おじキャン△ (Shin-メン)
しおりを挟む

お(ふ)じさんと女の子、そしてカレー麺

ゆる〜く書いていきます。
作者は元陸上自衛官です。

主人公、野咲千代の自衛官としての能力は天元突破しています。


「冷えるな……」

 

ボソッと呟いた。

駐車スペース近くに置いてある自販機で、ホット缶コーヒーを購入し、手のひらで挟んでコロコロと転がしながら細やかな暖をとる。

プルタブを開けて一口……

 

「はぁ……美味い……」

 

ミルクとシュガーでほんのり甘く、暖かく優しい味が骨身に沁みる。

時刻は17:20……日が傾いていた。

 

「目的地までは……あと20分か……」

 

手にしたスマホの地図アプリで目的地までの時間を確かめる。

愛車の所まで戻り、ポケットにしまっていたスマホを取り出すとUSB電源から伸びるコードと接続してホルダーに落ちないように固定した。

愛車に跨がり、グローブを着用し、フルフェイスのヘルメットを被り、少し傾いたバイクを起こす。

 

そして、メーター下のイグニッションスイッチに鍵を差し込み右に捻ると、液晶のメーターが点灯し、ゲージが一気に振り切るような演出をする。

 

ギアがニュートラルになってるのを確認してスターターのスイッチを押した。

599ccの水冷4スト並列4気筒DOHCエンジンが始動し、一本出しのセンターアップマフラーから落ち着いたハスキーな排気音とエンジンは静かだが、力強く鼓動する。

 

「さてと、行くか……」

 

スタンドをもとの位置に戻し、クラッチを握ってギアを一速に上げた。

2回ほど空吹かしさせてアイドリングを安定させ、アクセルを吹かしながらクラッチを徐々に離していく。

進み出す車体に合わせてクラッチを完全に離した。

 

エンジンの回転がタイヤに伝わり、ゆっくりと車体を加速させていく。

 

駐車スペースは一速で進み公道出た。

一速は回転数がすぐに頭打ちになるため、早めに次の二速に上げさらに加速。

また頭打ち近くに来るとシフトチェンジして加速。

 

三速・四速を行ったり来たりしながら峠道を走る。

澄んだ空気に過ぎ去る景色、やはりとても気持ちが良い。

これから向かう場所と行う事の高揚感が合間って、逸りそうになる気持ちを我慢しながら、相棒のバイクを操る。

 

峠道の途中にあるトンネルを抜けると目的地が見えてきた。

 

「凄いな……」

 

それを見て小声だが思わず歓声を上げる。

茜色の空を反射している湖……汚れも無くて、澄み切っている。

湖の美しさには感動したが、顔を上げて少しだけ残念に思った。

 

「雲がかかって見えない……」

 

本来は目の前に、堂々とそびえ立っているだろう日本一の富士山が、今日は雲がかかって見えないのだ。

 

「まぁ、しかたないか……」

 

残念だが、天気の事はどうしようもないと言い聞かせて、目的地へと向かっていく。

目指していたのは山梨県にある“本栖湖”……

この湖は富士山が綺麗に見えることで有名らしい。

目的地に到着し、バイクから降りて受け付けで話しを聞く。

 

目的地はキャンプ場だ。

しかし本来の目的は、キャンプではなくツーリング。

受け付けの人に聞いたら、入場料の500円を払えば湖近くのサイトまで入っても可能だとか……

 

直ぐに入場料を支払い、説明されたようにバイクで移動する。

サイト入り口付近にあった公衆トイレ脇のベンチに一瞬目がいく。

 

「自転………車……?」

 

辺りは少々薄暗く、さらに一瞬だったので良くは分からない。

サイトに下る途中に小柄な女の子とすれ違う。

 

「中学生か……?」

 

あまり深いことは考えず、そのままサイトまでバイクを転がした。

本栖湖の湖畔に到着……

タールのように黒く暗い水面が、夜空に浮かぶ青白い月を蜃気楼のように映し出す。

 

「これで富士山が見えれば、言うことなしなんだろうが………」

 

まだ感傷に浸る年でもないが、綺麗な景色を見れば誰でも物思いに耽ってしまうだろう。

15分ほど景色を堪能た。

帰路に着こうと準備をし、バイクに跨がってイグニッションキーを回した時だった。

 

「ぎゃああああああああああああーッ!!!」

 

湖畔から離れた場所から叫び声が聞こえた。

何ごとかと思い、来た道をバイクで戻る。

辺りはすでに夜の帳が下り、真っ暗、LEDライトだけが明るく前方を照らす。

進行方向を警戒しながらバイクを進めていると、排気音に混じって声が聞こえた。

 

「待ってよーー!」

 

すると、先程すれ違った女の子とそれを追いかける別の女の子が、自分の横を通り過ぎて行く。

 

「ズベぇ…………!」

 

バイクのミラー越しに追いかける女の子が盛大コケてしまう。

 

「あ、コケた…………」

 

バイクを降り、スタンドを立てるとうつ伏せに倒れた女の子に駆け寄った。

 

「キミ、大丈夫かい……?」

 

「グスっ……だずげでぇ、ぐだざい………!」

 

コケた女の子は涙に鼻水ダラダラで助けを乞うてきた。

 

「逃げていた子も戻ってきた。」

 

ケガした子を気遣いながら、逃げていた女の子のテントまでやって来た。

キャンプ女子の起こした焚き火に当たりながら、普段から持ち歩いている簡易救急セットでケガした子を治療する。

 

「さあ、これで大丈夫だ。」

 

最後に絆創膏を膝にペタっと貼って上げた。

 

「ありがとうございます。グスっグスっ……」

 

涙目のゆるふわ系女子がペコリと頭を下げる。

 

「いえいえ……それで、どうしてこんなことに?」

 

絶叫を上げた女の子とケガしたゆるふわ系の女の子に、それぞれ理由を聞いてみた。

ゆるふわ系の女の子がしどろもどろに話すことを、絶叫した女の子が簡潔に纏めている。 

 

「それで?自転車で富士山を見に来たんだけど……」

 

なぜに女の子が一人でここにいるかと言えば、富士山を見に来たのだと言う。

その華奢な体でこのような場所まで来るとは、そういえば絶叫した女の子のテントの近くにも自転車が1台止めてある。

二人とも若いとはいえ何たるバイタリティー。

自分も富士山を出来れば見たかったので、何となく同じようなシンパシーを感じた。

 

ああ、このゆるふわ女子も雲がかかってて落ち込んだだろうなと彼女の心中を察する。

さて、そうして富士山を見に来たけど……

 

「疲れて横になったら、そのまま寝過ごしてしまったと……?」

 

「へぅ………」

 

ゆるふわ女子が涙を流し、首を縦に振る。

そういうことらしい……

 

「帰るとしたら、ずっと下り道だし麓まですぐだと思うよ?」

 

絶叫したキャンプ女子が教える。

 

「そうだな。自分が伴走してやろう。それなら……」

 

「むりむりむりぃッ!、ちょーこわいッ!!?」

 

だろうな……いくら伴走があっても勇気と勢いではどうにもならない。

だが、何時までもここでとはいかないだろう。

自分はバイクだけど、ゆるふわ女子は見たところ自転車以外なにも持っていない。

行動力は凄いが詰めが甘々だ。

 

「じゃあ、迎えに来て貰ったらどうだろうか?」

 

ならばと至極真っ当なことを提案してみる。

 

「あ、その手がありましたね?」

 

キャンプ女子も頷いた。

 

「携帯とか持ってないの?」

 

キャンプ女子がそう聞くと、ハッとした表情でゆるふわ女子は顔を上げる。

 

「あ、そっか〜!スマホ、スマホ〜最近買ったスマホ、スマホ〜」

 

変な韻を踏みながら、ゆるふわ女子は、ゴソゴソと自身のポケットを探る。

 

「スマホ、ス……マホっ!スーーッ!」

 

そう言って、勢い良く取り出したのは………ただのトランプだった。

 

「「なんでそうなんだよ…………」」

 

自分とキャンプ女子は、初対面なのに息のあったツッコミを入れる。

 

「じゃあ、私の貸して上げるから……おウチの番号は?教えてくれる?」

 

「………電話番号わかりません!」

 

「じゃあ、自分の電話番号は?」

 

「同じく記憶にございません!」

 

何ということだ。この女の子はどうするつもりだ?

あぁ……キャンプ女子が凄く面倒臭そうな顔をしてる。

 

『ぐうぅぅぅ~』

 

ゆるふわ女子から盛大に腹の虫が聞こえた。

 

「はぁ~お腹すいた………」

 

そう言って彼女は、元気なく頭を垂れる。

そんなゆるふわ女子を見かねて、キャンプ女子は自身が持ってきたカレー味のカップラーメンを彼女に差し出した。

 

「カップラーメン……食べる?」

 

「えッ!くれるのッ!!?」

 

キャンプ女子の突然の申し出にゆるふわ女子は、ぱぁっと明るくなった。

 

「だけど1500円だよ。」

 

キャンプ女子は真面目な顔で驚くことを平然と伝える。

 

「おお、鬼畜だなッ!!?」

 

思考が追いつかん。 

 

「……………じゅっ、じゅうごかいばらいで………おねがいしま、su…………」

 

「なんてね……嘘だよ。」

 

キャンプ女子の迫真の演技……

危うく騙されるところだった。

 

「カップ麺、恵んでくれるのはありがたいけど……」

 

ゆるふわ女子は申し訳なさそうに自分の方を見た。

 

「あの、カップ麺って三人分ある?」

 

「ごめん、今日は二つしかもってきてない……」

 

キャンプ女子も申し訳なさそうに謝る。

謝るも何も彼女は何も悪くない。

突然のことでもゆるふわ女子に付き合って、さらにカップ麺までも恵んで上げた。

うん、心優しい娘だ。

 

「あ、自分は途中で食べたから大丈夫だよ。」

 

実際には、昼に軽く昼食を取ってからまだ缶コーヒーしか飲んでいない。

でも、自分なんかよりこの娘のほうがよっぽど不安だろう……ここはご飯でも食べて一息ついたほうがいい。

それに忍耐力なら昔鍛えた……

 

「そうですか……じゃあ、ありがたくいただきます!」

 

キャンプ女子がSOTOのシングルバーナーでお湯を沸かし始めた。

ほぉ……この娘なかなかに良い道具使ってるな……

感心する。

 

「ねえねえ?不思議に思ったけど……あっちの焚き火では沸かさないの?」

 

ゆるふわ女子がキャンプ女子に聞いた。 

 

「焚き火だと温度低くて時間かかるんだよ。それにススで真っ黒になるからね……」

 

「スゴーい!なんだかプロみたいだね!」

 

確かに今のやり取りを考えると彼女はいかにも場慣れしていると感じだった。

昔からこうして一人でキャンプをしているのだろう。

そうこうしていると、コッヘルで沸かしていた水がブクブクと沸騰し始め、キャンプ女子がカップ麺の蓋を開けて中にお湯を注いだ。

 

あとは3分待つだけだ。

焚き火を囲い談笑をするおじさん?と女の子二人。

以外と盛り上がるんだな……

焚き火から上がる炎に煙の匂いに紛れて、カレーのいい匂いが鼻をくすぐった。

そろそろ3分たったか。

 

「じゃあ、二人とも俺はあっちに行っとくから……」

 

「あ、はい。」

 

焚き火から離れ一人湖岸に向かった。

あの二人なら仲良くやれるだろう。

自分はお役ごめんだ。

美味しい、美味しいという声をバックに一人富士山を眺める。

今日は一人の予定だった。

こうして一人でいるほうが似合っている。

 

一端の大人だが、厨二ムーブをかましてみた。

 

「やっぱり曇って、全然見えないな。」

 

ちょうど山の頂上付近を覆うように雲が被っていて肝心の富士山は下半分しか見えない。

 

「今度ツーリングするときは、思い切って5合目まで走ってみようか……」

 

そんなことを考えていると…… 

 

「うーん、やっぱり曇ってて見えないですね?富士山…………」

 

「おっと……!」

 

いつの間にか俺の横にいたゆるふわ女子に驚く。

 

「あれ?どうしたんだい?も、もう食べ終わったかい?」

 

「あ、いえ……これを……!」

 

その声と一緒に差し出されたのは、半分ほどになったカップ麺だった。

たまたまあったのか、割り箸も添えてある。

 

「これは……?」

 

「やっぱり、おじさんだけ仲間外れはイヤだから……」

 

お、おじさん………まだ34なのに。

まだ若いと思っていただけに、ちょっとショック……

 

「どうかしました?」

 

「いや、何でもない。」

 

「そうですか……あ、ちゃんとお箸つける前に分けたから大丈夫ですよ。だから一緒に食べましょう!」

 

そう言って、ゆるふわ女子は俺の手を引っ張っる。

カレーラーメンの入ったカップを落とさないようにと持ちながら、前を歩く彼女の背中を見る。

そのあと、ワイワイと3人で食べたカレー麺は今まで食べたラーメンの中でも文句なしに一番美味しかった。

 

その後、俺は二人に自己紹介することになる。

 

「自分は野咲千代……」

 

「野咲千代さん……なんか女の子みたい……」

 

「あ、そこはツッコまないでくれ……母親の趣味なんだ。」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

「大丈夫だ。気にしないでくれ……」

 

「私は各務原なでしこです!」

 

「私は志摩りん………」

 

「それで、なでしこはどこからきたの?」

 

三人でカップ麺を平らげひと息つく。

日が沈み切った本栖湖はさらに寒さを増してきたが、志摩さんが気を利かして焚き火の勢いを強くしてくれたので特に問題はなかった。

 

焚き火ってこんなに暖かいんだな。

こんな気持ちになった久しぶりだ。

 

「ここからずっと下にある南部町って所だよ〜♪」

 

各務原さんが答える。

南部町……

奇しくも俺が住んでるアパートも南部町にある。

 

「あ、奇遇だね。自分も南部町なんだよ。つい最近に越してきたんだ。」

 

「そうなのッ!!?やったー!一緒ですね!私も静岡の浜松から来たんです。」

 

これでいつでも遊びに行けると俺の手を取ってまるで自分のことのように喜ぶ。

え、もうそこまで考えてるのか?

おじさんのアパートだぞ?……って違う!

そうじゃない!俺は決心して先ほどと同じことを各務原さんに聞いてみた。

 

「各務原さん、今一度聴くけど……親御さんたちも心配しているし、いっしょに帰ろう。」

 

「でも……!」

 

彼女が自転車で帰れない最大の理由は何か。

それは暗すぎることだ。

だが、俺のバイクの燈火類は全てLED……

ハロゲンの昔バイクより、かなり明るいのだ。

 

急なカーブに突然横切る動物、峠道は見通しのよさが安全に直結する。

逆に言えば、見通しさえよければ交通量の少ない峠はそこまで危なくないのだ。

 

「自分が責任を持って麓まで伴走するから、自転車で帰らないかい?」

 

だから、その問題さえ解決してしまえばあとは走るだけだ。

そして、その問題の解決手段は駐車場で主の俺を待っている。

 

「うぅ~ん………でも………ッ!」

 

各務原さんが後ろを振り返る。

そこにあるのは一面の闇……

まぁ、人が着いていたとしても怖いものは怖いか。

 

「大丈夫だよ。自分が着いてるから。きちんとゆっくり行くし、バイクのヘッドライトなら全然暗くないから……」

 

連絡手段がない以上、これ以上の最善策はない。

いずれにしろいつかは帰らないといけないのだから、もうこうするしかない。

 

「わたしもそれがいいと思う。野咲さん、お願いしてもらっても良いでしょうか。」

 

「もちろんだ。約束する……」

 

「り、りんちゃんまで……そ、そうだよね?行くしかないよね?トホホ……」

 

ちょっとかわいそうだけど、こればっかりは本当にしかたがない。

各務原さんには悪いけど、今回だけは勇気を奮って貰うしかない。

 

「富士山は曇ってて見えないし、寝過ごして真っ暗になっちゃうし、もう災難だよぉ……」

 

各務原さんは自身の不運に嘆くが、彼女の背中に優しい光が差した。

周囲に木々や草花が銀色に輝きだす。

 

「……なでしこ?ほら後ろ。」

 

「うん?」

 

志摩さんが俺たちの後ろを指さす。

それに従い振り返ると……

 

「おお……」

 

「キレイ………」

 

そこには月に彩られ銀色に輝く富士山があった。

澄んだ冬の星々、粉砂糖のような雪化粧、その横で輝く銀色の月……全てが完璧で全てが美しい。

 

各務原さん共々、思わず息を呑む。

その時だった。

 

「ぬわぁ!」

 

各務原さんが変な声をあげる。

そして一時間程後……

 

「このおバカぁぁッ!」

 

「グヘッ!!?」

 

やって来たのは彼女の姉らしい女性。

どうやら彼女は、家の電話番号と自分の番号は覚えていなかったが、姉の電話番号は知ってたようで、その姉が乗ってきた車から降りてくるなり、各務原さん(妹)の頭に怒涛のゲンコツをお見舞いしていた。

 

「……私のバカ妹が、ほんっとーーーに!お世話になりましたっ!」

 

「あ、いや……」

 

「別に大した事は……」

 

「アンタねぇッ!持ち歩かなきゃ携帯電話とは言わないのよッ!!?」

 

「あぅ~!ごべんなざいぃーーッ!」

 

「おらぁッ!さっさと乗れブタ野郎!!」

 

「いででで!蹴らないで~!やめれ~!せっかくのカレー麺と幸せが口から出るぅーッ!」

 

志摩さんと並んで何だか凄い光景を見ている気持ちになる。

何はともあれ無事に迎えが来て本当によかった。

バイクの先導だって絶対に安全というわけでもないし、車で帰れるのなら車を使うにこしたことはない。

 

「あの、これお詫びです。二人でわけてください。」

 

「あ、はい」

 

「どうも……」

 

ボクと志摩さんにそれぞれビニール袋を手渡す。中を見るとキウイが山のように入っていた。

さっきから聞こえるアグレッシブな罵声をBGMにキウイを持ち帰る算段を立てる。

良し!これならギリギリ持って帰れそうだ。

 

「あの?野咲さんで良かったかしら?」

 

そんなことを考えていと、各務原さん(妹)を車に積み終えた彼女のお姉さんが自分に話しかけてきた。

 

「え?ええ……」

 

いや〜良く見るとすごい美人な方だ。

スラっとした体型に長い黒髪、黒縁の眼鏡がよく似合っている。

 

「あの……今、バカ妹が話してくれたんですが、アナタも南部町に住んでいるんですか?もしかして、今から帰るところですか?」

 

「ええ。あのバイクで帰ります。」

 

俺はそう言って、お姉さんの車の隣に停めているバイクを指さした。

そんな俺の言葉にお姉さんの表情が、申し訳なく少しだけ曇る。

 

「バカ妹のせいで……なんと言っていいのやら。」

 

「大丈夫ですよ。夜のツーリングも乙なモノです。」

 

笑顔で答える。

 

「この道、街灯もほとんどなくて真っ暗だし、良かったら私の車と一緒に帰りませんか?」

 

「野咲さん、私もそれがいいと思います。野咲さんは慣れてるみたいに言いますけど、やっぱり危ないと思います。」

 

志摩さんも心配していた。

 

「うんうん!一緒に帰りましょ〜!」

 

志摩さんといつの間にか車外に出てた各務原さん(妹)にまで一緒に帰ることを勧められてしまった。

先に行くまで待つ理由もないし、ここは素直に好意に甘えせてもらおう。

 

「わかりました。よろしくお願いします。」

 

「やった〜!じゃあ家まで一緒ですね〜!」

 

「だから、アンタはなんで車から出てんのよ!とっとと乗りなさい!いい加減に帰るわよ!」

 

「あー!お姉ちゃん待ってぇぇー!引っ張らないでぇぇー!」

 

お姉さんの制止を振り切った各務原さん(妹)が何か紙切れのような物をバイクに乗ろうとしている俺と志摩さんに手渡した。

 

「はい、コレわたしの電話番号!さっき電話したときにお姉ちゃんに聞いたんだ!」

 

「あ、うん……」

 

あ然とする志摩さん。

俺にまで……?

 

「リンちゃん!カレー麺ありがとー!野咲さん送ってくれるって言ってありがと!今度はちゃんと三人でキャンプやろうね!」

 

最初のころの泣きじゃくっていた姿はどこへやら、すっかり元気を取り戻し、手を振りながら車に戻っていく各務原さん(妹)。

なぜかは分からないが、自然と三人でキャンプやる流れになっていたけど………

 

車のエンジンがブルンと音を立ててかかる。

さてと俺も続くか……

ヘルメットを被り、グローブを付け、イグニッションキーを右に撚る。

 

スタータースイッチを押すと、エンジンが始動して軽快に排気音が吹け上がった。

 

「じゃあ、志摩さん、俺もこれで帰ります。さっきはカレー麺ありがとうございました。」

 

「い、いえ……こっちも一人だったらパニックになってたかもしれないし、助かりました。」

 

バイクのギアを一速に入れ、排気音を吹かせてエンジンの回転数を合わせる。

 

「ごめんなさーい?もう出発しても、大丈夫かしらー?」

 

運転席の窓から顔を出したお姉さんに手を振って応えた。

SUVのウィンカーが発進の合図を示し車体がゆっくりと進み出す。

それに合わせて、俺もスロットルを回す。

リーンアウトで限界まで車体を倒し最小限の旋回半径でUターンをして、彼女が運転する車を追いかけた。

 

ミラーには、手を振る志摩さん。

彼女に向かって俺も左手を上げて応えた。

これで一件落着か……本当に疲れた。

 

お姉さんのSUVに先導され約1時間……

ついに南部町までたどり着いた。

そろそろのアパート付近の交差点にたどり着く。

 

赤信号で止まったSUVに横付けすると、運転席の窓が開き、お姉さんが顔を出した。

 

「あの……自分、こっち右折なんで、ここまでありがとうございました。」

 

「じゃあ、ここでお別れですね。車にはお気をつけて。」

 

「おやすみー!野咲さん!また三人でキャンプしよーねー!」

 

二人に手を振って答える。

青になる信号……バイク特有のシグナルダッシュでSUVより先に前進する。

 

今日は本当にいろいろなことがあった。

ムダにコミュ力の高い変わった女の子、プロキャンパーの娘……二人とも中学生か?

夜の富士山、そしてカレー麺。

 

バックミラーをチラ見。

死角に入った車はもう見えなくなっていたけれど、きっとあの娘はこっちを見ているんだろうなと、根拠もなくそんな確信を抱いた。

 

早く家に帰ろう。

腹も減った……やはりカレー麺半分だけじゃ足りない。

 

次回に続く。




主人公の使う車両などは、作者の私が実際に乗っています。
キャンプの経験ないですが、サバイバルは前職で日常茶飯事でした。(作者談)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おじさんと野クル

ゆっくり書いていきます。


今日から新しい生活が始まる。

前職から離れて、山梨県の嘱託職員として同県の高校の学校用務員として働くことになった。

 

「よろしくおねがいします。」

 

用務員が詰める事務室に案内され、自分のデスクを教えられる。

初日から意欲的に働いた。

電気設備、放送室のトラブル対応、それに事務室パソコンのシステムを使いやすく再構築などなど……

 

一息着けたのは、昼過ぎだった。

椅子に座り、ふぅ……と息を吐く。

 

「お疲れ様です。野咲さん。」

 

先輩の校務員さんが、湯呑みにお茶を注いで自分のもとに置いてくれた。

 

「あ、申し訳ないです。」

 

「いえいえ。初日から忙しかったですね?」

 

「あ、梅コブ茶。美味しい……ちょっと時間が掛かり過ぎちゃいましたけどね。」

 

「そんな謙遜しなくても良いですよ。私も含めて助かりました。」

 

回りからも自分を称賛する声が……

嬉しいが正直気恥ずかしい。

 

「昔取った杵柄があるんで、困ったことがあったらドンドン言ってください。」

 

午後からも設備管理の仕事に精を出す。

放課後、学校敷地内を歩いていると教頭先生が、建物の窓を見ながら考え込んでいた。

 

「教頭先生、お疲れ様です。」

 

「お、野咲くん。聞いてますよ?初日から大活躍みたいですね?」

 

「そんなことないですよ。ところで教頭先生は何を考えていたんでしょうか?」

 

「いや〜外側の窓が汚れていたからね……キレイにしたいんだが…………」

 

教頭先生の言うとおり確かに窓が砂埃で汚れていた。

校内側は生徒たちの手で掃除できるが、外側は落下の可能性ある。

俺は少し考えて、教頭に提案した。

 

「窓掃除、自分がやりましょう。」

 

「いったい何をッ!!?そもそもどうやって……?」

 

「屋上から懸垂下降で降りれば……」

 

「危険すぎます。」

 

「この程度なら慣れてますし、道具さえあれば……あ、確か登山部がありましたよね?」

 

「え?ええ……」

 

「ならば善は急げと言うんで……では、失礼いたします。」

 

「あ、ちょっと!私はまだ…………!」

 

教頭先生に止められたが、俺は足早に職員室へと向かう。

職員室を見渡す。

いた……登山部顧問の大町先生だ。

 

「大町先生。どうも……」

 

「あ、野咲さん。お疲れ様ッス。どうしたんですか?」

 

「ちょっとお聞きしたいのですが、懸垂下降に使う道具一式とか登山部で所有していませんか?」

 

「懸垂下降で何をするんですか?」

 

「窓拭きです。」

 

ポカンとする大町先生……

 

「説明が足らなかっですね。先程教頭先生と会って窓の外側を掃除したいと仰っていたので……」

 

「いやいや、危険すぎますよッ!!?」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうですよ〜!」

 

「教頭先生の希望にも応え上げたいんですが……一応、道具とかはあるんでしょ?」

 

「え、ええ……ですが、今は登山部でもそういったことはやらないので……ハーネスなどの道具も部室には無くて…………あ、あそこなら。」

 

「あそこ?……ですか?」

 

「部室棟の一番奥に別名秘境と呼ばれてる用具部屋……もとい、“野外活動サークル”の部室があるんですよ。もしかしたら………」

 

「分かりました。一度そこを探して見ます。」

 

「すみません。お力に添えなくて……」

 

「いえ、コチラこそ無理言ってすみません。じゃ……」

 

俺は大町先生に教えてもらったとおりに、部室棟の秘境へと足を踏み入れることになる。

 

「ここか………」

 

それは部室棟ニ階にあった。

用具部屋と書かれてあるはずの表札には、上から手書きの紙が貼られてある。

下の表札の文字が薄っすら“用具部屋”と見えた。

 

「野外活動サークル……ここか……」

 

確かにここは用具部屋から部室に変わっていた。

早速、中に入ろうと引き戸の取手に手を掛けようとしたときだった。

 

「あーーーッ!」

 

女の子の声がした。

声のした方を見ると、そこには知っている女の子がいた。

 

「か、各務原さん……ッ?」

 

「千代さん!どうしてここにッ!!?」

 

まさかの各務原さんとの出会いと、一昨日、しかも偶然に知り会ったばかりなのに、もう名前呼び………

 

「ちょっと、各務原さん。名前呼びは他の生徒たちに変な目で見られるから……!」

 

「きゃ……ッ!!?」

 

俺はとっさに、彼女の手を引いて用具部屋もとい野外活動サークルの部室へ入った。

 

「まさか、各務原さんがここの生徒だったとは……」

 

「私も驚きました!千代さんがここの先生だったなんて……」

 

「あ、各務原さん。自分は先生ではなくて校務員さん……先生や生徒さんが楽しく安全に学校生活を送るために頑張る、なんでも屋さんだ。」

 

「そうなんですね?カッコイイ!」

 

彼女はキラキラした目でコチラを見てくる。

なんだか眩しすぎる……

 

「それでここに何の用事があるんですか?」

 

彼女が唐突に聞いてきた。

 

「あ、えっと…………カクカクシカジカ」

 

俺は彼女に掻い摘んで分かりやすく話した。

 

「へぇ〜そんな仕事があるんですね~」

 

「それで、キミはどうしてこんな所に?」

 

「私は一昨日のことが忘れられなくて……」

 

「それでこの野外活動サークルに……?」

 

「はいっ♪」

 

野外活動サークル、確かに楽しそうなサークル名だ。

棚にはアウトドアに関する色々な著書やカタログが置いてある。

 

「でも、狭い部室だなぁ……うなぎのねどこみたい。」

 

「うなぎの、ねどこ………?」

 

各務原さんは棚にある道具を物色していた。

 

「ほぇ~アウトドアの本……それに薪だ〜!」

 

彼女は引出しまで勝手に開ける。

 

「ツナ缶………非常食かな?あ、松ぼっくり!」

 

\コンニチハ!/

 

「か、各務原さん、あんまり色々と漁るのはマズいと思いますよ……」

 

そんなことを彼女に言っていた時だった。

俺の背後にあった引き戸がガラガラと音を起てて開く。

 

その音に気づいて背後を見ると、女子生徒が二人……

一人は黒縁の大きめな眼鏡に、髪を腰の近くまで伸ばし、さらにツインテールにしている。

もう一人は、おっとりした雰囲気の女の子だ。

 

「あ、いや………」

 

思わず言葉に詰まる。

気まずい雰囲気、固まる四人……

無言で引き戸を閉められた。

 

部屋の外、廊下側からコソコソと会話する声が聞こえる。

しばらくして再び、引き戸が開いた。

 

「何かここに用ッスか?………」

 

ツインテールの眼鏡っ娘から問われる。

 

「自分はここの校務員で入り用で登山専用のロープなど探しに……」

 

「私は野外活動サークルに入部したくて!」

 

「ほう……?ならば、入部理由を聞かせて貰おうか?」

 

なでしこは眼鏡っ娘に入部理由を話し始めた。

 

「なるほど……一昨日、本栖湖で行き倒れたいたところをそこの千代さんと謎のキャンプ少女に助けられて、さらにカップ麺までごちそうになった……」

 

『この眼鏡っ娘、しれっと馴れ馴れしく名前で………』

 

さすがに驚いたよ。

今どきの女子校生は遠慮はないんだな。

まあ、良いか………

 

「あとね、夜のふじさんがすっごくキレイだったんだよ!」

 

「それでアウトドアに興味出て、ウチらのサークルに来てくれたんやね〜」

 

おっとりした女の子は関西弁で話した。

 

「でも、せっかく来てもらって悪いんだけど、ウチ部員募集してないんだよね……」

 

眼鏡っ娘が申し訳なさそうに断る。

『え?断るのか?』と思った。

 

「あ……そう、なんだ………」

 

各務原さんも残念そうにしている。

そんな彼女を尻目に、眼鏡っ娘とおっとり関西弁女子が、コソコソと話し合っていた。

 

「アキ〜なんで断るんよ?」

 

「だって部室、ちょー狭くなるじゃん。」

 

「何言ってんの。人が増えたら“部”に昇格して大きな部室もらえるでしょッ!!?」

 

「何人になったら昇格するんだっけ?」

 

「たしか、四人以上……」

 

二人が話し合っている間、俺となでしこは蚊帳の外……関西弁女子の言葉に眼鏡っ娘は想像した。

広くなった部室で思いっきりラジオ体操をする自分の姿を……そして………

 

「実はキミのような逸材をまっていたのだよ!」

 

凄まじい手のひら返しだった。

懐からさらにクッキーを出す。

 

「入部祝いだ……クッキー、食うかい?」

 

「エヘヘへ………ありがとう。」

 

「私は犬山あおい。で、こっちが大垣千明……」

 

「よろしくな。」

 

「各務原なでしこです!よろしくね〜〜」

 

各務原さんは、陽だまりのようなかわいい笑顔で自己紹介していた。

三人がある程度の自己紹介を済ませると、コチラに向けて一斉に顔が向く。

 

「あ、えっ、と………なんでしょう?」

 

三人の視線に俺は底しれぬプレッシャーを感じた。

 

「アナタも自己紹介を……」

 

「え?どうして……?」

 

正直、困惑した。

 

「野咲千代……です。」

 

成り行きで自己紹介をする。

 

「良ォォォし!部員も二人増えたことだし、野クル本格始動だぜェェェィッ!」

 

大垣さんの嬉しそうな声に大盛り上がりをみせる野クルメンバー……

でも、ちょっと待てよ?増えたメンバーには俺も入っているのか?

 

「おい、ちょっと待てー?大垣さん?サークルのメンバーには、もしかして自分も入っているのか?」

 

「え?何言ってんッスか〜当たり前じゃないですか!」

 

大垣さんは当然のように語る。

 

「やったでアキ〜これでこの狭い部室ともおさらば

や〜!」

 

犬山さんも嬉しそうだ。

 

「おほーッ!」

 

各務原さんは変な喜び方をしている。

 

「ああ、そんなに騒ぐと……」

 

俺は忠告したが、遅かったようだ……

三人は狭い部屋で騒いだせいで、互いに体をぶけてしまった。

 

「ふんが……ッ!!?」

 

「ヴん……ッ!!?」

 

「ぐぇ……ッ!!?」

 

「はぁ……言わんこっちゃない。それに申し訳ないけど、自分は野クルには入らないよ。」

 

「え………」

 

大垣さんたちは一気に冷める。

 

「どうして………ですか……」

 

「いや、そうでしょ?自分はそもそも生徒じゃない……」

 

「じゃあ〜顧問はどうですぅ?」

 

「顧問は先生じゃないとさすがに許可は降りないよ。自分は校務員だし……すまない。」

 

申し訳なく思い、三人に軽く頭を下げた。

 

「しかたないよ。大垣さん、犬山さん……部員は改めて探そうよ。」

 

各務原さんは落ち込む二人を励ます。

 

「各務原さんの言うとおりだ。部室も狭いままだけど、キミたちのサークルの活動場所は結局“外”じゃないか?」

 

「「「はっ、確かに………ッ!」」」

 

何気ない言葉に目を覚ます三人。

 

「そのとおりだ!千代さん!ありがとうございます!野クル部長として感謝します!」

 

「あ、いえ……どういたしまして………」

 

なぜだか知らんが大垣さんからお礼を言われた。

そして、野クルメンバーは動き易い服装に着替えると外に移動する。

 

「なぜ自分まで?仕事が……」

 

「まあまあ、良いじゃないですか〜」

 

「それで大垣さん。いつもどんなことしてるの?」

 

「まあ、いつもは落ち葉焚きだな。校内の落ち葉とか小枝を集めて燃やして………」

 

「コーヒー飲んだりしとるんよ。」

 

「他には〜?」

 

「アウトドア雑誌読んだりぃ………」

 

各務原さんは、活動内容のギャップにシュンとしていた。

 

「おい、あからさまにガッカリしてるぞ。」

 

「でも〜それくらいしかやっとらんし……」

 

「あ、各務原ちゃん、ラーメンあるよ。」

 

犬山さんがどこからともなくカップ麺(しょうゆ味)を取り出す。

カップ麺を見た各務原さんの表情がパァっと明るくなった。

 

「でも〜落ち葉とか全然ないよぉ〜」

 

「まあ、先週の金曜日に焚き火したからな……」

 

そうか、校庭がこんなにもキレイだったのはこの娘が落ち葉焚きをしたからか……納得だ。

 

夕暮れに染まる秋空……何もすることがない。

野クルのメンバーと俺は再び移動……

部室まで戻って来た。

 

「あの……大垣さん。ここに登山部が使っていた登山専用のロープとかなかったかな?」

 

ここの部長なら何か分かるかも……

 

「私とイヌ子がここの部屋を使い始めたのは、四月からで千代さんが探している物があるかどうかは……」

 

「そうか……まあ、一応探させてくれ。」

 

「どうぞ……」

 

俺はうなぎのねどこのような細長く狭い部室の奥を探してみる。

 

「そうだ。各務原ちゃん、キャンプ道具の本があるけど見るか~テント特集回やで。」

 

「見るぅッ!」

 

なでしこはキラキラとした眼差しで雑誌を見始めた。

 

「イヌ子、各務原のテンション上がったぞ!」

 

「アキ、ぐれいとやで!」

 

二人も嬉しそうだ。

 

「ヘェ~テントにも色々な種類があるんだね〜」

 

「テントの種類は主に4つ……ロッジ型、ロッジドーム型、ドーム型、Aフレーム型……」

 

三人の話しを聞いていた俺は捜し物をしながら、各務原さんの感想に応える。

 

「あと、自立式や非自立式とかも……」

 

自身の持っている知識を披露してみた。

 

「千代さんって、アウトドアの知識が豊富なんッスね……」

 

「アウトドアの経験があるんですか〜?」

 

「まあね、前の職場がだいたい“外”だったからね。アウトドアが仕事みたいなモノだったかな?」

 

「って、ことは千代さんはアウトドア専門のブロガーさんなんですね。」

 

各務原さんが寄ってきた。

 

「まあ………そうなのか………?」

 

捜し物始めて、十数分……

ようやくお目当ての物を見つけることができた。

 

「あった……ザイルにハーネス、安全環付きのカラビナ……それに皮手袋にヘルメット。ホコリは被っているけど大丈夫そうだな。」

 

「千代さん、それで何をするんですか?」

 

「懸垂下降ってヤツだよ。」

 

俺はスマホを操作して“懸垂下降”の画像を各務原さんたちに見せた。

 

「この技術を使って窓拭きをしようかと……」

 

「あ、危なくないの?」

 

各務原さんが心配している。

 

「大丈夫……懸垂下降なら嫌ってほどやったからね。」

 

そう言って俺は、心配する彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。

照れた様子の各務原さん……

 

「じゃあ、自分はこれで……」

 

俺は道具の入ったダンボールを抱えて事務室に戻ろうとした。

 

「あ、ちょっと千代さん!このテントを今から建ててみようかと思うんで、監修してくださいませんか?」

 

部長の大垣さんからお願いされる。

 

「まあ、少しくらいなら……」

 

「ヨッシャぁぁーー!お前ら!今からこの980円(税込み)のテント建てるぞォォォ!」

 

四人は三度移動し、学校の中庭に向かった。

 

「でも、大垣さん。そのテント、ちょー安いよね?」

 

「おいおい、各務原……さっきのテント特集の雑誌の内容、思い出してみ?」

 

「値段とかな〜」

 

「えーと………」

 

各務原さんは思い返した。

 

「あ…………」

 

ぼんやりとだが、雑誌に乗っていたテントの値段を思い出してくる。

 

「うーー思い出しただけで、目がチカチカしてくるぅぅぅ………!」

 

フラフラとする各務原さんを見ていると、ああ心もとない………

 

「だろ?値段はどうあれ、これも一端のテントだ……!」

 

と言うことで学校の中庭へ来た四人は、実際にテントを建ててみた。

 

①平らでペグが刺さる軟かい地面をさがします。

②場所を決めたら、テント本体を広げます。

③畳んであるポールを伸ばします。

 

野クルメンバーがテントを建てる様子を、暖かい図書室から見物する人が……

 

「アイツ、ここの生徒だったのか……それに野咲さんまで…………」

 

「リン〜?あの子たちが気になるの?」

 

サラサラの長髪をイジりながら別の女子生徒が聞く。

 

「いや、別に……」

 

「リン、ああいうの得意じゃん………と、出来た♪クマヘアー♪」

 

本を読む彼女の髪は見事なクマの形をしていた。

 

「おい、やめろ。」

 

場所は変わり、中庭の野クルメンバーは伸ばしたポールをテント上部のスリーブに通している……④

 

⑤ポールの端をテントの四隅にある穴に固定し、

 

「ん?あれ?………」

 

四隅の穴に固定……

 

「ハマらんぞ……ッ!!?」

 

こ、固定…………

 

「これ、長さ合ってんのかーッ!」

 

大垣さんがチカラ任せに固定しようとした。

 

「あ、大垣さんちょっとまっt……」

 

彼女を止めようとしたが、時すでに遅し………

“ボキッ!”ポールが折れた。

 

「「「ギャアァァァーーッ!」」」

 

発狂する三人。

頭を抱える俺………

 

「どうしよう!千代さん!」

 

「テント、壊れっちまったぞッ!!?」

 

「メーカーに送って修理してもらわんとなー」

 

三人が困っていると、助け舟が入った。

一人の女子生徒が応急処置の道具を持ってきたのだ。

折れてしまったポールを手早く接合する。

 

そして、再度挑戦……

 

一時はどうなるかと思ったが、980円のテントは何とか完成した。

 

「980円のテントでもちゃんとしてるんだねー」

 

「だろ?各務原。まあ、材質はそれなりだけどな……」

 

各務原さんと大垣さんはテントの中でワイワイ、一方で助け舟に入った娘は、犬山さんと話している。

 

「斉藤さん、ありがとね〜でも、良くあんな事をよ〜知っとったね〜?もしかして、ベテランキャンパーさんか?」

 

「あ、ちがうちがう……あそこにいる娘にきいたんだよー」

 

助け舟に入った娘こと斉藤さんは、室内にいた一人の生徒を指さした。

 

「あーーー!」

 

そこにいたのは、本栖湖のキャンプ場で出会ったベテランキャンパーの志摩さん……俺自身もだが、各務原さんも驚いている。

 

初日からドタバタしたが、大きな問題もなく無事に終わって安心した。

愛車のバイク、CBR600RR通称『ロクダボ』が止めてある駐輪場に向かう。

夕日に照らされたグランプリレッドの車体が、これまたカッコイイんだよな。

 

フルフェイスのヘルメットを被ろうとした時だった。

 

「あ、あの……野咲さん。」

 

不意に呼び掛けられ、声の方に振り返ってみると志摩さんが立っている。

 

「あ、志摩さん……今、帰り?」

 

「はい。私、図書委員なんで……」

 

「そうか。お疲れ様。」

 

「お、お疲れ様です……////」

 

志摩さんがペコリと頭を下げた。

 

「でも、驚いたよ。キミもここの生徒だったとは……」

 

「私もです。」

 

志摩さんは自転車、俺はヘルメットを被り、グローブを付けてから、ロクダボを押して校門まで向かう。

学校の決まりで校内では、二輪車は押して動かさないといけない。

約194Kgもある車体を校門まで押して動かすのは、少々骨が折れる。

 

「ふぅ……疲れた。」

 

「野咲さんのバイクって、カッコイイですよね。なんて車種ですか?」

 

彼女の言葉に、ちょっとテンションが上がった。

 

「志摩さん、バイク好きなの?」

 

ちょっと食い気味に聞く。

 

「好きというか、近々原付きの免許を取ろうかなって……」

 

「そうなんだ。このバイクはHONDAの“CBR600RR”通称“ロクダボ”っていうスポーツレプリカだよ。ネコ科のような流れる流線ボディーにガソリンタンクが艷やかで………」

 

饒舌に語る俺に、志摩さんがちょっと引いている。

 

「は、はぁ……それで速いんですか?」

 

「まあ、丁度いい速さかな?エンジンカチ回せるから楽しいよ。」

 

バイクに跨がり、イグニッションキーをオンにしてギアがニュートラルに入っているのを確認してから、右グリップについているセルスイッチを押した。

するとセルモーターがピストンを回してエンジンに火が入り、エンジンが力強く唸る。

 

スロットルを回せば、排気音が軽快に吹け上がった。

 

「じゃあ、志摩さんまた!気をつけてね!」

 

ちょっと、声を張る。

エンジン音やらフルフェイスやらで声がなかなか通らないのだ。

 

クラッチを切り、ギアを一速に入れる。

スロットルを吹かし、ゆっくりとギアを繋げるとバイクが前進し始めた。

 

サイドミラー越しに手を振る志摩さん……

一昨日のあの時と似ている。

さあ、安全運転でゆっくり帰ろう………

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おじさんと桜さん

今回は妹なでしこちゃんをふもっとっぱらキャンプ場におろしたあとの姉桜さんを想像しました。

※時間帯が原作とは違いますが、ご了承ください。




今日は土曜日……

俺は朝から相棒のロクダボをとある場所に走らせる。

まだまだ静かな町を抜け、富士街道を南東に進んだ。

数キロ走ると町並みも緑の多い峠道へと変わる。

甲駿橋交差点を左折し、県道190号線に入った。

 

県道190号線に入ってすぐ、左手側に鳥居が一瞬目につく。

 

「鳥居……こんな所に?」

 

気になって、Uターン。

神社の石碑には、“白鳥神社”の名が……

まあ、時間には余裕がある。

少し寄ってみよう……

ロクダボを止めると、鳥居を抜け、石階段を登る。

すると前方に厳かな雰囲気の社が見えた。

 

腕時計を見ると9時30分……

冷たく澄んだ空気を肺いっぱいに取り込み、ゆっくりと吐く。

心が洗われるようだった。

社の拝殿に手を合わせ、御神木だろう大きなクスノキをスマホの写真に押さえる。

 

「いい場所だったな。」

 

そんなことを思い、ロクダボを目的地へと進めた。

 

新内房の交差点を右折。

途中のコンビニでコーヒーブレイク、釜口橋の交差点を斜め右……静岡県道10号線をひた走る。

 

自宅のアパートを出て、寄り道をしつつ、一時間……目的地である“ネッツトヨタ スルガ・富士宮店”に到着した。

ここの店舗のディーラーには、俺の従兄妹の旦那さんが勤めている。

 

以前からディーラー側には、アポイントを取っていた。

店内に入ると、従兄妹の旦那さんが出迎える。

 

「待ってたよ。千代……」

 

「慎吾兄さんこそ久しぶり!元気にしてた?」

 

「ああ!お前こそ。妻のゆり子から聞いたぞ?今は山梨の高校で働いているんだって?」

 

「県の嘱託職員として学校用務員としてだけどね……それで、試乗車は用意してくれたのかい?」

 

「もちろんさ……!さあ、こっちだ。」

 

二人は試乗車のもとへと向かった。

置いてあったのは一台のホットハッチのスポーツコンパクトカー。

白基調のボディーにカーボン製のルーフ、赤いブレーキキャリパー、BBS製専用鍛造ホイールにミシュラン・パイロットスポーツ4Sを履く。

 

試乗のために乗り込む。

ディーラーの親戚の兄が助手席に座った。

試乗車を運転しながら、兄から車の説明を受ける。

20分ほど試乗車を乗り回し店舗へと帰ってきた。

 

「どうだった?」

 

兄からの言葉に感想を言う。

 

「良かったよ。コンパクトで比較的に軽量だからこそのこの加速と吹け上がり……素晴らしかったよ。この車、買うよ。」

 

「マジか!」

 

「ああ、早速だが契約書を準備してくれ!」

 

俺は早速用意された契約書に必要事項とサインをし、実印を押した。

ロクダボよりも高い買い物だ。

ここぞとばかりに、オプションをモリモリにしてやったぜッ!。

審査もとおり、契約が無事に済む。

 

「今日は本当にありがとうな。千代!お前のおかげで社内での俺の株もうなぎ登りだよ!」

 

「まあ、俺自身あの車は前々から気になってたし、兄さんのチカラになれて嬉しいよ。」

 

俺は慎吾兄さんと握手をしてロクダボに跨がる。

 

「納車には1ヶ月くらいかかるから、そこら辺はよろしく頼む……」

 

「分かってるよ。じゃあ……」

 

ロクダボのエンジンを掛けると、颯爽とディーラーを後にした。

 

ぐぅ~……っと、腹のムシが鳴る。

 

「腹、減ったな……」

 

信号で止まった時に腕時計を確認すると昼前。

 

「どおりで……」

 

コンビニにバイクを止めてからスマホで地図アプリを開き、ササっと検索する。

 

「富士宮市といえば、B級グルメの王道“富士宮やきそば”……近くにある店は……」

 

検索し終え、ナビゲーションを起動した。

ヘルメットにセットしているインカムから案内音声が聞こえる。

 

音声に従って、バイクを進めた。

バイクを走らせること10分……駅前にある目的のお店に到着する。

 

「けっこう、並んでいるな……」

 

遠目でも見える行列……

アプリの口コミでの評判も上々のようだ。

相棒のロクダボを駐輪場に止めて、富士宮やきそばのお店に向かう。

道の途中にある有料駐車場に目をやると見覚えのある青い車が止めてあった。

 

「まさかな………」

 

と、思いながらもお店の列の最後尾に並ぶ。

 

「「あ………」」

 

なんと俺の前にいたのは、各務原さんのお姉さんだった。

 

「ど、どうも……」

 

「奇遇……ですね………」

 

ああ、何だか空気が気まずいな………

二人は店内に案内され成り行きで、カウンター席に並んで座る。

 

「私、しぐれ焼きにおでんで……」 

 

「あいよ。」

 

「野咲さんは何にします?私、ごちそうしますよ。」

 

「えッ!!?どうして、悪いですよッ!!?」

 

「良いんですよ。この間のお礼です。」 

 

「あの時は、もうキウイを頂いたので………」

 

「改めてですよ。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……ご主人、彼女と同じモノを一つ………」

 

「あいよ。」

 

店の主人が目の前で手際よく調理する。

何だか見ていて楽しい。

 

「それで、野咲さんはどうしてコチラに……?」

 

「まあ、ちょっとした買い物で……そちらは?」

 

「私は妹の送迎ついでにドライブを……」

 

「妹さんは?どこかに降ろして来たんですか?」

 

「りんちゃんが、ふもっとっぱらキャンプ場で一人キャンプしてるって、情報を仕入れたみたいで……」

 

「えっと、なんて言ったら良いんでしょうか……本当にアグレッシブですよね?」

 

「もう、困った妹ですよ……」

 

と、彼女は言っているが満更でもない表情だ。

やっぱり妹に頼られるの嬉しいのだろう。

 

提供されたしぐれ焼きを二人して頬張る。

 

「美味しい……」

 

「ああ、美味い……こっちのおでんも優しい味だ。」

 

さすが、行列店……大満足だった。

俺的には星三つをあげたい。

二人して店を出る。

 

「あの、野咲さん?このあとは?もう帰るんですか?」

 

「いえ、まだ帰らないですよ。もう少し色んな所を回ってから帰ろうかなって思ってますけど……」

 

「じゃあ、食後の一杯はどうです?オススメの喫茶店があるんです。そこに行きませんか?」

 

「へぇー良いですね。ご一緒します。」

 

待ち合わせの場所を決めてバイクを取りに向かった。

食事して、場所変えての喫茶店……これって、ちょっとしたデートじゃないか?

