかしいけど少し濡れはじめていた。

なので、ご主人様の夜までおあずけ宣言に目の前が真っ暗になった。

「そう、ですか......」

 

「ロクサーヌ。悪いな」

「いえ。ご主人様が謝る必要はありません。私が勝手に期待してしまったのがいけないのですから......」

私がうつむいて謝罪すると、ご主人様はスッと近づいて私を抱き寄せた。

そして、「我慢出来なくなるから、これ以上誘惑しないでくれ」と優しい声音で小さくささやいた。

突然のことだったので私は驚き、「は、はい」と返事をすると、ご主人様は苦笑気味に顔をゆがめながらスッと離れた。

 

その後、ご主人様はセリー、ミリアの順に抱き寄せながら何かをささやくと、セリーは真っ赤になって小さく「はい」と答えてうつむいたけど、ミリアは「はい。です」と元気よく返事をして、そして胸を張っていた。

 

ちょっとボーッとしながら見ていたので、ご主人様が彼女たちに何を言っていたのか聞こえなかったのだけど、セリーの対応は完璧ね。

ご主人様はセリーを離したあと、名残惜しそうにしていたわ。

 

ミリアはご主人様から言われたことの意味が、半分わからなかったみたいね。

彼女はご主人様から目をそらしているし、額には汗が浮かんでいる。

それに、返事を聞いたご主人様も、なんとも言えない微妙な表情を浮かべているわね。 

空気を読んだつもりだったのかも知れないけど、残念ながら今回はハズレたようね。

 

最後にご主人様はベスタに抱きついて胸のあいだに顔をうずめた。

背が高いから、抱き寄せるという感じにはならないわね。

ご主人様は、「あとで楽しみにしている」と言うと、彼女はほとんど表情を変えずに「かしこまりました」と生真面目に答えた。

うーん...こっちはこっちで問題ね。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様は義務感でお情けを頂こうとしてもらいたいとは思っていない。

あくまで一緒に気持ちよくなりたいと思っているし、なんなら私たちをいっぱい気持ち良くさせたいと思っている。

だから、私たちが寝てしまったり、体調が悪いときに、無理矢理するなんてことはないのだ。

 

つい先日のことだけど、お情けを頂いたあと、久しぶりに寝ながらご主人様とお話しした。

 

まだご主人様と二人っきりだったころは、お情けを頂いたあとに眠るまでよく話しをしたものだし、なんだか盛りあがってもう一度してしまうこともあったけど、セリーが仲間になってからは一度もなかった。

2人相手に何度もするので、ご主人様は終わるとすぐに眠ってしまうようになってしまったからだと思っていたけれど、私とセリーが二人で話す機会を作って、早く仲良くなって欲しいという想いもあったらしい。

 

その後、ミリア、ベスタと仲間が増えてしまったので、尚更こうやって話す機会はなかったのだ。

 

そのときに聞いたことだけど、じつはご主人様は私の初めてを奪ったあと、眠りについた自分の隣で私が泣いていたことに気づいていた。

自分が私の初めてを奪ったことが原因だとわかっていたし、慰めの言葉を掛けたくても何を話せば良いのか検討もつかなかったから、結局気づかない振りするしかなかったとのこと。

なのでそのときは、すごく罪悪感をいだきながら眠りについたって言っていた。

 

それからもしばらく話しを続けた。

 

「あのときはロクサーヌの魅力に負けて、自分の欲望を押しつけてしまった。本当に済まなかった」

「ご主人様がそのように思われていたなんて......

私のほうこそすみませんでした。

ご主人様は私を性奴隷としてお買いくださったのに、私の覚悟が足りなかった為に、お気持ちを煩わせてしまっていたなんて」

「いや、その覚悟は間違っている。

嫌なことはどんなに気持ちを誤魔化しても良くなるはずはない。その後に良い思い出になることはあっても、そのときその瞬間は、耐え難いことだった。

だから涙を流した。違うか?」

「その通りですけど、今は幸せですよ。

だから、ご主人様に初めてをもらって頂いたことは私にとっては良かったのです。

今更過去を蒸し返しても意味はないですし、何か思うところがあるのでしたら、これから気をつければ良いことです」

「ありがとう。そう言ってくれると気持ちが軽くなるよ。

俺はロクサーヌを愛しているし、他のみんなも大好きだ。形式としては主人と奴隷というかたちだが、俺は家族だと思っている。

だから、皆が嫌がることはしないつもりだし、これから仲間になる人には、出来れば最初から嫌がられることはしたくない」

 

「ありがとうございます。ですが、もし最後のひとりがお情けを受けることを嫌がったらどうしますか?」

ご主人様がこっそりメンバー増員の可能性を示唆したので、私は次が最後のひとりであることを強調しながらちょっとイジワルなことを言ってみた。

 

「うーん。それは困るなぁ~。まあ、気長に受け入れてもらえるのを待つか、待っても無理なら諦めるかな」

「えっ!待てるのですか?!」

「いやいや。たぶん待てると思うぞ。

ロクサーヌと2人だけのときはまったく余裕がなくて我慢出来なかったけど、今なら皆がいるし、何よりロクサーヌがいるからまったく困らないしな」

「はい。もしそうなったら、その時はお任せください」

「はははは。ありがとう」

 

ちょっと脱線してしまったけど......

つまり、ご主人様は私たちが望まなければ、お情けを掛けられなくても仕方がないと考えている。

 

だからこそ、ベスタの答えは微妙だわ。

 

案の定、ご主人様はベスタの心情を測りかね、どう反応したら良いのか分からずに困っているみたい。

救いを求めるような表情で、私のほうを向いてるし......

 

私は一度肩をすくめてからコクリと小さくうなずくと、

ご主人様は安心したようにホッと息を吐いた。

 

ご主人様は改めて私たちに向かい、「今から夕食の食材を買いに行く。夕食のあと風呂に入る。メイド服を着るのはその後だ」と宣言した。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが落ち着くと、夕食の話しになった。

 

「夕食は天ぷらにする。あとは皆に任せる。

白身がたくさん有るから、足りない物を考えてくれ」

「わかりました」

 

「みんな。あとはどうします?」

「そうですね。炒め物で良いのでは?確か玉ねぎの買い置きがありましたよね」

「ありましたね。では、それ以外の炒め物にあう食材を買いましょう。あとでご主人様に兎の肉を頂いて、肉野菜炒めで良いですね」

「そうしましょう」

「炒め物。です」

「良いと思います」

 

「スープも欲しくないですか?」

「そうですね。ハーブティーでは寂しい気がしますので、あっさりした味のスープがあったほうが良いと思います」

「では、トマトベースのスープで良いですか?」

「そうですね。葉野菜を具にして薄味に仕上げましょう」

「そうですね。それで良いでしょう」

「じゃあ決まりということで」

「スープ。です」

「それも良いと思います」

 

「では、肉野菜炒めとトマトスープにします」

4人で話したのだけど、結局私とセリーで内容を決めてミリアとベスタは追従しただけだ。

ミリアは白身以外は興味が無いから仕方がないとして、問題はベスタね。

 

彼女に主体性を持たせるにはどうすれば良いのか......

従順過ぎるからといって、反抗させる訳にもいかないし...... 

悩ましい問題ね。

 

その後、ご主人様にメニューが決まったことを伝え、みんなで食材を買いにまちに出た。

 

◆ ◆ ◆

 

「巫女になるのに修行する滝は、どこの滝でもいいのか?」

夕食中、ご主人様は天ぷらを揚げながらセリーに話しかけた。

セリーが神官ギルドによって修行する場所は決まっているけど滝自体には特に条件が無いことを説明すると、ご主人様は滝行する為に神官ギルドの修行場ではない滝がどこかに無いか、私たちに聞いてきた。

 

すると、ミリアがサッと手をあげて「知ってる、です」といって胸を張った。

ミリアは白身の天ぷらに夢中になっていて話を聞いてないと思っていたので二重の意味で驚いていると、ご主人様に聞かれて彼女は滝について話しはじめた。

しかし、ブラヒム語がまだ十分話せないので、「釣り」とか、「このあいだ」とか、カタコトになってしまい、結局バーナ語で私に通訳を求めてきた。

私はミリアに『お魚を頂いているのだから、もう少し頑張ってね』っと軽く注意してから、彼女から聞き出したことをみんなに通訳した。

 

「先日休みをいただいて釣りをしたとき、近くに滝があるという話を聞いたそうです」

「はい、です」

「ほう。あの港の近くに滝があるのか」

「少し前まで神官ギルドが修行場として使っていた滝があるそうです」

「川魚、釣れる、です」

 

「ハハハハ。魚はともかく修行場として使っていたのならさらに大丈夫か。

なんで使わなくなったかが問題だが......」

「危ない、です」

「危ない?崖崩れでもあったのか?」

「たぶん魔物が出るようになって使われなくなったのでしょう。よくあることです」

「そうなのか?ハーフェンはハルツ公爵領だろう?あそこに迷宮があるなんて聞いてないが」

 

「迷宮自体が領外に有るか、何らかの事情により公には隠されているのかも知れません」

「隠されることなんてあるのか?」

「すみません 。可能性の話です」

「そうか。ところで魔物のせいで 修行場が使われなくなるなんてことがあるのか?」

「はい。迷宮討伐が進まずに強力な魔物が出るようになり、 滅びた町もありますので。

そうなると当然 ギルドも撤退します」

「町がなければギルドは撤退するのか?」

「はい。ギルドの人たちも生活しなければいけませんからね」

「確かにそうだな。となると問題は魔物か」

 

「魔物なら倒せば良いだけです」

「強力な魔物と言っても迷宮の中ほど強い訳ではありません。一般人には脅威ですが、私たちなら問題ないかも知れません」

「そ、そうか。2人がそう言うなら...... それなら使えそうかな。

まあ、一度見てみないと分からないが......」

「そうですね」

「そう思います」

「見る、です」

「私も見なければわからないと思います」

「わかった。今すぐにという訳ではないが、一度見に行くことにする。ミリア、そのときは案内を頼む」

「はい。です」

 

◆ ◆ ◆

 

夕食が終わりお風呂に入ったあと、私たちは肌着を着けてからメイド服を持ってダイニングに降りた。

そして、メイド服を着用し、並んでご主人様をお待ちした。

 

降りるときに、「下で着替えますので迎えに来て下さい」とご主人様にいうと、「えっ?」っとボケていたけれど、ダイニングにきたご主人様に「お願いします」というと、すぐに納得したようだ。

ご主人様は「じゃあ、ロクサーヌから」と言って、私をお姫様抱っこして階段をあがり、寝室に運んでくれた。

その後、セリーとミリアも運んでもらい、ベスタの番になった。

 

メイド服を着ている時、さすがにベスタは重たいかな?と思ったけど、彼女だけ仲間はずれにする訳にはいかないし、楽しそうに着替えている彼女に体重の話なんて出来るわけもなかった。

ご主人様なら何とかしてくれるとは思っていたけど、一抹の不安があったので、ご主人様がベスタをお姫様抱っこして、雑談しながら寝室に入ってきたのを見たときはしょうじきホッとした。

 

ご主人様は背が高い訳ではなくからだが大きい訳でもないが、毎日迷宮で鍛えていることもあり、からだは引き締まっている。

少し前にクーラタルのまちなかで絡まれたときは、相手を殴って3mくらい飛ばしていた。

パッと見強そうには見えないけど、じつはかなり力が強いのだ。

 

それでも、顔色ひとつ変えずにベスタを抱っこして、階段をあがってくるとは思わなかった。

なぜなら彼女は私の倍くらい体重があるのだから。

 

私は改めてご主人様の力強さに感服した。

 

寝室にみんなが揃ったので、私はご主人様に宣言した。

「ご主人様。こよいはわたくしたち4人でご奉仕させていただきます」

「ご主人様はわたくしたちに御身をゆだね、気持ちよくなってくださいませ」

「うむ。期待している」

 

私はご主人様の上着を脱がし、セリーはズボンと肌着を脱がした。

ご主人様が裸になると、私はご主人様の正面に立ち、背中のボタンをセリーが外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

すると、ご主人様のアレがムクムクと立ちあがり、硬くそびえ立つ。

 

次にセリーがご主人様の正面に立ち、背中のボタンをミリアが外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

ご主人様のアレは完全にそり返り、戦闘態勢となっている。

 

次にミリアがご主人様の正面に立ち、背中のボタンをベスタが外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

ご主人様のアレは小刻みに震えだしている。たぶん入れたくて仕方がないのだろう。

 

最後にベスタがご主人様の正面に立ち、背中のボタンを私が外す。そして、メイド服と肌着を脱いで裸になる。

ご主人様のアレは震えが大きくなり、先端からうっすら液体が漏れ出ている。

もう暴発寸前の状態だ。

 

ご主人様の目は血走りはじめ、まるで抑えつけられた獣のようだ。

でも、それは私たち4人も同じだった。

愛撫されてもいないのに、 4人ともすでに秘部から愛液が溢れ出し、ご主人様を受け入れる準備ができている。

たぶんこの状況に酔ってしまったのだろう。

 

次の瞬間、私たちは我慢の限界を超えてしまい、ご主人様に一斉に襲い掛かった。

私はご主人様をベッドに押し倒すと、上にまたがって一気に挿入した。

 

ズチュッ!という音を響かせながらご主人様のアレを迎え入れると、ご主人様から「うっ!」という声が漏れ、私の全身は歓喜で震えた。

私はご主人様に覆いかぶさるようにして一度キスをし、それからからだを起こしてご主人様を見下ろした。

 

「ふふっ。ご主人様。すぐにイカないでくださいね♥」

私はご主人様にひと声かけ、跳ねるようにパンッ!パンッ!と腰を打ちつけはじめた。

すると、ご主人様は両手でグッとシーツを掴み、瞬殺でイかされてしまうのを必死に我慢した。

 

「クッ!ロクサーヌッ! スゴっ! ウッ! クッ!」

ご主人様は目は血走らせて耐えているけれど、短く喘ぐ声が止まらない。

私はご主人様のアレが子宮に当たるのを感じながら、嬌声をあげて何度も腰を打ちつけた。

ご主人様が「うっ...... くっ......」と短く喘ぎながらもイカないように耐えていると、セリーがご主人様の唇に吸い付いて、激しく舌を絡めはじめた。

そして、ミリアはご主人様の右の乳首を、ベスタは左の乳首を舐めはじめる。

 

ご主人様はみんなに覆われて身動きが取れずにもがいていたけど、一瞬からだが硬直すると、次の瞬間にビクッ!ビクッ!っとからだを震わせながら、私の中に精子を注ぎ込んだ。

 

ご主人様はイッてしまったけど、私はまだ満足出来ていない。

もっと...... もっとご主人様が欲しい! 

ご主人様...... もっと...... もっと私を気持ち良くさせて!

「あんっ♥ご主人様、はや~い。もっと頑張って♥」

 

気づくと私は果てたばかりのご主人様に、いつもは絶対にしない相手を子供扱いするような言葉をささやいていた。

そして、ご主人様のアレが私のなかで萎んでしまっていることはわかっていたけど、構わず腰の打ちつけを再開した。

 

以前商館で性奴隷としての教育を受けたとき、お情けをいただく際の技術を習わされた。

そのとき、主人を悦ばせる為の言葉やその使いかたも同時に習わされていた。

私は性奴隷になることは承諾していたけど、心から受け入れていた訳ではなかったので、技術のほうはいつか使うことになるかも知れないけど、あんな言葉使いは絶対にしないと思っていた。

 

なので、ご主人様に腰を打ちつけながら、内心では“なんでこんな言葉がでてしまったの?”とか、“ご主人様は怒った?”とか、色々考えて動揺していた。

でも、ご主人様には効果があったみたいだ。

 

ご主人様は少しのあいだ私に蹂躙されていたけど、急に気配が変わった。

一瞬まるで野獣のような猛々しい気配がご主人様から伝わってきたので背筋がゾクッとすると、ご主人様のアレが私の中でムクムクと大きくなり、そり返り、そして硬くなった。

 

私の言葉で怒ってしまったのかも知れないけど、ご主人様のアレは大きくなったから気持ち良くなって頂けているはず。

だから、ひとまず良しとしておこう。

 

でも、あとでしっかり謝らないといけないわね。

私は今一つ集中出来ずにそんなことを考えていたのだけど、私は甘かったようだ。

ただそれは、ご主人様に許してもらえない状況になっていたなんてことではなく、ご主人様の精力を過小評価していたという意味でだ。

なんとご主人様のアレが、私のなかで更に大きくなりはじめたのだ。

 

「なっ!」思わず驚きの声が漏れた。

す、すごい! どんどん大きくなってる!

私の秘部は今まで以上に押し広げられ、ミチミチと悲鳴をあげている。

そんな!さっきよりも全然大きい!それにすごく硬い!

このままじゃ、こ、壊れちゃうっ!

 

「あひぃっ! なっ! ああっ! ああああっ!」

精液のせいで滑りやすくなった為なのか、それとも色魔の能力なのか?

ご主人様のアレはさっきよりも奥まで届くようになり、子宮のなかまで入ってきた。

 

さっきよりも太くて硬いアレが、さっきよりも奥まで入ってくる。

気持ち良すぎてひと突きされるごとにイキそうになり、私の秘部は私の意思とは関係なく、ご主人様のアレを離すまいとギュウギュウと締めつけだしている。

 

さっきまでは私が主導権を握ってご主人様を気持ち良くさせていたのに、今は何故か、私の意思とは関係なく腰が動いてしまっている。

しかも、ひと突きひと突きがさっきよりも力強く、私は一気に登りつめていく。

「ごしゅっ! あっ! ダメッ! ああっ! イクッ! イッちゃう!」

 

私はイカないように我慢していたけど、すぐに限界がきて絶頂をむかえてしまった。

「あっ! イクッ! ああああああああっ!」

私はご主人様の上でのけぞってビクン!ビクン!と痙攣し、その後一気にからだの力が抜けた。

 

すごい。気持ち良すぎる。そして、とても幸せ♥

私は幸福感に包まれながら、最後の力を振り絞ってご主人様の上からどこうとした。

だけど、私の意思に反してまた腰が動きはじめた。

そして、再び秘部がご主人様のアレを締めつけはじめる。

 

そして気がついた。

私は腰をガッチリ掴まれて、ご主人様に下からガンガン突きあげられていた。

私の意思で腰を振っているのではなく、強制的に振らされている。

いつの間にか主導権がご主人様に移っていたのだ。

 

「ごしゅっ! ダメッ! あっ! イクッ! ああああああああっ!」

私は一気に登りつめ、2度目の絶頂をむかえた。

ご主人様の上でビクン!ビクン!と痙攣し、ガクッとからだから力が抜ける。

しかし、ご主人様は私を開放せずに、下からガンガン突き続けた。

そして、それから2度、3度とイカされるたびにイク間隔が短くなり、ついにはイキ続けるようになってしまった。

 

ご主人様は腰を動かしながら、よがり狂う私に声を掛ける。

「クッ! ロクサーヌ。 いいかっ! コレがいいのかっ!」

「ああっ! イクッ! ああああああああっ! 

ハァッ! あっ! またイクッ! ああああああああっ! 

イッ! ああっ! イクッ! ああああああああっ!」

「ロクサーヌッ! もっとだ! もっとイケッ!」

「ごしゅっ! ダメッ! イクッ! イクッ! イッちゃう! ああああああああっ!

ダメッ! もうダメッ! 壊れちゃうっ! ああああああああっ!

ダメッ! シヌッ! 死んじゃうっ! ああっ! ああああああああっ!」

 

イキ過ぎて意識が朦朧となり、私は意識が飛びそうになったけど、その前にご主人様が限界を迎えた。

「ロクサーヌッ! イ、イクぞっ! ......クッ! クハッ! ハァッ! ハァ ハァ ハァ......」

「ごしゅっ! イクッ! ああああああああああああああああっ! ハァッ! ハァ ハァ ハァ......」

 

ご主人様は私の中に2度目の射精をすると、やっと腰から手を離した。

私は崩れるようにご主人様の上から降り、右隣に転がった。

そして、息を整えながら、ぼんやりとセリーを眺めた。

 

セリーは私と入れ替わるようにご主人様にまたがり、口でアレをキレイに掃除した。

すると、ご主人様のアレはみるみる大きくなり、すぐに硬くなった。

彼女は竿を握って秘部に添え、「ご主人様。私にもタップリお願いします♥」と言って、奥まで一気に挿入した。

入れた瞬間、「ああああっ! いいっ!」と歓喜の声をあげ、腰を打ちつけだした。

そして、徐々にピッチをあげだす。

 

私がご主人様としているあいだ彼女は激しくキスをしていたので、たぶんアレが欲しいのをずっと我慢していたのだろう。

やっと自分の番になり、すごく悦んでいる。

彼女は髪を振り乱しながら嬌声をあげてよがり狂い、激しく腰を打ちつけている。

そして、そのまま一気に絶頂に達してしまった。

 

同時にご主人様も「クハッ!」っと息を吐き、ビクン!ビクン!とからだを震わせて彼女の中に果ててしまった。

すごい!ご主人様が瞬殺された。

相変わらずセリーのアソコは気持ちいいみたいね。

確か、名器っていうのだったかな?

 

セリーはからだをブルブルと震わせて絶頂をむかえると、いつもの彼女とはまったく違う妖艶な雰囲気を醸し出し、恍惚の表情を浮かべてご主人様を見つめた。

「ご主人様。ちょっと早いです。もっとできますよね♥」

彼女は秘部から溢れたご主人様の精子を指ですくうと、ペロッと舌を出して舐め取った。

 

ご主人様は一瞬見惚れて固まってたけど、すぐ瞳に力が戻った。

すると今度はセリーの表情が驚愕に変わった。

たぶん彼女のなかでご主人様のアレが急激に大きく、そして硬くなったのだろう。

 

ご主人様はセリーの腰をガシッと掴み、自分の腰に打ちつけだした。

ズチュッ!ズチュッ!

ひと突きごとに水っぽくて卑猥な音が響きわたり、セリーの秘部から精液と愛液が溢れ出す。

セリーのからだが大きく跳ねあがり、さっきの2倍くらい深々とアレを出し入れしている。

 

セリーは嬌声をあげてよがり狂い、そのまま一気にイカされてしまった。

だけど、私のときと同じで、彼女も開放してはもらえなかった。

そのまま何度もイカされて、ついにはイキ続けるようになった。

 

そのとき、私はイカされ続けているセリーを見ていて、ふと気がついた。

 

彼女はからだが小さいので、ご主人様に入れられるとお腹にアレの形が浮きあがる。

もう見慣れているのでいつもは特に気にならないのだけど、何故か今日は目についた。

 

確かいつもはおへその当たりまで盛りあがっていた気がするけど、今はみぞおち付近まで盛りあがっている。  

すごい、今日はあんなところまで届いている。

やっぱりご主人様のアレ、いつもより大きくなってる気がする。

理由はわからないけど、いつもよりも気持ちが良いと感じたのは、きっとこのせいだったのだろう。

 

そんなことを考えていたら、ご主人様のからだがビクンと跳ねて硬直した。

そして、セリーの中に大量に精液を注ぎ込んだ。

同時にセリーもひときわ大きな声をあげて絶頂を迎え、ガクッと崩れてご主人様の左隣に転がり落ちた。

イキ過ぎて気絶してしまったようだけど、とても幸せそうな顔をしている。

私もそうだったけど、彼女もよほど満足したのだろう。

 

セリーと入れ替わりで、今度はミリアがご主人様にまたがった。

彼女も口でアレを掃除して硬くすると、秘部にあてがって、「ご主人様。いっぱい頑張って♥です」と可愛く言ってみずから腰を落として一番奥まで迎え入れた。

 

「あぅぅ...... き、気持ちいい。ですぅ♥」

ミリアはそう言いながらからだをのけぞらせ、一度ブルリと震えると、彼女にしては珍しく自分から腰を振りだした。

 

しかし、いつもは受け身でいたせいか、私やセリーのように早く腰を打ちつけることが出来なかった。

ミリアは頑張って腰を振ろうとしているけど、気持ち良さでからだが震えてしまい、見ているこっちがもどかしくなるくらいずっとゆっくり動かしている。

彼女は声を出さないようにしているけど、ときどき我慢出来ずに喘ぎ声を漏らしてしまい、ビクッ!と痙攣して動きが止まってしまっていた。

それでもご主人様を気持ち良くさせようと、必死に腰を動かし続けた。

でも、かえってそれが良かったみたいだ。

 

ご主人様は焦らされていることに歓喜を覚えたのか?

両手でガッチリシーツを掴み、目をつぶってミリアの責めに耐えている。

ミリアがビクッ!と痙攣すると、ご主人様は「くっ!」と声を漏らすけど、シーツを握る手に力を込めてイカされまいと我慢している。

しかし、少しすると限界がきたようだ。

 

ご主人様から「クハッ!」っと声が漏れ、直後にビクッ!とからだを震わせた。

直後、ご主人様はバッと上半身を起こして、ガシッとミリアに抱きついた。

そして、ビクン!ビクン!とからだを震わせ、彼女のなかに射精した。

ミリアも同時に一気に絶頂に達したようで、ひときわ大きな声で喘えぐとビクン!ビクン!とからだを震わせた。

 

ご主人様はミリアのなかに出し切ると、彼女を離して上半身をドサッとベッドに倒した。

ご主人様が離れたので、ミリアはご主人様の上から降りようとしたけど、その前にご主人様にガッチリ腰を掴まれてしまい動けなくなった。

 

すると、彼女はちょっと不安そうな顔になった。

私とセリーを見ていたので、このあと自分がどうなるのか想像したのだろう。

そして、その想像は裏切られなかったようだ。

 

次の瞬間、ミリアの目が見開いた。

たぶん彼女の中でご主人様のアレが大きく、硬くなりはじめたのだろう。

 

「うにゃっ! あっ! んんっ! んなあああっ!」

ミリアは自分のなかでアレが大きくなっていくことを感じているのか、ご主人様の上で固まったまま喘ぎ声をあげはじめた。

そして、ご主人様が腰を動かしはじめると喘ぎ声が大きくなり、嬌声をあげてよがりはじめた。

「ひぅっ! イッ! ああっ! んんっ! んんんんっ! んにゃああああああっ!」

ミリアはひときわ大きな声で喘ぎ、からだをブルブルと震わせて絶頂を迎えた。

 

その後、ミリアはご主人様に下からガンガン突かれ続け、何度も絶頂を迎えたようだ。

そして、ご主人様がミリアの中で2度目の射精をするのと同時に彼女も何度目かの絶頂を迎え、そのまま意識を手放した。

 

ミリアがご主人様の上にまたがったまま気を失ったので、私は彼女を引き寄せてご主人様の右隣に寝転がさせた。

彼女は最後のほうはイキ過ぎて、半開きのままの口から涎を垂らしていた。そして、そのまま喘ぎ続けていたせいで、口の端には泡まで付いている。

そんな極限状態で気を失ったので少し心配したけれど、ミリアの顔は幸せそうだったので、私はひとまず安心した。

 

次はベスタの番である。

 

私がミリアをご主人様の上から降ろすと、ベスタがご主人様のアレを口で掃除し始めた。

彼女は長い舌を器用に使い、チロチロとアレの先や裏スジ、カリ首の周りを丁寧に舐め取り、再び大きくなりはじめると、ジュボッ!っと音を響かせて加え込んだ。

そして竿を優しくさすりながらジュボッ!ジュボッ!っと何度かしゃぶると、完全に硬くそり返ったアレを口から離し、ご主人様の上にまたがった。

 

「ご主人様。私も頑張ります。宜しくお願いします」

「お、おう」

ベスタは急に真顔になって挨拶したので、ご主人様は瞬間的に素に戻ってしまった。

しかし、ベスタの秘部がご主人様のアレを飲み込むと、快感に耐えられずに「おふっ! クッ!」と声を漏らした。

 

ベスタはご主人様をまたいだ状態で腰を落としてアレを秘部に飲み込んだけど、バランスを取るためにお腹に両手をついているだけでご主人様にはまったく体重をかけていない。

その状態でパンッ!パンッ!とリズミカルに腰を打ちつけ出すと、ご主人様から「ウッ! クッ!」と短い喘ぎ声が漏れ出した。

ご主人様はまたもやシーツをギュッと握り、ベスタの責めに耐えていたけど、私が両手でご主人様の顔を右に向けさせて唇を重ね、舌をさしこんで絡めると、すぐに我慢出来なくなって、ウッ!と唸ってベスタのなかに射精した。

 

ご主人様がビクン!ビクン!とからだを震わせて出しきったので、私は唇を開放した。

 

「ご主人様。もっと我慢しないといけませんよ。ベスタが満足するまで頑張ってください♥」

私が声をかけると、ご主人様はベスタのお尻をつかみ、アレを秘部に密着させた。

 

ほどなくしてベスタから、戸惑いと歓喜の声が漏れ出した。

「あっ! んっ! ああっ! そんなっ! あひぃっ! 大きいっ!」

ご主人様のアレがベスタのなかで大きく、硬くなっていってるんだろう。

ご主人様は動いていないのだけど、彼女は口の端に泡を吹きながら「あっ! あふっ! あふっ! ああっ!」と喘ぎはじめている。

 

しかし、ベスタがベッタリと乗っているので、ご主人様は動けないような気がする。

これからどうするのだろう?

 

そう思って見ていると、なんとご主人様はベスタのお尻をつかむ手に力を込めて彼女を上下に動かしだした。

すごい。ご主人様はなんて力が強いの!

 

ズチャッ!ズチャッ!グシュッ!ジュボッ!

ベスタが上下に動くたびに卑猥な音が鳴り響く。

そして、彼女はアレが突き刺さるリズムにあわせて喘ぎだした。

 

「あっ! ああっ! 気持ちいいっ! ああああっ! もっと! ご主人様っ! もっと強くっ! ああああっ!」

ベスタは矯声をあげてよがり狂い、歓喜の涙を流している。

「ああっ! すごいっ! ああっ! イクッゥ!」

ご主人様が突きあげる度にベスタの喘ぎ声が大きくなり、ついに絶頂を迎えた。

「ああっ! イキますっ! ああああっ! んあああああああっ!」

ベスタはからだから力が抜け、ご主人様の上にドサッと倒れた。

すると、ご主人様の顔が彼女の胸に埋まってしまった。

ご主人様は一瞬「んんんんっ!」と苦しそうに唸ったけど、すぐに彼女を抱えて横に転がりご主人様が上になった。

ご主人様はベスタの両足をM字に開くと、そのまま彼女の秘部にアレを突き刺した。

 

「あひぃっ! ご主人様っ! まだっ!」

ベスタは少し休みたかったようだけど、ご主人様はお構いなしに責め立てた。

ベスタは激しく責められると、「ああっ! すごいっ! ああああっ! またイクッ! イキますっ!」と喘いですぐに登りつめていく。

そして、彼女はからだをのけ反らせると「んあああああああっ!」と叫んで絶頂を迎え、ガクッとからだから力が抜ける。

 

しかし、ご主人様は腰を動かし続けているので、息を整える間もなく再び感じはじめた。

「ハァ...ハァ... んあっ! ああっ! ああああ! あひぃっ! またイクッ! イキますっ!」

そしてすぐに登り詰め、再び絶頂を迎えた。

 

その後も彼女は何度もイカされて、ご主人様が彼女のなかに2度目の射精をすると、事切れたように眠ってしまった。

 

私はご主人様の前にしゃがみ込み、口でアレをお掃除してから声を掛けた。

 

「ご主人様。お疲れ様でした。その、途中からみんなおかしくなってしまいましたけど、いかがでしたか?」

「いや、ロクサーヌ。素晴らしかった。

俺も途中からおかしくなってしまったし、今までで1番だったと思う。ありがとう」

「いえ。ご主人様に喜んで頂けて良かったです。それに、私たちのほうこそ、いっぱい可愛がって頂きました。こちらこそありがとうございました」

 

お礼を言うと、ご主人様は私にキスをして、それから裸のまま倒れている3人に肌がけをかけてあげていた。

すっかり落ち着いたので、私は気になったことを聞いてみた。

 

「ご主人様。その、2回目のが凄く気持ち良かったのですけど」

「フッ。良かったか」

「はい。今までで一番。私は何とか持ちましたけど、他の皆はイキ過ぎて気絶してしまっています。こんなこと、初めてです」

「皆が魅力的過ぎたんで、凄く興奮してしまった。今日は調子が良かったってことだな」

「ご主人様。そういうことではないと思います。その、2回目のとき、アレが大きくなりましたよね?」

「まあ、毎日しているから、そっちのほうも成長しているってことだ」

「大きさが変えられるようになったのですか?

その、みんな1回目のときは、いつものサイズでしたよね?」

「気づいたか」

「それは気づきますよ。私だけじゃなく、全員気づいたと思います。毎日しているのですから、ご主人様のサイズは把握していますので」

「ハハハハ。把握してんのか。まいったな。

いや、正直に言うと、俺のなかで何かが変わったようだ」

「えっ?」

「ロクサーヌにイカされたあと、色魔の精力増強のスキルが一段強くなった気がする。

自分でも分かるくらい股間が膨張して、そして、獣にでもなったように力が湧いて来たのだ。

まぁ、性獣化したとでもいう感じかな?」

 

「そうだったのですか。さすがはご主人様です」

「いや。それがさ、ずっとは続かないんだよな」

「そうなんですか?」

「ああ。力が湧いたり、湧かなかったりする。

それに、股間が膨張する以外に何か別の効果があるのか?良くわからないから、調べないとな」

「実験しますか?」

私はそう言いながら、ご主人様にキスをした。

 

「いいのか?」

「はい。私はご主人様に可愛がっていただけるのなら......いつでも♥」

私が答えると、ご主人様はもう一度キスをして私の胸をもみ始めた。

それから私たちは気絶している3人の隣で、実験を開始した。

 

そして...... 

気づいたらご主人様の腕を枕にして横になっていた。

 

あのあと夜が更けるまで実験を繰り返したけど、残念ながらご主人様が性獣化することはなかったし、途中で私は気を失ってしまったようだ。

 

ご主人様は既にお休みになっていたので、私は起こさないようにそっとキスをしてから、ご主人様の腕を枕にして眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索はクーラタルの迷宮21階層からはじまった。

ボス部屋近くの小部屋に移動すると、ボス部屋に向かう途中でケトルマーメイド4匹の群れと遭遇した。

 

私は前衛の2匹を引き付けて攻撃を躱しながらレイピアを突き刺し、ベスタが前衛の1匹を引き付けて鋼鉄の剣で攻撃を受け流し、隙を見て二刀を叩きつける。

ミリアは前衛の魔物の間をすり抜けて、後衛の1匹を引き付けると、攻撃は盾でいなしながら隙を見て硬直のエストックで切りつけ、何度目かの攻撃で石化させた。

 

前衛のケトルマーメイドは何度か魔法を放とうとしたけど、全てセリーに強権の鋼鉄槍で突かれてキャンセルされてしまう。

後衛のケトルマーメイドは石化される前に私を狙って1発だけ水魔法を放ってきたけど、からだを右に傾けてかわしたのでダメージは受けなかった。

 

そうして私たちが魔物の攻撃をブロックしているうちに、ご主人様がサンドストームを連発し、3分ほどで戦闘が終了した。

 

そのままボス部屋に直行。

私たち4人でボスのボトルマーメイドを囲んでタコ殴りにしている間に、ご主人様がお供のケトルマーメイドを瞬殺した。

そしてこちらに合流すると魔物の死角から斬りかかり、すぐにボスを煙に変えた。

今度は2分と掛からず戦闘が終了した。

しかも、先ほどの戦闘と合わせても、まだ誰もダメージを受けていない。

 

魔物との戦闘に加え、戦闘後の装備品状態確認、ドロップアイテム収集、迷宮内の移動を含めても、今日は探索開始から15分もたっていない。

 

迷宮では何が起きるかわからないから決して油断してはいけないけれど、私たちが22階層に進むことに誰も文句は言えないだろう。

 

ご主人様は「今日は順調だな」と呑気な感想を漏らしたので、私が「ご主人様がお強いからですよ」と言いながらご主人様の腕に触れると、セリーも「普通のパーティーならもっと大変なはずです。楽させてもらってます」と言ってご主人様の袖をちょこんと摘んだ。

 

ご主人様はちょっとだけ赤くなって、「さ、先に進もう」と言って上の階層にあがる扉に向かった。

 

全員が扉をくぐるとすかさずセリーのブリーフィングが始まった。

「クーラタル二十二階層の魔物はクラムシェルです。水魔法に耐性が有り、土属性が弱点です。体当たり攻撃が基本ですが、噛みつき攻撃、水弾、単体水魔法の攻撃もあります。

噛みつき攻撃と水弾を打つときは、事前に貝殻が開きます。成れないうちは開いたら少しさがって様子を見て下さい。

あと、貝殻は硬いので、可能なら口のなかを攻撃して下さい」

セリーの説明を聞いて、ご主人様と私はうなずき、ミリアとベスタは「はい。です」「わかりました」と返事をした。

 

「クラムシェルが残っていたのか......

一応一回だけ戦ってみてから、ハルバーに行くか......」

セリーのブリーフィングが終わると、ご主人様がぼそっとつぶやいた。

どうやらクラムシェルは気にくわないようだ。

 

「ロクサーヌ、クラムシェルのいるところに案内してくれ」

「かしこまりました」

魔物を探すと、右のほうからクラムシェルとケトルマーメイドの匂いがしてきた。

たぶんクラムシェルは3匹、ケトルマーメイドは2匹だ。

左からもクラムシェルの匂いがするけど、だいぶ遠くにいるみたいだ。

ご主人様に報告すると、「近いほうで良い」と言われたので、5匹の群れに向かった。

 

私は先導して通路を進むと、1分ほどで通路の先に魔物が見えてきた。

「いました」

私がそう告げると、即座に右にベスタ、左にミリア、うしろにご主人様とセリーが並んで陣形を組み、ご主人様を除く4人は魔物にむかって駆け出した。

次の瞬間、ご主人様のサンドストームが炸裂し、魔物は砂塵に包まれて斬り刻まれる。

魔物の群れが動けなくなっているうちに私たちは間合いを詰め、砂塵が消えると同時に斬り掛かった。

 

私は前衛左と中央のクラムシェルを引き付け、ベスタが前衛右のケトルマーメイドに斬り掛かった。

ミリアは中央と右の魔物の間をすり抜けて、後衛2匹を引き付ける。

セリーは私とベスタのあいだ、ややうしろに陣取って、

魔物の魔法攻撃を警戒しながら真ん中の魔物がベスタ側に流れないよう槍で突いて魔物の向きをコントロールする。

そして、私たちが魔物を抑え込んでいるうちに、ご主人様がサンドストームを連発する。

朝イチの21階層と全く同じ戦い方で、今回も魔物に完勝

した。

魔物は5匹いたけれど、全て倒すのにかかった時間は3分半。21階層よりは魔法一発分長く時間が掛かったけど、全然許容範囲だ。

クラムシェルとケトルマーメイドはともに土属性が弱点なのでこの階層は戦い易いわね。

 

「ご主人様。このままここで戦っても宜しいのではないでしょうか?」

「確かにクーラタルの22階層は戦い易い。ロクサーヌの意見はもっともだ。

だが、ハルツ公爵との約束もあるので残念だがハルバーに行こうと思う」

「そうですか...... 鏡も買ってもらってますし、仕方がありませんね」

「まあ、そういうことだな」

私とご主人様がお互いに肩をすくめると、それを見ていたセリーがぼそっとつぶやいた。

 

「本当にそれだけなのでしょうか......」

セリーからすると“フッ”と笑って流されてもいいつもりで言ったなにげないひとことだったけど、ご主人様の反応は劇的だった。

 

「い、いや。相手は公爵だからさ。

その、恩を売っておけば、将来その、役に立つかも知れないだろう?」

セリーの言葉にご主人様はあきらかに動揺した。

 

えっ!どういうこと?何か隠してるの?!

予想外だったので私も動揺し、少し大きな声で突っ込んでしまった。

「ご主人様。他にも何か別の理由があるのですか?」

「い、いや。たいしたことじゃ......」

 

いったいなんだろう......

私たちには言えないこと?

 

落ち着いて考えると、なんとなく引っかかることがある。

 

まず、何故ハルツ公領の迷宮探索を優先しなければならないのだろう。

鏡を買ってもらっているから仕方がないのかと思っていたけど、3か所全てに行く必要はないのでは?

ちょっと頼まれたくらいなら、どこかの迷宮に腰を落ち着けても良いし、こんなに本格的に探索する必要はないはずだ。

 

ワープがあるから迷宮間の移動を気にしなくて良いのだけど、だからこそ普段はクーラタルの迷宮を探索して、申し訳がたつ程度にハルツ公領のどこかの迷宮に入ることだって出来るはず。

 

では、なんで?

なんでハルツ公爵に協力するの?

 

最初、公領の迷宮に入ることになったとき、セリーの指摘でハルツ公爵がご主人様をいいように使おうとしていることには気づいていたはず。

それなのに、もう2ヶ月以上もずっと真面目に協力している。決闘騒ぎでは迷惑をかけていたのかも知れないけど、盗賊団を仕留めたことに比べればたいしたことではないはず。

しかも、ご主人様は公爵本人のことは「何を考えているのかわからない」って不審に思っているのにだ。

 

そもそも相手が公爵だからといって、思慮深いご主人様がホイホイ協力するとは思えない。

本当にハルツ公爵のため?

それとも他の誰かに頼まれた?

 

もし、誰か別の人に頼まれたとして、公爵以上にご主人様に影響を与える人がいるのだろうか......

 

私が思考の海に沈んでいると、セリーが「怪しい」と言いながらご主人様の顔を覗き込んでいた。

ご主人様は「本当にたいしたことじゃないから」と言ってはいるが、微妙に視線を逸らせている。

 

因みにミリアも「怪しい。です」と言ってセリーと一緒にご主人様を覗き込んでいる。

たぶん彼女は空気を読んで、セリーに合わせたほうが良いと思ったのだろう。

 

そしてベスタは「......」無言だ。

それになんだかソワソワしている。

表情を見る限り私たち側に付きたそうだけど、ご主人様を糾弾する勇気はないのだろう。

 

少しして、セリーが“はぁ~”とため息をついて、「わかりました。でも、今度ちゃんと教えてください」と言って追求を諦めると、ご主人様はあきらかにホッとした顔になった。

その顔を見たとき、私はハッ!と気がついた。

 

ご主人様のこの感じ...... 私にはちゃんと話さない...... 

たいしたことじゃない? ではなんで教えてくれないの?

これって...... 

女なんじゃないの?!

 

次の瞬間、私はご主人様の腕をガッ!と掴み、驚いて私を見たご主人様と目を合わせた。

すると、ご主人様はものすごく焦り、「ろ、ロクサーヌ。誤解だ! お、俺はお前を、お前たちを愛している」と慌てて叫んだ。

やっぱり女だ。間違いなかった!

 

「本当ですね?」

「あ、当たり前だ」

「浮気は許しませんよ?」

「大丈夫だ。何があってもロクサーヌが一番だ」

私はご主人様の瞳の奥をじっと覗き込んだ。

ご主人様は怯んでいたけど、その目に嘘はないように感じられた。

 

私が一番という言葉に嘘はない。なら、メンバーはあとひとり増えることになるんだし、私も少しは我慢しなくちゃいけないわね。

私はそう思い、今回は許すことにした。

 

「わかりました。なら、この話はおしまいです。

近いうちに最後のメンバーが増えることになるかも知れませんが、ご主人様が選んだ人なら問題ないでしょう」

 

私はそう言ってからセリーたちを見て、「皆さんも宜しいですね?」と聞くと、全員無言でコクコクとうなずいた。何故かご主人様も同じようにうなずいていた。

 

「では、迷宮探索を再開しましょう」

私がそう宣言すると、ご主人様は「で、では、ハルバーに移動する」と言いながらワープゲートを開いた。

 

その後、ハルバーの迷宮22階層に移動して3時間ほど探索を行い、その日の早朝探索を終了した。

 

 

数日後、セリーからこのときのことを聞いたのだけど、このとき私は顔は笑っていたものの、目が深淵のように真っ黒で全く笑っていなかったらしい。

その顔を見てセリーたちは背筋がゾッとし、何かひとつでも答えを間違えたら“きっと後悔することになる”と思ったそうだ。

そして、その顔を至近で見ていたご主人様はたいそう恐ろしかっただろうと言われてしまった。

 

確かにあのとき、

ご主人様の声は震えていたような気がするけど、すぐにもとに戻っていたから問題はないわね。

 



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巫女になりました(後編)

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様と可愛い後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

いま私たちは早朝探索を終え、朝食を取るために家に帰ってきたところだ。

 

先ほど早朝探索中にご主人様の浮気疑惑が浮上したけど、浮気はしないと約束してくれたことと何があっても私が一番という言質を頂いたので、実はちょっと気分が良かったりする。

ただ、何故だかよくわからないけど、探索しているあいだ中、妙にみんなが大人しかった。

ご主人様なんか、いつもの3倍くらい優しかった気がする。

ちょっと“お話し”しただけなのに......

 

朝食を取った後、ご主人様は「帝都に寄ってから迷宮に行く」と言いながらワープゲートを開いた。

帝都ってことは昨日見た巫女の服かな?

ご主人様が服屋に行くって言ったら確定ね。

 

ゲートをくぐって帝都の冒険者ギルドに移動し、そこから帝都の街中に出たので、私はご主人様に寄り添い腕を絡めた。

すると、彼はちょっとビクッ!とからだを震わせたけど、すぐに私に話しかけてきた。

 

「えっと。服屋へ行って、昨日見たような服を作ってもらおう......と、思うのだが......どうだろう」

「昨日見た巫女のですね。ご主人様が宜しいのでしたら」

う~ん残念。また散財させられてしまうようね。

結局またあの店員にしてやられたってことか。

それはともかく、そろそろいつものご主人様に戻って欲しいのに......

 

私が返事をすると、ご主人様は「そ、そうか。ありがとう」と私にお礼を言ってから、「そうだ。服は全員に作るから」と宣言した。

はぁ~。ほんとにそろそろ戻ってくれないかなぁ......

 

するとセリーが慌てて「わ、私は……」と服を辞退しようとしたけれど、ご主人様に「大丈夫だ。セリーは滝行をしたことがあるのだし、いろいろ教えてくれ」と説得されて渋々了承した。

 

セリーは以前巫女になろうとしたけど、なれなかったことがある。だからもう一度修行したところで意味はないと思っているのだろう。

でも、鍛冶師のときもそうだったけど、一度ダメでもご主人様に導いてもらえばなれるかも知れない。

だから、私はセリーが前向きになるよう声を掛けた。

 

「セリー。これはチャンスですよ」

「えっ! どういうことですか?」

「今回はご主人様が一緒です。だから、必ずあなたもなれるはずです」

「いえ。ロクサーヌさん。私には素質がなかったのです。だから、いくらご主人様が一緒だからと言っても......」

「セリー。それは違います。

素質の有る無しで決まるのでしたらあなたが鍛冶師に成れたのはおかしいですよね?」

「えっ......」

私が問いかけると、セリーは俯いた。

そして「そんなはずは......」とか「客観的に考えると......」とかブツブツつぶやいて、ハッ!として顔をあげた。

 

「つまり、鍛冶師になるためには探索者レベル10以外にも何か条件があって、私が転職しよ...ン!ムゥ......」

セリーは核心に気づいたようだけど、ご主人様に口をふさがれた。

「セリー。その話は帰ってからしよう」

「......はい。ご主人様。すみませんでした」

「ご主人様。申しわけありませんでした」

「いや。ふたりとも謝らなくて良い。

だが、たぶん次は大丈夫だ。セリー。わかったな?」

「はい」

「ロクサーヌもいいな」

「かしこまりました」

「良し。では、まずは服を用意しないとな」

ジョブのことは内密にしないといけないことなのに、こんな往来で話してしまい、ご主人様に軽く怒られてしまった。ちょっと反省しないと。

でも、ご主人様の雰囲気がいつもの彼に戻ったので、良しとしておこう。

 

その後、服屋に着くと、ご主人様はいつもの初老の男性店員に私たち4人用の巫女の服を注文した。

初老の男性店員がニヤニヤしながら、「寸法などは分かっておりますが、確認のために軽くチェックをさせてください」と言ったときは、この店員に私たちのからだの隅々まで知られているような気がして身の毛がよだったけど、ご主人様が何も言わなかったので私たちは素直に従った。

 

私たちは女性店員に奥の部屋に案内されると、肌着以外は脱ぐよう指示されて、からだの各所のサイズを測られた。

そのとき、女性店員が何か書いてある羊皮紙を持っていたので、ちらっと見ると私たちの名前と各所のサイズが書かれていた。

そして、目の前でサイズが変わったところを書き直した。

 

ちょっとドキドキしたけれど、私は腰まわりが2センチ絞れただけで、他のサイズは変わらなかった。

私は毎日迷宮探索で鍛えているから絞れたのだと思ったけど、横から覗き込んだセリーから「ふふっ。さすがはロクサーヌさんです。いつも激しいからですね」と言われてしまった。

私はセリーが何を言っているのか一瞬わからなかったけど、すぐに夜のことだと気がついた。

 

「そ、そんなわけないでしょ!」

私は恥ずかしくてちょっと声が大きくなってしまうと、サイズを測っていた店員にクスッと笑われてしまった。

 

私が恥ずかしがっているあいだに女性店員はセリーのサイズを測りはじめた。

すると、なんと彼女は胸が4センチも大きくなっていた。

セリーは書き直された数字を見て、とても嬉しそうな表情を浮かべていたので、私は彼女の耳もとで「セリー。ご主人様に、毎日いっぱい揉んで頂いたお礼を言わないといけませんね」とささやくと、耳の先まで真っ赤になった。

 

女性店員は再びクスッと笑いが漏れてしまったけど、すぐに真顔に戻して残りの箇所のサイズを測った。

さすがは一流店の店員ね。

あの男性店員は彼女の接客態度を見習うべきだわ。

 

そんなことを考えていると、女性店員はミリアのサイズを測りはじめた。

そして、その後はベスタのサイズを測り、それが終わると女性店員は「サイズの確認は終了しました。お戻り頂いても大丈夫です。お疲れ様でした」と言って、深々とお辞儀をして退出した。

 

因みにミリアとベスタはふたりともサイズ変更はなかった。

まあ、前回サイズを測ってから何日も経っていないので当たり前なのかも知れないけど、何故かふたりとも残念そうだった。

 

私たちは服を着て、みんなでご主人様のところに戻ると、ご主人様は初老の男性店員に代金を支払っているところだった。

 

銀貨が何十枚もある......

私たちが申しわけなさそうにしている横で、男性店員は「毎度ありがとうございます」と言いながら勝ち誇るようにニヤニヤしていた。

さすがにムッ!としたけれど、今更文句を言っても仕方がないので私は気持ちを切り替えてご主人様に寄り添っった。

 

「ご主人様。本当によろしかったのですか?」

「ああ。5日で出来上がるから、楽しみにしていてくれ」

「はい♥」

私が必殺の微笑みで返事をすると、ご主人様は「喜んでくれてなによりだ」と言って顔を赤らめ、ポリポリと頬を掻いた。

 

その後ハルバーの迷宮22階層で探索を行い、夕方になったので私が探索終了を提案すると、ご主人様は家に帰って実験すると言い出した。

 

「実験ですか? 風呂を入れるのでは」

「まあ風呂を入れる実験だ」

私がどんな実験か想像出来ずに小首をかしげると、セリーが会話に入って来た。

 

「連続で使えるようになったからですね」

「まあ、そうだな」

私はわからなかったけど、セリーには察しがついたようね。でも、連続ってどういうことかしら?

 

「風呂、です」

「はい。楽しみですね」

私が疑問に思っている隣で、ミリアは風呂に入れることを純粋に喜び、ベスタは当たり障りのない無難な返事をした。

 

「では、実験も大切だがお腹も空いてきたから、食材を買って家に帰ろう。」

ご主人様はそう言いながらワープゲートを開いた。

そして、クーラタルの迷宮1階層に移動すると、そこから外に出た。

それから、いつもの八百屋やパン屋で夕食の材料を買って帰宅した。

 

◆ ◆ ◆

 

帰宅すると玄関ドアの隙間にメモが挟まっていた。

また私たちが出かけているうちに誰か来たようだ。

 

確認するとメモはルーク氏からで、ヤギのモンスターカードを五千五百ナールで落札したとのことだった。

私が内容を伝えると、ご主人様はその場でセリーにカードの効果を確認し、そしてすぐに2人で商人ギルドに出かけていった。

 

私はミリアとベスタに声を掛けた。

「2人が戻ってくる前に、装備品の手入れを終わらせておきましょう」

「はい。です」

「わりました」

私は2人に方法を教えつつ、装備品の手入れを行った。

すると、15分ほどでご主人様たちが帰ってきた。

思ったよりも早い帰宅だ。

 

「ご主人様。おかえりなさいませ」

「ただいま。ロクサーヌ」

「装備品の手入れはあらかた終わりました」

「そうか。ありがとう。じゃあ俺は風呂を入れてくるから、ロクサーヌたちは夕食の準備を頼む」

ご主人様は私にお礼を言いながら、ひとりで風呂場に向かっていった。

しかし、10分後に「ロクサーヌ。いつものやつ頼む」と言いながら戻ってきた。

 

私とご主人様は装備を着けると、ワープでクーラタルの迷宮7階層に飛んだ。

そして、魔物を探すと、すぐにスローラビット3匹の群れを見つけた。

私たちは魔物に駆け寄ると、まずご主人様がデュランダルを振り上げて大上段からの一刀で1匹を瞬殺する。

私は1匹をレイピアで突いて体当たりを止め、1匹を鋼鉄の盾で弾いた。

 

私が2匹を牽制しているうちにご主人様は魔物の横に回り込み、袈裟斬りで2匹目を倒した。

そして、返す刀で最後の魔物を薙ぎ払い、3匹目も一撃で煙に変えた。

 

最初に7階層の魔物と戦ったときは2人で魔物3匹を倒すのに苦労していた気がしたけど、今では1分もかからない。

魔物を倒したのは全てご主人様で私は抑えていただけだけど、それでも実感出来るくらい強くなっている。

ご主人様と出会ってからまだ半年だけど、私は騎士になれたしもうすぐ巫女に挑戦させてもらえるようだ。

自分がどこまで強くなれるのか?

じつは密かに楽しみにしている。

 

その後、スローラビットにミノやコラーゲンコーラル、チープシープが混ざることがあったけど、全て1分掛からずに倒しきれた。

そして、魔物の群れと4度戦うと、ご主人様は「MPは回復したからそろそろ戻るか」と言い出した。

まだ迷宮に来て10分も経っていないけど、魔物は11匹も倒している。

私は今のご主人様はもっと上の階層でも魔物を瞬殺出来たはずなので、何故7階層にしたのか不思議に思い、家に帰る前にちょっと聞いてみた。

 

「ご主人様。何故7階層だったのですか?」

「ん? 8階層から上は魔物が4匹になることがあるだろう。探索や経験を積もうと思っている訳ではないから危険は極力少ないほうがいい。

ここなら魔法や毒を使う魔物はいないし、多くても3匹だから、ロクサーヌと2人なら最適だと思う」

「なるほど。確かにそうですね。戦闘に時間がかかると他の探索者に会う可能性も高くなりますから、クーラタルの7階層は最適ですね。

まあ、他のメンバーもくればもっと上でも大丈夫なんでしょうけど」

「いや。2人っきりがいいんだけど......」

私が返事をするとご主人様は少し恥ずかしそうにつぶやいた。

 

「あの。私もです。

みんなには悪いのですけど...... これからもここにして頂けると嬉しいです」

私は一瞬でからだが熱くなり、嬉しさで心が満たされた気がした。

 

「ああ。そうするつもりだ。ムードのあるところじゃなくて済まないが。これからもよろしくな」

「はい。旦那さま♥」

私は返事をすると、我慢できなくなってご主人様に抱きついて唇を重ねた。

 

私たちが家に戻ると、夕食作りの指揮はセリーが取っていた。

私は装備品を外して夕食作りの手伝いをはじめ、ご主人様は風呂を入れに2階にあがっていったのだけど、10分くらいでまた降りてきた。

 

再度装備品を着けて迷宮に行き、およそ10分間でご主人様は魔物の群れを5度。12匹を倒してMP回復し、家に帰ったのだけど、風呂場に向かうとまた10分後に迷宮に行くと言いながら戻ってきた。

 

1回目、2回目はなんとも思わなかったけど、さすがに3回目なので疑問に思い、ご主人様に聞いてみた。

 

「ご主人様。いつもより迷宮に行くペースが早くないですか?」

私が質問すると、ご主人様ではなくセリーが答えた。

 

「ロクサーヌさん。ご主人様は魔法を連続で使えるようになりました。なので、MPも今までより早く無くなるのです」

「そういうことでしたか。それで頻繁に回復させる必要があったのですね」

「そうです。でも、そのぶん早くお風呂の準備が出来るはずです。それに、迷宮では早く魔物を倒せるので、私たちの負担が減っているのです」

「確かにそうですね。魔物を抑える時間が減ったので、ご主人様の魔法が強くなったとは思ってましたけど。

さすがはご主人様です。

それに、気づいたセリーもさすがですね」

「いえ。私は1段うしろから全体を見ていたから気づいただけです。

それよりも、無詠唱で魔法を連続で撃てるご主人様が桁外れなのです」

「セリー。そこは、ご主人様ですから」

「確かに。本当にすごいご主人様です」

 

私とセリーが互いにコクリとうなずくと、横で黙って聞いていたご主人様が、恥ずかしそうに頬を掻きながらつぶやいた。

 

「ハハハハ。説明いらずだな。それと、褒めてくれるのは嬉しいのだが、恥ずかしいから褒め過ぎ注意ということで」

「ふふっ。ご主人様。努力しますね」

「はい。ご主人様。私も努力します」

「本当か? まあ、頼むな。それと、ロクサーヌ。ラスト1回。いいかな?」

「はい。喜んで」

 

雑談していた雰囲気のまま、酒場の給仕のような返事をしてしまったけど、私は再び装備を着けていてハッとした。

MP回復のためだから行くのは低階層だとはいえ、迷宮では何が起こるかわからない。

気を引き締めないといけないわね。

 

そして、私とご主人様は3回目の魔物狩りに向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様はお風呂の準備をお終えると、私たちを手伝いに一度キッチンに来たけど、今日は4人で取りかかっていたため狭くて手が出せない状況だった。

すると、「ここは任せる」と言って出ていった。

 

ほどなくして料理が出来始めたのでダイニングに運ぶと、ご主人様がダイニングテーブルを拭いて、食器を並べはじめていた。

「ご主人様。準備は私たちが行いますので休憩なさっていてください」

「いや。特にやることがなかったから、気にするな」

「申しわけありません」

「だから気にするなって。好きでやってるんだから」

「ありがとうございます」

私がお礼を言っていると、セリーたちが出来上がった料理を運んで来た。

 

「今日のメインはボルシチです」

「おお。セリーの得意料理だな」

「あと、トマトと葉野菜のサラダにこの前ご主人様に教えて頂いたドレッシングをかけてみました」

「覚えていたのか」

「簡単ですからね。それにベスタがいるからレモンを絞るのに苦労しませんし」

「はい。お任せください」

「あと、白身を魚醤とコボルトスクロースで甘辛く煮付けました」

「おお。これもうまそうだな」

 

ご主人様はセリーから本日の献立を聞くと、みんなに席に着くよう促してボルシチを配った。

 

夕食中。

いつものように雑談していると、ジョブを獲得する条件の話になった。

 

「そう言えば、服屋に向かう途中で、鍛冶師になるための条件の話をしていましたね」

「そうでした。ご主人様。鍛冶師になるためには、探索者レベル10以外にも条件が有ったということですよね?」

朝のことをセリーに確認すると、彼女は思い出したようにご主人様に質問した。

 

「そうだ。セリーは棍棒の一撃で2匹のコラーゲンコーラルに攻撃出来た直後に、鍛冶師のジョブを獲得した。

だから、鍛冶師になるための条件のひとつは、“一撃で2匹の魔物に攻撃する”ということだ。ただ、鍛冶師になるための条件が、2つだけとは限らない。他にも条件が有るけどセリーは既にクリアしていたかも知れないからな」

「つまり、ジョブに着くには、素質ではなく一定の条件を満たすことが必要ということですか?」

 

「そうだ。この際だからみんなにも言っておくが、あるジョブに着くにはギルドに加入して修行することが条件なのではなく、いまセリーが言った通りで一定の条件を満たすことが必要なんだ。

ギルドでの修行はこの一定の条件を満たすために行われている。そして、修行しても一定の条件を満たせなければ、ジョブを獲得出来ない」

 

「では、私が巫女になれなかったのは、何かの条件が満たせていなかったと」

「そういうことだ。迷宮に入ると探索者、魔物を剣で倒すと戦士や剣士、素手で倒すと僧侶、槍で倒して戦士の経験を積むと騎士、毒針で倒して戦士の経験を積むと暗殺者になれる。探索者レベル30になると武器商人、防具商人、料理人になれるし、迷宮内でリーフを拾うと薬草採取士に、石鹸を作ったら錬金術士にもなれた。

なら、巫女も同じで何らかの条件を満たせばなれるはずだ」

「セリー。もう一度言いますけど、これはチャンスですよ」

「そうですね。ご主人様が一緒なら今度こそ巫女になれる気がしてきました」

「大丈夫。俺の見立てでは全員巫女になれるはずだ」

「わかりました。ご主人様。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よろしく。です」

「私もよろしくお願いします」

 

最後にほとんど会話に入って来れなかったミリアとベスタには念を押しておくことにした。

「ミリア。ベスタ。 今さらわかっているとは思いますが、全て内密にしないといけませんからね」

「はい。内密にする。です」

「はい。内密にします」

 

2人に釘を刺すと、ご主人様は「5日後は朝食のあと、帝都の服屋に寄ってからハーフェンの滝に向かう。ミリア。案内頼むな」と言って彼女に歩み寄り、おもむろにあたまを撫でた。

 

その後、みんなでお風呂に入り、それからいっぱい可愛がって頂いた。

残念ながら、ご主人様が性獣になることはなかったけど、全員ご主人様に満足させて頂いたので、翌朝はみんなお肌が艶々になっていることだろう。

 

最近ちょっと思うのだけど、私たちって...... 

ご奉仕されていませんか?

