魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA (まみむ衛門)
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黒羽家苦労ばかりチャート編


開いていただきありがとうございます。
RTAモノなので当然のように淫夢要素・パロディ要素・RTA動画要素がありますのでご注意ください。


 名作ゲーム「魔法科高校の劣等生 イレギュラーズ・ライフ」RTA、はーじまーるよー。

 

 まずは開始する前に、このゲームの説明をします。

 

 このゲームは、有名ライトノベル「魔法科高校の劣等生」シリーズを元にしたものです。原作主人公・司波達也と同い年の魔法師として生を受け、自由に魔法師人生を体験するという、微妙にマニアックなゲームとなっています。フルダイブVRという非常に新しい技術で作られており、かの有名ライトノベル『ソード・アート・オンライン』のアンダー・ワールドがついに現実になったという形です。

 

 かがくのちからって すげー!

 

 今回走るのは、「来訪者編クリア」というトロフィーを獲得するまでのタイムを競うルールです。本作は、高校入学までの0章編、そしてメインとなる高校生活三年間を描く1・2・3章の4章構成となっています。つまり実質淫夢ですね。

 

 そのうちの1章の終盤のルートの一つが、この来訪者編です。3章クリアまでやるととんでもなく時間がかかるのですが、1章クリア手前までで済む、お手軽なルールとなってます。

 

 さて、本作は独特の時間システムが採用されています。

 

 なんと、自分で行動できるようになってからは、まるで本当の人生のように、全く同じ時間を過ごすのです。

 

 1日は24時間きっかりですし、会話はAボタン連打で飛ばすこともできないし、ムービースキップも有りません。全てが「本当の時間」となります。何もない日も暇な日も、全部同じ時間が流れています。本当に作中人物になりきるわけですね。

 

 ちなみに、死亡したらコンテニューということもなく、即ゲームオーバーで初めからです。セーブもロードもありません。なんだこれは、たまげたなあ。

 

 そういうわけで、本作は、クリアまでのタイムではなく、実質同じ意味を持つ、「クリア時のゲーム内時間」の早さを競うことになります。例えば、クリア時のゲーム内時間が1919年8月16日7時14分22秒だった場合は、それが記録として登録されます。1919年8月15日11時45分14秒でクリアすれば、先ほどの記録よりも上、と言った感じで競うわけですね。

 

 つまり本作は、RTA(リアル・タイム・アタック)のリアル・タイムの意味が、ゲーム内のリアルな時間、を指します。ホモは屁理屈、はっきり和姦だね。

 

 それでは次に、来訪者編クリア、の条件を確認していきましょう。

 

①来訪者編に入ること

 

 これをクリアしなければならないのですから、無限にあるルートの中でここにたどり着かなければなりません。

 

②USNA軍関係者が帰国すること

 

③パラサイトが活動を停止すること

 

 そしてこの二つが、来訪者編クリアの条件となるわけです。本RTAは、これら3つの条件を、なるべく早くクリアすることを目的とします。

 

 

 

 

 それでは、本編に入りましょう。

 

 

 

 本ゲームは、司波達也・司波深雪と同学年の魔法師になるように生まれることになっています。どのような環境に生まれ、どのような才能を持っているのか、どんな体なのか、どんな名前なのか、などはこちらで決められず、非常にランダム要素の強いです。まるで現実みたいだあ(直喩)

 

 しかし、あまりにもランダムすぎるとつまらないので、救済措置として、自分がどの分野の魔法に才能を持って生まれるか選択することができます。偉大なゲームに倣って、プレイヤーの間では「素性」と呼ばれています。まあ、全く意味が違うんですけどね、初見さん。

 

 といっても、「そう生まれやすい」というだけであって、そこもランダムです。なんでや! こんなんクソゲーや!

 

 選べるのは、八種の魔法それぞれと、精神干渉系、無系統、古式魔法。このどれかから選びましょう。このルートでは、プシオン生命体であるパラサイトを相手にしなければならないので、古式魔法か精神干渉系が人気です。

 

 当然私が選ぶのは安定の精神干渉系。偉大なる原作でも、深雪ちゃんがパラサイトに止めを刺したのは精神干渉系魔法『コキュートス』でしたからね。

 

 さて素性を選び、生まれる瞬間を迎えます。どこの家に生まれるでしょうか。精神干渉系で強い家系と言えば、中条家ですね。精神干渉系を選んだ際に最も確率が高く、そして強力なため、最安定のルートとなります。あの合法ロリがお姉ちゃんになります。素晴らしい……(突然のノンケ宣言)

 

 当然これを目指しますし、それ以外のモブみたいな家系に当たれば即リセです。生まれた瞬間に自死するわけですね(残酷)

 

 さあさあ、どうなるでしょうか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんということでしょう。ポケットモンスタールビー・サファイアのマボロシ島もかくやと言われるほどに確率が低い四葉家に生まれてしまいました。いや、本家じゃないだけマシなんですけど。

 

 どうしましょう。これ、中条家じゃないから即リセかというと、そうでもないんですよね。

 

 四葉家の場合、原作既読兄貴なら分かるかと思いますが、必ず強い魔法師になる才能を持っているんです。成長環境としても、暗殺者として育てられるのでかなり良いです。TASさん並に最速・理論値を目指す場合は四葉家以外にあり得ません。

 

 しかし、このルートはあまりにも安定しません。まず深雪ちゃんの同級生と言うことで後継ぎ争いに巻き込まれます。彼女が次期当主になる事は、現当主の既定路線なので、上手く立ち回らないと訓練中の事故(事故とは言ってない)で死に至ってしまい、ゲームオーバーです。さらに、そこは回避できたとしても、厳しい訓練は普通に死亡率が高いし、常に忙しい家なので、吸血鬼事件に関わらせてもらえず、タイムを早めることができない可能性がかなり高いです。

 

 いわばハイリスクハイリターンのスーパーハードモードなんですね。

 

 うーんどうしましょう。幸いゲームシステムの都合、ここはいくらでも迷うことができます。

 

 一応、万が一こちらを引いた時のために、チャートもちゃーんと組んであるんですよね……。ただ問題は、借り物のチャートがあるだけで、私はこのルートを一度もプレイしたことがないことですね。一度も通したことないではなく、一度もプレイしていない、ですよ。半分初見みたいなものです。

 

 

 …………せっかくだし、走ってみましょう。別にダメならなかったことにすればいいだけです(無慈悲)

 

 

 それでは、この人生を体験していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒羽蘭としての人生を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「黒羽家」のトロフィーを獲得しました〉




よろしければ過去作品もよろしくお願いします
マジカル・ジョーカー(原作・魔法科高校の劣等生)
https://syosetu.org/novel/198515/
夜明けと晴天(原作・呪術廻戦)
https://syosetu.org/novel/260771/


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 スーパーハードモード人生のRTA、はーじまーるよー!

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「人生の始まり」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 いきなり操作可能になったので、はい、よーいスタート(棒読み)

 

 さてこのゲームで操作可能になるのは小学校入学と同時です。パラメータ確認と行きたいのですが、このゲームはそんなものはなく、リアル世界と同じで数値化されません。全部隠しステータスです。

 

 あ、そうだ(唐突)

 

 実際のこのゲームはフルダイブVR、つまり究極のFPゲームなのですが、録画モード状態では、同時に三人称俯瞰視点も録画してくれます。ごらんのとおり、この動画では基本的にこの三人称視点をメイン画面に、右上の小窓に通常視点を表示しておきます。画面酔い兄貴もこれで安心ですね。

 

 

 まず入学式から先は、目立たず普通に過ごしましょう。ここから先、どんなルートでも必ず不登校になります。中条家ルートだと、いつもロリなのにさらにロリ度が増してペドと化したあずさお姉ちゃんが涙目で毎日説得してくれるという素晴らしい体験ができるのですが、四葉家では小学校不登校はよくあることなので、そういった家庭と人心が崩壊する様を見ることはできません。

 

 入学式が終わるや否や、モブフェイスの使用人(精神干渉系魔法で洗脳済み)が迎えに来てくれますので、即帰宅し、家に残った痕跡から、黒羽蘭がどのような体で、自分が生まれたことでどのように世界が変わったのかを確認します。

 

 

 早送りして家につきました。この移動も私は早送りせず待ってたんですよ?

 

 では確認しましょう。黒羽家の魔法実験室や訓練室は地下にあります。家の面構えを見た限り、家の構造は通常と大きく変更はなさそうなので、迷わず向かえますね。

 

 まずは能力のチェック。一般家庭ならまだ魔法に関するあれこれを知ることはできませんが、百家支流以上の家庭では普通に物心つく前から魔法力のチェックと魔法訓練を行っています。多分、虐待だと思うんですけど(名推理)

 

 

 さて、最重要項目ですが……良かった、精神干渉系にちゃんと偏っています。

 

 四葉家の血筋は、精神干渉系か特異な魔法、どちらかに高い才能を持って生まれます。仮にパラサイトによく効く精神干渉系じゃなくても、特異な魔法が当たりだったら、パラサイトは深雪ちゃんに任せておいてUSNA軍の相手をしてとっとと帰らせるなどが可能なので、基本的に問題はありません。一つ起こりうるとすれば、お兄様こと達也アニキみたいに、えげつない魔法に魔法演算領域のほぼ全てが取られて、普通の魔法の才能が皆無というパターンです。これも達也お兄様のように大当たり魔法だったらまだしも、難しいだけでクソの役にも立たない魔法で犯されていようものなら、魔法師の屑がこの野郎、となってリセットとなります。

 

 今回は精神干渉系に強い適性を示し、それ以外はまあまあ高いってところですね。多分四葉の平均ぐらいです。

 

 

 次に身体機能のチェックです。女の子にTSしたので……やはり身体能力は男に比べたら低いですね。ただ、身体障害等はありませんので、問題ありません。

 

 

 

 ん? なんだこれは?

 

 

 

 声帯障害と、表情筋障害……? 今まで見たことないですが、まあ、きっと大差ないでしょう。芸能人になるわけでもないので。

 

 

 

 それでは本格的に速さを追求する動きを行っていきます。まあ、ただの自主練なんですが。

 

 鍛えるのは、移動系魔法、加速系魔法、精神干渉系魔法が中心です。移動速度上昇とメインとなる精神干渉系の強さがタイムに影響するのは当然ですが、それ以外にも理由はあります。この世界の魔法は当然防御魔法もあるのですが、これは移動系と加速系の障壁魔法で大体事足りるんですね。それ以外は最低限で問題ありません。

 

 では訓練の内容ですg――

 

 

 

「「ただいま」」

 

 

 

 ――おや、誰か帰ってきたようですね。声からして非常に幼いです。まあ、誰でもいいので訓練に戻ります。

 

 もうすでに画面では動き始めていますが、これは加速系と移動系の訓練です。この二つの魔法を併用して、障害物を避けつつ走り回りながら、とんでくる妨害を障壁魔法で防ぐ、という形ですね。歳をとるごとに厳しくなり、中学生になる頃にはもう妨害が実銃やマシンガンになってる頭のおかしい設備ですが、今はただの子供向けゴムボールがゆるーく発射されるだけですし、障害物もスポンジ製です。にしても無駄にパステルカラーですね。黒羽家、意外とメルヘン趣味なのでは?

 

 この練習は、消費する体力が非常に大きいですが、時間当たりのパラメータの上昇量が大きいことが先駆者兄貴姉貴たちによりわかっています。体力も隠しステータスなのでオーバーワークに気を付けなければいけませんが、やはりこの効率は魅力ですね。

 

 さて、初クリアのスコアですが……はい、四葉家ルートとしては平均的です。先ほど操作不能段階で測られた魔法力から予測できましたが、悪くはなさそうですね。

 

 

 さて、今の段階ではこれは一回が精いっぱいです。ドリンクサーバーで水分補給をしながら、着替えて自室に戻ることにしましょう。

 

「あ、おねえさま……」

 

 おっと、先ほどの声の片方の主とばったり遭遇しましたね。顔つきからして、黒羽亜夜子ちゃんです。察するにもう一人は文弥君でしょうね。いやあ、こんな可愛い二人のお姉ちゃんだなんて興奮しちゃうなあ。なんと一緒にお風呂も入れるし、アレもコレも見放題です。さすが良い子のSERO・Zですね。不知火舞の比ではありません。動画では当然モザイクかカットです。走っていた当時、ニコ生で放送していたのですが、うっかりモザイク忘れてBANを食らったこともあります(いっ敗)

 

 

 

 とりあえず適当に対応しておいて、さっさと自室に向かいましょう。

 

 

 

 自室でやることは、魔法の研究です。先ほどのデータを見る限り、黒羽蘭ちゃんは精神干渉系魔法の適性が高いので、四葉の血という事情を考えると、十中八九、属人的な固有魔法を覚えます。どのような固有魔法なのか、チェックしていきましょう。ハズレ魔法だったらリセットです。パラサイトを仕留められる魔法でなければなりませんからね。

 

 この魔法の研究は、とんでもない時間がかかります。何せ、無限に近しいパターンがある魔法から手探りで当てなければなりません。小学校卒業までに見つからなければ、リセットします。

 

 

 

 

 以上、これを毎日やります。

 

 

 

 

 いや、比喩ではありませんよ? 毎日です。

 

 これから学校には死んでも行きません。適当にやりすごしながら、余った時間は全て訓練と研究です。

 

 当然クソみたいな光景になるので、動画では早送りしますね。面白いイベントがあったらいったん止めます。

 

 では114514倍早送りを背景に、雑談でもしましょう。

 

 

 

 

 いつかお話した通り、本ゲームはまるで本当の人生のようなので、無限にルートが存在します。そのため、来訪者編ルートを迎えることがまず絶対条件となるわけです。

 

 では来訪者編の条件ですが――なんで等速に戻す必要があるんですか?

 

 

 

 小学二年生の5月ですね。普段実父のクセにめったに話しかけてこない絶賛ネグレクト疑惑の父親こと黒羽貢パパが、部屋をノックしてきました。

 

 とりあえず適当に対応しましょう。

 

 なるほど、お出かけですか。これが一般家庭だったらたまには家族で旅行でもどうだみたいなロスイベントなので拒絶しますが(家庭崩壊)、四葉はそんなことはほぼありません。夏休みなどでは上級国民なのでレジャーに行きますし、実はすでに何回か誘われて断っているのですが、今回は普通の日ですし、なんか様子が違います。ついていきましょう。

 

 はい、移動時間はカットします。無編集版は量子コンピューターの普及によって無限の容量を得たYouT〇beにアップしてあります。動画時間は、今のところ約1年1か月ですね。

 

 

 

 東海地方にある、とある山の奥。どうやら、四葉の村に呼び出されたようです。

 

 ああ、なるほど、これはご当主様とのお目見えということですね。時期的にはちょっと早い気がしますが。

 

 

 いやーそれにしても立派なお屋敷です。こんなところにイケメン執事(ホモ)と美少女メイド(ノンケ)を侍らせて住んでみたいものですね。トイレだけでも私が住んでいるワンルームアパートより広そうです。ファック。

 

 お、みなさんあれを見てください。あそこにいる絶世のロリ美少女が、我らが妹様深雪ちゃんです。ルートによっては、あの裸とかお風呂で見放題だし、アレもコレも触れる可能性があります。当然、そんなことはしません(鋼の正義感)。タイムの邪魔です。

 

 そしてその後ろに控えている顔の怖い男の子が、お兄様・達也君ですね。この段階では同級生なので8歳。訓練で、成熟した成人魔法師相手に勝って殺害をとっくに達成し、それよりもやばい訓練を受けているところですね。ゴムボールが軟式野球ボールになって、障害物が小児用ハードルと平均台に変わっただけの私とはえらい違いです。

 

 おっと、私の妹と弟である亜夜子ちゃんと文弥君も遅れて到着しました。あっちにはお父様である貢も一緒です。なぜか、私は使用人(洗脳済み)と二人きりで車に乗っていました。あちらは家族団らん旅行だったんでしょうか。蘭ちゃんは差別を受けているみたいですね。どうでもいいですが。

 

 

 

 ここからは退屈な儀式なのでカットです。にしても、深雪ちゃんも亜夜子ちゃんも文弥君も、小さいのに良い子ですね。ちゃんと最後まで落ち着いて儀式の邪魔になりませんでした。

 

 

 

 さて、ここで本ルールのキーマンとなるお兄様と妹様に会いに行きましょう。もしかしたら、黒羽蘭ちゃんの存在やそのあとの行動のバタフライエフェクトで、この二人に大きな変化が訪れているかもしれません。

 

 確認するのは、二人の魔法力です。凍結、『コキュートス』、『分解』、『再成』、など、二人の重要魔法に関わる言葉を会話の端々の織り交ぜ、本人たちだけでなく、周囲の大人の反応も見ます。少しでも反応があれば、二人がその重要魔法を覚えているということですからね。

 

 ……よかった。大丈夫そうですね。原作通りでしょう。

 

 ちなみに先駆者兄貴のエピソードなのですが、とんでもない確率の壁を越えてお兄様の双子の弟として生まれ、達也兄ちゃまは『再成』、弟兄貴は『分解』を持って生まれてしまい、自分で『マテリアル・バースト』をする羽目になったそうです。ちなみに、練習の際の操作ガバでうっかり大質量を対象にしてしまい、自爆して地球破壊してしまったとかなんとか。

 

 それはさておき、時間も時間なので、帰宅することになりました。まあ、帰宅してもいつも通りなんですけどね。では道中も早送りで飛ばしまして、帰宅したら即入浴しましょう。当然モザイクです。そして時間がないため自室にこもりまた魔法の研究です。うーん、それにしても、今回は今一つ固有魔法がわかりませんね。まあいいです。小学生の間は時間が有り余っているので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2079年5月。念願の第一子が生まれた。当時当主だった英作から送られてきたお見舞いの蘭が非常にきれいだったので、蘭と名付けた。奇しくも、達也と名付けられた深夜の第一子が生まれてから数日の事だった。

 

 それからしばらくして、念願の可愛い我が子だったというのに、そちらに構う暇はなくなってしまった。達也が、あまりにも恐ろしい力を持って生まれたと発覚したからだ。

 

 そして、達也の件が1年弱かかってようやく落ち着いたころ――途中達也に妹・深雪が生まれたりもした――には、第二子である双子の出産が迫っていた。そして無事二人とも健康に生まれ、ようやく諸事が片付いた。

 

 

 

 

 ――と思った矢先に、使用人から衝撃の告白を受ける。

 

 

 

 

 なんと、第一子である蘭に、先天性の障害があることがわかったのだ。

 

 本当は生まれて数日後にはわかっていたのだが、達也関連で気苦労が絶えない貢のために、一家一同口をつぐんでいたらしい。

 

 障害の内容は、表情筋障害。無表情で変わった笑い方をする子だと思っていたが、どうやら感情が表情に出にくく基本的に無表情、そして笑う時の顔は変な笑顔に今後なっていくとのことだ。優秀な魔法師らしく大変可愛らしい顔をしているが、もったいない話だ。

 

 そして成長を重ねるにつれ、さらに分かってきた障害があった。それは、声帯障害だ。

 

 言語認知や発達には問題ないが、発声に障害を抱えてしまっている。確かに、泣き声も、変わっていた。

 

 まるで古いフリーソフトの機械音声のような、平坦な発音。そう形容するのがぴったりだ。

 

 

 

 

 そして、ある日、気づいてしまった。

 

 

 

 

 成長に従ってだんだんと変になっていく笑顔は、間抜けな半開きの口と、くりくりした目に少しきりっとした眉の角度が特徴的だ。元の丸顔も相まって、まるでマスコットの様だ。そんな笑顔に、この話し方。

 

 

 

 

「……何と間抜けな饅頭だ」

 

 

 

 

 貢は頭を抱えてしまった。約60年ほど前にインターネットで流行っていたという、同人シューティングゲームのキャラをモデルにした生首饅頭に、これ以上ないほど、特徴が合致していたのである。

 

 それでも可愛い我が子だ。彼なりに、愛情をもって接してきた。

 

 しかしながら、笑み以外の表情は顔に出ず、話し方はあまりにもおかしくて、笑みは変、という特徴から、自然と周囲は蘭を避けるようになった。妹弟である亜夜子や文弥ですら、成長と認知の発達が早かったせいか、幼稚園生ほどの年齢になるころには、彼女を不気味に思い避けるようになってしまった。それも仕方のないことだろう。母親や、父親である自分自身ですら、あの子と向き合う時は、どこか憂鬱なのだから。幸いなのは、蘭が非常に鈍感で、周囲に全く頓着しない性質だったことだ。内心はどうだか確信は持てないが、表面を見る限りでは、気にしている様子はない。

 

 

 

 ――そんな蘭が変わってしまったのは、小学校の入学式だった。

 

 

 

 帰って来るや否や、今まで言わないと行かなかった――逆に行かせても嫌がることはなかったが――訓練場に自分から行き、そこで勝手に、まだ準備しておいただけの段階に過ぎない厳しい訓練を勝手に行ったのだ。そして、今まで見せたことないほどに熟練した動きを見せると、一回こっきりで止めて、そのまま自室にこもって、今度は色々な精神干渉系魔法を試し始めた。

 

 そしてそれから、学校に行くのはかたくなに拒否し、家にこもるようになった。まるで「憑りつかれたように」毎日毎日、移動・加速系の訓練と、自室での魔法研究を繰り返している。動きの鋭さは日に日に増していき、その研究の内容はピカピカの一年生どころか小学生の領域に収まらない。

 

 さらに変わったこととして、入学式以来、彼女は、人と口を利かなくなった。まず自分から話しかけることはしなくなったし、話しかけられても適当に短い返答だけして、なるべく早く会話を終わらせようとしている。対応があまりにもぞんざいなものだから、使用人たちは最低限しか話そうとしないし、亜夜子と文弥にいたっては何回かその対応を受けてから怒って関わろうともしない。かくいう自分もまた、親失格なことに、彼女と話すのは避けている。

 

 そんな日々が続いたある日、またも蘭が事件を引き起こした。各分家の子供のお披露目・交流を目的とした儀式めいた集まりだ。てっきり、蘭は何にも興味を示さずに過ごすから心配ないと思いきや、なんと、よりにもよって、次期当主筆頭と目されている深雪と、今四葉で最大の火種となっている達也に、単身向かっていったのだ。

 

 向こうは当然、驚愕する。あの表情にあの話し方では、子供にとっては衝撃だろう。また、「四葉」としてはいないもの扱いであるはずの達也にも積極的に話しかけるものだから、当人たちどころか、周囲の大人も度肝を抜かれたものだ。

 

 

 

 そして、繰り広げた会話の内容のせいで、抜かれた肝が今度は冷やされる羽目になる。

 

 

 

 あまりにもわざとらしいほどに、深雪と達也の適性魔法のワードが、会話の中にちりばめられていた。裏仕事だらけで基本的に肝が太い四葉関係者でなければ、卒倒していたかもしれないほどだ。

 

 これ以上好きにさせておくととんでもないことになりそうなので無理やり連れて帰ったが、当主含め一族一同から鬼のように真相を問いただすメールと電話が殺到した。

 

 もしかして、貢が、蘭によからぬことを吹き込んだのではなかろうか。

 

 そう思うのも無理はない。自分が向こうの立場だったら、絶対そう考える。

 

 しかしながら、貢はそれを否定するしかない。何せ、本当に、全く教えていないのだから。それどころか、日常会話すら、ここ数か月はしていない。

 

 結局貢は複数人の精神干渉魔法師による嘘発見器のような取り調べを受け、シロとして解放されたが、なおも白い目を向けられている。嘘ではないとなると、貢が何かしらの形で、娘に情報を漏らしてしまったと見るしかないからである。しかしそちらもまた覚えがない。訓練場と自室を行き来するだけの娘だから何かをするということはないし、そもそもあんな悍ましい情報なんぞ絶対に持ち帰りたくなくて他の家に置かせてもらっているから、引きこもりの娘が見るタイミングはないはずだ。

 

 結局、それらの主張は事実のため、偶然として処理されることになった。思い返してみれば、あのキーワードたちも、文脈的に言えば不自然ではなかったような気がしないでもない。達也に関しては、今の四葉の大人たちは神経質になりすぎてしまう。いわば、被害妄想の類だ。

 

 そう処理されたのはありがたかった。しかし、何よりも当の貢が、それを信じていなかった。

 

 あの娘は不気味だ。何か、とんでもないことを考えている気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 ――生まれるはずのなかった娘のせいで、貢の胃は、すっかり荒れ果てていた。



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3-1

 マジで何年間も作業しなきゃいけないRTA、はーじまーるよー!

 

 

 はい、ここから先もいつもの作業を超速早送りでお送りします。変わったことと言えば、地下訓練施設の設備が、ついにペイント弾になったことですかね。

 

 

 では、途中になっていた来訪者編ルート突入の条件について説明しましょう。

 

 

 皆さん、神たる原作者がなぜ「来訪者編」と名付けたか、考えたことはあるでしょうか。

 

 普通に読み進めていたら、USNAから来訪した軍人たち、とくにリーナを指したタイトルだと考えられるでしょう。

 

 しかし――なんで等速に戻す必要があるんですか?

 

 

 

 止めたのは小学四年の11月ですね。

 

 固有魔法のヒントが掴めたみたいです。

 

 基本的に、四葉家の固有精神干渉系魔法は、マイナス感情に起因するものが多いですね。『毒蜂』や『マンドレイク』の恐怖、『グリム・リーパー』の死、『ダイレクト・ペイン』の痛みなどです。こういう中でもやはり、深雪ちゃんの『コキュートス』は浮いています。

 

 さてさて、では掴めた足掛かりですが……なるほど、共鳴、ですかね。ちなみにこれは原作で達也兄くんが使用した『共鳴』とは名前が同じだけで別種です。

 

 部屋に入ってきたコオロギに手探りで色々試したところ、複数の個体が同じ動きをしました。しかも、効果がかなり強くて、シンクロナイズドスイミングも裸足で逃げ出すレベルです。適性魔法で間違いないでしょう。

 

 このコオロギの動きは、明らかに異常行動です。行動を決定する意志や本能が改変されたということですね。そしてそれが同じ動きをしたとなると、全部のプシオンが同じになったということになります。このように、対象Aと対象Bを同じプシオン状態にする魔法となると、共鳴系統の可能性が一番高いでしょう。対象Aのプシオン周波数を対象Bに浴びせて同じ周波数にする、という魔法です。物理的振動の共鳴のようなので、この名がつきました。

 

 

 うーん、これはハズレの部類ですね。親譲りのガバ運とまではいきませんが、パラサイトに有効だとするには、ここから先の進展次第です。

 

 

 とりあえず、ここから先は人体実験が不可欠なので、最近冷たいパパにお願いしておきましょう。

 

 さて、最低限やることを終えたので、研究は一時中断し、情報収集に入ります。というのも、黒羽家の長女に生まれたということは、私こと黒羽蘭ちゃんが四葉家の当主候補になっている恐れがあるからです。もしそのままにしておけば、妹様を当主にしたい四葉本家によって、ヒドいことをされてゲーム―オーバーにされる可能性が高いでしょう。

 

 というわけで、向かう先はパパの書斎です。一応お嬢様なので、ちゃんとノックしましょう。ロスにならないよう、毎朝食事の時には必ず家族の予定に耳をそばだてています。一日在宅なのは確認済みです。数年間無駄な努力を続けていましたが、それはこの時のためだったんですね。

 

 パパが出てきたので、今の四葉家の次期当主事情を尋ねてみましょう。

 

 お、なるほど、私ではなく文弥君を指名しているようです。念のため、私が絶対あり得ないことも確認しましょう。お、ありえないそうです。順調ですね。では人体実験準備のお願いもしましょう。はい、これも通りました。にしても、こちらに合わせて準備してくれるなんて、気の利いた親です。

 

 では、このウキウキ気分に乗って、ペイント弾飛び交う訓練に向かうことにします。ではまた早送り。

 

 

 

 ここで話の続きといきたいところですが、四葉分家ルートの11月頭は、ビッグイベントが近いため、早送り時間は短いので、またの機会にしましょう。

 

 

 

 というわけで、11月半ばですね。

 

 

 ここが四葉分家ルートの最初の難関です。

 

 

 珍しくパパが同乗する黒塗りの高級車に揺られ、四葉がひっそり所有する山の一つ、その奥にある秘密訓練場に向かいます。

 

 今現在車の中でパパが説明している通り、今から私には、本格的な訓練が課されるのです。ちなみに、亜夜子ちゃんと文弥君は、なーぜーかー、すでに戦闘訓練を開始しており、先駆者姉貴・兄貴となっています。ロリ妹姉貴とショタ弟兄貴に甘えてえなあ、俺もなあ。

 

 

 

 そしてその秘密訓練場で戦うのは……なんと、ショタ状態の達也兄君さまです。(デデドン!)

 

 

 

 

 そう、四葉分家ルートの場合は、なぜかプレイヤーは高確率で、このタイミングで達也お兄ちゃまと訓練をする羽目になります。通常プレイだとどうやらそうでもないらしいのですが、俺TUEEEEEプレイやRTAだと、よく遭遇します。どうしても強さを求めると悪目立ちしてしまうのでしょう。やはり、強さには犠牲が付き物なんですね(ホモは文豪)

 

 

 さて、たとえショタであろうと、達也兄やはこの世界最強の存在です。さすがです、お兄様! 

 

 

 そもそも、このゲーム自体が鬼畜難易度なんですよね。どんなに魔法の才能や恵まれた身体能力があっても、その体の中身は結局のところプレイヤーで、操作するのもプレイヤーです。魔法戦闘になった場合、どんなにゲームに熟達していても、人生かけて訓練してる人たちに勝てるわけないんですよね。なんなら、私たちは現実の肉体が死ぬわけではなく、臨死体験が死ぬほど辛いだけなので、背負ったものが違うというやつです。ゲームのキャラなのに本当に人間味しか感じませんよ、ええ。

 

 だというのに、ここは、敗北してはいけません。ただゲームをRTAしてるだけのインキャ引きこもりな私が、6歳にして30歳のプロ戦闘魔法師を訓練で殺害できるほどの達也にいさま(御年10歳)相手に、負けてはいけないんです。無理ゲーですよね?

 

 

 

 はい、実際難関です。

 

 

 

 しかしながら、ここには抜け道も存在するのです。

 

 

 

 じゃじゃーん! て、皆さんの視点では分かりませんよね。

 

 こちらが実際のゲーム画面です。なんということでしょう、三人称俯瞰視点になりました。右上の小窓とメイン画面が全く同じですよね?

 

 そう、本作は、どうしてもこのゲームをプレイしたいけど、VRが無理というわがままフェアリーのために、三人称コントローラー操作モードもあるんです。通常視点と違って見える距離は狭いですが、上から客観的に見下ろせるので、狭い場所での戦闘には最適です。ちなみに、ゲーム内の痛み等の感覚から逃れることはできません(無慈悲)。製作者はよほど感覚を味わってほしいんですね。糞尿レストランもびっくりのドSです。

 

 そういうわけで、今回はこの視点で戦うことにしましょう。勝率が幾分かアップします。

 

 

 

 そして、戦闘の前に、二つ、やることがあります。そのうちの一つが、まずこの訓練のルールを確認することです。

 

 これは四葉サイドが仕掛けた罠である、というのが、先駆者兄貴たちの調査によって分かっています。こちらが子供なのを良いことにルールを明確に設定せず、いきなり達也お兄様と訓練させ、その中で意図的に「事故」を起こして、プレイヤーを消そうとしているのです。人間の屑がこの野郎! 

 

 まあでも、RTAにしろ俺TUEEEEプレイにしろ、達也お兄ちゃんもびっくりなほどに幼少期から異常行動を繰り返すことになるので、四葉家なら、不穏分子として消したくなるのも無理ありません。それを「子供同士の訓練だったから仕方なかった」で済むように、しかも人間扱いでない達也兄くんに手を汚させる、という、ぐう畜淫夢ファミリー勢ぞろいしても劣る程の畜生ぶりです。

 

 そういうわけで、その思惑を破るために、ルールの確認をして、おかしいところがあればその都度指摘します。急にダンガンロンパが始まりましたね。

 

 

 こちらが追加するルールは次の通りです。これらは絶対で、あとは各走者の好みで追加があります。

 

 ・殺傷性ランクC以上の魔法は禁止

 

 ・司波達也は『分解』およびそれに類する魔法を禁止

 

 ・凶器の使用禁止

 

 ・殺傷性ランクC以上に相当する行動の禁止

 

 ・殺害や重傷になるような攻撃の禁止

 

 ・危ないと思ったら各自の判断で降参可能で、オーバーアタックは厳禁

 

 

 

 当然、これらのルールはあって当たり前のことなのですが、汚い大人たちはわざと設定してないわけですね。ホモビのガバ設定もびっくりです。

 

 さて、このルールを無事通すことができました。殺傷性ランク制限については、『モノリス・コード』などと同じようにBランク以上禁止に緩和される恐れがありますが、絶対にCまで禁止にしましょう。Aは拳銃以上、Bはナイフ、Cは果物ナイフなどの殺傷を目的としない小型ナイフ程度、と定義されており、この世界でもそれは踏襲されています。いや、普通にCも危ないでしょ。というわけで、やろうと思えば簡単に人を殺せるCも禁止にしてもらいました。Dは道具を使わない成人男性の殴打程度ですが、さすがにこれなら魔法師なので大丈夫です。

 

 それともう一つ。ここにいる全員、つまり、パパ(屑)、四葉の配下(屑)、達也あにぃ(ショタ)、この全員に改めて、自分自身が当主になるつもりはさらさらないし、文弥君でも深雪ちゃんでもどっちでもよいことを宣言しましょう。これで野心がないアピールが完了し、四葉からの露骨な攻撃は減ります。また、達也兄チャマがつい負い目を感じて、うっかり手加減してくれることもあります。おお、うまいうまい。

 

 ではさっそく、ロリボディで訓練用の服にお着換え(鋼のモザイク)をして、兄上様とのバトルに移りましょう。

 

 

 

 

 ――ここの結果次第で、今後が大きく変わってきます。

 

 

 

 

 まず勝利した場合は、最強お兄様に勝ったということで、様々なステータスにプラスの隠し補正がかかるようになるというデータがあります。ルール改変しないでルナティックモードで勝利した時のボーナスに比べたら雀の涙ですが、安定一択です。

 

 次に敗北ですが、負けて当たり前の難度なので、特にデメリットはないです。むしろ四葉からの警戒が薄まるというメリットすらあります。

 

 つまり、普通は勝って万々歳、負けても無問題です。

 

 

 

 しかしこれはRTA。競争の世界なので、当然、敗北はリセです。ゴミ山大将敗北者になった場合、勝利した場合の記録には、よほどのことがない限り絶対に勝てません。こうした性質を持つこのイベントの存在こそが、四葉分家ルートがハイリスクハイリターンとされる理由の一つです。

 

 

 

 では、戦闘を開始します。

 

 達也アニキは『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を持っているため、プレイヤー特権で三人称俯瞰視点が可能な私よりもさらに視野が広いチート野郎です。普通の魔法師なら、CADの照準から逃げ続けていれば絶対に回避できるのですが、達也おにいたま相手にはそういうわけにはいきません。

 

 そこで活きるのがこちらです。

 

 

 ほら見てくださいあの驚いた顔。ポーカーフェイスが剥がれる瞬間は、ズルズルして気持ちがいい(至言)

 

 

 今私が使っている魔法は、原作では『仮装行列(パレード)』と呼ばれているものです。

 

 とはいえ、本来の用途のように見た目を変える必要はなく、本気モードのリーナちゃんのように、エイドス上の座標情報しか改変していません。こうすることによって、達也にいさまは、私に直接干渉する魔法が通じないことになります。『分解』があれば成す術ないのですが、事前に禁止してあるので安心です。『分解』禁止ならば他にもやりようはあるのですが、ここは『パレード』で対応する必要がありますので、ご注意ください。

 

 

 さてこうなると、あちらは、物やサイオンを飛ばしたり電撃を当てたり、はたまた周辺の酸素を奪って酸欠を狙ったりと言った手段でしか、有効打がないですね。

 

 しかしそれらは、直接干渉する魔法と違って、対象が動いてしまえば当てにくい攻撃となります。なので、ここは今まで散々鍛えた高速移動でひたすら動き回って、照準をつけさせず、また攻撃が放たれても躱すようにしましょう。一人称だと絶対に酔ってしまうし目まぐるしく変わる景色に混乱してしまいますが、三人称俯瞰視点なのでそれも心配ありません。超高速移動するゲームなんてありふれたものですからね。

 

 さて、回避してばかりではらちが明かないので、こちらから攻撃を仕掛けましょう。使う魔法は、やはり移動・加速系です。ただし飛ばして武器になるようなものはなんら持ち合わせていないため、空気の塊をぶつけるだけとなります。

 

 おっと、ここで達也あにぃの『分解』『再成』以外のメインウェポン『術式解体(グラム・デモリッション)』が出ましたね。大量のサイオンをカッチカチに固めて大砲のように放ち、魔法式を無理やり破壊する技です。

 

 達也兄やは、干渉力こそ微妙ですが、無尽蔵の保有サイオンと『パラレル・キャスト』が可能なほどのサイオンコントロールによって、便利な無系統魔法を使いこなせます。サイオンの塊や波でダメージを与える分には干渉力はあまり問題にならないので、弱点のカバーにもなっていますね。これ本気の達也あにぃに勝てるやついるんでしょうか? 『バリオン・ランス』開発前なら十文字克人兄貴が互角に戦える、ぐらいですね。

 

 この『術式解体』によって『空気砲』が破壊されてしまいますが、これで問題ありません。この魔法は単純故、サイオン消費が非常に少ないのです。一方『術式解体』は毎回大量のサイオンを消費します。あちらの保有量は無尽蔵と言えるほどで、それこそマシンガンのごとく放つこともできますが、何千発も放つのは流石に不可能です。先駆者兄貴の検証により、四葉分家ルートの平均保有量でこの段階の達也お兄様と『空気砲』乱射で戦えば、ギリギリのところであちらが先に力尽きるという結果が出ています。

 

 

 

 

 さ、あとは作業ですね。高速立体機動しながら、空気砲を撃ち続けるだけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………あああああああああ!! 忘れてたああああ!(震え大声)

 

 これはいけません。あちらの消費率よりも、こちらの消費率の方が大きいです。

 

 あの計算、他魔法の消費が入ってないやん! ギリ勝てると思ったから注文したの!

 

 空気砲単品でギリギリなんですよ? 高速機動と『仮装行列』をずっと続けてたら、こっちが先に尽きるに決まってますよね。

 

 あああああああの達也兄やの顔、ご覧ください。こちらがあれの無尽蔵さを知らないで時間稼ぎしてるなって絶対バカにしてますよ(被害妄想)お前のことを知らないわけじゃねえんだよ! こっちが自分のことを知らなかっただけだよ!(ここ哲学)

 

 待って! 助けて! お願いします! あああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕方ありません。

 

 ――ここでオリチャー発動!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この高速移動を活かして、接近戦を仕掛けます。

 

 達也お兄ちゃま相手に接近戦は危険ですが、止むを得ません。これ以外の勝ち筋が思いつきませんでした。

 

 とはいえ、格闘戦になったら当然あちらに軍配が上がります。格闘ゲームよりもはるかに頭おかしい動きができますからね、達也お兄ちゃんは。

 

 

 狙うは短期決戦。相手の手から、あの二丁拳銃CADを奪い去ります!

 

 

 まずは『空気砲』を多重展開して、その後ろに隠れながら接近しましょう。当然『術式解体』の照準をつけるために、向こうはこちらにCADを向けます。『術式解体』は体にぶつけられるとエイドス体が大きく傷ついて死ぬほど痛いですし、『仮装行列』も壊されてしまいますので、接近しているゆえに回避が難しい状況では、こうして魔法を盾にします。

 

 予想通り『術式解体』を連射してきました。普通なら、この強いサイオン光が目くらましになってこちらが見失ってしまうのですが、こちとら主人公補正の三人称俯瞰視点なのであまり問題ありません。オリ主ナメるなこら!(理不尽)

 

 さて達也兄くんの連射速度にぴったり合うよう多重展開していた『空気砲』がすべて破壊されましたが、チート視点によって視界を奪われなかったので、向こうがこちらに向けていたCAD二丁を奪いましょう。ショタのくせに握力がすさまじく、ロリの私では勝てないので、触れたうえで移動魔法で奪い去ります。そしてそれを奪ったら距離を取って、逃げ回りながら、CADをいじくって電池を取り外します。

 

 

 

 ……あれ? なんか手元にCADがないですね。うっかり落としてしまったんでしょうか?

 

 

 

 ん? 達也お兄様がまた二丁拳銃になってますよ。まさか予備を持っていたんでしょうか。用意周到すぎません?

 

 

 

 

 あ、待って? ………………あああああああああ!! 忘れてたああああ!(数分ぶり二回目)

 

 

 

 そうだ! あっちには『再成』があるんですよ! 回復以外でほぼ使わないから失念していました! 『再成』で手のひらとCADの相対距離を戻せば、手放したCADが戻ってくるんです! 

 

 こんなん、このルールの走者なら常識ですよ。何せ、原作で披露されたのは、当の来訪者編なんですから。どうしてもあれが軸で進むので、もはや聖書のごとく、暗唱できるまで読むべきものです。最近チャートしか見てないから頭から抜け落ちてました。また髪の話はしていません。

 

 これだけ無駄行動があるってなると、戦闘後のステータスボーナスは予定よりかなり減っていることでしょう。タイム壊れちゃあ^~う。

 

 

 

 

 しかしそれでも、まだ敗北に比べたらボーナスはかなり美味しいです。諦めずに、次のオリチャー発動!

 

 

 

 

 魔法を『空気砲』から『エア・ブリット』に切り替えます。『エア・ブリット』は『空気砲』に比べて改変範囲がとても小さいので、消費サイオンはとても少ないです。弾が小さくなる分命中率はぐっと下がりますが、ここはFPSで鍛えた腕の見せ所です。まあ今はTPSですけど。

 

 これなら、計算上はギリギリ燃費で勝ってるはずです。集中力を要するので安定しないのですが、そこはもう仕方ありません。

 

 ……あ、ダメですねこれ。自分がかけた殺傷性ランクC以上禁止という縛りの『エア・ブリット』の火力では、『術式解体』で防ぐ価値すらないみたいで、なんとほぼ全部受け止めてやがります。あれ結構痛いはずなんですけどね。痛みに耐える訓練とかもしているのでしょう。『術式解体』を引っ張り出せないと絶対に勝てません。ここは別のオリチャーを思いつく必要があります。

 

 おい、やべぇよやべぇよ。

 

 先輩!? マズイですよ!

 

 っべー、まじっべーわ。

 

 何か、何か手段を…………ポクポクポクポク……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………チーン(33-4)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私には無理です、もう。

 

 なんだよ、このチート野郎。無理だよ。さすがです、お兄様!

 

 これはもうリセットですね。

 

 無理です、もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――っべー、まじっべー?

 

 ――無理です、もう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 これだ! これです!

 

 オリジナルチャート発動! さっきと同じ方法で達也お兄様に接近します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして狙う先は、達也兄君さまの――――ズボンとパンツです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 っべーで思い出しました。無理で「す、もう」で思い出しました。

 

 そう、相撲は回しがとれてち〇ぽが丸出しになったら負けなんです!

 

 もうこうなったらこのまま勢いで押し切るしかありません。

 

 

 

 

 ショタお兄様のサイズ、俺、みんなにバラしちゃいますよ~。

 

 おにいたまを、突然行って、びっくりさせたる(豹変)

 

 

 

 

 わーお、大人のおち〇こだー、とはならないはずです。そんなサイズ持ってるのは薄い本だけで十分!

 

 うおおおおおお、よし、掴んだ! あとはこれを思い切り引きずりおろすだけ……あ、達也アニキが降参しました。私の勝ちです。

 

 

 

 やったぜ。

 

 やっったぜっ!!!

 

 やったぜぇ!

 

 

 

 入ってくるボーナスはあとで確認しましょう。このゲームは、意外と変なところが多くて、楽勝よりも辛勝の方が多いということもあります。

 

 いやー、今回は集中力を要しましたね。それでは帰りま――今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「司波達也に勝利」のトロフィーを獲得しました〉

 

 



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3-2

「おとうさま、らんです」

 

 割と無遠慮なノックのあとに聞こえてきた声に、貢は思わず肩を跳ねあがらせた。今まで自分から一切話しかけてくることがなかった不気味な長女が部屋を訪ねてくるなんて、全く想定していなかったからだ。

 

 今すぐにでも逃げ出したかったが、それも不自然なので、震える声を必死に押さえて中に入るよう促す。

 

「それで、なんの用かね?」

 

 半分ぐらい、外部の人間に接するときの威圧的な態度が出てしまっている自分に嫌気がさす。自分の娘だというのに。

 

 そんな娘は、気にしている様子もなく、一切端正な顔を動かさないまま、相変わらずの安っぽい合成読み上げソフトのような不気味な声で口を開く。

 

「おとうさま、いま、くろばから、しめいしている、とうしゅこうほは、だれですか?」

 

 瞬間、意識が遠のきそうになった。修羅場をいくつも乗り越えていなければ、多分失神していただろう。

 

 この娘は、一切情報をシャットアウトしていたはずだ。なにせ自分から全く聞きに来ないのだ。だから、本人が望むならと言い訳がましくして、四葉に関わる情報は、彼女を仲間外れにして、亜夜子と文弥にだけ教えていた。使用人たちにも余計なことは話さないよう厳命していたし、その厳命がなくても不気味がって話しかけないはずだ。また、やはり以前の達也と深雪の魔法について知っていそうな素振りも気になっていたため、情報制限には細心の注意を払っていたはずだ。

 

「……どこでそれを知った?」

 

「かぜのうわさ」

 

 いつも棒読みだし、いつも無表情だから、その様子からは、百戦錬磨の貢と言えど嘘か真かは判別できない。ただ、風の噂で聞くはずがないので、間違いなく嘘であるという判断はすぐにつく。これは騙そうとしているというよりも、これまでのぞんざいな対応と同じで、適当な口から出まかせだ。

 

 追及するべきなのだろう。しかし、突然の訪問に動揺していた彼は、ついそれを避けてしまう。

 

「そうか……長女の君には黙ってて悪かったが、総合的に判断して、次期当主候補は、黒羽家からは文弥を出すつもりだ」

 

 本来なら、蘭を出すのが筋だ。実力的に見ても、早くから自主訓練を積んでいただけあって、今のところ蘭の方が圧倒的に上回っている。しかし、こんな娘を、たとえ冗談でも当主候補にするわけにはいかない。それでも、半強制的でもよいから、一言伝えておくべきだったのは確かだ。

 

「じゃあ、わたしは、ぜったい、ない?」

 

「ああ、すまないけどね」

 

 答えた瞬間、貢は全身が総毛立ち、恐れおののいた。

 

 蘭の顔には、あの、間抜けで奇妙な笑顔が浮かんでいた。あの生首饅頭なら違和感ないが、スラリとした手足と胴体がついていてお人形のような端正な顔立ちでこの笑顔は、あまりにも、精神の常識的な部分をぐちゃぐちゃに乱してくるような違和感と不気味さがある。

 

「そう。じゃあ、あとひとつ、おねがい」

 

「……なんだ?」

 

「わたしの、こゆうまほうが、だいたいわかったから、いつでも、じんたいじっけん、できるよう、おねがい」

 

 気絶しなかったのは、奇跡と言っても良かった。

 

 この娘が加速・移動系魔法以外に、精神干渉系魔法にも執着しているのは知っている。なにせ自室にこもって、ずっと、色々な精神干渉系魔法を試し続けているのだから。ごく小規模で、行使対象もいないいわば魔法の空打ちだが、魔法による改変への感受性が高い者が揃っているため、この家では周知の事実だ。なぜここまで「憑りつかれたように」執着しているのかは定かではないが、ただ一つ、あの入学式の日になって急に、自分の魔法データを理解しだして、精神干渉系魔法に高い適性があることを自覚しだしたのがきっかけなのは確かだ。

 

 しかし、それでも。

 

 

 

 

 なぜ――――「固有魔法がある」とわかっていた?

 

 

 

 

 四葉の血筋は、精神干渉系魔法か、はたまた特異な魔法、どちらかに高い適性を持って生まれてくる。そして前者の場合、固有の魔法を覚えるパターンがほとんどだ。

 

 これは四葉の中では常識ではあるのだが、しかしながら、先ほどの当主の件と同じように、蘭が知る余地はないようにしていたはずだ。

 

 そしてここで、貢の優れた思考力が、一つの恐ろしい予想を立ててしまった。

 

 もしかして、あの自室の研究は、固有魔法を探していたのでは?

 

 つまり――小学校に入学した段階で、そのことを知っていたのでは?

 

 貢の心を、恐怖が支配する。

 

 亜夜子と文弥には、小学一年生の早い段階でこのことを教えて、自分の適性を見出すことを指示していた。亜夜子はこれといって系統ごとの特徴はないが、干渉可能領域の圧倒的な広さがウリで、今はそれの活かし方を模索している。文弥は精神干渉系魔法に高い適性を示し、今は固有魔法を探っているところだ。

 

 しかし、蘭は、何も教えていないのに、勝手に見つけ出してしまった。

 

 しかも恐ろしいことに――人体実験を、当たり前のことだと、すでに考えてしまっている。比較的ドライで冷酷さがすでに身についている亜夜子と文弥ですらまだその段階には至っていないのに、だ。

 

「そうか……おめでとう。ちなみに、適性魔法はなんだね? それに合わせた準備をしておこう」

 

「きょうめい」

 

 意外過ぎて椅子から転げ落ちるところだった。

 

 ジョークとしか思えない。こんな共感性の欠片もないし、相手に共感される要素もない娘の適性が、よもや共鳴だなんて。

 

 しかし、嘘を吐く理由はここではないはずだ。これ以上問答していると鬱病になりそうなので、とりあえずすんなり受け入れて了承する。すると娘は礼も言わずに部屋を去り、地下訓練施設に向かっていった。

 

「……とりあえず、報告しなければ」

 

 ドアを閉め、鍵を閉め、防音障壁を張って、本家に秘密回線で電話をかける。あの蘭は、異常だ。もはや自分の手に余る。

 

 ――その相談の結果、本家からの命令内容に安堵してしまった彼は、親失格で、非人道的で、しかしやはり人間的であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が生まれてしばらく、彼が持つ世界を破壊しかねない力は、四葉を混乱に陥れた。結局、四葉が持つあらゆる方法をもってしてなんとか一時的な解決にこぎ着けたが、一族全体として、達也の扱いには困り果てていた。貢は達也の扱いに関しては、当初は「この場で殺すべき」と進言するほどの過激派だった。

 

 しかしながら、今日は、その達也に救われることとなっている。

 

 先日本家から命令されたのは、訓練に乗じて蘭を殺すというものだ。同級生同士の訓練として蘭を油断させ、達也が「うっかり」殺してしまう。そういう手順である。

 

 蘭は、こんなのでも、実の娘だ。意図的に殺すというのは忍びない。しかしながら、蘭が生まれて以来心を乱され続けている貢は、「本家の命令だから仕方ない」と自分に言い聞かせながら、これを承諾した。

 

 所詮は引きこもりの子供。この訓練が穴だらけで危険だらけだというのに気づかず、事故に見せかけた危険行為で死ぬことになるのだろう。

 

 

 

「そのまえに、るーるをかくにん、したいのですが」

 

 

 

 そうして、いつもの不気味で平坦な声でそう言われて、貢はいよいよ気絶しかけた。

 

 そして彼女の口から飛び出てきた多量の提案は、この訓練から意図的に排除していた、安全策の数々だった。やはりどこからか知っていたようで、達也の『分解』禁止まで提案してくる。

 

 その言葉は達也も聞こえていたようで、小さく顔をゆがめている。ファーストコンタクトのあの会話から容易に察していただろうが、今確信に変わったのだろう。

 

「な、なあ。確かに、言われてみると今回の訓練は、ルールが少し危険だったな。蘭の言うことはもっともだ。でも、殺傷性ランクDまでって言うのはやりすぎじゃないかね? 一般的な子供が行う魔法競技でも、Cランクまでは許されていることが多いよ?」

 

 せめて、達也が少しでも蘭を殺しやすいように。実の娘を殺されやすくするために騙すという悪行に胸を痛めつつ、貢はそう提案する。

 

「そうですか。では、じょうけんがあります」

 

「なんだね?」

 

 所詮子供。提示してくる条件はたかが知れているはずだ。貢はこの期に及んで現実逃避気味に自分に言い訳しながら、その条件を聞こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまからおとうさまを、くだものないふで、めったざしにします。おとうさまは、いっさいていこうしては、いけません。それでおとうさまが、しななければ、そのるーるで、たたかいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多くの修羅場をくぐってきた貢の背筋に、これまでほとんどないほどの怖気が走る。

 

 なんだ、「コレ」は。

 

 貢は純粋に恐怖した。蘭の表情からは窺いきれないが、間違いなく、本気でそう言っていると確信できてしまう。

 

 殺傷性ランクCは、確かに、果物ナイフ程度だと言われている。小型で耐久性もなく大して鋭くもないナイフ、ということだ。大怪我の確率は相応にあるが、よほど当たりどころが悪くない限り死ぬことはない。

 

 しかしながら、それに無抵抗でめった刺しにされるとなれば、間違いなく死ぬ。

 

「しーらんくは、それほどのまほうです。わたしは、しにたくないので、おとうさまのみをもって、あんぜんをしょうめいしてください」

 

 様子に迷いはない。これで貢が折れると、確信しているのだろう。

 

「……わかった。確かに、Cランクも危険だな。Dランクまで、というルールにしよう」

 

「ものわかりがいいひとはすきですよ。ほれちゃいそうだぜ」

 

 親に向かってなんて口のきき方だ。

 

 貢は不思議と、そう思うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのあまりにも不気味なファーストコンタクトは、達也の頭から離れなかった。

 

 貢ですら本気で彼女がどこからその情報を手に入れたのか分からないらしい。達也としても皆目見当がつかないが、一つ言えることは、何かしらの方法で、あの不気味な同輩――黒羽蘭は、達也と深雪の力を知ったのだ。

 

 それが確信に変わったのは、「さりげなく殺すように」と吐き気すら通り越すような邪悪な命令を受けて挑んだ、茶番のような訓練の時だ。

 

 蘭は間違いなく、今自分が殺されそうになっている、ということを分かっていた。あのルール変更は、裏を何も知らない子供がいたって常識的な判断で提案した、というものには見えない。

 

 そしてその提案の中に、わざわざ彼女が知るはずのない達也の『分解』を名指しして禁止する項目があった。このせいで、達也は安易に『分解』で止めを刺せなくなってしまった。もし行使しても殺しきれなかったら、ルール違反となってさりげなく訓練の中で殺すというのが不可能になってしまうからだ。

 

 結局、貢が脅し同然の反論に丸め込まれて、小学生魔法師が遊びで行う戦闘ごっこのようなルールでの訓練となってしまった。片方が初の実戦訓練ともなればこれぐらいは当たり前だが、「四葉」という単位で見るとあまりにも温い。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその戦いの結末は――一生記憶の底に蓋をしてしまっておきたいものとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車の中、助手席で黙って俯いて座っている達也の脳裏からは、自分のズボンとパンツに手を伸ばして飛び込んでくる、人間が浮かべるにはあまりにも不気味な笑顔の少女が離れなかった。



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 原作最強主人公に勝利する二次創作オリ主RTA、はーじまーるよー!

 

 とっさのオリチャーにより、難易度ルナティックがデフォなお兄様に勝利を収めました。帰りの車の中で、さっそく勝利の成果をチェックしていきましょう。

 

 そのチェック方法は実に面倒です。このゲームはどこまでもリアルなので、以前お話しした通り、ステータスなどは全て隠されています。しかしながらやはりゲームのため、結局のところあらゆる出来事を、裏で数字によって管理しているわけです。それを、色々と実験して解析していくわけですね。

 

 その解析は、この帰りの車でできるものと、家に帰ってからでないと不可能なものがあります。少しでも時間を無駄にしないために、前者をチェックしていきましょう。

 

 チェック手順はすでに偉大な先駆者様によって、ひとまず確立されています。まずCADなしで簡単な魔法を全系統・系統外・無系統すべてで試し、次に手をできるだけ力を入れながら高速で開いたり閉じたりします。魔法の成長と、身体機能のチェックですね。

 

 さてさて、どんなものでしょうか、やっていきましょう。

 

 ……なるほど、移動系、加速系、無系統の伸びは悪くないですが、他系統や、肝心の精神干渉系は平均的なボーナス量より少なめです。伸びた三つは毎回戦術の軸として採用されるため、先駆者兄貴のデータでも非常に伸びが良いです。今回は戦闘時間が長かったので、その中でも特に平均より上ですね。ただ、全く使用していない他系統も通常はかなり美味しいのですが、今回はかなり下振れしました。恐らく、あのクソみたいな勝利が原因でしょう。

 

 

 次に身体機能です。自分の掌を見つめて動きを観察しながら、なるべく力を入れて高速でグーパーします。

 

 ……うーん、にしてもこのたおやかでちっちゃなおてて、こう、なんか、興奮しますね(ノンケ宣言)

 

 おっと、ぼーっとしてました。えーっと、体感では……まあ、平均程度だと思います。いかんせん、これといって定数化されているわけではないため、何個かある先駆者様の感想が頼りなんですよね。私はハジメテ(意味深)なので、実体験がないんです。

 

 まあいいでしょう。第一の関門を無事突破しました。達也アニキになんとしても勝ち、さらにそのボーナスでもある程度美味しいものを引かなければならないここは、ギリギリ及第点といったところです。ここから運要素やリセポイントはいくらでもありますので、そこで取り返していきましょう。

 

 さて、家についたら、今日は日課の加速魔法訓練はお休みにして、自室に引きこもります。あ、せっかくパパと久しぶりのお出かけで接触できたので、例の実験体の催促もしておきましょう。うーん、まさしくゲスの極み乙女ですね。こんなこと、やってええのん?(激うまギャグ)人としてするベッキーではないよ(二連発)て感じですが、まあ所詮ゲームのキャラなので(無慈悲)

 

 

 茶番はさておき、今日はもう何もしません。体感で言っても走者の精神的な意味でも、かなり疲労困憊です。先駆者様たちもこの日は休んでいますので、バチは当たらないでしょう。妥協って言ったそこのあなた、文句を言うということは、走るんですね? 歓迎します。

 

 はい当然見所無いので810倍速です。

 

 

 

 さて、原作の章タイトルである「来訪者編」の意味についてですね。

 

 これは異邦人であるリーナを筆頭とするUSNA軍人たちのことを主に指しているのですが、実はもう一つ、別のものも同時に指しています。

 

 それは、マイクロブラックホール生成・消滅実験によって異界から来訪してきた、パラサイトたちです。

 

 そう、「来訪者」というのは、この二者が揃ってこその「来訪者」なんですね。だから、どちらか片方しか現れない場合は、「来訪者編クリア」のトロフィーは獲得することができません。

 

 だから、この二者が現れるためには――どうして等速に戻す必要があるんですか?

 

 

 

 お、どうやらパパが第一次実験体を揃えてくれたようです。

 

 実験体は、世間では行方不明として扱われている若い男性二人ですね。とある宗教の熱心な信徒で、反魔法師テロを実行しようとしましたが、四葉に邪魔されて捕らえられてしまったようです。普段なら即殺処分なのですが、今回は私の実験のために生かしておいてくれたみたいですね。

 

 さてさて、精神干渉系魔法における「共鳴」は、取り扱いが面倒です。直接効果を起こせるわけではなく、起こしたい感情の「共鳴元」が必要なわけですからね。

 

 

 やり方は二種類あります。まず、自分でプシオン波を放ってそれと共鳴させる方法。一番確実で使いやすいです。

 

 もう一つが、対象Aのプシオン波をコピーして対象Bのエイドス内で振動させ、同じ感情を起こさせる方法。これは非常に使いにくいですが、一つ目の方法と違って本物の感情がベースなので、強い効果が出ます。

 

 

 うーん、とはいえ、この二人は今間違いなくほぼ同じ感情を抱いているので、後者を使うには下準備が必要です。

 

 仕方ないので、まずは前者の方法を試してみましょう。浴びせる波動パターンは、効果がどれほどなのかがわかりやすいように、今起きている感情と逆のものにします。幸福感でいきましょうか。感情ごとの周波数パターンは四葉家のデータベースにありますので、それをパクるだけです。うーん、さすが外道一家。どれほどの実験を重ねたのでしょう(特大ブーメラン)

 

 はい、顔が緩んで血色も良くなってきましたね。成功です。隣の人が急に幸せそうに笑いだしたから、もう一人が変態でも見るような眼で見ていますが、もうすぐお前もこうなるんだよ! 早速、今無理やり起こした感情をこれにも起こしましょう。起動式はすでに先駆者兄貴が準備済みで、この数日の空白の間にチャートに則って私が改善済みです。共鳴元のプシオン状態を検知する、それをコピーする、もう一人のエイドス内で振動させる。この三工程です。

 

 お、おんなじ間抜けな表情になりましたね。これも成功です。なるほど、どちらも使えるなら、ハズレの中でもなんとかなりそうです。この二人は非魔法師なので抵抗力皆無で、そのせいで成功しやすいというのもあるのですが、この蘭ちゃんの干渉力なら魔法師相手でも十分効くでしょう。

 

 おっと、効果を確かめている間に、最初に魔法をかけたほうが元よりさらに恐ろしげな顔をしていますね。魔法の効果が切れたのでしょう。直接感情を変化させる魔法なら、魔法をストップした時点で世界の修正力が働いてすぐに元に戻ります。しかし、『共鳴』は、起こしている現象はあくまでもプシオン波でしかなく、感情の変化はその影響にしかすぎません。だから、魔法をストップしても比較的効果が長続きするんですね。

 

 とりあえず、魔法は成功しましたね。

 

 

 

 

 ……しかし、実は、これは実験としては失敗です。

 

 黒羽家に生まれた蘭ちゃんは、精神干渉系適性が非常に高いはずです。そんな蘭ちゃんが特に適性がある魔法となったら、非魔法師相手に、この程度の効果しか出ない、なんてことはありません。先駆者兄貴や四葉家のデータの中には、この程度はありふれています。

 

 

 

 つまりですよ? 実は、『共鳴』は、蘭ちゃんが特に得意とする固有魔法の同種ではなかったということですね。デデドン!(絶望)

 

 さて、参りました。コオロギのプシオン周波数を同じにした時の結果の強さからして、この結果を導きだす改変内容が、蘭ちゃんの得意魔法なのは間違いありません。

 

 

 後、他の候補でいったら、共感増幅とかですね。試してみましょう。

 

 人間は少なからず共感力が備わっていますし、またそれ以外の動物も相互に情報をやり取りするために原始的な共感力のようなものを持ちます。対象Aと接するうちに、対象Bが共感して、対象Bのプシオンの中に、対象Aと同じ周波数が発生するので、それを増幅させることで同じプシオン状態にする、というやつです。

 

 早速試してみましょう……うーん、これも違う。効果は上々ですが、やはり固有魔法ほどではありません。

 

 次。プシオンチューニングです。対象Aの周波数を読み取り、それに合わせて対象Bの周波数を直接改変します。うーん、これも違う。

 

 参りましたねえ。これはしばらく時間がかかりそうです。では、また倍速しましょう。

 

 

 

 さてさて、こうして実験を繰り返している間に、そろそろ0章の終わりが近づいてきましたね。あまりの超倍速に視聴者の皆さんは分からないかと思いますが、実験は上手くいっていません。小学校高学年ぐらいから四葉家としての訓練が増えてくるため、中々時間が取れないのです。まあ蘭ちゃんはどうやら爪弾き者らしいので外部施設や合同訓練がない分だけ楽ではありますが。0章終わりまでに見つからないようでは、リセットすることになります。

 

 いやー、こまったなー、りせっとかあー、どうがとうこうしたいのになー(棒)

 

 ん、なんでとうそくにもどすひつようがあるんですか(棒)

 

 

 

 はい、小学校六年生、2091年の12月、ひっじょーにぎりぎりのタイミングで固有魔法を見つけました。まあ、動画になっているということは完走してるわけですから、当然ですよね。

 

 ご覧ください。もう何代目かもわからない実験体たち数人が、全く同じ表情で全く同じ大声を出しています。目力先輩の真似をさせているので、非常にうるさいですね。体を私が操っているのではありません。自分のプシオンによって自ら動いているのです。

 

 彼らのプシオンは、現在すべてが全く同じプシオンになっています。私の魔法によるものですね。

 

 この黒羽蘭ちゃんの固有魔法は――聞いて驚け! なんと、『プシオンコピー』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対象Aのプシオン状態を読み取り、それを丸々対象Bのプシオンに投射し、全く同じ状態にする、という魔法です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みなさん、なんかこの仕組み、聞き覚えありませんか?

 

 そう、これ、なんと仕組みは、最強お兄様の固有魔法『再成』と同じなんです。あちらは物体の情報を司るサイオンエイドス体を丸々投射して元の状態に『再成』するというものです。この『プシオンコピー』は、それのプシオン版と言ったところでしょう。物体・肉体の情報を投射する『再成』と、精神・記憶の情報を投射する『プシオンコピー』。これはまるで……原作主人公と対になる運命を背負った二次創作オリ主みたいだあ(恍惚)

 

 まあ確かに血は繋がっているので不思議ではないですが、いやー、こんな都合の良い話ってあるんですね。ソフト起動初日でマボロシじまがでてさらに最初に出会ったのが色違いAC0HBDSV色違い図太いソーナノでした、ぐらいの確率ですよ(ポケモントレーナー特有のクソ長早口例え話)

 

 こんなの当然想定していないし、先駆者様やウィキのデータにもなかったので、発見が遅れました。あらゆる可能性を何年も試しては無駄だった時間が続いて、ちょっと頭が狂った状態で試した結果です。普通なら小学4~5年ぐらいで固有魔法が分かって、あとは0章終了までにそれを磨いたり改造したりする、という段階に入っているはずなのですが。

 

 さて、珍しいだけで有効性は今のところわからない恐らく世界初のこの魔法で、すっかり出遅れた中、ノーデータからスタートの開発は間に合うんでしょうか。

 

 0章後半である中学生編はいろいろやることが増えるので、そこまでには実用化できるぐらいのものにはしたいです。

 

 

 さて、ではまた早送りしましょう。

 

 はい、想定よりもかなり開発が遅れた状態で卒業しました。

 

 では中学生に――今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「小学校卒業」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎らしい。

 

 一つ上の姉のような「ナニカ」に対して抱く感情は、あまりにも暗かった。

 

 物心ついた最初は、姉として接していた。顔は無表情かはたまた不気味で間抜けな笑顔、話す言葉は安っぽい棒読みな機械音声の様、それでも一応「姉」なので、聡明であった彼は、邪険にしないようにしていた。

 

 しかしながらある日を境に、抱く感情が憎しみへと変わっていった。

 

 姉が小学校に入学した日からずっと、一応気を使って話しかけても、「はいはい」「そうだね、ぷろていんだね」「はっきりわかんだね」「あっ、ふーん」などと、ふざけたぞんざいな対応をされるばかりになった。明らかにこちらのことなど眼中になく、邪魔としか思っていない。そのくせ時折こちらを見ては、何を考えているのか、あの不気味な笑顔を浮かべる。

 

 そしてまた別の変化もあった。不登校で訓練や家庭教師による勉強に明け暮れているのは自分たちも変わらないが、あの姉は、それをだれの指示ともなく自分で選んだのだ。しかも家庭教師の指導も拒否し、いつも部屋に籠って魔法の練習をしているか、訓練施設で一番厳しい訓練を毎日欠かさず狂ったようにやっているかだ。障害による不気味さも相まって、家族の中で明らかに、彼女は「異分子」となった。

 

 さらに悪化したのは、彼女が小学二年生になってすぐの、四葉の集まりだ。当時の二人には理解できなかったが、今なら分かる。姉は、どこからか手に入れた情報を、その当人たちに確認しにいったのだ。四葉が、世界が、ひっくり返りかねないそれを、これみよがしに口に出していた。それ以来、日に日に父・貢は心を病んでいくようになる。決して良いと手放しに言える父ではないが、それでもやはり父。その姿を見るのは辛く、そして姉への憎悪が増した。

 

 

 いや、彼はまだマシなのだろう。

 

 

 可愛らしい顔に憂鬱な表情を浮かべながら、悲鳴をバックに身が入らない実験を淡々とこなしつつ、文弥はため息を吐く。

 

 憎らしい一つ上の姉は、早い段階の自主的な実験が功を奏して、ようやく固有魔法を見つけたらしい。本人も焦っていたみたいで、一年ほど前からずっと無表情のまま機械ボイスで食事中に「おい、やべぇよやべぇよ」などとブツクサ言っていた。実際のところ、固有魔法を見出すのは、基礎を磨いてからでも遅くなく、焦る必要はない。何を考えているのか分からないが、それに乗せられて自分たちまで妙な焦りを抱える羽目になった。

 

「……こんなものかな」

 

 2092年の1月。気絶して泡を吹いた実験体を見下ろして、文弥は呟く。精神干渉系に適性があった彼もまた、実験の日々で自分の固有魔法を探そうとしていた。小学校に上がってすぐぐらいに、双子の姉と同時に、貢から言われたのだ。固有魔法を探すにはかなりの時間が必要であり、そんな早い段階から始めても、小学生のうちに見つかればかなり早い方だと言われている。噂に聞く深雪や達也などは、あまりにもスケールが違いすぎて、生まれてすぐにわかったそうだが。

 

 そんな中、文弥は、すでに方向性が固まりつつあった。もとより精神干渉系だと絞り込まれていたという幸運もある。どうやら「痛み」に関わる何かしらの様だ。精神的な魔法なのに痛覚、となるとなんだか話がおかしいようにも思えるが、それが魔法というものである。

 

 今回は、『毒蜂』をヒントに、物理的に与えた痛みによって発生するプシオンの揺らぎを増幅させることで「痛みに苦しむ」という精神状態を増大化させてみた。悪くはなかったが、効果としてはとびぬけてはいない。まだ研究が必要だろう。

 

 文弥は細い肩を回しながら実験室を出る。地下訓練場に併設されており、部屋に戻るためにはそこを通らなければならない。

 

 そしてそこで、ちょうど、柔らかい椅子に座ってコップを傾けている薄着の双子の姉・亜夜子と出くわした。

 

「……お姉さま、無理しすぎじゃない?」

 

「…………別に」

 

 プイ、と不機嫌そうに顔を逸らしながらも、一気に呷りたいだろうに、ドリンクサーバーのスポーツドリンクをお行儀よく少しずつ飲む。激しく肩で息をしていて、艶やかな黒髪は汗に濡れて額に張り付いている。自分が実験を始める前からかなり激しく訓練していたのに、戻ってきてもこの様子と言うことは、ずっと続けていたのだろう。運動用の薄着も汗でべったりとしている。

 

 方針がある程度見えてきた文弥に対し、亜夜子は今一つだ。全ての系統において高水準にまとまっている。系統魔法だけに絞れば、文弥ではまず勝てないだろう。しかしながら大きな偏りがなく、何が得意と言うものもない。干渉可能領域の広さ、という圧倒的な取柄は見えているが、系統は絞ることができていないため、単純計算で文弥の9倍の試行回数が必要となるだろう。

 

 亜夜子はここずっと不機嫌だ。姉がなぜかずっと焦っているせいで、知識では理解しているのに、心があちらに乗せられて、焦りを抱え続ける羽目になっている。方向性が固まってきている文弥ですらやや焦っているのだから、こう見えて意外と負けん気が強いこの姉は相当だろう。

 

 そしてそのせいで、より一つ上の姉への憎悪が募っている。

 

 半ば理不尽で、こちらが勝手に乗せられているだけなのだが、幼いころからの蓄積と、それでいて家族ゆえにそうそう離れられないという定めのせいで、亜夜子は相当の憎しみを抱いてしまっていた。しかもこんな状況の中、ついにその一つ上の姉が、一か月ほど前に固有魔法をほぼ確定したらしい。これのせいで亜夜子の焦りはさらに募り、ここ数日はすっかりオーバーワークになってしまっていた。

 

 前髪はべったりと額についているが、横の方はそうでもなく、むしろややぼさぼさになっている。これは、激しい運動をしたあとだから、というだけではない。恐らく、文弥が通るちょっと前まで、掻きむしっていたのだろう。それでも後から冷静になってこうして取り繕っているあたりは、生粋の「お嬢様」といったところだ。

 

 二人で並んで椅子に座り、しばらく無言の時間が続く。亜夜子はチビチビとドリンクを飲み、文弥も付き合いで水を少しずつ飲むだけ。生まれた時から一緒にいる姉弟とはいえ、お互いに、少しだけ気まずかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてその膠着は、最悪の形で破られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文弥が来た方向から、ドアが開く音がする。いくつかある実験室の一つだ。文弥が実験していた時、また同時に、姉もまた実験していたのである。

 

 自分たちとそっくりな艶やかな黒髪、端正で整った可愛らしさと綺麗さが反則的に同居している人形のような冷たい無表情。外に出ないせいか肌は病的なほどに白く、それが神秘性をより増幅させている。文弥も亜夜子もかなりの美少年・美少女であり、よく似ている。

 

 文弥も亜夜子も、思わず息が止まった。少し息をする音を出しただけで、なにか厄介なことが起きそうに思えたのだ。

 

 噂をすれば影、とは言ったものだが、まさか口に出してもいないのに現れるとは思わなかった。黒羽家に影を落とすその存在は、味気ない部屋着のまま、すたすたと歩いてやってくる。

 

 どうせいつも通り、こちらには目もくれず、存在しないかのように無視して通り過ぎ、自室にこもるだろう。何せこちらから話しかけても面倒くさそうに対応するぐらいだ。自分から話しかけるなんて、まずありえない。

 

 しかし、その予想は外れた。その一つ上の姉――蘭は、通り過ぎて一階に上がる階段には向かわず、こちらに向かってきている。思わず心臓が跳ね上がるが、すぐに彼女の様子から、まだ今日は日課としている移動・加速系魔法の訓練をしていないことがわかり、いまからやるつもりなのだろうと勘づく。それは正解だったようで、やはりこちらには目もくれず、機械で設定を弄りはじめる。亜夜子の設定もかなりのオーバーワークだが、まるで普通の事のように表情にも出さずそれをさらに上げ、四葉の大人でも厳しく感じるような最高設定にする。

 

(あんな無茶をして……いや、違うか)

 

 文弥は彼女の心配などせず、ただただ呆れた。そしてすぐに思い直した。

 

 あの設定は、この姉にとっては普通なのだろう。ずっと移動・加速系ばかりを狂ったように磨いてきたのだ。その経験は、もうすぐ小学校を卒業するという程度なのに、大人にも匹敵するのである。

 

 その様子を、まだ緊張しながら、二人はじっと見ていた。

 

 そしてふと、そのガラス玉のような怜悧な瞳が、こちらに向く。

 

 

 

 ――目が合った。

 

 

 

 文弥の心臓は跳ね上がった。隣の姉も、間違いなく同じ気持ちだ。

 

 まるで蛇ににらまれたカエルのように、二人は動けなくなってしまった。

 

 ――大丈夫。今まで目が合ったことはいくらでもある。その時も、毎回すぐに目を逸らされて無視された。今回も同じだ。

 

 言い聞かせるように、必死に自分を落ち着かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ふみやくんと、あやこちゃんじゃーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間、ショック死しなかったのは奇跡と言っても過言ではない。恐らく一般家庭出身だったら、天に召されていただろう。

 

 いつもどころか人生を通して無視してきたのに、特に気まずいタイミングで話しかけてきた。それも滅茶苦茶馴れ馴れしく。それでいて声はいつも通り安っぽい平坦な機械ボイスだし、顔にも表情が浮かんでいない。

 

「さいきんちょうしはどう? じっけんとかは、はかどってます?」

 

 おかげさまでね、という皮肉すら返すことができず、息が止まったように黙る事しかできなかった。天変地異のような出来事が、最悪のタイミングで起きたのだ。気絶しないだけまだマシというレベルの話である。

 

「……べつに、あんたには関係ないでしょう」

 

 隣の姉がかろうじて絞り出した言葉は、大昔に喧嘩をした時ですら聞いたことがないほどに刺々しいものだった。亜夜子は基本的に物腰柔らかで穏やかな態度を崩さないし、それは実父の貢や実弟の文弥相手ですら変わらない。そんな姉の口から、「あんた」だなんて言葉が飛び出してきた。しかしながら、文弥はそれを不思議に感じなかった。

 

「そーでもないんだなー、それが。まあいいか」

 

 そして、その人形のような冷たい美貌に、にへら、と、間抜けな笑顔が浮かぶ。貢に一度だけ見せてもらったことがある。数十年前にインターネットで流行した、間抜け顔の生首饅頭のような笑顔だ。あちらには違和感を覚えないが、普通の人間の形をした冷たい美貌を持つ蘭がそうなると、あまりにも不気味で、異常で、刻み込まれた「正常」「常識」「普通」をかき乱し、吐き気を催させる。

 

「あやこちゃん、ひとつ、あどばいすを、あげましょう。かんしょうりょういきのひろさが、すんごいぶきになる、まほうがありますよ。それを、ためしてみては、いかがでしょう」

 

「余計なお世話です」

 

「かくさん。あれのはんいがひろいと、とんでもないこうかに、なります。では」

 

 一方的に答えを残して、そのまま訓練を開始する。固有魔法を見つけて少し余裕ができたようだが、それでもどこか焦って急いでいる様子には変わりがない。

 

 

 

 生き急いでいる。

 

 

 

 今一つぴったりと当てはまる言葉が思いつかないが、今の文弥は、蘭にそのような印象を抱いた。加速系・移動系の練習ばかりしているのも、その印象を増幅させる。

 

(うーん、格さん? 水戸黄門? 相変わらずわけわからないなあ)

 

 文弥は頭をひねりながら、蘭の言葉の意味を考える。棒読み機械音声でイントネーションも滅茶苦茶なので、今一つ意味が分かりかねた。

 

 隣の姉・亜夜子なら何か分かるだろうか。

 

 頭に疑問符を浮かべているだろうな、と苦笑しながら、そちらに視線を移す。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拡散……まさか、でも…………なるほど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、俯きながら目を見開いてブツブツ早口で呟いている姉がいた。



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5-1

 中学校に進学するRTA、はーじまーるよー!

 

〈システムメッセージ・「中学校入学」のトロフィーを獲得しました〉

 

 まあ、どうせ登校しないんですけどね。いつも通り引きこもりです。

 

 さて、これからも日々は変わりません。命令をこなしつつ、自分の訓練と実験を繰り返していきましょう。

 

 

 

 発見してから今までの四か月ほどの間に色々研究しました。この『プシオンコピー』ですが、かなり面倒な部類で、かなりのハズレです。珍しいだけで役立たずとかお前はチリーンかよ。

 

 理由は主に二つ。一つは、プシオンパターンの記録の消費期限が短いこと。もう一つが、攻撃に使えないことです。

 

 一つ目について説明しましょう。どうやら生物のプシオンは、サイオンよりも不安定なようで、パターンを電子的にコピーして記録をしても、なぜかどんどん劣化していき、情報強度が弱くなっていきます。『プシオンコピー』はそのまま今この瞬間に確固として存在している相手に投射するわけなので、劣化したコピーは、対象のプシオンに負けて、ちょっとした変化をするに留まります。対象の情報強度によりけりですが、強い魔法師相手となると、コピーしてから数秒しか猶予がありません。また達也お兄ちゃんの『再成』は本人のエイドスなので世界の修正力や本人の情報抵抗力には関係ありませんが、こちらは当然他人のを被せるのがほとんどなので、どちらからも影響を受けます。はー、つっかえ。

 

 そしてもう一つについてです。深雪ちゃんの『コキュートス』、文弥君の『ダイレクト・ペイン』のようにプシオンに直接ダメージを与えられる魔法ならベストだったのですが、この『プシオンコピー』はそういうことはできません。これではプシオン生命体・パラサイトを倒せないですよ。どうしましょう。

 

 今の段階で考えられる方法はいくつかあります。それの準備をしつつ、この魔法を活用してパラサイトを単独で倒せる方法を探しましょう。

 

 そういえばどうせいかないので関係ないですが、蘭ちゃんはいたって普通の公立中学校に入学しました。四葉の分家である黒羽家は当然名家であり、優秀な成績を残して目立つかどうかは別として、優秀な集団には常に所属していなくてはいけません。故に、普通は中学受験勉強をして、名門中学校に入ることになります。実際、文弥君と亜夜子ちゃんは合間を縫って必死に勉強していますね。

 

 しかし私としては、そんな勉強したくありません。時間の無駄です。また、どうせ中学校でも不登校ムーブなのですから、メリットもありません。

 

 そういうわけで、小学生のうちにトッチャマにお願いして、適当な中学校で不登校ムーブさせてもらうことになりました。意外と子供の意志に寛容みたいで、二つ返事でOKしてくれたのはありがたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこう言っている間に、等速に戻りましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学一年生の4月5日。黒羽家ルートだとかなりの確率で発生する、初仕事イベントです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この初仕事の特徴は、普通にいけば、亜夜子ちゃん・文弥君との共同作業であることです。仕事の内容は、当然のように暗殺。反魔法師団体と手を組んでテロに資金援助をしている小物政治家の殺害です。この作品こんなやつばっかだな。

 

 ここは実はそこそこのリセポイントです。先駆者兄貴によると、ここで死亡することがたまにあるらしいですね。

 

 相手は小物政治家なので一見護衛や設備が少なく、楽な仕事のように見えます。だから、初仕事の子供たちに任せるわけですね。しかしこれは見せかけで、なんと、この政治家は大陸のマフィア「無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)」と手を組んでおり、近くにはジェネレーターが複数配置されています。

 

 実は、四葉はこの情報を掴んでいます。なんで隠しているかと言うと、この程度を乗り越えられないようでは四葉として今後もどうせすぐ死ぬ、ってことなんですね。人手不足の癖に贅沢すぎでしょう。呪術師かよ。

 

 

 というわけで、ここまでの間に、これをクリアするための準備をしなければなりません。そしてそれは、実は早送りの間に終わらせています。

 

 

 まず主人公自身の能力です。すでに固有魔法を実戦投入できるぐらいがベストですが、そこまで贅沢はしません。ただ、ちゃんと戦えるぐらい鍛えておく必要があります。ここまでの間に子供の体格で厳しい実戦を突破するためには何かしら突出したものがないといけないので、加速系・移動系を重点的に鍛えてきました。

 

 そして、仲間である亜夜子ちゃんと文弥君の能力も高くなければいけません。そのために、早送りしている間に行き詰っていたっぽい亜夜子ちゃんにアドバイスを送っておきました。原作でも特技の活かし方を見出したのは小学六年生あたりなので、この子は行き詰まる確率は高いです。原作では達也兄チャマがアドバイスをして覚醒しましたが、それではこのイベントに間に合わないので、今回は私がアドバイスをしたわけです。文弥君も行き詰まる可能性はあるので注意しておく必要がありますが、今回は順調だったので、フヨウラ!

 

 

 

 さて、それぞれ準備が終わったので、夜闇に紛れて、イクゾー! デッデッデデデデン!

 

 

 

 部下が運転する黒塗りの高級車に乗って、目的地に向かいます。私が助手席、二人が後部座席ですね。それでは早送り……ではなく、ファッションチェックをしていきましょう。

 

 亜夜子ちゃんと文弥君はもうすでに原作のゴスロリ&女装スタイルです。

 

 がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛ぶた゛り゛ども゛。

 

 RTAで荒んだ心を癒してくれるオアシスです。現実ではありえない美男美女と同じ空間でリアルに過ごせるって本当このゲームは素晴らしいですよね。まあ、一つのセーブデータにつき一つの世界をまるごと作ると言っても過言ではないので、上級国民でも手が出せない値段のゲームなんですけどね。先駆者兄貴も、有名な物理学者(自称)、東大卒エリート(自称)、大手企業社長の御曹司(自称)といった身分の人が多いです。私ですか? 

 ………………。

 

 なるほど、今の私、つまり蘭ちゃんのファッションが気になるんですね!

 

 それでは三人称画面をご覧ください。亜夜子ちゃんと同じ、黒いゴシックドレスです。うん、自分とは思えないぐらい可愛いですね。RTAじゃなければこれでイロイロ、ナニをしたいところなんですが。本当は安定のために動きやすいバトルスーツが良いのですが、ここはお揃いで行きます。理由ですか? 可愛いからですよ(走者の屑)

 

 

 

 さて、目的地に到着しました。愛知県某所、上級国民向けの高級住宅街として開発された地域の一角、あの大きなお屋敷が今回のターゲットのお家ですね。所詮小物政治家なので、このセレブ集まる中では相対的に大した屋敷に見えませんが。

 

 

 

 ではさっそく潜入していきましょう。

 

 こうした潜入ミッションにおいて、亜夜子ちゃんは最強です。世界レベルで見ても戦略級魔法師たちの次ぐらいに干渉可能領域が広い彼女が使う『拡散』は、『極致拡散』という上位の魔法と化します。広範囲で任意の流体やエネルギーを平均化することによって、識別を不可能にするのです。自動センサーの類はこれで回避可能です。この魔法が無ければ侵入の段階で意外と厳重でハイレベルな設備に阻まれて失敗となってしまいます。だから、亜夜子ちゃんを導く必要があったんですね。

 

 さて、慎重に突破していきましょう。複数種類のセンサーが設置されているところばかりなので、亜夜子ちゃんの負担にはなりますが、『極致拡散』は維持してもらいます。その間に監視カメラの位置を探知魔法で掴み、確実に死角を潜り抜けましょう。

 

 ここでポイントは、監視カメラに対しては『極致拡散』が意味をなさないということです。この魔法で光を広範囲で平均化すれば私たちの姿は見えないかもしれませんが、しかし景色が全ての色・光を混ぜて平均化したもの一色になってしまうため、見ている人間は魔法による異常だと気づいてしまいます。これが夜の屋外で真っ暗だったら多少は問題ないのですが、屋内で電気もついてますからね。だから、探知魔法で監視カメラを探す必要があるんですね。撮影範囲に『極致拡散』が被ってしまわないよう、細かく指示を出しましょう。

 

 あ、亜夜子ちゃんが睨んできてますね。可愛いです。逐一指示を細かく出されてるから苛立っているんでしょうか。

 

 亜夜子ちゃんと文弥君とは今後もリセポイントとなる裏仕事を一緒にやっていくため、この二人の親愛度も非常に重要なのですが、小学生までの段階だと自分のことに手いっぱいにならざるを得ないため、二人に対して適当な扱いをせざるを得ず、基本この段階での親愛度はマイナスです。亜夜子ちゃんへのアドバイスは、親愛度を上げる目的もあったんですね。だから、もし乱数がブレて亜夜子ちゃんが順調だったとしたら、貴重なここまでの親愛度稼ぎポイントがゼロになります。ぶっちゃけ、『極致拡散』が見いだせないことを祈っていました(人間の屑)

 

 

 さあさあ、そんなことを話しているうちに、いよいよスニーキングミッションも後半に入ってきました。ここで一つ注意なのですが、実はこの屋敷は後半部にとんでもないトラップが仕掛けられています。

 

 

 ずばり、サイオン検知センサーです。魔法式、または、エイドスに影響を及ぼせる程度の密度があるサイオンを検知し、警報を鳴らすセンサーですね。反魔法師組織と組んでいる人間がお家に厳重警備を敷くなら、かなりお高いのですが、これを設置するのは当たり前のことですね。ある先駆者様はこれに引っかかってリセットしたそうです。

 

 

 しかし、このセンサーにも弱点があります。一つ、カメラと同様のセンサーなので、カメラの視野角にしか反応せず、意外と検知範囲が狭い。もう一つが、一瞬程度なら警報を鳴らさない、です。後者はなぜそんなガバ設定かと言うと、俗にいう「精霊」を誤検知して警報を鳴らしてはアホくさいからですね。プシオンを核とする情報生命体である精霊は、一定以上の密度を持ったサイオンを体としています。そんなのがそこら中をふよふよ漂ってるわけですから、それで警報を鳴らしては四六時中鳴っていることになります。

 

 そのため、密度のあるサイオンを検知した場合、それが精霊なのかどうかをAIが判断するステップが挟まり、そのあとに警報が鳴ります。その判断ステップが、魔法と言う今一つ解明できていない不思議現象を扱うせいか、何と1秒もあります。

 

 それを利用して、このサイオン検知センサーを安全に探していきましょう。

 

 全員で一旦ストップし、文弥君にサイオン検知センサーがある可能性を教えて、彼に探知してもらいます。こういう細かくて繊細な探知は、亜夜子ちゃんよりかは文弥君の方が得意ですね。蘭ちゃんは移動系・加速系ゴリラなので、一瞬の油断が命取りのこの作業では置物です。

 

 ちなみに探知してもらう際には、ちゃんと先ほど言った注意点も教えておくようにしてください。文弥君は優秀なので言わなくても大体自主的にやってくれますが、乱数の範囲が無駄に広いこのゲームでは、文弥君がポンコツの可能性もありますからね。ウィキによると、主人公自身は何かした自覚はないのに、深雪が生まれてこないで達也兄君さまが一人っ子だった世界線もあったそうです。これもう和姦ねえな? いや、和姦はあっても着床しなかっただけですかね(お下劣ギャグ)

 

 ここから先はより歩みが遅くなります。別ゲーのRTAと違って、ミッションを早く終えてもタイムに影響はあまりないので、ゆっくりしていってね。

 

 では時間がかかるので早送りしましょう。

 

 

 

 

 はい、寝室の前につきました。動画では1分ほどでしたが、リアル時間では40分経ってます。40分間ずっと置物は暇で暇で辛いですね。

 

 この寝室には、今回のターゲットである政治家・角海(かくうみ)がいます。そしてその護衛として、無頭竜からレンタルしたジェネレーターが最低一人はスタンバっているはずです。ちなみに、先駆者兄貴の一人は、ここで10人ぐらいのジェネレーターに当たってボコボコにされたそうです。五人に収まっていることを祈りましょう。

 

 

 

 

 さて念のため、公式チートモードの三人称視点にしてっと……。

 

 いざ鎌倉! いくぞー!

 

 デッデッデデデデン! カーン! デデデデン!

 

 

 

 

 警察だ!

 

 

 

 

 豪華な扉を開けて突撃し、一気になだれ込んで短期決戦を仕掛けます。

 

 とはいえ、ターゲット一直線は下策です。周囲のジェネレーターを筆頭とした護衛に気を配り、そちらをすぐ無力化するのを優先しましょう。

 

 さて、汚いおっさんがうろたえて逃げようとするのを牽制しつつ、敵戦力を分析します。

 

 ジェネレーターは三人。なるほど、及第点ですね。こちらに配備されてるジェネレーターは質が悪く、中学生である現段階の蘭ちゃんたちでも、タイマンなら余裕で勝てます。数に差があると厳しいですが、まあ五人ぐらいまでならなんとかなりますね。今回は三人で同数です。勝ったな(確信)

 

 おら、観念しろ!

 

 三人に勝てるわけないだろ!(ブーメラン)

 

 よし、勝てましたね。いやーやっぱ移動・加速系はどのチャートでも安定して強いですね。

 

 さて、文弥君と亜夜子ちゃんも残りを倒してくれましたね。あとは牽制していたせいで逃げられなかった角海にさっさと止めを刺してお終い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 て、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あああああああああ!!! 三人称視点の視界の端にとんでもないものを捉えました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人目・五人目のジェネレーターが姿を現しました! 不意打ちのために隠れていたんですね!

 

 一旦角海は放置して急ブレーキからの方向転換! 文弥君と亜夜子ちゃんへと向かいます!

 

 あの二体のジェネレーターは一番近くにいた文弥君と亜夜子ちゃんを狙っています! あの二人がやられてもミッションはクリアできますが!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今後のチャートに影響するんだよおおおおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の大事な弟と妹に何してくれとんじゃこらあああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超スピードで亜夜子ちゃんと文弥君にタックルして突き飛ばして射線から外します! 蘭ちゃんが脇腹と肩にライフル弾を受けましたがモーマンタイ! 死ななきゃ安い! 鍛えぬいた加速・移動系魔法で周囲の無駄に豪華な家具を殺到させ、圧殺しましょう!

 

 その間に二人を開放して、にっくき角海(クソやろう)の殺害をお願いしましょう! これも成功しないと意味ない!

 

 あ、さすが二人は優秀ですね、一瞬で殺してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やったぜ。(東京2020入場行進)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事にこの難所であるミッションを乗り越えました! いやー、安定のために経験値犠牲にして三人称視点にして良かったですね。

 

 さて、貰える経験値は……うーん、微妙になりそうですね。そもそもミッションとして難しいのでこれでも十分高くなりそうですが、三人称視点の使用に加え、重傷を負う特大ガバを犯したので、大幅減点は間違いないでしょう。

 

 いやあ、それにしても、ジェネレーターが隠れているパターンは聞いたことがないですね。

 

 前パートでお話しした通り、キャラの生まれのランダムの幅が多く、黒羽家はとても確率が低いので、先人のデータが少ないんですよ。このRTAだって、レアなものをせっかく引いたから急遽先駆者姉貴のチャートを丸パクリしてあとはアドリブで走っているだけなので。

 

 そういうわけで、もしかしたら、これは意外とあり得るのかもしれません。共有ウィキにちゃんと書いておきましょう。

 

 それでは、帰りの車内で可愛い二人から感謝の言葉を受けつつ、今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。



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5-2

 最近少しだけ、いいことがあった。

 

 亜夜子は、自分の陰湿さに嫌気が差しながらも、つい口角を吊り上げて嗤ってしまう。

 

 

 憎らしい姉・黒羽蘭は、二日前に、中学校に進学した。とはいえ、入学式以来ずっと不登校だった小学校と同じく、こちらも不登校を貫くらしい。入った中学校も適当な公立中学校。いわゆる出世ルートからは外れている。

 

 黒羽家は四葉の分家と言う性質上、目立つことは避けなければならない。一方で、四葉の中でも中心的な役割を果たすし対外的にも働くこともあるので、それなりの「格」も持っていなければならない。

 

 故に、トップの成績を残し積極的に課外活動でも活躍して――というような目立つ真似はしないが、その一方で、「優秀」と万人から認められる実力・実績を備えることが求められている。

 

 だからこそ、亜夜子と文弥は最近、必死になって勉強をしている。自由な校風が特徴の名門私立中学校に進学しようとしているのだ。家柄か才能か家庭教師が良いのかその全部か、世間一般のライバルたちに比べたらその勉強量ははるかに少ないが、すでに合格間違いなしと言えるほどの学力を身に着けつつあった。

 

 一方で姉・蘭はというと、小学生の間、ついぞ全く勉強することなく、魔法の訓練と実験にその時間のすべてをささげた。当然私立中学校なんて入れるわけもなく、ただ寝転がっているだけでも勝手に進学できる地元の公立中学校に入ることになった。世間一般的には普通の道だが、黒羽家基準では、落ちこぼれ確定だ。いい気味である。

 

 とはいえ、別にそれは当人も気にしていないようだ。むしろ不登校をしやすくて清々しているかもしれない。それに、先日に父・貢から聞いた話によると、長女であるにもかかわらず、当主候補から勝手に外されていたのを怒るどころか、確かに喜び、しかも当主にならないということを改めて念押ししてきたという。何考えているかは相変わらずわけわからないが、何にも気にしていないのだろう。

 

 そういうわけで、別に蘭の出世ルートが黒羽家基準で上手くいっていないというのは、今亜夜子が少し上機嫌な理由ではない。

 

「やべぇよやべぇよ」

 

 平坦な機械ボイスみたいな声だというのに、確かに焦っているように感じられる呟きが、壁の向こうから聞こえてくる。

 

 この壁の向こうは人体実験室だ。捕まえた不届き者をモルモットに色々実験しているのだろう。

 

 蘭は幼いころから魔法、とりわけ固有魔法の発見にいそしんでいたらしいが、それで見出した魔法は、どうやらお気に召さなかったらしい。日々焦りながら、どうしたものかと考えているかのように実験を繰り返している。

 

 

 そう、あの蘭が、明確に感情をあらわにして、困っている。

 

 

 そのことが、亜夜子にとっては、実に愉快なのだ。

 

 他人の不幸を喜ぶという趣味の悪さに自分でも嫌気が差すが、それは、黒羽家なら多少性格が悪くないとやってられないということで自分で納得している。

 

「お姉さまお疲れ。今実験終わったところ?」

 

「ええ、文弥は今から訓練?」

 

「そんな感じ。勉強ばっかじゃつまらないしね」

 

 自室に戻って勉強しようと階段を上っていると、ちょうど双子の弟・文弥と出くわす。その表情を見るに、勉強に飽きてはいるようだが、別に嫌になってはいないらしい。

 

「お姉さまの方はどう?」

 

「ええ、順調よ」

 

 亜夜子は少し胸を張って答える。

 

 単一の魔法における干渉領域の広さ。これは、精神干渉系魔法に大きな適性を持たずに悩んでいた亜夜子の、唯一無二の自慢だ。司波家の深雪と言うとてもきれいな一つ上の女の子はとてつもない才能を開花させているらしいが、それでもこの広さには到底かなわないらしい。

 

 確かに、この利点は便利だった。だが一方で、この得意を、亜夜子は活かしきれていなかったのも確かだ。

 

 広範囲に魔法が使えるということは、それだけ大規模な攻撃ができるということだから強力である。ただし今の魔法力で広範囲攻撃を行おうものなら、相当の消耗を要することになる。それは消費に対してリターンが見合わない。

 

 こんなことに才能があったところで、と、数か月までいらだちが募っていた。

 

 

 

 

 だが、今は違う。

 

 

 

 

 ついに、この、自分だけの圧倒的な適性を活かす方法にたどり着いたのだ。

 

『極致拡散』

 

 密度や相対距離を操る魔法系統が、収束系魔法だ。その基本魔法として、領域内の任意のエネルギーや流体の分布を平均化する『拡散』という魔法がある。

 

 だがこの魔法は、いまいち実践では使いどころがない。狭い範囲のエネルギーや流体の分布を平均化したところで、その空間が少し変になった、程度でしかないのだ。

 

 だが、その範囲が広大なものになった場合、話は変わってくる。

 

 例えば潜入の場合。

 

 自分が発する音や体温などが、敵に見つかるきっかけとなる。

 

 だが、そんな音や体温や電磁波などを、超広範囲の中で平均化して、認識不可能なほどに「薄めれば」どうなるだろうか。

 

 そう、自分の存在が、敵に見つかることがない、ということだ。

 

 諜報・暗殺任務においては、これ以上ないほどに有効な魔法である。

 

 これを見出したことを貢に報告した時、たいそう喜んでくれた。

 

 亜夜子はついに、自分にとっての魔法的アイデンティティーを確立したのだ。

 

 今はそんな『極致拡散』を磨くために、実験室の一つで練習した帰りだ。その成果は上々で、この後自室で行う勉強も、きっと気分よくできるだろう。

 

「達也兄さまには感謝しないとね」

 

「そうね」

 

 亜夜子がこの『極致拡散』を本格的に見出したきっかけは、司波達也である。

 

 四葉の訓練場で偶然、亜夜子と達也は同席した。その時、二人からすると分からない話だが、精霊の眼(エレメンタル・サイト)によって達也は彼女の適性が、「自分とそっくり」であることに気づき、『極致拡散』のヒントになるように、『分解』を実演し、仕組みを解説してくれた。

 

 これによって、ぼんやりとしたイメージしかなかった『極致拡散』が具体的な実像となり、ついにその魔法を身に着けたのだ。

 

 達也兄さまには感謝しなければならない。

 

 亜夜子にとって達也は、まさしく恩人であった。

 

 ――そして、闇の一族と言えど、思春期の少女である彼女の思いが「想い」になるのに、そう時間はかからなかった。

 

 今は生まれは少ししか違わない学年的には一つ上で圧倒的才能を見せつけ何かと心をささくれ立たせる深雪のガーディアンをしているが、その任が何時しか解かれれば、必ずや恋人になりたい。大人びた彼女の空想は、もはやそこまで進んでいた。

 

 

 

「……それと、蘭お姉さまも、一応……ね?」

 

「……チッ」

 

 

 

 だがそんな高揚した気分に、弟が水を差す。未だ男らしくなる気配がない可愛らしすぎる顔に困り顔を浮かべながら、あの忌まわしい姉の名前を出してきた。

 

 思わず舌打ちしてしまう。

 

 そう、実に悔しいことに、彼女にとってのもう一人の恩人が、あの姉なのだ。

 

 達也に教わる前。あの姉は、『拡散』という具体的な名前とその仕組みまで出して、亜夜子の適性をこれ以上なく活かせるアドバイスをしてくれた。今まで一応話しかけてもぞんざいに対応して無視してきたくせに、向こうから話しかけたうえでこれだ。

 

 このことをきっかけに、亜夜子は『拡散』を磨くようになり、それを訓練場でも練習していたのが達也の目に留まって、アドバイスをもらった、という経緯である。つまり、今の亜夜子の絶好調を生み出した最初の人物こそが、あの蘭というわけなのだ。

 

 そう、亜夜子は感謝しなければならない。

 

 だが、それは実にはらわたが煮えくり返る。

 

 あんな姉に感謝するなど、もっての外だ。むしろ今まで散々迷惑をかけてきたお詫びとするしかないし、それでもなんなら足りないほどである。

 

「あー、まあ、気持ちは分かるけど……」

 

「ふん、じゃあいくわね」

 

 何か文弥が慰めようとしてくれてはいるが、それによって姉への苛立ちと自分への情けなさが増幅しかねないので、足早に立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(認めてなど、なるものですか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを乱暴に閉めながら、亜夜子は強く歯ぎしりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな姉との初の合同任務を命令されるのは、この翌日の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月5日、真夜中。

 

 黒羽家の三姉弟の、初めての実戦指令だ。

 

 ターゲットは与党参議院議員の角海(かくうみ)。与党議員とはいえ、末席も末席の小物である。

 

 ただし見過ごせない情報もある。支持率の低下の焦りからか、地元有力者に勧められて反魔法師活動に手を染めて、それで支持率が回復したことに味を占め、一気に過激化。その正体はまだ不明だが、海外マフィアとも手を組んでいるという。

 

「「「…………」」」

 

 下っ端の運転で黒塗りの高級車の後部座席に並んで乗る三人は、年齢よりも幼く見える。容貌は遺伝からかそっくりで三人とも年齢以上に童顔で可愛らしく、身長も低めだ。

 

 だがそれ以上に幼さを強調しているのが、三人の格好だ。女の子二人は黒を基調として上品にレースがあしらわれた本格的なゴシック・ロリータ衣装で、男の子はボーイッシュさもあるが「ボーイッシュ」と形容されている時点で分かる通り女装である。

 

 

 

 そんな三人姉弟の間に漂う空気感はと言うと……はっきり言って、かなり気まずい。

 

 

 

 亜夜子は複雑な感情を抱えつつも基本姉の蘭を嫌っており、文弥も亜夜子ほどでないにしろ嫌っている。一方蘭も、今まで妹弟にはさほど構っておらず時にはぞんざいにあしらってすらいたため、決して好いてはいないだろう。

 

(はーああ)

 

 文弥は内心で深いため息を吐く。食事中や、ばったり出くわした時などで、このような空気は何度も経験している。だがここは誤魔化しがきかない密室である車内だ。さしもの彼と言えど、嫌になるのは仕方のないことだ。

 

 その全ての元凶である左隣の長女・蘭をちらりと見やる。表情筋の障害を生まれつき持っており、その顔は無表情だ。何を考えているか分からないが、窓の外をぼんやりと見ている。

 

 一方、右隣の亜夜子もまた、頬杖を突きながら窓の外を不機嫌そうな顔で眺めていた。この二人を隣り合わせにしたらまずいので文弥が身を挺して真ん中に挟まった形だ。幸い両者とも窓の外を見ているので、顔を合わせることはない。

 

(これがお姉さまじゃなければなあ)

 

 今度は、ため息が表に漏れてしまった。

 

 文弥は異性欲も年齢のわりにとても薄いが、全くないわけではない。ゴスロリの超絶美少女二人に囲まれてるというシチュエーションの「良さ」も分かる。だがあいにくながら二人とも血のつながった実姉だし、両者は仲が良くない。控え目に言って、ただの地獄だった。

 

 そしてふと、嫌な予感がして、左隣を見る。

 

 直後、心臓が跳ね上がった。

 

「……何? 蘭お姉さま」

 

 

 

 さっきまで窓の外を見ていたはずの蘭が、こちらを向いていた。漏らしてしまった深いため息に反応したのだろうか。

 

 

 

 

 蘭は数秒、答えなかった。文弥と、その向こうの亜夜子を、交互に何度も見る。

 

「……なんですか?」

 

 それに気づいた亜夜子も、睨み返すように振り向きながら、低い威嚇するような声で問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――――っ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、背筋が凍る。

 

 腹の底から、冷たい何かが脳天まで駆けあがってくるかのような感覚を覚えた。

 

 

 

 蘭が――笑っている。

 

 

 

 何十年も前にインターネット上で流行った、あの生首饅頭のような笑顔。あのキャラクターならば可愛らしいとも言えたかもしれないが、現実の人間が、それもお人形のような飛びきりの美少女が浮かべるそれは、常識や現実感と言った、心の平穏を維持するものを、かきむしるように削り取る。

 

「いやあ、ふたりともかわいいねえ、にあってるよ」

 

 表情筋障害のせいで唯一浮かべられる表情が、この歪んだ笑顔。本人に悪気はないし、悪いところもない。

 

 だがそれでも、精神が、それを受け入れるのを拒否した。

 

「――っ! 何を言ってるんですか!? これから初任務なんですよ!?」

 

 狂いそうになるほどの恐怖を振り払うように、亜夜子が叫ぶ。その可愛らしい顔には、見たことないほどの怒気が現れている。怒りの火に必死で薪をくべ、恐怖の冷たさを必死に押さえつける。その成果が出ているのか、ほんのりと上気していた。

 

「これはしっけい。では、うちあわせでも、しますか?」

 

 だが、蘭の方は、それに全く構う様子がない。不気味な笑顔を浮かべたまま、機械ボイスのような平坦な声で、亜夜子の意向をくみ取るかのような提案をする。

 

「――――――っ!」

 

 亜夜子はそれにさらにヒートアップするが、何も言い返せない。蘭の言い分が正しいことを、誰よりも分かっていた。感情に任せて何か言ってやりたいが、それができない。彼女は年齢のわりに、あまりにも大人びすぎていて、賢すぎたのだ。

 

(こんなので大丈夫かなあ……)

 

 それに挟まれた文弥は、すでに酷い疲れを感じながら、車内の天井をぼんやりと仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、そこで……そうです、あと24メートル10センチひだりをちゅうしんとして……」

 

 屋敷への侵入は順調だった。

 

 亜夜子の『極致拡散』はすでに実戦投入できる完成度になっており、センサーの類を全て誤魔化すことが可能だ。

 

 だが、人の目で確認しているであろう監視カメラは別だ。光の密度を同じにした場合、暗闇ならまだしも、屋内で少しながらも明かりをつけている場所ならば、監視カメラ越しでもその異常な景色に気づくだろう。

 

 そういうわけで、蘭が細かく探知魔法を行使して、逐一『極致拡散』を行う範囲を指示していた。

 

 その指示は、正確かつ分かりやすい。まるでこの屋敷の構造を最初から知っていて、かつ俯瞰視点で見ているかのような視野の広さだ。今のところ移動・加速・精神干渉系以外はほぼ鍛えておらず、それら以外の魔法は探知魔法も含め並の魔法科高校受験生程度でしかないはずである。それでもその異常な構造把握・視野によって、完璧でしかもわかりやすい指示を可能としているのである。

 

「チッ」

 

 亜夜子が舌打ちしながら睨む。

 

 この場で喋っているのは、逐一指示を出している蘭だけだ。文弥も亜夜子も、むっつりと黙っている。なるべく、蘭と話したくないからだ。

 

 だがそのせいで、黙って蘭の機械ボイスめいた声を聴くだけにならざるを得ない。蘭の提案で今はついていっているだけの文弥はまだしも、その指示に完全に従わなければならない亜夜子のストレスは、推して測るべしだ。

 

(見事の一言だなあ)

 

 一般に領域魔法は、範囲が広いほど、形が複雑なほど、視界から外れているほど、座標や出力といった変数入力が難しくなる。今は監視カメラの死角を縫いつつ飾りが多い廊下の広範囲に展開をしているのだから、とても難しいだろう。しかも今は非常にイライラしている。そんな中でも彼女の魔法は精密で、非の打ちどころがなかった。

 

「さてふみやくん、でばんですよ」

 

「はいはい」

 

 しばらく進むと、先頭の蘭が立ち止まり、文弥に振り返って指示を出す。ここまでは彼女の提案で暇だったが、ここからは逆に忙しくなりそうだ。

 

 

 サイオン検知センサー。魔法師・魔法式といった一定以上の密度があるサイオンを検知し反応するセンサーだ。

 

 

 軍事や警察と言った実力行使面で主に利用される魔法師は、当然、今自分たちがやっているみたいに、暴力的な活動でも活躍する。そんな魔法師の対策となるのが、このセンサーだ。

 

 このセンサーはサイオンそのものを検知するため、ただのカメラと違って雑に探知魔法で探すことはできない。慎重にゆっくりとその検知範囲に気を付けながら、その範囲に引っかからないように精密に魔法的探知の目を広げなければならない。

 

 蘭はなぜだかすでにかなり探知魔法を使いこなしていたが、ここまでのことはできない。逆に色々な魔法をしっかり鍛えてきた文弥ならば、この難題を可能とする。

 

 サイオン検知センサーは非常に高級かつ一般に出回っておらず、五つほど買っただけで議員の年収が吹っ飛ぶだろう。これが、最も無防備である寝室周辺に設置されている可能性に、文弥と亜夜子は考えもしなかったが、蘭は思い当っていた。反魔法師活動をしているなら魔法師が狙いに来る。普通なら被害妄想甚だしいと言いたいが、現に自分たちが実行しているので、この小物政治家の判断は正しいと言えるだろう。

 

 そこで提案されたのが、ある程度までは蘭が働いて文弥は休み、寝室周辺では文弥が働く、というものである。

 

 シンプルかつ合理的で、採用する以外あり得ない。もしサイオン検知センサーに思い当らなかった二人だけなら、失敗していたかもしれないだろう。

 

(なーんか腹が立つんだよなあ)

 

 得意なのは幼いころからそればかり鍛えてきた移動・加速系だけ。固有魔法も何やら使いにくそう。それ以外の魔法は黒羽家としてはまだ凡庸。その能力は、文弥・亜夜子に比べたら、年齢は一つ上だというのにすでに劣っている。

 

 だというのに、この作戦で、蘭は中心的な役割を果たしている。すでに家の中でも構われずこれといった教育も受けていないはずだが、どこでこんなスキルを身に着けたのだろうか。

 

「さて、つきましたね」

 

 寝室の扉の前。声を潜めた機械ボイスが呟く。

 

「いちおう、さいかくにんしますが、なかには――」

 

「護衛がいる、わかっています」

 

 亜夜子の不機嫌は結局戻らなかった。その声の険は強い。

 

 だが、ここからは本番。亜夜子は深呼吸を数回して心を落ち着けると――いつもの優雅な笑みに戻った。

 

 扉は分厚い。大男がいても力づくでは開けられないだろう。ピッキングなどに時間をかければ、中にいるであろう護衛に悟られる危険性が高まる。

 

 つまりここは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――けいさつだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一気にぶち破るのが一番だ。

 

 蘭が魔法を行使する。移動・加速系魔法を扉に行使して、厳重であろうそれを莫大な干渉力を以て一瞬で吹き飛ばす。

 

 同時に、大音量で警報が鳴り響く。それも気にせず、三人は一気になだれ込んだ。

 

「なんだ貴様らは!?」

 

 豪華なベッドで寝ていたであろう中年男はすでに飛び起きている。またその周辺では、表情に乏しい男たちがすでに控え、戦闘態勢に入っていた。

 

 子どもが侵入してきても、ぴくりとも表情が動かない。

 

 いや――姉の蘭以上に、その顔には、感情と言うものが伺えなかった。

 

「まさか、ジェネレーター!?」

 

 隣の亜夜子が即座に攻撃を仕掛けながら叫ぶ。

 

 予想外だった。そこらの魔法師ならば不意打ちの利もあって倒せる算段があったが、殊おぞましい技術で仕立て上げられた強化人間であるジェネレーターは、そうはいかない。

 

 それが、三人も。

 

「のーへっどどらごんと、くんでいたんでしょうね!」

 

 蘭の攻撃は鋭い。鍛え上げた加速・移動系魔法で、すでに先制攻撃を仕掛けたうえでさらに追撃までしている。

 

 その武器は周囲の調度品だ。絵画、壺、携帯端末など、この寝室にあるありとあらゆるものが、移動・加速系魔法により、砲弾と化す。しかもそれらは当然四方八方にあるため、回避も防御も困難だ。

 

 だがジェネレーターとて、自由意志がなかろうとも、強化された改造人間。うろたえることなく冷静に、自身を覆うように障壁魔法を展開する。これによって動かしやすい小物類程度なら防御可能だ。

 

 しかしそこに突き刺さるのが、亜夜子の攻撃だ。文弥の誘導によってジェネレーター二体がある程度固まったタイミングで、二体の顔を覆うようにして吸収系魔法を行使して酸素を無理やり結合させて薄くさせる。一応身体は人間のため、酸素が急激に奪われては活動ができない。二体はたまらず、その領域から逃れるように激しく動いた。

 

 

 

 

 

 ――そしてその後ろには、角海がいる。

 

 

 

 

 

 

「わるいこはおしおきだど~」

 

 二体は角海を守るように動いていた。当然その動きは読まれており、文弥に誘導され、亜夜子の罠にかかり、離れざるを得ない。その空いた隙に、蘭の弾丸のごとき魔法攻撃が突き刺さった。

 

「くそっ! ぐぅ!」

 

 だが角海とてジェネレーターを配置するほど警戒心が強い――普段は臆病と称されるが――男だ。ベッドの周りにはそうした襲撃を避けるための道具が揃えられているようで、シーツで防御する。どうやら防弾繊維になっているらしい。飛ばした壺の欠片はその勢いで角海に鋭い痛みを与えたものの、布を貫くことはなく、せいぜいが痣程度にしかならないだろう。

 

 だが、これで十分。やろうと思えばいつでも殺せる。それをこうして示すことで、雑に逃げることを許さない。今から牽制を少しずつ挟めば、あとはジェネレーターを倒すことに集中できるだろう。

 

「くそ、こっちはジェネレーターが三人だぞ!? ガキが勝てるものか!? 今なら見逃してやるからさっさとお家に帰れ! 三人に勝てるわけないだろいい加減にしろ!」

 

「ばかやろうおまえおれはかつぞおまえ!」

 

 姉の口調がいつもと違った場合、大抵がゲイポルノミームである。気にしないのが一番だ。

 

 文弥はこの場で一番働いているはずの蘭を極力無視しながら、一番近くにいて一対一の様相になったジェネレーターへと攻撃を仕掛ける。得意の精神干渉系は効きにくいので、いたって普通に系統魔法だ。体格差・経験差、そして改造人間としての魔法力の差があるはずだが、実のところ、ジェネレーターとしてはそこまで性能は高くない「安物」のようで、大して強く感じない。順当に勝てるだろう。

 

 それは二人の姉も同じだったようだ。

 

 蘭はとっくにジェネレーターを高速タックルで吹っ飛ばし、さらに追撃として、戦闘で荒れた部屋の中に落ちていた電源コードの残骸を鞭のようにして強く叩いている。なぜか金属のような音がしたが、金属プレートでも仕込んでいるのだろうか。

 

 一方の亜夜子も、今はジェネレーターと自分だけを巻き込む形で領域内の光を平均化する『拡散』の中で戦闘をしている。自分の視界も奪われるが、相手の視界を奪うことも可能だ。こちらから仕掛けている以上、当然こちらは相手を探知する術を持っているため、外側から目視できずとも、一方的な戦いになることは予想可能だ。

 

 そうしている間に、文弥もジェネレーターを押し始めた。蘭ほどではないが周囲に散らばったものを移動・加速系魔法で相手に襲い掛からせつつ、本命の暗器・ナイフによる攻撃を浴びせ続ける。それはついに相手の頸動脈を捉え、そのまま即死させた。

 

「かったな」

 

 全体が落ち着いたと見た蘭はあの不気味な笑顔を浮かべながら呟き、そのまま、牽制のせいで逃げられず命乞いをする角海へと急加速して向かう。

 

「終わったね、姉さま」

 

「そうね」

 

 その様子を見ながら、亜夜子とほっと一息ついた瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭が急にUターンをして、目にも止まらぬ速さで突っ込んできて、破裂音と同時に二人を突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたっ、なんなの一体!」

 

「ついに狂った!?」

 

 そのあまりにも不可解な同士討ちに、二人はこれまでの鬱憤もあって、声を荒げながら体を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで目にしたのは、わき腹と肩から酷く血を流す、蘭の姿だった。

 

 そしてその少し向こうには、対魔法使用ライフルをこちらに向けている――今まで姿を見せなかった、二人のジェネレーター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!? まさか!?」

 

 亜夜子が顔を青ざめさせて、口元を抑える。

 

 賢い二人は理解してしまった。

 

 この姉は、角海に止めを刺そうとこちらに背を向けていたというのに。

 

 今まで潜んで隙を伺っていたであろう、ジェネレーターが現れたのを知覚し。

 

 たまたまそれらの傍にいた二人が不意打ちで狙われるのを見て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その身を犠牲にして、庇ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、お姉さま!」

 

 自分にのしかかったまま動けない蘭を、自分でもよく分からない感情に任せて必死にゆする。自覚はないが、その声は、酷く震えていた。

 

 それと同時に、ぴくりとも動かなかった蘭が、急に起きて立ち上がる。

 

 そして振り返り、次なる弾丸を発射しようとするジェネレーターに向き合い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとのだいじな、おとうとと、いもうとに、なにしてくれとんじゃこらああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで聞いたことないほど大きく叫びながら、周囲にある家具を無差別に、ジェネレーターに殺到させた。

 

 四方八方から、大小の様々な家具が大量に、ジェネレーターたちに襲い掛かる。その速度は、目の前を通り過ぎるレースカーのようだった。

 

 あれでは間違いなく、無残につぶれた死体になる。

 

 そしてその攻撃が終わると同時、蘭は、力が抜けたように膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お姉さま!?」」

 

 

 

 

 

 

 双子の姉と、声が重なる。

 

 だが蘭は、そのままこちらを振り返り、叫んだ。

 

「たーげっとをころして!」

 

 蘭が叫ぶと同時、角海が情けない悲鳴を上げながら逃げ出す。

 

 だが文弥と亜夜子は、半ば反射で同時に魔法を行使し、角海の命を、一瞬で奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に蘭が何やら呟いたが、文弥と亜夜子は、いつもとは全く違う意味で、その発言に構うことはなく、彼女に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車。行きと同じ運転手と、同じ黒塗りの高級車。

 

 今は作戦を終え、下部組織に後の工作を全て任せて、三人は帰途についていた。

 

 その空気は行きと同じく重い。その元となる人間もまた同じく蘭だったが、原因は全く違った。そしてまた、行きとは後部座席の並び順も違い、蘭を真ん中にして亜夜子と文弥が挟むような形になっている。

 

「蘭お姉さま、大丈夫?」

 

「はい、これぐらいへいきですよ」

 

 弟の文弥は背もたれに体を預けてややぐったりしている蘭に、気づかわし気に声をかける。それに対して蘭は、いつもの調子で答えた。声帯の障害のせいで、いつも通り平坦であるが故、本当に大丈夫なのかどうかは定かではない。

 

 蘭は、その身を挺して、油断して殺されそうになった亜夜子と文弥を助けた。小学一年生のころから磨いた移動・加速系魔法はあまりにも速く、ハイパワーライフルの銃弾はその速度に追いつけず、致命傷にはなってない。わき腹を掠め、肩を貫通した程度だ。だがそれでも、特に肩は直撃に近いため、本来なら入院相当の重傷であるのは間違いない。今は応急処置をして、病院と同程度の設備が整っている家へと帰る途中なのだ。

 

 そうして、弟がたびたび蘭に声をかけている中。

 

 亜夜子は、ゴシック・ロリータのスカートを、ギュッと白くて小さい手で握りながら、俯いているだけだった。

 

「どうして……」

 

 漏らさないようにしていた感情が、口から流れ出る。自分でもわかる程に、声は震えていた。

 

「どうして、助けたのですか?」

 

 隣の蘭とその向こうの文弥が、こちらを見る。蘭は相変わらず表情筋障害のせいで無表情で、文弥は驚きと納得が半分といった顔だ。

 

 思い出されるのは、目の前で血を流す蘭と、そしてこれまでのこと。

 

 決して、仲が良いわけではなかった。仲が悪いとすらいえるだろう。

 

 確かに、蘭にも明確な非がある。自分の事だけ集中して、こちらから幾度となく交流を試みても、ぞんざいに扱ってきた。また数々の行動が、父親を困らせていたのも事実だ。嫌われる理由がある。

 

 だが、それだけだろうか。

 

 例えば蘭の行動は、少なくとも二人から見える分には、実は理不尽なものではない。小学校が不登校なのは黒羽家ならば当たり前だし、長女だというのに内側に引きこもって黒羽家の意向に乗ろうとしないのも、表情筋・声帯の障害を考えれば、幼くして自分が表に出てはいけないと思っていた表れかもしれない。なんの相談もなく自分が当主候補から外されて弟が候補に出されても、微塵も反対もしなかったのが、その推測を補強している。彼女がひたすら魔法を磨いているのを見て焦っていたのも、思えば勝手に焦ったのはこちら側だ。

 

 そんな理由で、亜夜子と文弥は、蘭のことを嫌っていた。特に亜夜子は、心の底から嫌っていたと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな亜夜子と文弥を、蘭は、命がけで助けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果論として、全員生き残ったうえにミッションもクリアした。あれが最善だろう。

 

 だが、黒羽として見れば、あの行動は褒められたものではない。

 

 そもそも亜夜子と文弥が死んでしまうのは、はっきり言って、油断していた自業自得だ。ターゲットを仕留める直前の蘭がそれを中断しさらに身を挺して二人を助ける理由は、全くない。悪手とすら言えるだろう。

 

 それなのに、蘭は、迷わず自らが犠牲になって二人を助けたのだ。

 

 情けなかった。

 

 こちらからほぼ一方的に嫌い、露骨に敵意を向け続けた姉。

 

 そんな姉が、背負っているものを捨てて、命を懸けて助けてくれたのだ。

 

 蘭は、相変わらずの無表情で、亜夜子をぼんやりと見つめる。

 

 気づけば車内に響くのは、亜夜子がついに漏らした、すすり泣きだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの、ふたりがしんだら、いやだからにきまってるじゃないですか。だいじなんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、平坦だというのに、不思議と心に響く声。

 

 同時に、亜夜子と文弥の脳裏に、先ほどの強烈な光景が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひとのだいじな、おとうとと、いもうとに、なにしてくれとんじゃこらああああああああ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 二人が見上げる目の前で背を向け。

 

 魔法師を殺すために作られたハイパワーライフルを構える改造人間を目の前にして。

 

 その肩とわき腹から鮮血を流しながら。

 

 平坦だというのにこれ以上ないほどの「怒気」を感じさせる声で、そう叫んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(大事……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちを指して彼女が言った言葉。

 

 大事。

 

 ああ、そういうことか。

 

 亜夜子と、そして文弥も、心にすっと、温かなモノがあふれるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭は、亜夜子と文弥のことを、大事だと思ってくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四葉家と言う闇の一族に生まれ育ち、冷えつつあった二人の心に、新たな熱が戻る。

 

 そしてその熱は、目から涙として、口から声として、そして全身から行動として、あふれ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「蘭お姉さま!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は思い切り、間にいる(あね)へと抱き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーよしよし、か゛わ゛い゛い゛な゛あ゛ふたりは」

 

 まだ痛くて苦しいだろうに、蘭はそう言いながら、二人の頭を撫でる。

 

 なんだか変な言い方だが、構わない。

 

 かわいいと言ってくれるのが、行きの車とは真逆で、心の底から嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人を撫でる蘭の顔に浮かぶ生首饅頭のような笑顔も、今の二人には、とてもいとおしく見えた。



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6ー1

多くの方に読んでいただけてるようでなによりです


 闇に生きる一族で過ごすRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は黒羽家チャートの中学進学直後にほぼ確定で訪れる初ミッションイベントをクリアしたところでした。

 

 ではミッションクリア後にどれだけ成長したのか見ていきましょう……と言いたいところですが、不可能です。

 

 理由は簡単、蘭ちゃんが重傷を負ってしまったからです。

 

 いかんせん、何度も話しましたが、このゲームは無駄にリアルなことに生まれからしてすでに乱数幅が大きすぎる運ゲー仕様になってまして、黒羽家はそもそも確率が低いんです。そういうわけで、RTAの先駆者兄貴は来訪者編クリアルール以外も含めてもごく少数ですし、なんなら通常プレイの報告も非常に少ないです。そういうわけで、まだ細かい部分は判明しきっていないんですね。

 

 そういうわけで今回は、圧倒的ガバ運により、過去報告例がない、ジェネレーターの潜伏・不意打ちが発生しました。なんで?(殺意)

 

 それによって文弥君と亜夜子ちゃんが殺されかけましたが、二人は黒羽家チャートにおいては主力なので、ここでリタイアさせるわけにはいきません。仕方なく、いざという時のためにもなるよう鍛えた高速移動で無理やり救いました。その代償として対魔法師用ハイパワーライフルを食らってしまったのです。

 

 これはその名前の通り、対物障壁魔法の干渉力を上回るための特別なライフルです。当然威力が高く、掠めただけで肉がごりっと抉れます。今回食らったのは右肩への直撃貫通と、わき腹を掠ったぐらいですね。ぐらいって言いますが、普通なら重体です。黒羽家の応急処置技術、治癒魔法技術、設備の豪華さによって、重傷程度に収まりますが。

 

 そんなわけで今は部屋のベッドで絶対安静です。魔法の使用も、少ないながらも身体へ反動があるため厳禁。しばらく何もできないロス時間が続きます。

 

 ではそのロス時間は、可愛い妹弟に看病されながら過ごしましょう。

 

 え? 皆様もその様子を見たいって?

 

 動画尺的に無理なので早送りします(無慈悲)

 

 

 

 さて、解説タイムですね。

 

 今回の解説は、前々回途中で中断した、トロフィー〈来訪者編クリア〉の条件に付いてです。

 

 前々回は、「来訪者」には、アメリカから来たリーナたちと、異世界的空間から来たパラサイト達の、二つが意味がかかっているという話でしたね。つまり、来訪者編が始まるには、両者が日本に来て活動をしなければ意味ありません。

 

 では、その条件とは?

 

 ここで原作を振り返ってみましょう。

 

 まずリーナちゃんです。こちらは原作では、交換留学にかこつけて日本各国にアメリカ軍メンバーが入り込んでスパイをするためにやってきます。その目的はずばり、謎の戦略級魔法の調査です。

 

 続いてパラサイト。こちらがやってきた原因は、アメリカが強行した、マイクロブラックホール生成・消滅実験です。これによってなんか不思議なことが起きて、パラサイトがこちらの次元にやってきました。そしてその実験強行の理由もまた、謎の戦略級魔法です。

 

 

 

 

 そう、つまり、謎の戦略級魔法が両方の鍵なんですね。

 

 

 

 

 その戦略級魔法は、我らがお兄様の、『マテリアル・バースト』です。この来訪者編クリアを目指すルールでは、この魔法が大々的に使われるのが条件となります。そのためには……

 

 あ、等速に戻ります。

 

 さて、早送りしている間に未来の超技術と魔法パワーによって怪我も治り、活発に動けるようになってます。まあ活発なのは屋内だけで、外には出ない引きこもり不登校なんですけどね。

 

 

 

 

 さて、今回はいくつか発生するイベントの一つがちょうど復帰訓練で出てきたので、その進行を見つつ、解説をします。

 

 今回発生したのは、亜夜子ちゃんとの合同練習イベントです。

 

 こちらからか向こうからか誘えば、状況や好感度などの数々のマスクデータと乱数によって発生するイベントですね。

 

 この地下訓練施設は、今まで親の顔より見てきた移動・加速系魔法訓練の他にも色々なことができます。

 

 今回はこれを使って、自動生成された妨害付き迷路を乗り越えたうえで、その先にいるターゲット人形に致命傷を与えるというものです。

 

 ポイントは、二人で同時に突入するのではなく、片方が攻撃を目指し、もう片方がそのサポートをすることです。

 

 まずサポート役が探知魔法で迷路の構造を把握し、攻撃役はスタート後逐一指示を受けつつ最速でターゲットを目指す、という形です。つまり攻撃役はサポート役を信じて、自分では考えず、ただ早くたどり着くことだけに集中することができるんですね。その分、要求タイムはとても厳しいですが。

 

 これは非常にうまあじです。復帰戦にはぴったりですね。

 

 というのも、一番得意な分野なため安全性も比較的高く、また何度もやってきているのとほぼ同じことのため、前とのコンディション差を確かめるのにも便利です。そして今回はおまけに、だいぶ時間が空きましたが、あのクソミッションで得られた経験値がどの程度なのかを調べる機会にもなります。

 

 ではやっていきましょう。相棒が亜夜子ちゃんなので、完全に信頼可能ですね。

 

 はい、よーい、スタート。

 

 スタートと同時に魔法を全開にして駆けだします。亜夜子ちゃんの指示に完全に従って、自分は思考停止で走るだけ。いやー楽ですねえ。

 

 はい、そういうわけであっという間にゴールしました。タイムは……普通だな!

 

 今ので、前のミッションの成長具合も分かりました。

 

 

 

 

 結論は――クソです(絶望)

 

 

 

 

 ミッションクリアしましたしタイムもそこそこ悪くないのですが、ジェネレーターの人数が所詮合計五人だったというのと、そのくせ不意打ちによって重体の傷を負ったのが大幅マイナスになったようですね。

 

 これでも他人生(チャート)のこの時期に訪れるイベントに比べたら経験値のうまテイストが段違いなのですが、ハイレベルハイリスクハイリターンが魅力の黒羽家チャートで低めを出してしまうのは良くありません。達也にぃにとの初訓練(大嘘)イベントもあんなことになったせいでいまいちだったので、これはここからさらに攻める必要がありますね。

 

 

 

 さて一方で、運が良い面もあります。

 

 こうして亜夜子ちゃんから合同訓練に誘ってくれたことから分かる通り、彼女からの好感度は高いですね。この後のネタバレになるのですが文弥君からも誘われることがあったため、そちらの好感度も高いでしょう。

 

 これまでは移動・加速系を徹底的に磨き、なおかつ早いうちに固有魔法を特定しなければならず、そのせいで、この二人相手にはぞんざいな扱いをせざるを得ませんでした。好感度はゼロどころか、マイナスでしょう。

 

 一方でこの二人はこれから何回もイベントを共にしますし、合同訓練はうま味ですし、最後まで活躍してもらわなければならない大事な仲間でもあります。そのため、好感度は高くしておく必要があります。

 

 そういうわけでチャート的には、ここから高校進学までに二人の好感度稼ぎに比重を置くことになっていました。高校に入ってからはある重要なキャラたちとの交流が中心になるので、ここが最後のチャンスなんですね。

 

 ところが、今見た通り、二人からの好感度は高いです。それもマイナスと見積もっていたところから相対的に高い、というわけではなく、普通に高いんですよ。

 

 理由はおそらくですが、二人の命の危機を救ったからでしょう。帰りの車内イベントの時点で「おや?」と思いましたし、その後も二人が積極的に看病してくれたのでまさかと思い、この合同訓練イベント発生で確信した次第であります。

 

 こうなると中学生の間に何度か訪れる黒羽家チャート特有のクソ難しいミッションの難易度が大幅に下がり、好感度稼ぎにかかるはずだった時間を訓練にも充てられるので、安定面・ステータス面の両方に大きなブーストがかかります。

 

 さて、そんなわけで悪い方と良い方、両方の想定外が訪れました。このチャートは先駆者兄貴が少なくてこういうブレが起きた時の対応はあまり研究されていないため、私はぶっつけ本番で色々考えてます。

 

 

 

 とりあえず無難に、固有魔法の訓練に充てましょう。

 

 パラサイトは精神に関する情報次元から来た、プシオン生命体です。魔法師と比較してもなお、精神干渉系への抵抗力が非常に高いんですね。それでいてそんな化け物を倒す方法は物理的な方法ではほぼ無理で、大体の場合はやはり精神干渉系魔法で倒す必要があります。

 

 当然、干渉力が非常に重要になってくるわけですが、もう一つ重要なのが固有魔法です。深雪ちゃんレベルの干渉力、または今後仲間になる重要キャラほどの特効魔法がないとラスボスのパラサイトには大きく攻撃が通りません。プレイヤーキャラクターがあんなチートレベルの干渉力を手に入れるのはほぼ不可能です。

 

 

 

 そして、そのほぼ不可能の例外が、固有魔法です。

 

 

 

 固有なだけあってあらゆる面に大きなブーストがかかっており、固有魔法でならば大きく攻撃が通ります。

 

 ここから分かる通り、黒羽家チャートというか四葉系チャートというのは、四葉家の魔法師が持つ、精神干渉系か特異な魔法の優れた才能を持って生まれるという性質を利用して素性ガチャを当てて精神干渉系固有魔法をゲットし、さらに訓練環境と数々の超高難度イベントを利用してステータスを上げまくって、そこからパラサイトに挑む、というチャートなんですね。

 

 

 ちなみに、ガチャを外した場合のリカバリー案も用意されています。

 

 文弥君や深雪ちゃんにパラサイトを任せて、自分はUSNA軍の相手をするというものです。

 

 本チャートが、自分がパラサイトの相手をして達也おにいたまにUSNAを任せるという形なので、その逆と言うわけですね。ただパラサイト関連は安定しないことが多く、NPCに任せるよりかは自分で動いてリカバリーする方が安定します。対USNAは相手が人間・軍人なのである程度合理的な行動しかしないから、達也アニキたちも安定して動いてくれます。

 

 

 

 さて、こんな解説をしているうちに、もう中学二年生になりそうです。亜夜子ちゃんと文弥君は無事有名私立中学に合格しました。いっぱい褒めてあげて、プレゼントもあげましょう。はい、皆さんここ一時停止推奨です。可愛いですね。

 

 今の爆速早送りの間にやったことは、ミッションがいくつかと、後は訓練と研究ばかりです。ちなみにこの段階ではとりあえず『プシオンコピー』の訓練をしていますが、この魔法でどうやってパラサイトを倒すのかはまだ思いついていません。この時の私、かなり焦っております。

 

 悲しいことに、二人の受験が無事終わったので、ここからは三姉弟でのミッションが大幅に増加し、研究・考察の時間が取りにくくなります。有効活用法を見出した後そこからその活用法の練習と作戦立案もしなければならないので、中学卒業までには思いつきたいところですね。

 

 

 

 さてそういうわけでさっそく二人との合同……ではなく、ソロミッションイベントが来ました。

 

 内容は、今の日本魔法師界の体制に不満を持つ魔法師集団の偵察です。

 

 魔法師界の支配構造というか社会構造って非常に歪ですよね。それに不満を持った「正義感」溢れる魔法師の小さな集団が、国立魔法大学の中に出来てしまったそうです。ここに入ったことから分かる通り、そこそこ腕も立つし頭も良い学生ですね。要は学生運動の一種と言えるでしょう。

 

 別にこの程度の運動ならどうってことないのですが、なにやら暴力的な活動の気配を感じるとのことです。今回は、移動・加速系魔法の腕を活かして彼らの活動拠点に侵入し、何かしらの情報を持ってくる、というものとなっています。

 

 さて、その活動拠点は、魔法大学の近くにある、外見上はいたって普通のマンションです。しかしながらこの見た目で中々のセキュリティを誇っています。

 

 まず流石魔法大学に通っている集団なだけあっていいところのお坊ちゃん・お嬢ちゃんも何人かおり、そこの出資によって監視カメラなど物理的なものは当然完備されてます。また小規模ではありますが、サイオンセンサーも設置されています。

 

 今回のミッションは戦闘は避けなければなりません。そういうわけで、前々から目をつけていた四葉家が何か月と張り付いて、メンバーがいないタイミングを割り出してくれました。つまり自分で調査するようなロスはいらず、いきなり侵入して、パパパッとやって、お終い! です。

 

 時間は深夜。昼間も大学の講義が当然あるので不在がちですが、さすがに白昼堂々はきついですからね。

 

 ではさっそく侵入していきます。

 

 アロホモラ!(ただの移動・加速系開錠魔法)

 

 お、開いてんじゃーん!

 

 四葉による調査の結果、玄関と窓にはサイオンセンサーが設置されていますが、トイレ窓には設置されていないので、ここから侵入が可能です。それとトイレに監視カメラとかを仕掛けるわけもないので、安心して侵入もできます。一石二鳥ですね。

 

 ところで、こうしたスニーキングミッションは、蘭ちゃんよりも、『極致拡散』を持つ亜夜子ちゃんの方が得意ですよね? 実際そうで、大体この手のミッションは亜夜子ちゃんに回ります。

 

 でも蘭ちゃん含むRTA走者のキャラも、それなりに適性があるんですよ。移動・加速系魔法を徹底的に鍛えているので、ただ高速移動をするだけでなく、自分が周囲に出してしまう音や熱といった物理現象を、セキュリティ設備の範囲内に「移動させない」ということも可能なんですね。うーん、魔法って便利。

 

 では探していきましょう。魔法やライトは使わず、暗闇も良く見える暗視スコープをつけて、っと……なんだこれは、たまげたなあ……。蘭ちゃんの可愛いお顔が台無しです。サイクロップス先輩みたいになってるじゃないですか。口元も呼吸が漏れにくいように黒いマスクで隠しているのが幸いですね。これで銀粉なんか塗られようもんなら、やめたくなりますよ四葉ぁ。

 

 まあそれは置いておいて、予定通り、この組織のSCOOOP!!!を探していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 CAPTURED……

 

 ROOM SENSOR

 

 EMULATED

 

 E M U L A T E D

 

 E M U L A T E D

 

 

 

 

 

 

 はい、見つけました。

 

 まずはこの組織の思想計画書。立派な理念が書いてありますね。

 

 問題は、その補足です。「やむを得ず暴力的行動に出なければならない場合、それを許容する」と書いてあります。これは……明文化したらアウトですね。

 

 それと具体的ではないですが、いくつかの施設を狙ったテロ計画書も見つかりました。当然これも証拠です。

 

 ただこれらはあくまで、こちらが「この団体はクロ」と確信するだけのものです。

 

 一番重要なのは…………ありました。共用スペースではなく、個々人の机の中。

 

 正義感に酔ってそれ以外のものを切り捨てているのか、はたまた狂信的組織を利用して私腹を肥やしたいだけなのかわかりませんが、活動資金のためと称して、強盗・窃盗を「行っていた」証拠が出ました。

 

 これが四葉は欲しかったんですね。自分たちが手を下すまでもなく、こうした内部にいる腐った奴が隠していることを上手く組織内に流して、内部崩壊を狙うんです。そうして少しずつ切り崩していくんですね。

 

 さて、後はこれらを精密にコピーして元の場所に戻しておさらば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――と見せかけて回避!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これがやりこんだ人間の反応じゃ見たかコラというかなんで人がいるんだいきなり攻撃してくるんだアホボケカスうんちうんちうんち!!!

 

 四葉の諜報部どうなってんだよおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 はい、全く予定外でしたが、なんでか知らないですけどいきなり人が来て見つかってしまいました。一応事前にメンバーのデータをさらっと見ました。初期メンバーの一人である男性で、書記的な役割をしていたようです。ダジャレではありません。

 

 

 

 ここは、闘争or逃走……と見せかけて、実は闘争一択となってしまいます。

 

 

 

 理由一つ目。相手は当然電気をつけてきます。暗視ゴーグルをつけている状態でそんなことされたら目が潰れますね? つまり外さなければなりません。よって、せっかく隠れてた顔を見せる羽目になります。マスクで口元隠しててもあまり意味はないでしょうね。

 

 理由二つ目。侵入されたことを知られたわけです。ならば、仲間に知らされる前に、こいつを殺さなければなりません。

 

 そういうわけでバトルスタート! 周辺にあるペンやハサミなど尖ったものを魔法で殺到! シンプルイズベストです。

 

 おっとしかしここは魔法大学生、しっかり防いできました。

 

 しかしながら真後ろから、これまでの二倍以上の速度で迫るペンには気づきませんでしたね。首の横側を超高速で掠めさせます。これによって頸動脈に大きく傷がつきました。

 

 あとは最後っ屁を防ぐために止めをさっさと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あああああああああ痛いいいいいいいいどぼじでぞんなごどずるのおおおおおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんか異常な速さでとんでもない魔法の最後っ屁を残していきました。

 

 ドヤ顔で遺言吐いて力尽きましたが、こちらもそれどころではありません。

 

 すぐに魔法で応急処置をします。明かりがついた段階でバックアップメンバーも動き出したはずなので、すぐに助けにきてくれるはずです。

 

 …………あー助けに来てくれました。治癒魔法が染みわたります。

 

 全く、とんでもないことになりましたね。バックアップの下っ端に支えられて、とりあえず撤退します。諸々の後処理はなんとかしてくれるでしょう。

 

 これはのちに分かったことですが、さっきの人、単に忘れ物を取りに来ただけらしいです。外で警戒しているバックアップが気づかなかったのは、離れた部屋とはいえ同じマンションに住んでいたから、移動に外から気づけなかったかららしいですね。あの、同じマンションに住んでるんだったらそこも警戒してくれません?

 

 で、あの最後っ屁の魔法ですが、とても珍しい魔法です。自分の身体の様々な状態を相手のエイドスにコピーする、というものだそうで、なんと彼の固有魔法です。

 

 自分が健康体だったら仲間を回復して、自分が死にかけたら相手も道連れにする、ということができるみたいですね。エイドスにコピーするという点では、仕組みとしてお兄様の『再成』と同じです。

 

 とはいえ完全にコピーできるというわけではなく、相手の状態を自分の状態に近づける、程度しかないようです。まあでも今回の場合は、即死級の致命傷を負っての決死のコピーなので、健康体の蘭ちゃんも放置したら間違いなく死ぬ、というところまで一瞬で持っていかれました。具体的には、頸動脈に絶妙な傷をつけられた次第です。

 

 あー、これも完全にガバ運ですね。

 

 このミッションイベント自体はチャートでも高確率で訪れるとちゃーんと書いてあるのですが、この前の小物政治家暗殺の時と同じく、過去に例がないパターンを引いてしまいました。メンバーやその性質も各プレイによって結構違うみたいなので、今回はかなり面倒な乱数の悪戯が重なった結果でしょう。

 

 ここまでを見るに、超不運と超幸運が混ざってて、おおむね予定通りと言う部分は、良くも悪くも少ないです。

 

 RTAはガバ要素を徹底的に減らして上振れを試行回数で狙うものなので、こういう不安定ばかりなのは、正直かなり厄介です。

 

 でもまあ、ミッションクリアしたし、生きてるだけで儲けものですね。

 

 今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。



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6-2

 人間の心変わりとは速いものだ。

 

 精神に関する魔法を得意とする彼だからこそか、はたまたそうでもないのか、今は強く実感している。それこそその速さは、この少年も例外ではなかった。

 

「お姉さま、大丈夫? 怪我は痛まないですか?」

 

「あー、あんまり」

 

 自室のベッドで楽な格好で寝転がっているのは、冷え切った陶磁器のような無表情の美少女・黒羽蘭だ。そしてその横で心配そうにしつつ身の回りの世話をしているのが、その弟の黒羽文弥である。

 

 一昨日、蘭と文弥、そして今ここにはいない亜夜子の三人は、子供ながらにして政治家の暗殺任務に向かった。そこで文弥と亜夜子が不意打ちを受け、蘭がその身を挺して守ったのだ。そのせいで蘭は、応急処置程度では致命傷、普通の病院に駆け込んだ程度なら重体、治癒魔法含む黒羽家の技術でようやく重傷という、すさまじい傷を負った。故にこうして、絶対安静として、ベッドで寝転んでいるのだ。

 

 そんな蘭のことを、文弥と亜夜子は、この先日の事件までは、色々と事情があって嫌っていた。だがこの出来事がきっかけに、二人の色々な感情がひっくり返って、今はこうして甲斐甲斐しくお世話する程に好意を抱くようになった。これは、文弥以上に激しく嫌悪していた亜夜子も同じだ。

 

 生まれつき持った声帯と表情筋の異常。そのせいで、声は数十年前の安っぽい機械合成ボイスのように平坦なものしか出せず、表情もほとんど変えることができない。こうした本人に非のない身体的な事情によるコミュニケーション上の支障と、そして蘭自身が自分のことに精いっぱいで周囲を無視し色々勝手に振舞っていたこと。これらが重なった、数年に及ぶ負の蓄積が、あの劇的な出来事によって全て崩れることとなったのであった。

 

 文弥は思う。

 

 こうして積極的にかかわってみると、声や表情には出ないだけで、蘭はわりかし感情が豊かだ。物を食べる時、その味の好みによって露骨に箸が進む速さが変わる。暇になってくると明らかに寝がえりや独り言が増える。隙あらばゲイビデオが由来のスラングを話す。最後のだけは今も切に止めてほしいと願う次第であるが。

 

 そして、何か怒り出すようなことがあったら、大声で叫ぶ。

 

 

 

『ひとのだいじな、おとうとと、いもうとに、なにしてくれとんじゃこらああああああああ!!!』

 

 

 

 

 この時のことを思うと、申し訳ないが、それでも、思い出すたびに、胸が温かくなる。

 

 四葉の分家である黒羽家。そこに生まれた瞬間、普通の人生は許されない。文弥も亜夜子も、幼くして、厳しい訓練と環境に身を投じざるを得なかった。幼いころからの蓄積で、多少の痛みはなんとも思わないし、人を殺すことに躊躇いすら感じない。

 

 当然、家単位でそうした状況となれば、自然と、「家族関係」は、緊張感を孕んだ冷えたものとなる。父の貢にしても愛情が無いわけではないが、同級生の家族と比べると、親子の情を感じるようなことは少ない。双子である文弥と亜夜子の間ですら、いざとなったら「切り捨てる」覚悟がどこかで出来ているほどである。

 

 

 

 

 そんな中で蘭は、その身を挺して、弟と妹を庇った。

 

 その理由が、「大事だから」。

 

 

 

 

 

 一番冷え切った関係であったはずの蘭から出たその言葉は、二人の心を溶かしたのだ。

 

 そういうわけで、こうして絶対安静となった蘭の身の回りの世話については、文弥と亜夜子が積極的に行っている。それはけがを負わせてしまったという責任感もあるが、それ以上に、「尊敬できる姉」の傍に少しでも長くいて、今までの分、色々と話したい、という年相応の可愛らしい思いもある。当然年齢をはるかに超えた賢しさを持つ二人はそれを自覚して多少恥ずかしさはあるが、それでもその感情に身を任せていた。

 

「あーはやくなおれはやくなおれはやくなおれ…………」

 

 文弥が蘭からお願いされた部屋の整理をしている間に、また手持ち無沙汰になった彼女が、ここ数日間ずっと呟いている独り言を連呼しながらゴロゴロと落ち着きなく寝がえりをし始めた。

 

 これもまた、蘭が表情と声とは裏腹に、感情豊かであると思う一つの動作だ。

 

 昔からそうだが、蘭は、常に何か急いで焦っているように見える。

 

 小学校入学してからずっと、自分の限界ギリギリまで自己加速魔法を訓練するか一切周りとの交流を断って部屋や研究室に籠って魔法の研究をしているかのどちらかである。そんな彼女の様子は、訓練している魔法も相まって、もはや「生き急いでいる」の領域だ。

 

 四葉家は、家の存続と繁栄自体は考えるが、一方で自分自身のこととなると、どこか刹那的な魔法師が多い。それは常に死と隣り合わせな上に何度も人を死に追いやってきたという生まれながらの定めによるものだ。実際文弥も亜夜子も、簡単に受け入れられるわけではないが、どこか常に「死」を意識している。

 

 だが蘭のそれは異常だ。小学校入学直後と同時に、ワーカホリックめいた魔法師と同じぐらいに、何かしらの自己強化にリソースをつぎ込んでいるのだ。それは文弥・亜夜子との交流を拒む程であり、それが嫌悪の原因でもあった。

 

 きっと、今の、魔法すら禁止されて絶対安静の状況は、その焦りをさらに加速させているのだろう。

 

 その表れが、この寝返りをしながらの駄々っ子のような独り言であった。

 

「ふみやくん、せめて、まほうのれんしゅうだけでも、だめですか?」

 

「だーめ。魔法は小さいものでも反動があるんですから」

 

「ですよねー。あー、ふくしゅうでもしてようかな……」

 

「……復習?」

 

 そんな何気ない会話の中で発せられた言葉に、文弥は疑問を抱く。

 

 蘭は勉強をしていない。

 

 いや、していないというと語弊があり、常に魔法の勉強をしているようなものだが、それは「復習」という言葉が使われるようなものではない。彼女は一切学校に通っておらず、課題もすべて放置しており、いわゆる「お勉強」の類もしていない。そんな彼女から、復習をしよう、なんて言葉が出るのが不思議だったのだ。まだこのケガを負わせた奴らに復讐をしようのほうが意味が通るかもしれないが、すでに下手人もその使用者もこの世にはいない。

 

「まほうかのこうこうにゅうしは、むずかしいですからねー」

 

「え、魔法科高校に入るの?」

 

 意外だ。

 

 今まで一切お勉強に手を付けず、学校に行くそぶりを全く見せず、ひたすら籠って追い詰められたように自己研鑽をしてきた。そんな彼女が、受験勉強をしてまで、魔法科高校にいくつもりだと言う。

 

 ぶっちゃけ、文弥の目から見て、蘭の魔法の腕は、すでに、立地上一番人気である第一高校の一科生として余裕で合格するレベルだ。それに関しては文弥も亜夜子も同じなのだが、一年分の経験の差と、全てのリソースを訓練に注いできた差で、蘭の魔法の腕は中々のものになっている。

 

「あたまみうらですからねー」

 

 意味の分からないこと――恐らく例の下品なスラングだろう――を言っているが、文脈的に、「頭悪いからね」とでも言いたいに違いない。

 

 だが、これはこれで不思議な話だ。

 

 一切学校に通わず課題も放置。家庭教師による勉強も拒否。蘭は、就学前から身につかされていた簡単な読み書き計算と最低限の社会行動を除けば、実は全く教育を享受していない。

 

 それなのに、こうしてまともに会話できている。この二日間にこれまでの何十倍も交わしたが、まともな教育を受けていないとは到底思えないほどにスムーズだ。それどころか、一つ上ということを加味してもなお、「大人」と話しているような気分にすらなる。使う言葉は下品極まりなくてその点では「キッズ」とでも揶揄されそうだが。

 

 つまり、この姉は、教育を全く受けていないのに、同級生どころかそれ以上の学力や知性を持っているということだ。それとそもそも、魔法を実戦的に使うとなるとその理屈を理解しないと話にならないため、数学や科学の知識・理解が必要だ。こなせているということは、感覚でできる才能を持っていないとすれば、それらを理解しているということだろう。

 

 そういうわけで文弥からすれば、蘭は非常に頭がよく見える。復習をしようかと思うほどに、または本人が言うほどに、頭が悪いとは思えない。

 

 魔法科高校に行こうとする動機も、そのためにお勉強をしようかと言う理由も、結局、彼には理解できなかった。

 

 だが、何はともあれ。

 

「そっか、応援するよ」

 

 尊敬する姉が何か目標を持っているのだから、それは全力で、応援したい。

 

 

 

「ありがとナス」

 

 

 

 

 返ってきたお礼は、後に調べて分かったが、案の定、下品なスラングだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、お姉さま!」

 

 あの任務から時間が経ち、重傷を負った姉の傷が回復したある日。

 

 ワーカホリックならぬマジックホリック気味ゆえに案の定復帰してすぐに訓練をしようとする蘭に、亜夜子は少し遠慮がちに声をかけた。

 

「はーい」

 

 訓練設定のボタンを押す手を止めてこちらに振り返り、返事をしてくれる。以前は周囲を気にせず無視して訓練を始めていたが、本人曰く「すこし、よゆうができた」らしく、色々と会話にも応じてくれるようになった。

 

「お姉さまがよろしければ、私と合同訓練しませんか?」

 

 姉妹の間柄だというのに、緊張して少し早口になってしまう。それでもはっきり言い切ったのは、蘭の復帰初日に、これを提案すると心に決めていたからだ。

 

 理由はいくつかある。これから合同任務が増えるので、一緒に訓練するのは効率が良いから。復帰直後でまた無理をしたりしないように自分が傍で見ている方が安心できるから。広い領域を探索することが得意な亜夜子と高速移動が得意な蘭の組み合わせは非常に相性がよく、合同訓練のアドバンテージが大きいから。

 

 

 

 そして何よりも――蘭と一緒に、何かをしてみたかったから。

 

 

 

 最後の理由に関しては無自覚である。いくつか浮かび上がったそれ以外の理由は、全部後付けであった。

 

「かまいませんよ、どっちがどっちやります?」

 

「ありがとうございます! その……私が探査をやった方が良いかと思います」

 

「おっけーぐーぐる」

 

 機械音声の様な平坦な声だが、その内容は――御ふざけが過ぎる感もあるが――軽妙そのもの。悪くは思われていないようだ。その証拠に、いつもは人形のように無表情だが、わずかに、間抜けな笑顔を浮かべている。元々不気味だと思っていたし、今も冷静に見ればだいぶん不気味に感じるが、もう亜夜子はこれに慣れていた。それどころか、愛おしくすら思えてしまう。

 

「では、いきますね」

 

「おっす、おねがいしまーす」

 

 こまごまとしたことを相談して、訓練を始める。機械がタイマーをスタートすると同時に、亜夜子はランダム生成された迷路の全体に、一気に探知魔法の網を広げた。

 

 まず最初に探知魔法のみが許される時間が十秒、それが終わると同時に、ランナーである蘭がスタートすることになっている。

 

 迷路の形は、一般家庭に見える外観の地下にこれほどのものをどうやってと思うほどに複雑だ。しかも、とりもちや自動銃座など、厄介な障害物も設置されている。これらの位置は当然として、ゴールまでの最短ルートも見つけなければならない。

 

 たった十秒。だが走り出してしまえば、この姉のことだから、間違いなく亜夜子の反応が追い付かないほどのスピードで進んでいくだろう。だからこそこの短い時間で、より多くの情報を得なければならない。

 

「はい、よーいすたーと」

 

 十秒が経つと同時、スタートラインに立っていた蘭の姿が一瞬で迷路の中へと消えていく。ここからはインカムを通して、リアルタイムで指示を出さなければならない。

 

「三つ目の交差点を右、そのすぐ分かれ道を左、そこから二つ目の分かれ道は右! その直後に両脇から障害物が飛び出してきます!」

 

 亜夜子は即座に指示を出す。スタート直後は幸いにして障害物は設置されていないので、これといって伝えていない。短い時間なので、「ない」ということを伝えるには、言わないことが一番だった。

 

(なんて速さ!)

 

 探知魔法で感じる蘭の走る速度に、亜夜子は戦慄する。絶対安静からの復帰直後だというのに、すでに超一流の域だ。そしてその速さは、障害物がないという確信から、つまり、亜夜子を信頼しているから、気にせず進んでいるということだ。

 

 そこに嬉しさを感じると同時、さらに気を引き締める。姉の期待を裏切るわけにはいかなかった。

 

「右曲がったらハードル、二つ目の角左に曲がるとそこからしばらく直線、2メートル間隔で下から飛び出るハードルと上から降ってくるとりもちが交互です!」

 

『――っ!』

 

 返事はない。だがその息遣いから、なんとなく、しっかり伝わっていることが分かった。

 

 探知魔法ごしに、障害物が立ち並ぶ直線を高速でつき進む姉の姿がわかる。限りなく意地悪なタイミングで現れる障害物の数々を、亜夜子の指示を信じて、まさしく予知のように華麗に回避する。たとえ事前に知っていたとしても、全速力であの障害物を簡単に回避しきるのは難しい。ましてやこの速度だ。改めて、姉もまた四葉らしい、規格外の存在だと実感する。

 

「そこを左に曲がるとすぐ行き止まりに見えますが、その壁はダミーですので全速力で突っ込んでください! 直後の角を右に曲がって、2メートル先に左右と上からペイント弾銃座、さらに3メートル先に落とし穴、その直後を右に曲がればゴールです!」

 

『りょーかい!』

 

 難所を越え余裕ができたのか声が返ってきた。それと同時に、薄く作られた壁を突き破る音も聞こえてくる。

 

 そこから先は、もう亜夜子のすることはない。彼女の指示通りに蘭は疾走し、障害物を躱し、そしてゴールへとたどり着いてそこのターゲット人形にナイフを突き刺した。

 

 直後、亜夜子はタイマーを見る。

 

 記録は、父親の貢から聞いた、四葉の実働隊のものよりも速い。間違いなく、良い記録だ。

 

「やりましたわね!」

 

『これは……ふつうだな!』

 

 好タイムが出たというのに、返ってきた声は、あまり嬉しそうではなかった。亜夜子からすれば素晴らしいタイムだが、蘭からすればさほどの記録ではないらしい。

 

 それを聞いて、亜夜子も気を引き締める。

 

 そうだ、あくまでも「目安」を越えた程度でしかない。これから先、何があるかわからないのだ。技術は青天井。ならば、蘭のように、どこまでもストイックでなければならない。

 

 年相応の幼さで無邪気にはしゃぐ気持ちが収まる。ただし代わりに湧き上がってきたのは、決してマイナスの感情ではない。一時は不仲の原因でもあった、異常と言えつつも黒羽としては望ましい、蘭のどこまでもストイックな姿勢への、そして蘭自身への、熱い敬愛の気持ちだ。

 

 ゆえに、そんな姉を、亜夜子は、熱っぽい声で讃える。

 

 

 

 

 

「さすがです、お姉さま!」

 

『ブフッ』

 

 

 

 

 

 

 

 蘭がなぜか噴き出したのが、やけに印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、二人にとって大切な存在となった蘭が、瀕死の重傷を負って帰ってきた。

 

「「そんな……」」

 

 自分たちに出来ることはない。邪魔にしかならない。

 

 分かっていても、二人はいてもたってもいられず、姉が寝かされているであろう、四葉本家を中心とした山奥の村の一角、医療施設へと急行した。

 

 二人が祈るように握っているのは、受験勉強を乗り越えて名門私立中学校に合格したお祝いとして蘭がプレゼントしてくれた、最新式のCADだ。今の二人の体格に合わせて作られていて、四葉が用意してくれていたハイテクモデルよりもさらに使いやすく、性能も良い。

 

 これは四葉が管理している魔法関連商品開発会社、『フォア・リーブス・テクノロジー』製のCADだ。最近になって現れた『トーラス・シルバー』という突出した謎のエンジニアによる最新技術『ループ・キャスト』機能も搭載されている。

 

 そんな今まで触ったどれよりも素晴らしい、魔法を発動するための機械。だが今この瞬間は役に立たず、祈るように握る事しかできなかった。

 

 このCADで、尊敬する姉を救うことはできない。二人には、まだ力が足りない。もし二人にもっと力があれば、姉のこのケガを防げたかもしれない。またはすぐに治せたかもしれない。到底無理な話だが、そんなどうしようもない「もしも」が、頭をぐるぐるかけ回る。その根本には、自分たちに力がなかったがゆえに、蘭に大けがを負わせてしまった、あの時のミッションがある。

 

 今回は簡単なミッションだったはずだが、四葉の手勢による調査と警戒が不十分だったうえ、不運も重なって、隠密捜査中に敵と遭遇。魔法大学の学生なだけあってレベルが高く、最後っ屁によって一気に致命傷に近い傷を負わされたらしい。

 

 これで致命傷を食らうのは二度目だ。蘭はきっと、こういった不運をよく引く運命なのだろう。

 

 ならばそれを防ぐためには。二人に新たな目標が生まれる。

 

 

 

 

 

 もっと強くなって、今度は大好きな姉を守れるようになりたい。

 

 

 

 

 

 だがそれはあくまで未来の話。

 

 二人が心配なのは、「今」の蘭であった。

 

 幾重の扉とセキュリティーを大急ぎでクリアし、ついに、蘭が眠っているであろう集中治療室へ飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた、みつけたぞ、あはは、あははははははは!!! うおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……すごく元気そう…………」」

 

 目の前では、治療班に必死になだめられながら、おそらく学生運動組織の秘密情報を見つけられた喜びから、失血で真っ青になった人形のような美しい顔に不気味な笑みを浮かべながら、蘭が騒いでいた。




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7-1

 ガバ運が続くRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は中学二年生進級(登校するとは言ってない)直後に高確率で発生する、反十師族学生運動組織アジトへのスニーキングミッションが終わったところまでやりました。

 

 そこでクソカスゴミうんち四葉諜報部のせいで侵入バレしてしまい、しかも固有魔法まで持ってやがって、危うく殺されかけました。

 

 

 やめたくなりますよ、RTA~。

 

 

 黒羽家チャート含む四葉家チャートは、何度でも言いますが、ハイレベルハイリスクハイリターンなミッションの数々を利用して経験値でゴリ押すチャートです。こうもガバ運による上手くいかないミッションが続くと、死亡や致命的ミスによるリセットの危険性もさることながら、得られる経験値が爆下がりして、ゴリ押せるほどの経験値が得られなくなります。

 

 その証拠に、ほら見てください。

 

 今の間に爆速早送りでイライラ療養タイムを終え、病み上がり初の訓練をやったのですが、同時期に先駆者兄貴が同じことをやった記録に比べて、だいぶスコアが低いですよね。

 

 全く嫌になっちゃいますよ。当然、訓練できない療養タイム中に、パパを呼び出して、みっちり注意しておきました。黒羽家に宛がわれるミッションの調査を担当するのは、黒羽家に与えられた直属の手勢なので、パパの責任です。どうやら亜夜子ちゃんと文弥君も同じようにパパに直談判してくれたみたいなので、ここは大丈夫でしょう。

 

 まあ、幸いにしてこれぐらいの時期になると、動けなくてもできることは色々あります。

 

 その一つがこちら。魔法科高校の受験勉強です。

 

 このゲーム、魔法科高校の劣等生の世界に現れたオリ主(イレギュラー)としての人生を体験するゲームなのですが、実は魔法科高校に通わないこともできます。

 

 

 

 しかもですよ、恐ろしいことに――魔法科高校の入試に落っこちたら、通うことすらできないんです。

 

 

 

 大体のプレイヤー兄貴姉貴は入学したいはずなのに、「入試に落ちる」ということが普通にあり得るんですね。

 

 しかも、入試の難度は、普通に難しいんですよ。

 

 魔法実技に関しては、たいてい主人公補正やプレイヤーのメタ知識があるので合格圏内は余裕です。

 

 

 

 問題は筆記試験です(問題だけに)

 

 

 

 なんと、この筆記試験、実際にガチのテストのように解かなければならないんです。

 

 しかも魔法科高校は国立大学付属で全国に九校しかなく、その合計定員は1200人。魔法師は生まれつきが全てなので母数が少ないとはいえ、かなりの狭き門です。しかもそのほとんどが、幼いころからだいぶしっかり魔法師として訓練してきている、立派な受験戦争戦士なんですよ。つまり、倍率もライバルのレベルも高いわけです。

 

 そんなわけで、当然、試験のレベルも高くなっています。そんじょそこらの高校入試と違い、名門私立高校の入試問題と解かされると思ってください。いや、そんじょそこらの高校入試も現役過ぎれば普通に厳しいんですが……。しかも入試科目は私たちが習ってきた国語・数学・理科・社会・英語だけでなく、ほぼ架空の学問である魔法理論と魔法工学も出題されます。ちなみに受験問題は、ある程度出るものが決まっているとはいえ、かなりのランダムです。そんなの、実際の入試と同じですね。カンニングも不可能です。

 

 まとめると、実技の下駄をはいているとはいえ、入学するためには、名門私立高校の入試(しかも架空学問込み)をクリアしなければならない、ということなんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなんクソゲーや!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもご安心ください!(テレビショッピング)

 

 ゲームの主人公だからこそ許される救済措置があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそが――勉強です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あーいや、待ってください。その、ガチの受験勉強ではなく、ですね。

 

 当然のようにマスクデータになっていますが、主人公には、「学力」に関する、膨大な種類のステータスがあり、それを成長させることができます。

 

 科目ごとどころか、問題の種類や形式や出題内容によってめちゃくちゃ細かく分かれていますが、問題を解く時、その問題に対応したパラメータが一定値を超えてると、勝手に選択肢が絞られたり、プレイヤーにしか見えないヒントが表示されたり、さらにはずばり答えそのものが見えたり、ということが起きるんです。

 

 つまりプレイヤーの知能が低くても、ゲーム内で相応の「勉強行動」をすることで、試験が有利になるわけですね。当然、ゲーム内で勉強をするということはプレイヤー自身にもその勉強の経験や知識が現実の勉強同様に入ってくるので、「現実と同等の勉強効果」にプラスして、「ステータス上昇によるヒント効果」を得られる、という現実の試験に比べたらヌルゲー仕様になっているわけです。

 

 そういうわけで、こんだけ長くやってきても不合格になったらジ・エンドなので、「勉強行動」が必要になってくるわけですよ。

 

 他のRTAを見たことある視聴者兄貴姉貴は違和感があるかもしれませんね。以前お話しした通り、このゲームは非常にハイテクな分、異常に高額なため大抵のプレイヤーは上級国民です。つまり素の学力も全体的に高いんですよ。ましてや走者というのは、その中でRTAなんて苦行をやるガチ勢ですから、地頭と学力とこれまでの蓄積で、ゲーム内での勉強をしなくても合格は余裕です。勉強はそれ以外の準備やレベル上げの時間を奪う行為なので、完全にロスなんですね。

 

 ではなんで私は勉強が必要かと言うと……ヒントと復習なしで確実に合格できるほど学力がないだけです。悲しいなあ……。

 

 まあでも怪我して動けないなら、復習もさほどロスではないでしょう。そういうわけで、爆速早送りした療養タイム中は復習してました。

 

 

 

 さて、この後もしばらく代わり映えのしない訓練が続くので……と思いましたが、早送りしてるうちに面白いイベントに遭遇しましたね。

 

 黒羽家所有の施設だけでなく、私たちは当然、四葉家主体の訓練にも参加させられることになります。蘭ちゃんは長女なのに黙って当主候補から外されてたことから分かる通りハブられていたため今までさほどお誘いはありませんでしたが、亜夜子ちゃんと文弥君は何回も通ってるでしょう。原作で亜夜子ちゃんが『極致拡散』に目覚めるのも、この訓練で当時幼かったショ達也お兄様にヒントを見せられたからですし、この世界でもそうだというのを聞いています。

 

 さて、とはいっても、「さほど」と言った通り、実は何回かは来ています。では今回何が面白いかと言うと……ああ、いましたいました。

 

 

 ご覧ください、以前見た時に比べてはるかにたくましくなった、達也おにいたまと深雪妹様です。ちょっとこちらから声をかけて見ましょう。あ、すっごい嫌な顔されました。そりゃそうですね。

 

 このころには、二人の仲はだいぶ深まっています。沖縄侵攻、原作で言うところの追憶編は中一の時のイベントですからね。そういうわけで、達也兄くんから色々話を聞いているであろう妹様も、当然私の事を嫌うでしょう。

 

 まず一つ。初対面で、『分解』だの『コキュートス』だのをそれとなく(それとなくとは言ってない)聞き出そうとしてその反応を伺ったので、向こうからすると「やべー奴」でしかありません。

 

 また、達也兄チャマに関しては、模擬戦において、私は達也兄君さまの達也君をもろちんにしようとしていたわけですから、もちろん大嫌いです。その話を達也兄上様もいかんせん思春期なので話しているかは定かではありませんが、兄が嫌っているとなれば自動で嫌うと思います。

 

 ですが、この二人も高校入学してからは重要な仲間です。しっかり好感度を稼いでおきましょう。幸い、こちらには、「達也兄やが事故に見せかけて殺そうとしていた」という免罪符があるので、そのあたりをちらつかせながら、和解とは言わずとも、お互い手打ちぐらいまでは持っていきたいところです。

 

 そういうわけで、こっちは気にしてないぜという態度で接していきましょう。二人とも警戒心が強いので最初は不気味にしか思われませんが、長く続けていけば問題ないと思います。

 

 ここでポイントなのですが、文弥君、亜夜子ちゃん、達也お兄ちゃま、深雪ちゃんのそれぞれの関係性をそれとなくチェックしておきましょう。まずは、原作ではどうなっているかを確認します。

 

 達也兄やと、文弥君・亜夜子ちゃんは相互に好感度は高めです。達也お兄ちゃんからの二人評は「慕ってくれる可愛い妹・弟分」ということでまあまあ高く、二人からの感情は恋愛感情なのではと思うほどの大尊敬です。まあ亜夜子ちゃんは分かるとして、文弥君もそう思えてしまうほどに尊敬しています。

 

 一方、深雪ちゃんと二人はさほど仲良くはありません。まず文弥君とは、さほど関わりが無く相互不干渉的な感じになっています。これでも次期当主候補として争っていましたからね。のちに文弥君から深雪ちゃんを推薦したうえで候補を降りていますが、そうそう関係は改善しないでしょう。

 

 そして亜夜子ちゃんとの関係ですが、こちらはおそらくマイナスです。亜夜子ちゃんは誕生日が近い女の子同士として深雪ちゃんと何度も比べられて劣等感を抱いています。今は達也アニキをめぐるライバル心もあるかもしれません。一方の妹様も、亜夜子ちゃんの態度からライバル心を感じて良い感情は抱かないでしょうし、あとパパ上の貢が会うたびに亜夜子ちゃんの自慢をするのでそれもうっとうしく思っています。

 

 さて、人間関係については修正力プログラムでも入っているのか原作から外れることはほとんどないのですが……このゲームの乱数幅は大きいので、一応チェックする必要があります。

 

 会話や表情や距離感や声のトーンや仕草から判断するに……よし、原作通りだな! 転生系主人公が原作通りかどうかを気にするのは伝統ですが、その気持ちがわかるというものです。できるなら分かっている通りに進んでほしいですからね。まあこれもまた伝統通り、これから自ら原作崩壊を狙っていくのですが。

 

 

 

 さて、今日の訓練はと言うと、四葉の村での野外演習です。

 

 対戦形式になっていて、こちらは普段組むことが多い我らが黒羽三姉弟で、攻め方となります。

 

 対戦相手は主人公タッグである司波兄妹。こちらは防衛役となります。

 

 こちらは野外演習上に設けられた二階建て一軒家のどこかにいる深雪ちゃんに攻撃を加えられたらクリア。対するあちらは、一定時間深雪ちゃんにダメージを与えられなければ勝ちです。

 

 私たち黒羽家は性質上、こちらから攻め入ってターゲットを暗殺する任務が多いです。対してあちらは、深雪ちゃんが次期当主筆頭で達也お兄様はガーディアンでありその守護者です。だから、こういうミッションをする必要があるんですね。

 

 さて、こちらは数で有利な上にちょちょいと深雪ちゃんにダメージを与えればいいので有利……かと思いきや、実はこれ、ゲロムズミッションです。

 

 まず一つ。達也にいさまが死ぬほど強いです。まず『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』と『術式解体(グラム・デモリッション)』『術式解散(グラム・ディスパーション)』はゴリゴリに遠慮なく使ってきます。さらに、四葉の訓練は、なるべく命は狙わないけど死んでもそれはそれで仕方ないよねというスタンスなので、『雲散霧消(ミスト・ディスパーション)』とかはぶっ放してきませんが、片腕吹っ飛ばすぐらいは余裕でしてきます。しかも質の悪いことに、『再成』ですぐ処置できるからと言うことで、なおさら遠慮がありません。さすが原作主人公様ですね。

 

 そしてもう一つ。守られるお姫様である深雪ちゃんについてですが、彼女自身による抵抗も認められています。そう、深雪ちゃんと戦わなければいけません。

 

 これ、達也あにぃがいなくても無理ゲーでは?

 

 はい、実際そうです。クリアしたという話は聞いたことありません。一応先駆者兄貴によるチャートもあるのですが、これは惜しいところまでは頑張って粘るというチャートで、クリアできないなりに経験値を少しでも稼ごうというものになってます。クリアできた兄貴姉貴はぜひ報告ください。このゲームは後からリプレイ録画も可能なので、動画投稿も楽ちんちんです。

 

 では、可愛い妹弟に、今考えた作戦と称して、チャートを伝えましょう。

 

 さて、この作戦(チャート)の方針ですが、いくつかのコンセプトがあります。

 

 一つは、客観的に見て積極的かどうかです。これを説明するためには、まずはゲーム内で発生するミッション・イベントとその経験値の関係について説明する必要がありますね。

 

 得られる経験値は、まず成功か失敗かによって大きく差が開きます。またクリアした場合でも、それによってこちらが得られたメリット、被った損害、客観的に見た評価、クリアタイム、などの多くの要素によって成長が上下します。これは失敗した場合も同じで、その場合も、どれだけ損害を抑えられたか、どれだけ粘れたか、ゲーム内キャラからの結果に対する評価はどうか、など確認できていないものを含めて色々な要素から経験値が決定されます。

 

 こうした経験値上下の要素の一つとして分かりやすいのが、積極性です。仲間に全部任せてクリアした、粘りはしたけどただ逃げ回っただけ、と言う場合、得られる経験値は大幅に下がってしまいます。だから、相手が司波兄妹であろうと、積極的にクリアを目指しているように見えなければなりません。

 

 またゲーム内のコミュニケーションの都合からしても、積極的に見えることは重要です。訓練だというのに最初から勝つ気がございませんでは、好感度がダダ下がりしますし、しかも四葉なので「こいつ変なこと考えてるぞ」って深読みされる可能性もありますからね。

 

 二つ目、でも安全に。プレイヤーキャラクターの怪我が大きくなるほど経験値が下がるので、私はそれがないようにプレイしています。過去二回あったミッションでの大怪我は、あれはかなりの大事故で、特に見せ場もなく終わった数々のイベント・ミッションにおいては、慎重に立ち回った結果、怪我なしでクリアできているんです。当然今回も、司波兄妹相手に積極的に立ち回るとはいえ、大怪我は避ける必要があります。

 

 

 

 そういうわけで、作戦は伝え終わりました。どんな作戦かは、皆さまには実際の映像と一緒に解説しましょう。

 

 さて、まずはスタートと同時に、過去の連携と同じように、領域範囲が広い亜夜子ちゃんが一軒家まるごとに『極致拡散』を使って、さらにサイオン探知魔法も使ってもらいます。それに紛れて、私と文弥君で攻め入って、探知のサポート受けつつ、攻撃を仕掛けていきます。『極致拡散』は、『精霊の眼』を持っている達也にいさま相手には全く意味がありませんが、深雪ちゃんはそうでもないので、重要な役割です。

 

 さてこの二人で攻め入る布陣ですが、探知を頼りに爆速で深雪ちゃんの居場所へ突撃して、その部屋をまるごと吹き飛ばします。

 

 これによって一軒家は大きく崩壊するため、深雪ちゃんの傍に控えていた達也アニキはこちらへ反撃することよりも、妹を屋外へ逃がすことを優先します。この建物の破壊とド派手な先制攻撃によって、向こうからの反撃を受けずに一度だけ一方的に攻撃できて、さらに経験値のための積極性ポイントも稼げます。

 

 では私たちも脱出しまして、ボロボロになった一軒家の傍での、屋外戦闘を始めましょう。

 

 屋外戦闘の大きな目的は、数と情報のアドバンテージを稼ぐことです。あちらは『精霊の眼』があるのに対して、こちらはラグがありかつ一軒家まるごととなるとまあまあ負担の大きい探知魔法のため、障害物は邪魔でしかありません。また、探知の必要性を無くすことで、亜夜子ちゃんを戦線に加えて、3対2で数の有利を取ることができます。

 

 また、もう一つの目的が、プレイヤーキャラクターである蘭ちゃんの得意フィールドにするためです。縦横無尽の高速戦闘は狭い屋内では発揮しにくく、また移動・加速系魔法によって武器となるあれこれは、家の中にあるものだけでなく、崩壊した瓦礫も追加で使えるようになります。

 

 さて、これだけ有利な条件を一瞬で揃えることに成功したわけですが、それでも二人が強すぎるので、クリアは難しいでしょう。とにかくここからは惨敗を避けるために、攻撃はしながらも、慎重に立ち回る必要があります。

 

 

 

 そのためにどうするべきか。

 

 

 

 まず蘭ちゃんは鍛えまくった魔法を使いノンストップで駆けまわりながら、四方八方から適当なものを飛ばして攻撃します。当然『仮装行列』は使っておきましょう。

 

 達也兄上様は大体の場合、特化型CAD一つ目は『術式解体』の無系統魔法、二つ目は『分解』のための系統魔法を入れて、それに加えてフラッシュ・キャストを用いた簡単な魔法を爆速で使用するという構成です。攻撃方法は、原作でも使用した、サイオン波による『共鳴』が大半です。こちらは油断さえしなければ今の素の干渉力で防げるので、鬱陶しいジャブ程度に思っておけば問題ありません。

 

 そういうわけで、向こうは魔法式そのものを破壊・分解するか、魔法によって起きた現象を分解するかのどちらかが主な防御手段となります。つまりは、とにかく魔法の数で攻めれば破壊も分解も追いつかず、攻撃を通すことが可能です。全く攻撃が通らないとなると意味がないので、この際、一発一発の威力は気にしないようにしましょう。

 

 また高速ノンストップで駆けまわることで、司波兄妹がこちらに照準をつけにくくなります。『仮装行列』で直接干渉する類の魔法もはじくことができます。相手の防御の手数が間に合わないほどの手数で押しつつ、相手の攻撃は当たらない・効果ないという状態にすることで、あの最兄妹相手にも粘ることが可能です。

 

 当然この方針は、亜夜子ちゃんと文弥君とも共有しています。しかも三人一緒に動くことはなく常にバラバラの位置から攻撃するため、達也あにぃはともかく、深雪ちゃんからすると相当鬱陶しいでしょう。実際ほら、顔をズームしてみます。可愛いお顔が歪んでますね。

 

 さて、今のこの状況は、こちらがダメージを負うことなく一方的に攻めているように見えるかと思います。ですがこれ、深雪ちゃんの防御をかいくぐることはできません。方向気にせず自分の周囲全てを「一定の質量以上の物体を退ける」と定義した対物障壁で囲んでしまえば全部防がれますからね。無尽蔵に近いサイオン量を持っているため魔法力切れを狙うこともできず、連発する攻撃のどれかが運良く魔法更新の「息継ぎ」に刺さることを祈るしかありません。

 

 で、ここからが本番となります。残り3分ぐらいになると達也兄くんがついに本気を出してきて、フラッシュ・キャストを使った本格的な反撃に打って出ます。単純な魔法だけとはいえその速度も種類もとんでもないため、まず防ぎきれません。ここからは攻める側のこちらがなぜか防戦一方になる理不尽展開です。

 

 でもまあ、ここまで粘れたら十分でしょう。あとは裏ドラボーナスみたいな感じで1秒でも粘って経験値を稼げるようお祈りしつつ食らいついて……あ、文弥君やられちゃいました。もう後は数の有利もなくなったので総崩れですね。

 

 あーまけちゃったーくやしいなー(棒)

 

 では息を整えてからゲーム内五人で反省会をしつつ、動画のこちらでも総括しましょうか。

 

 結果は……予定通りですね。こんなのクリアできるわけなく、それなりに攻撃の手を続けることができた状態で8分10秒粘ることができました。最低ラインが7分20秒なので、十分と言えます。これはそこそこの経験値が期待できますね。

 

 

 

 

 というわけで面白イベントが終わったのでまた倍速です。

 

 そうこうしている間に中学二年生(学校に通うとは言っていない)生活も半ばに差し掛かってきました。このあたりから、一つやらなければならないことが増えてきます。

 

 それは、第一高校に進学すると貢パパを説得することです。

 

 吸血鬼もUSNA軍も東京を中心に活動するので、そこを生活拠点に出来る第一高校が進学先として望ましいんですね。

 

 ただ、第一高校は四葉の特大ジョーカーである司波兄妹の進学先ですし、黒羽家は比較的中心に近い分家なのでお膝元である東海地方の第四高校に進学することが求められます。この二重の障害を乗り越えるためには、こうして割と早いうちからパパを説得しなければならないんですね。

 

 あ、今更ですが、黒羽家に母親はいません。プレイヤー操作可能となる小学校進学時点ですでに死んでいます。だから説得先はパパと、そのバックにいる四葉家だけでいいんですね。

 

 というわけで、さっそくパパの部屋に行って、ファーストコンタクトを取ります。当然あの手この手で反対されるので、色々な言い訳をぶつけまくって相手が折れるのを待ちましょう。先駆者兄貴はのんびりやったとはいえ説得に一年弱かかってましたね。結構なロスですが仕方ありません。

 

 はい、御覧の通り断られました。まあこっから見ていてください。セールスだったら事後契約解除確定なぐらいのしつこい交渉をご覧にいれましょう。

 

 では翌日まで早送りしまして、パパの部屋に行って二回目の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? 第一高校進学を認めてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やったぜ。投稿者:変態糞魔法師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。




ご感想、誤字報告など、お気軽にどうぞ


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7ー2

「「げっ」」

 

 二人を知る者は、この兄妹が揃ってこんな声を出すことを意外に思うだろう。

 

 しかしながら、今の四葉に、それを意外に思うものは一人もいない。この兄妹はその生まれ持った力と宿命のせいで、異常な一族である四葉の中でもさらに浮いているが、ことこの件に関しては、明確に「同情」を向けられる。

 

 

 

 

「おっす、ひさしぶりー」

 

 

 

 

 二人に対して人形のような美貌をピクリとも動かさず、その表情とは真逆の口調で、それでいて機械合成ボイスのように平坦な奇妙なトーンで声をかける美少女がいる。

 

 黒羽蘭。黒羽家に生まれた変わり者で二人の同い年であり、問題児。生まれ持った障害のせいで家族からも疎まれ、誰に言われるまでもなく学校に行かず引きこもって魔法の訓練と研究に明け暮れ、そして兄妹――達也と深雪の秘密をいつの間にか知っていた異常者。

 

 その普段の行動には、暗いだとか、コミュニケーションに難があるだとか、ストイックだとか、様々な印象を抱くこともあろうが、実際の態度は軽薄にも見えるが一方で軽妙とも言える。異常行動が異質な障害によってより際立っているが、実際の所、秘密を知りさらに四葉内部とはいえ公然と話題に出す以外の目立つ問題行動はしておらず、すっかり四葉は扱いに困っていた。

 

「「お久しぶりです!」」

 

 そんな蘭の後ろには、達也から見たら可愛い弟・妹分、深雪からすると相互に複雑な感情を色々と抱く黒羽家の双子もいる。その二人の明るい表情を見るに、これは達也にかけた言葉だろう。

 

「みゆきちゃん、ひさしぶりだねー。あのあつまりいらいだよ。げんき、してました?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 必死に優雅な営業スマイルを取り繕いながら、蘭への対応をする。文弥と亜夜子が達也に話しかけているから、蘭は深雪と。同い年の女の子同士でもあるため自然な組み合わせだが、実際会ったのは一回きりだし、その一回は最悪に等しい出会いだったので、こんな馴れ馴れしく話しかけられるのは正直癪であった。

 

 この集まりは、深雪からすると憂鬱と言うほかない。去年の夏に兄との絆を結び、それでもあまりべったりと一緒に行動することは認められなかったが、最近はたまにこうして一緒に訓練をすることもできるようになった。そんな幸せな時間だというのに、今回はそれぞれ別個に思うところが多い黒羽家の三人との合同訓練だ。気分も悪くなろう。

 

 幸いなことに、深雪の会話は最小限で済んだ。文弥や亜夜子とは社交辞令のあいさつを交わす程度で、蘭は今度は達也に絡んでいる。事情があって感情が薄い達也が嫌そうな表情を隠せないでいるのが印象的だ。

 

 

(お兄様……)

 

 

 それを見て、胸にわずかに痛みが走る。その光景に、「深雪が知らない達也」を幻視してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――達也は、蘭を殺す任務を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 同い年の子供同士の交流を兼ねた組手訓練。それを名目に、四葉の命令で、達也は、蘭の実父である貢と組んで、事故と見せかけて殺す役目を背負わされた。

 

 理不尽と言うほかないだろう。いくら秘密を知っていたとはいえ、蘭は四葉内部の人間だ。その情報の出所は結局のところ不明だが、中心に近い位置にいる貢と同居している以上、彼がうっかり漏らしたに違いない。それで実の親に殺されるなどあってよいはずがない。そしてその実行犯をせざるを得ない達也にとっても、また理不尽だ。

 

 そのことを知ったのは、実はつい半年ほど前。去年の夏以来兄との交流が増え、その中で、達也から話されたのだ。

 

 曰く、「ひどい目にあった」。

 

 深雪からすれば、信じられない話だ。

 

 兄の持つ力・持たされた力は知っている。世界を容易く滅ぼし、魔法師一人など虫けらと同等に下せるほどの力。だが、話によると蘭は、それに対抗し、生き延びて、さらにいえば達也を降参に追い込んだという。

 

 詳細が気になって仕方がなかった。

 

 だが、深雪に対して割となんでも話してくれる達也が、これについては、断固とした口調で、「話したくない」と拒否した。つまり深雪は、このことについて、彼が話せる情報しか知らないのだ。

 

 つまり。敬愛する兄と、あの美少女の間にしか無い、深い因縁があるということ。それは、深雪は知ることができないし、深雪には一切かかわりのないことである。

 

 間違いなく良い思い出ではないだろうが、それでも、深雪にとって、それは気持ちをざわつかせるものである。二人が話している姿を見て、胸の奥の痛みは増すばかり。

 

「さあ、深雪、行こうか」

 

「――はい!」

 

 それを誤魔化すように、戻ってきた兄にエスコートされ、戦いの舞台である一軒家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、こいつ……)

 

 自分たちを囲うようにして四方八方から仕掛けられる波状攻撃から妹を守りながら、達也は焦りを覚える。

 

 突入の時に、亜夜子を探査役にして残り二人が突撃してくるのは予想の範囲内だった。

 

 だがそのあとは予想外の一言に尽きる。

 

 最初は様子見で軽く攻撃してくるかと思いきや、いきなり達也たちがいる部屋に急速に向かってきて、「壁ごと部屋をぶっ飛ばした」。

 

 一般人なら即死レベルだが、かろうじて対応が間に合ったのは幸いだ。深雪もしっかり魔法でガードできていた。

 

 だが、その吹っ飛ばし方が問題だ。中にいる二人に攻撃をする目的と言う割には、明らかに火力過剰である。その衝撃は見た目のわりに頑丈な一軒家がまるごと崩れ去ってしまったほどである。大急ぎでの緊急脱出を余儀なくされた。深雪に怪我がなかったのは奇跡と言うほかない。

 

 結果、こうしてまんまと、加速・移動系が得意な蘭が暴れまわることができる状況での戦いとなった。

 

 ほどほどに足がかりとなる障害物があるが全体的には高速移動しても問題ないほどに開けていて、弾丸となる瓦礫は無数にある。非常に不利極まりない状況だ。

 

 さらに悪いことに、ここに文弥と亜夜子も参戦してしまう。二人とも同世代の中では非常に優れた魔法師だ。しかも連携はばっちりのようで、距離・位置・時間・速度など、様々な要素を変則的に変えてこちらを翻弄してくる。

 

(…………これはもう、確定でいいかもしれないな)

 

 達也は確信する。

 

 こんな突飛な作戦を考えたのは蘭以外あり得ない。

 

 

 

 

 そしてこの「最適解」にたどり着くということは――蘭は、「知っている」。

 

 

 

 

 ファーストコンタクトの時点で、達也の『分解』と『再成』、深雪の『コキュートス』は、なぜだかわからないが知られていた。すでに大問題だが、警戒はそこに留まらない。

 

 忌まわしい記憶となった、二度目のコンタクトである、模擬訓練と称した処刑になるはずだった、あの時。その蘭の動きは――達也にある「第三の眼」を知っているかもしれない、という疑念を抱かせた。

 

 というのも、『仮装行列(パレード)』と絶え間ない高速移動の併用が、あの場面では、「最適解」でこそあったが、だからこそ不自然であるからである。

 

 あれほどの高速移動は、知覚強化が得意なプロ魔法師、または超人でもない限り、捉えることは不可能だ。当然魔法の照準をつけることは不可能である。つまり本来なら、「『仮装行列』は必要ない」のである。

 

 だが蘭は、当然のように迷わず、それを併用した。

 

 つまりは――まさしく「超人」に当てはまる達也の、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を知っていた、ということなのだ。

 

 だがそれはあくまでも疑念に留まっていた。一応、一軒家に入ってから、すっかり無駄になってしまった作戦会議の間に妹にも――当然隠したい部分を隠せなくさせられそうになったところは隠して――この疑念は共有してある。

 

 そして今は、確信に変わった。

 

 確かに今の状況は蘭の得意フィールドであり、三人で囲むこともできるので、向こうに有利と言えば有利だ。

 

 だが一方で、一軒家のどこから攻めてくるかは達也たちからは分からない、という莫大なアドバンテージを放り捨てていることにもなっている。

 

 では、なぜこの手段を選んだか。

 

 簡単な話だ。

 

「達也たちからは分からないというアドバンテージ」が、「最初から存在しないことを分かっていた」からである。

 

(どこから知ったかは知らないが)

 

 聞いても多分、誤魔化される。文弥や亜夜子――二人ともいつの間にかすっかり蘭と仲良しなのはとりあえずほほえましい――の話によると、下品なスラングでヘラヘラと追及を誤魔化すことが多いらしい。話すのはそれだけで憂鬱なので、無駄な追及はしない。

 

 その代わりに。

 

(今は負けるわけにはいかないからな!)

 

 妹のためにも、ここは負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 結局、達也は防戦一方になっていたのを打破するためにパラレル・キャストによる魔法連打を解放し、一瞬で三人を戦闘不能にして見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとうさま、しつれいします」

 

「え、ちょ」

 

 無遠慮なノックの直後、声とともに娘が部屋へと入ってくる。返事をする暇すらなかった。

 

 しかも予想外なことに、いや、こんな風に入ってくる時点で一人しかありえないためある意味予想内ではあるのだが、何はともあれ、過去一度しか部屋を訪ねたことがないという点では間違いなく予想外である、長女の蘭であった。

 

「……せめてノックの後は返事を待ってほしいものだがね」

 

 パニックを抑えるために、とりあえず至極常識的なことで窘める。家族内でもノックぐらいはする。いたって普通の父親の仮面だ。

 

「らっきーすけべに、ならなくてよかったですね」

 

 どこでそんな言葉を覚えて来たんだ。

 

 全く悪びれもしない娘に対してそんな言葉が出かかるが、抑える。とにかく、色々と蘭に対しては思うところが多すぎて、話しているだけで辛い。さっさと要件を聞いてしまおう。

 

「それで、何の用かね?」

 

「まほうかこうこうの、しんがくについてですが」

 

 そんなことに関心があるのか。

 

 今まで不登校を貫き通し、ゴーイングマイウェイで魔法訓練に執拗に取り組み、プロ魔法師でもやらないようなミッションにもそれなりに不幸もありつつそこそこに取り組んでいて、学力的にも全く勉強しているようには見えないが文弥や亜夜子に教えられる程度はある。学校に関心もないし、魔法を学校で学ぶ必要性がもはやない環境とスキルはある。それなのに、今更それを気にするのが不思議だった。

 

 だが、この言葉も飲み込む。簡単な話だ。この後には、進学したくない、という言葉が続くのだろう。行こうとしていると考えるほうが不自然なのだ。

 

 我ながら冷静さを失っているな。

 

 そこまで考えて、貢は口を開いた。

 

「ああ、そのことか。蘭は第四高校に進学だ。これは本家も同意している。その次には、文弥と亜夜子も追って入学するだろう」

 

 これはもう決定事項だ。当主候補筆頭とそのガーディアンは、まだ四葉との関係を悟られないためと言う他、東京と言うことで有力者が集まりやすく影響力が高い第一高校に。黒羽家は地元で交流を広げるためにも第四高校に。

 

 進学したくなかろうと、こればかりは行ってもらう。いくら爪弾き者同然の扱いとはいえ、将来四葉の中心として活躍する文弥と亜夜子の姉が魔法科高校を出ていないようでは、格が落ちるからだ。

 

「そのけんですが、わたしは、だいいちこうこうにしんがくします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 しばらく時間が止まってしまった。

 

 それほどに貢は混乱した。

 

 今、この娘は何と言ったのか。裏仕事の最前線で働く身として年齢のわりに耳も大変良い彼は、いくら平坦な機械ボイスと言えど、一発でその内容を正しく聞き取った。それゆえに、その内容が信じられなかった。

 

 第一高校に進学する。

 

 今まで学校に全く興味を示さなかった蘭が、わざわざ離れた学校に進学する意志を見せたことが、あまりにも不可解極まりない。

 

「…………認められない」

 

「そこをなんとか」

 

「これは決定事項だ!」

 

 貢は思わず声を荒げる。

 

 認めるわけにはいかない。これは本家の意向だし、蘭の好き勝手にはならない。

 

 第四高校に進学しないのは百歩譲って許せる。

 

 だが、第一高校に進学するのはダメだ。

 

 忘れもしない。未だに覚えている。

 

 

 

 

 

 

 ある程度成長した娘たちをお目見えさせようと本家での会合に連れて言ったあの日。

 

 蘭は、四葉最大の火種を刺激した。

 

 

 

 

 

 その火種たちは、第一高校に進学する。

 

 先日の合同訓練ですら何か起きやしないかと肝を冷やしたのだ。

 

 自分たちの手元から離れた場所で、あの二人と蘭が毎日会うことになる。

 

 想像しただけで、発狂してしまいそうだ。

 

「そうですか。まー、ゆっくり、かんがえておいてください。またあしたきます」

 

 蘭は特に表情を動かさず、いつも通りの平坦な声でそう言って、部屋を去っていった。

 

 表情筋も声も、彼女の感情をほとんど反映しない。それでもなお、こんなのでも父親であるだけに、貢にははっきりと何を思っていたのか分かる。今回は、その表情と声に合致している。これぐらいは想定内だという、一切揺れ動いていない感情だ。

 

(明日、何か予定を入れておこうかな……)

 

 実際珍しく二日連続フリーなのだが、問題の先延ばしにしかならないと思いつつ、現実逃避気味にそう考えてしまう。

 

 何はともあれ。第一高校への進学は認めない。理由を聞いた時点で譲歩になるためそれを確認はしなかったが、どうせ家になじめていないから親元を離れたいとか、栄えている都会で生活したいとかいう若さゆえのものだろう。それならば、他の魔法科高校、仙台や西宮や熊本とかで我慢してもらおう。

 

 第四高校がある浜松の方が他候補の高校がある都市より栄えているし、あの蘭がそんな普通の理由で進学を志すはずがないという至極まっとうな理屈から目を逸らしつつ、思考を巡らす。

 

 まあいい。高校入学には保護者の同意書が必要なのだ。なんなら説得することすら、やらなくてもよい。

 

 働かない思考の末、開き直り気味にそう決めると、蘭が来るまでやっていた仕事をまた再開しようとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――お父様!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな客が部屋に現れた。

 

「……亜夜子に文弥、どうしたそんなに焦って?」

 

 ノックもせずに駆け込むように入ってきたのは――長女と違って――愛しい娘と息子である、亜夜子と文弥だった。二人とも今日は訓練などがあるわけではないはずだが、中学校の制服から着替えもせず、息を切らせて飛び込むように入ってきた。疲れている様子はないことから、この息切れは、走ったせいではなく、精神的な興奮によるものだろう。

 

 まさか、何か起きたのか。

 

 すぐにどこかに向かえるよう預けていた身体を背もたれから離しながら、二人の話を聞こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さまの願い、どうか許していただけませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子の口から出た言葉が、貢には信じられなかった。

 

「……もう一回言ってくれるかね?」

 

 この数分の間に何度目か分からない思考停止を挟んで、貢は聞きなおす。

 

「お父様、事情があるのはわかります。ですが、お姉さまが第一高校に進学したいというのを、飲み込んでいただけませんか!?」

 

 亜夜子の代わりに、文弥がより詳しく内容を言い直してくれる。貢はいよいよ現実逃避気味に勘違いが出来なくなってしまった。

 

「……さっきの会話、聞いていたのか?」

 

「「…………はい」」

 

 問いかけに、二人はバツが悪そうに顔を伏せながら頷く。四葉という家の都合上、完全に親として愛情を注ぐことができないが、普段外では腹芸もこなしている二人も、父親である自分の前ではこうして素直な反応を見せてくれる。それは嬉しいことではあるが、今はこの可愛い子供二人を、どう説得するかが目下の課題で、その嬉しさを噛みしめる余裕はなかった。

 

 察するに、二人は学校から帰ってきてから、先ほどの蘭との会話を通りすがりに聞いて、慌ててこの場を離れたが、結局いてもたってもいられずここに飛び込んできたのだろう。

 

 小学生の頃は、二人とも蘭のことを嫌っていた。特に亜夜子は憎んでいたとすらいえるレベルだった。だが、初めて三人で任務に行ったときに、二人は蘭に命がけで助けてもらい、これまでの反動もあるだろうが、世間一般のきょうだい以上に、蘭を敬愛するようになった。あちらの方が何倍も大きな出来事だが、似たようなことが沖縄であった司波兄妹と同じようなものかもしれない。

 

 そうして仲が良くなったこと自体は、さほど悪いことはない。むしろ良いことだ。だが、今はそれが恨めしくて仕方ない。

 

「お姉さまは前々から、一高に進学したいとおっしゃっていました! 中学校すらも絶対行かないお姉さまがそれだけ望んでいらっしゃるということは、絶対何か理由があるはずなんです!」

 

「どうか、お姉さまの夢を、認めていただけませんか!」

 

 二人はもはや縋り付くように、哀願するように、貢の顔を真っすぐに見上げてそういうと、また深々と頭を下げた。

 

 参った。これでは自分が悪者だ。現に、要素を恣意的に抜きだせば、不登校の長女が見出した進学の夢を阻もうとするシングルファザーとそれを止めようと哀願する妹弟という風にも見えよう。

 

 だが、貢の側にも正義はある。

 

「蘭にも話したことだが、それは無理だ。進学先は、真夜様を含む本家のご意向だからな。それに逆らうわけにはいかない」

 

「「それでもどうか!」」

 

 先ほどまでは縋り付くように、だったが、ついに二人は貢のもとに駆け寄り、その腕に縋り付いた。それを貢は、むげに振り払うことができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、この後一時間に及ぶ押し問答の末、貢は折れた。どう本家に説明したものか、悩みの種は尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼が今後一生付き合うことになる胃痛を本格的に発症したのは、この日のことであった。



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8-1

ランキングに乗ってました
ありがとうございます


 なんか知らない幸運に助けられるRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、第一高校進学を一年かけて説得するつもりが、翌日に許可が下りたところで終わりましたね。さて、ここで当時の私の様子を見てみましょう。

 

 

 

 

 …………一歩も動いていませんね?

 

 

 

 

 

 はい、あまりの幸運に、起きたことが信じられなくて固まっています。幸運を思考停止でおじゃんにするって何事?

 

 でもこれは仕方ないんですよ。それぐらい、ありえない出来事なんです。

 

 のちに分かったことですが、あの後に亜夜子ちゃんと文弥君が説得してくれたみたいですね。話を聞くに条件としては、

 

①二人の好感度が一定以上

②以前から進学の意志を話しておく

③中学校は不登校

④話を二人に聞かれる

 

 あたりでしょう。パパに一回目の許可取りをしにいくのは割と適当なので、今までの走者は④の条件を踏まなかったので説得に時間がかかり、今回は偶然踏んだので、即許可が下りました。

 

 さて、これ幸いと色々動き出さなければならないのですが、当時の私は思考停止を終え、喜びで跳ねまわってます。これは俗にいうロスですね。

 

 

 

 では早送りします。説得にかかる時間が大幅に浮いたので何か新しいことをやる……かというと、そうではありません。元々やる予定だったことを、もっとたくさんできるというだけです。

 

 ミッション、訓練、固有魔法の研究、少しの受験勉強、好感度上げ。こんな感じですね。

 

 

 

 

 さて、では変化のない日常(四葉比)を早送りしている間に久しぶりに、「来訪者編クリア」のあれこれについて解説します。

 

 

 前回の解説は、来訪者編の定義となる「来訪者」のダブルミーニングと、それらに来てもらうための条件はどちらも同じで、謎の戦略級魔法『マテリアル・バースト』をぶっ放す事、というところで終わりました。

 

 ではその『マテリアル・バースト』をぶっ放す条件ですが、これは原作からズレはなく、横浜騒乱、灼熱のハロウィンが起きることです。そしてこの灼熱のハロウィンが起こるには、大亜細亜連合が日本に攻撃を仕掛ける動機とタイミングが必要で、それもまた原作と同じく、論文コンペです。

 

 つまり、論文コンペ→侵略される→『マテリアル・バースト』→しばらくして来訪者編スタート、という流れは、変えることはできません。2095年の間にクリアするような大幅短縮は、不可能です。

 

 ではここで、先駆者兄貴たちのタイムを見てみましょう。はい、表をドドン。ざっと見て頂ければわかる通り、全部が2096年の1月と2月に固まってますね。このように、ゲーム内時間9年弱に及ぶRTAですが、そのタイムの差は、最速を目指して走っても、一か月も差は開かないわけです。

 

 このように、来訪者編スタートのタイミングを早めることはできないため、スタートまでに可能な限り準備を積み重ねまくって、スタートしたらその準備を活かして一気にクリアを目指す、というRTAとなっています。準備段階もさることながら、主にパラサイトの位置特定の運などで大幅にタイムがズレるので、一気にクリアを目指すと言っても一か月のばらつきは出てしまうわけですね。

 

 さて、ここまでで「来訪者編クリア」レギュの条件と性質は説明し終わりました。

 

 そしてそれと同時に、ゲームの方も面白い段階に入りましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、ついに入試です。

 

 

 

 

 

 

 

 原作設定どおり、高校から理科と文科に分かれて大学の機能と役割をある程度持っているという形になっており、この世界の高校入試は大学入試に近い性質があります。一応学校によりさまざまですが、国立魔法科大学付属高校は非常にお堅いシステムで、試験内容は魔法基礎実技と筆記試験のみです。面接や内申点はなくて、また推薦入試のようなシステムもありません。前期後期も定員割れしない限りないです。硬派ですね。

 

 この入試ですが、黒羽家チャートの場合、一高入学の条件としてあることが厳命されます。

 

 一つは、一科生として受かる事。黒羽家は後にその名と立ち位置を大々的に公開するので、二科生出身がいるわけにはいかないんですね。

 

 もう一つは、上位すぎる成績で入らないこと。要は目立ちすぎるなってことですね。入試の時点で成績最上位クラスというのは、つまり魔法塾の機能が追い付かないほど高度な学習環境がある家庭であるということを示すことになります。まだ大々的に発表するタイミングではないため、変に目立ってはいけないんです。だから、入試はある程度手加減する必要があるんですね。

 

 ちなみに二つ目の条件についてですが、入学以降は悪目立ちさえしなければあまり手加減は必要ありません。魔法塾は得意をのびのびと育成する方針ですが、高校は全体的な底上げを体系的な指導で目指します。入学後大幅に伸びる魔法師はとても多いので、これぐらいなら許されるわけですね。これを利用したうまうま経験値ポイントもありますが、それはその時に。

 

 

 では入試です。

 

 まずは筆記試験。国立で、義務教育となる中学までの続きなので、入試科目は原作で言われていた魔法理論・魔法工学のみならず、英国数理社のいわゆる主要五科目も出ます。点数配分は、魔法理論・魔法工学・主要五科目セットで、1:1:1です。

 

 これについては走者の頭脳の都合上安全チャートで勉強をゲーム内でしているため、余裕でクリアできます。最上位にならないようにしつつ一科生で間違いなく合格できる水準に収めるという舐めプも平気でしょう。

 

 さて、せっかくなので皆様も問題を解いてみましょう。

 

 

 

 

 

問3

次のそれぞれの文章が正しい場合は1を、間違っている場合は2を選び、マークせよ

ア・投射して事象を改変させる式のことを、起動式と言う

イ・CADは、一般に、大きく二つに分けると、汎用型CADと特化型CADがある

ウ・移動系魔法は速度や座標を、加速系魔法は速度とベクトルを、改変する魔法である

エ・発散系魔法は対象物の密度を、収束系魔法は物質の相転移を、改変する魔法である

 

 

 

 このあたりは、しっかり勉強していれば解ける簡単な問題として出されているものですね。

 

 では、シンキングタイム…………終了です。

 

 発表していきましょう。

 

 アは、正しくありません。CADに収まっている式を起動式と言い、それを受け取った魔法師が魔法演算領域で変数入力してイデアに投射するものは、魔法式と言います。

 

 イは、正しいです。この二つはOSのレベルから違っていて、それぞれにメリットとデメリットがありますね。

 

 ウは、正しいです。移動系魔法は速度を書き換える上で、加速の段階を踏まずに一気に改変するため、恐ろしい慣性が働き、対象物が破壊される可能性が高いです。よって大体の場合は加速系と併用しなければなりません。じゃあ加速系だけでいいかというとそうではなく、移動系魔法を併用しないと、対象物のコントロールができなくなります。だから蘭ちゃんは、移動系・加速系両方を練習する必要があったんですね。

 

 エは正しくありません。逆です。間違えやすいところですね。

 

 はい、これらは熱心な読者やプレイヤー兄貴姉貴ならば分かっている方も多かったでしょう。これらは魔法の非常に基礎的な部分ですが、アニメを一度見るだけとか、小難しい説明を流し読みした、という方は曖昧でしょうね。こういう細かいながらも基礎的な設定部分の理解が読者が曖昧でも楽しめる作品になっているのが、人気の秘密なんでしょう。

 

 

 

 

 では、次はもう少し難しい問題を見てみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問5・以下の会話文は、魔法の練習をしている中学生の太郎さんと花子さんの会話である。よく読んで、次の問題に答えなさい。

 

太郎「魔法の練習してるんだけど、全然うまくいかないや」

 

花子「どんな練習しているの?」

 

太郎「机の端に置いた卵を1メートル以上浮かせたうえで、反対側の端に置いてある皿に運ぶ魔法なんだ」

 

花子「あー、よくあるやつだね」

 

太郎「そうそう、何回やっても卵が潰れちゃんだ。目玉焼きにしようと思ってたけど、これじゃあ今日はスクランブルエッグかな」

 

花子「もう、そんなの基本でしょ。ちゃんと加速系魔法も使った?」

 

太郎「当たり前だよ。机の端から動かすのは大丈夫なんだけど、皿に置く時に潰れちゃうんだ。昨日は何回やっても出来たんだけどなあ」

 

花子「えー、何それ。(ア)昨日と今日で違うところはあるの?

 

太郎「うーん、特にないはずなんだけどな。温度も湿度もクーラーつけてたから変わらないし、卵も同じパックに入ってたものだよ。あとは(イ)紙皿は昨日使い切ったから耐熱皿にしたぐらいだよ

 

問題(ⅰ)

傍線部(ア)のように、実験を繰り返す際において、なるべく条件を揃えたり、些細なことでもどの条件が以前と違うか確認することは重要である。これに関して、次の中で、最も正しい文章を選び、記号で答えなさい。

 

(1)振動で破壊する魔法の破壊力を図る実験をする際、ちょうどたくさん余っていたので氷を使った

(2)振動系魔法で液体の温度を上昇させる実験で、室温のみを確認した

(3)光波振動系魔法による光の増幅の実験を、暗室で行った

(4)通常の音と振動系魔法による音の伝達の違いを調べるため、学校の机を二つ並べてそれぞれ同時に音を流して振動を計測した

 

問題(Ⅱ)

結局、傍線部(イ)が太郎さんの失敗の原因であった。

(1)なぜ皿を変えたことで失敗するようになったか、(2)この条件下で魔法を成功させるにはどう魔法を変えればよいか、(1)は20文字以内、(2)は30文字以内で答えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、こんな問題も出るんですね。白々しい会話文も、いかにも公立入試っぽい感じがします。

 

(ⅰ)は、(3)が正解です。

 

(1)は氷の質が均質である可能性は低いので、(2)は液体の量や元の温度を確認していないので、(4)は同じものを使って計測していないので、それぞれ不適切です。(3)は暗室と言う光に関する条件を限りなく等しくできる環境で行っているので、間違いではないでしょう。

 

 次に(Ⅱ)ですが、(1)は「紙皿に比べて陶磁器製は固いため置く際に卵が割れやすいから」、(2)は「置く際の減速幅を、卵が慣性で潰れないように気を付けながら大きくして衝撃を和らげる」みたいなことを文字数以内に収めていれば正解です。

 

 こんな風に、自由記述の問題も出てきます。またこの問題のように、魔法に関する知識だけでなく、実験をする際どのようなことを心掛けるべきか、のような理科の問題も混ざることになります。魔法はかなり物理学・化学に密接に関係していますので、理科に関する知識も重要なんですねえ。

 

 ちなみに、紹介しても難しすぎて白けるだけなのでしませんが、200字を越える小論文形式の問題も出ますし、マニアでも中々解けない難度の問題も普通に出てきます。一流の受験生が集まってるのに、原作で満点取ったのがお兄様一人だけ、というのを忠実に再現できるよう、中々に鬼畜な問題だらけとなっています。今紹介した程度の問題は当たり前に正解できなければ二科生合格すら難しいでしょう。

 

 

 

 

 さて、そんな遊びをしているうちに筆記試験が終わりました。

 

 この日はもう帰って、翌日が実技試験です。では早送りの速度を上げて……はい、実技試験がやってきました。

 

 試験の内容は、いくつかの魔法を、用意されたCADで試験官に見せる、といった内容です。試験課題の魔法を全部合わせれば四系統八種+無系統魔法の九種をカバーできるようになっていて、総合的な魔法力を測ることができるわけですね。

 

 これもほどほどに手加減しましょう。小学生のころから豪華な施設で訓練を積み、中学生になってからはすでに命を懸けた鉄火場で働いてきてるわけですから、同世代から隔絶した能力を持っています。本気を出した場合、深雪ちゃんに次ぐ次席または同点主席で実技試験を終えることになるので、それは避けましょう。

 

 ちなみに、魔法実技の能力は、理論上はいわば青天井となっています。そのため、『ハリー・ポッター』シリーズなんかは、想定した満点を越える技能を見せた場合は100点以上を取れるシステムになっていたりします。ハーマイオニーが有名ですね。

 

 では『魔法科高校の劣等生』の世界はどうかというと、しっかり満点が定められています。ある一定の基準にたどり着けば満点で、あとは教員レベルを越えようが、戦略級魔法を使えようが、世界を滅ぼせようが、100点は100点となります。どうあがいても同点主席にしかなれない理由は、この満点の天井があるからなんですね。

 

 ちなみに、この天井が無ければ主席を取れるかと言うと、不可能です。深雪ちゃんの能力が高すぎるため、スコアで越えることはできません。流石です、妹様!

 

 あ、そうだ。この実技の満点天井を利用した、面白いプレイ動画がございます。その名も、「入学試験で主席を取ってみた」です。実技に天井があるのを利用して、実技で満点またはそれに近い点数を取るステータスを鍛えつつ、筆記試験で満点を取り、総合スコアで深雪ちゃんを抜いて主席入学する、という動画です。死ぬほど難しく、投稿者も真似して何回かチャレンジしてみましたが、一度も出来ませんでした。ぜひその動画もご覧ください。

 

 さて、そんなこと話している間に実技試験も終わりました。後は合格通知まで待つだけです。

 

 ちなみに、試験お疲れ様、合格までゆっくりしていてね、なんて優しいことはなく、試験が終わるや否や訓練やミッションに駆り出されます。流石四葉家ですね。

 

 そんな日常となった鉄火場を過ごしつつ、いざ合格発表の日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒羽蘭

 

 以上の者を、2095年度国立魔法大学付属第一高校・一科の合格者とする。

 

 筆記・71位

 

 実技・62位

 

 総合・65位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数調整も完璧!

 

 では今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「入学おめでとう!」のトロフィーを獲得しました〉




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8ー2

「やりましたねお姉さま!」

 

「おめでとうございます!」

 

 第一高校一科の合格証書を持って帰ってきた長女と、それを心の底からの笑顔で讃える愛娘・愛息を見ながら、貢はため息をついた。

 

 別に何も問題はない。無事一科に合格し、順位としても一科の真ん中からやや下あたりと目立たない立ち位置にいる。注文通りだ。

 

 だが、そもそも第一高校を受験するということが、やはり意に反することである。もう一年以上前に仕方なく覚悟は決めたものの、こうして合格証書を見ると、色々と苦い思い出がよみがえってきた。

 

 最初は合わせる顔もないので、一高を受けさせることにしたという本家への報告は電話で済ませるつもりだった。だが当然呼び出され、当主の真夜ときな臭い執事の葉山どころか、他分家の当主たちまで集まってきて、宗教裁判めいたつるし上げを食らったのだ。

 

 可愛い娘と息子に説得されて、なんて理由にならないので口が裂けても言えない。

 

 結局、本人が強情に言い張って「四高受験をさぼる」とまで言い出したから、せめて魔法科高校に入ってくれるならまだ良しと折れた、と説明した。亜夜子と文弥に責任が向かうぐらいなら、蘭に四葉の敵意を向けさせる方が良い。多分二人が説得に来なかったら蘭はこれぐらいの我儘はぶつけてきただろうし、さほど罪悪感はない。

 

「他の高校ならまだいい」「第一高校にこだわる理由を聞いてこい」などの要求もあった。呑気なものだ。同じ立場だったら、それらを「妥協」とみなして絶対しないだろうに。とはいえ、結局のところ貢が折れたのは蘭のせいではなく亜夜子と文弥のせいなので、貢の説明によって「蘭のせい」と認識されたからこその発言だと思うと、気が楽だった。

 

 だが、当主の真夜はそうはいかない。いつもは余裕を讃えた艶然とした笑みだが、この時は椅子に片肘をつき無表情で見下ろすような目線だった。見透かされているし、事が事だけに、彼女もまた深刻に考えていたのだろう。

 

(これもまた、四葉の罪か……)

 

 こんな騒ぎになった本当の原因、第一高校に進学することが決まっていた、世界を滅ぼす力を持つ司波達也。

 

 

 

 

 貢は、達也のことを、「四葉の罪の結晶」と考えていた。

 

 

 

 

 四葉には四葉の正義があるが、その正義はあまりにも独善的で独占的、そして何よりも、利己的だった。人道に反するありとあらゆることをやってきている。その中心人物の一人であり、最前線で働いている彼には、そのことがよくわかっている。

 

 その末に生まれた、世界を滅ぼす力を持った少年。

 

 その魔法がわかるや否や、今すぐ殺すべきと言う話すらあったし、それが通りかけたこともあった。そのあげく、もしかしたら死んだほうがましかもしれないというほどの冒涜的な魔法を実の母親である深夜にかけさせる形で達也に「枷」をつけることに成功したが、四葉は、星をまるごと吹っ飛ばす爆弾を常に抱えることとなった。

 

 せめて、四葉の中だけに留めておかなければ。

 

 それだけが、貢が思いつく、精いっぱいの贖罪だ。

 

 殺せばさらなる罪が重なり、もしかしたら達也以上の者が現れるかもしれない。

 

 そして今度こそ、四葉に、日本に、人間に、世界に、そしてこの世の全てに、牙を剥くかもしれない。

 

 こんな貢が抱える恐怖を、四葉の全体が程度や中身に差があれど、持っている。

 

 だからこそ、初対面でその大爆弾を刺激してみせた蘭が同じ学校に行くことを、全員で拒絶しているのである。

 

 異常な子供だ。予想できないほどに歪んだ精神性と行動、そしてそれを可能にし、より大きな被害の発生を感じさせる四葉らしい能力。きっと蘭もまた、四葉の罪の末に生まれたのだ。

 

 そんな「罪の結晶」が相変わらず不気味な笑顔で可愛い妹弟を撫でているのを見ながら、貢は、深いため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きっと大きなナニカが、近いうちに起こる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一年間と少しの間に少しずつ形になりつつある「予感」。

 

 良い予感とは言えないし、悪い予感と言えなくもないがはっきりとそうは言えない。

 

 ただ、分かることがある。

 

 世界を滅ぼす力を持った達也。その妹で強大な力を持つ深雪。

 

 そして、異常な行動をする黒羽蘭。

 

 この三人が事態の中心となって、周りや世界を大きく巻き込んで、今までのこの世の中がひっくり返るような何かが起こるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イレギュラー、か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来存在するはずがなかった異物(イレギュラー)を見ながら、また一つ、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その他称・四葉の罪の結晶である司波達也はと言うと、本家から深雪越しに入ってきた情報に頭を抱えていた。

 

「やっぱり受験していたのか……」

 

 原因は同じ、黒羽蘭である。

 

 初接触でとんでもないところをほじくられ、二回目はもろだしをされそうになり、それ以来避けたい相手だというのに、向こうはちょくちょく絡んでくるし、二回目の負い目があるせいで邪険にできない。

 

 せっかく少しは家から離れて妹とそれなりに気楽に過ごせると思いきや、四葉家よりも嫌な奴が同じ学校の同級生、という状態だ。

 

 いや、このこと自体はちゃんと一年半ほど前から覚悟はできている。第一高校を受験すると発覚したその日に、「要警戒」と真夜から深雪に直々の命令があったからだ。

 

「悪い夢であってほしかったがな……」

 

 妹に対する愛情以外の全ての感情を魔法演算領域と魔法式に置き換えられた達也は、精神干渉系魔法への耐性を持つが、一方で多くの感情が欠落している。ただ全く無感情のアンドロイドかと言うとそうではなく、人に比べたらだいぶ薄い、という程度に過ぎない。

 

 とはいえ、そんな彼がここまで心を乱すのは、大変珍しいことだ。

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

 

「ああ、まあ覚悟はできていたことだしな」

 

 深雪も不安なのだ。自分がうろたえているところを見せるわけにはいかない。

 

 あの自分に対する呼び方をコロコロ変えてからかってくる生首饅頭みたいな笑い方をする女には負けていられないのだ。

 

 達也は気を持ち直す。

 

 大丈夫。すでに本家で台本は作ってくれた。部活動への参加は三人とも禁止、深雪は生徒会に入って将来に向けた影響力を確保し、蘭は風紀委員・部活・生徒会など目立つ活動は禁止。蘭と達也・深雪の関係は、赤の他人と言うわけにはいかないので、遠い親戚――実際さほど遠くはないが――ということにして、不自然にならない程度に交流。

 

 そう、これで問題ない。「アレ」から干渉される余地は、四葉がなるべく消してくれた。さすが有能である。こればかりは、達也ですら手放しで褒めたたえたいところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月1日、深雪と蘭のクラスが同じと知った時の司波兄妹の心中は、推して測るべしである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この騒動の最後の一押しをしたといえる亜夜子と文弥はと言うと、合格自体は当たり前なのだが、それでも敬愛する姉が一流高校の一科に受かったのが嬉しかったので、姉妹弟の三人だけでささやかなお祝いパーティを開いていた。受験に反対していたし色々立場もあるし個人的な感情もあろう貢は、お互いにデメリットしかないので、参加していない。

 

 二人が一生懸命選んだ高級デリバリーの数々を、慣れれば愛らしいと言えなくもない笑顔を浮かべ、「うめ、うめ」と言いつつ、蘭が楽しんでいる。その喜んでいる様子を見るだけで、亜夜子と文弥は胸に温かいものを感じた。

 

 

 そしてそれと同時に、ほんの少しの安心感を。

 

 

 三人の不仲の原因でもあった蘭の自分勝手な態度は、中学生になってからは少しだけ改善した。特にあの初ミッション以来は、それなりに二人とも構ってもらえている。また、第一高校受験を許されたあの日からは、特に余裕が生まれたように見えていた。

 

 だがそれでも、完全に消えることはない。未だにほとんどの時間を訓練と研究と任務に費やし、プライベートの趣味は一切持たない。その「生き急いでいる」印象を受ける様子は、結局根本的に変わることはなかった。だからこそ、こうして、言ってしまえば無駄な時間ともいえるパーティを蘭が楽しんでいる様子は、二人にわずかながらでも安心感を与えているのだ。

 

 姉が自分で進学を希望して第一高校に合格した。

 

 今まで全く学校に関心を示さず、行くのは時間の無駄とばかりに不登校を貫いていた。

 

 きっと、何か理由がある。本人は「とかいにあこがれて」などと言っていたが、いつも通りの適当な誤魔化しだろう。

 

 第一高校に行く理由。それはきっと、蘭が生き急ぐように自己研鑽に打ち込んでいるのと、同じ理由だ。

 

 亜夜子も文也も優秀な魔法師だ。魔法師の勘は、実によく当たる。

 

 

 

 

 

 願わくば、その「理由」は、蘭にとって幸せなモノであってほしい。

 

 

 

 

 実の姉妹弟として、ぐっと距離が縮まった三年間。蘭も二人のことを可愛がってくれている。だが、その胸の内に秘めた「理由」を、ついぞ話してくれなかった。そこまで心を開いてくれなかった。

 

 それは悲しいことだが、別に良い。お互いに話せない秘密があるというのも、それはそれで「普通の家族」らしいではないか。

 

 黒羽家に生まれ、物心ついてアイデンティティーを確立したころから、二人はどこか、「普通の家族」を諦めていた。四葉分家と言うのもそうだし、母は物心つく前に死去してしまっている。今も諦めた気持ちは変わらないが、それでも、この三人の間だけでは、「普通の家族」らしいことをしてみたい欲求が、無意識のうちに湧き上がっていた。

 

 それに、理由を話してくれずとも、いつか協力できる時が来たら、必ず手を貸すつもりだ。それこそが、命の恩人であり敬愛する姉への、最大の恩返しになりそうだからだ。

 

 だが今は、そんな難しいことは、頭の隅に置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ささ、お姉さま。こちらもとても美味しいですよ」

 

「僕と亜夜子姉さまで一緒に作った料理もあるんです! もしよかったら召し上がってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく今は、東京に移住してしまう前に、少しでも姉と一緒にいたかった。




感想、誤字報告、ありがとうございます


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9ー1

 ついに原作に合流するRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、第一高校に無事注文通り合格したところまででした。

 

 さて、当然東海から通うのは手間なので、東京のお家借りることになります。なんの因果か知りませんが、下北沢某所に借りることになりました。しかも一軒家です。一人暮らしだが???

 

 ここからが黒羽家チャートの本番となります。四葉分家の実家と言う飛びぬけて恵まれた施設から離れ、四葉家の合同訓練やミッションも大幅に数が減るため、美味しい成長イベントはなるべく自力で起こしていく必要があります。一方でこれらのミッションや訓練は強制的にやらされたものですし、また四葉の監視が強めについてはいても一人暮らしと言うことで、行動の自由度が増します。

 

 引っ越しの手続き諸々は全部四葉がやってくれました。荷物も最低限で、動きやすい私服と任務用の黒いゴスロリ、あとは生活必需品諸々ぐらいです。今まで固有魔法について色々研究してきていますが、そのレポートは持ってきていません。というか、実は、作ってないです。

 

 というのも、あの研究は対パラサイトに特化した方向性でやっています。傍から見たら不自然ですし、来訪者編に入ってパラサイトの存在が明らかになると、勘の良い四葉家は、すぐに結び付けて怪しんできます。そのため、研究内容は形として残さないようにしているんですね。一応義務なので通り一遍の内容を書いた無難レポートは提出していますが。

 

 では入学まで早送りします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスについては、1年A組ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪ちゃんを筆頭として、ほのかちゃんや雫ちゃんなどの主要キャラと同じクラスです。

 

 アホみたいに乱数幅が広いこのゲームですが、いくつかはプレイヤーが原作の雰囲気を楽しめるようにと、ある程度世界の側が調整してくれます。これはそのうちの一つで、一科生で入学した場合は深雪ちゃんたちと、二科生で合格した場合は達也お兄様たちと、同じクラスになる確率が非常に高くなっています。

 

 魔法科高校のクラス分けは入試の成績を見てバランスよく配分されているのですが、プレイヤーが出したスコアに応じて原作キャラやモブの点数が多少上下して、いい感じに全員同じクラスに集まるようになっているのです。まあせっかくゲームをプレイしたのに、別クラスなので接点がありませんでは、話になりませんからね。

 

 で、今回はその仕様を最大限に活用します。ぶっちゃけほのかちゃんと雫ちゃんはさほど重要ではないのですが、最強魔法師の一角であり対パラサイト特効も持つ深雪ちゃんと関わりやすい位置というのは、お得ですし、またこの三人と関わりやすいということは、達也アニキとその周囲と言う最重要人物たちと関わりやすいということでもあるので、同じクラスと言うのは非常に美味しいんですね。

 

 

 それにしても、うーん、なんもイベントが起きませんね。

 

 

 結局のところプレイヤーって転生系主人公で、RTAやってるということは能力値も知識もかなり高いんですよ。こんな特大のイレギュラーがいるなら、なんかこう、ロリ巨乳生徒会長に目を付けられるとか、一目見てピンと来た部員に勧誘されるとか、そういうのがあってもいいんじゃないでしょうか。あ、まあ、それがあったらロスなんで、ないというのはRTA的には嬉しいことなんですけど。あまりにも入試がパッとしない順位なので、目立つことがないんでしょうね。

 

 とはいえそれも今のうちだけ。ここから自分でガンガン動いていく必要があります。

 

 まずは親戚と言うことで、校内案内では深雪ちゃんについて回りましょう。大体嫌な顔をちょくちょくされますが、ほのかちゃんと雫ちゃんに怪しまれると困るので、必死に我慢してくれます。

 

 先ほど話した通り雫ちゃんもほのかちゃんもさほど重要ではありませんが、好感度は高いに越したことはありません。蘭ちゃんは見た目こそゲキマブですが、声と表情のせいで初期好感度低めから始まってしまうため、それなりに人当たりよく接しておきましょう。

 

 これによって深雪ちゃんたちと自然に一緒にいることができます。ナンパしてくる男どももいますが、お断りは三人に任せて、自分は何もしないでおきます。

 

 さて、こうすれば、魔法科高校の劣等生おなじみのイベント、「司波達也風紀委員勧誘イベント」が始まります。

 

 達也お兄様ご一行と一緒に帰ろうとした深雪ちゃんが、初代当て馬こと森崎駿くんにしつこくさそわれ、なんやかんやトラブルになります。それを横から止めた生徒会長・真由美先輩が達也お兄ちゃんのちょっとした発言から風紀委員にしようと連行して、当て馬パートツーの忍者服部君との戦いになる、という流れですね。

 

 

 さて、兄君さまご一行には――ここの最重要人物がしっかりいますね。

 

 

 では、横入りしたりしてイベント発生を妨げないようにして――よし、一科生組が魔法を準備しました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危ないですよお嬢さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さりげなく、最重要人物の近くに位置取りしていたおかげで、魔法行使の気配と同時に、とっさに守るような行動が出来ました! 第一段階成功です!

 

 

 

 

 

 

 

 その最重要人物とは――御覧の通り、眼鏡巨乳の、柴田美月ちゃんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法力的にはさほどでもなく魔法工学はそこそこ役に立つけど他のキャラでも全然よく、戦闘はイマイチ。

 

 ですが、彼女の生まれつきの体質である、霊子放射光過敏症は、このRTAでは非常に重要な役割を担っています。

 

 通常の魔法師に比べてはるかにプシオンを知覚する力が強く、それが一番重要な感覚である視覚で優れています。つまり、普通に見たらどこにいるのかすらも判断できないプシオン生命体であるパラサイトを、彼女の眼によって見つけることができるんですね。原作でも活躍していました。なんか最後は達也兄チャマが一人で色々やってましたがね。

 

 彼女を仲間に引き入れることで、パラサイトの捜索も戦闘もぐっと楽になりますし安定度も増します。重要な仲間なので、とにかく好感度を急いで稼ぎましょう。

 

 

 

 で、そのファーストコンタクトに利用したのが、このイベントってわけですね。

 

 

 

 トラブルが起こるのをそれとなく放置して、いざとなったら美月ちゃんを守る動きをする。これで第一印象は最高です。

 

 この後は美月ちゃんにいい感じの言葉をかけつつ、達也兄やが連れていかれるのを見送って、自然な流れで二科生E組の皆さんのグループへと入りましょう。レオ君とエリカちゃんとの会話はそこそこ人当たりよく、美月ちゃんには積極的にアプローチをかけていく感じです。臆病で控え目な子なので、様子を見つつ少しずつ仲良くなっていきましょう。

 

 達也おにいたまを待つということなので、行き先は適当な空いてる教室です。こっちはそちらに悪意がないということを示すため、自然な会話の流れでこちらの弱点も晒しておきます。こうすることで美月ちゃんがシンパシーを感じて、自分の体質のことを話してくれることもあります。これは仲良くなるためだけでなく、万が一とんでもない乱数を引いて眼鏡の理由が別の体質だったから全く役に立たない、ということがないよう確認するためでもあります。だから、こうして落ち着いて会話する必要があったんですね。

 

 さて適当に時間を潰せば達也あにぃが勧誘から戻ってきました。あとは一緒に帰ります。

 

 

 

 ……そして分かれ道に入って司波兄妹二人とだけになった途端、大体の場合、二人の雰囲気が急に変わります。あまり余計に絡んでほしくないのになんでここまで絡むんだ、と恨み節ですね。好感度が低いから仕方ありません。

 

 しかしこちらとしても二人との関わりは、のちに協力を得るための好感度上げのためにも、主要人物との円滑な接触のためにも、譲れないところです。適当に言い訳して、まあお互い仲良くやっていこうや的なことを言っておきましょう。

 

 ここまでやれば二人も感情面以外では断る理由がないため、あちらからは積極的にかかわらない、こっちが関わりに行っても深くは対応しない、という折衷案めいた対応をするようになりますが、これで十分です。あの二人は意外とちょろいので、こっちが悪だくみしてないしむしろプラスになる事しかしてないと判断したら、一気に態度が軟化します。逆に言えば少しでも怪しいそぶりを見せたらアウトなので、ここからは慎重に行動を決めましょう。

 

 とはいえ、ここからやることはありません。授業を無難にこなし、部活動勧誘を華麗にスルーし、放課後はお兄ちゃんグループに入り込んでおしゃべりして好感度稼ぎ、家に帰ったら訓練と実験。これだけです。ブランシュ絡みの面倒なあれこれは、お兄様も妹様も相談してきませんし、放課後の集まりで話題になっても無難にやり過ごしておきましょう。時が来るまでは、無難に好感度稼ぎして、経験値は家に帰ってからの訓練や実験で稼ぎます。原作は入学編から見所満載なのですが、この動画では見所さんはありません。

 

 

 

 

 

 そういうわけで早送りして……はい、「時」が来ましたね。

 

 四月某日、入学からしばらくしてそろそろ学校生活に慣れてくる頃です。

 

 校内に仕込まれていた洗脳済みのブランシュのスパイによって煽動された一科・二科の対立が行きつくところまで行きついて、その対応として公開討論会が行われています。

 

 当然、この討論会はどうでもいいことです。重要なのは、これを陽動としたこの後起こるテロ事件ですね。校内にテロリストが侵入してきてそれをかっこよく主人公たちが倒すという男の子の憧れの流れを原作でやるわけですが、それに乗っかっていきます。

 

 このイベント、未プレイ兄貴姉貴にとっては、わざわざ特筆する程美味しいイベントなのか? と思う方もいるかもしれません。

 

 というのも、このイベントは、相手は武装しただけのトーシロで、魔法師もほぼいません。今まで黒羽家で受けてきた鬼ミッションの数々に比べたらおままごとみたいなものです。当然、経験値等の恩恵は少ないと思うでしょう。

 

 実際、得られる経験値は少ないです。他チャートだと貴重な実戦機会なのでそこそこ美味しいですが、黒羽家チャートではあまり美味しさはありません。

 

 

 

 

 

 

 では、なぜ重要なのか?

 

 

 

 

 

 その答え合わせを、ちょうど爆発音と同時に等速になったプレイ動画でやっていきましょう。

 

 まずは避難指示の誘導に従いつつ、それとなく傍にいた雫ちゃんとほのかちゃんに、「テロ行為だろう」みたいなことを訳知り顔で言って頼りになる人間アピールをします。そしてその流れで事前に居場所を特定しておいた怯えきっている美月ちゃんに接触し、慰めながら避難誘導します。原作と違ってこの世界ではエリカちゃんもそばにいたはずですが、血の気が多いのでさっさと戦いに行っているため、心細くなっていますね。エリカちゃんがこっちにいたということはレオ君も講堂にいたのかもしれませんね。原作とは違うのが少し不安ですが、まあ二人ともどうせ戦いに向かうでしょう。

 

 そして無事避難完了したのを見届けたら、「じゃあちょっと戦ってくるわ」的なことを自信満々で言っておいて強者アピールをし、実際に校舎に戻ってテロリストたちを倒してきましょう。ここのポイントは、エリカちゃんとレオ君の目につくところで働くことです。この二人の口から蘭ちゃんが働いていたと言ってくれれば、司波兄妹の好感度が少し上がるからです。

 

 そしてここで、気が利く女の子(女の子とは言ってない)のワンポイント。剣道関連で思うところがある壬生紗耶香ちゃんが気になるエリカちゃんが校舎内に行きたがるので、彼女が戦っている相手を代わりに引き受けてあげます。ついでに美月ちゃんを無事誘導してあげたことも伝えましょう。これでもう好感度爆上がりです。

 

 

 

 

 

 

 さて、こんな具合で、校内襲撃イベントを終えることができました。もうわかりましたね?

 

 はい、ここもまた経験値イベントではなく、好感度イベントなのです。

 

 黒羽家チャートは入学前の経験値が他チャートに比べて格段に多いので、その分ここを好感度稼ぎ特化に回すことができます。他チャートだったら、避難誘導はしてあげず、美月ちゃんを少し励ますだけにしてすぐに戦闘に参加することになります。

 

 人間の好感度ってやっぱり最初の方の印象が重要なんですよ。家族みたいにじっくり時間をかけて関わる相手ならまだしも、しょせんは学校のお友達ですからね。この四月の間にどれだけ稼げるかが重要です。

 

 一応この後はアジト突入イベントがありますが、あまり目立ちすぎるのは厳禁なためお兄ちゃまに拒否されます。それなら訝しまれる要素を少しでも減らすため、最初から参加しないことにしましょう。これは黒羽家チャート特有で、経験値余裕と四葉のしがらみのメリットデメリット両方の結果です。他チャートならさらなる貴重な実戦機会なので、無理やり参加します。

 

 

 では、この空いた時間を何に使うか?

 

 はい、当然好感度稼ぎです。美月ちゃんと連絡先は交換済みなので、不安そうで心配だから電話した、エリカちゃんたちは無事だよ、的なことを伝えて安心させます。

 

 四月は出会いの季節であり、恋の季節でもあります。

 

「女の子は女の子同士で、男の子は男の子同士で恋愛するべきだと思うの」

 

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどの露骨な好感度稼ぎですが、これぐらいしないと、「次」が釣れませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでは今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「入学編クリア」のトロフィーを獲得しました〉




原作一巻だけ紛失したまま書いてるので原作からの差異は許してくださいなんでもしますから!


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9-2

 入学初日早々、深雪の心の平穏は荒れ狂っていた。

 

 新入生代表として入学式を終え、クラス分けが発表された。そこにいたのは、とても見知った顔だ。

 

「お、みゆきちゃーん、おなじクラスなんだね」

 

 精巧な人形のように美しく整った顔が、それこそ人形のようにピクリとも動かない。それでいてその少女の動作は一般家庭で育った少年のような上品ではない軽薄さとコミカルさがある。見知った顔ではあるが、この顔と動作のギャップに慣れ親しむことは、彼女には無かった。

 

「あ、あら、蘭さん、同じクラスでしたか。一年間よろしくお願いしますね」

 

「くろば」と「しば」で、五十音順が近いせいで、席もそれなりに近いのがまた不幸である。

 

 そして追加で悲しいことに、今の会話で、二人は異様に目立ってしまっていた。

 

 まず、深雪単体ですでに目立つ。新入生代表で、その見た目も動作も最上級。立てば美少女、座れば美少女、歩く姿も美少女と言う具合だ。

 

 そしてそんな注目される深雪に対して、蘭が話しかけた。深雪と比べてもさほど劣らないレベルの美少女だが、表情が動かず、それと相反するかのように動作は品のなさを感じさせて「いいとこ」の出が多い魔法科高校生の中では浮いていて、何よりもその口から発せられる声は数十年前の読み上げソフトのように平坦で機械的だ。事情を知らない周囲からしてみれば、彼女は変わっているを通り越して、すでに「異質」である。

 

(ああ、すでに高校生活の空模様が不安になってきました……)

 

 助けてお兄様、と心の中で世界一敬愛する兄の姿を思い浮かべて表面上の平穏を保ちながら席に着く。幸い、蘭と深雪の間に挟まる名字の生徒が存在するようで、指定された席は一人分空いていた。

 

 当然、蘭はそれだと話しにくい。彼女は深雪が席に着くや否や、蘭の一つ前に座る北山雫という少女にも話しかけている。見た限りこの女の子も表情があまり動かないが、蘭に比べたら天地の差だ。実際、蘭の声に驚いていたところにさらにいきなり話しかけられたものだから、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 

 こんな調子があと一年も続くのか。「一年間よろしくお願いします」という先ほどの自分の言葉が深く突き刺さる。

 

 その後も、校内見学を中心に、蘭は積極的に深雪たちに絡んできた。深雪としては中々気が合う雫とほのかという新しい友達がすぐにできて気分は上々になるはずだったが、蘭に関する気苦労でそれどころではなかった。しつこくお声をかけてくる男子をあしらうことなど、それに比べたら何の手間でもなかった。余計に面倒を増やしてくれるな、と男子に恨み節を吐きたくなる一方で、あしらう瞬間は蘭から考えを逸らせるので少しの感謝も覚えたほどである。ちなみに深雪たち三人があしらっている間、蘭はと言うと対応を完全に三人に任せてどこ吹く風と言った具合によそ見していた。深雪がもう少し我慢できない性格だったら氷漬けにしていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(助けてお兄様……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日二度目の切実な独白とともに、深雪は我慢していた携帯端末を取り出して、兄に蘭が同じクラスであることをメールで伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙なことになった。

 

 入学初日に、柴田美月はいきなりトラブルに巻き込まれたのであった。

 

 入学式の前に千葉エリカという同じクラスの女の子に話しかけられて、性格的に合わなさそうな雰囲気の子だと思ったら、むしろ不思議と気が合って仲良くなった。そのあとにクラスメイトの司波達也や西城レオンハルトという体格の良い男子とも仲良くなった。

 

 達也はあの新入生代表の綺麗な女の子の兄――双子ではなく年子らしい――で、今日はその妹さんも一緒に帰るらしい。その子を待っていたら、やはりあれほどの美人さんだからか、熱心に一科生の男子からアプローチを受けていた。

 

 そしてそれが一科・二科の差別の話へと発展していき、嫌な気分になったところで、血の気が多いらしい一科の男子とエリカが一触即発の雰囲気になっていた。

 

 先に魔法師の銃ともいえるCADを抜いたのは向こうだ。だがそれに対して警棒を抜き弾き飛ばすという本格的な暴力を振るったのはエリカ。喧嘩の火蓋は切って落とされたと言っても過言ではない。

 

 大人しそうな雰囲気の一科生の可愛い女の子が魔法行使の兆候を見せたと同時に、他もほんの少し遅れて応戦の気配を見せる。そんな中で美月は、おろおろとしているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっとあぶないですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして魔法が弾ける直前、自分との間に誰かが割って入った。

 

 身長はさほど高くはない自分よりもさらに少し低いぐらいで、線も細くて、見た目としては頼れる雰囲気ではない。トラブルの当事者ではあるが、少し離れたところから口も手も出さず無表情で見ているだけだった、お人形のような一科生の子。

 

 その子が、魔法発動兆候が見えるや否や、あのエリカよりも素早く動いて、そばにいた美月の肩を抱いて、守ってくれたのだ。

 

(え、え?)