 

待ち合わせ場所に行くと、すでに彼女の乗る青い“日産ラシーン”が、ハザードランプを焚いて路肩に止まっていた。

ラシーンの隣に行くと、モーター音とともに、パワーウインドウが開き、各務原(姉)さんが顔を覗かせる。

 

「すいません!お待たせしました!」

 

フェイスガードを上げて彼女に話しかける。

 

「大丈夫です。じゃあ、私のあとを着いて来てください……」

 

「了解です!」

 

彼女の車がハザードランプが消え、発進と合流を伝えるために方向指示器が点灯した。

ゆっくりと車が前進、俺もそれに続いて行く。

 

各務原さんの車に着いて行くこと、十数分……

彼女がオススメする喫茶店に着いたようだ。

車は駐車スペースに停車、各務原さんが降車している。

俺は店の駐輪スペースにロクダボを止めた。

ヘルメットを取ると、横には彼女が立っている。

 

「じゃあ、行きましょうか?」

 

「は、はい……////」

 

喫茶店の中に入ると、店内は昭和の落ち着いたノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

各務原さんは紅茶セット……俺はコーヒーを頼んだ。

注文したモノを待っている間、各務原さんからこんなことを聞かれた。

 

「あの、野咲さん……私ね?以前アナタとあったことがあるんですよ?」

 

「えっ……!!?そうなんですか?いつ?」

 

「私が今のなでしこと同じ年頃でしたね………それで、野咲さん!」  

 

彼女の眼鏡が外からの日光を反射してギラリと光る。

 

「は、はヒィ……ッ!!?」

 

おお……なんだかスゴい圧だ。

思わず変な返事を返してしまう。

 

「野咲さん、以前は陸上自衛官でしたよね?」

 

「え、ええ……確かにそうでした。」

 

「ほら、コレ……」

 

各務原さんが自分のスマホを見せた。

そこに写っていたのは、彼女の家族と記念写真を撮った自分の姿だった。

段々と思い出してきたぞ……

これは俺が二等陸曹の時にいた駐屯地であった一般開放イベントの一環だ。

 

陸上自衛隊初めての試みで一般参加型の演習……

 

この演習は、危険な戦闘地域に取り残された一般人を安全かつ迅速に離脱させるという想定だ。

抽選によって招待された一般の人は各々の自家用車に乗って、FMラジオから聞こえる戦闘状況を聞きながら、戦域の臨場感を味わってもらう。

 

もちろん敵部隊(アグレッサー)の襲撃があれば、全力で守ってみせた。

一応空砲ではあるが、車載ラジオから聞こえる音声、銃声や砲撃音、硝煙の匂いがリアルをそそる。

 

「ああ、そうか……確かに各務原さんが今乗ってる車は、あの時自分が護衛(案内)した車だ……」

 

「思い出してくれました?」

 

「ええ、思い出しましたよ。」

 

彼女との昔話はかなり盛り上がった。

お互いに談笑に花咲かせ、喫茶店を出た時には、すでに日が傾き掛けていた。

 

「あの、野咲さん。ちょっと良いですか?」

 

不意に各務原さんが俺の横に来て肩を寄せると、素早くスマホを構えてカメラでカシャっと一枚……

 

「えっ?」

 

「すいません。記念に一枚ってことで……」

 

と言って彼女はSNSを使うと、どこかにメッセージを送っている。

 

「なでしこに自慢してやろーっと。」

 

「あ、えぇ……ッ!!?」

 

年甲斐もなく、慌ててしまう。

直ぐに向こうからメッセージが帰って来た。

 

なでしこ:『どうして、お姉ちゃんと千代さんが一緒に……ッ!!?良いなぁ〜恋人同士みたいだね♡』

 

何だか凄いことが書いてある。

 

なでしこ:『私とりんちゃんは今からキャンプ鍋じゃよ〜♪』

 

「あの娘ったら……見てくださいよ。」

 

各務原さんのスマホからは晩御飯のメインだろうお鍋を囲む二人の姿が……

 

「なんか、妹さんから田舎のおばあちゃん臭がしますね……」

 

「フフ……なでしこ、おばあちゃんっ子だから……」

 

そうなのか………

そういえば、初対面の時に妹さんからも連絡先を教えて貰ったし、初めて彼女にメッセージを送ってみる。

 

「お、い、し、そ、う、な、お、な、べ、だ、ね……送信っと。」

 

ピコン………早ッ!!?

さすがコミュ力おばけの女子高生、送って直ぐに返信がきた。

 

なでしこ:『千代さんからメッセージ!嬉しいです!』

 

千代 :『今日は冷えるみたいだから風邪をひかないようにね。』

 

なでしこ:『今晩はお姉ちゃんの車で寝るから平気です!』

 

「各務原さんも車中泊をするんですかッ!!?」

 

「ええ……これから温泉いってゆっくりしてから、なでしこと合流してそのまま……」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ。私の車におふとん積んでますから……♪」

 

「そうなんですか……でも、無理してはダメですからね?」

 

「はい、心得てます。では私はこれで……」

 

「あ、はい……」

 

「今日は楽しかった。」

 

「自分もです。」

 

「あ、そうだ。連絡先を交換しましょう。」

 

彼女はスマホを差し出す。

慌てて俺もスマホを出し、お互いの連絡先を交換した。

 

「じゃあ、私はこれで……」

 

「あ、はい……また。」

 

彼女は手を振り、俺に背を向けて去っていく。

その姿を見届けた。

 

「さあ、帰ろう………」

 

と、駐輪場で待つ相棒にもとへ向かおうとした時だった。

 

「野咲さーん!」

 

背中から自分の名前を呼ぶ声が……振り向くと彼女が離れた場所から少し大きな声で言う。

 

「桜ですー!」

 

「えっ!」

 

「私の名前ーッ!“各務原 桜”でーす!次に会った時には!私のこと名前で呼んでも構いませんよー!」

 

そんなことを言って彼女は自身の車に帰っていった………妹さんとは性格が違って、クールなんだけど凄いバイタリティーを持った人だったな。

 

次回に続く。




夜が明けて、日曜日朝の6時……
桜さんと彼女の妹が気になってメッセージを送ってみた。

「大丈夫ですか?」

たいした時間も経たないうちに返信がきた。

「大丈夫、二人とも生きてます。」

桜さんの冗談めいたメッセージに安心した。
さて、今日は何をしようか……

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

ご意見、ご感想をお待ちしております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道具を集めるところからがキャンプです。

テキトーに書いていきます。


また、新しい一週間が始まる。

設備管理のため学校内を動き回った。

その日の放課後……

 

「ち~よさん♪」

 

廊下を歩いていると声をかけられる。

この学校に来てから、俺はどこぞのゆるキャラの如く名前で呼ばれるようになった。

生徒だけではない。先生や同僚からもだ。

振り返ると女の子が……

 

「あ、キミはこの間の………」

 

「斉藤です。斉藤 恵那……♪」

 

「それで斉藤さん?何かあったのかい?」

 

「あ、別に……たいしたことはないんですけどね。聞きましたよ〜?一昨日の土曜日、なでしこちゃんのお姉さんとデートしたんですよね?」

 

いきなりの事にビックリした。

誰から聞いたッ!!?

知っているのは二人だけのはずだ!

ええい!まだだ、まだ終わらんよ!

と、とにかくこの場は誤魔化せなければ!

 

「エ、エット……ナンノコトカナーーー?」

 

なぜかカタコト……

 

「フフ……誤魔化すの下手くそですよね♪」

 

斉藤さんはケラケラと笑っている。

 

「誰から聞いたのかな?」

 

「りんからです……♪」

 

斉藤さんが嬉しそうにネタをばらした。

 

「よもやよもや……流出もとはそっちだったか。」

 

「それでどうでした?なでしこちゃんのお姉さん?」

 

「ど、どうも何も……お、俺は、あ、えっと…………」

 

何故か、しどろもどろになってしまう。

 

「あ、照れてるー♪」

 

「コラ。大人をからかってはいけません!」

 

「は~い、ごめんなさ〜い♪」

 

と彼女は言っているが、本当に反省しているのか?

 

「まあ〜今度、ゆっくり教えてくださいね〜♪」

 

「な、なんでだよッ!!?」

 

思わず、ツッコミを入れてしまった。

 

「フフ♪やっぱり、千代さんはかわいいなぁ~じゃあ〜千代さん、さよなら〜♪」

 

ブレないマイペース女子は、俺をこれでもかとからかうと満足したのか、ホッコリする笑顔で手をヒラヒラと振り、足取り軽やかに帰って言った。

 

「あ、さようなら……」

 

その様子をぼう然と見送る。

からかい上手の斉藤さんね……

 

この時間帯は図書室に志摩さんがいるはずだ。

ちょっと、行ってみよう。

 

「千代さん!やっと見つけたぁー!」

 

体操服姿の大垣さんと犬山さん、各務原さんだ。

三人は自分の両脇をガッチリとホールドする。

 

「ちょ、ちょっと……!!?いったい、何をッ!!?」

 

「千代さん!今からは野クルの時間ですよ!」

 

「さあ!行きますよー!」

 

「行くって、どこッ!!?」

 

「野クルのホームグランド、外ですよ〜」

 

三人に半ば強引、俺は引きずられるように校庭へ連れて行かれた。

野クルの三人は校庭の片隅で焚き火を始めた。

 

「それじゃ!お前ら、よーく聞けぇ!野クルも人員が3人になって、相談役に千代さんも入ったことだし……」

 

えぇッ!!?相談役ぅッ!!?

初耳、青天の霹靂だ。

 

「ちょ、ちょ……ッ!!?いつから、そうなってるんだッ!!?」

 

「え?この間、ダメもとで教頭先生に相談しにいったら、相談役としてならOK!って二つ返事で言ってくれましたぜ!ダンナ……ッ!」

 

サムズアップ。してやったりの、大垣さん……

教頭ォォォーッ!渾身の叫びが山梨県にこだました……ような気がした。

 

「というわけで改めて!野クルも本格的に“冬キャンプ”の準備を始めていくぞ!」

 

「おす!」

 

「オス!」

 

「お、おす……」

 

ああ〜せっかくの休みが大好きなロンツーが潰されてしまう……

 

「千代さん…………千代さん!」

 

「あ、はい。」

 

「聞いてるんッスか?」

 

「すまない。考え事をしていた……」

 

「しっかりしてくださいよ。これからが大事なんですからねッ?」

 

「すいません……」

 

思わず謝ってしまった。

一応だけど、俺って巻き込まれたんだよな?

被害者ってことでいいんだよな?

 

「では!……」

 

部長の大垣さんが話すよりも早く、各務原さんが手を上げた。

 

「はい!ぶちょう!」

 

「なんだー?各務原隊員ッ?」

 

「いつキャンプやるんですかッ!!?」

 

「これから、決めていくぞー!」

 

「ぶちょう!どこでキャンプやるんですかッ!!?」

 

「それもおいおい決めていくぞー!おちつけー!」

 

各務原さん、ワクワクが止まらないのだろう……まるで、小学生のようだ。

 

「ぶちょう!おやつはいku…………」

 

「オマエ、ちょっと黙ってろや~ッ!」

 

ほら〜怒られた。

次はキャンプの際に使う道具の確認を始める。

 

「じゃーまずは持ってく物。私がメモるから、上げてってなぁー」

 

「「おおー!」」

 

「テントと寝袋。」

 

「着替えと歯みがきセット!」

 

「ランタンと懐中電灯。」

 

「マンガとお菓子!」

 

「ハンモックとウクレレ。」

 

「わんことフレスビー!」

 

なんか余計なモノが増えだしたか……?

 

「プレステ5とニンテンドーSwitch。」

 

「ジョイスティックにコントローラー!」

 

大垣さんと各務原さんのボケが止まらない。

野クルはコント集団なのか?そう錯覚してしまう。

 

「もう、二人とも……別に持ってくる物は自由やけどさぁ……」

 

野クル唯一の常識人の犬山さん。

二人の暴走をいとも簡単に止めてみせた。

 

「こんなモンやね……テントにシュラフ、着替え、洗面用具…………」

 

犬山さんが、本当に必要な物をリストアップしている。

 

「結構あるねーでも、アオイちゃん?プレステ5は?ニンテンドーSwitchは?」

 

「そんなモノは必要ありません!」

 

「Ouch……ッ!!?」

 

軽くだが、ビシッとツッコミを入れてあげました。

 

「テントは980円の激安テントがあるから良し。」

 

犬山さんはリストにチェックを付ける。

 

「えーっと、カセットコンロは………」

 

「はい!ウチにあるよ!りんちゃんとキャンプで使った信頼と実績がありまーす!」

 

「これもOKー」

 

「ランタンは防災用のがウチにあったな。LEDのヤツが……」

 

「じゃあ、これも大丈夫。」

 

「千代さん。アウトドアのプロとして他には何かないのかな?」

 

各務原さんがコチラへと話題を振られた。

アウトドアのプロって…… また大げさな……

確かに前の仕事は、ほとんど外だし?それに俺の専門はアウトドアっていうか生存自活(サバイバル)なんだよなぁ……まあ、良いか。

 

「自分としては、テントとか持って行かなかったな。」

 

「えっ……?」

 

三人の頭にはてなマークが浮かんでいる。

 

「以前は基本野宿だったし……」

 

「千代さん!千代さんは手ぶらでキャンプするんッスか……ッ!!?」

 

「いやいや、ちゃんと持って行くよ?あの時は一回の想定で最大40キロぐらいの荷物を持ってたりしてたね……」

 

「40キロって、テント持って行かずに、何持っていくんですか?」

 

「えーっと、ナイフに剪定鋏、鉈と折りたたみ式のスコップでしょ。ターボライター、予備にファイヤースターター、あと着替えと二日分の食品飲料……」

 

出るわ出るわ……

まあ、前職はお散歩程度から5夜6日とまちまちだったからな。

 

「あとー」

 

「まだあるんですか……?」

 

「もちろん……」

 

「もう、お腹いっぱいですわ~」

 

「そうかい?」

 

「千代さんって、前はどんな仕事をしていたの?」

 

「あれ?各務原さんは覚えてないのかい?」

 

「ふぇ……?」

 

「キミのお姉さんは知ってたよ……?」

 

そう言って、俺は上着のポケットからスマホを出し、とある写真を三人に見せて上げた。

 

「これは?」

 

「あ、コレ……なでしこちゃんか?かわええなぁ~」

 

それは先日、桜さんから貰った若かりし頃の俺と各務原家が一緒に写ったモノ……

 

「あー!思い出したー!コレ、千代さんだー!」

 

「「ナニぃぃーーッ!!?」」

 

「この人、千代さんかッ?」

 

「千代さん、若ーい!」

 

若ーい!って、俺はまだ34歳だぞ?

キミたちの目には、俺はおじさんに見えるのか?

 

「ひぇ~千代さんって、自衛官だったんですね……」

 

「ほら、兎にも角にも他に持って行く道具を決めないと……」

 

「そうですね。千代さんの思い出話はまた今度聞いて良いですか?」

 

「別に良いよ。」

 

「それであと持って行くのは、焚き火セットだね。」

 

「火ばさみと着火剤と軍手とライターとかやね。」

 

「そういえば、100均って炭とか焼肉の網まで売っとるらしいな〜」

 

「マジかッ!!?スゲーな100均パワー。何でも置いてあって便利だよなぁ~」

 

「うん、便利べんり〜」

 

俺たちは淹れたてのコーヒーを啜る。

 

「あ、でも、この辺一軒もないけどな……100均の店。」

 

「えーッ!!?そうなのッ!!?」

 

「車でも20分はかかるな〜」

 

一瞬、間が開いたかと思うと、俺に注目が集まった。

なるほど、100均の店まで車を出せと言いたいのか。

でも、残念!今の俺にはロクダボしか無い!

それにこの間契約した新車は、納車に一ヶ月近く掛るのだ!

 

「悪いが、今はバイクしか持っていないんだ。」

 

「そっかー 残念……」

 

「あ、でも、来月になれば納車されるから…… それまで待っててね。」 

 

「………………何ィィィーーッ!!?」

 

「アキ!鼻血!鼻血!」

 

「はわわ……ッ!!?アキちゃん!ティッシュ!」

 

うわー大惨事だなこりゃ……

大垣さんの鼻血も落ち着き、焚き火セットを片付けた俺と野クルの三人は部室へ戻り、雑誌を見出す。

どうやら、冬用シュラフが欲しいらしい。

 

「ねぇ、アキちゃん……冬キャンプで夏用のシュラフを使うとどうなるの?」

 

「間違いなく“低体温症”になるな……」

 

「最悪死ぬで……」

 

各務原さんは“死”というフレーズに怯えている。

 

「まあ〜怯えんとなでしこちゃん、キャンプの本読むかぁ?シュラフ特集のヤツやで〜?」

 

「よむーーーっ!」

 

パァーっと、明るくなる各務原さん……

全く持って忙しい子だ。

 

「千代さんが自衛隊の時は冬はどうやって偲んでいたんッスか?」

 

「自分は陸上自衛隊では普通科に所属にしていて……」

 

「普通科?」

 

「分かりやすく云うと歩兵だね。自動小銃とか対戦車用の個人携帯火器で武装してる…… その中でもけっこうツライ、レンジャーの資格を自分は持っているよ。冬の山中でも敵陣近くでは野宿してた。」

 

「まあ、そのために苛烈とも言える訓練に耐えたからね。寒さなんてへっちゃらだよ。」

 

「やっぱり、千代さんは普通じゃないから参考にならないですわ。」

 

あれ?俺って全否定されてる?

俺以上に化け物地味た隊員とかいたんだけどなぁー

“特殊作戦群”とか……

 

「ねえねえ!見て見て!みんな!人型シュラフだって!これならクマが来ても逃げれるし、良いよね!」

 

「甘いぞー!各務原隊員。」

 

「熊の走る速さは自動車並み……走れようが走れまいが、一瞬で捕まるぞ!」

 

さっきまでほのぼのしていた各務原さんが再び強わってきた。

 

「良く知ってるじゃないか、大垣さん……それに熊は狩りが下手くそだからね。捕まえた獲物にトドメを刺さずに踊り食いされちゃうよ。」

 

「ひぇ~」

 

ガタガタと震える。

ちょっと、怖がらせたかな?

それはそうと、俺もそろそろ仕事に戻ろう。

もう少しやりたいことがあったし………

 

「あ、えーっと、部長の大垣さん……?」

 

「何でしょうか?千代さん……」

 

「そろそろ自分の仕事に戻ろうかと……」

 

「えぇーさびしいよー」

 

各務原さんがシュンっとしている。

彼女のそんな表情を見るとなんだか……うん……

 

「しかたないやろ?なでしこちゃん……」

 

「そうだぞー!千代さんにも本業があるんだ。」

 

大垣さんと犬山さんが、落ち込む各務原さんを慰めている。

 

「各務原さん本当に申し訳ない……今度、自分のバイクの後ろに乗っけてあげるから。だから、ねッ!!?」

 

落ち込む彼女を元気づけようと、ついつい適当なことを言ってしまった。

 

「ほんとーーッ!?」

 

各務原さんのキラキラとした視線がスゴい。

 

「あ、ああ……約束だ。」

 

「じゃあ!ゆびきりげんまーん♪ウソついたーら、はりせんぼんのーます♪ゆびきった!」

 

懐かしいな……

こんなことしたのは何時ぶりだったか……

 

「じゃあ、自分はこれで……」

 

「また明日もよろしくおねがいします!」

 

「「お疲れさまでーす。」」

 

三人に見送られ、野クルの部室をあとにする。

明日もか……

最初の出会いと強引な相談役の就任に関しては、本当に面倒くさく思っていたが、相談役になったからには元自衛官として責任を持って勤めさせてもらおう。

 

その日の夕方……

事務室での帰り仕度を終えて、相棒ロクダボのもとへと向かおうと廊下に出たときだった。

 

「あ、千代さん……」と声を掛けられる。

 

声をかけたのは、志摩さんだった。

 

「お疲れさまです。」

 

「志摩さん……お疲れさまです。今、帰り?」

 

「はい……千代さんもですか?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「今日もなでしこたちといましたけど……」

 

「ああ、彼女たちのサークルに引っ張られてた。」

 

「大変ですね?」

 

「大変どころか、なんか臨時の顧問みたいな立場になっちゃって……」

 

「うわーー。」

 

おぉ、志摩さんがドン引きしてるー。

 

「まあ、なんと言うか……頑張ってください。」

 

彼女から応援された。

そんなことを二人で話しながら廊下を歩いていると、ほぼ同時に二人のスマホの着信音が鳴った。

 

「誰からだ?」

 

「なでしこからですね……」

 

スマホを見てみたら、確かに各務原さんからだった。

メッセージアプリを開くと、大垣さんがキレイに梱包されている画像が……

 

なでしこ:『お届け物でーーす!』

 

「…………何やってんだ?」「アイツら……」

 

次回に続く。




これは図書室でのとある一場面……
私は図書委員として本の貸し出しの仕事をしつつ、自分も読書している。

「一昨日は色々あったな……」

スマホを取り出して撮りためた画像を見返してみる。

「フ……なでしこが押しかけて来たときには、面倒くさいと思っていたけど、なんだかんだ楽しかった。」

彼女との思い出に、ちょっと笑みがこぼれてしまった。

「千代さん、なでしこのお姉さんと仲良さそう………」

なでしこから送られた写真データの中に、それは混じっていた。
たまたまその画像を見ていた時だった。

「ねぇ、リン……その千代さんと一緒に写っている美人なお姉さんって誰?」

ビックリしたー
友達の斉藤だった。

「あ、えっ?えっと………」

「ねぇー?誰?」

「なでしこのお姉さん……」

「そうなの?ふーん……」

あ、コイツまた良からぬこと考えてんな……
このからかい上手め……

「それでなでしこちゃんとのキャンプ、どうだった?」

「おめぇの、差し金だろ……とっくに目星は付いてっぞ。」

「あ〜あ、バレたか。」

「バレバレだ。」

「でもさ、リンってこの時期しかキャンプしかしないよね?」

「まあーそうだけど……」

「冬キャンプの何が良いの?めっちゃ寒いじゃん。修業?」

「何のだよ………」

んーー考えつくことを彼女に教えてやった。

「私も食べてみたかったな〜なでしこ飯。この時期の鍋パワーはたまりませんわ……」

「だけど、アイツがほとんど食べてたけどな……」

「今度、私もちくわ連れて行ってみようかな?冬キャンプ……でも、寒いかー」

「そう言ってる内は無理だぞ……」

「ねぇ……次はどこに行くの?」

斉藤がそんなことを聞いてきた。
また、情報をなでしこにリークするんじゃないかと思い、ジト目になってしまう。

「あーもう言わないから許して〜!」

本当か?本当に信じて良いんだな?

「次は再来週だな。長野に行ってみようかと思う。今週は原付き免許取ったりバイトだったりと、色々ハードだけど頑張るよ。」

「そっか〜頑張ってね♪」

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

走行会、IN 鈴鹿サーキット 〜出発〜

勝手に書いていきます。


とある日、昼休憩中……

 

「へえー リンちゃん、長野に行くのかー」

 

俺は昼食の惣菜パンと愛飲しているコーヒー牛乳を片手に、野クルメンバーと部室で話しをしていた。

三人の話を聞くに志摩さんは、無事に原動機付き自転車の免許を取得できたようだ。

 

今度の休みを利用して、志摩さんは長野の諏訪湖方面でキャンプするという。

片道約150キロ、五時間に及ぶロングツーリングか……

 

『無事に帰って来るんだぞ。志摩さん……』と心の中で思った。

 

「それで決まったのかい?キャンプする場所は……?」

 

「はい。甲府市にある笛吹公園付近のキャンプ場に行ってきます!」

 

大垣さんが俺に対して、ビシッと敬礼ポーズを取っている。

 

「お、おお……」

 

「今回は三連休だし土日を使って、ゆっくり行ってきますわ〜」

 

「そうか…… 達者でな。」

 

「もう千代さ〜ん、今生の別れじゃないんですから〜」

 

犬山さんからゆる~くツッコまれた。

 

「ねぇ、アキちゃん?今生の別れって、な~に?」

 

「それはだな、なでしこ…… この世ではもう二度と会えないだろうって、お別れの言葉だ。」

 

「えーッ!ってことは私たち、今度のキャンプが野クル最初で最後にィーッ!」

 

「んなわけあるかい!」

 

ビシッ!

 

「グヘ……ッ!!?うーアキちゃん、ヒドいよー」

 

「千代さんも!変なこと言わないでくださいよね!」

 

俺まで大垣さんに怒られる。

えー勝手に飛躍させたのは、そっちなのに……

 

「それで、千代さんは今週末はどうするんですか?」

 

自身の頭をさすりながら、各務原さんが俺の休みの予定を聞いて来た。

 

「別にこれといって予定は………」

 

と言いかけた時だった。

俺のスマホから着信音が鳴る。

 

「ちょっと悪いね………」

 

スマホに出るために部室の外に出た。

電話の相手は、元同僚で同じ分隊所属の友人……

内容としては、今週末に三重県鈴鹿市のサーキットで走行会があるから一緒に走らないか?っと言うお誘いだった。

 

願ってもない。年端もなくテンションが上がる。

今週末は完全にフリーで暇だった。

嬉しさから食い気味に返事をして、通話を終わらせて部室に戻る。

 

「ゴメンね。」

 

「千代さん、何か良いことがあったの?」

 

「え?あ…… 分かる?」

 

「ええ、バレバレですよ〜」

 

「千代さんって、普段とは違って嬉しいことがあると、けっこう顔に出るタイプなんですね?」

 

そうだったのか、知らなかった……

 

「今週末、三重県に行って来ようと思う……」

 

「そんな遠くに?」

 

「別に高速道路とか使えば三時間ちょっとで行けるし……」

 

「それで、三重県まで何しに行くんですか〜?」

 

「昔の友人に誘われてね…… 三重県にある鈴鹿サーキットを一緒に走らないか?って……」

 

「走らせるのって……千代さんのバイク?」

 

「ああ!愛車のロクダボ……夢の全開走行ができる!」

 

この時は何時ぞやの各務原さんのように、目をキラキラさせていた。

 

「そうと決まれば、準備をしないとな!じゃあ、三人とも気をつけてキャンプに行ってきなよ!」

 

俺は足取り軽く部室をあとにした。

 

「行っちまったな……」

 

「行っちゃったね……」

 

「テンション爆上がりやったな……」

 

「爆上がりだったね……」

 

昼休みの終わる予鈴が鳴っている

それをBGMに残された三人はあ然としていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の放課後、俺は図書室の片隅で切れた蛍光灯を交換しようと脚立に登っていた。

ああ、週末が待ち遠しいぜ。

 

「……代さん?」

 

「……代さん、千代さん!」

 

「うわッ!!?」

 

まったく気づかなかった……

脚立に乗る俺を志摩さんと斉藤さんが、下から見上げている。

 

「なんか、いつも以上にご機嫌ですね♪」

 

「鼻歌まで……何かあったんですか……?」

 

「鼻歌……?」

 

「え?無意識レベル?」

 

あー恥ずかしい!

志摩さんはともかく、よりによってからかい上手の斉藤さんにも見られるなんて……

 

「俺、もうお嫁に行けない……!」

 

あまりの恥ずかしさに、思わず両手で顔を覆う。

 

「フフフ…… おもしろーい♪」

 

「もー 何言ってるですか…… それで?どうしてそんなにテンションが上がってるんですか?はい、蛍光灯……」

 

気を利かせてくれたのか、志摩さんが新しい蛍光灯を手渡してくれた。

 

「ありがとう、志摩さん……」

 

「あ、古いのは私が……」

 

取り外した古い蛍光灯は、斉藤さんが受け取る。

 

「斉藤さんも、すまないね。」

 

「いえいえ〜♪」

 

斉藤さんがニッコリと微笑んだ。

 

「それで千代さん、何かあったんですか?」

 

「あ、えっと…… 今週末、友人にバイクの走行会に誘われてね。三重県の鈴鹿サーキットに行くんだよ。」

 

「遠くないですか?」

 

心配してくれる斉藤さん、優しいな〜

 

「まあ遠いけど、高速使えば三時間ちょっとだし…… 余裕を持って早めに行けば大丈夫でしょ。」

 

「あと〜リンも今度の休みは、長野にキャンプしに行くんですよ♪」

 

「それ野クルでも話題に上がってたよ。」

 

「えッ?アイツらには秘密にしていたのに……斉藤、キサマ……私の重要機密をしゃべったな……?」

 

志摩さんは、ジト目で斉藤さんを見る。

 

「シャベッテナイヨ----ッ!!?」

 

あ、斉藤さんの目が泳いだ。

あの表情は犬山さんがホラを吹くときの顔と一緒だ。

 

「斉藤〜ッ?」

 

志摩さんが斉藤さんの襟首を掴みブンブンと振る。

ああ〜揺さぶられ過ぎて、斉藤さんの残像が見えるぞ。

 

「はわわッ!!? ゴメンってリン〜!つい口が滑っちゃって!!?」

 

あ~あ、いつもクールな志摩さんが今回はえらい荒ぶっとるな。

どれどれ…… 俺は脚立を降り、素早く志摩さんの後ろにサッと回り込み、彼女をヒョイっと持ち上げた。

 

「うわッ!!? ち、千代さんッ!!? いったい何をッ!!? おろせ!おろせぇーッ!」

 

俺に抱え上げられながらも、志摩さんは必死に抵抗している。なんだか、親戚の女の子みたいでカワイイ……

 

「私は子どもじゃない!ぞーッ!」

 

「どうどう…… もうそのくらいにしてあげなさい。斉藤さんも目を回しているし……ね?」

 

ようやく落ち着いた志摩さん……

ぐるぐると斉藤さんはいまだ目を回している。

 

「落ち着いた?」

 

「はい、私としたことが少々取り乱してしまいました。すいません。でも、千代さん?もう私を子ども扱いはやめてください。」

 

「自分から見たらまだ子どmo……」

 

「むぅ……ッ?」

 

「ゴメンナサイ……」

 

「よろしい。」

 

「志摩さん。そう言えば、原付き免許取ったんだってね?おめでとう。」

 

「あ、ありがとうございます。だから、今度は長野の諏訪湖方面目指して走ってみようかと……」

 

「楽しみでしょ〜?」

 

「はい……不安もありますが、ワクワクしてます。」

 

「遠出はもちろん危険もあるけど、それ以上にいい経験になるから、しっかり楽しんで来なさい。」

 

何気なくだったが、志摩さんの頭を優しく撫でる。

 

「はい……////行ってきます。じゃあ……」

 

志摩さんはペコリと頭をさげると、トトトッと去って行った。

 

「リンったら、乙女になってる……♪」

 

いつの間にか復活した斉藤さんがポツリとひとこと。

 

「なんか言った?」

 

「別にぃ〜♪」

 

俺の顔を見て、斉藤さんはニヤニヤしている。

なんか気になるな………

 

「私もそろそろ帰りますね?」

 

「ああ……気をつけて。」

 

帰ると言いながら、斉藤さんはいまだにその場に立っている。

 

「………………帰るんじゃないの?」

 

「もぉ〜!千代さんは分かってないなー!」

 

斉藤さんは、おモチのようにぷくぅーッと頬を膨らませていた。

 

「リンには頭なでなでして上げたのに、私にはしてくれないんですね?」

 

「え?なでなで……ッ?」

 

「えぇーッ!!?何となくで、あんなこと出来るなんて……」

 

斉藤さん、頭を撫でて欲しいのか……やれやれ……

 

「これでいいかい?」

 

ポンポンと優しく彼女の頭を撫でてやった。

 

「気をつけて、帰るんだよ。」

 

「う〜ん……なんか違うけど、まあ今回はコレで良いです♪じゃあ、さよなら〜♪」

 

相変わらずのマイペースだったな、彼女……

俺も今日の仕事はこれで終わりだ。

帰ろう………

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

待ちに待った、休みがきた!

出発時間は朝の9時を予定していたが、まだ早朝の4時かなり早く起きてしまった。

遠足行く前の子どもか!

だけど、早起きしたおかげで準備の再確認はできた。

 

今回、俺のロクダボはロンツー仕様にしてある。

宿泊セットやライディングスーツなどの基本装備は、前日からサイドパニアケースやらリアボックスに入れておいた。

 

そして、お気に入りのクシタニのファッションに身を包み、クシタニおじ……いや、お兄さんに変身だ。

貴重品を入れた肩掛けバックを襷掛けにしてアパートを出る。

 

「戸締まり確認……オッケー」

 

玄関ドアの施錠を済ませ、サイドパニアケースを両手に持ち、相棒ロクダボのもとへ向かった。

相棒は出発の時を今か今かと待ちわびている。

 

両手のサイドパニアケースのそれぞれを相棒に積載し、安全確認をした。

 

「大丈夫そうだな。行こうか、相棒……」

 

\マカセトケ……ッ!!!!/

 

相棒にイグニッションキーを刺し込み、右に回すと電源が入る。

ギアがニュートラルに入っているのを確認して、赤いスタータースイッチを押すとセルが回り、スパークした火花が内燃機関の燃料に点火、599ccの水冷4スト並列4気筒DOHCエンジンが始動した。

一本出し昆布出汁のセンターアップマフラーから落ち着いたハスキーな排気音が響き、エンジンは静かだが力強く鼓動している。

 

「さてと出発だ。」

 

\オウヨ……ッ!/

 

ギアを一速に入れ、スタンドを軽く蹴り上げると、アクセルを吹かしながらクラッチを徐々に離していく。

 

進み出す車体に合わせてクラッチを完全に離した。

 

エンジンの回転がタイヤに伝わり、ゆっくりと車体を加速させていく。

 

これから相棒は、サーキットでよりスパルタンな走りをする獣に変貌する。

果たして俺は見事コイツを操れるのか……

不安と期待が入り混じった気持ちで、鈴鹿サーキットを目指すのだった。

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

走行会、IN 鈴鹿サーキット 〜道半ば〜

グダグダ書いていきます。


朝日に照らされたグランプリレッドの車体が、一陣の風をまとい、颯爽と南部町を駆け抜ける。

音声案内に従い、走らせること10分もしないうちに予定の高速入口、富沢ICまでやって来た。

 

高速入口のすぐ近くに、某有名コンビニの青い看板が見える。

 

「少し寄ってコーヒー牛乳を補充して行くか……」

 

俺はコーヒー牛乳が大好きだ。

どんなに寒かろうが、コーヒー牛乳だけは絶対にキンキンに冷えたモノを飲む。

 

お腹ピーピーになるだって?

んなもん、知ったことじゃない。

むしろ晩秋から冬場にかけては、それになるまでがデフォなのだ!

 

コンビニに立ち寄り、コーヒー牛乳(税込み96円)のパックを買い、相棒を眺めながらストローでパックの中身をチューチューと吸い上げる。

 

「はぁ……美味い。」

 

冷たいコーヒー牛乳が五臓六腑に沁み渡る……至福だ。

スマホを弄っていると、俺のSNSに志摩さんからメッセージが入ってきた。

 

リン:『千代さん、おはようございます。』

 

彼女も小休止しているのかなと推察してみる。

 

千代:『おはよう、志摩さん』

 

千代:『志摩さんはもう出発したのかい?』

 

リン:『はい。日が登る前に出発して今は茅野市を目指して爆走中です。』

 

爆走中………女子校生の表現は独特だ。

 

千代:『道中気をつけてね。』

 

リン:『ありがとうございます。では、また後で……』

 

俺は彼女とのメッセージを数回やり取りした。

そういえば、野クルの子達にもメッセージを送っとこうか……

 

千代:『おはよう。自分は先に鈴鹿に向かいます。今から高速に乗るね。』

 

こんなもんか?……SNSのグループ機能で野クルのメンバーにメッセージを送った。

スマホの地図アプリを再起動させて、ホルダーにセットすると相棒に跨がりヘルメットを被る。

グローブをつけて、相棒のエンジンを掛けた。

 

「さあ、相棒いよいよ高速に乗るぞ……」

 

\アンゼンウンテンナ……ッ!/

 

ロクダボのエンジンが景気良く鼓動する。

モードを自分の乗り癖に合わせた設定2に変えた。

マフラーから聞こえるどノーマルよりも過激な排気音にテンションが上がる。

 

コンビニを後にした俺は、富沢ICから静岡方面の表示 に従い中部横断自動車道に乗った。

 

ロクダボを加速させるために、一度ギアを一段階落としてスロットルを開ける。

俺の操作に相棒は、元気いっぱいに応えてくれた。

前もって整備しといて良かったよ……

 

中部横断自動車道を20キロほど進むと、新東名高速道路と合流する新清水ジャンクションに差し掛かる。

 

ヘルメットにセッティングしたインカムから聞こえる音声案内と、道路表示や標識に従い、新東名高速道路を名古屋方面に向かった。

 

新東名高速道路を走ること1時間……

俺の腹がグルグルしてきた。

 

「キタキタ……この感じはッ!!?」

 

どうやら、高速に乗る前に飲んだコーヒー牛乳が効いてきたようだ。

 

「ト、トイレ…………ッ!」

 

サービスエリアまであと2キロ……

標識にそう書かれている。

ヨッシャー!頑張れ!相棒!ガンバレ!俺!

脳内再生で“天国と地獄”が流れている。

 

サービスエリアへ続く分岐へと入った。

敷地内は他の車や人の往来に気をつけて駐輪スペースに向かう。

 

「サイドスタンドを立てて………」

 

早くトイレに行きたくて、モジモジと体をくねらせている。

端から見ると明らかに変人だろう。

しかし、そんなの関係ねぇッ!いざ!トイレへ! 

 

「ダッーー!シュッ!」

 

十数分、俺はトイレに籠もっていた。

 

「極楽、極楽……♪♪」

 

体が軽くなった。

手洗いを済ませ、ハンドタオルで手を拭きながら、少しサービスエリア内を歩いてみる。

一人旅だし寄り道をしても誰も文句は言いまい。

 

「9時過ぎか……朝食食ってねぇし、何か腹に入れとくか………」

 

俺は売店に隣接するフードコートに向かう。

ラーメンにうどん、カレー、ご当地グルメと数多くのメニューに目移りする。

 

「朝だしあっさりしたうどんにしよう。」

 

俺は肉うどんを注文し、できるまでの間、イートインスペースの一角に陣取り、スマホを確認した。

 

「お、野クルからメッセージが来てる。」

 

千晶:『おはようございます。今、どこを走っていますか?』

 

千代:『今、新東名高速のサービスエリアに立ち寄って、これから朝食だよ。』

 

返信中に注文していた料理ができたようで預かっていた呼び出しブザーがなる。

 

千代:『肉うどんナウ……』

 

受け取った肉うどんを受け取って席に座り、スマホで料理を撮りSNSにアップした。

 

なでしこ:『ムホーーッ!美味しそう!』

 

いち早く各務原さんから返信がくる。

食いしん坊め。

提供された肉うどんを啜りながら、三人からのメッセージに返していく。

 

イヌ子:『私は今、甲府駅行きの電車の中です〜』

 

アキ:『私は電車待ちだ。』

 

なでしこ:『私もー!』

 

アキ:『もしかしたら、三人おんなじ電車かもしれないな!』

 

千代:『野クル初のキャンプ、三人とも思う存分楽しんで来てね。』

 

三人からそれぞれメッセージが『はーい』と帰ってきた。

志摩さんはどうだろう。

早速メッセージを送ってみた。

ブーブー、直ぐに着信がくる。

 

リン:『朝食なう……』

 

彼女も朝ごはん中だった。

志摩さんとメッセージをしていると、電話の着信が鳴る。

登録されてない番号……

ちょっと不安だが、意を決して電話に出てみた。

 

「もしもし………」

 

『もしもし〜斉藤でーす♪』

 

相手は斉藤さんからだった。

彼女には電話番号を教えてなかったけど、志摩さんとかが教えたのかな?

 

『千代さん、今どこにいるですかー?』

 

「今は新東名高速のサービスエリアで休憩中だよ。」

 

『リンも今休憩してるみたいですよ。』

 

「あぁ……ついさっきSNSで連絡とりあってたよ。それでキミは今起きたのかい?」

 

『いえ、今から寝るんです〜』

 

斉藤さん、とことん怠けてるな〜

 

「そうだ。斉藤さんはお土産、何がいい?」

 

『私に?良いんですか?』

 

「ああ、もちろん。」

 

斉藤さんと話しをして電話を切った。

さて旅を続けるか……

待っている相棒のもとへ戻る。

駐輪スペースまで戻って来ると他のバイカーたちが各々談笑していた。

背格好的に若い……女子高生か?

 

「こんにちはー」

 

おっとりした女の子だ。

 

「あ、こんにちは……」

 

「このバイクはおじさんのですか〜?」

 

おじさん……

やっぱり若い子からしたら、俺はおじさんなんだな。

ショック……

 

「え、えぇ……まあ……」

 

女の子の質問に答える。

 

「おい羽音。何してんだ……よッ!!?」

 

初めに声を掛けてきた女の子の連れが、その子を呼びに来た。

連れの女の子は俺のバイクに釘付けになっている。

 

「スッゲー!新型のCBR600RR!カッケー!」

 

連れのクセっ毛の強い女の子のテンションが高い。

 

「恩紗ちゃん、このバイク凄いの?」

 

「おい!羽音!お前のバイクと同じHONDA製だぞッ!!?」

 

「ホントだー!」

 

「キミたちは高校生?」

 

おっとりした女の子に聞いてみた。

 

「そーだよ。私たちこれから……これから〜?どこにいくんだっけ?恩紗ちゃん?」

 

クセっ毛の女の子と俺は、ノリでズッコケてしまう。

 

「あのなー今、私たちは鈴鹿サーキットに向かってるんだぞ!忘れたのか?」

 

「そうだったー!」

 

大丈夫か?この娘……ちょっと残念に見えてきた。

って、この娘たちも俺と目指す場所は一緒なんだな。

 

「奇遇だね。自分も今、鈴鹿サーキットに向かっている途中なんだよ。」

 

「そーなんッスか!!?」

 

「おじさんも走行会で走るの?」

 

「まあね……友人に誘われて、600ccのミドルクラスの部で走るよ。」

 

そう言って俺は、相棒のガソリンタンクをポンポンと叩く。

 

「私たちは400ccのライトクラスで走るんだよ♪」

 

おっとりした女の子とクセっ毛の娘と話していると別の連れの娘がきた。

ピンク色のライダースーツを着たツインテールの女の子だ。

 

「ねえ!モジャ?羽音ー?なにやってんのよッ?」

 

「あ、凜ちゃん!あのね?このおじさんも明日の走行会で走るんだって!」

 

だから、おじさんはやめてくれ……と心の中で思う。

おっとりした女の子は興奮気味にライダースーツの娘と話している。

 

他にも気品あるお嬢様とその娘に仕える老齢の執事や、赤い大きなリボンを後頭部にあしらったSIMPSONのヘルメットを被った女の子まで集まってきた。

 

「ねえ、おじさんも私たちと一緒に走ろうよ!」

 

「は?はぁ………………」

 

俺は今、サービスエリアで出会った丘乃上女子高等学校のバイク部メンバーと、鈴鹿サーキットを目指して走っている。

 

『スゴーい!おじさんって、前は自衛隊にいたのーッ!!?』

 

「まあ……高校卒業して直ぐに入隊して、退職し今の仕事に就くまでの16年間、在籍してたよ。」

 

『やっぱり16年もいたんだから、千代さんも海外とかに行ったりしたんですか?』

 

スズキ・GSX400Sカタナを駆るツインテールのピンク色のライダースーツを着た女の子こと鈴乃木凜さんがインカムを通じて質問した。

 

「まあ自衛隊って、けっこう憲法やら法律とか色々しがらみが多い組織だからね……自分の頃は海外派遣は合同演習くらいで……」

 

『今の時代は昔と比べると、だいぶ平和になりましたからね。』

 

バイク部メンバーの一員、三ノ輪さんの家に仕える老齢の男性……早川さんが答える。

 

「そうですね……世界各地では紛争とかありますが、日本は全然平和です。」

 

『早川。遠い目をしてますわ……』

 

最後尾を走っていた俺は、追い越し車線を使い、前を走っている娘たちを追い抜いた。

 

サイドカー付ドゥカティ750ccイモラレプリカ。

ヤマハ セロー225W。

スズキ GSX400S カタナ。

ホンダ CB400SF スーフォア。

 

佐倉さんが手を振ってくれた。

 

最後にライムグリーンのカワサキ Ninja ZX-12Rの横に並びそして前に出る。

 

「ZX-12Rを安々と操るこの娘はいったい……バイク部の娘たちは彼女を来夢先輩と呼んでいたけど。」

 

チラッと来夢さんを見ると、彼女がサムズアップで応えてくれた。

なんか、カッコいいよ……先輩!

ああ!先頭を走るのは気持ちいいなー!

 

その後、先頭を代わる代わる俺とバイク部の面々は順調にバイクを目的地へと進めた。

 

次回に続く。




お気に入り件数 100件を超えました。
ありがとうございます!

いちバイク乗りとしては、丘乃上女子高等学校の女子高生バイク部とコラボしたかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

走行会、IN 鈴鹿サーキット  〜到着〜

なんとなく書いていきます。


俺と道半ばで出会ったバイク部は、大きな問題もなく三重県までやって来た。

 

「次のインターで降りるよー?」

 

『はーい!』

 

先頭を走っていた俺は、後ろを走るバイク部の娘たちに指示を出す。

インカム越しに佐倉さんの元気な返事が返って来た。

 

『それにしても腹減ったなー!もう何時だー?』

 

天野さんが言っている。

 

『えーっと、もうすぐ12時ですわね。』

 

『じゃあ、どこかでお昼を食べて行かない?』

 

『私、ぎゅーどーん!』

 

『牛丼って……あのな〜羽音……私たちは三重県に来ているんだぞ?』

 

『そうよ羽音……せっかくここまで来たんだから、名物を食べなきゃぁ……』

 

確かに……遠路はるばる三重県まで来たんだ。

牛丼なんてそこら辺のチェーン店で食べれば良い。

 

『では、松阪牛にしましょう。ワタクシの行きつけの店が近くにありますわ。よろしいわね?早川?』

 

『かしこまりました。聖お嬢様……』

 

ドゥカティ750ccイモラレプリカのサイドカーに乗っている三ノ輪さんが提案した。

さすがお嬢様……

昼飯から松阪牛とは贅沢の極み……庶民の俺とは別次元の存在だ。

 

『千代さんも是非……♪』

 

「そんなッ!!?わ、悪いですよッ!!?」

 

彼女からの突然の誘いに驚いてしまい、思わず断ってしまう。

 

『大丈夫。ワタクシ三ノ輪聖が、皆さまに最高級松阪牛をご馳走しますわ〜!』

 

「よ、よろしいのでしょうか……?」

 

『もちろんですよ。野咲様……』

 

執事の早川さんからも一緒にと誘われた。

ここまで言われたんだ。

誘いを断るのは、失礼に当たる。

 

「では、お言葉に甘えて……」

 

『ってことで!バイク部のお昼ごはんは、松阪牛にけってーー!』

 

バイク部の面々は意気揚々と俺を引き連れ、三ノ輪家御用達のステーキハウスへと向かった。

 

到着した俺は、バイクから降りて記念にスマホでカシャリ……野クルのメンバーと志摩さんたちにおくっとくか。

 

千代:『三重県に到着!今からお昼ごはんだよ。』

 

入店した俺たちは鉄板が敷かれたとカウンターテーブルに一列に座り、各々好きなメニューを注文する。

 

俺はサーロインステーキを注文……

俺を始めとしたメンバーにそれぞれに、専門のシェフが付きっきりで焼いてくれた。

 

最高級のサーロインが目の前で焼かれていく。

音と香りが食欲をさらにそそる。

そして、出来上がったステーキに思わず唾を飲んだ。

 

「やっぱり、最初は塩だな……」

 

丁寧に一口サイズに切られたステーキを箸で取り、塩をチョンと付けて口に運ぶ。

 

一噛み一噛みするたびに肉から旨味と甘い脂が溶け出してくる。

 

「美味い…………」

 

感嘆とした一言……幸せだ。

「ありがとうございます。」とシェフがスマートにお礼を言う。

バイク部も美味しそうに食べていた。

彼女たち見ていると、感情を表に出す者、出さない者がハッキリ別れている。

 

「あ、そうだ……みんなにも自慢しとこう。」

 

スマホでステーキを取り、メッセージと一緒に添付して送信っと……

 

千代:『昼飯ナウ……』

 

直ぐに返信が来た。

 

なでしこ:『ふおーーー!ステーキ!良いな〜!』

 

千明:『これが大人のリッチな休日ってわけか………』

 

イヌ子:『あ~あ、アキがまた鼻血を出しとるわ……』

 

なでしこ:『私たちは笛吹公園ってところで休憩中だよ〜♪』

 

各務原さんの送ってくれた写真には、三人仲睦まじくカフェスイーツを食べていた。

ピコン……っと、志摩さんからもメッセージが。

 

リン:『ステーキ、良いですね。大人だけができるお金の暴力か…………』

 

お金の暴力って………志摩さんも面白いことを言う。

 

リン:『私もお昼ごはん中です。』

 

ボルシチ……温かそうで美味そうだ。 

 

リン:『なでしこたちの写真……見ました?』

 

千代:『見た見た。三人で仲良くカフェスイーツ食べてるヤツでしょ?』

 

リン:『スイーツ……うまそうだけど、スゲー寒そうだった。』

 

千代:『まったく……それで志摩さんのツーリングはどう?順調かな?』

 

リン:『はい。今は霧ヶ峰に差し掛かる手前ですね。』

 

「霧ヶ峰か………」

 

ちょっと調べて見る。

 

「長野、諏訪湖近くの高原……もう、そんな所にいるのか。」

 

ステーキをゆっくりと味わっていると、先に食べ終わったのか、佐倉さんが俺の隣まで来て声をかけてくれた。

 

「どうです?千代さん!美味しいですよねッ!!?」

 

「あ、ああ……佐倉さんはもう食べ終わったのかい?」

 

「うん!もうペロリと!」

 

「ちょっと、羽音〜?お行儀悪いわよ……」

 

「えへへ……♪」

 

お姉さん風をビュービュー吹かせた鈴乃木さんから注意され、彼女は自分の席へと戻る。

食後のコーヒーで一腹しながら、スマホでメッセージのやり取りをしていると………………

 

「さっきから、誰とメッセージしているんですか?」

 

鈴乃木さんが覗き込んで来た。

 

「アイコン見るに私たちと近い年代みたい……」

 

「えっと……自分が働いている高校の子たちで、野外活動サークルっていう同好会を作ってるんだよ。なんの因果か自分はその同好会の相談役になってしまって………」

 

「野外活動サークル……それって、どんな同好会なんですか?」

 

「なになに?凜ちゃん!どうしたの?」

 

「千代さんが働いてる高校の野外活動サークルって同好会に付いて聞いてたの。」

 

「あ、気になるー!」

 

「私も聞きたーい!」

 

「ワタクシも!」

 

来夢先輩はどこから取り出したのか、プラカードに手書きで「早く聞かせて!」っと書いてある。

 

「是非とも聞いてみたいモノですな……」

 

早川さんまで…………

 

「えっと、野外活動サークルの活動は主に外で焚き火を囲んでココア飲んで雑談したり、キャンプ雑誌読んだりとかしているよ。」

 

「え?それだけ………………?」

 

「なんだか肩透かし食らった気分……」

 

「あ、だけど今日から初めてのキャンプに行っているよ。さっきはその報告がてらメッセージのやり取りをしていたわけ……」

 

「へぇーキャンプかぁ……良いな〜」

 

「別の子は一人で長野まで行ってるね。原付きで……」

 

「やっぱり、キャンプですか?」 

 

「そうだね。片道150キロ走りきるんだって。」

 

「凄いバイタリティね……」

 

「ワルですわ〜」

 

原付きで150キロを走るのは、果たしてワルなのか?