 

◆ ◆ ◆

 

5日後。

朝食の後、全員で帝都の服屋に行った。

 

店に入るとすぐに初老の男性店員が私たちを見つけ、「いらっしゃいませ。注文いただいた品も出来上がっております」と言いながら近寄って来た。

「うむ」

ご主人様が短く返事をすると、男性店員は「どうぞ。こちらまで」と言って、私たちをカウンターの前まで案内した。

 

カウンターの前に行くと、奥に真っ白な服が掛かっていた。大小合わせて4着あるから間違いなく私たちの服だろう。

そう思っていると、案の定男性店員が奥にいた女性店員たちに指示し、服を外して丁寧に折り畳みはじめた。

そして、1着ずつ別々に布地の袋に収納して、女性店員が私たちのところに持って来た。

 

女性店員は、「ロクサーヌ様」と言って袋をひとつ私に渡して来た。

受け取った袋をよく見ると、私の名前が刺繍してあった。

気づいて驚くと、初老の男性店員が「オーダーメイドですので、袋と白装束のほうにお名前を刺繍させて頂いております。いつも御贔屓にして頂いておりますので、当店からのサービスです」と言って微笑んだ。

「そうか。悪いな」

「いえ。今後とも宜しくお願いします」

店員はご主人様に深々とお辞儀をした。

 

私に続いて「セリー様」、「ミリア様」、「ベスタ様」とみんなも様付けで名前を呼ばれると、セリーとミリアは笑顔で、ベスタは涙を浮かべて袋を受け取った。

私もそうだけど、みんなとても嬉しそうだ。

 

私はご主人様に向きなおって、「ありがとうございます」とお礼を言って、深々とお辞儀した。

私に続いてセリー、ミリア、ベスタもお礼を言うと、ご主人様は「まだ服を用意しただけだ。頑張って修行して、是非巫女になってくれ」と、ちょっと照れながら返事をした。

そして、ご主人様は照れ隠しするように、セリーに質問した。

 

「セリー、その服は現地で着替えればいいのか?」

「はい。それでいいと思います」

「神官ギルドで着替えてから、行くことになると思います」

「......分かった」

 

セリーが返事をすると男性店員が会話に割り込んで補足した。男性店員はしたり顔だったけど、ご主人様に微妙な顔をされてしまい顔が引き攣った。

そして、神官ギルドを通さないことは内密だから何も言えないけど、全員から生暖かい視線を向けられて、男性店員は困惑していた。

 

私たちは自分のリュックサックに袋を入れ、ご主人様について服屋を出た。

 

「またのご利用をお待ちしております」

服屋を出るとき、私たちの背中に向けて男性店員が挨拶した。

チラッと振り返ると、店員は深々とお辞儀をしていたけど、最後の最後に余計なことを言って評価を下げてしまい、ため息をついて肩を落としているように見えた。

 

“ふふっ。残念でした。”

店員の姿を見て、ちょっと気分が良くなったのは内密にしないとね。

 

冒険者ギルドまで歩いて移動し、そこからハーフェンの釣り場近くの林に移動した。

ご主人様は私たちが全員揃っていることを確認すると、ミリアに滝の場所を聞いた。

すると彼女は、「こっち、です」と言いながら森の奥に向かって意気揚々と歩き出した。

 

はじめは少し細いけど整備された道だった。

しかし、森の奥に進むに連れて細くなり、少し歩くとけもの道になった。

そして、30分も歩くとけもの道も藪で隠れだし、ついには見えなくなった。

私は心配になって道が合っているのかミリアに確認したのだけど、彼女は「大丈夫。です」と言っているのでもう少しこのまま進むことにした。

 

それからさらに30分。ずっと藪をかき分けて進んでいる。

この道は森の中だけど適度に日が差し込むため蒸し暑く、加えて登り坂になって来たため、みんな疲れて集中力が切れて来た。

森の中は迷宮と違って危険は少ないけど、からだを休めるタイミングが無いので、思った以上に大変だ。

 

セリーは何度もよろけて転びそうになっているし、ベスタは目の焦点が合ってない。

私も両足の太ももとふくらはぎがパンパンに張っている。

 

ご主人様も疲れて来ているみたいだ。

滝の辺りには魔物が出るということなので、最初ご主人様はデュランダルを構えて警戒しながら歩いていた。

最初は私たちと雑談しながら歩いていたのだけど、少し前からずっと無言で歩いている。

みんなと同じように集中力が切れてしまったみたいで、

デュランダルを草刈鎌のように力無く左右に振り、藪を切り拓きながらなんとか歩き続けている状態だ。

 

ひとり。ミリアだけは元気だったけど、みんなの状態を心配して進むペースを落としてくれた。

少し空回りすることも有るけれど、ミリアが空気が読める娘で本当に良かった。

 

道だかどうかもよく分からない草むらを、さらに10分ほど進むと、急にミリアが立ち止まった。

しょうじき休憩したかったので、ちょっと助かったと思いながら周りを見ると、前方が少し開けていることに気づいた。

するとミリアがバーナ語で話し掛けて来た。

どうやらブラヒム語で説明しきれないと思って、はじめから私に通訳してもらおうと考えたようだ。

『お姉ちゃん。この先に川が有ります』

私は小さくため息を吐いてから通訳した。

 

「ご主人様。この先に川があるようです」

「そうか。やっとだな。着いたら少し休憩しよう」

ご主人様はみんなに伝達すると、開けたほうに向かって歩き始めた。

そして、川岸に辿り着くと、そこで10分ほど休憩した。

 

『地元の人は森を抜けた先にある川の上流に、むかし神官ギルドが修行に使っていた滝があるって言ってました』

「ご主人様。この川の上流に、以前神官ギルドが使っていた滝があるようです」

「じゃあ行ってみるか」

 

そのあとは多少歩きやすいところをえらんで川沿いを進み、10分くらい歩くと前方に小さな滝が見えて来た。

 

すると、突然斜め後ろから“ブーン”と言う 羽音が聞こえてきた。

そちらを見ると、グラスビーが飛んでいた。

私たちを見つけたのか、こちらに向かって飛んで来ている。

森の中は薄暗いけど、グラスビーはからだの半分が黄色いので、遠くからでもよく見える。

間違いなくみんな気づくと思ったけど、私は「来ます」と言って一応注意を促した。

 

私はグラスビーを迎え撃とうとレイピアを構えたのだけど、ご主人様が「大丈夫だ」と言いながら私たちの前に出て、デュランダルを構えた。

次の瞬間、グラスビーはご主人様の正面から勢い良く突っ込んだけど、大上段からの一撃で真っ二つになり、煙になった。

 

「さすがご主人様です」

「グラスビーが出るようです。ギルドが滝を放棄したのはそのためでしょう」

「セリーの言うとおりかもな。巫女の修行中に死人でも出たら大問題だしな」

 

◆ ◆ ◆

 

グラスビーを倒してから更に5分ほど河原を歩き、私たちはさっき見えた小さな滝の前に来た。

幅は12m、高さは3mというところか。

水の勢いは思ったよりも弱そうだ。

 

「着いた。です」

「やっとだな。ミリア。ご苦労さま」

ご主人様は嬉しそうにミリアの耳を撫で、彼女の労をねぎらった。

 

「結構大きな滝だな」

「......そうですね」

私はもっと高くて水の勢いの強い滝をイメージしていたので正直ちょっと拍子抜けだったけど、ご主人様が嬉しそうだったので、同意してうなずいておいた。

 

「思ったよりも水の勢いは弱そうですけど......」

「神官ギルドが使っていたくらいですから」

ご主人様には同意したけど、想像していた滝とは違っていたのでぼそっとつぶやくと、すかさずセリーが返事をした。

 

「どういうことですか?」

「修行に来る人は若い人が多く、なかには迷宮に入ったことが無い貴族や有力者の子息もいます。

修行中に溺れたなんてことになったら、神官ギルドといえど大変です。貴族や有力者からは多額の寄付をもらっているはずですからね。

だから、神官ギルドはあまり高さがない滝を修行場にするのです」

「そういうことですか」

「はい。ここは滝が高過ぎず、幅があって大きく見えるので、修行場には最適だったのでしょう」

「納得しました。さすがはセリー。良く知ってますね」

「一応経験者ですので......」

「なら、心強いですね。一緒に頑張りましょう」

「はい。よろしくお願いします」

 

私とセリーが話している隣で、ご主人様はミリア、ベスタと滝や周辺の景色を見ながら感想を話していた。

そして、私とセリーの話が終わると話し掛けて来た。

 

「では、早速修行をはじめよう。

その前に、そこの滝の裏側ででも着替えてくれ」

「えっと。はい」

「誰も見てはいないだろう。俺は周りの様子を見てくる」

ご主人様はそう言い残すとデュランダルを持って周囲を巡回しはじめたので、私はみんなと滝の裏側に向かった。

 

滝の右には裏側に回れる通路があり、奥は洞になっていて私たちが着替えるのに十分な広さがあった。

そして、滝の水を通して外から光が射し込んでいるので、結構明るかった。

それに、石造りのテーブルがあり、着替えを置くのにも困らない。

たぶん以前は、ここを着替える場所として利用していたのだろう。

 

私たちはテーブルを軽く拭いてリュックを置き、自分の白装束を取り出した。

「セリー。この服の着かたを教えてくれますか?」

「はい。白装束は素肌の上に着けますので、まず服は脱いで下さい」

セリーが服を脱ぎはじめたので、私たちも服を脱いでテーブルに置いた。

しかし、私が肌着も脱いでテーブルに置くと、セリーが慌てて「ロクサーヌさん。すみません。肌着は着たままで大丈夫です」と言い出した。 

 

「セリー。それでは肌着が濡れてしまうのではないのですか?」

「そうですけど、肌着が無いと透けてしまいますので」

「えっと、何か問題があるのですか?」

「えっ!全部見えてしまいますよ?」

「私たちとご主人様以外、誰もいませんよ?」

セリーが疑問顔で聞き返してきたので、私はセリーこそ何を言っているの?という感じで更に聞き返した。

 

「えっ...... えっ! そ、そそ、そうですけど」

彼女は一瞬考えたあと、やっと私の言ったことを理解したようで、顔が真っ赤になった。

 

私はセリーの両肩をガッ!と掴み、「さあ。セリーも脱いで下さい」と言うと、彼女は「はい」と小さな声で返事をし、そろそろと肌着を脱いでテーブルの上にぽすっと置いた。

私が視線をミリアとベスタに向けると、2人もサッと肌着を脱いでテーブルに置いた。

 

それからセリーは私たちの前に立ち、白装束の着付けを実演した。そして私たちが白装束を着ると、襟元や袖の張り、紐の結び目など、細かいところを確認して直してくれた。

 

「セリー。白装束はツルツルしていて、気持ちいいですね」

「ロクサーヌさん。それはこの白装束が絹製だからです。普通は麻布製ですので、こんなにツルツルスベスベではありませんよ」

「そうですか。ご主人様に感謝ですね」

「そうですけど...... ご主人様には申しわけないのですけど、一度しか使わないのにちょっともったいない気がします」

「大丈夫です。この服ならネグリジェの代わりに使えます。ツルツルスベスベですから、きっとご主人様にも喜んで頂けると思いますよ」

「そうですね。なんかちょっと安心しました」

「じゃあ、ご主人様がお待ちかねだと思いますので、いきましょう」

 

そうして私たちは滝に打たれるため、洞の外に出ていった。

 

◆ ◆ ◆

 

洞の外に出ると、すぐにご主人様が私たちに気づいて戻ってきた。

そして、「おお... 素晴らしい」と感嘆の言葉が漏れた。

私はご主人様の反応が嬉しくて、思わず「ふふっ」と笑みが漏れてしまった。

そして、追撃してしまった。

 

私はご主人様の目の前まで近づいて胸の下で軽く腕を組み、少し前屈みに顔を近づける。

「ご主人様。いかがですか?」

「す、すごい...... いや、すごく似合っているぞ」

ご主人様はゴクリとつばを飲み込んで、視線を私の顔と胸元を行ったり来たりさせてから、取り繕うように似合うと言った。

 

「ふふっ。ありがとうございます」

私は返事をしてからご主人様の耳もとに顔を近づけ、「ちゃんと肌着も着けておりません」とささやいた。

 

「えっ!着けてない?!」

私がにっこり微笑むと、ご主人様は顔を真っ赤にさせて視線を逸らせた。

しかし、そこにはセリー、ミリア、ベスタの3人が立っていた。

 

ご主人様は「はいてないのか......」とつぶやきながら3人の姿も凝視すると、すっと視線を上に向けて深呼吸した。

きっと気持ちを落ち着けようとしているのだろう。

 

ご主人様はセリーたち3人には何も言わなかったけど、股間がパンパンに膨らんでしまったので、何を考えたのかは丸わかりだった。

そしてそれは3人も気づいたようだ。

 

セリーは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにご主人様にすり寄り、「こんなところで......」とか「開放感がすごい......」とかつぶやき、「ハァ ハァ」と吐息を漏らしだした。

よく見ると、片手が股間にのびている。

彼女は好奇心が人一倍旺盛なので、野外ですることに興味があるのだろう。

なんだかスイッチが入ってしまったみたいだし。

 

ミリアとベスタはご主人様の前にしゃがみ込み、ミリアはご主人様の股間を指でツンツンしながら「苦しそう。です」と言い、ベスタは「ご主人様。いたしましょうか?」と言いながら股間をさすった。

 

ご主人様は一瞬デレッとしたけれど、すぐにハッとして「た、滝行してから」と言って3人を制した。

ご主人様は私に視線を戻したので、私は頷いてから3人に向いて「さ、続きは滝行してからですよ」と言ってミリアとベスタを立たせ、セリーのお尻を軽く叩いて野外プレイの妄想から復帰させた。

 

ご主人様は気を取り直して滝行についてセリーに質問し、やりかたを詳しく教えてもらった。

私、ミリア、ベスタも横で話を聞き、わからないことはセリーに聞き返した。

 

セリー曰く、“滝行とは滝に入って頭から打たれ、邪念を打ち破り、神との合一をなす修行で、神との合一によって、聖なる力を得、仲間の傷を癒すスキルを獲得する”というものらしい。

 

何を言っているのかまったくわからない。

神との合一って何?

 

みんな理解出来ずに悩んでいると、「やっぱり最初にセリーに見本を見せてもらった方が確実だな」とご主人様がつぶやき、セリー以外のみんながうなずいた。

 

セリーは“巫女になれなかった自分を見本にして欲しくない”と、見本になることを拒否していたけど、「 形だけ見せてくれればいい」とご主人様に説得され、私、ミリア、ベスタの3人からもお願いされて、渋々最初に滝行することを承諾した。

 

修行中は滝の上で見張る人が必要ということなので、最初は私が見張り役になった。

この滝は神官ギルドが修行で使っていただけあって洞の脇にはハシゴが掛かっており、滝の上には簡単に上がれた。

 

私は滝の上からご主人様を呼んだけど、ゴーという水が落ちる音に掻き消されてまったく聞こえないようなので、私は両手をあげてあたまの上に大きく丸印を作った。

すると、ご主人様には伝わったようで、手をあげて答えてくれた。

ご主人様はセリーに向かってうなずくと、彼女は滝つぼに入り滝に打たれだした。

 

◆ ◆ ◆

 

セリーは頭から水を被りながら、胸の前で両手を組んでじっとしている。

深く集中しているみたいだ。

そうしてしばらく滝に打たれていたけど、やがて水を滴らせながら滝から出てきた。

水に濡れた白装束が肌に張りついて、滝の上からでもセリーの華奢なからだが透けて見えている。

 

セリーが滝からあがってご主人様の前に行くと、ご主人様はいつの間にか肌着1枚になっていた。

肌着1枚の姿でデュランダルを持っている。

街中だったら間違いなく危ない人だ。

「ふふっ」

馬鹿なことを考えて思わず笑ってしまった。

 

ご主人様の周辺をよく見ると、近くの岩の上に服がおいてあった。

ご主人様は洞に行くのが面倒で、あそこで服を脱いだのだろう。

と、いうことは、たぶん次は自分が滝に入るつもりなんじゃないかな?

それともまさか......

 

私は、ご主人様がセリーに抱きつくんじゃないか、ちょっとだけハラハラしながら見ていたけど、ご主人様は彼女とひとこと話し、それから手招きしてベスタを呼んだ。

そして、ベスタに何かを伝えてからデュランダルを渡すと滝に打たれに行った。

 

ご主人様は滝に打たれながらも姿勢を正し、胸の前で両掌を合わせて垂直に立った。

そしてそのまま微動だにせずに打たれ続け、しばらくすると滝から出てきた。

 

ご主人様はセリーの前に行き少し会話すると、先ほどと同じように手招きしてベスタを呼んだ。

そして、今度はミリアも呼ばれたみたいだ。

4人で何か話しているけど、私には滝の音がうるさくて聞こえない。

ちょっと寂しい気持ちになったけど、セリーが私のほうに向かって歩きだしたのでホッとした。

彼女はなんだか顔がほころんでいるので、たぶん巫女のジョブを獲得出来たのだと思う。

 

ご主人様はミリアとベスタに何かを伝えてからデュランダルを受け取った。すると、2人は滝に向かったので、滝行をはじめるようだ。

ちょうどそのときセリーが私のところに来た。

 

「ロクサーヌさん。交代します」

「セリー。ありがとう。

なんだか嬉しそうですけど、獲得出来ましたか?」

「はい。やって良かったです」

「おめでとう。頑張りましたね」

「ありがとうございます。次はロクサーヌさんの番ですよ」

「はい。頑張ります」

私はセリーに答えると、ひとまずご主人様のところに戻った。

 

「ご主人様。戻りました」

「ロクサーヌ。上から見ていてやり方はわかったか?」

「滝に打たれながら、一心に集中しているように見えました」

「それで良い。滝の水を受けながら精神集中することが、巫女のジョブ取得条件のようだ。では、ロクサーヌも滝行な」

「はい。分かりました」

私はご主人様に返事をし、踵を返して滝つぼに向かった。

 

滝つぼではベスタとミリアが先に滝行をはじめていたので、私は2人の横に並んで滝に打たれた。

滝つぼは私の太ももくらいの深さだったけど、想像以上に水の圧力が強く、まっすぐ立たないとからだが揺らいで押しつぶされてしまうくらいだった。

 

私は背筋を伸ばして胸の前で両手を組み、集中して水の流れを捉えようとしたけれど、水がからだに当たって右に跳ね、左に流れ、頬をつたい、腕に当たり......

とにかく周りにいっぱいあって、まったく捉えることが出来なかった。

 

集中力が足りないと思い、全ての感覚を水の流れだけに向けるつもりで更に深く集中した。

なんとか水の流れを捉えようと頑張ってみたのだけど、いつまで経ってもうまくいかない。

私はだんだん自分が情けなくなってきて、ついには泣きたくなってしまった。

 

そして、集中力が切れてしまったのか、誰かが私の隣にやって来て滝行をはじめたことに気づいた。

青い髪とネコ耳。ミリアだ。

彼女は先に滝行をはじめていたはずだけど...... 

彼女もうまくいっていないのかな?

と、思っていたらすぐにあがっていった。

そして、既にベスタがいないことにも気がついた。

 

“私が最後なの?”頑張らないと......

私は情けなさを押し殺して、もう一度集中して水の流れを捉えようとした。

そう思っていると、再びミリアが戻って来た。

 

“いったいこの娘は何をやってるの?”

そう思ったあと、私はハッとした。

“私、全然集中出来ていない”

集中力が完全に切れてしまったので、私は一度あがることにした。

 

滝から出ると、ご主人様と目が合った。

とても心配そうな顔をしている。

そのあとご主人様は視線を少し下げて私のからだを見ていたけど、私は情けない気持ちが強かったので突っ込む気持ちになれずに素直に感想を言った。

 

「ご主人様。とても難しいです」

「滝に打たれていると、意識が水の流れだけに向かないか」

「うーん。水があっちにもこっちにもあって。流れを捉えきれません」

「そうか。それなら......」

ご主人様は顎に手をあてて少し考え、そしてフッと顔をあげた。

 

「ロクサーヌ。ひとつひとつの細部を捉えようとせず、水全体を一つの流れとして捉えてみろ」

「はい。やってみます」

私はご主人様からアドバイスをもらったので、もう一度滝行に臨んだ。

 

私が滝つぼで滝行をはじめようとすると、入れ替わるようにミリアがあがっていった。

私はひと息つくと、自分の修行に集中した。

 

流れの細部を捉えるのではなく、大きなひとつの流れとして。

点で捉えるのではなく、線で捉えるのでもなく、面で捉える。

そう考えてしばらく集中していると、私は流れの一部であり、この水とつながっているという感覚が芽生えた。  

 

私は滝から出て、ご主人様のもとに向かうと、彼の顔が満面の笑みになった。

 

「おお。やったな。巫女のジョブを獲得している」

「はい。ありがとうございます。なんとなく一つの流れというのが分かった気がします。ご主人様のおかげです。ありがとうございました」

私は喜んでお礼を言うと、ご主人様は視線を少し下げて私のからだを見た。

具体的には私の胸を。もっと具体的には私の乳首を凝視していた。

私はあえて胸の下で軽く腕を組み、ご主人様に見せつけた。

「ご主人様。どこを見ているのですか?」

「いや。ロクサーヌ。キレイだ...... 今なら滝が無くても神官を獲得出来たと思う」

「ふふっ♥ そうですか?

でも、ご主人様がそうしたいなら私は......」

私は苦労の末に巫女のジョブが獲得出来たことが嬉しくて、

大自然のなか、ほとんど全裸で愛するご主人様と向きあっていることも嬉しくて、

そしてなによりもご主人様が私を求めていることがたまらなく嬉しくて、

ありえないくらい気分が高揚していた。

 

そして、私も、たぶんご主人様と同じくらい求めてしまっている。

私の股間からは、滝の水とは違う液体が滴っている気がする。

私は自分を抑えられなくなって、ご主人様を求めて手を伸ばした。

ご主人様も私を受け止めようとして両手を開いている。

 

しかし、次の瞬間。

私のうしろからバシャバシャと水を撒き散らしながら、何かが近づいて来る音が聞こえた。

 

私は驚いて一瞬からだがビクッ!と震え、一気に現実に引き戻された。

ここは屋外でそよ風も吹いているので、匂いがわからない。だから、うしろから近づいてくる物は見ないとわからない。

私は恐る恐る振り返ると、近づいてくるのはミリアだった。

 

私はホッとひと息吐くと、ご主人様から「はぁ、またか」とつぶやく声が聞こえた。

私と同じでご主人様も現実に引き戻されたみたいだ。

 

ミリアは何度も滝を出入りしていたので、私以上に苦労しているのだろう。

でも、どうも滝に入っている時間が短い。

本当に集中しようとしているのだろうか?

 

「ミリアはどうしたもんかな」

「一つの流れが分かればいいのですが」

「要はどうやって滝のなかで精神を集中させるかだ。ロクサーヌは流れを大きく捉えようとしたことでそれが出来た。

ミリアには別のアドバイスを送らないとダメだな」

「やはり魚関係にしないとダメなのでは?」

「魚って言ってもなぁ......」

ご主人様は少し考えて、戻って来たミリアに“魚に気づかれないよう存在感を消して滝に溶け込む”というようなアドバイスをして、彼女を送り出した。

 

ミリアは「分かった、です」と返事をして滝に向かっていったけど、正直どうだろう。

「あのアドバイスで上手く行ったら驚きだな」

ご主人様もちょっと自嘲気味だ。

 

しかし、今度は割と長い時間滝に打たれていた。

そして、何だかスッキリした顔をして、滝から出てきた。

ミリアが滝からあがって来ると、ご主人様は一瞬ボケて「ヘっ?」という間の抜けた声を漏らした。

どうやら、彼女も巫女のジョブを獲得したらしい。

 

ご主人様は気を取り直してミリアを褒めた。

彼女は魚がとれるようになったと喜んでいたけど、そういうことではないのだけど......

 

ご主人様もミリアの返事に微妙な顔をして肩をすくめたけど、すぐに滝の上に向けて手招きし、セリーを呼び戻した。

そして、全員がそろうと「これで全員ジョブを得られたな。よくやった」と滝行の終了を宣言した。

 

「ありがとうございます」

「今回は取得できてよかったです」

「獲った、です」

「よかったと思います」

口々にお礼や感想を言うと、ご主人様は今後の方針を打ち出した。

 

「今後も通常は今までどおり俺が回復役を務める。ただし、これから迷宮の上の階層に進んでいけば、戦闘が激しくなって俺だけでは回復が厳しくなる事態も考えられる。そのときに備えて、みんなにも巫女を経験してもらうことがあるかもしれない。回復役が複数いれば安心だしな」

「はい。やってみたいです」

私が即座に答えると、ご主人様は「うむ」と言ってうなずいた。

 

「元々巫女になろうとしたこともあったので、巫女のジョブは魅力です。ただ、次の装備品を作っていくことを考えると、鍛冶師の経験も積んでおきたいのですが」

「セリーは鍛冶師、ミリアは暗殺者のジョブをメインでいくつもりだ」

「はい」

「やる、です」

 

「私なら巫女でもいいと思います」

「ベスタの場合も二刀流との兼ね合いがあるからな。今のところは竜騎士をメインで行こうと考えている」

「はい」

 

ご主人様は3人に、それぞれの今後について方針を伝えたので、私が巫女になることがこれで確定したのね。

私は嬉しくてご主人様に寄り添い、「ご主人様。その......」と声をかけたけど、「よし。ではいったん家に帰るか」と言われてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

「帰るのですか?」 

「大自然のなかっていうのは開放的だし魅力は有るが、魔物を気にしながらっていうのはちょっとな」

「見張りをつけるのは?」

「いや。それは何か嫌だな。終わったあとに見張りに立てないとマズイだろうし」

「そうですね。ちょっと興味があったのですが、残念です」

 

「ハハハハ。興味があるんだ」

「私は少しだけですよ?セリーは違うみたいですけど」

私がご主人様の矛先をさっきトリップしていたセリーに振ると、彼女は驚いて抗議した。

 

「ロ、ロクサーヌさん!そんな言い方は卑怯です!」

「ふふっ。ごめんなさい。ご主人様。私とセリーは2人とも興味深々です」

「そうです。2人とも...... じゃなくて私も少しだけです!深々ではないです!」

「あははは。そうかそうか。

まあ、セリー。そうムキになるな。ぶっちゃけ俺も興味が有るしな」

「えっ!そうなんですか?」

「ああ。セリーの次くらいにな」

「ひどい。私そんなにエッチじゃないです」

「そうか? まぁ、ここは魔物がいて厳しいから、野外プレイは別の機会で許してくれ」

「はい。じゃなくて......うぅ......もういいです......」

セリーはすっかりエッチな娘にされてしまい、ちょっと涙目になって俯いてしまった。

 

ご主人様はさすがに言い過ぎたと思ったようで、セリーを抱き寄せると「セリーの反応が可愛くて、つい言い過ぎてしまった。すまなかった」と謝った。

そして、耳もとでゴニョゴニョと何かをささやくと、スッと彼女から離れた。

すると、セリーはご主人様の股間を見て、そして「はぅぅ...」と言葉にならない言葉を漏らして真っ赤になった。

ご主人様はセリーから離れると、私たちに向き直った。

 

「みんなすまない。セリーがどうこうじゃなく、じつは俺がもう限界だ。今から家に帰るから、帰ったら頼む」

ご主人様は宣言すると岩の上の服をつかんだ。

 

限界...... 確かに限界みたい。

あんなに大きくなってしまっては、ズボンは履けないわね。

私が思った通りみたいで、ご主人様は一度ズボンを履きかけたけど、すぐに諦めて服を肩にかけた。

そして、洞に向かって歩きだそうとすると、あたまの上から“ブン!”という羽音が聞こえた。

グラスビーが襲い掛かってきたのだ。

 

ご主人様は「チッ、またか」と毒づいて振り向き、キッ!と魔物を睨んだ。

するとグラスビーの周りの空気が歪み、魔物が斬り刻まれた。そしてそのまま空中で煙になり、ボトッと蜜蝋を落とした。

 

ご主人様が無詠唱でブリーズストームを放ったのだと思うけど、彼は「フッ!」と短く息を吐いて向き直り、洞に向かって歩きだした。

私はご主人様の横に並んで話しかけた。

 

「さすがはご主人様です。グラスビーごときはひと睨みですね」

「いや。一応魔法だからな。視線で倒した訳ではないからな」

「そうですか?私はご主人様なら視線でも倒せると思いますが」

「さすがにそれは無理だな。それに、噂だとしてもそんな話が広まったら、討伐対象にされかねない。

だから内密にな」

「はい。申しわけありませんでした」

「いや。俺も無駄に格好つけてしまった。今のは忘れてくれ」

「そうですか?とても格好よかったですよ」

「いや。本当に忘れてくれ」

「かしこまりました」

ご主人様が本当に恥ずかしそうにしているので、私は話題を変えることにした。

 

「ご主人様。グラスビーを見て、“またか”と言っていましたけど」

「ああ。ロクサーヌが滝行している間に2度も襲撃されたんでな」

「そうでしたか。まったく気づきませんでした」

「まあ一撃で倒したからたいしたことは無いのだが、毒持ちだから、気が抜けないんだよな。

それさえなければここは最高なんだけどな」

「そうですね。涼しくて、空気が澄んでいて、景色も良くて。魔物が出なければ本当に良いところですね」

「まあ、おかげで滝が使えたのだから、文句を言ったらバチが当たるな」

「ふふっ。そうかも知れませんね」

 

「はい。です」

私とご主人様の話しが一段落すると、ミリアがご主人様に蜜蝋を渡した。

私が話しているうちに、拾ってきたみたいだ。

ベスタを見ると、彼女はさり気なく周りを見回して、他のグラスビーがいないか警戒している。

特に誰も何も指示していないけど、2人とも自分が出来ることをしているようだ。

2人とも素直だし、本当に良い娘たちだ。

因みにセリーは顔を真っ赤にさせたまま、黙って後ろを付いてきている。

たぶん彼女が再起動するのは家に帰ってからだろう。

私はそんなことを考えつつも、ご主人様との会話を続けた。

 

「あの、ご主人様。この衣装も一回だけではもったいないですね。別の用途で使ってもよろしいですか?」

「そうだな。うまく乾いたら、寝間着として使えるだろう」

「そうですね。ネグリジェと同じ素材でツルツルスベスベですし、本当に良い物です。帰ったらシワにならないように干してみます」

「ああ。せっかくだし、大事にしてくれ」

「はい。本当にありがとうございました」

 

◆ ◆ ◆

 

洞に入ると、ご主人様はすぐにワープゲートを開いたので、私たちは着替えもせずに荷物を持ってワープで帰宅した。

そして、風呂場で白装束を脱いで手早く干すと、みんなで寝室に直行した。

 

ご主人様は私たちに我慢の限界だと言っていたけど、じつは私たちも限界だったと思う。

何故なら1週間ほど前の4人でメイド服を着てご奉仕したときとまったく同じで、4人でご主人様に襲い掛かってしまったのだから。

でも、ご主人様が性獣になったのは私を可愛がっていたときだけで、セリー、ミリア、ベスタの3人としているときは普段のご主人様のままだったようだ。

それでも、私たちはご主人様にたっぷり可愛がって頂き、十分満足させて頂いたけど。

 

私たちは2時間ほどご主人様に堪能して頂いたあと、ベッドに寝転んだまま休憩した。

とは言っても私は足腰が立たなくなっており、セリーは声が枯れるほど矯声をあげていたため、疲れて喋れなくなっていた。

ミリアとベスタは2人とも笑顔で寝転んでいるけど、じつは気を失っている。

ご主人様は性獣にならなくても、十分私たちを満足させてくれたのである。

 

「ご主人様。今日はありがとうございました」

「ああ。こんな昼間からすまなかった」

「いえ。ご主人様に可愛がって頂くことはみんな大好きなので、まったく問題ありませんよ。

それより私たちのほうこそ、みんなでご主人様を求めてしまい、申しわけありませんでした」

「いや。俺はロクサーヌたちがいやじゃなければいいんだ。俺はみんなが好きだからな」

「ふふっ。それなら私たちは大丈夫です。だってみんなご主人様のことが大好きですから」

「ハハハハ。ありがとう。ロクサーヌ、大事にするよ」

「はい。大事にしてくださいね♥」

 

私とご主人様は寝転びながら惚気あい、ときどき軽くキスしたりしていちゃついていたけど、1時間ほどするとセリーが声をかけてきた。

十分休んだからか、声が出せるようになったようだ。

 

「あの。よろしいですか?」

「お、セリー起きたか」

「セリー。おはようございます」

「いや。声を出せなかっただけで、起きてました。

ロクサーヌさんばかりずるいです」

「セリー。ごめんなさい」

「セリー。こっちへ」

私が謝ると、ご主人様はセリーを呼び寄せて唇を重ねた。

 

「セリー。今日は本当にありがとう。おかげで俺も神官のジョブが獲得出来た」

「いえ。私のほうこそ巫女のジョブが獲得出来て良かったです。ところでやはりロクサーヌさんを巫女にするのですか?」

「まだ考え中だ。騎士も魅力だし、神官の使い勝手も試してから決めたい。

だから、もう少し悩ませてくれ」

「そうですか.......」

「ロクサーヌは巫女になりたいのか?」

「はい。前衛で戦いながら仲間も回復する。巫女は女性冒険者の憧れですから。でも、ご主人様の騎士というのも魅力ですので、私はどちらでも良いです」

「そうか」

 

「ご主人様。騎士というジョブはどこかの地領の騎士団に入らないと就けないジョブです。

ロクサーヌさんがどこかの騎士団に入っていたというのは無理があります。

インテリジェンスカードを確認されなければ気づかれないとは思いますが、騎士のままでいることはかなりリスクがあると考えておいてください」

「そうなのか?エレーヌの神殿で就いたってことには出来ないのか?」

「騎士というジョブは長年戦士として経験を積まないと就けないと言われていますし、男女を問わず多くの冒険者が憧れています。

なので、他のジョブよりも特別視されているのです」

「それはわかるが」

「ご主人様のいう通りエレーヌの神殿で就いたと言い張ることは出来ますが、若い女性に適性があったと言われて果たして相手が納得するか」

「......まあ、納得はしないだろうな」

「はい。納得しないだけならともかく、余計な詮索をされたり、猜疑の目で見られたりすることも覚悟しなければならないと思います」

「わかった。俺もそうだがみんなのジョブもバレないように注意しないといけないな」

「さすがはセリーですね。私も気をつけます」

 

「はい。ただ、私が鍛冶師であることは、無理に隠さなくても大丈夫です」

「えっ?なんでだ?」

「鍛冶師はドワーフの種族固有ジョブですので、簡単に連想出来ます。それにクーラタルでは、私は鍛冶師として噂になっていますので、今さら手遅れです。

なので、私については“鍛冶師だけど腕はイマイチで、たいした装備品は作れない”とか、“モンスターカードの融合は失敗が多くて困る”ということにしておいてください。

もちろん積極的にひろめる必要はありません。あくまで詮索されたときの受け答えの話しです」

「そうか...... なんかダメ鍛冶師ってけなすようで気が進まないが」

「私がわかっていればいいことです」

「わかった。セリーの言う通りにするよ」

「よろしくお願いします」

 

「ご主人様。セリーの場合、“鍛冶の腕はイマイチでも、別のことで活躍している”ってことにすればよろしいのでは?」

「別のことってなんだ?」

「あたまが良いことや知識が豊富なことです。迷宮探索では司令塔ですし」

「ロクサーヌさん。それはどうでしょうか。母には“女が賢しいことは嫌われるから、馬鹿なフリをしなさい”って言われてましたし」

「セリー。賢いことは嫌われることと同義ではない。賢さを鼻にかけて相手を見下すようなら嫌われるが、セリーのように相手をより良い方向に進ませる為に助言するなら、感謝や尊敬されることになる。だから、セリーには今後もたくさんの知識を身につけて欲しいし、俺を助けて欲しい」

「は、はい。頑張ります」

 

「よろしく頼む。

まあ、それはそうと、そうか......別のことか」

「ご主人様。いかがしました?」

「いや。ロクサーヌ、ありがとう。ずっと胸につかえていたものが取れたよ」

「そうですか?」

「ああ。それとそろそろ起きよう。短い時間だが迷宮に行きたい」

「神官を試してみるのですね」

「ああ。悪いな」

「いえ。問題ありません。夕方食材を買いに行くとしてもたっぷり1時間は探索出来ます」

「じゃあ、よろしく頼む」

 

その後、ミリアとベスタを起してハルバーの迷宮23階層に移動した。

「神官のジョブをつけた。シザーリザードに全体攻撃魔法を撃たれたら、俺が全体回復魔法を掛ける。ロクサーヌ。魔物を探してくれ」

「はい」

私が魔物を探して匂いを嗅いでいると、後ろでセリーがご主人様に話しかけた。

 

「ご主人様。シザーリザードの魔法はあえて撃たせればよろしいですか?」

「いや。単体攻撃魔法もあるし、あえて撃たせる必要は無い。セリーはいつも通り、前列の魔物の魔法詠唱は中断してくれ。

みんなも良いな?」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「私もわかりました」

 

「ご主人様 ......こちらです」

シザーリザード3匹とマーブリーム1匹の群れが見つかったので、私は先導して魔物の群れまで案内した。

 

2分ほど歩くと魔物の群れが見えたので、私たちはいつも通りの戦いかたで3分で戦闘終了。

その後もシザーリザードがいる魔物の群れを探して1時間ほど探索を行ったけど、ご主人様が全体回復魔法を使う機会はなかった。

 

翌日も早朝からハルバーの迷宮23階層を探索した。

 

シザーリザードがいる魔物の群れを探して戦い続けると、2回目の戦いで後列のシザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。

 

「来ます」

私が警告した次の瞬間、からだが熱さに包まれて息が出来なくなった。

肌にジリジリと焼かれているようなヒリついた痛みがはしる。

これがシザーリザードの全体攻撃魔法?!

クッ!からだが動かせない!

 

私が体を縮めて魔法に耐えていると、目の前のシザーリザードが右のハサミを振り上げた。

私は攻撃を避ける余裕がなく、振り下ろされたハサミを鋼鉄の盾でいなした。

 

魔法は10秒くらいで収まったけど、体力がごっそり削られたかのように体がダルくなった。

結構キツイ。たぶん2、3発なら大丈夫だろうけど、それ以上受けると危ないわね。

 

そう思いながら戦っていると、今度は体のダルさが消えはじめ、10秒ほどで攻撃を受ける前の状態に戻った。

どうやらご主人様が全体回復魔法を使ったようだ。

 

その後は全体攻撃魔法を打たれることはなく、いつも通りの戦いかたで3分で戦闘が終了した。

 

戦闘が終了するとご主人様は私たちに回復状況を確認し、ちゃんと回復できていることがわかると「今日はこのままこの階層を探索する」と宣言した。

 

◆ ◆ ◆

 

それから3日経った。

 

その日は珍しく、ご主人様は朝食のあとにハルツ公爵のところに向かった。

いつもは朝食の仕度をしているうちにさっさと行ってきていたので、なんとなく行きたくなさそうにしていたのは気になったけど、食べ終わったら「ちょっと行ってくる」と言って出かけて行ったので、特に理由は聞かなかった。

 

ご主人様が出かけたので、私たちは手分けして家事をした。すると、小一時間くらいで帰ってきて、私たちに1人ずつ“家事専門の仲間が必要か?”と確認しはじめた。

しかし、全員から“必要ない”と返されてしまい、がっかりしていた。

 

ご主人様は可愛い奴隷を増やしたいと考えているようだけど、メンバーが増えれば増えるほど、揉め事が起こる可能性が高くなる。

私たちは全員仲が良いけれど、メンバーが増えていくとこの関係が崩れてしまうかも知れない。

 

それに、現実的な問題として、家のダイニングテーブルは大きめだけど、イスは6脚しかない。

お風呂場はあと1人入るのがやっとだし、ベットだってあと1人しか寝られない。

衣装部屋も一度に使うなら6人が限界だと思う。

 

迷宮探索のパーティーは6人までなので、あと1人増えることは仕方がないけれど、それ以上は絶対に認めない。

少なくても、ご主人様が迷宮を討伐して貴族になるまでは、それ以上メンバーは増やさせない。

 

このことは以前セリーと話し合って決めているし、ミリアとベスタにもきちんと“お話し”をしている。

なので、迷宮探索をしないメンバーを増やすことには誰も同意しないのである。

 

ご主人様は誰も話しに乗って来ず、魚を引き合いにミリアを釣ろうとしてもダメだったので今回は引き下がったけど、しばらくたてばまた言ってくるかも知れない。

特に最後のメンバーが増えたあとは注意が必要だと思うので、そのときはもう一度みんなに“お話し”をして、しっかり認識を合わせないといけないわね。

 

私たちは手早く家事を終わらせると、迷宮探索の準備をした。そして、ダイニングで休憩していたご主人様に声をかけた。

 

「ご主人様。準備が出来ました」

「うむ。ではハルバーの23階層に行く」

ご主人様はひとつ頷くと、ワープゲートを開いた。

 

ハルバーの迷宮23階層に移動すると、ご主人様は私に話しかけて来た。

「ロクサーヌのジョブを巫女にしようと思う。ロクサーヌのことだから心配はしていないが、最初は少し慎重に動いてくれ」

「巫女ですか。ありがとうございます」

 

ご主人様は滝行のあとから、攻撃魔法と並行して全体回復魔法を使っていたけど、「MP管理が難しいな」とか「回復させるか先に殲滅するか迷う」とかつぶやいていた。

いずれ私を巫女にするとは思っていたけれど、3日たってやっと踏ん切りがついたようね。

 

私は憧れのジョブだし嬉しかったので素直にお礼を言うと、ご主人様は真剣な目で私をじっと見つめだした。

いまご主人様は私のジョブを巫女に替えているのだ。

はじめにジョブを替えられたときはじっと見つめられたことに戸惑ったけど、何度も替えられたので今ではジョブチェンジ自体には馴れてしまった。

ただ、大好きなご主人様に真剣に見つめられるので、別の意味で顔が赤くなってしまうことは仕方がないと思う。

 

ご主人様は1分ほど私を見続けると、次に全体回復魔法のスキル呪文を教えてくれた。

「あやまちあらば安らけく、巫女のハフリのまじないの......」 このあとに“全体手当て”ね。

私は何度か反芻して呪文を覚え、ご主人様に「覚えました」と伝えた。

 

「戦闘中に使うのは難しいかもしれないが」

「そうですね。回避しながらでは難しいかもしれません。試してみます」

私はそう答えてから魔物を探すと、シザーリザード2匹の群れを見つけたので、ご主人様に報告して案内した。

 

1分ほど通路を進むと魔物が見えて来たので、私たち4人は駆け出した。

ご主人様は魔法を放ちながら、駆け出した私たちに「最初だからミリアとベスタで相手を頼む」と声をかけたけど、私は「いえ、大丈夫です」と返事をして、ベスタに左の魔物を引きつけるよう指示した。

正直に言えばジョブチェンジしたばかりなので、からだの動きが自覚出来るくらい鈍くなったけど、ご主人様に気を使わせてしまったら申し訳ないので、頑張って魔物まで走った。

 

私が右、ベスタが左の魔物の正面に立って引きつける。

ミリアは2匹の間を抜けて後ろに回り込み、魔物が下がらないようプレッシャーをかけ、セリーは私とベスタの間から槍で突いて2匹の向きをコントロールした。

私は戦いながら全体回復魔法を使えるように、詠唱の練習をしていると、ミリアが「やった、です」と叫んだ。

目の前のシザーリザードが動かなくなっていたので、ミリアの攻撃で石化したようだ。

 

私はベスタが相手にしている魔物に襲いかかり、セリーとミリアも加わり4人でタコ殴りにしていると、ご主人様がサンドボールを撃ち込んだ。

そのあと、セリーと入れ代わってデュランダルで斬りかかると、魔物は2分ほどで煙に変わった。

その後、石化した1匹もご主人様がデュランダルの切っ先でコンコンコンコンと連打すると、2分も経たずに煙に変わった。

 

戦闘が終了するとご主人様は私に視線を向けたので、戦闘中でも全体攻撃魔法が使えそうなことを報告すると、ご主人様は喜んでくれた。

そして、セリーは“滝行をしたことがよかった”と言っていた。

確かにそうだ。

滝行のときと同じ感覚で、魔物1匹1匹の動きに注力し過ぎず、全体をひとつの流れとして捉えればいいんだ。

私はそう思い、「魔物の攻撃全体を一つの流れとして捉えれば、何匹を相手にしていても大丈夫かもしれません」とご主人様に伝えると、何故か微妙な顔をされてしまった。

 

私は気を取り直して次の魔物を探して案内した。

次はシザーリザード二匹、マーブリーム二匹、ロートルトロール一匹の群れだ。

 

私たちは先ほどと同じように、魔物が視界に入った瞬間に駆け出した。

魔物に接敵するまでに、ご主人様のサンドストームが2回炸裂し、魔物の動きが一瞬鈍る。

その隙に私が中央のシザーリザード、ベスタが左のロートルトロール、ミリアが右のシザーリザードを引き付けた。

 

セリーは2列目から槍で突いて魔物の動きをコントロールし、ロートルトロールの下に魔法陣が浮かぶと詠唱を中断した。

シザーリザードにはあえて魔法を撃たせたけど、残念ながら単体魔法のファイヤーボールだったので、軽く体を捻って躱した。

後列のマーブリームがミリアに向かってウォーターボールを撃って来たけど、彼女も軽く躱して目の前のシザーリザードを斬りつけ続けた。

 

後列のマーブリーム1匹は何も出来ずにウロウロしていたけど、もう1匹はシザーリザード2匹の間に強引に割り込んで、私に体当たりして来た。

私は盾で左にいなしながら1歩さがり、マーブリームを中央のシザーリザードの前に誘い出してから、セリーと協力して魔物を押し返した。

 

マーブリームがさがると中央にいたシザーリザードは行き場をなくしてジリジリと後退し、後列に追いやられまいと右に流れたけど、はじめから右で戦っていたほうのシザーリザードがミリアに石化されて動かなくなると本格的に行き場をなくした。

ミリアは石化したシザーリザードの右側をすり抜けて後ろのマーブリームを攻撃しようとしたけれど、マーブリームに至近からウォーターボールを撃たれてしまった。

ミリアは魔法を避けきれず、右肩に直撃して大きくバランスを崩して片膝をついた。

 

ウォーターボールを撃ったマーブリームはミリアに突進したけど、彼女は壁際まで転がって攻撃を回避した。

しかし、魔物は向きを変えて突進し、今度こそミリアに一撃を加えようとした。

私は瞬間的に“マズイ”と思って動揺したけど、魔物の攻撃が当たる前にご主人様の魔法が炸裂した。

そして、魔物が一瞬硬直した隙に、ミリアは魔物の脇を転がり抜けて、体制をたて直した。

 

「大丈夫か?」

「はい」

ご主人様が声をかけると、ミリアは元気に返事をした。

魔法が直撃したけれど、ミリアはたいしてダメージを受けなかったようで、意外と元気そうだ。

だけど、これはチャンスかも?

私はそう思ってご主人様に提案してみた。

 

「ご主人様。私が全体手当てを使ってもいいですか」

「そうだな。試しに使ってみろ」

「はい。あやまちあらば安らけく、巫女のハフリのまじないの、全体手当て」

魔物の攻撃を躱しながら呪文を唱えると、全体回復魔法が発動した。からだから気力が抜けていく気がする。

 

回復魔法が発動し終わるころ、ミリアから「ありがとう。です」という言葉が届いた。

彼女の言葉で実際に効いたことが確認出来たので、私は少しだけホッとした。

 

その後、ご主人様はサンドストームでマーブリーム2匹を倒し、そのあとウォーターストームを連発して残りの魔物を倒した。

 

「魔物二匹が相手でも大丈夫そうだな」

「そうですね。魔物の攻撃を一つの流れとして捉えれば、問題ありません。私に才能があれば、もっと簡単なのですが」

「最初は大変かもしれないが、ロクサーヌなら慣れてくれば大丈夫だ」

「はい。ありがとうございます」

 

「MPの方は大丈夫か?」

「スキルを使う魔力のことですよね。申し訳ありません。少しきついかもしれません」

ご主人様に無理を言って巫女にして頂いたけど、私には才能が無いようだ。

今回は成功したけど、次はダメかも知れない。

 

「回復職はMPの管理が一番重要な仕事になる。いざというときに使えませんでは困るからな。全体手当ては、無理のない範囲で使っていってくれ」

「分かりました。次も成功するかわかりませんが、気を付けます」

“いざというときに......”そのときに失敗したら......

出来ればもう全体回復魔法は使いたくない。

 

ご主人様は話しながらじっと私の様子を見ていたようだけど、私が返事をすると「そういうことか」と言ってアイテムボックスを開いた。

そして、なかから強壮丸を取り出して、私に差し出した。

 

「ロクサーヌ。これを飲め」

「薬ですか?私なんかに勿体ないです」

「いいから飲め」

「......はい」

私は断わったけどご主人様から強要されてしまったので、仕方なく強壮丸を受け取って飲み込んだ。

 

すると、不安な気持ちが急に晴れだした。

今ならもう一度全体回復魔法が使えると思うし、パーティーの回復役は任せて欲しいと思う。

そうか......これがMPが減るということだったのね。

 

「ご主人様。ありがとうございます。モヤモヤしていた気持ちが晴れました」

「ロクサーヌは巫女になったばかりだから、MP的にキツかったのだ。1日探索すればMP量が増えて楽になると思うが、もし気分が落ち込んだら、そのときはすぐに言ってくれ」

「はい。頑張ります」

 

その後、夕方までハルバーの迷宮23階層の探索を続けた。

昼過ぎに2回目の全体回復魔法をかけたけど、ご主人様に言われた通り魔物との戦闘経験を通じて成長し、MP量が増えているようで、気分が落ち込むことはなかった。

 

そして、夕方近くに3回目の全体回復魔法をかけたときは、シザーリザードに全体攻撃魔法を連発されてしまったので2回連続で全体回復魔法をかけたけど、それでも気分が落ち込むことはなかったのだ。

 

全体回復魔法を使ったときは戦闘終了後に一応ご主人様から強壮丸をもらって飲んではいたけど、今日一日でからだのキレも戻ったし、巫女というジョブにだいぶ馴れたと思う。

パーティーメンバーの防御力をあげる騎士も魅力のあるジョブだけど、ベスタがいるから防御面はカバー出来るようになったし、なにより私には巫女というジョブが自分の性分に合っていると思う。

 

今日の探索を終了したとき、ご主人様に改めて巫女にして頂いたお礼を言い、今日一日でだいぶ慣れたので今後もパーティーの回復役としてずっと巫女で頑張りたいということを伝えると、ご主人様からも「じゃあこれからも頼むな」と言ってもらえた。

 

◆ ◆ ◆

 

夕食の食材を買って家に帰ると、私たちは分かれてそれぞれの仕事に取りかかった。

私、ミリア、ベスタの3人は夕食の仕度、セリーは装備品の製作、ご主人様はお風呂の準備だ。

 

そして、夕食を作り終えてダイニングテーブルに並べていると、ご主人様とセリーが楽しそうに話しながらダイニングに入ってきた。

セリーはご主人様の指示でシザーリザードがドロップした革を使った装備品を作っていたようだけど、とても嬉しそうなので思った以上に良い物が出来たのだろう。

 

ご主人様は「素材としてドロップアイテムを売るよりも、装備品にして店に卸したほうが遥かに儲かる。

セリーは腕が良いから買い渋られることもないし、俺も鼻が高いよ。それにセリーはあたまが良いし、小さくて可愛い。俺はセリーを仲間に出来て、本当に幸運だと思っているよ」と、ちょっと嫉妬するくらいベタ褒めしている。

セリーは恥ずかしそうに顔を赤らめているけど、「私はいつもご主人様に言われた通りに鍛冶をしているだけですが、良い物が出来たことは素直に嬉しいです」と言ったので、私はセリーの耳もとに顔を近づけて、小声で「可愛いって言われたことも嬉しいのでしょ」とささやくと、消え入りそうな声で「はい」と返事をして、より一層赤くなった。

 

それから夕食を食べ、そのあとお風呂に入った。

そして、お風呂をあがると......

毎日のことだけど、みんなドキドキである。

 

脱衣室でからだを拭いて、今日はいつものキャミソールではなく白装束を着た。滝行で使った衣装だ。

 

「白装束か?」

「はい。うまく乾いてくれましたので、寝間着として使ってみようかと思います」

「うむ」

私たちはいそいそと白装束に着替えたけど、ご主人様の反応はイマイチだった。

でも、オヤスミの挨拶をして、いざ私たちを可愛がりはじめると、ご主人様は一変した。

 

先ず、ご主人様は私とキスをしながら、白装束の合わせ目から左手を滑り込ませて私のお尻を撫でまわした。

そして、右手で前の下側だけはだけさせると、立ったまま私の秘部を愛撫しはじめた。

ご主人様は私を寝室の壁際に連れて行き、秘部を愛撫しながら今度は胸もはだけさせ、乳首に吸い付いた。

左右の乳首を舌で転がしながらも片手で秘部を愛撫し続け、私の準備が出来るとご主人様は右足の太ももを持ち上げて私の股を開き、秘部にアレを突き立てた。

 

ご主人様は私に見せつけながら、ゆっくりアレを挿入していく。

根元まで入ったとき、私のあたまのなかに“ああ。今日もピッタリ。おかえりなさい”っていう言葉が浮かび、私の心が歓喜で満たされた。

私の心とからだはご主人様とピッタリつながることが、もう、基本になっているんだ。

 

私はご主人様をうっとりと見つめて、「ご主人様。愛しています♥」と言いながらもう一度唇を重ねた。

そして、そのあとはひたすらご主人様を求めた。

 

その夜、私たちは全員2回ずつ可愛がって頂いた。

ご主人様は眠るときに、私の耳もとで「最近パワーアップしてないか?」と聞いて来たので、「たぶん、愛の力です♥」と答えると、「では、今後はもっとすごくなりそうだな」と言いながら、フッ!と軽く笑った。

私もクスッと笑い、ご主人様の左手を枕にして目を閉じた。

 

 

翌日。ハルバーの迷宮23階層に移動して早朝探索をはじめると、ご主人様が今後の方針を話しだした。

 

「23階層の魔物にはだいぶ慣れたと思うが、昨日ロクサーヌを巫女にしたばかりだ。

MP量を増やしていつでも全体回復魔法を連発することが出来るようにさせておきたいので、今日、明日はボス部屋を探しながら魔物を狩り、明後日の朝にボスを倒して24階層にあがろうと思う」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「いいと思います」

 

ご主人様は自分の方針にみんなが賛同すると、ひとつ頷いて本日の探索開始を宣言した。

 

それからしばらく経った。

私は今でも巫女としてこのパーティーの回復役を務めている。

 

今では全体回復魔法を4、5回連続で唱えてもMP切れになることはまったく無いし、巫女になったばかりの頃と比べると1回あたりの回復量が段違いだ。

だけど、迷宮討伐まで考えるとまだまだ力不足だとは思う。

それでも、戦闘が終わったときにお礼を言われると、私もパーティーの回復役としてみんなの役にたっていることが実感出来る。

 

なによりも、前衛で魔物と戦いながら仲間も癒す。巫女というジョブは憧れだったし、実際私の性分にも合っていると思う。

 

愛するご主人様が迷宮討伐を成し遂げるその日まで、私は巫女として隣で支えようと今では強く想っている。

 



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自由気ままな暗殺者

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

私たちのご主人様は若く、私より1つ歳上の17才。

とても強くて頼りになるし、私たちの常識では考えられないような能力をいくつも持っている。

 

先ず、ご主人様は複数のジョブに同時に就くことが出来、自分が取得しているジョブの中から自由につけかえることが出来る。それだけでなく、パーティーメンバーが取得しているジョブを見分けることができ、その中から自由にジョブを変更することも出来る。

パーティーメンバーでなくても、その人がいまついているジョブが分かるとのこと。

つまり、ご主人様は個人で複数のギルド神殿の能力を掛け持っていることになるのだ。

 

次に、魔法使いや魔道士の魔法が使えるし、一般的には知られていない、迷宮の中に直接転移する魔法や、ひとりで魔物を殲滅出来るような強力な攻撃魔法も使える。

 

それに剣で戦っても、魔物を吹き飛ばすほどの渾身の一撃を連発することが出来るし、目にも止まらないほど素早く動くことも出来る。

実際、迷宮内で魔物を吹き飛ばしていたし、狼人族最強の戦士と決闘したときも、素手で瞬殺していた。

 

それだけ強いのに、私たちの能力を引き出してくれるし、私たちを成長させてくれる。

私たちの考えを尊重してくれるし、私たちの能力を信頼してくれる。

 

私たちは奴隷としてご主人様に購入されたけど、世間一般的に聞く奴隷のような扱いはまったくされたことがない。

それどころか家族と考えて大事にしてくれるし、毎日美味しい食事ときれいな衣服を与えてくれ、お風呂できれいに洗ってくれる。

そして、毎晩たっぷり可愛がってくれるのだ。

 

ご主人様は常日頃から、「何があってもお前たちを手放すようなことはない」と言ってくれるし、いざというときは自分の命をかけてでも私たちを守ってくれる。

ご主人様は強さと優しさを兼ね備えているのだ。

 

それにとてもあたまが良い。

 

日本という遠い国の出身で、この国の常識がよくわからないらしいけど、昔の学者が研究していたような難しいことを色々と知っている。

それに、咄嗟の判断も的確で、迷宮内で10人の盗賊集団に囲まれたときは私たちに傷ひとつ付けさせずに立ち回る方法を瞬時に考え、そしてそれをミス無く実践した。

知識と知恵、それに困難な状況でも取り乱さない胆力も兼ね備えた本当にすごい人だ。

 

迷宮探索はこれ以上ないくらいの速さで進めており、本人は「なるべく目立ちたくないし、立身出世は望んでいない」とは言っているけど、きっと将来は迷宮討伐を成し遂げて、叙爵されて貴族になる人なんだと私は信じている。

 

因みにセリーたちにはまだ内緒にしているけど、3年後に私はご主人様の妻になる予定だったりする♥

今はまだ誰からも信じてもらえないだろうけど、ご主人様からプロポーズしてもらったのだから、これは間違いない事実なのだ。

ご主人様はパーティーメンバーを全員妻にするつもりなので、将来的に私は正妻として妻たちを仕切っていくつもりでいる。

 

ちょっと話が脱線してしまったけど、そんなご主人様にはひとつの趣味がある。

それは様々なジョブに就き、その取得条件を解明することだ。

 

ご主人様はパーティーを強くするため、メンバーのジョブ構成をどうするか試行錯誤していた。

元々はその為に多くのジョブを経験していたし、私たちにも多くのジョブを取得させていたのだけど、いつしか皆に新しいジョブを取得させること自体が楽しくなったようで、新しくジョブの取得条件が判明すると、私たち全員に挑戦させて、取得させたりその条件を達成させることを目標にするようになった。

そして少し前、私たちは暗殺者のジョブ取得に挑戦したのだ。

 

どうやら暗殺者のジョブを取得するには、毒針で魔物を毒状態にして倒すことと、戦士の経験を積むことの2つの条件が必要らしい。

 

ご主人様はこの条件に気がつくと、早速いつものようにメンバー全員に毒針で魔物を攻撃させ、条件のひとつを達成させた。

そして、このパーティーには暗殺者が必要と考え、ミリアを暗殺者にするべく育成を始めたのだ。

 

前置きが長くなってしまったけど、これからミリアが暗殺者になり、迷宮探索で活躍するようになるまでの経緯を話そうと思う。

 

◆ ◆ ◆

 

ベスタが仲間になる少し前の話。

 

私は騎士のジョブを取得するため戦士としての経験を積んでいた。

そして、経験が十分積み上がり私が騎士のジョブを取得したとき、同時に暗殺者のジョブも取得していることにご主人様は気がついた。

その時、ご主人様はすごく驚いて、思わず「ロクサーヌ、恐ろしい子」って呟いた。

 

私はご主人様にいきなり「恐ろしい子」って言われたことに驚いたけど、その時はご主人様に誤魔化されてしまったので、理由を確認することはなかった。

しかし、家に帰って私を騎士にしたり、村長にしたりする実験をしているときに、ご主人様がセリーに暗殺者のジョブについて尋ねた。

 

すると、セリーが暗殺者は毒に関係するジョブだと説明したので、私は自分が騎士のジョブ取得と並行して暗殺者のジョブも取得していた、だからご主人様は驚いて「恐ろしい子」って言葉が出てしまったということに気がついた。

 

暗殺者なんて恐ろしいジョブには就きたくない。

下手に自分が暗殺者だと知られたら、それこそ捕まりかねないからだ。

 

だから私はまったく興味がなかったし、なりたくないと考えていたけど、ご主人様は暗殺者のスキルにすごく興味を引かれたようで、翌日にはジョブ取得条件として当りをつけた“毒針を投げて魔物を毒化する”実験を、私を除く皆に行なわせた。

また、その後に仲間になったベスタにも、毒針を使って魔物を毒化する実験をさせていた。

 

どうやらご主人様は、パーティーメンバーの誰かを暗殺者にしたいようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

ベスタが加入して2週間ほど経ち彼女が竜騎士となった2日後、ご主人様がサンゴのモンスターカードを手に入れた。

 

すると、それまではご主人様がひとりで装備品の強化を考えていたのだけど、この時はどの武器に石化のスキルをつけるのが良いか皆の意見を聞きたいと言いだした。

 

その時に、「石化のスキルはベスタの剣につけるべき」という意見も出ていたけど、最終的に石化をつけた武器はミリアに使わせたいというご主人様の方針により、サンゴのモンスターカードは片手剣に融合することになった。

どうやらご主人様は、将来的にはミリアを暗殺者にするつもりらしい。

 

このとき、片手剣はミリアが使っていたレイピアと私が使っていたエストック。その他予備として倉庫に保管しているシミターやダガーがあった。

当然スキルはなるべく良い武器につけるべきなので、エストックにつけてミリアに持たせ、代わりに私の武器がレイピアになるものだと思っていた。

しかし、何故かご主人様はどの剣に石化のスキルをつけるか悩みだした。

 

ご主人様が何を悩んでいるのかよくわからなかったけど、なんとなく使う剣のランクが下がる私に気を使って悩んでいるような気がしたので、私はご主人様にエストックを差し出した。

 

「よく分かりませんが、そういうことでしたら石化のスキルはエストックにつけるべきでしょう。スキルはなるべくよい武器につけた方が効果的です」

「悪いな」

「いえ。問題ありません」

私からエストックを受け取ると、ご主人様は申し訳なさそうな顔をしていたので、私は にっこり微笑んで返事をした。

 

その後、セリーがモンスターカードの融合を行い硬直のエストックが出来上がると、何故かご主人様は私にエストックを差し出した。

「では、この剣は最初はロクサーヌが持て。ミリアはしばらく見学な」

「よろしいのですか?」

「はい、です」

「ありがとうございます」

私はお礼を言ってエストックを受け取った。

ミリアを見学させる意味がわからなかったけど、私は“言い間違いかな?”と思ってたいして気にせず、迷宮探索の準備をした。

 

◆ ◆ ◆

 

迷宮探索をはじめると、ご主人様はセリーとミリアに位置を替わるよう指示した。

あれ?言い間違いじゃなかった?

私が理由を聞こうとすると、セリーが先にミリアを後ろに下げて見学させる意味を確認した。

 

するとご主人様は「たまには後ろから広い視点で戦闘を見ることも大切だろう」と言って、更に「ミリア、槍を使えるか?」と話をうやむやにさせながらアイテムボックスから聖槍取り出して渡した。

 

ご主人様はあきらかに何かを誤魔化していたけど、教えてくれないようだったので、セリーは訝しそうな顔をしながらも曖昧にうなずいてそれ以上の追求を諦めた。

すると、ミリアが「えっ?」っと困惑しだしてみるみる顔色が悪くなり、私に話しかけて来た。

『お姉ちゃん。急にからだの力が抜けちゃったみたい。どうしよう』

 

わざわざ後列に下げ、本人は力が抜けたと言っている。

これって......ジョブを替えたってこと?

私はそう思いながらも確信出来なかったので、こっそりセリーに確認した。

 

「セリー。ご主人様はミリアのジョブを替えたと思うのですが、あなたはどう思いますか?」

「そうですね。硬直のエストックをミリアに使わせると言っていたので、ご主人様は将来的に彼女を暗殺者にするつもりなのでしょう。

ですので、たぶん彼女を戦士にしたのではないでしょうか」

「あなたもそう思いますか。ミリアが不安がっているので、私から伝えておきますね。それにしてもご主人様は誰にもバレていないおつもりなのでしょうか......」

 

私はセリーと同じようにご主人様を見つめたけど、目を合わせないようにしているようなので、無理に何をしたのか確認することはやめて、ミリアに状況を話しておくことにした。

 

『ミリア。ご主人様はあなたのジョブを戦士に変えたみたいです。力が抜けたのはその為です。

しばらくすれば慣れるでしょうから、今は黙って指示に従いなさい』

「えっと......」

私が状況を伝えると、ミリアは動揺しながらも状況を理解しようとし始めた。

 

ミリアはパーティーに加入してからまだ2ヶ月も経っていない。でも、毎日迷宮探索を行い、自分が日に日に強くなっていることは感じていたはず。

だからこそジョブ変更に伴う力の喪失にいち早く気づいたのだろう。

 

彼女にはご主人様が私たちのジョブを変更出来ることを教えていたし、実際に私がジョブを戦士に変更して頂いたところを見ていた。

だけれど、彼女自身は強くなった状態からジョブを変更したことがなかったので、体の力が抜けた理由がすぐに浮かばずに焦ったのだろう。

 

ミリアは私の話を聞いて少し考えてから、「はい。です」と返事した。

一応納得したようだ。

 

その後はご主人様の指示で、魔物を探して狩りをした。

すると、4回目の群れと戦っているときに私が斬りつけたハットバットが床に落ちた。

 

そのとき魔物は3匹で、左右にラブシュラブ、真ん中にハットバットという配置、こちらは左にベスタ、右にセリー、真ん中に私、後列にご主人様とミリアという配置だった。

 

エストックでハットバットを斬りつけると、空中で一瞬固まり床にボトッと落ちた。

私は驚いて「あっ!」っと声をあげると、ご主人様の隣で観戦していたミリアが床に転がった魔物に気づき、「落ちた、です」っとご主人様に報告した。

 

私は石化した魔物を見たことがなかったので、ハットバットが石化しているのか確信できなかったけど、動かない魔物より動いている魔物を優先したほうが良いので、床に転がった魔物は無視してセリーが相手にしていたラブシュラブに斬りつけた。

 

私はセリーと入れ替わって魔物を引き付けると、彼女は少しさがって私とベスタのあいだ、魔物の牽制と詠唱を中断出来る場所に位置取った。

私たちのパーティーにとってはもう万全の態勢である。

 

その後はご主人様がセリーに石化した魔物の状態について確認しながらファイヤーストームを連発し、ラブシュラブ二匹を焼き尽くした。

 

戦闘が終わると床に石化したハットバットが転がっていた。

ご主人様は試しにブリーズボールを一発撃ち込んだけど、まったく動かないので私たちのほうを向いて肩をすくめた。

ご主人様は困惑しているようだけど、私も初めての経験でわけがわからないので、セリーに聞いてみた。

困ったときは彼女に聞くのが一番だ。

 

「石化するとこんな風になるんですね」

「麻痺と違って石化してしまえば自然に回復することはないそうです」

「白い、です」

「そうなんですか」

ミリアとベスタも石化した魔物ははじめて見たようで、話しながらも槍や剣先でつついて感触を確かめている。

ご主人様もデュランダルをだして突きながら話に加わった。

 

「石化したら、無視して良いということか。

ところでミリア。白いって何だ?」

「白くなった。です」

「色が変わったってことか。わかるのか?俺にはわからんが」

「はい。です」

さすがミリアね。

彼女は魔物の毒状態も色の違いで見分けられる。

しかも一瞬で。

石化も同じで色の変化で見分けがつくってことね。

 

「わかった。じゃあミリアは魔物が石化したら報告してくれ」

「はい。です」

ご主人様はミリアに石化の判定を任せると、再度ハットバットにブリーズボールを撃ち込んで煙に変えた。

 

「ロクサーヌ、もう一匹ぐらいいってみるか」

「いえ。私なら十分です。ありがとうございました」

ご主人様はハットバットを始末すると、私に聞いて来た。しかし、私はご主人様の騎士だし、次にジョブを変更するなら巫女になりたいと思っている。

ご主人様には申し訳ないけど、間違っても暗殺者にはなりたくないので、私は返事をしながら硬直のエストックを差し出した。

 

ご主人様は少し考えると、私からエストックは受けとらずに、セリーに硬直のエストックを使うことを促した。

しかし、「片手剣を使ったことがありません」と拒否されると、「じゃ、やっぱりロクサーヌだ。石化する率はあまりよくないようだが、確認のためだ」と言い出した。

ご主人様はまだミリアを前衛に出したくないようなので、私は気を利かせて「えっと。実験ですか?」と聞いてみると、ちょっとホッとしたように「そうだ」と返事をした。

私は心のなかで“ふふっ”と微笑みながら、「分かりました」と短く返事をして、すぐに魔物を探した。

ご主人様をちょっと可愛いって思ってしまったことは内緒にしておこう。

 

それから2時間ほど魔物を探して狩りを続けている。

なかなか魔物は石化しなかったけど、ハットバットとラブシュラブが1匹ずつの群れと戦っていると、ついに2度目の石化が発動した。

石化したのは今度もハットバットだった。

 

ハットバットが石化して床に転がったので、私はベスタが抑えていたラブシュラブの後ろに回り込んで斬りつけた。

セリーとミリアも左右に分かれては遠目から槍で突いている。

ご主人様はファイヤーストームを放ってラブシュラブを攻撃すると、先にハットバットが煙になった。

その後、ご主人様はラブシュラブもファイヤーボールで仕留めた。

 

戦闘が終わると、ご主人様とセリーが状態異常付与のついた武器は誰が装備すべきか?どの魔物を石化のターゲットにしたら良いか?という議論をはじめた。

特に戦う相手の選択について、群れの組み合わせごとにターゲットをどの魔物にして、魔法は何を使えば良いのかという話になると、セリーでさえ「難しいですね」と悩みだした。

 

当然私やベスタには話が難し過ぎて理解しきれず、ミリアにいたってはブラヒム語自体が理解しきれないため2人をポカンと見ている状態だ。

すると、さすがにマズイと思ったのか、ご主人様は「例えば、ラブシュラブが二匹とハットバットが一匹出てきた場合......」という感じに具体例をあげて私たちに説明してくれた。

そして、同時通訳している私がミリアに理解させることに苦心していることに気づくと、彼女が理解したことを確認しながら丁寧に説明してくれた。

 

私たちが魔物を石化させることについて概ね理解すると、ご主人様は改めて今後の方針を説明した。

 

「エストックはミリアに使わせる方針なのは変わらない。だが、ミリアがどの魔物を相手にするのか。そこら辺はうまく前衛陣で対応してくれ。相手のあることだからいつも選べるとは限らないしな」

「そうですね、分かりました」

「やる、です」

「大丈夫だと思います」

 

私たち前衛3人が返事をすると、ご主人様は「じゃあ方針も決まった。次はミリアにも戦ってもらう。では、その剣はミリアに」と言ったので、私は硬直のエストックを渡して代わりに聖槍を受け取った。

 

『ミリア。石化武器ですので、なるべく多く刃を当てるようにしてください。強く斬りつけることはありません。それから魔物が石化したら、その魔物は放置して別の魔物を攻撃すること。わかりましたか?』

「はい。です」

私がミリアに石化武器の使い方を説明すると、彼女は元気よく返事をしながらうなずいた。

 

「ご主人様。ミリアには私が感じた石化武器を使うときの注意点を伝えました。彼女のフォローは私がしますので、前衛はお任せください」

「ありがとう。よろしく頼むな」

私は聖槍をご主人様に渡して代わりにレイピアを受け取ると、彼は聖槍をアイテムボックスにしまった。

パーティーにベスタが加わったけど前衛だったので、残念ながら聖槍の出番はないようだ。

ご主人様が少し寂しそうに聖槍を見ていたけど、こればかりは仕方がないので、そっとしておいた。

 

それからしばらく魔物を探して狩り続けると、戦闘中に突然ミリアが「やった、です」と叫んだ。

ハットバットの体当たりをかわしながら横目でミリアの方を見るとフライトラップが動かなくなっていた。

ミリアはフライトラップの奥を回り込み、私が相手をしていたハットバット二匹のうちの一匹を引き取った。

石化武器の注意点をちゃんと理解していたことに少しホッとしたことは内緒にしておこう。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、昼休憩までにミリアは一度魔物の攻撃を受けたけど、ご主人様の手当て1回だけで回復した。

代わりに石化は3、4回の戦闘に1回は発動している。

 

ミリアはまだ戦士のはずなのにこれだけ発動するということは、ご主人様の見立て通り彼女には暗殺者の適性があるということなのでしょうね。

それに、その場の感覚で自由に動く彼女には、暗殺者というジョブは天職かも知れないわね。

 

そんなことを考えながら休憩を終え、午後の探索に取り掛かる。そして何度か戦うと、急にセリーが魔法の使用回数がおかしいと言い出した。

 

私は魔物を引き付けて攻撃をかわすことが役割なのであまり気にしてなかったのだけど、セリーは戦況を監視してパーティーの動きをコントロールすることが役割なので、魔法の使用回数を気にしていたようだ。

ご主人様はセリーと少し話したあと、私、ミリア、ベスタの3人にいま起こったことを説明してくれた。

 

「武器で攻撃するときに強い攻撃が出来るときがあるだろう。それと同じで魔法も強く発動することがあるということだ。

これからもこういうことは起こる。だから魔物が倒れるまでは気を抜くなよ」

「そんなことまでおできになるのですね。さすがご主人様です」

「魔法が強く発動するということは聞いたことがありませんが......でも、確かにあり得ないとも言えませんけど......」

私は素直にご主人様を賞賛したけど、セリーは自分の中の常識では判断出来ず、どうやら思考の海に沈んだようだ。

 

後で教えていただいたところ、このときご主人様は博徒という新しいジョブを獲得したので、こっそり状態異常耐性ダウンといスキルを実験していたらしく、そのせいで魔物が石化しやすかったり、攻撃や魔法の威力が増したりしていたとのこと。

ただ、この時はハッキリしていなかったので、上記のような説明になったそうだ。

 

「残念ながら、まだうまくコントロールはできないがな」

「いえ。さすがです」

「すごい、です」

「そうなんですか?すごいと思います」

ミリアとベスタは私と同じで素直にご主人様を賞賛しているわね。

セリーはなかなか魔法が強く発動することを認めなかったけど、更に何組目かの魔物の団体を倒したあと、ようやく「今のはいつもより魔法を撃つ回数が少なかったです」と言って、ご主人様の発言を認めた。

 

すると、ご主人様は実験すると言い出した。なんでも今の効果を大きくする実験らしい。

私は意味がわからず困惑していると、次の戦闘でフライトラップが石化した。

他の魔物を全部倒した後でご主人様に「えっと。よかったのでしょうか?」と聞いてみると、「もちろん。危険がそれだけ減ったのだから、歓迎だ」と言われた。

 

ご主人様はフライトラップを石化させたミリアを褒めると、デュランダルで魔物を斬りつけた。そして3回目の攻撃で煙に変えた。

 

「すごいです。さすがご主人様です」

「石化すると物理攻撃が効きにくくなるはずですが。確かにすごいです」

「さすが、です」

「あっさり倒すなんてすごいです」

私たち4人は素直に賞賛したけれど、ご主人様は何か納得行かないようで少し考え込み、そして「次は魔法を見るか...... ロクサーヌ。悪いが魔物を探してくれ」と言ってきた。

 

私は匂いを嗅いで、次の魔物の群れに案内すると、今度は火魔法7発だけでラブシュラブ3匹とフライトラップ2匹を倒した。

その次はハットバット1匹だけだったので、ブリーズボール三発だけで倒した。

 

「もう何と言っていいか。本当に素晴らしいです。さすがご主人様です」

「これは、本当にすごいです」

「さすが、です」

「今のはすごかったです」

私たち4人は再度素直に賞賛したけれど、ご主人様はまた何かを考え込み、そして「魔法の威力を強くすることは確認できたので、実験はここまでにする。また元に戻す。いつもこんな風になるわけではない」と実験の終了を宣言した。

 

◆ ◆ ◆

 

それから数日経った。

 

私たちはハルバーの迷宮20階層とクーラタルの迷宮20階層のボスを撃破して、どちらも21階層を攻略していた。

 

朝食後、ハルバーの迷宮21階層の探索を開始すると、魔物の殲滅時間がすごく早くなっていた。

体感時間で急に半分になったのだ。

私は驚いてご主人様を見ると、ドヤ顔になっていた。

 

「今回はちょっとした実験を行ってみたが、分かるか」

「はい。戦闘時間が圧倒的に短くなりました」

「火の粉の舞い方が今までよりも派手でした。魔法......いや、魔法の使い方でも変えられたのでしょうか」

私に続いてセリーも感想を言うと、ご主人様はニヤリと笑った。

 

「まあそんなところか。簡単に言ってしまえば、火魔法を連続で放つことができるようになった。そのための実験だ。テストはまだ少し続けるが、これからはこちらの使い方がメインになる」

「そんなことまでできるようになられるのですね。さすがご主人様です」

「いえ、あの、普通は無理だと思いますが。そうでもないのでしょうか......」

 

私は素直に賞賛したけど、セリーはすごく困惑しているみたい。

あたまではご主人様には常識が通じないことがわかっていても、どうしても今までの知識や経験が目の前の現実の受け入れを拒否してしまうみたい。

 

「すごい、です」

「そんなことまでおできになられるのですね」

ミリアとベスタはいつも通り素直ね。

 

「無詠唱なので、ひょっとしたらそのおかげで魔法を連続で使うことができるのかもしれません」

あっ、そういうことか。

そうだった。スキルや魔法は声が重ならないように唱えないとちゃんと発動しなかったわね。

さすがはセリー。目の付け所が違うわね。

私がセリーに感心していると、何故かご主人様が疑問顔になった。

 

「まあ詠唱がない分、早くは撃てるか」

「いえ。そういうことではなくて……」

えっ?ご主人様は何を言っているの?