 

 深雪にもさほど劣らないほどのクールな美少女が、いきなり肩を抱いて守ってくれた。距離は一気に近くなるし、そして何よりも、顔が非常に近い。間近で見れば余計に、その顔立ちが整っていることがはっきりと分かって、見惚れてしまうほどだった。そのせいで美月は、乱入した生徒会長によって魔法が不発に終わったことに気づくのに数十秒遅れた。

 

「だいじょうぶでしたか?」

 

「ふえ!? あ、は、はい!」

 

 意識が引き戻されたきっかけもまた、この少女だ。接近した距離のまま、気遣うような言葉をかけてくる。ぼんやりしていたところに声をかけられたことで美月の意識は覚醒したが、それと同時に、強烈な違和感に襲われた。

 

 

 

 そう、この少女の声とトーンが、古い読み上げ機械ボイスのようなのだ。

 

 

 

 人形のような美少女からそのような声が発せられるという、違和感を通り越した明確な「異物感」。美月は急に、その少女に強い恐怖を感じた。

 

「何アンタ、ふざけてんの?」

 

 まだ血の気が収まらないエリカが、自分と少女の間に割って入る。彼女からすれば、この女の子もまた一科生であり、喧嘩を吹っかけてきて魔法をかけようとしてきたイヤミな連中の仲間だ。美月を守りはしたが、そのあげくにこんな声を出されては、怒るのも無理はないかもしれない。

 

「あー、わたしに、てきいはないですよ。あとこれも。ふざけてるわけじゃなくて」

 

 氷のように無表情のまま、そう言ってやたらとコミカルなポーズで両手を上げる。降参のポーズだ。だが、やはりこの声と喋り方、見た目と表情、軽い動作、この三つがあまりにも「合わない」せいで、嫌悪感、異物感、恐怖感など、「異質なもの」に抱くあらゆる悪感情が湧いて出てしまう。

 

「あにきは、つれていかれちゃいましたね」

 

 おびえたように見てしまう自分と、敵意満々で睨むエリカ。それをまるで気にせず彼女は、生徒会長に「参考人」として達也が連れていかれた方向を見ながら呟いた。

 

「兄貴……なに、あんたも達也君の妹なの? もしかして深雪と双子?」

 

「いえ、親戚ですよ。お兄様の方が少し先に生まれたので、ちょっとした冗談でそう呼んでるだけです」

 

 そう説明を付け加える深雪は表情こそ穏やかだが、眼鏡越しでもその体からは、感情の揺らぎともいえるプシオンが酷く漏れ出ているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、達也が戻ってくるのを待つということで、適当な空き教室で時間を潰すことになった。メンバーは美月とエリカとレオの二科生組、それに深雪と蘭を加えた形だ。

 

「改めて、先ほどはすみません。私たちの都合でトラブルに巻き込んでしまって」

 

 教室入って落ち着いて早々、自己紹介もすることなく、深雪がいきなり頭を下げてきた。

 

「い、いえいえそんな!」

 

 美月は慌てて否定する。確かにトラブルの中心は達也と深雪だったわけだが、二人は全く悪くない。さらに言えば達也は丸く収めてくれた方だ。悪いのは口汚くののしってきた男子と、応戦したエリカ、あとは魔法を発動しようとした一科生の大人しそうな女の子ぐらいだろう。

 

「その、ほのかのことは悪く思わないであげてくださいね? 優しくて大人しい子なのですが、あの時は喧嘩を止めようと驚かせるための発光魔法を使おうとしたようで……本人もだいぶ落ち込んでいまして……」

 

「ほのかちゃんていうのは、あのおさげの、おっぱいがおおきいこのことです」

 

 そう言ってお人形みたいな子――黒羽蘭は、胸の前で大げさに両手で弧を描く。その動作は実に品がなく、達也や深雪の親戚とは思えなかった。レオは気まずくて顔を逸らしている。

 

 あの魔法を使おうとした子は、そういうわけだったらしい。深雪や蘭と仲良しらしいが、魔法を使おうとした手前気まずいとのことで、一緒にいた細身の子と一緒に先に帰って、ここにはいない。

 

「ふーん、なるほどねえ、ま、そういうことならいいわ。この後の態度次第だけど許してあげる」

 

 エリカは大げさにため息を吐く。当人不在の場でこれ以上話すつもりはないのだろう。竹を割ったさっぱりした性格に見せかけてそこそこ根に持つタイプに見えるので、トラブルの種にならなければよいが。

 

 そんな話をしてから、改めて自己紹介タイムになる。深雪、エリカ、美月、レオ(唯一の男子なので居心地悪そうだ)、と紹介が進んで、最後が蘭だ。

 

「あらためて、くろばらんです。みゆきちゃんとおにいさまとは、おないどしの、しんせき。よろしく」

 

 人差し指と中指をくっつけて立て、おでこのあたりで、ピッ、と振る。見た目に似合わないその俗っぽい動作には、やはり違和感を覚えた。

 

「で、そうよあんたよあんた! それ何、ふざけてんの?」

 

 こうして改めて、エリカの怒りが再燃した。先ほどはふざけてるわけではないとは言っていたが、とてもそうとは思えない。これには、美月もレオも、怪訝な目を向けていた。

 

「えーっと、その」

 

 何か説明しようと蘭が口を開きかけたところに、深雪が言いにくそうながらも割って入る。

 

「生まれつきで表情筋と声帯に障害を持ってまして……表情はほとんど動かせず、声もこのように平坦な、その機械のようなものしか出せないのです」

 

「あー、えっと、その……悪かったわね」

 

 一気に場を気まずい空気が支配した。

 

 ふざけていると敵意をあらわにしたのが一人、怪訝な顔をしたのが二人。だが実際その事情は、生まれつきの障害だという。初対面を相手にこれで、気まずくならないほうがおかしいだろう。

 

「きにしてませんよー」

 

 だが、当人の蘭はどこ吹く風と言った具合だ。両手の人差し指を立てて頬に軽く当てて、首をかしげる。アイドルのような可愛らしい動作で、表情が動いていなくても、その整った見た目でそれをやると、似合ってはいないが、とても絵になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその顔に、にへら、と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、背中に氷を突っ込まれたように、全身に怖気が立つ。

 

 蘭はみんなの注目を集めた状態でその顔に、初めて表情を出した。

 

 笑顔。

 

 だが、はっきりいってそれは――あまりにも、「気持ち悪い」。

 

 身長こそ小さいがすらりとしたスタイル、艶やかで肩のあたりで丁寧に切りそろえられている綺麗な黒髪、匠の技術を結集して作られたお人形のような整った顔。

 

 その顔に、あまりにも間抜けな笑顔が、浮かび上がっている。

 

 これがデフォルメされたキャラクターだったら愛嬌があったかもしれない。だが、リアルに存在するれっきとした人間の見た目で、しかも美しい顔だからこそ、それがその笑顔を浮かべることは、あまりにも「異質」であり「異常」。

 

 

 

 

 

 美月自身も、エリカも、レオも、その笑顔に、自分の中にある「普通」を、ぐちゃぐちゃにかき乱された。

 

 

 

 

 

 

 心の安寧を保つ、それぞれが持つ「常識」「普通」「普遍」。それがこの笑顔一つで、大きく揺るがされたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………これも表情筋障害の一つで、笑顔は浮かべられるのですが、このようになってしまうんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の声は、どこか疲れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そうなの……あーじゃあ、やっぱ小学校とか中学校で苦労したんじゃない? 大変だったわね」

 

「んー、しょうがっこうも、ちゅうがっこうも、ずっとふとうこうだったので、わからないですねえ」

 

 気まずくなった空気を何とかしようとしたエリカがさらに地雷を踏んだあたりで、居ても立ってもいられず、美月はついに踏み込んだ。

 

「そ、その、でも、わかりますよ! 私もその、こうして眼鏡をかけているのは体質で……霊子放射光過敏症っていうんですけど」

 

 仲間がいる。そう伝えることで、蘭に少しでも気休めを与える狙いだ。本当はそう初対面に話すことではないが、向こうはもっと苦しい事情をこちらのせいで話す羽目になったのだ。こうなったらこうしてでも歩み寄るしかない。

 

「ほー、ほー、それはたいへんですね」

 

 それに対して蘭は、今までよりも幾分か大きく反応した。どのような感情かは分からないが、興味を示したらしいことは確かだ。もしかしたら、違うところこそ多いが、生まれつきの体質と言う点にシンパシーを感じたかもしれない。

 

「じゃあ、これなんかもよくみえます?」

 

 そう言って、蘭は人差し指を立てた。

 

 そしてそこから光がゆっくりと湧いてきて、だんだんと秩序だった文字が出来上がってくる。

 

「11万4514、です」

 

 眼鏡越しでもそれなりに見える、密度の高いプシオンだ。

 

「え、何してるんだ?」

 

 エリカも少し驚いているが、一番反応したのはレオだ。確かに傍から見ると、意味の分からない会話である。なにせ、過敏症である自分以外には、これは「見えない数字」なのだから。

 

「めがねごしで、これがみえるとなると、けっこうよくみえますね」

 

 蘭の言葉は説明になっていないが、深雪がレオにフォローを入れてくれている。

 

 非魔法師にはサイオンもプシオンも見えない。魔法師はそれを感知する力があり一定以上の密度や流れの強さといった活性状態があれば、感知能力に違いはあれど、サイオンもプシオンも「光」として見える。美月はその中でも、プシオンの光が人よりも圧倒的にはっきりと見えてしまうのだ。それは、非活性状態のこの世に溢れるプシオンの光すらも見えてしまうほどで、こうして今時特殊なレンズの分厚い眼鏡で視界を制限しなければ生活が成り立たないほどである。

 

 だがそんな話よりも、美月は、蘭に驚いていた。

 

 まずあの数字は、美月には眼鏡越しでも見えたが、エリカたちには全く見えていない。つまり、それほど絶妙な活性状態だったということだ。

 

 それともう一つ。プシオンもサイオンも要は素粒子であり、非常に細かい流体である。それを操作して、はっきりと秩序だった文字として軽く空中に浮かべて見せたこと。

 

 つまり蘭は、ちょうどよい活性状態で、しっかりとした形で、空中に浮かべて見せられるほどに、プシオンの操作能力が高いということだ。

 

 現代の魔法は、サイオンで出来た魔法式をエイドスに投射して情報改変する。魔法師は全員、サイオンと言う素粒子を、精密な式として固定していると言えよう。故に、サイオンでなら、これぐらいは魔法師ならば子供の遊びである。

 

 だがプシオンは、そうはいかない。普段の魔法で全く使わないからだ。その操作をできる魔法師は少ない。ましてやこれほど軽く精密に操作できるというのは、体質の都合上プシオンの研究にそれなりに関わってきた美月ですら、聞いたことがなかった。

 

(達也さんと深雪さんの親戚…………)

 

 妙な勘繰りをしてしまう。

 

 新入生代表の才色兼備の妹。その兄でありながら二科生であるいわば劣等生だが、妹に慕われている達也。二人とも、行動の端々に、自然すぎるが故の少し不自然な、何かしらの事情を垣間見えるような何かを感じる。

 

 そしてその親戚の蘭。プシオンの操作が見たことないほどに上手い。

 

 プシオン。サイオンと同じく情報次元に属する非物質粒子だ。サイオンは物的・物理的な情報に関する粒子なのに対して、プシオンは精神的・情動的な情報に関する粒子と言う説が有力である。

 

 つまりそのプシオン操作が上手と言うことは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――魔法界で禁忌に近しい扱いを受けている、精神干渉系魔法に優れることを意味している。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……色々、訳ありそうだな)

 

 無表情な蘭の顔をぼんやりと見つめながら、美月は、初日から色々と考えさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ」

 

 今日出会った友人たちと別れて十歩ほど進んだところで、達也は先ほどまでとは打って変わった殺意の籠った声で、同行している少女を問い詰めた。

 

 当然、相手は深雪ではない。同じ方向に行くことになっている、黒羽蘭だ。

 

「なんのことです、おにいたま?」

 

 それに対して、相変わらずふざけた呼び名――アニキやらお兄様やらお兄ちゃんやら兄君さまやらにいさまやら兄チャマやら12通りの呼び方で毎回ふざけて変えている――だが、問い返す内容はふざけているわけでもとぼけているわけでもない。蘭のことになると少し感情的になりやすい達也が、唐突すぎただけだ。

 

「本家からもお前の家からも、お前は俺たちに積極的に関わるなと言いつけられているはずだろ。なのになぜ、あそこまで関わってくる?」

 

 それを自覚しているのか、達也は荒立ちそうな息を整えながら、改めて問いかけなおした。

 

 そう、蘭は、何の理由があるのか知らないが、かたくなに第一高校を受験しようとして、それに貢が折れてしまった。その条件として、蘭と達也たちは互いに深くかかわりすぎないようにと厳命されている。深雪は次期当主で、達也は四葉が抱えた特大地雷、そして蘭は異端児でありその特大地雷をつっつく存在だ。同じ高校に行くのすら本来許されるはずがない。水と油ではなく、火種とガソリンの関係である。

 

 だというのに、蘭は、深雪に絡み、達也の友人グループとも絡み、さらにこうして一緒に帰っている。入学直後の友人関係はまだ変わりやすいが、一方で今後も続く関係にもなりやすい。四葉家全体の意向に、間違いなく反しているのだ。

 

「わたしとにいやたちは、しんせきですし、そういうことにもなっています。まったく、はなさないほうが、ふしぜんですよ」

 

 そんな蘭からの返事は、至極まっとうなもの。接触を控えることは重要だが、周囲に怪しまれないことも重要、それはその通りだ。親戚関係として見たら、蘭の接触の仕方は、むしろ自然と言える。全国から集まる人気校で元から知り合いの関係が少ない中で初日は親戚関係を頼りにする高校生。なんの違和感もないだろう。

 

 そう、何も間違っていない。もし達也と深雪自身が彼女のことを嫌っていなかったら、ここで納得して折れていたほどだ。だが、これは理屈ではない。二人とも心の底から、蘭には接触してほしくないのだ。理屈ですぐに折れるわけにはいかなかった。

 

「まあ、おたがい、いろいろありましたが」

 

 言い返そうとした。だがそこに、蘭から追撃が入った。

 

 トトッ、と少し歩調を速めて二人の前に立ち、くるりと振り返る。道を塞ぐように、正面に立って二人の視界に無理やり入るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちも、わるいことはしましたが、そっちもそっちですからね。こっちにじじょうがあったし、そっちもじじょうがあった。ここらで、みずにながしませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず歩みを止めて、黙り込んでしまう。

 

 押しのけて通り、拒絶し通すことは簡単だ。

 

 だが、二人にはそれができない。それをするには少しばかり、我儘さが足りなかった。

 

「痛いところをついてくるな」

 

 そもそもの原因は蘭にある。

 

「事情があった」という言い方をした時点で、あの時の悪行――四葉本家で初めて会った時に二人の得意魔法を会話にちりばめたこと――は故意だったことが確定した。この時点で即抹殺してもおかしくないほどに。

 

 だが、達也は、四葉は、蘭にもっと悍ましいことをしようとした。訓練事故に見せかけて、幼い少女を殺そうとしたのだ。結果としてそれは回避されたとはいえ――それで蘭の罪は、清算されたとするべきなのは確かなのだ。

 

 別に一度罰めいたことを受けたところで、蘭がとんでもない知識をどこからか得たという根本的な問題は変わっていない。罪とかではなく、四葉のメリットデメリットの話だ。だが、それでも、達也と深雪が正面から蘭を拒絶し続ける正当な理由は、もう失われている。あれ以降、蘭に過失や責任がある形で、二人に危害は加えられていない。最初から嫌っていたことによって生まれた悪感情だけなのだ。

 

「まあ、なかよくしてね、とはいいませんが。せっかく、こうこうせいになったんですし、おりあいつけて、たのしみましょーや」

 

 こちらが黙り込んで言い返せない中、蘭は一方的にそう言って、またくるりと180度回転し――まだ動けないこちらに平然と「背中を向けて」、そのまま歩き出した。




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9ー3

 高校入学式初日にトラブルに巻き込まれた。どうにも平穏な高校生活とはいかなさそうだ。

 

 その予感は、見事に当たった。

 

 例えば、剣道部の大きくて怖そうな先輩に、態度だけは紳士的に変な団体への入会を非科学的な誘い文句で迫られた。近くに蘭がいて助けてくれなかったらどうなっていたか分からない。

 

 例えば、部活動勧誘期間。美術部に入ると最初から決めていたが、強引な勧誘が多くて大変だった。一緒に回ってくれたエリカや蘭がいなかったらきっと苦労しただろう。

 

 例えば、校内で変な団体が放送室をジャックした。学生運動は100年以上前の歴史の教科書上の出来事だと思っていたが、なかなか活発らしい。生徒自治のためにと生徒会の権限が強いこう見えてかなり自由な校風なので、このような活動もしやすいのだろう。

 

 ちなみにクラスメイトの達也は、もっと大変だったらしい。あのトラブルの後風紀委員にさせられ、剣道部と剣術部のトラブルに介入して大立ち回りさせられて、変な団体からも目をつけられて嫌がらせめいた攻撃をされ続けてるらしい。彼女が抱いていた「高校」のイメージは、この二週間ほどですっかり崩れ去った。

 

 そして、そうしたトラブルが行きつくところまで行きついて、今は公開討論会が行われている。大人しく席に座って聞いている美月は、隣で舟を漕ぎ始めたエリカを肘でつつきながら、自分も退席したい気持ちを抑えきれなくなってきていた。

 

(蘭さんがいなかったらどうなっていたか……)

 

 そんな自分にも振りかかるトラブルの数々を解決してくれた一人が、初日には何かと気まずい思いをした、黒羽蘭だった。未だに見た目と表情と声の異物感には慣れ親しめたわけではないが、少しずつ馴染みつつはある。

 

 彼女は何かと美月を気にかけてくれていた。それなりにそばにいてくれたし、トラブルの時は積極的に助けてくれた。その話を達也にするとなぜか幽霊でも見たような顔をされたが、一方で「わがままだけど気が利くところもあるといえばあるからな」とも言っていった。言い回しからして、彼は蘭のことが苦手らしい。やはり親戚関係が複雑なのだろうか。

 

 黒羽蘭は優しい。他のほとんどの一科生と違って人を見下すようなそぶりが全く見えないし、困っていたらすぐ声をかけてくれるし、魔法のことで何か悩んでいたら分かりやすくアドバイスもしてくれる。他の人にも当たり障りなくかかわっているが、美月に対しては特に親身だ。初日の気まずさを逆転するために自分の障害に関して話したから、シンパシーのようなものを感じてくれたのかもしれない。

 

 そんな風に入学してからの短いながらも波乱の日々を思い出しながら、くだらない討論会を聞いている。生徒会長はかなり可愛くて弁も立ち、そんな彼女が今や独演会へと持ち込んだものだから観客は夢中になっているが、すでに集中力が切れてしまっていたのと、深雪と蘭という特大の美人二人と一緒にいることが多いため、それも聞き流すありさまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが――そのあとに鳴り響いた音には、意識を引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドオッ! と何かが爆発した轟音と、少し遅れて重いものが崩れる音が響いてくる。講堂に集められたまだまだ子供である高校生たちは、一様にその音に気を取られ、すぐにパニックへと移行した。

 

「え、え?」

 

 人はパニックを起こした時、大きく分けて二種類に分類される。周囲の大半のように、とにかく動き出す者。そして美月のように、うろたえて周囲を見回すばかりで動けなくなるもの。

 

「おー、なんか鉄火場の雰囲気ね! ちょっと行ってくる! 美月は逃げなさい!」

 

「え、エリカちゃん!?」

 

 そんなパニックの少女を置いて、今傍にいる唯一の頼れる友達が、いなくなってしまった。パニックになっていないくせに一番異常な行動をするものだから困りものだ。

 

 高校生の集まりにしてはやけにスムーズに周囲の風紀委員や生徒会が避難誘導を行っている。これに何も考えず乗っかれば、安全だろう。だが彼女はパニックで、そこから動けなかった。

 

(ど、どうすれば……)

 

 少し冷静になっている今の彼女は、元々賢いため、すぐに避難の波に乗ることができただろう。

 

 だが、つい先ほど、親友ともいえる少女が、大きな音がしたほうへと向かってしまった。

 

 

 

 

 

 

 心配。

 

 

 

 

 

 

 

 

 優しすぎるがゆえに、彼女は、自分に何ができるわけでもないが、ここに釘付けになってしまっていた。

 

(誰か、誰か……)

 

 立ち尽くしたまま、身を縮めて、目をギュッと閉じて、祈るようにすがる。今の彼女は、ただのか弱い少女に成り下がってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、だいじょうぶー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、一筋の光が差し込む。

 

 間抜けで平坦な合成機械ボイスのような声で、軽薄な言葉。

 

 だが、今の美月にとってのそれは、神が手を差し伸べたにも等しかった。

 

「蘭さん!?」

 

「へい、げんき?」

 

 バッと顔を上げる。涙でわずかに滲んだ視界でも分かるほどに整った無表情の顔。こんな時でもいつもの態度が崩れない、黒羽蘭だ。

 

「さっさと、ひなんしましょう。あしのたちっぱなしは、いみないので」

 

 手を取ってくれる。握ってくれる。そして優しく引っ張ってくれる。

 

 どうすればよいか分からなくなっていた美月を、蘭が導いてくれる。

 

 それにただ従えば、なんと楽だろうか。ふらり、と無意識に、自分の身をゆだねてしまいそうになる。

 

 それでも――

 

「そ、そのエリカちゃんが!」

 

 ――親友のことは、忘れられない。

 

 蘭に言ったところで、普通に考えれば、何も変わらない。

 

 だがそれでも、今この時唯一美月が頼れる相手に、なんとか伝えたかった。

 

「あー、ちのけがおおそうですからねえ」

 

 たったこれだけの言葉で、何が起きているのか理解したらしい。にへら、と、いつもなら恐怖を、今はどこか安心感を覚える、異質な笑みを浮かべながら、蘭は呟いた。

 

「なんとかしますから、いまは、ひなんですよ」

 

 気休めに等しい言葉だ。それでも、美月の不安を解きほぐして、床から足を離すことができた。

 

 そうして誘導されて、安全な場所まで来た。ここからは教員や風紀委員や腕利きの部活連メンバーに保護されつつ、速やかに集団下校である。

 

「じゃ、なんとかしてあげますね」

 

「その、ありがとうございます!」

 

 その波に逆らって、周りが気付かないほどに目にも止まらぬ速さで学校に戻り始めた蘭を見送る美月の心に、もうエリカが去った時のような不安はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーい、もりあがってるかーい」

 

 後ろから奇妙な声で奇妙なことを叫ばれたと同時に、目の前の敵の顔面に泥の塊が突き刺さった。

 

「あら、あなたも遊びに来たの?」

 

「血の気の多い女ばっかだぜ!」

 

 エリカとレオが戦っているところに現れたのは、それなりに仲良くなってきた一科生・黒羽蘭だった。今の見事な魔法は、彼女によるものだ。エリカの見立てでは、プロ魔法師と遜色ない。とんだ牙を隠し持っていたものである。

 

 元々一方的に近い戦いだったが、蘭が加わったことによって、完全な蹂躙と化した。蘭は高速で動き回って相手を攪乱しながら、地面の泥や小石を四方八方から飛ばして賊を戦闘不能にしていく。移動・加速系が得意な魔法師がソロで戦う時のお手本のような立ち回りだ。そうして攪乱してくれれば、エリカもレオも動きやすい。自分の近くに寄ってきた浮足立っている相手を確実に仕留めれば良いからだ。

 

 数だけは無駄に多かった賊の波が、どんどん減っていく。気づけばあれだけいた賊が、パッと見半分以下になっていた。

 

 もうすぐ終わる。

 

 エリカは図書館をチラリと見やる。先ほど小野先生から情報がもたらされて、達也が向かった場所だ。そこには、エリカが今気にしている人物もいる。

 

「おー、としょかんがきになる?」

 

「っ、よく見てるじゃない。あたしが可愛くて見惚れてた?」

 

 そんなエリカに、高速の通りすがりざまに蘭が話しかけてきた。内心がばれていることに驚いて心臓が跳ね上がったが、そんなことを表に出さず、平静を装う。

 

「ひきうけてあげますから、いってきていいですよ」

 

「さっすが一科生様、自信満々じゃない」

 

 たとえ一科生だろうと上級生だろうと、凡百と判断したらエリカは自分の都合を優先せず、ここを任せることはない。だが、蘭は、「戦える」と見た。ならば、ここは任せても良いだろう。

 

 迷わずエリカは駆けだす。前に立ちふさがる賊は助走をつけたタックルの一撃でまとめて吹き飛ばした。

 

 あの先輩――紗耶香に関しては、自分でケリをつけたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、みづきちゃんは、ちゃーんと、ひなん、させておきましたよー!」

 

「何から何までお気遣いどーも!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなエリカの背中を押すように、後ろから、平坦な機械音声が、残ったわずかな不安と迷いを消しとばしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつは一体何を考えてるんだ?」

 

 紗耶香の退院祝いを済ませ、学校に戻ってレオたちの面倒を見て、帰宅して一息ついた。そうしてふつふつと浮かび上がってきたのが、苛立ちと疑問だった。

 

 達也が漏らしたその独り言は、隣にくっついて座る深雪の耳にも当然入る。兄妹水入らずのくつろぎモードといきたかったが、それは許されないらしい。

 

 テロリストが校内に侵入してきてそれの対応をして、そのあとにテロリストのアジトに突撃して潰してきた。それから時が経って、入院した紗耶香が退院。入学早々ビッグイベントがあったものだ。

 

 そんなド派手なイベントの裏で、達也たちほどではないにしろ、一般生徒としては少し派手に、そして達也視点では、突撃の中心人物となった十文字克人や桐原よりも気になる動きをしていた人物がいる。

 

「本当、なんなんでしょうね、あの子は……」

 

 達也にしなだれかかりながら、深雪も深いため息をついた。

 

 あの時以来二人の心を惑わし続ける異端・黒羽蘭。

 

 同じ高校に進学すると聞いた時はひっくり返りそうだったが、互いに過度な干渉は無しと決まっていたから安心していた。ところが、入学して早々同じクラスだったことが災いし、ガンガン絡む羽目になってしまった。これで一科生の中だけで済めばまだ良いが、なんと達也のクラスメイトにまで、いや、さらに達也のクラスメイトのある一人と特に、よく絡むようになってしまった。

 

『最初は戸惑いましたけど、すごくいい人ですよ』

 

 特に仲が良いその人物とは、柴田美月。入学式の縁でお友達グループとなったわけだが、よりによって彼女と蘭が、なぜかは知らないが日に日に親交を深めている。美月は気弱な性格と見た目が災いして押しに弱いが、そうして起こるトラブルを蘭が解決してくれてるらしい。

 

『たまーにわけわからないこと言う以外はいいやつなんじゃない?』

 

『勉強もたまに見てくれるんだ! たとえ話はわけわからねえけど』

 

 美月だけでなく、その縁で関わるようになったエリカとレオの評価も高い。

 

『魔法の手際がすごくいいと思う。お手本』

 

『行使の流れに無駄が少ないんですよ!』

 

 初日はトラブルになったがなんやかんや仲良くなった雫とほのかも、蘭を評価している。

 

 司波兄妹の脳内をクエスチョンマークが埋め尽くす日々を入学以来送ってきたが、それに重なったのがブランシュ関連の騒動だ。どちらか片方だけでもお腹いっぱいだが、だからといって無視するわけにもいかず、達也のトラブルを放っておけない性根もあって、中心となって解決に導く羽目になった。

 

 そして追い打ちとばかりに、その騒動関連で新たな情報が入ってきた。

 

 講堂に爆音が響いたあの時。訳が分からない状態の雫とほのかを避難誘導し、エリカが去って完全にパニックになって動けなくなっていた美月を安全な場所まで連れて行って、そのあと自分だけ戻って校内に参戦。さらに紗耶香について気にするエリカに気を遣って外での賊退治を引き受けた上に、彼女が不安に思っていた美月を避難させたことを報告して迷いなく進ませた。しかもしかも、達也たちがアジトに突撃するという新たな荒事をしている中、未だ不安から抜け出せない美月に電話をかけてアフターフォローまでして、気を紛らわせるためにあの後一緒に遊びに行ってあげたらしい。そしてついでに、さほど関わりがない紗耶香へのお見舞いの品もエリカ越しに渡していて、入院中でもカロリーを気にせずに摘まめる甘いものということでこんにゃくゼリーと言う絶妙に気の利いたチョイスを贈っていた。

 

 いったい、こいつは誰だろうか。

 

 あの衝撃の初対面以来、蘭については色々調べてきた。基本的に誰の指図も受け付けずにひたすら魔法訓練と研究に打ち込む。家族との関わりもほぼシャットアウトしており、亜夜子と文弥からは嫌われていた。中学校に上がってからは亜夜子・文弥と仲良くなりはしたが、その唯我独尊体制は変わらず。

 

 中学生までの蘭は、目的不明だが魔法の研鑽にひたすら打ち込み、秩序を基本的に気にしない、異端児そのものであった。

 

 だが、入学してからはどうだろう。事情を知っている達也と深雪からすれば、相変わらず遠慮なく動き回りまくって冷や冷やさせられるが、その実、傍から見たら、「勉強も魔法もできるし、人を見下さないし、気も利くし、優しい美人の女の子」である。声帯障害と表情筋障害は相変わらず印象を悪くしているが、そのうち周りが慣れてくれば、一転して「障害に負けないすごい人」という評価につながるだろう。

 

 変わらない欠点はたまにわけわからないことを言う――ゲイポルノ由来の古くて下品なインターネットミームだと知っているのは不本意ながら達也と深雪だけ――ぐらいである。このことを指摘して評価を落としてやりたい気持ちもあるが、それを指摘できるということはつまり、「司波兄妹が古いゲイポルノとそれから派生したミームを知っている」と公開することに他ならないため、嫌がらせもできないおまけつきである。

 

 どこまでも不可解だった。蘭は美月を中心に着々と校内で評価を上げて行っている。深雪の親戚でかつクラスメイトと言うこともあって、噂の美人二人として、深雪としては不本意なペア扱いだ。この間なんかは、ついに生徒会での昼食でも話題に上り始めた。達也と深雪の食欲が減退したのは言うまでもない。

 

「思い切り青春でも楽しむつもりか……?」

 

 そんなわけがない。達也にはよくわかる。深雪の頭を撫でて慰めながらの、ちょっとしたジョークだ。

 

 

 

 

 

 

 蘭には、間違いなく何か目的がある。

 

 

 

 

 

 

 評価を固めているが、それは表向きの顔に決まっている。その性根は、幼くして誰の指導もなく人体実験と人殺しを平然とやってのける、四葉が生んだ化け物の一人なのだ。そしてそんな化け物を生み出し続ける四葉に生まれながら、その秩序を乱し続ける異端児でもある。

 

 小学校に入学してから、家族とすらも関わりを減らし、ひたすら訓練と実験に打ち込み、かと思えば急に達也と深雪の力を探り、中学校に上がってからはミッションも不運に見舞われながらもこなし続ける。四葉の監視情報によると、東京・下北沢に引っ越してきてからも家では自主訓練と実験を繰り返しているそうだ。

 

 そう、その根本は、得体の知れない目的のために、あらゆるものを捨て去り、あらゆるものを手に入れようとする、貪欲さと生き急いでいるとすらいえる執着なのだ。

 

 小学一年生のころから持ち続けている、得体のしれない目的。彼女がこうして校内で好感度を高めているのも、間違いなくその目的のためだ。

 

 

 

 

 

 

「不気味だな……」

 

「不気味ですね……」

 

 

 

 

 最初からさほど期待していなかったが、どうやら思った以上に羽を伸ばした青春は楽しめないらしい。

 

 二人はほぼ同時に、深い深いため息をついた。




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10ー1

 記録のために人を落とすRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は入学編をクリアしたところまででした。トロフィー表示が出たタイミングが5月に入って数日してからだったので、原作通りの時期に紗耶香ちゃんが退院したようです。このゲーム、こういうところが中々粋なんですよねえ。ゲーム主人公的には、入学編はアジト潰したところで大体は終わりなんですから、そこをトロフィー取得にする案もあったはずです。それをあくまでも原作の入学編(下)の終わりに合わせているので、原作リスペクトが伺えますね。

 

 え? オリ主放り込むようなゲーム作る連中にそんなリスペクトあるわけないって?

 

 んにゃぴ……よく分からないですね……。

 

 

 

 はい、そんなわけで5月からは九校戦編に向けての準備が必要です。ちなみに入学編が終わって即九校戦編ではなく、しっかり原作九校戦編開始の7月中旬と同じタイミングとなっています。九校戦運営にがっつり影響を及ぼすようなことをしないと、これを動かすことはできません。まあRTA的には、九校戦編クリアのタイムを競うとかではない限り意味がないのでやりませんが。

 

 さて、その準備ですが、基本的には校内の好感度稼ぎを重視していきます。最低目標、美月ちゃんから下の名前で呼んでもらえる程度は欲しいですね。これは4月時点でクリアしているのでOK。

 

 これ以上の目安ですが、周囲から積極的に声をかけられるか、ほのかちゃんや雫ちゃんから雑談を向けてもらえるか、生徒会で話題になったりするか、そして達也お兄ちゃん深雪ちゃんから問い詰められるか、の順で校内好感度が上がっているサインになります。

 

 ちょうどそんな話をしていたところで、達也兄くんからメッセージが届いていますね。大体の用は同じクラスの深雪ちゃんが伝えればいいわけですから、これは秘密の用ですね。放課後に時間あるか、とのことです。こちらから伺うのは家で実験や訓練をする時間が削られてしまうので、「いつでもおうちにおいで」と連絡しましょう。用件を話しもせずに「暇か?」って聞いてくる無礼者にはこれで十分ですね。

 

 で、早送りして……さっそく二人が家に尋ねてきました。人体実験をいったん中断しましょう。ちなみに訓練と実験、とは言っていますが、下北沢に来てからは何をやっているかは解説していませんでしたね。訪問イベントの様子を流しながら解説しましょう。

 

 今回借りたのは、黒羽家の力を使ってそこそこ大きめの一軒家です。高校生の一人暮らしには大きすぎますが、これは目くらましの一種ですね。実際、この家は四葉の隠れ家のようなものになっていて、地下には、外には音などが漏れない厳重な実験室になっているわけです。ここに、四葉から送られてくる実験台を監禁して、昏睡レイプならぬ人権レイプをしているわけですね。

 

 ちなみに訓練ですが、実家と違ってそのような施設はありません。魔法を使って、周囲を超高速ランニングしたり反復横跳びしたりする程度です。効率の話で言えば、森崎駿君が所属するコンバット・シューティング部の障害物迷路が一番効率良いんですけど、目立ってしまうのでそれはできません。木々が生えた山の中をなるべく高速で走る、という形で行っています。

 

 で、今回の二人の用件ですが、やはり「校内で好感度を稼いでいるのは何が目的だ?」というものでした。RTAのために仕方ないとはいえ、中学入学までの行動からして、高校入学後の社会性たっぷりな優等生的行動は、やっぱり不可解なんですよね。未来にパラサイトとUSNA軍が来訪してきて、それをいち早く解決するために……という目的は、神視点のプレイヤーしか知らないはずですが、達也兄ちゃまはとても勘が鋭いため、小学校入学から今までの行動すべてに何か一貫した目的がある、ということ自体は見抜かれてしまいます。

 

 当然、未来に起こる重大事件を知っています、なんてことになったら即抹殺されて終了なので、誤魔化しましょう。高校生の青春を楽しみたいのは当たり前だしー、今まで不登校だった反動もあるしー、みたいな感じでしらを切ります。向こうとしてもこれ以上は追及材料がないので、引き下がるしかありません。もっと強引に来ない当たり、主人公らしい善良さですね。

 

 さて、そういうわけで、二人の目にも余るほどに、校内で蘭ちゃんの評価が高いことがわかりました。これで今後がやりやすくなります。

 

 

 

 では当面の目標は何かというと……前期の定期試験の実技で、学年二位を目指します。

 

 九校戦編開始の7月中旬にはテストの結果が出ていて、達也お兄ちゃまが教員と相談させられてる場面から始まっていますね。ここから分かる通り、試験は6月末から7月頭ぐらいの時期にあります。そこで、実技学年二位を取りましょう。

 

 目的はいくつかありますが、一つは試験の成績がそのまま経験値ボーナスになるからです。入試成績もボーナスになるのでなるべく高いところを目指したかったのですが、黒羽家チャートの都合でそれは出来ないので、ここで挽回する狙いがあります。

 

 そういうわけで、好感度稼ぎをしつつ、放課後の訓練は移動・加速系特化から、試験対策に切り替えましょう。一年生最初の試験なので課題自体はユルユル(当社比)なんですが、一位は深雪ちゃんで決定しているため、ほのかちゃん・雫ちゃんという強力なライバルとの争いになります。しっかり準備しましょう。

 

 

 試験の内容としては、入試とさほど変わりありません。全系統全種+無系統魔法の「魔法力」を測ることになります。課題魔法がほんのちょっと複雑になる程度ですが、まだ実用・実戦レベルには遠い基本的なものとなっています。だからこそ、これまでないがしろにしがちだった基礎をしっかり高めましょう。

 

 蘭ちゃんのステータスとしては、まず加速・移動系に特化して磨いてきたので、そこは深雪ちゃんを越えて一位になれるでしょう。加重系、収束系も移動する魔法に結構使うので、黒羽家として実戦経験を積んできた経験値うまうまチャートを活かして二位は余裕です。振動系・発散系も攻撃魔法として実はそこそこ使っていたので、これもまあ大丈夫です。

 

 一方で問題なのは、吸収系と放出系です。大雑把に言うと、吸収系が化合と分離を、放出系が電気系統を、それぞれ操作する魔法ですね。どちらも直感的に理解しにくくて、リアル知能ステータスが足りないプレイヤーにはいまいち使いにくくて避けがちですし、実戦も大体移動・加速系だけでなんとかなるので、あまり磨いていませんでした。これらの練習が一番重要でしょう。

 

 というわけで、それらを中心にやっていきます。幸いここのお勉強は来訪者編クリアを競うルールならほぼ全てのチャートで行う羽目になるので、それなりにノウハウがたまっていますから、これはこれで心配ありません。難しいからこそ攻略法が集まって簡単になるって、それ一番言われてるから。『古事記』にもそう書いてあるから。

 

 では退屈な勉強も早送りして…………はい、試験も終わって、結果も出ました。

 

 ドキドキの結果は……よし、きっちり実技学年二位ですね。筆記試験は、まあ、20位ぐらいです。

 

 ちなみに実技の学年順位全体ですが、一位から順に、深雪ちゃん、蘭ちゃん、雫ちゃん、森崎君、ほのかちゃん、です。原作の順位に蘭ちゃんが差し込まれた感じですね。

 

 内訳は……移動系・加速系は一位、加重系・収束系・発散系は二位、振動系・吸収系・放出系は四位、ですか。まあ予定通りですね。振動系はさほど苦手ではないのですが、深雪ちゃん・雫ちゃん・ほのかちゃんの三人がそれぞれ対象こそ違いますが振動系が得意なので、しっかり磨かないと4位どまりになってしまいます。

 

 三要素の観点で見ると、行使速度も改変規模も可能工程数も二位、ですか。これも予定通りです。深雪ちゃん強すぎか???

 

 はい、これで目標の二位を達成しました。一年生前期なのでさほどのボーナスにはなりませんが、経験値が美味しいのも確かです。

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「九校戦の鏑矢」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 ではお兄様が教員と面談しているのをイツメンで待っている間に、九校戦がそろそろあるという話題を振っておきましょう。そしてここで、周りに話を合わせるような自然な流れで、あんな競技に出たいとかなんとか楽しげに話しておきます。

 

 

 そしてちょうど都合の良いことに、これと同時期ぐらいに今年行われる競技が生徒会に正式通知されて、次に生徒会を中心とした九校戦チームから色々と一般生徒に通知がいく、という仕組みになっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、蘭ちゃんは、パラサイトをすぐ倒すという巨大任務が控えているため学生の遊びでしかない九校戦には当然参加しない…………わけではないんですねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 むしろ、超積極的に参加します。

 

 一つは、ここで最重要人物とコンタクトが取れるから。

 

 そしてもう一つが…………なんとこの九校戦、特別な経験値ボーナスが加算されることが検証により分かっていて、しかもそれが激うまなんですよ。

 

 どれぐらいうま味かと言うと、普通に新人戦の一種目に出るだけで、このゲーム内でも最難関イベントの一つである、あのお兄様とのタイマン訓練と同じぐらいの経験値が入ることが分かっています。原作最強主人公と命を懸けたタイマンと同じだけの経験値が、競技会に出るだけで入ってくる、しかもやろうと思えばそれが二種目ですからね。参加しない意味がありません。

 

 さて、ここで重要なのが、どの種目に参加するかです。一応対戦相手が強ければ強いほど勝っても負けても経験値が増える仕組みですが、それ以上に、順位が経験値に大きく影響します。そのため、安定を目指すことも加味して、なるべくライバルが弱い競技を選びましょう。

 

 

 

 さて、それでは各競技の女子における強力なライバルのランキング分けをしましょう。

 

絶対勝てない

司波深雪(アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット)

 

ほぼ勝てない

一色愛梨(ミラージ・バット、クラウド・ボール)

 

めっちゃ強い

北山雫(スピード・シューティング)

 

結構強い

北山雫(アイス・ピラーズ・ブレイク)

光井ほのか(ミラージ・バット、バトル・ボード)

四十九院沓子(バトル・ボード)

 

強い

明智英美(アイス・ピラーズ・ブレイク、スピード・シューティング)

十七夜栞(アイス・ピラーズ・ブレイク、スピード・シューティング)

 

そこそこ

里美スバル(ミラージ・バット、クラウド・ボール)

 

 こんな感じです。愛梨ちゃん、沓子ちゃん、栞ちゃんは、『魔法科高校の優等生』のキャラですね。

 

 ではこれらを踏まえて、また蘭ちゃんの得意を加味すると、どの競技に出るべきかですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……バトル・ボードと、ミラージ・バットです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかちなホモ兄貴は、「あ、おい待てい。さっき深雪と愛梨が強いって言ってたゾ」と思うかもしれません。しかしながら思い出してください。原作では、本戦メンバーの方にトラブルが発生して、深雪ちゃんは一・二年生と競う本戦にコンバートされ、そこで優勝を決めます。つまり、一年生の蘭ちゃんとは途中までは競う関係ですが、最終的にはライバルにならないんですね。愛梨ちゃんも同じで、彼女は最初から本戦メンバーです。

 

 ミラージ・バットはその性質上、移動・加速・加重系に比重が置かれた競技なのでRTA走者にとても適性があります。強力なライバル二人がいないので、これを選ばない手はないでしょう。

 

 そしてもう一つのバトル・ボードですが、こちらも当然、移動・加速系が強い競技なので、適性はばっちりです。「結構強い」二人を相手にしなきゃいけないのが辛い所さん!? ですが、愛梨ちゃんや雫ちゃんの相手をするよりは114514倍マシですからね。

 

 そういうわけで、どの競技に出るのか云々というのが本格的に始まる前に、「自分はバトル・ボードとミラージ・バットに出たい」ということを周囲に言っておきましょう。

 

 というのも、このままいくと、全体の作戦の都合で、クラウド・ボールに回されかねないからです。学年トップの深雪ちゃん・雫ちゃん・ほのかちゃんがクラウド・ボールに出ていない以上、得意魔法的にも結構適性があるクラウド・ボールには、ぜひ蘭ちゃんに出てほしい、というのが生徒会と学校の意見と言うわけです。特にミラージ・バットなんて、学年一位・二位が一つの競技で潰し合うわけですからね。全体として見たら損な話です。

 

 そこで強力になってくるのが、RTA中の戦闘にはさほど役に立たない系統を練習してまで稼いだ、学年順位です。三位・五位の雫ちゃんやほのかちゃんの意志よりも、二位である蘭ちゃんの意志を無碍にするというわけにはいきません。以前からこの二つの競技に出たいと周りにアピールしておくことで、意志の強さを見せつけることができるわけです。

 

 

 だから、実技学年二位を、取っておく必要があったんですね。

 

 

 

 そんなわけで、無事出場競技が決まりました。深雪ちゃんら主要三人は原作と変わらず、私も無事バトル・ボードとミラージ・バットに参戦が決定しました。

 

 また集まった情報によると、無事達也にぃにもエンジニアに選ばれたようです。原作からの大きな変化はなさそうですね。

 

 この九校戦期間中は放課後も部活動さながらどころか部活動以上に練習等で時間が取られます。戦闘にはあまり役に立たないのでロスと言えばロスですが、リターンの方が大きいので、真面目に参加してください。

 

 で、この練習で一つポイントがあります。練習には生徒の見物人も多く詰めかけており、またその中でもミラージ・バットとモノリス・コードは特に人気です。自分が練習している時に、この見物人の中に、ある人物がいないか、探しておきましょう。

 

 

 

 一日目、なし。二日目、なし。三日目、なし。

 

 まあね、これはあくまでもいたらラッキー程度なんで問題ないでしょう。

 

 

 

 四日目、なし。五日目、六日目……おるやん!

 

 

 

 

 

 練習が終わった後、見物人の中にいたこの世界での大親友・美月ちゃんに声を掛けます。彼女は毎日練習の応援に来てくれました。

 

 ですが今回のメインはその隣にいる、細身の男の子……そう、御覧の通り、吉田幹比古君です。

 

 神道系古式魔法師ではトップに名を連ねる名家・吉田家の生まれで、神童と呼ばれるほどの才能を持っていました。あるきっかけでスランプに陥って一年生のころには二科生ですが、二年生以降は一科生に上がるどころか、学年トップクラスの傑物になります。彼は入学編の段階だと履修登録をさっさと終わらせて途中退席したシーンしかありませんが、この九校戦編から本格的に仲間になり、そして達也兄ちゃまと深雪ちゃんに次ぐグループ内の戦力ナンバースリーにまでなる、とんでもないキャラクターとなっています。

 

 

 で、なぜ彼とここで接触するかというと……彼こそが、この来訪者編クリアRTAの、最後のキーマンだからです。

 

 古式魔法師はパラサイトといった化け物の類に関して現代魔法師よりも研究が進んでいて、達也お兄ちゃんたちでも当初手が出せなかったパラサイトに直接攻撃する手段を持っていました。本人の普通の戦闘力もさることながら、探知・戦闘・情報・知識、全てにおいて対パラサイト特効を持っているキャラなわけです。

 

 

 そういうわけで、彼の好感度も上げて、来訪者編でメイン戦力として仲間になってくれるようにしましょう。

 

 ここでポイントなのは、美月ちゃんと幹比古君が一緒に来ていることです。この段階では二人ともさほど仲良くなくて、幹比古君はむしろエリカちゃんと「キてる」雰囲気でしたが、将来的には美月ちゃんと幹比古君がカップリングされます。そのためゲームでは、ある程度二人が仲良くなりやすいように設定されてるんですね。

 

 ここが来訪者編クリアRTAにとって一番おいしいところで、パラサイトを視認できる探知最強の美月ちゃんと、あらゆる面で対パラサイト特効を持っている幹比古君が、ゲーム内では原作以上にセットキャラになっています。

 

 つまり、片方と深く仲良くなっておけば、もう片方のキーパーソンも後から付いてきて仲良くなってくれるわけです。

 

 だから、美月ちゃんの好感度を爆上げしておく必要があったんですね。

 

 

 ちなみに今回は女の子チャートでしたが、もし男の子として生まれた場合、入学編の段階で幹比古君と仲良くなっておいて、後から美月ちゃんがついてくる、という形になります。まあやっぱ導入は同性ですよね。女の子は女の子と、男の子は男の子と恋愛するべきだと思うの。

 

 とはいえここではさほど好感度を稼がなくて結構です。美月ちゃんが色々説明してくれているし周囲の評判も良いためスタート好感度は悪くありません。ファーストコンタクトであいさつを交わす程度で十分です。

 

 さーてさてさて、運良く幹比古君とのファーストコンタクトもこなせたので、後は普通に練習ですね。この期間は選手になったと報告すれば四葉家も気を利かせて任務を無しにしてくれるので、存分に練習ができます。ゲーム内お勉強と同じく、競技専用の練習をすれば、本番で多少は主人公補正が働くようになっていますから、確実に優勝を決められるよう、真面目にやりましょう。

 

 

 

 

 今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。




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10-2

 5月半ば。黒羽蘭の校内評判は未だに上り調子だ。不運なことに自分と親戚だということも知れ渡ってしまっていて、二科生だというのにクラスメイトからも彼女について話を振られるようになった。

 

(どうしたものかな……)

 

 自分のレベルからすると退屈な魔法理論の映像授業をぼんやりと聞き流しながら、司波達也は思案する。

 

 奇妙なことに、黒羽蘭はその言動が軽薄で奇妙なこと以外は、非常に優等生だ。深雪やほのかと言った癖のない優等生に比べたらまだまだだが、十分に校内で噂になっている。

 

 苦しいことに、達也にそれを咎める権利はない。黒羽家はまだ自らの存在を公表するつもりはないので目立たないことを望んではいたが、入学後についてはむしろ長女である彼女が優等生として名を馳せているのは、願ってもいないことなのだ。入試成績が高すぎると、「家の環境が良すぎる」と大きな組織との関係を疑われるが、入学後に優秀なことについては、「魔法科高校が素晴らしいから」ということにしかならないため、出自に目を向けられることはないのである。

 

 そもそも。四葉内部での事情を知っているにせよ。

 

 不登校で、ひたすら非人道的なものも含めて訓練と実験に打ち込み、心を削るような裏のミッションを強制されてきた少女が、自分の意志で魔法科高校に進学したのをきっかけに、優等生として評判になる。

 

 このことを、ここまで悪く思う理由が、客観的に見当たらないのである。

 

 だがそれでも嫌な予感がするのは、あくまでも「勘」に過ぎない。達也自身はともかく、深雪も同じ予感を抱いているらしい。優秀な魔法師の「勘」はよく当たると言うが、だとしたら世界一優秀な妹の「勘」は信用に値しよう。

 

(よし)

 

 そうと決まれば、とりあえず動くしかない。

 

 ちょうど休み時間になったので、蘭へとメールを送る。あまり用件を詳しく丁寧に説明するのも癪なので、「今日の放課後時間あるか?」で済ませておいた。

 

 

 

 

 

 

 その直後に「いつでもおうちにおいで」と返信が来たところで、達也は自分の失策を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下北沢にある、一見なんの変哲もない、周りより少し大きいだけの一軒家。そこに深雪とともに訪ねて、無駄に緊張しながらインターホンを押すと、この世の全てに恐怖するような悲鳴が地下の方から一瞬聞こえると同時に、中からバタバタと音がする。

 

「人が訪ねてくるっていうのに熱心に人体実験か……」

 

 四葉同士なので気にしないと言えば気にしないが、それでも来客を待つ側としてどうかとは思う。暇さえあれば訓練と実験にいそしんでいるのは本当であることは確からしい。

 

「はいって、どうぞ」

 

 そして十数秒して、ドアを開けて中から無表情の美少女が顔を出してきた。最近は制服しか見ていないが、私服は相変わらず、飾り気のない上下真っ黒である。亜夜子と文弥が「もう少しお洒落すればいいのに」と愚痴っていたが、それは同感だ。

 

 迎え入れられ、達也は敵地に入るような心持で入っていく。隣の深雪は、自分以上に緊張しているようだった。

 

「†くいあらためて†」

 

 確かに二人には蘭に対して悔い改めることはいくつかあるが、今この場でするつもりはない。理由は簡単、「いいよ上がって上がって」という意味だと、非常に悲しいことに知ってるからだ。

 

 洋風のダイニングに通されて、普段使った形跡のない明らかに新品の椅子をすすめられて大人しく待っていると、キッチンから蘭が戻ってきた。

 

「おまたせ、あいすてぃーしかなかったんだけど、いいかな?」

 

(落ち着け、落ち着け、落ち着け)

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 意味を知らない深雪は、優雅の仮面をかぶってお礼を言っている。だが達也は、怒りだとか疲労感だとか吐き気だとかをこらえるのに必死だった。

 

 

 さて、ここで四葉内の彼の立場を思い出してもらおう。はっきり言えば腫物で、奴隷に近い立場でもある。当然、殺しなどの面倒な雑用を任されることも多々あった。

 

 それらを粛々とこなしていた彼が、唯一、心底「押し付けられた」と苦しんだ仕事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 ホモビ鑑賞会である。

 

 

 

 

 

 

 

 勘違いしてはいけないが、四葉はそんな趣味の集団ではない。むしろ性に関しては保守的で、同性愛を許さない向きもある。

 

 ではなぜ、こんなことになったのか。

 

 その元凶は、目の前で生首饅頭のキャラクターのような間抜けな笑顔で心底嬉しそう――殴りたくなってきたがここは我慢――な、黒羽蘭だ。

 

 彼女の独特な言葉使いから、その特殊なパーソナリティを探ろうとする動きが、四葉の中で一時期あった。そしてその言葉たちが、今世紀上旬にインターネットで流行った、低品質なゲイビデオ由来のインターネットミームであることが分かったのだ。

 

 調べるとなったら細かいところまで本気で調べるのが四葉流。当然、今や入手困難のはずが未だネットの海を流れていた数々の「ほんへ」を収集することに成功した。だが、それらを見て調査するのは、当然、誰しもが嫌だ。

 

 そうして押し付けられたのが、司波達也であった。

 

 趣味でもないしネタに出来る状況でもなく、一人で、独りで、調査のため適当に流すだけでなく細かいところまで真剣に見て、しかも記録に残さなければならないので何度も見る。それを、「ほんへ」の数だけ。

 

 強い情動を司る部分を仮想魔法演算領域に置き換えてなかったら、今頃世界は怒り狂った彼によって滅んでいただろう。実際、何度この世界を破壊し尽くそうと思ったか分からなかった。

 

 そういうわけで、彼はその卓越した記憶力と知能も相まって、一流の語録知識人となってしまった。当然、蘭が今日ここで発していた数々の語録が、その中でも最メジャーなものであり、それを連打できる今の環境を蘭が楽しんでいるということも分かるのである。こっちの気も知らないで。

 

「それで、なんのおはなしですか?」

 

 アイスティーに何も入れられていないことは目ざとく確認済みだ。深雪と達也はそれを一口飲んで口を湿らせる。

 

「お前の入学してからの行動が奇妙だと思ってな。その考えを聞きに来た」

 

「んー、ぐたいてきに、なにのどこが、きみょうなんですか、あにちゃま?」

 

 隣の深雪の頭に血が上るのがわかるが、自分まで取り乱してはいよいよアウトなので、努めて冷静を維持しながら、その明らかにふざけた問い返しに答える。

 

「はっきり言って、お前の四葉内での行動は、自分勝手そのものだった。小学生の間は家族のことも無視して、指示には従わない。中学校に上がってからは多少ましになったが、四葉の意向に逆らい続けていたな?」

 

「しょうがくせいのころはべつとして、ちゅうがくせいいこうは、さほどさからったつもりはないですが」

 

「馬鹿を言うな。今この場にいることが何よりだ。第一高校に進学したんだからな」

 

「そのいっかいだけですよ、にいや」

 

 達也は言葉に詰まる。確かにその通りだ。むしろ四葉が指示した訓練や任務は、よくこなしていたほうではあるかもしれない。四葉の者たちが抱く「自分勝手」という印象は、小学生のころの印象と自分が嫌っているという色眼鏡が入りすぎている。

 

「お前がどう思ってるかはどうでもいい。それで、そんなお前が、高校に入学してからは豹変した。ずいぶんと優等生として過ごしているみたいだな? 生徒会でも話題だし、今や学校でちょっとした人気者だ」

 

「みゆきちゃんには、かないませんことよ」

 

 否定はしないらしい。自分の評価が高いことは認めている。それをはっきり自認するほどに意識しているということは――入学以来の優等生的なふるまいは、それが目的と言うことに他ならない。

 

「いったい、今更優等生に転身なんてどういうつもりなんだ? 校内で人気の地盤を固めて、何を目指している?」

 

 例えば、黒羽家の評判を高めるために、来たる生徒会選挙などで優位に立つため。あり得るだろう。会長職は次期当主の深雪が取る予定なので控えるよう四葉から厳命されるだろうが、それ以外の役員なら、むしろ推奨されるかもしれない。

 

「えー、ただの、こうこうでびゅーですよ」

 

「嘘をつけ」

 

「ほんとうです。よつばのうまれは、きゅうくつでした。せっかくすこしはなれたんだし、せいしゅんをたのしみたいんです」

 

 表情筋障害のせいで、達也ですら、その顔からどんな感情を持っているのかは読み取れない。目は口程に物を言うとことわざがあるが、その目もまた、精巧な人形に嵌められたガラス玉のように、感情を映し出さない。

 

「いままで、いろいろあって、ふとうこうでしたし。それに、わたしがみんなとなかよくなって、みゆきちゃんや、あにくんに、なにかわるいこと、あります?」

 

「……やっぱり、そうなるか」

 

 達也は演技半分、本音半分で、深いため息をつく。

 

 尋ねる前から、こうなるのは分かっていた。蘭はコミュニケーションを拒否してきてはいるが、一方でそこそこ弁は立つ。生まれつきの体質もあって、その本心は読み取れない。

 

 彼女の言っていることに矛盾はないし、彼女の行動を達也が気にする正当な理由もない。最初から、理は、全部蘭にあった。

 

(何も手掛かりはなし、か)

 

 深雪も分かっていたようで、思ったより感情的になっている気配はない。

 

「わかった、まあいい。確かに今のところ、デメリットはないもんな」

 

「ものわかりがよくてうれしいね、あにき」

 

 相変わらずこの御ふざけだけは腹立たしいが、我慢だ。

 

「急に訪問して悪かったな。お茶、ご馳走様」

 

「またいつでもきてねー」

 

 蘭は席から立たずに、見送ることもしない。なんとも無礼だが、それは今に始まったことではないのでもはや気にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………はあー」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出てしばらく、二人は蘭から見えない曲がり角を曲がると、揃って、深い深いため息を、今度は本音十割で吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒羽蘭さんは優秀ねえ、生徒会に欲しいぐらいだわ」

 

 生徒会室の昼休み。真由美、摩利、鈴音、深雪、達也の、いつものメンバーでの昼食だ。

 

 時は7月中旬。前期試験の成績が全部出揃い、入学してから、進級してからの初めての成果が各生徒に返された所だ。

 

 それと同時に、生徒会には大仕事が待っている。生徒たちの代表としての、九校戦関連の運営だ。

 

 真由美が自分の端末で眺めているのは、一年生たちの試験成績ランキングと、その詳細スコアだ。当然、生徒個人のプライバシーにかかわる書類であり、生徒どころか教員でもそうそう表立ってみられるものではないが、もはや公然の秘密として、生徒会メンバーには代々許されている。

 

「そうですね。私も負けていられません」

 

「深雪さんにライバル視されては、彼女もなかなか大変でしょうね」

 

 親戚が褒められた社交辞令を深雪が発すると、即座に鈴音が中々鋭いコメントをくれる。和やかな昼食の時間だ。

 

 しかしながら、黒羽蘭の名前が挙がってしまうと、達也と深雪は色々と思うところがあるせいで、食欲が減退してしまう。5月以来その頻度が大幅に増えているせいで、若干深雪の健康に影響を及ぼしていた。達也は鉄人なのでこの程度は関係ないというのは余談である。

 

 そんなこんなで、こうして昼食時までも、生徒会は食事をしながら九校戦に関するあれこれの仕事をすることになっている。幸い、競技やルールの変更は去年から変更はない。ある程度面子が分かっている二・三年生たち本戦メンバーに関しては特にあらかじめ準備を進めていて、内々定メンバーで大体埋まっている。

 

 一方で、新顔である一年生たち新人戦メンバーに関しては、試験の結果と言う一番わかりやすい「実力」を測る資料が出ないことにはどうしようもなかったので、こうして今になって色々考えている、というわけだ。

 

「噂によると、黒羽は、ミラージ・バットとバトル・ボードに出たがっているんだっけか? 親戚から見て適性はどうだ?」

 

「ぴったりだと思いますよ。試験の結果を見ればわかる通り、移動・加速系が大得意ですからね」

 

 何せ規格外の深雪を越えるほどだからな、とは言葉にはしない。試験結果を見た時の深雪は大層悔しそうだったからだ。今刺激することも無かろう。

 

「ふむ、なら話は決まりか?」

 

「そうはいきません。女子成績三位の北山さんは氷柱倒しと早撃ち、光井さんは波乗りとミラージです」

 

「ああ、上位四人の競技が結構固まってるのね」

 

 女子競技は五つで、一人二つまで出場可能。当然最優秀成績者である深雪含むこれら四人は、ぜひとも掛け持ちで活躍してもらいたい。そうなれば多少かぶりが出るのは仕方ないが……埋まらない競技が一つでもあるというのは、非常にもったいない。

 

 特に光井ほのかと蘭は丸被りだし、ミラージ・バットに至っては、一位・二位・四位が被っているのである。これは非常にもったいないだろう。

 

「深雪さんは適性的に考えても、絶対ミラージと氷柱倒しの両方で一位を確保してほしいから、競技は動かせないわね」

 

「北山はSSボード・バイアスロン部で特に射撃が得意だから、遠距離攻撃主体の早撃ちと氷柱倒しは確定でいいだろう。被りも少ないしな」

 

「そうなると、やはり光井さんか黒羽さんを、ミラージからクラウド・ボールに動かしたいところですね」

 

 三年女子の間で結論が固まりつつある。これらの結論は非常に妥当で、達也と深雪にも基本的に異存はない。

 

「ほのかも蘭さんも、どちらの競技にも高い適性がありますね」

 

「ほのかはSSボード・バイアスロン部のボード捌きがすでに達人級で……あー、『光に敏感』だから、ミラージの光球が現れる瞬間をとらえるのも速い」

 

 ほのかはその名字からわかる通り「光」のエレメンツの出自である。それは生徒会全員が分かっていることだが、生まれについて吹聴するのもなんなので、達也は言葉を濁して伝えた。

 

「で、黒羽さんは……移動・加速系が深雪さんを越える圧倒的一位だから、とびぬけた適性がある、と」

 

 うーん、と全員がそれぞれらしい仕草で首をひねる。どちらも動かしがたい逸材だ。優秀すぎるがゆえに小回りが利かないという、贅沢な状態になっていた。

 

「それなら……体力的に勝る蘭を、クラウド・ボールにしてはどうでしょうか。あれは移動・加速系が強い競技だし、結構ハードでもあります。ほのかより適性があると言えるでしょう」

 

 打開案を示したのは達也だった。理屈の上でも言っていることは正しいし、また深雪と達也の心情的にも、蘭よりかはほのかの希望が叶ってほしかった。

 

「達也君が言うのならそうなんでしょうね。となると、あー、『説得』ってことになるんだけど……」

 

 そう言って真由美は、誤魔化すような、困ったような笑みを浮かべた。

 

 これも毎年の伝統行事である。出場枠や実力者が決まっている以上、本人の出場希望意志と作戦の都合が、どうしても合わないことがある。これは実力が足りないから競争に負けて、という話ならばなんら問題ないが、本人の実力が十分あって、完全にこちらの都合で希望をかなえられない、ということも毎年起こっている。

 

 そこで行われるのが、通称「説得」である。だが実際のところは、校内の有力者である生徒会役員が出向き、当該人物の友人などの外堀を固めたうえで、半ば強制的に折れさせる、という形になっている。ちなみに第一高校はまだ穏やかな方で、九校の中でも特に実戦的・軍事的側面が強い体育会系の第三高校は、もっとキツい「説得」があるとかないとか言われている。

 

「あいつはああ見えてかなり強情ですからね、骨が折れますよ」

 

 なんせ家の反対を押し切って第一高校に通ってるんだからな、というのも当然言葉には出さない。ただ、その言葉に込められた疲労感だとか哀愁だとかを敏感に察知した先輩たちは、「本当に骨が折れそうだ」と覚悟した。

 

「そう…………そうなると、私が出向くしかないかしら」

 

 入試成績はパッとしなかったこともあって、全く目をつけていなかった。そのせいで、生徒会室に集まるメンバーの「先輩方」に、蘭とかかわりがある者は一人もいない。部活動に所属していないから同じ部活の先輩もいない、生徒会には当然参加しておらず、風紀委員もいない。そうなると、親戚であり片方は同じクラスでもある司波兄妹をとっかかりとして、一番の「強者」である真由美が出陣するのが一番効率的だ。

 

((………………))

 

 仕方ないこととはいえ、達也と深雪は内心頭を抱えた。

 

 実はと言うと、こんな提案、達也はしたくなかった。絶対面倒なことになるからだ。だが責任感が強い達也には、腹芸が得意とは言えど、自分が面倒だからと言う理由で適当なことを言うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、さっそく行きましょっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 席を立つ真由美を含め、ここにいる「先輩方」は、「いうてまあ説得は上手くいくだろう」という、軽い気持であったのは、達也と深雪にとって不幸であった。




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10-3

「え? いやですよ」

 

「そうなるわよね。でも、少し話を……って達也君と深雪さんはなんでもう帰ろうとしているの!?」

 

「いやー残念でしたが仕方ありませんね。ご本人の意思ですし」

 

「すまなかったな蘭。ミラージ・バットとバトル・ボード、頑張ってくれ」

 

「ちょっとー!!!」

 

 昼休み。美月たちと食堂で昼食を取っていた蘭へと声をかけて空き教室へと呼び出した、達也と深雪を連れた真由美は、蘭に競技の変更をお願いした。そして真正面から断られた。

 

 

 ここまでは予想通り、そしてここからが生徒会長の腕の見せ所である。

 

 

 心の中でそう腕まくりした直後に……とっかかり兼交渉サポーターとして頼りにしていた二人が、即座に諦めてこの場を去ろうとしていた。

 

 真由美が必死こいて止めると、二人は心底面倒くさそうな――なんだか本性が垣間見えた気分である――表情で素直に戻ってくる。この二人は生徒会室で蘭の話が挙がると、少しだけ苦い顔をしていた。前々から思っていたが、親戚関係がうまくいっていないのだろうか。

 

「こんなすぐ諦めてどうするの!?」

 

「そうは言われましても……」

 

 蘭を一旦放置して小声で二人を詰る。だが達也も深雪も、嫌そうな顔は変わらなかった。

 

 こうなったら二人は頼りにならない。真由美はプンスカ怒りながらも、振り返って蘭の方を見るころには、頼りになる生徒会長の顔に戻っていた。

 

「ごめんなさい。でも、少し話を聞いてくれないかしら」

 

「まあ、きくだけならいいですよ。びじんさんと、ただでおはなしできるなら、おとくですし」

 

「あら嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 ほら見ろ。こんなすぐ諦めなくても、全然交渉の余地はありそうではないか。内心で、最近先輩としてプライドを傷つけられつつある優秀すぎる後輩二人にほくそ笑む。まだまだ甘いのだ、一年坊(わかぞう)は。

 

「まず状況を説明するわね。ミラージ・バットには現在、深雪さんと光井ほのかさんと貴方、それに里美スバルさんが立候補していて、この四人から選ぼうと思っているの」

 

「だとうですなあ」

 

 里美スバルは運動神経に優れた長身の中性的な少女だ。その女子としては恵まれた体格とそれ以上の運動神経と魔法力、そして生まれ持っての性質は、ミラージ・バットにおいて力を発揮するだろう。学年女子一位・二位・四位と並んでもなお候補として名前が残り続ける確かな実力がある。

 

「氷柱倒しは深雪さんと北山さんと明智さん。遠距離攻撃と破壊力に優れた三人よ。ここは確定でいいと思うわ」

 

「どうかんですなあ。はかいしんも、ひとりいますし」

 

「さて、破壊神って雫と明智さんどちらのことなのでしょう」

 

「言いたくはないが多分深雪だぞ」

 

 蚊帳の外になりつつある兄妹が後ろで雑談しているが無視だ。

 

「早撃ちは北山さんと明智さん、それとあと一人はまだ本決まりじゃないけど、操弾射撃部の新入生が今年はすごく優秀だから、そこから選ぶことになると思うわ」

 

「しゃげきまほうしがえらばれるのも、めずらしいですねえ」

 

「詳しいわね……」

 

「お兄様、今のはどういう?」

 

「スピード・シューティングは一見クレー射撃みたいな的当てゲームだが、実際は魔法で破壊すればいいから、移動物に照準を合わせなければいけない射撃系魔法よりも、直接干渉して破壊する魔法の方がメジャーなんだ。ちょっとした皮肉だな」

 

 ちなみにその競技で、射撃魔法師にも関わらず一年生のころから優勝を重ねているのが、ここにいる真由美である。今年も優勝するだろう。

 

「それで波乗りは、貴方と光井さん、残りはまだ決まっていないわね。どちらも適性があるし、この二人は確定よ。だからこっちについては安心して」

 

「でしょうなあ」

 

 それにしても、ものすごい自信である。自分が候補筆頭として名前が挙がっても、それを当然と見なしていた。そして、そう見なしても文句が一切ないほどの実力と実績がある。

 

「あとはクラウド・ボールなんだけど……これは里美さんは確定しているんだけど、残りがイマイチなのよ」

 

「ほうほう」

 

「それでね、トップクラスの実力者が集まってしまってるミラージ・バットから、一人クラウド・ボールに移るのが、戦力分配的に一番効率がいいの。それはわかるわね?」

 

「ですな」

 

「それでね、里美さんはもう参加していて動けないから……光井さんか黒羽さんの、どちらかに、動いてほしいのよ。生徒会で相談したところ、貴方は移動・加速系がとても優れているし、運動神経も高いから、クラウド・ボールに適性があると判断しました。改めてお願いします、クラウド・ボールに出て頂けませんか?」

 

「すじのとおったはなしですなあ」

 

「じゃ、じゃあ!?」

 

 真由美は喜びすぎて身を乗り出す。その顔には、嬉しそうな笑みが爛々と輝いていた。

 

 

 

 

 

「だがことわる!」

 

 

 

 

 

 

 そしてその直後に、思い切りずっこけた。

 

 背後で深雪が吹き出し、ツボにハマってプルプル震えながら笑いをこらえている気配が伝わってくる。

 

「…………理由を聞いても?」

 

 だがここで真由美も引きさがるわけにはいかない。交渉は、こちらが一方的に理由を説明するのではなく、相手が持つ理由を切り崩していくことも大事だ。

 

「ひとつ、みらーじ・ばっとは、おんなのこのあこがれです。ずっとでたかったんですよ」

 

(どの口が言うんだ)

 

 背後の達也が、平然と嘘を吐く蘭を内心で詰るが、そんなことは真由美にはわからない。ミラージ・バットが非常に華やかで女子競技の花形であるため、むしろこんな奴でも年頃の女の子であると認めている真由美は、それに納得せざるを得ない。なんなら真由美だって出たいのだ。

 

「もうひとつ、すでに、みづきちゃんと、やくそくしているので」

 

 真由美はそれを聞いてピンとこなかったが、達也と深雪はすぐに気付いた。

 

「柴田美月と言う自分のクラスメイトがいます。美術部で、蘭と仲が良いんです」

 

「美術部……ああ、そういうことね」

 

 達也の補足を聞いて、真由美はついに納得した。

 

 美術部の女子と仲良くて、その子とミラージ・バットについて約束しているというなら、合点が行く。

 

「まー、そんなわけで、まげるわけにはいかないんで、ほのかちゃんにたのんでください」

 

 蘭が並べたもので、真由美に通じる理由は十分すぎる。ここの切り崩しも、今は難しいだろう。

 

 代わりにほのかに交渉しろ、という追い打ちも痛い。そもそも、蘭とほのかなら蘭の方が成績が良いのだ。それならば本人の意思が固い以上、ほのかに交渉するのが筋である。

 

「そう……わかった。お時間とってごめんなさい。その、まだ本決まりにはならないから……気が変わったら、いつでもお願いします」

 

「はーい。かわいいおんなのこと、おはなしできて、たのしかったですよ」

 

 交渉は決裂した。

 

 真由美はそれでも穏やかな笑みを浮かべて、蘭を見送る。そして蘭が教室を出ると同時に、しれっと私たちは真面目に交渉に参加しましたみたいな神妙なツラして立っている二人を睨んだ。

 

「次の交渉、行くわよ」

 

「ほのかのところですか?」

 

 深雪が問いかける。この流れならば、それは当然だろう。

 

 だが、真由美は首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなったらこっちにだって意地があるわ! その柴田美月さんに交渉よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャンブルで身を崩すタイプだな、と、生徒会長に対して後輩二人は冷ややかな目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、真由美の方針は、客観的に見てもさほど無茶ではない。

 

 特に仲が良い、いわば親友との約束。美しい理由だ。だがそこを切り崩して、さらにその親友からも説得に回ってもらえれば、俄然真由美たちに有利になる。

 

 そして美月は達也のクラスメイトで、なんならそれなりに一緒に過ごすお友達グループだ。当然、深雪とも交流があろう。交渉のとっかかりとして、二人を使いまわせる。

 

 さらにさらに、達也によると、美月は多少図太いところはあれど基本的に大人しくて控えめな優等生だ。真由美の美貌と権力と実績を引っ提げて、下手に出てお願いすれば、折れてくれる可能性は十分にある。

 

 そういうわけで放課後――真由美は昼休みに直接行くつもり満々だったが残り時間が厳しかった――に、達也は美月を用があるからと呼び止めて、校内のカフェに呼び出した。これで高校生ならクラス内で告白だなんだと噂になりそうなものだが、あいにくながら、入学三か月で達也に「そういうもの」がないというのを、クラスメイトはすっかり分かり切っていた。

 

「え、ええええええ!?」

 

 そうして校内のカフェに呼び出された美月が見たのは、案内された席にすでに座っていた、深雪と真由美であった。

 

 静かなカフェの中で思わず素っ頓狂な声を上げる美月。当然目立った。だが彼女が声を上げたこと自体は目立つ理由ではなかった。周囲は彼女の大声ではなく、真由美がそこにいるということそのものに「まあ驚くよなあ」という同情を示し、それゆえに目立っていたのである。

 

「そ、その、か、会長さん?」

 

「はい。改めて初めまして、生徒会長の七草真由美です」

 

 その腹の底に飼っている小悪魔を表に出すことなく、可憐かつ優雅に挨拶をする。なんら権力者・実力者の風格を前面に出すことないおしとやかな態度だが、逆にそれが彼女の風格を引き立てていた。当然、計算ずくである。

 

 達也たちはそれとなく誘導して、事前に打ち合わせしておいた席に美月を座らせた。壁際に美月と真由美が正面で座る形になり、真由美側の隣に深雪が、美月側の隣に達也が座るセッティングだ。メイン交渉役の真由美、美月から恐れられてるフシがあるため視界に入る位置にいれておくことでイニシアチブを狙える深雪がその隣。美月の隣の達也は、資料等を即座に見せられるサポートとしての位置だ。ちなみに、達也に塞がれる形になっているため、美月が退席(とうそう)しにくいセッティングでもある。

 

「は、はじめまして……一年E組の柴田です……」

 

「今日はいきなり呼び出しちゃってごめんなさい、ここは私が奢るわ」

 

「い、いえ、そんな……」

 

「せっかくだから奢ってもらえ、美月。確か期間限定のなんか果物のクリームが一杯乗ったドリンクを気にしていただろ?」

 

 達也の気安げなサポートにより、美月は幾分か緊張と遠慮が和らいだ様子で、それを頼んだ。今メニューにあるドリンクの中で断トツお値段が張るメニューではあるが、これぐらい真由美の財布には痛くない。それはそれとして達也にはムカつくが。

 

「そ、それで、何の御用でしょうか?」

 

 全員分それぞれのドリンクが届き、それぞれが一口飲んだところで、美月が焦ったように用件を切り出す。控え目な性根だというのは本当のようだ。

 

「まず、全国魔法科高校親善魔法競技大会……いわゆる九校戦が、近々行われるのはご存知ですか?」

 

「それは、はい、存じています」

 

「親善競技大会とは言っても、各校、優勝を目指して、本気で準備に取り掛かっています。わが校もここずっと連続優勝しているので、今年も本気で狙いに行きます」

 

「はあ……」

 

 美月には未だに話が見えてこない。二科生だし魔法力も低い自分には、縁のない話だ。

 

「そこで、代表選手の選定にも細心の注意を払っているのです。幸い今年の一年生は特に女子が優秀で、人が足りないということはほぼありません」

 

「深雪さんと蘭さん、雫さんとほのかさんで、十五ある枠の半分が埋まってますからね……」

 

 さすが二科生ながら筆記試験の成績優秀者だ。こういうところの計算も速い。今年の一年生は本当に頼りになると内心で嬉しそうな笑みを浮かべながら、表では頼りになる生徒会長の穏やかな笑みを浮かべつつ、言葉を繰り出す。

 

「ですが、優秀すぎるというのもこれはこれで融通が利かないもので、編成上の不都合が発生してしまいました。こちらを見てもらえるかしら?」

 

 真由美の言葉に達也が阿吽の呼吸で資料を渡す。これは昼休みから突貫で鈴音に作らせた、一年生女子の候補と競技分配の表だ。

 

「御覧の通り、ミラージ・バットには実力も適性も飛びぬけた希望者が揃う一方で、クラウド・ボールは少し候補者が足りていない状態です」

 

「確かにそうですね」

 

 里美スバルの名前は知らないだろうが、深雪と蘭とほのかはお友達グループだから、その実力と適性をよく知っているだろう。控え目だが、自信なさげな様子ではなくスムーズに頷いた。

 

「それで、生徒会で相談した結果、黒羽蘭さんに、ミラージ・バットから、クラウド・ボールへ移ってもらえるよう、昼休みにお願いしました」

 

「あれってそういうことだったんですか!?」

 

 あの昼食の席には美月もいた。蘭が戻ってからどんな用件だったか尋ねたところ、「いけめんにいちゃんと、びじんのおねーちゃんふたりと、おはなし、たのしんできた」と答えられ、反応に困ったのを覚えている。まるで夜の街で遊んできたかのような言い方だった。見た目は精巧な人形のようなのに、発言は主に性的な面でお下品なのが玉に瑕である。

 

「はい。それで、やはり参加の意志が固くて断られてしまったのですが……その理由の一つに、貴方の名前が挙がったんです」

 

「え、そんなそこまで……」

 

 続く真由美の言葉への反応は、真由美たち三人からすれば、だいぶ予想外だった。

 

 想定では、話のつながりが見えてきて、自分に交渉を向けてきていると察した彼女がさらに慌てると見ていた。

 

 ところが今の彼女は、驚き半分嬉しさ半分の表情で、ほんの少し顔を赤らめて、少し裏返った声で小さく呟いただけだった。

 

 なんだかアヤしい関係の雰囲気が漂うが、そこは今は関係ないことにする。大事なのは、交渉だ。

 

「柴田さんは、美術部だと伺っています。ミラージ・バットは、その競技の性質上、衣装にさほど制限がないので、毎年それぞれ趣向を凝らした格好で参加しますよね? 柴田さんは、黒羽さんと、衣装づくりの約束をしていたんじゃないかしら?」

 

「はい、そうです」

 

 ビンゴだ。

 

 真由美はほくそ笑む。

 

 ミラージ・バットにあこがれていた表情筋と声帯に障害がある可愛い女の子が、親友に衣装を頼んで参加を決意する。こんな立場でなかったら、全力で応援するような関係だ。

 

「それで……しかし、先ほどの話もあって……」

 

「そ、そうなりますよねえ……」

 

 ようやく察した美月が、困った様子になった。少し回り道があったが、ようやく想定の状態へとたどり着いた。

 

「その衣装の進捗はどうですか? もう制作に取り掛かっているようだと、こちらも無理は言わないつもりですが……」

 

「えっと、まだデザインだけです。昨日あたりに蘭さんとすり合わせが終わって、これから材料を揃えようと……」

 

(ギリギリでしたね)

 

(ああ、動くのがタッチの差で間に合った)

 

 真由美の言う通り、すでに材料を買ってしまっていたら、こちらはもう何も言えなくなっていただろう。これで当落線上ギリギリの選手候補ならば「気が早すぎる」で一蹴できるが、実技学年二位かつ競技に関わり深い移動・加速系に関しては深雪を越えて一位の実力者であるため、代表になるのを信じて疑わないのは当然である。現に、まだ本決定ではないのに、深雪が今の二つの競技の代表になることを、達也は一片たりとも疑ってなかった。

 

「そう、ならよかったです。では、お願いがあります。こうした事情もあるので、貴方からも、黒羽蘭さんに、クラウド・ボールに移るように、お願いしてほしいんです」

 

 さあ、どうなる。

 

 ここが真由美たちにとっての正念場だ。達也の見立てでは、混乱して後日改めてお返事をするという形で保留すると考えている。その見立ては、深雪も同意だ。

 

「えっと、その……」

 

 美月はあちこちに目線を逸らしながら、迷っている様子だった。じっと見つめてくる真由美から目をそらして達也と深雪に助けを求めるが、二人も同じく口を開かず彼女を見つめるだけ。

 

 あわあわ、どうしよう……という心の声が聞こえてくるかのようだ。目元には涙が浮かび始めている。

 

(悪いことをしましたね……)

 

 当然、それを見ている深雪は、罪悪感が湧いてきた。彼女がこういう性格だと知って、そこを突く形の交渉だからだ。

 

 そうしてしばらく、気まずい沈黙が続いた。

 

 美月は視線をあちこちに巡らせて、それが五周ほどほどしたところで――俯いてしまって、腿の上に置いていた拳をギュッと力強く握り、同じぐらい眼も強く閉じた。

 

 真由美が、達也が、深雪が、そして話に聞き入ってしまっていた周囲ですらも、彼女を見つめる中――数回深呼吸をすると、意を決したように、顔を上げる。

 

 分厚い眼鏡の向こうには、強い意志が宿る目があって、真正面の真由美を正面から見つめる。

 

 それを見た真由美は、思わず、笑みをこぼしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんが、それは出来ません」

 

 

 

 

 

 

 

 美月は震えた声で、それでもはっきり、そう言った。

 

「確かに、事情は分かります。でも、蘭さんは大切なお友達なんです。前々からずっと、ミラージ・バットに出たいと言っていました。きっと、本当に、心の底からの夢だったと思うんです。それを、諦めてとは私には言えません」

 

 美月はそう言い切るとスクッと立ち上がり、「ごめんなさい、それと、ドリンクごちそうさまでした」と言って、達也に目線で道を開けるよう促し、カフェを後にする。

 

「…………それで、どうするんですか?」

 

 しばしの沈黙。

 

 深雪がそれに困っていたのを見かねた達也が助け舟を出すように、真由美に問いかけた。

 

「んー、まあしょうがないわね。あそこまで言われちゃ、私たちには何も言う権利はないわ」

 

 あーあ、どうしよっかなー。

 

 そう続けながら、思い切り背もたれに身体を預けて、気の抜けた格好で天を仰ぐ。深いため息までセットになっている。だがしかし、その顔は、不思議と晴れやかだった。

 

「ほーんと残念。参ったわねえ」

 

 そんなだらしない姿勢のまま、自分が注文しただいぶ冷めた紅茶を一気に飲み干す。その動作は決して品が良いとは言えないはずだが、不思議と、どこか貫禄があった。

 

 

 

 

 

 

「まあでも、あんなふうに思い合えるお友達が出来たってことだから、生徒会長としては、ちょっと嬉しいわね」

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた達也と深雪、そして周囲は、真由美のことを改めて尊敬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが練習場?」

 

「うん、ここで蘭さんたちが練習してるの」

 

 吉田幹比古が、最近話すようになったクラスメイトである美月に連れられて来たのは、校内に設けられたミラージ・バットの練習場だ。夏も盛りなので日の入りは遅く、そんななかでも光球ホログラムが見えやすいように、空に巨大天幕を張るなどの工夫が凝らされている。言ってしまえばたかだか親善競技会なのに、ずいぶん金と手間がかかっていることだ。

 

 ミラージ・バットの新人戦代表については、校内でも噂されている。実力も見た目も、ともに過去最高の学年だと、あの渡辺摩利を三年生に擁する第一高校全体ですら言われているのだ。無根拠ではなく、実際に素晴らしいのだろう。

 

 参加メンバーも知っている。

 

 司波深雪。最近話すようになったきな臭い雰囲気を放つクラスメイト・司波達也の妹で、新入生代表で生徒会役員。その実力は当時のあの克人にも並ぶほどとされている。多くを語る必要がない実力者だ。

 

 光井ほのか。達也たちのお友達グループの一人。どんな魔法が得意とかはよく分からないが、成績は学年トップクラスらしいので、きっと素晴らしい魔法師なのだろう。何やら競技ごとの戦力バランス云々でクラウド・ボールに変更になりかけたらしいが、達也が本人がメンタル面で弱いことを考慮して、バランスが悪いのを承知でこのままにした、みたいな話を聞いたことがある。

 

 そして黒羽蘭。入試ではパッとしなかったが、最初の試験では学年二位。入学してからの成長著しいと評判らしいが、幹比古の見立てでは、入試では緊張かなんかで本調子でなかったに過ぎないと推察している。そんな都合よく魔法力が向上したら、今の幹比古はここまで苦労していない。主に美月を呼ぶためにしばしば二科生の教室にも顔を出す――しかも「おいっすー」とか「やっほー」とか見た目と表情に似合わない軽さでE組のちょっとした名物になりつつある――ので、幾度か幹比古も見たことある。

 

 当然、三人だけでこの大規模な会場を使うのにはもったいないので、上級生たち本戦組も同時に練習している。これは後輩の指導も兼ねているのだろう。

 

 二人がついたころには、ちょうど一区切りついたところらしく、感想戦をやっている。

 

「うわあ、深雪さんと蘭さん、先輩たちに負けてないよ」

 

 校内の士気を高めるために練習は大々的に行われて、しかも野次馬も楽しめるようにスコアなどが大きく表示されている。表示されたスコアを見ると、一位はやはり渡辺摩利だが、なんと僅差で深雪と蘭がそれぞれ二位・三位になっている。そうなると四位・五位の上級生と、だいぶ離されて六位のほのかは、立つ瀬がないだろう。現に、微妙に落ち込んでるほのかを、担当エンジニアらしい達也が慰めている。

 

「すごいな……」

 

 美月がそんな感想戦を眺めている横で、幹比古はスクリーンに映し出されたリプレイ映像を見ていた。六人の少女が広い空間を跳び回り、踊るようにホログラムの球をステッキで打ち抜いていく。全員がハイレベルなため、それだけでもかなり派手な映像だが、幹比古はもっと深いところまで一瞬で観察した。

 

 深雪が狙いを定める、小さい上に高い所に出現した玉。深雪がそれを打ち抜く直前、摩利が横から絶好のタイミングでかっさらい、さらにあえて落下加速をして深雪の落下軌道に横入りして邪魔をする。かと思えば、ギリギリまで邪魔になる位置に居座った直後に空中で方向を変えて急加速して、二人が争っている隙にと空いた高ポイント球を狙った蘭に対しても邪魔を入れた。

 

 練習と言う割には、摩利の顔は必死だ。大先輩として後輩に「こういうこともあるぞ」と体験させている感じでもなく、今ここで勝つために、「駆け引きをさせられてる」ように見えた。

 

 摩利の実力なら、本来の一年生相手ならば、自分のやりたいことをやりきれば圧勝のはずだ。だが、あの二人相手にするとなると、彼女ですら、「駆け引きをせざるを得ない」というわけだ。

 

 彼は気づかない。自分のその目線が、競技慣れしている一科生や上級生ですら、すぐには見当がつかないレベルであることを。魔法は未だスランプだが、その感性と知性は、「神童」と称された少年にふさわしいものだった。

 

「うぃーっすみづきちゃん、きょうもきてくれたんだ」

 

 そうしてリプレイに見入っていた幹比古は、突然聞こえてきた機械音声によって現実に引き戻された。見るとそこには、身体のラインがぴっちり浮き出る練習着を着て、先ほどまでこの炎天下で運動していたの言うのに汗一つかいていない精巧な人形のような無表情の美少女が立っていた。

 

 黒羽蘭。美月の親友ともいえる同級生で、あの摩利に本気を出させる実力者だ。全体的にほっそりとしていてその顔は深雪にも劣らない美少女だが、身体のラインがはっきり出る練習着だというのに、いまいち色気はない。スタイルは悪くないのだが、全体的に起伏が極端に少なく、また身長が小柄な美月よりも小さい。痩せ気味の小さな女の子みたいだ。

 

 だがその存在感はすさまじい。基本的に堂々としているからか見た目以上に大きく見えるし、顔立ちは怜悧さを感じさせる。そのくせ口から出るのは、声も内容も変なもの。自然と気を惹かれよう。

 

「となりのぼーいは?」

 

「あ、クラスメイトなんです」

 

「吉田幹比古だよ、よろしく」

 

「おーよろしく、よしだくん」

 

 名字で呼ばれるのは気に入らないから下の名前でよろしく、なんて初対面の美少女に言えるほどこなれていない幹比古は、そう言おうとして口ごもる。明らかに挙動不審だが、蘭はそれを特に気にしなかった。

 

「すごかったですね! 渡辺先輩や深雪さんと競ってましたよ!」

 

「もーすこしでかてそうなんだけどなー。いまのところ、ぜんぶ、さんいです。まあ、ほんばんは、いちい、とりますよ」

 

 これはビッグマウスではないのだろう。あの深雪に勝つと言うのだから、この世の魔法師ほぼ全員にとってビッグマウスになるはずだが、彼女の戦いぶりを見ると、あり得そうに感じる。

 

「ほう、言ってくれるじゃないか」

 

 そこに登場したのが、ほのかを慰め終えた、深雪を連れた達也だ。彼にしては珍しく、表情はライバル心と、そして自信に満ちている。幹比古は、達也がここまで感情をあらわにしているのを見るのは初めてだった。といっても、これはあくまで達也基準であって、今もなお周りと比べたら表情は薄いのだが。

 

「今のところ全敗だったな? 深雪はここからさらに成長する。こう言っては何だが、二位狙いを今から覚悟しておけ」

 

「ほー、いうじゃんか、にいちゃん。じゃあ、わたしがゆうしょうしたら、なにしてくれる?」

 

「何でもしてやるさ。どうせ無理だろうがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? いま、なんでもするって、いったよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、達也? 大丈夫かい?」

 

「…………安心しろ。こっちには秘策もあるしな」

 

「達也さんは蘭さんのエンジニアはやらないんですか? 同じ競技なら大体担当するものですけど」

 

「蘭についてはすでに完成されてるから、俺があれこれ弄りまわしてもしょうがないからな。一応担当だが、本当に微調整程度だよ。……当然、今の賭けがあるからといって、手を抜いたり贔屓したりするつもりはない」

 

 傍で聞いていた幹比古と美月は、達也の安請け合いとそれを聞いた蘭の妙な威圧感から、心配になってしまう。達也も若干後悔した雰囲気はあるが、隣の深雪の表情を見るに、自信はあるらしい。

 

「それよりも、蘭。当然、こっちがお前に本番で勝ったら、なんかしてくれるんだろうな?」

 

 そして獰猛な笑み――幹比古と美月が鳥肌が立つほどの迫力だ――を浮かべて、蘭に迫る。

 

 これはチャンスだ。絶対負けない賭けなのだから、たとえ貰えるのが駄菓子だろうと、やり得である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっちなことするつもりなんでしょ! えろどうじんみたいに! えろどうじんみたいに!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………お兄様?」

 

「待て、深雪、誤解だ。見ての通り、あいつがいつも通り変なことを言い出しただけで……ああ、周りに人がたくさんいる……これは終わったな」

 

 前門の深雪、後門の周囲。

 

 蘭の叫びによって生まれた地獄のような誤解を解けたのは、もう九校戦が始まる直前の事であった。




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11ー2

(サブタイや話の順番でガバってるわけでは)ないです
今回は動画シーンが解決編みたいな感じです


 深雪曰く、車が爆発炎上して突っ込んできたあのとき、黒羽蘭は爆睡決め込んで何もしなかったらしい。終わった後に「何があったの?」という具合だったそうである。

 

 九校戦会場についた夜、達也は作業車で機械のメンテナンスをしながら、ため息をついていた。

 

 蘭は四葉で鍛え上げられた、生粋の闇の住人と言っても過言ではない。人を殺すような任務を単身含めクリアした数も多い。当然、ああいった危機的場面では、他生徒よりも素早く反応してもおかしくないはずだ。

 

 だというのに、全部終わってから騒ぎに気付いてのそのそアイマスクを外して起きたという。

 

 これが一般人なら神経が図太すぎるで済むが、黒羽家の長女としては、正直見過ごせなかった。

 

 危機感が大きく欠如している。そう責められても仕方ない。

 

 家から離れた高校生生活をエンジョイしすぎて、気が緩んでいるのではなかろうか。

 

 達也はイマイチ集中できない機械いじり――それでも凡人のレベルははるかに超えている――をしながら、思わず心配してしまって、またすぐに首を横に振った。

 

 四葉の監視から情報は届いている。蘭は、この九校戦期間中も、家に帰ってきてからは地下で盛んに実験をしたり、近所の野山で魔法訓練しているらしい。相変わらずなことを考えると、気が緩んでいるというよりかは――彼女にとって、対処する危機ではなかった、ということかもしれない。それは確かに、隣に深雪がいるからなんでもしてくれると安心するのは仕方ないだろう。

 

 そんなことを考えていたせいで――ほんの少し、気づくのが遅れた。

 

(やれやれ、次から次へと)

 

 放っておけない達也は、気持ちを臨戦態勢へと移しながら、機械いじりを中断して立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、もうぜんぶおわってた?」

 

「!?」

 

 達也の協力もあって賊を捕らえた幹比古の背後から、この場にそぐわない合成機械ボイスめいた声が聞こえ、思わず振り返って臨戦態勢を取った。

 

「こんばんはー」

 

 そこに立っていたのは、黒羽蘭だ。初めて見る私服姿だが、上下真っ黒の簡素な姿であり、美人だというのに全く色気を感じない。

 

「ほほー、あにくんもいるのね。くびつっこむねえ」

 

「お前に言われたくはない」

 

 幹比古が未だ驚きによる動悸が収まらないまま臨戦態勢を解く頃には、もうまるで夜の散歩中に遭遇したぐらいの気安さで蘭と達也は雑談を交わしている。だが二人の目線の先には、武器を持った犯罪者グループが倒れており、実にアンマッチだった。

 

「これ、やったのはあにちゃまじゃないね?」

 

「ああ、幹比古だ」

 

「なるほどー、よしだくんか。ようやっとる」

 

 気絶している賊を指でツンツン突いていじりながら感心していた蘭は、また幹比古の方を見て問いかけてきた。

 

「とおくから、かんじたけはいから、でんげきまほうだと、おもったのですが」

 

「……ああ、その通りだよ」

 

「ぴったり、きぜつにおさえるなんて、そうそうできないですよ」

 

「お前なら流血させてるだろうからな」

 

 そういえば聞いたことがある。4月にテロリストが学校に侵入してきたとき、目の前にいる少女は校内での戦闘に参加していたらしい。移動・加速系魔法が主体だから、戦った相手は重傷者が多かったそうだ。こう見えて、かなり残虐ファイターなのかもしれない。

 

 それよりも気になったのが、蘭が感心していることだ。

 

 未だスランプから抜け出せず、この前の定期試験も小学生のころに劣るレベルの結果だった。その実技試験で学年二位を取ったという蘭が、幹比古の電撃魔法の腕を褒めている。しかも、「二科生にしては」という感じではない。

 

 さきほど達也から言われたあれこれが、また頭に蘇ってくる。だがそれらを合わせてもなお、彼が気持ちをポジティブに持っていくには、スランプによってはまった心の沼が深かった。

 

 

 

 

 

「――雑談はそこまでにしてくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 そんなところに、またいつの間にか接近していた何者かの声が響く。幹比古はまた臨戦態勢を取って、そちらを睨んだ。

 

 顔立ち、立ち居振る舞い、体格、態度。どこをとっても、明らかに「カタギ」ではない。軍人や工作員、暗殺者……どちらにせよ、鉄火場で生きる人間だ。

 

 まずい。幹比古は焦る。目の前の人間から、生き残るビジョンが見えなかった。

 

「……ああ、風間さんでしたか」

 

「ああ、久しぶりだな、達也」

 

 だが、その緊張感はすぐに霧散した。その風間と呼ばれた男は、達也に親し気に話しかけたのである。

 

「このおっちゃんはだあれ?」

 

「風間さんだ。国防軍の方で、ちょっとした知り合いなんだよ」

 

「二人にはお初にお目にかかる。風間だ。こう見えても、紹介にあった通り、国防軍のはしくれだよ」

 

 このホテルも敷地も、国防軍の管轄である。怪しげな気配を感じ取って、様子を見に来たということだろう。

 

 それならば安心だ。幹比古は肩の力を抜き、溜め込んでいた息を吐く。なんだか、色々ありすぎて疲れた。

 

 結局、そのあとは全部風間に任せて、ペラペラペラペラ喋る蘭と雑談しながら、三人でホテルに帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒羽亜夜子です。以後お見知りおきを」

 

「黒羽文弥です。いつもお姉さまがお世話になってます」

 

 わ、かわいい!

 

 会ってすぐに、美月は二人に目を奪われた。

 

 すっかり親友となった蘭の妹と弟も一緒に観戦するということで、初対面となった。

 

 亜夜子と文弥、二人とも蘭に似てはいるが美人と言うよりもかわいい系で、姉よりも明るい印象がある。それでいて上品だ。言葉遣いと表情だけで、こうも印象が変わるらしい。

 

 二人が積極的に色々話しかけてくれることもあって、人と仲良くなるのに時間がかかるタイプの美月と幹比古でも、すぐに雑談が交わせる間柄になった。共通の知り合いである達也が仲介してくれたのも大きい。

 

 そんな今日は、待ちに待った、蘭の初陣だ。新人戦バトル・ボードの予選が行われる日である。

 

 何かとトラブル続きで、しかもそのトラブルに人為的な悪意が見える。美月と幹比古もそれぞれその体質と生まれから、達也に協力することになった。事故に見せかけた事件が起きた直後、お友達グループの精神的支柱になりつつある達也がすぐに応急処置に向かった中で、美月の様子から不審なものを見たと感じ取った蘭が、即座に話を聞いてくれたことで、落ち着いたのは幸いだ。

 

「それで、今日は実況解説がいないみたいだけど」

 

 幹比古は苦笑いする。

 

 この日はバトル・ボードの予選のほか、スピード・シューティングの予選・決勝が行われる日だ。選手とエンジニアである達也と蘭とほのかと雫は、一日中観客席から不在となるだろう。これまでは達也と蘭がわかりやすく解説してくれたが、今日は深雪が解説役になりそうだ。

 

「お兄様ほどうまくできませんが、それでよろしければ」

 

「一応、僕も少し知っているので、サポートいたしますね」

 

 次いで名乗りを上げたのは文弥だ。品のある立ち居振る舞いだが、スポーツが好きなところは年相応の少年らしい。

 

 ほのかのレースは午後で、蘭は午前。雫は一日中出ずっぱりとなる。だが、ほのかも蘭も、他選手のレースを傍で見ることになっているので、今日はこの二人にお任せする形になるだろう。

 

 さて、まずは第一レース。いきなり蘭の登場だ。

 

「対戦相手は……海の七高がいますね」

 

「あっちも三人参加ですからね」

 

 スタート地点に横並びになる。代表選手なだけあって全員優秀な魔法師であり、見目麗しい少女がボディスーツ姿で並んでいるのは、それだけで様になった。その中でも特に目を惹く美貌なのはやはり蘭だが、ちんちくりん――それこそ女の子のような少年・文弥のようだ――なので、スポーツ少女として整った肉体をしている周りの三人よりも見劣りしてしまっていた。

 

 そうして誰もが見守る中、大げさなブザーの音とともに、四人が一斉にスタートする。

 

「まずスタートで抜け出したのは七高、次いで二高、やや遅れて蘭さんと八高がほぼ横並びですね」

 

「この競技は先行逃げ切り有利なので、お姉さまの位置は少し悪いかなあ」

 

「実況、様になってるわよ」

 

 新人戦とはいえすでにハイスピードだ。周りは全員ついていけているようだが、美月は蘭以外どこの高校かを一瞬で判断できない。深雪の実況はありがたかった。

 

 レースはそのままの順位で二周目を終えた。だが、蘭がじわじわと前に追いついてきている。これならラスト一周で十分抜ける圏内だ。

 

「さて、ここでトップを走り続けた七高が逃げ切り体勢を取りましたね」

 

「自分が通過した波を後方に強めて妨害、手堅い作戦ですね」

 

 なんだか実況解説が楽しくなってきた二人の声に熱が入る。それと同時に、レース展開も佳境に入ってきた。

 

「仕掛けた!」

 

 美月が叫ぶ。緩いカーブでほんの少し二位が膨らんで戸惑った隙に、ほぼ減速なしで内側を走れた蘭が、一気に追い抜いた。そしてカーブが終わると同時に、今までにない加速を見せ、一位に一気に並ぶ。

 

「お姉さま、素晴らしい仕掛けですわ!」

 

 亜夜子が黄色い歓声を上げた。この一瞬で、レースは七高と蘭の一騎打ち模様になった。前方が有利なこのレースで、一瞬で横並びまで追いついたのは、かなりのアドバンテージだ。

 

 七高の選手が目に見えて焦り、ギアを上げた。だが、蘭はその横にぴったりとくっつき、それどころかほんの少しボードを揺らして横にちょっかいをかける余裕まである。さらによく見ると、七高の進路上に水面が不自然に動く箇所がちらほらあり、相手がこれ以上加速するとコースアウトしてしまうようにしていた。

 

「……この前の渡辺先輩の試合、蘭も見てたんだよな?」

 

「どんな神経してるのよ」

 

 レオとエリカは呆れかえる。あの妨害は、もし七高が焦ってトップスピードにしたら、あっという間に先日摩利が巻き込まれた事故と同じことが起こるだろう。ボードが空中に浮いてしまいそのままフェンスに激突。大怪我確定だ。

 

 そんなことが七高選手に起こりかねない妨害。当然あの事故は、当事者である七高の少女も見ているはずなので、絶対にスピードを上げないだろうが、危険行為すれすれだ。とはいえ、これはルール上認められている範囲であり、先日の事故――に見せかけた事件なのだが――を見た全員が、過剰に反応してしまっているという面も否定できない。

 

 結局、その競り合いは、蘭がじりじりと抜け出す形となり、ボード半分ぐらいの差で、蘭が一位抜けを決めた。

 

「やったあ!」

 

「やりましたわ!」

 

 瞬間、美月と亜夜子は立ち上がって歓声を上げ、思わず手を取り合って跳ねる。初対面だというのに、すっかり姉妹のようだった。

 

「いやー、いい立ち回りだったわねー」

 

「だね、見ごたえのあるレースだった」

 

 剣の達人であるエリカと、神童として戦術眼もある幹比古も、その展開に感心した。

 

「…………蘭さん、あまり本調子ではないようですね」

 

 だが、深雪の声は明るくなかった。ゴール後も速度を緩めつつも走るのを止めず観客に手を振ってウイニングランをしていたらスタッフに止められている蘭を見ながら、低い声で呟く。

 

「ん? そうか? かなりいい試合だったと思うけどな」

 

 レオは首をひねった。確かにセオリー通りとは言い難いが、まるで最初から予定していたかのような老獪かつ豪快な立ち回りで、最後はタイム差以上に見える形で勝った。なんら悪いようには見えない。

 

「その、蘭さんは、校内の練習で、ほのか相手には無敗ですし、渡辺先輩や小早川先輩にもいい勝負を繰り広げているんです」

 

 そう言われると、全員の頭に疑問符が浮かんだ。

 

 摩利が予選で完勝した姿は印象に残っている。今のレースは確かに良かったが、摩利といい勝負になるかと言われれば、疑問だった。

 

「じゃあ、あの作戦は調子悪い時でも勝てるように準備していたってことですか?」

 

「……だと思います」

 

 美月の問いかけに、深雪は少し考えてから、頷いた。

 

(((または、手加減しているか)))

 

 それ以上のことまで考えが及んでいたのは、深雪と亜夜子と文弥だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間が経ち、ついに新人戦バトル・ボード決勝戦を迎えた。

 

 カードは、同じ第一高校からの一対一のバトルとなった。準決勝で強敵・沓子を接戦の末に下したほのかと、同じく接戦の末に辛勝した蘭。二人の、最後の対決だ。

 

「ほのか」

 

「は、はい!」

 

 雫たちから励まされて、いざ戦場に向かおうという時。エンジニアではないが傍で見てくれると言った達也から、声をかけられた。

 

 見ようによっては、とてもロマンチックな場面。達也に懸想しているほのかは、試合の緊張と高ぶりとは違った、胸の高鳴りを抑えられなかった。

 

「正直俺は、蘭よりも、ほのかの方を応援している」

 

「え……」

 

 達也の口から出たのは、彼らしくない言葉。愛する妹の深雪とたかが友達の雫との戦いでさえどちらかに肩入れしなかった彼が、今回はエンジニアではないとはいえ、ほのかを応援すると明言した。

 

「この前の予選とさっきの準決勝。そのどちらも、蘭はかなり不調だった」

 

「…………はい」

 

 それは確かに、ほのかの目から見ても明らかだった。なにせ、練習では彼女に一回も勝てていない。その強さも、本番に限ってそれが発揮できていないのも、ほのかが一番よく分かっていた。

 

「一方、ほのかは絶好調だ。四十九院沓子のあの妨害があってもなお、練習以上のタイムが出ている」

 

「はい」

 

 それも分かる。今日の自分は、過去最高のコンディションである。今ならば、摩利ともいい勝負が出来そうなほどに。

 

「それだけを伝えたかった。じゃあ――頑張れよ」

 

「はい!!!」

 

 絶好調に加え、恋する相手からの励ましと応援。

 

 ほのかの調子はこの瞬間、今後の人生でも味わえないほどのものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタートは好調。上手く対応されて期待よりも差が開かなかったが、先行できただけで十分だ。

 

 そしてその先行有利を押し付けながら進んでいく。自分から妨害はしやすくて、相手からの妨害はしにくい。こちらの妨害も、移動・加速系魔法の名手である蘭にはさほど効かないが、マルチ・キャストのリソースを奪えているだけで十分だ。

 

 時折、滝やループなどの要所では、虎の子の目くらましも続けた。光へ対処だというのに、振動系魔法ではなく、光波振動の移動を止めるという移動系魔法で対処してくるのには驚いた。彼女の得意魔法であり、その応用もかなりできるのだろう。だが、その魔法があるということは、自分を特別警戒してくれていたということである。そのことが嬉しくて、さらに心の調子は上向きになった。

 

 シミュレーション通りだ。レースは残り一周半。蘭がついに追いついて後ろにぴったりつけてきているが、練習の時のような威圧感はない。明らかに、練習の時に比べて、彼女のスピードは遅かった。

 

(ここで差をつける!)

 

 二周目を終え最終ラップ、迫るのは、連続S字ヘアピンカーブだ。かなり急なカーブが連続するが、そのカーブとカーブの間には加速したくなる直線がある、性格と作戦の個性が出る場所である。

 

 ほのかはその性格上、そこでは攻めない――かと思いきや、練習の時から、摩利たち以上に、この間の直線で加速するタイプだった。

 

 なぜか?

 

 それは彼女の持ち味にある。

 

 得意魔法は光波振動系。その影響で、それ以外に干渉する振動系も得意だ。

 

 そして――座標と変数を繊細かつ素早く入力できる、緻密な魔法技能。

 

 その技術を持つ彼女は、直線で決して加速しすぎず、カーブでは決して減速しすぎない。

 

 つまりここは彼女の得意分野であり、差をつけようと狙うのは当然だった。

 

 そうしてS字に差し掛かる。一つ目のカーブは理想通り。後ろにぴったりつけてくる蘭もほぼ同じ軌道だが、やや無駄がある。ほんの少し、だが、確かに、ほのかが差を開いた。

 

 二つ目が迫る。間にある短い直線では、なんと蘭は、ほのかとほぼ同じスピードを出している。

 

 曲がり切れないならそれでよし。ほのかは冷静に、自分のベストが出せるよう、蘭のことは気にせず、ヘアピンに挑むことにした。

 

 予定通りの位置で予定通りのスピードまで減速。入りは好調。これなら、コース真ん中程度までしか膨らまない。完璧だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして後ろから迫る水音が、一気に大きくなってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(嘘!?)

 

 ほのかは驚く。これはつまり、後ろの蘭が、ほとんど減速していないことを意味する。

 

 いくら本調子でない速度と言えど、この速度でヘアピンを曲がれるわけがない。急ブレーキも水上の摩擦力では効かないし、慣性が働きすぎて魔法による急ブレーキはただの無駄。訳が分からなかったが、そんな混乱している中でも、ほのかは完璧と言える形でカーブに差し掛かり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いつもの間の抜けた声を漏らしながら、蘭がボートの先端を持ち上げ、水から浮かせた。

 

(なんで? どうして?)

 

 見えては無いが、魔法の気配で分かる。

 

 意味不明だ。ヘアピンカーブに無茶な角度で突っ込もうとしていて、さらにボードの先端を水から離すなんて。貴重な摩擦がさらに減って、このままでは外側に勢いよくつっこんでしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてほのかがほんのわずかに膨らんで空いた内側を、ガリガリガリガリ! と謎の音をたてながら、蘭が恐ろしいスピードで駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええええ!!!」

 

 ほのかは目を見開く。わずかに膨らんだ自分の内側、プールサイドギリギリを、まるで紐に引っ張られながら曲がっているかのように、蘭が恐ろしいスピードで駆け抜けていった。

 

 ヘアピンカーブが終わる。このカーブで、ほのかはついに蘭に抜かれた。そして先ほどまでの接戦が嘘だったように蘭はぐんぐんスピードを上げていき、彼女を突き放す。

 

 何とか追いつこうとするほのかは混乱していた。だが賢くてスポーツにも意外と優れる彼女は、先ほどしっかりとらえた光景が何だったのか、すぐに結論を出せていた。

 

 蘭が、なぜあんな無茶なスピードで突っ込んだのに、わずかにしか膨らまなかった自分の内側を駆け抜けていったのか。

 

 そのヒントは、あのガリガリというありえない異音だ。コースを体で覚えているほのかは理解している。蘭が通った軌道は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ボートの先端が、内側プールサイドに乗り上げて擦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、あの異音が鳴っていたのである。

 

 当然プールサイドに擦ることで起こる摩擦力は、水面の比ではない。蘭はわざと先端だけを乗り上げるというルール違反すれすれの無茶をしたあげく、その摩擦力を遠心力内側方向のみ魔法で増大させて外側へのふくらみを抑えることで、プールサイドに乗り上げるという、コースの常識を超えた「理論上の最もイン」を突きつつ、常識外のスピードでヘアピンカーブを曲がったのだ。

 

 いくら理想的と言えど、常識の枠内でしかないカーブをしたほのかとの速度差は歴然。

 

 たったカーブ一回で逆転された上、そこでついた差は大きかった。

 

 あとは前を気にせず、蘭は練習の時のような圧倒的な速度で、コースを駆け抜ける。ほのかに追いつける道理はない。予想外すぎる作戦と、九校戦が始まってからの彼我の調子の差が嘘みたいな展開に一気に持っていかれたことで、メンタル的にも負けた。

 

 背中が見えなくなると同時に思い出すのは、つい先ほど抜かれた瞬間の、蘭の顔。

 

 その顔には、あの特徴的な、「常識」や「普通」をひっかきまわしてぐちゃぐちゃにするような笑みが、浮かんでいた。

 

 心臓を氷の手でつかまれたように、全身に悪寒が走る。初めて見た時以上の恐怖が、ほのかの思考を一瞬にして支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結局、途中までの接戦が嘘だったみたいに、ほのかは蘭に大差で敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐす、えぐ、えぐっ」

 

 悔しさとショック、そして恐怖によって、レースが終わったほのかは、気を遣って慰めに来た達也の前でずっと泣きじゃくっている。心配して観客席からやってきた深雪や大親友の雫ですら、慰めることができていない。

 

(……悪いことをしたな)

 

 達也は強い罪悪感を覚える。ほのかにここまでショックを与えたのは――自分にも、原因があるからだ。

 

 蘭よりもほのかを応援しているのは本当、ほのかが絶好調だったのも本当。だが、蘭が不調だというのは嘘だ。

 

 あんなのでも、四葉家では中学生にして最前線で働き、大幅な制限・ハンデがあったとはいえ、達也から模擬戦で降参を引き出した。そんな中で育った一流の魔法師が、大きく調子を崩すなんてことは、あってはならない。そんな状態でも任務は断れないし、そしてそれで向かおうものなら、すなわち死だからだ。

 

 つまり、蘭が不調になるというのは、ほぼあり得ないことであった。

 

 それでも、ほのかの自信になれば、と嘘をついた。気持ちが上向きになれば、蘭に勝てるかもしれないと思ったからだ。

 

 だが実際のところは違った。蘭は不調ではなく、今までは抑えていただけで、戦術でも魔法技能でも、ほのかに圧倒的な差を見せつけて大勝してきた。期待感が高かった分、その叩きつけられた明確な差は、彼女にとってひどくショックだっただろう。

 

 それにしても不思議なのは、蘭はなぜ、不調を装っていたのだろうか。

 

 考えられるのは少なくとも二つある。真っ先に思いつくのは体力の温存だ。だが幼いころから厳しい訓練に打ち込み続けた彼女にとって、この程度の競技で温存する意味は薄い。

 

 だとするとやはり――次の対戦相手を、油断させるため。沓子が上がるにせよ、ほのかが上がるにせよ、その油断を誘うためだったのだ。結果として、「油断」ではなく「自信」になるよう達也が誘導したので、蘭にはプラスどころかマイナスになったが、それでも結果は覆せなかった。

 

(…………ほのか、これがショックで調子を崩さなければいいけどな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝ちの喜びを表現しようとカメラマンに満面の笑みでドロップキックしようとしているところをあずさに止められている蘭のことを無視して、達也はほのかをまた慰め始めた。



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11ー1

 青春をがっつり楽しむRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、参加競技が決まって、あとキーパーソンの幹比古君とファーストコンタクトするところまででした。ついでにお兄様とも「よし、楽しく話せたな!」。

 

 ここからの練習の様子は退屈なので飛ばして、はい、九校戦会場に向かうバスの中です。隣に座るのは深雪ちゃん。兄やと同じバスに乗れなくてすっかり不機嫌なため、変わり者の蘭ちゃんがそれの相手を押し付けられました。まあこれどのチャートでも、女の子チャートだったら大体こうなるので、慣れたものですけどね。

 

 さて、そんなこんなで、例の車爆発炎上神風事件のタイミングです。これが起こるのを事前に知っているため、窓を注視して爆発の兆候が見えたと同時にいち早く魔法で対応して英雄視される――なーんて転生系チート主人公みたいなこともできますが、さほど経験値にうま味もないし、変に目立つうえにお兄ちゃまから疑われる要素を増やすだけなので何もしないでおきましょう。

 

 で、九校戦会場に到着しまして、前夜祭もありまして……この前夜祭もチャートやルールによっては一条将輝とかの最強キャラとコンタクトを取るのに利用しますが、今回は不要ラ!

 

 

 で、その日の深夜ですね。

 

 このタイミングで『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』の手先が襲撃に来て、それを兄君さまと幹比古君で止めるというイベントがあります。ここに参加しようと思います。

 

 時間とタイミングを見て、後入りで突撃しましょう。ここで幹比古君のことを「やるやん!」みたいな感じで褒めておきます。後から独立魔装大隊の風間さんがやってきますが、この人も別に重要じゃないので、警戒されないよう無難に振舞いましょう。

 

 

 さて、やってまいりました九校戦です! といっても競技中以外はほぼやることがないので、ひたすら観戦してましょう。見もせずに魔法の練習ばかり……が理想ですが、それを許される場所がありませんからね。大幅なロスですが、これを差し引いても九校戦参加は大きな経験値が得られます。

 

 でもこんな時何もしないのは当然NG。そういうわけで、好感度を稼ぎましょう。美月ちゃんには最初から「見においでよ」と選手に配られる関係者用の一般チケットを渡してあり、絶対来てくれるので、一緒に観戦デート……というわけではなく、美月ちゃんを誘う際に「この前の男の子にも」と言っておいたので、幹比古君も一緒です。百合に挟まる男は死刑(なお百合の一員が呼んで挟んだ模様)。

 

 美月ちゃんの好感度はこの時点でだいぶ高いので、異性と言うことでこちらからは誘うイベントが発生しにくい分こういうチャンスで稼いでおきたい、幹比古君の好感度が目的です。

 

 ちなみにこのゲームは、原作カップルは大体原作カップルでくっつきます。ただ原作のカップルになってるキャラも、難度こそ高いですが、攻略可能だったりします。攻略不可能に設定されてるのは、達也にいさま、深雪ちゃん、最初から許嫁で恋人の五十里君と花音ちゃん、摩利ちゃんぐらいです。

 

 当然今回は恋人関係は必要ないので、ある程度背中を任せられる仲間ぐらいまでは幹比古君のは上げておきたいですね。美月ちゃんはそもそも戦闘キャラではないのにパラサイト事件のど真ん中で戦ってもらう都合上、それこそ蘭ちゃんのために身の危険を顧みないぐらいの好感度が必要です。

 

 ちなみにこの観戦タイムですが、じゃあもう一緒に見ようぜってことで、早い段階で達也あにぃらのお友達グループに併合されます。美月ちゃんと幹比古君が一緒に居れば問題ないので、これでオッケーです。

 

 こんな感じで、本戦の最初の三日間は、観戦しながらだべって過ごす感じになります。夜には同級生の女の子たちとお風呂タイムがありますが、当然モザイクです。動画消されちゃうからね、しょうがないね。買えば全部見放題触り放題だゾ。

 

 ちなみにバトル・ボードで摩利ちゃんが事故に遭遇するなどのトラブルイベントもありますが、特にがっつり関わりません。美月ちゃんと幹比古君に積極的に話しかけて、好感度を稼ぎつつ話を引き出して、兄チャマがあれこれ考察するのをサポートする程度で十分です。改めて重要キャラですね、このカップル。

 

 

 さて、こんな感じで無難に過ごしてたら、ついに蘭ちゃんの出番になりました。バトル・ボードです。ちなみに、最近お電話以外でかまってあげられなかった亜夜子ちゃん・文弥君も関係者観客として招待しています。美月ちゃん・幹比古君は将来共闘する仲なので、ここで顔合わせしておきましょう。達也おにいたまと親戚で顔見知りと言うことで二人もある程度安心してくれます。

 

 

 では、本題のバトル・ボードに戻りましょう。

 

 総参加人数は24人。前年度の成績が低い三校は二人しか代表を出せません。

 

 まず4人ずつの予選レースを全部で6レース行い、その各レースの1位が準決勝進出です。そして6人の準決勝出場者を3人ずつに分けて準決勝を行い、それぞれの1位がタイマンで決勝戦を行います。

 

 これは九校戦全ての競技に言えることですが、マッチングはなるべく同じ学校同士で潰し合うことが無いように配慮されてます。例えばバトル・ボードは、予選抜けが二人出た場合、絶対に準決勝でマッチングすることはありません。トーナメント形式になるスピード・シューティングなどの決勝トーナメントも、各段階の試合が全部消化されるたびに勝ち残りメンバーだけでまたマッチング抽選が行われるようになっていて、この抽選でもなるべく同じ学校同士のマッチングにならないようになってます。

 

 そういうわけで、潰し合いなどを気にせず、のびのびやっていきましょう。ただしマッチング運には注意です。

 

 ではまず予選のマッチングは……通称「海の七高」がいますが、あちらも三人参加なので仕方ありません。とりあえず無難な相手になりましたね。

 

 この予選は蘭ちゃんの性能とプレイヤースキル(自慢)のおかげで余裕で勝ち抜け可能です。今後の対戦相手を油断させるために、ギリギリの勝負を演出しておきましょう。

 

 

 そして後日行われる準決勝ですが……やったぜ(迫真)

 

 

 組み合わせの運が最高です。ここでほのかちゃんに並ぶ強敵の四十九院沓子ちゃんとマッチングする可能性があったのですが、あちら側になってくれました。今回の相手は七高と三高のモブちゃんです。

 

 沓子ちゃんをここで相手することになると、強すぎるため本気を出さなければいけません。そのせいで、決勝戦で当たるほのかちゃんに手札を見せてしまうことになります。いやーよかったよかった。

 

 では準決勝もギリギリの勝負を演出……って負けそうやったやんけ! 危なかったですね。油断しすぎました。

 

 さて決勝の相手ですが……ここは過去の検証により、ほのかちゃんと沓子ちゃんどちらもあり得ることが分かっています。7:3ぐらいですかね。今回の相手は……おー、ほのかちゃんでした。

 

 どっちも同じぐらい厄介なので正直どちらでも良いですが、ほのかちゃんのほうがほんの少し戦いやすいです。沓子ちゃんはメンタルが強いのと、水面妨害が滅茶苦茶強いので、プレイヤースキルが試されるんですよね。一方ほのかちゃんは本番に痛い予想外を一発叩き込めば動揺してくれますし、レースもスピード勝負、つまりステータス勝負になるため、性能で勝るプレイヤーの方が有利です。

 

 

 

 では、勝負です。

 

 スタートラインで……はい、よーいスタート(棒)

 

 ついでにBGMもかけておきましょう。聞き覚えのあるユーロビートですね。

 

 まずスタートダッシュがとても重要です。このゲームは先行有利なので。しかしながら……やはり目くらまし作戦への対応のせいで負けてしまいましたね。

 

 目くらまし作戦自体はすでに見せているため、ゴーグルなどで対策しても怪しまれません。ですが、それをすると今度はコースに闇を作ってこちらを誤認させてきます。世界一位姉貴はコースを完全に体で覚えて暗い所も気にせず走るということをしていますが、私にそれは無理です。

 

 よって、目くらましを食らうのを承知で、ゴーグルはつけません。対抗魔法を準備しておく程度に留めます。当然他の魔法にリソースを使ってしまったので、スタートダッシュは負けてしまいました。

 

 

 

 

 ですが、問題ありません。これは予定通りです。

 

 

 

 

 

 さてさて、コース三周のうち、一周半が終わったあたりで、ついにほのかちゃんの真後ろにつけました。あちらも妨害してきますが、間接的な妨害は移動・加速系の対抗魔法で全て無効化できます。

 

 ここの直線で、今まで隠していたトップスピードへと徐々にギアを上げていって……さあ、ヘアピンカーブがやってきました。

 

 ほのかちゃんは当然減速します。水の上を走っているので、減速幅は大きく、それでもカーブでは結構膨らむことになります。

 

 ですが私は……そのスピードをほぼ維持!

 

 ほのかちゃんが驚いている可愛いお顔を横目に、このカーブで抜きましょう。

 

 え、どうするかって???

 

 では見ててください。

 

 カーブに入る直前に、ボード前方を持ち上げてカーブの内側に思い切りひねって――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――わざと内側プールサイドに乗り上げます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリガリと嫌な音を立てていますが、内側にこするという形で摩擦ブレーキが働くため、理論上の最もインをついて、しかもさほど減速せずヘアピンカーブを突破! 無事一気に抜き去りました。

 

 ここからは蘭ちゃんのチート性能を全力で発揮して大差をつけて――ゴール!!! 超、エキサイティン!

 

 これが『魔法科高校の劣等生 もう一人のイレギュラー』RTAの基本技術、その名も「プールサイドリフト」です。

 

 カーブ内側のプールサイドにボードの前方をわざと乗り上げることで、外側に膨らむ力を大幅に抑え、かなり速いスピードでカーブに突っ込みつつ、最もインを走ることができます。

 

 基本的に水路から出たらアウトですが、多少こうやって擦るぐらいなら、ルール違反になりません。

 

 代わりにものすごい速度で擦るのでボードの損耗が激しく、レースが終わるころには壊れてしまいます。だから、前半で使わず後半に取っておく必要があったんですね。

 

 とりあえずこれでバトル・ボードは優勝できました。部屋の中でちょっとした魔法を試したり体操をしたりしたところ、やはりかなりの経験値が入った感覚がします。安全な競技でこれほど貰えるのは美味しいですね。

 

 さてさて、これ以降もまた色んなトラブルが起きつつ進んでいきます。この世界って本当物騒ですよねえ。ま、適当に怪しまれない程度に兄ちゃまのサポートを続けていれば問題ありません。

 

 肝心のミラージ・バットですが、深雪ちゃんがいない新人戦は蘭ちゃんにとっては楽勝ですね。万が一にも優勝を邪魔されないよう、最大のライバルであるほのかちゃんを決勝戦でマークして適当に妨害すればオッケーです。これでもほのかちゃんのスペックが化け物なので十分二位に入ってくれます。

 

 あとは幹比古君の応援を美月ちゃんたちとやって、九校戦が全部終わるころには全部トラブルが勝手に解決されてて、これでお終いです。

 

 あとはやることと言えば後夜祭のダンスパーティぐらいですかね。これは幹比古君を一回ダンスに誘う程度で、あとは適当に過ごしましょう。

 

 キリもいいので、今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「九校戦編クリア」のトロフィーを獲得しました〉



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11-3

九校戦、真の解決編です


 掟破りのプールサイドドリフトを蘭が決めても、九校戦はつつがなく進行した。

 

 新人戦四日目、この日はモノリス・コードの予選と、ミラージ・バットの予選・決勝が行われる。

 

「蘭さん……すごく、似合っています……」

 

 午前中の早い時間帯から行われるミラージ・バット予選。その第一試合から出番の蘭を応援するべく、美月は特別にエンジニアと同じ特等席で観戦させてもらうことになった。

 

 そして、蘭が会場に現れると同時に……美月は、思わず、頬を赤らめて見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭が身を包むのは、黒を基調としつつ白がところどころにあしらわれた、ふんだんにフリルが施されている――いわゆる、ゴシックロリータであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段は簡素な格好だが、蘭はこのような格好も好むらしい。ミラージ・バットの衣装作成を依頼された際に、競技の邪魔になるのを承知で、このデザインを希望されたのだ。

 

 その姿は、もはや異世界と言えるほどの美しさがある。

 

 周囲よりも多いとはいえ、ユニタードに装飾をつけたに過ぎないため、本格的なゴシックロリータには程遠い。それでも、匠によって作られた人形のような美少女である蘭がその衣装に身を包むと、真夏の朝という全く合わない時間帯だというのに、一つの偉大な芸術のようであった。

 

「われながら、かわいいねえ」

 

 口を開けば間抜けな機械ボイスで、気の抜けたことを言っている。いつも通りだ。だがそんな姿すらも、ミステリアスと少女性という印象に置き換わる程の説得力がある。障害のせいで変わらない表情もまた、不謹慎ではあるが、美しさを引き立てていた。

 

 このように、コスプレ大会と化しているアイス・ピラーズ・ブレイクとはまた違った衣装の楽しみ方があるのが、このミラージ・バットだ。ほのかも、本戦にコンバートされた深雪も、それぞれ気合の入った衣装を用意してきている。その中でも最も装飾が多いのが、蘭であった。

 

「蘭、いいか、余計なことは考えるなよ?」

 

 そんな華やかなやり取りに、達也が水を差す。こう見えて集合時間ぎりぎりであり、作戦等の最終確認の時間はない。彼にしては珍しく野暮ではあるが、仕方のないことだ。

 

「予選の相手はどれもさほど問題ない。お前がいつも通りの実力を出せれば圧勝だ」

 

「でしょうなあ」

 

 達也の言い様もすさまじいが、それにノータイムで同意する蘭の自信はさらにすさまじい。だが、その見た目が放つオーラと積み重ねてきた実績が、それを当然のものとしている。

 

「だから、バトル・ボードの時みたいに、手加減して油断させようとか、ギリギリの勝負で観客に楽しんでいただこうとか、少し遊んでやろうだとか考えるなよ?」

 

 それにしても酷い言い様である。だが、バトル・ボードで余計なことをしていたのは事実だし、その目的としてこんなふざけた理由がありそうなのも、日ごろの行動からすれば納得がいく。少なくとも聞いていた美月は、達也を責められなかった。

 

「はいはいわかってますよーだ」

 

「どうだか……」

 

 ついに集合時間だ。無表情のままアカンベーをしてそのまま集合場所に向かう蘭の背中に、達也は呪いの言葉を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭とほのかが大暴れした日の午後、ようやくつつがなく進みそうだと思われた新人戦に、大事件が起きた。

 

 新人戦モノリス・コードにおいて重大な反則が起きた。これにより一高代表選手は全員重傷または重体。九校戦全体、特に一高メンバー全員に、大きな動揺が走ったのであった。

 

「あー、なるほど」

 

 一高テントの女子控室。その話を聞いた蘭は、そうとだけ言って、またぼんやりと手慰みの小規模魔法の練習をし始めた。彼女は暇になると、こうして小規模な魔法をなるべく高精度に行使する、という自主練習をすることが多い。表情が変わらないこともあって、実に「いつも通り」だ。

 

「なるほど、って、それだけ?」

 

 そんな彼女に大事件を伝えた雫は、怒気を孕んだ声で問い詰める。

 

 まるで、全く気にしていないかのようだった。

 

 そんな、雫が珍しく声を荒げるという光景を、周りは遠巻きに見ている。ただでさえ不安定な雰囲気だった天幕内が、火薬庫のような雰囲気を醸し出しはじめた。

 

「そうですねえ、わたしも、いろいろおもうところは、あります。でも、なにもできないわけ、ですからね。はんそくした、あいてせんしゅでも、なぐりにいきます?」

 

「ちょ、いや、そこまでは……」

 

 あまりにも乱暴な物言いに、雫の血の気が引く。彼女の心はどこまでも善良であった。

 

 だがそのおかげで、同時に冷静になる。確かに、自分たちがうろたえてもしょうがない。できることと言えば、この事件に対応している上級生たちや達也や深雪の手をこれ以上煩わさせないために、大人しくしていることだけなのだから。

 

「……ごめん、あと、ありがと」

 

「なぐりにいきたくなったら、おくってってあげますよ」

 

「いや、それはだからもういいって」

 

 蘭と、深雪の次につっこみ役になることが多い雫のやり取りは、いつの間にか、天幕全体の空気を和らげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねーほのかちゃん。もしかして、さっきしずくちゃんと、おおげんかすれば、ほのかちゃんを、どうようさせられたかな?」

 

「今ので十分動揺してるよ!!!」

 

 新人戦ミラージ・バットの決勝直前。エンジニアの達也に最終調整してもらうのを待っている間に、こんなやり取りをしていた。

 

「蘭、あんまりほのかをからかうな。深雪とは違うんだぞ」

 

「お兄様???」

 

 そんなほのかを落ち着かせるために、愛する妹を出汁にしてジョークを飛ばす。なんか妹は割と本気で怒っているような気もするが、今は気にしないでおくことにした。

 

「いいか二人とも。これまでの予選を見た限り、相手に二人と戦えるような奴らはいない。ワンツーフィニッシュが見えている」

 

「は、はい!」

 

 ちょうど調整を終えた達也は、CADを渡しながら、二人の最後のアドバイスをする。

 

「だから、余計な作戦とか考えなくていい。幻影魔法でダミーをばら撒いたり、空気中のチリや水蒸気をそれとなく移動させてホログラムの動きを操作したり、無駄な変態飛行をして自分のポイントを犠牲にして周囲を動揺させたりなんて、しなくていいからな」

 

 全部蘭が犯人と言いたいところだが、一つ目に関しては、練習で負けっぱなしだったほのかが苦し紛れにやった作戦だ。あまり上手くいかなかったうえに体力の無駄だったため、反省点である。

 

「ただ自分のポイントをいつも通り稼げば、それでワンツーフィニッシュだ。お互いをサポートとかも考えなくていい。じゃあ、行ってこい!」

 

「はい!」

 

「よーしがんばっちゃうぞー」

 

 時間だ。張り切る二人を見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お兄様、なんだか、嫌な予感がするのですが」

 

「兄妹ってやっぱり似るんだな」

 

 

 

 

 

 深雪のちょっとした呟きに、達也は婉曲的に同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さまたち、圧勝ですね」

 

「そうですね……すごいです……」

 

 ここは観客席。

 

 第一ピリオドが終わってインターバル中、観戦を通してすっかり仲良くなった文弥と美月は、ぼんやりと得点板を見ていた。

 

 一位は蘭、僅差で二位にほのか。三位以下はかなり点数が離れて団子状態。光球のほとんどを二人が奪ってしまい、他選手は追いつくどころか、ポイントを得る権利すらまともに得られない。

 

 まずほのか。光に敏感らしく、ホログラムが現れる瞬間の反応速度が飛びぬけている。中には知覚強化魔法を使う選手もいるだろうに、それでもダントツだ。また魔法の効率が非常によく、最低限のサイオン消費で済むよう、変数入力は必要分ほぼぴったりである。

 

「お姉さま、私と同じ魔法を……」

 

 同じく仲良くなった亜夜子は、感極まってうっとりとしていた。

 

 蘭の戦術は、練習ではほぼ見せたことがないものだった。元々速度は圧倒的トップなのだが、そこにさらに、真空の仮想チューブを作って空気抵抗をほぼゼロにする『疑似瞬間移動』という高度な魔法を頻繁に使用していた。その上昇速度は、他校の選手が光球を目の前で打つ動作に入ってから飛び上がったのにそのまま横から奪えるほどである。しかもタチの悪いことに、そこから空中で方向替え二段ジャンプめいた魔法を連続使用して、大量のおかわりまで奪っていく。

 

「これはもう二人の勝負ね」

 

「ほのか、リベンジできるかな」

 

 観客席は同じ陣営のはずだが、もうワンツーフィニッシュは確定的なので、どちらを応援するか割れる状態になっていた。美月と黒羽姉弟と幹比古は蘭を、雫とエリカとレオはほのかを、程度に差はあれど贔屓と言う形になっている。

 

 そして他の一高応援団は大盛り上がりしていて、他校の応援団はすでに撃沈。特に三高の落ち込み様はすさまじかった。たまたま近くにいたから幹比古の耳に入ったが「一色さんがいれば……」といった内容を悔しそうに話していた。深雪と同じく、そして深雪と違って、最初から一年生にして本戦に登録していた、師補十八家が一つ・一色家の少女だ。

 

(あれと争えるほどなのか……)

 

 他校目線だと、正直あれは絶望的だろう。そんな中でも「一色さんがいれば」と言われるということは、かなり腕が立つようである。そういえば、クラウド・ボールでは確かに圧勝していた。そう言われる実力があるのだろう。そしてそんな彼女という選択肢があるにもかかわらず出せなかったからこそ、逆にショックが大きいというわけだ。

 

「あの、ところで、『疑似瞬間移動』ってなんですか?」

 

 ようやく感動が落ち着いてきたのか、美月が亜夜子に質問する。これに関しては幹比古たちも気になっていたことなので、中学生相手にもかかわらず、今から語られる講釈にしっかり耳を傾けた。

 

「チューブ状の仮想領域内の空気を外側に押しのけて、真空チューブを作る魔法です。その中を通る間は真空なので、空気抵抗なく移動できます」

 

「でも、それって慣性すごいんじゃない? あと空気圧とか」

 

 エリカの質問はもっともだ。だがその質問は想定内だったようで、亜夜子はよどみなく解説を続ける。

 

「そうですわね。当然、慣性中和魔法と、空気圧等の影響をなくす魔法もセットになります。強力な魔法なのですけど、その分やることも多くて大変なのが欠点ですね」

 

 そこで一呼吸置く。説明はまだ続く。間を開けるということは、ここからが特に重要と言うことだ。亜夜子の人を惹きつける技術に、高校生たちは、まんまと引っかかっていた。

 

「速度もさることながら、この競技ではその副産物が重要ですね。真空チューブを作るために押しのけた空気はその外側に勢いよく吐き出されるので、周囲への強い横風となって妨害になります。また真空チューブの中に横から突っ込んでしまえば、魔法等で対策していないと最悪の場合、死に至りますからね。チューブを避けることを強いられますし、万が一のことを考えて常に対策魔法のマルチ・キャストも要求されます」

 

「なにそれ、最強じゃんか」

 

「でも、これやっぱ結構大規模な魔法だよ。連発してる本人が一番大変だ」

 

 レオと幹比古が思いついたことをそれぞれ口に出す。確かに、自分は最速で動けて、他人は妨害できるという、とんでもない魔法だ。しかしながら、改変の規模、工程や現象の複雑さ、手間など、どれをとっても負担は大きい。それを連発するなんて、とんでもない話だ。

 

「お姉さまの悪い癖でして……徹底的に最小限・最速の効率を求めたかと思えば、こうして明らかな非効率を取っても確実に勝つ方法を選んだりと……その……」

 

 尻すぼみになる文弥の言葉に、先輩たちはその苦労を感じ取って、一様に同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ、お姉さまの悪い癖が……」

 

「なんでこうも……」

 

 第二ピリオドが始まってしばらく、観客席は動揺に包まれた。そんな中で、この犯人と一番近しい二人が、頭を抱えて身をよじって悶え始める。

 

 その原因は、黒羽蘭。

 

 もはや会場は、ワンツートップを走るほのかと蘭の二人にばかり注目していた。そんな中始まった第二ピリオドで――蘭が、急にほのかをぴったりマークし始めたのだ。

 

 形式上ライバルとはいえ、ある意味仲間と言える蘭のその行動に、ほのかは動揺してしまったし、そしてその妨害によって、思うように動けなくなった。『疑似瞬間移動』の頻度も第一ピリオドから増している。それは明らかに、ペースアップのためではなく、妨害のために他ならなかった。

 

 結果、蘭はこれまでよりも少し得点ペースを落とす程度になり、ほのかは大きく落とした。そのおこぼれにあずかる他校はポイントこそだいぶ手に入るようになったが、すでについた大差を覆すには至らなそうだ。

 

「これ、どういうこと?」

 

 雫が声を震わせながら、二人を問い詰める。親友のせっかくの晴れ舞台が、突然、公開処刑めいたものになっている。いたいけな年下二人を相手に声を荒げないだけ、まだ冷静と言えた。

 

「その、お姉さまの一番悪い癖で、とにかく、自分勝手と言うか、唯我独尊と言うか……」

 

「あれは、光井さんを優勝のライバルと見なして、蹴落とそうとしています……仲間なのに……」

 

「マジかよ」

 

 レオの短い言葉に、全員が同意した。

 

 明らかだ。蘭は、自分が優勝するために、仲間であるはずのほのかを妨害し始めたのだ。当然、ほのかや雫のみならず、もはや存在を無視されていると言っても過言ではない他校も、一切良い気分にはならない。

 

 そんな中、ほのかの次に気分を悪くするはずの雫は、別のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出すのは、モノリス・コードで起きた事件の直後。蘭の、ある意味「いつも通り」によって、雫を筆頭に、一年生女子たちは安寧を取り戻した。あの瞬間、一年生女子たちの精神的支柱は、間違いなく蘭だったのだ。

 

 だが、そう。いつもの彼女は、周囲に気を利かせて助けてくれるし、色々と協力を惜しまない。そのおかげで、非常に評判も良い。しかし、その一方で……その発言と行動は、時に、「自分勝手」すぎるのだ。

 

 そんな彼女が、この大舞台でも、「いつも通り」を発揮した。これは、蘭自身にとっては、ただそれだけのことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、妖精のダンスのはずが、深淵のごとき衣装に身を包む頽廃の悪魔によって妖精たちが公開蹂躙されるショーは、そのまま続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一高校は、三位以下を完全に突き放してワンツーフィニッシュ。そして、二位のほのかと一位の蘭の間には、二位と三位以上の差がついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれもいつも通り?」

 

「「お恥ずかしながら……」」

 

 優勝者をインタビューしようとするカメラマンに再びドロップキックしようとして深雪と達也に羽交い絞めにされている蘭を指さしながらの雫の問いに、恥ずかしそうに彼女の妹と弟は顔を伏せて肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほー、まじ? おめでとう」

 

「よくもまあ軽々しく……」

 

 その日の夜、すっかり空気が冷え切った一高たちは新人戦優勝パーティなどはせず、各々が気まずそうに部屋に戻った。だが上級生たちはそうではなく、達也を呼び出し、彼をモノリス・コードの代理代表へと半ば強制的に指名した。そうして仲間として指名されたのが、レオと幹比古であった。

 

 そんな幹比古に、針の筵めいた空気になっている中でも「いつも通り」に、蘭が声をかける。幹比古はすっかりげんなりしていた。

 

 ここは、そんな重大なことが決まった後の、達也の広い一人部屋だ。いつものお友達グループ――蘭がいて気まずいので雫とほのかはもう部屋に戻った――が集まって、作戦会議めいたことをしている。

 

「女子の競技に男子が出るのは難しいですけど、男子の競技に女子が出る分には平気なんじゃないですか?」

 

 というのは美月の言葉だ。気が縮んでしまっている幹比古とレオを気遣ってのものである。

 

「十文字先輩が交渉したけど、上級生参戦と同じぐらい、それは許されないらしい。一条と吉祥寺にも深雪と雫と蘭を出せばいい勝負できそうなんだけどな」

 

 さすが、そのあたりも考えているようだ。

 

「僕で大丈夫かな……」

 

 何度目か分からないため息を吐く。レオはもうこの際やったるぞといった感じで切り替えが早いが、繊細な幹比古はそうはいかない。ここで開き直るには、彼は常識人過ぎた。

 

「まーいちじょうくんはむずかしくても、けっしょうりーぐまでは、くみあわせしだいでいくのでは? レオくんはともかく、よしだくんはかなりやれますよ」

 

「おいおい、俺はともかくって。まあ否定はしねえけど」

 

「何を根拠に言ってるのさ!?」

 

 蘭の言葉に、幹比古が気色ばむ。いじけるように座っていたのに、勢いよく立ち上がって、蘭に詰め寄った。

 

「何も知らないくせに、気楽なことばっか言って!」

 

 こんなこと言っても理不尽なだけだ。幹比古自身、それは分かっている。いますぐ撤回して謝るべきだ。そう理性が告げているが、頭に上って沸騰した血が、それを許さない。

 

 達也と言い蘭と言い、なんでこうも、自分なんかを評価するようなことを言うのだろうか。エンジニアとして、魔法師として、それぞれ上手くいっている二人には、自分のスランプなど分かるはずもない。成功するほどの腕と実績があって、精神的に余裕だから、そんな気休めが言えるのだろうか。

 

 部屋の空気が凍る。美月とレオと深雪は気まずそうで、達也は感情の覗えない目で傍観の構え、エリカは幹比古を止めようとするが、蘭がずけずけと軽く踏み込んでしまったのも事実なので、どちらにつくのか、直情型ながらも判断に迷っていた。

 

「そりゃまー、よしだくんのことは、よくしりませんね。あのひみつのよるのときぐらいしか」

 

「え? ミキ?」

 

「幹比古君、まさか……」

 

「ほ、ほー、いつの間にそんな関係に……」

 

「せめてこうなったら達也は助けてよ!!!」

 

 急に空気が、別の意味で気まずくなった。傍観者の構えをしていたはずの達也は、目線を逸らして作戦を立てているふりをして、無関係を装い始めている。なんという図太いやつだ。「ひみつのよる」の当事者な上、こいつに変なイメージを植え付けられた仲間だというのに。

 

「だってあの時、お前は助けてくれなかったしな」

 

「あーもうわかった僕が悪かった! ごめんって!!!」

 

 とはいえ、周りも、美月以外は本気で信じていたわけではない。達也がこの女にあらぬ噂を植え付けられて苦労したのは、有名な話だからだ。

 

「あー、あれだ。ちょっと、詳しいことは言えないけど、真夜中に俺と幹比古が犯罪者に襲われたんだ。それを、俺たちで撃退したんだよ」

 

「わたしはもくげきしゃ」

 

「何それ、まだ三人で三角関係でしたっていうほうが信じられるレベルね」

 

「お兄様?」

 

「深雪は詳しい話まで知ってるよな?」

 

 完全に、張り詰めた空気は消し飛んでいる。幹比古も振り上げたこぶしの振り下ろし方を見失って、乱暴に腰を下ろした。なんだかもうすでに疲れてしまった。

 

「俺『たち』ってことは、ミキもそこで戦ったってこと?」

 

「ああ、中々の手際だったぞ。贔屓目抜きにして、一科生の真ん中は固いんじゃないか?」

 

「……そうだ、思い出した!」

 

 どっと疲れて頭がぐるぐる回ってしまったので、逆に思い出した。

 

「達也、君は僕がどうするべきか、知ってるって言ってたよね?」

 

「それでどうにかなるかは、お前次第だけどな」

 

「うむ、ひとりのまよえるわこうどを、またみちびいたな」

 

「なーに後方師匠面してるんだよ」

 

 相変わらずおふざけをしている蘭は、幹比古と達也に、完全に無視されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか似合わないな、こういうの」

 

 九校戦は全部終わった。幹比古たちは無事モノリス・コードで奇跡の優勝をして、深雪も一年生にしてミラージ・バット本戦で圧勝、ついでにモノリス・コードも十文字克人を中心とした最強メンバーが完勝した。誰も文句なしの、第一高校の完全優勝である。

 

 それらが終わった、九校戦後夜祭パーティ。突貫代理とはいえ選手として参加した幹比古は、アルバイトとして参加するはずが、きっちり選手側としてそれに参加することになった。わざわざ制服ベースのドレスめいたものまで用意してくれる丁寧さである。

 

 今は大人たちもいる立食パーティが一段落して、ダンスパーティが始まっていた。だが、幹比古にこういう雰囲気に対する慣れはなく、ぼんやりと料理をつまみながらダンスを眺めているという、壁の花になってしまっていた。

 

 一番の花形は、見目麗しい深雪と将輝だ。またその影響力を知らしめた達也も、他校からも含めて次々とアプローチが入っている。レオも馴染むのは早いようで、意外と手際よくダンスをこなしていた。

 

「よう、よしだくん、げんきしとおや?」

 

「……黒羽さんか」

 

 そんな中、同じく特にダンスもせずその辺をうろうろして時間つぶししていた蘭が、声をかけてきた。

 

「で、どうだい、よしだけのしんどうくん。わたしのいうことは、ただしかったでしょう?」

 

「……お恥ずかしながらね」

 

 彼女に対しては面目が立たない。幹比古がすでにスランプから抜け出しつつあり、さらに一皮むけたその実力も見透かしていた。いわば、最初から信じてくれていた、というわけだ。

 

 だというのに自分は、あの場で怒鳴ってしまった。すぐに当人によって変な空気に変えられた――今考えると彼女なりに雰囲気を和らげようとしたのだろう――からよかったものの、それでも罪悪感がある。

 

「みづきちゃんも、じぶんのことのように、よろこんでましたね。よ、いろおとこ」

 

「……からかわないでくれ」

 

 それでも、相変わらず女性耐性はない。そう言ったことにデリカシーがない蘭との会話だと、必ず幹比古が負けてしまう。

 

「それでよしだくんは、これからどうしますか?」

 

「これから、ねえ……考えたこともないや」

 

 スランプに腐って、意味の薄い修行にがむしゃらにいそしんできた。だが、この九校戦をきっかけに、自分の前に、大きく道が開けたのが、よくわかる。

 

「とりあえず、一科生に上がるのが当面の目標かな」

 

「まーそれはあがれるでしょうな」

 

 相変わらず、幹比古の実力を断定して褒めてくれる。この直球にこそ苛立っていたが、今は、面映ゆさと感謝を感じられた。それほどに、幹比古に一番足りなかった「自信」が、この九校戦でついたのだ。

 

 これは、達也が一番の恩人だが、蘭もまた恩人だ。

 

 そう思うと何だか、目の前の無表情の美少女が、何だか、尊いものに見えてきた。

 

「ねえ、あのさ――」

 

 勢いに任せて、口を開く。ここで迷ったら、一生後悔する気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと一緒に踊らないかい、『蘭さん』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだ機会がなかったが、幹比古はもともと自分が名字で呼ばれるのが嫌なため、相手のことも下の名前で呼ぶようにしている。男子相手なら気安く言えるが、女子相手にはなかなか言い出せなかった。だが、目の前の少女はなんだか、男友達のような気やすさを感じる。

 

 だからこそ、一歩、踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはぐっどらっくと、だんすっちまうことになりそうだねえ」

 

「何言ってるか全然わからないや」

 

 それでも、喜んでくれていることは、その顔に浮かぶ、よく見たら愛嬌があるように見える笑みから、よくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪と二人きりのダンスパーティを終えた達也は、非常に気分が良かった。

 

「へい、あにぎみさま」

 

 この女に会うまでは。

 

「……何の用だ?」

 

 ここで待っていたということは、達也が深雪とバルコニーに抜け出していたことを、知っているということだ。それもここは、バルコニーとつながる扉から少し離れた場所だ。会場の中心へと戻っていく深雪と別れ、一人になった達也が通る場所である。つまり蘭は、達也だけを待ち伏せしていたということだった。

 

「やくそく、おぼえていますよねえ?」

 

「約束……ふっ、あれのことか」

 

 今の今まで正直忘れていた。九校戦のごたごたもあったし、そもそも約束の直後にとんでもないことがあったからだ。だが、忘れもしない出来事があったからこそ、それに紐づく出来事を思い出すのは容易い。

 

「深雪は予定と違って、本戦にコンバートされた。対決できなかったから、お互いの賭けは不成立だな」

 

 そして覚えていなかった最大の理由が、もう不成立で意味のないことだからだ。もしコンバートが無ければ、汎用飛行魔法という秘密兵器で蘭を完全に下すことができて、賭けの代償に、彼女が隠し続けてる「目的」を聞き出そうとしたので、実に残念だった。

 

「…………なに笑っている」

 

「それはどうかな」

 

 だが、どうだろう。目の前の蘭は、その顔に、生身の人間がしてはいけない不気味な笑みを浮かべている。彼女への好感度が高い場合は「よく見ると愛嬌がある」なんて言ったりするが、達也には心底理解不能だった。

 

「よーく、おもいだしてみてください」

 

「……ああ、それぐらい余裕だとも」

 

 達也は余裕綽々で、記憶を探る。

 

 見物に来ていた美月と幹比古に、蘭がビッグマウスをかましていた。変な話をしていないだろうかと遠くから地獄耳を立てていた達也は、それを聞き捨てならないと、煽りに行ったのである。深雪に勝つだなんて、蘭にだけは言われたくなかった。

 

 だから、そう、彼女のビッグマウスの通り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「優勝したら」、なんでも言うことを聞くと言ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいやいや、それは話が違うだろ?」

 

「え、どこが?」

 

 首を激しく振って否定する達也。そんな彼の前に、蘭が端末を取り出す。そこから流れてきたのは、いつの間にか録音していたらしい、あの時のやり取り。達也の記憶通り、「優勝したら何でも言うことを聞く」と約束してしまっていた。

 

「深雪は本戦にコンバートされたんだ。前提となる直接対決がないんだ。確かに優勝と言えば優勝だが、話の流れ的に、深雪に勝つのが重要だろ?」

 

 背中に冷や汗が流れる。ダンスで全くかかなかった汗が、堰を切ったように溢れてきている。

 

「よくきいて」

 

 もう一回、追い打ちとばかりに会話が流された。

 

『まあ、ほんばんは、いちい、とりますよ』

 

『じゃあ、わたしがゆうしょうしたら、なにしてくれる?』

 

『何でもしてやるさ。どうせ無理だろうがな』

 

 そう、この会話の中で、一回も、蘭は「深雪に勝つ」と言ってないのである。

 

 あくまでも、賭けの内容は、「一位」「優勝」であった。

 

「っ! だ、だったらこっちだって!」

 

 珍しく動揺しながら、達也は反論する。

 

 この時、達也もまた、賭けを仕掛けた。蘭は深雪と戦わずして優勝した。つまり、深雪に、勝っていないのだ。つまり、達也があの時は軽い気持ちで放った意趣返しが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『当然、こっちがお前に本番で勝ったら、なんかしてくれるんだろうな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――不成立だった。

 

 そう、達也が出した条件は、「深雪が蘭に勝つこと」。エンジニア肌で人に説明するのが得意な彼の癖で、しっかりと「お前に」と限定条件を付けてしまっていた。

 

 明らかなミス。軽い気持ちが生んだ油断だ。

 

 つまりだ。

 

 あの時の、特に考えなしに放った軽口が、こちらに利がある賭けの不成立を産み、あちらから一方的に「なんでもする」というとんでもない契約を結ばされる羽目になった。

 

 いや、まだだ。達也が言ったのは「こっち」。達也がエンジニアとして担当した他生徒が、他競技でもいいから蘭に本番で勝っていたら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どっちもほのかが完敗している。

 

 

 

 

 

 

 

「………………で、俺は何をすればいい?」

 

 内容によってはこの場で分解するぞ。

 

 そんな脅しを前面に押し出しながら、達也は観念した。

 

 あまりにも無様。最後は、こうして圧倒的な暴力に頼るほかないとは。

 

 だがこれで、蘭も度を越したことはお願いしてこないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとのたのしみにとっておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、「笑顔の」蘭は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人はそれを、生殺しと言うんだぞ……」

 

 とりあえず、さっき別れたばかりの妹に、この愚痴を吐き出したかった。




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12-1

 まだまだ青春を楽しむRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、九校戦が終わったところまででした。

 

 これでようやく夏休みです。九校戦メンバーは夏休みの宿題が大体免除されるため、ここからは大幅なフリータイムになるわけですね。

 

 九校戦に参加して優勝すれば経験値うまうま、しかも半分とはいえ夏休みまるごと時間が空く。参加のメリットがとても大きいですね。

 

 

 

 

 ではその夏休みですが…………原作には一切かかわれません!

 

 

 

 

 

 美少女と美少年の水着が見れるあの海イベントも!

 

 森崎少年がひと夏のバイオレンスロマンスを体験する冒険活劇めいたあれも!

 

 テーマパークで英美ちゃんとか十三束君たちと遊ぶイベントも!

 

 将輝君とジョージィ君が友情を深めるイベントも!

 

 お兄様と妹様のデートも!

 

 

 

 

 

 全部、関われません!!!

 

 

 

 

 ではなぜかと申しますと、この夏休みには、実家から帰省命令が出るからです。兄ちゃまと深雪ちゃんには出ないのになんで……と思いますが、考えてみればあの二人には四葉内に実家なんて存在しないので、仕方ないですね。

 

 で、実家に戻って何をするかと言うと、大体はまず御本家様に自ら活動報告をしに行くイベントがあるのですが……はい、御覧の通り、貢パパに報告するだけで済みました。これはラッキーです。

 

 報告内容ですが、当然「高校生活たーのしー! 友達百人出来るかなー!」みたいな感じではなく、だれだれとコネを結んで、学校内での権力関係はこんな感じで、あとこんな事件があって……みたいな感じです。

 

 伝えることは、生徒会メンバーと三巨頭を中心とした構造であること、同級生で今後中心人物になりそうな生徒の詳細、春にあったブランシュ事件と九校戦内であった中国マフィアの事件の蘭ちゃん視点での報告、あたりで十分でしょう。

 

 で、これで報告が終わりました。後は可愛い妹弟とイチャイチャ仲良くしつつ、これ幸いとばかりに色々な任務に駆り出されたら、もうこれで夏休み終了です。地下の訓練施設、使う暇ありませんでしたね。

 

 で、夏休みが終わったら生徒会選挙の話になるわけですが、当然蘭ちゃんには一切かかわりありません。好感度稼ぎと九校戦の活躍で、合法ロリ新会長から生徒会入りを打診されたり、風紀委員の空いた穴にどうかとお願いされたり、部活動に今からどうだと勧誘されたりしますが、全部断りましょう。

 

 で、そんな感じで空白の一か月ほどを訓練と任務で過ごして……

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「ハロウィン前夜」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 始まりました。横浜騒乱編です。このゲーム、各編に突入した時のトロフィー名は凝ってるのに、終わった時は○○クリアだけなんですよね。考えるのが面倒になったのでしょうか。

 

 この横浜騒乱編ですが、四葉家出身チャートとそれ以外では、動きがかなり違ってきます。その詳細はまあ、その時に。

 

 

 

 この編にぃ、美味いイベント、来てるらしいっすよ。参加し(いき)ませんか?

 

 

 

 というわけで、幹比古君と仲良くなったコネを活かして、あるイベントに参加します。

 

 それがこちら。

 

 

 通称・十文字克人にみんなでボコボコにされようの会、です。

 

 

 十文字パイセンは、原作者公認の最強キャラクターであり、この段階のお兄様ですら、不意打ちで分解するか遠くから『マテリアル・バースト』でぶっ飛ばすか、ぐらいしか勝ち目がありません。そんな彼一人を相手に、生徒で編成する警備員たちのうち二・三年生の男子十人前後の選りすぐりが彼一人に戦うという訓練があります。これに見所さん!? ありとして幹比古君も二科生一年生として呼ばれますが、そのつながりを生かして、蘭ちゃんも一年生女子ですが異例の飛び入り参加をしましょう。

 

 そういうわけで集合場所にドン! 他参加者と克人先輩が怪訝な顔をする中、幹比古君を通して説明をしてもらい、飛び入り参加を認めさせます。

 

 このイベントは達也お兄ちゃんに並ぶ最強キャラである克人先輩との対戦なので、九校戦や兄君さまとの一騎打ち程ではないにしろ、負けても経験値がたっぷり入ります。というか基本負けイベントで、これで克人パイセンに勝ったという報告は動画編集時点ではありません。視聴者姉貴兄貴はぜひチャレンジしてみてください。

 

 で、当然RTAでも勝ちは目指しません。四葉の合同訓練の時と同じように、システムさんから「うんうんがんばったねー」って思ってもらえるよう粘るだけで十分です。

 

 なお、当然警備隊の訓練なので、どちらかが警備役、どちらかが犯罪者役となりますが……こちらが犯罪者役になるようにしましょう。原作でも十文字パイセン側が堂々と山林をうろついて、幹比古君たちが隠れながら攻撃するという形で、こちら側が犯罪者っぽかったですからね。

 

 それではスタートしましょう。とはいえ、積極的な攻撃は仕掛けず、嫌がらせ程度に留めます。パイセンのプレッシャーはすさまじく、こちら側は一斉に襲い掛かりたいところですが、圧力に負けて近くから順に一人ずつ飛び出して行ってしまいます。その飛び出していくタイミングに合わせて、遠くから攻撃しましょう。

 

 こうすることで、攻撃したという最低限の頑張りを拾いつつ、倒されるのは他の仲間、というように、リスク少な目で経験値ボーナスを狙えます。

 

 そしていよいよ数が減ってくると――幹比古君を中心とした、参加メンバーの中でも精神力が強いメンバーが、一斉に襲い掛かって奮闘する形になります。ここに蘭ちゃんも参戦しますが、それでも遠くからの攻撃に留めましょう。

 

 一人、また一人と倒されていき、ついに蘭ちゃん一人……こうなったら、即木々に紛れて逃走します。ここで、向こうが追いかけてきてくれるように、ちょっとした煽りを入れるのもポイントです。

 

 あとは遠くからチクチクしてる間にあちこちに仕込んだ即席の罠が並ぶルートまで誘導しつつ、嫌がらせの遠距離攻撃を仕掛け続けながら逃げましょう。スピードだけならこちとら負けていないので、向こうはあの手この手で追い詰めようとしてきますが、その一つ一つに丁寧に対処して時間を稼ぎます。

 

 これで恐ろしいのは、この先輩、なんと一向に焦ったり油断したりすることなく、淡々と冷静かつ豪快にこちらを追い詰めてくるんですね。何なんでしょうこの人、伊達にチャートによっては主戦力になったりしませんね。

 

 

 言い忘れていましたが、このゲームのRTAは、来訪者編クリアに限定しても、チャートごとに主戦力ががらりと変わります。

 

 例えば今やっている四葉家出身チャートに属するのチャート場合は、環境の都合でプレイヤーキャラクターが滅茶苦茶強くなるので、そのまま主戦力になります。そして強力な仲間として、対パラサイトには、幹比古君と美月ちゃんと、家族がいれば今回の黒羽家チャートの亜夜子ちゃん・文弥君のような形で採用します。USNA軍に対しては達也アニキで十分ですね。

 

 それと一般家庭チャートの場合は、これも幹比古君と美月ちゃんとプレイヤーが対パラサイトの主戦力になります。ただその中でも中条家チャートに関しては、この動画シリーズを投稿している間に大きな革命がありまして、今までのチャートをかなりがっつり変更したものが今のところ最速かつ安定であることがわかりました。そのチャートでやってみたのもこの動画シリーズ投稿中に走ったので、編集する元気があれば投稿するかもしれません。

 

 そして十師族チャートについてですが、これは実質、十文字家・七草家チャートです。パラサイト事件はこの二つの家が中心となって十師族も対応に動くのですが、そこに弟・妹と言う立場で克人先輩と真由美先輩という最強の二人を現場に駆り出してハチャメチャに暴れてもらうチャートとなっています。二人ともくっそ強いくせに原作の来訪者編では戦いませんでしたが、もしこの二人が参戦したら、といった雰囲気のチャートとなっています。真由美ちゃんはともかく、克人先輩が達也兄や以上の無双をする様は必見ですよ。

 

 さて、そんな最強の存在を相手に動画の方はだいぶ粘りましたが、ついに制限エリアの端まで追い詰められました。ここでも粘りまくって、最後っ屁を食らわせましょう。……死にましたー。

 

 と言った感じで、今後もこの編にぃ、美味いイベントが……ないです(絶望)

 

 この横浜騒乱編、この後にある主なイベントは、実際に戦争が起こるまで一切ありません。原作ではメンバーの警備だとか、生徒に潜んでいた工作員だとか、中々きな臭いイベントが盛りだくさんでしたが、RTAのプレイヤーキャラクターが干渉する余地はないんですね。一高のメンバーが優秀すぎるので。

 

 そんなわけで、放課後は準備の手伝いをぶち切って帰宅し、訓練か研究か任務に明け暮れましょう。研究についてはもうすでにあらかた完成しているので、任務が最優先ですかね。

 

 

 では今回は久しぶりに四葉家から下される任務を見てみましょう。

 

 内容は、わざわざ実家から来てくれた亜夜子ちゃんと文弥くんと一緒に、横浜へ潜入調査です。

 

 横浜にはかの有名な中華街があり、それにカモフラージュするように大亜細亜連合国民が身を寄せ合って暮らす一角があります。普段は不穏な動きをしつつもさほど目立ったことはしていませんが、今回は少しきな臭い雰囲気があるそうなので、そこに潜入……というわけではありません。

 

 潜入する場所はそこから少し離れた高層ビルの上層階。第三次世界大戦で激しく戦闘した国の人ということで社会的立場が低い人たちが集まるこの一角を、悠々と見下ろせる場所ですね。ここを根城にいるのが、良いことも悪いこともして上手く立場を獲得した大亜細亜連合のマフィア「無頭竜」の構成員というわけです。

 

 今回はそこに潜入して、なんかいい感じの情報を持ってこいと言う話でした。

 

 いやまあ、神の視点の私たちからすると、横浜に戦争を仕掛けるって話なんですけどね。

 

 ではさっそく、黒塗りの高級車で送ってもらって、潜入開始です。

 

 いやーそれにしても三人でミッションは久しぶり……ってわけではないですね。夏休みにさんざんやりました。

 

 亜夜子ちゃんの『極致拡散』で物理的なエネルギーによる観測を阻害し、文弥君の探知魔法で魔法関連の設備を探し出してそれを避けて……といういつもの流れですが、二人とも初回に比べたらかなり洗練されてますね。三流政治家の屋敷に比べてセキュリティは厳重なのですが、あの頃よりスムーズです。

 

 あ、もう人がいない執務室を見つけましたか。はい。え? さほど重要そうでない書類がなんのセキュリティもなしに置かれてる。はあ、そうですか。……へー、その一枚一枚は大したことないけど、全部の情報を統合してそこから考察を進めれば、計画が見えてくる。そんなの考えもしなかったですね。あ、じゃあ、厳重に守られてる書類やデータは、変にリスクを冒すぐらいならもういらないと。ふーん。

 

 あ、じゃあ、お邪魔しました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭ちゃん、いりました?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はここまで、ご視聴、ありがとうございました。




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総合評価が2000超えて嬉しいので、月曜日も投稿しようと思います(予定)


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12ー2

2000点超えて嬉しいので月曜ですが投稿します


 友達と海に来て、ビーチで遊ぶ。

 

 想像していた高校生の青春だ。

 

 だが、期待していたわけではない。自分にこんな、クラスの人気者たちみたいな遊びをするような関係の友達は、できないと思っていた。

 

 だがこうして、自分は少し大胆な水着にチャレンジして、校内で人気の女の子たちとスポーツで目立った活躍をした男の子たちと一緒に、しかもプライベートビーチでのびのびと遊んでいた。

 

「ん? 美月、どうしたの、ぼーっとして」

 

「え、ああ、ごめんね。遠くの景色見てたら、色々考え事しちゃって」

 

 太陽がさんさんと降り注ぐ昼間だというのに、このどこまでも続くような水平線は、人を容易く思考の海へと沈め、上の空へと浮遊させる。なんとも罪作りなことだ。

 

 そして、そう、罪作りと言えば。

 

 こんなに素晴らしい青春の一ページを綴っているというのに、それを最高のものにしてくれなかった、高校生になってからの一番の親友のことを思い出す。

 

「また考え事してる」

 

「え、えへへ……」

 

 こんなところに来たところで、人の本質は変わらない。幼いころから賢くて頭がよく回るがゆえに、時折こうして考え込む癖がついてしまっているのだ。

 

「何考えてるか、当ててあげよっか?」

 

「ええ!?」

 

 そんな彼女の鼻先に、エリカが悪戯っぽい顔をして綺麗な指を突きつける。常に剣を振るって修行しているらしいが、幼いころから常にやり続けてきたゆえに、もはやタコすらできないとかなんとか言っていたのを思い出された。

 

「ずばり、蘭のこと考えてたでしょ」

 

「……ご名答」

 

 まあそうなるだろう。美月はそう観念した。

 

「でもホント残念ねー」

 

「でも久しぶりの実家だもん、仕方ないよ」

 

 そう、このお友達グループで、お金持ちの雫の家にお呼ばれして、プライベートビーチを楽しむという、誰しもがうらやむようなイベントに、一人だけ参加できなかった少女がいる。それこそが、美月の親友である、黒羽蘭だ。

 

 彼女の実家は愛知にあり、高校へは一人暮らしで通っていて、この夏休みに実家に帰っている。一般人なら不思議ではないが、魔法師は大抵家族仲がうまくいっていないので、帰省しない生徒も多い。だが、九校戦に来て一緒に観戦した、あの可愛い弟と妹とは仲が良さそうなので、そういうことはないのだろう。きっと三人で遊んでいるに違いない。

 

「だったらさ、写真撮って、蘭に送ってあげたら?」

 

「うん、そうだね!」

 

 名案だ。

 

 早速美月は端末を取り出し、エリカと並んで、自撮りツーショットを撮影する。そしてやや離れた位置でビーチバレー――雫のかけ引きが上手すぎて深雪とほのかが押され気味だ――をしている三人を撮影し、最後に目いっぱいの望遠モードを使って、かなり沖の方で競泳している男子たちを撮る。

 

 みんな楽しそうだ。きっと蘭も喜んでくれる。

 

 そうして、少し元気になりながら、美月はこの写真を、蘭へと送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、「もっとお尻とかおっぱいをよく写して。せっかくの水着だし」と返信が届き、それを見たエリカが八つ当たり気味に美月の端末を海の藻屑にしようとしたのもまた、きっと青春の一ページだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンスとピンチが同時に降り注いできたと思ったら、ピンチが裏ドラとしてついてきた。

 

 今の幹比古の気分としては、おおむねそんな感じである。

 

 論文コンペには、九校の生徒の希望者から選ばれたメンバーで編成する会場警備隊が設置される。いくら世界が変わっても、いくら魔法師であり軍事関係の進路に進むものが多かろうと、まだ未成年の集まりでしかないので、本格的な部分は国防軍や警察が担う。それでも、鍛え抜かれた屈強な見た目を持ちかつ特別と言える力を持つ若者が物々しい装備で複数人固まっていれば、生半可な意志の悪人は計画を取りやめるだろう。この組織には、そうした意図がある。

 

 一方で、これは生徒・警察・国防軍・警備会社、全てにメリットのあることだ。そういった関係に進むことが多い魔法科高校生は、将来の練習やコネクションの形成が見込める。警察・国防軍・警備会社側も、将来有望な子供を見つけたり、それとコネクションを結んだりできる。また、九校合同で肩を並べて同じ仕事をするという協同をすることで、生徒の人格形成に良い影響が見込めるという面もあった。

 

 そんな感じで、本格的な役割は求められていない。それでも、生徒たちは本気だ。それゆえに、運動系部活動を越えるような本格的な訓練も日常的に行う。

 

 今日は、本番まであと一週間と一日ということで、その中でも特にハードな訓練の日であった。

 

 それは、総隊長を務める克人一人と、警備隊十人の、人工森林を使った模擬戦だ。

 

 そんな大きな訓練に、モノリス・コードで見込みありとされた幹比古が、特別に招待されたのである。

 

 舞い込んできた大きなチャンスと、そしてあの克人と戦わされるというピンチが、同時に訪れた。

 

 

 

 そして今は――別のピンチを抱えている。

 

 

 

「それで、なぜ黒羽がここにいる?」

 

 克人は腕を組み、参加者全員を見回して問いかけた。実際の所、彼はただ疑問に思って質問しているだけなのだが、そのシチュエーションと雰囲気から、全員が、怒られていると感じていた。

 

「なにやら、はでなこと、するみたいじゃないですか。まぜてもらおうとおもいまして」

 

(こいつに話すんじゃなかったあああああ!!!)

 

 冷静を装いながら、幹比古は頭を抱える。昼食をいつものお友達グループで一緒に食べている時に、ぽろっと漏らしてしまったのだ。別に秘密のことではないのだが、ここにきてそれを激しく後悔した。

 

「知っているだろうが、これは遊びではない。分かっていて参加しようとしているのか?」

 

「もろちん」

 

 美少女から飛び出した突然の下ネタに、一部の純情男子が顔を赤らめ――なんてことはない。全員そんなことを気にしてる余裕はなく、顔は真っ青のままだ。

 

 だが、克人は――下ネタだと気づかなっただけだが――それに動じず、元々の参加メンバーを見回す。

 

「黒羽の実力については分かっている。九校戦は見事だった。だが、これは戦闘だ。黒羽の戦闘能力が、この訓練に参加するに足ると説明できるやつはいるか?」

 

 まずい。

 

 幹比古は、まるで鬼の始祖に睨まれた下級幹部のような気持ちになる。

 

 今回の参加メンバーには蘭のクラスメイトはいない。結果として、親しい友達である幹比古が、ここで説明する羽目になるのが、確定的だった。

 

「みきひこくんから、きいてください」

 

 シラを切ることもできるかと思ったが、蘭から無慈悲に指名された。

 

 泣きそうになりながら立ち上がり、克人に目線で促され、説明を始める。他参加メンバーの同情の目線が逆につらかった。

 

「えーっと、その……九校戦や試験の成績はご存知かと思いますが、魔法実技面においては、学年トップなのは間違いありません」

 

「知っている。実用面でも競技を見れば見事な腕なのは確かだ。だが、実戦となると話が別だ」

 

 技術の発展著しく、魔法は、十分代替可能な技術が普及している。魔法が魔法以外の技術に対して代替不能な優位を持っているのは、いわば暴力の行使のみだ。そんな需要のため、優れた魔法師は戦闘が得意だし、戦闘ができる魔法師が優れた扱いをされるような評価基準が広まっている。

 

 だが、そこから外れる優秀な者も、確かに存在する。例えば、二年生主席で現生徒会長の中条あずさ。彼女の魔法の腕は、得意部分においては、克人や真由美ですら及ばないほどだ。機転も効くので、いざという危機に頼りになることはあろう。だが、本人の体格やフィジカルや運動神経やメンタル、そして魔法の得意分野が、とにかく戦闘に向かない。

 

 そのような者がいるのを知っているからこその、克人の質問だ。蘭は見た目上は身長も女子平均より小さく、細身であり華奢だ。整った容貌と体質により動かない表情のせいで、精巧なお人形と言う印象が強い。口を開けば軽薄かつ下品そのものだが。

 

「……それについても、保証します。むしろ蘭は、競技よりも、戦闘の方が得意です。女子モノリス・コードがあったら、一年生でも本戦代表になれるぐらいには」

 

 幹比古は、勇気が萎えてしまわないうちに、一気にそう言い切った。

 

 たとえ認められなくても、これだけは伝えておきたかった。

 

 蘭は間違いなく、実戦的な戦闘魔法師だ。

 

 彼女の本気を見たことはない。

 

 だが――本気で戦ったことはある。

 

 モノリス・コード新人戦に代理として出陣する前夜。少しでも連携を確かめようと、レオと二人がかりで軽い模擬戦をしてもらった。

 

 今でも思い出すたびに悔しくなる。レオと幹比古は、全く本気を出した様子がない蘭に、完全に遊ばれたのだ。

 

 攻撃はわざと紙一重で避けられて、向こうからの反撃は一番得意だという遠距離攻撃ではなく、頭にポンと軽く手を置かれるだけ。だというのに、一度も攻撃を当てられず、頭を触られた回数は数えきれないほどだった。本番前日に自信をへし折りに来る馬鹿がどこにいるのだという話だが、「明日の相手はこれより弱いから気が楽だろ」とあっけらかんと言い放った達也に言いくるめられたのも、いい思い出だ。

 

 こちらは二人がかりでしかも本気、あちらは本気ではない。それで完敗した。

 

 その模擬戦を通して、幹比古は理解した。

 

 蘭は――間違いなく、実戦経験がある。

 

 それも、達也や深雪と同じで、一度や二度ではない。あの親戚たちは、間違いなく、とんでもない血筋でつながっているのだろう。

 

 だからこそ、幹比古は、克人の迫力に腰が引けようと、これだけは自信を持って言えたのだ。

 

 

 

 

 

 

「よかろう。黒羽の参加を認める」

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずピンチを乗り切ったが、すぐ後に元々あったピンチが来るのを、この一瞬だけ、幹比古は忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介極まりない。

 

 人口山林の中を堂々と闊歩しながら攻撃を退ける克人は、内心で後輩への評価を上げた。

 

 蘭の提案により、克人一人が警備側で、十二人が山林に逃げたゲリラという想定での模擬戦となった。

 

 選りすぐりなだけあって、アマチュアの寄せ集めだというのに練度はそこそこ。だが、実戦のプレッシャーには慣れていないようで、破れかぶれの突撃が連続するのは少しばかり残念だ。

 

 そんな中でも、ゲスト参加であるはずの幹比古と飛び入り参加な蘭の仕事が、克人としては嬉しい誤算だった。

 

 まず幹比古はプレッシャーに負けることなく、慎重かつ老獪に、それでいて攻めるべき時は大胆に攻めてきて、未だに克人からダメージを貰っていない。

 

 そして蘭は、ひたすらにちょっかいをかけてきて、少しずつこちらを消耗させてくる。決して自分一人だけでは仕掛けず、破れかぶれだろうと誰かが仕掛けたと同時に、どこからともなく高速で枝や石や土塊を飛ばしてくるのだ。その一つ一つの速度は音速に近く、直撃すればかなり痛いし、当たり方によっては怪我は免れない。そちらに意識を割かざるを得なくて、そのせいで破れかぶれだろうと選りすぐりの生徒によるそれなりの質の攻撃が、何度も克人に直撃しかけた。

 

 実践的な、ではなく、実戦的な魔法師である、という幹比古の評価は正しいらしい。顔には出さないが、立派な後輩がいてくれたことに、心の中で少し笑みを浮かべる。

 

 だがそれはそれとして容赦はしない。残った幹比古をついに追い詰めて、最終決戦に近い状態だ。

 

 幹比古は上手に逃げて、木々の密度が比較的高い場所に克人を誘い込み、そのあたりにあらかじめ集めていた精霊を同時に活性化させ、多種の攻撃を四方八方から仕掛けた。

 

(これは!)

 

 克人は目を見張る。

 

 そして、この訓練中に使うつもりがなかった、一番使い慣れた番号を汎用型CADに入力し、一瞬で魔法式を構築して行使する。

 

 それと同時に、その多種の攻撃全てが、退けられた。

 

『ファランクス』。全系統と無系統の障壁魔法と、『情報強化』『領域干渉』を、絶え間なくランダムに次々紡ぎだす事で、全ての攻撃を防ぐ、究極の防御魔法だ。十文字家の基本技にして得意技にして必殺技である。

 

 その性能はこの訓練で使ってしまってはあまりにも一方的になってしまうもので、自主的に封印していた。だが、克人は、幹比古に、これを「使わされた」のである。気持ち的には、自主的なものとはいえ反則みたいなものであり、負けに近い。

 

 だが、幹比古はそれに満足していない。ついに現れた『ファランクス』に、警戒はしても、おびえたり絶望したりすることはない。

 

(面白いやつだ)

 

 素晴らしい後輩に敬意を表して、少しばかりギアを上げて対処しよう。

 

 そうして反撃に動こうとした克人は――即座に出鼻を挫かれ、足を止めざるを得なかった。

 

 これまでと比較にならない、対魔法師用ハイパワーライフルもかくやというほどの速度で一気に何発ものパチンコ玉が飛来してくる。克人と言えど、ほんの少し本腰を入れなければ防げない。

 

 その隙に幹比古が距離を取り、がむしゃらに攻撃を仕掛けてくる。

 

 さすがにまずいと思い、克人はさらにギアを上げた。展開した障壁魔法は、防ぐだけではなく、反射に設定。

 

 突然全ての攻撃が自分に返ってきた幹比古は、それを防ぎきれなかった。電気ショックを食らってしまい、即座にダウンする。

 

 だが、あの高速のパチンコ玉は、手ごたえがない。その全てが木々に深くめり込んだだけ。

 

「後は黒羽だけだな」

 

 模擬戦で、当たりどころが悪ければ死、悪くなくても重傷は免れない攻撃を、安全圏から一方的に仕掛けてくる。克人を学生だからと言って、過小評価していない。これは、相当「本気」だ。

 

「……骨が折れそうだな」

 

 九校戦の様子を見る限り、開けた場所でも、この森林のような障害物が多い場所でも、単純な速度はすでに蘭に負けているだろう。追いつくには、どれだけ時間がかかるだろうか。

 

 それでも克人は迷わず、それなりに距離を取って気配を消しているはずの蘭が潜んでいる方向へと、迷わず足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練終了。幹比古はその後も校内で色々お手伝いしていた。その途中トラブルで美月の豊満な胸を鷲掴みしてしまうトラブルがあったりもしたが、特にこれと言って大きな事件はなかった。今は、学校からの帰り道である。

 

「全く、蘭のやつはどこまでもマイペースなんだから」

 

 飛び入り参加するならせめて事前に言ってくれれば覚悟も出来たのに。

 

 普段は論文コンペの手伝いをせずさっさと帰宅し、かと思えば今日は訓練に飛び入り参加、そして終わったらまたさっさと帰る。自分勝手ここに極まれりだ。確かに、成績優秀とはいえ彼女にしかできない仕事はほぼないのだから、別に帰っても文句は言われないだろうが……。

 

『いつもすぐ帰りますけど、何か用でも?』

 

『げーむがしんはつばい』

 

 数日前の美月と蘭の会話を思い出す。あの場にいた全員が呆れ果てていたが、達也と深雪は呆れ方が少し違って、気になったので後でこっそりと事情を聴いてみた。

 

『確かにあいつはゲームとかネットとかのネタをよく話すけど、そんな熱心に触ってないぞ。新発売のゲームも、買ってすらいないだろうな』

 

 さすが親戚だからか、いろいろ事情を知っているらしい。達也だから、隠すことはあっても嘘はつかないだろう。少なくとも蘭のように、「しんせきだから、しってます。ここだけのはなし、たつやおにいさまと、みゆきちゃんは、まいにちいっしょに、おふろにはいってます」みたいな質の悪いジョークは言わないだろう。

 

『あいつは帰ったら、いつもやってるあの小規模魔法の練習を家でやっているか、近所の山で魔法訓練しているかだよ』

 

 蘭の嘘に呆れていた彼が、この説明をするときも呆れていた様子だった。昔から変わらない、と言っているみたいである。

 

 これが本当であろうことは、今日の訓練でよく分かった。あんな華奢な女の子が、人工とは言え森林の中を魔法を併用してあそこまで高速移動なんて、できるはずがない。あれは、度重なる訓練のたまものなのだろう。へらへらしているように見えて、蘭は、人に見えないところでも人一倍努力していたのだ。だからこそ、あの実績と実力なのである。

 

 

 

 

 

 

「蘭にも、負けていられないな」

 

 

 

 

 

 いつの間にか呼び捨てするようになった少女を思い浮かべながら、幹比古はいつもやっている自主修行により気合を入れることを決めた。




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13ー1

 やはり暴力……暴力はすべてを解決する……! なRTA、はーじまーるよー!

 

 前回はガチムチ先輩による鬼のしごき♂に飛び入り参加して、夜には可愛い妹弟たちと秘密のミッション♡をしたところまででした。

 

 それにしてもあの任務、先駆者姉貴兄貴の情報からは想像もつかないほどに簡単でしたね。亜夜子ちゃんと文弥君が、過去のデータよりもかなり優秀になってます。

 

 

 で、視聴者兄貴姉貴は、当然疑問に思いましたよね?

 

 なんでこんなつまらん任務が等速なの? と。

 

 

 というのも、あの任務は、ゲーム進行的にとても重要なイベントだったからです。四葉家出身の場合、あのタイミングで横浜に潜んでいるいくつかの組織へと潜入して、あらかじめ横浜事変の前兆を知ることができる、という特別イベントがあるんですよ。前回のあれが、それです。

 

 厳重なセキュリティに守られてる資料だと、当日の工作員の配置だとか、武器の密輸決済だとか、そういう決定的な証拠が手に入ります。そのために、物理的な鍵だったら魔法によって精密に開けられる蘭ちゃんも同行していたのですが……今回は不要でした。

 

 というのも、特にしっかり保管されていたわけでもない資料で十分だったらしいです。なんでも、賢い人が見れば、それらの雑多な情報を統合すれば色々見えてくるとかなんとか。

 

 例えば、備蓄倉庫から災害用非常食をどれだけ動かしたか、横浜内にある施設の公開されている間取り、記号がいくつか書かれた簡素な地図……といったしょーもない情報を組み合わせることで、当日に工作員やゲリラがどのあたりでどのような活動をするか、誰が協力者なのか、とか色々分かるそうです。なんで?

 

 このことからわかる通り、どうやら四葉は、大亜細亜連合があのタイミングで横浜に戦争を吹っかけると、事前に分かっていたようですね。それを達也兄やたちに伝えないのが、いい感じに悪趣味です。

 

 さて、これで論文コンペ前にやることはあらかた終わりました。

 

 では、いつも通りお友達グループと論文コンペに行き、転生オリ主らしく突然の戦争でも友達の前で無双活躍しちゃいましょう。校内にテロリストが突然入ってくる妄想みたいなものですからね、ここからは楽しいですよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなことしないんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これも四葉家出身チャート特有のムーブです。司波兄妹だけ情報が遮断されていますが、四葉家は大亜細亜連合の動きを掴んでいるので、あらかじめ被害が拡大しすぎないように、人員を配置しています。蘭ちゃんは、亜夜子ちゃん・文弥君とトリオを組んで、そちらに参加することになっているんですね。

 

 先駆者姉貴によると、ここは状況に応じて選択することになるそうです。

 

 美月ちゃんと幹比古君の好感度が足りない場合は、四葉家に「生徒として会場に簡単に忍び込めるから色々便利」と嘘をついて論文コンペに同行し、そのあとの戦争も美月ちゃんたちと行動します。当然、プレイヤーキャラクターも相応に働かなければならないので、のちのち重要な二人の経験値が稼げないという点で、あまり美味しくありません。ここは二人にとって、初めての戦場ですからね。

 

 で、好感度が足りている場合は、ここで四葉側に参加する、というわけです。二人はたっぷり原作通りに経験値を稼げて、プレイヤーも四葉に逆らわずに済むので、肝心の来訪者編でのマークが薄くなります。

 

 そういうわけで、原作メンバーたちとはしばらく会えません。戦争が勃発してもサポートすらしてはいけません。ここで厳しい戦場に身を置くことが、彼らの大きな経験値になるからです。

 

 好感度が足りている場合は、四葉側で動く。つまり上手く行っていた場合はこうする、という話なんですが、これもデメリットあるんですよねえ。というのも、プレイヤーが干渉できないので、場合によっては重要キャラが死んでしまうこともあるんです。大体達也おにいたまが蘇らせてくれますが、手遅れになることもありますからね。実際、先駆者兄貴はここで美月ちゃんが死んで、キレ散らかしながらリセットしたそうです。

 

 戦争が起こると知りながらそれをあえて見逃して、事が起こってからまるで正義の味方のように解決に動く。別に戦争そのものを起こさせたわけではありませんが、マッチポンプめいたものを感じますね。こんなムーブができるのはゲームの世界だけ! みんなも、買おう!

 

 

 さて、そういうわけで持ち場に待機します。今回担当することになったのは、横浜のとある市街です。ここを選んだのにも理由がちゃーんとあります。

 

 まず、横浜から逃げようとする一般人を捕えようと待ち構えている敵の周縁部隊を排除したり、逆に戦闘から逃げようとする敵に絶望の止めを刺したりする役割の、横浜から離れたチームが候補として挙がります。これは無難なのですが、戦闘回数がとにかく少なくて、経験値としてはあまり美味しくありません。

 

 では主戦場である、直立戦車だとか呂剛虎だとかが投入される場所でバリバリ活躍するかと言うと、それもダメです。そういうところは一高メンバーが大体いるため、彼らの経験値になりません。雫ちゃんとかほのかちゃんとか桐原君とかみたいな来訪者編であまり戦力にならないキャラたちならまだしも、幹比古君や美月ちゃんといった主戦力、エリカちゃんやレオ君みたいなサブ戦力の経験値うまうまゾーンを邪魔してはいけません。

 

 で、その折衷案!キラ☆ として選ばれるのが、そこそこ戦闘が盛んな横浜市街内でも、一高メンバーと離れたところです。役割関係的には、原作で言う将輝君や十文字パイセンと同じですね。

 

 さて、それではここでファッションチェック。文弥君はフェミニンな、亜夜子ちゃんと蘭ちゃんはゴシックロリータで、いつも通り……というわけではありません。今回は真昼間で人の目につきかねない場所での戦闘なので、フルフェイスヘルメットで顔を隠しています。また衣装の方も、全員で統一の真っ黒なスーツですね。空気抵抗が少なくなるようぴっちりしているのですが、絶妙に身体のラインが分かりにくくて、女性か男性か判断できないようになっています。可愛いお顔が台無しですね……。

 

 ではやっていきましょう。役割としては、戦闘に真正面から参加するのではなく、避難して人がいなくなった建物をこっそり駆けて回り込んで敵の後ろから攪乱したり、逃げていく敵を待ち伏せして倒したり、という具合です。つまり目立った活躍はしないということですね。

 

 ではしばらく、立ち入り禁止で誰もいない屋上に潜んで待機して……はい、会場の一般客に紛れた四葉の手先から連絡が来ました。無事(?)会場がテロリストに襲われたそうです。じきにここも戦場になるでしょう。

 

 お、もうここでも警報ですか、早いですね。会場から結構離れた商店街なので、ここに直接被害はまだ一切起きてないですが……。場所的に太平洋方向から攻められやすいということで、休戦状態の世界情勢と言うこともあって、横浜周辺はかなり敏感なようです。周辺でそういう事件が起きたらすぐ広い範囲で一斉蜂起する、ということが分かっているのでしょう。

 

 

 さて、では行きましょうか。屋上の中の屋根がかかっている部分にうまく隠れて敵偵察ドローンから見えないようにしつつ、知覚魔法で道路や施設内の様子をぼんやりと見て……おーおー、怪しい動きをしている奴らがいますね。避難の波に乗って慌てて落し物しているように見せかけて、小型爆弾です。タイミングを見て起爆するつもりなのでしょうが……あ、もう亜夜子ちゃんが魔法で無効化しました。直接見てないものに魔法をかけられるってすごーい!

 

 そうこうしている間に、地上でも敵の作戦が展開されています。私たちもここから動いて、戦場の裏を駆け巡りましょう。

 

 あ、ちなみに、この戦闘群では、大得意な移動・加速系魔法ではなく、余裕がある場面だったら、黒羽家の伝統芸『毒蜂』を使ってください。今まで精神干渉系魔法はその性質上使い所さん!? がありませんでしたが、今回は遠慮なしの場面なので、この系統の経験値を稼いでおきましょう。

 

 まずは敵が固まっているところに屋上から加重系魔法でめちゃくちゃ重くしたパチンコ玉をいっぱい落としたり、逃げようとする市民を待ち伏せしていた敵を逆に待ち伏せして倒したり、防衛サイドが手薄なところに敵が攻め込まないようそれとなく幻術魔法で誘導したり、様々です。

 

 一つ一つの仕事は特に経験値は美味しくありませんが、イベントとしては「戦争」であるため、ほんの少しボーナスがあるのは確かです。ここでいっぱい働いて塵も積もれば大和撫子理論で、経験値を稼ぎましょう。

 

 走っている敵の一番前の敵を転ばせて後続ごと足止め。敵が乗ってきた車のタイヤをパンクさせる。逆に一番大きな車だけわざと残して発信機を仕掛けておきその車にまとまって乗ったら一網打尽。孤立した敵戦車の中に突撃してソーサリー・ブースターを回収。敵無線機を奪ってそこに偽情報を流して攪乱。エトセトラエトセトラ。

 

 

 

 

 やることが……やることが多い……!!

 

 

 

 

 まだまだあります。

 

 一般人が入りそうもない裏路地に地雷をいっぱい仕掛けます。コンクリート市街には埋められる場所なんてないんで陰に隠したクレイモア形式です。通常よりもはるかに小型なので、これ一つでかなりの値段がしそうです。

 

 立てこもり用の陣地にするべく、商店街内で見晴らしがよい建物に敵が潜入してきましたので、相手が一通り集まった段階で、『破城槌』で建物まるごと潰します。ああ、結構綺麗で立地もいいのにもったいない……。

 

 敵がドローンも使用してきましたが、魔法でそれを無理やり捕まえたうえで、そのドローンに電波を送っている場所を逆探知用の機械で特定します。へーそこがアジトなんですね。じゃあこのドローンに催眠ガス弾を持たせて……森へお帰り! しましょう。このガス弾は四葉謹製のすごい薬がふんだんに使用されてるそうですが、いったい一発何円なんでしょうね。

 

 

 

 

 

 トリックって、金がかかる……!!

 

 

 

 

 

 

 道路を上から一方的に攻撃するために、敵がビルの屋上に陣取ってます。火を放って攪乱しましょう。まず敵さあ、屋上あるんだけど、焼いてかない?

 

 古式魔法の式神で隊列を組む戦術に防衛サイドが苦戦しています。隠れている術者をピンポイントで狙って援護しましょう。(式)神なんか必要ねぇんだよ!

 

 避難で人がいなくなった商店から略奪して自分たちの食料にしようとする工作部隊を見つけたので、倒しておきましょう。工作員君のお、パンッパンに詰まった袋のお、食料ぜーーーーーんぶ絞り出してえ、あ☆げ☆る♡

 

 

 

 

 とかなんとかやっているうちに、無線で戦況が進んでいきました。

 

 突如現れた呂剛虎は原作メンバーが倒し、魔法師協会の情報も深雪ちゃんが守り、おおむね避難が完了し、逃げていく敵艦船を達也鬼い様が一発目の『マテリアル・バースト』でぶっぱなしました。

 

 ここからは掃討戦のため、四葉は目立たないようお役御免です。さっさと愛知とか静岡に帰って、「いやーあっち大変だったみたいっすね~、なんも出来なかったっすわ~、都会の皆さんは優秀ずら!」みたいなツラしておきましょう。

 

 あ、言い忘れてましたが、この横浜事変では、いわゆる「秘密兵器」に気を付けてください。原作に無いオリジナル展開として、大亜細亜連合が特殊で強力な兵器を投入してくる場合があります。出現を確認したら、四葉の都合をガン無視してでも、原作キャラが生き残るように動きましょう。

 

 よくあるのは、人工筋肉と人工神経をベースに鋼鉄の装甲で覆った人型ロボットで、疑似的な人間であることを利用して古式魔法で操作しやすくする、通称「エヴァンゲリオン」とかですね。他にもなんかガスミサイルとかもあります。

 

 まあ今回は何もなかったので、大人しく帰りましょう。

 

 で、後は何もしなくても――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――お兄様が2発目の『マテリアル・バースト』で、敵艦隊をまるごと全部吹っ飛ばしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで、いよいよ、このRTAも大詰めです。

 

 しっかりと原作通りの流れで、お兄ちゃんの虐殺が達成されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 計画通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「横浜騒乱編クリア」のトロフィーを獲得しました〉




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13ー2

 掛け値なしに素晴らしい発表だった。

 

 二科生ながら学業が優秀で、そしてそれを成し遂げるだけの頭脳と勤勉さと知的好奇心を持つ美月は、鈴音の発表を聞いて、涙を流しそうなほどに感動し、惜しみない拍手を送った。

 

 その発表内容は「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性」。加重系魔法の三大難問とされている分野だ。

 

 彼女はそれに対して、新たな可能性を見出した。新開発した魔法を使うことで、また違ったアプローチで、実質同じだけの効果があるものが実現できることを示したのだ。

 

 ――第三次世界大戦の傷は、未だ癒えない。

 

 その原因となったのは、人口爆発によるエネルギー資源不足に、さらに寒冷化による食糧不足が重なったことだ。いざ戦争が一旦終わってみれば、もはやその原因から離れて火種が未だくすぶっているが、それでも、世界を覆う二つの大きな問題には変わりない。

 

 鈴音のこの研究は、閉じかけていた道に、大きな光をもたらしたと言っても良い。

 

 この難問が解決されればエネルギー問題は大幅に改善する。世界に普及すれば、たとえまた次の原因が生まれるまでであろうと、平和へ大きく貢献するだろう。

 

 本当に、素晴らしい発表だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――だからこそ。

 

 

 

 

 

 

「蘭ちゃんも来れば良かったのに……」

 

 やはり、このことが残念だった。

 

 海に引き続き、この素晴らしい発表会もまた、彼女の隣に蘭が不在だった。家の用事があるらしい。確かにこのイベントは休日に行われて、生徒の参加は原則自由だし、テーマがハイレベルすぎるので来ない生徒もそこそこいるのだが、それでも、やはり参加しないのはもったいない話だ。

 

 さらに仲良くなって、エリカのように「ちゃん」と呼べるようになった親友。彼女にも、この素晴らしさを分かってほしい。美月は、頭の中で発表内容を何度も反芻して、自分なりに理解を深めようとした。ちなみに余談だが、深雪は放つオーラが強すぎて、未だに「さん」呼びである。

 

 そうしている間に、もうすぐ第三高校の発表が迫っていた。あのカーディナル・ジョージが発表者であるという。これもまた楽しみだ。

 

 そう思った時――会場に轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美月は、自身は戦力にならないが、その体質によるサポートは、古式魔法を中心とする敵相手に非常に有効であった。そのため達也たちと同行し、子供の身分にはあまりにも不相応な戦場へと赴き、彼女なりの仕事をこなしていた。

 

 直立戦車などの本格的な兵器を沈めて、一段落ついた時。

 

 彼女の脳裏に、一人の親友の姿がよぎる。

 

(蘭ちゃん、来なくて良かったかも……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その親友はと言うと、実際は横浜に来ていた。

 

 だが無個性な黒のボディスーツに武骨なフルフェイスヘルメットとなれば、たとえすれ違ったとしても気づかないだろう。

 

 彼女の仕事は早い。もはや達人と言っても過言ではない練度の移動・加速系魔法で戦場の裏を駆け巡り、数多くの仕事をこなしている。その手際の良さは、一人で亜夜子と文弥二人分だった。ただし仕事内容は最低限しかやらず、二人に比べたら粗が目立つのも確かだった。

 

『ソウお姉さまはやはり素晴らしいですわね、ヤミ』

 

『ほんとだね、ヨル』

 

 小声で話すだけで、フルフェイスヘルメット内に用意されているインカムにはっきりと声が届く。互いにコードネームで呼び合って、尊敬する姉を賞賛する。

 

 ――この作戦を迎えるにあたり、つい最近になって、二人のように蘭にもコードネームがつけられることとなった。

 

 由来は彼女の名前。蘭、RUN、走る、ソウ、と安直な発想だが、すぐにこれは二人にとって馴染んだ。

 

 ありとあらゆる場所を高速で駆けまわり敵を翻弄する。そしてひたすら訓練と研究に打ち込み、「生き急いで」全力疾走しているような生き様。生まれた時のお祝いとして贈られた蘭の花が綺麗だったからつけられた名前だが、奇しくも、音だけは彼女の性格と生き様をこれ以上ないほどぴったりと表現している。花の方にも似てくれたら、なお良かったのだが。

 

 そんな無駄話をしている間にも、二人は涼しい顔で敵兵士を闇で葬っていく。特に文弥の『毒蜂』は、見事の一言に尽きた。彼の固有魔法であり得意技でもある『ダイレクト・ペイン』も、捕まえた敵兵士への拷問で重宝していた。

 

 そして蘭も、黒羽家のお家芸であるその『毒蜂』を、今日は多用している。

 

 いつもは最も得意な移動・加速系魔法で周辺のものや持ち込んだパチンコ玉をぶつけて殺すことが多いのだが、今日は違う。そういえば今まであまり使わなかった、精神干渉系魔法が中心だった。

 

『ソウお姉さま、今日はなんでまた急にその魔法なの?』

 

『いどうけいと、かそくけいは、わたしのだいめいし、ですからね。ぎゃくにこれのほうが、ばれないせつ、あります』

 

 なるほど、そういうことか。

 

 それを聞いた文弥と亜夜子は納得した。まだ表舞台に出ていない二人はともかく、蘭は九校戦で目立ちすぎた。そのヒントを減らしておきたいのだろう。それに『毒蜂』も、針を刺すうえではそれらの魔法を使うわけだし、十分特技は活かされていると言える。

 

 ただ、活かされていない、蘭のもう一つの特技もあった。

 

『それにしても、お姉さまの固有魔法は中々使いどころがありませんわね』

 

 蘭は未だにその魔法を熱心に研究し、人体実験を重ねている。蘭の固有魔法『プシオンコピー』は、不殺の戦闘においては相手の戦意を削いだりするのに役に立つが、こうして遠慮なく殺すのが一番効率が良い場面では、あまり役に立たない。これで格上相手ならば、精神状態を無理やり油断状態にしてコンディションを狂わせるなどできるのだが、あいにくながら雑魚ばかりだ。

 

『ほんまつかえへんで、これ。まあ、そのうち、やくだつばめんも、あるでしょう』

 

 そして蘭は、この調子である。気にしていないというよりかは、役立つ場面が来るという確信からくる余裕であった。

 

 昔はそれこそ周囲に悪影響を及ぼすほどに余裕がなかったが、中学生になってからのいつごろからだったか、いつの間にか焦った様子はなくなっていた。そこで何かを見出したのかもしれない。

 

 それにしてもなんだか、蘭が精神干渉系魔法を使っていると、二人とも謎の安心感を覚える。

 

 いや、理由は分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一高校進学をきっかけに、二人は、大好きな姉と離れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかもその姉は、高校で大切な友達を作り、仲睦まじく過ごしている。

 

 

 表に出すほど幼稚ではない。だが、二人は、寂しさとヤキモチを、自覚する程に感じていたのだ。

 

 だが、この精神干渉系魔法は違う。

 

 これは禁忌扱いされている系統であり、当然、蘭は美月たちにこのことを話していない。あくまでも、彼女らは「外の友達」であり、「四葉」「黒羽」ではないのだ。

 

 そんな魔法を蘭が使っていることで、あくまでも自分たちの方が彼女に近い、ということを実感できるのである。

 

(なーんて、まだまだ子供ですわね)

 

 亜夜子はフルフェイスヘルメットの奥で苦笑いをする。

 

 こんな余計なことを考えていても、二人の仕事には、全くよどみがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各所で戦闘が日本に有利な形で収束してきた。四葉の出番はもうないため、さっさと撤収して、それぞれがいつもの場所に戻ってアリバイ作りめいた日常を過ごす。蘭に関しては、「実家に用がある」と美月たちに伝えているので、当然不自然にならないよう、実家で大人しく過ごしていた。

 

 そして、その日の夜。

 

「そうか、使ったか」

 

 貢は、様々な感情がごちゃごちゃになった目と声で、報告を聞いて、そうとだけ返事をし、通話を切った。

 

 大亜細亜連合は横浜への奇襲に失敗し、ここからが正念場だとばかりに、本国で巨大な艦隊を急ピッチで編成していた。その中には、十三使徒もいたという。

 

 だが、彼らが喧嘩を売った相手が、あまりにも悪すぎた。

 

 四葉の罪の結晶、世界を滅ぼす力を持った、司波達也。

 

 彼の力を、究極の形で振るう魔法『マテリアル・バースト』。

 

 その艦隊は突然現れた巨大エネルギーの爆発により蒸発し、周辺の大地と海も吹き飛んだ。

 

(一度で諦めればよかったものを)

 

 実際、これは初めてではない。横浜から逃げる艦船に、すでに一発、はるかに小規模なものではあるが、この巨大な力を振るった。これは実用も兼ねているが、大亜細亜連合への警告にも近かった。

 

 遠距離から振るわれた、船一つが沈む程の爆発。

 

 これを見て、諦めれば、こんなことにならなかったのに……。

 

 深い深いため息をついて、十数秒俯き、しばらく息と気持ちを整える。

 

 

 

 

「話さねばなるまい」

 

 

 

 

 この四葉が抱える、巨大な力と責任を。

 

 一人方向性が違う子もいるが、十分育った我が子たちに、改めて知らしめる必要がある。

 

 将来四葉を背負わされる我が子たちへの、情けない父親からの、地獄のようなアドバイスとして。

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいま参りました」」

 

「こんばんはー」

 

 呼び出した我が子たちが、部屋に入ってくる。父親としてではなく、黒羽家当主・貢と、そこに所属する部下の関係で呼んだので、可愛い双子は畏まった様子だ。だが、出来が良くて態度が悪い長女は、相変わらずの無表情で、軽薄な態度をとっている。だがそれを窘める心の余裕は、今の貢にはなかった。

 

「手短に話す。これは、四葉家が抱える数ある秘密の中でも、最も深刻なものだ」

 

 本当なら時間をかけてじっくり警告したいが、それをするだけの精神的余裕がない。この話題は、それほどに彼の精神を傷つけ続けている。

 

 だが、これだけで、賢い双子は十分だった。蘭もなんやかんやでギリギリの一線はあまり越えないので、大丈夫だと信じたい。

 

「大亜細亜連合は、本格的な戦争をするべく、本国で大艦隊を編成していた。これを受けて国防軍は、一つの作戦を決行した」

 

 写したのは、敵艦隊が消滅し、大地が抉れた、ユーラシア大陸の東アジア。そこで何が起きたのかは明白だ。

 

「まさか、か、核兵器!?」

 

 広島・長崎での使用に始まり、第二次世界大戦後の世界情勢は、列強による核開発が激化し、「核の傘」の時代となった。争うように開発が進められたそれらは、あれからずっと実戦で使用されることはなかったが、その威力はすでに、艦隊を全滅ならぬ消滅させるほどの力がある。

 

 文弥の言葉に、亜夜子の顔が蒼白になる。元々白磁のように美しい肌が、もはや白粉でも塗ったかのようになってしまった。

 

「いや、違う。もしそうならば、我々はここにいないだろう」

 

 魔法師の使命は、国や地位を問わず、「核兵器の使用を止めること」にある。ある意味最も魔法師らしいと称される四葉家は、イリーガルの深淵にいながら、その役割を忠実にこなすだろう。

 

「これは……魔法によって行われたものだ」

 

「せ、戦略級魔法、ですか!?」

 

 今度は、亜夜子が悲痛な声を上げた。

 

 確認されている日本の戦略級魔法師は、『深淵(アビス)』の五輪澪だけ。だが、この地獄の爪痕は、明らかに違う性質の魔法だ。日本に、隠し玉がいたということである。

 

「その通り。発動に時間がかからず、それでいてその威力はかの『ヘビィ・メタル・バースト』が子供の遊びにしか見えないほどまで出せる。文字通り、一撃で世界を滅ぼす力だ」

 

『ヘビィ・メタル・バースト』といえば、十三使徒の戦略級魔法の中でもトップの破壊力を持つ魔法のはずだ。それが「子どもの遊び」。

 

 だが、巨大艦隊が一撃で消滅したとなれば、その表現が大げさでないことが、よくわかる。

 

「仕組みはいたって単純。質量とは、固定化されたエネルギーだ。その固定化を『分解』して純粋なエネルギーへと変換すれば、一瞬にして、質量に光速の二乗をかけたエネルギーが生まれ、それは大爆発となる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『分解』……!?」

 

「そんな、まさかっ、嘘……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の脳裏に、明確に一人の人物が浮かんだ。『分解』といえば、彼しかいない。

 

 恩師。恩人。尊敬する人。恋に近い感情を持つ相手。兄貴分。兄のように慕う人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たつやおにいさま、ですね」

 

 

 

 

 

 

 突然、黙って聞いていた蘭が、出したくないはずの答えを、口に出した。

 

 その顔は相変わらずの無表情。何も感じていないわけではない。感じたことが顔に出せないだけ。

 

 故に、この事実を、何を思って、何を考えて口に出したのか。三人には分からなかった。

 

「…………ああ、そうだ」

 

 何とか返事を絞り出した貢は、急に、過去最悪の思い出が脳裏をよぎる。

 

 子供たちを本家で初お目見えしたあの日。蘭は、達也と深雪に向かって、『分解』『再成』『コキュートス』などのワードをちりばめて、話しかけた。明らかに、秘密を「知っていた」。結局今になっても、どこで知ったのかは皆目見当がつかない。

 

 そんな彼女でも、その反応からして、『マテリアル・バースト』までは知らなかったのだろう。

 

「三人とも。これが、四葉が抱えている大きな秘密であり、爆弾だ。これからの四葉を背負うものとして、このことを、よく心に留めて、今後を過ごしてほしい」

 

 お前らは司波達也と仲が良いが、彼との付き合い方には気をつけろ。

 

 言外に、そのニュアンスを含んだ訓示。亜夜子と文弥は、それを確かに受け取った。

 

「はなしはいじょうですね。では、しつれいします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、貢の意識が遠のく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お父様!?」」

 

 突然身体の力が抜け、激しく机に倒れこんでしまった。亜夜子と文弥が心配して駆けつける中、蘭はそちらをチラリとも見ずに、背中を向けたまま去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ、今のは!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼吸が荒くなる。全身が酸素を求めている。だが、まるで闇に怯える幼い子供のように、しゃくりあげるばかりの過呼吸になって、胸が苦しくなる一方だ。

 

 同時に、しばらく音沙汰がなかった胃腸の痛みが、急に激しくなり、頭を抱えるほどの頭痛までしてきた。

 

 これらの体調不良は、身体の異常に見えて、実は違う。

 

 これらは――激しい恐怖によるショックによって起きたものだ。

 

 それはちょうど、彼が当主である黒羽家の得意技『毒蜂』で、針が刺さった恐怖が無限大に増幅されショック死するのに似ている。

 

 それに近い現象が、魔法もなしに、貢に起きていた。

 

 

 

 

 

 

 蘭が背中を向ける一瞬。亜夜子と文弥には見えていなかったが、貢には、ほんの刹那の間だが、確かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精緻なお人形のような顔に、間抜けな生首饅頭のような「笑み」を浮かべていたのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭ができる、唯一の表情。現実の人間が浮かべるその顔は、見たものの「常識」や「普通」を引っ掻き回し、異物感と恐怖を覚えさせる。

 

 だが、今回は、それはもはやおまけに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『マテリアル・バースト』を知って、なぜお前は笑ったんだ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貢が気を失い、急いで四葉お抱えの病院に運ばれ、検査の末に目を覚ましたのは、とっくに夜が明けた昼間の事。

 

 彼はこのことを、単純にショックから、忘れてしまっていた。

 

 ただ、思い出そうとしても、胃腸と頭に激しい痛みを覚えるだけになった。




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14-2

(サブタイとか投稿順番のガバでは)ないです


「なんだか、やけに嬉しそうですね」

 

「そう? ふふふふ」

 

「嫌な前兆だな」

 

「間違いないね」

 

 12月の頭。迫る定期試験に備え、いつものお友達グループで勉強会をしていた。

 

 勉強会どころか、今日はずっと、親友の蘭が上機嫌だ。いつもは無表情ばかりで口から出る言葉だけはご機嫌なのだが、今日は、未だに不意に見ると心臓が痛む違和感を覚えるがよく見ると愛嬌のある笑みを、ずっと浮かべている。

 

「びなんびじょと、べんきょうかい、ですからね。りあじゅうですよりあじゅう」

 

「また訳の分からないこと言ってますよ……」

 

 達也と幹比古の反応も辛辣だったが、深雪の反応も辛辣だった。だが、当の本人は全く気にせずニマニマと笑いっぱなし。別に勉強に困ってはいないが、集中できないのは確かである。

 

 そんな中でぽつりと話された雫の交換留学の話題は、彼女自身にとってチャンスでもある一方で、しばらく会えないという寂しい話でもある。そんな衝撃的な話の中、時折蘭の口の端がピクついているのを、ここにいる全員が見逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験が終わり、結果も発表され、そして冬休みも終わった。面白かったのは元旦の初詣だ。みんながそれなりに気合の入った和装をしてくる中、蘭だけは相変わらずいつも通りの上下真っ黒な簡素極まりない服であった。服の質の一つ一つは高級品らしいのは見ただけで分かるが、当人は全く無頓着である。普通に見れば浮いていないのだが、美男美女が集まって華やかな和装をしている中、一人だけこれでは、さぞ目立っただろう。

 

 さて、こうしてまたいつも通りの美月のスクールライフが始まるはずだったが……校内はと言うと、昼休みの時点で、アメリカから留学で来たとびっきりの美少女で話題騒然だった。

 

「そんなにすごい方なんですか?」

 

「すんごいかわいい」

 

 食堂で親友の蘭と向かい合っての雑談。美男も美女も好きな蘭の言うことなのでいまいち信用できないが、周囲の会話もおおむねそういった評価なので、それは正しいのだろう。

 

「まほうも、そうですねー、みゆきちゃんとおなじぐらい?」

 

「え!?」

 

「じつぎの、ちょっとしたあそびで、きそえてました。おっぱいも、おなじぐらいです」

 

 後に続いたどうでもいい情報は全く無視して、美月は声を出して驚いた。

 

 司波深雪の魔法力は、雲の上通り越して太陽系外と言っても過言ではない。もうすでに今の二年生は確実に全員越えて、三年生の真由美や克人も危ういかすでに抜かれているだろう。それ程のレベルなのだが、それと同じぐらいだという。

 

「じつぎが、ぼーるのおとしあいだったんですけど、わたし、まけましたからね」

 

「えっと、それって、移動・加速系の、金属の球を落とす奴ですか?」

 

「そう」

 

「うえええええ!?」

 

 これにはさらに驚きだ。

 

 雲の上通り越して太陽系外と深雪を表現したが、そんな彼女を、移動・加速系に限っては上回っているのが、この黒羽蘭だ。それに対して、その系統で正面から戦う実技で勝つだなんて、相当である。

 

 世界は広い。こんな高校生が、他にもいるなんて。

 

 美月は、太陽系外の戦いがどのようなものだったのか、想像することすら難しかった。

 

 

 

 

 

 

 目の前の少女に目的があり、そのために手加減していたとは、知る由もないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月16日。吸血鬼事件がついに表沙汰になった。当然校内はその話題で持ちきりであり、昼休みの達也を中心とするお友達グループでも、その話になった。

 

「まあ、まほうがかかわる、かのうせいが、たかいでしょうなあ」

 

 話が一通り進んだところで、蘭がそんなことをぽつりと呟いた。

 

「ほう、やっぱ蘭もそう思うか?」

 

「まほうなしでこれできるなら、わたしたちぜんいん、いっぱんじんですからね」

 

「違いねえや!」

 

 蘭の言い回しが珍しくツボだったのか、レオが快活に笑う。

 

 いくつもの変死体。状況的に殺人で確定。血が一割ほど抜かれているが、外傷どころか注射の痕すらない。どんなものかは分からないが、魔法であるのは確かだろう。達也とて、ただそれを証明できていないから、研究者肌で断定しないだけである。

 

「そういえば、雫にこんなことが日本であったってメールしたら、アメリカでも同じような事件が、知る人ぞ知るってレベルだけど最近あったらしいって、言ってたような……」

 

「ええええ!?」

 

 そんな時に、ぽつりと出たほのかの爆弾ニュースに、エリカが大声で反応する。彼女以外は声を出すようなことをしなかったが、一様に驚いていることは分かった。何せ達也自身が、驚きのあまり、カップからお茶を飲もうとしていた手を止めたほどである。

 

(USNAのニュースはチェックしていたはずなんだけどな……)

 

 四葉家当主であり叔母である四葉真夜からの特別メッセージめいた警告以来、ずっと気にしていた。そんな彼ですら知らないということは、この事件が報道規制されていることに他ならない。

 

「そりゃまた、きなくさいですねえ」

 

 黒羽家からも同じようなことを言われているのであろう蘭も、身を乗り出すような反応だ。

 

 そこから蘭は詳しい話を聞きたがったが、昼休みの時間も、ほのかが持っている情報も、そこが限界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、大丈夫かしら……」

 

「心配だよね。全く、七草と十文字は何やってるんだろ」

 

 ほぼ同時刻。大きく話題になった吸血鬼事件は、東京から離れた黒羽家でも話題になっていた。二人にはすでに、これが魔法関連の事件であることが予想済みである。そうなると、関東を管轄している七草家と十文字家に不満を覚えるのは、仕方のない話であった。

 

 そんな時、二人の携帯端末が同時に鳴る。他からの着信は鳴らないようになっているが、大好きな姉・蘭からの着信は、すぐに確認したいので、軽快な音楽が流れることになっている。蘭のお気に入りで、この曲は「バジリスクタイム」なるものらしい。二人には全然わからないが。

 

「「お姉さまからメッセージ!」」

 

 二人は即座に飛びついて、内容を確認する。

 

 

 

 

 やったぜ。投稿者:変態糞姉貴

 

 今日の1月16日にいつもの魔法師の妹ちゃん(15)と、先日お年玉をせびったら拳骨をくれた妹好きのIT土方の兄ちゃん(16)と、ワシ(16)の三人で、東京の学食の中で話し合ったぜ。

 

 今日は、昼が食堂なんで――

 

 

 

 

 二人ともすでに、姉が送り付けてくる怪文書の対応は慣れたもので、必要な情報だけをしっかり読み取った。

 

 東京では吸血鬼事件が起きている。達也との共通見解で、魔法が絶対関連している。アメリカでも同じことが起きているが情報規制されていて、交換留学との重なりが怪しい。調査したいから、うちに泊まり込みで手伝いに来てほしい。

 

 要約すればこんなところだ。それ以外はすべて無駄情報である。

 

「……お姉さまらしくないね」

 

 感情で受け取りがちな第一印象を乗り越え、理性で見た第二印象は、不審そのものだった。

 

 蘭は周りに気づかいをするようになった一方で、本質的に自分勝手でもある。興味のある事象や彼女なりに必要だと思った事象には首を突っ込むが、それ以外には一切関心を示さず、自分を高めることに集中している。

 

 そんな彼女が、まだ情報が全然出ていない事件に、自分たちを駆り出してまで、首を突っ込もうとしている。蘭をよく知る二人からすれば、怪しいことこの上なかった。

 

 そして、だからこそ。

 

 理性の第二印象が薪となり、一旦抑え込んだはずの、感情の第一印象の炎へとくべられ、その勢いを強くさせる。

 

 

 

 

 

 

 

「大事なところで、頼ってくださるんですねっ……!」

 

「お姉さま……精いっぱい、頑張りますから!」

 

 

 

 

 

 

 

 第一印象、「大好きな姉が頼ってくれて嬉しい」。

 

 きっと姉は、この吸血鬼事件に、並々ならぬ何かしらの考えを抱いているのだろう。そんな事件に立ち向かうにあたって頼ったのが、亜夜子と文弥だ。

 

 つまりそれほどに二人が、敬愛する姉に頼られているということである。

 

「早速お父様に報告ですわ!」

 

「何が何でも許可を取るよ!」

 

 平日ど真ん中だけど、蘭お姉さまに呼ばれたので、謎の吸血鬼事件に首突っ込むために東京に泊りがけで行ってきます!

 

 こんなようなことを言われ、さらに異常なまでに押しが強い可愛い双子と向かい合うことになった貢は、根負けして許可を出した後、あの灼熱のハロウィン以来濫用しがちになってしまった胃薬をがぶ飲みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいらっしゃい」

 

「「お姉さま!」」

 

 下北沢の、姉が一人暮らししている、一人で住むにはどころか一般的な核家族が住むにも大きすぎる一軒家。二人はウキウキ気分で尋ね、姉がドアから姿を現すと同時に、喜びに任せて飛びついた。

 

 姉と一緒の三人だけの生活。二人のテンションは、過去最高レベルにまで達していた。

 

 思えば、姉と離れて以来、ホテルや実家で一緒に過ごしたことがあっても、姉が一人で過ごすこの家に行ったことは一度もなかった。一人暮らしとは、その人間の個性が暮らしに一番現れることが多い。そんな空間で一緒にしばらく過ごすのが、二人はたまらなく楽しみだったのだ。

 

「いやー、めんどうかけて、ごめんね」

 

「そんなことはありませんわ!」

 

「お姉さまが頼ってくださって、嬉しいです!」

 

 両腕で一人ずつ抱き返され、器用に頭を撫でられる。それだけで、天にも昇る心地だった。これだけ間近で、慣れれば愛嬌がある笑顔を見るのも、久しぶりの事であった。

 

「きょうは、おねえちゃん、ふんぱつしちゃったぞー!」

 

 リビングに通されると、そこには、豪勢な料理が並んでいた。

 

 いや、それは一見すると豪勢ではない。三人とも小食なので、それに合わせた量しか用意されてないため、ファミリー向けテーブルに並べられた料理は、むしろ小さくすら見える。

 

 だが、その生まれと将来期待される役割故に、高級なモノへの審美眼も育っている二人にはわかる。この料理は、東京の一流レストランから取り寄せたものだ。この一人前にしては少ない料理でも、何万もするだろう。

 

 昼に連絡を受けてから押っ取り刀で準備して駆けつけた二人は、確かに空腹であった。姉の気づかいと歓迎に、二人は余計に感激する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜三人は、一人で眠るには広すぎ、二人で眠るには狭く、三人で寝るにはすしづめも同然のベッドで、川の字になって、真ん中の蘭に二人が抱き着く形で、安らかに眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、レオが……」

 

 翌日の休み時間。昨日話した時は、噂話に対する野次馬根性めいた気持ちだったのに、今日は当事者性のある深刻な気持ちで、吸血鬼について話すことになった。

 

 昨夜、夜中に出歩いていたレオが、吸血鬼らしき者と遭遇。戦闘になり敗北して、病院に担ぎ込まれた。

 

 そんな話を聞いた幹比古は、ひどく顔を青ざめさせた。

 

「にゅういんとのことですが、いのちにべつじょうは?」

 

「ないそうだ。ただ、頑丈が人の形をしたレオが、ベッドから動けないほどらしい」

 

「しなないなら、よかったですね」

 

 蘭と達也の会話も、どこか遠い世界のものに聞こえるほどに、幹比古は動揺していた。

 

「れおくんから、なんかしょうげん、ありました?」

 

「えーっと、看病に行ってるエリカによると……こんな感じらしい」

 

「ほほー、どれどれ、ちょっとあにちゃまのけーたい、かりますね」

 

「壊すなよ」

 

「えっちなさいと、みてないかかくにんするだけです」

 

「返しなさい」

 

 質の悪い冗談になぜか深雪の方が強く反応したが、蘭が余計な操作をする様子はない。

 

「なになに、こぶしでなぐられるとどうじ、からだからげんきがぬけた。どれいんぱんちですか」

 

「なんか知ってるのか?」

 

「ぽけもんのわざ」

 

「やっぱ端末返せ」

 

 明らかに何か期待した風の達也が蘭の返事に苛立ち、無理やり端末を奪取する。蘭も抵抗するそぶりは見せない。それなりに長い文章だっただろうに、一瞬で読んだのだろう。

 

「おにいちゃんてきには、どんなまほうが、かんがえられますか?」

 

「そうだな……気力を萎えさせる精神干渉系、体温を奪う振動系、筋肉を弛緩させる神経操作の魔法、あたりが考え付くな。毒だって考えられる。いずれにせよ、気力を奪うか、体調不良を起こさせる魔法だろう。殴った瞬間に行使と言うのも、相手との接触点を自動的に座標として魔法を行使する白兵魔法戦闘の基本技術だしな。別に殴らなくてもいいかもしれないが、もしかしたらそうしないと魔法が使えない可能性も考えられる。まあそこまで行くと、決めつけすぎだけどな」

 

 流石達也だ。幹比古はまだ考えを言語化できるほどまとまっていないが、即座に色々な所へ推論が働き、理論的に言語化できている。

 

「みきひこくんてきには? ふれるとげんきがすいとられる、というぶぶんが、わたしきになります」

 

「それは蘭の決めつけだろ。ドレインじゃなくて、単にレオの体力を削いだだけかもしれない」

 

 蘭の言葉に、達也が横槍を入れる。確かに、レオは、「殴られたら力が抜けた」のようなことしか言っていない。蘭のようにゲームのイメージがあると、「ドレインパンチ」なる技のように、エネルギーを吸い取ったとすぐに連想するだろうが、実際のところは、達也の想定した魔法のように、単にレオの何かしらを削いだと見るほうが自然である。なにせ、現代魔法に、「体力を吸い取る」という魔法は存在しないのだ。

 

「うーん……達也と蘭で、蘭の肩を持つことになるから自信なくなってきたんだけど……」

 

「どういういみやねん」

 

「レオは、実際に、元気とか体力とかそういうのを吸い取られたんじゃないかと思う」

 

「ほう?」

 

 蘭のツッコミをガン無視して幹比古が一応の推測を述べると、達也が興味を示した。達也の説の方が、今のところ理に適っている。それをあえて、古式魔法の専門家である幹比古が否定し、おふざけしている蘭を支持したのだ。自分が否定されようと何ら気にしない彼は、知識欲が刺激された様子だった。

 

「多分、パラサイト、と呼ばれる存在の仕業だね。古式魔法業界は秘密主義が強い一方で、世界的に連携を取って概念や知識の共有化を図ったりもしているんだけど、その中で定義された存在だ」

 

 幹比古は自分の端末の自由メモ帳を起動し、専用のペンで色々と書き込んでいく。

 

「それぞれの文化圏で、お化け、鬼、妖怪、魔物、モンスター、悪魔、妖精、ジン、デーモン……こういう類のは、色々な呼ばれ方をしていたわけだけど」

 

 さらさらと書いているのに実に読みやすい整った文字でそうした呼び名を並べて、大きく丸で囲む。

 

「結局のところ、説明できない謎の存在をそれぞれの観念に照らし合わせてそう呼んでいたわけだ。それは科学で十分説明できる現象だったり、勘違いだったり、また魔法的現象だったりが大半なわけだけど……」

 

 そして大きな丸から矢印を伸ばし、その先に、中間的な結論となる言葉を書く。

 

「分析した結果、その中に、『本物』がいたのは確かだったんだ」

 

「実際にいた」と、科学どころか現代魔法の世界ですら衝撃的な事実を、さも当たり前のように書く。古式魔法界では実際の所常識なのだろう。現代魔法師ばかりであるこの場に合わせて、前提となる常識から説明をスタートしているのは、幹比古の性格の良さが現れていた。

 

「そこで、こういう異常な存在を、生物学的な分類ではよくわからないから、性質ごとに分類することにしたんだ」

 

 メモ帳の新たなページを開き、そこをいくつかに分けていく。そしてそれぞれに、分類の特徴と呼び名を書き込み、そしてある一か所の枠を太線でなぞって強調する。

 

「その中でも、パラサイト、と呼ばれるものがいるってことだね。その性質は、『人に憑りついて、人ならざるモノに作り替える魔性』だね」

 

「つまり、レオは人間に襲われたように見せかけて、パラサイトに憑りつかれて人ならざるモノに変えられた存在に襲われた、ということか」

 

「そういうこと」

 

 達也のまとめに、幹比古は頷く。分かりやすく、レオの被害と話を橋渡ししてくれた。自分が説明するだけでなく、他人の説明のサポートも得意らしい。

 

「ポイントなのが、パラサイトは『人に憑りつく』、つまり、物理的な実体はない。それでもある意味生物みたいなものだから、僕らみたいな生物学的な食事はしないけど、エネルギー源をどこかで補給しなければならない」

 

 もう図での説明は必要ないみたいで、端末とペンをしまいながら、幹比古は話を続ける。

 

「えねるぎーげんが、れおくんがうばわれた、げんき?」

 

「そういうことだね。僕らの世界では『精気』と呼ばれてるんだけど」

 

「なんかえっちですね」

 

「もう蘭は黙ってろ」

 

「……その精気が、パラサイトのエネルギーってことだね。だから、パラサイトに憑りつかれた人間は、化け物になって人間を襲うんだ。人食い鬼は人肉から、吸血鬼は血から、その人の精気を奪うんだね」

 

「じゃあ、さきゅばすも?」

 

「蘭さん、それ以上邪魔をすると、怪談ではなく実際に血が凍りますよ?」

 

 ついに我慢の限界になった深雪が、おしとやかな、しかし凄絶に見える笑みを向ける。蘭が小さく悲鳴を上げて、すっかり黙ってしまった。

 

 一方の幹比古も、蘭が余計なことをあれこれ言うせいで、純情少年であるために顔を赤くしてうろたえながら、一応この場の結論を出す。

 

「とりあえず、レオの精気を確かめてみないことには、断定はできないね」

 

 友達としてではなく、調査のためにも、この後お見舞いに行くのは必然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お見舞いに行き、ベッドで体を起こしているレオから、直接もろもろ話を聞いた。

 

 メールで伝えられた通り、殴り合いの途中に身体の力が急激に抜けたこと、人型だったことは確かだ。それに加え、検査の結果で少なくとも毒の存在は確認できなかったこと、身体には殴り合いで生じた怪我以外の異常は医学的にはないこと、そしていざ殺されるとなった時に「鬼」と形容するべき存在の横やりが入って助かったこと、が話された。

 

 こうなると、いよいよ幹比古の推測が合っていることになりそうだ。幹比古がレオの幽体を調べる準備をしている間に、気になったことを掘り下げていく。

 

「横やりを入れた『鬼』っていうのは、吸血鬼以外にも化け物がいるってこと?」

 

「いや、どうだろうな。化け物って確信はねえけど……少なくとも見た目は恐ろしげだったぜ。十文字先輩がスタイルの良い女になった、みたいな感じだ」

 

「すみません、少々離席しますね」

 

 レオの変なたとえ話を聞いた深雪が、口元を抑えながら急いで離席した。恐らく想像してしまい、吐き気を覚えてトイレに駆け込んだのだろう。

 

「みゆきちゃんに、てをだしたおとこがいたとして、それをみたあにぎみさまと、どっちがこわそう?」

 

「それは流石に達也の圧勝だな」

 

「蘭、場合によってはお前も病院のお世話になってもらうぞ?」

 

「もともと頭の病気みたいなもんでしょ」

 

「かおとせいたいは、うまれつきびょうきだねえ」

 

「ねえ、集中できないから黙っててくれる?」

 

 ブラックジョークも飛び交う間柄になったというのは嬉しい証拠だが、幹比古はついに我慢できず苛立たし気に注意した。達也は「すまんな」と平然とした声で言い、蘭とエリカは口をそろえて「はーい」と生返事。お見舞いだというのに、誰かさんが中心となってずいぶん楽しげだった。

 

 ようやく準備が終わった幹比古は、さっそくレオの幽体を調べる。そして……すぐに目を丸くした。

 

「ねえ、レオ。君、本当に人間?」

 

「一応な」

 

「調べたところ、とんでもない量の精気が失われてるよ。これだけ無くなってたら……普通の術者なら昏睡は免れないな。少なくとも僕だったらほぼ植物人間だと思う。それなのに、寝たきりどころか、体を起こしてそんな元気に喋れるなんて……精神力と体力の両方が、人並外れてるとしか言えないや」

 

「褒められてるなら嬉しい限りだ」

 

「あのばに、『おに』がもうひとり、ってところですね」

 

 蘭のいつものキツめのジョークだが、幹比古はそれを内心で否定しきれなかった。常人を越えた頑丈な肉体を持っているとすれば、それこそプロレスとか格闘技の世界で「鬼」の異名を持っていても不思議ではないだろう。

 

「それで、せいきがへってるってことは」

 

「ああ、パラサイトで確定だ」

 

 蘭の問いに、幹比古は断定して頷く。もはやこれ以外に、答えはありそうにもなかった。

 

「ぱらさいと……ふしぎなんですけど、そういうおばけって、どういうそんざいなんですか?」

 

「それに関しては、古式魔法界でも見解は割れてるね……。ただ、物質的な存在ではないとなると、イデアとかみたいな情報次元の存在、と言うしかないんだけど……」

 

 話は、正体がパラサイトだと判明したところで、ではパラサイトとは何か、というところまで深く深く進んでいく。

 

「チョッと、難しくて長い話は、さすがにここではやめなさい」

 

「ただでさえ、オレは馬鹿なんだ。病み上がりの横でそんな話されたら、幽体が減るどころか離脱しちまう」

 

 そうした話は、一旦ここでは中断することになった。




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14-3

 病室から出て、エリカ以外のお見舞いメンバーは、残って色々話をしなければならないらしい彼女を待ちがてら、院内のカフェで、さきほどの話の続きをしていた。

 

「それで、パラサイトが、物質次元ではなく、情報次元の存在という話だったな」

 

「まだ推測だけどね」

 

 蘭と幹比古の話は、かなり深いところまで食い込むような話だった。それこそ、達也ですら今まで考えたこともないようなものである。つい昼まで、妖魔のような存在が実在しているという話すら知らなかったのだから、当然だ。現代魔法の分野で彼の右に出る者はいないが、古式魔法の分野はそうでもない。そんな達也に、幹比古のような古式魔法界の寵児が親友として隣にいるというのは、非常に幸せなことであった。

 

「これについては古式魔法界でも見解は割れてるんだ。人間の霊体が死後もなお情報次元に残って漂っている『幽霊説』、未知の物質でできている『未確認生物説』、情報次元にいる『異世界生物説』……色々あるよ」

 

 なにせ、その存在が現れることすら稀なのだ。そして現れたとして、すぐに退治しなければならないため生け捕りにはできないし、その死体も残らない。研究が進まないのも無理はないことだった。

 

「それにかんしてなんですが、ひとつ、けんとうがついてます」

 

 そんな深い話に、何やら自信ありげに飛び込んだのが、ゴリゴリの現代魔法師である蘭だ。

 

 深雪はいつものジョークかと疑わし気に、達也は「何か知っているかも」とコリもせずほんの少し期待をして、美月はこの話に飛び込んでいける彼女を素直に尊敬して、幹比古は古式魔法界ですら判断できないものに「見当がつく」と言ってのけたことに少し挑発的な、それぞれの視線を向けた。

 

「じょうほうじげんの、せいぶつっぽいのといえば、せいれいがいますよね?」

 

「「そういうことか!」」

 

 たったそれだけの言葉で、達也と幹比古は同時に声を上げながら立ち上がる。静かなカフェスペースの中のそれは、少しばかり周囲から浮いていた。

 

 直後冷静になった二人は周囲に頭を下げつつ、静かに座った。

 

「その、もっと詳しく……」

 

 美月は、遠慮がちに、三人に助けを求めた。同じことは、深雪も思っているらしい。

 

「まず、せいれいというものがいるのは、しってますよね?」

 

「はい」

 

 何せ幹比古と過ごす時間が長いのだ。その存在は、もはや自明である。美月なんかは、それを古式魔法師ですらその領域に至らない、色の濃淡まで判別できるのだから当然だ。

 

「せいれいというのは、げんだいまほうのかいしゃくだと、どくりつじょうほうたいです。げんしょうにともない、いであにちくせきされたじょうほうが、じょうほうをもったままゆうりして、こりつしたものですね」

 

「だから、それを魔法式で操作すれば、元となった現象を再現できる。これが精霊魔法でしたね」

 

 幹比古の横にずっといて、そして当人たちも気づかないうちに互いに特別な感情が育ちつつある。それゆえに美月は、そのことがよくわかっていた。

 

「そうです。せいれいは、ぶっしつせかいの、どくりつじょうほうたい。そうなると、しょうきょほうで……ぱらさいとは、せいしんせかいの、どくりつじょうほうたい、ではないんでしょうか」

 

「そ、そういうことなんですか?」

 

「精神……」

 

 達也と幹比古はうなずく。美月はまだ納得しきれていないようだが、蘭の説明は一応の筋は通っている。正体不明の存在への一応の説明としては、十分すぎるほどだろう。

 

 一方の深雪はと言うと、別のことに、静かに考えを巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神。

 

 

 

 

 

 

 

 精神干渉系魔法に並々ならぬ適性を持つ四葉家。その最高傑作とも言われる深雪は、『コキュートス』のような究極ともいえる魔法をこの世でただ一人扱えるほどに、精神と魔法に密接にかかわる存在であると言っても良い。だが、そんな彼女ですら、「精神」「情動」「感情」と呼ばれる概念の正体が、判然としていなかった。

 

 物質科学の世界で言えば、思考も記憶も感情も精神も、すべて、ニューロンの電気信号と言い切ってしまうことも可能だろう。魂なんてものは存在せず、人間が勝手に生み出した仮想概念と言い切れるかもしれない。

 

 実際、一色家の『神経電流攪乱(ナーブ・インパルス・ジャミング)』が神経に流れる電流を放出系魔法で操作して身体を操るように、脳神経に流れる電流を操作することで、記憶や感情を操作することが可能であるという実験が、四葉にも残っている。

 

 だが、しかし……それならば、「精神干渉系魔法」とは、いったい何なのだろうか。

 

 実は神経電流を操作しているだけの放出系魔法を、「精神」を操作するがゆえに人間が特別視しすぎて別物と捉えたのか。ならば、存在が確認されている「プシオン」とは何の情報を司る非物質粒子なのか。

 

 精神には、神経電気信号と言う物質的側面は、確かにあるのだろう。

 

 だが、それ以外の、物質的だけでは説明できない、また別次元のナニカでもあるとしか、深雪には考えられなかった。

 

「…………蘭さんは、いつ気づいていました?」

 

「深雪、よせ」

 

 いつの間にか、深雪は我慢できず、疑問を漏らしていた。

 

 その様子から、深雪が何を考えているのか一瞬で理解した達也は、深雪を制止する。

 

 精神。その深淵ともいえる世界の話に、蘭が関わってゆく。

 

 そうだ。彼女は現代魔法師でもある一方で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――精神に深くかかわる、「黒羽家」なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかも彼女は、こうして日常を過ごしている裏で、あの一軒家でも、黒羽家でも、おぞましい精神の研究を、妄執的に続けている。

 

 もしかして蘭は、そんな実験の中で、この仮説に、吸血鬼事件が発覚する前からたどり着いていたのではないだろうか。

 

 いや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――パラサイトの存在と正体に気づいていたからこそ、あれほどの実験を繰り返していたのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで連想が進み、深雪は、脊髄を冷え切った手で撫でられるような怖気を覚えた。

 

 初めて会ったあの日、知るはずのない情報を堂々と探られた。あの時以来の、いや、あの時以上の恐怖が、深雪を包み込む。

 

 得体のしれない存在。目の前の蘭は――自分たちでは届きえない、それこそパラサイト並みの、超越した何者かで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、何を知っているのですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でも知っている」のではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は、と。

 

 心の奥深くまで沈下していた思考が、兄の張り詰めた声に引き戻される。

 

「……すみません、どうにも、体調がすぐれないようで、変なことを考えてしまいました」

 

「あー、まあ、こんな事件が続くとどうしてもね。ごめん、僕らも無神経に話しすぎた」

 

 幹比古は、深雪が無意識に放っていた冷気と「得体のしれない感情」から解放され、ようやく一息つく。美月などはすっかり怯えてしまい、涙目で蘭に抱き着く始末だった。

 

 だからこそ、そんなわけないと分かりつつ、幹比古は、「普通の結論」に決めつけた。これ以上、この話が進むのは避けたかったのだ。

 

「深雪もこの調子だし、今日はお開きにさせてくれ。なんだか、俺も疲れた」

 

「だろうね。そうした方がいいよ。病人はレオだけで十分だ」

 

 あえてスパイスが強すぎるジョークで、なんとか空気を吹き飛ばす。人のできた友人に感謝しながら、達也は深雪を気遣いながら、席を立った。

 

 そうして荷物を取ろうとしたとき、目が合う。

 

 この波風のど真ん中である、蘭だ。

 

 その美しくも可愛らしくもある整った顔は、熟練の職人が魂をかけて作った精巧な人形のように無表情だ。あくまでも感情が無いわけではないのが分かっているが、深雪に引っ張られて、「何を考えているか分からない」恐怖を、わずかながら感じる。

 

「そうだねえ、しつもんにこたえてあげましょう」

 

「蘭ちゃん、空気を読むって、すごく大事なことなんだよ?」

 

 そんな中、堂々と蒸し返す蘭に、美月は眼鏡の奥の目を見開く。いったいどんな神経をしているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでもはしらないよ。しっていることだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やらアニメの引用っぽい言葉で堂々と答えたことで、どうやら彼女なりに空気を読んでいることが、かろうじて好意的に無理やり解釈することでわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてエリカが合流する前に達也と深雪が帰ったことで、カフェには、蘭、幹比古、美月、エリカだけとなった。

 

 そしてエリカが提案したのが、私的な報復部隊の話だ。

 

「あいつは一時期とはいえ千葉家の門をたたいた、門人よ。それが、うちの失態でやられたんだから。だったら、師匠であるアタシが、ケリをつけてやる」

 

 エリカの鼻息は、言葉の割には荒くはない。いつもの彼女と違って、感情任せの勢い任せではない。これは、本気である。

 

「警察に任せた方がいいと思うけど? それに七草家と十文字家の連合軍も動いているんでしょ?」

 

「どっちも全然役に立たないわ。あのバカしか、結局接触できていないんでしょ、吸血鬼に」

 

 そう、警察も十師族も、吸血鬼の正体にたどり着くどころか、まだ接触すらしていない。それに成功したのはレオ(バカ)だけで、そして正体にたどり着いたのは蘭たちだけ。エリカが自分が動くというのも、あながち筋が通っていないわけではない。

 

「そういうわけよミキ、協力しなさい」

 

「げー」

 

 幹比古は露骨に嫌な声を出す。確かに彼自身、吸血鬼の正体をその身で確かめたい気持ちもあったし、レオの復讐をしたい気持ちもある。だが、根本的に幹比古は常識人であり、そのようなスタンドプレーには腰が引けるタイプであった。そしてそんな常識人気質であるがゆえに、いつもエリカに押し切られて、結局片棒を担がされる羽目になるのである。

 

「そのはなし、わたしものっからせてくれませんか?」

 

「え、ええ!? 蘭ちゃんも!?」

 

 そして、意外な人物が乗っかってきた。普段の彼女は周囲をそれなりに気遣って手助けする一方で、自分勝手そのものである。そんな彼女がこの事件に興味を示し、積極的に参加するのは、驚きの声を上げた美月以外の二人にとっても、意外なことである。

 

「そりゃあまあ、蘭がいるなら百人力だけど……」

 

「どういう風の吹き回し? 言っとくけど、お遊びじゃないわよ?」

 

 エリカの目に、剣呑な光が宿る。中途半端なことを言ったら、この場で切り捨てる。そんなことをするわけないが、幹比古と美月には、そうしてしまいそうに見えた。

 

 エリカとて、蘭が嫌いなわけではないし、その実力を信じていないわけではない。だが、普段の蘭が積極的に関わっていることは、なんだか、お祭り騒ぎに参加するようなノリだった。肩を並べて戦ってくれた四月のテロ事件も、自分だってだいぶお祭り騒ぎ気分だったが、蘭はそれ以上だったように思える。

 

 それに、エリカには、「殺し合い」の世界で、蘭が信用できなかった。幹比古は、あの横浜の地獄で肩を並べて戦った、いわば戦友だ。レオも同じで、美月も戦闘力こそ低いがあの場で協力したという点では戦友に変わりない。だが、蘭はあの戦争にいなかった。剣を通したストイックで不器用な理解を是とする空気がある千葉家で育った彼女にとって、戦友ではない蘭への信頼は、一段下がると言っても良い。

 

「ええ、ほんきですとも」

 

 そんなエリカに、蘭は一歩も怯まず、真正面から断言する。

 

「ぱらさいとについて、わたしがよくしっているのは、みきひこくんと、みづきちゃんは、よくわかってますよね? それは、わたしがあたまいいから、だけではない、ということです」

 

「……乙女と魔法師には秘密があってナンボ、ってところね」

 

 三人とも確信する。

 

 やはりそうだ。あの達也と深雪と親戚だというのなら、蘭も、とんでもない秘密を抱えているに違いない。この吸血鬼事件は、それに関わるのでしょう。

 

「いいわ。アンタが参加してくれるなら、もうドリームチームみたいなもんじゃない」

 

「ちょーたよりになる、すけっとも、つれていきますね」

 

「蘭がそう言うなら、信用できそうだ」

 

 今ここに、闘いに赴く三人に、共通理解ができた。

 

 

 

 

 

 

「が、がんばってねー……」

 

 

 

 

 

 そして蚊帳の外の美月は、控え目に、三人を励ました。




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14ー4

「…………で、助っ人って、その二人?」

 

「お久しぶりです」

 

「今後ともよろしくお願いいたします」

 

 集合場所には幹比古とエリカが先についていた。

 

『蘭が連れてくる助っ人ってどんな人なんだろう』

 

『賭けない? ろくでもないほうにアタシは全財産賭けるわ』

 

『賭けにならないね』

 

 待っている間にそんな会話をしていたが、現れた助っ人は想像の斜め上とも言えるし斜め下とも言えるような、ろくでもなさだった。

 

「そういうわけで、すけっとの、あやこちゃんとふみやくんでーす」

 

 平然と、蘭は言ってのける。

 

 蘭が連れてきた助っ人は、まだ中学生の、可愛い可愛い妹弟であった。この二人の人格は、九校戦で一緒に観戦した仲なので知っている。非常にマトモだ。「ろくでもない」のは、助っ人本人ではなく、この子たちを連れてきた蘭本人に当てはまる言葉になってしまった。

 

「正気?」

 

 エリカはもはや怒る気持ちすら失せた。あるのは、ただただ失望である。

 

 この報復は、危険だ。それも、仕事ですらなく、報酬もない、私的なもの。ましてや一応の予測はついてはいるが依然として正体が完全に判明しているわけではない相手である。それに対して、中学生を連れてくるのは、非常識を通り越して、クズのやることだ。それも、可愛がっている妹と弟だろうに。

 

 幹比古も心の底から本気で蘭を咎めようとしたが、エリカの放つオーラに気おされて、口を閉じる。今のエリカは、蘭が少しでも気に入らないことをすれば、この場で切り捨てそうな迫力があった。

 

 当然の話だ。魔法師は、高校に入学するまでは実践的・体系的な学びを中々得られない。故に中学生と高校一年生の間には大きな壁があるし、一年生と二年生の間にも大きな壁がある、というのが定説だ。逆に、二年生と三年生の間には言うほど大きな壁はない、というのも定説である。だからこその、九校戦のルールだ。

 

 全く、やっぱり遊び気分だったか。

 

 幹比古も失望を隠さず、深いため息を吐く。真冬の真夜中に吐き出されたそれは、彼の気分と呼応するように白けていた。

 

 

 

 

 直後、声が、「真後ろから」聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そうなりますよね」

 

「お姉さまも人が悪いですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――っ!?」」

 

 幹比古とエリカは、全身が総毛立った。手足の先まで驚愕と恐怖に浸され、本能に任せて後ろを振り返り、臨戦態勢を取る。

 

 そこに立っていたのは――可愛らしい恰好で可愛らしい笑顔を浮かべる、亜夜子と文弥だった。

 

「ね? なかなかやるでしょ?」

 

 そして同じ場所に立ったままの蘭が、二人の背中に、いつも通りの声で問いかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「中々なんてもんじゃないよ……」

 

「心臓が止まりかけたわね」

 

 エリカの冗談は、冗談では済まされない。

 

 もし亜夜子と文弥が、二人を殺すつもりだったら――今頃、心臓が止まっていたに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、パラサイトに対する有効性はどれぐらいってわけ?」

 

 気を取り直したエリカが問いかける。どんな事情があるのか分からないが、やはり司波兄妹の親戚で、黒羽蘭を輩出しただけあって、カタギではないらしい。だがそれはここでは気にしないことにする。そして、戦闘能力は十分だと身をもって知らされた。

 

 だとすれば、あと二人に、いや、蘭含む三人に求められるのは、対パラサイトの有効性だ。

 

「まー、もうかくすのもげんかいですし、いっちゃいますね」

 

「僕たち三人は、精神干渉系魔法の使い手なんです」

 

「…………びっくり箱は達也だけで十分だよ?」

 

 幹比古はなんとかジョークをひねり出すが、その内心は、荒れ狂っていた。

 

(せ、せせ、精神干渉系魔法!?)

 

 魔法にもいくつか種類がある。

 

 まず基本的なものが、系統魔法と呼ばれる四系統八種だ。この世の物理・化学的現象を改変する。知覚強化魔法や探知魔法も大体ここに当てはまる。

 

 それと無系統魔法。サイオンを直接操作する魔法で、物理・化学的現象を直接改変するわけではない。サイオンの塊を飛ばしたり壁にしたりする、改変するわけではない『領域干渉』『情報強化』、などがここに当てはまる。

 

 そしてそれらに当てはまらないのが、系統外魔法だ。幹比古の操る精霊魔法もその一種で、あくまでも改変をしているのは独立情報体である精霊が対象である。

 

 

 

 

 

 

 

 その系統外魔法の最も代表的で、そして禁忌とされているのが――精神干渉系魔法だ。

 

 

 

 

 

 

 

 その有効性と非人道性から、開発がある程度進んでくると、禁忌扱いを受けたのである。その魔法の使い手と言うだけで魔法師界からは排除された過去があるし、今もそれは続いている。また魔法師の魔法使用には明文・非明文様々な制約が存在する中で、精神干渉系は特に厳しく制限されている。もはやその存在すら忌み嫌われていると言っても過言ではない。それこそ、今まで盛んに開発していたくせに、協力していたはずの使い手が数字落ち(エクストラ)にされ差別されるほどに。

 

(黒羽……九も六も八も当てはまるじゃないか!?)