その後、俺たちは30分ほど店にいた。

 

「さあ、そろそろ行こうか……」

 

「あら?もうこんな時間……早川、支払い良くって?」

 

「もちろんです。」

 

「あ、領収書もお願いしますね。」

 

「かしこまりました。」

 

執事の早川さんは支払いに向かう。

バイク部の娘たちは一足先に外に出ていった。

俺は早川さんを待って、ともに外に出る。

 

「すいません、早川さん……初対面なのにお昼までご馳走になって……」

 

「いえいえ……お礼は聖お嬢様にお願いします。」

 

「あ、そうでしたね……」

 

店の外に出るとみんなが待っていた。

 

「さあ、三ノ輪さんにお礼を言おうか?せーの!」

 

「「「ありがとーございました!」」」

 

来夢先輩は相変わらず、お礼の言葉を書いたプラカードを出す。

他の娘たちは……うん、小学校低学年かな?

 

各々相棒に跨がった俺たちは、再び目的地の鈴鹿サーキットに向かった。

あと少し、安全に………気を付けて行こう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

数十分走り、とうとう鈴鹿サーキットが見えて来た。

進行方向左手には観客スタンド、正面には大きな観覧車……入場ゲートをくぐり案内に従い敷地内を進む。

 

予約していたホテルの駐輪スペースまで行くと先客がいた。

 

「隊長!おそーい!」

 

声を掛けてきたのは、オレンジ色のレザージャケットを身に着け、タイトなジーパンにオシャレなバイクブーツを履いた黒髪ロングの長身の女性。

 

彼女は“山波 菜々緒”……

俺に二つ下の後輩で三等陸尉、さらにレンジャー等の資格を持っている。

今は結婚を期に自衛官を離れ、日本最強クラスの二児の母として頑張っているようだ。

 

ちなみに彼女の駆るバイクは“YAMAHA YZF-R7”だ。

 

「隊長はやめてくれ……山波三尉。俺は陸上自衛隊から離れているんだぞ。」

 

バイクから降りた俺は、ヘルメットを取りながら彼女に応えた。

 

「フフ……そんなこと言っておきながら、私の事もちゃんと階級付けて呼んでいるじゃないですかー♪……お久しぶりです。」

 

山波は最初、おちゃらけた表情だったが一気に引き締まった顔になって俺に対して敬礼をする。

 

「ああ、久しぶり……」

 

俺も敬礼で彼女に返す。

やっぱり敬礼をされたら、敬礼で返してしまう。

これも一種の職業病だな。

 

「おおーカッコいい!」

 

自衛官だった頃の余韻も冷めやらぬ内に声が上がる。

佐倉さんと天野さんが目をキラキラさせながら、山波のバイクを見ていた。

 

「この娘たちは?」

 

「ああー ここに来る途中に会ってな……」

 

「へぇ〜 隊長もスミに置けないですね……」

 

「ば、馬鹿いうなッ!!?別に何もないぞ!ただ……ッ!」

 

「ただ〜?なんですか〜?」

 

コイツーーッ!

 

そういえば、山波は昔からこんなヤツだった……

久しぶりに会ったからすっかり失念していた。

自衛官時代は休息期間中にコイツと会えば、何かと色々からかわれていたな。

 

そんなことを考えていると、鈴乃木さんが山波に挨拶をしていた。

 

「はじめまして。鈴乃木凜です。」

 

「はじめまして…… アナタも隊長と一緒にここまで来たの?」

 

「えぇ、千代さんとずっとここまで来ました。」

 

「彼女たちも?」

 

「はい!私たちは丘乃上女子高等学校の生徒です。」

 

「あの…… 千代さんとは、どういったご関係で?」

 

「フフ…… 気になるの?」

 

「別に変な意味ではないですよッ!!?」

 

「私も陸上自衛隊にいたの。彼と同じ分隊で部下だったわ。」

 

「こんな美人な人が……カッコいいです!憧れます!」

 

鈴乃木さんは山波に羨望の眼差しを送る。

確かにコイツは美人で自衛官の時には広報誌の表紙を飾ったこともあった。

 

だがな……!

 

「今こそコイツは結婚して家庭を持って丸くなったが、昔はおっかなかったぞ〜?」

 

「そうなんですか?」

 

「もう!私のことはそれくらいにして、早くチェックインしに行きますよ……!」

 

鈴乃木さんとの会話をぶった切るように、山波が間に入り、自身のバイクから荷物を降りしてホテルへと入って行く。

 

俺たちも後に続いた。

チェックインも済ませて、割り当てられた部屋に案内される。

 

無事に到着したことを野クルと志摩さんにSNSを通して伝えておいた。

鈴鹿サーキットにはホテル以外にも、遊園地などが併設させている。

少し見て回って来よう………

 

さあ、明日はいよいよイベントが開催される。

ホテルのフロントの案内には、有名なモトブロガー兼YouTuberもゲスト出演するみたいだ。

 

次回に続く。




ご意見、ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

走行会、IN 鈴鹿サーキット 〜イベント・実走!〜

ダラダラ、グダグダになってしまいました。


到着したその日の夜。

俺はバイク部の娘たちに現地集合した山波と一緒に夕食を取っていた。

 

「おいしー!」

 

「うめぇー!どんどん入っていくよ!早川さん!おかわりー!」

 

「かしこまりました。」

 

佐倉さんと天野さんは、美味しさを全面に出して料理を食べる。

 

「はぁー アンタたちはいい加減にしなさいよ。これじゃ、おちおち静かに食べれないわ。ねぇ?聖?」

 

「フフ……でも、こんなに賑やかな食事は久しぶりですわ。だと思いません?早川?」

 

「まったくです。お嬢様……」

 

仲間との食事はこのくらい賑やかじゃないとな……

俺も自衛官時代は部隊仲間と夜間訓練で、焚き火を囲んで飯を食っていた。

あの時は、俺と山波で貴重な糧食であるヘビを取り合ったけ?

 

「楽しいですね?隊長……」

 

「え?」

 

「みんな賑やかで……」

 

「ああ、昔を思い出すよ。」

 

「そうだ!昔の夜間の演習で晩ごはんのヘビ、私と取り合いましたよね?」

 

山波は俺が今さっき考えていた事を口に出した。

コイツ、昔から変に感が良いんだよな?エスパーか?

 

「え?山波さんって、ヘビ…… 食べるんですか?」

 

箸を止めた鈴乃木さんが顔をコチラに向けた。

 

「あ、今はそんなことしないわよッ!!?」

 

「お前が変なこと口にするから、彼女ドン引きじゃないか…… 昔、自衛官にいた時の話だよ。」

 

まあ、テキトーにお茶でも濁しとこうか。

 

その後、食事を終わらせた俺は大浴場で汗を流した後、自室でゆっくりしていた。

ふかふかのベッドに横になり、スマホをいじっていると電話の着信が鳴る。

 

「こんな時間に…… 各務原さんか。もしもし?」

 

『もしもし!こんばんはー!』

 

夜8時を回っていった。

この子は夜でも元気だな。

 

「こんばんは……そっちはどうだい?楽しいかい?」  

 

『はい!初めての野クルキャンプ、サイコーです!』

 

受話器越しに向こうでは、各務原さんたちがわちゃわちゃしている。

互いにスピーカーにして、今日あった出来事を楽しく話した。

 

『へぇー 私たちと同じ年代の女の子とツーリングしたんですか?』

 

「同じイベントに行くんだって、それで道すがら……」

 

『良いですねー私もあこがれますわ〜』

 

「普通自動二輪免許なら16歳から取れるからね……思い切って受けてみたら?」

 

『じゃあ、気が向いたら……って、事で。』

 

「バイクに乗ると人生変わると思うよ。あと冷えるから風邪ひかないように。」

 

『『『はーーーい!』』』

 

そんなことを言って電話を切る。

明日は待ちに待ったイベントだ。

今日はもう休かと、俺は寝ようと照明の明かりを落とした時だった。

 

コンコンとドアをノックする音がする。

 

「うーむ、何かイヤな気が……」

 

ドアを開けると、佐倉さんたちバイク部の子や元部下の山波がおり、それぞれ手にはお菓子やらジュースを持っていた。

 

「千代さん!UNOしましょー!」

 

UNOの入ったケースを持ち、満面の笑みを浮かべる佐倉さんたちだった……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

あ〜朝だ……

最初は乗り気ではなかったが、高校生以来……久しぶりのUNOでついつい熱が入ってしまった。

 

夜遅くまで盛り上がる、俺の部屋……

 

目が覚め、周囲を見ると夜遅くまで遊び倒したみんながそこら辺で自由に寝ていた。

 

「そうか…… 昨日はみんな疲れて俺の部屋でって…… おいーッ!!?」

 

二つあるベッドの内ひとつは、山波と佐倉さん、それに鈴乃木さん川の字で寝ている。

俺のベッドでは天野さんと三ノ輪さんが、左右から俺に抱きつくスースーと寝息を起てていた。

 

時計を見ると予定していた起床時間をすでに40分以上過ぎている。

 

「寝過ごしたァーーーッ!!!!」

 

何ということだ。

先に起きていたのだろう、来夢先輩が律儀にプラカードなんかを持っている。

ちょっと読んでみた。なになに………

 

「おはようございます。昨日はお楽しみでしたね……」

 

いやいや!何言ってるんだッ!!?

この先輩、色々と恐ろしいわ!

と、とにかくみんなを起こさないとッ!

 

「みんなー!朝だぞー!起きろー!」

 

揺すってみても、まったくもって起きない。

俺も含めて、夜ふかしするからこうなるんだ。

 

こうなったら……!

 

俺はスマホを操作して動画投稿サイトのとある動画を最大音量で流した。

 

「せめて山波だけでも………!」

 

いきなり鳴り出したラッパの音に反応した山波が飛び起きる。

 

「だぁぁあァァァーーー!」

 

俺が流したのは自衛隊恒例、恐怖の起床ラッパ……

自衛官を経験した者はこの音に一種のトラウマを持っている。

実際、俺も当時の先輩にイタズラで鳴らされた。

 

「やめて下さいよ!隊長ぉ!」

 

最悪の目覚めに山波は俺に悪態をつく。

 

「コレを見ろ。」

 

俺のスマホを寝ぼけ眼の山波に渡した。

彼女は俺から渡されたスマホで時間を見て、目をカッと見開く。

 

「ちょ!隊長!寝坊じゃないですかッ!」

 

「とにかく全員を起こせ!イベント開始まであと一時間切ってる!」

 

「りょ、了解!」

 

ここからが騒がしかった。

みんなはワチャワチャしながら、俺の部屋から自室に戻って行く。

 

「じゃあ、向こうで会おう!」

 

その後、俺は歯を磨き、身だしなみを整えて、持参したレーシングスーツを始めとしたクシタニブランドを身にまとい、相棒のロクダボのもとに向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ヘルメットを被り相棒に跨がり、エンジンを掛けようすると山波たちがやって来て、俺と合流した。

 

「おはようございまーす!」

 

佐倉さんたちと挨拶を交わす。

 

「さあ、行こうか!」

 

俺たちはサーキットへ向かった。

天気は雲一つない秋晴れに、暖かな陽光が降り注ぎ、それほど寒くもない。

イベント会場にも、日本各地から続々とライダーが来場する。

 

「すっごーい!」

 

「ヤベェーな!こりゃあ……ッ!」

 

「いよいよ始まるのね……ッ♪」

 

色々なブースに出店と賑わっていた。

佐倉さんたちバイク部は、あっという間に俺の前から去っていく。

 

「迷子にならないようになぁー!」

 

「行っちゃいましたね。分隊長……」

 

「あれだけ夜ふかししたのに、元気な娘たちだ……」

 

「そういえば、聖ちゃんとお付きの早川さん、あと来夢ちゃんも姿が見えませんね……」

 

「まあ、あの三人なら大丈夫だろう……」

 

俺は山波と一緒に会場を回った。

メインステージでは、プロレーサーや有名モトブロガーがトークショーを繰り広げている。

 

「凄いなーあのモトブロガー、わざわざ福岡から来たのか……」

 

「あの人、YouTuberとしても有名ですよね……?」

 

『ここで!今回のイベントの主催者のご紹介でーす!』

 

トークショーを山波と見ていると、メインMCの女性が声高らかに案内した。

壇上に出てきたのは、聖さん………

正直、驚いたよ。

恐るべき大財閥、三ノ輪グループの社長令嬢……

住んでいる次元が違うな。

 

『さらに、さらに!スペシャルゲスト!我らが来夢先輩の登場だァァァーー!』

 

来夢先輩の登場に凄まじい歓声が上がる。

本当に彼女は何者なんだと思った。

トークショーを終えた三ノ輪さんと来夢先輩は、俺たちと一緒にブースを回る。

 

「いやー驚いたよ。」

 

「ええ、聖さんがまさかの主催者側だったとは……」

 

「私の祖父が本田技研の創業者と親友で…… その伝手で父の代に鈴鹿サーキットを共同で運営してるんです。」

 

スゲェーよ。三ノ輪財閥……

その一言しか出てこない。

 

「来夢ちゃんも凄い人気だったわね……」

 

「来夢先輩はバイク界隈では、とても有名な方なんですよ?」

 

三ノ輪さんの言葉に顔をヘルメット越しに赤くする来夢先輩だった。

俺たちはとあるブースにやって来た。

色々な種類のオフロードバイクを体験出来るブースのようだ。

YAMAHA、HONDA、SUZUKI、カワサキとそれぞれ置いてある。

 

「あ、千代さん!」

 

「天野さんたち、こんなところにいたんだね。」

 

「あのね?恩紗ちゃん、すっごく上手いんだよ!」

 

「オフロード、初めてだったけど意外と乗れるもんッスね〜」

 

「私たちも昔は訓練講習で乗ってましたね?」

 

「ああ、偵察バイク…… カワサキKLX250だな。」

 

カワサキの名前が出た瞬間に来夢先輩が俺の方をバッと見た。

ヘルメットを被っているので分からないが、彼女から出ている凄まじい圧で察しがつく。

 

「私と勝負しろ……かな?」

 

この人工のコースでタイムトライアルをするのか。

面白い…… その勝負、乗ってやろうじゃないか!

 

ということで……

 

「レディース&ジェントルマン!我らが来夢先輩が急遽オフロードコースでのレースをすることになりました!」

 

先程、トークショーでMCを務めていた女性が場を盛り上げる。

それに呼応するかのように、盛大な歓声が上がった。

 

うん、なんか凄いことになったぞ……

 

「そして来夢先輩と対戦するのは、元自衛官の野咲千代さんだー!」

 

山波やバイク部の娘たちから応援された。

あぁ、緊張するな……

 

「私の得た情報によると、千代さんは高校卒業後に陸上自衛隊に入隊しニ等陸尉として活躍!今は山梨県の高校で学校用務員として働いています。」

 

山波のヤツ…… ペラペラと喋りすぎだ。

その後、来夢先輩の紹介がされる。

 

先攻は俺だ……

KLX250に跨がり、イグニッションキーを回してスターターでエンジンをかける。

 

スロットルを回すと、呼応したかのように軽快にエンジンが吹け上がった。

カウントが始まる。

 

「3、2、1…… スタート!」

 

俺は勢い良くスタートした。

人口の障害物を培った技術でクリアしていく。

昔、上官からは『偵察バイクは目線とニーグリップ、あとは勇気で補え!』と教わった。

 

最後の障害物を無事に抜けゴールした。

 

「タイムは2分45秒…… まあ、こんなモノか。」

 

次は来夢先輩の番か…… お手並み拝見だな。

次に彼女がスタートする。速い速い、ギャラリーや解説のYouTuberも興奮していた。

 

ちょっと待て?このままだと彼女…… 2分30分を切ってくるぞッ!!?

 

来夢先輩は余裕なのか、華麗にウィリーを決めながらゴールした。

タイムはなんと2分26秒……負けた。

久しぶりにオフロードバイクに乗ったとはいえ、女子校生に負けるとは……

両膝を着き、残念がってる俺に来夢先輩が右手をそっと差し出す。

俺はその手を取り、立ち上がると彼女とかたい握手を交わした。

 

そんな俺たちにバイク部を始めとしたギャラリーが、二人の健闘を称えて拍手を贈ってくれた。

 

この子、ひょっとしたら俺の上官よりも腕前は上かもしれん……

 

「いやー感動しました!」

 

MCの女性が勝負の総括をしていると、来夢先輩が彼女に向かってプラカードを見せる。

 

「えーっと?なになに? 午前最後のイベント、エキシビションに彼も出場してはどうか?」

 

とんでもないことが書いてある。

そのプラカードの言葉に主催者の一人である聖さんも、二つ返事でGOサインを出していた。

 

急遽、エキシビションに出ることになった俺……

バイク部のみんなから羨望の眼差しが贈られる。

特に山波から凄かった……

 

エキシビションに出るのは、オフロード選手が二人、プロレーサーが二人、福岡出身のモトブロガーを始めとしたYouTuber勢が四人、来夢先輩、飛び入りの俺と……総勢10人だ。

 

これは凄い映像が撮れるぞッ!!?

奮発して最新型のGoProHERO10を購入してて良かったーッ!

 

相棒のロクダボをコース裏のピットインまで移動させ、準備しながらスタッフからコース上での注意事項を詳しく説明された。

 

「説明は以上になります。」

 

「了解です、ありがとうございました。」

 

相棒のロクダボに跨がり、エンジンを始動する。

この時、心做しか相棒から聞こえる排気音がいささかヤル気溢れる音に感じたのは、ここだけの話……

 

「GOOD!LUCK!」

 

スタッフの言葉にサムズアップで応え、俺と相棒のロクダボは大舞台の上に立った。

 

凄まじい歓声に度肝を抜かれる!

俺は誘導係からスタート地点に案内された。

 

隣には福岡県のYouTuberが駆る化け物バイク“KTM 1290 Superduke R”……

 

「始めまして!」

 

おお、YouTuberから声を掛けられたのは初めてだ。

 

「これからよろしくおねがいします!あとサインも下さい。」

 

「アハハハ。了解です!」

 

そして俺の前には、来夢先輩の“カワサキ Ninja ZX-12R”……これまた化け物。

彼女はコチラに手を振ってくれている。

 

四方をリッターバイクに囲まれた俺と相棒は、まさに四面楚歌の状況だった。

 

だけど、俺たちは負けねぇッ!

例え他のバイクたちにパワーで劣っていても、コーナリングやそこからの立ち上がりは、こちらが上なはずだ!

 

行くぞ!相棒……!

 

\マカセトケ……ッ!/

 

シグナルの赤が点滅し、黄色に変わる。

そして、青に変わった………!

 

「行くぜェェーーッ!!!!!!」

 

次回に続く。




参加したYouTuberや最後のエキシビション状況は、読者の皆様の妄想にお任せします。

ご意見、ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戻って来た日常とお土産

今回は少し短め………


相棒のロクダボと過ごした夢のような三連休も終わり、いつもの日常が戻って来た。

早めに出勤し、俺は学校の中庭の清掃をする。

登校時間になると生徒たちの賑やかな声が辺りから聞こえてきた。

 

「おはようございまーす。」

 

「おはよー」

 

生徒たちに挨拶を返していると各務原さんたち野クルのメンバーに声を掛けられる。

 

「千代さーーん!」

 

「おおー各務原さん。」

 

「おはようございます〜」

 

「どうもッス!」

 

「犬山さんに大垣さんも……無事に帰って来たか。」

 

「もー何言ってるんッスか。」

 

「ウチら、どこにキャンプ行ったけ……?」

 

「まあ〜それでどうだった?野クル初めてのキャンプ……楽しかった?」

 

「そりゃあ〜もう最高でしたよ。」

 

「スイーツ食べて〜」

 

「温泉入って、温玉揚げも食べたね〜」

 

「サクッ、トロ~が堪らんかったズラ〜」

 

「キャンプ場じゃ、焚き火でマシュマロ焼いて………」

 

「焼き鳥も焼いて食ったな………」

 

「晩ごはんはカレーライス作ったよね!」

 

話し聞く限り、キミたちずっと食べてるね……

女子校生の胃袋恐るべし。

良い思い出になったからOKです。

 

「千代さん、コレは私たちからのお土産です!」

 

各務原さんがお土産の菓子折りをくれた。

 

「わざわざ、ありがとうね。有り難くいただくよ。自分もお土産買ってきたから放課後に渡すから……」

 

「やったーッ!」

 

「楽しみしてます!」

 

「ほな、私たちはこれで………」

 

「じゃあ、今日も頑張って!」

 

三人を見送る。

さあ、残り少し……掃除頑張るか。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

放課後……

俺はお土産を持って図書室に向かっていた。

図書室には志摩さんがいる。

 

「千〜代さん♪」

 

斉藤さんだった。

 

「あ、斉藤さん……こんにちは。」

 

「こんにちは〜♪今、リンのいる図書室に行こうとしてました?」

 

「ま、まあ……この間のお土産を渡そうと思って……斉藤さん、これ、どうぞ……」

 

「わあ〜ありがとうございます。コレ、三重県の銘菓赤福じゃないですか。」

 

斉藤さんが俺に抱きつく。

 

「ちょ、ちょっと!斉藤さんッ!!?まわりの人の視線が……ッ!」

 

「えぇ〜良いじゃないですか〜ッ?」

 

俺と斉藤さんは、ワチャワチャしながら、図書室へと向かった。

 

図書室に入ると、貸し出しカウンターにポツン座る志摩さんがいる。

彼女は金属製の箱のようなモノを見つめていた。

 

「リンったら、一人でニヤニヤして何してるんだろう〜?」

 

「あの箱をずっと見てるけど……」

 

俺はササッと志摩さんとの距離を詰めて、ニヤける彼女の前に立つ。

 

「志摩さん、随分ご機嫌だけどどうしたの?」

 

声を掛けると、彼女はビクッと身を震わせた。

 

「ち、千代さん……ッ!!?お、お疲れさまです。」

 

「驚かせちゃった?悪いね………」

 

「あ、い、いえ……」

 

「アハハー♪相変わらず、リンは可愛い反応をするね〜♪」

 

「なんだ斉藤もいたのか……」

 

志摩さんはジト目で、斉藤さんを見つめている。

 

「あ、えっと、志摩さん……コレ、お土産です。」

 

俺は彼女に赤福を渡した。

 

「あ、ありがとうございます。私からもお返しどうぞ!」

 

志摩さんからのお土産を貰った。

 

「ありがとうね。志摩さん……」

 

「それで千代さん……どうでした?バイクイベント?」

 

「最高に楽しかったよ。いい思い出ができた。」

 

俺は自身のスマホで撮った画像や、それなりに編集した映像を二人に見せる。

 

「千代さん?この子たちは?」

 

「ああ〜道すがら出会ったんだ。同じイベントの参加者……」

 

「ヘェ~千代さんカッコいいから、てっきりナンパしたのかと思いましたよ〜♪」

 

さらっととんでもないことを言うな、この人………

このからかい上手め………

 

「で、この動画は………」

 

「いやー良い感じに撮影できたから、昔取った杵柄できちんと編集してみたよ。」

 

「凄い凝ってますね………」

 

二人はエキシビションのレースに釘付けだ。

土産話も一段落した時だった。

 

「ねぇ?リン〜?それって何?メタル賽銭箱?」

 

と斉藤さんが、志摩さんに聞いている。

 

「違うわ……これはコンパクト焚き火グリル。」

 

こんなに小さな焚き火グリルがあるのか……

便利な物だ。是非とも欲しい。

 

「これさえあれば、直火禁止のキャンプ場で焚き火したり、炭火を使って美味しい料理とか作ったりと……」

 

「だから、肉料理特集の本を読んでいたんだね。」

 

俺はカウンターに置いてあった本をパラパラと捲る。

 

「はい……////」

 

志摩さんは頬を赤らめて俯き、小さく返事を返した。

 

「リン〜このメタル賽銭箱で焼き肉すれば、凄く美味しいよね。」

 

「だから、メタル賽銭箱言うな……」

 

俺は二人と少々やいのやいのして、野クルの部室へ向った。

うなぎの寝床のような部室の引き戸をノックする。

 

「どうぞー」

 

中から返事があった。

ガラガラっと引き戸を開ける。

部室には大垣さんと犬山さんがいた。

 

「やあ。」

 

「あ、千代さん。」

 

「お疲れッス。」

 

「あれ?二人だけ?各務原さんは?」

 

「ああ~なでしこのヤツなら、しまりんに会いに図書室に行きましたよ?」

 

「え?そうなのかい?自分もさっきまで図書室にいたけどなぁ……どこかで行き違いになったかな………?」

 

「それはそうと、千代さ〜ん。土産話してくださいよ〜?」

 

俺は二人に先程同様に動画を見せた。

 

「スゲェー。」

 

「千代さんのバイク、こんなに速いんですね……」

 

「まあ、バックストレート……ここ!ここの直線で260キロくらいは出てたね。」

 

「もう新幹線とそう変わらんなぁ……」

 

大垣さんたちと談笑していると、ガラガラっと引き戸が開き、各務原さんが部室に戻って来た。

 

「やっと会えたーー!」

 

「各務原さん……二人から聞いたよ?なんか行き違いになったみたいだね?コレ……お土産。」

 

最後になってしまったが、各務原さんにお土産の赤福を渡す。

 

「おほーーー!赤福ぅぅーーー!ありがとうございます!」

 

子どものようにはしゃいでいる。

 

「食べて良いですか?」

 

「あ、ああ……どうぞ。」

 

各務原さんは早速包装紙を取り、容器の蓋を取った。

容器の中にはきれいに詰められた餡ころ餅が入っている。

 

「うわぁーー♪美味しそうーー!」

 

テンション、ブチアゲの各務原さん……これがJk……

彼女は餡ころ餅を付属の楊枝で食べやすい大きさにして口に運んだ。

 

「うまーーーー!」

 

各務原さんが満面の笑みを浮かべる。

本当に美味しそう食べるなぁ……見てて幸せな気持ちになってくるよ。

買ってきて良かった…………

 

各務原さんは、俺の編集したバイク動画を見ながら、お土産の赤福を食べていた時だった。

 

「そう言えば………」

 

「どうかしたん?」

 

「ねえ?アキちゃん?アオイちゃん?今週末にリンちゃんとキャンプするんだけど、どこかオススメな所とかないかな?」

 

「なんや?次は志摩さんと行くんか?」

 

「二週連続とは随分とストロングスタイルだな?」

 

「えへへへ〜」

 

「それなら自分が調べて、ここ良いなって思った場所があるよ。」

 

「千代さん、いつの間に……ッ!!?」

 

「自分も野クルの相談役。たまにはメンバーとして活動をしないとね!部長!」

 

サムズアップで応える俺。

 

「やりますね!」

 

「それで、千代さん。オススメな場所って……」

 

「四尾連湖……知る人ぞ知る、紅葉がきれいな湖畔キャンプ場さ。」

 

持参したタブレットをイジり、四尾連湖のキャンプ場の画像を出して、三人に見せる。

 

「四尾連湖って、そう書くのか~てっきり、電気ウナギがいるのかと思いましたよ〜」

 

なぜ、そう思う……あぁ~“痺れ湖”ね。

 

「千代さん、そこなら私も以前から気になってました。」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。なんでもそこの湖には謎の巨大魚が生息していて…………」

 

巨大魚……?

 

「そして管理棟のテラスには謎の激ウマBBQが……ッ!」

 

「激ウマッ!!?」

 

「あるわけないけどな………」

 

いや、ないんかい!

思わず心の中でツッコんでしまった。

 

「ともあれ!前々から気になっていた場所だ!各務原隊員!」

 

「は、はひィッ!!?」

 

「現地調査を頼んだぞ!」

 

「了解です!隊長!」

 

「私たち何の茶番を見せられとるんやろか……?」

 

「だね〜」

 

「千代さんは今週末は何かするんですか〜?」

 

「フ、フ、フ…………今週末はなんと買った新車の納車日なんです!」

 

「それで千代さんは、どんな車を買ったんですか?」

 

「えっとねぇ………………………」

 

再びタブレットを操作して、契約した車を三人に見せた。

 

「GRヤリス……?」

 

「RZ……は、ハイ?パフォーマンス…………?」

 

「金額は………いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん……ッ!!?456万円……ッ!!?」

 

値段を見て大垣さんの鼻から、タラっと鼻血が……

慌てて犬山さんがティッシュを彼女の鼻に摘める。

 

「ふぇ〜千代さん高い買い物したね〜?」

 

「456万は基本料金だから……自分のはオプションもりもりだから、乗り出し価格は600万前後だね。」

 

「ブフゥゥーーーー!」

 

あっ、噴き出した。

 

「アキィーーーッ!アカン、このままじゃ……ッ!」

 

部室は大混乱。

まあ高校生の三人だし、特に大垣さんには刺激が強すぎたかな。

小さな車体に化け物じみたパワー秘めた車。

ああ、週末が楽しみだ。

 

次回に続く。




お気に入り登録300人超えました。
ありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おじさんと新車、ちょっとドライブ

今回、新車という新しいガジェット投入です!


ついに納車日が来た。

俺はあらかじめ約束していた場所で届くのを待っていた。

 

「もう、そろそろなんだが………」

 

腕時計を見て、時間を確認した。

すると一台の中型トラックが俺のもとへ近づいてくる。

後ろの荷台には一台の車が乗っていた。

 

プラチナホワイトパールマイカの車体、カーボンルーフ、3灯式フルLEDヘッドライト、鍛造アルミホイールと18インチの“ミシュラン・Pilot sport 4S”に、赤いブレーキキャリパーが栄える。

 

オプションで外装はGRエアロパーツ、内装も純正品でこだわった。

 

「来たか………」

 

俺は自然とニヤける。

トラックが止まり、助手席からディーラーであり親戚の兄さんが降りてきた。

 

「よお!」

 

「兄さん!久しぶり!」

 

「ようやく届けることが出来たよ。」

 

「待ち遠しかったよ。」

 

運搬係の人が手際よく、トラックの荷台から俺の新しい相棒を下ろして行く。

カスタムパーツのマフラーからのサウンドも最高だ。

 

30〜40分ほど掛けて、丁寧にGRヤリスの扱い方を教えて貰う。

 

「まあ、説明はこんなモノかな?」

 

「了解、あとは乗りながら慣れていくよ。」

 

親戚の兄さんと別れたあと、俺は新車の運転席に乗り込んだ。

 

「これからよろしくな!」

 

俺はハンドルを優しく撫でる。

 

\マカセトケ!!/

 

愛車となったGRヤリスから、そんな声が聞こえたような気がした。

サイドブレーキとギアを確認して、ブレーキとクラッチを踏んでスタートスイッチを押した。

 

エンジンが始動し、増幅された野太いエキゾースト音がオーディオスピーカーを通して車内に響く。

 

「おお……」

 

感動して語彙力が低下している俺。

軽くアクセルを吹かすとタコメーターが反応して針が動いた。

 

「良し!行くか!」

 

俺はギアを一速に入れて、アクセルを優しく踏むとゆっくりと前に動きだした。

公道に出ると愛車は元気良く走る。

 

「今ならどこまでも走って行けそうだ!」

 

と思ったが、まずは給油しなければ……

俺は給油するガソリンにもこだわっている。

入れるのは某貝印のハイオク一択だ。

 

ガソリンスタンドに入り、給油をしていると周囲から見られている。

 

どーだ!羨ましいだろう〜♪

 

内心ニヤニヤが止まらなかった。

 

ガソリンスタンドを出て車を走らせながら、どこへ行こうか考えていると、前方の歩道を歩く見知った背中を見つけた。

 

「あれって、多分、大垣さんだよな………?」

 

ちょうど先にコンビニがあるし、ちょっと寄って確かめてみよう。

そう思ってコンビニに車を止めて、大垣さんと思われる人物のもとへ向かった。

 

近づくに連れて予想していた人物だと分かる。

 

「大垣さーん!」

 

彼女の名前を呼び、手を振った。

向こうもコチラに気づいたようで、小走りでやって来た。

 

「千代さん、こんにちは!」

 

相変わらず元気がいい。

 

「大垣さん、これからどこか行くの?」

 

「ええっと、まあ、今度の野クルキャンプでどこにしようかなーっと視察に……それで、千代さんは?」

 

「自分は今日納車日だったから、慣らしがてらドライブに行こうかと……」

 

「ああ!この間、見せてくれたヤツ!」

 

「そうそう!あ、そうだ!一緒にドライブしようよ。その視察に行くキャンプ場にさ。」

 

「え?良いんッスか?」

 

「もちろん。俺の隣、乗ってきなよ……!」

 

この時は変なテンションだった。

大垣さんが助手席に座る。

 

「おお……これが500万の車……緊張する……」

 

確かに大垣さんはガチガチだ。

エンジンを掛けると車内に野太い音が響く。

 

「スッゲ………」

 

「それでそのキャンプ場はどこなの?大垣さんのスマホ、俺の車のナビに繋げれるから……」

 

「あ、はい……」

 

彼女は俺の指示のもとデータ送信用のケーブルをスマホに繋ぎ、グルグルマップで検索をかけた。

 

「高速を使えば早いね……ちょうど良いや!」

 

コンビニを出発、下道をしばらく走る。

 

「いや〜助かりました。」

 

「いやいや、それにしても大垣さんが俺の車のお客さん第一号だね?」

 

「たまたまとは言え、何だか得した気分ッス!このシートも身体を包み込むみたいで……」

 

そんなことを色々と話しながら走っていると、最寄りの高速の入口が見えてきた。

 

「さあ、この車の本領発揮じゃい♪」

 

「あの千代さん、安全運転で………」

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

ETCを抜けて、本線に合流するためにギアを落としアクセルを強めに踏む。

1.6lのターボエンジンが唸りを上げ、車が猛烈な加速をし始めた。

普通の車とは違う、強いチカラでセミバケットシートに体を押し付けられる。

 

「うぅぅぅ、やっぱりコエぇー!」

 

「何言ってるかー!コイツの実力はこんなもんじゃないぞ!やっぱりターボは違うなー!」

 

初めてのスポーツカーなんだろう…… 大垣さん、メッチャ怖がってる。

だけど逆に俺は楽しい!

法定速度で安全に高速道路を走る。

 

比較的軽い車体に最大272馬力のハイパワー、走行モードを可変しながら、15キロほど走り、目的地近くの出口で降りた。

 

「初めての経験だったけど、正直死ぬかと思った……」

 

「フフ…… 喜んで貰って光栄です♪」

 

小一時間で目的地のキャンプ場に到着する。

駐車場に止めて俺たちは、それぞれ車から降りた。

 

「うーーん!空気がうまいズラー!」

 

大垣さんは背伸びをしながら深呼吸する。

彼女の言うとおり、ひんやり冷たい空気が肺を満たす。

 

「行こうか……?」

 

「はい!」

 

俺たちはキャンプ場を散策した。

 

「はい、チーズ!」

 

麓に広がる甲府の街並みと青空を背景に俺と大垣さんは二人で写真を撮る。

さすが女子校生…… 映える写真の撮り方が上手い。

 

「何つ〜か、雰囲気あって良いッスよね……」

 

紅葉で染まった木々の間に見えるを街並みを眺め、大垣さんが感慨深げに呟く。

 

「そうだね。場所もそんなに離れてないし、次はここでキャンプしてもいいかもね……」

 

「まあ、決めるのはもう少し下見してからで……」

 

車ごといけるオートキャンプ場なだけあって、周りを見ればちらほらと客がいた。そのほとんどが車である。

 

「オートキャンプか…… ああ言うのもありッスね。テント張らんでも良いし、暖房使いたい放題…… もう最高じゃないッスか。」

 

「どっちかと言うと、最後の方が本音みたいだね?大垣さん。」

 

「へへ、バレちった?この前イーストウッド行った時メッチャ寒くて…… 冬の厳しさってやつを存分に思い知りましたよ。」

 

「まあ、そこは気合と根性でしょ。」

 

陸上自衛官、レンジャーMOSを持っている俺に取って、この時期の寒さはお遊び程度…… 全然耐えられる。

 

「はい!出ました!千代さんの自衛隊特有!謎の脳筋理論!」 

 

「の、脳筋ッ!!?」

 

女子校生に取って俺は脳筋なのか?

しょんぼりしながら、枯葉と枯れ木の野道を二人で歩いていく。

何気にこうして大垣さんと二人きりで出歩くのは初めてじゃないか。

 

「問題は次のキャンプをいつやるかッスね。期末テストもあるし、バイト始めちまったから、ポンポン予定入れることは出来ないし……」

 

そうだった。もうすぐ期末テストだ。

まあ、俺が別に心配するほどのことでもない。

信じているからな……!

 

「テスト明けか、いっそのこと冬休みまで待ってみんなでパーってするのもありじゃないかな?」

 

「冬休みってことは、クリスマスか…… クリキャン…… うん!ありだな!」

 

きっと大垣さんの頭ん中は、ただ今猛烈な勢いで回転しているのだろう。

各務原さんに負けず劣らず、彼女もまた今までなんでキャンプしてなかったのか不思議なくらいにキャンプが大好きなんだね。

 

時間もだが、やっぱりお金の問題なんだろうか……

なんだかんだ言って、キャンプ道具もけっこう高いもんね。

 

俺たちは喋ったり、スマホで写真を撮ったりしながら、キャンプ場の奥へ入っていく。

 

「どうしたの?大垣さん?」

 

急に彼女が足を止めた。 

何かと思い大垣さんの視線の先を追いかける。

そこにはいたのは、ひとりのキャンパー。

 

使い込まれたワンポールテントに焚き火台にくべられた薪が静かに燃え、ローチェアに腰掛けた初老の男性がスキレットで肉を焼いている。

 

「かっけぇ……」

 

まるで絵に描いたようなキャンプ姿に大垣さんが静かに呟いた。

男性の被った中折れ帽も合わさって、お洒落というより渋い。さらにテントの横に止められたバイクに眼を見張る。

 

「あれはトライアンフ・スラクストン1200R!そのチョイスは渋すぎるだろッ!!?」

 

思わず、心の声を口に出してしまった。

 

「む、なんだい?」

 

俺の言葉に反応して初老の男性が顔を上げる。

それに連れて、その人の顔が明らかに……

 

おい、ちょっと待て?

その顔と聞き覚えのある渋い声、まさか……ッ!!?

 

「キミは確か……」

 

渋い顔に渋い声、そして渋い仕草、こんな渋さを凝縮して擬人化みたいな人を俺は一人しか知らないぞ。

 

「お、お久しぶりです!新城隊長!」

 

思った通りだった。

俺が自衛官時代に初めての赴任先の部隊にいた中隊長の“新城肇 一等陸尉”。

数年経ったあとに再会した時は一等陸佐に出世してた。俺の尊敬する人だ。

素早く敬礼をする。

 

「久しぶりじゃないか、千代……」

 

覚えていてくれたのか。

そう言って、新城一佐がニッとはにかみ敬礼を返してくれた。相変わらず渋くて、カッコいい。

 

「休め。」

 

「はっ!」

 

「えっと…… 千代さん?このおじいちゃんとお知り合いで?」

 

と大垣さんが俺に訊ねた。

 

「おじいちゃん…… 自分が初めて赴任した部隊先での中隊長をしていた方だよ。」

 

「千代さんの上官。はじめまして!」

 

なぜか大垣さんも敬礼をする。

 

「それも過去の話さ…… 今は隠居生活しているただの老いぼれジジイだ。」

 

と言ってはいるが、未だに射撃や格闘戦では勝てないだろう…… そのくらいの圧は感じる。

 

「ほぉ?貴様は自衛官を辞めたあと、山梨県の高校に再就職したのか……」

 

「はい!学校用務員としてですが……!」

 

「それで?キャンプ部の臨時顧問として、生徒の彼女とキャンプの下見ってわけか?」

 

「はい!その通りです!」

 

「あとキャンプ部ではなく、野外活動サークルであります!ご訂正を!」

 

大垣さんが緊張のせいか、変なテンション、イントネーションになっている。

 

「おお〜これは失礼だったね?お嬢さん……野外活動サークル、訂正しよう。」

 

「ありがとうございます!出来れば略して“野クル”と言っていただきたい。」

 

「了解した。」

 

なんか二人して仲良くなってる。

中隊長は渋いすぎて一部の女性自衛官からも人気だったから、仕方ないか……

 

大垣さんを交えて話していると、彼女の目線が一瞬焚き火台のスキレットに落ちる。

それを見落とさない新城さん……

さすが、元中隊長だな……

まあ、さっきからスキレットで焼ける肉の塊の音と匂いが気になって仕方がないか……

 

「どうやら、コイツが気になるようだね?待ってなさい……」

 

そういうと焼き上がった肉をサッと切り分け、俺と大垣さんに一切れずつ串刺して渡した。

 

「食ってみな?お二人さん……」

 

言われるがまま、その肉を口に運ぶ。

 

「ッ!!?美味い!美味すぎるズラ!」

 

「噛めば噛むほどに溢れ出る肉汁……その旨さを底上げしてくれるスパイスの香りと程よい塩気……!」

 

「犯罪的だーーー!」「悪魔的だーーー!」

 

「おいおい……褒めてくれるのは嬉しいが、どこの債務者なんだい………」

 

その後、俺たちは色々と話した後、新城さんと別れて大垣さんを自宅まで送った。

 

「今日はありがとうございました!」

 

「こちらこそ、色々楽しかったよ。じゃあまた……」

 

「はい!」

 

敬礼ポーズをする大垣さん……

別に自衛官でもないのに妙に敬礼が上手いな……彼女。

 

さて、まだ日も高いし、もう少し走るか………

 

\オウヨ!!/

 

次回に続く。




リンちゃんのおじいちゃん、元自衛官設定いれてみました。

まあ、中の人繋がりで良いよね?
ご感想をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湖、紅葉、新車、そしておじさん。

ゆる〜く、書いていきます。


大垣さんを送ったあと、俺はひとり、なんの宛もなく納車したてのGRヤリスでドライブを楽しんでいた。

 

「なんて素晴らしい車なんだ……ギアもスコスコ変わるし、動きもなめらかだ。専用設計の4WDと可変ダイヤルで変わる走行性能……ああ、楽しいすぎる。」

 

独り言のように新たなる相棒のレビューをする。

 

「そう言えば、今日は志摩さんと各務原さんが四尾連湖でキャンプする日だったな………ちょっと行ってみるか……」

 

俺は一路、四尾連湖へ向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

車を走らせること40分……

目的地の四尾連湖に到着する。

 

「着いた。えっと……駐車場は………………」

 

と案内看板に従って湖畔に近い場所へと向かった。

駐車場に車を止めて外に出る。

お客の車は俺のを置いて、他には一台しかいない。

 

「有料の駐車場と看板には書いてあったが、どこで払うんだ……?」

 

と駐車場をウロウロしていると、一台の青い車が敷地内に入って来た。

 

「あの車は各務原さんの……桜さんの運転する車だ。」

 

向こうも俺に気づいたようで、桜さんは軽く会釈をし、妹のなでしこさんは笑顔で手を振って、後部座席に座っていた志摩さんはハッとしている。

 

俺も手を上げて挨拶を返した。

桜さんが手際よく車を駐車スペース枠内に収めると、なでしこさんが助手席から降りる。

彼女は俺を見るといなや、もの凄い勢いで走って来た。

 

「千代さーーーん!」

 

なでしこさんが俺に抱き着く。

その瞬間、彼女の頭頂部がピンポイントで俺の鳩尾を捉えた。 

 

「ゴフ、ぅ………ッ!!?」

 

自衛隊で鍛えた鋼の腹筋のはず、、、だったのに………

マジで効いたぜ………なでしこさん。

情けないことに俺は、彼女のタックルを受け止めることが出来ず、そのまま仰向けに倒れてしまった。

 

「何やってんのッ!!?このお馬鹿……ッ!」

 

姉の桜さんは慌ててなでしこさんを俺から引き離し、ポカっと彼女にゲンコツを落とす。

 

「ハゥ………ッ!!?」

 

「大丈夫ですかッ!!?千代さん!」

 

「え、ええ……大丈夫です。」

 

立ち上がり、お尻の泥を払う。

背中の汚れは、気を利かせてくれた志摩さんが変わりに払ってくれた。

 

「ありがとう。志摩さん……」

 

「あ、いえ……////」

 

「謝りなさい!」

 

「エヘへ……ごめんなさい……」

 

「きちんと!謝りなさい!」

 

だんちゃーーく、今……ッ!

 

ポカッ!

二発目が無事に着弾……

 

「エゥ……ッ!!?ご、ごめんなさ〜い……!」

 

なでしこさんの声が四尾連湖にこだました。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その後、俺は桜さんとともに駐車料金を支払い、彼女の車から荷物を降ろす、なでしこさんと志摩さんを一緒に見ていた。

 

「ほんとーに、バカ妹が失礼いたしました!」

 

姉の桜さんがずっと平謝りをしている。

 

「いえいえ……たいしたこと無かったし、大丈夫ですよ。」

 

「ですが、コチラとしては……ッ!!?」

 

なかなか譲ってくれない桜さん……

ならば、こちらから条件を提示しようかな?

 

「じゃあ〜付き合ってくれません?」

 

「えっ……?」

 

俺の誘いに、彼女はポカンとする。

ちょっと言葉が足らなかったか……

 

「あそこのカフェに……♪」

 

「え、あ、カフェ………ですか?」

 

「そう……!一緒にお茶しません?」

 

「あ、はい。喜んで……!」

 

その後、駐車料金を払い終えた俺たち二人は、なでしこさんと志摩さんを見送る。

 

「行ってくるね!お姉ちゃん!」

 

「はいはい……リンちゃんに迷惑だけは掛けないように気をつけなさいよ。」

 

「はーい。」

 

「あと、明日は昼には迎えに来るから寝坊しないようにね……」

 

「りょーかーい。」

 

「志摩さんも身体冷やさないようにね?」

 

「はい!では、千代さん行って来ます……!」 

 

志摩さんがビシッと敬礼をした。

そして、二人は互いに荷物を載せた荷車を押し、キャンプサイトへと歩いて行った。

 

「あの子ったら、本当に大丈夫かしら……?」

 

妹を心配する姉。

 

「大丈夫ですよ。妹さんのフィジカルと志摩さんのキャンプテクがあれば………」

 

一応はフォローを入れておこう。

多少は安心するだろうし……

 

「それよりも自分たちも行きましょう。」

 

「あ、はい……!」

 

俺と桜さんは湖畔の管理棟に併設されたカフェに向かった。

ここのオススメはホットチャイか……

 

「桜さん、このオススメのヤツで良いですか?」

 

「はい、お願いします。」

 

「すみません。ホットチャイを二つ……」

 

提供されたホットチャイを持って俺たちは席に座る。

 

「すみません。奢って貰って………」

 

「良いんですよ……以前の食事のお返しです。」

 

「それは〜ほら!なでしこがご迷惑をおかけしたお詫びもありましたし、今回も…………」

 

「でも彼女と出会ったことで、こうして桜さんと知り合えたし、とても良かったと思います。」

 

桜さんはポカンとしている。

 

「自衛隊をやめて本栖高校に学校用務員として再就職して、無難に何事もなく、生活していくとばかり思ってました。それが今は彼女のサークルで相談役になったりと賑やかで、こうして桜さんと知り合い、お茶をしながら言葉を交わしている……妹さんとの出会いには感謝してます。」

 

自分の本心を桜さんに話し、ニッと笑った。

彼女も笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます……何だか嬉しいです。」

 

「それにしても、良い景色だ……」

 

「ええ……こうしていると私たちって、恋人みたいですよね?」

 

「えッ!!?あ………////えーーッ!!?」

 

突然の桜さんの言葉に思わず取り乱してしまった。

その様子を見ながら、彼女はクスクスと笑う。

 

「千代さんって、ホント可愛い反応しますよね?からかい甲斐がありました♪」

 

えッ!!?俺、からかわれたのッ!!? うぅ………ッ!

それにしても俺って、年下の異性からチョイチョイからかわれるんだよなぁ……なぜだろう?

 

次回に続く。




四尾連湖でキャンプ中のなでしことリン……

「焼肉、美味しかったね?リンちゃん。」

「ああ……なでしこの作った鍋も最高だったよ。」

二人は並んで座り、食後のホットコーヒーを嗜みつつ一服していた。
焚き火に焚べた薪がパチパチと静かに弾けている。

「星、キレイだね……」

「うん……」

「ねえ?リンちゃん……」

「ん?なでしこ、どうした?」

「千代さんのこと、どう思う?」

「え?良い人じゃん……私たちのこと気にかけてくれるし……」

「お兄ちゃんがいたら、あんな感じなのかな?」

「ああ〜お兄ちゃん……分かる。一緒にいると頼もしいし、なにより落ち着くんだよね。私、一人っ子だから……」

「お姉ちゃんともお似合いだったよね。」

「二人とも落ち着いていて大人な感じ……憧れるよ。」

女子高生らしく、恋バナに華を咲かせる二人だった。

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

トップ・ガンの続編観てきました!
本当に良かった!映画のオープニング、空母からの発艦シーンで流れるデンジャーゾーンで感動して涙が出ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

期末テスト、千代、窓拭き。

もうすぐ、劇場版公開ですね?
楽しみです!