私と同様にセリーもご主人様の返答に困惑しているようだ。

 

私がチラッとセリーを見ると、彼女も私に視線を向けていた。

探索者からすれば常識的なことだし、どう話せば良いのか彼女も戸惑っているようね。

 

私たちが戸惑っていると、雰囲気を察したご主人様が「違うのか?」と疑問を投げかけてきたので、先ずは私から説明しようと思って口を開いた。

 

「えっと。普通、パーティーではスキルや魔法を使うときは声をかけあってから使います」

「私たちのパーティーで魔法やスキルを使うのはご主人様だけなのでいいのですが、複数の人が同時に詠唱を行うと詠唱がうまくいきません。詠唱共鳴と言われています」

私が説明すると、すかさずセリーが補足してくれた。

 

「そうなのか。知ってた?」

ご主人様はちょっと驚いていたけど、すぐに納得したようだ。そして、常識的に知られていることなのか会話に参加していなかったミリアとベスタに確認した。

 

「知ってる、です」

「私も聞いたことがあるような気がします」

ご主人様はミリアとベスタも知っていることを確認すると、セリーの方を向いた。どうやら詳しく説明して欲しいようだ。

セリーもそれを理解しているので、すぐに話し始めた。

因みにミリアはドヤ顔で胸を張っているので、後で注意しておこう。

 

「詠唱共鳴があるので、複数のパーティーが協同して迷宮を探索することは基本的にありません。一つのパーティーに魔法使いが複数入ることもあまりありません。交代で魔法を放ったりすることはあるようですが」

「なるほど。さすがセリーだ」

「迷宮に入る者なら常識中の常識です」

「そ、そうか。普通は詠唱が邪魔をして魔法を連続では撃てないが、俺なら関係ないと」

 

ご主人様が正確に理解したことを伝えると、セリーはコクリとうなずいた。

ちょっと目が冷たくなっているようだけど、まあ、それは仕方がないわね。

 

「さすがご主人様です」

私がこの場の空気を温めるためもう一度ご主人様を褒め称えると、ご主人様は目線で”ありがとう“と返事をしてくれた。

 

「まだ実験段階だがな。もう少しテストを続ける」

「かしこまりました。その先を右に行くとロートルトロールが2匹います。そちらに進みますね」

「ああ。頼む」

ご主人様の承諾を得たので私は次の魔物に向けてパーティーを先導した。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、何度か魔物と戦い、ご主人様は魔法の組み合わせを試行錯誤していた。

初めは同じ系統の全体攻撃魔法を連続で使っていたみたいだけど、途中から水魔法と火魔法や、風魔法と火魔法など、系統の違う魔法を連続使用していたので、魔法に詳しくない私でもご主人様が魔法を連続使用していることがわかった。

まあ、ご主人様は連続と言ったけど、ほとんど重ねて使っているみたいだけど。

そしてしばらく実験すると、ご主人様は魔物が1匹のときにブリーズボールファイヤーボールを重ねて使った。

 

「単体攻撃魔法も連続でお使いできるのですね」

「ああ。だが、詠唱共鳴は防げても組合せによっては十分な威力が出ないみたいだ」

「いえ。魔法を重ねるなんて普通は出来ないことです。さすがはご主人様です」

「はははは。まあ、いろいろ面倒で大変だがな」

ご主人様はそう言いながらも手応えを感じているようだったけど、次の戦闘のときに問題がおきた。

魔物との戦闘中に、ミリアが「やった、です」と宣言した。彼女がロートルトロールを石化したのだ。

 

石化させることは悪いことではないけれど、今は魔法の実験をしているので、困るのだろう。

ご主人様は少し足を止めて考えていたようだけど、すぐに考えを中断して私たちに「実験は気にせずいつも通り戦ってくれ」と言ってきた。

 

「よろしいのですか?」

「ああ。魔法が強くなるのはランダムだし、石化もランダムに発動する。パターンで考えるのは難しいからなるべく多く戦って経験を積みたい」

「かしこまりました」

 

ご主人様にいつも通りに戦って良いと言われたので、私は魔物の組合せなどには関係なく、どんどん近くにいる群れに案内した。

そして、3回目の群れを倒したあと、偶然にも21階層の待機部屋のような場所を見つけてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ご主人様。ここって......」

「待機部屋か?」

「そうですね。間違いないと思います」

「さて、どうするか......」

ご主人様は少し考え、ボスを倒して22階層にあがると宣言した。

 

ボス部屋に入ると中央に煙が集まり、ロートルトロールとロールトロールが出現した。

そして、魔物に向かって駆け出すと、セリーから指示が飛んだ。

「ベスタ、ロートルトロールを抑えてください。他のみんなはボスを。あとはご主人様に任せましょう」

 

戦闘が始まると、ご主人様はベスタが抑えたロートルトロールに斬りかかり、1分経たずに切り捨てた。

そしてロールトロールの囲みに加わると、こちらも2分ほどで切り捨てた。

21階層のボス戦なのにたった3分で戦闘が終了した。

さすがはご主人様。圧倒的な強さだ。

 

ボス戦は普通のパーティーにとっては死力を尽くす戦いとなるはずだけど、ご主人様が突出して強い私たちパーティーでは魔物の数が少ないので安全に戦える。

しかも、ご主人様が一番戦っているのに、戦闘が終了すると必ず私たちを心配してくれるのだ。

ほんと、私はこのご主人様に出会えて幸せである。

 

ご主人様を見ながらそんなことを考えていると、彼はセリーに22階層の魔物を確認していた。

そして、ミリアとベスタがドロップアイテムを回収してきたので、「では、22階層に行く。ミリア、マーブリームを狩って今日は魚料理にしよう」と宣言して奥の扉に向かって歩き始めた。

 

「魚です。殺る。です!」

ミリアの気合が入ったことは言うまでもないだろう。

 

その後その日はハルバーの迷宮22階層をしばらく探索して白身を手に入れ、帝都の服屋に寄って帰宅した。

22階層にあがってもミリアは何度か魔物を石化させており、石化させたらさっさと次の魔物に向かう戦闘スタイルは、やはり自由に動きたい彼女の性格に合っている。

やはりご主人様の考え通り、彼女を暗殺者にするのがパーティーにも、彼女自身にとっても良いのだろう。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、朝食後に商人ギルドに行き、ヤギのモンスターカードを手に入れた。

その際にルーク氏から魔法使いに有効なスキルがついた武器の取引を持ちかけられ、いつの間にかご主人様が魔法を使うときにメインで使用しているヒモロギのロッドを売ることになってしまった。

私はちょっと心配だったけど、セリーが何も言わないので、たぶん大丈夫なんだろう。

 

そのあと商人ギルドを出たときにこっそりセリーに聞いたところ、“ひもろぎのロッドは相場に少し色をつけたくらいの値段で売却。それに加えてコボルトのモンスターカードを付けろ”という話しだったので、売却なら詐欺行為をはたらくのは難しいこと、ヤギとコボルトのモンスターカードがあれば装備品に知力2倍のスキルは付けられることを考えて、さっきは反対しなかったとのことだった。

 

そのあと防具屋に移動し、店に入ると店主が揉み手をしながら近寄ってきた。

帝都の服屋の店員ほどではないけど、この店主もご主人様に何かと高い防具を買わせようとするので注意が必要だ。

 

ご主人様は店主に軽く挨拶すると、何故かアクセサリーが並んでいる棚の前に移動した。

そして、セリーに「イアリングを俺が着けても問題ないか?」と尋ねた。

 

「もちろん。問題はありませんが?」

セリーが小首をかしげると、ご主人様は「や、やはりいいアクセサリーの方が防御力が大きいか」と何故か焦りだした。

 

「アクセサリーは主に魔法に対する防御を上げてくれます。よい装備品の方がもちろん防御力も大きいでしょう」

セリーが答えると、ご主人様は「今日は俺用のアクセサリーを買いたい。悪いが選ぶのを手伝ってくれ」と言って私たちの方をチラチラ確認しながらアクセサリーを物色しだした。

 

私はご主人様が何を気にしているのか少し不思議だったけど、すぐに目の前のネックレスや指輪に意識を奪われてしまい、ご主人様が着けたところを想像しながら似合いそうな物を選びはじめた。

 

私はチェーン付きのブレスレットを手に取って、「これなんかキラキラしてていいですね」と3人に見せると、

「そうですね。でも、このチェーンはダメですね。戦闘時に邪魔にならない物じゃないと......」とセリーに却下されてしまった。

次に大きな宝石付きの指輪を選ぶと、「きれい、です」「それは可愛いと思います」とミリアとベスタは同意したけれど、「それではグローブが着けられません」とセリーにまた却下されてしまった。

 

私はご主人様に似合いそうな物を選ぼうとしていたけど、装備品としてのアクセサリーなんだから、セリーがいう通り探索中に邪魔にならないことも考えないとイケナイわね。

 

私たち4人はワイワイしながらアクセサリーを選んでいたけれど、なかなか決まらなかった。

すると、私たちのやり取りを見かねたご主人様から「これなんてどうだ」とブレスレットを見せられた。

 

「うーん。そうですねえ」

豪華だけど女性が着けるような感じでちょっとご主人様には似合わない気がしたので、顎に手をあてて考える。すると、「じゃあこっちは?」と別のブレスレットを見せてきた。

そちらの方は宝石は付いてないけど銀細工のキレイな物だったので、「それは悪くないかもしれません」と言うと、ご主人様はうなずいた。

 

「じゃあひとつはこのブレスレットを。あと、普段使いとしてこのイヤリングも買おうと思う」

「よろしいと思います」

私が返事をすると、ご主人様はブレスレットとイヤリングをカウンターに持って行き、店主を呼んで購入した。

 

◆ ◆ ◆

 

それからご主人様はセリーが作った装備品を売却するためカウンターに並べだすと、すかさず店主が状態を確認して買取金額を提示した。

ご主人様が買取金額に同意して代金を受け取ると、店主は顔のニヤつきを抑え、少し真剣そうな顔になった。

 

「以前そこの女性を専属鍛冶師にしたいとお話ししましたが、本格的に考えてくれませんか」

「は?考えるとはどういうことだ?

セリーは公私ともに俺の専属だから手放さないということは伝えたはずだが」

「確かに聞いております。しかし、これほどの腕なら是非とも彼女を譲って頂きたい。そうですな、白金貨2枚。200万ナール出します」

「断る」

「なっ!即答ですか。では、思いきって250万ナールでは」

「断る。金の問題ではない」

「で、では300万ナール出します。鍛冶師とはいえ、破格の条件です。さすがにこれなら文句はないでしょう!」

 

この店主、なに逆ギレしているの?

彼女の作る防具の質を見て300万ナール出しても儲かるって思っていることが丸わかりなんですけど。

 

なにがなんでもセリーが欲しいようだけど、金さえ積めばご主人様が私たちを手放すとでも思っているのかしら。

それともご主人様は一見気弱そうに見えるから、ちょっと威圧的に迫れば押しきれるとでも思っているの?

まったく、ご主人様のことをバカにし過ぎね。

 

それに、ご主人様から私たちを引き離そうだなんて、とんでもない奴だわ!

そう思いながら見ていると、ご主人様はあきれ顔になり、「話しを聞いているのか? いくら金を積まれても駄目だ」と、改めて拒否した。

 

「そうですか。どうしても譲っては頂けませんか......

では、専属契約で通って頂くというのは如何ですか。

もちろん契約金額は弾みます。とりあえず最初は1年契約で、契約金額は......100万ナールではどうでしょうか?」

「断る」

「これでもダメですか。で、では契約金はそのままで、出勤は1日おきでは。これならどうです。こんな破格の条件、普通あり得ないですよ!」

 

この店主。しつこいわね。

ご主人様は何度も断っているのに、まったく諦めない。

そのせいでセリーがどんどん不安になってるみたい。ご主人様の袖を摘む指に力が入っているわね。

 

そろそろ物理的に懲らしめないとダメじゃないかしら。

私はそう考えてレイピアの柄に手をかけたけど、抜き放つ前にご主人様が返事をした。

フッ。店主、命拾いしたわね。

 

「悪いがそれでも駄目だな。前にも言ったが彼女は公私ともに俺の専属だから片時も離したくない」

ご主人様はそう答えると、セリーの腕を引いて抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

セリーは一瞬驚いたようだけど、すぐに耳が真っ赤になって目がトロンとなり、自らご主人様の胸に頭を押し付けた。

 

「さっきも言ったが金の問題じゃないんだ。わかるだろう?

それに色々と付き合いもあるのでな。あんまり無茶を言われると、この店には足が向かなくなるかも知れないが...」

ご主人様がわざと店主にセリーとの仲を見せつけ、そして軽く脅し返した。

 

「そ、それは!...... はぁ......」

店主は一瞬焦り、そのあと深く溜息をついた。

 

「分かりました。そういうことなら仕方がありません。

今日のところは諦めますが、もし気が変わったら、その時は是非お願いします」

「そんなことは無いから諦めてくれ。それから、この話は二度とするな。店主、これは警告だ。わかったな」

ご主人様は今度はしっかりと店主を脅すと、あたふたしている店主は放置して私たちを連れてさっさと店を出た。

 

その後、迷宮に入るためひとまず冒険者ギルドに向かって歩き出すと、セリーがご主人様に話しかけた。

 

「ご主人様。ありがとうございました」

「ん?何のことだ?」

「専属鍛冶師のことです」

「ああ。断ったのは俺のワガママだから気にするな。だいたいセリーが白金貨3枚なんて、バカにし過ぎだ。交渉したいなら白金貨1万枚くらい用意してから話に来いっていうんだ」

「わ、私にそんな価値は」

「俺にとってはそれくらい価値がある。って、そういうことじゃないな。

つまりだ.......」

そこまで話すとご主人様は立ち止まり、真剣な表情になった。

 

「俺はセリーを手放すつもりはないということだ。

もちろん、ロクサーヌ、ミリア、ベスタもだ。

みんなには悪いが、俺が死なない限りずっとそばにいてもらうつもりだからな」

「はい。ありがとうございます。私もそうして頂きたいです。ずっとそばにおいてください」

セリーは目に大粒の涙を浮かべながら答えると、ご主人様の右腕に絡みついた。

因みに左腕は私の指定位置だったりする。

 

「ああ。これからもよろしく頼む」

ご主人様はセリーに返事をすると私の方を向いたので、

「もちろん私もそのつもりです。ご主人様は死なせませんから、一生そばにおいてもらいますからね」と答えてウインクした。

「ああ。ロクサーヌ。よろしく頼むな」

 

すると、背中の方から「一緒。です」というミリアの声が聞こえた。

ご主人様は首を少しだけ捻り、背中越しに「ミリアも頼むな」と返事をした。

 

最後に前を歩くベスタが振り返って、「わ、私も良いのですか?その、よろしくお願いします」とご主人様に言って頭をさげた。

ご主人様が「当然ベスタもだ。よろしく頼むな」と返事をすると、彼女も嬉しそうに涙を流した。

 

「ベスタ。涙を拭いてしっかり先導してください」

「はいっ!」

私が声をかけると、彼女は返事をしながらサッと振り返り、再び先導を始めた。

 

「ふふっ。セリー。良かったですね」

私は歩きながら小声でセリーにささやくと、彼女は消え入りそうな声で「はい」と小さく返事をした。

 

彼女は耳を真っ赤にさせているので、そうとう恥ずかしいようね。

まあ、往来のど真ん中だし、周りから見られているから当然なのかも知れないけど、すごく頑張っているみたい。

ご主人様はちょっと歩きづらそうだけど、今は頑張ってもらおう。

だって、ご主人様が素敵過ぎるのがイケナイのだから♥

 

その後、ご主人様は私とセリーに挟まれたまま黙って冒険者ギルドまで歩き続けた。

 

すると後日、クーラタルの街に新しい噂が流れだした。

 

なんでも“真っ昼間から美少女に囲まれて、お前たちを一生離さない!と叫んでいる好色冒険者がいた”とか、“公衆の面前でお前は一生解放しないと言って少女奴隷を泣かせていた鬼畜冒険者がいた”とか、“美少女たちは美人局だ。きっとあの冒険者は彼女たちに集られて根こそぎ金目のものをむしり取られる”とか、“いや、あの冒険者は色魔に違いない。美少女たちは性奴隷にされて可哀想に毎晩イヤらしいことをされているんだ”とか。

 

はぁ。相変わらずこの街の住人は、微妙に真実が混じっていて否定しづらい噂を流す。

これ以上尾ひれがついた噂が広がらないように、しばらくは金物屋のおばさんに見つからないようにしないといけないわね。

 

◆ ◆ ◆

 

冒険者ギルドに着くと、ご主人様は一度カウンターでドロップアイテムを売却し、それから壁にワープゲートを開いた。

そして私たちはゲートをくぐり、ハルバーの迷宮22階層に入った。

 

「夕方少し実験をするつもりだが、今日はなるべく多く魔物と戦って経験を積みたい。数や組合せにはこだわらないから、どんどん魔物に案内してくれ」

「かしこまりました」

私はご主人様の要望通りに魔物の群れを探して案内し、夕方まで探索を続けた。

 

夕方になり実験を始めると、ご主人様の魔法が弱くなったり強い攻撃が出せたり、いきなりミリアの石化が発動したり、尾頭付きがドロップしたりした。

ご主人様はクリティカルの発生やスキルの重ねがけについて色々試したとのこと。

但し、尾頭付きだけは偶然らしい。

 

ご主人様は2度魔物の群れを殲滅すると、少し考えてから「クーラタルの迷宮に移動する」と言いだした。

セリーが「何か分かったのでしょうか?」と聞いたけど、「いや。まだわからないから弱い魔物で試してみる」と言ってワープゲートを開いた。

そして、ワープゲートをくぐってから場所を聞くと、クーラタルの迷宮11階層だった。

ご主人様にとっては11階層の魔物はもう弱い魔物扱いなのでしょうか?

そんなことを考えながらも私は匂いを嗅いで、魔物の群れまでパーティーを案内した。

 

11階層ではご主人様は魔法は使わず、積極的に前に出てデュランダルで斬りかかった。

そして、魔物の半数を一撃で、残りの半数も二撃目で倒してしまった。

私たちはご主人様が圧倒的に強いことは知っているけど、11階層の魔物が目の前でサクサク倒されていくことには心底驚いた。

さすがは私の愛するご主人様。もう、見ているだけで変な気分になってしまいそうだ。

 

11階層の魔物の群れは最大4匹だけど、ご主人様は1、2分で殲滅してしまうので、私はご主人様に待たせないように必死に群れを探した。

だけど、案内する時間よりも明らかに殲滅する時間が短いので、申し訳なくなってしまった。

でも、そんな時間はすぐに終わった。

 

ご主人様は4度魔物の群れを倒すと、「だいたいわかったから実験は終了する」と言ってワープゲートを開いた。

セリーはご主人様に実験結果を聞きたそうにしていたけど、その目の前をミリアが駆け抜け、「今日はサカナ!サカナ!サカナ!です」と言いながらワープゲートに飛び込んだ。

 

「あっ!ミリア!」

私は彼女を捕まえようとしたけれど、一瞬遅かった。

「ご主人様。申し訳ありません」

「はははは。ロクサーヌ。ダイニングの壁にゲートを開いたから大丈夫だ。

沢山白身を拾ったし、今日は魚料理にするって約束して頑張らせたんだから許してやってくれ」

ご主人様はそう言いながら私の耳を撫でてくれた。

 

「もう。ご主人様がそう言うなら仕方がないですね」

私が折れると、ご主人様はジト目でこちらを見ていたセリーのからだを引き寄せて、優しく頭を撫でた。

彼女は一瞬驚いたけど、すぐにうつむいて耳が真っ赤になった。

「セリーも頼むな」

「......はい」

セリーが小声で返事をしたので、私たちもゲートをぐぐって家に帰った。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索を始めると、すぐにハルバーの迷宮22階層のボス部屋を発見した。

ご主人様には何か考えがあったようだけど、ミリアのやる気に引っ張られて、そのままボスを攻略することになった。

 

ボス部屋に入ると中央に煙が集まり、ブラックダイヤツナとマーブリームが出現した。

私たちは魔物に駆け寄り、マーブリームはベスタが引き付け、私、セリー、ミリアの3人はブラックダイヤツナを囲んだ。

すると、直後にミリアが「やった、です」と叫び、ブラックダイヤツナが床に落ちた。

どうやら石化したようだ。

以前セリーがボスは状態異常にはなり難いって言っていたけど、ミリアにはお構いなしのようだ。

 

私はご主人様に「そちらへ行きます」と声をかけ、全員でマーブリームを囲んだけれど、直後にご主人様の一撃で煙に変わった。

ご主人様はボスは自分が倒すと言って、ブラックダイヤツナの前に立ち、真上からデュランダルを押し当ててコンコンコンコンと小刻みに突きだした。

 

あの動きって、ちょっとエッチね。

なかなか入らないし、ご主人様にあんなふうに秘部の入口を責められたら...... って、私は何を考えてるの!

デュランダルの切っ先を見ていたら、いつの間にか自分がご主人様に責められている気分になってしまった。

少しだけど、秘部が湿っている気がする。

 

私はハッとして周りを確認すると、他のみんなも頬を赤らめていた。

セリーなんか無意識に片手が股間に伸びている。

みんな同じようなことを考えているみたい。

でもこれは、毎晩私たちをたっぷり可愛がって、こんなからだに変えてしまったご主人様のせいだから、後でちゃんと責任をとってもらおう。

 

そんなことを考えながらしばらくご主人様が魔物を突くところを見ていると、突然魔物が煙に変わり、そこにピンク色の大きな魚の切り身が落ちていた。

 

「トロ、です」

ミリアが叫んで素早く飛びついた。

私は初めて見たからわからなかったけど、トロはブラックダイヤツナのレアドロップアイテムだった。

 

ボス戦終了後、ご主人様はセリーに23階層の魔物を確認した。

魔物はシザーリザードで、まれに革を残すと聞いてやる気が出たみたいだったけど、23階層から上の魔物は回避が出来ない全体攻撃魔法を使うと聞いて不安顔になった。

 

「大丈夫か?」

「ご主人様なら問題あるはずがありません」

「そう言われてもな。ロクサーヌはどうして問題ないと思うのだ?」

「全体攻撃魔法がどの程度か知りませんが、22階層で十分戦える私たちなら一撃で死ぬことはないと思います。それに23階層から急に危険度があがるのなら、23階層にはあがってはいけないってことが常識になっていると思います。でも、そのような話は聞いたことがありません」

 

「なるほど。セリーはどう思う?」

「私はまだ迷宮に入るようになって少ししか経っていません」

「ん?セリーは2年以上経験があるだろう?」

「2年なんて一般的には短いほうです。普通の庶民でこんなに早く23階層に入ったという話は聞いたことがありませんので、私は少し心配です。

竜騎士がいるパーティーは安定度が増すといわれていますが、ベスタもこの間から迷宮に入るようになったばかりですし......」

「そうか。確かにその意見ももっともだな」

セリーの意見も聞くと、ご主人様はほんの少し考えたけど、すぐに結論をだした。

 

「セリーの心配もわかるが、まあ戦ってみなければ始まらないだろう。最悪の場合でも、身代わりのミサンガがある。運がよければ身代わりになってくれるはずだ」

「そ、そうですね。身代わりのミサンガがありました」

セリーは返事をしたけど、不安な表情は取れてない。

納得してはいないようだけど、無理にでも止めるような行動は見られないから、実は彼女のなかではなんとかなるって結論が出ているのだろう。

 

「みんなもいいか?」

「もちろんご主人様についていきます」

私は当然のように返事をすると、ミリアとベスタも「はい、です」「大丈夫だと思います」と返事をした。

 

ミリアとベスタの返事を聞くと、ご主人様は一瞬呆れたような顔になったけど、すぐに「......じゃあ行くぞ」と言って23階層にあがる扉をくぐった。

 

23階層にあがるとご主人様に「ロクサーヌ、シザーリザードのにおいが分かるか」と聞かれた。

匂いを嗅ぐと、今まで嗅いだことがない匂いがする。

 

「遭遇したことはありませんが、嗅いだことのない匂いがあります。多分それですね」

「近くに戦えそうなのがいるか? 数の少ないところで」

私は集中してもう一度匂いを嗅ぎ、魔物までの距離や数を探った。でも、残念ながらご主人様の期待に応えられそうな群れはないようだ。

 

「近くにはなさそうですね。嗅いだことのない匂いだけの群れもありますが、数は少し多そうです」

「そうか......

じゃあ22階層に戻ってボス戦を繰り返すか......」

「はい、です」

ご主人様の言葉を聞くと、いち早くミリアが返事をした。

まったくこの娘は......

 

私はミリアに呆れつつも「かしこまりました」と返事をすると、ご主人様はうなずいてダンジョンウォークのゲートを開いた。

そして、22階層に戻りボス部屋に直行したのだけど、進路上に魔物がいなかったので、10分足らずで到着した。

 

次のボス戦では、ご主人様はデュランダルをベスタに渡し、魔法主体の攻撃に切り替えた。

後方から魔法を撃ち込むので、ご主人様の安全が確保出来ていることはとても良いことなんだけど、残念ながら戦闘時間は先ほどの3倍以上かかってしまい、少しだけ疲れた気がした。

 

前回は石化が発動。今回は発動しなかったので、戦闘時間が長いのは仕方がないことなのだけど、だからと言って3倍はかかり過ぎだ。

今はまだ、魔法主体でボス戦を戦うのは厳しいみたいね。

 

ご主人様もそれなりに疲れたみたい。

少なくても戦闘が終了したときに「魔法でも戦えないことはないか......」と、少し残念そうな言葉がこぼれてしまうくらいには。

 

それに、魔物は2匹ともベスタがとどめを刺した。

これも余り良いことではないわね。

なぜならご主人様が魔物を倒さないと、魔結晶に沢山魔力がたまらないのだから。

 

更に、ドロップアイテムは赤身だった。

トロがドロップすることのほうが珍しいので、当たり前のことなんだけど、最初がトロだったからミリアとご主人様は少し期待していたみたいだ。

なんとなく裏切られた感を醸し出している。

私はどう声をかけようか考えていたけど、先にご主人様が気を取り直して宣言した。

 

「次からはまたこれまでどおりに戦う。トロが残るまでボス戦は続けるぞ!」

ご主人様はそう言い切ると、ミリアと2人で拳を突きあげた。

「「オーッ!」」

「......」まあ、立ち直ったのだから良しとしよう。

と、肩をすくめながら考えていると、ご主人様が23階層にあがる扉に向かって歩きだしたので、慌てて追従した。

 

23階層に上がり私が魔物を探していると、セリーが「魔法でも戦えることが検証できてよかったと思います。23階層からはボスの他に魔物が2匹出てくるそうですし」と、ご主人様に話しかけていた。

 

「そうなのか?」

「はい」

ご主人様はセリーの言葉に再び考え込んだ。

 

「なら、23階層のボス戦は魔法で戦う方針とするとして、フォーメーションは考えないといけないが」

「槍ならある程度の間合いが取れるので、私が二匹を見ることもできると思います」

「そうか。じゃあ、そのときには頼むな」

 

魔法は防がないとイケナイけど、現状詠唱中断出来る武器はご主人様のデュランダルとセリーの強権の鋼鉄槍しか無い。

なのでご主人様はフォーメーションをどうするか悩んでいたようだったけど、セリーの進言で踏ん切りがついたみたい。

心持ち表情が明るくなったようね。

 

セリーとの会話が終わると、ご主人様は私に索敵結果を聞いてきた。

「ロクサーヌ、シザーリザードの数が少なくて戦えそうなところが近くにあるか?」

「いえ。先ほどと同じですね。誰も通った人はいないようです。近くに数の少なそうなところはありません」

 

「そうか。まあ、時間も経って無いし仕方がないな。

魔物の配置が変わるまでは、22階層のボス戦を繰り返す」

「かしこまりました」

ご主人様の方針に従って私は23階層にあがるたびに魔物の配置を確認した。

すると、3周目に状況が変わった。

わりと近くにシザーリザードの数が少ない新たな群れが湧いたのだ。

 

ご主人様に報告すると、22階層のボス狩りはきりあげて、まずはシザーリザードの数が少ない群れと戦い、十分戦えるならそのまま23階層で戦うと言われた。

 

それからすぐにシザーリザード1匹とマーブリーム2匹の群れと接敵したけど、全体攻撃魔法を撃たれることもなく問題無く倒せたので、ご主人様はこの階層でも十分戦えると判断した。

 

その後、30分ほど23階層で魔物の群れと戦い、シザーリザードとの戦いかたに少し慣れた時点で早朝探索は終了した。

 

因みにミリアは22階層のボス狩りが終了してしまい最初は少し残念そうだったけど、23階層で戦い始めると魔物を石化する頻度が増えてきて、俄然やる気を出し始めた。

どうやらシザーリザードは石化しやすい魔物のようだ。

 

それともミリアが急激に成長しているってことなのかな?

 

◆ ◆ ◆

 

家に帰り朝食を食べ終わると、ご主人様は私たちに家事を、セリーには鍛冶仕事を言いつけてひとりで商人ギルドに向かった。

その時、セリーが「ついて行きます」って言っていたけど、ご主人様は「ひもろぎのロッドを売るだけだから大丈夫だ。仲買人として信用を失うわけにはいかないから、相場以下の金額を提示することもないだろう。

だからセリーはそのまま鍛冶を続けてくれ」と言いながらワープゲートを開いた。

 

セリーは「あ、ご主人様。仲買人は信用しては......」とご主人様の背中に声をかけていたけど、ご主人様は最後まで忠告を聞かずに「ダイジョブ、ダイジョブ」と言いながらゲートをくぐっていった。

セリーは「もう!」とひと言愚痴を吐いたけど、はぁっとひと息吐くと、すぐに作業に戻った。

 

そのあと、私たちが家事や鍛冶をしているあいだにご主人様はルーク氏が紹介した商人に騙されて、ひもろぎのロッドを使えない武器やセリーでは融合出来ないモンスターカードなどと交換してしまい、大損させられていた。

後日それが発覚し、ご主人様はセリーにこっぴどく叱られてしまったことは以前話した通りだけど、このときはまだ自分が騙されたとは思っていなかったので、ご主人様は気分良く帰宅した。

 

帰宅すると、ご主人様はすぐにセリーを呼んで手に入れてきたモンスターカードとイヤリングを融合させた。

ご主人様はセリーの頭を撫でて「セリー。いつもありがとうな」と褒め、彼女からイヤリングを受け取ると、右耳に装備した。

 

「ロクサーヌ。変じゃないか?」

「とても似合っています」

「そうか?ありがとう。じゃあ迷宮探索を再開しよう」

ご主人様はそう言うと、迷宮に行く支度を始めたので、「かしこまりました」と返事をしてから私たちも準備を始めた。

 

ハルバーの迷宮23階層に入るとご主人様は聖槍を装備したけど、魔物との戦闘は魔法主体だった。

先ほど作らせたイヤリングには知力2倍のスキルがついているらしく、聖槍にも同じ効果があるのでひもろぎのロッドを使っていたときよりも魔法が強くなっているらしい。

 

その後、ご主人様が魔法の強さを確認しながら戦闘したり、シザーリザードにわざと全体攻撃魔法を使わせる実験をしている横で、ミリアが魔物を石化する割合が少しずつ増えてきた。

夕方迷宮探索を終了する頃には、2、3回の戦闘で1回は魔物を石化するようになっていた。

 

そして、翌日早朝探索のためにクーラタルの迷宮22階層に入ると、ご主人様はミリアのジョブを暗殺者に変えると宣言した。

ミリアは戦士としての期間は短かったけど、次のジョブになるための経験が積めたということだ。

 

少し早かった気はするけど、昨日探索を終了する頃には、かなり魔物を石化する割合が増えていた。

そして、戦士になったばかりの頃と比べ、戦闘時の動きは見違えるくらい良くなっていた。

 

セリーは少し訝しんでいるけれど、私たちの会敵率は一般的なパーティーの10倍はあるし、実際ミリアは23階層で苦も無く戦えている。

だから、彼女が暗殺者になれるまでの経験が積めたことは間違いないと思う。

 

私と同じなら、騎士のジョブも取得していることだろうけど、暗殺者になれるとわかった瞬間にミリアが目をキラキラさせて喜んだので、黙っておくことにした。

 

ご主人様はミリアのジョブを暗殺者に変えると、慣れるまでの間、彼女を後衛に回すことを提案してきた。

つまり、見学させるということだ。

 

ご主人様が私たちを大事にしてくれるのは嬉しいけど、過保護過ぎて成長が遅れてしまうことは良いことではないと思う。

それに彼女が戦士になったときや私が騎士になったときのことを考えると、ジョブチェンジした瞬間はからだが重くなっても、1時間も戦うと普通に動けるようになるはず。

だから私は、「必要ないと思います」とご主人様に回答した。

私が回答するとセリーも必要ないと言って追従し、ミリア自身も前衛で大丈夫と言ってやる気をみせた。

 

私、セリー、ミリアの3人に反対されると、ご主人様はベスタに話しかけて、硬直のエストックを使ってみたいか確認した。

突然「試してみたくないか?」と聞かれてベスタはあたまが回らず、「ええっと。そうですね、興味はあります」と答えると、ご主人様はニヤリと微笑んだ。

 

「なら、魔物の数が少ないときには、ミリアは武器をベスタと交換して後列に回ってくれ。2匹以下ならそれで問題ないだろう」

「はい、です」

「ありがとうございます」

 

そしてご主人様は魔物が少ないときはミリアとベスタは武器を交換し、ミリアには後衛に下がるよう指示した。

そして私には、ボス部屋に向かいながらも数が少ない魔物の群れを探して、積極的に回るよう指示した。

 

ご主人様はバレていないと思っているのか?

なんとか理由をつけて、ミリアには戦闘に参加させずに経験を積ませようとしている。

あからさまな気がするけど、これ以上何か言っても考えを変えるつもりは無いだろう。

 

横でセリーが半眼になりながら「姑息な手を......」とブツブツつぶやいているけど、ここで議論しても時間を無駄にするだけなので、私は黙ってご主人様からクーラタル22階層の地図を受け取った。

 

その後、魔物の少ない群れを倒しつつボス部屋に向けて案内を始めたけど、ベスタが魔物を石化させたのは攻略地図を半分以上進んでからだった。

結果的にミリアは暗殺者になってからほとんど戦わずにだいぶ経験が積めたようだ。

ご主人様は真剣な顔でミリアをジッと見つめると、ニヤッと笑って「今後硬直のエストックはミリアに専用で使わせる」と宣言したので間違いないだろう。

 

ご主人様は私に、「そろそろミリアは今まで通り前衛で戦わせても良いだろう。ロクサーヌ。ボス部屋まで頼む。魔物の少ないところにはもう回らなくていい」と指示を変更した。

今から全開戦闘である。

 

早速私は進路付近の魔物5匹の群れに案内すると、ご主人様から「いきなり5匹か」と愚痴っぽい声が聞こえた気がしたけど、私が2匹、ベスタが1匹ブロックしているあいだにミリアが後衛に回り込み、魔物を撹乱しているうちにご主人様の魔法であっさりと殲滅した。

 

その後も何度か戦ったけど、私たちは誰も攻撃を受けることなくボス部屋まで辿り着いた。

因みにミリアは2、3回の戦闘で1回は石化を発動させていた。からだの動きはまだまだだけど、石化に関してはジョブチェンジする直前の状態に戻ったようだ。

 

そしてボス戦が始まると、ベスタとご主人様の2人がお付きのクラムシェルと対峙し、私とセリー、ミリアの3人がボスのオイスターシェルと対峙した。

いつもならご主人様たちが先にお付きの魔物を倒し、ボスの囲みに加わるのだけれど、今回はご主人様たちが魔物を倒したのとほぼ同時にミリアが魔物を石化させた。

 

ご主人様はクラムシェルにとどめを刺した瞬間に、私たちの方からミリアの「やった、です」という声が聞こえてきて、とても驚いたそうだ。

 

ミリアにとって暗殺者は天職なのかもしれない。

 

◆ ◆ ◆

 

石化させたオイスターシェルにとどめを刺すと、ご主人様はこのまま23階層にあがって様子を見ると言い、セリーに23階層の魔物を確認した。

 

「クーラタル二十三階層の魔物は、グミスライムです。火魔法と風魔法と水魔法が弱点で、耐性のある属性はありません。土属性の全体攻撃魔法を使ってきますが、土属性に耐性があるわけでもないようです」

「グミスライムか。懐かしいな」

グミスライムって確か......私と会う前にご主人様が倒した魔物だったはず。

確かアラン様はベイルの商館にご主人様が来たとき、動向していた商人から盗賊団を殲滅したこととグミスライムを倒したことを聞いて、ご主人様に私を引き合わせたのだったわね。

私はそれを思い出し、ご主人様に尋ねた。

 

「確かご主人様は、私と会う前に戦ったことがあったと言っていましたね?」

「ああ。ただ、すぐ倒してしまったから、どんな魔物か詳しくはわからないな」

「そうでしたか。余計な口を挟んですみませんでした」

「はははは。気にすることはない。ある意味思い出の魔物だからな」

私が謝罪するとご主人様は笑って流し、もう一度セリーに向き直った。

 

「戦ったことがおありならご存知だと思いますが、剣や槍で攻撃してもなかなかダメージは通りません。人に取りついた場合、魔法以外で下手に攻撃すると取りつかれた人がダメージを受けてしまいます」

「確か溶かしてしまうのだったか」

「完全に取りつくとそうなります。消化される前に倒さなければいけません」

 

「わかった。それにしても一階層の魔物じゃなくても地上に出ることがあるんだな」

「一階層の魔物が地上に現れるのは人里近くの迷宮ですね。周りに人も多くいますから、出現位置からさほど動かず、積極的に人を襲ってくることもあまりありません。人が少ないところの迷宮では十二階層の魔物が外に出てきます。さらに奥地にある迷宮では、二十三階層の魔物が地上に現れます。餌を求めて長い距離を移動し、積極的に人を襲います」

「そうなのか。なら、ベイルとソマーラの間にある森の奥には迷宮があるということになるが」

「そうですね。その可能性が高いでしょう。それに、ベイルの町に近いのに騒がれていないということは、まだ知られていない迷宮なのかも知れません」

「では、将来ご主人様が討伐して、貴族になるための足がかりにしましょう」

私は胸を張って宣言したけど、ご主人様には微妙な顔をされてしまった。

 

「ロクサーヌ。前にも話したが、俺は貴族になるつもりはない。下手に目立てば余計な詮索をされるようになる。俺には色々と内密にしなければならないことがあるからな」

「確かに詮索されるのは困りますが......」

私が残念に思うと、それを察したのか?ご主人様は話を続けた。

 

「それに、ベイルに近いならそこの領主に黙って討伐するわけにはいかないだろう?」

ご主人様がセリーに問いかけると、「そうですね......」と少しだけ考えて、彼女は話し始めた。

 

「迷宮を討伐するなら、事前に話を通しておかないと、後でどんな言いがかりをつけられるかわかりません。

迷宮討伐ができなくてベイルに人が住めなくなっているならともかく、今は話をしても迷宮討伐を手伝わされるだけになる可能性が高いですし、案内させられた挙げ句に“討伐方法は騎士団で検討する”と言われて追い払われる可能性もあります。

かと言って、領主に黙って討伐しても、証拠がないので認めてはもらえないでしょう。

領主の許可を得て討伐した場合でも、金一封をもらって終わりか、ただ感謝されるだけで終わる可能性が高いです。

間違ってもご主人様を貴族に推薦するようなことは無いでしょう。

なぜなら領主がご主人様を貴族に推薦するということは、自領を切り渡すということになるからです。

いずれにしても、その迷宮では仮に討伐したとしても、ご主人様が貴族になれることはないと思います」

 

セリーが言い切ると、ご主人様は「そういうことだ」と言って、私が納得したのか確認するようにこちらを見た。

「そうですか。色々と難しいのですね」

「はい。ですので、ご主人様が貴族になるには、魔物が討伐出来ずに放棄されてしまった地域の迷宮を討伐する必要があります。放棄されている場所なら誰も文句は言えませんから」

私ががっかりすると、セリーが解決案を示してくれた。

それを聞いて私は気を取り直したけど、反対にご主人様は難しい顔になった。

そして、真剣な表情になりみんなを見回した。

 

「ロクサーヌには一度言ったことがあったと思うが、良い機会だからみんなにハッキリ言っておく。

俺は、何かをなさないためにここにいる。

よく分からないかも知れないが、俺が世の中に影響を与えるようなことは有ってはならない。

だから、迷宮を討伐したり、貴族になるつもりはない。

俺に期待しているロクサーヌとセリーには悪いが、そう思っておいてくれ」

ご主人様の言葉にみんなが固まってしまうと、彼は少し寂しそうな目をした。

 

その目は見たことがある。

私を身請けして頂いたその日に“故郷には帰れない”と言ったときの目だ。

そして、セリーが加わる少し前、ご主人様に“自分は何かをなさないためにここにいる”と言われたときも同じ目をしていた。

それを思い出すと、私は触れてはいけないことに触れてしまったことに気づいて、胸がキュッと締め付けられる気がした。

 

私はセリーたち3人に、ご主人様の出自については聞かないように“お話し”している。だから、ご主人様から話さない限り、その話題にはならない。

ご主人様は自分の故郷の食べ物や言葉については少し教えてくれたけど、故郷がどんな場所だったとか、自身がどういう立ち場だったとか、そういうことは一切教えてくれない。

 

能力についても、私たちの常識に当て嵌まらないすごい力をいくつも持っているけど、私たちには少しずつしか教えてくれないし、そもそもどうやって得たのか......色々と実験していることと関係があるのか......

よく分からないけど、勝手に詮索してはいけないのだと思う。

 

ご主人様は優れた人だから私は貴族になって民を導く立ち場になるべきだと勝手に思っていた。

でも、今ハッキリ分かったけど...... 残念だけどご主人様を貴族に押しあげようとすることは、彼からすると迷惑なことなんだろう。

 

私が自分の考えをまとめているあいだ、セリーも黙ってご主人様を見つめていた。

彼女も自分の考えをまとめているようだ。

ミリアとベスタも黙っているけれど、たぶん2人は様子を見ているだけだと思う。

 

私が困っていることを察したようで、ご主人様は言葉を続けた。

 

「あと、迷宮討伐や貴族を目指さないのはデメリットが大きいからだ」

「そうなのですか?」

「ああ。特に、貴族を目指せば当然目立つことになる。ライバルもいるようだから、警戒されることだろう。

そうすると色々と詮索されるようになるから、今まで以上に行動や発言に気を使わなくてはならなくなる。何せ情報漏洩は命取りだからな。

妨害を受けることも考えなくてはならないから、その対策も講じる必要もある。

有力者との付き合いなども増やさないといけなくなるし、そうなると出費が嵩むことになる。

ハルツ公爵領の迷宮探索のように余計な要求への対応も増えることになるだろう。

公爵の場合は琥珀や鏡の売買というメリットがあったけど、たまたまうまくいっただけで本来の手間暇を考えたら決してプラスではないと思う。

それに他の有力者は必ずしもデメリットに見合うリターンを提示出来るか分からない。将来の協力のために当分は一方的な奉仕を強いられることも覚悟しなくてはならない。

そうするとどうなるか。

ロクサーヌ。わかるか?」

 

「えっと...... 忙しくなる?」

「惜しい。その答えでは足りないな。セリーはわかるか?」

「手が追いつかない分、人を雇わなくてはならなくなるとか?そうすると、迷宮探索で得た資金がそちらに流れてしまい、生活が苦しくなるとか?」

「うむ。それもあるかも知れないが、その前に最大のデメリットがある。ミリアとベスタはわかるか?」

「えっと。分からない。です」

「私も分かりません」

「そうか」

私たち全員が分からないと、ご主人様はちょっと呆れたような顔になって肩をすくめた。

 

「最大のデメリットは、お前たちと過ごす時間が減ることだ。忙しくて可愛がれなくなるなんて、俺は嫌だからな」

「わ、私も嫌です!そんなの絶対にダメですからね!」

「それは困ります。私も絶対に嫌です!」

「ダメ。です!」

「私もそれはダメだと思います」

 

私たちが慌てて返事をすると、ご主人様は苦笑して話を続けた。

「まあ落ち着け、俺はお前たちとの時間を大切にしたい。だから、高望みをして今の関係を崩したくないのだ。だから出来るだけ目立ちたくないと考えている。それは分かって欲しい」

「分かりました」

「だが、生活するために金は必要だし、いざという時に備えて自分たちが強くなっておくことも大事なことだから、これからも迷宮探索は続けていく。よろしく頼むな」

「はい」

私はわだかまりが溶けた気がして、とびきりの笑顔で返事をした。

 

◆ ◆ ◆

 

クーラタルの迷宮23階層にあがって魔物を探すと、匂いを嗅いだことのない魔物が近くにいた。

たぶんグミスライムだ。

匂いの強さから3匹の群れだと思う。

 

ご主人様に報告してから魔物の群れに案内すると、前方に水色でブヨブヨしたゼリー状の塊が現れた。

私たち4人は魔物に向かって走り出すと、ご主人様の魔法が発動した。

 

私たちの目の前で、グミスライムは砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれた。

そして、2度目の魔法を受けて魔物の群れが動けずにいるうちに、ベスタは右、ミリアが左、私が真ん中の魔物の前に陣取った。

セリーは私の後ろ、少しベスタ寄りに位置取りし、魔物の動きを監視し始める。

 

魔法の効果が切れるとさっきよりも少し小さくなったグミスライムが現れた。

小さくなったということは多少はダメージが入っているということか?

見た目がほとんど変わらないからよく分からないわね。

そう思いながら、私は右端のグミスライムの体当たりをかわした。

そして、すれ違いざまにレイピアで斬りつけたけど、感触が軽くてダメージが入った気がしない。

隣でベスタが二本の剣をグミスライムに叩き込んだけど、私と同様彼女も手応えのなさに驚いているように見えたので、戦いながら話しかけた。

 

「ベスタ。攻撃が効いていない気がするのですが、あなたはどう思いますか?」

「確かにあまり効いてない感じです。どうしましょう」

「私たちはあまり攻撃せず、防御と回避に専念した方がいいでしょう」

「そうですね。そう思います」

 

ベスタは私に返事をすると、落ち着いて魔物の体当たりを剣の腹側で弾き返した。

 

次の瞬間、再びグミスライムは砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれた。

すると、左の魔物を相手にしていたミリアが「やった、です」と叫び、次の瞬間には私が抑えていた魔物に側面から斬り掛かった。

 

彼女が戦っていた魔物をチラリと見ると、飛びかかろうとしていたのか、斜め上に伸びあがったような形で固まっていた。

まだ戦闘開始から2分も経っていないけど、ミリアが石化させたようだ。

さすがミリア。この分だと、その内一度の戦闘で2匹石化させるなんてこともありそうね。

 

油断したつもりはなかったけど、ちょっと余裕が出来て余計なことを考えていると、魔物の足元に魔法陣が浮かんだ。

私は少し焦って「あっ!来ます!」と警告を発したけど、次の瞬間に魔物をセリーが槍で突き刺し、魔法陣を消滅させた。

そして、再び魔物は砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれ始めた。

 

その後、私たちが回避と防御に専念しているうちに、ご主人様は繰り返し魔法を発動させ、5度目の魔法が炸裂すると石化した魔物も含め、全ての魔物が煙になった。

 

戦闘が終了するとセリーが話しかけてきた。

「ロクサーヌさん、グミスライムが取りつこうとしていませんでしたか?」

「そのようです。途中でからだを広げて飛びかかって来たので、だぶん取りつこうとしていたのだと思います。

取りつかれないように気をつけなければいけませんけど...... まあ、躱してしまえば問題ないですね。」

「そ、そうですか......」

私が答えると、何故かセリーは肩を落とした。そして、途中から私たちの会話を聞いていたご主人様も、ちょっと呆れたような顔をしている。 ......なぜ?

 

私たちがドロップアイテムを拾ってご主人様に渡すと、グミスライムとの戦闘が経験出来たのでクーラタルの23階層から移動すると言いだした。

私は魔物を探したけど、近くにはいなかったので素直に同意すると、ご主人様はワープゲートを開いた。

 

それからは朝食を挟んで夕方まで、ハルバー迷宮の23階層でひたすら魔物を倒して回った。

ご主人様は、「ミリアを暗殺者にしたばかりなので、今後の探索を楽に進めるためにも今日はしっかりと経験を積ませる」と言っていたけど、途中で私のジョブをこっそり獣戦士に変えていた。

 

実は私は騎士になってから、戦闘中にパーティーの防御力をあげるスキルを何度か使っていた。

特に魔物が5匹で3種類以上の時は戦闘時間が長くなる場合が多いので使っていたのだけど、あるとき急に使えなくなったのだ。

正確に言うと、スキルは使おうとするとあたまの中に呪文が浮かぶのだけど、それが浮かばなくなった。

 

その時は少し焦ったけど、戦いながら“もしかして私のジョブが変わっている?”と思って他のジョブのスキルを片っ端からあたまに浮かべてみたら、ビーストアタックがヒットしたのだ。

戦闘終了後、セリーたちがドロップアイテムを回収している間にそのことをご主人様に尋ねると、気づいたことにすごく驚かれた。

そして、「後で2人になったときに説明するから今は黙っていてくれ」と頼まれた。

私はコクリとうなずくと、匂いを嗅いで次の魔物を探した。

 

ご主人様の目論見通り、今日の探索でミリアが魔物を石化する割合がだいぶあがった。

夕方には1度の戦闘でほぼ1匹は魔物を石化するようになった。

ご主人様はだいぶ満足したようだ。

そして、シザーリザードを大量に狩ったことにより、革も大量に獲得した。

ご主人様は「これで材料を購入することなくセリーに革の装備品を作らせられる」と言って喜び、セリーも「失敗したときのことを考えると少し心苦しかったので、これからはもっと気楽に装備品の作成にかかれます」と言って喜んだ。

 

これからもここには定期的に通うことになりそうだ。

 

◆ ◆ ◆

 

夕方帰宅して夕食の準備をしているとき、お風呂を入れていたご主人様に呼ばれ、MP回復のために2人で迷宮に移動した。

ご主人様は何度か魔物を倒してMPが回復すると、私がジョブを獣戦士に変えられたことに何故気づいたのか聞いてきた。

 

「私、騎士になってから、魔物の数が多くて3種類以上いるときに、何度か全体防御のスキルを使っていたんです」

「そうだったのか。気が付かなかった」

「すみません。魔物の耐性がことなると組合せ次第で戦闘に時間がかかりますので、魔物に向けて走りながらかけていました」

「そ、それはすごいな」

「スキルは小声で唱えていましたし、ご主人様は立ち止まって魔法を使うので、考えてみれば私の声は聞こえていませんね」

私が答えるとご主人様は少し考え、何かに納得したような顔になった。

 

「どうりで攻撃を受けたあとの回復魔法の回数が、少なく済むことがあった訳だ」

「勝手なことをして申し訳ありませんでした」

「いや、謝ることじゃない。むしろ素晴らしいことだ」

 

私はご主人様に咎められず、逆に褒めて頂いたことが嬉しくなり、「ありがとうございます」とお礼を言って話を続けた。

 

「それで、先ほどいつものように使おうと思ったら、あたまの中に呪文が浮かばなかったのです」

「それで気づいたのか?それだけでは獣戦士とは判断出来ないと思うのだが」

「ご主人様のいう通りです。私は何故呪文が浮かばないのかがわからず一瞬パニックになりかけましたけど、ジョブが変わっている可能性に思い至り、試しにあたまの中でいくつかのスキルを使おうとしたら、ビーストアタックの呪文が浮かんだのです」

「そうだったのか。驚かせて済まなかった」

「そうですね。すごく驚いたのですよ」

私はそう言いながら目を瞑り「んっ」と言って唇を突き出した。

次の瞬間、ご主人様は私のおねだりに答えて優しくキスをし、「これで許してくれるか?」と言ったので、私は「はい」と返事をして話を続けた。

 

「ご主人様。私たちはご主人様を信じています。

ご主人様が私たちのジョブを変えることには必ず理由があることも分かっています。

もちろん私たちにも希望がありますので、意見を言わせて頂くことがあるとは思いますが、ちゃんと理由を教えてくれるなら最終的には反対しません。

ですので、今後ジョブを変えるときはちゃんと教えてください」

「わかった。これからはちゃんと教えるよう心がけるよ」

「よろしくお願いします。

因みに今回はなんで私のジョブを獣戦士に変えたのですか?」

私は軽い気持ちでご主人様に尋ねたのだが、ご主人様の雰囲気が少し変わった。

 

「先日巫女の話しをしたときにジョブ取得には一定の条件が必要という話をしたが、そのときにあえて話していないことがある」

「えっ? そうなのですか?」

「ああ。ロクサーヌは俺が以前セリーに、“巫女の希望者には村人レベル5以上とかの条件をつければ良い”と話したことを覚えているか?」

「えっと...... 確か、セリーが巫女になれなかった話しをしたときに言っていたような......」

「それだ」

「あ、思いだしました。私とセリーがご主人様にレベルがあるのは探索者だけという常識をお伝えしたときのことですよね」

「そうだ。今回ロクサーヌを獣戦士に変えたのは、百獣王の獲得条件を調べて可能なら取得させたいと考えたからだ。そのために獣戦士としての経験がもっと必要なんじゃないかと考えている。それは、以前話した“村人レベル5以上”という話につながることなんだ」

確かあのときは、ご主人様の常識を知らないところが出てしまったと思っていたのだけど、違うってことなの?

私は驚いてご主人様に聞いてみた。

 

「どういうことですか?」

「みんなの知っている常識を覆すことになるし、俺の秘密を明かすことにもなる。

ロクサーヌとセリーには詳しく話しておきたいが、まだ考えが整理しきれていないので、少し時間をもらえないか?」

 

ご主人様はどこまでも真剣な眼差しで、じっと私を見つめてきた。

「ご主人様。卑怯です。

そんな目で見つめられたら、私、反対なんて出来ません」

私が返事をするとご主人様の表情が緩んだ。

 

「済まないな」

「いえ。私はご主人様を信じていますから、いつか話すと約束してくれるだけで嬉しいです」

「ああ。約束する」

ご主人様はそう言うと、私を抱き寄せてもう一度キスをしてくれた。

 

家に帰ると夕食はほぼ出来上がっており、ムスッとしたセリーに出迎えられた。

そして、「なかなか帰ってこないので心配しましたが、なんだか楽しそうで何よりですね」と少し嫌味を言われてしまった。

 

私はセリーをなだめるために彼女と廊下に移動し、迷宮でご主人様と話したことを伝えた。

そして、考えを整理して、いずれ私とセリーの2人に秘密を打ち明ける約束をしてくれたことを伝えると、彼女は驚いて「嫌味を言ってすみませんでした」と素直に謝った。

 

その後、たて続けに色々な出来事があり、結局この件についてご主人様からちゃんと説明されたのは、だいぶ経ってからだった。

それについてはそのうち別で話そうと思う。

 

因みに迷宮内でご主人様とキスしたことは、セリーには内緒にしている。

 

◆ ◆ ◆

 

それから10日経ち、迷宮探索はクーラタル、ハルバーとも25階層まで進んだ。

 

私は巫女になってまだ5日だけど、25階層の魔物の攻撃は全て回避出来るようになったし、戦いながら全体回復魔法を唱えることも余裕で出来るようになった。

前衛で戦いながら、パーティーメンバーに癒やしを与える。私は理想のジョブになれて、充実した毎日を送れている。

 

ご主人様は冒険者と魔道士のジョブを取得し、なんと一度に魔法を3連発放てるようになったらしい。

おかげで魔物との戦闘時間が短縮され、相手の組合せが多少不味くても5分とかからず終了している。

さすが、私のご主人様である。

 

セリーは鍛冶師のままだけど、硬革や鉄製の装備品が作れるようになっている。たぶん彼女なら、もうすぐ鋼鉄製の装備品や竜革の装備品を作れるようになるだろう。

モンスターカードの融合も一度も失敗したことがないし、ひとつの装備品に複数のスキルを融合することにも成功している。

迷宮でも探索中は参謀として、戦闘中は司令塔として活躍している。

きっと将来彼女は伝説的な鍛冶師になるに違いない。

 

ベスタも竜騎士のままだけど、戦闘経験を積み重ねるたびに防御力が高まっているようで、今では25階層の魔物に体当たりされても大きなダメージは受けないくらい強くなっている。

下の階層でもそうだったけど、彼女はその階層で戦闘経験を積めば魔物からの物理的な攻撃ではダメージを受けなくなる。

だから、もう少し経験を積めば25階層の魔物も彼女にダメージを与えることは出来なくなると思う。

彼女は魔物との壁役として、このパーティーには欠かせないメンバーになっている。

 

そしてミリア。

結論から言って、彼女を暗殺者にしたご主人様の判断は、大正解だ。

ミリアの性格やからだの動きを見て、かなり早い段階から彼女が暗殺者に向いていると見抜いて育てあげたのである。

さすが私のご主人様。人の能力を見定める能力まで持っているなんて、本当にすごい人である。

 

そのミリアは硬直のエストックに潅木のモンスターカードとコボルトのモンスターカードを融合してもらい、魔物を麻痺させることも出来るようになった。

暗殺者としての能力もあがってきているようで、25階層の魔物でもどんどん石化する。

24階層ではボスのシルバーサイクロプスも石化させていたし、一度の戦闘で2匹の魔物を石化することも今では珍しくない。

 

エストックに麻痺効果を付けてもらった当初、ミリアは麻痺させた魔物を置き去りにして別の魔物に襲い掛かり、その後に動けるようになった魔物からバックアタックを受けて吹き飛ばされ、窮地に陥ったことがあった。

 

そのときはセリーの機転や暗殺者になってからあがってきている彼女自身の回避力のおかげで、その後の攻撃をかわして態勢を立て直すことが出来たので事なきを得たのだけど、そのときの教訓が生きているようで今は魔物を麻痺させても石化するまでは攻撃し続けるようになっている。

 

因みに麻痺は石化の倍くらい発動するので、ミリアの相手になった魔物はほとんど何も出来ないまま釘付けとなり、石化されるかご主人様の魔法で煙になる。

魔物に同情するわけではないけど、ちょっと気の毒なくらいだ。

 

こうしてミリアは暗殺者の能力をしっかり引き出しながらも戦場を自由に動き回り、安定して戦えるようになっている。

彼女は暗殺者として、このパーティーの前衛遊撃ポジションを不動のものにしたのである。

 

最初、ご主人様から私が暗殺者のジョブを取得していることを教えてもらったときは、“そんな恐ろしいジョブなんて絶対になりたくない”って思ったけど、ミリアの活き活きしているところを見ると、“案外暗殺者も悪くはないわね”なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。

 



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私の中の獣戦士

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

私が巫女のジョブになってから6日が過ぎた。

巫女というジョブは私ととても相性が良いようで、転職してからまだたったの6日なんだけど、迷宮24階層でも余裕を持って戦えるくらい強くなっている。

 

こんなに短期間で成長出来ている理由は、私たちのパーティーが普通のパーティーと比べると、同じ時間で10倍以上もの魔物を倒しているからだ。

その1番の要因は、ご主人様が短時間で魔物を殲滅してくれることなんだけど、私の魔物を探せる鼻の良さも、2番目の要因になっている。

つまり、私とご主人様の相性が抜群なので、成長する速度が尋常ではないということだ。

 

 

「私、憧れのジョブに就けて、いまはとっても充実してるんですよ」

「はははは。そうか。やっぱロクサーヌ的には騎士より巫女のほうが良かったのか? あ、どちらでもって答えは無しだぞ。正直どうなんだ?」

「そうですね。正直に言って...... 巫女です!」

「はははは。貯めて言わなくても」

「済みません。嬉しくてちょっと浮かれてるかも知れません」

 

「いや、まあ、油断は禁物だが。さすがに半年以上もロクサーヌと一緒にいるからな。歩いてるときは俺も全く緊張しないんだよな」

「ふふっ。それはいけませんね。セリーに聞かれたら怒られそうです。

ですけど、ご主人様にそう言って頂けるのはとっても嬉しいです」

「ロクサーヌが喜んでくれるのは俺も嬉しいが、まあ、セリーには内密にしておこう」

 

「かしこまりました。あと...... 

そこの分岐を右に曲がると、すぐ先に3匹います。スローラビットが2匹とチープシープが1匹です」

「分かった。左から倒すから、ロクサーヌは真ん中と右を抑えてくれ」

「お任せください」

 

私は剣を構えて戦闘体制を整え、フッと息を吐いて集中した。そして、ご主人様に目で合図を送り、2人で分岐の手前までそっと近づく。

そして、ご主人様のハンドサイン。3、2、1、GO!

 

ご主人様が手を振ったので、私は無言で駆け出した。

私は真ん中にいたチープシープに鋼鉄の盾を打ち付けながらスローラビットにレイピアを突き込んで2匹を引きつけた。

 

同時にご主人様はデュランダルで左のスローラビットを斬り伏せ、そして、その剣を振りあげながら、真ん中のチープシープを斬りあげた。

すると、次の瞬間2匹は煙に変わった。

 

2匹が煙になると、ご主人様はその煙をすり抜けて右のスローラビットの後ろに回り込み、デュランダルを構えたので、私はスローラビットにもう一度レイピアを突き入れて、再度魔物の注意を引きつけた。

 

ご主人様は右のスローラビットの意識が完全に自分から反れていることを確認すると、後ろからデュランダルを突き入れた。

すると、最後の1匹も煙に変わり、ドロップアイテムが床に残った。

 

「どうだった?」

「11秒。さすがご主人様。新記録です」

「そうか。まあ、いまのは状況が良かったから、当然の結果だな。魔物からしたら突然目の前に戦闘体制の敵が出現したってことだから、恐怖でしかないだろう」

 

「そうですか? はじめの2匹は戦闘体制を取る前に倒されたから、恐怖を感じる暇も無かったと思いますよ?

でも... そうですね。

最後の1匹は、気づいたら仲間2匹が殺されていて、自分は前後を挟まれた状態になっていたのですから... ご主人様が言われた通り恐怖を感じていたのかも知れませんね」

 

「まあ、恐怖うんぬんは別にして、奇襲が成功したんだ。記録が出てもおかしくはないだろう」

「そうかも知れませんが、やはり、ご主人様が強いから出せた記録です。おめでとうございます」

私は話しながら拾い集めたドロップアイテムをご主人様に渡した。

 

「ロクサーヌ。ありがとう。では次を探してくれ」

「かしこまりました。次はこのまま真っ直ぐです」

 

いま、私はクーラタルの迷宮7階層にいる。

ご主人様のMP回復のため、2人で魔物を狩って回っているところだ。

“迷宮では何が起こるかわからないから決して油断するな” とは言われているけれど、いまの私たちにクーラタルの迷宮7階層は余裕過ぎる。

だから、思わずデート気分になってしまうことは仕方がないことなんだろう。

 

「ところでさっきの続きだけど、巫女と獣戦士ならどっちが良いんだ?」

「そうですね。今は巫女です」

「今は? 昔は違ったのか?」

ご主人様に質問されて、私は昔のことを思い出した。

 

「そうですね...... 子供の頃は獣戦士に憧れていました。父が獣戦士でしたので」

「すまん。聞かないほうが良かったか」

私が少し考えてから話し始めると、ご主人様は死んでしまった父のことを思い出させてしまったことを申し訳なく思ったようで、すぐに謝ってきた。

でも、両親が死んだことは心の中でけりをつけたことなので、私はそのまま話を続けた。

 

「いえ。大丈夫です。それで、巫女にも憧れはあったのですが、いつの間にか獣戦士一択になっていました」

「そうなんだ。でも、いまは巫女のほうが良いのか?」

「そうですね。今となっては獣戦士というジョブではなく、父への憧れで獣戦士になりたいって考えていた気がします」

「そうか......」

「ご主人様 。本当に気にしないでください。両親が死んだことは、私の中でもう済んだことなのですから」

「分かった。ところでロクサーヌはどうやって獣戦士になったんだ?」

「えっと......」

 

ご主人様は軽い気持ちで聞いたみたいだけど、私はかなり大変な思いをして獣戦士になった。

短時間で話すことは難しいし、どう伝えればいいのか...... しばらく迷ったあげく、シンプルに「獣戦士ギルドで試験を受けてなりました」と答えた。

 

私が説明しづらそうにしたことが悪かったのか、ご主人様は少し首をひねると、再度私に質問してきた。

「どんな試験だったんだ?」

「えっと...... 簡単に言えば魔物と一定時間戦い続ける試験ですけど、済みません。詳しく話しをするには時間が必要です。その...... かなり大変だったので」

「分かった。じゃあ夕食のときに教えてくれ」

「えっと、済みません。夕食のときには話しづらいので、ベットで眠りにつきながら話すのではダメでしょうか」

「寝物語に語るというヤツか? まあ、それでも構わないが...... その......」

ご主人様が言いづらそうにしていることが何かは分かっているので、私から続きを話した。

 

「気を失っていたら叩いて起こしてくださっても結構ですので、ご主人様はいつもと同じように可愛がってください」

「あ、いや、叩くわけには......」

「では、気を失わないように頑張ります。ですから...」

「分かった。いつも通りな」

「はい♥いつも通りたっぷりお願いします♥」

私は返事をしながらご主人様に飛びつき、唇を重ねた。

 

その後、3回魔物の群れと戦い、先の2回と合わせて魔物を12匹倒してから帰宅した。

そして、ご主人様は風呂場、私はキッチンに戻ってそれぞれの作業に取りかかったのだった。

 

 

そしてその夜、私たちはいつも通り2回ずつ可愛がって頂いた。

私以外は2回目のときに気を失ってしまい裸で寝ているので、私はみんなに肌がけをかけてあげた。

そして、ご主人様の隣に寝転び、腕にあたまを乗せた。

 

「ご主人様。今日もとても気持ち良かったです。ありがとうございました」

「ロクサーヌ。俺も気持ち良かった」

ご主人様は返事をしながら横向きになり、私のあたまを優しく撫でてくれた。

 

「ご主人様。私が獣戦士になったときのことをお話ししますね」

私はそう切り出して、昔の出来事を思い出しながら獣戦士になった経緯や当時の状況をご主人様に話しはじめた。

 

◆ ◆ ◆

 

子供の頃、わたしは両親と自分の3人で、帝国の南方にある狼人族が多く住む町で暮していた。

両親はともに探索者で、昔は稼げる迷宮を求めて色々な町を渡り歩いていたらしいけど、私が生まれたので狼人族が多いこの町に住み着いたらしい。

 

この町は外壁のすぐ外に迷宮があり、家から通いで探索が行えるので、子供を育てるには条件が良かったそうだ。

それに叔母も近くに住んでいたので、私の面倒をよく見てもらえて助かったとのこと。

 

両親の迷宮探索は順調だったけど、ある日突然不幸な出来事が起こってしまった。

私が10才の時、迷宮内で2人共死んでしまったのだ。

 

当時、両親は狼人族5人でパーティーを組んでいて、父は30才、獣戦士で前衛。母は29才、探索者で後衛。他のメンバーは前衛で50才くらいの男性戦士。確かパーティーリーダーだったはずで、父はジジイって呼んでいた。

あとは、同じく前衛で20代後半の女性戦士と、後衛で20代前半の女性僧侶だったはずだけど、2人の名前は覚えていない。

因みに母と女性僧侶は後衛だったけど槍を装備していて、戦闘時は前衛の隙間から魔物を突いて攻撃していたそうだ。

 

父はあまり喋らない人だったけど、休みの日には私の剣の練習に付き合ってくれた。

父はとても強くて動きも素早いので、私の攻撃はすべてかわされてしまうし、私では父の攻撃は受け止められなかった。

そのため私の戦闘スタイルは、いつの間にか攻撃をかわすか受け流して、一撃を突き入れるというものになっていた。

 

父が自分のパーティーメンバーのことを話すことはほとんどなかったけど、一度だけ酔っぱらったときに「魔物の群れが5匹のときはジジイと2人で2匹ずつ引き付けて、その隙に母さんたちが残りの1匹を倒すんだ。父さんも強いけど、母さんもすごく強いんだぞ」と上機嫌で語っていた。

父にしては饒舌だったので、私はそのときのことは良く覚えている。

 

両親がいつも何階層を探索していたのか聞いたことは無かったけど、魔物5匹と戦っているということは、16階層よりも上の階層で戦っていたということ。

つまり、それなりに強いパーティーだったことは間違いないだろう。

 

母は物腰が柔らかい人で探索者にはあまり向いていなかった。

だけど、父のパーティーには探索者がいなかったので、私が5、6才くらいで一人で留守番が出来るようになったころに、探索者に転職して迷宮に入るようになったそうだ。

でも、あまり迷宮に入ることは好きではないようで、「本当は探索者は早く辞めて叔母と一緒に畑を耕して暮らしたいけど、代わりの人が見つかるまで辞められないのよ」って言ってよく溜息をついていた。

だけど、迷宮ではかなり活躍しているらしく、「代わりになる探索者なんてそうそう見つからないから引退は諦めて」なんて、他のメンバーから言われていた。

 

私はそんな母でも活躍できると聞いていたので、当時迷宮が怖いところだなんて微塵も思っていなかったし、当然両親は毎日帰って来るもんだと思っていた。

 

でも、その日は突然やって来た。

夜遅くなっても両親が帰ってこなかったのだ。

 

私はどんどん不安になり探しに行こうと思って玄関ドアを開けたけど、真っ暗でどこを探せば良いのかも分からなかった。

それでもじっとしてられなくて外に飛び出したけど、家の周りを探しても2人は見つからず、匂いもしなかったので、諦めて家の中に戻った。

 

そして、食卓に座って、朝になっても両親が帰ってこなかったら、どこを探せば良いのか......