 

 途端に、今まで全く気にしなかった苗字の妙が、幹比古にのしかかる。それとともに、彼女たちと親戚である達也・深雪も、「司波」が「四」「八」どっちの音もあることに気づく。それにあの横浜の地獄の中で、幹比古は、深雪が世にも恐ろしい精神干渉系魔法で、人間を「ただ生きているだけの像」に変えてしまう様を見ている。

 

 親戚同士だという親友。そこに、血族単位で精神干渉系魔法の使い手と言う「数字落ち」らしき要素が加わり、一気に複雑な社会的あれこれを考えさせられる羽目になった。

 

 こんな精神コンディションで大丈夫だろうか。

 

「……そう」

 

 幹比古があれこれ悩む中、エリカがすでにお疲れ気味の様子でなんとか声を絞り出す。

 

「蘭お姉さまが移動・加速系が得意なのはご存知かと思いますが、それは生まれつき得意だったわけではなく、それを重点的に磨いたからです。実際一番才能があるのは、精神干渉系なんですよ。ちなみに僕も、精神干渉系が一番得意な系統です」

 

「私は、蘭お姉さまと文弥ほど得意ではありませんが、使い物になる程度は嗜んでおりますわ」

 

 精神干渉系魔法を「嗜む」ってなんだ? そう突っ込みたいところだが、これ以上藪を突いたら毒蛇がマシンガンのように出てきそうなので、エリカとアイコンタクトをして、ここでヤメにする。

 

 ともかく、三人がとても頼りになるのは分かった。パラサイトは精霊と同じような存在だとすれば、その体は基本的にプシオンである。系統魔法は効かないし、精神干渉系魔法しか効かないということすらあり得る。世間が禁忌扱いしようが、貴重な戦力なのは確かだ。

 

「えー、そうなると、アタシが一番役立たず?」

 

 そうして話しているうちにそろそろ捜索開始しようか、となり、幹比古の「棒占い」を先頭に、どこか牧歌的な雰囲気で雑談が始まる。だが、これはエリカなりに、みんなの緊張をほぐそうという目論見だ。

 

「そんなことはありませんわ。エリカさんは、この中で突出して近接戦闘に優れていらっしゃいます。吸血鬼に触れられると精気を吸われるそうですが、レオンハルトさんほどのお方ですら一瞬で倒れるほどですから、私たちではひとたまりもございません。それに対して、直接触れずに剣で戦えるエリカさんは、むしろ探索と知識の面で引っ張ってくださる幹比古さんと並んで、このメンバーの中軸ですわ」

 

「あら、口の上手い後輩は大好きよ?」

 

 即座に亜夜子がエリカを否定し、褒めたたえる。しかもただのお世辞ではなく、理に適った言い方だ。分かれ道で二度目の棒占いをしながら、「外との交流で大変な目にあっているんだろうな」と、亜夜子の境遇に同情する。実際半分ぐらい間違ってはいないが、没落し差別される中で必死に生き抜く少女ではなく、圧倒的優位な立場で他者を出し抜く乙女の顔をした女傑なのだが。

 

「この占いって、どういう仕組みなんですか?」

 

「あー、えーっと、なんていえばいいかなあ……」

 

 楽し気にエリカと亜夜子が話している一方で、文弥が一旦探索魔法を終えた幹比古に話しかける。これは古式魔法の中でもさほど秘密に類するものではないが、ある程度は隠しておいた方が、相手に遠慮させすぎない。

 

「棒に呪文が刻まれてるんだけど、これは現代魔法で言うところの刻印魔法で……パラサイトみたいな『妖怪』を探すのに使うんだ。普通の生物とは違うオーラとか波動……これは現代魔法で言うプシオンかサイオンか、はたまた未知のナニカかははっきりしてないんだけど……を読み取って、そっちがいる方向に倒れてくれるようになってる。まああいにくながら、正確性は今一つ…………と、言いたいところだけどね」

 

 歩きながら解説をしているうちに、だんだんと空気が変質してくる。それに伴って、幹比古の声が、急に小さく、低くなった。

 

 怪しい存在の気配。同じ気配を、エリカと亜夜子と文弥も感じ取った様子だ。蘭は分からないが、こちらの様子を見て察してくれれば幸いだ。

 

「ちょっとしつれい…………」

 

 そんなことを考えていると、件の蘭が、一番最初に動き始めた。懐から取り出すのは銃弾。事前に説明を受けていたが、これを移動・加速系魔法で飛ばして、実際の銃器のように戦うつもりらしい。

 

「何してるの?」

 

「いました。えんきょりそげき、こころみます」

 

 えげつない。

 

 幹比古は、蘭の作戦に恐怖と感心を半々ずつ覚える。そういえば、九校戦のミラージ・バットでも、優勝のためにあまりにもえげつない戦法を選んでいた。御ふざけが多い一方で効率主義者、と以前達也だかがぼやいていた言葉が、今になって実感された。

 

 そしてまた一つ驚きなのが、蘭の視力だ。真っすぐな道のかなり遠くの方に、レオの証言通りの姿かもしれない人影が、辛うじて見える。昼間でも人がいるとしか分からない距離だし、ましてや今は夜。恐らく、いつの間にか知覚強化魔法でも使ったのだろう。

 

「そげき、かいしします」

 

 蘭の手から、弾丸が三つ、高速で離れる。その一秒後――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭が急に、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ!」

 

「何!?」

 

 遠距離狙撃を見守るつもりだったところに、蘭が急に動き出した。これに混乱した幹比古とエリカは、うろたえることしかできない。そんな二人を置いて、文弥と亜夜子は姉を追いかけて走り出している。そしてそれにかなり遅れて、二人も動き始めた。

 

 走っていく視線の先。蘭が単独で、体中に隠していた大量の弾丸をばら撒き、その全てを吸血鬼らしき人間に殺到させる。その速度は、音速の倍だ。

 

「一人で突っ走るって何事なのよ!?」

 

 エリカの怒声が響く。幹比古も同感だった。なんだかパラサイトに関しては、蘭の態度が奇妙極まりない。

 

 その直後、見たことない現象が起きた。

 

 全身を超音速の弾丸で打ち抜かれた人間は生きているはずがない。実際、力なく倒れ伏すところだ。

 

 だが、それは突然、莫大なサイオンの気配を放出して――

 

 

 

「自爆!?」

 

 

 

 ――幹比古が目を見開く。

 

 パラサイトが憑りつく人間に固執しない以上、その可能性は蘭から言い含められていた。だが改めて目の前で見せられると、感情的に信じることができない。

 

 ついに吸血鬼は、全身から魔法を迸らせた。射程圏内にいるのは、至近距離の蘭だけ。全てが、彼女に襲い掛かるだろう。

 

 だが蘭は、自爆の可能性を示唆した本人なだけあって、事前に準備しておいたであろう、防御魔法と自己加速魔法で、防御と回避に成功する。それどころか、幹比古でも見えるほどにプシオンを活性化させ、五寸釘のような形にし――何もない空中へと放った。

 

 そして腕に巻いた汎用型CADを即入力し、見たことない魔法を起動する。その魔法式は、何もない空中でなぜかとどまっているプシオンで作った五寸釘のあたりに投射された。

 

「お姉さま焦りすぎです!」

 

 そしてようやく追いついた文弥が、プシオンを活性化させ、それを砲丸程度に固めて、勢いよくその魔法式のあたりへと放つ。

 

 そして――そのプシオンの塊は、何かにぶつかったように弾け、また不可視の粒子となって散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このバカ!」

 

 追いついたエリカは、独断専行した蘭に殴りかかろうとする。幹比古はそれを羽交い絞めにして止めるが、気持ちはエリカと同じだ。そして幹比古と同じような目線を、彼女を慕っている弟妹である亜夜子と文弥も、戸惑いが半分入りつつ、蘭に向けている。

 

「すみません、そげきしっぱいして、にげられるかとおもって」

 

「そんなん最悪逃がしときゃいいのよ! 安全優先でしょうが!」

 

 結果的に、蘭は死ななかったし、パラサイトは仕留められたらしい。

 

 だが、あくまでも、それは結果論だ。

 

 仲間にすら予想外の、蘭の独断専行。亜夜子はああは言ったが、この中で純粋に魔法戦闘が一番強いのは蘭のはずだ。彼女を失うべきではないし、そもそも殺されかけたとはいえ殺されてはいない状態での私的な報復で、こちらが死んでは元も子もない。

 

「……きょうにがしたら、こいつらは、べつのばしょでかつどうします。ぎゃくに、ここでいっぴきでも、てきずをおわせれば、やつらはとどまるでしょう」

 

「…………どういうこと?」

 

 蘭の言い回しは、どこか変だった。

 

 こいつ「ら」。やつ「ら」。まるで、吸血鬼……パラサイトが、複数体いるかのような口ぶりだ。

 

 そして、その習性を、確信をもって知っている。

 

「お姉さま。私たちも、ぜひ聞きたいですわ」

 

「ここはもう、隠すのはやめませんか?」

 

 亜夜子と文弥も何か不審に思ったのか、蘭を問い詰める。その様子は、訳ありげな蘭ほどではないが、どこか気が急いているように見える。家族だからこそわかる、根の深い何かを、そこには感じた。もしかしたら蘭は、こんなことを、過去に繰り返していたのかもしれない。

 

「…………せいしんについて、ぶんせきするうちに、そのじょうほうにかんする、せいれいがいることも、なんとなくわかってました。かくしんは、なかったのですが」

 

 衝撃の事実。

 

 今日の昼休みと、お見舞いに行ったとき。蘭は、パラサイトについて、当初は知らなかった様子だった。

 

 だが、実は、「確信はなかった」とは言うものの、その存在には最初から思い当っていたらしい。やたらと察しが良くて理論的に正体を掴むと思ったら、そういうことだったようだ。

 

「せいれいは、じぶんから、わるさをしません。みづきちゃんから、きいています。ものりす・こーどで、みきひこくんや、たつやおにいちゃんに、つかわれているせいれいが、うれしそうにみえた、ともいっていました」

 

「……その感覚は、よくわかるね」

 

 現代魔法の理屈で説明された精霊――独立情報体は、当然、意思を持たないとされている。

 

 だが、その核がプシオンでできていることが確認されているし、術者である幹比古自身、「龍神」などという大きな精霊を下ろした経験も含めて……そこに、純粋な幼子のような意識を、感じることはあった。

 

「でも、せいしんのせいれいは、ちがうんです。わたしたちを、えさとみています」

 

 パラサイトの定義によれば、そういうことになるだろう。精霊と違い、精神情報の精霊と仮定しているパラサイトは、明確に人間を「捕食対象」としてきた。

 

「なんとなく、そういうののそんざいを、むかしから、わかっていました。なんとしても、たおさなければ、なりません。じゃないと……わたしたちが、いっぽうてきに、ぜんいんたべられます」

 

 その蘭の説明に、幹比古たちは、並々ならぬ迫力と、強い意志を感じた。

 

「そんな、じゃあ今までのは……」

 

「あ、いえ。あれはしゅみはんぶんです。そのながれのなかで、たまたま、うすうすかんじたというか……」

 

「……じゃあ、半分は素で自分の意志であれを続けていたと?」

 

「はい」

 

「「さすがです、お姉さま!」」

 

 三人の間にはやはり色々とあるらしい。その会話は、幹比古とエリカは蚊帳の外だった。

 

「そう……じゃあ蘭は、パラサイトを、なんとしても倒したいんだね?」

 

「はい」

 

 この短い返事に、初めて、蘭の深い深い本音を感じた気がした。

 

 普段から自分勝手にジョークを飛ばす彼女も、きっと素なのだろう。あれも本音だ。

 

 だがそれは、彼女にとって隠す必要がない本音だった。

 

 それでもたった今、彼女は、ようやく深い所の本音で語ってくれた。

 

「…………分かったわ。色々考えているのは」

 

 エリカは、剣の柄にずっとかけていた手を下げる。一旦、矛を収めようということだ。

 

「でも、こんな焦って独断専行するような奴に、背中は任せられない。一匹倒したことだし、今日はもうお開きにしましょう。頭冷やして、今後のことは明日、改めて」

 

「そうしたほうが良さそうだね」

 

「もうしわけないですねー」

 

 エリカの言うことはもっともだ。その言葉に従って、今日は解散する運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラサイトに憑りつかれていた死体を回収して四葉の手先に渡し、分析をお願いした。

 

 その後、家についてから、蘭がぽつりとつぶやく。

 

「ずっとかくしてて、ごめんなさい」

 

「…………何か、お考えがあっての事でしょう?」

 

 蘭らしくもなく、明らかに憔悴した様子だ。弱音というか愚痴を隠さないタイプではあるが、今の彼女は、亜夜子と文弥ですら見たことない、本当に弱っているように見える。

 

「僕たちは、お姉さまのことが、大好きです」

 

「ですから……これ以上は、何も追及いたしません。お姉さまに、ついていきますわ」

 

 ずっと隠されていた。あの異常な訓練と実験への執着は、いつごろからかは分からないが、彼女なりに「危険な存在」を感じ取ったのが、半分由来しているらしい。その大本はやはりストイックなまでの向上心だ。「生き急いでいる」、「焦っている」、そんな彼女の生きざまは、そのストイックさに、未知の存在への恐怖とそれを何とかしようとする正義感から来ていることが、実に10年越しに分かった。

 

 そのことが、二人には、たまらなく嬉しい。そして、そんな大事なことを、自分たちに曝け出してくれて、しかも自分たちを頼ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今度は、私たちが――)

 

(今度は、僕たちが――)

 

 

 

 

 

 

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、屈辱と怖気と、そして温かさと愛の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひとのだいじな、おとうとと、いもうとに、なにしてくれとんじゃこらああああああああ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断から自分たちが死にそうになった時。

 

 仲が良くなかったはずの蘭がそう言って、その身を犠牲にして助けてくれた。

 

 ならば、この命は、蘭のものも同然。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((――お姉さまを助ける番です!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドで川の字で寝ながら、二人は決意を新たにした。




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14ー5

 三人で川の字で寝て、すっきりした目覚めの朝。

 

 最初に起きた文弥は、枕元にある三人の端末に、着信が入っていることに気づいた。この三人全員が、となると、四葉か父親からの連絡と見るのが妥当だ。

 

(…………気づかないで二度寝した振り、と)

 

 とはいえ今は、貴重な大好きな姉との時間であり、二人を起こさないためにも動かないほうが良いのも確かであり、また仮に一人で寝ていたとしても真冬の朝は億劫だった。彼が二度寝の誘惑に逆らう気がさらさらないのも仕方のないことである。

 

 だが、それでも彼は真面目過ぎた。精巧な人形のような、眠り姫もかくやと言うほど静かで美しい寝顔だというのに、間抜けに涎を垂らしている姉の寝顔をちらりと見てから、そっと端末に手を伸ばす。

 

 案の定、四葉からの連絡だ。

 

 昨夜のパラサイトの「残骸」の身元が判明した。USNA軍に所属する魔法師だったらしい。こうなるといよいよ、USNA絡みなのは確定的だ。

 

 そしてそれに付随するように、四葉真夜の署名付きで、追加の命令が下されている。

 

 

 

 

 これをもって正式に、吸血鬼事件・パラサイトへの対応を、黒羽蘭・文弥・亜夜子に任せる。

 

 

 

 

 

 内容はこのような感じ。詳細は後から詰めてから知らせるので、それまでは自分たちの判断で動いていいらしい。

 

(お父様が働きかけてくださったんだ……)

 

 文弥は声を出してしまいそうになるのを我慢しながら、真冬の寝起き以外の要因で、鼻の奥がツンとなる。

 

 今回の件は、四葉本家からしたら面白くないだろう。

 

 自分勝手に一高に進学した黒羽家の長女が、これまた自分勝手に大きな事件に首を突っ込み、しかもそれに亜夜子と文弥が、つまり実質貢までもが、四葉本家の許可なしに動いたのである。しかもきっちり成果付だ。この仕事は三人に一番適性があることに疑いは全くないが、積極的に関わろうとする蘭への罰として、あえて役目から降ろさせることもしかねない。

 

 それでもこうして任されたということは……ここに来る際に、無理を言ってしまった貢が、なんとか手を回してくれたのだろう。

 

 いきなりのことで、本当に申し訳ないことをした。

 

 貢は貢なりに、黒羽家当主という難しい立場ながら、文弥と亜夜子を愛してくれている。蘭や達也への扱いがあまりにも酷いのは心底許せないが、成長するにつれて、それもまた仕方ないところもあるだろうとも思う。

 

 それでも、大好きな姉が頼ってくれた以上、断るという選択肢はあり得ない。

 

 だからこそ……この事件は、なんとしても解決しなければならないだろう。

 

 送り出してくれた父親のために。何とか認めてくれた四葉家のために。友を傷つけられて内心穏やかではないだろう達也のために。短い間ながらも良くしてくれたレオのために。

 

 そして何よりも――大好きな姉のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はすまなかったわね」

 

「うん、僕らも頭が冷えた。あの時の蘭の動きは、君なりにベストだったんだと思う」

 

「いやーわたしも、ごめんなさい。どうしても、あせってしまって」

 

 エリカの提案で、幹比古とエリカは校門で蘭を待ち構えていた。

 

 あの独断専行を許すつもりはないが、認めざるを得ないのは確かだ。蘭の持っている知識や予想と言った情報では、あそこで取り逃すべきではなかったに違いない。さもなければ、被害が長引く。情報を隠していたのも、その内容や予想される立場から、仕方ない面もあるだろう。大事なことを隠して自分たちを利用した、という点に怒るつもりはない。魔法師界では、たとえ親友同士であろうと、それこそエリカと幹比古の間柄ですら、それが当たり前なのだ。

 

 だから、今後の禍根にならないためにも。謝れるときに、なるべく早く対面で謝るに限るのだ。

 

 さっぱりしているように見えてかなり陰湿に引っ張る面もあるエリカだが、それでも、わだかまりが長引くのは嫌だ。二度と背中を預け合えなくなる。それを誤魔化してなんとなく寄せ集まった状態で戦った場合、待ち受けるのは全滅だ。

 

 それに、こうしてお互いに謝ったことで、蘭がある程度腹を割って話してくれた。

 

 彼女の仮説によると、パラサイトは複数体、この世にいる。それらは、元々は大きな一つの存在だった。精神的な情報世界からこの物質世界になんらかの理由で迷い込んで、その「なんらかの理由」で分裂してしまった、と見ているそうだ。

 

「なんでそんなことまで、予想できるのよ」

 

「せいしんは、あんなちっぽけな、じょうほうりょうでは、ありませんから」

 

 根拠不明の仮説にしては、やけに確信を持って動いているように見えた。そんな違和感から質問に対する蘭の説明は、抽象的で、正直言って答えていないも同然だ。だが、妙に迫力と説得力があった。

 

 精神。

 

 そんな分野に、蘭は思ったよりも長く浸っていたらしい。

 

 蘭が付け加えた説明によると、レオを単独で倒し、あの大規模な自爆を一瞬で引き起こすほどの力を持ったパラサイトだが、それでも、彼女が思う「精神の情報体」としては小さすぎるという。曰く、本物は、物質的肉体に頼る所が多い自分たちの精神に対する魔法的防御では、およそ太刀打ちできないとのこと。

 

 そして、パラサイト達は、元の大きな一個に戻るべく、お互いに思念波のようなものを飛ばして連絡を何とか取り合いながら、少しずつ集まろうとしているとのこと。この吸血鬼事件は、そうして複数現れたパラサイトが集まろうとして、その活動のエネルギー源として「食事」をしているにすぎないらしい。

 

「きょだいないっこになったら、おとなしくかえってくれれば、いいんですが。かえるあてがないようなら……いっぱい、たべられちゃうでしょうね」

 

 蘭が焦っていたのは、そういうことだったらしい。

 

 もしあの場面で逃げられたら、吸血鬼は活動拠点を関東から動かし、日本のどこか予測不能な場所で被害者を増やす。そして蘭たちの手が出せない場所でいつしか合流し、手が付けられない存在になる。

 

 だからこそ、あの場面でなんとか戦うことが重要だった。

 

 人体を破壊できない程度では、彼らは「邪魔なものがいて鬱陶しいから動くか」ぐらいの気持ちにしかならない。人体状態を突破しただけでも同じ。

 

 倒しきるまではいかずとも、パラサイト本体に手傷を与えるぐらいまでいけば、彼らの警戒心は強くなる。なにせ、人間に自分たちの本体が傷つけられるなんて、微塵も思ってないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうなれば、パラサイト達は……「黒羽蘭の排除」を選択する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭が酷く危険にさらされる代わりに、向こうは逃げないどころか、こちらに向かってくる。そうやって倒すつもりだったらしい。

 

「無茶苦茶ね」

 

 エリカは嘆息する。

 

 まさか自分を「餌」にして、迎え撃とうだなんて。一対一ではレオがほぼ一方的に負かされ、昨夜だって文弥の追撃が無ければ倒せなかった。そんな危険な相手が、数も分からない状態で、しかも複数いるのは確定的。なんという無茶な計画だ。

 

「全く、一人で丸ごと背負い込もうとしやがって」

 

「あう!」

 

 エリカは渾身のデコピンを蘭に叩き込む。昨夜殴れなかった分だ。近接ファイターとして超一流の領域にいる彼女のそれは、蘭の華奢な体が傾くほどの威力である。

 

「そんなのだからこそ、もっと僕らを頼って欲しかったな」

 

「これでも、アタシたちは二科生屈指の腕自慢よ」

 

 おでこを抑えて悶絶する――なんか血が流れているように見えるがきっと気のせいだ――蘭に対して、二人は、決意を新たにする。

 

 レオの報復のためだけではない。

 

 パラサイトを放置するのは、想像よりもはるかに危険であることがわかった。

 

 ならば、この日本のために。

 

 

 

 

 

 そして――それを成し遂げようと無茶をしようとした、あまりにも自分勝手な、目の前でおでこを抑えて転がっている正義のヒロインのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、おっはー、深雪ちゃん」

 

「おはようございます、蘭さん」

 

「さくや、きゅうけつきを、ほんたいまで、いっぴきぶっころしたんだけどさー」

 

「っ!? げほげほっ!」

 

「ブー!!!」

 

 朝の1年A組。蘭がいつも通り――そういえば最初は司波兄妹に干渉するなみたいな条件があった気がするが――深雪に話しかけると同時、クラスどころかこの学校の二大美人が、無様な姿をさらした。

 

 深雪は驚きで唾が気管支に入って咳き込み、リーナは優雅に飲んでいた紅茶を噴き出す。紅茶をぶっかけられた女子がなぜか嬉しそうなのが気になる所だが、リーナとしてはそれどころではない。

 

(吸血鬼を、倒した!?!? ていうか本体って何!?!?)

 

 吸血鬼。USNAを、そして本来別の任務で来ていたUSNA軍を騒がす大事件。なにせその正体は、スターズ隊員だからだ。リーナもその粛清と尋問に苦労しており、成果は出ていない。死体の脳に明らかな異常があること、裏切った隊員たちは皆CADが必要なく一流魔法師と遜色なく戦えること、彼らが同じ目的を持っていそうなこと、吸血鬼事件の犯人であること、ぐらいしかしらない。

 

 そんな相手を、このいくら変人で実力が飛びぬけていようが一介の高校生でしかない蘭が、「ぶっ殺した」と言った。しかも、「本体」などという不穏なキーワード付で。

 

 

 

 

 

 

 

 気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは全力で聞き耳を立て、チラチラとばれないように様子をうかがうことにした。深雪の反応からして、彼女も吸血鬼事件について、何か他の生徒よりも訳知りの様子。何せ、聴いていた周囲の生徒は「また黒羽さんが変なこと言ってるー」ぐらいの反応しかしていないのに、深雪は明らかに動揺した。何か特別なのは確定である。

 

 だが、この距離からでは聞こえない。蘭は背を向けて、深雪はその向こうにいるせいで、口の動きも追えない。しかたなくリーナは、トイレに行く振りや、その近くにいる生徒に声をかける振りや、掲示物を確認する振りなどをして、怪しまれないように気を付けつつ、その近くで聞き耳を立てる。

 

(ああもう、大事なところが聞こえないわ!)

 

 曰く、昨夜、蘭と、二科生のエリカと幹比古と、それに蘭の助っ人と一緒に、レオの報復をするべく、夜中に出歩いていたらしい。そしてそこで吸血鬼と遭遇したという。同じく任務として短時間ながらも出歩き、何の成果も得られずいじけて帰ってきたリーナがバカみたいだ。

 

 いや、自分がどうとかはどうでもいい。吸血鬼の活動が夜で、蘭たちがレオのお友達グループで、そしてエリカがいかにも血の気が多そうなのも考えたら、そんなの大体予想はつく。

 

 重要なのは、いかに吸血鬼を探し、いかに倒し、「本体」とは何か、そしてスターズ隊員であることがばれてないか……たくさんある。

 

「とりあえず、詳しいことは、お兄様も交えてお昼休みにお話ししましょう。もう時間ですよ」

 

 だが、深雪が話を中断させてしまった。

 

(参加したい! 参加したい!)

 

 ああ、そのお昼休みの、おそらく食事をとりながらの話し合い。USNA軍として、喉から両手が出てきてゴマすりをしそうなほどに欲しい情報だ。

 

 それにしても、過去の自分をほめてあげたい。全く別口の任務のためとはいえ、しっかりお友達グループの中心人物であろう深雪と達也と親交を築き、そこに参加したこともあるため、混ざっても違和感はない。有益な情報を持ち帰って、少しだけ汚名返上できるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、こういうのは、あまり大声で話してはいけませんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメそうだ。

 

 蘭に話しかけているように見えて、深雪の鋭い目線は、そばでフラフラしているリーナを捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体話は幹比古と深雪から聞いているよ」

 

 達也としては頭が痛い事案だ。

 

 エリカが私的な報復部隊を組むのは予想できたが、それが当日いきなりで、そこに蘭が黒羽の力を借りてまで参加し、そして実際にパラサイトを一体しとめたと言う。さらにさらに、そのパラサイトが取り付いていた人間の身元は、四葉調べによるとUSNA軍魔法師部隊・スターズの隊員らしい。そしてその実績により、蘭たちは独断専行を不問とされ、本人たちの希望通りに対パラサイト任務を今のところ自由に任された。

 

 朝の教室で幹比古から、それとほぼ同時刻にメールで深雪から、そしてもうすぐ昼休みと言うタイミングで深雪宛の連絡で四葉から、それぞれ聞いた内容を統合するとこんなところだ。

 

「それで、パラサイトの本体までしとめたのは素晴らしいが……どうやったんだ?」

 

「わたしとふみやくんで、せいしんかんしょうけい」

 

「まあそうなるよな」

 

 蘭が精神干渉系魔法を使ったと告白しても、達也は動揺しなかった。同席していた美月が椅子から転げ落ちそうになったのとは対照的である。

 

「ねえ達也、やっぱり親戚だから知ってたの?」

 

「それはまあな。深いわけは聞いてくれるなよ?」

 

「命が惜しいからそんなことしないよ」

 

 幹比古はあくまでも魔法師同士のマナーで聞かないのであって、命が惜しいとは思っていない。達也もそれは分かっているが、あいにくながら「四葉」が真実であり、場合によっては本当に命を失うため、幹比古が図らずしも正しいことを言ったのが少しだけ愉快だった。

 

「それで、パラサイトが精神現象の精霊だとしたら、目視できないはずだが?」

 

「みえませんでしたねえ」

 

「そう、それが疑問だったんだ」

 

「アンタ、あれどうやったの?」

 

 達也の疑問は、幹比古もエリカも感じていたことだった。

 

 蘭は自爆の直後、目視どころかそれ以外の知覚ですら認識不可能なはずのパラサイトに、プシオンを固めて作った釘のようなものを刺していた。それが不可視のパラサイトに刺さり、まるで透明人間に刺さったかのように空中で不規則な動きをしていたから、「そこにいる」ことが分かったにすぎない。追撃をした文弥も同じだろう。

 

「はんぶんが、なんとなく、はんぶんは、かん、です」

 

「それをどっちも勘っていうのよ? 一つ勉強になったわね?」

 

 エリカはこめかみに血管を浮かべ、口の端をひくつかせながら、渾身の皮肉を叩きつける。蘭の説明は分かりにくい。これでただ分かりにくいだけならいいが、普段は御ふざけだらけなので、それと区別がつかないのが厄介だ。

 

「いやいやちがいますよ。まず、ぱらさいとのばしょ、なんとなく、かんじます。もうひとつは、わたしがゆうれいだったら、こうにげるっていう、よそくです。こっちが、かん」

 

「…………感じるのか?」

 

「ほんと、うすぼんやりですよ、あにちゃま」

 

 達也は怪訝な顔をする。

 

 イデアに深くアクセスできる『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を持つ達也ならまだしも、そんなスキルを持っているとは聞いたことない蘭が「感じる」のは、不自然だ。

 

 一応、精神干渉系に強い適性があるなら、プシオンに敏感と言う理屈は立つのだが……今はそこを突いても仕方ないだろう。

 

「だが、他の四人は見えないんだろう? そんな状態だと、不可視の相手から攻撃を仕掛けられ放題にならないか?」

 

 正直、これ以上場を荒らされたくない。真由美と克人ら十師族が動いている気配がするし、USNA軍も間違いなく本腰で動くだろう。そんな中に、この友人とおバカな親戚が関わるのは、危険すぎて心苦しかった。だからこそ、露骨ではないが、なんとなく止める方向に誘導しようとする。

 

「そこでみょうあんです。みづきちゃん、せいれいみえますよね?」

 

「ふわっ!? え、あ、はい」

 

「みづきちゃんに、わたしたちのめに、なってもらいたいんです」

 

 いきなり話を向けられた美月は困惑する。自分にはあまり関係のない話だと思っていたからだ。

 

「待て、美月が参加するのは危険すぎる。戦闘能力はないはずだ」

 

 美月が何か返事をする前に、達也が横槍を入れる。

 

 あまり許容はできないが、別に今の参加メンバーだけなら、それぞれがかなり戦えるから問題ないし、それほどの力を持ったうえで挑むというなら、最終的には本人の責任だ。

 

 だが、美月は違う。彼女は確かに類まれかつ唯一無二の力を持っているが、実戦的なパワーはない。その参加の危険度からすると、到底見過ごせるものではなかった。

 

「……柴田さん、僕からも、お願いしたい」

 

「アタシたちも、美月護衛を中心に動くから、どうか信じて」

 

「二人まで……」

 

 止めてくれると信じていた幹比古とエリカすら、蘭に同調してしまった。蘭が言うならまだしも、この二人がこうなるのは、信じられない。

 

「ぱらさいとは……このままほうっておくと、にんげんのすべてが、くわれかねません。いまは、ぶんれつして、ちからがだせませんが、もとのおおきなひとつにもどれば、だれもていこう、できないでしょう」

 

「そういうことか」

 

 二人が蘭に同調した理由。それは、彼女の言うことを信じたからだ。

 

 分裂して全く本来の力が出ていない状態ですら、レオにほぼ一方的に勝てる。そんな存在が元の一つに集まって完全な力を取り戻せば……恐ろしいことが起こるのは、十分予想できる。

 

 相手は見えず、圧倒的な力を持っていて、そしてこちらのことを餌としか思っていない。

 

 蘭の言う大惨事は杞憂めいた悲観論ではなく、十分に検討するべき、ありえる未来だ。

 

 そんなパラサイトに対するジョーカーが、美月。彼女は、不可視のはずの敵が、間違いなくはっきり見えるだろう。それを元に、一体ずつ集団で確実に倒していけば、ある程度安全かつ効率的にパラサイトを排除することができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みづきちゃん…………どうか、おねがいします」

 

 

 

 

 

 

 

 そして蘭が、深々と頭を下げた。

 

「え、ええ!?」

 

 美月がまた驚きの声を上げる。彼女ほどではないが、達也たちもまた、目を丸くするほどに驚いた。

 

 あの蘭が、頭を下げた。

 

 こんな真摯に人に頼み込む姿は、初めて見た。否、彼女の人となりを知っていれば、こんなことをするなんて、微塵も考えないだろう。

 

 そこで全員が思い出したのが、昨夜蘭がやらかしたという、独断専行だ。

 

 それほどまでに蘭は、この件に、必死なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった。私、蘭ちゃんのために頑張る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿に、混乱しっぱなしだった美月が、決意を固めた。

 

「本当にいいのですか?」

 

「うん。放っておけないし、それに、蘭ちゃんの言ってる事、すごく分かるから」

 

 深雪が気づかわし気に確認する。それへの美月の返答は、先ほどまでうろたえていたとは思えないほどに、芯の通った声だった。

 

(誰もかれも、無茶をするやつばっかだな……)

 

 達也は呆れ果てる。

 

 だが、その口角は……ほんの少しだけ、上がっていた。

 

 4月に出会ってから、全員、技術以上に心が大きく成長してきている。

 

 それが、達也にとっても嬉しかったのだ。

 

(とはいえ……)

 

 危険なのには、変わりない。

 

 ならば、自分がするべきことは。

 

 

 

 

 

(俺と深雪も参加できるように、準備しておくか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 お友達グループの冒険に、自分たちも参加するほかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして美月も加わり、裏では達也と深雪が加わろうとしている一行は、今夜もまた、夜に出歩いていた。

 

 いくら崇高な使命があろうと、高校一年生と中学三年生の実に6人の男女が夜中に出歩くとなれば、お遊び気分になるのは免れない。だが今日は、昨日と違って、牧歌的な雰囲気は全く流れていなかった。

 

 理由は一つ。蘭から聞いた、パラサイトの危険性だ。場合によっては、人類が滅びかねない脅威である。それでいて、警察も十師族も頼りにならず、一番成果を出しているのは蘭たち。とてもではないが、遊び気分になろうはずもない。

 

 そして今日も今日とて、幹比古の棒占いから探索は始まる。この一見子供の遊びめいた魔法は、実際の所、中々の精度を誇っている。古式魔法師たちが、いかに「化け物」の類を相手にすることを想定していたかが分かるだろう。

 

「……見つけた」

 

 戦闘を歩いていた幹比古が、右手を横に広げて、後ろをついてくるメンバーを制止する。

 

 彼の目線の先には、まだ何もない。だが、幹比古が使役した精霊が、この曲がり角を先にいて、その景色を届けてくれる。『視覚同調』だ。

 

「何人?」

 

「…………二人、って言っていいんだと思うんだけど……」

 

「なによはっきりしないわね」

 

「いや、これがびっくりなことにさ……その二人が、戦闘になってるんだ」

 

 その説明で、緊張が走る。

 

「赤毛で目つきが悪い…………男か女かは分からない」

 

「吸血鬼VS鬼、ってところね」

 

 赤髪、という証言に聞き覚えがある。

 

 この探索のきっかけとなった、犠牲になったレオの証言。吸血鬼と戦闘になって殺されそうになったが、赤髪の恐ろしい誰かが横槍を入れたことで戦場が移り、助かったという。

 

「どの勢力でしょうか」

 

「警察、十文字か七草、もしくは……」

 

「あめりかじん、ですかね」

 

 亜夜子、文弥、蘭、と可能性を列挙していく。あの赤髪は、果たして味方か敵か、それとも第三勢力か。

 

 そうやって慎重に歩みを進めていくうちに、その戦いが目視できる位置まで来た。蘭はデータ収集のためにと持ってきていたカメラを起動する。エリカと幹比古と美月はこれを紹介されたとき、腰を抜かした代物だ。とんでもなく遠くまで鮮明に見えて、しかもキルリアンフィルターによるサイオンカメラまで付いている。超重要機密を守るどこぞか、軍や国からかなりのバックアップを受けている九校戦のカメラぐらいしか、これほどの性能はないだろうし、お値段もかなりのものである。彼らはどこで手に入れたかを疑問に思うが、口には出せなかった。ちなみに、その答えは、当然四葉である。

 

「十師族にも警察にも、あんなのがいるって聞いたことはないわよ」

 

「隠し玉、って可能性はあると思うけど……」

 

 エリカは訝し気だ。警察については兄からいろいろ情報が入ってくるし、十師族にしたってあの見た目でなおかつ単独行動を任されるほどの能力がある魔法師がいるとすればかなり目立つに決まっている。だが、どちらからも、噂すら聞いたことない。

 

 昨日の吸血鬼に憑りつかれた人間の身元は、蘭の「ツテ」によると、USNA人、それも軍の魔法師部隊の隊員だったという。

 

 これらを統合すると――あの赤髪の鬼は、USNA軍の手先である可能性が高い。

 

 眼鏡をはずして戦闘を凝視する美月の呟きは、そうしたことを考慮した、本人が思ってもいない可能性の話だった。

 

 そうこうしている間に、赤髪の鬼が吸血鬼を追い詰める。

 

 そして吸血鬼は、蘭にやられた時とは違って自爆する暇すらなく――その人体が崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! 見えました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら静かな夜とはいえ、この距離ではあちらに到底聞こえるはずのない声。それでも、幹比古から借りた、悪意ある魔法的波動をシャットアウトする布越しにあちらを見つめる美月の声は、先ほどまでに比べて、わずかばかり大きい。

 

 直後――赤髪が、こちらを振り向く。

 

「マズ! 美月下がって!」

 

 エリカが前のめりになって何やら立ち尽くしている美月を引っ張って後ろに下がらせ、全員が戦闘態勢を取る。外国まで来てこっそり魔法戦闘するような相手だ。間違いなく「プロ」だろう。この人数でも、束になって勝てるかどうか。

 

「――――っ!」

 

 だが赤髪はこちらを睨みつけると、しばし迷ったのち――死体を担いで、高速で去っていった。

 

「……なんとかなった、てところかしら?」

 

「スクープえいぞうは、ばっちりですぜ、だんな」

 

「誰が旦那だ誰が……とりあえず、映像解析は達也にお願いすればオールオーケーだと思うけど」

 

 全員が未だ周囲を気にしつつも、肩の力を一旦抜いている。

 

 そんな中……美月は未だ、赤髪の鬼が去っていった方向の中空を、ぼんやりと眺めていた。




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14-6

 吸血鬼と赤髪の鬼との戦いを見てから、美月の様子がずっと変であった。

 

 心ここにあらずと言った感じで、話しかければ曖昧な反応するが、またすぐに中空をぼんやり見つめてしまう。

 

 あの二体の鬼の戦いは確かに高度だったし、相応にプシオンが飛び散っていて、それに中てられたのかもしれないということで、今晩はもう解散と言うことになった。吸血鬼と謎の強者の戦いを映像で録画できたのだから、収穫としては十分だった、というのもある。

 

「なるほどな……」

 

 真夜中に蘭からかなりの容量となる動画ファイルを送り付けられた達也は、それを魔法的・物理的、持ちうる限りあらゆる技術を以て解析した――わけではなく、はるかに設備が整っている四葉に転送して、その結果を朝に受け取っていた。別に一晩や二晩寝なくても大丈夫だが、だからといって寝不足は良くない。これは正しい判断だ。

 

 まず吸血鬼。CADを使っている様子は全くなくて、それでいて速度はCAD使用魔法師に劣らないどころか、上回っている。呪符の類も使っていないところを見るに、「超能力者」であると見て良いだろう。

 

 そして赤髪の鬼は、見た目に反して、かなり正統派の魔法師だ。速度・威力・隠密性のバランスが良い。ただ、どこか焦っているようにも見えるらしく、よく見ると、戦闘中であることを差し引いても表情が常に厳しい。

 

 そして四葉の情報網は日本国内に限定すればとんでもなく広くて深い。そんな四葉にすら、この赤髪の鬼はヒットしなかった。つまりは――USNA勢力で、もう間違いないだろう。

 

 また体の動かし方の癖、着地音から想定される体重、魔法やサイオンの性質から――その正体も、ある一人に断定された。

 

(レディーにこんなこと考えるのは無礼かもな?)

 

 達也は、妹と二人きりの登校中のキャビンの中で、資料を見返しながら苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 その正体は――USNAからの留学生、アンジェリーナ・クドウ・シールズだった。

 

 

 

 

 

 決定打は、魔法云々ではなく――着地音から想定される体重だ。

 

 どうやら姿を誤魔化す魔法を使っているらしいが、体重までは誤魔化せなかったらしい。

 

 そしてこの金髪の天使を赤髪の鬼へと変貌させている魔法は、四葉の資料によると、単なる幻影ではないらしい。

 

 

 

 

 

 

仮装行列(パレード)

 

 

 

 

 

 十師族の一角・九島家で開発され、九島烈の弟を通じて、その孫であるリーナにまで伝わったのだろう。元々は古式魔法で、「化け物」の類から自分を守るための魔法であった。座標情報を改変することで、直接改変する魔法にエラーを引き起こさせ無効化する。それに、姿を変える効果も付け加えたものが、『仮装行列』なのである。これも、古式魔法なら専門家にということで九重八雲に今朝確認とって、お墨付きをもらっている。

 

「かなりのカードが揃ってきたな」

 

「どうやら、クライマックスは近いようですね」

 

 キャビンで向き合いながら、二人は年頃の兄妹とは思えないほどに互いを近くで見つめ合い、そして深くうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人にとってさらなる緊急情報がもたらされたのは、昼休みの事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、昨日はごめんなさい。なんていうか、逃げていくパラサイトが、なんだか気になっちゃって……」

 

 昨日の夜に参加した蘭、美月、幹比古、エリカに加えて頼れる相談役として達也と深雪が参加する、恒例になりつつある昼食時の会議。今回は、食堂でこんな話をすると目立つので、人気のない実技棟の一角にこっそり集まっている。そこで美月が、蘭から様子が変だったことを尋ねられて、一晩立って落ち着いたのか、ようやく説明してくれた。

 

「あの赤髪の人が吸血鬼を倒した後、身体から、何だか形の定まらない光の球みたいなのがフラーっと飛び出て」

 

「ぱらさいとですねえ」

 

 精霊に近い存在という仮定が正しいとすれば、光の球に見えるのも不思議ではない。

 

「それでその、見えたと思ったら、その瞬間に……光の球から、細い触手がたくさん伸びてきて――」

 

 美月はここで言葉を切る。

 

 見ればその目の焦点は定まらず、顔面からは血の気が引き、体が震えていた。

 

「みづきちゃん!」

 

 蘭が珍しく声を強めて、美月を抱きしめる。

 

 それでわずかに顔色が良くなった美月は、まるで縋るように蘭に身体を預けながら、絞り出すように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その触手を、私たちに向けたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「な!?」」

 

 真っ先に立ち上がったのは、幹比古と達也だった。

 

 それに少し遅れて、エリカと深雪の顔がさらに険しくなる。

 

 パラサイトが触手を伸ばしてくるとは、どういうことか。

 

 ――間違いなく、こちらを害そうとしていたことに他ならない。

 

 そしてそのことに気づいたのは、見えてる美月だけだった。

 

 つまりは、あの中で、美月以外は――自分たちが攻撃されようとしているのに、全く気付かなかったということである。

 

 それをよくわかっているからこそ、エリカと深雪が反応したのだ。

 

 だが、幹比古と達也は、さらに深いところまで思考が踏み込んでいる。

 

「柴田さん、落ち着いて、ゆっくりでいいから……質問に答えてほしいんだ」

 

 自分が焦る心を必死に抑え、水を飲んで深呼吸をしてから、幹比古が務めてゆっくりな声で、質問をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その触手は――『誰』を狙っていた?」

 

「多分――私、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と幹比古が天を仰ぎ、額を覆う。

 

 それと同時に、美月を抱きしめ続ける蘭が、身じろぎをした。

 

 しかしそれに気づかない美月は、また訥々と語り始める。

 

「その、確信はないんだけど、伝わってくる『意志』みたいなのが、私に向いているような気がして……それがなんだか、私たちを餌と見なしているだけじゃなくて、寂しさとか、孤独とか、焦りとか、そういうのもたくさん伝わってきて…………」

 

 幹比古の布があってもなお、いや、それがあるからこそ、パラサイト自身の意志のような何かの波動も、美月は感じ取ってしまった。だからあの時は、それに中てられて、ぼんやりとしてしまったのだろう。

 

「……みづきちゃん、ごめんなさい。これは、わたしのせきにんです」

 

「全くだ。一体どうしてくれる?」

 

 心なしか、蘭の声に覇気がない。それに対して、達也も普段の御ふざけを咎めるのとは違う、明らかに本気で責めている声音で詰っている。一方幹比古は、自分自身に責任を感じているように、沈痛の面持ちだった。

 

「どういうことですか?」

 

 訳が分かっていない深雪が、兄に質問する。

 

「みづきちゃんは――」

 

 だが、代わりに口を開いたのは、蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みづきちゃんは、パラサイトに、みいられました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気が冷え込む。

 

 人気がない場所とはいえ遠くから聞こえていた他の生徒たちの声が、もはや別世界の遠くに感じる。まるで、極限まで透明にした分厚いアクリル板で仕切られているかのようだった。

 

「ぱらさいとはいま、じょうほうじげんと、ぶっしつじげん、そのりょうほうに、どうじにそんざいしているじょうたいです」

 

 自分を抱く蘭の顔を、美月は不安げに見上げる。まだ何を言っているか、理解できなかった。蘭は、そんな彼女をより一層強く抱きしめながら、説明を続ける。

 

「わたしたちがみえないのは、そのそんざいに、あくせすできないからで、ひまほうしが、さいおんこうがみえないのと、おなじことが、おきてるんです」

 

「それは分かるわよ」

 

「ですが、みづきちゃんは、みえます。そして、みてしまいました。うかつです。まったくそうていしていませんでした」

 

 あれだけ頼りになって、あれだけどんな場面でもいつも通りで。

 

 そんな蘭が、自身を抱きしめる手を、震えさせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『みた』ことで、ぱらさいととみづきちゃんに、ゆいいつむにの、つながりができてしまったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見る。

 

 それは古来から、魔術的に大きな意味があった。

 

 例えば、顔を見るというのは、古来より日本においては、名前を知ることと同じく、侵犯を意味する。それゆえに、位の高い女性や天皇は、人に顔を見られないようにした。今も古式ゆかしい形式を守る神道における儀式も、ご神体を見るのは、ごく限られた神職だけだ。

 

 例えば、ある古代の民族では、王との謁見の際、ひれ伏しつつ、尻を向けながら会話した。現代の感覚だと失礼だが、「見る」という行為に、大きな意味を見出していた証拠である。

 

 例えば、邪視。見つめることで呪いをかけるという古くからの風習だ。それは古式魔法として伝わってもいるし、現代魔法にも様々な形で受け継がれている。

 

 このように、「見る」という行為は、魔法的に大きな意味がある。

 

 今回のように、宿主を失ったパラサイトが、本来見えるはずのない自分を「見ている」人間を見つけたとしたら。より物質から離れた、情報生命体であるがゆえに魔法的意味の影響を受けやすいパラサイトならば――美月に酷く惹かれても、不思議ではない。

 

 美月とパラサイト。その両者の間に――物理的距離では意味がない、魔法的つながりができてしまったのだ。

 

「そんな……」

 

 ついに理解した美月と深雪とエリカの顔から、血の気が引く。

 

「…………みづきちゃんはこれから、ぱらさいとに、『ねらわれる』でしょう」

 

「っ! あんたね!」

 

 エリカが奥歯をかみ砕かんばかりに噛みしめながら立ち上がり、蘭に殴りかかろうとする。それを察知した達也が即座に制止するが、エリカの怒りは収まらない。

 

「あんたが! あんたが、美月を参加させようって言ったんじゃない!?」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝ってすむと思ってんの!?」

 

「落ち着くんだ、エリカ」

 

「これが落ち着いていられるわけないでしょ! 独断専行して、その次にはこれよ!?」

 

「それを認めたのは僕たちだろうが!?」

 

 幹比古の激高。

 

 からかわれて声を荒げることはあっても、激高することは今までほぼなかった。

 

 そんな彼の怒声に、エリカは驚いて少し冷静になり――そして、頭に上っていた血が、また、さあっ、と一気に引いていく。

 

「そうじゃない。アタシたちだって、お願いしたじゃない……美月、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 立ち上がっていたエリカは、膝から崩れ落ち、座り込む。そして頭を下げ、懺悔した。

 

 蘭だけではない。幹比古もエリカも、この可能性に思い当らず、美月の参加を支持した。危険だからと止めていた達也と深雪も、この可能性には思い至っておらず、最終的には認めてしまった。

 

 全員が。

 

 全員が――美月を、危険な目に遭わせたのだ。

 

 美月はこれから、自分以外には見ることも感じることもほぼできない、そして逆らう手段がほぼ無い、未知の存在から、狙われ続ける。今まで見てきた吸血鬼となった人間を見るに……その末路は、どう考えても、凄惨なものだった。

 

 絶望が場を覆う。

 

 達也と深雪が、自分の立場や友情をすべてかなぐり捨て、四葉の全てを動かして、美月を守ろうとすることすら心に決めた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――まだ、やりようはあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その元凶とも言える蘭が、口を開いた。

 

 その声は、こんな時でもいつも通りの、平坦な機械ボイス。

 

 だがそこに籠った感情の密度を感じ取り、全員が、蘭を見た。

 

「ここに、ぱらさいとにねらわれるそんざいが、ふたりいます。みいられたみづきちゃん、それに、ぱらさいとのほんたいをころしたわたし」

 

 そうだ。

 

 蘭の作戦は、元々、なんとかパラサイトに手傷を負わせて、自分に注目を集めさせて東京に釘付けにするというものだった。つまり、我が身を釣り餌にして、危険な戦いを続けることを選んだ。美月もそうだが、その危険の中心に、蘭は自らなっている。

 

「ぱらさいとは、ぜんいん、れんらくをとりあって、ごうりゅうするでしょう。そして、そのぜんいんで、いそいでわたしとみづきちゃんを、ねらいます。そのめだったうごきにあわせて、USNAぐんも、あつまるでしょう」

 

 蘭が話すのは、地獄絵図の未来予想。

 

 まだまだ高校生である二人の女の子を中心として、異国からの来訪者である軍人たちと、異界からの来訪者であるパラサイトが集結し、この東京でぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです。ここをねらうしかありません。そうりょくせんで……あつまったぱらさいとを、いっきに、たおしきりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八方塞がりに近い幹比古たちは、蘭の作戦に乗らざるを得なくなった。




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14ー7

 2096年1月19日、夜。

 

 住宅街から離れた、夜になると全く人気がなくなる、ご時世か遊具がほとんどなくて殺風景で開けた大きな公園に、それぞれが決死の覚悟を決めて、子供たちが集まっていた。

 

 黒羽蘭、吉田幹比古、柴田美月、千葉エリカ、司波達也、司波深雪、黒羽亜夜子、黒羽文弥。

 

 高校一年生6人、中学三年生2人。男女入り混じったその集まりは、夜の公園ということもあって、不健全な集まりにも見えよう。

 

 だが、違う。

 

 この集まりは、不健全ではなく――人類のために、親友のために、家族のために、二つの強大すぎる敵に立ち向かおうとする、幼い戦士たちだった。

 

 パラサイト。異界から迷い込んだ化け物。人間に憑りついた吸血鬼状態では、CADなしで魔法を使用し、肉体に未練がないゆえに躊躇がなく、触れられれば一瞬で精気を多量に奪われる。本体は見ることも感じることもほぼ不可能で、憑りつかれたら最後、吸血鬼に堕ちるほかない。

 

 USNA軍。世界最大の大国で、それを支える最強の軍隊だ。その中心的役割を担う、魔法師部隊・スターズ。その中には、世界最凶の魔法師・十三使徒の一角である、アンジー・シリウスもいる可能性が高い。

 

 それに対して立ち向かうは、8人の子供たち。その背負う役割は、あまりにも大きかった。

 

「作戦を再確認する」

 

 リーダー的立ち位置である達也が、引き締まった表情の7人に、事前に立てていた作戦を、あらためて説明する。

 

「ここにパラサイトが集まり、それを追うUSNA軍も集まり、両者はぶつかり合う。そこに俺たちが介入して、二正面作戦を行う」

 

 強大すぎる二つの勢力を相手に、二正面作戦。あまりにも無茶だが、それをできるだけの戦力が、彼女たちにはある。

 

「まずUSNA軍。こちらは、俺と深雪、それにエリカが担当する」

 

 達也と深雪は最高戦力だ。この二人だけでも、プロ魔法師数十人、いや、それ以上に匹敵する。さらに、すでに世界最高の白兵魔法師になりつつあるエリカも参戦する。数こそ少ないが、対人戦におけるこの三人は、「戦争」に等しい戦力となる。

 

「パラサイトは、奴らに有効打を持つ、蘭、幹比古、文弥、それに『視る』力でサポートできる美月が担当だ」

 

 黒羽家として精神干渉系魔法に強い適性と武器を持つ蘭と文弥、古式魔法師として化生を倒す技術を受け継ぎ磨いてきた幹比古、唯一パラサイトを明確に知覚でき、さらにそれらを引き寄せるようになってしまった美月。相手が相手だけに、手厚い布陣だ。深雪は『コキュートス』という対パラサイトの必殺技を持つが、蘭や幹比古と違って「なんとなく感じる」ことすらできず、またUSNA軍の相手をしてもらわないと厳しいため、こちらには参加しない。

 

「亜夜子は遊撃だ。両方を駆けまわって、厳しい方をサポートしてくれ」

 

 その両方の役割を担うのが亜夜子。『疑似瞬間移動』によって、蘭ほどではないにしろ、この中でもトップクラスのスピードを出せるため、両方の戦場を素早く移動できる。黒羽家の生まれのため、蘭と文弥ほどではないが精神干渉系魔法の攻撃手段は十分あるし、また『極致拡散』は夜闇の状況も手伝って、百戦錬磨のUSNA軍すら混乱させるだろう。また、戦闘だけではなく、両方の連絡役も彼女だ。片方の状況が悪くなったら即座に伝え、増援や撤退を促す。

 

(一応、揃えられるだけの「裏」も揃えた)

 

 そしてこれは秘密だが、四葉の即座に動かせる下っ端たちが、遠巻きに待機している。これは四葉関係者にしか伝えていない。急なことだったので下っ端しか集められなかったが、緊急時には救出・殿をやってもらえる算段だ。だが、これはあくまでも最終手段。「四葉」であると発覚するのは、今はその時ではない。

 

 達也が最後の説明を終えた。

 

 その直後――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――遠くの方で、サプレッサーで抑えた銃声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじまりましたねえ」

 

 蘭がそちらを見て呟く。声はいつも通りの平坦な機械ボイス。だがその白磁のような無表情の顔には、こんな厳冬の真夜中だというのに、白露のような一筋の汗が流れていた。

 

 緊張からくる冷や汗。呼吸も少し速い。体温も上昇していて、心臓が早鐘を打っている。

 

 達也の『眼』に、それだけの情報が入ってくる。

 

 この土壇場で、達也は気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか、こいつは、こんなに感情豊かだったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゅうさんひきですか」

 

 吸血鬼とUSNA軍の戦闘に横やりを入れ、分断し、作戦通りに分かれることに成功した。

 

 蘭たちの前で対峙する、ロングコートと手袋と仮面で統一された「吸血鬼」は、13人。一体はすでに倒しているので、14に分かたれたということだろう。ただしそれは幹比古の勘違いで、一部はUSNAに留まっているのだが。

 

「まるで使徒ですわね」

 

「中途半端な数だなあ」

 

 亜夜子と文弥が、見た者の心がとろけるような可愛らしい、それでいて寒気を覚えるような冷酷な、笑みを浮かべる。昨夜までの余所行きモードと違って、今夜は本気。文弥はユニセックスな、亜夜子は闇に紛れるゴシックロリータで、「仕事」モードである。

 

「あいつだ!」

 

 その中の一人が、逸るように美月を指さす。昨夜美月とつながりを持ったパラサイトが、別の宿主を見つけたのだろう。昨夜は長身の男のように見えたが、今発した声は女性だ。身長もやや低く、近所の日本人女性魔法師に憑りついたのだろう。

 

 それを受けた美月はおびえたように身を退くも、一方で気丈に睨み返す。

 

「私が皆の『眼』になる! だから、どうか、頑張って!」

 

「僕が、僕たちが、柴田さんを守る。だから、僕たちが戦えるように……柴田さんは、生きてくれ」

 

 美月の前で両腕を誇示するように広げ、守るべく構えるのは幹比古。すでに、妖魔を退ける、何本も持ち込んだ特殊な文様を刻んだ縄による結界を美月の周辺に展開している。見えない相手とは戦えない。この戦いの軸は、美月である。

 

 数の上では完全に負けている。向こうは言葉を介さずともお互いにコミュニケーションが取れる。身体の犠牲を躊躇する必要もない。

 

 圧倒的に不利だ。

 

 それでも――ひっくり返せる自信があるからこそ、こうして立ち向かっているのである。

 

「いくぞー!」

 

 相変わらずの平坦な機械ボイスだというのに、気合が伝わってくる。

 

 蘭が全身から弾丸をばら撒き、そして音すらも置き去りにして射出する。その威力は拳銃を越え、ハイパワーライフルにも迫る勢いだ。それが同時に、何十発も放たれる。

 

 それに対して吸血鬼たちは反応できない。三人に吸血鬼が全身をハチの巣にされて倒れこむ。自爆すらできない、完全な即死だ。

 

「見えました! あっちです!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 そしてそこから遊離するパラサイトを、美月が捉えた。リアルタイムで、目線と指で追いかけていく。それに反応した蘭と文弥が、今度は勘ではなく、確かな信頼でそちらにCADを向け――固有魔法の『ダイレクト・ペイン』と、珍しい汎用的な精神干渉系の攻撃魔法である『毒蜂』を起動する。

 

「遊離してから乗っ取りを狙うな! 合流しろ!」

 

 魔法式やプシオンの針の動きから、三体のパラサイトが本体に大きなダメージを食らったのが分かった。思念波で伝わるというのに、必死さから、吸血鬼たちが動き出しながら叫ぶ。

 

 そう、彼らの目的はあくまでも、元の大きな一つに合体して戻る事。露出した本体で憑依して一撃必殺を狙おうとしても、その本体に直接攻撃されて殺されては無意味だ。

 

 美月の「眼」に、名残惜しそうに触手を揺らしながらも、苦しみながら仲間の体へと入っていくパラサイト達の姿が移る。ここの追い打ちは間に合わない。どうしても視覚から二人に伝えて魔法発動までのラグがあるからだ。だが、こちらに本体を明確に殺す手段があり、憑りついての一撃必殺は危険であると知らしめるだけで十分だ。

 

「お姉さまと弟だけを構うのは寂しいですわ? 異界からのお客様?」

 

 浮足立って戦闘を開始する吸血鬼たちの背後に、いつの間にか、夜闇の悪魔が回っていた。

 

 振り返りながら即座に反撃する洗練した対応を見せた吸血鬼二人が、そのねじった首をはねとばされる。運動直後に太い血管が通る首を切断され、激しく血を噴き出しながら、二つの首なしの体が倒れた。その返り血の雨を浴びながら、右手で振るった空気を薄く固めて作った刃を解除した亜夜子は、艶然と微笑む。

 

 そして右手から放つのは、まるで返す刀のように振るわれる、プシオンを固めた剣だ。それは美月の目線を正確に追いかけた亜夜子によって閃き、パラサイトの本体を「斬る」。肉体を傷つけずに「魂」とでもいうべきものを切り裂く不可視の刃は、黒羽家に伝わる暗殺術の基本だ。それは千葉家に伝わる似た魔法剣と違い、明確に「殺意」が乗せられた、魂を殺すための魔法である。

 

「僕だって!」

 

 美月に近寄って結界を破ろうとするパラサイトが、突如「炎上」した。

 

 物理的な発火ではない。古式魔法師たちが磨き上げた、情報体に「燃える」という情報を投射して攻撃する、退魔の炎『迦楼羅炎』だ。

 

 これで5人減って、5対8。未だ数の上では不利で、あちらの油断を突いた不意打ちももう効かないだろう。またダメージを与えたとはいえ、遊離したパラサイト達は仲間がいる身体へと入っていった。残る8人は、より強力であろう。

 

「たかが人間ごときが!」

 

「我が同胞の仇!」

 

 吸血鬼たちが咆えて、CADを介さない超能力を発動する。蘭が放った弾丸を利用した弾幕、雷撃魔法、接近してからの精気を奪うストレート、突風に空気の刃を混ぜた攻撃、隠し持っていたナイフがひとりでに舞い一斉に襲い掛かる魔法。そのどれもが、卓越している。

 

「どっこい」

 

 だが、結局のところ攻撃とは、現象の「移動」である。

 

 こちらには、こと移動・加速系に関しては、かの十文字克人すら追い詰めた達人がいるのだ。

 

 蘭がCADを操作すると同時、それらの攻撃が全て止められる。それどころかほぼ同時に蘭は超高速曲線移動で吸血鬼に接近し、その後ろから後頭部を通して脳幹に弾丸を一発撃ちこんだ。そして美月の指示に従い、プシオンの壁で遊離したパラサイトを牽制しつつ離れる。

 

「これはUSNA軍側(あちら)に行っている暇は、ありませんわね!」

 

 亜夜子もまた『疑似瞬間移動』で不規則移動をして惑わせつつ、その移動先全てに設置した魔法式を「同時」に起動し、四方八方からの空気の弾丸で吸血鬼を仕留めた。負けじと死に際の自爆を吸血鬼が敢行するも、亜夜子はとっくに離脱済み。隙のない動きだ。

 

「あっちは達也さんがいるし安心でしょ!」

 

 亜夜子の軽口に軽口で応じながら、文弥が魔法を放つ。それを見た美月と幹比古は、背筋に怖気が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「があああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法を向けられた吸血鬼が倒れて悶えて喉が引き裂けんばかりに叫び、そして急に全身の力が抜けて失神する。いや、もはや生気を感じない。ショック死したのだ。

 

 魔法師は、魔法式が投射されれば、ある程度どのような魔法かわかる。

 

 だからこそ、パラサイト本体ではなく、初めて「人体」に放たれるところを見た二人は、その魔法の恐ろしさを理解した。

 

 身体ではなく、精神に「痛み」という情報を直接送り込む。「痛みに耐える」だとか、アドレナリンだとか、そのような抵抗を一切許さない、残虐無比の魔法『ダイレクト・ペイン』。その本領が発揮された瞬間だ。

 

「よっこいしょ!」

 

 その傍で、軽薄な掛け声とともに行われた行為もまた、残虐極まりない。

 

 蘭は、吸血鬼の残骸となった、罪なき人間の死体を「武器」として振るう。人間分の質量が、弾丸と同じ速度で放たれ、逃げ切れなかった吸血鬼を「潰す」。

 

 ぶちゅ。

 

 生理的嫌悪を催す湿った音が、夜のとばりに、妙に大きく響いた。それは、人間二つ分が超高速でぶつかり、潰れた音に他ならない。

 

「…………っ!」

 

 隣の美月が歯を食いしばるのが分かる。顔面からは完全に血の気が引いて、白粉でも塗ったかのように真っ白だ。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫!」

 

 幹比古が心配して声をかけるも、美月は即座に声を張って返事をして、幹比古が用意した布越しに戦場を睨み、大声で指示を飛ばしている。

 

 あまりにも残虐な戦いだ。目をそらして、嘔吐したいだろう。

 

 それでも彼女は、それをしない。

 

 みんなのために、自分のために、そして何よりも蘭のために。

 

 自分は、みんなの「眼」なのだから。

 

「なるべく早く終わらせるよ!」

 

 それを見た幹比古は奮起する。気弱な少女が、横浜での地獄と、友情と責任感によって、ここまで活躍しているのだ。自分もそれに報いなくてどうする。

 

 強力な結界を維持しつつ、文弥の背後から襲い掛かろうとしていた吸血鬼に雷撃を加えて足止め、それと同時にその足元のコンクリートが割れ、瓦礫が急上昇して、吸血鬼の顎をアッパーのようにかち上げる。

 

「ありがとうございます!」

 

 文弥が幹比古にとても可愛らしい笑顔でお礼を言いながら、吸血鬼に止めを刺しつつ距離を取った。きっと彼なら対処できたのだろう。それでも、幹比古の的確なサポートは、今戦場の天秤をさらにこちら側へと傾かせた。

 

 これで5対3。数の上で有利になった。

 

 だが 残った吸血鬼には複数のパラサイトが集まり、より本調子に近い状態になっている。しかもここまで生き残っただけあって、憑りつかれた人間の性能も高いのか、蘭たちが対応しきれなくなってきた。

 

 その三人が急速に距離を取り、お互いに目線を合わせて頷きあう。思念波を使って、何か相談したのだろう。

 

 はたして何をしてくるか。全員で、油断なく睨んでいた。

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、結界が割られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

 

「あぶない!」

 

 蘭が即座に美月を抱えて離脱し、さらに置き土産として銃弾の雨をプレゼントする。だが、蘭が逃げる先に、もう一体の吸血鬼が回り込んでいて、戦闘の中で割れた仮面の奥で口を吊り上げて嗤いながら、二人を殺そうとする。

 

「お姉さま!」

 

 だが亜夜子が辛うじて間に合い、両者の間に割って入って、自分が転ぶのを承知で強い旋風を起こして退ける。

 

 しかし、時間差で襲い掛かった三人目の吸血鬼が、蘭と美月に接近し――

 

「させるか!!」

 

 ――それを文弥と幹比古が、それぞれの得意魔法『ダイレクト・ペイン』と『雷童子』で止めた。もはや『ダイレクト・ペイン』もあまり効かなくなったが、同時に雷撃を食らえば抵抗力が負けると踏んだのか、口惜しそうな雰囲気を出してその場を退く。

 

「狙いは美月さんです!」

 

「やっぱりそうなりますか」

 

 亜夜子と蘭が美月をパスしながら不規則高速移動して、なんとか距離を取る。

 

 そう、吸血鬼は、本体への攻撃の要となる美月を潰そうとした。

 

 蘭にも負けないほどの目にも止まらぬ速さで接近し、その速度を活かして結界を破壊。そして三人の連携で、こちらが一気に瓦解しかねないほどまで、追い詰めてきた。

 

(まずい!)

 

 先ほどまでこちらが優勢だったのに、それがひっくり返った予感がした。結果的に損害はほぼゼロだが、今のは偶然によるところが大きい。移動・加速系の達人である蘭が最初に動かなかったら、後はずるずると負けていただろう。

 

 亜夜子から美月を受け取り、また結界を張る準備をする。ここが攻め時と吸血鬼三人が集中的に狙おうとしてくるが、黒羽家の三人が必死に防ぐ。亜夜子と文弥の顔からも、次第に笑みは消え失せていた。

 

「あやこちゃん!」

 

 蘭が叫ぶ。

 

 これは事前に決めていた合図、イチかバチかの博打に出るしかないパターンだ。

 

「いきますわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、世界が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――!」

 

「――――」

 

 聞こえてくるのは、誰のものともいえない同じ声が、複数。しかしそれは、よほど耳を澄ましていないと聞こえない。

 

 亜夜子の特技『極致拡散』。超広範囲を覆って任意のエネルギーを平均化して区別がつかないようにした。今回は音と光を平均化したのだろう。だから、吸血鬼たちの声と蘭たちの声が混ざり合って聞こえるのだ。

 

 そしてその隙に、発動直前に居場所をしっかり定めておいた美月を抱き、高速で離脱し、領域の端で結界を張る。

 

 相手からすれば予想外だろう。パラサイトは吸血鬼となって「肉体」を持ったがゆえに、その知覚は物質世界のものに大きく頼ることになる。視覚と聴覚が急に頼りにならないそれは、大きな動揺になる。

 

 一方、蘭たちは事前にどのエネルギーを平均化するか決めていたため、熱感知魔法を頼りに、一方的に攻撃を仕掛けている。

 

 これは、美月を守る結界が破られて張り直しを迫られたときのための奇策だ。いくら熱感知があるとはいえ、視覚も聴覚も頼りにならない世界で、こちらもまともに戦えない。諸刃の剣である。

 

 だが、今回はそれが功を奏した。美月を守る結界の再展開に成功し、とても広い領域の端まで移動したことで距離も稼げた。

 

「いつつつ……」

 

 だが、こちらも無傷と言うわけにはいかない。

 

 蘭の左肩が焼け焦げて、肌が露出している。吸血鬼が一人減っていることから、視覚が頼りにならないために自爆に巻き込まれたのだろう。幸い大怪我ではないようだ。焼けたのは服だけで、その向こうの肌はわずかに火傷しているだけであった。

 

「あの女を! あの女を倒せばお終いだ!」

 

「何としても手に入れるぞ!」

 

 残った吸血鬼二人は、目を血走らせて、口角泡を飛ばして叫びながら、美月を睨む。

 

 吸血鬼たちが倒されるたびに、パラサイトは遊離した。そしてその姿を、美月はすべて「見た」のである。

 

 つまり――それらすべてのパラサイトが、美月に「惹かれた」。

 

 そんなパラサイト達が集まったあの二体は――その思念が集合し、美月に酷い執着をするようになっている。

 

(撤退は、しなさそうだな)

 

 希望半分、絶望半分。

 

 もし逃げられたら、次会ったらもう勝てないだろうという希望。

 

 この戦いが、決着までは決して終わることがないという絶望。

 

 その両方が幹比古にのしかかる。そしてその二つに同時に考えが及ぶほどに、彼は冷静沈着だった。

 

 

 

 

 

 だからこそ――「仕込み」を発動するタイミングを見逃さない。

 

 

 

 

 

 

 突如、片方の吸血鬼の近くのブロック塀が爆ぜて倒壊する。まるで大地震が起きたようなそれは、ちっぽけな人間の肉へと押し込められた吸血鬼を、簡単に潰した。

 

 設置していた精霊を喚起させたのだ。戦いの最初から各所に仕込んでいた精霊たち。今この戦場は、いつの間にか、幹比古の罠だらけなのである。

 

「ぐ、くそ!」

 

 パラサイトの全てが、一つの人間に収束する。

 

 その人間は、そんな悪態をつきつつも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その顔は、歓喜の嗤いで歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後吸血鬼は全身を光らせ、誰一人巻き込める距離でもないのに、「自爆する」。

 

 おまけとばかりに数多の魔法が解き放たれるが、この距離なら余裕で防げる。

 

 目的は分かっている。

 

「ここからがほんばん、ですね」

 

 隣にいつの間にか立っていた蘭が、誰にともなく呟く。

 

 その目は、ある一点を捉えているようでいて、何も見ていないように見える。

 

 一方でそれ以外の全員の目線は――自爆した最後の吸血鬼の死体が転がる、その上空に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンションの屋上にある貯水タンクほどの大きさの光の球が、不定形に脈動し。

 

 そこから延びる13本の太い触手が、うねうねと蠢く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヤマタノオロチ、九頭竜、ヒドラ、ケルベロス……多頭の怪物の正体って、ああいうことなのかな)

 

 こんな時でもそんなことが思い浮かぶほどに、幹比古は冷静だった。

 

 何せ、そう――その存在感が大きすぎて、自分でもしっかり、「それ」が見えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 13体のパラサイトがついに一つになり、本当の姿を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(精神の情報体、か)

 

 蘭は単体のパラサイトを、「精神の情報はあんなに小さくない」と言った。

 

 あの巨大な姿と存在感を見ればわかる。本当の精神の情報は、あれほどに、莫大なのだ。

 

 それだけ、精神が、複雑なものであるということ。

 

 学説になっている、単なるニューロンの電気信号である、という話を、この瞬間、幹比古は全く信じなくなった。

 

「いくぞー!」

 

 蘭が叫ぶと同時、この展開を予想していた全員が動き出す。

 

 黒羽家の三人は触手をかいくぐりながらプシオンの釘を生成して突き刺し、パラサイト探索の初期から見ているが未だよくわからない魔法を一斉に行使する。巨大パラサイトは身もだえしており、ダメージにはなっている様子だが、すぐに魔法式を退け、逆に触手を暴れさせて反撃を始めた。

 

「くそ、くるな!」

 

 幹比古は今の間にひっそりと二重で結界を張り、さらに迎撃型の精霊魔法を設置し、美月に殺到する触手を退ける。その一本一本が、並の魔法師では一生かけても届きえない力を持っている。

 

 そんな触手に対して美月も必死に抵抗する。弱い魔法力で蚊の刺すような効果しかない、けなげな反撃だ。だがその顔からは闘志が全く消えていない。分厚い眼鏡をかけ、幹比古から借りた布を何重にもしつつも、パラサイトをしっかりと見据えている。

 

「逃がしません、逃がしませんっ……」

 

 完全体に近い状態となったパラサイトは、もはや美月に構う理由が全くない。その力を活かしてこの場から去り無抵抗な魔法師たちから精気を奪いまくればよい。それをしないのは、これまで蓄積した「見る」ことによる繋がりが集積しているのと、そして今なお、凝視を通り越して睨まれていることによって、その「繋がり」が強化されていて、美月に惹かれて離れる気が全くないからだ。

 

 いわば、化け物に魅入られたはずの、特殊な眼を持った姫が、逆にその視線で、強大な化け物を釘付けにしているのである。

 

そのおかげで、蘭たちへ向かう攻撃は減り、そしてこちらも戦い様がある。一番非力なはずの美月が、一番大きな役割を担っていて、そして一番危険な位置にいるのだ。

 

「「お姉さま、準備を!」」

 

 もはやはっきりと目視できるほどに活性化したプシオンで作られた触手による攻撃を高速移動で躱しながら攻撃を続けていた蘭に、少し後ろの方で回避に専念させられていた亜夜子と文弥が叫ぶ。

 

「りょうかいです」

 

 その声が出されたと同時に蘭は華麗に触手を避けながら後ろに下がり、二人と並び――三人で一斉に両掌を突き出した。

 

 直後、パラサイトから、濃密な悪意を持ったプシオンの波動が放たれる。非魔法師なら即死は免れず、魔法師でも生半可な抵抗力しか無ければ廃人状態は免れない。

 

 その波動を――三人は、力を合わせてプシオンの壁を作ることで防ぐ。一度放たれた波動はコントロールできないようで、背後からの攻撃はない。

 

 ただし、幹比古たちは三人から距離が離れていた故に、その壁で守られきれない。幹比古は慌てて自らが作成した結界の内部に入り、そのプシオンの波動から身を守る。美月は結界・眼鏡・重ねた布による何重もの防御にもかかわらず、プシオンに中てられたのか、苦しそうな表情だ。

 

「柴田さん、かなり引き寄せてくれたから、もう見なくても大丈夫だ。無理はしないで」

 

 三人が再び触手を避けながらの反撃に転じている間に、幹比古は迫りくる触手を結界内部から迎撃しつつ、美月を気遣う。

 

「ううん、大丈夫。それに、私がここで目を逸らしたら、私自身が守れなくなっちゃう」

 

「それもそうか」

 

 美月の言うことはもっともだ。目をそらしては本末転倒。美月は自らの身を守れないし、それはつまりここでの敗北を意味する。彼女を心配するあまりに、見当違いなことを言ってしまった。

 

「でも、せめて悪意をカットする結界は増やさせてもらうよ」

 

「………ありがとうございます……」

 

 そんな結界に力を割くぐらいなら、三人を助けて。そう言おうとしたが、幹比古はそう言う間もなく、まるでちょっとしたメモを書くかのような手つきで結界を完成させる。目のあたりを覆うだけで十分なのだから、これぐらいは朝飯前だ。

 

「全然効いている気がしないや!」

 

 文弥が『ダイレクト・ペイン』を放つ。

 

 精神に直接「痛み」を与えるその魔法は、物質的肉体を持たないパラサイトにも有効だろう。だが先ほどまでと違ってほぼ完全体となって抵抗力が増したのか、ほんの少し身じろぎめいたことをされただけですぐに魔法式が退けられる。

 

「すこしずつでもけずっていきましょう」

 

「でも火力が足りないですわ!」

 

 蘭が励ますように言うが、亜夜子と蘭の『毒蜂』も、おそらくジャブ程度のダメージしか入っていない。もうかなりの攻撃を与えているにもかかわらず、未だに触手の動きが衰えても激しくもなっていないのがその証拠だ。

 

「だったら僕も!」

 

 長期戦はこちらが不利である。幹比古はもう一つ防御結界を張って束の間の安全を確保したうえで、『迦楼羅炎』で攻撃に参加する。『ダイレクト・ペイン』らと違って退魔のために作られたその魔法は、パラサイトの全身を一瞬ながらも炎上させ、確かなダメージを与えていた。

 

「みきひこくん、ないす! じゅうもんじせんぱいになったきもちで、よろしく!」

 

「無茶言うな!」

 

 攻撃に転じたせいで防御がおろそかになり必死で迎撃する幹比古に、蘭がとんでもないことを言いだす。要は、美月を守る力も、パラサイトに与えるダメージも、どちらも一番である幹比古が、克人の攻防一体の魔法『ファランクス』のように頑張れと言うことだろう。

 

(あの人だったら、精神干渉系に対する障壁魔法もあっただろうし、もっと楽だったかな!)

 

 やはり十師族と協力するべきだったのではないか。

 

 激しい迎撃をさせられすぎて弱気になった心が、未練がましく過去の選択を疑ってくる。実際向こうはメンツがあって絶対協力しないどころか積極的に妨害までしてくるのがオチだろうが、こんな状況だと、そうした利害を乗り越える度量を持つであろうあの大先輩に頼りたくもなる。

 

「あやこちゃんも、うしろのさぽーとにいってください!」

 

「了解ですわ!」

 

 そして、いよいよ防御が決壊するかという時。パラサイトと相対して戦い続けているはずの蘭が、まるで背中に目でもついてるのではないかというぐらいギリギリのタイミングでその指示を出す。亜夜子は即座に『疑似瞬間移動』で幹比古のもとに駆け付け、先ほど使ったプシオンの剣で触手の迎撃を手伝ってくれた。

 

「ありがとう! 正直やばかった!」

 

「お互い様ですわ」

 

 亜夜子がこちらに回ってくれたおかげで、防衛に余裕ができる。それによって幹比古は、二度目の『迦楼羅炎』を食らわせることに成功した。

 

「いいこと考えた!」

 

 そこに、可愛らしいのに邪悪に見える笑みを浮かべた文弥が、魔法を重ねる。

 

 それは今この場でとっさに生み出した、『毒蜂』の利用方法だ。刺された恐怖でなく、自らが燃えている恐怖を、極限まで増幅させる。

 

「ないす!」

 

 それを見て、蘭も同じ魔法を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、炎を纏った触手の動きが、激しさを増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ! これはまず!」

 

 相当のダメージだったのだろう。精神の情報体とは言え、それそのものは「本能」に近い原始的な精神・知能しか持っていないパラサイトは、それゆえに、ここにきてギアを上げてきた。明らかな外敵を排除しようとする、生存本能だ。

 

 触手が結界を殴りつける。それだけで、結界を作るのに使った、文様を刻んだ縄が黒ずんだ。あと一回殴られれば、一枚目の結界は壊されるだろう。

 

 縄のストックはまだある。だが、こんなペースで破壊されては、いつまで持つか分かったものではない。

 

 先ほど吸血鬼の加速をつけた一撃で結界が壊されたのは、あれが彼らにとっての最大火力だったからだろう。めったに起こることではない。だが今は、一撃で破られないとはいえ、激しく乱打してくる触手が二回触れればそれだけで破られる。ただのジャブのような攻撃で簡単に破られては、たまったものではなかった。

 

「もう一人防御に回せない!?」

 

「ふみやくん、おねがいします!」

 

「しょうがないか、頑張ってください、お姉さま!」

 

 相変わらず、触手が美月を中心に狙うのは変わらない。より攻撃が激しい方へ人員を割くのは仕方ないだろう。

 

「…………悔しいけど、僕、そろそろ限界だったんですよね」

 

「可愛い弟のことだから、よくわかってるみたいだ」

 

 三人で九本の触手を相手する幹比古たちに対して、一人最前線に残った蘭は、四本の触手に同時に襲われながらも、まるで舞い踊るような高速移動で回避している。先ほどは背中に目がついているかのようだ、といったが、その視野の広さは、もはや天から見下ろしているかのようだ。

 

 一方の文弥はと言うと、蘭ほどに移動・加速系が得意なわけではなく、最前線で避けて回りながらの戦いはもう限界だった。こうして、激しい攻撃ではあるものの、動き回らず迎撃する防衛側に回っていなかったら、いまごろどうなっていたか分からない。元気づけるための軽口はするが、その顔に浮かぶ疲労は濃い。

 

「みきひこくん、そろそろあれ、つかってもいいんじゃないですか?」

 

「役に立つとは思えないけど、出し惜しみはしてられないね!」

 

 あくまでも最終防衛ラインである幹比古は、まだ全力を出し切っていない。だが、そろそろ限界だ。

 

「頼むぞ!」

 

 幹比古は懐から、呪文を刻んだ半紙で作った折り紙をばら撒き、魔法を行使する。それらは自動で襲い掛かってくる触手に立ち向かってぶつかり、その瞬間にただの紙切れになるが、確かに一撃を防いだ。

 

「結構気合を入れた式神のはずなんだけど」

 

「でも、これだけ隙を作ってくだされば十分ですわ!」

 

 一つ用意するだけでも三日はかかる式神を、今まで暇なときに溜め込んでいた分全て吐き出したのに、稼げた時間は五秒あるかないか。だが、それだけあれば、文弥と亜夜子が攻撃に転じることができる。

 

「少々中座いたしますわ!」

 

 亜夜子が『疑似瞬間移動』で、触手の間を縫って飛び込み、本体である光の球の中心に、プシオンの剣を突きさす。

 

「きょうだいあいぱわー!」

 

 それに合わせて、蘭と文弥が『毒蜂』を重ねた。

 

「わ、つつ、危なかったです……」

 

 触手が不規則に暴れまわる。そのせいで軌道が予測できず、即時退避する亜夜子のすぐそばを掠めるが、なんとか戻ってきた。このパラサイトの動きは、かなり効いた証拠だ。

 

「ついげき、きます!」

 

 蘭が叫ぶ。彼女はいきなり戦闘の最前線から離れ、電柱を駆けあがって、高く飛びあがった。

 

「全員中へ!」

 

 幹比古はストックの縄をすべて吐き出して何重にも結界を展開する。

 

 直後、飛びあがった蘭の下ギリギリまでの範囲に、悍ましいプシオンの波動、否、津波が放たれた。

 

「「――――っ!」」

 

 亜夜子と文弥が歯を食いしばって声にならない声で唸りながら、結界の一番外側にプシオンの壁を展開した。

 

 だがそれは、濁流の前に障子紙を置いたかのように一瞬で破られ、それはそこからの何重にも展開した結界も同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津波の前で、ちっぽけなバリケードなど無意味。

 

 眼前に、確実に魂を破壊するであろう、悪意の濁流が迫ってくる。

 

 四人はその瞬間――完全に、諦めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、上空を舞っていたはずの蘭がいつの間にか真上にいて、平坦な機械ボイスのせいでいまいち締まらない雄たけびを上げる。

 

 それと同時、四人は脳や内臓が浮き上がるかのような酷い浮遊感を感じた。

 

 いや、実際に、まるで逆バンジージャンプアトラクションのように、跳ね上がるように超高速で浮き上がらされていたのだ。

 

「あぶなかったー」

 

 平坦な声と動かない表情とは裏腹に、その顔には滝のように汗が流れているし、心なしか呼吸も荒い。激しい戦闘を継続して行ったから、だけではなく、彼女が相当に焦っていたのがわかる。

 

「なんという波動ですの……」

 

「これは……ちょっとまずいかも……」

 

「…………っ、っ!」

 

 幹比古は平気だったが、亜夜子と文弥と美月は顔面が真っ青で、かなりコンディションが悪い。急激に浮き上がらされた縦方向の衝撃による酔いだけではない。直撃こそ免れたものの、その余波でも酷い悪影響が出るほどに、強力な波動だったのだ。

 

「いける? いや、まだ、でもなあ……」

 

 四人を下ろしてまた単身巨大パラサイトに向かっていきながら、蘭が何やらブツブツ呟いている。いつも訳分からないことを言っているが、これは特に訳が分からない。

 

 だが、そんなことを気にしている暇はない。触手攻撃の勢いはかなり増し、また波動攻撃が有効と見たのか、今までの二発分の規模には到底及ばないが、触手の連撃に混ぜて、無視できない威力のものを放ってくるようになる。

 

「もう結界は品切れだ! 柴田さんは逃げて!」

 

 道具がもうないため、その場にあるもので急ごしらえの結界を用意しながら、幹比古は叫ぶ。ここまで引きつけたのだから、もう美月の役割は十分だ。

 

「でもそれだと!」

 

 だが、美月は逃げられない。

 

 一番狙われているのは自分だ。もし自分がこの場から離れた場合、例えば追いかけて来られたら被害範囲が広がるだろう。そして何よりも――最前線で戦う蘭への攻撃が、より苛烈になることを意味する。

 

 蘭自身だってプシオンに敏感だろうに、未だに一人だけコンディションを落とすことなく、まるで何本もの大縄跳びで踊るように、華麗に回避している。それどころか、わずかずつでも反撃までしている。だが、それでも、かなり限界に近いだろう。

 

「お姉さま! ちょっとこれは達也さんと深雪さんを呼ばないと無理じゃない!?」

 

「私が離脱したら戦線崩壊するでしょう!?」

 

 ついに全力で暴れ始めたパラサイトも確実にダメージは蓄積されているだろうが、まだまだ底は見えない。文弥の言うことは正しいだろう。その一方で、亜夜子が言うことも正しい。現状ですら、戦線はギリギリなのだ。

 

 つまり――もはや、打つ手がない、ということである。

 

 そう美月が、賢いがゆえに、結論にたどり着いてしまった、その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あああああああっ!!!」

 

「幹比古君!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古がついに防御しきれず、プシオンの波動の直撃を食らってしまった。即死には至っていないが、顔面から血の気が一気に引き、唇は青くなり、目は今にも白目をむきそうだ。それでもトドメとばかりに迫ってきた触手は倒れ込みながら転がって何とか回避するが、ついに攻守の要が戦闘不能となる。

 

 美月が幹比古を抱えて、あまりにも弱い、それでも魔法科高校で少しずつ練習してきた魔法で離脱しようとしたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まずい! これ、は!」

 

「……ここまでのようですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――幹比古が倒されたことで戦線が決壊し、すでに限界が近い文弥と亜夜子を囲うように、大量の触手が殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何とか逃げようとする美月の眼前にも、自分の胴体程もある触手が伸びてきた。

 

(そん、な、ここ、まで?)

 

 自分の力のなさが、恨めしい。

 

 もし蘭なら、とっくに離脱して、幹比古だけでも生き残らせることができたかもしれない。

 

 だが、自分は、幹比古のように力はあってもスランプだっただけでもなければ、学校の評価にならないだけで誰にも負けない戦う力を持つ達也やエリカやレオでもない。ただプシオンが無駄に激しく見えるだけの、劣等生だ。

 

 分厚い眼鏡の奥の大きな眼に、涙があふれてくる。

 

 その時――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいじなだいじな、ともだちと、いもうとと、おとうとに、なにしてくれとんじゃごらああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭の、怒号が響いた。

 

 それと同時に蘭は、ポケットからカッターナイフを取り出すと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――自分の頸を、深く斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい運動をしている途中にそんなことをすれば当然、切り裂かれた頸動脈から、噴水のように血液が噴き出す。

 

 そしてその直後、蘭が倒れ込みながらCADを操作し――魔法を行使する。

 

 その魔法式は、今までのどの魔法よりも強固に、存在感を持って、パラサイトへと投射された。

 

 それと同時に、パラサイト本体が放つオーラや光が一気に弱まり、眼前に迫っていた触手が、ひきつけを起こしたようにビグッと跳ねて止まると、ただのプシオンとなって霧散する。

 

 そんな信じられない光景の向こうで、蘭がプシオンを固めた光の弾を、かろうじて弱弱しく明滅する巨大パラサイトに連射する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに耐えきれなくなった巨大パラサイトは――ついに、完全に霧散し、死滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お姉さま!?」」

 

「蘭さん!」

 

「蘭!」

 

 何が起こったのかすぐに理解できたらしい亜夜子と文弥が、今もなお量を増す血の海に倒れ伏す蘭へと駆け寄る。それに少し遅れて、美月と、意識が戻った幹比古も、蘭に駆け寄った。

 

 蘭は自ら切り裂いた首に準備していたであろうタオルを強く押しあてている。文弥が高度な治癒魔法でなんとか傷を塞ごうとするもさほど効果がない。

 

「あや、こ、ちゃん、おにい、ちゃん、を」

 

「はい!」

 

 絞り出すような声で蘭が指示を出すと、亜夜子は戦闘中にすら見せたことない速度で、その場を去っていく。

 

「お姉さま! そんな、無茶をして!」

 

 文弥がアーモンドのような大きな瞳から、涙をぼろぼろこぼしながら、必死に蘭を治療する。

 

「なんなんだ! 一体!? 蘭、ここで死ぬなよ! 自分勝手に一人だけ満足して死ぬんじゃない!」

 

 なぜ蘭が自ら頸を切ったのか、なぜパラサイトが一瞬で死んだのか。幹比古には何も分からない。

 

 ただ、目の前で、蘭の命の灯が消えようとしている。それだけはわかった。

 

 だからこそ、もしものためにと用意していた生命力を維持する儀式を必死に執り行うが、それも焼け石に水。血の勢いはさほど収まらず、刻一刻と、死に近づいていく。

 

「そんな、蘭さん! 蘭さん!!!」

 

 美月は何もできない。ただ、蘭の代わりにタオルを強く押しあてることしかできない。真冬の真夜中の戦闘で冷え切った手に、熱い熱い血がとめどなく溢れてくる感触が、ありありと伝わる。それと同じくして、蘭の体が、徐々に冷たくなっていく。まるで、熱い命が流れ出していくかのようだ。

 

「蘭さん!」

 

「お姉さま!」

 

「蘭!」

 

 三人で必死に呼びかける。流れ出す涙が、血の海に波紋を次々と作り、直後に飲み込まれていく。三人の無力さを表わすかのようなその光景は、三人の目に入らない。ただ、目がうっすらと閉じていく蘭の顔を見つめて、どこかに行ってしまわないように呼び掛けるのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、連れてきました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちの戦闘に集中していたとはいえ、それでもUSNA軍との戦闘音は聞こえなかった。それなりの距離だったはずである。だが、この数十秒の間に、亜夜子が、達也を連れて戻ってきた。

 

 驚きで固まりながら唖然と見下ろす達也に、蘭は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あに、き……なんで、も、いう、こ、ときくって、いった、よ、ね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつもの、生首饅頭のキャラクターのように、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿言え」

 

 達也はそれを聞き、少し気圧されたように身じろぎをして……深いため息をついてから、そう言って、CADを蘭に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、まさしく「魔法」としか言いようがない現象が起こる。

 

 蘭がサイオンの光に包まれると同時、周囲に流れ出ていた、この小さく細い体のどこに流れていたんだろうと思うほどの大量の血液が、まるで映像の巻き戻しのように、首の傷口から蘭の体の中へと戻っていく。美月たちの服に沁み込んでいた血も、スーッと離れて、蘭の体へと戻っていく。それと同時に、蘭の体にどんどんと血色が戻っていって――最後に血でくっついたタオルが首からはがれると、そこには傷一つない、白磁のように美しい首筋が現れた。

 

『再成』

 

 司波達也が生まれ持った、神の御業のごとき魔法。

 

 対象のエイドス情報をさかのぼり、その対象の過去のエイドスを投射することで、その過去の状態へと戻す。それが蘭を、死の淵から救ったのだ。

 

「らんちゃん、ふっかーつ!!!」

 

 直後、あんなにはかなげに倒れていた蘭が急に起き上がり、間抜けな笑顔を浮かべてガッツポーズをする。そして、全員がポカンと見つめる中、わはははと笑いながら一通り小躍りすると――

 

 

 

 

 

「もうひとしごと、あるんだった!」

 

 

 

 

 

 ――いつも通りの超高速移動で、その場を去っていった。




タイマーストップまであと少し!

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14ー1

本日連続投稿しているうちの1話目です


 ついに大詰めとなったRTA、はーじまーるよー!

 

 前回はお兄様が最強魔法をぶっぱしたところまででした。

 

 早速早送りして……一瞬だけハロウィンパーティの仮装で披露してスベった連邦に反省を促すダンスを皆様にも見せて――はい、12月に入りました。

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「異国と異界からの客人」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 

 うおおおおおおお!!! これは来訪者編開始のトロフィーです!!! やった! フラグはしっかり立ってました!

 

 皆様にわかりますか? 10年分のプレイをした末に、現れたトロフィーが「異国からの客人」だった時のRTA走者の気持ちが?

 

『マテリアル・バースト』も無事行使されたのに、なぜかUSNAによる戦略級魔法師調査しかなくて、パラサイトが現れなかったんです。ちなみにとある十文字家チャート兄貴は、なぜかパラサイトもUSNA軍も来なくて、「厳寒へのチケット」トロフィーを獲得して、その日は不貞寝していました。これはこのゲームオリジナルの章である、永久凍土編の開始トロフィーでした。色々あって司波兄妹は新ソビエト連邦に交換留学に行くことになり、そこで陰謀に巻き込まれそうになった同じく交換留学してきた四高の美少女を助けて……という内容です。原作並みとは言いませんがクオリティ高いので、ぜひプレイしてみてください。

 

 

 さて12月初日です。来る定期テストに向けて、勉強会をしましょうと言う場面ですね。一応念のため、ここで雫ちゃんが交換留学に行くという話をするのか、しっかり確認しておきましょう。今回は無事してくれましたね。

 

 で、次の定期テストですが……今回はここで強力なライバルたちを差し置いて二位を取る必要はありません。上位一桁にさえ入っていれば学校から優等生認定されて、パラサイトと戦うための表面上夜遊びも認められます。

 

 前回は九校戦の競技を希望通りにするために絶対二位が必要でしたが、今回はもう目の前の来訪者編さえクリアすればあとは世界が滅んでも問題ないので、この勉強会にこそ参加しますが、戦闘に備えた訓練だけしていましょう。

 

 あとは年明けまで早送りして……元旦の初詣も、一応付き合います。大事な大事な大詰めで「最近あいつ付き合い悪ぃな」が好感度に響かないとは限りませんからね。黒羽家チャートでここまで生きて進められたこと自体が奇跡みたいなものなので、ここからは絶対完走を目指す安定チャートです。

 

 

 で、その冬休み明けの高校で、ポンコツ美少女のリーナちゃんが留学にやってきました。いやしかし、こう改めて見るとビジュアル最強ですね。可愛いぞ♡キュートだぞ♡タイムのためにさっさと帰るか死ね(暴言)♡

 

 当然のことですが、パラサイトは非常に強力なので、この段階で一人でスタンドプレーをして解決というわけにはいきません。

 

 まず吸血鬼事件がある程度進行して表沙汰になることが重要です。これで亜夜子ちゃんと文弥君を一時的にこちらに動員することができます。

 

 そして、幹比古君と美月ちゃんが吸血鬼を追う条件ですが……レオ君が犠牲にならないといけません。

 

 ここでレオ君が「犠牲」というのは、吸血鬼に襲われて辛うじて生き残る、という意味です。横浜騒乱編で、戦略級魔法師たちに次いで最強格扱いされている呂剛虎との死闘を、原作通り経験してもらいましたよね? 九校戦で代理に選ばれる、エリカちゃんのところで修行、呂剛虎との死闘という一連の流れが彼のパワーアップイベントで、一つでも逃すと、ここで吸血鬼に殺されて、ショックにより幹比古君たちが動いてくれませんので注意してください。だから、変にサポートせず、原作通りに進める必要があったんですね。

 

 そういうわけで、結構待たなきゃいけないんですよ。タイムとしては10年以上に及ぶものですが、そのクリアタイムの記録が1月後半から2月に集中しているのは、それが理由なんですね。

 

 

 この辺はまだ無難に過ごします。ここからは怪しい行動のオンパレードなので、ギリギリまでいつも通りでいましょう。

 

 

 そして1月16日、吸血鬼事件が表沙汰になりました。ここで即、亜夜子ちゃんと文弥君にメールで連絡をしてください。内容は「お兄様との会話で吸血鬼事件が魔法関連によるものの可能性が高いと分かった。また同じ事件がアメリカでも起きていて、それと交換留学が重なっていて妙である。調査のために来てほしい」みたいな内容になっていればOKです。

 

 ここのポイントですが、当主の貢パパではなく、妹弟に直接連絡してください。こんなの本来ならスタンドプレーなので許されませんが、亜夜子ちゃんと文弥君は好感度が高いのでバリバリ従ってくれますし、パパの説得もしてくれます。

 

 で、その日の夜にはもう我が家に来てくれました。従順で可愛いですね。この日は思い切り感謝しておだてて甘やかして褒めて歓迎してあげましょう。…………え、なんかやりすぎじゃないかって? すいません、この時私が緊張しすぎて、可愛い二人を愛でて精神安定を保とうとしてます。いうなればメンタルガバです。なんならここで一緒のベッドで寝るとかも冗談で言ってあげましょう。え? まじで三人川の字で寝てくれるの? うひょひょひょひょ(走者の屑)

 

 で、翌日にはヨルヤミセラピーでリフレッシュできましたとさ。

 

 の、めでたしめでたしにならないのがRTAです。翌日からも働いていきましょう。

 

 

 この時に学校に行くと……はい、情報が入ってきました。レオ君が夜中の出歩き中に吸血鬼に襲われて、ぶっ倒れて入院しました。これで幹比古君と美月ちゃん動員のフラグも立ちます。昼食時に即幹比古君の解説欲を引きずり出してパラサイトの知識をそれとなく誘導し、それの正体が何なのかをこれまたいい感じに誘導して……ああ、もう正体が見えてきたねえ(にっこり)

 

 放課後にはレオ君のお見舞いに行って、情報を聞き出します。原作ではこの話を聞いた後に幹比古君と達也お兄ちゃんがその正体にたどり着きますが、今回は、推測が確信に変わった、という具合ですね。

 

 そしてこの日の夜から、幹比古君・エリカちゃんが組んで何かやろうとします。原作ではもうちょっと時間を置くんですけど、今回は誘導によって結論が早まりました。当然、それに蘭ちゃんも乗っかり……亜夜子ちゃんと文弥君も参戦します。二人から死ぬほど疑われますが、しっかり口裏を合わせておきましょう。

 

 

 ちょっと待って、美月ちゃんが参加してないやん! 巨乳眼鏡っ子がいるから視聴したの!

 

 

 となる兄貴姉貴もいるかもしれませんが、最初のうちはまだ危機感がないため、戦闘力ほぼ皆無でありながら最終兵器である彼女は駆り出せないです。もうしばらくお待ちください。

 

 幹比古君の道占いに従って進んでいくと……いました、明らかに怪しい吸血鬼です!

 

 ここでさっそく不意打ちを仕掛けて、申し訳ないですがまずは身体の方を殺すことから始めます。遠くから得意の魔法でパチンコ玉みたいなおもちゃではなく、火薬を入れてない弾頭だけの弾丸を……発射! これで頭をぶち抜けば即s……躱されたやんけ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ああああああいやだああああやめろヤメロ逃げるなこら野郎ぶっ殺してやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間がうろたえてますが関係ありません。場所がばれた以上しょうがないので、一気に接近して一気にケリを付けます。持ち込んだ弾丸全てを四方八方から高速で殺到させ、逃げ場なく全身を貫いて……さあきました自爆だ! そんなの不意打ちでしか効かねえんだよ!

 

 事前に用意しておいた魔法で防いで、浮遊するパラサイトに、精神干渉系魔法を打ち込みます。

 

 操作力を鍛えに鍛えたプシオンを針の形にして、逃げ出すパラサイトにぶっ刺します! 見えないけど過去のやりこみ経験から勘で! 手ごたえあり、『毒蜂』を起動! あ、なんやかんやなんとかなったので、ヨシ!

 

 

 

 蘭ちゃんが突然かなり危ないことしたのは本当ダメですね。亜夜子ちゃんと文弥君ですら、こちらを責める視線です。土壇場でガバって焦ってしまいました。最悪パラサイト本体には手傷さえ追わせれば問題ないのですが、人体状態のまま逃げられたら、活動の邪魔をする存在がいるって言われて遠くの場所に逃げられちゃって、スーパーウルトラロスしてしまうので……。

 

 とりあえず、事前に用意した言い訳を申し訳ないと言わんばかりに並べましょう。こちらの秘密の開示なので、相手は割と納得してくれます。お家帰ったら、亜夜子ちゃんと文弥君に改めて謝りましょうね。本当、土壇場で好感度ダウンは危険です。

 

 とりあえず、自爆で散った死体を回収しましょう。見た目からして外国人……四葉に調査を依頼すれば、これでUSNA絡みであることは確定します。これによって、明日には本格的に蘭ちゃんたちに動き出す許可が与えられます。

 

 ここからはスピード勝負です。四葉家はこの後、主に御当主様が、パラサイトに興味を示して、生け捕りにしようとします。ですがそんなことやってるのは時間の無駄なので、さっさと全部殺しましょう。

 

 

 

 また、こうしてパラサイトを倒したという実績を作ると、ここから展開が一気に加速します。

 

 パラサイト達は、同胞の死に動揺して、もっと早く集まろうとしたり、蘭ちゃんを殺そうとあちらから来てくれたりします。あ、ちなみに、先ほどちょろっとほのめかしたように、人体状態を突破して本体に手傷を負わせれば、別に止めをさせずとも、「本体にダメージを与えるやばいやつがいる」と合意形成されて同じような流れになります。まあでも、倒せたらその勢いは強まりますし、何よりも相手戦力が単純に減るので、今後が安定するんですよね。

 

 それとUSNA軍も、自分たちの不祥事が日本の一般人に次々解決されてる、つまり暴かれていると焦って、攻勢を仕掛けてきます。

 

 そしてそれを受けて達也にいさまと深雪ちゃんも動き出し、USNA軍の相手をしてくれます。

 

 そういうわけで、来訪者編は展開が速いですよ~。今まで長々やってきましたが、この大詰めの最終章はなんとこの動画だけで終わりますからね。原作だと文庫本三冊分なのに。

 

 

 

 まあとりあえず、今日はもうなんかそういう雰囲気でもないので、お開きになりました。一晩経てばみんな頭が冷えるので、明日からいつも通りの活動です。

 

 ここで原作をしっかり読んでいる兄貴姉貴は疑問に思うでしょう。

 

「なんでここでアンジー・シリウスが乱入してこないの?」と。

 

 ここで、もう一度原作を開いてみてください。幹比古君とエリカちゃんは確かに調査初日に吸血鬼に遭遇し、それを追いかけるアンジー・シリウスとも遭遇します。

 

 ですが、これは……そう、レオ君のお見舞いに行った日から、二日後でしたね?

 

 一方、今日はというと、お見舞いに行ったその夜です。

 

 つまり、原作より二日早く動いているんですね。USNA軍が、原作知識チートを持った転生主人公の本気に追いつけないのは当然のわけです。いやあ、気持ちいいなあ……。まあプレイ中はここまでくると緊張してそんな余裕ありませんでしたが。

 

 さて、家に帰ったら、可愛い妹と弟に謝りましょう。お、なんだか二人とも、むしろ嬉しそうです。え、そんな、まだ信じてくれるの? 可愛い~。土壇場のガバでささくれだった心を、また二人を抱いて寝て、癒してもらいましょう。あ^~、たまらねぇぜ。

 

 

 

 

 はい、では翌日です。学校では校門前で幹比古君とエリカちゃんが待っていて、昨日の一件を謝ってくれました。私の方からも謝りましょう。いやー、にしても二人とも、横浜で特大の鉄火場を乗り越えたので、精神的にも頼りになりますね。

 

 さて、教室です。ここで、教室にリーナちゃんがいるのを確認したうえで、深雪ちゃんに、「昨夜吸血鬼を一体ぶっ殺したよ」系の話をします。あ、リーナちゃんがめっちゃ挙動不審にトイレ行く振りして近くに来たり、ちらちら見て聞き耳立ててる! 可愛い!!!

 

蘭「お前、さっき私たち話してる時チラチラ見てただろ」

 

リーナ「見てないわよ」」

 

蘭「嘘つけ、絶対見てたゾ」

 

リーナ「なんで見る必要なんかあるのよ」

 

深雪「貴方、リーナ、さっきすれ違う時、中々離れませんでしたよね?」

 

 という会話もしたいですが、ここは泳がせておきます。彼女はここでUSNA軍に報告を入れますし、深雪ちゃんも達也兄上様に報告します。これで一気に展開が加速するフラグが整いました。

 

 

 

 

 さあ、夜です。今日も張り切っていきましょう。休み時間のお昼ご飯タイムで、パラサイト相手には美月ちゃんが有効であると改めて分かったので、今日から連れていく……という風に誘導しておきました。

 

 ぶっちゃけて言うと、昨日パラサイトを仕留められたのは、運がよかったです。見えない相手に、過去の経験則を元に「この辺だ!」で攻撃を当てられたわけですからね。RTA走者は、何回も練習するんですよ。まあ各セーブデータで一回しかできないので、それだけでかなり時間と体力を使いますが。

 

 ですが今回からは、美月ちゃんがいるので見えるようになります。幹比古君の保護もついてるので安心ですね。

 

 さて今夜も道占いから始まりまして……すげー、本当に見つかりました。でも、すでに誰かと戦闘しています。あの赤髪と仮面は……リーナちゃんですね。

 

 まずは傍観を選択し、その様子を撮影します。そして勝負がついたタイミングで……美月ちゃんに浮遊するパラサイトを一瞬だけ「視て」もらいます。これによって、「目線」という縁が出来上がり、パラサイト殺し主犯の蘭ちゃんも一緒と言うことで、滅茶苦茶に目を付けられます。

 

 それと、こちらに気づいたリーナちゃんですが……蘭ちゃんの顔を見て、逃走を選択しました。まあ普通ですね。私たちと戦う意味ないですし。ここで逃走ではなく闘争を選択されたら、こちらは逃走しましょう。

 

 これで調査二日目は終了。三日目の昼の学校は……リーナちゃんお休みですね。しょんぼり。

 

 そして今回は昼食に達也アニキを呼び出して、撮影した映像を見せて、正式に協力を依頼しましょう。四葉から正式に調査を受け付けてることをこっそり裏で連絡しておけば、OKしてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、ここからが本番ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今夜、蘭ちゃんと美月ちゃんを狙って、全てのパラサイトが、夜フラフラしている私たちに集まります。

 

 達也お兄ちゃまも深雪ちゃんもいますし、パラサイトの急激な反応に釣られてUSNA軍も集まります。ここが正念場でしょう。

 

 では、やっていきましょう。

 

 改めてそれぞれの戦力を見ていきます。

 

 まずは私たち。

 

 蘭ちゃん、亜夜子ちゃん、文弥君、美月ちゃん、達也おにいたま、深雪ちゃん、幹比古君、エリカちゃん。

 

 次にUSNA軍ですが、こちらはまだブリオネイクが解禁されてないアンジー・シリウスと、衛星級数名になると思います。

 

 そしてパラサイトですが、これは数がどれぐらいになるんでしょうねえ。乱数によりけりですが……まあ10は超えるでしょう。彼らの目的は同胞全員と会ってまた一つに固まる事です。原作ではそこから離反したピクシーがカギとなりましたが、今回はこちら側が捕えているのはゼロなので、最高級の餌がない状態です。代わりに、一つのパラサイトが美月ちゃんにとても惹かれているので、そのパラサイトを迎えに集まってくるという感じですね。

 

 各個撃破が一番確実ですが、そんなことはタイムのためにしてられません。最初の走者ともいえる原作者兄貴も選んだ、最後はまとめて一網打尽作戦です。このために、大親友の美月ちゃんを危機に晒す必要があったんですね(人間の屑)(走者の鑑)

 

 夜を迎えて、うろついて、わざと人気が少なくて広い公園で待っていると……さあやってきました。ド派手な戦闘音と魔法の気配が膨らみます。各所から集まったパラサイトとUSNA軍が戦っているのでしょう。

 

 ここに乱入します。あらかじめ全員に作戦は伝えてあります。

 

 まず、ここで対パラサイトと、対USNA軍、二つの担当に分かれます。

 

 USNA軍側には、達也兄くん、深雪ちゃん、エリカちゃんが向かってもらいます。深雪ちゃんはこちら側にいるのが望ましいですが、アンジー・シリウスが強力すぎるので、それに対抗する術です。エリカちゃんはパラサイトに有効打がないので、消去法であちらですね。

 

 そしてパラサイト側は、蘭ちゃん、文弥君、幹比古君、美月ちゃんです。パラサイトに有効打を持つメンバーですね。

 

 亜夜子ちゃんに関しては、両方に臨機応変に参加する遊撃をやってもらいます。『極致拡散』を筆頭としたクソデカ範囲魔法のサポート力と、二つの戦地を高速で動き回れる『疑似瞬間移動』の技術を、存分に活かしてもらいましょう。

 

 

 

 では、バトル!――の前に、一時停止。この戦闘について少し解説しましょうか。

 

 今回は……吸血鬼の数は13人ですか。まあ少し多いぐらいですかね。彼らは一人一人がクソ強いですが、本気の本気の大真面目で戦闘はしません。目的はあくまでも合体であり、蘭ちゃんや美月ちゃんはサブです。

 

 それを利用して、まずは吸血鬼の頭数を減らすことが大事です。

 

 ここで重要なのが、パラサイトが浮遊するたびに、美月ちゃんに「視て」もらうことです。これによって他の個体も、美月ちゃんに惹かれるようになっていきます。

 

 というわけで、ここで決着をつけるためのジョーカー(えさ)は美月ちゃんです。幹比古君にしっかり守ってもらいましょう。それと亜夜子ちゃんですが、こちらがどうしても数で負けてるので、こちら側につきっきりになりそうですね。

 

 

 

 では、今度こそ改めて……イクぞー!(デッデッデデデデン! カーン!デデデデンッ!)

 

 最初に数の不利をひっくり返すため、黒羽式暗殺術・先制不意打ちを発動しましょう。

 

 まずはいつも通りの超高速弾丸。お、三人即死させました。この戦闘のポイントその1、即死させれば自爆のリスクを消せます。積極的に狙いましょう。

 

 そして宿主の死によってパラサイトが遊離しますが――美月ちゃんの導きに従って、攻撃を加えます。チッ、殺しそこなったか。ダメージは与えましたが、他の吸血鬼の中に逃げ切られました。

 

 この戦闘のポイントその2、吸血鬼状態を倒した後に遊離するパラサイト本体には、大ダメージを最低限与えましょう。吸血鬼状態に比べ、パラサイト状態で行われる乗っ取りは即死攻撃です。そのパラサイト状態におけるリスクを相手に知らしめることで、即死攻撃される可能性を少しでも減らしましょう。美月ちゃんに視てもらうのは、惹きつけるだけではなく、こうして確実にターゲットへ攻撃するためなんですね。

 

 

 で、パラサイトが少しずつ他の吸血鬼に合流していくわけですが……そうなると当然、少しずつですが、強くなっていきます。単純に二倍・三倍にならないのはありがたいですね。そういうわけで、頭数を減らしてもさほど有利にならないし、最初の不意打ちももう効かないので、ここから少し厳しくなります。こうなったら手段を選んでいられないので、幹比古君や美月ちゃんの前でも、四葉家直伝残虐ファイトをします。

 

 

 

 ってうおおおお危ない! 吸血鬼三人分に凝縮されるとさすがに強くて、美月ちゃんがやられそうでした。ギリギリ救助が間に合いましたが、逃げた先に待ち伏せなんかもされちゃって、御覧の通りやばかったです。亜夜子ちゃん、文弥君、幹比古君、誰か一人でもいないと死んでました。やっぱこの仲間最高や! タイムのためにキリキリ働け!(畜生)

 

 

 こうなると、向こうに戦況が傾きそうです。事前に準備していた作戦でひっくり返しましょう!

 

 秘技・妹頼り!

 

 さあ亜夜子ちゃんの必殺技『極致拡散』です。これでお互いに聴覚視覚は頼りになりません。ところがどっこい、仕掛ける側のこちらは対策済み。温度だけは拡散させていないので、一方的に殴りましょう。この間に幹比古君と美月ちゃんがそれなりの距離まで離脱できるのも好ポイントです。黒羽家チャート、プレイヤーキャラクターだけでなく、仲間もチートなんですよねえ。

 

 まあ、そんな状況でも、蘭ちゃんだけダメージ食らいましたが(ガバ)

 

 だって仕方ないでしょう!? 黒羽家チャート初めてなんだもん! 何回も連携の練習したって視覚聴覚なしで一般ゲーム廃人の私がまともに戦えるわけないでしょうが!

 

 でも軽傷ならオッケーです!(爽やかスマイル)

 

 

 

 さて、これだけ時間がかかればあとはちょちょいのちょいですね。幹比古君が周囲に精霊を準備して、それに見事に引っ掛かった吸血鬼がそれにやられました。

 

 はい、これで最後の一人ですね。

 

 ですが、パラサイトが一人に集まったということは――彼らの目的である、元に戻る大合体は成し遂げたわけです。こうなれば、もう吸血鬼状態は今はいらないわけで……即自爆しました。タイムが速くて助かりますわね。

 

 

 

 そんなわけでついに……全ての宿主を殺しきりました。

 

 つまり、13体のパラサイトが、一つに集まっています。

 

 原作では日本に来たのが12体。1体はピクシーで、2体は開発された封印術式で生け捕りにされ、9体での合体が大ボスでしたね。

 

 ですが今回は、原作より1体多い上、封印もピクシーもイベント加速によりカットしたので、13体です。最初に1体殺したのは、全てが生存する完全体にさせないためでした。それでも、原作より強力です。

 

 

 

 

 美月ちゃんには、もはや眼鏡越しでもはっきり「視え」ているでしょうね。巨大な光の塊から、13本の触手が伸びて波打っている姿が。

 

 そして私たちにも、もう見えてしまっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでは、ラスボス・巨大パラサイトとの、レイドバトルを始めましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、ここからは超久しぶりの、三人称視点モードでプレイします。経験値が減ろうがこれがラスボスだから気にしねえ!

 

 ここにいる全員が、精霊やプシオンに敏感ですからね。あそこまで巨大になったら見えますとも。美月ちゃんの役割はここまで!!!

 

美月「じゃあ私、ギャラ貰って帰るので」

 

蘭「あ、おい、待てい(江戸っ子)」

 

 なんて会話は、ないです。なにせ美月ちゃんには、まだまだ重要な役割があるんですよ。

 

 パラサイトの最大の目的は達成しました。彼ら……いや、もう彼ですね。彼からすれば、自分本体に攻撃できる特殊な存在である蘭ちゃんたちに構う理由はなく、さっさと逃げて暴れたい放題すればいいんですよ。

 

 それを防ぐ餌こそが、美月ちゃんです。

 

 先ほど、二回目に見つけたパラサイト以外も見てもらうことで、他のパラサイトも惹きつけられるようになると言いましたね? あの合体パラサイトは、そんな奴らが集まってその状態が蓄積したということです。つまり、実に12匹分のクソデカ感情ストーカーの意志が集まったのが、あの巨大パラサイトなんですね。

 

 よって、逃げればいいものを、人間から解き放たれたがゆえに「本能」とでもいうべき原始的な知能や情動しか持たないパラサイトは、この場に留まって戦い続けてくれます。

 

 だから、美月ちゃんに見てもらう必要が、あったんですね。

 

 

 では、戦闘開始!

 

 まずは仲良し三姉弟で『毒蜂』連打! さらに文弥君にも隠し玉の『ダイレクト・ペイン』を打ち込んでもらいます。術式単体の効果は『毒蜂』のほうが強いですが、固有魔法なので彼に限ってはこちらのほうが、あの強大な力を持つパラサイトに大きなダメージが入ります。

 

 幹比古君は、美月ちゃんを守る防御担当です。結界術や呪符や式神をフル活用してもらい、さらに『迦楼羅炎』でのダメージも与えてもらいましょう。

 

 向こうからの攻撃は、魔法を使う媒体である人間を失ったため、プシオンへのダイレクトアタックや洗脳が中心です。放ってくるプシオン波での遠距離攻撃もかなり辛いですが、あの光の触手に接触されたら達也お兄ちゃまほどの抵抗力でもない限り即死です。絶対気を付けましょう。

 

 最初の段階は触手攻撃が中心で、プシオン波による攻撃はあまり行ってきません。ただしたまに行ってくるのは必殺技級の広範囲のほぼ即死攻撃です。後ろは幹比古君の結界を信じて、前線の黒羽家三人は、海軍三大将のように力を合わせた『プシオン・ウォール』で身を守りましょう。

 

 こうして、即死攻撃を避け続けながら、何度も何度もダメージを蓄積させていきます。『毒蜂』も『ダイレクト・ペイン』も単体なら即死級なのですが、こちらにはあまり効いていません。それだけ、精神干渉系への耐性が高いということです。そのくせこの系統以外は全く効かないんですから、ふざけてますね。

 

 イメージとしては、物理攻撃以外すべて無効化するメタルキングにさらに会心の一撃耐性とクソデカ体力を与え、即死攻撃を使えるようにした感じです。クソゲーか?

 

 だけど諦めてはいけません。ゲーム(これもゲームだけど)と違って、体力が残る限りはずっと万全と言うわけではなく、削れれば削れるほど色々弱ってきます。

 

 

 

 そうやってじわじわと削っていけば、チャンスが訪れます。

 

 例えば、防御担当の幹比古君に余裕ができると、『迦楼羅炎』を使ってくれます。あくまで対人間を想定した精神干渉系魔法しかない黒羽家仲良し三人姉弟に比べ、あちらの魔法は、お化けを倒すための専用魔法。特効具合が違うってわけですね。

 

 そしてこのように大きなダメージを与えると、攻撃が少し激しくなります。この激しさを、与えたダメージの目安にしましょう。

 

 このようにほんの少し激しくなるだけで、猛烈ストーカー本能によってヘイトを集めている美月ちゃんへの攻撃が厳しくなり、幹比古君の手が間に合いません。攻撃の手数が減りますが、亜夜子ちゃんにサポートしてもらいましょう。そうすれば後衛に少し余裕が戻りますので。

 

 

 

 で、そうなればすぐに次のチャンス。

 

 幹比古君が二発目の『迦楼羅炎』をぶち込んでくれます。本能的であるがゆえに一回でそれなりに耐性をつける化け物ですが――ここで次なるカードを切りましょう! その名も『毒蜂』!

 

 え? 今まで散々使っただろうって?

 

 いやいや、見ててください。

 

 今までは針を刺した恐怖の増幅でしたが――今回は、特効魔法による全身炎上の恐怖を無限に増幅させます。これによって、巨大パラサイトに大ダメージを与えることができるのです!

 

 これが魔法科高校の劣等生RTA技術の一つ、題して『火に油を注ぐ』です。特に幹比古君を頼るチャートだと頻出なので、ぜひ覚えておきましょう。

 

 

 これによってさらにパラサイトは大きくダメージを受け、さらに攻撃が激しさを増します。こちらに直接ダメージがあるわけではありませんが、燃え盛る触手が暴れるさまはゲームだというのに普通に怖いですね。

 

 さて、こうなってくると、集中的に狙われる美月ちゃんの防衛ラインがまた不安になってきます。ここで文弥君を最前線から下げることにしました。彼は『迦楼羅炎』を除けば一番のダメージソースなので最前線にいてくれると助かるのですが、そろそろ体力が限界なので。蘭ちゃんは移動・加速系をひたすら鍛えてきたので、触手プレイ避けもまだまだ大丈夫です。

 

 で、亜夜子ちゃんも文弥君も下げちゃったので、最前線に一人寂しく残って戦いましょう。ひたすら攻撃を避けながら、ちまちま削っていきます。

 

 そうしてある程度隙が見えてくると――お、始まりましたね。亜夜子ちゃんがプシオンの針を越える威力を持つ、プシオンの剣を、高速移動で突き刺しました。ここに追撃で『毒蜂』! これも来訪者編RTA黒羽家チャートの技術の一つ、「貫きっ面に蜂」です。これもかなりの大ダメージが狙える必殺技です。今回は上手く決まりました! 先駆者姉貴姉貴はよくこんなの考え付きましたね。

 

 

 さあ、これが決まるといよいよ最終段階です。触手攻撃はより一層激しくなり、プシオン波による攻撃も頻繁にしてきます。ここからもう少し削らなければいけないのが辛い所さんですね。

 

 で、この段階移行時の大技とも言えるものを使ってくるので、避けましょう。今までにないとてつもなく巨大なプシオン波による攻撃です。あまりに強力すぎて、一瞬で身体のプシオンが破壊され、それがエイドス経由で肉体にも影響して、全身に痣が浮かんで壮絶な死に方をするそうです。嫌だねえ(教祖)

 

 

 とはいえ、こちらには強力な仲間がいます。自分は高速移動で上方向へと逃げてプシオン波を躱し、後ろは可愛い妹弟による『プシオンウォール』と、幹比古君の多重結界で守り切れるんです。これを乗り越えれば今回はだいじょ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あれ? なんか聞いてたよりも全然威力高くない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 先駆者姉貴のデータでは確か……あ、そういえばあれは事前に上手くいってパラサイトを三匹ぐらい倒してた分弱体化していて、戦闘も常に優勢だったからここまでの結界の消耗も少なくて、みたいな感じだったような……でも今回は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先駆者兄貴と違ってパラサイトの弱体化具合も結界の消耗も悪いやんけ!!!

 

 やばい! これじゃ仲間(かんじゃ)が死ぬぅ!

 

 うおおおおおおおおこうなったらイチかバチか空中へ救助じゃあああああ!!!

 

 

 

 っしゃおらあああああ間に合ったああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 でもどうしましょう。直撃こそ避けましたが、余波だけで美月ちゃんと亜夜子ちゃんと文弥君はグロッキーになってます。幹比古君は平気そうですが、一番頼りにしていた結界を今ので使い切ってしまいました。結界がもうないやん! 結界があるから注文(このチャートに)したの!

 

 なんとか生き残ったけど、こんなの無理ですよ。

 

 

 

 なにせ、今までも結構ギリギリだったのに、ここからの攻撃は一番激しいんですから。

 

 触手はより暴れだし、さらに一撃死する程ではないにしろ食らえば失神確定のプシオン波攻撃をそこに織り交ぜてきます。

 

 結界もない。頼りの二人はグロッキー。

 

 こんなん無理ゲーです……。

 

 

 

 

 いや、でもまだワンチャンあるかも。せっかくここまで来たんだからもしかしたら……。いや、でも、まだだよなあ……ここで無理やりやって失敗したらそれこそジ・エンドだしなあ……危険な状況だけど、もう少しなんとか削って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 って、ああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古君がプシオンの波動を浴びてしまいました! 幹比古君はダメ! 彼が倒れたら戦線維持できなくて全員死にます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎゃああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子ちゃんと文弥君が巨大プシオン波の余波でフラフラな上に、幹比古君が倒れてしまったせいで手数が足りず触手に囲まれてる! あれじゃあロリショタ触手レイプされる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いけるのか?

 

 ここでいけるのか……?

 

 やるのか!? 今ここで!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう行くしかねえ!!!

 

 大事な大事な戦力(友達と妹と弟)に何してくれとんじゃごらああああああ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐からカッターナイフを取り出し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――自分の頸動脈にズドン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその直後に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――この時のための『プシオンコピー』をドーン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからもう元気がなくて術式が使えないので、追撃でプシオンの塊をぶつけまくる!!!

 

 行け! 死ね! 死ね!!!!

 

 うおおおおおおおおおおお!!!!! 倒したああああああああ!!!

 

 でもまだ油断してはいけません! 即座に亜夜子ちゃんに頼んで兄君さまを呼んでもらいます! いけ、『疑似瞬間移動』! え、はっや!!! うそ、蘭ちゃんよりはるかに速い! 今までの修行は何だったの???

 

 そしてさっそく、死にかけの自分に、生きてさえいれば全回復する最強魔法ベホマこと『再成』をかけてもらいます!!! 頼む達也あにぃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 蘭ちゃん、復活!!!

 

 

 

 

 

 

 はい、これでパラサイトを倒しました。どうやらほぼ同時に向こうも決着がついたみたいですね。だからこっち来るのが早かったみたいです。

 

 では全回復したので、あちら側で空虚な敗北者になったUSNA軍に、「パラサイトは全部殺したからさっさと撤退しろ」と自慢しに行きましょう。そんでもって四葉からもこの後ゴリゴリに働きかけをしてもらいます。

 

 さて、ではその様子を流しながら、そろそろチャートの解説をしますかね。

 

 

 黒羽家チャートは、大雑把にまとめると以下の通りです。

 

 自分、美月ちゃん、幹比古君、文弥君を最低限の戦力としてパラサイトを一か所に集め、全員で合体パラサイトを少しずつ削り、弱ったところに必殺の固有魔法を叩きつけて決着を狙う。それと同時進行で、アンジー・シリウスを倒すために最低限達也兄やと深雪ちゃんに参戦してもらう。この二正面作戦で一気に解決。

 

 こんな感じですね。

 

 で、固有魔法はプレイしてみないと分からないので、その内容次第でオリチャーを組むわけです。

 

 今回の固有魔法は『プシオンコピー』。プシオンの状態をコピーしたものを投射することで、同じ精神・プシオン状態にするという魔法でした。特徴として、他者Aから他者Bに写すよりも、自分から他者に写す方が効果がはるかに強い、というものがあります。

 

 ぶっちゃけこの最後の場面での使い方が全然思いつきませんでした。外れ魔法です。

 

 しかしながら、そろそろ限界と思われたころに訪れたミッションで、まさかの大ヒントが得られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思い出してください……大不運ガバと四葉部下ガバのダブルパンチによって発生した、安全な潜入ミッションのはずが死にかけたあの時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 過激派学生団体の無人アジトに潜り込んで書類を拝借するはずが、たまたま同じマンションに住んでいるメンバーが忘れ物を取りに来て、戦闘になりました。四葉家の手先が調査・周辺警戒で大ガバしたうえ、たまたま忘れ物を取りに来た日と重なるクズ運ガバでした。

 

 しかもしかもそいつがかなり強くて、その場で殺せたものの、固有魔法の最後っ屁を食らったわけです。

 

 自分の身体状態のエイドスを相手にコピーして同じ状態に近づける、という魔法でした。あの時こちらが致命傷を負わせた直後、その状態をコピーされて死にかけたわけですね。

 

 簡単なミッションでいろんな不運が重なり死にかけたんです。本当クズ運でした。

 

 しかしクズ運はチルドレンの運命。そこでただで終わらせないからこその走者なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 これ、使えるやん!

 

 

 

 

 

 

 

 そう思ったわけですね。

 

 よって、弱らせた合体パラサイトへのトドメは、「自傷で致命傷を作り、その死にかけ状態のプシオンをコピーして相手を死にかけにして、追撃で倒す」というものに決めました。この方針の元、今まで色々実験や練習を繰り返してきたんです。

 

 しかし、来訪者編クリアは、あくまでパラサイトとUSNA軍が日本から去った後です。そこまでは生きていなければなりません。そこで、達也兄チャマの『再成』を使ってもらうために、本来のチャートよりも深くかかわってここに連れてくるぐらいの評価を稼ぎ、最後に助けてもらったわけです。

 

 さて、この後は流石にUSNA軍もすんなり帰るので、安らかな気持ちで家に帰って寝ましょう。

 

 そして早く帰ってくれないかなと緊張しちゃってまともに眠れないまま徹夜した早朝5時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「来訪者編クリア」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やったぜ!

 

 ここでタイマーストップ。記録は、2096年1月20日午前5時12分17秒です。

 

 

 

 完走した感想ですが……ハズレ固有魔法(クズ運)を別の不意の死にかけ(クズ運)で起きた怪我の功名でカバーするって、心臓に悪すぎませんか?

 

 ただ、序盤中盤終盤全てに死に直結する多量の危険な任務イベントがある一方で、リターンが大きく全てのチャートの中で一番良いタイムが期待できる、という難度がバカ高い四葉家チャートを、試走も一切なしのぶっつけ本番で走り切れたのは良かったです。

 

 皆さん忘れてるかもしれませんが、この動画、本来は別チャートで始めるつもりが、今まで引いたことない超低確率の黒羽家生まれを引いたので、ノリでスタートしたRTAなんですよ。先駆者兄貴姉貴が状況に応じて変えられる素晴らしいチャートを詳細に書き残していなかったら、絶対クリアできませんね。

 

 

 

 今回のタイムは、来訪者編クリアRTAとしてはやはり黒羽家チャートなので早い方の部類ですが、記録を出した時点ですら世界最速ではありません。世界一位姉貴は……黒羽家チャートを作ってくれた先駆者姉貴その人です。1月10日にクリアって何事??? って感じですよね。そちらは解説動画こそ出ていませんが、生放送アーカイブは残っているので、ぜひ見てください。

 

 動画中でも何回か言っていますが、このゲームは非常に原作再現度が高いながらも自由度がとても高く、まさしく「人生そのもの」を送れます。技術の進歩著しく、ゲーム内では10年とかプレイしていても、現実では1時間ぐらいしか経っていません。最新鋭の技術を総動員しているのでお値段異常ですが、お値段以上でもあるのは確かです。ぜひ、買ってみてください。

 

 それではこのあたりでお別れしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法科高校の劣等生 イレギュラーズ・ライフ 来訪者編クリアRTA・ノングリッチ 黒羽家チャート」、超長時間のご視聴、ありがとうございました!

 

 また次の動画で!




ご感想、誤字報告など、お気軽にどうぞ


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14ー8

本日連続投稿しているうちの2話目です。まずは前のお話をお読みください


 あれだけの激戦で一番働いたというのに、蘭は今一つ落ち着かない様子で、ベッドに入っても眠れなかった様子だった。その両隣で寝ていた亜夜子と文弥も、当初心配で眠れなかったが、それでも肉体的・身体的疲労感から、すぐに眠りについてしまった。

 

 眠り始めが遅く、そして非常に疲れていた。当然、朝が来ても眠りから目覚めるわけがないのだが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「うほ、うおほほほほ! うほほほほ!」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 

 

 早朝5時過ぎ。間で眠っていた蘭が、突然跳ね起きで、奇声を発しながら、部屋の中で踊り狂い始めた。

 

 そのせいで亜夜子も文弥も即座に叩き起こされる。

 

 大好きな姉。敬愛する姉。心から尊敬する姉。

 

 昨日、自らの首を切り裂いた時などは、ボロボロと涙を流してしまった。

 

 

 

 

 

 だがそんな姉を、二人は、黒羽家の出身らしい「殺し屋」の眼光で、睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しさかのぼり、激闘冷めやらぬ真夜中。

 

 USNA軍は、アンジー・シリウスたる自分を筆頭として、衛星級やスターダスト複数人のみならず、二等星級も二人引っ提げて、この戦いに挑んだ。

 

 だが、吸血鬼と交戦した直後に、日本人の学生魔法師たちに乱入され、分断されてしまう。

 

 リーナ達の前に立ちふさがったのは、達也、深雪、エリカだった。

 

 自分一人だけなら負けていただろう。深雪はおそらく魔法力だけなら敵わないし、達也とエリカもその立ち居振る舞いから一筋縄でいかないのは分かっていた。

 

 だがそれでも、世界最強のUSNAが誇る軍人魔法師を何人も連れ、さらにはエリートである二等星級も二人連れている。学生魔法師に、負けるはずがなかった。

 

 

 

 

「くそ、くそ……!」

 

 

 

 

 全身の痛みにあえぎ、冷たいコンクリートから立ち上がることができない。

 

 リーナは悔しさと苦痛と驚きと悲しみに包まれ、涙を流しながら、赤髪の鬼の仮装も剥がされ、無様に転がる。

 

 結果は惨敗。達也たち三人は明らかに余力を残していた。パラサイト達と交戦しているであろう蘭たちを常に気遣いながらだったし、特に達也が異様な魔法でこちらのやることなす事全てを破壊したうえで攻撃してきたが、明らかに三人とも、まだ奥の手をいくつも隠している。

 

 自分もブリオネイクという奥の手を隠し持ってはいるが、状況は全然違う。自分は使用許可がまだ下りなかったから使えなかっただけ。最前線にいる自分の働きがふがいないせいで、急速に変化した状況に追いつけなかのである。

 

 一方三人とも、使えないのではなく、明らかに「使わなかった」。彼我の力の差、格の違いは、明らかだ。リーナ達は全員、殺されるどころか、後遺症すら残らない形で、完全に手心を加えられて無力化させられたのである。

 

「リーナ、貴方も、きっと苦しい立場なのでしょう」

 

 達也はゴシック・ロリータの焦った様子の少女に連れていかれた。もはや自分たちの相手すらする必要がないのだろう。監視として残った深雪が、冷徹な表情ながらも、その瞳に確かな哀しみをたたえながら、見下ろす(みくだす)形で、声をかけてくる。

 

 こちらは軍人が外国に無許可で潜り込んで、深雪たちを「敵」として調査する立場だった。深雪たちもそれを早い段階で察して、警戒していた。

 

 だがそれでも、お互いの間には、確かな友情が結ばれていた。

 

 若くして「アンジー・シリウス」であることを強いられたともいえるリーナは、時折それを忘れ、同級生と競い合う高校生の青春を楽しめたのだ。

 

「同情なんかいらないわよ!!!」

 

 かすれた涙声は裏返って、ヒステリーじみた金切り声になる。

 

 あまりにも情けない。我ながら負け犬の遠吠えとしか思えなかった。

 

 

 

 

 自分たちのあずかり知らぬところで危険な実験が行われ。

 

 それのせいで異界からデーモンが現れて同胞が乗っ取られ。

 

 そうと知らずに苦しみあえぎながら同胞を何回も殺す羽目になり。

 

 そんな中で異国にスパイとして送り込まれ。

 

 敗北知らずだった中で、明らかに実力で勝る相手と出会い。

 

 皮肉にもその高校生生活が、人生で一番ともいえるほどに楽しくて。

 

 一方で同じくこの国に入り込んでいた対吸血鬼作戦では成果を出せず、学生魔法師に先を越され。

 

 訳が分からないうちに展開は急速に進み、知らないうちに吸血鬼の多くが集まったのを察して総力戦を仕掛けてみたら。

 

 それを分かっていたであろう学生魔法師たちに横やりを入れられ。

 

 そしてこうして這いつくばっている。

 

 

 

 

 

 もはや、アンジェリーナ・クドウ・シールズとしても、アンジー・シリウスとしても、優秀な魔法師としても、軍人としても、女としても、一人の人間としても、プライドはズタズタだった。

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

「……ふん」

 

 顔を伏せて嗚咽と呪詛を漏らすリーナを見て、もう一人監視として残った剣士・エリカが、鼻息を一つ吐くと、構えていた剣を収める。

 

 リーナの心が折れたのは明らか。それを見て抜刀し続けるほどに、エリカは冷酷になり切れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、蘭さん!?」

 

「どうしたの!?」

 

 そんな愁嘆場を切り裂くように、間抜けな声が響き渡る。

 

 そこに現れたのは、ゴシック・ロリータに身を包んだ、黒羽蘭だ。その姿に一切の乱れはなく、とても向こうで戦闘をしていたとは思えない。リーナもそれに驚かされるが、彼女よりも、深雪とエリカのほうが、より驚いていた。

 

 なにせ達也を連れて行った亜夜子は、大泣きしながら、「お姉さまが!」と訴えていたのである。蘭の身に何かが起きたと考えるほうが自然だ。

 

 達也が離れてからさほど時間は立っていない。戦場はそこそこ離れるようにこちらが立ちまわってので、移動時間も魔法込みとはいえそれなりにかかるはず。

 

 そんな場に、当の蘭が、単身で現れた理由が、全く理解できなかったのだ。

 

 

 

 

 何はともあれ、チャンス到来。

 

 少しずつ体力を回復させていたリーナ達は、こっそりと撤退の準備をする。三人が強すぎるのが、逆に仇になった。ほとんど重傷を負わせずに無力化などという甘いことをしたせいで、屈強な軍人たちはこの短時間で逃げられるほどになっていたのだ。

 

 ざまあみろ。

 

 何やら目的は達成したみたいだが、捕虜になんかなってたまるものか。

 

 アイコンタクトと同時に、魔法を行使しようとした、その瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっかいかけるだけで、そくたいさんとは、とんだこしぬけのあつまりじゃのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭が、明らかにリーナ達に向けて、口を開いた。

 

「――なんですって!?」

 

「乗らないでくださいシリウス少佐!」

 

 部下たちが止めるが、リーナはせっかくのチャンスをふいにして立ち止まって振り返り、蘭を睨みつける。その蘭の顔には、奇妙な笑顔が浮かんでいた。

 

「かませはかませ、それもしかたねえか……。あんじー・しりうすはしょせん、いまのじだいの……」

 

 場の空気が凍る。

 

 深雪とエリカですらそれを止めようとするが、蘭は構わず、その続きを紡いだ。

 

 

 

 

「はいぼくしゃじゃけえ」

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……敗北者……っ!? 取り消しなさい、今の言葉!」

 

「とりけせだと? だんじて、とりけすつもりはない」

 

 世界最強の魔法師に睨みつけられているというのに、蘭の表情と声に揺るぎはない。それは彼女が生まれつき持つ障害によるものだが、それでも、蘭とリーナの間にある精神的な「格」の違いを表わしているように思えた。

 

「なんにちもの、にほんせんにゅう。なにもさぐれず、きゅうけつきはたおせず。しまいにゃあ、そうりょくせんもじゃまされて、がくせいさんにんに、ぼこぼこにされる。じつにくうきょじゃ、ありゃせんか?」

 

「蘭さん、言いすぎです。それ以上言ったら、私が許しません」

 

 真冬の真夜中。厚着をしても、戦闘をしても、肌を刺すように寒い。

 

 だが、その寒さが、急激に増した。リーナ以上に、深雪が怒っているのだ。

 

 深雪はリーナに同情的であった。やったことは許せない。それでも、自分と似た境遇を、いや、それ以上に、敬愛する兄に似た境遇を、リーナに感じていたのである。そんな彼女を愚弄することは、断じて許されない。自分自身も同じような境遇でありながら、自分勝手を貫いて破壊した蘭にだけは、言わせてはならなかった。

 

「み、みゆきちゃん? ぷるぷる、ぼく、わるいまほうしじゃないよ。えっと、じゃ、じゃあ、これだけはつたえておきましょう」

 

 深雪には蘭も逆らえないらしい。冷や汗を流しながら深雪をなだめつつ、リーナ達に、向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅうけつきも、ぱらさいとも、わたしたちが、たおしました。あなたたちが、にほんにきたもくてきは、わたしたちにほんに、めいわくかけないよう、ひっしでかいけつしにきた、ということにしてあげます。もうのこっても、むだなので、さっさとおくにに、かえりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは愕然とした。

 

 今度こそ完全に心が折れ、膝から崩れ落ちる。

 

 目の前が真っ暗になる。

 

 自分たちが解決のめどどころか、デーモンがどのようなものであるかすら、まだほとんど分かっていない段階なのに。

 

 日本の学生魔法師たちは、それらを、完全に排除して見せた、と言うのだ。

 

 虚言だと退けることはできる。だが、蘭のその傷一つない姿は、「勝利」の説得力を、際立たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや! もういや! いやあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナの慟哭が、厳冬の真夜中の日本に、虚しく響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局見逃されて仲間の下に帰ったリーナ達は、そのことをすぐさま報告。

 

 蘭の言う通りにすればスパイや軍人による不法入国・戦闘という侵略行為同然の悪行が見逃され、最悪の国際問題に発展することはない。USNA本国は即座に全員帰国を決断・命令し、すぐに飛行機で飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 ――ずっと泣きじゃくるリーナを本国ですぐメンタルケアをしなければならない、というバランス大佐の親心めいた采配が、即時帰国に影響していることは、リーナ以外の全員が分かっていたが、誰も口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 そして同時刻・下北沢では、これを巻き起こした蘭が、叩き起こしてしまった亜夜子と文弥に平謝りしてご機嫌取りする姿が見られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理不尽ってあるものだな」

 

 かなりの余力を残しての戦いとなった翌朝、達也は学校をさぼり、顛末についての報告書を作成していた。

 

 提出先は四葉。パラサイトをすべて倒したと速報を出した後、吸血鬼事件について正式に任命されたのは蘭であるにもかかわらず、なぜか達也も報告書の提出を義務付けられた。蘭の作る報告書は分かりにくく、達也の作る報告書は分かりやすい。達也本人はあずかり知らぬことだが、本家が彼の報告書を求めるのは当たり前のことであった。

 

 同じくさぼってくれた隣の妹に愚痴を吐きながらも、その手の動きはよどみない。どちらにせよ自分なりの報告書を提出させられるのは分かっていたので、事前にある程度纏めていたのだ。

 

「すみません、私もお手伝いできれば良かったのですが……」

 

「隣にいて、美味しい紅茶を淹れてくれるだけで十分だよ」

 

 結局のところ深雪は、未だに今回の件について整理ができていない。蘭、達也、幹比古の三人が主導して、あれよあれよという間に結末を迎えたからだ。

 

「今回の吸血鬼事件の発端は、USNAで間違いないだろう。何かしらの事情であちら側にパラサイトが現れて、またなんでかは知らないが、それが日本に渡ってきたんだ」

 

 向こうでも吸血鬼事件が起きていたとなると、パラサイトに日本に来る理由はないはずだ。向こうで活動すればそれで十分なはずである。となると、パラサイトを、日本内部の誰かしらが誘ったことになるのだが……その謎は、まだ全く解明できていない。この点が謎であることも、報告書にはしっかり記しておく。

 

「そして吸血鬼が日本で活動を始めた。活動内容は、魔法師を襲って精気を奪うこと。この物質世界では物質越しにしか精気を奪えないから、物質界との媒介として人間に憑りつくしかなかったんだろう」

 

「古式魔法師界でも、このことは分からなかったでしょうね」

 

「ああ、わざわざ人間に憑りつく理由が、ようやく解明されたってところだな」

 

 幹比古は戦闘でかなり弱っており、今は恐らく千葉家の息がかかった病院で夢の中にいるはずだ。体調が回復すれば吉田家にこのことを報告するだろう。スランプだった神童が力を取り戻し、古式魔法師たちの仮想敵である化け物の生態の一端を掴んだ。きっと大手柄扱いされるに違いない。

 

「ここで吸血鬼事件を捜査していた勢力がいくつか現れる。運の悪いことに隊員たちが憑依されたUSNA軍のスターズ、七草家と十文字家、警察。警察にはレオが偶然協力する形になって……そのレオが襲われて、第四勢力であるエリカと幹比古と蘭のチームが現れたわけだ」

 

「アメリカは、最初から吸血鬼が目的で日本に?」

 

「いや、おそらく当初の俺たちの予想通り、交換留学に見せかけたスパイだろう。これは確定的ではないが……捜査対象は、おそらく『マテリアル・バースト』だ。だが、その日本にたまたまスターズ隊員を乗っ取ったパラサイトも来ていて、緊急でそちらへの対応を優先した、ってところだろうな」

 

 そうなると、リーナの立場は実に哀れだ。

 

 あの若さで軍人としての人生を強いられ、慣れない異国に来たと思えば乗っ取られた同胞を殺す任務を訳も分からないうちにやらされて、その果てに蘭たちに邪魔をされ、自分たちではどうしようもなかったパラサイトを蘭たちが全部退治した。深雪から、蘭とリーナのやり取りを聞いている。もしかしたら彼女は、もう立ち直れないかもしれない。

 

「ここで一番最初に大きく動いたのが、まさかの一番出遅れていた第四勢力だ。幹比古が優れた古式魔法師で、知識も探知も戦闘も対パラサイトに向いていたし、蘭は元々ある程度正体は掴んでいた、そして黒羽家の三人を動かせる。それでいて、それぞれが家を背負っているがあくまでも個人的な動きだからフットワークも軽い」

 

 特に幹比古と蘭、そして自分では気づいていないが、達也の存在も大きかった。この三人が集まったことで早い段階で吸血鬼の正体を掴めたのである。

 

「動き出した初日に、吸血鬼を倒したどころか、不可視のはずでまだ存在すら認知されていないはずのパラサイトを倒せた。これは、USNAも、そしてパラサイトも黙ってはいないだろうな」

 

 一方、警察と七草・十文字グループは、その情報すらつかめることなく、すでに事が終わってしまっている。今日の報告を聞いた彼らを思うと、なんだか哀れであった。

 

「そして二日目には計算外の美月の件もあって、急展開。三日目でパラサイト、スターズ、俺たちの三勢力が総力戦になって、あの結末だ」

 

 本来ならば、もう少しゆっくりとした展開になっていたのではないだろうか。達也も深雪も深くかかわるつもりはなかったし、どの勢力もパラサイトがどのような存在であるのかに気づくのに時間もかかっただろう。

 

 では、ここまで展開を速めてしまったのは誰なのか。

 

 それは、元からある程度その存在を認知していて、その存在を恐れて焦るように動きだし、そのせいで美月を動員させてしまい、またそれらを踏まえたうえで最終的に自分の力で事件を解決してしまえる能力を持った人間。

 

 

 

 

 

 ――黒羽蘭だ。

 

 

 

 

 

 

「今回の中心人物は、間違いなく蘭だろう。あいつが珍しく吸血鬼事件に全力で首を突っ込んだから、ここまでの急展開になったんだ」

 

「どこまでが、あの子の計画通りだったのでしょうか」

 

 深雪が気になるのはその点だ。

 

 蘭は小学一年生になると同時に、魔法訓練と、精神干渉系魔法の研究に、妄執的に打ち込み始めた。

 

 特に打ち込んだ移動・加速系は、少ない系統で実戦的な能力を得るのに最適である。そして、一度触れられたら終わりとなるパラサイトの触手を避けるのにも効果的。

 

 精神干渉系魔法も、貢の報告によると、固有魔法を見つけたり、また見つけてからはそれを磨くのに熱心だったらしい。その固有魔法『プシオンコピー』が、パラサイトに対する最後の一手になった。

 

 これらを合わせると……打ち込んだ内容が、蘭が珍しく必死になって立ち向かったパラサイトに対して有効な手立てであった、と言わざるを得ない。これを偶然で片づけるには、あまりにも出来すぎだ。

 

 きっと本人は、「いどう・かそくけいは、こうりつがいちばんいいから」「こゆうまほうって、つよいらしいし、なんかかっこいいじゃん?」と説明するだろう。そしてそれは、十分に理屈が通っている。少なくとも、パラサイトが現れることを見越していた、などという未来予知説に比べたら、百人のうち百人が、蘭の理屈を信じるに違いない。

 

 精神干渉系魔法の研究を通して偶然パラサイトの存在に思い当り、敵意があった場合のその脅威の可能性にも行きつき、それが原因と思われる事件が起こったからあわてて首を突っ込んだ。偶然としては出来すぎだが、これが一番あり得るストーリーである。

 

「さあ、それは本人に聞いてみないと分からないな。とりあえず蘭も作らされるはずの報告書を読んでから、決めればいいさ」

 

 不思議な親戚だ。

 

 自分勝手で、生き急いでいて、おふざけが多い。これらはきっと、蘭の表面的な部分ではなく、パーソナリティそのものだ。

 

 だが、達也と深雪の秘密を幼くして知っていたことに始まり、彼女の行動のほぼ全てがこのパラサイト事件に収束していくような展開を見せている。何を考えているのか、何を知っているのか、どこまでが計画だったのか。彼女について、分からないことだらけだった。

 

「ただまあ、そうだな。一つだけ分かることがあるとすれば」

 

 深雪との会話中も、達也の手は止まっていない。あっという間に、お手本のように整った報告書が出来上がっていく。

 

 そして最後の一文字を打ち終え、間違いがないか確認を終え、画面から目を離し、天井を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、俺たちに敵意はないし、今のところ仲間、なんだろうな」

 

「……そうでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄妹(ふたり)の顔には、呆れたような、疲れたような、それでも明るい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの激闘は、幹比古に大きな影響を及ぼした。

 

 幸い命に別状はなかったし後遺症も残らなかったが、パラサイトによるプシオン波の影響で幽体が酷いことになっていた。レオと同じ病院に即担ぎ込まれて、個室で家族たちによる幽体回復の儀式を受けなければ、2か月は寝込む羽目になっていただろう。

 

 だが絶対安静と継続的な儀式のおかげで、週明けとなる23日には学校に行けるようになっていた。肉体的なダメージがなかったのが幸いである。

 

 パラサイトの正体を掴み、その本体との激戦をその身で経験した幹比古の報告は、吉田家にとって、古式魔法界にとって、大変価値のあるものだった。厳しい父親から面と向かって真っすぐと褒められたのは、いつ以来だっただろうか。久しぶりに感じる学校の昼休み、いつものメンバーと昼食を取りながら、そのことを思い出して、胸が温かくなっていた。

 

「吉田君、本当に大丈夫なんですか?」

 

「うん、もう平気だよ。なんなら、もう一回戦えるぐらいにはね」

 

 隣に座る美月が顔を覗き込んできて、今朝からずっと心配してくれている。もう対応は慣れたもので、ちょっとしたブラックジョークも混ぜられるぐらいだ。

 

 あの夜。美月を守り通すために、幹比古は死力を尽くして戦った。その影響か、互いに自覚は無いが、二人の間の距離は大きく縮まっている。あまりにも「それっぽい」ので、気づいている周囲は、それを口に出してからかうことすらできない。ここからは、本人たちにゆっくり気付いてほしい。そんな周囲の生ぬるい視線にも、二人は気づかなかった。

 

「ほんとあらためて、みなさんには、かんしゃです」

 

 ようやく全員、このいつもの場所に集まれた。

 

 蘭は改めて、いつも通りの無表情といつも通りの安っぽい平坦な機械ボイスでそう言いながら、頭を下げる。すでに彼女との付き合いに慣れ始めた全員が、心の底から感謝しているのだと、察することができた。

 

「なんだか、私だけ仲間外れなような……」

 

「あんなのは二度と御免だよ。参加しなくて正解さ」

 

「ちがいない」

 

「巻き込んだ蘭さんがそれを言いますか?」

 

 雫は未だに交換留学でいない。ここに集まったメンバーで、吸血鬼事件に関わらなかったのは、ほのかだけだ。深雪からメッセージで事の顛末をあの翌日に聞いて、驚くことしかできなかった。

 

「カーッ、あと少し遅かったらオレも参加できたのになー!」

 

 レオは悔しがり、頭を掻きむしりながら叫ぶ。なんとか一撃は加えたが、彼は吸血鬼一人にやられ、戦線離脱している間にすべてが終わった。仲間たちが死闘を制したと言うのに自分はベッドの上と言うのは、なんだか悲しかった。

 

「いえいえ、れおくんのおかげで、そうきかいけつ、できたんですよ。えむ・ぶい・ぴー!」

 

「確かにその面はあるだろうな」

 

 蘭のフォローに、達也が乗っかる。そもそもレオが偶然情報を掴み、そしていきなり吸血鬼に遭遇しなければ、解決は大幅に遅れ、被害はもっと広がっていただろう。MVPかどうかはさておき、幹比古の道占いや、USNA軍のサイオンレーダーもなしに、初っ端から遭遇した彼の存在が大きいのは確かだ。しかもそんな状況から、リーナの横やりのおかげとはいえ生還し、証言まで残してくれた。十分な働きである。少なくとも、今朝に校門の前で待ち伏せして「私たちがいない間にずいぶん暴れたみたいね」なんて恨み言をぶつけてきた真由美と、深々と頭を下げて潔く礼を述べてきて余計に真由美の株を下げた克人に比べたら、活躍したと言えよう。

 

 こうした、ここに集まった子供たちとその妹弟のおかげで、吸血鬼事件は解決した。四葉が介入した政治取引でもあったのだろうが、日曜日にはその解決もニュースになっていた。

 

 USNA軍がマイクロブラックホール生成実験を、危険性を知りながら強行。そのせいで未確認生命体がこの世界に迷い込んできて、USNA国民に憑りつき、理由は不明だが日本に潜入して吸血鬼事件を起こした。あの大規模な交換留学は、世間の混乱を招かないように日本とUSNAが相談の上で偽装したもので、両国が協力して吸血鬼事件に対応し、無事解決した。

 

 かなり事実が捻じ曲げられているが、真実の部分を話してしまっては、日本とUSNAの国際戦争に発展しかねない。このような形にして、裏でUSNAから日本がいくらか利益を供与してもらう、と言う形が、両者にとって一番丸いのである。

 

「蘭さんは、すっかり英雄ですね」

 

「いえい」

 

 美月が、幹比古と反対側の隣にいる蘭に笑顔を向ける。それに対し、蘭は無表情のままピースサインを作った。

 

 そう、学生のプライバシーを考慮して表沙汰にはなっていないが、魔法師界隈では、蘭が吸血鬼事件を解決した立役者である、ということになっている。その中身はだいぶ歪んでいて、USNAと協力したことになっている。ただ、パラサイトの正体にいち早く気付いて行動し、仲間と協力して、その身の犠牲も顧みずに大きな脅威を高校生の身で退治したのは事実。蘭は、名実ともに、多少世間に伝わった情報は歪んでいるが、間違いなく英雄であった。

 

 

 

 

「…………でもさ、蘭」

 

 

 

 

 美月を挟んで、幹比古が、真剣な表情で、声を低くして、話しかける。

 

 その深刻な雰囲気を感じ取って、和やかな雰囲気は一瞬で霧散し、全員が黙り込んだ。

 

「もう、あんな、自分を捨てるような真似は、やめてくれ。僕らは何だって協力するから…………自分のことを、大事にしてくれ」

 

 幹比古の脳裏に浮かぶのは、自分たちの危機を見て、蘭がナイフで自分の頸を切り裂く光景。戦闘と言う激しい運動の末にそんなことをすれば、噴水のように血が噴き出す。

 

 ああしないと、どちらにせよ全員が死んでいて、パラサイトが生き残ってもっと被害が広がったのは分かる。達也に助けてもらえる算段があって、即死しないギリギリを突いていたのも分かる。

 

 それでも、もうあんなのは、見たくはなかった。

 

「そうです! 蘭さんが死んじゃったら、何の意味もないんですよ!」

 

 美月も、蘭の両手を、その柔らかな両手で取って包み、顔を近づけて叫ぶ。その分厚い眼鏡の奥の、この事件解決のカギとなった目には、あの夜の時ほどではないにしろ、涙が浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちにとっても、蘭さんは、大事な友達なんですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 美月と幹比古の脳裏に浮かぶのは、自らの頸を切り裂いて血を噴き出し、自らの血だまりの中に倒れる蘭の姿だけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だいじなだいじな、ともだちと、いもうとと、おとうとに、なにしてくれとんじゃごらああああああ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭があそこまで感情をあらわにして叫ぶのを、見たことがなかった。

 

 いつも無表情で、いつも御ふざけをしていて、飄々とすごいことをやってのける、色々助けてくれるけど、自分勝手な女の子。

 

 だが、この吸血鬼事件で、彼女が焦る姿を、彼女が弱弱しくショックを受ける姿を、そして彼女が激情を露に姿を、初めて見た。

 

 美月と幹比古は、「だいじなだいじな、ともだち」と、彼女に思われていた。

 

 声にも表情にも感情が出ず、自分勝手な彼女が、怒り狂って叫び、自らの命を引き換えにして守る程に。

 

「…………ありがとう」

 

 数秒の沈黙。その末に、蘭が、短い言葉を漏らした。

 

 そしてその直後に――あの、心の中の普通や常識がかき乱されて本能的な恐怖を覚える、でも慣れると愛嬌がある笑みを浮かべて、思い切り美月に飛びつく。

 

 その勢いに負けた美月が幹比古に倒れ込み、結果として蘭が、二人に抱き着くような形になった。

 

 

 

 

 

 

「もちろん、わたしたちは、ずっともだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうだ。

 

 ずっと、蘭と、友達でいたい。

 

 だからこそ、この危なっかしい女の子と、ずっと一緒にいなければ。

 

 

 

 

 

 

 二人を見上げる蘭の笑顔を見つめながら、二人は、こうして、固い決意を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、蘭のやつはどこまでも……」

 

 2096年4月1日。

 

 黒羽貢は、新たな年度が始まる日だというのに、暗い顔をして、自室で手につかない仕事を放置して、ぼんやりとしていた。

 

 今まで散々苦労をかけさせられた。表情筋と声帯の障害は仕方ない。だが、小学1年生になるや否や訓練と研究に打ち込んで家族とのコミュニケーションをシャットアウトし、そうかと思えば四葉の集まりで達也と深雪の核心に迫る形で突っつき、仕組まれた暗殺は見事に回避をして見せ、中学に上がってからは少しはましになったかと思えば第一高校に進学すると我儘を言い出す。入学してからも、四葉の許容範囲ギリギリのレベルまで達也・深雪と交流し続けた。

 

 その揚げ句、1月には急に吸血鬼事件に首を突っ込み、貢を通すことなく亜夜子と文弥に直接増援を要請した。二人とも蘭を心の底から慕っている。何が何でも貢を説得して向かおうとするのを、間違いなく分かっていたのだろう。

 

 そして四葉の管轄ではない東京の事件だというのに、いきなりとんでもない成果を上げ、四葉もまだ情報を追い切れていなくて具体的な命令が出せていない間に、次々と急展開を巻き起こして、パラサイト全てを倒し、潜入していたUSNA軍の心を折って追い払った。

 

『パラサイト、ねえ。興味あったのだけど……残念だったわ』

 

 事件の後処理が落ち着いた後の真夜の言葉で、胃に開いた穴がより大きくなった。

 

 真夜はおそらく、蘭と達也からパラサイトの正体の仮説を聞いた時に、何か利用方法を思いついたのだろう。もう少し時間があれば、封印なりなんなりで生け捕りを命令していたかもしれない。だがそれが追い付く間もなく、高校で出会った友達とも協力して、全部倒してしまった。真夜の声音こそ柔らかだったが、あの無表情は、おそらくかなり怒っていたと思われる。

 

 未知の存在であったはずのパラサイトの正体を暴き、ほぼ倒すのが不可能な異次元・不可視の敵をかなり早期に倒して被害を食い止めた。しかも暴いた正体と言うのが、未だ観測できていない、精神に関する独立情報体であるという。精神干渉系魔法で「四葉」を戴く四葉家にとって、蘭のその活躍は、当主として持ち上げられてもおかしくないほどだ。もし蘭がもう少し今までトラブルを起こしていなかったら、文弥ではなく蘭を未来の黒羽家当主にするよう働きかけがあったかも知れない。

 

 そんなことがあって、貢の精神は荒れ果てていた。

 

 そこに追い打ちが襲い掛かってきたのは、2月の頭の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お父様、お願いがございます』

 

『僕たちも、第一高校を受験します!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子と文弥が、志願変更期限ぎりぎりになって、こんなことを言いだしたのだ。

 

 黒羽家の、そして四葉家の未来の中核である二人こそは、地元の第四高校に進学するべきだ。蘭が第一高校に進学できたのは、彼女がすでに中核から外れていたから、ということもあった。この二人は蘭と違って地雷を抱えているわけではないが、また別の理由で許すわけにはいかない。

 

 貢は断った。

 

 だが二人も、頑として譲らなかった。

 

『ご報告した通り、お姉さまは、自分の犠牲を顧みないことがあります』

 

『確かに四葉の一族として、それは重要な資質でしょう。ですが、お姉さまのは、その度を超えているんです!』

 

 知っている。

 

 パラサイト相手にあまりにも時期尚早すぎる総力戦を挑むことになり、戦線が崩壊して全員が死にかけた時、蘭が自らを犠牲にした『プシオンコピー』を利用して、仲間たちを救った。話によると、この作戦は、パラサイトと戦うとなった時に、最初から作戦の一つとして入れていたらしい。達也の『再成』があるとはいえ、一歩間違えたら「死」である。

 

 

 

 

 

『お姉さまを放っては置けません! お傍で、私たちが見守る必要があります!』

 

『ですから、どうか! お父様だって、お姉さまには生きてほしいでしょう!?』

 

 

 

 

 

 

 痛いところを突かれた。

 

 別に死んでほしいとまではもはや思っていないが、生きてくれることを強く願ってもいない。

 

 それどころか、過去には、自らの長女であり、愛する妻が残した彼女を、殺そうとまでした。

 

 あの時の後悔と恐怖は、未だに貢を蝕んでいる。

 

 この二人は、その事を知らない。蘭も、二人に言ったりはしていない。言えば、きっとこの二人は蘭の味方をして、彼女と敵対的関係ともいえる貢と達也に立ち向かってくれるだろうに、何を思ってか、伝えていないのだ。

 

『そんなに……そこまで……そこまで、蘭を追いかけたいのか?』

 

『『はい!』』

 

 二人は即答した。興奮していた二人は、おそらく、蘭を追いかけて第一高校に行きたいのか、ぐらいの表面的な意味でしかとらえていなかっただろう。

 

 だが、貢の言葉には、別の意味もあった。

 

 二人は蘭を嫌っていたはず。だが初めてのミッションをきっかけに、一気にその距離が縮まった。

 

 

 

 その末に、蘭が第一高校に行きたいと知るや、貢の説得に回った。

 

 貢の反対を押し切って、蘭の呼び出しに応じた。

 

 そして今度は、蘭を追いかけて、貢をまた説得に来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二人はひたすらに姉を追いかけて、まるで蘭がたどった道のように、貢に逆らっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 可愛い娘と息子が自分の手から離れ、長女を追いかけていく。

 

 従順だったはずなのに、長女の人生を追うように、父親に逆らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まるで、亜夜子と文弥が、蘭になってしまったかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このことに気づいた貢はその瞬間に心が折れ、絞り出すように、「もういい」と言うのが精いっぱいであった。急な志願変更を四葉に伝えた時、真夜が口先だけは「もっと当主の威厳を持て」と注意してきたが、微妙に同情していたのが逆につらかった。

 

 貢を中心とした黒羽家の秩序は、この時に、いや、もしかしたらずっと昔から、蘭によって破壊されたのだ。

 

「…………っ、はあ……」

 

 酷く胃が痛む。

 

 良い医者にも診てもらい、良い薬を処方され、魔法による生理的治療も受けた。ストレスからくるものなので、精神のスペシャリストである四葉の手を借りての治療も受けている。だがそれでも、回復する気配が一向にない。

 

 痛み止めの頓服薬を飲みながら、貢は察する。

 

 自分の胃の崩壊と、黒羽家の秩序の崩壊は、実にそっくりではないか。

 

「は、ははは、全く、愉快ではないか」

 

 いつの間にやら、自分が子供たちに依存しているみたいになっている。

 

 傍から見たら、子離れできない、情けない父親だ。

 

「……なあ、お前が遺した子供たちは、立派に育ったぞ」

 

 普段はめったに見ない、机の中に隠した、もうこの世にいない妻の写真。

 

 完全な恋愛結婚だったわけではない。政略結婚と表現するのもはばかられる、策謀と欲望が入り乱れた婚姻だった。

 

 それでも――彼女のことを、確かに愛していたのだ。

 

「もう亜夜子と文弥も高校生だ。蘭も上級生。どうなる事かと思ったが、三人とも仲もいい」

 

 未だに胃は激しく痛む。

 

 だが、今貢の顔に浮かんでいるのは、穏やかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに鳴り響く、通知音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おっと」

 

 我に戻った貢は、写真をまた引き出しにしまって、コンピュータに届いたビデオ通話を承認する。

 

 そうか、もうそんな時間だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『こんにちは、お父様!』』

 

 

 

 

 

 

 

「おお、何度見てもよく似合っているなあ」

 

 通話をかけてきたのは、自分の手を離れ、東京の第一高校で入学式を終えた、亜夜子と文弥だ。二人とも魔法科高校の制服に身を包んでいる。二人とも顔立ちも声も幼いが、いつの間にやら身長は低めながらも伸びていて、こうして制服を着れば、立派な高校生だ。

 

 そして画面をほぼ占領する二人の後ろから、ひょっこりと顔を出し、口を開いた者もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はーい、パパ上! お元気?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――鈴の鳴るような可愛らしい声で、満面の笑みを浮かべて手を振る、黒羽蘭だ。

 

「ああ、元気だとも」

 

 嘘だ。だがここでは、元気な父親を演じなければいけない。

 

 なんだかずいぶん印象が変わった長女と、可愛い双子の娘・息子との通話だ。せっかくの入学式だし、暗い話はしてはいけないのである。

 

 

 

 ――吸血鬼事件が解決してからしばらく。

 

 魔法師界隈で知る人ぞ知る英雄となった蘭は、その事件の解決を機に、なんだか常に焦ったような雰囲気が少しずつ薄れていった。家での実験や自主練習もどんどん頻度が減り、放課後にどこかに遊びに行ったり、適当な部活動に誘われたら体験入部して暴れたり、美術部にいるという親友の所に遊びに行ってとんでもない絵を描いて絶句させたりと、思い切り余暇を楽しむようになったのだ。

 

 こうなってくると、貢を筆頭に事情を知る四葉関係者は「今までの行動はすべてパラサイトの出現を予期していたからでは?」という疑いを向けるし、またこれは蘭との交流がほぼ無い上に四葉の中でも愚鈍な少数派だが、未だ不明の国内にいる吸血鬼の内通者でマッチポンプで名声を上げようとした、と疑う者もいるほどだ。

 

 だが、何にせよ、蘭の行動が前向きになったのは良いことだし、彼女は表向きのみならず、四葉にとっても――真夜がパラサイトを生け捕りにしようとしていたと知るもの以外にとっては――精神現象に関する独立情報体を現代魔法師の視点で発見したのみならずそれによる災害を抑え込んだという偉業を達成した才女である。しばらく監視すべし、という方針は変わらず、また監視が少し厳しくなったのも確かだが、その変化はおおむね歓迎された。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな中でも大きな変化が――蘭がついに、障害を治療する手術を受けると決めたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 今まで誰も言いださなかった。言いづらいことこの上ないし、仮に勧めたとしても「じかんのむだだから、やだぴょーん」とか返事が来るのがオチである。だが、余裕ができた姿を見た亜夜子と文弥が思い切って提案してみたところ「あー、それもいいですねえ」と二つ返事で了承し、手術を受けたのだった。

 

 現代の技術は素晴らしく、魔法による治療も併用したこともあって、美しい顔に傷一つ残すことなく、手術を終えた。本人も最初は違和感があったらしいが、「これもこれで我ながら可愛いー!」と笑顔でスラスラ喋る自分を見て喜んでいた。「これはこれで」と言うことは前の自分もどうやら気に入っていたらしいのはなんだか引っかかったが、もう終わったことである。

 

『ねえ、お父様』

 

 そんなことを考えながら、亜夜子や文弥と話していると、ふと、声音を変えて、蘭が話しかけてきた。

 

「なんだね?」

 

 冷静で威厳がありつつも余裕のある父親を演じながら、娘に応える。一つ上だというのに亜夜子や文弥に身長もすっかり抜かされ、ほっそりとしていて華奢すぎる印象も抜けないが、二人に囲まれて慕われているその様は、まさしく姉そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第一高校に入れてくれて、本当にありがとうございました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………可愛い娘の言うことだ、かなえてあげるのが、親と言うものだろう?」

 

 人の気も知らないで、と文句が出そうになる。それを必死にこらえて、心の底から楽しそうな娘の前で、理想的な親を演じた。だがその顔には自然と、苦笑が漏れ出ている。

 

(――なあ、そうだろう?)

 

 そして、ビデオ通話の死角になる所に置いておいた、愛する妻の写真に、そっと、笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美月ちゃーん、これどうするんだっけ?」

 

「えーっと、それはね」

 

 2096年4月半ば。入学式と部活動勧誘期間の激動が過ぎ、去年に比べたらかなり落ち着いた生活になっている。

 

 そんな穏やかな第一高校――生徒会と風紀委員は七草の双子と新入生代表のやんちゃ少年に手を焼いているがここには関係ない――の美術室で、蘭と美月は、他の部員たちに混ざって、協力して立体美術を完成させようとしていた。

 

 蘭は今まで魔法ばかりに打ち込んできたらしく、美術はからっきしだった。それはそれはもう、幼稚園生の紙遊びの方がマシなレベルである。だが、何回も美月目当てで遊びに来るうちに少しずつ上達してきて、クラスの中でもうまい方の小学生低学年程度までには成長してきた。

 

 ――黒羽蘭は、いろんな部活に体験入部した末、この4月から、美術部に正式に入部した。

 

 運動系の部活では大活躍して見せたのだが、最初から美術部に決めていたのである。他部活は、誘われたからせっかくだし体験してみるか、という冷やかし程度の意味でしかない。

 

 

 

 

 

 

「あはは、やっぱ楽しいなあ」

 

 

 

 

 

 

 隣で指導する美月の苦労も知らず、蘭は不器用な手つきで粘土の形を整えながら笑う。

 

 心の底から、楽しかった。

 

 ――黒羽家が、嫌いだったわけではない。亜夜子と文弥はずっと可愛いし、最初は余裕のなさからかまってあげられなかったが、ずっと大事な妹と弟だ。

 

 だが、それでも、窮屈さを感じていた。

 

 四葉家は、そして父親までもが、自分を殺そうとした。平然と蘭をこの世の闇へと堕とすミッションへ送り込んだ。死にそうになったことも二回ある。

 

 そこに追い打ちをかけるように、ある日、未だ人間がその姿を捉えられていない化け物の可能性に思い至り、いつそれが現れてもいいようにと、必死に魔法の訓練と開発に打ち込んで「生き急ぐ」ことしかできなくなった。第一高校に進学したのも、日本国内ならば東京でパラサイトが活躍する可能性が一番高いと思ったからだ。

 

 進学してからも、少しずつ楽しいことが増えていったし、大切な友達もできたが、それでも、焦りは増すばかり。

 

 だが、この冬に、ついにパラサイトを倒した時。

 

 彼女を縛っていた鎖が、全て外れた。

 

 まるで天のお告げのように知ってしまった使命を終えた蘭は、まさしく、自由になっていたのである。

 

 自分勝手と言われることが多かった。確かに、そういう面は大きい。

 

 だが、結局のところ、実際は、自分を追い立てる「使命」に「走らされていただけ」で、全然勝手に振舞ってなんかいない。

 

 でも、今は違う。

 

 

 

 

 

 

 今度こそ蘭は、自分の道を、それこそ自分勝手に、走れるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

「よし、多分できた!」

 

「う、うん、いいと思うよ!」

 

 ついに形が出来上がる。後はこれに着色すれば、自分の担当である、「自由」を表現する部分は完成だ。

 

 出来上がったものは、思うままにひた走り、駆け回れる、運動靴。

 

 その形は歪で、活発やさ未来への希望を表わす新品ではなく、使い古してくたびれたものになっている。美術的に言えば、お手本とは言えないだろう。これが今の蘭の限界だった。指導してくれた美月の困ったような笑顔が、その証である。

 

 だが、それでもいい。

 

 

 

 

 

 

 今まで散々「走らされて」くたびれた靴で、今度は自分の意志で「走れる」。

 

 

 

 

 

 これこそが、蘭にとっての、最大の自由なのだから。




これにて第1章・黒羽家苦労ばかりチャート編、完結です!
しかしまだ終わりません!

次回からは、第2章、中条家仲上々チャート編がスタートします!

どうぞ最後までお読みください!!!


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中条家仲上々チャート編
1ー1


今回から第二章、中条家仲上々チャート編がスタートします!
第一章に比べて毛色を変えて正統派(当社比)です。ぜひお楽しみください!


 もう一つの人生を体験するRTA、はーじまーるよー!

 

 早速始めていきましょう。生まれながらの得意魔法傾向は精神干渉系魔法を選択。

 

 ここでお祈りタイム、今度こそ中条家の男の子を引きましょう。

 

 はい、31回目のトライで引きました。

 

〈システムメッセージ・「中条家」のトロフィーを獲得しました〉

 

〈システムメッセージ・「人生の始まり」のトロフィーを獲得しました〉

 

 では小学校入学初日を早送りしている間に、今回の動画について解説します。

 

 

 

 

 

 

 

 この動画は、フルダイブVRゲーム、「魔法科高校の劣等生 もう一人のイレギュラー」のRTA動画です。正確にはゲーム内でのトロフィー獲得時の日時をタイムとするのでRTAじゃないんですが、もうRTAと言う言葉が馴染みすぎているので、これで貫き通します。

 

 

 皆様は前回の動画シリーズ、「黒羽家苦労ばかりチャート」は御覧になりましたか? このシリーズは同じゲームでして、前回のシリーズを皆様がご視聴くださったあとである、という前提で、前シリーズで行った解説をすっ飛ばす部分もあります。まずはぜひ、黒羽家チャート動画をご覧ください。

 

 

 

 さて、ではここからは、前回シリーズを見てくださった視聴者兄貴姉貴向けの話となります。

 

 まずは、最終回の後に投稿したオマケ動画は御覧になりましたか?

 

 このゲームは、プレイヤーの好きなタイミングで、プレイヤーキャラクターをCPUへと委ねることができます。これまでのプレイヤーの行動をゲームAIが学習し、それにぴったりの通りに、プレイヤーキャラクターの物語を紡いでくれるんですね。

 

 あのオマケ動画は、2096年1月20日午前5時12分17秒という記録を達成した蘭ちゃんの行動を、CPUに委ねてみた未来編です。表情も声も治療して表に出る感情も豊かになり、美月ちゃんや文弥君や亜夜子ちゃんとイチャイチャする蘭ちゃん、可愛かったですね。

 

 

 

 

 

 で、そんな話はここまでにしておいて、ここからは本動画の話です。

 

 

 前シリーズで、中条家チャートに「革命」が起きたという話をしましたね?

 

 今回は、その革命後の全く新しいチャートで走ることにしました。

 

 中条家チャートは、一般家庭チャートに分類されていました。その中でも比較的家ガチャが当たりやすいということで、最もメジャーなチャートでもありました。

 

 しかしながら、この新チャートは、中条家のみでしかできない特殊なチャートとなっております。しかも、その性質上、男の子じゃないとかなり難しいです。

 

 それでもこのチャートは、黒羽家チャートと違って途中死亡の危険が少なく来訪者編までたどり着きやすいという長いスパンの安定性と、対吸血鬼・パラサイトの戦いがそこそこ楽であるという一番大事なところでの安定性があり、なおかつこれまでの一般家庭チャートのどれよりも好タイムが出やすいという、素晴らしいチャートになっています。最初の家ガチャ・素性ガチャさえ当てれば、ちょっと慣れたRTA走者ならだれでも完走可能でしょう。

 

 

 

 

 それでは、このチャートは、何が特殊なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 それは――対パラサイト戦に、中条あずさちゃんを主力として投入する点です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中条あずさちゃんのプロフィールを振り返りましょう。

 

 身長がとても低く童顔で声も幼い合法ロリの二年生で、生徒会役員。一年生編秋からは生徒会長になります。

 

 成績は、実技が範蔵君に次ぐ次席、理論が五十里君に次ぐ次席で、総合主席です。

 

 魔法の特徴としては、正確な変数入力やきめ細やかな魔法行使が得意です。とても素晴らしい技術ですが、戦闘やスポーツ競技には向いていません。一応魔法の腕自体はその成績通りかなりのもので、ちょっとした活躍はありますが、主力として使えるかと言うと微妙です。

 

 また、その体格のせいで運動能力は主要キャラでは圧倒的最低です。メンタルも、心優しくて、気弱で、臆病で、自分での決断力が弱く、一方で人に乗せられやすい……と、これまた戦闘向きではありません。

 

 こんな感じで、激しい戦闘の主力として使う分には、あまり向いていません。「いざ戦闘となると微妙に使えない優等生」「場面によっては輝く、評価軸に則れていないだけの劣等生」という対比軸が『魔法科高校の劣等生』の前半を支配する作品構造になっていますが、ひっそりとあずさちゃんは、その前者に入ってしまうわけですね。

 

 それでも、目を惹く要素はあります。

 

 それは属人的な情動干渉系魔法『梓弓』です。これの効果は非常に強力で、このような魔法を持っている通り、精神干渉系魔法への適性が高く、しっかり攻撃向けの魔法を習得すれば、対パラサイトへの攻撃力は、文弥君にも負けません。

 

 とはいえ、系統魔法の得意傾向が戦闘向きではない、メンタルもフィジカルも最弱――という欠点がとにかく痛くて、一番欲しい才能は持ってるんだけどなあ…………という扱いとなり、RTA走者界隈からはあまり注目されず、主に従来の中条家チャートで散々ひどい目に遭わされてきました。

 

 

 

 

 ところが、ここで革命が起きます。

 

 

 

 

 

 世界一位兼黒羽家チャート開拓者である最強先駆者姉貴が、このあずさちゃんが、対パラサイトにおいては幹比古君と同等かそれ以上の特効を持っていることを発見したのです。

 

 これにより、比較的に家ガチャが当たりやすいこともあって、どんどんチャートが開発され、今に至ります。

 

 チャートの趣旨は、「あずさちゃんの弟としてめっちゃ仲良くなって、後から幹比古君とも仲良くなって、パラサイト特効キャラ二人を引っ提げて来訪者編に挑もう!」ということになります。まあ当然他にも重要な仲間はいますが。

 

 そういうわけで、あずさちゃんと良好な関係を築くことは必須。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな経緯で開拓された、名付けて「中条家仲上々チャート」をやっていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、早送りの速度をあえて抑えめにしていたので、お家に帰ってきました。入学式後に新入生は教室で自己紹介みたいなのがありますが、入学式に出席した家族は一足先に帰ることになります。

 

 今出迎えてくれたのが、中条家のパパとママです。どちらも「一世魔法師」と呼ばれる非魔法師の家から生まれた魔法師で、学生時代の成績はそこそこ優秀。善良な性格で、劣等生世界特有の陰謀などもあまり縁がなく、恋愛結婚です。劣等生世界の魔法師にあるまじき、幸せな一般家庭ですね。

 

 そしてパパとママの後から出迎えてくれたのが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ^~かわいいんじゃあ^~

 

 

 

 

 

 

 

 ――小学二年生の、中条あずさお姉ちゃんです。

 

 原作では合法ロリの高校二年生ですが、今は原作からさらに小さく、違法ロリのお姉ちゃんですね。この子をこれから戦場へと駆り出すために色々すると思うと……その、デュフフ、興奮してきますなあ!

 

 従来の、中条家を一切利用しないため当然家族を全部無視して自分磨きに集中する、通称「中条家仲擾チャート」だったら、挨拶もせずに両親に魔法適性診断書を要求して才能を確認するところですが、あずさお姉ちゃんと仲良くし続けなければいけないので、イイ子としてふるまいましょう。当然蘭ちゃんのような地獄みたいな言動は一切NGです。淫夢語録を好き勝手使うのはダメってそれ一番言われてるから。

 

 

 

 

 

 

 

 まずはしっかり手洗いうがい――はい、この鏡に映る、あずさお姉ちゃんにそっくりな男の娘が、今回のプレイヤーキャラクター、「中条いつき」君です。

 

 

 

 

 

 

 

「これまでの記憶」という体で残っているデータによると、生年月日は2080年三月末で、ギリギリ今の学年。生まれが遅いため、保育園幼稚園では身体・知能の発達が追い付かず苦労した。ただし年長さんぐらいになると、身体は未だ苦労していますがこれといった障害も怪我も病気もなくそこそこ健康で、知能発達に関してはすでに一つ上並、と……。なるほどなるほど。

 

 はい、中条家チャートにありがちな生い立ちですね。誕生日がとても遅く未就学段階での発達が追い付かず苦労した、というところ以外はまんまテンプレです。あのあずさお姉ちゃんと血を分けた姉弟なわけですから、身体発達がイマイチで知能発達が速い、というのは、よく起こるんですね。実際の人間はそんな簡単ではないですが、このゲームは遺伝的要素が原作キャラにかなり寄せられるようにできています。

 

 だからほら、この世界の私こといつき君も、あずさお姉ちゃんにそっくりなんですね。

 

 

 では良い子の手洗いうがいを終えたら、初日テンプレを実行します。

 

 まずは、パパとママにお願いして、幼稚園生のころに魔法師の子女が大体受ける、適性魔法診断書を見せてもらいます。黒羽家チャートでは四葉が、それ以外の数字付き(ナンバーズ)の家だと各家が、独自に診断していますが、それ以外の一般魔法師家庭でも、国家が魔法師育成に力を入れているので、早いうちから無料で診断が可能、という設定になっています。

 

 苦笑しながら見せてくれました。あくまでも保護者向けの資料なので、一年生に上がりたてのショタどころか、小学生高学年あたりでも見るのは難しいですが、中身は転生主人公(しかも何回も人生を繰り返している)の私なので、「やっぱわからなーい☆」の振りをしつつ、しっかり見ておきます。

 

 ふむふむ、よし、系統魔法と無系統魔法は全部バランスよく総合的に突出した才能がありますね。ただし、ここで言う「突出した」っていうのは一般魔法師基準での話で、才能としてはあずさお姉ちゃんと同じぐらいです。神童・幹比古君や、実技主席の範蔵君、黒羽家チャートの蘭ちゃんよりは総合的に見てやや下で、雫ちゃんやほのかちゃんや花音ちゃんと同じぐらい、五十嵐君や桐原君よりは少し上、という程度ですね。

 

 

 そして重要なのが、末尾の資料です。公的機関の一般的な検査ではここまでやってくれませんが、保護者の希望次第では――精神干渉系魔法の適性診断もやってくれます。

 

 精神干渉系はその性質から非人道的でタブーとされていますが、一方でその有効性を国は見逃さず、あらゆる法律やらマナーやら倫理教育やらでがんじがらめにしたうえで、たくさん実験とかに協力させようとしてきますし、そのあと裏でこっそり利用する気も満々です。

 

 そういうわけで、このタブーとなる系統の診断も頼めばやってくれて、そして、中条家の場合は、かならず両親が希望します。なぜかと言うと、このパパとママも精神干渉系魔法の優れた使い手で、悪用しようという気持ちすら一度も抱いたことないほど善良ですが、それなりに苦労してきているんですね。魔法は遺伝要素が強いので、二人は我が子にも気になって、この診断も受けさせてもらったわけですね。

 

 さてさて適性は――よし、十分ですね。先ほどの系統魔法もかなりのものでしたが、精神干渉系は数値がぶっ飛んでます。文弥君とあずさお姉ちゃんより少し下、蘭ちゃんと同じぐらい、亜夜子ちゃんよりは上、ぐらいですね。

 

 

 

 よーし、家ガチャ、素性ガチャ、性別ガチャ、全部突破しました。

 

 

 

 

 ではここからは、適当にお部屋――二人とも優秀な魔法師なだけあってお金もそこそこあり4人家族で普通の一軒家だというのにもう一人部屋貰えてますね――に戻って、転生主人公パワーを使って、小学校中学年レベルぐらいの計算問題でも解いてましょう。それをパパとママに見せて、自分もう学校今は行かなくていいアピールをします。

 

 これで従来の「中条家仲擾チャート」なら無理やり明日から学校行かないのですが、家族仲優先のため、ここから一か月ぐらいかけて、「学校の進度では遅すぎるから自分の速いペースで勉強したい」ということをアピールしまくり、不登校を勝ち取りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。




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1ー2

二話連続で投稿しているうちの二話目です
まずは前のお話をご確認ください


 私には一人、弟がいる。

 

 名前は中条いつき。いつも私は「いっくん」とよんでいる。

 

「いっくん、早く帰ってこないかなあ」

 

 今日はいっくんの入学式の日だ。お父さんとお母さんと六年生は出席したけど、二年生の私は、お家でおるすばんだった。

 

 まず、お父さんとお母さんが帰ってきた。一年生のいっくんは、去年の私と同じように、クラスであつまって、かんたんなプリントをもらったり、自己しょうかいをしたりしなければいけない。

 

「……えへへ、楽しみだなあ」

 

 おべんきょうに使う机に両ひじをついて、ついつい笑ってしまう。

 

 かわいいいっくんと、明日から、学校にいっしょに行ける。

 

 辛いことや、つまらないことや、お友だちとけんかしたりすることもあるけど、とっても楽しい。いっくんも、きっと楽しんでくれると思う。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

 いっくんが帰ってきた!

 

 一階のげんかんから、元気な声がきこえてくる。

 

 私はすぐに立ち上がって、かいだんを走って下りた。

 

 リビングにいたお父さんとお母さんが、先におでむかえをしていた。わたしはその後ろから顔を出して、いっくんにあいさつをする。

 

「おかえり!」

 

「お姉ちゃん、ただいま!」

 

 ランドセルに、学校に行くときにかぶる黄色いぼうし。一年生だから、どっちも、まだ小さないっくんには合っていない。そんないっくんも、とってもかわいかった。

 

 いっくんが、ニコッ、と笑ってあいさつを返してくれる。

 

 いっくんの顔は、すごく私にそっくりだ。いろんな人からよく言われるし、写真を見ると自分でもたまに見分けがつかない。私のほうがお姉ちゃんだから、ほんの少し大きい、ぐらいのちがいだと思う。

 

 いっくんはぼうしをぬいでげんかんにおくと、ランドセルを下ろして、すぐに手あらいうがいをした。そのあと、お父さん・お母さんと何かお話があるみたいなので、私はお部屋にもどった。このあと、いっくんから、学校はどうだったとか、いっぱいお話することがある。お父さんもお母さんも、そういうお話をしたいんだと思う。

 

 そうしてお部屋でぼんやりまっていると、いっくんがかいだんを上ってくる音がした。そしてとなりの、いっくんのお部屋にもどる。今日ははじめての学校でつかれたと思うので、少し一人にしてあげよう。

 

 そう思ってがまんしたけど、でもがまんできずに、一時間もしたら、いっくんのお部屋に遊びに行ってしまった。

 

「いっくん、入っていい?」

 

「うん、いいよー!」

 

 ノックをして声をかけると、すぐにお返事が返ってくる。

 

 うれしい気もちで中に入ると、いっくんは、まだサイズが合っていない机に向かって、えんぴつを動かしていた。

 

「何やってるの?」

 

 入学式の日に学校でもらえる、おべんきょう道具セットだ。うれしくて、さっそく使ってるのかもしれない。

 

「算数のお勉強だよ! ほら!」

 

 いっくんはおたん生日がおそくて、同い年の子についていけないことが多かったらしい。それでも、年長さんぐらいから、みんなよりもずっと、お利口になった。私もおべんきょうは学校で一番だから、いっしょで、すごくうれしい。

 

 もう一年生の足し算引き算はおぼえちゃったかな。

 

 そう思って、いっくんがわたしてくれた紙を見る。

 

 

 

 

 

 

(1)

3.72×9.13+4.2÷0.2

=33.9636+42÷2

=54.9636

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 信じられなかった。

 

 何回見直しても、見まちがえではない。

 

 いっくんは、高学年のお兄さんお姉さんたちがやってもむずかしいようなもんだいを、何個も何個も正解している。

 

 私も、学校のおべんきょうはとっくに全部分かっていて、とくに算数は、もう高学年のものもおべんきょうしはじめた。私は、みんなからいっぱい「すごい」ってほめてもらえるけど、その反対に、みんなから、気もち悪がられているのも、なんとなく感じている。きっと私は、他の子とは、ぜんぜんちがうんだ。

 

 だけどいっくんは――一つ下なのに、もう私と同じことを、できるようになっている。

 

 私が小学校に入ったばっかの時はどうだったかな。

 

 時計はよめた。漢字も、かんたんなものなら書けた。算数は、九九を全部おぼえたぐらいだったかも。

 

 それなのに、いっくんはもう、ここまでできている。

 

 これは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいよ、いっくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いっくんは、すごくお利口なんだ!

 

 私はうれしくなって、いっくんにだきつく。いっくんは少しびっくりした様子だったけど、すぐに「えへへ、ありがとー!」ってよろこんでくれた。

 

 いっくんに、いっぱいおべんきょうを教えてあげたかった気もちはあるし、それはすごくざんねんだけど。

 

 それよりも、おべんきょうのことで、いっぱい、いっくんとお話できそうなのが、すごくうれしかった。

 

「いいこいいこ~」

 

「あは、くすぐったいよ~!」

 

 だきしめて、ふわふわのかみの毛をいっぱいなでてあげる。

 

 これからいっぱい、いっくんとおべんきょうして、分からなかったことが、分かるようになりたい!

 

 

 

 

 

 

 いっしょに学校に行って、いっしょにおべんきょうして、いっしょに遊んで。

 

 

 

 

 

 

 思っていたよりも、いっくんとの小学校は、すっごく楽しくなりそう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………でも、そんな気もちは、すぐに悲しい気もちに変わることになる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、いっくん、学校行きたくないの!?」

 

 入学式の二日後の朝。可愛い娘が、目を丸くしている。

 

「うん……学校のお勉強、つまらなくて」

 

 それと話す、今日が登校三日目の息子は、姉とそっくりな顔を暗くして、俯いていた。

 

 あずさといつきの母親――中条カナは、眉尻を下げ、その様子を困ったように見ていた。

 

 

 息子がいきなり学校に行きたくないと言い出したのは、昨日の夜のことだった。

 

 登校二日目で、ドリルやノートや教科書が配られたが、それはお名前を書くだけで終わって、学校探検で午前中だけの登校を終えた。学校から帰ってきたいつきがどこか元気がない様子だったが、慣れてないことだらけで色々疲れたのだろうと思って、軽めのお昼ご飯を食べさせて、部屋で休ませたのだ。

 

 その後の夜、あずさがお風呂に入っている間に、カナと、父親の学人(がくと)に、いつきがいきなり、「学校に行きたくない」と言い出した。

 

 そうして見せられたのが、いつきが入学式の後に、学校のお勉強がどういうものなのかとタブレット端末で調べて問題を探し、解いてみたプリント。小数第二位までの、四則演算混合の計算問題。整然と書かれた途中式と、立ち並ぶ正解は、計算プリントのお手本そのものだったが――だからこそ異常だった。

 

 まずそもそも、やっていることが、全部小学校高学年でやっと習うようなもの。

 

 四則演算混合の計算問題は、そのルールに戸惑う子も多い。

 

 小数の掛け算割り算も、計算が苦手な子はそのやり方を理解するのに時間がかかるだろう。

 

 そして、この問題は、小数第二位まである。

 

 つまり、高学年で習うような内容の中でも比較的躓きやすいもので、しかもやや発展形の問題を、全問正解したのだ。

 

 

 

 ――入学式を終えたばかりの小学一年生が、である。

 

 

 

 

 長女のあずさも、自分たちにはもったいないほどの天才だった。

 

 保育園生の段階で勝手に簡単な足し算引き算を覚え、入学式のころには勝手に九九を覚え、入学後も向こうから質問されたとき以外は何も教えていないのに、どんどん上の学年の内容を勉強していった。

 

 だが、いつきは、それよりもさらに天才だ。

 

 同じ学年・学校どころか、カナや学人の知り合いの子供まで探しても、あずさほどの天才はいなかった。そんな一つ歳が上のとびぬけた天才であるあずさと、すでに同じレベルにいるのである。

 

 

 

 

 

 

 ――二人の頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 あずさも、学校のお勉強のペースにはやや不満そうで、周囲からは浮きがちであると、面談で担任から申し訳なさそうに伝えられた。特別学級での、学年関係なく本人の能力に応じて勉強内容が決まる英才教育も視野に入れたが、集団生活による社会性をはぐくむことは重要だし、何よりもあずさ本人が、浮いていながらもお友達とそれなりに楽しく過ごせているので、それを引き離すようなことをするのもどうかと思って、普通クラスにした経緯がある。

 

 だが、いつきは――あずさよりも、さらに飛びぬけた天才であった。

 

 そして本人は、自らの能力に合わせた勉強をしたいという。

 

『一晩、パパとママにお時間ちょうだい?』

 

 昨夜はそう言って誤魔化し、夫婦で真剣に話し合った。

 

 その結論が、これだ。

 

「ねえ、いつき。学校はね、クラスのみんなとお勉強するだけじゃなくて、自分だけのために、先生が特別に色々お勉強させてくれるコースもあるのよ?」

 

 それは、あずさには選ばなかった、特別クラスコースだ。

 

 本人が天才なのは良いことである。だが、学校で、教員免許を持つ専門家から体系的な学びを得るのは大事なことだ。それならば、そのコースで、なんとか学校に行ってもらえるようにするのが、思いつく限りでは一番だった。

 

「……うん、分かった!」

 

「クラス替えのために、一週間ぐらい我慢することになるけど、いい?」

 

「うん! じゃあお姉ちゃん! 学校行こ!」

 

「………う、うん!」

 

 少し悩んだそぶりを見せたが、いつきは納得してくれた。ランドセルと帽子をすんなり準備して、姉に笑いかけながら、手を差し出す。ずっと不安そうにしていたあずさは、今も少し戸惑いが見えるが、嬉しそうにその手を取って、昨日と同じように、仲良く手を繋いで学校へと向かう。

 

 ほほえましい光景だ。

 

 あずさは、こうしていつきと学校に一緒に行くことを楽しみにしていた。親バカを差し引いても、二人ともとっても可愛らしくて、仲良くおててを繋いで歩いている様子は、まるで絵に描いたようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 願わくば、いつきが特別コースに満足して、これからもずっと小学校に行ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな両親とあずさの願いは、特別クラス移籍をここから一週間後にして、さらにその一週間あとに、崩れ去ることになる。




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2ー1

 家庭崩壊を気にしながらロリお姉ちゃんとおてて繋いで学校に行くRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、記憶引継ぎ転生者パワーによって天才小学生を演じて、不登校への布石を打ったところまででした。

 

 黒羽家チャートの動画のように、元々の中条家チャート、通称中条家仲擾チャートにおいても、初日以降無理やり不登校になり、自分だけの世界に閉じこもって小学生時代を過ごすことになります。

 

 ですがこの中条家仲上々チャートでは、そんなことをしたらあずさお姉ちゃんが仲間になってくれないので、ゆっくり時間をかけて、穏便に不登校を勝ち取りましょう。

 

 まず小学校一年生の最初のうちは、クラスでは無難に子供の振りして過ごしつつ、体育と休み時間は全力で外で遊び、授業中はこっそりと魔法科高校入試の受験勉強をして今のうちに目標レベルでの合格安全圏になるように少しずつ積み重ねます。

 

 

 

 

 

 

 

 わーい!

 

 おそとたーのしー!

 

 おにごっこたーのしー!

 

 

 

 

 このチャートのいいところは、仮想人生を通じて、大人の記憶を持ったままロリショタになって目いっぱい遊べる点です。苦行めいた長時間のRTAと労働と将来への不安で荒んだ心が癒されますね。

 

 あ、ちなみにこれ、遊んでいるだけではなくて、ちゃんとRTA的にも意味があります。中条家のプレイヤーキャラは体が小さい上に弱くて運動に不利な体質になることが多いので、こうしてチャンスがあれば目いっぱい運動して、少しでも運動能力・体力を鍛え、身体を丈夫にする必要があるからです。身長と筋肉は正義なんですよ。

 

 ちなみにお家に帰ったら、学校のお勉強つまらないアピール、あずさお姉ちゃんとは仲良く遊んだりお勉強のお話したりするイチャイチャタイム、お部屋では小規模な魔法練習タイムにします。

 

 さて、そうして最初の一週間を過ごすと、特別学級へとお引越しになります。社会制度が進んで、ただの地域の公立小学校・中学校でも幅広い教育が安定的に可能になったんです。じゃあ現実はと言うと……んにゃぴ……。

 

 この特別学級でも、転生者パワーをしっかり振るいましょう。前回はジャブ程度に小学校4年生の発展的な問題を見せつけましたね。

 

 あ、ちなみにアレ、劣等生世界では、昔は5年とか6年の内容でしたが教育指導要領が全体的にハードになって4年生程度で習うもの、という設定になっています。高校がある程度21世紀前半ごろの大学の機能を果たしている、ということから分かる通り、学習内容がキツキツになってるんですねえ。小学校6年生の時点で、連立方程式ぐらいまでやらされます。ゆとり世代を返して!

 

 さて、特別学級においては、あんな問題ができるならってことで、どれぐらいの習熟度があるのかと最初にテストされます。テスト内容は、この世界の中学受験相当。それこそ連立方程式ぐらいまでの範囲の、発展問題が並びます。

 

 

 

 

 さて、ここで皆さんに質問しましょう。

 

 

 

 

 特別学級から不登校を早期に勝ち取るには、ここでどれぐらいを求められると思いますか?

 

 正解は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全科目ほぼ満点です!(デデドン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも所詮中学二年生程度までの問題でしょ(笑)義務教育(笑)

 

 とか思った皆さんは、ぜひ名門私立中学校の入試問題を適当に検索してみてください。多分、大体の大人は7割すら厳しいと思いますよ?

 

 ですがこれはRTA、多少不登校が遅れてもいいからここの満点は無理だし……なんて妥協はできません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで…………このチャートのために、リアルで死ぬほど勉強してきました。

 

 

 

 

 

 

 

 中条家仲上々チャートの最大の欠点はこちら。安定性がとても高い初心者向けなのに、求められるリアル知能がとんでもなく高い所です。あ、ちなみにここだけじゃなくて、今後もリアルハイスペックが要求される場面があるので、注意してください。

 

 さて、試験が終わって…………おやおやおやおやおや、先生の顔がすんごいことになってますねえ!

 

 これは確定演出――キターーー! 全科目9割越えです!!!

 

 ミスの内容は理解していないわけではなさそうな凡ミスのみ!

 

 これで、もはや小学校に通う必要がないことが証明されました!

 

 あとは体育とか図工みたいな授業以外は特別学級で授業を受けて、休み時間と給食は目いっぱい楽しみ、大体一週間ぐらいを過ごします。学校側もいつき君への対応に困って、授業も分かっていることの繰り返しになって、非常に退屈になってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ――もう、学校いかなくていいよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、特別学級での実績も引っ提げて、改めてトッチャマとカッチャマに直談判!

 

 これにより――不登校を勝ち取りました!

 

 さて、でも、劣等生世界でも日本国憲法の基本は変わっておらず、国民は、普通教育を受けさせる義務があります。そして飛び級制度も基本的になく、年齢主義に基づいています。

 

 そういうわけで、不登校でも表面上はリモート授業と特別課題をこなさなければいけません。

 

 十師族チャートとかだとこのあたりは権力でどうとでも回避できるのですが、一般家庭チャートはここが辛いですね。

 

 でもこれでだいぶ時間が確保できます。登校は、登下校、友達付き合い、授業、給食、掃除、イベントなど、とにかく拘束される要素が盛りだくさんですからね。課題さえ出して表面上の出席さえしていれば授業中に手元で魔法の練習したってかまわないわけですから、リモートはかなりうま味です。

 

 さて、ここから中学校卒業までの基本的なルーティーンがもう出来上がりますね。

 

 リモートで適当に授業を受けながら魔法の練習と研究、課題もそこそこにこなして、外を子供が一人で出歩いても怪しまれない時間になったら親の顔より見た移動・加速系の練習を適当に野山とかの障害物が多いところでやり、他にもお家ではあずさお姉ちゃんを筆頭に家族といちゃいちゃ仲良くして、家族仲を向上させていきましょう。

 

 

 

 

 あ、そうだ。

 

 不登校開始直後は、あずさお姉ちゃんのメンタルがかなりぐちゃぐちゃになってます。

 

 涙をぼろぼろこぼしながら、顔面をぐしゃぐしゃにして、大泣きしながら、一緒に学校行こうよ、って説得してくれます。可愛いですねえ……(ゲス)。過去数々の失敗した中条家チャート(人生)の経験によると、あずさお姉ちゃんも結構学校で浮き気味なんですけどね。基本的に、普通の良い子なんですよね、あずさお姉ちゃん。

 

 当然、こんな状態を放っておくわけにもいかないので、不登校は譲らないながらも、慰めたり一緒に遊んだりお話してあげたり抱きしめたり一緒に寝たりして、少しずつメンタルを持ち直してもらいましょう。このころはお互い小さいので、一緒にお風呂なんかも……あ、皆さんには見せません! 動画が消されちゃいますからね!!! 一緒にお風呂入りたければ、買え!!! マトモにプレイするには総計で大手サラリーマンの年収3年分ぐらいかかりますけどね!

 

 

 

 

 あ、さらに、そうそう。

 

 黒羽家チャートの動画の最初の方でボロン! と話したことがありますが、中条家仲擾チャートでは、これをガン無視してひたすら自分の世界でステータス向上に努めます。

 

 つまり、原作合法ロリ、この世界ではまだ違法ロリなお姉ちゃん(倒錯シチュ)が、ドアの前で毎日毎日大泣きして、学校行こうとか、少しでもいいからお話ししようとか、せめて顔だけでも見せてとか、色々説得してくれることになります。そしてそれに、「うるさい」などの拒絶すらすることなく、一切構わずに魔法の練習と研究をするわけです。

 

 そういうわけで、常識人兄貴姉貴は中条家仲擾チャートを走りたがらず、変態性癖兄貴姉貴はこのチャートを「一番スタンダードで素性ガチャ家ガチャも当たりやすいから」と言い訳して積極的に走っていました。私は……黒羽家チャートはただ偶然引いただけで、本来は中条家仲擾チャートを走ろうとしていたので……わかるよね?

 

 

 

 

 

 では超速早送りしながら、小学一年生のころから継続して、卒業までには終わらせたいことでもピックアップしましょうか。

 

 

 一つ目。移動・加速系は、小学校卒業時点で一科生合格者平均ぐらいまでは上げたいですね。

 

 そこまで育てば、そこから中学生の間も磨きまくれば、入試の時点では深雪ちゃんに次ぐ二位は固いです。黒羽家チャートの蘭ちゃんだったら深雪ちゃんすら確実に追い越せますし、十師族チャートで上手いこと移動・加速系の特化才能を引けば勝てますが、それ以外は五分五分で、中条家仲上々チャートは家族仲・姉弟仲のために訓練時間を他チャートに比べてかなり犠牲にするので、とても難しいです。

 

 

 二つ目。それ以外の系統も、そこそこ程度にはしておきたいです。

 

 移動・加速系は深雪ちゃんに次ぐ二位を目指し、それ以外の系統は二位~十位ぐらいに頑張って入れるようにします。これで総合次席を目指すわけですね。先ほど言った通り、どのチャートよりもプレイヤーキャラクターのステータスを犠牲にするチャートになっていますので、育成面はかなりシビアです。それでも、他の受験生はしっかり学校に通って時間的に拘束され、転生者でもないのでお勉強を強要されるため、次席入学はRTAに慣れていればそこそこ安定します。

 

 

 三つ目。固有魔法があるかないかを見定めます。

 

 四葉家チャート系と違って、それ以外の家の生まれだと、固有魔法がある可能性は平均5割程度です。大体の一般家庭チャートは2割前後、十師族チャートを含む数字付き(ナンバーズ)チャートだと5割前後、そして中条家チャートは精神干渉系限定で7割程度になっています。これはあずさお姉ちゃんの固有魔法『梓弓』のつながりによる補正ですね。別に固有魔法が無くても『毒蜂』を含む汎用魔法で問題ないのですが、当たり固有魔法を引けばぐっと楽になります。無駄骨・ロスになるリスクを取ってもなお狙う価値があるでしょう。

 

 ちなみに、以前の黒羽家チャート含む従来のチャートとは違って、使える自分だけの時間が少ないので、小学生段階では見つかれば万々歳です。他チャートだとそこから実験したり磨いたりするんですけどね。基本的に、ステータス向上は、移動・加速系魔法が優先となります。

 

 

 というわけでこれらの達成を目指して、小学生生活を過ごしていきましょう。

 

 

 

 さて、そんなことをしている間に、とんでもない速さで早送りしたこともあって、5年生の10月になりました。いや、まじで毎日同じことの繰り返しで、見所さん!? がないんですよ。

 

 このあたりになると、家族仲は非常に良くなり、特にあずさお姉ちゃんとはお互いお年頃になってきているのにべったりした関係です。

 

 それでは、いつき君の成長具合確認でもしましょうか。

 

 まずひたすら鍛えた移動・加速系は、将来実技次席で入学する一つ上のお姉ちゃん・あずさちゃんをはるかに上回ってます。それ以外の系統は、あずさお姉ちゃんより少し下ぐらいですね。将来実技次席入学する才能を持つ一つ上の相手と同格程度というのは、不登校パワーがいかに素晴らしいかを物語っていますね。

 

 精神干渉系に関してですが、こちらはイマイチ。すでに『梓弓』を見出し、実験に協力しているあずさお姉ちゃんに比べ、いつき君は、干渉力だとかみたいな基本的な力は同じぐらいですが、固有魔法は未だ見いだせていません。惜しい所なんですけどねー。

 

 それと魔法以外の能力ですが…………御覧の通り、未だにちっちゃくてぷにぷにです。この段階でもまだあずさお姉ちゃんと全然区別付かないってマジ? いやまあ、とってもかわいい男の娘を操作できる心地よさはあるんですけどね!

 

 一応毎日鍛えてはいるので、運動音痴のあずさお姉ちゃんとは運動能力は比べ物にならないのですが、同学年男子と比べるとちょっと上の方、くらいですね。とにかく体が成長しないです。これは……まだ成長期じゃない可能性があるとはいえ、身体の才能は中条家チャートの中でもかなり下を引いたっぽいです。

 

 これマジ? 魔法力に比べて身体が貧弱すぎるだろ……。

 

 

 こんな具合で、系統魔法は順調、精神干渉系も基礎力は中々、固有魔法はありそうだけど見つからない、身体能力はギリギリ許容範囲未満、ってところですね。

 

 

 さて、こんなステータス確認はあくまでオマケ。

 

 わざわざ10月で止めたのは……そう、原作のビッグイベント、論文コンペを見に行くためです。

 

 操作可能になったころにあずさお姉ちゃんは小学二年生になりたてだったわけですが、もう高学年の内容を理解していましたね? そう、あずさお姉ちゃんは、チート持ち転生者と違って、本物の天才少女です。そういうわけでこのころには、『梓弓』で実験に協力する立場にとっくになっていますし、それ以前からメキメキ魔法力も上がってきています。魔法への興味も尽きることがなく、いろんな知識をスポンジのように吸収していっています。

 

 つまり、もう、あずさお姉ちゃんは、あの高度な論文コンペを理解できるほどに成長しました。

 

 というわけで、タイミングを見計らって、トッチャマとカッチャマに論文コンペに連れてってもらいましょう。これはここから、お姉ちゃんが高校入学するまでの恒例行事となります。理由についてはそのうち。

 

 あ、ちなみに、論文コンペの内容は、大学レベルの理科と、架空の現象・学問である魔法について最前線レベルの、知識・理解が求められます。あずさお姉ちゃんはもうすでにそこに近い領域にいて、ここで好感度が高かったらプレイヤーキャラクターとも熱く語りたがります。当然好感度・信頼度を稼ぐためには話についていかなければならないので、ここでもプレイヤーはリアル知能が求められます。

 

 えっと何々、今回あずさお姉ちゃんが興味を示した内容は……「摩擦力改変を活かした乗り物の開発」ですか。魔法によって摩擦力を上手に増減することで加速・減速・カーブ等のエネルギー効率化を目指し、摩擦力増強による急ブレーキ化については、慣性中和術式が同時に作用するようにする。全ての乗り物に、となると難しいが、現時点でもすでにある程度大規模な乗り物であったら刻印魔法によって実現可能、と。なるほどなるほど。

 

 あー、今回のは比較的当たりですね。摩擦力を研究対象としている点では若干ハズレですが、その使い道については比較的わかりやすいですし、なんならこの劣等生世界においては、司波兄妹世代が高校生になるころには実際に実用化されている技術です。未来知識を持っているので、具体的な話までついていけそうですね。良かった~。

 

 もしこれで今回第四高校が発表していた、魔法によって六次元空間がどうのこうの~みたいなのに興味を持たれてたら、今年の好感度稼ぎは諦めるところでしたね。

 

 

 

 

 さて、では大きなイベントが終わったところで早送りしまして、次は、日常の魔法研究の様子を見てもらいます。

 

 家の中以外でも、野山を駆けまわってる間にそこらの虫けら相手に色んな精神干渉系魔法を試してきました。

 

 その中でもようやく感触が良いと感じられたのが、『チャーム』です。まあ要は惚れさせる魔法ですね。とはいえ、この魔法自体はさほど効果はなく、相手をほんの少し自分にドキドキさせて、意識させる程度しかありません。しかも効果が切れたら元通りなので、これをきっかけに恋愛関係に持ち込む、なども無理です。

 

 ふむふむ、お姉ちゃんとの関連性としては面白い魔法ですね。

 

 あずさお姉ちゃんの固有魔法『梓弓』は、無差別情動干渉系魔法で、清澄なプシオンの波動を放ってそれに注目させ、人間、特に群衆を一時的にトランス状態にする魔法です。トランス状態にも色々ありますが、麻薬(シャブ)でラリったような危ない状態や、気絶同然の状態を指すようなものではなく、これの場合は、気づかぬうちに何かに惹かれるようなぼんやりとした状態を指します。つまりは、特殊なプシオン波動に注目させてぼんやりと落ち着いた状態にさせる魔法ってことですね。

 

『チャーム』も似たようなもので、違いとしては、対象は無差別ではなく、また注目させるのはプシオン波ではなく自分自身です。『梓弓』と似たような効果を持つ精神干渉系魔法で強めの効果が出たわけです。つまり、あずさお姉ちゃんと同じような効果の固有魔法があるかもしれない、ということになります。これはもう運命ですね。

 

 とはいえ、これもうハズレです。仮に『梓弓』だったら大逆転大当たりなので、喜んで即試したのですが、全く効果が出ませんでした。似たような効果がある魔法で、『梓弓』以外は使い所さん!? がちょっと思いつかないので、固有魔法はあるけど役に立たない可能性がありそうです。

 

 まあでも、黒羽家チャートの『プシオンコピー』みたいに、急に思いつくことだってあるかもしれないので、一応試しておきましょう。ちなみに、あの走り以来味を占めてしまって、役に立たない固有魔法でも「なんかの役に立つかも……」って「ズルズル」引きずって、結果タイムが悪くなったり走り切れなかったりしたこともあります(いっ敗)。今回も実はその系譜なんですが……動画になってるってことは……?

 

 

 

 

 さて、そんな具合で、一番長丁場になるはずの小学生編が、見所が無さすぎて動画二本で終わってしまいました。中学生以降はそこそこ見せ場があるので、ぜひお楽しみください。

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「小学校卒業」のトロフィーを獲得しました〉

 




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2-2

 いつきが学校に行きたくないと言い出した日以来、あずさの心には、常に不安と恐怖が渦巻いていた。

 

(いっくんが……学校に行かない……?)

 

 小学校に入学して、少ないながらもお友達も出来て、先生たちからもいっぱい褒められて、思い切り遊んで、勉強して。

 

 悲しいことがなかったわけでもないが、楽しいことや嬉しいことの方が多かった。そしてそんな場所に、大好きな弟と通えるようになることが、待ち遠しかった。そして待ちに待った弟の入学。さらに、いつきはあずさ並の学力をすでに持っていて、友達と話が合わない勉強のこともいっぱい話せると、さらに楽しみになり、有頂天になっていたと言っても良い。

 

 だがその翌日、いつきは、学校の勉強があまりにもつまらなくて、親に相談したのだ。

 

 ――考えてみれば、そう言いだすのも無理はないことであった。

 

 あずさ自身、今の状態で、時間的・場所的に拘束され続けて無理やり一年生のお勉強をさせられるとなったら、かなり辛いだろう。今も正直、二年生の内容はとっくに通り過ぎたものなので、退屈さを感じつつある。それでも、クラスの友達と一緒に話したり、遊んだり、給食を食べたりする時間は楽しくて、さほど気にならない。

 

 

「……ねえ、いっくん、学校はどう?」

 

 

 いつきが学校に行きたくないと言った二日後の朝。2086年は4月1日がちょうど月曜日であり、今日は金曜日で、今週の学校はお終いと言う日。今日も二人で小さな柔らかい手を繋いで、並んで登校していた。

 

 そんないつきに、あずさは、震える声で問いかける。つい、いつきの手を、ギュッ、と強く握ってしまっていた。

 

「楽しいよ! いっぱい遊べるし、給食も美味しいし!」

 

 その返事に、あずさはほっとする。

 

 良かった。楽しんでくれているみたいだ。

 

 実際あずさは、こっそりといつきの担任に、弟の様子を尋ねていた。休み時間はみんなと同じように楽しく遊んでいるらしい。運動能力的には負けているけど、鬼ごっこなどでは小学一年生とは思えない頭の良さで、先回りなどをして対等に遊べているとか話していた。いつきの言うことは、嘘ではないのだろう。

 

「……でも、お勉強は、やっぱつまんないかなあー」

 

 だが、続く言葉が、あずさの心に大きな影を落とした。

 

 これも担任の言っていた通り。授業中はかなり退屈そうで、話を聞かずに別のことをやっているらしい。二日前の時点で母親のカナから話が通っていたらしく、仕方ないこととして指摘したりはしないが、何かしら対応はしたい、とのことらしい。本来二年生のあずさに話すようなことではないが、彼女の聡明さは職員室で話題になっており、実姉と言うこともあって、いつきの担任は少しばかり口が軽くなっていた。

 

「…………そうなんだ」

 

 出かかった色々な言葉を飲み込んで、曖昧に笑う。

 

 この話を続けると、何だかこのままいつきが意志を固めてしまいそうな気がして、怖かった。

 

 ――ここで決意を持って説得しようとするには、まだ彼女の心は、幼すぎたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、やっぱり……」

 

 我が子はどちらも天才であったらしい。

 

 それも、飛び切りの。

 

 嬉しい出来事ではあるが、世間一般に合わせて動くという楽な選択肢を奪われるのは、やはり親と言えども、辛いことであった。

 

 いつきが学校に通い始めてから一週間半経った日の夜、父親の学人と母親のカナは、子供二人が寝静まった夜に、仕事の疲れも忘れて、居間で深刻に話し合っていた。

 

 今週の頭から、希望通り、いつきは特別学級へと移った。最初の一週間、担任曰く、クラスになじんで楽しんでいるように見えたが、授業だけはどうしても心底退屈そうだったらしい。そしてその間に何をしているのかと思えば、魔法について勉強していたそうだ。

 

 入学式初日に自分の適性診断を見たがり、部屋では小規模な魔法の練習を自主的にやっていて、授業中は禁止されているので練習こそしないがその勉強。幼稚園生のころからあずさを慕って魔法に関心を示していたが、いつの間にか、かなり興味を持っていたらしい。

 

 そんな最初の一週間を経て、特別学級に移ったものの、初回の学力テストで衝撃の結果が出される。

 

 

 

 

 

 

 私立中学校の入試問題相当のテストで、全科目9割。

 

 

 

 

 

 

 理解していなさそうなミスは見受けられず、ちょっとした凡ミスしかない。

 

 つまり、すでに、小学校卒業レベルどころか、小学校の内容をかなりの深さで理解しているということに他ならない。

 

 これでは確かに、授業を受けるのは苦痛であろう。たとえ特別学級だったとしても、その領域すら逸脱してしまっている。

 

「行きたくない、か……」

 

 特別学級は、普段の座学は別クラスでも、体育や図工や給食などは元のクラスで一緒に行う。時代が進むにつれて社会制度が整備されてその必要性こそ少しずつ薄れてきつつあるが、それでも今なお、一定の空間で集団生活を幼いうちに行う意義は大きい。

 

 だが果たして、深いところまで理解している勉強をわざわざ場所・時間を拘束して無理やりやらせてまで、それをする意義はあるのか。その苦痛に、果たして常人が耐えられるのか。自分が今の記憶を保ったまま小学校の授業を受けさせられたら……と想像してみると、およそ耐えられそうにない。

 

「特別クラスももう完全に追い抜いてるのよね……」

 

「ああ、学校の制度的には、あれ以上を教えるのは流石に厳しいだろう」

 

 いつきを満足させる教育を、学校では受けさせられない。

 

 それならば、いっそ、本人が言うように。

 

「形だけのリモート学習をさせて、いつきの興味のあることをいっぱいやらせてあげたほうがいいわよね」

 

「ああ、僕もそう思う」

 

 二人とも、魔法師でしかもそこそこ苦労した割には、一般的な感覚を持つ善人であった。

 

 それゆえに、こんなにも速い不登校の決断に悩み、だが、息子の身になって考え、子供の興味関心を尊重する。

 

 そんな二人が出す結論がこうなるのは、もはや必然であった。

 

 

 この二日後の金曜日、いつきが特別学級での成果を手に二人に直談判に行ったとき、すでに結論を出していた二人は、愛しい息子に、学校に行かないことを許した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、この結論は、家族の一人を、置き去りにするものでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日。

 

 あずさは、深刻そうな様子の両親から居間に呼ばれた。

 

「あずさ、その……いつきは、明日から、学校行かないことになったんだ」

 

 言い出しにくそうに、父親の学人が、それでもあずさの目を真っすぐ見て、事情を話す。

 

 そして誠実な両親は、穏やかで心優しくてお利口な娘が、きっと理解してくれると信じて、ゆっくりと説明をしようとした。

 

 だが――いくら天才少女と言えども、やはり、小学二年生であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは耳を塞ぎ、いきなり立ち上がると、金切り声で叫んで居間を飛び出し、階段を駆け上がる。

 

 彼女にとって、それは確かに衝撃であった。

 

 一方で、賢すぎるがゆえに、大きな衝撃でもなかった。

 

 分かってしまっていた。いつきは、いつの間にか、あずさがまだ理解できない領域にまで届いてしまっていることを。そんな彼にとって、学校がもはや「檻」でしかないことを。そして、ここずっと学校が退屈で暗い顔をしていたいつきが、金曜日からは一転上機嫌だったことも。

 

 そうして「察し」て、積み重なった不安と恐怖が、今爆発したに過ぎない。あずさは、両親が思っている以上にお利口ではなく、そして思っている以上に賢い娘であった。

 

「いっくん! いっくん!!!」

 

 向かったのは、自分の部屋の隣。

 

 ずっとそばにいてくれると思っていた、だが今はどこか遠くに感じる、可愛い弟の部屋だ。

 

 すでに慎みを覚えた彼女は、家族間であろうとノックをする癖がついている。だが今はそんな余裕もなく、ドアを乱暴に開けて部屋に飛び入り、床に女の子すわりをしながら手元で小さな魔法を弄っていた弟に、飛びつくように抱き着く。

 

「いっくん! なんで、学校行かないの!? 行こうよ! これからも、一緒に行こうよ!?」

 

 ずっと楽しみにしていた。

 

 そしてこの二週間は、不安もあったけど、それでも手を繋いで、一緒に学校に行くのは、すごく楽しかった。

 

「私と学校行くのがイヤなの!? イヤなところがあったら直すから!」

 

 分かっている。

 

 いつきは、あずさのことを全く嫌いになっていない。

 

 彼が不登校を選んだのは、あくまでも、学校があまりにも退屈だからだ。

 

 それでも、弱気な彼女の頭は、いつきが学校に行かないかもしれないという不安から、自分が悪いかもしれないという不安に変わって、一杯になっていた。

 

「だからお願い! 学校、一緒に行こうよ! いっぱい色んなこと知って、色んなお話しようよ!」

 

 あずさがいくら小学二年生の中で小柄と言えど、いつきもまた小学一年生の中でも小柄な方だ。飛びつき、さらに強く抱き着くと、いつきの体は耐えきれずに押し倒される。押し倒したいつきに、まるで床に縛り付けるように抱き着いて、あずさはその胸に顔をうずめて泣き出す。

 

「お姉ちゃん……」

 

 いつきはどこか、困ったような、思いつめたような声を出すしかない。

 

 それでも、今にも壊れてしまいそうなあずさに、そっと、その細くて小さい腕を回し、ふわりと抱きしめる。そして、あずさのふわふわの髪を、そっと撫でた。

 

「不安にさせちゃってごめんね。僕はお姉ちゃんの事、世界で一番大好きだよ」

 

 いきなり姉が大泣きして押し倒してきたというのに、その声は穏やかだった。これでは、どちらが上で、どちらが下か分からない。それでもあずさの心に、温かな安心感が広がる。

 

「でも……ごめん。やっぱり、学校は無理なんだ。僕は、我慢できない」

 

 だが、それに続く言葉は、あずさを絶望へと叩き落とす。拒絶するように、いつきの背中に回していた腕を強く締め、さらに強く服を鷲掴みにして、ギュッと頭を胸にさらに沈める。

 

「だからさ、あずさお姉ちゃん」

 

 それでも、苦しそうに声を振るわせることなく、いつきは話し続ける。それと同時にお返しのように、強く抱き返しながら。

 

「これからも、いっぱいお話しよう。いっぱい遊ぼう。お勉強のこと、魔法のこと、お互いのこと、好きなこと、嫌いなこと……今までみたいに、二人でお部屋を行き来してもいい。なんなら、同じお部屋になったっていい。ボクも、大好きなお姉ちゃんと、ずっと一緒にいたいから」

 

 諭すように、言い聞かせるように、語り掛けるように、いつきは言葉を紡ぐ。

 

 それが心に沁み込んできて、いつの間にか、あずさがいつきを拘束する力は、徐々に弱まっていく。

 

「だからさ――」

 

 あずさの背中に回していた腕を緩め、優しく、それでも確かな意志を籠めて、二人の間に差し込み、力を入れて、彼女を自分から離す。

 

 拒絶ではない。

 

 胸にうずめていた顔が離れ、お互いの瞳に自分の姿映っているのが見えるほどの近距離で、見つめ合う形になる。あずさの目からは絶えず涙が流れていて、対照的にいつきの瞳は静かな光をたたえている。

 

 そして、いつきを挟むように床についていたあずさの両手を、いつきが優しく握って、自分の胸の前へと引っ張った。

 

 必然、あずさは急に体の支えを失って、いつきに倒れこんでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――鼻先がくっつく距離で、二人は見つめ合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に行くときよりも固く、お互いの両手を握りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんも、これからもずっと、僕の傍にいてね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――っ! いっくん! いっくん!!!」

 

 数秒の沈黙の末、あずさは堰を切ったようにまた泣きだし、再びいつきに抱き着いた。

 

 大好きな弟。

 

 可愛くて、お利口で、でもちょっぴり頼りなかった。

 

 でもいつの間にか、あずさとは別次元の存在になってしまっていた。

 

 いつきが、学校だけでなく、あずさからも離れて行ってしまいそうに思えた。

 

 だが、いつきは――ずっと、あずさの傍にいてくれるのだ。

 

 あずさは感激し、恐怖と不安からくる先ほどまでと違って、ただただ弟への愛おしさと感激で、泣き叫びながら抱き着く。

 

 この日、二人はこのまま、同じベッドで、抱き合うようにして寝た。

 

 泣き叫んで疲れたのもあるが、あずさはこの二週間の中で、一番安らかに眠れた。ずっとあった不安と恐怖が、弟のぬくもりと鼓動で、ゆっくりと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の様子を見て、ずっと迷っていた二人の親は、そっと胸をなでおろした。




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2ー3

今更ですが、二章はオリキャラが多く登場します


 中条家の日常は、わずかな戸惑いの中で始まった。

 

 結果として、その具合は、両親が危惧した程度に収まったと言える。

 

 だがそれはあくまでも、二重の予想外があった結果であった。

 

 そうした事情はともかくとして、そんな日常が始まった直後は、家全体にうっすらと気まずい空気が漂うこととなった。

 

 いつきのそのあとの行動は、偏執的と言えるところもあった。

 

 登校の時間はないというのに、朝は素早く起きて、忙しい時間の朝食の配膳を手伝いつつ、余った時間は魔法の練習。

 

 監視されることのないリモート授業中も、まともに話を聞かずに小規模な魔法の練習。

 

 リモート授業から解放された時間帯は、出された課題を高速で終わらせるか、「近くで遊んでくる」といって家を出ていく。ご近所の噂によると、近くの野山で魔法を使って駆け回って遊んでいるらしい。

 

 そしてその「遊び」から帰ってくると、ちょうどあずさが学校から帰ってくるので、部屋で一緒に話したり遊んだりお勉強をしたりする。もはや学ぶことはないと思われたいつきだが、あずさにたまにお勉強の質問をするらしい。時折あずさにとってすら高度だが、一緒に頭をひねって考えたり、工夫して調べたりするのが楽しいと、彼女は喜んでいた。

 

 また家族の中でも、いつきはよく動いてくれる。あずさも大変お利口で、食器の片づけや配膳や洗濯を手伝ってくれているが、不登校を境に、いつきもやってくれるようになった。

 

 そして夜の自由時間は、家族で軽いゲームをして遊んだり、魔法について少しずつ話したりする。日によっては子供たちだけで遊んだりする日もある。姉弟仲がとてもよく、一緒にお風呂にも入っているし、せっかく家が広いからと一人部屋を与えたのに一緒に寝てもいる。

 

 総じて見ると、いつきは、家族をないがしろにせず、またあずさとは特に仲良しだ。これについては、なんら問題視していない。

 

 

 偏執的と感じるのは、いつきの、魔法に関する向上心だ。

 

 時間さえあれば手元で行える小規模な魔法を練習し、まとまった時間が取れると野山を駆け巡って移動・加速系の魔法の練習、カナや学人と話すときも魔法についての話にはよく食いつくし、それに影響されてさらに魔法に関心を示したあずさとは二人の天才性が発揮される形で年齢不相応の話が展開されることもある。

 

「まさか、ここまで魔法に関心があるなんてねえ」

 

 子供二人が仲良く寝静まったころ、居間で夫婦水入らずの穏やかな時間を過ごしながら、カナはのんびりとした口調で夫に話しかける。

 

「魔法の仕組みは難しいから、普通はとっつきにくいものなんだけどなあ」

 

 現代魔法黎明期のころまでは、魔法は人類の憧れ、ファンタジーの世界であった。

 

 だが今や、魔法が当たり前の世界だ。なんらファンタジーではなく、魔法に対するあこがれは子供を中心に未だに残ってはいるが、もはや「脚が速くてかっこいい」と同列程度の憧れしか持たれていないのが現状である。大人は逆に、生まれながらに使えるかどうかが決まるスキルということで嫉妬が先行する羨望の対象になるという、どこか倒錯的な社会でもあった。

 

 しかも、超能力は別として、現代魔法は、その仕組みが難しい。特別な機械・CADで起こしたい現象に対応する起動式を選びながらサイオンを流し、送られてきた起動式に魔法演算領域で変数入力して、対象のエイドスに投射して情報を書き換え現象を発生させる。直感的に分かりにくいし、目に見える効果を発揮させるには、物理・化学の知識理解が必要となる。大体の子供は算数が嫌いなわけで、そこでいきなり座標やら時間やら振幅やらなんやらの変数を入力、なんて手順を必要する魔法は、非常にとっつきにくいのだ。

 

 かつてのゲームやアニメのように、なんとなく祈って魔力を練って呪文を唱えて……で行使できればどんなに楽だろうか。人より優秀であるがゆえに実際他の魔法師のほとんどに比べたら苦労しなかったこの二人が、それでもその勉学が大変だったという思い出を持つのが、魔法の難しさを物語っているであろう。

 

 だが、いつきはそれに強い興味を示し、おそらくほぼ全部感覚的に変数入力をしているだけだろうが、そこそこ実用的に魔法を扱えている。あずさも呑み込みが早くて、いつきと魔法で遊んだりしているらしい。

 

「早い所、色々教えないとだめかしらね」

 

 カナは少し真面目なトーンで呟く。

 

 魔法はその性質上、いくらでも事故が起きうる。またその身とCADだけで様々な現象を起こせるため、法律上の規制も多いし、マナー・常識の面でも制限が大きい。

 

 愛する我が子のためにも、その興味関心を挫くようで悪いが、心を鬼にして、魔法を使う上で絶対に覚えておくべきルールなどをみっちりと教え込むべきだ。

 

 特に、そう――精神干渉系魔法は。

 

「もう少し待ってからでも良いと思っていたけどなあ……子供の成長は早いものだ」

 

 二人の考えていたタイミングは外れ、下の子・いつきの思わぬ天才性は、中条家全体へと影響を及ぼし、「加速」させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくんはすごいなあ!」

 

 そんな話がされていた翌日の夕方。

 

 あずさの、心の底から喜んでいるような賞賛が、いつきの部屋に響く。

 

 おもちゃや本を床に並べて作った即席のコース上を、魔法でビー玉を転がしてレースする遊び。そのコースの複雑さも、そんな中で叩きだされたタイムも、あまりにも年齢不相応なものだ。だが、これはあずさといつきにとって、当たり前の光景であった。

 

 この遊びであずさはいつきに負け越しているし、つい先ほど負けたばかりだ。一つ上のお姉さんとしてそれは悔しいし、ともすれば、嫉妬したりもう遊ぶのが嫌になったりしそうなものである。だがあずさは、純粋に、ただただかわいい弟の凄さに驚いていた。

 

「あずさお姉ちゃんもすごいと思うけど」

 

 抱き着いて頭を撫でてくれるあずさに身体を預けて甘えながら、いつきも姉を褒める。

 

 確かにレースはいつきが勝ったし、スピードも彼の方がだいぶ上だ。だが、あずさは、この複雑なコースで、「ビー玉を一度もぶつけることなく」完走した。

 

 ループや坂道などのように本格的な立体構造こそ作れていないが、連続急カーブやジグザグ道など、すでに「競技」レベルの複雑さもあるコースとなっている。いつきはかなりガンガンぶつけてしまったが、あずさは、一度もぶつけることがなかったのだ。それも、慎重にやったわけではなく、いつきに追いつきそうなほどの速度を維持したままで。

 

 いや、実際に、性格上、あずさはいつきに比べたらかなり慎重にやっていただろう。だが、あずさ本人としてみると、特に慎重にやったわけではなく、「いつも通り」だ。あずさはこの年齢にして、かなりの魔法コントロール力を、すでに身に着けていた。

 

 このように二人は、すでに魔法で遊ぶ程度まで技能が向上している。CADが買い与えられているわけではないため、およそ実践的とは言い難いが、逆にそれでも遊びとして成立しているあたり、そのレベルが覗い知れよう。二人の知的好奇心は天才性によって後押しされ、同級生の魔法師たちのレベルをすっかり飛び越してしまっていた。

 

 そんな風に二人で仲良く遊んでいるところに、ドアがノックされる。

 

「ちょっと二人にお話があるんだけど、いーい?」

 

「んー? いーよー」

 

 穏やかなお母さんの声。二人が魔法について気になることがあったら、お父さんと一緒に何でも答えてくれる。高校や大学で魔法を勉強したすごい親だとはなんとなく知っていたが、どんどん魔法の楽しさに触れるにつれ、あずさは両親の凄さを改めて感じさせられていた。

 

 呑気な返事をあずさがすると同時に二人は立ち上がり、部屋を出ていく。カナに先導されて階段を下りて居間につくと、そこには父親の学人が座っていて、四人分のお茶とおやつが用意されていた。

 

(なんか大事なお話かな?)

 

 あずさは内心で首をひねる。いつも用意されているお菓子に比べて、やや高そうだ。誰かからお土産で貰ったから一緒に食べようか、という雰囲気でもない。だからといって、いつきが不登校を決めた時のような深刻さもなく、あずさには何を話したいのか、判然としなかった。

 

「遊んでいたところすまないね。少し話したいことがあってさ」

 

「まーそれはいいんだけど。で、どんなお話?」

 

 全員が席に着いて一息つくや否や学人が口を開くと、いつきが本題に入るようにせっつく。ちょうど不登校になり始めたあたりからか、いつきは効率主義に近い性格になってきていた。今にして思えば、入学早々に不登校を決断したのも、この性格だったからなのかもしれない。

 

「二人とも、最近よく魔法のお勉強をしているね?」

 

「うん、すっごく楽しいの!」

 

 あずさは元気よく答える。

 

 魔法は奥深い。絵本に出てくる「おまじない」のような何でもできる便利さには程遠いが、その数々の制限が、逆に知的好奇心を駆り立てる。あずさは、魔法という学問の虜になりつつあった。

 

「そうか。興味を持ってくれたみたいで、僕たちも嬉しいよ」

 

 そう言って学人は柔らかく笑う。しっかりとした大人の男だが、生来の穏やかな性格もあって、その笑い方はあずさによく似ている。

 

「ただ、前も話したと思うけど……魔法は、すっごく危ないものだから、気を付けて使うのよ?」

 

「うん、わかってるよ?」

 

 カナの言葉に、いつきは不思議そうにしながらも頷く。これまで魔法について何度も教わっているが、その度に口を酸っぱくして言われていた。だからこそまだCADは買い与えられていないし、使う魔法の種類についても細かく制限されている。特に発散系は水蒸気爆発が、振動系は失明や火傷が、放出系は感電が、それぞれ予測される事故としてあるため、使用を禁止されている。また移動・加速系も、その速度は制限されていた。子供に爆発物や火や電気を触らせず、自転車でスピードを出しすぎないようにする、というごく当たり前の教育の延長線上だ。

 

 そしてそんな制限を、二人は、その身一つで実行できるにもかかわらず、忠実に守っていた。

 

「ああ、二人とも本当にいい子ね」

 

 そうしてカナは二人の頭を撫でる。ほっそりとした、それでも自分たちより大きな手で撫でられるのも、あずさは大好きだった。目を細めて喜ぶ。

 

「それで、今日は、二人とも魔法がどんどん上手になっているから、改めてその危険性を教えようと思ってね」

 

 そうして学人がキッチンから持ってきたのが、いたって普通のリンゴだ。

 

「テレビとかで見たことあると思うけど、すっごく大きな男の人が、リンゴを握りつぶしているね? じゃあ、それをカナはできると思うかい?」

 

「え、できないよね?」

 

 あずさは即答する。カナは美人だが、近所のお母さんたちに比べたら細身で、言ってしまえば弱弱しい印象だ。あずさたちからすればそれでも大人なのでパワーは全然違うが、さすがにリンゴを潰す姿は想像できない。

 

「そう、普通はね」

 

 そう言ってカナは、なんでもないことのようにリンゴを手に取り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まるで豆腐にそうするようにすんなりと、いきなり指を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えええええ!?」

 

 あずさはのけぞって驚く。椅子が後ろに倒れそうになるのを、いつきがとっさに支えなかったら、盛大に倒れていただろう。

 

「これ、握りつぶす流れだったよね?」

 

 いつきはあずさに比べたら冷静だが、姉を支えながら困惑の表情を浮かべていた。そういえば、いつきがこんな表情するのは久しぶりだな、と学人は思いつつ、説明する。

 

「今のは、指先を固める硬化魔法、手の動きを速くしながらその慣性の中和もする加速・移動魔法、突き刺した時の衝撃を強める加重魔法、これらを組み合わせたものだ」

 

 リンゴを握りつぶすどころか、豆腐にするように指を突き刺す。見た目はだいぶ地味だが、想像をはるかに超えた現象を、二人の前で起こして見せた。

 

「こんな風に、魔法って、簡単に物を壊せるのよ。それこそ、私たちが魔法を本気で使ったら、それか暴走させちゃったら……この家を数分で破壊できちゃうほどなの」

 

「…………っ」

 

 あずさは、一瞬理解ができなかった。話のスケールが違いすぎる。

 

 だが、賢い彼女は、その言っている意味を理解し始めると同時に――背筋に、冷たいものが走った。

 

 やろうと思えばこの家を一瞬で破壊できるという両親に恐れおののいたのではない。

 

 両親が言いたいこと。その本質。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法は、簡単にものや人を、破壊できてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うん、よくわかったよ」

 

 あずさが言葉を失う中、いつきはまだ冷静だったようで、神妙な顔をしているが、はっきりと返事をした。

 

 そんな可愛い弟の姿が頼りになるように見えてしまい、あずさは縋るように、隣の彼の手を握る。すかさず握り返された彼女は、伝わるぬくもりに安堵するが――すぐに、怖くなって放してしまう。

 

 脳裏に浮かぶのは、先ほどのリンゴ。

 

 握りつぶすことすら超えた、小さいながらも、確かな破壊。

 

 今、自分が魔法を暴走させてしまえば――いつきの小さな可愛い手すら、握りつぶしてしまう。

 

 生来臆病なこともあり、あずさは、今この時初めて――魔法の恐ろしさに、押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その放したはずの手が追いかけられて、無理やり握られる。

 

 ぬくもりが伝わってくる。

 

 恐怖におののくあずさは力が入らず、それから逃げることはできない。

 

 そうして、どうしてよいか固まっているうちに、いつきの手のぬくもりが、だんだんと手に伝わってきて――いつの間にか、震えがどんどん収まってきていた。

 

「お父さんとお母さんは、今こうして、元気なんでしょ? だから、お姉ちゃんもボクも、きっと大丈夫」

 

 はっとして、弟の顔を見る。

 

 隣のいつきは、椅子から身を乗り出して、あずさの手を握りながら、いつも通り、朗らかに笑っていた。

 

「うん……うん、そうだよね!」

 

 それを見て、あずさも、元気を取り戻す。そして笑顔を浮かべ、その手を握り返した。

 

「そういうこと。魔法はね、使い方を間違えると危険だけど、上手に使えば、とってもすごいことができるの。面白いことだっていっぱいできるし、人を助けることだってできる」

 

「そうだ。だからこれからも、気を付けながら、いっぱい魔法で遊んでもいいんだぞ」

 

「「うん!」」

 

 可愛い子供たちが、そろって頷く。

 

 それを見て、カナと学人も、つられて笑って、頷いた。




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2-4

 いつきの不登校が完全に中条家の日常となり、気まずさもなくなるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 相変わらずいつきは偏執的ともいえるほどに魔法に打ち込み、あずさも今まではお勉強が中心だったところを、自由時間のかなりの部分を魔法に費やすようになった。

 

 そうして、そんな日常が始まって、2年ほど経ったある日、あずさが「今まで聞いたことない魔法が使えた」と両親に報告をした。

 

 念のために、屋内ではなく開けた場所で、二人による徹底的な安全管理の下で、かなり規模を抑えて、それを実践してもらった。

 

 そうして発現したのは、清澄なプシオンの波動。その得意魔法故に、精神干渉系魔法に耐性が高い二人すらも、それに気を取られ、一瞬、トランス状態になってしまった。

 

 十数秒後に正気に戻った二人は、これが、国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス、略称インデックスに登録されていない魔法だと、すぐに判断した。精神干渉系魔法はその性質上、インデックスに載っている数は少ない。開発が忌避されており母数が少なく、また仮に開発できたとしても秘匿され、さらにそもそもこの系統を使える魔法師が少ない、という事情だ。故にこの系統に詳しい二人は、インデックスの範囲どころか、秘匿された魔法でもメジャーなものなら、全部おぼえている。そんな二人の記憶に、これに類する魔法はない。

 

 つまりこれは――

 

 

 

 

 

 

 

「固有魔法、かあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――娘が、より特別な魔法師であることを意味している。

 

 小学四年生。二年生の時点で高学年の範囲まで理解してしまったあずさは、今や中学生の内容を勉強している。クラスメイトと一緒にいるのが楽しいので特別学級にはなお移っていないが、その非凡な頭脳は日々進化し続けていた。

 

 それと同時に、魔法の腕も進化し続けている。学力と同じように、激しい魔法でなければ中学生レベルにまでこなせる。特に複雑で細やかな魔法は素晴らしい出来だ。干渉力の面では突出しておらず、競技などには向かないかもしれないが、将来が嘱望される魔法師である。

 

 そんな娘が、特別な魔法を持っていた。

 

 固有魔法。一部魔法師の間で勝手にそう呼ばれているそれは、ある一人しか使えない、ないしは生まれながらの適性があるごく少数しか使えない、非常に属人的な魔法のことを指す。戦略級魔法と呼ばれる、近年開発が激化している大規模破壊兵器並の効果を発揮する魔法のように、干渉力の規模が大きすぎるがゆえにごく一部しか使えない……という仕組みではない。その小規模なものですら、限られた一人しか使えない、真に特別な魔法だ。

 

 しかも、精神干渉系魔法である。

 

「すごいな、あずさ! これは、とっても特別な魔法だよ!」

 

 学人は笑顔を取り繕いながら、娘を褒めたたえる。内心には気づかれていないようで、素直に喜んでいた。

 

 禁忌とされる精神干渉系魔法に高い適性を持ち、固有魔法まで持っている。

 

 もはや、この、良い意味でも悪い意味でも莫大な可能性を秘めた娘は、自分たちだけではぐくんでよいものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さんはね、その特別な魔法に詳しい先生たちを知ってるの。その人たちに、いっぱい教えてもらいましょう?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分に眠っていた可能性に気づいたあずさは、喜びから素直に頷いた。

 

 それを見て、カナと学人の胸が、罪悪感で痛くなる。

 

 これが娘にとってデメリットであるはずがない。彼女の今後のためにも、この社会のためにも、必要なことだ。必死で自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日以来、あずさの研究所通いが始まった。

 

 最初のうちは月に一度程度だったが、すぐに研究者たちはその魔法の偉大さに気づき、積極的な協力を申し出る。

 

 これを以て、あずさのこの固有魔法には、心の魔を祓う清澄なる弓の音、ということで、『梓弓』と名付けられた。

 

 そしてそれとともに、専門家の下で、精神干渉系魔法に関する倫理観について、今まで以上の徹底的な教育を施されることとなった。あずさはそれを吸収し、元々持っていた正義感と自制心と道徳心もあって、模範的な魔法師となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――特別な魔法を見たこの日。

 

 ――二人は娘に、「首輪」をつける決断を、せざるを得なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中条あずさの日常に研究所通いが加わったが、中条家の日常にそれ以外の変化はさほどない。

 

 いつきは、相変わらず、自室でリモート授業を聞き流しながら精神干渉系魔法の研究をして、まとまった時間が空いたら近くの山林を移動・加速系魔法で駆けまわって運動して、あずさと家にいるタイミングが被れば一緒に遊んだり話したり勉強したり魔法の練習をしたりして、時折家族のだんらんも楽しみ、あずさと一緒にお風呂入ったり寝たりしている。変化したことと言えば、あずさが研究所通いを始めた分一緒にいる時間が少し減ったのと、遊びの割合が減って魔法練習や研究の割合が増えたぐらいだ。

 

 不登校を始めてから半年ほど経った頃のある日、精神干渉系魔法の研究ばかりしていることに、その性質上不安を覚えたカナが問いかけたところ、こんな答えが返ってきた。

 

 

「前に見せてもらった紙で、得意魔法が、お姉ちゃんと同じ、精神干渉系? っていうのだったから。なんか、ボクだけの特別な魔法とかないかなーって」

 

 

 自分に特別な何かがあるかと思って色々試す。子供ならば通る道だし、カナにも学人にも覚えがある。幸い手元で家に入ってきた虫などに試す程度なので、危険性も少ない。二人は胸をなでおろした。

 

 とはいえ、それから二年後に、あずさが『梓弓』を見出したし、いつきは相変わらずその研究を続けているので、若干笑い事ではなくなってきているのだが。

 

 そんな魔法師一家としては破格に穏やかな日常が過ぎ、あずさの小学校卒業が迫ってきた10月。今まで家族から誘わない限りは自分からどこかに行きたいと言い出さなかったいつきが、急に、おねだりをしてきた。

 

「ねえねえ、ボク、論文コンペっていうの、見てみたい!」

 

「論文コンペかあ」

 

 学人はぼんやりと、学生時代の思い出を脳裏に浮かべる。

 

 あいにくながら代表にはあと一歩のところで届かず、研究内容的にも補佐にすら選ばれなかった。ただ、代表メンバーたちからはアドバイザーとしてよく頼られ、事実上の補佐扱いだったのだ。

 

 正式名称・全国高校生魔法学論文コンペティション。大学の機能をある程度高校が背負うようになって久しくなったころ、他学問分野では進んでいた、高校生による大々的な研究発表の場を、魔法学界でも設けようとして始まったイベントだ。学人たちが学生だった頃はまだ始まって数年だったが、最近ではすっかり、九校戦と並んで伝統行事となっている。

 

 各学校から選ばれたたった一人の代表のみが発表を行うため、その内容は必然的に高度となる。小学生どころか、同じ高校生たちですら理解できないこともあるだろう。

 

「いいんじゃないかしら」

 

「そうだな」

 

 だが、カナと学人はすぐに、家族で論文コンペを見に行くことにした。子供は二人とも小学生だが、その天才性は未だ衰えることなく、あらゆる学びを吸収し続けている。今やその魔法の腕も、魔法科高校の二科生ぐらいにはある。ならば、この論文コンペに参加する意義はあろう。

 

 研究室から帰ってきたあずさにこの話をしたところ、大変喜んでくれた。

 

 行き先は渋いが、そういえば久しぶりな気がする家族旅行だ。

 

 子供たちも将来あの舞台に立つかもしれない、という親バカ気味の期待を抱きつつ、見た目ではあまりにも場違いな子供二人がいても大丈夫なように、さっそく知り合いのコネを使って、入場券を融通してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごかったね、いっくん!」

 

「うん!」

 

 論文コンペから帰ってきて。

 

 あずさといつきは、ずっと興奮しっぱなしだった。公共の乗り物はバスや電車から、技術がはるかに進歩して、少人数をプライベートに運ぶ個型電車(キャビネット)となった。当然家族水入らずの移動であり、帰りの移動でも、両親も交えて、各論文の概要が説明されているパンフレット片手に、色々語り合った。

 

 その興奮は家に帰ってきてからも収まらず、パンフレットを防水タブレットにダウンロードして、お風呂に持ち込み、いつきと色々語り合う。

 

 あずさが今回特に興味を示したのは、摩擦力の操作による乗り物の効率化だった。他発表に比べたら子供にもわかりやすく、また実現可能性が高くて、想像もしやすい。摩擦力自体は単純な力とは言えないので一概に「簡単」とは言えないわけだが、ともかく、そうしたこともあって、彼女は色々と想像を巡らせていた。

 

「例えば、船のブレーキは、水の上を浮いているわけだから、結構大変なんだけど……」

 

 湯船につかるいつきの目の前に風呂桶を浮かべ、少しだけ力を加えて滑らせる。

 

「ここに魔法の補助をつければ、今まで以上に安全になるんだよね」

 

 その風呂桶は、不自然なタイミングで止まる。あずさが使った、移動・加速系の、減速魔法によるものだ。

 

「うん。ただ、大きな船となるとその移動にかかるエネルギーは大きいから、減速魔法で止めようとすると、魔法師が大変なんだよね」

 

 いつきがうなずく。そのわずかな身じろぎが浴槽に波を起こし、静止していた風呂桶を揺らす。

 

 たった今風呂桶にやった程度ならば、今まさしく止まった通り、子供でもできる。

 

 だが大型船舶ともなると、その移動のエネルギーはすさまじく、また魔法によるブレーキが必要となると速度はそれなりに出ているだろう。一つの対象へ起こせる魔法は原則同時に一つまでなので、一人の魔法師が単一の減速魔法で、その莫大なエネルギーを抑えなければならないのである。並の魔法師では当然無理だ。

 

「でも、船に減速魔法をかけながら、他の魔法師が船と水の間の摩擦力に干渉して強くすれば……」

 

 いつきは先ほどあずさがやったよりも強く押す。その速度は当然先ほどに比べて速く、すぐに浴槽の端に届きかねない。

 

 だが、あずさが先ほどよりも弱い減速魔法を、いつきが風呂桶とお湯の間に発生した摩擦力を強化する魔法を、それぞれ使うことで、先ほど弱く押した風呂桶と同じように、ぴったりと止まった。

 

「「魔法師一人当たりの負担は少なくなる」」

 

 揃った声が、風呂場に反響する。いつきは五年生だというのに未だ声変わりする気配はなく、あずさと声がそっくりだ。また二人ともまだ成長期が来ていないのか、学年のわりにかなり小さい。あずさもいつきもそれは気にしていて、特にいつきは「伸びろ伸びろ」と念じながら、運動にジャンプを取り入れたりしている。未だに二人で浴槽に入っても窮屈に感じないぐらいしか、メリットはなかった。

 

 この技術は、どうやら現段階でも刻印魔法を用いれば実現可能らしい。今やったような緊急ブレーキ以外にも、普段から摩擦力の軽減・増強を取り入れれば、移動手段にかかるエネルギー資源はぐっと節約できるだろう。

 

 第三次世界大戦については二人とも勉強した。その理由の一つが、エネルギー資源不足だった。魔法は、新たなエネルギーとして、社会のコアな層から期待されているようである。

 

 そう、つまり。

 

 十代のお姉さん・お兄さんが、大人顔負けの研究をして、この社会を大きく変えるような発見・発明をしたということだ。

 

 魔法と言う技術と学問の虜になったあずさは、その姿に、強いあこがれを抱いた。

 

 

「いいなあ、すごいなあ」

 

 

 人前で話すのは未だに苦手だ。慣れたクラスメイトの前ですら、上手に喋れない。卒業式で卒業生代表スピーチの候補になっていると担任から聞いたが、強く辞退したいところである。

 

 だが、いつか。

 

 自分も、あんなふうに、魔法で社会をより良くするような研究と発表をしてみたい。

 

 その小さな体を洗う手はいつの間にか止まり、あずさはキラキラした笑顔を浮かべて、天井を見上げる。

 

 その目線には天井は映っておらず、今よりもきっと身長が伸びた自分が、立派な発表をして、観客たちから万雷の拍手をもらっている姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、論文コンペ、出てみたいの?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 浴槽でくつろぐ弟の問いかけに、あずさは即答する。

 

 小さな体を泡だらけにしたまま、彼女は、顔を輝かせてフンスフンスと鼻息を荒くして、両腕を突きあげた。

 

「そっか、ボクも応援するよ」

 

 そんなあずさの姿を見て、いつきは、嬉しそうに微笑んだ。




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3-1

 不撓の精神で走り、家族仲も不凍だけど、不登校なRTA、はーじまーるよー!

 

〈システムメッセージ・「中学校入学」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 いきなりもう二度と行かない中学校入学からスタートです。

 

 今まで積み重ねてきた数多の人生の知識を段階的に解放して、現在はこの世界の高校二年生程度の学力を持っていることになっています。それを散々小学校卒業間際ぐらいにアピールしたので、小学校から中学校へと引継ぎが行われていたのもあって、いきなり不登校でも通じるようになりました。

 

 

 

 あ、ちなみにどうせ不登校と言うことでいつき君は地元の公立中学校ですが、あずさお姉ちゃんは、名門私立中学に進んでいます。入学時、つまり去年の段階で、人生を何周もしたはずの私ですらついていけなくなりそうな話を嬉々として語るぐらいの知能ですからね。名門私立の合格も余裕でした。

 

 この名門私立の特徴は、魔法系の部活があることです。生まれながらに使える人が限られる魔法という分野なので、よほど数奇屋な私立中学校でもない限り魔法を授業などに取り入れることはありませんが、魔法系競技の部活自体は、お金のある私立では用意しているところもそこそこあります。見た目が派手なので、学校の宣伝にちょうどいいんですね。

 

 お姉ちゃん自体は競技に適性があるようなタイプではありませんし、結局運動能力もメンタルも原作並みになりそうなぐらい低いのですが、魔法力総合はすでに同世代トップなので、中学生集団の中では、運動能力の比重が大きい競技でもない限り無双できそうです。まあ、部活には入ってないんですけどね。この中学校に入った意味よ。

 

 理由は、研究所通いが忙しいからです。第三次世界大戦の傷が癒えず、平和と言うよりかは休戦中に近い情勢なので、群衆のパニックを抑えるのに大きく役に立つ『梓弓』は、価値ある研究対象なんですね。実際、この年には、沖縄と佐渡島で同時に大亜細亜連合・新ソビエト連邦から侵略行為を受けることになるわけですから、これを研究しようとするのは、先見の明があると言えるでしょう。

 

 

 

 さて、中学校に上がってからは、外と関わるイベントもあります。

 

 まず一つは、以前も説明した通り、論文コンペは毎年見に行きます。あずさお姉ちゃんの興味を引きつつ、家族旅行で家族仲上々にしましょう。

 

 

 そしてもう一つ。このあたりで、そろそろあずさお姉ちゃんに、さりげなく転生者知識を植え付けましょう。

 

 どんな知識か言うと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――パラサイトの知識です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四葉家チャートやその他十師族チャートなどの数字付き(ナンバーズ)チャートは、家の中での権力争いがドロドロとしていて、常に監視されているような状態です。血筋の才能と魔法訓練・研究の環境は大変魅力的ですが、それこそ未来に起こる事件を予測しているかのような動きをすれば、怪しまれて動きが制限され、場合によっては暗殺されます。そのため、そのあたりをかなり気を付ける必要があるんですね。

 

 一方、吉田家チャートや中条家チャートのような一般家庭チャートは、そういうことをしても怪しまれませんし、怪しまれたとしてもデメリットはほぼ皆無です。

 

 そのため、適当に理由をつけて、不自然にならないよう段階的にパラサイトについて色々話しておいて、事件が起こると同時に即動いてくれるように、事前に知識を植え付けておく、ということが可能なのです。

 

 中条家仲上々チャートはあずさお姉ちゃんが主戦力なので、当然、パラサイトについてはしっかり説明しておきましょう。精霊・独立情報体の存在自体は魔法師界では周知の事実なので、そこの話からスタートして、「じゃあ精神の情報体とか、いるのかな?」みたいに誘導します。

 

 こうすれば、精神干渉系魔法に突出した才能があり、固有魔法もあるため、精神に関心があるあずさお姉ちゃんは、がっつり食いついてきます。

 

 

 

 そして、この行動は、中学校の間にやっておきたいこと3つ目への布石にもなるわけです。

 

 それが、この中条家仲上々チャートにおける三人の重要人物の二人目、吉田幹比古君との接触です。

 

 原作では中条家と吉田家には全く接点がなく、それはこの世界でも同じです。

 

 しかしここで、パラサイトの存在を事前に植え付けるがてら精霊の話をしたことで、「古式魔法に興味が出てきた」という話につなげることができるわけですね。ここから上手いこと誘導して、同世代魔法師が集まる交流会みたいなのに呼んでもらいましょう。

 

 

 というわけで、はい、ちょっとした交流会に、参加することになりました。

 

 魔法師界は、特に魔法科高校に入学する前は、相互のかかわりが大変希薄です。それを解消して、交流を深めつつ仲間の輪があることを子供に体験してもらうために、こんな交流会も開かれていたりするんですね。お高く止まっている二十八家レベルはこんなイベントには参加しませんが、百家ぐらいだったら割と参加することがあります。

 

 今回の交流会は、精霊と古式魔法への興味がきっかけなので、古式魔法師が多めに集まる会です。現代魔法師でも、古式魔法界隈とかかわりの深い家の子供が来ていますね。それにしてもこんな会に参加をねじ込めるって、バリバリの現代魔法師のはずなのに、中条家のパパ・ママ凄すぎませんか? あずさお姉ちゃんは優秀な魔法師の重要なネームドの中でも出自がほぼ作中で明かされなかったのですが、こんな家で育った設定があったんですねえ。

 

 あ、そうだ。画面をご覧の通り、今回は同世代魔法師限定なので、いつも一緒のあずさお姉ちゃんはいません。うーん残念。

 

 さてさて、このイベントに幹比古君は来てるかなーっと…………うーん、残念。今回は来ていませんね。仕方ないので、適当に交流しておきましょう。ここには重要なキャラはいませんが、ここから幹比古君に会うまで何回も参加するので、初回で急にやる気をなくしたと見られてはいけませんからね。

 

 こんな感じで、大体月一で開かれる会に毎回参加して…………六回目、ついに見つけました!

 

 

 

 ご覧ください、あちらが中学一年生のころの吉田幹比古君です。

 

 

 

 すでに身体もある程度成長していて、原作よりも少し幼い程度ですね。隣で彼をからかっているエリカちゃんも同じような感じです。

 

 このころの幹比古君は、すでに小学生のころから才能を発揮していて、「吉田家の神童」と呼ばれてます。その才能は天井知らずで、ここからさらにグンと成長していく、という時期ですね。

 

 では、話しかけて交流していきましょう。今までの会で「神童」の噂は聞いていたので、「君があの噂の?」って感じで接触します。

 

 そこから古式魔法師でもそうそう知らない精霊の話にまで持っていって、ただの現代魔法師じゃないアピールをして、興味を引きます。嫌われないように、エリカちゃんも仲間外れにしないよう、ほどほどに話しかけましょう。

 

 そして交流会のイベントの一つである魔法を使った軽いレクリエーションで幹比古君と対戦します。当然、こちとら全ての時間を魔法に捧げているので勝ちますね。ふん、人生を何回もやり直して不登校になって出直して来な!(理不尽)

 

 これで完全に幹比古君の興味を引けました。彼は根本的にシャイボーイなので連絡先の交換とか誘ってきませんが、ここからあと1回か2回か交流会で会いましょう。そこまでやってお互いに顔と名前をそうそう忘れないぐらいになったら、もう交流会にはいかなくていいです。スランプになった高校一年生の時にまた会おうな!(ゲス顔)

 

 

 

 さて、こんな感じのイベントをこなしてるうちに、中学二年生の春ぐらいになりました。

 

 ステータスは順調に育っています。魔法力はこのままいけば一桁順位での入学は固く、二位入学の可能性も高いです。学力補正も、四葉家チャートに比べたら表面上の勉強を強いられる機会が多いので、テストのヒント(チート)もそこそこ有効になってくれるでしょう。

 

 ただ、身体能力は問題です。身体のどこにも障害も怪我もないのですが、いかんせん、筋肉がつきにくい上に細身で、しかも御覧の通り、未だに見た目はショタです。

 

 この姿、見覚えありませんか?

 

 

 

 そう、未だに、あずさお姉ちゃんと瓜二つなんです!!!

 

 

 

 

 いくら一つ下とはいえいつき君は男の子。さすがにこのぐらいになったら、お姉ちゃんを越えててもいいはずなのですが、体型・身長・顔つき、全てがほぼおんなじです。よく見たらいつき君の方がちょっと男の子っぽいかな? ぐらいですね。

 

 そんな具合で、原作合法ロリにそっくりな、合法ショタ男の娘になってしまいました。

 

 ここからワンチャン成長期が来るかもしれませんが、期待薄ですねえ。

 

 これは、見た目華やかで可愛くてプレイモチベは高くなりますが、RTA的にはまず味です。身長も筋肉も成長しないせいで運動能力がとんでもなく低くなり、競技や戦闘で大きく不利になってしまいます。中条家チャートは血筋の都合で総じて体格と運動神経は低めになりますが、こんなにひどいのは初めてです。これが後々に響かなければいいのですが……。え? 完走して今編集してるんだから知ってるだろ白々しいって? 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 では続いて、この成長具合発表をなぜ中二の春なんて中途半端な時期にわざわざしたのか、その最大の理由をご覧にいれましょう!

 

 ここは近所の野山。中学校に上がっても続けている日課の訓練場所です。

 

 ご覧いただきたいのはこの野良(ぬこ)の挙動です。野良猫は本来警戒心が強く、こちらが近づいたら、ササッと逃げ出すのですが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――近づいても、全然逃げませんね?