四尾連湖から無事に帰還した各務原さんと志摩さん……

元気に登校する二人を見つけた。

 

「千代さーーーん!」

 

飼い主を見つけた犬のように、ダッシュで向かって来る。

 

「おわッ!!?と……」

 

この間の……四尾連湖の時と違い、きちんと彼女を受け止めることができた。

 

「だから、人前で抱きついちゃダメって!」

 

他の生徒からの視線が……

みんなが俺たちを見てるって!志摩さんもあ然としてないで、彼女を止めてくれぇ!

 

そんなことで各務原さんとやいのやいのしていたら、俺の肩を誰かにポンポンと叩かれた。

 

「おはようございます。野咲さん……」

 

声の主に察しが付き、油の切れたロボットのようにぎこちなく振り向くと……

 

「お、おはようございます。教頭先生……」

 

そう、教頭先生がニッコリと笑顔を浮かべながら、俺の後ろに立っていた。

 

「お話し…… ちょっと、よろしいですか?」

 

「あ、はい……」

 

俺は教頭先生に連行され、職員室へ……

そして、他の教職員がいる前で口答で注意をされた。

 

「我が校の職員として生徒とのスキンシップは大切だと思います。ですが度の超えたモノは如何なものかと……」

 

「はい、返す言葉もございません。」

 

「今後は気をつけて下さいね?」

 

「はい。」

 

まさに公開処刑…… 不可抗力ではあったけど、今後は気をつけよう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の放課後、俺は慌ただしく校内を動き回っていた。

テスト期間中に高所での窓拭きをするためだ。

色々と段取りと協力とうとう根回しをする。

 

「許可は取った。器具の安全確認も大丈夫……」

 

あとは明後日だな。

そんな事を考えながら、理科室の前を通りがかった時だった。

理科室の中からワイワイと声が聞こえる。

 

「ん?誰かいるのか?」

 

引き戸を開けて中を見ると、大垣さんと犬山さん、それに斉藤さんの三人がいた。

 

「君たち、こんな所で何をしているんだい?」

 

「えっと、 アキがスキレットのシーズニングと木皿の塗装はがしを急にするって言い出して……」

 

※シーズニングとは、表面についたサビ止めを落とし、オリーブオイルを馴染ませる鉄鍋を買ったら初めに行う作業です。

 

※簡単に説明するとしっかり洗った後、空焼きしてオイルを塗ってを繰り返します。

ちなみにこの時、取手がとても熱くなるので、気をつけましょう。

 

「その明後日から期末テストだよね?良いの?」

 

「私は大丈夫ですよー♪」

 

「私は半ば拉致られましたわ〜」

 

「イヌ子〜!そりゃないぜよ。」

 

「大垣さんは大丈夫なのかい?」

 

「私は追い詰められてからが本場だと思ってます!」

 

大垣さんは胸を張り、堂々と言ってみせる。

そのセリフはアカンタイプの人が言うヤツだよ。

 

「それで千代さんは、何してたんですか?さっき見かけた時、何だか忙しそうだったけど?」

 

「あ〜明後日、高所作業をするから色々と準備してたんだよ。」

 

「高所作業?」

 

「窓拭き……二階以上の外側は落ちたりしたら大変だからね。屋上から降下しながらしようなかって……」

 

「危険じゃないッスか?」

 

「安全対策は自分なりにしたし、……何より自衛隊の時に訓練してたからね。」

 

「あのヘリコプターから降りるヤツですよね?テレビとかで見たことあります。」

 

「ラペリングだね。ヘリコプターが着陸出来ない場所で、素早く展開するためにロープ一本で降りるんだよ。」

 

「カッコいいですよね。」

 

「見てるぶんにはね…… 小銃とかフルで武装してると相当重いから落ちたりして大ケガ負う隊員もいるんだよ。」

 

「そうですよね?けっこう高そうだし……」

 

「10メートルくらいあるよ。あの高さで正確にホバリングするパイロットの人も凄いんだよ。」

 

そんな話しをしていると俺のスマホが鳴る。

いや、俺のだけではない……大垣さんや犬山さんのもほぼ同時に鳴った。

ということは野クルのグループLINEか…… 確認してみよう。

 

なでしこ『期末テストがおわったら、みんなでクリスマスキャンプ、やりませんかっ!!(*>V<*)ノシ』

 

「クリスマスキャンプか……」

 

「ナイス提案だな……!」

 

「でも私、クリスマスは千代さんと二人っきりで過ごすからムリやわ〜」

 

ハイィッ!!? 犬山さん、いったい何をッ!!?

 

「な、何だと…… 千代さんとは、いったいどんな関係なんだッ!!? えぇッ!!?こらぁ!」

 

大垣さんは犬山さんの襟首を持ち、ぐわんぐわんと降っている。

 

「う、うそやでー」

 

でしょうね。犬山さんの目が泳ぎまくっている。

 

「う、嘘か……」

 

「クリスマスは私と一緒にお出かけするんだよね〜♪ どこに行こっか?」

 

「「なにーーッ!!?」」

 

斉藤さんまで完全に悪のりしてるし。

 

「でも、クリスマスにキャンプなんて初めてやねー♪いつもは家族とすごしとるからな〜♪」

 

「キサマ!家族おったんかーーッ!!?」

 

「なめとんのか、われーーッ!」

 

本当に面白い……

この二人なら、ワンチャン芸人目指せるんじゃ?

 

「千代さん、千代さん……!」

 

斉藤さんが俺の肩をトントンと叩き、気づいた俺に耳打ちをする。

 

「二人、芸人みたいで面白いですよね?」

 

「全くだ……」

 

斉藤さんはケラケラと笑っていた。

 

「そういえば、斉藤さんもクリスマスキャンプ、どうかな?」

 

「えっ、私ッ!!?」

 

「うん!デイキャンプにすれば寝袋とかもいらんし、一緒にやらへん?」

 

「もちろん、千代さんもッスよ!」

 

「一応は野クルの相談役だし、自分は参加させてもらうよ。」

 

「うーん、私は寒いの苦手だしなぁ…… でも、ちょっと楽しそう……」

 

彼女の中で参加するしないで葛藤する。

 

「まあ〜 クリスマスまでは時間あるし、ゆっくり考えたら良いよ。」

 

「ねえ、犬山さん…… 決めるのテストが終わってからでも良いかな?」

 

「うん、全然かまへんよー」

 

斉藤さんの答えが、保留となったところで完全下校を知らせるチャイムが鳴った。

 

「下校時間、私そろそろ帰るね。じゃあね、犬山さん、大垣さん。」

 

「うん、またなー」

 

「おう、じゃーなー」

 

「千代さんもさようならー♪」

 

「はい、さようなら。」

 

斉藤さんは理科室をあとにした。

 

「君たちも早く帰りなさい。明後日からテストだし……」

 

「せやな。木皿の方もええ感じになったし、ウチらもはよ帰ろー」

 

「そうだなーでも、その前に……」

 

大垣さんと犬山さんは写メを撮り、メッセージを野クルのグループLINEに送る。

ピコンと俺のスマホが鳴った。

 

千明『次の野クルキャンプは……』

 

イヌ子『テスト終わりのご褒美、クリスマスキャンプで決まりやー!』

 

なでしこ『やったー!みんな、期末テストがんばるぞー!』

 

千代『みんな、無理しない程度に頑張りなよ……』

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の夜……

俺は次の休みツーリングに行こうと思い、タブレットでグルグルマップのアプリを開き、行き場所を決めていた。

 

「さてと、今度はどこに行こうかな……」

 

タブレットを弄っていると、この町の近辺が3Dビューになっているに気づく。

 

「へぇーここいらも地図も3Dビューで見られるようになったんだな……」

 

……あ。その3Dビューにとある人物が映っていた。

 

「各務原さんだ……」

 

俺はちょっと可笑しくなり、そのアドレスをコピーしたうえでLINEでメッセージを送った。

 

千代『こんばんは。面白い画像、見つけたよー』

 

直ぐに返信が来る。

 

リン『こんばんは。画像見ました。なでしこのヤツいったい何をしてるんだか……』

 

千代『ホントだよね。』

 

テストが終わったら、みんなに教えてあげよう。

 

次回に続く。




私は大垣千明。
放課後に頑張ってヤスリがけをした木皿を使って、早速スープを飲んでみようと思う。

テスト勉強?
一応はしたぞ。

「さーて、お前の性能…… 見せて貰おうか。」

スープの素を木皿に入れて〜♪
お湯を注ぎぃ〜♪

「ん〜ただのコーンスープも一味ちがうよなぁ〜!」

「こんなに……」

あ、これは…… ヤバいッ!

「くっさーーーッ!」

※塗料を剥がしたアカシア製の木皿には、独特の匂いがあり、その独特な匂いが食材に移ることがあります。

※対策として、お酢を混ぜた水に漬けおき、よく脱臭しましょう。


「くっせ!マジ、くっせー!」

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みのぶカリブーまんじゅううまい

ようやく鳥羽先生の名前が出て来ます。


テスト期間中、生徒たちが頑張っている間、俺は高所作業をしていた。

安全のために数人の同僚に手伝ってもらい、素早く的確に数をこなしていく。

 

「これで最後だな。」

 

最後の一枚を拭き上げ、無事に接地した。

 

「……ふぅ。接地確認。」

 

最初は緊張していたが、身体が覚えていてくれた。

 

「終わりです。協力ありがとうございました。」

 

癖なのか、当たり前のように陸上自衛隊式の敬礼を同僚にしてしまう。

 

「いえ!野咲さんこそ、高所での窓拭き作業、お疲れ様でした!」

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

手伝って貰った同僚たちもお返しとばかりに、俺に対して答礼した。

 

「いや〜それにしても素晴らしい手際でしたな。」

 

「いえいえ……」

 

「謙遜しなくていいですよ。」

 

「まったくです。ピカピカになったおかげで陽光を反射してますよ。」

 

「どうぞ、お茶です。」

 

「あ、どうも……」

 

四人で一息入れたあとに使った道具の整備と点検、片付けをしてから、教頭先生のもとに報告しに向かう。

 

教頭先生は職員室にいた。

 

「失礼します!野咲千代、以下三名、無事に作業を終了したことを報告します!」

 

「お、おぅ………」

 

教頭先生が身動いでいる。

 

「お、お疲れ様でした…… 無事に終わってくれて良かったです。」

 

「では!」

 

四人で一礼して職員室をあとにした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

期末テスト最終日ということで学校自体も午前中で終わり、昼休み後部活に行く者、帰宅する者と多種多様である。

 

俺もやることやったし、帰ろうと思い帰り支度をしていた。

ガラガラと引き戸が開く音がして、その音の方に顔を向ける。

 

「千ぃ〜代さん♪」

 

事務室と廊下を隔てる引き戸から、ひょっこりと各務原さんが顔を出した。

 

「各務原さん?どうしたの?」

 

「千代さん!」

 

彼女が俺の顔をズイッと覗き込む。

 

「はいッ!!?」

 

ちょっと身構える俺……

 

「行きましょう!」

 

「ヘッ!!?」

 

彼女が俺の手を掴む。

 

「えっと、行くって……どこにッ?」

 

「カリブー!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

と言うことで俺は、野クルメンバーを愛車に乗せ、一路キャンプ用品店“カリブー身延店”を目指していた。

 

「テストお疲れ様だったね。どうだった?」

 

「余裕でしたわ〜♪ これで冬休みまで安心、安心♪」

 

「だね〜」

 

「私もよゆうだったぜー」

 

話しを聞くに、大垣さんだけは怪しかったりもしたが、残り二人はバッチリのようだ。

学校を出て、JR身延線の線路に沿うように車を走らせる。

周囲の山々は葉をすっかり落とし本格的に冬支度をすませようとしていた。

 

「それにしても千代さんの車って、後部座席せまいですよね……」

 

「うん。天井低いし、ちょー窮屈だよ~」

 

そんなことを後ろに座る犬山さんと各務原さんが話している。

 

「しょうがないよ。この車はとことん走りを突き詰めてるからね…… 後部座席には実質、人権はないよ。」

 

「そうだぞー二人とも文句を言っちゃいかんな。前に乗って見たい!って言ってたじゃないか。」

 

助手席に座る大垣さんがどやーって、まるで自分の車のように二人を諭していた。

 

「商店街に入ったね。まだ先?」

 

「そうッスね。」

 

「商店街、抜けた先ですわー」

 

「ねえ!あおいちゃん!ほうとうだって!野菜がたくさん入った味噌煮うどんでしょ?あっちはみのぶまんじゅうだって!ここら辺の名物なのかな?かな?」

 

各務原さんは車窓から見える景色に目移りしてたまらないようだ。

 

「あー!わんこだぁー!」

 

「そんなにキョロキョロしてなでしここそ、犬みたいだな。」

 

「なでしこ犬やな。」

 

「あ、千代さんここッス。」

 

野クルの案内で来た場所、カリブーとはキャンプ用品店だった。

駐車場に車を入れる。

 

「うーーん! 身体がバキバキやー!」

 

「だねーー!」

 

俺の車から降りた犬山さんと各務原さんが背伸びをしていた。

相当、窮屈なようだ。

 

「カリブーって、キャンプ用品店なんだ。」

 

「はい!なでしこと千代さんに教えたくて!」

 

「早く行こうよ!アキちゃん!」

 

「ちょっと、待て!なでしこ!」

 

「えッ!!?どうしたの?アキちゃん!」

 

早る気持ちを抑えられない各務原さんを落ち着かせるかのように、大垣さんが忠告し始める。

 

「いいか?なでしこ!店内には高額な商品たちが多数待ち構えている。ヤバいと思ったら、すぐに外の空気を吸うんだぞ!」

 

「わ、分かった……」

 

「何言っとるん?さっさと行くで〜」

 

俺たちは魔境、カリブーへと足を踏み入れた。

 

「ふおおおおおおおーー!」

 

ところ狭しとキャンプやアウトドア用品が並べられている。

各務原さんは目をキラキラと輝かせていた。

 

「なでしこちゃん、心奪われまくりやなぁ〜」

 

「まったくだぜー」

 

「千代さんはこういう所は初めてですか?」

 

「あ〜いや、自衛官やってた時に何度か来たことあるよ。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。お湯沸かしたりする携帯ガスコンロとかは持っているよ。最悪、泥水とか飲まなきゃいけないからね……衛生的に煮沸するためにも……」

 

「へ、へぇ〜」

 

犬山さんがちょっと引いている。

でも、こういう場所は男としてもテンションが上がるよな。

 

「年末のクリキャン、千代さんは必要なモノとかないんッスか?」

 

「実をいうとテントとか寝袋系は持ってないんだよね……」

 

「ガスコンロとかは持っているのに?」

 

「まあ~いちいちテントとか出していたら、手間だし、あくまでも野営やら野宿は任務完遂のための手段だから……」

 

「でも、虫とか刺されたらたまらんぜよ。」

 

「そこは気合いと軟膏で乗り切るんだよ……」

 

「あ、出た。理解不能の謎理論。」

 

「謎理論って…… 仕方ないだろ?銃含めて数十キロある荷物背負って長距離歩くんだから、今度のクリキャンで話してあげようか?自衛隊の思い出話?」

 

「ぜひとも!」

 

「ほぉ?ドン引きするくらいヤバいから、覚悟しとけよ〜?」

 

そんなことを話しながら、店内を歩いていると各務原さんが、とあるガスランプを見ながら店員と話していた。

 

「各務原さん、何かいい物でも見つけたのかい?」

 

彼女に声をかけて見る。

 

「あ、千代さん!えっと、このランプがきれいだな〜って思って……」

 

「本当だね。」

 

「試しに火をつけてみますか?」

 

「良いんですかッ!!?」

 

「はい、良いですよー」

 

店員は手際良く、ガスランプに火を灯して見せた。

小さいガスのシューっと鳴る音にきれいな火が揺れる。

 

「おお、幻想的でたいしたもんだ。」

 

「見た目もレトロで人気があるんですよね。」

 

各務原さんはガスランプの中で揺らめく火にうっとりしているようだった。

 

「ハア……良いなぁ〜」

 

「おひとついかがでしょうか?」

 

店員に勧められた各務原さん。

値札に目をチラッと向けて、値段を見た。

税込み価格4690円……

値段が彼女を現実の世界に引き戻す。

 

「お金をためて、また来ます……」

 

各務原さんは、サッと自身の目を手で塞いで店員の勧めを断わる。

 

「そ、そうですか……」

 

その後、各務原さんは店員に確認を取った上で、スマホで写真を撮っていた。

 

「残念だったね、各務原さん……」

 

「おこづかい制の私には、ちょっと無理だったよ……」

 

「そうか、またの機会だね。」

 

「はい……」

 

各務原さん、頑張れ!

別行動していた大垣さん、犬山さんと合流した俺と各務原さんは三人でアウトドアのファッションコーデを楽しんでいた。

 

そして、店の一角に大きなテントが設置されている。

 

「へぇーこりゃあ、大きいテントだな。」

 

「ファミリー用の良いヤツですわ〜」

 

「それに中もめっちゃ、広ーーい!?」

 

「ウチらの980円テントとは大違いだぜー」

 

大垣さん、それと比べちゃ終わりってモンよ。

 

「ふむ……ヒジョーに快適だ。」

 

大垣さんが中に入り、念入りに調べた上でゴロンと横になった。

 

「ブランケットにまくらを持って来てくれ……」

 

「調子にこいとると叱られるで。」

 

大垣さんに対して、犬山さんは流れるようにツッコミを入れる。

 

「それで大垣さん、テントでなんかオススメできる物はあるかな?」

 

「へ?今日、買われるんですか?」

 

「今後キャンプでお世話になるし、せっかくここまで来たんだ……」

 

「やっぱマジで買うんだ!オススメかー!私も安物しか使ったことないし……まあ、モンベルとかコールマンあたりを買っとけば問題ないと……」

 

モンベルか……

確か志摩さんが使っているのテントもモンベルだったような……

 

「バイクに積むってなると登山用とか良いんじゃないでしょうか?あれなら軽いし畳むとめっちゃ小さくなるし……」

 

「ほう、登山用か……」

 

「グヘヘヘ、それで旦那ぁ〜ちなみにご予算はいかほどでございやしょうか」

 

揉み手で眼鏡をギラギラ光らせる大垣さん。

まるで時代劇の悪徳商人のようだ。

 

「まあ高くても5万くらいかな?それ以上はちょっとね…………」

 

「ご、5万だと………ッ!!?」

 

悪徳商人みたいな話し方も忘れて、大垣さんはフリーズする。

よく見たら鼻血出てるし……

 

「うわぁッ!!?鼻血出てるよッ!!?犬山さん!ティッシュ、ティッシュ!」

 

「は、はいッ!!?」

 

犬山さんは慌てて大垣さんの鼻にティッシュをねじり込んだ。

 

「フンガッ!!?すまん。あまりの値段に脳が拒絶反応起こしたみたいだ……」

 

それって、どんな体質なんだ?

大垣さんの謎体質に首を傾げながらテントのコーナーで足を止める。

収納袋にコンパクトに袋詰めされたテントの数々を眺めた。

 

「一人用テントと言っても色々あるね。どれにしようか迷ってしまうな……あ、これ意外と安いぞ。」

 

俺は目につくものを適当に物色して行く。

目についたテントを手に取る。

 

「モンベルのステラリッジ2型か……おっ?びっくりするくらい軽い。たぶん2キロもない。」

 

「あ、それ登山用です。そいつはフライシートとセットで使うんです。あった!これだ!」

 

もう一つの袋に収まったシートを大垣さんから受け取る。

これもすごく軽い!まるで羽のようだ。

 

「それで、フライシートってなんなの?」

 

「簡単に言えばテントカバーですぅ。この手のもんは本体が軽い分薄いから、これで埃とか雨風から本体の布地を守るんですわ~」

 

「なるほど、カバーが破けても修理したり交換すればいいだけだもんね。」

 

「あとフライシートがあると前室って言って、ちょっとした空きスペースが作れるから、そこに荷物置いたりバーナーとか使ったりできますよ。」

 

「へぇ〜いろいろ考えられてるんだね。じゃあこれは必要だ。値段は……二つ合わせて4万5千かな。」

 

ギリギリ予算の範囲に収まっているし、何より軽いのが気に入った。

色は……シックなのが良いな!

 

良し決めた!これにしよう!

 

「ちょっと買ってくるね!」

 

「へい!まいどあり!」

 

「何言っとんのぉ……アキはお客さんでしょうが〜」

 

相変わらずふざけてる大垣さんに呆れながらツッコむ犬山さん。俺はレジに向かう。

 

あ、そうそう次いでに寝袋とその下に敷くマットも買わないと…… これからこのテントが俺の物になるのかと思うと、テンションが上がるな。

 

「ふへ、ふへへへ……」

 

この変なニヤけかた、バイク屋でロクダボくんの購入手続きをしていた時を思い出す。

 

「あ、そうだ!次いでだし、この間YouTubeのキャンプ動画で見たあれも買っておこうか……」

 

俺はルンルン気分で先程までいたバーナーのコーナーに向かった。

 

「あった。」

 

コールマンのヒーターアタッチメント!それにランタン……コイツも買っていこう。

ワクワクとドキドキが止まらないぜ。

 

「すいません。お会計おねがいします!」

 

店員さんにテントとアタッチメントなどを渡し会計をすませる。

 

テントとフライシート、寝袋、そしてヒーターアタッチメント、ランタン。

 

合計104960円!

 

かなりの出費だ。

しばらくはモヤシ生活だけど、下手に安いものを買うくらいなら最初からちゃんとしたものを買うべきだ。

 

それにどうせいつか買うなら、今買おうが後で買おうが同じだ。

 

「おーい千代さ〜ん!こっちこっちー!」

 

会計をすませ品物を受け取ると、各務原さんが俺のことを呼ぶ声が…… 展示品のコーナーのキャンプチェアーにみんなが身体を埋めていた。

すごいくつろぎっぷりだ。

 

「買ってきたよ。」

 

「なんか、最初と買った量が違いますね〜?」

 

三人にレシートを見せる。

 

「くわッ!!?脅威の10万超え!」

 

「アキちゃん…… 部費がぶっ飛んじゃう!」

 

「こんな買い物して大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。独り身だし自衛隊時代に貯めた貯金とモヤシさえあれば、へっちゃらへっちゃら!」

 

「さすが大人や……」

 

「リッ千代さんだな……」

 

「リッ千代さんだね!」

 

なんか変なあだ名を付けられたな。

 

「あ、このイスもいい感じだ……」

 

「ですよね〜埋まる感じが何とも言えんわ〜」

 

空いていたキャンプチェアーに腰掛け、率直な感想に犬山さんも納得している。

 

「なあ〜イヌ子ぉ……社会科の田所ちゃんの変わりに来る先生のこと知ってるか〜?」

 

「あ〜鳥羽先生やろ?美人さんや。」

 

「確か電撃結婚&産休に入ったから、変わりに来たっていう……?」

 

「アキちゃん、その鳥羽先生がどうしたの?」

 

「その先生……私のバイト先の人から“グビ姉”って呼ばれてるだよ。」

 

「「グビ姉?」」

 

また凄いあだ名をつけたな。

 

「鳥羽先生、毎日のようにできるビールの500ml缶6本セットを買って行くんだって……」

 

「へぇーめっちゃ、酒好きなんやなー」

 

グビ姉こと鳥羽先生の話しを聞きながら、各務原さんが考えごとをしている。

 

「各務原さん、何か考えごと?」

 

「あ、えっと……鳥羽先生、どこかで一度会ってるような気がするんだよね〜〜」

 

「そう、なんだ…………」

 

俺たちは欲しい物を買ってカリブーをあとにした。

そして帰りに名物の身延まんじゅうを買って、近くの川の見えるベンチ座って食べる。

 

「上品な甘さで旨いじゃないか……」

 

「それに出来たてを買えるなんて、ツイてるよな!」

 

「ほんのり温かくて、生地はモチモチ……美味しよねぇ〜」

 

「まんじゅう、うまいなぁ〜」

 

「ああ、旨い……」

 

「やっぱり、日本人ならまんじゅうとお茶で決まりズラ〜」

 

「せやな〜」

 

まんじゅうとお茶の最強コンビにほっこりしていると、俺の隣に座っている各務原さんがバッと立ち上がった。

 

「決めたッ!私もバイトしてキャンプ道具を買いに来るよ!」

 

いきなりであったが、彼女はバイトをすると決意を固める。

その粋だ!頑張れよ!

 

「それで、帰りにおまんじゅうを買いに来るよ〜」

 

でも食いしん坊なところは、そのままだったな……

 

次回に続く。




ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おじさんと初キャンプ。

好き勝手に書いていきます。


期末テストの終った終末、俺は揃えたキャンプ道具を愛車その①であるロクダボくんに積載していた。

初めてのキャンプをするためだ。

 

野営や野宿は自衛隊の時に経験済みだが、キャンプとなると話は別だ。

 

「こんなモノか………」

 

俺のロクダボは、ロンツーモードもとい最終決戦仕様と化している。

今年最後となるロクダボとのロンツー&初キャンプ。

まあ〜エンジン関係上、定期的には乗るけど……

 

「良し、行くか……!」

 

\オウヨ…ッ!!!/

 

「ヤリスくんもお留守番、任せたよ。」

 

\キヲツケロヨ〜!/

 

お昼頃に自宅のアパートを出発した。

まずは今晩の夕食を買いに行こうかな?

バイクを走らせて向かったのはスーパーマーケットのゼブラ身延店……

 

「さて、晩ごはんは何にするか?カレー?焼き肉?それとも……………」

 

色々と食材を物色していると、声を掛けられた。

 

「千代さん?お買い物ですか?」

 

反応して顔を上げると、そこに立っていたのは桜さんだった。

 

「あ、各務原さn………」

 

「むぅ……ッ!!?」

 

俺を見る彼女の眼鏡がギラリと光る。

 

「桜さん……」

 

「よろしい。」

 

下の名前で呼ばれて嬉しかったのか、彼女は納得した上でご満悦のようだ。

 

「千代さんは買い物中みたいですね。」

 

「ええ、これから初めてのキャンプに行こうかと……」

 

「へぇ〜どこでするんですか?」

 

「ツーリングも兼ねて本栖湖まで……」

 

桜さんと二人で並んで買い物して回る。

 

「そういえば、今日は妹さんも志摩さんとキャンプする予定でしたよね?」

 

「ええ……昨日そんなことを言ってましたけど、あの娘ったら、今日になって風邪を引いたみたいで……」

 

「あらら………」

 

ちょっと苦笑い………

 

「だから、今日はリンちゃん一人でキャンプに行ったみたいですよ?」

 

買い物を終えた俺と桜さんは、共にレジへと並んだ。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

レジ打ちをしていたのは、犬山さんだった。

 

「犬山さん、ここでバイトしていたんだね?」

 

「はい〜そうですぅ。あ、なでしこちゃんのお姉さんもいらっしゃいませ〜」

 

「あおいちゃんもお疲れ様。」

 

犬山さんはピッピッと、手際よく商品をレジに通していく。

 

「へぇー手慣れたモノだねぇ~」

 

「いえいえ……それはそうと、お二人とも仲がよろしいようですが、これからデートですか?」

 

レジ打ちしながら、犬山さんが爆弾を投下した。

 

「な、何を言っているんだいッ!!?たまたまだよ……ッ!!?ね?桜さん?」

 

俺は彼女との関係を否定しようかと思ったが……

 

「………………それはあおいちゃんのご想像にお任せします。」

 

ますます、ややこしくなった。

 

「ちょっと、桜さんッ!!?」

 

あたふたする俺を見ながら、クスクス笑う桜さん……

また、彼女にからかわれた。

 

「千代さん。お会計1760円ですぅ……」

 

そんな俺を後目にマイペースな犬山さん。

 

「あ、はい。」

 

俺は会計を済ませて、店をあとにする。

 

「ありがとうございました〜♪」

 

「ちょっと桜さん、困りますよ……あんな態度を取られると……」

 

「ごめんなさい。何だか千代さんが可愛くて……♪」

 

「か、可愛いッ!!?お俺が……ッ!!?」

 

「ほら、可愛い……♪」

 

「また、からかわれた。俺、年上なんですけど……」

 

「それは関係ないです。」

 

謎理論……

うーむ、モヤモヤする。

 

「じゃあ、私はこれで………!」

 

「あ、ちょっと待って下さい。」

 

俺は桜さんにプリンを渡す。

 

「これは…………?」

 

「妹さんへの差し入れです。」

 

「ありがとうございます。なでしこも喜びますよ。」

 

俺は桜さんと別れて、目的地の本栖湖のキャンプ場に向かった。

12月に突入して、山梨の冬は一段と厳しく感じる。

身を切るような風が凄い。

 

「着いた………」

 

俺は管理棟へ足を運び、一泊分の料金を支払った。

湖畔のサイトまで入り、スタンドを立ててバイクから降りる。

 

「スタンド良し!」

 

どこぞの安全ネコのように、念入りにスタンドを確認した。

荷物をバイクから降ろし、決めた場所に置いた。

 

「それにしてもいい天気だ……」

 

初めて来た時とは違って富士山もはっきりと見える。

風も殆どなく、無風状態で湖面にも逆富士が綺麗に映っていた。

 

「コンディションも最高じゃないか。」

 

美味しい空気を思いっきり肺に取り込み、深呼吸と背伸びをする。

 

さあ!キャンプを始めよう!

サバイバルに比べると断然楽だろう……

食料と水、酒はすでに用意してある。

あとはシェルターとなるテントに火起こしだ。

 

「テント設営は説明書でおさらいしてあるし〜♪」

 

テントを立てる範囲をあらかた決めて、四角く線を引いて、その中の目につく石を拾った。

 

「やっぱり、寝心地は良いのに越したことはない。」

 

十分後…………まだ立たない。

 

「あれ?予定では殆ど出来てるはずなんだが………」

 

さらに十分…………やっと半分。

 

「く、なぜだ………このままじゃ、志摩さんとか野クルみんなに合わせる顔がない……」

 

40分掛けてようやく出来上がる。

 

「けっこう時間が掛かったな……まあ、次はうまく行くさ。」

 

テーブル、チェアーを用意してその他のガジェットも出してテーブルに並べる。

 

「さて、最後に火起こしだ。」

 

バケツに水を汲み、薪を集めて、焚き火台組み立て、石で風除け作り、いざ!火起こし!

 

「キャンプ動画で予習した時には、フェザーステックみたいモンを作ってたよな?」

 

木を削り、フェザーと言うより彼岸花のようなモノを幾つか作り、焚き火台の中へ……

 

「これぞ文明の力……ターボライター!」

 

普通のライターとは比べ物ならない出力を誇る。

早い!あっという間にフェザーステックの山に火が入った。

 

チェアーに座り、ゆったりと景色を眺める。

 

「そうだ。コーヒーでも飲もう……」

 

自衛隊の時から使い込んだ、ススで真っ黒になったポットで直火で沸かした。

 

「このポット、使うのはいつ振りだろうか……う〜ん、味わい深い……」

 

お湯が沸いた。

インスタントのコーヒーを煎れる。

 

「ああ……インスタントだが、シチュエーションのおかげで旨さ100点だ。」

 

コーヒーを飲みながら、ボーッとする。

 

「うん、暇だ……」

 

キャンプって、こんなに暇なのか?

景色見る、焚き火の調整、コーヒー以外に何もすることがない。

 

「まだ三時過ぎ……晩ごはん作るにも早すぎる。良し!筋トレでもするか……」

 

俺はおもむろに屈み跳躍を初めてみた。

 

「いち、に、さん、し…………」

 

飛んでは足を前後と変えて、屈伸を繰り返す……

 

「さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん……………………よんじゅう!」

 

体力の限界で、その場にヘタリ込んだ。

 

「久しぶりだから、堪えるわ………」

 

息を整えていると、スマホがピコンっと鳴る。

 

「LINE……か?」

 

なでしこ『こんにちは。』

 

各務原さんか……

 

千代『各務原さん、風邪を引いたみたいだね?お姉さんから聞いたよ。』

 

なでしこ『えへへ……昨日、お風呂上がりにベランダでリンちゃんとキャンプことで電話してて………』

 

千代『それで風邪を引いたってわけか……』

 

仕方のない娘だ…………

 

なでしこ『お姉ちゃんからプリン貰ったよーありがとうございます(≧▽≦)』

 

千代『気に入って貰えて良かったよ。』

 

なでしこ『今、梨っ子のアキちゃんが一流料理人も頷く、絶品のほうとうを作ってるんだよ〜♪デザートは〜ッ!!?千代さんのプリン!』

 

文面からして、かなり回復していると思われる。

なでしこ、風の子、元気な娘だな……

 

それにしても、ほうとうか……

そういえばこっちに来て、食べたことなかったな。

 

千代『良いじゃないか……是非とも今度、自分にも作ってもらいたいものだ。』

 

なでしこ『良いですね!』

 

筋トレして各務原さんとLINEのやり取りしている間に、晩ごはんの時間になっていた。

 

「さて、今日は初めてのキャンプと言うことで、思いきって肉焼くぞー!」

 

食材を入れていた保冷バッグからメイン食材の骨付き鶏もも肉を取り出した。

 

「美味そうだ。コイツを網の上で豪快に焼く!」

 

薪のスモーキーな香り、そして肉の焼ける音……これだけで酒を煽れる。

 

「もう良いよな?呑んでも…………ッ!!?」

 

初めて尽くしで、テンションも高い。

 

キンキンに冷えた銀色のヤツのプルタブを開けた。

プシュっと、音がして麦の香りが鼻をくすぐる。

 

「ん、ん、ん……」

 

俺は飲み口を口に充てがい、一気に喉の奥へとビールを送った。

 

「ぷはぁーー!キンキンに冷えてやがる!」

 

麦の香り、ホップの苦味、炭酸、のどごし……完璧な組み合わせじゃないか……ッ!

 

「さあ、鶏もも肉も頃合いか?」

 

味付けはシンプルに塩コショウのみだ!

素材が素材だけに、余計な味付けはしない。

焼き上がった肉をまな板に上げて、ナイフで食べやすくカットして、いざ!実食!

 

「いただきます……」

 

口に入れると鶏特有の甘い脂が、口に広がる。

 

「美味い!美味すぎるぞ!」

 

そして、鶏肉の余韻したる口をビールで流し込んだ。

 

「犯罪的だぁッ………」

 

夜の本栖湖と富士山を眺めながら、他にも色々焼いて食べて、酒を嗜んだ。

ホント最高の晩酌だったよ……

 

ほろ酔い気分で片付けをして、早々に寝袋に入り寝るまでの間にスマホを弄っていると、志摩さんからLINEの通知が来た。

 

りん『こんばんは。なでしこから聞きました。千代さんも今日キャンプしているそうですね?』

 

千代『そうだよ。クリスマスキャンプに行くことになって、それに合わせて道具も新調したし、練習も兼ねて……』

 

りん『それで、どうでした?』

 

千代『いやー苦戦したよ。テント建てるのに、40分掛かっちゃたし……』

 

千代『それに何もすることがなくて、筋トレしてた。』

 

りん『なんか、千代さんらしい………』

 

千代『志摩さんは暇つぶしに何をするの?』

 

りん『私は普段読めてない本を……読書してますね。』

 

千代『なるほど……』

 

そうか、自衛隊で野宿とかする時は次の行動のために打ち合わせとかしてたもんな。

 

りん『次は何か時間潰せるモノを持って行くと良いですよ。』

 

じゃあ、クリスマスキャンプでは趣味のサバゲーで使う小銃の整備でもしようかな?

 

千代『ありがとう、志摩さん……色々と参考になったよ。』

 

りん『いえ、私こそ千代さんとやり取りできて嬉しかったです。』

 

嬉しかった……

なんだ?志摩さん?この含みのある最後は?

 

彼女とのLINEでのやり取りを終えた俺は早々に床に入った。

 

『やっぱり、この寝袋は凄いな温かい……』

 

俺はすぐに眠りに付くことができた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

そして、新しい朝が来た。

テントの中に日の光が入ってくる。

 

「うーーーーん!」

 

久しぶりに気持ち良い朝を迎えた気がした。

背伸びをして、テントの外に出る。

 

「おはようございます。」

 

「……………え?」

 

なんと、そこにいたのは桜さんだった。

 

次回に続く。




ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初キャンプの朝。そしてクリキャン会議。

クリキャン編突入です。


「おはようございます。」

 

「はぁッ!!?え?桜さんッ!!?どうしてここにッ?」

 

「来ちゃった♪」

 

来ちゃった♪って……

やっぱり桜さんも、妹のなでしこさんに負けず劣らずのフィジカルモンスターだな。

 

「美味しい……」

 

とりあえずのおもてなしに、彼女にはホットコーヒーを出しておこう。

 

「でも、良いんですか?こんなに早い時間に来ても?おウチの方とか心配しますよ?」

 

そんな感じで聴いてみた。

今の時間は朝の7:20を回ったところだった。

 

「あ、そこら辺は大丈夫ですよ。両親には昨日の夜に伝えてありますから♪」

 

「へ、へぇ〜そうなんだ。」

 

凄いな……きちんと根回しまでしている。

 

「お腹、空いてません?何か作りますよ?」

 

「え?良いんですか?」

 

彼女の目がキラキラしている。

彼女もまたグルメなんだ。

良し!自分から誘ったんだ、頑張って美味しいのを作るぞー!

 

「何をごちそうしてくれるんですか?」

 

「ふふ〜ん♪出来てからのお楽しみです。」

 

ということで、俺はホットサンドメーカーを取り出した。

 

「それを出してきたということは…… いかにもキャンプ飯ですね。」

 

まず、ブロックベーコンをカットして炒めます。

油はベーコンから出て来るので大丈夫。

 

次にソース作り!

マヨネーズ、粒マスタード、ハチミツを適量混ぜて黒コショウを少々。

 

そこへ炒めたベーコンを投入!和える!

 

そして食パンを二枚用意し、バターを塗り、スライスした玉ねぎ、特製ハニーマスタードソースと和えたベーコン、とろけるチーズを乗せて、パンで挟み、焦げないように焼き目をつける。

 

「千代さん、手際良いですね♪」

 

俺の横に座った桜さんがコーヒーを飲みながら、そんなことを言う。

 

「そうですか?……っと、出来たみたいです。」

 

焼き上がったホットサンドをまな板で切ってみると、トロリとチーズが伸びて、香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。

 

「どうぞ……」

 

「ありがとうございます。いただきます。」

 

俺から受け取った特製のホットサンドを彼女はジッと見つめたあと口に運んで、そして味わう。

桜さんは何やら思い詰めたような表情で、一口二口と特製のホットサンドを食べ進める。

 

口に合わなかったのかな?と心配になる表情だ。

 

「千代さん……」

 

突如、彼女に声を掛けられる。

 

「は、はいッ!!?」

 

桜さんの掛けている眼鏡が日の光を反射し、ギラリと光った。

彼女の眼鏡、毎回ビックリするんだよなぁ……

 

「このホットサンド……」

 

彼女の発する次の言葉に固唾を呑む。

 

「とっても美味しいです。」

 

美味しかったんかーーい!

心の中で思わずツッコんでしまった。

 

「お口に合って良かったです。ははは……」

 

その後、二人で本栖湖を眺めながら他愛もない話をして過ごした。

 

「そういえば、桜さんって、普段は何をされてるんですか?」

 

「私?私は大学生ですよ。平日は大学やらバイトして週末の暇な日はこんな感じでフラフラと自分の行きたい所へとドライブに行ってるんです。」

 

「そうなんですね。」

 

「千代さんこそ、どうしてなでしこ達の学校に来たんですか?」

 

「たまたまですよ。自衛隊から離れて山梨県の嘱託職員の募集をしていたから、それに応募したらとんとん拍子で受かっちゃって……」

 

「それでその仕事が本栖高校の学校用務員だったと……」

 

「まあ、そういうことですね。そして何の因果か妹さんと出会い、桜さんとこうしてコーヒー飲んで、景色見て話しをしてる。」

 

「ホント分からないモノですね〜」

 

チェックアウトの時間も近づき撤収を始める。

なんと彼女も手伝ってくれた。

 

「片付けまで手伝って貰って……ありがとうございます。」

 

「いえいえ……えっと、千代さんはこれからどうするんですか?」

 

「自分ですか?ゆっくり帰ろうかと……」

 

「じゃあ、私も着いて行ってもいいですか?」

 

えっ?

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

本栖湖のキャンプ場から帰る途中、レトロな雰囲気の飲食店に立ち寄り、桜さんと昼食を取って帰宅した。

 

「お邪魔しまーす。」

 

そして俺の自宅には、なぜか桜さんと彼女の妹であるなでしこさんがいる。

何だかんだ桜さんは、ここまで着いて来てしまった。

なでしこさんとは近所で会い、桜さんに拾われる形でここまで来たわけだ。

 

「ふおーーーー!広ーーい!」

 

なでしこさんは俺の部屋をキョロキョロしている。

初めての場所に来た犬のようだ。

 

「凄いですね。メゾネットタイプのアパート……」

 

一階はキッチンやリビング、水回りと生活スペース。

二階は書斎を兼ねた趣味部屋と寝室などのプライベート空間となっている。

 

「千代さん、二階を見てもいいですか?」

 

「あ、ああ……良いよ。」

 

「わーーい!」

 

「こ、コラ!なでしこ!すいません、千代さん……」

 

「だ、大丈夫ですよ。はは……」

 

俺と桜さんは一階のリビングで談笑していた。

 

「あれ?静かになりましたね?」

 

二階にいるはずのなでしこさんの声がしなくなった。

 

「ちょっと、見に行ってみますか?」

 

二人で二階に上がって見ると、寝室のベッドで丸くなって眠るなでしこさんがいた。

 

「何してんのよ。全く……」

 

桜さんは呆れた表情で、なでしこさんを起こそうとするが俺はその手を止める。

 

「良いじゃないですか。気持ちよさそうに寝てるし、このままそっとしときましょう。」

 

「すみません。それにしても千代さんのお部屋って、とてもきれいですよね?」

 

「まあ、自衛官の時に身の回り整理整頓は叩き込まれましたからね。」

 

「へぇ〜そうなんですね。えっと、このロッカーって何が入ってるんですか?厳重に施錠までしてあるけど……」

 

桜さんの言うとおり、二階の趣味部屋の一角にはお洒落なデザインには似つかわしくない、無骨なロッカーが置いていた。

 

「この中ですか?」

 

俺は施錠を解き、ロッカーの中を彼女に見せる。

 

「こ、これはッ!!?」

 

ロッカーの中には綺麗に並べられた

 

「ち、千代さん……これって、本物ですか?」

 

俺はそのうちの一つを取り出し、コッキングレバーを引いて見せた。

ガチャリと金属音がする。

 

「違いますよ。サバゲー用の銃です。自衛官の時から良く部隊の連中とやってて……」

 

「かっこいいですね。」

 

「ええ、今は技術も上がって本物に近い動きをしますよ。」

 

サバゲーの話題で二人盛り上がっていると、なでしこさんが目を覚ました。

 

「うーーん、寝ちゃってた〜」

 

「あ、やっと起きた!」

 

なでしこさんと俺の目が合う。

 

「あ……」

 

俺と俺の持つエアガンを交互に見て、なでしこさんが固まった。

 

「ヒャーーーッ!!?」

 

そして、ビックリしたのか気絶してしまった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「って、ことが昨日あったんだよ〜!」

 

「だから、驚かせて済まなかったって……それにお詫びにまるごとフルーツゼリーを上げたじゃん。」

 

週明けの放課後、野クルは久しぶりに全員集合したということで、サークル活動をしていた。

と言ってもやることは、運動場の隅っこで焚き火してホットココアを飲むだけだ。

 

いつも違うことといえば、志摩さんと斉藤さんが新しく野クルに入った。

 

「千代さん、私と斉藤は野クルには入っていませんよ。」

 

「え?そうなの?」

 

「そうです。訂正してください。」

 

「ということで!今回、志摩隊員と斉藤隊員が我が探検隊に仮入隊するということだが……!」

 

「いつから、ウチらは探検隊になったんや?」

 

犬山さんがツッコミ繰り出す。

 

「ウチの探検隊は甘くないぞ!覚悟はあるかッ!!?」

 

しかし、当の大垣さんは華麗にスルー。

 

「おす!」

 

「おす。」

 

「だから、ウチらは探検隊じゃないでー!」

 

「まあ、茶番はここいらでやめといてクリキャンの作戦会議をはじめまーーす。」

 

「「「「おーーっ!」」」」

 

「では、千代さん。説明お願いします。」

 

「お、俺ッ!!?えーっと、キャンプの日取りは24日と25日、場所は五湖周辺ってことだけ決まっております。以上!」

 

「ざっくりしすぎてますね。」

 

「具体的なキャンプ場はこれから決めて行きまーす」

 

「たいちょう!おやつはいくr………「好きなだけ持ってきて良ーーーし!」

 

相変わらずだな、この二人………

 

「それでは、犬山くん。持っていく物の説明をよろしくな!」

 

「はいはい。」

 

おおかたの確認は終わり、キャンプ場については志摩さんが家族に聞いて選定することになった。

 

途中、プレゼント交換企画とかの話題が持ち上がったが、金銭面というリアルな事から隊長(部長)の大垣さんが誤魔化した上で各務原さんが“おもてなし”=プレゼント交換のアイデアを出して、みんな納得したところに落ち着く。

 

「さあ!作戦会議も終わったことだし、総員撤収!」

 

「了解です!」

 

と片付けをしようとした時だった。

 

「アナタたち!こんなところで何をしてるのッ!!?」

 

俺と野クルメンバーの前に現れたのは、新しく赴任して来た“鳥羽先生”だった。

 

「校庭で焚き火なんてして、火事になったらどうするんですか!」

 

鳥羽先生もここの学校に来て日が浅い。

知らないことも、まだまだある。

 

「あ、先生。アタシたち一応、大町先生に許可取った上に指導を受けてからやってます。野外活動サークルの活動の一環ってことで……」

 

「え?大町先生?そうなんですか?」

 

「そうみたいですよ。それに自分がいれる時は一緒にいますし………」

 

「あ、あなたは確か……」

 

「自分は学校用務員の野咲千代です。紆余曲折あって、このサークルで相談役をしてます。」

 

「あと!千代さんは元陸上自衛官なんですよ!」

 

「は、はあ……でも、万が一火事にでもなったら……」

 

「そうですね。一応、火を使う時は自分に一声掛けてくれるし……ね?大垣さん。」

 

「ういっす!」

 

「うーーん、ですが〜」

 

「まぁ、全く心配じゃない訳ではないですが、自分も他の仕事で抜けられないこともありますし……」

 

鳥羽先生に言われて、改めて考え直してしまった。

確かに生徒たちだけでの火の管理は危険も伴う。

 

「あ、千代さん!鳥羽先生に顧問になって貰いましょうよ!」

 

斉藤さん、ナイスアイデア!

 

「そうか……その手があったか!」

 

「へッ!!?」

 

「それに図書室で鳥羽先生と教頭先生が部活の顧問について話していたのを何度か見たことあります。」

 

さらに志摩さんが、鳥羽先生の退路を断ち切った。

 

「え?まさか!先生が顧問をやってくれるんですか!」

 

みんなのキラキラとした瞳が鳥羽先生に向けられる。

ここぞとばかりの視線って、キツイですよね?分かります。その気持ち……!