近所の誰かに助けを求めたほうが良いのか......

それとも先に、叔母に話しに行ったほうが良いのか......

 

私は次の行動を考えていて、ふと叔母のことを思い浮かべた。

両親を除くと、私にとっては唯一の肉親だ。

 

叔母は母の妹で、当時はまだ22才だった。

私からすると、叔母というよりは少し年の離れたお姉さんと言ったほうがしっくりするくらいだ。

 

叔母は母とはとても仲がよく、大きな農家に嫁いでいるはずだったけど、月に一度は私の家に遊びに来ていた。

姉妹だけあって、叔母は母とは容姿がよく似ているし、一見おっとりしているようにも見えるけど、実は必ずしもそうではないことを、私はよく知っている。

 

私は小さいときに両親に黙って森に入り、魔物を狩っていたことがあったのだけど、それがバレたときに両親以上のすごい剣幕で彼女に怒られたことを今でも覚えているのだ。

小さいときはそれがトラウマになっていて、叔母が来ると彼女の機嫌を損ねないよういつも緊張していた。

でも、いつも私のことをすごく可愛がってくれる人だし、激しく怒られたのはその1回だけだったので、今では彼女が家に来ると、私のほうから抱きつくほど好きになっている。

 

きっと叔母なら力になってくれるはずだ。

少なくても、いつも猫撫で声で近づいて来て、やたら私に触ろうとする近所のおじさんたちよりは頼りになるだろう。

 

ただ、叔母の家はそんなに離れていないって聞いたことはあったけど、行ったことが無いから場所が分からない。

どうやって探せばいいのか......

 

などと考えているうちに、私はいつの間にか食卓に突っ伏して眠ってしまった。

そして翌日。私はからだを揺すられて目が覚め、顔をあげると、そこには叔母がいた。

 

私は叔母に両親が帰ってこなかったことを伝えると、彼女は私を強く抱きしめて「ロクサーヌ。もう大丈夫だからね」と言って涙を流した。

 

私は叔母の雰囲気から、両親に何か悪いことが起こったこと。そしてたぶんもう帰って来ないということがわかった。

つまり...... 

たぶん2人は死んでしまったということだ......

 

でも、あまりにも突然過ぎて、まるで実感がない。

私は自分でも驚くほど自然な感じで、叔母に状況を確認した。

 

「叔母さん。どうしたの?」

私が質問すると叔母は一瞬キョトンとしたけど、そのあと真剣な顔つきになって私としっかり目を合わせた。

 

「ロクサーヌ。落ち着いて聞いてね」

「はい」

「あなたのお父さんとお母さんが、昨日の夕方迷宮で亡くなったの」

「はい......」

 

私は両親が死んだことは予測していたので取り乱したりはしなかったけど、その通りだったことで少しだけ気分がさがった。

叔母は私の目を見定めて、私が取り乱していないか確認してから話しを続けた。

 

「あのね。昨日の夜遅く、19階層の入口で女性の僧侶が見つかったのだけど、その人は......」

「お父さんとお母さんのパーティーの人だったんですね」

「そうよ...... そして、他のメンバーはみんな死んだって......」

「そう...... ですか.....」

私が返事をしながら少しうつむくと、叔母はもう一度私を抱きしめた。

そして、叔母は食卓にそっと何かを置いた。

 

「ロクサーヌ。これを」

叔母が置いた物を見て、私は愕然とした。

食卓に置かれていたのは、母がいつも着けていた髪留めだった。

間違いない。昨日の朝、両親を見送ったときに母が着けていたものだ。

 

血がついて黒ずみ、ひしゃげていたけど、私がお小遣いを貯めてプレゼントしたものだから、見間違えるはずがない。

母はこの髪留めをすごく気に入っていて、毎日使ってくれていたのだ。

 

それを見た瞬間、私ははじめて両親がもうこの世の何処にもいないということを実感した。

私の目からは止めどなく涙が溢れだし、胸が締め付けられるように苦しくなり、うまく呼吸が出来なくなった。

 

私は口を大きく開けて頑張って息を吸おうとしているのに、いっこうに苦しさが取れない。

そして、両親との思い出が次々にあたまに浮かんでは消え、悲しくて、苦しくて、寂しくて、不安で......

色々な感情がごちゃまぜになって、どうしたら良いか分からなくなった。

 

勝手にからだが震えだし、「ううっ... グスッ...」と嗚咽が漏れ出した。

すると、叔母の私を抱く力が強くなった。

次の瞬間、私は叔母にしがみつき、声をあげて泣いてしまった。

 

それからどれくらい泣いていたのか......

私は泣き疲れて眠ってしまったようで、気がついたら夕方になっていた。

そして、自分が知らない部屋にいることに気がついた。

 

ここはどこ?一瞬疑問に思ったけど、すぐに自分がどこにいるのかわかった。

すぐ隣から叔母の声が聞こえたのだ。

 

「ロクサーヌ。目が覚めた?」

私はからだを起こすとベットの隣には叔母がいて、優しい目でこちらを見ていた。

 

「おはようございます」

「ロクサーヌ......」

私は挨拶したけど、叔母は私にどう話しかければ良いのか分からず困っているようだったので、私から色々聞いてみた。

 

「叔母さん...... ここはどこですか?」

これは薄々分かっていることだったけど、話しのきっかけに聞いてみた。

「ここは私の家よ。あなたが寝ているあいだに運んだの。あなたの家は借りている物だったから、すぐに出なくちゃいけないの。

だから、今日からあなたはここに住むのよ」

「私......」

「ロクサーヌ。あなたは何も心配しなくていいのよ。あなたは姉さんの忘れ形見なんだから。私じゃ姉さんの代わりにはなれないけど、あなたは私が守るから。大丈夫だからね」

叔母さんはそう言うと、また私を抱きしめた。

 

 

翌日。私は荷物を整理するために叔母に連れられて家に帰った。

私の家は探索者用の賃貸で、衣服や多少の私物はあったけど、運搬用の木箱に詰めると1箱で収まるくらいだった。

思い出の品も多かったので、箱に仕舞いながら一つ一つ両親との出来事を思い出していたけれど、それでも1時間足らずで全て終わってしまった。

食卓や棚など多少の家具もあったけど、私の服を仕舞っていた小さな棚以外はいつの間にか来ていた雑貨屋に引き取られていった。

 

そうして片付けが終わると、家の中は生活感が一気に無くなり、ガランとした空間が広がっていた。

そして、私に残ったのは、小さな棚と木箱がひとつずつ。木箱に入らなかった片手剣が1本、木の盾が1個、訓練用の木剣が2本。

それと、家具の引取り代金としていま受け取った銀貨10枚と銅貨30枚が入った小銭袋がひとつ。

それだけだった。

 

私は何も無くなった家の中を見回して、両親のことを思い出した。

そして、ひとしきり思い出に浸り、最後に“今までありがとう。いつまでも大好き!”と心のなかで叫んで、自分のなかで両親とお別れをした。

 

お別れを済ませて叔母にそのことを話すと、彼女は家の中に向かって、「姉さん。ロクサーヌのことは私に任せて、安らかに眠ってください」と言って、深々とあたまをさげた。

叔母の目には光るものがあったので、これが彼女なりの母との別れの挨拶だったのだろう。

 

その日から私は叔母夫婦の家にお世話になり、代わりに畑仕事の手伝いをするようになった。

叔母夫婦は無理に畑仕事をしなくても良いと言ってくれたけど、私はただでお世話になることが申し訳なくて、自分に出来ることを見つけては、積極的に手伝っていた。

 

私はそんな感じで常に少し引け目を感じていたのだけど、叔母にはそんなよそよそしさは全くなかった。

子供がいなかったせいか、私を本当の子供のように可愛がり、ときには愛情を持って叱りつけ、しっかりと育ててくれたのだ。

叔父は父に少し似ていて無口な人だったけど、叔母と同様に可愛がってくれていたので、私は何不自由なく暮らすことが出きたのだった。

 

 

数日後、両親のパーティーメンバーだった僧侶が亡くなったことを聞かされた。

 

彼女が19階層の入口で発見された時はすでに虫の息で、その後2日間治療を続けたけど結局なくなってしまったらしい。そして、女性は亡くなる前に、治癒師に当時の状況を語ったとのこと。

 

当時、両親のパーティーは19階層の探索を進めていて、ボス部屋も発見していた。

だけど、実力不足を感じていたので、もう少しこの階層で経験を積んでから、ボスに挑戦するつもりでいた。

 

その日は夕方ボスの待機部屋で休憩したあと、少し戻ってまっすぐな通路の突き当たりに沸いていた魔物5匹の群れを倒しにかかった。

はじめはいつも通り戦っていたけど、3分くらいしたときに異変が起こった。

 

別のパーティーが魔物を引き連れて、両親のパーティーが戦っていた通路に逃げ込んできたのだ。

いわゆるモンスタートレインというやつだ。

 

そのパーティーはすでにメンバーが3人になっており魔物を5匹引き連れていた。

逃げてきたパーティーの人は「不意打ちを食らったんだ。すまない助けてくれ」と言ったらしいけど、両親たちは5匹を相手にするので手一杯だったので、リーダーは即座に「無理だ!こっちは行き止まりだ!それ以上近づくな!」と怒鳴ったらしい。

 

でも、そのパーティーの人たちは既に自分たちだけでは対応することが叶わないと判断していたらしく、両親のパーティーに無理やり合流してきた。

結果。両親たちは前後を10匹の魔物に囲まれてしまったとのこと。

 

その時点でリーダーは瞬時に全員助かることは無理だと判断したらしく、彼と父が目の前の魔物5匹を抑えているうちに、残りの6人で後ろの魔物の間をこじ開けて、抜けたヤツは振り返らずに逃げろという指示をだしたらしい。

 

そこから、リーダーと父がどうなったのかは分からないけど、後で父たちが対応していた魔物に後ろから襲われたので、たぶん2人は倒されたとのこと。

 

後ろの魔物には6人での対応となったけど、逃げてきた3人に力で魔物を抑えるタイプの探索者はいなかった。

知らない人たちだったのでまともに連携することもできず、すぐには誰も魔物の群れを突破出来なかった。

 

そのうちに父たちが抑えていた魔物も流れて来て後ろから攻撃されてしまったので、母と僧侶の2人は無理矢理魔物どうしの隙間に突っ込んで、攻撃されながらも間を抜けたそうだ。

 

でも、抜けた瞬間に母は背中を攻撃されて吹き飛ばされ、壁に激突してすぐにこと切れたとのこと。

そのとき母は最後の力を振り絞って髪留めを僧侶に渡したらしい。

 

その後、僧侶はなんとか魔物を振り切って19階層の入口まで逃げたけど、入口についた時点で意識を失ったらしく、そこまでしか覚えていなかったとのこと。

 

その後、僧侶は発見されて迷宮から助け出されたけど、左手は肘から先が欠損していた。全身を魔物に殴打されたらしく、からだ中がアザだらけになっており、肩やアバラは骨折していた。

内臓も傷つけられていたようで、腹がどす黒く変色していて、口から血を吐いていた。

 

とても助かるような状態では無かったらしく、治癒師や自身の回復魔法でなんとか延命していたけど状態は上向かず、ついには限界を迎えてしまい亡くなったとのことだった。

 

◆ ◆ ◆

 

それから3年の月日が経ち、私は13才になった。

 

私は両親と同じように迷宮で活躍したくて、今日は朝から獣戦士になるために獣戦士ギルドにやって来た。

ここで試験を受けて技量を認められ、ギルド神殿で適正と判断されれば獣戦士にジョブチェンジしてもらえるからだ。

 

昨日、探索者になりたいことを叔母夫婦に打ち明けたときはすごく反対されたけど、最終的に「いつかこうなるような気がしていたわ」と言われ、私が探索者になることを了承してくれた。

 

了承してくれた後で教えてくれたのだけど、叔母は私が時間を見つけては木剣を振ったり、片手剣と木の盾を持ち出してこっそり森に行っていたことを知っていた。

そして、私が獣戦士の父や探索者の母に憧れていて、小さいときから訓練をしていたことや、いつかは2人と一緒に迷宮探索で活躍したいという思いを強く抱いていたことも知っていたそうだ。

 

そのため少し前に、私が探索者になりたいと言い出して、その意志が堅かったら、そのときは本人の想いを尊重してあげようと叔父と話し合って決めていたとのことだった。

 

私は叔母にお礼を言い、必ず立派な探索者になると約束して来たので、絶対に獣戦士になってやるって強く思いながら、ギルドの受付で受験を申し込んだ。

 

受験費用は2000ナールで決して安い金額ではなかったけど、以前家具を売って得たお金を大切にとっておいたのと、森で魔物を倒して得たドロップアイテムを売って稼いだお金を合わせれば、なんとか支払うことが出来るので問題はなかった。

 

因みに売ったアイテムは毒針で、森の中に湧くニートアントを狩って得た物だ。

本当はその毒針を使ってノンレムゴーレムを狩りたかったのだけど、小さいときにそれがバレて両親と叔母に激しく怒られたことがあったので、今回は辞めておいた。

おかけでお金が貯まるまで半年もかかったけど、その苦労ももうすぐ報われるはずだ。

 

◆ ◆ ◆

 

私が獣戦士になる試験について受付の女性に尋ねると、彼女は親切に詳しく教えてくれた。

 

獣戦士になる試験は、大きな檻のなかで複数の魔物と一定時間戦い抜くというものだそうだ。

そこで、獣戦士としてふさわしい強さや素早さがあるのか審査されるとのこと。

 

試験用の魔物はその日によって違い、2匹の場合もあるけど、弱い魔物の場合は3、4匹の場合もある。

倒してしまっても良いのだけど、なるべく規定時間、これも魔物によって違うのだけど、長いときは20分間ずっと戦い抜いたほうがギルド神殿で適正と判断され易いらしい。

 

因みに試験を通過するのは3割。通過してもギルド神殿で適正と判断されるのは、そのうちの半分とのこと。

なので、何度も試験を受けて、やっとの思いで獣戦士になる人も珍しくはないということだった。

 

受付の女性はそこまで教えてくれたあと、さらに言葉を付け加えた。

「探索者や兵士みたいに、戦闘経験が十分ある大人でもそれくらいしか獣戦士にはなれないわ。

子供や女性の受験者もいるけれど、ほとんど試験すら通過出来ないの。

あなたには悪いけど、もう少し鍛えてから受験したほうが良いと思うわ」

 

そこまで話しを聞いて、私は気がついた。

彼女は私に受験しないよう諭しているのだ。

でも、私はどんなに困難でも絶対に獣戦士になると誓ってここに来ている。

だから、「どうしても獣戦士になりたいので試験を受けたいです。もっと詳しく教えてください」と頼むと、彼女は一瞬考えてから「フゥ」と溜息をつき、それから詳しいことを教えてくれた。

 

どうも私が今回がはじめての受験だったのと、まだ13才と若かったこと、そして何より女性だったので、ギルドの受付としては本当はダメなんだけど、心配して受験しないよう諭していたらしい。

 

◆ ◆ ◆

 

「試験用の魔物はその日によって違うのだけど、怪我をしたり、女性の場合は魔物に酷いことをされてしまってもギルドは補償しないの。その試験申込書は、事故が起きても全て自己責任ということの誓約書でもあるのよ」

「そうなんですか」

「もちろんちゃんと合格することもあるけど、特に女性の場合は試験を受けた結果、からだだけでなく精神的に病んでしまう場合もあるのよ」

「精神的に?」

私が疑問に思うと、受付の女性は少し話すのを躊躇ってから、話しを続けた。

 

「そう、精神的にね。

あなたはコボルトっていう魔物を知ってる?」

「はい。すごく弱い魔物ですよね」

「そうね。1匹ならね。でも、数が増えると怖いのよ」

「そうなんですか?」

「コボルトは集団で一人を襲うの。そして、それが女性なら裸に剥いて犯すのよ。

自分たちの子供を作るためにね」

「えっ......」

受付の女性は私の反応を見て、続きを話しだした。

 

「気づいたかも知れないけど、試験用の魔物はコボルトの場合もあるの。というか、いま試験を受けたらコボルトになるのよ」

「そうなんですか」

「そう。そして、コボルトは弱いから、ギルドの規定では4匹を相手にすることになる。それに、試験時間も最大の20分になるの」

「でも、倒してもいいのですよね」

「そうだけど、試験はギルドの用意した武器で受けることになっているから、倒すことは難しいと思うわ。

それに、試験を審査している職員がいるけど、檻の外にいるし、受験者が倒されて意識を失うか、審査員にはっきりと分かるように助けを求めるまではどんな状況になっても試験は止めないの。

こちらの勝手な判断で試験を中止したら、ギルドが責められる可能性があるからね。

だから、大怪我する人も珍しくないし、女性の場合は犯されて孕まされてしまうこともあるのよ」

「でも、審査員に助けを求めれば大丈夫なんですよね?」

「ちゃんと求められればね」

「それはどういうことですか?」

「それは......」

私が質問を重ねると、受付の女性は口ごもった。

そして、私の顔を見つめて、小さく溜息を吐いてから話しを続けた。

 

◆ ◆ ◆

 

「少し前のことだけど、一度、酷い事故があったの。

試験を受けたのは貴方より少しうえ、当時15才の女の子だったわ。

その子はとても勝ち気で子供のころから大人に混じって迷宮に入っていたらしく、一端の探索者として上手に剣も扱えていたわ。

そして、かなり自信もあったみたい。

実際その子を試験会場に案内したときに素振りしてるところを見たけど、そのとき私は彼女なら間違いなく合格すると思ったわね。

でもね、そうはならなかったの」

彼女はそこまで話すともう一度私の顔を見て、一呼吸おいてまた話しを続けた。

 

「私が受付に戻ったあとに試験が行われたのでここからは後で聞いた話しになるわ。かなり酷い話になるけど、どうしても聞きたい?」

「お願いします」

「そう......」

 

彼女はそう言うと、それから何があったのか教えてくれた。

 

女の子が檻のなかに入ると、すぐにギルド職員がコボルト4匹を連行してきて檻のなかに追い込んだ。

そして試験が始まると、最初の5分は彼女がコボルトを圧倒したそうだ。

 

剣で打ち据えて、薙ぎ払って、突き飛ばした。

そして、コボルトたちが警戒して距離を取り出すと、一気に踏み込んで接近し、大上段から渾身の一撃を叩き込んで1匹を斬り伏せた。

斬り伏せられたコボルトは大きく地面でバウンドすると、そのまま倒れて痙攣し、すぐに動かなくなったらしい。

 

すると彼女は圧倒的だったことに気が緩んだのか、残り3匹のコボルトたちを追い回しはじめた。

彼女は逃げるコボルトを背中から蹴り飛ばしたり、わざと剣の腹側でコボルトの尻を叩いたり、素手でコボルトに往復ビンタを喰らわせたりと、檻のなかで好き放題暴れだしたらしい。

 

でも、開始から5分経ったとき、異変が起こった。

彼女に斬り伏せられて真っ先に死んだと思っていたコボルトが、彼女が横を走り抜けようとした瞬間に足首を掴んだのだ。

どうやら死んだフリをしていたようだ。

 

そのせいで彼女はうつ伏せに倒れてしまった。

そして、彼女にとって不幸だったのは、倒れたときに、剣を握っていた手を別のコボルトに棍棒で叩かれて、剣を手放してしまったことだ。

 

彼女はからだを回転して仰向けになり、足首を掴んでいるコボルトをもう片方の足で蹴り飛ばした。

そして、さらにからだを回転させて、手を攻撃したコボルトから距離を取ろうとしたけれど、次の瞬間に他の2匹のコボルトから同時に棍棒を投げつけられたので、彼女は座ったまま咄嗟に腕を交差して守りを固め、衝撃に耐えた。

 

でも、それは致命的な隙となった。

衝撃を耐えきると、そのときには縮めたからだめがけて3方向からコボルトが飛びかかっていたのだ。

 

剣があれば左右のどちらかのコボルトを突き飛ばしながら転がって回避することも出来たかも知れないけど、武器が無いので彼女は仕方なく右に転がった勢いで飛びついてきたコボルト1匹に体当たりして弾き飛ばした。

しかし、右のコボルトは弾いたけど、からだの勢いが止まってしまい、彼女は正面と左から飛びかかっていたコボルトに背中に貼りつかれてしまった。

 

彼女はコボルトを引き剥がそうとしたけれど、すぐに体当たりして弾いたコボルトにも飛びつかれてしまい、地面に引きずり倒された。そして、うつ伏せ状態で大の字に貼り付けられてしまったのだ。

 

彼女はコボルトから逃げようとしてかなりもがいたけど、3匹に覆いかぶさられて身動きを封じられ、どうしても動けなかった。

彼女はコボルトに「クソッ!離せ!」とか、「どけっ!」とか怒鳴っていたけど、首を締められたのか、急に「ウグッ!グガッ!」と喉を詰まらせたような声をあげた。すると、それからは「ンンッ!」とか「ングッ!」という声を押し殺したような小さな呻き声しか出さなくなってしまったらしい。

 

さらに、先ほど蹴り飛ばされたコボルトが戻って来て、腕や足を棍棒で叩き出した。

彼女は「ンンンンンンンンッ!」と呻き声をあげながらもからだをよじって逃れようとしていたけど、両手両足を棍棒で打ちつけられるとまともに動けなくなった。

 

その時点で審査員に助けを求められれば良かったのだけど、彼女は呻いているだけで決して“助けて”とは言わなかった。

実はコボルトの1匹が覆いかぶさっているうちに口に指を突っ込んで喉を傷つけたらしく、彼女は声を出せなくされていたのだけど、審査員はそれに気がつかなかったらしい。

 

◆ ◆ ◆

 

それからは悲惨だった。

彼女は裸に剥かれ、次々にコボルトたちに犯されはじめたのだ。

しかし、審査員には彼女が抵抗出来なくて蹂躙されているだけなのか、それとも犯されながらも規定時間耐え抜こうと我慢しているのか判断がつかなかった。

 

コボルトは奇声をあげながら彼女の両胸を掴み、秘部にアレを打ちつける。

するとすぐにビクビクと痙攣して射精し、出し終わると次に交代した。

1、2分で射精するらしく、次々に出しては交代する。

そして、何回か出し終わると今度は1匹が彼女の顔のうえに立ち、あたまを抱えあげてアレを口に突っ込んだ。

彼女はあたまを振って逃れようとしたけれど、そいつはそのまま強引に腰を振り、すぐにビクビクと痙攣した。

コボルトが口からアレを引き抜くと、彼女は咳き込みながら精液を吐き出した。しかし、すぐに次のコボルトにアレを突っ込まれ、ゴホゴホ咳き込みながらも喉を犯され続けた。

 

彼女は喉と秘部を同時に犯されて苦しそうに呻き、涙を流していたけど、コボルトが口からアレを引き抜いても肝心の“助けて”という言葉は吐かなかった。

 

審査員は彼女の声を聞き逃さないよう、フェンスに張りついて凝視していたけど、規定時間が過ぎるまで、コボルトたちが奇声をあげながら彼女をもて遊ぶことを止めることが出来なかったとのこと。

 

途中で見かねたギルド職員が、試験を中止するように意見したらしいけど、審査員はフェンスをかたく握り、「勝手に止めていいならとっくに止めてる!助けてと言うまでは、彼女の頑張りを黙って見てろ!」と怒鳴ったそうだ。

 

結局彼女は10分以上も審査員やギルド職員の前で犯され続け、試験が終わって助け出されたときは、手足は折られて動けなくなっており、口と秘部からはコボルトの精液を垂らしていた。

そして、精神が崩壊してしまったようで、虚ろな表情になって心を閉ざし、まったく受け答えしなくなっていた。

 

その後、彼女は家に帰り、怪我の治療に専念していたそうだけど、3日後の朝に自殺していたとのこと。

発見されたとき、彼女は短剣で腹と喉を刺して亡くなっており、その腹は膨らんでいたそうだ。

 

◆ ◆ ◆

 

受付の女性はひとしきり過去に起きた酷い事故のことを話すと、「コボルトは繁殖力が非常に強くて種族に関係なく妊娠させられるの。それに女性を孕ませ袋として認識していて、女性なら容姿や年齢などは考慮せずに見境なく種付けしようとするの。そして、妊娠期間がとても短くて種付けから4、5日で産ませるらしいわ。

野生のコボルトが女性を攫って巣に囲いこみ、何度も孕ませて子供を沢山産ませていたという話も珍しくないの。

コボルトって、女性にとっては本当に怖い魔物なのよ」と最後に付け加えた。

その後でもう一度、私に試験を受ける意思があるか確認してきた。

 

「獣戦士ギルドとしては試験を受けて欲しいけど、私個人としては貴方のような女の子に不幸な目にあって欲しくはないわ。

今ならまだ受付が完了して無いから止めることも出来るけど、本当に試験を受ける?」

「そう...ですね... でも、油断せずに20分間、戦い抜けばいいのですよね?」

「そうだけど。20分ってキツイわよ」

「大丈夫です。もっと長い時間魔物と戦ったこともありますので」

「そう。せっかく高い受験料を払ったのに、泣いて帰ることになるかも知れないけど、それでも受験したいのね。それに、戦い抜いても最終的にギルド神殿で適正と判断されなければ獣戦士にはなれないけど、それでもいいのね」

「はい」

「そう...... わかった。もう止めないわ。

でも、自分が不利になったと思ったら、躊躇せずに「助けて」って叫びなさい。戦士には戦う勇気が大切だけど、戦いを止める勇気も大切なんだからね」

「はい」

 

後で知ったのだけど、この受付の女性は試験を受けても獣戦士になれる可能性が低いような子供や女性が試験を受けにきたときは、十分な戦闘経験が必要なことや魔物の怖さを伝えて受験することを諦めさせるようにしているらしい。

 

でも、私は彼女の言うことを聞かないほうの人だったようで、話を聞いたうえでも受験の意思があることが伝わると、彼女は残念そうな顔をしながらも、最後はちゃんと受付してくれた。

 

◆ ◆ ◆

 

受付の女性に引率してもらいギルドの中庭に出ると、そこには円状の大きな檻があった。

これが試験会場か。思ったより大きい。反対側まで20mはありそう。

それにフェンスも高い。5mくらいあるし、一番上は内側に反り返って1mぐらい突き出ている。

これではフェンスを越えて逃げることは不可能ね。

 

私がフェンスを見上げていると、ひとりのギルド職員が近づいてきた。

私はそのギルド職員に自分の装備品を預けると、試験用の装備品を選ぶよう促されたので、片手用の木剣と木の盾を受け取った。

 

確かにこれではコボルトといえど倒すのは難しいわね。

両手用なら重さがあるから木剣でもコボルトを斬り伏せたり、薙ぎ払うことも出来るかも知れないけど、片手用ではそうもいかない。これでは急所を突くのが精一杯だと思う。

でも、私は両手剣は使ったことがないから仕方がない。

 

私は先ほど受付の女性に言われた言葉を思い出し、とにかく20分間油断せずにコボルトたちの攻撃を避け続けようと気を引き締めた。

 

すると、私の気合が伝わったのか、受付の女性は私の両肩を掴んで、「私の付き添いはここまで。いい、少しでも自分が不利になったと思ったら、躊躇せずに「助けて」って叫ぶのよ」ともう一度私に忠告して、名残惜しそうに受付に戻っていった。

 

受付の女性がいなくなると、入れ替わるように少しガラの悪そうな男がやって来た。

その男は私を一瞥すると、装備品を預けたギルド職員に何やら小声で話をして、「いいからさっさと行ってこい」と言ってギルド職員をこの場からたち去らせた。

 

それから私のところまでやって来ると、ニヤニヤしながら「ほぅーっ、まだ蒼いがなかなか上玉だな」と言って、私のことを上から下までなめるように見回した。

そして、「試験のことは聞いたのか?」と少しバカにするように私に聞いてきた。

 

すごく不快だったけど、私が「はい」と答えると、男は「俺が今日の審査員だ。合否は俺が判断する。今日の魔物はコボルトなんでちょっと弱いから、数は多いのは勘弁してくれ。まあ、試験を受けにくるんだから強いんだろう?なら大丈夫だ」と言った。

そして、「仮に魔物に倒されて裸に剥かれても、最後まで耐え抜けば合格にしてやるから、ちょっとぐらいヤバいと思ってもギブアップはしてくれるなよ」と言いながらもう一度私をなめるように見回して、最後に「期待してるぜ」と付け加えた。

 

この人...何? 私がコボルトに犯されるのを期待しているの?

この人、ほんとに審査員?

 

私が訝しんでいると、審査員は「じゃあ、檻に入れ」と言って檻の入口を指さした。

そして、私が檻に入ると、扉を閉めて鍵をかけた。

 

えっ!鍵?!

私は驚いて審査員に「鍵をかけるの?」と聞くと、ニヤニヤしながら「魔物が逃げ出したら困るだろう。試験が終わったら開けるから、それまでちゃんと耐え抜けよ」と言って、ヒヒッと笑った。

私は「あの、受付で「助けて」って言ったら試験を中止してくれるって聞いたけど」と言うと、審査員は下卑た笑いを浮かべながら、「ああ。ちゃんと聞こえたらな」と言って審査員用の椅子に向かって行った。

 

すると、さっき立ち去った人を含め、6人のギルド職員が試験会場に入ってきた。

4人はそれぞれ1匹ずつ縄で縛った子供サイズの魔物を連れており、2人は少し小さめの棍棒を2本ずつ持っていた。

間違いない。あれがコボルトだ。

 

コボルトという魔物は有名なので、姿かたちや最弱モンスターということは知っていたけど、私は迷宮には入ったことがないのではじめて見た。

野生のコボルトもいるらしいけど、見つかればすぐに騎士団が駆除しているので、一般人が見る機会はほとんどないモンスターだ。

 

私が森のなかで戦ったことがある魔物と比べると、小さいし、貧相だし、とても強そうには見えない。

これなら...... と思いかけて、先ほど受付の女性から聞いた話しを思い出した。

 

いけない。見た目に騙されるところだった。

私は深呼吸して、目の前の魔物たちに集中した。

 

◆ ◆ ◆

 

ギルド職員は私が入った反対側の入口からコボルトを押し込んで縄を外すと、棍棒を投げ込んで入口扉を閉めて鍵をかけた。

すると、コボルトたちは各々棍棒を拾いあげ、私を見つけると奇声をあげて飛びかかってきた。

 

私が盾や剣で棍棒の一撃をいなしたり、コボルトを突き飛ばしたりして戦い始めると、遅ればせながら審査員が「今から試験を始める。試験時間は20分間だ」と言って、自分の横に置いてあった砂時計をひっくり返した。

私はわざと開始の合図を遅らせたことにムッときたけど、すぐに魔物に集中し直した。

 

コボルトは、はじめは連携などせずに各々が勝手に突撃してきた。

私がたいした攻撃が出来なくて、かわすのが精一杯だと思っているようで、闇雲に棍棒を振り回せば、なんとかなると思っているようだ。

 

確かに片手用の木剣には刃が無く斬ることができないから、コボルトにはほとんどダメージを与えられない。

正面から突き飛ばせばダメージを与えることはできるけど、何度か繰り出すとコボルトたちも覚えたようで、正面からは突撃して来なくなった。

そのため、私は盾や剣で攻撃をそらすか、からだを捻ってかわすことが徐々に増えだした。

 

でも、だからと言って厳しい状況というわけではない。

むしろ、コボルトたちの攻撃が単調なので、楽に回避出来ている。

攻撃は出来ていないけど、余裕があるくらいだ。

 

しかし、さすがに10分過ぎると、コボルトたちも自分たちの攻撃が全く当たらない違和感に気づいたようだ。

 

私が攻撃をかわし続けていると、戦いながら何やらコボルトどうしでギャアギャアと相談し始めた。

そして、リーダーらしき1匹が「グギャッ」と叫ぶと、私から少し離れて私を中心に四方に散らばり、次に「グギャー!」と叫ぶと一斉にかかってきた。

 

コボルトは子供くらいの知恵があることは知っていたけど、ついさっきまでの戦いかたとはまるで違うので、少し驚いた。

だけど、所詮はコボルトなんだろう。

 

私は瞬時に目の前のコボルトに駆け寄って剣で突き飛ばし、それから左回りに走って私の左から駆け寄ろうとしたコボルトを蹴り飛ばした。

残りの2匹は同時に飛びかかってきたけど、私は半身になって1匹の棍棒をかわし、もう1匹はかわしながら足を払って転倒させた。

そして、転倒したコボルトを蹴り飛ばしてから、バックステップでコボルトたちから距離を取った。

 

私は一度深呼吸して、チラッと審査員を見ると、忌々しそうにこちらを見ていた。

私の感覚ではそろそろ15分だ。審査員の脇の砂時計を見ると、7割以上砂が落ちていたので、間違いないだろう。

 

コボルトたちはもう一度ギャアギャアと何かを話合い、また私を中心にして四方に散らばった。

そして今度はリーダーの「ギャッ」という合図で、4匹とも正面に棍棒を構えて同時にゆっくりと私に近づき出した。

 

えっと、これはゆっくり近づくなら4匹で私を囲めると思っているの?

コボルトたちの意図は分からなかったけど、私はさっきと同じように正面のコボルトに向けて駆け出し、直前で半歩右にステップして棍棒を避けながら木剣でコボルトを突き飛ばした。

そして、先ほどと同じように走り、左のコボルト、正面のコボルトの順にと突き飛ばし、最後の右のコボルトは棍棒の振り降ろしをかわしながら、後頭部に剣を打ち付けた。

すると、そのコボルトは地面に倒れてピクピクと痙攣し、そのまま動かなくなった。

口から泡を吹いているので、死んだか気絶したようだ。

 

コボルトたちの足が遅かったので、いまの攻撃は先ほどよりも楽だった。1匹倒したしまだまだ余裕もある。

だけど、コボルトたちが何を考えていたのか分からなかったので、私は油断せずに少し下がって息を整えた。

 

私は再び砂時計を見ると、もう砂がほとんど残っていなかった。

あと1分もないだろう。

そう思った瞬間、審査員はニヤッと笑い、砂時計をひっくり返した。

 

「えっ!」

私は一瞬呆然としたけど、すぐに審査員の意図に気がついた。

あの男は何としてもコボルトに私を犯させるつもりだ。

ここに来て、私ははじめて身の危険を感じ、悪寒が走ってからだが震えた。

 

そして、理解した。

受付の女性から聞いた女の子の話しは、きっとあの男のしわざだ。だから、私が“助けて”と叫んでも、きっと無視される。

私が生き残るためには、コボルトを全て倒すしかないのだろう。

 

私はフツフツと怒りがこみあげてきて、審査員に抗議しようと思ったけど、コボルトたちが動き出したのでその時間は無くなってしまった。

私は審査員への怒りはひとまず放置して、コボルトに集中し直した。

 

◆ ◆ ◆

 

3匹のコボルトは今度は横並びで向かってきた。1匹減ってしまったからか、やっとお互いにカバー出来るような体制で戦おうとしているようだ。

 

私は3匹に囲まれないように左に回り込むと、左のコボルトが止まって向きを変え、2匹が回り込んでまたお互いにカバー出来る体制をとった。

 

私は囲まれないように左に左にと回り込んで、相手にするのは2匹までに抑えていたけれど、ジリジリとフェンスに追い込まれだした。

 

私は回り込む方向を右に変えたりして事態を打開しようとしたけれど、結局10分ほどでフェンス際まで追い込まれた。

すると、後方フェンスの外から審査員の「やれっ!やっちまえ!」という興奮した声が聞こえた。

この男は審査員用の椅子から立ち上がって、私がよく見えるフェンスのすぐ外までやって来たようだ。

 

私がフェンスを背に構えると、コボルトたちは私から3mくらいのところで左右に広がり、半円形に私を囲んだ。

私は最初に飛びかかったコボルトを突き飛ばし、そこをすり抜けてこの囲みから脱出しようと考え、3匹の動きに集中した。

 

次の瞬間、真ん中のコボルトが「グギャッ!」と叫ぶと、3匹は一斉に棍棒を投げようと大きく振りかぶった。

私は咄嗟に右のコボルトに飛び込んで剣で突き飛ばしたけど、背中に左のコボルトが投げた棍棒が直撃してバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。

そのせいで木の盾を放りだしてしまい、四つん這いになってしまった。

“しまった”そう思った瞬間、奇声をあげながら私めがけて2匹のコボルトが飛びかかって来た。

 

私は恐怖を押し殺して左回りに回転し、仰向けになった勢いで、上半身に飛びかかって来ていたコボルトを木剣で薙ぎ払った。

しかし、次の瞬間に下腹部にドスンと衝撃を受けた。

もう1匹のコボルトに下半身に飛びつかれ、ちょうど下腹部に顔が乗っていたのだ。

 

直後、コボルトは両太腿を掴んで股間に顔を擦り付けようとしたので、私は「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」と叫びながら剣の柄をガンガン脳天に叩き付けた。

そして、コボルトが怯んだ隙に、右にからだを回転させてコボルトを引き離し、すぐにそこから駆け出して距離を取った。

 

危なかった。一瞬ダメかと思った。

私は目尻に涙が浮かび、全身から冷たい汗が吹き出している。

今の攻防でコボルトに引っ掻かれたようで、上着の端が切り裂かれて臍が見えてしまっている。

さいわい怪我はしていないようだけど、下腹部に受けた衝撃に恐怖してしまい、足がすくんでしまっている。

 

このままではダメだ。

私は一度大きく深呼吸して気を落ち着かせ、それからパシッと太腿を叩いて自分を叱咤した。

そして、少し冷静になって檻のなかを見回し、コボルトたちの動きを確認した。

すると、違和感に気がついた。

 

あれ?最初に倒したコボルトが転がったままだ。しかも手が届くところに不自然に棍棒が転がっている。

魔物は死んだら消えてドロップアイテムを残すはずなのに、どうして消えていないのか......

 

そうだ。受付の女性は、事故があったときコボルトが死んだフリをしていたって言ってた。

つまりあの魔物は...... 

 

先ほど私を追い詰めたコボルトたちは、離れたところで棍棒を拾いながら何やらギャアギャア話している。

私は3匹のコボルトに警戒しつつ、倒れているコボルトに狙いを定めた。

先ず1匹確実に殺す!

 

私は倒れているコボルトに駆け寄り、手前で思いっきり飛びあがると、全体重をかけてコボルトの右目に木剣を突き刺した。

するとコボルトは「ギャッ!」と短く叫ぶと、ビクビクと痙攣してからボフッと煙に変わった。

 

コボルトが消えると、そこには鈍く光る小さなナイフが落ちていた。

私がそれを拾うと、審査員がフェンスを揺すりながら何やら騒いでいたけど、私は無視して左手にナイフを持って二刀流の構えをとった。

 

コボルトたちは仲間がやられて呆然としていたけど、私が構えるとハッとしてギャアギャアと喚きだし、私に向かって突っ込んできた。

 

コボルトたちはあたまに血が登ったようで、連携などせずに各々棍棒を振り回して向かってきたので、先ず正面から突撃してきたコボルトを木剣で突き飛ばし、次に右から突撃してきたコボルトを蹴り飛ばした。

そして、最後のコボルトは左側から棍棒を振り降ろしてきたので、私は半身になって攻撃をかわし、すれ違いざまにコボルトの脇腹をナイフで切り裂いた。

 

すると、脇腹を切り裂かれたコボルトは「ギャヒィッ!」と叫びながら棍棒を落として転げ回ったので、私は咄嗟に木剣を手放して棍棒を拾い、全体重をかけてあたまをぶっ叩いた。

 

コボルトは「プギャッ!」と叫んであたまを抱えてのたうち回ったけど、まだ生きていたので、私はそのコボルトに馬乗りになって、棍棒で叩きナイフで刺した。

交互に何度も攻撃するとコボルトが煙に変わったので、

立ち上がろうとすると、背中に強い衝撃を受けた。

どうやらまた棍棒を投げつけられたようだ。

 

私は右手に持っていた棍棒を放りだして前のめりに突っ伏してしまうと、背中にコボルトが飛び乗ってきた。

コボルトは奇声をあげながら私の尻尾とパンツを掴み、肌着ごとパンツをずりおろそうとしたので、咄嗟に左手に持っていたナイフを右逆手に持ち替えて、「嫌っ!嫌っ!嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」と叫びながら腕を回して背中のコボルトを何度も斬りつけた。

 

それでもコボルトは私のパンツから手を離さずに、ずりおろそうとしていたけど、何度も斬りつけているとナイフを避けるためか尻尾を離したので、斬りつけるときに腕を回す勢いでからだを回転させて、コボルトを下敷きにした。

そして、怯んだ隙にもう一度からだを回転させて振り払い、すぐさま立ち上がってコボルトを蹴り飛ばした。

 

私はもう1匹のコボルトの位置を確認して、2匹から距離のある位置に移動した。

パンツをしっかりと履き直してからナイフを構え直すと、「チッ!もう少しだったのに」という言葉と、ガシャンとフェンスを殴る音が聞こえた。

 

コボルトを警戒しつつ横目で音がした方向を見ると、審査員が少し悔しそうにしながらも、愉悦に浸ったような表情で私を見ていた。

審査員席の砂時計を見ると、砂は全て落ちていたので、この男は最後まで試験を終わらせる気は無いのだろう。

 

そう思っていると、コボルト2匹は合流して奇声をあげ、武器を構えた。しかし、私を見ると指を指してゲラゲラ笑い、そのまま2匹並んでゆっくりと向かってきた。

私の武器が小さなナイフ1本だけになってしまったので、バカにしているようだ。

 

コボルト1匹は棍棒、もう1匹はいつの間にか私が手放した木剣を持っている。

木の盾やコボルトが使っていた棍棒は壁に近い場所に落ちているけど、私よりもコボルトのほうが近い場所にいる。

取りに走ったら拾いあげる前に確実に攻撃を受けてしまう。

だから、ヤツらに隙が出来るまではこのナイフで凌ぐしかないようだ。

 

でも、確かに武器だけ見れば私が圧倒的に不利だから笑われても仕方が無い状況だけど、このナイフでたったいま1匹にとどめをさしている。

 

ヤツらは仲間を殺されたことを、もう忘れたのか?

コボルトの学習能力は、きっとかなり低いのだろう。

 

そんなことを考えて自分自身を誤魔化そうとしているけど、実はそろそろ体力の限界で自分でも分かるくらい動きが鈍くなっている。

 

息もだいぶ上がってしまい、呼吸する度に肩が上下してしまう。

コボルトはあと2匹だけど、かなり厳しい。

あとどれくらい戦えるのか不安な状況になっているのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

そう考えていたとき、さっきからフェンスをガシガシ揺らして悔しがっている審査員の後方から、ギルド職員が何人も試験会場に入ってきた。

 

一瞬何ごとか気になったけど、コボルトが襲いかかってきたので私は集中して防御に徹した。

そして、それから3分ほどナイフと体捌きでなんとか攻撃をかわしていると、檻の入口扉を開けてギルド職員が何人もなかに入ってきて、2匹のコボルトを捕まえた。

 

その直後、受付の女性も入ってきて私に駆け寄ると、「もう、大丈夫だからね」と言いながら優しく私を抱き締めた。

私はそのとき何が起こっているのかよくわからなかったけど、試験は終了でこの檻から解放されるということは理解した。

 

私はほっとすると急に脚から力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

すると受付の女性は私のことを抱え起こして、檻からだしてくれた。

 

檻を出ると入り口の横で審査員がギルド職員たちに取り押さえられていた。

おかしいとは思っていたけど、この男がやっていたことは本来の試験というわけではなかったのだろう。

 

こうして私の試験は終わったけど、このあと1時間ほどギルド職員から試験会場であったこと、特に審査員との会話や審査員の行動について事情聴取された。

そして、ギルドマスターから、「本日は大変申し訳無いことをした。本当に済まなかった。せめてものお詫びとして本日の試験費用は全額免除させてくれ」と言われたので、快く謝罪を受け取った。

 

後日教えてもらったのだけど、あの審査員は以前事故が起きたときも担当していたらしく、その時の試験は今回のようにやけに時間がかかっていたらしい。

当時、砂時計を管理していたことや試験中止を執拗に拒んだことから審査員の行動について不審に思う人がかなりいたらしいけど、証拠がなかったのでそれ以上ヤツを追求することができなかったとのこと。

 

さらに、そのときの状況については被害者から話が聞けなかったので、審査員の証言が一番信憑性が高いとされてしまい、不幸な事故として処理されてしまった。

 

今回試験中に砂時計をひっくり返して試験時間を延ばされたことを私が証言したけど、その行動はギルド職員の一人も見ていたらしい。

 

その行動に気づいたギルド職員は、そろそろ試験が終わると思った時に砂時計を確認すると、ほとんど砂が落ちていなかったことに気がついた。

不審に思ってそのまま砂時計に注意を払っていると、砂が7割くらい落ちたときに審査員がひっくり返すのを目撃した。

 

当然ギルド職員は審査員に詰め寄ったけど、そんなことはしていないと言われて試験が続行となったので、そのギルド職員は審査員に気づかれないように会場を離れ、ギルドマスターに報告しに行ったそうだ。

 

あの審査員はギルドの正式な職員で、一応獣戦士だったらしいけど、今回のことでギルドからは永久追放となった。

そして、今回の試験の不正だけでなく、他にも多くの余罪が発覚したため、ジョブを村人に変えられたうえで身分を奴隷に落とされたそうだ。

そして、今は犯罪奴隷として鉱山で重労働につかされているとのこと。

 

◆ ◆ ◆

 

事情聴取が終わると、私はギルド 神殿のある部屋に連れて来られた。

そして、案内人の指示に従ってギルド神殿に手をかざすと、神殿が輝きだした。

そして、その輝きが治まると、私のからだに力が漲った気がした。

 

案内人は私に「おめでとう。きみは獣戦士になったよ」と言ってくれたけど、私自身はよく分からなかったので、「あの、本当になれたのですか?」と聞いてしまった。

 

すると彼は苦笑して、「じゃあ、確認してみよう。この人はギルド所属の騎士なので、この人の前に左手を出してみて」と言って神殿に控えていた甲冑姿の戦士を指し示した。

 

私が騎士の前に左手をかざすと彼は呪文を唱え、インテリジェンスカードを表示させた。

確認すると私のジョブは獣戦士になっていた。

 

私から「あ、なってる」という言葉が漏れると、案内人はまた苦笑した。

 

その後、獣戦士としての心得や、スキルの使い方を習い、獣戦士ギルドへの正式加入を促された。

 

年会費は3000ナールだけど、正式加入すれば探索パーティーへの加入斡旋やギルド指定商店での購入時割引サービス。特定アイテムの買い取り割増し制度や提携宿の宿泊割引サービスなど、様々な恩恵が受けられるそうだ。

 

是非正式加入して欲しいと言われたけど、年会費が払えないので本日の加入は辞退した。

すると、案内人から「迷宮探索で資金が貯まったら、是非お願いしますね」と言われたので、快く「はい」と返事をしておいた。

 

因みに獣戦士となった時点で1週間だけギルドに仮加入となっているらしく、獣戦士を募集している探索パーティーの紹介はしてもらった。

 

なんでも探索パーティーの募集は通常冒険者ギルドで行われているけれど、獣戦士ギルドと業務提携しているので、獣戦士を募集しているものはこちらに情報が回ってくるらしい。

なので、こちらのギルドで斡旋されたパーティーには、入れる可能性が非常に高いということだった。

 

このとき、メンバーを募集していたパーティーは複数あったのだけど、私は深く考えずにリストの一番上にあったパーティーに加入することを決め、加入申請してしまった。

すると、たまたまそのパーティーのリーダーが獣戦士ギルドに来ていたので、簡単な面談を受けてすんなり加入することが決まったのだ。

 

後でこのパーティーを選んだことを後悔することになるのだけど、それはまた別の機会に話そうと思う。

 

◆ ◆ ◆

 

獣戦士ギルドを出ると、既に夕方になっていた。

 

私は目標のひとつにしていた獣戦士になることが出来たので、歩きながら次の目標をどうするか考えた。

 

次の目標..... そう言えば、元々獣戦士を目指したのは...... そう、父が獣戦士だったからだ。

両親と一緒に迷宮探索したかったから、戦闘職に就こうと思って、それなら父のような獣戦士になりたいって思ったんじゃなかったか..... 

 

私は両親に憧れていた。そしていつかは一緒に迷宮探索をしたいと思っていた。

きっかけは思い出せないけど、物心がついたときには既に父のように獣戦士になりたいと思っていた。

 

母のような探索者でも良かったはずだけど、パーティーに探索者は2人も要らないという話しを聞いたことがあったので、その選択肢は自分のなかからなくしていたんだと思う。

 

前衛で肩を並べて戦うなら、戦士や剣士でも良いけれど、いま考えると“種族固有ジョブ”という響きにも惹かれていたのだと思う。

 

因みに前衛で戦いながら仲間を癒やす巫女という女性特有のジョブを知ったときに、すごく憧れてなる方法を聞いて回っていたこともあったけど、両親のパーティーメンバーには回復役がいることを知ると、いつの間にかこの選択肢も自分の中からは除外していた。

 

両親は亡くなってしまったので、一緒に迷宮探索するという夢はもう叶わないものとなってしまっているけれど、せめて肩を並べられるくらいには強くなりたい。

 

だから...... 

次の目標は“迷宮の中層階で戦える探索者になる”ということにしよう。

 

探索パーティーも決まったので、明日からは迷宮探索に邁進することが出来るだろう。

次の目標を叶えるためにも頑張らなくっちゃ。

 

あとは......

今日あったことをどこまで叔母に話しても良いものか。

全部話したら心配されて、迷宮探索に行くことを反対されるかも知れないし......

 

でも、明日は初めての迷宮探索。

ふふっ。どうなるのかな?

 

叔母への対応を考えなくてはならないけど、私は明日からの探索のほうが楽しみで、ウキウキしながらその日は帰宅の途についた。

 

 

「それからは、私は獣戦士として迷宮探索をするようになったのです。今は憧れていた巫女になれて充実した毎日が送れていますけど、獣戦士というジョブも私の中では特別なので、大切にしたいと思っています」

 

私は両親が死んだときのことや獣戦士になった経緯をひと通り話し終わったので、そのまま黙っていたけれど、途中から目を瞑って黙って聞いていたはずのご主人様から何も反応がない。

 

「あの...... ご主人様?」

私はご主人様の反応を促すように呼びかけると、「......。 スゥ...... スゥ......」と微かに寝息が聞こえてきた。

「寝ちゃってるし...... もう」

 

私はご主人様に自分のことを聞いていただけることが嬉しくて、嫌だったことも一生懸命思いだしながら話したのに、途中から寝ていたかと思うと......

ちょっとムッとする。

 

長々と話してしまったし、ご主人様には伝える必要がないようなことまで話してしまったのは悪かったかも知れないけど...... 

でも......

 

“はぁ。もう遅いから眠らなくちゃね”

そうは思って目を瞑ったけど、何だかモヤモヤして眠れなかった。

そのまま10分ほど目を瞑っていたけど眠れそうになかったので、私はモヤモヤの原因となったご主人様のくちびるに吸い付いて、激しく舌を絡めた。

すると、すぐにご主人様が驚いて目を覚ましたので、耳元で「先に寝た罰です」と囁いてから上に跨った。

そして、そのまま美味しく頂いて、満足してから眠りについた。

 

ご主人様はしきりに「ロクサーヌ。こ、これは罰なのか!くっ!これは罰なのか!クハッ!」と連呼していて何だか嬉しそうだったので、最後に本当の罰を与えた。

でも、私がイクとあとを追うようにご主人様も登りつめたので問題ないと思う。

 

翌朝、あくびをして寝不足気味なご主人様に、私の話しをどこまで聞いていたのか確認すると、「獣戦士ギルドを出て...... 帰宅しながら叔母さんへの説明をどうするか。って悩んでいたってところまでは起きてたんだけど...... それからの記憶はない。俺から聞いたことなのに、悪かったな」と言われた。

 

えっ?ほとんど最後まで聞いていたの?

じゃあ、私が一方的に勘違いして、ご主人様を襲ったってこと?

 

私は申し訳無い気持ちでいっぱいになり、「そ、その。ご主人様。済みませんでした。叔母への説明のくだりでほとんど最後でした。私、勘違いして...... その、本当に済みませんでした」と言ってあたまをさげた。

 

すると、ご主人様は私に手を差し伸べ、優しく抱き起こしてくれた。

そして、「ロクサーヌ。お前が謝る必要はない。今回は最後の一言まで聞いていなかった俺が悪いんだ。だから昨日の罰は問題ない」と言ってくれた。

 

でも、そのあと少し何かを考え、「いや、むしろ昨日の1回では償い足りない。うん。間違いなく、足りないな。ロクサーヌの気持ちを考えたら、これからもあの罰を受けないといけないと思う」と言葉を付け足した。

 

あの罰...... 私は昨日のことを思いだして“あの罰”が何を指しているのか考え、そして顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。

昨日はご主人様が勝手にイカないように、罰と言ってセリーが調べてきた房中術を使ってみた。

終わったあとに恍惚な表情を浮かべていたので、きっとそれのことだろう。

 

ご主人様は自分が攻めているときは無類の強さを発揮するけど、攻められているときは結構脆い。

私がイク前にご主人様がイッてしまうこともたまにある。

 

なので、昨日は罰として先にイカせないよう、ご主人様がイキそうになったときに秘部の入口を意識して、アレの根元をキュッと締めあげた。そして、私がイクまで解放しなかったのだ。

 

これはセリーが図書館で調べてきた房中術のひとつ。

他にもいくつかあるけれど、話しを聞くだけでは実践することが難しそうなものばかりだった。

 

昨日使った房中術も実践することは難しいと思っていたけど、ぶっつけ本番でやってみたら出来てしまったので、実は自分でもびっくりしている。

 

根元を締めあげられたご主人様は、イキたいのに無理矢理押さえつけられて発射ができず、「くっ!」って声が漏れるほど苦しそうにしていたけど、私がイッた直後に秘部が緩むと、堰を切ったように勢いよく射精した。

 

「クハッ! ハッ! ハアッ! ハァ、 ハァ.....」

ご主人様は秘部から溢れるほど大量に射精すると、恍惚とした表情を浮かべ、「これが罰かぁ...」と言いながらしばらく放心していた。

私は満足したのでご主人様に「おやすみなさい」と挨拶してさっさと寝てしまったけど、今朝の様子だとご主人様はしばらくは眠れなかったのかも......

 

ただ、私は罰のつもりで房中術を使ったけど、ご主人様にはご褒美だったみたい。

だから、勘違いで襲ってしまったけど、ご主人様はまったく気にしてないようだ。

それどころかよっぽど気持ち良かったのか、なんとかまたあの術をしてもらおうと、無茶苦茶なことを言っている。

 

私は一瞬呆れてしまったけど、急にご主人様が可愛く見えて、クスリと笑ってしまった。

なので、私はご主人様の耳元に唇を寄せて、「ふふっ。ご主人様。今晩もちゃんと罪を償ってくださいね」と囁いた。

すると、私の後ろからちょっと呆れた感じのセリーの声が聞こえた。

 

「はぁ。ちょっと目を離すとこれなんだから。

ご主人様。ロクサーヌさん。いちゃいちゃしてないでそろそろ支度してもらってもいいですか」

「す、すまない。すぐに支度する」

「セリー。ごめんなさい」

 

私たちが謝ると、セリーに「まあ、仲がいいのは良いことですけど、夜はほどほどにしないとダメですよ」と言われてしまった。

 

でも、私が慌てて支度をしていると、セリーがボソッとつぶやく声が聞こえた。

「罰ですか...... ふふっ♥」

 

小さな声だったけど、私は聞き逃さなかった。

 

もう。セリーだって興味あるんじゃない!

 



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最後の行商(第9回 ペルマスク遠征) ~ベスタが仲間になってからの話~

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番進めているクーラタルとハルバーは、どちらも25階層を探索中だ。

 

普通のパーティーはひとつの迷宮を集中的に探索するのだけど、私たちのご主人様はワープという特別な移動魔法が使え、彼が一度行ったところなら何時でも何処にでも移動出来るので、複数の迷宮を行き来しながら同時に探索を進めている。

 

だけど、このことは私たち以外には知られてはいけないことなので、内密にしている。

 

 

話しは私が巫女のジョブについた日の翌日まで遡る。

 

その日、私たちはハルバー迷宮23階層を探索して昼休憩で一度家に戻ると、ご主人様が「午後は迷宮には行かずにボーデのコハク商会に行く」と言い出した。

 

「ご主人様。コハクの原石を仕入れに行くのですか?」

「ああそうだ」

ご主人様は返事をすると、直後にスッと私に近寄って耳もとに口を寄せた。

そして、小声で「それと、ベスタにもネックレスを買うつもりだ。彼女だけ無いのは可哀想だからな」と言った。

 

私もご主人様の耳に唇を寄せて、「ありがとうございます。ベスタには内緒なんですね?」と聞くと、彼は黙って小さくうなずいた。

そのあとセリーにネックレスのことを耳打ちすると、彼女も小さくうなずいた。

 

ご主人様は「では、ボーデに行くぞ」と言ってワープゲートを開いたので、みんなでボーデの冒険者ギルドに移動した。

そして、そのままギルドを出て、すぐ隣のコハク商会に入った。

 

店に入ると、ご主人様は早速猫人族の番頭商人に声をかけたので、私はベスタに声をかけてご主人様から注意をそらせた。

 

「ベスタ。今からここでコハクの原石を仕入れます。そして、このあとペルマスクに行って販売します。ペルマスクでは鏡を仕入れ、後日その鏡をここの領主のハルツ公爵に卸します」

「えっと。行商ですか? そ、それも領主様と取引しているのですか...... す、すごいです」

「もう分かっているとは思いますが、このことは.......」

私はここまで言って言葉を止めた。そして、じっとベスタの反応を見る。

すると、彼女は動揺しながらも「な、内密にですね」と答えた。

私はにっこり笑って「忘れないようにしてくださいね」と言うと、彼女はほっとひと息ついて「はい」と答えた。

 

私がベスタの気をそらしているうちに、ご主人様が番頭商人に訪問の目的がベスタに似合うネックレスの購入とコハク原石の購入であることを伝えるはずだったけど、残念ながら彼女には聞こえてしまっていた。

 

「ネックレス、ですか?」

ベスタが小首をかしげながら尋ねると、ご主人様は観念して話だした。

ギリギリまで黙っていて驚かせようとしていたので、ちょっと残念そうだ。

 

「ベスタもパーティーの中でよくやってくれるからな。褒美だ。ロクサーヌたちもみんな持っている」

「はい。ありがとうございます」

ベスタはご主人様にお礼を言ったけど、実感が無いのかあまり喜んでいるようには見えなかった。

 

番頭商人は「お客様。いつもありがとうございます。すぐにご用意しますので、こちらにお越しください」と挨拶しながら奥の商談室に私たちを案内した。

 

商談室の椅子に座ると、すぐに番頭商人が大箱を抱えて部屋に入ってきた。

そして、ご主人様の前にコハクの原石8個と、私たちの目の前に、3本のネックレスを並べた。

 

ご主人様はコハクの原石を一瞥すると、「全部もらおう」と即答した。

すると番頭商人はニッコリ微笑んで、「まいどありがとうございます」と言いながら、小袋にコハクの原石を詰め込んだ。

 

私たちは改めてネックレスを見ると、並べられた物は全て私が買って頂いた物と遜色のない品物に見えた。

 

前回この番頭は、こちらが提示した予算よりも高い物やわざわざ質の劣る物を混ぜ込んで私たちに見せ、散々駆け引きしたにもかかわらず、セリーの交渉とご主人様の人徳に負けて結局良い物をかなり安く売ることになった。

 

その教訓が生きているようで、今回ははじめからちゃんと私たちに販売した良い物だけを出してきたようだ。

駆け引きしても無駄だということが骨身に沁みているのだろう。

 

実際、番頭商人の目はセリーに釘付けになっている。

今日ご主人様は店主に何も告げていないが 、前回同様セリーがネックレスを選んで交渉すると思っているようだ。

 

3本とも綺麗だけど、特にその中の1本は、コハクが小麦色のベスタの肌とちょうど同じくらいの濃さの大粒で、それが複数珠繋ぎになっている。

 

“他の2本も綺麗だけど、これが一番ベスタに似合いそうね”と私が考えていると、セリーもそう思ったらしく、一通り3本のネックレスを見た彼女は、他の2本を横に避けた。

そして、その1本をもう一度じっくり観察し、番頭商人の顔を見て「これが1番良いですね」と言った。

番頭はセリーから品質を認められてほっとしたようだ。

 

セリーがネックレスをテーブルの上に置くと、ご主人様がそのネックレスをヒョイッとつかみ、ベスタにあててみた。

ベスタはネックレスを胸にあてられたことに驚き、「えっ、あのっ」っと、あたふたしてたけど、ご主人様はそんな彼女の反応は無視して「セリーのお墨付きだし、確かに悪くなさそうだな」と感想を述べた。

 

ベスタは自分にネックレスを買って頂けることは聞いたけど、まさか目の前の質の良い物だとは思っていなかったようで、目を白黒させている。

 

私はそんな彼女の反応に満足しつつ「ふふっ。綺麗ですね」とご主人様に返事をすると、見計らったかのように番頭商人がネックレスの説明を始めた。

 

「こちらは大粒のコハクがそろった出来のよいネックレスでございます。色合いは、コハクとしてはやや薄い面もございますが、こちらのお客様にはかえってお似合いになられるかと」

 

ご主人様は説明を聞くと「うむ」と悩みだし、私たちに助けを求めるような目を向けたので、私は“ご主人様。大丈夫です”という思いを込めて小さく頷くと、「確かにそうだな」と番頭商人に返事をした。

 

すると、調子に乗った番頭は「こちらといたしましても手放すのが惜しいくらいの品物ですが、特別のお客様でございますので。五万ナールでいかがでしょう」と言いだした。

 

この番頭は何を言っているのかしら。商人が売りたくない理由が無いでしょう。

私は少し冷めた気分になったけど、このネックレスがベスタに似合っていることに間違いはないので、ご主人様に「綺麗でいいネックレスです」と言って購入を促した。

 

セリーも今回はすんなり「似合っていると思います」と言って、ご主人様に購入を勧めている。

彼女が交渉を任されていたらここから粘りだすと思うけど、今日はご主人様が交渉しているので余計な口は挟まないようにしているようだ。

少なくても彼女はこのネックレスを推しているので、価格、品質とも、問題ないと考えているのだろう。

 

その横でミリアも「きれい、です」と言っているけど、彼女はただ感想を言っているだけで、特に何も考えてはいないだろう。

 

私たち3人の反応を確認すると、ご主人様はベスタに向き直った。

そして、遠慮気味の彼女の言葉を押しきって、購入を決め、ネックレスを番頭商人に手渡した。

ベスタは目の端に涙を浮かべながら、「ありがとうございます」と言うと、ご主人様は「いつも頑張ってくれているからな」と言って彼女の頬を撫でた。

 

その後、カウンターに移動すると、コハクの原石が入った小袋と、ネックレスが入った白い小箱が用意されていた。

 

「全部でいくらだ?」

「コハクの原石8個とネックレス1つ。タルエムの小箱はいつも通りサービスです。

いつもご贔屓にして頂いておりますので、今回は全部で39480ナールと致します」

「わかった」

 

ご主人様はアイテムボックスから金貨を4枚出して番頭商人に渡し、お釣りの銀貨5枚と銅貨20枚は受け取ると小銭袋に詰め込んだ。

そして、ベスタに向けて「一度家に帰るが、それまでベスタが持て」と言って小箱を渡した。

 

その後、ご主人様が小袋を自分のリュックにしまおうとしたので、セリーが「ペルマスクに行かれるのでしたら私が持ちますが」と声をかけたけど、「いや。行くのは明日だ」と言って、そのまましまい込んだ。

 

コハク商会を出て、すぐ隣の冒険者ギルドまで歩くほんの短いあいだ、私はご主人様の左腕に絡みつきながら明日のことを考えた。

“明日は久しぶりにペルマスクに行けるのね。ご主人様は今回も市内には入らないのかな......

私たちが鏡の取り引きをしているあいだにMPを回復しないといけないから、ペルマスクで時間を潰すのは難しいことは分かるけど、いつかご主人様とあの綺麗な街並を歩けたら楽しいだろうな......

そうしたら、あの街の人たちはどう思うのだろう。親方と奥様の反応も楽しみね”

 

「ふふっ♥」

私はご主人様の横顔を見つめながら妄想し、思わず笑い声が漏れてしまった。

すると、ご主人様から「ん?なんだか楽しそうだな?」と言われてしまったので、ちょっと上目遣いで微笑みながら「なんでもありません♥」と答えると、彼はピタッと足が止まって顔が真っ赤になった。

そして、サッと目をそらせて「不意打ちかよ」ってつぶやいた。

 

ご主人様が私に照れてくれるのが嬉しくて、顔を近づけてさらに覗き込み、「ご主人様♥ どうかされましたか♥」と声をかけると、ご主人様の右側から小さく咳払いする音が聞こえた。

 

「コホン! ロクサーヌさん。冒険者ギルドの目の前で何をしているのですか?