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま至近距離になり、身をかがめて、手を伸ばしても、こちらをじっと見つめたまま無反応です。こうして抱き上げて撫でても無反応で、こちらの顔をじっと見つめるのみ、です。

 

 これは懐いているわけでも、餌付けをしているわけでもありません。

 

 そう、魔法の力です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、自分に異常なまでに注目させて、行動を制限する魔法となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 名付けて『アテンション』。単純な効果ですが、れっきとした、固有魔法となっています。

 

 自分に注目を集める、自分に意識を集中させる。そうすることで、対象の動きを制限させることができます。

 

 魔法抵抗力が弱く自我も薄い猫ちゃんや虫けらみたいなのだったら、こうして完全に気持ちを奪って、それ以外の何も考えさせず、動きを停止させることができます。

 

 仮に自我が強く知能が高い人間が相手でも効果を発揮し、こうして触っても無抵抗とまでは行きませんが、意識を自分だけに強く向けさせて、色々と動きを制限できます。固有魔法なので、パラサイトにも効果を発揮するでしょう。

 

 では、この魔法は、果たしてどうなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゃんちゃかちゃんちゃん ちゃちゃんかちゃんちゃん

 

 ちゃんちゃかちゃんちゃん ちゃちゃんかちゃんちゃん

 

 

 

 固有魔法所有ガチャに勝ったと思ったら~

 

 

 

 効果ガチャは大敗北でした~

 

 

 

 チクショー!!!

 

 #まいにちチクショー

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、大外れです。

 

 こんなの、『プシオンコピー』の比ではないぐらい大外れです。

 

 何せ、効果はただただ意識を自分に向けさせるだけですからね。攻撃力は皆無です。

 

 一応囮用に使えなくはないですが、他チャートに比べて圧倒的に自分を鍛える時間が足りない分ステータスが全体的に低くなるこのチャートでは自分にヘイトを向けさせる意味は薄く、そもそもプレイヤーキャラが死んだら即ゲームオーバー・データロストのこのゲームにおいてはリスク高すぎ高杉君です。

 

 あー参りましたねこれ。

 

 総合すると、魔法個体値ガチャそこそこ当たり、身体個体値ガチャ爆死、固有魔法所有ガチャ当たり、固有魔法効果ガチャ爆死、って感じです。

 

 能力的な面では、中条家仲上々チャートの先駆者兄貴姉貴たちや私が過去に完走したキャラよりも低く、他チャートキャラとは比べ物にもなりません。魔法力自体は先駆者兄貴姉貴よりも若干強いですが、身体能力と固有魔法がひどすぎます。

 

 リセも検討しましたが、まあ仕方ないので、この回は練習・研究と割り切って、とりあえず完走まで走ることにしました。でも、動画になってるってことは実は…………?

 

 

 まあでもプラスに考えることにしましょう。効果が単純で、これ以上研究しても発展性がありません。役に立つ可能性も低いです。逆に考えれば、もう固有魔法にリソースを割く必要がないので、これはほどほどに放置して、ここからは魔法力を強化していき、なけなしの運動神経を鍛え、あずさお姉ちゃんとイチャイチャ仲良くしつつ今後役に立つ知識を少しずつ植え付けていけばいいでしょう。

 

 さて、そんな感じでまた自分を鍛えながらあずさお姉ちゃんとイチャチャする日々を過ごしているうちに、お姉ちゃんの受験がやってきました。まあでも一科生で合格間違いなしなので、別に何も気にする必要はないですね。変な乱数とか、いつき君が存在することによる影響で主席を逃して生徒会とかに入れなくても誤差なので、別に問題ありません。

 

 あ、合格したんだ、おめでとー。

 

 確か実技・理論どっちも次席で総合主席だったわけですから…………えっと、は? 実技も筆記もどっちも主席?

 

 お、おかしいな……同期には実技最強クラスの服部君と理論最強クラスの五十里君がいたはずですが……。

 

 この二人はそれぞれ理論・実技の方でもトップクラスなんですけど???

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 いつき君、お姉ちゃんにめっちゃ影響及ぼしてる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 なるほどなるほど、今回の走り、ここにうま味ポイントがありました。

 

 中条家仲上々チャートの場合、あずさお姉ちゃんの好感度を高めるために色々積極的に関わるため、あずさお姉ちゃんのステータスや成長具合が原作よりも高くなる傾向にあります。ですが、ここまでのは私の知る限り例はありませんでした。原作キャラの能力は原作レベルに収束する力がこのゲームに働いているからです。

 

 ですが、この世界のいつき君は、あずさお姉ちゃんに与えた影響がとても大きかったようです。

 

 いや、でも確かに、色々覚えがありますね。

 

 だってもうお互い中三と中二なのに、未だに同じベッドで寝ていますし、一緒に遊んでいますし、外歩く時とか手をつないでいますし、お風呂も一緒に入ってます。多分変態だと思うんですけど(名推理)

 

 まあ好感度が高い証だし、これからも交流タイミングが増えて好感度上げやすいしいっかー、なんて気にしてなかったのですが、「好感度が高いから一緒にいる時間が増える→好感度上げのタイミングが多い→好感度が高いから一緒にいる時間が増える……」の、好感度上昇スパイラルが発生していたようです。

 

 

 

 

 これは……これは美味しいですよ!

 

 

 

 パラサイトの件に関わるのは、いくら好感度を上げて事前知識を植え付けても、本来の性格的にあずさお姉ちゃんは消極的で、説得に苦慮します。先駆者兄貴姉貴や私の前世では、レオ君がやられてからようやく夜の旅についてきてくれるようになるぐらいです。遅い時だと、ミアちゃんに乗り移ったパラサイトが校内に侵入した時ぐらい、になるほどでした。

 

 ですがこれほどならもしかしたら、動き始めるのがもっと速くなるかもしれません。少なくとも、遅くなることはないと思います。

 

 いける、いけるで! このチャートの過去最高記録が見えてきた! Vやねん、阪神!!!

 

 

 

 さあ俄然やる気が湧いてきました。やっていきましょう。

 

 といっても、ここからやることはさほど変わりませんがね。あずさお姉ちゃんが進学して、一緒にいられる時間が減った分、自分に費やす時間が増えるぐらいです。いやまあ、お姉ちゃんが中三になった時点で魔法塾に通い始めたので結局さほど変わらないのですが。

 

 あ、ちなみに御覧の通り結局成長期はどうやら存在しないらしく、まだあずさお姉ちゃんと瓜二つです。筋トレだってしてるのに一向に筋肉もつきません。流石に運動を相当してるので運動能力はそこそこですが、体格が足を引っ張ります。

 

 

 

 おっと、ここで少し面白イベントがやってきました。九校戦の観戦イベントですね。こちらのほうがイベントとしてははるかに人気なのですが、あずさお姉ちゃんは渋い趣味をお持ちなので、論文コンペにしか今まで行ってませんでした。

 

 これは普通の中条家チャートでは起きないイベントなのですが――この世界では、あずさお姉ちゃんが、新人戦代表になってます。

 

 魔法の腕はあるけど競技適性はなく、メンタルとフィジカルがクソザコ。そんなお姉ちゃんですが、この世界ではいつき君との甘い生活によって魔法力が大幅に原作を越えており、それが見逃されず、代表選手になったんですね。競技はスピード・シューティングのみです。比較的男女差も体力差も影響しにくい競技ですね。

 

 さて、結果は……あー、準優勝でしたか。対戦相手のあのキャラは、来年は本戦で真由美パイセンに負けるその他大勢モブなのですが、そこそこ強いキャラなんですよね。むしろあそこまで白熱した試合ができたのはすごいですよ、お姉ちゃん。じゃけんいっぱい褒めて好感度を稼ぎましょうね~。

 

 

 それと10月末には、論文コンペにも行きます。あずさお姉ちゃんはすでにとんでもない魔法工学の知識を有していますが、さすがに代表メンバーにもサポートメンバーにも入れませんでした。一年生で入れるのは主人公様の特権です。ですが、当然論文コンペへのモチベは非常に高くて、それを後押しするためにも一緒に見に行きましょう。

 

 

 

 

 さて、早送りですっ飛ばした何もない時期ですが、徹底的に魔法を伸ばす方向で頑張ることにしていました。フィジカルはもう諦めます。

 

 移動・加速系はもちろんとして、『疑似瞬間移動』に役に立つ収束系、攻撃で何かと便利な振動系、あたりは練習しておいてよいでしょう。あと、固有魔法がカスなので、パラサイトへの有効打となる汎用精神干渉系魔法も練習しておきましょう。『毒蜂』あたりが一番強いですかね。

 

 あ、ちなみに、中学校に進学すると、トッチャマ・カッチャマのコネで本格的な練習ができる魔法訓練施設のレンタルもできますし、魔法塾に通うこともできます。どちらも系統魔法の面では、こうして野山で遊んでいるよりかははるかに効率が良いです。特に、堂々と攻撃魔法が練習できる点が魅力ですね。

 

 ですが、そちらはほぼ使いません。

 

 理由は、先ほど話した、精神干渉系魔法です。これは当然、移動・加速系に並ぶ、最重要系統となります。ただ、禁忌の魔法であるがゆえに大っぴらに練習できず、人目があるそうした設備でも当然無理です。だから、こうして人目のつかない野山で練習する必要が、あったんですね。魔法訓練施設に関しては一応、受験直前で系統魔法に集中しなきゃいけないときに少し使う程度です。

 

 あー、黒羽家チャートが懐かしいですね。あちらは人体実験がし放題だったので、系統魔法も精神干渉系魔法も、人間と言う最高の的を使った練習もし放題だったのですが。一般家庭と、名家と、どっぷり闇に浸かった名家。それぞれに自由と不自由があるんですね。

 

 そうなると、ある程度大っぴらに攻撃魔法が練習出来て、数字付き(ナンバーズ)チャートほどしがらみもない、吉田家チャートが一番自由度が高いかもしれません。そもそも古式魔法の自由度が現代魔法に比べたら高く、原作でも、なんか仕組みが説明できないものは全部古式魔法界隈に話が持っていかれてましたね。幹比古君が原作の主力である理由は、そこにもありそうです。

 

 あ、ちなみに吉田家ルートは、幹比古君との双子として生を受けることになります。RTAでチャートを組む場合は、双子の利点を生かして幹比古君の好感度をそこそこ維持しつつ上手に不登校になり自分を鍛えまくる感じになります。最終的には強い古式魔法師二人であるプレイヤーキャラクターと幹比古君、それに加えて美月ちゃんと達也お兄様と深雪ちゃんとエリカちゃんが主力になりますね。小学生時点から家族仲を重視するのは当時珍しかったので、「吉田家仲良しだチャート」と呼ばれていました。そして、実は吉田家チャートが中条家仲上々チャートの「親」でして、世界一位姉貴は吉田家チャートをヒントに、当時未発見の強い仲間を開拓したうえでそのキャラの家族に生まれて仲上々する、というアーキタイプを考えつきました。中条家仲上々チャートは、そうして開拓されたわけです。

 

 

 

 そんな解説を早送りの間にしている間に、受験がやってきました。ステータスは身体能力と体格以外上々です。

 

 ではさっそく挑んで……これはもう黒羽家チャートの動画で見たので早送りでいいですね。もはや見せ場ではありません。あ、一応筆記試験の面白いシーンでも見ますか。ほら、これがヒントの様子です。正解の選択肢だけ爛々と光り輝いてるの、なんだかウケますね(笑)

 

 合格発表兼、順位発表!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中条いつき

 

 以上の者を、2095年度国立魔法大学付属第一高校・一科の合格者とする。

 

 筆記・2位

 

 実技・2位

 

 総合・2位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司波兄妹なんてチートなんで実質オール1位! ヨシ!

 

 とりあえずこれで少なくとも最低限の魔法力があることが数字で証明されました。

 

 次回からはいよいよ、高校生編のスタートです。

 

 黒羽家チャートとはまた違った動きがいくつもありますので、ご期待ください。

 

 

 

 

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「入学おめでとう!」のトロフィーを獲得しました〉




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3-2

 中学校に進学してから一年が経つ。小学校が地元だったのに対し、中学校は家から少し離れた私立だったため当初は緊張していたものだが、今やすっかり慣れた。

 

「ねーねー、中条さん。スピード・シューティングの練習付き合ってくれない? 新入生にかっこいいトコ見せたいからさ」

 

 帰りのホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る中、のんびりと立ち上がったあずさに、同級生の快活そうな女子が声をかけてくる。去年も同じクラスだった女の子で、誰にでも分け隔てなく明るく接することができる、人気者だ。

 

 彼女は魔法系の部活がそれなりに盛んに活動していることに魅力を感じてここに進学してきた。腕前も中々のもので、スピード・シューティングに限定すればあずさと良い勝負ができるほどである。

 

 

 

 ――そう、未経験のあずさと比べて、「良い勝負」と表現せざるを得ないほどの腕だ。

 

 

 

 彼女が下手なわけではない。突出した才能は無いが、これ目当てでこの名門私立中学に進学したぐらいだから、その熱意はかなりのものである。そしてその熱意は実力へとつながり、人口自体が少ないので小規模なものにならざるを得ないが、大会でもそこそこ勝っている。

 

 異常なのは、あずさの方であった。

 

 魔法の適性としては、精神干渉系魔法であり、禁止されているため競技では使い物にならない。また系統魔法も十分に優れた才能を持っているが、一番の取柄は細やかな行使であり、干渉力とスピードがメインとなる競技への適性とは逆方向である。

 

 だがそれでも、その才能と積み重ねてきた経験による実力は、中学生レベルをすでに超えている。それこそ、ほぼ未経験でかつ適性がない魔法競技で、それなりの腕を持つ経験者を相手に余裕をもって勝ち越せるほどに、だ。

 

 こんな具合で、この中学校内でもなお、あずさの魔法力は突出していた。それでいて魔法系競技の部活には所属していないため、一年生前半は、彼女への勧誘がひっきりなしに訪れた。しかし何回も断っているうちに無理を言うわけにもいかないということで、こうして練習相手や助っ人のお誘いばかりになったのであった。

 

 その程度ならば、あずさとしては喜んで引き受ける。生来の彼女のやさしさから、勧誘を断り続けることに心を痛めていて、そしてそうした人助けを楽しむことができる。そんなあずさの実力と人格は、本人が目立ちたがらないので大っぴらに噂にはならないが、学校中にすっかり知れ渡っていた。

 

 だが――

 

「うーん、ごめんなさい、今日は予定があって……明日ならいいですよ?」

 

 ――部活動に参加しないのと同じ理由で、今日は助けになることができない。あずさは心底申し訳なさそうな、断られた少女以上に悲しそうな顔で、頭を下げる。

 

「あー! もう、無理言ってるのはこっちだから、気にしないで! 明日付き合ってくれるだけでも最高だもん!」

 

 慌てた少女が、あずさを抱きしめてその頭を撫でる。その性格の通り、彼女はこうしたスキンシップが非常に多い。見た目も魔法師らしく可愛らしいので、このお嬢様学校に通う女の子たちにとって、彼女の抱き着きはある種の楽しみになっていた。

 

「うーん髪の毛ふわふわ~。ねー、これってどんなことやってるのー?」

 

「え、うーん、特に変わったことはしてないと思うんですが……」

 

 撫でられるがまま、あずさはいつも通りの声で答える。最初のうちは急なスキンシップにびっくりして慌てこそしたが、2・3回も経験すればすっかり慣れたものであった。だが、その「慣れ」によって特に動揺しなくなったのは、あずさただ一人である。

 

「弟君も中条さんにそっくりなんだよねー。いーなー、中条さんは弟君のこんな髪を撫で放題ってわけ?」

 

「あ、あははは、まあそんな感じ、ですね」

 

 あずさは曖昧に笑う。研究機関から貸与された『梓弓』専用CADとなっているロケットペンダントには、今話題に上がった弟・いつきの写真が入っている。以前彼女に、その写真を見せたことがあったのだ。

 

 そう、あずさが彼女の抱き着きにさほど動揺しない理由。それは、今しがた話題に上がったように弟に抱き着いて撫でるのが日常だというのもそうだが――あずさもまた、弟から抱き着かれて撫でられることも多いのである。

 

 

 

 

 

 何せ、毎日のように、同じベッドで仲良くくっついて寝ているのだから。

 

 

 

 

(髪の毛かあ……)

 

 年頃の女の子らしく、いくらお嬢様校とはいえ、いやお嬢様校だからこそ、オシャレの話に敏感な子は多い。あずさ自身は特に何か気にしているわけではないが――この子が気になるというのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日帰ったら、いっくんに聞いてみようかな)

 

 

 

 

 

 

 

 毎日一緒にお風呂に入って髪の毛を洗ってくれているいつきに、コツでも聞いておけば、友達も喜んでくれるだろう。

 

 そんなことを内心で考えながら、解放されたあずさは、真っすぐと研究所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー、お姉ちゃん」

 

「んー、なーにー?」

 

 その日の夜。一緒にお風呂に入って、仲良く遊んで、なんとなく眠たくなってきたので二人でベッドに入った。

 

 その直後、いつきが、図らずしも昼間の同級生と同じ声の掛け方をしてくる。やや瞼が重いあずさは、リラックスしきっていることもあって、気の抜けた返事をした。

 

「そういえばさ、精霊って知ってる?」

 

「うん、知ってるよ。独立情報体、だよね?」

 

 従来より「精霊」と呼ばれていたものが、実際に存在するらしい。世界にある様々なモノ・現象に関する情報がイデア上にあるわけだが、その情報だけが元々あったモノ・現象から遊離して、プシオンを核とした「情報だけ」の存在になったもの。それが精霊であり、独立情報体だ。古式魔法の一種で精霊魔法と呼ばれるものは、その独立情報体に方向性などを定義することで、その独立情報体がもともといた現象を再現する、という仕組みのようである。

 

「ちょっと興味があってさ。お姉ちゃん、なんか知ってる?」

 

「えー、私もそれは良く分からないかも……」

 

 彼女もいつきも、バリバリの現代魔法師である。独立情報体とその仕組みは知っているが、古式魔法界隈の秘密主義も相まって、二人が得られる情報は少ない。仮に得られたとしても、知識欲を満たす以外には、二人の役にも立たないだろう。なにせ古式魔法は現代魔法に比べて、習得に要する「修行」の期間が長いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしさ、精神に関する独立情報体があるなら、なんか仕組みとかわかるかなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!? 確かにそうかも!」

 

 だが、いつきが発したその言葉が、そんな常識を覆す。

 

 あずさは一瞬で眼が冴えて、体を起こして、寝転んでこちらを見上げるいつきの可愛らしい顔をジッと見ながら、興奮してまくしたてる。

 

「精神干渉系魔法は、プシオンに干渉してるのはわかるけど、物質的エイドスしか観測されていない今は、結局仕組みが分かっていないんだもんね!」

 

 その強力さと暗い魅力故に、精神に関する魔法は古くは研究されてきた。日本「最恐」の魔法師集団と畏怖される十師族が一角・四葉家も、精神干渉系魔法を研究する悪名高き第四研究所の出身だ。その非人道的さゆえに精神干渉系魔法は禁忌とされ、第四研究所の魔法師を中心に数々の一族が数字落ち(エクストラ)とされ差別されてきたという日本魔法史の汚点もある。

 

 そんな歴史を持つゆえに、精神干渉系魔法については分かっていないことが多い。

 

 物質的な情報に関しては、イデアとエイドスとサイオンと言う形で観測されている。

 

 だが精神に関しては、プシオンという粒子の存在と、精神に干渉することが実際に確認されている精神干渉系魔法ぐらいしか判明しておらず、「精神のイデア」や「精神のエイドス」と呼ばれるものは未だ観測されていない。

 

 その意味不明さから、「精神は脳神経の電気信号の一種でしかなく、精神干渉系魔法はその電気信号に直接的にせよ間接的にせよ干渉しているにすぎない」という、物質的な考え方が学説の一つとしてそれなりに受け入れられているほどだ。

 

 あずさもいつきも精神干渉系魔法のスペシャリストととも言え、その知的好奇心は当然、自分の得意魔法に一番向いている。そして天才的頭脳を持つあずさといつきを以てしても、学問を積み重ねた先人たちと同じところで止まってしまっているのが現状であった。

 

 極論を言ってしまえば、「仕組みがよく分からないけど精神を操作する魔法を使っている」という、二重で恐ろしい状態なのである。この系統の使用が忌避されるのは、そんな「訳の分からなさ」もあるのかもしれない。

 

 

 だが、もし仮に、精神に関する独立情報体があるとすれば。

 

 

 少なくとも、精神のエイドスがある、ということの間接的な証明になるのではないか。つまり研究にある程度の道筋が立ち、仕組みも連鎖して分かるのではないか。

 

 そんな希望が見えてきたのだ。

 

「早速今度、研究所の人に聞いてみる!」

 

「うん! ボクも、お父さんとお母さんに聞いて、古式魔法師と会える場所を作って、聞いてみようかな」

 

 瓜二つの幼い双子の少年少女が、クリクリっとした大きな瞳を輝かせて、見つめ合って頷く。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、いっくんとお話しするの、楽しい!)

 

 

 

 

 もういい時間だ。流石に消灯して目をつむらなければならない。

 

 だがあずさは、心が弾んで、興奮して寝付けそうになかった。

 

 そして、そんな興奮を与えてくれた、可愛くて愛おしい弟に抱き着き、そのふわふわな髪を、優しくなでてあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この会に参加するのも久しぶりだな)

 

 とある大きな寺が所有する、数十人規模でのパーティが出来そうな広場。そこには大きなテーブルが各所に並べられ、華やかな料理がそこに乗せられている。

 

 魔法師はマイノリティであり、そして相互に秘密主義的な側面がある。魔法師同士の初交流が魔法科高校、というのも珍しくなかった。

 

 そこで、中学生以下の魔法師間の交流を行おうという風潮が数年前に持ち上がり、善意であったり欲であったり利権狙いであったりと様々な理由で主催者が名乗り出て、各所で、こうした中学生魔法師の交流会が行われているのであった。

 

 ここに集まるのは、古式魔法師の家が多い。彼の隣で料理を見繕っている千葉エリカのように現代魔法師もいるが、それこそ家同士のつながりがある千葉家のような、古式魔法師とかかわりの深い魔法師ばかりである。

 

「ねーミキ、あんた注目されてない?」

 

「幹比古だ。……まあ、僕も有名になったもんだね」

 

 実際の所、見目麗しい上に百家の娘であるエリカと集める視線は半々と言ったところだが、それを考慮してもなお、幹比古は周囲から注目されていた。

 

 理由は察しがつく。自分ではさほどそうとは思っていないが、どうやら「神童」などと呼ばれているらしく、界隈では有名らしい。確かに7歳年上の兄とすでに遜色ない実力と実績を付けつつあるのだから、才能はおそらくある方なのだろう。

 

 とはいえ、ここまで注目されるとは思っていなかった。確かにこの会にしばらく参加しない間に、吉田家の儀式である「星降ろしの儀」で「神」とまではいかないが、そこそこ大きな神霊を降ろすことができた。その実績を親がどこかに話して広まったのだろう。秘密主義の世界ではあるが、一方で界隈が狭くて関係が密な分、情報の広まりが早いのだ。

 

(だったらそれこそ交流会なんて必要ないんだろうけど)

 

 現代魔法師ならともかく、古式魔法師はこんな具合で意外と同年代の交流もないことはないので、本来別にこの会に参加する理由はない。それでも参加するのは、吉田家がその実力を認知されている一方で、伝統的古式魔法からはほぼ「異端」「邪教」扱いなのが理由だろう。子供の家から交流を広げておいて、少しずつその認識を薄める狙いでもあるのかもしれない。

 

(大人って大変だなあ)

 

 きっと、吉田家よりもはるかにしがらみの多い百家出身のエリカは、違うことを思うのだろう。だが今の幹比古にとっては、そういう認識でしかなかった。

 

 

 

 

「ねーねー、君が吉田君?」

 

 

 

 

 そんなことを考えながらぼんやりとエリカが持ってきた料理――中々美味しいのでかろうじて参加するモチベーションになっている――をつまんでいると、ついに幹比古に声をかける者が現れた。

 

 声の高さからして、おそらく女の子。割と馴れ馴れしい性格なのだろうか。

 

 エリカとかかわりがあるし、吉田家の弟子には女性が多いのだが、おそらく生来の性格で異性に対して初心な彼は、少し緊張しながら振り返る。

 

 

「……え、えっと?」

 

 

 だが、振り返った先に、誰もいなかった。

 

 そしてほんの一瞬固まって、想像よりもはるかに低い位置にそのふわふわの頭頂部が見えて、視線を下げる。

 

「えっと、そうだけど……君は、誰かの妹さん?」

 

 幹比古とて中学一年生であるため十分幼いが、話しかけてきた女の子は、さらに小さい。クリクリっとした大きな眼が特徴的な、可愛らしい顔つきの童顔だ。エリカにも負けない美少女がいきなり現れて、幹比古はなおさらドギマギしてしまう。

 

 この会は同学年で、というコンセプトだから、この小学生の女の子は、参加者誰かの妹と言うことになるだろう。それにしたって、年上が集まるこの会だというのに、随分と物怖じしていない。

 

「あー、やっぱそうなるよねえ。ボク、こう見えても中一だよ。あと、男の子」

 

「冗談は顔だけにしなさいよ全くぅ」

 

 少女の言うことが信じられなかったエリカは、面白い子がいると楽しんで、ふわふわの髪をぐりぐりと撫でてやる。

 

「ちょっとエリカ、あまり年下の子をいじめないでよ。ただでさえ怖がられるんだから」

 

「どういう意味よ!」

 

「そういうとこ」

 

「あはは、仲がいいんだねえ、吉田君と千葉さんは」

 

「……アタシ、名乗った覚えはないんだけど?」

 

 幹比古とエリカの漫才を見て笑った少女の言葉に、エリカは違和感を覚える。

 

 確かに幹比古から「エリカ」とは呼ばれたが、「千葉」であるとは言っていないはずだ。

 

 途端に、このちっちゃくて可愛らしい女の子への警戒心が上がる。まさか魔法師社会特有の権力闘争でスレたガキなのか?

 

「ボクはもうこの会に6回参加してるからさ。『神童』吉田君の噂も聞いてるし、仲が良い女の子が千葉エリカさんだっていうのも、聞いたことあるんだ」

 

 そういって少女は、ポケットからカードを取り出す。この会の参加証だ。

 

 

 

 

 

 

 中条いつき・12歳

 

 誕生日・3月24日、男

 

 

 

 

 

 

 

「「一つも嘘じゃない!?」」

 

 それこそ「嘘だー」とでも言いたい出来事に、二人は遭遇したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきは現代魔法師であり、古式魔法師と関わりも深くない家の出身だが、それなりに顔が広い両親に頼み込んで、4月からこの会に毎月参加しているらしい。

 

「ふーん、言っちゃあ何だけど、現代魔法師が来て楽しいかしら?」

 

 エリカとしては退屈だ。何やら古臭い言葉でごちゃごちゃ大人たちが黒い腹の底が透けて見えるような話をしているし、子供たちも同級生の友達というよりかはライバル意識に近い。交流会という割には、雰囲気がピりついているのだ。それでも古式魔法師である幹比古は話が通じるようで退屈はしていないが、エリカとしては付き合いで来ているに過ぎない。

 

「うん、楽しいよ。精霊魔法についてたくさんお話聞けるし」

 

「へえ、それが目的で参加してる、ってところかな?」

 

「そういうこと」

 

 幹比古は無意識に顎を撫でながら、年下の女の子にしか見えない、同級生の男の子の顔を見つめる。

 

 どうやら、精霊について興味があるらしい。現代魔法師と言うからには、おそらく「独立情報体」と捉えて、何か考えているのだろう。

 

「今までで、吉田君の噂はよく聞いてるんだ。精霊魔法の名門で、『神童』って呼ばれてるって。だから一度お話してみたかったんだよね」

 

「すっかり有名人じゃない」

 

「参ったな、そこまでの者でもないと思うんだけど」

 

 幹比古の言葉は、謙遜半分本音半分だ。

 

 積み重ねた努力と実績によって「自信」こそついてきているが、それがまだ「自慢」「誇り」にまではなっていない。これもまた、彼の性格であった。

 

「うん、分かった。僕が知ってる範囲でなら、精霊について教えてあげるよ」

 

「ありがとー!」

 

 いつきが浮かべた満面の笑顔は、少女性と少年っぽさが混ざった、不思議なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ……?」

 

 エリカとしてはやや退屈な幹比古の講義が終わったころに始まった、交流会のレクリエーションである、ちょっとした魔法競技。今回の種目は、広場に作られた直線50メートルほどのコースに所狭しと並べられた障害物を乗り越える、ハードな障害物競走だった。ただし魔法の使用は認められているし、一つ一つの障害物はいわば運動会の定番なので、実質的には少しハードでしかないだろう。

 

 中学一年生ならこんなものか、という程度の内容だ。千葉家でも吉田家でも、これよりもっと厳しい修行を科せられている。自然の山中という悪路に、考えた人間の底意地の悪さが光るトラップ。それに比べたら、まさしく子供の遊びだ。

 

 しかしながら、そこそこ盛り上がっている。エリカからすればレベルが低い競技だが、ここに集まるさほど飛びぬけて名家と言うわけではない家の中学一年生にとっては、そこそこの試練と言うわけだ。

 

 そんな退屈に退屈を重ねたレクリエーションだが、いざ幹比古と、今しがた仲良くなったいつきの勝負が始まると、エリカは目を奪われた。

 

 幹比古は強いし、この手のものは慣れている。さらには体格面も、幹比古とてどちらかと言えば華奢な方だが、小学生の女の子にしか見えないいつきに比べたら雲泥の差だ。

 

 しかしながらどうだろう。

 

 いつきの勝ちであった。

 

 幹比古もこれまでの「ボンクラ」に比べたら圧倒的に速い。だがいつきはそれよりもさらに速かった。

 

 魔法の行使はスマートで、適切なタイミングで適切な強さでぴったり改変し、動きによどみがない。CADの操作もスムーズで、まるで何もせず走っているかのような、「体に染みついた」自然な動きだった。

 

「いやあ、あの子は相変わらず素晴らしいですなあ」

 

「そうですねえ。うちの子も悪くはないはずなんですけど」

 

 周囲の大人たちが、いつきを見て感心している。誰もが、「神童」吉田幹比古を見ていなかった。

 

 そういえば、あのいつきという子は、ここずっと参加していたらしい。そしてその度に、レクリエーションであの魔法の腕を披露していたのだろう。

 

「……何者よ、あの子」

 

 ゴール地点で膝に手を突いて息切れをする幹比古と、穏やかそうな両親にピースサインを向けているいつき。敗者と勝者の姿の差は明白だ。

 

 エリカの目に、まるで剣士同士の死合の時のような光が宿る。

 

 いつきの魔法一つ一つ自体は見事なものだが、幹比古も負けてはいなかった。だが体さばきとCAD操作の淀みなさは――白兵魔法戦闘の達人である、兄たちと同レベルだ。

 

 白兵戦闘は常に武器を振りかざし続ける都合上、動きの中でいかに淀みなくスムーズにCADを操作するかが重要な要素の一つである。基本的に武装一体型CADを使ってその問題を解決しているとはいえ、汎用型CADを用いた白兵戦闘も修行する千葉家で鍛えられたエリカは、そのあたりを見定める目を、すでにしっかり持っていた。

 

「ふー、完敗だったな」

 

 大した運動ではないはずなのに、幹比古の息は切れ、夏の盛りは過ぎたというのにうっすら汗をかいている。

 

 最終的なゴールの差は、大きく開いていたわけではない。

 

 だが、実際に走った幹比古も、そばで見ていたエリカも、この勝負は「完敗」と捉えた。

 

 なにせ、幹比古が勝っていたのは、体格と筋力による身体能力しかない。それ以外の全てで、つまり魔法的要素では、負けていたのだ。これを完敗と言わずして、なんと言おうか。

 

「いやー、いい勝負だったね、幹比古君」

 

 そんな共通認識が出来ているところに、そんなことを言いながら、汗一つかいていないいつきが、可愛らしい笑顔を浮かべて戻ってくる。先ほどの講義を通して、二人は下の名前で呼び合う仲になっていた。とはいえ仲が良くなったからと言うよりかは、幹比古が名字で呼ばれるのを嫌っただけだが。

 

「……ねえ、いつき」

 

「ん、なあに?」

 

 テーブルに並ぶドリンクを飲み干しながら、幹比古が、レース前とは全然違う低い声で、いつきに問いかける。

 

「……来月も、この会には参加する?」

 

「うん、多分」

 

「そっか…………」

 

 幹比古は、これまで浮かべていたどこかぎこちない人当たりの良い笑みとは違う、獰猛な笑みを浮かべて、いつきに、「宣戦布告」をした。

 

 

 

 

「僕も来月までに鍛え上げてくるから、また勝負しよう!」

 

 

 

 

「うん、いいよ!」

 

 そんな返事をしたいつきの顔に浮かぶ笑顔も、どこか挑戦的な、「男の子っぽい」笑みだった。

 

 

 

 

 

 

(あーあ、なるほど、やっぱり二人とも、オトコノコってわけね)

 

 この後、これに触発されて、いつき以上のタイムを叩き出して幹比古の挑戦心に水を差すことになるエリカは、それを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていうことがあってねー」

 

「へー、仲が良いお友達、できたんだね」

 

 11月。交流会で二人と会うのも三回目となった日の夜、髪を優しい手つきで洗ってくれているいつきから幹比古たちの話を聞いたあずさは、泡やお湯が目に入らないように頭を下げつつ、嬉しそうに笑った。

 

 精霊について知るために、古式魔法師の交流会に参加する。

 

 最初聞いた時はびっくりした。

 

 何せいつきは小学一年生の序盤からずっと不登校であり、友達もいない。もっぱら遊び相手はあずさだし、あずさがいないときは近所の山で一人で駆けまわったり魔法を使ったりして遊んでいる。

 

 正直、彼が馴染めるのか、不安であった。社会性を養う場が今までなかったのである。

 

 だが、それは無用な心配だったようだ。実際いつきは仲良く話す友達もできたみたいだし、両親もさほど心配した様子はない。そういえば、論文コンペなどで一緒にお出かけした時も、受付スタッフなどには愛想よく振舞っていた。いつきが良い子なのは疑いようはなかったが、同年代との交流も十分できるらしい。

 

「精霊についても色々聞いてみて、面白いことも聞けたよ」

 

「え、何々?」

 

 あずさが研究所で聞いてくる件は不発に終わった。

 

 精神干渉系魔法を研究していると言っても、魔法の仕組みなどの基礎理論の部分ではなく、どう社会の中で利用できるかと言う応用研究が中心の研究所だったからだ。確かに、群衆のパニックを収めるのに使う魔法である『梓弓』に強い関心があるということは、応用の方向性であることは不思議ではない。

 

 だがいつきは、何やら面白い話を聞けたようだった。

 

「精霊……独立情報体は、結局のところただの『情報』っていう話だったよね?」

 

「うん」

 

「でも、精霊(SB)魔法を使う人たちからすると、それはちょっと違うかもしれないんだって。証明できるわけでもないし感覚的な部分だけど、なんだか、精霊が感情みたいなものを持っているように思えるとかなんとか」

 

「へえ」

 

 現代魔法の観点からすると、話半分に聞いておく程度の内容だ。その発生からして、独立情報体が意思を持つことなど、絶対にありえない。独立情報体を「精霊」と捉える古臭い神秘主義、として唾棄する研究者もいるだろう。

 

 だが、思考がかなり現代魔法師であるあずさにとっても、この話は興味深い。

 

 何せ独立情報体は、ただ情報が独立して遊離しているだけだというのに、「プシオンを核としている」のだ。

 

 プシオンについては分かっていないことが多い。サイオンが物質情報に関わる情報世界の素粒子ということで、同じ次元に属するプシオンは精神に関わる素粒子である、という仮説こそあるが、まだ未確定だ。

 

 だが、この説は、あずさとしては信憑性が高い。

 

 なにせ、情動に干渉する彼女の『梓弓』は、プシオンの波動によって情動を操作する魔法だからだ。

 

 魔法は本来、サイオンによる魔法式で起こすものである。『サイオン粒子塊射出』や『共鳴』などもサイオンによるもの。

 

 だが『梓弓』は起動式を読み込み魔法式にするプロセスでサイオンこそ使うが、そこから先は全てプシオンによる干渉だ。当然、効果対象となる群衆に、サイオンによる影響は与えていない。プシオンが情動に関わる情報粒子である、という仮説を、あずさは信じている。

 

 

 それに基づくならば、そんなプシオンがなぜか核になっている精霊に、人間ほど高度ではないにしろ、意志のようなものがあってもおかしくはない。

 

 

「もしそうだとしたらさあ、物質的な肉体がないだけで、精霊って、もう生き物みたいなものだよね」

 

「ふふ、そうかも」

 

 泡を流すシャワー越しでも、いつきの声は良く聞こえてくる。あずさは女の命とも言われる髪を全て弟に委ねながら、声に出して笑った。

 

 生き物――生物の定義にはいろいろあるが、それもやはり、物質的な生物について定義したに過ぎない。エイドスやそれに似た次元の世界にいる存在ならば、何かしらの意志を持っているとすれば、もはやその世界の生物と言っても過言ではないかもしれない。

 

「なんだか、絵本の世界みたいだね」

 

 タオルで髪を優しく拭いてもらったあずさは、いつきと椅子を交代しながら、へにゃりと気の抜けた笑みを浮かべた。

 

 魔法は、もはやフィクションでもメルヘンでもない。

 

 だがその研究がこうして進んだことで、未だフィクションやメルヘンやファンタジーの話扱いされている、この世のものならぬ生物がいるかもしれない、と言うところに行きついた。これではまるで、本当に精霊や妖精さんであるかのようだ。

 

「でもさ、もしこれが本当だとしたら、結構怖いよねー」

 

「え?」

 

 あずさに髪をゆだねるいつきは、先ほどのあずさと同じ体勢でシャワーを浴びさせて貰いながら、ぼそりと呟いた。

 

 その意味が分からず、思わず疑問の声を上げてしまう。

 

 それを受けていつきは、続きを話し始めた。

 

「だってさ。もし、精霊に感情があって、そこからさらに知能があって、ボクたち物質界の生き物みたいに、他の生き物を食べようとか、縄張り争いしようとか、そういう気持ちがあったらさ。ボクたちは、見えない相手から、一方的に食べられちゃってたわけだから」

 

「た、確かに……」

 

 いつきの髪の毛を洗う手を止めて、あずさは顔を青くする。

 

 もしそうだったとしたら、人類はきっと、とっくに滅んでいただろう。

 

「それでね、それに関して、幹比古君から面白い話を聞いたんだけど」

 

「う、うん」

 

 あずさは慌ててまた手を動かす。怖い想像が働いてしまったので、それを紛らわせるには、大事な弟の髪を洗うしか、今この場ではできない。

 

「なんだか正体が分からないお化けみたいなのが、実際にいるんだってさ」

 

「え、ちょ、えええ???」

 

 お風呂場に、あずさの素っ頓狂な声が反響する。

 

「お、おば、お化け?」

 

「うん」

 

 思わず手を止めて、顔を下げているいつきの顔を覗き込む。いつきの表情はさほど動揺している様子はない。一方、いつきから見えるあずさの顔は、そっくりだというのに、さぞかし動揺に満ちているだろう。

 

「古式魔法師の世界では当たり前の話らしいんだけど、そういうのは普段は見えないけど、なんだか突然現れて、人を食べたり血を吸ったり呪ったり――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、怖い話で意地悪するんだったら、冷たい水かけるよっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それが一番怖いから許して、お姉ちゃん」

 

 あずさはこの年になっても、かつてオカルトと言われていた魔法の世界にどっぷりはまっていても、こうした怪談は、大の苦手なままであった。

 

 この日の夜、あずさは震えながら、怖がらせた張本人であるいつきに抱き着いて、眠れない夜を過ごした。




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3ー3

 娘のあずさは中学三年生になり、息子のいつきは二年生になった。

 

 あずさは中学校の中で、本人に自覚は無いが、その知性と優しさと穏やかさから慕われて、リーダー的な立ち位置にいるらしい。生徒会長に推薦されたりもしたようだが本人が固辞して、会計をやっている。

 

 一方息子のいつきはというと、相変わらずの不登校。毎日毎日、リモート授業を適当にこなしては、時間が空いたら近所の野山に遊びに――もはや訓練だが――行って、家では魔法の研究をしたりあずさと一緒にいたりしている。つい数か月前までは交流会に積極的に遊びに行っていたが、最近はご無沙汰だ。まあ、仲の良い友達もできたらしいし、連絡先も多分交換しているだろうから、さほど心配はない。

 

 いつきと言えば、小学校高学年ぐらいから、「筋肉がつかない」「背が伸びない」とブツブツ愚痴を言うようになった。同じような悩みを持つ姉もそれなりに気にしているそぶりを見せているが、いつきもやはり男の子のようで、なおさら気にしているらしい。自分たちもそこそこ小柄で筋肉がつきにくい体質なので遺伝なのだろうが、子供たちはその傾向がなお強く、未だに二人とも可愛い可愛い小学生のようだった。

 

 

 

 そしてそんな息子が、二年生に上がってすぐぐらいのころに、家族団らんの夕食の場で衝撃の言葉を発した。

 

 

「あ、そうだ。そういえば、お姉ちゃんが言ってた固有魔法。ボクも見つけたよ」

 

「え!? 本当!? おめでとう!」

 

 あずさは頬を赤らめて立ち上がって喜んだが、学人とカナは固まってしまった。

 

 重大な情報が、あまりにもいきなり、さらりとやってきたからである。

 

「ねえねえ、どんな魔法なの!?」

 

 すっかり箸を進める手を止めたあずさが、隣のいつきの腕を取ってゆすり、解説を急かす。

 

 学人とカナがまだ動きだせてない中、急かされたいつきは急に立ち上がり、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅうもーく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「………………え?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一分以上経って、何も起きず、いつきは何事もなかったかのように椅子に座り直し、またご飯を食べ始める。

 

「えっと、い、いっくん? その、魔法は?」

 

「今のだよ?」

 

「「「???」」」

 

 三人は首をひねった。良い子とは言えかなりの変わり者な子だが、ここまでだとは全く思っていなかった。

 

 だが、いつきも流石に分かりにくいと思ったのか、言葉を付け足す。

 

 

 

 

 

 

「だって、あずさお姉ちゃんもお父さんもお母さんもさ――ずっと、固まってたでしょ?」

 

「「「っ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、三人の脳内に、電撃が駆け抜ける。

 

 そういえばそうだ。

 

 確かにいつきがいきなり立ち上がって叫んだ時はポカーンとしたし、本人が叫んだ通り、注目もした。

 

 だが普通なら、数秒で、何かがおかしいと、ツッコミを入れてもおかしくないはずだ。

 

 だが実際は――数秒、十数秒を越え、「一分以上も唖然といつきを見ているだけだった」のである。

 

「じゃ、じゃあ、今、魔法、使ってたの!?」

 

「うん」

 

 あずさは顔を青ざめさせる。

 

 つまり今自分は、全く気付くことなく、魔法にかけられていたということだ。

 

 魔法師は魔法をかけられたら、たとえ油断していたとしても、直後には気づくものだ。なにせ魔法による改変は魔法師にとっては違和感を伴うし、そもそも行使には余剰サイオン光が漏れるし、魔法式だって目視できる。

 

 だがそれでも、あずさは、そしてカナも学人も、全く気付くことなく、魔法にかけられていたのである。

 

「自分に注目を集めてしばらくポカーンとさせるって効果みたい。注目を集める、って言えなくもないかなー。とりあえず適当に『アテンション』ってつけたんだけどなあ」

 

 固有魔法が見つかったというのに、いつきのテンションはいつも通りだ。いや、いつもよりも若干低い。

 

「あーあ、あずさお姉ちゃんの『梓弓』みたいなカッコイイのだったらよかったのになー」

 

 拗ねて口を尖らせながら、箸で器用に骨を取った焼き魚を食べる。

 

「使いどころ、多分ないよね」

 

 いつきのその一言が、彼のテンションが低い理由を物語っていた。

 

 確かに、あずさの『梓弓』に比べれば、効果も使いどころも特殊性も、なんら目を見張る所がない。

 

 察するに、『梓弓』と違って個人個人に直接干渉する魔法なので大衆の注目は集められず、自分に注目を集めてぼーっとさせるだけのため話を聞いてほしい時にも使えず、ただ直接干渉して改変するだけと言ういたって普通の魔法で特別感もない。

 

 精神干渉系魔法と言う特殊な系統故に固有魔法となっているだけで、その性質は基本的な魔法に近いし、インデックスに登録されているような汎用的で効果の弱いほとんどの精神干渉系魔法と大して変わらないものである。

 

 

 

 だがそれでも、あずさたちが受けた衝撃は大きかった。

 

 

 

 なにせ、ここにいる三人は、三人ともが精神干渉系魔法のエキスパートと言ってよい。それに対する耐性も感性も高く、使用されれば気づくし、そう易々とかけられることはない。

 

 だが、今は。

 

 たとえ不意打ちで完全に油断していようとも、確かに、全く気付くことはできなかったし、耐性を貫いていつきの意図通りに完全に魔法にかけられた。

 

 つまり、いつきのこの魔法は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気づかれにくい上にその強度が高い、ということを意味しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 隠密性と、効果を発揮する力。

 

 それら二つが高いというのは、お互いを傷つけあう「戦闘」における魔法の理想形ともいえる。

 

 そんな固有魔法を、いつきが、持っていたということだ。

 

(…………なんだか、運命的ね)

 

 不思議と固有魔法は、本人の人生や性格に似たものになる。

 

 それは、性格や運命が固有魔法を形作るのか、はたまたその固有魔法を持っているがゆえにそのような人生を歩んでそのような性格になってしまうのか、はたまた因果関係があるのかすらも定かではない。

 

 ただとにかく、似たものになるのは、カナと学人の経験上、確かなものであった。

 

 

 

 上の娘、中条あずさの『梓弓』。

 

 群衆に無差別に影響を及ぼし、心を落ち着かせる。

 

 彼女の心優しい穏やかな性格と、人々を導く潜在的なリーダーシップ。

 

 

 

 下の息子、中条いつきの『アテンション』。

 

 相手に気づかれることなく、近くにいる人間を惹きつける。

 

 天真爛漫で、不登校でありながらも人懐っこくて、あずさを中心として、彼を可愛がりつつも信頼する。

 

 

 

 すでにその片鱗を見せている、二人の「性質」と「生き様」。

 

 カナと学人は、親バカ的目線もあって、固有魔法との重なりに、運命を感じざるを得なかった。

 

 

 

「…………確かに、いつきにとっては不満かもしれないね。でも、それは紛れもなく、いつきだけの特別な魔法だ。大事にするんだよ?」

 

「あと、特に精神干渉系魔法は、許可なく人に使ったら、絶対だめだからね?」

 

「そ、そうじゃん! いっくん! メッ、だよ!!!」

 

「わ、わかった、わかったから!」

 

 精神干渉系魔法は禁忌の魔法であり、たとえ悪影響を及ぼさないことが保証されていても、許可なき使用は固く禁じられている。

 

 いつきはそれを、家族相手とはいえ、不意打ちで使ったのだ。

 

 研究所と両親によってその倫理観をしっかり与えられたあずさは、可愛い弟のために、全く威厳のない顔と声で、彼を叱った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「合格おめでと~」」」

 

 お父さんと、お母さんと、大好きな可愛い弟。

 

 パーティ帽子を被せられたあずさに、クラッカーのテープがかかった。

 

「え、えへへ、ありがとね」

 

 時間が経つのは早いもので、もうすぐ春と言う頃。今日はあずさの、魔法大学付属第一高校の合格発表の日だった。誰もが――基本自信がないあずさ本人すら――合格を疑わないが、それでも実際に合格と決まれば、気も抜けるし嬉しいものだ。

 

 両親ともこんなクラッカーまで用意してパーティをするような人柄ではない。その知能故に不登校になっていて大人びた様子も見せるが、一方で見た目通りまだまだ子供でやや派手好きないつきの提案であった。

 

 ささやかな家族用テーブルには、豪華な料理が並んでいる。いつきが手伝ったものもあるらしい。あずさの大好物も並んでいた。人生最高の食卓だろう。

 

「そういえばさ、お姉ちゃん。合格証書ってどんな感じなの?」

 

 いつきが目を輝かせて聞いてくる。中学校までは不登校だが、高校レベルとなるとさすがに通いたいということで、彼は昔から「お姉ちゃんと同じ魔法科高校に行く!」と嬉しいことを言ってくれたものだ。

 

「えーっと、ちょっと待ってね」

 

 あずさはそれを聞かれると思って用意していた足元のバッグを漁り、古式ゆかしい大きな封筒を取り出す。同時に電子版も送信されるが、仮にマシントラブルがあった場合を考慮して、こうして紙媒体も未だに現役であった。

 

「そういえば、合格したときだけ見たから、入試の順位とか見てなかったかも」

 

 封筒から書類を諸々取り出しながら、あずさは呟く。一科生として合格したので上位2桁は確定だろうが、果たしてどれぐらいの位置だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中条あずさ

 

 

 以上の者を、2094年度国立魔法大学付属第一高校・一科の合格者とする。

 

 筆記・1位

 

 実技・1位

 

 総合・1位

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うえええええええ!?!?!?」」

 

 取り出したそれを見て、あずさといつきは同時にとんでもない奇声を上げて驚いた。

 

 魔法師の母数が少ないとはいえ、国立魔法科高校はその全てが難関校であり、第一高校は東京と言う立地上特にレベルが高い。当然受験者のレベルは全体的に高いし、そもそも「魔法師」が一つの血族的利権になっている以上、中条家では及びもつかない「エリート」も相当数いるに決まっている。

 

 だというのに、筆記テストで1位、実技でも1位で、完全総合1位だ。

 

 あずさもいつきも上位の自信はあったが、これほどまでとは、完全に予想していなかったのである。

 

「あら、すごいじゃない」

 

「さすがあずさだなあ。いけるかもとは思っていたが」

 

「思ってたの!?」

 

 一方両親は意外と落ち着いていて、ニコニコ笑顔で喜んでいるだけだ。多少の娘贔屓もあるだろうが、なんなら「いける」とすら思っていたらしい。

 

「あずさちゃん、とっても賢いし、魔法も上手だものねえ」

 

「逆にあずさを越える子がいるなら見てみたいものだなあ」

 

 心底嬉しがっているのだろう。そして少しの驚きもあるのだろう。

 

 だがそれ以上に二人は、「客観的に見て」あずさが飛びぬけて優れていると知っていたのだ。

 

 何せいつきについでずっとそばで見てきて、そして世間のレベルをいつきよりも知っているから。

 

「主席入学ってなると、多分入学式では代表としてスピーチすることになりそうだな」

 

「そうねえ。あと、生徒会にもお呼ばれするかもしれないわね。魔法科高校の生徒会って最近はすごいのよ。生徒自治っていう名目でかなり権限があるみたいでね」

 

「あ、あわわわわわわ」

 

 生徒会はまだ良い。

 

 だが、あずさは、学人が言った「入学式のスピーチ」に、酷く動揺している。

 

 中学校では生徒会役員をやったが、会計という一番大人数の前で喋らない仕事だった。会議ではかなり喋ることになるが、それですら毎回緊張した。

 

 だが、入学式となると。

 

 少なくとも、新入生200人と、教員・関係者・来賓、若干名の先輩方、それに一般高校に比べて数ははるかに少ないだろうが新入生の家族が来ることになる。300人は下らないだろう。

 

 そんな大人数の前で、代表としてスピーチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、お料理美味しい!」

 

 

 

 

 

 

 

 たっぷり数十秒迷った末あずさが選んだのは、目の前のパーティを楽しむ現実逃避であった。

 

 この逃避はずるずると尾を引いて3月下旬まで続くこととなり、ほとんど人がいないというのにリハーサルであまりにも酷いスピーチをしてしまって、いつきがたまらず手を貸すまで、改善されることはなかった。

 

 なお結局、いつきによる献身的な指導により、入学式当日は「緊張しちゃったんだね」で済ませられる程度の出来になんとか収めることができた。

 

 のちにいつきは語る。

 

「全部1位はびっくりしたけど、こういうところは変わらないんだね」

 

 誰よりも長く一緒にいるからか、その声には、まるで何回も人生を繰り返したかのような実感がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんがんがえ~」

 

 真夏の富士裾野演習場に、大衆の声援に混じって、中学三年生になったいつきの未だ声変わりする気配がない可愛らしい声が響き渡る。

 

 定例化してから8年目となる、全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称・九校戦が行われていた。

 

 今年から一部ルールが変わり、日程が約1.5倍と大幅に大規模になって、新人戦が追加された。新人戦には一年生のみが出場することができて、本戦と違って一部競技を除き男女混合だ。来年からは新人戦も男女別となり、日程がさらに増え大規模化する予定になっている。様々な思惑が絡まっていて、この九校戦によって生じる「社会」のメリットが、それほど大きいことの証拠であった。

 

 あずさは本来、そのプレッシャーに弱く闘争心に欠ける弱気な性格から、こうした競技向けの人格とは言えない。得意なのは細やかな行使と精神干渉系魔法であり、これまた競技向けでない。ついでに言うと魔法競技は運動能力を要するものも多く、身体も運動神経もダメダメなあずさにはこれまた向いていない。彼女は三重の意味で、競技に向いていない魔法師である。

 

 しかしながら先日行われたテストでも実技・理論ともに学年一位であり、魔法の腕も群を抜いている。競技に向いた項目とされる魔法式構築速度・干渉力の面においても、学年トップクラスだった。彼女を出さないわけにはいかないだろう。

 

 そういうわけで、比較的同級生の中で層が薄いスピード・シューティングに、あずさはエントリーさせられたのであった。ほんの少し経験したことがある、と、ちょっと怖い先輩である真由美に詰められたときにポロリと漏らしたのが運の尽きであった。

 

 幸い、これ以外の競技には出る予定はない。バトル・ボードは小早川と範蔵が、アイス・ピラーズ・ブレイクは花音が、クラウド・ボールは桐原が、ミラージ・バットは小早川が、それぞれ中心となって素晴らしい選手が集まっている。最初の方にさっさと終わるスピード・シューティングだけで良かったのは、よくお世話になる先輩の真由美から直々に指導してもらえたことも含め、実に幸運だった。

 

(う~、緊張するぅ~)

 

 そんな新人戦スピード・シューティングで、あずさは順調に勝ち、決勝へと進んでいた。あずさのような小柄な可愛らしい少女が活躍する姿は、ともすれば去年の真由美以上に珍しく、注目を浴びている。それが分かるだけに、余計に緊張してしまっていた。

 

「中条さん」

 

「ヒャイッ!?」

 

 そんな彼女に、声をかける少女がいた。あずさはまるで野良猫のように飛び上がって、バッと振り返る。

 

「久しぶりだね」

 

「あ……」

 

 そこに立っていたのは、中学生のころによく話しかけてくれた、快活な少女だった。忙しくてさほど多かったわけではないが、一緒にスピード・シューティングをしたのも、一度や二度ではない。

 

 ここは、選手が入場する通路だ。

 

 つまり――決勝戦の相手は、彼女と言うことである。

 

「中条さんなら、この九校戦で活躍すると思ってたよ」

 

「う、うん、ありがとうございます……」

 

 これから戦うライバルだというのに、少女は中学生のころと変わらぬ、いや少しだけ大人びた、さわやかな笑顔だ。一方のあずさも、緊張していること以外は、中学生のころと変わらない。

 

「――中学の頃は、負けっぱなしだったからね」

 

 だが、少女の声が、急に真剣みを帯びる。

 

 空気も一気に張りつめて、中学時代の和やかな雰囲気から一転した。

 

「っ……」

 

 そう、この少女は、スピード・シューティングに、かなりのリソースを割いてきた。だというのに、たまにしかやらないあずさに、負けっぱなしだったのだ。

 

 そこには明確な、「魔法の才能」の差があったのである。

 

 だが、こうして大きな舞台で活躍し、決勝戦まで上り詰めることができた。

 

 

 

 

「今日こそ、私は、中条さんに勝つよ」

 

「――私だって負けません!」

 

 

 

 

 二人は笑顔を浮かべて、そしてそんな勢いのわりに固くも激しくもない柔らかな握手をしてから、並んで入場する。

 

 途端、さんさんと輝く太陽のスポットライトに照らされ、汗が吹き出し、割れんばかりの声援に包まれた。

 

(大丈夫、大丈夫!)

 

 あずさはいつの間にか、緊張が抜けていた。今はただ、目の前の競技に勝つことだけを考えればいい。

 

 

 ――合図と同時、CADを構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その勝負は九校戦の歴史に残る激しい接戦となり、お互いにこれまでにないベストスコアを出した末――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――中条あずさは、準優勝に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年生にしてあずさが校内論文コンペに出した論文は、「精神に関する情報を司る次元の存在仮説」であった。イデアは物質的情報世界であり、未だ存在が確認されていない、精神版のイデアが存在するとする仮説を論理的に研究していく、一年生にして本格派の論文であった。

 

 だが、未確定の古式魔法界の仮説をメインに使用したこともあって説得力は他論文に届かず、校内順位は9位。一年生としては大健闘だが、代表には程遠い成績となった。

 

 そんな具合で、あずさは、精神干渉系魔法に関する研究を、ずっと続けている。そして来年か再来年には、論文コンペの舞台に立つことを目指していた。

 

「それで、仮に精神に関する独立情報体がいるとした場合なんだけど……」

 

 論文コンペが過ぎてしばらく。二人は夕食と入浴を終え、あずさの部屋で、床に置いたタブレット端末を挟みながら、膝を突き合わせて話し合っていた。

 

「怖い話」に繋がりそうになって一度は拒否したが、あれ以来、あずさもいつきもそれについての話し合いは定期的に行っていたのである。

 

 あれから二年。二人の間に、ある程度の共通認識が出来上がっている。

 

 一つ。精神に関する情報を司る、この世と重なる形になる、精神版イデアは、恐らく存在する。そうでないと、精神干渉系魔法について説明できない。二人の感覚的に、精神干渉系魔法が脳神経に干渉しているだけとは到底考えられないからだ。そうでないと、そもそも精神干渉系魔法が特に向き不向きが分かれる理由が説明つかない。既存の物質的情報を改変する魔法とは、分けて考えるべきだ。

 

 二つ。その世界には、精神に関する独立情報体、精霊に近い何かが存在する。物質情報を司るイデアと同じ現象が起きていると見るのが自然だ。

 

 三つ。精霊は、物質界の生物とは違った定義になるか、原始的な意志・感情・本能のようなものを持っている。これはあずさが魔法科高校に入ってから、周囲にいる古式魔法師に聞いて回った成果だ。そのうち、精霊魔法に詳しい者は皆、「証明はできないけど、感情のようなものを持っているように感じた」と口をそろえた。科学的な話をすると、証明しないことには存在するとは見ることはできないが、こうした個人的な思考の範疇ならば、この情報を以て「存在する確率が高い」としても良いだろう。

 

 これが、精神に関する独立情報体が見つかれば……という発想から展開した、二人の論だ。

 

 全部仮説にすぎないが、それなりに筋の通った仮説である。これで、精神版イデアか精神に関する独立情報体の片方が見つかれば、もう片方の発見も連鎖するだろう。

 

 そして、もし仮に、精神に関する独立情報体ないしはそれに近い生物のような何かがいるとすれば、精霊と同じように、意志のようなものを持っているのではないだろうか。

 

 

 そしてそこからさらに展開する仮説が、「お化けの正体」である。

 

 

 古式魔法師の世界では、確かに、超常的生物の存在が認められているらしいし、それらを倒すのが古式魔法師たちのかつての使命で、そのために磨いた専用の魔法もあると言う。流石にここまで話して幹比古は「話しすぎた」と気まずそうな顔をしたが、聞いてしまったものはしょうがないので、有効活用することにした。

 

 その話をベースに、仮に超常的生物がいるとしたら――その正体こそが、精神版の独立情報体ではなかろうか、という説が、二人の間で浮かび上がっていた。

 

 精神に関する独立情報体は、未確認生物みたいなもの。

 

 古式魔法師たちの言うお化け・超常生物も、未確認生物。

 

 その二つを、同一視できるのではないか、ということなのだ。

 

 どちらも未確認だから同じ、というのは短絡的かつ飛躍しすぎだが、一応の根拠はある。

 

 根拠は、精神に関する独立情報体は不可視であること。その仕組みは簡単で、未だに精神版イデアを観測する技術がないからだ。超常生物たち未だに古式魔法師界隈以外では存在が疑問視されているほどに観測されていないのは、その超常生物たちもまた、本来は精神版イデア、もしくはもっと未知の現象のイデアに属する精霊的な存在かもしれない、ということである。これならば未だ観測しておらず、かつ古式魔法師界隈ですらさほど出会わない理由になるだろう。本来は別次元にいて、何かの拍子に迷い込んで、生きるために人を襲うのではないか、という話だ。

 

「……うーん、仮説に次ぐ仮説、って感じだね」

 

 あずさは苦笑いする。それぞれに一応筋は通っているが、何一つ確認されても証明されてもいない以上、言葉遊びの域を出ない。自分で考えたのでそれなりに説得力は感じるが、客観的に見たら子供の妄想だ。

 

「そうだねー。まあでも、なんかしらのお化けはいるみたいだし……そういうのの対策、何か考えておかないといけないのかなあ」

 

「え?」

 

 いつきの言葉に、あずさは目を丸くする。

 

「いつき君、お、お化けと、た、戦うの?」

 

 あずさの顔が真っ青になり、声が震える。

 

 いつきには極力危ないことはしてほしくない。頼りになる弟だが、それでも「可愛い可愛いいっくん」である。あずさの彼に向ける感情は、そうした過保護な一面もあった。

 

「……い、いやいや、そんな自分から戦うなんて。もし襲われたときに何か身を守れるものがあったらいいな、っていうだけの話だよ」

 

 いつきは苦笑しながら否定する。

 

 確かに、全く仕組みも根拠も不明だがとにかくいる可能性が高いと分かっている危険な存在がいるなら、それが杞憂だろうと、別に無理して対策を考えない理由はないだろう。時間が限られているなら、そんな無駄になる確率が圧倒的に高いことに費やすのは御免だ。

 

 だけど。

 

「暇つぶし程度になら考えてもいいかなって。ほら、自分だけが知ってる化け物と戦えるって、なんかカッコイイじゃん?」

 

「お、男の子だねえ……」

 

 苦笑しながらも目を輝かせるいつきを見て、あずさは困惑10割の笑みを浮かべる。こういう子供っぽいところも、また可愛いのだ。

 

 ちなみにあずさは「男の子だから」と解釈したが、そういったヒロイックな願望は女の子でも持っている魔法師はそこそこいる。例えば、今頃幼馴染のスランプにヤキモキしている女剣士などがそれだ。あずさはあまりにもそう言った欲がない、徹底的に戦いが嫌いなタイプだ。どちらかといえば、ある日突然トーラス・シルバーの最新モデルが手に入るだとか、とんでもない大発見をして論文コンペで発表することになるだとか、そういった類の妄想の方が多い。

 

 そんな和やかな空気は、いつきの続く言葉で霧散した。

 

 

 

 

 

 

「それにさ、もしボクらが想像しているようなのが正体だとしたら…………戦えるのは、多分、ボクらだけだよ」

 

 

 

 

 

 

「――っ」

 

 あずさは声を詰まらせる。

 

 いつきの声と表情は先ほどまでと違い、真剣そのものだった。

 

 そう、もし、人に害をなす「お化け」が、精神版イデアの存在だとしたら。それはつまり物質的現象による対抗は、意味をなさないということだ。

 

 では、そんな存在に対する武器になり得るのは。

 

 

 

 

 

 

 ――自分たち含むごく一部にしか使えない、精神干渉系魔法しか、ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは知っている。

 

 いつきが、壁越しに感じただけでも、理論だけが書かれたメモを見るだけでも、背筋が凍るような、攻撃的な精神干渉系魔法を練習していることを。

 

 固有魔法『アテンション』に攻撃力がないから落ち込んでいたことを。

 

 高速移動を中心とした、戦闘に使えそうな魔法を多く練習していることを。

 

 いつからかは分からない。こんなに近くにずっといるのに、「いつの間にか」としか言いようがない。

 

 不登校になって以来ずっと続けている魔法の練習と探求。それがシームレスに、「闘いに備えたもの」へと、いつの間にか変わっていたのだ。

 

「準備するかしないかで、多分、全然違うんだ。ほんの少し、逃げる隙を見つけるだけのものでもいい。じゃないと――――」

 

 いつきはぽつぽつと語る。

 

 そして、少し間をおいて、息を吸い――肺に吸い込んだ空気全てを吐き出すような重さで、言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姉ちゃんを、守れないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ! いっくん!」

 

「ぴえっ!?」

 

 直後あずさは、目に涙をたっぷり浮かべ、いつきに飛びついた。

 

 運動能力にだいぶ差はついているが、体格はほぼ同じ。不意打ちにそれをいつきは受け止めきれず、あずさに押し倒される形になる。

 

「いっくんが守ってくれるのはうれしいよ! いっくんは、頼りになって、賢くて、かっこいいんだから!」

 

 抱き着いたあずさは、いつきの胸に顔をうずめる。これでは、どちらが年上でどちらが年下か分からない。

 

「でも! いっくんは、私の、大事な、可愛くて、大切な、弟なんだもん! いっくんが守るだけじゃなくて――――」

 

 いつしかと同じ状況。

 

 だが、あずさは自分からいつきの胸から顔を離し、鼻先が触れ合うほどの、お互いの瞳に映る自身が見えるほどの、唇が触れ合いそうなほどの距離で、見つめ合う。

 

 そして後ろに回していた手を解いて、突然のことに投げ出されたままのいつきの両手を握る。

 

 今度はあずさから、いつしかと同じ、お互いの両手で両手を握る形になった。それぞれの手で、指と指が絡み合う。二人の間柄を示すような、決して離れない関係。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――私も、いっくんを守ってあげるからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ありがとう、あずさお姉ちゃん!」

 

 しばしポカンとして、ようやく飲み込めたのか、いつきが、至近距離で満面の笑みを浮かべる。

 

 ああ、そうだ。この可愛い笑顔が、何よりも大好きだから。

 

 この笑顔を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさが傷ついたらきっと悲しんでくれるからいつきに守られて、そしてあずさもまた、いつきを守るのだ。




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3-4

「ああ、クソ!」

 

 自分が情けなくて、酷く苛立つ。

 

 受験から家に帰ってきて早々、部屋を閉め切って、叫びながら、適当なものに八つ当たりする。だがそれでストレスは収まるわけもなく、物は壊れるし、より情けなくなるしで、何の役にも立たなかった。

 

 幹比古は8月以来、酷いスランプに陥っていた。

 

 きっかけは、吉田家の伝統行事「星降ろしの儀」だ。

 

 7つ年上の兄が「風神」と呼ばれる、大気の移動の情報を司る巨大な神霊を降ろした。

 

 それに対抗した幹比古は、その日の自分がこれまでにないコンディションだったこともあって、水の流れを司る「龍神」を降ろすことに成功した。

 

 だが幹比古の身ではそれに耐えられず、大自然の膨大な現象に関する情報を持つ精霊から干渉を受けてしまった。

 

 その事故以来、魔法の感覚が徹底的に狂い、スランプになったのである。

 

 そこに、「神童」と呼ばれた、溢れる才能とたゆまぬ努力により、実績と名声を重ね続けた少年の面影はない。

 

 ただ闇雲に、何かから逃げるように、大した効果もない辛くて時間がかかるだけの修行に打ち込むだけの、愚かな子供でしかなかった。

 

 そんな状態でも時間は過ぎ、魔法科高校の入試を迎えてしまった。

 

 結果は散々。実技は全受験者の中でも下から数えた方が間違いなく速い。そんな精神状態で受けた筆記試験も、いつもに比べたらボロボロだ。もしかしたら、合格すら怪しいだろう。

 

 自分が嫌になる。

 

 無茶をして、スランプになって、そこから抜け出そうとしても全然だめで、上位入学できると思っていた試験もボロボロで、こうして癇癪を起している。あまりにも情けなさすぎた。

 

 無気力な日々でも染みついた習慣で上げるのを忘れていなかった布団を敷いて、倒れこむ。ダランと全身の力を抜いて、明かりをつけていない暗い部屋の天井を、ぼんやりと眺めた。

 

(……あの時は、楽しかったのに)

 

 思い出すのは、中学一年生のころ。

 

 さほど気乗りしない交流会で、初めて自分を明確に超える同年代のライバルに出会った。

 

 見た目は小学生半ばの女の子みたいで。だけど確かに同級生の男の子だった。

 

 その実力は一流そのもので、神童たる幹比古に、明確に差をつけていた。

 

 そして現代魔法師だというのに精霊に関する造詣も深いようで、一応秘密扱いである妖魔の類の話までしてしまった。

 

 初めて会ったあの日に敗北し、リベンジを誓ってからの日々。日ごろの修行により力が入って、メキメキと自分が成長していくのが実感できた。だが、一か月経って会ういつきもそれ以上に成長していて、また負かされ、リベンジを誓う。

 

 そんなことを数回やっているうちにいつきがいつの間にやら参加しなくなって、連絡先もそういえば交換していなかったためそこで縁が切れた気分になり、もう交流会には行っていない。あの数か月間は、夢の様だった。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか、天井がぼやけていた。

 

 知らないうちに、涙を流してしまっていたらしい。

 

「…………ひどいもんだな」

 

 目を輝かせて幹比古の話を聞き、魔法の腕も手放しでほめてくれた。

 

 だが、彼が今の幹比古を見て、果たしてどう思うのだろうか。

 

 何の事情があったか知らないが、急にあの交流会に来なくなったように、彼を見限るのだろうか。

 

「…………」

 

 会いたくない。もう一度、いつきに会うのが怖い。

 

 いつきは間違いなく、魔法科高校に合格するだろう。

 

 もし学校で再会したら。どうなるのか。

 

 いっそ、自分が不合格であったら楽だ。

 

 はたまた、いつきが他の学校だったなら、会うこともないだろう。どこに住んでいるのかは知らないが、遠くに住んでいてほしい。

 

「…………ああ、そうか」

 

 そこまで考えて、ついに、幹比古は気づいた。

 

 自分は、いつきの連絡先も、住所も、出自も、趣味も、何も知らない。

 

 精霊について語るついでに、妖魔についてや自分の身の上話なんかも、うっかり話し過ぎたことがある。

 

 だがそういえば、いつき自身の話は、ほとんど聞かなかった。

 

 彼は天真爛漫に見えて、可愛らしい見た目も相まって、聞き上手なのだろう。

 

 こうして心を占めるようになったいつきとの仲は、実は、その程度のものでしかなかったのかもしれない。

 

 

 いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ自分が、その程度の価値しかない、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカから鬼のように来ている着信に気づかず、負の感情のスパイラルに陥った幹比古は、そのまま泣きつかれるように不貞寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「合格、おめでと~!!!」」」

 

 去年のお返しとばかりに、柄にもなく去年よりも派手なクラッカーを用意して、いつきの合格を祝う。

 

「ありがとう!」

 

 いつきも嬉しそうに、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。一生懸命準備した甲斐があるというものだ。

 

 そうして和やかに一家だんらんのパーティが進行する。良い気分になった四人は箸が進み、食卓の上の料理がどんどん減っていく。ダイニングには、笑顔が絶えなかった。

 

「ねね、そういえば、順位はどうだったの?」

 

 そんな中で、タイミングを見計らったあずさが、身を乗り出して、いつきの結果を催促する。去年と同じく、一科生合格とは聞いていたが、順位はいつきが特に伝えなかったのだ。自分の順位に頓着しないところは、あずさと同じらしい。

 

「あー、それね、はいこれ」

 

 

 

 中条いつき 

 

 以上の者を、2095年度国立魔法大学付属第一高校・一科の合格者とする。

 

 

 筆記・2位

 

 実技・2位

 

 総合・2位

 

 

 

 

 

 

 

「え? 2位?」

 

 あずさはその結果を見て、目を丸くした。

 

 その資料に続く、入試の点数表を見る。実技も筆記も、去年両方一位だった自分より高い。当たり前だ、可愛くてかっこよくて賢くて頼りになる、自慢の弟なのだから。それなのに、どちらも二位だという。

 

「う、嘘? いっくんで、二位なの?」

 

 カナと学人も、声には出さないが、少し驚いている。去年のあずさで一位を予想していたのだ。それよりも出来が良いいつきの一位も、当然予想していたはず。だが蓋を開けてみれば、あずさよりも点数が高いのに、どちらも二位なのだ。

 

「まあ、名門校だしね。受験生の中に宇宙人が混ざっていてもおかしくないと思うよ」

 

 一方、当の本人であるいつきは、なんら悔しがったり驚いたり動揺したりする様子はない。そう言われればそうだとしか言えない当たり前のことを、さらりと言って、ケロッとしている。

 

「ていうか、去年あずさお姉ちゃんに負けた服部先輩とかも、そう思ってたんじゃない?」

 

「そ、そういえばそうかも」

 

 あずさは昔から、同級生や下級生に対しても敬語だ。だいぶ仲良くなってもそれは変わらない。だが、同じ生徒会メンバーで同い年である範蔵には気を許しているようで、唯一敬語なしで話せる。性格的にはだいぶ違うし、範蔵の苛烈で実力主義・一科生主義的なところはどうかとも思っているが、どこか気が合うところがあるのだろう。

 

 そんな範蔵の話は当然家でもよく出てきていて、いつきたちも知っている同級生だ。今や彼はあずさを抜いて、実技堂々一位に君臨している。曰く彼は入試のころは実技2位・理論3位だったようで、理論はともかく実技で自分を負かす相手がいるとは微塵も思っていなかったらしい。

 

「上には上がいるってことだねー、あはは」

 

 そういっていつきは朗らかに笑って、また料理を口に運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月初旬。もうすぐこの学年が終わるという頃とはいえ、生徒会の仕事は平常運転だ。いや、新入生を迎え入れるにあたり、仕事がやや増えている向きすらある。

 

「うわー、今回の新入生、レベル高いわねー」

 

 そんな生徒会室で、会長である真由美は、最高級のプライバシーとも言える入試の得点・順位名簿を堂々と広げて、驚嘆の声を漏らしていた。

 

「さしずめ俺たちは谷間の世代、ってところですか?」

 

「服部はまだ荒れてるのか? ハゲるぞ?」

 

 背筋をシャンと伸ばして端末に向かい、キーボードをよどみなく操作する範蔵。だがその手さばきとは裏腹に、表情には明らかな不満がある。それを、生徒会役員でもないのにここに入り浸っている風紀委員長の摩利がからかうように咎めた。

 

 ただ、範蔵の気持ちも分からなくはない。

 

 現二年生には、十師族直系の出身である真由美と克人の二人がいて、理論も実技も圧倒的だった。摩利自身もその二人と並んで「三巨頭」などと数えられているが、負けない点もあるとはいえ、総合力では一歩劣るだろう。そしてそんな三人を、理論の面では、平然と仕事している鈴音が凌駕している。今の二年生は、類まれなほどに粒揃いであった。

 

 そして次の新入生はまたすさまじい。まず総合一位の司波深雪。名簿に映る顔写真だけで、女の摩利ですら目を奪われたのだ。この証明写真、とにかく写真写りが悪くて主に女子の間で評判が悪く、摩利も苦い経験がある。これでもまともに可愛かったのは真由美ぐらいだ。だがこの深雪と言う少女は、絶世・傾国・理想という最高級の表現すら物足りないほどに、証明写真ですら美しくて可愛らしい。

 

 その魔法技能は、入試の範囲では到底測りきれず、堂々の満点。筆記テストも、今年は難化傾向だったというのに、全ての科目で高得点を叩き出して3位になっている。

 

 それと、この深雪の兄らしい司波達也という、妹に比べたらだいぶ冴えなく眼の光が薄いがそこそこハンサムでがっちりした少年は、実技こそ不合格者含め最下位クラスだが、筆記試験は圧倒的に一位だった。しかも、魔法科高校を名乗るだけあってとんでもなく難しい魔法理論・魔法工学においては、まさかの満点。この筆記試験のアドバンテージを以て、ひどすぎる実技を乗り越え二科生での入学を果たした。

 

 そして実技・筆記の両方で2位となったのが、範蔵の隣で困った顔をしている小さな女の子にそっくりな弟・中条いつきである。シルバーコレクターめいた成績だが、彼もまたすさまじいスコアを叩き出している。何せ、去年の主席であるあずさを、両方の面で越えているからだ。だというのに、両方2位。

 

 こんな二つの学年にはさまれていては、「谷間」なんて自虐が漏れ出てもおかしくはないだろう。

 

「谷間と言えば中条さん。身長もさることながら、お胸の方も、この一年間、全然成長なさいませんでしたね?」

 

「ちょっとリンちゃん、それはひどすぎるセクハラよ」

 

「ふうきいいんだー、たいほするー」

 

「きゃー」

 

「帰っていいですか???」

 

 そしてあずさが一番被害を負う形で二年生の先輩方がふざけ始めて、唐突なキツめのセクハラにあずさは動揺して言葉が出ず赤面し、範蔵は苛立ちをあらわにする。

 

「失礼する。……楽しそうに仕事をしているようで何よりだな」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 そんな惨状に現れたのは、巌のような二年生、三巨頭が一人、部活連会頭の、十文字克人だ。こんなところにいきなり現れて、その見た目でこんなことを言われたものだから、真由美は背筋を正して裏返った声で返事をしてしまう。ただし、克人のこれは皮肉ではなく、ただ楽しそうで何よりという感想を言ったに過ぎないのだが。

 

「これは……今年の入学者か。ふむ……今年もまた、素晴らしい後輩たちが入ってくれるようだな」

 

 これもまた、克人はただ感想を言ったに過ぎない。

 

 だが、この言い方に救われたのが、少し拗ねていた範蔵だ。

 

 彼は「今年もまた」と言った。つまり、自分たち一年生も、「素晴らしい後輩たち」と見てくれているということだ。範蔵はこっそりと、克人に対する尊敬を深める。

 

「ほう、中条の弟も今回入ってくるのか。実技も筆記も素晴らしいな。もうどの部活に入るのか決めてるのか?」

 

「チョッと十文字君、聞き捨てならないわね。あーちゃんの弟でこんなかわいくて魔法の腕も良くて賢い子なのよ。生徒会が貰うに決まってるでしょ!」

 

「バカ言え。これほどの実力者で、特に一番需要が高い移動・加速系が得意なんだ。だいぶ軟弱な体だが、風紀委員にこそふさわしいだろう?」

 

「どうなのあーちゃん!?」

 

「どうなんだ中条!?」

 

「ふ、ふえええええ!?!?」

 

 唐突に始まった三巨頭による弟の争奪戦。当然、真由美と摩利から水を向けられる形で、あずさも巻き込まれた。

 

「いや、部活動はその二つと兼ねることができるから問題はないが……」

 

 事の発端だというのに、克人は至極もっともなことを言って困惑している。

 

 そして当然、真由美と摩利も完全に本気で争っているわけではなく、冗談半分だ。あずさをからかいたいだけである。

 

 ただ、半分は本気なのも確かだ。これほどの存在である。総合一位の深雪は確定として、いつきもまた、自分たちの所に欲しい逸材だ。

 

「え、えーっと、そのう……」

 

 むろん、純朴なあずさはこれを本気の争いと勘違いして、どうしたものかと怯えて縮み、涙目で視線が右往左往している。

 

 それが数秒続いて、鈴音がそろそろ助け舟を出そうかと思った時、あずさが、ようやく口を開いた。

 

「そ、その、確かにいっくんは、すっごく可愛いし、賢いし、強いし、頼りになるんですけど……」

 

「ブラコンのお惚気は聞き飽きた」

 

「聞きたいのは結論だけよ」

 

「え、酷くないですか?」

 

 面倒から逃げるために傍観を決め込んだ範蔵と鈴音は、両方に共感した。二人の言いざまは実に酷いが、一方で、あずさがこの一年、事あるごとに弟について自覚なく自慢しまくっていたのは確かであり、実際範蔵も鈴音も聞き飽きている。

 

「も、もう…………その私も、いっくんが生徒会や部活動で楽しんでくれるのはうれしいですけど…………きっと、いっくんは、その全部に入りません」

 

「……そのこころは?」

 

 あずさの言い方は遠慮がちだが、それでいて、確信の籠った、芯の通った言い方だ。真由美はただならぬものを感じて、その真意を問う。

 

「いっくんは……いっぱい私と遊んでくれたりしますけど、なんていうか……効率主義者、みたいなところがあるんです。何かやりたいことがあったら、迷わず突っ走って……逆にそれ以外のことは、なるべく排除しようとするんです。小学校に入ってすぐぐらいから、学校の勉強が全く必要ないぐらいにすっごくお利口で……以来、中学校も含めて、ずっと不登校なんです」

 

「そ、それは……」

 

 誰も言葉が出せなかった。

 

 小学一年生の最初のほうだけ通って、あとは今までずっと不登校。初めて聞いた。彼女の自慢の弟が、そのような生い立ちだったなんて。

 

「もう入学してすぐぐらいから、小学校の内容は全部、いつの間にか理解していて……学校に行く意味がないからって、すぐに不登校を、いっくん自身が選びました。それで空いた時間は、ずっと魔法の研究や練習に打ち込んで……」

 

 私と遊んでくれていたのが、不思議なぐらいに。

 

 あずさがか細く、蚊の鳴くような声でつづけた言葉は、静まり返った生徒会室に、妙に響いた。

 

「だから、多分……いっくんがやりたいこととリンクしない限り、いっくんにとっては、生徒会も、部活動も、風紀委員も、全部『無駄』『邪魔』になってしまうんです」

 

 あずさの使った表現は、彼女らしくないほどに強い。

 

 それゆえに、彼女から見たいつきのパーソナリティが、よく伝わってきた。

 

 ――あずさも、いつきのそんな姿に、不安を覚えないわけではない。

 

 結局、あのやり取りでお互いのことは理解できた。しかしそれでも、今のいつきが一途に、ひたすら、正体の分からない「ナニカ」との遭遇に備えて、自分を鍛えていることが不安なのは変わらない。

 

 ただ自分が決めたことに一目散で、それ以外はすべて排除する。そんな、あまりにも効率主義で――あまりにも「生き急いでいる」姿。

 

 いつきは、あずさにとって一番の安らぎであるが、一方でそんな姿に、強い不安を抱え続けている。

 

 二人の関係は、とても仲の良い姉弟である一方で、どこか歪んでしまっていた。

 

「…………そうなのね」

 

 気まずい、長い沈黙。

 

 それを破ったのは、やわらかな笑顔を浮かべた、真由美だった。

 

 その顔には、先ほどまでの御ふざけが一切ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あーちゃんの可愛い弟君が、この高校で、何かゆっくりと楽しめるものを、見つけられるといいわね」

 

 

 

 

 

 

 

「――――はい!」

 

 不安から一転、あずさは、真由美の言葉に、涙目になって感激し、強い返事をする。

 

 他の面々もまた、克人も含め、真由美を改めて、心の底から尊敬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、その直前まで、とんでもなく酷い悪乗りで御ふざけをしまくっていた主犯が真由美であったことに一同が気づくのは、もう仕事が終わって帰る時間になるころだった。




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4-1

 原作に合流するRTA、はーじまーるよー!

 

 入学編スタート!

 

 入学式の朝、生徒会メンバーはリハーサルのために早く集まることになっているので、そのあずさお姉ちゃんについていく形で、いつき君もだいぶ早いですが出発します。

 

 で、校内で時間をつぶすわけですが、魔法の練習をするわけにもいかないので、運動がてらウォーキングでもしてましょう。本当は走り込みがベストですが、不審者そのものですからね。あ、あそこに新入生代表スピーチをするために早く来た深雪ちゃんと一緒に来たから暇してる達也兄チャマがいますね。まあ声をかけるのも不自然なので、そういえばここから原作が始まったんだな~ぐらいの気持ちでいましょう。

 

 このウォーキング中に、タイミングが合えば真由美パイセンと会ってちょっとお話をできたりしますが、今回は……あ、会えましたね。達也兄くんに話しかける前ぐらいのタイミングです。あずさお姉ちゃんから話聞いているのに、お姉ちゃんといつき君を間違えてますね。

 

 ちなみにここ、会っても会わなくてもどっちでもいいです。そんなに変わらないので。

 

 さあ、では時間になったので講堂に集まって、入学式です。あ、生徒会のあずさお姉ちゃんが手を振ってくれてるので振り返しておきましょう。可愛すぎて河合塾になったわね(多分新規生徒歓迎中)

 

 で、これが終わったらクラスに向かうわけですが……これも神の力が働いて、深雪ちゃんたちと同じA組です。

 

 原作の設定では成績順にバランスよく振り分けられるため、2位と1位が絶対に同じクラスになることはないんですが、これはまあ、ゲームってことで……。いやまあこういう安定要素があるのは嬉しいんですけど、それならもっとこう、色んな所で乱数幅を狭めてほしいというか……お兄様や深雪ちゃんが生まれない可能性すら存在するってマジでなんなの? って感じのゲームですね。

 

 さて、この初日の動きですが、履修登録を速攻で済ませて、途中退席をします。

 

 そして向かうのは、二科生の教室がある棟です。

 

 そこでフラフラと歩いていると……お、男子トイレでついに見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご覧ください、二科生の幹比古君です!

 

 

 

 

 

 

 

 おっす久しぶり、元気してた? あんまり元気なさそうだね。ん? 二科生? スランプ? へー、大変だね。どうよこの後、まずうちさあ、時間あるんだけど、潰してかない?

 

 ってな具合で、幹比古君と一緒に行動しましょう。

 

 はい、履修登録を爆速で済ませて途中退席するの、見覚えありますよね? そう、原作幹比古君と同じ動きです。これによって誰もいない場所でスムーズに幹比古君との再会を済ませることができます。

 

 ここでようやく、最初の方に話したポイントが蘇ってくるわけです。

 

 このゲームのRTAは素性ガチャ要素をなるべく排除するために、各ルートで男女それぞれのチャートを作るのが通例です。しかし、この中条家仲上々チャートに限っては、男の子限定の性差別ヘイトチャートなんですね。

 

 その目的こそが、幹比古君との交流です。

 

 異性だった場合、向こうも周りも自然と壁を作ってしまうので、三人の最重要キャラの一角である幹比古君と同じ性別にして、仲良くなりやすくする必要があるんですね。

 

 あ、ちなみに最重要キャラの一角であるあずさお姉ちゃんについては、弟・妹であるため仲良くなりやすく、性別はどちらでも構いません。だから、総合的に見て、男の子である必要があったんですね。

 

 そんな具合で入学後しばらくは、幹比古君と旧交を温めることにしましょう。一緒に帰ったりするのも、しばらくは彼です。野郎よりもあずさお姉ちゃんのほうが華やかなのですが、RTAのために贅沢は言ってられません。

 

 

 

 さて、この入学編における幹比古君の行動は、原作では特に語られていません。彼が本格的に登場するのは、九校戦編の体育の授業からです。入学編では、それこそ履修登録を済ませて退席するぐらいですね。書籍化にあたって、原作者様からも「出番をリストラされてしまった彼」とまで言われています。

 

 で、このゲームはなろう版の設定をほぼ引き継いでないので、もしかしたらここで初めて幹比古君の入学編を見る方もいるかもしれません。

 

 と言っても、正直つまらないですよ。

 

 部活動にも入らず、スランプで拗ねて即帰宅して修行するか、実技棟で修行するかのどちらかです。ブランシュや一科・二科問題も全く関心がありません。スランプのせいで心に余裕がないのでしょうね。

 

 このチャートではそんな彼の傍であれこれ一緒に行動して、友情を深めていくことになります。

 

 とはいえクラスが違うので、お昼ごはん一緒に食べて、放課後一緒に帰ってたまにちょっと遊んで、妖魔に関する話を少しずつ引き出して、ってな具合ですがね。

 

 そういうわけで入学編は、何もやることがありません……と言うわけもなく。

 

 

 超速早送り中に解説している間にやってきました。いきなりクライマックスシーン、講堂での公開討論会です。

 

 とはいえここは講堂ではなく実技棟。興味ないアホみたいなイベントなんか無視して、空いている今のうちにここで魔法の練習でもしようぜ! と誘ったわけです。

 

 練習内容はまあ適当に模擬戦で良いでしょう。RTA操作のキャラはゴリゴリのスピードファイターであるのに対し、幹比古君は速度で劣る古式魔法師で、しかもスランプ中です。本気を出しても当然幹比古君の練習にならないので、手加減してあげましょう。

 

 そんなことをしている間に、爆音が鳴り響くので、なんだなんだ!? てな具合で出陣します。CADも持っているので即座に戦闘に参加できますね。だから、実技棟で練習する必要が、あったんですね。

 

 

 

 さあ、この世界初の実戦です。

 

 対戦相手は武装テロリスト。ただし訓練されておらず、そのレベルは昭和期の過激派武装集団未満です。初めての実戦としてはこれ以上ないほどの雑魚ですね。

 

 ではやっていきましょう。戦術は全チャートほぼ同じで、移動・加速系で高速移動しながら遠距離攻撃で仕留めます。校庭は砂利だらけなので、十分攻撃として成り立つでしょう。

 

 厄介なのはゴーグルやマスクをしていて顔面に砂利をぶつけても効果がない相手ですが、それに対しては泥を固めたものをぶつけます。

 

 ……うーん、黒羽蘭ちゃんに比べて、いつき君はやっぱり、あらゆるものが明らかに弱いですね。あっちは同じ事やってる時もCADなしだったはずなのに、それでも蘭ちゃんのほうがスピードも攻撃力も上です。

 

 あ、ここでは幹比古君が怪我しないようにサポートもしてあげましょうね。まだスランプなので。まあ、一度戦闘になってしまえば感覚の狂いとか気にしている場合じゃないので、意外とすでに戦えたりするんですけどね。

 

 そんなことをしているとやや遅れてレオ君とエリカちゃんが参戦します。ここまで来たら、あと少しで第二フェーズですね。

 

 しばらくは四人で戦って、校庭を一通り片づけましょう。

 

 

 

 

 そして、そろそろ達也アニキが来るかなー……という頃合いで――――原作主人公の活躍奪っちゃるわ!!!

 

 

 

 

 狙いが図書館である可能性を示唆して、幹比古君を連れて図書館に向かいます。ここでの戦いが第二フェーズですね。

 

 そして原作通り、こちらには校庭よりも幾分か強いメイン部隊がいますので、戦いましょう。ポイントは、魔法を無効化するアンティ・ナイト持ちは優先的かつ即座に無力化することです。魔法がないいつき君はただのちっちゃな男の娘なので、一方的にレ〇プされちゃいますからね。

 

 そうして幹比古君とマブダチ二人で図書館を制圧していって……さあ、いました。第二フェーズの強敵・壬生紗耶香ちゃんです。

 

 相手は二科生と言えど二年生で剣道小町。しかも家柄の都合上、それなりに実戦的訓練も積んでいます。今はある意味でスランプともいえる状態なので横浜騒乱編には遠く及ばないですけどね。

 

 一方こちらはというと、実戦経験ゼロのちっちゃな男の娘と、スランプの二科生一年。アンティ・ナイトを使われたら、敗北は確定でしょう。

 

 そういうわけで容赦なく先制攻撃してアンティ・ナイトを破壊します。指輪ごと破壊したし多分指も破壊しましたが関係ありません。テロリストに対して慈悲はないのです。そこからさらに抵抗してきますが、一科生様の力を存分に見せつけて痛めつけましょう。オラ、ウィードごときがブルームに逆らうな!(ウィードが仲間にいないとは言ってない)

 

 よし、これで校内については一通り片付きましたね。原作では、達也兄やと深雪ちゃんが図書館につく頃にはすでに侵入されていましたが、今回は原作主人公たちとエリカちゃんの戦闘機会を奪うために早々に突撃したため、なんも被害はありません。

 

 

 はい、では校内の問題が片付いたからここでお終い……なわけないでしょう!!!

 

 こちとら経験値が少しでもほしいんだよ!!!

 

 タイミングを見て、幹部クラスが集まっている保健室に突撃します。

 

 おっす、楽しそうなことやってんじゃねえか。そろそろ混ぜろよ!

 

 当然危険すぎると拒否されますが、レオ君やエリカちゃんが参加するなら、一科生入試次席様が参加できませんは話にならないと押しとおします。そしてその戦闘力は、校内の様子を見ていたレオ君とエリカちゃん、そしてつい先ほど叩きのめして怯えた目をしている紗耶香ちゃんからお墨付きをいただきます。

 

 そんなわけで、第三フェーズ・アジトへの突入に、いざ鎌倉!!!

 

 ごっつい車に硬化魔法をかけてズドーン! さあ突撃じゃあ!

 

 チームは次の通り。

 

 車の中で酷使されてぐったりしているレオ君とその護衛兼帰りのアシを守る役となったエリカちゃん。

 

 兄妹水入らずの司波チーム。

 

 一科生次席と二科生サポーターのいつき君・幹比古君チーム。

 

 そして単独で別の入り口から暴れまわる克人パイセンと桐原パイセンです。

 

 

 

 ここにいるメンバーは学校よりもさらにちょっとだけ強く、また数の不利もあるので注意しましょう。ただし、周囲には物が散乱していて、移動・加速系魔法の武器は学校よりも多いため、より暴れることができます。そして、うーん、幹比古君のサポートが光りますね。あ、ここ、うっかり殺しちゃったら大変なことになるので、重傷程度に留めておきましょう。

 

 そんなこんなで初めての実戦でまさかの三連戦をして暴れているうちに、達也おにいたまと桐原先輩が、ボスを片付けてくれました。

 

 これにて一件落着! 終わり! 閉廷! 解散解散!

 

 

 

 

 こんな具合で、ついに平和な一般家庭出身でも、初めての戦闘をすることになりました。

 

 雑魚相手とはいえテロリストはテロリスト、これまでの自主練に比べたら、明らかに経験値が入っていますね。一般家庭チャート、特に中条家仲上々チャートはここまでの間に経験値がかなり不足しているので、ここではがっつり介入して、暴れまわる必要があります。

 

 それでは心配してワンワン泣いてるあずさお姉ちゃんをなだめながら、今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。




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4-2

 今日から新三年生となった生徒会長・七草真由美は、入学式の準備を頼れる同級生と後輩に放り投げて、校内をフラフラと歩いていた。

 

 目的は一つ。今すでに校内に来ているらしい、二人の新入生に会うため。

 

 一人は司波達也。新入生代表として早めに来ることになった妹・深雪についてきた二科生。だが筆記試験は歴代圧倒的最高スコアを叩き出してる。

 

 もう一人は、一番かわいがっている後輩・中条あずさの弟の、中条いつき。司波深雪という規格外と被ってしまって次席だが、彼もまた楽しみな逸材だ。ぜひ、早いうちに一目会っておきたい。

 

(どんな子なんだろうなー)

 

 独特の、それでいておしとやかで上品に見える、謎の歩き方でフラフラ散策しながら、真由美はぼんやりと考え事をする。きっと二人とも、すごく賢いのだろう。顔写真は見たものの、実際に見れば印象は違うのかもしれない。

 

 そんなことを考えているうちに――視線の先に、見慣れた人物が入ってきた。

 

 明るい栗色のふわふわの髪が、肩にかかるかかからないかぐらいまで伸びている。中学生にしか見えない低身長。間違いない。仕事を任せたはずのあずさだ。

 

「チョッとあーちゃん。何お仕事さぼってるのよ珍しい。トイレ?」

 

 後ろからソロリと近づいて、至近距離で声をかけてびっくりさせようとする。

 

 

 

 

 

「うわ…………えっと? あーちゃんって、あずさお姉ちゃんのことですか?」

 

 

 

 

 

 だが目の前の中条あずさだったはずの少女は、あずさと同じ声で、困惑した表情でそんなことを聞いてきた。

 

「ん? あー、なるほど、はいはい」

 

 そこで違和感に気づく。そういえば、着ているのが男子の制服ではないか。そもそも、あずさが仕事をさぼるとは考えられない。今頃、摩利や鈴音あたりの愚痴に晒されながら、人一倍働いてるだろう。

 

「あなたが、中条いつき君ね?」

 

 そう、目の前にいるのは、まさしく目的としていた少年だ。

 

 その姿は、証明写真で見るよりもはるかに、可愛い後輩にそっくりである。よく見たらわずかに顔立ちが少年っぽい気もするし、声もわずかに低い気もするが、かなり集中しなければ見わけも聞きわけもつかないだろう。

 

「初めまして。生徒会長の七草真由美です。あーちゃ……お姉さんには、いつも助けてもらっているわ」

 

 真由美は見る者すべてを魅了する天使の笑顔を浮かべる。世の中の男はこれで皆、初対面でこちらの術中にはまったのだ。異性を少しからかうには、これが最適だ。

 

「あー、あなたがあずさお姉ちゃんが言ってた七草先輩なんですね。初めまして、お姉ちゃんがいつもお世話になってます」

 

 だが、いつきはほんの少しも動揺しなかった。

 

 実に模範的な態度で、ピョコン、と可愛らしく頭を下げ、にっこりと笑う。その愛嬌ある姿に、むしろ真由美の方が動揺してしまった。

 

「それで、七草先輩はなんでこんなところに? 生徒会のお仕事があるのでは? 入学式とか」

 

「え、えーと……」

 

 そして追撃で、いきなり痛いところを突かれてしまった。なるほど、賢いというのは本当らしい。

 

 これではまるで、ダメな生徒会長みたいだ。真由美は数秒の間、灰色の脳細胞を巡らせて、言い訳を探す。

 

「少し、校内の様子を見ておこうかと思いまして。あなたのように、早めに来て困っている新入生もいるでしょうから」

 

「あー、なるほど」

 

 本心は分からないが、少なくとも表面上は納得してくれた。真由美は安心しながら、言葉を紡ぎだす。

 

「何か困ったことがあったら、あーちゃんでも、私にでも相談してくださいね? なんなら、私のことも二人目のお姉さんだと思ってくれていいわよ」

 

「お姉ちゃんは、あずさお姉ちゃん一人だけなんで」

 

「あ、はい」

 

 あのブラコン姉にして、このシスコン弟だ。

 

 真由美は呆れ果てながら当たり障りのない別れの挨拶をして――いつきが視界から外れると同時に、達也を探すべく、またさぼりを続行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入試の時ほどではないにしろ、こうして入学初日を迎えても、幹比古の心はささくれ立ったままだった。

 

 さっさと履修登録を終え、自分が悪目立ちする可能性すら全く考えず、幹比古は教室を離れ、暗い気分で校内をうろうろと歩いていた。

 

 何もせず座っているよりかは、こうして歩いている方がまだ気がまぎれる。

 

 慣れない制服に、物理的なもの以上の重さを感じる。

 

「はあ……」

 

 この溜息も何度目だろうか。

 

「まさか、エリカと同じクラスだったなんてなあ」

 

 そうして新たな生活で連想が及んだのが、家同士の付き合いが深い幼馴染のエリカが、まさかのクラスメイトだったこと。4分の1の偶然が、よくもまあ当たるものだ。

 

 実際、この未来のことを考えたらもっととんでもない偶然でE組に導かれし者とでもいうべき逸材が集まっているのだが、当然この時の彼は知る由もない。

 

 クラス替えシステムはなかったはず。三年間、からかわれ続けるのだろう。

 

「頼むから、高校進学を境に『ミキ』も卒業してくれよ……」

 

 我ながら叶いそうにない願いを呟きながら、トイレに入る。用を足したら、校内にあるカフェで時間でも潰そうか。

 

 そうして用を足していると、トイレに後から誰かが入ってくる気配がした。

 

(いったい誰だ? 僕以外にもさっさと済ませて出歩くせっかちがいるんだな……)

 

 まあ、別に誰でもいいか。

 

 そう思って、ズボンのチャックを閉めた時――

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 幹比古君?」

 

 

 

 

 

「えふっ!

 

 ――――驚きで幹比古の喉も締まった。

 

 チャックに色々挟むような失態こそしなかったが、変な声が口から洩れる。

 

 そして息を整えて声がしたほうを振り返ると――

 

 

 

「やっぱ幹比古君だ! 久しぶり!」

 

 

 

 ――そこには、女の子が立っていた。

 

 いや、なんで男子トイレに女の子が、などという驚きを、今更感じたりはしない。

 

 なにせ、この小さな女の子……にみせかけた男の子のことは、よく覚えているのだから。

 

「い、いつき!? ここに入学してたんだ」

 

 中学一年生の時以来全く会っていないライバル、中条いつきである。

 

「そう。お家も大体この辺だからね」

 

 想像よりもはるかに近くに住んでいた。同じ関東圏だったとは。

 

 突然の再会に幹比古は驚きと動揺ですっかり頭が回らなくなるが――すぐに気まずくなって、目を逸らし、細い声で、なんとか言葉を続ける。

 

「そうか……」

 

 さきほど視界に入ったのは、花を模した一科生のエンブレム。やはりいつきは、しっかり一科生として入学していたのだ。一方自分はと言うと、そのエンブレムはない。入試でも無様をさらして、かろうじて二科生だ。

 

「そうだ、せっかく会ったんだし、ちょっとカフェとかで色々話そうよ! 履修登録終わるまで暇だしさ!」

 

 いつきはあの時と変わらない天真爛漫な笑顔で誘ってくれる。

 

 だが、今の自分はもう、いつきから目を向けられるような存在ではない。

 

 いつきは気づいていないようだから、ここでいっそ、もう縁を切ってしまおう。

 

 幹比古は、心臓を絞られたような痛みを覚えながら、震えた声を絞り出す。

 

「…………御覧の通り、僕は二科生だよ?」

 

 これでいつきは、もう自分なんかに構うことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、知ってるよ。それが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 両者の頭に、クエスチョンマークが浮かんでいる。

 

 いつきは可愛らしく小首をコテンと傾げ、幹比古はそんないつきの顔を見て固まったまま。

 

「エンブレムついてないのはまあ、びっくりしたけど。当日体調でも悪かったのかな? まあそれはそれとして、二科生だとこの後なんか予定でもある感じ?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど」

 

「じゃあ行こうよ!」

 

 そう言って、いつきが幹比古の手を取ろうと、小さな可愛らしい手を伸ばしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その手から、幹比古は逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二科生になった自分をも受け入れてくれたことは、とても嬉しい。

 

 今にも泣いてしまいそうなほどに。

 

 だがそれでも、その手は拒絶しなければならない。

 

 なぜなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ手を洗ってないから、触らないほうがいいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は用を足した直後なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして再会した幹比古といつきは、クラスどころか一科生・二科生の違いがあるというのに、主に昼休みや放課後に、一緒に過ごすことが多くなった。

 

「あなたがいっくんが言ってた吉田幹比古君ですかあ。初めまして、姉のあずさです」

 

 4月中頃の昼休み。いつきのお弁当を届けに来たあずさも加えて、三人で食事をすることになった。

 

「は、初めまして。いつきにはお世話になってます」

 

 いつきと違って、あずさはこんな見た目でも年上の美少女だ。エリカ以外の、いや、ある意味エリカの影響で異性に弱い幹比古は、緊張しながら頭を下げる。

 

「ある意味、いっくんの初めてのお友達だね」

 

 とてもナチュラルに幹比古の対面に座るいつきの隣に向かい、二人とも小さいからソファもそれなりにスペースがあるというのに、恐ろしく近い距離に座る。年頃の男女のはずだが、姉弟ともなると気にしないのだろうか。弟子に女性は多いが血筋は男所帯の幹比古は、そんな感じで納得しながら、お冷で口を湿らせる。

 

 入学してからの数日の間に、いつきのことをだいぶ知ることができた。

 

 連絡先、住んでいるところ、家族構成。

 

 そして身の上話。

 

 いつきは、あまりにも天才過ぎた故、小学校一年生の4月からずっと不登校だった。当然友達ができるはずもなく、遊び相手はもっぱら家族。そうなると幹比古は確かに、彼にとっての初めての友達と言えよう。

 

 二人はおそろいのお弁当を広げる。二人の見た目通り、幹比古からすればお箸の先で突けばすぐに食べ終わるような子供向けサイズだ。中身はいろどり華やかで、その見た目だけでなく、栄養面も味も、きっと優れたものだろうというのが容易に想像がつく。少なくとも、自分が食べようとしているうどん大盛・天かす多めよりかは。

 

 今日のお弁当はあずさが作ってくれて、こうして後から持ってくるとは聞いていた。いつもは母親が作ってくれて、一回幹比古と一緒に食べなかった日はいつきが作ってあずさと一緒に食べていたらしい。そういえば、クラスメイトのどこか剣呑な雰囲気がある司波達也とかいう男子も、あの新入生代表の綺麗な子の兄で、お弁当を作ってもらってるとかなんとか言っていたような気がしないでもない。

 

(男女きょうだいって、こんなもんなのかな)

 

 幼馴染のエリカが一番身近な例だが、幹比古視点では、あれはほぼ男兄弟でありノーカウント。そのせいで、幹比古に、男女きょうだいの誤った認識が植え付けられつつあった。

 

「吉田君は、もう高校には慣れましたか?」

 

「えっと、はい、おかげさまで……」

 

「部活動とか、委員会とかは入りますか?」

 

「それも考えてないですね……」

 

 部活動勧誘期間はすさまじいものだった。

 

 幹比古は魔法師男子の中では見た目は華奢な方だが、実際はよく鍛えられた肉体を持っている。それを見抜いた非魔法系運動部から、熱烈な勧誘を受けたのだ。

 

 一緒に行動していたいつきも、一年生次席という噂がプライバシーも何もなく広まっていて、あらゆる部活から勧誘を受けていた。一番熱心だったのが魔法が関係ない演劇部だったのは、納得いかないように見えて、この見た目で男の子と言うことも考えると、むしろ一番納得いく組み合わせだったというのは余談だ。

 

 そして幹比古もいつきも、部活動に入ることは全く考えていなかった。いつきは興味なさげだし、幹比古もそんな気分ではない。結果、二人はどこの部活にも属さず、放課後は実技棟の隅っこを借りて魔法の練習をしているか、一緒に帰るか、たまに寄り道してそこらへんでフラフラと遊ぶか、という程度だった。

 

「そうですか……部活動の入部は途中からも認められていますので、いつでも歓迎してくれると思いますよ。いっくんも、ね?」

 

「部活動かあ……オカルト研究会とかあればなあ」

 

「いつきの言うオカルト研究って、随分本格的なやつだろ?」

 

 幹比古は苦笑する。

 

 いつきは、なぜだか知らないが、古式魔法師の世界では存在するとされている、妖魔の類についてやたらと熱心だ。しかも現代魔法師の身でかなり深いところまで知っているので、そんな人間がオカルト研究会なんていうどう考えても不真面目な連中――幹比古の偏見である――に入ったら、逆に浮いてしまうかもしれない。

 

「あ、そうだ。……吉田君は、古式魔法師、なんですよね」

 

「はあ、一応」

 

 今はそれを名乗るのすらおこがましいが、否定する材料があるわけでもないので、曖昧な返事をする。

 

「いっくんが、吉田君から、精霊とかお化けの話とか、いっぱい聞いたって言っていました。よろしければ、私にも聞かせてもらえませんか?」

 

 目を爛々と輝かせて、その一方でどこか深刻そうに、ズイ、と身を乗り出してくる。少し話しただけでも大人しい性格だと勘づいていた幹比古は、意外なその行動に、たじろいでしまう。

 

「中条先輩も、魔性の類に興味がおありで?」

 

「はい。いっくんと一緒に、中学生のころから研究しています。といっても、趣味の範疇ですけど……」

 

「いつき、さてはあの交流会に参加してた目的って」

 

「ビンゴ。精霊について古式魔法師に聞こうと思ったからだよ」

 

「フットワークが軽すぎやしないか?」

 

 部活動や小中学校など興味ないことにはてんで関わろうとしないのに、興味がある事にはあんなところにまで参加する。そんな対称性は、幹比古のその感想が実に的を射ていた。同じことはあずさも思っていたようで、乗り出していた身を退きながら、苦笑していた。

 

「えっと……まずどこまで知っていますか?」

 

「そういう存在がいて、人を食べたりする、とだけ」

 

 自前で色々仮説を立ててはいるが、それはここではまだ話さなくて良いだろう。21世紀頭までの大学に相当する機能の一部が移された高校で一年間しっかり学んだ彼女は、研究者としてそれなりの態度を弁えつつあった。

 

「確かに、僕もそこまでしか話していませんね」

 

 察するに、この二人の情報源は、幹比古だけなのだろう。なんだか責任重大だ。

 

「えーっと……まず、化け物の類は、確実に存在する、と言うことになっています。僕ら古式魔法師は、そうした不意に現れる魔性の存在と、戦う術もある程度身に着けることになりますね」

 

「無駄な練習をするわけないから、ある程度確信をもってそういうことをやっている、ということですね」

 

「はい。それで、そうした化け物は、当然各文化・人種・地域・宗教で様々な呼ばれ方や分類をされています。例えば日本だったら、八百万神、妖怪、お化け、鬼、『たま』、みたいな」

 

「海外だったら、悪魔とか、神様とか、ドラゴンとか?」

 

「そんなところ。で、古式魔法師は秘密主義的なところもあるけど、一方で横のつながりも世界的に強かったりするから、そういう分類を世界レベルで統一しよう、って話になったんです」

 

 幹比古はタブレット端末にタッチペンで綺麗に線を引いて、分類の表を書いていく。

 

「人間に憑りついて他の人間を襲う『パラノーマル・パラサイト』。これは大体の化け物の類が当てはまる、と言われています。仕組みはよくわかりませんが、人間の肉や血を摂取することで、そこに含まれる『精気』……サイオンやエイドスとは違う、生命力みたいなものを奪って糧としている、という話が有力ですね」

 

「へえ、寄生するからパラサイト、っていうことですか?」

 

「そうなります。異形の人型の鬼、吸血鬼、動物型の妖怪……これらは全部、パラサイトに乗っ取られた生物が、都合よく作り替えられたもの、ということですね」

 

「だってさ、あずさお姉ちゃん。枯れ尾花じゃなかったみたいだね」

 

「も、もう! 真面目なお話してるんだから御ふざけはなし! メッ!」

 

 あずさが顔を赤らめていつきを窘める。多分、こうした話の中で、いつきが「怪談」をしてあずさをからかったのだろう。いかにも怖い話が苦手そうである。

 

「あとは、プシオンを核とした、独立情報体である『精霊』、という分類がありますね。これは実際に精霊魔法として使っているので、存在が確認されています。一応吉田家では、自然界の巨大な情報を司る精霊に関しては、『神』と分類していますね。そういうわけで、上手いこと纏めて『神霊』と分類することもあります」

 

「精霊と神様を同じようなものとして扱う、ということですか?」

 

「一神教じゃそうはいきませんが、八百万神の観念がある神道系ですからね」

 

 幹比古は苦笑する。分類決めの国際会議では、一神教文化圏と多神教文化圏で大層もめたらしい。開催国のイギリスは一神教文化圏だが、どちらに肩入れするわけにもいかず、さぞ大変な思いをしただろう。

 

「それと、これは魔法によって人為的に生み出した、化け物のような何かですね。式神だとか、使い魔だとか。知性ある生物のように振舞いますが、実際に化け物を生み出しているのではなく、術者によって動きがプログラミングされた存在、ということになります。その中でも、物体を介さずに出現するのを、化成体、と呼んだりもしますね」

 

「お化けにも色々あるんだねえ」

 

「ちなみに、こうした化け物の類を操作して行使する魔法を、『SB(スピリチュアル・ビーイング)魔法』と言ったりするよ。まあ、パラサイトはそもそも現れたって話を近年は全然聞かないし、仮にいてもコントロールできないから、実質、神霊と式神だけだけどね」

 

 色々と秘密にかかわる話をした気がするが、幹比古は考えないでおく。

 

 高校生活が始まって二週間。いつきが彼を受け入れたおかげで、思ったよりも楽しく過ごせている。

 

 これは、その恩への、ささやかなお礼なのだ。

 

「はー、なるほど、こんなに詳しく分類されてたんですね」

 

 書き込まれたタブレットを手に持って、あずさはまじまじと眺める。現代魔法師界隈は古式魔法師たちを「時代遅れ」「今の時代の敗北者」などと馬鹿にする不届きものもいるが、現代魔法の世界では全く未知の存在であるどころか存在すら疑われている「化け物」を、こうまで詳しく分類できるのだ。改めて、古いものも新しいものも、大事であることがよくわかる。

 

「で、実はここが肝心なんだけど……コントロールできないお化け、パラサイトは、人間を害するんだよね?」

 

 いつきが声を一段低くして、浮かべていた朗らかで可愛らしい笑みを消し、確認する。間抜けな声で感心していたあずさも、口元を引き結んでいる。

 

「…………そういうこと。僕たち古式魔法師は、それが使命と言えるかもね」

 

「それって、ボクらも、戦えたりするの?」

 

「難しいと思うよ。憑りつかれて妖怪になったやつは、物質的に破壊すれば可能だろうけど、憑りついた本体は観測もできないし倒せないだろうね」

 

「それはなんでですか?」

 

「物質的な存在ではないからです。だから、系統魔法は無理でしょう。サイオンによる攻撃もありますが、かなりの修行を要しますね。対抗するには――それこそ、同じような存在を扱う、SB魔法しかないと思います」

 

「そっかあ」

 

 いつきとあずさは納得した雰囲気だ。

 

 しかしながら、自分たちが戦えない、と知った、安心感や失望のようなものは感じない。

 

 むしろ――心の中で、別の手段があると、ある程度確信しているような雰囲気。

 

 

 

 

 

 気になる。

 

 

 

 

 僕がこんなに話したんだから、そっちが話してくれてもいいじゃないか。

 

 

 

 

 そんな感情が湧き上がってきて、口に出そうとするが――喉元まで出かかった言葉を、飲み込む。

 

 今話したのは、あくまでもいつきへのお礼だ。何かその代償を求めるものではない。

 

 それになんだか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――二人はきっと、いつか話してくれる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう幹比古は、なんとなく「予感」した。




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4ー3

 幹比古にはあまりかかわりのない話だが、入学早々、校内では何やら騒がしい学生運動が行われていた。

 

 曰く、一科生と二科生の差別を云々と。幹比古としても思うところがないわけでもないが、正直、どうでもよかった。

 

 そういうわけで、色々な活動の決着点として設けられた公開討論会には当然出席せず、もう親友と言っても差し支えないいつきと一緒に、実技棟で魔法の自主練習をしていた。

 

「ぐっ、待て!」

 

「鬼さんこちらっと」

 

 関心が公開討論会に向かっているため、いつもは二科生や一年生がほぼ使えない大部屋も使用可能だ。だだっ広い部屋を二人きりで独占し、魔法を使った鬼ごっこを行う。

 

 幹比古は危険なものでなければ妨害含めどんな魔法もOK、いつきは移動・加速・加重系のみ。幹比古はいつきに手のひらでタッチできたら勝ち、だ。

 

 こんな圧倒的有利だというのに、幹比古は現在、五連敗している。

 

 そう、逃げ切るだとか、時間制限だとかがないのに、五連敗だ。

 

「そーれっと」

 

「その変な動きは何なんだ!?」

 

 そしてたった今、六連敗目を喫した。

 

 幹比古が何とか迫ってタッチしようとしたところで、いつきは紙一重で華麗に回避し、逆に幹比古の体を軽くタッチしてから高速で離脱する。まるで落ちる木の葉を掴もうとして逃げられるかのような動きと、単純な速度を合わせた逃走術。追いつくのがやっとだし、タッチはできないし、それどころか回避のついでに逆にタッチされる始末だ。これまで頭、右肩、左肩、背中、胸、と来て、今度は尻である。

 

「さあ7度目はお股を思い切り掴みに行くよ? ラッキーセブン!」

 

「それだけはやめてくれ!」

 

 いつきだってあの見た目だが男のはずで、その痛みはよくわかっているはず。それなのにそこを狙うと堂々と宣言するし、そして恐ろしいことに、ガードするべき場所を指定されたというのに、防ぎきれるビジョンが浮かばない。

 

「しょうがないなあ、じゃあちょっと休憩しようか」

 

「……そうしてくれると助かるよ」

 

 そう言っていつきが力を抜くと、幹比古も力が抜け、床に座り込む。軽く20分以上全力で魔法を使い続け、全速力で駆けまわった。汗だくだし、呼吸もそろそろ限界だ。

 

「はい、これ」

 

「ありがと」

 

 いつきから、タブレット端末とスポーツドリンクを渡される。幹比古はスポーツドリンクをがぶ飲みしながら、端末を操作した。

 

 そうして映し出されたのは、先ほどの訓練の様子。カメラで録画して、後で見返せるようになっているのだ。

 

「最初の方に比べたらだいぶ良くなってると思うよ」

 

「だといいんだけどね」

 

 普段はここまで激しくはないが、たまに二人は、こうして一緒に魔法の練習を行っている。もっぱらスランプな幹比古にいつきが指導するという形だが。

 

 映像に映っているのは、幹比古が無様に敗北を重ねる姿だ。こう見えても、いつきの言う通り、最初のころに比べたらだいぶ改善している。当初の実技は二科生のクラス内でも下の方だったが、ここ三週間ほどで、一気に上位へと躍り出るほどだ。

 

 今やった鬼ごっこも、後半ほど疲れてくるはずなのに、魔法準備から行使までの動きがだいぶスムーズになり、行使速度も上がってきている。いつきが常に追いつかれないギリギリを保ってくるので、必死に追いかけるうちに、勝手に速度が上がってきたのだ。

 

「うーん、でもなあ」

 

 幹比古は手元で小さな精霊魔法を行使する。それなりに急いでやったが、その速度は古式魔法としてもだいぶ遅い。どちらもまだ二科生レベルであることには変わりないが、鬼ごっこ後半と比べたら雲泥の差だ。

 

「スランプの原因は、体調とか体質じゃなくて、やっぱ精神的な部分が強いと思うんだよね。実際、疲れてきて必死になったら、あれこれ考えなくなるから、いい感じになってきてるよ」

 

「やっぱそうなのかなあ」

 

 すでに自分のスランプのきっかけは、いつきとあずさには話している。吉田家の秘儀なので詳しいことは話せないが、「神」と呼んでる巨大な現象の精霊をその身に降ろしたもののそこからコントロールできなくなった魔法事故、ぐらいは説明してあるのだ。

 

『コントロールできなくなって、どうなったんですか?』

 

『なんていうか、こう……神から干渉を受けて、サイオンが枯渇して……うまく言えないんですけど、それ以来、魔法を使う時に、ずっと違和感を感じるようになったんです。こう、前は感覚的に簡単にできたのに、今はどうやってもスムーズにできないというか』

 

 あずさが先輩風を吹かせてアドバイスをしようとしたものの、こう見えてスランプを魔法面で経験していない彼女は何も言えなかった。結局、一般論として、「イップス」なるものに近いかもしれない、という、とっくに幹比古がエリカから示されている可能性の一つを絞り出すのがせいぜいだった。

 

 とはいえあくまでもイップスは身体の動きに関する症状だ。古式魔法は現代魔法に比べたら身体技能的な部分は多いが、だからといって当てはまるわけではない。

 

 そういうわけで、龍神からの干渉によって体に何か変化が起きたのかとも思ったが、それも違う。

 

 そんな八方塞もあって精神的に参っていたところに、いつきが、こうして、改善の可能性を示してくれたのだ。

 

 とはいえそれも、ほんの少し兆しが見える、という程度に過ぎない。明るい未来が見えてきたとは到底思えないし、ましてや、かつて神童と呼ばれた技量が復活するとは、想像すらもできない状況だ。

 

「まあ、とりあえず今のを続けていって悪いことにはならないと思うから、なんか見つかるまではこれを続けてみようか」

 

「そうだね。股間を触るのだけはやめてほしいけど」

 

 必死になって覚醒するかもしれないが、色々縮こまって悪化する可能性の方が大きい気がする。

 

 そんな他愛のない話をしていると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――遠くの方で、何かが爆発し、重苦しく瓦礫が崩れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 幹比古は少し疲れが取れたこともあって、即座に立ち上がってCADと呪符を構える。その反応速度は、かつて神童と呼ばれた面影があったが、本人が気づくことはない。

 

「なんだろう、トラックが学校に突っ込んだのかな」

 

「そんなことあるかなあ?」

 

 一方、いつきの反応は落ち着いている。

 

 ありえそうな原因を探ってみるが、どうにも思いつかない。

 

「とりあえず、行ってみよっか」

 

「そうだね」

 

 そうして二人は、実技室を、片付けもせずに駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想像だにしない世界になっていた。

 

 校内にはガスマスクやヘルメットをした怪しい奴らが跋扈していて、破壊活動をしている。

 

「これは何!?」

 

「多分、反魔法師テロリストかな?」

 

 幹比古が混乱する横で、いつきは何のためらいもなくCADを操作する。すると、侵入者が持っていた武器がひとりでに宙に浮いて、その持ち主の頭をしたたかに打ち付けた。

 

「とりあえず、身の安全のために、戦うよ!」

 

「ちょ、こういう場合は逃げるもんじゃないの!?」

 

「幹比古君は避難してていいよ!」

 

 制止する幹比古にそう言い残して、いつきは魔法による猛スピードで武装集団のど真ん中に着地し、舞い上がった砂利をそのままシームレスにけしかけて攻撃する。幹比古はしばし唖然とするが、いつきを一人にするわけにもいかず、そこに参戦する。

 

 幸い、武装集団は素人そのものだ。疲労はあれど、肉体的なスランプは全くない幹比古は、魔法を併用しつつ、主に格闘戦で賊を次々と無力化していく。

 

「自主練中でよかったね!」

 

「本当それ!」

 

 幹比古が気持ちを高ぶらせるために放ったジョークに、いつきがいつもよりもだいぶ少年っぽい笑みを浮かべながら返事をする。普段特別な役割を持つ生徒以外は、CADを職員室に預けている。一方で魔法練習には自前のCADが一番であり、事前に申請すれば、実技棟などの指定された場所限定で携帯可能なのである。

 

 今回はたまたまこの事件に自主練習が重なって、CADを持った状態で戦闘に参加できた。

 

「よーしいっちょやったるわよ! ――って、ミキ!? それにいつきも!?」

 

「お先に失礼してるよ!」

 

「うお、なんだ!? クラスメイトと中学生が一緒に戦ってる!?」

 

 そうして戦っていると、エリカと、彼女と仲良くなったらしいクラスメイトのレオが、自分たちが来た方向と同じく、実技棟から現れた。CADを持っていることから察するに、二人も討論会に興味が無くて自主練習していたのだろう。レオは幹比古ともいつきとも親しくないので、二科生一年生と見た目中学生の女の子が真っ先に戦場のど真ん中で戦っているという異常な光景に、混乱しているようだった。

 

 エリカとレオの参戦で、こちらに天秤が傾いた。元々敵は数だけだったので、こちらの戦力が単純計算で倍になれば、一気に楽になる。

 

「くそ、一年坊め!」

 

 それゆえに油断があったのか、幹比古は背後からの攻撃に気づくのに遅れた。かつてはこんな攻撃どうってことなかったが、スランプ故に魔法が間に合わない。

 

「おっと、大丈夫?」

 

 だが、少し離れた場所から、いつきが魔法で助けてくれた。金属バットを振り上げていた腕に泥の塊が高速で激突し、振り下ろす軌道がズレて、幹比古が立っているすぐ横の地面に打ち付けられた。

 

「――ありがとう!」

 

 自分が情けない。幹比古は暴れだしたい気持ちを敵への反撃として出力しながら叫ぶ。今の勢いで殴られたら、良くても腕の骨折は免れなかった。そうなれば一気に数で囲まれて戦闘不能、悪ければ死んでいただろう。

 

(集中だ!)

 

 相手が数だけであろうと、心の準備をしてきた武装集団だ。対してこちらは、急に対応することになった素人。油断している暇はない。

 

 頭がカッと熱くなり、それでいて思考は冷静で、視野が広がる。しばらく戦っていたことで、戦闘のギアがようやく上がってきたのだ。

 

 懐から呪符を二枚取り出して放り投げる。一枚の呪符で周囲の賊に水がまとわりつき、もう一枚の呪符から少し遅れて放たれた雷撃が意識を刈り取る。これぐらいの水で電気が通りやすくなるわけではないが、まとわりついた水はゴーグルやガスマスクの視界を防ぎ、雷撃への反応を遅らせた。

 

 今の幹比古では、この雷撃魔法『雷童子』をただ使うと、遅すぎて相手に悟られる。自分の今の実力を考慮したうえでとっさに考えた作戦だった。

 

「――ねえ、幹比古君」

 

「なんだい?」

 

「変だと思わない? 外で暴れるだけなんて。これじゃあ何の意味もないと思うんだけど」

 

 確かに。

 

 反魔法師団体と仮定しても、こうして侵入して校庭で暴れるだけ、というのは変な話だ。しかも見てみると、中には二科生の先輩らしき人物が相当数混ざっている。彼らが手引きしたのだろうが、ここまで周到となると、ただ暴力を振るうだけが目的とは思えない。

 

「例えばここが陽動で、校内の機密情報を盗みに来た、とか?」

 

 古式魔法の世界は、諜報分野でも未だ一線級だ。血なまぐさいことから離れている吉田家とはいえ、その手の修行も欠かさない。この発想に至るのは自然だった。

 

「――だったら、図書館とかが本命だよ! 急がないと!」

 

「うわ、ちょっと危ないって!」

 

 言うや否や、戦闘中の幹比古の腕を掴んで、いつきが魔法を使って高速で駆けだす。

 

「千葉さんとイケメン外人さん! ここは任せたよ!」

 

「りょーかい! もしかしたらアタシもそっちいくかも!」

 

「ついでに自己紹介済ませておくと、オレは外人じゃなくてハーフとクォーターの息子だぜ! 男前なのは認めるけどよ!」

 

 いつきの残した言葉に、二人はそれぞれの思惑が絡んだ返事を叫びながら、目の前の敵をまた一人気絶させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああ!」

 

「が、ごっ――!」

 

 図書館内は地獄絵図となった。

 

 警備員も常駐していたはずだが、どうやら「本命」が来ていたらしく、ほぼ無力化されかけている。

 

 だが、地獄を生み出したのは、侵入者たちではない。むしろ彼らは、地獄の罪人の役割を背負わされていた。

 

「い、いつき? 殺したりしてないよね?」

 

「多分」

 

 移動・加速系を中心とする魔法師は、自身が駆け回る高速戦闘を得意とする都合上、ほどほどに障害物がありつつ開けた場所を好む。その点ではこの図書館は不適だったが、一方で、こうして物がそこかしこにある場所は、「武器」が多数置かれているも同然である。

 

 そうした周囲の「武器」は侵入者たちに高速で襲い掛かる。頭、喉、首、みぞおち、顔面、股間など、急所を的確に打ち抜き、単なる無力化を越えた明確な「暴力」「傷害」になっていた。

 

 その被害者は十は下らない。今倒された者も含め、図書館内のそこかしこで、賊が血を流して倒れている。このまま放置すれば、失血症状が出そうな怪我をしている者までいた。

 

 だが、彼らはまだ幸運だろう。

 

 主力の中の主力と扱われ、虎の子であるアンティナイトを任された賊は悲惨だ。

 

 魔法発動を不可能にするという、魔法師にとっての最悪の道具。それを持つ者は真っ先に狙われ、アンティ・ナイトがついた指輪は、真っ先に破壊された。――それをつけている指や手ごと。

 

 良くて指の一つが骨折。大体が指を粉砕骨折。とくに酷い者は、手首から先が本を運搬するための金属製ラックに潰され、ぺしゃんこになっているほどだ。

 

「うわ、これとかすごい武器だよ」

 

 いつきが拾った、賊の一人が持っていた武器は、短刀に近い脇差。レプリカでは決してなく、ギラギラと鋭い光を放っている。ほんの少し指を滑らせれば、たやすく皮膚が切れるだろう。

 

「思ったよりもはるかに本格的だ」

 

 何個ものアンティ・ナイト、この人数、そして使用している武器。外の連中からは想像もつかないほどに、このテロリストたちは、大規模なもののようだ。考えていたよりも自分が飛び込んだ世界がはるかに危険なものだったことに驚き、幹比古は恐怖で少し身震いした。

 

 だが、いつきはそんな幹比古を一瞥すると、脇差の刃を魔法で潰したうえで乱雑に放り投げ、閲覧室へと向かう。その可愛らしい顔には、いつもの天真爛漫な笑みや、つまらなさそうな拗ねたような子供っぽい表情はない。真剣そのものだ。

 

 この閲覧室が間違いなく本命である。割れたガラスの破片をこっそり入り口に置いて、鏡のようにして反射で中を覗く。人数は四人。一人はどこかで見覚えがある、美人な先輩だ。何やら情報を盗むために作業中らしく、全員こちらに背を向けている。あの美人の先輩は見張りのはずだろうが、集中できている様子はない。

 

(ここは僕に任せて)

 

 速度が求められない奇襲なら、スランプでも関係ない。古式魔法師の領域だ。

 

 幹比古は隠密性重視で精霊魔法を三つ準備する。

 

 一つ目は、入り口の反対側、部屋の奥で爆音を鳴らす魔法。

 

 二つ目は、背後から雷撃を当てる魔法。

 

 そして三つ目が、侵入する自分たちの足音を消す魔法だ。

 

 古式魔法は速度と安定性と汎用性で現代魔法に劣るが、威力と隠密性では勝る。このような場面に、最適の魔法であった。

 

 爆音が鳴り響き、そちらに意識が向いた直後に雷撃。ほとんどの賊には直撃して意識を刈り取ったが、あの美人の先輩だけは反応速度がすさまじくて回避された。

 

 だが、足音を消して駆け込んだ二人に気づくのが遅れ、いつきの先制魔法を、アンティナイトをつけた綺麗な手に直撃でくらってしまう。皮肉にも、それは仲間が持ってきていてつい先ほど雷撃を食らって手放した、大きめのサイズのハンマーだった。

 

「ここが本命で当たりだったみたいですね」

 

 手をいきなり大きなハンマーでしたたかに潰され、苦悶する紗耶香。それに対していつきは悠然と近づいて、可愛らしい顔に笑みを浮かべながら話しかける。倒れている賊が万が一起きた時のために武装解除して拘束する役割をこなす幹比古は、その姿に、妙な迫力を感じた。

 

「…………中条さん?」

 

「正解か不正解か迷いますね。ボクは弟の方です」

 

「…………そう」

 

 跪いて苦しむ長身の美少女・紗耶香と、中学生の女の子のような見た目のいつき。見た目とは逆に、両者の差は歴然だ。

 

 片や、二年生主席兼生徒会役員であるエリート街道を突き進むあずさの弟で一年生次席。片や、テロリストに与した結果こうして失敗した二科生の先輩。

 

 いくら身長差があると言えど、今の状況と、姿勢と、実力。その全てで、いつきの方が視点が高い。

 

 傍から見た幹比古ですらそう見えるのだから――紗耶香は、より強く感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――見下されていると。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも、あなたも私たちをバカにするの!? 私たちの気持ちなんて、一科生には分からないのに!」

 

 剣道小町ともてはやされた。だが実際は決勝戦という一番目立つ舞台で負けた敗北者。誇りある栄光の一方で、最大の挫折でもあった。

 

 そして魔法科高校に入学してからは、魔法の才能がなく、二科生から抜け出せる気配は全くない。そして入学直後の摩利との会話もあって、コンプレックスが募る日々。

 

 同級生には、頼りなさそうな、小さな女の子がいた。

 

 彼女は理論も実技も入学時首席で、今は実技こそ次席になったものの、総合首席は譲っていない。それでいて彼女は、心優しく、傲慢にもならず、周囲から慕われていた。お互いさほど関わりはないが、彼女と自分の、あらゆる面での差を感じた。

 

 そして今はその弟であり同じエリートの一科生が、こうして自分を見下している。

 

 激情の炎に憎しみと悔しさと嫉妬の薪をくべて、紗耶香は立ち上がり、剣を構える。手が潰された。それがどうかしたか。片手でも、素人ごとき、倒して見せる。

 

「シッ!」

 

 鋭く呼吸を吐き出して斬りかかる。常人には反応できない速度だ。

 

 だがいつきは、少し焦ったような顔をしながらも、紙一重でバックして避けて、逆に紗耶香の後頭部へと周囲に散らばった重い本を殺到させる。だが、紗耶香はそれを読んで回避し、その直線上にいるいつきを自爆させようとした。

 

 しかし、いつきはそれを障壁魔法で撃ち落とすと、その本を再利用して今度は四方八方に散らして紗耶香に襲い掛からせた。たまらず彼女は駆け出し本棚の陰に隠れて防御しようとするが、鋭い動きで速度を緩めず迂回した本たちに襲われて倒れる。

 

「曲がって1.5メートル!」

 

 幹比古がいつきに叫ぶ。いつき視点で死角になっている紗耶香の位置を、魔法で探知して教えたのだ。いつの間にか、探知魔法を閲覧室にばら撒いていたらしい。エンブレムを見た限り二科生のようだが、自分なんかよりもはるかに優秀だ。

 

「ありがと!」

 

 いつきの反応も鋭い。魔法で高速移動して、紗耶香が転がる場所へと寸分たがわず飛び込み、その顎へと追撃の蹴りを入れる。その威力は小さな体から放たれたとは思えないほどに強く――紗耶香の意識を刈り取った。

 

「よし、これで片付いたかな?」

 

 いつきの声はいつも通りのトーンだ。そして、棚の影から現れた顔も、いつもの可愛らしい笑顔。だが、片手で乱暴に紗耶香の襟首をつかんで引きずる様は、それとは対照的で、幹比古は「おつかれ」と言いながら、顔をひきつらせた。

 

「お待たせ! ってあれ? ありゃりゃ、もう終わりかあ」

 

「これは……中条先輩と、吉田?」

 

「あれは私のクラスメイトの中条いつき君ですよ、お兄様」

 

 そして、直後に、エリカと達也と深雪が現れる。エリカは大怪我を負って引きずられている紗耶香を見て、悔しそうな顔をしながらも、軽い調子を装う。達也は怪訝そうに眉をひそめ、深雪は兄へと耳打ちをした。

 

「千葉さんと、司波さんと……司波さんのお兄ちゃん? まあいいや。こんな具合で、たった今終わったところだよ?」

 

 いつきが、満面の笑みを浮かべて、自らの仕事を誇るようにピースサインをする。

 

 その様は、まさしく天使。深雪と言う女神に慣れていても、見惚れてしまうほどである。

 

 だが、幹比古たちは、別の意味で、目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――そんな笑顔を浮かべる彼の服は、賊たちの血で汚れていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはー!」

 

「ちょ、いつき、マジでやめようって!」

 

 深刻な話し合いが進行する保健室。

 

 そこに、いきなり騒がしい闖入者が現れた。

 

 ノックもせずにドアを開けてズンズン入り込むいつきと、困った顔で止めようとしても止められない幹比古だ。他はそれを見て目を丸くしているが、エリカだけは微妙に見慣れた光景のため噴き出してしまった。自分もいつきみたいに彼に迷惑をかけているという自覚を十分お持ちなのである。直すつもりはさらさらないが。

 

「テロリストのアジトに突入するんだって? ボクたちも混ぜてよ!」

 

「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」」

 

 天真爛漫な天使を笑みを浮かべて、物騒な要求をするいつき。いつきの無礼を止められず、主に揃い踏みの三巨頭に恐怖して謝罪する幹比古。先ほどボコボコにされたトラウマが蘇ってうわごとのように謝罪を始める紗耶香。図書館とは質の違う地獄が一瞬で出来上がった。

 

「い、いつき君?」

 

「そうか、中条の弟か」

 

「校庭と図書館の立役者、だな」

 

 真由美が驚きで思考停止しているのに対して、摩利と克人は即座に状況を飲み込み始める。真由美に比べて、ヤンチャ者の対応は慣れたものと言えよう。

 

 いつきと幹比古の働きは、達也たちの証言により伝わっている。校内の事件解決に立役者は、間違いなくこの二人だ。

 

 そんな彼らが、今ここで固まった、テロリストアジトへの突入作戦に、参加したがっている。

 

「中条。一つ忠告しておく。これは遊びではない。今から行われるのは、ある種の戦争だ」

 

 克人は、いつきの様子に、覚悟の無さを読み取った。一緒に遊びに連れて行って、とおねだりする幼子のような笑みでそんな要求をされたのだ。断らざるを得ない。

 

「分かってますよ。誰が最前線で戦ったと思ってるんですか?」

 

「ねえ、あーちゃんの弟君、話に聞いてたより100倍ぐらいヤンチャじゃない?」

 

「姉弟って似ないものだなあ」

 

 巌のように威圧感のある巨漢・克人に睨まれても、いつきはその小さな体で一歩も引かず、笑顔を浮かべたまま、真正面から挑みかかる。真由美と摩利はその姿を見て、あずさのブラコンぶりを思い出した。恐らく、可愛い弟フィルターがかかっていたのだろう、と。

 

「断るわけにはいきませんよね? 司波君や、千葉さんや、えーっと…‥」

 

「西城レオンハルトだ。気安くレオって呼んでくれ」

 

「レオ君が参加していいんですよね? じゃあ――入試次席のボクが、参加しちゃダメな理由はありません」

 

 その言葉に、紗耶香が目を見開く。摩利との誤解が解けたとはいえ、未だコンプレックスから抜け出しきれてはおらず、また「見下された」記憶も新しい。自分の成績を振りかざし、二科生を下に見る発言に、頭に血が上る。

 

 だが、怒りで睨もうとして、気づいた。その顔に、人を見下す雰囲気が、一切見られない。

 

 怒りが、スッ、と収まる。

 

 冷静になった紗耶香にはわかった。いつきは彼らを見下しているわけではない。ただ、この突入に参加するために、成績と言う分かりやすい指標を振りかざしただけなのだ。自分たちがあれほど悩んだ一科・二科の壁は、いつきにとっては、こうして説得に使う程度のものでしかない、ということである。

 

 見下されるような発言をされた達也たち含め、この場の全員が、それを読み取っていた。

 

「腕の方も問題ないでしょう」

 

「なんてったって、図書館のヒーロー君だからね」

 

 そしていつきの能力についても、達也とエリカのお墨付きだ。もはや、断る理由はない。

 

 ただそれでも、克人は、どうしても、聞きたいことがあった。

 

「では、お前が、この突入に参加する理由はなんだ?」

 

 克人はあずさからブラコン語りを聞いていたわけではないため混乱はしない。先輩である自分――見た目が怖いことの自覚はない――相手に一歩も引かないいつきの胆力に、感心していた。

 

 ただ疑問なのは、いつきの行動原理だ。彼は、自分が興味ないことにはてんで関わりたがらないという話は、あずさ自身から聞いたのだ。そして実際、生徒会も部活動も風紀委員も全て断った。クラスメイトからの誘いも断り、見た目と能力に惹かれたアヤしい趣味を持つ女子たちからの誘いも断り、二科生の幹比古とよくつるんでいる。あずさの言う通りだった。

 

 だからこそ、ここまでこの件に積極的なのが不可解なのである。校内のことはまだしも、ここから先は、もう彼に関係のない話だ。

 

「そんなの、決まってるでしょう?」

 

 いつきは明るい笑みを浮かべたまま、胸を張って、克人を真っすぐ睨んで、宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつらはここを襲って、あずさお姉ちゃんを怖がらせたんだ。見逃してやるわけがないでしょ。お姉ちゃんは、ボクが守るんだからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入試筆記の主席と次席がどっちもシスコンってマジ?」

 

「オレたちの学年、変な噂立ちそうだな」

 

 静まり返った保健室には、エリカとレオのこそこそ話が実によく響いて、緊張感が完全に霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 この天使の第一声が廃工場に響き渡ってから、そこは図書館以上の地獄に変わった。

 

 廃工場は、図書館よりも物に溢れている。その中には、コンクリートや鉄骨など、重くて硬い危険なものが多くある。それら全てが四方八方から襲い掛かってくるのだから、素人の延長線上でしかないテロリストたちにとってはひとたまりもない。

 

 ある者は頭から血を流して、ある者は両手首から先が潰されて、大きな瓦礫にはさまれて動けなくなり痛みにあえぎ、ある者は腕があらぬ方向に曲がって悶え、ある者は喉に高速で小石をぶつけられて潰されて呻く。現代の治療技術ならここから死ぬことはない重傷だが、第三次世界大戦前の水準なら重体。そんなレベルだ。

 

 この地獄を生み出したのが、例えば克人や達也のような見た目の鬼や、怒りのオーラが漏れた桐原のような修羅だったら、まだ良かっただろう。

 

 だが、これを生み出したのは、小さくて可愛らしい、たった一人の天使・中条いつきだった。

 

「幹比古君、あと他にはいそう?」

 

 その天使による「神罰」を侵入の際にサポートした幹比古は、侵入時から広げていた探知の網を、とっくに閉じている。

 

「司波と桐原先輩が収めてくれたようだ。もう全員無力化したよ」

 

 達也と深雪が放った、恐ろし気な魔法。

 

 幸か不幸か、人の気配を探る魔法のみの探知しかしていなかった幹比古は、それを知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼は後に、この廃工場に現れた天使よりも、実は一緒にいた他の仲間の方がはるかに恐ろしいことを、少しずつ知ることになる。

 

 だが、幹比古の動乱の4月は、ひとまず、これをもって幕を閉じることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バシィン!

 

 生徒会室に、激しい音が響き渡る。

 

 度重なる戦闘と帰りの車の揺れですっかりお疲れモードの幹比古は先に帰った。エリカとレオも同じだ。桐原は紗耶香と話しに保健室に向かった。

 

 達也と深雪と克人と摩利は、事後処理の話をするために、密談の場となっているクロス・フィールド第二部室へ。そして、真由美と、そして彼女に付き添われたいつきは、生徒会室に向かっていた。

 

「いっくんのバカ!」

 

 部屋に入ったいつきを見るや否や、その可愛い顔に小さな手でフルスイングのビンタを叩き込んだあずさは、そのままいつきを押し倒す勢いで抱き着く。

 

「一人で危ないことして! 心配したんだから!」

 

 頬が赤く腫れたいつきが困った顔をする中、彼の胸に顔をうずめて、あずさは大泣きしながら叫ぶ。

 

「ずっと、ずっと、いっくんのことが心配で! 避難した人たちに、いっくんがどこにもいなくて! 慌てて戻ってきたら、学校の中で戦って、テロリストのアジトに突入してたって! なんでそんな危ないことしたの!?」

 

 顔を上げ、いつきの顔を至近距離から睨む。その大きな眼からは、大粒の涙がボロボロとこぼれている。たった今泣き始めたわけではない。ずっと泣いていたのだろう。目の周りが酷く腫れていた。

 

「ごめん、あずさお姉ちゃん……」

 

 先ほどまでの威勢が嘘みたいに、いつきは細い声でそう言って、あずさを抱きしめる。

 

「あずさお姉ちゃんが危ない目に遭ったんだと思うと、我慢できなくて、許せなくて……お姉ちゃんを、守るって、約束したから」

 

「いっくんが怪我しちゃったら意味ないじゃん!? いっくんがいなかったら、私は、もう、っ……!」

 

 いつきの言葉を遮り、あずさが彼をゆすりながら叫ぶ。そしてついに言葉を詰まらせて、また胸に顔をうずめて大泣きし始めた。

 

「バカ、いっくんのバカ、大バカっ……!」

 

 生徒会室に、あずさの、愛情と怒りと安心感が籠った叫びと泣き声が木霊する。そんな彼女を、いつきは、ふわりと抱きしめて、ただ優しく、頭を撫でてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女房かあんたは」

 

 密室でこんな状況に放り込まれ、「自分は壁」と暗示して心を閉ざしていた真由美は、ついに我慢できずに、小さく呟いた。




4-1のご感想にてあずさが泣いてた理由を予想してた方もいらっしゃいましたね
正解は「エヴァにだけは乗らんといてって言ったやないですか!」でした
ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ


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5ー1

みんな大好き九校戦編です


 青春小説RTA、はーじまーるよー!

 

 前回は入学編の大事件を解決したところまででしたね。

 

〈システムメッセージ・「入学編クリア」のトロフィーを獲得しました〉

 

 今入学編クリア、つまり入院した紗耶香ちゃんが退院したところなんですけれど……日付としては5月半ば、原作より一週間程度遅いですね?

 

 なんでやろなあ、と思ったら、そういえば原作よりもかなり痛めつけて大怪我させちゃってましたね。テヘ☆

 

 さて、九校戦編スタートまでの期間ですが、基本的にあずさお姉ちゃん・幹比古君と交流&交流、そして魔法の練習&練習です。

 

 また4月時点からある程度やってることですが、あずさお姉ちゃんと幹比古君との三人で、パラサイトについて熱い意見交換をします。今まで中条姉弟で蓄積した考察と、古式魔法師の知識を組み合わせることで、パラサイトの正体をほぼ決定し、さらにそれらとの戦い方を磨いていくわけですね。

 

 

 

 そしてそういうことを繰り返していると……あ、来ましたね。

 

 6月、幹比古君の私塾訪問イベントです。

 

 中条姉弟で抱えてる考察を幹比古君に伝えることで、「これは実家でしっかり一緒に勉強した方がいい」と思ってくれて、誘ってくれるわけです。吉田家自体は男所帯ですが、弟子は女性が多いので、あずさお姉ちゃんもいつき君もすぐになじむことができます。まあ本格的な修行を一緒にやるわけではなく、軽い練習や体験会程度のものだけで、どちらかといえば研究が中心です。

 

 このイベントはこれからしばしば行われるのですが、ここで、パラサイトとの戦い方を身に着けて、来訪者編に臨む、というわけですね。

 

 今回は初回なので、今までの知識の確認と、それを踏まえてどうしていくか、という話で済みますが、次回からは割と本格的に色々研究してくことになるでしょう。まあ、私は転生者(仮)なので、全部知ってるんですけどね。ここから怪しまれない程度に少しずつ解放して、都合の良いように導きます。

 

 いや、でもさすがに古代の記録に『ダイレクト・ペイン』を見つけるのは予想外ですが……。前世の文弥君の活躍が思い出されますね。

 

 

 

 で、こうした日常を過ごしながら最初の試験を迎えるわけですが、この日常のポイントは二つあります。

 

 一つ目、試験ではせめて男子内で一位を取る事。

 

 二つ目、九校戦の出たい競技アピールです。

 

 これはもう前回の黒羽家チャートでやったのと理由は同じで、自分に都合の良い競技に出させてもらうようにするためです。

 

 では、迎えた試験の様子を流しながら、男子チャートの九校戦についてみていきましょう。

 

 

 

 以前お話しした通り、九校戦は安全な競技会だというのに経験値ボーナスが出場だけで高く、また優勝すれば、いくつかあるクソ難しいイベントで無理難題をこなすのと同じ量が入る程です。

 

 一応対戦相手が強いほどボーナスも高まりますが、どちらかと言えば、ちゃんと競技二つに出場すること・確実に優勝することが重要です。

 

 ではそれを踏まえて、男子新人戦の対戦相手をドドン!

 

 

 

 

 

絶対勝てない

 

一条将輝(アイス・ピラーズ)

 

 

 

ほぼ勝てない

 

いない

 

 

 

めっちゃ強い

 

吉祥寺真紅郎(スピード・シューティング)

 

七高モブ(バトル・ボード)

 

 

 

結構強い

 

森崎駿(スピード・シューティング)

 

五十嵐鷹輔(スピード・シューティング)

 

 

 

 

 

 こんな感じです。九校戦は女の子の描写がメインで、男の描写は全部お兄様を中心とした第一高校の咬ませ犬扱いであり、スピンオフで事実上の後付け新設定となった『魔法科高校の優等生』ですら触れられてません。

 

 さて、つまりは原作の展開の都合で男子描写が少ないだけであり、裏ではちゃんと女子並みの逸材がたくさんいる……という話には、ならないんですよねえ。一年生編は、男子の描写は二・三年生が中心です。

 

 では個別に解説していきましょう。

 

 まず一条将輝君の氷柱倒し。これは原作者お墨付きで、「本気司波達也とタイムアップで引き分けor時計の誤差勝負」となっています。ぶっちゃけ深雪ちゃんより強いってことですね。無理、無理、絶対無理!

 

 で、「ほぼ勝てない」レベルはいません。男子は将輝君一強となってます。

 

 

 続いて「めっちゃ強い」ランクには、カーディナル・ジョージが入ります。スピード・シューティングの優勝者ですね。『不可視の弾丸』はカーディナル・コードゆえに応用が利きませんが、魔法式規模は極めて小さく、速度有利のこの競技に対する適性は高いんですね。

 

 

 そして同じランクに、まさかのモブ君がランクイン。「海の七高」設定が無駄に活かされていて、とんでもなく強いモブが男子にいます。このモブは二年目のロアー・アンド・ガンナーでも優勝をかっさらってるとこのゲームで設定されているキャラですね。

 

 

 

 で、「結構強い」には、森崎駿君と五十嵐君が入ります。

 

 森崎君は実際の所、「スピード・シューティングはさほど得意じゃない。意地でランクインした」という原作者の言葉があります。

 

 しかし、森崎家のお家芸『クイック・ドロウ』で即座に照準を合わせる技術や反射神経はハイレベルですし、「速度以外は才能がない」と言われるものの、裏を返せば「この競技で一番重要な速度には才能がある」ということなので、競技適性は十分です。原作者様が「得意ではない」と言ったのは、森崎君が射撃タイプだからだと思います。

 

 

 で、続く五十嵐君ですが、彼も二年目以降はそれなりに目立つ位置になりますね。百家の一角で、ロアー・アンド・ガンナー部に所属し、自己移動と射撃の両方に高い適性があります。部活連会頭に選ばれ、高校生編最後のモノリス・コードでは、覚醒幹比古君と並んで文句なしの代表扱いまでされてるわけですから、一年生のころから十分強敵です。

 

 

 さて、ここまでの説明で、モノリス・コードとクラウド・ボールがないことにお気づきでしょうか?

 

 原作を読んだ方はご存知の通り、モノリス・コード新人戦は事情が色々絡むので今回は除外します。まあ、意図的に起こされた事故に巻き込まれて途中棄権はとにかくまず味なので、これはなんとしても回避しましょう。

 

 そしてクラウド・ボールですが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――全 員 雑 魚 で す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで、ボーナスタイムとなるクラウド・ボールは確定でいいでしょう。

 

 そしてもう一つの競技は、相対的にライバルが少ないバトル・ボードに出ます。自己移動・自己加速はRTAで磨きまくるので、適性も十分ですね。

 

 

 というわけで、この競技に出たいと事前に主張しておいて、そしてテストでトップを取ることで、その主張を通しやすくしておきます。

 

 長々解説している間に、主張が通りましたね。モノリス・コードだけ明らかに得点が高すぎるので、男子トップでありなおかつ入学編で戦闘能力が知られているいつき君は第一候補に入っていますが、口先でなんとか誤魔化して、理想の二つの競技に配分してもらいましょう。

 

 さて、競技代表になってしまったので、放課後の幹比古君との交流はしばらくお預けになります。あずさお姉ちゃんは当然のように担当エンジニアになってくれるので、交流し放題ですね。

 

 あ、コラ、同じ競技の男子ども! お前らも自動的に担当になるけど、あずさお姉ちゃんは渡さねえぞ!

 

 ……ふう、万が一変な乱数が働いてあずさお姉ちゃんが原作から外れて誰かと恋愛しようものなら、好感度稼ぎのタイミングが減ってしまいますし、いざと言う時に一緒にいない可能性がありますからね。付き合うとしたら、許せてギリギリ幹比古君だけです。そんでもって幹比古君は同じロリでもロリ巨乳眼鏡っ子が好きなので、やっぱお姉ちゃんが男にうつつを抜かすのはナシですね。

 

 

 あ、そうそう。長い時間かけてひっそり練習しているパラサイトとの戦いに使う精神干渉系の攻撃魔法ですが、やはり『毒蜂』が一番使いやすそうですね。自分一人でやる場合の攻撃ステップが一手多いのが無駄な感じがしますが、黒羽家チャートのクライマックスで見せたように、『火に油を注ぐ』は強力ですからね。

 

 

 

 さてさて、そんなことをやっているうちに、九校戦に向かう日がやってきました。この時までに、関係者チケットを、幹比古君、レオ君、トッチャマとカッチャマに、きっちり渡しておくのが重要です。特に幹比古君とレオ君は、何もしなくても来てくれるとはいえ、変な乱数が働いてこなかったら、のちのち大惨事なので、絶対です。この二人に渡して美月ちゃんとエリカちゃんに渡さないのも仲間外れ感あるのですが、深雪ちゃんが渡してくれてるので平気でしょう。

 

 

 あ、今の流れで何となくわかったかと思いますが――この中条家仲上々チャート、なんと、美月ちゃんが不要です!

 

 

 ほぼ全てのチャートで最重要キャラなのですが、このチャートにおいては、最重要な三人の中に入りません。いれば保険になる程度ですが、うーん、もう少し自力で戦えるなら囮に便利だったんですけどね。前作ヒロインみたいな子に対する扱いとしてどうかと思いますが。

 

 さて、行きのバスですが、選手用バスには乗らず、姉弟特権で、あずさお姉ちゃんと一緒にエンジニア用のバスで仲良く過ごしましょう。かの司波兄妹ですら九校戦ホテルで同室になりませんでしたが、いつき君たち中条姉弟はお部屋も一緒です。ぶっちゃけ今も同じベッドで一緒に寝てるので、大して生活としては変わりませんね。

 

 これ、過去に私が走った時や、他の走者様の時は、全部姉弟とはいえ別部屋だったんですよ。今回同じ部屋なのは、あずさお姉ちゃんの好感度がぶっちぎりで高いのもそうですが、いつき君の見た目も影響してると思います。

 

 まあ、はい。いつき君、御覧の通り合法ロリ美少女のあずさお姉ちゃんに瓜二つなので……同じ部屋の男子が色々大変だし、はたまた大変なことになりそうじゃないですか? そういうホモの気配を感じ取った真由美先輩が、特別に気を利かせてくれました。

 

 そんなこんなで九校戦期間中は大体あずさお姉ちゃんと一緒です。自分の競技がない日は、幹比古君たちと観戦、あずさお姉ちゃんの傍でお手伝い、の半々になりますかね。

 

 当然こんな具合なので爆発炎上神風事件はスルーして、前日の懇親会もスルーして、と。

 

 

 

 はい、夜になりました。

 

 この夜と言えば、例の、賊が襲ってくるイベントがありますね。ここは幹比古君の重要イベントなので、彼とこの夜は一緒に行動し、一緒にこのイベントに参加します。と言っても、達也兄やと幹比古君が活躍して、いつき君は「流石です! 幹比古君!」をしてるだけでいいんですけどね。

 

 ぶっちゃけ、幹比古君に足りないのは、感覚の狂い調整もありますが、何よりも自信です。4月からちまちま成長させてあげて、その度に少しずつ褒めてあげれば、この時点で原作より幾分か堂々としていますし、達也アニキからもより目をかけてもらえるでしょう。

 

 あ、そうだ。幹比古君が達也兄チャマたちと本格的に関わるのは、7月の体育の授業から、と、実は結構遅いです。入学編のイベントでエリカちゃん以外とは交流がなさげだったのはそのためなんですねえ。とはいえ、このチャートではブランシュ事件にがっつり関わらせたので、5月ごろにはもうだいぶ仲良くなっている印象ですが。

 

 

 さて、本戦前半の間は特にやることがありません。摩利先輩を巻き込んだ事件が精霊絡みなので、そこに強めに関わるぐらいです。ここ、ぶっちゃけどうでもいいんですけど、パラサイトへ誘導するためにあずさお姉ちゃんに精霊に興味を持たせて、自分も興味を持ってる設定なので、関わらざるを得ないんですよね。

 

 

 ではではそんな具合で、新人戦です。

 

 まず初日からいきなり出番がありますね。タイムスケジュールですが、初日がバトル・ボード予選、二日目がクラウド・ボール全部、三日目がバトル・ボード決勝です。前半に競技が詰まった過密日程な上、身体能力要素の強い競技二つとなっています。いつき君は身体ステータスがクソザコなので体力が心配ですが、夜しっかり休むという形で対応しましょう。

 

 さて、予選の組み合わせが重要です。七高モブ君三人のうち、一番強い例のボーイを最初の方に引ければ引けるほど有利になりますが……そういう強敵とは大抵決勝で当たるようになってます。

 

 そういうわけで、予選・準決勝・決勝、全部で七高との戦いになりますね。

 

 さて、これが蘭ちゃんだったら楽勝だったわけですが、いつき君はそうはいきません。魔法の腕は、中条家仲上々チャートにしては中々のものとなっていますが、体格・運動能力が雑魚です。ただでさえプレイヤーキャラの能力が低くなるのが確定しているうえに、その中でもさらに低いのが、いつき君なんですねえ。

 

 一方、対戦相手の能力自体は総合的に見てほのかちゃん・沓子ちゃんとやや下ぐらいです。前述の最強モブはほのかちゃんたちを越えるかもしれません。

 

 こんな状態なので、予選で手加減して油断を誘おうものなら、負けてしまいます。作戦を隠しはするものの、全力で勝ちに行きましょう。さすがに予選相手ならば、全力を出せば楽勝です。

 

 

 

 一日目の試合はこれで終了。この動画のメインとなるのは、二日目のクラウド・ボールです。今日はクラウド・ボールで優勝することにするわね(一般男性)

 

 この競技は、簡単に言えば、滅茶苦茶ルールが改変されたテニスです。

 

 お互いのコートに低反発ボールをラケット・魔法で放って落とし合い、落とした数を競うスポーツですね。ボールがどっかに行ってしまわないように、全体をすっぽりと壁と天井で覆われてるのが特徴です。

 

 ですがこれは特徴の中でも軽いもの。

 

 この競技のやばいところは、試合が進んでいくごとにボールが射出されて増えて、最後の方にはボールが九個になることです。九個のボールを絶え間なく追っかけて点数を入れあう、かなり体力勝負のスポーツなんですね。

 

 そんなわけで、男子のライバル君たち自体はクソザコですが、競技の難度はバカ高く、多くのプレイヤーを泣かせてきました。この九個って設定が絶妙で、この世界では、「一度の魔法でまとめて対象に出来る数は、一桁までなら訓練でわりかし増やせるが、十を越えてからは才能の世界」と言われています。つまり、この九個のボールと言うのは、普通の魔法師が努力すればギリギリなんとかなる数、ということなんですね。いや、一般人には無理だが???

 

 そしてこんな激しい競技を、男子は3分5セットも一試合でやらされて、しかも一日で最後までやりきることになってます。体力勝負ゲーですね。

 

 さて、では、身体能力クソザコのいつき君は、ここでどうするべきでしょう。

 

 正解は――

 

 

 

 

 

 

 

 ――先輩をパクッてクソゲー化させます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美先輩の戦術を覚えていますか? ネットの上に魔法で壁を作って、相手が打ち返してきても延々相手のコートに返っていく、というものです。競技を根底から覆す、最低のクソゲー戦術としか言いようがありません。二年生編でこの競技が消えた理由がなんとなくわかりますね。

 

 そんなわけで、この魔法の壁は、都合の良いことに「移動・加速系」なので、RTA走者のプレイヤーキャラの得意魔法となってます。真由美先輩ほど「完壁」にはできませんが、ある程度真似は出来ます。

 

 では第一試合、見ていきましょう。

 

 相手はザコモブ。語ることはありません。

 

 では……はい、よーい、スタート。

 

 まずボールの数が少ない前半は、打ち返すペースを抑えて、スローな展開を作ります。相手が打ってきたボールを落下前に撃ち返せばアドですが、必死に追いかけなくても結構です。リードされててもかまいません。

 

 ですがボールが増える後半になると――真由美先輩直伝のクソゲー化スタートです。

 

 相手がボールのほとんどを打ち返して来たら、急にゲームのペースを速めて、こちら陣地に転がっているボール全てを、一気にランダムな軌道で送り返します。相手は当然対応できず必死に打ち返してきますが――そこを狙って、ネット上に、跳ね返す壁を展開しましょう。ここでポイント。サイオンを節約するために、真由美先輩のように全面を覆わず、両端は開けておいて大丈夫です。

 

 これで、相手からはほぼ打ち返せず、こちらからは通り放題の壁になります。ボールの数が増えて一挙得点が可能なタイミングでこの作戦を解放することで、効率よく勝ちます。

 

 

 

 あ、ちなみにこの戦術ですが、全員が真似すればOKと思いますよね?

 

 実際の所、それが出来れば苦労しません。

 

 それなりの広さで、かつ打ち返してくる相手のボールを通さない程度の強度がある、領域魔法。これを試合の最初から最後まで真由美先輩ぐらいのレベルで展開できるのは、あとは深雪ちゃんと克人先輩ぐらいです。いつき君のこのレベルでも、出来るのは……将輝君、二年生になった幹比古君と雫ちゃん、ぐらいでしょうねえ。いくら他チャートに比べて自由時間が少なくて弱いとはいえ、小学校・中学校に通わず魔法に費やしたわけですから、いつき君だってなんやかんや相当なレベルなんですよ。

 

 

 さて、こんな感じの戦術をワンパターンに押し付けるだけで、決勝戦までは楽勝です。決勝戦まで来たら流石に相手も対策してくるので、少し戦術を切り替えましょう。

 

 相手のしてくる対策と、それへの対策は次の通り。

 

 

 対策その1。壁を突き破るほどの威力の魔法を練って、パワーショットを放ってくる。これについては、パワーショットをするときには相手が明らかに魔法に時間をかけ、さらに気合が入っているのが見え見えなので、ボールの軌道に合わせてそこだけ一瞬壁の強度を高くすればOKです。あ、相手ショック受けてますね。

 

 

 対策その2。開けてある端を狙って打ってくる。これについては、最初のうちはスルーしてあげて、後半戦には片方の端も塞ぎ、片側の端だけしか開いていない状況を作って、そこだけマークして打ち返せばOKという形にします。急に片方の端にも壁が現れて跳ね返されてオウンゴールした形になったので、ショックを受けてますね。

 

 

 対策その3。相手陣地で無様に転がるボール九個を、めっちゃ時間をかけて魔法を練り上げ、一気に壁を破るパワーショットで放ってきます。あれ~これじゃあ部分的に強化するだけじゃ間に合わないね~。

 

 

 

 

 カスが、効かねえんだよ(天下無双)

 

 

 

 

 壁全体の強度をその瞬間だけ高め、九個全部を跳ね返してポイントを稼がせてもらいます。あ、お相手、唖然として固まって、膝から崩れ落ちましたね。

 

 あ^~心が折れる音^~。

 

 

 いつき君レベルですら、本戦でもある程度通じるんです。他チャートなら楽勝、このチャートでもそこそこ楽勝。

 

 こんな具合で…じゃん! 優勝(いちばんのやつ)ー!

 

 これで大量の経験値が入るんだから、非常にうま味です。美味すぎてウマ娘になったわね(インタビューカメラにトウカイテイオーのポーズ)

 

 それでは対戦相手(食材)に感謝を込めて、はい、エドテン。

 

 

 さて、とはいえ連戦連戦だったので、いつき君に疲労がたまっています。祝勝会はせず、さっさと部屋に戻って、いつも通りあずさお姉ちゃんと一緒にお風呂入って一緒に寝ましょう。高校生になっても続けてるのは、さすがにプレイヤー視点でもドン引きですが……まあ、長い長いRTAの貴重な(いやら)しポイントなのでヨシ! モザイク処理が面倒な以外、デメリットはありません!

 

 

 そして新人戦三日目です。バトル・ボードの準決勝・決勝がありますが……今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。




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5-2

 4月に起きた、ブランシュによる第一高校へのテロ事件。この顛末――特にアジト突入――は秘密裏に処理された。一方で、校内で起きたことについては、人の口には戸が立てられないもので、ある程度噂になっている。

 

 例えば、風紀委員や三年生が中心となって、講堂などの避難を速やかに完了させ、テロリストによる被害を食い止めた。

 

 例えば、エリカとレオが校庭で派手な立ち回りを見せていた。

 

 彼らは校内のヒーローとして、表立って、またはひそやかに、名を上げ、注目の生徒となっていく。例えば戦闘で目立った活躍を見せた克人と摩利と範蔵、速やかな避難を成し遂げるリーダーシップを発揮した真由美とあずさは、元々あった名声がさらに上がることになる。

 

 だが、彼女たちよりも、より注目を浴びる存在がいた。

 

 その存在はと言うと……

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん、ちょっとそのアイス一口ちょーだい」

 

「いいよー。はい、アーン」

 

 ……注目を浴びながら、食堂で、瓜二つの姉に新発売のアイスを食べさせてもらっていた。

 

「おいしーい?」

 

「んー、おいしー」

 

 小学生の姉弟ならばほほえましく、また二人とも見た目が非常に幼いため、そのようにも見えよう。だが実際、二人は立派な高校生であり、べたべたとしすぎである。ただし、二人は見た目が幼いため、まだギリギリ「ほほえましい」が先行する。校内で有名なブラコン・シスコン兄妹である司波兄妹への目線は厳しい。達也たちの方がよっぽど節度ある態度をしているのに、二人の成績の差だとか、二人の見た目が普通の高校生かそれ以上、ということもあって、色々と心地よくない視線を向けられているのである。

 

 だが、そんなブラコン・シスコン事情など知ったことなく、食堂で堂々と、この姉弟は仲良く食べさせ合っていた。今度はいつきが注文した別の新作アイスをあずさに食べさせてあげている。間接キスなど気にしない。あまりにも近すぎる関係だった。

 

 

 

 

(だとしたらじゃあ、その傍にいる僕は何なんだ……)

 

 

 

 

 恐ろしいことに、これは二人きりではない。普通に幹比古が同席していてこれである。二人に向けられた目線のうちのいくつかは、彼への同情的なものへと変わりつつあるのが、救いなようで悲しかった。ちなみにここまで語った内容は、おおむね幹比古自身が現実逃避の中で回想したものと同じである。

 

 

 4月の事件で一番有名になったのは、この小さな女の子のような男の娘・中条いつきだ。図書館が本命であることにいち早く気付いて、侵入者の主力部隊をほぼ単独で鎮圧。校内において一番の成果を、新入生が叩き出したのだ。幹比古はそのサポートとして小さくない役割を果たしはしたが、二科生であるがゆえに、役に立ったとは周囲から見なされていない。そしてそれは、幹比古本人すら、同じ考えであった。いつきの暴れっぷりを見たら、自分はその腰ぎんちゃく、としか思えないのである。とはいえ、今この瞬間彼が抱いている悲しみは、周囲からの目線の辛さであって、自分が未だスランプから抜け出せないことではないのだが。

 

 そんな、新作アイスが発売される程度に気温が上がってきた5月の中頃。いつきが散々痛めつけた紗耶香も無事退院し、学校にようやく平穏が戻ってきたころである。

 

(高校って、普通はこうだよなあ)

 

 入学早々洗脳された生徒が学生運動をして、テロリストを呼び込んで、自分たちはそれと戦い本陣にまで突撃する。アニメでもここまでやらないだろうことが、最初の一か月で起きた。だが、今は嘘みたいに、平穏な高校生活が送れているのである。親友とその姉のブラコン・シスコンぶりと、エリカが相変わらず「ミキ」と呼ぶ以外は、入学前に想像していたよりも、平和で楽し気なハイスクール・ライフであった。

 

「そういえば幹比古君、この前の話の続きなんだけどさ」

 

「話題の落差がきつすぎるし、人目がありすぎる。放課後にしよう?」

 

 そんな中、いきなりいつきが、話題転換を図ってきた。幹比古は呆れ果てながら、放課後のカフェで改めて集まる約束をして、一旦この場をお開きとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のカフェ。昼間の食堂に比べたら、はるかに人目が少ない。忘れかけているが、この話題は、古式魔法師の一族の秘密に関わるのだ。大っぴらに話すことではないのである。

 

「で、前回は、パラサイトがなぜわざわざこの世の生物に憑りつくのか、っていう話でしたね」

 

 いつきが話したがっていたのは、パラサイトについて。いつきとあずさの二人は、古式魔法師の先達ともいえる幹比古から、時折こうして講義を受けていた。

 

 前回の講義は、古式魔法師間の仮説の一つを説明した。

 

 パラサイト自体は物質的な存在ではなく、正体不明だが、魔法的・霊的な存在である。それでも、何らかのエネルギー補給は必要である。しかし、物質的なものからエネルギーを得るには、物質を介して摂取するしかなく、ゆえにこの世の動物に憑りついて自分の都合の良いように作り替えたうえで人を襲い、「精気」と呼ばれる霊的なエネルギーを奪っている。これが人食い鬼や吸血鬼の正体である。

 

 このような内容であった。あくまでも仮説ではあるが、過去の事例からすると、中々的を射ている説明であり、古式魔法界では最有力となっている見解である。

 

「今回はどんな話をしましょうか?」

 

 言葉遣いはあくまでも先輩であるあずさに合わせて敬語。最初は先輩かつ才女である彼女に自分ごときが説明するなんて、と遠慮する気持ちもあったが、あずさが純粋な子供のように目を輝かせて夢中で聞いてくれるので、その遠慮は今やすっかりなくなっていた。

 

「そうだなあ。まずは、ちょっとそろそろ、ボクたちの話をしようかな」

 

「……そうだね、そろそろ話さなきゃいけないもんね」

 

 返ってきた言葉は予想外のものだが、ここ数か月、幹比古が心の中で待ち望んでいたものだった。いつきの言葉を受けて、あずさも、真剣な面持ちになる。

 

「まず話の前段階なんだけど」

 

「うん」

 

 いつきが話をもったいぶるのは珍しいが、それだけ、深刻な内容なのだろう。いつきのトーンはいつも通りだが、幹比古は様子見ともいえる前段階すら、聞き逃さない覚悟になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、ボクとお姉ちゃんは精神干渉系魔法の使い手なんだ。それでね――」

 

「はいストップ。一旦整理させて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがいきなり放たれた説明で、幹比古の脳は即座にオーバーヒートした。

 

 正直、前段階だからと油断していた。

 

 短い言葉に詰まった重要な情報に、頭の中が混乱する。

 

「せ、精神干渉系って、あの?」

 

「うん」

 

 幹比古は顔を青ざめさせる。

 

 精神干渉系魔法は、人の精神に踏み込んで操作するという性質上、禁忌とされている魔法だ。通常の魔法に比べて規制がはるかに厳しく、またその使い手であるというだけで爪弾き者にされる。実際、研究に貢献し成果を出したというのに、精神干渉系魔法だったというだけで数字落ち(エクストラ)にされた、という日本魔法界の黒歴史は、現在進行形で存在している。

 

 二人は、その使い手。

 

 きっと、血筋なのだろう。この魔法は、系統魔法や古式魔法以上に、使えるか否かが生まれつきの適性に左右される。それゆえに魔法師界でマイノリティであり、だからこそ、平然と排除された歴史があるのだろう。

 

 今目の前に座る、瓜二つの可愛らしい姉弟。だが二人は、その小さな身に、禁忌の魔法を抱えているのだ。

 

「その……色々大変だったんじゃないですか?」

 

「お父さんとお母さんはどっちも第一世代魔法師で、どっちもこの系統に強い適性があったから、結構苦労したみたいだね。ボクはまあ、全く別の理由で不登校だったから関係ないかな」

 

「私は、その系統の固有魔法も持ってて、効果が効果だから、すごく厳しく制限されていますね」

 

 いつきはあっけらかんとしているが、ご両親の苦労を思うと、気が休まらない。あずさも、軽く話してはいるが、「この系統の強力な固有魔法を持っている」という特大の情報が追加されて、その重荷は幹比古の想像を絶していた。

 

 そして同時に、あることを思い出す。

 

 いつきは、こんな話題を、あんなに注目を浴びてる食堂でしようとしていたのだ。

 

(前々から思ってたけど、いつきは周囲を気にしなさすぎるな)

 

 中条先輩か僕が傍についていないとだめかもしれない。

 

 そんな親友に対するものとは思えない辛辣な評価を下しながら、この「前段階」の確認を終わらせ、次を促す。

 

「で、精神干渉系魔法って、まだ全然その仕組み分からないじゃん? エイドスとか系統魔法は物質的な現象の話でしかないし、脳神経細胞がどうたら、っていうのも、ボクら使い手の感覚だとしっくりこないんだ。正直、使ってはいるんだけど、仕組み不明なんだな、っていうのが研究の始まりだったんだよね」

 

 甘い果物ジュースをストローでちまちま吸いながら、いつきはとうとうと語る。

 

「プシオンがどうのこうの、っていう話は聞いたことあるけど?」

 

「サイオンじゃなくてプシオンが鍵なのはボクらの感覚でも同じなんだ。でも、なんか直接干渉する魔法でも、系統魔法で干渉する物質的現象のエイドスとはまた別のものに干渉している気がしてさ」

 

「そこで、私たちが思いついたのが、精神的な現象のイデアとエイドスが、まだ見つかってないだけで、どこかにあるのではないか、という仮説なんです」

 

「なるほど……」

 

 考えたこともなかった。だが言われてみれば、理屈は通っている。幹比古は門外漢だが、二人が使い手であると信じれば、二人の言う「感覚」を信用するのが、今のところ幹比古に可能な一番の思考の入り口だ。

 

「それで、仮に精神に関する情報のイデアとエイドスがあるなら、その世界の精霊……独立情報体もいるはず、という考えにたどり着きました。私といっくんが、古式魔法や精霊に興味を持ったのは、これがきっかけなんです」

 

「ははあ、なるほど、そういうことでしたか」

 

 現代魔法師が精霊の話を聞きたがる。その理由が、ここでついに全て明かされた。それにしても、興味がある事へのいつきのフットワークの軽さはすさまじい。先日のテロ事件でも、いつきは「あずさを守る」という意志の下、かなり積極的に介入していた。柔軟な思考を持っているが、その行動原理は、頑固と言えよう。

 

「独立情報体……僕たちでは精霊だとか神霊だとか呼んでいますが、それの核がプシオンである、というのは確認されている確かなことです。そうなれば、精神に関する情報を司るイデアがあって、そこに『精神の精霊』がいるとしたら、ほぼ全部がプシオンでできているかもしれませんね」

 

 幹比古の研究における思考は近代的・現代的・科学的なものに近いが、それでも、完全な実証・証明は求めないという点では、古式魔法師らしかった。

 

「それで、私が高校に入ってから、周りの古式魔法師の方に聞いて回ったんですけど……精霊には、なんだか、意志のようなものがある、って感じることが多いらしくて」

 

「ああ、それは僕も感じますね。というか、それこそ巨大な精霊に干渉されたとき、漠然とではありますが、『神意』としか表しようがない、膨大な何かに触れた、という確信はあります」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 いつきが少し上ずった声で相槌を打つ。現代魔法師の考え出した理屈である「独立情報体」だとしたら、そこに意志があるとはあり得ない。だが実際「精霊」に触れる魔法師の多くは、それらが、人間や哺乳類ほどではないにしろ、本能に近い思考や自我や感情を持っている、と感じているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、これらの話をつなげて、ボクらがたどり着いた可能性が――古式魔法師の言う化け物って、『悪意を持った精神版エイドスの精霊』なんじゃないかな、って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 ガタッ! と静かなカフェに、椅子が鳴る音が響く。幹比古が思わず激しく立ち上がった音だ。幸い客は少なく、人目に触れることはない。

 

 幹比古は、逸る気持ちを、キンキンに冷えた水を飲むことで何とか抑えながら椅子に座り直し、深呼吸をする。

 

「そんなこと、考えたこともなかったっ……!」

 

 幹比古の顔は、興奮に満ち溢れていた。

 

 化け物の体系的に近い分類は、古式魔法師界がひとまず成し遂げた。

 

 だが、肝心のその正体については、全く分からなかったのだ。色々な仮説こそ出ているが、そのどれもが信憑性すら感じない。

 

 だが、今、二人が話してくれた、二人の仮説。

 

 これならば、色々なことのつじつまが合う。

 

 例えば、なぜパラサイトは魔法師から見ても不可視なのか。未だ観測できないが存在する可能性が高い「精神のイデア」の存在であるとすれば説明がつく。

 

 例えば、パラサイトの「食事」。精神版イデアから物質世界に何らかの理由で迷い込み、仕方なく物質に憑りついて、物質を介して「精気」を吸収する。この精気は、現代魔法で言うところのプシオンだ。精神版イデアに住む情報生命体ならば、プシオンが「餌」であるのは、自然な理屈である。

 

「そうかもしれない。いや、今はそうとしか考えられないっ……! 二人の言う通りかもしれないっ!」

 

 古式魔法師だけの理屈ではたどり着けなかった。

 

 現代魔法師だけの理屈でも当然たどり着けない。

 

 両者が協力しただけでもまだ無理だろう。

 

 現代魔法の理屈を理解する古式魔法師と、現代魔法師界の周縁に追いやられがちなマイノリティである精神干渉系魔法の使い手でかつ深い知性と思考力を持つ魔法師。この両者が出会って初めて、ここにたどり着ける。

 

 幹比古は、いきなり降ってきたような新発見と、それをもたらしたすさまじい運命に、打ち震える。

 

「……いつき、中条先輩」

 

 しばし悩み、水を飲んで渇いた口を潤し、頭を冷やす。

 

 彼の中では、もう結論は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今度、うちに来ませんか?」

 

 

 

 

 

 

 古式魔法師の悲願が、この二人によって果たされる。

 

 予感を越えた確信が、幹比古の心に満ち溢れていた。




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5-3

 最初に提案をしたのは5月半ばだったが、いざ行くとなると、主に吉田家側の制約のせいで、6月半ばになってしまった。

 

 それはともかく、いつきとあずさは、こうして千葉県の吉田家私塾にお呼ばれすることとなった。

 

「古式魔法の私塾っていうからもっと宗教色豊かだと思ったんですけど、結構現代的なんですね」

 

「うちは割と新しいことをどんどん取り入れるタイプですからね。伝統的なところだと、それこそ歴史的建造物も同然、みたいなところもありますね」

 

 現代では珍しい和風の家だが、ところどころに洋風の便利な要素が取り入れられている。どこの和風の家でも取り入れられている電灯や冷暖房や家電はもちろんのこと、家の中を掃除するオートメーションロボットも一般家庭並みにしっかり働いている。長い廊下を雑巾がけするのも修行の一環、のような、ステレオタイプめいたイメージを抱いていたあずさは、それを見て少し驚いていた。

 

「お父さんとかに挨拶しなくていいの?」

 

「別にいいんじゃない? ちょっと蔵書室に行くだけだし」

 

 吉田家は古式魔法の名家で、それなりに古い家系でもあるのだが、「由緒正しい」「伝統的な」という形容詞は当てはまらない。吉田の名で神道系となると、当然その筋のトップである吉田神道が思い浮かぶが、あいにくながら偶然一致しただけで、雨ごいなどをしていた田舎の拝み屋がたまたま能力があって現代まで残ったに過ぎない。それゆえか雑草根性めいたものもあり、様々な宗教・宗派の要素を取り込んでいる。

 

 そういうわけで、一般家庭に比べたらそうした「筋を通す」ようなことにはうるさいものの、古式魔法の一族としては格段に緩い。幹比古も気軽なもので、特に家族や門下生に、友達と先輩が来る、とすら伝えてないのである。

 

 そうして案内されたのは蔵書室だ。所狭しと古書が並んでいる。

 

「あら、幹比古様、可愛らしいお友達ですね。後輩ですか?」

 

 中に入るや否や、本を読んでいたらしい弟子の一人である女性がにこやかに笑いながら話しかけてきた。あずさたちは知らないが、幹比古が友達を連れてくるというのは珍しい。エリカはしょっちゅう連れてきているため、幹比古本人の初心さの割には「女を連れてくる」ことは珍しいと思われていないのが皮肉である。

 

「違いますよ。こっちは同級生で、こちらはそのお姉さんで先輩です」

 

「あら、これは失礼いたしました」

 

「中条いつきです!」

 

「ほ、本日はお邪魔してます。あずさと申します」

 

 いつきは元気よく、あずさは人見知りの気があってやや緊張しながら礼儀正しく、自己紹介する。女性から見て、今の様子を見てなおさら年下に感じたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 そんな和やかなやり取りを挟んだのち、さらに奥へと案内され、たどり着いたのは、物の怪、妖怪、鬼、霊、など、おどろおどろしい言葉が書かれた本が並ぶ場所だ。古書が並ぶ蔵書室というシチュエーションとその字面のせいで、あずさがややおびえて、いつきの服の裾を小さくつまんでいる。幹比古は優しさで気づかないふりをしてあげた。

 

 二人は腰掛けるよう案内され、幹比古が二つ三つ、比較的新しい雰囲気の本を見繕って持ってくる。明らかに古めかしいものに比べて、こちらは比較的最近に編纂された、機密性の低いものなのだろう。

 

「さて、とりあえず、僕たちの間の仮説では、『パラサイトは精神情報のイデアにいる精霊みたいな存在』ということになっていますね」

 

「そうだね」

 

 いつきが相槌を打つ間に幹比古が開いたのは、古めかしく抽象的な言葉が並んだページだ。

 

「これは、過去の記録を元に吉田家が作成した、パラサイト本体へ有効とされる魔法をまとめたものです」

 

 つまりこの抽象的な言葉は、全部その魔法の名前なのだろう。現代魔法も、『梓弓』しかり、それなりに「イカした」名前を付けることは多いが、古式魔法もまた同じようだ。

 

「パラサイトのような化け物との接触事例は、時代が進むごとに、加速度的に減っています。かつては、それこそ昔話や伝説として残っているように、多くの事例があったみたいですね。その大抵は迷信や勘違いだったわけですが、それを差し引いても、現代に比べたら圧倒的に多かったはずです」

 

 つまり、古いものは記録こそ多いが今の尺度では分からないことや信用できない部分が多く、逆に時代が近いほどわかりやすく信頼性は高いが数が減っていく、ということだ。ままならないものである。

 

 これは、そうした貴重な情報をまとめたもので、機密性が低いという割には、あずさから見て、とても重大な情報に思えた。

 

「吉田家も、精霊・神霊以外との接触は、ここ50年はてんでないですね。一番新しい記録は……イギリスの『魔女』ですね」

 

 魔法師の女性は、かつては「魔女」と呼ばれていた。しかしながらこの魔女という言葉はとにかく悪いイメージが大きすぎるし、ついでに男女で呼び方を分けないほうが良いとする社会風習の中で、従来使われていた「魔法使い」というオカルティックな言葉を排除する風潮と重なる形で「魔法師」に統合された。

 

 そしてわざわざこの現代で「魔女」と表現するということは、魔法師とは違う明らかに異質な、女性型の何かが現れた、ということだろう。

 

「CADを使わずに魔法を十全に扱う女性の超能力者が村に突然現れて、人を襲い始めたそうです。秘密裏の内にあちらの古式魔法師が仕留めて、犠牲者は少数で済んだみたいですね。これは32年前の話です。最新ですらこんな古い話なんですね」

 

 こうした歴史に基づく研究は幹比古自身もまだしていないようで、少し驚いた雰囲気だ。

 

 そしてその説明に書かれた魔法は、『悪魔祓い』と名前が付けられている。実にイギリスらしい名前だが、あくまでも「精霊魔法の一種で、物質的なものを対象とするのではなく、この世ならざるものをを対象とした攻撃魔法」、という説明が小さな文字で記されている。

 

「こんな感じで、パラサイト本体に対する攻撃は、系統魔法では無理なんですね。だから古式魔法師たちは、多かれ少なかれ、それぞれの一族で、こうして妖魔の類に対する攻撃方法を研究して準備しているんです」

 

「幹比古君もなんかできるの?」

 

「一応ね。燃焼の情報を持った精霊を喚起して、そういう存在に「燃えてる」って情報を植え付けるんだ。まあ、当然パラサイトとあったことないわけだから、効果があるかは自分で試せていないけど……精霊には効いたから、僕らの仮説が正しければ、パラサイトにも効くんじゃないかな?」

 

「せ、精霊にも効いた、ってことは……」

 

「はい、試しましたよ。というか、この世ならざる化け物との戦いに備えて、なんて大義名分を持って研究していますけど、実際のところは精霊魔法を使う古式魔法師同士の戦いを想定していますね。相手が使おうとした精霊に攻撃を加えて妨害する、という形でそのまま転用できますから」

 

「じゃあやろうと思えばパラサイトを喚起して直接操ったりできるわけ?」

 

「まあ、精霊ぐらいパラサイトがそこら中にいる、地獄みたいな世界だったら、それができるぐらい研究は進んでいたかもね」

 

 いつきの無理難題めいた質問に、幹比古は苦笑する。

 

「そんな感じで、繰り返しになりますが、現代魔法の尺度では、パラサイトに攻撃するのは無理でしょうね。パラサイトについての僕らの仮説が正しかったとしても同じです」

 

 魔法式はあくまで物質的な情報を改変するものだ。確かにそれでは、いくら攻撃したって意味ないだろう。憑りつかれてしまった化け物を倒すのには有効に違いないのだが。

 

「情報粒子のサイオンで攻撃するのは可能ですか?」

 

「うーん…………吉田家が把握する限りでは、可能かもしれない、程度ですね。サイオンに攻撃・加害の意志を全力で籠めて当てればそれなりの攻撃になる、として修業している古式魔法師もいるみたいですけど。僕らが持つ情報では、確定ではありません」

 

 そこまで話して、幹比古に知識の連想が働く。

 

「そう、それと、パラサイト本体は、常に『妖気』と呼ばれる波動みたいなのを放っているんですよ。これを浴びると常人はすぐ倒れますし、抵抗力のある魔法師でも体調は崩すし、感受性の強い魔法師だったらもっと危険なことになるかもしれませんね。そしてこの『妖気』を明確に向けて攻撃してくることもあるそうです」

 

「それって…………もしかしてプシオン?」

 

「ビンゴ。僕たちの仮説が正しければ、パラサイトが放つ『妖気』は、悪意を持ったプシオンだ。そして常に漏れ出ているがゆえに、物質を介して、プシオンである『精気』を補給する必要があるんだろうね」

 

 こうして分かっている要素を埋めていくほど、「精神版イデアに住む精霊のようなもの」であるという仮説が、説得力を増してくる。色々なものがプシオンと言う未だ未知の情報粒子であるとすれば、全部説明がつくのだ。

 

「ということは、やっぱり、サイオンやプシオンで攻撃するのは可能なんですね」

 

 パラサイト本体がプシオンで、それらを使った攻撃方法も存在する。現代魔法師でも、それを真似すれば、精霊魔法が使えなかろうと、攻撃手段になる可能性が高い。

 

「あー、じゃあ精神干渉系魔法で攻撃できる、っていうのも、多分正しいね」

 

「そう、それを今日は調べに来たんだ。見てほしいのはこれ」

 

 幹比古がパラパラとページをめくり、スムーズにあるページを開く。一か月ほど前に約束をしてから、このページだけ下調べしておいたのだろう。

 

 記録は10世紀の日本。平安京のとある屋敷に物の怪が現れ、それを祓った話だ。この手の話自体は『宇治拾遺物語』などのように、物語として伝わっているが、この記録は当時の正式文書における文体であった漢文で書かれている。つまりは、伝説などの類ではなく、実際に起きたこと、ということだろう。

 

 頭に角の生えた鬼が現れ、陰陽師が祓った。ありふれた内容だが、注目するべきはその祓った方法だ。

 

 本来、伝統的な方法だと、物の怪を童に憑りつかせて、そこから調伏する。だが、この話は違う。

 

 陰陽師が何やら術を唱えると、鬼が倒れ、そしてその直後に素早く陰陽師が腕を振るうと、倒れた鬼の少し上で不気味な光が現れた。

 

 その光はすぐに消え、陰陽師は「祓った」と息を抜いて、そのまま家に帰っていった。残された鬼の遺体を調べてみると、頭が異様に変形した、この屋敷の下人であった。

 

 後日この陰陽師に鬼の正体を聞いてみると、「物の怪が人に憑りついて鬼になった姿だ。体から追い払って物の怪のみになったところを、激しい痛みを与える術をかけて祓った」と答えたという。

 

「これ、どう思う?」

 

 記録の出典は、伝統的な陰陽師の家系に伝わる日記だ。その家は現在もそれなりの勢力を誇る古式魔法の一族である。よく見る古文の物語とは一線を画す内容と信頼度と言えよう。

 

「痛みを与える……これが、精神干渉系魔法、ってことですか?」

 

 いつきは驚きが隠せないようで、大きな眼を丸くして固まっている。彼に比べたら驚きが少ないあずさが、幹比古の言いたいことを確認した。

 

「僕はそう思っています。インデックスにも載ってないし、吉田家が知る限りでもこんな魔法はありません。体に痛みを与える魔法はいくらでもありますが、物の怪……パラサイト本体に、しかもそれを祓うほどの痛みを与える魔法なんて、どんな仕組みなのかすら分からないんですよ」

 

「……それで、精神に直接『痛み』を植え付ける精神干渉系魔法、て考えた、と?」

 

「そういうことです。で、お二人から見てどう思いますか?」

 

 いつきは記録をまじまじと見て固まったままだ。驚きから完全に抜け出せておらず珍しく言葉は出ないが、もう何か考えられる程度には抜け出せて入るらしい。

 

「いっくんはどう思う?」

 

「…………インデックスには載ってなかったと思う……。この情報を提供した陰陽師の家はなんて?」

 

「嘘か本当かは分からないけど、失伝したらしいよ。だからこうして余所者である吉田家でも見れるぐらいの情報になってるんだろうね」

 

 もう役に立たないし他の家でもどうせ役に立たないだろうから、ということだ。

 

「……ボクも、お姉ちゃんが言った仕組みの精神干渉系魔法だと思う。パラサイトが情報生命体だと仮定すると、『痛み』を感じる器官があるわけがない。何かしらの魔法でダメージを与えれば苦しむ様子を見せるかもしれないけど、それは生存本能で抵抗して暴れているだけ、と考えた方がいいかな」

 

「うん、それならやっぱり、プシオンに直接『痛み』を与える精神干渉系魔法以外、ありえないね」

 

 いつきとあずさの同意を得られた。精神干渉系魔法が得意だという二人が言うのなら、少なくとも自分があれこれ考えるよりかは正しいだろう。

 

「これで、現代魔法師でもある程度戦えることがわかりましたね。それで…………これを知って、お二人はどうするおつもりで?」

 

 幹比古は声を低くして問う。

 

 考えてみれば、不思議な話だ。

 

 精神のイデアとエイドス、独立情報体・精霊、プシオン、精神干渉系魔法、パラサイト。これらの要素が組み合わされば、二人が興味を覚えるのは分かる。

 

 だが、二人はそこからさらに先、どこか深刻な様子で、「戦う方法」を模索していた。

 

 もし、二人が戦おうとしているならば。その努力は高確率で無駄になるだろう。なにせ、パラサイトは近年めっきり世界中で現れていないのだ。二人が遭遇する確率は低い。

 

「…………お察しの通り、私たちは、お化け……パラサイトと戦う方法を、考えていました」

 

「そういうのがいるって知っちゃったら、何か対抗策を考えておかないと、無抵抗でやられるだけになっちゃうからね」

 

 そう、二人は、パラサイトが滅多に現れるものではないと知らないで、その存在に行きついた。戦う方法を探したくなるのも無理のない話だ。元々は二人の旺盛な知識と知性と知的好奇心がその存在の可能性に思い当るきっかけだったのだろうが、知ってしまえば、それはもはや好奇心では済まされず、戦い方を考えざるを得ないだろう。

 

「今話した通り、滅多に現れるものではありません。僕ら古式魔法師ですら、一生に一度会うか会わないか、ですからね。その点では、安心していいと思いますよ」

 

 あずさはここに来た時に比べて、明らかに安心している様子だ。正体の分からない敵の存在だけを知っていて、その正体も対抗法も定かではない。いつごろからその存在に気づいていたかは分からないが、こんな小さな体で、どれだけの恐怖と不安を抱え込んでいたのだろうか。

 

「よかった~。これなら安心だね、いっくん」

 

「うん、そうだね」

 

 力の抜けた笑顔を浮かべるあずさ。

 

 だがそれに対して、いつきは、未だに真剣な表情のままだ。

 

「ねえ幹比古君。パラサイトって、どうやってこっちに現れると思う?」

 

 質問としては唐突。だが、その内容自体は、至極まっとうだ。

 

 未だ人間が観測する手段を持たない精神のイデア。パラサイトはそこの存在故に、普段は互いにまじりあうことはない。

 

 ならばなぜ、時折現れ、人に害を成すのだろうか。

 

「……それは分からない。物質世界であるこっち世界に現れたら、物質を介してしか精気を得られない。パラサイトからすると、デメリットしかないはずだ。……もしかしたら、こっちに現れてしまうのは、パラサイトも不本意で……お互いにとって、事故みたいなものなのかもしれないね」

 

「そっかぁ……じゃあ、これからの長い人生で、遭遇する可能性は、ゼロじゃなさそうだね」

 

「……?」

 

 いつきの言うことはもっともだ。それなのに、なぜかあずさは首をかしげている。幹比古はまだなんやかんや付き合いが短いので気づいていないが、あずさは、いつきの「生き急ぐような」生き様を知っている。そんな彼の口から、「長い人生」なんて言葉が出るのが、不思議で仕方なかった。彼の生き方に不安を抱いていた彼女としては「考え方が変わった」と喜ぶところなのだろうが、疑問の方が今回は勝ったのである。

 

「そういうわけで、幹比古君。ボクはこれからも、パラサイトについて色々考えたい。あずさお姉ちゃんはどうする?」

 

「…………いっくんがやるなら、私もやるよ。いっくんを守るって、決めたから」

 

(あ、これはもしかして)

 

 幹比古は察した。

 

 二人は至極真面目な表情だが、あずさの言葉をきっかけに、雲行きがだんだん、甘い方向に向かってきている。

 

 案の定、二人はこの後お互いを守るだのどうのこうのと、命を預け合うファンタジー世界のカップルのように、聞いただけで頭痛がするような言葉を、一分ほど囁き合っていた。




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5ー4

 7月の頭。今年度最初の試験が無事終了した。

 

 二年生は、実技主席が範蔵、次席があずさ。理論は、主席があずさ、次席が五十里。総合であずさが主席となった。

 

 そして一年生はと言うと、不思議なテスト結果が出ていた。

 

 実技主席は深雪、次席はいつき。これは入試の順位と変わらないからさほど不思議ではない。

 

 だがそれに続くのが、雫、森崎、ほのかである。多少ランダム性があるせいで逆に偏りが生じるとはいえ、ある程度クラス分けは入試成績が公平に分かれるようになっている。主席・次席を擁するA組は、それ以外の生徒の入試成績は飛びぬけてパッとするようなのはいないはずだ。

 

 だというのに、三位から五位まですら、A組の生徒が独占しているのである。つまり、クラスによって成長の偏りが著しいということだ。これにはさぞ教員も頭を抱えているだろう。

 

 そして理論の方も、悩みの種かもしれない。二科生のはずの達也が首席、幹比古が四位だ。魔法理論は、机上論の上では誰でも理解できることになっているが、結局魔法に関する話のため、実技に優れる魔法師の方が、理論も理解していることが多い。だが、こうして、達也がトップとなり、幹比古もトップクラスに入っている。クラスメイトの柴田美月も上位にランクインしている。これも不思議な事態だろう。

 

 ちなみに理論二位はいつき、三位は深雪で、入試と変わらない。そして総合主席の座は、実技で圧倒的女王として君臨する深雪が守った。

 

 そんな不可解な成績の中でも比較的手を付けやすいと言える達也の個人面談を終えた教員たちが彼のお友達にボコボコに叩かれたり、達也と幹比古がレッグボールの授業を通してそれなりに親しい交流を始めたりした週のある日。

 

「達也君、一年生男子の独自戦力リストとかない?」

 

「何言ってるんですかいきなり?」

 

 昼休み。恒例となった生徒会室でのランチタイムのために入室するや否や、真由美が達也に詰め寄った。

 

「この度の九校戦における新人戦の代表を調整しているのですが、少し難航していまして」

 

 真由美の肩越しに、お上品に箸を運ぶ鈴音が代わりに答えてくれる。食べながらなのに全く声が乱れない謎の特技が気になって仕方ないながらも、そこに突っ込むのは本題から外れるし、何より入り口で妹共々たむろしていては目立つということで、とりあえず中に入る。

 

「部活連の方と調整はなさったんですか? 確か、男子の部活動加入率はかなり高かったはずですし、そちらにある程度戦力データとかは揃ってるかと思いますが」

 

「十文字君に協力してもらったし、入試とこの前のテストの実技データもばっちりよ。今年は深雪さんを筆頭に、女子の戦力が充実しているわね」

 

「なるほど、それで、一方男子は、ということですか」

 

「ああ、そういうことだ。いや、十文字だとか服部だとか辰巳だとか桐原だとか沢木だとか三七上だとか五十里だとかが揃ってる二・三年生がぶっ飛んでるだけで、今年の一年坊たちもそれなりの粒ぞろいなんだが、どうしてもな」

 

 確かに先輩方に比べれば見劣りするだろう。特に克人と範蔵はもはや反則の領域だ。ただ、こう言ってる摩利も反則そのものであり、真由美共々三巨頭と範蔵は出禁でいいだろう、とすら思える。

 

「粒ぞろいなら、別に問題ないんじゃないですか? 森崎とか、五十嵐とか、有名どころもいるでしょう?」

 

「その二人は当然エース格としてオーダーしています。ポイント比率が高いモノリス・コードにも即内定を出しましたし、現に了承も頂いています」

 

 これで何が問題なのか全くわからない。達也も深雪も、ただただ困惑するしかなかった。

 

「問題は、戦力配分なのよ。モノリス・コードには精鋭を集めるとして、悩みはそれ以外の競技。なるべく強い子は一つの競技に固まって欲しくないんだけど……」

 

 そうして見せられたのが、有望戦力・内定リストだ。これだけのものが揃ってるなら独自の戦力リストなんてありもしないものを求めなくてもいいのに、と不満がよぎる。

 

「なるほど、これは確かに偏ってますね」

 

 モノリス・コードにはいくら偏っても良い。

 

 だが、それ以外の競技は、仲間でありながらも点数を奪い合うライバルになる。仲間内での競合は避けたいだろう。

 

 ところが、森崎と五十嵐が、なんと両方ともスピード・シューティングにエントリーすることになっているのだ。

 

 備考欄を見ると、これはこれで理に適っている。

 

 森崎は森崎家の特性上、魔法式構築速度に優れるし、反射神経も即座に照準を合わせる力も天下一品だ。深雪も彼には学ぶことが多いほどである。どちらかといえば射撃魔法の方が得意なため、スピード・シューティングに不向きと言えなくもないが、それを補うだけの適性があろう。

 

 また五十嵐は百家の次男であり、その実力は早くから注目されている。SSボード・バイアスロンの選手であり、ボードに乗った自己移動もそこそこできるが、何よりも的破壊が得意なようだ。

 

 この二人が被ってしまうのは仕方ないが、他男子も粒ぞろいである。ちょっと噛み合いが悪い部分はあるにはあるが、完璧な理想なんて求めても仕方ないので、これで妥協して他を埋めていけばいいのに。

 

 例えば、そう、最強と信じて疑わない妹に迫るだけの成績がある、男子一位の、あの男の娘とか。

 

「…………中条、保留リストに入っていますね?」

 

 達也は首をかしげる。

 

「ああ、中条君なら、こうなっても仕方ないかもしれませんね」

 

 同じリストを渡された深雪は苦笑気味だ。達也は訳が分からず、説明を求める。

 

「彼は、自分が興味ある事には突っ走るそうですが、一方でそれ以外は断固として無視するタイプだそうです。以前、生徒会の仕事中に、中条先輩がおっしゃっていました」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 可愛らしい見た目と明るい態度のせいで校内が誤魔化されてるが、確かにいつきには、そういうエゴイスティックな部分があるのだろう。最近仲良くなったいつきの親友・幹比古が、苦笑まじりにそんなこと言っていたのを思い出す。多分、振り回されているのだろう。

 

 いつきは九校戦に興味がない、ということだ。それで断固として拒否をしているのだろう。やる気がない選手は他の希望者の手前選ぶわけにはいかない。だが諦めきれず、こうして保留リストに放り込んでいる。そんなところだろう。

 

「二人の理解で半分正解、半分外れよ」

 

「「……?」」

 

 だが、疲れた様子の真由美による返答は、いまひとつわかりにくい。兄妹が全く同じタイミングで首を傾げる。――そのシンクロぶりを見た鈴音が少し噴き出したが、当然無視だ。

 

「さて、では二人に質問をしてみよう。中条弟を入れるとしたら、どの競技にする?」

 

「まず、モノリス・コードは間違いないと思います」

 

「基礎的な魔法力はもちろん、戦闘能力もブランシュの一件で証明済み。この競技の得点比率が明らかに高いことを考慮すれば、選出しないのはありえません」

 

「さすが、優秀な後輩が二人いて嬉しいわ」

 

 真由美の口ぶりとは裏腹に、今にも「ケッ」とでも言いそうなやさぐれた表情をしている。

 

「当然、真っ先に声をかけたわ。その時の返答がこれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、ボク、バトル・ボードとクラウド・ボールがいいです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴったりのタイミングで鈴音が端末を操作すると、いつきの可愛らしい返事が再生された。

 

 何かしらの言質を取るために録音機を仕込んでいたことをまず咎めたかったが、本人にバレなければ問題ないということでスルーだ。

 

「バトル・ボードとクラウド・ボール、ですか」

 

 達也は思案する。さほど九校戦に詳しいわけではないが、深雪の助けになるかと思って、風紀委員室で話を聞いて以来、競技特性について少し調べてきた。

 

 九校戦は魔法能力の比率が高い競技が集まる。本人が全く動かないで高速または高威力の魔法を連発する、スピード・シューティングやアイス・ピラーズ・ブレイクが良い例だ。

 

 一方で、身体能力の比率が高い競技もある。超高速テニスといえるクラウド・ボールと、サーフィンの技能を必要とするバトル・ボードが、その筆頭だ。

 

 また、絶えず魔法で飛び回るミラージ・バットや、ルールの定められた実戦的な模擬戦競技であるモノリス・コードも、体力を必要とするだろう。

 

 魔法の要素が強い競技とは言っても、やはりスポーツなので、基本的に身体能力が必須の競技がほとんどである。

 

「中条君は、その…………運動があまり得意ではないようですが?」

 

 深雪がオブラートに何重も包んで、全員が思った懸念を、クラスメイトとして表明する。

 

 打てば響く太鼓のように絶好のタイミングで鈴音が映像を映し出す。一年A・B組合同の体育の授業だ。

 

 魔法の技術進歩もすさまじいが、魔法以外の技術はさらに進歩し、代替の効かない魔法師の仕事は、軍事・警察・消防・レスキュー、非合法なところでは暗殺や諜報などの、「鉄火場」ぐらいだ。故に魔法科高校に入る程に魔法に熱心で、しかも一科生で男子となれば、彼らの運動神経は同世代のスポーツマンと同等かそれ以上である。例えば五十里も、線の細いフェミニンな雰囲気だが、あの服の下は中々鍛え上げられた肉体をしているらしい。花音が風紀委員の中で堂々と自慢して、五十里が大恥をかいたあの事件は記憶に新しいところだ。

 

 そういうわけで、たとえ一年生であろうと、その体育の授業は、もはや部活動のそれと同じだけの迫力がある。二科生にも達也やレオや幹比古のような逸材はいるが、ほとんどは一科生に魔法のみならず運動能力も負けている。

 

 では、そんな中に、あの小さな女の子みたいな少年・いつきを放り込んだらどうなるだろうか。ちなみに先例として、あずさは二年生女子の体育で行われたレッグボールにおいて、必死に追いかけてもボールはまともに一度も触れず、唯一触ったと言えなくもないのは、何も考えずシュートに飛び込んで顔面セーブを決めたときぐらいだ。

 

「ブフッ」

 

 達也は思わず吹き出す。一科生男子はやはり長身かつ筋肉質な生徒が多い。その中で必死に走るいつきは、大人と子供そのもの。五十里のように隠された肉体があるわけでもなく、あの服の下はガリガリか可愛らしい丸みを帯びた肉体があることだろう。

 

 想像よりも、少なくとも無様な姉よりも、よく動けてはいる。立ち回りも基本通りで、そこそこ悪くはない。ただほとんどボールには触れない。ボールを追いかけても他の生徒に追い抜かれ、ディフェンスをしようとしても軽く躱されるか、軽くぶつかっただけであえなく弾き飛ばされる。しまいには、見苦しいことに、レフェリー役をたまたまやっていた森崎にわざと転んでアピールしているが、「ネイマールごっこがお上手でちゅね」と馬鹿にされて流されている。

 

「森崎ってこういうこと言うキャラだったんですか?」

 

「待て司波、そこに驚く気持ちは分かるが、本題はそこではない」

 

 彼の人となりをそれなりに知っている摩利が同意をしてくれたが、止めてくれた。あまりにも衝撃的な映像過ぎて、達也の理性が一瞬吹き飛んだのだ。

 

「今見てもらった通り、いつき君の身体能力は、魔法師男子としては下の下です」

 

「あの身長とあの体でこれだけ動けるのは褒めてやるべきだろうな。普通の高校に行けば平均少し下ぐらいか?」

 

「司波さん、オブラートに包んでおいて良かったですね。うっかり本音で『運動音痴』なんて言おうものなら、しばらくおもちゃにされてましたよ?」

 

 人をおもちゃにする筆頭が何を言うか。姦し三年生三人娘にツッコミを入れたい気持ちを抑えながら、深雪は永久凍土の笑みを浮かべて「ええ、お気遣いどうもありがとうございます」とだけ返した。あいにくながら抑えきれておらず部屋の空気は物理的に冷え切り、鈴音は「失礼」といって立ち上がりながら、冷房を切った。果たして何に対しての「失礼」だったのか。そこは追及するべきではないだろう。

 

「つまり、中条は、一番適性がありそうなうえにポイントが高い競技に出たがらず、あまり適性のない競技に出たがっている、と」

 

 なるほど、これは厄介だ。彼の性格を踏まえると、摩利や真由美と言った威圧感のある先輩が強めに説得したところで通じないだろう。

 

「十文字先輩は……ああ、それもダメそうですね」

 

 達也は言い切る前に止める。あの本気ですごんだ克人に対して、真正面から啖呵を切ってテロリスト殲滅作戦に飛び入り参加したのだ。あの見た目ならば、と、とても失礼なことを考えたが、それも無駄であろう。

 

「ちなみに、中条さん伝手に説得を頼む、または中条さんから切り崩しにかかろうとしたのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『その、ご、ごめんなさい! 私は、いっくんの好きな競技に、出させてあげたいんです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「公私混同じゃないですか」

 

 深雪は呆れた。気持ちは分からなくもないが、あずさは生徒会役員という、いくら学生の間のお遊びみたいな制度と言えど、名目上は生徒全体の奉仕者でもある。それがこの態度ではいけない。

 

 全く、なんというブラコンなのでしょう。

 

 深雪はプンスカ怒る。

 

 なぜか真由美たち三人から絶対零度の目線を向けられてるのが気になるが。

 

「でも、これで折れる先輩方じゃないでしょう?」

 

 深雪が何か言ったら針の筵になる気配を察して、シスコンが代わりに切り込んだ。

 

 そう、あずさほど切り崩しやすい人間はいないだろうし、この三人がこれで諦めるとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっくんは、その……自分で選んだとはいえ、ずっと不登校で……お友達もいなくて、ずっと、ほとんど私たち家族の中だけで過ごしてました。それを全く気にしないで、興味のないことはずっと無視して……そんな、そんないっくんが、こうやって、普通の学校生活とか、運動とかに興味を持ってくれたんです! だから、どうか……いっくんの希望、かなえてあげてくれませんか!?』

 

 

 

 

 

 

 最後の方は、心に訴えかけるような、本能的な部分をくすぐる、必死の涙声。

 

「これを聞いて、これ以上説得しろって、達也君は言えるかしら」

 

「先輩方がそんなことしてたら、俺は風紀委員を辞めますし、深雪を生徒会から抜けさせますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなやり取りがあったはずなのに、達也はなぜか「同級生のよしみだし、ワンチャンあるから行ってきなさい!」と言われ、放課後にいつきの下へと向かわされていた。

 

 納得いかない思いを抱えながら、達也は実技棟に向かう。ただでさえ部活動が活発な時期・時間帯で、さらに九校戦も近くて、屋外も屋内もその練習をする生徒たちでひしめいている。

 

 そんな中、部活でも九校戦でもない生徒のために唯一解放されている実技棟の隅っこに、いつきと幹比古はいた。生徒会に、実技室とCADの使用申請が届いていたので、ここにいるのは分かりきっていたことだった。

 

「さあ幹比古君、またペース上がってきてるよ。もっともっと」

 

「無茶言うな!」

 

 いつきは移動・加速系に関しては、深雪の成績をわずかながらでも上回る程のスペシャリストだ。特に高速移動と物体を浮遊させて攻撃する魔法は、基本中の基本でありかつ一番強い魔法ということで、かなり得意としている。

 

 ひらひらと、蝶ともトンボとも形容するべき高速移動で逃げ回るいつきを、幹比古は必死で追いかけている。

 

(あれが、幹比古が言っていた『鬼ごっこ』か)

 

 いつもはもっと広い部屋でやっているのだろうが、こんな時期なので、やや手狭だ。つまり幹比古にとって有利である。それでも、達也には、幹比古が追い付けるとは到底思えなかった。それほどに、いつきは余裕を残して、わざと紙一重で回避している。

 

 幹比古はスランプだと言っていたが、入学当初に比べたら、実技の成績は格段に向上していた。ああした特訓を続けて、少しずつ「感覚」を取り戻しているのだろう。後は根本的な原因を達也の腕でちょちょいと取り除いてやればいいだけに見えるが……そこまでお節介する程の仲には、まだなっていない。

 

 そんなことを考えながら、達也は呼び鈴を鳴らす。二人は一瞬で魔法を止めて、反応した。

 

「あれ? 司波君? 珍しいね、なんか用?」

 

 いつきが不思議そうに首をかしげる。幹比古が膝に手をついて肩で息しているのに対し、いつきの息切れは激しくない。わずかに頬が上気したいつきが首をかしげるその姿は、達也でなければ変な感情が湧いていたことだろう。アヤしい趣味を持つ女子限定で圧倒的人気一位(真由美談)を誇るだけはある。

 

「七草先輩から頼まれてな。やっぱり、お前にはモノリス・コードに出てほしい」

 

「ほらみろ、いつき。やっぱりその競技がベストなんだよ」

 

 真由美に説得された件は幹比古も知っていたし、適性の面でも生徒会と意見は一致しているらしい。思わぬ援軍の存在に、これはもしや、と達也はわずかに期待をする。

 

「えー、司波君、生徒会じゃなくて風紀委員でしょ? 司波さんにこき使われてるの?」

 

「深雪は別の仕事だよ」

 

 そもそもさっき七草先輩に頼まれてと言っただろうが、とは返さない。真由美が頼むなら、それこそ生徒会役員でありクラスメイトでもある深雪が来る場面だ。それでも達也一人が来たのは、「妹に頼まれて」、悪く言えば「こき使われて」と言われても、二人の関係についてさほど知らないであろう彼ならば仕方ないかもしれない。

 

 そんなことをごたごた話しながら、部屋の隅にある簡易ベンチに三人で腰を掛ける。スポーツのミーティングなどにも使えるように動かせるようになっていて、三人で向かい合う形になった。

 

「賢い中条なら分かってると思うが、モノリス・コードは得点が明らかに高い。ここに男子一位のお前を省くという手は、あり得ないんだ。テロ事件の時もそうだし、今のを見ても分かる。お前は、どこで磨いたのか知らないが、かなり『戦える』だろう?」

 

 そうして腰を落ち着けたところで、達也は踏み込む。

 

 学校に行ってるか行っていないか以外は、あずさといつきは同じ環境で育ったはずだ。だが、あずさは善良な小市民であるのに対して、いつきは、あのテロ事件の戦い方は明らかに「経験者」だ。判断に迷いがなく、その判断は冷静に正しいものが選ばれて、何よりも傷つけることに躊躇がない。

 

 幹比古の顔にも緊張が宿る。彼も、ずっと同じことを思っていたのだろう。

 

「そりゃまあ、人よりちょっと得意かもしれないけどさ……ボディガードの森崎君とか、射撃競技やってる五十嵐君に比べたら、素人も素人だよ?」

 

「その二人もしっかりモノリス・コード代表さ。そしてそこに埋まる最後のピースが、お前なんだ」

 

「十三束君とかいるじゃん。マジック・アーツの新人戦で優勝したらしいけど?」

 

「モノリス・コードは殴る蹴るは禁止だ。十三束は強者だが、スタイルが全然違う」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 殴る蹴るが禁止、という部分に幹比古が反応する。スポーツについてそれなりに知っているが、細かくルールを把握する程の興味がなかったのだろう。

 

「それに、お前は運動があまり得意ではない。運動能力の比重が大きいバトル・ボードとクラウド・ボールは、どちらも適性があるとは言い難い。お前の魔法の腕ならそれでも優勝は見えているが、片方だけで我慢してくれないか?」

 

「えーやだー」

 

「いつき、達也には可愛く言っても無駄だと思うよ?」

 

「可愛い妹に毎日甘えられてるから?」

 

「そうそう」

 

「断じて違う」

 

 可愛い弟に毎日甘えられてダダ甘ブラコンなあずさとは違うのだ。達也は胸を張って否定する。

 

「それに、今年の新人戦のスケジュールは過酷だぞ。一日目がバトル・ボード予選、二日目がクラウド・ボール全部、三日目がバトル・ボードの準決勝と決勝だ。三日連続で炎天下の競技をしなければならない。特に二日目なんか最悪だ。それなら、最後の方にやるから時間が空くモノリス・コードの方が、スタミナにも不安のある中条にはちょうどいいだろう?」

 

 達也は徹底的に理屈で追い詰める。感情的な説得は成功するとは思えないし苦手だ。ならば、いつきの優れた学力から分かる理性に訴えかけた方が成功率が高いと見た。

 

「……へえ、ボクに、適性が無いっていうんだ?」

 

 直後、達也はCADを抜いて、『術式解体(グラム・デモリッション)』を連発した。

 

「え、ちょ、何々!?」

 

 急にCADを抜いて魔法を使った達也に、幹比古が驚いて思わず臨戦態勢まで取っている。両者の顔を交互に見て困惑していた。いや、あの様子だと、いつきの剣呑な様子も見抜いているだろう。

 

「……許可されていない魔法の使用は禁止されているが? 俺が風紀委員と知っての狼藉か?」

 

「ここは実技棟で、ボクらは許可されてるよ。『戦場』に踏み込んだのは司波君でしょ?」

 

「いつき、君、まさか?」

 

「ああ、魔法で攻撃しようとした」

 

 達也は説明する。部屋の隅に積まれた荷物や備品に一気に魔法をかけ、達也にけしかけようとしたことを。

 

 幹比古はすっかり呆れ、いつきを冷たい目で見ながら、窘める。

 

「確かに達也の態度もいけないけど、さすがにそれは一線を越えてるよ、いつき」

 

「あはは、ごめんごめん。悔しくなっちゃって」

 

「そうだな、俺もすまなかった」

 

 いつきに謝られて、達也が何もしないのでは、それはそれで分が悪い。今ので、自分が間違ったことを言っていたことが分かった。

 

「CADなしで、あれだけの数に、恐ろしく速い魔法行使。俺でなければ見逃していただろうな」

 

「確かに達也の反応速度は尋常じゃなかったね」

 

 幹比古が達也にジト目を向ける。どうやら、自分の正体が気になるらしい。実際知ってしまったが最後、四葉に消されかねないので、彼のためにも知られるつもりはないのだが。

 

「全部が高速移動魔法だ。クラウド・ボールであれをやれば、新人戦レベルならかなりいけるだろう。本戦でも戦えるかもな?」

 

 そう、今いつきが見せようとした魔法は、クラウド・ボールにおける基本にして理想の戦術、大量のボールを一気に相手コートへと落とす、ということに使える。しかも、CADなしだというのに、その速度が尋常ではなかった。試合中にあれを連発すれば、相手の心を折る事すらできるかもしれない。

 

「それに……さっきの鬼ごっこは見せてもらった。想像以上に、中条は自己加速術式が得意なようだな。バトル・ボードにぴったりだ」

 

 波のない水路でサーフボードに乗ってレース。その移動方法は当然魔法だ。自己加速術式が基本中の基本である。

 

「そういうこと。どう、分かってくれる?」

 

 先ほど一瞬見せた獰猛さが鳴りを潜め、また可愛らしい天使の笑みになる。あずさと違って、だいぶ裏があり、図太い性格のようだ。

 

「だが、だからこそ……その高速移動と、浮遊魔法による攻撃力は、モノリス・コードで武器になる。お前は、モノリス・コードの選手になるべきだ」

 

 正直あまりやる気はなかった。だがいつの間にか達也は、本気で説得するようになっていた。

 

 断られ続けている意地もある。生徒会に貢献して間接的に深雪の評価を上げたい狙いもある。

 

 ただそれ以上に、達也は、いつきの本当の実力を垣間見て、モノリス・コードへの強い適性をこれ以上ないほど感じたのだ。彼の論理的思考能力が、「モノリス・コード以外あり得ない」と叫んでいるのである。

 

「……そう。まあ褒めてもらっているのは嬉しいよ。だけど、ボクはバトル・ボードとクラウド・ボールに出たいんだ。ぶっちゃけ、この二つ、戦力としてはイマイチじゃない?」

 

「……それは、まあ…………俺が言うのもなんだけどな」

 

 女子には深雪・雫・ほのかという三本柱だけでなく、明智、里美といった、本来なら学年トップになるようなレベルの生徒がいる。だが男子は、いつき、森崎、五十嵐以外は、今一つパッとしない印象だった。スピード・シューティングはまだしも、それ以外の三つの個人競技は、良い結果が出るビジョンがあまり浮かばない。

 

「それなら、森崎君と五十嵐君が集まって十分なモノリスより、バトル・ボードとクラウド・ボールに僕が出た方が、結果的にポイント高いと思うんだ」

 

「……」

 

 達也は言葉に詰まる。

 

 その通りだ。いつきの実力なら優勝は見えているし、よほどの組み合わせでない限り、または相手に一条将輝クラスが当たらない限り、ポイントは持って帰ってくるだろう。

 

 それならば、モノリス・コードに出すよりも、層が薄いこの二つに出てもらった方が良いのではないか。

 

「さて、司波君。これで両方の主張に理屈が通ることがわかったね。なら、あとは……感情面で決めるしかないと思うんだけど?」

 

「散々理屈で詰めて、最後にそれか……」

 

 達也は少し疲れた顔で、ため息を吐く。

 

 完全に言い負かされた。ショックを受けるほどではないが、少しだけ落ち込んでしまう。

 

 こうなってしまえば……本人の希望を優先するほかないだろう。

 

「そういうわけで司波君、七草先輩によろしくね?」

 

「ああ、わかった」

 

 ベンチから立ち上がり、達也はここを去ろうとする。自分の負けだが、これはそもそも最初からあきらめていたことだし、仕方がない。

 

 そうして、ドアに手をかけた時――

 

「ああそうだ、司波君」

 

 ――その背中に、いつきから声をかけられる。

 

「なんだ?」

 

 声のトーンはいつもと変わらない。だが、少しばかり、雰囲気が違う気がした。

 

 振り返った先にいるいつきも、様子は変わらない。可愛らしい顔に、明るいほほえみを浮かべている。

 

「モノリス・コードに適性があるって言ってくれたのは、嬉しかったよ。ありがとう。今回は別として……なんかあったら、声をかけてよ。協力できるかもしれないからね」

 

 いつきはそう言って――誰しもが見惚れるような、満面の笑みを浮かべた。

 

 達也はそれを受けて、少し固まる。決して見惚れたわけではない。

 

 ただ――自分に興味のないことはすべて無視するいつきが、こんなことをいうのが、少し意外だっただけだ。

 

(不登校児が、学校生活で社会性を得つつある、か)

 

 あずさの願いは、もう叶い始めているのかもしれない。

 

「ああ、なんかあったらよろしく頼む」

 

 お世辞程度だが、達也はそう言い残して、今度こそ、この場を去った。




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5ー5

 多少の悶着はあったが、無事全ての選手が決まり、達也もエンジニアとして参加することになった。

 

 こうなれば、部活動に参加していない選手達も、放課後はかなりの時間まで学校で練習である。それは、幹比古と練習したりあずさを待つ以外は即帰宅するいつきとて、例外ではなかった。

 

「あー、服部先輩に勝てないー!」

 

 練習期間も折り返し地点を過ぎたという頃。

 

 校内に設けられた練習用水路にて、練習を終えたいつきは、プールサイドに倒れこんで叫んだ。

 

 小学校・中学校と不登校で、ほぼ全ての時間を魔法に費やし、その中でも移動・加速系には特に力を入れてきた。元々のあずさ譲りの才能もあってその腕は同級生たちでは相手にならず、先輩たちに混ざって練習させられている。

 

 今日の内容は、範蔵に相手役をしてもらっての、競り合いの練習だ。至近距離で横に並んだ時に、外側から抜き去るのが目標だ。

 

 直情型に見えて戦略がしっかりしている範蔵は、反則ギリギリを見極めてしっかり妨害を仕掛け、いつきに好きにさせなかった。結果、範蔵はある程度手加減したというのに、コースを2周する間、一度も抜かせなかったのである。

 

「俺としては、もっと楽な練習になるつもりだったんだけどな、いつき……」

 

 ゴールしてすぐボードを降りたいつきに対し、四半周ほどクールダウンのために軽く走った範蔵が戻ってきて、いつきを引っ張って起こしながらため息を吐く。後輩相手に手加減したという割には、真夏の炎天下での運動であることを差し置いても、汗がびっしょりだし、疲労の色が濃い。

 

 ちなみに、どっちも「中条」で呼ぶのは紛らわしいということで、範蔵はいつきを下の名前で呼んでいる。ここで親友で付き合いの長いあずさではなくこう見えて一応男子のいつきを名前呼びにするところに、彼の性格が現れていると言えるだろう。

 

「もう、服部君に勝とうなんていくらなんでも無茶だよ。そこまで言うと服部君に失礼でしょ?」

 

 そんな範蔵の様子に気づかず、あずさは戻ってきたいつきの汗を拭いて、スポーツドリンクを飲ませてあげながら窘める。

 

 いつきがバトル・ボードとクラウド・ボールの選手になるにあたって、あずさは当然のように彼の担当エンジニアになった。つまり新人戦男子のこの競技全員の担当と言うことである。

 

 あずさのエンジニアの腕は好評だ。

 

 エンジニアは参謀の面も兼ねている。あずさはその広くて深い魔法知識から、本人が今持っている適性と手札に合った魔法を引っ張り出してきて、選手に提案しているのだ。いつきは今までずっとあずさと話し合ってきていたので完成されており劇的な変化はなかったが、それ以外の選手は、明らかに成績が伸びてきている。あずさ本人の見た目と性格と実績からアドバイスもすんなり受け入れてもらえるのも、プラスに働いていた。その貢献は、本戦男子のエンジニアを担当する上級生の木下も両手を上げて降参する程である。

 

「中条先輩、こっちも見てもらっていいですか?」

 

「次、僕もお願いします」

 

 いつき以外の二人の新人戦バトル・ボード代表があずさを呼ぶ。

 

「あ、はーい。じゃあいっくん、しっかり水分補給するんだよ?」

 

 あずさはそう言い残して、いつきのふわふわの髪を一撫でして微笑みかけると、彼らの方へトテトテと駆け出す。

 

「中条先輩の調整すごいッスね!」

 

「今までも全然違いますよ!」

 

 あずさにCADを調整してもらいながら、興奮した様子で二人が褒める。混ざり気なしの賞賛を浴びせられ、あずさは頬を赤らめて照れていた。

 

「そりゃあ、あずさお姉ちゃんの憧れは、トーラス・シルバーだからねえ」

 

「そういえばそうだったな」

 

 その様子を見ていたいつきが、何の気なしに独り言をつぶやく。それに反応したのが、そばで休憩していた範蔵だった。

 

 あずさは魔法理論に深く興味があり、そしてデバイスオタクな面もある。近年の魔工師で突出して優れていると言われるトーラス・シルバーには特に憧れが強くて、「シルバー様」と呼んでいるのだ。いつきはもちろん、この校内でいつき以外で唯一あずさがため口で話せる相手・範蔵も当然知っている。

 

 トーラス・シルバーは、ループ・キャストを筆頭とした新技術・新魔法が目立つが、その神髄は、起動式の効率だ。それはほぼ芸術の域であり、魔法行使における負担・時間が大幅に減り、一度体験したらもう他には戻れないとまで言われている。

 

 範蔵にはまだよく分からないが、あずさ曰く、「起動式に無駄がない」らしい。多少起動式が違くても大体魔法の行使ができるが、トーラス・シルバーが作った起動式は、最小のコストで最大のパフォーマンスを発揮する。彼女もそれを模範として、精神干渉系魔法やパラサイトの研究にいそしむ傍ら、エンジニアとしての腕も磨いていた。

 

 そんなことを話しているうちに、あずさの鮮やかな手腕であっという間に調整が終わる。CADを返す時のあずさは、優し気な笑顔を浮かべている。それを見て二人の男子は頬を赤らめ、片方が興奮に任せて口を開いた。

 

「そ、それでその、中条先輩。このあと、お時間ありますか? 最近のお礼もしたいですし、よろしければお食事でも一緒に――」

 

「元気なこった」

 

 要はナンパだ。あれだけ元気ならこのあともう少ししごいてやっても大丈夫か。

 

 そんな呑気なことを考えていた範蔵の横で――いつきが激しく立ち上がって叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こらー! あずさお姉ちゃんに手を出そうとするなー!」

 

 

 

 

 

 

 

 え、マジ?

 

 素でそんな言葉が出そうになるも、それを越える驚きで言葉が出ない範蔵をしり目に、いつきは魔法を使った高速移動で駆け出し、あずさと男子の間に割って入り、子犬のように威嚇する。そのあまりにも突然の行動に、ナンパしていた男子はポカンとしていた。

 

「も、もー、いっくんてば、別にそういうのじゃないってー。でも、ありがとね、守ってくれて」

 

 きっと、ナンパした彼と同じ表情を、範蔵もしているだろう。

 

 唯一穏やかな顔をしてるのはあずさだ。嬉しそうに笑っていつきを後ろから優しく抱きしめ、頭を優しくなでる。その頬は、恥ずかしさからか、はたまた考えたくない別の感情からか、明らかに染まっている。

 

(い、いつき……)

 

 範蔵は頭を抱える。

 

 親友と、その弟でありそれなりに可愛がっている後輩の関係が、心配になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(見た目で誤魔化せているが、高校生でそれはいくらなんでもキツすぎるぞ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の心配は、果たして二人に届くだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校内練習における、各競技の練習相手は様々だ。だがどこの学校もその対応には苦慮し、各校なりに工夫を凝らしている。

 

 その中でも特に手間がかかるのは、アイス・ピラーズ・ブレイクと、モノリス・コードである。

 

 大きな氷の柱を作ってはきれいに並べて、練習では即ぶっ壊す。当然こんな実戦さながらの練習をできるわけがないので、これを行う回数は少なく、大体は砂で作った雑な山などで対応する。

 

 そしてモノリス・コードは、3対3な上にかなり「実戦」に近い競技だ。フィールドも市街地、平原など多岐にわたる。練習場所は各校、九校戦を繰り返す中で確保しており、選手は遠征せざるを得ない。また、対戦相手の確保も一苦労だ。何せポイントが高い分、校内の精鋭が集まるのである。新人戦代表は先輩という練習相手がいるが、本戦代表となる二・三年生は、OBや国防軍・警察や引退したプロ選手など、外部から招いたコーチのような相手に激しい戦いを繰り広げることになる。

 

 そういうわけで、今日は本戦代表の三人は、引退したプロ選手との練習試合のために、市街地フィールド用の練習場へと遠征している。一方新人戦代表は昨日平原フィールドのために遠征したばかりであり、予算の限りもあるため、人口山林にて、森林フィールドの練習を行っていた。

 

 だが、本戦代表の先輩がいないのに、誰が対戦相手になるのか。

 

 例えば、本戦代表にあぶれた新人戦代表経験者。だがそちらも一年生のころからの精鋭と言うことであり、それ以外の競技の代表になっていて、中々都合がつかない。今日も二人までは都合がついたが、あと一人が揃わなかった。

 

「そんな守備じゃ、モノリス割られちゃうよ!」

 

 ――そこで白羽の矢が立ったのが、新人戦で二つの競技の代表ながらも、練習場所が限られる都合で今日は暇になっていた、いつきである。

 

 小学一年生のころから、山林を高速移動で駆けまわっていた。獣や天狗もかくやというほどに、三次元的高速移動で、一年生の精鋭であるはずの代表を圧倒している。

 

 いつきがせっかく参加するということで、今日は高速移動が得意な選手を相手とした、ダブルチームでのモノリス防衛訓練だ。最高目標・モノリスを割られない、最低目標・二人とも倒されない。

 

「くそ、待て!」

 

「猿かお前は!」

 

 練習している二人は、森崎と、いつきの代わりに選ばれた清田だ。五十嵐は逆に、一人で相手ディフェンス二人を出し抜く訓練を、先輩二人相手にやらされて涙目になっているところである。

 

 森崎はなんとか飛び回るいつきを追って攻撃することができているが、清田は遅れてきょろきょろ見回すだけだ。実質守備に参加できているのは一人。当然、こんな状態では――

 

 

「ほーら、隙ができた」

 

 

 ――いつきにも余裕が生まれ、モノリスが割られてしまう。

 

「さ、ここからどうする?」

 

 二人の顔に焦りが生まれる。ここから攻撃をかわしつつじっくりコードを入力されたらお終いだ。

 

「こうなったら!」

 

 清田が意を決してCADを操作した。追いつけないならば追いつけないなりに、出来ることはある。いつきが飛び乗るのに便利そうな太めの木の枝のいくつかに、障壁魔法を展開する。これで、移動を妨害しようということだ。ランダムな複数箇所に実用レベルの障壁魔法を展開できるこのスキルが認められて、この競技の代表へと選ばれたのである。

 

 だが、それは無駄な努力だった。ある程度制限できたとはいえ、周囲の木々は無数である。彼一人の力では、数多ある道のいくつかを防ぐことしかできていなかった。

 

 しかも、その障壁魔法の行使のために少し集中したせいで――完全に、いつきを見失う。

 

「危ない!」

 

 森崎が清田に飛び込んで押し倒す。そしてその頭上すれすれを、いくつもの小石が高速で通り過ぎていった。ヘルメット越しとはいえ、当たったらただでは済まないだろう。

 

「え、今の反応できるの?」

 

 いつきの困惑した声が一瞬聞こえるが、そこにはもういつきがいない。

 

「ボディガード舐めるな!」

 

 森崎が反応できたのは、ボディガード業で有名な森崎家の長男として鍛えられ、高校一年生にしてそれなりのキャリアがある――中学生のころにこんな危険な仕事をするのは当然違法も違法だがお目こぼしいただいている――彼は、外部からの攻撃への反応速度がすさまじいのだ。

 

 

 

 

「なあ、やっぱり中条弟を選手にしたほうがいいんじゃないか?」

 

 二人が中々反撃できず、いつきから一方的に嫌がらせみたいな攻撃を受ける。そんな状況が延々と続く練習の様子を備え付けのカメラで見ながら、摩利は、戦略データをまとめている鈴音に、ため息をつきながら、愚痴めいた提案をした。

 

 いつきの腕前は見事そのものだ。その一方で、代表側は、二人がかりだというのに手をこまねいている。森崎は合格点だが、清田は魔法の腕は及第点としてもそれ以外の部分が完全に落第点である。

 

「仕方ないでしょう。司波君ですら説得に失敗したんですから」

 

 作戦担当のリーダーである鈴音としても、いつきがモノリス・コードの代表にならないのは惜しい。だが本人の希望が結局一番なのだから、しょうがないこととするしかない。

 

 それに、いつきは、バトル・ボードでもクラウド・ボールでも、すでに圧倒的な腕を見せている。魔法力は当然として、未経験のはずだがその動きは洗練されている。素の身体能力以外は本戦でもポイントを持って帰ってくるのは確実というレベルだ。同級生では辛うじてほのかが相手になるぐらいで、後は全部先輩たちに混ざってスパルタ練習させられている。正直戦力として今一つなこの二競技で活躍してくれるなら、モノリス・コードから抜けても、十分釣り合いが取れている。

 

「学力も高くて要領が良く、我儘な部分も大きいけど、人当たりが良い。魔法力も抜群で、戦闘もしっかりこなし、精神力もある。こんなやつが、部活にも風紀委員にも生徒会にも所属していないなんて……」

 

「司波君と司波さんの二人だってとんでもない逸材じゃないですか。この二人以上を求めるなんて、贅沢しすぎて太りますよ?」

 

「そういう意味の贅沢で太るわけがないだろ!」

 

 こんな無駄話が繰り広げられている間に、盤面が動いた。

 

 必死に食らいついていた森崎は、ついに攻撃のヒットを許してしまう。そこからギアが上がった土石流のような波状攻撃に二人は晒され、動き回って踏み荒らされた地面に倒れ伏すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきは選手だが、当然の権利のようにエンジニア用のバスに乗ってあずさと仲良くバス旅をした。結果、突然近くの車が爆発してバスに吹っ飛んでくるという大事件にも一切関与せず、会場へと到着することとなった。

 

「ねーねー、あのぐちゃぐちゃになった魔法式吹っ飛ばしたのって、司波君でしょ?」

 

「ちょっ」

 

 いつきがそんなことを大声で話しかけてきたものだから、達也は焦る。自分の魔法は何かと特殊だ。非常事態は仕方ないにしても、露骨にバラして――どうせトラブル続きなので割とすぐにバレる羽目になるが――周囲を混乱させるのは避けたい。

 

 だが幸運にも、大勢高校生が入り乱れるここでは、いつきの声もかき消された。傍にいた深雪以外は誰一人反応してない。

 

「…………忘れてた、秘密にしておいてくれ」

 

 そういえば、あの説得の時に、『術式解体(グラム・デモリッション)』をうっかり見せてしまっている。とっさの事なので使ってしまったのを、今更ながらに後悔した。

 

「ふーん、司波君も訳アリなんだ。大変そうだね」

 

「お前が羨ましいよ」

 

 見た目パワーで自由奔放しても許されるのだから、「可愛い」は得である。

 

 そんな達也の内心を読み取った深雪は、脳内で可愛い男の娘になった達也を想像してしまい、人様に見せられない顔をし始める。当然、妹の名誉のために、達也は自分の背中に隠して、姉の手伝いをしにいくと去っていったいつきの背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

(司波君『も』?)

 

 

 

 

 

 そんな細かな言い回しまで気にしてしまうのは――自分が彼を、気にしすぎているからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前夜祭もつつがなく終わり、もうすぐ深夜になろうかと言う頃。

 

 達也は妙に緊張した気配を感じ取り、それが侵入者のものであると気づく。

 

精霊の眼(エレメンタル・サイト)』でイデアにアクセス。視界にとらわれない情報を得る。そこで得られたのは――幹比古が雷撃魔法を発動し、賊に何もさせることなく気絶させる様子だった。

 

「見事なものだな」

 

 賊を即席で縛り上げてる幹比古と、一緒にいたいつき。そこに声をかけるが、二人は急に振り向いて臨戦態勢を取った。

 

「ん? ああ、すまん、後ろから話しかける形になったな」

 

「心臓に悪いからやめてくれ。突発的な戦闘直後だよ?」

 

 幹比古はへなへなと力が抜けて、地面にへたり込む。その姿は普通の高校生のようで、プロであろう犯罪者を一瞬で三人まとめて何もさせず気絶させた猛者と同一人物とは思えなかった。

 

「司波君は何でここに? 見えたの?」

 

「気配を感じ取ってな」

 

「幹比古君もそうだけど、気配って……」

 

 いつきの反応からして、どうやら二人も夜に一緒にほっつき歩いていて、幹比古が気づいて参戦した、と言うところだろう。

 

「いやーそれにしてもすごいね幹比古君。一切オーバーアタックなしでぴったり気絶。相手の銃撃も間に合ってなかったし」

 

「そうだな。素晴らしい腕だ」

 

 お世辞ではない。雷撃魔法は、その性質上手加減が難しい。相手の体質や体調や装備や当たり所に大きく影響を受けるし、そもそも人を確実に気絶させるほど強力な改変は大変だ。大抵、気絶するには足りないか、力を入れすぎてオーバーアタックになる。

 

「はは、いつきが気を引いてくれなかったら、撃たれてただろうけどね」

 

 だが、幹比古は納得していない様子だ。確かに古式魔法は銃に比べたら圧倒的に速度で劣る。今の幹比古一人でこれを成し遂げたのは不自然である。

 

 達也はさりげなく再度『精霊の眼』で「視る」。すると、小さいながら、魔法の痕跡があった。

 

「なるほど、中条が音を出して陽動していたのか」

 

「そういうことさ。いつきがいなかったら、今頃僕はハチの巣だっただろうね」

 

「うーん、それでもこれだけできれば十分だと思うんだけどなー」

 

 無駄話をしている間に、賊の拘束が終わった。

 

「さて、じゃあこいつらは……警察にでも預けておく?」

 

 小さな体で大人三人をいつきがまとめて担ぐ。魔法で軽量化しているのだろう。

 

「いや、俺に伝手がある。任せてくれ」

 

「具体的になんの伝手だい?」

 

 幹比古が怪訝な目を向けてきた。確かに、達也の立ち居振る舞いからにじみ出る「怪しさ」は、そばで見ている彼からすると相当なものだろう。そして、この国防軍の演習場と言う日本最強ともいえる場所に侵入できるほどの腕を持つ犯罪者を、十分に処理する伝手があると宣うのだ。客観的に見て、とても怪しい。

 

「…………ここは警察権じゃなくて、国防軍の管轄だ。俺はこう見えて、知り合いが軍にいてな。昔世話になった人の父親なんだが、その人がちょうどここで働いてるんだよ」

 

「うそくさー」

 

 達也自身もいつきの言うことに同意である。もはや途中から、自分でも嘘を貫く意味が見いだせなかった。

 

「よし、じゃあ分かった。幹比古、お前のスランプの原因には当たりがつく。俺は魔法から起動式を読み取る生まれつきの体質みたいなのがあって、それに目をつけられて風紀委員にさせられたんだ。お前のスランプを解消するには、その起動式をどうすればいいか、俺は知っている。どうだ、これを教えるのと引き換えに、ここは引いてくれないか?」

 

 なんで俺はこんなことをやっているのだろう。

 

 我ながらお人よしだな。

 

 そんな冗談を自分に向けないとやっていられなくなってくる。

 

 だがそれはさておき、これは達也の善意もある。幹比古のあの様子は、相当スランプを引きずっているようだ。いつきという親友がいながら、「自分一人だったら」なんてことを考えてしまっている。恐らく、元々悲観的で慎重な性格だったが、それがスランプのせいで悪化しているのだ。

 

 いつきの言う通り、幹比古の腕は十分だ。魔法の威力調整もさることながら、スランプだというのに、いつきがほんの少し気を引いただけで、賊に何もさせずに、しっかり発動の遅い古式魔法を間に合わせた。4月ごろの彼だったら恐らく間に合っていない。いつきとの特訓の成果が出ている、ということだろう。

 

 だからこれはお節介ではなく、スランプから抜け出すのを少し早くするだけの話だ。もうすでに抜け出しかかっているが、その最後の一押しをしているに過ぎない。

 

「いつき、達也の言ってることは本当かい?」

 

「起動式がわかるから風紀委員にスカウトされたのは本当だよ。あずさお姉ちゃんが言ってた」

 

 あずさが言っていたというだけで無条件に「本当」と断言している。呆れたシスコンぶりだ。

 

 そんなシスコンが、幹比古に向けていた目を、達也に向ける。

 

「分かった。とりあえず信じるよ。もう眠いし、あずさお姉ちゃんも待ってるし。幹比古君のスランプも抜け出せるなら、それでいいや。ただ、七草先輩と十文字先輩には報告しておくから、変なことになってたらバレるからね?」

 

「変なことにはならないさ。そこだけは信じてくれ、俺は味方だよ」

 

 少なくとも、確認する役割を背負わされる真由美と克人が国防軍の深い所に触れる羽目になって後悔するだろうぐらいには。

 

 そんな達也の内心を知ってか知らずか、いつきは賊を雑に地面に放り投げると、幹比古と一緒にホテルへと帰っていった。

 

「くく、可愛い顔してあの少年は中々交渉上手だな」

 

「…………我儘なだけですよ、多分」

 

「若人は我儘なぐらいがちょうどいい」

 

 ずっと気配を消して様子を見ていた「伝手」――独立魔装大隊の風間が姿を現し、賊を回収しながら他愛のないやり取りをする。

 

(中条じゃないが、俺も早く寝たくなってきたな)

 

 自身は戦っていないのに、なんだか疲れた。

 

 達也は後処理を風間に任せ、一人部屋へと帰ることにした。




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5ー6

昨日は投稿し忘れました!
許してください!なんでもしますから!