 

「ならば、善は急げだ。教頭先生に伝えてきますよ!」

 

俺は脱兎の如く、教頭先生の元へ向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺が教頭先生の元から帰ってきたら、鳥羽先生は野クルメンバーたちからおもてなしを受けていた。

 

「教頭先生に伝えて来ました。」

 

「そうですか……それでこの野外活動サークルでは、普段どういった活動をしているんですか?」

 

「えーと、アウトドアの本を読んだり……」

 

「校内の落ち葉と小枝を集めて、焚き火でココアとかコーヒー飲んだりして……」

 

「私と斉藤は体験入部です。」

 

「休みの日はみんなで予定合わせて、キャンプしてます!」

 

「今度のクリスマスもキャンプやるんですよ。」

 

「「「「「ねーーーーーっ♪」」」」」

 

ゆるい活動内容にホッとする鳥羽先生。

そんな彼女を各務原さんが、ジーッと見つめている。

 

「えっと、各務原……さん?どうかしましたか?」

 

「先生、ちょっとこうしてください。」

 

と各務原さんは鳥羽先生にポーズを取らせた。

 

「こう……ですか?」

 

鳥羽先生がポーズを取ると、各務原さんがすかさずスマホで写真を撮る。

 

「ちょっと、人を撮影する時は一言断ってから……ッ!!?」

 

「そうだよ。先生に失礼じゃないか。」

 

しかし、そんな鳥羽先生と注意する俺をガン無視した各務原さんは、スマホペンを斉藤さんから借りて、撮った画像データに色々と描き込んでいく。

 

「あーーーーー!リンちゃん!」

 

「どうしたんだよ……」

 

「酔っ払いのお姉さんだ!」

 

「え?………あ、既視感。そうだ。四尾連湖で会った酔っ払いのお姉さん。」

 

スマホにはお酒を両手に持ち、黒いフード、眼鏡を掛け酔っ払った表情の鳥羽先生が写っていた。

 

次回に続く。




ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お(ふ)じさんとクリスマス、ゆるキャンガール

ラストスパートです。


「え?もう行っちゃったんですかッ!!?」

 

俺は各務原さんを迎えに彼女の自宅まで来たのだが、母親が出てきて、すでに姉の桜さんとふもとっぱらキャンプ場へ向かったと伝えられた。

 

迎えに行く時間は、きちんと伝えていたんが……

 

「娘のなでしこからは連絡はなかったのでしょうか?」

 

「ええ……何もなかったですね。」

 

「あらあら。申し訳ございません……」

 

なでしこさんの母親が頭を下げる。

 

「大丈夫ですよ。向かう先は同じですから……じゃあ、私はこれで。」

 

「ほんとーに、ごめんなさいね。」

 

「いえいえ……」

 

俺は会釈をして車に乗り込むと、キャンプ場へと向かった。

愛車のGRヤリスは元気よく走る。

 

なでしこさんの自宅をあとにして、40分ほどで目的地のふもとっぱらキャンプ場付近までやって来た。

 

まもなくで到着するという時になって、前方を歩く人影を見かける。

 

「あの後ろ姿は……大垣さんと犬山さんじゃないか?」

 

幸い後続には他の車がいなかったので、ハザードを焚いて上で減速し、道路を歩く二人の横に車を並べた。

 

「やっぱり、大垣さんと犬山さんだった。」

 

「あ、千代さんや~」

 

「助かったー!」

 

大垣さんがホッとした顔をコチラに向ける。

彼女は薪の束を抱えていた。

 

「なんか大変そうだね。車の荷室が空いてるから載っけて良いよ。ついでにキミたちもね。」

 

「やったー!」

 

「ありがとございます~」

 

大垣さんは薪を載せて、二人が車に乗り込む。

 

「出発して良いかな?」

 

「はい。」

 

「お願いします~♪」

 

二人を乗せて、車は再度目的地を目指して走りだした。

 

「それにしても、どうしてあんな所を二人して歩いていたの?」

 

「えーっと、キャンプ場近くに牧場スイーツ食べに行って、帰りに薪が格安売ってあったから、三束買ったッス。」

 

「でも、大垣さんは一束しか持ってなかったよね?」

 

「しまりんにヘルプ頼んだら、来てくれて原付で運んでくれて………」

 

「最初、三束全部載せたら、重いしバランス悪いしで……」

 

「それで一束は大垣さんが運ぶことになったと?」

 

「そうです~」

 

「イヌ子は手伝ってくれないし……」

 

「ちゃんと、応援はしてあげたで~」

 

「口じゃなくて、手を出してくれー!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

キャンプ場に到着した。

すでにチェックインは済ませてあるということで、二人に案内されて、テントの設置場所へとむかう。

 

「着いた……」

 

俺は車から降りて、背伸びをした。

二人から聞くに、俺はビリッ穴のようだ。

 

大垣さんたちと一番乗りだった鳥羽先生はすでに出来上がって、さらにイビキをかいて眠っていた。

 

「おーみんな、集まっとるねー」

 

「あ、千代さんに犬山さん、大垣さんも……これで全員揃ったね。おはよー」

 

「それにしても斉藤さん、えらいな大荷物やー」

 

「まあ、クリスマスっぽい物をちょっとね……」

 

「千代さん、おそいよー!せっかく連絡したのに……」

 

「え?スマホには、なんにも来てないよ?」

 

「ウソだー?私、ちゃんとLINE送った………よ?って、あーーー!」

 

「どうしたんだ?なでしこ……」

 

と志摩さんが彼女のスマホを覗き込む。

 

「メッセージ送るの、忘れてた……」

 

「なでしこって、しょっちゅう千代さんを振り回してるよな……?」

 

「エヘヘ……千代さん、ごめんなさい。」

 

「大丈夫、大丈夫……いつものことだから。」

 

みんなと合流したし、俺もさっさと設営してしまおう。

手伝って貰いながら、素早くテントやイス、テーブルを設営した。

 

「へえーこれが千代さんのキャンプグッズかー」

 

「色々集めましたね。」

 

「まあね。おかげで今はモヤシ生活してるけど……」

 

「そうなんだ……」

 

「お疲れさまです。」

 

なんか、みんなから労を労われた。

 

「ねえ、恵那ちゃん?ちくわが出てこないよ?」

 

各務原さんは居眠りしている鳥羽先生のブランケットを捲り、足元に顔を突っ込んでいる。

 

「志摩さん、ちくわって何?」

 

ちくわの存在を知らない俺は、隣にいた志摩さんに聞いた。

 

「ああ、斉藤のペットです。」

 

「ちくわは狭いところが大好きだからねー」

 

そういって、斉藤さんが何やらソーセージらしき物を取り出した。

 

「ほれーちくわ~?おやつだぞ~?美味しい、ソーセージだぞ~?」

 

斉藤さんとおやつに誘われて、鳥羽先生の足元からひょっこりとちくわが顔を出した。

 

「うわぁッ!!?出た!」

 

ちょっと驚く。

 

「ウサ耳や!」

 

ちくわとは、なんと小型犬のチワワだった。

なぜウサ耳なのかは、飼い主しか分からん。

 

「か、かわええ……////」

 

こんなに可愛い犬は初めて見たぞ。

俺の実家に居座るニー妹が飼ってるネコにはる可愛さだな。

 

「なでしこちゃん。これ持って!」

 

斉藤さんは、ちくわのおやつソーセージを各務原さんに渡した。

 

「え?」

 

混乱する各務原さん。それはそうだろうな……

 

「走って!」

 

「え?なんで?」

 

「良いから!走って!」

 

切羽詰まったように各務原さんを急かす。

 

「全力だーーーっしゅ!!!!」

 

ダメ押しの斉藤さんの渇に驚いたように、各務原さんは全力で走り出した。

 

「わーーーーー!」

 

走る各務原さんを追いかけるちくわ……

 

「いってらっしゃい、なでしこちゃん。食うか食われるかの弱肉強食だよ。」

 

逃げる少女とそれを追いかける一匹を、斉藤さんは笑顔で見送る。

 

「悪魔ぜよ……」

 

「鬼だな。」

 

「いや、あのしごきは先任助教だ………」

 

「楽しそうやなぁ~♪」

 

腹黒い斉藤さんが垣間見えた瞬間だった。

 

「じゃあ、私たちもなでしこと一緒に弱肉強食ってこようぜ。」

 

「「「おーーー!」」」

 

大垣さんは荷物からフレスビーを取り出した。

 

「じゃあ、自分は車を駐車場に置いてくるから……」

 

「了解ッス」

 

各々自由時間となった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は車を駐車場に置いて、元の場所へと戻って来た。

イスに座り、コーヒーを淹れる。

 

「さあ、前回の反省を踏まえて、今日は暇潰しのモノを持ってきたぞー」

 

俺はケースを机に載せてロックをはずし、ケースをあけた。

中に入っていたのは陸自の次世代型ライフルだ。

 

あと陸上自衛隊の9mm拳銃も持ってきた。

 

コーヒーを飲みながら、整備を始める。

専用の工具でばらして部品に傷がないか、丁寧に確認して油を差していた。

 

「う~ん……」

 

どうやら辺りを漂うコーヒーの香ばしい香りに気づいたのか、鳥羽先生が目を覚ました。

 

「目、覚めたみたいですね?」

 

「あら、野咲さん……いらしてたんですね?」

 

「今さっき、来たばかりですよ。どうです?起き抜けに一杯?インスタントですが……」

 

俺は鳥羽先生にインスタントコーヒーの粉が入ったのビンを見せる。

 

「じゃあ、いただこうかしら?」

 

彼女にコーヒーを淹れて渡した。

 

「どうぞ。熱いんで気をつけてください。」

 

「ありがとうございます。」

 

鳥羽先生は俺からマグカップを受け取ると、火傷に気をつけながら、ゆっくりと中のコーヒーをすする。

 

「美味しい……」

 

「やっぱり、雰囲気が良いですよね~」

 

「そうですね…って野咲さんは何をしてるんですか?それって本物……ッ!!?」

 

「ああ、これですか?違いますよ。サバゲーで使う遊び用の銃です。」

 

「サバゲーですか……野咲さんもやられるですね。」

 

「ええ、自衛官時代の同僚とたまに集まってやったりしてますよ。銃を撃つ感覚を忘れないためにも……」

 

「え?自衛官を辞めたのに……ですか?」

 

「実は予備自衛官としては、まだ自衛隊に籍を置いているんですよ。」

 

「そうなんですね。」

 

だいたいの整備は終わった。

今はマガジンに弾を込めている。

 

「器用ですよね……」

 

「あ、そうですか?良し!整備完了っと……」

 

マガジンをライフルに差し込み、コッキングレバーを引いてライフルを構えた。

 

「ギャアアァーーー!」

 

ちょうど、銃口の先にいたのは大垣さん……

叫び声と共に素早く両手を上げる。

 

「おっと、ごめんごめん。タイミングが悪かったね?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「あー心臓止まるかと思ったぜよー」

 

「分かるよ~アキちゃん!私もビックリした!」

 

彼女たちは焚き火をし、ココアにコーヒーを嗜んでいた。

 

「はあー暖まるわ~」

 

「だな……」

 

「薪、これくらいかな?」

 

「うん。そんなもん……」

 

「ほいっ、なでしこ。ココア出来たぞー」

 

「ありがとーアキちゃん。」

 

「千代さんと先生もどうぞ。」

 

斉藤さんがココアを俺たちにくれる。

 

「サンキュー斉藤さん。」

 

「いただくわ……」

 

鳥羽先生は貰ったココアに持参したお酒をおもむろに注ぎ込んだ。

 

「な、何を入れてるんですか?先生……ッ!!?」

 

「あら?ココアにはラム酒が合うのよ~」

 

入れたて熱々のココアもラム酒で飲み易い温度に下がったのか、鳥羽先生は一気に飲み干してしまう。

 

「ぷはぁーー!暖まるわーー!」

 

「おっさんか?」

 

「おっさんやわ……」

 

「鳥羽先生って、お酒入ると人格変わるよね……」

 

「すごい飲みッぷりだ。」

 

「これがグビ姉の真髄やね。」

 

「ねえ、リンちゃん。四尾連湖で会った時もこんな感じだったよね?」

 

「あぁ……」

 

「ねえ、みんな!富士山綺麗だよ!」

 

斉藤さんの言葉に俺は富士山に目をやった。

 

「凄い。立派な赤富士だ。」

 

「ほんまやー」

 

俺を含めたみんなは、夕陽に照らされて紅く染まった富士山に、しばらく魅入っていた。

 

「さてと、暗くなる前に晩ごはん作ってしまうでー」

 

「それでイヌ子はん?今晩はエエお肉で何作りはるんどす?」

 

手揉みしながら大垣さんはエセ方便で聞く。

 

「せやねー今日はクリスマスっちゅー事で………」

 

犬山さんは食材を準備しながら、今晩の献立を教えてくれた。

 

「今日は"すきやき"や♪」

 

「「「「「「す、すきやき……ッ!!?」」」」」」

 

次回に続く。




次回はすきやきパーティー編です。

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別な晩ごはん。すきパー

鈍足で書きます。


犬山さんが早速調理をし始めた。

 

「温めた土鍋に牛脂を広げて、牛肉を軽く火をとおすで~」

 

A5ランクの牛肉がジュ~っと音をたてる。

俺を含めたギャラリーから「おーーー!」と歓声が上がった。

 

「次に割下作るで~」

 

お肉を土鍋の端に寄せると、砂糖、料理酒、濃口醤油の順で投入する。

醤油と砂糖が焼けて放つ香ばしい香りが、皆の鼻腔をくすぐった。

 

「あ~いい香りだぁ……」

 

「その他の具材を入れてぇー……」

 

「何だか、王道のすきやきってレシピだね。犬山さん。」

 

「関西風やー♪あとは蓋して少し煮込む……」

 

「楽しみですね?鳥羽先生。」

 

「ええ、まさかキャンプですきやきとは思いましたけど……これで一杯飲むのが楽しみです♪」

 

さすが酒飲み……意気込みが違う。

まあ、俺自身も実際には楽しみだ!ビールも持参したしな!

 

「あ、そうやった!なあ、アキぃ?スキレットでこのタマネギを炒めといてくれへん?」

 

「うん、分かった……」

 

犬山さんが大垣さんにタマネギの入ったジッパー付きの保存袋を渡す。

 

「ニンニクチューブとオリーブ油はそこのバッグに入っとるから~」

 

「なあ、イヌ子~?もう一品作んのか?」

 

「まあ、そんなトコや……」

 

「それにしても、めちゃめちゃ冷え込んで来たな……」

 

「ま、高原やしな……」

 

「今、気温0度だって……」

 

「これから、もっと下がるぞ。」

 

「まあ、"心頭滅却すれば火もまた涼し"の逆バージョンだと思えば、どうってことないよ。」

 

「それは元陸上自衛隊のレンジャーとして鍛えた千代さんだから言えるんです。」

 

志摩さんに軽くツッコまれた。

 

「詳しいね。」

 

「千代さんのことちょっと気になったし、前に調べたことあります。」

 

「ほう?リンもそんなことするんだぁ?隅におけませんなぁ~?」

 

斉藤さんがすかさず茶化しに入った。

 

「ば、バカ……ッ////」

 

久しぶりに見たぞ!からかい上手の斉藤さん!

 

「それに、私のおじいちゃんも似たようこと言ってたし……」

 

うん?ちょっと待て?"私のおじいちゃんも似たようことを言ってた"という言葉に含み感じる。

まさか、彼女のおじいさんも自衛隊関係者なのか……?

 

「じゃあ、こうするとヌクいですぞ~♪フヒヒヒ……」

 

ブランケットにくるまった各務原さんが、ニヤニヤしながらみんなを誘う。

 

「お?久しぶり出たな?怪人ブランケット……!」

 

なんじゃそりゃ?そのゆるい怪人……

だけど、本当に暖かいんだろう。みんなが彼女の真似をする。

 

勢力を拡大する"秘密結社ブランケット"組織のトップの座(鳥羽先生の膝の上)には斉藤さんの愛犬、幕僚長チクワが就いた。

 

すきやきが出来るまでの間、しばしの雑談……

話しを聞くに年末はアルバイト漬けのようだった。

 

「そろそろ頃合いやな……」

 

「アキぃ~みんなに卵配ってぇなー」

 

「了解ぜよ。」

 

犬山さんが土鍋の蓋に手をかける。

緊張の瞬間、みんな固唾を飲んで見守った。

 

「蓋!オーープーン!」

 

開けた同時に大量の湯気が立ち上る。

そしてその先に目的の物が……ッ!

 

「晩ごはん!出来たでーー!大成功やーー!」

 

「「「「「「おーーーーーッ!」」」」」」

 

それぞれ貰った卵を器に割り入れ、溶き卵を作った。

 

「それではみんなさん、手を合わせて!せーの!」

 

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

 

俺のために犬山さんが鍋の具材を取り皿によそう。

 

「千代さん、どうぞ。」

 

「ありがとう、犬山さん。」

 

じゃあ、まずはエノキとネギ……

卵に潜らせてから口に運ぶ。

 

うん……肉の旨味をネギ吸ってより甘く感じる。うまい。エノキもシャキシャキの歯ごたえだ。

 

次は焼き豆腐……コイツもなかなかの食べごたえ。

やはりすきやきには、焼き豆腐は欠かせない。

 

そして、いよいよ来ました。メインの肉!春菊と一緒に……いざ!実食!

 

「こ、これは……!きめ細やかで、しっとりした牛肉と十分につゆを吸った春菊のほどよい苦味をまろやかな卵がまとめあげて……」

 

すかさず、ビールを煽る。

 

「うまい!犬山さん、お見事!」

 

作った犬山さんに最大の賛辞を送った。

 

「ありがとうございますぅ♪千代さんこそ、食レポ完ぺきですわ~」

 

それにしても、美味しいモノを食べるとそれぞれで味わい方が変わるんだな

 

全身で表現する、大垣さんと各務原さん。

黙々と味わう、志摩さんと斉藤さん。

それを見て幸せそうにしている、犬山さん。

 

鳥羽先生に至っては泣きながら食べていた。

 

「だ、大丈夫ですか?鳥羽先生ッ!!?」

 

「すきやきに合う日本酒……忘れちゃったーー!」

 

あ、そうですか。

ったく……俺の心配を返してください。

 

「なあ、イヌ子~どうして晩飯をすきやきにしようと思ったんだ?」

 

「うん、それはウチのお婆ちゃんが『特別なお肉を特別な日に食べる時はすきやきにしぃ。』って教えてくれたならな~」

 

「それって、イヌ子のばあちゃんに言いくるめられてないか?」

 

「でもこんな風にお鍋囲んでワイワイするの、日本の年末って感じがして、すごく良いと思う!」

 

「そうだ!忘れてた!」

 

斉藤さんが思い出したように持ってきたバッグに手を伸ばす。

 

「私、クリスマスっぽい物を持って来たよ!」

 

みんな着替えた。

俺も含めて、サンタクロースのコスプレに……

 

『年末戦士サンタレンジャー』ちなみ全員レッド

 

「俺のサイズもピッタリだ。」

 

「私の得意技のひとつです♪」

 

得意技?まあ、良いだろう。

 

「でも、なんかこういう風に集まると仕事終わりのサンタが打ち上げしているみてーだな。」

 

あーーー大垣さん、その表現は良い得て妙だ。

 

「ねえ?そろそろ具材を追加しない?」

 

「そういや、肉しかねぇな。」

 

「いや、こっちの王道はもうおしまいや。」

 

「でも、あおいちゃん?お肉はまだたくさんあるよ?」

 

「フッフッフ……こっからはコイツで勝負やで!」

 

犬山さんは得意気に大ぶりの完熟トマトを見せつけた。

 

「アキがあらかじめ炒めておいたタマネギにトマトとバジルを加えて再度火にかける!」

 

スキレットで炒めた野菜たちが、オリーブ油とニンニクと相まって、これまた良い香りを放つ。

 

「炒めたトマトたちをすきやきの鍋に投入!少し蒸らせばぁ~…………トマトすきやきの完成やーー!」

 

先ほどまでの日本食の様相からガラリと変わり、次はイタリアンな感じになった。

 

「「「「トマトすきやきッ!!?」」」」

 

「ほお、面白いじゃないか……」

 

みんなには大好評のようだ。

ならば、俺も一口…………

 

「これはッ!!?食欲をそそるトマトの酸味と牛肉の脂の甘味がイタリアンにリメイクされた割り下とマッチして………アッパレ!」

 

「千代さんもしっかりと酔ってますね~♪」

 

「「「「「アハハハーー!」」」」」

 

途中ガス切れで志摩さんが買い出しに行ったり、泥酔した鳥羽先生が悪絡みしたりと色々あったが、食事会は大盛況の内に終わる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その後片付けを終え、斉藤さんの愛犬は彼女の家族が引き取りに来たりと色々とあった。

そして大垣さん、犬山さん、斉藤さんはキャンプ場に併設された温泉へと行っている。

 

俺と各務原さん、志摩さんは焚き火の番をすることになった。

鳥羽先生は酔いを醒ますのために、さらに酒を煽っている。

先生に関してはもう意味が分からん。

 

「あの……先生?今日私たちに付き添ってくれて良かったんですか?」

 

焚き火を弄りながら、志摩さんが聞いた。

 

「え?どういう………?」

 

「クリスマスだし、彼氏さんは良いのかな…と」

 

「あ~火起こしのお兄さん。」

 

二人が言うに鳥羽先生には、お付き合いしている相手がいるみたいだ。

 

「えーと……私、誰ともお付き合いしてませんよ?火起こしの……お兄さん?」

 

お互いの見解が食い違う。

 

「ほら、四尾連湖で一緒にキャンプしていたじゃないですか?」

 

「あーー……あれは私の妹です。」

 

「「えっ?妹ッ!!?」」

 

二人は驚いていた。

 

「あんな感じなので、よく間違われるんですよ。」

 

「火起こしのお姉さんだったのか………」

 

その後戻って来た三人と入れ替わりで、各務原さんたちが温泉へ向かった。

俺は一番最後だ。

今は焚き火に当たりながら、トマトすきやきのシメに作ったチーズパスタを酒の肴に缶ビールを引っ掻けている。

 

「あの?千代さん……」

 

斉藤さんが犬山さんの髪を弄りながら、俺に声を掛けた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「千代さんって、どうして自衛隊に入ったんですか?」

 

 

「あーーきっかけっていうのかな?幼い頃に母さんが話してくれた民話だったね。」

 

「民話……?」

 

「母の出身地に伝わる昔話……その主人公が千代さんって言う女の子なんだ。」

 

俺は斉藤さん達に民話"孝女千代"を話した。

 

「感動やー」

 

「泣かせるじゃねぇーか!」

 

「とっても心が暖まりました。」

 

「俺もこの話を聞いていつか人の役に立ちたいと思ったんだ。」

 

「でも人の役に立つ仕事はたくさんあるのに……」

 

 

「その時に母方の親戚のおじさんが陸自の第1空挺団に所属していた過去があってね。その話が面白いし、カッコ良くて……高校卒業して志願したってとこかな?」

 

「へぇー入ってどんなことするんですか?」

 

「まずは新隊員教育だね。」

 

「何なんッスか?それ?」

 

「新人研修みたいなもんだよ。受付して制服を採寸と受領したあとは色々と教官が付き添って身だしなみや整頓の仕方を教えてくれる。」

 

「その後は?」

 

「だいたい一週間ぐらいたった時かな?入隊式があってそこから本格的に訓練が始まるよ。まずは体力検定だね。」

 

「体力検定?」

 

「君たちも学校でやったことあるでしょ?ほとんど変わらないよ。」

 

「へぇー持久走とか?」

 

「そうそう、射撃訓練もこの時に初めてやったね。」

 

「やっぱり緊張しました?」

 

「武器だからね。あの時の感触は忘れられない……あのガスライフルも本物に近い動作するし、重さだって。」

 

「あとは?」

 

「行進もしたよ。10キロ~25キロくらい歩いたかな?」

 

「わ~エグいですね。」

 

「最初は吐きそうになったよ。今だと遠足レベルだけど………」

 

「やっぱり千代さんって、超人ですね。」

 

「いやいや俺なんて普通だよ。俺のおじさんが所属していた第1空挺団は化け物揃いだし、最近できた特殊作戦群なんて化け物のエリートだよ?他の国からは日本の自衛隊には忍者がいるって言われるくらいだかね……」

 

「忍者って、アハハ……」

 

俺の新隊員時代の話をしていると、各務原さんたち三人がお風呂から戻って来た。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

「はあーさっぱりした。ね?リンちゃん!」

 

「うん、さっぱりした………」

 

さっぱりした志摩さん。

略して"さっぱリンちゃん"……フフ。

そんな事を考えると、少しおかしくなる。

 

「千代さん、何ニヤニヤしてるんですか?」

 

「えっ?な、何でもないよッ!!?」

 

ヤバ!顔に出てたか?

 

「あ!みんなリンちゃんみたーい。」

 

確かに斉藤さんの手によって、大垣さんと犬山さんの頭にはお団子が乗っていた。

 

「いーなー!いーなー!」

 

各務原さんもみんなとお揃いにしたいらしい。

 

「なでしこちゃんも"しまりん団子"やる?」

 

「やるーーッ!」

 

「なんだよ。その変なネーミング。」

 

しまりん団子……どこぞのお土産みたいだ。

ササッと各務原さんの髪を変える。

それはもう、お手のものだった。

しかし、各務原さんの髪型はしまりん団子ではなく、サボテンのようになっている。

 

それをドヤ顔で自慢している各務原さんが、面白くて面白くて……我慢するのが大変だった。

 

 

「じゃあ、俺もひとっ風呂、浴びて来ようかな?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は大浴場の湯船に浸かりながら、物思いに耽った。

 

「それにしても、今年は色々と内容が濃い一年だったな。各務原さんと出会いがきっかけで、たくさんの知り合いができたし、キャンプまですることになるのは、想定外だったが……」

 

その後俺は風呂から上がり、外気で冷めない内に服を着替えてみんなの元へと戻る。

途中、俺のスマホが鳴った。

 

「ん?誰だろう……」

 

相手は……桜さんだった。

 

「もしもし。」

 

『もしもし、桜です。こんばんは……』

 

「こんばんは。どうかしました?」

 

『いえ、また今日も妹が迷惑かけたみたいで……』

 

「あぁ~そんな事ですか?大丈夫ですよ。向かう場所は一緒だったんだし……」

 

『ですが………』

 

「実を言うと、自分にも妹がいるもんで振り回されるのには慣れっこです。」

 

『そうなんですか?妹さんがおられるんですね?』

 

「ええ、三人……」

 

『三人ッ!!?スゴいです。』

 

「もう、全員成人してますけど……年末年始は久しぶりに里帰りでもしてみようかなと思ってます。」

 

『へぇー私たちも年明けは浜松の祖父母の所に遊びに行くんですよ。』

 

桜さんとの会話を数回繰り返して電話は終わる。

 

「………実家に連絡しとくか。」

 

俺は8年振りに実家の電話番号をダイヤルした。

 

次回に続く。




次回、最終回………の予定です。
ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい朝。年末年始の過ごし方。

ゆるキャン△のシーズン1はこれで終わりです。


俺が風呂から戻るとみんなはタブレット端末を使い、動画鑑賞をしていた。

 

「あ、千代さん。おかえりなさい。」

 

犬山さんが声を掛けてくれた。

 

「ただいま。はぁー良いお湯でした。」

 

俺は自分のイスへとドカッと腰かける。

 

「どうぞ。あったかいココアを入れましたよ。」

 

斉藤さんが俺にココアを渡してくれた。

 

「あ、斉藤さん。ありがとう。」

 

ちょっと冷えた身体に温かいココアが沁みる。

うまい………

 

「それでみんなは何を見てるの?」

 

「アニメ!学校の怪談ッス!」

 

どおりで各務原さん、震えてるのか……

 

「各務原さん、大丈夫?」

 

「ダダダダ……大丈ブで………す………!」

 

ワ~!凄いバイブレーション。

全然、大丈夫じゃないね。

 

「それにしても懐かしいな。自分が小学生の時にやってたヤツじゃないか。」

 

「私は中学生の時、夏休みの特別番組として午後のテレビとかでやってましたね。」

 

「へぇー千代さんと鳥羽先生には、どストライクなんですね。」

 

「自分が小学校六年の時にスタートしたんだよ。確か、日曜日の夜19時30分からだったな……」

 

「そんな時間帯に放送してたんですか?これ………」

 

「そうだよ。当時のトラウマ回とか夜眠れなくて、そのまま学校行ってからね。」

 

「当時のテレビはずいぶん攻めたことやってたんッスね。」

 

学校の怪談が終わった。

 

「はぁー面白かった♪」

 

「せやなー♪程よい怖さやったわー♪」

 

「なんだよ。程よい怖さって……」

 

「なでしこ、大丈夫か?」

 

「うん……もう終わった?」

 

「ああ、終わったよ。」

 

視聴中、終始震えていた各務原さんはホッと胸を撫で下ろす。

 

「じゃあ、次は自分が陸自でレンジャー教育で夜中に山中で丑の刻参りをしていた人とバッタリ出会ってしまった時の話を………」

 

「いやぁぁーーー!」

 

各務原さんは絶叫していた。

 

「ふぁ~私、先に寝ますね……」

 

「おやすみなさーい」

 

酔いの回った鳥羽先生が一番最初に寝袋に入った。

その後は大垣さん、犬山さん、斉藤さんと次々とテントに入り眠った。

 

起きているのは、俺を含めて志摩さんと各務原さんだけだ……と言っても二人は寝袋に入り、テントから顔だけ出して夜空を眺めている。

 

「千代さんのせいで眠れない。」

 

「ごめんなさい。」

 

「大丈夫だ。私がついてるから……」

 

「ありがとう。ねえ?リンちゃん?すきやき美味しかったね?」

 

「うむ。トマトを使ってのリメイクも完璧だった。」

 

「シメのクリームパスタも美味かった……」

 

「ガス、買いに行ってくれてありがとうとね。」

 

「うん。」

 

「それで千代さん……今年一年過ごしてどうだった?」

 

と各務原さんが質問してきた。

 

「うーん、自衛隊から離れて一般人として普通に人生を送っていくのかと思ったけど、キャンプやったりと賑やかな一年だった。これもキミたちと出会えたからだね?」

 

「そうでした。今思えば、あんな所で寝過ごしたなでしこを保護したのが、全ての始まりだったような気がします。」

 

「まあ、俺はあの出会いに感謝してるよ。」

 

「えへへー照れるな~♪」

 

「勘違いするなー?別に褒めてないぞ?」

 

志摩さんは横にいる各務原さんにすかさず釘を刺した。

 

「ええ~」

 

「あと一つ。千代さんに聞きたいんですけど……」

 

「ん?何?」

 

「私のお姉ちゃんのこと……どう思ってます?」

 

「はいッ!!?い、いきなり何を言い出すのッ!!?」

 

この子は最後の最後にとんでもないこと聞いてきたな。

 

「ねぇ、どうなんですか……?」

 

「気になる?」

 

「気になる!」

 

「言わないとダメ?」

 

「ダメ!」

 

うーん、逃げ場がないぞ。

 

「初対面の時は怖いお姉さんだなって思ったよ。だけどそれはなでしこさん、キミのことを思ってのことだ。何より言葉を交わして分かったんだ………」

 

静かになったので、ふと二人に目をやるといつの間にか彼女らは寝息を起てていた。

 

「って、寝てるじゃないか……まあ良いか、おやすみ。さあ俺も寝よう……」

 

時間は23時30分を回っている。

一番最後だった。

俺もテント内の寝袋に入る。

 

「本当に楽しい一年だった。」

 

テントの上部を見ながら俺は考える。

 

「今度は俺から彼女を誘ってみよう。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

寝ていると唐突にラッパの音が鳴った。

これは……"起床ラッパ"だ!

 

「うわぁ……ッ!!?」

 

このラッパが鳴ったら自衛官は五分以内に身支度を済ませ所定の場所(大体は隊舎前)に集合して、朝の点検と号令となる。

 

多くの自衛官の心身に刻み込まれた音であり、どんなに熟睡していてもこの音を聞くと反射的に飛び起きるという自衛官は多い。

 

俺もそうだ。

 

そのため自衛官たちからは"世界で二番目に聞きたくない音"と評される。

ちなみに一番聞きたくない音は"非常呼集"を知らせるラッパだ。あれがなったら有事だからな。

 

「おー ホントに起きた……」

 

鳴らしたのは斉藤さんだった。

 

「最悪だ……」

 

他の子達もテントの中で茫然自失となっている俺を見ている。

 

「ほんっとうに、ビックリしたんだよ?」

 

朝食を取りながら、女子高生相手に悪態をついた。

 

「いや~前に動画サイトで見て、思わず試してみました~」

 

しかし、当の斉藤さんは悪びれる様子もなくニコニコしている。

 

「でも、千代さん早かったよ?」

 

「凄い反応速度やったし……」

 

「まあ、自衛官はラッパに合わせて行動するからね?さっき鳴らしたのは起床ラッパ。当時は放送で流れる時にするブッ!って音に反応してたし……」

 

「確かそれで起きて三分以内に着替えとベッドメイキングをして集合と点呼を取るんですよね?」

 

「鳥羽先生、良くご存知で……」

 

「いえ、私もテレビとかで拝見したぐらいですし……」

 

「そうなんですか?でも、レンジャー教育を受けたらさらに早いですよ。自分は一分以内でしたね。」

 

「えっ?三分かかるのを一分で済ませるんですか?」

 

「無理ゲーじゃないっスか。」

 

「じゃあ、そのラッパさんが鳴る前から起きとけば………」

 

「甘い!甘いよ各務原さん。フライングすれば、部屋の外で聞き耳を立ててる教官が怒鳴り声とともに即座に突入してきてペナルティの腕立て100回コースだ。」

 

「ひぇーΣ(゜ロ゜ノ)ノ」

 

「理不尽や……」

 

「理不尽……」

 

「と思えば、千代さんには悪いことしました。ごめんなさい。」

 

分かってくれれば良いよ。

けっこう、自衛隊には話のネタは尽きない。

 

「寝起きは最悪だったけど、朝ごはんは大満足でした。」

 

「もう、さっきのことは蒸し返さないでーー!」

 

そして野クル主催のクリスマスキャンプはお開きとなった。

皆で撤収し、車組は俺と鳥羽先生それぞれの車に別れて乗り込む。

志摩さんは自身の原付だ。

 

「では志摩さん、無事に帰るまでがキャンプです。気をつけて帰って下さいね?」

 

「はい、先生もありがとうございました。」

 

「こちらこそ、良い思い出になったわ。」

 

「千代さんも最後、斉藤となでしこをよろしくお願いします。」

 

「了解だ。二人のご家族の元には責任を持って届けるからね。」

 

「なでしこたちも先生や千代さんに迷惑かけるなよ。」

 

「大丈夫だよ、リンちゃん。ね?恵那ちゃん!」

 

「もちろんだよー♪」

 

「しまりんも達者でな……」

 

俺たちは現地解散となった。

俺は各務原さんと斉藤さんを車に乗せて帰路に着く。

 

「楽しかったね♪恵那ちゃん♪」

 

「そうだねー♪」

 

「千代さんもありがとうございました。」

 

「いやいや、コチラこそ良い思い出が出来たよ。二人は年末年始は郵便局でアルバイトするんだよね?」

 

「うん!私は配達!」

 

「私は年賀状を届け先ごとの選別です。」

 

「二人とも大変だね……無理はしちゃダメだぞ?」

 

「「はーーい!」」

 

「千代さんはどうするんですか?」

 

「俺かい?仕事納めしたら連休だから、久しぶりに実家に帰ろうかな?って思ってるよ。コイツの慣らし運転を兼ねて……ね?」

 

俺は愛車のハンドルを撫でる。

 

「そういえば、千代さんの出身ってどこなんですか?」

 

「熊本県だよ。県南で海沿いに面した漁業の町。」

 

「熊本ーーッ!!?」

 

各務原さんは目をキラキラさせていた。

 

「馬刺しに辛子蓮根、とんこつラーメン……想像しただけでヨダレが出てくるよ~」

 

あ、本当にヨダレたらしてるよ………

 

「どうどう。落ち着きなぁー?なでしこちゃん。」

 

「みんなにも、お土産も買ってくるからね。」

 

「「やったー!」」

 

二人は喜んでいた。

斉藤さんを送って、各務原さんも彼女の自宅まで無事に届ける。

 

「到着ーって、各務原さん寝てるよ。」

 

斉藤さんの自宅から、15分くらいだろうか?

その間に、後部座席の各務原さんは眠っていた。

 

「しょうがないか……」

 

俺は車から降りて、各務原家のインターホンを押した。

ピンポーンという音の直ぐあとに返事がある。

 

『はい?どちら様でしょうか?』

 

声からして、対応に出たのは桜さんのようだ。

 

「あの?桜さんですか?千代です。妹さんをお連れしました。」

 

『今、出ますね。』

 

インターホンが切れてから直ぐに玄関の扉が開いた。

 

「こんにちは。妹のなでしこさんをお連れしました。」

 

と言っても、とうの本人が見当たらない。

 

『なでしこがいないようですけど……』

 

「あ、彼女は車の後部座で寝てます。疲れたんでしょう。」

 

「またか。」と桜さんはため息をついた。

 

「この子ったら……直ぐに起こしますね。」

 

「大丈夫ですよ。しばらくはこのまま寝せておきましょう。荷物は自分が降ろしますんで……」

 

「ごめんなさい。両親もいるんで手伝わせます。」

 

そう言って、桜さんは家に入っていく。

 

「お父さん。お母さん。なでしこの荷物降ろすの手伝ってーー!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「いつも娘たちが世話になってすまないねー」

 

「い、いえ……」

 

俺は緊張している。

なでしこさんの荷物を降ろしたら、直ぐに帰るつもりだった。

しかし、俺は彼女らの父親から昼食に誘われたのだ。

せっかくさそわれたのだ……断るのは失礼だと思い、各務原家の食卓の和に入る。

 

「娘の桜から聞いたよ?昔の自衛隊のイベントで私たちの車の護衛役だったと?」

 

「はい。自分も驚きました。あの時はまだ新米でした。」

 

「でも、カッコ良かったよ!なあ?母さん!」

 

「ええ。臨場感もあって、あの火薬のにおいとか凄かったものね……」

 

「確かにあの時の千代さん、カッコ良かったなぁ。」

 

「えっ……!!?」

 

桜さんの一言にドキッ!としてしまう。

 

「あれ?千代さんお顔が真っ赤ですぞ~ッ?」

 

お皿を運んでいたなでしこさんが、俺の顔を覗き込んでからかった。

 

「あ、いや!そそ、そんなことないよ!!」

 

「アンタは何やっての……早く準備しなさい。」

 

「はーーい。」

 

食卓には山梨名物のほうとうが並べられる。

 

「この間、私が風邪をひいちゃった時にお見舞いに来てくれたアキちゃんが本場のほうとうを作ってくれたんだよ。」

 

「美味しかったからレシピを教えて貰って…… 千代さんもいるし、作ってみました。」

 

「と言うことで……!」

 

食事の準備を済ませた女性陣が各々席に着いた。

 

「いただきます。」

 

さっそく、熱々のほうとうに箸を付ける。

モチモチの麺に野菜と肉、味噌のうま味が溶けたドロドロのスープが絡まって美味い……!

 

「美味しいです。」

 

「だろーー!」

 

本当にこの家の人たちは美味しそうに食べる。

食事も終わり、再び俺はこの家の大黒柱と談笑を始めた。

 

「キミは年末年始はどうするんだい?」

 

「実家に帰って家族に顔を見せてやろうかと……自衛官時代は全く帰れなかったんで。」

 

「そうか。出身はどこなんだい?」

 

「自分は熊本県の芦方町です。小さい港町だけど美味しいお魚が捕れんるです。」

 

「ほぉー」

 

「他にも芦方牛っていうブランド牛もありますし、柑橘類などの農業も盛んなんですよ。」

 

「良いなー♪私も行きたいなー♪」

 

いつの間にか、なでしこさんが会話に加わっていた。

 

「何言ってんの……アンタは年末はバイトだし、年始は浜名湖のお婆ちゃんのウチに遊びに行くんでしょうが。」

 

「でも、千代さんの芦方町に行ってみたいな~」

 

「その内、案内してあげるよ。」

 

「やったー!」

 

時間を見るとすでに14時を回っていた。

 

「自分はそろそろ失礼します。」

 

「え?もう帰っちゃうの?」

 

「自分のキャンプ道具とか、明日からの仕事の準備とかあるからね……」

 

「そうよ。わがまま言わないの……」

 

桜さんに嗜められ、シュンとするなでしこさん……

 

「また明日、学校で会えるから……今日は楽しいひとときをありがとうございました。」

 

「また遊びに来なさい。」

 

「いつでも歓迎しますよ。」

 

「ありがとうございます。では……」

 

俺は車に乗り、各務原家をあとにした。

 

次回に続く。




次回からまたコラボです。
作者の地元編です。

ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年末、実家に帰ろう!

自分の欲望のままに書いていきます。


二学期が終わる。

今日は終業式……昼前には生徒たちは帰宅し始めた。

放課後、俺を含めた野外活動サークルの面々は部室へ集合する。

 

「えーっと、野クル今年最後の活動は部室の掃除となります。」

 

部長である大垣さんが音頭を取った。

 

「感謝を込めて掃除をしましょう!」

 

「「はーーい!」」

 

「じゃあ、みんな頑張って。終わったら自分のところに報告に来るように。」

 

「了解ッス!」

 

俺は声を掛けてから事務室に戻る。

今日は仕事納め……明日から実家に帰るのだ。

その準備もあるし、忙しくなるぞ!

 

と言っても、仕事はほとんど終わっている。

あとは報告書を書くだけだった。

 

「これなら一時間も掛からんな……」

 

報告を書き初めて10分ほどたった。

なんと大垣さんたちが「もう終わった。」と俺を訪ねて来たのだ。

 

「早いな……ッ!!?」

 

「部室狭いんで……」

 

ウナギの寝床……納得。

 

「お疲れさまでした。顧問の鳥羽先生には自分から伝えとくから、もう帰って良いよ。」

 

「はーーい!」

 

「じゃあ、私たちはお先に失礼しますぅ。」

 

「千代さん、良いお年を……!」

 

「各務原さんたちもね。」

 

俺は部室のカギを受け取った上で、三人を見送った。

 

「千代さんもすっかり相談役が板についてますね?」

 

隣で書類作成をする同僚から話しかけられる。

 

「最初はどうなるかと思いましたが、社会科の鳥羽先生が正式に顧問に就いてくれたし、少し肩の荷が降りました。」

 

「そうですか。そう聞くと安心しました。」

 

「じゃあ、私の業務は終わったので……」

 

「今年一年間、お疲れさまでした。」

 

俺は互いに挨拶をして職員室へと向かう。

職員室に入ると鳥羽先生が自身のデスクに突っ伏していた。

 

「あの……鳥羽先生、お疲れのようですね。」

 

「あぁ~千代さん……すみません。お見苦しい所をお見せして………」

 

「いえいえ。あの大垣さんたちは部室の掃除が終わったので、先に帰らせました。コレ、部室のカギです。」

 

「分かりました。すみません……本当は私があの子たちの面倒を見ないといけないのに……助かります。」

 

「何を言っているんですか。せっかく二人もいるんだし……それに昔から部下の面倒は良く見てたので……」

 

「部下って……千代さんって、ちょこちょこ自衛隊時代の癖が出ますよね?」

 

「アハハハ……そうですね。気をつけます。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

職員室を出た俺は、自宅に帰るためにバイクを止めてある駐輪場へと向かった。

今日は定期的にロクダボの調子を見るために、寒いのを我慢して学校まで来た。

 

太陽が出ているので、多少は寒さが和らいでいる。

 

「朝に比べたら、多少はマシか……」

 

ロクダボに跨がろうとした時だった。

 

「千代さーーん!」

 

俺を呼び止めたのは斉藤さんと志摩さん……

どうやら、二人も帰る様子だ。

 

「おや?二人とも帰り?」

 

「私はこの後バイトですが……」

 

「そうか……大変だね。」

 

「いえ、ほとんどレジで座ってるだけですから楽なモノです。」

 

「私は寝ます。」

 

「相変わらずだね?斉藤さんは……カビゴンかな?」

 

「カビゴン?何ですか?それ……」

 

「いや、知らないなら良いですぞー」

 

その後、帰宅した斉藤さんはふと思い出したように『カビゴン』を調べてしまい、少し残念な気持ちになったのは別のお話。

 

「千代さんは年末年始のご予定とかあるんですか?」

 

「俺は熊本にある実家に帰るよ。」

 

「千代さんは熊本県出身なんですね。」

 

「県南の小さな港町さ……」

 

「良いなぁ。私も行きたーい♪ねぇリン。港町ってことは美味しいお魚料理が待ってるんだよ~」

 

「何言ってるんだよ。斉藤は郵便局でバイトだろ?」

 

「各務原さんと一緒に頑張るんでしょ?」

 

「うー!やっぱり私も一緒に行きたいよー!」

 

駄々を捏ねる斉藤さんをなんとか宥める。

 

「じゃあ、二人とも気をつけて帰るんだよ。」

 

「「はーーい。」」

 

三人して校門まで来た。

俺がバイクに股がる姿をジッーと志摩さんが見つめる。

 

「志摩さん、どうかした?」

 

「あ、いえ。なんでもないです。」

 

「リンはバイクを操る千代さんに憧れているんですよ♪」

 

「ちょ、ちょっと!斉藤!余計なことを言うなッ!!?」

 

斉藤さんにからかわれて、志摩さんは顔を真っ赤にしていた。

 

「アハハハ…… なんか照れるな。」

 

「いつかは私もおじいちゃんや千代さんみたいにカッコいいライダーになりたいです。」

 

「志摩さんなら、きっとなれるさ……」

 

ヘルメットを挟んでだが、志摩さんの頭をポンポンとすると彼女はさらに顔を赤くしてうつむく。

 

「リン、照れてる♪かわいいぞ~♪」

 

「うぅぅ……うるさいぞ!」

 

「ほらほら志摩さん、バイト遅れるよ?」

 

「そうでした…… じゃあ、私はこれで。」

 

「気をつけてね。」

 

「はい。千代さんも気をつけて下さい。」

 

「じゃあね、リン。バイバ~イ♪」

 

「二人ともよいお年を……」

 

俺たちはそれぞれ帰路に着いた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

実家への帰り支度が終わった頃には、外は夜の帳が降りていた。

 

「もう7時を回っているのか…… 今から晩めし作るのは面倒だし、コンビニで良いか。」

 

俺はコンビニにGRヤリスで向かう。

 

「明日はコイツとロングドライブだ。」

 

とそんなことを考えながら運転すれば、近所のコンビニまであっという間だ。

駐車スペースに止めて車から降りる。

 

「千代さん。こんばんは。」

 

何者かに声を掛けられた。この声は……

 

「各務原さn………」

 

「むぅ……?」

 

「桜さん……」

 

「よろしい………」

 

「こんばんは。奇遇ですね?」

 

「千代さんは買い物ですか?」

 

「ええ、ちょっと晩ごはんを買いに……明日から里帰りするもんで、その準備をしてたら作るのが面倒になったもんで……」

 

「じゃあ、ウチで一緒に食べませんか?」

 

「え?……」

 

「ウチ、今日はお鍋なんですけど、ちょっとポン酢切らしちゃって………家に連絡してみますね?」

 

桜さんは自身のスマホで自宅に連絡している。

俺は断ろうとしたが、彼女にビシッと静止させられてしまい、ことの行く末を見守ることにした。

 

「うん、うん、分かったわ……ありがとう。」

 

通話を終わらせた桜さんが、コチラに視線を向ける。

 

「千代さん。」

 

「は、はいッ!!?」

 

ギラリとコンビニの照明を彼女の眼鏡が反射した。

うーーむ、緊張するな……

 

「ウチからのOKも出ましたし、行きましょう。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

俺は先週に引き続き、各務原家で晩ごはんをご馳走になることになった。

 

「こんばんは。すみません、先週に続いて今回もお世話になって……」

 

「とんでもない、いらっしゃい!ゆっくりして行きなさい。」

 

と桜さんの父親からダイニングキッチンへと案内される。

 

「千代さん、こんばんは。」

 

「こんばんは。」

 

食卓を囲み美味しい鍋をご馳走になった。

そして俺は今、桜さんの父親と二人っきりで愛車のGRヤリスに乗って近所を少し回っている。

是非ともこの車に乗ってみたいと言われたので、二つ返事で了承した。

 

「いやー凄くいい車だねぇ。自然と後ろから押させる感じで曲がれる。」

 

「分かります?でもこれで40:60のノーマルです。可変ダイヤルでスポーツ、トラックモードに走行モードを変えれば、さらに………ッ!」

 

助手席に座る俺は可変ダイヤルをスポーツモードに合わせる。

 

「ウヒョー!凶悪な加速だー!」

 

「今は前30%後ろ70%の駆動です。」

 

次は50:50のトラックモードだ。

 

「これまた、違う乗り味だねー!」

 

「気に入って貰えて何よりです。」

 

「この車はいくらしたの?」

 

「456万円にオプションを全部つけたので、総額600万円くらいですね。」

 

「ほー!やっぱりそれなりにいい値段だ。」

 

二人を乗せたGRヤリスは各務原家に戻ってきた。

ギアをニュートラルに入れてから、サイドブレーキを引いてエンジンを切る。

 

「はあー本当に楽しかったよ。」

 

「そう言ってもらえると、コイツも喜びます。」

 

再び俺は彼の家へとお邪魔する。

 

「ただいまー♪」

 

「あ、お父さん。おかえりー!」

 

「ご機嫌みたいね、アナタ?」

 

「スポーツカーなんて生まれて初めて乗ったからね、もう大興奮だよ!」

 

「分かる!分かるよ、お父さん!」

 

「へぇー私も興味出てきたわ。やっぱりマニュアルなんですか?」

 

「そうですね。だけど電子制御が効きますんで、多少雑にギアチェンジしても車の方が勝手に回転数を合わせてくれます。」

 

「賢いんですね。」

 

「マニュアル車を運転できるんなら、桜さん今度乗ってみますか?ドライブがてら一緒に……」

 

「およおよ?それってまさか……お姉ちゃんをデートに誘ってます?」

 

なでしこさんの一言で解らされた。

俺は桜さんをドライブデートに誘っていたのか……

なでしこさんの言葉に、彼女の家族が一斉にコチラを向く。

 

「あ、えーーっと………」

 

凄いプレッシャー、何気に言ったセリフがこの有り様だ。

俺は覚悟を決める。

 

「桜さん。」

 

「はい。」

 

「じ、自分は桜さんのことが好きです!良ければ 今度一緒にドライブに行きませんか?」

 

言ってしまった……

あー年甲斐もなくドキドキするよ。

 

「ありがとう、千代さん////喜んで。それにやっとお近づきになれましたね。」

 

桜さんは微笑んでくれた。

 

「「「おーーーっ!」」」

 

と言うことで、俺は桜さんとお付き合いすることになる。

歳の差はそこそこあるけど……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は自宅へと帰って来た。

こんなにドキドキしたのは、いつぶりか……

 

「うわーー!向こうの家族公認で桜さんとお付き合いすることになったよ。」

 

もう、ずっとこんな感じだ。

ベッドに寝転がり、あっちへコロコロ…… こっちへコロコロ……

そんな事をしていると、スマホにLINEが入る。

 

「誰だろう?」

 

LINEの相手は桜さんだった。

 

桜:『さっきはお疲れさまでした。』

 

千代:『こちらこそ今日はご馳走さまでした。』

 

桜:『また、なでしこが変なこと言ったせいで迷惑をかけました。』

 

千代:『いえいえ、いつかは自分の気持ちを伝えないといけないって思っていたし……』

 

千代:『逆に妹さんがきっかけをくれたと感謝してますよ。』

 

桜:『そうですか……何だか嬉しい。それと明日は何時に出発する予定なんですか?』

 

千代:『明日は朝の6:00くらいには自宅を出ようかと……』

 

桜:『ならば、明日の朝に今日のコンビニで待ち合わせしませんか?』

 

千代:『え?』

 

桜:『千代さんのお見送りもしたいですし、なでしこも明日の朝、キャンプに行くリンちゃんと会うみたいだから……』

 

千代:『分かりました。明日の朝、そのコンビニで待ってます。』

 

桜:『ありがとうございます。じゃあ明日♪おやすみなさい♪』

 

千代:『おやすみなさい。』

 

LINEで連絡をやり取りした後、俺はシャワーを浴びて床に入った。

明日はいよいよ実家に帰る。

長旅になるが交通安全に気をつけて行こうと思う。

 

次回に続く。




ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実家へ!出発!