周りの人から見られているのですが」

「い、いや...」

 

セリーに言われて周りを見ると、通行人や向かいの雑貨屋の店員らしき人、そして冒険者ギルドの中からも私たちを見ている人がいた。

何やらヒソヒソと話をしている人もいる。

 

あ、しまった。

私はご主人様の手を離し、隣に並んで何事もなかったように顔を澄ました。

ご主人様は一度深呼吸して、「と、とにかく家に帰るぞ」と言って冒険者ギルドの入口をくぐった。

 

因みにご主人様が突然立ち止まったとき、私とセリーは瞬間的に立ち止まったけど、ベスタは冒険者ギルドのなかに一度入ってから慌てて戻って来た。

そしてミリアはご主人様の背中にぶつかって何が起こったのかわからずに驚いていた。

2人はご主人様が突然止まったことに反応できなかったのだ。

少し気が抜けているようなので、後で2人には街中を歩くときの心得をお話ししておこう。

 

その後、冒険者ギルドの壁からワープで一度帰宅して、それから再びハルバーの迷宮23階層に行き、夕方まで探索した。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、早朝探索でハルバー迷宮の23階層のボス部屋に到達した。

待機部屋でセリーから“23階層からはボスのお付きの魔物が2匹になる。ボスのマザーリザードには魔物を産み出す特徴があり、それは魔法でもスキル攻撃でもないので詠唱中断では防げない”という説明を受けると、ご主人様は“魔物には近寄らずに入口近くで待ち受けて、接触するまでになるべく多く魔法を撃ち込む”という作戦をたてた。

 

「ブラックダイヤツナで試したときのように、魔物を引きつける。詠唱中断が使えないのならそれでいいだろう。初めてなので、ボスの正面はロクサーヌが頼む」

「分かりました」

ご主人様に返事をして、私はミリアには右のお付きの魔物を、ベスタには左のお付きの魔物を抑えるように指示した。

 

私が2人に配置を指示し終わると、ご主人様はベスタにデュランダルを渡して、「では、行くぞ」と言ってボス部屋の扉の前に立った。

 

ボス部屋に入り、私たちは入口近くで左右に広がって魔物を待ち構えると、部屋の中央に煙が集まりマザーリザードが出現した。お付きの魔物は左右ともマーブリームだ。

 

魔物は左右に広がりながらこちらに近づこうとすると、砂嵐に包まれてからだを斬り刻まれた。ご主人様のサンドストームだ。

しかし、20秒ほどで魔法の効果が切れると、何事もなかったようにこちらにむかい出した。

すると、マザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。

いつもなら、セリーが魔法をキャンセルするから問題ないけれど、魔物が近づくまで魔法で削って待つ作戦をとっていたので、彼女は魔物から離れている。

今から突っ込んでもキャンセルは間に合わない。

 

私は瞬間的に「来ます」と叫んでみんなに警告し、魔法を撃たれても避けられるように身構えたけど、からだの周りに火の粉が舞ってカッと熱くなった。

そして、全身に強い痛みが走り、胸が苦しくて呼吸が出来なくなる。

くっ!これはファイヤーストーム。全体攻撃魔法だから避けられない。

しかも、シザーリザードのファイヤーストームよりも遥かに威力が強い。

 

私はからだを縮こまらせて痛みに耐えていると、左右のマーブリームがベスタとミリアに迫っていた。

ファイヤーストームを放ったマザーリザードも動きはじめている。

そして、ファイヤーストームの効果が切れたときにはマーブリームはミリアとベスタの目の前で突撃体勢になっていた。

 

マザーリザードは魔法を放っていたにもかかわらず、既に私に向かってアタマから突撃している。

思ったよりも速い。

 

しかし、魔物の攻撃が私たちに届く前に、ご主人様のサンドストームが発動して魔物たちは再び砂塵に包まれた。

 

すると、マーブリームは2匹とも動きが止まったので、ミリアとベスタは体勢を立て直して攻撃を始めた。

 

マザーリザードは砂塵に斬り刻まれながらもそのまま私に突っ込んできたけど、からだを無理矢理捻ってかわし、すれ違いざまにレイピアで斬りつけた。

 

私は全体回復魔法を唱えようと思い、あたまの中に呪文を浮かべると、唱え始める前にミリアが「やった、です」と声をあげた。

横目で確認すると、私の右にいたマーブリームがドスンと音をたてて横倒しになった。

するとミリアは横倒しになった魔物は放置して、私と対峙しているマザーリザードの後ろに回り込んで斬り掛かった。

 

マザーリザードは私とミリアに前後を挟まれると、からだを回転させて尻尾を振り回した。

私は上体をそらせてその攻撃をかわしながら、全体回復魔法の呪文を詠唱した。

「あやまちあらば安らけく、巫女の祝のまじないの、全体手当て」

詠唱が完了すると、ファイヤーストームで受けた痛みがみるみる和らぎ、からだが軽くなった。

マザーリザードの魔法はシザーリザードよりも明らかに威力が高かったけど、ほぼ回復できたようだ。

巫女としての経験が上がっていくにつれ、私の回復魔法の威力も高まってきているのだろう。

 

マザーリザードは尻尾攻撃がかわされると、あたまを振りあげて打ち付けてきたので、私は半身になってかわした。

すると、そのまま頭を振って噛みつこうとしたので、鋼鉄の盾でいなしながら魔物の胴をレイピアで突き刺した。

次に、マザーリザードは腕を振って鋭い爪で私を切り裂こうとしたので、しゃがんでかわし立ち上がりながらななめ下からレイピアで胴を切り裂いた。

 

そのまましばらくマザーリザードの攻撃をかわしながら攻撃していると魔物の足元に魔法陣が浮かんだ。

だけど、今度はセリーが強権の鋼鉄槍を突き刺して魔法の発動をキャンセルした。

 

マザーリザードは魔法を抑えられると、右腕を振り上げて私を爪で攻撃しようとした。

しかし、その体制のまま動きが止まった。

そして、マザーリザードの背後で盛んに尻尾を切りつけていたミリアから「やった、です」という声が聞こえた。

 

ミリア。良くやったわ。

私は石化したマザーリザードは放置して、ベスタが抑えていたマーブリームに右側面から突っ込んだ。

ミリアもマーブリームの後ろに回り込み、魔物の背中から斬り掛かっている。

するとセリーもベスタの後ろを回り込んで魔物の左側面に回り込み、魔物の囲みに加わった。

 

4人で囲んでタコ殴りにし、ご主人様がサンドストームを連発すると、すぐにマーブリームは煙になった。

 

最後はベスタのデュランダルでの一撃だったので、私はベスタに「ベスタ。良くやりました」と褒めると、彼女は「は、はい。お役に立てて嬉しいです」と言いながら目尻に涙を浮かべた。

 

その後、ご主人様はベスタからデュランダルを受け取って石化した魔物を倒して回ると、マーブリームが煙に変わった瞬間にミリアがドロップアイテムに飛びついて奪い取った。

 

“えっ!なに?” 

素早い動きに一瞬驚いたけど、彼女を見て納得した。

ミリアは満面の笑顔で、「尾頭付き、です!」と言いながら魚を掲げていたのだ。

 

すると、ミリアはご主人様の前にススッと進み出て、ちょっと上目遣いになりながら「尾頭付き、です」ともう一度言って、両手で魚を差し出した。

そして、少し不安気な瞳で見つめ、そのままご主人様の言葉を待っている。

まったくこの娘は......

 

ご主人様はちょっと肩をすくめると、「明日の夕食だな」と言いながら尾頭付きを受け取った。

ミリアはご主人様の言葉を聞くと、「はい、です」と元気良く返事をして再び満面の笑顔になった。

 

その後、セリーから、24階層の魔物はサイクロプスで、火魔法を使ってくるが接近戦での物理攻撃が一番の脅威であることを説明された。

そして、24階層にあがると、ご主人様は私にサイクロプスのいるところで、魔物の少ないところに案内するよう指示を出した。

 

「はい。分かりました」

「くれぐれも最初は慎重にな」

ご主人様はよっぽど物理攻撃を脅威に感じているのか?重ねて慎重に探すよう言われたので、私は集中して匂いを嗅ぎ分けた。

 

なるべくなら、サイクロプスだけのところがいいわね。

左のほうから匂いがするけれど、サイクロプスはたぶん1匹、シザーリザードが3匹いるわね。

右は...... サイクロプスだけで3匹かな?

まあ、右のほうが近いわね。

 

「ご主人様。こっちの方が近いから右ですね」

「えっ?近いから?」

「はい」

「そ、そうか。では頼む」

パーティーを誘導すると、すぐにサイクロプスが3匹現れた。

 

私たち4人が走り出すと、サイクロプスが目を閉じて動きを止めた。

よく見ると、魔物のからだの周りに風が渦巻いていて、魔物が斬り刻まれている。

あれはご主人様のブリーズストームだ。

 

サイクロプスは魔法の効果が切れると目を開けて、一度周りを見回してから再び私たちに向かいだす。

しかし、再度ブリーズストームを受けると、また目を閉じて動きを止めた。

 

私たちが魔物の前に辿り着いて攻撃をはじめると、すぐに魔法の効果が切れてサイクロプスも攻撃をはじめた。

 

私はさっきセリーが“サイクロプスの近接攻撃は脅威的だ”と言っていたので、はじめは警戒して少し引いて位置取っていた。

そのためレイピアが胴体に届かず、目の前にいるのに防戦しか出来なかった。

 

セリーが言った通り、サイクロプスの攻撃は強力だ。

振り下ろされた拳が床に当たると、衝撃がからだに伝わってくるほどだ。

あの攻撃をまともに受けたらタダでは済まないだろう。

 

だけど、当たらなければどうということはない。サイクロプスが腕を振り下ろしても、遅すぎるのでまったく当たる気がしない。

なので、私は1歩踏み込んで、サイクロプスの懐に飛び込んだ。

逆に飛び込んでしまったら、サイクロプスは腕が振りづらくなり、攻撃が緩慢になった。

 

私が超至近距離でサイクロプスの攻撃をかわしながらレイピアで攻撃していると、右のサイクロプスを相手にしていたミリアから「やった、です」という声が聞こえた。

 

次に、ご主人様の魔法でベスタが相手をしていたサイクロプスが煙に変わると、残りの1匹を4人で囲んでタコ殴りにした。

 

するとすぐに残りの1匹が煙になったので、ご主人様はベスタからデュランダルを受け取って石化した1匹を煙に変えた。

 

煙が消えると銅の塊が落ちていた。

拾ってご主人様に手渡すと、観察しながら「銅か。こんなのを剣で斬りつけて大丈夫だったか」と聞かれたので、一応レイピアの刀身に傷が無いことを確認してから「はい。問題ありません。サイクロプスが相手でも大丈夫ですね」と回答した。

 

すると、普段は慎重なセリーが積極的な提案をした。

「サイクロプスと戦えるかどうかは、5匹を相手にしてから判断した方がいいと思います。すぐにも戦ってみましょう」

「そ、そうか。確かにそうかも知れないが」

「それと、銅は装備品の素材ですね。革よりも数を必要とすることが多く、扱いにくい素材です。がんばります」

「分かった。ロクサーヌ、5匹の群れを探してくれ」

ああ、そういうことでしたか。

セリーが積極的なのは、銅がいっぱい欲しいからだったのね。

それにしても...... 魔物5匹の群れなら近くにもいるけれど、サイクロプスだけで5匹の群れはなかなかいないわね。

どうしようかしら......

 

見つからないので少し困り、ご主人様に確認した。

「サイクロプスだけで5匹ですか?」

「サイクロプスとシザーリザードで5匹のところでもいい」

「はい。それならこっちです」

私は少しほっとして、魔物の群れに案内した。

 

2分ほど歩き、サイクロプス3匹とシザーリザード2匹の群れと戦うと、倒し切るまでにサイクロプスとシザーリザードに1回ずつファイヤーストームを撃たれてしまった。

しかし、ミリアも魔物を2匹石化し、全体攻撃魔法を撃たれた都度私が全体回復魔法をかけたので、戦線が崩れるようなことはなかった。

結局5分もかからず戦闘が終了したので、24階層なら魔物5匹でも問題無く戦えることが分かった。

 

「あやまちあらば安らけく、巫女ののりとのまじないの、全体手当て」

戦闘が終了したのでもう一度全体回復魔法を唱えると、一度の戦闘で3回魔法を使ったからか、ご主人様からMPに問題ないか確認された。

 

「一昨日はあまりたくさん使える気がしませんでしたが、今はまだまだ何回でも使えそうです。不思議です。慣れたのでしょうか?」

「急速に経験を積んでMP量も増えているから一昨日と比べれば余裕はあるだろう。しかし、連戦となるとキツくなる。

巫女になってまだ2日だから、キツイと思ったらすぐに薬を飲むこと」

「かしこまりました」

 

「じゃあ 5匹でも大丈夫そうなんで、次からは数に関係なくどんどん魔物に案内してくれ。あと、出来ればサイクロプスの多いところを頼む」

「かしこまりました。

では、左に進むとサイクロプス4匹の群れがいますので、先ずはそこに向かいます」

 

その後、2度魔物の群れを倒してから朝食を食べに一度家に帰り、食後も昼までハルバーの迷宮24階層で狩りを続けた。

 

私は1度の戦闘で2、3回。昼までに15回は全体回復魔法を使ったけど、一度も気分が落ち込むことはなかった。

 

因みにセリーは銅の塊が30個以上拾えたことが嬉しかったみたいで、昼休憩で家に帰ると、我慢出来ずに銅の剣を1本作っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

昼休憩のあと、私たちはザビルの迷宮1階層の小部屋に移動した。

この迷宮は帝国には管理されておらず、めったに探索者が来ることは無い。

実際ここで他の探索者には会ったことが無い。

それに、入口と違って迷宮内の小部屋なら匂いで近くに他の探索者がいるのか分かるので、前回からはペルマスクに行くときの最終中継地点をここにしているのだ。

 

ご主人様はミノを狩ってMP回復したあと、私たちに1人ずつコハクのネックレスを着けてくれ、入市税の銀貨1枚を渡してくれた。

 

それからセリーにカガミを4枚購入することや今後のことで工房に伝えて欲しいことなど詳しいことを説明し、カガミの代金とコハクの原石を渡していたので、その間に私はベスタにペルマスクでの行動について注意事項を話しておいた。

 

その後、ペルマスクの冒険者ギルドに送って頂くと、ミリアがベスタの手を引いて窓際に連れて行き、外の景色を見させた。

「ベスタ。街が白い。です」

「わ。すごい。白くて綺麗な街だと思います」

「大きい神殿。です」

「わ。ほんとに大きい。あの窓も色が沢山ですごく綺麗です」

 

ミリアはまだ2回しか来たことが無いのに、何故か自慢げにペルマスクの街並を紹介している。それをベスタが素直に受け入れて、ミリアに追唱するように喜んでいることがちょっと可笑しくて、クスッと笑ってしまった。

隣でご主人様とセリーも笑っていたけれど、時間が勿体無いので2人に声をかけた。

 

「2人とも、遊びに来たのでは無いので、さっさと出発しますよ」

「はい。です」

「わかりました」

2人に声をかけて振り返ると、セリーも隣に来て振り返った。

そして、「ではご主人様。行ってまいります」、「「「行ってまいります」」」と言って、4人で一斉にお辞儀をした。

 

ご主人様はちょっと気おされて「あ、ああ」と返事をしたけれど、すぐにフッと笑って「みんな気をつけて」と言って私たちを送りだした。

 

冒険者ギルドの入口で入市税を支払って街中に出る。そして、セリーが先頭、ミリアとベスタがその後ろに横並びでつづき、一番後ろに私がついて歩きはじめた。

これは興味の向くまま寄り道しようとするミリアを抑える為のペルマスクフォーメーションだ。

 

最初にミリアがペルマスクに来たとき、冒険者ギルドを出るときに注意したにも関わらず、帰りに商店や噴水のある広場、神殿など、気になったところで勝手に立ち止まり、私とセリーから遅れてしまって迷子になりかけた。

そんなことがあったので、前回来たときは私とセリーはミリアから目を離さないよう、彼女を挟んで歩いたのだ。

 

その配置で歩きはじめると、ミリアが遅れる本当の理由が分かった。

 

最初、私とセリーはミリアは魚屋でも探していて遅れたのだと思っていた。

確かにキョロキョロと何かを探しながら歩いているので、魚屋を探していることはほぼ間違いないとは思うけど、一瞬立ち止まってもすぐに歩き出すので、どうやらそれで遅れたわけではないようだ。

 

では、何ではぐれそうになるほど遅れたのか?

そう考えていると、店の前で呼び込みしている店員に声をかけられ、彼女は立ち止まってしまった。

 

以前から、店員や街中の人から声をかけられることはあったけど、私とセリーは今まで気づかないフリをするか、「済みません。急いでいますので」と言って歩みを止めずに通り過ぎていた。

しかし、ミリアはブラヒム語が十分話せないので、うまくあしらえていなかったのだ。

 

ミリアは立ち止まって店員にカタコトのブラヒム語で応対しはじめたので、私は「失礼します」と言って間に割り込んで、彼女の背を押しながら「いちいち立ち止まらない」と注意し、店員には「済みません。急いでいますので」と言って歩きはじめた。

 

店員は立ち去る私たちに未練がましく何か話しかけていたけど、そんなことは無視してその場を立ち去った。

 

ミリアは少し申し訳なさそうにしていたので、「ミリア。何故かわかりませんが、ペルマスクではクーラタル以上に人から声をかけられます。

ですが、私たちはここに遊びに来ているわけではありません。

1時間で冒険者ギルドまで戻らないといけませんので、いちいち相手をしないようにしてください」と伝えると、彼女は「はい......です」と少ししょげながら返事をした。

 

彼女は素直過ぎるから、話しかけてきた人を適当にあしらうことが心苦しいようだけど、そんなことを言っていたらご主人様を待たせることになってしまう。

 

それに、ご主人様がいないせいか、少し強引に私たちを誘おうとする男もいる。

だから、下手に気があるように見られないよう、ピシャッと断ることは大切なのだ。

 

今回はベスタが加わったので、3人でミリアを囲う形となり、万全の体制となった。

特にベスタは強力で、いつもしつこく声をかけていた店員も、近寄って来たときに彼女に睨まれると、くるっと踵を返して立ち去ってしまったほどだ。

 

結果、今回私たちはほとんど声をかけられることは無く、10分ほどでいつもの工房に到着した。

 

◆ ◆ ◆

 

入口にいた見習いにカガミを買いに来たことを話すと、見習いは私の横にいたベスタを見上げてポカンと口をあけて驚いた。

すぐに正気に戻ったけど、私たちを奥の打ち合わせコーナーに案内すると、親方を呼びに工房の奥に駆けていった。

そのあとなんとなく工房の奥がザワついていたけど、特に気にせず待っていると、ドタドタと足音をたてて親方が走って来た。

 

親方は私に気づくと、「おう、なんだ嬢ちゃんたちだったのか」と言いながらスピードを落として近づいて来たけど、ベスタに気づくと一瞬ギョッとして立ち止まり、直後に彼女の大きな胸を見て驚愕の表情になった。

「ス、スゲー。スイカってのはマジだったか!」

親方はそう言うと、さらに「こ、こんだけデカイとコハクが豆粒に見えちまう。いや、ほんとすごいな」と言いながら、マジマジとベスタの胸を見続けた。

しかし、「コホン!」というセリーの咳払いにハッとすると、私たちからの冷たい視線に気づいてすぐに私たちに謝った。

 

「す、すまない。いや、こんな立派な胸ははじめて見たんで..... ほんとに済まなかった」

親方は深々とあたまをさげたので、私は謝罪を受け取ろうと思ったけど、セリーはひとこと、「滅びればいいのです」と言ってジト目で親方を睨んだ。

 

「えっ?!あ、いや......」

「いえ。ジロジロ見られると不快に思うものもいますので、今後は気をつけてください」

「あ、ああ。申し訳なかった」

親方はセリーの反応に気おされたけど、直後に許してもらえたので、ほっとしたようだ。

交渉役はセリーだけど、少し場をなごませたほうが良さそうなので、私から親方に話しかけた。

 

「親方さん。走って来られましたけど、どうしたのですか?」

「ああ。実はさっき見習いの坊主が奥に飛び込んで来て、“スイカみたいな胸の美人が来てる”なんて騒いだもんだから、若いヤツらが浮き足立っちまってな。

仕方がないから「バカヤロー!客に失礼だろ!」って一喝したんだけど、「親方と違って俺ら独身なんすよ!出会いが欲しいんすよ」とか、「親方は美人の奥さんがいるからいいじゃないすか !」とか、「親方だけスイカを拝むなんて許せないっす。奥方様に言いつけてやるっす!」とか言うモンだから、「とにかく客の相手は俺がするからお前らは仕事してろ!」つって、その場から逃げて来たんだ」

親方は走ってきた理由を話すと、「いや。それで俺が見惚れちまったんだから、情けないわな。タハハハ」と言って笑いながらあたまを叩いた。

 

すると、「あら、そんなにその娘の胸が良かったのかしら?」という抑揚のない声が響いた。

そして親方が固まった。笑顔が盛大に引き攣っている。

この工房の支配者。親方の奥さんの登場だ。

 

奥さんは親方の後ろに回り込むと、「あなたがバタバタしてどうするの? もう!」って少し可愛く言いながら、バシーンと背中を叩いた。

親方は「ウッ!」と唸って反り返ったけど、奥さんは何事もなかったように親方の隣に座った。

 

「いらっしゃい。いつものヤツ?」

「奥様。ご無沙汰しております。

いつも通り、コハク原石の販売とカガミの購入です。あと、取引のあとにお話があります」

「分かったわ。じゃあまずコハクの原石からでいい?」

「はい。よろしくお願いします。今回原石は8個あります」

「8個ね。それならいつも通り1個銀貨40枚でいい?」

「はい。それでお願いします」

「あなた。原石を確認して、問題なければ銀貨が320枚だから... 金貨3枚と銀貨20枚出してね」

奥さんに言われて親方は原石をひとつ、ひとつ確認した。

 

「うん。8個とも問題ないな。いつも通り質がいい物だ」

親方はそう言うと、事務の女性を呼んで代金を持ってくるよう指示した。

 

「次はカガミね」

「はい。今回は4枚、いつも通り大きさは多少不揃いでお願いします」

「いつも通り1枚銀貨20枚でいいわね」

「はい。それでお願いします」

「では、4枚で銀貨80枚ね」

 

セリーは「はい」と答えると、アイテムボックスから銀貨80枚を取り出した。

 

「あなた。カガミを4枚持って来て」

「わかった。すぐに持ってくる」

親方はスクっと立ち上がると、ゴネることもなくさっさと工房の奥に向かっていった。

奥さんに全く反論することもなく忠実に従っているところを見ると、ベスタの胸に釘付けになった罪はかなり重いのかも知れない。

ふふっ。この感じだと、私たちが帰ったあとに親方は地獄を味わうことになるのだろう。

 

奥さんは先に銀貨の数を数えて問題ないことを確認すると、「間違いなく」と言って銀貨をテーブルの隅に寄せた。

コハクの原石もテーブルのすみに置いてあるので、受け取るのは原石の代金やカガミを持って来てからと言うことだろう。

 

そんなことを考えていると、奥さんがセリーに話しかけた。

 

「ところで話しって何?」

「実は、カガミの購入なんですが、私たちの依頼元に直接仕入れたいとの意思があるようで、私たちが買付にくることが無くなるかも知れません」

「えっ!そうなの」

「まだ決まってないのでなんとも言えませんが、どうも仕入れ量を増やしたいようです。ただ、私たちには注文の予定は無いようですので、次はいつになるのかわかりません」

「そうなの... 残念ね」

「それで相談なのですが、依頼元にこの工房を紹介してもよろしいでしょうか」

「うちとしては願ってもないことだけど、いいの?」

「実は依頼元は貴族なのです。ですので、私たちは実績があって信用出来るこちらを紹介したいのです」

「ふふっ。それは手を抜けないわね」

「はい。ご迷惑をおかけするかも知れませんので、ひとつ耳よりな情報を......」

そう言うと、セリーは親方の奥さんに何やら耳打ちした。

 

奥さんはセリーと小声で話しあうと、目を瞑って少し考え、パッと目を見開いた。

「そう言うことね。引き継ぎのときはあなたは来るのよね?」

「はい。必ずまいります」

「わかったわ。残念だけど、そうなったときはよろしくね」

そう言うと、親方の奥さんはニッコリ微笑んだ。

 

その後、奥さんの赤ちゃんの話や私たちが実は探索者で、普段は魔物と戦っていることなどを話していると、事務の女性がコハクの代金を、工房の奥から親方と若い職人3人がカガミを一つずつ持って来た。

 

セリーがコハク原石の代金を受け取りアイテムボックスにしまい終わると、顔を赤くした若い職人たちが私たちにカガミを渡してくれた。

因みに私は親方から受け取った。

その際、次はいつになるかわからない旨を伝えると、親方はかなりガッカリしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが工房の皆さんに挨拶して冒険者ギルドに戻りはじめると、若い男たちが追いかけてきた。

よく見るとさっき工房でセリーたちにカガミを渡していた若手の職人たちだ。

 

「ちょっと待って。あの、キミたちはいつも遠くからカガミを買いに来てるんだよね」

「良かったら今度街を案内しようか」

「いえ、結構です」

私はピシャッと断って歩きはじめると、男たちは横について歩きながら私たちを説得しはじめた。

 

「いや、そう言わずに。俺らは地元だから景色がいい場所とか安くて旨い店とか、色々知ってるぜ」

「そうそう。せっかくペルマスクに来たんだから、楽しまないと損だぜ」

 

はぁ。この手の男はしっかりとどめを刺さないと、簡単には引き下がらないわね。

私はそう考えて、もう一度しっかり断ることにした。

 

「あの、私たちにはご主人様がいるので、何方から誘われてもお付き合い出来ません。

申し訳ありませんが、お引き取りください」

「えっ?ご主人様?

確か親方がそんなことを言ってたけど、そんなの黙ってればいいじゃ......」

「はあ? 死にたいのですか?」

私が男の言葉を遮って殺気を飛ばすと、男は立ち止まって驚愕の表情を浮かべた。

 

「私がご主人様を裏切ってあなた程度の男に付き合う女だと、バカにしているのですか?

それとも自分のことを、私と付き合えるぐらい 魅力的な男だと勘違いしているのですか?」

「えっ、いや。そんなつも......」

「まさかとは思いますが、あなた程度の男がご主人様にケンカを売って、勝てるとでも思っているのですか?

ご主人様は盗賊10人を瞬殺するほど強いのですけど、あなたは自分もそれくらい強いとでも思い込んでいるのですか?」

「いや、おれた......」

「何を勘違いしているのかわかりませんが、私たちにつきまとってタダで済むと思っているのですか?

ご主人様は嫉妬深いので、私たちに絡んだことが知れたらあなたは地の果てまで追いかけられますけど、逃げ切れる自信でもあるのですか?

大した実力もないくせに、私たちに付きまとうなんて、本当にいい度胸ですね」

 

私はご主人様の目を盗んで浮気させるような言葉を平然と吐いた男にムカついて、自分でもわかるぐらい頭に血が登ってしまい、感情の赴くまま一気にまくし立ててしまった。

そして、息を吸うために一度言葉を切ると、あろうことか男が言い訳をはじめた。

 

「い、いや。俺たちはちょっと誘おうとし...」

「はあ?言い訳ですか?何を言われても許すつもりはありませんけど。

まだつきまとうならご主人様に報告しますけど、よろしいですね!」

「えっ!いや...... その......」

私は男の言い訳を遮って最終勧告すると、男たちは全員顔面が蒼白になり、その場に貼り付けられたように立ち尽くした。

次の言葉も出てこないようだ。

 

このままここに放置して立ち去ってもいいけれど、私に浮気をほのめかした男は許せない。

キッチリ脅かして二度と私たちの前に顔を出せないようにしてしまわないと......

 

そう思ったけど、 次の言葉が浮かばなくて私も沈黙してしまった。

いつもならこんな時にはセリーがフォローしてくれるのだけど、なぜか今日は彼女も沈黙している。

私は「はぁー」とひと息吐いて気持ちを落ち着かせ、もう一言付け加えた。

 

「ご主人様はそろそろ冒険者ギルドに着くころなので、私たちがいないと迎えに来ると思いますが......」

そこまで言って男たちの顔を覗き込むと、全員顔が引きつっていた。

 

「私たちに群がるあなたたちを見たらどう思うか...... ふふっ♥」

私はご主人様が無双する姿を妄想して思わず微笑んでしまうと、男たちから「ヒッ!」と情けない悲鳴があがった。

そして、次の瞬間には踵を返し、脱兎のごとく逃げだした。

 

私は「ふんっ!」ともう一度 軽く息を吐いてみんなのほうに振り向くと、ミリアとベスタは盛大に顔を引きつらせていた。

しかし、何故かセリーは後ろを向いて、プルプルと肩を震わせている。

ちょっと怒ってしまったので、ミリアとベスタの反応は分かるけど、セリーは何で笑っているのかな?

 

「セリー?」

「あ、いえ。すみません。ロクサーヌさんの反応があまりにも速かったので、なんか途中から可笑しくなってしまって。

アイツらに笑ってるところを見られる訳にはいかないので、後ろを向いてました」

「えっ、そんなに速かったですか?」

「はい。魔物の攻撃をかわすときくらい速かったです。それに、何度もアイツらの言葉を遮って脅してました。

しかも、“あなた程度の男”とか、“何を勘違いしている”とか、もう無茶苦茶貶すもんだから、最後のほうなんか、アイツら悲愴な顔つきでアウアウ呻くだけになっていましたよ」

「確かにそんな感じでしたね。いい気味です」

「私もムッとしたのでひとこと言ってやりたかったのですけど、ロクサーヌさんが畳み掛けていましたので、口を挟めませんでした」

「そうでしたか。セリーには申し訳ありませんが、あたまに来たので自分を抑えられませんでした」

「いえ。ロクサーヌさんがビシッと〆てくれたので助かりました。それに、途中から笑いをこらえるのに必死でしたので」

セリーは返事をすると、もう一度クスッと笑った。

 

「セリー。その、今のことは......」

私はご主人様に今のことが知れて引かれてしまうことが怖くて、セリーに黙っているよう頼もうとしたけど、何て言ったらいいのかわからなくて言葉が途切れてしまった。

でも、彼女は何事もなかったかのように「ロクサーヌさん。何かありましたか?」と、とぼけた返事を返してくれた。

 

「ふふっ。ありがとう」

「いえ。ナンパなんてイチイチご主人様に報告していたらキリがないです。そんなことより本当にそろそろご主人様が着くころですから、冒険者ギルドに急ぎましょう」

そう言うと、セリーは冒険者ギルドに向けて歩き出したので、私は固まっていたミリアとベスタの後ろに回り、お尻を叩いて再起動した。

2人はビクッ!っとからだを震わせて、すぐにセリーの後ろについて歩き出したので、私はクスッと笑ってから2人の後ろについて歩き出した。

 

◆ ◆ ◆

 

冒険者ギルドに戻ると、奥の壁際でご主人様が待っていた。

 

「ご主人様。只今戻りました」

「おかえり。何か問題はなかったか?」

「特にありません」

「では、移動するぞ」

ご主人様がワープゲートを開いたので、私たちは彼のあとについてゲートをくぐった。

 

ザビルの迷宮1階層の小部屋に出ると、ご主人様は強壮丸を何粒か飲み込んだ。

私は匂いを嗅いで周囲を確認し、私たち以外の探索者が居ないことを報告すると、ご主人様は軽くセリーにペルマスクでのことを確認した。

 

「親方の奥さんには、次はいつになるか分からないと言っておきました。

以前言っていましたが、親方の奥さんとしても、あまりコハクのネックレスを広めたくはないようです。みんなが持っていても困るからでしょう。向こうとしてもちょうどよかったと考えているのではないでしょうか」

「そうか。ありがとな」

 

「あと、カガミの卸先に工房を紹介する許可も頂きましたので、ハルツ公に引き継ぐことになっても大丈夫です」

「それは助かるが、許可が無いと紹介したら不味いのか?」

 

「貴族相手に取引するとなると、色々気を使わないといけなくなります。

急な要請や無理な注文に答えたり、敵対するような勢力に情報を漏らさないよう注意したり。

まず間違いなく取引していることは伏せるよう要請されるでしょう」

「確かにそうなるな」

「そうなると自由に商売出来なくなるし、場合によっては今まで付き合いがある客との取引を中止しなくてはならなくなることもあるのです」

 

「そ、そうなのか......」

「ですから貴族との取引は避ける商人も多いのです。勝手に紹介したらトラブルになる可能性がありましたので、卸先が貴族であることも伝えたうえで、許可を頂いております」

 

「そうか。取引の引き継ぎについて簡単に考えていた。

ハルツ公の希望は、カガミの販売を行う為に仕入れ量を増やすことと、配下の冒険者を使って直接ペルマスクでカガミを仕入れることだった。

ハッキリ工房を紹介しろとは言われてないが......」

「話しの流れから考えて、紹介しない訳にはいかないでしょう」

「やっぱそうだよな。セリー、色々気を使ってくれてありがとうな」

「いえ。ご主人様を支えるのは当然のことですから」

セリーはちょっとドヤ顔になって胸を張ったけど、ご主人様に頭をなでられると真っ赤になってうつむいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「じゃあ移動するが、次はアイエナの冒険者ギルドに飛ぶ。そこで強壮丸を飲んですぐに家にもう一度飛ぶから、みんな離れないように」

「あ、アイエナですか?」

私はご主人様から“アイエナ”という町の名前を聞いて驚き、思わず聞き返してしまった。

アイエナは私が育った町だったからだ。

懐かしい気持ちはあるし、叔母がどうしているのか気になるけど、正直会いたくない人もいる。

バラダム家のあの女は死んだけど、あの女の関係者や昔のパーティーメンバーなんかに会えば、ろくなことにはならないだろう。

ご主人様と一緒だから安心だけど、あまり長居はしたくない。

 

「ん? どうかしたか?」

「いえ。なんでもありません。

ご主人様。アイエナの冒険者ギルドには用事は無いのですか?例えばアイテムを売るとか」

「ああ、中継で寄るだけだから特に用は無い。知らない町のギルドだから、長居をしても良いことは無いだろう」

「かしこまりました」

私がほっとしながら返事をするとご主人様は一瞬小首をかしげたけど、すぐにワープゲートを開いてくぐって行ったので、私たちもあとに続いた。

 

アイエナの冒険者ギルドに出ると、ご主人様はすぐに強壮丸を飲み込んだので、私たちはご主人様の隣にかたまったまま、強壮丸の効果がでるまで待機した。

 

ギルドの中を見ると、奥のほうにバーカウンターが有り、その隣のテーブルで柄の悪そうな男たちが騒いでいた。

全員狼人族のようで、まだ昼間だというのに、どうも酒を飲んで盛り上がっているようだ。

 

その男たちは移動してきた私たちに気づいて一瞬静かになったかと思うと、ヒソヒソと話し合いを始めた。

そしてニヤニヤしながらこちらに向かって歩き出した。

 

ご主人様に因縁でもつけようと考えたのか、それともペルマスクの男たちと同じようにそんな貧相な見た目で私たちを誘おうとでも思っているのだろうか.....

 

しかし、その疑問が晴れることはなかった。

なぜならその冒険者たちがこちらに近寄って来る前に、ご主人様が壁に向かってワープゲートを開いたからだ。

 

ご主人様は最初からアイエナはただの中継地点だと考えていたので、ゲートを出ると冒険者ギルドの中は気にせずに薬を飲んで壁の方を向いていた。

そして、2回ほど深呼吸をすると、躊躇なくワープゲートを開いたのだ。

 

ご主人様が「では行くぞ」と言ってゲートをくぐったので、私たちも続いてアイエナの冒険者ギルドをあとにした。

 

後ろで『あっ!待て!』って男の声が聞こえたような気がしたけど、もう会うこともないだろうから、あたまの中から彼らの存在を消し去った。

 

そして、ゲートをくぐると家のダイニングに出た。

 

「お疲れ様でした」

「ああ。ひと息ついたらハルバーの迷宮に行く」

「かしこまりました」

ご主人様が席に着いたので、私たちも部屋のすみにカガミを置いてから席に着いた。

そして、セリーがペルマスクでの取引結果を報告してコハク原石の代金をご主人様に渡すと、ご主人様は改めて私たちの労をねぎらってくれた。

 

ペルマスクの話が終わると、話題がつい今しがたのことになった。

「ロクサーヌ。そういえば、さっきアイエナでゲートをくぐる時に何か話しかけられていなかったか?」

「えっと...... 確か ......」

私はついさっき頭の中から消し去ったことを、頑張って思い出した。

 

「奥にいた冒険者たちが私たちに近づきながら「待て」ってバーナ語で言ったような気がしました」

「えっ?そうだったのか?」

「はい。ですけど私はご主人様の後について ゲートをくぐってしまったのでよく聞いていませんでした。セリーは聞いていましたか?」

セリーに話をふると、彼女は少し考えてから話し出した。

彼女も私と同じように、あの男たちのことは頭の中から消し去っていたのだろう。

 

「なんかいやらしい目をしながら近づいてきた男たちのことですよね。

私の知らない言葉でしたが、何か叫んだことは間違いないです。

ですけど立ち止まってもろくなことにはならないと思いましたので、私は無視してゲートをくぐりました。

あんなヤツらは滅びてしまえば良いのです」

「そ、そうか......」

セリーが答えると、ご主人様は顔が引きつった。

 

「ミリアとベスタは一番最後にゲートをくぐってきたけど、大丈夫だったか?」

ご主人様が2人に確認すると、ミリアは「走ってきた。です。ベスタを引っ張ってくぐった。です」と答えた。

そして、ベスタは「男たちが叫びながら走ってきましたけど、お姉ちゃんに手を引っ張られてゲートをくぐりました」と答えた。

 

「そうか。間一髪だったのだな。ミリア、良くやった」

ご主人様がミリアを褒めると、彼女は「お姉ちゃん。です」と言って胸を張った。

すると、ベスタが小さく手をあげて、言いづらそうに発言した。

「あの、勘違いかも知れないのですけど、ロクサーヌさんの名前を言っていた気がしたのですが......」

私はベスタの言葉を聞いて背筋がゾッとした。

あの中に私を知ってる人がいた?

私は混乱したけれど、ご主人様は気にしていないようだ。

 

「ん?勘違いじゃないのか?」

「すみません。知らない言葉でしたので、似たような音の別の言葉だったかも知れません」

「ああ。あれだ... 空耳ってやつだな。

しかし、こんなことがあるなら俺が最後に移動したほうが良いのだろうか」

「移動した先にゴロツキがいたら同じことです。それに、どちらかと言うことなら、先頭のほうが危険です」

ご主人様の疑問に、セリーがいち早く答えた。

 

「そうかも知れないが......」

「先ず、移動した瞬間に攻撃されることは考えづらいです。

ですけど、移動するときの並び順にこだわるなら、先頭はロクサーヌさんで最後尾が私。ご主人様はどちらでも対応出来るように真ん中で移動するのが最適だと思います」

 

「ロクサーヌが先頭の理由は?」

「どちらかと言うなら出会い頭のほうが厳しいですから、咄嗟に動けるロクサーヌさんが最適と考えました」

「なるほど。セリーの言う通りだな」

「では、これからは私が先頭になればよろしいですね」

「いや。出会い頭のほうが厳しいなら、今まで通り先頭は俺。ロクサーヌは俺のあとからついてきてくれ」

「ですが、それではご主人様が...」

「ロクサーヌ。お前を危険な目にあわせたくない。ダメか?」

ご主人様はそう言うと、真剣な目で私を見つめた。

そんな目で見られたら......

 

そのままご主人様と見つめあっていると、「コホン!」というセリーの咳払いが聞こえた。

私はハッとして「ご主人様。ありがとうございます」とお礼を言うと、ご主人様も我に帰って「ま、まあ。セリーが言う通り、移動した瞬間に攻撃されることは考えづらいから、今まで通りで大丈夫だろう」と慌ててこたえた。

そして、「そろそろ休憩はいいだろうから、迷宮探索を再開する」と言って立ち上がった。

 

その後、ハルバーの迷宮25階層に飛んで、しばらく探索を続けているとご主人様がセリーに話しかけた。

「ところでセリー。ひとつ聞きたいことがあるのだが。貴族は一般人を相手に食事会を開いたりするものなのか?」

「功績をあげた人や羽振りの良い商人が領主に呼ばれた、ということなら聞いたことがあります。ですが、めったにないことです」

「そうか...... 一応聞いておくが、招待されたのに行かないのは不味いよな」

「えっ......」

ご主人様は軽く考えているようだけど、その言葉を聞いたセリーは驚愕の表情を浮かべた。

そして、思いっきり顔をしかめて、少し低い声音でご主人様に答えた。

 

「ご主人様。招待されたときにきちんと断っていれば問題ない場合もあるでしょう。ですけど、一度受けていたら行かないのは不味いどころでは済まないと思います。

貴族のメンツをつぶすことになりますので」

「そ、そうか。実は、今日はハルツ公より夕食の招待を受けている。なので、後でカガミを持って全員で行こう」

ご主人様はセリーの言葉を聞いて明らかに動揺しているので、私は少しでも楽になって欲しいと思い、「カガミですか。分かりました」と、さも当たり前というようにお答えした。

 

ご主人様は少しほっとした顔をして、「カガミの取引が今回で最後になるみたいだからな。そのお礼というか、詫びだ」と言ったので、私はご主人様を送り出すつもりで「では私たちは適当にすませます」と言うと、彼は「いや。その...... 招待されているのは全員だ」と申し訳なさそうに私たちに告げた。

 

えっ、私たちも......

 

私は以前ご主人様から「ハルツ公がロクサーヌに興味を持っている」という話を聞いたことを思い出して少し嫌な気持ちになったけど、ご主人様を見るとすごく申し訳なさそうにしていたので、努めて明るく返事をした。

 

「私たちもですか。本当によろしいのですか?」

「向こうが来いと言うのだし......」

「えっと、私たちは普段着しか持っていないのですけど」

「それは大丈夫だ。向こうは気にせず普段着で来いと言ってた」

 

「えっと、ハルツ公というのは、貴族様ですよね?私たちは...その...」

「そうだな......」

「貴族でも奴隷を持つことがあるそうです。奴隷と一緒に食事をするのは禁忌ではないのかもしれません」

 

明るく返事はしたけれど、やはり行きたくない気持ちはある。

なので、自然と行かないで済む理由を求めて御託を並べていたけれど、ご主人様が答えに困ると代わりにセリーが説明した。

彼女はハッキリとは言わないけど、“いまさら断われ無いので諦めてください”ということだろう。

 

「はぁ...... そうですか......」

私が少し肩を落として息を吐くと、彼女まで申し訳なさそうな表情になった。

 

その後、ご主人様はセリーにいつ頃ハルツ公のところに行くのが良いか?話を聞いていたけど、しばらく思案したあと「少し早目だけど迷宮探索を切りあげて向こうに行く」と言い出した。

 

私は少し不安に思い「大丈夫でしょうか」とご主人様に尋ねると、彼も一瞬不安気な顔をした。だけど、すぐに私の耳を撫でて、努めて明るく「決意と気合があれば大丈夫だろう。気合だ」と言って私を元気づけてくれた。

 

「気合ですか...」

「安心しろ。ロクサーヌは絶対に手放さない」

「えっと...... はい...... ありがとうございます」

私は耳を撫でているご主人様の手のうえに自分の手を重ねて、少しのあいだ温もりを感じた。

 

◆ ◆ ◆

 

迷宮からクーラタルの冒険者ギルドに移動すると、ご主人様はカウンターに寄ってドロップアイテムを売却した。

そして、いつもならこのあと夕食の材料を買って、ご主人様と楽しく話しながらゆっくり歩いて帰るのだけど、今日はそんな気分ではなかった。

重苦しい雰囲気で心なしか足早となり、5人がひとかたまりとなって黙々と歩いてしまっている。

 

私はご主人様とクーラタルに住んでまだ半年だけど、少しばかり目立つようで6区の中ではそこそこ知られている。

6区は閑静な住宅街で穏やかな人が多く、総じてみんな愛想がよい。

なので、いつもは歩く先々で気軽に挨拶されたり、ときにはお裾分けを頂いたりする。

 

ところが今日は、何人か近所の人は見かけたけれど、誰も近づいてこなかったし、話しかけてもこなかった。

私たちの異様な雰囲気を察したのか、それとも私の表情が暗く沈んでいたから話しかけづらかったのか。

理由は良くわからないけれど、これではまた変な噂をたてられるかも知れないわね。

 

そんな事を考えながら歩いていると、10分そこそこで家に着いてしまった。

 

「ご主人様。結局今日は、誰からも声をかけられませんでしたね」

「そうだったな。これなら冒険者ギルドからワープすれば良かったか?

まぁ、こんな日もあるさ」

「そうですね。でも、今日は声をかけられても話に集中できなかったでしょうから、ちょうど良かったです」

「ロクサーヌ。悪いな」

「いえ。大丈夫です。

ここで色々考えても、行ってみないと何があるのかわかりません。

なら、さっさと支度して公爵のところに乗り込みましょう」

私が不安を押し殺して 答えると、ご主人様は私の耳をひと撫でして、「そうだな」と返事をしながら装備品を外しはじめた。

 

私たちも装備品を外してテーブルに仮置きし、身だしなみを整えていると、ご主人様がセリーに「普段着にネックレスを着けて会食に行ったら失礼じゃないか?」と確認した。

そして、彼女から「問題ない」というお墨付きをもらうと、私たち全員にコハクのネックレスを着けてくれた。

 

私たちの支度がおわると、ご主人様はアイテムボックスの中身をダイニングテーブルのうえに出しはじめた。

そして、銅の塊や革などの装備品製作に必要なアイテムはセリーに手渡し、彼女のアイテムボックスにしまわせた。

 

さらに、ご主人様はひもろぎのイアリングを外して、代わりに身代わりのミサンガを足首に装着し、装備を外した冒険者という装いになった。

 

ご主人様は佩剣していないので、私はレイピアを腰にさげようとすると、彼は「ロクサーヌ。食事会に行くだけなのに剣は...」と言って止めかけた。

だけど言いながら考え直したようで、「いや、護衛がいないのは不自然か。ロクサーヌ。すまないがいざというときは頼むな」と言って私が佩剣することを認めてくれた。

 

すると、私とご主人様のやり取りを見ていたセリーがご主人様に質問した。

 

「あの。ご主人様は何処からボーデの城に移動していることになっているのですか?」

「ん? 特にそんなことを話したことは無いが」

「では、ハルツ公爵には、何処から移動してきていると、思われているのでしょうか。自宅から移動してきていると思われていないなら、ロクサーヌさんしか武器を持っていないのは不自然に思われませんか?」

「確かにそうだな」

「あと、私たちのジョブは知られているのでしょうか?」

「いや。明かしたことはないが...... つまり、武器一つで気付かれかねないということだな」

「はい」

「では、みんな聞いてくれ。

先ず、俺は、冒険者ギルド・探索者ギルド・商人ギルドの何れかからフィールドウォークでボーデの城に移動していることにする。

下手に家から移動しているなんて知られると、好き放題呼び出されることになりそうだからな。

そして今日は冒険者ギルドから移動した。ということにすること。

 

だから、向こうで預けることになるかも知れないが、みんなには俺が指定する武器を携帯してもらう。

次に、俺たちのジョブは、一応内密とする。

既に知られている者もいるかも知れないが、こちらから明かすような発言は避けてくれ。

もししつこく聞かれたら、“自分からは話せないから、ご主人様に聞いてください”と言って俺に話しをふってくれ」

「かしこまりました」

私が返事をすると、ご主人様はベスタに鋼鉄の剣、ミリアにシミター、セリーにダガーを装備するよう指示した。

 

そうして全ての準備が整うと、ご主人様は私たちの顔を一度見回した。

そして、真剣な表情になって私たちに告げた。

 

「今から公爵と対決だ。形としては 食事会だがセリーが言った通りエルフは何を考えているかわからない。

なので、内密にしていることを話したり、何かの約束の言質を取られないよう気をつけてくれ」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「気をつけます」

 

「ありがとう。あとひとつ......

俺は何があってもお前たちを手放さない。悪いがそのつもりでいてくれ」

 

「そんなことは当然です。私たちはどこまでもご主人様について行きます」

「そうです。私たちはとっくにそのつもりです。私たちを引き剥がそうとするヤカラは滅びればいいのです」

「はい。です。ずっと一緒。です」

「私もご主人様以外の人に仕えることなんて考えられません」

 

「みんな...... ありがとう......」

ご主人様は私たちの言葉が本当に嬉しかったようで、目の端に涙を滲ませながら嬉しそうに微笑んだ。

 

その後、私たちは1枚ずつカガミを持ち、ご主人様のあとについてワープゲートをくぐった。

 

 



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ハルツ公爵と公爵夫人

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

私たちはたった今、ハルツ公爵から招待された食事会に出席するためボーデの城に移動してきたところだ。

 

ワープゲートから出た場所は大きな広間で、ボーデの城の玄関ホールらしく、一部の壁以外は遮蔽セメントで覆われているとのこと。

私は覚えていなかったけど、バラダム家との決闘騒ぎのときは、ここから家に帰ったそうだ。

 

ご主人様は誰の許可も受けず、当たり前のように勝手に城の中に入っていこうとしたけれど、「ミチオ様、お待ちください」という声がかかって止められてしまった。

 

周りを見ると、こちらに一人の騎士が近づいて来ている。

私は覚えていなかったけど、この人は決闘騒ぎのときに立ち会っていた騎士の一人とのこと。

 

騎士は私たちの前までくると、ご主人様に「すぐに団長を呼んでまいります。ここで少々お待ちください」と言って、城の奥に走り去った。

すると、すぐに騎士が走って行った通路から、ゴスラーさんがやって来た。

彼は私たちの前に来て、何故か一瞬私に視線を向けてからご主人様に話しかけた。

 

「ミチオ殿、よくみえられました。こちらへおいでください」

「うむ。宜しく頼む」

ゴスラーさんの先導で城の中を5分ほど歩くと、大きな部屋に案内された。

 

部屋に入ると、中は騎士が大勢いた。

サッと見回したところ全員エルフ族のようで、30人はいそうだ。

全員揃いの防具を装備していて、柄の装飾が綺麗な槍を装備している騎士が6人、中央に紋章がついた大き目の盾と片手剣を装備している騎士が4人、スタッフを装備している魔法使いが2人、残りの騎士は両手剣を装備している。

そして、その騎士たちの前にひとりだけ豪華な服装で、見るからに高価そうな両手剣を腰にさげたエルフがいた。

 

もしかしてあの人がハルツ公爵?

そう思っていると、その人が片手をあげてご主人様に話しかけた。

 

「ミチオ殿、よくまいられた」

「本日はお招きにあずかりまして」

「よいよい。堅苦しい挨拶は抜きじゃ」

「ハッ」

 

思った通りこの人がハルツ公爵のようだけど、なんだか軽い......

貴族は尊大で、一般人を見下すような感じだと勝手なイメージを持っていたので正直拍子抜けした。

 

しかし次の瞬間、公爵は私たちを見回して、私に視線を止めた。

そして、私のことをじっと見ながら「彼女らがミチオ殿の?」とご主人様に確認した。

私はご主人様から自分が公爵から狙われていると言われたことを思い出して背筋がゾッとして寒くなり、思わず目をそらしてしまった。

 

「はい。パーティーメンバーのロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタです」

ご主人様は私たちの並び順には関係なく、4人を一気に紹介した。

 

あれ?いまの紹介で、誰が誰か分かったのかな?

私は少し気になったけど、とりあえず公爵に向かって頭を下げた。

 

「余がハルツ公爵じゃ」

「はい。よろしくお願いします」

挨拶されてしまったので、私は意を決して顔をあげ、代表して挨拶すると、「ふむ」と言いながら公爵は再び私たちを見回して、5人しかいない理由を確認してきた。

どうも公爵からすると、貴族からパーティーメンバーも一緒にと誘われた場合は親でも兄弟でも知り合いでも加えて6人でくることが常識なのに、ご主人様が5人で来たことが不思議だったようだ。

 

ご主人様がパーティーメンバー以外は連れて来ていないことを伝えると、「ふむ。やはり遠くの出ということか」と小声でつぶやいた。

 

やはりって......あれ? 

もしかして、ご主人様が遠方出身ということを確認したってこと?

 

私はいまの公爵のつぶやきが引っかかったのでご主人様をチラッと見ると、彼は少しだけ眉根を寄せていた。

ほとんど表情には出していないけど、ご主人様もいまの会話で自分のことを探られていたことに気がついたみたいだ。

どうもハルツ公爵は、見た目は明るくて社交的な紳士だけど、油断ならない人物のようだ。

 

場が微妙な雰囲気に包まれそうになったけど、空気を読んだのかゴスラーさんが会話に割って入った。

 

「まずはカガミをお渡しください」

「この四枚だ」

ご主人様に促されて私たちがカガミを騎士に渡すと、ゴスラーさんは「確かに。お代は色をつけて後でお渡しします。それと今後のことですが」と言ってご主人様とカガミの仕入れについて話し始めた。

 

ご主人様がカガミの仕入れから手を引くことを伝えペルマスクまでの案内を了承すると、ハルツ公爵は「ミチオ殿が余の騎士団に入って運搬の仕事に携わってくれたら一挙両得なのじゃが、どうだ?」などと言って、極めて軽い態度でご主人様を配下に誘った。

 

私はすごく驚いたけど、ご主人様は慣れているのかまったく動じる気配もなく、「それほどの仕事でもないでしょう」と言ってあっさり断った。

すると公爵閣下は「で、あるか......」と残念そうにつぶやいた。

ただ、残念そうだが無理強いはしないようなので、少しほっとした。

 

本気で誘ったわけではないのだろうけど、相手は貴族。それも公爵だ。

普通の人なら怖くて断れないだろう。

 

もしご主人様が公爵閣下の配下になったら......

きっと自由に活動出来なくなるし、私たちがご主人様と一緒にいられる時間は間違いなく減るだろう。

最悪公爵に命令されれば、私たちは引き離されてしまうかも知れない。

そんなことは絶対にイヤッ!

 

それに、ご主人様には知られてはいけない秘密が沢山ある。

公爵閣下の配下になれば四六時中監視されるかも知れないし、そうでなくても私たちは四六時中警戒していないといけなくなる。

それに、もし秘密がバレたらどんな目にあうことか...... 

 

“きっとろくなことにはならないだろうし、想像したくないわね”

 

とにかく間違ってもご主人様が配下にならないよう、この公爵閣下には注意を払わないといけないようだ。

 

私はそう考えて警戒心をあげていると、雰囲気が悪くなる前にまたもゴスラーさんが会話に割って入った。

「分かりました。そちらのほうは自前の冒険者でなんとかしましょう。ミチオ殿、後で相談にのってください」

「わかりました」

ゴスラーさんがあっさり引き下がると、ハルツ公爵は視線をご主人様から私たちに向けた。

 

「して、ゴスラーが立会人を務めたというのは?」

「確か、狼人族の彼女ですね」

ゴスラーさんが私を紹介すると、ハルツ公爵は少し目を細めた。そして、「ほぅ...そうか...」と言って上から下まで滑るように視線を這わせた。

少し不快だったけど表情に出さないように我慢していると、「彼女がロクサーヌです」と言ってご主人様が私を紹介した。

 

「隙のない身のこなし。さすがに強そうじゃ」

「はい。見事なかまえです」

ハルツ公爵が私を褒めると、ゴスラーさんも追唱した。

私はただ立っているだけなのに、どこを見て強いと思ったのだろう?

少し 疑問に思ったけど、よく考えるとゴスラーさんは決闘で私がバラダム家の女を圧倒したところを見ている。

そのときのことを聞いているから、公爵閣下は私が強いと決めつけているのだろう。

あれはあの女がものさしにもならないくらい弱かっただけなんだけど......

 

「余の攻撃では当てられないかもしれん」

「彼女の強さは特筆すべきものです」

「そちはどうじゃ」

「は。恐れながら、一度手合わせさせていただければと」

「ミチオ殿、いかがか。この者は余の騎士団でも最も腕が立つ。一度彼女との手合わせを願いたいが」

 

ハルツ公たちは、私を無視して勝手に私の強さについて話し合うと、ハルツ公騎士団で一番強い騎士と試合させろと言い出した。

ご主人様は「いえいえ。とても相手になるとは」と即座に断ったけど、公爵閣下は「いやいや。ゴスラーから決闘での戦いぶりは聞いておる。是非やらせてやってくれ」と言い返した。

 

「しかし、怪我でもしたら食事どころではなくなりますが」

「訓練用の木剣を使わせるし、危険なことはないじゃろう」

「しかし木剣とはいえまともに当たれば......」

「大丈夫じゃ。決闘というわけではなく、あくまで軽い手合わせじゃ。問題ないじゃろう」

 

さっきは渋々引き下がったけど、公爵閣下は今度は引き下がらないようだ。

周りをよく見ると、部屋のすみに木剣と木の盾が用意してあるし、話の流れもなんだか不自然だ。

どうやら公爵閣下は初めから、私とこの騎士を戦わせようと仕組んでいたみたいだ。

 

これは...... 断ることは無理そうね。

 

騎士団で一番強いということは、以前ご主人様が倒したサボーよりも強いかも知れない。

 

普通に考えれば騎士団の最精鋭に私が勝てる訳がないだろう。

でも、巫女になってから、私は日を追うごとに強くなっている。

今ならこの騎士が相手でも、善戦出来る気がする。

 

「ご主人様、私も手合わせしてみたいです」

どうせ断れないのだし、これ以上ゴネるとご主人様の立場が悪くなると思い、思いきって言ってみた。

するとご主人様は一瞬驚いたようだけど、すぐに「わかった」と言って試合を認めてくれた。

 

◆ ◆ ◆

 

「おお。では早速はじめよう」

ハルツ公爵が合図すると、カガミを持った騎士が退室し、他の騎士が部屋のすみに有った木剣と木の盾を私たちの前に並べた。

 

私は腰にさげたレイピアをホルダーごとはずし、ネックレスもはずしてセリーに預けた。

「セリー。お願いします」

「ロクサーヌさん。気をつけて」

「お姉ちゃん。頑張る。です」

「頑張ってください」

私が3人から激励されると、ご主人様が私の耳を撫でてくれた。そして、「ロクサーヌ。あの男はただの騎士ではない。上位ジョブの聖騎士だ。相当強いから、無理して怪我などしないように」と小声で優しく言ってくれた。

 

「はい。ありがとうございます」

私はご主人様にお礼を言って踵を返し、木剣の中から片手剣を選んだ。

そして、木の盾を左手に持って部屋の中央に向かった。

 

部屋の中央には聖騎士が待っていて、ハルツ公爵と何やら打ち合わせをしていた。

ハルツ公爵は私を見て目を細めると、「楽しみにしておる」と言ってご主人様のほうに向かって行った。

よく見ると部屋は騎士たちがぐるりと囲んでいて、逃げだす隙間もなくなっている。

 

やはりハルツ公爵は油断ならない人物だ。

ご主人様があのまま断り続けていたら、無理矢理にでも私とこの聖騎士を戦わせるつもりだったのだろう。

 

私は距離をおいて聖騎士と向かい合うと、彼は「では」と言って私に向けて走り出した。

そして、両手で持った木剣を大上段に構えると、私に飛び込みながら振り下ろした。

 

速い!それに鋭い!

飛び込みながら一閃してるのに、まったく剣閃にブレがない!

 

私は反射的に右手の剣で聖騎士の一撃をそらして、さらにからだを半身にしてなんとかかわすと、次の瞬間には振り下ろされた剣がひるがえり、斜め下から切りあげてきた。

私は少しだけ上半身をそらせてかわし、聖騎士の脇腹を剣で薙いだけど、彼はバックステップして難なくかわした。

 

次に聖騎士は斜め左上から斬りつけてきたけど、私がからだをさげてかわすと、途中で剣が止まってそこから突き出された。

私は咄嗟にもう一歩下がりながら、剣を横薙ぎに振って相手の剣先をそらした。そして、からだを回転させて彼の突きをかわした。

そして、そのまま1回転して彼の背中を斬りつけようとしたけれど、彼も攻撃をかわされた瞬間にからだを回転させて、こちらに向けて万全の態勢をとっていた。

 

一瞬のにらみ合いのあと、私は聖騎士に飛び込んで剣を突き入れた。

彼はバックステップでかわそうとしたので、私はチャンスと思って飛び込みながらさらにからだを半身にひねった。

そして、腕を伸ばして剣先を加速させる、必殺の一撃を彼の首に突き入れた。

 

しかし、彼は予想以上に伸びてきた切っ先に態勢を崩されながらも、間一髪で剣身を盾にして突きをそらした。

次の瞬間、私の一撃は彼の首の脇数ミリのところを突き抜けた。

レイピアだったら剣を引き戻しながら角度を変えて首か肩口を斬りつけて致命傷を与えるところだけど、木剣には刃がないのでまっすぐ引き寄せて相手から剣を打ち込まれないように剣と剣を合わせた。

 

そのまま鍔迫り合いとなったけど、力ではかなわず押し込まれたので、私は彼が押し込む反動を利用して後ろに飛び、一度離れて態勢を整えた。

 

必殺の一撃がかわされてしまったので相手の懐に飛び込むことを一瞬躊躇すると、彼は裂帛の気合いを込めて飛び込んできた。

 

彼は最初と同じように大上段からの一撃を放ったけど、先ほどよりも速く、鋭く、そして重い一撃が飛んできた。

どうやら先ほどの私の一撃で、本気になったようだ。

 

私は木の盾で攻撃をそらしたけど、すぐに二撃目、三撃目が飛んできて攻撃を入れる余裕がなくなった。

なので私は無理に自分からは攻撃せずに、チャンスが来るまで相手の攻撃をかわす本来の戦い方に戻した。

 

その後、聖騎士は怒涛の攻撃を放ってきたけど、すべて最小限の動きでかわし、隙が出来たときだけ剣を突き入れた。

しかし、私の剣も彼のからだをかすめるだけで、殆どダメージを与えられない。

 

そして、しばらくそんな攻防が続くと、何度目かの攻撃をかわしたときに、ハルツ公が「それまで」と言って試合を止めた。

 

試合が終わったので私が「ふぅ」とひと息吐いてスッと息を整えると、聖騎士も「はぁ」と深く息を吐いてスッと息を整えた。

私もそうだけど、彼もまだまだ余裕があったみたいだ。

 

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

お互いに挨拶を交わして後ろに下がり、剣を収めた。

そして、私は振り返り、ご主人様のもとに駆け寄った。

 

「ロクサーヌ、よくやったな」

「はい。ご主人様に恥をかかせずにすみました」

私はご主人様に返事をしながらグッと拳を握ると、ご主人様は「いや。俺はどうでも良い。ロクサーヌ。怪我はしてないな?」と言って私を気遣ってくれた。

 

ご主人様はいつも通り優しい。

ほんとこのひとは、どれだけ私を好きにさせるつもりなんだろう。

私は衝動的にキスしたくなってご主人様に手を伸ばしかけたけど、「コホン!」というセリーの咳払いで我に返った。

 

「えっと。怪我はありません。攻撃はすべてかわすか受け流しましたので」

「そうか。良かった。しかしさすがロクサーヌだな」

「そうですか?私よりもごしゅ... いえ。ありがとうございます」

私はご主人様が私よりも数段速く動けるスキルがあることを明かしそうになり、ハッと気づいてごまかした。

 

ハルツ公爵たちに気づかれていないか心配になったけど、彼らは私と戦った聖騎士と話をしていて、こちらの会話は気にしていない。

どうやら公爵閣下たちは、私が聖騎士の攻撃をすべて見切ったことを高く評価しているようで、よくわからないけどゴスラーさんも太鼓判を押している。

ハルツ公爵は自分たちの話しがまとまると、ご主人様に話しかけてきた。

 

「ミチオ殿、よいパーティーメンバーをお持ちだ」

「自慢のメンバーです」

「さすがはミチオ殿のパーティーメンバーということか」

ハルツ公爵は話しながらご主人様に近づき、私に目を向けた。

「うむ。本当に良いな。強さといい、美しさといい、もうしぶんない。して、ミチオ殿。そうだ...」

「閣下、そろそろ」

ハルツ公爵は私を褒めて、さらに何か言いかけたけど、ゴスラーさんに言葉を遮られた。

 

「う、うむ。そろそろ食事の準備も整うころだろう。まいられよ」

ハルツ公爵は一瞬残念そうな表情を浮かべたけど、踵を返して部屋から出て行った。

 

ゴスラーさんが言葉を遮ったということは、公爵閣下はきっとろくでもないことを言おうとしていたのだろう。

私は感謝の気持ちを込めて、ゴスラーさんに軽く会釈をすると、ゴスラーさんは一瞬だけ微笑み、サッと踵を返してハルツ公爵の後ろについて歩き出した。

 

私たちも公爵閣下の後に続いて部屋を出て廊下を進むと、ホールのような広い部屋に案内された。

 

◆ ◆ ◆

 

部屋の真ん中には家の倍はある細長い大きなテーブルがあり、その上には沢山の料理が乗っていた。

そして、部屋に入ってすぐのところに、高貴な身なりをしたエルフ族の女性が3人たっていた。

3人とも綺麗な人だけど、中でも真ん中の明るい水色のドレスを着ている女性は飛び抜けて綺麗な人だ。

 

背丈は170cmくらいで、全体的にほっそりしている。胸はミリアとセリーの中間くらいの大きさだけど、からだが細いからとてもバランスがいい。

明るい白金色の髪はクセがまったく無く、背中まで伸びている。

肌は透けるように白く、大きな淡い瞳にほのかに色づいた桜色の唇、エルフ族の特徴であるピンと尖った耳には綺麗なイヤリングを着けている。

私より10才くらいは年上だと思うけど......

 

すごい。絶世の美女とはこういう人のことを言うのだろう。

 

私が思わず息を飲んでしまうと、その女性は私たちに向かって 「お待ちしておりました。ようこそおいでくださいました」と言って頭を下げた。

リンと鈴が鳴るような美しい声だった。

 

私は一瞬呆けてしまい、“世の中にはこんなに綺麗な人もいるのね”と、思わず見惚れてしまった。

でも、すぐにハッとして、ご主人様の様子を見ると、彼はその女性に完全に見惚れていた。

 

女の私でも一瞬見惚れてしまうような人だから仕方がないのかも知れないけど、私には見せたことがないような表情のご主人様を見て、瞬間的にムッとしてしまい思わず肘でつついてしまった。

 

ご主人様が私に小突かれてハッとすると、それを見計らったかのようにハルツ公爵が女性たちの横に進み出た。

そして、「ミチオ殿のパーティーメンバー、ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタじゃ。

このロクサーヌがゴスラーが絶賛していた我が騎士団の精鋭よりも強い戦士じゃ。いまさっき模擬戦を行わせたが、間違いなかった」と言って私たちを紹介した。

 

私の紹介が過剰な気がするけど... あれ? いま、ハルツ公爵は、ご主人様は紹介しなかった? 

ということは......

 

この女性たちはご主人様とは既に会っていると言うこと?

そう言えば...... 少し前にご主人様には浮気の疑惑があったけど。もしかして...... この女なんじゃ......

 

それにもう一つ気になることがある。

私以外のメンバーはご主人様から個別に紹介されてはいない。はじめにハルツ公爵に紹介して頂いたときはご主人様が言った名前の順番と私たちの立ち位置は合致していなかった。

それなのに、なんでいま私たちを紹介したとき、公爵はセリーたちの名前と本人が一致していたのだろう。

特にベスタなんてメンバーになってまだひと月も経っていないしゴスラーさんにも会っていないはず。

 

いったい誰から名前を聞いたの?

もしかして、誰かに私たちを調べさせている?