 大エースの一角である渡辺摩利を巻き込んだ、バトル・ボードでの事故。

 

 その事故は九校戦、特に一高に大きな衝撃をもたらした。

 

 一方でその中でも、冷静に対処し、これがただの事故ではないと見抜いた人物がいる。

 

 霊子放射光過敏症でプシオンが目視できる美月、精霊と古式魔法の専門家である幹比古、圧倒的な知識と技術を持つ達也、そして現代魔法師ながら精霊について調べ知見が深いあずさといつき。

 

 二年生が一人、一年生が四人でうち三人が二科生という、歪な構成だが、何はともあれ、彼・彼女らによって、事故の真の原因が解明された。

 

 

 一つは、水路にあらかじめ精霊が仕込まれ、それによって水面がへこまされたこと。

 

 もう一つが、オーバースピードで吹っ飛んだ七高選手のCADに細工がされていたこと。

 

 

「……僕、いる?」

 

 この五人が瞬く間に合議と解析によって、一番可能性の高い原因を割り出した。美月は保護眼鏡をかけていたので精霊を見たわけではないが、目視できるという経験があるうえに元々の頭脳もあり、スムーズに合議に貢献できた。

 

 そんな様子をポカンと見ているだけの五十里と花音と深雪。その三人を代表した五十里の呟きは、二人の同意も得ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな混乱の中で始まった、九校戦四日目で、新人戦の一日目。

 

 スピード・シューティングの全てと、バトル・ボードの予選が行われる日だ。

 

 男子は森崎と五十嵐がなんとか勝ち上がったが、運の悪いことに予選圧倒的一位を突っ走った『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎と決勝トーナメント一回戦から遭遇している。森崎は逆側だが、そちらもそちらで厳しいトーナメントだ。

 

 一方、達也が担当する雫、英美、滝川はというと、全員が順調に決勝トーナメントへと駒を進めた。予選のスコアからして、表彰台独占の可能性が高い。

 

 また予選第一レースのほのかも、目くらましの奇策で奪ったリードをそのまま詰められることなく、危なげなく予選を通過した。

 

 そして、対照的に男子予選最終レースはいつきだ。

 

 周囲は一年生と言えどがっちりしたスポーツマン。一方いつきだけが、見た目は小さな女の子だ。足首から手首までぴっちり覆うボディスーツなのでボディラインがよく見えるはずだが、それでも男か女か分からない。これを間近で見せられている対戦相手は、眼福で幸運と見るべきか、レースに集中できなくて不運と見るべきか、定かではない。

 

「まるで大人と子供だな」

 

 観客席で幹比古はため息をつきながらそう呟く。その呟きを聞いた達也たちは、一斉に同意して頷いた。

 

「うーん、中条君には結局練習の間、一度も勝てなかったなあ……」

 

 観客に手を振ってアピールして女子グループから悲鳴のような黄色い歓声を浴び、次いで傍で見ている姉・あずさにさらに手を大きく振る。その可愛らしい顔に浮かぶ天真爛漫な笑顔はまさしく「天使」と形容するほかないが、練習でボコボコにされ続けたほのかは、彼に苦手意識を抱きつつあった。

 

「男子と女子の差があるし、仕方ないんじゃない?」

 

「どーかしらね。アレを見て、『男子の体格』として扱っていいの?」

 

 雫の慰めは、エリカによって否定される。いつきの運動能力は、女子に混ざってもなお下の方だ。こう見えてそれなりに運動神経が良いほのかの方が、全体的に素の身体能力も高い。そうなると、魔法の腕で完敗している、ということの証だ。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 そんな雑談を、ほのかがより落ち込んでしまう前に、達也が無理やり断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沓子、男子の最終レースがそろそろ始まるよ」

 

「んー、そうか、最終レースぐらいは見るとするかのう」

 

 ちょうど同じころ。第三高校天幕では、ちょうど散歩から帰ってきた四十九院沓子に、敗北のショックからようやく少しだけ立ち直った十七夜栞が声をかけた。

 

 沓子はすでに女子予選を終え、ニコニコと楽しみながら、余裕で予選を突破した。相手は必死になっても追いつけていなかったが、沓子は「遊び」としか思ってない。水に関する古式魔法を得意とする百家・四十九院家の寵児で、「水の申し子」と言われるだけのことはあった。

 

 そんな彼女は一応男子の第一予選も見ていたのだが、つまらなくてすぐに飽き、それ以来見ていない。圧倒的優勝候補と目されている七高の男子が早々に独走となる展開だったが、沓子の目から見て、その男子は「つまらなく」見えたのだ。腕は下馬評通り素晴らしいが、スタンダードなため面白みはない。同じ女子の光井ほのかには激しく興味をそそられたが、それ以外は魅力を感じなかった。

 

 そうして、沓子と栞はモニターの前に仲良くくっついて並ぶ。

 

「おー、なんじゃこやつ、わしより小さい女子(おなご)がおるぞ!」

 

 大きな瞳を輝かせてモニターを指さして叫ぶ。こういう反応を真横でされるのは慣れてるので防音魔法で大声を防いだ栞は、彼女自身も抱く疑問を口にする。

 

「本当に不思議。トランスジェンダー、っていうのかな?」

 

 第三次世界大戦を中心とした世界情勢の悪化のせいで、期待されていたほど性的少数者への配慮がなされる社会ではない。だがそれでも21世紀初めの方に比べたらはるかに理解が広まっており、ごくたまにだが、トランスジェンダーの選手が身体的性別と違う側に出ることもある。だが、九校戦ではおそらく初だ。

 

「そうみえても、れっきとした男子みたいよ」

 

「おー愛梨! いいところにきたのう!」

 

 そこへちょうど天幕に現れたのが、親友でありリーダー格でもある、二十八家の娘・一色愛梨だ。その美貌と風格は、天幕に現れただけで、空気が一変するほどだ。とはいえ、沓子と栞は慣れているので気にならないのだが。

 

「そうなんだ。これで?」

 

「ええ。去年のスピード・シューティング新人戦女子で準優勝した方の弟、らしいわ」

 

 情報は全部吉祥寺君の受け売りだけどね、と愛梨は悪戯っぽく笑いながら付け加える。その姿は、年相応の少女に見えた。

 

「お、いよいよ始まるみたいじゃ!」

 

 フラッグが振られ、観客たちが静まり返る。ニコニコ笑って愛嬌良く手を振っていたいつきも、他の男子選手と違って立った姿勢のまま、口元をキュッと引き結んで構える。その姿は先ほどと違い、少年のように見える。沓子はその顔に、一瞬釘付けになった。

 

 ――そして運命のブザーが鳴り響き、最終レースが始まった。

 

 各選手スタートはばっちりだ。だがその中でも、一番弱そうな男の子・いつきが特に素晴らしいスタートを決め、一気に抜け出す。

 

「いいスタートじゃな」

 

「立ったままスタートしたから、姿勢制御も速いし加速もスムーズ」

 

「渡辺摩利と同じく、硬化魔法を使っているのでしょうね。教わったのかしら」

 

 見た目のせいでもともと注目が集まっていたこともあり、さらにスタートから抜け出したこともあって、すっかり三人はいつきを中心に観戦していた。

 

 スタート直後は若干曲がった道が続き、二つの直角カーブを乗り越えると、第一関門が待ち構えている。二連続のS字ヘアピンカーブだ。

 

 いつきはそこに余裕の一番乗りで到着し、すんなりとカーブを曲がる。若干外側に膨らんだが、それでもお釣りがくるほどに減速が少ない。魔法のコントロールが上手な証拠だ。

 

「おー、やるのう!」

 

 沓子が歓声を上げ、さらに目を輝かせて画面に食いつく。沓子ほどではないが、愛梨と栞も感心していた。

 

 この新人戦男女で一番このカーブで安定して内側を曲がれていたのはほのかだ。だが彼女は後ろと差が開いていたこともあってか、安全を重視してやや多めに減速をしていた。だがいつきは、それより少し膨らんだものの、彼女に比べたら圧倒的にスピードを落としていない。総合的に見れば、いつきのほうが上手いと言える。

 

「こんなの見せられるんじゃったら、わしももっと本気出せばよかったかのう」

 

 沓子はあまりにも余裕で完全に遊びだったため、この二人ほどS字カーブを上手に乗り越えられていない。

 

「火がついた?」

 

「水だけどね」

 

 ウキウキしている沓子を見て、栞と愛梨はにっこりしながら、そんな雑談を交わす。

 

 そんなことしている間にも、いつきはさらに差を広げつつ、クランク、落下、ループを危なげなく乗り越えていく。これもまたS字と同じで、ほのかに比べればやや粗削りだが、それ以上にスピードが速い。カメラも完全に独走するいつきばかりを追いかけ始め、たまに映る後続は、絶望の表情を晒すしかなかった。

 

 ――結局、いつきが三周目に入るころには、3・4位だった三高と六高の選手は周回遅れを食らう羽目になり、この競技で突出した成績を残す七高の選手も、半周の差をつけられて敗北する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホップステップ大勝利ー! ブイブイ!」

 

 圧倒的な差をつけてゴールしたいつきは、ウイニングランとばかりにS字カーブの直前まで走り抜きながら観客に手を振り、ボードを降りて外側のプールサイドに足をつけると、勝者インタビューをするカメラの前で大きくジャンプをしつつ一回転、着地してからビシッとピースを決め、ニカッと満面の笑みを浮かべ、ウインクをする。

 

 そんな彼にそっくりな女の子が、飛びつくように抱き着いてきた。

 

「いっくん、すごいよ! 圧勝だったね!」

 

 彼の姉で担当エンジニアのあずさだ。インタビュアーも一瞬双子かと混乱したが、事前に情報を集めていて、一つ上の姉だということを思い出す。

 

「次も一着、取るもんね!」

 

 抱き着いて跳ねまわる姉を抱き返しながら、カメラ目線でまた天使のような弾ける笑みを浮かべる。これを直視したカメラマンとモニターの向こうの視聴者の大半は、これで完全にハートを打ち抜かれた。

 

「相変わらずファンサは一丁前だなあ」

 

 主に女子からのつんざくような声援が響き渡る中、観客席の幹比古は耳を塞ぎつつ苦笑いする。そんな彼も、当然、親友の活躍が、心の底から嬉しかった。

 

 そうしていつきは、興奮して喜ぶあずさを伴いながら、選手控室へと戻る道を進む。

 

 そしてその目の前に――青髪が特徴的な、小さな女の子が立ちはだかった。

 

「先のレースは見ておったぞ。見事じゃったのう♪」

 

 腰に手を当てて仁王立ちして、いつきもかくやと言うほどに満面の笑みを浮かべて、彼を褒めたたえる。その堂々とした態度は実際のサイズ以上に彼女を大きく見せたが、一方でにじみ出る無邪気さは、見た目の幼さをより強調させていた。

 

「えーっと……三高の、四十九院さん」

 

「ほー、そちらの姉君はわしのことを知っとったか! 嬉しいのう、多少頑張った甲斐もあったというものじゃ」

 

 人見知りなあずさが、いつきより先に口を開く。それは、沓子の人懐っこさが、いきなり馴れ馴れしく話しかけてくるという状況を補って余りあるほどに、あずさの緊張を解いたからだ。また、新人戦女子バトル・ボードのエンジニアもしている彼女は、要注意の相手として沓子に注目していたのも、反応の速さの理由だった。

 

「へー、君があずさお姉ちゃんが言ってた子かあ」

 

 ポカンとしていたいつきはその会話を聞いて、これまた人懐っこい笑みを浮かべる。

 

 そんな二人に、沓子は、いつの間にか至近距離まで詰めていた。

 

「もう一度言おう。先のレースは見事であった。実に面白かったぞ」

 

「うん、ありがとね」

 

 一瞬で気づかぬうちに沓子の顔が目の前にあって、あずさは怯み、思わず身を退いて、いつきの腕をがっちりつかむ。一方いつきはなんら反応することなく、笑みを浮かべたまま、人当たりの良い反応をした。

 

「予選は遊びすぎて、あまりいいところは見せられなかったからのう」

 

 そうなの? と、あずさは言葉にならない驚愕をする。

 

 水面に干渉して他校選手のバランスを徹底的に崩して何度も落水させ、さらに逆流で前に進ませない。そんな中でも沓子だけは、まるで地上をローラースケートで滑るようにスイスイと踊るように進んでいた。古式魔法の威力と隠密性がいかんなく発揮されていた一方で、弱点であるはずの遅さは微塵も感じない。いつきの伝手で幹比古の魔法を何度も見ている彼女だからこそわかる。圧倒的なレースだったはずだ。

 

「見事な試合を見せてくれたお礼じゃ。二日後、準決勝と決勝がある。そこで面白いものを見せてやろう。ぜひ見ててくれ♪」

 

 お互いの息がかかりあうほどの距離。それでも沓子は一切動揺することなく、そう宣言する。

 

 それに対していつきも、なんら怯まずに、言葉を返した。

 

「そっか、楽しみにしてるよ。ボクのは……まあ、見ても見なくてもいいかな?」

 

 その返事は、とても謙虚だ。だが、堂々としていて、自身に満ち溢れているように見える。

 

 あれですらまだ本気を出していないという沓子に対抗するような「本気」を、いつきも隠し持っているのだ。

 

「なははは! まさか、見ないなんてもったいないことはせんよ、いつき。そちのほのか共々、楽しみにしておるぞ! では元気での!」

 

「うん、四十九院さんも頑張ってね」

 

「沓子でいいぞー!」

 

 言うだけ言って走り去る沓子に、いつきも別れの挨拶をする。それに対して沓子は、振り返ってそう叫びながら、そのまま走り去っていった。

 

 

 

 

「……不思議な子だったね?」

 

「そうだね。じゃ、お姉ちゃん、いこっか」

 

 しばらくたちっぱなしで見送った後、二人は手を繋いで、また歩き始める。

 

 

 

 

 ――だが、あずさが握る力が、いつもよりも少しだけ強かったのは、いつきのみが知る事であった。




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5-7

 新人戦二日目。この日はクラウド・ボールの全てと、アイス・ピラーズ・ブレイクの予選が行われる。

 

 この日程については、一高幹部内では地味に悩みの種であった。いつきは魔法力こそ優れるが身体能力がとにかく低い。得意魔法の適性上バトル・ボードは認めるとしても、せめてもう一つはアイス・ピラーズ・ブレイクに出てほしい、とする作戦スタッフ内での案もあった。

 

 ところが、アイス・ピラーズ・ブレイクは二日にわたって行われる競技であり、三日目はバトル・ボードとこの競技の日程が完全に被っている。よって、モノリス・コードに出ないとなったら、いつきの希望が消去法ですんなり通ったのであった。

 

「いっくん、前半はあまり全力出さないようにね? 大丈夫、前半は運よくあまり有名選手じゃないからっ!」

 

 第一試合の前。コートサイドで調整を終えたあずさがいつきにCADを渡して、その両手を握り、真っすぐ至近距離で見つめながら、最終確認を行う。

 

 あずさは不安だった。クラウド・ボールはスタミナ要素の強い競技で、その上、全ての試合を一日で終えなければならない。自分ほどではないにしろ自分譲りの身体能力であるいつきは、魔法の腕こそ心配ないが、後半のスタミナ切れが心配だ。そしてその不安は、一高全体が考えていることだった。

 

「大丈夫、心配しないで。力の抜き方や上手な動き方は、桐原先輩や七草先輩から教わったんだから」

 

 心配そうなあずさに、握られた両手を拒むことなく、いつきは可愛らしく笑いかける。

 

 その、いつもの笑顔を見たあずさは――つられて笑みをこぼした。

 

「うん! じゃあ、いってらっしゃい!」

 

 いつも通りの、可愛くて、お利口で――かっこよくて、頼りになる弟だ。

 

 いつの間にか、あずさの不安は、すっかり吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本戦と新人戦で違うとはいえ、俺の仇はとってほしいところですねえ」

 

 一高テント内で待機している桐原と真由美と範蔵は、一年生男子期待のエースの第一試合を映すモニターに夢中になっていた。

 

 特に桐原と真由美は、同じ競技に出る先輩として、いつきに特に熱心に指導することになった。正確には、いつきが強すぎたので先輩と練習することになり、面倒を見る機会が多かった、というだけなのだが。

 

 特に桐原は、いつきに対して抱えたものが多い。

 

 今彼が言った通り、彼は実力のわりに本戦で結果が出なかった。三回戦の相手が同じく優勝候補とされた三高の選手であり、今年のこの競技全体を通しても最大の激戦となったのだ。辛くも勝利したがそこで消耗しきった桐原は、決勝リーグまではなんとか出場したものの、そこから二敗して三位にとどまった。いつきを鍛えるにあたり、この後輩があまりにも強かったので、桐原もかなり鍛えられたこともあり、今年は自信があったが、この結果だ。いつきがいなかったら、三回戦で負けていた可能性すらあるだろう。

 

 また、4月のテロ事件のこともある。桐原の想い人で現在の恋人である紗耶香は、校内侵入組の主力であった。いつきはそこに突撃し、紗耶香を倒したのである。それも、他のテロリストに比べて、明らかにボコボコにする形で。剣道小町たる彼女は特に脚と手を大事にしているが、手の方が粉砕骨折までしていた。紗耶香の自業自得なのは確かだが、「そこまでしなくても」というわだかまりは、未だほどけない。

 

「実力的にはお前が一番だったんだ。そんな悔しがらなくてもいいだろ?」

 

 親友・あずさの弟でそれなりにお世話することになったということもあり、同じくそれなりに気にかけている範蔵が、画面を見ながら桐原を励ます。だが、彼も実力を発揮しきれず、バトル・ボードで二位になった身だ。親友が落ち込み気味だから反射的にそう言っただけで、範蔵自身も未だに悔しがっている。

 

「そういう組み合わせの妙を抜きして圧倒的力で優勝するのが、本当の優勝ってやつだぜ、範蔵。七草先輩みたいにな」

 

「あら嬉しい。褒めても何も出ないわよ?」

 

「何も出なくてもあれは褒めるしかないですよ」

 

 尊敬半分、呆れ半分の範蔵の声。真由美は「やあねえ、人のことを化け物みたいに言っちゃって」なんて言っているが、彼の言うことに、一高テント全員が同意していた。

 

「お、始まるぞ!」

 

 桐原が声を上げる。画面の中ではついに選手が入場し、しめやかなアナウンスで紹介されている。対戦相手は無名で、実力もさほどではなさそうだ。

 

 そして後からいつきが入場すると――少し離れたこのテントすら揺るがすほどの、黄色い歓声が爆発した。

 

「うわ、すっごい人気だな」

 

 範蔵は耳を塞ぎながら驚嘆する。

 

「あの見た目であの愛嬌で、それで男の子だもん。アヤしい趣味を持った『お姉さま』たちを中心に、校内でひっそりファンクラブめいたものが出来てたほどよ?」

 

 説明する真由美の声はどこか疲れている。嫌なことを思い出して、範蔵も急に疲労感が湧き出てきた。

 

 可愛らしい小さな少年は、元々あずさが子役アイドル的な人気をひそかに獲得していたという下地もあり、さらに4月のテロ事件における活躍も後押しして、深雪や真由美には遠いが、熱烈な人気を誇っている。小規模ながらもひっそり作られていたファンクラブは、いつきの写真を隠し撮りして身内で融通しあい、愛でていたのだ。

 

 当然隠し撮りは犯罪であり、風紀委員と生徒会で協力して取り締まった。ファンクラブの中には真由美や範蔵とそれなりに仲の良い友達もいたりして、心底呆れ果てたものである。

 

 ちなみにこのファンクラブ、会員ナンバー0番の名誉会員兼名誉会長として、勝手にあずさを祀りあげていた。こんなことを知ったらあずさが可哀想で仕方ないので、彼女がいないときに電撃作戦で決着をつけたのは余談である。

 

 そんな彼は先日のバトル・ボード予選で圧勝して見せた上、カメラに向かって可愛さと少年っぽさが高度に混ぜ合わされたポーズを決め、満面の笑みを届けた。全身を覆うボディスーツは彼の少年とは思えないボディラインを映し出していて、ちょうど四十九院沓子のような幼い少女のボディスーツめいた倒錯的な少女的魅力を醸し出していた。そんな彼が体格の良い男子をなぎ倒したうえで、そんなことをしたのだ。これにより、こうして人気が爆発している次第である。

 

「まーでも、これを見れば納得かしらね」

 

 真由美は頬杖をついて、ため息をつきながら呟く。

 

 画面の中のいつきは、上下真っ白な半そでシャツと短パンで、スタイリッシュなデザインのキャップをつけている。今時これほど短い短パンは珍しく、丸みのある白い太ももがしっかり露出していた。

 

 その姿は昨日とは打って変わって、非常に少年チックだ。この姿を見れば、彼が男の子であると判断する者のほうが多いだろう。それでいて「男らしさ」は微塵も感じない。また上下真っ白ということもあって、そこには、清らかさ、穢れの無さを感じさせる。少年天使が舞い降りた。そう形容するのがふさわしい姿だ。

 

「会長も、今年はあの格好で出てみては良かったのでは? それなりに可愛かったと思いますよ?」

 

「やーねえ、リンちゃん。いーい? 意外性も大事だけど、期待された服を見せるのも、女の勲章ってやつよ?」

 

「私にはよくわかりませんね」

 

 作戦スタッフの鈴音は、逆にいつき以外の試合を注視している。彼女は全体のポイントを勘案する立場であり、一回戦勝ち確定に近いいつきは、注目するべき試合ではなかった。

 

 ――そんな雑談をしている間に、試合が始まった。

 

 最初はボールは一つ。お互いに温存する方向性のようで、魔法は小さなものしか使わず、ラケットで打ち合うのが中心だ。だが、20秒経過してもう一つボールが追加されると、試合はいよいよ動き出してきた。

 

「む、リードされてるな」

 

 範蔵の表情が曇る。やはり身体能力に差があり、魔法をほぼ使わないラケットでの打ち合いがボールの追加で激しくなれば、いつきが追い付けずに、ポイントに差が出てくるのは自然なことだった。

 

 その傾向は変わらず、20秒経過するごとに、ボールが三個、四個と増えるたびに加速していく。だがそれでもいつきは魔法で仕掛けることはあまりなく、軽く打ち返す程度しか動かない。そうしている間に相手は本格的な魔法を解禁し始めた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

 ついに範蔵が目に見えて焦ってきた。もうすぐ前半が終わろうか、というころなのに、相手との間にはすっかり差が開いてしまっていた。

 

 そうこうしているうちに、五つ目のボールが射出された。いよいよ後半戦のスタートだ。だが、いつきはそれでも動き出さない。

 

 まさか、体調不良か。範蔵がそんな心配までし始めた時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突如、いつきのコートに、一斉に魔法式が現れた。

 

 

 

 

 

 

 直後、五つ全てのボールがひとりでに動き出し、相手コートへと猛然と突撃する。その全ては、スローペースかつ一方的な展開で緩み切っていた相手から離れたところに落ちて、一気にポイントが加算された。

 

 相手は急な展開に焦って、魔法でボールを一つ返しながら、もう一つをラケットで打ち返す。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてその二つのボールは空中でいきなり見えない壁に当たったかのように跳ね返り戻ってきて、いつきへとポイントを計上した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そういうことか」

 

 焦って立ち上がろうとして、いきなり急展開が訪れて中腰で固まったままだった範蔵は、しばらく唖然としてから、落ち着いて腰を下ろした。

 

 今の魔法は見覚えがある。真由美が本戦女子で、これ一本で完勝した魔法『ダブル・バウンド』だ。

 

 その領域に触れた物体のベクトルを反転させたうえで速度を二倍にする、移動・加速系の平面型領域魔法。物体の移動速度を瞬間的にゼロにして落とす障壁魔法の親戚で、これもまた障壁魔法の一種である。

 

 いつきは、前半をスローペースにして温存し、ボールが増えて大量得点が狙える後半に、この必殺の魔法を解放したのだ。

 

 相手選手は当然焦って必死にボールを返そうとするが、全てはじき返され、ひたすらにポイントを献上する。リードしているのだからこのまま放置――というわけにもいかない。ボールを動かさないと、いつきが魔法で相手コートのボールを少し浮かせては落とす、ということを繰り返してポイントを荒稼ぎするからだ。クラウド・ボールの打ち返さない戦術が許されない理由はここにある。

 

 結果、ボールがどんどん増えていってもその状況は変わることなく、相手にはポイントが一切増えず、いつきのポイントがみるみる増えていく。

 

 ――第一セットが終わるころには、後半に入った時とは比べ物にならないほどの点差が、二人の間に開いていた。

 

 セット終了のブザーが鳴ると同時、対戦相手が、膝をついて崩れ落ちる。後半、どんなに全力を出しても、1ポイントも取れなかった。

 

 ――結局この展開は第四セットまで続き、そこまでで稼いだ大量の点差を盾に、いつきは第五セットで全力で手を抜いて今後の温存に努めて、完勝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも、知ってましたね?」

 

 第一試合が終わった後、範蔵は真由美と桐原をジト目で見つめる。二人とも余裕の表情だ。焦っていたのは範蔵だけ。それはそうだろう。二人は、あのいつきと練習で何度も戦っているのだから。

 

「あー、思い出しただけで嫌になっちゃうわね。いつき君に散々罵られたんだから」

 

「…………あいつ、そんなことするタイプでしたっけ?」

 

 真由美は冗談めかした態度でそんなことを言う。範蔵視点では、いつきはワルガキ的素養はあるが、人を罵るタイプとは思えなかった。だが、真由美が嘘をついているようにも見えない。

 

「私が一年生のころから続けてる『ダブル・バウンド』完封戦術を、この一か月間延々と『クソゲー』呼ばわりしてきたのよ!? ひどくない!?」

 

 真由美は立ち上がり、範蔵、桐原だけでなく、天幕内にいる全員に語り掛けるように叫ぶ。

 

 

「「「………………保留で」」」

 

 

「実質いつき君に同意じゃないの!?」

 

 天幕内の意見を代表した範蔵、桐原、鈴音が、たっぷり溜めた後に言葉を揃える。真由美は圧倒的アウェーとなり、わざとらしく椅子に崩れ落ちてヨヨヨと泣く。多分、自覚はあるのだろう。

 

 そう、クラウド・ボールは、ラケットと魔法を併用し、絶え間なく動き回り魔法を連続行使する、身体・魔法ともに激しい動きが魅力のスポーツなのだ。コートの真ん中に突っ立ってネット上に壁魔法を展開するだけで全部叩き潰す真由美のそれは、競技を根本から破壊するし、対戦相手は一方的な壁打ちしかさせてもらえないのだ。「クソゲー」と言わずして、何と言おう。

 

「あなたのモチベーションが落ちないように我慢していましたが、もう終わったので言いますね。私は一年生のころからずっとクソゲーだと思ってました」

 

「去年見たときは衝撃でしたね。ああ、実力があるっていうのは、ゲームを破壊するってことなんだな、て」

 

「リンちゃんも桐原君もひーどーいー!」

 

 はんぞーくーん! とわざとらしく泣く振りをして抱き着こうとするが、サラリと回避され、べちゃ、と情けなく床に倒れこんでしまう。いつもの彼なら困惑しながら嬉しがるのだろうが、この時ばかりは、鈴音と桐原の言っていることに100%同意である。

 

「で、そのクソゲー戦術を、いつきが真似したってわけか」

 

 真由美の文句を聞き流しながら、歓声に手を振って、喜んで跳ねまわるあずさの下に戻るいつきを見る。

 

「つっても当然、完全にまねしたわけじゃないぜ?」

 

「そりゃそうだろ。あんな芸当ができるのは会長か会頭ぐらいだ」

 

「十文字君のあれは化け物よ化け物」

 

 桐原の言葉に、範蔵と真由美が続く。

 

 魔法師のサイオン保有量、ゲーム的な表現をすればマジックパワーは、無限ではない。現代魔法がある程度成熟してきて、魔法にかかるサイオンも時間も大幅に削減されたが、それでも連発すればあっという間にガス欠する。

 

 その中でも、広い範囲に作用する領域魔法は消費量が大きいし、さらにそれを一瞬ではなく継続するとなれば、とんでもない量を消費する。それにそもそも、ネット上を覆うような領域魔法を発動することが難しく、三年生でも即座に出来るのはごく一部だ。魔法更新の「息継ぎ」の上手さを含め、こんな戦術を使えるのは、真由美と、障壁魔法のスペシャリストである克人だけである。

 

「いつき君は、小さいころから移動・加速系魔法を中心にいっぱい練習してきたみたいでね、その系統に関しては、私たち三年生にも十分通用するスペシャリストなの。なんせ、あの深雪さんを越える成績だものね」

 

「それはバトル・ボードでも証明されていますね」

 

「そう。だから、私たちに比べたらまだまだだけど、移動・加速系の領域魔法『ダブル・バウンド』をああやって実戦で扱えるのよ」

 

 範蔵の上手な合いの手に助けられながら、真由美は流れるように説明する。

 

「まずボールが少なくて獲得も被弾も少ない前半は温存して、各セットの後半からようやく使い始めなきゃいけない。あと、全体を覆っているように見えて、節約のために両端までは展開していないわ。だから、完全な防御にはならないわね。あと私と比べて、許容威力も狭いの。ちょっと強めの魔法を相手にすると貫通するようになってるわね。具体的には、桐原君のパワーショットなら余裕で貫くぐらい」

 

「ただその程度でも、新人戦なら十分、ということですね」

 

「そういうこと」

 

「あと、前半の温存もしっかり作戦を立ててる。あえてスローペースな展開にして、自分を極限まで温存しつつ、無防備な間でも相手の得点機会を極力減らしてるんだ。ある程度打ち返さないと、後半あいつがやったみたいに一方的に動かされて得点されるが、逆にある程度打ち返していれば、相手もそのペース以上の得点は稼げない、って寸法だな」

 

「つまり、前半は思うように動かさせてもらえず醍醐味の打ち合いもジャブ程度で、後半は一方的に蹂躙されるだけ、っていう展開が続くってことか。……会長も大概だけど、微妙に希望が見える分、いつきも質の悪いクソゲーだな……」

 

 あの天使の出で立ちと微笑みでこんなことをするのだから恐ろしい。見た目はあずさにそっくりだが、見た目に反してやることのえげつなさは、作戦内容が似ていることもあって、真由美の方にそっくりに見える。

 

「あ、ちなみに、あの戦術を提案したのはあーちゃんよ」

 

 訂正。姉に実にそっくりであった。

 

 範蔵には分かる。何せ親友だ。

 

 きっとあずさは、真由美と違って、なんの悪意もえげつなさも感じることなく、当たり前のように、ただただ純粋な思考でこれを思いついて、弟に提案したのだろう。

 

 ――会長よりもタチが悪いかもしれないな。

 

 範蔵の中で、あずさに不本意な烙印が押された瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。いつきはそのあとも危なげなく勝ち上がり、決勝リーグへと駒を進め、そこでも一戦目を勝利した。休憩が挟まり、同じ相手に一勝している、いつきと並んで今回の優勝候補と目されていた三高選手との、決戦が始まろうとしている。

 

「相手選手は、去年の中学生クラウド・ボール大会の優勝者ね」

 

「確かに見たことありますね」

 

 すらりとした手足と赤髪に、白い肌、切れ長の細い目が特徴の、優男風の少年だ。しかしながらその全身は鍛え上げられていて、貧弱な感じは全くしない。すでにアスリートとして完成されている。

 

「えーっと……ラケットでボールに回転をかけ、それを魔法で増幅したり回転方向を変える変化球が得意……ですか」

 

 通常のテニスに比べて、超低反発ボールでバウンドしないので、変化球の有効性は低い。だがそれでも、野球の変化球が未だ猛威を振るっているようにバウンドなしでも十分脅威だし、ラケットで打ち返そうとして予想外のあさっての方向に飛んでいってしまうのは十分厄介だ。

 

「ちなみに、普通のテニスでも県大会で準優勝しているわね」

 

「超本格派じゃないですか」

 

 魔法師は、世間のイメージと違って、戦闘や競技でもしっかり身体を使うので、当然相当鍛えている。だがそれでも、己の身体のみで戦う非魔法競技に比べたら、幾分か鍛える比重が少ないのは事実だ。魔法競技だけでなく、魔法を使わない競技でもそのレベルとなれば、その身体能力は間違いなく本戦でも通じるだろう。

 

「いつき君とは真逆のタイプ、ってところね」

 

 この対戦相手も余裕で勝ち上がってきているが、いつきほど圧勝はしてきていない。試合を見る限りでも、体力と身体能力は優れているが、魔法の腕はそこそこ程度だ。魔法が飛びぬけていて身体能力が下の下であるいつきとは、対照的である。

 

 こうなってくると、いつきの方が不利と言えよう。あちらには経験と鍛錬に裏打ちされた圧倒的な基礎力があるのに対して、いつきはある程度穴のある作戦によって勝ってきた。ここまで四試合している。インターバルがそれなりに取られているのもあって対策を考える時間も長い。いつきの作戦は全部丸裸になっているだろう。

 

 実際、コートで対面していつきを鋭い眼光で射抜く相手の顔には、これまでの一方的な試合を見ているというのに、余裕があるからか笑みが浮かんでいる。

 

「これはいよいよ、アイツもやばいか?」

 

 後輩のピンチだというのに、桐原が「面白くなってきた」とばかりに笑みを浮かべる。

 

 そんな親友の笑顔は――この対戦相手が浮かべているものと、同種のものに見えた。

 

 

 

 

 

 そして、試合が始まる。

 

 いつきはこれまで通り、最低限打ち返すだけで、試合をスローペースに展開する構えだ。だが、相手はコートの前の方に陣取り、一切ボールを落下させることなく、一方的に打ち返したり、魔法で跳ね返したりしてくる。結果、いつきが一方的にポイントを稼がれる形だ。またこれまでの対戦相手に比べたら腕が格段に上で、いつきのスローペースに負けず、いつきコートのボールを動かして加点を狙ってくる。結果、温存したいはずのいつきもこれまでよりしっかり動かざるを得ず、展開が加速していく。こうなれば、結局相手のポイントが増える一方だ。

 

 そして大差をつけられて迎えた後半。ついにいつきが全てのボールを動かして相手コートに一気に送り返したうえで、『ダブル・バウンド』を展開した。

 

「こぶし大の軽いボール五個とはいえ、あの速度で一気に全部を対象にして魔法行使するのはすごいな」

 

 範蔵は感心する。一度の魔法で複数を対象とする技能は、バトル・ボードではあまり見られない。こうして性質の違う競技を見ることで、つくづく、この後輩の強さを見せつけられる。

 

 ここから一方的な展開になる。あとは、前半でついた大差を逆転できるか。

 

 そんな展開になるはずだったが――対戦相手は、これまでの優男風から一変して、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「お、すげえのを見せてきたな」

 

 対戦相手はラケットを強く握りしめて大きく振りかぶって全力スイング。さらにそれを魔法で加速させた。本戦優勝候補の一角で同じく本格派の桐原も舌を巻く、強烈なパワーショットだ。

 

 当然これではいつきの『ダブル・バウンド』は効果を発揮しないでスルーされる。

 

 誰しもがそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかしそのボールは、元々あった速度をさらに強めて、相手コートへと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……干渉力で上回れなかった?」

 

 相手選手と同じ顔で、範蔵が驚く。

 

「当然、いつき君もその対策はしてるってことよ」

 

「普段は節約のためにそこそこ程度の強度だが、相手がパワーショットの気配を見せたら、その瞬間だけ、そのボールが当たる部分だけを強化するんだ」

 

 そういうことか。範蔵は納得する。いくら相手が巧者とはいえ、まだ一年生のレベルでは、あのいつきの『ダブル・バウンド』を貫く威力のボールを打つには、それなりの「溜め」が必要となる。その気配を読み取って、その瞬間だけ強化している、というわけだ。

 

 相手も自信があった対策だったみたいでショックを受けているが、次なる手を打ってくる。今までの試合で完全に解析されているであろう、両端の穴をねらったショットだ。

 

 だが、そこを狙ってくるのは、いつきも当然分かっている。片方の端に陣取って、そこだけに集中して返しさえすればよい。あの『ダブル・バウンド』は真由美と違って全体を覆ってない分、いつきの側からはボールを通すようになっている。あちらだけが狙う範囲が狭いという一方的なハンデを強要しているようなものだ。

 

 だが、これはテニスではなく魔法競技。いつきが陣取っているのと反対側の端にも、魔法で動いたボールが襲い掛かる。その中には、『ダブル・バウンド』の範囲に入ると見せかけて直前で変化して穴に向かうボールもあった。相手が得意とする変化球だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それらの絶対に通るはずのボールは、端を突いたにもかかわらず、はじき返されて、オウンゴールする形となった。

 

 

 

 

 

 

「性格悪いわねえ」

 

 真由美は苦笑する。もう最終決戦なのだ。温存はいらない。いつきは、自分が陣取っていないほうの端にまで、『ダブル・バウンド』を展開したのだ。それも、相手に無駄な手間をかけさせるために、虚をつくタイミングで。

 

 相手の表情が歪む。いつの間にか、獰猛な笑みすらも消えていた。

 

 ラスト20秒。九個目のボールが射出される。結局今まで通り、後半戦は完全にいつきの独走だ。前半でついたこれまでにないほどの大量ビハインドは、すでに僅差だが逆転している。

 

『負けてたまるか!!!』

 

 コートにつけられたマイクが、相手選手の咆哮を拾う。まだ僅差だ。負けていない。

 

 相手選手は自分コート上の九個のボールを魔法で手元に集める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれら九個を――魔法で強化した身体能力で全力で打ち、さらに魔法で加速させる!

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ!?」

 

 桐原が声を上げる。これは彼ですら予想外。クラウド・ボールの一つの理想形、九個同時パワーショットだ。

 

 しかもそれらはバラバラの変化がかけられていて、様々な方向へと散っていく。これではこれまでのように、一か所だけ強化するという対策が通じない。しかもそのパワーも、火事場の馬鹿力と言うべきか、真由美のものですら貫通する威力だった。

 

 これは流石に破られたか。真由美たちですらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが、九個のボール全てが、恐ろしい速度で跳ね返ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきに、一気に9ポイント加算される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………相手が可哀想になってくるわね」

 

 真由美は唖然としながら、なんとか言葉を絞り出した。

 

 先ほどと違い、天幕内の完全な同意を得ることができた。

 

 いつきは、これすらも読んでいたのだ。

 

 相手の限界を超えた渾身の一撃。それに合わせるように――『ダブル・バウンド』全体を、一時的に強化。これによって、全てのボールが、はじき返されたのである。

 

 

 

 

 試合時間残り10秒。相手選手はしばし立ち尽くし、そのまま崩れ落ちる。

 

 体力も魔法力もまだ余力があるはずだ。

 

 折れたのは、心。

 

 大量に流れる汗に混じって、目から、ボロボロと涙がこぼれている。

 

 そんな、涙で滲む視界には――見えない、されども絶対的な壁の向こうで、天使の笑みを浮かべる、いつきの姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わははは、やっぱいつきはすごいのう!」

 

 結局対戦相手は完全に心が折れ、第一セットで棄権。どこか後味が悪いながら、いつきは新人戦男子クラウド・ボールの優勝を果たした。

 

 バトル・ボードの時と同じポーズと決めて観客のハートをさらに打ち抜き、直後喜びはしゃぐあずさに飛びつかれて、嬉しそうにじゃれ合う姿がカメラに映る。

 

 今の試合を観客席の中でも特等席で見ていた沓子は、大声を上げて笑い、あずさと同じぐらいにはしゃいでいた。具体的には一緒にいた愛梨と栞が恥ずかしがって止めるぐらいに。

 

 だが、それでも、沓子の心の高揚が止まらない。

 

 昨日の「予感」は、全く間違いではなかった。

 

 チームメイトの心が折られたというのに、全くそんなことは、多少デリカシーに欠けるが心優しいはずの彼女は気にしていない。

 

 それほどに、今、彼女の心は、いつきとほのかに惹かれていたのだ。

 

「明日が楽しみじゃのう、いつき、ほのか!」

 

 沓子は笑う。

 

 つい数時間前まで空で輝いていた太陽のように、その光を受けて反射する水のように、明るく。

 

 高揚感と、武者震いと、歓喜と、興奮と、情熱と――付き合いの長い愛梨と栞だけが気づく、本人も気づいていない、ほんのわずかな情念を籠めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん、本当凄かったね、おめでとう」

 

「うん、ありがとう、お姉ちゃん」

 

 夜。一日中クラウド・ボールをして疲れ切っていたいつきは、祝勝会もそこそこに、夕飯を軽く切り上げて部屋に戻った。それは彼の専属マネージャーと化しているあずさも同じで、一緒に戻ってきた。

 

 幼稚園生のころからずっと続けている、一緒のお風呂。それは、各部屋にも風呂がついていることもあって、この九校戦の間も変わらなかった。だが今日は、さすがにいつきが疲れきっているのもあって、あずさは自分は自分で洗い、いつきを一方的に洗ってあげる形だ。

 

 夕方に優勝を決めてから、何度目か分からない、あずさの心からの賛辞。その一つ一つを突っぱねることなく、いつきは丁寧に受け入れた。

 

 弟のことが、とても誇らしい。苦手な体力勝負の競技で、たくさん頑張って、すごく考えて、いっぱいの観客を魅了して、優勝を決めたのだ。世界一かっこいい、最高の弟である。

 

「……ねえ、いっくん」

 

 そんな弟の、小さな小さな背中を洗ってあげている最中。あずさはふと、その手を止めて、後ろから抱き着く。肩の上から身体の前へと腕を回し、あずさの口が、いつきの耳元に届く。素肌と素肌が密着して、お湯で温まった高い体温が伝わってくる。

 

「今、楽しい?」

 

 いつきはずっと不登校であった。それは本人が決めたこと。そして、それを気にしている様子はない。

 

 だが、あずさは、ずっと不安だったのだ。学校は楽しい。そんな生活を、いつきはずっと送ることなく、成長していくのではないか、と。

 

 部活動も生徒会も風紀委員もその他もろもろ校内活動をせず、4月早々にテロ事件に巻き込まれ首を突っ込もうとも。それでも、いつきは幹比古という親友と出会い、お友達もそこそこ出来て、範蔵のように先輩からも気にかけて貰えて、校内の人気者になっている。

 

 そうして九校戦の名誉ある代表となって、こうして活躍していた。

 

 あずさの心配からは外れ、いつきの学生生活は、とても充実している。

 

 

 

 

 

「うん、すっごく楽しいよ!」

 

 

 

 

 いつきが大きくうなずく。姿鏡越しに、いつきの満面の笑顔が見えた。

 

「……良かった」

 

 そう、いつきは、とても楽しんでいる。

 

 試合が終わるたびに笑顔で喜び、カッコよくポーズを決める姿。あずさの理想をはるかに超えて、いつきは、「高校生」を楽しんでいた。

 

 そうして風呂から上がり、寝間着に着替える。真夏とはいえ、湯冷めは禁物だ。少し休んだら、二人ともすぐにベッドに入る。

 

 二人部屋。軍人向けの施設と言うこともあって、二つあるベッドは、二人にとってとても大きい。故に、家に比べて、いつも通り、一緒のベッドで寝るのにはちょうどよかった。

 

「じゃ、いっくん、お休み」

 

「……うん」

 

 さすがに疲れていたのか、すでに寝ぼけ眼だった。電気を消すと、いつきはすぐに、小さく可愛らしく寝息を立てる。その寝顔は安らかだった。

 

 そんないつきの顔を間近で見て、あずさは、穏やかに微笑むと――大好きな弟を優しく抱きしめ、そのふわふわの頭を、起こさないように、ゆっくりと撫でてあげた。




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6-2

(サブタイミスや投稿順番のミスじゃ)ないです
あと、原作3・4巻の最初の方にある、バトル・ボードのコースの模式図を見ながらだとよりお楽しみいただけると思います(画像検索すればネットに転がってるかも?)


「うっわ、すごい人気だな……」

 

 九校戦新人戦の三日目。予選が終わっているアイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの残りの試合をすべて消化する、決戦の日だ。

 

 この日の熱気はすさまじい。真夏の屋外で快晴、朝だというのに太陽もギラギラと輝いているが、それに負けないほどの盛り上がりだった。

 

「そりゃあ、今日はタレントそろい踏みだものね」

 

 膝に片肘をついたややお行儀の悪い恰好で、エリカが冷静さを装いながら、この熱気の理由を端的に説明する。ただそのエリカの顔にも、獰猛な笑みが浮かんでいた。自分は戦わないが、今日の観戦に、間違いなくワクワクしているのだろう。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイク女子。一高女子の大活躍がすさまじく、三人全員勝ち上がっている。戦い方は三者三様だがそのどれもが観客の目を引く派手さと強さを兼ね備えているうえ、三人ともタイプの違う美少女だ。特に深雪は飛びぬけていて、圧倒的人気を誇っている。

 

 一方、男子も、この大会の下馬評で最も注目されていた選手が、ここまですべてを瞬殺して勝ちあがっている。十師族の一角・一条家の長男、『クリムゾン・プリンス』、『赤髪の貴公子』、『爆裂』、『佐渡の英雄』など、様々な異名を持ち、そのどれもがふさわしいどころか実際に見たら霞む程の美男子・一条将輝だ。その圧倒的な強さとルックスは深雪もかくやというほどであり、何かと中学生めいた異名をつけるのが大好きな魔法師界隈の間では、すでに「双璧」などのあだ名がつけられている。

 

 また、バトル・ボードも逸材が集まっている。

 

 まず、予選を目くらましの奇策で先制したうえで確かな実力と技能でリードを守り続けて圧勝した、光井ほのかだ。顔立ちは可愛い系ながら、その魅力的なボディラインがボディスーツで見えることもあって、すでに男子たちを虜にしている。深雪の巫女服はある種神秘的な美しさを際立てているが、ほのかのそれは、実力もさることながら、性欲的な意味で主に男性の注目を浴びているのだ。なおこのことは、一高全体で協力して、ほのかに対してトップシークレットとなっている。そんな注目を浴びているとなったら、逃げだして首を吊りかねないからだ。

 

 そして水上競技と言えばこの少女。四十九院家の娘、『水の申し子』沓子だ。予選はニコニコと明るく朗らかに笑いながら他選手への妨害で蹂躙し、圧勝している。

 

 そしてそして、この九校戦を通して最も有名になったのが、中条いつきだ。そのルックスは姉と瓜二つの、小さな美少女そのもの。それでいて男の子であり、仕草のそこかしこに少年っぽさが垣間見える。ファンサービスも積極的であり、人々の関心を引き寄せ続けていた。実力も申し分なく、バトル・ボード予選は余裕で勝ち抜き、クラウド・ボールもセットごとで見たら一度もリードを許すことなく優勝を果たした。その天使のような笑顔と仕草、圧倒的でかつクラウド・ボールでは相手の心を折る暴力的な戦術と実力は、すでに『デビリック・エンジェル』などの異名候補が上がっている。

 

 また「海の七高」と称される、水上が得意な七高選手も二人勝ち上がっていて、特に黒井という選手は、開始前は、沓子と並んでバトル・ボードにおける下馬評では一位だった。

 

「一高で例えると、会長、会頭、風紀委員長、副会長、あと桐原先輩と、風紀委員の(つえ)え先輩方たちが同じ日に試合してる、ってかんじか?」

 

「そうやって例えてみると、今日はすごいね……」

 

 レオの例えは、周囲の一高生の頷きを得た。美月も同意した一人であり、改めて今日のメンバーの豪華さにため息が出る。

 

 そんな、新人戦の大注目選手が揃い踏みの、新人戦折り返し地点が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクで一高女子と将輝が猛威を振るっている頃。バトル・ボードも熱い戦いが繰り広げられていた。

 

 まずほのかは準決勝も、予選のイメージを利用した戦術で危なげなく勝ち上がった。

 

 そして次が、沓子の試合だ。

 

 名指しで「見ていてくれ」と言われたのでせっかくだし特等席で見ようということで、いつきとあずさはコース近くの、エンジニアなどが観戦するためのスペースに来た。ここなら間近で見れるし、大きなモニターも複数あって全体を一度に見ることができる。代表選手・担当エンジニアの特権だった。

 

「おー! いつきに、いつきの姉君! 来てくれとったか!」

 

 スタートライン上。小さくて可愛らしいながら、しっかりと女性らしい形になりつつあるボディラインを恥ずかしげもなく晒している沓子が、いつきとあずさに気づいて手を振る。他校の選手だというのに、随分な気にいられようだった。

 

 当然、同じスペースにいる他者、特に沓子を応援に来たであろう三高の制服を着た美人な二人からの好奇の視線も集まる。あずさはとても気になって、思わずいつきの制服の裾をつまんでいた。

 

「がんばってねー」

 

 そしていつきはと言うと、そんなの全く気にしておらず、いつもの笑みで沓子に手を振り返しながらエールを送る。同じ家で育ったのに、この強心臓はどこからくるのだろうか。

 

 

 

 

 

 そうして始まった沓子のレースは、見ごたえのあるものだった。

 

 他選手を徹底的に妨害して何もさせないのは変わらない。だが、沓子は予選と同じく楽しそうな笑みを浮かべながらも、その目は真剣そのもの。相手は彼女からすればかなり格下なのに、明らかに本気だ。

 

 その動きは鋭い。隙あらばしっかりと加速し、減速するべきところでは最低限の減速をして、それでいてまるで張り付くようにしっかりと内側を華麗に回る。細かくCADを操作しているが、他選手への妨害も含めると、とてもその操作量に見合う魔法の量ではない。

 

「…………ま、まさか……」

 

 あずさの声が震える。

 

 気づいてしまった。

 

 彼女は、ただの古式魔法師ではない。

 

 隠密性と威力、つまり妨害に優れる古式魔法は他者への妨害に使い。

 

 自身の移動に関しては速度が求められているので――現代魔法を使っている。

 

「CAD操作は自分が動く用の現代魔法で、妨害は、CADなしで精霊魔法だね」

 

 あずさと同じことに、いつきも気づいたようだ。その顔はにこやかだが、幾分か真剣である。

 

「じゃ、じゃあ、あれだけの魔法を、CADなしで、ってことだよね……?」

 

「そういうことだね。多分、(ボーン)(スぺシャライズド)魔法師みたいな感じなのかな」

 

 BS魔法師とは、生まれながらに特定の魔法に特別優れた才能を持つ魔法師のことだ。それ以外の魔法は平凡かそれ未満、というイメージがあり、事実そのような魔法師も多いが、全員が全員そうではない。それこそ今目の前で圧倒的な試合を展開している沓子のように、それ以外の魔法にも優れた力を持つ魔法師もいる。

 

 そのような魔法師は、今繰り広げられているように、汎用的な現代魔法を駆使しつつ、圧倒的に得意な魔法も同時に利用して、「場」を支配する。

 

「さ、さすがに水に関する古式魔法だけだよね?」

 

「多分ねー」

 

 もし全ての事柄にこうだとしたら、他の競技にエントリーしていてもおかしくはない。だがバトル・ボードだけにしか出ていないということは、あずさの予想が正しいと言うことだ。

 

「こんなところで本気出してるから、ライバルに情報抜かれてるじゃないの」

 

「仕方ないよ、沓子だもん」

 

 そんな二人を見て、聞こえないように、愛梨と栞は小声で話す。闘争心と責任感が人一倍強い愛梨はむくれているが、栞はもう諦めていた。それは、今日行われたアイス・ピラーズ・ブレイクにおいて英美に激戦の末負けてしまって落ち込んでいた、というのもあるだろうが、おおむね二人の性格が出たやり取りだ。

 

 結局、圧倒的な美技により、予選を勝ち上がってきたはずの他校選手全員を周回遅れにして、沓子は一位でゴールした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、いつき! がんばれよー!」

 

「ありがとねー」

 

 いつきがボディスーツ姿でスタートラインに立つと、黄色い歓声が爆発する。そしてその近くで、沓子が歓声に負けないほどの声援を、いつきに送っていた。幸い、三高の代表選手は反対ブロックで、沓子の発言は裏切りにならない。とはいえ、この様子では仮に同じブロックだったとしても、気にせず応援しようとして事前に愛梨と栞と水尾に止められていただろうが。

 

 このレースで、いつきを応援する声は大きい。対戦相手の三人は、アウェーな雰囲気に委縮してしまっていた。

 

 ――だが、全員が予選を勝つ実力を持ったアスリートだ。スタート直前には、全員が競技に集中しきる。

 

 そして、ついにスタートの合図が鳴った。

 

 それと同時に各選手一斉にスタートするが、予選と同じく、いつきが飛びぬけて好スタートだ。

 

 だが、予選と違うのは――ただ一人、いつきに食らいつける選手がいることだった。

 

 黒井に比べたら注目されていないが、彼とて「海の七高」の代表。確かな実力と意地があるのだ。いつきも彼のことを気にしているようで、抜かれないように予選よりもペースが速い。

 

 そうして、最初の関門、S字ヘアピンカーブだ。ここも予選と同じく、いつきは減速幅が少なく、それでいてしっかり内側を走る。インベタとまではいかないが、十分な水準だ。彼の得意フィールドであり、ここを乗り越えるころには、少しだけ、七高選手との差が開いている。

 

 だが、あくまでも「少しだけ」。あのいつきの技能を以てしても、対戦相手を振り切ることができなかった。

 

 そしてクランクも二人ともほぼ同速で乗り越え、第二の関門・落下だ。いつきは先行してほぼ減速することなく飛び出して、その勢いがあるとは思えないほど華麗に着地し、スムーズに再加速を決める。同じように七高選手も少し遅れて着地するが――その落下地点に、不自然な波が発生していて、わずかにバランスを崩した。

 

「ほほう、基本に忠実じゃな」

 

 やはり自分の目と「予感」に狂いはなかった。沓子は満足する。

 

 いつきは落水時の衝撃を魔法で操作して自分への反動は緩和したうえで、後続の着地点に波が残るようにしたのだ。摩利と同じ戦術であり、技能のみに頼らない、基本にして最も効果的な作戦だった。

 

 これで明確に差が開いた。ところがこの先が、七高の見せ場である。

 

 コース上最後の関門・上りからの下りループだ。水流に逆らってコース上で最も急な傾斜を上がり、そこからぐるりと一周する螺旋型の下り傾斜である。上りの難しさもさることながら、下りというコントロールが効きにくい状況下で、さらに常にカーブしているという状態である。

 

 この難所は多くの選手が苦手としているのだが、逆に七高選手は伝統的にここをチャンスタイムとしている。実際対戦相手の彼もまた、いつきに明確に先行されても焦っている様子はない。

 

 その自信の通り、下りループに入るや否や、いつきとは比べ物にならない速さ・コース取りで一気に駆け下っていく。両者の差はぐんぐん縮まっていき――二周目に入るころには、ぴったり横に並ぶまでになっていた。

 

「さあ、ここからが正念場じゃぞ?」

 

 予選で見たいつきは、最初から独走態勢。だが、こうして横並びの展開になると、いつきは苦しいはずだ。小柄な彼女だからこそわかるが、ぶつかり合いにおいては、体格差が明確に現れる。

 

 当然、圧倒的に体格で優れる向こうから仕掛けると思いきや――先にちょっかいをかけたのは、いつきのほうだった。

 

「ほう、駆け引きも上手いのか」

 

 相手が取りたい理想のコース取りであるアウト・イン・アウトをしにくいように、最初のカーブ手前であえて斜行する。両者の間にそれで差が出るわけではないが、虚をつくその妨害は、相手の精神を明確に乱す。

 

 それに対してお返しとばかりに相手も仕掛けてきた。だが、それは接触の直前で離れるようにボードを揺らすことで受け流して回避している。まるで地上で戦う合気道の達人のような見事な流し方だが、これは動力のついていないボードで水上を走りながらの業である。細かな魔法コントロール力が光っていた。

 

 そうしてちょっかいをかけあったものの差が出ていないまま、S字ヘアピンカーブに突入した。コース取りが良かったのか、最初はいつきが内側を取っている。

 

 

 

 

 

 そしていつきは、そのカーブで――一周目に比べて、明らかに大きく膨らんだ。

 

 

 

 

「むっ!」

 

 沓子は目を見張る。

 

 いつきのミスでないことは明らかだ。

 

 何せ――いつきが急に膨らんでぶつかりに来たせいで、この急カーブで横にぴったりついて外側から抜こうとしていた相手選手が、大きくよろけたのだ。

 

 これでいつきがボード二つ分ぐらい抜け出す形になった。これにより、二つ目の反対側ヘアピンカーブでも内側を取ることに成功する。

 

 完全にいつきの作戦勝ちだ。また両者の間にしっかりとした差が開く。

 

 そして迎える、クランクからの落下。一周目で煮え湯を飲まされた相手選手は、多少速度を落としてでも安定して着水を目指し、妨害に備える構えだ。

 

 だが、いつきが滝を飛び出し、相手選手の視界から消えたところでは――一切妨害魔法をせず、全てのリソースを再加速に注ぎ込み、猛然と走り去っていた。

 

 遅れて安定した姿勢で着水した相手選手は、明確に悔しそうな顔をする。こうして客観的に見ている以上に、彼から見えるいつきの背中が明らかに遠いのだろう。

 

 安定のために速度を犠牲にした相手選手、それを見越して一切妨害せず速度のみを意識したいつき。

 

 この差は大きい。お互いに一周目と同じペースでいけば、今度は先ほどと違って追いつけないほどだ。

 

 だがそれでも、あと二回下りループはある。相手選手は悔しさを闘志に変え、いつきにだいぶ遅れて傾斜を上りきった。

 

 

 

 

 

 ――そこで目にしたのは、下りコースの内側四分の一が、不自然に蠢く姿だった。

 

 

 

 

 

 まるで煮え立つ地獄の釜のように、粘性の液体が泡立つように、その部分だけが波打っている。

 

 その選手と沓子は、すぐに理解した。

 

 これはいつきが、差が開いて余裕が出てきたので、多少速度を犠牲にしてでも仕掛けた、大規模な妨害だ。

 

 コースの内側に、外側へと流れる明確な波を起こしている。そしてその余波は小さいながらも確実に、コース内側二分の一まで影響するだろう。

 

 急な下りのループ。一番デリケートな関門だ。だからこそ多くの選手が苦手とし、そして七高選手たちはその実力と適性をフル活用して、ここをチャンスにしているのである。

 

 そんな最大のチャンスゾーンが、今、完全に潰されたのだ。

 

 こんな妨害がある中で、このデリケートなコースを、急いで下れるわけがない。

 

 相手選手の顔が絶望に染まる。自分の全力が少しも出せないで下った先には、もう絶対にいつきの姿は見えないだろう。あの小さな背中は、より小さくなるどころか、視界にとらえることすらできない。

 

 

 

 ――結局、三周目が終わるころには、半周差という大差でいつきが一着でのゴールを果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いけずじゃのう、いつき」

 

 

 

 

 沓子は呟く。

 

 自分は全力を出したというのに。

 

 いつきは、明らかに余力を残していた。あくまでも駆け引きと隠したカードの力で、実力差をしっかり押し付けて、堅実に勝ったのだ。彼はまだ、全力ではない。

 

 それでいて、彼の「本気」がしばしば垣間見える、ハイレベルなレースであった。

 

 見たい。いつきの全てが見たい。

 

 完全に隠されたわけではなく、ほんの少し見せられたからこそ。

 

 いつきの「本気」を求める欲望が、より大きくなっていく。

 

 

 

 

「いけずもの」

 

 

 

 

 拗ねるような、不満の表出。

 

 だが、その顔には、不思議と笑みが浮かんで。

 

 顔が熱くなり、頬が赤くなり、視線はいつきに釘付けになる。

 

 

 

 

 

 

 

「おぬしは、本当にいけずじゃなあ……」

 

 

 

 

 

 内容とは裏腹に、その言葉には、真夏の熱気にも、会場の熱気にも負けない、熱い熱い情念が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝は同日に行われるものの、競技間インターバルはそれなりに長くとられている。

 

 そのため、この隙間時間で遮音酸素カプセルでいつきは睡眠をとり、自分の決勝が始まる時間にかなりの余裕をもってお昼寝から目覚め、会場にあずさとともに戻ってきた。

 

 そしてそこで見たのは、九校戦の歴史に残る激戦だった。

 

 現代魔法と古式魔法を融合した、ハイレベルな移動と妨害を両立する『水の申し子』沓子。

 

 それに対して、達也とあずさから様々なアドバイスを受けて、あらゆる妨害をものともせず、光のエレメンツとしての特性と実力を発揮しきったほのか。

 

 両者のレースは最終レース終盤、下りループを抜けるところまで互角にもつれ込んだ。最後まで、誰もが勝敗が分からない展開だった。

 

 

 

 

 

 

 ――その末に、エレメンツに遺伝子レベルで刻まれた「想い」の強さ。

 

 

 

 

 

 それが土壇場で覚醒して、ゴール直前に、ほのかが沓子を差し返した。

 

 沓子にはその理屈は分からない。尊敬する先輩・水尾と同じエレメンツであるとは試合中に気づいていたし、エレメンツに遺伝子として刻まれた依存とすら言えてしまうほどの慕う相手への想いの強さも知っている。だが、それが目覚めると、コンディションが大きく上がることは知らない。

 

 だが、偶然にも。

 

 沓子はエレメンツでないにも関わらず、抜かされた直後、色々な人の顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 お世話になっている先輩・水尾。

 

 親友の愛梨と栞。

 

 同じ学校の仲間である将輝や真紅郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、いつきの、満面の笑み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にしては珍しく、沓子はこのレースだけは、楽しむことを優先せず、「勝ち」を目指していた。このレース中、彼女の顔には笑顔は浮かばず、真剣な表情をずっとしていた。その鋭さと気迫は、愛梨と栞にすら鳥肌を立たせた。

 

 

 

 

 

 

 

「負けてたまるか!」

 

 

 

 

 

 喜び以外で感情をあらわにしない彼女が――戦士のように、咆えた。

 

 

 

 

 

 進路上に現れたのは、これまでのどれよりも高度な、大きくて激しい渦。しかも波も高く立っていて、レース序盤で見せたように、反則にならない程度の低空飛行で躱すことすらできない。

 

(そんなっ!?)

 

 最後の最後で全速力を出していたほのかは、それにコントロールを奪われ、今にも落水しかねないほどにバランスを崩した。

 

 その隙に自分の周りだけ効果を薄めた沓子が、再び抜き返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、お互いの姿が、スローモーションのように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な渦の上をなんともなく乗り越えながら、さらなる追撃のためにCADを操作する沓子の姿を、ほのかは捉えた。

 

 

 

 

 

 

 そして沓子は――この状況でもなお諦めず、これまでにない手つきでCADを操作するほのかの姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ありがとうございます、達也さん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使うのは、直前になって、達也が入れてくれた魔法。

 

 ほのかは無理やり体勢を立て直し、激しい大渦の流れにあえて乗る。

 

 一瞬逆方向に戻されるが――反対側に回れば、進行方向へと進む「流れ」でもある。

 

 達也が用意した魔法は、一瞬だけその「流れ」に対する抵抗力を一切なくして進行方向に加速したうえで――進む「流れ」に乗り切った直後、その溜め込んだ抵抗力を一気に解放する魔法だ。

 

 これにより、進行方向への「流れ」には抵抗なく乗って加速して、利用しきったら大渦に思い切り抵抗して、無理やり抜け出す。

 

 

 

 妨害を押さえつけたり回避するのではなく。

 

 

 

 沓子の妨害を利用する、究極の一手。

 

「くっ!」

 

 せっかく抜いたのに、あっという間に追いつかれた。沓子は歯噛みしながらも、用意していた魔法を行使する。この最後の直線での最後の加速をするために現代魔法、そしてほのかをさらに妨害するための精霊魔法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが水面を、ほのかの干渉力が支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なっ!?)

 

 沓子は、もはや声が出なかった。

 

 ほのかは、あの極限の場面だというのに、もう一つ魔法を用意していた。

 

 それは、スタート時と同じ、水面を覆う、鏡面化魔法。

 

 レースとしては何の意味もない魔法。光波振動系魔法の中でも「面」に行使する魔法で、最もメジャーでかつ基本的なものだ。

 

 ゆえに。水面に魔法をかける上では、光のエレメンツである彼女にとって、この魔法が最速でかつ最も干渉力が高い。

 

 

 

 

 

 

 それは――最も基本の対抗魔法であるはずの、『領域干渉』を越えるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 沓子は『水の申し子』である。その干渉力は高く、こと水に関しては、生半可な対抗魔法など、無いも同然だ。だがほのかは、「水」という沓子の土俵に――「光」という自分のルールを持ち込んだ。

 

 水への干渉力と、「水の光」の干渉力がぶつかり合う。

 

 ――そして鏡に跳ね返されるように、沓子の魔法式が、退けられた。

 

 急いで行使した妨害魔法であるがゆえに、ほのかの干渉力を上回れなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ゴールまで残り5メートルもない。

 

 最後の最後で、一切妨害が通用しない、単純な速度勝負。

 

 だが、沓子はしっかり、現代魔法での最終加速魔法も準備していた。ゴールを抜ければそのまま落水してしまいそうなほどの急加速。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だがその加速は、大渦による加速を利用して強化したほのかに、及ぶことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子の試合を見終えたいつきは、ボディスーツに着替え、あずさと一緒に最終決戦の場へと向かう。

 

 関係者専用のその通路には、人気が無かった。関係者用と言うだけあって元からさほど人がいるわけではないが、今はいつにもましていない。みんな決勝戦を見るために会場にもう向かっているのだろうか。

 

 いつきと並んで歩きながら、あずさはそんなことをぼんやりと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その矢先に、目の前に人が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、沓子さん」

 

 びっくりして声が出ないあずさの代わりに、いつきがその人物の名前を呼ぶ。

 

「よう、いつき」

 

 競技を終えてそれなりに時間が経っているというのにまだボディスーツのままの沓子が、片手を上げて気さくに挨拶をする。その顔には相変わらず快活そうな笑みが浮かんでいるが、あずさにはどことなく元気がないように見えたのは、バイアスがかかっているせいだろうか。

 

「これから決勝戦じゃな。楽しみにしておるぞ」

 

「うん、ありがとう。沓子さんの決勝も見たよ」

 

 沓子の顔が少しだけ曇る。

 

 やはりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「…………負けてしまったな。すまんかった」

 

 

 

 

 

 沓子が俯いて、声を絞り出す。

 

 いつも通りに話そうとしているが、どうしても震えてしまっていた。

 

「ふがいないところを見せたのう。いいものを見せてやるつもりだったんじゃがな」

 

 そうして浮かべたのは、少し話しただけでもわかる彼女の明るさからは想像もできない、自嘲的な笑み。

 

「いや、とってもすごい試合だったよ。最後まで分からなかったと思う。もう一度やっても、勝ち負けはわからないぐらいね」

 

 いつきの口から出た言葉は、あずさも思っていたことだった。そしてそれは、あのレースを見た全員が思うことでもあろう。

 

 最後の最後までお互いの手札と全力を出し尽くした熱戦。間違いなく、この九校戦のベストバウトの一つだ。

 

「じゃが、勝てなかった。負けてしまった……」

 

 ふらり、と、力の抜けた動きで、沓子がいつきに一歩近づく。

 

 そのまま、二歩、三歩――腕を伸ばさなくても、ほんの少し動くだけで触れ合えるほどの距離へ。

 

「負けたくなかった。勝ちたかった。……勝負事とはそういうものじゃ。わしもそう思っていた。それでも……」

 

 さらに一歩。もうほとんど触れあっているも同然の距離。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こんな気持ちは、初めてじゃっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま沓子は、いつきに抱き着く。

 

 いきなりのことだった。だが、勢いがあったはずなのに、いつきの体はほとんど揺れない。傍から見ていたあずさは驚きながらも、その勢いのわりに、彼女がとても弱弱しく見えた。

 

「悔しいっ……! 悔しいっ……!」

 

 いつきの胸に顔をうずめ、慟哭する。

 

 あずさは知らない。

 

 沓子は競技直後、ほのかを褒めたたえた後、尊敬する先輩に泣きじゃくって飛びついた。だがその時は、今のように、慟哭まではしていない。どこかコミカルに泣きわめいていただけだった。

 

 これは、心の底からの、悔しさの表出。

 

 勝負事を楽しむタイプの彼女は、負けてもさほど落ち込まない。

 

 だが、今は――吼えるように、絞り出すように、感情があふれ出してきている。

 

 その悔しさの発露の慟哭とすすり泣く声だけが、しばし人気のない通路に木霊する。

 

 あずさはどうしてよいかわからずただ立ち尽くし、いつきもまた、しばらく固まったままだった。

 

 

 

 

 

 

 だが――しばらくしていつきは、ゆっくりと、沓子の後ろに腕を回して、抱き返す。

 

 

 

 

 

「そうか、頑張ったんだね」

 

「頑張ったっ……! 本気じゃったっ……! あんなに本気を出したのは初めてじゃ!」

 

 そのままいつきは、沓子の特徴的な長い青髪をゆっくりと撫でる。それに押されるように、沓子の気持ちが、さらにあふれ出してくる。

 

「ほのかは面白いやつじゃった! 心が躍った! 今までで一番楽しい試合になるはずじゃった! でも、でも……どうしても勝ちたくて、どうしても負けたくなくてっ……!」

 

「うん、うん」

 

「愛梨にも、栞にも、申し訳が立たん! それに、それに――――」

 

 沓子の言葉が途切れる。

 

 感情に任せて泣き叫んでいた彼女は、過呼吸に近い状態になっていた。それでも、苦しみあえぎながらも、いつきに直接背中をさすられていたこともあって、少しずつ落ち着いてくる。

 

 そしてまた言葉を絞り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いつきに、良いところを見せたかったっ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 出会って三日目。だというのに、勝負の時に沓子の心を占めていたのは、いつきの姿だった。

 

 彼に良いところを見せるためにも、勝ちたかった。負けたくなかった。

 

 それでも――沓子は、負けてしまったのだ。

 

 ついに言葉が尽き、沓子はいつきの胸に顔を押し当てて、ただ大声で泣く。

 

 その間もいつきは、ただただゆっくりと、沓子を優しく抱きしめながら、撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何時間も経ったかもしれないし、数分だったかもしれないし、実は十数秒だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 妙な時間感覚になったが、ともかく、しばらくして、沓子はようやく泣き止んだ。

 

 まだ縋り付いてぐすぐすとしているが、いつきは撫でていた手を止めて、そっと沓子を引き離す。

 

「ねえ」

 

 そして、二人とも低めの身長であるがゆえに、至近距離で、目線が交錯した。

 

 お互いの吐息を感じるほどに、お互いが肌から空気に放つ温度がわかるほどに、お互いの瞳に映る自分が見えるほどに、近くで、見つめ合う。

 

 沓子の頭が真っ白になる中、いつきは、沓子の両手を握って、明るい声で、言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何度でも言うけど、ボクは、さっきのレース、とっても良かったと思うよ。だから、今度は……次のボクのレース、絶対見てね! 絶対いいところ、お返しに見せてあげるから。ね、沓子ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、天使のように、満面の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきとあずさがもう会場に向かわなければと去った時、沓子は自分でも何を言ったか分からない曖昧な声で、「がんばれよ」とだけ発するのが精いっぱいだった。

 

 そして二人が去って数分経ち、もうすぐレースが始まるというのに、沓子はまだ、二人が向かった方へとぼんやり視線を向けたまま、立ち尽くしていた。

 

 今のは夢だったのだろうか。

 

 それほどに、現実感がない。

 

 ただ、至近距離で見たいつきの笑顔と、かけてくれた言葉、髪や背中を撫でくれた感触。そして、お互いに着ている薄いボディスーツ越しに感じた、限りなく素肌に近い体温。これらは、沓子の中に、しっかりと残っている。

 

「いつき……」

 

 少年の名前を、ぼんやりと呟く。いや、それは呟きと言うよりは、ただ口から洩れただけ。

 

 だが、その瞬間、急激に沓子の意識が戻ってくる。

 

「いつき!」

 

 少年の名前を叫ぶ。

 

 移動・加速系魔法の達人で、作戦や駆け引きも鋭く、それでいて小さな女の子のような男の子。

 

 面白い男。

 

 そう思う気持ちは、まだ変わらない。

 

 だが、今の自分が彼に抱く印象は、もはや「面白い男」というのは、一部でしかない。

 

 

 

 

 これは彼女が得意とする、直感や予感ではない。

 

 

 

 

 先ほどのいつきとのやり取りが、いつきの感触が、いつきの笑顔が、彼女の中に残っているのと同じほどの――強い存在感を持った、確信だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いつき!」

 

 また名前を呼んで、沓子は走り出す。

 

 これから、良いところをいっぱい見せてくれると言っていた。

 

 見たい。

 

 隅から隅まで、余すところなく。

 

 

 

 

 

 

 ――いつきの全てが、見たい。

 

 

 

 

 

 

 

「は、あはははは、楽しみじゃ、楽しみじゃのう!」

 

 散々泣き叫んだから、その声は枯れ果てている。

 

 だが、魂の奥底からあふれ出る言葉は、これ以上ないほど、明るく、生き生きとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対、最初から最後まで見てやる! だから――頑張れよ、いつき!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子が去った人気のない通路には、彼女の叫び声がまだ木霊している気がした。

 

 そこに、たっぷり時間を置いて、疲れて呆れ果てた顔の愛梨と栞が、姿を現す。

 

「私たちは一体何を見せられてたのかしら……」

 

「胃もたれしそう……」

 

 水尾に抱き着いて泣きじゃくる沓子は、悔しがって泣いてはいたが、いつも通りに見えた。だが二人と水尾には、想像以上に元気がないようにも見えていた。

 

 だから、泣き止んだ沓子が心配で、こっそりとここまで尾行してきて……沓子が気に入った男の子・いつきが入場する通路だと気づいた。

 

 心ここにあらずと言った様子の沓子は、直感力と気配察知に優れる彼女らしくなく、二人に尾行されていたことに、全く気付いておらず、そこに立ち止まっていた。

 

 そこで二人は何かあると思い、陰でこっそりと人払いをしながら見守っていたのだ。関係者用通路と言えど、ここまで人がいないというのは、通常、あり得ないのである。

 

 別に満腹なわけではない。むしろ空腹だ。だが今の気持ちは、まさしく「お腹いっぱい」そのものだ。それも、糖分たっぷりの巨大ケーキを食べた後のような心地である。

 

 まさか沓子があんな風になってしまうとは。彼女は身長が小さくて人懐っこく無邪気なため、親友でありながら、年下の妹のような気分でもあった。だが、何やら、二人の手を離れたところで、甘い雰囲気を醸し出している。

 

 

 

 とりあえず、分かったことがいくつかある。

 

 

 

 あの小さな男の子は、見た目に反して実力者で魔法の腕も良く、人当たりも良く、作戦や駆け引きもかなりの巧者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――多分、すけこましである。

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない通路に、二人のため息が重なる。そしてそれとほぼ同時に、新人戦男子バトル・ボード決勝が間もなく始まるというアナウンスが、会場全体に流れた。




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6-3

今回もバトル・ボードの描写がございます。
原作3・4巻の最初の方にあるコース模式図を見ながらだとよりお楽しみいただけます


 関係者用通路で「熱」が発生していたころ、それに負けないレベルで、会場の熱気は高まりに高まっていた。

 

 先ほど行われた女子バトル・ボードの決勝は歴史に残る名試合と、この数十分の間に一瞬で位置づけられた。一番の見せ場である決勝戦では良くも悪くも圧倒的な展開が多く、それはそれでとびぬけた素晴らしい技術に観客たちは満足していたのだが、ここに来てハイレベルな接戦をほのか・沓子が繰り広げたため、未だに興奮冷めやらないのである。

 

 そんな中迎えたのが、新人戦男子バトル・ボード決勝。

 

 片や、「海の七高」の中でも過去最高の逸材と言われ、下馬評では優勝間違いなしとまで言われていた黒井。

 

 そしてもう片方は、これまでに魔法力・作戦・駆け引きと運動能力以外のすべての面で相手を圧倒し、先日のクラウド・ボールでは一方的な試合を続けて優勝し、そしてその容姿と仕草でハートを打ち抜きまくった、中条いつきだ。

 

 二人が会場に現れると、空気を揺るがしていた歓声がさらに爆発する。九校戦は、今年最大の盛り上がりとなっていた。

 

「本戦よりも盛り上がるってどういうことよ……」

 

 天幕で耳を塞ぎながら、真由美は文句を垂れる。新人戦も十分重要だとはいえ、一年生だけで行われるし、点数も半分だ。試合のレベルも当然本戦の方が上である。それなのに、この盛り上がりは一体何なのか。

 

「仕方ないでしょう。本戦は大規模トラブルが起きて水が差されたか、誰かさんたちの完全勝利ばっかだったんですから」

 

 そんな真由美を、鈴音がばっさりと切り捨てる。耳を塞がず涼しげな顔をしているが、CADを操作しないで自分の耳に一定以上の振動をカットする小規模防音障壁を展開しているだけだが。

 

 ――彼女の言う通り、本来一番盛り上がるはずの本戦は、それはそれはもう盛り上がったが、決勝戦は、いまいち盛り上がりに欠ける決戦か、一方的な試合になるかのどちらかであった。

 

 相手に何もさせないクラウド・ボールの真由美、パーフェクトを連続して完勝したスピード・シューティングの真由美、相手が何かアクションを起こす前に全部氷柱をぶっ壊した花音と、相手の攻撃を全部退けながら「壁」を叩きつけて一瞬で試合を終わらせた克人。

 

 他の競技も、優勝候補筆頭二人が共倒れになって優勝決定戦にならなかった男子クラウド・ボールと女子バトル・ボード、それなりの接戦になったが範蔵が調子を崩していて微妙な塩試合にも見える男子バトル・ボード。

 

 大盛況のうちに一旦お休みとなった本戦だが、これで「最高の盛り上がり」をしろというのは、無茶な話である。

 

 それは真由美も自覚しているので、何も言い返せない。特にクラウド・ボールは、クソゲーを三年間押し付け続けた自覚が、昨日から湧き上がり続けている。完全勝利を重ねてそれは自信となってアイデンティティを形成していたが、今になって振り返ると、色々申し訳ない。

 

「それにしても、対戦相手の子もすごいわね」

 

 二年生主席のあずさの弟で、成績は当時の姉を越え、しかも戦闘をこなす本格派であり、特に移動・加速系を得意とする。いつきのプロフィールは、スーパーエリートそのものだ。血筋という要素の差で言えば――あちらが恐らく色々隠しているだろうが――深雪以上だ。

 

 だが、相手の黒井という少年も、負けてはいない。

 

 黒は、陰陽五行思想における水を表わす。数字付き(ナンバーズ)やエレメンツほど有名ではないが、苗字に五行思想に関する色などの用語が入っている場合、その分野のエキスパートの一族の可能性がある。彼はその一角だ。

 

 彼は、中学生の時から、水に関する腕では、沓子や将輝と並び称されてきた有名人だ。

 

 液体に干渉する魔法のエキスパートである一条家に生まれた過去類を見ない天才である将輝と、神道では吉田家――幹比古の吉田家は苗字が偶然一緒なだけ――と並んで由緒正しい家系である白川伯王家がルーツである百家・四十九院家出身の「水の申し子」沓子と並べられるということから、そのレベルが伺い知れよう。

 

 そんな二人の戦いなので、当然観客たちからは素晴らしいレースを期待されている。もはや、盛り上がらない要素は、一つもなかった。

 

 画面の中で、いつきが観客に手を振る。そうすると、ミーハーな歓声が響き渡った。一方の黒井は何も観客に反応しない。その不愛想ともいえる姿は、むしろ、この圧倒的アウェーの中でも揺るがない強さを感じさせ、見る者の目を惹きつける。そのせいか、だんだんと彼に対する声援も大きくなってきた。

 

 

 そしてついに、レースが始まろうとしている。

 

 

 静かにするよう会場アナウンスが流れた。スタートの合図を選手が聞きやすくするための配慮だ。それでも声援は中々止まなかったが、少しずつ小さくなっていって、いつしか小さなざわめきだけになる。

 

「さあ、頼むわよ、いつき君」

 

 真由美は祈る。

 

 新人戦女子はとんでもない成績を残しているが、男子は散々だ。駿が『カーディナル・ジョージ』と良い勝負をして準優勝になっただけで、他はいつき以外悲惨である。今後のこの学年の男子の士気は、彼にかかってるとすら言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてついに、スタートのブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「速い!」

 

 お互いに好スタートを切った。一番近い距離でコースを生で見られて、そしてあらゆる角度からモニターで観戦できるようになっている、関係者用の特等席で、沓子は叫んだ。

 

 スタートの出力が高いのはやはりいつきだ。また立った状態でスタートしたこともあって姿勢制御もスムーズ。これまでと同じ、他を寄せ付けない、綺麗な先行だ。

 

 だが、相手の黒井も負けていない。座った状態からスタートし、加速魔法の出力も負けているというのに、最初の二回のカーブが終わるころには、もういつきの後ろにぴったりとつけていた。

 

 沓子には分かる。恒常的に、ボードと水の接地面に、進行方向と逆方向へ働く力だけを中和する魔法を行使しているのだ。あれだけの移動をしながら、この地味ながらもハイレベルな魔法を維持し続けているあたり、沓子と同じく、この分野のBS魔法師的なエキスパートなのだろう。

 

 そして最初の難関であるS字ヘアピンカーブ。ここはいつきが得意とするところなので、差をつけたいところ。

 

 

「なっ、そんなのありなのか!?」

 

 

 その最初のヘアピンで、沓子は大きな目をさらに見開いた。

 

 いつきはいつも通り、かなり内側を、ほとんど減速せず良いスピードで曲がり切ろうとしていた。だが、内側に開いたわずかな隙間に黒井が突っ込み、接触覚悟のインベタでぶち抜いたのだ。しかも、曲がる際には当然外側に力が働くため、それによって、ヘアピンというデリケートな関門の途中だというのに、すぐ外側にいたいつきに波と水滴が襲い掛かる。波は当然として、水滴もまた地味に集中力を削いでくる。

 

 だが、沓子が驚いたのはそんな妨害ではない。

 

 あのわずかな隙間のインベタを、いつきを抜く程の速度で駆け抜けるという選択だ。今目の前で成し遂げられているから不可能でないことは確かだし、沓子もできないことはないが、リスクを考えると、本番でやろうとは思えない。しかも、こんな序盤に。

 

 だが、結局それは成功したのだ。いつきは確かな妨害によって今までで最悪のペースでヘアピンを乗り越え、逆に先行した黒井は悠々と駆け抜けていく。

 

 バトル・ボードは先行有利だ。だからこそ、スタート出力・姿勢制御、そして最初の関門であるS字カーブを得意とするいつきは、有利に立ち回れた。だがついに、それを否定できる存在が、全力でぶつかりに来たのだ。

 

 モニターにいつきの顔が映される。さすがに動揺しているかと思いきや、その顔はいつもの笑顔こそないものの、じっと黒井の背中を睨んでいる。パニックになっている様子はない。

 

 だがそれでも、いつきもかなり本気を出している。続く直線や直角クランクでは、これまでのレースでも十分速いにもかかわらず、それよりもさらにギアを上げた全速力だ。だが相手選手との差は中々縮まらない。

 

 そして迎えた派手な関門・落下だ。黒井はセオリー通り、着水の大波を、自分には推進力へ、後ろのいつきには妨害になる形で、魔法で操作した。

 

 だがいつきも負けていない。着水の直前に無理やり魔法でボート一つ分前方に浮遊スライドして、妨害を回避し、それどころか、その妨害の波を推進力として利用して見せた。

 

「どんな目をしとるんじゃ……」

 

 驚きで声を漏らす。コースの性質上、着水点は滝を飛び出してからでないと見えない。空中コントロールの難しさもあって、着水点に先行者が妨害を仕掛けるのがセオリー――とはいえ普通の選手は問題なく着水するので精いっぱいなので摩利などの達人だけの特権だが――なのは、それが理由だ。

 

 だがいつきは、まるで未来予知のようにそれを華麗に回避し、逆に利用して見せた。

 

 それでも、黒井との差は中々縮まらない。距離はボード三枚分ほど。大差とは言えないが、僅差とも言えない、苦しい距離である。

 

「来る!」

 

 そして迎えた、登りからの下りループ。この難しいコースを七高選手は得意としていて、当然黒井も例外ではない。新人戦の仲間二人どころか、本戦決勝もかくやという速度とコース取りで、急流ループを駆け抜ける。

 

 ――圧巻の走りだ。

 

 観客たちはそれを見て、大きな歓声を上げる。沓子も普段なら大喜びしただろうが――いつきに感情移入しすぎて、つい歯噛みしてしまう。

 

 いつきもまた黒井ほどではないが七高選手としても十分通用する速度でループを下る。だが、ついに両者の間には、ボード六枚分ほどの大差がついてしまっていた。

 

「どうする、いつき!? がんばれ!」

 

 小さな柔らかい手を強く握って、祈るように声援を送る。手のひらには、真夏の暑さだけではない理由で、じっとりと汗が浮かんでいた。

 

 そうこうしている間に二周目に入った。黒井は明確に先行して悠々とS字を駆け抜ける。それに対していつきもまた、一周目の黒井もかくやと言うインベタで高速で乗り越えた。こうして差が開けば、逆に妨害の心配がないから、思い切り攻めることができるのだろう。

 

 だがそれでも両者の差はなかなか埋まらない。

 

 いったいどうするのか。

 

 沓子もついに焦り始めた時――いつきの右手が、これまでにない動きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――瞬間、黒井の目の前の水面が、激しく光り輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほのかの目くらましか!」

 

 沓子はパッと顔を輝かせる。そう、いつきはほのかと同じ一高選手だ。同じ作戦を共有していても不思議ではない。

 

 ゴーグルをつけていなかった黒井はそれでわずかによろめいたが、ただそれだけだ。観客たちは眩しさにやられたが、その真っただ中にいたというのに、彼にさほど衝撃は出ていない。

 

「…………ほのかと同じ性質か?」

 

 沓子はいぶかしむ。

 

 最初に思いついたのは、魔法式によるサイオンの光に敏感なので、遮光魔法をとっさに使ってダメージを軽減した、という理由だ。だが、そんなスキルを持つ者がそうそういるわけないし、そもそもほのかは光のエレメンツという飛びぬけて特別な血筋だ。黒井にそれはない。

 

 いつきは自分の魔法の効果も確かめず、これまでと同じハイレベルな速度を維持したまま、さらなる妨害魔法を仕掛けていた。

 

 クランクの直前。そこに急に、いくつもの小さな波が現れたかと思うと――黒井がそこに飛び込む瞬間、身長の半分ほどの大波が起きた。

 

 ほのかと同じ低空浮遊で乗り越えようとした黒井は、魔法の規模からは想像もつかない大波によって、急に足元を掬われた。予選・準決勝で沓子に蹂躙された相手選手たちのように、大きく体がよろめき、急ブレーキがかかる。

 

 だがそれでも魔法で無理やり体勢を立て直し、着水は免れた。黒井は驚き焦りながらも、なんとか大波を乗り越え、クランクへと突入する。だが、今の間に両者の差は目に見えて縮まった。

 

「今のは――波の合成か!」

 

 沓子はしばらく考え込んで、その仕組みを理解した。魔法師は、たとえ古風な伝統にべったりの古式魔法師であろうと、創作物のイメージに反して、現代科学に詳しい。それは沓子もこう見えて同じで、特に水に関しては一家言持っている。

 

 今のは、一発大波、またはフリークウェーブと呼ばれる現象を、魔法で再現したのだ。

 

 海洋には常に波が起きているが、それには数多くの要素が絡んでいる。通常、巨大地震などではない限り波同士が打ち消し合って大波は起きない。

 

 

 

 

 だが――様々な偶然が重なることで、一つ一つの要素からは想像しえないような、巨大な波が起こるのだ。

 

 

 

 それこそが、フリークウェーブである。

 

 いつきはそれを、魔法で人工的に起こした。使った魔法自体は、このレベルではほぼ妨害にならない程度の小さな波を起こす魔法を複数同時だが、それは、波長が重なるように発動された。これによって、魔法式からは想像もつかないほどの大波が起きたのだ。

 

 沓子は知らないが、この魔法を彼に授けたのは、バトル・ボードの偉大な先輩である範蔵である。

 

 彼は、魔法の結果を合成して別の現象やより大きな現象を起こす、コンビネーション魔法の名手だ。この魔法、その名もそのまま『一発大波(フリーク・ウェーブ)』は、その一種である。

 

 例えば範蔵の攻撃手段としてよく使われる『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』は違う種類・系統の魔法を複数使うが、この『一発大波』は小さな波を起こす同じ魔法を複数使うだけで済むため、事象改変規模的にも使う魔法の種類的にも、比較的楽である。

 

 ただし、波の位相・周期がぴったり大波が起こるように状況に合わせて調整しなければならないため、演算面でも確実性の面でも、難しい魔法だ。実際、範蔵は一応手段としてCADに登録していたものの、去年も今年も使っていない。

 

 だがいつきは、この土壇場で成功し、確実な成果を収めた。

 

 そうして縮まった差でクランクを走るが、いつきの妨害は止まらない。

 

 

「あれはわしの!?」

 

 

 沓子が驚きと興奮と喜びが()い交ぜになった声で叫ぶ。

 

 黒井の進路上には、大量の渦が発生していた。古式魔法と現代魔法とで違う面はあるが、沓子が得意とする戦術だ。いつきは、沓子のことをしっかり見ていたのだ。

 

 だがその効果は薄い。黒井はまるで予知していたかのように、ほのかと同じく低空飛行でそれを乗り越えた。先ほどの『一発大波』と違って上方向の妨害に効果はない。とはいえ、直線ではなくクランクで空中移動を強いられているため、その速度はそれなりに落ちる。いつきとの差が、また少しだけ縮まった。

 

「……むう、相手はどうやって分かったんじゃ?」

 

 自分の魔法を使ってもらえてうれしかったものの、さほど効果が出なくて沓子は拗ねるが、それを黒井への疑問と言う形で発露する。

 

 先ほどの『一発大波』は予想できなかったのに、目くらましと渦潮はまるで予言のように回避した。

 

 その違いは何か。

 

 

 

「そうか、分かったぞ!」

 

 

 

 沓子は叫ぶ。

 

『一発大波』は、その一つ一つは些末な小規模魔法に過ぎない。だからこそ、あの結果を予測できなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、黒井は――水に投射された魔法式への感受性が、圧倒的に高いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子もかなり高いが、黒井のそれは、まさしく神に認められた才能だ。

 

 これでは、いつきの妨害も、先ほどの『一発大波』のような複雑な搦手しか通じない。それも、二回目は通用しないだろう。

 

 いよいよ、難しい戦いになってきた。

 

 クランクを乗り越え、黒井が一周目の時よりも開いた差でまたも先行して、滝を落下して着水する。いつきも遅れて滝を飛び出すが、今度は広い範囲に波が広がっていた。黒井が先ほどの対策を受けて、さらに規模を大きくしたのだろう。

 

 

 だが、いつきが着水する直前に、全ての波が、押さえつけられようにぴったりと止まって、静かな水面となる。それは黒井が置き土産として残していた数々の妨害も同じで、いつきの進路上だけぴったりとそれらが消えていた。

 

 

 

 

 まるで、風のない、凪いだ水面のように。

 

 

 

 

「まさか、全部魔法で?」

 

 沓子はまたも驚く。

 

 黒井は水に関しては特に干渉力が高いだろう。

 

 だが、いつきは、それらを全て、魔法で抑え込んだのだ。

 

 彼は、水に関しては特徴こそないが、移動・加速系に関しては、深雪すら超えるエキスパートである。その干渉力はすさまじく、「水」という土俵に、移動・加速系の力で殴り込みをかけたのだ。それはちょうど、鏡面化魔法で沓子の魔法を退けた、ほのかのように。

 

「いつきの姉君じゃな?」

 

 思い浮かべたのは、いつきの隣にいつもいた、彼と瓜二つの可愛らしい姉・あずさだ。

 

 彼女は女子の方も担当していたはずだ。三高は尚武の校風のせいか、愛梨や栞、将輝や真紅郎は例外として、エンジニアや作戦スタッフは用意していない。だが、他校のエンジニアは、性質上、その競技の作戦参謀を担うらしい。となると、どちらもあずさが考えたものだろう、と考えついたのだ。

 

 ――いつきばかり見ていたが、ずっと一緒にいた彼女もまた、面白い存在だったのだ。

 

 実際鏡面化魔法作戦を思いついたのは達也であるが、それはさておき、黒井には妨害の数々が襲い掛かるが素早く気付いて対処し、いつきへの妨害は全て押さえこまれてただの水路を悠々と進む形となった。両者の差は、二周目に入った時の半分程度になっている。

 

 だがここで迎えるのが、二度目の下りループ。いつきも先ほどの速度は流石に全力のはずだったろうが、黒井には及ばなかった。また突き放されるだろう。

 

 そう、誰しもが思った時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――巨大な魔法が、水路上に展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃあれは!?」

 

 沓子は今までで一番の大声で叫ぶ。だがそれは目立つことはない。なにせ、会場の全てが、そんな声を上げて驚いているほどだ。

 

 魔法の範囲は、それなりに長くて広い下りループの内側半分。それが、ループの端から端まで展開されている。

 

 この内側だけ、不自然に流れが速くなっていた。通常の下りも相当だが、ここまでくると、本物の急流下りと同レベルである。

 

 傾斜を登り切った黒井もまた、それを見て、目を見開いた。

 

 身体に沁みつくほどに練習した、見慣れたループが、すっかり様変わりしていたのである。

 

 七高の下りループの伝統芸は、校内に設置された完全再現練習コースと、そこでの果てしない反復練習によるものだ。大天才の黒井と言えど、いや、彼だからこそ、この反復練習を誰よりもこなし、まるで毎日通る道のように、この下りを駆け抜けることができるようになった。

 

 

 

 

 だが、今は。

 

 

 

 見慣れたはずの道は、彼を地獄へと叩き落とす、修羅の道へと変わっていた。

 

『ぐっ』

 

 コースに取り付けられたマイクが、黒井のうめき声を拾う。彼はしばし躊躇ったのち、コースの大外を回り始めた。こんな急流は全く想定していないから当然全く練習していないし、そもそも危険極まりない。落水で済めばよい方というレベルだ。

 

 結果、内側を走るよりも楽なはずだが、さほど練習していない外側を回らされたことで、初めてややぎこちなさを見せた。当然、コース取り的にも、不利なのには変わらない。

 

「じゃが、こうしたところで……」

 

 すさまじい範囲にわたる大魔法で、黒井を大きく足止めできたが、それも果たして有効と言えるだろうか。沓子の顔が曇る。

 

 なにせこの急流は、いつきにも牙をむくだろう。その難度と派手さに対して、有効性が全く釣り合っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だがその心配をよそに、いつきは迷わず、自分が生み出した内側の急流へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、無茶じゃ!」

 

 一高関係者と同じく、悲痛な悲鳴を沓子は上げる。

 

 このループは、下りな上に常にカーブしているという、危険な関門だ。それゆえにコース最後の難関として設置され、ここをチャンスと見て七高選手たちは練習を重ねてきている。

 

 そんな下りループを急流にしたうえで、飛び込んでいくなんて。いくら差がついているとはいえ、自殺行為だ。

 

 一高応援団たちは見ていられなくて目を覆う。沓子もそこまでではないが、祈るような気持ちで、いつきが考え直してくれることを強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この瞬間において、いつきを信じていたのは、ただ二人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人は、いつき自身。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてもう一人は――ハラハラしながらも、大好きな弟を見守っている、姉のあずさだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の心配をよそに、いつきはすさまじい速度で急流に乗っかって下っていく。その動きに乱れはなく、表情も冷静そのもの。まるで安全に管理された直線の流れるプールで遊ぶように、一気にループを下り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの――――そんなのありか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのド派手なファインプレーに会場は沸いた。沓子もまた、いつきが下るにつれ、どんどんと、悲痛から驚きへ、驚きから歓喜へと、表情が変わっていっていた。

 

 下りループ内側に起こされた激しい水流。いつきは、その速度を利用したうえで、何の問題もなく、超高速で下り切ったのだ。

 

 いくら自分で起こした急流とはいえ、そんなことができるのか。そもそも、あんな広い範囲へ魔法をかけるなんて、干渉力の負担もさることながら、莫大な演算が必要なはずである。

 

 いつきとあずさ以外の全員が混乱した。だが、何はともあれ、いつきがとんでもないプレーを見せた。コースの急変で乱されたとはいえそれでも十分な速度で下り切っていた黒井の真後ろに、ついにぴったりとついた。

 

 

 

 そして三周目。ついに、決着のファイナルラップだ。

 

 二人はぴったりと前後に並んだまま、本戦決勝を越える速度で走る。先ほどまでとは一転して、お互いに妨害も駆け引きもしない静かな展開だが、だからこそシンプルな速度とコース取りの勝負だ。ド派手なプレーで盛り上がった会場が、さらに湧き上がる。

 

 そして、今までいくつものドラマがあった、最後のS字ヘアピンを迎えた。

 

 黒井はお手本のようなカーブ。無理にインベタは攻めず、高い速度を維持したまま、一人が通れるペースをギリギリ内側に残さないようにして曲がる。思想としては、皮肉にもいつきに近い。だが、その内側のスペースがより狭い分、いつきよりも明確に格上だ。

 

 これでは、内側から抜けないはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがいつきは、ほぼスピードを落とさずに、さらに内側へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは流石に!?」

 

 理論上乗りこなせないことはない急流とはわけが違う。いくら小さないつきとはいえ、あの隙間を物理的に通ることはできない。そもそもあの速度で入ったら、大きく外側に膨らんでしまうだろう。一周目の意趣返しのつもりなのか知らないが、これこそ、正真正銘の無茶。

 

 だが、いつきは、何を思ったか、ボードの先端をヒョイと持ち上げて浮かせ、さらに身体をやけに早めにひねり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――内側プールサイドへと、先端を乗り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリガリガリガリガリッ!

 

 何かが一気に削れる音をマイクが広い、会場に響き渡る。

 

 誰しもが、その音に驚いたが、その驚きは一瞬で、いつきの姿に塗りつぶされる。

 

 サーフボードの一部を内側プールサイドに乗り上げたいつきは、その接触面がまるでレールになっているかのように、インベタのさらにインを高速で駆け抜ける。その、究極のインベタと速度を組み合わせた鋭いカーブは、一瞬で終わった。

 

 だがその一瞬で、ついに、いつきが黒井を抜かすことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

「……なんだあれは?」

 

「うっそでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりの光景に、会場が、沓子が、達也が、真由美が、唖然として静まり返る。

 

 一番近くで見せられた黒井もまた、ハイレベルなレースをしながらも、驚きで顔が染まっている。

 

 その間にいつきは、二度目のヘアピンも、ボード先端を内側プールサイドに乗り上げて、あり得ない軌道で鋭く曲がり切る。よく見ると、プールサイドに削れた跡が残っていた。

 

「やった! いっくん、決まったよ! すごいすごい!」

 

 喜んで飛び跳ねまわるあずさ以外のすべてが唖然とし続ける中、いつきはこのヘアピンでつけた差を維持したまま、超高速で残りのコースを駆け抜け――一着でゴールをして、新人戦男子バトル・ボードの優勝を決めた。




プールサイドリフト、覚えてた方は果たして何人いるのか

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6-4

「やった! やった! 優勝だよ! すごいよいっくん!」

 

 観客も対戦相手の黒井も唖然とする中、ゴールしてすぐにボードから降りたいつきに、関係者エリアから飛び出したあずさは飛びついて抱き着く。それをいつきは当たり前のように受け入れて、二人は抱き合いながら喜び跳ねまわった。

 

 最後の最後で訳の分からない光景を見せつけられた。何が起きたのか、いつきとあずさ、そして少し遅れて達也以外は、何もわかっていない。

 

 だが、とにかく。

 

 この名勝負が、ついに決着したのだ。

 

 未だ訳が分からなくても、少しずつ混乱から正気に戻った観客たちが、輝かしい勝者に歓声を送る。それはまた別の観客の歓声を呼び――いつしか、スタート前と同じほどの、勝者をたたえる声援が響き渡っていた。

 

「あははは! いつき! 何が起きたのか分からんが、おぬしはすごい! あっぱれじゃ!」

 

 そして、唖然としていた沓子も、喜びと感動が一気にあふれ出してきて、あずさと同じようにいつきに飛びついて抱き着く。沓子は未だボディスーツのままだし、そもそも敵方なので、大変奇妙な光景なのだが、喜びに満ち溢れるあずさといつきは気にすることなく、三人で跳ねまわった。

 

 そんな、小さな女の子三人――実際一人は少年だが――がくっついて喜んでいる様は、明るく幸福感に溢れている。優勝者インタビューを担当するカメラマンは、その姿を、会場の巨大モニターに、そして日本中のテレビに、世界中のネット中継に届ける。

 

 そのカメラに気づいたいつきが、跳ねまわるのを止める。そしてそれに少し遅れて、あずさと沓子も空気を読んで、一旦いつきを解放した。

 

 そしていつきはカメラの真正面に立つと――これまでにないポーズをしっかりと決めて、勝鬨を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっへん、見たか! これがボクの実力だー!」

 

 

 

 

 

 

 

 今年一番をさらに更新する大歓声が、九校戦の会場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? これを解説しなきゃいけないのか?

 

 さしもの彼ですら鼓膜が破れそうなほどの歓声が響き渡る中、達也は一瞬、絶望していた。

 

 その正体もあって、彼は魔法に突出して詳しい。また全体を客観的・俯瞰的かつ冷静に見て即座に深く分析する力を持ち、それでいて分かりやすくまとまった説明をする力がある。このお友達グループにおいて、彼はすっかり解説役となっていた。なお実況役は騒がしいレオとエリカである。

 

 今は、幹比古を中心として、深雪を含めた全員が、立ち上がって夢中になっていつきを讃える声を惜しみなく届けている。だがこれが終われば――今のめちゃくちゃなレースを、解説させられるに違いなかった。

 

(よし、中条に任せるか)

 

 解説できないことはないが、非常識的過ぎて頭痛の種が多すぎる。その犯人に、すべてを丸投げする決断をした。

 

 そんなわけで、レースが終わってしばらく。達也は幹比古に頼んでいつきをこちらに呼んでもらうことにした。いつき自身はあまりこのお友達グループと関わりはないが、幹比古は親友だし、エリカとも付き合いがあるし、深雪と雫とほのかはクラスメイトだ。気まずくなることもないだろう。

 

 そういうわけでいつきは、姉のあずさを伴って、集合場所としていたティーラウンジに姿を現した。いつきは半数があまり関わりがない二科生という状況にも予想通り怯んだ様子はないが、一人だけ上級生で完全に異物となっているあずさは、この集まりを見た瞬間からとても気まずそうだった。

 

 いつきもそれは気にしているようで、幹比古と自分であずさを挟む形にして座る。あずさは露骨にホッとした顔をした。弟の親友なだけあって、どうやら幹比古ともかかわりがある様子である。

 

 優勝おめでとう、すごかったね、などの通り一遍の賛辞が飛び交い、いつきを歓迎した。いつきもそれを天使の笑顔を浮かべながらすべて受け入れつつ、「お祝い」と称して達也が奢った甘ったるそうなやたらとトッピングがついたドリンク――当然ここで普段提供されているものではなくお祭りに際して招いたカフェチェーンのものだ――を勝利の美酒とばかりに楽しんでいる。

 

「最後の方は特にすごかったな。あれは何をやったんだ?」

 

 そんな賛辞の中に、達也はあらかじめ準備していた言葉をさりげなく混ぜる。

 

「あー、あれね。あのゲームって抜かしにくいから基本先行有利なんだけど、後続は後続で好き放題妨害できるからさ、不利な状況になったら使おうと思って、いろいろ準備してたんだよね」

 

 計画通り。達也は内心で口角を吊り上げる。こうすれば、アレを全部彼が説明してくれる流れになろう。

 

「あの、発光魔法とか、渦を出す魔法も?」

 

 質問を挟んだのはほのかだ。発光魔法は当然として、あの渦にも、沓子との激戦が強い思い出として残っているため、どうしても気になるのだろう。

 

 それに、一高同士の対決に備えて、あの初見殺し発光魔法を、彼女はいつき含むチームメイトたちにすら秘密にしていた。あずさが同じ担当なので、いつきにダダ甘なこともあって漏らしたかとも考えたが、彼女はそのあたりは信頼できるため、そこも気になっていた。

 

「そ。光井さんに先に使われちゃったけど、妨害手段として用意していたやつだよ。まあ、渦は沓子ちゃんのを真似して後から作ったんだけどね。前に進めない魔法は、黒井君にはあまり意味なさそうだし使わなかったけど」

 

(((沓子ちゃん????)))

 

 奇妙なワードが挟まれた気がした。

 

 いつきは人の名前を呼ぶとき、男は苗字に君付け、女は苗字にさん付けだ。下の名前で呼ぶのは親友の幹比古とあだ名を自ら提案したレオ、それと同じく高校で再会してから「ミキだけじゃなんだし」と下の名前で呼ぶよう頼んだエリカのみだ。そのエリカですら、「エリカさん」である。

 

 そう考えると、先ほどの沓子がいつきに抱き着いていた光景も、なんだか受け取る意味が違ってくる。沓子の人となりを知るほのかからすれば、彼女が学校や性別の垣根を気にしなさそうなのはわかる。なにせ尻を触ってくるぐらいだ。

 

 だが、あそこに飛び込んで一緒に優勝を喜んだり、いつきの呼び方がこうなっているのを考えると…………高校生らしく、すぐに「そっち方面」に結びつけたくなってしまった。ましてや沓子の人となりを知らないほのか以外は、言わずもがなである。

 

「へ、へえ。でも、四十九院選手のは古式魔法でしたが、中条君が使ったのは現代魔法ですよね?」

 

 主にエリカとレオと雫が「そっち方面」へ話を逸らそうとする気配を察知した深雪が、兄の手助けをするべく、あくまでも魔法解説を続けさせようとする。

 

「そうだね。沓子ちゃんのやつの方が絶対強いんだけど、渦を起こす魔法は移動・加速系だとメジャーだし、そっちで我慢した感じ」

 

 渦魔法自体は、現代魔法として元から存在している。名前もそのまま『渦潮』だ。確かに曲線・円形・螺旋型の移動・加速系魔法を練習する上では最適な魔法であり、その系統ではメジャーだろう。ただし、当然その動きは複雑であり、二年生で習うようなレベルではあるのだが。

 

「古式魔法だと比較的楽なんだけどね」

 

 ここで幹比古のフォローが入る。

 

 彼の言う通り、古式魔法では「渦を起こす」と言った具合に直接効果を及ぼす。「水を一定の円形に動かして渦のように動かす」という四角四面の定義をしなければならない現代魔法に比べたら、楽と言えば楽なのだろう。ただしそれは、修行を要する古式魔法を使えたら、の話ではあるが。

 

「じゃあ、二周目のループで使ったあの魔法はなんだ?」

 

「普通に、下る流れを加速させる簡単な魔法だよ?」

 

「深雪はあれ、出来る?」

 

「レース中にやるとなったら厳しいかと」

 

 いつきの言葉に、即座に雫と深雪が反応する。

 

 確かに、あれは元々ある水の流れを加速させる、とてもメジャーな魔法だ。ただし不定形な流体である液体を、一定の形のまま加速させるという点では、元々動いている固体を加速させる基本中の基本に比べたらはるかに難しく複雑なのは確かだ。

 

 それに、聞きたいことは魔法の種類ではなく、あの大規模な行使だ。干渉力は当然として、あのそれなりに長いループの最初から最後まで、きっちり綺麗にコースに沿って流れを作るのは、主に座標の面で莫大な演算が必要だろう。深雪が「厳しい」というのは、そういうことだ。

 

「結局、加速魔法だから、干渉力的には、結構骨だけど問題ないよ。一見演算も大変そうだけど、バトル・ボードのコースはきっちり細かい数字まで公開されて、最初から形を知ってるわけだし、座標も起動式に最初から入力しておけばオッケーだからね」

 

「そ、そんなもんなのか?」

 

 レオが混乱の声を上げる。彼とてこう見えて魔法理論で落ちこぼれなわけではないが、それでも今一つ理解不能だ。当然、達也に助けを求める視線を投げかけてきた。

 

「理論上は、確かに可能だな。コースの形が完全に最初から分かってるなら、起動式に最初から座標を登録しておけば、あの広範囲で流体をループ状に加速させる、なんて複雑な演算も必要ない。ただ……競技以外で役に立つとは、思えないけどな」

 

 完全に形が分かっている。そんな場面で魔法を行使することが、果たして実戦でどれほどあるだろうか。それこそ、バトル・ボード以外では使い道がないだろう。

 

「こういう型破りなのは、いっくんは得意ですから」

 

 気まずくて口を一切開かず、ちびちびジュースを飲みながら、視線をきょろきょろさせたり頷いたり曖昧に愛想笑いするだけだったあずさが、ようやく口をはさんだ。

 

「じゃあ、クラウド・ボールのあれも、全部いつきが考えたってこと?」

 

 エリカの疑問はもっともだ。七草真由美によって開拓された「型」ではあるが、難しすぎて真似できない。それを真似して、さらにそこから自分に合わせて作戦を調整するのは、それがすでに型破りとしか言いようがない。

 

「いや、あれはボクとあずさお姉ちゃんが半分だよ」

 

(中条先輩も十分型破りだな)

 

 達也の内心で下された評価を、あずさは知るまい。

 

「それで、そんな型破りだから、あのカーブができたってことですか?」

 

 ほのかが質問する声には、若干の怯えが入っていた。バトル・ボードを経験した彼女だからこそ、あれの異常さがよくわかる。

 

「そうそう。多少プールサイドに接触しても失格にならないし、それの延長で少し乗り上げるぐらいでも失格にならないんだ。だから、水よりも摩擦が強くて内側にあるプールサイドに乗り上げて、外側に膨らむ力と反対方向の摩擦力だけ強化したんだよ」

 

 そうすれば、外側に膨らむ力が大幅に減り、結果、プールサイドとの接触面を軸としてレールにハマったような軌道で、インベタのさらにインを突くことができる。

 

「…………よくそんなこと、思いついたな」

 

「達也さんが言うんだから相当」

 

 雫が挟んだ言葉は的確だ。あらゆる魔法の知識があり、それを状況に応じて活かす力もあって、なんなら自分で魔法を作ってしまう。そんな彼ですら思いつかないのだから、この作戦の異常さが際立つというものだ。

 

「あそこに乗り上げれば一番内側通れるじゃんって思いついたのはボクだけど、魔法を考えたのはあずさお姉ちゃんだよ」

 

「その……今は全然違う研究をしていますけど、初めて論文コンペで見て、感動した発表が摩擦力に関するものだったので……それで少しだけ、知っていただけですよ?」

 

 いつきに水を向けられ注目され、元々小さいあずさはさらに身を縮ませて、目を逸らしもじもじとしながら真相を語る。

 

「それは、摩擦力の操作によって乗り物を効率化させる、というやつですか?」

 

「はい」

 

 その話だけで、達也は即座に色々と気づき、驚きと呆れが混ざった顔になる。一方でいつきとあずさと達也以外は訳が分かっていないようで、彼に説明を求める雰囲気が出来上がっていた。

 

「2089年の論文コンペで発表された論文だな。魔法で摩擦力を操作して、加速やブレーキをより効率化させる、という内容で、それに適した魔法や具体的な運用方法にまで触れた、魔法の技術応用の本格的な出来になっている。今では当たり前に普及しているが、当時はまだ試行錯誤段階で、それを高校生がいきなり発明したものだから、界隈では結構有名なんだ」

 

 当時からその実現可能性と新しさが混在した出来により評価が高かったが、それをベースに試してみたらすでに完成度が高く一気に技術が普及したことで、後からさらに再評価された、という逸話もある。

 

「……中条先輩は、小学六年生であの論文コンペを見て、内容を見て理解して、自分で色々考えるぐらいになっていた、ということですか?」

 

「えっと、その、まあ……はい。お勉強は好きだったので」

 

 達也が驚きあきれていた理由が、ようやく全員分かった。

 

 論文コンペはその催しの性質からハードルが高く感じられ、また実際に難しい最先端の魔法理論・技術が集まる。今高校生であるここに集まったメンバーも、大半はついていけないだろう。

 

 そんな催しに小学生にして見に行こうとして、しかも理解して、自前で色々研究するぐらいのレベルだったと言う。二年生の理論筆記首席がいかに異常な存在であるか、見せつけられた形だ。――それより異常な生い立ちとスキルと実績を持つ一年生理論筆記首席もここにいるのだが。

 

「そういうわけで、あれはまあ、種明かしをすれば、ただの摩擦力操作魔法なんだよ。別にそんな変わったことはしてないかな」

 

「魔法だけで見ればな……」

 

 水上レースなのにプールサイドに乗り上げてルール違反スレスレ、究極のインベタを走ろうという発想がそもそもおかしいのだ。いつきとあずさ以外の総意を、達也がため息をつきながら代弁した。

 

「あ、そういえば」

 

 そんな中、急に幹比古が声を上げて、隣のあずさに視線を向ける。

 

「中条先輩、九校戦でずっとフル稼働ですけど、論文は書けてるんですか?」

 

「あ、はい。お家でいっくんも手伝ってくれたし、吉田君も分かりやすく教えてくれたので、もうすぐ完成しますよ。夏休み明けが提出期限だから、九校戦が終わったぐらいに、吉田君にもチェックしていただいていいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

「チョッとミキ、それ初耳なんだけど」

 

 その会話に、エリカが横槍を入れる。

 

 幹比古が達也のお友達グループに入ったのは7月頭のことだ。エリカは幹比古の幼馴染でありクラスメイトにもなったのでそれなりに絡んだが、達也たちの方と関わることが多かった。幹比古がいつきとよくつるんでいたのは知っていたが、まさかあずさの論文まで手伝っていたなんて。

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 当の幹比古はこの調子だ。自分のやっていることが少し異常であることに、気づいていないのだろう。

 

「ミキが中条先輩の論文になんのアドバイスできるっていうのよ」

 

「エリカに喧嘩売られると買い控えせざるを得ないから押し売りはやめてほしいんだけど」

 

 エリカの言い様は、幹比古がこめかみに青筋を浮かべていることからわかる通り散々だ。「喧嘩」となったら間違いなくエリカは最強なので、買うわけにいかない幹比古の悲哀の人生が読み取れる。

 

 だが、そこまで露骨な言い方にはならないが、達也と深雪もエリカに同意だ。あずさはデバイスオタクな側面もある、ゴリゴリの現代魔法師であり、二年生理論主席になる程の知能もある。古式魔法師でまだ一年生の幹比古が手伝えることが、果たしてあるのだろうか。

 

「中条先輩、まさか、古式魔法の論文を書いていらっしゃるんですか?」

 

 そんな疑問の末に思いついた回答がこれだ。幹比古がアドバイスできるとなれば、古式魔法しかない。逆に、これに関してならば、幹比古以上に詳しい存在は、教員含めて一高内にそうそういないだろう。

 

「はい。すごくお世話になっていますよ。……そういえば、司波君は書かないんですか? きっとすごいものができると思いますけど……」

 

「いえ、自分は色々忙しくて」

 

 目を輝かせたあずさの質問に、達也は言葉を濁しながらも否定する。ただでさえ九校戦エンジニアという予定外の仕事が入ったのだ。軍での仕事もあるし、トーラス・シルバーとしてやることもある。興味がないこともないが、とてもではないが、やろうとは思えなかった。

 

「一年生でも、そういうのって出せるんですか?」

 

 ここで少し興味が湧いたらしい雫が、質問を挟む。確かに、こういった理論的な部分は、才能が物を言う実技以上に、学年・経験の壁が大きい面もあるかもしれない。

 

「はい、出せますよ。一高では例はありませんが、他校では一年生でも代表になったこともあったそうです。私も一応去年も出していますよ。……九位でしたけど」

 

「先輩たちに混ざって九位取った人の反応じゃないッスよ、それ」

 

 あずさは「残念な結果」としてとらえているようだが、レオの感覚としては、大活躍そのものだ。今世紀前半までと違い、高校は大学の役割・機能・要素をある程度担って高度化している。つまり魔法科高校生は、高校生にしてすでに魔法研究者の卵と言える。そんな中で先輩に混ざって一桁順位なら、大健闘どころか、偉業とすら言えよう。

 

 ――こんな具合で、競技の時と同じぐらい、いつきとあずさの異常性を見せつけられることとなった。




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6ー5

 九校戦七日目で、新人戦四日目

 

 この日は、花形競技のミラージ・バットとモノリス・コードの予選が行われる。それぞれ女子限定・男子限定の競技となっていて、片や見た目が華やかだから、片や実戦さながらの戦闘競技だから、どちらも大人気となっている。この競技に出るために魔法師を目指す、という少年少女も少なくはない。九校戦は、魔法師志望を増やすのに、確かな貢献をしていた。

 

 そんな中でも、今年のミラージ・バットは、特に注目を集めた。新人戦女子で表彰台独占を二競技で果たした一高、そのどちらもを担当したエンジニア・司波達也が、この競技も担当するという情報が周知となっていたからである。

 

 そして大エース・深雪が本戦にコンバートされて二人だけとなったほのかとスバルは、本人の実力と達也の調整したデバイスの力で、予選を圧勝した。

 

 また例年に比べてやたら注目が薄い――ミラージ・バットに客を取られているのである――モノリス・コードも、順当に一高は予選第一試合を勝利した。森崎、五十嵐、清田は、いつきを除けば一年生男子のトップだ。女子に比べて見劣りすると一高幹部クラスから心配され、事実そこまで結果を出せていなかったが、彼らも立派な実力者である。

 

 だが、そんな彼らに、膨れ上がった悪意が襲い掛かった。

 

 度重なる市街戦でさびれた街を想定シチュエーションとして設置された訓練場・市街地フィールドで予選第二試合。スタート地点の廃ビルに三人が集まっていたところに、フライングと明らかなオーバーアタックの合わせ技で、三人は大怪我をすることになったのだ。

 

「どうなってるの?」

 

「三人は無事なんですか!?」

 

 部屋で休んでいたいつきとあずさが一高天幕に駆け付ける。そこで待機していた鈴音が、二人に状況を説明した。

 

「市街地フィールドで、廃ビルに固まっていたところに、『破城槌』によるオーバーアタックを受けました」

 

 よどみない操作によって、記録されていた証拠映像を見せられる。そのビルが崩れる瞬間、あずさは悲鳴を上げて目を逸らし、いつきに縋りついた。

 

「三日は絶対安静の重傷です。……魔法が無ければ重体、最悪の場合は即死だったでしょう」

 

 魔法競技は、魔法という力によって、非魔法競技に比べ、起こる事の全てが大規模だ。だからこそ、アクシデントは大怪我になりやすい。国防軍が協力してるだけあって最新鋭の設備と精鋭の医療チームが備えられていて、即効性に優れる治癒魔法の達人もいる。

 

 そうした事情もあって三人の治療は速やかに行われ、今は容態が安定しているらしい。

 

「競技の方はどうなってるんですか?」

 

「当校と反則を犯した四高を抜いて、とりあえず続行中です」

 

「じゃあ、このままだと失格に?」

 

「いえ、十文字君が大会運営と交渉中です。代理選手を立てることになるかもしれません」

 

 命に別状はないと聞いて安心したあずさが腰を抜かして使い物にならないので、いつきが姉を支えながら、鈴音に質問を重ねる。そして最後に、もう一つ、質問を付け加えた。

 

「わかりました。それで――遮音障壁が展開されてますけど、あれは?」

 

 いつきが指さしたのは、天幕の奥。そこには、完成度の高い遮音障壁が施されている。

 

「……その魔法が使われている時点で、訊くのは野暮だと思いますが?」

 

 鈴音は少し眉を顰める。こんな状況で、奥にこんな魔法が展開されているのだ。絶対秘密の話をしているし、それをわざわざ尋ねる神経が、理解できなかった。

 

「まあそれもそうですね。あとで内容は聞かせてください」

 

 鈴音のヒリついた雰囲気を察したかどうかはわからないが、いつきはすぐに身を退いて、姉を支えて励まし、部屋へと戻る。あずさは相当ショックを受けているらしい。いくら仲間とはいえほとんど関わりがないというのに、心優しいことだ。

 

「……姉弟って、似るのか、似ないのか」

 

 鈴音は呟く。

 

 あずさに比べて、いつきはクラスメイト含む同級生が大けがをさせられたというのに冷静だった。

 

 そっくりだとずっと思っていたが……この九校戦で、すっかり、印象が変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋で二人きりでいつきに励まされたあずさは、なんとか冷静さを取り戻した。そして、弟の提案で、気晴らしにミラージ・バット決勝を一緒に見に行くことになる。

 

 決勝も、ほのかとスバルは圧倒的であった。二人の実力もさることながら、CADの性能差が明らかに表れている。達也の調整したCADは、二年生にして学校随一のエンジニアであるあずさのものを越えていた。

 

 トーラス・シルバーを手本として、弟に助けられながら、精神干渉系魔法の研究の傍らエンジニアの腕も磨いてきた。本物には程遠いが、その技能の素晴らしさは、担当した全員から最高評価を得ている。

 

 だが達也と比べたら、二段も三段も劣る。彼女の卓越した知識だからこそ、そのことがよくわかった。

 

 まだモノリス・コードの事故の動揺は抜けきっていない。さらに、こうして達也の腕を見せつけられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! まるでトーラス・シルバーじゃないか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなところに、こんな言葉が聞こえたら、あずさが大きく動揺するのは無理なかった。

 

(――っ!?)

 

 どこからともなく流れてきた声を探して、勢いよく首を振って視線を巡らせる。だが、大勢人が集まっているため、誰が発した言葉なのかは分からない。

 

「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」

 

「え、あ、えっと」

 

 すぐ隣にいたいつきが心配そうに顔を覗き込んでくる。それであずさはわずかに正気に戻るが、まだパニックになっていた。

 

(司波君が、トーラス・シルバー?)

 

 トーラス・シルバーの特徴とは何か。

 

 圧倒的な開発力。新魔法が目立つが、特に優れた功績なのが、ループ・キャストの開発だ。

 

 最先端の高性能デバイス。その性能は「未来を走っている」と言われるほど、同時期の競合他社製品を大きく上回る。お値段も相当だが、その性能からすれば格安といえるレベルだ。

 

 そして――起動式の徹底的な効率化だ。

 

 起動式に変数入力をして魔法式にする。つまり、起動式の大きさは魔法式にかかるリソースに大きな影響を及ぼす。小さければ小さいほど、消費が少なく、発動が速い。トーラス・シルバーの起動式は、その効率が、とにかく圧倒的なのだ。

 

 

 

 

 

 ――『空中能動機雷(アクティブ・エアー・マイン)』の開発、最小の起動式で最大の結果を出す調整。

 

 

 

 

 

 そのどちらも、トーラス・シルバーそのものではないか?

 

 

「あずさお姉ちゃん?」

 

 言葉が出ないあずさの肩を掴んで、いつきが優しくゆする。それでようやくぐるぐる回る思考とパニックが収まった。

 

 だが、また、別の思考が巡る。

 

 

 

 

 

 

 ――このことを、いっくんに話して、いいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの中で、達也こそがトーラス・シルバーの正体であるというのは、ほぼ確信となっている。

 

 だが、トーラス・シルバーの正体は極秘となっている。また、その存在はもはや現代の伝説であり、二科生の高校一年生がその人である、なんていうのは、あまりにもばかげた話だ。

 

 さすがのいつきも信じてくれないし、呆れるかもしれない。

 

 そんな不安が、あずさの中に湧き上がってきた。

 

「その、もしかして、もしかして……あり得ないことかもしれないんだけど……」

 

 それでも、あずさは、意を決して、口を開く。

 

 自分の中だけに留めておくのが苦しかった。誰かに共有してほしかった。そんな相手は、世界で一番信頼している、可愛い弟以外あり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司波君が、トーラス・シルバーなんじゃないかな、って……」

 

「あ、そうかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 意を決した言葉。

 

 だが、いつきの返事は、あまりにもあっさりとしていた。

 

 あずさは目を丸くして、自分にそっくりな弟の顔を見つめる。弟の顔には、何も動揺が浮かんでいない。

 

「だって、あずさお姉ちゃんを越えるエンジニアなんて、普通あり得ないよ。だったら司波君がトーラス・シルバーだっていうほうが納得いくもん。あずさお姉ちゃん越えが何人もいたら、世のCADエンジニアは逃げ出すだろうね」

 

 さも当たり前のことのように、いつきは言葉を続ける。

 

 高校一年生が、あのトーラス・シルバー。

 

 そんな突拍子もない推測を平然と受け入れ、肯定した。

 

「まあだとしたら反則だよね。あずさお姉ちゃんと司波君が同じ高校でエンジニアやってるなんてさ」

 

 今だ目を丸くして固まるだけのあずさの前で、いつきは、あははは、と朗らかに可愛らしく笑う。

 

「ふ、うふふふっ」

 

 それに釣られて、あずさも笑う。

 

 なんだか、悩んでいたのが、馬鹿らしくなってきた。

 

 そうだ。達也がトーラス・シルバーだからといって、特に変わることはない。むしろすぐそばに憧れの「伝説」がいたのだから、悩んだりせず、喜んでもいいではないか。

 

「「あはははは!」」

 

 そっくりな二人が、声を揃えて笑う。

 

 周囲の誰しもが、妖精たちの踊りに夢中になる中、まるで二人だけの世界であるかのように、競技を一切気にせず、ただただ笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうしている間に、ほのかとスバルが、ワンツーフィニッシュを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんはー!」

 

「ちょっ、いっくん、いきなり失礼だって!」

 

 新人戦ミラージ・バットが終わった直後。一高天幕の奥。

 

 真由美、克人、摩利、鈴音、範蔵。それに花音や五十里や桐原もいる。あずさも用は分からないが呼び出された。

 

 それにいつきもついてきたがったので断り切れず連れてきたものの、なんだか物々しい雰囲気を感じ取って天幕前でしり込みしたあずさよりも先に、堂々と入り込んだ。

 

「どっかで見たことある光景ね」

 

「四か月ぶりか。時間が経つのは早いものだな」

 

 真由美と摩利は呆れる。そしておそらく、あの保健室にいた克人と桐原も同じ気持ちだろう。そしてあの時の顛末を知っている鈴音と範蔵もまた、同じ気持ちになっているに違いなかった。

 

「あれ? 中条君?」

 

「なんで弟君まで連れてきてるのよブラコン」

 

 一方、あの4月の事件でのいつきのわがままっぷりを知らない五十里と花音は不思議がっている。花音にいたっては、甘やかしているあずさが自分から連れてきたと即座に決めつける様だ。

 

「なんか、重要そうな話し合いするみたいじゃないですか? どんな内容なんです?」

 

 天真爛漫な笑みを浮かべ、真由美に近寄って話しかける。いきなり接近されて上目遣いでそんな顔を向けられた彼女は、おもわず身じろぎをしてしまった。

 

「いつもお前がやってる事だろう」

 

 隣の摩利が呆れている。なるほど、相手からはこう見えるのか。真由美は今まで自分がやってきた交渉方法がいかに有効だったか、身をもって知らされる。

 

「ン、ンッ! …………いつき君、気持ちは分かるけど、貴方は部外者よ。お姉さんを助けたい気持ちは分かるけど、出ていきなさい」

 

 気持ちを立て直すための咳払い。それをすませば、真由美はタフで威厳のあるボスとなる。穏やかながらも確かな睨みを利かせて、生意気な後輩を退けようとする。

 

「別にいいじゃないですか。多分、ボクは無関係じゃなくなりますよ」

 

「え、いっくん、何だか分かるの?」

 

 先に集まっていたメンバーに少し遅れて集まったあずさだけ、この用件を知らない。だがいつきは、すでに察しているようだった。

 

「モノリス・コードの件ですよね?」

 

「………………正解よ」

 

「あ、なるほどー、いっくんすごい!」

 

 悔しそうに認める真由美と、呑気なあずさ。いつもと逆の構図だ。可愛い弟がいるせいか、あずさに緊張感が今一つ感じられない。ここはひとつ諫めようか、と範蔵が動こうとしたところで、真由美は観念して、説明を始めた。

 

「十文字君の交渉が上手くいって、我が校は代理選手を立てることができるようになりました。今から、それについて会議をします」

 

「へえ、上手くいったんですね」

 

 いつきが克人の顔を見上げる。それに対して、克人はただ頷いただけだった。

 

「だったら、この後の話は決まっていますよね?」

 

 いつきの言葉に、あずさ以外の全員が頷いた。

 

 そう、会議とは言ったが、もう一つは決定している。

 

 圧倒的なエンジニア力と魔法知識を持ち、4月の件で戦闘能力は証明済み。急な事態にも対応できる胆力と機転と知能がある、司波達也は確定なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ボクが代理で出場しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、いっくんが!?」

 

 突然の提案に声が出たのは、あずさだけ。

 

 

 すでに結論を共有していたほかメンバーは……驚きのあまり、声すらも出すことができなかった。




この展開予想してる人めっちゃ多そう(こなみ)


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6-1

出先からスマホでハーメルンに入れず投稿遅れました
許してくださいなんでもしますから!


 調子の乗って波にも乗り流れにも乗るRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は新人戦二日目・クラウドボールを終えたところまででしたね。

 

 では三日目です。アイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの決勝までが行われる日ですね。

 

 さてさて、面白いことが起きていましたね? なんか、いつき君が、『魔法科高校の優等生』のキャラである沓子ちゃんに目を付けられました。

 

 いつき君よりもはるかに強い蘭ちゃんの時には目を付けられなかったのですが……彼女は気まぐれなので、RTA界隈でもよくわかっていません。第三高校入学ルートで優等生キャラと恋愛を楽しむこともできるのですが、彼女のフラグ建築方法は未だに確立されていないんですよね。古式魔法師でも現代魔法師でも、実力が低くても高くても、男の子でも女の子でも、気に入られるかがバラバラなんですよねえ。

 

 一応、ほのかちゃん、愛梨ちゃん、栞ちゃんに色々似ているキャラだと惹きつけやすいらしいですが、いつき君は全くそんなことないし……謎やんな?

 

 そういうわけで、完全にチャート外の事が起きています。ぶっちゃけさほどのメリットもデメリットもないので、気にしなくて良いでしょう。

 

 まあそれはさておき、せっかく美少女に目をつけられたのだから、しっかり頑張りましょう。あ、ちなみにこのフラグが立った場合、沓子ちゃんがより調子がよくなって、ほのかちゃんが勝てる確率が低くなります。やっぱデメリットじゃねえか! まあええか……大差ないし。

 

 で、今日のいつき君は準決勝と決勝がありますね。組み合わせですが、準決勝で見事に七高の選手と当たります。幸い、最強の人は反対ブロックなので、ここはなんとかいけるでしょう。

 

 予選は楽勝でしたが、準決勝はそれなりに競ってくるので、競り合いの練習が重要です。だから、範蔵先輩と練習しておく必要があったんですね。

 

 

 

 では、準決勝をご覧ください。

 

 まずスタートは予選と同じく、周囲を気にせず自分のペースで好スタートを切りましょう。摩利パイセン譲りで最初から立っているので、姿勢制御も素早く移れるため、加速も段違いです。その矢先にS字ヘアピンカーブがあって、ここでもう大体の相手は振り切れるのですが……やっぱり、少し後ろまでちゃんとついてきていますね。

 

 そして直線の馬力も強いので、カーブなどがないと追いつかれてしまいます。クランクもヘアピンに比べたら楽なものなので、差を詰められてしまいました。

 

 こうなってくると重要なのが、滝の落下です。スタートとヘアピンでつけた差を利用して、多少体力を使いすぎてでも、ここまで前を走っておきましょう。

 

 では、お先に落下して――その落下で生じた後ろ方向への波を強化! 相手の着地地点で一番の高波になるようにします。

 

 これで相手はそれなりにバランスを崩しました。落水までは行きませんでしたが、大きく再加速をくじくことができましたね。

 

 これによって、登りからの下りループという中々調整が難しいコース後半を、悠々と一人で駆け抜けることができるようになりました。

 

 

 

 さて、後は先行有利なので余裕かと思いきや――出ました、七高特有の、ループでの超加速です。

 

 ここは水路を登った後、下りながらぐるりと円を描くというコースであり、水上下りしながら回るというとんでもない場所です。S字ヘアピンよりもバランスが難しいのですが、七高選手は全員ここが上手で、ブレーキをほとんどせず、高速で曲がり切って追いついてくるんですよねえ。

 

 そういうわけで結局さほど差が開かずに二周目に入りました。それどころか、追いつかれて横に並ばれてますね。

 

 さあ、参りましたね。中条家仲上々チャートの、そしていつき君の弱さが際立ちます。他チャートだったらここでもう勝ちルートなんですけどね……。

 

 ですが、そのための競り合いの練習。これも予定通りです。こちらが若干前、内側を走っているのを利用して、S字ヘアピンでインベタを走ると見せかけて、わざと膨らんで進路妨害しましょう。これで相手は急ブレーキをせざるを得ず、さらに回避のために大きく膨らみました。ヘアピン抜け際の直線でお先に加速し、さらに差をつけて、クランクと滝落下に備えましょう。

 

 

 当然二周目からは落下時の妨害の対策を取ってきます。ですが、そここそがねらい目。相手が対策のために多少なりともリソースを使って遅くなるのを見越して、こちらは妨害せず、落下の勢いや波を全て加速要素に変換して、一気に差をつけましょう。

 

 さて、これで二周目もループの前に大きく差をつけることができました。今度は先ほどよりも差があって余裕があるので――相手の得意分野であるここに、トラップを仕掛けましょう。

 

 と言っても大げさなものではありません、コースの内側四分の一に、外側へと膨らむ波を少し立てておく程度です。これで外側に膨らみやすくなり、速度も出にくくなりますね。

 

 

 こうなってしまえば、相手は差を詰める隙が無くなりました。これで無事――それなりに差をつけてゴールです。

 

 

 この競技は一度差がつくと逆転が難しいんですよね。安定して勝ちを目指すなら、序盤にスタミナを多く消費してでも先行を目指し、最低でも競り合いでくらいつくことが必要です。皆様も、ぜひRTAを走りましょう。体感時間10年弱もかかりますが、現実では一時間前後ですからね? 俺もやったんだからさ(同調圧力)

 

 

 さて、試合も終わったので、勝者インタビューもそこそこに、さっさと部屋に帰って寝ましょう。爆音アラームをセットして寝坊しないようにして……っと。

 

 あ、そうだ(唐突)

 

 すっっっっごい今更ですが、このゲームは、ゲーム内で自発的に寝た場合は、プレイヤーの意識も寝た扱いになります。しっかり眠気も感じますし、寝なかったらガチでどんどん体調も悪くなっていきます。現実の身体にはあまり影響ないですが、精神的・感覚的な部分でのギャップが激しくなるので、ゲーム内時間1日以上の連続プレイは控えるように注意書きがされています。

 

 このRTA、RTAとは銘打っていても、何度も説明しますが、ゲーム内の日時でタイムを計るんですよ。つまり、何回休憩してもOKなんですね。走者の大半は、ゲーム内時間一年ごとぐらい休憩をはさんで走っています。リング筋トレゲームの休憩ありルールをイメージしてください。

 

 ただ、私は少数派の、一気に走り切る派ですね。というのも、あらゆるチャートを次々と開拓し、あらゆるルールでワールドレコードを持っている世界一位姉貴が、一気に走り切る派だからです。なんでそんなことできるのか分かりませんが、あやかっている形ですね。

 

 

 そんなわけでキャラクターが寝てたら、走者もおねんねしてると思ってください。この睡眠時間を削ってステータス上げをしたいところなんですが、睡眠不足を継続すればするほどクソザコになる仕様なので、しっかり眠る健康優良児が最強です。

 

 

 さて、それでは決勝戦ですね。やっていきましょう。

 

 ちなみに女子の方は、エレメンツ特有の「想う力」とかなんとかで、強敵・沓子ちゃんにほのかちゃんが無事辛勝しました。確か『優等生』では激戦とはいえ最終的にそれなりに差をつけて勝っていたので、やはり沓子ちゃんが強化されてるんですね。

 

 いや、しかしそれにしても……『優等生』を見ると決勝戦は激戦でしたが、原作では、策にまんまと相手がハマって圧勝した、みたいな感じでしたよね。そりゃまあ、『優等生』はかなり後から企画されたコミカライズなので、仕方ないと言えば仕方ないんですけども……。

 

 まあツッコミはほどほどにして。

 

 決勝戦の相手ですが、以前ご紹介した、スピード・シューティングのジョージィ並の、クソ強モブ君です。順当にいけばここで優勝し、二年目のロアー・アンド・ガンナーでも優勝する実力者です。水上競技版の深雪ちゃんですね。

 

 普段のプレイでは気にも留めませんが、RTA走者は彼に何度も煮え湯を飲まされています。そういうわけで、モブのくせに、私たちもすっかり名前を憶えてしまいました。

 

 お名前は黒井君。一見普通の名前ですが、「黒」は陰陽五行思想で「水」を表わす色であり、エレメンツに近い性質を持つ一族です。「液体」に関するスペシャリストである一条将輝君と戦って、勝ち越すのこそ無理なもののいい勝負をできる逸材です。

 

 

 

 は? 強すぎない?

 

 と思ったそこのあなた。正解です。

 

 

 

 ただ、ゲームの都合上、原作ネームド以外は、モブの戦力は新人戦時点では控え目に設定されています。ネームドがなるべく原作通りの結果になるためですね。彼もそのご都合設定の被害に遭い、冬ぐらいに急成長した、という設定で二年目以降に将輝君と競る程度まで成長する、という感じです。現時点では、すでに完成に近い魔法師である将輝君にはかないません。

 

 そういうわけで、彼に勝つには、この一年目が最大にして最後のチャンスなんですよね。

 

 さあ――最終決戦に、いざ鎌倉。

 

 

 スタートダッシュは安定でいつも通り。ただなんと、あっちは座ってるというのに、普通にいつき君に追いついてきます。それどころかS字ヘアピンでは、無理やり内側からぶち抜いてきましたし、ついでに外側に流れる波と跳ねる水滴で妨害までしてきます。御覧の通りですね。

 

 え、知ってるならなんでまんまと引っかかったのかって?

 

 警戒して喰らわない展開に出来るなら苦労しねえよ!!!

 

 

 こんな流れになってしまい、やや後ろから追いかける形の立ち上がりになりました。いつき君も最初からフルスロットルなのですが、クランクや落下を越えても中々縮まりません。そうこうしているうちに、七高お得意の下りループまで来てしまい、さらに差を広げられて二周目を迎えてしまいました。

 

 

 でもこれも織り込み済みです。ここまで差を開けば、得意のS字ヘアピンで妨害されることもありません。また、先行有利とはいえ、後ろから相手が見えるので、妨害を仕掛けやすいのも特徴です。

 

 そういうわけで――くらえ、妨害の嵐!

 

 ほのかちゃん直伝・発光目くらまし! 範蔵先輩直伝・波の合成で大きな波を作る『神奈川沖浪裏』! 沓子ちゃん直伝(をかってにまねした)・渦潮! 逆に相手の妨害を押さえつける、水の呼吸・拾壱ノ型『凪』!

 

 

 そして――ループの対策はこっちも考えとるんじゃ!

 

 

 

 

 

 

 水の呼吸・拾ノ型『生々流転』!!!

 

 

 

 

 

 

 ループの下り形状が規則的なのを利用して、あらかじめ座標を定義しておいた魔法を発動! ループの内側だけ水が下る速さを速くします! これによって相手は散々練習を積んできた想定から大きく外されて得意から苦手へと叩き落とされ、こちらは事前にこの速度を知っているのでばっちり練習済みの急加速で一気に追いつきます!

 

 

 よおおおし、二周目ループを乗り越えても相手にあまり差をつけられませんでした!

 

 

 ほとんど差がつかないまま三周目に突入。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――いくぜ、超必殺技・『プールサイドリフト』!

 

 

 

 

 

 

 

 RTA定番技術を見よ!(二度目)

 

 ボートの先を持ち上げてヘアピンカーブの内側プールサイドに乗り上げ、外側へと膨らむ力を抑える摩擦力だけを強化! 圧倒的速度を維持したまま、理論上の最もインベタをドリフトします!

 

 っしゃあああああ!!! 相手の驚いた顔を横目に一気に抜き去り、二つ目のヘアピンも『プールサイドリフト』! あとはこの差をしっかり守り切って、妨害も全部『凪』で無理やり押さえつけます!

 

 これで無事、一位でゴール!!! 超、エキサイティン!!! バトルドーム(バトル・ボード)!!!

 

 

 ふはははは! 見たか! これが転生者パワーじゃ! 今まで何回人生走ってきたと思ったんだコラ! 大人を舐めるなよ!!!

 

 よし、ここが九校戦で一番不安だったのですが、なんとか優勝できました。経験値おいち^~。

 

 

 

 これで九校戦は気持ちよく終われますね。

 

 あとはもう適当に日程を消化するだけです。

 

 

 

 四日目。競技は何もないので、あとはゆっくり観戦モードです。

 

 

 おやおや、モノリス・コード新人戦で、とんでもない事故が起きましたねえ(ネットリ)

 

 大変だあ。まあ起こるのを知ってて必死で回避したんですけどね。

 

 あまりにも酷い事故なので、あずさお姉ちゃんがショックを受けますから、ケアをしてあげましょう。そうすると元気になるので、リーダー格の一人であるあずさお姉ちゃんが動揺してたらみんなも動揺するから、とかなんとかいって、気晴らしに競技見学に連れて行ってあげましょう。はい、ミラージ・バットですね。

 

 

 

 

 え? 達也兄チャマがトーラス・シルバーなんじゃないかって?

 

 うーん、多分そうなんじゃないですかね。だって(ここで歌詞は途切れている)(発想がちぐはぐなオクシモロン、イェイ)

 

 

 

 さて、そろそろ頃合いですかね。服部君と並んで次期会長候補として可愛がられているあずさお姉ちゃんを伴い、達也兄君さまが戻ってくる前に、真由美先輩の様子を見に行きます。おやおや、なんか深刻そうに話し合いをしてますねえ。

 

 あ、へー、なるほど。十文字先輩の説得で、多少無茶でも代理選手立てられることになったんだ。

 

 あー、じゃあさあ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そろそろ混ぜろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、男子実技一位筆記二位、競技二つ優勝、校内テロリスト殲滅に一番貢献、アジト突入に貢献。これだけの実績を引っ提げてきたのは、これが理由です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この圧倒的実績を盾にして――――第三の競技、モノリス・コードにエントリーじゃあ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはRTA男子チャート定番の技術、『九校戦おかわり』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。




ご感想、誤字報告など、お気軽にどうぞ


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7-1-A、2

おや、タイトルの様子が……?


 大乱闘に乱入するRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、

 

真由美「頼むから、思い出の中でじっとしててくれ」

 

いつき「思い出にはならんさ」

 

 となったところまででしたね(脚色)

 

 

 

 

 さて、では、前回名前だけ出した、『九校戦おかわり』について説明します。

 

 

 

 

 出場するだけでバカうま味経験値、結果が出せればさらに大量ブーストでクソうまテイスト経験値。

 

 九校戦は、参加しない理由がほぼ無い、最高のイベントです。

 

 しかしながら、一人につき二競技までしか掛け持ちできません。

 

 ですが、男子に限れば、このモノリス・コードの事故を知りながら見逃したうえで、数多くの実績を打ち立てておくことで――隠された三つ目の競技、モノリス・コードに代理として参戦できるのです!

 

 だから、出場競技はモノリス・コードを回避して、積極的に実績も立てておく必要があったんですね。

 

 

 ここのポイントですが、達也お兄様が来る前に先んじて交渉を済ませ、一番乗りになっておくことです。これで、達也兄やをどうしても参戦させたい克人・真由美先輩の意志をくじいて、代理選手の主導権を握りましょう。

 

 そして事情も知らず呼び出されていた達也おにいたまに事情を説明して――彼には、急遽専属エンジニア兼作戦スタッフになってもらいます。これで、彼を参加させたい先輩たちもとりあえず満足しました。

 

 さて、達也兄くんに作戦の全てをゆだねると約束しておきました。主導権を握られますが――問題ありません、彼が「エンジニア兼作戦スタッフ」になった時点で、全て計画通りです。

 

 

 さて、それでは、CAD職人一人(お兄様)に聞きました。

 

 急造で入れたい条件に最も近い二人のメンバーは誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選ばれたのは、幹比古君とレオ君でした。(例の和風BGM)

 

 

 

 

 

 

 

 はい、というわけで、この三人で、頑張っていきます。

 

 さて、ではなぜこうしたのか、説明いたしましょう。

 

 まず、幹比古君は今後ずっと主力です。ここは彼が殻を破る一番重要なポイントであり、またそれを抜きにしても、このうま味ポイントで経験値を稼がせてあげたいんですね。

 

 次にレオ君。彼は二次創作オリ主がこの代理モノリス・コードに参加する際はハブられがちですが、このゲームではそうはいきません。ここはレオ君にとっても重要な成長ポイントであり、ここから『薄羽蜻蛉』習得までは一つの流れです。これが無ければ、悪くて呂剛虎が止められずレオ君とエリカちゃんと摩利先輩と真由美先輩が死亡、普通でレオ君が呂との戦いで死亡、良くても吸血鬼との戦いで死亡、という形になります。

 

 一方達也あにぃは、この競技において一番の戦力ですが、すでに経験値がカンストしているので、成長させる必要はありません。最強エンジニア兼最強作戦スタッフに彼を抜擢することで、二科生である幹比古君とレオ君を参加させる方向にも持っていってくれます。

 

 これ理不尽な話なんですけど、どんだけプレイヤーキャラが実績積み重ねて先輩方の評価を高くしても、幹比古君とレオ君の参加を全然認めてくれないんですよ。達也お兄ちゃまが言うとすんなり許してくれるのに……。やっぱ原作主人公様なんやなって。

 

 

 そういうわけで、このようにすれば、幹比古君とレオ君の経験値を原作通り稼ぎつつ「戦友」として好感度アップ、さらに自分も九校戦のうまうま経験値を、ルールの壁を乗り越えておかわりできます。

 

 

 

 

 

 

 だから、達也にいさまに先んじて交渉して代理入りし、彼をエンジニア兼作戦スタッフにする必要があったんですね。

 

 

 

 

 

 

 え? あとは日程消化だけだって前回言ってただろ、って?

 

 える、しっているか。 ほもは うそつき

 

 

 

 

 では作戦会議の様子をいつもよりゆっくり早送り(矛盾)しながら、この後について説明しましょうかね。

 

 モノリス・コードの予選は、まず九校全員が同じリーグになりますが、五校としか戦わない変則リーグ制となっています。この上位三校が、決勝リーグで優勝を争うわけですね。

 

 対戦の組み合わせは事前に確認済み。予選で強敵・三高と当たることはありません。プレイヤーキャラがエントリーしなかったこともあって、原作通りですね。

 

 原作の流れをご存知の方は察しているかと思いますが、これで予選抜け、つまりある程度の結果を出すことはほぼ確定です。主力の達也兄君さまの代わりにいつき君になっているのが不安ですが、いつき君も強いので(自慢)。そういうわけで、掟破りの三競技目だというのに、結果ボーナスのバカうま経験値が保証されているんですね。

 

 あとは、強敵・三高との戦いで勝って優勝するか、負けて準優勝になるか、ですが……それではここで、前々回に発表しなかった、モノリス・コードの難度を見てみましょう。

 

 

 

 

 

 

ほぼ勝てない

三高

 

結構強い

八高(森林限定)

 

 

 

 

 

 これだけです。三高にはチートキャラである将輝君と、雫ちゃん・ほのかちゃんクラスの実力者であるジョージィがいますが、モブ君が少し足を引っ張るのと、原作で負けた分チームにマイナス補正がかかっているのとで、「絶対勝てない」とまではいきません。とはいえ、達也兄君さま参戦ボーナスが無い分こちらも弱体化しているため、「ほぼ勝てない」ですけどね。

 

 一応優勝は目指しますが、三競技目にエントリーして準優勝ボーナスをもらえるだけでも美味すぎてうまぴょい伝説なので、これで問題ありません。そもそもここで勝ったこと、私は一度もありませんし、過去の走者でも、勝ったのは世界一位姉貴ただ一人です。いや、この人何者なんでしょうね。リアル司波達也ですよ。

 

 それ以外との戦いは、主に幹比古君が強すぎるので、ほぼ問題ありません。八高が少し難しいですが、いつき君はクソザコ運動神経とはいえ、二競技優勝でとんでもない魔法力になっていますので、まあ大丈夫でしょう。

 

 

 では、九校戦八日目、新人戦最終日、やっていきましょう。

 

 といっても、原作で達也おにいたまがやっていたことをいつき君がやるだけなので、本当、先ほど言った通り楽勝です。ホモは嘘つかない(手のひらドリル)

 

 適当に幹比古君の援護を受けながらいつき君が森林高速機動で大暴れして、相手を攪乱したところでノックダウン。あとはいつき君は念のためダッシュで一人粘っているレオ君の援護に行っている間に、幹比古君にゆったりコード入力してもらって、尾張、平定!(信長)

 

 あ、今のが八高です。達也お兄ちゃんによって感覚のずれが治りスランプから脱した幹比古君が強すぎて、強敵のはずなのに全然手応えありませんでしたね。いやまあ、RTA走者は幾度の人生(RTA)で山林の中を高速で駆けまわる訓練をしてきているので、ここが大得意ステージと言うのもありますが。

 

 

 

 あー、乱数ブレて、原作と違うステージにならないかなー。具体的には三高戦で森林ステージにならないかなー。

 

 とか言ってたら最悪の渓谷・市街地を引きかねないのでやめましょう。渓谷ステージは幹比古君も最強ですが、さすがに将輝君の得意フィールドはキツすぎるッピ!

 

 

 

 さーて次は、これも原作と同じ、二高との市街地フィールドでの戦いですね。

 

 原作では達也兄やが、魔法を使わず身体能力だけで飛び移って接近し天井を這いまわるなんてことやってましたが、そんなこと、クソザコいつき君がやったら落下するだけなので、違う作戦を取る必要があります。

 

 まずはレオ君に陣地を任せて、いつき君と幹比古君で周囲を警戒しながら相手を探知、モノリスの場所を割り出しましょう。

 

 そうしたら、幹比古君を本陣周辺に置いて守備寄りの遊撃をしてもらいながら、いつき君単身で突撃します。

 

 突入方法は――モノリスがある階の別の部屋に、バレるのを覚悟で窓から魔法で飛び込みましょう!

 

 そこから、探知魔法で壁の近くに相手選手がいないことを確認してから、壁をぶち破って突入! 交渉は決裂した!

 

 ぶち破った壁の破片をぶつけて相手ディフェンスを撃破! 『鍵』を打ち込んでモノリスを開けて、『視覚同調』用の精霊を喚起して置いておいて、相手遊撃に気を付けながら、隙を見てディフェンスに加勢します。

 

 

 そして幹比古君は、計画通り主戦場である一高本陣からさりげなく離れながら、リモートワークでコードを入力! ゆっくり焦らずでええんやで。こっちも二人がかりで守れるから。

 

 あ、はい、勝ちました。

 

 

 

 原作よりも危なげない勝ちでしたね。やはり移動・加速系魔法は大正義です。

 

 

 さて次は渓谷ステージですが……幹比古君が最強すぎて何もすることがありません。レオ君と一緒に雑談でもしながらぶらぶら霧の中でお散歩でもしてましょう。そうすれば全部幹比古君がなんとかしてくれます。当然見所がないので早送り。ははは楽勝だぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ!?』

 

「ええ、いっくんが!?」

 

 いつきが、予想外のことを言いだした。すでに結論が共有されていた幹部たちと、あずさが、それぞれ違う反応で驚きを示す。

 

「多分、女の子や先輩はダメなんですよね? この会場に来ていて、一年生の男子で、急にモノリス・コードで戦える。ここで代理できるのは、ボクしかいませんよ」

 

 いつきの言うことは理路整然としている。

 

 そう、何も間違っていないどころか、すべて正しい。

 

 実技学年二位で男子一位。身体能力に不安はあるが、戦闘能力はピカイチ。テロリストに突っ込み、ここでも堂々と立候補する度胸もある。実績も、昨日までの二競技で十分。

 

 一番のエースを三競技に出す、という点では比喩表現でなく反則そのものだが、このトラブルでは仕方ないと許されるだろう。一競技しかエントリーしていない一年男子もいるが、モノリス・コードに出すにはあまりにも実力に不安がありすぎる。

 

 いつき以上の適任は、ここに存在しない。

 

「「お疲れ様です」」

 

 そしてこんなタイミングで、司波兄妹が、声を揃えて礼儀正しく入ってきた。そして二人そろって、異様なメンバーに眉を顰める。

 

「あ、司波君こんばんは。ミラージ・バットすごかったね」

 

「二人が頑張ってくれたおかげだ。それで、この状況は?」

 

 達也と深雪からすれば、この状況は異常だ。幹部クラスが勢ぞろいしていて、それと桐原、五十里、花音、いつきもいる。そして一番浮いているいつきに、全員が驚いて注目していた。

 

 達也の返事はいつきに向けたものだが、質問はこの場にいる全員に向けたものだ。だが、誰も即答はしない。

 

「今モノリス・コードの代理誰にしようって話しててさ、ボクが立候補したんだ」

 

「ほう、あれだけ嫌がっていたのにか?」

 

 事前に達也で既定路線だったなんて知らない当人は、いつきが候補として出ることに微塵も疑問は抱かなかったが、立候補には疑問を抱いた。何せ、自分があれだけしつこく競技変更をお願いしても、頑として首を縦に振らなかったからだ。

 

「そりゃまあ、バトル・ボードとクラウド・ボールが好きだから二つにこだわったわけで、モノリスが嫌いってわけじゃないし。こんな状況なら、ボクが出るしかないでしょ?」

 

「確かにそうだな」

 

 達也の断言により、当人が知らないうちにかけられていた梯子を外してしまった形になった。

 

 達也に絶大な信頼を置く真由美、ここで彼の人となりを見極めたい克人、コイツが出たら面白いだろうと思っていた摩利。三人の思惑が、何も知らない達也当人の言葉で、すっかり言い出せなくなってしまった。

 

(どうすんのよこの流れ!?)

 

(知るか! お前に任せる! がんばれ会長!)

 

(十文字く~ん! 助けてえ~!)

 

「…………?」

 

(ダメだ、十文字君がこんな器用なことできるわけなかった!)

 

 真由美と摩利のアイコンタクトで敗北した真由美は克人を頼るが、彼は向けられた視線の意味が分からず、わずかに首を傾げた。無駄に可愛らしい仕草である。彼はこの場で急に細かなアイコンタクトを取れるような人間ではなかった。

 

「それで、他の二人はどうするんですか?」

 

 だが、当の達也から、また本人の知らぬ間に、助け舟が出される。そうだ、枠は三人。学年男子一位のいつきが最初に参加決定の流れになったことで達也をリーダーとするチームにはならなさそうだが、彼を参加させることはできる。この緊急場面で頼れる一年生男子は、達也以外あり得ない。

 

「それはね、実は――」

 

「それは司波君に決めてもらおうと思ってさ」

 

 真由美はウキウキしながら口を開くが、いつきが遮るように一気に言い切った。しかも、また訳の分からないことを。

 

「……どういうことだ?」

 

「ていうのもね――代理選手として、ボクは、司波君に、代理エンジニア兼参謀をやってもらいたいんだ」

 

『っ!?』

 

 本日二度目の首脳陣の反応。深雪とあずさはすっかり蚊帳の外である。

 

「…………俺には荷が重いな」

 

「それ、本気で言ってる? あずさお姉ちゃんを越える技術と作戦能力持ってるんだから、謙遜されると困っちゃうな」

 

 達也の言葉は本気だった。二科生で一年生の自分には荷が重い。

 

 だが、いつきはそれを真正面から叩き斬る。

 

 達也の目から見ても、あずさの作戦を立てる力は優れているし、エンジニアとしての腕は高校生離れしている。

 

 そんな、いつきの中で最高であったはずの大好きな姉・あずさを、「達也は越えている」と断言して見せた。

 

 シスコンの彼が、ここまで言っている。そして客観的に見直してみると、自分はあずさの上に、実際いるのだろう。

 

「ここの急場で参謀を任せられるのは、ボクの知る限りだと、司波君しかいないんだ。だから、エンジニアになってほしい。司波君の決めたことに、ボクは全部従うよ。残り二人も司波君が決めてもいいし、なんならボクを外して三人選んでもいいから」

 

「そうか……」

 

 こうまで言われてしまっては、もはや「面倒くさい」以外の理由はない。

 

「自分で構いませんか?」

 

「え、ああ、うん……」

 

 ついにはあずさと深雪以外も蚊帳の外になっていたせいで、いきなり最終決定者として話を向けられた真由美は、ぼーっとしていたために、適当に頷いてしまった。

 

 当然、直後に慌てて「やっぱり待って」と言おうとするが、そこで立ち止まる。

 

 達也がエンジニアで、全てを決める作戦参謀。もしかしなくてもこれは――ベストな形なのではないだろうか。

 

 しかも、選手としていつきが参加する。願ってもいない状況だ。学年次席で男子一位、戦闘経験もありその能力は実証済み、競技能力もこの九校戦で散々見せつけられた。

 

 そう、これほどベストなことはあるまい。いつきも、何がきっかけかは定かではないが、一科二科の枠を超えて、達也を信頼して、エンジニアと作戦の全てを任せようとしている。

 

(やったわ、なんか知らないけどいい感じになったわよ!)

 

(司波が戦わないのは残念だが、仕方あるまい!)

 

(やったわね十文字君!)

 

「……?」

 

 やっぱりアイコンタクトは通じなかったが、真由美は今度こそウキウキとした気分で、達也にこの後のことを尋ねた。

 

「それで、達也君。他の二人はどうするの?」

 

「そうですね……」

 

 すでに状況を受け入れた達也は、しばし口元に手を当てて考え込み――十数秒かけて、結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

「一年E組の吉田幹比古、西城レオンハルトでお願いします」

 

 

 

 

 

 その結論に周囲が驚く中、いつきが嬉しそうに笑っていたのを、あずさだけが見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、マジっすか?」

 

「十文字先輩、冗談言うタイプだったんですね」

 

 克人直々の呼び出しに対して、全く信じなかった二人の反応はこんな感じだった。直後にこれが冗談ではないと分かり、「あの克人」に無礼を働いてしまったと、まさしく「冗談ではない」気持ちになったのは余談である。

 

 そういうわけで二人は正式に打診され、訳が分からないまま承諾させられ、今は達也の部屋に集まっている。

 

 作戦参謀兼エンジニアの達也、代理選手に選ばれたいつきと幹比古とレオ、お手伝いのあずさ、モノリス・コードのファンゆえに参考人として呼ばれた雫、それに賑やかしのお友達集団であるエリカと美月とほのか。これだけのメンバーが集まると、機材用の広い部屋とはいえ、さすがに手狭に感じる。

 

 レオの悩みは単純。自分は殴る蹴るしかできないから、ルールに従えないこと。それは達也がたまたま用意していたおもちゃがそのまま転用できるということで、問題はあまりないことになった。この後は練習場にて、エリカといつき相手に模擬戦形式の練習をすることになろう。

 

 そして幹比古は、逆に根深かった。なにせ、抜け出せる気配があまりないスランプで、すっかり自信を喪失しているからだ。

 

「お前のスランプの原因は、お前自身にはない。起動式が原因だ」

 

 達也のこの断言は、幹比古だけでなく、他のメンバーにとっても衝撃だった。

 

 曰く、龍神を降ろした時の干渉により、幹比古の魔法的感覚は大幅に加速した。だが古式魔法をそのままCADに入れるなんてことをしたせいで、古式魔法の遅さを残した状態で現代魔法の速度を出すための道具を使うことになっている。それが感覚のずれの原因だというのだ。

 

「古式魔法は、まだ魔法が洗練されていなくて速度が出せなかった時代の名残を今も受け継いでいる。例えば、改変内容や式が相手に悟られないように、いくつものダミーを手順として仕込んでいたりな。だが現代の魔法技術は、速度が進化して、もはやそのダミーは全く必要ないんだ」

 

 つまり、起動式に含まれる不要なダミーのせいで魔法そのものが無駄に遅れ、その感覚のずれのせいで、ずっとスランプだったということなのだ。

 

「…………なんだか、馬鹿みたいだな」

 

 幹比古は自嘲する。

 

 あれだけ悩んで、あれだけ荒れて、こんなに続いたスランプは、こんなことが原因だったのだ。

 

 達也の話は、古式魔法について勉強中のエンジニア・あずさにとっても目からうろこだった。心の中で、ますますトーラス・シルバーの確信を深めていく。

 

 そういうわけで、各々の心配事は、モノリス・コードという競技への経験値の低さと、ぶっつけ本番で連携らしい連携が取れない、という、個人の元々の能力とは関係ない、代理の誰しもが背負うハンデと同じものとなった。

 

 つまり、実力的には、さほど心配はない。

 

 実際そうとも言い切れないのだが、この事実は、二人を安心させるのに事足りた。

 

「さて、じゃあ話も決まったところで、CADを調整しましょう。中条先輩」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 自分の出る幕がなさそうだと、いつきにくっついてぼんやりしていたあずさは、いきなり声をかけられ、驚いて裏返った声で返事をする。

 

「自分は幹比古とレオのCADを調整しますので、中条先輩は、弟の調整をしてください」

 

「は、はい、わかりました!」

 

 これではどちらが先輩かいよいよ分からない。達也の先輩を敬っていながらも堂々とした態度と、あずさのおどおどした態度。見た目だけでなく、その様子すら、どちらが年上なのか分からなくしていた。

 

「ん? 司波君はボクのも弄らなくていいの?」

 

「いつも中条先輩にやってもらっているんだろ? 中条先輩の腕は確かだし、それなら慣れている人がやった方がいい。あと、俺はレオと幹比古ので時間的に手いっぱいだ。やるとしても、直前の最終チェックぐらいだな」

 

「ん、おっけー。それのほうがボクも助かるよ。いつも使ってるのそのまま持ってきちゃってるからね」

 

 何気ないいつきの言葉に、一瞬だけ室内の空気が張り詰める。

 

 そう、誰しもが、自分の魔法を隠したがる。特に、自分だけのアドバンテージになるような魔法は。いつきの言葉は、自分にもそれがある、と自ら告白してるようなものだった。

 

「……いっくん、そういうのは、あまりみんなの前で言っちゃだめだよ?」

 

「あ、そっか、忘れてた」

 

 あずさが、幼い子供を諭すようなトーンで、いつきを諫める。いつきの反応もまた、小さな子供のようだ。

 

(いったい何を見せられてるのでしょうか……)

 

 兄が活躍するので大喜びする一方で、とんでもないシスコン・ブラコンを見せつけられた。

 

 自分がどう思われているかの自覚は一切なく、深雪はこっそりとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦立案は、達也を中心として、モノリス・コードの練習を手伝っていたいつき、この競技のファンで毎年追っかけているがゆえに未経験ながら詳しい雫、この三人で行われた。とはいえ、二人は少しだけ口を出したに過ぎない。それほどに、達也の作戦は、現状のベストを尽くしていた。

 

 そして迎えた初戦。

 

 一般の観客は、あの大アクシデントにもめげずに立ち上がった一高の三人を、判官贔屓めいた気持ちで応援している。

 

 一方で一高陣営からの声援は、色々な思惑が入り混じっていた。

 

「さあ、三人ともがんばってー!」

 

「司波君の調整に報いるのよー!」

 

 例えば、このような、一年生一科生女子の応援。この九校戦の間にすっかり達也信者と化しており、三人を媒介として達也を応援するようなありさまだ。

 

「頑張れ中条ー!」

 

「お前は俺たちの希望だー!」

 

 そしてこれは一年生一科生男子。

 

 いつき以外の結果は散々で、かろうじて、いつきがさほど積極的に関わろうとしないため一科生男子の中心的存在となった駿がスピード・シューティングで準優勝した程度だ。その駿と、校内屈指の実力者である五十嵐と清田が、大アクシデントで潰されてしまったのだ。

 

 ゆえに、代理として出場する、実力的なトップに君臨するいつきは、一年生一科生男子の、最後の希望だった。達也ばかりが注目され、他二人の代理も二科生。ここでいつきが活躍しなければ、彼らの立場はズタボロなのである。

 

「きゃー、いつき君かっこいいー!」

 

「ちょっと待って、あのハーフ風の人も素敵よ!」

 

「あの細身の子もすごいしなやかね!」

 

 そしてこちらは、よこしまな、色んな陣営の女子・女性たち。圧倒的ハンサムな将輝目当てだったが、ここに来て「デビリック・エンジェル」「コートと水上の天使」「トウキョウテイオー」などのあだ名がついた人気者・いつきが再び姿を現した。そしてその他二人であるはずのレオと幹比古もそれぞれ優秀な魔法師らしく容姿が優れている。思わぬ収穫、というやつであろう。

 

「おい、普通の応援はないのか?」

 

「こんなことってある?」

 

 そんな地獄みたいな声援に囲まれているため、競技開始前からすでに二人はげんなりとしている。

 

「まあ目立つもんは仕方ないよ」

 

「君は慣れてるからいいよねえ」

 

 適当に励ましてくるいつきに、幹比古は死んだ魚のような眼を向ける。いつきは堂々と観客に手を振ってファンサービスをして、さらに声援を呼び込んでいる。縮こまっている幹比古とレオには、理解できないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははは、こんなことってあるかい! つくづく面白い奴じゃ!」

 

 時を同じくして第三高校陣営。

 

 あの司波達也が緊急でエンジニアを務め、いつきが代理として出場し、他二人はもともと登録されていなかったうえに二科生。とんでもない情報のそろい踏みで混乱している中、難しい思考とは無縁の沓子は、単純に、楽しんで笑っていた。

 

「まさか、モノリス・コードでもいつきを見られるなんてな!」

 

 沓子の声には、単純な喜びだけではなく、本人が気づかない熱がこもっている。それに気づいている愛梨は、ため息をつきながら、

 

「沓子、喜ぶものではありませんわ。訳の分からない脅威が突然現れた上に、そもそも、あの大事故が元々の原因。不謹慎よ」

 

 と諫めるのが精いっぱいだ。愛梨とて年頃の女の子、突っ込んだ話はしたいが、この子供っぽいように見えて大人びた達観した面も持っていて、それでもやっぱり子供っぽい親友に、「それ」に気づかせて良いものかを悩んでしまっていた。ちなみに栞も同じである。

 

「それに、見ろ! あれは吉田家の神童じゃ! 何やら魔法事故で不振になったと聞き及んでおったが、ここに出るということは、まさか抜け出せたのか?」

 

 そしてそんな沓子の何気ない言葉が、三高陣営にさらなる衝撃をもたらす。

 

「ちょっと四十九院さん、吉田選手のこと知ってるの!?」

 

 将輝と額を突き合わせて色々と情報を精査し合っていた真紅郎が突然立ち上がり、沓子に詰め寄る。いつきはともかく、他二人はノーデータ。あの達也がエンジニア、つまり参謀をしているということはただものではないことは確かだが、それ以外の話がてんで入ってこなかった。

 

「おー、古式魔法のわしらの年代では有名人じゃぞ。精霊魔法の名門・吉田家の次男坊で、『神童』と呼ばれてもてはやされておったのじゃ」

 

「どんな人なのかは知ってる!?」

 

「いーや。わしは話したことも会ったこともないぞ。ただ、去年の今頃に家の儀式で事故を起こして、それ以来すらんぷになってしまったそうじゃな」

 

 スランプの発音に若干の違和感を覚えながら、真紅郎は言われたことを全部メモする。

 

「じゃあ、吉田選手は古式魔法師なんだね。それも神童なんて呼ばれるぐらいの」

 

「じゃろうなあ。雨ごいをしている拝み屋の一族で、水に関して詳しいから、わしらんところとも昔は多少交流もあったとかなんとか。詳しくは知らんがな」

 

「そういうことは早く言いなさい!」

 

「むにににににに!!!」

 

 知ってて何も言わなかった沓子を、愛梨はその柔らかいほっぺたを引っ張って説教をする。たった一人のせいで、すっかり張り詰めた雰囲気が霧散してしまった。

 

「敵としては、スランプのままの方がありがたいんだが、果たしてどうだろうな」

 

「もう一人の西城選手も気になるね。中条選手と神童と並んで出てきたということは、やっぱり、ただものじゃなさそうだけど……」

 

 将輝と真紅郎は、射貫くようにモニターを見つめる。

 

 そんな話をしているうちに――代理選手三人の初陣が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八高のディフェンス担当・松井は、未だに困惑していた。

 

 優勝候補の一高はあの大事件により棄権するはずだった。九校戦規約でもそうなっている。

 

 だが、特例が認められて、代理選手を立ててきた。しかもそれが、この九校戦を沸かせている掟破りの三競技目のいつきと、逆に全く登録されてない二科生二人。

 

(まあいい、代理と言うことはもとの三人より弱いし、それにここは森だ)

 

 第八高校は、第七高校とは対照的に、森林・山林での活動を得意とする。「森の八高」と呼ばれるゆえんだ。本来不戦勝だったとはいえ、この戦いは、代理相手に有利なフィールドである。状況は奇妙だが、勝てるのには変わりないだろう。

 

『こちら有吉、今のところ異常なし』

 

「こちら松井、了解」

 

 軍用ヘルメットにつけられたインカムで守備寄り遊撃の有吉と連絡を取り合う。森に慣れているだけあって、こんな中でも周囲の警戒はできている。

 

「落ち着いて行けよ。相手は何してくるか分からないからな」

 

『ああ。まあ、開始数分で接敵はしないだろうけど――うわっ!』

 

「おいどうした!?」

 

 落ち着いた会話が一転、不穏な雰囲気が漂う。

 

『くそっ、なんだ一体――うわあああああ!!!』

 

「何があったんだ、おい!?」

 

 松井は必死で呼びかけるが、向こうから聞こえてくるのは、まだここからさほど離れていない地点にいるはずの有吉の必死な息遣いのみ。

 

 自分の声が聞こえてないはずがない。返事する余裕がないほどに、危ない状況と言うわけだ。

 

「有吉が変だ、浅田、援護に!」

 

『了解!』

 

 オフェンスを援護に向かわせる。幸い、試合開始直後だからそう離れてはいない。何が起きたかは分からないが、良くないことが起きているのは確かだ。

 

 松井自身も、二人が去っていった方向を睨みながら身構える。だが彼の周りでは何も起こらず、ただ耳に入ってくる情報が、不安をあおるだけだ。

 

『なんで、なんでここに!?』

 

『ああくそ、うざったい!』

 

 必死に戦闘している様子の有吉、何やら妨害を受けている様子の浅田。状況が分からず、悲鳴のような叫び声と、苛立った声が流れてくるのみだった。

 

『うわあああああ!』

 

『「有吉!?」』

 

 ブツッ!

 

 不吉な音とともに、悲鳴だけ残して、有吉との通信が途絶される。

 

 いったい何が。

 

 余りの出来事に混乱して立ち尽くすと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突然木々の影から、高速で木の枝が飛来してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 とっさに『減速領域』を展開する。対物障壁に比べて即効性は低いが、防御に干渉力がさほど必要ない点で優れている魔法だ。その判断は正解と言えよう。なにせ、その木の枝は枯れていて脆いが、この速度で当たれば、怪我は免れない。

 

 さらなる混乱に襲われた。だが、状況は考える猶予を与えてくれない。

 

「なんなんだ一体!?」

 

 次から次へと、四方八方の木々の奥から、木の枝や石ころが高速で飛来してくる。当然その全ては、松井に向けられている。それも頭だけではなく、全身の急所を余すところなく狙って。

 

 何が起きているのか、訳が分からない。

 

 だがとにかく、信じられないが、確かなことは一つ。

 

「こちら松井、敵襲を受けた!」

 

『なんだって!?』

 

 森林に慣れている彼らですら想像もできない速度で、一高選手が、この森を駆け抜けてきたということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつきは流石だな」

 

 腕を組んでモニターを眺めながら、範蔵は思ったことをそのまま口にする。

 

「山林の中は、いっくんの家みたいなものだもんね」

 

 一応サブエンジニアだが、達也にほぼ全ての仕事を取られて暇をしているあずさも、この一高天幕で観戦している。

 

 いつきは幼いころから、木々の生える山林で自己加速魔法をひたすら練習し続けていた。つまりこんな悪条件には慣れているということである。

 

 その腕が見込まれて、練習場の都合でオフの日は、森林ステージを想定したモノリス・コードの練習相手までしていたのだ。

 

 あずさといつきが与えた情報を元に達也が立てた作戦はシンプル。

 

 まずいつきがその圧倒的アドバンテージを活かして、超高速で相手陣地に接近。相手方はこんな速度を出せるわけがないと思うに違いないので、混乱させた状態で戦いに持ち込める。こうなれば、一対一でいつきが負けることは絶対にない。

 

 そうして森の中で一人仕留めたら、そのまま間髪入れずにモノリスへ攻め込む。

 

 こうして混乱しているうちに、電撃戦に持ち込むという寸法だ。

 

「相手のディフェンスも中々粘るわね」

 

「清田よりも上だな」

 

 姿を見せず、木々の影を駆けまわって四方八方から雨霰のように遠距離攻撃を仕掛けるいつきに対し、松井はなんとか食らいつけていた。魔法の腕は清田が上だが、なんとか反応出来ている時点で、松井の方が上だろう。何せ清田は、駿が仲間にいたにもかかわらず、練習では全く歯が立たなかったのだから。

 

 だが、その攻防も長く続かない。

 

 突然、松井の背後にサイオンの輝きが閃き、爆音が迸る。

 

 いきなりの衝撃に集中力を奪われた松井は、そのままギアを上げたいつきの攻撃に対処できず、倒されてしまった。

 

『じゃあ幹比古君、ボクは一応レオ君の援護に行ってくるね』

 

『ん、任せて』

 

 松井が起き上がらないのをしばらく待って確認してから、いつきと幹比古が、陰からのんびり歩いて、開けたモノリスの周りへ姿を現す。松井のヘルメットを脱がして完全に失格にすると、『鍵』を打ち込んでモノリスを開き、幹比古はそこに留まってのんびりとコード入力をはじめ、いつきはまた木々の中へと戻る。

 

 一人残された相手オフェンスの浅田は、もう破れかぶれになって、まっすぐ一高陣地へと向かっている。先ほどまで掛けられていた幹比古の『木霊迷路』さえなければ、探知も素早いし、悪条件である森を駆け抜ける速さも中々で、優秀な選手だ。

 

 だが、彼が一高のモノリスを目にする前に、コードの入力が終わる。

 

 

 

 

 

 こうして初陣は、第一高校代理チームの圧勝に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは、まるで天狗じゃな!」

 

 試合を見た沓子は、愉快痛快とばかりに大笑いする。

 

 地上だけでなく、木々の上も駆使した、立体的な超高速移動。いつきのそれは、カメラですら追いかけることができない。これでは、どちらが「森」を得意とする高校なのか分からないほどだ。

 

 まさか、水上だけでなく、森林の中も得意だなんて。

 

 いつきの新たな実力を目の前にして、沓子は大喜びし、それ以外の三高生徒は戦慄する。

 

「なんなんだ、あの高速移動は」

 

「あり得ねえ、親父でもできるかどうか怪しいぞ」

 

 真紅郎は頭を抱え、将輝も口の端をゆがめる。

 

 一条家は特に軍事的要素の強い十師族だ。その性質上、海上防衛が主な任務だが、地上戦も、もちろんその中の山岳戦も、当然のようにハイレベルにこなす。

 

 将輝の言う「親父」とは、その一条家当主その人だ。圧倒的な実力者の一人であり、国防軍や政府からの信頼も厚い。その長男が、ここまで言うほど。いつきの森林移動は、それほどのレベルだった。

 

「吉田選手もかなりの仕事だったわね」

 

「ええ、地味な仕事だけど、あれはすごい」

 

 愛梨と栞は、いつきだけでなく、幹比古にも着目した。

 

 いつきにはついていけてなかったが、作戦のタイミングに遅れるほど致命的ではなかった。彼もまた、山林に慣れているのだろう。

 

 また障害物と影が多い悪条件。姿をしのばせることができるここにおいて、幹比古は古式魔法の強みを徹底的に活かしていた。

 

 栞の言う通り、道に迷わせるのと、不意打ちの陽動といった、地味な仕事しかしていない。だが、その魔法は最低限の手間で最大限の効果を発揮した。彼がスランプだなんて、そんな希望的観測は持てない。

 

「古式魔法は、速さは現代魔法に及ばぬが、効果の強さと隠密性は大体勝っておるからの。あの状況なら、一条でも難しいのではないか?」

 

 あり得ない速度でいきなり接敵してきて、それでいて姿を現さず、木々の中を高速で駆けまわりながら四方八方から高速攻撃を加えるいつき。それと戦いながら、視界の悪い山林で、古式魔法師が隠れながら援護射撃してくる。

 

 そんなことをされて、果たして自分は、戦えるだろうか。

 

 水を向けられた将輝は、じっくり考え、結論を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………四十九院、大吉出るまでおみくじ引かせてくれないか?」

 

「将輝、弱気になっちゃダメ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦うことになったら、森林ステージだけは引きませんように。




幹比古君とレオ君を綾鷹扱いするな

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7-3

 続いて、第二高校との市街地フィールドでの戦いとなる。

 

「スタート地点は相変わらずビル内部かー」

 

「なんとしても過失は認めない構えだな」

 

 試合開始直前の会議で、いつきの言葉に、達也が呆れながら言葉を漏らす。

 

「まあ、運営側も仕方ないんじゃない? 一高を妨害しようって勢力が内部にいるなんて思わないでしょ」

 

「たかが学生のお楽しみ会なんだけどね」

 

 いつきと幹比古もあきれ顔だ。一体、どんな事情で、一高を負けさせようというのか。

 

「お、おい、一体何の話をしてるんだ?」

 

 そんな会話についていけなかったレオは、語調を強めて問いかける。「妨害」という不穏なワードが、なぜここで出てくるのか。

 

「ああ、そういえばレオは知らないんだったな」

 

 そして達也が説明したのが、この九校戦で起きた数々のきな臭い出来事だ。

 

 一高選手団バスに車が炎上しながら突っ込んだ事件に始まり、開会式の夜に銃と爆弾を持った不審者が現れそれを幹比古といつきが通りすがりに捕まえたこと、摩利の事故が精霊魔法とCADへの改造によって意図的に起こされたこと、そして昨日のモノリス・コードの事件も恐らく何者かが意図的に起こしたこと。

 

「…………知らなかったぜ、そんなの」

 

「安心しろ。知ってるのはごく一部だけさ。ほとんどの選手は知らない。仲間外れじゃないさ」

 

「そっちを心配してるんじゃねえ!」

 

 暗い雰囲気で落ち込むレオを、達也がずれた言葉で励ます。打てば響く太鼓のようにレオは言い返すが、それですっかり暗い雰囲気が霧散した。

 

(達也もエリカ流のあしらい方を覚えてきたな)

 

 レオの人の好さと達也の悪知恵が光るやり取りだ。

 

 急場の代理軍団で、この試合直前の時間は、一分一秒が惜しいはず。しかし、四人はほぼ雑談で時間を費やした。

 

 理由は簡単。直前に慌てふためいても仕方ないし、それに達也によって考え出された作戦は、すでに伝わっている。逆にここは、リラックスをするのが一番だ。

 

「さて、そろそろ時間だな。まあ別に負けても仕方ないし、気楽にやってこい」

 

「こんな励まし方ってある?」

 

 達也のお見送りに、幹比古が代表して苦笑しながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどのいつきによる電撃作戦と違い、一高は静かな立ち上がりを見せた。

 

 レオはモノリス前に陣取ってディフェンスの構え。一方幹比古といつきは何やら陣地で魔法をこねくり回した後、少しずつ陣地から離れて敵を探知している。

 

「中条は普通の探知魔法だな。よく出来ている。だが、吉田のはなんだ?」

 

 モニターを睨むように――顔つきがもともとそうなだけで本人の心情としてはいたって穏やかである――見つめる克人は、首をひねる。基本に忠実な優等生・あずさの弟らしく、いつきの探知方法はメジャーだ。一方で幹比古のものは見たことがない。

 

「吉田は古式魔法師で、特にSB魔法の使い手らしい。あたしたちが見たことないのも無理はないだろうな」

 

 克人はバリバリの現代魔法師で、摩利は古式要素を含むがそれほど詳しくはない。

 

「あれは人間の可聴域を越えた超音波の精霊を利用したものですね。遠くに精霊を飛ばしてから超音波を出して、それを知覚強化魔法で拾うんです」

 

 代わりに解説したのはあずさだ。一応ほんの少しエンジニアとしてお手伝いはしたし、また幹比古の下で古式魔法について弟と一緒に色々学んでいる。彼女が解説役になるのは必然だった。

 

「でも、それって非効率じゃない?」

 

 真由美の疑問はもっともだ。あずさもそれは予測していたようで、よどみなく説明を続ける。

 

「確かに二段階の魔法を使っていますし、時間もかかります。ですが、探知魔法のせいで相手に魔法の気配で見つかっては元も子もないので、このゆっくりとした立ち上がりだったら、時間がかかっても隠密性の高い方法を使うのがいいんです」

 

 現代の探知魔法は、相手との魔法的つながりができてしまって、多かれ少なかれ、相手に何かしらの気付きを与える。普通の魔法師なら何か違和感を覚える程度だが、勘の良い魔法師なら自分たちが探知されたことに気づくし、達人クラスだと魔法的なつながりから相手の位置を逆探知できる。その究極系が、達也の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』だ。

 

 一方、幹比古のこれは、魔法によって起きた超音波を媒介とした探知なので魔法的つながりは起きない。かなりの慣れと修行が必要な上に時間がかかるが、離れた位置に精霊を送り込む形になるので、自分の位置もバレにくい。古式魔法師らしい、老獪な作戦だ。

 

「へー、なるほどねえ。あーちゃん、ずいぶん古式魔法に詳しくなったじゃない」

 

「えへへへ……吉田君によく教わっているので」

 

「そういえば論文がどうの、とかなんとか言ってたわね」

 

 九校戦期間中の生徒会中の雑談で、鈴音の論文コンペの話になり、その中であずさも校内コンペに参加するという話もした。ここであずさは、古式魔法が関わる内容だということを話していたのである。鈴音はライバルであるが、未発表の論文についてお互いに相談する程度の信頼関係は築けていた。

 

 そんなゆっくりとした立ち上がりだが、ついに動き始めた。

 

 ゆっくりと動いていた相手オフェンスが何かに気づいたように顔を上げると、真っすぐ一高モノリスがあるビルへと、少し早足で向かい始める。またほぼ同時に、いつきもビルを降りて、相手ビルへと一直線に向かい始めた。

 

 お互いに、探知に成功したのだ。

 

「探知勝負は五分五分といったところですね」

 

「ああ」

 

 範蔵と克人は険しい表情で戦局を見守る。

 

 探知成功後のお互いの遊撃は、どちらも自陣ビルに残っている。互いに防御中心の構えのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 二高ディフェンスは、いきなり現れた露骨な魔法の気配に驚愕する。

 

『やられた、すぐに向かう! そっちは動かないでくれ!』

 

「了解!」

 

 入り口付近、つまり一階で潜伏し、相手が気づかず登ったところを挟み撃ちにしようとした遊撃が叫ぶ。

 

 それにしても、一高はなんて大胆な作戦を。

 

 

 

「モノリスの隣の部屋」に、いきなりいつきは飛び込んできた。

 

 

 

 市街地フィールドにおいては、魔法で飛び移って上階から大胆に攻めるか、一階から順にクリアしてこっそり攻めるか、という選択が取られる。

 

 だがいつきはその両方の性質を併せ持つ荒業に出た。

 

 

 

 

 

 二高モノリスがあるビルに歩いて接近したのち――割れた窓から直接魔法でモノリスがある階へと一気に登ったのだ。

 

 

 

 

 

 これ自体は作戦として全く検討されないわけではないが、あまり取られない。魔法で空中を飛んでいる間は無防備になるし、着地時も不安定なので相手がいる部屋に飛び込もうものならあっという間に狩られる。

 

 だがいつきは、それを敢行したのだ。

 

(くっ、運のいい奴らだな)

 

 もしこの窓際の隣の部屋ではなく、いつきが飛び込んだ部屋がモノリス設置場所だったら、どうしていたというのだ。絶対待機しているディフェンスにあえなく狩られるのがオチだろう。

 

 彼は知らない。二高の探知が「ビルの中層階」の特定に留まったのに対して、幹比古の探知は、部屋までも特定していたことを。そしてその精度を信頼して、絶対待ち構えられていないと確信していつきが一気に飛び込んできたことを。

 

(さあ、どこから現れる)

 

 この部屋への入り口は前後に二つ。どちらかの入り口に集中しようとすると、ど真ん中に鎮座するモノリスに阻まれて片方を見られない。市街地フィールドで屋内がモノリスになった場合の、数少ないデメリットであった。

 

 モノリスの横に立ち、両方の入り口が視界に入るようにする。ここで焦って探知魔法を使えば、魔法の気配でこの部屋にいるのがバレてしまう。相手は一つ一つ部屋をクリアしていくだろうが、それを待っている間に一階の増援が駆けつけてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、小さな魔法の気配を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ!」

 

 焦って、そちらを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――直後、爆音がビルの中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 小さな魔法の気配を感じて振り返った先。

 

 そこは、何の変哲もないはずのさびれた壁「だったところ」。

 

 その一か所に穴が開き、そこから、小さな小さな女の子が、天使のような笑みをうっすらと浮かべながら、この部屋へと入ってくる。感じた魔法の気配からは想像もできない大きな現象が、そこで起きていた。

 

(そんなのあり得るのかよ!)

 

 心の中で泣くように叫びながら、反射的に反撃魔法を使う。だがそれは、軽く身をよじったいつきに簡単に回避され、ついさきほど開いた穴の向こうへと攻撃が消えていく。その間に、いつきの周辺に転がる、数秒前まで壁だった大きな瓦礫が浮き上がり――猛然と、ディフェンスに襲い掛かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――死――――――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の上半身程もある分厚い瓦礫がいくつも高速で襲い掛かる。当然、普通に食らえば、大けがではすまない。死ぬ確率も高いだろう。

 

 油断していた。殺傷性ランクCまでのレギュレーションが厳しく課されているこの競技ゆえに、「死」から守られていると錯覚していた。いや、それは、本来なら錯覚ではない。

 

 余りの恐怖に防御魔法の演算は乱れ、反射的に顔を逸らして両腕で守るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――直後目の前で再び爆音がしたかと思うと、小石の雨がディフェンスへと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああっ!」

 

 全身を刺す鋭い痛みに悲鳴を上げる。

 

 だがそのダメージそのものは、両腕で顔を覆う直前に見た光景に比べたら、はるかに小さい。大きな瓦礫が襲い掛かってきたはずが――彼に降り注いでいるのは、無数の細かな瓦礫の破片なのだから。

 

「怖かったでしょ?」

 

 すぐそばで、可愛らしい、無邪気な声が聞こえてくる。

 

 両腕で顔を庇い、さらに無数のコンクリート片に襲われた彼は、完全にいつきから目をそらしていた。その間に、高速で接近してきたのだ。

 

 今自分に起きた恐怖とダメージ。その直後に、可愛らしく無邪気な天使の声が、すぐそばで聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 ――全身に鳥肌が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして軍用ヘルメット越しに頭に加えられた強い衝撃によって、ディフェンスの意識は飛び、恐怖から解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『相手ディフェンス無効化、精霊喚起もお終い。後は任せたよ、幹比古君』

 

「すごい手際だね、全く」

 

 不活性化させていつきに渡した精霊が、相手ディフェンスが横で倒れ伏す、中身をさらしたモノリスの傍で、活性化させられた。即座に幹比古はその精霊とリンクして、『視覚同調』を発動する。

 

 そうして幹比古の視界に映るのは、丸出しの相手モノリスのコードだ。そろそろ戦場になりそうな自陣モノリスから離れ、違う階の部屋の隅に隠れ、コードを入力していく。

 

『打ち間違えて入力しなおしが最悪だから、焦らずゆっくりでいいからね』

 

『いつきの言うことに半分同意! 幹比古が急ぐかいつきが急ぐかどっちかにしろ!!!』

 

 レオの必死の叫び声。相手オフェンスがついにモノリスにたどり着き交戦を始めたのだ。

 

 レオは統一基準的な視点では、魔法の腕は劣等生そのものだ。しかしながら、その身体能力とバトルセンス、そして体の頑丈さと根性は、プロ魔法師と比べてもすでに上位である。

 

 そんな彼は今、得意の硬化魔法で伸縮自在の武装一体型CAD『小通連』を達也から与えられ、この代理で戦うことになったモノリス・コードで初めて振るった。

 

 予想外の「飛ぶ剣」に相手オフェンスは動揺したが、すぐに対処する。屋外だと脅威だが、屋内では取り回しにくい。故に、即座に半径が広いほど刀身の速度が上がって火力が爆発的に上がると判断し、一瞬で接近する。

 

『そこはそこでオレのフィールドだよ!』

 

 レオが咆えた。剣の距離を縮め、普通の剣として白兵魔法戦闘を行う。『小通連』は持ち手から離れているため、理屈の上では、というよりも屁理屈の上では、「魔法で飛ばした攻撃」だ。身体を使った打撃などが禁止されているモノリス・コードでも、ルール違反にならない。

 

 そう、達也の想定を教わってこの展開は織り込み済み。距離を離した爆発的な火力を相手が嫌えば、今度こそ自分が得意な接近戦に持ち込める。しかもこちらは武器があって、相手は殴る蹴るができない。実は有利な状況だった。

 

 だが、それでも一筋縄ではいかない。相手は巧みにレオの攻撃に小規模障壁魔法を織り交ぜてガードしたうえで、至近距離から魔法で攻撃をしてくる。レオの攻撃手段も殴る蹴るは禁止され『小通連』だけなので、対処は容易いのだ。

 

『く、いつきは早く戻ってこい! 子供はさっさとお家に帰るんだよ!』

 

『急いでるけど、相手遊撃に絡まれてるから待ってー。別にソッチ連れてってもいいならすぐ行くけど』

 

「口げんかしてる暇あったら戦え!」

 

 ランダム英数字512文字を使い慣れてない小さなウェアラブルキーボードでミスなく入力するなんて、それだけで罰ゲームそのものだ。自室でのんびり慣れたパソコンで入力するとしても手間である。ましてや耳元でギャーギャー焦るようなことを叫びながらバカみたいな口喧嘩をされては、たまったものではない。

 

『じゃあ、あと30秒頑張って。幹比古君は焦らずにね』

 

『ちょ、いた、痛いって!』

 

 幹比古からは見えないが、耳に入ってくるいつものノリと変わらない悲鳴からは想像もできないほどに、レオが劣勢になり始めた。

 

(くそ、こりゃキツいぜ! やっぱオレは二科生なんだな!)

 

 レオは内心で弱音を吐く。

 

 相手オフェンスが、レオが『小通連』以外の普通の魔法で攻撃してこないことに気づいたのだ。気にするべきは『小通連』だけ。ならばと、攻撃の手をさらに激しくしたのである。「普通の魔法」が苦手であるという致命的な欠点が、ついに表面化した。

 

 相手が繰り出す一つ一つの魔法は、激しい接近戦の中で使われる程度のものなだけあって、威力は小さい。だがそれでも並の魔法師ならば苦しいレベルだ。レオは、持ち前の頑丈さと根性、そして得意の硬化魔法でなんとか耐えているに過ぎない。

 

 そしてさらに悪いことに、隙を見せたせいでモノリスが割られてしまった。レオは急いで硬化魔法で相対距離を固定し、開けられるのを防ぐ。

 

『そっちにチビが向かった!』

 

「『鍵』を打ち込んだのにモノリスが開かないぞ! さてはなんかやったな!?」

 

 代わりのディフェンスとなった遊撃からの連絡は、朗報と悲報が半々といった具合だ。

 

 こちらも攻めあぐねているが、遊撃が相手オフェンスのいつきと追いかけっこになっていたらしいので、コードは入力されてない。

 

 そのいつきが撤退したということは、先ほどの森林ステージでの高速移動を見るに、すぐ戻ってくるだろう。そうなれば数で負けるに違いない。

 

 守り切れたが、『鍵』を打ち込んだはずのモノリスが開かない状態で、自分も一時撤退を強いられる。状況としては苦しいが、まだ負けではない。

 

「じゃあね、ナイスガイ!」

 

「二度と来るな!」

 

 オフェンスは即座に撤退。直後、魔法による気配探知を気にしないで良くなったいつきが超高速で飛来して窓から入り込んできて戻ってくる。レオは二人で追撃しようか迷ったが、下の階へと降りていく足音が聞こえたので、安心して、一旦気をゆるめた。

 

「ただいま」

 

「おせーよ」

 

 友達と遊んで帰ってきた小学生のような笑顔のいつきと、ところどころにうっすら傷がついて息も切らして満身創痍のレオ。薄暗い廃ビルの中で、二人の様子は対照的だ。

 

「ごめんって。でも、レオ君ならあれぐらい耐えられたでしょ?」

 

「なんか知らんが耐えられたよ! なんか知らんがな!!!」

 

 コイツ、エリカと同じような性格だ!!!

 

 レオは確信する。反応が面白い上にどれだけいじくりまわしても引きずらないので、彼の扱いは常にこんな具合だ。エリカはもちろん、達也もまあまあからかってくる。幹比古と美月が恋しくなってきた。特に同じ弄られ役の幹比古が。

 

「信頼してるってことだよ。これがレオ君じゃなかったら、押っ取り刀で戻ってきてたんだから」

 

「そりゃどーも」

 

 レオは胡坐をかいて頬杖を突き、わざとらしく「ケッ」と言いながらそっぽを向く。それを見ていつきは、天使の笑みを浮かべて、声を上げて笑い始めた。

 

「あっはっは、許してよ。結果オーライだしいいじゃん。だって――」

 

 楽しそうに無邪気に笑ういつき。そしてふとその笑顔に、悪戯っぽい光が混ざった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――これで勝ったんだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴る。

 

 直後、レオといつきのインカムに、幹比古の疲れたような溜息が流れてきた。

 

「お疲れ、幹比古君」

 

『この入力だけは何回やっても慣れないや』

 

 一切戦闘していないのに、レオよりも大げさに疲れた声を出す幹比古。

 

 きっと、相手は今頃パニックになっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 全く気付かないうちにコード入力され、訳が分からないうちに敗北したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝トーナメント、第一高校対第九高校との戦いは、渓谷ステージだ。

 

『こんなところまで演習場内に用意できるんだから、軍ってすごいよねえ』

 

『さすが日本最大の演習場って感じだな』

 

 薄い霧の中、仕事を終えたいつきと、仕事がないレオは、霧の中を警戒という体でお散歩しながら、雑談に興じていた。

 

 この戦いは、幹比古がただただ一方的に活躍するだけの試合だ。

 

 渓谷ステージ内にある水たまりをすべて利用して、ステージ全体を濃霧に包む。さらに、相手にはより濃くまとわりつき、自分たちにはより薄く済ませている。森林や市街地に比べたら障害物は少ないが、こんな濃霧の中では方向感覚は定まらず、相手は何もできていない。

 

『この試合も僕が入力するんだね……』

 

 幹比古から疲れきった愚痴がこぼれる。当然、この全域に幹比古の精霊魔法が効果を及ぼしているということは、その全てが『視覚同調』により幹比古の視野となる。

 

 試合開始速攻で霧を発生させ、それに紛れていつきがさっさと相手モノリスを割ってとんぼ返り。あとはのんびり幹比古が入力し終わるのを待つだけだった。幹比古の手つきも緩慢だ。呑気なものである。

 

「あいつら、会話が放送されるって知ってるのか……?」

 

 一高テントでは、範蔵が呆れ果てている。

 

 選手たちのインカムは、放送用の音声も拾えるようになっている。作戦行動に関わるもの、機密やプライバシーにかかわるもの、罵詈雑言など、放送されたらマズいものはAIが即座に判断し無音にするが、それ以外は、基本的にしっかり放送される。当然、この呑気な会話も、観衆に知られることとなった。

 

「いつき君と吉田君が仲良しなのは知ってたけど、西城君もすっかり仲良しね」

 

「ああ、西城は人が好いらしいからな」

 

 レオは山岳部に所属しており、二科生ながら期待の一年生だ。部活連会頭である克人の耳にも、彼の人となりや活躍は入ってきている。

 

「それにしても、さっきの試合はヒヤヒヤしたな」

 

 この試合はもう決まった。もう何も見るものはないので、摩利は先ほどの試合の振り返り解説をあずさに求める。

 

「先ほどの試合も吉田君の凄さが光る試合でしたね」

 

「びっくりなのはお前の弟だよ。相手を殺すかと思ったぞ」

 

 あずさの言うことにも同意だが、摩利の言葉に、テント内の全員が強く同意した。

 

 結果として反則にならなかったが、いつきが相手ディフェンスにやったことは、反則通り越して殺人未遂にすらなりかねないものだった。

 

「えっとその、司波君もいっくんもそのあたりの配慮はしてると思いますけど……」

 

 同意する部分もあるのか、あずさも困り顔だ。ルール違反になっていない以上は何をしてもいいのだろうが、達也の考えた作戦のえげつなさと、それを一切躊躇することなく笑顔で実行するいつきのヤンチャさは、あずさ自身も驚くところである。

 

 幹比古の探知が優れていて、階層だけでなく部屋まで特定。それを活かしていつきが隣の部屋の窓から乗り込む電撃突入作戦を決行した。ここまでは分かる。

 

 問題は、その隣の部屋から、廃ビルとはいえしっかりした壁をぶち破って、モノリスがある部屋に侵入したところからだ。

 

 まずこの壁をぶち破る魔法の威力は、当然レギュレーション違反だ。人間に行使すれば肉が吹き飛び体が切断される。『爆裂』が霞む残虐さだ。

 

「あれはあくまで行使対象は壁なので、レギュレーション違反にはなりません。使う前に探知魔法で壁際に相手がいないか明確にチェックもしているので、建物内に人がいるケースの『破城槌』のようなシチュエーションによるランク上昇も抑えられますよ」

 

「それはそうだが、そんな魔法を競技CADに入れているのが驚きだよ。まるで魔法ルール無用の氷柱倒しじゃないか」

 

 結果として有効だったしルール違反にもならず、さらに、もっとタチの悪い「次」へとつなぐことができたわけだが、この破天荒さにはほとほとあきれるばかりだ。

 

「次のあれはその……司波君じゃなくていっくんが考えたものです、はい」

 

 本人の代わりに、姉が針の筵となってしまった。

 

 無言の視線が突き刺さる中、沈黙に耐えかねて、あずさは説明を続ける。

 

「そ、その、あれもレギュレーション違反じゃないんですよ!? 大きな瓦礫をぶつけたわけじゃないので!」

 

「ぶつかったら相手はミンチだろうな」

 

 差し込まれた範蔵の言葉が痛い。あずさは一瞬怯むが、また沈黙が息苦しくて、説明――釈明・弁護・言い訳など好きな言葉に言い換えてもらって構わない――を重ねた。

 

「それでその、大きな瓦礫を飛ばすのは相手を怯えさせて行動を止めさせる効果があって……直前で大きな瓦礫同士をぶつけて小さな破片にしてそれを降り注がせる、という攻撃が確実に決まるんです。大きな瓦礫でいっくん自体が隠れる目隠し効果もあって、いっくんが得意の高速移動で、接近からの追撃もできるんですよ……」

 

 あずさの説明の通り、いつきのやったことは非常に「理」に適っていた。相手はいつきが思ったままの動きをして、一方的に、一瞬でノックダウンさせられたのである。

 

 あとは簡単。

 

 いつきは、幹比古に渡された精霊を喚起して設置し、相手遊撃を惹きつけて時間稼ぎ。幹比古は自陣ビルのモノリスがある階の一つ上の階で安全にコードを入力する。レオの役割が一番つらいが、本人の頑丈さとガッツ、そして『鍵』を打ち込まれても硬化魔法で時間稼ぎができるので、適任だ。

 

「理には適っているが、倫理は無視だな」

 

 克人の重い一言が全て。

 

 モノリス・コードはかなり魔法戦闘を意識した競技であり、お互いに疑似的な戦闘を行うため、他競技に比べて、スポーツマンシップの領域を越えた、「暴力を振るう者」としての倫理観が求められる。いつき達は急造の代理であり、当然それを教わったり養ったりする場がなかった。

 

 モノリス・コードの代表として三年間戦ってきた克人だからこそ、それを重くとらえている。

 

 だが一方で、他は別として、彼本人は、いつきや達也、そしてもちろんあずさを責めるつもりは全くない。何せ急な代理なのだから、「仕方ない」のである。

 

 その責任を背負うべきは、彼らに任せた自分、それと真由美なのだから。

 

『そういえばレオ君は彼女とかいるの?』

 

『いよいよ修学旅行の夜だな。今は――――』

 

 そんなことはつゆ知らず、いつきとレオの雑談は、いよいよ完全な「雑」になる。

 

『ふーん、今は、ねえ』

 

『何か言いたげだな。昔は――――――――そういうお前はどうなんだよ。――――――とかと――――じゃんか』

 

『――――――――よ。――――――――――――』

 

『あと10文字で入力終わるんだけどさ、この競技って仲間を背中から刺すのってありなんだっけ?』

 

 プライバシーにかかわると判断された青春の雑談は所々がAIに検閲され無音になる。霧で隠れていてその口元からリップシンキングすることもできない。

 

 ただ、その全てを聞いていた、完全ワンオペ作業をさせられていた幹比古がブチぎれていることだけは、観客全員が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何か言いたげだな。昔は――――――――そういうお前はどうなんだよ。――――――とかと――――じゃんか』

 

『――――――――よ。――――――――――――』

 

「あああああああああ!!! こら!!! なんでそこが検閲なんじゃ!!! 聞かせい!!! 聞かせい!!!」

 

 三高テント。レオが抵抗としていつきの色恋話を聞こうとして、いつきもそれに何やら答えたが、その全てがAIによって無音に変えられて放送される。

 

 いつきに話が及んだ途端に、本人も気づかないうちにこれまで以上にモニターにかじりつき始めた沓子は、無音に終わった直後、モニターを掴んでガンガンと揺らしてわめき始める。

 

「確定だな」

 

「だね」

 

 今までの時点でほぼ確定だったが、これで三高テントの全員が、沓子がいつきに抱く感情に気づいた。なにせ、今のこの動作こそいつも通りコミカルで元気だが、その顔は紅潮しつつも、「彼に何か色恋が?」という不安が顕著に表れ、やや涙目にもなっているのだから。なおそれと時を同じくして、彼女にひっそり思いを寄せていた数人の男子も涙を拭いている。

 

 そうこうしているうちに、いつきとレオから出店の奢りを確約した幹比古が、キレ気味に最後の文字を入力し、一高の勝利が確定した。

 

 三高も先ほど決勝進出を決めている。

 

 つまり。

 

 

 

 

 

 決勝戦のカードが、一高VS三高で確定したのだ。

 

 

 

 

 

 

「一番いやな奴らが勝ち上がってきたな」

 

「この試合の九高を見てたら、あっちだったらどんなに楽だったか、って感じだね」

 

 将輝と真紅郎の顔に真剣みが増す。それを感じ取った三高テント全体も、空気が張り詰め始めた。

 

 もはや、相手はたかが代理と二科生などと侮ってはいない。なんなら、元々の代表であった森崎達以上に、警戒の対象となっていた。

 

「…………む、そうか」

 

 だいぶ遅れてようやく少し冷静になった沓子も、このカードでの決戦になることに気づいた。

 

 彼女は今まで、三高サイドだというのに、将輝たちの試合はさほど真面目に観戦せず、いつきばかり追いかけていた。そこには彼女なりの感情もあるほか、「一条たちならどうせ楽勝」という厚い信頼もある。応援していないわけではなかった。

 

 だが、彼女が属する三高と、「お気に入り」のいつきたちが、決勝戦で相まみえることとなった。

 

「わしは、どっちを応援すればいいんじゃ?」

 

「そこ迷うのかよ!」

 

 即座に響く将輝のツッコミ。沓子を責める内容ではあるが、そのあまりにも気持ちよすぎるツッコミのせいで、ある種「裏切り者」である沓子に向かう視線は、敵意ではなく呆れになっていた。

 

「沓子、よく考えてごらんなさい」

 

「おう」

 

 愛梨が、まるで子供を諭すように、沓子に話しかける。

 

「我らが三高の代表選手は何人?」

 

「三人じゃな?」

 

「貴方が一高を応援する理由は?」

 

「当然、いつきじゃ」

 

「つまり一人よね?」

 

「うむ」

 

「三対一で、三高の方が優先順位高くないかしら?」

 

「おお、確かにそうじゃの!!! 気張れよ! 一条! 吉祥寺! 五十川!」

 

「そこまで言わないと応援してくれないのか……」

 

 沓子の態度はもちろん、愛梨の説得論理も、将輝は全く以て不満だった。




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7ー4

「あっはっはっはっ、なにあれ!!! あっはっはっはっ!!!」

 

 観客席に、エリカに馬鹿笑いが木霊する。

 

 とはいえそれは目立つことはない。何せ彼女が指さして笑っているレオたちの姿が、少しばかり変わっていたからだ。

 

『作戦のために必要なんだ、我慢しろ』

 

 達也の鬼の一言で強制的に着用させられた、中学生なら好みそうな黒いマント。モノリス・コード統一基準となっている黒基調のバトルユニフォームと相まって、「人によってはとてもカッコイイ」姿が出来上がっていた。

 

「こういうのはとっくに卒業してんだよ!!!」

 

「魔法師は多かれ少なかれこういうの好きだけど!!!」

 

 そんな格好で衆人環視の前に晒されたレオと幹比古は、平原ステージの中、激高して叫ぶ。

 

 幹比古の言う通り、魔法師は、「こういうの」…………要は中二病チックなものが大好きだ。魔法・システム・組織・CADに神話やら民話やら哲学やらから引っ張ってきた単語を使うのみならず、漢字にカタカナまで当てたりする。感情的な部分が大きく作用する分野のため、「世界観」「トランス」が重要になってくる、という合理的な理由もある。

 

 だが二人はとっくにそういうセンスを一旦卒業し、反動でそういうのが酷く恥ずかしく感じる年ごろだ。これではただの羞恥プレイである。

 

「えー、かっこいいのにー」

 

「だったら君がこれをつけろ! 中学生みたいな見た目の君にはぴったりだろ!?」

 

「ボクがつけたら動きにくくて意味ないじゃん、サイズ合わないし」

 

 幹比古の言葉に、いつきと瓜二つなあずさがひっそりと傷つくはめになったのはさておき。

 

 いつきはというと、このマントをつけていない。そして一人だけ余裕の表情で、声援を送る観客に手を振っている。

 

「なんだありゃ?」

 

「ただのハッタリではなさそうだね。……背負うものが多すぎる」

 

 将輝の疑問に答えた真紅郎の言葉には、色々含むところがあった。

 

 動きにくくなるという特大のデメリット、羞恥心という超特大のデメリット。また、マントのつけ方としては確かに「背負う」と言えなくもないだろう。

 

 だが、どのようなものかは皆目見当がつかない。

 

「あの布がCADになってる、とか?」

 

 男子の実技三位である五十川の予想は間違いなく外れだ。あんな布切れがCADになるはずがない。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 だが、当たらずとも遠からず。その予想を聞いて真紅郎が確信に近い仮説を立てる。

 

「多分、あのマントには、刻印魔法が施されてるんだ」

 

「はーん、そんなものまで用意してくるとはご苦労なことだな」

 

 将輝は、感心と呆れと警戒が混ざった複雑な声でそう言って、ため息を吐く。

 

 刻印魔法であることは予想できたが、その中身を予測できなければほぼ意味はない。

 

 何にせよ、あのマントを用意したのは――間違いなく、司波達也だ。

 

「とりあえず、厄介なのだけは確かだな」

 

「間違いないね」

 

 そんな総括が為される程度には、この九校戦を通して、達也の「悪知恵」は、知る人ぞ知る事実となってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人は退避して!」

 

「言われなくても!」

 

「くわばらくわばら!」

 

 決勝戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 その直後、一高の三人に、雨霰のように魔法攻撃が襲い掛かってくる。

 

 三高陣営は平原ステージという有利を存分に活かし、一条家のお家芸でありそこの長男からノウハウを伝授された「中長距離からの先制飽和砲撃」で、一気に押しつぶしにかかったのだ。いつきはともかく、幹比古は速度に劣る古式魔法師で、レオの攻撃手段は『小通連』だけ。遠距離魔法での先制攻撃は確実に通る。

 

 一高サイドは、何か相手が変なことを考えてくれないかとも思ったが、そうはならなかった。最もあり得るパターンであり、そして最悪のパターンなのである。

 

 当然、一高も無策ではない。モノリスを守るゲームなのにレオと幹比古は即座にその後ろに身を隠す。モノリスを壊すのはルール違反なので、遠距離攻撃に対してはとりあえず安全地帯だ。

 

 レオはモノリスの裏から伸ばした『小通連』でたまにチクチク牽制、幹比古は設置した精霊と『視覚同調』して肉眼に頼らない魔法戦闘をする。

 

 そしていつきは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その砲撃に敢然と立ち向かい、前進していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、嘘だろ!?」

 

 五十川がパニックになる。三高の先輩たちですら、将輝と真紅郎を含む三人の手厚い遠距離攻撃を単独で突破できなかった。だがいつきは、バトル・ボードの時よりもさらに速く、そして複雑な動きで、的確にかいくぐってくる。

 

 回避のために大回りしたのもあってかなりの遠回りルートを取らざるを得なかった。だがそれでも、すでに彼我の距離は一気に半分に縮まっている。

 

「でも目で見えるなら!」

 

「やりようはある!」

 

 あの速度に遠距離魔法では照準が追い付かない。

 

 だが、目に捉えられて、一瞬でも照準が合うならば。魔法の性質上、直接干渉する魔法ならば絶対に当たる。

 

 真紅郎は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を、将輝は周辺の水分をまとわせる魔法を、それぞれ行使する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその両方の魔法は、「エラー」を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なんだって!?」」

 

 まるで虚空に照準を定めたようなエラー。確実にいつきを捉えていたはずなのに。

 

 その隙によって、三人はいつきに接近を許した。五十川は慌てて一歩前に出て、いつきに遠距離攻撃魔法を浴びせ進路妨害をする。それは有効だったようで、すんでのところで『鍵』圏内に入られるのを防いだ。

 

(よし、上手くいっているようだな)

 

 幹比古は、いつきの「不意打ち」が決まっている間に、手元でいくつもの古式魔法をじっくりと準備する。

 

 彼がすでに行使している魔法は二つだけ。一つは『視覚同調』。もう一つは……吉田家では『念仏體(ねんぶつたい)』と呼んでいる魔法だ。

 

 あえて現代魔法の理屈に合わせて説明するなら、自身のエイドスの座標情報を誤魔化す魔法である。

 

 これによって、魔法的な照準はダミーのエイドスを対象とし、魔法は「対象不明」としてエラーを起こし不発に終わる。

 

 これは本来この世のものならざるものの目を誤魔化すための魔法である。ただし、表向きはパラサイトを仮想敵としているが、残念ながら、古式魔法師同士の戦いで精霊魔法を避けることにしか過去実戦での使用例はない。

 

 名前の由来は、平家の死霊の目を誤魔化すために芳一の体に書かれた念仏だ。当然耳だけ書き忘れるような愚は犯さず、全身を対象としている。

 

 古式魔法を受け継ぐ家ならば、それぞれ名前と多少仕組みは違うが、それぞれの家で同じような魔法を受け継いでいることがある。例えば、第九研究所に協力した九島家などや、達也の師匠である九重家では、『纏衣の逃げ水』などと呼ばれている。

 

 

 

 

 

 

 そしてこの魔法は――――現代魔法師であるいつきもまた、自身に行使している。

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コードに参加するなんて全く想像していなかったころ。もしパラサイトに遭遇したらとりあえず逃げられるように、と最初に教えたのが、この『念仏體』だったのだ。いつきもあずさも流石の才能で、長い長い修行を要するはずの古式魔法なのだが、一週間ほどで使えるようになった。まさかこんなところで活きるなんて。幹比古はつくづくそう思った。

 

 いつきの高速移動で攻撃魔法を回避して接近し、直接干渉する魔法はこの魔法が退ける。相手は完全に予想外に「全く攻撃が通じない相手」と相対することになり、間違いなく混乱する。

 

「そろそろ仕掛けるよ!」

 

「おう!」

 

 相手三人は、すっかりいつきに夢中だ。

 

 こちらの二人も、混ぜてもらおうではないか。

 

 幹比古は溜め込んでいた魔法を解放し、いつきが相手モノリスに最接近するのに合わせて、相手選手を妨害する。レオも本格的に身を乗り出して『小通連』を長大に伸ばし、遠距離からの一方的な直接打撃を繰り出した。

 

「くそっ、なんてやつらだ!」

 

 二人が動き出したのにいち早く気付いたのは将輝。『小通連』を回避し、自分の周辺で暴れる古式魔法をすべて『領域干渉』で押さえつける。だがその間にいつきが飛ばしてくる小石が四方八方から襲い掛かってきて、脛や膝を狙った攻撃だけは防御しきれず食らい、膝をついてしまう。

 

「させない!」

 

 真紅郎が行使したのは、いつきの足元の電気を放出させて麻痺させる魔法。岩場ステージならまだしも草に覆われているここでは難しい魔法のはずだが難なくこなしている。いつきもそれは回避してさらに魔法の手を止めざるを得ず、その一瞬の隙をついた将輝が立ち上がり、猛然と『偏倚解放』を放った。

 

「ガッ!」

 

 戦場となった平原に、レオの太い悲鳴が響く。 

 

 いつの間にかモノリスを挟む形で離れていたレオと幹比古、なおも周囲で動き回ってモノリスを開けようとするいつき。全くばらばらの位置にいる三人に対して同時に、将輝による複数の『偏倚解放』。真由美ですら舌を巻く超絶技巧だが、その威力も馬鹿にならない。

 

 いつきと幹比古はすべて回避しきったが、レオはマントで自身を覆って硬化魔法で守ることを選択。だがその鉄壁の防御を貫いた衝撃が、彼をよろめかせた。

 

「今だ!」

 

 そこを狙って、真紅郎の『不可視の弾丸』が炸裂する。『念仏體』が使えるわけではないレオにならばこの魔法は通じる。だが将輝の『偏倚解放』ほどの威力がないからかそれはマントの鎧に阻まれた。それならと即座に加重系魔法で、よろめくレオをそのまま転倒させ、地面に押さえつけた。

 

 その衝撃でレオは魔法のコントロールを手放した。猛然と飛び交っていた『小通連』の先端は力を失って落下したのち、魔法が切れた場合は自動で戻るようになっているセンサーが作動して主の下にもどろうとする。

 

「いただき!」

 

 だが五十川はそれを移動魔法で引き寄せて強引に奪おうとする。これでレオの攻撃手段が失われれば、実質一人リタイアだ。

 

「させるか!」

 

 だがその移動魔法はエラーを起こす。相手の作戦を察知した幹比古が、同時にこちら側に引き寄せる移動魔法を発動。干渉力の勝負に勝ち、敵に奪われるのを防いだ。

 

 またそれと同時にいつきの攻撃が真紅郎にも襲い掛かり、それへの対処のせいでレオが解放される。

 

「ほら、落とし物だよ!」

 

「サンキュ!」

 

 正確にレオに投げて渡し、二人はまた戦線復帰。だが相変わらず将輝の『偏倚解放』は襲い掛かってくるし、真紅郎と五十川の攻撃も激しい。

 

 最初は飽和攻撃で三高が有利に。だがすぐに不意打ちで一高が有利に。そしてその不意のアドバンテージを乗り越えられた今、総合的な地力で勝る三高が、また有利に立っていた。

 

「相変わらず化け物だなあ」

 

 いつきの言葉が全てだ。真紅郎と五十川もかなりの実力者だが、将輝がとにかく強すぎる。一人だけで、全体の攻撃と防御の半分以上を担っているのだ。そのせいか、いつきの声は珍しく苛立っている。幹比古もあまり聞いたことがないぐらいだ。

 

『幹比古君、しばらくボクとレオ君でなんとか隙を作るから、周辺の地面をボコボコにしてもらっていい?』

 

「「了解!」」

 

 相手に聞こえないよう小声でのインカムでの指示。二人は即座にその意図を読み取り、動き出す。

 

 レオは一旦モノリス裏に隠れていたが、また身を乗り出して『小通連』を走り回りながら振り回す。一方幹比古はモノリスの裏に入れ替わるように退避して、大規模な魔法を準備する。

 

 そして、一番変化したのはいつき。さらにスピードのギアを上げて三高陣営に最接近して、走っている間に何とかかき集めた草に隠れて見えにくくなっていた小石すべてを三人に降り注がせた。

 

「ぐっ!」

 

「くそ、いってえな!」

 

 将輝は『減速領域』と組み合わせてかろうじて防御できたが、二人は対物障壁で守ろうとしたゆえに干渉力で敗北してもろに食らってしまう。

 

「ジョージ、五十川! あいつは移動・加速系の名人だ! 干渉力で勝負するな!」

 

「将輝が言うならそうなんだろうね!」

 

 回避した先に待ち構えるように振るわれた『小通連』を間一髪で回避しながら将輝が叫ぶ。

 

 真紅郎視点では将輝の干渉力は圧倒的だ。そんな彼が対物障壁でなくわざわざ『減速領域』と回避を組み合わせるなんて手間なことをしたのは、この系統に関しては干渉力で負けているという自覚があるからに他ならない。

 

「よし、完成!」

 

 そしてこの攻撃は奏功し、幹比古は魔法式を練り上げ、地面を殴る。

 

 それを通じて十数体の精霊が地面に送り込まれ、地脈を通じて平原ステージ内に散らばり――その身に携えた情報を解放する。

 

 

 

 

 

 直後、草原中のそこかしこが急激に盛り上がり、大量の土が飛び出した。

 

 

 

 

 その様はまるで、水面から大量の魚が飛び上がったがごとくだ。一面草に覆われていたはずなのに、今やそこら中がでこぼこだらけとなっている。

 

「よし、武器が増えた!」

 

 いつきは笑みを浮かべながらそれらに魔法を行使する。掘り起こされて「地面」という概念から離れさせられたそれら土の塊は別個のものとなり、魔法で動かすのに労力が格段に減る。ステージの特性上周囲の「武器」が数少ない小石しかなかったいつきは、それらの土の塊を大量に操り、将輝たちに殺到させた。

 

「舐めるな!」

 

「たかが土だ! 小石と違って再利用不能だろ!」

 

 真紅郎はそれらを加重系魔法で落とし、将輝は先ほどと同じように減速させたうえで今度は殴って落とす。土の塊と言えど、一度激しい衝撃が加われば崩れてしまい、およそ攻撃力の持たないただの土となる。

 

「それはどうかな?」

 

 そうして撃ち落とされて砕かれた土が、再び勢いよく二人の顔面へと飛び掛かる。

 

「汚ねえな!」

 

「うぷっ!」

 

 将輝はそれを身体をひねることで回避したが、真紅郎は間に合わずに思い切り顔面に土をかぶる。しっかり水分を含んでいるからか、吸い込むようなことはないものの、顔面にまとわりついて不愉快極まりない。目に入らなかったのは不幸中の幸いだ。

 

「オレを忘れて貰っちゃ困るぜ!」

 

 そしていつきと幹比古のコンビネーションが決まっている間に、レオがしっかりと狙いを定めて『小通連』を振るう。両校のモノリスはそれなりに離れているため、その半径に見合うだけの速度が剣に乗せられ――真紅郎の横っ面をついに捉えた。

 

「――――っ!」

 

「吉祥寺!?」

 

 悲鳴もなく吹き飛ばされる真紅郎に、五十川が焦って思わず目を向ける。

 

「古式魔法師から目を切るのは良くないな!」

 

 その隙をついて、百家の息子である彼を一人で引きつけていた幹比古が、渾身の攻撃を仕掛ける。

 

 草を動かして相手の脚を絡めとる『草結び』、風の塊を大槌として振り回す『荒風法師』、そして得意の『雷童子』だ。

 

 相手の一歩前に『草結び』を仕掛け、背後から風の塊を押し当てるように『荒風法師』をぶつけてよろめかせて固く結ばれた草に引っ掛けさせて転倒させる。本来はレオの『小通連』に負けないほどに吹き飛ばす力に優れた魔法なのだが、競技用に制限されたCADと、今の一瞬ではこれで精いっぱい。

 

 だが、これで十分だ。

 

 相手は転倒と言う大きな隙をさらした。こうなったら――得意の『雷童子』が決まる。

 

「させるか!」

 

 将輝が咆える。返す刀で振るわれたレオの『小通連』を移動魔法の干渉力で強引に奪い、幹比古に『偏倚解放』なんて手間なことはせず『圧縮解放』で攻撃。レギュレーション違反すれすれの威力で放たれたそれは、幹比古を大きく吹き飛ばした。

 

 だが、レオの攻撃を防ぐ一瞬の手間によって、幹比古の魔法が間に合う。雷はしっかりと五十川を捉えて、大きくその身を跳ねあがらせた後に、意識を刈り取った。

 

「「今だ!」」

 

 いつきと将輝の声が被る。

 

 だが二人が同じように仕掛けたのは、その掛け声とは裏腹の安全策。

 

 いつきは倒れた真紅郎と五十川のヘルメットを、将輝は幹比古のヘルメットを、それぞれ移動魔法で外し、完全失格にさせるつもりだ。

 

「させねえよ!」

 

 レオが幹比古の体とヘルメットの相対距離を硬化魔法で固定させ、外されるのを防ぐ。それと同時に幹比古に駆け寄り、その横っ腹を、仲間だというのに思い切り蹴飛ばした。

 

「おねんねには早いぜ!」

 

「げぼっ!!!」

 

 幹比古は胃液を吐き出すスレスレだったが、そのショックで目覚めた。ダメージを受けた直後にさらなる追撃を受けたので酷くコンディションが悪くて起き上がれないが、意識は戻ったのだ。この状態なら、ヘルメットを外させるのは逆に反則である。

 

 幹比古は何か文句を言おうとする。

 

 なんとか頭を起こしてレオに視線を向けて睨むと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そこではレオが、圧縮から解放された空気に派手に吹き飛ばされ、白目をむいて地面に背中から落ちているところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか!)

 

 幹比古は驚愕する。

 

 自分を起こすだけではない。

 

 レオは激しく蹴飛ばすことで――将輝の追撃から自分を圏外へ逃がしてくれたのだ。

 

 その代償に、自分は二人分の攻撃を受けてまで。

 

 いくら頑丈な彼と言えど、しっかりとした硬化魔法の効果なしでは、これは耐えきれない。幹比古以上のダメージを受けて、完全にノックダウンした。そしてご丁寧に、それと同時に魔法でヘルメットを外される。

 

『幹比古君大丈夫!?』

 

 いつきが幹比古の方を見ないで猛然と将輝に襲い掛かりながら確認してくる。今の間に、相手二人のヘルメットを外すだけでなく、いつの間にかモノリスまで割っていた。さすが仕事が速い。

 

 いつきは、将輝に接近戦を仕掛けた。

 

 しかも、直接攻撃を禁止とする競技だというのに、その小さく可愛らしい手をギュッと握って、思い切りアッパーを繰り出した。

 

 だが、彼の短いリーチでは、将輝に届かない。寸止め、またはシャドーボクシングの形にしかならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だというのに、その直線状にいた将輝の顎が、まるで本当に殴られたかのようにカチ上げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(決まった!)

 

 幹比古は痛む身体に鞭を打ち、魔法演算する元気もないので、モノリスの裏へとゆっくりゆっくり、芋虫のように情けなく這って進む。

 

 あれは風紀委員の二年生の中でも特に高い実力を持つ沢木の『マッハパンチ』、その一種だ。

 

 沢木のものは加速した拳による強い衝撃波で攻撃するものだが、いつきは普通のパンチで生じた弱い衝撃を加速させて強い衝撃波にしている。見た目も結果も系統も同じだが、プロセスがやや違う。

 

 また「自分の拳の周囲の発生した空気の流れ」を対象とするとあらかじめプログラムしておくことで座標演算のステップを省く、近接魔法戦闘の基本技術も使われている。

 

 その急な衝撃は、常人どころか訓練された人間でも激しい脳震盪を起こす。だが将輝もまたレオほどではないにしろ頑丈で意志も強く、後ろに倒れこみながらも、お返しとばかりにそのまま蹴り上げで起こした空気を加速させていつきの小さな体を吹き飛ばす。

 

 加速系魔法の練度ではいつきの方が上。

 

 発生させた強化前の元々の衝撃は将輝の方が上。

 

 結果、お互いに加わった衝撃は同じ程度であり、その両方が必殺のダメージだ。

 

 

 

「「いったたたたた!」」

 

 

 

 だが二人とも即座に起き上がる。あえて転がることで体へかかる衝撃を緩和し、さらにその勢いを起きあがる力に利用したのだ。将輝はその頑丈さと機転から、いつきは辛うじて魔法でのダメージ減退と受け身が間に合ったから、それぞれ酷く痛がりながらも、まだ戦闘を続行できる。

 

 だが今のを見ると、運動能力で優れる将輝の方に分があり、大きく劣るいつきは不利だ。いつも通り、得意の超高速機動での遠距離攻撃をするべきである。

 

 だがそれでもいつきは再接近して、同じ魔法を連打する。二度同じ攻撃は食らわないと将輝は歯をむき出しにして目を見開いて睨み、その猛攻をしのぎながら反撃を加える。その反撃を何とか回避し続けてはいるが、一発あたればあっという間にそのまま決着になるような危うさだ。

 

 なぜ、いつきはそんなことをしているのか。

 

 

 

 

 

 ――情けなく這ってゆっくりとしか進んでいない、幹比古のためだ。

 

 

 

 

 

 将輝に隙を許せば、絶対に幹比古に止めを刺しに来る。そうなればいつき一人では絶対に勝ち目がない。だから、ここで分が悪い賭けに出てまでも、引きつけ続けなければならないのだ。

 

 あの、興味ないことは全部排除して自分の関心があることに突き進み、効率的に日々を過ごし、小さな体でそこら中を駆けまわる、「生き急いでる」ような姿。

 

 そんな親友(いつき)は、スランプで這いつくばって沈んでいた自分を見捨てなかった。彼の足を止めてまでも、待ってくれたどころか、隣で、または一歩前で、引っ張ってくれた。

 

 結果としてスランプ脱却に一番貢献したのは、達也である。いつきの貢献は皆無に等しい。

 

 だけど、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そのことが、ただただ、幹比古は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 そしてそれと同時に、情けなくもあった。

 

 今は、こうしてスランプを脱却したどころか、エリカの言う通り、以前よりも調子が良い。いつきに追いつけはしなくても、モノリス・コードで、確かに肩を並べて戦えるようにもなった。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

 自分はこうしてゆっくりと這って進むことしかできないし、その先も戦場ではなく、モノリスの裏というただの安全地帯。そのためにいつきは、あまりにも強大な相手に、自分の犠牲も覚悟で、小さな体で孤軍奮闘している。

 

 ずっと待っててくれた。ずっと引っ張ってくれた。ようやく並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――でも今、また二人の間に、埋めがたい距離があるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――待たせるわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ってろよ、なんて言葉すら、使ってはいけない。

 

 これ以上、親友を待たせるわけにはいかないのだ。

 

 それが――幹比古に課せられた、この瞬間の役割なのだから。

 

「がっ、ぐ!」

 

 痛む体ともうろうとする意識に鞭を打って幹比古は震える脚で立ち上がり。だが、身体は支えきれず、また倒れこんでしまう。

 

 ――それで問題ない。

 

 その前に倒れる勢いを利用して根性で脚を動かし、モノリスの裏へと倒れ込んだ。

 

 さあ、安全地帯に逃げ帰れた。

 

 いや、これでまだ仕事は終わりではない。

 

 幹比古は精霊を操り、音を頼りに配置する。相手モノリスから斜め上に離れた空中。いつきが開いてくれた活路が512のランダム英数字として羅列されている。

 

(『視覚同調』!)

 

 最後の気合を振り絞って、難しい魔法を使った。瞬間、まるで脳に直接送り込まれるように、鮮明な映像が流れ込んでくる。先ほどまでの霞んでぼやけていた視界とは対照的だ。

 

 そして震える手で、そこに書かれたコードを打ち込み始める。昨日から少しだけ練習をしたし、今日行われた三試合すべてが彼によるノーミスの入力勝ちだ。だが、今でもこれは慣れないし、ましてやこのコンディションでは指も体も働かない。その入力は、あまりやる気がなかった先ほどの渓谷ステージでの試合以上に緩慢だった。

 

(これは――まずい!)

 

 いつきによる接近戦に引きつけられ過ぎた。視界の端で幹比古がモノリスの裏に隠れたのを捉えた将輝は、それが意味するところを理解して焦り始める。

 

 このままいつきと戦えば勝てるだろう。魔法力と体力、両方で勝っているからだ。

 

 いつきがここまで食らいつけているのは、ここが正念場と見て全力を出していること、移動・加速系魔法が今の状況に相性が良いこと、彼の立ち回りが良いこと、この三つによるものだ。

 

 だがそれは、一旦将輝の側に傾けば、あっという間に崩れ去る。「頭」のスペックは残念ながら負けているが、「体」のスペックでは圧倒的なのだから。

 

 だが、それでもどれだけ時間がかかるか分からない。今こうしていつきに構っている間にも、幹比古は今までの試合と同じようにコードを入力しているだろう。あの体調ではこれまでの速度には届かないだろうが、果たしてどれほどで入力し終わるのかは分からない。

 

(一旦こいつを無視するか?)

 

 至近距離でいつきを睨む。その可愛らしい顔には、もう笑顔は欠片もない。目を見開いて将輝の一挙手一投足を見逃すまいと睨みながら、拳を振るって衝撃波を飛ばしつつ、さらに追加で、周囲の土を操ってさらなる攻撃まで加え始めた。ここまでされては、振り切ることができない。元々速度ではこちらが劣るのだから当然だ。

 

「だったらこっちも!」

 

 将輝は『領域干渉』で衝撃波と土のコントロールを失わせる。慣性で動くそれらは将輝をよろめかせるが、さほどのダメージにはならない。さらにいつきの横に『偏倚解放』を展開して射出するが、ギリギリのタイミングで高速離脱されて回避される。

 

「君の相手はボクだ!」

 

 そして離脱から即座に距離を詰めてきて、また激しい攻撃が豪雨のように降り注いでくる。可愛らしい声だというのに、レオや将輝にも劣らない、男らしい「吼えるような」叫び。

 

 いつきの攻撃のテンポが変わる。突然拳の乱打を止めたかと思うと、魔法を起動してから拍手。その可愛らしい音は将輝に向かってのみ襲い掛かり、しかも増幅される。

 

「ぐっ!」

 

 遮音障壁は間に合わない。防音障壁で軽減するのが精いっぱいだ。それでもその大音量は耳と脳を揺るがし、意識を遠のかせる。だがそれを歯を食いしばって耐え抜き、お返しとばかりに空気中の水蒸気を発散系魔法で水にしていつきの顔面にぶつけ、急ぎ故に小規模ながらも放出系魔法で電気ショックを浴びせようとする。

 

 だが水の段階でいつきも気づいたのか、電気ショック魔法が完成する前に離脱し、自身の顔を濡らす水を強引に袖で拭った。だがそれが狙い。発散系魔法で水を蒸発させるなら急激な体温低下が、拭うならば無駄な動作と遮られる視界が、将輝に有利に働く。

 

 そう、この隙に――モノリスの裏にいる幹比古を狙えるのだ。

 

 将輝は視界にとらえられない位置を対象とする上級テクニックで、『偏倚解放』を行使。モノリスの裏に間違いなくいるであろう幹比古を狙う。いつきがこちらの作戦に気づいてまた攻撃をし始めたせいで一発しか打てなかったが、あの満身創痍の幹比古を間違いなくとらえただろう。

 

(いや、手ごたえがない!)

 

 将輝は驚愕する。大観衆の声援が響き渡る中だというのに、極限まで増した集中力は、この平原フィールドの音を敏感に聞き取っている。空気が弾ける音がしたが、そこからはモノリスに当たった音しかしなかった。人に当たった鈍い音や、幹比古の悲鳴や倒れ伏す音は聞こえない。

 

(まさか、回避されたのか!?)

 

 幹比古の根性に驚嘆する。これでまた振り出し、いや、入力が進んでいる分、こちらがより不利だ。

 

 そう、幹比古はモノリスに寄り掛かるようにして、言うことを聞かない身体を動かして入力していたのだが、魔法の気配を察知し、即座に寝転んで回避したのだ。空気が激しく動く衝撃波がもろに顔面に襲い掛かって入力が乱れたが、まだダウンはしていない。

 

「もっとボクを構ってよ!」

 

「十分構っただろうが!」

 

 いつきが再び立ちはだかる。なんとしてもここで粘って、幹比古を守り切る必要があるのだ。そのためには、常に引きつけなければならない。

 

 お互いに、手を変え、品を変え、動きやリズムを変えて、目まぐるしい攻防が続く。

 

 もういくつの魔法を行使したのか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 ――お互いに、とくにいつきは、限界を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛然と攻め立てる王者・将輝と、それに食らいつく小さな少年・いつき。その戦いは終始将輝が押しているが、いつきの立ち回りが、将輝の流れになるのを許さない。

 

 目まぐるしい攻防があった。お互いの主軸となる武器を振るいつつ、手を変え、品を変え、お互いを傷つける。誇りを、仲間を、勝利を、守るために。

 

 そんな戦いが行きつくところまで行きついた今。

 

 将輝といつきの争いは、加速・移動系魔法と、『圧縮解放』のぶつけ合いへと回帰していた。

 

 どちらもやっていることは単純な魔法だ。九校戦でミラージ・バットと人気を成す、得点配分が高いゆえに各学校のトップが集まるモノリス・コード、その頂点を決める最終決戦にふさわしいとは言えない。

 

 だが、誰もが、それに魅了された。

 

 単純な魔法だ。だがその一つ一つに詰め込まれた実力と技術と知恵は今や出し惜しみされず、岡目八目の観客たちですらすべてを把握しきれない。二人の対照的な美少年が、その全力を尽くして対峙する。

 

「いつき……」

 

 沓子は試合の途中でいてもたってもいられず、生で見られる観客席の、しかも一番よく見える特等席に飛び込んでいた。眼前で、原始的な、それでいて、彼女を以てしても理解しきれない、高度な戦いが繰り広げられている。

 

 愛梨に説得され、将輝たちを応援していた。その気持ちは今も変わらない。だがそれと同時に、いつきを応援したい気持ちも、どんどん強まってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――会場は、静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的な魔法の応酬に大盛り上がりしていたはずだった。

 

 だがいつの間にか、全員がその戦いに見惚れ、無言で引き込まれていた。

 

(がんばれっ!)

 

 仲間の将輝を、気持ちが惹かれて仕方ないいつきを。どちらも、応援する。

 

「頑張れっ……」

 

 声が漏れる。喉の奥から弱い息が漏れるような、か細い声。呼吸すらも忘れて、見入っていたのだ。

 

「頑張れっ……!」

 

 声が出るが、かすれている。口が、喉が、見ている側だというのに、緊張で渇いていた。

 

 全身が熱い。喉も口もカラカラだというのに、汗が吹き出し、涙で視界が滲んでくる。

 

 邪魔だ。今この戦いを、ほんの少しも見逃したくはない。

 

「水の申し子」である彼女は今、自分の体からあふれる涙すら、コントロールできていなかった。

 

 ただそれでも、乱暴に涙をぬぐい、大きな目を見開いて、身を乗り出して、二人の戦いを見つめる。

 

「頑張れっ!」

 

 どこか悲鳴のような、悲痛な叫びが口から洩れる。

 

 将輝が、いつきが、苦しみながら、それでも戦っている。

 

 ハンサムな顔に闘志をみなぎらせ、咆えながら魔法を乱打する将輝。

 

 可愛らしい顔にはいつもの笑顔は全く浮かんでおらず、見開いた目は血走り、歯茎をむき出しになっている、いつき。そこにいるのは悪魔でも天使でも少年でも少女でもない。いつきという「獣」だ。

 

(頑張れ! 頑張れ!! 頑張れ!!!)

 

 気持ちが高ぶってくる。見ているだけなのに過呼吸になる。それでも沓子は、そのまま倒れてしまいそうなほどに身を乗り出し、二人に少しでも近づいて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ただ心のままに、叫んだ。

 

 全ての観客たちが黙り込んで見入っている。激闘の音だけが鳴り響く戦場。

 

 そこに、沓子の魂の叫びが、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお頑張れ!」

 

「いけ、勝て!」

 

「どっちも頑張って!」

 

「負けないで!」

 

「ファイト!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、バトル・ボード決勝が比べ物にならないほどの声援が、大爆発を起こした。

 

 観衆が、ただ純粋な気持ちで、心からあふれる感動と尊敬に従って、二人を応援する。

 

 

 

 

「頑張れ、いっくん!」

 

「いけ、いつき!」

 

「もうすぐよ! 粘りなさい!」

 

「負けるな!」

 

「勝てるぞ、中条!」

 

 第一高校テントでは、全員がモニターにかじりついて、小さな小さな少年に、想いのすべてを託していた。

 

 

 

 

「たのむぞ、いつき!」

 

「中条君、もうすぐです!」

 

「「頑張れ!」」

 

 エンジニアとして傍で見ている達也が、観客席の一角にいる深雪たちが、学校を代表する男の子の背中を押す。

 

 

 

 

「十師族の、第一研究所の根性を見せなさい!」

 

「頑張れ、一条君!」

 

「第三高校を背負ってるのよ! 負けちゃダメ!」

 

 第三高校のテントでは、一年生にして多くを背負うプリンスに、なりふり構わず声援を送る。

 

 

 

 

「中条、負けるな!」

 

「中条君、頑張れ!」

 

「一条がなんぼのもんだ! 一高の力を見せてやれ!」

 

 絶対安静の病室では、本来ここで戦うはずだった三人が、身体の痛みを無視して、腕を振り回して叫びながら応援する。

 

 

 

「いつき! オレの分まで頑張れ! 一条をぶったおせ!」

 

「将輝、頑張れ! 頑張れ!」

 

「お前は俺たちの光なんだ! 負けるんじゃねーぞ!」

 

 平原ステージの端。ヘルメットが外されて失格になった後に目覚め避難させられたレオと真紅郎と五十川が、自分たちの全てを、仲間に預ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれらの声援が渦巻き、空気を、大地を、揺るがす中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきも将輝も、体中から血を流し、軍用であるはずの服も所々がぼろぼろになっていた。その姿を、誰もが無様とは思わない。

 

 そして二人は、まるで示しを合わせたように同時に、全力の魔法を解放した。

 

 

 

 

 いつきは周囲の小石や土やヘルメットなど、周囲にあるものすべてを乱雑に集め、将輝を全方位から囲んで攻撃する。

 

 将輝は攻防の中で使った水分をいつの間にか集め、いくつかの塊にしていつきにけしかける。

 

 

 

 

 その攻撃の威力も厚みも、将輝の方が圧倒的に劣る。

 

 そして二人は攻撃を放つと同時に激しく動き回り、互いの攻撃を回避しようとする。

 

 将輝に襲い掛かる数々の攻撃が回避され地面に突き刺さる。時折掠めてダメージを与えることもあるが直撃はない。何せそのような魔法は、全て魔法で撃ち落とすか、腕でしっかりガードしているのだから。

 

 いつきに襲い掛かる高速の水の玉は複雑な軌道を描いていつきの移動先に待ち伏せするように偏差射撃される。それを移動系魔法で撃ち落とすが、弾けた水は再び集まって玉になり、いつきをしつこく追いかけ回し――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――将輝の咆哮と同時、いつきの傍で「爆発」した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水が一瞬で水蒸気になり急激に体積が増える、水蒸気爆発。その衝撃がいつきの周囲で同時に起こり、小さな体をこれでもかと痛めつけ――――ついにその意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だけど僕たちの勝ちだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コードは残り二十文字!

 

 幹比古は次なる攻撃に備えてマントで全身を覆ったうえでそこに付着した精霊を喚起しあらゆる防御魔法を重ねていた。こうして甲羅に閉じこもった亀のようになっても、『視覚同調』でコードは見える。

 

 いつきがやられた。だが、十分時間を稼いでくれた。

 

 この防壁が破られる前に、確実にコードを入力しきれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが突然幹比古の視界は急に闇に覆われ、コードが見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なん、で!?)

 

 あと少しなのに! 何かトラブルが!?

 

 幹比古はパニックになる。だがとにもかくにも、コードを入力しなければならない。

 

 記憶を頼りに、残りの十五文字を入力する。この長いようで短いようでよく分からない決戦の間、ずっと視界にとらえていたコードだ。覚えているに決まっている。

 

 だが、見ながらの入力に比べて、それはさらに目に見えて速度が落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マントを貫く将輝の包囲攻撃に晒された幹比古は、残り一文字と言うところで、意識を手放した。




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7ー5

 作戦通りに進んでいたはずだった。

 

 幹比古も、レオも、そして特にいつきも、想定以上に力を発揮した。

 

 だがそれ以上に――――「クリムゾン・プリンス」、一条将輝が、あまりにも強大だった。

 

「お疲れ」

 

 医療テント。全身ボロボロのいつきたち三人は、そこで治療を受けていた。

 

 将輝のレギュレーション違反すれすれの激しい攻撃にさらされ、三人全員が、もう一歩も動けない、というありさまだったのだ。

 

 当然しばらく安静。傍にいられるのは、今声をかけながら入ってきたエンジニアの達也と、実姉と言うことで特別な許可を出されたあずさだけだ。

 

「いっくん、よく頑張ったね。すごかったよっ……すごかった、かっこよかったよっ……!」

 

 そのあずさは、ベッドに寝かされているいつきを抱きしめ、褒めたたえていたが、途中で感情があふれ出し、泣きだしてしまう。いつきは、戦闘中が嘘みたいな、天使のような優しく可愛らしい笑みを浮かべて、そんな姉の柔らかな髪をゆったりと撫でてあげていた。

 

「カーッ、あそこまでやって勝てねえなんて聞いてないぜ! お前の妹や先輩方よりつええんじゃねえか?」

 

 普段の達也なら聞き捨てならないと思うところだが、あれを見せつけられては、「深雪の方が強い」なんて言えない。実際深雪自身も色々思うところがあったのか、エンジニアとして頑張った兄を讃えるのもそこそこに、部屋に戻って録画を見返している。

 

「…………あー、そうか、僕たち、負けちゃったんだなあ」

 

 ただの代理のはずだった。別に負けてもいいと自分たちですら冗談半分とはいえ言っていた。

 

 だが、ここまで順調に勝ち進んで。決勝で激戦を繰り広げ。

 

 その末に――負けた。

 

 今になってその悔しさが、幹比古の胸にあふれ出していた。

 

「俺の作戦も悪かった。相手が予想をはるかに上回っていたんだ。お前らはかなりよくやっていたよ」

 

「いやー、あれを予想しろなんてのが無理だね。あそこでギアを上げるなんてあり得ねえ。バケモン、正真正銘のバケモンだね」

 

 達也の言葉に、レオがくだを巻く。達也に責任を感じさせないために、そして湿った空気を振り払うために。本音も多分に含まれるだろうが、彼は、そんな気遣いができる人間であった。

 

 

 

 

 ――実際、作戦通りに進んでいたはずだった。

 

 

 

 最初の先制飽和砲撃をモノリスの裏に隠れて回避し、いつきが高速移動で攪乱する。そしてそこを安全圏から二人が突く。『念仏體(ねんぶつたい)』で常に直接干渉する魔法を退けるのも、終始うまく働いた。

 

 不意打ちに対処され始めたら、幹比古の魔法で土を大量に掘り起こして、平原に少ないいつきの「武器」を増やすのも。

 

 そしてそれで一気に攻撃の手を激しくしたいつきに乗じて、幹比古とレオが電撃戦を仕掛けるのも。

 

 相手二人をリタイアさせ、レオがその身を犠牲にしてでも幹比古を生き残らせたのも。

 

 

 

 すべては、ある程度予定されていた流れであった。

 

 

 最低でも、将輝一人対いつき・幹比古という形を作ることができれば、あとはいつきがひたすら引きつけ、幹比古が安全地帯から入力する。これで勝てるはずだった。

 

 

 だが実際は。真紅郎と五十川はもちろん、将輝が土壇場で力を発揮して、こちらを苦しめてきた。幹比古はほぼ満身創痍だったせいで入力が大幅に遅れた。いつきも戦闘中にかなり調子を上げたが、それを将輝は常に上回り続けた。

 

 

 結果、いつきはかなり粘って引きつけたものの入力しきるまでは間に合わずノックダウンされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最後、なぜ幹比古の視界が突然ブラックアウトしたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなのって、ありだと思う?」

 

 幹比古は不満と怒りを隠そうともしない。

 

 古式魔法師らしく、いかにも見つかりやすい、モノリス周辺やコード正面に、精霊を配置しなかった。「眼」を配置したのは、ギリギリコードの全景が視界に入る、モノリスの斜め上。横方向的な意味でも縦方向的な意味でも、「分かりやすい」位置からしっかりとズラされていたはずだった。

 

 実際将輝も、精霊の位置は分からなかったはず。

 

 だから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――モノリスを中心とした半径20メートルの半球状に、超巨大な『領域干渉』を展開したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それによって精霊魔法が解除され、幹比古に送られた「眼」の情報も途絶え、黒いマントに囲まれた闇に視界が覆われたのである。

 

「あれは滅茶苦茶だ。それこそ深雪でも無理だろうな」

 

 達也は額に手をやって「やれやれ」とでも言いたげに、呆れと関心を隠そうともしない。世界最強だと信じて疑わない妹だが、あの莫大な範囲に『領域干渉』をするのは、「封印」がある状態ならば間違いなく不可能だ。

 

 そして、そう。深雪と「封印」といえば。

 

「中条」

 

「ん、なあに?」

 

「なんです……失礼しました」

 

 達也がいつきを呼ぶと、うっかり癖であずさも返事をしかけ、顔を赤らめてすぐに目を逸らした。

 

 自分が呼び捨てするわけないだろうに。いい加減慣れてほしい。生徒会の時はもっと幾分かしっかりしているのに。

 

 弟が傍にいると気が緩みがちな先輩に色々不満を心の中で流しながら、寝転んだままのいつきの傍まで歩み寄って口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと用事があるから、今夜、俺の部屋まで来てくれるか?」

 

「え、何? 夜のお誘い? ボクが可愛いからってそんな……司波さんに殺されちゃうよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 あずさとレオと幹比古が、同時に達也に見開いた目を向ける。幹比古とレオは全身ボロボロだというのに、痛みを忘れて体まで激しく起こしていた。

 

「そんなわけあるか! 今日のことで色々話があるからだよ。それと深雪は俺がどんな趣味を持って誰と恋愛しようと受け入れてくれ……………………」

 

 しばしの長い沈黙。達也の顔が歪む。

 

「それはさておき」

 

「あ、誤魔化した」

 

「まあ信じられないわなあ」

 

 幹比古とレオの茶々が痛い。それでも鋼メンタルの達也は構わず続ける。

 

「自分で『可愛い』ってなんなんだ? こう言うのもなんだが、その歳の男でそれは流石にどうかと思うぞ」

 

 冗談や女装ならまだしも。こんな素の場面で自分をそう言うのは、たとえ本当に可愛い女の子ですら、引っかかりを覚えるだろう。現に深雪は、客観的に見ても世界一美しいが、それを決して自分で口に出したりはしない。

 

「だって実際に可愛いから仕方ないじゃん」

 

 いつきは頬を膨らませてぶんむくれて言い返す。その姿はまさしく「可愛い」が、「自分で何言ってるんだ」という気持ちが強い。

 

「だって、考えても見てよ」

 

 いつきはある程度体力が回復したのか、身体をゆっくりと起こすと、達也を見上げ、質問を重ねる。

 

「ボクとあずさお姉ちゃんはすごくそっくりだよね?」

 

「ああ、そうだな?」

 

「それで、あずさお姉ちゃんはとっても可愛いよね?」

 

「そんな、いっくんったら、もう……」

 

 実の弟に褒められて取る態度ではない。いつきもシスコンだが、あずさのブラコンぶりも甚だしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりボクは、世界一可愛いあずさお姉ちゃんとそっくりなんだから、可愛いに決まってるじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「幹比古、レオ、今日の夜飯は何がいい?」

 

「あー、がっつりした肉が食いてえ。死ぬほど疲れた」

 

「香りが強い野菜も一緒に食うといいらしいぞ」

 

「僕はつかれたから軽くでいいかな……」

 

「分かった。俺が頼んでおこう」

 

「え? 無視?」

 

 あんなのに構っていたら、何回呆れたって足りないのだから、無視が一番である。

 

 これが三人の共通見解であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんはー」

 

「来たか」

 

 その日の夜。約束通り、疲れているだろうに、いつきは一人で達也の部屋を尋ねた。

 

 招かれたいつきは、部屋に入った後、中をぐるりと見渡す。

 

「あれ? 司波さんはいないの?」

 

「お前も、深雪と俺がいつも一緒だと思ってるのか? お前だって中条先輩といつも一緒ってわけじゃないだろ?」

 

「まー、それもそうか」

 

 身振りでソファを勧められたいつきは遠慮せず座り、達也も二人分のお茶を入れて並べると、その正面に座る。

 

「まずは、今日何度も聞いたと思うが……モノリス・コードの試合、素晴らしいものだった。特に決勝は、歴史に残る試合になっただろう。結果としては準優勝だが、それでも大変なことだ」

 

「ありがとね」

 

 先ほどまで、一高陣営では新人戦優勝パーティが開かれていた。

 

 達也が担当した一年生女子たちを中心とした活躍によって、新人戦の優勝を飾れたのだ。

 

 また担当した女子以外にも、ほのかがバトル・ボードで優勝、いつきはバトル・ボードとクラウド・ボールで優勝し、さらに女子クラウド・ボールも優秀な成績を収めた。さらに、今日に名勝負を何回も繰り広げたいつき・幹比古・レオのモノリス・コード準優勝もある。

 

 そして、「イマイチ」扱いされているいつき以外の男子の中でも、森崎のスピード・シューティング準優勝の分もあった。

 

 女子の活躍が目立つが、これは一年生全体で勝ち取った、価値ある新人戦優勝だ。

 

 そんな中でもMVPともいえるのが、達也といつきだった。

 

 達也が関わった競技はすべて優勝・表彰台独占などの快挙を成し遂げた。選手個人の力も大きいが、これほどの成績は、彼の技術と作戦によるところがとても大きい。

 

 そしていつきは、元々出ていた二競技で圧巻のプレイを見せて両方優勝し、さらに掟破りの三競技目、代理モノリス・コードでも、準優勝を勝ち取った。いつきは一年生男子たちのヒーローであり、森崎達からも病室から感謝とお祝いのビデオメッセージが送られていた。

 

 そういうわけで、この新人戦優勝パーティも、達也といつきが主役となった。

 

 特にいつきは、一年生男子全員からヒーローとして扱われ、彼の可愛さにメロメロだった「アヤしい」趣味を持つ女子たちのハートを完全に打ち抜き、またモノリス・コードで見せた「男らしさ」「強さ」のギャップにノックアウトされた新たな女子ファンにも囲まれていた。ずいぶんとあずさと一緒にもみくちゃにされたものである。

 

 そうした事情もあり、今日いつきは、三桁目に突入しそうなほどに、モノリス・コード、特に決勝戦をほめそやされた。達也が今発した言葉もそのひとつであり、達也としても本音と会話導入の挨拶が半々、と言った具合だ。

 

「さて、疲れているだろうから、いきなり本題に入ろうか」

 

 腰を落ち着けた達也は、急に剣呑な雰囲気になり、いつきを真正面から睨む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、精神干渉系魔法を使ったな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱバレたか」

 

 達也の問いかけに、いつきは、ペロ、と舌を出して、悪戯っぽく笑いながら、それを認めた。

 

「おそらく俺以外は気づいていない。見事なものだよ」

 

 傍で見ていた幹比古やレオも、いつきのことを一番よく知るあずさも、精神干渉系魔法に感受性が高い深雪も、間違いなく気付いていない。

 

 だが、特別な「眼」で見ていた達也にはわかる。

 

 いつきは、どんな効果であろうと競技で厳禁となっている、精神干渉系魔法を、決勝戦で使っていたのだ。

 

「一条はそれなりに熱くなりやすい性格のようだが、一方で真の鉄火場を乗り越えた、いわば『戦士』だ。よほどのことがない限り、あの場で冷静さを失うことはない」

 

 例えば、積み重なったライバル心。例えば、不意を突かれた瞬間。例えば、恋焦がれる相手の身内との戦い。例えば、同じ「戦士」が放つオーラによる恐怖やパニック。

 

 そうしたものが幾重にも重なれば、オーバーアタックのような反則や、作戦ミスを起こすだろう。

 

 だが、そこまでの条件が重ならない限りは、将輝は戦いのギアを上げ続け熱くなってもなお、冷静な思考と視野が残るはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だというのに、安全圏に隠れてコードを打っていることが丸わかりな幹比古を、なぜあそこまで放置したのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきの攻めが激しかった。それはあるだろう。常人ならば、幹比古を抑えながらあのいつきを相手できるわけがない。専念しても相手できる者は少ないだろう。

 

 だが、将輝は常に優勢だった。幹比古に妨害を仕掛ける隙は、実際の試合で行われた以上に、いくらでもあった。

 

 いつきを倒すのを優先せざるを得なかった。それは本末転倒だ。なにせ幹比古にコードを入力されれば負けなのだ。いつきを優先するのは間違っている。そんなバカみたいなことを、将輝がするはずがない。

 

 

 

 だが実際は。将輝は、隙はいくらでもあったというのに、なぜか幹比古を極端に狙わず、いつきに夢中になり続けた。

 

 その理由は簡単。達也だけは、それをしっかりと捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いつきと将輝の決戦になった途端、いつきはずっと、将輝に精神干渉系魔法をかけ続けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たことない魔法だった。俺は魔法を見ただけでどんな起動式や効果かがわかるという話をしたな?」

 

「そうだね」

 

「当然、系統も分かる。バレてないから黙っておいたが、お前は、あの場で特大の反則を犯していたんだ」

 

 その魔法の内容自体は、危険性は欠片もない。起きる結果もごく弱いものだし、後遺症も残るはずがない。

 

 だが、精神干渉系魔法というだけで、下手をすれば殺人よりも禁忌なのだ。バレたら、反則負けどころか、一高全体が失格、下手すれば今後学校そのものが参加禁止すらあり得るレベルである。

 

「別に責めるつもりはない。バレなければ問題ないんだからな」

 

 実際、将輝の攻撃のいくつかも、深く審議すればレギュレーション違反だっただろう。いつきの防御と回避が、レオと幹比古の硬さが、その威力を過小評価させたのだ。

 

 

 

 

「ただ…………あの衆人環視の場で、『俺にしか分からない精神干渉系魔法』を使えたこと、これが問題なんだ」

 

 

 

 

 精神を操る魔法。

 

 四葉家の出自である達也にはわかる。たとえどんな効果だろうと、命への冒涜と同じと言えるほどに、悍ましい魔法だ。

 

 そんな魔法が、「あれだけ大勢が注目していたのに達也だけにしかバレず」、「それでいて将輝に効果を及ぼし続ける程度の強度がある」、形で使われたのだ。

 

 つまりそれは――全く誰にも知られることなく、他者を洗脳できることを意味する。

 

 ここで釘を刺さなければ。

 

 いつきは、四葉家とは違う。中条家は正真正銘、魔法師界としてはもはや異端とすら言える、一般家庭なのだ。

 

 そんな家で育った子供が、何の迷いもなくそんな魔法を人に使った。それでいて、隠密性も強度も高い。

 

 ここで注意しなければ――この、可愛らしい、女の子みたいな、無邪気な、それでいて、強くて、頭が回り、冷酷な面もある、効率主義的な、小さな小さな少年は、恐ろしい存在になる。

 

「あー、まあ、心配しなくていいよ。あれはボクの固有魔法で、他人が使えるものでもないから」

 

「だろうな」

 

 いつきが自分のCADを達也に触らせなくて安心していたというのは、そういうことだ。あれには、あずさ以外、または中条家以外には秘密の、精神干渉系魔法が入っていたのだろう。

 

 試合直前の最終チェックではCADをさすがに弄ったが、そこには登録されていなかった。あの試合では、CADなしで発動していたということだろう。CADの補助なしにあれほどのことができるというのが、なおのこと恐ろしい。

 

「ボクは生まれつき精神干渉系魔法に適性があってさ。お父さんとお母さんも同じ」

 

(明言はしないが、中条先輩も同じ、だろうな)

 

「それで偶然、固有魔法を見つけたんだよ。といっても、効果は役に立たないかな」

 

 いつきは私用CADを弄り、空中にその魔法を空撃ちする。当然エラーを起こすが、それだけでも達也はどんな魔法か、改めて分かった。

 

「『アテンション』。対象の注目を、ボクに強く引き付ける魔法だよ。相手の強度が弱かったら、注目させすぎてボーッと棒立ちにさせて一切無抵抗にできるし、『心』が強い人間相手でも結構ボーッとさせられる。あずさお姉ちゃんたちにもそれぐらい通じたかな?」

 

 一家単位で精神干渉系魔法に適性がある。そんな家族相手にもしっかりと効果を発揮するということだ。

 

「出力を弱くして発動させれば、なんとなく無意識にボクを注目しちゃう程度だね。使いどころは……今回みたいな囮作戦しかないかな。古式魔法もびっくりなほどに無駄に隠密性が高いから今日みたいな場面でも使えるけど……まあ、今後は使いどころはなさそうだね」

 

 固有魔法は魔法師のアイデンティティとすらいえる。そんな魔法を、いつきは、心の底から貶して見せた。

 

 自虐や謙遜や誤魔化しではない。本当にそう思っているのだろう。

 

 ただそれでも。

 

 精神干渉系魔法を、ほぼ一切人に気づかれずに使えるというのは事実だ。

 

 

 

 

 

 まるでその技術は――――四葉の中でもトップに位置する、黒羽家の貢や文弥のようである。

 

 

 

 

「……分かった。言っていることは本当のようだな」

 

 だがそこまでは言わない。

 

 達也はいつきの説明にひとまず納得する。

 

 何か嘘をついている様子はないし、隠している様子もない。今説明したことが全てで、それ以上の奥行きも、「可能性」も、過去の悪行もなさそうだ。

 

「だけど、もし今後悪用しているところを見たら、今日の分も含めて、世間にバラすからな?」

 

「あー、それは怖いな。安心して。どうせ使いどころはもう来ないだろうし」

 

 話はお終い。

 

 その空気を察したいつきは、あはは、と朗らかに笑うと、残ったお茶を飲み干して、席を立ちあがる。

 

「お茶、ごちそうさま。それと昨日・今日と、わがまま聞いてくれてありがとね」

 

「あー、そうか、そういえばそんな流れだったな」

 

 今日が劇的過ぎて忘れてた。

 

 そういえば事の発端は、いつきに依頼されて、エンジニア兼参謀をやったのだった。いつの間にやら、随分と夢中になってしまった。きっと、やりがいを感じていたのだろう。

 

「俺も楽しかったからそれはいいさ」

 

「そっか、それならよかった。じゃあ、お休み」

 

「ああ、お休み」

 

 達也も立ち上がり、ドア前までいつきを見送る。

 

 今まで四月以外さほど交流がなかったが、なんだか、随分と仲良しになったものだ。

 

「……なんてな」

 

 ふっ、と小さく笑う。何を感傷的になっているのだろう。「青春」を味わって、ほだされてしまったのだろうか。

 

 変なことを考えるぐらいなら、さっさと寝よう。達也はテーブルを片付けると、そのまま部屋備え付けの風呂に入る準備をする。

 

 この九校戦期間中に、色んな人の、色んな側面を知った。

 

 その中でも一番多くを知れたのは、きっといつきだ。

 

 彼は将来、深雪と双璧を成して、一高の代表的な存在になるのだろう。

 

「生徒会も、部活動も、風紀委員もやっていない。さてこれから、どうなるんだかな」

 

 達也の独り言が、浴室に小さく木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とはいえ、さしもの彼でも、この後いつきが、いつも通り、姉と一緒に風呂に入り、一緒のベッドでくっついて寝ているとは知らないし、想像すらできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前夜祭と違い、後夜祭の雰囲気は和やかだ。

 

 正式名称に「親善競技会」と銘打ってはいるものの、各学校・個人・組織の威信がかかっていたりだとか、対外アピールや実績を重ねて将来を有利にしようだとか、単なる勝ち負けだとか、色々な思惑が重なって、それぞれがかなり「本気」でこの九校戦に挑む。

 

 よって戦いの前である前夜祭はかなりピリピリしているのだが、この後夜祭は一転、緊張と激闘から解放されることもあって、学生でありながらも「ノーサイド」の精神がしっかりと発揮されることとなる。

 

 真紅郎と五十里は魔法工学について意気統合して、構ってもらえなくなった花音が拗ねて、去年仲良くなった他校の二年生の女の子にダル絡みしにいったり。

 

 出た競技が全く同じで直接対決することもあった愛梨とスバルが内心で来年に向けて火花を散らしながらお互いの健闘をたたえ合ったり。

 

 摩利と水尾がバトル・ボードについて意気投合して、それぞれ花音と沓子というヤンチャな後輩に懐かれているため、苦労を分かち合っていたり。

 

 深雪や将輝が他校の異性にひたすら声をかけ続けられていたり。

 

 学校の垣根を越えた交流が各所で繰り広げられていた。

 

「よう、いつき! 元気にしとったか!」

 

 そしてここでも、そうした交流が為されていた。

 

 代理選手のため急にこのパーティに参加することになって居心地悪そうな幹比古と、人見知りのせいで弟の傍から離れられないあずさ、そして料理をほおばりながら、声をかけてくる色んな人に人懐っこく対応するいつき。その三人組に、元気よく突撃したのが、沓子だ。

 

「あ、沓子ちゃん。この通り、それなりに元気だよ」

 

 たかが学生の集まりだというのにやたらと上等な料理が出されているからか、手に持つ皿には様々な料理が盛られている。彼は体格相応に小食なのだが、今日はたっぷり食べるつもりらしい。緊張で食事が喉を通らない幹比古とは大違いだ。

 

「あのものりすこーどはあっぱれじゃったのう! まさか三つの競技でおぬしを見れるとは、まさしく僥倖じゃ!」

 

「あはは、ありがとね」

 

 いつきも沓子も小さくて可愛らしいタイプだ。その二人が満面の笑みを浮かべて楽しそうに会話している姿を見て、いつきをハンターのごとく狙っていた「お姉さま」たちは愕然とする。「さん付け」または「先輩」を崩さなかったいつきが、「沓子ちゃん」と呼び、沓子がそれを当たり前のように受け入れている姿に、確かな「差」を感じたのである。当人たちは全く意識していないのだが。

 

「そうそう、吉田の神童も見事じゃったな。あの様子だと、すらんぷとやらは脱したようじゃの?」

 

「まあ、そんなところだね」

 

 幹比古は曖昧に笑いながら、はっきりしない返事をする。いきなり話しかけられてびっくりしたのと、「すらんぷ」の妙な発音が気になって仕方なくて、返事に集中できなかったのだ。

 

「姉君殿も技術者で大活躍じゃったな! ほのかの担当をしたのも姉君殿じゃな? あと、ものりすこーどのいつきのやつも」

 

「は、はい……よくわかりましたね」

 

 ほのかの分はともかく、モノリス・コードに関しては、登録エンジニアは達也だったはずだ。サブである彼女は公開されていない。

 

「やはりそうじゃったか! そちの司波達也も相当なものじゃったが、いつきの調整をするなら姉君殿以外おらぬと思ったからの!」

 

「さすが沓子ちゃん、よくわかってるねえ」

 

 いつきがクスクス笑う。その仕草ひとつとっても大変可愛らしく、遠巻きに見てチャンスをうかがっていた「お姉さま」方のハートを打ち抜く。

 

(これは、ダンスになったらいつきから離れた方がいいかな?)