ダラダラ、グダグダと執筆していきます。


朝が来た。

早めに起きて身だしなみを整えてから、ちょっとコーヒーブレイク。

 

「さて行くか……」

 

あらかじめ準備をしていた荷物たちを両手に持ち、自宅を出る。

 

「戸締まり良し!忘れ物もない。行ってきます。」

 

俺を待つ愛車の元へ向かった。

後部座席を倒して広げたラゲッジに、実家用に買った山梨土産などの荷物を入れていく。

 

「こんなモノか……」

 

車に乗り込む前に隣に止めてあるロクダボくんに目を向けた。

 

「行ってくるよ。」

 

バイクの燃料タンクを優しく撫でる。

 

\キヲツケロヨー!/

 

ロクダボくんからそんな声が聞こえたような気がした。

GRヤリスに乗り込み、エンジンを始動させる。

 

「まずは桜さんと待ち合わせしているコンビニに行こうかな……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

車を走らせること数分でコンビニに着いた。

駐車場に止めて車から降りる。

 

「ちょっと、早かったか?」

 

駐車場には俺の車しか止まっていないと思ったが……

 

「あの原付は……」

 

コンビニの明かりに照らされた見覚えの原付バイクが止めてある。

水色のYAMAHAビーノ……志摩さんのだった。

 

コンビニの中に入るとちょうど志摩さんが会計中であり、入店音に反応した彼女がコチラに目をやる。

 

「あ、千代さん……」

 

「志摩さん、おはよう。」

 

「おはようございます。」

 

先に店の外に出た志摩さん。

俺もキンキン冷えた紙パックのカフェオレ(お気に入り)を購入、外にいる志摩さんの元へ向かった。

 

「寒くないんですか?」

 

キンキンのカフェオレをストローで啜る俺を、志摩さんは若干引き気味の表情で見る。

 

「寒いよ。」

 

「じゃあ、どうして……」

 

「昔からこうなんだよね。途中でお腹がグルグルしてくるけど、自分に取っての長旅のお供なのさ!」

 

堂々と胸を張って熱弁した。

 

「へ、へぇ~」

 

志摩さんは引き攣った笑みを浮かべる。

 

「………………あの千代さん。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「えっと……千代さんって、なでしこのお姉さんとデ、デートの約束したのは本当なんですかッ!!?」

 

彼女の問いに口に含んでいたカフェオレを吹き出してしまった。

 

「はぁッ!!?え?ど、どうして、そのことを知っているのッ!!?」

 

「なでしこから聞きました。」

 

かぁーー!各務原さん、余計なことを……ッ!

昨日のことを思い出してしまう。

 

「千代さん顔が真っ赤ですよ。なでしこの言ったとおり、本当の話なんですね?」

 

なぜか寂しそうな志摩さん。

あれ?もしかしてだけど焼きもち妬いてる?

 

「確かに桜さんとデートの約束はしたよ。」

 

「やっぱりか……」

 

「じゃあさ、もう少し温かくなったらツーリング行こうよ?ライダー同士でさ。」

 

その言葉に志摩さんはパァーっと表情を明るくした。

 

「約束ですよ。」

 

彼女と指切りをする。

その後、ちょっと遅れて桜さんと妹のなでしこさんが合流した。

 

「ごめんなさい。遅れてしまい……」

 

「えへへ、私が寝坊しちゃった。」

 

「朝っぱらから、お姉さんに迷惑かけるなよ~」

 

志摩さんはなでしこさんと楽しく話している。

 

「千代さんコレ、どうぞ……」

 

桜さんからお弁当を渡される。

 

「え?お弁当……?」

 

「途中、小腹が空いた時にでも食べて下さい。」

 

「俺のために作ってくれたんですか?」

 

「ええ、お口合うか分かりませんが……」

 

「早い時間から大変だったろうに……ありがとうございます。ありがたく頂かせて貰います。」

 

「良いんですよ。私が好きで作ったんですから……」

 

互いに見つめ合っていると、なでしこさんと志摩さんが話しかけてきた。

 

「千代さん、行きましょうか。」

 

「あ、ああ………」

 

「お姉ちゃん、私たちも帰ろう?」

 

「え?しょうがないわね~」

 

「じゃあ、千代さんも気をつけて下さいね。」

 

「行ってきます。」

 

「リンちゃんも気をつけてね?」

 

「分かってるって、なでしこも斉藤と一緒にバイト頑張れよ。」

 

俺は熊本の実家、志摩さんは伊豆半島、桜さんとなでしこさんは自宅へとそれぞれ別れる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は最寄りのインターチェンジから高速に乗った。

合流のために方向指示器を点灯、後方確認してからアクセルを強めに踏と、1.6L 272馬力のターボエンジンが唸りを上げて加速する。

 

「キタキターー!」

 

シートにこのぐぅーッ!と押し付けられる感じがなんとも言えない。

シフトチェンジをして本線に乗った。

 

「やはり年末……けっこうな量が走ってるな。」

 

長距離トラックを始め、多種多様な車がいる。

中部横断自動車道を走り、新清水JCTから新東名高速に入って静岡・愛知方面へと向かった。

 

「ああ~クルーズコントロール、便利だなー」

 

時速120kmで走れる区間やら高速を走り続けてると、お腹が急にグルグルしてくる。

 

「お?この感じ……来やがったなッ!!?」

 

長旅、俺に取っての緊急イベントが発生。

ブツの処理をしなければ……

次のサービスエリアは5キロ先にある浜名湖か。

クルーズコントロールのシステムを切って、自身の裁量でアクセルを踏む。

 

「早く着け~♪早く着け~♪」

 

変な歌まで歌い出す始末。

浜名湖のサービスエリアへの入り口が見えた。

 

「ヨッシャ!もう少しだ!頑張れ!」

 

と限界に近い自分を鼓舞する。

駐車場に車を止めて、お手洗いへとダッシュで駆け込んだのだった。

 

「ふぃ~」

 

スッキリして上機嫌の俺……

ふと時間を見ると朝の8時を回っている。

 

「お腹すいたな……桜さんのお弁当を食べよう。」

 

一度車に戻り、お弁当を持参して店内のフードコートへと向かった。

しかしフードコート内は帰省中の家族連れなんかでごった返している。

 

「これじゃあ、ゆっくり食えたもんじゃないな……しょうがない、外に行ってみるか。」

 

俺は場所変えて外に出た。

ついでにお茶を自販機から購入する。

 

「お、テラス席が空いてんじゃん。」

 

外は寒いので人気がないのだ。

しかも、俺の車を眺められる。

元自衛官の俺に取って、このくらい寒さはへっちゃらへっちゃら♪

すぐさま空いてる席へと座り、桜さん手作りのお弁当のフタを開ける。

 

「おぉ……美味そうだ。」

 

彩りも良く栄養バランスも考えられており、桜さんの女子力の高さが伺えた。

 

「いただきます。」

 

根菜の煮物に箸を付け、一口……

 

「優しい味だ……」

 

上品な味付けだ。

次に唐揚げを一口……

 

「おお!スゴいパンチ力!ニンニクの香りがガツンとくるぞ。」

 

これは米が進む!

うん、自然と笑顔になる。

桜さんの手作りお弁当を味わっていたら、誰かに声を掛けられた。

 

「ちーよさん!」

 

顔を上げるとそこにいたのは、以前に出会った女子高生ライダーの佐倉羽音さん。

彼女とは鈴鹿サーキットでのイベントに参加するための道中で出会い、一緒に走った仲だ。

 

「キミは佐倉さん……で良かったよね?」

 

「わぁー!覚えててくれたんですねー!」

 

彼女は満面の笑みを浮かべている。

 

「ねぇー!恩紗ちゃーん!みんなー!千代さんがいたよーー!」

 

野生動物を見つけたと言わんばかりの勢いで、他の仲間たちを呼んだ。

 

「お久しぶりです。」

 

くせっ毛の女の子、天野恩紗さんが一礼。

 

「こんなところで会うなんて……今回はどちらまでいかれるんですか?」

 

ピンクのつなぎを着た金髪ツインテールの"鈴乃木凜"さん尋ねられた。

 

「熊本の実家に帰ろうかなって……」

 

「千代さんも熊本に行くんですか?」

 

「千代さんもって……キミたちも熊本に行くのかい?」

 

「そうだよー!お正月に………えーっと、どこを走るんだっけ?」

 

「大観峰ですわよ。」

 

「そうそう!大観峰!みんなで走るんだよー♪」

 

「寒いのに元気だね?けっこうなことだ。」

 

「何言ってんッスか~千代さん、おじいちゃんみたい!」

 

天野さんがニシシッとはにかむ。

おじいちゃん……

なんか、おじさんから一気にステップアップしたよ。

 

「千代さんは……今回、バイクじゃないんですね?」

 

鈴乃木さんが問いかける。

 

「まあ、今回は実家へのお土産とかたくさんあるからね。あ、車はそこに止めてあるよ。」

 

指を差した方をバイク部が見るとそこには愛車のGRヤリスが止まっていた。

 

「あれが千代さんの車……」

 

「おほー!カッコいいー!」

 

佐倉さんは目を輝かせている。

今まで後輩たちのやり取りを見守っていた来夢先輩が、どこからともなくボードを取り出した。

彼女はボードにサラサラサラっと字を書いて俺に見せる。

 

「えっと?なになに……千代さんの愛車を近くで見ても良いですか?」

 

来夢先輩はバイクだけじゃなく、車にも興味があるのかな?二つ返事でOKを出した。

佐倉さんと天野さんを連れて車を見に行く。

 

「アンタたちー!あんまりベタベタ触るんじゃないわよー!」

 

「なんか鈴乃木さんって、みんなのお姉さんみたいだよね?」

 

「はいッ!!?そ、そんなことないですよ!」

 

顔を赤くして謙遜する鈴乃木さん。

 

「分かりますわ。千代さんの仰いたいこともね♪」

 

談笑をしながら弁当を食べ終わり、再び出発しようと席を立つ。

 

「出発しますの?」

 

「そうだね。今日中には山口県まで行こうと思ってるから。」

 

「奇遇ですね。私たちも今日は山口県にあるホテルに止まるんですよ。」

 

「ワタクシのお父様が経営するホテルを予約してますの。」

 

「へ、へぇ~」

 

言葉もない。

バイク部が先が出発した。

俺も愛車に乗り込み、エンジンをスタートさせてギアを一速に入れてゆっくり駐車場から出る。

 

そして減ったガソリンを補充するためにサービスエリア内に併設されているスタンドに一度寄った。

彼女たちはけっこう先を走っているかな?

そんなことを考えながら、満タンになるまで待った。

 

「さてと、行くか……」

 

俺はサービスエリアをあとにして、先を走るバイク部のメンバーたちを追いかけた。

 

「まだ、早い時間だからな……帰省ラッシュの渋滞に捕まるまでに出来るだけ進みたい。」

 

GRヤリスも順調そのものだ。

軽快に高速を走る。

 

「やっぱりバイクは機動力が違うな……全然追い付かないや。」

 

たいしたタイムラグは無かったような気はしたが、彼女たちに追い付くことは無かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

休憩や給油などを挟みつつ、その日の夜に山口県のホテルへと到着した。

 

「はあ~やっと着いた……」

 

思わず声が漏れる。

ホテルのドアマンの人が愛車の運転席に側に回った。

パワーウィンドウを降ろすとドアマンが、運転席に座る俺に声を掛けてきた。

 

「いらっしゃいませ。お疲れ様でした。」

 

「どうも、今日予約してます。野咲千代です。」

 

「野咲様ですね。お車はコチラで預かります。」

 

前もって調べてはいたが、ここのホテルはバレットサービスがある。

俺は貴重品と一部荷物を車から降ろして、車のキーをドアマンに預けた。

 

「載っている荷物はそのままで、大丈夫ですので……」

 

「かしこまりました。」

 

俺はホテルのフロントに向かう。

チェックインの手続きをして、先程とは別のドアマンに案内された。

 

「ほぉーいい部屋だ。」

 

「ありがとうございます。」

 

その後、夕飯やらお風呂を済ませるとすでに21時に差し掛かろうとしていた。

 

「もう、こんな時間か。そうだ。明日の到着時間を実家に連絡しとかないとな……」

 

ちょっと遅いかと思いつつも、実家に電話を掛ける。

数コールしたあとに向こうの受話器を取られた。

 

「もしもし?俺だけど……」

 

『あ、お兄ィ?久しぶりじゃん。』

 

電話に出たのは一番下の妹……

名前は野咲あかりと言う。

 

「あかりか?久しぶり……」

 

『明日は何時に帰ってくるん?』

 

「予定は……ヒトヨンマルマル。」

 

『もー!その自衛隊式の言い方、やめてよね!』

 

「あーゴメン。14時到着予定だ。」

 

『りょーかーい!お母さんに伝えとくよ。』

 

「ああ、頼んだよ。ところであかりは就職したのか?」

 

と聞いたら電話をガチャ切りされた。

 

「あ、切りやがった……ッ!!?」

 

コイツは東京の大学にわざわざ通って卒業したのに、就職をせずに絶賛ニートを満喫している。

 

兄としては心配になるんだが……本当に。

気分転換にホテルを見て回ろう。

 

「本当に広いな。」

 

売店はだけではなく、子供が退屈しないようにアミューズメントエリアなど充実した施設となっていた。

年甲斐もなく、キョロキョロとしてしまう。

そんな時だった。

 

「千代さーーん!」

 

俺の名を呼ぶ声と共に後ろから強い衝撃を感じる。

 

「ごふゥッ……!!?」

 

不意のタックル、俺は対応出来ずにそのまま前のめりに倒れてしまった。

何事かと思ったよ。なんと佐倉さんが俺の腰に抱き付いていたのだ。

 

「さ、佐倉さんッ!!?」

 

「ちょ、ちょっと羽音!何やってんのよ!」

 

一緒にいた鈴乃木さんが佐倉さんを慌てて引き離す。

 

「いてて……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ま、まあ……」

 

「ったく……羽音、謝んなさい。」

 

「エヘヘ、ごめんなさい。」

 

「ケガとかしてないし、大丈夫だよ。」

 

俺は鈴乃木さん、佐倉さんと少し話したあとに自分の部屋に戻った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

部屋に戻るとスマホに着信が来てるのに気づいた。

 

「誰からだろう。」

 

着信履歴を確認すると相手は桜さんだった。

 

「そういえば、お弁当のお礼もしてなかった。」

 

電話をかけてみる。

数回コールのあと相手が出た。

 

『もしもし。』

 

「もしもし?桜さんですか?千代です。」

 

『やっと、千代さんの声が聞けましたね。』

 

「すいません。電話に出れなくて……そもそもお弁当のお礼も兼ねてコチラから電話をしないといけないのに……」

 

『良いんですよ。それよりお弁当、どうでした?お口に合いましたか?』

 

「ええ、とっても美味しかったです。」

 

『良かった……』

 

電話の向こうで桜さんのホッとする様子が伺える。

 

「あの、桜さん。」

 

『何でしょう?』

 

「自分の家族にも桜さんこと紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」

 

『ええ。もちろん……私たち付き合ってますもの。』

 

「ありがとうございます。」

 

『近いうちに千代さんの実家にも挨拶に伺わないといけませんね?』

 

「その時は是非ともよろしくお願いします。」

 

『コチラこそ。じゃあ、明日も気をつけてくださいね。』

 

「はい。到着したらまた電話します。おやすみなさい。」

 

『おやすみなさい。』

 

桜さんとの通話を終了した。

明日もまだまだ続く道中、今日の疲れを残さないように寝ようとした時だった。

 

コンコンと部屋のドアをノックする音が……

 

「まさかとは思うが……」

 

ドアスコープから覗くとそこには、バイク部の彼女たちが立っていた。

このパターンはもしかして……

以前の三重でのことが脳裏によぎる。

ドアを開けると佐倉さんが笑顔でトランプを出した。

 

「千代さん!今夜はババ抜きで勝負だーー!」

 

やっぱり……そうなるのね。

 

次回に続く。




再び、ばくおん!!のバイク部登場です。
ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実家、到着からの『ていぼう部』

キャラが多いと大変だ。


朝が来た。

カーテンの隙間から漏れる光が脳の覚醒を促す。

 

「んー朝か。」

 

少し背伸び、寝ぼけ眼でベッド周りを見るとバイク部のメンバーが寝ていた。

昨晩、彼女たちはお菓子とジュースにトランプを持ちより夜更かしババ抜き大会をやった。

 

「あーデジャブ。」

 

部屋も色んなモノが散乱している。

 

「チェックアウト前に片付けしないと……」

 

俺は寝ている彼女たちを起こすことにした。

 

「起床ォォーー!」

 

大きな声を出すと彼女たちはビクッとして、モゾモゾと目を覚まし上体を起こす。

 

「おはよー朝だよ。」

 

「あ……千代さん……おはよー」

 

「おはよーございます。」

 

「みんな、片付けるから手伝って。」

 

俺の部屋を手分けして片付けた。

 

「よし!きれいになった。」

 

「千代さんはこれからどうするの?」

 

「着替えてから朝ごはんだね。」

 

「じゃあ、私たちと一緒に食べましょー!」

 

ということで俺はバイク部のメンバーと食堂で朝食を取った。

バイク部は九州に入る前に山口県にあるライダーに人気のスポット『角島大橋』に立ち寄るそうだ。

 

彼女たちとはここでお別れになる。

 

「千代さーん!バイバーイ!」

 

俺はホテルを後にした。

もちろん、出発する前にはきちんと桜さんに一報を入れている。

 

山口県から再び高速道路の旅が始まる。

しばらく走り、下関の関門橋に差し掛かった。

 

「一度、サービスエリアに入るか……」

 

関門橋の手前には壇之浦SAがある。

駐車場に止めて車から降りた。

 

関門橋の見えるスポットへ向かい、本州と九州を繋ぐ巨大な橋をスマホで写真を一枚。

 

「本州、脱出なう……」

 

野クルのグループLINEに現状報告で送った。

送った側からピコン、ピコンと返信がくる。

さすが女子高生……返信スピード光よりも速い。

 

なでしこ:『ふぉーー!でっかーーい!』

 

あおい:『関門橋ですかー?』

 

鳥羽先生:『ってことは、今は壇之浦ですね?』

 

「そうですよ……っと。」

 

恵那:『さらば千代さん。しばしの別れだねー』

 

相変わらず、斉藤さんは面白いことを言う。

 

千明:『いいなーいいなー!私も休み欲しい!何だろう……この圧倒的な時間貧乏!』

 

「酒屋さんは稼ぎ時だから仕方ないよ。」

 

千明:『うがぁぁーーー!』

 

あ、発狂した。

 

リン:『頑張ってる千明のためにお土産買ってくるよ。食べ物で良かった?』

 

千明:『なん、だ……と。本当か?しまりん?』

 

リン:『本当だよ。』

 

なでしこ:『私、アキちゃんにうなぎのお菓子を買ってくるよー♪』

 

あおい:『私も何か買ってくるでー』

 

「自分も地元の銘菓とか色々買ってくるね。鳥羽先生のぶんも。」

 

鳥羽先生:『宜しいんでしょうか?』

 

「もちろんです。」

 

恵那:『私は~……』

 

リン:『斉藤も大垣を応援してやれ。』

 

千明:『みんなのおかげ私、生きる希望が出てきたぜェェェー!』

 

休憩とLINEもほどほどに、俺は愛車に乗り込んだ。

 

「さて、本州脱出からの九州突入だ。」

 

俺はサービスエリアを出て関門橋に入る。

関門海峡を結ぶ巨大な建造物にロマンを感じつつ橋を渡り、九州は福岡県に突入!そのまま九州自動車道を熊本・鹿児島方面に向かって南下する。

 

福岡県を抜け鳥栖ジャンクション、大牟田を過ぎると熊本県に入った。

 

「久しぶりだ……何年ぶりか?10年は戻ってないような気がする。」

 

もう記憶もあやふやだった。

自衛隊にいた時は転属やら昇進試験とかで、色々と犠牲にした。

愛車を運転しながら、外の流れる景色を見て、これまでのことを考える。

 

「ちぃちゃんは結婚して、三歳と一歳半になる息子もいるし……俺、おじさんか。」

 

熊本県最後のサービスエリアに立ち寄り、実家に連絡した。

時間を確認すると14時前。

だいたい予定通り……

 

「もう少し。最後の給油をしよう。」

 

給油後、さらに南下して日奈久でひとまず有料区間は終わる。

 

「だいぶ、掛かったな……」

 

表示された金額を見て、ちょっと苦笑い。

無料区間を走り、山ノ浦を過ぎた先が最寄りの芦方インター。

そして、俺の故郷『芦方町』だ。

 

「着いたーー!」

 

年甲斐もなく声が出してしまう。

愛車も良くぞここまで頑張ってくれた。

そして、実家に到着。

前日に聞いていたとおり、野咲家が昔から所有していた空き地の一角に車を駐車した。

下車し玄関に向かう。

 

「実家だと言うのに緊張するな。」

 

玄関の引き戸に手を掛けて引いた。

 

「ただいまー!帰ったよー!」

 

最初に顔を出したのは母だった。

 

「おかえり。見ない間に立派になったわね。」

 

「まあ、ね……」

 

久しぶりの再開に涙を流す母……なんて言ったら良いか分からない。

互いに言葉に詰まる。

そんな時だった。感動の再開の雰囲気をブチ壊す存在が現れた。

 

一番下ニートの妹あかりだ……

 

「お兄ぃー!おかえりやったね!お土産は?」

 

「せっかくの雰囲気がお前のせいでブチ壊しだよ。お土産は車に乗ってる……降ろすの手伝ってくれ。」

 

「えー!」

 

「アンタはやることなくて暇なんだから、手伝いな!」

 

あかりは母に言われてしぶしぶ、俺の手伝いをする羽目になった。

 

「そういえば、ちぃちゃんとみのりの姿が見えないけど……?」

 

車の荷物を降ろしながら、あかりに聞いた。

 

「ちぃちゃんは夜に旦那と息子を連れてくるって。みのり姉は勤務先の高校のサークルで外出中だよ。」

 

「みのりは……高校の先生なのか?」

 

「違う違う。事務員さん……」

 

「なんで事務員がサークル活動してんだ?」

 

「なんか、サークルの部長に絡まれてそのままズブズブと……って感じ?知らんけど。」

 

「何じゃ?そりゃ……」

 

「お兄ぃは、今も自衛隊?」

 

「ああーお前は知らんのか……自衛隊は今年で退職したっとよ。今は山梨県の臨時職員として県内の高校で用務員ばしとる。」

 

「へぇーみのり姉と似てるね……もしかして、何かサークルとかやってるの?」

 

「ま、まあ……野外活動サークルっていうのに巻き込まれた。」

 

「なになに?それー?」

 

「みんなで楽しくキャンプする活動。あとで写真とか見せてやるよ。」

 

荷物を持って家に入り、昔からの自室に行く途中の台所を見ると父が手際よく魚を捌いていた。

母と祖母は正月料理の準備をしている。

 

「父さん、ばあちゃん、ただいま。」

 

「お、帰ったか……待っとたぞ。」

 

「千代ちゃんもお国のためによう尽くしてくれたね……お疲れ様でした。」

 

父は地元の漁協で長年参事のとして勤めている。

ばあちゃんは94歳だけど全く衰えてない。

日中・太平洋戦争という怒涛の時代を生き抜いた凄い人なのだ。

俺が自衛隊に入ると言った時は困惑していた。

 

「荷物置いたら、仏壇に線香ば上げてこい。おっの親父が待っとるけぇー」

 

「ああ、分かってる。」

 

部屋の扉を開ける。

俺の部屋は自衛隊の入隊するために、家を出た日のまま時間が止まった様だった。

 

「懐かしい。あの日ままだ……母さん、きれいにしてくれてたんだ。」

 

荷物を置いたあと、和室の仏壇に手を合わせる。

 

「じいちゃん。じいちゃんが死んだ時は葬式出られるずにゴメンな……」

 

じいちゃんが亡くなった時は、演習中で一週間ほど連絡が取れない状態だった。

演習後、戻って来て訃報を聞いた日は一人泣いていたな。

再び、台所に行く。

 

「ちょっと、そこら辺歩いてくるよ。」

 

「ああ……だったら、みのりの様子を見てきてくれ。」

 

「あかり、案内してやりな。」

 

「分かったー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は暇人で末っ子のあかりと、次女のみのりがいる場所に散歩がてら徒歩で向かう。

 

「みのりのサークルは学校ではやらないのか?」

 

「うん。魚釣りのサークルだから、部室はあそこの堤防のそばの掘っ立て小屋なんだよ。」

 

「釣り……まさか、ていぼう部か?」

 

思い出したぞ。

俺の母校、海野高等学校にある学校創立時から存在する伝統的な部活(サークル)だ。

代々変人・奇人が多いという。

 

「そうそう。今は女の子しかいないんだって。」

 

歩くこと10分……目的の場所に着いた。

 

「お姉ちゃん。お兄ぃが帰ってきたよー」

 

あかりが呼ぶと小屋の中から二番目の妹みのりが顔を出した。

 

「あ、兄さん……おかえり。」

 

「ただいま。」

 

あかりとは真逆でコイツは相変わらず素っ気ない。

 

「何してんだ?」

 

「年末の大掃除……見たら分かるでしょ。」

 

まあ確かにそうだが……

久しぶりなんだから、もっと反応してくれよ。

 

「あれ?あかりさんじゃん!みのりさん、この男の人だれ?」

 

快活な女の子がやってきた。

 

「あー私の兄だよ。」

 

「えーー!」

 

「もう、どうしたの?夏海ー?」

 

さらに別の女の子が現れる。

 

「陽渚!みのりさんのお兄さんだって!」

 

「こ、こんにちは……鶴木陽渚です。」

 

陽渚ちゃんがあせあせと頭を下げた。

 

「こんにちは。野咲千代です。」

 

「私、帆高夏海!」

 

「おーい。なんばしよっか?手ば動かさんば、大掃除は終わらんぞー?」

 

さらに一人……このサークルの部長か?

 

「ユウ姉ー!この人!みのりさんのお兄さんだって!」

 

お辞儀をすると向こうもペコっと反応した。

 

「そうだ。兄さんも手伝って。あかり、アンタもよ。」

 

みのりからハタキ棒を渡される。

ていぼう部には関係ない自分だが、その場のノリで部室の掃除を手伝うことになった。

とは言っても部室は知れた広さだ、大掃除はすぐに終わる。

 

「千代さんだったけ?手伝ってくれたから、掃除もすぐに終わったばい。」

 

「ですねー助かりました。」

 

「いやいや……気にしないでくれ。」

 

「それにしても、大野先輩たち遅いね。」

 

「連絡したら、もうすぐ帰ってくるって……」

 

一斗缶を利用した即席の焚き火台で焚いた火に当たっていると一台のピックアップトラックが部室小屋に横に止まった。

 

降りて来たのは、長身の女子校生と白衣を着た女性だった。

 

「さやかちゃん、掃除終わったばい。みのりちゃんのお兄さんたちに手伝って貰った。」

 

「……みのりのお兄さん?」

 

「さやか、ちゃん…………?」

 

切れ長の糸目に左目の泣きボクロ……

 

「「あーー!」」

 

「ちぃ兄ちゃん!」

 

「もしかして、小谷さやかちゃんか!」

 

「なんかー二人とも知り合いかー?」

 

「まあ、小学校が一緒だったんだ。彼女が一年生の時、俺が五年生だったけ?」

 

「登校班とか一緒だったの。」

 

「懐かしいな。俺たち兄妹や他の子たちと遊んだよね?」

 

「そうそう。アナタが高校卒業してからは全くだったけど……今まで何をしていたの?」

 

「卒業後は陸上自衛隊に入って、今年の夏に退職して今は山梨県の高校で用務員になってる。」

 

「じゃあ、改めて紹介するわね。ていぼう部部長の黒岩悠希。」

 

「んーよろしく~」

 

ていぼう部部長は気だるそうに手を上げる。

 

「二年生の大野真さん」

 

「よ、よろしくお願いします……////」

 

「こっちの二人はさっき名前を教えて貰ったよ。夏海ちゃんのお家って、もしかしてあそこの喫茶店の……」

 

「そうだよー『洋食・喫茶ほだか』だよ。」

 

お礼として貰ったペットボトルのお茶を飲みながら、ていぼう部のメンバーと談笑する。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は一人、堤防の先で海に沈む太陽を見ていた。

妹や他の子たちはそれぞれ帰宅している。

 

「この景色も久しぶりだ。」

 

スマホで数枚の写真を撮った。

着信が入る。相手は桜さん。

 

『もしもし?千代さん?実家には着きました?』

 

「もしもし。ええ着きましたよ。今は夕日を眺めてます。写真撮ったので送りますね?」

 

スマホをいじって、桜さんに夕日の写真を送った。

 

『………綺麗ですね。』

 

「冬で空気が澄んでいるから、いっそう綺麗に見えますね。」

 

『私もアナタの隣で一緒に見たいです。』

 

「俺もです。約束ですよ?」

 

『フフ♪約束です。』

 

寂しいが桜さんとの電話も終わった。

 

「さてと日も暮れる。家に帰ろう。」

 

と踵を返すとそこにいたのは、みのり一緒に帰ったはずの末っ子あかりがいた。

俺を見てニヤニヤしている。

 

「はッ!!?お前、いつから居たと……ッ!!?」

 

「お兄ぃが黄昏ながら電話してた時から……ねえ?桜さんって誰よ……?」

 

次回に続く。




ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣りをたしなむ。

テキトーに書いていきます。


その日の夜、結婚して家を出た長女家族も集まり、十数年振りに家族と食卓を囲む。

漁師町であるため色々な魚を中心とした郷土料理が並べられ、テーブルを彩る。

 

「いや~旨そうだ!」

 

「アンタのために腕を振るったからね!たくさん食べな!」

 

持っていた自身のスマホで一枚。

あとからみんなに送ろう。

母とおばあちゃんが作った絶品、郷土料理に舌鼓を打っていると、末っ子のあかりが唐突に……

 

「お兄ぃ?桜さんって人紹介してよ。」

 

と聞いてきた。

いきなりのことに俺は飲んでいたビールを盛大に吹き出す。

 

「あいたぁ!なんばしよっか。母さんタオル!タオル!」

 

「お兄ちゃんもおしぼり!」

 

「あ、ゴメン……ありがとう。」

 

事態も落ち着き、家族一同が俺に視線を向ける。

酔いと緊張で暑い……顔も真っ赤だろう。

心を落ち着かせてから、俺は静かに口を開いた。

 

「実を言うと恋人が出来たんだ……」

 

家族にスマホのあった桜さんの写真を家族に見せる。

 

「綺麗な人やね~」

 

「お兄ぃ、どこで知り合ったの?」

 

俺は彼女との出会った経緯を話した。

 

「へぇー年齢は?」

 

根掘り葉掘り聞いてくるなぁー

 

「詳しくは分からんけど、まだ大学生……」

 

「はいーッ!!?あかりより年下なん?」

 

「兄さんも隅に置けない……」

 

その後、楽しい食事会も終わり、父はうたた寝、俺は長女の夫共に刺身をアテに酒を飲んだ。

胡座をかく俺の膝の上には長女の息子の一人が大人しく座っている。

 

「トモキくんだっけ?お行儀が良いね。」

 

「珍しいですよ。人見知りのトモキがこんなにおとなしいのは……」

 

「お兄ちゃんのトウリくんは元気だ。」

 

「もう活発で大変ですよ。」

 

苦笑いの旦那さん。

子供たちもまだ幼いし手が掛かるんだと改めて思った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

23時を過ぎた頃、俺は自室に戻ってゆったりしていた。

ベッドに横たわりスマホの画面を着けると野クルのグループLINEが渋滞していた。

 

「今まで見てなかったから、凄いことになってる。」

 

内容を見るに志摩さんの旅先での写真のことだったり、酒屋の企業戦士と成り果てた大垣さんの近況報告みたいなモノだ。

 

やっぱり、海ナシ県の梨ッ子志摩さん……とにかく海の写真が多い。

大垣さんは朝から頑張ってるようだ。

 

俺も無事に着いたこととか、海や晩御飯の写真を送っておこう。

 

スマホを弄っていると、スマホに着信があった。

相手は桜さんだ。

 

「もしもし。千代です。」

 

『もしもし。夜分遅くにすみません。』

 

「どうかされました?」

 

『あ、えっと……たいしたことはないですけど、ご実家はどうかなーって思って……』

 

「みんな元気そうで安心しましたよ。妹たちも昔から変わってないし……あ、聞いてくださいよ。甥っ子がもう可愛くて可愛くて……」

 

『フフフ……千代さん、何だかイキイキしてますね。』

 

「あ、そうですか……////」

 

『千代さんの声が聞けて良かったです。』

 

「自分も桜さんと同じ気持ちです。」

 

『じゃあ、冬休み楽しんでください。』

 

「ええ。良いお年を……」

 

名残惜しいが桜さんとの電話も終わった。

 

「さてと……」

 

俺はベッドから立ち、おもむろに自室と廊下を繋げる扉を開ける。

 

「きゃあ!」「おーッ!!?」「うわぁッ!!?」

 

扉を開けた瞬間、三人の妹たちが俺の部屋に雪崩込んできた。

 

「お前らァァ……!」

 

ずっと部屋の外に気配を感じていた。

コイツらは俺と桜さんの電話に聞き耳を発てていたのだ。

 

「ありゃ?バレてた?」

 

あかりは気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 

「当たり前だ。元陸上自衛官を舐めんなよ?」

 

「違うの!私は二人を止めようとしたんだよ?」

 

「あ、姉さん。私たちを売る気……ッ!!?」

 

揉める三人を見て、嫌気が射した俺は思わず大きな声を出してしまった。

 

「いい加減、さっさと寝ろ!」

 

「「「ごめんなさーーい!」」」

 

蜘蛛の子を散らしたように自分たちの部屋と戻っていく妹たちを見ながら、俺は頭を抱える。

 

「ったく……」

 

俺は呆れていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

12月31日 大晦日の朝……

カーテンの隙間から漏れる日の光に俺は目を覚ます。

前日ホテルで迎えた朝とは違う、実家という安心感に

頭はボーっとしていた。

 

「8時……けっこう寝てた。」

 

上体をお越し、スマホで時間を確認する。

 

「さぶっ………」

 

俺は居間に向かった。

 

「おはよー」

 

何だか家族たちは、朝から世話しなく出かける準備をしている。

 

「どっか行くの?」

 

ちょうど近くに次女がいたので聴いてみた。

 

「今から熊本市内のショッピングセンターに行くの。」

 

「何しに?」

 

「まあ、お正月の買い出しとか……」

 

「へぇー」

 

次女と話していると母親が尋ねて来た。

 

「アンタはどうするの?一緒に行くと?」

 

「いや、俺は良いよ。久しぶりだから、近所を色々と散策したい……」

 

「そうね。分かった、朝ごはんはテキトーに食べてよかけん。」

 

「うーん。」

 

俺は動き回る家族をしり目に、昨日の残り物をおかずに朝食を取る。

 

「ん?千代はオッ達とは行かんとか?」

 

「ええ、あの子は近所ばブラブラしたかって。」

 

「そうか……千代。」

 

父は俺の名前を呼ぶと何かを投げ渡した。

 

「おっと……これは?」

 

「父さんのバイクのカギたい。お前もバイクば乗っとやろ?」

 

「あ、うん……なんね?乗って良かんね?」

 

「良かけん、カギば渡したったい。ヘルメットは玄関に置いてあるけん。」

 

「あ、ありがと……」

 

「お父さん、準備できたわよ。千代、戸締まりはしっかりね。」

 

「りょーかーい。」

 

俺の家族は出掛けて行った。

俺一人になった野咲家はとても静かに感じる。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて父さんのバイクを借りよう……」

 

食事を終えた俺は身だしなみを整えて、戸締まりをしてから革手袋の入ったヘルメットを片手に玄関を出る。

 

「玄関の施錠、良し!」

 

俺は父のバイクが停めてあるガレージへと向かう。

 

父のバイクはHONDAのアメリカン……レブル1100。

ヘルメットを被り、跨がる前にバイクをぐるりと一周してみた。

 

「へぇー父さん、良い趣味してんなー」

 

そして俺はあることに気づく。

 

「DCT……あ、コイツ、オートマか!」

 

カギを差し込み電源を入れるとシンプルなディスプレイにスピードメーターなどが表示された。

 

「うわ~コイツ、ガソリン入ってねえじゃん。」

 

まだエンプティではないが、これはガソリンをついでに入れろという父さんの思惑が見える。

 

「ったく………」

 

レブル1100のスターターを押すと並列2気筒のエンジンがトコトコと軽快に鼓動し始めた。

 

「まずは給油に行こう。出発……!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ガソリンを入れてから国道3号線を通り、一路となり町の津々木町に向かう。

その町は母さんの出身地であり、俺の名前のルーツとなった昔話"孝女千代"を偲んで建てられた塚がある。

さらに鳥羽先生も狂喜乱舞するだろう地酒も有名だ。

 

「この町もあまり変わってないな……」

 

俺は津々木町にある酒蔵「鶴千酒造」に立ちよることにした。

 

「お、今日まで営業してるじゃないか……」

 

その酒蔵の直営店で鳥羽先生へのお土産を買い郵送手続きをする。

直営店を後にした俺はツーリングを楽しんだ。

津々木町の海沿いはリアス式海岸になっており、ワインディングを満喫するには持ってこいの場所となっている。

 

「あー楽しい。レブル良く曲がるし、立ち上がりもスムーズだ。」

 

自分のロクダボとは違う味付けだが、いい意味でトコトコと軽快に走る。

津々木町の海沿いを走り、俺は再び芦方町まで戻ってきた。

港や防波堤には結構な釣り人がいる。

キャンピングカーなどたくさんの車があり、テントやタープもちらほら建てられていた。

 

「ここで元旦を迎えるつもりなのか?みんな凄いな……」

 

バイクを止めて、少し眺めていると見知った二人を見つけた。

昨日会った、ていぼう部の一年生の娘たちである。

 

「あれは夏海ちゃんと陽渚ちゃんか。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺はバイクを止めて二人のもとに向かった。

 

「あ、千代さん!こんちわー!」

 

俺が声をかけるよりも早く、夏海ちゃんが挨拶をしてきた。

 

「やあ、こんにちは。何を狙ってるの?」

 

「えーっと、ガラカブです。」

 

陽渚ちゃんが釣ったと思われる赤い魚体をした魚が二匹、クーラーボックスに入っている。

 

「へぇーこれ、陽渚ちゃんが釣ったの?」

 

「………まぁ。」

 

彼女はうつむき、歯切れの悪い返事をした。

 

「何言ってんだよ。その二匹は私が釣ったの。陽渚はボウズだろ?」

 

「あーー!夏海ぃ!余計こと言わないでよー!」

 

そういうことね。

 

「ハハハ……まあ全然釣れないことって、たまにはあるよね?」

 

「陽渚は釣れない方が多いけどww」

 

「言ったなー!絶対、釣ってやるー!」

 

陽渚ちゃんに火が着いたみたいだ。

何かメラメラとしたモノが彼女から感じる。

 

「陽渚~?あんまり殺気立つと魚が逃げるぞ~?」

 

「集中したいから夏海は黙ってて!」

 

陽渚ちゃんは海に垂らす釣糸に、これでもかと物凄い視線を送っていた。

 

「千代さんも釣ってみます?」

 

「え?良いの?」

 

夏海ちゃんから釣竿を渡される。

しばらく……といっても20年近く釣りはやってない。

ほとんど素人だ。

 

「いやー釣りなんて20年振りだよ。この仕掛けはなんていうの?」

 

「これはブラクリって言って、岩の間に転がって魚の居そうな穴に入って行くんですよ。」

 

「なるほど。良く考えられた仕掛けだ。自分がやってた時は、こんな仕掛けはなかった。」

 

「エサはこの塩サバを使ってください。」

 

夏海ちゃんに教えられたとおりに、仕掛けのハリにエサの塩サバの切り身を付ける。

 

「いってらっしゃい。」

 

そういって俺は狙ったゴロタ石の間に仕掛けを落とした。

20年振りの感覚を甦らせ、目を閉じて竿先から垂れる釣り糸に全神経を集中させる。

 

「感じる……感じるぞ。」

 

仕掛けが石の間を縫うように底へと降りていった。

 

「釣れるなー!釣れるなー!」

 

となりの陽渚ちゃんから物凄い圧を感じるぞ。

 

「お?底に着いたよ?」

 

「じゃあ、少し巻き上げてチョンチョンって、アピールしてみてください。」

 

夏海ちゃんのアドバイスに従い竿先を軽く上げ下げさせた。

次の瞬間、竿先がビビビっと小刻みに震える。

 

「うぉッ!!?キター!」

 

思ったより強い引きに驚く俺。

 

「なにィィーーッ!!?」

 

そして別の意味で驚く陽渚ちゃん。

 

「夏海ちゃん!これは大物じゃないッ!!?」

 

「千代さん!落ち着いて!竿を立てて、ゆっくりリールを巻いて。」

 

「お、おう……!」

 

すぐにくすんだ黄色っぽい魚影が見える。

確かに釣れた。

パッと見た感じ5cmあるか?と思うほどの、それはそれは小さなキュウセン(ベラの仲間)が……

 

「ちっちゃ!!?」

 

「これはキュウセンっていう、ベラの仲間ですね。」

 

「千代さ~ん、大物ゲットしましたね?」

 

陽渚ちゃんが皮肉を言う。

うー!大人をからかいやがってー!

 

「でもボウズじゃないよ♪フン……」

 

大人気無いが、ちょっと言い返してやった。

 

「ムキィー!絶対に釣ってやるもん!とりゃーー!」

 

彼女は再び竿を出す。

俺も二投目を投入した。

ビビビッ………!

 

「キタ!今度は………ガラカブだー!」

 

良型のお味噌汁サイズだ。

 

「ま、負けた……」

 

勝負をしてるつもりはないんだけどなぁー

 

「ねえ?夏海ちゃん……陽渚ちゃんって、けっこう負けず嫌い?」

 

「あ、気づきました?」

 

「千代さん!」

 

「はい。」

 

「場所を変わってください!」

 

陽渚ちゃんと場所を変わる。

釣糸を垂らすとすぐに釣れた。

ガラカブとは違う。

茶褐色の魚体、クリンとしたおおきい目が特徴だ。

 

「やったじゃないですか!コイツ、メバルです。」

 

聞いたことあるぞ。

煮付けにすると美味しいヤツ。

 

「夏海ちゃん写真撮って!」

 

俺は自身のポッケに入っているスマホを彼女に取ってもらい、記念に写真を一枚撮って貰った。

 

「どうして……私だけ……」

 

自分だけ全く釣れないと落胆し、半泣きの陽渚ちゃん……釣りの暗黒面に堕ちている。

ちょっと、かわいそう……フォローを入れとくか。

 

「今日釣れないのは、たまたまだよ……ね?夏海ちゃん!」

 

「え?あ、ああ!元気だせ………」

 

と夏海ちゃんが言った時だった。

ビビビ!……っと陽渚ちゃん竿に当たりがきた。

 

「キターー!」

 

釣れたのは立派なキュウセン。

 

「なんでーーー!」

 

陽渚ちゃんの叫びが不知火海に木霊した。

 

次回に続く。




陽渚ちゃん、カワユス……
ご感想、お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1月1日 『お正月』

だいぶ、期間が開いてしまいました。
調理師免許の試験やら、尿路結石にのたうち回ってました。


三人で釣りに没頭していると正午を伝える大音量の音楽がスピーカーで町中に流される。

 

「お昼か……」

 

「陽渚ぁ~今日はこの辺で止めとこうか?」

 

「そうだね。けっこう釣れたし……」

 

「陽渚ちゃんはキュウセンだけどねー♪」

 

「もー!それは言わないでください!」

 

二人の片付けを一緒になって片付けていると、ていぼう部の部長黒岩さんがやってきた。

 

「なんやー?鶴木と夏海は、もう仲良ぉーなっととかー?」

 

「あ、黒岩部長!」

 

「ユウ姉!オッス!」

 

「それで?なんか釣れたん?」

 

「けっこう釣れたよ。ほら!」

 

俺たち三人は今回の釣果を黒岩さんに見せてあげた。

 

「ガラカブ五匹、メバルが二匹……これはキュウセンか……」

 

「いや~久しぶりの釣り、楽しかったよ。」

 

「おおー凄かがね~それでぇ?鶴木が釣ったのは、このキュウセンだけやろ~?」

 

「ぬぁッ!!?どうして分かったんですか?」

 

ワイワイしながら、片付けが終わった。

 

「じゃあ、今日釣った魚ば、食おっか……」

 

「「おーー!」」

 

「食べるってどこで?」

 

「そりゃあ、ていぼう部の部室た~い!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺たちはていぼう部の部室へと移動した。

俺は一度家に戻り、愛車に乗り換えた上で、陽渚ちゃんと夏海ちゃん……そして釣り道具を拾って向かう。

 

黒岩さんは一つ下の後輩である大野さんにも電話を掛けて呼び出したあと、自身の駆るバイクで大野さんを拾って一足先に部室へと向かった。

 

「ヒナと!」

 

「ま、まことの……ッ////」

 

「「お料理!がんばるぞい!」」

 

なんだ?唐突にお料理教室みたいなのが始まったぞ?

 

「まずは魚のヌメリをさっと洗い流して鱗を取りましょう。」

 

大野さんは包丁の背の部分を使い、手際良く魚の鱗をこ削ぎ取っていく。

 

「ガラカブは味噌汁、メバルは煮付けにするから、お頭付きでエラを取って……」

 

「大野さん、手際良いねー」

 

「大野は将来、よか嫁になるばーい。」

 

黒岩さんに言われて、彼女は恥ずかしいのか、うつ向いていた。

 

「え、えっと……腹を裂いて、内臓を出します。」

 

「うぅ……」

 

陽渚ちゃんは魚から出される内臓から目を反らそうとする。

 

「もしかして、陽渚ちゃんはこういうの苦手?」

 

「陽渚は昔からずっとだもんな?」

 

「そぎゃんたい。すーぐ騒ぐけんね……」

 

「私は二人とは違って、スッゴくデリケートなんだからね!」

 

「でも、鶴木もいい加減に魚くらいを捌けるようにならばねー」

 

「俺なんて自衛隊いた時、レンジャー教育受けた時はヘビにニワトリと捌いたよ……」

 

「はぁ~~……」

 

陽渚ちゃんの顔から血の気が引いていくというか、魂が抜けていく。

そんなことに気づくことなく、俺はさらに自衛隊で経験したことを話した。

 

「ニワトリには名前を付けて、ペットみたいに可愛いがったのちに捌いて食べたよ。」

 

「えっ?悲しくなかったの?」

 

「一ヶ月くらい飼ってからね。愛着もあったから、泣きながら捌いて食べたよ……でも生きるってそういうことだろ?」

 

「ちょっと、その話はそこまでにしようか……陽渚が逝っとるけん……」

 

「あ……」

 

ということで、机変わりのケーブルドラムの上には釣った魚で作られた料理が並べられた。

 

「これは凄いな……」

 

「大野先輩はアタシたちのお嫁さんなんです。」

 

「そ、そんな……たいそうなモノではないです。」

 

謙遜する大野さん。

 

「んじゃ、食べようかー」

 

俺たちは席に着いて昼食を取る。

 

「うまい……お金を出せるレベルだ。」

 

「大野は鮮魚店の看板娘やけんねー」

 

「なるほど……納得だ。」

 

楽しい昼食も終わり、俺はみんなで食器などを片付けていた。

 

「美味しかったねー♪」

 

「大野先輩、お嫁さんに欲しいです。」

 

微笑ましい様子にホッコリしていると、俺のスマホが鳴る。

 

「千代さん。スマホが鳴ってますよ。」

 

「そうだね……誰からだろう?」

 

ハイハイと濡れた手を拭き、スマホの着信相手を確認すると各務原さんからだった。

 

「モシモシ?各務原さん?どうしたの?」

 

『モシモシ、ちょっと千代さんの声が聞きたくなって……』

 

「しばらく会ってないからね。それでバイトはどうだい?順調?」

 

『はい。配達とか大変だけど、恵那ちゃんと二人三脚で頑張ってますよ!今、私たちも遅めの昼食で……』

 

『やっほー!千代さん、お久しぶりでーす。』

 

相手が代わった。

斉藤さんも元気そうだ。

 

「斉藤さんもお疲れ様だね。キミも配達とかを担当してるの?」

 

『私は郵便局で年賀状とにらめっこしてます♪』

 

宛先ごとに仕分けするのか……

これはこれで、大変な仕事だな。

 

『私たちのバイトは明日で終わりなんですよー』

 

「そっか、大詰めだ。」

 

二人と通話してると陽渚ちゃんが声をかけて来た。

 

「千代さーん。いったい誰と電話してるんですか?」

 

「ああ、自分が勤めている高校の生徒さん。」

 

そう言って、電話の相手を陽渚ちゃんに説明する。

そして、各務原さんと斉藤さんはビデオ通話を通してていぼう部と知り合うことになった。

 

「あん子たちが野外活動サークルに所属しととっかー可愛かがねー」

 

「他にもいるんですか?」

 

「あと三人って良いのかな?いるよ。」

 

ていぼう部とのご飯会はこれでお開きとなる。

 

「それじゃ~千代さん、三人ばよろしくお願いしま~す。」

 

「ああ。」

 

部長の黒岩さんは、バイクで颯爽と帰っていく。

現地解散した俺は陽渚ちゃんと夏海ちゃん、新たに大野さんを愛車に乗せた。

 

「うわー千代さんの車、後ろセメーぇ。」

 

「うん。二人になった瞬間、イッキに狭くなった……」

 

「し、仕方ないよ……この車はWRCで公道とかダートコースを高速で走る用のスポーツカー……空力を考えて設計してある。それにカーボン製のルーフとかフロント、カッコいい……」

 

なんと、大野さんが俺のGRヤリスを二人に分かりやすく説明してくれた。

 

「マニュアル、赤いブレーキキャリパー……RZハイパフォーマンスのハイグレード。」

 

そこまでッ!!?なんか感動……!