 

私は疑問とともに、ハルツ公爵にそら恐ろしさを感じたけど、そんなことにはお構いなく、公爵閣下は女性たちを紹介しはじめた。

はじめは真ん中の絶世の美女からだ。

 

「余の妻のカシアである」

ハルツ公爵は自慢げにそう言うと、何故かご主人様に向けてニヤリと微笑んだ。

ご主人様を見ると、何故かムッとしている。

 

それからハルツ公爵は、カシア夫人の右手のシックな紺のドレスを着た女性と左手のシックなエンジのドレスを着た女性を紹介した。

それぞれゴスラーさんとクラウスさんという騎士の奥さんで、クラウスさんはハルツ公爵の親戚らしく、現在は公爵閣下のパーティーメンバーとして研鑽を重ねているとのこと。

 

一通りお互いの紹介が終わると、使用人から「剣をお預かりいたします」と声をかけられた。

私たちが剣を渡すと、護衛の騎士に剣を渡した公爵閣下が「ミチオ殿も皆も、座られるがよい。まずは食事にいたそう」と言って、一番左端のイスに座った。

 

ご主人様はそれを見て公爵閣下の向かい側に座ったので、隣に私、それからセリー、ミリア、ベスタの順に並んで座った。

向かい側は公爵閣下の隣に公爵夫人。それからゴスラーさん、ゴスラー夫人、クラウス夫人の順に座った。

私たちの人数に合わせたのか?ハルツ公爵のほうも5人だった。

 

席に着くと使用人から飲み物を聞かれたので、私はハーブティーをお願いした。

そして、みんながそれぞれ頼み終わると、ハルツ公爵が挨拶した。

 

「それでは、ミチオ殿とそのパーティーメンバーを招いての饗宴を始めたい。

よくいらしてくれた。今日は存分に食べ、楽しんでもらいたい」

 

公爵閣下の挨拶が終わったけど、私たちは貴族相手に食事なんてしたことがないのでどうすれば良いのかわからない。

私たちが戸惑っていると、ゴスラーさんが自分の前に置かれた皿に料理を取りはじめた。

すると、ゴスラー夫人が「あなた。好きな料理だからって、それをひとり占めしてはいけませんよ」と言って、自分も料理を取りはじめた。

そして、ゴスラー夫人は「皆さん遠慮していると、夫に全部食べられてしまいますよ。この人は見た目通りで大食漢ですからね」と言って私たちにウインクした。

ゴスラーさんは「いや。俺はそんなに太ってないが...」と言いながらも料理を取る手が止まったので、私たちは思わず笑ってしまい、和やかに食事会が始まった。

 

たぶん2人は私たちに、好きに料理を取り分けて食べても良いことを教えてくれたのだろう。

ゴスラーさんもそうだけど、夫人もかなり気遣い出来る人みたいだ。

 

私たちは好きな料理に舌鼓をうちながら、それぞれ向かいに座った人たちと楽しく会話をはじめた。

ミリアが大丈夫か少し気になったけど、セリーとベスタがうまくフォローしているようなので安心した。

 

私は向かいに座った公爵夫人とハルツ公爵が相手だった。

はじめに公爵夫人が私たちが着けているコハクのネックレスのことを聞いてきた。

 

「皆さんが着けているネックレスはコハクですよね。もしかしてこちらで?」

「はい。こちらのコハク商会でご主人様に買って頂きました」

「あら。さすがミチオさんですね。皆さんに買ってあげたのですか?」

「ええ。まあ」

「すごいですね。皆さんとても似合ってますよ」

「ありがとうございます。私たちもとても気に入っています」

「どうじゃ。余が紹介したコハク商はなかなかのものじゃろう?」

「はい。さる御婦人からとても品質が良いコハクだと褒められました」

「そうか。そうか。コハクは我が領の特産品じゃからな。よそには負けんよ」

「そうですね。輝き、色の深さ、大きさ、どれをとっても質が高いと言われました」

「コハクの質を褒めて頂けるのは嬉しいですね。ところでどちらの御婦人から褒められたのですか?」

 

「えっと、ご主人様。よろしいですか?」

「ああ。問題ない」

「ペルマスクのカガミ工房の御婦人です」

「あら、カガミの。たしか主人の依頼でペルマスクには何度も行って頂いているのですよね?」

「はい。おかげさまで何度も行かせて頂いております」

「どんな場所なんですか?」

公爵夫人はペルマスクのことがよほど気になったのか、目を輝かせて聞いてきた。

この手の話はセリーのほうが得意だけれど、彼女はゴスラー夫人を中心にした輪で話をしているので、私は記憶を掘り起こしながら話しをした。

 

「そのですね。ペルマスクは工芸都市で、カガミなどのガラス製品や宝石や貴金属を使った商品を製造する工房が多数ある町です。

町自体が大きな島で、木が1本も生えていません。それに、建物の壁には全て遮蔽セメントが使われているので、町への出入りは冒険者ギルドのみに制限されています」

「変わった町ですね」

「これは技術の流出を抑えるためらしく、職人を町の外に出すことは固く禁止されているらしいです。

それと、全ての建物に遮蔽セメントが使われているため、建物が全て白いです。

あと、道が帝都のように舗装されていますので、町自体がとても綺麗です」

「そう... 建物が全て白くて木が1本も生えていない...... 自然豊かなボーデでは想像もつかない光景ですね。

でも、そんなに綺麗な町なら一度は行ってみたいわ。

その町には何か見どころとかはありませんか?」

「そうですね。冒険者ギルドから綺麗な窓の神殿が見えます」

「綺麗な窓ですか?」

「はい。色々な色のガラスが組み合わせてあって、窓自体が模様になっているのです」

「そんなものが」

「はい。あの窓はペルマスク以外では見たことはありません」

「そうですか。他には何かありませんか?」

 

「あとは冒険者ギルドの周りにはカガミやガラス製品、装飾品などの店が沢山あります。帝都ほど大きな店はないようですが、人が多くていつも賑わっています。

それと、どの店も商売っ気が強くて、通りに出て店員が呼び込みしているところも多いですね」

「あら、それは興味を惹かれますね。

お勧めのお店はありますか?」

 

「すみません。お店には入ったことがありませんので、お勧め出来るところはありません」

「そうなのですか?」

「ペルマスクが風光明媚な町で、いつも賑わっていることは間違いありませんが、私たちはカガミの仕入れでしか行ったことがありませんので、いつもお店の前は素通りしていました。

ですので、詳しくは知らないのです」

「あら。それは残念ですね。ミチオ様。たまには観光くらいさせてあげませんといけませんよ」

「はい。肝に銘じておきます」

「はははは。カシアよ。無理を言うてはならんよ。ミチオ殿の本業は冒険者じゃからな」

「そうでしたわね。すっかり忘れていましたわ。では、今はどの辺りで戦っていらっしゃるのでしょう」

「カシアよ。そういうことは気軽に明かせることではないぞ」

「そうですか?何処を探索しているとか、魔物をどうやって倒しているのかとか。

お互いに教えあうことは大変有意義なことではありませんか。

ミチオ様には3迷宮の探索に協力して頂いているのですし... ミチオ様もそう思いますよね?」

公爵夫人は公爵閣下に反論すると、ご主人様に同意を求めた。

 

「確かにそうですね」

公爵夫人はご主人様の同意を得てニッコリ微笑むと、肩をすくめているハルツ公爵は放置して話しを続けた。

 

「ね。そうでしょう。

ところでロクサーヌさんはクラムシェルとは戦いましたか?」

「えっと......」

私は伝えていいのかわからずチラッとご主人様を見ると、彼は無言で頷いた。

どうやら魔物と戦ったことなら話しても大丈夫なようだ。

 

「はい」

「あれは硬かったし水魔法を撃ってくるから厄介だったでしょう。主人はあれで下半身が水浸しになって恥ずかしい姿にされた挙げ句、翌日風邪をひいたのですよ」

「ふふっ。そんなことがあったのですか」

私は下半身を濡らしたハルツ公爵の姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。

「ふっ」

ご主人様も思わず苦笑している。

 

「いや。あのときはまいった。中までずぶ濡れだったし、拭くものがなかったから、乾くまで恥ずかしいまま魔物と戦わされたしの。

もっと恥ずかしいことに、あれから迷宮に入るときは必ず替えの肌着持参じゃ」

「あははは。そうなんですね」

私はまたハルツ公爵の恥ずかしい姿を思い浮かべ、今度は大笑いしてしまった。

 

「ロクサーヌさんたちはどうでしたか?さいわい私たちは私が魔法使いで弱点の土魔法が撃てたので、被害は主人だけで済みましたけど。ふふっ」

当時を思い出しているのか公爵夫人も笑っている。

公爵だけバツが悪そうだ。

 

「そうですね。後衛からの単体攻撃魔法は撃たれてしまいます。ですが、ほとんどの魔法は前で魔物を引きつけている私に飛んで来ますので、避けるから大丈夫です。

前衛からの魔法の場合は、セリーの武器が詠唱中断出来ますので、私たちはそれで防いでいますね」

「そうですか。でも攻撃のほうは?硬かったでしょう?何か戦いかたの工夫はしていませんか?」

「そうですね。私たちは口を開いたときに積極的に中を斬りつけています。殻は硬いですが、中は柔らかいですから」

「そうなのですね。あなた、良いことを聞きましたね。これで次からは風邪をひかなくて済みそうですよ」

「うむ。そうじゃな。今度試してみよう」

 

「では、シザーリザードとは戦いましたか?全体攻撃の火魔法を撃たれるので、私たちはかなり苦戦していますけど」

「シザーリザードですか。そうですね。魔法を唱えるのが前衛の魔物ならセリーが詠唱中断で止めますが、後衛の魔物だとどうしても撃たれてしまいますね」

「やはりそうですか。私たちはパーティーメンバーに巫女がいますので、シザーリザードと対峙したときは、ずっと彼女が全体回復魔法を唱えています。ですけど倒し切るまでに何度も魔法を撃たれるので、ほんとに大変なんです。ロクサーヌさんたちは回復はどうしているのですか?」

「そうですね。私もファイヤーストームを撃たれる都度、全体回復魔法をかけています。2度、3度と撃たれてしまうこともありますので、大変なのはカシア様たちと一緒ですね」

「えっ...... ロクサーヌさんが全体回復魔法をかけているのですか? ということは、ロクサーヌさんは巫女? 強い戦士と聞いたので、前衛かと思っておりました。

あら?でも先ほど前で魔物を引きつけているって言ってましたよね?」

「えっと......」

私は公爵夫人の言葉で自分が巫女であることを明かしてしまったことに気がついた。しかし、いまさら誤魔化せないので、正直に答えた。

 

「私は巫女で前衛です。なので、全体回復魔法は戦いながら詠唱しています」

「それはすごいですね」

「なんじゃと!」

私が正直に答えると、ハルツ公爵が目を丸くして驚いた。

 

「巫女なのに我が騎士団の精鋭よりも強かったのか!

確かにあの回避力は素晴らしかった。引きつけ役というのも納得じゃ。

しかし、戦いながら呪文の詠唱までこなすとは......

まさにひとり二役じゃな。

いやいや以前ミチオ殿が“彼女は特別”と言うておったが、正直驚いた」

「いえ。先ほどの模擬戦は騎士の方も途中まで手を抜いておられました。

最後は防戦一方でしたので、本来なら私は負けていたでしょう」

「いや、そうは見えなかったが......」

「いえ。戦った私が言うのですから間違いありません」

「そうですか。ふふっ。あなた、そういうことにしておきましょう」

私は公爵の私への評価が非常に高いことが怖くなり慌てて否定したけれど、2人には信じては頂けなかったようだ。

 

「ファイヤーストームと言ったらサイクロプスも使うって知っていましたか?」

「はい。ただ、私たちはサイクロプスに全体攻撃魔法を使われたことはなかったと思います。幸運にも後衛にいる群れとはほとんど対峙したことがありませんので」

「それは良かったですね。サイクロプスは一般的には物理攻撃に注意しろって言われていますけど、稀に使う魔法は強力です。

同じ全体攻撃魔法でも階層があがると威力があがりますので、注意されたほうがよろしいですよ」

「ありがとうございます。肝に銘じておきます」

 

「ところで、ロクサーヌさんはどちらでサイクロプスと戦いました?」

「はい。その......」

 

やられた。公爵夫人が自分たちのことを隠さずに話すので、ついのせられてしまった。

私たちはハルツ公爵の依頼で公領の迷宮探索を行っている。

そして、公領の迷宮の中で、サイクロプスが確認されているのはハルバーだけだったはず。

 

ご主人様はパーティーの実力を隠そうとしていたのに...... 失態だ。

 

私はどう答えれば良いのかわからずご主人様に視線を向けると、彼は小さく肩をすくめてからうなずいた。

“いまさら仕方がないから隠さずに答えなさい”ということだ。

私はこころの中でご主人様に謝罪しながら夫人に答えた。

 

「あの、ハルバーにある迷宮の24階層です」

「それはなかなかでいらっしゃいますわね。私どもも負けてはいられません」

公爵夫人は私の答えを聞くと、ニッコリと微笑んだ。

 

ご主人様は私と公爵夫人の会話に注意を払いつつも、公爵と料理について話していた。

ちょうどこのとき「これは?」と、つぐみの丸焼きについて話していたので、私はこれ以上公爵夫人に情報を引き出されてしまわないように夫人との会話を一旦打ち切り、ご主人様につぐみについて知っていることを伝えた。

 

ご主人様はつぐみはどうやって食べるのが正解か考えていたようだけど、チラッと周りに視線を向けるとゴスラーさんが豪快に手掴みでしゃぶりついていたので、同じように1匹掴み取って食らいついた。

ご主人様は美味しそうに食べているけど、魚醤の匂いが少しキツかったので私は遠慮しておいた。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、しばらくは私たちの住んでいるクーラタルのことや帝都で買い物したときの話しなど、当たり障りのない会話をしていたけど、ハルツ公爵が「ミチオ殿、少しよろしいか」とご主人様に声をかけて立ち上がり、少し離れた場所に連れて行った。

 

どうやら私たちには聞かせたくない話しをしているみたいなので気になって耳を澄ましたけど、残念ながら聞こえなかった。

私は公爵夫人やゴスラーさんと話しながらもご主人様たちのほうを気にしていると、夫人が私だけに聞こえるように少し身を乗り出して、小さな声で話しかけてきた。

 

「気になりますか?」

「えっと..... はい」

「ロクサーヌさん。あなたが何を気にしているのかはわかりませんが、主人はミチオ様には色々と期待しているようです。

ですので、きっと悪いことではありませんよ」

「はい。ありがとうございます」

私が公爵夫人にお礼を言うと、彼女は椅子に座り直してワインをひとくち飲み、おもむろに話しはじめた。

 

「こんな言い方は失礼かも知れませんが、貴方たちはとても良くして頂いてるようですね。なんだか羨ましいですわ」

「えっ?羨ましいのですか?」

「そうです。それはね、私も主人には良くして頂いてますよ。

でも、結婚してからちょっと態度が変わりましたの」

 

今までとは少し雰囲気が変わったし、公爵夫人が私たちに話すことではないような気がして違和感を感じたけど、とりあえず夫人の話しを聞くため「そうなんですか?」と聞き返した。

すると公爵夫人は、「以前から自分勝手なところはありましたけど、それでも私に合わせて自分の予定を調整してくれたりしたのです。ところが結婚したら......」とハルツ公爵への不満を言い出した。

 

不満自体は些細なことばかりだけど、私たちに打ち明けることで発散している感じがする。

私は彼女の話しを聞きながら、“貴族は華やかな暮らしをしている”ということは知っていたけど、私たちと同じように日々の生活で不平や不満を抱えるものだということを、改めて認識させられたような気がした。

 

彼女はひとしきり愚痴を言うと、「些細なことでも不満は貯めずに伝えておかないと、後で後悔することになりますよ」と、私たちに忠告し、「ところで貴方たちは、ミチオ様に不満はないのですか?」と私に質問してきた。

 

「そうですね。私たちは、みんなご主人様に大切にして頂いておりますので、不満なんてありません」

私がみんなを代表して即答すると、何故か彼女は一瞬訝しそうな顔をした。

 

私は“何でそんな顔をするの?”と疑問に思ったけど、彼女はすぐに表情を戻した。

 

「あら?少しくらいは 何かあるでしょう?指示が悪くて迷宮で痛い思いをしたとか、理不尽に叱られたとか、

主人のように、彼が贅沢や無駄遣いをして困っているとか......

私と同じような不満はありませんの?」

「えっと...」

「この場にミチオ様はいません。誰かに話すことで不満ごとは発散しておいたほうがいいですよ」

私が口ごもると、公爵夫人は私を諭して小さくウインクした。

 

「そうですね..... うーん。何かあったかな.....」

私がもう一度考えはじめたのと同時に、ミリアがガタッと椅子を鳴らして立ちあがり、「サカナ〜♪サカナ〜♪」と、くちづさみながら魚料理を取り出した。

彼女はよっぽどメインの魚料理が気に入ったみたいで、先ほどから何度もお替りをしているのだ。

 

ミリアはずっと魚ばかり食べているので、“まだそれを食べるの?”って驚いて彼女に視線を向けると、他のみんなも彼女を覗き込んでいた。

公爵夫人も、楽しそうに魚を取り分けているミリアを興味深そうに覗き込んでいる。

次の瞬間、隣のセリーから軽く小突かれたので驚いて彼女を見ると、一瞬だけ鋭く、小さく首を振った。

 

それを見て、ハッとした。

私は公爵夫人から、些細な不満というかたちでご主人様自身や私たちとの関係性についての情報を引き出されようとしていたことに気がついたのだ。

さすがはセリー。家に帰ったらちゃんとお礼を言わなくちゃ。

 

それにしても危なかった。

いくらご主人様が素晴らしい人だとは言っても、常識的なことを知らなかったり、衝動的に買い物してしまったりと、多少の問題点はある。

公爵夫人につられて少しでもそのようなことを話したら、それはそのままご主人様の弱点になりかねないし、そこから内密にしていることを推察されてしまうかも知れない。

 

私は先ほど迷宮探索の進捗状況について、情報を引き出されてしまったことを思い出し、会食直前の顔合わせのときにハルツ公爵に対して感じたそら恐ろしさと同じ感覚を、目の前の夫人に感じた。

 

公爵夫人は見た目や醸し出す雰囲気とは違い、公爵同様油断ならない人のようだ。

セリーが“エルフは何を考えているかわからないから注意してください”って言っていたけど、ハルツ公爵や公爵夫人は正しくそう評価されるエルフなのだろう。

 

私は気を引き締め直し、極力情報となるようなことは口にしないよう注意して受け答えしはじめた。

夫人はあの手この手で私たちからご主人様のことを聞き出そうとしていたけど、私とセリーが無難な返事しかしなかったので、少し不満そうだった。

彼女はしびれを切らしたのか、“同族の好みのタイプ”なんてふざけたことを聞こうとしたけれど、場の雰囲気を悪くしただけで、結局彼女の求めていたような情報は得られなかったようだ。

彼女は私たちに一瞬蔑むような表情を見せたけど、ゴスラー夫人が話題を変えると、以降は積極的に発言はせずに和やかに会食していた。

 

その後、しばらくするとご主人様とハルツ公爵が席に戻ってきて、ほどなくして食事会が終了となった。

 

◆ ◆ ◆

 

食事会が終了すると、使用人から剣を受け取った。そして、ハルツ公の案内で城の玄関ホールまで移動した。

そこでご主人様が本日のお礼を言おうとすると、ハルツ公が軽く手をあげてそれを静止し、ご主人様に小声で話しかけた。

ご主人様のすぐ後ろにいた私には聞こえたけど、さらに後ろから見送りのためについてきた公爵夫人たちは聞こえないだろう。

 

「ミチオ殿。ロクサーヌを譲る気はないか?」

「ありません」

ハルツ公の戯れごとに、ご主人様は間髪入れずに拒否したけど、公爵閣下はまったく意に返さずに言葉を続けた。

 

「ほう。金に糸目はつけぬと言ってもか?」

私はギョッとしてハルツ公を睨むと、公爵閣下はニヤニヤしながらご主人様の反応を楽しんでいた。

その顔を見て、私は背筋がゾッと総毛立ったけど、ご主人様から引き離されたくないという想いが上回り、彼に飛びつこうと一歩踏み出した。

しかし、次の瞬間にグッと服の裾を引っ張られて止められてしまった。

 

振り返えるとセリーがいつの間にかすぐ後ろに立っていて、私の服の裾をガッチリと掴んでいた。

彼女は真剣な表情で私を見ると、ゆっくりと目を閉じながら首を振った。“ご主人様を信じて、黙って任せなさい”ということだろう。

私は深呼吸して無理矢理気持ちを落ち着かせ、“もう大丈夫”という思いを込めてうなずいた。

私の様子を見て彼女もうなずいたけど、残念ながら服の裾を離してはくれなかった。

 

公爵閣下は、「ミチオ殿。どうじゃ?他にも欲しいものがあるならなんでも付けるぞ?」と、さらに畳み掛けている。私は湧き上がる不安を押し殺すように胸の前で拳を固く握った。

 

ハルツ公はご主人様が逆らえないと踏んだのか、「悪い話しではなかろう?」と、さらに追い込む言葉をかけたけど、次のご主人様の言葉で余裕が吹き飛んだ。

 

ご主人様はひと呼吸すると、わざとらしく「ええっ!本気ですか?!」と驚いて見せた。

そしてそのまま、見送りに来ている公爵夫人たちまで聞こえるように、大きな声で話しはじめた。

 

「金に糸目をつけぬ、他にもなんでも付ける。と、言うことは公爵閣下は全てをさしだすということになりますが、本当によろしいのですか?」

「なっ!」

ハルツ公爵はご主人様の激変に対応出来ず、咄嗟に言葉が出てこない。

 

「閣下はゴスラー殿をはじめとする騎士団、内務を支える家臣団、加えて公爵領の全ての資産、それに加えてカシア様まで譲るから、代わりにロクサーヌを譲って欲しいと言っていることになりますが」

「いや!ミチ......」

ハルツ公爵は慌ててご主人様を静止しようとしたけれど、公爵の言葉を遮ってご主人様は話しを続けた。

 

「確かに彼女は特別な存在です。若く、美しく、スタイルも良い。加えて迷宮では戦闘と回復役を同時にこなせる稀有な存在です。

ですので、全てを捨ててでも手に入れたいと思われる閣下のお気持ちはわかります。

ですが、それでは今まで誠意を持って仕えてきた家臣の皆さまや、何よりカシア様にあまりにも酷ではありませんか?」

「いや、だからワシはそこま......」

「公爵閣下のお気持ちはわかりました。

ですが、それでも私はロクサーヌを手放すつもりはありません。

私は彼女の容姿や能力だけに惹かれて一緒にいるわけではなく、まず第一に彼女の心に惹かれているから一緒にいるのです。

そして、それはセリー、ミリア、ベスタの3人も同様です。私は彼女たちにも惹かれているのです。

それに4人とも、献身的に尽くしてくれています。

それは決して彼女たちが奴隷だからではありません。私のような者のことを、本気で慕ってくれているからなのです。

閣下は彼女たちを、自身の性欲を満たせるうえに、いざとなればいくらでも替えのきく探索パーティーのメンバーだとお考えのようですが、私は生涯のパートナーとして自分の命に替えてでも守るべき家族だと考えています。

ですから、公爵閣下から全てをさしだすという破格の条件を提示されても、誰ひとりとして譲ることはありません」

 

ご主人様はハルツ公の要求を完全に拒否すると、最後に「誠に申し訳ありませんが、諦めて頂きたい」と言ってダメ押しした。

 

ハルツ公は何度も言葉を遮られたうえに、最後は全てをさしだしても“誰ひとりとして譲らない”とまで言われてしまい、すっかり意気消沈した。

 

「も、もう良い。ミチオ殿が彼女たちを譲る気がないことは十分わかった。糸目をつけぬと言ったのは、その、言葉のあやじゃ。

そもそも本気で譲れと言うたわけではない」

「そうですか。あまりにも真剣な表情でしたので、本気で言われたのかと勘違いしました。

では、いまの話は聞かなかったことにしますので、今後は誤解を招くような言動は避けて頂けると助かります」

「う、うむ。今後は気をつけよう...... 

ちなみ.....」

「閣下、そろそろ」

「......で、あるか」

 

ハルツ公は何か言いかけたけど、それを言う前にゴスラーさんがスッと前に進み出て、2人の会話に割って入った。

さすがにこれ以上不用意な発言はさせないという構えのようだ。

公爵閣下が残念そうに肩を落としているので、この期に及んでまたもやろくでもないことを言おうとしていたことは間違いないだろう。

 

ハルツ公が諦めたことを確認すると、ご主人様は私たちに振り返り、ほっとしたような、少し気恥ずかしそうな、そんな顔をした。

その顔を見て、私はいてもたってもいられなくなり、セリーを振り切ってご主人様に飛びついた。

ご主人様も私を優しく受けとめてくれた。

 

「ご主人様!私、私......」

「ロクサーヌ。大丈夫だ。落ち着け」

「でも、私......」

「何があっても手放さないって言っただろう?」

「グスッ... でも... 怖かったです......」

それから少しのあいだ、私はご主人様にしがみついて嗚咽を漏らしてしまい、彼はそんな私が落ち着くように背中を優しく撫でてくれた。

 

後でセリーから聞いたのだけど、私がご主人様に抱きついているあいだに、後ろのほうから「あなた、お話しがあります。こちらに来て頂けますか?」という公爵夫人の冷めた声がやけに明瞭に響いたらしく、それを聞いたハルツ公は盛大に顔を引き攣らせながら夫人のもとに向かったとのこと。

セリーが振り返ると、そこには目がすわった公爵夫人が立っていて、おもむろにハルツ公の耳をギュッと摘むとそのまま引きずって広間から出ていった。

公爵は後で自分の不用意な行動の代償を支払うことになるだろう。

とのことだった。

 

しばらくして私が落ち着くと、それを見計らったかのようにゴスラーさんがご主人様に声をかけた。

因みに私はちょっと泣いて消耗したので、今はご主人様に貼り付いて心の回復中だ。

 

「ミチオ殿。ロクサーヌ殿。

不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。公爵に代わり謝罪させて頂きます」

ゴスラーさんはそう言ってあたまをさげた。

「ゴスラー殿、頭をあげてください。

こちらも少し言い過ぎたかも知れないので、二度とこのようなことがなければ何も言うことはありません」

「わかりました。公爵にはしっかり伝えておきます」

ゴスラーさんはご主人様に謝罪したあと、少し申し訳なさそうに話しを続けた。

 

「先ずはカガミ4枚の代金です」

ゴスラーさんはそう言うと、ご主人様に皮袋を手渡した。

ご主人様は受け取ると、何故か「セリー、ちょっと」と言ってセリーを呼んだ。

 

「悪いが中身を確認してくれ」

「はい」

セリーはご主人様から皮袋を受け取ると、袋から中身を出して硬貨の枚数を数えた。

 

「ご主人様。金貨20枚です」

「そうか、ありがとう。ゴスラー殿。随分多いが?」

「カガミの代金とペルマスクまでの販路の紹介料とお考えください」

「うむ。そういうことなら遠慮なく」

ご主人様はゴスラーさんに返事をすると、もう一度セリーに話しかけた。

 

「セリー。アイテムボックスを開けないので、悪いがしまっておいてくれ」

えっ?なんでアイテムボックスを開けないの?

私が疑問に思っていると、ご主人様は私の背中をポンポンと叩いた。

するとセリーが「そうですね。わかりました」と言って、自分のアイテムボックスを開いて金貨をしまった。

 

セリーが金貨を仕舞い終わると、ゴスラーさんが再びご主人様に話しかけた。

 

「ミチオ殿。出来ればミチオ殿がカガミを仕入れている工房を紹介して頂けると助かるのですが、如何でしょうか」

「それは問題ありません。先方の許可は頂いておりますので」

「そうですか。それは助かります。

冒険者を揃えるのに数日かかりますので、こちらの準備が出来たら連絡させて頂きますが、よろしいですか?」

「うむ。それで問題ありません。連絡を頂いたらこちらに伺います」

「宜しくお願いします」

ゴスラーさんはご主人様に一礼すると、見送りに来ていた方々のほうに歩いて行った。

 

ゴスラーさんが離れると、ご主人様は私の背中をポンポンとたたいた。

「ロクサーヌ。帰るぞ」

「......はい」

私は仕方なく離れると、彼は見送りに来ていた方々のほうを向いた。

 

「本日はお招き頂き、ありがとうございました」

ご主人様は見送りに来ていた方々に向けて一礼し、それから踵を返して壁に近づき、ワープゲートを開いた。

私たちも見送りに来ていた方々に一礼し、それからご主人様のもとに移動した。

 

色々あったけど、とりあえず無事に帰れる。

私はホッとしながらご主人様の背中に触れると、彼は振り返って私たちが全員いることを確認した。

そして、踵を返してゲートをくぐって行ったので、私たちも彼のあとに続いてゲートをくぐった。

 



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食事会の考察と待機部屋での遭遇戦

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

私たちはハルツ公爵との食事会が終わり、ボーデの城からワープゲートをくぐり抜けてクーラタルの家に帰宅したところだ。

 

帰宅すると、全員一斉に息を吐いた。

 

「ふぅ〜!疲れた〜!みんなお疲れ様」

「はぁ〜。お疲れ様でした。無事に終わって良かったです」

「はぁ〜。お疲れ様でした。良いお酒を頂きましたが精神的に疲れました」

「ふぅ。お疲れさま。です。お魚、美味しかった。です」

「はぁ。お疲れ様でした。少し緊張しましたけど、良かったです」

 

「みんなありがとう。おかげで無事食事会を終えることが出来た。ロクサーヌは模擬戦も、ありがとうな」

「いえ、ご主人様。色々と失言してしまい。申しわけありませんでした。あと、公爵閣下から救って頂き、ありがとうございました」

「何があっても手放さないって言っただろう。それと、多少の情報は与えてしまったが、想定の範囲内だ。

それに、情報を引き出されたのはロクサーヌのせいではない。俺が公爵をナメていたのが悪かったのだ。

今日は最後以外は終始やられっ放しだったしな」

「いえ、そのようなことはありません。ご主人様の対応は素晴らしかったと思います」

「ありがとう」

ご主人様はお礼を言うと、いつも通り私の耳を撫でてくれた。

 

「セリーはどう思う?」

「そうですね。ご主人様はハルツ公に対してまったく怯むことなく対応されておりましたので、その点は良かったと思います。

ですが、私たちの情報については入手経路など気になる点が色々とありましたので、一旦冷静になってから、一度みんなですり合わせをしたほうが良いと思います」

「確かに俺も気になる点があった。明日の朝食のときにでも、今日話した内容と、聞いた内容から公爵の意図や何処から情報を得ているのか考えてみよう」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「私もわかりました」

 

私たちが返事をし、装備品の片付けをはじめると、セリーがアイテムボックスを開きながら、ご主人様に話しかけた。

「ご主人様。金貨をお返しします」

「ああ。ありがとう」

「そう言えば、なんでセリーに金貨を仕舞わせたのですか?」

私は疑問に思っていたことをご主人様に聞くと、ちょっと驚いた顔をされてしまった。

そして隣のセリーはなぜか盛大に呆れている。

 

「いや、ロクサーヌが貼り付いてたから......」

「えっ?私?...... あっ!」

この瞬間、私は自分が貼り付いていたからご主人様は金貨を数えることも仕舞うことも出来なかったことに気がついた。

「ご主人様。すみませんでした」

「あはははははははは。気にしなくて良い」

ご主人様は大笑いすると、セリーから金貨を受け取って自分のアイテムボックスにしまった。

 

その後ご主人様は、セリーに帝国解放会という迷宮討伐を目指す団体?について何か知っているか尋ねた。

どうも食事会で中座したときにハルツ公爵から話しをされたようなのだけど、セリーが秘密組織であることを説明すると、ご主人様は慌てて「そ、そうなのか。まあ今日はもう遅い。体だけ拭いて、早目に寝よう」と明らかに動揺して話しを終わらせようとした。

 

「えっ?ご主人様?」

「いや、そんな団体があるとハルツ公が言っていたので。その... 少し気になったのでな」

「そうですか。わかりました」

 

ご主人様は明らかに誤魔化しているけど、問題があるようなら必ず話してくれるはずだから、無理に聞く必要はないだろう。

もしかすると、その秘密組織に関わりを持たされそうになっているのかも知れないけど、ご主人様に任せておけばきっと大丈夫なはず。

私はそう考えて帝国開放会という言葉を頭の中から消去した。

 

◆ ◆ ◆

 

それから私たちはお風呂場に向かった。

今日はお湯を貯める時間はないので、ご主人様は水魔法と火魔法を重ねておおがめ3つに一気にお湯を作ると、先ず私たちにかけ湯をして、それから一人ずつ石鹸で洗い出した。

 

「ロクサーヌ。今日はお疲れだったな。試合は大丈夫だったか」

「はい。あの程度では手合わせのうちにも入りません。こちらのちっ、力を見るだけが目的だったのでてかっ、手加減してっ、くれたのでっ、しょう」

私が返事をしていると、ご主人様はわざと乳首を指で弾いて言葉を途切れさせた。

 

「食事の方はどうだった」

「公爵ふっ、ふじっ...... もう、ご主人様!」

「はははは、すまない。続けてくれ」

ご主人様は軽く謝ると洗う場所を胸から腕や脚に変更した。

「公爵夫人は同性の私から見ても美しいかたでしたが、その... ナイフの使い方や食べ方がいちいち洗練されていて、ため息が出るほどでした」

「そうか」

「それに、臆することなく迷宮に入って戦っておられるようです。その姿には憧れてしまいます。

ですけど...... 言葉たくみに私たちから情報を引き出そうとしている節がありました。

それから...... 少し言い難いのですが...... ハルツ公爵と似たような、得体の知れない怖さを感じました」

「そ、そうなのか? まあ、その辺の分析は明日だな。

で、料理はどうだった?」

「どの料理も美味しかったです。

ですが、ご主人様が作るような、油で揚げたり湯気で蒸したりするような料理はありませんでしたね。

あと、ホワイトルーやマヨネーズを使った料理もありませんでした。

あと、甘い料理も。

私はご主人様の作る料理のほうが断然好きです」

「そうか。ありがとう。だが、俺の作る料理は広げたくはないから、一応内密にな」

「はい。ご主人様♥」

 

私のからだを洗い終えると、ご主人様はセリー、ミリア、ベスタの順にからだを洗い、最後は私たち4人から揉みくちゃにされて全身を洗われた。

 

その夜、私たちはご主人様に1回ずつ可愛がって頂いたあと、私とセリーは更にもう1回ずつ可愛がって頂いた。

予想よりも食事会が長かったため夜がふけてしまい、セリーの2回目が終わったときにはミリアとベスタは既に眠っていた。

 

「ご主人様。2人は眠ってしまいましたね。では...」

「ロクサーヌ。すまん。だいぶ遅くなったから、俺たちも今日は寝よう」

ご主人様に声をかけながらキスしようとすると、彼に制されてしまった。

そして、彼は大きなあくびをしてベットに寝転んだので、私は右、セリーが左に抱きついて目を瞑った。

 

しばらくするとご主人様の声が聞こえた。

「みんなありがとう...... いつまでも...... スゥ...... スゥ......」

 

ん...? 寝言かな?

食事会では色々あったけど、一番大変だったのはハルツ公爵の相手をしていたご主人様なのは間違いないだろう。

帰宅前に私を譲れと言われたとき、彼はどれほどの圧力と戦っていたのか......

 

それなのに、帰宅したら、先ず私たちを労ってくれた。

ほんとに... このご主人様は......

 

私は溢れる愛しさを込めてそっとキスをし、彼の隣で眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索の準備をしていると、ご主人様からクーラタルの迷宮23階層と24階層の地図を渡された。

 

「今朝はクーラタルですか?」

「ああ。ハルバーは24階層にあがったから、今日はクーラタルの探索も24階層にあげる。

ロクサーヌ。無理に魔物とエンカウントしなくても良いから、ボス部屋を目指してくれ。

今日は早朝探索でボスを倒し、以降は夕方まで24階層で探索を行う。

但し、いつも通り他のパーティーを避けることは最優先で」

「かしこまりました。では、23階層の魔物は進路上と進路に近い群れだけ案内しますね」

「ああ。よろしく頼む」

私は23階層の地図にサッと目を通してボス部屋までのルートを確認し、地図をセリーに渡した。

迷宮内では索敵と魔物までの先導は私の役目だけど、ルート案内やマッピングはセリーの役目だからだ。

「セリー。一応覚えましたけど、多少寄り道はしますので、お願いしますね」

「はい。いつも通りお任せください」

セリーが返事をすると、ご主人様は「では、行くぞ」と号令をかけてワープゲートを開いた。

 

クーラタルの迷宮23階層に移動して、匂いを嗅いで索敵すると、ちょうどボス部屋に向かう方向から魔物の匂いがしてきた。

「ご主人様。先ずはここをまっすぐです。すぐにグミスライム3匹とクラムシェル1匹の群れがいます」

「わかった」

 

私の先導で迷宮通路を進むと、2分ほどで魔物の群れと遭遇した。

いつも通り、私たち4人は魔物に向かって駆け出すと、ご主人様が魔法を連発し始めた。

私とベスタは接敵すると魔物を引きつけてブロックし、その間にミリアが硬直のエストックで魔物を石化して回る。

魔物の魔法はセリーが強権の鋼鉄槍、ベスタがご主人様から借りているデュランダルでキャンセルするので発動しない。

そうしているあいだにも、ご主人様が魔法を連発して魔物を倒していく。

 

結果、3分足らずでグミスライム3匹とクラムシェル1匹の群れは全滅した。

最後はベスタからデュランダルを受け取ったご主人様が石化した魔物を倒してMPを回復し、みんなでドロップアイテムを拾って戦闘が終了した。

今回は全体攻撃魔法を撃たれなかったし誰も攻撃を受けなかったので、完封勝利だ。

 

「ご主人様。ボス部屋はこの先の分岐を右ですが、左に行くとすぐにグミスライムだけ5匹の群れがいます。

珍しいので、そちらに寄りますね」

「はははは、珍しいって。まぁ、多少の寄り道は問題ない。その辺の采配はロクサーヌに任せるよ」

「ありがとうございます。では参りましょう」

余裕があったので、ドロップアイテムを拾っているうちに匂いを嗅いで索敵することが出来た。

おかげで次の魔物への案内もスムーズに行えるし、この調子なら多少寄り道しても早朝探索のうちにボス部屋まで辿りつけるだろう。

 

そうして寄り道しながらボス部屋に向かったけれど、それでも探索開始から2時間足らずでボス部屋に到着してしまった。

 

クーラタルの迷宮は広いので、普通のパーティーは地図に従って移動しても、入口小部屋からボス部屋までは10時間はかかると言われている。

一般的なパーティーはなるべく上の階層で戦って経験を稼ごうと考えるため、自分たちの強さが魔物の群れを少しでも上回れば、その階層の探索に着手する。

だから、戦闘には時間がかかるし、戦闘終了後に回復や休憩をしないと怪我や疲労で探索を再開出来ない。

それを繰り返しながらボス部屋を目指すので、どうしても時間がかかるのだ。

 

しかし、私たちはご主人様の方針で余裕を持って戦える強さになってから本格的にその階層の探索をはじめている。なので、戦闘時間は短いし、怪我することは殆ど無い。

当然疲労も少ないので、戦闘が終了するとすぐに探索を再開している。

結果的に、迷宮内を進む速さが尋常ではないのだ。

 

なので、迷宮内をゆっくり移動しているパーティーに詰まってしまい、引き返したり迂回したりすることも良くあるし、そのパーティーが私たちの進むルートから外れたときに追い抜くこともよくある。

 

私は匂いで他のパーティーを探せるから、基本的に鉢合わせすることはないけれど、2つだけ例外がある。

1つは各階層の入口で、自分たちが移動したときや相手が移動してきたとき。

これは避けようがないから仕方がない。

もう1つはこの待機部屋である。

 

待機部屋で他のパーティーと鉢合わせするのは2つの場合がある。

1つは待機部屋に他のパーティーがいて、私たちが後から部屋に入る場合。

でも、私は匂いで他のパーティーがいることが事前に分かり、今はご主人様の方針で回避しているので、このかたちで鉢合わせすることはない。

 

だけど、もう1つ。

私たちが待機部屋に先にいて、後ろから他のパーティーが入ってくる場合がある。

これは事前に他のパーティーが近づいて来ることが分かっても、ボス部屋が開かなければ鉢合わせを回避することが極めて難しいのである。

 

長々と他のパーティーと鉢合わせする場合を説明したけど、今日はこれに当てはまってしまったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが待機部屋に到着したとき、まだ前のパーティーが戦っているようでボス部屋の扉が開く気配はなかった。なので、セリーからボスのゼリースライムについてブリーフィングを受けたあとはそのまま待機していたのだけど、10分ほどすると人の匂いがしてきた。

ここに着く少し前、進路から逸れた場所の小部屋に立ち寄っていたパーティーがいたので追い抜いてきたけれど、どうやらそのパーティーがこちらに向かって来ているのだ。

 

途中の魔物は私たちが倒してきてしまったから、妨害もなく一直線に近づいてくる。

このままなら...... あと5分というところか。

私は「はぁっ」っとひと息はいて、ご主人様に報告した。

 

「ご主人様。途中で追い抜いたパーティーがこちらに向かって来ているようです。たぶんあと5分ほどでこちらに着くと思います」

「そうか...... 今ならダンジョンウォークで移動することも出来るが、このままボスを倒して24階層にあがっておきたいなぁ......」

ご主人様は少し悩んだけど、結局そのまま待機を続けることになった。

 

それから5分ほどすると、6人パーティーが待機部屋に入ってきた。

入ってきたのは男性4名、女性2名のパーティーで、私たちと鉢合わせしたことに大変驚いていた。

探索者で混み合っているクーラタルの迷宮とはいえ、この時間にこの階層の待機部屋で他のパーティーと鉢合わせすることは滅多にないからだ。

 

男性4人と女性1人は人間族のようだけど、もう1人の女性は猫人族で少し錆びた首輪をしている。

どうやら彼女は私たちと同じ奴隷のようだ。

しかし、あまり良く扱われていないようで、ひとりだけ粗末な貫頭衣の上にボロボロの装備をつけていた。

持ってる武器もダガーのようで、この階層で戦えるようには見えない。

 

なんだか疲れているようで表情も沈んでいるし、頬には殴打された跡がある。

そして、その女性からはご主人様とは少し違う精液の匂いがしている。

よくよく見ると太ももの内側には精液が伝ったような跡があるので、かわいそうだけどこの女性は少し前まで男たちの慰み物にされていたのだろう。

 

セリー、ミリア、ベスタの3人もそのことに気がついたのか、みんな一様に顔をしかめている。

 

人間族は全員30代、猫人族の女性は20才くらいだろうか、どうやら全員私たちよりは年上のようだ。

向こうのパーティーを警戒していると、彼らのなかからリーダーらしき女が前に進み出てきて「待機中?それとも休憩中かしら?」と話しかけてきた。

 

「待機中だ」

「そう。悪いけど後ろで待たせてもらうわね」

「ああ。構わない」

ご主人様が短く返事をすると、彼女は私たちを睨んで「フンッ」と小さく鼻を鳴らした。

そして、自分のパーティーメンバーと何やら話し始めた。

 

私たちはいつボス部屋の扉が開いても良いように扉の前に立って待機していたのだけれど、ボス戦までしばらく待ちとなる向こうのパーティーメンバーは、通路に近い場所に座って休憩しだした。

そして、干し肉のような物をかじりながら、こちらを憚ることなく“モミごたえがどうとか締まりがどうとか”などと、大きな声で下品な話しを始めた。

 

それにしても騒がしい人たちだ。隣であんな話しをされて、リーダーの女性は恥ずかしくないのだろうか?

そんなことを考えていると、そのリーダーの声も聞こえた。どうやら一緒に盛りあがっているようだ。

 

私たちは無視していたけど、3分ほど経つと向こうのパーティーがちょっかいをかけてきた。

 

向こうの男たちは話しながら、ときより舐めるような不快な視線で私たちを見回していたのだけど、我慢が出来なくなったのか1人の男が下卑た笑いを浮かべながら立ちあがった。

そして、その男は「なあ、あんた。随分綺麗どころを連れてるな。こんなところで会ったのも何かの縁だ。仲良くしないか」と、ご主人様に声をかけてきた。

 

ご主人様は即座に、「いや、お構いなく」と言ってやんわり断わりながら、私たちの前に進み出た。

しかし男は、「まあまあ。そんなつれないことは言いっこなしにしようや」と言って、ニヤニヤしながらそのまま近寄ろうと一歩踏み出した。

 

「構うなと言ったが、理解出来なかったか?」

「いやー。美人をひとり占めなんて、ずるいだろ」

ご主人様はもう一度、今度はハッキリ拒否したけど、男は馴れ馴れしい態度でさらに一歩踏み出した。

しかし、ご主人様の後ろにいる私がレイピアをホルダーから抜いて構えると足が止まった。そして、ミリアとベスタも剣を抜き、セリーが槍を垂直にたてて石突きを床にドンッと打ち付けると、「何だ!躾の悪い奴隷だな!そんな態度が取れなくなるよう順番に俺が躾てやる!」と言い放った。

 

するとご主人様は、「黙れ醜男!」と一喝して聖槍の槍先を男に向けると、向こうのパーティーリーダーの女に、「おい。あんたは醜男の躾も出来ないのか? 俺が代わりに躾てやっても良いが、どうする?」と言って挑発した。

ご主人様は私たちを見下したうえに脅してきた醜男に怒り心頭のようだけど、その男を止めもせずに放置している女にもムカついているようだ。

 

向こうのリーダーはニヤニヤしながらこちらを見ていたけど、ご主人様から挑発されると表情が一変した。

「ふんっ!躾たいなら勝手にすれば。ただ、あんたが死んだらその女たちが何をされても知らないわよ。もうコイツじゃ満足出来なくなってるみたいだからね。ふふっ」

女はそう言いながら猫人族の女性を鞘で小突き、もう一度ニヤリと笑った。

 

◆ ◆ ◆

 

「俺が死ぬって?

そっちがその気なら、俺がこの醜男を殺しても文句は言えないことになるが?」

「あんたねえ、僧侶か神官かは知らないけど、そいつに勝てると思ってるの? 悪いけど、そいつは戦士だし普段は34階層で戦ってるのよ。

何だか良さそうな槍だけど、折られて泣きを見る前に黙って後ろの奴隷を貸してやれば丸く収まることが理解出来ないのかしら?」

向こうのリーダーはアルバを装備しているご主人様を見て戦闘力が低いと思ったのか、小馬鹿にするような発言をした。そして、“私を慰み物にする対価”のつもりなのか、「あっ!分かったわ。お金を払って欲しいのね」と言ってニヤニヤしながらこちらに向かって硬貨を放り投げた。

 

硬貨が床に散らばると、向こうのリーダーはさらにとんでもないことを言い出した。

「ふふっ。そっちの奴隷は4人ね。こっちも男が4人だからちょうどいいわね。ほら、あなたたちもご相伴に預かりなさい」

「えっ、俺たちもいいんですかい?」

「構わないわ。金は払ったんだから文句は言わないわよ。まあ、文句を言うようならあなたたちが納得させれば済むことでしょう?」

「違いねえ。おう、面倒だが先に話しを付けっぞ」

向こうのリーダーが残りの男たちに声をかけると、彼らは気色満面な顔で立ちあがった。

 

「全員殺されても文句はないということだな」

ご主人様はもう一度彼らを脅して聖槍を構えると、向こうのリーダーはあざ笑うように声をかけた。

 

「あら、抵抗する気?

ふふっ。相手の力量も把握出来ない坊やは早死するわよ」

「そうか、奇遇だな。俺も、相手の力量を把握出来ないババアは早死すると思うぞ」

「なっ!」

ご主人様がそっくりそのまま言葉を返すと、向こうのリーダーは顔つきが変わった。

自分がババア扱いされたうえに相手の力量も把握出来ないヤツだと馬鹿にされて、一瞬であたまに血がのぼったみたいだ。

 

向こうのリーダーはご主人様を睨みながら、醜男に「その男は殺しても構わないわよ。いえ、やっぱり手足を斬り落として半殺しにしてから、そこの女たちを犯すところを見せつけてやりなさい」と言って戦う許可を出した。

醜男はそれを聞いて、「ゲヘヘヘ。あんたもついてないな。悪いがさっさと済ませて楽しませてもらうぜ」と笑いながら剣を構えた。

普段34階層で戦っていることが本当なのかは怪しいけど、この醜男は自分が負けることなど微塵も考えていないようだ。

 

しかし、なんということだろうか。

次の瞬間にガラガラと音をたててボス部屋の扉が開いたのだ。

前のパーティーの戦闘が終了したということなんだけど、ほんとにすごいタイミングだ。

 

この場にいる人は全員硬直したけど、いち早くご主人様が再起動した。

 

ご主人様は「チッ!命拾いしたな」と言って醜男に背を向けると、「皆、行くぞ」と私たちに声をかけてボス部屋に入るよう促した。

 

醜男は突然自分が放置されたことに頭がついていかず、「へっ?」っと間抜けな声を漏らして私たちがボス部屋に入って行くのを呆けて見ていたけど、向こうのリーダーの「何してるのっ!」っていう叱咤の言葉にハッとして駆け出した。

そして、「死ねー!」と叫びながら、一番後ろに居たご主人様の背中に剣を振り下ろした。

 

「ご主人様っ!」

私が焦って声をかけるのと同時に、ご主人様のからだが消えた。

いや、残像が残るぐらいの速さで、振り向きながら右にズレ、醜男の隣をすり抜けたのだ。

醜男は驚愕したように目を見開き、からだが痙攣して剣を取り落とした。

そして、次の瞬間に胸から鮮血が溢れ出し、グボッ!と口からも血を吐いて、そのまま前のめりに倒れた。

そして、醜男のからだの周りに血が拡がっていく。

 

どうやらご主人様は振り向いた瞬間に醜男の心臓を突き刺して、それから右をすり抜けていたのだ。

その証拠に醜男の革の鎧は貫通されて、背中からも血が流れ出している。

 

ご主人様は向こうのパーティーに向けて聖槍をひと振りすると、槍先から血しぶきが飛び散って向こうのパーティーメンバーの顔やからだにかかった。

 

「へっ?何っ!」

「なっ!なっ!」

「えっ!何っ!」

「キャァァァァァァァッ!」

反応は様々だったけど、向こうのメンバーは一瞬で醜男が殺されたことに驚愕している。

座って余裕の態度をとっていた向こうのリーダーは、慌てて立ち上がろうとしてひっくり返り、這うように男たちの後ろに回り込んだ。

 

男たちは即座に戦闘態勢をとったけど、リーダーの女は剣をこちらに突き出しながら「そんな、一瞬で...... 34階層で戦える戦士なのに...... こいつはいったい何なの......」などと、何やらブツブツとひとりごとをつぶやいている。

ついさっきまでの余裕は何処に吹き飛んだのか、目の焦点があっていないし、からだはガタガタと震えていた。

 

対象的に、奴隷の女性は壁際に座ったままだ。

目の前で醜男が殺されたのに、悲鳴もあげずに呆然と成り行きを見ている。

かわいそうに心が完全に壊れてしまっているようで、目の前で人が死んでも何も感じていないみたいだ。

たぶんこの女性が戦闘に加わることはないだろう。

 

女2人は戦えないから向こうの戦力は前に並んだ男だけ。私たちとの戦力比は実質5対3だ。

 

私はご主人様の右、ベスタが左に並び、セリーとミリアがすぐ後ろに並んでこちらも戦闘態勢をとると、ご主人様は向こうのパーティーに言葉をぶつけた。

 

「穏便に済ませてやろうかと思ったが、背中から斬りかからせるなんて卑怯なマネされてはタダで帰す訳には行かないな。

お前たちは盗賊以下だ。この場で全員殺す」

ご主人様はそう言って1歩踏み出した。

すると、向こうのリーダーは「ヒィィィィィィィィッ!」と叫び、踵を返して一目散に逃げだした。

 

「あっ!まて!」

「えっ!えっ!」

「くそっ!マジかあの女!」

前衛にいた男たちはリーダーが逃げだしたことに驚いて一瞬目を見合わせると、こちらを警戒しながらじりじりと後ろにさがりはじめた。

そして、ひとりが踵を返して逃げだすと、次の瞬間に残りの2人も踵を返した。

しかし、走り出した瞬間にひとりはご主人様に後ろから心臓を突き刺されて倒れ伏し、ひとりは私に背中を突かれて盾を放り出しながら前方に転がった。

 

私の一撃では相手を突き飛ばすことしか出来なかったけど、ご主人様は容易く鎧を貫通して相手を絶命させている。一瞬見えた槍先が霞んでいたので、彼は瞬間的に何度も突きを入れたのだろう。

さすが私のご主人様。とても強くて頼りになる。

 

私が攻撃した男は転がった勢いで距離を取ると、顔をしかめながらも立ちあがって剣を構えた。しかし、次の瞬間にもう一度踵を返して逃げだした。

“確実にダメージは与えた。次は耐えられないだろう”

私は次の一撃で倒そうと思い、追いかけようとしたけれど、ご主人様に止められてしまった。

 

「ロクサーヌ!放っておけ!」

「ですが!」

「大丈夫だ。それよりも怪我はないか?」

「はい。攻撃されてはいませんので、怪我はしていませんが」

「それなら良い。もし怪我していたら地獄の果まで追いかけてでも必ず俺の手で殲滅してやるところだが、わざわざ追いかけるのも面倒だから、みんなが無事ならこれで終わりにしよう。

たぶん問題はないはずだしな」

「わかりました」

 

私が剣を収めると、それを待っていたのか奴隷の女性がそろそろと立ちあがった。

そして、私たちを羨ましそうに見たあと、トボトボと歩いて逃げたヤツらのあとを追って行った。

 

◆ ◆ ◆

 

「ご主人様。逃してもよろしかったのですか?」

セリーが少し心配そうにご主人様に話しかけると、彼は「んー。どうだろうな」と少し曖昧に返事をした。

私には“大丈夫だ”と言っていたけど、あれは私を止めるために咄嗟に言っただけなのか?彼はなんとなく不安そうな顔をしている。

セリーが小首をかしげると、ご主人様は曖昧に返事をした理由を説明した。

 

「ヤツらのパーティーだが、そこの醜男が戦士で、そっちに倒れているのが探索者だ。

他のメンバーは、先に逃げた男が僧侶。ロクサーヌと戦った男が剣士。猫人族の女は村人で、リーダーの女は商人だった。

探索者がいなくなったってことは、パーティーは解散ってことになっているんだよな?」

「あー、そういうことですか。それでご主人様はそっちの男を倒したのですね」

ご主人様から理由を聞いて、セリーは一瞬で納得した。

 

「大丈夫です。探索者が抜けるとパーティーは組めませんので、一緒にいてもパーティー効果の恩恵は受けられなくなります。

それに、ダンジョンウォークが使えません。

逃げたヤツらは入口の小部屋まで魔物を倒して行かなければなりません」

「やっぱそうだよな」

「ご主人様。先ほどのパーティーは入口ヘ戻るルートからは外れて逃げているようです。

それと、逃げた方向に魔物の群れがいます。グミスライム3匹とクラムシェル2匹の群れだと思います。

本来のルートの方にも魔物が湧いていますので、入口まで戻るには少なくても2回は魔物の群れを倒す必要があるようです」

ご主人様の質問にセリーが答えたので、私は今の状況を補足した。

 

「うむ。あのパーティーは実質4人だった。本当に普段34階層で戦っているならこの階層の魔物くらい余裕なのかも知れないが、今は2人失ってるし剣士は盾を失っているうえに深いダメージを受けている。僧侶はフレイルを持っていたから近接戦闘は出来るヤツなんだろうけど、ロクサーヌのように戦いながら回復魔法の呪文を唱えられるとは思えない。

単体ならともかく魔物の群れを倒し切るのは、正直無理だろうな」

 

ご主人様はそう言ったあと、猫人族の女性を連れていたことを疑問に思っていたらしく、「それにしても、なんで戦力にならないような村人を連れていたのだろう?」とポツリとつぶやいた。

ちょっと迷ったけど、私は気づいたことをご主人様に答えた。

 

「彼女は...... 男たちの慰み物にされていたようです」

「えっ?」

「その...... 先ほどあのパーティーは途中でボス部屋までのルートから外れた小部屋に寄っていたと言いましたけど、追い越すときは魔物の匂いはしなかったので休憩でもしてると思っていたのです。

だから無視して追い抜いてきたのですが、あのパーティーが待機部屋に入ってきた時に奴隷の女性から精液の匂いがしました。多分、先ほどの小部屋で......」

「そう言えば聞いたことがあります。

貴族や有力者の子弟が力の強い探索者を雇って迷宮を攻略することがあり、その子弟が女性の場合は自分が襲われないよう身がわりとなる女性を連れて行くことがあると」

私とセリーから話しを聞くと、ご主人様は顔をしかめた。

 

「そういうことか。あまり気分の良い話しではないな」

「そうですね。それと、その女性ですが...... 

途中で止まっていて、向こうのパーティーには合流出来ていないようです。このままでは......」

私は猫人族の女性が最後に私たちに向けた表情を思い浮かべ、少し心が沈んだ。

 

私は幸運にもご主人様に購入して頂けた。

性奴隷にされた私がこんなに大事にされて、幸せに暮らせているのはキセキなんだろう。

もしさっきの女に買われていたら、私はあの猫人族の女性のようになっていたのだ。

 

私はそら恐ろしさを覚えて寒気が走り、自分のからだを抱きしめると、ご主人様がそっと肩を抱いてくれた。

 

「かわいそうだが、助けることは出来ない」

「そう...ですか...」

「ロクサーヌさん。あの女性の主人はリーダーの女でしょう。あんな扱いをしているくらいですから、主人の死後は殉死することになっていると思います。

ですので......」

ご主人様の言葉をセリーが補足した。

かわいそうだけど、諦めるしかないようだ。

 

「しかし、まあ。商人のくせになんで迷宮探索してたんだ?死んだら元も子もないのに、馬鹿なババアだな」

ご主人様はフッとひと息吐いてから、少し茶化すように話題を変えた。

たぶん場の雰囲気をかえて、私の気分を晴らそうと考えてくれたのだろう。

 

「そうですね......」

セリーは少し考えてから、ご主人様の疑問に答えた。

 

「経験豊富な商人は、奴隷商人や豪商という上位のジョブに転職出来る場合があります。特に奴隷商人は比較的なり易いと言われてますので、そちらを目指していたのかも知れません」

「うむ、そういうことか。

奴隷を連れていたから、たぶんセリーの言う通りだろう。だが、それならパーティーだけ組んで、自分は迷宮の外にいても良かったんじゃないか?」

「金で雇ったとはいえ真面目に魔物を狩って経験を稼ぐとは限りません。だから同行して、真面目に探索するか見張っていたのでしょう」

「なるほどな。あと、なんで23階層にいたんだ?

もっと下の階層のほうが安全だったろうに」

「12階層から上は1段階、23階層から上はもう1段階魔物の強さがあがりますが、得られる経験もあがると言われています。

クーラタルの23階層はグミスライムなので魔法攻撃の心配はありません。たぶん、安全に経験が稼げると考えたのだと思います」

 

「うむ。だいたい分かったよ。セリー、ありがとう。

ところでこの醜男どもはこのまま放置しても問題ないのか?」

「死体はもうすぐ迷宮に吸収されますので問題ないです。ただ、装備品はしばらく残りますので、からだが飲まれたら回収しておきましょう。

待機部屋に装備品が落ちていたら不自然ですし」

「わかった」

 

それから5分も経たずに醜男が、その2分後にはもうひとりの男の死体が迷宮に吸収された。

私たちは装備品を回収し、ミリアに女がバラ撒いた硬貨を集めてもらうと、銀貨2枚と銅貨が11枚だった。

 

えっ!たったこれだけ?

「よくわかりませんが、たったこれだけなんですね」

「ん?ロクサーヌ。まさか、自分の価値がこの金額だって思われたとでも考えているのか?」

なんとなく情けなく思ってポツリとつぶやくと、少し驚いた感じでご主人様から突っ込まれた。

 

「いえ、そういうわけではないですけど......」

「プッ!あはははははははっ!」

私はちょっと落ち込んだのに、ご主人様はそんな私を見て爆笑した。

「ご主人様!そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!」

「いや、すまん。だが、たぶん勘違いしてるぞ」

「えっ?勘違い?」

「ああ。あの女は俺を挑発するために、わざとひとつかみした硬貨を放っただけで、ロクサーヌの価値を考えて硬貨を見繕ったわけではない」

「そ、そうだったのですか」

「ああ。だから、金額が少なかったのは、あの女があまり金を持っていなかったということだ。

もし正当に評価出来たとしたら、白金貨が舞っていたさ」

そう言うと、ご主人様は私の耳元にスッと顔を近づけて小声で囁やいた。

 

「まあ白金貨を何枚積まれても、俺はロクサーヌに触れさせないけどな」

「もう。ご主人様ったら......」

私は一瞬で顔が真っ赤になり、からだが熱くなった。

「私もご主人様以外の人には触れられたくはありません。一生大事にしてくださいね♥」

「もちろんだ」

「ご主人様♥」

「ロクサーヌ」

私とご主人様が至近距離で見つめあっていると、隣から「はぁ。またですか」というセリーの醒めた声が聞こえた。

 

「2人とも、とっくにボス部屋の扉は開いてますよ」

「す、すまない。ボスが待ちくたびれているだろうから、そろそろ行こう」

「セリー。すみませんでした」

私とご主人様が謝ると、セリーは一度軽く肩をすくめ、すぐに表情を引き締めた。

ご主人様も聖槍を構えて表情を引き締めたので、私もひと息吐いて気持ちを切り替え、ボス戦に備えた。

 

「では。みんな行くぞ」

「かしこまりました」

私が返事をしながら軽くうなずくと、セリー、ミリア、ベスタの3人もうなずいた。

そして、私たちは揃ってボス部屋への扉をくぐった。

 

◆ ◆ ◆

 

ボス部屋に入ると後ろの扉が閉まり、部屋の真ん中に煙が集まりはじめた。

 

私たちは煙に駆け寄って、私が中央、ミリアが右、ベスタが左、セリーが私とミリアをカバー出来る場所に位置取り迎撃態勢を整えると、中心に赤紫色の巨大なスライムと右にクラムシェル、左に水色のグミスライムが現れた。

 

これがゼリースライム。

思ったより大きい。

そう思ったとたん、魔物が炎に包まれた。

 

私たちは動きが止まった魔物に斬りつけていると、魔法の効果が切れてスライムたちが攻撃をはじめた。

 

ゼリースライムのからだの一部が盛りあがると、それが勢いよく飛び出した。

ゼリースライムの触手攻撃だ。

 

反射的にからだを反らせてかわしたけど、かなりギリギリだった。

2発目、3発目もなんとかかわしたけど、正直攻撃する余裕がない。

からだの何処から触手が飛び出すのか分からないので、このまま連発されたらいつかは被弾してしまいそうだ。

 

仕方がないのでバックステップで余裕をもって避けられる位置まで下がり、ゼリースライムが触手を伸ばしたときに、盾でいなすか、かわしながら切り落とす防御主体の戦いかたに専念した。

 

そのまま戦い続け、ご主人様から2度目の魔法が放たれると、魔物の動きがまた止まった。

チャンスだ!私はゼリースライムの懐に飛び込んで攻撃をはじめ、魔法の効果が切れた瞬間にバックステップで元の位置に戻った。

そうしてご主人様の魔法に合わせて攻撃と防御を繰り返していると、4度目の魔法の効果が切れたときにミリアの「やった、です」という声と、ドスンという魔物が倒れる音が響いた。

どうやらクラムシェルを石化させたようだ。

 

ミリアはゼリースライムの後ろに回り込んで攻撃をはじめると、セリーも右側に回り込んで槍で突きはじめた。

ベスタはご主人様の剣で戦っているので、魔法を警戒する魔物がボスだけになったから、彼女も前に出てきたのだ。

しかし、ゼリースライムはからだのいたるところから触手が飛び出し死角がなかったので、2人も私と同じように魔物と距離を置き、ご主人様の魔法に合わせて攻撃と防御を繰り返した。

 

そのまま3人でゼリースライムと戦っていると、6度目の魔法の効果が切れた瞬間に触手が伸びたまま魔物の動きが止まった。

同時に「やった、です」というミリアの声が響いた。

“さすがミリア。ボスでもお構いなしに石化させるわね”

私は彼女に感心しつつもベスタが相手にしていたグミスライムを側面から攻撃した。

 

ミリアとベスタも加わって4人で攻撃をはじめると、次のご主人様の魔法でグミスライムは煙になった。

ご主人様はベスタからデュランダルを受け取ると、ミリアが石化した2体の魔物をつついて倒し、ドロップアイテムを拾って戦闘が終了した。

 

結局かかった時間はたったの5分。いつものことだけどみんな殆ど疲れていない。

なので、私たちは休憩することもなく、24階層への扉をくぐった。

 

24階層にあがると、いつものようにセリーがブリーフィングをはじめた。

「クーラタル24階層の魔物はタルタートルです。

弱点は土魔法で、水魔法に耐性があります。

噛みつき攻撃は強力で、一度噛みつくと首を斬り落としても離さないと言われています。

ただ、噛みつく時は一瞬クビが縮み、その後に飛び出すように伸びるので、クビが縮んだときに正面に立たなければ噛まれることはありません。

あと、ごく希にですが、水魔法を放つことも有るようです」

「うむ。だいたい分かった。セリー、いつもありがとう」

ご主人様はセリーにお礼を言うと、当たり前のように彼女の頬を撫でた。

セリーはちょっと恥ずかしそうだけど、とても嬉しそうだ。

 

ちょっと羨ましいけれど、私は自分の仕事に集中しないとね。ご主人様のことだから、初めての魔物と戦うときはなるべく数が少ない群れって言うはずだから...

私はそう考えて、ご主人様とセリーの会話を聞きながら、スンスンと匂いを嗅いで魔物を探しておいた。

 

「ロクサーヌ。なるべくタルタートルだけで、数が少ない群れを探してくれ」

「ご主人様。右に初めての魔物だけの群れがいます。たぶんタルタートルで、数は2匹か、3匹だと思います」

「ありがとう」

ご主人様は返事をしながら、私の頬もしっかりと撫でてくれた。

 

「では、案内します」

私が先導して迷宮を進むと、2分ほどで通路の先に魔物2匹の群れが見えてきた。

体高1m、体長1.5m、4つ足に頭と尻尾。タルタートルは名前通りでからだがタルのように大きな亀だった。

 

私たちは魔物に駆け寄り、私が右、ベスタが左を引きつけた。

そして、ミリアが右から後ろに回り込み、セリーも右側から魔物を槍で突きはじめた。

そうしている間にご主人様のサンドストームが撃ち込まれ、結局タルタートルは何も出来ないまま2分足らずで全滅した。

 

ご主人様は「うん。大丈夫そうだな」とひとつ納得すると、「ロクサーヌ。次からは組み合わせや数に関係なく群れを探してくれ」と言ってきたので、「かしこまりました」と返事を返して次の魔物に案内した。

 

それからは、手当たり次第群れを探して、朝食と昼休憩を挟んで夕方までクーラタルの迷宮24階層で魔物を狩って回った。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索を終えて家に帰ると、玄関にルーク氏からの伝言メモが挟まっていた。人魚のモンスターカードを落札したと書かれている。

ご主人様に伝えると、彼はセリーと少し話し、買い取りに行くのは明日にすることと、行ったときに潅木のモンスターカードを注文することを決めていた。

 

その後、朝食を食べながら雑談していると、一昨日の食事会のときの話しになった。

本当は昨日の朝食のときに話すつもりでいたのだけど、待機部屋で絡まれたことや24階層の魔物の話しが主になってしまい。食事会のときの話しに至らなかったのだ。

 

「そう言えば、どうもあの公爵は以前から俺たちの素性を嗅ぎ回っていたみたいだな」

「やはりそうなのですか?」

「ああ。間違いないだろう。

ルークなのか、迷宮入口に貼り付いている探索者から情報を得たのか、それともクーラタルの街なかに配下を忍ばせていて俺たちを監視させているのかは分からんが、公爵の反応を見ていた限り、食事会の前から俺が5人でパーティーを組んでいることや鍛冶師がパーティーにいることは知っていたようだ」

「わ、私のことも知っていたのですか?」

ご主人様が鍛冶師という言葉を口にすると、セリーは驚いてご主人様に聞き返した。

 

「ああ。公爵に離れたところに呼び出されたときに、“鍛冶師の奴隷は手に入れることが難しいと聞いたが、ミチオ殿はどうやって手に入れたのだ?”って聞かれたよ。セリーが鍛冶師だとは一言も言ってないのにな。

あと、“てっきり誰か知り合いを連れて来るかと思ったが”とも言ってたな」

「あの仲買人が怪しいですね。あの男はご主人様に大損させるだけでなく、裏で情報まで流しているということでしょう。

いつか目に物を言わせてやりましょう」

「そ、そうだな......」

セリーがジト目になりながら復讐を誓うと、ご主人様は少し顔を引き攣らせながら返事をした。

 

「だが、少し引っ掛かることがある。

ルークは防具商人だ。商人が顧客の情報を流すことなんてあるのだろうか......