 

 人の恨みは買うものではない。特に女性は。古の数々の説話がそう教えてくれる。古式魔法師として、その教えに従うのは当然のことだ。

 

 こうして、立食パーティの後半は、沓子がずっといつきと楽しく話し込んで、彼を独占する形になった。

 

 そうして時間が経ち、いよいよ「学生たちだけの時間」となる。

 

 大人たちは空気を読んで退室し、ホールにはいつの間にか広いスペースが設けられ、優雅な音楽が流れ始める。ここからは若者の青春、ダンスパーティーの時間だ。

 

「よし、いつき! 一緒に踊るぞ!」

 

「うん、いこっか」

 

「吉田君、こういうのって男の人から誘うはずですよね?」

 

「いつきも四十九院さんもそういう常識にとらわれない人ですからね」

 

 あずさと幹比古は呆れ果てるが、それもいつきの良さと言うことで納得した。幹比古は、予定通りいつきが戻ってきても離れられるようにここを立ち去り、壁の花となる。

 

 沓子も小さい女の子なので、とても小柄ないつきと踊っていてもあまり違和感はないように見える。とはいえ彼女の性格がそのままダンスに現れていて、リズムは崩れているし、動きもだいぶ大振りで激しい。それに対して、いつきは意外にも、戸惑うことなく可愛らしい笑顔のまま上手に合わせて、しっかりとしたダンスに仕上げている。

 

 それに気を良くしたのか、沓子はさらに上機嫌になって動きが激しくなり――そのまま、脚をもつれさせ、バランスを崩した。

 

 だがいつきはそれに素早く反応して支えて、ステップの勢いを利用してスムーズに起き上がらせ、そのままの流れでダンスへと合流する。まるで今倒れそうになったのも、元々あった振り付けであったかのようだ。沓子はしばしぽかんとしていつきに誘導されるがまま急におとなしくなって踊っていたが、いつきに笑いかけられると、急に顔が赤くなって、動きが固くなった。

 

「女たらしもいいところだな」

 

 いつきの天然ジゴロぷりもさることながら、沓子の初心な反応も面白くて仕方ない。

 

 このようなパーティーは苦手だが、今のいつきと沓子然り、傍から見ている分には面白いものだった。

 

 同級生・先輩・三高・他校、様々な女性と次から次へとダンスさせられ、それでもハンサムスマイルを崩さず優雅に踊る将輝は、ある意味いつきと対照的だ。彼はこうした場をちゃんと弁えており、女性が傍でアピールし始めたら、自分からダンスに誘っている。ちょくちょく疲れた様子が見えるが、相手に失礼にならないようにと必死に抑え込んでいるのが愉快で仕方ない。

 

 そしてまたいつきに目をやれば、沓子とのダンスが終わった後も、次から次へと誘われている。

 

 そのあたりを弁えている将輝とはまさしく正反対で、しかもいつきがとても小さい分、相手の女の子の方がだいぶ背が高いパターンばかりだ。これではまるで、小さな子供にダンスを教えてあげるお姉さんと言った具合である。そのくせいつきのダンスは中々洗練されていて、いざ踊ってみるとほぼ違和感はない。さっきの沓子とのダンスから思っていたことだが、一体どこであんな練習をしたのだろうか。このようなパーティーとは無縁な一般家庭だっただろうに。

 

 また別のところに目を向けると、達也も主に同級生の女の子から引っ張りだこだ。中には真由美ともダンスする場面があり、その独特な動きに戸惑いが隠せていない。

 

「ふー、踊った踊った」

 

 そうして時間を潰しているうちに、一段落着いたらしいいつきが、幹比古に近づいてくる。誘いたい「お姉さま」方の邪魔にならないよう離れていたのに、わざわざ部屋の隅であるここにまでくるとは。ダンスはお上品だが、こういうところは無神経らしい。

 

「幹比古君は踊らないの? せっかく偶然選手になったんだし、特権だと思って楽しめば?」

 

「僕にはこういうのは似合わないよ。踊りたいって思う人もいないだろうしね」

 

「ふーん」

 

 実際の所、モノリス・コードで大活躍した幹比古を意識して、傍でさりげなくアピールしている女の子も何人かいるが、彼は気づいていない。あの試合を見ていた人全員が、いつきに夢中だったと思い込んでいるからだ。実際の所、あの四試合のうち最後以外は、幹比古が常に主軸だったわけで、彼もかなり注目されているのだが、自覚がないのである。

 

「じゃあボクが踊ってあげよっか? 女の子の方の振り付けもできるし」

 

「ぶほっ!?」

 

 飲んでいたノンアルコールシャンパンを勢いよく噴き出す。しかも悲しいことに、今のいつきの言葉を聞いて周囲の女性が色めき立って二人に期待の視線を向け始めたのにも気づいてしまった。「そういう趣味」の存在を知っているだけに、何を期待されているのかが、不本意にもすぐに分かってしまった。

 

「タチの悪いジョークはやめてくれ! ていうか、なんで女の子の方も踊れるのさ!?」

 

「ボクは可愛いから、踊れたらどこかで役に立つかと思ってね」

 

 小さな体で堂々と胸を張って答える。効率主義者だと思ったが、なんだかただのわがままなおバカにすら思えてきた。

 

「同性愛の趣味は僕にはないよ。他に踊りたい人もいるだろうから、そっちを誘ってあげな」

 

「チェッ、面白いと思ったのに」

 

 幹比古はシッシッと追い払う。いつきは不満そうにしながらも素直に従い、彼を待っていた女の子――一高のクラウド・ボール新人戦であまり結果を残せなかった子だ――から声をかけられ、ダンスの輪へと入っていった。

 

(……逃げるか)

 

 そして悪目立ちしてしまった中で一人残った幹比古は、意心地が悪くなったので、別の部屋の隅へと避難していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誘ってくる男子は範蔵ぐらいだったあずさは一瞬で暇人になり、幹比古と同じく壁の花となって、色々な女の子と踊って楽しそうにしているいつきをぼんやりと眺めていた。

 

 入学してからずっと、いつきは、学校の中で人気者だった。

 

 そしてこの九校戦を境に、一高だけでなく、魔法科高校内のヒーローにまでなったのだ。

 

 バトル・ボードとクラウド・ボールで優勝、急な代理で参加したモノリス・コードではあの一条将輝と激闘を繰り広げて準優勝。

 

 そうした中で、彼の実力と、賢さと、可愛さと、カッコよさを、みんなが知ることになった。こうして今、彼は、色々な人から注目を集めている。自分の事のように誇らしい。

 

 そんないつきを見ているだけで、あずさは、自然と優しい笑みがこぼれていた。

 

 視線の先のいつきは、掟破りの二度目の誘いをしてきた沓子を断ることなく、また一緒に踊っている。いつきも沓子も心の底から楽しそうだ。いつきが気づいているかはともかく、「そういうこと」に疎いあずさでも、さすがに、沓子が抱く感情にはとっくに気づいている。他のいつきと踊りたがっている女の子も、程度に差はあれど、「そういう」気持ちがあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――っ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんないつきの姿を見て、胸に鋭い痛みが走る。あずさの顔からは、いつの間にか笑みが消え、表情が曇っていた。

 

 可愛い可愛いいっくんが、みんなの人気者になった。

 

 賢すぎたがゆえに不登校で、ずっと一人で遊んでいるか、あずさと遊ぶかしかせず、お友達はいなかった。

 

 だけど、高校に入ってからは、幹比古と再会して親友になったのを筆頭に、色んな人と仲良くなってきた。

 

 そして意外にも九校戦にも積極的で、そして大活躍し、同級生と先輩・性別などを問わず、みんなから慕われている。

 

 そのことは、心の底から嬉しい。

 

 天才的過ぎたがゆえに外とほぼ関わりなく、それを当たり前としていた。興味がないものを排除して、自分が思うがままに突き進んできた。

 

 いつきは――――家族関係以外は、自ら孤独の道を、迷いもなく突っ走ってきていたのだ。

 

 そんな弟が、こうして親善競技会に望んで出場し、活躍して、いろんな人と交流している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、「私だけの可愛い小さな(いっくん)」ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのことが、このダンスパーティーで、よくわかった。

 

 いや、元から分かっていたはずだし、そうなることを望んでいたはずなのに。

 

 だけど、こうしていつきが色んな女の子に好意を向けられて交流しているのを見ると、胸が痛んで仕方ない。

 

(だめ、だめなのに……)

 

 せっかく、いつきが、外へ、外へ、と自分を開けるようになったのに。

 

 なんで自分は、それに、後ろめたい思いを抱いているのだろう。

 

 

 

 

 

 

(……お部屋に帰ろうかな)

 

 

 

 

 

 あずさは壁から背中を離し、ホールを出ようとする。

 

 踊る相手もいなくて暇だし、お料理もとっくにお腹いっぱいだ。

 

 ここにいても、ぐるぐるとどうしようもないことを考えてしまうだけ。

 

 ならいっそ、「一人で」部屋に戻っていた方が良いではないか。

 

 

 

 

 

(――――っ!?)

 

 

 

 

 

 さらに胸が強く痛む。

 

 部屋に「一人」と意識した瞬間、こらえきれないほどの、寂しさや虚しさが、彼女の心を襲った。

 

 いつきが小学一年生のころから、ずっと一緒だった。それぞれに子供部屋が与えられていたのに、家にいるときは大体どちらかの部屋で一緒で、寝る時も同じベッドだった。

 

 だが、いつきは色んな人と交流を楽しみ、その間に自分は部屋で「一人」。

 

 その、あずさといつきの、今までと今の、大きな対比に、賢すぎる彼女は、気づいてしまった。

 

 足が止まる。

 

 ここにいても辛い。部屋に戻っても辛い。

 

 胸の痛みは強くなっていく一方。頭の中に重く湿った思考がぐるぐると回る。だんだんと呼吸が浅くなって、意識が遠のいてくる。

 

 

 

 

 

 

(どうしよう!?)

 

 

 

 

 

 

 

 壁から少し離れたところで、ダンスには背を向けて、中途半端なところで立ち尽くし、あずさはパニックになってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あずさお姉ちゃん、ここにいたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、頭の中を廻っていた思考が、全て吹き飛ばされる。

 

 遠のいていた意識が戻り、どこか遠ざかっていた周囲の喧騒が一瞬で蘇り鮮明になる。

 

 そしてあずさは、はじかれたように勢いよく振り返った。

 

「……どうしたの?」

 

 そこには、自分にとてもそっくりな、賢くて、強くて、可愛くて、格好良くて、大事な大事な(いっくん)が、不思議そうに首をかしげていた。

 

「え、ええ、と」

 

 さっきまで他の女の子と踊っていたはずじゃ?

 

 そんな言葉が出かかるが、頭は真っ白で、何も言葉が出てこない。

 

「な、なんでもない、よ?」

 

「そう?」

 

 なんとか絞り出した言葉は、自分でも説得力がない。

 

 当然、いつきも納得はしていない様子。うつむき気味のあずさの顔を、下から上目遣いで覗き込んでくる。急にいつきの顔が間近に迫って、あずさの心臓は跳ねあがった。

 

「どっか悪いの? 一緒に部屋にもどろうか?」

 

「う、ううん、大丈夫、大丈夫だよ!」

 

 あずさは勢いよく首を左右に振り、必死に否定する。未だに頭は真っ白で混乱しているし、背中に汗が流れているし、口の中がやけに渇いているが、胸の痛みはいつの間にか治まっていた。

 

「そっか、ならよかった」

 

 いつきはそう言いながら可愛らしく笑って、近くのテーブルからお冷を持ってきて渡してくれる。あずさはそれを受け取るや否や、勢いよく飲みはじめた。

 

 渇いていた喉に、上がっていた体温。よく冷えた水が、身体に染みわたる。それと同時に、頭もだんだんと冷えてきた。

 

(ああ、いっくんって、やっぱり……)

 

 自分が求めていたものを、いつも渡してくれる。

 

 この水もそうだ。研究に関する意見や知識もそう。そして、いつきが不登校を決めた直後も、お互いに守りあうと決めた時も、こうして今も、あずさの心を温めてくれるのだ。

 

「……ありがとね、いっくん」

 

「うん、元気になったみたいでよかった」

 

 落ち着いたあずさは、半分ほど減ったコップを返す。いつきは彼女の様子を見て、可愛らしくにこりと笑うと、彼も踊りっぱなしで喉が渇いていたのか、残った水を飲み干して、コップをテーブルに戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、あずさお姉ちゃん、最後に、一緒に踊ろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその、小さな小さな可愛らしい手を、あずさに差し出す。

 

「………ぇ?」

 

 突然のことに、あずさは驚きで声も出なかった。

 

 思考が停止して身体はコントロールを失い、半ば反射的に、虚空になんとなく差し出すように、その手へと、自分の手を、ゆっくりと伸ばしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 ――そんなあずさの手を、いつきは自分からさらに伸ばしてしっかりと掴み、軽く引っ張った。

 

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

 突然バランスが崩れてつんのめったあずさは悲鳴を上げて倒れそうになる。だが、そんな彼女を、いつきは優しく支えつつ誘導し、ダンスの輪へと入っていく。

 

「さ、いくよ?」

 

 あずさの両手を、いつきの両手が掴む。お互いが放つ体温が分かる程に、顔が近くなる。

 

 いつしか。あずさが大泣きしながらいつきに抱き着いて押し倒した時と同じような状況。

 

 だが今は、いつきのほうから、こうして誘ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大好きな大好きないつきからのお誘い。

 

 あずさはそれに、弟に似た、可愛らしい満面の笑みで頷き、二人だけの世界であるかのように、一緒に可憐に、最後の一曲を舞った。




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7-1ーB

はたして走者は何を考えていたのか


 さて、いよいよ三高との決戦ですが……うーんやっぱ平原ステージですね。森林が良かったなあ。

 

 

 

 一応作戦は色々あります。理想の作戦になるようにそれとなく誘導するのが常なのですが、達也兄チャマが私の脳内を読んでいるかのように完璧に全部作ってくれました。達也アニキはRTA走者だった……?

 

 ところで、黒羽家チャートと違ってこの中条家仲上々チャートは何回か走っているのですが……幹比古君の調子が、今までに比べてほんの少し良い気がしますね。自分の訓練の時間を削ってまでスランプ時の幹比古君に訓練施してて正解だったかもしれません。多分勝てませんが、なんだか今まで走ってきたのに比べたら、一番いける気がしてきましたね。

 

 オフェンスのいつき君は動きにくくなるのでマントはなし、幹比古君とレオ君だけです。うん、似合ってるよ! イケメンは何しても得でうらやましいね! いつき君これ着てもただのルルーシュごっこだから!

 

 

 

 さあ、いよいよ開始です。

 

 

 

 まずはチートオリ主特権・三人称視点を発動し、祈りましょう。

 

 砲撃してくるな、砲撃してくるな、砲撃してくるなっ……あ、開始直後に、一歩も動かずCADを三人ともこっちに向けてきました。最悪のパターン、先制遠距離攻撃ですね。

 

 これはもう仕方ありません。達也兄くん参加による精神デバフがあちらにかかっていないので、普通に思いつく程度のベターな作戦を選んできます。当然、こうなった時の動きの考案も達也兄君さまが一晩でやってくれました。

 

 レオ君と幹比古君はモノリス裏に速攻退避、いつき君は逆に超高速移動で攻撃を回避しながら単身突撃します。

 

 この高速移動力ですが、九校戦二競技優勝+モノリス・コード三戦分の経験値を得たことで、ついに中学生ぐらいのころの蘭ちゃん相当の実力を持つようになりました。小学生の頃の時点で達也お兄さまが追いかけられなかったぐらいなので、当然、このいつき君に射撃系魔法で照準できるのは、将輝君ぐらいでしょう。

 

 そういうわけで、相手は当然、直接干渉する魔法に切り替えてきますが――――古式魔法の真髄を見よ!

 

 

 

 

 

 

 RTA必須技術・『全有り芳一』!

 

 

 

 

 

 

 エイドス上の座標情報を誤魔化すことで、直接干渉する魔法の照準をずらします。同じ効果を持つ古式魔法には原作で登場した『纏衣の逃げ水』がありましたし、それを参考にした現代魔法『仮装行列(パレード)』もありました。

 

 古式魔法師は大なり小なり精霊魔法との戦いになるので、こういう魔法は各組織でそれぞれ開発してあるんですねえ。ちなみに吉田家では、「耳なし芳一」の説話に倣って『念仏體(ねんぶつたい)』と名付けています。

 

 この、座標誤魔化し魔法+高速移動の組み合わせは、十文字パイセンの『ファランクス』、達也お兄ちゃんの『術式解体(グラム・デモリッション)』『術式解散(グラム・ディスパーション)』の組み合わせ、この最強の二つに次ぐレベルです。常に魔法を使うので消費が激しい上にマルチ・キャストで頭がはげそうになるのが欠点ですが、一番簡単にできる最強コンボなんですね。

 

 そうこうしているうちに幹比古君とレオ君も参戦してきました。この一瞬はそれなりに優勢に見えますが、すぐに劣勢になります。将輝君が強すぎるんですね。

 

 ただそれでもここで相手一人を落として数の有利を奪えるくらいには……は?

 

 え、ちょっとおかしくない? 待って、待って。

 

 

 

 

 

 

 三人に当てられるわけないだろ! いい加減にしろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定通り三人の位置はある程度バラバラに散ってます。これは将輝君の攻撃が、急いでいる状況だと、二人までしか狙えないという想定だったからです。

 

 でもなんかいま、普通に三人同時にキッツい『偏倚解放』ブチかまして来ましたよ???

 

「バカ野郎お前俺は当てるぞこの野郎!」で本当に当てるやつがあるか!?

 

 あああああもう、これ、ガバ運乱数です。将輝君が想定よりも強化されてます!

 

 相変わらず化け物だなあ!? てめえはよお!? 顔も運動も勉強も家柄も性格も実力も揃ってて羨ましいなこら!!!

 

 まあでも、ある程度予想していた流れには乗っています。幹比古君に周辺の土を浮かせて武器を準備してもらって、攻撃を激しくしていきましょう。

 

 土自体の攻撃力はさほどでもありません。

 

 これの真価は――攻撃力ではなく目つぶし!

 

 よし、決まった! ここにレオ君のフルスイングが決まって、厄介なジョージィをダウンさせました! いや、あれヘルメット無かったら即死では???

 

 そしてこの一撃ノックダウンで相手が動揺している隙に、幹比古君が見事な古式魔法で相手を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ああああああ!!! 強化されてる将輝君がしっかり反応してるうううう!!! これじゃ間に合わないいいいいい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 やめて! クリムゾン・プリンスの『偏倚解放』で、吉田家の神童を薙ぎ払われたら、今後の展開で作戦と繋がってる三高モブ君のノックダウンまでなくなっちゃう!

 

 お願い、死なないで幹比古君! あんたが今ここで倒れたら、美月ちゃんやエリカちゃんとの約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、三高に勝てるんだから!

 

 次回、『城之内、死す』。デュエルスタンバイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、え……幹比古君も倒されましたが、彼の魔法が間に合って、三高モブ君をダウンさせるのも成功しました!

 

 うおおおおお! 将輝君も強化されてますが、幹比古君も今までの走りに比べて強化されてます!

 

 こうなったらレオ君を信じて、いつき君はダウンした相手二人のヘルメットを魔法で取りましょう! ちなみに、首下で止めるロックがきっちりかかってるので、それを魔法で外すのは地味に難しく、新人戦レベルだと手で外すしかできない子がほとんどですが、移動・加速系を散々鍛えてきた走者なら楽勝です。

 

 え、今将輝君も魔法で外そうとしてたって? 彼は例外です。化け物なので。

 

 ただし幹比古君がダウンした時にヘルメットを外そうとしたら、レオ君が硬化魔法で抑え込んでくれるので、時間稼ぎが可能です。

 

 ふははは、この思いつきそうで誰も思いつかない作戦に、さしもの将輝君も動揺で固まって……ないいいんですけどおお!?

 

 うわ、二人纏めて追撃しようとしてる! レオ君頑張って!

 

 

 

 

 

 幹比古君を魔法の射程圏外にシュウウウウウ!!! 超、エキサイティン!!!

 

 

 

 

 

 レオ君が蹴っ飛ばしたことで、追撃から逃がすことに成功しました。その代償としてレオ君がダウンしましたが、相手二人も完全に失格にしてるので、大体作戦通りです。今のやり取りの間に隙をついてモノリスも割ることができました。

 

 それにしても、なんとか逃がしてもらったとはいえ、相当強く蹴られたのでだいぶグロッキーそうですね。幹比古君大丈夫?

 

 まあ、大丈夫じゃないとしょうがないので、大丈夫と言うことにしておきましょう。

 

 ここからは最終フェーズ。

 

 孤軍奮闘となった将輝君相手に、いつき君一人で引きつけ続けて幹比古君を守り、彼に安全地帯からコードを入力してもらいます。

 

 

 

 さあ、そのためには、ほんの少しの余裕も与えてはいけません。

 

 まずは徹底的にインファイト! ここからは全力で引きつけなければならないので、防御と特防がダウンしても仕方ないです。

 

 

 俺は抵抗するで、拳で。

 

 

 直接攻撃は禁止ですが、それで発生する衝撃波で殴っているだけなので問題ありません。

 

 ここからはこのインファイトを主軸として、さらに使いどころがないと思っていたクソ固有魔法『アテンション』も効果を薄めてこっそり使います!

 

 このクズ固有魔法、マジで使いどころがないと思っていたのですが、何やら古式魔法も裸足で逃げ出すほどに隠密性に優れていると、カッチャマが教えてくれました。試したところ、衆人環視の注目が集まっていて、さらにサイオンなどが見えるカメラで撮影されているのに、それでも事後的含めてバレないレベルです。

 

 そういうわけで、原作二年目九校戦の文弥君のように、禁じ手であるこの精神干渉系魔法を使って、こっそりと将輝君の気を引き続けましょう。お前の相手は私だ!(ツンデレライバル風)

 

 カス固有魔法、まさかこんなところで使い所さん!? があるなんて思いませんでした。まあさすがに今後は使いませんがね。使う場面がないんですもん、こんなゴミ固有魔法。

 

 

 さて、幹比古君はダメージを大きくもらっているため、コンディションが良くありません。入力も恐らくとんでもなく遅いでしょう。

 

 一応こういう場合に備えて色々な魔法を準備してありますが……まあ、すぐに対応されますね。

 

 こんな激しい戦いが続いたものだから、いつき君の体力が限界ですし、それを操作している私の精神力も限界が近づいてきます。

 

 どうしようかな……これ以上長引いてもどうせ負けですし、いっそ、ここらで博打に出た方が良い気がします。

 

 

 うーん、て、あ! あっちがなんか力を籠め始めた! こっちも全力振り絞らないとやばい!

 

 うおおおおおお!!! 周辺にあるありとあらゆるものを将輝君にシュウウウウウウ!!! 芸がないですが、これが原点にして頂点! シンプルに最強です!

 

 

 

 一方あっちは――水のないところでこれほどの水遁を!?

 

 

 

 平原ステージは水分が少ないので安心していましたが、なんか水の塊めっちゃ集めてるんですが???

 

 え、空気中の水分であれじゃ全然足りないでしょ。『空想科学読本』で読んだもん! いくら真夏で湿気があるからって、あんな2リットルぐらいの水の塊作ったら、この会場が干からびますよ!

 

 えーっと……あれ? そういえば、彼の周辺、地面の草が枯れてますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、周囲の草と土から水分を集めた……ってコト!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理ムリむり! 死んじゃう!

 

 あれ絶対爆弾じゃん! 逃げろおおおお! こちとら学校行かねえでずっと魔法鍛えてきたんだ! 学校でキャーキャー言われたボンボンに追いつけるわけ――なんかめっちゃ追いついてくるしめっちゃ回り込んでくるんですけどおおおお!!!

 

 この野郎、せめて相打ちにすれば――なんであの大量の攻撃全部避けて防ぎきってるんだテメエ! 反則だろ!

 

 こうなったら水玉を移動魔法で撃ち落とし……あ、もうこんなに近くに? まにあわ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あああああ痛いいいいい!!! どぼじで……あ、死にましたー☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えー、皆さん、私が実際に見ていたゲーム画面である右上をご覧ください。

 

 いつき君が倒れてますね? はい、これは、先ほどまでの三人称視点とは違って、ゲームシステムさんに強制的に三人称にされたものです。

 

 以前説明した通り普通の睡眠などは本当にきっちり寝てるように意識が飛ぶのですが、気絶や魔法催眠などの場合は、こうして、意識を失っているプレイヤーキャラクターの背後霊のような視点にされるんです。

 

 はい、これで負けましたね。

 

 まあ、いつき君が負けただけで、これだけ時間を稼げば幹比古君がマントで亀になってくれてるので、さすがに入力間に合うでしょう。いやー、世界一位姉貴に続いて将輝君を撃破できるなんて、感無量ですね。これは経験値ボーナスも美味しいぞ^~、あ^~、たまらねぇぜ。

 

 え? 将輝君あれだけ攻撃食らったのに結構元気で……いきなりめっちゃ広い範囲に『領域干渉』を広げましたね。まさか頭でも打ったんでしょうか? 変だなあ。

 

 あ、あれ? なんかコードが入力されきった様子無いですね。そのまま将輝君が幹比古君に猛攻して――あ、審判全員の旗が上がりました。

 

 一高の三人が全員ダウン判定されたので、三高の勝ちです。

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあああああああ???

 

 なんで? どうして?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブチ切れながら検証したところ、将輝君のクソデカ『領域干渉』は、どこに設置されているか分からない幹比古君の精霊とのリンクを解除するためにやったそうです。あんな広い範囲に魔法使うの、亜夜子ちゃん以外で見たことないんですけど……?

 

 というわけで残念ながら、優勝はできませんでした。

 

 まあ、二競技に出て優勝してますし、さらにお代わり競技でも準優勝でしかも相当惜しいところまでやれたので、経験値は相当入ってくるはずです。今までで一番良い勝負ができましたし、勝っちゃった世界一位姉貴以外の走者の中でも一番の出来だと思います。

 

 さて、これでこんどこそ、もうやることはありません。

 

 会場に仕込まれたジェネレーターと戦って実戦経験値を稼ぐ案もありますが、軍人に混ざったらいくらなんでも不自然なのでスルーします。幹比古君とあずさお姉ちゃんを中心に、仲良く競技を見学して、好感度を稼ぎましょう。

 

 それではスーパー早送りして、ダンスパーティーの様子をご覧ください。

 

 うんうん、いつき君はモテモテですね。沓子ちゃんを筆頭に、女の子からの好感度がとても高いです。まあ、見た目はあずさお姉ちゃんなわけですから、可愛い系男の子の権化ですもんね。

 

 あー現実でもこれぐらいモテたいところですが……。

 

 それはさておき、これは周囲の評判が良い証なので、これからがやりやすくなります。いくら実績があっても評判が低いと中々我儘を通してもらえないんですよ。達也お兄様ぐらいの説得力が常にあれば楽なんですけどね。

 

 

 

 

 それでは最後にあずさお姉ちゃんとダンスをして――今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

〈システムメッセージ・「九校戦編クリア」のトロフィーを獲得しました〉




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8-1

 動画に映し出されたゲームの陰部。これは、夢なのか、現実なのか……。

 

 暑い真夏の休み 過熱した欲望は、遂に危険な領域へと突入する。

 

 なRTA、はーじまーるよー! 危険になるのは秋からなんですけどね(ホモは嘘つき)

 

 前回は九校戦が終わったところまででした。

 

 ここから夏休みです。宿題等諸々が免除されるので自由な活動ができますね。

 

 さて、九校戦を通して得た経験値により、高校入学時の蘭ちゃんと同じ程度のステータスになりました。

 

 競技お代わりまでしてようやく前世の入学時と同じか……となりそうですが、それだけ黒羽家チャートの経験値効率が最強で、中条家仲上々チャートの経験値稼ぎのタイミングが少なすぎる、ということです。

 

 

 で、この夏休みにやることですが、基本的にいつもと変わりません。

 

 家族は仲良く、暇さえあれば魔法訓練、あずさお姉ちゃんとは研究活動、幹比古君も交えて古式魔法・パラサイトのお勉強、ってところです。

 

 まあ後半二つに関しては、あずさお姉ちゃんの論文のテーマが、「パラサイトの存在と精神情報のイデアの可能性」なので、やることはほぼ同じですね。

 

 幹比古君の知識とあずさお姉ちゃんの知能を、転生者特権の原作知識で都合よく誘導して刺激し、来たる戦いに備えて知識と対策を身に着けてもらいます。

 

 今は校内コンペ提出論文の執筆に集中していますが、提出が終われば、そろそろ攻撃魔法や封印魔法、結界などを研究することになるでしょう。

 

 

 ちなみに、達也おにいたまグループの海水浴にもいつき君が誘われたりしますが、その予定に被るように家族旅行が入るように調整しましょう。あずさお姉ちゃんはあっちの旅行には一人だけ上級生だからと参加しないので、好感度が稼げなくなってしまいますからね。

 

 そういうわけでまた別の大衆海水浴場へ、中条家で旅行に来てます。トッチャマもカッチャマもイケてるので水着姿が眩しいですが……ほらご覧ください、あずさお姉ちゃんめっちゃ可愛いですね? しかも論文提出が終わった解放感でガラにもなくはしゃいじゃってます。かーわーいーいー!

 

 中条家仲上々チャートは、こうして癒しがあるのが最高ですね。大抵のチャートは家族仲ぐちゃぐちゃですし、同じ仲上々系列の吉田家仲良しだチャートは野郎所帯ですからね。

 

 さて、気になるいつき君の格好ですが……男の子なのに、女の子みたいな服装です。

 

 これはあずさお姉ちゃんの提案で、「自分にそっくりな子が上半身裸は恥ずかしい」と言われ、上に厚手のTシャツを着ることになりました。海水浴場のスタッフに無理やりシャツを着せられた秀吉君みたいになってますね。

 

 

 

 で、この癒しの夏が過ぎれば、また学校は再開です。9月半ばになれば校内論文コンペの結果が出るのですが……あずさお姉ちゃんは三位、ですか。まあまあってところですね。

 

 ちなみにここ、うっかり一位になったら大変なのですが、今のところ一度もそれはありません。

 

 理由は簡単。原作一位の鈴音先輩の論文が強すぎるからです。

 

 重力制御魔法式熱核融合炉は、世界のエネルギー問題を解決し、魔法師の地位を向上させる、とんでもない発明です。しかも、それの目途が立つような完成度ですからね。勝てるはずがありません。新発見具合で言ったらあずさお姉ちゃんのも相当なんですけど。

 

 

 そしてそして、この時期に同時に来るのが、生徒会選挙です。

 

 ここも原作通り、大好きなあずさお姉ちゃんが生徒会長に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――させるわけねえだろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会長は他役員に比べてはるかに激務だし責任も重いんだよ!!!

 

 横浜騒乱編でも来訪者編でも、自由に動けなくなるだろうが!!!

 

 そういうわけで、原作に真っ向から逆らい、お姉ちゃんが会長にならないようにします。

 

 その種は、今までしっかり蒔いてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは――論文コンペです。

 

 

 

 

 

 

 

 知的好奇心、知識、知性、向上心、色んなものを兼ね備えている研究者気質のあずさお姉ちゃんを小学生のころに論文コンペに連れて行き、常に興味を持つように、今まで誘導してきました。

 

 それはパラサイトとの戦いに備えて知識をつけてもらうためだけではありません。

 

 生徒会長にさせないためです。

 

 各校の生徒会長は採点者の役割があり、自校以外の八校の発表を採点することになっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり――生徒会長は論文コンペに出られないんですね。

 

 

 

 

 

 

 来年の論文コンペこそは、と息巻いているあずさお姉ちゃんは、当然生徒会長就任を断固拒否します。

 

 

 

 

 だから、論文コンペを小学生の頃から一緒に見に行く必要が、あったんですね。

 

 

 

 

 あ、おい待てい! 来年の今頃は生徒会じゃなくなってるから今会長でも問題ないだるるぉ!?

 

 と思う兄貴もいるかもしれません。

 

 確かにその通りなのですが、とにかく会長は多忙なので、研究活動の邪魔になるから、どちらにせよ断固拒否することになります。

 

 これは……完璧な理論武装だあ……。

 

 いやー、このチャートを考えた人は天才ですね。まあ、世界一位姉貴なんですけど。

 

 

 

 はい、そういうわけで、原作から大幅に変更がありました。

 

 生徒会長は五十里君、会計がお姉ちゃん、副会長が深雪ちゃん、書記がほのかちゃんです。

 

 この世界では、五十里君が色々呑み込んでくれたみたいですね。彼も論文コンペに強い意欲があるから辞退することがあります。そうなった場合は、会長が範蔵君で、代わりの会頭が桐原君になります。困った真由美先輩が十文字パイセンに相談して、部活連から範蔵君を譲ってもらう、という経緯らしいです。

 

 まー、範蔵君が会長になったとすると、校風も原作よりピリピリした感じになりそうですね。生徒会の空気も原作ほど和やかじゃなさそうですが、まあバランサーの五十里君が頑張ってくれるでしょうか。

 

 あと範蔵君が会長になると、達也兄やにかなり頼っていた原作生徒会とは違って、達也お兄ちゃんはずっと風紀委員のままです。今年度中は風紀委員、来年度から生徒会、という中途半端なことはしたくないタイプでしょうからね。

 

 

 

 さて、生徒会選挙編も落ち着いて、さらに時間が経ったところで……

 

 

 

〈システムメッセージ・「ハロウィン前夜」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 きました、横浜騒乱編スタートです。今回はいつき君の運動能力が相変わらずカスなのと固有魔法がうんちなこと以外は、かなり順調です。ここで乱数がぶれて大亜細亜連合が攻めてきません、なんてなったら大変ですからね。このトロフィーが癒しです。戦争は起こってナンボなんだよ(人間の屑)

 

 さて、黒羽蘭ちゃんの時はやることがあまりありませんでしたが、いつき君はやることがあります。

 

 一つ、美味しいイベントである、十文字克人にみんなでボコボコにされようの会は、今回も参加します。ちなみに会場警備隊に推薦されますが、それは断りましょう。自由がなくなるので。

 

 

 

 それともう一つが――あずさお姉ちゃんの護衛です。

 

 

 

 原作では、論文コンペ発表メンバーの三人には護衛がつくことになっていました。たかが高校生のイベントで大げさな、とは思いますが、実際原作では色々起きましたし、過去にも起きたことがあるそうですね。

 

 でもじゃあなんで、お姉ちゃんの護衛? ってなるかと思いますが……このチャートではほぼ必ず、あずさお姉ちゃんが、論文コンペの補佐として選ばれるからです。

 

 理由はいくつかありますね。

 

 一つは、原作と違って生徒会長じゃないから。もう一つが、論文コンペへの意欲が高くなるようにしてあるので原作より優秀だから。最後の一つが、生徒会メンバーとして一緒に活動してきたので鈴音先輩的に気が楽だから、です。

 

 そういうわけで、発表者が鈴音先輩、補佐がお姉ちゃんと、あと精神を病んだ平河先輩の代わりの達也兄上様です。

 

 

 さて、あともう一つツッコミどころがあるでしょうね。

 

 あずさお姉ちゃんが補佐なのはいいとして――「生徒会でも風紀委員でも会場警備隊でもないいつき君が護衛?」とはなりますよね。

 

 

 では、種明かしをしましょう。

 

 

 

 

 

 正確に言えば――――正式な護衛ではなく、勝手に護衛をやってくっついて回っているだけです!!!

 

 

 

 

 

 あずさお姉ちゃんの傍に居座って好感度を稼ぎ続けるには、弟であることを利用して、勝手に名乗り出た護衛としてくっついているのが一番なんですよ。そうすると向こうからトラブルが舞い込んできて、まあさほど美味しくはありませんが、貴重な経験値が手に入ることもあります。

 

 そういうわけで、護衛の布陣はこちら。

 

 発表者である鈴音先輩には最強の護衛である摩利先輩が。こいつに護衛必要ねえだろってなる達也あにぃには、くっついて回る口実として生徒会役員の深雪ちゃんが。そしてあずさお姉ちゃんには正式な護衛として花音パイセンがつきます。

 

 ちなみに後半になってくると花音先輩は護衛任務を完全にいつき君にほっぽりなげ、生徒会長の彼氏とイチャイチャ過ごすようになります。今年は特にトラブル多発のはずなのですが、司波兄妹が頼りになりすぎる上にいつき君もいるってことで、もう全部問題ないんですね。

 

 そういう流れで、十文字パイセンの特訓に参戦する以外は、あずさお姉ちゃんにくっついて回りましょう。これ不思議なんですけど、同じ立場のはずなのに、何回プレイしてもトラブルに遭うのは必ず達也お兄ちゃまなんですよね。原作再現になるように、トラブル遭遇補正が強くかかってるんでしょうね。経験値入ってこねえよ(絶望)

 

 

 

 さて、ではいよいよ、恒例イベント、「十文字克人にみんなでボコボコにされようの会」です。

 

 あ、ちなみに飛び入り参加した前回とは違って、今回は男子ということで、向こうから誘ってくれました。やったねいっくん、手間が省けるよ!

 

 いつき君のステータスは、黒羽蘭ちゃんに比べたらクソザコです。なので今回ももちろん勝てません。またあの時以上に粘るのも無理でしょう。

 

 そういうわけで、一般家庭チャート特有のしがらみのなさを活かして、手段を選ばないでやっていきます。

 

 まず最初の内は様子見で、幹比古君と一緒に断続的にジャブ攻撃を加えましょう。使えないメインメンバーの十人が続々やられていきますが無視します。

 

 それを通して戦いやすいフィールドに誘導して、幹比古君と連携して攻めまくります。

 

 さすがのパイセンもこれは流石に苦しそうですね。このままいけば勝てそうに見えますよね。まあ、この後の展開は分かっていますが。

 

 

 

 

 出ました! 掟破りの『ファランクス』です!

 

 

 

 

 

 この最強魔法を出されたらもう手も足も出ません。訓練にならないので自重してくれているのですが、追い詰めると大人げなく解放してきます。

 

 こうなったらしょうがないので、山林に隠れてゲリラ戦法を取る流れを作ります。別方向に散って逃げる……と見せかけて目視できるギリギリで止まり、動きを観察します。……よし、予想通り、幹比古君を追いかけてくれました。

 

 十文字先輩はあくまでも訓練相手と言うことで、ある程度セオリー通りに動いてくれて、裏をかくようなことはあまりありません。今回も、ゲリラ戦法ならまず古式魔法師を潰すべし、というセオリーで動いてくれます。

 

 では、バレないように超大回りして得意の高速山林移動で追いかけます。そして離れたところで待機して――――きたぜ、原作でも大活躍した幹比古君の『土遁陥穽』だ!

 

 

 

 

 

 

 

 あの土による足止め+目くらまし効果を使って――――掟破りの精神干渉系魔法を発動!

 

 

 

 

 

 

 

 怒られないギリギリの効果の魔法を使用して、『ファランクス』の守りを貫通します。禁忌とされてる精神干渉系魔法を使うなんて思わないもんねえ(ニチャア)

 

 ではこの好機を使って、ワンチャンに賭けて全力攻撃で袋叩きにしましょう。

 

 え、こんな状況で「ワンチャン」っておかしいだろって?

 

 なにもおかしくないですよ。

 

 ほら見てください。あっちはいわゆる群発頭痛状態なのに、展開してる『ファランクス』をいつき君たちは全然破れません。こうして時間を稼がれたら――ああ、『情報強化』で無効化されました。

 

 はい、こうなったらお終いですね。負けです。

 

 ………………すみません、予定通りの負けなんですけど、やっぱおかしいです。

 

 何なんですかこの強さ。さすが原作者公認の最強ですね。

 

 うーん、このイベント、必ず負けるし、実戦訓練だから必ず痛いしで、あまり走者的には楽しくないイベントですね。モノリス・コードは周囲の応援や青春感があって楽しいんですけどねえ。

 

 

 

 

 

 では、訓練が終わった後、幹比古君が美月ちゃんの巨乳を揉んでるところを見ながら、今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。




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8ー2

 九校戦が終わり、代表たちの遅い夏休みが始まった。ただし課題の類はほぼ全て免除されており、一般生徒よりも夏休みを開放的に楽しむことができる。

 

 ここの楽しみ方・過ごし方はそれぞれ違う。

 

 例えば、中条姉弟は特に変わったことをせず、いつも通りの日常を過ごしていた。

 

「いっくん、チェックしてもらっていい?」

 

「うん、いいよー」

 

 あずさの部屋では、あずさがコンピュータに向き合ってキーボードで論文執筆の続きに取り掛かっている。その後ろでは、いつきが端末と本を大量に並べて中身を調べまくり姉の執筆の手伝いをしている。

 

 いつきの端末に書き進んだ部分の文章が送られてきた。吉田家蔵書室の奥底から引っ張り出した古文書の内容を要約した部分となっている。引用ではなく要約となると、出典元の内容と相違がないか厳しくチェックする必要があるため、わざわざこまめに第三者にお願いしているのだ。

 

 これは6月中頃からの中条家での日常風景だった。二年生にして論文コンペ代表を狙うあずさは去年以上に真剣に取り組んでいる。強い味方・幹比古を得たこともあって、彼女の研究は去年よりも格段に進んでいた。何よりも、妖魔の類が実際に存在し、それがしっかりと分類されていることがわかったのが大きい。現代魔法師の尺度だけでは、ここにたどり着けなかっただろう。

 

 論文の内容は、「パラサイトの実在と、精神情報イデアの存在可能性」である。古式魔法師たちの記録とロンドンで行われた会合を主な根拠としてパラサイトの存在を示したうえで、その正体の考察から、精神情報に関するイデアが存在する可能性を示す、という流れだ。

 

『言われてた本、持ってきましたよ』

 

「ありがとうございます!」

 

 あずさの傍に置いてある端末には、幹比古が映し出されている。映像通話をつなげて、アドバイスをもらったり、蔵書室から望んだ本を取ってきてもらったりしているのだ。できれば実際にこちらから赴いてやったほうがはるかに効率が良く、実際にそうする日もあるのだが、しかし毎日というわけにはいかず、こうしてリモートで協力を仰ぐことが大半だった。

 

 可愛い弟と、頼りになるその親友。そのほか色々な人の協力を得て、あずさの執筆は順調だった。

 

 とはいえ、締め切りは目前である。彼女は本来余裕をもって提出するタイプなのだが、この論文は、ギリギリまでブラッシュアップしたかったのだ。

 

 

 

 

 

 ――九校戦が終わってすぐにこんな日々を再開して数日、彼女の努力の結晶は無事完成し、正式に受理された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ! すごい! 三年ぶりだからすっごく広く感じるね!」

 

 夏休みももうすぐ終わるという頃である8月26日。中条家の四人は、久しぶりに家族旅行で海水浴に来ていた。

 

 去年はいつきが、おととしはあずさが、それぞれ受験生だったので、家族旅行は控え目であった。だが今年はそれもないし、二人とも九校戦でとても頑張ったので、そのご褒美として、今まで何回か来ている大衆向け海水浴場ではなく、やや高級で落ち着いたビーチへと来ていた。

 

 砂浜に出たあずさは、どこまでも広がる青空と海を見て、跳ねまわってはしゃぐ。彼女の小ささ・可愛らしさも相まって、まるで小学生のようだ。

 

 そして彼女の水着もまた、見た目相応のデザインである。控え目なフリルがついた、黄色を基調とした、ワンピースタイプ。大変可愛らしく似合っているのだが、21世紀前半よりも洗練されたお洒落が当たり前となったこの時代の女子高生としては、あまりにも子供っぽすぎる。

 

「そういえば久しぶりかもね」

 

 そんなあずさの横で笑顔を浮かべて頷いている、彼女に瓜二つな子が、その一つ下の弟・中条いつき。この見た目だが、れっきとした男である。

 

 彼のスタイルは中性的である。透けないタイプのやや厚手のシンプルなTシャツを着て上半身をしっかりと隠し、下半身はデニムベリーショートパンツタイプの水着だ。別に本人は何らこだわりはないのだが、あずさと瓜二つの人間が彼女と並んで上半身裸なのは色々不健全なので、主にあずさのお願いでこのようなスタイルになった。

 

「ね、ね、いっくん、さっそく泳ぎに行こうよ!」

 

「うん、いこっか!」

 

 あずさはいつきの腕に抱き着いて引っ張る。いつきもそれに抵抗することなく、二人は一緒に砂浜に小さな足跡を残しながら走って海へと向かった。

 

「ちゃんと準備運動するのよ~」

 

 そんな娘・息子を、カナは穏やかな顔で見送る。口ではこう言ってはいるものの、あの二人ならばと心配はしていない。実際波打ち際でぱちゃぱちゃ軽く遊んだ後は、二人ともしっかりと準備体操を始めた。

 

「あの年頃になると男女関係なくきょうだいっていうのは少し避け合うものだと思っていたんだけどね」

 

「あそこまで仲が良いのは珍しいわよねえ」

 

 お互いの体を押し合ってストレッチ体操している二人を見ながら、学人とカナはにこにこしながら夫婦水入らずで会話をする。

 

 あの二人は周囲のママ友・パパ友の子供たちに比べたら、かなり仲が良い。いや、恐らく、世間と比べてもトップクラスで親密な関係を築いていると言えよう。なにせ性別が違うのに、未だに一緒に寝ているし、一緒にお風呂まで入っているのだ。

 

「…………いつ止めさせようか?」

 

「…………さ、さあ……」

 

 そしてこの仲の良さこそが、二人の悩みの種だった。

 

 いくら姉弟とはいえ、この歳で、異性だというのに一緒にお風呂に入るというのは、さすがにどうかしている。しかも毎日だ。この歳どころか、小学校低学年でそれを卒業するべきであろう。我が子ながら、もはや変態だ。

 

 親であるこの二人は、それを止めさせることができるし、その義務も背負っていると言えるだろう。実際、何度も何度も、分かれて入るように言おうと思うタイミングはあった。

 

 だが、言い出せない。

 

 かなりしっかり者の夫婦だが、一方で穏やかな性格が災いし、人に強く物を言えないのである。それは自分の愛しい子供たち相手でも変わらない。

 

 それに。

 

 もし分かれて入るように言ったのがきっかけで、あの二人がお互いを「異性」として認識し合ってしまった場合――――何が起こるのか、怖かった。

 

 間違いなく、今の穏やかで親密な関係は、多かれ少なかれ「変わる」だろう。

 

 そうなったとき、果たして二人は、どのような関係になるのか。

 

 それが怖くて、二人は、未だにほのめかすことすらできないでいたのだ。そうこうしているうちに、二人は九校戦に向かい、姉弟で特例と言うことで二人で同じ部屋で寝泊まりすることになった。きっと、そこでも一緒に入浴し、同じベッドで寝たのだろう。周囲に露見しないかと冷や冷やした10日間だったが、なんとか大丈夫だったらしい。

 

 準備運動を終えたいつきとあずさは、波打ち際から少し沖の方の浅瀬で、水を掛け合ったり、お互いにくっついてじゃれあって海に全身を浸けさせようとしたりして遊んでいる。普段の衣服ではなく水着で、お互いの「肌」にかなり近い状態だが、二人とも全く気にするそぶりはない。

 

 そうして照り付ける太陽にも負けない笑みで笑い合うと、いつきがいきなり魔法で携帯端末を取り寄せ、二人で密着して自撮りをしてから何やら操作をして、また魔法で戻した。記念撮影だろう。

 

「二人にとって、良い10日間になったみたいね」

 

 若干の不安を残しつつ、カナはまた穏やかな笑みを浮かべる。

 

 九校戦。才能ある我が子二人は、それぞれエースクラスのエンジニアと新人戦男子エースとして、大活躍した。

 

 特にいつきは二競技で力を見せつけ優勝し、さらにトラブルから急遽モノリス・コードにも参戦し、あの一条将輝を相手に互角の勝負をして準優勝を持ち帰ってきた。

 

 いつきとあずさが一緒にいる学校の友達に遠慮して会いに行くことはしなかったが、二人とも保護者特権で、あの会場で生で全てを見ていた。可愛い息子の大活躍に目を奪われ、心の底から喜び、喉が嗄れるほどの声援を叫んだ。

 

 そんな濃密な青春を共に過ごしたいつきとあずさは、この九校戦を通して、今まで以上にさらに仲良くなったのだ。帰ってきてからは論文執筆でずっと一緒だったし、こうして解放されてからは、主にあずさがいつきにくっついている。両者の間にはパーソナルスペースが全くないのだろう。

 

 

 そんなことを考えているうちにいつきとあずさの遊びはヒートアップしていく。ついに両方とも、海水へとしたたかに倒れた。そしてずぶ濡れになりながら起き上がると――目を合わせて、誰の目も気にせず、二人だけの世界で、声を上げて笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫の家の計画にお呼ばれして、達也のお友達グループはプライベートビーチで夏を満喫していた。

 

 幹比古もその一人である。レオと達也に対抗して魔法抜きの遠泳競争をしてビリに終わった幹比古は、息を切らしながら、パラソルの下のテーブルでぐったりと休憩していた。

 

「はい、残念賞」

 

「……殺すつもり?」

 

 エリカがコップをドンと幹比古の前に置く。その顔には、実に邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 頼んだのはスポーツドリンクだが、コップに入っているのは砂まじりの海水。間違いなくたった今掬ってきたものだろう。確かに大汗かいて喉が渇いたので水分と一緒に塩分も欲しかったが、これでは濃すぎる。

 

「じょーだんよ、ほら」

 

 幹比古が本気で睨んできたので、エリカはケラケラ笑いながら背中に隠していたスポーツドリンクのペットボトルを渡す。受け取るや否や幹比古は、よく冷えたそれを一気にボトル半分ほどまでがぶ飲みした。

 

「ぷはー」

 

「ほら、ありがとうは?」

 

「海水の分でなし」

 

 ニタニタ顔のエリカにそっけなく返事をして、もう半分を飲み干す。

 

 久しぶりの海だったので、ペースを見誤った。いや、それは要因の一部。一番の原因は、体力お化けの二人に食らいつこうとしたからだ。

 

 空になったペットボトルを乱暴にテーブルに置き、そのまま疲れた体を弛緩させて突っ伏する。あのモノリス・コードほどではないが、鍛えている彼を以てしてもかなり堪えたのだ。

 

「…………いつきも来ればよかったのに」

 

 そうしてモノリス・コードから連想したのが、そこで肩を並べて戦った親友・いつきだ。いかんせん急な話だったため、いつきはちょうど同日に家族旅行の計画があり、来られなかったのである。

 

 いつきは、幹比古が誘ったのではなく、雫が直接誘った。このことから分かる通り、いつきは、幹比古を通じて、そして九校戦を通じて、このお友達グループの一員と認識されていたのだ。

 

 あの親友がいれば、このバカンスは、もっと楽しかったに違いない。それだけが心残りだった。そして願わくば、遠泳に参加して途中ギブアップしてもらい、自身をビリっけつにさせないでほしかった。

 

 そうしてぼんやりと考え事をしていると、エリカが頭のてっぺんを突いて――彼女のパワーで遠慮なく突かれたのでかなり痛い――きた。

 

「ミキ、あんたのケータイ通知来てるわよ」

 

「幹比古だ!」

 

 痛む頭をさすり、しっかりと不本意なあだ名に抵抗しながら、テーブルに放置していた自分の端末に手を伸ばす。見てみると、メッセージが届いていた。

 

「あ、いつきからだ!」

 

 たった今考えていたところに、ちょうど送られてくる。そんな偶然が嬉しくて、つい笑みをこぼしながら、その中身を開く。

 

「……あー、うん、いつも通りだね」

 

「え、どれどれ、あー、そうね」

 

 そして中の写真を見て、二人は呆れ果てる。そんな反応を見て気になったのか、他のみんなも集まってきては端末を覗いて、全員が微妙な反応をした。

 

「相変わらずあいつはそんな感じなのか」

 

「仲が良いのは構わないのですが、べたべたしすぎですね」

 

 一番最後に集まってきた司波兄妹も、辛辣な評価を下す。

 

 送られてきた写真は、いつきとあずさのツーショットだ。

 

 とっても可愛らしくそして子供っぽい水着を着たあずさがいつきの腕に抱きついて密着して端末カメラを見上げて満面の笑みを浮かべ、いつきもあずさに身体を寄せながら天使のような笑みを向けている。そして身を寄せ合った二人の柔らかそうな頬は、お互いの形が歪む程に密着していた。

 

 明るくて、ほほえましくて、仲が良さそうで、可愛らしい、理想の関係のような写真だ。ただし「幼い姉弟の関係として」という言葉つきで。見た目は幼いが、二人とももう高校生だし、片方は先輩だ。こんなのを見せつけられては、「姉弟で何バカップルをやっているんだ」としか思えない。

 

 やれやれ。

 

 達也と深雪は同時に、いつまでもベタベタしている幼い姉弟に呆れて、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………はあー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古たちのため息が、いつきとあずさではなく自分たちに向けられていることに、達也と深雪は全く無自覚であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは、あの二人は相変わらず仲良しじゃな」

 

 これと同日。三高の地元金沢は気候変動があったこの時代でもなお避暑地として有名であり、当然一色家もささやか――二十八家基準――ながら別荘を持っている。そこに親友の栞と沓子も招待して、三人で優雅な夏を満喫していた。

 

 そんな中、携帯端末――CADを当たり前のように操作する彼女がこの程度の機械を操作できないはずもないがこれは意外に思うかもしれない――に届いたメッセージを確認した沓子は、元々浮かべていた楽しそうな笑顔が、さらに大きく花開いた。

 

「…………どっちも女の子みたい」

 

 気になって失礼ながら後ろから覗いた栞は、思ったままの感想をこぼした。少し遅れて覗き込んだ愛梨も、同じことを思ったであろう、呆れたような溜息をついている。

 

 沓子に送られてきたのは、幹比古に送られたものと同じ、いつきとあずさの自撮りツーショットだ。「瓜二つの可愛い双子姉妹」にしか見えないが、年齢は違うし、片方は男である。

 

 いつもより幾分か気合の入った手つきで沓子も返信を入力し、最後に先ほど撮った三人での写真も添付する。いくつか撮った中でも我ながら一番可愛く撮れた自慢の一品だ。

 

 こんな具合で、九校戦が終わってからも、いつきと沓子の交流は続いていた。沓子の方から連絡先の交換を要求し、いつきも快く受け入れたのである。彼は忙しいのか返事は日に二・三回で、少しさびしさもあるが、このメッセージのやり取りは、この夏新たに生まれた彼女の大きな楽しみであった。

 

(自覚あると思う?)

 

(多分ない)

 

 楽しそうに返信文を検討する沓子の背後で、愛梨と栞はアイコンタクトで会話をする。

 

 親友の二人だからこそわかるが、沓子は割と携帯端末でのメッセージにマメな方ではない。彼女から送られてくる回数も年頃の女の子にしては少ないし、確認や返事が遅れたりすることもしばしばだ。ただ返事自体は簡素なものではなく、彼女の明るい人柄が伝わってくる、「!」を多用した文である。そのくせ手紙はやたらと凝っていて、上等な和紙に毛筆でやたら達筆な字で雅な内容を送ってくるのだが。

 

 だが今のように、いつきとのやり取りだけは非常に楽しそうでやる気満々だ。人と話している時などはさすがに端末を弄るようなことはしないが、ふとした隙間時間になると嬉しそうに確認している。しかも着メロ――100年経っても愛される機能だ――は、いつき専用の曲が設定されている。このような特別扱いは、今までは親友である二人だけだった。

 

 もはや火を見るよりも明らかだ。だが、普段の態度の割には人の心の機微に敏感なくせに、自覚は未だに無い。傍で見ている身としては、中々歯がゆいものだ。いっそ指摘して自覚を植え付けてやろうかと何度も思ったが、それをするほど二人には厳しさと勇気が足りなかった。

 

「距離があってしばらく会えんからのう。次会えるのはいつになるやら」

 

 魔法科高校生は忙しい。修学旅行も文化祭も体育祭もない。当然、休日に地方をまたぐような旅行をする時間もない。たまにはあるが、お互いの都合があうことはまずないだろう。

 

 まるで遠距離恋愛をしている乙女のような顔で、沓子はメッセージを送信して、端末をしまう。当初は、送ってからはずっと返信を犬のようにじっと待っていたが、さすがにそろそろ返事がすぐに届かないことを分かり始めていた。

 

「次に集まるのは……論文コンペかしらね」

 

「お姉さんの方がエンジニアをやっていたから、多分中条君も来ると思う」

 

 10月の末に行われる、学問版九校戦ともいえるイベントだ。彼の姉は、九校戦のエンジニアとして活躍していた。きっとこのイベントで展開される高度な内容にも興味を示すだろうし、彼もそれについていくだろう。

 

「おー、そういえばそんなイベントがあったのう! それは楽しみじゃな!」

 

 小難しいことは考えたくない、悪い意味で三高らしい面もあるのが沓子だ。実際論文コンペに今まで興味はさほど示していない。だが、今この話を聞いた途端にこれだ。

 

 今この瞬間、沓子の脳内カレンダーに、論文コンペの存在が大きく刻みつけられた。今から二か月と少しの間、一日千秋――実際は五分の三秋ぐらいだろうが――の思いで待つことだろう。

 

 

 

 ――そんな論文コンペが、悪い意味でも一生忘れられない思い出になるとは、この時は、誰しもが思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、服部君じゃないんですか?」

 

「え、中条じゃないんですか?」

 

 夏休みが明けて二週間ほど経った生徒会室。

 

 二年生であるあずさと範蔵の間抜けな声が、妙に響き渡った。

 

「え、えーっと……?」

 

 途端、間の抜けた雰囲気を残したまま、空気がひりつく。真由美の顔は引きつり、どうここから話を続けようか思案している様子だった。

 

 そしてそこにいた達也と深雪は、ひりつく理由がわからなかった。

 

『そういえば、もうすぐ生徒会長選挙よね。あーちゃんとはんぞー君、どっちがやるの?』

 

 先ほどの二人の言葉は、真由美の質問に対する、答えではなく返事だった。

 

「服部君は副会長ですし、このまま会長になるのが自然だと思いますよ?」

 

「あー、それがな、俺……僕は、生徒会を抜けて、部活連の会頭をやろうとしているんです」

 

「「え、ええ!?」」

 

 範蔵の告白に驚きの声を上げたのは、あずさと真由美だ。特に真由美の表情は深刻で、それは鈴音と摩利も同じであった。

 

「十文字先輩から推薦されまして、僕も立候補するつもりなんです。なので、生徒会長には立候補しません」

 

「ちょ、そういうのは早く言ってよはんぞー君……」

 

「すみません、昨日決まったことなので」

 

 鈴音が隠れて舌打ちしたのを達也は見逃さなかった。さしずめ、「先に手を付けられた」とでも思ったのだろう。

 

 さしもの真由美たちでも、克人の推薦有となっている範蔵本人の会頭になろうとする意志には逆らえない。

 

 こうなると残る候補は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えっと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――今にも立ち上がって逃げだしそうな中腰の姿勢になっている、小さな小さな二年生・あずさだ。

 

 全員の視線が彼女を射抜く。あずさは冷や汗を垂らしてさらに一段階椅子から腰を浮かせるが、摩利がいつの間にか入り口近くに陣取り始めた。

 

「そういうわけよ。あーちゃん。覚悟を決めなさい」

 

「生徒会長にふさわしいのはお前か服部以外あり得ない」

 

「私も中条さんが一番適任だと思います」

 

 先輩方が矢継ぎ早にあずさを説得にかかる。達也と深雪は訳も分からずその様子を見ているほかない。そうしているうちに、あずさがだんだん泣きそうな顔でこちらを見てくるので、忍びなくなって、達也は助け舟を出すことにした。

 

「中条先輩にその気がないなら仕方ないでしょう。生徒会で候補を絞っておけばスムーズでしょうが、一般生徒も立候補したがるのでは?」

 

 達也の指摘に深雪も頷く。二人視点では尤もな意見だ。

 

 だが、どうにも反応が悪い。それは、擁護される側のあずさですら頷かないことから明らかだった。

 

「あー、達也君と深雪さんは知らないわよね」

 

 真由美の言葉も何だか歯切れが悪い。その横のでスクリーンに何か資料を映そうとしている鈴音もまた、操作はよどみないながらも、表情に少し戸惑いがあった。

 

 映し出されたのは四年前の生徒会選挙の記録だ。

 

「自由な選挙」を標榜したその年の選挙は、実力者たちが次々と立候補し、その選挙運動は激しい魔法の応酬へと発展し、けが人が二桁に入ったところで――――あとは言わずもがなである。

 

「……………………南米やアフリカなら天気の挨拶なんですけどね」

 

 達也は遠い目をしながら、なんとか言葉を絞り出した。

 

 ――第三次世界大戦に伴い、世界では、大国が周辺の国を取り込んで巨大国家となった。

 

 ロシアは旧ソ連圏の国を次々飲み込んで新ソビエト連邦に、中国も東アジアを飲み込んで大亜細亜連合に、アメリカもカナダなどを吸収してUSNAとなり、比較的国境が変わらなかったヨーロッパも従来のEU路線を強化して疑似的な大国になっている。

 

 一方でアフリカと南米は小国が乱立状態となり、政情は平成と比べて悪化している。例えば選挙などでは、発達した技術が人を容易く傷つける武器となって猛威を振るっているのが現状だ。

 

 ちなみに日本は自衛隊を国防軍へと変えるのが精いっぱいで、新たな領土は、大亜細亜連合に周辺が呑み込まれたこともあって得られなかった。ただし領土問題を抱えていた地域は相手方が他国とも戦争をしているどさくさに紛れてイニシアチブを確保できたので、一応戦勝国と言えなくもないだろう。

 

「うすうす思っていたのですが、魔法科高校って……血の気が多い方が多いのでは?」

 

「ごもっともです」

 

「面目ない」

 

 深雪の鋭い指摘に、「血の気が多い」代表の範蔵と、本人も血の気が多い方だしそれを止める立場にある風紀委員の長である摩利が、目を逸らしながら反応した。ここに雫あたりがいたら「達也さんが絡んだ時の深雪もそうじゃない?」と言ってくれただろうが、いるのは内心でそう思うにとどめた真由美のみである。

 

 この時代は「生徒自治」の名目で、高校では生徒会の権限が強くなっている。魔法科高校は特に強くて、魔法師界隈が狭いせいで学生の頃の権力図が大人になっても影響が残る。「自分こそは」と家を背負う生徒も多いだけに、生徒会長を狙う生徒は多いのだ。

 

 そしてそれがヒートアップしたら――立候補するほどの実力者たちによる、戦争が始まるのである。

 

 そういうわけで、二年生以上の生徒会役員の間では、「会長はあらかじめ一本化してそれ以外の立候補を押さえつける」のが当たり前となっているのだ。

 

「……とりあえず、色々と分かりました」

 

 訳が分からないし、納得もしていないが、理由は理解した。これは確かに、あずさを立候補させるのがベストだろう。

 

 だがしかし当の本人は、達也たちですら中立から敵へと回り四面楚歌通り越して六面楚歌となって、今にも泣きだしそうになっている。

 

「む、無理ですよ、私なんかに、生徒会長なんて……」

 

 真由美のカリスマと辣腕、背負った責任や仕事量。それを傍で見てきたから分かる。自分には、そんなことはできない。

 

 全員から囲まれて推薦されようと、その意思は変わらない。すっかり弱気になっているが、ある意味でその「自信の無さへの自信」が、そこに表れている。

 

「そ、それに、それに……」

 

 身を縮めて逸らしていた、もう涙がこぼれて泣き出してしまっているくりくりっとした目が、真由美を捉える。

 

 射貫かれた真由美は一瞬、戸惑った。そこには、ただの弱気だけではない、確固たる意志が込められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会長になったら、論文コンペの代表になれないじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲高い涙声の叫びが、生徒会室に響き渡る。

 

 その言葉に、誰も、何も言い返すことができない。

 

「論文コンペの出場は、ずっと夢だったんです! 生徒会長は、採点者をしなければならないから、発表者にはなれません!」

 

 そう。ここにいる全員、特に一年以上生徒会役員としてともに仕事をしてきた真由美たちは、あずさの「夢」をよく知っている。

 

 折に触れて出場したいと熱く語っていた。論文コンペにあこがれて入学し、生徒会活動やお勉強の傍ら、研究に精を出していた。

 

「で、でも……来年の今頃には、もう生徒会長は退任しているわよ? 今年はリンちゃんが代表で決定したから今生徒会長になっても大丈夫だし、来年の代表にはなれるじゃない」

 

 こんな雰囲気の中でも、真由美は戸惑いながらも筋道だった反論を繰り出す。事の成り行きを静観することにした達也は、改めて真由美の胆力を賞賛した。

 

「そうとは限りません。過去に、選挙がトラブルで間に合わなくて、三年生の会長が二回目の審査員をした例があります!」

 

「そ、そんなことはそうそう起こり得ないだろう? それに来年の会長は、そこの司波深雪で今の段階ですでに決まりみたいなものだ。トラブルになるわけがない」

 

「仮にそうだとしても、生徒会長が格段にお忙しいのは知っています。これからの研究活動にも支障が出るでしょう。役員までは大丈夫ですが、会長となると、私には荷が重すぎます!」

 

 逃げようとしていた中腰は、今や逆に机に両手をついて前のめり。立ち上がって、真正面から、真由美と摩利を睨む。いつの間にかこぼれていた涙は止まり、確固たる意志の光が、そこに宿っていた。

 

 真由美たちが言葉に詰まる。

 

 生徒会長が多忙である、というのは、誰よりも身をもって知っているからだ。本人のとびぬけたステータス、鈴音やあずさのような事務方、摩利や範蔵のような睨みのきく存在、そして今年はその両方を兼ね備える司波兄妹が入ってきてくれて、それでなんとかかんとか乗り越えた、というレベルだ。

 

 先ほどまでの応酬が一転、生徒会室を張り詰めた沈黙が支配する。真由美と摩利は何か言おうとするも思いとどまって口をパクパクするだけ。一方のあずさも、相当勇気を振り絞ったのか荒く呼吸をしながらも、真由美たちから目をそらそうとしない。

 

 

 

 

 

 

 

「…………はあー」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中。

 

 鈴音の漏らした重く長いため息が、妙に大きく響く。

 

 途端、全員の視線が彼女を向いた。

 

 そのため息に、意味がありそうなのが分かったからだ。

 

 鈴音は意見はしっかり出すが、このメンバーの中で「自我」をあまり表には出さない。あくまでも、サポートや裏方に徹することが多かった。

 

 だが今この瞬間。まるでいつもの真由美のように、全員が、彼女の言葉に耳を傾けている。

 

「…………そこまで言われては、仕方ありませんね」

 

 そんな彼女が浮かべたのは――諦観の籠った、柔らかな笑み。

 

「私には、中条さんの気持ちがよくわかります。私も、同じことをずっと思ってましたから」

 

 あずさも含めて、全員がハッとする。

 

 そう。彼女は今年の発表者だ。つまりそれだけの実力のみならず、論文コンペにかける思いがあった。

 

 親友である真由美や摩利も知っているし、生徒会の仕事中、あずさと彼女が論文についてあれこれ意見交換していたのも見ている。

 

「……同じ断った立場である俺が言うのもなんですが……申し訳ないですが、俺も中条の夢を応援したいです」

 

 そしてそれに続いたのが範蔵だ。あずさの親友である彼もまた、彼女の夢をよく知っている。それこそ、心酔している真由美に逆らってしまうほどに。

 

 ――彼は真由美にあこがれて心の底から尊敬し、そして生徒会役員の仕事に誇りを持っていた。

 

 だが今彼は、その生徒会から離れて部活連会頭になろうとして、そしてさらに真由美に真正面から逆らっている。

 

 卒業していこうとする真由美への、ある意味での決別の表れ。

 

 あずさと同じく、彼もまた、「憧れの真由美」からの独り立ちをするほどに成長していた。

 

「――――――わかったわ、しょうがない子たちね」

 

 はあ、と、呆れたようなため息。

 

 緊張していた全身の力を抜いて、真由美は顔を上げる。

 

「可愛い後輩がそこまで言うんだったら――最後に、願いをかなえてあげたくなるじゃないの、全く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか大きくなって。

 

 

 

 

 

 

 

 小さくそう続けながら、真由美は二人に向けて、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな経緯があって、生徒会長の選定のために、真由美は最後の大仕事をすることになった。

 

 深雪を選出しようかと思ったが、本人と達也の両方からきっぱりと断られてしまう。

 

 生徒会経験者は全員ダメだ。そうなると、今の二年生から生徒会長にふさわしい人材で、ついでに欲を言うとスタンスが真由美に近い存在……そう考えて白羽の矢が立ったのが、五十里だった。

 

 だが彼とて、生まれからして生粋の技術者・研究者だ。論文コンペにかける思いは強いだろう。何せ彼もまた今年論文を提出していて、あずさに次ぐ四位になっている。三年生の実力者たちも参加している中でこれは、あずさ共々快挙であり、実力のみならず本人の情熱もかなりのものだったに違いない。

 

 そういうわけで、この交渉も難航した。

 

 最終的には、次期風紀委員長が確定している花音をそそのかし、真由美と摩利の関係を意識させ、「生徒会長と風紀委員長は相棒のような存在」と刷りこむことにした。

 

 単純な彼女はまんまと引っかかり、恋人である五十里と並んで学校の先頭に立ちたいと興奮し、彼に熱心な説得をしてくれた。そしてこれに、五十里が狙い通り折れてくれたのである。

 

「いーい、可愛い後輩たち。人を落とすにはね、金とオンナと権力欲が重要なのよ?」

 

 交渉成功した直後の真由美が、「ナハハハハハハ!」という奇妙な高笑いとともに生徒会からの去り際に残したこの言葉のせいで、留まることを知らなかった彼女の株の上昇が、一瞬でストップしたのは言うまでもないことであった。




ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

追記
間違って月曜日にこの話投稿してしまいました
しょうがないので今月は5話分投稿します


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8ー3

 時は少しさかのぼって、9月の頭。

 

 論文コンペの発表者を決めるための職員会議が開かれていた。

 

 今年の担当教諭は、若手でありながら優秀である廿楽が任されることになった。実際の所半分押し付けられるような形なのだが、それが分かっていてなお、快く引き受けたのである。

 

「いやー、今年は特にすごいのが集まりましたねえ」

 

 職員たちが持つ端末には、提出された論文の中で「十分な質がある」と査読が通ったもののリストが映し出されている。例年高校生離れしたレベルだったが、今年は特にハイレベルだ。

 

 一番目を引くのは、三年生理論一位の実績もある鈴音の、「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性」だ。

 

 先日トーラス・シルバーによって解決された汎用型飛行魔法が記憶に新しい加重系魔法の三大難問。その一つである。これが解決されれば、軍事利用以外の魔法師の地位向上と世界を覆うエネルギー問題解決が視野に入る。

 

 また、風紀委員三年生の関本が提出した論文も素晴らしい。これだけで大学の卒業論文はおろか、修士論文にすらも耐えうる質である。かなり基礎理論に寄っているため横浜で開催される今年においては不利なのが気になるが、論文単体のレベルなら、社会的影響力も含め、鈴音のものと遜色がない。

 

 また二年生からもハイレベルな論文が出された。

 

 技術者・研究者を輩出する百家・五十里家の秀才である五十里啓が提出した論文は、お家芸の刻印魔法についてだ。非常に画期的な技術であり、実現可能性も高く、数年後に大幅に評価が上がったかの摩擦力操作魔法の論文に匹敵する出来上がりだった。

 

 そして異色の研究ということで目を引くのが、あずさの論文だ。第一高校創設以来の大人しい優等生だが、その内容は、教員たちをしり込みさせるのに十分なものであった。

 

「ははは、それにしても、お化けが本当にいるなんて、誰が信じられます?」

 

 あずさの論文について議論が始まるや否や、廿楽は愉快そうに笑う

 

「『パラサイトの存在と精神情報のイデアの可能性』、タイトルを見た時、ひっくり返りそうになりましたよ」

 

 魔法史の授業を担当する古式魔法師の教員・蘆屋が、困ったような笑顔を浮かべながら、どうしたものかとこめかみを揉む。

 

 あずさの論文は、二つの禁忌に触れていた。

 

 一つは、精神干渉系魔法。言わずもがな、禁忌の魔法である。あずさが精神干渉系魔法に優れ、また深い興味を持っているということは、教員の中でも研究畑のメンバーには周知の事実となっている。何せ去年もその魔法をテーマにした論文を一年生にして提出し、高い評価を得ているからだ。

 

 そしてもう一つが、パラサイトの存在。現代魔法師の間では存在が証明されていないため「いない」ものとして扱うが、とっくに古式魔法師の間ではその存在は自明であった。廿楽ですら当初混乱したため、この蘆屋が解説に苦労したものである。そしてこのパラサイトの存在は、世の混乱を招きかねないため、古式魔法師の間だけの秘密でもあった。

 

 奔放なところがある真由美や若干恐ろしい気配がある深雪と違って、あずさは一切悪い評価を聞かない。そんな彼女が出す論文が、こんな内容だなんて、誰が想像つくだろうか。

 

「それで、蘆屋先生から見て、この内容はどうなんですか?」

 

 一人の教員が質問してくる。廿楽も含め、あずさの論文については、評価を決めあぐねていた。

 

 内容的には、論理に何ら穴は無く、十分な説得力がある。また二つの禁忌に触れているとはいえ、悪用に繋がるようなこともなさそうだ。

 

 ただ、その性質上研究が進みにくい精神干渉系魔法と、そもそも存在しないものとされていた「お化け」、この二つをテーマとして深いところまで論じているため、現代魔法師たちからすれば「お手上げ」と言うほかないのである。

 

 しかも、そんな研究が進まない魔法と、未知の存在であるパラサイトは、テーマではあるがあくまでも前段。

 

 その二つを組み合わせて――真のテーマである、「精神情報のイデア」へと話は進んでいくのである。

 

 つまり、前段二つだけでも相当ハードな内容なのに、さらにそこから新たな「未知」へと広げているのだ。

 

 これで根拠の薄い内容ならば査読段階で突っぱねて「面白い読み物だったよ」とでも皮肉をぶつけておけばそれでお終いだが、あいにくながら、ここにいる全員が、読んだ時に「納得させられた」。きっと、フェルマーの最終定理やABC予想の論文を査読した学者たちも、同じ気持ちだっただろう。

 

「えーっと、そうですね……」

 

 この場では唯一の古式魔法師研究者である蘆屋も、どうしたものかと考えあぐねていた。そもそも専門は魔法史、つまり歴史学である。当然、魔法師として、魔法学や魔法工学も本職に負けているつもりはないが、彼もまた、困っている側の一人だった。

 

「まず、内容の説得力や再現性はとても高いと思います。発表の際の実演についてどうするのか見当もつきませんが、中条さんのことですから、何か案はあるのでしょう」

 

 とりあえず、と蘆屋が絞り出した言葉に、全員が頷く。それに関しては、全員が同意するところであった。

 

「テーマ自体は、それこそ加重系魔法の三大難問に取り組んだ市原さん以上に突飛です。精神干渉系魔法について高校生が発表することについての賛否もあるかもしれません。ただこれは、学術的に非常に価値が高い発見・研究で、その質も含め、市原さんや関本さんに負けていません」

 

 三年生の中でもトップの秀才に引けを取らない。

 

 二年生であるあずさの評価としては特大級のものだが、それに異論を唱えようという者は、ここにはいなかった。

 

 蘆屋はその勢いのまま口を開こうとする。

 

 だが、かすれて、声が出なかった。

 

 今から自分が言うことは、果たして、正しいことなのだろうか。

 

 教員としての、研究者としての、一人の魔法師としての。

 

 様々な良心が、彼を呵責する。

 

 だが、仕方ない。

 

 蘆屋は深呼吸をして、改めて決心する。

 

 たとえどんな反対があろうと、この学校や学会、魔法師界から追放されようとも、これだけは絶対に言おうと決めて、ここに来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただ、ただ……パラサイトの存在を周知すると、世間に大きな混乱が起こります。研究者や教員としてではなく――一人の古式魔法師として、この論文を公開することに、強く反対せざるを得ません」

 

 

 

 

 

 

 

 蘆屋の悲壮な覚悟に反して、その言葉はすんなりと受け入れられた。

 

 教員の誰しもが、廿楽ですらも、彼に同意したのだ。

 

 こうして、質的には甲乙つけがたいものの横浜会場の年であることを考慮して鈴音が代表発表者として選ばれ、あずさの論文は、特別待遇としてオフライン化されたデータの奥底へと隠すように収録されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして生徒会選挙も終わって新生徒会が発足する頃へと時間が飛ぶ。

 

 真由美の本気の交渉が実を結び、五十里が生徒会長に単独立候補し、無事ほぼ満票で信任された。真由美の予想によると、不信任票を入れたのは、美人の彼女・花音がいることへのやっかみだろうとのことである。

 

 そして五十里によって生徒会役員も「組閣」された。副会長は深雪、会計があずさ、書記がほのかだ。年度が替わった後は、ここに、風紀委員の事務を一手に引き受けている達也も加わることが予定されている。

 

 そんなある日、達也は廿楽に呼び出されて、彼の研究室を訪ねた。

 

 そこにいたのは、呼び出した廿楽と、鈴音とあずさ。話によると、発表補佐のあずさと平河のうち、平河が精神的に不調だということで、急遽彼に白羽の矢が立ったのだ。そしてある程度の問答の末、達也はそれを引き受けた。

 

「へー、すごいことだね」

 

 そんな話をアイネ・ブリーゼで聞いた幹比古は、感心し通しだった。他メンバーも、論文コンペへの理解度によって温度差はあれど感心していたし、深雪もまた、とても嬉しそうだ。

 

「そういえば、中条先輩は補佐に選ばれてたんだね。惜しいところで代表にはなれなかったけど、とりあえず良かったかな」

 

「そういえばアンタ、一緒に何やらやってたわね。中条先輩の論文が古式魔法がどうとかで」

 

「そんな感じ」

 

「ほう、じゃあ、仮に中条先輩が代表だったら、補佐は幹比古と中条だったかもな」

 

「…………それは考えなかったな」

 

 達也の何気ない指摘に、幹比古が顔を青ざめさせる。

 

 九校戦の代理選手に次いで、目立つ立ち位置になるかもしれなかったことに、今更気づいたらしい。

 

「もしそうなったとしたら、二年生が代表で一年生二人が補佐か。中々荒れそうだな」

 

 達也の中のあずさのイメージは、「穏やかな優等生のブラコン」から変わりつつある。真由美たち相手に真正面から立ち向かったあの気迫は、ただの「大人しい良い子」には出せないだろう。無難に補佐の片方は鈴音に頼んだ可能性もあるが、あずさなら、本当にいつきと幹比古を選んでもおかしくないだろう。

 

 彼女の出した論文が誰しもの想像を絶するほどの「ヤンチャ」さで教員たちの頭を悩ませていたことを知る由もない達也は、そんなことをぼんやりと考えながら、友人たちとの楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 論文コンペの準備が少しずつ本格化してきたころ。

 

 魔法師関連は何かと「トラブル」が多い。軍事的な価値が強く、また生まれながらに演算領域を持つ者しか魔法を扱えない。いわば「特別な暴力を持つマイノリティ」という極めて特殊な立ち位置だ。

 

 それゆえに、政治、思想、軍事、諜報、陰謀……ありとあらゆるきな臭いことに、魔法師は巻き込まれがちである。九校戦を取り巻くマフィアたちの陰謀が良い例だ。

 

 当然この論文コンペも、そうしたトラブルと無縁と言うわけではない。九校戦は未来の戦力が集まる場であり、論文コンペは最新魔法技術が集まる場である。これを狙って、過去何度も、子供たちが大変な目に遭っているのだ。

 

 だからといって中止にするのは魔法協会のメンツが立たないし、暴力に学問が屈したことになる。そういうわけで、半ば意地もあって、いくつかの仕組みが出来上がった。

 

 例えば、会場警備隊制度。本格的な役割はプロである警察・国防軍が担うが、すでにいっぱしの戦力である魔法科高校の精鋭たちもまた、会場およびその周辺を警備する。

 

 例えば、護衛制度。最新技術と優れた知能が一人分の体に詰まっているのが、発表者とその補佐だ。当然一番狙われやすいため、選ばれた精鋭がそれぞれ一人ずつ、警護につくことになっている。

 

 発表者である鈴音には、先代風紀委員長であり最強戦力の一角でもある摩利が。

 

 護衛が必要とは思えないが、名目上つけなければならないので、一年生最強である深雪が。

 

 そしてあずさには、現風紀委員長の花音がつくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、可愛い弟くんと、愛しい妹ちゃんとデートごっこができて満足でちゅか?」

 

 

 

 

 

 

 

 花音が額に青筋を浮かべながら、ついに我慢できなくなって、渾身の皮肉をぶちかます。

 

「別にそんなつもりはございませんが」

 

「全く、不思議なことをおっしゃるものですね」

 

「えっと、その、そういうつもりでは……」

 

「まあまあ一人増えようが二人増えようが変わらないじゃないですか」

 

 そしてそれをぶつけられた側は、それぞれ四者四様の答えを返す。達也はすっとぼけて、深雪はそんな兄にべったりくっついて一緒に資料を眺めながら不思議そうに、あずさは困ったように苦笑いして、いつきは姉の両肩を通す形で後ろから両腕を回しながらお気楽そうに。

 

 最初から花音は主張し続けた。達也に護衛は必要ない。だが達也と深雪は「決まりですので」とすっとぼけて常に一緒にいて、隙あらばイチャイチャしている。

 

 そしてもっとむかつくのが、あずさといつきだ。

 

『ボクもお姉ちゃんを守るよ!』

 

 初日にいきなり現れた彼はそう胸を張って宣言して、花音という護衛がいながら、姉にくっついて回っている。あずさも特に気にせず、こうしてべったりくっついてニコニコ笑いながら仕事に取り組む始末だ。

 

「まあ、これで二人が満足してるならそれで十分ですよ。仕事の邪魔にもなりませんし」

 

「どっちも使えるやつだし、護衛が多いに越したことはないだろ?」

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 一番の発言権を持つ発表者・鈴音と、尊敬する先輩・摩利に諭され、花音は悔しそうに顔をゆがめて唸る。

 

「あー、じゃあもういいもん! 大大大好きなごきょうだいでどうぞごゆっくり! あたしは啓の護衛するもんねー!」

 

 そして不満が爆発した花音は、そう一方的にまくしたてると、「うわーん! 啓ー!」とわざとらしく叫びながら去っていった。

 

「あー、まあいいか」

 

 憧れの先輩・摩利が微妙に冷たいのも仕方あるまい。

 

 何せあずさと達也がそもそもそれぞれ真逆のベクトルだが強者である。それに一年生最強の二人が護衛するなら、花音は五十里を護衛している方が、全体のためになるかもしれない。

 

「あ、あの、千代田さん、大丈夫なんですかね……?」

 

 鈴音・達也・深雪・いつきは摩利並に反応が薄かったが、心優しいあずさだけは、困ったような、申し訳なさそうな、うろたえた様子で、鈴音の顔を覗き込む。

 

 

 

 

「いいんですよ。五分後には、五十里君の護衛になれた喜びで天にも昇る気持ちでしょう」

 

 

 

 

 そのぴったり五分後、「あの二人がイチャイチャして敵わないんで避難してきました」と五十里を護衛していた辰巳が現れたので、あずさも安心して仕事に取り掛かれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生警備隊の総隊長を務める克人は、当然自分自身で我が校から選ばれた警備隊員を訓練することもある。

 

 警備隊総勢十名。それに加えてゲストとして、モノリス・コードでの活躍で眼をつけられた幹比古といつきも呼ばれていた。

 

 学内の精鋭12人に対して、克人は一人。だが彼の圧倒的実力とプレッシャーは、12人にまとまった連携を取らせることはせず、一人、また一人と手加減された魔法によって無力化されていく。

 

 そして最後に残ったのは、ゲストであるはずのいつきと幹比古のみとなった。克人の放つ圧力に負けず、慎重に立ち回り続けた結果だ。

 

 一年生ゆえの臆病、とは誰からも見られることはないだろう。何せ先にやられていった仲間たちは、全員破れかぶれの特攻未満で返り討ちにあったにすぎない。一方二人は囮や攻撃を断続的に繰り返し、一回の特攻で散っていった他メンバーよりもはるかに克人を苦しめていた。

 

「ちょっと十文字先輩! いくらなんでも『ファランクス』は無しでしょう!?」

 

 幹比古は、攻撃をかわし、木々で視線を遮りつつ反撃を加える。だがその一瞬で繰り出された多種の攻撃は、全て紡ぎ出され続ける数多の障壁魔法によって退けられる。

 

『鉄壁』の異名を誇る十師族・十文字家の実質当主である克人の、強力無比な『ファランクス』だ。

 

「ボクたち一応テロリスト役ですけど、そんなん使われたら訓練になりませんって!」

 

 得意の移動・加速系魔法で高速移動しながら雨霰のごとく攻撃するいつきは、モノリス・コードの時以上に感情をあらわにして叫んでいる。この系統は障壁魔法の基本中の基本であり、当然すべて跳ねのけられる。

 

 圧倒的な干渉力で、多種の壁を幾重にも展開して、全ての攻撃を防ぐ。そしてこれはそのまま強力な攻撃にも転用することが可能だ。それゆえの十師族、『鉄壁』、三巨頭、学生警備隊総隊長なのだ。

 

「喜べ。お前たちを認めた証だ」

 

「「喜べません!」」

 

 二人からは強く否定され、それと同時に力のこもった攻撃が飛んでくる。一応だいぶ手加減しているつもりである表層の障壁を突破されたので慌てて新しく一段階強めの障壁を展開して対処。

 

 それを見た二人は「これも防がれるのか」と渋面を作ると、一瞬だけ互いに目を合わせ、途端に乱雑な攻撃を残して別々の方向へと走って離れていく。二人ともこの人工森林の中だというのにあっという間に距離が離れていくし、むしろ木々や藪を上手に使って隠れながら逃げている。

 

(古式魔法師と、山遊びしてきた魔法師、か)

 

 モノリス・コードの観戦中にあずさから説明されたのを思い出す。それならば、この状況で、克人が追いかけられないほどのスピードで離脱できるのも頷ける。幹比古は修行で、いつきは遊びで、山の中は慣れっこなのだ。

 

 さて、こうなるとどちらを追いかけるべきか。一瞬迷って、幹比古が逃げていった方へとゆっくり歩みを進める。

 

 恐らくここから二人は「テロリスト役」らしく山岳ゲリラを仕掛けるつもりなのだろうが、そうなると隠密性に優れる古式魔法師の方が厄介だろう。ならば「準備」を済まされる前に、優先して狙った方が良い。

 

(それにしても、素晴らしい手際だったな)

 

 とても手加減しているとはいえ、使うつもりがなかった『ファランクス』を使わされた。「喜べ」といったのは軽口ではなく本心だ。二人は克人相手だというのにしっかりと「戦い」を成立させたのである。

 

 そして正面から戦うのが無理だと悟れば、即座にゲリラ戦術に移行した。あのほんの少し目を合わせた間に、二人の中で一瞬で意思疎通ができたのだ。

 

(あれで一年生とはな)

 

 やはり、今年の一年生もまた素晴らしい。特に幹比古の成長具合は目覚ましく、すでに一科生の中でも上位の魔法力だろう。二年生になるころには、転科できるかもしれない。

 

 そんな、圧倒的強者ゆえの「余裕」から生まれた思考。

 

 普通それは、「油断」とは呼ばれない。格の違い故に、なんら悪いことの原因にならないからだ。

 

 

 

 

 

 だが、この瞬間ばかりは――――「油断」をしていたと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 突然、ぴったり東西南北が頂点になる正方形が克人の足元を覆い、途端に大きな魔法の気配が現れる。地面に干渉する魔法と咄嗟に判断した克人は移動系の障壁魔法で展開した。

 

 その判断は正解だった。急激に地面をへこませさらに土をかぶせて埋める『土遁陥穽』だ。克人の身には土一粒すら触れることはない。

 

 しかし、それで十分だ。逃げる過程で設置した精霊による隠密性特化の『土遁陥穽』。とっさに防がれるのも想定の内。真の狙いは、克人の周囲で土を巻き起こして、視界を遮る事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、克人の意識が揺らぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぐっ!?)

 

 幹比古の魔法の影響で地面は不安定。それもあって、急に起きた酷い眩暈は、足元をふらつかせるのに十分だった。強烈な意志力でかろうじて踏みとどまるが、まるで目の奥がうずくような激しい頭痛まで起こり、いよいよ膝をつく。

 

 達也が服部相手に仕掛けた『幻衝(ファントム・ブロウ)』の類かと思い、無系統魔法すらもはじき返す『ファランクス』を再度展開する。だがそれでも一向に眩暈と頭痛は収まらない。

 

(このままでは――!)

 

 体に染みついている『ファランクス』だから展開できているが、もともと演算量の大きい魔法だ。この状態ではいつまで維持できるか分からない。

 

 いったいどうやって。今までと違ってそれなりに「本気」で出しているはずなのに手加減していたこれまでと同程度のレベルでしかない今の『ファランクス』に多種多量の攻撃が加えられているのを感じながら、この眩暈と頭痛の正体を探る。

 

『ファランクス』で防げていないということは、『共鳴』などではない。外部からの魔法ではない。

 

 だとすれば――

 

 

 

 

 

 

「直接干渉する魔法だな!」

 

 

 

 

 

 

 ――克人は滲む視界だというのに正確にコードを入力し、自身の『情報強化』をさらに強める。途端に、眩暈と頭痛は収まった。まだ残滓のせいで体調は万全ではないが、これぐらいならば十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結果、追い詰めたかに見えたが、二人はこのまま抵抗虚しく、克人に無力化されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、精神干渉系魔法か」

 

 参加者全体での反省会が終わった後、「ゲスト参加してくれた二人とは特別な話がある」と言い訳をして、いつきと幹比古を残らせた。そこであの眩暈と頭痛の正体を問い、いつきの精神干渉系魔法であることが分かった。

 

 それならば納得だ。「そんな魔法」は流石に想定外だったため、プシオンを防ぐ壁は展開していなかったし、自身の強化もおざなりだった。そんな克人の「穴」を見破り、決められる隙を伺っていたのだろう。

 

「文句は言わないでくださいね、ボクらはテロリスト役なんですから。そもそも『ファランクス』を訓練ごときで使う方が反則ですよ?」

 

 魔法にかけられる制限は厳しい。こと精神干渉系魔法は、その性質上どのようなものでも禁忌扱いされる。あらゆる競技で固く禁止され、日常の中でも程度に差はあれどルールに縛られ、当然実戦を想定した訓練でも「それをありとする」と事前に協議が無ければ使わないのが最低限のマナーだ。

 

 だというのにいつきは当然許可なく使用し、さらにこうして後になっても悪いとは全く思っておらず、小さな体を精いっぱい反らして腰に手を当てて胸を張っている。あずさと同じ見た目でこうした姿を見るのは新鮮だ。彼女は、克人の前だと常に怯えて縮こまっている。

 

「別にそれは俺も構わない。『ファランクス』を先に使ったのもこちらだからな」

 

 それこそ別に「『ファランクス』を使わない」なんて事前の取り決めはないが、これを使ったら訓練にならないため、彼自身縛っていたし、警備隊側も言われずともそのつもりで挑んだ。

 

「ただ、あまり気軽に人前で使わないことだな」

 

「はーい」

 

 これで話は終わり。そのまま克人に背を向けていつきは歩き出し、ここに残されている間ずっとワタワタしていた幹比古は慌ててお辞儀を残していつきを追う。

 

 面白くて頼りになる素晴らしい後輩だ。あの春のブランシュ事件以来、その印象は強くなるばかり。

 

 だからこそ。

 

 彼の奔放さが心配だった。

 

 今回の精神干渉系魔法しかり、彼は目的のために手段を選ばない節がある。あずさのいう「効率主義者的な面」は、興味がある事には徹底的に打ち込みそれ以外は排除する、という傾向以外にも、このような部分でも出ている。だからこそ、ブランシュ事件に迷わず参加するし、自分が参加したい競技は譲らないし、急に会議に乗り込んで代理に参加できるし、何か琴線に触れたのか誘えばこの訓練にも迷わず参加してくれたし、ためらうことなく精神干渉系魔法を使うのだ。

 

 こんなことをしていてはいつか、どこかで痛い目を見るかもしれない。それで彼の可能性が潰れてしまうのが心配だった。

 

 今回は周到にも幹比古が土を巻き起こしたうえで行使したため、当事者三人以外には精神干渉系魔法を使ったとは気づかれていないだろう。だが、今後も上手くいくとは限らない。

 

「中条や服部が気にかけるわけだな」

 

 二人が去っていった出口をぼんやりと眺めながら、少しずれた感想を、ぽつりとつぶやいた。




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9ー1

 え、えらいことや……せ、戦争じゃ……なRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は幹比古君が巨乳眼鏡っ子のおっぱいを揉んだところまででした。前の黒羽家チャートでは見せられなかったので、ここはしっかり見せておきます。

 

 さて、ここからは達也お兄ちゃんの研究をめぐってトラブルが色々起きるわけですが……あずさお姉ちゃんの近くでは、逆にほぼ何も起きません。トラブルは全部あっちに吸い寄せられ、こちらはいたって平和です。巻き込まれたらそんなに美味しくなくても実戦扱いで経験値が貰えるんですけどね……。

 

 

 

 そんなわけでほとんど何もなく、論文コンペ当日です。

 

 これでもういつき君の警備役割はお終いとなります。観客でじっくり見守りましょう。

 

 そうして一高の発表が終わって、さあ次は三高だ……というタイミングで、テロリストたちが行動を始めます。ここは原作通り進みましたね。違うタイミングで来ることも全然あるので、発表ガン無視して常に警戒しておきましょう。

 

 

 はいではここで貴重な実戦チャーンス! 真っ先に動いてテロリストたちを魔法で制圧し、さっそく達也兄チャマの活躍シーンを奪います! 転生系主人公気持ちええんじゃぁ^~。

 

 で、こんなことが起こると、観客の皆さんは当然パニックになりますよね?

 

 そういうわけで無理やり落ち着かせます。別に原作の流れに合わせてやれば問題ないのですが――ここはせっかく弟なので、介入しましょう。

 

 侵入者を鎮圧したら速攻で戻ってあずさお姉ちゃんと合流し、身内特権で説得して、さっさと『梓弓』を使ってもらいます。

 

 

 

 

 説得の流れは――よし、スムーズだな!

 

 

 

 これにより、真由美先輩とのやり取りを待たずして、次のフェーズに移ることが可能です。非常時は素早い行動が大事って古事記にも書いてあるから。

 

 ちなみにこれは、あずさお姉ちゃんの現在の好感度を測る意味合いもあります。

 

 精神干渉系魔法の使い手はその性質上、倫理観と自己規制を強く刻みつけられていて、大人しくて良い子な優等生のあずさお姉ちゃんは、その言いつけを他キャラよりも特に強く守ります。だから、ただ周囲がこうなった、というだけでは、頭では使うべきだと分かっていても、躊躇って本人もパニックになり、中々使おうとしません。

 

 原作では、生徒会長としての責任、能力がある人間の責任、尊敬する真由美先輩の説得と後ろ盾、ここまであってようやく決心しました。

 

 で、いくら弟であろうとプレイヤーキャラクターがこれを説得するのは、実は非常に難しく、とっても高い好感度が必要なんですね。

 

 そして今回は成功、それもかなりすんなり行ったので――これまでの行動からも察していましたが、過去最高クラスに好感度が高いです。これは流石にあの世界一位姉貴すら超えたんとちゃう?

 

 

 

 さあ、この好感度ならば上手くいくでしょう。

 

 ここから第一高校は大きく二つのグループに分かれます。

 

 まず生徒会長を筆頭として大人数を地下シェルターに連れていく避難組。

 

 もう一つが、発表用設備から情報を消去し、そこから地上戦に参加することになる、達也アニキグループです。

 

 原作では、あずさお姉ちゃんは当然避難組でしたが――生徒会長でもないし、今回は発表者グループなので責任もってここに残らなければいけません。

 

 そしてこの後、性格上間違いなく、避難組に後から合流しようとするでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ですがここで――地上戦組に、お姉ちゃんと一緒に参加したいと思います!!!

 

 

 

 

 

 

 理由はいくつかあります。

 

 一つ。原作でもあった立体戦車の攻撃でシェルター入り口は崩落するため、あとから合流できないし、シェルター前で引き返す羽目になるのでそっちもかなり危険だから。

 

 二つ。貴重な「実戦」、しかも本格的な「戦争」なので、ここで経験値を稼ぎたいから。

 

 三つ。その戦闘経験値をお姉ちゃんにも稼がせて、来訪者編に備えたいから。

 

 四つ。幹比古君とお姉ちゃんと肩を並べて戦い、好感度を稼ぎたいから。

 

 これだけの理由があるわけですね。ここの地上戦は、当然、まあまあ自キャラロストや仲間死亡の危険もあります。しかし、ここで積極参加しないと先述のメリット全てを捨ててしまうことになり大幅なロスになりますし、その先に待っているのは来訪者編で色々足りなくてクソタイムorゲームオーバーのどちらかです。RTAである以上、ここは我慢して、気合を入れてこの戦争に参加するしかありません!

 

 

 パラサイト戦ではあずさお姉ちゃんも主戦力。中条家仲擾チャートと違って、お姉ちゃんにもしっかり参加してもらいましょう。

 

 当然、ここの説得はとっても難しいのですが……この瞬間のために今まで好感度を爆積みしてきました。さらに、今からシェルター避難組に合流するのが逆に危険、達也兄くんたちがくっそ強いので彼らと行動する方が安全である、と理論的に説得すれば、なんとかなります。あ、はい、なりました。

 

 

 

 

 

 

 では――横浜事変に、いざ鎌倉! 行くぞー!(デッデッデデデデンッ!)

 

 

 

 

 

 トラックが突っ込んでくる、ミサイルがぶっ飛んでくる、達也兄やが特尉として離脱する、などのイベントを経て、地上からヘリコプターで脱出するルートを選択します。

 

 ここのポイントですが、あずさお姉ちゃんとは当然一緒で、さらに幹比古君と組むようにしましょう。モノリス・コードやこれまでの交流で一番連携が取りやすいのと、好感度稼ぎのためです。

 

 さて、最初の戦いは直立戦車です。ちょうど地下シェルター入り口を狙って攻撃をぶちかましたところですね。原作通りならば廿楽先生がいるのであちらは安心。こっちはさっさと片づけましょう。

 

 直立戦車を移動魔法で無理やり動かして、もう一機にぶち当てて両方を転がします。ここでポイントなのが、幹比古君に地面への振動を抑えてもらうことですね。これにより、あのデカブツを衝突させた衝撃が地下に通ることはありません。

 

 ここは原作では深雪ちゃんと真由美先輩が活躍するところでしたが、二人の経験値は特に重要ではないので、しっかり奪っておきましょう。これが終わると中の操縦員を尋問するイベントが始まるわけですが……ここは大人しくしておきましょうかね。精神干渉系魔法で聞き出す活躍もできますが、大した情報にならないので。

 

 

 

 さて、続いては、先ほどよりも「人間的」な動きをする巨大ロボットです。原作では「直立戦車(?)」とされてましたね。

 

 この巨大ロボットについても積極的に戦いに行きましょう。幹比古君が感知してくれると同時に突撃します。あずさお姉ちゃんのサポートでもう操縦不全になっているので、安心して攻撃できます。レオ君とエリカちゃんのオーバーキル気味の攻撃もあって、一瞬で沈黙しました。いや、この二人強すぎか?

 

 これによって相手が大陸系であることが判明、美月ちゃんの力もあって、より戦局が安定してきます。原作での千代田・五十里先輩カップルがいないので火力では劣りますが、そもそもレオ君・エリカちゃんで十分火力過剰ですし、テクニック部分ならいつき君とあずさお姉ちゃんも負けていません。あとまあ、なんやかんや、深雪ちゃんと真由美先輩が強すぎますね。

 

 

 さあ、後は魔法で順調に戦闘をこなしながら、ヘリコプターで脱出できる場所へと向かいましょう。

 

 会場を出発する前に確認したのですが、今回の場所は、珍しいことに、海辺のパターンでした。原作では野辺山付近の若干内陸寄りだったんですけどね。まあこれもこのゲームの乱数のうちの一つです。全部が全部原作通りと言うわけではありません。こんな些細な事ならこの際お茶の子さいさいですね。

 

 

 さーてさて、無事に集合場所にやってきました。ここは原作地図で言うところの、野辺山の点から右上の方にある、入り組んで湾みたいになっていて少し海が広くなっているあたりです。お、さっそくヘリコプターが一基やってきましたね。おやおや、空に蝗の軍勢が現れました。これじゃあヘリは使えませんねえ。あ、達也あにぃが消しとばしてくれました。

 

 ふう、これでなんとかなりそうですね。まず最初に来たヘリについては、戦えない一般市民の皆様が乗ることになり、いつき君とあずさお姉ちゃんはお留守番です。戦えますからね。いや、まあ、子供なので先に避難させろよとは思わなくもないですが、ここまで戦いながら怪我無くやってきた時点で「子供です」は通じませんよね。

 

 二つ目のヘリについては、真由美先輩たちが魔法協会本部へと向かうために使いました。いや、これに避難させろよって思いますよね? でも、これも先ほどと同じ理屈で「貴方たちは戦えるから一番後、これは緊急のものになるかもしれないから」と言われて待ちぼうけさせられます。

 

 あーまあでも、あのヘリに乗るのは美味しくないので別にいいですね。

 

 理由は二つあります。

 

 一つは、原作で桐原先輩と五十里先輩が死にかけて達也兄上様に『再成』してもらうやつですね。別に『再成』されるから問題ないと言えばないのですが、死ぬほど痛いので参加したくありません。

 

 もう一つは、そのまま魔法協会周辺で、最強白兵魔法師の一角である呂剛虎と戦う羽目になるからです。参戦したら経験値は美味しいのですが、危険度の割には美味しくなくて、しかもレオ君やエリカちゃんの大きな経験値を奪うことになって来訪者編に響くんですよね。

 

 

 そういうわけで、ここは大人しく一番最後のヘリを待ちましょう。

 

 そうしてしばらく待っていると、後続のヘリがやってきました。手を振って挨拶でもしましょうか。おーい!

 

 お、パイロットさんも陽気に手を振り返してくれました。私たちは小さな子供に見えるので、不安にさせないようにと言う配慮でしょうね。優しいなあ。ほら、あずさお姉ちゃんも柄にもなく安心した笑顔で手を振ってますよ。

 

 さー、これで横浜騒乱編でやることは大体お終いです。無事に避難したら、あずさお姉ちゃんのメンタルケアをしつつ、得られた経験値の確認を行いましょうね。

 

 それでは、ヘリが安全に降下してくる様子をのんびり眺めて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ファッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソ乱数がよ!!!

 

 これはいくらなんでもガバ運が過ぎるだろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然現れた巨大兵器にヘリコプターが吹っ飛ばされたんだが!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はここまで! ご視聴ありがとうございました!(ブチギレ)




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9-2

 補佐の達也とその護衛である深雪。

 

 同じく補佐のあずさと護衛役を奪ったいつき。

 

 両者は同じ立場であるはずだが、論文コンペまでの間、その平穏具合ははっきり分かれた。

 

 達也は、逆恨みめいた感情を持った平河に憎まれ、関本からは催眠ガスで攻撃され、その他大亜細亜連合が絡んだもろもろの陰謀に巻き込まれた。勾玉のレリックを渡されて保管する羽目になったのもその原因の一つだろう。そういうわけで、達也と深雪は、非常にスリリングな日々を過ごす羽目になった。

 

 一方、あずさといつきの方にはそんなことは一切起きなかった。

 

 達也がトラブルに巻き込まれた。ならこちらもより一層気をつけよう。

 

 これを繰り返しただけであり、あずさはなんら有形無形の暴力にさらされることなく、平穏無事に論文コンペを迎えたのである。

 

「司波君ってさ、トラブルに巻き込まれるタイプでしょ」

 

「信じたくない」

 

 昨日までに起こった様々な出来事によって、鋼の肉体はびくともしていないが、精神的には流石に少し疲れた。

 

 発表直前の控室、自分の作業が終わり、デモ機と向かい合って最終調整をしているあずさをぼんやり眺めていた達也は、いつきにそう話しかけられ、シンプルな言葉で心の底からの返事をした。

 

「確かにそうかもしれませんね」

 

「深雪まで……」

 

 そして同じく傍に控えていた深雪も、いつきに同調した。正直言ってこの二週間は、「波乱に満ちた」としか言いようがない。あずさたちと比べるとそれがより引き立つ。我が兄ながら、巻き込まれ体質だと言わざるを得ない。

 

 深雪が言うからには、もはや間違いなくそうなのだろう。達也は抗議しようと思ったが、言葉を途中で止めて、深い深いため息を吐き出すことで、認めたことを表わした。

 

 それを言うなら中条だって。そう反論しようと思ったが、論文コンペ抜きにしても達也の方が圧倒的に色々巻き込まれてきた。いつきもかなりのものだが、達也はもはや比べ物にならないのである。

 

「それでさー、司波君とか七草先輩とかは、なんか大亜連合のスパイみたいなのと戦ったんだよね? 今日が大本番なわけだけど、安全面は大丈夫なの?」

 

 トラブルの内容は、機密事項やプライバシーにかかわるものは秘匿しつつも、当然いつき達にも共有してきた。世界最強白兵魔法師の一人・呂剛虎が現れて、なんとか捕縛した、ということももちろん伝えた。

 

「大丈夫だと信じたいな。十文字先輩率いる警備隊もいるし、国防軍や警察や警備会社も集まって正規の警備隊も結成してるからな」

 

「たかが高校生のイベントなのに、なんて言えないよねえ」

 

 たかが子供、たかが高校生。

 

 実際その通りなのだが、魔法師となると、一般市民でありながらすでに軍属に近い存在として扱われる。魔法師の卵たちは、「未来の強力な兵器」なのだ。

 

(頼むから、これ以上何も起きてくれるなよ)

 

 なんだか叶いそうにないと自分でも思いながら、それでも、達也は内心で、全く信じていない神に祈ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あずさお姉ちゃん、すごかったよ!」

 

「ありがとう、いっくん!」

 

 発表が終わり、緊張から解き放たれたあずさは、笑顔で迎えてくれた弟に飛びつくように抱き着く。

 

 彼女自身は発表者ではないが、補佐として舞台上で重要な役割のいくつかを任されていた。また当然発表内容のそこかしこに、達也とあずさのアドバイスによってブラッシュアップされた箇所もある。そうして生み出された鈴音による素晴らしい発表は、会場に集まった知識人たちを感動させ、唸らせ、万雷の拍手を以て讃えられたのであった。

 

「……ふう、長かったような、短かったような」

 

 一番最後に舞台から袖に戻ってきた鈴音は、観客の視線から遮られるや否や、壁に身体を預けて、ズルズルと座り込んだ。その表情は相変わらず怜悧だが、緊張の残滓と解放によって、笑みと不安が綯い交ぜになっており、またスポットライトの影響もあって、玉のような汗が浮いていた。

 

「「お疲れさまでした」」

 

「……はい、お疲れさまでした」

 

 達也とあずさが声を揃え、自分たちのリーダーを讃える。鈴音も少し息を整えてから改めて立ち上がり、またいつものすまし顔に戻って、今まで助けてくれた後輩たちを讃えた。

 

 残りは後片付けのみ。もう仕事はお終いだ。

 

 先ほどまでの緊張から一転、あずさは浮かれ気分になる。今までの発表は緊張のせいで何も聞けなかったが、今からは別である。しかもこの直後は、かのカーディナル・ジョージの発表だ。楽しみで仕方ない。

 

 この後、発表者グループ三人は「お疲れ」であるということでお手伝いスタッフに残りは任せて、それぞれ思い思いの観客席に向かった。達也と深雪はいつものメンバーと、あずさといつきは二人で並んで、だ。

 

 そうして、着々と舞台上で準備が進む三高の発表を今か今かと待っていた時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突然、会場の外から轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!? 何!?」

 

 あずさは立ち上がり、周囲を見回す。周りの人間も一斉に同じような反応をしていた。

 

「なんだろ、花火だといいんだけど」

 

 あずさの隣のいつきは落ち着いて席に座ったままそんなことを言っているが、声に実感がこもっていない。彼自身、自分が言ったことを全く信じていないのだろう。その証拠に、いつも天使の笑顔を浮かべているのに、今はそれは鳴りを潜め、鋭い目つきでホールにいくつか設置されている入り口を睨み、CADを構えている。

 

 謎の音はその一発に留まらなかった。爆発音や破裂音、何かが砕ける音。それらが立て続けに鳴り響き、そしてどんどん近づいてくる。

 

 そして、会場のざわめきがさらにヒートアップしてきたころに――各所にあるドアが、一斉に勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それと同時に、あずさの横で、小さな影が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

 

 一番近い扉から駆け込んだ来た剣呑な装備の男たちは、ホールの照明が暗くされているのも相まってその姿が捉えられないほどの速度で襲い掛かってきた小さな影に、一瞬で制圧される。ある者は吹き飛ばされ、ある者は地面に押さえつけられる。そして少し遅れて、それ以外の扉から飛び込んできた者たちも、悲鳴を上げて一瞬で無力化された。

 

「で、君たちは誰? ここはお勉強の場所だけど」

 

 一斉に魔法で運ばれ、一か所に山積みにされる男たち。彼らは皆、まるで軍隊のような装備をしていて、その傍らには、おもちゃとは到底思えない本格的な色彩と威圧感を放つライフルが何丁も転がっていた。

 

「見事な手際だな」

 

 山積みの男たちと、それを成し遂げた小さな男の子・いつき。その異様な光景についていけず誰もが遠巻きに黙って見ているだけの中、達也は平然とした様子でそこに近づき、いつきを賞賛する。

 

「こいつら、今まで襲ってきた奴と同じかな?」

 

「断定はできないが、そんなことする勢力がいくつもあって欲しくはないから、そうだと願いたいところだな。テロリストだろう」

 

「やっぱりそうかあ」

 

 内容のわりにどこか呑気な雰囲気が漂う会話が為されている間に、深雪たちが達也の下に集まる。

 

「俺はちょっと考えていることがあるから、ここを離れて別行動する予定だ。お前も来るか?」

 

「いや、一旦遠慮しとくよ。あずさお姉ちゃんが心配だし……お姉ちゃん、やることあるだろうし」

 

「……まあ、それなら別にいいが」

 

 達也は何か聞き出したそうだったが、状況的にそんな余裕もないため、そう言い残して、深雪たちを伴って会場を離れていく。そして達也たちの姿が見えなくなった直後――またそこら中から、爆発音と破壊音と銃声が鳴り響き始めた。

 

 

 

 ――瞬間、理性が弾ける。

 

 

 

 人々はパニックになり、そこかしこで怒号と悲鳴が爆発した。まだ走り出したり暴れ出したりするような者はいないが時間の問題だ。高度な学問を究める場が一転、原始的な恐怖とパニックのるつぼになる。

 

(どう、なん、なんで――?)

 

 そんな中で、気弱で心優しい性格のあずさもまた、静かにパニックに陥っていた。叫んだりはしないが、ただ唖然と立ち尽くし、全身が硬直して震える。

 

 何が起きているのか分からない。

 

 ただ、この論文コンペはもはや成立せず――巨大な危険と悪意が自分たちを殺そうとしていることが、急速に実感しはじめた。

 

 怒号が、悲鳴が、破壊音が、銃声が。

 

 あずさの頭と耳を揺るがし、脳と心をかき乱す。

 

(い、いや、いやっ!)

 

 それに耐えかね、あずさはしゃがみこんで耳を塞いでうずくまる。脚は動かない。それでも、せめて心だけでも、この場から逃げ出すために、視覚と聴覚をシャットアウトする。

 

 だが、それでも不安をあおる爆音は貫通してくる。視界を遮ったがゆえに音に余計に敏感になり、それでいて何も見えない不安が襲い掛かり、そして思考も皮肉なことに明瞭になってくる。

 

 身体は震え、歯はガチガチと鳴り、激しい寒さと暑さを同時に感じ、頭からは血の気が引くと同時にカッと沸騰するような痛みもして、ギュッと閉じた目からは涙がこぼれだしてくる。

 

 

 

 

 

(だ、れ……かっ、誰かっ!)

 

 

 

 

 爆音とパニックは激しくなるばかり。それと同じように、そして真逆に、あずさもパニックが悪化し、全く自分で動けなくなる。

 

 誰か助けて。

 

 自分では何をすればよいのか分からなくなった今、彼女はただのか弱い幼子にまで戻ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――大丈夫? あずさお姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなあまりにも騒々しい混沌のるつぼの中で、落ち着いた声が、妙にあずさの耳に響いた。

 

 それと同時、両耳を覆っていた手に、ぬくもりが伝わる。

 

「いっくん!?」

 

 ばっ、と顔を上げる。それと同時に、目をつむっていたのと、いつの間にか明るくなっていた照明のせいで、急に景色が明るくなって一瞬ぼやけるが、すぐに誰よりも見慣れた顔に焦点が合う。自分にとてもそっくりな、可愛い弟。

 

 しゃがみこんだあずさに目線を合わせるように、いつきもしゃがんで、彼女の両手に両手を添えている。その顔には心配そうな色が浮かんでいるが、不安やパニックはない。

 

「こうなったら、まあパニックになっちゃうよね」

 

 こんな中だというのに、いつきは冷静だった。落ち着いた穏やかな声音で、あずさに語り掛ける。

 

「仕方のないことだと思うよ。ボクも少し違ったら間違いなく暴れてたし」

 

 あずさの両手の震えが収まり始めると、その小さな手を離して、そっと抱きしめてくれる。

 

 

 

 

 

 

「怖かったよね。もう大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――う、ううっ!」

 

 全身にぬくもりが伝わる。ぽかんとしていたあずさは、それで堰が決壊し、勢いよくその胸に顔をうずめ、声を上げて泣き始めた。いつきはそれを受け入れ、ふわふわとした髪を優しくゆっくりと撫でる。

 

 今まで、何度もこうしてくれた。

 

 怖くなった時、不安だった時。いつもいつきが、あずさの拠り所になってくれる。

 

 数十秒、あずさは泣き続けた。見た目通りの、小さな女の子になって。

 

 だが、その数十秒が過ぎて、泣き声が止むと……あずさは自ら、いつきの胸から顔を離す。

 

「さ、お姉ちゃん。今度はお姉ちゃんが頑張る番だよ」

 

「――うん!」

 

 やることは、ようやく分かった。

 

 いや、実は、最初から分かっていた。

 

 周囲がパニックになってから。いや、いつきが動き出してから。さらに前だ。会場にテロリストが入ってきたときから。いや、それも違う。――初めての爆音が鳴り響いた、あの時から。

 

 この限られた空間での、いきなりの惨事。そのあとに何が起きるかと言えば、取り返しのつかない群衆の大パニックに決まっている。それは間違いなく、被害をより拡大させるだろう。多くの人間が命を落とす。

 

 

 

 

 

 

 それを止めるための手段を――――自分だけの力を、あずさは持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 人の心に踏み込んで無理やり操作する、おぞましい、禁忌の魔法。

 

 自分だけの、自分が一番得意とする魔法は、そのようなものだった。そして得意だからこそ、その恐ろしさを一番よく分かっている。

 

 元々の性格も相まって、彼女は、その禁忌を人一倍強く守っていた。

 

 そして、今ここで、自分にしかできないこととして求められてるのは――――その禁忌を破る事だった。

 

 限られた研究室で規模を極限まで抑えて使う時ですら、緊張してしまうほど、自分で自分を縛り続けてきた。それを――今ここで、誰の許可もなく、自分の意志と責任で、破らなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無許可で、禁忌を破って、多くの人々を洗脳する禁忌を犯すか。

 

 自分ならば救えたのに放っておいて、多くの人々を死なせるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさが真に恐怖していたのは、自分だけに迫られていた、二者択一だった。

 

 だが、大丈夫。

 

 大好きで、可愛くて、賢くて、かっこいい、世界で一番の弟が、認めてくれたのだ。

 

 ここで動かなければ――「お姉ちゃん」の名が廃るではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、誰しもがパニックになっていた。

 

 だがもし、小さくてひ弱でちっぽけな彼女に注目していた者がいたら、一つの幻覚を見ていたかもしれない。

 

 実際は、小学生低学年のころに撮った彼女と弟のツーショットが収められたロケットペンダントを使って、魔法を使ったに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、彼女が作り出した、プシオンの波動――――『梓弓』の弦の音は、心の「魔」を祓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の体に不釣り合いな光の弓を天に向かって引き絞り、弦を解放する。

 

 そんな――――「魔法」めいた幻覚を見ていたのは、あずさになんとか声をかけようとしていた真由美と、その傍にいたいつきだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの仕事はこれだけでは終わらない。

 

『梓弓』によって落ち着いた群衆に向かって真由美が方針を示している間に、発表補佐の責任として、あずさは弟と鈴音を伴って、発表者控室へと向かっていた。

 

「おや、司波君ですか。考えることは同じですね」

 

「ええ、手伝ってくださると助かります。自分は他校のものを消しておきますので」

 

 同じタイミングでそこへ現れたのは、一度離れたはずの達也たちのグループだ。何かしらの方法で状況把握して、相手の狙いが魔法技術の可能性であることに気づいて、ここに向かってきたらしい。

 

「それで、さっきの大きな魔法は?」

 

「えっと、その……」

 

「聞かないのがマナーですよ」

 

 一通り消去し終わった後、達也があずさに問いかける。おおむね分かってはいるが、あれほど大規模な効果を及ぼす精神干渉系魔法は、彼としては中々放っておけない。弟とは逆のベクトルで、「四葉」としても気になる。あずさは答えあぐねたが、それに助け舟を出したのが鈴音だった。この場の彼女自身を除いて未だ知ることではないが、鈴音もまた、精神を操る魔法に特に敏感な一人だった。

 

「そ、それで、もう仕事は終わったので、早くシェルター避難に合流しましょうよ!」

 

 達也が即座に頭を下げたものの、この非常事態だというのに仲間内で微妙に冷えてしまった空気を払うべく、あずさが声を少し張りながら提案する。こういう時は確実かつ素早い避難が重要なのだ。これは不本意にも、4月のブランシュ事件で身についた教訓である。

 

 だが、全員が微妙な顔をする。そしてそれは、弟であるいつきもまた同じだった。

 

「えーっと、あずさお姉ちゃん……多分、地下への合流は、やめた方が良いと思うよ」

 

「え、なんで?」

 

 臆病なあずさに、一見安全なシェルターに避難するべきではない、というのをどう説明したものか。達也が考え込んで答えに詰まる中、いつきが代わりに答えてくれた。

 

「まず、地下シェルターはテロリストたちも優先して狙うと思うから、今からは逆に危険かも。それにシェルター内には先に避難した人がいると思うし、その人たちは、疑心暗鬼で、扉を開けるのを渋ると思うんだ。だから入り口で立ち往生するし、そこを狙われるかもしれない」

 

 あずさの顔が真っ青になり、足から力が抜けてふらつく。即座にいつきが飛びついて受け止め、小さな体で姉を支える。

 

「そ、そんな、じゃ、じゃあ、どうすれば……」

 

 目の前が真っ暗になる。こんな「戦争」も同然の状況で、シェルターに避難するのが危険。この会場は当然最優先目標になっていて、どこかに逃げないと危険だろう。では、どこにどうやって?

 

「七草先輩、なんかありませんか?」

 

「あるにはあるわよ。七草家で地上脱出用のヘリを急ピッチで準備しているわ」

 

「おお、太っ腹!」

 

「レディに向かってそれは悪口じゃないかしら? 乗せないわよ?」

 

 いつきの歓声に、真由美が場を和ませる意味も込めて冗談半分――本気が半分という意味である――で脅かす。

 

「そ、その、へ、ヘリコプターは、ここに来てくださるんですか!?」

 

 シェルターで戦いが過ぎ去るのを待つよりも早くこの地獄から脱出できる。それも信頼できる七草先輩の家のヘリで。あずさの顔がパッと輝く。

 

「いえ、ここには来ないわ。間違いなく敵が優先して狙っているもの」

 

 真由美がそう言った直後。達也が急にCADを抜いて引き金を引く。またその直後に、今までに比べてひときわ大きい爆音が、天井から鳴り響いた。

 

「ヒッ!」

 

「落ち着いて、あずさお姉ちゃん」

 

 あずさが頭を抱えてうずくまる。そんな姉を、いつきは慌てて抱きしめ、背中を撫でて落ち着かせようとする。

 

「チョッと、今の何!?」

 

「巨大トラックが突っ込んできたから迎撃した。あと大量のミサイルが飛んできてたが……巨大な障壁魔法で防げたみたいだな」

 

 エリカの叫びに、達也が衝撃の事実を告げる。それから数十秒後、克人が軍人たちを伴って現れ、何やら達也を絡めて色々会話をしている。

 

「あずさお姉ちゃん、今の状況はこんな感じなんだ。シェルターはダメ、ここにいてもダメ。なら……戦場になってるけど、地上を移動してヘリと合流するのが一番安全だと思う」

 

「そ、そんな……」

 

 あずさはいつきに縋り付いてめそめそと泣く。今も外からは、銃声や爆発音が絶え間なく鳴り響いている。きっと分厚い壁を越えた先では、この音から伝わる情報を越えた、本物の「戦争」が広がっているのだろう。

 

 そんな中を高校生だけで突っ切って、いつ来るか分からないヘリに合流しなければならない。

 

「大丈夫、司波君や十文字先輩……なんか一番頼りになる二人が消えたけど、一応渡辺先輩や七草先輩や司波さんみたいなすごい人もいるわけだし」

 

「一応ってなんだ一応って」

 

「まああの二人に比べたら格落ちよねえ」

 

「甘んじて受け入れましょう」

 

 いつきの肩越しに怖い三人が青筋を浮かべているが、あずさはそれでも戦場の不安ばかりが気になって気づいていない。なおも覚悟が決まらず、いつきに縋り付いてグスグスと泣いている。

 

「それに…………大丈夫だよ。あずさお姉ちゃんは、どんなことがあっても、ボクが守るんだから」

 

 あーあ、始まった。

 

 周囲に呆れ果てた弛緩した空気が満ちる。特に幹比古あたりは親友と言うこともあってかなり見てきたので食傷気味だ。

 

 どうせこれであずさが言いくるめられるのだろう。

 

 誰もがそう思っていたが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それじゃ、ダメだもんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうはならなかった。

 

 あずさが顔を上げ、口元をキッと引き結び、大きな目からボロボロと涙を流しながら、いつきの顔を睨むように見上げる。

 

 それを見ていた誰もが、いつきすらも驚いた顔で固まる中、あずさは雪崩のように、心の内を叫ぶ。

 

「それじゃあ、またいっくんが危ないでしょ!? 私が無事だったって、いっくんが、いなきゃ、意味が――」

 

 あずさはそこで言葉を詰まらせ、再び胸に縋り付いて泣き始める。

 

「また」、という言葉にピンと来たのは、真由美と幹比古だ。真由美は直接その場にいて、幹比古は後に恥ずかしそうな二人から聞いて、それぞれ、ブランシュ事件の後の生徒会室での出来事を知っている。

 

 校内にテロリストが侵入して破壊活動をした。その最前線に、入学したての弟が突っ込んだ。それどころか、テロリストの本拠地にまで乗り込んだのだ。

 

 そんな弟の行動を聞いて、ただでさえテロリストの侵入という大事件で揺れ動いていたあずさは、酷い不安に襲われ続けていた。弟が無事に帰ってきたと報告を受けても、そして実際に弟と対面しても、それは晴れることはなかった。

 

 不安だった。

 

 いつきになんか起きていないか。怪我しなかったか。嫌な思いはしなかったか。――――死ななかったか。

 

 ずっとそばで見てきた。だから分かる。

 

 いつきは――生き急いでいるとしか、言いようがない。

 

 常に何かの目標に向かって、それ以外にはわき目も振らない。自分の身の危険すら顧みない。その証拠が、ブランシュ事件であり、先ほど彼が見せた決断力・行動力であり――――あの中学三・二年生だったころの会話だ。

 

 いつか、いつきは、自分の手が届かないところで死んでしまうのではないか。

 

 そんなどうしようもない不安が、常にあずさの中で蠢いているのだ。

 

「…………ごめん、あずさお姉ちゃん」

 

 姉の心の叫びを聞いたいつきは、しばしぽかんとしていたが、顔をゆがめ、姉を強く抱きしめる。

 

「ずっと、心配してくれてたんだね。ごめん、でも、ありがとう……」

 

 大好きな弟に包まれながら、あずさは首を縦に振る。

 

 今の自分は、弟を困らせている。その自覚はある。だがそれでも――いつきの危険が、どうしても、受け入れられない。

 

 自分が危険だから。自分が責任を負うから。そんな不安は些細なものだ。

 

 いつきが傷ついてしまう――――それだけは、どうしても、我慢できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、あずさお姉ちゃん。また、約束しよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟の突然の言葉。

 

 一瞬、あずさはその意味が分からなかったが、すぐに理解した。

 

 もう、その続きは分かっている。

 

 そう、これは彼の言う通り、「また」約束をするにすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは、あずさお姉ちゃんを、何が何でも守る」

 

「私が、私が――――いっくんを、守ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生の時の夜に交わした約束。4月に一度、どこまでもあずさに有利な形で、そして一番不安な形で、反故にされた約束。

 

 それが再び、今この戦場で、固く結びなおされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人を放っておいて先に行かなかった他のメンバーたちは、褒められてしかるべきであろう。




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9-3

 七草家の救助ヘリの集合場所は、野辺山東側の裾野からさらに北東側の沿岸だ。埋め立て地により複雑で小さな湾がいくつか形成されているが、その中でも広い湾の岸である。

 

「海沿い? ゲリラは別として、本格的な兵士は海から揚陸艦で来てるんですよね? 危なくないですか?」

 

 いざ出陣という直前に説明した真由美に、いつきが疑問を投げかける。

 

「それもそうなんだけど、あのあたりは埋め立て地で入り組んでるわよね? だから敵もあのあたりには上陸しにくいのよ。歩兵だけならボートで入り込めるけど、兵器もあるとなると小回りも利かないのでしょうね。実際に敵の陣容も薄いし。逆に最初の候補地だった野辺山のあたりとかは、山岳ゲリラがもう展開されてるとの情報もあって、少し不安なのよね」

 

「へー、なるほど」

 

 いつきの疑問にも、真由美の説明にも、この場にいる全員が納得した。こうなればもう方針は決まった。その集合場所を目指すのみである。

 

 発表者控室を出て最初に接敵した相手は、会場を制圧するべく乗り込んできていた敵兵士だ。町中に潜んでいたゲリラが蜂起した、が第一報だったはずだが、最優先目標なこともあり、装備も本格的である。

 

「敵は対魔法師用ハイパワーライフルを装備しています! 障壁魔法は効かないと思ってください!」

 

「りょーかい」

 

 真由美たちを念頭に置いた幹比古の警告に返事をしたのはいつきだ。破壊されて生まれた数多の瓦礫を魔法で操作して、的確に敵兵士の急所に当てていく。ものの数秒でプロの兵士を四人、あっという間に無力化した。

 

 他も負けていない。真由美は即座に得意のドライアイスの弾丸を放つ魔法で、深雪は冷凍魔法で、鈴音は多種の魔法で、エリカ・レオ・摩利・桐原は敵グループに飛び込んで、次々と制圧していく。そしてその制圧をサポートするのが、幹比古の古式魔法だ。仕掛けるタイミングを見計らって、まるで話し合っていたかのようにぴったりのタイミングで的に妨害魔法を仕掛け、攻撃を通しやすくする。

 

 そして幹比古と同じ役割を担っているのがほのかと雫とあずさだ。ほのかは光魔法で目くらましや幻影によって、雫は音による陽動で、あずさは多種の小さな魔法を連発して、敵を妨害する。紗耶香はまだ戦力になる場面ではないので、周辺の警戒を担当している。剣道で鍛えた警戒心と気配察知能力は、背中を任せるに足る信頼を置かれていた。

 

 このような具合に、高校生の集団でしかも半分が一年生、半数弱が二科生という状況ではあるが、その全員が猛者である。「しっかりと訓練を積んだ戦闘魔法師は非魔法師部隊の一個中隊に匹敵する」とすら言われるが、それに近い魔法師がこれだけの人数あつまっているとなれば、非魔法師には厳しいだろう。

 

 そうして会場内の制圧を終えて外に出ると、そこでも戦いが繰り広げられていた。拮抗しているかやや押されている、という程度だったが、いつき達の参戦で一気に天秤が傾き、こちらもすぐに終わる。

 

 そして進んでいくと現れたのが――直立戦車だ。巨大な杭を地面に打ち込んでいるところである。確かその真下は、避難しようとしていた地下シェルターだったはずだ。

 

「あれは止めないとまずい! 幹比古君とあずさお姉ちゃん任せた!」

 

「え、ちょ!?」

 

 巨大な振動がここまで伝わってきた。きっと地下では酷いことになっているだろう。そして追撃を許せば、さらなる惨劇が繰り広げられる。

 

 いつきが手首のCADを操作して魔法を行使する。すると高さ5メートルもある鉄の塊が急に横に吹っ飛び、もう一体の直立戦車に激突し、とてつもない音をたてながらもつれあるように倒れる。

 

 そしてそれと同時にエリカたち剣士が飛び出し、一瞬で切り刻んで、巨大兵器をあっという間に無力化した。

 

「無茶言わないでよ、もう……」

 

 幹比古の気持ちも代弁して、あずさが弟を恨めし気に睨む。

 

 あの状況では直立戦車を無力化するのが正解ではあるが、その方法は、当然地面に加わる衝撃を抑えたものでなければならない。いつきの方法は効率的だが、衝撃を抑えるという上では、今頃地下で奮闘しているであろう花音の『地雷原』と並んで、これ以上ないほどに不適切である。

 

 そんな大事故の可能性を抑え込んだのが、幹比古とあずさだ。いつきの意図を察して、即座に地面の衝撃を和らがれるありとあらゆる魔法を使った。少し遅れて察知した深雪・雫・ほのかの振動系を得意とする三人も協力した。これによって、巨大兵器の高速衝突による衝撃は、ほぼゼロとなったのである。

 

「いつき君って、前々から思ってたけど、見た目に反して結構パワーファイターよね」

 

「ええ、しかもやることがえげつないです」

 

 やることがなかった真由美と鈴音が声を潜めながら、可愛い顔してとんでもないことをしてのけたいつきに、改めて「とんでもない奴」の評価を下す。

 

 今までも相当我儘だったが、これは花音やエリカ並のじゃじゃ馬である可能性がある。そもそもテロリストが侵入してきた瞬間に一人で全て無力化したあたり、かなり早い段階でこんな状況になると予想していたのかもしれない。そして真由美らの許可もなく、あずさに『梓弓』を使わせたのもそうだ。行動は全て効率的で正しいが、普通の人間なら躊躇するような障壁を、なんら気にしない。ある意味で「狂っている」とすら言えるだろう。姉とは大違いだ。

 

「く、こいつら、全然しゃべらないな」

 

 倒れた直立戦車を切り刻んで無力化した剣士たちは、操縦者を引きずり出して捕縛し、尋問にかけた。エリカの血の気が多いのもあって、小突く程度ではあるが暴力も振るう半ば拷問めいたものだったし、摩利の香水自白剤も使ったが、頑として吐かない。そこらのゲリラと違ってあの兵器を任されるだけはあるようだ。

 

「どうする、あずさお姉ちゃん?」

 

「えっと、そうは言ってられないかもだけど…………あまり良くない、かな?」

 

「私も中条さんに賛成です」

 

 その横では、いつきがまたも不穏なことを言っている。もう『梓弓』を公開してしまった以上、このメンバー相手に隠す意味もないということだろう。つまりは「精神干渉系魔法で無理やり聞き出すか」ということだ。心優しいあずさと、強い倫理観と鋭い見通しを持つ鈴音が、それぞれそれを否定した。確かに有効だろうが、あずさやいつきが禁忌を犯すほどの情報を、この操縦者が持っているとは思えなかった。

 

 これと似たような会話――摩利が拷問しようとした――もすぐそばで繰り広げられたが、結局このまま適当に近くにいた警察に引き渡して、さっさと集合場所を目指すことにした。幹比古たちの魔法によって地下に死者が一人も出なかったことが、皮肉にも操縦者たちにプラスに働いたのだろう。

 

 その後の戦いも危なげなかった。

 

 正規軍に比べたら練度は低いだろうが、相手はこれでもこの戦場で暴れている以上、「プロ」であろう。またその武装も本格的であり、直立戦車のような巨大兵器こそ数は少ないが、装甲車や戦車のような大型兵器は揃っている。

 

 だというのに、いつき達一行の進行は止まらない。それぞれに不得手こそあれど、全員がすでに得意分野の面では戦闘魔法師として上位の実力を持っている。相手兵士は武装こそ優れているが魔法師の数が少ないこともあって、学生魔法師相手すら、なすすべなくなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 では――本格的な魔法を用いた兵士たちならば?

 

 

 

 

 

「――来た!」

 

 戦闘にはサポート程度しか参加せず、古式魔法師として敵魔法師の正体を掴もうとしたり、遠方や死角の警戒を担当していた幹比古が、閉じていた目を開いて叫ぶ。

 

 遠方に飛ばしていた探知の糸に、巨大な気配が引っかかった。それからすぐに高速でこちらに襲い掛かってきたのは、先ほどと同じ直立戦車でありながら――やたらとフレキシブルかつシームレス、つまり「動物的」に滑らかに動くものだった。

 

「いよいよ巨大ロボットね!」

 

「訳分かんねえなもう!」

 

 エリカとレオが混乱を言葉にして叫びながら飛び出す。人間的な動きをする人型巨大ロボットは、130年前からアニメなどで有名だが、いまだ実現のめどはたっていない。それが、研究室や実験ではなく、「実戦」で投入されていることに、疑問を覚えるのは無理のないことだった。

 

 二人の反応速度は素晴らしく、またその移動速度も卓越していた。

 

 だが、二人よりも速く動いた者が一人いる。

 

「あとは任せたよいっくん!」

 

「ありがとう、あずさお姉ちゃん!」

 

 あずさが叫ぶ。その視線の先には、エリカやレオよりいつの間にかだいぶ先行している小さな男の子・いつきの背中がある。

 

 迫りくるいつき達に反応して、巨大ロボットが、上半身をグリンッと動かし、その両手に構えた悍ましい兵器を振り上げ「ようとする」。だがほんの少し上に動き出しただけで不自然に静止してしまった。

 

 当然、不思議なその動きはただの隙となる。いつきはその巨大ロボットが構えようとしていた兵器に移動系魔法をかけて無理やり動かし、ロボットの胴体にぶち当てて「自爆」させる。その巨体に見合った装甲を誇るが、同じく巨体相応の兵器で攻撃を食らえば、当然ただでは済まない。

 

 しかも、ぐらついてバランスを崩したところで、もう片方の兵器も無理やり動かして攻撃する。人間的な動きをする巨大ロボットは、自分を殴り続ける、奇妙な姿をさらす羽目になった。

 

「えげつないわねー」

 

「やろうと思えば、あれ、オレたちの体でもやられるんだよな……」

 

 もはや放っておいても機能停止になりそうなロボットに多少同情しながら、エリカは何トンものギロチンに匹敵する斬撃を、レオは「世界一の切れ味」を誇る刃を、同時に振り下ろす。これがトドメとなって、巨大ロボットは完全に沈黙した。

 

「未知の魔法技術を用いた先端巨大兵器が、武器しか持たない高校一年生三人に成すすべなく鎮圧された……フェイクニュースかなんかですかね?」

 

「末恐ろしいことですね」

 

 その様子をただ見ているだけだった鈴音と桐原は戦慄する。果たして自分たちが一年生だったころ、あれだけのことができただろうか。

 

「う、うう……」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そしてそんな戦闘の様子を見て、仲間だというのに心の深い傷が開いた者もいる。紗耶香は脚の力が抜けてフラフラとへたり込み、頭を抱え始めた。恋人である桐原は、すぐに駆け寄って抱き寄せる。

 

「……中条弟か?」

 

「は、はい……」

 

 気づかわし気な摩利の問いに、紗耶香は弱弱しくうなずく。

 

 4月のブランシュ事件。校内侵入チームという精鋭グループとして最前線でテロリストに協力した紗耶香は、最前線で暴れまわったいつきと交戦した。その戦いは一方的そのもので、戦闘時間は5分にも満たず、いつきは傷一つつかないで、紗耶香は剣士の命である手がぐちゃぐちゃになる複雑骨折を筆頭に、手ひどく叩きのめされた。

 

 自分が悪いことは分かっている。それでもあの初対面以来、いつきがトラウマになってしまったのだ。この「戦争」からの脱出劇で、一番働いているのも彼である。その姿を見て、フラッシュバックしてしまったのだ。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

 

 あずさが眉をハの字にして、困惑と悲しみが混ざった表情で、紗耶香に声をかける。いつきと瓜二つな彼女だが、不思議とあずさを見てもいつきのことはフラッシュバックしない。性格があまりにも違うので、立ち居振る舞いや表情や放つオーラが、だいぶ違うからだろう。

 

「こんなタイミングで、こんなこと聞くのも厄介なのは分かってるんだけどよ……中条弟、あそこまでやらなくてもよかったんじゃねえか、って、今でも思っちまうんだ」

 

「だ、大丈夫……わ、私が悪いんだから……」

 

「今は非常事態だ。連携を乱すような言動と思考は慎め」

 

 そんなあずさに、桐原は渋面を浮かべながら、つい、いつきを攻め立てる言葉を並べてしまう。紗耶香と摩利がそれを止めようとしたことで、冷静になって「わりい」と顔を逸らし黙り込んでしまったが、そのせいで余計に、気まずい空気になった。

 

「あー、そのことですが」

 

 一足先に巨大ロボットの調査から戻ってきた幹比古が、ちょうどよく話題に合流してきた。彼もまた、あの時いつきに協力していた当事者である。そしてその表情は、どちらかと言えば、紗耶香に同情的だった。

 

「僕も、あそこまでやらなくても、って思って、後から聞いたんですよ。で、その時の答え、タイミングとして良いかはわかりませんが、いま伝えておきます」

 

 古式魔法師は現代魔法師以上に「性格が悪い」傾向があるが、幹比古はやはり人の好い性格で、どうにもはっきりしない様子だ。あの時いつきに協力した親友であり「正義」の側でありながら、一方で紗耶香に気を遣っているし、いつきの過剰攻撃には思うことがあったのかもしれない。

 

「一つ。『あずさお姉ちゃんを怖がらせた奴に、基本容赦は無用でしょ』だそうです」

 

「も、もう、いっくんったら」

 

「ここでその反応できます?」

 

 いつきがそんなことを言っていたと知り、あずさが顔を赤らめて照れる。この状況でそんな反応をするあずさに、鈴音が心の底からヒいてしまった。

 

「二つ。これはよく聞いてほしいんですけど……『いくらボクが強いと言っても、壬生先輩相手に手加減したら負けるかもしれないじゃん。あっちが強すぎるのが悪いの』、だそうです。まあ……プラスにとらえれば、少しは気が楽になると思いますよ?」

 

 幹比古から伝えられた言葉に、紗耶香と桐原は目を丸くする。その言葉をどうとらえるか考えあぐねているうちに、いつき達が戻ってきた。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

「あ、いや、大丈夫だよ、エリカちゃん」

 

 へたり込んでいる紗耶香の傍に桐原がしゃがんでいる。何かあったとしか思えないだろう。エリカが心配そうに問いかけてきた。

 

 それで呆然とした状態から戻った紗耶香は、慌てて立ち上がり、元気であることを示すために、大げさなポーズをとって見せる。彼女らしくないその行動はおそらく今後エリカからからかいの種にされるだろうが、いつの間にか紗耶香の顔色は戻っており、もう心配なさそうに見えるのは確かだった。

 

 そしていつきも戻ってきたということで、先ほどまでの話を完全に打ち切るべく、話を聞いていたあずさたちは、それぞれ別の話に無理やり持っていく。特に、幹比古が、敵が大陸系魔法師であるとほぼ断定した、というのは大きかった。

 

 そしてこのグループとは別、深雪、雫、ほのか、真由美、寿和のチームもまた、人間らしい動きをする直立戦車を仕留めていたという連絡も入ってくる。この巨大最新兵器が一体ではなく、複数体いる。もはやこれは、本格的な侵略戦争以外の何物でもないことが、改めて実感させられた。

 

 そうして、鈴音や真由美やあずさや幹比古といったこのグループの「頭脳」が会議をしている中。

 

 休憩を兼ねて、身を隠せる場所で一旦とどまっていた他のメンバーは、思い思いの休息をとっていた。

 

「ねえ、中条君」

 

「んー、なあ……なんですか?」

 

 そんな中、紗耶香は、どこかまだぎこちないながらも、穏やかな笑みを浮かべて、地面に座って壁に身体を預けてぼんやりしていたいつきに、かがんで目線を合わせて話しかける。いつきは一瞬「なあに?」と言いかけ、相手が先輩であると気づいて、何事もなかったかのように敬語に切り替える。

 

「……ひとつ、謝らなきゃいけないことがあってさ」

 

「なんかありましたっけ?」

 

 嫌味や謙遜や誤魔化しではなく、本当に何があったか分からなさそうな様子だ。きっと、彼にとって、「あの時」のことは、「あの瞬間」こそ重要だったろうが、もう過ぎ去った「どうでもいいこと」なのだろう。

 

 それでも、けじめはつけなければならない。

 

「4月にさ、私、自分勝手なコンプレックスと逆恨みで、テロリストに協力なんかしちゃって……中条君も、傷つけようとしちゃったから」

 

「あー、ありましたね、そんなこと」

 

 いつきはようやく合点がいったようだ。そしてそれを思い出したからと言って、少なくとも表面上は、紗耶香への何かしらの悪感情がぶり返してきている様子もない。

 

「だから……ごめんなさい。中条君たちを傷つけようとして、お姉さんの中条さんにも怖い思いをさせて、迷惑もかけて……」

 

 目線を合わせてかがんでいたのから一転、背筋を伸ばすやいなや、すぐに、深々と腰を折って頭を下げる。

 

 背中に視線が集まってくるのを感じる。恋人の桐原と、気にかけてくれた摩利と、いつの間にか会議から戻ってきていたあずさと真由美。その視線のどれもが、痛さを感じない、気づかわし気で優し気で心配している雰囲気だ。

 

 ああ、こんなにも思ってくれている人たちに、迷惑をかけてしまった。改めて、自分の過ちに気づく。

 

 

 

 ――この謝罪は、やり残していたものの一つだ。

 

 

 

 律義な彼女は、しっかりと周囲への謝罪も済ませている。会長の真由美や風紀委員の摩利、世話になった達也や桐原やエリカたちなど。当然その中には、あずさも含まれている。

 

 だが、ただ一人――いつきにだけは、まだ頭を下げていなかった。苦手意識と、ふつふつとおこがましくも湧き上がる「そこまでしなくても」という鬱屈した思いと、トラウマ。それが、彼と接触することを避けさせていた。

 

「………………まあ、別にいいですけど……今それ言います?」

 

「あ、あはは、だ、だよねー……」

 

 そして返ってきた言葉は、困惑。確かに、こんな時にするものではない。その自覚は誰よりもあるので、紗耶香も顔を赤らめて笑って誤魔化すほかない。

 

 ただ、今この場でけじめをつけておかなければならないのは、彼女の中では決定事項だ。ここから先も彼は最前線で戦うだろう。自分は彼に守られる立場だ。ここで謝らなければ、あまりにも、いつきに対して申し訳ない。

 

 紗耶香はそうして照れ笑いを浮かべたまま頭を上げ、いつきの隣にゆっくりと腰を下ろす。彼は困惑こそしたが――こんな自分を、許してくれた。

 

 いつの間にか、彼への苦手意識やトラウマは、もうない。これほど近くにいても、恐怖や悲しみや怒りを感じなくなった。

 

「ねえ、あの時の私さ、強かった?」

 

「本気出さないとかなり危なかったですよ。アジトにいた主戦力連中よりもはるかに厄介です。幹比古君もあの時はスランプだったし。まあ、九校戦でいっぱい成長した今なら負ける気しませんけどね!」

 

「あはは、まあ、それもそうかあ」

 

 ――この評価はつまり、いつきもまた、自分のことを認めてくれていた一人と言うことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数多すぎ! 七草先輩! ガセ情報掴まされたんじゃないんですか!?」

 

「安心なさい! 集合地点付近は先遣隊によると未だ敵は少ないわよ! もう少しの辛抱!」

 

 休憩を終えて、また戦場へと駆け出す。集合場所まであと半分ほどの距離だが、ここに来て、主戦場の一つとぶつかってしまった。

 

 人間的な動きをするものこそいないがそこかしこで立体戦車が暴れまわり、重厚な装甲車が進軍し、人に向けるには過剰威力すぎる戦車が砲火を放つ。ゲリラたちは装備の質も本人の質も有象無象だが、今ここにいる相手の大部分を成す主力と思われる敵兵は練度も高く、その数もあって、かなりの脅威であった。

 

 魔法による高速機動で飛び回って広い範囲をカバーするいつきが、不満げに叫ぶ。そしてたまたま傍にいた真由美も、ドライアイスの弾丸で敵を窒息気絶させながら、つられて叫ぶように反論した。

 

 いつき達一行は当然強大な戦力だが、こうなってくると相手からの反撃にも追いつけないこともある。

 

「いっくん危ない!」

 

 物陰に隠れていた敵魔法師が、炎をまとう虎の式神を一瞬で生成して放つ。背後から放たれたそれを、いつきは躱しきることができない。彼得意の対物障壁も、実体を持たないこの式神には意味がない。

 

 そんないつきを見守りサポートしていたあずさが叫びながら動き出す。明確な「押しのける」意志を以て放たれた強いプシオンの波動が、実体を持たない式神を吹き飛ばした。

 

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

 いつきは助けてくれた姉にお礼を言いながら、逃げ出そうとするその魔法師に反撃を加える。プシオンで作り出した針を、その魔法師の「魂」とも言える精神体に突き刺し、さらに魔法を重ねる。

 

「うわあああ!!!」

 

 するとその魔法師は突然、恐怖にかられた叫び声をあげて、そのまま失神した。そしてそれと同時に、あずさも同じ方法で深雪の背後から襲い掛かろうとした敵兵士を二人失神させる。

 

「なっ、今のは!?」

 

「説明は後です! ごめんなさい!」

 

 助けてもらったというのに、深雪の顔には驚愕が浮かんでいる。こうなることが分かっていたあずさは、今は流石に非常事態と言うことで、説明を後回しにさせてもらいながら、今度は幹比古と戦っている相手に妨害を仕掛けて援護を始めた。

 

 なるべく隠しておきたかったが、仕方のないことだ。

 

 精神干渉系魔法は、効果の弱い子供の遊びみたいなものでも強く禁止されるし、当然、『梓弓』のような不特定多数を洗脳するようなものは厳しく制限される。

 

 そして『梓弓』は多数を洗脳するとはいえトランス状態にとどまるのに対し、今使っているものは、大勢に効果を及ぼすわけではないが、明確に「人を傷つける」魔法だ。性質こそ違えど、「人を傷つける精神干渉系魔法」というのは、『梓弓』に近い忌避感を抱かれることもあるだろう。

 

 だが、今は非常事態である。「一番得意な魔法」を隠したままではいられない。

 

 ――この魔法は、中学生のころに、いつきから教わった魔法だ。

 

 いつの間にか彼は、知的好奇心からの研究が、「戦うため」の準備に変わっていた。当時の認識で言う「お化け」――今はパラサイトという分類を知った、未知の存在との戦い。実際にあるかどうかすらも分からないそれのために、いつきは、「害を成す精神干渉系魔法」を開発していたのだ。

 

 プシオンで作った針をパラサイトに突き刺し、本能的な恐怖心を増大させる魔法を使う。これによって、恐怖による強いショック症状を起こさせる。対パラサイトを想定した魔法ではあるが、こうして人間にも有効に作用する。

 

「いっくん、出力は低めにね!」

 

「分かってるって!」

 

 いつきもまた、移動・加速系のみならず、この魔法を使用して敵を無力化していく。強いショックによる失神は、倒れ方や状況次第ではあるが、物理的な攻撃を加えるのに比べて、「確実な無力化」と「確実な不殺」を可能とする。

 

 そして逆に言えば――出力を強めれば、いともたやすく「ショック死」させることもできるだろう。

 

 いくら戦場とはいえ、その罪を弟に背負わせるわけにはいかない。そして弟が悲しまないためにも、彼女自身も背負うわけにもいかない。

 

 この非常事態だ。殺してしまっても許されるのが普通である。実際、エリカ・レオ・桐原のような威力の強い攻撃が主体の剣士たちは、すでに何人か殺めているが、気にしている様子はないし、真由美も全く気にしていない。

 

 だが、この魔法は別だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「精神干渉系魔法が得意な」「子供が」「自分で開発した精神干渉系魔法で」「人を殺した」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これだけの要素が重なれば、この後、一体どう扱われるだろうか。いつきの身に何が起きるのか、あずさの身に何か起きた時にいつきがどう思うのか。想像するだけで恐ろしい。

 

 非常事態なので得意な魔法は解禁する。だけど不殺。

 

 これが、あずさの強い意向で二人で定めた、この戦場での方針であった。

 

 きっと、深雪は、今頃あずさといつきに恐怖心を抱いているかもしれない。心穏やかでないのは確かだ。

 

 だけど、どうかこの場は、許してほしい。

 

 そう心の中で強く謝罪しながら、あずさは、弟のために、戦場で気を張って、戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんな、あの魔法は!?)

 

 あずさの予想通り、深雪はその魔法が連発されているのを見て、内心で酷く取り乱していた。

 

 しかしながら、理由は全くの見当外れだ。人がコールドスリープになる程の冷凍魔法をぶっ放し、さらに人間を冒涜的な肉の彫像に変える悍ましい精神干渉系魔法の使い手である深雪だ。「この程度」はどうってことない。

 

 だが、その魔法の中身が問題だった。

 

 この魔法の存在を人に見せるのはここが初めてだ。両親にすら伝えておらず、知っているのは、あるかどうかも分からないパラサイトとの戦いの準備に協力してくれている幹比古のみ。

 

 しかし深雪は、この魔法を「知っている」。

 

 

 

 

 

 

 針を突き刺し、恐怖心を増幅させて強いショックを与える――――これは、日本最凶の一族・四葉家でも最強の実行部隊である黒羽家が使う秘術『毒蜂』だ。

 

 

 

 

 

 

 精神干渉系魔法にしては珍しく、比較的誰でも使える汎用的な魔法だ。体に残る痕跡は針を突き刺した小さな傷跡のみであり、その死因は後から見たら心臓発作にしか見えない、「暗殺」にこれ以上ないほど優れた魔法である。

 

 なぜこの魔法を、中条君と中条先輩が?

 

 深雪は、あずさが想像しているのとは全く違う意味で、酷く混乱していた。

 

 だがそれでも、その魔法は淀むことがない。ほとんどその場から動かず静謐なたたずまいだというのに、高速で駆けまわるいつき以上の範囲を、深雪の魔法が覆い、戦場を支配する。

 

(事が全部終わったら――とりあえず、お兄様にすぐご相談しなくては!)

 

 この戦場以上の緊急事態だ。本来なら本家に直接相談するレベルである。だが、本家は何をしでかすか分からない。罪のない二人が傷つけられるのみならず、殺されることすらあるだろう。だからこそ――二人のためにも、頼りになる兄へと、早く相談しなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を駆け抜け、いつき達はついに集合場所についた。降下地点の確保のために七草家の手勢がすでにそこにおり、また地下シェルターに逃げ損ねた一般人も集まっている。

 

「来るのは大型ヘリです。これだけの人数なら……三台分ぐらいで余裕だから、乗りそびれるなんてことはないから、安心してください」

 

 情報通り、この辺りは不気味なほどに静かだ。戦火から解放され、みな一様に安堵の表情を浮かべている。そして、わずかに残った不安も、真由美が全体に向けた力強い言葉で解消され、ついに人々に笑顔が浮かび始めた。

 

「よかったねえ、いっくん」

 

「ほんと、疲れちゃった。あずさお姉ちゃんは怪我はない?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 疲労の色も濃いが、あずさの顔に、ついに穏やかな笑みが現れた。心優しく穏やかで気弱な彼女だ。この地獄は、下手すれば一般人も含めて、ここにいる誰よりも辛かっただろう。それでも、弟を守るために、ここまで頑張ってきた。

 

 周囲を警戒しつつもしばらく待っていると、一つ目のヘリがようやく到着した。大量の蝗の軍勢が空を覆い尽くす妨害もあって一時はパニックにもなったが、突然現れた謎の魔法師がそれを消しとばし、さらに最新装備に身を包んだ国防軍がヘリの護衛もしてくれることになった。

 

 一つ目のヘリには、一般人の多くが乗り込んだ。

 

「みんなごめんなさいね。あと少しで次が来るから」

 

 いつき達は子供とはいえ、魔法師であり、ここまで「戦ってきた」人間だ。扱いはもはや子供ではなく、「戦える人間」である。それゆえに、救助の優先順位は低い。先に一般人たちが乗り込み、「戦える」いつき達は、後回しにされた。

 

 そして二つ目のヘリに乗り込めるかと思いきや、そちらはやや小型だ。どうやら、敵の目的が魔法協会支部である可能性に行きつき、真由美を代表としたメンバーがそちらに乗り込んで、ベイヒルズタワーへと向かうらしい。

 

「あーちゃんたちも来る?」

 

「勘弁してくださいよ! ボクらはさっさとずらかります」

 

 真由美の問いかけに、あずさは強く首を振って否定し、いつきも大声で拒否した。いつきはともかく、あずさは実際に精神的に限界だ。

 

 エリカ、レオ、桐原、紗耶香、摩利、深雪といった、まだまだ戦える、または負う責任が大きい立場の生徒は真由美に同行することになった。一方で、いつき、あずさ、ほのか、雫、美月のような、ほぼ一般人または好戦的ではない性格のメンバーはここに残り、最後のヘリを待つ。幹比古はまだ戦えるが、念のためここに残り、いつき達の護衛を務め、一緒に避難することになった。

 

「ふう、やっと、って感じだね」

 

「全くだよ。お父さんとお母さん、心配してるなあ」

 

 幹比古はまだ戦えるとはいえ、エリカたちに比べたら穏やかな性格だ。やはり突然の「戦争」は堪えたみたいで、かなり疲れている。いつきもまた同じで、疲れもあってすっかり気を抜いて、携帯端末をいじくりまわしてきた。相手の破壊工作で電波がイマイチだが何とかつながり、鬼のように届いていた安否確認のメッセージに返信をしている。

 

 そうして待っている間に、ついに三つ目のヘリが来た。

 

「あ、来たよ! ここ、ここでーす!」

 

 あずさが真っ先に見つけて指さし、小さな体を目いっぱいに広げて、笑顔で手を振る。見た目通りではあるが、静かな方である彼女にしては珍しく、かなりはしゃいでいる。それだけ、この戦場から解放されるのが嬉しいのだろう。いつきとほのかと幹比古も同じく解放感からか一緒になってはしゃいで手を振っているし、物静かな雫も、彼女にしては珍しく、明るい笑みが浮かんでいた。

 

 ヘリの運転手も、こちらを安心させるためか、満面の笑みを浮かべて手を振り返してくれる。それを見てあずさたちは、さらに千切れんばかりに手を強く振り返して歓迎し――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――突然周囲に爆音が鳴り響くと同時に、そのヘリが突然吹き飛ばされて、大破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 あずさといつきとほのかは、突然の信じられない光景に、唖然とバラバラに破壊されたヘリが「あった場所」を見上げて固まっている。

 

「危ない!」

 

「早く!」

 

 だが、危機感の強い幹比古と雫は、いち早く動き出した。固まってしまった三人を物陰へと引っ張り込む。直後、三人が立っていた地面のコンクリートが轟音とともに破壊される。

 

「な、なん、な、何?」

 

「落ち着くんだいつき! 落ち着け!」

 

 パニックで眼をぐるぐるさせて口をパクパクさせてるいつきに、幹比古が強めにビンタをする。慌てていたので加減も出来ていなかったし、焦っていたので往復で二発目もやってしまった。

 

「に、二度もぶった! お父さんにもぶたれたことないのに!」

 

「じゃあせっかくだし、無事に帰っていくらでもぶってもらえ!」

 

 思考停止していたいつきも、なんとかいつもの調子にもどった。自分でも状況が呑み込めていない幹比古は、訳も分からず魔法を乱打して未知の危機を退けようとする。だがそれは効果がなく、隠れていた障害物が破壊される。雫はほのかを引っ張り、幹比古は美月を抱いて、いつきは未だ固まっているあずさを抱えて、一瞬でその場を逃げ出す。先ほどまでいた場所は、跡形もなく破壊されていた。

 

「あずさお姉ちゃん! あずさお姉ちゃん!」

 

「い、あ、な、なに? なに、が、あ?」

 

「くっ、ごめんねお姉ちゃん!」

 

 茫然自失とするあずさに必死に声をかけるが届かない。いつきは歯噛みしながらあずさの胸に手の平を当て、魔法を使う。すると、あずさの体が一瞬強くビクッと跳ねて――その焦点が合わなかった目に、正気の光が宿る。

 

 効果としては『梓弓』と真逆であり、近くもある。何かしらの原因で思考が停止した対象を正気に戻す、メジャーな精神干渉系魔法だ。呆然とした状態から引き戻すという点は『梓弓』と真逆で、一方でパニックにも効くという点では『梓弓』にそっくり。

 

 そんな魔法を受けて思考が戻ったあずさは、未だ状況が呑み込めていないながらも、半ば本能的に自分で動いて避難できるようになった。

 

「救助用のヘリが吹っ飛ばされた! 海から攻撃を飛ばしてきてるんだ!」

 

「海から!? 入り組んでて、こんな威力をぶっ放せるほどの兵器が入り込めないんじゃなかったの!?」

 

「知らないよ! 現に見ちゃったんだから!」

 

 一番状況を把握できていたのは、こうした危機的状況でも生き残れるように鍛えられてきた幹比古だった。いつきの反論は論理的ではあるが、しかしながら、実際に今、そのあり得ないことが起こっている。

 

「映像映します!」

 

 雫によって正気に戻ったほのかが、光の反射を操作して完全に身を隠しながらも敵を視覚で捉え、その姿を幻影魔法で目の前に浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海にいつの間にか現れていたのは、巨大な機械モンスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう表現するしかない。

 

 見上げるほどの巨体は全てが武骨な鋼鉄で出来ている。その体は山形で、海坊主のような印象を抱かせることもあろう。しかしながら、全くそうは見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何せ――――機械で出来た触手を六本、その体から生やしてうねらせている。

 

 

 

 

 

 

 その触手の先端は攻撃の時に開き、中から銃口が現れ、圧縮された水を超高速で放つ。あのとてつもない破壊の正体はこれだ。海水をくみ上げて利用しているのだろう。つまり、海に浮かぶあのロボットにとって、あのコンクリートを容易く吹き飛ばす攻撃の「弾薬」は、無限にあるということである。

 

「そうか、そういうことか!」

 

 その幻影魔法で作られた姿を見ながら、いつきが歯噛みする。

 

「ボクたちは誘い込まれていたんだ! このあたりに敵が少なかったのは、あれが待ち構えるここに誘導するためだよ! 多分小回りの利く小型潜水艦で少しずつあれの部品を運んで、水中で組み立てていたんだ!」

 

 破壊音と怒号と悲鳴が飛び交う。いつきたち以外にも、一つ目のヘリに乗り切れなかった一般人も十数人いた。彼らが逃げ惑う声だ。訓練を積んでいるわけでもなければ魔法を使えるわけでもない彼らは、果たして逃げ切れるのだろうか。いや、そんな心配をしている余裕すらない。今は自分たちの身すら怪しい。

 

 そんな、先ほどまでとは比べ物にならない地獄の中で、いつきは吐き出すように、頭の中で組みあがった推理を叫ぶ。

 

「一つ目のヘリには組み立てるのが間に合わなかったけど、三つ目には間に合った! ここにまんまと集まったボクらを、あれで皆殺しにするつもりだ!」

 

 いつきはそう叫びながら、精神干渉系魔法をそのロボットに行使する。中にパイロットがいれば、これで洗脳され、動きを止めるはずだ。しかしながら、なんら変化はなく、激しい破壊をまき散らし続ける。

 

「遠隔操作だって!?」

 

 幹比古は目を見開く。あの触手の動きは、機械に出せるものではない。あの激しい動きをした巨大ロボットと同じく、魔法的な操作も行われているだろう。だがそれは、中に魔法師パイロットがいてようやく成り立つものだ。だが、いつきの魔法が効いていないとなると――中にパイロットはおらず、完全遠隔操作と言うことになる。

 

「に、逃げましょうよ! う、海から離れれば……」

 

「ダメ。このあたりは開けているから、障害物で隠れきることはできないです」

 

 あずさの言葉に、雫が顔を青くしながら首を振る。

 

 大型ヘリが降りるために、ある程度開けた場所を選ぶ必要があった。そしてここは埋め立て地の海岸沿いと言うことで、海が眺められる景観のためにも、建物は少ない。これも含めて、敵の計画通りと言うことだ。

 

 今自分たちがこうして話していられるのは、その数少ない障害物に守られているからだ。それにあのロボットが、逃げ遅れた人々を狙うのに夢中になっているから、というのもある。彼らを身代わりに、束の間の命を繋いでいるに過ぎない。

 

 つまりあと少しすれば――障害物を片っ端から壊され、自分たちがあぶり出され、超高速のウォーターガンであのヘリのようにバラバラに「破壊」される。

 

 逃げるのは不可能。ここで救助を待つのもダメ。

 

 ならば、どうするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ――――ここで、あれを倒すしかないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えた声で、いつきが、言いたくなかった結論を絞り出す。

 

 そう、残された道は、もはやこれしかない。

 

 無限の弾丸で破壊をまき散らす巨大な鉄の塊相手に、障害物が少ないここで、このメンバーで打ち勝つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベイヒルズタワー周辺でほぼ同時に始まった、世界最高峰の白兵魔法師・呂との戦い。

 

 それと同等か、ともすればそれ以上に厳しい戦いに、いつき達は、身を投じざるを得なくなった。




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10ー1ーA

おや、サブタイさんの様子が…?


 触手機械に男の娘が犯されるRTA、はーじまーるよー!

 

 なんだよこのクソゲー!

 

 前回は安全に脱出できると思ったらオリジナル展開が発生したところまででした。

 

 

 

 えー、このゲームはなるべく原作に沿うようにできていますが、乱数の幅が大きく、プレイヤーキャラクター投入のバタフライエフェクトを抜きにしても、原作に無いことがいくらでも起きる、というのは何度も説明してきましたね。

 

 そのうちの一つとして典型的なのが、ここ、横浜騒乱編における「新兵器登場」です。確率としては高くなくて、四葉分家生まれ以上原作キャラ超強化未満の確率で起こります。

 

 横浜事変はまさしく「戦争」なので、仲間たちがクソ強いことを加味しても、プレイヤーにしろ作中キャラにしろ「死」の危険性が付きまとう、デリケートな章です。そこに突然現れる予定外・予想外の新兵器は、数々のRTAプレイヤーを葬ってきました。

 

 

 

 それが今回、最悪の形で出現してきたんです。

 

 

 しかもこれ、初めて見るタイプですね。今まで見たのは、その全てが陸戦兵器でした。普通に考えれば海上兵器もあって当然なのですが、すっかり頭から抜け落ちていましたね。

 

 あーはいはい、なるほどねえ。原作と違って野辺山付近に敵部隊が厚く展開されててここをヘリコプター合流地点にしたのは、これに誘い込むのが敵の目的だったんすねえ。つまり、このヘリ脱出ルートチャートを取るとなった時点で、これと遭遇するのは確定していたと。

 

 

 

 クソが。

 

 

 

 さて、ではこの兵器の調査をしていきましょう。

 

 

 まず見た目。海坊主めいたシンプルな本体に、柔軟に動く六本の機械触手がついています。

 

 中にパイロットがいて操作しているわけではなく、遠隔操作。精神干渉系魔法で確かめました。つまり、あのでっかい鉄の塊を、火力に乏しいこのメンバーで破壊する必要があります。

 

 攻撃方法は水をくみ上げて圧縮し、六本の触手から超高速で射出。海に入っているので弾薬は実質無限で、かつ触手がまるで動物のように動くので、狙いもかなり自由自在です。あの動きは機械だけだと無理だから、あの人間みたいな動きをする立体戦車みたいに、古式魔法も併用して操っているのでしょう。

 

 逃走は不可能。向こうは恐らく上陸出来ないから逃げ切れたら勝ちとはいえ、海沿いで障害物が少なく、あの攻撃から逃げ切れることはないでしょう。

 

 

 えー、つまりですね。

 

 射程自由自在、超高火力、弾薬無限、な巨大な鉄の兵器相手に、火力に乏しいこのメンバーで物理的に戦わなければいけません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ無理ゾ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやあああああああ!!! エリカちゃん! 深雪ちゃん! レオ君! 桐原先輩! 助けて!!! 助けて!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで鉄の塊ぶっ壊せるほどの火力組が揃いも揃っていなくなったあとに現れるの!? このメンバーであれ破壊するのどれだけ時間かかるんだよ!!! ああああああ達也お兄ちゃああああああん!!! 蝗の軍勢消しとばしてからどっか行っちゃったけど、戻ってきてえええええ!!!

 

 

 

 

 無理、無理、絶対無理!

 

 ねえやだ、小生やだ!

 

 あ^~たまらねえぜ。

 

 

 

 もう仕方ありません。やるしかありません。

 

 幸いメンバーは火力カスとはいえ達人ばっかりです。やっていきましょう。

 

 

 

 まず主力はいつき君と幹比古君。この中で戦闘力が高く、火力も高い方です。

 

 ついで雫ちゃんは遠距離攻撃担当。『フォノン・メーザー』で本体よりも脆そうな触手を狙ってもらい、相手の攻撃手段を少しでも減らしてもらいます。

 

 サポーターはほのかちゃん! 幻影魔法などの光魔法を駆使して、相手の照準を逸らしてもらいましょう。

 

 そして美月ちゃんは戦えないかと思いきやそうではありません。その目でプシオンの動きを捉えてもらい、何か攻略の糸口を見つけてもらいます。

 

 そしてあずさお姉ちゃんは美月ちゃんとほのかちゃんの護衛です。RTA的に、生き残るのは最低限、いつき君と幹比古君とあずさお姉ちゃんだけで構わないように見えます。ですが、仲の良いキャラが死亡や再起不能になると、二人のメンタルにも悪影響が出て、結果的に来訪者編のタイムに響きます。なので結局、全員生存が最低条件となります。

 

 質問されるとロスなので先に教え子を殺しておくみたいなタイムのための畜生プレイがRTAの醍醐味なところもありますが、このゲームは聖人プレイが要求されるんですよね~。

 

 

 まずは高速移動できるいつき君だけが前線に出て、ほのかちゃんに幻影魔法で目くらまししてもらいながらちょっかいをかけます。こういう新兵器を相手にするときは、相手の知覚機能が何なのかをしっかり調査するのが大事です。

 

 もしこれで正確に狙ってくるなら、あの機械タコについたカメラで見ているという感じにはなりません。上空から見ているとか、熱や音などで感知している、と判断できます。もし仮にここで正確に狙われたとしても、プライヤーキャラの鍛え上げた移動速度ならば回避が可能です。

 

 

 さーてさてどうなかなーっと……お、ノーコンになりました! やったぜ。あの機械タコについたカメラで見ているパターンの様です。これなら一番楽やな!

 

 では幹比古君にも参戦してもらいましょう。ほのかちゃんの幻影のおかげである程度安心して戦えます。幹比古君も色々と視覚を誤魔化す魔法は得意なので、なんとかなりそうですね。

 

 

 ではこちらからも本格的な攻撃をします。近くに出来た巨大な瓦礫を、超高速でぶっ放す!

 

 

 

 

 

 

 

 は? 正確に水で撃ち落とされたんだが??? え、そんなことできるの?

 

 

 

 

 

 

 ま、まだ策はある! 結構干渉力も負担も必要だけど、巨大な瓦礫複数個攻撃でどうだ! よし、何個かヒットした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……は? ほとんど傷ついていないんだが?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中にパイロットがいないから、内部を守るための装甲は比較的薄いと思っていたのですが、結構がっつり固いです。所詮コンクリ製の瓦礫をぶつけたところで、巨大な鉄の塊はびくともするわけないですね。

 

 え、あの……今の、ここにいるメンバーが出せる最大火力なんですけど……。コンクリとはいっても中に鉄筋とか入ってるから、戦車が傾く程度の衝撃は出せるはずなんですが……。

 

 

 

 

 

 え? もしかして詰んだ?

 

 

 

 

 

 

 あ、心強い味方が来ました! ヘリの護衛をしてくれた独立魔装大隊の皆さんです! そういえば貫通力増大ライフル持ってましたよね! やっちゃってくださいよ兄貴! なにせ戦車すらぶち抜く火力なんですから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、なんかはじかれてますけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、なるほどお。分厚い装甲だけでなく、魔法的にある程度強化してあるんですね。瓦礫砲弾が効かなかったのもそれかあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、詰んだ?(数十秒ぶり二回目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 援護に来てくれた魔装大隊の皆様が目の前で水に身体をぶち抜かれ一瞬でバラバラ死体になったりしましたが、まあこれはどうでもいい犠牲です。

 

 問題は、倒せる手段が今は無いことですね。あの強化ライフルで触手を狙えばワンチャンなんですけど、いやー、雫ちゃんを以てしても中々狙いがつけられないんですから、無理でしょうね。本体に比べて細いしウネウネ動いてるので。

 

 当然、いつき君の瓦礫ぶっぱも効きません。触手は柔軟性がすごく、ぶつけてもある程度たわむことで受け流されますし、当てやすい上に流されにくい根元を狙った場合は優先的に撃ち落とされるので不可能でした。

 

 つまり、本体を狙わなきゃいけませんね。

 

 えーっと、あの本体を壊せる火力は……『高周波ブレード』『薄羽蜻蛉』『陸津波』『斬鉄』みたいな魔法剣、達也兄上様の『分解』、一条家の『爆裂』、戦略級魔法クラスの火力の何か、あとは機能停止としては深雪ちゃんクラスの冷凍魔法ですね。

 

 さて、ではこの近くに誰かいますかねえ。えーっと……。

 

 

 

 

 

 

ウイイイイイイイッッッッス。どうも、いつきでーす。

 

まぁ今日はオフ会、当日ですけども。

 

えーとですね、まぁ集合場所の、えー海岸沿いに行ってきたんですけども、ただいまの時刻は5時を回りました。

 

ほんでーまぁ大体の人がヘリで避難を終えた後に機械タコと戦闘してるんですけども。スィー。

 

ほんでーかれこれまぁ15分くらい、えー待ったんですけども超火力者は誰一人来ませんでした。

 

誰一人来ることなかったですぅ。残念ながら。はい。

 

一人くらい来るやろうなーと思ってたんですけども、スゥー、戦って待っても誰一人来ませんでしたね、えぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 だめです。何度考え直しても、全員この場にいません。

 

 独立魔法大隊として戦場を飛び回ってる、魔法協会支部の周辺で激戦を繰り広げてる、市街地で戦っているなど、全員がここから離れて忙しいです。

 

 これも何分ももつことはないですよ。具体的には、いつき君と幹比古君は自分で動き回れるので何とかなりますが、戦闘慣れしていない後方の女の子たちは限界です。美月ちゃんを守りながら障害物のない中で逃げ回るなんて、真由美先輩でも難しいでしょうからね。

 

 はあー、これで詰みですか、そうですか。

 

 あー再走かあ。ここまで来て再走かあ。

 

 うーん、あずさお姉ちゃんの好感度が過去イチぶっちぎりで高くて、プレイヤーキャラも身体能力はゴミカスだけど魔法力は同じく過去イチで、幹比古君もだいぶ強いので、自己ベスト出ると思ったんですけど。

 

 えー、また素性ガチャからやり直しなんですか?

 

 はあー、まあ仕方ないですね。ここは少しでも粘って今後こういうことがあった時のために少しでも情報を得ましょう。

 

 あー、もうあきらめがついたので集中力も乱れてきましたね。見てください、ボロボロの足場に気づかずにつまずいて転んでしまい、そこをまんまと狙われて水流が発射されました。これで男の娘のバラバラ死体の出来上がりです。ショタリョナ好きの変態ども、喜べ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? なんか水の軌道が逸れて、なんか助かりましたが?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きてるんでしょう。幹比古君? いや、彼にこんな爆速ウォーターを捻じ曲げるほど干渉力はないはず。一体だれが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? うそ? ここで君が来るの???




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10ー2

 数少ない障害物に隠れていられる時間は少ない。こうしている間にも、周囲に犠牲は増え続けている。

 

 いつきは酷いパニックになっていたが、一度落ち着いてからは冷静だった。自分勝手気味な性格がここでは良い方向に働き、断言口調で一方的に伝えられた作戦は、どうしてよいかわからないあずさたちの、ひとまずの道しるべになる。

 

「光井さんに命預けるからね! 死んだら祟るよ!」

 

「怖いのは苦手なんだからやめてください!」

 

 いつきが単身飛び出すと同時、ほのかは全力で大量の幻影をばら撒く。いつきにそっくりなダミーが二つ、あらかじめおとり用に登録しておいた誰でもない一般人を三つ、そしていつき本人を隠すさりげない影。

 

 これによってまんまとタコのようなロボット――いつきによって暫定的に「ヘキサ」と名付けられた――はダミーに向かって放水する。その間に、いつきが周囲の手ごろな瓦礫を魔法でぶつけつつ高速で駆けまわった。魔法の気配を察知してある程度いつきの方向を狙うこともあったが、やはりダミーのせいで定まらない。いつきの移動速度もさることながら、ほのかの腕が光る形だ。

 

「幻影が効いています! 知覚手段は視覚だけだと思います!」

 

「よかった、それならまだやりようがあるね」

 

 これで音や熱や生体反応、またはサイオンを感知できるようだったら、打つ手なしも同然だった。だが相手が視覚に頼るならば、幹比古とほのかならば色々と妨害手段がある。

 

「頑張る」

 

「う、後ろは任せてください!」

 

 想定していたフェーズに進む。雫は後方から『フォノン・メーザー』を中心とした遠距離魔法で、あの武器となる触手の破壊を目指す。あずさは、非戦闘員も同然である美月と、作戦の要であり戦闘能力低めのほのかを、全力で守る役目だ。

 

「柴田さんは無理しないでね。じゃあ行ってくる!」

 

 幹比古もまたいつきと同じように障害物を飛び出す。いつきほどではないにしろ、激しい戦闘が得意な彼もまた、前線組だ。

 

 そして幹比古に念押しされた美月は、分厚い眼鏡をはずして、ヘキサを中心とした周囲を、苦しそうにしながらも凝視している。あれが遠隔操作となると、間違いなく古式魔法も併用している。術者が近くにいるなら、そのプシオンの流れなどがヒントになるかもしれないのだ。

 

「さあ、いっくよー!」

 

 いつきが大きな魔法を行使する。撒き散らされた破壊によって、周囲には大小の瓦礫がある。その中には、人を押しつぶして酷く血が付いたものまであり、今日味わった中でも最悪の「地獄」を想起させる。

 

 そしてその瓦礫を、なんらためらうことなく、いつきは砲弾として放つ。縦横に人の身長程もある巨大な瓦礫が高速で放たれれば、分厚い装甲の戦車すらもひとたまりもないだろう。

 

 だが、その大きな的とはいえ高速移動している物体に、ヘキサは正確に狙いをつけ、強烈な放水で撃ち落とした。あれほど重いものをあれだけの速度で放っているのに、撃ち落とせるほどの放水の威力。すでに一般人が犠牲になっているのを見てはいるが、改めて、あれが人に当たればバラバラになってしまうことを実感させられた。

 

「っ! まだまだ!」

 

 一瞬歯噛みしたいつきは、また同じ魔法を、今度は同時に複数使う。すると三つの巨大な瓦礫が、それぞれ違う方向から、ヘキサに襲い掛かった。

 

「援護するよ!」

 

 ついに幻影を乗り越えいつきの姿を捉えたヘキサは、自分に向かってくる砲弾を意に介さず、いつきを正確に狙う。巨大な魔法を行使した彼は、そこから魔法での離脱が不可能になっていた。

 

 だが幹比古をそれを予想して動き出しており、間一髪でいつきを抱きかかえて回収する。そして巨大な瓦礫の全てが、ヘキサの体へ激突した。あの立体戦車すらもよろめかせる攻撃だ。きっとひとたまりもないはず――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが表面がほんの少しへこんでいる程度で、ヘキサは未だ堂々とそこに存在し、放水を連射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うそでしょ……」

 

 抱えているいつきが唖然とする。あれはここにいるメンバーが出せる中での、物理的な最大火力だ。それがほぼ効かないとなると――もはや、どうしてよいのか分からない。

 

「きゃあっ!」

 

「あずさお姉ちゃん!?」

 

 戦場に、女の子たちの絹を裂くような悲鳴が響き渡る。ついに四人が隠れていた場所を狙われ始め、あずさは悲鳴を上げながらも、見事な魔法の腕でほのかと美月を伴って回避した。雫もまた、自分自身の力で離脱に成功している。そして周囲の景色がほのかによって歪められ、一時的に全員の姿を隠した。幹比古もそれに協力して幻影をばら撒き、束の間の安全を確保する。その間に、幻だらけの戦場の中でも、感知魔法でなんとか障害物を見つけたあずさが、美月と一緒にそこへとなだれ込んだ。

 

 そして、全ての幻影が消える。広範囲に魔法をばら撒いたせいで、それを長い時間維持することはできない。突然正しい景色にもどった中で見えたのは、全身を包む黒いスーツに身をまとい、特殊なロングライフルを携え、空を飛び回る三人の兵士。先ほど達也と一緒に現れた、国防軍だ。

 

「援護します! 今のうちに避難を!」

 

 あの三人が引きつけてくれるらしい。ライフルを構え、三人とも斉射する。魔法の気配からして、貫通力を大幅に増強したライフルだ。あれならば、ヘキサを傷つけることができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが雨霰と放たれた弾丸は、全てその装甲にはじかれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ――」

 

 いつき達と同じく、国防軍兵士たちも動揺したらしい。そしてほんの一瞬固まった隙に、反撃の放水が放たれ、空中でその体がバラバラに砕け散る。

 

「ぐ、くそ! 大黒特尉をよ――」

 

「こちらチャーリー! 至急えんご――」

 

 そして狙いを付けられまいと不規則な軌道で飛び回っていた二人も、横薙ぎに放たれた放水でまとめて砕け散る。

 

「そんな……」

 

 戦場に、人間の血と肉の雨が降り注ぐ。だが、その悍ましい雨を降らせた張本人であるヘキサは、なんら気に留めることもなく、なおも破壊をまき散らす。降り注いだ血と肉の雨は、高速で放出された海水により吹き飛ばされ、洗い流されていく。

 

 いつきの目から光が消える。

 

「止まるないつき! 戦え!」

 

 そんないつきの背中を叩いて励ましながら、彼自身もどうすればよいか分からないというのに、幹比古は歯を食いしばって戦い続ける。障害物の裏で呆然としている姉と同じように立ち尽くすいつきと違って、その目にはまだ、絶望は宿っていない。

 

「貫通力強化ライフルでも傷一つつけられない。破壊力がある司波さんたちは全員魔法協会周辺。一条君と司波君は連絡が取れない。誰もここには来れない……」

 

 なんとか動き出したものの、いつきの動きは明らかに先ほどまでと違って緩慢だ。その口から紡ぎ出される淡々とした「事実」は、彼自身を、そして聞こえている幹比古の心を、絶望で塗りつぶす。

 

「今すぐ来れないならどうした! 100年でも200年でも持ちこたえて見せろ!」

 

 感情に任せて攻撃魔法を乱射する。狙いは、本体よりも脆いであろう触手だ。だが本体に比べて自由に動く上に細いそれに、ほとんどはかすりもしないし、当たりそうなものも撃ち落とされる。ならば直接干渉する魔法はどうかと言えば、これもまた効かない。操作のみならず、魔法的な防御も施されているようだ。貫通力強化ライフルがあまり効果が無かったのもこれが理由かもしれない。

 

「くっ、狙いがつけられない!」

 

 雫が珍しく声を荒げる。彼女が九校戦以来最も得意な魔法の一つとなった『フォノン・メーザー』は、その性質上、ある程度の時間照射しなければ効果は出ない。動き回る触手とは相性が悪く、また本体は分厚い装甲と魔法的防御のせいで意味をなさない。触手の付け根も試したが、本体と同じだった。

 

「こ、これなら!」

 

 いつきの声に張りが戻った。まだ震えてはいるが、何か思いついたらしい。

 

 攻撃は先ほどまでと同じ、巨大な瓦礫砲弾だ。ただ、狙いは本体ではなく触手である。

 

 だが、これも雫同様、効果は出ない。触手の真ん中に当たった場合はたわむことで力を吸収してダメージを回避され、付け根を狙っている場合は優先的に放水で撃ち落とされる。

 

 そして相手からの攻撃は衰えることなく激甚だ。いつき達を脅威と見なしたのか、はたまたもういつきたち以外の「的」を殺しつくしたからか、最初に比べて明らかに攻撃が集中するようになった。幻影魔法の力でなんとか回避しきれているが、ほのかの魔法力も限界だ。この範囲にしっかり効果がある幻影を何度も作り出すとなると、彼女でも厳しい。すでに顔色は悪くなり、脚も震えている。

 

「きゃああ!」

 

「あっ、ぐっ――!」

 

 障害物を邪魔と見なしたようで、隠れて居そうな場所だけを狙うのではなく、手当たり次第にすべてのものを壊し始めた。当然、あずさたちの被害も甚大だ。

 

 ほのかと雫が自分自身でそこそこ動けること、美月が意外にも反射神経よく急所を守ったり受け身を取っていること、何よりも、すでに心も体も限界だというのにプロ魔法師顔負けの魔法技巧で奮闘するあずさの力で、なんとか大怪我はしていない。だが、放水の直撃を避けたとしても、衝撃波や飛び散る石片までは全部を防ぐことはできず、全員そこかしこに怪我を、丈夫な制服も酷く汚れ傷ついている。特に美月は石片が当たったのか、眼鏡がひび割れ歪んでしまっている。おそらくあの眼鏡が無ければ目に直撃していただろう、間一髪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もう、だめ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい戦場に、いつきの静かな呟きが、不思議とよく響く。

 

 彼らしくない、小さくて、弱気で、力のない言葉。

 

 全ての可能性を考え、その全てが否定され、絶望に浸された、今最も口に出してはいけない禁句。

 

 気を張って奮闘していたあずさも、その言葉に流されるように、脚の力が抜ける。同じように美月とほのかを、へなへなとへたり込んだ。幹比古も雫も同じ。必死に目をそらしていただけで――賢すぎるがゆえに、もう数十秒もしないうちに自分たちが全員バラバラ死体にされることが分かってしまう。

 

 そして呟いた張本人・いつきもまた、すっかりだらしなくなった惰性のような集中力も闘争心もない高速移動の途中で、破壊によって不安定になった地面に足を取られ、そのスピード故に激しく倒れこむ。

 

 そしてそんないつきに、ヘキサは、心なしか、大チャンスとばかりに張り切った様子で銃口を向けた。

 

「いつき!」

 

 先ほどと違って今から飛び込んでも間に合わない。

 

 このメンバーの主力が、恩人が、親友が。

 

 目の前で蹂躙される。

 

 それを、幹比古は見ているしかできない。

 

 

 

 そして虚ろな暗闇を閉じ込めた銃口から、くみ上げた海水を圧縮したものが、超高速で放たれ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつきを破壊する直前に、ねじ曲がって、地面を激しくえぐり取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水が大量に動いとる気配がするから何かと思えば」

 

 全員が唖然とする。

 

 それ自体はなにも感情のないただの冷たい兵器でありながら、操縦者も唖然としているのか、ヘキサも固まる。

 

「何やら、奇怪な化け物が現れとるみたいじゃなあ。大蛸か海坊主かわからんが」

 

 足音は軽い。その足音から予想できる通りに、現れた少女は、いつきやあずさほどではないがとても小柄だ。

 

 まず目につくのは、束ねられた、腰すらも越えるほどに長い、濃くて鮮やかな青色の髪の毛。そして目はあずさ以上に大きくクリッとしていて、絶望によって光の消えたいつき達と違い、爛々と輝いている。だが、その目は、鋭く細められて、ヘキサを睨んでいる。

 

「こりゃあ、不届きな物の怪は、調伏して成敗するしかあるまいて」

 

 六つの触手全てが、その少女に牙を剥く。一本だけでも人間や建物を破壊する放水が、同時に六本、彼女に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃないと、『水の申し子』の名が泣くじゃろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれらはすべて捻じ曲げられ、遠く離れた場所に着弾し、爆音とともに意味もなく的外れな破壊にしかならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうじゃろう、いつき?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしていつきの隣に歩いて立った彼女――四十九院沓子は、唖然と見上げるいつきと目線を合わせるためにしゃがんで至近距離で目を合わせ、光り輝くような天真爛漫な笑みを浮かべた。




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10-3、1-B

「いつきに会えるかのう」

 

 しばらく直接会っていなかった想い人――ただし自覚はない――に会えると一日千秋の思いで楽しみにしていた論文コンペだが、いざ会場につくと、不安が先行した。このホールは広大な上に客席はまあまあ密度が高く、そして満員になっており、照明もかなり暗くされている。この中から、あの小さな男の子を見つけるのは、至難の業と言わざるを得ない。

 

 こうなったら、連絡を取って待ち合わせでもしようか。そう思ってすっかり慣れ親しんだメッセージアプリを操作しようとする。

 

「中条君なら、どうやら発表補佐のお姉さんの護衛をしているみたいよ」

 

 そんな沓子に、栞が声をかける。そうして彼女が端末で見せてきたのは、真紅郎からのメッセージだった。

 

 カーディナル・ジョージたる真紅郎は、一年生にして代表発表者だ。よって、発表者専用の控室にいる。どうやらそこで、姉に付き従ういつきを見かけたらしい。

 

「むー、仕事中で、関係者以外立ち入り禁止か」

 

 沓子は頬を膨らませる。これでは、しばらく会えそうもない。

 

 やはりこうなったら、連絡して待ち合わせでもして、横浜観光でもしよう。横浜に来るのは初めてなので楽しみだ。あちらは生粋の東京人なので慣れ親しんでいるかもしれないが、そこはご愛敬だ。

 

 そのような趣旨のメッセージをいつきに送る。一刻も早く会いたいが、何はともあれ、これで今日会えるのは確定なのだ。それならば、立派な同級生・真紅郎の晴れ舞台でも見ようではないか。

 

 

 

 

 ――――そして、そんな沓子の楽しみは、理不尽な暴力によって叩き潰された。

 

 

 

 

 会場の外で爆音が鳴り響き、テロリストたちが飛び込んでくる。そしてそれとほぼ同時に、客席から飛び出す小さな影。

 

「い、いつき?」

 

「……競技以外でも無茶するタイプなんだ」

 

 武装したプロの大人を相手に、小さな男の子が単身で、何もさせずに叩きのめした。その神速のごとき戦いは、九校戦の時よりもさらに鋭く、そして容赦がなくなっている。あれはあくまでも、「競技」という枠内での本気だったということがわからされた。それはそれとして、無茶は無茶なので、栞はとても呆れた。

 

 ようやくいつきの姿を見ることができたが、久しぶりの再会……とは行きそうにない。

 

「これは、避難すべきかの?」

 

「だと思う。私たちだけ先に避難してもいいけど……集団行動の方が安全そうね」

 

 三高は「尚武」の校風だ。恐らく、地下シェルターでの避難ではなく、戦場となっているであろう地上を突き進んで、ここまで来るのに使ったバスでの脱出を選ぶだろう。それなら人数確認で手間取らせて全員の避難が遅れるよりは、多少我慢をして、集団で動いた方が良い。何よりも、会場警備隊として働く将輝と愛梨が合流してくれるのが心強い。

 

 そして二人はパニックになっていたわけではないが、会場に満ちた狂騒は、いつきの姉・あずさが巨大な魔法で一瞬にして収めて見せた。大人しそうな雰囲気だが、とんでもない手札を隠し持っていたものだ。

 

 その後、予想通り、三高は全員で地上ルートからバスにもどり、横浜を脱出することに決定した。警備隊メンバーであった愛梨と将輝も合流し、盤石の体勢。あずさのおかげで早めに会場でまとまった行動ができるようになったおかげで、まだ戦況が本格化しておらず、容易に駐車場までたどり着くことができた。

 

 だが、タイヤに破壊工作が為されていて、予備タイヤへの交換を余儀なくされた。よって、防衛戦が始まる。

 

「賊め、大人しくなさい!」

 

 愛梨の魔法が光る。『神経電流攪乱(ナーブ・インパルス・ジャミング)』は対象の神経に干渉する魔法だ。これによって、敵はなすすべもなく倒れ、無力化される。一色家が二十八家として名を馳せるのは、この魔法によるところが大きい。戦場において、一方的に相手を確実に「殺すことなく」無力化できるのである。倒れる際の怪我は大体の場合発生するが、中には無傷で無力化された敵もいる。本人の苛烈なプライドと違って、彼女の戦い方は「不殺」の極みだ。

 

「失せろ!」

 

 一方、そのライバルともいえる将輝の攻撃は、あまりにも残酷だ。

 

 敵の血液は一瞬にして気化し、身体が内部から爆ぜて、赤血球が飛び散る。この世で最も冒涜的な鮮血の花が咲く。一瞬にして敵を『爆裂』して殺す。戦場において慈悲はなく、無惨にもグロテスクな死にざまを晒すしかない。

 

「もっと手加減なさい! 生徒たちまで顔真っ青よ!」

 

「無理なもんは無理!」

 

 愛梨が将輝を注意する。敵に慈悲をかけてやる必要はない。だが、同胞が続々殺されその次に自分に「銃口」が向くかもしれないという敵ほどではないにしろ、この光景を見ざるを得ない他生徒まで、吐きそうな顔になっている。いや、実際何人かは嘔吐していた。そのせいで戦意を喪失し動けなくなっている仲間までいるし、タイヤ交換の手も遅れている。

 

「ふーむ、確かにあれは辛かろうな」

 

「……沓子はよく平気だね」

 

 一年生ながらすでに主戦力である沓子と栞もまた、防衛戦の戦列に加わっていた。とはいえほとんど将輝と愛梨が叩きのめしてしまうので、サポートに過ぎない。やることも実はあまりなく、余裕がある。それゆえに、敵のあまりにもむごたらしい死にざまを見て、何かを考える余裕が出来てしまっているのだが。

 

 沓子は仲間に理解を示してはいるが、顔色はさほど悪くない。一方栞は、色々と辛い境遇ではあるが、こうもグロテスクなものは初めてであり、元々あまりよくない血色が、さらに悪くなっている。

 

「わしとて思うところはないでもない。だが、こんな状況じゃからな。割り切るしかなかろうて」

 

 その割り切るのが難しいからこうなっているのだが。

 

 栞はもはや言い返す元気もない。だが、決して将輝の生み出した地獄から目を逸らそうとはしなかった。あの悍ましい光景は、自分たちを守るために作り出されているのだ。魔法師は、結局、「暴力」を期待される存在である。恩人であり大親友である愛梨に報いるために、活躍できる「戦場」にいつか立つことになるだろう。そこから、決して目をそらしてはいけない。

 

「おぬしも難儀な性格(たち)じゃ。ま、そこがいいところでもあるんじゃがな」

 

 背中にかけられる親友の言葉に、栞の心は、わずかではあるが、しっかりと慰められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱出の準備が整った。だがそこで将輝だけはここに残り、戦場へと駆け出して行った。十師族としての使命。それを守ろうとしているのだろう。

 

 愛梨もついていこうとしたが、将輝に止められた。彼女とて十八家として十師族に準ずる使命がある。だがそれゆえに、将輝と並ぶ三高の代表格として、みんなと一緒にいなければならない。

 

「……あの馬鹿」

 

 荒れ果てた道路をなんとか進むバスの中。愛梨は、彼女らしくもなく、座席の上でお行儀悪く体育座りをして、俯いている。

 

 結局、彼一人が、責任を背負い込んだようなものだ。普段は直情型のくせに、こんな時だけ言い負かしてくる。

 

 いや、負かされたのではない。自分が勝手に負けたのだ。

 

 

 ――自分も行く、と言った時、手も、声も、脚も、全てが震えているのを、自覚していた。

 

 

 間違いなく、将輝にも気づかれていただろう。それもあって、戦場から「逃げる」ように勧められたのだ。そしてそれに言い訳するように、仕方なく受け入れたふりをして、こうして呑気に椅子に座って、安全な場所に運ばれようとしている。

 

 同じ第一研究所を出自とする二十八家だ。だが、あちらは最前線で活躍し名声を博する名門十師族で、こちらは師補十八家であることが圧倒的に多い。その違いを、まざまざと見せつけられた形だ。

 

 悔しい。

 

 浮かんでくるのは、ここで逃げるしかない、自分への悔しさ。そして、将輝への競争心や嫉妬心や対抗心、つまり彼への悔しさが少しも湧いてこないことが、余計に自分の弱さとして、自らをさいなむ。

 

 両隣に座る親友が心配そうに見てくれているのがわかる。これ以上迷惑はかけられない。だが、今ここで気丈に振舞うほどの元気は、もはや彼女に残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なんじゃ、これは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「………………なに?」

 

 だから、突然沓子が発した奇妙な言葉への反応も、栞より遅れた。

 

 様子を見ると、いつも爛々と輝いている瞳に光はなく、どこか遠くに意識を飛ばしているかのように、虚空を見つめている。その顔には、困惑と驚きが満ちていた。

 

「水が……海が……騒いでおる」

 

「…………どういうこと?」

 

 沓子は時折変なことを言いだす。だが、この様子の時は――何か重大なことが起きていると、相場が決まっている。神道の名門・四十九院家から生まれ、その才能は一族の中でも飛びぬけている。呼び方はいろいろあるが、彼女の「直感」と、そのさらに深いものである「神懸かり」は、信頼に値するものだ。

 

 沓子本人も良く分かっていないが、一族の説によると、魔法的感受性のみならず、水に関する精霊から伝わる「情報」――神託と表わすこともある――も、彼女は受け取りやすい体質かもしれないらしい。四十九院家、およびその前身の白川伯王家で、才能があった魔法師は、程度に差はあれど、この傾向があったと記録が残っている。

 

 愛梨と栞の質問を無視して、沓子はしばらく空中を見つめたままでいると――突然シートベルトを外して席から立ち、将輝がいない分空いた座席の窓から外へと飛び出す。

 

「「ちょ、沓子!?」」

 

「四十九院さん!?」

 

「ど、どうした!?」

 

 突然の奇行に、バスの中が騒然となる。ちょうど道路状況が良くなってスピードを出せるようになってきたころだった。故にバスから飛び降りた沓子の姿は、見る見る遠くなっていく。このスピードから飛び降りたというのに魔法を使ったから無傷の様子ではあるが、その行いは、この戦場に残るという意味で、とても危険である。

 

「もう、いったい何なの……」

 

 突然の戦争に巻き込まれ、色々と重なって心が折れていたところに、親友が奇行を起こして一人戦場に残った。

 

 愛梨の心は、一気に沓子への心配と不安に塗りつぶされ――いつの間にか、自分の弱さを考える暇を、完全になくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうした経緯があって、沓子はここに現れた。とはいえ説明している場合でもないので、当然、いつき達は知る由もない。

 

「なるほど、精霊たちが騒いでおったのは、あの大蛸のせい、ってわけじゃな」

 

 沓子の参戦により、戦局は、絶望から、五分に近い不利へと戻った。

 

 いつきの移動・加速系魔法の干渉力ですら追いつかなかったが、水の申し子である沓子は、圧倒的な干渉力があり、この超高速の放水すらも捻じ曲げることができる。

 

 これにより、希望が見えてきた。今までと違い、格段に粘れるようになったのである。

 

「沓子ちゃん感謝! 最高! 謝謝! ボクらのヒーロー!」

 

 あれほど元気がなかったいつきは、現金なもので、希望が見えた途端に急に活気づいて、沓子をひたすら讃えながら、また当初のように暴れまわって、なんとか攻略法を見つけようとしている。あずさたちも、いつきほどではないにしろ、再び戦う気力が戻ってきた。

 

「えっと、四十九院さん、ちなみになんですけど! あれを破壊する方法とか知っていますか!」

 

 沓子に守られることでいつき達のサポートができるようになったあずさは、高速で状況が変化する戦場に必死に食らいつきながら、一応質問する。流石に無理だろうが、「無理」を明確に言葉で確認しておくことが重要だ。

 

 当然、誰も期待していない。あれを破壊できるのは、本当にごく一部の、飛びぬけた例外しかいないだろう。真由美や範蔵ですら無理そうなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来んこともないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええええええええ!!!』

 

 全員が同時に、驚き九割歓喜一割の叫び声を上げる。あの雫ですら、沓子が耳を塞ぐほどの大声を出した。

 

「じゃが、三分は時間を貰うことになろうな。あれを破壊するのは流石に相当骨じゃ。しかもその間、わしは何もできないし、無防備になるぞ?」

 

「さ、三分かあ」

 

 幹比古は困惑する。普通に考えたら短い時間だが、カップ麺を待っている時間と考えると体感長く感じる。ましてや今の相手は、沓子なしでは先ほどまで数十秒耐えるのすら厳しかった。そして一瞬で主戦力となった沓子が完全に無防備になるとなれば、それよりもはるかに長く感じる時間である。

 

「やるしかないでしょ! 沓子ちゃんよろしく!」

 

 しかし、いつきは即断即決で、沓子に託した。

 

「ここから三分耐えれば勝ちなら、全員でトップギア出せばいけるはず! 任せたよ、沓子ちゃん!」

 

 沓子の傍に降り立ち、疲れ切った様子ではあるが、満面の笑みを向けて、彼女に全幅の信頼を預ける。

 

 それを受けて沓子は、あの九校戦の時以来の、胸の高鳴りを感じた。

 

 カッ、と顔が熱くなって赤らみ、心臓が早鐘を打つ。

 

 

 

 いつきが、自分を信じて、すべてを託してくれた。

 

 

 

 

 

「おう、任せるのじゃ!!!」

 

 

 

 

 

 沓子は思い切り大声で、すぐに戦うべく飛び立ったいつきの背中に、その想いを受け取ったと宣言する。

 

 こうなったら、何が何でも応えなければなるまい。

 

 沓子は物陰に隠れると、高鳴る鼓動を抑え、静かに目を閉じて、深呼吸をする。

 

 感情が高ぶる。だが、頭はあくまでも冷静。これ以上ないほどに条件が整っている。

 

 一度、二度、三度の深呼吸。そして沓子は、魔法を使うために、CADではなく――――懐から、上品な装飾が施された扇子を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、ここにいる全員が、戦場から、音がなくなったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破裂音、爆音、銃声、怒号、悲鳴、機械音、爆裂音、破壊音。

 

 戦場に満ちるありとあらゆる悲劇と惨禍の音が、消える。

 

 いや、それは錯覚だ。今この瞬間も、戦争は続いている。

 

 ではなぜ、激しい戦いのさなかであるあずさたちが、そう感じたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子を中心に、死と破壊に満たされた空間が、みるみるうちに清浄な空間となっていく。

 

 なんら物理的に変わることはない。惨劇の爪痕は残ったままだ。瓦礫も血も死体も肉片も、そこら中に散らばっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに――扇子を広げ、目を閉じて、いつもの元気な様子が鳴りを潜め、優美に舞う沓子が、ここを「聖域」に変えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれは、巫女舞!)

 

 古式魔法勉強中のあずさは気づかなかったが、幹比古はすぐに気付いた。古式魔法で大きな改変を起こすとき、あえて現代魔法の理屈で説明するなら、魔法を練り上げる、複雑な式を演算する、精神的に好調にする、などの理由で、普段に比べたら格段に時間がかかる「儀式」を行うことがある。「舞」は、その典型だ。

 

 あれだけの巨大な兵器だ。やはり、大きな魔法が必要なのだろう。

 

 幹比古はありったけの魔法力を振り絞って魔法を乱打しながら、沓子の意図を理解する。

 

 いつきもまた、顔を輝かせながら、ヘキサにぴったりと張り付いて、直接触手を掴み無理やり捻じ曲げて軌道を逸らさせるという荒業で食らいつく。

 

 ほのかもあらん限りの幻影魔法をばら撒く。

 

 あずさもあらゆる妨害を行使しつつ、いつきが振り回されて弾き飛ばされそうになったらその背中を押すように魔法で受け止めサポートする。

 

 雫は、自分の体の負担も考えず、出力を最大にして『フォノン・メーザー』をたった一つの触手に狙いを定めて集中させ、温度上昇による不具合を狙っている。

 

 そして何もできないはずの美月ですら、歯を食いしばって、貧弱な投石や魔法で、蟻の一噛みにすらならなくてもなんとかしようと必死でもがいていた。

 

「さあ、頼むよ!」

 

 幹比古もとっておきの魔法を行使する。九校戦でも使った濃霧の魔法だ。ヘキサと同じく、海水という無限の材料がある。その濃霧は広がることなく、すべてがヘキサにまとわりつき、相手の視界を奪う。これまではこちらからも見えなくなるリスクがあって使えなかったが、三分間に全力を注ぐなら、ここが使いどころだ。

 

 さらに、雷撃魔法を、付け根を狙って重ねる。水分がまとわりつき、幾分か電気が通りやすくなっている。隙間に入り込んで何かしらの不具合を起こせれば御の字だ。

 

 だがヘキサとて負けていない。触手を激しく動かしていつきをはたき落とすと、沓子に狙いを定めて二つ、そして他を狙って四つ、必殺の放水を行う。

 

「させるか!」

 

「させない!」

 

 だが、歯をむき出しにしたいつきと、息を荒げながらも歯を食いしばるあずさが食らいつく。沓子に向かう二つの攻撃が、あずさの展開した『減速領域』を通ってわずかに減速され、そしてそのあといつきが全力の移動系魔法で捻じ曲げる。あずさのサポートにより、ほんの少し足りなかったいつきの干渉力でも、捻じ曲げられるようになった。

 

 そしてそれ以外の攻撃は、幹比古がいつき顔負けの瓦礫移動魔法で一瞬だけ相殺する。稼げたのは1秒にも満たないが、これだけ稼げれば、このメンバーなら回避が間に合うと踏んだのだ。これでなんとか間に合ったのは、ほのかと幹比古によって狙いがつけにくくなったのと、雫の攻撃がようやく奏功して触手の一本がわずかに不具合を起こしていたからであり、かなりきわどい偶然だったのだが、そんなのは気にしない。

 

 残り何分だ。いや、時計を見る暇すらない。

 

 確認したい誘惑に負けそうになりながら、幹比古はなおもヘキサを睨んで戦い続ける。もはや脳神経や筋肉が焼ききれそうなほどに身体・思考両方が限界だが、それを根性で乗り越える。

 

 そしてまた、ヘキサが放水してきた。それを幹比古は辛うじて回避するが――その破壊力が、先ほどまでより段違いに増している。飛び散った瓦礫が、幹比古の全身を傷つけた。

 

(な、んで!?)

 

 まさか、今までは全開出力ではなかったのか!? そんな絶望的な推測が急速に浮かび上がる。

 

「まさか、海水に砂を混ぜた!?」

 

 だがすぐに、いつきの驚愕の叫び声のおかげで答えにたどり着いた。

 

 なるほど、それで質量と粘度を上げて威力を増大させたのか。きっと、これは普通の使い方ではない。生命線である配管が詰まる事故が起きかねないからだ。向こうの操縦者も、こちらが何かしていると焦ってきたのだろう。

 

 こちらにとっては、もはや絶望的ですらある。あれを連発されれば、二十秒すら耐えきれないだろう。敵の判断は、適切極まりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも、わしの大事ないつきを、殺そうとしてくれたな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ただし、判断が遅すぎた。

 

 怒りに満ちた低い声で、唸るように沓子は呟く。

 

 この言葉は機械であるヘキサには通じないし、操縦者にも聞こえてないだろう。これはあくまでも、彼女自身が、感情のままに吐き出した言葉だ。

 

 いつの間にか巫女舞は止まっている。ピシャッ、と鋭い音を立てて扇子を閉じ、その先端を、ヘキサに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間――――――――莫大なプシオンとサイオンが、海上で暴れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これ、は――――!?)

 

 幹比古は思わず気圧され、倒れそうになるのを何とかこらえながら、その様を目に焼き付けようとする。

 

 あまりにも、あまりにも巨大な、「情報」の塊。

 

 自然界に存在する「情報」そのものである精霊。

 

 その中でも、人知が及ばないほどに巨大なものは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――神!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――と呼ばれているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――黄泉の底で、久遠の時を苦しめ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、巨大な鉄の塊である、今までほぼダメージを与えられなかったヘキサが、一瞬にしてバラバラに吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄が、ようやく終結した。

 

 幹比古は未だ胸の動悸が収まらなかった。

 

 激しい戦いをした直後だから。死の危険をずっと感じていたから。

 

 それもある。

 

 だが、それ以上に――目の前に「降ろされた」神に、いたく感動し、興奮していた。

 

海神(わだつみ)! まさか、降ろせる人間がいるなんて!)

 

 間違いない。あれは、地球の表面の約七割を覆う大海原の情報を司る、海神だ。吉田家では、大気の流れを司る風神、水の流れを司る龍神とともに、雨ごいのために特に重要視されている「神」である。

 

 その海神の力で、内部に取り込まれた海水を使って破壊したのだろう。一条家の『爆裂』のような一瞬の気化膨張爆発、海水を高速で暴れさせた質量による破壊、急激な水温上昇・低下を一瞬で繰り返して脆くさせるのも重ねていたに違いない。海水を使ったありとあらゆる攻撃が、大規模に、あの一瞬で行われた。

 

 いったいどれだけの神力――現代魔法の価値観で言えば情報量――が、彼女の降ろした海神に宿っていたのだろうか。

 

 そんな、人知をはるかに超えた「神」が顕現した様を見て、幹比古は感動に包まれていた。

 

「うわああああああん!!! 四十九院さん! ありがとうううう!!!」

 

「死んじゃうかと思った! 死んじゃうかと思った!!! 恩人! 命の恩人だようううう!!」

 

「大好き! 沓子ちゃん大好き! ボクらの神様! 女神様!!! 沓子ちゃん大御神!!!」

 

 そして緊張から解放されたほのか、あずさ、いつきは、大泣きしながら、神を降ろした疲労でへたり込む沓子に抱き着いて、心の底から感謝を伝えていた。

 

「だ、大好きだなんて、は、はは、照れるのう」

 

 その大げさなリアクションに、疲労感もあっていつもの元気さがなくなっていたせいで戸惑っていた沓子は、いつきの言葉に急に顔を真っ赤にして、もじもじしだす。先ほどまで、大海原を司る神を儀式によって降ろした巫女が、今は一人の純情な乙女になっていた。

 

 

 

 ――ヘキサと戦っていた時間は、実は15分にも満たない。

 

 

 

 

 だがこの15分の間に、横浜全体で、戦局が大きく動いた。

 

 

 

 不利になっていた地域では克人が加わったことで一気に押しかえして大勝利をおさめ。

 

 将輝も中華街に逃げ込んだ敵兵士を捉え。

 

 ベイヒルズタワー周辺に現れた呂とその直属の精鋭部隊は真由美たちが倒し。

 

 魔法協会支部への侵入者は深雪が排除した。

 

 

 

 これによって、ヘリコプターが突如現れた巨大兵器により撃墜され、逃げ遅れが出ているという報告が通っていたこともあり、速やかに国防軍の装甲車が現れ、幹比古たちを保護した。

 

「感謝ッ……! 圧倒的、感謝ッ……!」

 

 その車内。

 

 あずさとほのかは落ち着いたが、いつきはよほど感動したのか、未だ沓子の腕に顔をうずめ、ひたすらありとあらゆる賛辞を口にしている。

 

 沓子は未だ顔が真っ赤だが少しは慣れてきたみたいで、話が出来そうだ。幹比古は即座に、先ほどの魔法について尋ねる。

 

「うむ、ご明察。海原の情報を司る神霊・海神(わだつみ)じゃ。といってもいくつか種類がいるうちの、中津綿津見神命(なかつわたつみのかみのみこと)しか降ろせぬ。他二柱も、ましてや海の全てを司ると言われている大綿津見神命(おおわたつみのかみのみこと)や素戔嗚命などは全くじゃな」

 

 繰り返しになるが、四十九院家は神道の名門・白川伯王家がルーツとなっている。「その名前の通り水に関する古式魔法を得意とする」と言われているが、当然、元々苗字と得意な魔法に特に関係性はなかった。幹比古の吉田家とは関係がない、正真正銘の神道の名門・吉田家に勢力争いで負けた後、差別化の一環で、「苗字に合わせた取柄」を見出そうとした、今でいうところのブランディング戦略の結果である。

 

 そういうわけで、「苗字の通り水が得意」である一方で、「苗字は川なのに海も得意」という、なんだか少し奇妙な一族が、四十九院家だ。

 

 その中でも沓子は飛びぬけた才能を持って生まれ、その一つの証が、高校一年生にして、整った儀式場でもないのに、三分の「短い」儀式で海神の一柱を降ろせるという力である。海沿いであったという最高の地の利はあったとはいえ、それ以外の条件は普段の儀式に比べたら劣悪そのものだ。儀式用の正装でもなければ、儀式場を整えられているわけでもなく、それどころか周囲には「死の穢れ」が満ちていて、心の準備も出来ていたわけでもない。こんな条件で「神」を降ろせる彼女は、まさしく、「水の申し子」であった。

 

 そんな話をしているうちに、安全な場所についた。高度な学問を楽しむ場、および横浜旅行のつもりが、随分ととんでもないことになってしまった。せっかく集まったのだから、一緒に遊んだりはたまたお疲れ様会でも……というわけには当然いかず、まっすぐ家に帰らされ、そして沓子は愛梨と栞にめちゃくちゃ叱られて萎れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼らが今日起きる二つの大爆発について知るのは、翌日の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「突然の悪夢をのりこえて」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 うおおおおおおおおおお勝ったあああああああ破壊したああああああああああああ!!!!!

 

 え、まじで? あれ破壊できるの沓子ちゃん!? すげえええ!!!

 

 神! 神! 我らの神! RTAの女神! 沓子ちゃん大御神!!!

 

 なんか知らないんですけど、未知の新兵器が現れて「今回も駄目だったよ」と思ってたら、沓子ちゃんが現れて、全部かっさらってくれました。最高!!! 最高!!!

 

 のちに分かったことですが、あの新兵器は、過去にデータがある新兵器・通称「エヴァンゲリオン」の亜種みたいです。人口生体筋肉・神経が中に張り巡らされた疑似的な生物めいた何かなので古式魔法での柔軟な操作がしやすく、それを鋼鉄の装甲で覆っています。

 

 そしてこの世界の沓子ちゃんは、巨大な精霊、吉田家で言うところの「神」を、海に関するものなら降ろせるそうで、それを使って超大規模魔法であのクソ蛸をぶっ壊しました。

 

 あー、神。最高、最上、RTA史上……。これから沓子ちゃんのことを毎日あがめましょう。RTAの女神です。

 

 あ、ちなみに先ほど手に入ったトロフィーは、横浜騒乱編にたまに現れる新兵器と戦い、勝利した時にもらえるやつです。こんなんRTAだとただのゴミなんですけどね。

 

 さて、ではお家に帰ったら、あずさお姉ちゃんをねぎらい、戦争のトラウマを癒してあげたりして過ごしましょう。これで好感度爆上げって寸法です。

 

 そして翌朝には――――大亜細亜連合で準備されていた大艦隊が、謎の爆発によりすべて消滅したというニュースが流れました。

 

 よし、これで来訪者編に入るのも確実ですね。

 

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「横浜騒乱編クリア」のトロフィーを獲得しました〉




次回からいよいよ来訪者編です

ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ


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11-1

ついに最後ですね


 クライマックスを迎えるRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は「神」こと沓子ちゃん大権現様によってお助けいただいたところまででした。

 

 あとついでに、無事『マテリアル・バースト』もぶっ放され、来訪者編のフラグも全部立っていることが確認されましたね。つまり横浜騒乱編が終了したところまでです。

 

 いやー、前回はあれ、本当に危なかったですね。長期戦で粘って達也アニキか将輝君の増援を待つしかなかったんですが、まさかこれまでデータに無かった沓子ちゃん大明神にお助けいただけるとは。

 

 さて、これぞまさしく地獄に仏ということで、なんとか横浜の戦争を乗り切りました。塞翁がウマ娘とはよく言ったもので、無対策の超強力秘密兵器を乱数で引く最悪のガバ運でしたが、それを超絶幸運で乗り切った結果、想定外の経験値ボーナスを得られました。横浜での戦いを通じて、九校戦優勝1回分入ってきてます。え、あれだけ頑張って優勝1回分? と思うかもしれませんが、九校戦がおかしいだけですね。

 

 

 こんな具合で横浜騒乱編は私の心に大きな傷を残した一方で、真なる信仰に目覚めることができ、さらに大量の経験値もゲットできました。

 

 ところが、そうも明るくいかないのが、そう、我らがお姉ちゃん、あずさお姉ちゃんです。まあこの性格の子なので、あんなの味わったらPTSDになりますよね。ちなみにこのゲーム、ガチのリアルなフルダイブVRなので、アニメの世界であって現実世界ではないと分かっていても、発売当初はせっかく大金出して買ったのに心折れる人が多かったんですよね。

 

 そういうわけで、あずさお姉ちゃんのメンタルケアはしっかりしてあげましょう。幸い、いつき君の好感度はバカ高いので、比較的早く済みます。当初の予定では平均二週間はかかるつもりでしたが、今回は一週間ぐらいで元に戻ってくれました。そして依存度と好感度も爆上がりです。マッチポンプかな?

 

 

 で、来訪者編が始まるまでですが、今までとやることは変わりません。ハロウィンパーティ以外はこれと言ってイベントがなく、いつも通りあずさお姉ちゃんと幹比古君と一緒にパラサイト研究会をしてスキルアップと好感度上げを行います。ちなみにこの研究会ですが、正しい方向に行けるよう、原作知識持ち転生者パワーを使ってそれとなく誘導してあげましょう。数字持ちルートだと、あいつらすーぐ怪しんでくるんですけど、こっちは全然そんなことないので、割と気にせずガンガン誘導できますね。

 

 あ、そうだ(唐突)

 

 ハロウィンパーティの仮装はこちら、制服です。

 

 え? いつも通りだろって?

 

 まさか。よく見てください。

 

 

 

 

 制服の男女入れ替えてます。

 

 

 

 

 いやー、瓜二つだとこんなこと出来て面白いですね。蘭ちゃんの時の連邦に反省を促すダンスはゲーム内でも動画でもめちゃくちゃ滑ったので、今回はキャラたちの反応が良くて嬉しい限りです。

 

 で、そうそう。横浜騒乱編で、対パラサイトの精神干渉系魔法の経験値を稼ぐために、『毒蜂』を不殺仕様であずさお姉ちゃんと一緒に使いまくりましたね。「黒羽家の術式が漏れた!? 先輩まずいっすよ!」って感じで深雪ちゃんと達也兄上様に問い詰められるイベントがあります。

 

 まあ、原作知識から引っ張ってきてるだけなんで、偶然開発しました、で完全に貫き通せるんですけどね。

 

 中条家は精神干渉系魔法の使い手一家という点以外では何も怪しいところがないので、こういうことがあっても疑いがすぐに晴れて安心ですね。

 

 

 

 さて、ここからなーんも面白いことがないので、超速早送りします。

 

 その間に、研究会の成果が最終的にどうなるか、だけ説明しましょうかね。

 

 まず、パラサイトの性質について、過去の文献から、原作で示された点へと誘導します。邪気を放つとか、人間に憑りついて身体組織を操るとか、仲間と合流したがるとか、その辺ですね。正しい知識を元に作戦を立てられるようになります。

 

 もう一つが、パラサイトの封印方法です。

 

≪来訪者編クリア≫の条件を再確認しましょう。

 

・USNA勢力が本国に全員帰るまたは死亡など

 

・国内のパラサイト達が全員死亡または活動停止

 

 です。原作では、リーナちゃんが帰ったのが卒業パーティ後だったので、3月終了になってるわけですね。前回の黒羽家チャートでは、タイムを速くするために圧勝と目的破壊と精神攻撃のトリプルパンチでさっさと帰らせました。また国内パラサイトは全員倒しました。

 

 ですが今回は、活動停止の方法として、封印も活用します。

 

 理由の一つは、パラサイトの性質に絡みますね。あとで説明します。

 

 そしてもう一つが、一般人チャート故に幹比古君を怪しまれることなく誘導できるため、原作より早く封印術式が使えるようになるからです。これはもう使わない手はないですね。

 

 

 

 そうこうしている間に、年が明けました。あけましておめでとー!!!

 

 さて、初詣ですが、当然あずさお姉ちゃんの好感度を稼ぐべく、家族一緒に行きましょう。場所は、沓子ちゃん大御神がいらっしゃる、四十九院家が管理する石川県の有名神社です。

 

 えー、これのRTA的な意味ですが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………完全に意味ありません、ロスです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、でも、聴いてください?

 

 あの沓子ちゃん大権現がいらっしゃる神社ですよ? RTAに御利益あるに決まってるじゃないですか!!!

 

 現にほら!!! 動画投稿してるってことは、満足いくタイムで完走してるってことですよ!!! ご利益あるでしょ!!!

 

 というわけで、沓子ちゃん尊への信仰心とお祈り力を強化するため、時間的にはロスもロスですが、遠出して初詣に来ちゃいました。テヘ☆

 

 最強に御利益ありそうなお守りも貰って絶好調! クソ寒い中で北陸まで行って大正解でしたね。

 

 

 

 で、冬休みが明けました。いよいよリーナちゃんがやってきます。

 

 対応については……ひとまず黒羽家チャートと同じ、こちらから特に関わりなく、あちらから話しかけてきたら人当たりよく、って感じで良いでしょう。

 

 ただ違う点があるとすれば、恒例行事になってる、金属球奪い合いゲーム、メタルボール・バトルですね。

 

 蘭ちゃんの時は将来敵対することになるので手の内を見せないために手加減してわざと負けました。ですが今回は、こちらの実力をあえて見せつけます。

 

 ちなみにいつき君得意の魔法力ですら同時期の蘭ちゃんに比べたらだいぶ弱いのですが、伊達に不登校一筋で生きてきてないので、これでもリーナちゃん相手には勝てます。

 

 そういうわけで、はい勝ち。ポカーンとしてますね。深雪ちゃんと競り合いになるぐらいですから、今まで負けたことなんてほぼ無いんじゃないですか? 美人の天才を転生者チートで負かすの、癖になりそうですね(ゲス顔)

 

 このファーストコンタクトをきっかけに、リーナちゃんがしょっちゅう絡んでくるようになります。ここでポイントなのですが、あくまでもこちらからは特に絡まないスタンスで行きましょう。理由は後々説明します。

 

 

 さーてさてさて、そこから一週間そんな感じで過ごしたら、いよいよ吸血鬼の情報が解禁されます。これはもう即日動いて、今夜にはもう吸血鬼狩りに出られるようにしましょう。そのために今まで時間かけて準備してきたんですからね。

 

 ここで邪魔になるのが、トッチャマとカッチャマです。ごく普通の一般家庭なので、そこらの魔法師家庭と違い放任ではありません。あずさお姉ちゃんの性格と見た目のせいもあって、夜遊びは当然厳禁です。一回二回なら認めてくれますが、それが続くと邪魔されます。

 

 その対策として……吉田家に長期お泊りしましょう。勉強合宿、みたいな適当な言い訳をして、幹比古君のお家に、クリアまでお泊りさせてもらいます。これで吸血鬼を夜に狩れるようになりました。

 

 ちなみに吉田家はお弟子さんなど家族以外が住んでいるのが普通なので、急なお泊りも全然OKです。

 

 

 

 さあ、これでいよいよ準備万端。吸血鬼狩り第一夜に、いざ鎌倉!

 

 

 

 場所は、報道された犯行現場周辺の中でも渋谷を選びましょう。理由は簡単、原作知識です。

 

 夜の渋谷というシチュエーションだけであずさお姉ちゃんがすでにくらくらしていますが、人通りのある所から離れれば逆に、パラサイトととの戦闘がついに目前に迫っているということでメンタル不安定になりがちです。しっかり慰めてあげましょう。

 

 で、幹比古君が無事パラサイトを見つけました。犯行現場周辺にいるなんて、ペッ、甘ちゃんがよ!

 

 そんな油断してる吸血鬼君に、上手に接近して、催涙ガスをお見舞いしてやりましょう。以前は蘭ちゃんがクソ強かったから楽勝に感じましたが、そもそも吸血鬼は、原作でもかなりの強敵です。三人がかりでも厳しいので、卑怯な手はすべて使いましょう。走者には卑の意志が受け継がれています。

 

 えーと、格好からして……原作通り、デーモス・セカンドですね。一応確かめる意味でも、移動系魔法で攻撃して……あ、軌道を捻じ曲げられました。確定ですね。

 

 んふふ、それにしても、吸血鬼、だいぶ混乱してますね。いきなり警察でもスターズでもない日本人の子供に襲われるんですから、訳分からな過ぎて普通に怖いでしょうね。

 

 

 はい、では吸血鬼との戦い方を解説します。

 

 要点は二つです。

 

 一つ。殴られない。触れられた瞬間、精気を吸われてダウン確定です。

 

 二つ。誰に憑りついてるか確認する。憑依された魔法師によって得意魔法が違いますので、それで戦術が大きく変わってきますからね。

 

 この二つはどの吸血鬼と戦う時も変わりません。前チャートの黒羽家三姉弟+幹比古君の布陣だったらさほど気にしなくて良いのですが、今回は何よりもプレイヤーキャラクターが弱いので、作戦は大事です。

 

 で、今回は、初日でかつチャールズ・サリバンなので、原作通り。一番確率が高くて一番おいしいパターンとなってます。この場合は、ゆっくり時間をかけて戦いましょう。とはいえ手を抜くとすぐに負けるので、全力で時間を稼ぐ、ということが求められますが。

 

 相手から触れられたらお終い。こっちの遠距離攻撃も跳ね返される。クソゲーもクソゲーですね。

 

 

 

 

 

 

 こうして戦っていると――――現れました、レオ君です!

 

 

 

 

 

 

 そう、今日は、レオ君が千葉家のお兄ちゃんから頼まれたパトロールの初日です。ここでいきなり遭遇しちゃって、達也アニキたちがどんどん参戦する流れになるんですね。世界の運命力で原作通りに行く確率が高い、つまり出会える確率が高いのがここです。だから、急いで初日に動く必要があったんですね。

 

 ではレオ君にも参戦してもらいましょう。幹比古君が驚いて固まってしまうのだけは注意してください。これで肉弾戦兼メイン盾担当が加わったので、だいぶ戦いやすくなります。最悪彼はここで死にさえしなければ原作通り退場してもいいので、しっかり盾になってもらいましょう。

 

 とはいえ、殴る蹴るは相手に触れる危険があるので、そんなに戦力にはならなさそうですね。もちろん武器なんか持ち歩いてませんし……は? 即席で武器作ってドギツイ一撃いきなり加えてるが?

 

 えーっと……なんか予定よりも上手くいきすぎましたね。なんかちょっと違いますが、まあせっかくのチャンスなので、もう決めちゃいましょうか。

 

 サポート担当あずさお姉ちゃんと、火力担当いつき君の合わせ技で、吸血鬼に止めを刺しちゃいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし、お姉ちゃんが上手くやって――――魔法の気配!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総員撤退!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な魔法の気配を察知したら、すぐに離れましょう。最悪巻き込まれます。今回は近くにレオ君もいたので乱暴でもいいから回収。そして吸血鬼には――――幹比古君でも到底無理な、超火力雷が落ちて、一瞬で丸焦げにさせました。

 

 この流れになった場合、お姉ちゃんたちは驚いて固まってしまうので、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」って声をかけて、予定した動きをしてもらいましょう。

 

 

 

 あずさお姉ちゃんのプシオン波動での探知!

 

 幹比古君の弱体化魔法!

 

 そして――研究して用意しておいた封印用の箱を飛んで行って被せて……ポケモン、ゲットだぜ! 尾張、平定!(ポケ長の野望)

 

 

 

 はい、これが、このチャートで用意する封印方法です。封印術式は幹比古君しか使えませんが、封印用の道具を研究して作れば、プシオンが操れる魔法師なら、弱ったパラサイトを捕獲・封印することが可能です。封印方法はあればあるだけ良いですからね。

 

 さて、気になるのはあの巨大雷の正体ですが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――皆さんご存知の通り、アンジー・シリウスです。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、この日は、レオ君がいきなりファーストコンタクトするとともに、リーナちゃんが吸血鬼狩り初日から遭遇する日でもあるんですね。時間稼ぎの真の目的はレオ君ではなく、リーナちゃんの超火力横やりでの吸血鬼へのトドメだったんですよ。

 

 だから、時間稼ぎをする必要があったんですね。

 

 当然、リーナちゃんも内心、なんでこいつらが戦っとんねんって混乱していますが……流石軍人モード、いつものポンコツは鳴りを潜めて、強気の交渉を迫っていますね。

 

 まあこっちとしても丸焦げ死体の処理には困るので、素直に引き渡しましょう。するとそのまま去っていくので、その背中に声をかけておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よーし、よしよし、初日はとりあえず、予定していた流れになりました。

 

 リーナちゃんは優しいので、巻き込まないように調整して雷をぶちかましてきます。ただデータによると、乱数が暴れてこの段階でブリオネイクが解放されてて、うっかり走者とあずさお姉ちゃんのそれぞれの片腕が『ヘビィ・メタル・バースト』のビームで吹っ飛ばされたこともあったそうなので、若干のお祈りポイントではありました。

 

 ほら、見たか!

 

 沓子ちゃん大権現への初詣は、お祈りは、ちゃんと効果出てるんだよ!!!

 

 では、今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。




ご感想、誤字報告等、お待ちしております


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11ー2

 横浜での戦争が終わり、しばらく魔法科高校は臨時休校となった。

 

 魔法師は多かれ少なかれ、「暴力」と関係が深い。国防軍や警察のような合法的に認められた機関の他、マフィアや工作員などの非合法も含め、それらが魔法師が一番活躍する場である。

 

 故に子供たちと言えど、多かれ少なかれ、あのような事態には、非魔法師にくらべたらある程度の耐性はある。それでも、突然起きた大規模な悪意と破壊に直面した少年少女たちは心身ともに大きく傷つき、学校側も色々対応をする必要があったのも相まって、休校になったのだ。

 

 では――そんな「暴力」の世界になんら触れることがない家庭環境だった魔法師の子供は、果たしてどうだろうか。

 

 

 

「う、ううう……」

 

 

 

 真夜中。ベッドの中であずさは唸る。かなり寒くなってきたとはいえ、布団と、隣で寝ているいつきのおかげで温かく、寝苦しくはない。ただ、目を閉じれば、ありとあらゆる地獄が瞼の裏に再生され、なんとか意識を落とせば夢の中でむき出しの惨劇が繰り広げられる。

 

 これでも、当日の夜に比べたらかなり良くなった方だった。あの夜は、目を閉じるだけで過呼吸と涙が止まらず、一晩中、家族によるサポートを要したのである。

 

 それから三日経った今夜もまだ、トラウマは続いている。だが、心臓が少し痛くなって眠気が吹き飛ぶだけで、暴れ出したり呼吸が荒くなったりすることはない。それでも、罪なき少女が負うにはあまりにも辛いが、家族の献身的なサポートと時間が、彼女を癒しつつあった。

 

 そうして少し呻いたあずさは、いつも通り同じベッドで、いつも通り可愛らしい安らかな顔ですやすや寝ている弟・いつきを見て、ホッ、と胸をなでおろす。

 

 蘇った惨劇は、全てが二度と見たくないものだった。

 

 逃げ惑う人々が放水により破壊されていく姿。

 

 国防軍の兵士が血と肉の雨になる光景。

 

 そして何よりも最悪なのが――いつきの目前に迫る死。

 

 よりによって、たった今思い出したのがそれだった。

 

 あの時、自分は、結局いつきを守るために何もできなかった。

 

 大好きないっくんが、死んじゃう。

 

 それを初めて目の前で突きつけられ、彼女は絶望と恐怖に浸されたのだ。

 

 安らかな顔で寝ている。生きている。弟が、いっくんが、生きている。

 

 それを改めて確認して、ようやく動悸が少しだけ収まる。

 

「いっくん……」

 

 また寝転び、弟に強く抱き着く。同じベッドで寝ていたうえで、さらに抱き着いたことで、よりその高めの体温が、彼女の小さな体中に染みわたる。いつの間にか、激しかった動悸は完全に収まり、脳を締めつけるような頭痛は消え、眠気が強くなってくる。

 

「おやすみ、いっくん……」

 

 もっと強くなって、今度こそ、可愛いいっくんを守れるように。

 

 あずさはぼんやりとした頭でもそう決心して、今度こそ、穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打って変わって、再開した学校は穏やかなものであった。変わったイベントと言えば、生徒の心の傷をいやすために生徒会が企画したハロウィンパーティぐらいだ。

 

 ちなみにいつきの仮装は女子制服、あずさの仮装は男子制服だった。二人が会場に現れた時、「なんで二人とも仮装していないんだ」と出会う人全員から言われ、ほぼ全員を騙せたことに二人して喜んだものである。あの達也ですら騙されたのだ。唯一騙されなかったのは幹比古だけである。

 

 そして論文コンペも終わり、生徒会新体制も落ち着いてきたので、あずさにも暇が増えてきた。そこで、吉田家での対パラサイトを想定した研究や訓練も、今までの倍以上の頻度で行われるようになった。

 

「中条先輩、ずっと気合入っていますね」

 

 いつきに比べて、研究方面では熱心だったが、戦闘方面では熱心でなかったあずさ。だが、論文コンペ以来、彼女もまた戦闘訓練で気持ちが入り始めた。元々スタミナも運動神経もないが、息を荒くして珠のような汗をかきながら一生懸命に食らいつこうとする。

 

「ちょっと、色々、考えることが、ありましたから……」

 

 疲れと息切れで声に元気はない。だが、まだまだやる気と覇気は十分だ。

 

 その気持ちが、幹比古には痛いほどわかる。

 

 

 

 ――――結局あの場では、二人とも、驚くほど無力だった。

 

 

 

 いや、実際の所、二人ともいなければ、身内からも何人も死人が出ていたはず。二人とも大活躍はしていた。

 

 だが、ヘキサ相手にやったことはただの時間稼ぎ。MVPは沓子で、いつきもまた最前線で奮闘しながらリーダーシップを発揮して全体を引っ張り、そして時間稼ぎの役目もほのかの幻影が圧倒的だった。

 

 もし、沓子が偶然来なかったら。全員死んでいただろう。

 

 それゆえに、強い無力感を、二人とも感じていた。だからこそ、パラサイトと実際に戦うかはさておき、こうして戦闘系の訓練に、より身が入るのだ。

 

「あ、神託だ」

 

 そんな決意を固めている二人と裏腹に、いつきは全く別方面で大きな変化があった。

 

 今まで携帯端末でのメッセージのやり取りにそこまで積極的にはなかったが、沓子からの連絡にはいち早く反応するようになった。その副産物としてメッセージ確認の頻度も高まり、二人からの連絡もスムーズになっているのは余談である。

 

 そう、彼の言う「神託」とは、沓子からのメッセージだ。当然、その呼び名と違って、中身は遠距離の友達同士の軽いものである。だが、あの時に絶望から救われた彼は、沓子をすっかり「神」としてあがめるようになったのだ。ちなみにあずさとほのかも、彼ほどではないにしろ、沓子に感謝と畏敬を抱いている。

 

「いつき、そっちは順調なの?」

 

「もうばっちし」

 

「神託」への返事を終えたころを見計らって、魔法研究をしていた彼に声をかける。

 

 ここまでの研究と訓練で、パラサイトの「倒し方」は見出した。

 

 幹比古はこれまで通り古式魔法で。そしていつきとあずさは、プシオンの針を突き刺しその恐怖を増大させる――幹比古が『毒蜂』と偶然にも名付けた――魔法を中心とした精神干渉系魔法だ。

 

 今研究しているものはいくつかある。

 

 一つは、憑りついたパラサイトの見つけ方。一応吉田家で「道占い」の術式を筆頭としていくつかあるが、確実性と所要時間に課題を残す。

 

 二つ目は、遊離したパラサイトの見つけ方。精霊と同じく目視できるものではない。美月の「眼」なら見えるかもしれないが、三人にそのようなスキルはないので、何かしらの方法を手に入れなければならない。現在の候補は、いつきとあずさによる、プシオンの波動でのセンサーだ。

 

 そして三つ目が、パラサイトの封印方法。退治の仕方は手に入れたが、もし生け捕りに出来たら、今後の研究にとても役立つ。幸い、吉田家には封印術式が伝わっているため、それの検証と強化が主な内容だ。

 

 今いつきが手をつけているのは、封印方法について。数百年単位で長らく使われていない古式魔法ベースなので、現代魔法師のいつきには苦しい作業だ。しかしながら、彼は、まるで「答えを知っている」かのようにスイスイ進めている。古式魔法師である幹比古ですら舌を巻くレベルだ。たまに覗きに来る父が、いつきを吉田家に取り込もうと最近はやたら上等なお茶菓子を用意するレベルである。

 

 ――こうして、戦争が終わっても、三人の探求は止まるどころか、それぞれが各々の思いを胸に、よりスピードアップしている。

 

 普通に考えれば、一生パラサイトと遭遇することはないだろう。後世に残せば役に立つときが来るかもしれないが、三人が生きているうちにはほとんど役に立つまい。

 

 ただ――一人だけ、その内心に、近いうちに「その時」が来ると確信を持っている者がいる。

 

 それが行動に現れ、残りの二人も知らず知らずのうちに影響され、この無駄なはずの研究は、よりレベルアップしていっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンパーティの後の仕事も終えて、いよいよ生徒会が落ち着いてきた。

 

 そして仕事が減ってきた生徒会活動の途中、手伝いとして現れた達也が、深雪とともに、あずさを人気のない空き教室へと呼び出す。そしてその教室には、クラスメイトとして深雪からあらかじめ知らされていたいつきが、すでに手のひらで小さな魔法の練習をしながら待っていた。

 

「え、えっと、そのう、それで、どのようなご用事で……?」

 

「ここで話すわけにはいかない」と生徒会室で言われ、要件を知らされることなく呼び出されたのだ。正直、達也も深雪も、苦手意識はないが、ちょっと、いや、だいぶ怖い。あずさはいつきの裾をつまみながら、青い顔で上目遣いで用件を聞いてくる。

 

「お手数おかけして申し訳ございません。実は、先日の横浜で、あなた方が使った魔法について、お尋ねしたいことがありまして」

 

 これであずさもいつきも合点がいく。それと同時に、どうしても気まずくなる。

 

 魔法師同士、お互いの術式について聞きだすのはだいぶマナー違反だ。それを達也が知らないはずもない。ましてや、その魔法は、精神干渉系魔法である。

 

「まず、ご勝手ながら、調べさせていただきました。まず中条は、すでに精神干渉系魔法の使い手であったことは知っていました。それと中条先輩ですが……あの群衆のパニックを鎮める魔法、『梓弓』は、固有魔法だそうですね?」

 

「…………あのう、あの魔法、うちの研究所で一番の機密だったはずですけど……?」

 

「技術力については散々知ってるけど、ここまで調べられたら怖いなあ。司波君、何者?」

 

 いつきが九校戦においてこっそり『アテンション』を使っていたことは、達也しか知らない。あずさは、いつきについて知っている件については、「九校戦でCADを見てもらった時に知ったんだろう」ぐらいで納得しているが、『梓弓』の名前とそれが固有魔法であることまで調べられたのは、さすがに恐怖を感じた。

 

 いつきも言っているが、一体二人は、何者なのだろうか。

 

 そんな二人の疑問を達也は黙殺し、本題へと入る。

 

「お二人がこの系統の使い手なのは別にいいでしょう。ただ、戦闘の中で使っていた、恐怖心を増大させショックで気絶させる魔法。深雪から聞いたのですが、あれがどうしても気になりましてね」

 

「……『毒蜂』のことですか?」

 

「「――ッ!?」」

 

 あずさが何気なく出した名前に、達也と深雪が身じろぐ。達也は鋼の心で抑え込んだが、深雪は激しく動揺してしまった。

 

 まさか、その名前まで?

 

 まさか――――二人は黒羽家と関わりがあるか、その情報を盗んだのか?