 

「分かるのッ?大野さん!」

 

「は、はいぃ……ッ!!?」

 

「嬉しいなーこの車が分かってくれる人がいるなんて!」

 

テンション上げて三人を送る。

もちろん安全運転で!

最初に大野さんを次に夏海ちゃんを降ろして、最後に陽渚ちゃん……

彼女は後部座席から助手席へと移動していた。

 

「なるほど、陽渚ちゃんは裁縫が趣味なんだ。」

 

「はい。ステッチとかぬいぐるみ……色々作ってます。」

 

「へぇー女の子してるね。」

 

「えへへ……////」

 

「でも、それがどうしてていぼう部に?」

 

陽渚ちゃんが遠い目をして、経緯を俺に話してくれた。

 

「私、今年の春に引っ越して来て、その日に散歩がてら海に行ったら黒岩部長と会って……その時部長に誘われて初めて釣りをしたんです。」

 

「それで何を釣ったの?」

 

「タコです。」

 

「タコ……なんかいきなりレベルの高いのに挑戦したね?」

 

「私自身、何も知らずに挑戦して……釣れたんです!タコが!」

 

「凄いじゃん。ビギナーズラックだね。それで釣りにハマったと……?」

 

「違います。私、ホントは生き物全般が怖くて……釣れたタコが足に絡み付いてきて、もう、気持ち悪くて、気持ち悪くて……」

 

「あーあれは確かに気持ち悪いか……ヌルヌルしてるし……」

 

「それで黒岩部長に取って貰おうとしたら、急にニヤニヤしだして、『ていぼう部に入ってくれたら、取ってやる。』って言われて……」

 

「ハハ……強引だ。」

 

「あの時、部長にはキツネの耳としっぽみたいのが見えた気がしました。」

 

あーなんとなく分かる気がする。

黒岩さん、絶対腹黒そうだもん。

そうこうしているうちに、陽渚ちゃんの自宅へ到着した。

といってもウチの二軒隣のご近所さんだった。

 

「陽渚ちゃん、ご近所さんなんだ。」

 

「そうですよ。知らなかったんですか?」

 

「あ、うん。妹たちも教えてくれなかったし……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は彼女とその釣り道具をおろして帰宅する。

 

やはり冬場は日の入りが早い。

実家の二階にある自室のベランダから八代海に沈む夕陽をスマホに押さえた。

 

「今年もこれで終わりか………さぶ。」

 

夕陽の写真をLINEを使い、野クルのグループと桜さんにそれぞれ送る。

その日の夜、夕食を取ってお風呂に入り、自室でゆっくりしているとスマホが鳴った。

 

「志摩さんからか……モシモシ?」

 

『あ、千代さんですか?』

 

「こんばんは。久しぶりだね。」

 

『お……お久しぶりです。夕陽の写真見ました。綺麗でした。』

 

「自分も良く撮れたと思うよ。それで、そっちはどうだい?キャンプ、楽しんでる?」

 

『こっちは山梨よりも気温が高いし、過ごしやすいと思います。』

 

「そっか……ツーリングはどうだった?」

 

『やっぱり、海沿いは風凄いですね。』

 

「確かに。昔走ったことあるけど、あそこは風防ないとキツいよね。それで晩御飯は食べた?」

 

『はい……そばを作って食べました。』

 

「そっか……大晦日だし、ちょうどいいね。」

 

『それもあるけど……クリスマスに食べすぎちゃって……』

 

「花の女子高生、難しいお年頃なんだね。じゃあ風邪引かないように気を付けて休むだよ。」

 

『あ、はい。お休みなさい……』

 

志摩さんと話し終えた俺は電話を切った。

 

「今日も色々と良い経験ができた。」

 

そう思いながらも今日は疲れたので寝ることにしたが、その後は桜さんから電話があったり、大垣さんからのLINEラッシュが止まらなかったりと気づいたら年を越していた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「お兄ぃ、起きて!」

 

まだ日の明けない早朝……

末っ子の明里が俺を揺すって起こす。

 

「うーーん……」

 

「起きてってばーー!」

 

だが、以前として俺は起きない。

 

「こうなったら!」

 

ラッパの音が鳴る。

やってくれた……明里は起床ラッパの音源をスマホを通して流してくれた。

 

「………………うわッ!!?」

 

「やっと起きた!お兄ぃ!初日の出、見に行くよ!」

 

ということで、俺は末っ子のわがままに付き合わされて車を出す。要はアッシーくんだ。

俺の隣には大野さんが座っており、また後ろの席には末っ子の明里と陽渚ちゃんが乗っている。

 

そして、ていぼう部の顧問で後輩のさやかちゃんが運転する車には、みのりと黒岩さん、夏海ちゃんの三人が乗っていた。

 

「ったく……正月早々、目覚め最悪だ。」

 

俺は明里に悪態をつく。

 

「ごめんなさい。私たちのために車を出してもらって……」

 

「大丈夫だよ。陽渚ちゃん。」

 

「そうそう♪お兄ぃは、かわいい妹たちの言うことは断われないんだよ。」

 

「何を馬鹿なことを……あ~あ、陽渚ちゃんが妹ならどれだけ良かったことか……」

 

「えッ!!?そ、それって……////」

 

ルームミラーを使い、チラッと陽渚ちゃんを見ると彼女はあたふたしていた。

 

「あー陽渚ちゃん、かわいいー♪」

 

明里は陽渚ちゃんのほっぺたを突っつき回す。

 

「も、もう!止めてくださいよー!明里さん!」

 

「それで、大野さん。改めてこの車の乗り味はどうだい?」

 

「さ、最高です……!低速時はエンジン音は静かだけど、アクセルを踏んで加速すると一気に吠える。それに加速が重たい……中身の詰まったような感で。」

 

俺の愛車は峠道をぐんぐんと登っていき、目的地である山腹の駐車スペースに車を止めた。

到着した時には、東の空が白み始めている。

 

「あと少しで日の出の時間だ。」

 

スマホの画面を見て、時間を確認した。

そして、今年最初の日の出を迎える。

山の木々、芦方町、八代海と徐々に照らし出した。

 

「凄いな……」

 

あまりの美しさに俺も語彙力が下がってしまう。

妹やていぼう部もその絶景に魅入っていた。

 

「千代さん、明けましておめでとうございます。」

 

陽渚ちゃんが声をかける。

 

「ああ、おめでとう……今年も良い年になりそうだ。」

 

次回に続く。




次回から『放課後ていぼう日誌』→『ゆるキャン△』になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新学期、桜さんとデート。

今回は桜さんとのデート回です。


正月休みを満喫した俺は山梨に戻ってきた。

再び本栖高校での学校用務員として生活が始まる。

生徒が安心して学校生活を送れるように先生や俺たちは大忙しだ。

 

「千代さん。明けましておめでとうございます。」

 

俺に声をかけてくれたのは、鳥羽先生だった。

 

「鳥羽先生、明けましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いします。」

 

新年の挨拶もほどほどに俺と鳥羽先生は廊下を移動する。

 

「冬休み、満喫されたみたいですね?」

 

「ええ、まあ……」

 

「向こうの高校生とも仲良くなられたみたいで……」

 

「ていぼう部っていう、のんびりと魚釣りをする部活みたいですよ。自分の妹が高校の事務員をしていて、その部の部長さんに巻き込まれる形で顧問の手伝いをしているんです。」

 

「ご兄妹らしく、千代さんと似たようないきさつですね?」

 

「あーそういえば……」

 

「フフフ……」「アハハ……」

 

そうこうしている内に、俺たちは職員室に着いた。

 

「では、私はこれで……」

 

「鳥羽先生。」

 

「なんでしょう?」

 

「仕事が終わったら、連絡くれませんか?個人的にお土産を渡したいので……」

 

「あ、はい……分かりました。」

 

そして、お昼をすぎた頃……

鳥羽先生から連絡を受けて再び会った。

次はお土産を持参してだ。

 

「お疲れ様です。鳥羽先生、これお土産です。」

 

「よろしいんですか?」

 

「ええ。鳥羽先生が好きそうなの見繕ってみました。」

 

「あ、ありがとございます////」

 

「もちろん、地元の酒蔵で作っている日本酒も買ってきたんで楽しんでください♪」

 

彼女のイメージを崩さないように、小声でそっと言っておいた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

新学期が始まる。

そして、今年最初で新学期初の野クルの活動だ。

 

「あおいちゃん、高山どうだった?」

 

「むっちゃ寒かったけど、良かったでー♪三町散歩してぇ、平湯温泉で雪見露天風呂に入ってきたわー♪」

 

「和洋折衷スイーツ!!栗きんとんクッキーサンド!うめェーー!」

 

大垣さんは犬山さんの飛騨土産のお菓子に大興奮。

 

「なでしこちゃんはどうだったん?」

 

「こっちはおばあちゃんの家で家族とまったりしてたよー♪一日目は地元の友達とリンちゃんが来たり、二日目はお姉ちゃんたちが来て家族みんなで初詣に行ったよ。」

 

「くぅーー!浜松はウナギだけじゃねぇ!!すっぽんビスケット!うまし!!」

 

各務原さんの浜松土産に舌鼓を打つ、大垣さん。

 

「自分は魚釣りしたり……」

 

「ていぼう部ですよね?私と恵那ちゃんはビデオ通話で話したよー」

 

「ええなー」

 

「あとは……もちろん初詣にも行ったし、中学校の同級生たちと集まって呑んだりもしたよ。楽しかった。」

 

「ピャァーーーー!甘夏ゼリー!柑橘の爽やかな香りと甘味が、ほんのり感じる苦味を優しく包んでくれる。ああ!幸せやーー!」

 

年末年始、三が日とバイト戦士だった大垣さんが怒涛のお土産ラッシュに目がガンギマリしていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

野クルの三人から今日の活動内容を聞いた俺は、了承しあとは彼女たちに任せることにした。

そして、志摩さんに会いに図書室へと向かう。

なぜか斉藤さんが俺にくっついている。

 

「ちょ、ちょっと斉藤さん歩きにくい……」

 

「ええー良いじゃないですかー?」

 

「ほら……他の人の目もあるから。」

 

俺と斉藤さんはわちゃわちゃしながら目的の図書室へ到着する。

 

「ヤッホー♪リン、遊びに来たよー♪」

 

「ここは遊び場じゃないぞー」

 

「やあ、志摩さん。お疲れ様……」

 

「…………………お疲れ様です。」

 

なんか変な間だな。

 

「あ、リンったら、私たちにヤキモチ妬いてる?」

 

「んなわけあるかい。それで、千代さんは何か私に用事でもあったんじゃないんですか?」

 

「あ、そうだった。これ二人にお土産だよー」

 

二人に熊本土産を渡す。

 

「わぁーありがとうございます。」

 

「おお、うまそうだ。」

 

二人は早速、お土産の甘夏ゼリーを頬張る。

 

「ん~!美味しいー!」

 

「柑橘の香りと甘味、苦味が良いバランスだ。うん、うまい。」

 

どうやら、喜んでもらえたようだ。

と俺のスマホが鳴る。

志摩さんと斉藤さんのスマホも、ほとんど同じタイミングでなった。

 

千明:『野クルタープ(一部なでしこ)設営中でっせ!(°∀°)』

 

なでしこ:『(°H°)』

 

「何してんだか……」

 

イヌ子:『ところで二人はバイト代で何買うか決めとるん?』

 

「斉藤は、この前テント欲しくなったって言ってたけど、本当に買うの?」

 

「うん。っていうか実はもう注文しちゃった♪」

 

と俺たちに見せてくれたのは、犬用のテント……

 

「これ!」

 

「うぇ……犬用のドギーテント、10000円……」

 

「けっこうなお値段……」

 

「あはは。初めは犬用の寝袋を探してたら、たまたま見つけちゃってさ、気づいたらカートに入れてた♪」

 

「じゃあ、自分のテントはどうするの?」

 

「みんなのを使わせてもらいます。私のはまた今度かな?」

 

「犬ばかめ……」

 

「エヘヘ。けど、リンもこのテントで寛ぐちくわをみたくない?千代さんもそう思いません?」

 

俺と志摩さんは、テントでまったりするちくわを思い浮かべる。

 

「あーーー」「べ、別に………」

 

『『すごく見てみたい!』』

 

可愛いすぎるだろ……!

 

「ぷぷ……二人とも漏れちゃってるよ。それでリンは何か買うの?」

 

「んーー?今は特に欲しい物がないから次のキャンプ資金だな。」

 

「そっか……」

 

「あ~貯金が一億円くらいあったら良いのになぁ……」

 

志摩さんって、たまに突拍子のないことを言うな。

 

「アハハ……みんなそう思ってるって、もし一億あったら、リンはどうするの?」

 

「とりあえず、上に寝袋敷いて寝てみる。」

 

「使いみちのないところが、子どもっぽいね。」

 

「むぅ……じゃあ、千代さんは一億円あったら何に使います?」

 

「んーー車とバイクのローンを払って……あとはみんなでキャンプをしようか。」

 

「おー!さすが千代さん!」

 

「負けた……」

 

え?何の勝負ッ!!?

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

新学期が始まってから二週間ほどが経ったある土曜日、俺は愛車で桜さんとドライブデートをしていた。

と言っても、俺の愛車を運転しているのは、なんと桜さん。

年末に約束していたので試乗している。

目的地は富士急ハイランド。デートには最適だろう。

 

「桜さん、初めてとは思えない。」

 

「そんなことないですよ。この車が私の運転に合わせてくれるから……」

 

途中に休憩を挟みながら、俺たちは富士急ハイランドに向かった。

 

「ふぅ……着いた。」

 

緊張が解れたのか、車を降りた桜さんは背伸びする。

 

「お疲れ様でした。それで、どうでした?」

 

「とても良い車ですね。久しぶりのマニュアルだったけど安心して運転できました。でもデートはこれからですよ。」

 

「あ、そうですね。」

 

「さあ、行きましょう♪」

 

柔らかな笑顔を浮かべる桜さんは、俺の手を取って遊園地の正面ゲートに向かった。

いつもはクールなのに、たまに見せる笑顔が……

 

「可愛いんだよな……」

 

「え?何か言いました?」

 

「あ、いや、何も……////」

 

俺は二人分の入場料を支払い、園の中に入る。

 

「おおー初めて来たけど、やっぱりスゲェー」

 

日本屈指の規模を持つ遊園地。

たくさんのアトラクションがあり、たくさんの人でごった返していた。

 

「まずは、あれに乗りましょう!」

 

と桜さんに連れてこられたのが、絶叫マシンでこの遊園地を代表する"FUJIYAMA"だ。

 

「こ、これに乗るんです、か……?」

 

「もちろん!」

 

一発目からメインに行くのか……

有無言わせない桜さんは、俺の手を引き列に並ぶ。

 

「楽しみですねー?」

 

「え、まあ……」

 

緊張する俺は、彼女とうまく話すことができない。

 

「あれ?もしかして苦手なんですか?絶叫マシン?」

 

「ちち違いますよッ!!?」

 

「そう……ですか。あ、順番来たみたいですよ?」

 

「そ、そうですね……」

 

俺の心臓はバクバクだった。

座席に座り、安全バーを下ろされ、俺にはもう逃げ場がない。

 

「ああ……逝ってきます。」

 

始動音がなり響き、ゆっくりとコースターが動き出し、カタカタとレールを登っていく。

 

「千代さん!ほら、富士山が見えますよ!」

 

「そ、そうですね。きれい……ですね。」

 

もうそれどころじゃねぇよ、桜さん……

とうとう一番高い70メートルの地点まで登って来た。

あとは重力と勢いで落ちるだけ……

 

「きゃあぁぁ~~!」

「ギャアァァーー!ちーん……」

 

俺は無事に死んだ。

逝ってる間に恐怖の時間は終わったようだ。

フラフラとFUJIYAMAを降りた。

 

「終わった……」

 

「あー楽しい!さあ、次はアレですよー!」

 

「あぁぁ……死んだな。」

 

その後、俺は色々な絶叫マシンで登って下ってグルグル回されてグロッキー状態となっていた。

ベンチ座り、脱力していると桜さんが缶コーヒーを差し入れしてくれた。

 

「あ、ありがとうございます。ふぅ~」

 

「落ち着きました?」

 

「ええ、まあ……」

 

「意外でした。千代さんって絶叫マシンが苦手なんですね?バイクに車にと速い乗り物が好きなのに……」

 

「あれは自分で制御できるから……これは別物です。」

 

「千代さんの萌えポイント発見です♪」

 

「もう!なんですか?それッ!!?」

 

「さあ、休憩もほどほどにして次に行きましょう!」

 

「まだ乗るんですかーッ!!?」

 

俺の試練と言うデートはまだまだ続きそうだ。はぁ……

 

次回に続く。




ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

千代、山中湖へ。

野クル、ピンチ回ですね。


今日は土曜日。

俺は自宅でデスクワークに勤しんでいる。

 

「コーヒー淹れましたよ。少しゆっくりしましょう。」

 

俺の対面に座ったのは桜さん。

今日は朝から色々と俺の身の周りの世話を焼いてくれている。

なんだか通い妻のようだ。

 

「ありがとう。桜さん……」

 

「どうです?お仕事は進みました?」

 

「ええ、だいたい終わりました。桜さんが色々と身の周りの世話をしてくれたから……ありがとうございます。」

 

「私はアナタの彼女だし、気にしないで下さい。」

 

桜さん、なんて健気なんだ。

その後俺は、昼食に桜さんの作る手料理を食べて、二人でゆっくりしていた。

気づいたら時間は午後3時を回っている。

 

「もう3時を過ぎてる……」

 

「そう言えば、妹のなでしこから聞いたんですけど、今日千明ちゃんたちキャンプに行ってるそうですね?」

 

「あ、そうなんですか?知らなかった……顧問の鳥羽先生には伝えてあるのかな?」

 

「そこまで詳しくは聞いていないので……でもなでしこが言うには山中湖のキャンプ場に行くって言ってましたよ?」

 

何だってッ!!?山中湖?

 

「山中湖?本当ですかッ!!?桜さん!」

 

「ええ、確かにそう言ってました。」

 

「マズイな……」

 

俺は急いで出かける準備を始めた。

 

「どうしたんですか?そんなに血相変えて?」

 

「山中湖って標高が高い所にあるんです。」

 

電話も掛けてみるがまったく繋がらない。

クソッタレが!ますますマズイぞ……!

 

「桜さん!大垣さんは誰と行くとか聞いてません?」

 

「えーっと、今日はなでしこはバイトだし……リンちゃんもバイトって言ってましたね?」

 

「と言うことは、犬山さんと斉藤さんが一緒ってわけか……!」

 

家にあった俺のキャンプ道具を桜さんに手伝ってもらって車に載せる。

 

「すいません、桜さん!色々ありがとうございます!」

 

「い、いえ……気をつけて下さい。」

 

「戸締まりお願いします。」

 

「は、はい……任せて下さい。」

 

俺は自宅のことを桜さんに任せて、山中湖にいると思われる大垣さんたちの元へ急いだ。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「ったく、犬山さんと斉藤さんにも電話が繋がらない。」

 

今から向かっても着くの夕暮れだ。

気温も零度以下になるだろう。

体を暖めるために色々買っていた方が良い。

時間は掛かってしまうが、救援物資はしっかりとした物を用意しないと……

 

俺は体を暖めるために途中で、カイロやら食料などをしこたま買い込んだ。

 

「どうか無事でいてくれ。」

 

もうあとは祈るだけである。

幸いにも、なでしこさんとは連絡が取れたので、彼女たちのいるキャンプ場は分かった。

高速を使い、一時間半近くかかってようやく"山中湖岬キャンプ場"に到着する。

 

「さぶ……本当に大丈夫か?」

 

とにかく三人が無事なのかを早く知りたい。

俺は自宅から持って来たサバゲー用の東京マルイ製"Mk18 block1 千代カスタム"を装備して彼女たちの捜索へ向かう。

手持ちのライトと言ったら銃に拡張装備としての物しかなかった。

懐中電灯などが家に無かったのはちょっと痛い。

 

「大垣さーん!犬山さーん!斉藤さーん!」

 

三人の名前を呼ぶが反応がない。

キャンプ場を中を探して回ると見覚えのあるテントがあった。

 

「あれは……まさかッ!!?」

 

テントに駆け寄り中を覗く。

いない……本当にどこにいるんだ。

そんなことを思っていると、三人の名前を呼ぶ別の声が聞こえる。

 

「この声は……鳥羽先生か!」

 

俺は鳥羽先生の声に反応して向かった。

 

「鳥羽先生!」

 

俺は忘れていた。

銃(サバゲー用)を持っていたことに……

 

「ヒィィィィーーー!」

 

鳥羽先生の叫び声が山中湖に木霊した。

その声が聞こえたのか、彼女たちのテントの直ぐ近くにあった別のテントから大垣さんたちが出てきた。

 

「あれ?鳥羽先生に千代さん……何やってんすか?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「先生、用事があったはずじゃ?」

 

「千代さんも……」

 

「ええ……」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「私は自宅で仕事していたら、志摩さんから連絡があって……」

 

「自分は人づてに聞いて……それで心配になって、様子を見に来たんだよ?」

 

「電話も全然繋がらないし……」

 

「「「あ……ッ!!?」」」

 

「写真撮りすぎて、バッテリー切れでした。」

 

「荷物と一緒しとって気ぃ付きませんでした……」

 

「おやすみモードになってましたー」

 

三人ともあちゃーっとした顔をしている。

 

「電話が繋がらないとスマホの意味がないでしょう。まったく……」

 

こればかりは俺も三人を叱る。

そして、鳥羽先生も三人に諭すように忠告した。

 

「良いですか?この辺りは標高差が大きく、少し場所が変わるだけでも気温が全然違います。ちゃんとした下調べをして充分な装備を揃えなければ、冬のキャンプは本当に危険なんです。」

 

「確かにあの装備だけでは無理だし、死にたいのか?冬山を舐めすぎだぞ?分かっているのか?」

 

陸上自衛隊にいた時は、厳冬期の八甲田山も歩いたことがある。

だからこそ彼女たちの事を思って、口調も少々強くなってしまう。

今の俺は陸自にいた時の分隊長に戻っていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

初めて見た俺の圧に斉藤さんが泣いてしまう。

ちょっと熱くなってしまった。

 

「ああ……ごめんねッ!!?ちょっと厳しく言い過ぎてしまったね?」

 

「いえ、千代さんの怒りもごもっともです。下手したら大事故になってたかもしれないんですよ?」

 

「「すみませんでした。」」

 

「でも、なにもなくて良かったわ。」

 

「斉藤さんも落ち着いたかな?」

 

俺は彼女の頭を撫でて上げた。

 

「これからはキャンプ場を決める時は、私にも相談して下さい。せっかく顧問になったんですから……」

 

「「「先生……」」」

 

「あ、自分も忘れないでよッ!!?」

 

「もちろんです!千代さん!」

 

斉藤さんは俺にギューッと抱きつく。

 

「話しはすんだかねぇ?お?保護者かなんかい?ほらぁ一緒に暖かい鍋ば食うでぇ。ンマい日本酒もあるにぃー!」

 

大垣さんたちを保護してくれた年配キャンパーさんが声を掛けてくれた。

その後、俺たちはみんなで暖かい鍋を囲む。

 

「うまい……体が芯から暖まる。」

 

「えへへーお鍋にはニホンシュれすねー」

 

「そうだらー!」

 

鳥羽先生は飲み始める否や、直ぐに酔っ払っていた。

 

「あぁ……鳥羽先生、飲み過ぎですよッ!!?」

 

「うるへーぞ!ちよぉー!せんせいとしてのわたひは……ヒック、もうオワッタンだぞー!おまえももっとのれー!」

 

呂律の回らないほど泥酔する鳥羽先生……

俺たちはそんな彼女にひきつった笑みを浮かべるだけであった。

 

「それで?にぃちゃんは射撃の趣味があるんか?」

 

「ん?ああ……そうですね。自分は昔は自衛官だったもんで……今もこうやってたまに集まってやるんですよ。」

 

「へーおいちゃんはラジコンが趣味でなー今日も仲間ウチで集まって飛ばしとったんよ。」

 

「あ、それ私たちも見たッス!」

 

「たまに宙返りして……」

 

「スゴかったわー」

 

彼女たちの言葉からして、おじさんの腕はベテランの域なんだろう。

 

「にぃちゃんのそれって高いんやろ?せがれもやっててなー?気になっとたんよ?」

 

「この銃だけで30万くらいですかねー?」

 

「さ、30万ッ!!?」

 

「あ、アキ!鼻血、鼻血ッ!」

 

「ティッシュ、ティッシュ……!」

 

「すごいなーちよぉー!ちょっと、触らせろー!」

 

鳥羽先生の悪絡み……

今の彼女に触らせると壊しかねない。ここは華麗にスルーさせてもらおう。

 

「今の酔っ払った鳥羽先生にはダメです。」

 

「なにをーー!」

 

「ちょっと片付けて来ます。」

 

俺はテントの外に出た。

駐車場に止めてある愛車のもとへ向かっている途中にスマホが鳴った。

相手は桜さん……

 

「もしもし。」

 

『えっと、千明ちゃんたちは無事だったんでしょうか?家に帰ってなでしこに話したら、なでしこも心配そうにしてたもんで……』

 

「別のキャンパーさんに助けて貰ってたんで無事でした。少し叱ってはしまいましたが……」

 

『そうですか……なでしこも安心します。』

 

「今は助けてくれたキャンパーさんと一緒に楽しそうにしてますよ。それに志摩さんから連絡を受けた顧問の鳥羽先生も駆けつけくれたし……今日は遅いので車中泊してきます。」

 

『分かりました。風邪をひかないように気をつけて下さいね。』

 

「了解です。」

 

通話を終えた俺は、車に銃を直してみんなのもとに戻った。

その後、食事を終えた俺たちはキャンパーさんたちと別れ、大垣さんたちは鳥羽先生の車で一夜を過ごすことになる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

翌日……

夜が明ける前に俺は目を覚ました。

外に出て背伸びをする。

ボキボキと関節痛い。

 

「うーん、関節がガチガチだ……」

 

昨日、車に載せていたガスコンロとポットを用意して

コーヒーを作る。

そんなことをしていると、だんだんと東の空が明るくなって来た。

 

「夜が明ける……」

 

昇る太陽にこれほど安堵したのは久しぶりだった。

 

「千代さん?」

 

唐突に声を掛けられて振り向くと、斉藤さんが立っていた。

 

「斉藤さん……もう目が覚めたのかい?」

 

「はい。昨日は本当にありがとうございました。」

 

「キミたちが無事で何よりだったよ。」

 

「綺麗ですね……」

 

「ああ、空気が澄んでいるから、いっそう綺麗に見える。」

 

「あ、あの……千代さん!」

 

「なんだい?」

 

「私、千代さんのことが大好きです。」

 

突然のことに口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出してしまった。

 

「ゲホッ!ゲホッ!いきなりどうしたの?」

 

「私、千代さんと初めて知り合った時からずっと好きだったんです。リンやなでしこちゃんたちと仲良くしていると何だか心が苦しくって……」

 

「えっと……なんて言ったら良いのかな?気持ちは嬉しいけど、自分には……」

 

「知ってます……だけど私もこの気持ちを千代さんに伝えたかったんです!」

 

好意を寄せられるの嬉しいことだが、俺には桜さんがいる。

 

「斉藤さん……気持ちは嬉しいけど、自分には大切な人がいる。だから、キミの気持ちに応えることはできない……許してくれ。」

 

俺の言葉に背中を向ける斉藤さん……

 

「別に大丈夫です。分かっていることですから……ただ、気持ちを伝えたかっただけですから。」

 

振り向きニッコリと笑う、斉藤さん。

 

「あーあ、私の初恋は失敗かー♪」

 

「あ、えっと……」

 

尋常ではない空気にしどろもどろになる。

 

「ふっふっふー♪やっぱり千代さんって、かわいい♪」

 

「また大人をからって……!」

 

「あはは♪さあ戻って朝ごはんですよー♪」

 

俺と斉藤さんは車に戻り、他の子たちが起きたあとに朝ごはんを食べて、テントなどを撤収し、山中湖周辺を観光して帰った。

 

次回に続く。




ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜さんとデート

原作7巻です。


山中湖での一件を受けて、俺は特別講義を開くことにした。

放課後に学校の視聴覚室を貸し切り、野クルの大垣さん、犬山さんと各務原さんに今回同行した斉藤さんにソロキャンプをする志摩さんを集める。

 

「起立、気をつけ、礼!」

 

「「「「「お願いします。」」」」」

 

大垣さんの号令で他の四人が俺に一礼した。

 

「はい、お願いします。ということで今日は低体温症と凍傷についての講義します。」

 

俺は初めてだが教鞭を振るう。

 

「まず、低体温症についてだね。低体温症はおおざっぱにいうと深部体温が35℃以下になると発症します。」

 

「どのような症状が出るんですか?」

 

「良い質問だね。志摩さん……えー激しい震えに始まり、判断能力低下と錯乱、さらに筋肉の硬直、呼吸と脈拍数も下がり多臓器不全を起こし最終的に死に至ります。」

 

「飯田さん親子に助けて貰ったアタシらは、運が良かったのか……」

 

「そうだね、大垣さん。中等症以上で死亡率は40%に跳ね上ります。」

 

「じゃあ、低体温症を防ぐためには体をあっためんといかんねぇー」

 

「基本的だけど、それが一番の解決策だね。」

 

「千代さん、凍傷とは何ですか?」

 

「じゃあ、これを見て貰おう……」

 

俺はパソコンを操作してスクリーンに画像を映した。

そこに映し出された画像は、両手それぞれの指の第一または第二関節から先が、炭のように黒ずんで変色している。

 

「う……」

 

あまりの酷い状態に各務原さんは目を背けた。

 

「凍傷とは皮膚に寒冷が直接作用したときに、組織が凍ることによって生じる傷害であり、多くは厳寒下、強風また高冷地でなってしまうことが多いんだ。登山中の遭難、冬季スポーツ時スキー靴等の不適合などによる足の小趾の外側、母趾の先端の凍傷、寒冷地の学童の耳、手、幼児の頬などさまざまだ。」

 

「千代さん、この画像はいったいどういう状況なんですか?」

 

斉藤さんが聞く。

 

「この画像は一番ひどいモノで、凍傷により指先に血液が通うことが出来ずに筋肉や骨、また細胞が壊死してまったんだよ。これは全部切断しないといけないレベルだ。」

 

「アタシたち、冬のキャンプに馴れてきて調子乗ってたんだな……」

 

「私は良くソロキャンプするから、改めて気をつけるようにしないといけないな。」

 

「私もリンちゃんみたいにソロキャンプしたかったんだけどな~千代さんのお話を聞いて怖くなっちゃった……」

 

「あーえっと各務原さん?勘違いしちゃいけないよ?自分は冬にキャンプをするなとは言っていない。むしろアウトドアは自然とふれあう数少ないチャンスだ。だけどそれと同時に危険も伴うから、ちゃんと準備と対策をしようね?ってこと……」

 

「なでしこはソロキャンプをしたいの?」

 

「うん!リンちゃんみたいにソロキャンガールをやってみたいんだよー!」

 

「何だよ、それ……」

 

「まあ、自分もフォローできるところは協力するよ。」

 

「やったー!」

 

「なでしこちゃんもソロキャンデビューかぁ♪」

 

講習の合間にみんなで和気あいあいと話していると、職員会議を終えた鳥羽先生と大町先生がやってきた。

 

「あ、鳥羽先生。お疲れ様です。」

 

「おつかれさまー」

 

「あれ?大町先生も千代さんの特別講習に参加するんッスか?」

 

「ああ、先生も登山部の顧問してるからな……元自衛官の千代さんの話はためになるんだよ。」

 

「なんかそう言われると照れくさいですね。」

 

「では千代さん、他に話しておきたいことはありますか?」

 

「じゃあー最後に情報収集をすること無く、その上準備不足で厳冬期の冬山に入った結果、悲惨な結果になった事例を話します。」

 

俺は前もってまとめていた資料や画像をスクリーンに映す。

その後、俺の講義は一時間ほどで終わった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

特別講義から数日たった放課後……

 

「これはだいぶひどいなー」

 

図書室の隅っこで俺は修繕作業をしていた。

木製本棚の本を置く板が長年の使用で劣化し、真っ二つに折れていたのだ。

 

「うーむ、これは新しい板をはめ込んだ方が良いな……」

 

持っていたスケールで高さ、幅、奥行きを測る。

そんなことをしていると、楽しそうに話す、聞き覚えのある声がした。

 

「なーなでしこ……ソロキャン行くって、本気なの?」

 

「うん!今週末に行こうと思うんだ。バイトも休みだから。」

 

それは各務原さんと志摩さんであった。

 

「なんでまた……」

 

「ほら……お正月にリンちゃん、『ソロキャンプはみんなでやるキャンプと全く違うアウトドアだ。』って言ってたでしょ?」

 

「私、そんなこと言ったっけ?」

 

「うん。今日はリンちゃんにソロキャンの始め方をじっくり聞こうと思って……」

 

二人の話しを盗み聞いてしまったが、なるほど、志摩さんは各務原さんを焚き付けていたのか。

 

「よし、あとははめ込む板を買いに行けば良いか……」

 

今日の仕事は終わりだ。

図書室唯一の出入り口に向かうと、カウンターに居る志摩さんに声をかけられる。

 

「千代さん、どうでした?」

 

「折れた板を代えないといけないね。明日の午前中には修理は終わるよ。」

 

「そうなんですね。ありがとうございます。」

 

「お礼なんてとんでもない。仕事だから当然のことだよ。それで各務原さんはどうなの?ソロキャンの準備は?」

 

「うーん、いろんな場所に行ってみたいけど……私もリンちゃんや千代さんみたいに免許取りたいな。」

 

彼女の言葉に想像を膨らませてみた。

 

「あーー」

 

各務原さんが原付の免許を取得する。

ツーリングに行って、途中で道に迷って、ガス欠起こして、立ちゴケからの引き起こし不能……気づいたら、初めて出会ったあの本栖湖を思い出していた。

 

「えっと……」

 

「あ、千代さんが言いたいことは分かってます。リンちゃんも絶対に取るなって!凄い伝わってくるよ……」

 

「確かに家族のみんなからも反対されそう……」

 

「でもいつか取ろうよ。」

 

「はい!でも今回はリンちゃんの原付にリヤカー付けて運んでもらおう!」

 

「重くて進まなくなるだろう。」

 

「じゃあ、千代さんの車の後ろにリヤカーを……」

 

「そこはおとなしく車に乗ろうよ……」

 

「えへへ……」

 

「じゃあ、自分は事務室に戻るから。二人とも下校時刻までには帰るんだよ?」

 

「「はーい。」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

そして週末が来た。

今日俺は桜さんとデートをする。

待ち合わせ場所は桜さんの自宅だ。

ロクダボで彼女の家を目指す。

途中でソロキャンに行くのであろう装備満載の水色ビーノに乗る志摩さんを見かける。

 

「あ、志摩さん……キャンプに行くんだ。」

 

その後、桜さんの自宅へと到着した。

インターホンを押すと桜さんが出る。

 

「千代です。お待たせしました。」

 

『すぐに行きますね。』

 

桜さんが玄関に現れた。

 

「じゃあ、お母さん。いってくるね。」

 

「ええ、気をつけてね。」

 

親子のやりとりを見てると微笑ましくなるよね?

そんなことを思っていると、背後に人の気配を感じたかと思えば急に声を掛けられた。

 

「おはよう。千代くん……♪」

 

振り向くとそこにいたのは、桜さんの父親だった。

 

「しゅ、修一朗さんッ!!?」

 

「そんなにかしこまって……気軽にお義父さんと呼んでくれても良いんだよ?」

 

「ハハハ……」

 

グイグイと来る修一朗さんに、思わず苦笑い……

 

「キミは本当に乗り物が好きなんだねぇ?」

 

「え?ええ……こんなのに乗れるのは若い内だと思っているので、楽しめる時に楽しまないと……」

 

「でもね?お父さん。彼、そんなこと言ってるけどジェットコースターとか苦手なんだよ……♪」

 

「ああー!桜さん!それは言わない約束でしょー!」

 

「フフ♪さあ行きましょ♪」

 

小悪魔的な笑みで桜さんは自身の車に乗り込む。

 

「すいません。今日はお嬢さんをお借りします。」

 

「ああ、楽しんで来なさい。」

 

「いってきます。」

 

俺は桜さんの隣に座った。

俺たちは彼女のご両親に見送られながら出発する。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「あの?桜さん……」

 

「何でしょう?」

 

「どうしてバラしちゃったんですか?あれほど秘密してくれって頼んだのに……」

 

「え?あ~あのジェットコースターが怖いってことですか?別に良いじゃないですか?」

 

「でも男にはプライドってもんが…………」

 

「可愛いプライドですね♪」

 

「もう。いいです……」

 

「あれ?すねました?」

 

え?俺ってそんなにからかいがいがあるの?

これでは男としての威厳が皆無じゃないか。

 

「すねてません。」

 

桜さんに対して、俺は細やかな抵抗する。

と言っても、ただ頬を膨らませた仏頂面で流れる景色を見るだけどね……

 

「ホント千代さんって可愛い♪」

 

「むぅ………それで桜さん、今日はどこに連れてってくれるんですか?」

 

「今日は奈良田湖の温泉郷を歩いて古民家カフェに行こうかなっと……」

 

俺を乗せた車は桜さんの運転で一路、奈良田湖の温泉郷へと向かう。

 

「そういえば妹さんもキャンプに向かわれたんですよね?」

 

「ええ、朝早くにたくさんの荷物を背負って……」

 

休憩を挟みつつ、俺たちは1時間半ほど掛けて奈良田湖に着いた。

 

奈良田湖とは富士川水系早川を上り、南アルプスの山中に存在する、山梨県営の発電用ダムでせき止められた湖であり、名前の由来はダム湖の底に沈んだ辺境の集落、奈良田地区にちなんで名付けられている。

 

「おおー!きれいなエメラルドグリーンだ。」

 

「いい天気でさらに映えますよね?もうすぐ着きますよ。」

 

目的地に到着した。

車を駐車場に止めて、俺たちは車から降りる。

 

「私のオススメする古民家カフェはこの先です。」

 

彼女はおもむろに俺の手を取った。

 

「あ……////」

 

突然なことに間の抜けた声を出してしまう。

 

「さあ、行きましょう♪」

 

桜さんはニッコリと笑い、そして俺の手を引きカフェを目指した。

 

次回に続く。




ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

なでしこさんを見守り隊。

今回はギャグ風味です。


私は志摩リン。

ソロキャンプをこよなく愛する流れの女子高生だ。

今日、私は早川町方面へひとり旅に来ている。

 

奈良田湖の温泉郷で一休みをしようと立ち寄ると見覚えのある青い車が止まっていた。

 

「あれ?これは桜さんの車だよな……来てるのか?」

 

辺りを少し探して見ると………いた。

 

「やっぱり桜さんだ。隣にいるのは……千代さんかッ!!?」

 

二人は仲睦まじく、私の先を歩いている。

 

「もしかしてデートか?………そもそも私、なんでコソコソ隠れているんだ?」

 

物影に隠れて、じぃーーーー(偵察中)。

この先は古民家カフェ……桜さんたちも行くのか?

でも何だろう?仲良さそうな二人を見てると胸の奥がモヤモヤする。

 

「うーん、今行くと鉢合わせになってしまうなぁ……」

 

考えごとをしていると、私のスマホが唐突にヴーーッ!ヴーーッ!と震えた。

 

ビクゥッ!!?ハッ!!?

驚きながらもスマホを確認すると、なでしこからだった。

 

なでしこ:『おひるごはんついにきたァーーッ!!(*>∀<*)ノシ』

 

「なでしこか……ったくビックリさせるなよ。」

 

まあいいか、返信しとこ……『うまそー』と良し。

 

「動くな……」

 

その時だった。私の背後から声を掛けられる。

腰の辺りに何か突き付けられた感触も……これは銃かッ!!?

 

「ムダな抵抗はするな。ゆっくりとスマホをしまえ。」

 

この声はまさかッ!!?

 

「ち、千代さん!」

 

「ありゃ?バレた?」

 

振り向くと千代さんが立っていた。

銃っぽい感触も千代さんが手を銃の形を真似たモノだった。

 

「でもいつの間に?」

 

「キミがスマホを弄っている時に……ね。でも志摩さんは偵察のやり方がまだまだ。気配でバレバレだもん……」

 

「……別にそんなつもりじゃぁ」

 

と言う彼女を無視して俺は志摩さんを抱き抱えた。

 

「桜さーん!志摩さんGETしましたー!」

 

俺は志摩さんを天高く掲げて、桜さんに誇らしげにアピールする。

 

「離せ!離せぇー!私はポケモンじゃない!ぞーッ!」

 

「フフ……♪二人とも仲良しね♪」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺と桜さん、さらに志摩さんを加えた三人で一軒の古民家カフェに入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

店員の案内で囲炉裏のある席へと座った。

 

「囲炉裏……味があるなぁー」

 

「私、初めて見た……」

 

「この落ち着いた感じが良いわね。」

 

俺たちは各々感想を言う。

街中の喫茶店やカフェにはない和風な雰囲気だ。

 

「私はココアシフォンとコーヒーで。」

 

「じゃあ私は……えごまチーズケーキとほうじ茶。」

 

「自分はモンブランと抹茶ラテをお願いします。」

 

「ありがとうございます。ご用意しますので、少々お待ち下さい。」

 

その後、注文した飲み物やスイーツ届き、美味しく味わっていると店員さんから声を掛けられる。

 

「ところで今日はご家族で来られたんですか?」

 

ぶぅッ!!?思わず吹いてしまった。

志摩さんも戸惑っている。

 

「あ、えっと……自分は……」

 

良い返答が出来ずにしどろもどろになる俺……

これは男して情けない。

桜さんに助けを求め、彼女に視線を送ると眼鏡がギラリと怪しく光る。

あの輝きは突拍子のないことを言う前兆だ。

 

「ええ、娘のリンです。」

 

「はいッ!!?」

 

覚悟はしていたけど、これまた凄いことを言うな……

 

「可愛らしいお嬢さんですね。小学生?」

 

驚き、焦る志摩さん。

 

「しょ、小学生ww」

 

そんな彼女がおかしく見え、必死に笑いを堪える。

 

「むぅ……ッ!」

 

志摩さんが俺をにらまれた。

ちょっと怖い。

 

「ゆっくりにしていってくださいね。」

 

店員はいなくなった。

 

「ちょっと桜さん。何言ってるんですかッ!!?」

 

「そうですよ。いきなりあんなこと……」

 

「えー良いじゃないですか?リンちゃん可愛いし♪ね、千代さん?」

 

「んーまあ……」

 

なんとも歯切れの悪い返事をする。

抹茶ラテを飲み、お茶を濁した。

 

「あ、あの桜さん。なでしこに聞いたんですけど、桜さんも"原付の旅"好きなんですか?」

 

「なんですって?」

 

再び桜さんの眼鏡がギラリと光る。

 

「あ、えっと……この間のクリスマスキャンプの時になでしこに勧められて……」

 

「西日本編?東日本編?それとも海外編?どれ?どれが好きなの?」

 

桜さんは志摩さんの肩を掴み、食い入るように見つめいた。

志摩さんは大物を釣ったな。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「へぇ……桜さんは良くドライブに行かれるんですね。」

 

「千代さんと付き合う前は一人で……今は彼と一緒だけど、ね?」

 

「え、ええ……////」

 

「ほら見てリンちゃん、千代さん照れてる。」

 

「ホントだ。かわええ……」

 

志摩さんまで何を言っているんだ。

二人にマジマジと見られると恥ずかしい。

 

「それで?志摩さんは今日もどこかでキャンプを?」

 

「一応そのつもりですけど、まだ泊まる所も決めてないから分からないです。」

 

「マッチポンプってことか……」

 

「ほんとリンちゃんって旅慣れてるわね。」

 

「そそそんな事ないですよッ!!?」

 

謙遜する志摩さん。

 

「妹のなでしこもね?今日キャンプに出掛けたのよ?朝早くから荷物を持って……」

 

ああ、やっぱり姉としてなでしこさんを心配しているんだなっと改めて思った。

と桜さんと志摩さん、二人のスマホが鳴る。

互いに確認して画面を見せ合いながら、苦笑いを浮かべていた。

 

「見てくださいよ。千代さん……」

 

桜さんからスマホを見せてもらう。

 

なでしこ:『これから買い出しして、キャンプ場に向かいます!!(^-^ゞ』

 

「どうやら順調みたいですね。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺たちは古民家カフェを後にした。

 

「リンちゃん、この後どうするの?」

 

「原付でこの先まで行ってみるつもりです。」

 

「そっか……志摩さん、気をつけてね。」

 

「はい。お二人も……」

 

「あ、そうだ!リンちゃん!」

 

「な、なんでしょう?」

 

「今度、なでしこにDVD全巻持たせるわね!」

 

「あ、どうも……」

 

志摩さんは原付で走り去っていく。

その様子を二人で見送った。

 

「さあ、私たちはもう少しこの辺を回って行きましょう。」

 

「そうですね……」

 

俺たちは少し歩いて、冬で閑散としている小さな温泉町を歩いて、別の建物に入る。

源泉掛け流し入浴処『四季彩』と書いてあった。

 

「少しぬるめね……」

 

「自分にはちょうど良いですけど……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

奈良田湖の温泉を後にした俺たちはさらにいろんな場所めぐる。

 

「あの、家族用にお土産を買いたいんですけど?ちょっと寄り道してもいいですか?」

 

「あ、どうぞどうぞ。桜さんずっと運転しっぱなしだし一度休憩をはさみましょう。」

 

俺たちを乗せた車は道の駅に入った。

二人で施設内を歩いていると、桜さんがとあるブースで足を止める。

 

「ん?何か気になるモノでもありました?」

 

「えっと、これ……」

 

彼女が指さしたのはジビエだった。

 

「へぇー色々な種類があるんですね。」

 

シカにイノシシ……

 

「すごい……熊の手まで……」

 

桜さんが真空パックされた冷凍の熊の手を取った。

そしてスマホを使って何かを調べ始める。

 

「どうかしたんですか?」

 

「熊の手の調理方法を……」

 

食べるの気なのか?チャレンジャーだ……

しかし、手に取った品物をすぐに元あった場所に戻す。

 

「あれ?買わないんですか?」

 

「下ごしらえが面倒……」

 

桜さんが調べた項目を見せてくれた。

あーーこれは彼女の言うとおり面倒だ。

 

「確かに面倒ですね。」

 

二人でクスクスと笑った。

車に戻る前に、俺はちょっとお手洗いによってから彼女の所に戻る。

 

車内にいる彼女の様子が少し伺えた。

桜さんは運転席に座り、スマホを見ている。

俺は助手席側のドアを開けた。

 

「お待たせしました。」

 

「いえ……」

 

桜さんは自身のスマホをコートのポケットに締まってから車のエンジンを掛ける。

 

「気になりますか?妹さん……」

 

「分かりますか?」

 

「まあ、外から見た感じ……そう察しました。」

 

「あの後、あの娘から連絡が来なくて……」

 

桜さんから聞く限り、もう二時間以上は連絡が来てないらしい。

 

「じゃあ行きましょうか?妹さんの所へ!」

 

「え?でもそれだと、千代さんの帰る時間が遅くなってしまいますよ?」

 

「構いませんよ。その方が安心でしょうし……」

 

「ありがとうございます。」

 

「それにもう少し桜さんと居たいから……」

 

「もう、千代さんったら……////」

 

俺たちは桜さんの運転でなでしこさんがキャンプしている富士川に向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

日も暮れて、すでに真っ暗になった頃に富士川のキャンプ場に到着する。

 

「着きましたね。」

 

「お疲れ様でした。それじゃあ、ちゃちゃっと見に行きますか……」

 

車から降りた俺は早速暗視ゴーグルを装着し、ギリースーツを纏った。

 

「ち、千代さんッ!!?そんなモノどこから出してきたんですか?」

 

「え?さあ?」

 

スイッチを入れると暗闇でもハッキリと桜さんの姿が見える。

 

「見えます?」

 

「ええ、ハッキリと……♪じゃあ行きましょうか。」

 

俺たちはなでしこさんの様子を見に行こうとした時だった。

進行方向、目と鼻の先に見知った原付が止まっているのに気づく。

 

「桜さん、この原付……」

 

「リンちゃんもここに来てるってこと?」

 

二人で彼女の原付を見ていると別の気配を感じた。

そこにいたのは志摩さん……

暗視ゴーグルを着けた俺と月に照されて眼鏡が怪しく光る桜さんと目が合う。

 

「ヒ、ヒィーーーーーーッ!!!!」

 

志摩さんは声にならない叫びを上げた。

 

「びっくりさせちゃったみたいだね。」

 

「ごめんなさい。驚かせて……」

 

「ハァハァ……い、一瞬……し、心臓が止まったかと……桜さんと千代さん?で合ってます?二人も来たんですね?」

 

志摩さんは驚いて動悸が激しいのだろう、自身の胸を押さえていた。

 

「もしかして……なでしこの事を心配してくれたの?」

 

「その……なんと言うか、私が余計な事を言ったせいもあるので……」

 

「ありがとね。リンちゃん……」

 

「それにしても、千代さんは何を着けてるんですか?」

 

「あ?これ?暗視ゴーグルとギリースーツ……夜の暗闇に紛れる忍者みたいでしょー♪これが本当の偵察ってもんさ。」

 

「へ、へぇー」

 

いまいちパッとしない志摩さんに、試しに暗視ゴーグルを頭からスッポリと被せてみる。

 

「おーー!スゲェーー!」

 

彼女はちょっと興奮していた。

 

「桜さんたちはこれからどうするんですか?」

 

暗視ゴーグルを着けたまんまの志摩さんが桜さんを見上げる。

 

「………リンちゃん、それ外しましょうか?」

 

「あーー」

 

桜さんは志摩さんから暗視ゴーグル外して、俺に返した。

 

「私たちは帰るわ。一人でも大丈夫みたいだし……」

 

「そうですね。志摩さんはどうするの?」

 

「私も今日は帰ります。今日はなでしこのソロキャンプですから……」

 

「じゃあ、戻りますか……」

 

「あ、そうだ!あの!せっかくだから上に登ってみませんか?ここって夜景で有名らしいですし……」

 

「そうね。ご一緒するわ。」

 

「久しぶりに夜の山岳機動……楽しいゾ。」

 

女性陣との温度差が違うけど気にしない。

なでしこさんに見つからないように………

 

「これは凄い……」

 

「きれい……リンちゃんの言ったとおり、なかなかの夜景スポットね。」

 

「ですよね。」

 

三人並んで夜景を見ていると、誰かがコチラに向かって駈け登ってくる息づかいが聞こえる。

 

あれはなでしこさんッ!!?相変わらず元気だ。

物凄い勢いで走ってくる。

 

「二人とも、なでしこさんが来る。隠れないと!」

 

俺たちは近くにあった垣根の裏に、素早く飛び込み、身を隠した。

 

「写真撮ってる……?」

 

「うわッ!!?コッチに来るッ!」

 

「シッ!静かに……!」

 

俺たちは息を殺し、垣根に溶け込むことで、なでしこさんから柄をかわすのに成功、そのまま車の止めている駐車場に戻る。

 

「桜さん、ここからは自分が運転しますよ。大丈夫ですよね?」

 

「え?じゃあ、お願いしようかしら?リンちゃん、下まで私たちが先導するからゆっくり着いて来てね?」

 

「分かりました。」

 

「では行きましょうか。千代さん……」

 

「了解です。」

 

俺は安全運転に努め、山を下った。

途中運転していると桜さんのスマホが鳴り、彼女はスマホを確認する。

 

「フフ……なでしこからだわ。」

 

俺は桜さんの指示でハザードを焚いて、車を端に止めた。

横に志摩さんの原付が止まる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「リンちゃん見てよ。」

 

なでしこ:『電波を探して遅くなったけど、私は楽しくキャンプしてるよ!(о´∀`о)』

 

「ねえ、三人で少し市街に寄っていかない?夕飯食べて行きましょう。」

 

「そうですね。今夜は自分がご馳走しますよ。」

 

次回に続く。




ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野クルの伊豆キャン計画

来ましたね!伊豆キャン!