そんなことが知られたら、信用を失って顧客が離れてしまう気がするのだが......」

「そうですね。普通は顧客情報を流すことはしないでしょう。ですが、ハルツ公爵家の御用商人になれるとしたらどうでしょうか?」

「多少の悪い噂など気にならないか......」

「ひもろぎのロッドの取引以降はスキル付き装備品の取引には一切応じていないので、もしかすると、こちらが警戒していることに気づいてなりふり構わなくなったのかも知れません」

ご主人様はセリーの言葉に半信半疑のようで、今一つ納得できないような顔をしている。

 

「ご主人様。いっそのことルーク氏に確認してみたら如何ですか?」

「えっ? いや、いくらなんでも吐かないだろう」

私はここでみんなで悩むよりも、直接本人に確認して反応を見てみたほうが早いと思って提案したのだけど、残念ながらご主人様は私の考えにちょっと呆れてしまったようだ。

でも、その時 セリーの目がキラッと光った。

 

「ご主人様。直接確認出来ないなら、間接的に確認するのはどうでしょう」

「間接的に?」

「はい。あの仲買人だけに情報を流して、数日のあいだハルツ公爵が情報に対して何らかの発言や行動が無いか密かに観察する。

発言や行動がなければ白、有れば黒というわけです」

 

「ほう。それは良いアイデアだな。別に今すぐどうというわけでは無いが、試しておいても損はないだろう」

「さすがセリーですね。そうしましょう」

セリーの考えにご主人様が賛同したので、みんなで具体的な計画や今後の対応を考えた。

そして、ルーク氏への対応が決まると、セリーが「では、決まったことは次の6つです」と言って、指を折りながら直接対応するご主人様に確認した。

 

①機会を見て、決してわざとらしくならないように“パーティーメンバーのジョブチェンジについて、ツテのある地元の騎士団に相談したいが、簡単に戻れないので保留にしている”という情報を漏らすこと。

 

②目的以外のモンスターカードや、スキル付き装備品の取引を依頼された場合は、例え注文しているモンスターカードと抱き合わせるとされても断ること。

 

③モンスターカードの融合を依頼されても断ること。無理強いされそうな場合は、要求されたスキル付きの装備品の相場をルーク氏に確認し、その10倍の金額を依頼料として前払いさせることと、例え失敗しても依頼料は返却しないことを承諾させること。

 

④通常装備品の作成や売却を依頼されても、取引先が決まっているという理由で断ること。

 

⑤装備品の買い取りや交換を持ちかけられた場合は即答は避け、一度保留にして話を持ち帰り対応を検討すること。特に即答を求められたら詐欺の可能性が高いので、絶対に断ること。

 

⑥何らかの理由で断わることが難しい場合や、こちらにとって魅力的に見える取引でも、即答は避けて話を持ち帰り、一度じっくり検討すること。

 

⑦商人ギルドに出向く際は、極力私を同行させること。

 

確認しているあいだ、ご主人様はウンウンとうなずいて聞いていたけれど、全て聞き終わると「ん?⑦?」と首を傾げながらポツリとつぶやいた。

セリーはさり気なく自分の要望を加えたけれど、残念ながらご主人様に気づかれてしまったようだ。

 

ご主人様はセリーからジト目で睨まれて一瞬怯んだけど、「わ、分かった。⑦はともかく①から⑥はちゃんと守るから」と焦りながらも決まったことは守ると答えた。

 

セリーは少しムッとしたようだけど、すぐに「約束ですよ。くれぐれもお願いしますね」と言ってニッコリと微笑んだ。

 

◆ ◆ ◆

 

ルーク氏への対応が決まったので、私は気になっていたことをご主人様に聞いてみた。

 

「あの、ご主人様は、いつから身辺調査されていることに気づいていたのですか?」

「ん? 気づくか気づかないかということなら、かなり前から気づいていたぞ?」

「えっ!そうなんですか?」

「うむ。だが、それは一般的にという意味でだ」

「一般的?」

 

「ああ。俺が冒険者で、クーラタルに住んでいることとか、普段は迷宮探索をしているとか。そういううわべの情報。つまり、知られても困らない程度の情報だな。

だが、ロクサーヌが聞きたいのは、もっと深い意味でってことだよな」

「はい」

 

「そういう意味だと...... やっぱり食事会のときだな」

「そうでしたか。食事会に行く前に情報を漏らさないように注意されましたので、もっと前から気づいていたのかと思ってました」

「そういうことか。

食事会に行く前になるべく情報を漏らさないよう注意したのは、あの公爵は得体が知れないと思っていたからだ。残念ながら、あの時点では俺たちの素性を調べられているとは考えていなかった」

「そうでしたか。ですが、公爵のことを怪しんではいたのですね」

 

「そうだな...... 3迷宮の探索を要請された頃は調べられているって感じではなく、俺のことを色々知っているなって感じだった。

災害復旧の運送支援やカガミの仕入れの件があったから、まあ、多少のことは俺のことを聞いてるよな。って感じかな。

だから馴れ馴れしくされて、態度や言葉遣いに気をつけることが面倒だとは思っていたけど、あの公爵自体はそれほど怪しい人だとは思っていなかった。

ただ...... 決闘騒ぎのあとからは、あの公爵は「優秀な戦士と聞いているので、一度会ってみたい」と言って、ロクサーヌを連れて来るよう言い出したので、面倒臭さに拍車がかかったって感じになったな。

それに、連れて行くのを断り続けていたら、あるとき「ミチオ殿が良ければ是非騎士団に加えたい」なんてフザけた発言をしたのだ。

言い方は丁寧だが、要はロクサーヌを譲れってことだからな。

だからそのときは即行で断ったけど、それ以降も公爵はロクサーヌを連れて来いってしつこかったから、何かと理由をつけてかわしていたのだ」

ご主人様はそこまで一気に話すと、ハーブティーをひとくち啜ってひと息吐き、そしてまた話しを続けた。

 

「だが、食事会の2日前。ルーク経由でゴスラーから呼び出されたとき、ゴスラーと会う前にハルツ公に会ってしまった。

すると公爵は俺たち全員を招いて食事をしたいと言い出したのだ。

もちろん断ったけど、どんな理由をつけても引き下がらなかったので、最後は仕方なく承諾した。

そのあとゴスラーが来て、カガミの仕入れを自分たちで行う旨の相談をされたのだけど、最後に“世話になったのに申し訳ないから、明後日は持って来たカガミはすべて引き取る”って済まなそうに言ってたよ。

ただ、ゴスラーはともかく、公爵の誘いかたはかなり強引だったし、食事会を承諾したとたん、「今宵の夕餉などはいかがか」なんて言い出して、とにかく1日でも早く食事会を開こうとしていたのだ。

さすがに違和感を感じたし、急ぐ理由が分からないので、怪しむというか警戒していたのだ」

「そうだったのですね」

 

「ああ。ボーデの城に行ってから、最初に違和感を感じたのはハルツ公に遠方出身であることを確かめられたときだ。

公爵には、俺は地元の騎士団とつながりがあるようなことは匂わせていたが、遠方出身であることを言ったことはない。

遠方出身と伝えたことがあるのは、俺の記憶ではルークだけだから、彼から聞いたのだと思う。

だが、それ自体は問題ではない。

問題なのは、それが間違いないか?公爵がわざわざ確認したことだ」

ご主人様はもう一度ハーブティーを啜り、さらに話しを続けた。

 

「つまり公爵は、何らかの思惑があって俺のことを探っているということだ。

ただそのときも、ロクサーヌを得るために今度は搦め手でも使うつもりなのか?と思ったくらいで、大したことではないと高を括っていた。

しかし、模擬戦のあとで公爵がカシア様にみんなを紹介したとき、はじめて本格的にヤバいと思ったよ」

「もしかして、セリーたちの名前と本人が一致していたからですか?」

「それだ。ロクサーヌも気づいていたのか」

「はい。調べられてるかもって思い、ゾッとしました」

 

「うむ。広間でみんなを紹介したときは、順番に並んでいたわけではなかったのに、公爵は聞き返すこともなく誰が誰なのか理解していたからな。

ルークから話しを聞いただけなら、ベスタのことは知らないはず。

だからあのときに、公爵はルークとは別の密偵を何処かに忍ばせていて、何かの意図を持って俺たちを調べてるってことに気づいたのだ」

「そうだったのですね。それなら私たちもいっそう気をつけないといけませんね」

「ああ。ロクサーヌに一番興味を持っていたようだけど、帰り際にアレだけ言っといたからな。だから当分はみんなも含めて引き抜くような真似はしないだろう。

だが、他のことで何か考えているかもしれん。

鍛冶師に興味があるようだったし、セリーが鍛冶師だということを知られている。

だから、そちらの方で何か仕掛けてくるかも知れない」

「そうですね。考えられるのは装備品の作成か、モンスターカードの融合でしょう。

ご主人様。公爵からその手の取引を持ちかけられたときは気をつけてください」

「分かった。基本的にはルークと同様の対応とする」

「それで良いと思います」

 

「あと、食事会ではミリアとベスタも見られている」

「えっ?!」

「わ、私もですか?」

ご主人様がミリア、ベスタの名前を出すと、それまで黙って話しを聞いていた2人は驚いて食事の手が止まった。

 

「さすがに2人のジョブまではバレてはいないだろうが、まだあの公爵が何処から情報を得ているのか分からない。だから、一応2人も警戒しておいてくれ」

「はい。です」

「かしこまりました」

 

2人は返事をしたけれど、なんとなく不安そうにしていたので、ご主人様は肩をすくめて言葉を重ねた。

「まあ、そうは言ったがカガミの取引がなくなれば、公爵と関わることは減るだろう。

変な会の話しをされたから暫くは気は抜けんがな」

「変な会ですか?」

「ご主人様。それって帝国解放会のことですか?」

「あ、いや。まだ詳しくは聞いてないから会のほうはよく分からない。何か企んでいたようだから、一応警戒はしておく」

ご主人様は2日前と同じように少し焦って誤魔化した。今はまだ話したくないことのようなので、それ以上は聞かずに話しを流すことにした。

 

「そうですか。公爵閣下はセリーとご主人様が言っていた通りの何を考えているかわからないエルフって感じがしました。だからくれぐれも気をつけてください。

それとあの夫人も......」

私は公爵夫人のことを思いだし、一瞬殺気が漏れてしまった。

するとご主人様にも伝わってしまったらしく、彼は驚いてちょっとからだを引いていた。

 

「そ、そう言えば俺が公爵と席を外している間、ロクサーヌたちは何を話していたんだ?

それまでは当たり障りのない会話だったと思うが」

「当たり障りがなかったですか?

うまく話を誘導されて私たちがいま迷宮の何階層で戦ってるのか突き止められてしまいましたけど」

「た、確かにそうだが。アレは、みんなにどこまで話して良いのか決めていなかった俺の責任でもあるから気にするな」

「いえ、一字一句 禁止事項を教えないと理解できないのでは、ただの幼子です。

事前に内密となることを漏らさないよう注意されていたにも関わらず、私の考えが及ばなかったのがいけないのです」

「わかった。だが、アレは不用意にこちらから情報を伝えたわけではなく、相手が1枚上手だったということだ。今後、気をつければそれで良い」

 

「わかりました。

ところでご主人様がいなくなった後のことですが、公爵夫人は私たちに、公爵閣下に対する不満を言い出しました。

ただ、ものすごく不満があるというわけではなく、約束の時間に遅れたとか、予定を合わせてくれなかったとか、頼んだものを買ってこなかったとか、自分のことは棚にあげて理不尽に文句をつけられたとか、すべてほんの些細なことについてで、ちょっとした愚痴という程度でしたけど」

「そうだったのか。そんなことを言う人には見えなかったが」

「話し方はおっとりしたままだったので普通に話をしているだけでは気がつかないでしょう。たぶんご主人様の前では本性を隠していたのだと思います」

「そ、そうだったのか」

「それで 話の続きですけど、彼女はいくつか些細な愚痴を言った後、私たちにご主人様に対して不満がないのか聞き始めたのです」

 

「そうなのか?」

「はい。とても 和やかな雰囲気のまま、本当に自然に聞いてきました。

ですが 、私が「みんな大切にして頂いており、私たちには不満なんてありません」と答えると、彼女は一瞬訝しそうな顔をして、「あら?少しくらいは 何かあるでしょう?指示が悪くて迷宮で痛い思いをしたとか、理不尽に叱られたとか、彼が贅沢や無駄遣いをしているとか。私と同じような不満はありませんの?」と言ったのです。

それに「些細な不満でも誰かに話して発散しておいたほうが良いですよ」とも言っていたので、彼女はなんとか私たちから不満を引き出そうとしていたようでした」

「そんなことが.....」

 

「私は最初彼女の意図には気づけなかったので、話しに乗りそうになったのですけど、ちょうどその時ミリアが魚料理を取ろうと立ち上がったので、みんなの視線がそちらにそれたのです。

その瞬間にセリーから小突かれたので彼女を見ると、小さく首を振ったので、それを見て情報を聞き出そうとされていることに気がつきました。セリーには助けられました」

「そうか。セリー。良くやった」

「いえ、対したことではありません。私は公爵夫人が愚痴を言い出したことに違和感を感じていたので、話しの内容は聞かずに何故わざわざこんな話しをしはじめたのか理由を考えていたのです。

なので、彼女の真意に気づけました」

 

「そうだったのだな。それで、その後は?」

「そうですね。それからは大した話しはしなかったような気がします。すみません。内密にすべきことを漏らさないように注意しておりましたので、何を話したかよく覚えておりません」 

 

「ロクサーヌさん。公爵夫人は好みのタイプを聞いていましたよね」

「あぁ、そうでしたね...」

セリーが話していた内容を思い出してくれたけど、正直 私はあまり思い出したくないことだった。

 

「公爵夫人は自分の理想は公爵だって言い切りましたね。愚痴を言っていたくせに。

そのあと私たちに、「ミチオ様は別にして、同族のかたならどんなタイプの人が理想なの?」なんてふざけたことを......」

私はあのときのことを思い出して、またもや殺気が溢れてしまった。

 

「ロクサーヌさん。ここで怒っても仕方がありません。それよりも、ちゃんとあの夫人の本性を伝えるべきでしょう」

「そ、そうですね。セリー、ありがとう」

私はひと呼吸してあたまを冷やし、話しを続けた。

 

「夫人に同族のタイプを聞かれたときにあたまにきて立ちあがりかけたのですけど、セリーに袖を引かれて思いとどまったのです」

「あのときはロクサーヌさんから殺気が漏れて、一瞬場が凍りつきましたね」

セリーはそう言ってクスッと笑った。

「そうでしたね。でも、仕方がないでしょう。だって「狼人族の方から見ると人間の男性は頼りなく見えるのではありませんか?狼人族の男性は皆 逞しいですからね」 なんて言ったのですから喧嘩を売られているのかと思って」

私はまた怒りが湧いてきてしまったので、深呼吸して心を落ち着かせた。

 

「そうですね。いまの私たちに、ご主人様以上の男性なんて考えられません。

それに、そのあとロクサーヌさんが「同族ですか?私は理想の男性に出会ってしまったので、考える気にもなりません」って言ったときに夫人が一瞬見せたあの蔑むような表情。私も心底あたまにきました」

「そう、それ。私たちが、心からご主人様を慕っていることを軽蔑しているような感じがして、すごく不快でした」

 

「すぐにゴスラー夫人が話題を変えたので、あの場は収まりましたけど、公爵夫人は何を考えていたのか」

「もしかしてわざと私を怒らせようとしていたとか?」

「どうでしょうか。ゴスラー夫人が話題を変えたらあっさりそちらの話しに切り替えていましたし、本当に何を考えていたのかわかりません。ただ、単純に興味があっただけという理由ではないと思います」

私とセリーが公爵夫人の思惑を考えはじめると、ご主人様が会話に割って入った。

 

「その、ロクサーヌたちも大変だったのだな。すまなかった」

「いえ、私たちは大丈夫です。

それよりご主人様。公爵夫人は見た目や醸し出す雰囲気とは違って、とてもしたたかで思慮深い人のようです。

公爵閣下もそうですけど、夫人にも本当に気をつけてくださいね」

「あ、ああ。わ、分かった。

まあ、ゴスラーがいるから何かあっても公爵やカシア様の考えをある程度方向修正してくれるだろう。

だから、たぶん大丈夫だ」

「そうですか? まあ、ゴスラーさんは常識人ですから、あの人がいれば確かに大丈夫そうですけど」

「アイツは唯一まともなエルフだ。まあ、常識人というよりは、いつもあの公爵に振り回されているから、俺からしたらザ・苦労人って感じだけどな」

「ふふっ。苦労人ですか」

 

「ご主人様。確かにゴスラーさんは常識人で苦労人かも知れませんが、所詮はエルフです。

腹の奥では何を考えているかわかりませんので、くれぐれも信用しすぎないようにしてください」

「はは。セリーは厳しいな。だが、言うことはもっともだ。

ゴスラーはあくまであの公爵の命令で動いている。だから、セリーに言われた通り信用しすぎないよう心がけるよ」

 

ご主人様が忠告に従うことを伝えると彼女はニッコリ微笑んで、「公爵の御用聞きをしているあの仲買人にも注意してくださいね」と付け加えた。

ご主人様は眉の端をヒクつかせながら、「わ、分かってる。もうルークは信用しすぎないようにしたから大丈夫だ」と返事をした。

 

その後、朝食を食べ終わると、ご主人様は商人ギルドに1人で出かけようとしたので、セリーに今日の目的を確認されて、6つの約束を必ず守るよう言われていた。

 

私は真摯な態度でセリーに諭されているご主人様を見て、思わず“ご主人様なのに”って心の中でつぶやきながらクスッと笑ってしまったけど、ご主人様の名誉のためにこのことは内緒にしておこう。

 



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鍛冶の仕事とセリーの幸せ

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番進めているクーラタルとハルバーは、どちらも25階層を探索中だ。

 

 

話しは数日前、ハルツ公爵との食事会から数日が過ぎ、クーラタル、ハルバーとも、24階層を探索していた頃まで遡る。

 

食事会以降、ご主人様はカガミの販路をハルツ公爵配下の冒険者に引き継ぐため、2〜3日に一度ボーデの城に呼び出されていた。

 

その日は朝食の後、ご主人様は商人ギルドに行ったのだけど、すぐに戻って来た。

そして、「ちょっとボーデに行ってくる」と少し嫌そうに言ったので、「ゴスラーさんのところですか?」と聞くと、「ああ。ルーク自身の話しはモンスターカードとスキル付きの武器の交換という話しだったので断ったが、そのあとゴスラーからの呼び出しを伝えられた。

前回打ち合わせしたときに、“カガミの販路に配置する冒険者が決まったら連絡する”と言っていたので、たぶんその件だと思う。

金を受け取ってしまったから文句は言えないが、こう頻繁に呼ばれると迷宮探索が滞るから困るな」と言って軽くため息をついた。

 

「申しわけありません。私に何か出来ることがあれば良いのですが」

「いや、ロクサーヌにはみんなのまとめ役として色々してもらっているから十分助かっている。だから気に病むことはない。

実際のところ、販路の話し自体は問題ないのだ。

問題なのは、公爵がいると何かと口を挟むから話が進まないってことなんだよな」

「そうだったのですね」

「ああ。無茶振りも多いし急に販路のこととは関係無い話しをしはじめたりする。

なに考えてるのかわからんから気が抜けない。

ホント、早く終わって欲しいよ」

ご主人様はそう言うと、軽く肩をすくめた。

 

「迷宮探索が滞るのは困りますね。ですけど、公爵閣下の相手という点なら、ご主人様は問題無いでしょう。

食事会のときは堂々と対応されていましたし、無理を言われても一歩も引きませんでしたので」

「そうか?ロクサーヌにそう見えていたなら俺の演技力も捨てたものではないのかも知れんな。

でも、あの公爵は本当に何を考えているか分からない。

食事会で直接会ってわかったと思うが、突然とっぴおしもない行動や発言をするから気が抜けない。

これでも内心ではビクビクしているのだ」

 

「全くそうは見えませんでした」

「まあ、あのときはロクサーヌがかかっていて絶対に引けなかったから、そう見えたのかもな。だが、セリーに感化されたわけではないが、俺があの公爵に慣れることは無いと思うぞ」

「そうでしたか。でも、あのときは素敵でした」

「そうか。ロクサーヌにそう思ってもらえるなら、頑張ったかいがあったな。

ところで、仲買人のルークに俺たちのことを調べさせているのでは?という予想だが、どうやら間違いないようだ」

「何か分かったのですか?」

「ああ。だがまだ確信は持てていないので、ちょっと意見を聞きたい」

そこでご主人様は、鍛冶をし始めていたセリーに声をかけた。

 

「セリー。悪いがちょっと話しを聞いてくれ」

「はい。ご主人様」

セリーが手を止めてこちらに来ると、ご主人様は気付いたことを話し始めた。

 

「先日商人ギルドに行った時、例の話しをルークにしたのだが、一昨日ボーデに行ったときに、ハルツ公から声をかけられた。

昨日は気にならなかったが、良く考えるとタイミングが良すぎるのでな」

 

「公爵閣下は何と言っていたのですか?」

「公爵は、“ミチオ殿にはカガミの件といい、3迷宮の探索とをいい。大変世話になっている。何か宛があるやもしれんが、困っていることがあればこちらはいつでも相談にのるゆえ、遠慮なく言ってくれ”と言っていた」

「タイミングが良すぎますね。あの仲買人は、ご主人様から“ツテのある地元の騎士団に相談したいが、簡単に戻れないので保留にしている”との話しを聞いた直後にハルツ公に報告したのでしょう。

それを聞いて、公爵閣下は相談にのると言ったのだと思います」

「やはりそうか」

 

「確か、ご主人様はハルツ公に地元の騎士団との関わりをほのめかしていたのですよね。それなら、ご主人様が“ありがとうございます”と言って公爵の好意を受け入れるのか、“いえ、それには及びません”と言って遠慮するのか。それともその場で相談事を話すのか。

その反応を見ていた可能性が高いと思います」

「やっぱそうだよな。

まだルーク自身が積極的に協力しているのかは分からないが、少なくても公爵があいつから情報を得ているのは間違いないだろう」

 

「いえ。あの仲買人は積極的に協力していると思います。でなければ、ご主人様が漏らした世間ばなし程度の情報を、翌朝ハルツ公が認識していることは不自然です」

「そ、そうか」

「ふふっ。あの男も浅墓ですね。あのせっかちな公爵のことを考えたら、多少報告を遅らせれば良かったのに。

まあ、こちらから警戒されていることに気づいて開きなおったのかも知れないですが」

セリーは作戦が成功したことが嬉しいようで、少し悪い顔でニヤリと笑った。

 

「しかし、俺みたいな一介の冒険者なんて他にいくらでもいるだろうに、なんでそんなに引き込みたいのか。やっぱりあの公爵は何を考えてるのかさっぱり分からんな」

「ご主人様は一介の冒険者ではありません。素晴らしい方です」

瞬時に私が答えると、セリーが少し呆れ、そして諭すようにご主人様に話しはじめた。

 

「ご主人様。普通の冒険者は短時間でペルマスクまで行って来たり、稀代の盗賊団を討伐したり、狼人族一の戦士を瞬殺したり出来ません。

ロクサーヌさんや私のことも聞いているでしょうし、奴隷を4人も連れている若くて優秀な冒険者なら、ハルツ公爵が高く評価するのは必然です」

 

「そ、そうか。成り行き上仕方がなかったことも有るが、冷静に考えるとやり過ぎた感はあるな」

「公爵はご主人様を優秀な人材と判断し、何とかして自分の陣営に引き込もうとしているのです。

今後は自重しないと、ハルツ公爵以外の貴族からも目をつけられかねませんので、注意してください」

「分かった。とにかく俺は何かを成すつもりは無いから、貴族に協力するようなことは極力避けるようにしよう」

ご主人様はセリーの説明を聞いて、やっと高く評価されていることを自覚したようだ。

 

「話しを戻しますが、ハルツ公爵にはなんて答えたのですか?」

「ああ。“ありがとうございます。その際は宜しくお願いします”って答えたが...... マズかったか?」

「そうですね...... マズいということはありませんが、

“その際は”という言葉を公爵がどう捉えるか。

否定的に捉えていたらやんわり断られたと考えるでしょうが、肯定的に捉えていたら頼るつもりがある。つまり、ご主人様と地元の騎士団の関わりは、あまり強く無いと考えるでしょう。

あの公爵のことだから......」

「たぶん後者のほうだな」

「私もそう思います。

今後、ハルツ公はご主人様を自分の陣営に引き込もうと、色々アプローチをかけて来ると思いますので、気をつけてください」

 

「ハァ... いい案だと思ったが、ヤブヘビだったか」

「ヤブヘビ?」

「ああ。藪をつついてヘビを出す。俺の故郷に伝わる“余計なことをして状況を悪くしてしまう”という意味のことわざだ」

「確かにそうですけど、こちらも公爵の情報源をひとつ確定させたのです。悪い結果ではないと思います」

「分かった。とにかくルークには余計なことは漏らさないようこれからも気をつける」

 

その後、ご主人様はボーデの城に向かったので、私はミリアとベスタを連れて庭に行き、そこで2人に雑草抜きと水やり、それが終わったら2階から順に掃き掃除をするように指示した。

 

私は洗濯に取り掛かる前に、鍛冶に取り掛かっていたセリーを覗くと、彼女は銅の塊やブランチなどの材料をアイテムボックスから出して、数量を確認していた。

どうやら今日は銅製の装備品を作っているようで、テーブルには既に4本剣が出来あがっていた。

 

少し前、はじめて銅の塊を拾った日に銅の剣を1本作っていたけれど、それから何かと忙しく、彼女はまともに鍛冶をする時間が取れていなかった。

昨日ご主人様から「なるべく武器作製のほうを優先させてくれ」と言われていたので、たぶん今日はこのまま銅製の武器を沢山作るのだろう。

 

既に完成した剣もあり順調に製作を進めているように見えたので風呂場に向かおうとすると、何故かセリーは「うーん」と唸って頭を抱えだした。

 

あれ? 何を悩んでるの?

考えても分からないので、素直に彼女に聞いてみた。

 

「セリー。手が止まっているようですけど、何か問題がありましたか?」

「あ、ロクサーヌさん。銅の塊以外の材料が足りないので、どうしようか考えていました」

「足りない材料はあとで迷宮に取りに行くとして、取り急ぎ作れる分だけ作るということではダメなのですか?」

 

「その... 銅の塊から作れるのは銅の剣、銅の槍、銅の戦斧、フレイル、銅のステッキです。

この中では、売るなら槍が一番高いのです。

他にもいくつか作れる武器や銅製の防具もありますけど、それらはドロップアイテムから鍛冶師が製作するよりも、ドロップアイテム自体をバラして売ったほうが高く売れるので、考えなくても良いでしょう。

話しを戻しますけど、剣は塊2つとブランチ1つと皮が2つで作れるのに対して、槍は塊1つとブランチ1つと皮が1つ、あと板が2つ必要です。

戦斧は塊3つとブランチ2つと板が1つ、フレイルは塊2つとブランチ1つと皮が1つ、ステッキは塊1つとブランチ1つで作れます」

「そんなに色々な武器の製作方法を知っているのですか。魔物のこともそうですけど、セリーは本当に物知りですね」

「そんなことはないです。小さいころは家で何度も鍛冶の本を読み返していたので、装備品の製作やモンスターカードのこと、それから素材を落とす魔物のことはあたまに入ってしまっているだけです。

鍛冶師になれなかったら、ほとんど役に立たない知識ばかりなので、ご主人様には感謝しきれません」

「ふふっ。そうですね」

 

「ところでさっきの続きですが、ステッキは材料は少なくて済みますがあまり人気のない武器なので新品でも200ナールくらいしか値がつきません。

銅の剣が300ナール。フレイルが350ナール。銅の戦斧が500ナールというところです。

それに対して銅の槍は600ナールが相場です。

使う材料は少し多いですけど、なるべくなら槍を作ったほうが良いのです。

ですけどさっき言った通り材料が足りないので...

と言いますか、板がないので槍が作れません。

 

それで、このまま剣ばかり作っていて良いのか、それとも後々槍を作るために、いくつか塊を残しておくべきか。

何が最適解なのか考えていたのです」

 

「そうだったのですか。ご主人様からは何か言われていませんか?」

「銅の装備品製作に関しては、私に任せると言われました」

「そうですか...... これは難しいですね...... でも、任せられたのなら、セリーが好きなものを好きなだけ作れば良いのではないですか?」

「そうかも知れませんけど......」

 

「何か問題があるのですか?」

「剣は需要があるので何本でも買取りしてもらえますけど、他のものは持ち込む数が増えれば買い叩かれてしまいます」

「槍もですか?」

「槍なら需要があるので多少多く持ち込んでも大丈夫だとは思いますが......」

「それなら槍の分は塊を取っておいた方がいいですね」

 

「そうですか...... 

そうですね、決めました。銅の塊は今後も拾えるとは思いますが、今回は塊10個だけ残して、あとはすべて銅の剣にします」

「わかりました。ご主人様が帰ってきたら、私から材料集めのことを相談してみますね」

「ロクサーヌさん。よろしくお願いします」

私はセリーと話し終わったので、洗濯しに風呂場に向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、私が洗濯を終えてダイニングに降りると、他のみんなは作業が終わってお茶を飲みながら一息ついていた。

テーブルの上には 材料がなく、セリーの横には銅の剣がたくさん積み重ねてあったので、彼女の鍛冶も終わったようだ。

 

ほどなくしてご主人様が帰宅した。

今日は公爵閣下は不在だったらしく、公爵配下の冒険者たちと建設的な話が出来たそうだ。

 

ご主人様はひと息つくと、セリーが作った銅の剣を確認しはじめた。

すると、「お!... これもか... これもだな」と言いながら、今回製作した21本の中から5本を抜き出した。

 

「ご主人様。今回は5本も良いものがあったのですか?」

「ああ。さすがセリー。間違いなくこの5本は良いものだ。ミリア、ベスタ。悪いがこの5本を倉庫にしまってきてくれ。保管用の棚のほうだ。

あと、そのまま倉庫の整理も頼む」

「はい。です」

「わかりました」

 

ミリアとベスタが銅の剣を持って倉庫に向かうと、ご主人様は残りの剣を自分のアイテムボックスにしまい始めた。

なので、私はご主人様を手伝いながら、セリーが材料が足りなくて困っていたことを話し、材料集めのことを相談してみた。

 

「そうか、それは済まなかった。

言われてみればここ最近は努めて材料を集めようとはしていなかったな。

セリーは今まで手持ちの材料を駆使して装備品を作ってくれていたということか。

不自由をかけたな」

「いえ、そんなことはありません。少し前に板を集めて頂いたことはありましたし、迷宮探索でたくさん材料を拾っているので、今までは困ったことはほとんどないです」

ご主人様に謝られると、セリーは両手をブンブンと降りながら否定した。

 

「そうか。なら良かった」

「ただ、今回銅の塊を拾ったので、ダガー以外の金属製の武器が作れるようになりました。

作れる物の幅がいっぺんに広がりましたので、いくつか材料が必要になってしまったのです」

「まあ、いい機会だ。一度本格的に材料集めをしてみてもいいだろう」

「申し訳ありません」

「構わない。同じ装備品ばかりでは買取り金額を下げられる可能性があるしな」

 

「ご主人様。銅の剣なら需要があるので何本卸しても金額を下げられることは無いと思います」

「では、剣だけ作ったほうが良いのか?」

「いえ。戦斧、フレイル、槍のほうが買取り金額が高いはずです。特に銅の槍はかなり需要があるので、10本、20本ならまとめて売っても金額を下げられることは無いと思います」

「そうか......」

セリーの説明を聞くと、ご主人様は私に顔を向けた。

 

「それで、この話を持ちかけたのだな」

「はい。それと、色々なものを作った方が鍛冶師としての腕も上がるのではないかと思いましたので」

「えっ? ロクサーヌさん。鍛冶師はより性能の高い装備品を作れるほうが腕がいいと言われています。

別に色々な装備品を作る必要は無いと思います」

私が考えていることを話すと、セリーにスパッと否定されてしまった。

 

「そうですか......」

私ががっかりしていると、ご主人様が少し考えながら発言した。

 

「あ、いや。ロクサーヌの言ったこと、大事なことかも知れないぞ」

「どういうことでしょうか」

ご主人様がセリーの考えを否定するような発言をすると、すかさずセリーが突っ込んだ。

 

「確かにセリーが言う通り、より性能の高い装備品を作れる方が鍛冶師としての腕は良いということなんだろう。

逆に考えれば、性能の高い装備品はそれなりに有るから、腕の良い鍛冶師もそれなりにいたということになる」

「そうですね。私の祖父もそうでしたけど、かなり性能の高い装備品が作れる鍛冶師は過去に何人もいました。私が知らないだけで、腕の良い鍛冶師は今も何人かいると思います」

 

「そうだよな。だが、腕の良い鍛冶師は何人もいたのに、伝説というくらいなんだから隻眼になった人はほとんど居ないということで間違いないよな」

「間違いありません」

「それなら隻眼になるためには、常識的に鍛冶師に求められる能力ではなく、もっと別の条件が必要ということになる。

もしかすると、鍛冶師として多くの種類の装備品を作ることも隻眼のジョブ取得条件の一つなのかもしれない。

あとは、装備品に多くのモンスターカードを融合させるとか。複数のモンスターカードを一つの装備品に融合させるとか」

 

「そうですね。ですが、隻眼なんて伝説のジョブに私が就けるわけは......」

「いや、プレッシャーをかけるわけではないが、このまま順調に迷宮探索を続けていれば、セリーならいずれ隻眼になれるだけの経験が貯まるはずだ。

だから取得条件になりそうなことは常識に拘らずに色々やっておいた方が良いと思うのだ」

 

「そうかも知れませんけど...... 隻眼は本当に伝説的なジョブです。

過去に数人いたと言われていますけど、私の知る限り近年は誰もなれなかったジョブなんです。

それなのに、私のために貴重な時間を割いてしまうことになります。本当によろしいのでしょうか......」

セリーが申し訳無さそうに言うと、ご主人様は真剣な表情になった。

 

◆ ◆ ◆

 

ご主人様はセリーの両肩をがっしり掴み、彼女と目を合わせた。

「何年掛かっても、たとえ何十年掛かっても構わない」

そう言い終わると、ご主人様はそっと彼女を抱き寄せた。

 

「セリー。俺はいずれお前を隻眼にする。

だが、例え時間が掛かったとしても気に病むことはない。何故ならこれはお前の為ではなく、俺がそうしたいからだ」

「ご主人様。そんな言いかたは卑怯です...... 私...... 私......」

ご主人様がセリーの耳元で囁やくと、彼女は耳が赤くなり目もとが潤み始めた。

 

「セリー。悪いが俺のワガママに付き合ってくれ」

 

セリーはご主人様の言葉を聞いた瞬間目をぱっと見開き、彼が耳元から口を離すと、愛おしそうな表情で見つめた。

そして、ご主人様が優しそうな表情でセリーを見つめ返すと、彼女はついに気持ちが溢れてしまった。

 

「ご主人様。大好きです」

セリーは、グッと背伸びをしてご主人様の首に腕を回し、唇を重ねた。

ご主人様も優しく受け入れて2人は濃厚なキスをし、しばらくすると唇が離れた。

そして、そのままお互いにじっと見つめあっている。

どうも一気に気持ちが盛りあがっているようで、2人ともあたまの中から私の存在が抜けてしまっているみたい。

 

「セリー。お前は俺にとってかけがえのない存在だ。お前を愛している。絶対に手放したくない」

「ご主人様 。私も... 私もご主人様を愛しています。何があっても離れたくありません。絶対に手放さないでください」

ご主人様はもう一度、今度はギュッと音が聞こえるくらい強くセリーを抱きしめた。

そして、少しのあいだ抱きしめていたけど、両肩を掴んでスッとからだを離し、真剣な表情で彼女と目を合わせた。

 

「セリー」

「はい...」

「俺と... 結婚してくれ」

「えっ... 結婚って......」

ご主人様がプロポーズすると、セリーは目を丸くして驚いたようで、口を半開きにして固まった。

しかし、あたまの中で言われたことを理解しはじめたのか、少しずつ嬉しそうな表情に変わりはじめる。

 

「はい...... はい...... 私...... 私...... ご主人様のお嫁さんになります。

私を幸せにしてください」

セリーは目に大粒の涙を浮かべながら大輪の花が咲くような笑顔になった。

これ以上はないくらい嬉しそうだ。

 

その顔を見て......

私は胸の奥がチクリとした。

そして、気づいたら一筋の涙が頬を伝っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

私はセリーも一緒に幸せになって欲しいと思っていた。

本当に、本気で思っていた。

今もご主人様とセリーがうまくいくのか、ハラハラしながら見守っていたつもりだ。

 

なのに...... 目の前で最愛のご主人様が彼女にプロポーズしたところを見たら......

 

みんなのご主人様だから...... 

この人を一緒に支えようって.....

一緒に愛そうって......

彼女とそう誓ったのに......

 

心が勝手に嫉妬してしまっている。

からだが勝手に涙を流してしまっている。

 

でも...... 

セリーはご主人様のためには無くてはならない女性だし、何より私も彼女が大好きだし頼りにもしている。

だから、彼女がご主人様の妻になり、名実ともに家族になることに文句はない。

そして、いずれミリアとベスタにも、そうなって欲しいと思っている。

いや、彼女たちならいずれご主人様の妻になり、真の意味でご主人様を支える女性になれるはずだ。

 

そして、きっとそうなる女性がもう一人増える......

私は再び胸の奥がチクリとした。

 

ご主人様は迷宮を討伐して貴族になるつもりはない。

だから、際限なく周りに女性が増えていくということはないと思う。

 

でも、ご主人様はあまりにも強くて、優しくて、頭が良くて、そして素敵な人だ。

彼にそのつもりがなくても、きっと周りが放っておかないだろうし、それこそ貴族や有力者が女性を押し付けようとするかも知れない。

 

ハルツ公のようにご主人様のことをコソコソと嗅ぎ回り、私やセリーを引き剥がそうと画策したり、ご主人様の足を引っ張ろうとする人が、今後も現れるかも知れない。

 

そういう連中に好き勝手されない為にも妻たちがしっかりとまとまり、付け入る隙を与えないようにする必要があるはず。

 

だから...... 

だから...... 

だから私は将来的に第1夫人として、妻たちをまとめていかないといけないのだ。

 

そう考えると...

目の前でご主人様が自分以外の女性と愛を誓い合ったとしても、私はいちいち心を痛めている場合ではないのだろう。

どうせご主人様は、あと3人と愛を誓い合うわけだし、何より私が1番であることに変わりはない。

 

ふふっ。

 

考えがまとまると、何故か気持ちがスッキリと晴れて、なんだかやる気が込み上げてきた。

そして、“どうせあと3回こんな場面があるはず”と思うと、何故かクスッと笑いが込み上げてしまった。

 

私は涙を拭いて、2人を祝福するため声をかけようとした。だけど、一瞬早く愛を誓い合ったばかりの2人がもう一度濃厚なキスをはじめた。

“はぁ。一瞬遅かったか。まあ、仕方がないわね”

私は肩をすくめて、2人の行為が終わるのを黙って待った。

 

それから1分...... 2分...... 長いわね......

 

私は最初、“セリー。おめでとう”って言おうと思い、自分のときのことを思いだしながら幸せな気持ちで待っていたけど、時間が経つにつれだんだん“なかなか終わらないなぁ...... まあ、今は仕方がないわね”って思いはじめてきた。

 

そしてそのまま黙って見ていたけれど、いっこうにキスが終わる気配がない!

一瞬唇が離れて終わったのかと思ったら、そのまま見つめあって、またキスをはじめてしまう始末。

 

私はだんだんイライラして来て、わざとらしく「コホン!」と咳をして、「そろそろよろしいですか?」と言いながら2人の間に手を突っ込んだ。

そして、強引に2人を押し分けて物理的に引き離し、強制的にキスを終了させた。

すると、2人は一瞬名残惜しそうな顔をしたけど、我にかえったらしく、ハッと驚いて私に振り向いた。

 

私はそんな2人を見て溜息をつき、次の瞬間にハッと気がついた。

そうか。いつもセリーはこんな気持ちで、ご主人様と私がキスするところを見ていたのね......

私もちょっと気をつけないといけないわね。

 

「ろ、ロクサーヌ。すまない、その......」

「ロクサーヌさん。すみません。私......」

私に気づいた2人は一瞬で顔が真っ赤になり、慌てて私に謝った。だけど私は2人の焦りっぷりが面白くて、思わずクスッと笑ってしまった。

 

「ふふっ。セリー。おめでとう。でも、第1夫人の座は譲りませんからね」

私は返事をしながらウインクすると、彼女は一瞬戸惑ったようだけど、すぐにハッと気がついた顔をした。

「そうだったのですね。それであの日は......

わかりました。私は第2夫人として旦那様をお支えします」

セリーは決闘騒ぎの翌日のことを思いだしたようで、あのとき私が浮かれていた理由と、いま私が第1夫人と言った理由がつながったみたいだ。

何だかスッキリした、とっても良い顔をしている。

 

ご主人様は私が怒っていると思ったのか、少し焦っていたみたいだけど、私とセリーの様子を見てほっと胸をなでおろしたみたい。

でも、その顔を見たら少しムッとしたので、「ご主人様はこれで許してあげます」と言って、彼の唇に吸い付いた。

 

ご主人様は一瞬驚いたようだけど、すぐに私を受け容れてくれたので、そのままたっぷり唇を重ねた。

セリーに負けないくらい熱くキスをしてから唇を離すと、ご主人様は少し顔を赤らめていた。

 

「ふ、2人とも、ありがとう。その...これからもよろしくな」

「はい。お任せください」

「はい。末永く、よろしくお願いします」

「あ、私も末永くですよ」

 

それから、しばらく“正式に結婚するのは私たちが20才になったとき”ということや、“何れはメンバー全員を妻にしたい”と思っていることなど、ご主人様は自分の考えをセリーに説明した。

 

彼女は途中ちょっとジト目になって、「今更 驚きませんけど 、5人目は本当に慎重に選んでくださいね」などと言っていたけど、顔がだらしなくニヤけてしまうことを必死に抑えながら話しをしていて、その日は終始幸せそうだった。

 

その後、ミリアとベスタがダイニングに戻ってきたので、装備をつけてハルバーの迷宮24階層に移動した。

 

◆ ◆ ◆

 

「では、今から装備品製作用の材料集めを開始する。先ずは銅の塊だ。セリー、目標は50個で良いか?」

「えっ!まだ10個ありますので、20個もあれば」

「そうか?」

 

セリーは明らかに遠慮しているけど、ご主人様が言いだした数だから、途中で多かったと思っても彼女が嫌われることはないだろう。

それよりも、後で材料が不足したときに彼女が遠慮していたことに気づくほうがご主人様は嫌がるはず。

だから、今は彼女の背中を押しておいたほうがいい。

私はそう考えてセリーに声をかけた。

 

「セリー。50個と言っても私たちならお昼までに集まりますよ。この際だから、いっぱい集めましょう」

「えっ、でも、他の材料も必要ですし......」

セリーが再度遠慮すると、さすがにご主人様も彼女が遠慮していることに気づいたようだ。

 

「遠慮しなくても良い。欲しい材料が今日中に集まらなかったら、明日もやれば良いことだ」

ご主人様はそう言って、彼女に欲しい数量を言うよう促した。

 

「ありがとうございます。では、銅の塊は50個でお願いします」

セリーはそう言ってニッコリと微笑んだので、私は匂いを嗅いで魔物を探し始めた。

すると、ご主人様が「まあ、セリーが作った装備品を売って儲けさせてもらってるからな」と軽口を叩いた。

 

ご主人様はセリーに気を遣ったつもりのようだったけど、彼女が真顔になって「言われてみればそうですね」とつぶやくと、ちょっと残念そうな顔になった。

 

ふふっ。ひとこと余計だったようね。

私がクスッと笑うと、ご主人様は小さく肩をすくめた。

 

「ご主人様。右にサイクロプス4匹とシザーリザード1匹の群れがいます。先ずはそちらに向かいますね」

「分かった」

 

その後、午前中いっぱい魔物を狩ってまわり、一度家に帰って休憩した。

 

「セリー。なんとか50個集まりましたね」

「はい。革も40枚以上拾えたので、ハルバーの24階層はいいですね」

「次は何が必要ですか?」

「そうですね。革はもっと欲しいです。出来ればあと100枚くらい。その次は板が50枚くらい欲しいです」

「分かった。もう少し休んだらハルバーの23階層。そのあとは......」

 

「板はラブシュラブがドロップしますので、ターレの13階層、ハルバーの19階層、クーラタルの20階層の何れかですね」

ご主人様が少し考えると、セリーはすかさず板を落とす魔物と、魔物が出る階層を助言した。

 

「じゃあ、板はハルバーの19階層で集めることにする。

セリー。他に必要な材料は?」

「そうですね。あとは全て低階層で拾える物で、皮が100枚。ブランチが200個。糸が50個。それとダガーを作るためのジャックナイフが100個ですね。それだけあれば、しばらくは大丈夫です」

「はははは。遠慮ないな。

分かった。低階層で集める物は、ベイルの3階層、4階層で集めることにしようと思うが問題あるか?」

「いえ。問題ないと思います」

「じゃあ、その方向でみんな頼む」

 

方針が決まったので、その後は各地の迷宮を巡って魔物を狩り、装備品の材料を拾って回った。

 

以降も定期的に迷宮で材料集めをすることにしたので、今後はセリーが材料不足で悩むことはなくなるだろう。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日の夕方。

材料集めが一段落したので帰宅すると、玄関に商人ギルドのルーク氏からのメモが挟まっていた。

 

「ご主人様、ルーク氏からの伝言です。潅木のモンスターカードを落札したとあります。値段は六千九百ナールですね」

ご主人様に報告すると、「意外と早かったな。ただちょっと高いか」と、何やら思案しながらボソリとつぶやいた。

今までのモンスターカードと比べると明らかに値段が高いので、ご主人様は不満があるようだったけど、隣で装備品を外していたセリーから、「麻痺のスキルは石化と違い自然に解けてしまいますが、発動しやすいそうです。武器につけるスキルとしては使い勝手がよく人気があります。ですのでその分高いのかもしれません」と値段が高い理由を説明されると、「ふむ...まあ、それなら仕方がないか......」とつぶやいた。

 

ご主人様は今ひとつ納得仕切れていなかったようで、夕食のときにセリーにカードの相場についていくつか質問していたけど、結局は仲買人たちの思惑、そしてその仲買人の裏についている貴族や大商人の思惑で乱高下していることを理解すると、憮然としながらも最後は納得していた。

 

更に翌日。

朝食を食べ終わると、ご主人様は「ロクサーヌ。今から商人ギルドに行くから付き合ってくれ」と私に声をかけてきた。

 

「はい...... あの、セリーのほうがよろしいのでは?」

私が小首を傾げると、ご主人様はセリーを見ながら「本来ならセリーを連れて行きたいところだ。

だが、最近なんとなく商人ギルドに行くと、ルーク以外の商人からも視線を感じるんだよな。だから、頻繁にセリーを連れて歩くのが少し怖いのだ」と不安を打ち明けた。

 

「そうなのですか?」

「わ、私なら大丈夫です」

「いや。商人ギルドの中で何かあるとは思えないが、用心するのに越したことはない。

それに、どこの誰かもわからないやつにセリーをジロジロ見られていると思うとムカつくしな」

ご主人様がムッとしながらそう言うと、セリーは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「何度かスキル付きの武器を売ったり、交換したりしたことが原因なのかも知れないが、最近ルークに何か取り引きの話しを持ちかけているヤツがいるようだ。

ロクサーヌには言っていなかったが、最近またルークから特定のスキル付きの武器が無いかとか、モンスターカードを用意するから融合を請け負う気が無いかとか言われている。

断り続けているから、もしかしたら、取り引きを持ちかけているヤツから見られているのかも知れない」

「それは少し怖いですね」

「ああ。それと、ルークはセリーのカード融合成功率を知りたがっているみたいだから、他にも何か企んでいると思うんだよな」

「セリーが可愛くて優秀な鍛冶師ということが知られているのでしょう」

「ロクサーヌさん。私はそんなに優秀な鍛冶師では......それに可愛いって、胸も小さいですし......」

「いや。セリーは可愛くて優秀な鍛冶師で間違いないぞ。いつも言ってるけど、スタイルは良いし胸もちょうど良いサイズだ。

ロクサーヌもそうだけど、セリーも周りの男から見られているのだから、自分が可愛いってことをちゃんと自覚してくれ」

「は、はい......」

セリーはすごく恥ずかしそうに返事をした。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、朝食の片付けと掃除を3人に任せて、私はご主人様と商人ギルドに向かった。

と言っても、家から商人ギルドまでご主人様のワープで移動出来るので一瞬だったけど。

 

いつもは冒険者ギルドに移動して、少し街中を歩いてから商人ギルドに入るのだけど、ご主人様は色々と警戒しているようで今日は直接商人ギルドの待合室にワープゲートを開いたようだ。

 

ゲートを抜けて商人ギルドの受付に行くと、ご主人様が言っていた通りで周りから視線を感じた。

でも、何故か複数感じたので、私は感覚を研ぎ澄ませて何処から見られているか探してみた。

そうして私が周りに意識を集中しているうちに、ご主人様は受付の女性にルーク氏の呼び出しを依頼し終わっていた。

 

「ロクサーヌ。どうかしたのか?」

「ご主人様。複数の場所から視線を感じます」

「やはりそうか。しかし複数か......」

ご主人様はそう言うと、さり気なく周りを気にしだした。

 

「ご主人様。あちらの仲買人たちが休憩している場所から強く視線を感じますが、掲示板の右手にいる人と、階段の踊り場で話している2人からも視線を感じます」

「そうか」

「踊り場の2人のうち1人は、商人っぽくないですね」

「うむ。見るからに執事って感じだな。正直関わりたくないな」

私たちが小声で話していると、すぐにルーク氏がやってきた。

彼は私たちを見たあと、何かを探しているのか一瞬だけ周囲に視線を向けたけど、すぐに何事もなかったように声をかけてきた。

そして、「お待たせしました。どうぞこちらへ」と言って、私たちを2階の商談室に案内した。

 

ご主人様がソファーに座り私が後ろに控えると、ギルド専属の給仕がハーブティーを運んできた。

そして、給仕が下がるとルーク氏は自身のアイテムボックスを開いて2枚のモンスターカードを取り出した。

 

あれ?潅木のモンスターカードが2枚?

疑問に思って見ていると、ルーク氏は2枚のカードについて説明しだした。

1枚は伝言通りの潅木で、もう1枚は昨日の夕方に運良く落札できたコボルトで、五千ナールとのこと。

 

ご主人様は2枚の料金を支払ってモンスターカードを受け取り、コボルトのモンスターカードを再度注文した。そして、取り引きが終わったので退室しようとしたけれど、ルーク氏に引き止められた。

 

「先日もお話ししましたが、モンスターカードの融合の件、お引き受け頂けませんか?」

「その件は断ったはずだが」

「先日はキッパリ断られましたが、あのときは鍛冶師の方がいらしたので。

本日はいらっしゃらないので、もしかしたら条件次第では良いお返事が頂けるのではと思いまして」

「モンスターカードの融合は失敗することが多い。相手がどんな条件をつけようと、失敗すれば必ずしこりが残るものだ。悪いが他を当たってくれ」

「そうですか」

ご主人様にキッパリ断られたけど、ルーク氏は全く表情が変わらなかった。

きっと断られることは想定していたのだろう。

 

「ミチオ様のおっしゃる通り、モンスターカードの融合は、失敗することが多いということは私も存じております。

そして、過去に鍛冶師がカード融合に失敗したときに、依頼者が約束を破って鍛冶師を殺めてしまったことが何度かあったことも。

だから、今や一般の鍛冶師はどんなに良い条件をつけてもカード融合を受けてはくれないのです」

「だろうな」

「ですので、鍛冶師の奴隷を連れており、何度もモンスターカードを購入し、スキル付きの武器の販売や交換をおこなっているミチオ様なら条件次第ではモンスターカードの融合を請け負って頂けるのでは?と、考えている人も多いのです」

ルーク氏の説明を聞くと、ご主人様は少し声が低くなった。

 

「ほう。つまり俺の取り引き内容は、他の仲買人に筒抜けということか?」

「私が広めているわけではありません。

このギルドにいる仲買人は私がオークションでモンスターカードを落札していることと、私と取り引きしているミチオ様が度々身綺麗にしているドワーフを連れているところを見ています。

ミチオ様が連れている奴隷は皆美しいので一部邪推している者もおりますが、殆どの仲買人は貴方が腕の良い鍛冶師を連れていると考えています。

ですので、色々な方面から私に話しが来ているのです」

「そうか。疑って済まなかった」

 

「いえ。それよりも依頼相手の条件だけでも聞いてみませんか?」

「いや、悪いが相手に合わせる気はない。

どうしてもと言うなら、そのモンスターカードのスキルを付けた装備品の相場を聞いて、その金額の10倍を前払いしてもらう」

「じゅ、10倍ですか」

「そうだ。そして、例え失敗しても金は返さない。

それが最低限の条件だ。

もちろん相場価格はルークに保証してもらう。他の仲買人の保証は受け付けない」

「それは、実質的に断っているのと変わらないですね」

「そういうことだ。人から恨まれるのは嫌なんでな」

「わかりました。私も巻き込まれるのは困りますし、この手の話しは仲介しないようにします」

「ああ。そうしてくれ」

 

「因みに何かスキルの付いた装備品を売るつもりはありませんか?」

「すまんが余っている装備品はないな」

「わかりました」

 

話しが終わり、ルーク氏に会釈してご主人様と商談室を出た。そして商人ギルド内を待合室に向かって歩いていると、先ほどと同じように色々なところから視線を感じた。

なんとなく声をかけたそうにしている人もいたけれど、以前セリーから教えてもらった仲買人たちの間の暗黙の取り決めのためか、ルーク氏と取り引きしているご主人様に、勝手に声をかける人はいないようだ。

そう思って油断していたのがいけなかったのか、待合室に入った途端に声をかけられた。

でも、声をかけてきたのは仲買人ではなく、来たときに見かけた執事風の初老の男性だった。

 

「失礼する。貴方が優秀な鍛冶師の奴隷を連れていると聞いたのだが」

男は声をかけながら近づこうとしたので、私はご主人様を守るように半歩だけ前に出ながらレイピアの柄に手をかけた。

相手はそれを見て立ちどまったけど、後ろにいた護衛の戦士が半歩前に出て私と同じように剣の柄に手をかけた。

そして、こちらを睨みつけて殺気を飛ばし、明らかに威嚇している。

しかし、ご主人様は全く動じず相手に答えた。

 

「ん?悪いが仲買人を通さない話しはしない。トラブルのもとだからな」

「はははは。いや済まない。私はクーメルだん......」

執事風の男は話しを続けようとしたけれど、ご主人様は顔の前にサッ!と手をあげて「すまんが!」と言って話しを止めた。

 

「そちらと世間話をするつもりはないし、知己になるつもりもない。付き纏うなら迷惑だから人を呼ぶ。そちらの評判を落とすことになるが、それでも良いのか?」

ご主人様に完全拒否されて相手はぐうの音も出ないようだ。

向こうの護衛が「貴様、無礼な!」と言って柄を握る手に力を入れたようだけど、執事風の男に「弁えろ」と叱咤されて柄から手を離した。

しかし、このまま居てもろくな事にはならないので、向こうは無視してご主人様に声をかけた。

 

「ご主人様。急ぎませんと」

「ああ。分かった」

ご主人様は私に返事をすると、向こうは無視して奥の壁に向かって歩きはじめた。

執事風の男はまだ何か言いたそうにしていたけど、ご主人様は奥まで進むと躊躇なくワープゲートを開いた。

 

◆ ◆ ◆

 

商人ギルドの待合室から家に帰ると、ご主人様はミリアとセリーを呼んで、先ほど仕入れた2枚のモンスターカードを取り出した。

そして、ミリアに硬直のエストックをセリーに渡すよう指示して、セリーにはエストックに2枚のモンスターカードを融合するように指示した。

セリーは少し緊張気味に返事をしていたけど、ご主人様に「セリーなら大丈夫だ」と言われると、大きく息を吐いて集中し、呪文を唱えはじめた。

 

「今ぞ来ませるミココロの、ことほぐ蔭のアメツチの、モンスターカード融合」

次の瞬間。セリーの手元が眩い光に包まれ、しばらくして光が収まると2枚のモンスターカードは消えてエストックだけが残った。

すると、ご主人様は剣を確認して微笑んだ。

 

「おお。さすがセリーだ」

「ありがとうございます」

ご主人様がセリーを誉めると、彼女は安堵の表情を浮かべた。

ご主人様から“大丈夫だ”と言われても、装備品に複数のスキルを付けるのは緊張するようだ。

そんなセリーとは対象的に、ミリアは「やった、です」と言って両手をあげて喜んでいた。

いつものことだけど、ミリアは自分の武器に新しいスキルが付いたことが、単純に嬉しいだけなんだろう。

 

私は気になったことがあったので、セリーに聞いてみた。

「セリー。今回、硬直のエストックに麻痺添加のスキルが付いたのですよね?そうすると、何のエストックになるのですか?」

「えっと、確かスキル付きの装備品に追加で他のスキルを付けた場合、効果は後から付けたスキルの物も発揮すると言われてますが、名称は最初に付けたスキルの物が継承されると言われています。なので、麻痺添加のスキルは付きましたけど、名称は硬直のエストックのままだと思います」

セリーはそう答えながら、少しだけ不安そうにご主人様に視線を向けた。

 

「うむ。セリーの言う通りだな。石化添加と麻痺添加の2つのスキルが付いているが、名前は硬直のエストックのままだ」

「えっ?」

ご主人様がエストックを鑑定すると、何故かセリーがすごく驚いている。

私はセリーが驚いた理由が分からなかったのでクビを傾げたけど、彼女の説明を聞いて納得した。

 

「あの、ご主人様はこのエストックに何のスキルが付いているか分かるのですか?」

「いや、俺が武器鑑定を使えることは知っているよな?」

「えっと、武器鑑定は武器の名前を知るスキルです。スキルが付くと名称が変わるので、その名称で何のスキルが付いているのか判断出来ます」

「うむ」

「いま話した通りで、追加でスキルを付けても武器の名称は最初に付けたスキルの物が継承されています。ですので、後から付けたスキルは効果検証しないと本当に付いているのか分からないはずなのです」

「そ、そうなのか」

ご主人様はセリーの言葉に明らかに動揺している。

 

「つまりご主人様は名称だけでなく、付いているスキルも分かるということですよね。それは、普通の武器鑑定では無いのですが」

セリーは説明しながらジト目でご主人様を見つめたけど、ご主人様は顔をそらして「こ、このことは内密にな」と言葉を返した。

セリーはジト目のまま見つめ続けていたけど、ご主人様はそれ以上は教えてくれそうになかったので、私はセリーの肩をポンと叩いて、「ご主人様ですから」と言ってうなずいた。

 

セリーは少し残念そうだったけど、次の瞬間に「わかりました。ですがご主人様。いつかちゃんと教えてください」と言ってすがるような表情でご主人様を見上げた。

 

あ、セリー。そんな顔をして......

 

彼女のあざと過ぎる態度に私は少し呆れてしまったけど、ご主人様への効果は抜群だった。

 

セリーに見つめられたご主人様は吸い寄せられるように彼女に近づくと、優しく抱き寄せてあたまを撫でた。そして、「ああ。自分の中で整理がついたら、そのときにな」と言って秘密を打ち明けることを約束していた。

 

セリー。グッジョブ!

 

◆ ◆ ◆

 

その後、ご主人様は麻痺添加のスキルが付いた硬直のエストックをミリアに渡し、ハルバーの24階層に移動した。

 

「ご主人様。右に進むと少し先にマーブリームが2匹とサイクロプスとシザーリザードが1匹ずつの群れがいます。

左に進むとすぐにサイクロプスだけ3匹の群れがいますが、その先に1パーティいるようです。

鉢合わせになる可能性は低いとは思いますが、念には念を入れて右に進むことにします。

宜しいですか?」

「ああ。先導はロクサーヌに任せる。

エストックの性能試験をしたいから、魔物の組み合わせには拘らずにどんどん案内してくれ」

「かしこまりました。では、こちらへ」

基本的に他のパーティーとの接触は避けているので、私は右側の通路にみんなを案内した。

そして、3分後には魔物の群れと接敵した。

 

通路の先に魔物の群れが見えたので、私はみんなに合図をした。

次の瞬間、私たち4人は魔物に駆け出し、近寄る間にご主人様が放ったブリーズストームとサンドストームが炸裂した。

 

魔物の群れが魔法で動けないうちにミリアが右のマーブリーム、ベスタが左のマーブリーム、私が真ん中のシザーリザードに攻撃をはじめ、セリーが後ろで魔法の発動に警戒しながら槍でシザーリザードを攻撃しはじめた。

 

ミリアは一撃でマーブリームを麻痺させると、後ろのサイクロプスに攻撃をはじめた。

そして、私とベスタが魔物の相手をしているうちに、サイクロプスも麻痺させて、私が相手をしていたシザーリザードに斬りかかった。

 

ミリアは絶好調だったけど、シザーリザードに攻撃をしはじめた瞬間に最初に麻痺させたマーブリームがピクッと動いた。

「動きます!」

慌てて警告したけど一瞬遅かった。

マーブリームに横から突撃されて、ミリアは吹き飛ばされてしまったのだ。

しかし、ミリアはくるりと後転すると、何ごともなく立ちあがり、マーブリームの追撃をかわした。

どうやら突撃された瞬間に、反対方向に飛んで衝撃を殺していたようだ。

 

「白い、です」

少ししてミリアはマーブリームを石化すると、再度私が相手をしていたシザーリザードに攻撃をはじめた。

しかし、今度はサイクロプスが動き出し、彼女は背後から攻撃されそうになった。

だけど、サイクロプスの振り下ろしは、セリーの突きで軌道をそらされて空を切った。

 

「ミリア、交代しましょう」

私はミリアを呼んでシザーリザードの正面に位置どらせ、入れ替わるようにサイクロプスの正面に飛び込んだ。

セリーにもサポートしてもらいながらサイクロプスを抑えていると、すぐにミリアがこちらの攻撃に加わった。

 

ミリアが相手をしていたシザーリザードが動かなくなっていたので石化したのかと思ったけど、すぐに動きはじめてミリアに襲いかかった。

 

ミリアは右のハサミの振り下ろしをからだを捻ってかわし、左の薙ぎ払いをしゃがんでかわした。そしてそのまま再度シザーリザードの相手をしはじめた。

すると、次の瞬間にご主人様の魔法で石化したマーブリームが煙になり、もう1匹のマーブリームもベスタに倒された。

 

ベスタがシザーリザードの正面にまわり標的を引き受けると、ミリアの攻撃が加速した。

すると、すぐに彼女から「やった、です」という言葉があがった。

 

「石化か?」

「はい、です」

ご主人様はミリアにシザーリザードの状態を確認すると、魔法を単体魔法に切り替えてサイクロプスにブリーズボールを撃ち込みはじめた。

そして、ミリアとベスタも加わってタコ殴りにすると、すぐにサイクロプスは煙に変わった。

 

その後、ご主人様はデュランダルで石化したシザーリザードを片づけると、いまの戦闘についての反省会をはじめた。

麻痺と石化の判定が分かりづらかったことと、ミリアがめまぐるしく標的を替えながら戦い、攻撃を受けてしまったことを何とかしたいとのこと。

それからみんなで話し合った結果、ミリアは以下の約束を守りながら闘うことが決定した。

 

①魔物が麻痺した場合は報告はしない。石化した場合のみ報告すること。

②魔物は麻痺してもすぐに復帰するので、いちいち標的は変えずにそのまま戦い続けること。

③魔物が石化した場合は、その魔物は放置して他の動いている魔物を攻撃すること。

 

私は、決まったことを何度もミリアに復唱させてしっかり覚えさせながら、次の魔物を探した。

 

「ご主人様。このまま道なりにまっすぐ進むと魔物の群れがいます。サイクロプスとシザーリザードが2匹ずつです」

私はご主人様に報告して、みんなを誘導した。そして2分ほど進むと魔物の群れが見えてきた。

 

私たちが駆け出すと同時に魔物のうちサイクロプス2匹の動きが止まった。

サイクロプスは目を閉じているので、ご主人様の風魔法が炸裂しているのだろう。

そう考えていると、こちらに向かいはじめたシザーリザードのうち、1匹の動きが止まった。

そして、あと数歩で先頭のシザーリザードに攻撃出来るところまで近づいたときに、後ろにいるシザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。

 

「来ます!」

後衛の魔法は防げないので私は即座に警告したけど、足を止めて身構えるとからだの周りに火の粉が舞いはじめた。

これはファイヤーストーム。全体攻撃魔法だから避けられない!

 

「クッ!」

からだが熱気に包まれて刺すような痛みが走る。

息も吸えずにからだを縮めて耐えるしかない。

そのまま20秒ほど耐えていると、フッと熱気がなくなった。魔法の効果が切れたのだ。

 

油断したつもりはないけれど、息を吸った次の瞬間に目の前にいたシザーリザードの右腕が振り下ろされた。

私は咄嗟に盾を構えながら後方に飛ぶと、盾に衝撃が加わりそのまま後ろに吹き飛ばされた。

ダメージは少ないのですぐに立ちあがると、私を追撃するために前に出ようとしていたシザーリザードは、1歩踏み出したところでセリーに槍で牽制されて動けなくなっていた。

そして、そのシザーリザードにミリアが右から、ベスタが左から攻撃をはじめた。

 

全体攻撃魔法を放ったシザーリザードはまだ後ろにいるので、私は今のうちに全体回復魔法を唱えることにした。

 

「あやまちあらば安らけく、巫女のハフリのまじないの、全体手当て」

私の魔法でからだが軽くなると、次の瞬間に更にからだが軽くなった。

私のあとからご主人様も全体回復魔法を使ってくれたようだ。

 

シザーリザードはベスタのほうを向いたので、ミリアは後ろから好き放題攻撃をはじめ、魔物の動きが止まった。しかし、攻撃し続けているので、麻痺のようだ。

 

私も加わろうとしたけれど、いつの間にか全体攻撃魔法を放ったほうのシザーリザードが追いついてきていて、ミリアに突撃していた。

 

「ミリア!」

私が警告すると、彼女は咄嗟に壁側に転がって突撃を回避したけど、シザーリザードは回避したほうに向き直って再び突撃した。

ミリアは体勢が崩れていて危なかったけど、セリーが槍で突いて突撃を逸らせているうちに壁ぎわで立ちあがって体勢を立て直した。

 

私はミリアに突撃したシザーリザードに斬り掛かって引き付けると、フリーになったミリアが後ろに回って攻撃をはじめた。

すると、こちらのシザーリザードもすぐに動かなくなった。だけど、さっきと同じようにミリアは攻撃し続けているので、残念ながら麻痺しているだけのようだ。

 

最初に麻痺したシザーリザードを確認すると、ベスタが二刀を使って乱打していた。そして、その脇からセリーが槍で突きまくっている。

ベスタは万全の体勢なので、向こうは彼女に任せておけば問題ないだろう。

こちらのシザーリザードもミリアに任せておけば問題なさそうだし、魔法を連発しているご主人様も追いついて来た。

ここは任せてまだ後方にいるサイクロプスを止めたほうが良いわね。

そう考えて、私はみんなに指示を飛ばした。

 

「私は前に進みます。できればセリーも」

「はい」

私はシザーリザード2匹の間を抜けてサイクロプスに向かうと、後ろからセリーがついてきた。

 

私はサイクロプス2匹の前に陣取って牽制をはじめると、セリーが少し左後方に位置取り魔法に備えながら、隙をついて左のサイクロプスに攻撃をはじめた。

私はセリーが戦い易いようにほんの少しだけ右に寄って戦っていると、右のサイクロプスの動きが止まった。

すると、足元に魔法陣が浮かんだので、少し左に寄るとセリーが私の後ろを回り込んで槍で突き、右のサイクロプスの魔法を中断した。

 

そのまましばらく2人でサイクロプスを抑えていると、後方から「やった、です」という声が響いてきた。

どうやらミリアがシザーリザードを石化したようだ。

これで後ろは1匹なので、だいぶ楽になったはずだ。

 

そう思っていると、こちらにベスタが走ってきた。

同時にサイクロプスが風の渦に包まれて動きが止まった。

 

「ロクサーヌさん。ご主人様の指示で前に来ました」

「ではベスタは右を」

私はベスタに短く指示して左にスライドすると、彼女は私の右側に並んで左右の剣を乱打しはじめた。

そして、魔法の効果が切れた瞬間にサイクロプスが2匹同時に煙になった。

 

私たちは振り返ってご主人様のほうに駆け出すと、次の瞬間にミリアの「やった、です」という声が再び響いた。

ご主人様のところに戻ると、2匹目のシザーリザードも石化されていた。

私は足を止めてひと息吐き、ベスタにサイクロプスのドロップアイテム回収を指示してから、ゆっくりとご主人様に近づいた。

 

ご主人様のもとに戻ると、彼はデュランダルで石化したシザーリザードを叩いていた。

そして、1匹目を煙に変えると、ドロップアイテムをミリアに拾わせて、自分は2匹目のシザーリザードを叩きはじめた。

 

「すぐに終わるからちょっと待ってくれ」

「かしこまりました」

ご主人様は高速でデュランダルの刃先を打ち付けると、2匹目もすぐに煙に変わり、煙が消えるとモンスターカードが落ちていた。

 

「お。カードだ」

ご主人様がカードを拾い上げると、すかさずセリーが説明をはじめた。

 

「シザーリザードの仲間が残すのは、トカゲのモンスターカードですね。融合すると装備品に火属性のスキルや耐性をつけられます」

「人魚のモンスターカードみたいにか」

「そうです。あれと同じです」

「そうか......」

ご主人様は少し考えると、私に声をかけてきた。

 

「ロクサーヌ。手元に人魚のモンスターカードとトカゲのモンスターカード、それとコボルトのモンスターカードが1枚ずつある。

防具に付けられるスキルは水属性か、火属性のどちらかの耐性ということになるが、どっちがいいと思う」

「そうですね。今使われている火属性に対する耐性をつけるのがいいと思います」

「分かった。では家に帰ったらセリーに融合してもらおう」

「ありがとうございます」

ご主人様が私の使っている装備品に融合を考えていることに気付いたのでお礼を言うと、セリーが補足した。

「ご主人様は、いま仲買人にモンスターカードの注文を出していますので、24階層を突破する前に、もう一枚コボルトのモンスターカードを入手できるかもしれません」

「確かにそうだな」

ご主人様はセリーの言葉に同意すると、ドロップアイテムを受け取りアイテムボックスに収納した。

 

その後は昼休憩を挟んで夕方まで、ハルバーの迷宮24階層で狩りを続けた。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、夕食のときに商人ギルドで声をかけてきた男の話しになった。

「ところでセリー。商人ギルドで貴族の執事みたいな男が話しかけてきたのだが、仲買人を通さずに直接交渉を持ちかけることは普通にあることなのか?」

「初対面の人に直接交渉を持ちかけることはあり得ませんね。しかも商人ギルドの中でそんなことをしたら、常識を疑われるレベルです。

しかし貴族ですか...... うーん...... 相手は何と言っていたのですか?」

 

「うむ。確か“貴方が優秀な鍛冶師の奴隷を連れていると聞いたのだが”って声をかけられた」

「そうですか。それだけでは交渉しようとしたとは言い切れませんが、その気がなければ鍛冶師のことをネタに話しかけてはこないでしょうね。

何処から私たちの情報を得たのかはわかりませんが、あの仲買人に取り引きを持ちかけている相手の可能性が高いと思います。

ご主人様が取り引きを断り続けているので、しびれを切らして直接声をかけてきたというところでしょう。

それで、ご主人様はどう返事をしたのですか?」

 

「うむ。見た目からして関わり合いたくない雰囲気だったし、ロクサーヌが前に出たら向こうの護衛が殺気を飛ばしてきたから、確か“仲買人を通さない話しはしない。トラブルのもとだからな”って返したと思う」

「向こうはそれでも無理矢理話しをしようとしてましたけど、ご主人様は相手の話しを止めて、完全拒否してましたね」

 

「ああ。何とかって家名を名乗ろうとしてたから、聞かないほうが良いと思って話しを止めて、確か“そちらと世間話をするつもりも、知己になるつもりもない。付き纏うなら迷惑だから人を呼ぶ”って言ったな。

あと、“そちらの評判を落とすことになるが、それでも良いのか?”って少し脅したか。はははは」

「そうでしたね。でも、向こうはぐうの音も出なかったので、私は良かったと思います」

「ありがとう。ロクサーヌが俺を急かしたのも良かったと思うぞ。相手の返事を待たずに立ち去るきっかけになったしな」

「うまくいって良かったです。ただ、立ち去るときに向こうはこちらを睨んでいましたので、しばらくは注意したほうが良いかも知れません」

私とご主人様が執事への対応を一通り話すと、セリーは少し考えてから話しはじめた。

 

「そうですね......