 

 警戒度が一気に上がり、部屋の空気が冷え込み、緊張感が増す。事情を知らないあずさはそれにうろたえて怯え、いつきの後ろに隠れて涙目になってしまった。

 

「…………そのような名前なんですね。それで、あの魔法は、どういう経緯で?」

 

 平静を装いながら、達也は質問を重ねる。あずさの反応から、自分たちが動揺を表に出してしまったと気づいた。だがこれはデリケートな問題だ。できる限り、誤魔化しておきたい。

 

「あーあれね。ほら、言った通り、ボクらは精神干渉系魔法の使い手だからさ。得意な魔法で、攻撃魔法の一つは持っておきたいじゃん? でもこの系統って属人的なものが多くて、インデックスに乗ってるのも、使えないか、微妙なものばっかでさ」

 

「確かにそうだな」

 

「だから、中学生の時にボクが作ったんだよね。まあ使う機会もないと思ってたんだけど」

 

 達也と深雪は判断に困る。

 

 恐ろしい偶然と言えばそれまでだ。

 

 珍しいことに、『毒蜂』は、この系統の中では、属人的ではなく、ある程度適性さえあれば誰でも使える。精神干渉系魔法の生まれながらの達人である二人が研究して、この随分遠回りな攻撃手段にたどり着くのも、絶対にありえないとは言い切れない。

 

 だが、いつきの説明には、嘘が混ざっている。人が嘘をついているかどうかを見抜く技術は当然身に着けているのだ。そして厄介なことに、嘘が混ざっているのは分かるが、説明のほとんどは真実であり、どこが嘘なのかが分からない。

 

 ただ、黒羽家とのつながりを示す根拠――術式のみならず、名前まで被っているのは、いったい何なのか。

 

「名前は、中条がつけたのか?」

 

「ううん。正直いまいちな魔法だから放っておいたんだけど、幹比古君との研究途中にチョッと見せる機会があってね。それで幹比古君が、名前がないと分かりづらいって言って、なんのひねりもないそのまんまな名前を付けてくれたんだ」

 

 今のにも嘘が混ざっている。

 

 だが、不思議なことに、それを聞いていたあずさの様子は、「そこに嘘がある」ことを示していない。とても分かりやすく「今のはすべてが真実」と伝わってくる。

 

 奇妙だ。いつきとあずさの間に、情報の非対称性があるのだ。何でも共有していそうな二人なのに、深いところで、いつきは何かを隠している。

 

「ああ、幹比古君との研究内容については聞かないでよ? 司波君は来年の論文コンペであずさお姉ちゃんのライバルだからね」

 

 そしてもう少し深掘りしようとしたところで、もっともらしい理由で釘を刺された。これでは、達也たちから、何も問い詰めることはできない。

 

「…………そうか。いや、それならいいんだ。二人なら悪用することもないだろうしな」

 

 結局、たっぷり迷い、達也は諦めることにした。

 

 表面上、どこにも矛盾はないし、筋は通っている。嘘が混ざっているというのはあくまで達也のスキルがあるからこその話であり、明確な根拠を示せるわけでもない。そしてそもそも、達也も深雪も表向きは一般人なのだから、これ以上問い詰める権利も正当性もない。

 

「すまなかったな。いかんせん魔法の性質が性質だから、色々と悪用があったら問題だと思ったんだ。血なまぐさい話になるけど……あれの出力を上げて、魔法の痕跡さえ残さなければ、何も怪しくない『心臓発作の遺体』が出来上がるから」

 

「ああ、そんな使い方あったんだ」

 

「い、いっくん? 何嬉しそうに感心してるの?」

 

「中条君? 冗談でもその反応はお姉さんが心臓発作を起こしそうですよ?」

 

 黒羽家云々は隠し、「本来の使い方」を思いついてしまったからどうしても気になった、という言い訳を並べる。そしてその言い訳をいつきはすっかり信じ、そして達也が示した究極の悪用法に感心した。あずさと深雪が慌ててフォローに入る。

 

「んー、わかった。とんでもない使い道がありそうだし、なるべく秘密にしとくよ。ま、どっちにしてもあまり人に話すような魔法じゃないからね」

 

「ああ、そうしてくれ。中条先輩はともかく、お前はその辺のわきが甘いからな」

 

 こうして、いつきの誤魔化しと達也の誤魔化し、双方の努力によって、この場は一旦収められた。

 

 後日、達也は、幹比古に情報の裏どりをする。結果、名付け親が本当に彼であることが確認され、達也はひとまず胸をなでおろすことができたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月30日に大亜細亜連合の艦隊が消滅した仮称『グレート・ボム』。核兵器が疑われたがその反応は確認できなかった。当然各国が阿鼻叫喚となってその真相を突き止めようとして、第二次世界大戦以前以来、未だ世界のリーダーとしてトップに君臨するアメリカだけが、かろうじて「質量をエネルギーに変換した」と突き止めた。

 

 とはいえその方法自体は分かっておらず、焦った技術者たちによって、マイクロ・ブラックホール実験が敢行された。

 

 そんな大荒れのUSNAが世界のリーダーたるゆえんの一つが、強大な軍事力だ。その中核を担う魔法師部隊・スターズの隊長であり、戦略級魔法師アンジー・シリウスの正体でもある金髪碧眼の美少女・リーナは、12月頭ごろ、暖房の効いた穏やかな室内で、穏やかならざる活動をしていた。

 

 目の前に並んでいるのは、「調査対象」のプロフィール。交換留学生としてUSNAの手先が日本に送り込まれ、『グレート・ボム』について調査することになっているのだ。

 

 リーナは最大戦力であり諜報は全くの専門外でありながら、その交換留学生の一人として選ばれていた。

 

 潜入先は第一高校。日本の魔法科高校の中でもその立地から一番の人気校であり、そして学校対抗戦においてとびぬけて成績が良いらしい。彼女としては祖父の故郷である近畿のあたりが――日本観光にぴったりな古都がある点も含め――良かったのだが、そんな贅沢は当然通じるわけがなかった。

 

(子供が戦略級魔法師、か)

 

 魔法科高校に潜入する、という作戦は、彼女としては反対だった。プロが集う研究機関ならまだしも、所詮高校生の集まりに、あの既存のあらゆる戦略級魔法を凌駕すると目される『グレート・ボム』が成し遂げられるとは思わない。彼女自身という例があるから、絶対にないとは言えないし、だからこそ上層部も潜入先として選んだのだろうが、はっきり言って確率としては低いだろう。コストパフォーマンスが悪い。

 

 そんな気乗りしないミッションだが、生真面目な彼女は、事前資料にしっかりと目を通していた。

 

「シナミ・ミユキ、ジュウモジ・カツト、ナナクサ・マユミ……このあたりが有力候補ね」

 

 日本語もそこそこ堪能なリーナは、潜入先で困らないように、今の段階で日本語の練習をしている。名前の発音はややぎこちないが、それ以外は日本人になんら劣らない。ただし漢字の読み方が一部間違ってはいたが。

 

 今あげた三人は、粒ぞろいの第一高校の中でも、特に干渉力に優れている。あれだけ大規模な爆発となると、魔法式構築速度などの指標はすべて無視して、干渉力一点で絞ったほうが良い。

 

 その点で言えば、第三高校に潜入する同胞は大変だろう。「海上で起きた大爆発」となれば、当然、一条家の長男・将輝が最有力候補だ。そしてあの横浜事変に投入された謎の巨大兵器を一撃で破壊したことで候補に躍り出た沓子も、第三高校である。

 

 そんなことを考えながら、有力人物リストをパラパラとめくっていく。市原鈴音、司波達也、五十里啓、中条あずさと言った優秀な技術者も複数人擁しているみたいで、こちらは「開発者」候補として要注意人物にされている。これはこれで、やはりカーディナル・ジョージを擁する第三高校は調査が大変そうだ。

 

「ん、ちょっと、ミステイクがあるじゃない」

 

 そうして資料をどんどん読み進めて行って、途中で手を止め、口をとがらせて文句を言い、苛立ちを露にする。

 

 全く。『グレート・ボム』以来、どこもかしこも大慌てなせいで、仕事が雑だ。

 

 先ほど中条あずさという小さくて可愛らしい気弱そうな女の子が写真付きで紹介されていたが、別の資料に同じ写真が使われている。見るに、彼女の弟で名字が同じだから、間違えたのだろう。全くもってたるんでいる。

 

「…………ん?」

 

 だが、違和感を覚えて、先ほどのあずさの写真と見比べる。

 

 同一人物にしか見えない。だが、制服の雰囲気が少し違う。間違っている写真と思われる方は、どうにも男子の制服だ。そして、その違和感をベースに細部を見てみれば、違う写真であることがわかった。あずさの写真の方は穏やかでどこかぎこちなく照れたような控え目な笑みなのに対し、間違っていると思われた写真の方は、明るく元気そうだ。

 

 何かあるかもしれない、と思って資料を読んでいくと、納得がいった。

 

『二年生・中条あずさの実弟で、身長・体型・顔つき・髪型・声など全てがそっくり』と注記されている。

 

 つまり、この写真は、正真正銘、あずさの弟――中条いつきの写真だ。

 

「なにこの男」

 

 勘違いによって生まれたストレスは、原因が解消されても残り続け、全てが、写真の中で天使のほほえみを浮かべる男の子へと向けられる。

 

 身長は男子の中では圧倒的に小さく、それどころか女子と混ざっても、姉と並んで最下位。身体能力もやはりそれほど高くないらしく、体重や体脂肪率のデータ――USNAの諜報部はそこまで調べられるほど優秀なので写真の取り違えなどを起こすはずもない――を見ても、男らしさの欠片もない。

 

 高校生にもなって、完全に、小さな女の子のそれだ。

 

 ――はっきり言って、リーナの嫌いなタイプである。

 

「女々しいワね、全く」

 

 第三次世界大戦をはさんだことで人心は荒んだ。ジェンダー観も、今世紀が始まって20年ほど経った頃に比べて厳しくなっている。その価値観に則れば、いつきは「男らしくない」の究極系だ。高校一年生にして戦略級魔法師として軍人のトップに立つ彼女は、人種的に体格が良い人物が集まる国の軍隊にいるだけあって、「男らしい」人間に囲まれて育ってきた。そして彼らはみな、多かれ少なかれ自分に厳しく、自己研鑽に励んできていた、精強な軍人だった。

 

 それと比べれば、この少年なんぞ、なんとちっぽけなことか。ほとんど登校することはなかったが、ジュニアハイスクールでも、軟派なヘラヘラした男が随分と言い寄ってきたものだ。あれをさらに軟派にしたのが、この中条いつきなのだろう。

 

 なんだか資料を読むだけで苛立ちが増してきた。さっさと読み飛ばし、机の上に放り投げ、次の資料に目を通す。

 

 ――こんな具合に、本人がいないところで、リーナにとってのいつきの印象は、最悪に近いものになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正月。今まで初詣は近所の小さな神社で済ませていた中条家だが、今年はいつきの強い意向で、四十九院本家が管理する有名神社に初詣に来た。

 

 横浜事変で助けられて以来、いつきはすっかり沓子を信仰し、「神」のごとく崇め奉っている。最近はある程度収まったが、11月の半ばまでは毎日第三高校の方向への礼拝――宗教が違いすぎる――を欠かさなかったほどだ。効率主義の塊みたいな少年が急に一人の少女に信仰を見出し奇行をしまくる姿は両親を酷く心配させたが、一方で、いつきにとっての初めての挫折と危機から救ってくれた沓子への感謝も強く、何か注意するようなことはなかった。

 

 そういうわけで、正月早々わざわざ真冬の中、北陸某所まで家族旅行となった。当然雪は深く、東京生まれ東京育ちの中条家にとって厳しい環境だ。珍しいことに、雪が積もっているだけで降っていないのは幸いだった。

 

「おー、いつき! 待っておったぞ!」

 

 そうして初詣客が多い神社に足を踏み入れるや否や、がやがやとした群衆の声に負けない、はつらつとした声が響き渡る。

 

「あ、沓子ちゃん大明神!」

 

 それを聞いたいつきも、先ほどまで寒い寒いと文句を言っていたのに、パッと顔を輝かせて、声がしたほうに目を向ける。

 

 そしてそんないつきに飛び込んで抱き着いたのが、いつもの制服ではなく、巫女服に身を包んだ沓子だ。四十九院家の娘ゆえ当然この神社の代表的な巫女の一人で、初詣なので大忙しなのだが、この時のために滅茶苦茶に我儘を言って、暇を貰ったのである。

 

「わっ、綺麗!」

 

 あずさが感嘆の声を上げる。

 

「こんな寒い中気取った格好は無理」と言っていつきは普段着にしているもこもこの厚着だが、あずさはばっちり可愛らしく晴れ着で決めている。仲良くしてくれた人たちに写真を送ったところ、深雪やほのかや五十里や範蔵はきっちり褒めてくれたが、真由美と鈴音からは示しを合わせたように「七五三?」と返事が来たのは余談だ。

 

 そんなあずさの華やかな格好からすれば、沓子の巫女服はスタンダードだ。だがその着こなしは、普段から着ているがゆえに沓子にこれ以上ないほど馴染んでいるし、その一方で艶やかな長い青髪と光り輝くような元気のよい笑顔とのギャップもあり、アニメの衣装のような華やかさも感じる。同じく大人っぽい晴れ着で決めている母親のカナも、「まあ可愛い」と思わず声に出してしまっていた。

 

「いやはや、あの夏以来、この時をどれほど待ち望んだか。あんな状況で会うのは喜べんかったし、実質九校戦以来じゃな!」

 

 いつきの両手を両手でつかみ、ぴょこぴょこと跳ねて全身で喜びを表現しながら、至近距離で目を合わせて、まくしたてるように話す。頬が紅潮してるのは、この寒さだけが原因ではないだろう。

 

「ボクも、沓子ちゃん大御神にお会いできるのを待ち望んでおりました! 大変光栄の極みでございます!」

 

 そんな沓子に対し、くりくりとした大きな瞳に畏敬と崇拝と狂信の光をたずさえ、跪くように頭を深々と下げる。それを受けた沓子も、これが彼なりのジョークであると思い込み、また好感度自体は悪くないと思って、カラカラと快活に笑う。

 

 そうしてようやく本意の再会を喜んだ後、沓子は中条家の両親にも目を向け、挨拶を交わす。二人としても、娘・息子の命の恩人だ。好意的な反応をしてくれたのもあり、自然と頬が緩み、対応も心から丁寧になる。それはそれとして彼女が息子に抱く感情が気になる所ではあるが、まあ悪い娘ではなさそうだし悪い感情を抱いていないのは確かなので、温かく見守ることにした。

 

 

 

 そして、そんな沓子の様子を、遠くからさりげなく見守っている少女が二人。

 

「あれ、どう思う?」

 

「微妙」

 

 本人が気づいていない親友の恋の行方が気になって仕方ない、愛梨と栞である。当然二人とも沓子の神社に初詣に来ていたのだが、いつきが来ると知って、こうして群衆にまぎれてこそこそと様子を見ていたのだ。

 

 大親友・沓子の恋人としての品定めの意味合いもある。実力は将輝ほどではないがほぼ満点。男らしさは皆無だが、そこはまあ個人の好みである。家柄は、失礼ながら調べさせてもらったところ、両親ともこれといった出自のない第一世代魔法師であり、百家の中でも特に伝統ある四十九院家の相手としては相応しくない。だが彼の両親はその人格から周囲に慕われ、深いとは言えないが広い付き合いがあり、またその子供たちも第一高校で主席を争っている。こうしてみれば、下手な百家や百家支流その他名前だけはある家柄よりも、よほど良いと言えよう。

 

 総合的に見て、中々悪くない――愛梨談――逸材だ。

 

 しかしながら、どうにもいつきサイドからの感情は、沓子は気づいていないが……かなり脈は遠そうである。

 

「普通、沓子にあそこまですり寄られたら、男の子ってオチそうなものだけど……」

 

 栞はあきれ顔だ。同じことを愛梨も考えているようで、同じような表情をしている。

 

 いつきから沓子に抱く感情は、かなりプラスのものだ。九校戦で出会ってすぐに仲良くなったのだから、相性も良いのだろう。

 

 だがしかしながら――恋愛と言う意味なら、あいにくながらプラスではない。

 

 

 

 

 

 いつきが沓子に抱く感情は、恋心めいたものは一切なく、狂信と畏敬である。

 

 

 

 

 

 ある意味、恋愛から、最も遠い感情だ。

 

「脈無し、ね」

 

 愛梨の断言。

 

 二人は新年早々、初めて恋を知った親友が失恋した時にかける言葉を、それぞれこっそり考える羽目になった。

 

 

 

「そうじゃいつき! おぬしにぷれぜんとがある!」

 

 そんな二人の視線の先、テンションが上がりに上がって、またそれ以外の理由もあって、さらに頬を赤らめながら、巫女服のたもとに手を突っ込む。満場一致で一部の言葉のイントネーションが気になったが、誰も指摘はしなかった。

 

 沓子はお互いの息がかかりそうな距離まで近づき、その小さな手を取って、袂から取り出したものを握らせる。

 

 それは、落ち着いた色合いながらも気品と華やかさを兼ね備えたデザインの、お守りであった。

 

「わしがいつきのために作ったのじゃ! まだまだわしも未熟じゃが、今までで最高の出来だぞ!」

 

 目を爛々と輝かせ、両手の握りこぶしをぶんぶん振りながら力説する。

 

 それが耳に入っているかいないかが分からない呆けた表情で握らされたお守りを目を丸くしながら眺めていたいつきは――数秒後、満面の笑みを花開かせた。

 

「ありがとうございます! 肌身離さず持ち歩き、家宝にいたします!!!」

 

 今にも感涙し跪きそうないつき。

 

 やっぱり脈はなさそうだ。

 

 愛梨と栞は、これからこの神社に祈る新年最初のお願いを、「親友が失恋で傷つきませんように」に決定した。

 

 ――恋が成就しますように、なんて無茶なお願いをしては、神様が可哀想である。




原作一巻にて達也があずさの魔法を知る描写があるらしいですが、ちょうど一巻だけ紛失してるので失念していまして、本作では梓弓の存在を知らなかったことになってます
まあゲームの乱数が暴れたってことでここは一つ許してくださいなんでもしますから


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11ー3

 リーナにとって、最悪の年末年始だった。

 

 信頼関係を築いた戦友である仲間たちは突然離反し、クリスマスの夜を含め「処刑」をすることになった。別にクリスチャンと言うわけではないが、その文化が強いアメリカで育った彼女にとって、その日はまぎれもなく「ホリデー」である。そんな日に、戦友をこの手で殺める羽目になった。

 

 他にも、祖父の故郷であるがゆえに多少の楽しみはあるが、専門外な上にコストパフォーマンスが明らかに悪い異国での潜入調査をさせられてる。それとついでに、日本で馴染むために仕上げたファッションセンスを仲間にバカにされ呆れられた。せっかく日本のファッション雑誌を取り寄せて一生懸命勉強し、あまり使うことがない潤沢な給料を叩いて自費で揃えたというのに。

 

 そして、いざ冬休みが終わり、学校が始まる。いよいよ本格的な調査の開始だ。いろいろ手は尽くされ、第一高校における最有力候補と有力候補が揃って在籍するA組に入ることになっている。そしてそこで、調査資料を見て以来、一方的に苛立ちが募っていた軟弱な男・いつきの顔が目に入る。生で見るとより一層、その顔の可愛らしさと幼さ、身体の小ささと仕草の女の子らしさが目に付く。自身や深雪ほどではないが、一瞬心臓が跳ね上がる程度には可愛い。男だというのに。とてもムカつく。

 

 そしてさらに嫌なことに、指定された席は、よりにもよっていつきととても近かった。流石に隣ではなかったが、一人の女子を挟んだ横に、いつきがいる。自分が座る席は、自分と交換でアメリカに留学した北山と言う少女が座っていた席らしい。

 

(まあいいわ。私情は持ち込まず、調査に集中集中)

 

 幸い、五十音順の都合で、最優先調査対象である深雪とは席が近い。その兄であり、開発者候補の一人である達也との接触も、しやすくなるだろう。そして生徒会・クラスメイトつながりで、中条姉弟とも接触しやすい。真由美と克人は困りものだが、そこは付け焼刃の潜入技術の見せ所だ。

 

「よろしくおねがいしますね、シールズさん」

 

「よろしく、リーナでいいわよ?」

 

 傾国どころか世界が傾きそうなほどの美少女が二人、出会って早々に仲良く会話している。一つの絵画やCGまたはアニメとしてもなお、やりすぎと言われそうなほどの非現実感。それが実際に起こっていて、目の前で見られるというのだから、このクラスメイト達は幸せなものだ。

 

 さて、いつきはどんな反応だろうか。見た目の良さには自信がある。軟派だろうが自称フェミニンだろうが、男は皆性欲に負けて多かれ少なかれ鼻の下を伸ばしてきた。あの人畜無害を装っている男も、きっとデレデレしているに違いない。

 

 周囲にバレないよう、ほんの少し横目でいつきを伺う。私情を抜きにすれば、席が近いのは素晴らしいことだ。

 

 

 

 

「ねえねえ森崎君。一限確か一緒だったよね。なんの科目……おーい、もしもーし」

 

 

 

 

 だが彼は自分のことなど、全く見ていなかった。傍にいる男子に親し気に声をかけている。なお話しかけられている男子は、見事にこちらを見つめてボーッとしていた。

 

(どういうことよ!?)

 

 見惚れているようなら「所詮男ね、チョロいわ」となっていたところだが、こうも思い切りスルーされると逆にむかついてくる。つまりどちらにせよ、いつきの好感度は下がるわけだが……これは嫌いな人間の行動は、全て気に入らないものなのだから仕方ないのである。

 

 ――こんな具合に、この年末年始、リーナの心は、終始荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日はこれと言って大きな出来事もなく進んだ。彼女の美貌と、転校生すら想定していない中での留学生ということでやたらと注目を浴びたが、それは想定内。強いて言えば、深雪がとても人当たりが良く、昼休みにはすぐに達也とも接触できたことだ。また、調査資料によるといつきの親友らしい幹比古もその中にいて接触できた。とても順調だ。

 

 そしてその翌日も、魔法科高校は平常運転――というわけではなく、留学生と冬休み明けのダブルパンチで、浮かれた雰囲気で、二日目を迎えた。

 

 初日は座学中心だったが、この日は魔法実技があった。

 

 冬休み前に真面目にやってもどうせ長期休暇で忘れるし、明けた直後にいきなり本格的なものをやってもエンジンがかからない。そういうわけで、冬休み前後の魔法実技は、毎年恒例のレクリエーション色の強いものになっている。

 

 お互いの間に金属球が細い台座の上に乗せられており、それに専用パネルから魔法を行使、相手側に落とした方が勝ち、というルールだ。速度と干渉力がメインの直感的な競技であり、構築難度や工程数の面では役に立つとは言えないが、遊びとしては毎年盛り上がる。

 

(グッドシチュエーションね)

 

 いきなりレクリエーションとは幸先が良い。調査対象を中心としたクラスメイトの実力を測れるし、自分の実力を見せつけて信頼度を上げることができるし、ゲームを通して一気に仲良くなり馴染むこともできる。おあつらえ向きだ。

 

(ま、ワタシに勝てる高校生なんていないでしょうけど)

 

 何せ世界最強の魔法師部隊の隊長である。少し手加減するぐらいがちょうどよいかもしれない。

 

 そんな具合に、クラスでもかなり上位にいるらしい森崎を軽く叩きのめしながら、実力を測っていく。今のは速度こそ中々だが大したことない。次いで挑戦しに来た男子はもっと大したことない。なるほど、所詮はこの程度だ。

 

 そうして次々と挑戦を受けつけ、全てを跳ねのける。いつの間にか、彼女の美貌と実力に見惚れていた観客や対戦相手達の顔には真剣みが増してくる。ここでリーナは少し、クラスメイト達を見直した。流石は魔法師を目指すエリートたち、ただの子供というだけではないようだ。

 

「つ、次、私いいですか!?」

 

 半分ぐらい倒したころ。二つ結びのおさげが可愛らしく、それとリーナ並みに主張する胸部が特徴的――サイズに自信がある彼女は自分に匹敵するジャップが存在するなんて思っていなかったのだ――な女の子が、緊張した様子で名乗り出てくる。彼女を後ろから押すのは、優雅ながらもどこか悪戯っぽく笑う深雪だ。

 

(ミツイ・ホノカね)

 

 九校戦でも試験でも優秀な成績を残し、横浜では主にサポートのみだがいつきと肩を並べて活躍した。なるほど、これまでよりも「格上」というわけだ。

 

 上等だ。叩きのめして見せよう。

 

 対面のほのかは少し硬くなっていたが、パネルの前に立ち、深呼吸をすると、もう無駄な力が抜けていた。気弱な性格ではあるが、しっかり切り替えができるタイプ。もう少し筋力と気の強さがあれば、スターズに欲しい逸材だ。

 

 カウントが鳴り、勝負が始まる。

 

 パネル操作はこちらのほうが速い。魔法式が現れるのもこちらが先。勝った!

 

 金属球が向こうに動き出すと同時、ほのかの魔法式も現れる。先ほどの森崎に次ぐ、素晴らしい速度だ。

 

 だが、もう遅い。干渉力でも、負けているとは思えなかった。

 

 だが、金属球はまっすぐほのか側に落ちることなく、空中で停止し、まるで滑るようにリーナの側に向かってくる。

 

(なっ!?)

 

 対抗魔法を更新しながら、目を見開く。真っ向勝負では勝てないと見て、落ち始めた後の軌道をずらす作戦に出たようだ。当然、式は段違いに複雑である。あれほど複雑な魔法をこの速度で構築したのだ。

 

(なんて精密性!)

 

 干渉力は今一つだが、この細やかな魔法は、すでにスターズでも通用するレベルだ。対抗魔法を完成させてほのかの側に球を落下させ勝ちをもぎ取るも、危なかったと冷や汗をかく。

 

 自分は世界最強の魔法師だ。だが、あくまでも速度と威力重視である。果たしてあれだけ精緻な魔法を、自分は一瞬で使えるだろうか。

 

「うう、負けちゃいました~」

 

「いえ、良い勝負だったわよ、ほのか」

 

 悔しそうに萎れるほのかを、迎えた深雪が慰める。

 

 そして二言三言言葉を交わすと――今度は深雪が、スッ、と出てきた。

 

「次のお相手、お願いできますか、リーナ?」

 

「望むところよ」

 

 周囲がざわめく。実技・総合学年首席。ついに真打登場と言うわけだ。

 

 高校一年生の日米頂上決戦である。

 

(負けられないわね)

 

 先ほどのほのかのように、今度はリーナが深呼吸をして、集中力のギアを引き上げる。そうして、「仕事」の時と同じ状態へと押し上げた。これは、「本気」で挑まなければなるまい。

 

 そしてそれは深雪も同じ気持ちだったようで、優雅な姿勢と笑みは崩さず、それでいて纏う雰囲気に冷たい緊張感が現れた。

 

 二人が端末を操作すると、運命のカウントダウンが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてカウントがゼロになり――勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 

(まずは先制!)

 

 先に完成したのはリーナ。だがすぐに追いついて、深雪の魔法式が現れる。

 

 魔法式同士はしばらく拮抗しあったが――リーナの魔法式が薄まり、こちら側へと金属球が押し出される。

 

 速度ではわずかに勝ったが、干渉力では負けた――!

 

 即座に次なる魔法を用意する。内容はさきほどのほのかと同じ。やや無駄が多く精密さは届かないが、構築速度と強度は彼女よりも上。深雪の魔法によって押し込まれた金属球は、空中を滑るような不可解な軌道を描いて、向こう側へと離れていく。

 

 だが当然、深雪も対抗魔法を用意していた。しかし、それも想定済み。金属球の軌道をさらに不規則にずらしつつ、同時に準備していた強い魔法式を投射、予想外の角度でかつ速く、金属球が向こう側に転がり込む。

 

 だが、深雪は、落ちる直前に追いついた。

 

「「――っ」」

 

 土俵際で、両者の魔法式が拮抗。揃って張り詰めた声を漏らし、力を籠める。

 

 ついに真っ向勝負になった。

 

 10秒、20秒、応援と歓声を上げていたクラスメイト達も、息を飲んで見守る。

 

 そんな、レクリエーションとは思えない名勝負は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――深雪の魔法式が打ち勝ち、一気にリーナの側へと金属球が移動して落下し、決着となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――負け、た……?)

 

 周囲で拍手と歓声が爆発する。対面の深雪は白磁のような肌に汗を浮かべ、詰まっていた息を小さく吐き肩の力を抜く。その後、リーナに向かって優雅に微笑みながら会釈をした。

 

 それに対し、反射的にぎこちなく目礼を返すも、心ここにあらずだった。

 

 負けた。

 

 このワタシが、世界最強の魔法師が、ちっぽけな島国の子供に負けた。

 

 これをうぬぼれとは、誰も言わないだろう。客観的なデータと実績が、彼女がまぎれもなく最強であることをこれ以上ないほど示していた。軍人としてはまだまだ未熟で周囲から学ぶことは多いが、経験の差があまり出ない単純な魔法ゲームで負けることなど、これまで無かったのに。

 

 ――悔しい。

 

 小さいころ、年齢不相応の魔法に失敗した。

 

 軍人になりたての頃。先輩や師匠に、未熟さから、何度も転がされた。

 

 その時とは質の違う悔しさが、ふつふつと湧き上がる。

 

 格上に挑んで失敗したわけではない。

 

 

 

 

 

 

 ――同格、いや、立場的には格下相手に、実力で負けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 今まで同級生や同輩で、自分に魔法で勝てる人間はいなかった。当然格下もそう。

 

 だが、たった今――初めて、敗北したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ワンモア!」

 

 

 

 

 

 

 

 押し込めていた感情が口から飛び出す。

 

 負けっぱなしでいられるか!

 

 背中を向けて群衆に戻っていた深雪は、リーナが出した激しい声に振り向き、驚いてキョトンとしていたが――数秒経って意味が分かると、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局授業中、色んな生徒と戦うという趣旨を無視して、深雪やほのかと何度も勝負をした。

 

 結果は、ほのかには何回か負けたがきっちり勝ち越し、深雪にはわずかに負け越した。

 

 任務に都合の良い授業だったはずが、リーナ個人の感情を優先して、すっかりエキサイトしてしまった。若干の後悔と情けなさも出てくるが、それ以上に、「競い合える」という初めての高揚感に、興奮が抑えきれない。

 

 雪のように白い頬をわずかに赤らめ、興奮した様子で二人と感想戦をする。深雪とほのかも、本気で競い合えるライバルとの戦えたことがとても嬉しそうで、初対面の緊張は、もはやすっかり解けていた。

 

「そういえば、リーナ。中条君とはもうやりましたか?」

 

「え?」

 

 そんな会話の中で突然出てきた、すっかり忘れていた名前に、目を点にする。

 

「え、ええと……まだ来たばかりだから、名前は分からないワ。もしかしたら、ミユキたちとやる前にやったかも……」

 

 やった覚えはないが、ここで即答してしまうのも怪しさ満点だ。何せほかの寄り付いてきた男どもと違い、いつきは特に話しかけてこなかったからだ。

 

「ほら、あそこの、小柄な男の子ですよ」

 

 深雪が手で――指で示さないのが育ちの良さである――示したのは、教室にいくつか設置されてる競技用マシンの、一番隅っこ。リーナ達が独占していたところとは離れた場所だ。

 

 ちょうど一試合終わったらしく、先ほどの森崎が悔しそうに離れていく。きっと負けたのだろう。だが彼は小柄ではない。

 

 ではその対戦相手か……と視線を移動させて、そこに予想通りの姿がある。

 

「あの、モリサキの対戦相手の?」

 

「ええ」

 

「小柄」は控え目な言い方だ。「チビ」である。

 

 中条いつき。成績は入学以来、実技筆記総合で学年次席。成績がこれなのに深雪と同じクラスであるというバランスの悪さに日本の教育制度が心配になるが、それはそれとして、確かに彼も、外せない実力者だ。

 

 これはクラスメイトの総意だったようで、リーナ達が声をかける前に、待ち構えていた男子が、こちらをいつきに示して何やら話しかけている。いつきはにこやかな表情のままこちらに視線を映し、その後話しかけてきた男子に頷き、こちらに歩いてきた。

 

「えーっと、シールズさん、でいいのかな? お勧めされたんだけど、一戦どう?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 かなり注目を集めていたみたいで、周囲から「おおっ」と期待に満ちた声が上がる。

 

 それにしても、本当に彼は自分に興味がないらしい。先ほどまでの群衆にも、そういえば彼の姿はなかった。

 

「別に遠慮せず、さっき挑みに来ても良かったのよ?」

 

「いやー、なんか人気そうだったから、邪魔しちゃ悪いかなーって」

 

 いつきの反応にクラスメイトは、納得いった風なのが半分、首をひねったのが半分。男女比はどちらも大体同じ。理由はよく分からないが、今の彼の言葉は、こんな真逆の反応が出る程度に、いつもと違うのだろう。

 

 だがそれを気にするのは今だ。周囲が調査対象とのマッチをお膳立てしてくれた。自分の感情を優先したリーナの「失敗」を勝手にカバーしてくれる幸運である。

 

「じゃ、はじめよっか」

 

 リーナの対面に立ついつきは、緊張した様子はない。そう言って、リーナに、天使のような可愛らしい笑顔で笑いかける。

 

(――っ)

 

 一瞬、見惚れた。

 

 自分の美貌と、優れた魔法師に囲まれる――つまり美男美女が多い――環境に身を置き続けてなかったら、危なかったかもしれない。こんな男のどこが、と小さく首を横に振って、雑念を振り払う。

 

 まあさすがに、深雪やほのかほどの実力者が一つのクラスにもう一人いることはあるまい。そんなペースでいるなら、とっくにパックスアメリカーナがほんのりと続く今は終わり、日本は世界の覇者だろう。

 

 だが油断大敵。幸い、深雪とほのかとの戦いを通して心身共にエンジンは温まっているし、ゲームにも慣れてきた。ここも当然、本気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウントダウンが始まり、そしてすぐに終わる。

 

 それと同時、リーナは魔法の構築を始めた。

 

 今日一番の速さ。当然、追いつかれるわけがあるまい。

 

 勝った。そう確信して、金属球が相手側に転がるのを確認するために顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこには、自分の魔法式がなんら効果を及ぼさず、こちら側に金属球が転がり落ちる光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に歓声が広がる。

 

 それと同時に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「お疲れ様、シールズさん」

 

 唖然とするリーナにそう言って笑いかけたいつきは、さっさと機械を離れ、傍らの荷物を持って教室を出ていく。

 

 完敗だった。

 

 訳が分からないうちに終わった。

 

 立ち尽くすリーナに、深雪が少し困ったような笑みを浮かべながら、話しかけてくる。

 

「えーっと……中条君は、このゲームの、冬休み前からの、校内チャンピオンなんです」

 

 リーナは深雪の言葉を理解しきっていない。

 

 いつきがこのゲームでは、深雪を越える「チャンピオン」であることは、正しく理解した。

 

 

 

 

 

「校内チャンピオン」という言葉に、野次馬で現れて挑んできた上級生である範蔵とあずさと五十里と真由美と鈴音と克人と摩利を冬休み前に打ち負かした、という意味が含まれていると知ったのは、この2コマ後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちなみにこのゲームは冬休み直前直後限定であり、リーナのリベンジの機会が失われたのは、全くの余談である。




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11-4

 冬休みが明けてから一週間が経った。

 

 リーナの存在による校内のざわつきは収まるどころか、さらに広がりつつある。それは彼女の美貌と実力が、どちらも深雪に並ぶことが広まったことによる。また、特定の誰かと仲良くするのではなく、各所から来る昼休みのお誘いに、彼女がバランスよくお呼ばれして交友を深めているのもある。「自分にもチャンスが」となれば、彼女をめぐるお昼休みの争いも過熱し、裏では紳士協定が結ばれるまでに至った。

 

「紳士協定、ですか」

 

 そしてそれに呆れているのが深雪だ。

 

 放課後、リーナがクラブ活動ではなく生徒会や風紀委員に興味を持っているという噂が――昼食の雑談でリーナ自身が言ったので「真実」でもある――五十里の耳に入ってきて、簡単な受け入れ準備が生徒会室で行われている。

 

 そんな作業中、リーナに関する色々な話が、生徒会室の中で飛び交っていた。そのうちの一つが、この紳士協定だった。

 

「あ、あはは、個性的な方が多いようで……」

 

 あずさはふにゃりと苦笑いしながら作業の手を止める。普段の彼女はあまり雑談で手を止めるようなことはしないが、「一応」の受け入れ準備のため仕事が少なく、すでにほぼ終わって余裕がある。それならばと、センセーショナルな留学生の噂話にしっかり参加したがるのも、なんだかんだで年頃の女の子らしかった。

 

 深雪とあずさとしてはびっくりな話だ。一人の人間に寄ってたかって注目して、裏で争いが起こり、協定が結ばれるにいたる。その熱狂ぶりもかなりのものだが、紳士協定に至るまでのスピード感がとんでもない。

 

「まあ、うん」

 

「そ、そうですね…‥」

 

 それに対し、五十里とほのかは、あずさよりもさらに困惑度の強い苦笑いを浮かべ、濁すように肯定する。

 

 深雪とあずさは知るまい。いや、知らされてないから当然なのだが。

 

 入学してすぐと九校戦が終わった夏休み明けのことだ。深雪と、あずさの弟・いつきの人気が過熱化し、今のリーナと同じ状態になっていた。その時は小規模ながら魔法が飛び交う事態にまで発展し、真由美と摩利が強権を発動して仲裁に入ったのだ。今回の紳士協定のスピード感は、「一度体験しているから」に他ならない。

 

 当然、集団ストーカーめいたものが裏で争っていたなんて本人や家族が知ったらショックを受けるので、司波兄妹と中条姉弟に知られないよう、強い緘口令が敷かれている。真由美から「特記事項」として特別な引継ぎを受けた五十里は、生徒会長になったことを後悔したものだ。

 

「そ、そういえば、中条君は、シールズさんについて何か言ってないの?」

 

 この話題は変えた方が良い。よって、不自然に変わりすぎない程度に、話を逸らす。

 

 いつきもまたリーナのクラスメイトだ。深雪やほのかの口から色々と聴いてはいるが、男子であるいつきの話も聞いておきたい。それならば、仲の良い姉であるあずさがここにいるのだし、ちょうどよいだろう。

 

「えーっと、そうですね……」

 

 あずさは目線を上げ、何を見ているでもなく虚空に視線を逸らしながら、話を思い出す。いつき自身、クラスメイトとは仲は悪くないが別に特別良いわけでもなく、その話はあまりしない。それはリーナについても同じで、あずさのほうが気になって質問する形だった。

 

「魔法力も学力も運動能力も、色々な面で司波さん……深雪さんと競い合えるすごい子、って言ってましたね。いっくんが魔法でも大体負けるぐらいですから、相当だと思いますよ?」

 

「メタルボール・バトルでは圧勝だったんですけどね」

 

 深雪が補足を入れる。

 

 メタルボール・バトルとはすなわち、二日目に実技で行った、金属球の支配を奪い合うゲームだ。あれ以降これは行っておらず、別のものに変わっている。それらでも深雪とリーナはほぼ対等に競い合い、いつきとほのかと森崎がだいぶ差をつけられて追いかける形になっている。だがメタルボール・バトルにおいては、いつきがリーナを一瞬で下し、校内チャンピオンから動いていない。

 

「いっくんはシールズさんとはあまり話さないみたいですね。ただ、人気者だとはいっくんも思ってるみたいです。…………あと、その……やたらと絡んでくるって」

 

「「あー」」

 

 言いにくそうにあずさが付け加えた言葉に、深雪とほのかは苦笑いして同意する。

 

「その、リーナは少々負けず嫌いなタイプでして」

 

「それは前も言ってたね」

 

 若干悪口に聞こえなくもない内容なので話しにくそうな深雪のために、五十里がタイミングよく相槌を入れる。

 

「先ほどお話しした通り、メタルボール・バトルで完敗してそのままリベンジの機会がなくなったのがとても悔しかったみたいで、よく中条君に実技で挑もうとするんですよ」

 

 深雪とほのかも何かと絡まれているクチだ。リーナの性格もあって別に悪い気はしていないどころか嬉しいのだが、いつきは、あずさの言い方からして、どうやら迷惑に思っているらしい。

 

「加速・移動系に偏った競技でいきなりいっくんと戦ったら、まあ、刺激強いですよね……」

 

 さぞリーナにとっては衝撃だったのだろう。その最初の印象のせいで、すっかりいつきに絡むようになってしまったのだ。ちなみに現在の実技は、ランダムに撒かれた色砂を収束系魔法のみで移動させ、指定された形にする速さを競う、通称サンドアートを行っている。砂を移動させる競技だが収束系に限定されているため、当然、いつきは深雪とリーナにも全然敵わないし、精密な変数が要求される難しい形だとほのかにも負け越している。ついでにリーナからやたらと挑まれるせいで、いつきの勝ち負け収支は散々なことになっていた。

 

「あはは、じゃあもしかしたら、中条君が部活とか委員会のどっかに入ってたら、そこに興味を持ってたかな?」

 

 留学生が本気で学校生活をエンジョイしているらしい。生徒会長冥利に尽きるというものだ。五十里は嬉しそうに、そんな冗談を言う。

 

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 深雪も笑って同意し、ここにいる他メンバーも同意する。

 

 ――本人の意識はともかく、傍から見たら、リーナはすっかり、いつきに夢中になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな生徒会の準備が結実するのはもう少し後のことである。

 

 この翌日、リーナが参加したがったのは、生徒会ではなく、風紀委員だった。五十里と違って、一応の事前準備などしない性格の花音が委員長であり、元々似たような風土があったこともあって、ちょっとした混乱に陥っていた。

 

 そしてこういった時、面倒な仕事を任されるのは、当然達也である。摩利の時は今ほどではなかったが、花音になってからこの傾向がより酷くなった。こんなことで、果たして来年度自分が抜けて成り立つのだろうか。

 

 そんな柄にもない心配をしながら、達也は、リーナの「お守り」をすることになった。なお、達也はうすうす察しているのだが、これはリーナの狙い通りである。

 

 だが、相手は達也。リーナが不用意に感情的に話すこともあって、ほぼ自爆のような形で、少しずつ秘密が暴かれていく。そうして気まずくなった彼女への助け船のように、ちょうど今日の仕事現場に到着した。

 

「ここは実技棟。もう何度か授業で使っていると思うが、放課後は、クラブ活動および申請のあった生徒に対しても解放されている。置いてある道具は全部それなりに高価だし、魔法を使用するからには危険を伴うから、不正使用の取り締まりも、風紀委員の仕事だ」

 

「具体的には、どんな不正があるの?」

 

「一番多いのは、名簿に無い生徒の使用だな。申請の時に使用生徒の名簿を提出することになっているんだが、申請後に参加することになったとかで、名簿に無い生徒が一緒に使用していることがある。あと、部員でもないのに、ゲスト参加で特定の部員にしか認められてない部屋を一緒に使っている、とかもあるな」

 

「ふうん、なるほどね」

 

 子供に解放されている学内設備にしてはルールが杓子定規すぎる気もするが、達也の言う通り、危険性と道具の高価さを考慮すると仕方ないのかもしれない。

 

 そうして一つ一つの部屋を窓から覗き、時にはノックをして中まで入ってチェックをする。多少のお邪魔ではあるが、もうみんな慣れたもので、お互いにルーティーンのように消化していく。またリーナは知るべくもないが、達也は『眼』によって別に覗かなくても不正使用を確認できているので、今やっていることはまさしく「形式」でしかなかった。

 

 そうしてやや単調な作業めいた確認が、半ばまで差し掛かったころ。

 

「ん、ここは幹比古か」

 

「ミキが?」

 

 次にチェックする、やや小さめで備え付けの設備もない比較的人気のない部屋は、幹比古からの申請がなされていた。二人の共通の友人だ。

 

「幹比古が使うなんて珍しいな」

 

「確かに、クラブとかにも入ってないって言ってたわね」

 

 リーナの反応は普通に考えたら妥当なところだが、少しずれている。

 

「いや、あいつは元々放課後使用の常連だったんだけど、夏休みを境に家での修行中心に切り替えたんだ」

 

「修行? ああ、そういえば」

 

 古風なワードに一瞬戸惑ったが、そういえば幹比古は古式魔法師であった。それが家で魔法訓練を行うとなれば「修行」は不自然ではない。

 

「失礼します」

 

 達也は、相手が親友だからかいくばくか遠慮のない音の大きいノックをしてから、一応仕事中なので敬語で呼びかける。すると中から声が返ってきて、ドアを開けてくれた。

 

「なんだ、達也と……リーナさんか。どうかしたの?」

 

「実技棟を適正使用してるかチェックしに来た。一応、中を見せてくれ」

 

「別にいいよ」

 

 過去には設備の裏に隠れてチェックを誤魔化そうとした生徒もいたらしい。立ち入りチェックが行われるようになったのはそれ以来だ。とはいえ、ここは明らかに窓から覗くだけで十分だ。わざわざ立ち入りをしたのは、仕事の名目で親友と雑談でもしようとしたからだろう。

 

「珍しいな、ここ使ってるなんて。中条が一緒ってわけでもないし」

 

 そしてリーナは、突然出てきた、調査対象にしてここ一週間気づかぬうちにライバル心を抱いている男の子の名前を聞いて、ひそかに心臓が跳ね上がる。

 

「ああ、今日はいつきが図書館で調べ物があるっていうからね。それを待ってる間の暇つぶしだよ」

 

「普段はイツキと一緒に使ってるの?」

 

「最近はほんのたまにだけどね」

 

 一科生・二科生の制度とそれに伴う差別的な風土について、第一高校の事前調査で書かれていた。実際それは、少し通っただけでも強く感じる。だが、一年生次席のいつきと二科生の幹比古が親友であるように、また深雪とほのかが達也たちのお友達グループであるように、彼の周辺はそのような雰囲気はない。ある意味不思議な交友関係だ。

 

「暇つぶしにしては結構本格的にやってるが?」

 

「あはは、まあ性分だね、これは」

 

 達也はリーナと違う面が気になったらしい。よく見ると、幹比古は制服から運動用の軽装に着替えていて、軽く暖房が効いているとはいえ冬なのに汗だくだ。辛い修行をしていたのだろう。部屋の端には、ほぼ空になったスポーツドリンクのボトルも転がっている。確かに暇つぶしと言うには、だいぶハードそうに見える。

 

「おっまたせー幹比古君! ってあれ? 司波君に……シールズさん?」

 

「――っ!?」

 

 噂をすれば影とはこのことか。

 

 ぼんやりと幹比古と達也の会話を聞いていたら、いきなり背後から可愛らしい元気な声が聞こえてきて、「おっ」ぐらいのあたりでガバッと振り向き、CADを構える。

 

 そこにいるのは――目を丸くして驚いているいつきだ。

 

「何? もしかしてお取込み中だった? 幹比古君なんか悪いことでもしたの?」

 

「なんでそうなるかなあ……いや、まあ仕方ないか」

 

 いつき視点ではこう見える。

 

 一人で実習室を使っていたはずの幹比古と、風紀委員の達也と、なんでいるか分からないリーナ。そしていきなり幹比古サイドに見えるいつきが声を掛けたら、リーナが臨戦態勢を取った。

 

 つまり、幹比古が悪いことをして二人に詰められていて、そこにいつきが声をかけたから、気が立っていたリーナが構えた――ということだ。

 

「安心しろ、中条。ただの定期パトロール中にサボ……声をかけたところだよ。リーナは……どうした?」

 

「え、ええと、その……」

 

 リーナはうろたえる。この状況で臨戦態勢を取った自分が、あまりにも馬鹿らしい。そしてそんな彼女の様子を、かつて達也相手に同じことをやった幹比古は、同情的な視線を送った。ここからの誤魔化しは、相手次第では大変だぞ、という先輩面である。

 

「い、いきなり後ろから声をかけるからよ! ま、魔法師は将来、戦場に立つ人間が多いのよ!? そんなことしたら、反撃されても仕方ないと思いなさい!」

 

「幹比古、何点だ?」

 

「言葉が思いついた分、サービスで25点かな」

 

 辛辣な評価が下ったが、リーナとしても自覚があるので言い返せない。ただそれはそれとして、恥ずかしさと、安全圏から煽られた悔しさで、顔が真っ赤になる。

 

「あー、そう。なんかごめんね」

 

 そして軟派で女々しいチビのガキだと思ってたいつきには、苦笑いで大人の対応をされる。

 

 さらに悔しさと怒りが湧き上がり、頭がカッと熱くなる。解除していた臨戦態勢を通り越し、そのまま魔法で攻撃をしてしまいそうなほどだ。

 

 だが、そこまではなんとかこらえた。まだ「子供」ということで、スターズに入ってからは、まず感情的にならない方法を訓練された。元々気位が高く喧嘩っ早いほうだったので、こう見えても成果が出ているのだ。少なくとも、最大の禁忌である暴力沙汰だけは何とかこらえるぐらいには。

 

「フーッ、フウウウウウウッ…………いえ、こちらこそ悪かったワ、イツキ。ソーリー」

 

 こちらこそ、ではなく100%リーナが悪いだろ、というツッコミを、幹比古と達也はなんとか我慢した。きっとエリカがいたら何のためらいもなくツッコんでいただろう。

 

(流石アメリカ人、下の名前で呼ぶんだな)

 

 深雪から話を聞く限り、リーナが一方的に絡む以外は、いつきと彼女に接点はない。それでも下の名前で呼ぶのは、文化の違いを感じさせられた。もっとも、実際はその「何かと絡む」のがきっかけでそれこそ一方的に下の名前で呼んでいるだけで、眼中にないクラスメイトは未だに苗字呼びなのだが、それは彼の知る所ではない。

 

 こんな具合に、リーナは達也相手に色々自爆し、いつきの目の前で大恥をかいたが、何はともあれ、風紀委員一日体験は、客観的には大きなトラブルなく終了した。




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11-5

 週明けの1月16日。一高内では未だリーナの話題が尽きないが、一方で、さらにセンセーショナルでセンシティブな話題が、彼女と拮抗していた。

 

「吸血鬼、ですか……」

 

 授業が始まる前の朝。いつもならクラスで雑談に興じているところだが、幹比古は、カフェラウンジで少し遅めの朝食を囲みながら、いつきとあずさと深刻な顔で話し合っていた。

 

 曰く、血液の約一割を抜かれた変死体が複数見つかっているという。まさしく、吸血鬼と呼ぶにふさわしい猟奇事件だ。

 

 詳しいことはニュースではわかっていない。ただ、血液を抜けるような外傷がない、という不思議な点は、大々的に取り上げられていた。

 

「これもう、ボクたちとしては確定なんだけど……幹比古君の意見を聞きたいんだ」

 

 対面のいつきとあずさは、いつになく真剣そうだ。論文を書いていた時の比ではない。遭遇するわけがないと思っていた危機が、杞憂にしかならないはずの悪魔が、現れた。

 

「僕も……僕も、パラサイトだと思う」

 

 皮肉な偶然だ。

 

 妖怪退治は古式魔法師の使命だ。だからこそ、そうそう現れないと知っていても、そのために修行をしてきている。そして、親友とその姉は、現代魔法師だというのに、その妖怪に強い警戒心を抱き、彼に助けを求めてきた。それに協力し、ある程度の目途が立ってきている。

 

 その矢先にこれ。運命か、はたまた、巨大な神霊という意味ではない、造物主的な「神」に仕組まれたとしか思えない。

 

 そう、この三人は、無駄になるに決まっているパラサイト対策を、この一年を通じて積み重ねているのだ。故に、この事件を聞いただけで、これがそのパラサイトの手口だと分かる。

 

 朝のニュースでこれを見た瞬間、いつきとあずさは確信した。だからこうして、朝から呼び出されたのだ。

 

「すでに被害者は出てる。多分、動けるのはボクたちしかいないよね?」

 

 幹比古はためらいながらも確信をもって、あずさは明らかにおびえた様子で震えながら、ゆっくりと頷く。

 

 そう、すでに死者が何人も出ている。きっとこれからも被害は拡大するだろう。何せ、それこそが彼らの「食事」なのだから。

 

「すぐに……すぐに動かなきゃいけない」

 

 高校生が三人。いくらその対策を積んでいたとはいえ、正体不明の怪物相手に、ニュースを知って即日で動くのは、焦りすぎと言わざるを得ない。だが、そう断言するいつきに、焦った様子は見られない。きっと、パラサイトが現れたらすぐに動くと、ずっと決めていたのだろう。

 

 パラサイトは、恐らく上質な「餌」として、魔法師を狙っている。彼らを構成するプシオンとサイオンは、圧倒的に魔法師が多いからだ。

 

「そうするしか、そうするしか…………ないよね」

 

 あずさの顔は青い。体も震えている。いつきの裾をつまむどころか、体を引き寄せ、腕に縋り付くような形だ。

 

 だが、それでも、その目は決意の光に満ちている。恐怖。怯え。それは戦場に立つにはふさわしくないが……うまくひっくり返れば、逆に、全員が生き残るために大きく役に立つ。

 

 いつきはともかく、この気弱な先輩のことは、ずっと心配だった。

 

 今も心配だ。

 

 だが――危険な戦いで、背中を預けるに足ると、幹比古は自信をもって判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからの準備は迅速だった。

 

 あずさといつきは、今まで夜中に外を出歩くことがほぼ無かった。性格上そういった遊びをしないというのもあるし、魔法師一家にしては珍しく両親は優しいながらも過保護気味だからだ。今時は普通の高校生が日付をまたぐような時間まで遊ぶのも珍しくはないし、あずさといつきはそこらの不審者相手なら目をつむっても撃退できる実力だが、その見た目の幼さから庇護欲をそそり、両親の心配をあおるのだろう。

 

 だが、当然、吸血鬼は人目の少ない夜中に活動するに決まっている。これでは、二人とも、有効な手立てが取れない。

 

「あまりあちらに御迷惑をかけちゃだめよ?」

 

「全く、いきなりだからびっくりするだろう……」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

 放課後の夕方、困り顔の両親に見送られ、いつきとあずさは大きな荷物を持って、家を出た。向かう先は、幹比古の家だ。

 

 そう、中条家の両親の目から離れれば、「夜遊び」は可能だ。つまり、吉田家にお泊りすればよい。

 

 そういうわけで、朝の話し合いが終わってすぐ、いつきは両親に連絡し、「吉田家でお泊り勉強合宿することになった。期間は未定」という主旨の、半分大嘘の説明を送り付け、許可を得た。両親はてんやわんやで、先方への迷惑が云々とか礼儀がどうとかで、ちょっと上等な菓子折りまで持たされた。しょっちゅう行っている家だが、無期限のお泊りとなると別なのだろう。

 

「えーっと……ようこそ、っていうべきなのかな?」

 

 そしてそんな二人を迎え入れる幹比古も、やや困り顔だった。

 

 繰り返すが、吉田家にはすでに何度も訪れており、勝手知ったる、という状態だ。だがお泊りとなると幹比古たちの側もまた特別である。どれほど長くなるか分からないが、期間次第では、ここは二人の仮住まいではなく、「家」になることすらあるのだ。

 

「まあ、こんなこと言うのもなんですが……自分の家だと思って、ゆっくり自由に過ごしてください」

 

 そうして、今まで使うことがなかった客人用の部屋へと案内される。

 

「男性用トイレはここ、女性用はここ。お風呂も二つあって、男性用がこっちで、女性用がこちらです」

 

 その部屋には吉田家内のマップが備え付けられており、幹比古が一つ一つ生活に必要な場所を丁寧に説明する。

 

 吉田家自体は男所帯だが、住み込みの弟子は女性が多い。住み込みが複数人いるということは、宿泊のために必要な設備もちゃんと整っている。幹比古の友達二人を受け入れたところでどうってことはない、というおあつらえ向きだからこそ、このお泊りが成り立ったのである。

 

 ちなみに余談だが、中条家の両親は、いつきとあずさの「異常な日常」が露見することを一番恐れていた。あずさもいつきも、高校生で異性姉弟だというのに、未だにお風呂もお布団も一緒なのである。しかも二人ともそれを当たり前と考えているから、平然と吉田家でも同じことをするだろう。

 

 つまり、お泊りするほど仲良くしていただいているお友達に、変態ということが露見してしまいかねないのである。結局、風呂は完全に男女別なのでそれは杞憂だったのだが、カナと学人はしばらく心配で眠れないだろう。

 

 そんな具合に、これからほぼ毎晩、正体不明の化け物と戦うことになるというのに、初めてのお泊りと言うことで、どこか浮ついた気分になっている。幹比古もあずさもやりにくそうだ。

 

 そしてただ一人いつきだけは、浮ついているわけでも、気負っているわけでもなく、いつも通りの様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮ついた気持ちも、真夜中に吉田家を出発すれば、真冬の夜の冷えた空気も相まって、すっかり引き締まった。

 

 捜索の軸は吉田家に伝わる道占いだ。ただし研究により洗練され、幾分か手順がカットされて速くなっている。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 あずさの幹比古への信頼は厚い。それゆえに、彼が何か困ったり迷ったりした様子もなく分かれ道の度に道占いをしている姿を見て、「目標が確実に近づいている」と確信してしまう。故に、不安は次第に恐怖へと変わっていった。

 

 血を抜かれて死ぬ。血を通じて精気を抜かれて死ぬ。果たして、どんな死にざまなのだろうか。どれだけ苦しいのだろうか。

 

 自分が、幹比古が、そして何よりも弟が、そうなってしまうかもしれない。

 

「大丈夫だよ、あずさお姉ちゃん、ボクたちがついてるから」

 

 いつきの一歩後ろで震えている姉を隣に並ばせ、抱き寄せる。可愛らしいデザインのおそろいの防寒着でお互いにもこもこと膨らんでいるが、それでも体温が伝わってきた。あずさは恐怖からか、この寒さによるもの以上に冷たいし、肌がやや蒼白になっている。だからこそ――あずさの体と心に、いつきの高い体温が染み渡った。

 

 ああ、いつもこうだ。

 

 お姉ちゃんとして、弟を守りたいのに。

 

 自分の心の弱さゆえに不安になって、弟に慰めてもらう。

 

 そうするといつの間にか、不安が消えているのだ。

 

 小学二年生の時から、ずっと変わらない。

 

(――そう、そうだ)

 

 心地よい体温に包まれながら、あずさは気づく。

 

(私と、いっくんは――あの時から、ずっと、変わっていない)

 

 いつきが不登校を決めた時。あの時にあずさが感情を爆発させ、いつきに慰められて以来。

 

 ずっと、その時の関係が続いていた。

 

 学校に行っている間は別々だが、家ではいつも一緒で。一緒に勉強したり、話したり、遊んだり。お風呂も寝る時もいつも一緒。いつきには助けられてばかり。今年度に入ってからは魔法面で幹比古も加わるようになったぐらいで、それ以外は何も変わらない。

 

 穏やかで、温かくて、ゆるやかで、幼い、心地よい関係。いつきもまた、心地よいと思ってくれているのだろう。だからこそ、この関係が続いている。

 

(そっか、やっぱり、私……)

 

 あずさも弟の背中に腕を回し、強く抱きしめる。

 

 穏やかな鼓動が、優しい体温が、より伝わってくる。

 

(――いっくんのことが、大好きなんだ)

 

 ずっと、これからも、こうしていつきと過ごしていたい。

 

 ならば――何年も取り組んできた、これから戦うべき「敵」から、いつきを守らなければいけない。

 

 今度こそ。あの横浜の時みたいにならないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古は勝手に「いつきカウンセリング」と頭の中で呼んでいる。要は、不安になったあずさをいつきが慰める、というお決まりの流れだ。

 

(占いに集中できないんだけどなあ……)

 

 人がそれなりに真剣に儀式をしているというのに、後ろで姉弟にいちゃつかれてはたまったものではない。だが、これできっと、あずさの心は決まるだろう。そうなれば百人力だ。何せ彼女は繊細な魔法コントロールが持ち味で、それはプシオンも同じ。目に見えないパラサイトを感知し、退治するには、これ以上ない人材だ。

 

 そうして、また何回か分かれ道で占いをした先。

 

「――シッ、静かに」

 

 幹比古は片腕を横に伸ばし、後ろの二人を制止する。そして曲がり角の先を、ゆっくりと覗く。

 

 その先は、一見、いたって普通の道。だが幹比古が視線を頼りにひっそりと精霊を飛ばし、街頭では照らしきれない暗闇の向こう側まで「眼」を広げた時。

 

「――怪しい」

 

 一人たたずむ影を見つけた。

 

 ロングコートとハットと白手袋で全身を覆っている、紳士風の男。厚着であること以外は、人気のない真冬の夜にはふさわしくない。だがそれ以上に、怪しい要素がある。

 

「のっぺりした仮面をつけてる。仮に吸血鬼じゃなくても、思いっきり不審者だね」

 

 幹比古の声に混ざる闘志が濃くなる。

 

「それはまた、随分わかりやすい格好だね」

 

 口から出るのは冗談だが、いつきの声にも緊張が宿る。あずさは緊張から何も言葉が出ないが、CADをそっと構え、いつでも臨戦態勢だ。

 

「周囲に人影は無し。ゆっくりと歩いている」

 

「じゃあさっそく、やっちゃおうか」

 

 いつきの言葉に二人とも頷き――その言葉とは裏腹に踵を返して、来た道を一旦戻る。

 

 逃げたわけではない。ここから『視覚同調』を頼りに回り道して、ある程度の距離まで詰める作戦だ。時代が進むにつれて区画はより合理化・画一化が進んでいるため、回り道はいくらでもある。

 

 そうして、相手の視界から外れながらゆっくり近づき、目視できるぐらいの距離まで詰めると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――用意していた魔法を発動し、仮面の怪人に、黒いこぶし大の球が襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、くっ!」

 

 魔法の気配に気づいたころにはもう遅い。怪人の周囲に、色のついた催涙ガスが広がる。

 

 そしてそれに身を隠しながらいつきと幹比古は接近し、怪人を無力化するべくさらに攻撃を重ねた。

 

「なんだお前らは!?」

 

 催涙ガスによって目視も呼吸もままならない、苦しそうな声で、怪人が叫ぶ。男に見えたが、声の感じからして女性のようにも思える。だがそれは思考の端に置いておき、「声」というヒントを与えることなく、二人は一方的に攻撃を加える。

 

 だが、手ごたえはない。幹比古得意の雷撃魔法と、いつき得意の移動魔法。そのどちらもが、異常な速さで行使された魔法によって軌道を逸らされた。

 

(やっぱり、超能力者化してる!)

 

 幹比古は歯噛みする。想定していた中では悪い方のパターンだ。

 

 仮に魔法師にとり憑いた場合、精神情報のイデアから現れたパラサイトは、その体を通じて魔法が使えるのは確定だ。そして、いつきは、過去の文献から「道具なしで魔法が使えるかもしれない」という仮説にたどり着いた。根拠は希薄だが、論文でもないのだし、警戒するに越したことはない。そのおかげで、普通なら必殺であろう今の攻撃が防がれても、さほど驚きはせず、とっくに次の準備はできている。

 

 催涙ガスで視界を遮り、魔法で気絶させる。もし相手がパラサイトではない、つまりただの人間だった場合、即座に逃げだせば罪に問われない方法だ。いつきの悪知恵での考案である。

 

 だが、怪人は、CADではありえない速度で魔法によって抵抗してきた。仮に吸血鬼でないとしても、真夜中に一人で魔法師が仮面をつけて歩いているのだから、こちらから仕掛けようともあとからいくらでも言い訳がつく。

 

 つまり――ここからは、殺してしまっても、最悪構わないということが分かった。

 

『理想は拉致監禁なんだけどね』

 

 作戦会議で放ったいつきの恐ろしい一言。

 

 確かに、人の形をしたものを殺さないで済み、なおかつパラサイトが自由に離脱できないとすればその憑りつかれた人間の体に閉じ込めておくことができる。だが、その想定は甘い。過去の記録を見るに、自由に離脱できると考えておく方が良いだろう。

 

(中条先輩はあくまでもパラサイト本体へのトドメ! 吸血鬼は僕たちがやらなければいけない!)

 

 あの先輩に、「人殺し」は無理だ。たとえもう元の人間の心身は死んだも同然だとしても、理屈ではなく本能が受けつけない。幹比古とて、横浜でなるべく不殺で戦ってきた身として、抵抗はある。だがそれでは、「人殺し」の責任をすべていつきに押し付けてしまうことになりかねない。そんな「甘え」を、自分に許すわけにはいかなかった。

 

(出力最大!)

 

 あずさが気流を操作し、色付き催涙ガスをまた濃くしたうえで吸血鬼にまとわりつかせる。そこを狙って、いつきはゴミ捨て場に転がっている鋭利な針金を急所に向かって、幹比古は感電死するほどの出力で『雷童子』を放つ。

 

 だがそれでも、吸血鬼は耐えきった。やはりCADを介さないで魔法を使える超能力者は、速さが段違いだ。事象改変内容を感じてからでも、対抗魔法が間に合ってしまう。針金も雷撃も、あらぬ方向に軌道が曲げられる。

 

「ボクたちの攻撃を二回も曲げた――軌道屈折が得意そうだよ!」

 

「最悪のパターンだね!」

 

 物理的接触を媒介にして精気を吸う可能性も当然考えていた。なにせ被害者には目立った外傷がなかったという。吸血鬼のイメージのような「噛む」ではなく、単に触れただけで吸われる可能性は十分にある。それゆえに、遠距離攻撃の軌道を曲げる術式を相手が明らかに多用する――つまり得意という事実は、幹比古たちにとって悲報だ。

 

 そんな会話をしている間に反撃が来る。吸血鬼は高速移動魔法で幹比古に迫り、白い手袋で覆われた大きな拳を振るう。そのスピードはプロボクサーを越える、人体の限界を超越したものだが、幹比古はかろうじて魔法を絡めての回避に成功した。いつきのスピードはこれ以上だ。慣れたものである。

 

「それ!」

 

 そしていつきの掛け声と同時、吸血鬼の体が「歪んだ」。両腕がいきなりあらぬ方向に延び、関節の可動域とは逆方向に捻じられる。吸血鬼はしばらくそれに翻弄されたが、自分の体という究極のホームの有利を活かして、干渉力で跳ねのけた。

 

 だが幹比古の至近距離でその隙をさらしたのは大きい。懐から扇形にまとめられた金属製の札を取り出し、その一枚を吸血鬼に突き刺し、サイオンを流し込む。

 

 途端に鉄の札は激しい電光を発する。幹比古は同時に自身を電気から守る魔法を使いながら離脱した。

 

「ごっ、ががが!」

 

 突き刺した鉄の札から流れ続けるスタンガン並みの電気に吸血鬼は悶え苦しむ。だが札の刺さりが甘かったのか、暴れ悶えたことによって抜けて、電流から逃れられた。

 

(やっぱ針にしないとだめか!)

 

 電流の呪印を刻んだ、サイオンと電気の両方をよく流す、吉田家とあずさの技術を組み合わせた特性の呪具だった。普通の人間ならあれでノックアウト確定だが、吸血鬼はもはや人間の限界を超えているらしい。刺さりにくさ・抜けやすさについては元から懸念していたが、針に実用的な刻印を刻むのは難しく、断念したのだ。

 

「ふーっ、ふーっ、何が目的だ? スターズでも警察でもない。見たところ日本人の子供だ」

 

「……?」

 

 吸血鬼の言葉が理解できない。言っていること自体は分かるが、警察はともかく、なぜそこで「スターズ」という言葉が出てくるかわからなかった。

 

「何? もしかしてアメリカ人?」

 

 だがいつきは何か勘づくことがあったらしい。吸血鬼の言葉に質問を重ねる。

 

 そして幹比古もようやくわかった。スターズとは、かの有名な、USNA軍の魔法師部隊だ。つまりこの吸血鬼は、米軍に追われるだけの覚えがあるらしい。

 

 一体パラサイトと米軍に何の関係が? 吸血鬼によるただの攪乱の可能性を視野に入れ、警戒をしながら、情報を吐き出すのを待つ。

 

「それも知らないで? 目的が分からない……この国の子供は大人しいと聞いていたが」

 

 そして吸血鬼の方も混乱している様子だ。

 

 警察に追われる理由があるのは当然として、どういうつながりか分からないがスターズにも追われているらしい。そんな吸血鬼から見て、確かに日本人の子供に襲われるのは不自然だろう。しかも、不良による強盗にも見えない。

 

 向こうが教える理由がないように、こちらも教える理由はない。相手のことを知れないのは少し惜しいが、ここは戦闘再開するべきだろう。長引けば、人目につく可能性がある。それに相手はこちらに触れただけで精気を吸える可能性が高いのに対し、こちらは軌道屈折で遠距離攻撃を「跳ね返される」心配すらしなければならない。長期戦は不利に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は!? なんで幹比古たちが!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思考は、聞きなれた声によって中断される。

 

 声が聞こえたのは、幹比古の背後から。あまりの事態に、戦闘中だというのに、つい振り返ってしまった。

 

「レオ!?」

 

 そこに立っていたのは、彫りが深いハンサムな顔が特徴的な、親友のレオだ。

 

「幹比古君!」

 

 隙をさらした彼に、吸血鬼の拳が襲い掛かる。

 

 幹比古は自らの油断を呪った。

 

 この一撃で自分が死ぬかもしれない。その覚悟をした時――拳が、目の前で止まる。

 

「集中して! あとレオ君も参戦よろしく! 触れられたら血を抜かれてアウトだと思って!」

 

 いつきの障壁魔法に守られたのだ。幹比古は命を助けてくれた親友に感謝しながら高速離脱し、レオの隣に並ぶ。

 

「多分、あいつは吸血鬼だよ。仮にそうじゃないとしても、仮面をつけた強い魔法師だ。手加減は無用!」

 

「それよりもお前らがなんで戦ってるか知りたいだけどよぉ……今は話してる場合じゃなさそうだな」

 

 幹比古たちを守るため、いつきがインファイトを仕掛けている。高速移動で攻撃をかわしながら相手の周囲を回り、周囲に落ちているものを飛ばして牽制している。だがそれらはすべて、やはり軌道を逸らされていた。

 

「CADなしで魔法を使ってくる。特技は多分あの軌道屈折だ。見ての通り、反射までしてくる」

 

「最悪じゃねえか、どうするんだ?」

 

 レオは得物を持っている様子がない。相手に触れられたら終わりだが、殴る蹴る以外の戦いはできないだろう。

 

「一応手は準備してあるんだけど……レオに命を張ってもらう必要がありそうだね」

 

「分かった。任せろ」

 

 そう言って、レオはコートを脱ぎながら飛び出して、参戦する。そのコートは不自然な形で固まったままレオによって激しく振るわれ、吸血鬼の側頭部をしたたかに打ち付けた。硬化魔法で即席の武器にしたらしい。その威力はすさまじく、あの電撃にすら耐えた怪人をよろめかせる。

 

「今だ、あずさお姉ちゃん!」

 

 ここがチャンス。いつきが叫んだ。

 

「任せて!」

 

 隠れてサポートに徹していたあずさは返事とともに、ずっと準備しておいた魔法を一気に発動する。

 

 一つ目。吸血鬼の足を滑らせる魔法。

 

 二つ目。滑った不安定な状態で衣服を固めて動けなくする魔法。

 

 三つ目。そのまま倒れた後も地面に押さえつける加重魔法。

 

 一つ一つは簡単な魔法だが、それらが、彼女の精緻な時間差行使により、吸血鬼に抵抗を許さず、冷たいコンクリートに釘付けにした。あとはいつきが、高速移動魔法で全身を潰して、吸血鬼退治の第一段階が終了。

 

 幹比古が「その次」に備えて、術式の準備を始める。

 

 これで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――だが突然、激しい閃光がきらめき、吸血鬼を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「なっ――――!?」」」

 

 予想外。幹比古とレオとあずさは固まる。

 

 そんな中いつきだけは高速移動魔法を使い、レオを掴んで引きずりながら退避する。

 

 いったい何が?

 

 どうやって?

 

 これは?

 

 三人の頭に、疑問ばかりが浮かび、正常な思考力を奪う。真夜中に突然強い光が現れたのに、目を見開いたまま固まってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! 幹比古君! しっかり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、いつきの怒声で、二人の意識は無理やり引き戻された。

 

「え、えっと! ――――光らせますね!」

 

 強い閃光は一瞬で収まった。まだ目がチカチカするが、あずさは半ば反射に任せて、活性化させたプシオンの波動を放つ。

 

 それは普通の魔法師にも見える、不思議な光の波である。あずさから、黒焦げになった吸血鬼周辺に向かって放たれたその光は――――空中のとある場所で、不自然に、まるでそこに「障害物がある」かのように歪んでいる。

 

「それ!」

 

 幹比古はそこを狙って、準備していた術式を発動した。

 

 それは、「器」から放たれ遊離するパラサイトを封印する古式魔法。元々吉田家に伝わっていたを術式を、この半年強かけて少しずつ改善したものだ。

 

 幹比古が投げた四つの折り紙が、冷たい風が吹く中だというのに真っすぐとプシオンの「歪み」に向かい、その鋭い動きのまま不自然な軌道で曲がり、「歪み」を囲む。

 

 四つの折り紙を結べばぴったり正方形。しかも、それぞれの位置も、ぴったり東西南北となっている。

 

 四神を模した折り紙の式神は相互に力を増幅し合い、それに囲まれている歪み――パラサイトの活力を奪う。

 

「そーれ!」

 

 そしていつきが、懐から厚紙を取り出しながら飛び出す。それは折りたたまれた形状記憶厚紙であり、縛っていたヒモを緩めると自動で箱の形になる。そしてその箱を、式神に囲まれたパラサイトに被せ――――力任せに蓋をして、閉じ込めた。

 

 いつきはそのまま箱を手で押さえつけながらプシオンで覆いつつ、先ほどのヒモでぐるぐる巻きにする。この厚紙もヒモも、封印用の刻印が施された特別製だ。従来のものは持ち運びに不便だったが、これならば折りたたんだ状態ならばかさばらない。術式で直接封印するほうが便利だが、こうして封印用の道具を使えば、古式魔法師でなくとも最後の一手を打てるのが魅力である。

 

「「――――――ふうー…………」」

 

 あずさと幹比古は、いつきがヒモを結び終わるまで、じっと息をつめて見つめていた。

 

 そして、それが終わったことでついに緊張から解き放たれ、深いため息をついて、膝から崩れ落ちる。

 

 終わった。

 

 これで、吸血鬼を倒し、その原因である未知の化け物の活動を停止させた。それどころか、封印、つまり生け捕りにしたのだ。これで、パラサイトの研究が一気に進歩するだろう。

 

 その大きな達成感と疲労感に満たされ、あずさといつきは、笑顔を浮かべ、お互いをたたえ合おうとする。だが、いつきの顔は――――まだ険しい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの赤髪の人!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきが振り返り指さしたのは、レオが現れた方向とは反対側の道。

 

 いつきの鋭い声に、幹比古とあずさに緊張感が戻り、慌ててCADを構える。

 

 そこにいたのは――――血のような赤髪と禍々しい黒い覆面が特徴的な……「鬼」とでも形容すべき何かだった。

 

「まさか増援!?」

 

 先ほどの怪人とはまた違った恐ろしい何か。幹比古は焦る。吸血鬼が複数犯の可能性は一応考慮に入れていたが、まさかこんなすぐに現れるなんて。

 

 こちらの臨戦態勢を待つまでもなく、あちらはとっくにこちらといつでも戦える準備が出来ているらしい。こちらに拳銃を向けている。

 

「い、いっくん……」

 

 その銃口が向いている先は――一番近くにいる、いつきだ。

 

 あずさが心配と恐怖で、声を詰まらせながら、弟の名前を呼ぶしかない。

 

 そしてそのいつきは、険しい顔のまま――――ゆっくりと、両手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてくれてありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に――口から飛び出たのは、お礼の言葉。

 

「「「――?」」」

 

 幹比古たち三人は、臨戦態勢を解除しないでいつつも、訳が分からず混乱する。

 

 いつきはすぐに両手を上げて戦意がないことを示し――お礼を口にした。

 

「さっきの雷、あれは、赤髪の君だよね? 吸血鬼が目的? 警察の特殊部隊?」

 

 そして思い出したのは、いつきの言った、先ほどの強烈な雷光。

 

 速度に劣る代わりに威力が魅力の古式魔法を操り、かつ『雷童子』が得意な幹比古ですら、あんな火力は到底出せない。

 

 あれをやったのが――まさか、この赤髪の鬼?

 

 愕然とする。

 

 いつきと自分とあずさとレオ。生半可なプロ魔法師に負けない戦力だ。だが、あれほどの電撃魔法を扱える相手となると――彼我のパワーの差が、絶大すぎる。あれを一撃、自分たちを狙って放たれれば、一瞬で全員が、あのパラサイトの「器」となった哀れな犠牲者のようになるだろう。

 

 四人から視線を注がれる鬼は、いつきの問いに答えない。ただ、険しく引き結ばれた口の端が、下方向に歪んだ。

 

 

 

 

 

『………………その死体をこちらに引き渡し、このことを口外するな。命だけは助けてやる』

 

 

 

 

 

 そして放たれたのは、要求と脅迫。その声は明らかに変声機によって加工されている、ガサガサで、男とも女とも判別がつかない、不気味なものだ。

 

 しばしの沈黙。

 

 明確に「死」を引き合いに出された脅迫と命令に、場の緊張感が最高潮に達する。

 

 その正体は何なのか。全く分からない。ただ、吸血鬼を狙う何者かであり、そして自分たちの仲間ではないどころか、下手すれば今にも殺し合う「敵」であることだけは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん、わかった。その死体は譲るよ。……大事に弔ってあげてね? 多分、この人も被害者だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていつきは少し考えた末、鬼の要求を呑んだ。呑まざるを得ないだろう。あれほどの力を見せつけられ、銃口を向けられてるのだから。

 

 彼の出した返事は、当たり前のものだ。

 

 だが、なぜか赤髪の鬼は、少し驚いた様子を見せた。そしてすぐに、こちらに銃を向けたまま、歩いてくる。

 

 いつきも、赤髪から目線を切り――警戒を解いたということを示したいのだろう――足元に転がる黒焦げの死体を優しく抱きかかえ、ゆっくりと、赤髪に差し出す。鬼はまたもどこか驚いた様子だったが――拳銃を降ろし、いつきから、自身が焼き焦がした惨殺死体を、まるでいたわるように優しく受け取る。

 

 するとそのまま魔法を発動し――高速で駆け出し、去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、ボクたちは君の仲間だ! ボクたちは、なんでこれが起きたのか、結構知ってる! だから――――君の力を、いつか貸してよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その背中に浴びせたいつきの叫びを、あの鬼は、果たして聞いていただろうか。




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12ー2

(タイトルや投稿順のガバじゃ)ないです


 そんな、どうして、なぜ。

 

 リーナの心は酷く乱れていた。

 

 異国での潜入ミッションと、そこで出会った、競える同級生や奇妙な調査対象たち。良くも悪くも、リーナの心は動かされた。

 

 そして、今朝になって、日米を騒がせる「吸血鬼」が、スターズから脱走した「元」同胞たちであったことが判明した。

 

 この時点で、すでに荒れ狂っていたと言っても過言ではない。

 

 日本に潜入ミッションに来たと思ったら、脱走した同胞たちも日本で活動?

 

 一体、どんな偶然だろうか。

 

 そして今夜、調査は一旦優先順位が下げられ、元同胞たちの処刑に駆り出された。

 

 だが同胞たちは超能力に覚醒し、以前までと比べ物にならないほどに強くなり、スターダスト級の部下とともに一度接触したものの逃走された。だが固有サイオンを追いかける最新鋭のレーダーにより、また追いつくことができたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそこで、吸血鬼は、いつきたちと戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(どういうこと、どういうことなの!?)

 

 予想外、想定外、常識外。似たような言葉が脳を駆け巡る。

 

 何が起きているのか、全く分からなかった。

 

 パニックのあまり、体中から汗が吹き出し、心臓は痛いほど早鐘を打ち、呼吸は乱れ、意識はもうろうとなってくる。本当の自分を覆い隠す鬼の「仮装」も維持できなくなり、一瞬、天使の姿が現れる。

 

(っ、違う、違う!)

 

 それでようやく少し冷静になったリーナは、慌てて「仮装」を被りなおす。幸いあちらは戦闘に夢中で、こちらは壁に隠れて様子をうかがっていただけだ。見られたということはないだろう。

 

 今、自分は何をするべきか。状況を伝えてオペレーターに指示を仰ぐか?

 

 いや、事態は急を要する。達也の友達の一人・レオまで現れて参戦し、いよいよチャールズ・サリバン――デーモス・セカンドが苦しくなりそうだ。

 

 その予想は正しく、レオの一撃でよろめき、そこに、いつきも幹比古も使った様子がないのに、芸術的なまでに精緻な魔法式がいくつも現れ、サリバンを拘束した。

 

 そしていつきが、威力の高い魔法を準備して――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見て、我慢できず飛び出し、魔法を行使する。

 

 最悪のパターンは、このまま見過ごして、あれがサリバンであることをいつきたち日本人に知られることだ。大スキャンダルになりかねないし、秘密裏に処刑するという自身のミッションの失敗も意味する。

 

 だから、せめて。

 

 とっさに使った魔法は、リーナが得意とする電撃だ。皮肉にもそれは、同じ系統の魔法を得意とする幹比古に、圧倒的な格の違いを見せつける。

 

 激しい雷はサリバンを包み、その全身を炭化させた。スピード、威力、精密性、効果発動までの隠密性、全てが、「シリウス」にふさわしい、最上級の魔法。

 

 それがいきなり現れ、幹比古たちは混乱していた。だがいつきが一喝すると、レオ以外が動き出す。

 

 なぜかいきなりリーナでも見えるほどの強いプシオンの波動が少し離れたところから放たれ――そこに誰か隠れてサポートしていたのだ――、幹比古が何やら儀式を発動し、いつきが空中に飛び出して奇妙な文様が書かれた箱で空中を包み閉じ込めた。

 

 意味不明。一体、あれは何をやったのだろうか。全く見当がつかない。

 

 だが、とりあえず、自分にはもう一仕事がある。

 

 

 

 

 

 

 ――そうしてリーナはクラスメイト達に銃口と命令と脅迫を向け、無残な姿になったかつての同胞の亡骸を受け取った。

 

 

 

 

 

 人間が焼け焦げた、本能的に吐き気を催す臭いに包まれる。全ての本能と理性が拒絶し、死体を放り捨てたくなる。

 

 だが、それは許されない。

 

 死体の回収は、せめてもの使命。

 

 それに、裏切り者と言えど、仲間だったのは確かだ。大事にしたい。

 

 そして、何よりも――こうして殺したのは自分だ。それから目を逸らし逃げることは、許されるわけがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大事に弔ってあげてね? 多分、この人も被害者だから』

 

 

 

 

 

 

 

 女々しくて、チビで、軟派で、男らしくない、中条いつき。

 

 亡骸を引き渡されたときの言葉が、一瞬で脳内をぐるぐると駆け回る。

 

 どういうことか。彼は一体、何を知っているのか。

 

 今すぐ問い詰めたい。だが、人目に付きかねないから、すぐ離脱しなければならない。

 

 真冬の夜の極寒のせいか、目と鼻の奥がツンと痛くなってくる。帰ったら、ホットハニーミルクで温まって、ゆっくり風呂に入り、温かい布団ですぐ休むべきだ。それこそが、体調管理が基本である、軍人の定めだろう。

 

 そんな、願望なのか、理性なのか、何を考えているのか分からない自分に言い聞かせるように、この後のことを考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、ボクたちは君の仲間だ! ボクたちは、なんでこれが起きたのか、結構知ってる! だから――――君の力を、いつか貸してよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうだいぶ遠くから聞こえてくる声は、彼女にしっかり届いていた。

 

 ――いますぐ逃げだし帰りたくて仕方ない彼女が、動揺して、数秒、脚が止まったほどに、耳にも、心にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤髪の鬼が去った後、今度こそ緊張から解き放たれた三人は、脚の力が抜けて崩れ落ちた。

 

 

「はー、レオ君ありがと、助かったよ」

 

「俺なんもしてねえ気もするけどな……」

 

 そんな中、唯一平然と立っているいつきは、いつも通りの天使の笑みを浮かべながら、レオに頭を下げた。だがレオとしては、急に現れて幹比古の邪魔をし、一撃を入れたには入れたがあの赤鬼に全部持っていかれたから意味ない、ぐらいの自己評価だった。

 

 とりあえず、いつまでもここにいてはいけない。いつきの提案で、近くの24時間営業ファミレスに入り、ドリンクを注文する。いつきとあずさの見た目のせいで店員から怪訝な眼で見られたが、幹比古が吉田家と連絡して保護者の許可をもらっていることを証明したことで、入店を許された。

 

「それで、一体何が起きてんだ?」

 

「僕も同じ気持ちだよ」

 

 なぜ、幹比古たちが戦っていたのか。

 

 なぜ、レオがこんなところで。

 

 お互いの事情が全く分からない。それゆえに、まずは情報交換をすることになった。と言っても、店員や客に聞かれないように、表向きは端末を弄りながらの雑談をし、その端末のメッセージ機能で真の会話をしているのだが。

 

『夜の散歩中に、エリカの兄貴たちに偶然会って、吸血鬼事件を調査してる警察から調査手伝いの依頼を受けた』

 

『古式魔法師と研究者として、吸血鬼事件の元凶について偶然研究していたから、退治しようと思って』

 

 おおむね交換した情報はこんな感じだ。そしてお互いに「無茶をするなあ」と内心で相手に呆れた。

 

 そして時が経ち。

 

「それでよ、結局元凶って何なんだよ」

 

 保護者の許可を半分捏造したとはいえ、深夜のファミレスで高校生がたむろはまずい。昨夜は早々に切り上げ、翌朝、頼りになるアドバイザーとして達也も加えて、人のいない空き教室で密談を再開した。

 

「まあ、簡単に言えばお化けだね。パラノーマル・パラサイト。略してパラサイトって言って……現代魔法の尺度ではまだ発見されてないけど、古式魔法師の間では常識みたいだね。人や動物に憑りついて、人間を襲うんだ」

 

 いつきの説明に、達也とレオは耳を疑った。

 

 化け物の類が実際に存在して、しかもまるで創作物や伝承のごとく人に憑りつき、人を襲うという。あまりにも突拍子もないことなので、いつきの冗談かと思って幹比古の顔を見るが、いたって真剣な表情だ。

 

「じゃあ、なんだ? あの吸血鬼ってのは、化け物に憑りつかれた人間ってことか?」

 

「そういうこと」

 

 レオが頭を抱える。一体なんなんだ、それは。

 

「まあ考えてみてほしいんだけどさ。この世の動物で未だに新種が日々発見されてるわけだし、じゃあ物質以外の生物的なものだって、新種が発見されても不思議じゃないでしょ?」

 

「何をバカなことを言ってるんだ? 仮にそのパラノーマル・パラサイトとやらが実在するとして、それの類なんて今まで確認されてないだろう?」

 

 いつきの言い方に、達也は眉を顰める。未だに、これが彼の悪ふざけなのではないのかと疑っているのだ。

 

「いるじゃん。精霊がさ」

 

「――っ!? そうか、そういうことか」

 

 だが、いつきの回答で、ついに納得する。

 

 そう。あれを生物とするのは現代魔法の尺度ではありえないが、物質的な存在ではない、いわば魔法的存在がいるということは、確かにそうである。

 

「精霊は、感情とか情動とかを司る非物質粒子のプシオンを核にしているわけでしょ? 意識とか感情とか自我とか本能とか、そういうのを持っててもおかしくないよね? パラサイトもその同類で、ボクたちの仮説だと、精神現象のイデアにいる精霊みたいなもの、と捉えてるんだけど」

 

「なるほど、それでか」

 

 達也の声が、一段低くなる。先ほどまではさほど真面目な話になるとは思ってなかったが、こうなれば、本腰を入れて考えざるを得ない。

 

「じゃあ、中条と中条先輩は、精神干渉系魔法の研究をしてて、精神イデアの精霊の仮説に行きつき、そこに化け物の存在だけを正体不明だが認知していた古式魔法師の幹比古が加わって、三人で研究を進めてた、ってところだな?」

 

「ちょっと達也、そこまで言い当てられるとさすがに怖いんだけど?」

 

 言葉のわりに、幹比古の声音は冗談めかしたものだし、顔にも苦笑が浮かんでいる。これが出会ったばかりだったら本当に怖がっただろうが、すっかり達也の洞察力に慣れてしまっていた。

 

「お察しの通り、吸血鬼事件のニュースを聞いて、僕たちは元から『原因』を知ってたから、それを叩きに行った、ってわけさ」

 

「俺が言うのもなんだが……高校生だけでずいぶん無茶をするな」

 

 かなり危険だし無謀だ。達也ほどではないが、幹比古たちは平和に過ごすことを許される立場と年齢なのに、自ら鉄火場に飛び込んでいくなんて、どうかしている。とはいえ、4月のブランシュ事件と横浜の戦争を経験した彼らには、それは今更であるという話でもあるが。

 

「で、レオはエリカのお兄さん……寿和さんに夜遊び中に偶然出会って、調査を依頼されたんだよね?」

 

「おう、そんな感じだ。えーっと、あー……昨夜は吸血鬼と戦闘したことだけ話した。『色々秘密があるから本人に了承を得てから詳細を話す』って伝えてるんだけど、どこまで話していいんだ?」

 

 幹比古といつきは苦笑した。

 

 全部いきなり話してもいいのに、わざわざ許可を取ってから、とするところに、彼の人の好さを感じる。とはいえ、こんな言い方をしてしまっては、とてつもない秘密があると告白しているようなものなので、あまり意味はないが。

 

「どこまでなんでしょうか……真夜中に出歩いて危険なことをしている、というのを、お父さんとお母さんには伝えないでほしいのは確かですけど……」

 

「ボクらの握ってる情報、多分吸血鬼の関係者の中で一番進んでるから、それを取引材料にして、邪魔しないように言えればいいかな」

 

 あずさの考えていることは可愛らしいものだが、いつきはこの天使の顔で平然と図太いことを言いだす。相変わらず似ているのは見た目と声だけだな、と、いつきと関わるのが久しぶりなレオは改めて実感した。

 

「そういえば警察と言えばよ。昨日現れた、あの赤い髪の(こえ)えやつ、あれ、なんだったんだろうな?」

 

「赤髪で怖い奴? レオにとってそんな奴、エリカ以外にいるのか?」

 

「あいつも相当だが、ありゃ格が違うな」

 

 本人不在の中、噂話がされる。ちょうど登校してきたエリカが教室でくしゃみを連発していたのは、冬の寒さのせいだろう。

 

 その謎の赤髪の鬼について、幹比古が詳しく説明する。達也は特に、いつき以外が予兆に気づかないほどのスピードと隠密性なのに、人間を一瞬で黒焦げにするほどの雷を落とす大規模改変魔法を使える、という点が気になった。

 

「そんなこと、調子がいい時の深雪でようやく、というレベルだぞ。雷撃と冷凍では魔法式投射から効果が出るまでの時間が違うとはいえ……」

 

 人間の全身を一瞬で破壊せしめる程度なら、深雪なら可能だ。だが、近くにいたいつきとレオが巻き込まれない――電気や衝撃が散らばらない保護領域魔法もセットなのだろう――精緻さも兼ね備えるとなると、調子がいい時、つまりは達也の「枷」を解いている時の深雪で、出来るかどうかだ。

 

「じゃあ、あの赤髪は、司波さんより強い……ってこと?」

 

「そういうことになる。高校生レベルでないことは確かだな。尺度は違うが……一条や普段の深雪以上……七草先輩でも厳しい……十文字先輩クラスだな」

 

 劣等生扱いの達也が実際の戦争で無双するように、「強さ」の尺度は様々だ。だが、もし幹比古の言っていることが本当なら、高校生どころかプロ魔法師の中でもかなりの上澄みレベルと言えるだろう。

 

 そんな存在が出張ってくるということは、つまり。

 

 

 

「――――それで、今後は、どうするつもりなんだ?」

 

 

 

 この件は、吸血鬼以外にも、そんな魔法師を動かすほどの勢力が関わっている、ということに他ならない。

 

 達也の声に、一段と真剣みが増す。その眉間には深く皺が刻まれ、いつき達を鋭い眼光で射貫く。

 

 もはや三人が関わる理由がないほどに、この件は危険だ。

 

 話を聞くに、その赤髪は、敵ではなさそうだが、友好的と言うわけでもない。対立すれば最後、待ち受けるのは「死」だ。

 

 幹比古とあずさの顔に、大粒の汗が浮かぶ。表情も体もこわばり、息すらも止まっているようだ。

 

 二人とも、これから先、どれだけの危険があるのか、ということをしっかり分かっているのだろう。

 

 それは、いつもの笑みが浮かんでいないいつきも同じで……だが、彼だけは、迷わず口を開いた。

 

「ボクは、このまま動き続けるよ。パラサイトは危険だからね。ボクたちじゃないと、あれは止められないし」

 

「確かにそうだが……」

 

 相変わらず、決めたことには一直線だ。我儘とも評されるこの頑固さは、達也としても嫌いではないが、九校戦の時と言い、説得に回る側としては辛い限りである。

 

 そう、今この吸血鬼事件を根本的に解決できるのは、いつき達しかいない。

 

 いくら吸血鬼を倒しても、パラサイトは不可視となって遊離し、別の魔法師に憑りついて永遠に活動を再開するだろう。

 

 その正体にたどり着き、探知と封印が可能で、また昨夜実際に封印してみせたこの三人だけしか、パラサイトを倒せない。

 

 警察も、国防軍も。もしかしたら四葉含む十師族すら。今の彼らには、及ばないかもしれないのだ。

 

「それに…………あの赤髪の人は、多分、ボクたちの仲間になってくれると思う。あの遺体を受け取るときの手つきとか、すごく丁寧だった。あの電撃もボクたちを巻き込まないようにしてくれてたし……見た目と立場が怖いだけで、多分、すごく優しい人だよ」

 

 銃口を向けられて脅されたのに、そこまで言えるのか。

 

 幹比古も達也もレオも、そしてあずさすらも、驚いて、いつきの顔を見る。その表情は真剣そのものだ。あの赤髪に銃口を向けられながらも、四人の中で唯一真正面から向き合った彼の言葉は、妙に説得力がある。

 

「パラサイトに憑りつかれていたあの人は……あの赤髪の人にとって、大切な人だったんだと思う。だから、きっと……ボクたちは、分かり合えると思うんだ」

 

 いつきの絞り出すような、必死に訴えかけるような言葉。

 

 あずさが思わず目頭を押さえる。

 

 自分勝手なところがある一方で……こうして、人を思えるのが、自慢の弟なのだ。そのことが誇らしいし、だからこそ、彼のお手伝いをしたい。

 

「まあ、そういうならこれ以上は止めないが……あまり、危ないことはするなよ?」

 

 こうまで言われては、達也もこの程度に留めるほかない。

 

 それなりに自分の意見を通すことには慣れているつもりだが……いつきには、どうにも勝てそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が戻って、リーナが仲間の下へ帰投した直後。

 

 USNA軍は、彼女からもたらされた情報に、大慌てしていた。

 

「第一高校のクラスメイトたちが、デーモス・セカンドと交戦!?」

 

「少佐の姿は見られたんですか!?」

 

 日本に潜入調査をしに来たと思ったら、脱走した同胞たちもなぜか日本にいて吸血鬼事件を起こし、そしてその元同胞と新たなクラスメイトたちが交戦していた。一体、何が起きているのだろうか。

 

 分からないことだらけ。だが、とにもかくにも、最低限のことは成し遂げた。

 

 理由はいまだ不明だが、デーモス・セカンドの「処刑」には成功した。そして遺体も調べられる前に回収したし、アンジー・シリウスの「仮装」をしていたこともあり、吸血鬼がアメリカ人であることもリーナの正体も、バレてはいない。しっかりと仕事はこなしたと言えよう。

 

「それで、その……」

 

「なんですか、少佐。少しでも、今は情報が欲しいです」

 

 真冬の夜で冷え切ったわりに激しい運動と動揺で汗だくだった身体は入浴で癒され、心ここにあらずな様子を見てハニーホットミルクも用意してくれた。疲れ切っている彼女に気を遣って、あまり根掘り葉掘り聞くようなこともされていない。

 

 だがそれでも、心身共に疲弊しているが、眠る気にはなれない。

 

 ――いつきの言葉が、頭の中を未だにぐるぐると回っている。

 

「イツキは……イツキは、なぜこうなったのか、知っているそうです」

 

「イツキ……クラスメイトの、イツキ・ナカジョウですね?」

 

 壊れたロボットのようにぎこちなく、首を縦に振る。

 

「イツキに言われました……『なんでこれが起きたのか、結構知ってる』、と……」

 

「我らUSNA軍ですら未だつかめていないのに、少佐の前で失礼ですが、たかだか高校生が知っているとは思えませんが……」

 

 シルヴィアは困り顔だ。リーナが嘘をついたり勘違いをしていたりするようには見えない。ならば、実際に言われたのだろう。だが、彼女の言う通り、いつきがこの突拍子もない事件の原因を知っているとは、到底考えられない。

 

「でも、イツキたちは……デーモス・セカンドをワタシが処断したあと、あんな状況だというのに、何か、不思議な儀式を優先して行っていました」

 

「儀式、ですか?」

 

 リーナが乱入し、回収するまでのあらましは聞いている。かなり想定外の事態だったが、よくアドリブでここまで成し遂げてくれた、と、幼いリーダーに改めて敬服したものである。

 

 それだけに、突然巨大な電撃が吸血鬼に襲い掛かったというのに、その原因よりも、「儀式」を優先した、というのは、確かにとても不自然なのだ。

 

「プシオンの強い波動を流したと思ったら、ミキ……ミキヒコ・ヨシダが使い魔の魔法陣を空中に展開して、そこにイツキが変な箱を持って飛び込んで、何かを閉じ込めたような……」

 

「確かにそれは……」

 

 奇妙だ。

 

 彼女の言う通り、何か不可視の存在を、その箱に封印したようである。

 

 そう、まるで――チャールズ・サリバンに憑りついていた「悪魔」を封印したかのような。

 

「ワタシは……ワタシは、なんで、フレディたちが、ああなってしまったのか……知りたいです……」

 

「少佐……」

 

 なんと声をかけてよいか分からない。

 

 軍人として見るなら、リーナを否定するべきだろう。今の彼女は、ひどく動揺し、勝手に見出した都合の良い希望のような何かを求めてしまっている。もしその先が絶望だったとしたら……彼女の心は折れてしまうかもしれない。これ以上、いつきの言うことに深入りさせるわけにはいかない。

 

 だが一方で、軍人だからこそ、「分かる」と決して口には出せないほどに、分かってしまう。

 

 苦楽を共にした仲間・戦友が、突然裏切った。そしてそれを、自らが殺さなければならない。彼女が背負った責任と役割、そして十字架は、あまりにも重すぎる。

 

 だからこそ、この奇妙な出来事の連続に、何か理由をつけたい。訳も分からないまま、ただただ急に人が変わったように離反した仲間たちを処刑しなければならない、今の状況は、シルヴィアが想像もつかないほどに、リーナの心を蝕んでいるだろう。

 

 理由が、絶望しかないものだったら。

 

 このまま理由も分からず処刑し続けたら。

 

 どちらにせよ、リーナの心は、酷く傷ついてしまうだろう。

 

「……少佐、もう、今日は寝ましょう。寝不足でしょうし、お疲れの状態では、悪いことしか考えられません」

 

「そう……そうですね」

 

 半分ほどしか減っていない、すっかり冷めたハニーミルク。それを不躾にも放置して、うがいもせずにベッドにフラフラと向かう。普段の彼女なら絶対にしないようなことだが、シルヴィアには全く不思議に映らなかった。

 

「よろしかったら睡眠薬をどうぞ。効果は弱いですが、何もないよりかは……」

 

 軍人は常に危険と死が付きまとう。それでいて、睡眠は取れるときに取らなければならない。精神がすり減るような体験をして眠れなくなった時のために、睡眠薬をたまたま持ち歩いていた。とはいえ、傷病軍人病院で貰うようなものではなく、市販のものだ。疲れとホットミルクの効果と合わせれば、少しは眠れるだろう。

 

「どうぞ、良い夢を」

 

 本当なら友達として、リーナの傍にいてあげたい。

 

 だが、彼女自身もどうしてよいかわからず、親身になろうとしながらも軍隊の上下関係として振舞ってしまう。

 

 それでも――彼女のやさしさは、リーナの心を少しだが解きほぐし……数分もすると、安らかに寝息を立て始めた。




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12ー3

 深夜まで働き、心身共に疲労困憊だったと言えど、留学生の身で2日連続「家の都合で」の欠席は不自然に思われるだろう。

 

 そういうわけで、リーナは、翌朝シルヴィアに厳しく叩き起こされて、通いなれつつある第一高校に登校していた。

 

「全く、シルヴィったら、あんなに強く起こさなくても……」

 

 欠伸を噛み殺し、目をこすりながら、口をとがらせて不満を独り言として漏らす。だが、その口ぶりとは対照的に、彼女の美しい顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 軍の上官である彼女を厳しく叩き起こすなど、規律としてはあってはならない。またリーナは昨夜の事件のせいで精神的に不安定になっている。二つの意味でも、配慮して満足いくまで眠らせてあげるものだ。

 

 だがそれでも、彼女は、「いつも通り」起こしてくれた。若干強すぎて「叩き起こした」と表現するべきレベルになっていたが、シルヴィは、「いつも通りの友人」として接してくれたのである。

 

 良い友達、良い部下を持ったな。

 

 そんな実感が、彼女に笑顔を浮かべさせていた。

 

「グッモーニン」

 

 教室のドアを開け、気合を入れなおす意味でも、元気に挨拶をする。すっかり慕われている彼女には、教室中から挨拶が返ってきた。そして男女問わず、集まってきて、リーナとのひと時を過ごそうとする。

 

「あら、リーナ、少しお疲れ気味ですね。昨日の家の用事のせいですか?」

 

「……ええ、そんなところよ」

 

 随分と時間がかかってから自分の席に着けば、そばの席の深雪が、穏やかな笑顔で声をかけてくる。目の下のクマとかは化粧で上手に誤魔化せている自覚はあるが、やはり鋭い。

 

 家の用事なんて嘘だし、疲れている理由はおよそ人様に話せるものではない。学業・魔法・生活態度のみならず、こんな鋭さまで優秀だとは、兄妹ともども、恐ろしい逸材だ。

 

 リーナの返事は若干ぎこちないものになったが、深雪はそれ以上突っ込んでこない。ただの善意にしろ、何か裏があるにしろ、素晴らしい引き際だ。潜入ミッションが上手くいかない身として羨ましい限りである。

 

「おはよー」

 

 そうして過ごしていると、いつきが教室に姿を現す。リーナと話しそびれた女子は、現金なもので、彼へと群がっていった。

 

「今日は遅かったね。何かあったの?」

 

 女子の一人が、とろんとした危ない表情をしながら、いつきに問いかける。

 

 そう、いつきが教室に現れるのは、いつもよりだいぶ遅かった。何せリーナが少し寝坊し、さらに教室に入った後に群がってくるクラスメイトの相手を一通りし終わったところで、彼が入ってきたのである。

 

「ちょっと幹比古君たちと相談事。学校にはいつも通りついてたんだけどねー」

 

 立ち止まって一人一人相手するリーナと違い、いつきは人当たりこそ良いが、歩いて自分の席に向かいながらであり、少し対応が雑だ。周囲は気づいていないが、ここに彼の性格が表れている。これも、とびきりの美人で話題沸騰中のリーナに自分から声をかけようともしないのも、周囲への関心が薄いということだろう。

 

 

 

 

 

 

『……大事に弔ってあげてね? 多分、この人も被害者だから』

 

 

 

 

 だが、心がないわけではない。

 

 吸血鬼とどのような経緯で戦ったのか分からないが、彼からすると、その正体は何であれ、「敵」でしかない。それでも、ああして、サリバンを大事に扱ってくれた。

 

 そう、そうだ。

 

 このクラスメイトは、あの場にいた。しかも、グループのリーダーのような立ち位置だった。

 

 そして――フレディが、サリバンが、仲間たちが、なぜ吸血鬼として暴れているのかを、知っているという。

 

(知りたい)

 

 自然と、いつきを目で追いかけてしまう。こちらの気も知らずに、席に着いた彼は、何やらリズムを崩した鼻歌――なぜか偶然にもアメリカ民謡の『10人のインディアン』――を歌いながら、呑気に授業の準備をしている。

 

 どうするべきか。

 

 本当なら今すぐ聞き出したいが、そうはいかない。少しでもその話題を出せば、あっという間に怪しまれるだろう。

 

(イツキ……貴方は、本当に、ワタシたちを、導いてくれるの?)

 

 USNA軍は、今や五里霧中である。訳も分からない中、とりあえず緊急の仕事をさせられている状態だ。

 

 その「原因」を、彼が知っている。

 

 

 

 

 

 

「り、リーナ?」

 

 

 

 

 

 

「は!? え、あ、何かしら?」

 

 そうして思考の沼にはまっている中、突然、深雪の声をかけられ、意識が戻ってくる。注目を浴びる二人ということもあって、驚いて出した奇妙な声は、妙に目立っていた。

 

「なんだか、考え事をしているようだったから。中条君をじっと見つめて」

 

 途端、教室中の空気が凍る。

 

 さしものリーナも、ここまで来れば、自分がどう思われてるのか分かった。

 

 将来日本を背負って立つ才能あふれる魔法師たちと言えど、高校生は高校生。色恋沙汰には、たとえ「それっぽい」程度でしかなくとも敏感であり、「それ」と断定され、既成事実化する。

 

「ちょ、勘違いしないでほしいわ! えーっと、その……ステイツの民謡を歌ってたから、ちょっと気になっただけで……」

 

「えーと……ホームシック、ですか?」

 

 自分の事でもないくせにリーナよりもよっぽど顔を赤らめてるほのか――そんなになるならわざわざ参加するなと内心でツッコミを入れた――が、気づかわし気に問いかけてくる。

 

「…………まあ、多分、そんな感じよ」

 

 クニが恋しいと思われるのもそれはそれで癪だが、いつきに恋愛感情を抱いているなんて思われるよりか100倍マシだ。実際別にアメリカの民謡にさほど思い入れがあるわけでもないが、そういうことにしておいた方が丸く収まるだろう。

 

 ……なんだかトラブルは発生したが、誤魔化しには成功した。なるほど、我ながら、潜入ミッションも様になってきているではないか。

 

 現実逃避のようにリーナは自分を慰め、始業チャイムに助けられ、雑談はここで終わる。

 

 ――本人が自分に言い聞かせていることと違い、周囲は未だに「勘違い」しているままなのは、この際放っておこう。

 

 そうしてリーナと周囲が大変なことになっている中、いつきは全く気にした様子もなく、授業の準備を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。今日も今日とて、いつき達の活動は続いた。

 

「パラサイトが同時に複数体、か……一体何が起きてるんだか」

 

 モチベーションは十分とは言え、真冬の真夜中の寒さは、心身の元気を厳しく削り取ってくる。

 

 昨夜はなんとか吸血鬼を成敗し、パラサイトを捕えた。これで終わりかと思いきや、今朝のニュースで、「遭遇した場所から離れたところで」新たな被害者が見つかったと報道されたのである。「猟奇殺人が相次いだ」と最初のニュースが出た時点でうすうす思っていたが、どうやら、吸血鬼は複数犯の様だ。

 

 つまり、パラサイトは、複数こちらの世界に現れたのである。

 

「最後に確認されたのが、何十年も前。時代が下るごとに件数はどんどん減ってる。それなのに、ここに来て複数ってなんなの?」

 

 幹比古はぶつくさ文句を言いながら、道占いをスムーズに進めていく。

 

「不思議だよねー。もしかして、パラサイトを呼び寄せた黒幕みたいなのがいちゃったり?」

 

「ちょ、ちょっといっくん、怖いこと言わないでよ……」

 

「そんなのがいるんだったら、司波さんの前に放り出して急速冷凍してもらいたいね。僕らがこうして寒さを感じている分はせめてさ」

 

 あずさは怯え、幹比古はかなりささくれ立っているようでずいぶん乱暴な皮肉を吐き出す。そうは言いつつも冷静みたいで、パラサイト探査の儀式は滞りなく成功している。

 

「その、中条先輩は……大丈夫なんスか?」

 

 そして、ホッカイロ――随分と技術が進歩し温度・継続時間・軽量性などが大幅アップしている――をありがたくこすりながらそのやり取りを聞いていたレオが、あずさを心配する。

 

 正直彼とあずさに接点はないが、少し接しただけで、彼女が鉄火場に向いていないのがわかる。第一高校随一の魔法師であることは確かだが、根っからの研究・技術分野の人間だろう。横浜で海岸まで共闘したし、分かれた後も不意の激戦で活躍したらしいが、その性格は心優しく穏やかなのは変わりない。一年生で二科生の自分が気にするのもなんだが、という意識はあるが、彼女の気弱さは、いざと言う時の不安の種だ。

 

「大丈夫大丈夫。あずさお姉ちゃんは世界一凄いんだから。昨日だってしっかり主力だったし」

 

 いつきは胸を張り、あずさとつないでいる手を掲げる。二人とも手袋をつけているが、繋いでいる側の手は素手のままだ。

 

「へーへー、そうでございますかい」

 

 司波兄妹と言い、随分仲がよろしいことで。

 

 レオは呆れ果てながらも、確かに昨夜の活躍は見事だったと思い出して、一見頼りなさそうな小さな先輩を認める。いつきたちのように前線に出られるタイプではないが、隠れて離れた場所からだというのに素晴らしいサポートをよどみなく行っていた。得意は戦闘向きではないが、だからといって弱いわけではない、ということだろう。

 

「で、再確認だけど……その警報装置、発信機とかついてないよね?」

 

 そうして話題は、今回から加わることになったレオへと移る。

 

「達也に確認してもらったんだ、さすがに折り紙付きだろ」

 

 いつきが指さすのは、レオがぶら下げている、アクセサリーに偽装した警報機だ。昨夜のことを、いつきたちから許可のある範囲で話したところ、危険すぎるからと、今日エリカ伝手に渡されたのである。お使いさせられた揚げ句蚊帳の外な彼女は不満そうであった。

 

 この警報機は、力強く数秒押すと、けたたましい音と警告が鳴り響き、さらに警察に位置情報が届くようになっている。

 

 だが、その位置情報が、警戒の種だ。スイッチを押すまでは完全に機能停止していると説明を受けたが、実は常に作動していて、尾行されている可能性もあるのである。そうなれば、唯一根本的な対策手段を持つはずのいつき達は警察に捕捉され、「補導」なりなんなり公権力によって押さえつけられかねない。

 

「信頼できる人だと思うぜ。情報提供と引き換えに何も口出ししないって約束したんだ。守ってくれるだろ。そりゃまあきな臭い所もあるけどよ……文句は全部エリカに言えば、何十倍も誇張して伝えてくれるさ」

 

「あーありそう」

 

 昨夜の戦いは厳しかった。それが今から待ち受けている。

 

 そんな中だというのに、いつきとレオの会話は楽し気だ。あずさとしては相変わらずそんな気分ではないが、少しだけ、緊張がほぐれている。儀式をしながら、幹比古はレオの気づかいに感心していた。

 

「――――近いね」

 

 だが、そんな、夜遊びめいた雰囲気は、幹比古の鋭い声で霧散する。

 

 彼の目は、目の前を見ていない。精霊を通じて――数百メートル先を捉えている。

 

「ビンゴ、か。やっこさん、俺たちの事舐め腐ってるみてえだな」

 

 レオが前歯をむき出しにする好戦的な表情で、唸るように呟く。

 

 ここは今朝被害が確認された犯行現場と、さほど離れていない。昨日と言い、吸血鬼はずいぶん不用心らしい。居場所がわかりやすいのはありがたい限りだが、パトロールも格段に多いので、困りものと言えば困りものだ。

 

 手順は昨日と同じ。ただ、パラサイトが何かしらのテレパシー的な能力がある可能性を考慮して、相手が対策を立てているかもしれない前提で動く。

 

「――――吸血鬼に、昨日の赤髪が接触した!」

 

 だが、遠回りしてゆっくり近づいているうちに、あちら側に動きがあったらしい。幹比古が抑え目ながらも焦ったような声で、報告する。

 

「吸血鬼の動きはどう?」

 

「ええと……昨日に比べたら積極的じゃない。分が悪いと見て逃げるつもりかな」

 

「じゃあ決まりだね。急ごう」

 

 幹比古の答えを聞いていつきが即断すると、全員が駆けだす。

 

 吸血鬼に逃げられては元も子もない。また、あの赤髪が圧倒的な力で討伐に成功した場合、あの赤髪が乗っ取られることになりかねない。そうなれば、あの強力な魔法師が敵に回るということであり、完全にお手上げだ。

 

 そうして目視できるまで近づいたころには、赤髪も頑張っていたが、ついに吸血鬼が隙をついて逃げ出す瞬間だった。

 

「させません!」

 

 あずさが叫びながら魔法を使う。吸血鬼の衣服を固めて動きを奪う魔法だ。咄嗟だというのにその効果は高く、激しく転倒し、コンクリートの上を滑る。

 

「加勢するよ!」

 

 いつきが赤髪にそう叫びながら、持ち歩いていた一掴み分のパチンコ玉を吸血鬼の頭部にピストル並みの速度で射出する。頭部がハチの巣になる程の威力のはずだが、帽子が防弾仕様なのか、はたまた魔法によるものか、衝撃以上の効果は見いだせない。

 

 だが、これで起き上がりが少し遅れれば十分だ。

 

「これで終わりだ!」

 

 昨日の反省を生かし、レオが今日持ち込んだのは、『薄羽蜻蛉』だ。世界で最も薄く、世界で最も切れ味の良い刃が、吸血鬼に止めを刺した。

 

「探知します!」

 

 そしてあずさが即座にプシオンの波動を放つ。ちょうど吸血鬼の体から遊離しはじめたパラサイトの位置が、あぶり出された。

 

「おっと、後は任せたぜ」

 

 傍にいるほど憑りつかれやすい。プシオンの波動による探知を訓練していないレオはどこにパラサイトがいるか分からないが、走って離脱した。

 

「上々だよ」

 

 昨日と違い、幹比古は自分だけで使える、パラサイトの封印魔法を使った。そして、そのトドメとして、いつきが箱を被せる。これで一仕事完了だ。

 

「ふー、お疲れ様」

 

 箱をヒモでぐるぐる巻きにして、幹比古に投げて渡しながら、いつきは天使の笑みを浮かべ、仲間をねぎらった。

 

 そして――

 

 

「えーっと、赤髪の人も、お疲れ様」

 

 

 

 ――自分の銃口を向けている、赤髪の鬼にも。

 

 幹比古たちは、固唾をのんで見守る。いつでも、あの赤髪と交戦できるように、各々が臨戦態勢のままだ。そんな中、銃口を向けられてるいつきは、まるで迷うことなく両手を上げ――穏やかに笑った。

 

「それで、昨日言ったこと、考えてくれたかな?」

 

「――っ」

 

 わずかに、赤髪が動揺した。幹比古たちにも見て取れる、初めての人間性。

 

「…………命が惜しければ、知ってることをすべて教えろ」

 

「あー、どこまで知ってるんだろう……」

 

 禍々しさを感じるガサガサの合成音声で、高圧的に要求する。数で圧倒的に不利でも、自分が優位であることをしっかり理解しているようだ。それに対し、いつきは困ったような苦笑を浮かべる。

 

「昨日と今日で、少し違うけど、吸血鬼を倒した後、ボクたち、変なことをしてたよね?」

 

「傍から見りゃ確かに珍妙極まりなかったな」

 

 緊張感に耐えかねたレオが、一呼吸置くためにも、茶々を入れる。だが赤髪はレオには目もくれず、目線も銃口もいつきからそらさず、黙っているだけ。

 

 無言は肯定、ということだろう。

 

「あれは……お化け、妖怪、幽霊、デーモン……そんなふうに呼ばれてるこの世のものじゃない化け物を、封印したんだ。吸血鬼はとりつか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤髪が急に激高する。

 

 いつきの説明を遮り、一瞬で彼に近づき、その胸倉をつかんで持ち上げ、眉間に銃口を突きつける。真冬で冷えきった鉄の口は酷く冷たいだろうが、いつきの表情は揺るがない。

 

「こっちは三人だぞ! いつでも殺せる!」

 

 幹比古が即座に警告し、臨戦態勢ではなく、明確に鉄扇を開く。あずさも不安そうな顔でCADを向け、レオも薄羽蜻蛉をいつでも振るえる構えを取った。

 

「そんなもの、あるわけないだろう!? そんなことで、フレディたちはっ……!」

 

 だが、赤髪はなにも構うことはない。持ち上げたいつきに顔を寄せ、激しく睨みつけながら、口角泡を飛ばしながら叫ぶ。

 

「――やっぱり、大切な人たちだったんだ」

 

「――――っ!」

 

「いっくん!?」

 

 だが、揺るがないいつきの一言にさらに激高し、赤髪は彼を地面に投げ捨てると、仰向けのようになった彼に馬乗りになり、後頭部を冷たいコンクリートに押し付け、また眉間に銃口を突きつける。先ほどまでと違い、指先は引き金までしっかりと伸び、あと数センチ動かせば、風穴を開けられるほどになっていた。

 

「……分かる、なんて言わないよ。言葉では表現できないぐらいだと思う。でも落ち着いて。…………君の大切な人があんな風になったのは、本人の意志じゃない。デーモン……ボクらはパラサイトと呼んでいる存在が、人間に憑りついて、吸血鬼になったんだ」

 

 グリッ、と、銃口を押し付ける力が強くなる。眉間にも後頭部にも痛みと冷たさがさらに走っているはずだが、いつきの表情は動かない。

 

「彼らは……フレディたちは、自分の意志ではない……?」

 

「そう。記憶とか潜在意識とかは影響しているけど、結局はパラサイトの仕業だよ」

 

 いつの間にか、赤髪が銃を握る手が、酷く震え始めた。その震えはやがて、全身に伝わる。

 

「ボクらはちょっとした事情で、パラサイトにだいぶ詳しい。今日はそっちのほうが速かったけど、昨日はボクたちが先だったことからわかる通り、探知もそこそこいけてると思うんだ」

 

 身体を押さえつけられ、馬乗りにされ、いつでも殺される状況。

 

 だというのに、いつきは真っすぐ赤髪を見つめて怯えた様子もなく語り、逆に赤髪はいつきの一言一句に反応し、動揺をどんどん露にする。

 

「ボクたちはパラサイトを許すわけにはいかないし、その原因を潰す力もある。君も、吸血鬼を殺す任務があるし……大切な人たちの体がこれ以上罪を重ねないようにしなきゃいけないはずだ」

 

 赤髪はうなだれる。いつの間にか全身から力が抜け、銃口がいつきから外れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから――――ボクたちで、協力しようよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして押さえつけられていたが解放されたいつきの両手は――――涙が通る赤髪の頬を、優しく包む。

 

「ワタシ、は……」

 

 直後、深紅の鬼の仮装が剥がれ、金色の天使が姿を現す。

 

「シールズさん!?」

 

「まさか、そんな……」

 

「おい、まじかよ」

 

 三人が驚きの声を上げる。

 

 あの恐ろしい強大な魔法師が、アメリカからの留学生だった。

 

 まるでアニメのような出来事に、頭がついていかない。

 

 だがその変身を、お互いの呼吸がわかる程の距離で見ていたいつきは、驚きを表に出さず、穏やかな笑みを浮かべたままだ。リーナには、彼が、救いの天使のように見えた。

 

 二人の天使が、重なり合って、今和解した。

 

 その絵画のような美しいさまを見られた幸運なはずの三人は、しかし驚きが勝り、それに感動することはなかった。




いつき(走者)が歌ってた鼻歌の正体は、以下URL動画の24分14秒からです

https://www.nicovideo.jp/watch/sm20877565


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12-4

「申し訳ありません、シルヴィア」

 

 戻ってきたリーナは、二人きりになるやいなや、しょんぼりとした様子で頭を下げる。だがその顔は、ここを飛び立った時よりも晴れやかだ。

 

「……もう、やってしまったものは仕方ありませんよ」

 

 正直、これからのことを思うと、頭が痛くなってくる。

 

 調査対象に正体が知られ、吸血鬼とリーナの関係性も暴かれた。しかもこれは明らかに、リーナ自身の落ち度である。酷な話ではあるが、いくら子供とはいえ、軍人である以上、常に冷静・冷酷でなければならない。

 

「ただ、とりあえず、最悪は回避したと言えます」

 

 とにかく今は、プラスにものを考えよう。どこかすっきりしたのか憑き物が落ちたような顔の上官(ともだち)の頬をつねってやりたい気持ちはあるが、この異常事態への対処を考えるには、プラスを考えなければやってられなかった。

 

「一つ。私たちの真の目的は、イツキたちに暴かれていません」

 

『そっかあ。シールズさんだったんだね! じゃあアメリカから交換留学で来たのも、日本に潜んでる吸血鬼をこっそり倒すためだったんだ!』

 

『え、ええ、そういうことよ』

 

『そうなんだあ。日本まで来てくれてありがとね!』

 

 リーナが落ち着いて、あの吸血鬼たちが、突然裏切り脱走したかつての同胞たちだったことを話した。今思えば考えなし極まりない「お悩み相談」めいたものだったが、いつきはそこから思考が進み、間に飛躍が挟んで、こう解釈してくれたのだ。吸血鬼事件は単なる偶然で、本来はスパイだったのだが、勝手に勘違いしてくれたのなら儲けものである。なお、あずさたち三人からは思い切り怪しむ目線で見られていたことは付記しておく。

 

「二つ。これでようやく、我が仲間たちが脱走した理由がわかりました」

 

 自分たちの意志で一斉に反旗を翻したのではなく、あくまでも、パラサイト――デーモンによる乗っ取りが原因だ。もはや憑りつかれたら手遅れであるというのは悲報だが、信頼し合った仲間に裏切られた、というわけではないのが安心だ。そしてこれは、軍紀的な面でも実は問題がなかったことを示している。とはいえ、いきなり十何体ものデーモンが現れたということでもあるので、悪い新情報とセットでもあるのだが。

 

「三つ。実力的にも最低限整っているうえに知識もある、現地の協力者を得られました」

 

 敵地における行動の戦術の一つとして、欲望や恐怖や友愛や善意などありとあらゆる手段を使って、現地住民の協力を取り付ける、というものがある。あずさたちはともかくとして、リーダー格であるいつきは、リーナにとても協力的だ。しかもいつきがペラペラと話してくれたことによると、一応口約束ではあるが警察から手出しされないようにもなっているらしい。これで、今後の活動がしやすくなる。

 

「四つ。しかも、私たちのことは秘密にしてくれる、ということにとりあえずなっています」

 

『こうなったら、ワタシたちは一蓮托生よ』

 

『……そうきたかあ』

 

 対話の末、気持ちを取り戻し生来の負けん気が蘇ったリーナの言葉と、認めざるを得ない立場故に強く文句を言えない幹比古の反応が、互いの関係を決定づけた。

 

 これにより、リーナといつき達は「仲間」となった。故に、「密告する」などの裏切り行為は許されなくなるし、その瞬間に、これまで以上に対立する関係になることになってしまったのだ。リーナがUSNA軍であった、ということは、あの四人の口から流されることはないだろう。

 

 つまり。

 

 スパイであることはあちら視点では確定ではなく、さらに情報・戦闘両方の面で戦力になる現地住人が協力者となり、しかもこちらの秘密を向こうは守ってくれる。

 

 それなりのリスクは抱えている危険な状況ではあるが、実は中々悪くない状況でもあった。

 

「本部と相談したところ、引き続き、少佐には、デーモンへの対処をしていただきます。それにあたって、イツキ・ナカジョウを中心とする協力者たちと一緒に行動し、より効率の良い作戦を期待しています」

 

「了解。……イツキと、イツキたちと、必ずやこの任務を成し遂げて見せます」

 

 かなり立派な返事だが、正直不安だ。

 

 今夜吸血鬼と接敵するまでに比べたら表情は明るいが、一方で目に宿る光と頬に浮かぶ紅潮が、別の意味で彼女が今「不安定」であることを示している。

 

(あれだけ嫌っていたのに……リーナ、まさか……)

 

 自覚されても困るので、口に出すのはやめておこう。

 

 

 

 

 

(現地の協力者を「利用する」側なのに、こちらが入れ込んで、いったいどうするんですか!?)

 

 

 

 

 

 

 

 魂の叫びは、当然、言葉として表出されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、いつきは甘いんだから……」

 

 あのやり取りの後、幹比古たちもまた、それぞれの寝床へと戻っていた。

 

 幹比古は物理的・魔法的共に厳重になっている金庫を開け、パラサイトを封印した箱を入れ、扉を閉めてパスワードを変えさらに複雑な形のカギを閉める。

 

 複製が不可能なほどに精密な鍵、英数字何十文字の家庭用としては不便すぎるパスワード、ある程度の魔法を跳ねのける刻印魔法、魔法が発動された場合警報を発するサイオンセンサー。魔法師の一族はそれぞれ「秘密」を抱えているのでこうした厳重な金庫を持っているものだが、吉田家が持つこれは、こう見えてまだ緩い方だ。十師族とかだと、当主の生体認証が複数箇所必要だったりする、などの噂もある。

 

「これで二体、か……」

 

 パラサイトなんて滅多に現れない。一体と想定するのが普通だ。

 

 しかしながら実際は複数犯であることも予想できた。そして今日、二体目を捕まえた。

 

 これでさすがにあともう少し……そう思っていたのが間違いだった。

 

 赤髪の鬼――その正体のリーナが、うなだれながらぽつぽつ語ったことによると、なんと脱走者は19人もいたらしい。そのうちの二体となると、気が遠くなるような話だ。一応二人はリーナがアメリカで処刑したが、もう別の誰かに憑りついているからノーカウントだろう。

 

「さすがに19体全員が日本に来てる、ってことはないと信じたいんだけどな……」

 

 それほど大人数の魔法師が短期間の間に密入国できるなら、もうこの国はとっくに滅んでいる。

 

 だが、最悪は考えなければならない。想像よりもはるかに、長い戦いになりそうだ。

 

 ――そしてその戦いに、心強い仲間が加わった。

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ。幹比古たち四人でも敵うか分からない圧倒的な力を持つ魔法師が、いつきの説得――いつきセラピーは姉以外にも有効だったようだ――により、協力してくれることになった。

 

 いわく、彼女はUSNA軍に所属する魔法師の一人で、日本に忍び込んだ吸血鬼を追って、交換留学しに来たらしい。留学初日がレオがうっかり漏らした「スパイってことか?」は、半分正解だったようだ。

 

「これは思ったよりも大きな勢力が動いているっぽいな……」

 

 言っていることが正しいにせよ嘘が混ざっているにせよ、この交換留学は当然、政府公認だ。また、魔法師関連と言うことで、十師族も認めていることだろう。絶対に、裏で何かしらの密約があった。

 

 だが、そうなると。リーナの主張と矛盾する。

 

 吸血鬼が日本に潜伏していることを、交換留学が決まったころ――少なくとも11月には、政府も十師族も知っていなければおかしい。それなのに、こうしてむざむざ活動されているのは、とても知っていたとは思えない。

 

 つまり、吸血鬼事件は、偶然にせよ裏に必然があるにせよ、リーナ達や日本政府、十師族からしても急なことだったのでは……と、容易に推測出来た。

 

「うん、やっぱいつきは甘い」

 

 小さな親友に対し、独り言で辛口評価を下す。

 

 いつきの頭脳なら、この程度の矛盾、とっくに気づいているはずだ。

 

 だというのに、向こうから何かを言い出す前に、「吸血鬼を倒すために留学を装って入国した」と好意的な予想を口にし、相手がそれに乗っかり、そしてそれを認めたのだ。甘いと言わずして何と言おう。姉と命の恩人の沓子以外の女にさほど興味がないと思ったら、結局彼も、美人に弱いのかもしれない。

 

「ふー、いいお湯だった」

 

「やっぱ広いお風呂はいいね、いっくん」

 

 そうこうしている間に、帰ってきてすぐ先に風呂に入ってもらったいつきとあずさが、湯上りホカホカの上機嫌で、向こうから歩いてくるところだった。二人の手には、牛乳が入ったコップがある。

 

 ちなみにこの牛乳は吉田家のものではなく、二人が周辺のスーパーを探し回って買ったものだ。普通のものよりもお高く、味はさほど変わらないが、栄養価――特にカルシウム――が比較的高いらしい。昔から愛飲しているそうだ。その涙ぐましい努力はあいにくながら御覧の通り無駄になっているが。

 

「あ、幹比古君、お先頂きましたね」

 

「はい、喜んでいただけたようで何よりです」

 

 吉田家に何度も来るにあたって、名字で呼ぶのも不便なので、あずさも彼のことを下の名前で呼ぶようになった。学年も性別も違うのに、一人の少年を介して、随分親しくなったものである。

 

「幹比古君も一緒に入ればよかったのに」

 

「あはは、僕はパラサイトをしまう仕事もあるし、お風呂は一人でゆっくりつかりたいタイプだからね」

 

 いつきの言葉に、やや震えてしまった声で返す。前半はともかく、後半は嘘だ。別に気にならないタイプである。

 

 強いて言えば、「一緒に入るのがいつき」だから気になるのだ。男だということは分かっているし、今更気兼ねなどしない親友同士なのだが――見た目があまりにもあずさなので、裸はためらわれるのである。見るという意味でも、見られるという意味でも。

 

 九校戦で、いつきだけ男子と同じ部屋にならず特例であずさと同室だったという。この措置を取った生徒会と教員に、今更ながら拍手を送りたいところだ。

 

「……それでさ、いつき、本当に良かったの?」

 

 だが、そんな和やかな会話を打ち切り、幹比古は眼を鋭くして、親友に問いかける。

 

 リーナはかなり怪しい。吸血鬼に乗っ取られたのが仲間で、苦しみながらも彼らを討伐する任務を背負っている。これは、あの様子からして流石に本当だろう。だが、やはり、こちらに隠していることも相当多い。

 

 そんな幹比古の問いに、いつきはコテンと可愛らしく小首をかしげる。

 

「え、お風呂? うん、すっごく」

 

「あーごめんごめん僕が悪かった。うん、お風呂はまあ、確かに広いといいよね」

 

 達也やレオやエリカなど、きな臭い話をする相手は察しの良い仲間ばかりだったので、つい言葉が足りなくなってしまった。今の相手は、若干天然が入っているいつきだ。しっかり話した方が良い。

 

「僕が言いたいのは、シールズさんの件だよ。もう気づいてると思うけど、明らかに現状と矛盾している」

 

「それは……私もそう思うよ、いっくん。シールズさんのことは信じてあげたいけど……」

 

 やはりあずさも幹比古と同意見らしい。いつきも言っていることが分かったのか、その顔から、穏やかな笑みは消え、真剣な表情になる。

 

「うん、ボクも分かってる。だけど……シールズさんは、やっぱいい人だと思うんだ。一人でああやって戦うのは辛いと思うし」

 

 どうやら、分かっていて、彼女を認めているらしい。その動機は、珍しいことに、姉と幹比古以外の他者に寄り添ったものだ。

 

「それに、あそこで追及したところで、じゃあどうするのって話なんだよね。物別れになるのは、ボクたちとしては痛いし。シールズさんは、憑りついた状態の吸血鬼相手ならダントツで強いし、アメリカのバックアップもあるんだったら、メリットも大きいと思うんだ。あと、敵対しちゃったら最後、ボクたち全員、丸焦げにされるし」

 

 最後に付け加えた言葉は冗談めかしているが、あながちジョークとも言い切れない。我儘なところあれど、基本問題発言のない「良い子」なのだが、たまに口が悪い所もある。姉を見習ってほしいものだ。

 

「そうか……わかった、確かにそうだね」

 

「いっくんがそう言うなら、きっとそれが正しいもんね」

 

 幹比古に続いて認めたあずさは、そう言って、いつきを抱き寄せ、頬を少し赤らめながら、いつくしむような顔で頭を優しく撫でる。

 

 本当に、良い子に育ってくれた。

 

 賢くて、すぐに判断が出来て、リーナのような相手にも優しい。魔法科高校に入学して、魔法だけでなく、心も成長してくれたようだ。

 

 吸血鬼との戦いは、怖いし不安だ。そこに、大きな陰謀や、いつ牙を剥くか分からないとてつもなく強い協力者も現れた。これからどうなるのか、全く分からない。

 

 それでも、あずさは、おびえながらも、戦い続ける。

 

 いつきのために。大好きないつきを、守るために。

 

「いっくん……これからも頑張ろうね」

 

「うん、そうだね!」

 

 湯上りの体温と匂いで、お互いが包まれる。見た目と同じくほぼ変わらないが、お互いだけが、そのほんの少しの違いが分かる。

 

 昨日も今日も、いつきは危険な目に遭った。

 

 それでも、彼の強さと優しさが、彼のみならず、あずさや幹比古やレオを、そしてリーナを救った。

 

 不安や恐怖は消えない。

 

 それでも――頼りになる、大好きな弟がいるから、あずさは、また戦えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なお、あずさがいつきを抱き寄せた段階で、いつもの流れになると察した幹比古は、逃げるように風呂へと向かってとっくにいなくなっていた。




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12-1

 夜に駆けるRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は初日から吸血鬼事件に介入したところまででした。

 

 いやー、あの流れはこのチャートのRTAだとよくあるんですが、毎度のことながら額に銃口突きつけられるのは辛いですね。あと、雷で焼かれた死体の焦げたにおい、普通にキツイっす……。

 

 でもあそこで動揺すると色々失敗する(3敗)ので、鋼の精神(鋼タイプ技の威力上昇)で耐えましょう。

 

 さて、では初日を終えたところで、翌日は吉田家から学校に向かいます。研究・勉強会目的でお泊りしているとは当然お友達である達也兄くんも知っていますが……上手くいったので、本当の理由が一日でバレましたね。

 

 

 はい、というわけで翌朝は、急遽参戦のレオ君と、アドバイザーの達也お兄ちゃんを加えた五人で、学校で話し合いをしましょう。

 

 ポイントは、もうパラサイトについては包み隠さず話すことです。流れ次第では、論文コンペで書いていたことなんかももう話しちゃって大丈夫です。来訪者編を乗り越えた先はどうでもいいので。

 

 そして何よりもポイントは……レオ君のバックにいる、警察です。

 

 

 ぶっちゃけ寿和兄貴は信頼できるのですが、警察という組織は信頼できません。今回の主力メンバー三人は後ろ盾がないので、公権力にはあっさり止められてしまう幼気な未成年ばかりなんですよねえ。

 

 なので、逆にレオ君に知られたことを利用し、まだいつき君たちだけしか知らないパラサイトに関する知識を引き換えに、手出し無用の約束を取り付けましょう。いざとなったらガンガン裏切ってきますが……そうなる前に終わらせるのがRTAってもんですわよ。

 

 

 あ、ちなみに赤髪の鬼については、好意的に解釈していることを示しておきましょう。理由は後程!

 

 さあ、では今夜も……第二次遠征に、いざ鎌倉! いくぞー!(デッデッデデデデン!)

 

 場所はまあ、適当に都内の被害があった地域周辺です。パトロールも厳しいので、幹比古君の棒占いと視覚同調におんぶにだっこしながら進んでいきます。

 

 ここからの予定は、週一回ぐらい休日を挟む必要がありますが、ほぼ毎日吸血鬼を討伐しに行きます。ひとまずは、もう一度リーナちゃんと出くわすまで、ですかね。

 

 早く出くわすか遅く出くわすか、どちらが良いかは諸説ありますね。

 

 あちらもほぼ毎日活動しているので、会えなかったということは、どこかで別の吸血鬼と戦っている、ということです。パラサイトを倒す手段がないので数こそ減らせませんが、USNA軍人に憑りついた状態に比べたら「代わり」はだいぶ弱いですからね。

 

 一方で早く出くわせば、それはそれでとても有利になります。私としてはこちらのほうがありがたいですね。

 

 さてさて、初日のガチャは……お、当たってんじゃーん!

 

 すでに近くの吸血鬼とリーナちゃんが交戦しているみたいです。

 

 

 

 

 では、さっそく参戦しましょう。

 

 

 

 リーナちゃんはクソ強く、吸血鬼も逃げるしかないので、いつき君たちの不意打ちがしっかり決まります。

 

 じゃあ、適当に倒して、封印して、パパパッとやって、お終い!

 

 これで二体目を封印できました。上々です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、問題は――――メンタルクソ不安定なリーナちゃんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが勝負どころです。

 

 今のリーナちゃんは、とにかく「情報」がありません。

 

 苦楽を共にした部下がいきなり裏切って脱走し、それを訳も分からず殺す、という精神的に過酷な役割を背負わされています。

 

 そこに、「毒」を、昨夜に打ち込みました。

 

 いつき君たちは、その原因(パラサイト)を知っていますからね。それを示すために、昨日はリーナちゃんの前でこれ見よがしにパラサイト封印をしたんです。

 

 これによって、メンタル値どん底のリーナちゃんは、こちらの話を聞いてくれるようになります。

 

 そしてそこに、屋上に誘う先輩のように、ホモビ撮影に誘うスカウトのように、巧みな言葉で、説き伏せていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずパラサイトという存在をしっかり話し。

 

 仲間の裏切りとそれを殺さなければならない重責を味わっているリーナちゃんに徹底的に寄り添い。

 

 そして自分たちが持っている情報や技術を示して実利があることも伝え。

 

 これらを駆使した、科学と魔法が交錯する未来SFラノベで、第三の勢力・話術を駆使し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――リーナちゃんを仲間に加えます!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、今までたまに言ってきた、中条家仲上々チャートにおける、最重要の三人の最後のピースが埋まりました。

 

 彼女こそが、このチャートで要となる三人の、最後の一人なのです。

 

 リーナちゃんは、協力を取り付けるのが難しい達也兄チャマ、深雪ちゃん、十文字パイセンに次ぐ、最強クラスの魔法師です。

 

 対パラサイトの攻撃力はありませんが、吸血鬼相手ならば圧倒的に強いです。それに、『仮装行列(パレード)』の座標誤魔化し効果によって、パラサイト本体からの乗っ取りや攻撃に強くなります。さらに米軍も仲間になるということなので、対パラサイトに集中が可能な上、バックアップまでしてくれます。

 

 この圧倒的な戦力を相手にすることなく、むしろ仲間に加えました。これが、このチャートの大きな特徴です。

 

 

 

 ではここで振り返りましょう。

 

 

 

 

 まず、なぜリーナちゃんを仲間に加えるのに、好感度稼ぎのために関わろうとしなかったのか。

 

 これについては、話しかけようものなら、逆に評価が下がるからです。幹比古君との仲良くなりやすさを優先するために男の子にせざるを得ず、ゆえに彼女に話しかけるというのは、「その他大勢のスケベ男」と同じ評価を下されるんですね。だから、美人さんとお話ししたい気持ちをこらえて、自分からは関わりませんでした。

 

 

 なぜ、昨日の夜から、敵対している様子の赤髪状態のリーナちゃんに好意的にしていたのか。

 

 当然、すんなり仲間にするためです。銃口を向けられても真摯に接して、敵意がないことをアピールしてました。また、あずさお姉ちゃんたちにも必死に「あの人は悪い人じゃない」的なことを言っておきました。焦げた匂いとかを我慢して吸血鬼の死体を丁寧に渡したのも、これが理由です。

 

 

 なぜ、昨日の段階でパラサイトについて話さなかったのか。

 

 一日置いて焦らすことで、あちらから餌に食いついてくれるのを待っていました。先ほど「二回目に出会うのは早い方が良い」的な話をしたのも、これが理由です。ある程度日付が進むと、あちらが、ブラックホール実験によるデーモンの仕業、と気づいてしまって、「知らない情報を与える」という交渉のカードが弱くなるからですね。

 

 まあそうなったらそうなったで「仲間を乗っ取ったパラサイトの倒し方、知っています」と敵討ち精神を刺激すれば仲間になるんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、これまでの行動を、する必要があったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、というわけで、リーナちゃんの協力を取り付けました。

 

 お互いに色々腹の底に隠し事がたっぷりありますが、基本リーナちゃんは性格が良いので、大体上手くいきます。

 

 では、短いですが、今回はここまで。

 

 ご視聴、ありがとうございました。




最重要の三人のラストピース、来訪者編までに予想できた人それなりに多そう(感想等でネタバレ控えるご協力ありがとうございました)

ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ


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13ー2

「イツキ」

 

「ん、なあに?」

 

「その……話があるわ。ちょっとついてきて」

 

「はいはーい」

 

 翌朝。第一高校1年A組は地獄と化した。

 

「そんな、シールズさんまで、あの男の娘に……」

 

「いつききゅん、お姉さんだけなんじゃなかったのっ……!」

 

「脳が破壊された」

 

「僕が先に好きだったのに……」

 

 教室に早くについて、手のひらサイズの魔法をCADなしで使って練習していたいつきに、リーナが躊躇いながら話しかけた。明らかに秘密の話を、二人きりでしようとしている。

 

 そもそもリーナは今までいつきにやたらと闘志むき出しにして絡んできた。そして昨日は、いつきを見て何やら考え込んでいたし、指摘されて頬を赤らめていた。

 

 もうここまでくれば、今リーナが何をしようとしてるのか、予想がついてしまう。

 

「きゃ、キャー! こ、国際恋愛!?」

 

「ほのか、落ち着いて?」

 

 ほのかも例に漏れず高校生の乙女である。このような話に一段と敏感だ。深雪も当然例外ではないにしろ、すぐそばで初心すぎる乙女が過剰反応しているものだから、すっかり冷静になってしまった。

 

(……妙な感じがしますね)

 

 深雪視点では、ここ一日二日を境に、リーナのいつきに対する「視線」が変わったと感じた。正直、初日からしばらくは、何故だか知らないが、好感度マイナスだったように見える。そして翌日のメタルボール・バトルで完敗したのをきっかけに、ライバル心が加わる。

 

 だが、昨日か、今日か、それとも記憶は定かではないが一昨日か。リーナのいつきを見る「目」がいつのまにか変わっているように感じた。別に他者の情事がどうこうというのは本人の勝手だが、リーナが「スパイ」なのがほぼ確定であることを考慮すると、どうにも気になる。

 

 そうした見る目の変化から、以前のマイナス感情や敵対心のようなものではなく、興味やある種の願望の仮託、少なくとも悪い感情ではなくなっているように見えた。そして今のリーナの様子からすると、それが一気に進んで「好意」になっているようにも見えなくもない。

 

「まあまあ。愛の告白と確定したわけでもないですし、仮にそうだったとして、あの中条君が首を縦に振るかしら?」

 

 深雪の言葉で、クラス中のカオスがほんの少し収まる。

 

 そう、いつきは極度のシスコンだ。

 

 中条あずさを、あの三巨頭や範蔵や司波兄妹を差し置いて、一番頼りになると胸を張って豪語する。そして深雪や真由美と言った特級の美人が周囲にいるというのに、あずさこそが一番可愛いと言ってはばからない。ついでに、それにそっくりな自分も可愛いと断言する。

 

 深雪の言う通り、例えリーナのようなとびきりの美少女だとしても、彼が告白を受け入れるかは、五分五分と言ったところだ。あれでも一応男なので、そのまま付き合う可能性も無きにしも非ずではあるが。

 

 それに、仮に付き合ったとしても、リーナが、彼のシスコン具合に耐えられるかは分からない。いつきを愛でる会(仮称。深雪はストーカー集団と呼んでいる)のメンバーはそこも含めて可愛いとゾッコンになっている――深雪からすると心底気色悪い――のだが、リーナのようなタイプは、それを受け入れられるとは思えない。長続きしないことも十分あり得るだろう。

 

 そんな具合に、ほのかだけに向けた深雪の言葉は、クラス全体に広まり、「果たしてどうなるか」と、絶望に希望がほんの少し見えたせいで、焦燥感が生産された。

 

(…………助けてお兄様)

 

 魔法科高校はクラス替えはほぼない。あと2年と少し。このクラスで耐えきれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本部から、正式に、イツキと行動するよう命令が下ったわ」

 

 当然、そんな浮いた話ではなく、昨夜の続きだ。

 

 人気のない場所に呼び出し、慎重に周囲を確認したのち、リーナは話を切り出す。

 

「そっかあ、よかった。これからよろしくね?」

 

 軍人らしい真剣なまなざしのリーナに対し、いつきは安心したような柔らかな笑顔を浮かべ、手を差し出してくる。リーナの力は圧倒的で、それと敵対しないどころか、仲間にまでなってくれるという。気の抜けた顔になるのは仕方ないだろう。

 

「――っ」

 

 だが、その天使のごとき微笑みを近距離で浴びたリーナは、顔がカッと熱くなり、息と思考が一瞬止まってしまう。だが、反射的に、その差し出された手を取り、握手(ハンドシェイク)を交わす。

 

(やわらかっ……!)

 

 そしてその手の感触に、リーナはさらに動揺した。

 

 まるで赤子の手のようだ。自身とも深雪とも違う、ひたすらに幼くて無垢な、穢れの無さ。映像やこの目で見た、スターズ隊員にも負けない鋭い戦いをしていた少年の手とは、到底思えなかった。

 

 そうして、いつきが一方的に揺らす握手は、数秒で終わったが――思考停止したリーナは、いつきの手を握ったまま、固まってしまう。

 

「んー、どうしたの?」

 

「ふやっ!? ……あっ――」

 

 そこに不思議そうに声をかけられ、一気に現実に引き戻されたリーナは、顔を真っ赤にして奇声を上げながら、反射的に手を離す。途端、あの柔らかく温かな感触も手から零れ落ち、胸に冷たい虚空が生まれたような喪失感を覚える。

 

「じゃあ、今夜からよろしくね!」

 

 そうしてまたぼんやりと固まってしまったリーナに、彼女の状態を知ってか知らずか、いつきはそう言い残して、一人で教室を去っていった。

 

 ――リーナの意識が戻ったのはこの数十秒後、始業直前を告げるチャイムが鳴った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ、今夜もがんばろー!」

 

「お、おー?」

 

 その日の夜。メンバーが一人減り、代わりに一人増えたいつき達一行は、また吸血鬼狩りに出ていた。

 

 いつきの掛け声に反応したのは、戸惑い気味に苦笑を浮かべるあずさのみ。幹比古は今日から加わった新入りに警戒の目線を向け、その新入りたるリーナも、恐ろしい赤髪の鬼の出で立ちで、真面目モードである。

 

 ――そう、今夜から、レオが戦線離脱した。

 

 彼は警察の依頼で吸血鬼捜索に協力していたのである。スパイ的活動真っ最中だし、またいつき達には知らせていないが「アンジー・シリウス」の戦い方を見られるのも良くない。USNA軍は、バックアップとリーナ加入の条件として、レオの離脱を要求してきたのであった。

 

『あー、まあ、話が大きくなりすぎてるし、これ以上はオレの出る幕じゃねえのも確かだな』

 

 幹比古たちに危険を任せて自分は去る、ということに、人として、友達として、戦士として、いくつかの意味で躊躇いはある。だが、自分がリーナより役に立つかと言われれば「ノー」なので、潔く身を退いた。こうした引き際の良さといった理知もまた、彼の人格的魅力であった。

 

 そのような条件と引き換えに手に入れたUSNA軍のバックアップと指示は、いつきたちが直接会話するわけにはいかないため、リーナが受ける。どうやら登録した魔法師のサイオンを検知するレーダーを使っていたらしく、彼女を通して道案内されることになった。

 

 ただしどちらか分からなくなる場合もある。さほど射程があるわけでもないらしい。だが、幹比古の道占いは目標との距離は関係ないため、レーダーの補完としてしっかり活躍した。

 

 そうして、一体の怪人が見つかる。真冬にふさわしい厚着と覆面のせいで性別は判別できないが、背格好からして大男だろう。そして実際、追いかけてるサイオンも、脱走した大男のものだった。

 

「――いくぞ」

 

 ガサガサの悍ましい加工声で、唸るようにリーナが呟く。それと同時、初日に見た時に比べたら小さいが、十分威力のある雷撃が、大男の片腕を吹っ飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 同時、いつきと飛び出して攻撃を加え、あずさと幹比古の魔法で押さえつけ、無力化する。

 

「吸血鬼、パラサイト、うーん、なんて呼ぼうかな……」

 

 不可解なノイズが脳内に響き渡る中、いつきはその男の眼前に仁王立ちし――初日に捕まえたパラサイトが封印されている箱を見せつける。

 

 そして縛ってあるヒモを緩めると――――一瞬だけ蓋を開け、すぐに勢い良く閉め、またヒモでぐるぐる巻きにした。

 

「それは、貴様!?」

 

 魔法で押さえつけられながらも、見た目にふさわしい力で暴れもがきながら、吸血鬼が叫ぶ。

 

「今のは、君たちの……仲間、友達、同胞……うーん、どれだかわからないけど、同じやつだよ? いなくなったお仲間は、今二つ、ボクたちが捕まえてる」

 

「く、くそ、カエセ、カエセエエエエエ!!!」

 

「…………」

 

 可愛らしい小さな男の子の前で跪き、のたうち回って暴れ、奇声を発する大男。階級こそ低いが将来性のある戦士だった彼が、こんな姿をさらしていることに、リーナはショックを受ける。そしてそれと同時に、彼の体でこんなことをしている吸血鬼に、改めて強い敵意が湧いてくる。

 

「お、落ち着いてください、シールズさん!」

 

 殺気がサイオンとして漏れ出し、実際にCADに手が伸びていた。傍にいたあずさが、おどおどしながら、その手を掴んで引き留めてくれる。そのいつきに似た感触に、一瞬心臓が跳ね上がるが、どこか違うと感じると、スッと冷静になる。

 

「……ごめんなさい、アズサ」

 

「い、いえ……その、お気持ちは、理解できますから……」

 

 いつきもあずさも、決して「分かる」とは言わない。実際、リーナが抱える苦しみと責任と十字架は、二人の人生では絶対に体験し得るものではない。だからこその言い回しに、リーナの心は、少しだけ救われる。

 

「返してほしかったら、そうだな……ボクたちは基本的に夜はこうして集まってるから、そっちから来てね? 探すのはボクたちも大変だし。時間がかかればかかる程、ボクたちが捕まえてる吸血鬼は増えるよ。余計なことは考えないように」

 

 脳に直接流れるようなノイズが一層激しくなる。その不快感にあずさたちは少し顔を顰めるが、警戒を解こうとはしなかった。

 

「じゃ、確かに伝えたから」

 

 表情を動かさないいつきがそう言い終えると同時、リーナが魔法を振るい、大男を「処刑」する。それと同時にあずさがプシオンを放ってパラサイトのありかを見つけ――今度は封印の動きはせず、いつきがプシオンの針をパラサイトに刺し、さらに魔法を重ねて「破壊」した。

 

「しょうがないけど……気分がいいものではないね」

 

 パラサイトの「退治」を確認した幹比古は、張り詰めていた息を吐き出しながら、小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――要は、人質作戦だ。

 

 

 

 

 

 

 パラサイトにどれだけ仲間意識があるかは不明だが、リーナの情報によると、ある程度集団で動いていたという。また接触した時、たびたび脳に不思議なノイズを感じた、という話もあった。

 

 ここでいつきは、以下の仮説を立てた。

 

 一つ。パラサイトは、テレパシーのようなもので通信が可能

 

 二つ。仲間意識があるかもしれない

 

 どの程度の仲間意識かは分からないが、試す価値はある。

 

 そういうわけで、捕まえたパラサイトの封印を一瞬だけ解いて「閉じ込めている」ということを目の前で見せつけ、それを仲間に知らせさせる。仲間意識が強いならば、きっとこれからは、あちらから攻めてくるだろう。

 

「思ったよりも、だいぶ仲良しみたいだね」

 

 いつきの浮かべる穏やかな微笑みも、少し元気がないように見える。

 

 彼がパラサイトに敵対する動機も、人間たち――さらに言えば、あずさを、守りたいがためだ。

 

 またリーナがこうして戦っているのは、脱走した兵士を断罪するということ以上に、「その体にこれ以上罪を重ねさせないため」でもある。

 

 つまりこれは、生存をかけた種族同士の競争であり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして今日、お互いに、仲間のための「戦争」になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シールズさんがいなかったら……もっと被害が拡大していたかも」

 

 いつきが、改まった様子で呟く。

 

 この作戦をやってみた理由はただ一つ。早期決着を目指すためだ。

 

 時間をかけるのが確実だが、それだけ被害は拡大するし、またあちらが日本中に逃走したら、もはや手出しできない。「人質」が有効ならば、吸血鬼を東京に釘付けにし、さらにあちらから来てもらうことができる。故に、この作戦を試したのだ。

 

 しかし、吸血鬼単体ですら、いつきたちには厳しかった。これからは、向こうはより「本気」で襲い掛かってくるだろうし、不意打ちもできない。また、パラサイト達も複数で向かってくる可能性もある。危険すぎるので、「人質」は使えない。

 

 だが、USNA軍のバックアップと、リーナと言う強大な戦力がいるならば大丈夫だ。彼女の存在が、いつき達の活動を、大きく前進させたのである。

 

「だから……本当に、ありがとう、シールズさん」

 

 その感謝があるのか、いつきは、満面の笑みをリーナに向け、ぴょこんと頭を下げる。

 

「はうっ――!」

 

 それを受けたリーナは、喉が締め付けられたような奇声を上げて少しのけぞった。悲壮な覚悟を背負った冷酷な軍人の仮面が、態度・仮装ともに剥がれ、金色の天使が姿を現す。その変身自体は異様な光景だが、誰かがいつきによってこんな無様をさらすのは、親友として傍にいた幹比古は、もはや慣れっこだった。

 

「あー、そういう趣味かあ」

 

「あ、あはは……」

 

 幹比古は言葉に出してドン引きする。一方、あずさは複雑そうに苦笑し、胸の前で小さな手をキュッと握りしめる。彼女のそんな様子には、誰も気づいていなかった。

 

「――――んっ、んっ、んんっ!」

 

 しばらく固まってしまったリーナは、意識を取り戻すと、頬を真っ赤にしながらも、何もなかったのかのようなすまし顔を作り、シャンと背筋を伸ばし、優雅に咳払いする。本人は誤魔化せているつもりである。

 

「……ねえ、イツキ。それに、アズサも。ワタシの呼び方、変えてみる気はないかしら? ミキも、リーナ、って呼んでくれてるし」

 

「僕は今でも幹比古って呼んでほしいよ」

 

 幹比古の願いは、リーナの耳には全く入らない。

 

 ただ、今まで色々な人に何度も言ってきた呼び名の提案を、なぜか勇気を振り絞ることでようやく言い出すことができ、その返事を、心臓をバクバクさせながら、待っているだけだった。

 

「……うん、わかった。じゃあリーナさん、これからもよろしくね」

 

「私も、よろしくお願いします、リーナさん」

 

「え、ええ……よろしく(nice to meet you)

 

 

 

 

 翌朝、いつきが彼女と話す際に「リーナさん」と呼び名が変わっているのを聞いたクラスメイト達が、昨日何もなかった安心感との振れ幅で心停止しそうになったのは、全くの余談である。




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13ー3

 吸血鬼に「仲間」を捕えてることを見せつけた翌日、1月19日の夜。

 

 いつき達は、都内某所にある、広いだけで遊具も何もない人気のない公園にたむろしていた。

 

「うー、寒」

 

 何度目か分からない、いつきの呟き。あまり我慢強くない上に落ち着きもあまりないので、他三人の合計よりも、いつきのほうが「寒い」と口走る回数は多い。

 

 吐き出す息は白く、夜の闇にコントラストを映し出す。例えどこにも居場所がない「不良」であろうと、今時冬場にこんな場所を好まない。高校生の集まりが夜の公園にたむろしている、という割には、状況があまりにも不自然であった。

 

「リーナさんのは温かそうでいいですね。私たちも一応いろいろ準備はしてるんですけど……」

 

 姉弟おそろいの、歳不相応だが見た目相応の、可愛らしいパステルカラーのもこもこの防寒着に全身が包まれている。また服の下には高性能のカイロも欠かせない。いつきに至っては多少息苦しいのを我慢してでも、厚めの布マスクで顔まで防御している。

 

「……軍人は吹雪く雪原や山の中での行動も強いられる。ましてや北アメリカは寒い。これぐらいは当然だ」

 

 赤髪の鬼が、不愛想なトーンで、ガサガサの加工声で話す。

 

 彼女の格好は、いつきやあずさに比べたらだいぶ薄手だが、その服は防弾・防刃かつ防寒仕様になっておりはるかに温かい。また首と口元を覆うマフラーも、その役割を果たしている。軍用らしいシンプルな作りでありながらもスタイリッシュさもあり、「赤髪の鬼」の恐ろしさをより際立たせている。それでいて、本当の姿になれば「クールな美少女」を際立たせるのだから、いつきとあずさといい、服装は改めて重要だな、と傍から見ている幹比古は再認識した。

 

「こうも寒いと温かいの飲みたくなってくるよねえ。持ってきてるんだけど、みんなどう?」

 

 いつきがニコニコ笑いながら、小学生みたいなデザインの小さなリュックをゴソゴソと漁り、それに不釣り合いな武骨なデザインの大きな水筒を取り出す。容量もさることながら保温性能も高く、軍用に開発されたものが民間にも降りてきた一品だ。

 

「中身は何? お茶とか?」

 

「お味噌汁とかでもいいねえ」

 

 こんな状況で温かい飲み物が出るとなれば、吸血鬼との最終決戦に備えているというのに、幹比古とあずさの緊張も少し和らぐ。

 

「……私も少し貰おう」

 

 一方、軍人として訓練を積んできたリーナは、肩の力を抜かず、周囲への警戒を怠っていない。スターダスト級が何人か哨戒してくれているとはいえ、用心に用心を重ねるのは、基本中の基本だ。

 

「はい、どうぞー」

 

 人数分の耐熱コップもきっちり用意していたいつきは、全員に配る。水筒からもコップからも湯気が立っていて、それを見ただけで、三人は喉を鳴らした。

 

「あっ、美味しい!」

 

 近くにいたので最初に渡されたあずさが、ふーふー、と冷ましながらチビリと一口飲むと、パッと顔を輝かせる。しばらくして幹比古も、同じような反応をした。

 

「はい、リーナさんも」

 

 そうして最後に渡されたリーナは、早く早くと待ちきれない思いだったことを悟られないように努めて冷静に、それでもやたらと素早い動作でコップを受けとる。

 

 そしてマフラーを少しずらして、口に近づけると――その湯気のにおいで、中身がすぐに分かり、衝撃が走る。

 

「ハニーホットミルク……!」

 

 濃厚なミルクの優しい味わいと、蜂蜜の自然な甘さが、しっかり保温された温度とともに、冷え切った体に染みわたる。たった一口飲んだだけで、全身がリラックスして活力が戻ってくるような味だ。

 

 偶然にも、リーナの好物である。しかも疲れと寒さに考慮してか、蜂蜜が多めで、喉が焼けるような甘さなのも今は嬉しい。

 

 最後に渡されたはずなのに、リーナは、猫舌で口の小さいあずさはともかくとして、幹比古よりも先に飲み終わる。そして、肩の力を完全に抜き、「アンジー・シリウス」の威厳も忘れ、ホウッ、と柔らかな息をついた。

 

 そうして数秒固まった後――――すっ、と自然にコップを差し出し、口を開く。

 

「おかわり、貰えるかしら?」

 

 顔に浮かぶのは、気の抜けた柔らかな笑み。恐ろし気な姿ではあるが、そうやって笑えば、やはり普通の学生のように見える。

 

「ん、いいよ……もしかして、好きなの?」

 

「ええ、そうね。寒い時とか、寝る前とかに、よく飲んでるわ」

 

 注ぎながらのいつきの質問に、リーナはすんなり答える。そして注ぎ終わるや否や、またすぐに口元に運び、少しだけ息で冷ましてから、口をつけて飲み始めた。

 

 ああ、こんなに美味しいハニーホットミルクは初めてだ。

 

 今まで何度も飲んできたし、その全部が美味しかった。辛い時も苦しい時も、これを飲めば、気分が和らいでくる。その中でも、民間人が使う程度の素材のはずなのに、これが一番美味しく感じる。

 

 

「そっか。まあ、これから毎晩こんな寒い中待ちぼうけしなきゃいけないし、こういうのでも持ってこないとやってられないからね」

 

 話を聞いたいつきは、そう言って朗らかに笑いながら、布マスクをずらして、自分もハニーホットミルクを飲み始める。

 

「で、リーナ、口調、戻ってるけど大丈夫」

 

「っ!? ン、ンンッ…………失礼」

 

 ジト目でこちらを見ていた幹比古の指摘に、リーナはビクッと肩を跳ね上げ、咳払いして誤魔化すと、また唸るような口調に戻る。

 

 素の口調なのに禍々しい加工声だったのは、正直違和感がすごかった。別に肩の力を抜いてくれる分には良いが、幹比古としては気になって仕方なかったのである。

 

「あはは、リラックスしてくれたみたいだね、良かった」

 

 その様子を見たいつきは、天使のように可愛らしく笑いながら喜ぶ。あずさもまた、柔らかな笑みを浮かべて、その様子を見守っていた。

 

「良かったら、これから毎日作るよ」

 

「……よろしく頼む」

 

 何日後に吸血鬼が現れるか分からない。毎晩毎晩、寒い中待たされるのだは流石に辛い。だがこれがあるならば、癒しになるし、むしろ「楽しみ」ですらある。口調は維持しながらも、リーナは、シリウスの姿では決して見せないはずの笑みを、また浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎日作るって、なんかプロポーズみたいだなあ」

 

「っ!? ゴフ、ゲホゲホゲホっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 呆れ貌の幹比古の呟きに、リーナは思い切り噴き出して咳き込む。

 

 動揺のせいかで『仮装行列(パレード)』の効果が乱れ、金髪の美少女の情けない姿が、夜の公園に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから毎晩、四人は公園に集まって、吸血鬼を待ち続けた。

 

 来る日も来る日もハニーホットミルクをすすりながら雑談をしていたおかげで、リーナもこの「いつもの三人」にすっかり馴染んできた。そしてそんな繰り返しのせいで三日目にはだいぶ気が抜け、しまいにはいつきが携帯ガスコンロを持ち出して鍋でもつつきながら待とうとか言い出す始末であった。なおこの公園は火気厳禁なので止められた。

 

 そして、五日目である1月23日月曜日の夜。ついに、状況は動き出す。

 

 

 

 

 

「……哨戒から連絡。怪しげなやつらが複数人、別々の方向から、ゆっくりとこちらに向かっている」

 

 ここ数日ですっかり聞きなれた恐ろしい加工音声は、鋭い口調のせいで、元の印象が蘇ってくる。

 

「そっか、ついに来たんだね」

 

「大丈夫、大丈夫……いっくんもいる、幹比古君もいる、リーナさんもいる」

 

 五日間も待たされたことが逆に良かったのか、幹比古はちょうどよくリラックスしている様子で、気が逸ってもいない。またあずさも、覚悟は出来ていたみたいで、腕に着けたCADと胸のロケットペンダントを交互にさすり落ち着きがないながら、横浜の時と違って顔面蒼白にはなっていない。

 

 脳に直接入り込むような不快なノイズがどんどん強くなってくる。近づいてきている証拠だ。

 

 見つけた吸血鬼は、あえて手を出さず、この公園まで誘い込む手筈になっている。なにせ、スターダストたちよりも、リーナ一人の方が強い。そしてスターダストたちは後から参戦する、という流れだ。

 

「よし、じゃあ、これが最後の戦いになるように――――みんな、頑張ろう!」

 

 あずさとよく似た、だがやや少年っぽさを感じる声でそう言いながら、いつきが拳を突きあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に――茂みの影から、高速でナイフが飛来してきて、いつきが魔法で撃ち落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「開戦だ」

 

 背筋が凍るような声でリーナが呟くと同時、茂みごと消しとばす雷光が迸る。だが向こうも想定済みだったようで、激しい光の中でかろうじて移動する黒い影が見えた。

 

「させない!」

 

 あずさが叫ぶと、その黒い影は急にバランスを崩して転ぶ。そこに、リーナほどではないにしろ十分な威力がある幹比古の雷撃が突き刺さった。

 

「あずさお姉ちゃん、探知準備!」

 

 いつきが叫びながら、あらかじめこの公園の各所に仕込んでいたこぶし大のコンクリートブロックを高速で飛ばし、あずさの魔法で倒れこまされ幹比古に痺れさせられた吸血鬼の頭を叩き潰す。

 

 それと同時、あずさが、その方向と、それに反対側へとプシオンの波動を飛ばした。

 

 

 

 

 

 ――――まっすぐ進む光に、揺らぎが、二か所。

 

 

 

 

 

 今いつきが止めを刺した分と、背後から襲ってきた吸血鬼の中の一体をリーナが一瞬で仕留めていたものだ。

 

「「食らえ!」」

 

 いつきと幹比古の声が重なる。

 

 いつきは、精神情報粒子を固めて鋭い針にして突き刺し、その本能的な恐怖を増大させて、パラサイトの本体そのものと言える精神を破壊する。

 

 幹比古は、燃焼の情報を送り込み、非物質である情報次元のパラサイトを「燃やす」離れ業『迦楼羅炎』で焼き尽くす。

 

 この一年弱で磨いた攻撃は、遊離したパラサイト単体なら殺しきるだけの威力を持つようになっていた。

 

「下手に離れると倒される! すぐに別の体に合流するんだ!」

 

 吸血鬼の一人が叫ぶ。彼はスターダスト級二人を同時に相手にしていてなお、優勢を保っていた。

 

 幹比古が雷撃で支援するが、CADなしで行使された超高速の魔法が、それを打ち消す。そして拳はスターダストの一人に突き刺さり、その一撃で昏倒させた。

 

「くっ!」

 

 リーナが懐から悔し気に声を漏らしながら短剣を取り出して振るう。その切っ先の延長線上には、不可視の刃『分子ディバイダー』が展開されている。その急な攻撃は、見事にその吸血鬼の体を真っ二つに切り裂いた。

 

 そのグロテスクな光景に負けず、あずさはプシオンを放って探知しようとするが、パラサイトは高速で別の吸血鬼に合流し、攻撃は間に合わない。

 

 ただそれでも負けじとリーナは振り下ろした刃をそのまま別の吸血鬼に切り上げる。展開した仮想領域は、大股二十歩ほどの距離があったにもかかわらず届き、即座にその片腕を切り裂いた。

 

「これで!」

 

 そして切り上げた姿勢の流れで、利き手ではないはずの左手だけで拳銃をいつの間にか構えていて連射する。可憐な女子高生でありながらも厳しい訓練を積んだ彼女の射撃は、たとえ崩れた体勢で利き手でない方の片手撃ちでも、十分な精度を誇る。

 

「はっ、その程度!」

 

 亜音速で放たれた凶弾は、この距離であろうと普通の魔法師ならば防御は間に合わない。

 

 だが吸血鬼はCADなしで魔法を行使できる。強力な障壁魔法が囲うように広がり、死角から放たれたいつきのコンクリートブロックや幹比古の金属呪符を跳ね返す。

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかし弾丸はその壁を貫き、吸血鬼の左肩と右脛に突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 油断していた吸血鬼は目を見開き、着弾の衝撃で身をのけぞらせながら驚きの声を浮かべる。

 

「お前は見覚えがない。さては知らなかったな」

 

 パラサイトはおそらく宿主の記憶を持っている。もしスターズから脱走した兵士に憑りついていたとしたら、リーナの拳銃を障壁魔法で防ごうとはしないだろう。何せこれ自体がCADで、バレルには、通過した弾丸に『情報強化』が施される刻印魔法が刻まれているのだから。

 

 この弾丸を浴びた衝撃で、障壁魔法も解けている。幹比古は追撃の金属呪符を取り出して吸血鬼の顔面に突き刺し、強力な電流を流し込み、止めを刺した。

 

 いつきがすかさず波動でパラサイトの位置を示し、幹比古も『迦楼羅炎』を放つ。だが、二つのパラサイトが融合したそれは明らかに動きが鋭く、魔法の照準が間に合わないうちに、別の吸血鬼に合流した。

 

「アズサ、大丈夫!?」

 

 そしてこちらに構っている間に、あずさと残り一人のスターダストは、二人の吸血鬼を同時に相手して苦戦していた。銃弾を撃ち込んですぐにそちらにリーナが参戦し、一人の吸血鬼を『ダンシング・ブレイズ』で、あずさに迫っていた拳を切り落とす。

 

 だが、同時に放っていた別の刃は、もう一人の吸血鬼に防がれた。身体表面にベクトル操作の魔法を施しているらしい。その拳はスターダストの顔面に突き刺さる直前に開かれ、軌道を曲げてその首を鷲掴みにする。

 

「がっ、があ!」

 

「そんな!?」

 

 あずさが横槍を入れるが間に合わない。拳で殴られただけで立っていられないほどの精気を吸い取られるのだから、ここまで掴まれれば、即死レベルに吸い取られる。

 

「くそっ!」

 

 スターダストごと巻き込むように、リーナが巨大な雷を落とす。もはや、彼は助からないだろう。ならばせめて、即座に仇を取るのが重要だ。

 

「あずさお姉ちゃん、リーナさん! とりあえずそっから逃げて!」

 

 リーナの攻撃が為されたと同時にこうなると分かっていたあずさは、弟譲りの高速移動魔法を発動してリーナを回収したうえで、とにかくその場から離れた。この状況ではさすがに探知が間に合わない。不可視の存在がいつの間にか憑りついてきた……となったら、もはやお終いなのだ。

 

 そうして逃したパラサイト二体は、それぞれ残った吸血鬼に吸い寄せらていき、その吸血鬼が放つオーラが強くなる。

 

「残り六人、か」

 

 いつきが呟く。

 

 ここまでに六人の吸血鬼を倒した。そして二匹のパラサイトを討伐し、残りは他の体に避難された。

 

 対するこちらは、スターダスト級が二人殺された。これ以上のUSNA軍からの増援は期待できない。こんなことになるなんて考えてなかったし、異国に忍び込める戦闘要員はごくわずかであった。その希少な人材も、これまでに何人か失い、ここにいるのが最後の二人だったのだ。

 

 相手の数を、単純に半分に減らした。だが、パラサイトが集中したそれらは、明らかに今までよりも強い。

 

「「見せてやろう、我らの力を!」」

 

 二人の吸血鬼が声を重ねる。途端、頭に直接響くようなノイズが強まった。意思疎通している証拠だ。

 

 その二人は同時に魔法を発動する。片方は収束系魔法で周囲の砂利を集め、もう片方の加速系魔法で、勢いよく放ってきた。そしてそれらの砂利は一つ一つが細かく振動しており、触れれば肌を切り裂く刃となる。

 

 複数の魔法を重ねて強い効果を発揮する、複合魔法だ。

 

「それは私はよく見てます!」

 

「だったらボクらも!」

 

 これはあずさの親友・服部の十八番だ。この魔法もまた、あずさはよく知っている。

 

 そして二人の魔法を掛け合わせるという点なら、姉弟であるこの二人も負けてはいない。

 

 いつきの得意とする移動・加速系の障壁魔法が展開され、砂利を撃ち落とす。そして塊となって地面に積み重なったそれを、あずさが精密な群体制御で操作し、より密度の濃い砂塵の塊として放った。

 

 吸血鬼はそれを見越していたのか、素早い身のこなしで回避しようとする。

 

 

 

 

 

 

 ――しかし、直前になって、密度の濃い複数の塊に分裂し、不自然な軌道で曲がって、その顔面を覆面ごとズタズタに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 あずさの精密さと、いつきの素早さと威力。この二つを利用し、細やかな変数入力で相手の近くまで「弾」を運んだ後、いつきに支配権を明け渡して、近距離から予想外の軌道で攻撃する。複合魔法とは違うが、息の合ったコンビネーションで、最大限の効果を生み出した。

 

Good Job(グッジョブ)!」

 

 リーナが嬉しそうに叫びながら、顔面がズタズタになった吸血鬼二人の首を同時に『分子ディバイダー』で貫き、その命を刈り取る。幹比古と協力して他四人を相手に大立ち回りをしながらも、全体の状況をよく見て、ベストなタイミングで止めを刺してくれた。

 

「よし、一匹クリア!」

 

 すかさずいつきの探知とあずさの『毒蜂』により、片方だけだが討伐に成功した。ただ、もう片方は逃してしまう。

 

「全員殺してやる!」

 

 吸血鬼の一人が叫ぶと同時、雷が迸った。

 

 一つ一つの威力は幹比古の全力に届くほど。それが、いくつも。実にパラサイト四体が集まったこの吸血鬼の力は、もはやいつき達の手に負えるものではない。

 

「お生憎様」

 

 赤髪の鬼が口角を吊り上げて「嗤う」。

 

 幹比古を包み焼き焦がそうとした閃光は、突如周囲の木々に吸い寄せられ、それを炎上させた。

 

「放出系魔法はワタシのフィールドだ。その程度で、全力か?」

 

 この時吸血鬼は、初めて「恐怖」を覚えた。

 

 目の前にいる「鬼」は、まさしく格が違う。

 

 人間の体に依存し、分裂した状態では、届くわけがない。

 

「これで終わりだ」

 

 煌々と夜闇を照らす木々の火災は燃え広がっていたが、リーナが巨大な魔法を発動し、一気に収まっていく。

 

 代わりにその莫大な灼熱は、リーナの頭上に集まり、複数の密度の濃い火球となって、まるで小さな太陽のように、公園を照らす。その熱と光は、ここが真冬の真夜中であることを忘れさせるほどのものだ。

 

 リーナが腕を振り下ろすと、火球は高速で吸血鬼たちに襲い掛かり、その全身を一瞬で灰にする。そして火災が広がらないように、これまたリーナの魔法で温度が強制的に下げられ、周囲には真冬の厳しい夜が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――周囲の茂みと木々は焼け焦げ、ブスブスと不快な臭いを放つ。

 

 ――遊び場であるはずの砂利が撒かれた地面は、その所々が抉れ、切り裂かれ、焼け焦げている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この公園は、もはや地獄と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんな、真夜中の公園に、火が消えたというのに――――常人には見えない、巨大な光が、現れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………これが、いよいよ最後ね」

 

 赤髪の鬼から本物の姿、金色の女神のごとき美少女に戻ったリーナは、口調も元に戻しながら、呟く。もはや、物理的な目を誤魔化す必要がないからだ。

 

 禍々しさと神々しさを同時に感じさせる巨大な塊を、四人は睨みつける。

 

 ――リーナによって一気に焼却された吸血鬼から逃れたパラサイトを倒そうとしたが、すぐに集まられ、滅茶苦茶に放たれた邪気により、合体を阻止できなかった。

 

 

 

 

 

 

 ぶよぶよ、うねうね、ぐちゃぐちゃ。光の塊は不規則に蠢きつつも、徐々にその形は整っていき――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――巨大な光の塊を中心に、人間の体よりも太く、身長の何倍も長い、九本の触手を持つ「化け物」が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に迷い込むときに分かたれたパラサイトは、ついに一つになる。

 

 半身ともいえる存在は、この世界に散ったうちの半分以上が、まだ集まってない。

 

 それでも、これだけ集まれば――本来の力を、十分に発揮できるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ここからが本番だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな女の子のような少年の、可愛らしい声。

 

 それでもここにいる全員が勇気づけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生存をかけた闘争は、ついに最終局面を迎えた。




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13-4

最新作の投稿も始めました。
ぜひ読んでください

ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート
https://syosetu.org/novel/291060/


 巨大パラサイトの攻撃は、触手のみだ。

 

 だが、その一つに一瞬でも触れてしまえば、体に異常はなくとも、自らの「魂」が破壊されてしまう。その確信があるほどに、一つ一つに「死」の気配を感じた。

 

 そんな、胴体程もある巨大な触手が九本。それが、遊具が少ない開けた場所とはいえ、公園の中を所狭しと暴れている。

 

 そしてその間を縫うように、大小二つの影がサイオンの光をしばしば放ちながら、夜闇の中を駆けずり回っていた。

 

「思った通り、狙いが甘い!」

 

 小さい方の影・いつきは、パラサイト本体近く、一番攻撃の密度が濃い最前線で、目にも止まらぬ高速移動で回避して戦いながら叫ぶ。触手は彼を狙ってはいるが、その高速移動と体の小ささを加味してもなお、狙いが定まっているとは言い難い。

 

 そんないつきは、華麗に回避しながらも、触手とのすれ違いざまにプシオンの針を生成して突き刺し、それによって起こる本能的な恐怖を増大させることで、パラサイトにダメージを与えている。精神そのものが本体と言えるそれに対し、そのショックは、身体への大ダメージに等しい。

 

「ありがたい話だね、やっぱ目って素晴らしいや」

 

 大きい方の影・幹比古は、いつきに比べたらやや遠くで、かつ少ない頻度で攻撃を加えている。肘から指先まで程度の長さの太めの木の棒で、自身に迫る触手を叩いて弾いたり受け流したりしているのだ。本来物理的な防御は意味をなさないが、妖魔を想定した破魔の棒は、パラサイトの攻撃に対し、効果こそ弱いものの攻防一体を成している。

 

 本来二人の能力ならば、ここまでの余裕はない。では、それを成し遂げているのは、何によるものか。

 

「こっちは大丈夫よ。存分に暴れて」

 

 パラサイト本体からだいぶ離れ、見かけ上はひとまず触手の射程範囲外になっている場所から、リーナが声をかける。そしてそれと同時に、CADを二人に順番に向け、引き金を引く。

 

 これによって二人は魔法にかけられた。当然、仲間割れではなく、作戦の一つだ。

 

 古式魔法をベースにした複合術式『仮装行列(パレード)』。見た目を誤魔化すのみならず、座標や体温なども見かけ上の改変が可能だ。そして今は、情報世界における座標のみを改変する、ベースとなった古式魔法と同じ使い方をしている。

 

 これによって、物理的な感覚を持たず情報次元に頼るパラサイトは、いつきと幹比古の正確な位置を捉えられない。また、これはリーナ自身と、その傍で精神干渉系魔法での狙撃で攻撃に集中しているあずさにもかけられていて、パラサイトに対し攻撃手段を持たないリーナと、戦闘能力の低いあずさを、脅威から守っていた。

 

 

 リーナはパラサイトに対する攻撃手段を持たない。また、プシオン操作や呪具による防御もできない。だが、正体を隠す必要性に常に迫られる立場で、また彼女の祖父のつながりから、『パレード』の名手である。この『パレード』を仲間や自分にかけることで相手の攻撃を当てにくくするという点で、地味ながらも一番の活躍をしていた。

 

 対吸血鬼においては、最強のアタッカーとして。

 

 対パラサイト本体では全体の生存を担う最重要のサポーターとして活躍し、そして緊急時にあずさを抱えて逃げる役目もある。

 

 彼女は間違いなく、この四人の中で、一番の活躍をしていた。

 

 いつきは小柄さと高速移動を活かして最前線でアタッカー。

 

 幹比古はその万能性と運動能力を活かし、前線で攻撃に加わりつつも、何かあったら式神や結界術で防御対応をする。

 

 そして運動能力はないが攻撃手段のあるあずさが、リーナに守られながら、安全圏から攻撃に専念する。

 

 このパラサイト本体との戦いに備え、作戦をしっかり練ってきた。この布陣を考えたのはいつきだ。まるでリーナが加わる前から考えていたかのように、全てのピースがぴったりとはまっている。

 

(イツキは、ワタシを仲間と認めてくれている!)

 

 この最後の最後でサポートしかできないのが歯がゆいが、これこそが、いつきを、自分を、全員を生き残らせるための最大の要だ。リーナは、決してこの薄氷の防御を絶やすまいと、戦場に常に気を配っていた。

 

 ――そうしてしばらく攻撃を加えていると、巨大パラサイトの動きに変化があった。

 

 触手の動きが激しくなり、明らかに「殺意」が増している。

 

「やっぱり、ダメージはちゃんと通ってる! 朗報だね!」

 

「悲報とセットだよ!」

 

 4月からたびたび並んで戦ってきたいつきと幹比古の掛け合いは軽妙だ。

 

 だが、幹比古の言う通り、より激しくなった触手の動きは、『パレード』のおかげでかろうじて回避が間に合っているに過ぎないものになっている。

 

「ここで一気に攻めるよ! 幹比古君、お願い!」

 

「了解!」

 

 いつきの指示に即座に応じた幹比古は、高速移動で触手の範囲から抜けると、ひときわ古めかしくて複雑な文様が描かれた呪符を取り出して掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――途端、パラサイトが「炎上」した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吉田家に伝わる退魔の術『迦楼羅炎』。非物質である情報体に「燃焼」の情報を打ち込んで燃やす、現代魔法の尺度ではおよそ考えられない古式魔法だ。その威力は、吉田家に元々伝わっていたものをはるかに超え、巨大パラサイトの本体と触手全てを、破邪の炎に包んでいる。これも研究の成果だ。

 

 全身を焼かれもだえ苦しむパラサイトの触手は、より不規則なものになる。その予測できない死の檻の中でも、いつきは全ての接触を回避しきっていた。

 

「あずさお姉ちゃん! 合わせて、いくよ!」

 

「うん、いっくん!」

 

 そして最前線と最後方、瓜二つの姉弟が息を合わせ、重ねるように同じ魔法を、最大出力で発動する。

 

 

 

 

 

 

 ――――瞬間、パラサイトは全ての触手を跳ね上げ、全身を震わせた。

 

 

 

 

 

 針に刺された恐怖が増大すれば人は死ぬし、分かたれた一つ一つのパラサイトも死ぬ。

 

 では、全身が焼かれるという究極の恐怖の一つを、精神干渉系魔法の達人が二人がかりで『毒蜂』で増大させたらどうなるか。

 

 精神の巨大な情報体であるパラサイトは、それでもなお死なない。まだ体力に余裕はありそうだ。それでも、全身の炎上とその恐怖の極大化は、大きなダメージとなり、まるで激しい衝撃を受けた動物が身体を反らし硬直しているかのような反応を示す。もしパラサイトに「声」があれば、絶叫していたに違いない。

 

「ここからが本番だよ! 気を付けて!」

 

 いよいよ生命を脅かす本格的なダメージを受けたパラサイトは、本能に任せ、攻撃をばら撒く。

 

 触手の動きは激しくなり、さらにプシオンの波動を乱発するようになった。この一つ一つが「邪気」であり、触れただけで魂が穢され破壊される。あずさやいつきが探知のために放つただのプシオンとは、もはや性質が違っていた。

 

 当然、触手はまだしもプシオン波は、『パレード』で多少座標を誤魔化す程度ではどうしようもない。いつきも幹比古も、安全のために、これまでよりも少し距離を取って戦闘している。

 

「アズサ、ここから激しくなるわよ」

 

「はい、大丈夫です!」

 

 そしてその邪気は触手の範囲外にも届く。リーナはあずさの傍につき、攻撃がこちらに飛んでくるようなら彼女ごと高速移動で回避することになっている。

 

 そして、彼女の『パレード』もまだ、役割を終えていない。むしろここからが、その本領だ。

 

「人間の目を誤魔化さなくていいなら、これほど楽なことはないわ!」

 

 リーナが叫び、魔法を行使する。

 

 常人には何も変化が起きたように見えない。

 

 だが、魔法師は改変の違和感を感じ取り、そしてパラサイトや達也のようにイデアを明確に感知する者ならば――いつき達が、公園中に溢れかえっているように見えるだろう。

 

 途端、パラサイトの攻撃は見当違いの方向に飛んでいくようになる。そのおかげで、いつきと幹比古はだいぶ楽になり、また反撃する余地が生まれた。『毒蜂』との組み合わせで大ダメージを狙うために隠し玉として使わないでいたが、もう見せた札であり最大火力でもある『迦楼羅炎』も、先ほどの規模には届かないが、もう遠慮なく使い始めている。

 

『パレード』の座標改変の応用で、リーナは、イデアの世界に「ダミー」を作り出した。

 

 しかもその数は一つや二つではなく、精巧な四人の「情報」のダミーを、数えきれないほどに。彼女の圧倒的な魔法力と、この魔法への精通が、この絶技を可能にする。その数は、横浜事変でほのかが見せた大量の幻影すらも超えていた。

 

 これにより、プシオン波による攻撃も、何とか回避できるようになった。もし正確に狙いを定められるようなら、リーナには防御手段がなく、またあずさといつきの『プシオンウォール』では防ぎきれないため、すでに死んでいた可能性が高い。四人の役割分担は、まるでこれが運命づけられていたかのように、完璧に機能し、繊細に四人を生かし続けていた。

 

 そうして、パラサイトは無駄な攻撃を繰り返し、その間に、ダメージを確実に蓄積させられている。

 

(うん、このままいけば大丈夫!)

 

 あずさは手ごたえを感じる。

 

 盤石とは言い難い。相手の攻撃は相変わらず即死級ばかりで、少し踏み外せば全員が一気に瓦解する、薄氷の上と表現しても足りないほどだ。常に死神の鎌は首元にかかっている。

 

 だがそれでも、事前の狙い通りにことが進んでいる。もう少しで、正体を現した妖魔を、退治することができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが、そう思った瞬間、パラサイトが「震えた」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして直後、濁流のように大量の邪気が、「全方位」に放たれた。

 

「――――ぇ?」

 

 あずさは小さく声を漏らし、固まった。

 

 今まで自分の方向に放たれたことは何度もあった。だが、「逃げ場」は必ずあった。

 

 だが今は、比喩では無しに「全方位」。パラサイトを中心として、横にも上にも斜めにも、もしかしたら下にも、全ての方向に、悍ましいプシオンが放たれている。

 

 どうする? 逃げる? どこに?

 

 離れたらどうだろうか。いや、あの波の方が圧倒的に速いし、どれだけの距離を取ればあの密度のプシオンから影響を受けなくなるか分からない。

 

 防ぐ? いや、自分の力では無理だ。いつきと力を合わせても無理だろう。

 

「なっ――」

 

 このあまりに事態に、隣に立つリーナもまた、唖然としていた。

 

 リーナは戦場に立ってきたがゆえに、冷静に判断できてしまった。

 

 ――――逃げる術も、防ぐ術もない。

 

 

 どれが偽物か分からないなら、全てを一気に攻撃すればいい。

 

 

 パラサイトに知能と呼べるものはないが、戦闘の中であちらもまた学習し、行動を変えた。生き残るための「本能」が、パラサイトを一つ上のレベルへと「進化」させたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あずさお姉ちゃん! リーナさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして停止する二人の耳に、愛しい声が届く。

 

 可愛らしい顔を必死の形相にゆがめたいつきは、手を伸ばして一瞬でこちらに近づいてくる。その速度は、驚くことに、あのプシオンの濁流をはるかに超えている。

 

 そして細い華奢な腕で二人を抱き寄せると、そのまま方向を変えて高速移動し、親友・幹比古のもとに駆け付け、二人をその傍に置く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幹比古君!」

 

「いつき!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の声が重なる。

 

 いつきは幼子のように小さな柔らかい両掌をパラサイトに向け、光を放出する。

 

 そして手のひらの前に現れたのは、光の壁。魂を破壊し命を脅かさんとする妖魔が放つものと同じ情報粒子でできたそれは、死の津波の前に立ちはだかるが、あまりにも頼りない。

 

 だが、それにほんの少し遅れ、より強力な守りが展開された。

 

 幹比古は全方位攻撃の気配を感じ取るや否や、全身に仕込んでいた呪符や呪具や式神を周囲にばらまき、それらを呪術的に結び付け、結界を作り出したのだ。

 

 対パラサイトを想定して研究して作り出した結界は、入学時とは比べ物にならないほどに強力になっている。遊離したパラサイト単体程度なら簡単に防ぎきれる。本来は憑りつかれそうになった時のために用意していたが、この土壇場で役に立つときが来た。

 

 そして、このプシオンの壁と結界は、ただ闇雲に作られたわけではない。

 

 パラサイトに向かって流線形に作られた守りは、この邪気の奔流を、正面から受け止めるのではなく、後ろに流すようになっている。だがそれでも受け止めている面は光が常に揺れ、震えており、強度はギリギリだ。

 

「あずさお姉ちゃんも手伝って! リーナさんもダミーを撒き続けて!」

 

「う、うん!」

 

「わ、わかったわ!」

 

 しばらく呆けていたあずさとリーナは、いつきの怒声で思考を取り戻し、慌ててそれぞれの仕事をする。あずさはプシオンの壁を重ねて作り、リーナもこれまで通り『パレード』の応用でダミーをばら撒く。

 

 だが、あずさの強力な壁があってもなお、いつ収まるか分からない波動を浴びせられ続けているため、限界が少し伸びているに過ぎない。また作り出した多量のダミーも、この結界と壁のような守りは一切ないため、作り出した傍から濁流に呑まれ消しとばされていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に――――イデアには、とてつもなく強い力が固まっている、いつき達四人だけが、明らかに目立つようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まず」

 

 いつきの声が震える。

 

 全方位に放たれていた波動が、少しずつ、いつき達に向かって収束し始め、強くなってきている。それはそうだろう。機能しないダミーは意味をなさない。この攻撃を防ぎきれるだけの「情報」がこれだけの密度でここに集まっているのだ。ここに攻撃を集中するに決まっている。

 

「くそ、くそ、これ以上は!」

 

 幹比古が焦り、一番の武器である鉄扇すら要を外してバラバラにして結界の材料にして強化するが、もはや気休めにもならない。いつきとあずさの壁も、耐えきれずに不安定になっていく。

 

 そうしている間にもさらに邪気の波動は収束し始め、もはやビームと呼べるほどまでになり始めている。目に見えるほどに密度の濃い邪悪なプシオンの光のせいで、もはやパラサイト本体すら見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの巨大なパラサイトの全力が集中した攻撃。

 

 少し掠るだけでも魂が砕け散る程の悪意とパワーが込められていることを、理屈ではなく生存本能で感じ取ってしまう。しかも、自分たちはこの結界から動きことは出来ず、それが直撃するまでの時間を、数秒引き延ばすしかできない。

 

 幹比古も、あずさも、リーナも。

 

 強烈な「死」の確信と絶望に浸され、全身を恐怖が支配する。

 

 そして本来の力を取り戻したパラサイトは、きっと人間たちを食いつくすだろう。

 

 三人の全身から力が抜け、膝が折れかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅうもおおおおおおおおおおおく!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、可愛らしい声での絶叫が、夜の公園に響き渡った。

 

 声の主は、すぐそばにいたいつき。

 

 彼の、小さな口、小さな体から、それに見合わない大声が放たれた。傍にいる三人の鼓膜が大きく震え、絶望で停止した思考が無理やり戻され驚きでまた唖然とさせられるほどに。

 

 いつきはパラサイトを指さしたかと思うと、目の前にサイオンの壁を維持したまま――――まるではじけ飛びように、真横へと高速で飛び出す。

 

 そう――――何にも守られてない、結界の外へ。

 

「いっくん!?」

 

「いつき!?」

 

「イツキ!?」

 

 そのあまりにも異常な一連の行動に、三人は目を見開き、止めようとする。

 

 だが、その小さな少年は、たった数メートルだというのに、絶対に手が届かない絶望的な距離にまで離れている。

 

 そして、不思議なことに、また、三人にとっては何よりも恐ろしいことに――――パラサイトから放たれる邪気のビームは、まるで吸い寄せられたかのように、いつきを追いかけていた。

 

「いっくん! だめ! だめえええ!!!」

 

 あずさが手を伸ばし追いかけて止めようとするが、恐怖と混乱とショックのせいで脚がもつれて転んでしまう。

 

「なんで、いつき、どうして……!」

 

 幹比古の目から涙がこぼれる。

 

 今すぐ追いかけて守りたい。だが、弱いながらもビームの余波は相変わらず三人の所に届いているため、結界から出ることも解除することもできない。情けないことに、彼はここを動くことが許されない。

 

「イツキ!? イツキ!? どうしたの、なん、なんで、そんな!」

 

 リーナもまた取り乱し、甲高い声で叫ぶ。その姿に美しい高貴な戦乙女の片鱗はなく、パニックに陥るか弱い女の子でしかなかった。

 

 三人は即座に理解した。いつきは、彼女たちの「身代わり」になったのだ。

 

 リーナは知らないが、あずさと幹比古は彼が何をしたのかもわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきだけが使える固有魔法『アテンション』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この魔法で、パラサイトの注目全てを自分に集めたうえで三人から離れ、自分だけが攻撃を受けようとしたのだ。

 

 いつきに、全ての力が集中した、彼の体以上に太いビームが迫る。その勢いはあまりにも強く、大量のプシオンの移動によってイデアに衝撃波が生じ、その情報が現実世界に流れ込んで、地面の砂利を吹き飛ばしている。

 

 彼は歯を食いしばりながら、懸命に『プシオンウォール』を展開している。だが、この暴力の前には、あまりにも脆弱だ。

 

 そしてついに、ビームがプシオンの壁に触れ、一瞬で破壊する。それに押されるように、いつきは両腕を引いたうえで高速移動魔法を発動して少しでも距離を取ろうとするが、ビームの速度は全方位波動攻撃の比ではなく、すぐに追いつかれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死が、小さな可愛らしい少年を、ついに覆い尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――瞬間、真夜中の公園を、真っ白な光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 いつきの「死」にすら目をそらさなかった三人は、反射的に目を閉じて顔をそらし腕で覆う。

 

 だが一瞬でも浴びた光はあまりにも強く、目を完全に闇で覆い尽くしてもなお、瞼の裏で明滅する程であった。

 

 眩暈と頭痛が起きるほどの閃光。

 

 パラサイトのプシオンが放つ禍々しい光でも、魔法の光でもない。

 

 夜の闇と完全に対比している、真っ白な光。

 

 そして、永遠にも思える一瞬が過ぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その光が晴れ、夜の闇が戻ると――――そこには、苦悶の表情を浮かべたいつきが、それでも確かに立って「生きていた」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん!?」

 

 不安と恐怖と絶望と安心と混乱。

 

 言葉で言い表せないほどに激情のるつぼにかき乱されたあずさは、何が起きたか分からない上に、パラサイトがまだいるというのに、何よりも大事な弟だけしか目に入らず、駆け寄る。

 

 そして彼女が走り出したと同時、いつきは、脚から力が抜け、どさりとあおむけに倒れ込んだ。その音を合図に、あずさに少し遅れる形で、幹比古とリーナも駆け出し、倒れたいつきの傍で膝をつく。

 

「いっくん! いや! 死んじゃダメ! 死んじゃいやあああ!!! おいていかないで!!!」

 

 いつきに抱き着き、激しくゆすり、泣き叫ぶ。大切なものを失う瞬間に直面した彼女は、幼いあの頃のように、ただ感情のままに、弟に縋り付き、大きな目からはボロボロと涙を流す。

 

「いつき! なんで、こん、な、馬鹿なことを!? 君が死んじゃったら、何の意味もないのに!」

 

 初めて会った時。彼の生活に、確かな刺激をくれた。

 

 スランプの中。それでもいつきは、幹比古を認めてくれた。

 

 親友として彼の傍に居続け、一緒に遊び、一緒に訓練し、一緒に戦い、一緒に学び、一緒に過ごした。

 

 その一つ一つが、幹比古にとって、大切な思い出だ。

 

「イツキ! いやよ! こんなところでお別れなんて! まだ、一緒にやりたいこと、知りたいこと、いっぱいあるのよ!?」

 

 第一印象は最悪だった。

 

 そして何よりも自信があった魔法で完全に負かされた。

 

 ショックだったが、それでも、競い合う友達である深雪やほのか以上に、異国でのリーナの「青春」を彩っていたのは、いつきの存在だった。

 

 そして闇の中で訳の分からないまま苦しみ喘いでいた「シリウス」に、光を照らし導いてくれたのも、いつきだった。

 

 この異国の地で、リーナは、いつきに救われ続けてきた。彼女にとって彼は、夜空の一等星を越える導きの月であり、心を照らす太陽であった。

 

 そんないっくんが、いつきが、イツキが。

 

 身代わりとなって、邪悪な化け物の攻撃を、この華奢で小さな頼りない、そして何よりも頼りになる、彼自身の体で、全てを受け止めたのだ。

 

 感覚的に分かる。

 

 今、いつきの「生命」は、刻一刻と漏れ出て、あの世へと旅立とうとしている。

 

 外傷はない。だが、血液がドクドクとあふれ出る様に、それ以上に深刻で大切な何かが、彼からみるみるうちに抜けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……さ、おね、ちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん!?」

 

 倒れこんで動かなかったいつきが、地を這い今にも命尽きようとしている芋虫のように、小さく身じろぎした。そして同時に、か細い声で、大切な姉を呼ぶ。

 

 そしていつきの小さな手が、小刻みに震えながら、ゆっくりと動き――パラサイトを指さす。

 

 巨大な邪悪は、本体であろう光の塊の周辺で、緩く九本の触手を無造作に動かして固まっている。あれだけの攻撃は、例え合体パラサイトであろうと、相当の負担だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ね、ちゃ…………あず……ゅ……ぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声を出すのも精一杯なのか、何を言っているのか、幹比古とリーナには分からない。

 

 ただ、無二の姉の名前を呼んでいるのだけは分かる。

 

 そんな中、あずさは――――乱暴に袖で涙をぬぐい、勢いよく立ち上がった。

 

「わかったよ、いっくん」

 

 先ほどまで子供のように泣き叫んでいたとは思えない、芯の通った、落ち着いた声。

 

 何が分かったのか。

 

 幹比古とリーナがそう問おうとしたとき、あずさは、もこもこのパステルカラーの防寒着の留め具を外し、胸元から、ずっと吊り下げていたロケットペンダントを取り出す。

 

 中に入っているものは、写真。

 

 幼いころに撮った、何よりも大切で、可愛くて、かっこよくて、お利口で、頼りになる、大好きな弟との、小さな小さなツーショット。

 

 そして、もう一つが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の名を冠する固有魔法、『梓弓』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古とリーナは幻視する。

 

 小さなか弱い女の子が、口元をキュッと引き結び、その身の丈に合わない巨大な光の弓を構える姿を。

 

 そして矢のつがえられていない光の弓を夜闇に覆われた天に向け――その弦を離す。

 

 途端に、清澄な弦音が、ピィーン、と響き渡る。

 

 耳ではなく、脳に、胸に、心に、魂に、直接届くその「音」に、幹比古とリーナは魅了され、忘我の境地に陥る。

 

 プシオンの波動を浴びせそれに精神を惹きつけることで群衆を静かなトランス状態にする『梓弓』。彼女の穏やかさと優しさ、人々を包み込んで導く精神性が現れた、あずさだけの術式。

 

 そして、その弦音を浴びせられた巨大パラサイトは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――人間とは真逆に、もだえ苦しみ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名前の由来となった梓弓とは、元々は魔除けの儀式であった。

 

 弦の音で、悪霊を祓い、清浄な空間をもたらす。

 

 プシオンの波動が弦音のように聞こえること、彼女の名前、そして恐怖やパニックという心の「魔」を祓うことから、『梓弓』と名付けられたのだ。

 

 そしてこの魔法には――――今まで確かめようもなかった、もう一つの効果があった。

 

 トランス状態にも様々なものがある。例えば薬物によるバッドトリップや、ランナーズハイと呼ばれるものもある種のトランス状態と言えよう。『梓弓』はその真逆で、激しい興奮による忘我ではなく――――凪いだ水面のごとき、何も考えず、何も思うことがない、受動的な「無我」である。

 

 この「無我」は、いわば一時的に、精神が止まった状態と言ってよいだろう。当然、人間の場合、身体がまだ生きているし、脳も機能しているので、数瞬止まった程度ならば、すぐに元に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では――――その身体全てが精神情報であるパラサイトは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神が止まるとはすなわち、身体の全てが同時に止まることに等しい。

 

 ゆえに、『梓弓』を「生身」の状態で浴びせられたパラサイトは、それによって「死」に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『梓弓』は、心の魔を祓う魔法であると同時に――――まるで元となった儀式のように、本物の「魔」を退治する術式でもあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もだえ苦しんだ巨大パラサイトは、その全身を激しく震わせ――ついにただのプシオンとなって飛び散り、死に至る。

 

 激しいプシオン光が、一瞬夜の公園を照らして……すぐに、冷たい闇の世界へと戻った。

 

「「…………」」

 

 幹比古もリーナも、ただその光景を、口をぽかんと開けて見ているだけであった。

 

「あれだけ強力だったパラサイトがこんな一瞬で」などの驚きや疑問すらない。至近距離で『梓弓』を浴びたせいで、ただただ、呆然とするしかできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、あずさが再び上げた叫び声によって、二人の意識は現実に引き戻される。

 

 途端、全身を貫く真夜中の厳寒が蘇り、あずさがパラサイトを倒したことを理解し――いつきが今にも息絶えそうなのを、思い出す。

 

「っ、楽にしてろ、いつき! 今治すから!」

 

 幹比古は即座に自分が何をするべきなのかを思い出した。

 

 パラサイトの全力を集中させたプシオン攻撃を食らった。恐らく、幽体が傷ついている。まずはそれを確かめることにした。

 

 本来ならもう少し慎重に時間をかけて行う儀式である。しかしながら急いでいた幹比古は、傷ついているかどうかだけを確かめるために、多くの手順を省略して、彼の幽体を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――う、そ、だろ……」

 

 

 

 

 

 

 幹比古の手が止まる。

 

「ちょっと、どうしたの!? イツキは一体何が!?」

 

 目を白黒させて固まり、震える声で小さく声を漏らす幹比古の肩を、女の子とは思えない握力でつかみ勢い良くゆすりながら、リーナが涙声で問い詰める。

 

「幽体が、傷ついて……いや、傷なんてレベルじゃない……壊れて、吹っ飛んでる……」

 

 幽体はその人物の体とほぼ同じ形をしている。

 

 そして幹比古が見たいつきの幽体は――両脚の膝から先と、左腕の肘から先が、「消失」していた。

 

 間違いなく、あのプシオンの攻撃で、吹き飛ばされたのだ。

 

 そしてその断面からは――まるで血液がドクドクと流れ出るように、精気が恐ろしい勢いで流れ出ている。

 

「かい、ふく、回復の儀式を!」

 

 こうなった時のための術式は吉田家に伝わっていて、それも今まで研究してきた。幹比古は、結界術のために使った呪具を周囲からかき集め、今できる限りの魔法陣を結び、いつきの生命を繋ごうとする。

 

 だが、効果が出るとは思えなかった。

 

 この術式は、身体で喩えると深めの切り傷程度の幽体の傷を治し、また失われた精気の自然回復を促すことができる。当然、この程度の効果では、この四肢のほとんどが吹き飛んだいつきを回復できるとは思えない。

 

 それでも、やるしかない。幹比古は脳が焼ききれそうなほどに思考を巡らせ、疲労困憊だというのに、これまでにない集中力で、儀式に挑む。

 

 ……だが、焼け石に水。傷口を少し塞いでも、あふれ出る精気によってすぐに広がり元に戻ってしまう。精気を多少回復させたところで、それ以上の量が流れ出続ける。

 

 理性ではもう分かっている。無駄だ。

 

 しかし、幹比古は、諦めることができず、認めることができず、自分の魔法力が枯渇スレスレだろうが、最大限の術式を施し続けた。

 

「りー、な、さ……」

 

「イツキ!?」

 

 もはや意識があるどころか、生きているのすら奇跡。そんな中、身じろぎしたいつきが、虫の鳴くようなか細い声で、ゆっくりと、リーナの名前を呼ぶ。

 

「ぱ、ら……いと、は、たお、せ……なかまの……かた、きは……りーな、さ、の、やく、め、おわ……」

 

「イツキ……イツキ!?」

 

 途切れ途切れで小さな言葉は、あまりにも聞き取りにくい。

 

 だが、それでもリーナは、しっかりと彼の言おうとしてることが分かった。

 

 日本に侵入した吸血鬼はすべて倒し、その元凶であるパラサイトも倒しきった。――――かつての仲間を「処刑」し、理不尽をもたらした怪物と戦うという彼女の役目は、日本では、終わったのだ。

 

「は、やく……あめり、もど……いい、よ」

 

「そんな、こんな時までワタシのことなんか心配しないで!」

 

 リーナの目から流れる涙の勢いが増す。いつきの小さな手を、芸術品のような美しく細い両手で包み、縋り付くように泣き叫ぶ。

 

 いつきは、この状況でも、彼女のことを気にしていた。

 

 リーナは、いつき達の前では、「USNAの責任で侵入した吸血鬼を討伐する」ために交換留学と偽って日本に潜入していることになっている。つまりそれらをすべて倒した今、外国の軍隊がここに残る正当性の全ては失われたのだ。故に、リーナにこれ以上「疑い」がかからないよう、帰国を勧めているのだ。

 

 ――きっと、いつきは、リーナの言っていることを真実だとは思っていない。

 

 自分でも、あの嘘は苦しかったと思っている。彼も分かっていただろう。

 

 それでも、リーナを仲間にするために、リーナを役割から解放するために、リーナにこれ以上罪を背負わせないために、いつきはそれを受け入れたのだ。

 

 そして、自身の命が果てようとしているこの瞬間でさえ――リーナの未来を、心配しているのである。

 

 こうしている間にも、いつきの呼吸はどんどん細くなっていき、顔色も悪くなっている。

 

 その命が、今にも尽きようとしている。

 

 幹比古とリーナの手が震える。寒さからではない。大切な人を失うという恐怖だ。

 

 自分たちを守って、ただ一人犠牲になって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、いっくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中。

 

 彼と一番長く過ごし、彼を最も大事に思っている、半身のような存在のあずさは――泣いていなかった。

 

 穏やかな声で、まるでまどろむ弟に語り掛けるように、口を開く。

 

 いや、その顔には、しっかりと涙は浮かんでいた。

 

 ただ、穏やかながらもはっきりした声と、その顔に浮かぶ温かな笑顔が、泣いている印象を微塵も与えなかった。

 

「いっくん、いっくん……いつも、私のことを守ってくれて、ありがとね」

 

 いつきの上半身をゆっくりと支えて起こし、優しく抱きしめる。

 

 思い出すのは、この一年間。

 

 あの春の事件も、秋の戦争も、冬の死闘も。

 

 いつきはずっと、あずさを守ってくれていた。

 

 いや、その時その時だけではない。

 

 ずっと続けてきたパラサイトの研究は――あずさを、守るためのものだった。

 

 大好きな弟は、ずっとずっと、彼女を守り続けてくれたのだ。

 

 それに対して、自分は何か役に立てただろうか。

 

 いつきならきっと、迷いもなく頷いてくれるだろう。実際、あずさの果たした役割もかなり大きい。

 

 それでも、いつきに比べたら――あずさが出来たことは、ずっと小さなこととしか、思えなかった。

 

 自分から、約束したのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっくんが守ってくれるのはうれしいよ! いっくんは、頼りになって、賢くて、かっこいいんだから!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 いるかもしれない化け物との戦いをすると、いつきが認めたあの日。

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも! いっくんは、私の、大事な、可愛くて、大切な、弟なんだもん! いっくんが守るだけじゃなくて――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 感情に任せて叫んだ、あの時。

 

 自分から約束したではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――私も、いっくんを守ってあげるからね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでは、約束破りだ。

 

「お姉ちゃん」として、いっくんに、申し訳がない。

 

 あずさはいつきを解放し、またゆっくりと、冷たい地面に横たえさせる。

 

 すると、そのまま折り重なるように、いつきの上にまたがり、その両手を両手でそれぞれ取って、握る。

 

 瓜二つの姉弟。自分たちでもたまに見分けがつかない、幼い容貌。

 

 二人が感情をぶつけたあの時。

 

 約束を結んだあの時。

 

 その時のように、二人は手と体で重なり合い、お互いの瞳に映る自分がはっきり見える距離で、見つめ合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、約束を守るから――――ゆっくり、お休み、なさ、い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、あずさは、途切れ途切れの声でそう言い残すと――全身から力が抜け、いつきの小さな身体に、彼女の小さな身体を預ける。

 

「「すぅ、すぅ……」」

 

 そして二人は、まるでいつもそうしているかのように、穏やかな表情で、寝息を立て始めた。

 

 そう、あずさだけでなく、いつきも。

 

 いつの間にか、彼の幽体から流れ出る精気は止まり、それどころか、かなり減ってはいるが、辛うじて生きられる程度には回復している。

 

 幹比古とリーナは、ただ驚いて、見ているだけしかない。

 

 何が起きたのか、理解できなかった。

 

 そんな、瞬きすら忘れて二人が固まって見つめるのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――普段のように、姉弟で一緒に安らかに眠る、いつきとあずさの寝姿であった。




ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

あと前書きに書いた新作もよろしくお願いします(宣伝おやこあい)


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13-1

本日一気に二話投稿しているうちの一話目です
こちらから先にお読みください


 モンスターをゲットし、仲間を増やすRTA、はーじまーるよー!

 

 前回は、リーナちゃんを仲間に加えたところまででしたね。

 

 これでついに、中条家仲上々チャートで最重要となる三人が揃いました。

 

 ちなみになんやかんや参加してるレオ君は、いてくれたらラッキーだなあ程度だったのですが、上手く参加してくれましたね。原作の修正力で初日ダウンする確率がそこそこ高いのであまり当てにはしていませんでした。

 

 ただ、リーナちゃんと組むようになると、彼は離脱せざるを得ません。警察からの裏依頼で参加しているのが彼なので、USNAサイドとしては一緒に行動するわけにはいかないんですね。まあ、パラサイト相手にはあまり役に立たないし、吸血鬼相手にもメイン盾が関の山なので、リーナちゃんに比べたら戦力としては不要です。

 

 

 で、リーナちゃんに関しては、仲間になってからもなお、好感度はがっつり稼ぎに行きましょう。理由はそのうち話します。

 

 ポイントは、今までと違って軽い対応で済ませず、「仲間」の有効アピールを全力でして、なおかつ彼女の立場にとにかく寄り添ってあげることです。辛い責任を負っているので、これでほぼ確実に稼げます。なんか初日は好感度低かったのですが、いつき君の見た目が可愛いくて女の子みたいで異性ハードルが低いからか、上昇幅が大きく感じます。

 

 ちなみに、先ほどの説明からお察しの通り、リーナちゃんの好感度を稼ぐ上では、プレイヤーキャラは女の子の方が有利です。

 

 ただ、幹比古君がとにかくエリカちゃん以外の異性に対して距離を取りがちなので、長くかかわり合いになる彼との交流を優先して、男の子チャートにせざるを得ないんですよね。そういう意味では、幹比古君と仲良くなりやすい男の子チャートを取りながら、リーナちゃんのハードルも下げる女の子チャート的利点も得られる、この男の娘チャートはとっても豪運だったかもしれません。RTAコミュニティに報告しておきました。

 

 まあ、素性ガチャ・性別ガチャに加えて見た目ガチャはさすがに地獄なので現実的ではないですけど……。

 

 

 はい、ではなんやかんややっているうちに、三日目遠征、イクゾ!(カプ・コケコ)

 

 先ほど説明した通り、レオ君は不在です。その分リーナちゃんが加入し、そしてクソ強いので、かねてより準備していた最終段階へのステップを踏むことができます。

 

 まずは幹比古君パワーとアメリカ軍パワーの友情タッグでとりあえず吸血鬼を見つけたら……リーナちゃんによる不意打ち先制攻撃で腕とか脚を吹っ飛ばしてもらったうえで、あずさお姉ちゃんと幹比古君の拘束魔法で地面に押さえつけます。

 

 

 

 

 そしたら……じゃじゃーん! パラサイト封印ボックスー!

 

 

 

 

 これを、押さえつけられてる吸血鬼の前で開けますと~!

 

 いきますよ~?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ^~パラサのイト^~(意味不明)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、吸血鬼のお仲間を、こうして閉じ込めていることを示すんですね。

 

 これ原作知識なんですけど、パラサイトは、もともと巨大な一つの個体だったのが、こちらの世界に迷い込んだ衝撃で分裂したやつなんですよね。つまり、仲間とかきょうだいとか家族とか同胞とかそういう言葉を越えて、全部が「自分」なんですよ。

 

 当然、それへの執着はすさまじいです。

 

 そういうわけで、これが最終段階へのステップ。名付けて「パラ質」です。

 

 これによって、吸血鬼たちは向こう側から来てくれるようになるため手間が省けますし、そして集団で襲いかかってくるのでタイムが大幅に短縮できます。

 

 

 これができるようになる条件は二つ。

 

 一つ目は、リーナちゃんが加入すること。吸血鬼一人相手でもこのメンバーだと少し苦しいのですが、リーナちゃんが加われば十人ぐらい襲い掛かってきても平気です。どれぐらい強いかと言うと、文弥君・亜夜子ちゃん・エリカちゃんの三人を足したぐらいで、達也おにいたまと十文字先輩より下、深雪ちゃんと同じぐらいです。強すぎか?

 

 二つ目は、パラサイトを二匹捕まえてる事。こんなの、当然持ち運びたくないので、吉田家の金庫に閉じ込めておくのですが、二匹いるなら「まあ片方ならいいか」ということになります。

 

 

 

 こうしてパラ質を吸血鬼一人に見せつけ、国内のお仲間たちにも知らせてもらいます。これで、後はあちらが一斉に襲い掛かってくるので、一網打尽にするだけですね。で、こいつは用済みなので、もうさっさと討伐します。もう封印する必要もないので、『毒蜂』でサクッと殺しちゃいましょう。

 

 

 

 さー、ここからはクライマックスですよ。

 

 これから毎日、夕方ぐらいにはリーナちゃんとも合流して、戦いやすい開けた人気のない公園で待機します。これで運が良ければ初日に集まってくるのですが、向こうも作戦とか準備があるので、大抵少し時間が空きます。

 

 リーナちゃんを仲間にするのが速い方が良い一番の理由がここなんですよね。パラ質を見せつけるのが速ければ、当然最終決戦も速いので。まあ、遅れたら遅れたで最終決戦の安定度が上がるので悪くないんですけど。

 

 えー、今回は最速で出会って仲間にしたので……最終決戦は安定度最悪ですね。代わりに速度も自己ベストが見えているので、この時の走者、内心ドキドキです。

 

 初日は……現れませんでしたね。

 

 ここでポイントなんですけど、いつもの吸血鬼捜索は12時回って翌日まで及んでいますが、この待つ段階まで来たら、12時までに来なかったらもう帰っちゃっていいです。真冬の真夜中でずっと気を張って待っている、しかもそれを連日やって睡眠不足……なんてことになって、いざという時に体調崩したら元も子もないですからね。

 

 12時なったらさっさと帰りましょう。あちらも今日攻めたいならとっくに向かってきてるか、はたまた帰る途中に襲ってきますからね。

 

 

 そんな感じで、ゆるっと毎日吸血鬼を待ち続けましょう。奴らが諦めて東京から脱出、というパターンは、パラ質によってほぼありませんが、一応ニュースとかで、依然出続ける被害者が東京周辺であることを確認します。

 

 うー、初日に来てくれれば最高なんですけどねえ。そうすれば最終決戦の日付が先日の黒羽家チャートと同じになって、そこからの流れ次第では、それを越えられそうだったんですけどねえ。あれが私の全チャート通しての自己ベストなので、それを越えられれば更新できたんですけど……。

 

 まあ、この中条家仲上々チャート内での自己ベストはまだ見えているので、それを期待しましょう。

 

 

 

 

 

 そうして、二日目、三日目、四日目……五日目! ついに来ました! 1月23日夜11時半、ここから最終決戦です!

 

 

 

 

 

 吸血鬼の人数は……隠し玉がいなければ、の話ですけど、12人ですかあ。

 

 うーん、三体のパラサイトを活動停止にしてこの人数は、ちょっと多めですね。まあスターズからの脱走者が19人、って言われた時点で正直覚悟してました。スターズ以外にも憑りついているのも数えれば20人は越えるわけで、何人かはアメリカに留まるとしても、12人以上日本に来ていると思うべきでしょう。むしろ原作に比べたら日本に来た割合が少ないので、地獄(ガバ運)(幸運)ってやつでしょう。

 

 

 はい、では始めまーす。

 

 

 と言っても、吸血鬼状態ではやることはほぼありません。ブリオネイクこそありませんが、リーナちゃんが最初から魔法全開で暴れて、肉体を持つ相手には無双しますからね。第二段階に備えて少しでも数を減らすべく、遊離したパラサイトをなるべく倒すようにする、ぐらいしかここでは仕事がないです。何ならアメリカ軍からスターダスト級が二人、サポートゲストとして参戦してくれてますし。あ、今目の前でどっちも倒されましたね。使えねー。

 

 

 えー、で、まあ大体は黒羽家チャートの時と同じように、別の吸血鬼の体に逃げ込まれるのでそんなに上手くいきませんが……おー、三匹のパラサイトを殺すことができました。

 

 なんやかんやで、合体パラサイト本体は、原作と同じ9体合体になりましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、ラスボス・巨大パラサイトとの最終決戦です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからの役割分担は特殊です。

 

 まず今までアタッカーとして一人で100人分ぐらい働いたリーナちゃんは、本体に有効打がないので、サポートに回ってもらいます。

 

 メインのサポートは、いつき君たちに『仮装行列(パレード)』をかけてもらうことです。姿形は変えず、座標情報の誤魔化しのみを行うだけで十分ですね。これにより、魔法的にしかこちらを感知できないパラサイトは、少しだけこちらへの狙いがつけにくくなります。自分でかけるのではなく、この魔法の名人に全部お任せしておいて戦闘に集中できるので、かなり嬉しいんですよね。

 

 また、危機的状況になったメンバーを、高速移動魔法で救出してもらう役割もあります。

 

 こんな具合に、対吸血鬼戦では最強アタッカー、対パラサイトでも攻撃こそできないけどサポーターとして優秀と、リーナちゃんはこのRTAにおいては本当に強いですね。

 

 

 で、他メンバーは、大体黒羽家チャートと同じになります。

 

 いつき君は最前線で触手を高速移動で回避しながらちまちま攻撃を加える前衛。

 

 あずさお姉ちゃんは離れた場所から精神干渉系魔法で攻撃する遠距離。

 

 幹比古君は、アタッカーをしつつも結界術などで防御も担当する遊撃です。

 

 

 

 さあ、行きますよ!

 

 

 当然、攻撃方法は、対パラサイト用『毒蜂』です。毎回これにはよくお世話になりますね。黒羽姉弟みたいにプシオンの剣や『ダイレクト・ペイン』を使えればよかったんですが……贅沢言っても仕方ありません。

 

 これでちまちま少しずつ削っていくと、だんだんと動きが荒くなってきました。ダメージが確実に入っている証拠ですね。そして相手の攻撃は、高速移動もさることながら、『パレード』のおかげで微妙に狙いがズレるため、中々当たりません。

 

 さて、ではここで、ぶち込んでもらいましょう!

 

 

 

 

 幹比古君の『迦楼羅炎』! そしてそこに、いつき君とあずさお姉ちゃんの『毒蜂』をドーン!

 

 

 

 身体炎上とそれの恐怖心を爆増させるダブルパンチ! ご存知、『火に油を注ぐ』戦法です! しかも以前の黒羽家チャートよりも事前情報により研究が進んでいるので威力が高い!

 

 

 

 これで大ダメージ! それに応じてパワーアップし、触手が大暴れしてプシオン波攻撃も放ってきますが、モーマンタイ!

 

 リーナちゃんに『パレード』の応用で魔法情報的な分身を大量にばら撒いてもらい、相手の照準を逸らします!

 

 プシオン波攻撃は、このチャートにおける最難関です。

 

 というのも、黒羽家チャートなら、RTAプレイヤーキャラの中でも育ちに育った黒羽家の長女または長男に、文弥君と亜夜子ちゃんを足した、三大将形式の『プシオンウォール』で防げるのですが、中条家の二人ではパワーも人数も足りません。

 

 そしてそれを補うのが、このリーナちゃんの身代わり戦法なんですね。ははは、横浜事変のあのクソタコの時のほのかちゃんといい、幻影に頼りっぱなしだぜ!(やけくそ)

 

 

 さて、大ダメージを与えるこの戦術は二度目は通用しないので、またちまちま削っていきます。

 

 パラサイトも触手じゃ狙いがつけられないと思ってプシオン波連打に切り替えていますが、明後日の方向を狙い続けてるので当たりません。ふん、雑魚が。

 

 

 

 

 さあさあ、そろそろ、このチャートの最大の見せ場がやってきますよ~?

 

 

 

 

 

 安定のために、もう少し削って……ん? なんか動きが変ですね。攻撃を止めたと思ったら、光が強くなって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――全方向にプシオン波攻撃を放ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、あー、なるほどお。本物が分からなくて当てられないなら、全体を一気に薙ぎ払えばいいと。ははあ、本能しかない下等生物の割には考えましたねえ。

 

 これは初めて見るパターンです。身代わり作戦は、こんな攻撃をしてこない前提だったんですけどねえ。全方位に放たれたら身代わりは意味ないし、回避することもできません。

 

 そしてその波動は、先ほど説明した通り、パワーも人数も足りないので不足、と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああああああああああああああああああ!!!!!

 

 

 

 どうすんのこれ!!!!!!??????

 

 

 

 詰みじゃん! 詰みじゃん!!!

 

 

 

 こんなの聞いてないよ!!!???

 

 

 防御も回避も不可能ってどうすんだよこれ!!! しかも即死技!!! 何が最大の見せ場だコラ!!! こんなの想定してねえよ見せ場にたどり着けねえあああああああうんちうんちうんち!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優先順位は……この後のためにあずさお姉ちゃんは死んじゃダメ、リーナちゃんも生きてなきゃタイムが死ぬ、幹比古君も保険のために絶対必要、いつき君も生きてないと意味ない……。だめです、捨て駒になるのもいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、とりあえず幹比古君が急いで張ってくれた結界に全員で逃げこめ!

 

 こらそこの女の子二人、ぼんやりしてちゃだめでしょ!!!

 

 高速移動で抱えて回収し、結界に逃げ込んで、全力で『プシオンウォール』を展開します。

 

 

 これで、どうだ……おお、よかった、二つ重ねればなんとか拮抗してます。

 

 

 これこそが幹比古君の凄い所です。

 

 黒羽家チャートと違って対パラサイトの研究を長くできるので、こうした結界術も強化できるんですね。あちらではすぐに破られましたが、こちらでは、全方位攻撃と言うことで威力が薄まってるのを加味しても、中々イイ感じに防げてます。攻撃、防御、探知、サポート、肉弾戦、なんでもござれの万能古式魔法師、一走に一人、いかが?

 

 ふう、これでなんとかなりましたねえ。あとはこの波動攻撃が尽きるのを待って、気を取り直して削っていきましょう。

 

 あー、でも、中々収まりませんねえ。結界術がとても強力なので、ダミーをばら撒いてもらってはいますけど、さすがに場所バレバレですし。

 

 そう、バレバレなんですよ。そうなると、相手は全方位攻撃をする必要がなくなって、パワーを一点に集中させた全力の攻撃をしてくるわけですね。

 

 

 ほおら、見てください。プシオンの波動が、だんだんとこちらに向かうものだけに収束して、激しい光を放ってますよ。そうなると、この結界と壁の二重防御もすぐに破られますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ死ゾ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あああああああああああああああああどうするのこれええええええええええ!!!

 

 

 いやだああああああああああああああこんなに上手くいってたのにここでゲームオーバーは嫌だあああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 だ、誰か捨て駒は!?

 

 もう五体満足じゃなくていいから!

 

 

 

 

 えーと、あずさお姉ちゃんは大仕事があるからダメ、幹比古君も仕事があるし、リーナちゃんが死ぬどころか重体でもどうせタイムが死ぬからダメ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………いつき君は、生きてさえいれば、ゲームオーバーにならない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゅうもおおおおおおおおおおおおく!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 固有魔法発動、『アテンション』! いつき君に注意を集中させる魔法で、精神干渉系なのでパラサイトにも有効!

 

 

 結界から高速で飛び出しながら、パラサイトの攻撃をすべて引きつけます!

 

 

 これによって、三人に攻撃が向かわず、収束波動攻撃をいつき君一人が受けることになりました!

 

 

 

 

 

 

 

 うおおおおおおお全身全霊の『サイオンウォール』!!! 防ぎきれ、防ぎきれええええええええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ワンチャンあるかな、って思ったけど、やっぱり駄目でした。

 

 あーああ、終わったな~。

 

 まあ、このことはチャートにちゃーんと書いておいて、RTAコミュニティでも共有しておきましょうかね。クソが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プシオンの壁が破られ、波動がいつき君の全身を包み、魂を破壊しようとします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファ!? 眩しい!?!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにこれ!?

 

 何が起きたの!?

 

 プシオンに包まれたと言ってもこうはならんやろ!? なっとるやろがい!? ならねえから言ってるんだよ!!!

 

 っていうかこんなん浴びたら即死なんだから、画面ブラックアウトしてゲームオーバーなのよそのまま!

 

 でもなんか普通にクソ眩しいし、意識があります。

 

 しかも、なんか両足と片腕が死ぬほど痛いんですが? まるで魂を直接破壊されたような痛みなんですが??? 

 

 前に事故で実際に脚が吹っ飛んだ時の比じゃないんですけど??? 死ぬの???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とか混乱しているうちに、収束波動砲が収まりました。

 

 視界がすっごいぼやけてますけど、まだなんとかギリギリ見えます。具体的には、黒羽家チャートで自分の頸斬った直後ぐらいの状態です。

 

 パラサイトも今のはかなり全力の攻撃だったのか、硬直していますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――今がチャンス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか訳わからんけど、ここでもうやるしかねえ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うわあああああああああん、あずさお姉ちゃああああああああああん!!!(上弦の陸)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『梓弓』であいつを倒して!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさお姉ちゃんが大きなお目目から、涙をぼろぼろこぼしながらも、胸に下げていたロケットペンダントを開き、魔法を発動してくれます。

 

 あずさお姉ちゃんの固有魔法『梓弓』。清澄なプシオンの波動を放って、それに人の心を引きつけ、トランス状態にします。

 

 そして、これが走者たちの研究により、発見された、もう一つの隠し効果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この『梓弓』は、魔を祓う力があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり――――パラサイト特効魔法なんです!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合体パラサイトはそれでも耐えてきますが、ある程度削ればこれで一撃死してくれます!

 

 どれぐらい削ればよいかと言うと、蘭ちゃんの『プシオンコピー』が2割程度まで削る必要があるのに対し、こちらはなんと5割程度で十分! ちまちま『毒蜂』で削って、「火に油を注ぐ」をして、そこからもう少し削れば十分なんです!

 

 

 

 

 

 

 これこそが、この中条家仲上々チャートの最大の特徴です。

 

 

 

 

 

 

 プレイヤーキャラの能力を犠牲にしてでも。

 

 あらゆる行動に制限がかかってでも。

 

 あずさお姉ちゃんの好感度を高め、対パラサイト戦に参加させる必要があります。

 

 メンタルクソザコ、フィジカルクソザコ、魔法は強いけど適性は戦闘向きじゃない。

 

 こんなか弱い女の子を、自分の能力を多く削ってまで参加させたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――この、対パラサイト最強魔法のためなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、あずさお姉ちゃんと仲上々になる必要が、あったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よし! パラサイトは死んだ!

 

 あとはいつき君が死ぬまでに、リーナちゃんたちに帰国してもらいましょう!

 

 

 

 

 

 もうなんか喋るのも精一杯ですが、リーナちゃんに気を遣うふりをして、この後即時帰国するよう説得します!

 

 リーナちゃんの好感度を高めたのはここが理由! パラサイトを倒した後速やかに帰ってもらわないと「来訪者編クリア」にはなりません! ここで素直に言うことを聞いてもらって、アメリカ人たちにはなるべく早く帰国してもらえるようにしました! リーナちゃんがこの戦闘で重体及び死亡になったら治療や後処理のためにアメリカ人が居座るので、帰国が大幅に遅れます!

 

 だから、好感度を稼ぎ、なおかつリーナちゃんを生かす必要があったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして同時に、幹比古君を大事にした理由がここです!

 

 

 対パラサイト研究の時に、保険として、攻撃を受けた後の「魂の治療」方法を磨いてもらいました。前チャートのクリア後でも、グロッキーだった幹比古君が吉田家の儀式で回復しましたが、それの強化版です。

 

 ただ……これは、どうでしょうか。

 

 

 

 パラサイトの攻撃によって、今、いつき君の「幽体」、いわばプシオン版のエイドスがぐちゃぐちゃに破壊された状態です。

 

 破壊された場所は、両脚と左肘から先ですね。幽体が破壊されたということは、そこからプシオンが漏れ出ている状態であり、言ってしまえば、「魂」が抜け出ています。

 

 多少の破壊なら、儀式と自然回復で何とかなりますが、ここまでだと、間に合うかどうか……。

 

 

 

 

 

 あ、ああ、あああ……やっぱり駄目です。応急処置にすらなりません。

 

 

 

 

 もうこれ数分も持たないですよ。

 

 ああ、そうか、せっかくパラサイト倒したのに、ここで死ぬんですか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、あずさお姉ちゃん?

 

 なんか、抱き着いてきて、は? なんか温かい気持ちが流れ込んで…………なんか、全身の痛みが和らぐような……。

 

 

 

 

 

 あ、意識飛んだ……眠っている自分を幽霊状態で見る第三者モードに入りましたね。

 

 えーっと、気絶こそしましたが……いつき君、まだ死んでいません。

 

 そしてお姉ちゃんがいつき君の上で重なり合うように、こんな寒い中で、寝ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、えっと、じゃあ、リーナちゃんが帰国するまで、後からわかったことを解説しましょう。

 

 

 

 

 

 

 まず、パラサイトの収束波動攻撃を、なぜ生き延びたのかですね。

 

 えー、右上サブ画面の、三人称視点をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつき君がプシオンに包まれる直前、胸ポケットにしまっていた、初詣で沓子ちゃんから貰ったお守りが光り出して、プシオンから守ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのパラサイトが放つプシオンは、通称「邪気」と呼ばれるものです。あのお守りは、それを祓う効果があり、それも、とんでもなく飛びぬけた強さがあったみたいです。

 

 これによって、合体パラサイトの全力攻撃はギリギリ即死にならず、片腕と両脚の幽体を吹っ飛ばす程度に収まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、と……沓子ちゃん様あああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神!

 

 大明神!

 

 大御神!

 

 命!

 

 尊!

 

 大権現!

 

 大菩薩!

 

 あー、沓子ちゃん様しゅき♡しゅき♡

 

 あのクソタコのみならず、この土壇場でパラサイトからも命を救ってくれました。しゅき♡だいしゅき♡

 

 えー、RTA走者の皆さん、沓子ちゃんをあがめましょう。

 

 彼女こそが、我らがRTA走者の絶対神です。

 

 こ、こんなこと、予想外すぎません?

 

 九校戦で偶然気に入られ、そこから好感度爆上がりして、横浜騒乱編ではデータに無い新兵器から救ってくれて、ただのロスでしかないゲン担ぎ行動である初詣もこの最後の最後で命を救う行動になるって。

 

 あー、神。神。それしか言いようがありません。

 

 これから毎日、沓子ちゃん様を崇め奉ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、もう一つ。

 

 沓子ちゃん様の御力によってお守りいただいたいつき君ですが、それでも魂がボロボロで、幹比古君による回復も間に合いません。ですが、あずさお姉ちゃんが抱き着いてきてなんかやると、なぜかそのまま生き残りました。

 

 これなんですけど…………初めて見る現象でした。

 

 あずさお姉ちゃんといつき君は姉弟で、血のつながりがとても濃いです。魔法的なつながりも濃いですね。そして見た目もとてもそっくりなので、物理的エイドスも、精神のエイドスも、どちらもかなり似た形をしてるんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさお姉ちゃんは、これを利用して――――「幽体の共有」の魔法を使いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、別個体であるはずの二人の幽体を繋げ、正常な状態の幽体の形を「器」とすることで、壊れた幽体の穴を補うものです。今回は、ダメージを受けてないお姉ちゃんの幽体の形を使って、ボコボコ穴だらけのいつき君の幽体を補い、プシオンの流出を抑え込みました。まるごと幽体を投射するという点では、蘭ちゃんの『プシオンコピー』とはまた違った意味で、達也お兄ちゃんの『再成』に似ています。

 

 正直訳分からないんですけど……ま、まあ、生き残ったならヨシ! ってことで……。

 

 

 

 

 

 リーナちゃんの計らいにより、アメリカの息がかかった超高度な病院に、姉弟で入院させてもらうことになりました。そしてリーナちゃんは、無事説得に従って、名残惜しそうにしながらも、帰国していきます。

 

 これにより……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「来訪者編クリア」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでタイマーストップ。

 

 記録は、2096年1月24日午前11時21分47秒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあああああああ、終わったああああああああ。

 

 

 

 

 

 

 

 完走した感想ですが。

 

 えーまず、このチャート内での自己ベスト更新できて、嬉しく思います。流石にクソ難しくて安定しないけど速さが期待できる黒羽家チャートには敵いませんでしたね。

 

 で、今回の走りは、禍福は朝萎える玉のゴシゴシみたいな言葉の通りに、豪運とクズ運が連発しました。沓子ちゃん様関連と、最後の最後でのあずさお姉ちゃんの『幽体共有』がそれですね。そのおかげで、結果的に完走出来て、しかも中々のタイムとなりました。

 

 固有魔法もクソみたいな効果でしたが、結果的に二度も最高の使い所さん!? があったので、終わってみれば幸運でしたね。

 

 あー、黒羽家チャートもそうでしたが、本当、不幸なのか幸運なのかわかりませんね。非常に心臓に悪い展開が多すぎる気がします。

 

 ま、何はともあれ、このチャートで無事走り切れました。なんか説得力ありませんが、ラスボス戦が短期決戦で終わるので安定性が高く、またあずさお姉ちゃんとイチャイチャし続けられるので、非常に楽しいチャートでした。皆様も是非、やってみてください。俺もやったんだからさ。

 

 それでは、このあたりでお別れしましょう。

 

 後日、前回と同じように、プレイヤーが操作しない後日談的なのも投稿しますので、ぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法科高校の劣等生 イレギュラーズ・ライフ 来訪者編クリアRTA・ノングリッチ 中条家仲上々チャート」、超長時間のご視聴、ありがとうございました!




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13-5

本日一気に二話投稿しているうちの二話目です
一つ前の話から先にお読みください


 とにかく、いつきが瀕死であったことだけ確かだ。

 

 数十秒後、駆け付けたUSNA軍のバックアップメンバーの声で意識が戻った幹比古とリーナは大慌てで状況を説明し、USNAの息がかかった都内の大型病院に、いつきとあずさは担ぎ込まれた。

 

 VIP専用の個室に特別に二つのベッドを並べ、二人は緊急入院することとなった。

 

「なんだこれ、信じられない……」

 

 駆け付けた吉田家の術師たちと協力して、いつきのプシオン回復儀式を大規模に行おうとしたとき、幽体の状態を確かめようとした幹比古たちは、自分たちの失敗を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつきの幽体が、あずさとそっくりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに瓜二つで、幽体が身体に比例する以上はかなりそっくりになるだろうが、集中しなければ「同一人物」に見えるのはありえない。二人は血を分けたそっくりな姉弟ではあるが、年齢も生活も性別も違う。

 

 だが、「視える」のは確かに、いつきの幽体が、あずさとほぼ同じであるということ。

 

 そしてもう一つが――――隣のベッドで眠り続けるあずさと、目に「視える」ほどに、常に霊的なつながりがあることだった。

 

 双子ですら、こんなことはあり得ない。何かしらの魔法的な措置が施されているとしか思えなかった。

 

 そして回復儀式を中断し会議をした結果、一つの仮説にたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは、自身の幽体を、いつきの幽体に「投射」したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 二人の幽体のサイズは「ほぼ」が要らないほどに同じであり、健康状態ならば限りなくぴったりと重なり合うだろう。

 

 あずさはこれを利用し、自身と弟に霊的なつながりを作り、そこに自分の幽体を「投射」することで、いつきの霊体を「補修」したのである。

 

 その証拠に、いつきの幽体を深くまで覗いてみると、まるで覆われるように、両脚と左腕が吹き飛んだズタズタの幽体が見えた。あれがいつきの本物の幽体であり、表に見えているのは、あずさが「重ねた」ものだ。これによって、精気も生命が繋がるほどまで回復し、さらに「傷口」も塞がった。

 

「信じられない…………こんな、生命と精神の、深奥みたいな……」

 

 幹比古は呟く。

 

 あずさはいつの間に、こんな術式を身に着けていたのだろうか。

 

 ――彼は知らない。

 

 いや、他の吉田家の術師も、いつきも、そしてあずさ自身も、知らないことである。

 

 幹比古の回復儀式を目の前で見ていたあずさは、精神干渉系魔法とプシオンへの深い感性と、今まで磨いた魔法的な知識により、無意識に、この方法に行きつき、無我夢中で、あの場で実行したのだ。

 

 いわば、幽体の「共有」。これによって、いつきの命は辛うじて繋がれたのである。

 

 もちろん、死の半歩手前まで陥ったいつきも、それを生き永らえさせるほどに精気を「分けた」あずさも、幽体内の精気は、意識を保つことは到底不可能なほどに減っている。

 

 何が起きたのか、どうしてこうなったのか、わからないことだらけだが。

 

 

 今幹比古に出来るのは、二人が一刻も早く健康になるために、回復の儀式を繰り返す事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきたちを病院に担ぎ込んだリーナは、即座にUSNA軍本部と秘密回線で交渉を始めた。

 

「日本に来たアメリカ人は、全員即時に帰国よ。異論は認めないわ」

 

 アンジー・シリウスの赤髪鬼ではなく、彼女の本当の姿である、金髪の天使だ。

 

 だというのにその迫力は、秘密兵器であるブリオネイクを構えたアンジー・シリウス以上であった。

 

 当然、そんな急な帰国は不可能だ。

 

 何せ表向きは平和的・学術的な交換留学である。数人なら可能だろうが、3月の期限まで二か月も残して全員帰国は、あまりにも無茶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本人の少年が! イツキが! 命を張って! アメリカの責任を取ってくれて! さらにそのあとの気まで遣ってくれたのよ! もし、それに後ろ足で泥をかけるんだったら――――ワタシは、そんな国、滅ぼしてやる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜を徹しての激闘を乗り越えた、戦乙女の激情。

 

 その美しい顔に浮かぶ鬼の形相は、上官や高級官僚や大臣たちを震え上がらせた。

 

 世界最強の魔法師部隊スターズの隊長、公開戦略級魔法師・十三使徒の一角、知られている中では最大の破壊力を誇る『ヘビィ・メタル・バースト』の使い手。

 

 これに逆らえる人間は、この場にいない。

 

 これにより、USNAの無茶な実験を発端としてデーモンが現れたこと、それがスターズの魔法師たちに憑りついたこと、そして日本とアメリカで吸血鬼として暴れたこと、交換留学が日本に潜む吸血鬼を追いかけるためのダミーであったこと、いつき達の協力もあって日本の問題は解決したこと――真実と虚構を織り交ぜた「情報」は、翌朝には世界中にニュースとして飛び交うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその大混乱の中、お世話になった留学先への挨拶すら許されることなく、この度日本に来たUSNA人たちは、死者や吸血鬼となったものを除いて、昼前には一人残らず故郷へと帰国することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなリーナは、日本からの「お土産」として、特級の貴重品を、幹比古から譲り受けていた。

 

 さっそく、アンジー・シリウスとなったリーナは、帰郷するなり、USNA軍内の優秀な古式魔法師を総動員して集めた場で、その「お土産」を披露する。

 

「これは私が日本で譲り受けた、我が同胞たちを乗っ取り好き放題したデーモン……パラサイトを封印した箱だ」

 

 おおっ、と古式魔法師たちから歓声が上がる。

 

 このマイクロブラックホール消滅実験から日本の吸血鬼事件解決までの流れは、パラサイトの存在を知らなかった現代魔法師界や世間でも大騒ぎだったが、その存在が認知されていた古式魔法師界も騒然となった。

 

 生け捕りの妖魔。現代魔法師にとっても、そして当然古式魔法師にとっても、最高の研究対象だ。

 

「我らがスターズから脱走した兵の数と、日本で倒したパラサイトの数は合わない。つまり、それらは、ここ、我らが国土で跋扈しているということだ」

 

 USNAにおける吸血鬼事件は日本以上に厳しい情報規制がかけられていたが、いつき達が最終決戦を迎える数日前には、隠しきれずにニュースになっていた。

 

「現地の協力者より、憎きパラサイトの性質の情報を得た。これより我らは、こいつをいわば『人質』とし、我が国土を汚す悪鬼どもを、一匹残らず駆逐してやる!」

 

 ウオオオ! と太い歓声が上がる。

 

 隊長かつ戦略級魔法師による宣言は、古式魔法師たちを鼓舞し、化け物との戦いへの士気を上げる。

 

 現場で戦う兵士たちのモチベーションを上げるその姿は、後方で責任を負う指揮官として、お手本のような姿であった。

 

 

 

 

 

 ――なお、彼女が一番最前線で鬼神のごとく活躍することを、この時予想できたのは、シルヴィアだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古たちは、大切な親友・恩人の精気回復に全力を尽くし続け。

 

 リーナは祖国で、いつきと仲間を酷い目に合わせた憎きパラサイトの殲滅作戦を行っていた。

 

 それゆえに、吸血鬼事件の顛末をその目で見てきた人間は、第一高校に誰もいない。ただ、十師族である真由美と克人、警察関係者のエリカとレオが、断片的に知るのみであった。だがその断片ですら、誰もが知りたいと求め、四人は公開してよい情報の精査も含め、すっかり疲弊してしまった。

 

 そうして、あの最終決戦から、二週間と少しが経った頃。

 

 儀式の合間に事情聴取を一人で全て引き受けていた幹比古の証言が、少しずつメディアに流れ始める。

 

 そしてそこで、二人の小さな可愛らしい、そして勇敢な姉弟が、戦いの被害で未だ目覚めないことも知らされたのであった。

 

 誰であるのかは確定的だ。いつきとあずさである。

 

 第一高校を中心に波紋が広がり、特にいつきは九校戦で有名人だったこともあって、まるで作られた物語のような「ヒーローとヒロイン」として、話題に上っていく。

 

 そんな流れの中でも最初の方。

 

 この話を知った金沢の沓子は、酷いショックに包まれた。

 

「い、いつ、い、いつきが……妖魔に襲われて、二週間も寝込んだままじゃと!?」

 

 古式魔法師である彼女は、パラサイトがどのようなものであるのか、大体知っている。なにせ、彼女たちが最も恐れ、代々対策と研究を積んできた、正体不明の化け物だ。

 

 日本を騒がせた吸血鬼の正体がパラサイトで、いつきがそれと戦い、辛うじて退治に成功したが、長いこと意識不明。

 

 聞いた瞬間、脚から力が抜け、立っていられなくなった。傍に愛梨と栞がいなければ、どうなっていたか分からないぐらい、激しく倒れ込んだのだ。

 

「い、いつき……いつき!」

 

 そして彼女は、居ても立ってもいられず、東京行のキャビネットに単身乗り込んだ。どこに入院しているのかは、初詣の折に連絡先を彼の母親と交換したので、それを使って教えてもらった。

 

 ――孤独な個人キャビネットの密室。

 

 その移動時間は、数十年前に比べたら雲泥の差だが、それでも、異様に長く感じた。

 

 座席で体を丸めて座り、不安と恐怖で震える。

 

 どうなってしまったのだろうか。何か自分に出来ることがあったのではないだろうか。一体どうしてこんなことに。

 

 そんな思考がグルグル廻るうちに、少しずつ、一つの自覚が湧いてくる。

 

 

 

 

 

 

「いつき……」

 

 

 

 

 

 彼のことを考えるたびに、心が弾み、全身に熱とエネルギーが湧いてくる。

 

 そして今、彼が失われようとしていると、不安で不安で仕方がない。

 

(嗚呼、そうか、わしは……)

 

 今まで、こんな感情を抱いたことはなかった。

 

 近い感情はある。大親友の愛梨と栞、それによくお世話してくれる先輩の水尾。

 

 だが、自分が彼に向けるものは、明らかに違っていた。

 

 心の友と、大切な先輩。いつきは、心の友だと思っていたが、それだけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぬしの事が、大好きじゃったんじゃなっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんと今更なことか。

 

 失いそうになって初めて、感情に気づいた。

 

 なんとも滑稽だ。

 

 まさか自分が、懸想をしていたなんて。

 

 そうして己の感情に気づくと同時、永遠に思えた移動時間が終わり、東京の駅について、キャビネットが開く。

 

 駅員の制止を無視し、沓子は全力で駆けだし、一刻も早く、愛しい少年に会いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この日、彼女が向かう病院では、ちょうど、ある大騒ぎが起きていたところであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祖国の汚物は全て討伐した。この二週間と少しは激動だった。

 

 今にして思えば、あの夜の公園で吸血鬼を待っていた、酷く寒いながらも温かい時間が、懐かしく思える。

 

 北アメリカ大陸という広大な国土に散らばった吸血鬼を、たったこれだけの期間で殲滅したリーナは、またUSNAのあらゆる上層部に無理を言って、日本に戻ってきていた。

 

 表向きの理由である「吸血鬼事件」が終わった以上、USNA関係者が交換留学生として日本に残り続ける理はない。配慮として日本からの留学生は元々の期間留学するのも自由だが、リーナ達は、留学を中断せざるを得なかった。

 

 だが、ここで、第一高校は独自の動きを見せた。

 

 リーナの三月までの再留学を歓迎することを発表したのだ。

 

 彼女が模範的な生徒であること、吸血鬼と言う恐ろしい存在に立ち向かうために子供の立場で勇気ある任務に参加したこと、そして第一高校の生徒たちと協力して日本中の人間を救ったこと。

 

 これだけの表向きの理由に加え、生徒たちから、まだリーナと一緒にいたいという強い要望が殺到して職員たちの仕事がパンクしたし、明らかにこの件について当事者であろう彼女を第一高校で囲い込みたい下心もある。

 

 そのお迎え態勢たるやすさまじく、ほぼ禁書も同然だったあずさの論文――パラサイトについて明記している――を全世界に無料で公開して一高と吸血鬼事件解決のつながりを大々的にアピールし、クラスと生徒会と風紀委員の席も残しておいてくれている。

 

 そしてリーナは、それを快く受けた。

 

 USNA上層部は難色を示したが、マイクロブラックホール消滅実験強行の尻ぬぐいをした彼女には逆らえず、認めざるを得なくなった。

 

「いつき……また会えるわね」

 

 政府の息がかかった、民間向けに偽装した飛行機のファーストクラスから、空港に降り立つ。

 

 日本の空気は、やけに久しぶりに感じる。一方で、どこにいても、この見上げる空は変わらない。

 

 最初に向かうのは――恩人という言葉では言い表せない想い人が眠る病院だ。

 

 

 

 

 

 ちょうどそのころ、その病院では、医師や看護師が、突然の事態に、大慌てしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、リーナさんに沓子ちゃん様、来てくれたんだ!」

 

「「ええええええええ!!!???」」

 

「院内ではお静かに……」

 

 沓子とリーナ、特に面識のない二人が、ほぼ同時にいつきが眠る病室に偶然入った。

 

 そして飛び込んできたのは、ベッドで身体を起こしている、いつきとあずさだった。

 

 そしてこの姉弟と話していたらしい幹比古は、リーナと沓子が騒ぎすぎて目立つので、なんだか疲れた様子を見せながらも、二人を部屋に招き入れた。

 

「ちょうど一時間ぐらい前に目が覚めたんだよねー」

 

「二週間と四日……もう2月も上旬終わっちゃったね」

 

 当の眠り王子と眠り姫は、ずっとベッドの上で点滴を頼りに寝続けていたせいか、元々華奢なのにすっかりやせ細ってしまったように見えるが、意識は明瞭ではっきりと喋っていて、元気そうだ。

 

「お腹減ったんだけど、これ多分、しばらく離乳食みたいなのだよね? 色がついただけのお湯みたいな」

 

「ああ、うん、なんだかこのマイペースさも懐かしいや、うん……」

 

 いつきの無邪気な問いに、感情の温度差で風邪をひきそうになっている幹比古は、苦笑を浮かべた。その虚空を見つめる遠い目は、よく見ると、充血しているしその周りには涙の痕があった。

 

「いつき!」

 

「イツキ!」

 

 そんな和やかな状況で、ようやく事態を理解した沓子とリーナが、想い人の下に飛び込み、ワンワンと泣き出す。一時間弱前に、幹比古が同じことをやっていた。そして泣き止んだ後、医者やらなにやらの対応に追われ、こうして今疲れ果てているのである。

 

 ――そうして、沓子とリーナが泣き止むまでに、数分かかったのち。

 

 まだ目覚めて間もないので当人であるはずなのに状況をあまり理解していないいつきとあずさ、初めてまたはしばらく空いてのお見舞いなのでほぼ何も知らない沓子とリーナ、この四人に囲まれた幹比古は、全ての説明をする役目を背負わされた。この時ほど、あの「大きい方のシスコン」の存在を欲したことはないだろう。

 

「えーと、まず、四十九院さん向けに説明するべきかな?」

 

 幹比古の説明は、吸血鬼事件の経緯だ。

 

 いつきとあずさが「精神情報のイデアとそこの精霊のような存在」の可能性に行きつき、いつきが幹比古と出会い、そして再会してからの研究の流れ。そして吸血鬼事件が表沙汰になり、研究の成果ですぐにそれがパラサイトの仕業と分かったこと。

 

 そして、吸血鬼を倒すために夜に活動し、そこでUSNAよりの来訪者のリーナと遭遇し、協力関係を結んだこと。

 

 なんやかんやで吸血鬼とパラサイトは日本国内の分は倒せたが、いつきがその過程で犠牲になり、あずさが謎の魔法で彼の命を繋ぎ、代わりに二人とも二週間以上眠り続けたこと。

 

「おぬしらは、何をやっとるんじゃ……無茶が過ぎるぞ……」

 

 途中で挟まったいつきの主張である「何も知らないし対抗手段もない警察や十師族には任せられない」というのは一理ある。だが、その組織の協力を得て、もっと慎重に活動しても良かったのではないだろうか。時間が経てばたつほど犠牲者が増え続けるのは確かだが、急ぎすぎた結果自分たちがこうなっては、元も子もないではないか。

 

「なるほどのう。つまり、そこの金髪のべっぴんさん……リーナ、で良いかの?」

 

「ええ、いいわ」

 

「リーナは、いつき達の恩人と言うわけじゃな……何もできなかったわしが言うのもなんじゃが、礼を言おう」

 

「当然のことをしたまでよ」

 

 リーナはすまし顔でそう言っているが、豊満な胸をやや張り、鼻の穴が少し膨らんで、誇らしげだ。だいぶ気を抜いていると見える。

 

「で、四十九院さんに、一つ聴きたいことがあるんだけど」

 

「ん、なんじゃ?」

 

 幹比古の問いに、聴かれた側の沓子は首をかしげる。今この状況で、自分が何を質問されるのか、全く分からなかった。何せ自身が言う通り、何も役に立たず、蚊帳の外だったのだから。

 

「これ、知ってる?」

 

 いつきのベッドサイドの机から手に取って見せたのは、真っ黒に焦げた、四角い手のひらサイズの布のような何か。

 

 いつきをこの病院に担ぎ込み、病院着に着せ替える過程で、彼が着ていた服の胸ポケットから、これが出てきたのだ。

 

「これは……これは、わしがいつきに渡したお守りじゃ!」

 

 幹比古から受け取った沓子は、大きな目をさらに見開き、信じられないとばかりにまじまじと見る。

 

「これは……火や電気で焼けたわけじゃなかろう。そういう焼け方ではない。そこらの妖魔でもない……もっと恐ろしい、今でも伝説に残るような物の怪……八岐大蛇、牛鬼……禍津神の領域じゃぞ」

 

 これほどの妖魔と、いつき達は戦ったのか。

 

 皇室の血を引き、神祇官のトップ・白川伯王家をルーツとする名家の出身である沓子が知る限りでは、これほどの被害を出せる物の怪は、それこそ、有名な「伝説」のレベルだ。

 

「やっぱりね」

 

 幹比古は納得した表情で頷き、あずさは目を輝かせる。そしていつきに至っては、宝石のような瞳に、何か危ない光が宿り始めた。

 

「パラサイトが合体して、巨大な一つの化け物になった時、僕たちはその全力のプシオン攻撃を受けそうになったんだ。それを……いつきが身代わりになって、一人で受けてさ」

 

「なっ……」

 

 沓子は絶句する。

 

 ただの攻撃ではないという。彼が「全力」というからには、少なくとも普通の攻撃よりもはるかに強力なものだったのだろう。

 

 妖魔の放つプシオンは、自然に漏れ出るものですら「邪気」であり、常人には耐えられない。それを放出する全力の攻撃を、いつきが一人で浴びた。あずさたちを、守るために。

 

「その時に、いつきからものすごい光が出て……あんなの、一瞬で死ぬに決まってるのに、辛うじて生きていたんだ」

 

 幹比古の説明で、この場にいる全員が、どういう話なのか、ようやく理解した。

 

 その結論を、いつきが、明るい声で、口に出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沓子ちゃん様の御守りが、ボクを守ってくださったんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラと輝くいつきの目に宿るのは、この上ない感謝と信仰。もはやそれは、完全に「狂信」のレベルまでたどり着いている。

 

「そうか……そうか、わしが、いつきを……」

 

 あのお守りに込めた気持ちは、今思えば、今までに抱いた何よりも、強いものだったのだろう。

 

 何せ、初めての「恋」だ。あの時はそれに無自覚だが、想いが強いのには変わりない。

 

 だからこそ、離れていても、彼を辛うじて救うことが出来たのだ。

 

 自分に向けられている狂信に彼女だけが気づかないまま、沓子は、しみじみと涙を流す。その姿を、全員が、それぞれ違う感情を浮かべながら見守っていた。

 

「で、その時に、ボクがふと思いついて、あずさお姉ちゃんの『梓弓』でパラサイトを倒しきってもらったんだけど」

 

「今思うと、あれはギリギリだったね。もう少しあっちに余裕があったら、耐えきられていたかも」

 

 強力な退魔の弦音を直接浴びせられてもなお、あの強大な化け物は、きっと耐えきっただろう。何せあの時も、すぐには死ななかったのだから。それまでのダメージの蓄積もまた、無駄ではなかった。

 

「で、そのあとさ…………僕がいつきの治療をしようとしたんだけど……」

 

 ここまでは明るい話。そして続きを話そうとする幹比古の表情は、急に暗くなる。あずさも同じように暗くなり、いつきは笑顔のままだが、やや困ったような様子だ。

 

「四十九院さんの呪符でも防ぎきれなかった攻撃は、いつきの幽体を消しとばしていた。左肘から先と、両脚の膝から先の幽体が、ちぎれ飛んでいたんだ」

 

「そ、そんな……そんなこと、あるのか?」

 

 情報粒子であるサイオンとプシオンには「質量」がない分、情報世界のものを壊す力は弱い。サイオンを固めて弾丸としてエイドスにぶつけても現実の肉体は「痛い」で済むし、達也レベルの『術式解体(グラム・デモリッション)』をぶつけても、魔法式程度ならまだしも、強固な物体のエイドスは壊すことができない。

 

 故に、幽体が傷つく程度はあっても、「壊れる」「吹き飛ぶ」なんてことは、想像できなかった。しかも四肢のうち三つが吹き飛んだとなれば、もはや助かる見込みはない。

 

「それで……私が、幹比古君の術式を真似て、いっくんの治療をしたんです……した、んでしょうか?」

 

 そして幹比古の説明を引きついだあずさは、今一つ自分でも納得していない様子だ。

 

 あの時はなんだか夢中で、何をどうやって、こんなことをしたのか覚えていない。

 

「私といっくんの幽体は、すごくそっくりだったので……重ねれば、もしかしたら、傷が塞げるんじゃないかな、って……」

 

「なんと……おい、吉田の。幽体を見る道具はあるか?」

 

「ちょっと待ってて。はいこれ」

 

 沓子も信じられなかったらしい。

 

 幹比古の呪具を借り、彼とは少し違う手順だが儀式を行って、いつきの幽体を観察する。

 

 そこには、幹比古たちが見たものと同じ様子が映っていた。いつきの身体には、彼ではなく、彼にそっくりなあずさの幽体と同じものが重なっていて、それに覆われるように、左腕と両脚が欠損したいつきの幽体がある。そして、あずさとの間に、強い魔法的つながりも見えた。

 

「姉上殿、これほどの術式……一体どこで……」

 

「そ、そのう、その場で思いついたというか、自分でも何やったかよくわかっていなくてですね……」

 

 唖然とする沓子に、あずさは眉をハの字にして困った様子で答えあぐねている。沓子や幹比古には足元にも及ばないが、幽体、いわば「精神情報のエイドスのようなものを、他者同士でリンクさせる」と理解したリーナもまた、驚きで固まっていた。

 

 あずさはあの瞬間――人間の、動物の、生命の、最も深い所に、足を踏み入れていたのだ。

 

「これでいつきの幽体の欠損はとりあえず塞がって精気の流出もなくなったし、中条先輩と精気を共有したおかげでなんとか命が繋がった。その代償として二人とも深刻な不足に陥って長いこと寝たきりだったんだけど……」

 

「なんやかんやで回復して、こうして起きてるってわけかな? 幹比古君たちが回復儀式ずっとやっててくれたおかげもあるよね、ありがとね」

 

 こうして、いつきは一命をとりとめた。

 

 終わってみれば、五人の誰か一人でも欠けていたら、いや、五人の誰か一人でも何かの役割を背負えないなら――誰か、もしくは全員が、間違いなく死んでいたに違いない。

 

 

 

 

 全体の作戦を立てて、パラサイトを早期に倒しきる無茶を決断し実現した。戦闘でリーダーシップを発揮し、吸血鬼・パラサイト本体の両面で最前線で戦い、最後は全員の命を守った。

 

 

 古式魔法師としての豊富な知識を活かして対パラサイトの研究をリードした。攻守サポート全ての面で活躍し、『迦楼羅炎』での大ダメージや、結界術での時間稼ぎで、短期決戦と全員生存に大きく貢献した。

 

 

 運動や戦闘センスはからきしだが、魔法理論の知識を活かして研究面で大きく貢献し、また戦闘でも後方から精密なサポートで戦局をコントロールしていた。また精神干渉系魔法を使えることを活かし、後方からのアタッカーの役割も担い、最後は、弟の命を救った。

 

 

 圧倒的な力で強力な吸血鬼を粉砕し、対パラサイトでも『仮装行列(パレード)』で回避やダミーで貢献した。

 

 

 そして、戦闘には参加しなかったが、その想いが込められたお守りのおかげで、いつきの命が守られた。

 

 

 

 

 そんな奇跡のようなメンバーが集まって、この偉業が成し遂げられたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

「それで……アナタたちは、なんでそんなに暗い顔をしているの?」

 

 これがどうしても、リーナと沓子の不安を煽る。

 

 パラサイトを倒しきり、全員が生き残り、こうしていつきとあずさも元気に目覚めた。

 

 なら、なぜ……いつきの幽体の話になってから、ずっと暗いのか。

 

「その…………ボクの本当の幽体の……なくなっちゃった左腕と両脚なんだけど、そこはもう、治らないみたい」

 

 完全に吹き飛ばされた。今や技術が発展して、身体ならば義肢はいくらでもある。だが、幽体はそうはいかない。

 

 それでも、あずさのおかげで、精気の流出は抑えられているのだから、問題ないはずだ。

 

 ――そう、あくまで、止まったのは、精気の流出。

 

 魂とも言えるものが、その部分において完全に無くなった。身体的・エイドス的には健康そのもので、医学的には起きた直後のどの検査でもなんら問題なかった。

 

 ただ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の力で、脚と左腕が、動かせなくなっちゃったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――魂の支配が及ばない部位は、もはや自分のものではない。

 

「そ、そんな……」

 

「どうして、こんなことがっ……」

 

 沓子とリーナの顔に驚愕と悲嘆が浮かび、また目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。幹比古も悲痛な顔で目を逸らし、あずさもまた、弟の不幸を思って、グスグスと泣き始める。

 

 身体とエイドスは健康そのもの。ただ幽体のその部位が破壊されたことで、自分の「意志」では動かせなくなった。動かせるとしたら、意志に関係ない、物質世界的、生物学的な反射だけ。しかも、動かせないのみならず、そこの感覚すらなくなっていた。もはや、温かさも柔らかさも気持ちよさも痛みも、感じることができない。

 

 もはやそこについているのは、いつきのものではない。ただのくっついているだけの「肉」でしかなかった。

 

「……泣かないで、みんな。ボクは、みんなが無事で生きてて、なんならボクもこうして話せるぐらい元気に生きられたから…………これで、満足だよ」

 

 そんな彼が浮かべるのは、天使の笑み。

 

 きっと彼も辛いだろう。

 

 だがそれ以上に、自分が生きていて、みんなが無事に生きていて、こうして集まってくれた、それらが、ただただ嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれゆえに、「なぜこんな彼が」、と、四人の悲嘆は、余計に増すばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニュースと風の噂で、「英雄」いつきの容態は、第一高校にも伝わることとなった。生き永らえ目覚めたという奇跡と、魂を破壊されて四肢が動かないという悲劇が、同時に届き、彼を知る者たちは皆、喜びと悲しみに包まれていた。

 

 そして、二月もそろそろ終わりを迎えようかと言う頃。もはや学期末であまり意味はないのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 ――この日に、幹比古、リーナ、あずさ、いつきが、一斉に登校を再開した。

 

 

 

 

 

 

「みんな、久しぶりー」

 

 第一高校最寄駅から通学路から校門から廊下まで、彼はすれ違う人すべてに声をかけられ、喜ばれ、そして車椅子の痛々しい姿を哀れまれた。彼の見た目のか弱さと、この状況とは真逆ないつも通りの明るい笑みが、なおさら見る者の感傷を誘う。

 

 そうして、校門まではあずさに、そこからはクラスメイトのリーナに、車椅子を押されて、人気者の可愛らしい少年は、魔法大学付属第一高校1年A組に戻ってきたのであった。

 

 

 

 

 クラスメイトが一斉に彼に集まり、色々と声をかけ、話そうとする。

 

 

 

 そしてその輪に入らず、優雅でおしとやかな笑みを浮かべて、見守る美少女が一人。深雪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………どうしましょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子とは裏腹に、内心は荒れ狂っていた。

 

 ここ一週間、「裏」では、いつきの周囲を廻って、恐ろしい話が進んでいた。

 

 十師族最凶四葉家と、同じく十師族で権力を振るう謎多き一族の九島家が――パラサイトに興味を示しているのだ。

 

 いや、興味を示す、は遠回しな表現。多少手荒なことをしてでも、パラサイトを「欲している」。

 

 実は、いつき達が吸血鬼退治に出始めて二日目ぐらいには、もう四葉の精鋭密偵たちが、彼らの周囲をしっかり監視していた。リーナと協力したことも、パラサイトを全部倒したことも、一部パラサイトは封印して手元に置いていることも、現場にいたUSNA軍よりも先に知っていた。そしてそれは、四葉から情報を奪うことに成功した九島家も同じだ。

 

 

 

 

 

 

 そう、パラサイトはすべてが退治されたのではなく――二体は、「生け捕り」にされているのである。

 

 

 

 

 

『………………嫌になってきた』

 

 

 

 

 達也の言葉を思い出す。あの兄が、ここまで投げやりになっている通り、相当複雑な状況だ。

 

 達也と深雪は本家から命令を下された。これからじっくりと、主にクラスメイトである幹比古といつきを相手に、封印したパラサイトをどこに置いているのか聞き出し、場合によっては、譲ってもらうよう言われているのだ。

 

 親友と、学校のヒーローを相手に、それをしろ、と命令されている。

 

 ――正直言って、全く乗り気にならないし、難度も無茶そのもの。

 

(ああ、お兄様、お兄様……)

 

 つい一時間前に分かれたばかりだというのに、もう愛しい兄が恋しくて仕方ない。

 

 今すぐにでも、「いつものように」抱き着き、「いつでもやってもらえてるように」頭を撫でてもらい、「どこでもやっているように」言葉と目でお互いの感情を共有したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――この一年間、司波兄妹は、事あるごとに、いつきとあずさの傍にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その影響で二人もまた「性別の違うきょうだい」の距離感が大幅に狂ってしまっていることに、未だに自覚はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台の上でスポットライトを浴びながら、あずさは、この一年半と少しのことを思い浮かべる。

 

 いつきが入学してから、学校生活は、色々な意味で彩り豊かになった。

 

 可愛い弟との高校生活。弟の親友も加えた、本格的な研究。九校戦やハロウィンパーティ。

 

 4月のテロ事件もあったし、横浜事変もあったし、パラサイトとの戦いもあった。

 

 そして3月にはリーナとお別れ――それなりの頻度でビデオ通話しているのでお別れ感はないが――して、4月になり、いつきは二年生、自分は最高学年になった。スランプを脱した「神童」の幹比古は一科生に転科となり、サポートが必要ないつきの親友であることを考慮され、同じA組となった。

 

 そして今年度もまた、たくさんの出来事があった。脚や腕が動かなくても、いつきはいつも通り、明るくて、優しくて、かっこよくて、お利口で、可愛い、大好きな弟であった。

 

 そんな日々が続いて、10月の末。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ京都で、あずさは第一高校の代表として、論文コンペに出場していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たくさんの観衆に見つめられ、胸が早鐘を打ち、石のような生唾を飲み込む。緊張とスポットライトの熱で、全身に汗が流れてくる。

 

 そして自分に少し遅れて、補佐のいつきと幹比古が登壇し、準備にかかる。いつきは車椅子を幹比古に押されての登場で、その実績と九校戦での人気もあって、あずさ以上に目立ち、会場が少しざわめいた。

 

 刻一刻とスムーズに、舞台の準備が進み、ついに完了する。

 

 そしてブザーが鳴り、発表の時間が来た。

 

『皆さま、初めまして。ただいまより、第一高校代表、私、中条あずさの、研究発表を始めます』

 

 何度も練習した、始まりの言葉。緊張とは裏腹に、体が覚えていて、スラスラと口から流れ出てくる。

 

 そしてここで、あずさは言葉を止めた。

 

 次の言葉も練習してきた。まずはこの発表のタイトルだ。

 

 練習の通りに進めればよい。何も考えなくていい。

 

 だがそれでも、あずさは迷い、不自然な無言の時間が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(大丈夫だよ、あずさお姉ちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、「心」に、声が届いた。

 

 大好きな大好きな、今自分の後ろで、車いすに座って、柔らかな笑みを浮かべているであろう弟の声。

 

 以前に聞いた言葉が蘇ったわけでもない。幻聴でもない。当然、いつきが発した言葉でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の「心」に、弟の「心」が、直接届いているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも、幹比古たちや家族にすら話していない、二人だけの秘密。

 

 幽体、つまり魂、精神の情報体、そういったものを、二人は共有している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以来、二人は、お互いの思っていることが、テレパシーのように伝わるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの激闘の後、眠りから目覚めて。真夜中にようやく二人きりになれた病室で、あずさはいつきのベッドに一緒に入り、いつものように抱き合って眠りながら、二人は心の中で、むき出しの本音で、会話していた。

 

 そして、お互いの心の声が全部聞こえると、確信した。

 

 二人は今、精神的に、繋がっているのだ。

 

 確認もした。

 

 長い長い眠りの間――二人は、同じ夢を見ていた。

 

 あの、いつきが小学校に入学した直後から、今までの、二人の人生。まるで走馬灯のように、だが死の直前のような不吉さのない、温かさと優しさに満ち溢れた、幼い二人の今までが、鮮明に思い出されていたのだ。

 

 あのパラサイトとの戦いは、二人の大きな節目になった。その確信があった。

 

 これからは、新しい生活で……そして、変わらない、いや、今まで以上に、深くつながり合った関係になる。

 

(ここは今、あずさお姉ちゃんだけの場所だから)

 

 弟の励ましが届く。

 

 あの時まででも、いつきのことは何でも分かっていると思っていたし、自分のことをいつきが何でもわかってくれてると思っていた。そして心が繋がったことで、それが確信になったし――お互いが思っている以上に、相手のことを知り、想っていたことに気づいた。

 

 大好き、大好き、あずさお姉ちゃん、ボクのお姉ちゃん。

 

 いっくん、大好き、ずっと一緒にいたい、そばにいたい。

 

 言葉でも動作でもなく「心」で、お互いを想い合っていたのである。

 

 その中で、いつきの、周囲への感情も分かった。

 

 

 幹比古君。頼りになる、一番の親友。これからも一緒にいたい。

 

 司波君。すごい人。ちょっと怖い。

 

 司波さん。綺麗ですごい人。なんか最近よそよそしいし、やたらパラサイトのことを聞いてきて挙動不審。

 

 服部先輩。あずさお姉ちゃんの親友。頼りになる先輩。お姉ちゃんと仲良すぎる。

 

 リーナさん。恩人。とっても強くて綺麗な女の子。大切な友達で仲間。幸せになって欲しい。

 

 沓子ちゃん様。ボクたちの神様。

 

 

 リーナと沓子がいつきに抱く気持ちは、傍から見ればよく分かる。そしてなぜか、胸がもやもやする。だけどいつきがどう思っているかを知って、安心し、少し優越感があった。この想いは、あずさは自覚はない。なぜだか怖くて、気づかないように、目を逸らした。

 

 

 こうして大切な弟と、心でつながった。

 

 心細い、注目を浴びる舞台の上でも、大好きないっくんが励ましてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うん、ありがとね、いっくん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの心は決まった。

 

『ここで発表の前に、どうしても、お許しいただきたいことがあります』

 

 会場全体が不自然に思うほどの沈黙の末、予定にない言葉があずさから飛び出した。一高関係者は慌てだし、いつきは嬉しそうに笑い、幹比古は舞台装置の影に隠れて「あちゃー」と額に手を当てる。観客席の沓子と下手くそな変装をしているリーナも苦笑いだ。

 

『9か月前、痛ましい事件が、この日本で起きました。パラサイトによる連続殺人事件です』

 

 全員の記憶に新しい事件だった。そしてその解決は、この異常な事件を上回る程の反響を世間に及ぼした。

 

『その中で、こちらにいる、発表の補佐であり私の弟、中条いつきは、私たちを守るために命を懸け、今こうして生きていますが、このように、手足が動かせないでいます』

 

 悲劇のヒーロー。いつきに対する世間の印象は、魔法師社会でもおおむねそのような感じだ。学校に復帰する頃にはテレビの取材にもある程度答えるようになり、その姿が世間に晒されるにつれ、その明るさも健気さとして受け止められ、同情を誘った。

 

 そしてその後、今年の九校戦でも、車いすでも競技に支障がない『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロで出場し、決勝では将輝との激闘を繰り広げた。その魔法力の高さゆえに、その「魂」に残った障害が惜しまれた。

 

『今回の研究の動機は、私の大切な弟である彼を治すことでした。だから、この研究に、私の弟の存在は欠かせません』

 

 これはマナー違反だ。正式な学術的な場に、あまりにも相応しくない。普段のあずさならば、こんなことは絶対しない。

 

 それでも、この憧れの舞台で――これだけは、譲ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこで、大変申し訳ございませんが……普段私が彼のことを呼んでいるように、この発表の中でも、弟のことを『いっくん』と呼ぶことを、お許しください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、あずさは、腰を90度折って、ピョコンと頭を下げる。

 

 ああ、言ってしまった。

 

 だが、後悔はない。これで許されないとしても、仕方のないことだ。

 

 会場も困惑し、どう反応したものか困っている。

 

 あずさの心に不安が満ちたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――会場に、まばらな拍手が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから、どんどんと大きくなり、ついには会場を揺るがす、万雷の拍手へと変わる。

 

 ――観客たちは、彼女の思いに胸を打たれ、このルール違反を認めた。

 

『――――っ! あ、あり、ありがとうございます!』

 

 また深く腰を折り頭を下げる。もうこれだけで、泣き出してしまいそうだった。

 

 だが、ここからが本番。自分と、大好きないっくんの、大事な大事な夢舞台だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あずさには、小学生以来待ち望んだこの夢舞台以外にも、もう一つ、夢が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 それは、魔法大学の魔法医学部に進学し――いつきや、同じように困っている人たちを、治す事。

 

 自分の得意がこれ以上ないほどに活かせて、そして色んな人を、何よりも大好きな大好きないっくんを、救うことができる。

 

『それでは、発表に移ります』

 

 小さな口で、すぅ、と息を吸う。

 

 相変わらず身体は小さくて、他人から見れば少ないが、これでも深呼吸だ。

 

 それでも、そのか弱い少女から発せられたとは思えない、芯の通った、力強い言葉が、会場に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タイトルは、「精神干渉系魔法を用いた、精神情報のエイドスである幽体の治療」です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この十数分後、発表のクライマックス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古のサポートの下、あずさといつきが協力して作り上げて行使した魔法により、いつきはほんの少しだけ、自力で歩き左手を観客に振ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさが夢見た論文コンペの舞台で、彼女の成果は、確かに人々の胸を打ったのであった。




これにて『魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA』本編完結です。最後まで読んでくださりありがとうございました!

走者から解き放たれたクリア後の様子を描いた「おま○けのコーナー」も投稿予定(あくまで予定)ですので、そちらもぜひお楽しみください。

また、先日から新作『ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート』も投稿を始めました。今作とはまた違った毛色です。ぜひそちらもお読みください。
https://syosetu.org/novel/291060/


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おま〇けのコーナー(黒羽蘭)

おま〇けのコーナー!(幻聴)
走者がプレイをAIに委ねた、来訪者編クリア後の様子を短編でお届けします。

なお、中条家仲上々チャートで浄化されてると思いますが、今回はあの黒羽蘭が出ます。
リハビリも兼ねて、黒羽家苦労ばかりチャート編を見返すことをお勧めします(露骨なPV稼ぎ)


 吸血鬼・パラサイト・スターズとの激闘を終え、その中心として活躍した黒羽蘭は、だんだんと余裕のある生活を送るようになった。「憑き物が落ちたよう」と誰も言わないのは、本物の「憑き物(パラサイト)」と戦ったからシャレにならない、と思ったからだろう。

 

 例えば、今まで完全に無視していた部活動の勧誘をそれなりに快く受け、体験や助っ人として入部し、その実力をいかんなく発揮して暴れていた。

 

 例えば、今までさっさと一人で家に帰ることが多かったが、放課後には美月や幹比古を中心に友達とどこかに遊びに行くことが多くなった。

 

 例えば、今までだったら「えーめんどーくさーい」とか言って考えすらしなかったであろう、生まれつきの表情筋と声帯の手術を受けた。声は鈴が鳴るような可愛らしさとなり、表情豊かに屈託なく可憐に笑うようになった。彼女の汚い本性を知らない人間は即ノックアウトするだろう、とは、彼女をよく知る同校同級生でかつ親戚の少年Tの談だ。

 

 そうして色々と普通の(?)女子高生のような青春を楽しむようになった蘭は無事進級し親友がいる美術部に正式入部し、四葉の意向に逆らった可愛い弟・妹の文弥と亜夜子も第一高校に追いかけて入学してきて、楽しく過ごすようになった。親の気も知らないで、とは、激しい胃痛のせいで週に二度専門医に通院している表向き一般人の成人男性談である。

 

 

 そんなこんなで、新入生成績トップスリーの七宝琢磨と七草の双子によるトラブルも無事解決し、新年度のざわめきも落ち着いてきた5月中頃の第一高校食堂に――――

 

 

 

 

 

 

「やっほー、おっまたー!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――「数十年前の音声読み上げソフトのような機械ボイス」が、妙に目立って響き渡った。

 

『………………』

 

 声をかけられたメンバー全員――いつもの達也のお友達グループ――が能面のような無表情になる。

 

 そしてそんな凍り付いた雰囲気など知らぬとばかりに明るい笑顔を浮かべて、身長が小さめで体型も起伏に乏しくやせ細っているが艶やかな黒髪と人形のような可愛らしい顔立ちが目立つ少女が合流した。

 

「……あ、蘭ちゃん、ここいいよ」

 

「どもどーも」

 

 通路側に座っていた美月が彼女のために詰めて席を空ける。そして蘭は機械ボイスでお礼を言いながら、見た目に似合わずその軽薄な態度に似つかわしくドカリと下品に座る。深雪が思わず頭を抱えた。

 

「あー、蘭。どうしてもそれ、やめるつもりない?」

 

「もろちん!」

 

 深雪とおおむね同じ表情の幹比古がげんなりしながら問いかけるが、暖簾に腕押しとばかりに、蘭が無い胸を張って肯定する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――せっかく手術をして普通に喋れるようになったのに、蘭はわざわざ高性能変声機を使って、以前の機械ボイスのまましゃべり続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本人曰く「キャラづくり」。確かに今までずっと機械ボイスに誰よりも慣れ親しんできた本人だ。違和感があるのは仕方ない。しかしながら、蘭はそんなことを気にしないタイプだ。本人が「キャラづくり」という通り、単に愉快で面白いからやっているにすぎない。周囲がどう思おうが知ったこっちゃないのだろう。

 

 こんな具合に、蘭のゴーイングマイウェイっぷりは、変わることはない。

 

 吸血鬼事件を解決して生き急いで焦るような様子は減ったが、効率主義者であることは変わらず、また一方でこうしてふざけまくる日常も変わらない。一年生のほとんどは未だ彼女の本性を知らずこの見た目ミステリアス美少女に憧れのようなものを持っているが、二・三年生からすると「アホなほうの優等生」という評価は変わらない。「アホじゃないほうの優等生」こと深雪は、彼女と並べて語られるたびに優雅な笑みが凍りついているのは余談だ。

 

 そんな、このメンバーの中ではひょうきんな方であるレオとエリカですらついていけない存在である蘭はなんら気にすることなく、バッグからお弁当を取り出してテーブルに広げる。以前はうどんや丼物のような素早く食べて手軽にカロリーを取れる食事を好んでいたが、今は同居している亜夜子と文弥の説得で、こうして健康的な食事をとるようになった。ちなみにこのお弁当は、その可愛い妹・弟の手作りである。

 

 

 このように、蘭の生活は、大きく変わったこともあれば、さほど変わらなかったこともある。

 

 だが、どちらにしても――――その生活が以前に比べてはるかに平穏であることは、疑いようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦の季節を迎えようとしていた。

 

 生徒会長・あずさの仕事っぷりは、真由美ほどではないにしろ、その優秀さをいかんなく発揮している。毎年揉める九校戦の代表選定も、4月中頃から話を進めて正式連絡が運営から届く前に内々定を出しておく徹底ぶりだ。このやりすぎともいえる計画性は、全校からの評判が良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが今回ばかりは、それが仇となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょうぎがへんこう、ですか」

 

 臨時生徒集会で発表されたのは、九校戦の競技変更だった。

 

 バトル・ボードとクラウド・ボールとスピード・シューティングが廃止になり、通常競技枠としてロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウン、そして特殊競技としてスティープルチェース・クロスカントリーが追加された。

 

 またアイス・ピラーズ・ブレイクとロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウンは男女ソロ部門は各校1エントリーまでで、男子ペアと女子ペアが新たな部門として加わる。一年生はこの三つの競技に関してはペア部門しかなく、競技特性上ソロのみのミラージ・バットとグループのみのモノリス・コードは変更がない。

 

 さらに、全体共通ルールとして、競技の掛け持ちが禁止される。代わりにスティープルチェース・クロスカントリーは本戦メンバーがほぼ全員参加だ。

 

 これだけルールが変更された。事前に決まっていた内々定のほとんどが白紙と言っても過言ではない。

 

「そうはいっても、ほのかと蘭は出る競技変わらないんじゃない」

 

「でしょうなあ」

 

「多分そうだよね」

 

 雫の言葉に、それを挟むように隣に座っている蘭とほのかが頷く。とはいえ、蘭は自信ありげで、ほのかは不安そう、という点で、二人の性格の違いが表れているが。

 

 二人ともとても優秀な魔法師で実績もあるため、去年同様、ミラージ・バットとバトル・ボードに内定が出ていた。だがこうなると、廃止されたバトル・ボードはなかったことになり、このままミラージ・バットに出ることになるだろう。強いて言えば、ロアー・アンド・ガンナーでペア部門の漕ぎ手に選ばれるぐらいか。

 

 生徒会役員であるほのかは大変だろうが、蘭にはほぼ影響がない。美味しい立ち位置だ。

 

「うますぎて馬になったわね」

 

 雫ですら一瞬見惚れるほどの可憐な笑みを浮かべ、やけに野太い声を作って、蘭がそんなダジャレを言う。変声機を使った機械ボイスではない、彼女の素の声。物まねやらなにやらをするときは、彼女は変声機を使わない。

 

 変な気を起こさず、普段の会話もこうだったら、と、二人は今年度に入ってから何度目かもわからない願望を、心の中に留める代わりに、ため息として表出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? パラサイト? 野郎、ぶっ殺してやる!!!」

 

「落ち着いてくださいお姉さま!」

 

「どいてお兄ちゃん! そいつら殺せない!」

 

「僕は弟でしょ!!!」

 

 そんな平穏無事なはずの蘭は、九校戦会場のホテルの達也の部屋で暴れ狂い、妹と弟に止められていた。

 

(こうなるから嫌だったのに)

 

 顔を逸らした達也がこっそりとため息を吐く。

 

 四葉の情報筋で、スティープルチェース・クロスカントリーに絡んだ陰謀を掴んだ。どうやらパラサイトを憑りつかせた人型ロボットを妨害役魔法師の代わりに配置するらしいとのこと。そこで、九校戦会場に忍び込むどころか正式に入場できる達也と亜夜子と文弥がその調査をすることになった。

 

 

 ――それは当然、蘭にも話が及ぶことを意味する。

 

 

 蘭は参加命令が出ていないが、情報共有はするべきだ。だが達也たち三人は渋った。こうなることが予測できるからだ。

 

「その様子だと思ったより余裕があるようで何よりだな」

 

「「どこがですか!!!」」

 

 達也の言葉に、暴れる蘭を必死で押さえつける黒羽の双子が声を荒らげて反論する。蘭は身長が小さくやせ細っていて、一つ年下な上に年齢からみて小柄な方の文弥や亜夜子よりもさらに小さく幼く見える。だというのに、その二人から抑えられてもなお、しっかり暴れることが出来ていた。学校に行かずひたすら訓練に打ち込んで鍛え上げた肉体のなせる業だ。そのくせ筋肉が全然ないのが不思議で仕方ないが。

 

(しまった)

 

 二人の反論に、達也は内心で焦る。達也は、あまりにも不本意なことに、蘭の使う70年以上前のネットミームを、メジャーなものから汚いものまで網羅「させられた」、立派な知識人(インターネットオタク)になってしまっている。当然、蘭が怒り狂っているように見えてミームを使う程度に余裕があることもわかる。

 

 だが勉強させられた達也以外はそうでもない。自分が立派な「有識者」になってしまったというのは人生の汚点だ。誰にも知られないようにしてきた。たとえ、声帯を手術して「迫真」の演技ができるようになった蘭が地獄のような上手さで汚い語録を口走り、その「ほんへ」が脳内再生されて吐き気を催そうとも耐えてきたのだ。こんなところでバレるわけにはいかない。

 

「まあそれは冗談としても、兄君さま、パラサイトは放っておくわけにはいきませんよ」

 

「うわ、急になんですか」

 

 変声機を使わず普通に喋る蘭はまだ興奮した様子だが、抑え込んでいた文弥からすると急に落ち着いたようにしか見えない。相変わらず振り回されている。

 

 そう、蘭は、パラサイトを人類の敵と言わんばかりに警戒している。事実そうであり、先日日本で起きた吸血鬼事件は多くの犠牲者を出したし、レオや蘭もその一人になりかけた。だが、蘭はそれにしたって、吸血鬼事件が判明してすぐに動き出し無茶をして早期解決を実行する程に、パラサイトの存在を敵視している。彼女が黒羽家の闇の研究の末にその一端を見た「精神の独立情報体」は、それだけ彼女にとって恐ろしいものなのだ。

 

 だからこそ、今回の件は、彼女の逆鱗ともいうべき部分に触れたのだろう。

 

 ゆえに、こうなることが分かっていたから、蘭にこの件を知られるのが嫌だったのだ。

 

「そもそも変な話です。吸血鬼事件は東京でしか起こっていなかった。あの場に集まった吸血鬼も全員だったでしょう。それをまとめて殺したんだから、パラサイトがまだ現世に残ってるなんてありえません」

 

「その声で普通に話しているのが久しぶりだから何も頭に入らんが?」

 

 蘭はいたって真面目だが、達也からすると変声機も物まねも語録もなしに彼女が普通に話しているのは違和感が強い。普段との落差に、脳が理解を拒絶している。

 

「おそらくだが、今回の首謀者は、USNAのパラサイトを捕まえていたんだろうな」

 

 吸血鬼事件はUSNAでも起きていた。日本国内のものは蘭たちが全て討伐したが、あちらはそうでもない。恐らく日本での激闘の後、謎の黒幕は、パラサイトの性質に着目してUSNAまで頑張って取りに行ったのだろう。涙ぐましい努力だ。

 

 なおここにいる五人――何もしゃべっておらず置物になっているが深雪もここにいる――は誰も知らないが、今回の件の黒幕である九島家だけでなく、四葉家もちゃっかり当主の意向でパラサイト採取ツアーに向かって無事回収に成功しているのは余談である。

 

「気持ちは分からないでもないが、蘭、今回に関しては、お前は何もしないで、競技に集中していてほしい。パラサイトを使って何かをするのは、スティープルチェース・クロスカントリーだけだろう。それに参加しない俺たち三人でなんとかするから、お前と深雪は何も考えず、ポイントを持って帰ってこい。ああ、もちろん、幹比古もだ。あいつには絶対言うなよ?」

 

「えー」

 

 蘭は頬を膨らませて不満顔だ。美人でありながら可愛い系の小さな女の子がそんな表情をするものだから、アニメから飛び出してきたのではないかというほどに可愛いが、そこは四葉関係者しかいないこの場だ。動揺する者などいるはずがない――文弥と亜夜子がなんか見惚れているように見えるが絶対に気のせい――のである。

 

 結局、達也の熱心な説得と、まるで盗聴でもしてるのではないかというほどにぴったりなタイミングで届いた四葉からの命令により、蘭と深雪は気にせず競技に頑張ることになった。

 

 

 

 ――蘭の独断専行のせいでUSNAまでパラサイトを捕まえに行く羽目になった四葉の「頼むから余計なことせんといてくれ」という願いは、見事に通じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!」

 

 九校戦は世間からの注目が高く、地上波で全国放送されるなど、エンタメ化も進んでいる。

 

 ミラージ・バット本戦決勝の直前。そのカメラに向かって、本格的なゴシックロリータに身を包んだ小さな美少女三人が、おのおのの決めポーズを魅せていた。

 

 三人の真ん中は黒羽蘭。去年以上に装飾が増えた黒のゴシックロリータに身を包んでいる。その姿は、一流職人が時間をかけて作ったお人形のようである。とはいえその口から発せられた軽薄な効果音とまさかの満面の笑みダブルピースという似つかわしくないポーズによっていまいち台無しになっているが。それでも、カメラの向こうの観客を、一瞬で虜にした。

 

「お、お姉さま、もっとこう、おしとやかにですね……」

 

 一方その左隣、おそろいのゴシックロリータを着こなし優雅に決めているのは黒羽亜夜子だ。蘭同様、美月を中心としたチームに頼んで同じデザインの衣装を作ってもらった。彼女はすでに行われた新人戦ミラージ・バットにてこの衣装でダントツ優勝を決めており、今注目の一人である。なお姉のせいで優雅に決めきれてないのはご愛敬である。

 

「う、うう、恥ずかしいよう……」

 

 そして蘭の右隣は、同じデザインのゴシックロリータであることは変わりないが、また別の魅力を醸し出している。蘭や亜夜子ほどではないにしろ低身長で、顔つきや今時時代錯誤の分厚い眼鏡で、魅了ではなく自然と見惚れさせるような癒し系の魅力を放っている。それでいて装飾が多く露出の少ない衣装越しでもわかる程に胸が大きく、蘭や亜夜子に比べて性的な魅力も強い。それでいて恥じらってモジモジしているものだから、もう画面の向こうの男性陣は興奮冷めやらないだろう。

 

 彼女は、競技に出るわけでもないのに、蘭の提案でおそろいの衣装を着せられた、この三着を作った美月である。蘭の大親友兼衣装作成者として、エンジニアでも選手でもないのに特別にこの選手向け待機所にお呼ばれして、蘭によって無理やりスリーショットを全国中継に映すことになった。

 

「どーう? かわいいでしょ?」

 

「あーはいはい、カワイイカワイイ」

 

 機械ボイスで問いかけられたエンジニアの達也は適当に返事をする。実際に可愛いと思っているし、亜夜子と美月に関してはもっとしっかり褒めるのも紳士としてやぶさかではないが、蘭を真面目に褒めるのは癪なので死んでもするつもりはない。

 

「ほっ、目立たなくて良かったあ」

 

「君は君でそれでいいのかい?」

 

 蘭たちが注目を集めるおかげで、同じく優秀かつ飛びっきりの美少女ということで注目されるはずなのにカメラに映されないほのかは安心し、同じ立場の里美スバルはそんなほのかに呆れている。ほのかの衣装は美月のゴスロリと違ってより大きな胸のふくらみが目立つので、画面の向こうの男子諸君は貴重な映像を逃すことになった。

 

「このいしょうたちは、このみづきちゃんが、ぜんぶつくってくれましたー!」

 

「も、もう、蘭ちゃんったら!」

 

 蘭は美月に抱き着いてその顔に頬ずりしながら、満面の笑みで親友を自慢する。美月は照れ臭いのか、顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑む。その様子もまた、美しくも麗しい友情として、実に映像映えしていた。

 

 ちなみに蘭が人の頬に頬ずりする様子がテレビに映し出されるのはこれが三度目である。一度目は文弥のモノリス・コード優勝インタビューに蘭が乱入した時、二度目は亜夜子のミラージ・バット優勝インタビューに乱入した時である。なお、このあと四度目としてモノリス・コード本戦優勝インタビューで幹比古も同じことをされて男たちの嫉妬を買うのは余談だ。

 

 そんなこんなで始まる前からギャラリーのテンションが最高潮のミラージ・バット本戦。そちらはつつがなく行われ、蘭が圧倒的得点で優勝し、ほのかとスバルも二位・三位で一高が表彰台を独占、および蘭と亜夜子の姉妹優勝を決めるに至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、絶対にこっちのことは気にするなよ。絶対だぞ!」

 

「ダチョウくらぶ?」

 

「フリじゃない!!!」

 

 スティープルチェース・クロスカントリー女子部門直前。パラサイトの事なので何か出しゃばらないか心配な達也が、蘭を呼び出して念押しする。そして見事に逆効果になりそうだったので、それも阻止した。

 

 ここで思い出してほしい。本来の歴史だったら、一高にあったロボットに憑りついたパラサイトが、パラサイドールたちを探すことになっていた。

 

 だがこの世界ではパラサイトがロボットに憑りつく事件が起きる前にすべてが解決されている。では達也たちは蘭も幹比古も深雪もなしにどうやって探知するつもりなのかというと、実行メンバーの文弥と亜夜子によるプシオン探知だ。パラサイトとの実戦経験が、黒羽姉弟の実力を押し上げているのである。

 

 それはさておき、先日の暴れっぷりが嘘みたいに、蘭は落ち着いている。それだけ弟と妹と達也を信頼しているのだろう。

 

「このてで、しまつできないのは、ざんねんですが――たよりにしてますよ、おにいちゃん?」

 

 声は変声機のせいで相変わらず。

 

 だが、その顔に浮かぶのは以前のような、本能が拒否するような生首饅頭の笑顔ではなく、見るものを魅了する可愛らしい屈託のない明るい笑み。パラサイトについても最終的に自分で動くことなく達也たちに任せるなど、蘭は、やはり確かに以前から変わっている。そしてそれは多分、良い変化なのだろう。

 

「……ああ、任せろ」

 

 なんか蘭に好感を抱きそうになった自覚が湧いた達也はそれを振り払う。なんやかんや最終的に悪い奴ではないし仲間だしそれなりに大切な友達で親戚扱いしても良いには良いが、こんなやつに好感を抱くつもりはさらさらない。せめてホモビデオ由来の語録は封印してもらわなければ話にならない。

 

「正直、お前と深雪のツートップは確定だと思っている。あとは去年お預けになった勝負だな」

 

 話題を逸らすべく、達也は競技の話に移る。

 

 去年は達也の失策によって不戦敗めいた結果になったが、今年はこの最後の競技で深雪と蘭の真っ向勝負が実現した。競技内容は蘭に有利だが、総合的な魔法力は深雪が圧倒的に勝っている。しかも大人げないことに、深雪と達也にかけられた「封印」「枷」をこっそり外して完全本気モードだ。

 

 そしてその勝敗には、去年と違って対等な「賭け」が成立している。

 

 負けた方は勝った方の言うことを、「無理のない範囲ならば」実行する。「なんでもする」とは言ってない。

 

 達也と深雪の要求はもう内心で決めてある。下品な語録の封印だ。

 

 このために、深雪は選手として、達也はエンジニアとして、今までにないほど努力を積み重ねた。これ以上ないほどに蘭が得意な競技だが、勝てる見込みはある。

 

「んっふっふー、たのしみですなあ」

 

 わざわざねっとりとさせた機械ボイス。達也は、普通に可愛らしく笑う蘭の顔に、あの生首饅頭の笑顔を幻視してしまう。

 

 

 

(っ!? いや、大丈夫、大丈夫、勝てるぞ)

 

 

 

 思い出すのは去年の閉会式でのやり取り。最終的に蘭の命を救うことで――なんとあの自傷行為も事前に立てた作戦の内だったというから驚きだ――清算できたが、あのやり取りは未だにトラウマである。

 

 だからこそ、今年は勝って、それを払拭しなければならない。

 

(あとは頼んだぞ、深雪)

 

 パラサイドールにいまいち気が入らない。

 

 そんなそわそわした、彼にしては浮ついた気持ちで、それぞれ競技とミッションの時間を迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦の全てがつつがなく終了した。裏ではパラサイドールなどの陰謀があったが、それは達也と亜夜子と文弥の尽力で事前に阻止された。

 

 スティープルチェース・クロスカントリー男子の結果は衝撃的だ。圧倒的魔法力を持ち、森林や山岳での訓練経験もある将輝一位が固かったが、なんと幹比古が食らいつき、同着一位。一位と二位の点数合計を折半することになった。

 

 幹比古曰く、「蘭と散々鍛えたから」。移動・加速系のエキスパートで障害物競走の訓練を誰よりも家で狂ったように積んだ蘭との練習は、幹比古を大幅にレベルアップさせていたのだ。

 

 では、女子の結果は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6位、北山雫

 

 5位、光井ほのか

 

 4位、一色愛梨

 

 3位、千代田花音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準優勝、司波深雪

 

 優勝、黒羽蘭

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬふふふふふふふ」

 

「「…………」」

 

 残酷な処刑人と、無実の罪の死刑囚。

 

 後夜祭の片隅で繰り広げられた光景は、二人の死刑囚――達也と深雪からすれば、気持ち的にはこんな感じだ。

 

 残酷な処刑人こと蘭は心底嬉しそうに不気味に笑い、達也と深雪はお互いに抱き合いながら蘭を睨む。

 

 賭けに負けた達也と深雪は、蘭の言うことを聞く羽目になった。

 

 去年と違って「なんでも」ではないが、果たして何を言われるのか。

 

 事前の約束で「保留」は無しとなっている。生殺しではなく、どうせならこの場で殺してほしい。

 

「さあ、司波兄妹解体ショーの始まりや」

 

「お姉さま、どうかお手柔らかに」

 

「あまり無茶なお願いはしないであげてくださいね……」

 

「達也も司波さんも、なんて無茶な賭けを……」

 

「もしかしてギャンブルで身を亡ぼすタイプでは?」

 

 笑いがこらえられない蘭に亜夜子と文弥が心底心配そうに「手加減」をお願いし、経緯を聞いた幹比古と美月が司波兄妹に呆れた目線を向ける。特に美月の言葉は心を抉った。事実ではないが、そう言われても仕方ない立場である。

 

「いやあ、ことしのなつは、あつくなりそうですなあ。まなつのよるでも、『いいんゆめ』をみれそうですぞお」

 

 達也の心に殺意が湧いてくる。わざわざ「いい夢」をさりげなく「いいん夢」なんて発音するな。字面が「淫夢」に見えるだろう。そんなツッコミをグッとこらえる。達也が「有識者」なのは深雪にすら知られてはいけない。

 

 

 

「さーて、きょねんはさんかできませんでしたが、ことしはさんかできるいべんとが、ありますねえ!」

 

 

 

 

「ありますねえ!」だけ素の声だけど変なイントネーションで発音する器用な語録織り交ぜをする蘭。

 

 今年も達也たちは、雫の家での海水浴にお呼ばれしている。そして今年は、去年不参加の蘭も参加できることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかそこで、親友たちの前でとんでもないことをやらせるつもりか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪は震えあがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして悲しいことに、優れた魔法師らしく、その「予感」は当たった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪は白マイクロビキニを、達也は日本一有名な野獣と同じビキニパンツを、それぞれ着用して海水浴に参加する羽目になったのであった。

 

 

 

 なおそれを見て一番喜んだのは蘭ではなく、抱腹絶倒して酸欠になりかけたエリカと、達也のセクシーな姿を拝んで終始顔が真っ赤だったほのかであったことは、全くの余談である。




ちなみに蘭はスク水を着て参加しようとして美月に止められ、黒のシンプルなワンピースタイプの水着を着ました

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おま◯けのコーナー(黒羽蘭②)

 一年生は三人のダブルセブン――この言葉はダブルミーニングなので三人でもダブルで合っている――が中心となって活躍し目立つと思われたし、事実そうなった。去年まで生徒会長までやって絶大な権力を誇っていた十師族・七草真由美の妹である香澄と泉美、二十八家・七宝家嫡流で入学試験主席の七宝琢磨。その影響力はプロフィールだけでも絶大で、そしてその実力は、事前に流れていた噂や予想を凌駕するものであった。事実三人とも、九校戦で優勝を持ち帰っている。

 

 ただ、今年の新入生の逸材は、それだけではなかった。

 

 一人は、七宝と一緒にモノリス・コードに出場して余裕の優勝を決めた黒羽文弥。入学試験の成績は30位ぐらいとそこそこ上の方程度であったが、入学後にメキメキと実力を伸ばした。風紀委員にも所属しており、一つ上の先輩である森崎と並んでよく働いている。委員長の花音はウキウキで、「二人合わせれば抜けてった司波君にも追いつけるわね!」と意気込んでいた。この二人を合わせてようやく追いつける程度の司波達也の苦労がしのばれるエピソードである。

 

 二人目は黒羽亜夜子。文弥の双子の姉であり、入学試験はやはり30位程度で、入学後に急成長して頭角を現した。身長が低めで可愛らしいながらもその顔は大人びた美しさも感じ、ふるまいも可愛らしさと優雅さが絶妙に合わさっていて、幼さと妖艶さの両方を醸しだしており、男性諸君はもちろん女子からの信頼も厚い。九校戦ではミラージ・バットに出場して優勝した。すでに女子グループの「女王」として君臨していて、勢力で言えば泉美と同等程度である。傍から見ている香澄曰く、「泉美ちゃんより計算して動いてる」とのこと。

 

 この二人は、良い意味でも悪い意味でも、もしかしたらあの司波兄妹以上に、去年から目立っていた黒羽蘭の妹弟だ。その出自もまた、話題性に事欠かない。

 

 そして三人目は桜井水波だ。障壁魔法の名手であり、単一系統に限定すれば入学直後にしてすでにかの十文字克人に並ぶほど、という驚きのデータが出ている。九校戦でも新競技のシールド・ダウンで優勝した。

 

 驚くことに、三人とも司波兄妹の親戚であるらしい。つまり蘭とも血縁関係だ。魔法師の才能は血統に左右されることが多く、それゆえにその遺伝子は厳重に管理され、男も女もさっさと健康な子供をたくさん作ることを求められる世の中になっているわけだが、その「血統」の説得力がこれ以上ないほどに示されている。

 

「あんたらのご先祖様っていったい何者よ」

 

「さあ。普通の一般魔法師だとは聞いているけどな」

 

「もしかしたら大昔に何か良い血統が入ったかもしれないですね」

 

 昼休みの食堂。エリカの魔法師としてはかなり踏み込んだ呆れ気味の質問に、達也と深雪は適当な嘘を答える。これで達也たちが数字付き(ナンバーズ)とかであったら納得だが、あいにくながら、変わったところがない普通の家系だった。

 

 なお皆さまご存知の通り、この六人は実際は全員四葉である。なんなら達也と深雪は現当主の甥・姪に当たるし、黒羽三姉弟も四葉分家の中でも特に影響力がある黒羽家当主の子であり、水波はその四葉が作った調整体魔法師である。十師族の中でも特に凶悪な一族の深い関係者だ。しかも深雪についてはさらに深い出生の秘密がある。とんでもない実力者集団になるのも、これを知ればエリカたちも納得するだろう。なお現段階だと、それを知ったら最後、四葉に物言わぬ体にされるだろうが。

 

 九校戦が終わり、達也と深雪にとっての「嫌な事件」となった地獄水着の海水浴もそろそろ思い出として消化できなくもないころになった、夏休み明けの第一高校。深雪の生徒会長就任はもはや既定路線で、生徒会内での話し合いにすらなっていない。実に穏やかだ。

 

「そういえば、ふみやくんとあやこちゃん、ほうかごちょいと、かいものよっていいですか?」

 

「構いませんわ。何を買うのです?」

 

「しんさくげーむ。もんはんの、おおがたでぃーえるしー」

 

「それダウンロードで良くないですか?」

 

「みせでかうから、あじがあるのよん」

 

 達也と一緒にエリカに怪しまれている黒羽三姉弟は、その横で何も気にせず呑気に話している。蘭は吸血鬼事件の解決以来日常生活に余裕が生まれ、美術部に入部したのみならず、家では妹弟とゲームをしたりして遊んでいたりもする。なお文弥と亜夜子はなんでも平均以上にこなせるタイプで、逆に蘭は何も考えず思うがままプレイするので、二人に惨敗し続けてハンデを貰っているか足を引っ張っているかのどちらかである。それでも文弥も亜夜子も楽しそうなのだから、つくづく仲の良いことだ。これで変な発言と無駄な変声機さえなければ完璧なのだが。

 

「そういえば蘭ちゃん、美術の課題ってどれぐらい進んでるの?」

 

「いまいちー。あしたてつだってよー、みづきちゃーん」

 

「はいはい」

 

 美月の質問に、わざとらしく泣きまねしながら抱き着いて頬ずりし、美月にすがる。これもいつもの光景だ。蘭は男女問わず抱き着いたり触ったりとスキンシップが激しい。妹弟である亜夜子と文弥、そして仲の良い美月と幹比古に対しては特に多い。なお達也のお友達グループメンバーに対しては全体的に多い。

 

「ちなみに魔法史学の重めの課題もあったと思うけど、それは?」

 

「ああー! 忘れてたー!」

 

 そして幹比古の心配も見事に的中した。蘭は頭を抱えて変声機を使わず妙にわざとらしいイントネーションで騒ぎだす。脳内に「神社」がよぎって気分が悪くなった達也以外は、またなんかの物まねだろうと冷たくスルーである。

 

「そっちもあした、てつだってー」

 

「はいはい」

 

 蘭は効率主義者だ。一年生のころは特にそうで、余裕の出てきた今も変わらない。だがそれ以上に、部活動や、妹弟や友達と遊ぶのが楽しくて、課題がおろそかになりがちであった。そしてそのお世話を毎度しているのもまた、大親友の幹比古と美月、それとはなはだ不本意な達也と深雪である。そういうわけで、蘭に抱き着かれて甘えられるのも、幹比古はすっかり慣れっことなってしまった。特に異性に弱い彼が、とびきりの美少女に抱き着かれてこれなのだから、こういうことがどれほどあったのかが察せられるだろう。

 

「そんなに切羽詰まってるなら、明日じゃなくて今日やればいいのに」

 

 雫の静かなド正論が突き刺さる。

 

「どっこい、きょうは、みづきちゃんも、みきひこくんも、よていありけり」

 

 だが蘭は気にした様子もなく、堂々と言い返す。つまりこれは、今日一人で進めるつもりはさらさらなくて、二人に頼るつもり満々ということだ。

 

「へえ」

 

「そうなんですか」

 

 何気ない蘭の言葉に、当の美月と幹比古が顔を赤らめているのに気づいたのは、平坦な相槌を打った文弥と亜夜子だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の中では、村を古龍の脅威から救った英雄ハンター三姉弟が新天地へ旅立ちハイレベルな狩猟が始まろうとしている。

 

「蘭お姉さま……その、良いのですか? 幹比古先輩と美月先輩について」

 

 そんな中、そわそわした様子で口を開いたのは亜夜子だ。

 

 ちなみに、亜夜子も文弥もお友達グループに後輩ながらしばしばお邪魔していて、幹比古や美月には特にお世話になっており、下の名前で呼びあう仲になっている。

 

「んー? だいじょうぶ、ふたりともたすけてくれる」

 

「いや、まあ、それはそれでどうかと思うんですけど、それじゃなくて」

 

 蘭の課題頼る宣言に呆れながら、文弥は意図していた話題に持っていこうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……お姉さまは、幹比古先輩と、美月先輩のことが、好きなんです、よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うん、大好きですよ」

 

 発せられたのは、変声機を使ったものでも物まねでもない、蘭の本心。

 

 ゲーム画面はとっくに船旅のムービーが終わり、新天地で好きに操作ができるようになっている。それでも三人の手はコントローラーを握るだけで動かず、視線も意識も画面には向いていない。

 

 あの達也ですら気づいていないが、亜夜子も文弥も気づいていた。昔から傍にいたから当然だ。蘭が幹比古と美月を見る視線には、命を預け合った大親友に向けるもの以外の感情も含まれている。

 

 蘭は普段から近しい人には「大好き」と恥ずかしげもなく言うが。

 

 ――今言った「大好き」は、それとは意味が違う。

 

「とってもいい子なんですよ、二人とも。それであんなに仲良くできて……一緒に戦って。もう第一高校ではずっと一緒。好きにならないはずがないんですよね」

 

 一流職人が作ったお人形のように整った顔に人を魅了する笑みを浮かべながら、鈴の鳴るような可愛らしい声で、変声機を使ったものとは違う意味で抑揚なく平坦に言葉を紡ぐ。だが、その表情にも声にも、多くの感情が渦巻いているのが二人にはわかった。

 

「その、それで……良いのですか?」

 

 亜夜子の言う「良い」とは、今日入っていた幹比古と美月の「予定」のこと。

 

 

 

 ――今日この二人は、二人きりでお出かけに行く。

 

 

 

 まだ付き合っているわけでもないが、幹比古も美月も、自分が相手に対して抱いている感情にもう気づいてしまっている。

 

 いつから仲が良くなったのだろうか。達也たちとレッグボールで交流するまでは話すような間柄ではなかった。そこからSB魔法師と精霊が見える体質ということもあってそれ関連で話すこともあった。だがいつの間にか、お互いを頼って命を助け合う関係になった。

 

 吸血鬼事件は短く済んだが、その一瞬に濃密な経験が詰め込まれていた。また二人と共通の大親友の存在もあった。美月と幹比古の関係は、蘭がいなかったと想定した時に比べ、とても近いものになっていたのである。

 

 今日の二人の予定とは、付き合う前ながらも「その」関係を意識した、要するにデートである。

 

 そして奥手な二人の間を取り持ったのは、何を隠そう、この黒羽蘭だ。

 

 蘭が二人に抱く感情。そしてその間を取り持っていたことも。亜夜子と文弥は知っている。

 

「いいんですよ、これで。私は、二人のことが大好き。だからこそ、幸せになって欲しいんだ」

 

 浮かぶ笑顔はどこか寂しげだが、晴れやかでもある。もうこの感情に、蘭は自分の中で決着をつけていた。

 

 

 

 

 

 たとえそれが、自分にとっては、いわば「ダブル失恋」であろうとも。

 

 

 

 

 蘭は性別の垣根を気にせず、男女隔てなく接するしスキンシップも取る。

 

 そしてそれは恋愛観も変わらない。

 

「わたしは、ほもで、れずで、ばいで、のんけ」

 

 普段からこう公言してはばからないし、その明け透けっぷりと言い回しの訳の分からなさから周囲から呆れられているが、性別関係なく恋愛対象というのは確かだ。

 

 だからこそ、美月と幹比古に、初恋をした。

 

 そしてそれを自らの手で、失恋に変えたのだ。

 

 初恋の大親友たちを応援するために。

 

 ゲーム画面は一向に進まない。海沿いの爽やかな観測拠点は陽気な雰囲気を醸し出しているが、三人の間には、湿った気まずい空気が漂い、何も言い出せない沈黙が場を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それに、そもそも、ずっとおもってたんですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その空気をぶち破ったのは蘭だ。

 

 また変声機を使って奇妙な安っぽい機械ボイスで大声を出す。突然のそれに、文弥と亜夜子は肩を跳ね上げ、くりくりとした大きな目を丸くして蘭を見る。

 

「ふたりとも、おくてもおくてだから、じれったいったらありゃしないんです!」

 

 大好きだからこそ。

 

 蘭は二人の恋を応援したい。

 

 だというのに当の二人はというと、いじいじ、いじいじ、とあの調子である。こうなっては蘭のモヤモヤは晴れない。

 

「もういっそ、いっきに、やることやっちゃえとすらおもってました!」

 

 そして突然の下品発現。すっかり場の空気は壊れたが、気まずさはもうない。文弥も亜夜子も、尊敬する姉ではあるが、一方で常に抱き続けてる「呆れ」が蘇ってきて、視線が白けている。話もどうでもよくなって、ゲームの中の二人の分身が蘭を置いて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『だけー! だけー!』ってなんどいおうとしたか! わたし、『きぶり』なので!」

 

「「お姉さま、『気ぶり』は控えましょうね」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを読んでいる皆様は、このような場合、「ノスタル爺」とでも言う方が無難だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の中では蘭の分身が、チュートリアルみたいなクエストだというのに、猫にキャンプへと運ばれている。

 

「そういえば、さっきのはなしに、もどしますけど」

 

「お姉さま、モンスターの動きだけじゃなくて場の空気も観察すると色々上手くいきますよ」

 

 亜夜子の強めのツッコミ――エリカの影響がみられる――も気にせず、蘭はいつも通りの暴走機関車っぷりで話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜夜子ちゃん、達也兄くんとの関係は進んでますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぎゃぷえっ!!!」

 

 亜夜子は奇声を上げながら盛大に操作ミスをして、チュートリアルみたいなクエストだというのに、姉に続いて二度目の体力ゼロに陥ってしまう。あと一回でクエスト失敗だ。

 

「い、い、いきなり、ななななんですか!?」

 

「いやー、そっちがきくなら、わたしもいいかなって」

 

 迫真の質問は変声機を切っていたのにまた機械ボイスに戻しながら、蘭がけらけらと愉快そうに笑う。

 

 そう、亜夜子は、達也に対して、尊敬する兄的存在「以上」の感情を抱いている。亜夜子が深雪と若干ひりついた関係なのは、親戚関係が微妙なだけではない。というか最近は、亜夜子が抱く個人的感情の方が理由として圧倒的に多いぐらいだ。

 

「そ、そのう、ですね。え、と、うー……」

 

 亜夜子はキャンプから動かずコントローラーから手を離してもじもじさせ、白磁のような頬を紅潮させて目線を逸らし、意味のない言葉を漏らし続ける。きっと彼女に憧れる男性が見たら卒倒するだろう。

 

「あやこちゃん、かーわーいーいー!!!」

 

「確かここに粉塵の素材あったよね」

 

 そして蘭はそんな亜夜子に思い切り抱き着いて頬ずりして困らせ、一人モンスターと相対する文弥は、自分一人で進めてしまわないよう攻撃は加えず、今日役に立たなさそうな二人のためにサポートアイテムを集める。接待プレイは下手くそな蘭の相手で慣れっこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと文弥くんも、達也お兄ちゃんの事大好きだよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピッ!」

 

 だがそんな文弥も突然の質問に動揺して操作ミスをしてせっかく上った崖から落ち、その落下地点にたまたま届いたモンスターの大技を食らってしまう。画面の中のハンターは跪いた。三回目の体力ゼロ。クエスト失敗だ。

 

「そ、そそ、そんな! そもそも男同士ですよ!?」

 

「えー、せいべつなんて、そんなの関係ねえ! でしょ?」

 

 顔を真っ赤にして反論する文弥だが、蘭は無駄にジェスチャー付きの物まねを挟む程余裕だ。

 

「じゃあ、そうぞうしてごらんなさい。たつやあにちゃまの、あのぶあついむないたに、やさしくだきしめられてるところを」

 

「…………」

 

 想像しまいとしていたが、文弥の顔がどんどん赤くなっていく。恐らく「兄貴分」以上の感情を抱いているのは確定だ。果たしてそれが蘭の言う通りのものかは定かではないが。

 

「んふふ、ふたりともかわいいねー?」

 

 クエスト失敗故にしょぼい報酬が並ぶ画面を放置して、オーバーヒートして停止した二人の妹弟を一気に抱きしめて満足げに笑う。

 

 

 

 

 

 こんなに可愛くて、気を遣ってくれて、優しい妹と弟がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 この失恋も、もう大丈夫に決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに、わたしのしつれんは、きにしなくていいですよ。まほうかこうこう、いけめんとびじょうじょばっかなので、どっちもいける、わたしにとっては、もうほぼ、はーれむものれんあいげーむ」

 

「「そのプラス思考を見習いたいです……」」

 

 結局この日は、ゲームもほとんど進むことなく、就寝の時間を迎え、三人仲良く一つのベッドで川の字になって寝たのであった。




蘭はみんなのことが大好き(色んな意味で)なので他者の恋は応援してる。ほのかと深雪と亜夜子(と文弥)の達也に向ける恋も応援してるし、もう「達也は全員抱けー!」て思ってる。そしてあわよくばそこに混ざって美少女とマッチョイケメンと男の娘をまとめて味わおうとしてる。

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おま◯けのコーナー(中条いつき)

 日本国内に現れた大量猟奇殺人集団・吸血鬼の正体は、人間に憑りついた妖魔・パラサイトであった。

 

 その恐ろしくて悍ましい事件は、最終的にたった四人の高校生が解決してみせた。

 

 第一高校二年生主席、中条あずさ。

 

 精霊魔法の名門・吉田家の次男にして「神童」、吉田幹比古。

 

 模範生でありかつ飛びぬけた成績を持ち、その正体は世界最強の魔法師部隊の隊長にして十三使徒の一角である、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

 そして、第一高校一年生次席、中条いつき。

 

 発生当初は情報統制が敷かれ、ついに抑えきれなくなってからは大ニュースになった、化け物による大量殺人事件。それを、まだ正体が判明しないうちに魔法師の高校生四人がとても早期に解決してみせたのは、さらに大きなニュースとなって日本中を、そして世界中を駆け巡った。

 

 

 

 

 ――それとともに、一人の小さな、そして勇気ある男の子が背負うことになった障害も。

 

 

 

 

 この四人のリーダー格であった彼が、化け物による大量殺人を止めるのと引き換えに、両脚と左腕の自由を失った。その男の子の庇護欲をそそる小さく可愛らしい見た目と、いつも通りに浮かべる朗らかで明るい笑顔が、より一層、人々の悲嘆を誘った。

 

 悲劇のヒーロー。

 

 世間のいつきに対する認識は、おおむねそのような感じである。

 

 

 では、その当人は、どのような生活を送っているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん、もうかゆいところはなーい?」

 

「うん、ありがとー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分と瓜二つのとても可愛い姉・あずさと、お互いに隠すべきところも隠さず、一緒にお風呂に入っていた。

 

 そうしてお風呂から上がると、あずさに多少助けられながらも、魔法でタオルや衣服を操作してとてもスムーズに着衣を済ませ、そのまま浮き上がって壁際の椅子に座ると、姉にドライヤーをかけてもらう。

 

 そうしてお風呂上がりの支度を整えたら、その椅子は敷かれた壁のレールに沿って移動し、二階の自室へと運ばれていく。そしてそのままごく短距離の魔法移動でベッドインした。

 

 

 

 悲劇のヒーローは、多少不便にはなったが、なんやかんやでさほど不自由ない生活を送っているのである。

 

 

 その要因はいくつかある。

 

 一つ目。社会や技術が発達して、21世紀が始まってから30年ぐらいまでのころでは考えられないほどに家庭用介護設備が進歩した。軽量、安全、安価、便利。今や老々介護すらも、さほど力を入れる仕事なく成り立つとすら言われている。

 

 二つ目。いつきが移動・加速系魔法の名手であり、加重系魔法も得意であること。達也に頼んで改造してもらった汎用飛行魔法の存在もあって、彼の身一つでもかなりのことができる。

 

 そして三つ目。

 

 各所からの支援があった。

 

 まず国・国防軍・警察・自治体・保険会社・数字付(ナンバーズ)など、国内のあらゆる機関からお見舞金や報奨金や保険金が中条家に渡された。その身を挺して人々を化け物から救ったヒーローだ。彼に支援することは当たり前であり、そして渡した側の評判にも関わる事であった。

 

 さらに第一高校を中心として様々なグループで「寄付」が募られた。いつきは九校戦で有名人であり、校内のみならず魔法に関わる各所で人気者である。そんな彼がこうなったとあっては、寄付金も集まろう。

 

 さらにさらに、USNA軍からも報奨金と見舞金が出された。その金額は、正規軍人がその身を挺して国や仲間を守って障害を負った時に支払うものに準ずる。国家を化け物から守り失敗の尻ぬぐいをしてくれたことへのお礼の他、ここで出さなければ世界の恥になるということがよく分かっていたのだろう。

 

 このように、中条家には大量の金が転がり込んできたのである。両親である学人とカナは目を回した。高給取りの二人の生涯収入を合わせてもゼロ三つぶんぐらい追いつかない金額だ。家を介護仕様にフルリフォームするどころか、介護機能つきの大豪邸を二つぐらい立てても遊んで暮らせるだけの金である。

 

 そして中条家の四人は、全員が善人であった。そんな金額は受け取れないと、そのほとんどを返還したのである。それでも、住んでいる一軒家を介護のためにフルリフォームして、いつきのために様々な投資や準備をしてさらに今後のためにかなりの金額を貯金できた。

 

 学人とカナは口をそろえて語る。

 

「この貯金は他者に保管してもらおう」

 

 二人は正当に手に入れてしまったあぶく銭の怖さを、よくわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、介護事情を知らない世間からすればいつきの生活は不憫だし、また実際に健康生活に比べてかなり不便であることには変わりない。そうなると「美談」として語られるのが、家族、特に姉の献身的な介護だ。

 

 元々いつきと割と一緒にいる方だったが、あずさの手が空いている時はより一緒にいるようになり、いつきのお世話をしている。その例がお風呂だ。異性の姉弟ながら、あずさはいつきのお風呂を手伝っていると、周囲に知られているのである。

 

 では、具体的にどのような認識か。

 

 

 介護のために一緒に入るようになった。通常の介護のように、あずさは服を着て軽い手伝いをして、いつきも前を隠して大事なところは動く右手で自分で洗う。

 

 

 要は一般的な介護の姿である。このように思っている世間は、あずさを素晴らしい姉だとほめそやす。

 

 なお、実際どうかというと。

 

 まずいつきとあずさは、恐ろしいことに、以前から一緒に入っていた。そして以前と同じようにお互いに色々と隠していないし、裸でもわりかしスキンシップする。大事なところは流石に自分で洗う。そして一緒に浴槽に入ってじゃれたり雑談したりする。つまりほとんど以前と変わらず、「献身的な介護」と思われているのがあずさには不思議であった。ちなみに余談だが、同性の学人が介護をしないのは、見た目がほぼ同じなためいつきの裸もまたあずさにとっては見られるのが恥ずかしいからである。弟に自分が見られるのは平気なのは不思議だが、両親は突っ込むことができなかった。

 

 この変態姉弟生活が知られるのを、両親はずっと危惧していた。そしてお風呂の介護もしていると知られたときは心臓が止まりかけたが、世間の極めて常識的な「思い込み」のおかげで胸をなでおろすと同時に、罪悪感で心臓が締めつけられた。最近心労で鏡の自分が老けて見えるようになった、とは、学人とカナの談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて蚊帳の外で二人の子供が英雄になり、片方が重い障害を抱えてしまった、中条家の両親の苦労の話はこの程度にしておいて。

 

 ここで、今度はいつきの学校での生活を見てみよう。

 

「おはよ~」

 

 新入生を迎えて少し落ち着いてきた4月中頃。二つの意味での「ダブルセブン」が校内トラブルを起こしている中、それに全く関係ないいつきが、この度一科A組に「昇格」した幹比古に車椅子を押されながら、教室に姿を現した。

 

「おう、おはよう! 元気そうだな」

 

「いつききゅ……中条君おはよう!」

 

 するとすでに教室にいたクラスメイトが駆け寄ってきて、男女問わず声をかけられる。女子の一部に危ない様子のもいるのは余談だ。

 

「お二人とも、おはようございます」

 

「「おはよう」」

 

 席に着くと、そばの席である深雪がおしとやかで穏やかな笑顔を浮かべて優雅に挨拶をしてくれる。彼女はいつきのことを嫌いではないが、憧れや恋愛感情などは抱いておらず、その立ち居振る舞いは上品そのものである。ちなみに駆け寄ったクラスメイトも全員それなりに「良い育ち」をしているはずだが……沼は深いものだ。

 

「研究の方は捗っていますか?」

 

「うーん、イマイチってところかな」

 

 深雪の質問に幹比古が答える。元々対パラサイトのためのみならず、主にあずさの意向で、あずさ・いつき・幹比古は精神と魔法に関する研究を行ってきていた。吸血鬼・パラサイトとの戦いを通じて様々な経験や実例、そして生け捕りのパラサイトという特大の資料を手に入れたので、三人は事後処理が落ち着いてすぐに研究を再開したのだ。

 

 そしてその様子を、深雪と達也がやたらと気にするようになった。研究気質の達也と兄に影響されてか好奇心や向上心が強い深雪だ。こうなるのは当然かもしれない……とあずさたちは思っている。

 

「やっぱさー、ボクたちが古式魔法使えるようになるべきだと思うんだよね。幽体関連の」

 

「バカ言え。簡単なものとはいえいつきたちが『念仏體(ねんぶつたい)』とかを習得できた時点で奇跡みたいなもんなんだぞ。あの数日間だけじゃなく、あと一年は吉田家(うち)にお泊りして修行するぐらいの気持ちでいて貰わないと」

 

「だよねえ」

 

 自然と三人の研究内容は、いつきの幽体治療、および全身を自分の意志で動かせるようにする方法の模索になった。幽体関連は、これまでの研究や経験が強く活きる分野であり、そちらへの移行はスムーズなのだ。それでいて先行研究が少ない未開拓な領域であり、手探りな部分が多い。幽体の状態をチェックできるのが古式魔法師だけ、という点も、今の会話の通り、ネックであった。

 

「……それで、ですね。えーと、その研究に関してなのですが」

 

「うん、なになに?」

 

 そうしてしばらく会話をしていると、深雪が言い出しにくそうに、優雅な笑みの口の端をひくつかせながら、少し話題を変えてくる。

 

「その、実はパラサイトの保管方法が、少し不安でして。封印の方は信頼していますが、その、例えばセキュリティとか……」

 

「なるほどねえ」

 

 幹比古が腕を組んで虚空に視線を移して思案する。

 

「それについては大丈夫だと思うよ。場所は言えないけど、とんでもない金庫に入れてるし」

 

「そうですか……その、もし保管方法とか教えていただけたら、お兄様と一緒にもっと具体的なアドバイスもできるかも、とか思っているのですが」

 

「まあ念には念を入れた方が良いのは確かだねえ」

 

 そうしているうちに、いつきと深雪が会話を進めている。それで少し客観的な視線になった幹比古は、ある疑念を抱いた。

 

「司波さん、なんだかパラサイトについてよく気にするね」

 

「っ! え、ええ、どうしても、不安ですから……」

 

「さすがに精神情報体のお化けは司波君でも倒せなさそうだもんね。そういえば司波さんはアテがあるの?」

 

「……ええ、と、まあ、一応」

 

 いつきと幹比古には、深雪の『コキュートス』は見られていない。彼女が精神干渉系魔法を使えることすら知らないだろう。

 

 

 

 ……深雪はクラスメイトと違って沼にはまっていない。

 

 だが、別の沼でもがき苦しんでいるのは事実だ。

 

 

 

『どうしろっていうんだ』

 

 達也の吐き捨てるような愚痴が思い出される。

 

 いつき達が無茶をして国内のパラサイトは一部封印して保管し、他は全部討伐した。

 

 また封印パラサイトを一時的にリーナにレンタルして、USNAに残ったパラサイトもUSNA軍が「悪鬼滅殺」した。

 

 これにより、興味を示した四葉家が自由に手出しできるパラサイトが、ひとつ残らずいなくなってしまったのだ。

 

 そこで四葉本家から一高に通う二人に出された命令がこちら。

 

『三人から頑張って封印パラサイトについて色々聞きだして譲ってもらう。最低でも居場所や保管方法を聞き出して強奪できるようにする』

 

 無茶極まりない。高校生三人で吸血鬼事件を解決しようとするぐらい無茶だ。

 

 そういうわけで、深雪と達也は、こうしていつきたちから情報を抜き出そうと日々努力しているのである。その全てが警戒心ゆるゆるの中条姉弟を相手にしていてもなおさすがに空振りに終わっているし、良心も痛むしで、地獄のような境遇である。達也と深雪、二人で仲良く抱きしめ合い囁き合って時に一緒に寝ながら慰め合わなければ、こんなことに耐えられない。

 

 四葉。家。しがらみ。友情。良心。様々な泥が混ざった沼から、二人はしばらく抜け出せそうにない。

 

「おはようー」

 

「おはよう」

 

 そうして話しているうちに、新たなクラスメイトが登校してきた。控えめながらも穏やかで朗らかで人を和ませるようなほのか。小さくて可愛らしく冷静沈着で抑揚が少ない雫。深雪の親友だ。

 

「あ、おはよう、光井さん」

 

「おはよう、中条君」

 

 そうしてナチュラルにほのかはいつきの隣――本来は雫の席だ――に座り、ポケットから手のひらサイズの布を取り出す。そして同じものをいつきも取り出し、二つを机に並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「今日も一日、わたくしたちをお守りください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれに向かって、「お祈り」をした。

 

「「「…………」」」

 

 幹比古と深雪と雫の視線は冷たい。クラスメイトからも冷たい。

 

 だが二人は気にせず、頭を深々と下げたまま、「お祈り」に浸っている。

 

 

 このお守りは、古式魔法の名家・四十九院家の寵児、水の申し子こと沓子お手製だ。

 

 二人とも九校戦で沓子と親しくなり、横浜で命を助けられ、さらにいつきはもう一度真冬の夜に助けられた。

 

 そうした経験を共有する二人は、沓子に対して深い友情とともに、「信仰心」を抱いたのである。

 

 もともとクラスメイト兼お友達グループメンバーだったとはいえあまり関わりが無かった二人だが、「沓子」という「同じ神」を見出し、一緒に命を預けあい助け合い肩を並べて戦った戦友ということあって、一気に仲良くなった。

 

「「…………はあ」」

 

 幹比古と雫が重いため息を吐く。

 

 気持ちは分からないでもない。

 

 実際二人もあの地獄で沓子に助けられた。特に幹比古は、「神」を降ろした彼女への深い尊敬があるし、巨大パラサイトの莫大な邪気からいつきを守るという「奇跡」も目の前で見た。深い尊敬と感謝を抱いているのは確かだ。

 

 だが、さすがに「信仰」にはならないし、ましてやここまでの「狂信」にはならない。

 

「……ほのか、達也さんがいなかったら、三高に転校してたかも」

 

「ありえる」

 

 ほのかが達也にべたぼれなのは二人にとっては周知の事実――ほのかにとっては羞恥の事実――である。そしてほのかに刻まれた「エレメンツの遺伝子」が、達也への愛情と依存をより深めている。

 

 そんなほのかの「エレメンツの遺伝子」は、横浜での戦争以来、沓子に対してもビンビンに働いている。雫の言う通り、転校しかねなかった。一人の乙女を叶わぬ恋に落とした罪深い男・達也に、感謝しなければならない。

 

「今度中条君のお家に行って、『祭壇』へのお参りしていい?」

 

「うん、大歓迎だよ!」

 

 ちなみにいつきは元々部屋に設置していた簡易的な「神棚」を退院してから改造して、「祭壇」へと進化させた。新しいお守りはお風呂の時以外こうして肌身離さず持ち歩き、祭壇にはご神体として、パラサイトからいつきを守りその役割を終えた黒焦げのお守りが安置されている。そして毎日三度、器用に汎用飛行魔法を中心とした魔法を使って土下座の姿勢を取り、「礼拝」している。ちなみにその祭壇も、今のお守りも、しっかり金沢の方向に置いてあり、同時に沓子自身と四十九院家の神社方向への礼拝もできるようになっている。ここまでくると別の宗教だが。

 

 こんな具合に、あずさや幹比古とばかり一緒にいるように見えて、いつきはそれなりに交友関係を広げている。パラサイトとの戦いを終えてからは、心にゆとりができたのか、色々な人と遊ぶようにもなった。例えばこの前はあずさ不在で達也たちお友達グループとアイネ・ブリーゼでお茶をしたりもした。

 

 その中でも特に関係が深いのが、まさかのほのかである。言ってしまえば、「同じ沼の仲間」である。いつきとほのかもまた、沼に沈んで出られないでいた。――当人たちはもがくことなく嬉々として深く深くへと潜っていこうとしているが。

 

「……ほのかが男の子の家に遊びに行くって自分から言い出すなんてありえない」

 

「ああ、やっぱそう?」

 

 熱心にお祈りを続けている狂信者二人を見ながら雫が呟き、幹比古が同意する。ほのかは明らかにそういうタイプではないし、ずっと傍に居た雫はそれがよく分かっている。だが、今はこれだ。

 

 まさかのまさか。いつきと深い関係になっている女の子は、あずさを除けば、ほのかが一番と言えるのである。

 

 

 

 

 とはいえ、これが恋愛関係に発展することはあり得ないだろう。

 

 

 

 

 沓子からの神託(電子メッセージ)を二人で見て嬉々としているいつきとほのかを見て、幹比古たち三人は「確信」した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、どうすればいいのじゃー!!!」

 

 では、信者同士ではなく、その信仰対象()はどうか。

 

 当然、言うまでもなく、「脈ナシ」である。

 

 夏の気配が本格化してきたころの第三高校専科――第一高校で言うところの一科――の教室で、沓子は長い艶やかな青髪をわしゃわしゃとかきむしって叫ぶ。その様子を、親友の愛梨と栞が生温かい目で見守っていた。

 

「わしはそこまですごくないぞ! 大得意分野でだってほのかに負けるほどじゃぞ!?」

 

「あれはあれでエレメンツの想う力がどうのっていう理不尽があったからだと思うけど……」

 

 沓子の叫びに愛梨が反論する。エレメンツが「これと決めた人」のために強い力を発揮するというのは理屈とデータとして残っているが、あの時のほのかほどに「覚醒」するのは例がなかった。もし土壇場でエレメンツ全員がそれを発揮できるなら、尊敬する水尾先輩が深雪に惨敗することはなかった。アベレージの能力で言えば、沓子は水上なら間違いなくほのかに勝てるだろう。

 

 さて、では沓子がなぜこんなにも自虐的なのか。

 

 自分の弱さや未熟さを突きつけられる挫折を味わったのか。

 

 否。

 

 

 

 

 

 その逆だ。

 

 

 

 

 

 

 

『ボクたちの沓子ちゃん大権現様が今度東京においでくださるのですか!?』

 

 沓子が携帯端末で開く愛しいいつきからの、今度遊ぶ約束をした時のメッセージ。そこには、彼が彼女に抱く「信仰」がありありと現れている。

 

 いつきからの沓子に対する好感度は悪くない。それどころか、いつもべったりのお姉ちゃん(あずさ)を越えているかもしれない。だが残念ながら、恋愛的好感度という点では、それこそ血のつながりが濃い実姉(あずさお姉ちゃん)にすら劣るだろう。友情や親愛はあるが、それ以上に、沓子に二度も命を救われたことによる「狂信」が、いつきから向けられる感情に相応しい言葉である。

 

 当初はいつきなりの冗談だと思っていた。だが沓子のアプローチに対して一切揺るがずその姿勢を崩さない彼の様子を見て、沓子もついに気づいてしまった。彼から畏敬されていると。

 

 これでは恋愛関係に発展しようはずもない。天照大神にしろ聖母マリアにしろ古今東西の女神にしろ、「神格を持つ女性」は、決して俗人の男の恋愛対象にならない。それに似た存在は、「天使」「女神」という形容が美しい女性を指し示すように、または男性が女性に処女性と母性を求めるように、強い恋愛対象になりうる。だが、「神そのもの」と扱われてしまっては、別格の存在となってしまうのだ。

 

「わしは帝でもないのになんで『人間宣言』しなければならんのじゃ!? 不敬極まりないわ!」

 

「でも皇族の血は引いてるんでしょ?」

 

「白川伯王家だもんね」

 

「とっくに断絶しとるし宮家にもなっとらんし、そもそも血もとっくのとうに薄まっとるわ!!!」

 

 愛梨と栞の打てば響くようなジョークに、沓子が机をバンバンと叩いて反論する。ちっちゃなおててなのにその音はずいぶんな迫力だ。古式魔法の儀式で様々な楽器を演奏しているだけあって自然に良い音を出す方法を分かってるんだな、と二人はどうでもいいことを考える。

 

 こんな具合に、沓子の初恋は大きなハンデを背負うことになった。嫌われているよりもよほどたちが悪い。そして根拠のない信仰ではなく、沓子は実際に人々に敬われるほどのバックボーンがあり、そして二度も「奇跡」でいつきの命を救っている。この状況を覆すのは、長い時間が必要だ。

 

「中条君と言えば、そろそろ九校戦の季節ね」

 

 大親友の上手くいかなさそうな恋愛模様を見守るのは楽しいが。

 

 それはそれとして、もうそんな季節になっている。

 

「そういえばそうじゃな」

 

 もう6月も後半だ。そろそろ九校戦の正式通知が来るだろう。

 

「中条君にいいところ見せられるといいね」

 

「そうじゃな! ほのかとのリベンジもある!」

 

 沓子は先ほどまでご機嫌斜めだったのとは一転、天真爛漫な笑みを浮かべる。彼女の周りだけ、この梅雨明けの陽気に負けない光が漏れ出ているようにすら見える。

 

(ここで負けて中条君に同格に見られたい、と思わないところが沓子らしいわね)

 

 その様子を見て、愛梨は微笑む。冗談でもこういうことを言わないところが、沓子の好きなところだ。人との距離感が近すぎて尻や胸を遠慮なく触ってくるのは玉に瑕だが。

 

 そして沓子と同じように、愛梨と栞もリベンジに燃えている。九校戦が全て終わったあと、多少気まずいながらも、一高の当時一年女子を代表する三人との「裸(?)の付き合い」を通して友情を深めた。だがそれはそれとして、三人とも戦績はズタボロである。今年こそは、と意気込んで魔法の腕を磨いてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな三人の意志は、大幅な競技とルールの変更によって、完全にかなうことはなくなるのであった。




エリカは警察関係者、レオは途中まで一緒に参加してた、克人と真由美は責任持って動いてた十師族として、それぞれ吸血鬼事件をよりよく解決できる立場だった。それなのに自分の手から離れたところでいつきが大変なことになったので、とても気に病んでいる。ただしいつきがいつも通りなので、それを表に出さないように気を遣っている。

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おま〇けのコーナー(中条いつき②)

間違ってホップに敗北RTAのほうに上げてしまって慌ててわちゃわちゃ直したのでガバがあるかもしれません。ご了承ください。


 九校戦の競技変更の影響は、当然第一高校にも出ていた。

 

 あずさもその一人である。生徒会長である五十里と協力して早め早めに選手内々定を出していたのだが、大幅なルール変更によりそれらが全部おじゃんになった、どころか、説明や謝罪に追われてむしろマイナスになってしまった。

 

 そんな姉に対して、去年は二競技で優勝、掟破りの三競技目でも準優勝を持って帰ってきた、誰もが認める二年生男子大エースのいつきはというと……さほどの影響を受けなかった。

 

 本来なら大きな影響を受けるはずであった。

 

 去年出場して優勝をもぎ取ったバトル・ボードもクラウド・ボールも廃止である。この二競技がお気に入りだったいつきは、それなりのショックを受けたには受けた。ただ、あくまでも「それなり」だ。

 

 

 なぜか。

 

 

 もっと大きな影響が、いつきの「魂」に残っているからである。

 

「そういうわけで、いっくんの競技はこれまでと変わらないからね」

 

「うん、オッケー」

 

 事前に出していた戦力評価や内々定の全てが無駄になったわけではない。

 

 両脚と左腕が動かせないながらも魔法力が高いいつきは、適性的には微妙だが、元々運動能力の影響が少ないアイス・ピラーズ・ブレイク一択だったのだ。幸い、この競技にもルール変更があったとはいえ、トップのいつきはそのあおりを受けることはなく、そのまま引き続き代表として選ばれることになった。

 

 作戦立案能力があるとして、生徒会ではないながらも急に生徒会室に呼び出しを受けたいつきは、あずさの言葉に、朗らかに頷いた。

 

「それにしても中条君、すごく来るのが速かったね。中条さんはいつの間に連絡してたんだ」

 

「え、えーと、は、はい……あはは」

 

 五十里の素朴な感心に、あずさは困ったように苦笑いして誤魔化す。しまった。動揺のあまり、偽装をすることなく、いつきを「心」で呼び出してしまった。

 

(がんばれー、あずさお姉ちゃん)

 

 すぐそばで我関せずの構えを決めて、達也と一緒に名簿チェックを始めた、意外と薄情ないつきの「心の声」が届く。

 

 ――精神情報エイドスとも言える幽体の共有。

 

 それにより、二人の間に霊的・魔法的なつながりが強くできて、心の声を届けられるテレパシーめいた能力がついた。色々と面倒になりそうだし、「二人だけの秘密」としている。それなりに便利なのでうっかり油断して使ってしまうことが今回のようにたまにあるが、いつきはその誤魔化しには慣れたものであった。善良すぎるあずさは毎回苦労しているが。

 

「しかし中条先輩、そう簡単に話は進みませんよ」

 

「そうです。中条君は、男子のソロとペア、どちらに出るんでしょうか」

 

 いつきの魔法適性で言えば、モノリス・コードかロアー・アンド・ガンナーが一番だ。特別競技であるスティープルチェース・クロスカントリーでも運動神経のハンデがあるとはいえ高速移動と山遊びは得意だから上位入賞は確実なはずだ。だが、両脚と左腕が動かせないのではしょうがない。

 

 そんな色々な「残念」を口に出すような常識知らずはこの生徒会にはおらず、「アイス・ピラーズ・ブレイクでどうするべきか」と建設的な話に、司波兄妹が持っていった。

 

「うーん、そーだなー、幹比古君と出られるならそれが一番だけど」

 

「あいつの適性と実力を考えると、モノリス・コード一択だな」

 

 達也がいつきの言葉を否定する。いつきも最初から無理と分かっているような口ぶりだ。

 

 幹比古は去年のモノリス・コード新人戦急遽代理でも戦いぶりと、スランプから抜け出し覚醒した神童としての実力、そして何よりも横浜の戦争とパラサイトとの戦いというこれ以上ないほどの実績により、モノリス・コードに内々定が出ていた。得点配分もこの競技だけ――明らかにえこひいきで――高いのは変わらないため、最高戦力である範蔵・幹比古・三七上がここに出るのは動かせない。

 

「司波君は出ないの? なんかすごい魔法持ってるんでしょ?」

 

「作戦スタッフとエンジニアだけで過労死しそうだよ」

 

「無限の体力ありそうなのに?」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 達也の『分解』は、その手札一つだけで、アイス・ピラーズ・ブレイクにおける攻防一体の最強の武器だ。去年全部で圧勝して見せた将輝と同格かそれ以上の適性と言えよう。

 

 だが達也はエンジニアは当然として一部作戦スタッフも兼ねている。彼の技術と頭脳は突出していて、一つの競技に出るよりも、色々な競技に影響を及ぼせるこの立ち位置の方が、全体への貢献度が高い。そもそも第一高校男子だって――結果は振るわないが――かなりの猛者の集まりだ。達也を出すのはもったいないだろう。

 

「えー、だったらどうだろうなー。同い年でボクと合いそうな人はー、うーん、いないしー。先輩方はどうなんですか?」

 

「せいぜいが三七上くんぐらいだろうね」

 

「ならダメですねえ」

 

 いつきの想定していた戦い方は、ちょっとばかし、連携が難しい。それに合わせるには、相当な実力は当然として、合わせられる魔法への強い適性か、あずさや幹比古のように彼との連携に慣れているか、どちらかが必要である。

 

「じゃあ、やっぱりソロで決まりだね」

 

 ここまでくれば結論はおのずと見えてくる。優しすぎる感はあるが生徒会長としての威厳と立ち居振る舞いが身についてきた五十里の一言で、男子のエースの役割が決まった。

 

「うん、あとはあの一条君がソロに来ないことを祈るだけだね。ああ、沓子ちゃん大明神様、哀れなボクに御加護を」

 

「何弱気になってるんだ」

 

「そもそも四十九院さんは三高サイドで一条君と同じでしょう」

 

「あとそっちは南だから真逆だよ、いっくん」

 

 司波兄妹(シスコン・ブラコン)(ブラコン)からの総突っ込みを意に介さず、いつきは――シレっと方角を修正しながら――トランス状態になって、神に祈りをささげるのであった。

 

「光井さん、どうか君だけはマトモであってくれっ……!」

 

 一緒になって祈りを捧げ始めたほのかに、五十里は叶いそうにない願望を吐き出す。

 

 ブラコン、ブラコン、シスコン、狂信者、今は他生徒との交渉で不在な泉美もなんか怪しい。この生徒会、やばいやつしかいない。

 

 

 

 

 

 一年半前までぶっちぎりで自分がバカップル扱いされていたことを棚に上げて、五十里は頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあこうなるとは思ってたよ」

 

 ペアの方が点数が高くて重要。

 

 一人でもペア相手に圧勝できそうだからペアに出場する可能性が高い。

 

 そんないつきの希望的観測に反して、九校戦開会式で発表されたアイス・ピラーズ・ブレイク男子ソロの対戦表には、クリムゾン・プリンスこと一条将輝の名前が燦然と輝いていた。

 

 いつきの顔に浮かぶのはいつもの天使のような朗らかな笑みだが、その口の端はひくついていて表情はやや固い。去年あれだけ全力を出して戦ったのに圧倒的な力の差を見せつけられて負けたのを思い出したのだろう。

 

「どんまい、いつき。幸いにしてブロックは反対側だよ」

 

 その後ろで車椅子のハンドルに手をかけながら笑う幹比古から慰められるが、いつきの気は晴れない。

 

「ついさっきまで幹比古君だって顔真っ青だったくせに……」

 

「あはは、天は僕に味方したみたいだね」

 

 将輝の適性を考えるとモノリス・コードに出場して高得点を狙いに来る可能性も十分にあった。ある意味ではいつき以上にひどい目に遭わされた幹比古もまた、将輝との戦いを不安視していたのである。

 

「ああ、沓子ちゃん如来様、ボクに試練を与えたもうのですね……」

 

「また言ってる……いい加減やめてあげな」

 

 今御覧の通り、思ったよりご利益ないだろ。

 

 幹比古は呆れ顔でたしなめるが、いつきの耳には入らず、真夏の太陽がギラギラと輝く天を仰いで祈りをささげている。その目には、この元気すぎるお日様に負けないほどの狂信の光が宿っていた。

 

(おいたわしや、四十九院さん)

 

 命の恩人なのでその恋路は応援してあげたいが。

 

 どうにも親友である自分をもってしても無理なようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロー、イツキ、アズサ、ミキ、トウコ」

 

 初日はロアー・アンド・ガンナーの男子女子それぞれのペア部門を一気に消化する。

 

 沓子は――いうほど射撃は得意ではないがボート操作が派手すぎてガンナーが可哀想だったため――女子ソロ代表であるため、今日は暇だ。他校だというのに親友や仲間を差し置いていつき、あずさ、幹比古と一緒に観戦していると、そこに鮮烈な美少女が現れる。

 

 手足はすらりと長く、その肌は透き通るように白く、艶やかであでやかで繊細な金髪は真夏の風をはらんで陽光にきらめきたなびいている。帽子、サングラス、服装、そのどれをとっても明らかに高級品と分かるながらもそれを誇示することなく上品なデザインにまとまっていて、それでいてスターのような新鮮さや爽やかさを感じさせる。

 

「あ、リーナさん、久しぶり!」

 

 車椅子のいつきの真後ろ――両隣はあずさと沓子が確保している――に腰かけたその目立ちすぎる美少女はリーナだ。一か月に一度は頑張ってスケジュールを空けて会いに来ていたのだが、ここ二か月はご無沙汰だった。魔法師の国際移動が強く制限されているのもそうだが、リーナはスターズ隊長にして十三使徒であり大統領とのお食事会にも来賓として呼ばれるほどの格があり、とても忙しく制約の多い身の上だ。

 

 だがこの二か月を全力で仕事に捧げるのを代償に、色々忙しいサマーバケーションの期間だというのに、こうして九校戦のために来日することができた。しかも本戦前半すべてを見ることができる四日分もである。一日捻出するのすら大変なことを考えると、これは異常事態といっても過言ではない。なおUSNA視点だと実際に異常事態以外の何物でもなく、この「事件」とも言える長期滞在のために数多くの関係者が涙を流し苦労したことを付け加えておく。特にシルヴィアとバランス大佐は帰国したリーナにドロップキックを決めてやろうと女の約束を取り交わしているほどである。

 

「ああ、会いたかったわ。やっぱりビデオ通話とは違うわね」

 

 真後ろには真後ろのメリットがある。

 

 リーナはそのまま流れるようにいつきの後ろから腕を回し、軽く体重を預ける。いわゆるあすなろ抱きだ。いつきはこの暑さでだいぶ汗ばんでいるだろうに、そこから漂う香りはリーナを安心させる。数多くの高級品を試していたリーナも知らないシャンプーとボディソープの匂い。そしてその奥に感じる、いつきそのものの匂い。リーナはしばし目を閉じて、いつきの体温と鼓動と匂いにトリップした。ちなみにこのシャンプーとボディソープは日本の少しお高めの市販品であり、あずさも同じものを使っているのでおおむね姉弟で同じ匂いがすることを付記しておく。

 

「ちょ、ちょっとリーナさん、いきなりだなあ」

 

 絶世の美少女にいきなりそんなことをやられたものだから、いつきは戸惑っている。少し顔が赤いのは、元々血色が良いし暑さのせいで体温が高いだけではないだろう。彼とて男である。急接近したリーナからほのかに漂うハチミツのような甘い香りが、いつきの鼻をくすぐっていた。

 

「な、こら、人前でそんなことするもんじゃないぞ!」

 

 幹比古とあずさが固まる中、沓子が立ち上がり顔を真っ赤にして引きはがそうとする。リーナも大人しく引き下がっていつきから離れるが、白磁のような肌を少し紅潮させながらも、平然と反論する。

 

「あら、ステイツではハグぐらい普通よ?」

 

「ほー! そうなのか! さすが西洋はハイカラじゃのう!」

 

 そして沓子は一瞬で説得され、目をキラキラして好奇心に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「いや納得するんかい」

 

 幹比古は頭痛がしてきた。熱中症ではないのは確かである。どちらかといえば糖分過多が一番近いかもしれない。

 

 ちなみに、沓子もいつきと対面したらまずは飛び込むようにハグをする。幹比古からすれば「人のことを言うな」であった。そしてそれに対していつきはキャイキャイと子供がじゃれ合うように喜んでいる。リーナと比べたらずいぶんと心の距離は近いが、男女の関係では差がついているだろう。

 

「あ、あはは……」

 

 そんな賑やかになったメンバーの中、大人しいあずさはいつも通りの困ったような苦笑を浮かべる。だがその小さな手は、何か不安な時にすがるように、無意識のうちにいつきの手をギュッと握っている。リーナと沓子は二人の会話に夢中で見逃しているが、幹比古は見逃していない。

 

(いったい僕は何を見せられてるんだ???)

 

 いつきとあずさのイチャイチャを近距離で浴びせられ続けてきた彼は幾度となくそう思ってきたが、この五人が一堂に会した時のこのほんのりとした「修羅場」の卵のような状態は、特にそう思う。親友の複雑な恋模様を楽しめるほど、幹比古は悪趣味ではない。

 

「そういえばイツキ。そろそろ『さん』づけは水臭いんじゃないかしら? トウコみたいに『ちゃん』でもいいのよ?」

 

「それはそうといつき。どうじゃ、わしのあだ名は考えてくれたかのう?」

 

 ちなみにこの二人はお互いを恋のライバルとして認識し合っている。そして、リーナは沓子の「ちゃんづけ」が羨ましく、沓子はリーナのあだ名呼びが羨ましくて、時折こうしていつきに提案している。乙女心は分からないものだ。

 

「えー、リーナさんはすごく綺麗だし大人っぽいから『ちゃん』じゃなくて『さん』がぴったりだし、沓子ちゃん様は沓子ちゃん(みこと)だし、あと名前が普通にあだ名付けにくいしなあ」

 

 なお当のいつきはこの通りである。そして彼はそもそも我儘気味の頑固者であり、これを変えるつもりは全くなさそうだ。なおいつきの意見については、幹比古も完全に同意である。特に沓子の名前はあだ名がつけにくい。

 

 いつきの暖簾に腕押しな対応に二人は――無駄にとても可愛らしく――頬を膨らまして不満顔をするが、そろそろ競技が始まるということで矛を収め、大人しく席に着いた。

 

(ようやく収まった)

 

 幹比古は湿ったため息を吐く。

 

 実の姉弟関係だが誰よりも距離が近く、いつきのほうも「あずさお姉ちゃんが世界で一番可愛い」と胸を張って公言してる、血どころかついに魂まで分け合った半身であるあずさ。

 

 狂信状態のせいで脈ナシな一方で、二度も危機を助けた命の恩人として一番尊敬されていて、また性格的に合うから一緒にはしゃげて楽しめる沓子。

 

 緊急事態の中で仲間になり急激に仲を深め合い命を預け合った戦友で絶世の美少女であるリーナ。

 

 幹比古から見て――恐ろしいことにあずさも含めて――この三人とも、いつきに間違いなく強い想いを寄せている。そしていつき本人も、三人の事がベクトルが違うとはいえ大好きだ。ただいつきの性格が幼い故、恋だの愛だのと考えていないだけ。ある意味で三人ともが生殺し状態と言える。

 

 そしてこの三人以外にも、いつきはそれはそれはもうモテる。元々この見た目で男の子ということで「アヤしい趣味」のお姉さま方から注目を集めていたし、去年の九校戦から女子ファンは急増、そして横浜事変と吸血鬼事件での「英雄」となってからさらに人々から英雄視され好かれるようになり、またパラサイト関連が一段落したことで心に余裕が生まれて周りとの交流もより深くなってきた。

 

 この三人を筆頭に、いつきを取り巻く恋愛模様は、巨大で複雑化している。

 

 男子の9割から恋されていると言っても過言ではない深雪ですら、ここまでではないだろう。何せあれはお兄様一強だ。

 

(全く、いつきめ、さっさと誰かに決めろ)

 

 競技開始の荘厳なファンファーレが鳴り響く中、幹比古はそれを聞き流しながら、また頭を抱える。

 

 ――常に前を走って新しい世界を見せてくれる。

 

 ――苦しい時も傍に居てくれる。

 

 ――命を預け合い助け合い、そしてその身を挺して守ってくれた。

 

 そんな可愛らしい大親友だ。彼の身体と魂がこうなってしまった以上、いつきに心も命も助けられた恩もあるし、責任もある。自分の一生を捧げて、いつきの人生に添い遂げる覚悟はとっくにできている。いざとなったらその身を犠牲にしてでも、いつきを守るつもりだ。そうでもしないと、いつきに助けられっぱなしなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんなんじゃ、そのうち背中を刺されるぞ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがだからといって、恋愛関連で彼が危機に陥ったとしたら、さすがに放置するつもりである。




来訪者編クリアRTAにおけるチャートは、どこ生まれ・どの性別か、の他、「ラストバトルの最強戦力を誰にするか」で大別される。
最強戦力とは、司波兄妹、リーナ、十文字克人のどれか。
克人は十文字家チャートおよび十文字家と関係が深い七草家チャート専用。USNA軍も吸血鬼もパラサイトも全部ひとりで大体ボコボコにしてくれる「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」ルート。
リーナは実は一番メジャーなルートで、USNA軍と戦わないで済むうえに、パラサイト相手にも『仮装行列パレード』で安定するし、仲間にもしやすい。ちょろい。
司波兄妹は仲間にするうえで警戒心がとても強く、少しでも情報の出し方を間違えると四葉や達也に消される。ただし加わった時の心強さは原作をご覧を通り。

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おま◯けのコーナー(中条いつき③)

おま◯けの最終回です


 初日からずいぶんな見ごたえであった。

 

 女子ペアは一高の国東・明智ペアが優勝。そのボートさばきもさることながら、とくに射撃の腕が素晴らしい。二人の気が合うこともあって、黄金タッグといっても過言ではない。

 

 また男子の方も、漕ぎ手として、去年いつきに新人戦バトル・ボード準決勝で負かされた七高選手が活躍し、初日のタイムレコードを打ち立てた。射手のほうもかなりの腕で三位のスコア。総合優勝をもぎ取った。

 

 だが、いつきたちにとってのロアー・アンド・ガンナーの本番は二日目である。

 

 

 

 

「沓子ちゃん様がんばってくださーい!」

 

「私たちの水神様ー!」

 

 

 

 女子ソロ部門。沓子の出番になると、三高サイドに負けないほどの黄色い声援が、いつきとほのかから飛び出す。

 

「完全に裏切りでしょ」

 

 リーナの鋭いツッコミに、一緒に観戦しているいつもの達也お友達グループとあずさは同時にウンウンと頷いた。雫とリーナは今回が初対面だが、なんだか仲良くなれそうである。

 

 二人の声援を受け取って千切れんばかりに手を振る沓子は、初回の演技を始める前からすでに観客を魅了する程の輝きと自信に満ち溢れている。去年のほのかとの激戦は見た者全員の記憶に焼き付いて離れないし、横浜に現れた機械仕掛けの化け物を吹っ飛ばした活躍も記憶に新しい。彼女に寄せられる期待は大きく、そしてその期待以上の実力を、彼女は持っている。

 

「仮に雫が出ていたとして、どうだ、勝てそうか?」

 

「達也さんのデバイスがあっても無理だと思う」

 

 雫はアイス・ピラーズ・ブレイク女子ペアの代表だ。その適性や部活動経験からロアー・アンド・ガンナー女子ソロとどちらにするかギリギリまで揉めたが、水上移動の経験が少ないということで、アイス・ピラーズ・ブレイクに選ばれたのである。

 

 射撃の腕では負けるつもりはない。これでも新人戦スピード・シューティングの女王としてのプライドがある。だが去年のほのかとのレースを見ていると、「想う力」のような奇跡でもない限り、水上では勝てそうにもない。

 

 ――そんな前評判の通り、沓子のレースは圧巻だった。

 

 ボートさばきはもはや語るまでもない。昨日のボートに集中しているはずの国東を越えるスピードや操作で複雑なコースを走り抜けていく。その様はまるで海中を駆け抜ける魚の様だ。

 

 それでいて、そんなボートさばきをしているというのに、射撃魔法もまたハイレベルである。彼女らしく狙いは大雑把だが、この高速移動と同時に行っているとは思えないほどに一撃一撃の攻撃範囲と威力が大きく、多少狙いが外れても的を確実に破壊している。高速移動しながらの攻撃となったら当然不可視の散弾(インビジブル・バレッツ)のような直接干渉魔法が有効だが、沓子はコース上の水を弾丸として放っている。これはもう彼女にしかできない芸当だろう。

 

 

 

 

「「神! 神! 神!」」

 

 

 

 

 そんな素晴らしい演技を見せつけられたというのに、感涙しながら叫ぶ狂信者(いつきとほのか)のせいで、達也たちは感動に浸ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子と、去年いつきと激戦を繰り広げた黒井が、それぞれ優勝を決めた二日目が終わり、三日目。

 

 次なる新競技であるシールド・ダウンと、新たに創設されたペア部門でさらなるド派手な戦いが期待できるアイス・ピラーズ・ブレイク。この日もまた見所であった。ここで一高は女子ペアが見事に優勝し、男子ペアも三位に入賞した。

 

 そして四日目。

 

 この九校戦で、最も注目を集める三人が一気に登場する、アイス・ピラーズ・ブレイクのソロ部門が始まる。

 

 司波深雪。一条将輝。中条いつき。

 

 この全員が、去年の九校戦で飛びぬけた結果を残し、そしてそれ以外の場面でも様々な実績を残している。深雪だけ――秘匿されてるがゆえに――九校戦外での実績はやや劣るが、去年見せつけた実力では将輝よりも上だ。

 

「イツキが格落ちに見えるって反則もいいところよ。一人ぐらいステイツに分けてほしいわ」

 

 観客席でリーナが腕組みしながら、この世界情勢では少し笑いにくいジョークを口走る。こういうところはやはりアメリカンのようだ。

 

 男女それぞれの一回戦がもうすぐ終了する。だがこの中途半端なタイミングで、準備のための長めのインターバルとなっている。将輝と深雪が速攻で相手の氷柱を全てぶっ壊すせいで製氷が追い付かず、裏方はさぞやてんてこ舞いだろう。

 

 まず深雪は去年と同じく、そして去年よりもさらに激烈な威力となった『氷炎地獄(インフェルノ)』で完封した。

 

 また将輝も一切防御することなく開始直後に特化型CADを抜き、一瞬で相手氷柱全てを『爆裂』してみせた。

 

 どちらも一方的だが、全ての攻撃を跳ねのけ見た目も絶望感がある深雪、一切何もする時間を与えず数秒で終わらせる理不尽の将輝、という点で違いがあり、種類の違う強さに観客は震えあがり盛り上がった。

 

 そして、男子一回戦最後のカードで、観客人気ナンバーワンのいつきの試合が、目前に迫っていた。観客たちは今か今かと待ち望んでいる。製氷スタッフが可哀想になってくる場面だ。

 

 そうして熱気の中しばらく待っていると、ようやく場内アナウンスが流れ、まもなく再開することが告げられ、観客のボルテージが上がっていく。そしてそれと同時に車椅子姿のいつきが会場に姿を現し、歓迎の歓声と戸惑いのどよめきが会場を満たした。

 

 幾度となくテレビで流れたし、ここに集まるような観客には周知のことであるはず。だがそれでも、いつきの車椅子姿はその小さくて可愛らしい見た目もあって、あまりにも悲しく映る。

 

 だがそんなことを気にせず、いつきは観客に手を振る。すると主に女性の歓声が爆発した。

 

「なあ、オレの見間違いじゃなかったらだけどよ、あれ、車椅子に座ってるのって中条先輩じゃねえのか?」

 

「奇遇ね。アタシもそう思ってるところよ」

 

 レオとエリカが目頭を揉む。目の前の光景が信じられない。

 

 同じ反応を、雫とほのかもしていた。

 

 

 

 

 

 

 車椅子に座っているいつきと思しき人物は、魔法科高校共通の「女子制服」を着ていた。

 

 

 

 

 

「落ち着いて。予習は済ませてあるはずだよ」

 

「信じたくない……」

 

 幹比古が取りなすが、周囲は困惑したままだ。特にエリカと雫とほのかと美月は大ダメージまで負っている。

 

 

 

 

 

 あれはまぎれもなくいつきだ。

 

 

 

 

 

 ただしアイス・ピラーズ・ブレイクの仮装大会の伝統にのっとって、「女装」している。その姿はまんま中条あずさだ。そして女性ほど美容に気を遣っていないのは間違いないのに、あずさ並に、つまりとてつもなく可愛い。日ごろ美容に気を遣っている年頃の乙女たちのハートに傷をつけるほどに。

 

 ちなみに幹比古の言う「予習」とは、去年のハロウィンパーティだ。あずさといつきはお互いのサイズぴったりな制服を取り換えっこして、男装・女装で参加し、幹比古以外の全員の目を欺くことに成功した。そしてそのついでに、今のように、乙女心に傷をつけたのだ。

 

 そのいつきは、専用の臨時エレベーターのようなものに乗って櫓を上っていく。日本が誇る十三使徒・五輪澪のように、身体に障害を抱えている魔法師は、非魔法師よりも割合が多い。運動能力があまり左右されないこの競技はそうした層でも楽しめるスポーツとして嗜まれており、身体障害者サポートの方法も認知されている。

 

「あんなちゃちなエレベーターで持ち上げられるのかって毎度冷や冷やするよ。これだけで氷柱が出来上がりそうだ」

 

 このサポート設備は、当然この競技を練習した第一高校にもある。自分でバランスを取れる人間一人なら多少揺れて怖いで済むが、いくらいつきが小っちゃくて軽いとはいえ、車椅子の重さと不安定さを考えると、見るほうは心臓に悪い。ちなみに実際乗っているいつき曰く、「魔法で色々軽減したり支えたりしてるから意外と怖くないよ」らしい。

 

 そうして女子制服のいつきが櫓に上りきり目立つ位置に来ると、唯一動かせる右手を振って観客の声援に応える。それだけでさらに歓声が爆発する。こうもアウェーでは、相手の六高の三年生はやりづらそうだ。

 

「それで、イツキはこれをどうやって戦うの? 武器も砲弾も持ち込めないし、イツキの得意魔法からは外れると思うけど?」

 

「それは見てのお楽しみだね」

 

「まあわしはなんとなく見当つくがの」

 

 日本に来れていないリーナと他校の沓子はいつきの練習を見ていないので、作戦の基本すら知らない。知っている幹比古は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、試合本番まで結論を焦らす。リーナはそれに少し頬を膨らませるが、競技開始直前を告げるアナウンスが流れたので、文句を言うタイミングがなくなってしまった。

 

 

 そして、審判の合図と同時に競技が開始し、サイオン光と魔法式がお互いの氷柱に煌く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして相手の氷柱の一本が急に吹っ飛び、周りの氷柱を巻きこんで倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリバリゴリパキ! と、大質量の氷が一気に割れる音が会場に鳴り響く。突然暴れ出した相手陣地の氷柱はその勢いを止めず、他の氷柱も破壊していく。そのペースは、防御魔法が最低限にしか施されていないはずのいつき陣地に比べて圧倒的である。

 

 相手選手は対抗魔法を展開しようとするが間に合わない。

 

 

 開始から13秒。いつきの勝利が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはわしも予想の斜め上じゃったなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 他観客たちと同じように唖然として言葉が出ないリーナの肩に手を置きながら、沓子も目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順調に試合が消化されて決勝リーグとなった。

 

 女子はすでに結果が出ていて、深雪の圧勝である。

 

 そしていよいよ男子最後の試合。決勝リーグに残ったもう一人を相手にどちらもすでに勝っているため、この組み合わせが優勝決定戦だ。

 

「……予想通り、一番嫌な相手がきたな」

 

 将輝は、櫓の下で腕組みしてスタンバイしながら、エンジニアである瓜二つの姉と楽しげに話してリラックスしている様子のいつきを睨む。

 

 思い出されるのは、去年の九校戦、モノリス・コードの新人戦だ。

 

 高校一年生だけのレベルならば、自分に適う存在はいないと思っていた。二十八家の一色愛梨ですら、将輝とは二回りほど実力差がある。これは慢心ではなく、客観的な評価だ。将輝と同格がいると考えるほうが逆張りのひねくれ者と言われても仕方のないほどに、その才覚は突出していた。実際のところ女子には彼に並ぶほどの実力を見せつけた想い人――この恋が叶うことはないだろう――の深雪がいたが、男子の方にはいなかった。アイス・ピラーズ・ブレイクも圧勝し、モノリス・コードも一試合目を全校が終えた段階で将輝に届く存在はいなかった。

 

 だが、大きなトラブルの末に代理で現れた、女の子のような小さな男の子が、将輝に食らいついた。

 

 あれほどの接戦、激戦は久しぶりだ。校内練習で先輩や卒業生やコーチと戦った時も将輝だけはそれなりに余裕をもって勝てていた。実質の一対一であれほどの戦いになったのは、中学生のころに軍事訓練めいた魔法組手を現役国防軍人とやらされた時ぐらいだ。

 

 運動能力は間違いなくこちらが圧倒的に勝っていた。魔法の実力も、総合的に見たら将輝が上。だが、戦闘の立ち回りと、あの状況における魔法適性は、いつきの方が明らかに上だった。

 

「この競技で向き合うことになるなんて、思いもしなかったな」

 

 去年将輝は勝った。だが気分的には、敗北に近い思いがあった。ゆえにそのあと、まるでリベンジかの如く燃えるように魔法の練習に打ち込んできた。間違いなく、次は、本戦のモノリス・コードに参戦してくる。あれだけの戦いを見せたのだ。誰もかれもが、いつきをこの点数の高い競技から外すことはしないだろう。

 

 だがあれから、二つの予想外があった。

 

 一つ。九校戦のルール変更。将輝は通常競技はアイス・ピラーズ・ブレイクのみに出ることになり、いつきとの対戦は叶いそうになかった。

 

 二つ。吸血鬼事件。これにより、いつきは障害を負い、アイス・ピラーズ・ブレイクにしか出られなくなった。

 

 この二つの原因が重なって、こうして戦うことになった。

 

 これは運命だ。いや、もしかしたら、去年戦ったあれもまた、同じ運命だったのかもしれない。

 

 去年トラブルで大怪我を負った一高生や、パラサイトとの戦いで障害を負ったいつきには申し訳ないが。

 

 将輝はこの奇妙な「運命」に、感謝しているところもあった。

 

「将輝、落ち着いて。大丈夫、普通に今まで通りやれば勝てる」

 

 親友で担当エンジニアの真紅郎が肩に手を置いて声をかけてくる。流石、将輝が入れ込み気味なのが分かったのだろう。

 

「結局中条選手がやってるのは、ただの移動・加速系魔法だ。相手陣地の氷柱を暴れさせて一気に倒す。そんなことができる出力と干渉力がある選手はめったにいないけど、例がないわけではない」

 

 移動・加速系による攻撃と言えば、砲撃魔法が得意な、去年の新人戦女子モノリス・コードで活躍した明智英美が印象に残っている。自陣の氷柱を高速で吹っ飛ばして相手の氷柱を倒すという大胆すぎる戦術だ。移動・加速系が得意な彼もまたそれを使うというのが大方の予想であった。

 

 だがいつきが今年採用したのは、それのさらに効率の良い方法で、自陣を消費することなく、相手陣地を破壊することができる。ただ相手陣地の氷柱にそこまで好き放題できるほどの干渉力がある高校生はさほど多くはなく、例は少ない。それはつまり、過去に例があるということだ。

 

 それならば、その実力が例外そのものの将輝なら戦える。

 

「将輝の干渉力なら、落ち着いて何本かに集中すればあれを防げる。それに、そもそも一気に破壊しきればそれでオーケーだ」

 

 いつきもこれまでかなりの速度で相手を一方的に破壊したが、それは将輝も同じ。そして将輝の方が、圧倒的に速い。ただ何も考えず、得意の『爆裂』で一瞬で壊しつくせばよい。

 

「ああ、そうだな」

 

 将輝の返事に、その内容程の同意の感情は籠っていない。そして同じことを、真紅郎も思っていた。

 

 間違いなく、まだ隠し玉はある。こちらの予想を超えた、とんでもない作戦を隠し持っている。

 

「だがそれでも……俺は必ず、中条に勝つ」

 

 こちらの気も知らないで姉弟仲良くニコニコ笑いながら雑談しているいつきを睨み続けながら、将輝は静かに宣戦布告をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに決勝戦が始まる。会場は今年一番の大盛り上がりだ。

 

 なにせ、あの将輝といつきの大一番である。しかも二人の間には、去年のモノリス・コードの因縁もある。去年よりもエンターテイメント性と煽情性が増した場内アナウンスもこれでもかとその話を持ち出し、会場のボルテージを最高潮まで上げていた。

 

 そんな二人が対面する櫓上の姿は、ある意味対照的で、ある意味ではそっくりだ。

 

 腕を組み背筋を伸ばして堂々といつきを睨みつける将輝。そんな将輝に構わず、車いすに座ったまま可愛らしい笑顔で観客に手を振るいつき。

 

 一方で二人の格好は、このコスプレ大会の趣もある競技においては逆に異質な、魔法科高校の制服だ。ただし、いつきは女装であるので、これも対照的とも言えるかもしれない。

 

「相変わらず中条は肝が太いな」

 

 深雪の試合が全部終わったので、司波兄妹も観客席に戻ってきている。この状況だというのにファンサービスを自然体でやってのけるのは驚きだ。別方向で強心臓の達也も、思わず唸ってしまう。

 

「ミユキもあれぐらいやってあげたらよかったのに」

 

「私はそこまでできませんよ」

 

 リーナの言葉に、深雪は苦笑いだ。いつき並の歓声を集めていた深雪は、しかしそれには応えず、静謐なたたずまいで目をつむっていたのみだ。その神秘性がなお観客を喜ばせたが、せめて試合後はお礼も込めて手を振るぐらいはしたほうが良かったかもしれない。

 

「して、おぬしはこの戦いをどう見る?」

 

「………………」

 

 一高対三高の頂上決戦だというのに一高サイドである達也グループにさらりと紛れ込んでいる沓子から達也は質問を向けられる。達也は無言で幹比古を睨んで説明を求めたが、肩をすくめるだけで何の説明もしてくれなかった。諦めて何も考えず受け入れろ、ということだろう。

 

「…………一条の方が有利だな」

 

「ほうほう、その理由は?」

 

「スタート直後の瞬発力の違いだ。今までの試合は、二人とも防御を捨てて攻撃のみで秒殺している。この試合もお互いにそれを狙うとしたら、これまでのタイムが速い一条が勝るだろう」

 

 将輝は去年から得意の『爆裂』を振り回すだけで勝ってきた。それは上級生とも戦うようになった今年も変わらない。あれを防げるのは、達也の見立てでは深雪と十文字克人ぐらいだ。圧倒的破壊力を持つ花音ですら、将輝には追いつけない。

 

 いつきが今までと同じ手段を取るならば、勝てる見込みは薄いだろう。

 

「ふむ、一高には優れた軍師がいるようで羨ましいの」

 

「吉祥寺とかどうなんだ?」

 

「頭は負けてないとは思うが、おぬしよりかは口下手でな。気の利いた解説はしてくれん」

 

 本人の知らないところで意外な一面を暴露された真紅郎の哀れはさておき。

 

 そんな話をしている間に、両者の氷柱セットが終わり、いよいよ決勝戦の始まりだ。

 

「まあ、見てみればわかるよ」

 

 将輝と戦うことになるのは予想済み。その対策には、当然、去年ボコボコにされたリベンジをいつきを通して果たしたい幹比古も協力している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな幹比古の小さな呟きは、開始合図のブザーと観客のどよめきに隠された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱりそれか!』

 

 開始直後。

 

 将輝はオリジナルデザインの拳銃型の特化型CADを抜いて『爆裂』を全ての氷柱に行使する。

 

 だがそれとほぼ同時にいつきも魔法を完成させていた。

 

 それは、今までのような攻撃魔法ではなく――将輝の攻撃を退ける、防御魔法であった。

 

「とりあえずはそうなるじゃろうな」

 

 イデア上の様々な情報を改変して偽装する『仮装行列(パレード)』だ。

 

 これによってイデア上の氷柱の座標は誤魔化され、直接干渉する『爆裂』は対象不明としてエラーを起こす。

 

「問題はここからよ」

 

 リーナが厳しい声で呟く。

 

 マイクが拾って会場に届けた将輝の叫びの通り、観客のほとんどと違って、彼らを深く知るほとんどはこの流れは予想していた。

 

 なにせいつきは去年のモノリス・コードで『念仏體(ねんぶつたい)』を使っている。『仮装行列』を予想できたのはこれを使うと知っていた幹比古とリーナのみだが、座標改竄魔法を使うこと自体は達也たちにも将輝にも予想できていた。

 

 将輝はよどみなく別の魔法を選ぶ。対象物ではなく、条件を満たした座標にある物体内部の液体を一瞬で発散させる『爆裂』の亜種だ。『叫喚地獄』のように温度を上げて蒸発させるものと違って一瞬で気化させるため、『爆裂』と同じ破壊力が保証される。ただし今の将輝では、『叫喚地獄』ほどの範囲は出せない欠点がある。だがこの瞬間は、これで十分だ。

 

『これも駄目か!』

 

 だが、それもいつきの氷柱を破壊するには至らない。

 

 代わりに、破壊とは別の異変が、いつき陣地の氷柱に起きていた。

 

「とんでもない手間だな」

 

 達也は驚きを通り越して呆れる。

 

 いつきの巨大な氷柱十二本全てが、陣地内をランダムに滑るように動いている。あれだけの質量でしかも不安定なものを一度に十二本ランダムに動かすなんて芸当、深雪や将輝ですらできるか分からない。

 

 これによって氷柱は動き回るため、座標を対象とした『爆裂』も逃れられる。今まですべてを破壊しつくしてきた将輝の速攻は、何の成果も得られず終わってしまった。

 

 こうなれば、その速攻を防ぎきったいつきが、今度は攻める番だ。

 

『一発逆転チャーンス!』

 

『させるか!』

 

 櫓に設置されたマイクが二人の声を響かせる。

 

 いつきは、自陣の氷柱の座標を誤魔化しながら動かし続けているせいで今までに比べたら速度の威力も格段に低い魔法を、将輝の氷柱に行使する。当然その程度は将輝にとってはどうとでもなく、特化型CADを即座にサスペンドして汎用型に切り替え、強力な『情報強化』で退けた。

 

 こうして、開始直後の攻防は、お互いに成果の出ないまま終わった。

 

 将輝はいつきの防御手段を攻略できず。

 

 いつきはその防御手段に注力せざるを得ないせいで将輝の単純な守りすら破れない。

 

「こうなるとイツキが不利ね」

 

 リーナが唸るように低い声で呟く。

 

 将輝の防御は簡単な『情報強化』のみで、さほどの消費は無い。

 

 一方でいつきは『仮装行列』と大質量十二本のランダム移動の継続を強いられる。改変難度、改変規模、複雑さ、その全てにおいて、並の魔法師ならば十秒続けば良い方だ。その消費は絶大である。

 

 必然、現状の打開は、いつきの方が強いられる。

 

『これいーらない!』

 

 いつきが動き出した。

 

 なんと、今まで必死に守っていた氷柱のうち三本を、ものすごい勢いで将輝陣地に放ったのだ。やっていることは去年の明智と同じで、当初予想されていた砲撃魔法なわけだが、膠着状態でいきなりそんなことをしたものだから、会場が驚きに包まれる。

 

「なにあれ!? ずるいじゃん!!!」

 

 観客席の一角、いつも元気な明智の騒がしい声が響き渡った。傍に居た十三束鋼と里美スバルになだめられる。

 

 この砲撃魔法は、明智ができるもののレベルを超えていた。まずあの大質量を一気に三本も飛ばすのは無理だし、その威力は、元々ランダム移動で速度がゼロでなかったこともあって、彼女のアベレージを越えている。栞との戦いで最後の最後に見せた渾身の一撃には及ばないにしろ、彼女のアイデンティティをいとも簡単に超えて見せた。

 

『結局それかよ!』

 

 将輝は叫びながらも対応する。三本の内一本は防ぎきれず、一気に三本も倒されてしまった。だが残り二本は減速魔法と障壁魔法の合わせ技で防ぎきる。命ともいえる自陣の氷柱を砲弾とした「自爆」に近い不意打ちは、結果として収支が同じになってしまった。

 

 だが、氷柱が減ったのは悪いことばかりではない。

 

 これによって『仮装行列』とランダム移動の手間が単純計算で四分の一減った。この攻撃自体が将輝にも有効であることも分かった。そして将輝サイドは、いつこの砲撃が飛んでくるかわからないため、『情報強化』だけで済ませて攻略法を考える、という呑気なことはできなくなってしまう。

 

『だったらこれで!』

 

 魔法力でも、適性でも、こちらが有利なはず。ところがついに、不利に追い込まれた。やはり駆け引きや作戦ではこちらが負ける。この状況が長引くと、不利な駆け引きを延々と迫られかねない。

 

 将輝は即断し、現状の打破を選ぶ。

 

 展開する魔法は先ほどと同じ、領域版の『爆裂』だ。ただしそれはいつきの氷柱を狙った位置ではなく、陣地の境目の中心だ。そしてさらに自陣の氷柱を真ん中一か所に集中させて固める。

 

「ほう、考えたのう。去年栞が使ったやつじゃな」

 

 モニターにアップで映されたいつきの顔からは笑顔が消え、驚きで表情をゆがめている。

 

 氷柱をぶつけて破壊する作戦には、こちらの氷柱を一か所に固めて堅牢にする。沓子の言う通り、去年明智と戦った栞が土壇場で編み出した戦法だ。結果は急に出力を上げた明智の砲撃に破られたが、途中までは有利だったのは間違いない。さらに、いつきの出力上昇を警戒し、全力一直線に飛ばしたとしたら間違いなく通る軌道上には、通った氷柱が『爆裂』してしまういわば「地雷」的な魔法が設置されている。

 

 いつきは負けじとその「地雷」を迂回して氷柱を一つ放つが、固まって堅牢になった氷柱は倒せず、残り九個しかない「砲弾」を無駄に壊すだけに終わった。そして恐ろしいことに、将輝は「地雷」をいつき陣地にも小規模ながら展開し始め、ランダム移動にも制限を加えようとする。

 

『これならどう?』

 

 それでもいつきにはまだ手札があった。

 

 通り道の「地雷」は別として、氷柱を固めるのはいつきたちだって去年見ている。その対策をしていないはずがない。

 

 目の前で効果を及ぼしている移動・加速系に注目されがちであるが、いつきは加重系魔法も得意だ。何せ移動・加速系で高速移動する場合、慣性をどうにかしなければならず、その慣性中和魔法は加重系に分類される。

 

 ゆえに、一か所に集中させ硬化魔法で相対距離を固定してくっつけた分『情報強化』を外した将輝の氷柱にも、加重系魔法は通せる。

 

『破城槌』。物体の任意の一面に全ての重力を集中させて自壊させる魔法だ。氷柱が一つに固まってくっついている以上、いつきほどの魔法の腕ならば「疑似的に一つの物体」として魔法行使することも可能。九本の巨大な氷柱の重さ全てが、その一面に集中し、九本すべてを一気に自壊させる。

 

『あっぶな!』

 

 だが魔法の気配を察知した将輝がとっさにかけた『情報強化』に阻まれた。魔法行使速度の差が、ここの勝敗を決してしまった。

 

 だが、悪い面ばかりではない。『情報強化』のために、いつき陣地に増やしつつあった「地雷」は減った。『破城槌』は上手くいったときの破壊力のわりに改変規模が小さいのが特徴だが、この氷柱九本分ともなればそれなりの規模があり、それを防ぐ『情報強化』もかなりのものでなければならない。将輝とてリソースの限界が来るのは無理のないことであった。

 

『これだったら!』

 

 硬化魔法が外れた。攻撃の手も一瞬緩んだ。

 

 真の狙いはこれ。

 

 いつきは『破城槌』をなおもちらつかせながら、自陣の氷柱三本を「固めて」一本の巨大な砲弾にして、「地雷」を迂回して飛ばす。

 

『ああ! ――――』

 

 おそらく「クソ」「なんてやつだ」あたりの悪態が漏れたのだろう、将輝の声はAIが無音にする。

 

 だがそんな悪態が漏れるのも無理はない。

 

『情報強化』を緩めたら『破城槌』に一気に破壊される。代わりに硬化魔法を緩めたら、それを貫く超大質量砲弾を飛ばしてくる。将輝からすれば辛いことこの上ない。

 

 この攻撃は功を奏し、三本の氷柱を犠牲に、一気に五本壊すことに成功した。

 

 これで、いつきの氷柱は五本、将輝は四本。

 

「よし、いいぞ!」

 

「あの一条相手に残数有利を取ったぞ!」

 

「すごいわイツキ! そのまま一気にやっちゃいなさい!!!」

 

 幹比古、沓子、リーナが色めき立つ。一高サイドはいつきの有利に大盛り上がりし、勝ちをほぼ確信していたはずの三高サイド――沓子(うらぎりもの)は除く――は悲鳴に近い応援を強める。

 

(中条先輩の作戦だな)

 

 周囲程ではないが、その激戦を見てらしくもなく少し興奮している達也は、エンジニア席で顔を真っ赤にしながら大声で応援しているあずさに目をやる。将輝すら窮地に追い込むこの作戦たちは、いつきだけが考えたものではないだろう。去年の九校戦と同じく、卓越した頭脳を持つあずさの案が多いはず。未知の化け物を討伐した小さな姉弟の戦い方は、あの将輝にも届きうるのだ。

 

(どうする!?)

 

 将輝は焦る。

 

 不利を長引かせるわけにはいかない。予想外の作戦と駆け引きの差を押し付けられ続けてしまう。打開しなければいけない。

 

 だが、もう打開策がない。汎用CADには厳選した100の魔法が籠められているが、『仮装行列』、ランダム移動、そしてまだ見せていないが移動・加速系のオーソドックスな障壁魔法を組み合わせられたら、そのどれもが有効打になり得ない。直接干渉も外部からの攻撃も防ぐ。最も単純と言われる移動・加速系魔法の達人が『仮装行列』のような座標改変魔法を手に入れたら、もはや超広範囲魔法で一気に薙ぎ払うしかない。

 

 しかし、そんな魔法、今の将輝には「まだ」使えない。

 

 ここが水上ならば周囲の水を「爆薬」にして広範囲爆発を起こすことができる。だが、ここはあくまでも陸上。不可能だ。

 

 ならばどうするか。

 

 魔法演算だけでも焼ききれそうな脳を必死に回転させて、勝つための手段を考える。

 

 血が沸騰したかのように頭が熱くなり、赤熱するような激しい頭痛が起き、視界が真っ赤に染まる。

 

 去年のモノリス・コードですら経験しなかった、あの佐渡で何度も死の危機に敵を倒し続けた時のような感覚だ。

 

 広範囲攻撃の方法。武器や道具は使えない。防御しながらできる。直接干渉は不可能。氷柱はランダムに移動し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――移動?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、熱された火薬がついに爆発するかのように視界が開ける。

 

 移動。そうだ。今いつきが見せているような物体移動以外にも、魔法師は様々なものを移動させることができる。

 

 ヒントは、去年十文字克人が、アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードで見せた、防御魔法であるはずの『ファランクス』を用いた攻撃方法。出場競技が同じであり圧倒的強者でありかつ十師族のライバルである克人の試合ビデオは、何度も見てきた。だからこそ、思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「俺の勝ちだ!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将輝の渾身の叫びが、マイクとスピーカーを通したもののみならず、肉声すらも響き渡る。

 

 それと同時、陣地境界線上に設置され続けていた「地雷」の領域が、急に横に大きく広がり――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつき陣地に「進軍」して、残った氷柱全てを一気に破壊してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは事前に考えていたやつ?」

 

 試合後。

 

 各々のインタビューを終えたいつきと将輝は、それぞれのエンジニアであるあずさと真紅郎と一緒に、インタビュアーから求められたので、公開感想戦を行うことになった。

 

 開口一番、いつきが食い気味に問いかける。その語気は彼にしては珍しく荒いし、浮かぶ笑顔も口の端がひくついている。あずさですらほぼ見たことがない、いつきの「キレ気味」だ。

 

「いや、その場で思いついた」

 

「「そんなのあり?」」

 

「あ、あはは……」

 

 いつきと真紅郎の声が重なる。あずさは苦笑いしているが、きっと同じ感想だろう。

 

 どんな言葉で形容しても足りなく感じるほどの絶対強者の域だ。いつきは自力で右手を上げつつ、魔法で操作して左手も上げ、「バンザイ」の姿勢を取る。降参、ということだ。

 

 その後の感想戦は、公開しても問題ない当たり障りのない範囲で和やかに進んだ。基本は試合をした二人がしゃべり、真紅郎とあずさは少し求められたときに口を挟む程度に過ぎない。

 

 だからこそ、あずさは、別のことを考える余裕ができた。

 

 

 高速移動と障壁魔法と座標改変の組み合わせ。

 

 これは移動・加速系を突き詰め続けたいつきがたどり着いた、究極の防御だ。効率主義者な彼のことだ。きっと、この系統の魔法を集中して練習してきたのは、この考えがあったからだろう。

 

 その最後のピースである座標改変は、幹比古とリーナという親友にして戦友との出会いで埋まった。

 

 そんな色々な奇跡が重なったからこそ、パラサイトを倒し、将輝とも良い勝負を繰り広げることができたのだ。

 

 

 

 

 ――――そしてその二つの「戦い」は、どちらも同じ戦法に屈してしまった。

 

 

 

 

 

 将輝による、爆発する領域を移動させることで座標改変もランダム移動も無視して全部破壊する魔法。

 

 そしてパラサイトによる、全方位の邪気攻撃。

 

 どちらも強力な広範囲攻撃だ。沓子のお守りのような「奇跡」がない限り、いつきはそれに対抗できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だからこそ、戦略級魔法が、意味を持つのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時あずさは、目の前のハンサムでたくましい少年に、不吉な予感を抱いた。

 

 一条将輝。きっと「世界」は、彼を放っておかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら彼はこのまま成長すれば、広範囲を巻き込み、多くのものを破壊し、そして「大勢を殺す」――――戦略級魔法師になるのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優れた魔法師の予感は当たりやすい。

 

 そんな話がある。

 

 その話が事実かどうかはさておきとして、この時のあずさの予想は当たることとなる。

 

 戦略級魔法を手に入れた将輝は、のちに新たな公認戦略級魔法師として、正体は隠せど、世界に名を轟かせる。

 

 戦略級魔法師の誕生の予感。

 

 そんな、あまりにも不吉な予感を、ついしてしまったせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだけ、お前に勝つために色々対策して考えて来たってことだ。去年からずっと、お前のことを考えて魔法訓練してきたんだからな。この一年間、忘れたことなんてないさ」

 

「え、そんな……一条君、ボクのこと好きなの?」

 

「ちょ、そんな意味じゃ! こら、顔を赤らめるな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、多くが見る放送の場で、ごく一部で嗜まれていた「ミキ×いつ」なるカップリングに追いつく「マサ×いつ」が誕生してしまった瞬間に立ち会っていたことに、あずさは気づいていなかった。




衝撃の瞬間の中継を見ていた幹比古「そこですぐそう思うなら中条先輩と四十九院さんとリーナの感情にも気づいてやれよ!!!」

ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

これにて一旦完結です
ここまで読んでくださりありがとうございました

新連載の『ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート』もクライマックスが近いです。ぜひそちらもお読みください


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おま〇けのコーナー(黒羽蘭③)

思いついたので投稿します


 時は九校戦練習期間にさかのぼる。

 

 九校戦の採用競技は、こちらのことなど全く気にせず、お上の都合の良いようにできている。例年ならば、運動能力よりかは魔法力の比重が強い競技を。そして今年に至っては、去年の横浜事変の影響で、露骨に軍事的な競技が新たに採用された。

 

 指定の水路をボートを操作して走り抜けながら的を撃つ。

 

 巨大な氷柱がお互いに十二本並んでそれをぶっ壊し合う。

 

 防具と盾を用意してぶつけ合う。

 

 ホログラムを空中に投射し、生身で高く跳ねてそれを叩き、生身で着地する。

 

 広大な森林に罠をたっぷり用意してそこを駆け抜ける。

 

 そのどれもが、およそ高校単独で用意し得るものではない。一般的な部活動において広い設備が必要とされる野球が可愛く見える。ごく特殊な学校しか採用していない弓道や乗馬、果てはフィギュアスケートなどのようなハードルの高い非魔法競技すら凌駕するだろう。

 

 そんな中でも特に準備が大変なのが、モノリス・コードである。

 

 まずステージが五種類もある。しかも、森林、渓谷、平原、岩場と、てんでバラバラの自然環境のが四つと、さらに廃ビルが複数並ぶ市街地ステージが加わる。どれか一つ用意するだけでも大変だが、あいにくながらステージは当日にランダムで決まるため、全ての練習環境を整える必要がある。

 

 また、ランダム英数字512文字が刻まれた巨大な電子機構つきモノリスを用意し、それをそれぞれのステージに配置するという作業もある。技術の発達や魔法の助けがあるとはいえ、非常に大変な作業だ。

 

 そして競技である以上、当然練習試合も必要である。明らかにえこひいきでポイントも高いため、男子の精鋭が選ばれる。その練習相手なんか、当然校内で用意できるはずもない。OB・OG、引退プロ、社会人や大学生のチームなど、そこら中に九校がオファーを出しまくる。相手方も九校戦経験者が多く、またスカウトやコネ作りの目的もあって、とても協力的だ。

 

 だが当然、一か月の練習期間の内、噛み合わない日も存在する。

 

 そうした日に合わせて休養日になるわけだが……。

 

「はあ、なるほど。先方が急病だ、と」

 

 各方面との調整を担当するあずさ――当人は口下手で人見知り気味だがちっちゃくて可愛いので半分本意半分不本意ながら交渉がとても上手くいく――から連絡を受け、モノリス・コード本戦代表かつこの競技全体のリーダーである範蔵は、そう呟いて頭を掻いた。

 

 困ったことになった。

 

 本戦代表の練習相手は特に問題ないが、新人戦の相手をしてくれるはずのOBたちが急病で協力できなくなってしまったのだ。新人戦代表たちも忙しい身であり、急に今日は休みというわけにもいかない。

 

「じゃあ見学とか、三チームで交代しながらやるとか?」

 

 三七上が即座に代案を示してくれる。

 

 自分たちの練習に一年生を合流させようというわけだ。たまにやっている方法であり、先輩たちとの練習は一年生たちに良い刺激となる。

 

「そうしたいのはやまやまなんだけどなあ」

 

 範蔵もそれは思いついた。だが、ここで問題になるのが、モノリス・コードのステージがやたらと豊富であることだ。

 

 今日本戦代表は渓谷ステージの演習のために遠出することになっている。

 

 そして間の悪いことに、昨日まではそこで一年生たちが練習していた。つまり、それ以外のステージを見越した練習は進んでいないというわけだ。

 

「んー、裏山の人工林は手軽に使えるから、そこで森林ステージの基礎演習とかにするしかないかなあ」

 

 五十里が無難な案を示してくれるが、当人も中性的な顔を渋くゆがめている。もう練習も後半だ。今までたくさん積んだ基礎演習をやるのは、いくら基礎が大事とはいえ、もったいないのも確かである。

 

 とはいえ相手がいない以上、どちらにせよそうするしかない。何もしないで時間が過ぎるよりはマシなのは確かだ。範蔵は五十里の案を採用し、全体の調整も兼ねているあずさに報告しようと端末を手に取る。

 

「あ、あの!」

 

 だが、そこで、控え目な声が遮った。

 

 今まで特に何も言わなかった、この場で唯一の二年生で、スランプで二科生だったものの今年度から一科生に「昇格」し、その実力からモノリス・コードの代表に選ばれた、吉田幹比古だ。

 

「新人戦の練習相手なら、僕にアテがあります」

 

「え、ほんと?」

 

 五十里がパッと笑顔に――女性はもちろん男性もオちそうなほどに綺麗だがこの場にそのような趣味の男はいない――なる。だが範蔵は首を傾げた。

 

「そのアテってのは誰だ? レベル次第だな」

 

 今年の一年生男子はすさまじく強い。うち一人は例年並みかやや劣るぐらいだが、二人はすでにとてつもない実力を発揮している。

 

 一人は七宝琢磨。二十八家に名を連ねる七宝家の子で、その中でも特に魔法戦闘の才能があり、若干冷静さには欠けるが闘争心が強く、モノリス・コード向きだ。あの七草真由美の妹である「七草の双子」二人を相手に、判定負け気味とはいえ引き分けに持ち込んでいる。最高のコンビネーションを発揮する泉美と香澄を相手にして戦いになるのだから、恐ろしいものだ。

 

 もう一人は黒羽文弥だ。入学試験はあまり振るわず双子の姉ともども一科生の真ん中より少し上程度だったが、入学後は最初から頭角を現し、中間試験では全ての項目でトップ5に名を連ねている。可愛い見た目のわりに一年生風紀委員の中で一番の武闘派で、検挙数は――蘭のセクハラを止めた件数が大幅なポイントとなって――七宝を抜いてトップだ。入学試験の成績からは考えられない実力だが、本人曰く、亜夜子ともども「偶然体調不良」だったらしい。蘭もそういえばそんな感じだった。黒羽家は入学試験では運が悪いのかもしれない。

 

 この二人は、一年生のころの範蔵を間違いなく超えている。その才能や実力はもちろんの事、「戦闘の成熟具合」とでもいうべき「戦いへの慣れ」もある。臨時代表ながらあの一条を打ち破った達也・幹比古・レオはもちろん、一年生のころの克人に迫る実力だろう。

 

 そんなメンバーに対して練習になる相手など、どこにいるのだろうか。そんなのがいたらとっくに声をかけているか、ほかに先を越されている。

 

「確か、今日はミラージ・バットが定休日でしたね」

 

「うん、そうだけど……」

 

 幹比古が唐突にこんな質問をした意図が見えず、五十里は困惑しながらも答える。

 

 

 

 

 

 

 

「だったら、弟の晴れ舞台に協力してもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま参上いたしました、一年C組の黒羽亜夜子と申します。以後お見知りおきを」

 

「17歳、学生です」

 

 そうして幹比古から連絡を受けて現れたのは、優雅な笑みと仕草で挨拶をする亜夜子と、当たり前のことを言っているだけゆえに意味不明すぎる自己紹介をする蘭、つまり黒羽姉妹だ。二人ともとても可愛らしくもどこか大人びた美しさもある絶世の美少女だ。しかし、片方はとても優雅だがそこはかとなく胡散臭く、もう片方は品性を疑う振舞である。どんな教育をしているのだろうか。

 

 現れたのは、まさかの女の子二人である。モノリス・コードはその性質上男子のみの競技だ。その練習相手が、この二人。

 

「確認するが、これは真面目な話だぞ」

 

「いたって大真面目ですよ。……蘭本人以外は」

 

「元気しとおや!」などと奇策で気さくな挨拶を範蔵たちにかます蘭のことは放っておくとして、幹比古のこの選出は大真面目だ。

 

「二人のモノリス・コードへの適性は、胸を張って『ある』と言えます。女子が出られるとしたら、蘭は僕を押しのけて代表になれるでしょうし、黒羽さんも一年生代表に間違いなくなれます」

 

「みきひこくん、わたしよりも、はるむねが、ありますからね」

 

「そもそも私たちはミラージ・バット希望なので女子が出られたとしてもモノリスの代表にはなりませんが……。あと、亜夜子で構いませんよ、幹比古さん?」

 

 身長はあずさよりわずかに上だが胸はあずさ以上にぺったんこな蘭の妄言も、亜夜子の相変わらず人を食ったような言葉も無視する。蘭みたいな気安さの権化はまだしも、亜夜子のような女の子を下の名前で呼ぶ度胸は彼にはない。なにせ深雪相手もまだ「司波さん」だ。

 

「そういえば、去年の演習はすごかったもんね」

 

 そこで幹比古に助け舟を出したのは三七上だ。そう言って語り出したのは、去年の論文コンペに際して行われた、会場警備隊の特別演習だ。

 

 乱入した蘭はそのまま幹比古の証言によって特別ゲストとして認められ、あの克人を相手に幹比古共々最後まで粘った。ただ逃げ回るだけではなく、反撃もしっかりと行い、克人をして「厄介」と言わしめた実力を持つ。録画された映像を見たことあるが、確かにあの「戦闘力」はかなりのものだろう。

 

「なるほど、二年生の方の黒羽さんについてはわかった。だが、一年生の黒羽さんは?」

 

 克人、三七上、幹比古のお墨付きなら問題ない。だが、亜夜子は未知数だ。確かに実技も筆記もその成績は文弥並であり、ミラージ・バットでも一年生では相手にならず本戦代表に混じって練習している。それでも、戦闘要素の強いモノリス・コードは話が別だ。

 

「すいません、ちょっと僕、急に体調が悪くなって」

 

「まーまーふみやくん、けびょうはよくないぞ」

 

 そんな中、突如、当人たちだというのに蚊帳の外で話が進められていた新人戦代表の一人・文弥がこの場を離れようとして、姉の蘭にしかしまわりこまれた。蘭は仮病と言っているが、文弥の顔は青い。本当に体調不良を疑うほどだ。

 

「うふふ、そんな嫌われたら寂しいじゃない?」

 

 いつの間にか文弥包囲網に加わった亜夜子が、おしとやかで穏やかなのにゾッとしてしまいそうな笑みを浮かべる。囲まれた文弥はガタガタと震えながら、それでも腹をくくった。

 

「…………亜夜子姉さまは、僕並みかそれ以上に強いです」

 

 なんとかそう言いきって、頭を抱えてうずくまりだした。事情を知らない範蔵や七宝たちは困り顔だが、幹比古と蘭と亜夜子は苦笑気味である。

 

「ぱらさいとたちとの、まよなかだいらんこ……だいらんとうぱーちーで、あやこちゃんも、めんばーでしたよ?」

 

「なんか途中変なのが挟まってイマイチ集中できなかったが、気のせいということにしておいてやろう」

 

 範蔵が青筋を浮かべてる。多少穏やかになったとはいえ、まだまだ気性は荒く気が短い方だ。いい加減蘭の度が過ぎた御ふざけに耐えられなくなってきている。

 

 だがそれはともかくとして。

 

 蘭の言う「だいらんとうぱーちー」とはすなわち、吸血鬼の集団、世界最強の魔法師部隊・スターズとの三つ巴の戦いを繰り広げたという話に聞いただけでもすさまじい激戦のことを言っているのだろう。亜夜子も文弥も中学生にしてそのメンバーであったことは公開されている情報だ。

 

「なるほど、そういうことか。なら、もう俺からは何も言うまい」

 

 これほどの「証拠」が揃ったならば、範蔵としてはもう異存はない。二人は練習相手として相応しい「強者」だ。それにそろそろ遠征への出発時間も迫っている。あとは、練習する当人たちが納得するかである。

 

「……逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」

 

「そ、その、お二人にお相手していただけるなんて光栄です!」

 

 目から光が消える文弥、二人の本性を知らず顔を赤らめている三人目の代表・百井は、もう納得している。

 

 だが果たして、跳ねっかえりの強い七宝はどうだろうか。

 

「ふん、上等だ。黒羽姉とは決着をつけたかったところなんでな」

 

 腕を組んで鼻息荒く、やる気満々だ。そういえば、「七草の双子」とは引き分け、文弥ともモノリス・コードのオーディションで戦いその実力を確かめてある。一年生のトップ5、通称「キセキの世代」の中で、彼が直接対決していないのは亜夜子だけだ。

 

 こうして当人たちが了承したとなれば決まりだ。範蔵たちは後輩を蘭と亜夜子に任せ、渓谷ステージの練習へと旅立つ。

 

 

 

 

 

 

(後輩たちに悪いことしちゃったかな)

 

 

 

 

 

 

 そのバスの中で幹比古は、練習相手を用意してあげたというのに、ほんの少しの「罪悪感」を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やる気満々の七宝の希望虚しく、亜夜子は百井とマンツーマンでの練習となった。ディフェンス役の彼が、単独で攻めてきた相手に、単独でどうモノリスを守り切るか、というものである。

 

『それでは百井君、お手柔らかにお願いいたしますわ』

 

『はい、よろこんで!』

 

 元から亜夜子に憧れている節があり、しばしば文弥に紹介するよう頼んでいた彼は至極嬉しそうであったが……森林という光が届きにくく視界の悪い環境で亜夜子の相手を一人でするなんか、文弥は死んでもごめんだ。三十分後には、亜夜子への恋心が恐怖心へと変わるだろう。百井に向ける笑みが一瞬孕んだ嗜虐的な光は、しばらく文弥の夢に出そうだ。

 

 そして遊撃の文弥とオフェンスの七宝はというと、相手陣地に攻めている途中に相手オフェンスと偶発的遭遇した場合の対応の練習だ。移動・加速系は、高速移動、砲撃・射撃魔法、障壁魔法と攻守ともに便利であり、その使い手が「エース」であるオフェンスになる可能性は十分になる。仮想敵オフェンスとして、蘭は最適であった。

 

「ほらいくどー」

 

 モノリス周辺と違って木々が密集した地帯で、蘭が奇妙な声真似をしながら襲い掛かってくる。文弥と七宝はそれに対して一年生とは思えない反応速度・魔法で対応するが、どちらも蘭に紙一重で避けられ、接近を許してしまう。

 

 そうして蘭は二人に指先を向け、空気を固めた弾丸を発射する。普段の蘭はあまり使わないが、モノリス・コードにおけるメジャー魔法であり、あくまでもこれが「練習」であることが分かる。

 

「チッ!」

 

「危ないなあ」

 

 固まっていた七宝と文弥は二手に分かれて木の裏に隠れ、そこから反転してあえて少しタイミングをずらしながら挟み込むように反撃魔法を行使する。七宝はやや独断専行の気があるが、文弥はそれに上手に合わせ、練習を通してそれなりのコンビネーションが成り立つようになっていた。

 

「Foo、きもちぃ~」

 

 文弥が放った電撃を羽虫を払うように手で叩き落とし、七宝が仕掛けた二酸化炭素の塊は「Foo」と言った時の吐息で吹き飛ばす。常人にこんな芸当ができるわけがない。電子の移動を操作する膜を手に作ってはたき落とし、吐息を加速させて突風にする、というマルチ・キャストによる芸当だ。

 

 そしてその突風は地面に当たって木の葉を巻き上げ、それが二人の視界を潰す。蘭はその間に高速移動で離脱し、木々の闇へと消えた。

 

「くそ、どこだ!?」

 

「こっちだ!」

 

 七宝は見失ったが、文弥は蘭をギリギリ追えていた。七宝の背後から襲い掛かる土の塊を文弥は障壁魔法で防いであげながら、「土の塊が飛んできたのとは別の方向」を指さす。そこにはこの場に相応しくない可愛らしい笑みを浮かべた少女がいて、細い細い木の枝の上に立ってこちらを見下ろしていた。

 

「しっぽうくん、いまのはふみやくんがいなかったら、あぶなかったねえ」

 

 蘭を見失った、背後から迫る土の塊に気づけなかった、仮に気づいたとしても「土の塊という陽動」に引っかかって蘭がいる場所を判断できなかった。

 

 この一瞬の間に七宝は「三回死んだ」。

 

 蘭がいつの間にか放っていた濃密な「死」の気配に、七宝の背中を寒気が駆け抜ける。

 

 吸血鬼事件のことは知っている。十師族、それに次ぐ十八家の面子が丸つぶれで、特に関東を守護する「十」と「七」はやられっぱなしな上で何もできなかった。

 

 その解決の立役者が、この黒羽蘭だ。その死闘を乗り越えた彼女は、戦場を経験した者のみが持つ血なまぐさい気配を持っている。そのことを、七宝は改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、蘭が七宝と文弥の相手をしているんですか」

 

 生徒会室であずさから話を聞いた達也は、ちょうど手が空いたのもあって、裏山人工林の各所に設置されているカメラに生徒会権限でアクセスする。

 

 まず最初に目についたのは、亜夜子に翻弄されいじめられて顔を青くしている百井だ。彼女と森林で一対一なんぞ、達也ですらやりたくない。『極致拡散』は見せていないようだが、範囲を絞ったただの『拡散』だけで亜夜子の姿が捉えられず、一方的にジャブみたいな攻撃を加えられて、まるで生殺しだ。モノリスも開かれているし、しかもこの様子を見るに、開かれてから時間がそれなりに立っているだろう。本番だったら、もう「敗北」だ。

 

 さて、それでは本題の、文弥と七宝の様子だ。

 

『俺に合わせろとか言ってらんねえ! 黒羽、好き勝手にやれ!』

 

『分かった!』

 

 ちょうど白熱しているところのようだ。七宝が指示を飛ばすと同時、文弥が先ほどまでとは明らかに違う動きで蘭に迫り、一人で二方向から魔法を仕掛けて挟み撃ちをする。攻撃的な七宝に合わせていた時には見せなかった、激しい攻めだ。

 

「本領発揮ですか」

 

 後ろからのぞき込んできた可愛い妹・深雪が呟く。

 

 文弥は七宝ほど自己主張が強くなければ九校戦へのやる気があるわけでもないので、我の強い七宝に合わせていた。七宝自身がとても強いのと文弥の熟練もあってそれは中々のコンビネーションになっていたが、一方で、文弥の「本気」を引き出すことができていない。

 

 それを察していた七宝が、これでは蘭に勝てないと見て、自身という枷から文弥を解き放った。

 

 黒羽家の次期当主で、幼くして闇の最前線で戦ってきた「ヤミ」が、その本気を発揮する。

 

『さあさ、おねえちゃんを、つかまえてごらんなさい』

 

 だがそれでも蘭には追いつけない。最低限の障壁魔法と高速移動を駆使して、文弥の苛烈な攻めと時折差し込まれる七宝の不意打ちにすべて対応する。そして身体を傾けて揺らしたと思ったら急加速からの急旋回をして、文弥の後ろに回り込んだ。

 

『ふー』

 

『ひぃん!』

 

 そしてその耳元にそっとと息を吹きかけた。文弥は一瞬で顔を赤くして情けない声を漏らし、へなへなと体から力が抜ける。

 

『あふぅん』

 

 さらにそれを見て唖然と固まった七宝の後ろに回り込んで、その尻をぬるりと撫でる。意外と可愛らしい喘ぎ声が、達也の端末から洩れた。

 

「ちょ、ほのか、そういう動画を見ているわけではないからな!」

 

「わ、わかってます、わかってますから!」

 

 驚いたほのかが顔を赤くしてこちらを見つめる。この一瞬聞こえた声だけならば、達也がメス堕ちホモビを見ているようにも感じるだろう。

 

 クソ、蘭め、画面越しでも人の神経を逆なでしやがる。

 

 達也は彼にしては珍しく、そして蘭がらみに限っては珍しくなく、イライラしながら戦況を見守る。この女をボコボコにしてやれ、と、達也は弟分とやんちゃな後輩に心の中でエールを送った。

 

『ざぁこ♡ざぁこ♡練習してない小さな合法ロリ一人に男二人がかりでメスイキさせられて恥ずかしぃ~♡』

 

『くそ、待ちやがれ!』

 

『退却ー!』

 

 無駄に甲高い裏声を作って――やわらかじゃないくせに――そう叫びながら離脱する蘭を七宝がまだ顔を赤らめながら追いかけるが無意味だ。そのまま蘭は猿もびっくりな速度で木に登り、二人の攻撃が届かない高度にたどり着くと、二人を見下ろし、どこからか取り出したスケッチブックを見せつける。

 

【バカ】

 

「くそ~」

 

 七宝がそれを見上げ、怒りに打ち震えながら悪態をつく。文弥も姉の奇行にいい加減いらついてきたようで、眉毛がひくついている。

 

 そしてついに「キレた」七宝は、全身からサイオンを噴出させ、巨大な魔法を構築する。

 

 周辺の木の葉が一斉に巻き上げられて渦巻き、巨大な竜巻となる。

 

『こうなったら徹底的に相手してやる! これは俺も巻き込むが、どっちが耐えられるか勝負だ!』

 

 レギュレーションギリギリの大規模魔法。蘭はその性質上範囲攻撃に弱い。慌ててスケッチブックに何かを書き、七宝にそれを見せる。

 

【トモダチ】

 

『いまさら遅い! 覚悟しろよ!』

 

 媚が効かないと察した蘭はスケッチブックとペンを放り投げて、高速移動術式と、両てのひら・両足の裏に加重系魔法の膜を張り、四つん這いになって木々を飛び回る。てのひら・足の裏が触れた箇所に重力を無視して「着地」できる魔法だろう。

 

 それにしても、全身黒ファッションで小さい蘭が、四つん這いで高速移動しているのを見ると……。

 

「まるでゴキブリだな」

 

「いくらなんでもそれは酷くないですか?」

 

 達也が思わずつぶやくと、ほのかが流石に少し幻滅した様子で達也を詰った。だがあいにくながら、深雪も、そしてほのかすらも、若干同意するところがないでもない。いかんせんこの二人も蘭に豊満な胸を揉まれる性被害に遭っているのである。

 

 七宝の自爆上等の大規模魔法は蘭を執拗に追いかけ回す。その規模相応に大味で狙いも大雑把だが、これだけの広範囲ならばそれはデメリットになり得ない。

 

「それにしても、この量の木の葉をこれほど一気に操れるとは。さすが七宝家だな」

 

 現代魔法は、多くのものを同時に操作する、という改変が苦手だ。魔法式を操作対象一つ一つにかけなければならず、莫大な魔法力と演算が必要となる。

 

 だがそこに革命をもたらしたのが、旧第七研究所だ。「群体制御」という技術を開発し、一般的な魔法でも多数のものを同時に操作できるようになったのである。七宝家はその一角だ。

 

「七」といえば十師族最大勢力の七草家が有名だが、ここは元々第三研究所出身の「三枝(さえぐさ)」であり、のちに第七研究所に移籍された。親和性のある両研究所の成果を重ね合わせ、また政治闘争も上手だったこともあって「七」のトップにいるが、こと群体制御のみならば、七宝家に軍配が上がる。

 

 その嫡男の七宝琢磨は当然その技術を正しく継承しており、一年生にして三年生顔負けの群体制御をこなす。こうした「普通の魔法」が苦手な達也はもちろん、得意魔法の性質上群体制御を多用する範蔵すらも、学ぶべきところが多い。ヤンチャしていたので先輩で囲んで「叩いた」面もあるが、彼もまた、尊敬すべき立派な後輩である。

 

『ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 助けて! 待って下さい! お願いします! アアアアアアア!!!』

 

 蘭が迫真の命乞いをしながら逃げ惑う。とはいえ、この程度、森林の中という条件もあって、彼女ならば逃げ切るのは容易なはずだ。

 

 では、なぜこうなっているのか。

 

 その答えは、よく映像を見てようやくわかる。

 

 蘭は木々も利用して立体的に逃げ回っているが、時折急ブレーキして、逃げにくい方向に自ら飛び込んでいくようなそぶりがある。そのせいで永遠に「射程圏外」に出られない。

 

 なぜこんなことをしているのかというと――「させられている」のだ。

 

「文弥はなんでもできるな」

 

 達也は思わず賞賛する。つい先ほど「七宝に合わせる」制限から解放されて自由に動いていたはずが、七宝が全力を出したのを受けて、いつの間にかまたサポートに戻ったのだ。蘭の逃げ道を的確に潰しているのである。

 

 独断専行気味な蘭と組むこともあれば、隠密力はあれど決定力がやや不安な亜夜子と組むこともあるし、下っ端を率いることもある。その全てが命がけの裏稼業であり、サポート、主力、リーダー、その全てをハイレベルにこなすことが、文弥には求められているのだ。それが出来なければ、社会の闇の中で彼はとっくに死んでいる。

 

 そんな悍ましい生い立ちが、深雪に並ぶ実力者である蘭を、一年生二人で追い詰めるにいたったのだ。ほぼ同じ生い立ちの蘭が独断専行ばかりで自分勝手なのは隅に置いておくものとする。

 

 蘭も文弥に読まれないようにあえて変則的な逃げ道を選んではいるが、それも無意味。文弥としてはちょっとした足止めに引っかかってくれれば勝ちなので、魔法一つに割くリソースは少なく、いくつもの道に妨害を仕掛けられるからだ。

 

 蘭の表情豊かになった顔にも焦りが見える。パラサイトとの決戦の時も、もしかしたら内心はこのような顔だったのかもしれない。

 

 

 

『……すまない』

 

 

 

 だが、蘭の不利は長く続かなかった。

 

 大規模魔法を行使し続けた七宝は、疲れ切った様子でそう呟き、膝をつく。それと同時に木の葉を巻き上げ操作していた突風が消え、木の葉は無秩序に散らばる。

 

 魔法力切れもあるし、自身も巻き込むような形で突風を起こしていたから細かな傷を負っている。自爆上等の大技だ。当然長くは続かない。

 

『くっ、こうなったら! 七宝君、サポートお願い!』

 

 だが文弥は諦めていない。先ほど見せた「本気」を再び解放し、まるで闇の仕事をしている時のような苛烈な魔法と俊敏な動きで蘭に攻撃する。その威力全てがレギュレーション違反ギリギリだ。そしてそこに、今まで程のレベルではないものの、一年生としては十分な七宝の魔法がところどころでカバーする。

 

「意外といいコンビになりそうだな」

 

 文弥はその生い立ちからどこか達観しているところがあるし、生来から亜夜子や蘭に比べて落ち着いた性格だ。激しい性格の七宝とはソリが合わなさそうだが、こうしてみると、中々悪くない組み合わせに見えた。

 

 そんな二人の健闘虚しく、七宝が本調子でなくなったのもあって、一瞬に隙をついた蘭からの集中反撃を防ぎきれずにダウン。文弥一人では敵うはずもなく、そのまま蘭に全身を移動固定魔法で固められ、全身触りたい放題の状態になった。

 

『お前のことが好きだったんだよ!』

 

『お姉さま、まずいですよ!』

 

 このままではあの性欲モンスターが実の弟を手籠めにしてしまいかねない。

 

 なぜか文弥は顔を青くするのではなく赤くしてるし、なぜだか諦めたのとはまた違う様子で身をゆだねようとしているが、これ以上はやりすぎだ。

 

 

「演習終了だ!」

 

 

 人工林に備え付けられたスピーカーを通して達也が指示を出し、同時にカメラ映像と『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を駆使して文弥にかけられた魔法式を『術式解散(グラム・ディスパーション)』する。

 

 これで文弥は自由に動けるようになり、そそくさと蘭から離れ、自分の身を抱きしめる。そもそもが男の娘なだけあって、男も女も「そそる」姿だ。事実、気になって一緒に見ていたあずさと泉美の顔は真っ赤である。

 

『ちぇ、いいとこだったのにー』

 

『……ありがとうございます、達也兄さま』

 

 心底残念そうな蘭と、不思議と少し残念そうな文弥。達也は頭を抱えてしまう。黒羽家は一体これからどうなってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、モノリス・コード新人戦代表の三人は、黒羽姉妹によって酷い目にあわされた。しかしながらこの経験は三人の大きなレベルアップを促し、本番において全ての試合を圧勝で終わらせる快挙を成し遂げることとなる。

 

 その代償としてこの三人は多大なる苦労を負い、個人差はあれど変な性癖に目覚めてしまった。またこんな訓練をさせてきた先輩方にブチギレ、翌日には本戦メンバーの練習相手に無理やり二人をあてがった。

 

「いやあ、僕が選手じゃなくて良かったよ」

 

 担当エンジニアとしてその本戦メンバーの訓練を見守っていた五十里は朗らかに笑いながら、蘭によって変な喘ぎ声を晒す羽目になった本戦メンバーに同情した。




蘭はどちらかと言えば巨乳の方が好きなので、美月、ほのか、深雪、達也、レオあたりはよく揉まれそうになる

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おま〇けのコーナー(黒羽蘭④)

お久しぶりです。
おま〇けのコーナーのネタを思いついたので書きました。一発ネタです。


 夏休みが終わってもうすぐ一か月が経とうかという頃。マイクロビキニとゲイビデオパンツを着用させられた司波兄妹の心に刻まれた深い傷は未だ癒えることはなかったが、ひとまずそれを上書きするような出来事を迎えた。

 

 司波深雪の生徒会長就任である。

 

 魔法師はマイノリティであり広いようで狭い社会だ。魔法科高校での人間関係は大人になっても大きな影響があり、その中でも「生徒会長をやっていた」というのは、たかが高校生の委員会活動だろうと、特に強いものである。将来四葉家の当主として日本魔法師たち、ひいては世界の魔法師たちを代表する立場にほぼ内定している深雪にとって、その立場を得ることは非常に重要であった。

 

 そんな深雪をリーダーとする新生徒会が発足した月曜日。美術部で活動している蘭と美月の元に、お友達グループの中でも同性であるため特に親しいエリカが冷やかしに来ていた。

 

「あ、そうだ」

 

「うーん、嫌な予感がする」

 

「魔法師の勘ってすごいのよ?」

 

 そんな中、小学校低学年の子が描いてたら「あらお上手ね」なんて褒めるぐらいの出来の絵に筆を加えていた蘭が、唐突に声を発する。それに対し、即座に美月とエリカが顔をしかめた。このほっそりとした小さなお人形のようなミステリアスな女の子は、見た目とに反して頭の中は印象派やシュルレアリスムもびっくりのぶっとび具合なのだ。

 

 その証拠の一つが、たった今発した妙な棒読みだ。二人にはわからないが、おふざけしている時の彼女はこんな声を出す。達也は何やら知っているらしく時折深い深い溜息を吐いているが……。これがゲイビデオのミームだと二人が知らないのは、二人にとっても達也にとっても幸運なことだ。

 

「エリカちゃんに、一つ、とても大事なお願いがあるんです」

 

 そんな蘭から発せられたのは、生まれつきの声帯障害を手術で治療して手に入れた、鈴の鳴るような可憐な声だ。先ほどのような何かの物まねや変声機を使った安物の読み上げ合成ボイスのようなものではない。

 

 こういう時の蘭は、とても大事な話をする。自然と二人は耳を傾け、そして嫌な予感も増してきた。

 

「まあ一応聞いてあげるわ。内容次第では、アンタの可愛い顔がその絵みたいになると思いなさい?」

 

「え、エリカちゃん……こ、これはキュビズムっていうれっきとした芸術技法で……」

 

 エリカが指さしたのは美月が描き進めている奇妙な絵だ。蘭のものと違って由緒正しい表現であると自負している美月は不満そうだが、気の強い女友達には大体黙殺される。ちなみにエリカはこう見えて「いいとこのお嬢様」なので当然キュビズムを知っているのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリカちゃんに、剣を教わりたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、部室の空気が冷え込んだ。

 

 美月の全身から冷や汗が噴き出す。やたらと命の危険に巻き込まれるスクールライフのせいで磨かれた生存本能が、「逃げろ」と警鐘を鳴らしていた。

 

 今の一言で蘭は――虎の尾を踏み、逆鱗に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、ふざけてんの?」

 

 

 

 

 

 

 猛獣や怪物が牙を見せつけ唸るような声を出したのはエリカだ。その静かなトーンは、感情豊かでよく手が出るエリカが、本気で怒っている時のもの。

 

 そう、エリカは「いいとこ」出身なのだが、それは――日本を代表する、魔法剣術道場だ。

 

 千葉エリカ。魔法師の名家たる百家に名を連ねる、世界最高峰の魔法剣士たち「千葉家」。彼女はその一員であり、そしてその生まれから不遇を受けつつも、そんな千葉家最強の剣士になると期待されている。

 

 つまりエリカの人生は、大雑把に言えば「剣に生きる」と言っても良い。

 

 そんなエリカに対し、普段からおふざけだらけの蘭が、「剣を習いたい」と言った。

 

 剣に興味を持ち、人口が増えてくれるなら嬉しいことだし、やりたいならば動機はともあれ勝手にすればよい。

 

 だが――ふざけた心で、この「千葉エリカ」に習おうというのなら話は別だ。

 

 

 

 それはつまり――エリカの人生への侮辱に他ならない。

 

 

 

 

 エリカの放つ怒気は美術室を支配し、そして親友として彼女の覚悟を知っているうえでそれを至近距離で浴びているのだから、美月としてはたまったものではない。

 

「いいえ、これは真面目なお願いです」

 

 そんなエリカに対し、空気を読むということを知らない女・黒羽蘭は、表情筋障害があったころを思わせる怜悧な表情で、真正面から見つめて言い返す。

 

 にらみ合い。美術室に相応しくない、決闘のような鉄火場の空気が流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、本気みたいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな永遠にも感じる数秒の末、先に剣を収めたのはエリカだった。いつの間にか握っていた特殊警棒――物騒すぎる――から手を離し、少し浮かせていた腰を戻して座り直し、張り詰めていたため息を漏らす。

 

「すみません、エリカちゃんにも都合があるかと思いますが……」

 

 蘭が眉を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。こんな殊勝な態度を取るのを見るのは、あの真冬のパラサイトとの戦い以来だ。つまりこの件は、それだけ蘭にとっても大事なことなのだろう。

 

「まあそうね。アンタの立場で剣を習うってんならアタシよね。……一応聞いておくけど、目的は?」

 

 蘭ならばふざけた理由はいくらでもあり得る。カッコイイから、なんとなくやってみたいから、アニメやゲームの影響などだ。しかしその表情は、そうした浮ついた動機には見えない。

 

「…………すみません、それも言えません」

 

「ふうん」

 

 チラリ、と蘭が美術室のカレンダーを見る。もう9月も終わりで、10月が見えている。そのある日に派手な印がついて、美術部らしい装飾のついた文字で「論文コンペ本番!」と書かれているのを、エリカは見逃さなかった。

 

「…………ら、蘭ちゃん、そ、その……聞かれてるよ?」

 

 美月は蘭の耳元に顔を寄せ、咎めるように囁く。

 

 今の蘭の言葉は、あまりにも「不穏」だ。

 

 魔法師は事情が事情なだけに複雑な家庭が多いし、なまぐさい通り越して血なまぐさいバックボーンも珍しくはない。

 

 その中でも蘭は、とくに謎が多いのだ。

 

 自身はもちろん、妹の亜夜子と弟の文弥もとびぬけて優れた魔法師である。そして何かと属性が多すぎる「あの」司波達也・深雪兄妹と親戚だという。十師族クラスの諜報部が調べてもお綺麗な経歴しか出てこないが、あれほどとびぬけて優れた能力を持つ高校生を輩出する家系が「まとも」なわけがない。「まとも」と言えるのは、この魔法科高校でも、かろうじて中条あずさぐらいだ。

 

 そうした蘭のプロフィールは、「裏に何かある」と暗に主張しているようなものだった。

 

 そんな彼女が、エリカを怒らせてまで、「千葉エリカ」に剣を習いたいと真面目にお願いしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年横浜が地獄と化した記憶が新しい論文コンペを控えている中で、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、分かった。いいわ、アタシの弟子にしてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 エリカもそれを察した。だからこそ、蘭のお願いを受け入れた。

 

 もともと千葉家は優秀な剣士の卵はウェルカムである。蘭はこの見た目と体に反してとてつもない運動神経を持ち、それを活かした高速戦闘を得意とする武闘派。前々から剣士としての才能を感じてはいたのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 蘭も頭を下げる。ここまで徹頭徹尾地声だ。彼女にとっても、やはりこれはおふざけではない。

 

「……エリカちゃん、本当にいいの?」

 

 二人の話だから口出しするつもりはないが……美月はまだいぶかし気だ。蘭は大好きな親友だが、あいにくながら人徳方面で信頼があるかというと、はっきり言って欠片もない。

 

「いいのよ、どうやらマジみたいだしね」

 

 エリカは口角を吊り上げる獰猛な笑みを浮かべて頷く。

 

 蘭のこの態度は、間違いなく本気だ。

 

 そしてもう一つ、大きな判断基準がある。

 

 これをエリカは墓場まで持って帰るつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふざけてる時の蘭なら、絶対に「真剣ですよ。剣だけに」って言うだろうからね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな判断が一瞬で出来るなんて知られたら、蘭と同レベルだとか思われかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日放課後、名前のわりに千葉県ではなく神奈川県にある千葉家兼道場にお呼ばれして、エリカに剣を教わることになった。

 

「で、これで何回目かの確認だけど……本気?」

 

「ええ、ほんきですよ」

 

 エリカは実用性とデザイン性を兼ね備えた、蘭は上下真っ黒で飾り気のない、運動しやすい格好に着替えながら、更衣室で話し合う。

 

 剣術と言っても「流派」なんて言葉があるぐらいだから、その種類は星の数ほどある。蘭の目指す剣はどこか。まずそこを聞かないと始まらない。

 

 それはここに来るまでの道中で聞いたのだが、しかし何度聞いてもエリカは信じられない。

 

 

 

 

 

 

「二刀流って……そんなの異端よ?」

 

 

 

 

 そう、蘭が望んでいるのは、漫画やアニメの世界でこそメジャーだが、現実には少数派も少数派である二刀流だった。

 

 そもそも日本刀は両手で扱うのが基本中の基本だ。なにせ鉄の塊であり、しかも長いので、非常に取り回しにくい。比べて圧倒的に軽い竹刀ですら、常人ならば片手で扱うことは出来まい。だが蘭はそれを片手で、しかも両方の手で振るいたいという。

 

「どうしても、それじゃなきゃダメなんです」

 

「はぁ~厄介な弟子を持ったわね……」

 

 エリカは頭を抱える。

 

 まず普通にいけば、千葉家でも採用している王道の両手持ちだ。剣術にせよ剣道にせよ、それ以外はまず実用的とは言えないので選択肢になりにくい。

 

 仮に片手で扱うとするならば、主に警察や軍隊といった「実用」に人気があるナイフ術である。そしてエリカは当初、これを蘭が望んでいるであろうと予想していた。何せ蘭の戦闘スタイルは、移動・加速系を活かした高速機動だ。ここに蘭の体術と豊富な攻撃手段を併用し、相手を一方的に叩きのめす。つまり蘭の複雑かつ高速な移動を邪魔せず体術攻撃の威力を上げられる短いナイフは、彼女にぴったりの武器だ。同じ二刀流でも、ナイフ両手持ちならばまだ現実的である。

 

 しかし蘭は、あくまでも、日本刀での二刀流を望んでいた。

 

「さすがにそれは千葉家(ウチ)といえども専門外よ。まあお嗜み程度には扱えるけど」

 

 荒れている世界情勢の中で進化した千葉家の剣術は「実戦」を想定している。言ってしまえば「殺しの技術」であり、「自分が生き残るための技術」である。実用性のなさそうなものはどうしてもそぎ落とされてきた。

 

 とはいえそれでは『剣の魔法師』の名が廃る。二刀流はある意味ではメジャーと言えばメジャーであり、「全くできません」というわけにはいかず、ちゃんとそのあたりの修行もしている。エリカだって――そうなることは万に一つもあり得ないが――やろうと思えば、実際の戦場で、二刀流で戦い抜くこともできる程度には修練を積んできた自覚がある。なにせ結局は「刀剣」だ。扱えないわけがないのだ。

 

「期限はいつ頃だったかしら?」

 

「10月の末までには」

 

 やはり論文コンペだ。エリカは自然と口元を強く引き結ぶ。

 

 司波・黒羽の同級生・後輩と一年以上関わってきたから分かる。論文コンペを巡って「何か」が起こると情報を掴み、これはその準備、というわけだ。余計に二刀流の意味が分からないが、こんな見えなさすぎるバックボーンを持つ蘭のことだ、考えがあるに違いない。

 

 まったく、なんてスクールライフだ。

 

 論文コンペに参加しないつもりはない。また今年も何かしらの波乱に巻き込まれるのだろう。

 

「よし、じゃあやるわよ! ここではアタシのことを師匠と呼びなさい」

 

「はい、ししょう!」

 

 そんな戦いの予感に湧き上がる熱を、エリカはこの弟子にぶつけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばこの前試しに蘭と実戦形式の刀稽古したんだけどさー」

 

 は? 何それ、滅茶苦茶見たい。

 

 達也が論文コンペメンバーのヘルプを頼まれた翌日。最愛の妹さえ絡まなければいつも冷静――何せ四葉に感情を奪われている――な達也の内心は、珍しく妹に関わりないところで当社比大きく動いていた。

 

「どういうことだ?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「ああ、そういやそうかもな」

 

「言われてみれば……」

 

 一科生の授業が長引いたので二科・魔法工学科メンバーだけで囲む昼食の席。ふとしたなんてことない話のつもりが、達也が強く食いついた。ここで初めて、エリカとレオと美月は、目を丸くして三人で頷き合う。

 

「なんだ、俺だけ仲間外れか?」

 

「そんなつもりじゃないわよ。達也君にイジワルしたら深雪が怖いもの」

 

 エリカは冗談めかしているが、レオと美月は割と本気で深雪を怖がっているのはさておき。

 

「それでさっきの話だけどね。蘭が剣を習いたいって、ちょっと前からウチに弟子入りしてるのよ」

 

「知らなかったな……」

 

 達也は目を丸くする。蘭の異常行動には――それに動揺しないかはさておき――慣れているつもりだが、これまた随分突飛なことになっているようだ。

 

「エリカちゃんが美術部に遊びに来た時に、蘭ちゃんがお願いして弟子入りしたんだよ」

 

「オレは道場で出くわして知った。まあビックリだよなあ」

 

 レオの真の意味での「必殺技」ともいえる『薄羽蜻蛉』は、エリカから仕込まれたものだ。レオもまた千葉家の門下生とも言える立ち位置であり、その腕を磨くべくたまに通っている。そうした中で蘭と道場で遭遇し、このことを知ったのだった。実情はさておき、頭が痛くなるため蘭の事情を意識的にシャットアウトしている達也だけが、これを知らなかった、というわけだ。

 

「しかももっと驚きよ! なんてったって、二刀流だからね、二刀流!」

 

「二刀流?」

 

 達也が眉を顰める。妹絡み以外でここまで彼が感情的な姿はそうそう見ない、と三人は思った。蘭の異常性は、達也の鉄面皮をも容易く崩す。

 

「それ絶対おふざけだろ。最近買ったゲームで双剣でも選んだか? それともフルダイブVRでデスゲームでもするってのか? 巨人の駆逐か? それか野球部にでも移籍するつもりか?」

 

「達也さん、結構詳しいよね……」

 

 そりゃあ(あのバカ)のお守りを四葉から押し付けられてるからな、なんて口が裂けても言えない。悔し気に達也は返事を飲み込んだ。

 

「それがどうにもマジっぽいのよ。おちゃらけたうつけ者もウチで何人も見てきたから分かるわ。あれは『本気』よ」

 

「エリカが言うんならそうなんだろうけど……」

 

 達也の動きの少ない心からはなおも疑念の霧が晴れない。あの蘭が、実用性のない二刀流を習っている。絶対ふざけた理由だ。賭け事にしたら1.1倍すら返ってこないどころか、当たっても半額しか返ってこない、そんなレベルの話である。

 

 しかし、こと剣の話ならば、エリカは誰よりも信頼できる。

 

 そうなってくると――話を聞いた第一印象が、急に達也の中で蘇ってきた。

 

「そうか、蘭が剣術を……」

 

 不本意ながら、脳内に蘭が戦っている様が思い浮かんでくる。まず真っ先に生首饅頭みたいな笑顔を浮かべてこちらに向かってズボンを下ろそうとする幼い蘭の姿が思い出されたのを必死に振り払い、九校戦練習期間に見たモノリス・コード訓練を手伝っていた蘭の戦いを思い出す。

 

 確かにあの戦い方に、近接戦闘における殺傷力を増す刃物が加われば、さらに蘭は強くなるだろう。元々黒羽家として「殺し」にも慣れているから、手に伝わる感触に動揺することもあるまい。一応四葉家としてナイフ術はかなりハイレベルに仕込まれてはいるが、そこに刀という選択肢を加えようというわけだ。二刀流の理由は謎だが。

 

 正直言ってしまえば、とても見たい。

 

 蘭の移動・加速系の腕は世界最高の魔法師と信じて疑わない最愛の妹・深雪を凌ぐ。幼いころからそれに特化して訓練を積んできた蘭のその戦いは、誰にもまねできない、ある種の最高峰だ。

 

 また、達也はエリカのことも「強い魔法師」と認識している。国防軍にも籍を置き、四葉として数多くの優れた魔法師を見てきた達也から見ても、エリカは「最速の魔法師」の一人であり、最強の魔法剣士の一人だ。そして蘭は、エリカと並ぶ、達也の中での「最速の魔法師」である。

 

 直線的な移動と一撃の火力はエリカが。

 

 複雑かつ小回りの利く立体的な戦いは蘭が。

 

 達也から見て、間違いなく「最速」である。

 

 そんな二人の、魔法剣術の実戦形式の稽古など――見たくなるに決まっている。

 

「そうか、そんなことになってたなんてな。それで、次はいつなんだ?」

 

 達也は何だか浮ついた心を必死で抑えながら、若干前のめりに質問する。

 

「ここ最近は二日に一回は最低でもやってるわね」

 

「見学はできるか?」

 

「達也さん、ちょっと早口じゃない?」

 

「言ってやるな美月、達也もオトコノコだ」

 

 美月とレオがひそひそ何やら話しているが無視だ。今は蘭の稽古が気になる。

 

「んー、いくら達也君でもチョッとねえ……達也君一人ならまだしも、それ認めちゃうと、他にも大勢来ちゃって修行の邪魔になるだろうし……」

 

「だよな……」

 

 自然と浮いていた腰を戻し、達也は引き下がる。やはりだめだったようだ。

 

「そんな大げさなことやってないわよ。二刀流なんて千葉家(ウチ)だってあんまり経験ないんだから。実戦形式だってお遊びだし、九分九厘型稽古よ」

 

 そんな達也を慰めるべく、エリカが実情を話す。

 

「10月の末までになんとかしたいんだってさ」

 

 一か月やそこらで剣術が身につくわけがない。エリカに出来るのは、基本中の基本となる型をいくつか教えるぐらいだ。だが蘭ならば、きっとそれだけで、有効活用して見せるだろう。何せ「型稽古だけで良い」と、蘭は平たい胸を張って言っていた。

 

「それって……」

 

 まだ浮足立っていた頭がスッと冷え、達也の目が鋭くなる。彼もまた、エリカと同じ結論にたどり着いた。

 

「シー、ここは食堂よ」

 

「そうだったな」

 

 エリカは口元に立てた人差し指を当て、悪戯っぽく笑いながら達也を止める。

 

 そんな達也の目には、鋭い光をたたえた、笑っていないエリカの瞳が、印象的に映っていた。

 




蘭のデッサンや写実画は、入部当初は他の美術部員が描くシュルレアリスムの方が写実的だった。美月の献身的な指導で、小学生レベルぐらいにはなった。

なんと一発ネタなのに前後編になりました(半ギレ)

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おま〇けのコーナー(黒羽蘭⑤)

なんと後編です
昨日投稿した前編を見てない方はそちらからどうぞ


 案の定、今年の論文コンペもロクな目に合わない。

 

 何やら暗躍する周公瑾なる人物やら、九島家の秘蔵っ子・光宣やら、結局血なまぐさい話ばかりが出てきた。

 

 どちらもとにかく厄ネタだ。周公瑾はパラサイト事件の黒幕説もあるらしいし、四葉最高戦力の一角である黒羽家当主・貢を退けるほどの腕を持つ。九島家も九校戦でのパラサイドールの件もあって、何やら企んでいるとしか思えない。

 

 そしてそう、パラサイトと黒羽である。

 

 

 

 ――どちらも、黒羽蘭と関わりの深い話だ。

 

 

 

 四葉家総動員で、これらの話は蘭に秘密にしている。知られたら最後、パラサイトと、仲は良くないが家族の話だ。あの蘭は絶対暴走する。ついでに亜夜子と文弥にも秘密だ。昔は嫌いだったくせに今はお姉さま大好きっ子の二人は、絶対蘭にべらべら喋る。

 

(貢さんも可哀想にな)

 

 達也からして、黒羽貢は色々あって決して好ましくない人物だ。だが、絶対蘭が原因であろうストレスでずっと体調を崩していて、その不調もあってか大事な仕事で返り討ちに遭って失敗している。災難と言うほかない。

 

 そんなあれこれと頭を悩ませる出来事も多いが――今日は、不本意ながら、楽しみにしていた日だ。

 

 論文コンペ会場下見に向かう前日。蘭が異常な速さで剣術を身に着け、エリカも認めざるを得ないほどの腕になったらしい。今日はその腕を改めて確かめる、いわば「試験」の日である。

 

 そしてなんと、この試験を、達也たちは見学を許された。

 

「蘭お姉さまったら、僕たちにも何も話さないんですもん」

 

「最近エリカさんと仲が良いと思ったら、そういうことでしたのね」

 

 蘭関係で達也と四葉の悩みの種である文弥と亜夜子は、そんなことなどつゆ知らず、年齢のわりに幼い顔の頬を膨らませている。蘭と同じくお人形のように神秘的な美しさ・可愛らしさがある二人がそんな表情を浮かべる様は一般人が見たらメロメロになりそうだが、あいにくながら、この見学御一行はすっかり慣れていた。

 

 達也、深雪、幹比古、亜夜子、文弥、美月、レオ、ほのか、雫。いつものお友達グループである。

 

「蘭もすごいことするよなあ。わざわざエリカに教わろうとするなんて」

 

 幹比古もまたレオたちと同じく達也よりも前に知ったグループだ。古式魔法師は伝統的な刀剣術も修めることが求められるため、家が近かったこともあって千葉家とつながりがある。幹比古とエリカが幼馴染なのはそういう訳なのだ。

 

 そして、幹比古は千葉家の厳しさを知っている。当然相手によってある程度わきまえているとはいえ、基本的にスパルタもスパルタだ。幹比古も幼いころから何度悲鳴を上げたか分からない。その話を知らないはずもないのに、蘭はエリカに志願した。重ね重ね周囲が疑い100%で確認したとおり、それだけ本気ということなのだ。

 

「文弥君と亜夜子ちゃんも知らなかったんだ……」

 

 美月はこのことに首をひねる。彼女には知る由もなさそうだが、大事な「何か」が迫っているのは間違いなくて、そのために蘭は二刀流を求めた。そんな大事(おおごと)となったら、妹弟である二人ぐらいは知っていると思ったのだ。

 

「蘭お姉さまは、その、大切なことを話さないことがよくありますので……」

 

 申し訳なさそうな亜夜子の弁明に、車内の全員がウンウンと深く頷く。幼いころから関わりがある達也たちはもちろん、高校からの付き合いのパラサイト事件やら九校戦やらで蘭のこの悪癖に苦労させられた。

 

 そんな風に蘭の異常行動の疑問と陰口で盛り上がっているうちに、千葉家の道場に着いた。

 

「…………ずいぶん集まってるな」

 

 達也は慣れているレオと幹比古の先導でそこに踏み入り、道場を見渡し、声を漏らした。

 

 

 

 なんと、道場の中には、多くの人がいた。その全員が、立ち居振る舞いや雰囲気が「できる」人物だと感じさせられる。その静謐なオーラ、鍛えられた肉体、無駄のない所作は、全員が達人のそれだ。

 

「二刀流だから物珍しいんだろうね」

 

 緊張している美月・ほのか・雫を慣れた様子で空いているところに座るよう手招きしながら、幹比古は苦笑する。千葉家に関わる剣士たちは、こんなところで修行しているだけあって、剣術に魂をささげている者が多い。そんな彼らにとって、千葉家最速の剣士であるエリカの同級生にして弟子の小さな女の子が二刀流を振るうというのは、どうしても気になるのだろう。

 

「いや、それだけじゃねえぜ」

 

 全員が座ったのを確認してから、レオが周りの剣士たちに劣らない鋭い目つきで笑いながら、もったいぶって説明する。

 

「蘭はここ3週間ぐらいですっかり有名人なんだ」

 

「あの、蘭さんが何か粗相を……?」

 

 深雪が真っ先に心配で食いつく。実は今日、お招きいただいた手土産の他にも、何かあった時のためにお詫びの菓子折りもこっそり用意してきている。それほどに達也と深雪は蘭を信用していない。

 

「いやそうじゃない。蘭の動き、ありゃやべえ。前々から思っちゃいたが、絶対(ぜってぇ)素人じゃねえ。あのナリでとんでもなく動けるし、魔法アリだと何年も剣振ってる兄弟子(ニイさん)方だって敵わないんだ」

 

 レオの瞳が、四葉(司波と黒羽)を射貫く。一体あいつは何者なんだ。無意識か意識的か、そう問い詰めている視線だ。

 

「へえ、そうなのか。まあ伊達に高速魔法師やってないわけだ」

 

 達也はそれに察していないふりして、当たり障りのない返事をした。レオは信頼できるから最悪教えても良いかもしれないが、「ここで」何かを言うわけにはいかない。

 

 四人とも気づいている。この道場にいる剣士たちが、とても自然に見せかけて――今の会話に聞き耳を立てていたことを。そういう「気配」を察知するのは、四人とも慣れっこなのだ。ここに集まった者たち全員が、蘭を「ただものではない」と勘づいている。何なら、今日それを見定めに来た者もいるだろう。

 

「ほう、お前らも来たのか、仲の良いことだな」

 

 そんな注目を集めたからだろうか、達也たちに気づいた知り合いが声をかけてきた。ハスキーな女性の声が聞こえるや否や、達也と深雪はとっさに立ち上がって背筋を伸ばし腰を折る。

 

「「お久しぶりです、渡辺先輩」」

 

 その女性は渡辺摩利。去年まで第一高校に通っていた、元風紀委員長の先輩だ。風紀委員だった達也と、生徒会室でよく一緒にいた深雪は特にお世話になったものだ。

 

「相変わらずいい反応だな」

 

 摩利は苦笑する。まるで先輩が現れた軍人のような反応だ。

 

 そんな摩利はたった一年だというのに、だいぶ雰囲気が変わったように見えた。元々――少しおちゃめでヒートアップしやすい性格に反して――その見た目と声から大人びて見えたが、より大人っぽくなったように見える。高校から防衛大学校に進学し、色々なことが変わったのだろう。

 

 生徒会・風紀委員関連で摩利と蘭とは縁があるが、そこまで深いものではない。だが蘭の実力は当然知っている。彼女もまた剣士であり、蘭の評判を聞いて気になって見に来たというわけだ。摩利が来た方を見ると、彼女の恋人であり千葉家の優れた剣士でもある修次(なおつぐ)もいた。知り合いらしいレオと幹比古に笑顔を浮かべて手を振っている。

 

 彼女の付き添いだし千葉家ということで見にきた……というわけでもないだろう。海外の軍隊からも剣術指南役としてお呼びがかかる程の剣士ですら、蘭に注目している。

 

(みんな、(アイツ)に夢中というわけだ)

 

 これだけのそうそうたる者たちが注目しているのだ。あのインターネットミームキッズ――略してインムキッズ――がバカなことをしでかさないか、余計に心配になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、蘭すごいじゃない。観客がいっぱいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな道場に、今日の主役の一人が現れた。

 

 そのいで立ちは、道場に相応しくないラフさだ。袴などではなく、いつも通りのスポーティな運動着である。その赤髪は鮮やかで、ともすればあまりにも場違いな華美さがあるが、しかし今ここにいる誰もが、彼女――エリカのことを不届きものとは思わないだろう。

 

「んふふ、いけめんとびしょうじょがいっぱい」

 

 そしてそれに続いて入ってきたのが、本当の主役だ。そのお人形のような顔には可愛らしい笑みが浮かんでいるが、変声機を用いた合成ボイスで、いつも通り妙なことを呟いている。これで「緊張していないみたいで安心した」なんて思うほど、達也は優しくはない。「あのバカ、しょっぱなからやりやがった」である。カバンの中に保険として入れたお詫びの菓子折りが、途端に頼りなく思えた。

 

 そんな蘭のいで立ちも、どうやら一応正式な試験だというのに、いつも通りの上下真っ黒の簡素な運動着だった。

 

 周りの注目や反応はどうあれ、あくまでも蘭とエリカは、これが「友達同士の個人的な指導」というスタンスらしい。これだけの人を前にしてもなお考えを曲げないのは、実に二人らしかった。

 

 集まった中には相応の格がある者もいるはずだが、もうエリカも蘭も彼らをいないものとして扱っている。これといった挨拶もなく、二人は「道場そのもの」にのみ一礼をして、当たり前のように二人で向かい合って真ん中に立った。

 

「さて、どこまでできるようになったか、腕を見てあげるわ」

 

「よろしくおねがいします、ししょう!」

 

 蘭の合成ボイスさえ除けば、傍から見れば微笑ましい女子高生同士のふざけ合いだ。

 

 だがしかし、二人の持つ「それ」が、ただの冗談やお遊戯ではないことをひしひしと感じさせる。

 

「……そっか、そういえば、剣術の試験でしたね」

 

 文弥が今更なことをさも驚いたように呟いた。

 

 だが無理もない。

 

 二人の立ち居振る舞いがあまりにも――「自然過ぎた」のだ。

 

 そのせいで、現れた時からずっと、二人が腰に模造刀を佩いていたことに気づかなかった。道場で向かい合う、という立ち位置になって、初めてそれが意識されたのだ。

 

 そんな二人は、もはやお互いしか目に入っていない。周囲のことを気にせず、自然体のまま、試験が始まる。

 

「まずは刀を抜いてから構えるまでを見るわよ。好きなタイミングで抜きなさい」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声が聞こえた瞬間、もう蘭は二つの刀を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「見えなかったぞ!?」

 

 ザワッ……と道場の空気が変わる。

 

「え、今のって……?」

 

「手品……?」

 

 雫とほのかも目を丸くしていた。

 

 エリカと蘭が開始の合図となる会話をしていた。そこまではわかった。だが気づいたら、もう蘭は二本の刀を抜いて構えていた。

 

(これは……)

 

 腕組みしながら達也は内心で唸る。深雪や黒羽妹弟、レオも幹比古、修次を筆頭とする周囲の特に強そうな剣士も、同じような反応だ。

 

 剣に慣れていない雫やほのか、またはまだ修行不足と言えなくもない半数の剣士たちは、あまりの驚きに声を漏らしている。だが、達也たちはそれを彼女たちよりも受け入れるのが速かった。一応、このようなタイミングで声を出してしまうのはマナー違反であり、そうした「自制」ができるぐらいには、なんとか冷静さを保てたのだ。

 

 たとえ模造刀であろうと、鞘から刀を抜くという動作は、およそ日常的に似たようなものすら行わない。練習をしなければ、素手で持つ竹刀で行うものですらぎこちないものになるだろう。

 

 だが蘭は、たった三週間の修行で、すでに達人の領域に足を踏み入れていた。きっとエリカと一緒に、何度も何度も繰り返し稽古をしたのだろう。長年修業した剣士のような、一切無駄のない素早い動きで、一瞬にして刀を抜き、構えたのだ。

 

「あの構えも完成されている。二刀流なのに隙が無い」

 

 マナー違反も承知で、あくまでも友達の試験を見学に来たカジュアルな高校生、という立場に甘え、深雪たちに分かりやすいように、独り言の体で解説を呟く。

 

 二刀流は単純に短刀が一本増えているわけだが、それぞれを片手で構えるせいでやはり脳のリソースは分散されるし、それぞれで出来ることも少なくなる。だというのに、蘭の構えには、どこから攻め入っても対応されると確信してしまうほどに隙が無い。達也とて、あそこに切りかかるとなると、何かしらの崩しや作戦を要するだろう。それだけ千葉家に伝わりエリカが伝授した構えが素晴らしいということだが、それをここまで完成させている蘭は、やはりとてつもない剣士の才能があるようだ。

 

 その後も、エリカの掛け声――それぞれの構えの名前を叫んでいるのだろう――に合わせて、即座に蘭が様々な構えを披露する。その一つ一つもやはり完成度が高く、興奮した観客たちがそのたびに声を上げる。流石にマナー違反の連続で修次が怒り始めるか……というとそうでもなく、彼すらも、声は出していないが、蘭をじっと見ている。それはその隣の摩利も同様で、恋人同士で並んでいるというのに、蘭から目を離せない。

 

 そんな演武を見ているうちに、今度は刀を振るう型の試験へと移った。

 

「そっか、まだ構えだけなんだった」

 

 幹比古が呟く。

 

 そう、すでにかなり見ごたえがあったが、まだ刀を振るってすらいない。ここからが本番だ。

 

 そこからも、圧巻の演武は続いた。蘭はその細腕で、かなりの重さのはずの模造刀をまるで木の枝のように軽々と振るう。その一太刀一太刀は鋭く、まるで本物の刀かと錯覚させるようなプレッシャーがある。正面で見ているエリカにはその圧力が一番伝わるだろうが、腕組みをして、瞬きをせずじっと蘭を見定めている。

 

 蘭一人の型が終わると、今度はエリカが腰の模造刀を抜いた。

 

「……さすがだな」

 

 蘭のを見た後でも、全く見劣りしない。いや、それどころか、より際立ってエリカの「強さ」の深淵に触れた。蘭以上に自然で、蘭以上に素早く、エリカは刀を構えている。その切っ先を向けられている蘭は、楽しそうににやりと笑った。蘭の方が先に構えていたはずなのに、今エリカが「本気」だったら、間違いなく彼女は切られていた。それを分かっているのだろう。

 

「ヤアッ!」

 

 エリカが掛け声を上げて切りかかる。その出の速さは、光に敏感で視力の良い美月やほのかで辛うじて見えた程度だ。だが蘭はそれに反応してみせ、短刀を掲げてしっかり受け止め、右手の長刀を振るってエリカの胴で寸止めする。

 

 二人はまた離れて構え直し、今度はエリカは右胴を狙うが、蘭が長刀で受け止め、エリカの眼前に短刀を突きつける。

 

 これらの動きは咄嗟のものではない。どこを攻撃してどのように対応するか、事前に型の決まった、いわば「台本通り」だ。しかし二人の動きは刃のように鋭く、動き出すたびにこれが本当の果し合いのように錯覚させられる。

 

(見たことないものもあるな)

 

 そんなやり取りが幾度か為されるのを見ているうちに、目が慣れてきた達也は、違和感に気づいた。

 

 達也は特務軍人であるし、四葉であらゆる「殺し」の訓練を受けている。こうした武道の知識も本職真っ青だ。二刀流の型も実は知っていたが、しかし見覚えがないのもちらほらある。エリカは「千葉家でもほとんど経験ないから型稽古」なんて言っていたが、とんでもない謙遜だ。やはり『剣の魔法師』たる千葉家、独自の型を開発している。そしてそれすらも授けられ、しかも完成度高くこなしている蘭のすさまじさを、改めて思い知らされた。

 

(コイツのことだ。ただの型稽古で終わるわけがない。きっとこれから自分流に落とし込んでアレンジするんだろう)

 

 蘭の戦いに本格的に刃物が加わる。手が付けられない高速機動魔法師が出来上がりつつあるのだ。『仮装行列(パレード)』の併用も間違いなく続けるだろうから、直接干渉する魔法も無効化される。もし蘭を(ころ)そうとするならば、超遠距離から魔法を使わない狙撃か、高速移動でも逃げ切れない広範囲破壊――戦略級魔法や核兵器――ぐらいしかないだろう。四葉は最強クラスの戦力と同時に、手に負えない不穏分子まで抱えることになるわけだ。

 

 そんな、つい血なまぐさいマイナス思考に陥っているうちに、ついに試験が終わる。

 

「ありがとうございました」

 

 双方刀を鞘に納め、頭を下げる。変声機を使わない、鈴の鳴るような地声でのあいさつだ。蘭の涼しげな顔には、幾筋もの汗が流れていた。彼女ですら、かなりの神経と体力を使ったのだろう。

 

「文句なしね、合格よ」

 

 エリカはもったいぶって溜めることもなく、弟子に合格を告げた。蘭も分かっていたのか、喜色を表には出さない。二人の間では、もうこれが「当たり前」のことだった。

 

 それと同時、周囲から歓声と拍手が上がる。あくまでも内内での試験に対してそれは大げさであり、やはりマナー違反のようにも感じられる。だがそんな野暮なことは考えず、ただ見事な演武を剣士たちは心から讃えていた。あの修次や摩利もまた、声こそ出さないが、うっすら笑みを浮かべて拍手していた。美月もほのかも雫も、惜しみない拍手を送っている。

 

「蘭お姉さま、すごい……」

 

「私たちも、もっと励まないといけませんね」

 

 文弥と亜夜子は、より高みに上った姉を尊敬し、そしてまた追いつこうとする。大好きな姉だからこそ、ただ守られるだけではない。横に立ち、肩を並べて、一緒に歩きたい。二人は改めて靴紐を結び直し、前を突き進む蘭を走って追いかけるのだろう。

 

「…………見せつけられたな」

 

「全くだね」

 

 蘭よりも剣術のキャリアが長いレオと幹比古もまた、闘志に火がついたようだ。家に帰った二人は間違いなく、鍛え上げた肉体で素振りに打ち込むだろう。

 

「…………あの子は、いったい、どこに向かうのでしょう」

 

「アイツのことは、俺には分からないさ」

 

 そして深雪と達也は頭を抱えていた。元々全くできていないと言えばそうだが、より蘭はコントロール不可能になってしまった。四葉も、当主の真夜は頭を悩ませ、貢は胃を痛めているに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここからは個人的な話よ」

 

 

 

 

 

 

 そんなお祝いムードの中、エリカが自然に発した言葉は、賑やかな道場に不思議と響き渡る。途端、シン、と緊張感のある静寂が、再び道場を支配した。

 

 もう終わったはずなのに、エリカと蘭は、まだお互いに向き合ったままだった。一体、なぜ。

 

 蘭は穏やかに微笑むだけだ。突然のエリカの言葉に、驚いていない。まるで、それが来るのを最初から分かっていたかのように。

 

「アンタはすごいわね。千葉家に養子に来ない? 可愛い妹ちゃんと弟君ごと大歓迎よ」

 

 エリカのジョークに、一瞬達也のほんのわずかに残った感情がどんちゃん騒ぎのカーニバルパーティーを開いてどうぞどうぞとお土産付きで千葉家に厄介ばら……譲っていたが、一応大事な戦力だからと冷静になって感謝祭は閉幕した。それはさておき。

 

「そんなアンタにお願いがある」

 

 スッ、と、エリカの目からいつもの元気な明るさが消え、白刃のごとき冷たい光が宿り、蘭を射貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法剣術で、アタシと戦いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんか青春してるな……)

 

 道場中から歓声が上がる中、あれほど見たかった最速同士の戦いを見れることになった達也は、あまりにも漫画みたいな展開に、一周まわって冷静になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月31日・水曜日。

 

 去年横浜で急に巻き込まれた戦争による心の傷を癒す目的で急遽開催されたハロウィンパーティーが、生徒たちに好評だったため、今年も開催される運びとなった。新生徒会は論文コンペで誰も彼も大忙しだったが、「主催」としては初めての大仕事である。

 

「去年と違って今年はじっくりネタ考える暇あってよかったぜ」

 

「羨ましい限りだ」

 

 ウキウキのレオはドイツ伝統の狼男・ヴェアヴォルフの気合の入った仮装をしている。元々体格がよく顔の彫りも深いため、よく似合っていた。

 

 一方、一旦自分の仕事を終えてパーティーを楽しむことにした達也はというと、安っぽい作りの吸血鬼仮装だった。新生徒会メンバーなので当然企画段階からあれこれコスプレのネタを考えられたはずだが、色々忙しくて準備の暇がなく、慌てて驚安の殿堂を名乗るディスカウントストアに買いに走ったのだ。おかげさまで今も頭の中には呼び込み用スピーカー器具の流す音楽が鳴り響いている。

 

 そう、とてつもなく忙しかった。

 

 生徒会メンバーになるのは既定路線だから問題ない。その少し前から実験段階に入った新魔法の開発は自分のペースで出来るからそれもまだよい。それに加えて論文コンペのサポートメンバーに選ばれるまでも、まだなんとかならないこともない。

 

 だが、周公瑾やら九島やらが絡んだ陰謀や鉄火場については、なんとなく「結局こうなると思ってた」という感じではあるが、とてつもなく大変だった。しかも戦力的に頼りになるし協力的な黒羽家の三人も、事情が事情だから頼れないと来た。必然、いつもお友達グループで傍にいる黒羽三姉弟に察せられないようにしながら裏であれこれ動く羽目になった。

 

 そしてこちらの苦労も知らずに、古式魔法師からの襲撃を二回受けた。あの場にいたのが深雪・水波だけで本当に良かった。さらにさらに、この話に真由美まで加わっていて、名倉死亡事件に周公瑾が絡んでいることも分かってしまい、その頼みを受け入れざるを得ないと来たもんだ。

 

 というわけで、蘭の二刀流試験を見届けた翌日、なんやかんやで京都に向かって周公瑾暗躍の調査をする羽目までなってしまった。何が悲しくてその一週間後に行く京都に事前に行かなければならないのか。

 

「お兄様、今はパーティーですよ、楽しみましょう」

 

「あ、ああ、そうだったな。ちょっと、気分転換に炭酸でも取ってくるよ」

 

 この一か月の波乱を思い出しているうちに、表情がどんどん厳しいものになっていたらしい。察した深雪が慰めてくれる。

 

 しかし深雪の表情も決して明るいものではなく、その笑顔は疲れ切っている。周囲は「主催として大変だもんな」程度にしか思っていないが、こちとら本当に大変だったのだ。ちなみに深雪の仮装は達也のを犠牲にした分しっかり気合が入っており、誰もが目を奪われていく完璧で究極の乙姫様になっていた。

 

「…………は~」

 

 炭酸ジュースを一気飲みして気分が変わるかというとそうでもない。むしろ頭がすっきりしたせいで、逆に色々思い出してしまった。すっかりマイナス思考の無限ループである。

 

 この達也・深雪・水波だけでの京都旅行は、さすがに黒羽――特に文弥――に怪しまれた。会場の下見と言うなら今年代表の五十里も一緒だろう。そこで亜夜子が情報を集め、周公瑾関連のあれこれを知ることになる。そして蘭たち三人はすぐに父親の貢に詰め寄り、ストレスで胃腸が弱っている貢はすぐに事情を吐いた。きっと、そのあとトイレで本当に胃の中身も吐いたのだろうが、それはさておき。

 

 達也たちの拒否も聞かず、「じゃあわたしたちで、かってにりょこうする!」と言い出した蘭をリーダーに、三姉弟も京都に来てしまった。水波は心労でせっかくの駅弁が喉を通っていなかった。

 

 そしてそこからの三人の活躍はすさまじい。勝手についてくる三人と一緒に、ものの見事に食いついてきた多人数の古式魔法師に襲われる羽目になったのだが、達也たちがなにかする間もなく、黒羽三姉弟で全員を叩きのめし、リーダー格を精神干渉系魔法アソートパックでごうも……尋問。周公瑾の潜伏場所を聞きだすや否や三人は速攻で向かう。

 

 達也たちは冷や汗を滝のように流しながら追いかける羽目になった。そして追いかけた先で見事に周公瑾を発見し、交戦。こんな早くに戦うことになると思っていなかったのか、周公瑾のいかにも胡散臭そうなハンサムスマイルは崩れに崩れた。あちらの準備も整っておらず、こちらは達也・深雪・水波・蘭・亜夜子・文弥の6人が揃っている。特に蘭の活躍が目覚ましく、速攻で周公瑾の無力化・捕縛に成功した。ちなみにこの時、蘭は刀剣はもちろんナイフすら使わなかった。隠し持っていた様子もなく、エリカとの修行は、あくまでも手段の一つを増やすため、というわけだったらしい。

 

(結局、あいつは何が目的だったんだろうな)

 

 達也としては、論文コンペのためにもう一度京都に行くときにコンペと並行して片づけるつもりだったが、黒羽三姉弟の暴走のせいでやたらと話がスムーズに進んだ。捕らえられた周公瑾は、身柄を引き継いだ四葉の手のものが少し気を緩めた隙に自害したため、何も情報を得られていない。これだけ苦労したあげく、得られたのは、貢の敵討ちを果たしたという三姉弟の満足と、周公瑾に加えて失態を犯して責任を取らされた四葉の下っ端の死体だけだ。

 

「やっ、達也君楽しんでる?」

 

「おう、おかげさまでな」

 

 波乱に満ちた一か月を思い出しながらまた深雪たちと合流して話していると、着替えに手間取ったらしいエリカが会場に姿を現す。みんな深雪に見とれていたが、エリカも加わるといよいよ華やかだ。

 

「どうよ、中々イケてると思わない?」

 

「ええ、とても可愛いわ、エリカ」

 

 髪色と同じ鮮やかな赤い毛並みの猫耳カチューシャをつけ、顔に髭を筆頭としたメイクを施し、正体不明の技術でしなやかに動く尻尾までつけている。服装はチャイナドレスだ。何やら属性を盛りすぎている気もするが、立派な猫娘である。元々釣り目だし身のこなしも身軽なので、達也から見ても良く似合う。

 

「ごきげんよう、先輩方」

 

「達也兄さまも、深雪さんも、楽しいパーティーをありがとうございます」

 

 続いて現れたのは、これまた男女両方の目を惹く黒羽姉弟だ。

 

 亜夜子は身長が低く可愛らしい魅力がある一方で、振舞が大人っぽくて顔つきも西洋人形のようなミステリアスもある。文弥は亜夜子ほど神秘的ではないが、この歳でもなお声変わりをせず体格も良くならず顔つきが可愛い男の娘だ。どちらも非常に人気がある。

 

「あらあら、憧れのお兄様とお揃いね」

 

「まあ、妬けちゃいますね」

 

「も、もう、からかわないでください」

 

 エリカと深雪に可愛がられてやや頬を赤く染めてる亜夜子は、偶然にも達也と被った吸血鬼の仮装だ。ただしレースのふんだんにあしらわれたゴシックロリータは非常に上質で、達也の驚安物とは比べ物にならない。それにしてもやたらと着慣れていて様になっている。九校戦のミラージ・バットの衣装も様になっていた。それはそうだろう、普段から「仕事」の時に来ているのだから。流石に幾人もの血と死が染みついたいつものではなくより豪華なものを新調しているが、それでも、達也は正直気が気でなかった。こんな大勢の前で「殺し」の衣装を持ってくるなんて、大胆過ぎる。

 

「へえ、文弥君が和風だなんて意外だなあ」

 

「これはこれで似合うもんだ」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 一方、幹比古とレオに褒められてうれしそうに笑っている文弥は、これまたコテコテのいかにも定番な忍者のコスプレだった。子供が旅行先で仮装しているような可愛らしさがある一方で、その身のこなしは本物の忍者も真っ青だろう。事実、戦う時の文弥は、忍者よりも厄介かもしれない。九校戦のモノリス・コードの映像を見た九重八雲が「弟子に来てくれないかなあ」なんて半ば本気のトーンで言っていたのを思い出す。

 

「意外だね、二人とも揃えてくると思ってた」

 

 そして達也たちの気持ちを代弁する形になったのは、美術部内でじゃんけんに負けて全く似合わないアマゾネスのコスプレをさせられている美月だ。意外にも、亜夜子と文弥のコスプレは、好きな色である黒を基調としたものである、という以外は互いに関係のないものだ。双子だから色々コンセプトを揃えやすいだろうし、特に蘭は――常識がないくせに――こういうところでの「様式美」を人一倍追求する。ともすれば、三人で揃えよう、と二人を誘うことすらあっただろう。

 

「あはは、実際にありましたよ。最初は『三人でふんどし一丁で腕組みしよう!』とか本気のトーンで言われました」

 

 文弥のそれを聞いた途端、達也以外が顔を赤らめる。達也だけは急に頭痛がして、手に持っていた冷たいグラスをこっそり頭に当てる。

 

 黒羽三姉弟は校内で有名人であり、三人とも綺麗な黒髪で服装も黒を好むことから、「黒羽三羽烏」などと呼ばれている。蘭はそこから連想したのだろう。

 

「いや、そりゃ駄目だろうな」

 

「ですよねえ。できるとしたら僕ぐらいですよ」

 

「多分文弥君も駄目だと思うけど……」

 

 少しずれたことを言っている文弥への、美月の小声でのツッコミは鋭い。彼のふんどし一丁は下手な女子よりもアブないことになりかねないだろう。男子更衣室でそれとなく避けられているのは、文弥以外には周知の事実だ。

 

「あとは金髪に染めて双子の看守とか、金髪と水色に染めて吸血鬼姉妹とか、悪戯好きの双子悪魔なるものとか、いろいろ言われましたわ」

 

 蘭のことは大好きだがそれはそれとして姉の奇行にはしっかり呆れる常識人の亜夜子の言葉に、達也は呆れるしかない。多分蘭は弟と妹に「おい囚人!」と激しく罵られたり「人間とは不思議なものです」と冷徹に皮肉を言われたいし、妹弟をロリと捉えているし、割と今後の学園生活にも引きずることになるこの仮装をただの面白コスプレ大会だと勘違いしているのだろう。

 

 結局こういう場でも、蘭の話題で持ちきりだ。彼女一人だけ常識外れで、とにかく自由過ぎる。あのどこまでも走っていく落ち着きのない脚に、足枷でも嵌めてやりたい気分だ。

 

「そういえば、その蘭を見かけないな」

 

 ここまで話に挙がってようやく気付く。このいかにも彼女が好きそうで悪目立ちしそうなパーティーで、一向に姿を見かけない。

 

「確かにそう」

 

「どんなコスプレしてくるんだろう……ふ、ふんどしとかじゃなければいいけど」

 

 キョンシーのいで立ちの雫の言葉に、雫に無理やり着せられたやたら露出の高い妖精のコスプレをしたほのかが頬を赤らめながら続く。

 

「不安だ……」

 

「不安ですね……」

 

 去年の蘭は、ハロウィンの定番のジャック・オー・ランタンを頭に被ったうえで、まさかの全身黒タイツで、くねくねと奇妙なダンスを踊っていた。なんたらに反省を促すだのなんだの言っていたが、反省するべきはお前だ、と言いたくなった。何せ馬鹿みたいにスベっていた。

 

「しば……美月さんは蘭から何か聞いてないの?」

 

「う、うん」

 

「私たちも何もうかがっておりませんね……」

 

 何やら初々しい甘酸っぱい空気が一瞬発生していたのはさておき、幹比古と美月と亜夜子の会話も気になる。美月は去年も今年もミラージ・バットで蘭の衣装を担当しており、コスプレの類では最も信頼されている一人だろう。そしてとても可愛がっていて同居までしている亜夜子と文弥も知らないらしい。あの口の軽い能天気な蘭が、ここまで隠し通すとは。余計不安になってきた。鉄の胃袋だろうといたわるべきだ、と達也は暖かいスープを手に取り、自分を落ち着けるようにゆっくりと飲む。

 

「おい、黒羽さんが来るってよ!」

 

「うそ! 見に行かなきゃ!」

 

 噂をすれば影。ついに黒羽蘭が姿を現す。

 

「お、ついに来たわね。あのおバカ娘、いったいどんなの着てくるのかしら」

 

 意外にもこういうお祭りごとが好きではないエリカも、会場の熱に当てられて面白半分でワクワクしている。達也たちお友達グループは、不安と期待がないまぜになった気持ちで、入り口に視線を集めた。

 

 

 

 

「あなたの持ってきたなけなしの春が、満開まであと一押しをするってものよ」

 

 

 

 

 ざわつく会場に、鈴の鳴るような可憐な声がよく響き渡る。ここ半年と少しで、安っぽい合成ボイスと半々で聞き覚えがある、蘭の声だ。何かの決めゼリフらしい。

 

 真っ黒なおかっぱ頭を銀髪に染め、対照的な黒いレースのリボンがひらりと動く。その服は白いシャツの上から緑を基調としたジャケットを羽織り、下半身もそれに合わせたデザインの緑のミニスカートだ。胸元には頭につけているのと同じ黒いレースのリボンがお洒落なワンポイントになっている。そんな緑のジャケットとミニスカートには、人魂を模した白い模様がついていた。彼女の周囲にも白い人魂が浮いている。移動・加速系魔法で小道具を操っているのだろう。

 

「あなたはここで斬られておしまいなのよ」

 

 そして何よりも特徴的なのが――その両腰に佩かれた、桜のワンポイントが施された日本刀と、シンプルな短刀だ。

 

 蘭はあまりにも自然に、目にも止まらぬ速さでその二振りの刀を抜き、誰しもが息を飲む美しい構えを披露し、凛とした声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖怪が鍛えたこの白楼剣に……斬れぬものなど、あんまりない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法科高校に、半人半霊の剣士が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~ゲームのキャラだったかあ」

 

「私たちに吸血鬼姉妹を薦めてたのはそういうことだったのね」

 

 そのあまりにも完成度が高いコスプレに会場が湧きたつ中、納得したように文弥と亜夜子が頷く。なるほど、同じゲームのキャラクターというわけだ。

 

 言われてみれば、蘭の髪型はこのキャラそっくりだし、ほっそりとして小さい体型も似ている。達也としてはインム――インターネットミームの略称であり特定のジャンルを指すわけでは決してない――の調査の過程で見ることになった、ゲームのクリアの速さを競うRTAという遊び方の解説動画で左下にいる生首饅頭を先に連想するが、あれはそれの元ネタのキャラだ。

 

 気分をよくした蘭がその二刀流を振るうたび、会場に歓声が爆発する。その動きは鋭くかつ流麗であり、「魅せる」だけでなく、それが稽古と修行を積んだ、れっきとした「型」であることが一目でわかる。さらに移動・加速系魔法を併用した魔法剣術まで披露すると、完全に会場の空気を支配し始める。ちなみに剣術部・剣道部は唖然としていたし、桐原と壬生はカップル揃ってショックで崩れ落ちていた。

 

「そう来たか……」

 

 似合っているし、元ネタが通じなくとも可愛くて完成度が高いので人目を惹く。その衣装も気合を入れて作ったようで、コスプレ特有の安っぽいぺらぺらしたものではない。どこまでも去年とは大違いだ。

 

 達也は思わず感心した。蘭の突飛な発想と妙なやる気がぴったりハマれば、こうも人を惹きつけるようになるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん、へえ~…………あっそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、お友達グループは急いでその場を離れた。責任感の強い達也だけが、この場に残される。深雪すらも達也を申し訳なさそうに振り返りながらも、身代わりとして置いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣には、鬼がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、猫娘なのだが。その放つ怒気は、猫を通り越して虎や獅子、いや、もはや全く関係ない。不動明王や金剛力士像のような――荒ぶる神だ。。

 

「アタシに二刀流を教わったのは、そういう理由(わけ)だったのね~」

 

 エリカは声を荒げていない。腕組みで仁王立ちをしてはいるが、顔は笑っている。だが、あいにくながら、蘭を睨みつける目は笑っていないし、笑みを作っている口元は牙をのぞかせて唸って威嚇しているように見える。余談だが、笑顔は元々威嚇の顔だったらしい。

 

「は、はは、いやはや、ま、まさか、俺たちの目を欺いてまでおふざけするなんてな」

 

 達也はなんとか笑ってごまかしながら、エリカのご機嫌を取ろうとする。このままではまずい。生徒会イベントが、蘭の虐殺グランギニョルになってしまう。

 

 だが、エリカの気持ちも分かる。はらわたが煮えくり返ってマグマになりそうなほどだろう。

 

 千葉家に生まれ、剣に寄り添い、刀に捧げた人生だ。刀剣とは、エリカの最も頼れる武器であり、相棒であり、アイデンティティである。そんな「エリカの剣」を分かっていて、蘭は愚弄したのだ。こんなコスプレ大会で使うために、わざわざエリカに頼んだのである。

 

 そして蘭に本気だと騙され、エリカはまんまとその術を授けた。蘭の才能と太刀筋にほれ込み、誇れる弟子のように思っていたのは、あの試験から強く伝わってくる。そして剣士として、ライバル心と友情も感じた。そんな感情の高ぶりから最後に挑んだあの掟破りの魔法剣術の戦いは、エリカの剣士としてのある種の集大成のようにすら見えた、素晴らしい戦いだった。お互いに高速で動き剣を振るい、最後はお互いの首に同時に寸止めをした、引き分け。

 

 しかし、蘭は、あくまでも「遊び」だった。神聖な道場とエリカの人生にまんまと入り込み、遊び道具とおもちゃを貰っていった。エリカの怒りも分かる。

 

 みんなが、「本気」「真面目」だと信じてしまった。だが、実態は、達也の言う通り、コスプレで使うための「おふざけ」だったわけだ。

 

「アハハ、もう、達也君ったら、何言ってるのよ」

 

 だがエリカは妙に平坦な口調で笑い、達也を否定した。一体どういうことか。ご機嫌取りのために言葉を紡ぎ続けなければならない達也は、訳が分からず、思わず固まってしまった。

 

「いーい、達也君? アイツはねえ……このハロウィンパーティーのコスプレに対してね……」

 

 達也は頭を抱えた。ああ、ダメだ、止められそうもない。

 

 もうわかってしまう。エリカの中にエネルギーが満ち溢れ、発散の瞬間を迎えようとしている。エリカのこの穏やかさは――爆発の前の、助走だ。

 

 達也は、そっ、と、この場を離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心の底から、『本気』で、『真面目』で――――――『真剣』だったのよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカが叫びながら駆け出す。魔法も使っていないはずなのに、千葉家の必殺剣『陸津波』を思わせる速さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数秒後、蘭はいつぞやの脅しの通りに顔がピカソなるまで殴られ、それと同時に、最速で千葉家から破門された。




Twitterではちょくちょく話しているが、蘭の見た目脳内イメージは、服も髪も瞳も真っ黒でリボンと刀のない妖夢。手術前の笑顔はゆっくり妖夢(biim兄貴)そのもの。青いオーラは出てない。

ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

年末年始に中条いつき編も投稿予定です


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おま〇けのコーナー(中条いつき④)

 時は遡る。

 

 まだ達也たちが進級する直前のことだ。

 

 日本とUSNAを混乱の渦に陥れた吸血鬼事件は解決した。

 

 その一番の立役者は、小さな小さな、可愛らしい男の子だ。

 

 彼を中心とする若い魔法師の決死の活躍により、異界より現れた招かれざる妖魔は退治され、幾人もの魔法師の命を奪った吸血鬼はいなくなったのである。

 

 そしてそれと引き換えに、幼気(いたいけ)な男の子は魂を破壊された。

 

 だが彼は二週間と少しの昏倒から目覚め、安静期間と経過観察の末、ついに、大好きな姉と、肩を並べて戦った大切な仲間とともに、第一高校へと登校するようになった。

 

 これは、彼らがまた登校するようになってから2週間ほど経ったある日、3月14日の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は俗に、ホワイトデーと呼ばれている。

 

 

 

 

「えっと……この前はありがとな。これ、お返し……」

 

「わあ……! ありがとう!」

 

「ミッチー、これ、お返しのチョコレートだよ~」

 

「わあ~、ありがとうヨシリン♡」

 

「こ、これ、お、お返しなんだけど」

 

「あ! ありがとね~」

 

「司波さん、先日はありがとうございました」

 

「あら、ありがとうございます」

 

 将来ほとんどが鉄火場で過ごしすでにある程度大人であることが求められるといえど、魔法科高校生もやはり少年少女だ。そこかしこで甘酸っぱい光景が繰り広げられていた。

 

 意中の相手に渡したチョコレートが、素敵なチョコレートとして返ってきた。

 

 恋人に渡した愛の結晶が、何倍もの愛となって返っていた。

 

 義理チョコと言えど貰えたのは嬉しく不慣れなお返しを渡し、受け取る方は何とも思わず気軽に受け取り。

 

 クラス一どころか世界一クラスの美少女からもらえた明らかな義理チョコに対して本気のお返しをして、無事受け取ってもらえたり。

 

 そのホワイトデーへの挑み方は、十人十色であった。

 

「深雪、やっぱりいっぱい貰えてるね」

 

 ほのかが深雪の紙袋を覗き込んでくる。そこに入っているのは、そのどれもが明らかに気合の入ったお返しだ。

 

「ええ、皆さまお優しくて」

 

 そして男子たちから憧れを集める当の深雪はというと、穏やかなものだった。何かと人当りを良くして地盤を固めたい深雪は、バレンタインデーにお気軽に用意できる義理チョコをクラスの男子全員に配っていた。当然そのあと家で兄と二人きりで甘い時間を過ごすという映像化すればクラスの男子の脳が破壊されそうなイベントもあったりもしたが。

 

 そういうわけで、ホワイトデーの主役は、案の定深雪になりそうだった。

 

 しかしこれは、いささか予想以上過ぎた。深雪がこうも注目を集めるのは当然のこととはいえ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――このクラスならば、深雪から注目を奪いそうな子が、後二人いるはずである。

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

 

「グッモーニン」

 

 そんなことを考えているところにちょうど登校してきたのが、ふわふわの茶髪と中学生どころか小学生と間違えてしまいかねない低い身長と何よりも可愛らしい顔つきの女の子のような男の子・中条いつきと、USNAから来た交換留学生の絶世の美少女・リーナだ。

 

 この二人は事情があって、ここ最近はこうして一緒に教室に現れる。

 

 その事情とは――いつきが座りリーナが押している、車椅子だ。

 

 そう、この中条いつきが中心となって、吸血鬼事件を解決した。その戦闘の際に魂を破壊され、左腕と両脚の自由を失ったのであった。それ以来、こうして車椅子での生活を余儀なくされている。

 

(この二人のバレンタインも、傍から見れば面白いことになったでしょうに)

 

 いつきもリーナもこの見た目と優秀さからかなりの人気者だ。ましてや吸血鬼事件の表向きの顛末が公表されてからは、瞬間的には深雪すらも上回る注目度だったと言えよう。この二人がバレンタインに登校していたら、この1年A組はさぞお祭り騒ぎだったに違いない。二人が来られなかったせいでその熱を一身に受けとめる羽目になった深雪は、こっそりため息をついた。

 

 教室に入った二人の元に生徒たちが集まる。リーナはその見た目と強さから男女問わず人気があるし、いつきも女子たちに人気だ。彼らはリーナからチョコレートを貰うことを期待していただろうし、彼女らはいつきにチョコレートを渡したかったことだろう。吸血鬼事件は、そんな学生たちの甘酸っぱいイベントすらも奪ってしまったというわけだ。

 

 当然深雪はその輪に加わることはない。二人のことは嫌いではないし、リーナはお互いに認め合ったライバルだ。とはいえわざわざ押し合いへし合いして自分から話しかけにいくほどではない。ちょっと早いが授業の準備でも……そう思った矢先、やたらといつきを囲む集団が騒がしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、嘘……! いつきくん、いいの!?」

 

「い、いっきゅん……私にまでっ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 女子たちが嬌声を上げる。イケメンアイドルと握手した熱心なファンですら、ここまでトリップした甘い声をあげたりはしないだろう。思わず授業準備をしようとしていた手を止め、深雪はまたいつきたちを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輪の中心では、膝の上に乗せた紙袋から、いつきが生徒一人一人に可愛らしい包装の小袋を渡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ」

 

「きゃ、キャー! あ、あり、ありぎゃ!」

 

 いつきから笑顔で手渡された一人の女子は目をぐるぐるして顔が沸騰している。その隣の女子も手渡され、悲鳴に似た歓声を上げていた。

 

 いったい何が起きているのか。深雪は気になり、はしたないとかを気にすることもできず、じっと見てしまう。

 

「あはは、ずっとお世話になってるからね。あずさお姉ちゃんと一緒に作ったんだよ」

 

(うわあ…………)

 

 天使の笑顔で説明するいつきに、深雪は感心と同時、その倍量のドン引きをした。

 

 その説明は納得感がある。

 

 まず同じクラスだから「お世話になった」というのは普通の話だ。基本的に魔法科高校は三年間――来年度からは魔法工学科新設の影響があるとはいえ――クラス替えがないからこれからも続くとはいえ、一年の終わりにそういう挨拶やお礼をするのも、律儀な生徒ならば考えることだろう。

 

 しかもいつきの場合は、吸血鬼事件をめぐる波乱のせいでより複雑である。何せ二週間意識不明で目が覚めずみんなを心配させたし、合計で一か月ぐらい学校に来なかった。それからも急な車椅子生活で、リーナが主に担ってたとはいえ、クラスメイトからの献身的な手助けも何度もしてもらっている。いつきはこの一か月半、誰よりもこのクラスに「お世話になっている」と言えよう。

 

 そしてそのお礼をこうしてするというのは、実に人がよくできている。ゴーイングマイウェイでわがままで周囲に無関心なところがあるが、こういうところが、彼が人を惹きつける理由なのだろう。深雪は強く感心した。

 

 

 

 

 だがそれ以上に。あざとすぎる。

 

 

 

 

 こんなファンサービス満点の男の娘、女子のハートを射貫くに決まっている。いや、すでに射貫いていることを考えると、弓矢から大幅に進化したバズーカ砲で心をぶっ壊したようなものだ。

 

 しかも手作りである。いつき一人なら、仮に万全であってもここまではせず、市販品で済ませただろう。だが彼にはそれなりに乙女な可愛らしい(あずさ)がいる。当然チョコレートを作るとなったら姉弟仲良くやるだろうし、姉の手ほどきも受けているだろう。あの可愛らしい包装はそれだ。いつきならばたとえ身体()があの状態で手が不自由でも、移動・加速系魔法であれをつくるぐらいは出来るだろうが、「あのデザインにするセンス」はない。いつきが今まで集めてきた人気とイメージに加え、あずさの乙女チックな気遣いと配慮が加われば、それはすなわち最強であり、女子たちのハートは破壊される。

 

「はいこれ、光井さんと司波さんも」

 

「ありがとね、中条君」

 

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたしますね」

 

 沓子という神――念のため言っておくが人間である――をあがめる信者仲間であるほのかはいつきに恋愛感情は抱いておらず、深雪もそういう方面でいつきに対してどうこう思ってはいない。他の女子たちに比べ、二人はいたって普通にありがたく受け取った。こうして手に取ってみると、包装は丁寧だが微妙に崩れていてバラバラであり、いかにも手作りである。受け取る側はこういうのが見えるのが嬉しいのだ。

 

(これを素でやってるのですから、とんだ女誑しですね)

 

 いつきに「失礼だなぁ、純粋なのに」とでも言い返されそうだが、心の中で思っただけなので問題ない。

 

 教室の中はカオスだ。すでに恋人や想い人がいる子以外の女子はすっかりメロメロで腰砕けになっている。こんな光景、アニメのギャグシーンでもそうそう見ないだろう。しかもこちらは吸血鬼事件と違って、「魔法」が全く関係ない。「恋の魔法」、などという、現代魔法に関われば関わる程馬鹿らしくなる言葉が、急に現実味を帯びてきた。

 

 深雪とほのかが最後だったのだろう。自分が渡したわけでもないくせにやけにドヤ顔のリーナに車椅子で押され、いつきが向かったのは自分の席――ではなく、モノリス・コード代理選手になって以来このクラスの男子で仲の良い、森崎のところだった。

 

 

 

 

「はい、森崎君もどうぞ」

 

 

 

 

 いつきとリーナ以外、ここにいる全員が首を傾げた。受け取った森崎も頭に?マークが浮かんでいる。ほのかに至っては分からなさすぎて、宇宙の真理に触れた猫みたいな顔をしていた。

 

「……ええと、どういうことだ?」

 

「ほら、森崎君たちにもお世話になったから」

 

 無垢な笑顔を浮かべてパステルカラーの小袋を差し出すいつきを前に、とりあえずと言った感じで森崎はそれを受け取った。それは女子たちに渡しているのとなんら変わりない、手作りのチョコレートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(う、うっわぁ~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ深雪はドン引きした。先ほどまではまだ感心もあったが、ついにドン引き100%になった。深雪のこんな心中は、達也でもそうそう見たことないだろう。

 

 いや、これも感心するべきことではある。ホワイトデーは日本ではチョコのお返しを男性が女性にするものだが、とはいえ今回は「お世話になっているお礼」である。ホワイトデーになんとなくかこつけているだけで、実際男女なんて関係ない。いつきとあずさの心の広さと穏やかさが分かるというものだ。

 

「お、俺にもか!? ……ありがとな」

 

「いや~なんか悪いな。……これ、中条先輩の手作りでもあるんだよな……?」

 

「年上ロリか……」

 

 ただ、その影響を一切自覚せずにこんなことをやっているのは、もはや天使を通り越して悪魔だ。生まれつきの小悪魔は天使に見えるのだろう。

 

 いつきは性格こそだいぶ違うが、見た目も声もほぼ中条あずさである。そしてこのチョコレートは、いつきとあずさが一緒に手作りしたものだ。つまりは、手渡してくれたのは半分あずさみたいなものだし、作ったのも半分はあずさだろう。もはやあずさからのチョコレートみたいなものだ。この不意打ちに、男子たちもまたハートがぐらつく。

 

 いや、まだこれでもマシなほうだ。いつきを通してあずさを幻視するぐらい、まだまだノーマルである。なにせ深雪でもたまに間違えるぐらいだ。

 

 しかしながら、「あずさにそっくりないつきを見てあずさを見出せる」ということは、だ。

 

 つまり、「いつきの見た目が庇護欲そそる美少女ということ」であり…………

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ぐぐぐ、僕はノーマル僕はノーマル僕はノーマル……」

 

「やめやめろ! お、俺にはシールズさんという心に決めた人が……」

 

「ウワアアアア! な、七草先輩が、上書き、される……?」

 

「仕方ねえ、俺がちょっとホモになるわ」

 

 

 

 

 

 

 …………こうなる男子がいるのも目に見えている。

 

(中条君、いっそ魔法工学科に転科してくれませんか?)

 

 こんなことがこの後二年も同じクラスで起こるなんて嫌すぎる。深雪は本日二度目のため息をついた。

 

 しかし残念。魔法工学科の話が持ち上がった時のいつきは、誰もあずかり知らぬことだがそれに興味のない「別人」であり、転科希望の締め切りの時に彼は病院のベッドの上で意識不明だった。あの姉がいるので転科する未来もあったかもしれないが、もう過ぎたことである。

 

 

 こうして、パラサイトを奪うためにいつきたちを騙すという心労を忘れられるイベントでも、結局はいつきのせいで心を乱されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、「いつもお世話になっている」のは、クラスメイトだけに留まらない。

 

 例えばあずさは流石にクラス全員に配ったりはしないものの、現・元生徒会メンバーにチョコレートを渡している。

 

 そしていつきのつながりで言えば――いつものお友達グループである達也たち二科生の面々にも、当然それは渡された。

 

「A組は大変だっただろう?」

 

「ええ、とてつもないことになっていました」

 

 帰宅後、とりあえず頂いたからにはありがたく食べようということで、達也と深雪は小袋を開き、中身を楽しむ。

 

 中には一口サイズのチョコレートが種類別々で5つ入っていた。一人分の量としては大したことないが、5種類セットをあれだけ大人数に配る分作るのはさぞ大変だっただろう。

 

『いやあ、自宅で安静って結構暇でさあ。そういう時って料理とかついいつもと違うことしちゃうよね』

 

 とは、達也たちに渡した時のいつきの弁である。達也にはその感覚がよく分からないが、レオが「わかるぜ。つい無駄にチャーシューとか作っちまうよな」とか言っていたので、一般的な話かもしれない。

 

 そんなチョコレートは、中の個包装一つ一つも手作りにしては凝っていた。その味の種類も豊富である。

 

 

 

 

 砂糖多めの甘さの強いミルクチョコレート。

 

 その逆に苦みが強いすっきりした味わいのビターチョコレート。

 

 ハチミツとミルクをたっぷり使った自然な甘さのチョコレート。

 

 サツマイモ風味の和風のチョコレート。

 

 そしてホワイトデーで渡すには変わり種すぎるもの。

 

 

 

 

 

「…………そういうことか」

 

「仲がよろしいみたいですね」

 

 一つを除いてラインナップを食べ終わった二人は、四葉経由でいつきのことをよく知っているがゆえに、その意味に気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか変なのが混ざってるな」

 

 部活動連合室で書類作業のお供――憧れの先輩から貰った苦すぎるチョコレートの味を忘れたいのもあるが――に、異性の親友であるあずさから渡された随分と凝った義理チョコを楽しんでいた範蔵は、少し首をかしげる。とはいえ、別に嫌いではないので普通にありがたく頂いたが。

 

 一つを除いて、チョコレートを数種類作るとしたら普通のラインナップだ。彼はそれを特に不思議に思わずに食べ進める。

 

「ふうん、これは……」

 

 奇妙な一個以外にも、一つ目についたものがあった。鮮やかな明るい茶色の包装紙に包まれた、ザ・王道のミルクチョコレートだが、市販のものよりもより甘みが強い。舌が焼けるような、とはならないギリギリの甘さで、脳が喜んでいるのが分かる。

 

 あずさはいつき(いっくん)と一緒に作ったと言っていたが、なるほど、確かにこれはそうだろう。

 

「中条もこれ、好きだもんな」

 

 あずさはその見た目と性格通り、チョコレートは甘いミルクチョコレートを好むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜んでもらえて良かったね」

 

「うん、そうだね」

 

 帰宅した中条姉弟は、頑張ってたくさん手作りしたチョコレートを喜んでもらえ、嬉しくてずっと笑顔だった。その二人が挟むテーブルには、作りすぎた余りのチョコレートがいくつか置かれている。

 

 あずさはつい自分の好みの甘いミルクチョコレートを多く食べるが、一方で、それを際立たせるビターチョコレートにも時折手を伸ばしていた。

 

「幹比古君、こういうチョコレートが好きなんだね」

 

 苦みに少し顔をしかめながら、あずさは呟く。

 

 そう、今回入れたチョコレートのうち、ビターチョコレートは、幹比古の好みを意識して作ったものだ。いかにも幹比古らしい、大人な味わいだ。あずさもいつきもコーヒーはミルク砂糖たっぷりだが、幹比古はブラックを好んでいる。

 

「幹比古君も喜んでくれるといいね」

 

 いつきは変わり種に手を伸ばしながら、大切な親友の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか今日まで貰っちゃうなんてね」

 

 帰宅後、幹比古はいつきから貰ったチョコレートをありがたく楽しみながら苦笑した。

 

 バレンタインデーの時は吉田家のお弟子さんに女性が多いこともあってそこそこ貰い、友達からも貰ったし、あとなんやかんやモテるので何人かの女子からも貰った。ここ二週間はそのお返しの準備にてんやわんやだったが、ホワイトデーの今日でもまさか、貰う立場になるとは思わなかった。

 

 しかも、親友として特別仕様だ。達也たちやクラスメイト達に渡されたものから一回り大きく、包装も高級感がある。あえてそれらしい言い方をすれば、これは「本命チョコ」というわけだ。これを天然でやるのだから、いつきの人誑しはすごい。幹比古がいつきのこれに慣れていなければ、クラスメイトの男子のように変な勘違いをしても不思議ではなかった。

 

 特に嬉しかったのは、やはりビターチョコレートだ。何回かいつきたちの前でも好んで食べていたため、好みだと気づいてくれたのだろう。わがままだけど、こうして自分たちのことを見てくれている。親友のそんな心意気が、なんだかこそばゆい。

 

「…………これからも、一緒にいられるといいけど」

 

 そんな嬉しいチョコレートを食べながら、ビターよりもさらに苦い顔をついしてしまう。

 

『幹比古君へ いつもありがとう! これからも、いっぱいパラサイトとかの研究をしようね!』

 

 包装とチョコレートと同様、このメッセージカードも、幹比古向けの「本命」仕様だ。これにもまた嬉しくて頬が緩むが、しかし、明るいメッセージだからこそ、思考が沈んでしまう。

 

 どうしても蘇るのは、自分の作った結界から離れたいつきが、パラサイトの放つおぞましい邪気に飲み込まれる光景だ。いつきが自分に引きつけ、身代わりになってくれた。そのおかげで幹比古たちはこうして無事生きていて、パラサイトも倒せた。

 

 だがそれと引き換えに、誰よりも大切な親友は、手足の自由を失った。

 

 そのことが、たまらなく悔しいし、情けない。

 

 せめて、これからのいつきの人生を、ずっと助けていかなければ。それぐらいしないと恩返しにならないし、親友として横に立っていられない。

 

 幹比古は改めて決意を固めながら、またもう一つ口に運ぶ。

 

 とある一つほどではないが、こちらも手作りとしてはやや変わり種だ。

 

 サツマイモ風味の、和風のチョコレート。

 

 これはなんとなく分かる。

 

 いつきの崇める、「神」への捧げものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきが「お世話になった人」は第一高校だけに限らない。両親はもちろんとして、その縁は他校にも及ぶ。

 

 前日に発送されたチョコレートは、無事、ホワイトデーの朝、石川県に住む少女の元へと届いた。

 

「ほー、これは良いものじゃなあ!」

 

 その少女・四十九院沓子は、それをわざわざ学校に持ってきて、親友の愛梨・栞の目の前で広げる。想い人から急に送られてきたチョコレートは――沓子のあずかり知らぬことだが、クラスメイトなど渡されたものに比べて一回り大きく、そしてメッセージカードが入っていた。

 

『沓子ちゃん様へ いつも見守って下さり助けてくださるお礼です。どうぞお召し上がりください』

 

「「…………」」

 

 冗談みたいなメッセージ内容だが、しかしこれを書いているいつきは間違いなく、冗談のつもりは欠片もない。純度100%の本気(狂信)だ。お世話になった人に贈るチョコレートだが、沓子に対するものだけは、幹比古の予想通り、「神への捧げもの」の様相だ。愛梨と栞は、好感度マックスなのに脈無しというとんでもない親友の恋路に、こっそりとため息をついた。

 

「ふむふむ、さすがいつきの姉君殿、中身まで凝っておるのう」

 

 チョコレートが家――神社である――に届いてすぐにいつきにお礼のメッセージを送った。そのメッセージ(神託)に対していつきは即座に返事をして、あずさと一緒に作ったことを教えてくれたのだ。いつきがここまで凝ったことをするタイプでないことは分かっており、納得感がある。

 

「おー、わしの好きな味もあるではないか!」

 

 その中で沓子は、やはりサツマイモ風味の和風のチョコレートに目を輝かせた。自分の特徴的な髪色に合わせた青い包装紙も相まって、いつきが自分を意識して作ってくれたことが分かる。沓子の頬は嬉しさと興奮と乙女心で、知らず知らずのうちに赤く染まっていた。

 

「さぞ心籠めて作ったでしょうね」

 

 栞の皮肉は沓子には通じなかった。敬虔なる信仰心から作られたその捧げものは、やはり沓子の好みに合い、溌溂とした顔をふにゃりと緩ませる。

 

 そんなチョコレートをぼんやりと眺めながら、愛梨は一つだけ混ざるノイズをあえて無視しながら、沓子向けのものと同じぐらい凝ったものを見つめる。

 

 メッセージカードの説明によると、ハチミツとミルクをいっぱい使ったチョコレートだそうだ。まるで高級品のような作り方をされたそれは、間違いなく、サツマイモ風味のものと同じぐらい、気持ちが籠っているだろう。

 

(これの相手が、女の子じゃなければいいけど)

 

 愛梨のそんな心配は、あいにくながら的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふふん、と。

 

 今日一日ずっと優越感に浸って気分が良かったリーナは、帰宅してもなお、ドヤ顔が止まらなかった。

 

 いつきからチョコレートを貰った子は、男子も女子も天にも昇る喜びようだった。いつきは可愛くて優しくてカッコいいので、「勘違い」をしてしまった生徒もいるだろう。

 

「何も知らずに……こういうのを、日本(ジャパン)では『ご愁傷様』って言うのかしらね」

 

 勝ち誇った心は独り言として表出する。シルヴィアがいたら何か余計な一言が入るだろうが、あいにくながら以前と違って一人暮らしだ。

 

 そんなリーナが机に広げるのは、周囲に渡されたものと違って高級感のある包装と、一回り大きいチョコレートと、可愛らしい丸文字で手書きのメッセージカードだ。

 

『リーナさんへ 吸血鬼事件の時も、そのあともありがとう! アメリカに帰っても、いつでも話そうね!』

 

 リーナは思わず身もだえした。遠く離れたUSNAのシルヴィアが嫌な予感がして頭をおさえるぐらいに浮かれに浮かれていた。

 

 そう、自分は、いつきにとって「特別」なのだ。この心のこもった贈り物が何よりの証拠である。特にこの、ハチミツとミルクをたっぷり使ったチョコレートなんて、リーナを意識したに決まっている。

 

 あの、厳しくも穏やかだった寒い寒い夜の公園で味わったハニーホットミルクの味は今も忘れられない。リーナの大好物で、小さいころからよく飲んでいた。寒くて緊張した中で飲むそれは天上の甘露であり、しかもそれが想い人から渡されたものである。いつきはあの時のリーナを見て、ハニーホットミルクが好きだと気づいてくれたのだろう。そしてそれを覚えてくれて、リーナのためにこんなチョコレートを作ってくれた。あまりにも嬉しくて、今すぐにでも食べたいのに、食べるのがもったいない。

 

 あとはもう、ここから一気に距離を縮めればよい。そして、いつきに、リーナの想いにまで気づいてもらうのだ。

 

「ステイツに帰るのが寂しいわね」

 

 しかし、それをリーナの立場が許さない。もう3月15日であり、交換留学の期限、つまりリーナの本当の帰国は目前だ。

 

 元々は謎の戦略級魔法・仮称『グレート・ボム』の調査のための慣れないスパイだった。そこにスターズ隊員の集団脱走・反逆事件が重なり、しかもその脱走者の何人かがスパイ先の日本で連続殺人を起こしていた。なんやかんやで解決したが、そのあと、「上」はとてつもない修羅場だったことだろう。

 

 吸血鬼事件の経緯は、一般高校生であるいつきたちに完全に知られている。そんないつきの気づかいと計らいで、日本とUSNA双方、そして何よりもリーナが一番傷つかない形で表向きの建前が新たに作られたのである。当初はそれに泥をかけようとした上層部をリーナが脅すことでそれが実現し、リーナは一度帰国することになった。

 

 そしてこうしてもう一度日本に来られたのも、きっといつきのおかげだ。彼の献身と人徳が、日本とUSNAの「火種」を「融和」に変えてくれた。それで帰国が実現したのである。なおこれはリーナ視点の乙女チックな妄想が多分に含まれているが、そうした面が小さいわけではないのも確かである。

 

 だが今度は、本当の「帰国」だ。魔法師の国際移動は敬遠されており、「アンジー・シリウス」という立場はより一層その制限がある。きっとこれからは、ほぼ会えないだろう。意地でも無理やり会いに来るつもりではあるが、今みたいに毎日一緒にいられるわけではない。

 

 ――祖国に、帰りたくない。

 

 そんな許されない気持ちが芽生えるほどに、リーナの中で、いつきの存在は大きい。

 

「…………落ち込んでなんかいられないわ」

 

 だがすぐに、リーナは気を持ち直す。気合を入れ、前に進むという意味も込めて、景気づけにあえて最初に、ハチミツとミルクのチョコレートを口に放り込んだ。途端にそれが口の中で溶け、自然な甘さとまろやかが広がっていく。そう、たとえ踏ん切りがつかなくても、前に進めば、今の口の中みたいに、良いことが起こるのだ。

 

「…………これからも、よろしくね、イツキ」

 

 リーナをイメージしたであろう上品な金色の包装紙を撫でながら、リーナは小さく、それでいて密度の高い熱を籠めて、愛しい男の子の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪はそれぞれが貰ったものを美味しく食べ進めていたが、どうしても無意識に避けていた一種が、お互いの手元に残っていた。

 

「いや、まあ、嬉しいには嬉しいが」

 

 その変わり種を前に、達也は腕組みしてじっと見つめる。他のものは誰を意識したか分かる包装紙と中身だったが、これは、これこそがスタンダードと言わんばかりに、透明なビニルに包まれている。

 

 そのおかげで中身が見えるそれは、一見普通のクランキーチョコレートだ。細かく砕かれたピーナッツが入っていて、食感のアクセントが楽しい、王道である。

 

 しかしながらその中身は、およそ「ホワイトデーのチョコレート」としては、変わり者と言わざるを得ない。

 

 その正体は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――大豆由来タンパク質たっぷりの、チョコレート味のプロテインバーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「変、というわけではないですけれども……」

 

 これもこれで、商品として並ぶには普通だろう。

 

 だが普通、こんなものを、ホワイトデーで渡すだろうか。

 

 しかもなんと、こんなものを、明らかに手作りしているのである。

 

「いったい、これはどなたを意識したものなのでしょう……?」

 

 深雪は首をかしげる。他四つは分かるが、これだけは想像がつかない。あえて挙げるとすれば、身体を鍛えている人……この一年間共闘することが多かったレオや、スポーツマンで部活連会頭の範蔵である。

 

「消去法で、誰なのか分かるさ」

 

 対する達也は、もう誰なのか分かっている。その顔は、ビターチョコレートを食べた後以上に苦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ自分が成長して筋骨隆々になることを諦めていない、中条の好物だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ああ、なる、ほど」

 

 直後、兄妹そろって仲良く、今日一番の深い深いため息を漏らす。

 

 達也の予想は大当たりだ。

 

 この手作りプロテインバー(チョコレート味)は、いつき自身の好みである。自分が好みだからという理由で、贈り物にこんなものを入れてしまう。結局のところいつきは、わがままで、自分勝手で、独りよがりなところもあって、周りからズレているのだ。

 

 

 

 

 

 

 こんなやつとこれからも仲良くして上手くパラサイトの情報を抜かなければならない達也と深雪のこれからは、チョコレートと違って甘くない。




深雪と達也はその立場上いつきによく話しかけるが、二人とも重度のブラコンシスコンだと知られているので「気がある」みたいな勘違いは特にされてない。

作中人物の好物や、チョコレートの作り方は独自設定です。原作設定や実際の手作りチョコと相違があったらいい感じに脳内で補正してください。

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