先ず、向こうと知己にならなかったことは、良かったと思います。

こちらは貴族の力を借りて何かをするつもりはないので、知己になってもメリットがありません。

一方的に面倒事を持ち込まれるだけでしょう。

それと、“仲買人を通さない交渉はしない”と伝えた点も良かったです。

商人ギルドでは仲買人同士の暗黙の取り決めで、顧客に特定の仲買人がついている場合は、他の仲買人はその顧客には直接交渉はしません。

なので、必然的にあの仲買人だけ注意しておけば良いことになります。

今後は今まで以上に取引の要望や相手との引き合わせを画策されると思いますので、その点については注意が必要でしょう」

 

「うむ。だいたい分かったが、引き合わせを画策するというのは?」

「何度も取り引きを断られ、直接交渉も出来ないとなれば、相手はあの仲買人への圧力を高める可能性が高くなると思います。

そうなると、あの仲買人は交渉権を手放す。つまり、ご主人様を紹介して紹介料だけせしめ、後は当事者間で勝手に話しをさせて我関せずといった態度を取ると思います」

「そういうことか。確かに、俺でもそうするだろうな。

因みに相手側が諦めるということは考えられないのか?」

「ないことはないですが、こういう時は悪い方向で対策を考えておいた方が良いと思います」

 

「分かった。では、ルークが相手を紹介する場合の具体策を考えておくことにしよう」

「そうですね。相手側を紹介する際、ご主人様の同意を得て引き合わせる場合と、同意を得ずに引き合わせる場合があります。

ですが、同意を求められた場合は断れば良いので考えなくても良いでしょう」

「うむ」

「同意を得ずに引き合わせる場合はいくつかの方法があると思います。

①待合室で仲買人を呼び出した際に、直前の交渉客を見送りに来たというていで相手を連れて来られ、なし崩し的に紹介される場合。

②商談室に向かう途中で、偶然を装って廊下に待機していた相手に出会い、なし崩し的に紹介される場合。

③商談室に案内された際、先に室内に相手がいる場合。

④自分たちは先に商談室で待たされ、後から仲買人が勝手に相手を連れて来る場合。

⑤商談中に相手が商談室に訪ねてくる場合。

⑥商談室を出たところに相手が居て、なし崩し的に紹介される場合。

と、こんなところでしょうか」

 

「うむ。意外と多いな」

「ですが、③、④、⑤は自分たちの信用や評判を落とすことになりますので、これも考えなくて良いと思います」

「すると、残りは①、②、⑥か。

うーん。どれも、偶然出会った際になし崩し的に紹介される場合だな」

「そうです。ですので、仲買人にはギルド内で偶然他の顧客に会っても、私たちを紹介することが無いように釘を刺しておくと良いと思います」

「分かった。そうすることにする」

 

◆ ◆ ◆

 

商人ギルドで話しかけてきた貴族執事への対応方法が決まり夕食を終えると、ご主人様はセリーにモンスターカードの融合を指示した。

 

「セリー。また融合を頼む」

「はい。トカゲのモンスターカードですね」

セリーが返事をすると、ご主人様はトカゲとコボルトのモンスターカード、それと耐風のダマスカス鋼額金を彼女に渡した。

セリーは少し緊張していたようだけど、「ふぅ」とひと息吐くとすぐに呪文を唱えはじめた。

 

「今ぞ来ませるミココロの、コトホグ蔭のアメツチの、モンスターカード融合」

 

セリーが呪文を唱え終わると手元が輝きだして、彼女の手元と装備品が見えなくなった。そして、しばらくすると光が消えてダマスカス鋼の額金が残っていた。

 

さすがはセリー。今日も難なくモンスターカードの融合を成功させたわね。

 

「ふぅ。出来ました」

セリーはもう一度息を吐くと、緊張が解れて顔が綻んだ。しかし、ご主人様がセリーから額金を受け取るときに「さすがはセリー。もうスキルを複数付けることも問題ないな」と言うと顔が引き攣った。

 

翌日早朝。

 

ハルバーの迷宮24階層を探索していると、魔物の群れと戦った際に後衛のサイクロプスからファイヤーストームを撃たれてしまった。

 

ところが、火の粉が舞ったあとに少しばかり肌がヒリついたけど、動けなくなるほど苦しくはなかった。

実際、魔法の効果中にシザーリザードにハサミを振り下ろされたけど、無理せずかわすことが出来ている。

額金に付けて頂いた火耐性の効果はしっかり発揮されているようだ。

戦闘が終わったあと、ご主人様から確認された。

 

「ロクサーヌ、額金の具合はどうだ」

「はい。ダメージは確実に減りました。はっきりどのくらいかとは表現しかねますが」

「そうか。回復役のロクサーヌに倒れられたら困るから、ちゃんと効果が出て良かった。

ただ、火耐性と風耐性の効果のある防具を装備しているのは今のところロクサーヌだけだから、これからも全体攻撃魔法を撃たれたら、都度全体回復魔法をかけてくれ」

「かしこまりました」

 

こうして耐風のダマスカス鋼額金に新しく付けた火耐性の効果について確認が取れると、ご主人様は今後もモンスターカード融合により皆の装備品を充実させて、迷宮探索は出来るだけ安全に進めていくという方針を、改めて私たちに伝えた。

ただし、貴族や有力者になるべく絡まれないよう、ルーク氏には派手に競り落とすことは控えるよう指示するので、装備品の充実はゆっくり進めることになる。とのことだった。

 

それから3日後の朝食のあと、ご主人様はルーク氏からコボルトのモンスターカードを仕入れてきた。

そして、人魚のモンスターカード、耐風のダマスカス鋼額金と一緒にセリーに手渡した。

 

「セリー。これを融合してくれ」

「……これにはすでに複数のスキルがついているのでは?」

「大丈夫だ」

ご主人様が大丈夫と言っているから成功するはずだけど、セリーは顔が引き攣っているし目も泳いでいる。

相当プレッシャーがかかっているようだ。

 

後で聞いたのだけど、既に2つスキルが付いている武器に更にモンスターカードを融合することは、彼女曰く前代未聞とのことだった。

 

セリーは深呼吸したあと、少し震える声で呪文を唱えた。

すると手元が輝き出し、いつも通りあっさりとカード融合を成功させていた。

 

「で、できました」

「さすがセリーだ」

セリーはそうとう気疲れしたようで、ご主人様に額金を渡すと、テーブルに突っ伏した。

 

「セリー。ご苦労さま」

「ロクサーヌさん。すみません。少しだけ休ませてください」

セリーは突っ伏したまま返事をすると、そのまましばらく深呼吸を繰り返していた。

 

こうしてこのダマスカスの額金には、水耐性のスキルが追加された。

その後、この耐風のダマスカス鋼額金には、更に土耐性のスキルを付けて頂き、4属性の魔法に対して高い防御力を発揮する装備品となる。

 

因みに最後の土属性のスキルを付けるとき、セリーは額金とモンスターカードを受け取ったあとに涙目になりながら、ご主人様に“本当に大丈夫なんですよね”って何度も確認していてなかなか踏ん切りがつかないようだったけど、最後には「セリーなら大丈夫だ。失敗しても責任は融合を指示した俺にある」とまで言われてしまい、ガックリと肩を落とした。

その後、結局いつも通りあっさりとカード融合に成功してしまったのだけど、気疲れし過ぎたようで彼女はテーブルに突っ伏したまま1時間くらい意識を飛ばしていた。

 

数年後、セリーは数多くの装備品へのモンスターカード融合を成功させた伝説の鍛冶師となる。

そして、彼女の祖父でも届かなかった、隻眼のジョブに転職するのだけど、それはもう少し先の話しである。

 



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秘密組織。その名は帝国開放会!

わたしの名はロクサーヌ

 

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番進めているクーラタルとハルバーは、どちらも25階層を探索中だ。

 

 

ハルツ公爵との食事会から10日が過ぎた。

 

ご主人様は魔道士のジョブを獲得して、火・風・水・土の4つの属性の中級魔法が使えるようになっている。

さらに雷魔法と氷魔法という新しい魔法が使えるようになったおかげで、迷宮探索時の戦闘力が大幅に高くなり、普段の生活も大きく変化している。

 

 

先ず迷宮探索についてだけど、ご主人様は魔法を3連続で撃てるようになっている。

特に雷魔法は強力で、純粋な魔法によるダメージに加えて麻痺効果もある。

氷魔法にも魔物の動きを鈍らせる効果があるけれど、麻痺させたほうが安全に戦えるので、ご主人様は好んで雷魔法を多様しているみたいだ。

 

更にミリアの暗殺者の経験が上がって来ていることもあり、いざ戦闘が始まると麻痺と石化で魔物はろくな攻撃が出来ない状態になっている。

実際、今日はハルバーの迷宮25階層の探索を進めたのだけど、朝一でグミスライム3匹とサイクロプス2匹の群れと戦ったときも短時間で戦闘が終了していた。

 

そのときは、魔物を視認して私たち4人が駆け出すと、次の瞬間に魔物の群れはご主人様の魔法に包まれた。そして、魔法の効果が切れると前列のグミスライム1匹と後列のサイクロプス1匹が麻痺していた。

その後接敵して戦いはじめると、すぐに2度目の魔法で後列のもう1匹のサイクロプスも麻痺してしまった。

 

前列のグミスライム3匹のうち2匹はご主人様の魔法では麻痺しなかったけど、1匹は私が引きつけ、もう1匹はベスタが引きつけると、フリーになったミリアが私が引きつけているグミスライムに側面から斬りかかり、あっと言う間に石化させた。

そのあと彼女はベスタが引きつけていたグミスライムに攻撃をはじめたので、私とセリーは最初に麻痺して動きを止めているグミスライムに駆け寄り攻撃をはじめた。

 

グミスライムをしばらく攻撃していると、魔物が再起動する前にミリアとベスタが追いついて来て囲みに加わった。

どうやらベスタが引きつけていたグミスライムもミリアが石化させたようだ。

この間もご主人様の魔法が繰り返し撃ち込まれ、石化していない魔物は全て麻痺しているようで1匹も動かなくなっている。

 

「セリー。前にいきましょう」

「はい」

「ミリア、ベスタ。ここは任せます」

「はい。です」

「わかりました」

追いついた2人に魔物を任せ、私はセリーを引き連れてサイクロプスに向けて走り出した。

すると、直後に後ろから「やった。です」という声が聞こえた。

 

さすがミリア。

朝一で力が有り余っているのか、今日は絶好調のようだ。

これでグミスライムは3匹とも石化した。残りはいまだ麻痺から回復しないサイクロプス2匹だけ。

 

すぐにミリアとベスタが来るはずなので、私は右のサイクロプスに攻撃をはじめると、セリーも2人が追いついて来ることを考えたようで、左後方で止まって2匹の魔法に備えはじめた。

そして、思った通りすぐに2人が追いついて来て、ベスタが左のサイクロプスの前に陣取り、ミリアは後ろに回り込んでサイクロプスを斬りつけはじめた。

これでもう万全の体勢だ。

 

そう思った次の瞬間、ご主人様の魔法でサイクロプスは2匹とも煙になった。

そして、振り返ると石化していた3匹のグミスライムも全滅していた。

結局、ご主人様の魔法とミリアのエストックにより、麻痺と石化で魔物は殆ど何も出来ず、3分足らずで戦闘が終了したのだ。

 

こんな感じで、いま探索中の25階層では魔物との戦闘が大幅に楽になっており、あとはボスを見つけて倒すだけとなっている。

 

◆ ◆ ◆

 

次に生活面では氷魔法が大活躍している。

 

先ずは料理への利用についてだけど、ご主人様は4日前に氷魔法が使えるようになると、その日の夕方に「涼をおすそ分けだ。全員、風呂場へ来い」と言って、私たちを風呂場に呼び出した。

そして、お風呂に浮かんでいた透明な板をデュランダルでザクザクと突き崩し、手桶ですくった。

どうやら私たちを呼ぶ前にアイスウォールで作った氷壁を風呂桶に浮かべておいたようだ。

 

「これが涼だ。手を出してみろ」

私は戸惑いながらも手を出すと、ご主人様は手桶の中の透明な欠片を摘まんで私たちの掌に乗せた。

 

「ヒャッ!ご主人様。冷たいです」

「これって、ひょっとして氷ですか?」

『ヒャーッ!冷たい!です!』

「つ、冷たいです。確かに涼だと思います」

私たちが驚くと、ご主人様はもう一度透明な欠片を摘まんだ。

「ロクサーヌ。あーん」

「えっ?」

私は戸惑いながらも口をあけると、ご主人様は氷の欠片を私の口に運んだ。

 

「んっ!冷たいっ!」

私が口内に伝わる冷たさに両肩をすくめると、ご主人様はニッコリと微笑みもう一つ欠片を摘まんだ。そして、セリーの口元にもっていき、「セリー。あーん」と言って口を開かせた。

口に氷を入れられて、セリーが私と同じような反応をすると、ご主人様はミリアとベスタの口にも氷を放り込んだ。

私たちが氷の冷たさを喜んでいると、ご主人様は「次は氷を使ったデザートを作るから、楽しみにしておけ」と言ってもう一度微笑んだ。

 

 

翌日の夕方。

 

迷宮探索を終えて家に帰ると、私たちが夕食を作っている隣でご主人様が料理をしはじめた。

 

横目で見ていると、小鍋に牛乳、卵、砂糖を入れて火にかけながら混ぜ合わせた。

そして、火からおろすと氷を入れた桶に小鍋を突っ込んで冷やしはじめた。

すぐに氷が溶けてしまったけど、ご主人様は桶の水を捨てて別に用意してあった氷を入れると、氷にコボルトソルトをふりかけた。

そしてもう一度小鍋を突っ込んで、中身が固まるまでベスタにかき混ぜるよう指示した。

 

ベスタはしばらくかき混ぜた後でうまく固まらないと訴えていたけど、ご主人様は中身を確認して、「おお。これでいいんだ。うまくできたな。成功だ」と言って喜んだ。

そして、彼女にもう少しかき混ぜさせ、その後は桶の氷を入れ替えて小鍋を放置した。

「ご主人様。これで完成ですか?」

「いや、このまま冷やせばもっと固まる。それで完成だ」

「これは何という料理ですか?」

「アイスクリームだ。冷たくて美味いはずだから、夕食の後でな」

「はい。楽しみにしています」

 

そして、夕食の後、ご主人様はしっかりと固まったアイスクリームを持って来た。

彼は木の匙ですくって口の中に入れると、少し驚いたような顔をしたけど、私たちにも食べるように促した。

 

後で教えてくれたのだけど、ご主人様はアイスクリームが自分の想像以上に濃厚で美味しかったので、ちょっと驚いたとのことだった。

 

私も匙ですくって口の中に入れると、冷たい塊が舌の上でなめらかにひろがりゆっくりと融けていく。

そして、口の中に濃厚な甘みがひろがった。

美味しい。こんなの初めて!

 

「ご主人様、これはすごく美味しいです」

私が感動すると、セリー、ミリア、ベスタの3人も次々にアイスクリームを匙ですくい、口に入れて目を輝かせた。

 

「甘くて、冷たくて、口の中で融けていきます。すごいです」

「すごい、です」

「柔らかくて本当にすごいと思います」

みんなが喜ぶと、ご主人様は美味しく出来たのはベスタが頑張ってかき混ぜたからだと言って彼女を褒めていた。

 

 

更にその翌日。

 

早朝探索を終えて家に帰ると、ご主人様は昨日とは別のデザートを作ると言って、再び料理をはじめた。

アイスクリームが好評だったので、もう一つ知っているものを作ってみたくなったそうだ。

 

彼は鍋に水をはり、今朝八百屋で買って来たイチジクを刻んで入れた。そこに、コボルトスクロース、コーラルゼラチンを入れて火にかけて混ぜ合わせ、桶の中に氷を敷いて、その上で冷やしはじめた。

今回はかき混ぜる必要はなく、時間はかかるけどこのまま冷やすだけで出来上がるとのこと。

ただし、昨日のアイスクリームよりも量が多いので、食べられるのは夕食の後になるとのことだった。

 

ご主人様は昼と夕方に氷を取り替えて鍋を冷やし続けると、夕食のときには中身がスライムのようなブヨブヨした感じに固まっていた。

これで完成のようだ。

「えっと、ご主人様。これは何という料理ですか?」

「これはゼリーだ」

「ゼ、ゼリーですか?! あの...スライムのような感じに見えますが......」

私はゼリースライムを思い浮かべてゾッとしていると、ご主人様は「はははは。ちゃんと美味いはずだから大丈夫だ」と言って、安心させるように私の耳を撫でた。

 

夕食の後、ご主人様はゼリーを持って来た。

鍋で作った為、昨日のアイスクリームの3倍は量がある。

ご主人様は私たちに食べるよう促したけど、スライムっぽい質感のデザートに手を出せないでいると、彼は肩をすくめて自ら木の匙ですくってひと口食べた。

 

「うむ。ちゃんと美味いぞ」

「そ、そうですか」

私は意を決して匙ですくい、口の中に放り込んだ。

すると、ゼリーはひんやりしていて舌の上でプルプル震えている。

アイスクリームみたいに溶けなかったので仕方なく咀嚼すると、口の中に爽やかで仄かな甘みがひろがった。

 

何これ、美味しい!

私が目を丸くして驚くと、私の様子を見ていた3人もゼリーを食べはじめた。

 

「驚きました。

昨日のも美味しかったですが、こちらもすごいです」

「そうですね。昨日のよりあっさりしていて、のど越しもすっきりしています」

「おいしい、です」

「こんなお料理を毎日いただいていいのでしょうか」

私たちが喜んでゼリーを食べはじめると、ご主人様は嬉しそうに微笑んだ。

 

その後もご主人様は冷たいスープを作ったり、新鮮な生魚の切り身を数日氷漬けにしてから、オリーブオイルをかけたカルパッチョという料理を作ったりして、しばらくは氷を使った料理に嵌まっていた。

 

それ以降もご主人様は、氷を使った調理により、私たちに色々な冷たい料理を作ってくれている。

 

◆ ◆ ◆

 

また、ご主人様は料理以外にも氷の冷たさを色々と利用するようになっている。

 

先ずご主人様は雑貨屋で桶を買い足すと、部屋を冷やすために氷を砕いて桶にはり、寝室に設置した。

まだ残暑が続いていて寝苦しい季節だったけど、ここ数日は氷のおかげで夜の寝苦しさから解消されている。

それと、料理をするときにはキッチンに、食事をするときにはダイニングに桶を設置して、暑さの緩和に努めるようになった。

 

また、家具屋で大き目のクローゼットを買って来てキッチンの隅に設置すると、世話役の旦那さんに頼んで金属の薄い板を作ってもらい、中に貼り付けた。

そして、最上段に設置した桶に氷を敷きつめた。

ご主人様曰く冷蔵箱という家具で、2段目から下においた食材を冷やして保存するものとのこと。

ご主人様は「作っておいてなんだけど、毎日氷を入れ替えるのが少し面倒だな」と愚痴を言っていたけど、この家具のおかげで食材が長持ちするようになり、毎日の食事が更に豊かになっている。

 

因みにセリーはこの家具を知っていたようで、「冷蔵庫ですか...」とつぶやいたあと、“貴族や高級旅亭が使う家具で、北の地方や一部の洞窟にある氷室の代わりに厨房に設置されている物だ”と説明してくれた。

 

 

あと、ちょっと恥ずかしい話しだけど、ご主人様は私たちを可愛がるときにも氷を使い出した。

 

はじめて使ったとき、ご主人様はオヤスミのキスをするときに、口に氷の欠片を含んで唇を重ねた。そして、舌を絡めたときに私の口内に氷を差し入れてきた。

私は一瞬驚いたけど、すぐにお互いの口内で氷を行き来させ、最後は小さくなった氷を私がコクッと飲み込んだ。

 

その後ベットに押し倒されてからだを愛撫されていたのだけど、私のからだが火照りだして汗ばむと、彼は氷の欠片を口に含んだ。

そして、愛撫されてすっかり硬くなっている乳首に吸い付き、そのまま氷を使ってからだじゅうを舐りはじめた。

 

「ヒャッ! んっ! んんっ! あっ!」

氷が触れた瞬間、冷たさで乳首がキュッと縮む感覚を覚えたけど、すぐに火照ったからだに氷が伝わる刺激が気持ち良くなって声が漏れた。

 

ご主人様はしばらく私のからだを堪能すると、もう一度氷の欠片を口に含んで今度は私の秘部に吸い付いた。

そして、舌先で氷を私の中に押し込んだ。

 

「あっ! ダメッ!」

私のからだはご主人様を受けいれる準備が出来ていたけど、あまりの冷たさに一気にからだが冷めてしまい、反射的にご主人様のあたまを押しのけてしまった。

ご主人様は驚いていたけど、私が「ご主人様。中は冷た過ぎます」と言うと、「すまん。刺激が強すぎたか」と言って素直に反省してくれた。

 

私はご主人様を引き寄せて、耳元で「罰として今日は私が満足するまで温めてくださいね♥」と言いながら秘部にアレを招き入れた.....

 

ご主人様は私をたっぷりと可愛がってくれたあと、セリー、ミリア、ベスタの3人も氷を使って可愛がり、その日はもう一回ずつ私たちを可愛がってくれた。

 

因みにセリーはご主人様にお願いして、準備が出来たときに秘部に氷を突っ込んでもらったようだ。

彼女はからだがをビクンと跳ねさせながらも刺激を堪能していたみたいだったけど、私には耐えられなかったので少し驚いた。

なので、ご主人様が眠ったあとに久しぶりに彼女に話しかけてみた。

 

「セリー。まだ起きてますか?」

「は、はい。どうかしましたか?」

「あの、さきほど氷を突っ込んでもらってましたけど、大丈夫だったのですか?」

「えっと... 実は大丈夫じゃなかったです。

その... ロクサーヌさんの反応がすごかったので、どれくらい刺激があるのか興味が出てしまって。

それでご主人様にお願いしたのですけど、入れられた次の瞬間には後悔していました」

 

「そうでしたか。

刺激が強すぎたので、私は瞬間的に素に戻ってしまいました。

あなたは刺激を堪能していたのかと思いましたけど、違っていたのですね」

「そこまで見られていたのですか。うぅ... 恥ずかしいです。

氷が奥まで入ってしまい、からだが芯から冷えてしまいました。

それで、集中仕切れなくて... 

その... ご主人様がイッても私はイケなかったのです」

 

「そうだったのですか。私はご主人様のあたまを押しのけたときに氷が出たようなので、そのあとは集中出来たのですが」

「そうだったのですか。気がつきませんでした...

終わったあと、しばらく悶々としていたのですけど、自分がいけないので我慢していました。

今日はご主人様が2周目をしてくれたので、そのときイけたのでよかったです.....」

 

「ふふっ。貴方が研究熱心なことは否定しませんけど、ほどほどにね」

「はい...... 今回は反省してます」

その後、会話が途切れると、ほどなくして私は意識を手放した。

 

 

話しが少し脱線したけれど、以上のようにご主人様が魔道士のジョブを獲得してから、私たちは迷宮探索と普段の生活がともに大きく変化した。

そして、それと時を同じくして、私たちを取り巻く状況も大きく変化しはじめたのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

ハルツ公爵との食事会から12日目。

 

朝食を食べ終わると、ご主人様はハルツ公爵のところに出かけた。

そして、小一時間ほどで帰宅すると、家事をしている私たちをダイニングに集合させた。

 

「帝国解放会なるものにハルツ公爵が推薦してくれるそうだ。迷宮で戦う人の相互扶助を目的とした団体らしい」

「えっ?帝国解放会ですか?」

帝国解放会って、確か食事会から帰宅したときにご主人様が言っていた秘密組織だったはず。

 

「実力者のみが入会を許される団体ですよね。すごいことです」

「そうなのですか?確か秘密組織だったのではありませんか?」

「普通は一般人が入会できるような団体ではないはずです。誰が会員なのか明らかになってはいませんが、これはとても名誉なことだと思います」

私が怪訝そうな顔をしていたせいか、セリーが悪いことでは無いと教えてくれた。

 

「そうらしいな」

「さすがご主人様です」

 

「帝国解放会では守秘義務が課せられるそうだ。会内部で知りえたこと、誰が会員か、また俺が会員となることなども一切秘密となる。無用な情報を出して狙われることを避ける意味合いがあるらしいが」

「そういうことですか。それで秘密組織なのですね。

用意周到ですばらしいことです」

「いまさら内密にすることが一つや二つ増えたところで問題ありません」

「ひみつ、です」

「大丈夫だと思います」

私たちが全員同意すると、ご主人様は頷いて話しを続けた。

 

「これからクーラタルの23階層へ行って、戦いぶりを見てもらう。会員としてやっていけるだけの実力があるかどうか、判断するそうだ」

「入会試験ということですか?」

「ああ、そういうことだ。

魔法は使わないので、魔法なしでの戦いになる。剣はベスタに渡す」

「えっ?ご主人様はどうするのですか?」

「俺は後列から聖槍で戦う。魔物の魔法はセリーとベスタが止めてくれ」

「分かりました」

「頑張ります」

 

「23階層はすでに突破しているのだから神経質になることはない。いつもやっていることだし、問題はないだろう」

「もちろんです」

私が胸を張って答えると、他のみんなも頷いて同意した。

何故かご主人様は微妙な顔をしていたけど、みんながやる気なんだから問題はないだろう。

 

「今回は入場料を払って入る。まずは冒険者ギルドに行くぞ」

ご主人様は宣言するとワープゲートを開いてくぐって行ったので、私たちもあとに続いた。

 

私たちは冒険者ギルドに出て、そこから歩いて迷宮の入り口に向かった。

迷宮からの帰りにいつも歩いている道だけど、迷宮に向かって歩くことは殆ど無いので何だか新鮮だ。

ご主人様の腕につかまりそんなことを考えていると、すぐに騎士団の詰め所に着いた。

クーラタルはここで入場料として1人1枚ずつ銀貨を支払ってチケットを買い、迷宮に入る列に並んで入口手前で騎士にチケットを渡すのだ。

 

私たちが入場料を支払う列に大人しく並んでいると、ご主人様は騎士団が販売している地図を見てソワソワしだした。そして、私のことをじっと見てきた。

 

「ご主人様。如何されました?」

「いや... ロクサーヌ。23階層のルートを覚えているか?」

あ、そうか。それでソワソワしてたのですね。

 

ご主人様はハルツ公爵のところから戻ると、帝国開放会のことを話してすぐにワープゲートを開いて移動したから、迷宮の地図は持って来なかった。

ご主人様は勇んで来たのでちょっとバツが悪そうだったけど、私が小声で「はい。大丈夫です」と答えると、あからさまにホッとしたようだ。

 

詰所の窓口でご主人様は小銭袋を取り出すと、「では入場料を5人分」と言って窓口の女性に銀貨を5枚差し出した。

そしてチケットを5枚受け取ると、今度は迷宮に入る列に並んで、入口の脇にいる騎士に「5人分だ」と言ってチケットを渡した。

その後、入り口から入って23階層に行くと、私たちを6人パーティーが待ち受けていた。

 

◆ ◆ ◆

 

23階層入口の小部屋にいた6人パーティーは、3人は女性で3人は男性だった。

狼人族、人間族、ドワーフ、奥の女性はローブをすっぽり被っているからよくわからないけど、私たちと同じように色々な種族の人でパーティーを組んでいるみたい。

 

みんな高そうな装備を付けているし、とても強そうだ。とてもこの階層で戦っているようなパーティーには見えない。

特に中央の男性は狼人族のようだけど、装備を見る限りどことなくハルツ公爵と似た雰囲気を感じる。

貴族なのだろうか?

 

戦闘体勢ではないけど6人全員がこちらを見ていたので少し警戒すると、ご主人様が1歩踏み出して向こうのリーダーらしい狼人族の男性に話しかけた。

 

「お待たせしました」

「お、ミチオか。よろしく頼む」

「こちらこそ」

「そちらがミチオのパーティーか」

「はい」

「そうか。ふむ......」

ご主人様が答えると、向こうのリーダーは私たちを1人ずつ確認した。そして少し考えてから話しを続けた。

 

「我も長い間上の階層で戦ってきているので、ミチオたちに何かアドバイスできることもあるかもしれない。それを望むなら、ここからボス部屋まで何度も魔物と戦いながらゆっくりと進む。あるいは望まないなら、我らはこの先のボス部屋に一番近い小部屋で待っておく。どっちがよい」

向こうのリーダーはご主人様に試験方法について提案してきた。

どうやら向こうのパーティーは、この入会試験の試験官だったようだ。

 

ご主人様は少し考えると、「どうせ装備に依存した戦いをしているし、先に行って待っててもらえるか」と答えた。

 

「装備か。分かった」

「頼む」

「手の内を明かしたくないというのは誰でも考えることだ。遠慮はいらない」

 

ご主人様が同行を断ると、向こうのパーティーリーダーはあっさりと了承した。

秘密組織というだけあって、手の内を隠すことには理解があるようだ。

向こうのリーダーは仲間の男性に小声で指示すると、指示された人は壁に向かって呪文を唱え始めた。

「入り組み惑う迷宮の、勇士導く糸玉の......」

 

あ!あの呪文はダンジョンウォーク。

ということは、指示を受けた人は探索者ということか。

探索者の男性が呪文を唱え終わると、迷宮の壁にゲートが開いた。

そして、向こうのパーティーはリーダーの男を先頭に、6人全員がゲートをくぐって行った。

 

「行ったな」

「行きましたね」

向こうのパーティーが居なくなると、ご主人様は私たちに話しかけてきた。

 

「今の男は帝国開放会の者だ。今回の入会試験の試験官になる」

「そうでしたか。確かに強そうなパーティーでした」

「ああ。今の俺たちでは勝てないだろうな。まぁ、争うつもりはないが」

「ご主人様でも勝てないのですか?」

「個人では負けるつもりはないが、パーティーの総合力では向こうのほうが上ということだ。

ロクサーヌ。世の中上には上がいる。過信は禁物というものだ」

「常に謙虚であれ、ということですね。さすがはご主人様です」

「まぁ、そこまでは言わないが、積極的に敵を作ることはない。迷宮で鍛えていれば、そのうち追い越せるだろう」

「分かりました。私たちも頑張りましょう」

私はセリー、ミリア、ベスタの3人に視線を送ると、彼女たちも力強くうなずいた。

 

「では俺たちも行くか。魔法なしで戦ってみよう。ロクサーヌ、案内してくれ」

「分かりました」

「ベスタはこれを」

「はい」

ご主人様は予定通りデュランダルをベスタに渡すと、自分は聖槍を持って私に向かってうなずいた。

 

◆ ◆ ◆

 

私が先導して途中の小部屋を目指して歩き出すと、すぐに前方から魔物の匂いがしてきた。

「ご主人様。この先に魔物がいます。グミスライムが3匹とクラムシェルが1匹ですね」

「分かった。監視はされていないようだが念のため魔法は使わない。いつもより時間がかかると思うが根気よく戦おう」

「かしこまりました」

「分かりました」

「はい。です」

「頑張ります」

 

ここ数日、1度の戦闘で1匹以上ミリアが魔物を石化させている。なので、ご主人様は魔法を使っても石化した魔物を倒してMPを回復させていた。

だからご主人様が魔法を全く使わない戦闘は、久しぶりだ。

ご主人様は戦闘が長引いて私たちが攻撃を受けることが心配みたいだけど、私は戦闘が長引いてくれたほうが良い鍛錬になるので、実は楽しみだ。

 

それから3分ほど歩くと魔物が見えてきたので、5人全員で魔物に向かって走り出した。

そして接敵すると、左のグミスライムをベスタが抑え、真ん中のグミスライムを私が抑えた。

右のグミスライムはご主人様、セリー、ミリアの3人で囲み、先ずは右のグミスライムから倒す作戦だ。

後ろのクラムシェルから水弾やウォーターボールを撃たれてしまうだろうけど、避けてしまえば問題ないだろう。

 

私がグミスライムを抑えはじめると、2分も経たずにミリアの「やった、です」という声が聞こえた。

ご主人様が正面を取っていたようなので、どうやらミリアは楽に戦えたようだ。

直後、右にいた3人が奥に向かって走り出したので、次は後ろのクラムシェルを囲んで攻撃するのだろう。

 

それから3分ほどグミスライムと戦っていると、再びミリアの「やった、です」という声が聞こえた。

今度は奥のクラムシェルも石化させたようだ。

 

ほどなくして私が戦っていたグミスライムに、背後からミリア、右側面からセリーが攻撃をはじめた。

どうやらご主人様はベスタのサポートにまわったようだ。

 

すると次の瞬間、グミスライムの動きが止まった。しかし、ミリアが何も言わずに攻撃し続けているので、麻痺しているだけのようだ。

とはいえチャンスなので、防御は考えずに攻撃し続けると、それから2分くらいでグミスライムが煙になった。

 

最後にベスタが抑えていたグミスライムに一斉に襲いかかると、その1分後には魔物は煙になった。

これで実質の戦闘は終了だ。

 

「誰か攻撃を受けた人はいますか?」

私が問いかけると、ご主人様とミリア、そしてベスタが手をあげたので、私は全体回復魔法を唱えた。

するとその間にご主人様は聖槍をセリーに預けてベスタからデュランダルを受け取り、石化した2匹を倒して回った。

同時にミリアとベスタがドロップアイテムを回収し、戦闘が終了した。

 

「結構時間がかかったな」

「そうですね。いつもの3倍はかかってますね」

「ふたりとも。魔法使いのいないパーティーが魔物を倒すのに時間がかかるのは当たり前のことです。

試験中ですので、余計なことは考えず、さっさと先に進みましょう」

「そ、そうだな」

私とご主人様が戦闘時間について考えていると、セリーに先に進むよう促されてしまった。

 

その後、先に進みながらセリーに言われたことを考えた。

確かに彼女の言う通りだ。

いつもはご主人様の全体攻撃魔法で一斉にダメージを与えている。

それがなければその分を剣で与えなくてはいけない。

だから必然的に時間がかかるということ......

そう、当たり前のことなんだ。

 

実際今の戦闘は、接敵からドロップアイテムの回収まで10分以上かかっている。

それでも全体回復魔法1回でみんなのダメージは回復したし、他のパーティーと比べれば戦闘時間は短いはず。

 

いつもの3倍も時間がかかったので、ご主人様は浮かない顔をしているけど、当たり前のことなんだから、気持ちを切り替えないといけないわね。

 

そんなことを考えながらしばらく進むと、また魔物の匂いがしてきた。

 

「ご主人様。もう少し進むとまた魔物の群れがいます。グミスライムが2匹、クラムシェル1匹、ケトルマーメイド1匹です」

「分かった。みんな、気を引き締めて進むぞ」

 

私から魔物がいることを聞くと、ご主人様も気持ちを切り替えたようだ。

その後、魔物の群れを4回倒し、2時間以上かけて何とか待ち合わせ場所の小部屋に到着した。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが小部屋に入ると、23階層の入口で分かれたパーティーが座って休憩していた。

そして、ご主人様が「お待たせした」と声をかけると、向こうのパーティーリーダーが立ちあがった。

 

「来たか。さっき確認したが、この先、ボス部屋までの間に魔物がいるようだ。我もすぐ後ろから見させてもらう。グミスライムでなかった場合にはもう一度戦ってもらうかもしれないが、行ってくれ」

「分かった」

向こうのパーティーリーダーはご主人様に魔物との戦闘を指示すると、ボス部屋に続く通路に進むよう促した。そして、私たちが歩き始めると、10mほどあいだを空けて後ろについてきた。

 

私は歩きながら目立たないように匂いを嗅いで魔物を探した。そして、後ろのパーティーには聞こえないよう、声をひそめてご主人様に報告した。

 

「ご主人様。このまま真っ直ぐ進むと魔物がいます。

魔物はグミスライムとクラムシェルですね。多分一匹ずつだと思います」

「ありがとう。さすがだな。グミスライムの方をロクサーヌとミリアで頼む」

「分かりました。あと2分ほどで見えると思いますので、ご主人様はこのまま進んでください。私は、みんなに指示を伝えて来ます」

「分かった」

 

私は少しだけぺースを落としてセリー、ミリア、ベスタの順に横に並び、歩きながら指示を伝えた。

そして、ベスタまで伝え終わったので、足を速めてもう一度ご主人様に並んだ。

 

「伝えてきました」

「うむ」

ご主人様に小声で話すと、すぐに魔物が見えてきた。

 

私は右手をあげてサインを出し、次の瞬間にレイピアを抜きながら走り出した。

そのすぐあとを3人がついて来て、ワンテンポ遅れてご主人様も追従した。

 

すぐに魔物まで辿り着き、私はグミスライムの正面、ベスタがクラムシェルの正面に立って引きつけた。

そして、指示した通りミリアは魔物のあいだを抜けてグミスライムの後ろに回り込んで攻撃をはじめ、ご主人様とセリーはクラムシェルの囲みに加わった。

後ろのパーティーは私たちから10mほど離れたところまで近づくと そこで立ち止まったので、どうやらそこからこちらの戦闘を確認するようだ。

 

それから1分ほど戦うと、突然グミスライムの動きが止まった。

ミリアが無言で攻撃し続けているので、魔物は麻痺しているということだ。

私は全力で攻撃をはじめると、それから1分後にミリアが「やった、です」と叫んだ。

 

私とミリアは石化したグミスライムを放置して、クラムシェルの囲みに加わった。

それから1分後、クラムシェルが水弾を放つためにあけた口にベスタがデュランダルを叩き込んだ。

すると次の瞬間に魔物は煙に変わった。

 

私たちは「ふぅっ」とひと息ついて、それからみんなで石化したグミスライムを片づけた。

その後、ドロップアイテムを拾っていると、後ろで見ていたパーティーが近づいてきた。

そして、向こうのパーティーリーダーが今の戦いについての評価を言いはじめた。

 

「実質3分か。それに見ていた限り誰も攻撃を受けていないように見えたが、間違いないな」

「はい」

「うむ。やはりそうか。

魔物を殲滅するスピードも悪くない。文句のつけようがない戦闘だ」

 

よかった。

これだけ褒めてくれたということは、今の戦いは合格ということね。

 

かなりの高評価を頂いたので私が安堵していると、思わず、という感じでご主人様が「よかった」とつぶやいた。

どうやらご主人様も緊張していたようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「後はボス戦だな。ボス部屋までに魔物がいれば戦ってもらうが」

「分かった」

向こうのパーティーリーダーはご主人様にボス部屋に向かうよう促し、ご主人様が了承すると自分のパーティーに戻った。

そしてメンバーの1人から羊皮紙を受け取り、何やら確認しはじめた。

 

私は向こうのパーティーを気にしながらボス部屋の方向の匂いを嗅いで魔物がいるか確認した。だけど、全く匂いがしないので、すぐに魔物がいないことに気がついた。

 

あの人は狼人族だけど、あまり鼻がきかないのかな?

それともいないことが分かったうえで、敢えて“魔物がいれば”なんて言い方をしたのか......

緊張感をもたせる為?それとも他の狙いがある?

向こうのリーダーが何を考えているのかイマイチわからない。

本当はセリーに相談したいところだけど、ゆっくり考えている時間はないだろう。

取り敢えず魔物がいないことは、ご主人様に伝えておいたほうが良いわね。

 

私はそう考えて、ご主人様の耳元に口を寄せた。

そして、「ボス部屋まで魔物はいないようです」と小声で伝えると、彼は向こうのパーティーリーダーに目線を送った。

そして何故か肩をすくめると、私に振り向いて小さくうなずいた。

 

あれ?何で肩をすくめたの?

ご主人様が肩をすくめた理由は分からなかったけど、向こうのパーティーリーダーから、「では、行ってくれ」と声がかかったので、余計な思考は中断して移動に集中した。

 

因みに後でご主人様に教えて頂いたのだけど、このときは私が“同じ狼人族でも私は魔物が索敵できていますよ”と言っているように感じられてしまい、向こうのリーダーが気の毒になって思わず肩をすくめてしまったとのことだった。

 

「では、ボス部屋に向かおう」

「かしこまりました」

私がみんなを先導してボス部屋に向かうと、先ほどと同じように向こうのパーティーがついてきた。

そして、待機部屋に入ると、向こうのパーティーリーダーが話しかけてきた。

 

「待っている間に小部屋を通ったパーティーは一つだけだ。だから扉はすぐに開くだろう。ミチオたちが中に入ったら、我らは上で待つ」

「分かった」

 

えっ?私たちがボス部屋に入ったら上で待つの?

一瞬驚いたけど、良く考えたらボス部屋で戦えるのは一つのパーティーだけだから、向こうのパーティーリーダーは私たちが戦うところを見ることは出来ない。

だから私たちがボス部屋に入るのを確認したあとは、24階層の入口で待ってるのね。

ということは、ボスを倒して24階層にあがってくれば、合格ということになるのかな?

向こうのパーティーが見ていないなら、ご主人様は魔法が使えるってことだし、いつも通り戦えば問題ないわね。

 

それから5分ほど待つと、ゴゴゴゴッという音を鳴らしながらボス部屋への扉が開いた。

すると向こうのパーティーリーダーは一度部屋の中を見て、魔物がいないことを確認した。

 

「大丈夫だ。行ってくれ」

向こうのパーティーリーダーにボス部屋に入るよう促されると、ご主人様は「では」とひと声かけて軽く目を閉じた。

そして、ボス部屋に向かって歩きだしたので、私たちもあとに続いた。

 

ボス部屋の扉が閉まると部屋の中心に煙が集まり、魔物が3体現れた。

中央がゼリースライム、右がグミスライム、左がクラムシェルだ。

 

私たちが魔物に向かって走り出すと、キラキラと輝きを伴う砂塵が魔物を包んだ。

ご主人様がサンドストームとサンダーストームを連続で放ったようだ。

 

私がゼリースライム、ミリアがグミスライム、ベスタがクラムシェルの前に陣取り攻撃をはじめると、すぐに魔法の効果が切れた。

次の瞬間、ゼリースライムの触手が飛び出したので、私はバックステップで距離を取りながら半身になり、触手をかわして切り飛ばした。

 

ゼリースライムは斬られた触手を引っ込めたので、そのあいだに素早く左右を確認すると、ベスタはクラムシェルの体当たりを剣をクロスしてブロックし、そのまま押し込んでいた。

そしてミリアはグミスライムの目の前に立って、防御姿勢はいっさい見せずに全力で斬り刻んでいた。

ご主人様の魔法か、それともエストックによるものかは分からないけど、どうやらグミスライムは麻痺して動けなくなっているようだ。

 

私はゼリースライムの触手攻撃を避けながら少しずつ斬り刻んでいると、隣から「やった。です」というミリアの言葉が響いた。

さすがはミリア。接敵からわずか2分でグミスライムを石化したようだ。

 

彼女は石化した魔物は放置して私が戦っている魔物の後ろに回り込むと、私と同じように少し離れたところに位置取った。

そして、ゼリースライムから飛び出す触手をかわしながら斬りつけはじめ、ご主人様の魔法でボスが動けなくなると、一気に接近して斬りつけた。

 

それからは、ゼリースライムが魔法を受けて動けなくなっているあいだは近づいて本体を斬りつけ、魔法の効果が切れて魔物が動けるあいだは距離を取って攻撃をかわしながら少しずつ触手を斬り飛ばした。

 

そのまま3分ほどご主人様の魔法に合わせて攻撃していると、魔法の効果が切れた瞬間にバッ!っと音をたてて突然ボスのからだが広がった。

私は全力で後方に跳ぶと、次の瞬間に私が居た場所はゼリースライムに包まれた。

 

ふぅ。少し焦ったわ。

ゼリースライムもグミスライムと一緒で、取りつく攻撃があったことを忘れていたわね。

 

気を取り直してレイピアを構え直し、触手攻撃に備えていると、ふいに魔物の動きが止まった。

そして次の瞬間、「やった。です」というミリアの声が響いた。

 

これで2匹目。ミリアは今日も絶好調ね。

 

私とミリアはベスタが攻撃しているクラムシェルに駆け寄り、私たちの後ろでサポートしていたセリーも囲みに加わると、直後のベスタの一撃で魔物は煙に変わった。

 

「みんな。お疲れ様。ベスタ、デュランダルをかしてくれ」

ご主人様はベスタからデュランダルを受け取ると、いつも通り石化した魔物を倒して回った。

 

「ロクサーヌ。ボス部屋に入ってから、何分経った?」

「えっと、ちょうど7分経ったところです」

魔物を全て倒し終わると、ご主人様はミリアから受け取ったドロップアイテムをアイテムボックスに仕舞いながら私に話しかけてきた。

 

「うむ......」

「24階層にあがらないのですか?」

ご主人様は戦闘時間を確認すると、次の階層には進まずに何かを考えだした。

 

「そうだな... セリー。クーラタル23階層のボスって、普通どれくらいで倒せるんだ?」

「クーラタルの探索者ギルドの記録では、23階層のボス討伐目安は50分です。確か最短記録は14分だったと思います」

「そうか。なら、少し休憩してから24階層にあがるか」

「ご主人様。最短記録とは、あくまで報告上の記録です。強いパーティーならもっと早く討伐出来るはずです」

「そうなのか?」

「はい。高層階を探索出来るようなパーティーが、適正階層よりも低い階層の討伐時間を報告することは、普通はありませんので」

「ああ...そういうことか」

ご主人様はセリーの考えに納得すると、24階層にあがることを決心したようだ。

 

「では24階層にあがるぞ」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「私もわかりました」

 

結局入室からきっかり15分後、私たちは24階層にあがる扉をくぐった。

そして、24階層の入口小部屋に行くと、試験官のパーティーが待機していた。

 

◆ ◆ ◆

 

「お待たせした」

「ん!もう来たか... いや、やはり早いな」

ご主人様が声をかけると、向こうのパーティーリーダーは少し驚いた。

怪しまれないようボス部屋で少し時間を潰してきたつもりだったけど、それでもまだ早過ぎたみたいだ。

 

向こうのリーダーは咳払いして居住まいを正すと、私たちに帝都にあるロッジへ向かうよう指示した。

彼の雰囲気から、私たちが入会試験に合格したことは間違いないようだけど、迷宮の中では話せないことがあるようだ。

 

私たちが迷宮から出ると、試験官のパーティーから1人がこちらに歩いて来た。

そして、「私が案内します」と言ってご主人様に会釈した。

案内するということは、この人は冒険者ということだ。

 

「うむ。宜しく頼む。では、友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」

ご主人様は返事をして、それからパーティー編成の呪文を唱えて彼をパーティーに加えた。

 

向こうのパーティーリーダーはご主人様が冒険者をパーティーに加えたことを確認すると、クルッと踵を返して騎士団の詰め所に入っていった。

 

私たちが詰め所に入ると、向こうのパーティーリーダーが詰所の騎士に何かのエンブレムを見せていた。

すると、騎士は恭しい態度でリーダーにあたまを下げ、“閣下”という敬称を付けて返事をした。

そして、「こちらです」と言って案内をはじめた。

 

ご主人様の態度から、向こうのパーティーリーダーは多少地位が高い人のような気はしていたけど、閣下と呼ばれるということは、どうやらハルツ公爵と同じ貴族だったようだ。

 

騎士は詰所の奥まで案内し、「この壁をお使いください」と言って壁を指差した。

すると、ご主人様がパーティーに加えた冒険者がフィールドウォークの呪文を唱えた。

そして、ゲートが開くと自らが先頭になってくぐって行ったので、私たちはあとに続いた。

 

ゲートを抜けるとどこかの建物の広いロビーに出た。

そして、すぐに執事風の老紳士が飛び出して来た。

老紳士は冒険者に気づくと、「これはラルフ様、ようこそお越しくださいました」と言ってお辞儀をした。

 

「世話になります」

「お役目ご苦労様でございます」

冒険者が挨拶すると老紳士は丁寧に返事をし、それからひと言ふた言話しをすると、一瞬私たちを見まわした。

 

「私は他のメンバーを迎えに行ってきます。しばし彼らのことを頼みます」

「承りました」

冒険者は老紳士に私たちを任せると、「では」とお辞儀をしてご主人様の方を向いた。

そして、ご主人様がパーティーから冒険者を外すと、彼はこのロビーに入ってきた壁に向かってフィールドウォークを唱え、ゲートを開いた。

 

冒険者がゲートをくぐって行くと、老紳士が話しかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました。まずはお名前をお聞かせ願えますか。苗字をお持ちの場合は苗字まで。爵位と継嫡家名は結構でございます」

老紳士はそう言うと、からだを直角に曲げてご主人様に深々と頭を下げた。

 

「あー。ミチオ・カガだ」

「ミチオ様でございますね」

老紳士はご主人様の名前を確認すると、私に向き直った。そして、「それでは、そちらのお嬢様も」と言って私に名乗るよう促した。

 

「ろ、ロクサーヌです」

「ロクサーヌ様でございますね」

さ、様?!

「えっと……。あの、私は」

「当会では世俗の役職や身分などは何の影響も持ちません。くれぐれもそのおつもりでお願いいたします」

 

老紳士は奴隷の私に敬称を付けて、さもそれが当たり前という態度を取っている。

私はどうしたら良いのか分からずご主人様に視線を向けると、彼は黙って軽くうなずいた。

 

「は、はい」

私が返事をすると、老紳士はうなずいてからセリーに向き直り、私と同じように名乗るよう促した。

 

「セ、セリーです」

「セリー様でございますね」

老紳士はセリーにも敬称を付けて名前を確認すると、ミリアとベスタにも同じようにして名前を確認した。

私が名前を確認されていたことを先に見ていたので取り乱したりはしていないけど、それでも老紳士の態度に3人とも恐縮していた。

 

それにしても、この老紳士はご主人様のあと、私、セリー、ミリア、ベスタの順に名前を確認した。

私はご主人様の隣にいるので2番目に聞かれたのは問題ないけれど、次にセリーの名前を確認したことは不自然だ。

今は右からミリア、私、ご主人様、ベスタ、セリーの順に並んでいるし、セリーは一番最後にゲートをくぐってきたはずだ。

 

敵意や猜疑の目で見られてはいないようだけど、どう考えてもこの老紳士は帝国開放会の関係者だし、ここは帝国開放会に関連する場所だろう。

良く考えたら彼が何者なのかは聞いていないし、入会試験に合格しているとしても、今の段階で気を抜いてはいけないわね。

 

そう考えながらふとご主人様を見ると、彼は老紳士に目を向けながらも何か考えごとをしているみたいだった。

たぶんご主人様も、私と同じようにこの老紳士を見定めているのだろう。

 

それにしても、ここは何処かの城だろうか?

壁や床は石造りだし、柱は神殿のように溝や模様が彫られている。

灯りもふんだんに設置されているし、調度品も見るからに高そうだ。

どことなく先日行ったハルツ公爵の城のロビーに似ている。

確かセリーが“帝国開放会は実力者のみが入会できる、帝国で一番権威のある団体”だと言っていたはずだけど、まさしくその権威に相応しい建物のようだ。

 

そんなことを考えていると私たちが入ってきた壁にゲートが開き、先ほどの冒険者が入会試験を審査したパーティーを連れてきた。

 

「エステル様、お待ちしておりました」

「うむ。ご苦労」

向こうのパーティーがゲートから出ると、老紳士は滑るように素早く移動してリーダーの狼人族の男性に声をかけ、腰を直角に曲げてお辞儀した。

 

エステル? エステル...... 

何処かで聞いたことがある気がする。

狼人族でエステル... 

この人が貴族だとすると、もしかしてこの人はエステル男爵?!

 

私が育った町はエステル男爵領内の町で、顔を見たことはなかったけれど、確か領主様は30代後半だったはず。

向こうのリーダーは見た感じ30代後半から40代前半くらいの歳に見えるし、ご主人様への態度からしてもこの人は間違いなく貴族だ。

つまりこの人はエステル男爵で間違いないのだろう。

 

私は1年前まではただの領民で、その頃は領主様なんて雲の上の人だった。

その後、私は奴隷になってエステル領民ではなくなったけど、ご主人様に購入して頂いたおかげでいま目の前にはかつての領主様がいる。

今は愛するご主人様に仕えているし、特に領主様に興味を持っていたわけではない。それに自分が偉くなったわけではないけれど、何とも言えない不思議な感じだ。

 

そんなことを考えながらエステル男爵と老紳士の会話を聞いていると、男爵が「ミチオは第一位階の会員になる」と、老紳士に伝えた。

私たちにハッキリと宣言はしていなかったけど、今の言葉で入会試験に合格したことが確定した。

 

◆ ◆ ◆

 

その後、私たちは老紳士に、広くて豪華な会議室に案内された。

そして、エステル男爵が細長いテーブルの真ん中に着席したので、私たちは男爵の向かい側に着席した。

 

私たちが全員着席するとエステル男爵はご主人様に視線を合わせ、おもむろに話しはじめた。

「察しはついていると思うが、試験については合格だ。ブロッケンの推薦どおり、申し分のない実力と認める。現状ではやや武器に頼っている面もあるが、ミチオならば近い将来迷宮を倒すほどの者になろう。問題はあるまい」

「はい」

 

ご主人様が軽く頭を下げて短く返事をしたけど、少しだけ苦笑いしていた。

半分流されるように帝国開放会に入会することになってしまっているけど、貴族になるつもりのないご主人様からしたら迷宮討伐は避けたいはずだ。

こんなところで“討伐は考えておりません”なんて言えるわけないだろうから、何とか苦笑いするだけにとどめたみたいだ。

ご主人様の表情を見てエステル男爵が気分を害すると面倒なことになるという考えが一瞬あたまをよぎったけど、苦笑いをご主人様の自重と捉えたのか、男爵の表情を見る限りでは特に気にした様子はないようだ。

 

エステル男爵はご主人様の返事を聞いて一つ頷くと、急にミリアに視線を合わせた。

そして、彼女のジョブが暗殺者かどうか私たちに聞いてきた。

 

ご主人様は一瞬躊躇したみたいだけど、入会試験でミリアが魔物を石化させているところを見られているためか、すぐに諦めて肯定した。

すると男爵は、「素晴らしい働きだった」とミリアを褒めた。そして、素早く状態異常にしていたことから暗殺者になってからも相当鍛えていることを見抜き、彼女を高く評価した。

 

ミリアについて評価し終わると、エステル男爵は私に視線を合わせた。

そして、ミリアが魔物を石化するあいだの私の戦闘について、「魔物の攻撃を寄せつけなかったそちらの彼女の動きもよかった」と言ってミリアと同様に高く評価してくれた。

 

ご主人様は男爵の私への評価を聞くと、「彼女のことは得がたいパーティーメンバーだと思っている」と言って少し自慢気に返事をした。

ご主人様が私のことを“得がたい”と言ってくれたことが嬉しくて幸せな気分になっていると、男爵はご主人様に重要事項を話しはじめた。

 

「会員以外にはあまり知られていないことだが、迷宮の最後のボスはこちらの装備品を破壊する能力を持っている。攻撃を盾で受けたり剣で弾いたりしただけでも、盾や剣が壊れてしまうことがある。魔物の攻撃を回避する利は極めて大きい」

「そ、装備品を破壊するのか」

ご主人様が驚いていると、男爵はもう一度私を見ながら「ブロッケンがミチオを推薦してきたのも道理だ」と言ってうなずいた。

 

さっきからエステル男爵の視線を何度も感じたので不快に思っていたけれど、どうやら私のからだが目的というわけではなくて、戦闘スタイルが迷宮の最上階のボスと相性がよかったから気にしていたということらしい。

 

みんなから色々言われていたとはいえ、私... ちょっと自意識過剰だったかも。

私は急に恥ずかしくなり、少しだけ視線を下げてしまった。

 

ところでさっきから男爵が口にしている“ブロッケン”って、一体誰なんだろう?

確かご主人様はハルツ公爵の推薦で帝国開放会の入会試験を受けたはず... つまり、ブロッケンとはハルツ公爵のことかな?

 

そう言えば一般人の名前は一つだけだけど、商家とか富豪とかはご主人様のように名前と名字の2つ。そして貴族の家人は名前と名字、それともう一つの3つだったはず。

貴族の当主だと、さらに領地名と爵位がつく。

私たちは公爵の名前は“ハルツ公爵”としか聞いていないから知らなかったけれど、公爵のフルネームにはブロッケンという名前が入っているのだろう。

 

私が余計なことを考えていると、不意にセリーとエステル男爵が話している声が聞こえた。

セリーは剣が壊れるのに攻撃しても大丈夫なのかエステル男爵に確認し、対応方法を聞いていたようだ。

 

それからしばらく雑談していると、老紳士がメイドを連れてティーセットを持ってきた。

そして、老紳士が自らカップにハーブティーを注ぎ、私たちの前に配った。

 

全員の前にカップが配られると、エステル男爵は目の前のカップを持ち上げ、おもむろに「では」と声をかけて、ハーブティーに口をつけた。

 

私もカップを持ち上げると、甘い香りがひろがった。

そしてひと口すすると、少し甘酸っぱくてさわやかな味が口の中にひろがった。

 

「ん。美味しい」

「本当ですね。これは美味しいですね」

「ありがとうございます」

私とセリーが感想を言うと、老紳士は微笑みながら頭を下げてお礼を言った。

 

その後、しばらくハーブティーの味を楽しみながら話しを聞いていると、ご主人様は5日後に入会式を行なうので昼ごろにここに来るよう言われていた。

そして、パーティーメンバーは一緒に来ても儀式?には立ち会えないとのことなので、残念だけど私たちは留守番になりそうだ。

 

エステル男爵は帝国開放会ではかなり上の立場なのか、「ロッジでは会員同士、世俗の役職や身分にとらわれることなく振舞う」とか、「皇帝陛下が解放会の会員でも、ロッジではあくまで対等だ」とか、「皇帝が会員になろうとしても、実力がなければ断る」などと、一般人の私からは考えられないようなことを言い出した。

 

私は驚いてどうすれば良いか分からず、救いを求めてご主人様のほうを見ると、彼は口を半開きにしたままキョトンとしていた。

次の瞬間には真顔になり「なるほど」と答えていたけど、どうやらご主人様も驚いたようだ。

 

それにしてもエステル男爵は皇帝陛下が怖くはないのだろうか?

言っていることが本当なら大丈夫だろうけど、男爵が勝手に言っているだけだったら不敬罪で処罰されてしまう。

ご主人様は自由民だから、最悪逃げれば何とかなるだろうけど......

どちらにしても、少し注意したほうが良いでしょうね。

 

そう思いながら男爵の話しを聞いていると、彼はご主人様に入会式まではハルツ公爵に会わないように注意した。

理由はよく分からないけど、入会試験の合格直後に推薦者に会うことは、エステル男爵の言い方から察する限り、ご主人様の不利益につながるようだ。

 

ご主人様が少し考えてからうなずくと、エステル男爵は席を立った。

そして、私たちに老紳士が帝国開放会の総書記でセバスチャンと言う名前だと説明すると、細かい話は彼に聞くようにと言い残して会議室を出ていった。

 

エステル男爵が居なくなると、セバスチャンさんが説明をはじめた。

「それではミチオ様、よろしければ当ロッジの説明をさせていただきます」

「頼む」

「こちらへお越しくださいますか」

セバスチャンさんはそう言うと、ハーブティーを飲み干した私たちを案内しはじめた。

 

豪華な会議室を出ると、先ず私たちは先ほどの会議室よりは少し小さ目の会議室に案内された。

扉を開けて中を覗くと、20人くらいで使えそうな丸テーブルとその周りをぐるっと椅子が取り囲んでいた。

セバスチャンさんの説明ではパーティー同士の親睦などに使う部屋らしく、同じような部屋は2階にもあるとのこと。

先ほどの部屋よりは簡素だけれど、それでも十分豪華な部屋だ。

利用したい場合はセバスチャンさんか案内係の女性に依頼すれば良いようで、部屋の利用は無料だけど代わりに飲食物を注文しなければいけないとのこと。

 

次にセバスチャンさんは、私たちが最初にここに来たときにゲートを抜けてきたロビーに案内した。

ロビーの正面にはひときわ大きな扉があるが、この場所は非公開となっているので、基本的には開かない。

部屋の隅にも出入口があるけど、業者や職員専用の通用口なので緊急の場合を除いて会員はフィールドウォークでロビーの壁から入館して欲しいとのこと。

 

ロビーは20m四方くらいの広さで、大扉の正面に受付けカウンター。受付けカウンターの左右に奥に続く通路がある。

右側にはカフェが併設されていて、飲み物と軽食が頂けるとのこと。左側はソファーとテーブルがいくつかあり、待ち合わせなどに自由に使ってくださいとのことだ。

 

それからセバスチャンさんはカウンターの右側の通路に私たち案内した。

因みに私たちが最初に連れて行かれた会議室は左側の通路の奥だ。

 

セバスチャンさんに連れられて通路を進むと、すぐに右手に2階に上がる階段があった。

その階段の前まで進むと、彼は「この階段をあがると2階には大会議場と先ほどお話しした中規模の会議室。3階には資料室などがございます」と説明してくれた。

ただ、ここで教えてくれたということは、今日は案内はしてくれないのだろう。

 

そう思っていると、セリーがセバスチャンさんに資料室のことを質問した。

メモ書きのような資料もあるけど、迷宮の攻略方法なども収集されているらしい。

セリーは是が非でも見せて欲しいようで、ご主人様の委任があれば閲覧可能だと聞くと、目を輝かせて喜んだ。

そして、セリーから期待を込められた目を向けられると微笑みながら小さくうなずいたので、ご主人様も彼女に資料室に行かせようと考えているようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

階段の前を通り抜けると、通路の奥に扉があった。

すると、セバスチャンさんはその部屋は開放会の店舗だと説明し、私たちを中に入れてくれた。

 

部屋に入ると、そこは迷宮探索に必要な装備品が展示してあった。

セバスチャンさんは店舗と言っているけど、武器屋や防具屋のように棚や剣たてに武器や防具がたくさん置いてあり自由に手に取れるように売っているわけではなく、ひとつひとつ展示するように並べられていた。

 

部屋の右側に武器類、左側に防具類、奥のカウンターの周りに小物類が展示してあるようで、カウンターの後ろの壁にも装飾の派手な盾や鞘に宝石が散りばめられた見るからに豪華な剣が飾ってある。

どうやらここにある装備品はクーラタルや帝都の武器屋や防具屋では売っていないオリハルコン製やスキルのついた装備品で、通常はオークションでないと手に入らない物ばかりのようだ。

 

ご主人様はかなり真剣に装備品を見出したけど、ここでの装備品の売買にお金の他にポイントが必要で、そのポイントは強力な装備やスキルのついた装備品を売らないと貯まらないことを説明されると難しい顔になった。

そして、売れ行き状況や売れ筋商品を確認し、身代わりのミサンガの買取り金額やもらえるポイント数を聞いていた。

聞いたあとにチラッとセリーに視線を向けたので、どうやら身代わりのミサンガを売ってポイントを稼ごうと考えているみたいだ。

ただ、装備品はかなり安く買い叩かれるみたいで、緊急でなければオークションで売ったほうが良いと諭されて少し困った顔をしていた。

 

セバスチャンさんは私たちが損しないよう善意で言ってくれているのだろうけど、セリーがモンスターカードの融合を失敗したことがないことを知っているご主人様からすると、余計なお世話なんだろう。

 

そんなことを考えながら話しを聞いていると、不意に視界の端に大きな盾が映った。

あれは、昔見たことがある竜騎士用の大盾だ。確かご主人様が興味を示していたはずだ。

ちょうどセバスチャンさんとご主人様の会話が一段落したので、私は大盾があることを報告した。

 

「大盾があるようですね」

「あれが大盾か?」

「大盾ですか」

私が盾を指差すと、ご主人様とベスタが返事をした。

ご主人様はともかくやはりベスタは大盾に興味があるようだ。

 

「前に竜人族の人が同じような大きさの盾を持っているのを見たことがあります。あれが多分大盾でしょう」

「頑強のダマスカス鋼大盾でございます」

ご主人様の疑問に答えると、セバスチャンさんが補足してくれた。

 

ご主人様は大盾に近づいてじっくり観察をはじめ、「ダマスカス鋼の大盾か......」とつぶやいて思案をはじめると、セバスチャンさんは「会員様や会員のパーティーメンバーに竜人族のかたも多くおられます。そのため当店舗でも大盾を扱うことが結構ございます。ミチオ様のパーティーにも竜神族のベスタ様がおられますので、是非ご検討ください」と言ってニッコリと微笑んだ。

 

ご主人様は「うむ」と返事をすると、一度ベスタを見てからセバスチャンさんのほうを向き、「まあそうだな。その際は宜しく頼む」と言って大盾の購入をやんわりと断った。

つまり今まで通り、ベスタは両手剣二本のままということになるようだ。

 

店舗の説明が終わると、セバスチャンさんは私たちを宴会場に案内した。

宴会場には円卓がいくつもあり、バーカウンターが併設されている。

酒宴の際に使われる部屋らしいけど、宴会の予定がなくてもバーの利用は可能とのこと。

また、料理の注文も可能で、食事だけの利用でも問題ないそうだ。

但し貴族の方の利用が標準となっているので、一般的には高級料理と言われるものしか無く、それなりの値段とのことだった。

 

宴会場の説明が終わると、セバスチャンさんは再びロビーまで私たちを案内した。

 

「当ロッジについて、一通りご案内差し上げました。何か質問はございますか?」

「いや、特に質問はない」

「ではミチオ様。5日後の入会式は昼過ぎからですので、少し前にお越しください」

「分かった」

 

ご主人様が返事をすると、セバスチャンさんは「またのお越しをお待ちしております」と言いながら腰を直角に折り曲げて礼をした。

私たちも「本日はありがとうございました」と言って一礼し、その後、ご主人様がロビーの壁にワープゲートを開いたので、ゲートをくぐって帰宅した。

 

ゲートをくぐり抜けてダイニングに入ると、ご主人様が「はぁー、疲れたー!」と言いながら大きく息を吐いた。

殆ど表情には出していなかったけど、だいぶ緊張していたようだ。

 

「お疲れ様でした。無事合格出来てよかったですね」

「ああ。入会式はまだだから安心は出来ないが、取り敢えずひと段落だな」

私が労うと、ご主人様はホッとした表情になった。

 

「入会式は5日後とのことですが、それまでに何か準備することはありますか?」

「いや。特にないな。取り敢えず入会式までは今まで通り迷宮探索を続けよう」

「かしこまりました」

 

はたして5日後はどうなるか。

すんなり入会出来るのか。

 

入会式はご主人様しか出席出来ないので私たちは家で留守番することになるだろうけど、秘密組織への入会後、迷宮探索にどんな変化が起こるのか。

実は少しだけ楽しみにしていることは、みんなには内緒にしておこう。

 



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