週末明け、各務原さんは初めてのソロキャンから無事に帰還した。

まあ、桜さんや志摩さんと偵察したから知ってるんだけどね……

 

ある日、俺は大垣さんから部室に呼び出された。

向かっている途中に各務原さんと犬山さんと出会う。

 

「あ、千代さん。」

 

「お仕事お疲れ様でーす。」

 

「もしかして二人も大垣さんに呼び出された感じ?」

 

「そうですねー」

 

「なんかアキちゃんが凄い発見をしたって、言っていたんですよー」

 

「そうなんだ。自分は何も聞いてなくて……とにかく来いってみたいな感じ?」

 

「なんかアキちゃんらしいね……」

 

「アキのことやし、大げさに言っとるだけやろ……?」

 

犬山さんはハァっとため息を吐いていた。

そして俺たち部室に到着する。

 

「アキぃー 来たでー?」

 

犬山さんが扉を開けたかと思うとすぐにピシャっと閉めていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「「「薪の無料配布ぅ?」」」

 

「そう!なんと軽トラ一台分も薪が貰えるみたいなんだ。それに私は行って来ようと思う!」

 

「え、アキちゃん?ただより高い物ないって良く言うよッ!!?騙されてない?」

 

「アキばあちゃん!詐欺に会ってるんとちゃうか?」

 

「誰がばあちゃんだ。県が川の整備で切った木を毎年無料配布してるらしいんだよ。」

 

河川の岸や中洲に伸びた木を放置すると台風などで増水した時、川の流れが変わり最悪氾濫してしまうので、毎年定期的に伐採する必要がある。

 

伐採した木は処分するにも費用がかかってしまう。

なので県の河川事務所では家庭で消費する薪として配布していた。

 

「それが今日あるんだね?」

 

「そうッス!」

 

「そういう事なら貰いに行かんとなー キャンプの薪代もバカにならんし……」

 

「ねぇ?あおいちゃん、軽トラ一杯の薪っていくらするのかな?」

 

「せやなぁー」

 

二人の会話に、俺は考えられる量をスマホを使って計算して二人に見せた。

 

「これくらいだと思うよ?」

 

「「37500円(税込)分ッ!!?」」

 

「アキ!よう見つけてくれたわ!」

 

「へっへー!ってことで、千代さんに車を出してもらって薪の回収に行くズラー」

 

「「おおー!」」

 

「そういうことね……じゃあ、学校から軽トラを借りて来ないといけないし、ひとまず職員室に行こうか?」

 

「「「はーい!」」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺を含めた野クルの三人は、意気揚々と職員室を目指す。

 

「ねえ?アキちゃん、そろそろグルキャンの計画もしない?リンちゃんと恵那ちゃんも誘って……♪」

 

「クリキャンぶりの野クルオールスターキャンプかぁー」

 

「職員室行くついでに鳥羽先生に相談してみっか!」

 

職員室の前まで来た。

 

「自分は教頭先生に話しつけて、そのまま車の準備をしとくから……大垣さんが同行するんだよね?」

 

「そうッス!」

 

「鳥羽先生との話しが済んだら、駐車場で待っててね。」

 

野クルの三人は鳥羽先生のもとへ……

そして俺は、教頭先生に軽トラ使用の許可ともらった上で、その他もろもろの道具を荷台へと載せる。

 

「軍手を大垣さんの分を入れて二組、荷造り用のロープ……あとチェンソーも持っていくか?」

 

積載物の確認をしてると、スマホが鳴った。

 

なでしこ:『野クルキャンプ in 伊豆!三月始めに開催予定だよ!(о´∀`о)/恵那ちゃんとリンちゃんもどうかな?』

 

あおい:『バイトで稼いで伊豆キャンや!('ワ')』

 

ちあき:『まさに豪遊!b(◉Д◉)ノシ』

 

恵那:『いいねー伊豆キャン!』

 

リン:『なんだよw豪遊ってw』

 

ちあき:『千代さーん!あと2~3分でそっちに向かいまーす!(*`・ω・)ゞ』

 

ほう、今度は伊豆か……

伊豆といえば伊豆スカイラインがあるし、予定日は三月……今度はロクダボの出番か?

とにかく返信しないと「了解しました。」っと……

 

その後俺は大垣さんと合流した。

 

「じゃ、ちょっくら薪もらってくっから、大塩コンビはのんびりしててくれなー」

 

「誰が大塩コンビや。」

 

「じゃあ千代さん、ウチのアキちゃんをよろしくお願いします!」

 

「あいよー」

 

彼女の案内で木材の無料配布会場へと向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「けっこう道具持って来ましたね……」

 

「たぶん、丸太とかで置いてあるからチェンソーは必須だと思ったし、荷崩れしないように固定用のロープとかも……安全に配慮しないといけない。」

 

「やっぱり、千代さんをスカウトして良かったッス!」

 

「半ば無理やりだったけど……」

 

「もー!それは言わないで下さいよー」

 

「それはそうと大塩コンビって何?犬山さんがツッコミいれてたけど?」

 

「ああ、イヌ子たち誕生日が三月四日で大塩平八郎と同じなんッスよ。」

 

「ほーー(大塩顔)」

 

目的地に到着。

しかし、配布会場であるはずの河川敷には木材どころか木片一つ見当たらない。

 

「大垣さん?配布会場はここで良かったんだよね?」

 

「地図だとそのはずなんですけど……」

 

「日付とか間違えてない?」

 

「ホームページだと今日ッスよね?」

 

「確かに間違ってないね……」

 

「おっかしいなー ホームページの方が間違ってんのかなぁ?」

 

「もしかして、もう配布は終わったんじゃ……?」

 

「それはないですよー 去年薪配布に参加した人のブログを見たんッスけど、河川敷一面に丸太がどっさり積まれてたんですよ?さすがに一日でなくなるってことは………」

 

「無くなるってことは………?」

 

「まさか……ね?ちょっと電話で確認してみます。」

 

大垣さんが電話で主催者側に連絡をとる。

 

「あ、もしもし?薪の配布について聞きたいんですけど………はい……落居駅、近くの河川敷の……えッ!!?終わった!!?」

 

相手の回答に大声を出して、大垣さんは驚いた。

あらあら………

 

「しかも三時間でッ!!?」

 

電話切った大垣さんは、その場に崩れ落ちる。

 

「瞬殺かい……orz」

 

ドンマイだよ。大垣さん……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の夜、仕事帰りにいつもの近所のコンビニに立ち寄る。

 

「今日は色んな意味で疲れた……もう、コンビニ飯で良いか。」

 

コンビニに入ると入店を報せる電子音と共に「いらっしゃいませー」と声が聞こえた。

 

「ん?今の声、聞き覚えがあるような………」

 

ふとそんなことを考えながら、商品を手に取り、会計のためにレジに立つ。

 

「いらっしゃいませー」

 

レジにいたのは斉藤さんだった。

 

「え?斉藤さん……こんなところで何してんの?」

 

「何って……バイトですよ。最近始めたんですよー」

 

「そ、そうなんだ。」

 

斉藤さんは本当に神出鬼没だと思う。

 

「とうとう見つかってしまいましたね?なんだかんだスパイみたいでドキドキしてました。」

 

斉藤さんはレジを打ちながら、そんなことを話した。

 

「千代さん。一人暮らしだからって、コンビニご飯は体に悪いですよー?」

 

「今日は疲れたから仕方なくだよ。」

 

お会計を済ませた俺はコンビニを後にしようとした。

 

「あっ、そうだ!千代さんってこの間、リンと彼女さんの三人でなでしこちゃんの様子を見に行ったそうですね♪」

 

「何でその事を知ってんの!!?」

 

「ふっふっふー♪何ででしょ?ありがとうございましたー♪」

 

どこから漏れた?

まさかあの時、斉藤さんもあの場所にいた?あり得ないだろ……

俺はモヤモヤした気持ちで自宅へ帰った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

別の日、俺は校庭の隅っこに呼び出される。

伊豆キャンの打ち合わせをするみたいだ。

ある程度の仕事を終わらせた俺が校庭に来た時には、鳥羽先生を含めた全員が集まっていた。

 

「千代さん、おそいよー!」

 

「あ、えっと各務原さん?自分も仕事があるんですが……」

 

「関係ないです!」

 

「何言ってんだよ。なでしこ……千代さん、お疲れ様です。」

 

「あ、いや……みんなも。それで話しはどこまで行ったんだい?」

 

「まだ日程までしか……」

 

「リンちゃんはどこに行きたい?」

 

「私は伊豆の高原とかかな……」

 

「他のみんなは?どこに行きたい?案はあるかな?」

 

「私は伊豆の海岸だなー」

 

「じゃ私、伊豆の港~」

 

「私は伊豆の吊り橋だねー」

 

観光地伊豆……

やはりというか行き場所が無限に出てくる。

 

「せや!鳥羽先生。ウチの妹もキャンプに行きたい言うてるんですけど、連れてってもええですか?」

 

「あかりちゃん……ですか?」

 

犬山さんから聞くところ、彼女の妹が伊豆の動物園で温泉に浸かるカピバラを見たいと言うのだ。

その動画を見ると確かにカピバラが温泉に浸かり、恍惚ななんとも言えない表情を浮かべている。

 

「あら、可愛い……」

 

「ほんとだー」

 

「か、かわええ……」

 

「ゆず風呂気持ち良さそうだねぇー」

 

「これは癒されるズラー」

 

「犬山さん?親御さんが許可して下さるようでしたら、一緒でも構いませんよ。寝袋の方も私が用意してみます。」

 

「ホンマですかッ!!?」

 

「良かったね?犬山さん。」

 

「はいー」

 

「犬山さんの妹さんが来るってなると8人か……分隊規模か。」

 

「あの千代さん、そういう自衛隊用語は分からないので止めて下さい。」

 

志摩さんに言われて、ちょっとショック……

 

「あれ?鳥羽先生の車って、4人乗りじゃなかったっけ?千代さんは自分の車に乗るとして残りの二人はリンのバイク……?」

 

「雑技団か。そこは千代さんの車に乗せて貰えよ。」

 

「大丈夫ですよ。私の妹にミニバンを借りる予定ですから……」

 

「「「「なーんだー」」」」

 

「あの先生。」

 

志摩さんがスッと手を挙げる。

 

「私、原付で行っても良いですか?」

 

「え?7人乗りですから、全員乗れますよ?」

 

「それは分かってるんです。私、お正月に原付で伊豆に行く計画を立ててたんですけど、結局行けずじまいで……それからずっと伊豆の道を自分で走ってみたかったんです。」

 

「原付でですか………身延からだとかなり大変かと思いますが……」

 

「鳥羽先生!リンちゃんは『原付の旅』がやりたいんですよ!ね!リンちゃん!」

 

「ちょ、なでしこ近いって……!」

 

「先生、リンなら大丈夫だと思いますよ。浜松や伊那とかも原付で行ったこともありますし……」

 

「うーーん……」

 

悩む鳥羽先生。

教え子の望みは叶えたいが、事故は怖い。

彼女の中で葛藤が続く。

 

「ならば自分が志摩さんのエスコートをしましょう。自分もバイクで行きます。」

 

「千代さん、良いんですか?」

 

ぱあっと志摩の表情が明るくなった。

 

「もちろん大丈夫だよ。伊豆キャンプの話しが出た時に西伊豆スカイラインを走りたいなって思ったからね。」

 

「千代さん!分かります!その気持ち!私もその道を走りたいです!」

 

「まあ観光の時はキャンプ場にバイク預けて車で回れば、疲れも少なくて済むんじゃないか?」

 

「うん、そうする。」

 

「分かりました。伊豆まで遠いですから、よく気をつけて無理だけはしないで下さいね。」

 

「はい!」

 

「千代さんも志摩さんのエスコートをお願いします。」

 

「りょーかいです!」

 

「よし!行くぞ!原付で伊豆!」

 

「待ってろよ!伊豆!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の夕方……

帰るために愛車その①CBR600RRくんに股がり、エンジンをかけようとした時だった。

 

「千代さん!」

 

志摩さんが声を掛けてくれた。

 

「志摩さん。どうしたの?」

 

「い、いえ……さっきはありがとうございました。」

 

「なになに改まって……?」

 

「まさか、千代さんが一緒に走ってくれるとは思ってなくて……」

 

「一人でのツーリングも良いけど、二人いるとまた違った楽しみがあるよ。」

 

「そうですよね……////」

 

「今日はもう帰り?」

 

「はい。今日はバイト休みです。」

 

「そうなんだ。明日ちょっと渡したい物があるからさ、昼休みに会えないかな?」

 

「あ、はい……明日の昼休みは図書委員でいつもの場所にいます。」

 

「分かった。じゃあね。」

 

「はい。さようなら……」

 

伊豆キャンまであと20日、準備とか忙しくなるぞー!

 

次回に続く。




ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伊豆キャンまであと何日?

伊豆キャン始まります。


昼休みになった。

俺は志摩さんがいる図書室へと向かう。

ある物を持って……

 

「志摩さん、こんにちは。斉藤さんもいたんだね。」

 

「あ、千代さん……お疲れ様です。」

 

「お疲れ様でーす♪」

 

「それで昨日渡したい物があるって言ってましたけど、なんですか?」

 

俺は志摩さんにとある物を見せる。

 

「これって……バイク用のインカム?」

 

「これ予備用だけど、志摩さんに貸して上げる。防水性もあるし、二人の時は直接通信して、みんなと合流すればLINEのグループ通話機能でお話しできるよ。」

 

「良いんですか……?」

 

「そのために持って来たんだから。」

 

「やったねリン♪私がリンのヘルメット持って来てあげるから、千代さんに取り付け貰おう!良いですよねッ!!?」

 

「ああ!志摩さんも大丈夫かな?」

 

「お、お願いします。」

 

「じゃあ、私が持って来るよー♪」

 

斉藤さんが志摩さんのヘルメットを持ってきて、俺がインカムと周辺機器を取り付けた。

 

「電源は入る。うん!大丈夫みたいだ。」

 

「おおー 私のヘルメットがパワーアップした。」

 

「早速試してみよう。ここに電源スイッチあるから、これを押せば電源が入るよ。Bluetoothで志摩さんのスマホをリンクさせて……」

 

「えっと……できました。」

 

「じゃあ、LINE通話で斉藤さんに掛けてみて?どう?聞こえる?」

 

「はい。呼んでます。」

 

「私にもかかってきた。モシモーシ♪」

 

「おおー!聞こえる!聞こえるぞー!」

 

「成功だね。こうすれば簡単に取り外せるから前日にはきちんと充電しとくんだよ。」

 

そう言って充電器も一緒に彼女に渡しておいた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

日も経ち伊豆キャンまで残り一週間……

俺はロクダボくんの整備のために、浜松にある販売店へと向かっていた。

予約時間の前に到着、手続を済ませてたあとはプロにお任せする。

俺は暖かい店内で外の様子を見られるカウンター席に座り、サービスで出されたコーヒーを啜りながら、置いてあるバイク雑誌を読んで、バイクの仕上がりを待つことにした。

 

「桜さんは今日バイトって言ってたし……はぁ、どうしたものか……」

 

桜さんと会えなくて残念だなーと考えていると、気だるそうな声で話し掛けられる。

 

「あの……となり良いですか?」

 

女の子だった。

 

「え?ああ……どうぞ。」

 

各務原さんより少し背が高い?高校生……か?

 

「おじさんのバイクってどれなんですかー?」

 

「えっと……あそこで整備して貰ってるHONDA CBR600RRだよ。」

 

「うへー カッコいい……私もあんなのに乗ってみたいなー」

 

「キミもバイク好きなの?」

 

「私もバイクに乗ってるんですよー ほら、あそこに♪」

 

彼女の指差す方に一台のバイクが置いてあった。

 

「HONDA エイプ100か……キミのバイク、いいセンスしてるじゃん。」

 

「エヘヘ♪あのおじさん?各務原なでしこって女の子、知ってます?」

 

俺の隣に座っていた女の子が外で整備されている色々なバイクを眺めながら、唐突にそんなことを言う。

 

「え?」

 

いきなりのことで、間の抜けた声が出てしまった。

 

「知ってますよね?ちぃーよさん……?」

 

「どうして俺の名前をッ!!?」

 

名前まで知れており、驚く俺……

 

「私は土岐綾乃。なでしこの幼馴染みでーす。」

 

彼女はヒラヒラと手を振る。

 

「ヨロシクー」

 

土岐綾乃と名乗った彼女から色々と聞いた。

 

「へぇー 各務原さんとは中学まで一緒だったんだ。」

 

「この間のお正月に久しぶりに会ったけど、なでしこ元気そうで良かった。」

 

「向こうでも友達たくさん作ってるからね……安心して良いよ。そう言えば山梨の女の子とも知り合えたんじゃない?」

 

「あ、リンちゃんでしょー リンちゃんってなでしこと反対の性格なのに良く友達になれましたよね?」

 

「まあ、それが各務原さんらしいけどね。」

 

「それになでしこから聞きましたよ?千代さんって、なでしこのお姉さんと付き合ってるんでしょ?」

 

「ブッ……ッ!!?」

 

この娘はなぜそんなことまで知ってるんだ?

 

「どうして?それを……?」

 

「なでしこが話してくれました。」

 

俺にはプライバシーが無いんでしょうか?神様……

 

「はあ……各務原さんはいったいどこまで話してるんだ。」

 

俺は思わず頭を抱えてしまう。

 

「あの時、私の他にはリンちゃんとなでしこのおばあちゃんがいましたよー」

 

「マジか……」

 

「そんなに落ち込まないでくだ下さいよー おめでたいことなんだし?」

 

土岐さんが俺の肩をポンポンと励ましてくれた。

 

「それはそうだけど……」

 

「そうだ!千代さんのバイクの整備が終わったら、なでしこのおばあちゃん家に行こうよー!」

 

「えぇッ!!?いくら何でもそれは迷惑だって……!」

 

「大丈夫だよー 連絡してみるねー」

 

断ろうとしている俺を差し置いて、土岐さんは各務原さんのおばあちゃんの家へと連絡している。

 

「はーい。じゃあ、あとから行くよー♪」

 

ということで俺はバイクの整備が終わった後、土岐さんと共に各務原さんのおばあちゃん宅を伺うことになった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

とうとう来てしまった。

一応、途中で手土産は買った……

ここまで来たんだ!覚悟を決めろ!野咲千代!

 

「おばあちゃーん!来たよー!」

 

そんな俺の気持ちは知る由も無く、土岐は家引き戸を開ける。

 

「アヤちゃん。よう来たねー」

 

奥から温和そうな年配の女性が出て来た。

 

「はは、はじめまして!野咲千代です!」

 

「いらっしゃい。どうぞ上がって下さい。」

 

「は、はい!お邪魔します。」

 

俺は居間に通され、こたつには座布団が敷かれており、腰を落ち着ける前には持参した手土産を渡す。

 

「あの、つまらない物ですが……」

 

「あら?わざわざ?ありがとうねー お茶を淹れるからそこに座っといて。」

 

「では失礼します。」

 

「千代さん、もうちょっと気楽にいきましょーよー」

 

この娘ったら、人の気持ちも知らないで……!

 

「そうよー はい、お茶よ……。」

 

「あ、どうも……」

 

「ありがとう、おばあちゃん。」

 

ふぅー おばあちゃんのお茶うめぇー

 

「各務原真知子です。どうぞよろしく。」

 

「こちらこそ。よろしくお願いいたします。」

 

「それで?千代さんは孫の桜とお付き合いしてるそうですね。」

 

「あ、はい!……桜さんと仲良くさせて貰っています。」

 

「お年は?」

 

「35になりました。」

 

「千代さんと桜さんの馴れ初めって、どんなだったのか話していただけますか?」

 

「私も聞きたいー!」

 

「あ、えっと………」

 

なんだこれは?面接か?緊張するな……

俺は桜さんと出会いなどを話した。

 

「桜ちゃんとの出会いには、なでちゃんの迷子が原因だったのね。」

 

「ほんと、なでしこは行動力だけは凄いんだよねー」

 

「あー 分かる。向こうの友達からもすぐにどっか行くって言われてるから……」

 

「まあまあ。フフフ……」

 

俺は小一時間ほど三人で過ごした。

 

「すみません。今日はいきなり来て……」

 

「良いのよ。私も楽しかったから。」

 

「では、自分はこれで……」

 

「また遊びに来てね。」

 

「はい。是非……!」

 

俺はおばあちゃんの家を後にする。

 

「またねー!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

さらに日は経ち、伊豆キャンの前日になった。

俺はロクダボに全ての道具を積み終わり、夕食を取ったり出発まで自由時間を過ごすことにした。

リビングでテレビを見ていると、自宅のチャイムが鳴る。

 

「こんな時間に……?誰だ?」

 

インターフォンを取ると画面に桜さんと妹のなでしこさんが映っていた。

 

「すぐ開けますんで……」

 

玄関の鍵を解錠して扉を開ける。

 

「ごめんなさい。夜遅くに……」

 

「こんばんはー」

 

「どうしたんですか?立ち話もなんだし、どうぞ入って下さい。」

 

「おじゃまします。」

 

二人を招き入れ、席に座ってもらった。

 

「何飲みます?美味しい紅茶があるんですよー」

 

「お、お構い無く……」

 

俺は用意したお茶を二人に出して、イスに腰掛ける。

 

「千代さん、ウチのおばあちゃんどうだった?」

 

「温和で優しい、おばあちゃんだったよ。お友達の綾乃ちゃん含めてね。」

 

「でしょー」

 

「桜さん、この間はお婆様宅にいきなり伺うことになって……改めて謝罪します。」

 

「何言ってるんですか。祖母は話しができて良かったたと言ってましたし、気に病むことないですよ。あとこれ……」

 

桜さんから小袋を渡された。

 

「中を見ても?」

 

「ええ、どうぞ。」

 

小袋の中を出してみると、御守りが二つ出てきた。

 

「交通安全の御守りです。」

 

「もう一つはリンちゃんにだよ♪」

 

「なでしこから聞きました。リンちゃんとツーリングするんですね。」

 

「原付の旅 In 伊豆をするだよ!お姉ちゃん!」

 

「はいはい。千代さんは明日は何時に出発するんですか?」

 

「明日は志摩さんと早朝5時に待ち合わせしてるから余裕持って4時には出発ですね。」

 

「やっぱり早いねー」

 

「志摩さんの原付に合わせて行くからね。125ccとかなら、もうちょっとゆっくり行けるけど、こればかりは……」

 

「どうして125ccなら楽なの?お姉ちゃん?」

 

「えーっと……」

 

「志摩さんは原付一種の50cc以下だから法定速度は時速30キロまでしか出せないんだ。51cc以上125cc以下の原付二種のバイクは自動車と同じ法定速度で走れるんだよ。」

 

「ほえー」

 

「でも原付二種では高速道路には走れない。高速は126cc以上のバイクだけ。」

 

「普通自動二輪と大型自動二輪ね。」

 

「千代さんのは?」

 

「自分のバイクは600ccだから大型自動二輪に入る。直線なら250キロ以上は出るんじゃないかな?」

 

「そんなに出したら怖くない?」

 

「まあ、去年に鈴鹿サーキットで260ちょっと出した時はちょっと怖かったな。」

 

明日のこととかを話していると、時計の針はまもなく9時を差そうとしていた。

楽しい時間は過ぎるのが早い。

 

「あら?もう9時……」

 

「本当だな。なでしこさんも明日は早いから、帰って休んだ方が良い。」

 

「そうね。なでしこ、帰るわよ。」

 

「えー!」

 

「なでしこー?」

 

桜さんの眼鏡がギラリと光る。

相変わらず、怖いな……

 

「では、私たちはこれで……明日からなでしこたちをよろしくお願いします。」

 

「任せて下さい。」

 

「千代さん、また明日!」

 

「きちんと寝るんだよ。」

 

二人は帰っていった。

俺も明日のために休もう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

夜中の3時、アラームが鳴った。

 

「あーー ねむ。」

 

お湯を沸かし、沸くまでの間に歯を磨いたり、身だしなみを整えてからコーヒーを飲んで一服。

お気に入りのクシタニファッションで決めた。

 

「ヨシ!完璧だ。」

 

火の元及び戸締まり確認!

自宅を出た。

 

「ヤリスくん、行ってくるよ。お留守番ヨロシクね!」

 

\キヲツケロヨー!!/

 

俺は志摩さんとの待ち合わせ場所に向かった。

自宅のある南部町を出て30分ほど走り、身延町の外れにある、志摩さんとの待ち合わせの予定をしているコンビニ到着した。

 

「一番乗りか?」

 

コンビニの駐車場には、俺以外は誰もいない。

ということで、彼女を待つ間に長旅のルーティンをしようじゃないか。

 

俺はコンビニで冷たいカフェオレを買ってきて、外でストローを使い啜っていると、コンビニに入ってくるバイクがあった。

原付……志摩さんだ。

 

「お、来たみたいだ。」

 

しかし、彼女の後ろには別のバイクが……

コンビニからの明かりで段々と車種が分かってくる。

 

「トライアンフ・スラクストン1200R……まさか……まさかね……ッ!!?」

 

紙パックを持ってる手がガタガタと震える。

原付を止めて、ヘルメットを取った志摩さんが俺に挨拶をした。

 

「千代さん、おはようございます。」

 

「あ、ああ……おはよう。」

 

志摩さんより今は彼女の後ろにいる人物が気になってたまらない。

 

「フ……まさか、リンを引率してくれるのが千代だったとはな……」

 

ヘルメットを外した老男性は俺を育てた上官"新城肇"一佐だった。

 

「し、志摩さん?こちらの御仁とはお知り合いかなんですか?」

 

緊張のあまり変な言い回しになってしまう。

 

「知り合いもなにも私のおじいちゃんです。」

 

彼女の言葉に俺の時間が止まった。

 

次回に続く。




唐突に土岐綾乃ちゃんとおばぁしこ登場。
そして、リンちゃんのおじいちゃんも再登場。

ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伊豆キャン 始まり。下田まであとどれくらい?

しまりんとのツーリング始まりましたね。


志摩さんと一緒に現れたのは"新城 肇"一佐。

今は退職して隠居しているから、"元"一佐か……

陸上自衛隊で教育期間を終えたばかりの俺が配属された時の上官である。

 

「し、志摩さん?こちらの御仁とはお知り合いで?」

 

緊張のあまり変な言い回しになってしまう。

 

「知り合いもなにも私のおじいちゃんですよ。」

 

「へぇ……?」

 

彼女の言葉に俺の時間がピタリと止まった。

 

「千代さんはおじいちゃんと知り合いなんですか?」

 

「あ、えっと…… あー」

 

緊張から上手く舌が回らない。

その様子を見かねた新城さんが口を開く。

 

「千代、しっかりしないか。リン、彼は昔私が育てた隊員の一人だ。」

 

「え!そうだったの?」

 

「そうだよ。千代もいい加減に話してやらないか。」

 

「ハッ!志摩さん、自分はキミのおじいさんに鍛えられたんだよ。」

 

「あの時はまだ前期教育が終わって配属されたばかり、ヨチヨチ歩きのひよっ子だったがな……」

 

「まあー そりゃそうですけど、あれから10年以上経ってますし、それに自分もありとあらゆるMOSを取得して最終的には一佐の右腕までになりましたよ。」

 

「ほぅ。言ってくれるじゃないか……」

 

自衛隊談義に花を咲かせていると、志摩さんが俺の服の裾をチョンチョンと引く。

 

「あの千代さん…… そろそろ行かないと、みんなとの待ち合わせに遅れてしまいます。」

 

彼女に言われて時間を確認すると、出発予定の時間を少し回っていた。

 

「本当だ。」

 

「ならば老いぼれはそろそろ退散しようじゃないか。リン。一緒に走れておじいちゃんは幸せだったよ。」

 

「なんか照れるな……」

 

「伊豆は広いが、気をつけて走るんだよ。」

 

「うん。おじいちゃんも気をつけてね。」

 

「千代も孫のリンを頼んだぞ。」

 

「ハッ!この命に賭けて、お守り致します!」

 

新城一佐はバイクで走り去っていった。

 

「行っちゃたね……」

 

「私たちも行きましょう。」

 

「っとその前に志摩さん、これ……」

 

俺は桜さんとなでしこさんから貰ったお守りの一つを志摩さんに渡した。

 

「これは?」

 

「交通安全のお守り。各務原さんからだよ。」

 

「ったく、なでしこめ……////」

 

互いのインカムをリンクさせる。

 

「志摩さん聞こえる?」

 

「はい。大丈夫です。」

 

リンクを確認できた俺は、ロクダボに股がりエンジンをかけた。

 

「では、先に出ます。」

 

「了解。」

 

志摩さんを先頭に俺たちは一路伊豆を目指す。

暦の上ではもう3月だが、山梨はまだ寒い。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

休憩を挟みつつ、俺と志摩さんは2時間ちょっとかけて静岡県に入った。

 

『おー!戻って来たぞー!静岡けーん!』

 

イヤホン越しに志摩さんの元気な声が聞こえる。

駿河湾を左手に眺め、海岸線の道をひた走った。

 

「朝日に照らされて綺麗だね。海……」

 

『そうですね。』

 

「そういえば志摩さんって、原付にスクリーン着けたんだね?」

 

『おじいちゃんが新品を持って来てくれたんです。』

 

あの人昔は鬼みたいに怖かったのに、孫ができて優しくなったんだな……俺も歳を取るわけだ。

 

「良かったじゃないか。それで?どう?スクリーンの使い心地は?」

 

『さいこーでーす!』

 

前を走る志摩さんの声から分かるように、ビーノに装備されたスクリーンは機能を遺憾なく発揮されてるようだ。

 

『千代さーん、右見て下さいよー』

 

本栖と書かれた白いナンバーを追いかけて小さな橋を渡っていると不意に志摩さんが右側を指差す。

脇見にならないように気をつけながら、右に意識を向けてみた。

 

「富士山じゃないか……」

 

 

低い建物の向こう、雲ひとつない青空の下で雪化粧でめかしこんだ立派な富士山が、俺たちを見守るようにたたずんでいた。

 

『山梨で見るのとまた違う感じですね。富士山……』

 

「そうだね。あっちの富士山も綺麗だけど、こっちの富士山も味が味があって好きだなー」

 

『そうですねー』

 

春とはいえ、まだまだ寒い。

空気が澄んでいるためか、富士山もくっきりと綺麗に見えるんだろう。

暖かい頃に何度か走ったことがあるが、見えかたが違うように思えた。

きっと写真で撮ってもこの素晴らしさは残せないんだろうか……?

 

冷たい風を浴びて潮の匂いをかぎながら、俺はスロットルを少し回す。

ロクダボが軽く加速した。

まるで自分が風と一つになったような一体感だった。

 

車や電車では絶対に味わえない、バイクに乗っている人だけのご褒美だと言っても過言ではない。

 

「志摩さん。晴れてよかったね♪」

 

『ええ。ホントーに良かったです。』

 

イヤホン越しに聞こえる志摩さんの声も心なしかうわずっている。

でもそんなの当たり前だ。

見たことない景色、走ったことない道、知らない匂い……目に耳に肌にと次つぎと飛び込んでくる未知の感覚が、心と体を否応なしに踊らせていく。

 

この先には何があるのか?どんなものが待っているのか?それを考えるだけで、自然に己の心が体が勝手にバイクを進めさせた。

 

それが旅なのだ!

 

「志摩さーん、今回の伊豆キャンプの目的を教えて下さーい!」

 

『りょーかいでーす。我々は本日から2泊3日で伊豆のジオスポットを巡り、キャンプでは地のモノを使った料理を喰らい尽くしまーす。気合いを入れて下さいね。』

 

「おおー!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

山梨を脱出して3時間……

我々は1つ目のスポット"大瀬崎"に到着した。

ここは海流に運ばれた土砂や岩が溜まってできた細長い陸地(砂嘴)である。

 

「うーん。疲れたー!」

 

背伸びをする志摩さん。

 

「お疲れさまだったね。」

 

「千代さんこそ、お疲れ様です。」

 

「ここのスポットの注目ポイントはどこなの?」

 

「ここの先に神社があって、そこ敷地内にビャクシン樹林と言われる場所があるんですよ。」

 

俺たちはみやげ屋、マリンショップなど建ち並ぶ参道を抜けて、神社の前まで歩いてきた。

一人100円という格安の参拝料を払い、俺たちはいざ境内へ……

 

「おおー 荒ぶっとる。」

 

色白の極太な幹に生い茂る緑の葉っぱ、荒ぶる自然を眺めながら、俺たちは伊豆の旅の第一歩を踏み出していた。

 

「志摩さん。とりあえず記念に写真撮っとこうか?」

 

「はい。」

 

ビャクシンを背景に志摩さんを撮ろうとする。

 

「千代さんも一緒に撮りましょうよ。」

 

「え……」

 

ということで、志摩さんと肩を寄せ合って仲良くツーショット。

 

「良し。ちゃんと撮れてるなと思ったけど、千代さん表情が固いですよ。」

 

「そうかな?」

 

「緊張してます?」

 

「ソンナコトナイヨーー」

 

それから何枚か写真を撮り、満足した俺たちは、格安だが払った参拝料100円を無駄にしないためにもビャクシン樹林をくまなく歩き回ることにした。

 

奥には空から見ると、まるでドーナツのように真ん中に神池と言われる大きな池があった。

その池を取り囲むように広がった樹林の中を二人で歩いていく。

 

「朝だから人が少なくて良かったですね?」

 

「そうだね。出発が気持ち遅れてしまったけど、運が良かったよ。」

 

山梨じゃまず見ることができない光景に、二人して感嘆の声をあげる。

神池には色とりどりの鯉が泳いでおり、志摩さんは餌をやったり楽しんでいた。

 

いつもクールな彼女も年相応な女の子なんだなと、つくづく思う。

何だろう?この感じは……

これが娘のいるお父さんの気持ちなのか?

 

「千代さん、みんなとの合流までまだ時間があるから、別のジオスポに移動しましょう。」

 

志摩さんは俺の手を引く。

 

「はいはい……」

 

俺たちはバイクを止めていた場所まで戻って来た。

その時互いのスマホがそれぞれ鳴る。

 

「斉藤さんからだ。車組も伊豆入ったみたいだね。」

 

「なでしこ、目、バッキバキじゃねーか!」

 

斉藤さんから送られてきたLINEには、伊豆に入ったというメッセージと爆睡する各務原さん(アプリで落書き)が添付されていた。

 

「さあ、こちらも先に進もう。」

 

「下田までは50キロありますが、その前に竜宮窟によります。」

 

「りょーかいです!隊長!」

 

「隊長って。からかわないで下さいよー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

『ふっ、ちょろい峠だぜ……』

 

そう言いながら志摩さんは、峠の急なコーナーで大きく原付をバンクさせ、最小限の減速でコーナーを曲がっていく。

 

大瀬崎を後にした俺と志摩さんは、みんなとの待ち合わせ場所である下田を目指して峠道をひた走っていた。

勾配の激しい伊豆は、道が地形に沿って出来ており、あまりよろしくない路面状況も合わさって、なかなかスリリングだ。

急な上り坂に下り坂、S字コーナーやヘヤピンカーブが続く峠道を二人で攻略走っていく。

 

下りの……特に見通しのきかない急な左カーブ、バイク乗りにとって一番危ないコーナーに差し掛かり、志摩さんの減速に合わせて俺はアクセルをオフにし、リアブレーキをかけつつ荷重を抜いて立て直した。

バンクさせつつ、スロットルを回してトラクションをかけ、コーナーを切り抜ける。

 

「志摩さん。良い腕してるね?」

 

前を走る彼女の腕前に俺は感心する。

原付特有の重心の高さとホイールベースの短さを逆手にとったコーナリング……

俺が原付に乗ったとしても、あそこまで上手く操ることはできないだろう。

 

『なんででしょう。どうすればコイツが曲がってくれるのか、なんとなく解ってきたんです。』

 

「そうなんだね。」

 

そんな時だった。

前方、反対車線に別のバイクが現れた。

 

「志摩さん、前からバイクが来てる。手を振って挨拶してあげて。」

 

『わ、分かりました。』

 

俺たちはすれ違う際に手を上げる。

すると相手もフッと手を上げて返してくれた。

 

『おー 返してくれた。今のって、まさか……』

 

「そうだよ。ライダー同士の挨拶、ヤエーだ。」

 

『感動です。私、原付だから今まですれ違っても、やる勇気が出なかった……』 

 

「それはもったないよ。排気量は違えど同じバイクで旅やツーリングをしている者同士なんだから……」

 

『そ、そうですよね。次からは積極的にしていこうと思います。』

 

「その意気だよ。でもカーブとかバランスが崩れてしまうし、テンション上げすぎて危険なパフォーマンスは特に事故のモトになるからやっちゃダメだよ。」

 

『はい。』

 

荒れた道も峠道もなんのその。

インカムのおかげで、楽しく話ながら進んでいく。

途中、山の中にデカい海老の置き物があったりした。

どう見ても海老なのに、志摩さんは『ザリガニだと』と言って引き下がらなかった。

 

そして竜宮窟に到着。

バイクを駐車場に止めて、急な階段を下って行くと洞窟みたいなのに天井は崩れて大きな穴が開いており、上から陽光が射し込み、聞こえるのは波の音と幻想的な空間となっていた。

 

「ここ、竜宮窟は波の力で浸食されて出来た場所みたいですね。」

 

志摩さんがスマホの画面を見ながら、丁寧に解説してくれる。

 

「なるほど。これはあれだな?飛ばねぇ豚はただの豚だ……」

 

俺はちょっとハードボイルドな気分になった。

 

「何ですか?それ……」

 

訝しんだ目で志摩さんがコチラを見上げる。

 

「いや、知らないなら良いですぞー」

 

彼女をはぐらかすようにこの場所を後にした。

志摩さんが言うには、このまま車組と合流するそうだ。

 

待ち合わせ場所まであと20分ほどか……

気を抜かずに交通安全だ。

 

次回に続く。




ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伊豆キャン 始まり。待ち合わせ

今年最後の投稿になります。


只今、俺は志摩さんを先頭に待ち合わせ場所の海浜公園へ向けて爆走中である。

 

「♪我らは歩兵隊、たくましい体の男たち。さあ雄叫びをあげろ、スクラム組んで進めー!

 

♪勝利の凱歌には、俺達の犠牲が必要だ。命を惜しんでは、世界を守れないぞー!

 

♪地球の未来には、君達の勇気が必要だ。さあ奮い立て今が、命を燃やす時だー!

 

♪地球を守るため、大勢の戦士が必要だ。さあ共に戦おう、アクセスを待っているぞー!」

 

気分も良いとついつい鼻歌も出てしまう。

 

「もう何ですかー その歌は?」

 

「元気の出る歌だ。志摩さん!キミも歌うんだ!」

 

「えーッ!!?恥ずかしいから嫌ですー!」

 

歌う歌わないとヤイノヤイノしているうちに俺たち二人は目的地に到着した。

 

「ふぅ~着いた。」

 

「志摩さん、お疲れさま。」

 

「千代さんこそ。パッと見た感じ車組はまだ来てないみたいですね?」

 

「だねー」

 

スマホがピコンとLINEを受信する。

 

「噂をすれば。どれどれ?」

 

恵那:『ごめんねー!今、河津のほうですごい渋滞にハマっちゃってて、ちょっと遅れると思う。』

 

「河津……あ、そうか!河津桜!」

 

「河津桜?」

 

「日本で一番早く咲く桜らしくて、この時期花見客であそこの地域はごった返すんだよ。」

 

「へぇー 知らなかった。」

 

イヌ子:『桜がきれいやでー』

 

犬山さんのメッセージに添付された写真には、満開の桜並木が映っていた。

 

「こりゃあ、凄いな……」

 

「込み合う理由も納得だ……」

 

イヌ子:『あと妹のあかりが、リンちゃんと千代さんの分の桜まんじゅうも買って来とるから食べてな。』 

 

「ありがたい。」

 

「楽しみにしてるよ。っと……」 

 

千明:『と、まあ~ そんな感じだから、わりぃけどもう少し時間かかりそうだから、二人でデートでもして楽しんでてくれ。』

 

なんというド直球な内容だ。

最近の女子高生はけしからん……

 

リン:『分かった。じゃあ、みんなが来るまで千代さんとその辺でラブラブしてくるよ。』

 

「ちょ、ちょっと志摩さんッ!!?その返信は誤解を生んじゃうから……!」

 

「たまには私にも付き合って下さい!」 

 

千明:『了解ズラー んじゃ着いたら連絡すっからな。』

 

「うぃー」

 

うぃーって……変な噂、立たなきゃ良いけど。

 

「そういえば、各務原さんは?まだ寝ちゃってる?」

 

なでしこ:『私はこのとおりピンピンしてるよー!あ、その辺に足湯があるらしいから、合流する前にちょいと疲れを癒していくってのも、オツでっせー!』

 

「「でっせー?」」

 

なでしこ:『…………』

 

なでしこ:『……だよー!』

 

「千明だな。」

 

「大垣さんだね。」

 

俺と志摩さんはスマホをしまう。

何かあったのかと心配してしまったけど、みんな元気そうでよかった。

 

「とりあえず、なんちゃってなでしこがすすめてくれた足湯でも浸かっときますか。」

 

「そうだね。」

 

駐車場をあとにし海辺の公園を歩いていく。

俺と志摩さんが、めちゃくちゃ早足だったのはたぶん気のせいじゃないと思う。

 

靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝上まで捲し上げ、キンキン冷え切った足の指先をそっと湯面に差し込む。

 

親指がお湯に入った瞬間、まるで足がお湯に溶けていくかのような気持ちよさに満たされた。

 

「ふぁぁ〜」

 

「おお……」 

 

両足をお湯に浸して身体の力を抜く。

これはヤバいぞ。

すごく気持ちいい……

 

「これヤバすぎぃ……」

 

隣に座る志摩さんの顔は、まるでふやけたお麩のようにゆるゆるになっていた。

 

「ふぁぁ〜」

 

「溶けてやがる……」

 

「それは千代さんもでしょ……」

 

確かに……それは否定はできませんね。 

 

「もう、このまま全身浸かりてえ……」

 

「それはみんなと合流するまでの辛抱だよー」

 

「分かってますよぉ、分かってるけどぉ……」

 

まるで子供が駄々をこねるみたいに身体を左右に揺らす志摩さん。

まあ、まだ子どもだけど……

 

「あ、今私のこと子どもみたいって思ったでしょ?」

 

「ソンナコトナイヨーー!」

 

足湯って気持ちいいけど、結局普通にお風呂に入りたくなっちゃうのがな……どうせあとで入るんだし、それまでは我慢あるのみだ。

 

「ふぅ……」

 

熱いお湯に足を浸しながら、潮風に揺れる入り江をぼんやりと眺める。

 

ポツンと浮かんだ小島。

大小様々な船がプカプカと波に揺られている。

岸壁に打ち付けられる、優しい波の音に耳を澄ました。

 

「のどかじゃあのぅ……」

 

「千代さん、おじいちゃんみたい……」

 

「お、おじいちゃん……ッ!!?自分まだ35歳なんだけど……?」

 

「私と19違えば、充分です。」

 

「そ、そんな……」

 

内心、まだ若者の部類だと思ってたのに……

そんな俺を見ながら彼女はクスクスと笑っていた。

 

「そんなに気を落とさないでください。と私は千代さんにフォローを入れてみます。」

 

「ありがとう。」

 

「それに千代さんがとなりにいてくれると安心します。お父さんみたいで……」

 

志摩さんが俺に体を預ける。

せめてお兄さん的なポジションにしてくれとは思うが、信用されるのは心地よい。

車組には悪いが、もう少し渋滞にハマっていてくれ。

スムーズに合流していたら、こうしてゆっくり足湯に浸かることもできなかっただろし……

 

「こうしてのんびりしながら見ると、けっこう色々とありますね。あの島とか行けるのかな?」

 

ゆっくりモードの俺とは対照的に、志摩さんは下田の景色に興味津々の様子。

 

「ふーん。なるほど犬走島っていうのか……私、ちょっとその辺散歩してきますけど、千代さんも行きます?」

 

「いや、自分はここでもう少しゆっくりしてる。」

 

良く言うあれだ……

一回休みモードに入っちゃうと、なかなか走る気にならない。バイク乗りあるあるだ。 

 

「分かりました。じゃあちょっと行ってきますから、先生たち来たら連絡してください。」

 

「りょーかーい……」

 

支度をすませてスタスタと去っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、俺は港の空気を満喫する。

それにしても、こんな所に足湯があるなんて知らなかったな。

 

ひたすらバイクに股がり、前へと進んでいくのは楽しいけど、たまにはこうして足を止めてのんびりするのも悪くはない。

 

走ってばっかりじゃ見えないものもあるってことなんだろうなあ。

あー これはヤバいな……

あったかすぎてちょっと眠くなってきた。

 

「まあ、どうせまだ時間かかるだろうし、ちょっと寝ちゃおっと……」

 

波の音に耳を澄ませて目を閉じる。

脳裏にここまでの景色を思い浮かべながら、俺の意識はゆらゆらと沈んでいくのであった。

 

「………ちゃん!……さん!いたでーー!」

 

なんか聞こえるな……

まあいいや、眠いしもうちょっと寝てよう。

 

「えい!」

 

「うぴゃあ……ッ!!?」

 

ほっぺになにか冷たいモノがピトッと触れて思わず心臓が飛び跳ねた。

浸かっていた足湯のお湯が一緒に飛び跳ねる。

 

「え?はァッ!!?え?な、何ッ!!?」

 

「ニシシ……!ひっかかったー!」

 

「何しとるんや!あかりー!」

 

俺は突然の奇襲に目を白黒させてしまう。

さらに後ろから聞き覚えのある声がした。

その声のした方に振り返る。

そこにいたのは犬山さん?……にしてはかなり幼い。小学生か?

 

「キミは……?」

 

と名前を聞いてみる。

 

「アタシはべっぴんさんのあかりちゃんやで!」

 

彼女はそう名乗った。

 

「何がべっぴんさんや!」

 

「あいた!」

 

イタズラっ子のあかりちゃんに犬山さんがゲンコツを落とす。

 

「千代さん、ごめんなさい!この子はウチの妹なんですよー」

 

「あ、そうなのね。」

 

犬山さんの妹……どおりで似ているわけだ。

 

「まだ小学生だから、イタズラっ子で……」

 

申し訳なさそうにする姉の横で、小さな両手をわしゃわしゃさせながら、犬山さんそっくりの妹がニカッと笑う。

 

そうか……さっきほっぺに当たったのはあかりちゃんの手だったのか。

 

「それにしても、千代さんの叫び声はおもろかったなー♪うぴゃああだって!」

 

楽しそうに笑うあかりちゃん。

やられたほうとしてはたまったもんじゃない。

これはちょっとお仕置きだな。

 

「やったら、やり返す!倍返しだ!」

 

手袋を脱いでキンキンに冷えている両手で、あかりちゃんのほっぺを挟み込む。

 

「喰らえ!いてつくはどう!」 

 

「うひゃー!なんやこれー!」

 

さすがの彼女も参ったみたいで、猫が全身の毛を逆立たせるようにビクリと震わせた。

 

「つ、冷たすぎやろー!?」

 

「どうだ!参ったかー!これが冬のバイク乗りの手だぞー!」

 

「アハハ!かんにんしてぇな~!」

 

口ではそういいつつも満更でもないご様子。

ヤ、ヤバい……あかりちゃん、マジで可愛すぎるだろ。

 

姉の犬山さんそっちのけでモチモチほっぺのあかりちゃんとじゃれあっていると、大垣さんと斉藤さんもやってきた。

 

「あ、いたいた!」

 

「さっそく、やってますなー」

 

「もう仲良うーなっとるんよ。」

 

駐車場のほうに目を向けると、オレンジ色のミニバンの側で鳥羽先生と志摩さんが話している。

俺がうとうとしている間に到着したらしい。

 

「お疲れさまッス!」

 

「渋滞、無事に抜け出せたようだね?」

 

「どうでした?リンとのツーリング?」

 

「楽しかったよ。彼女もずっとテンション高くて……」

 

「へぇー いつも物静かなリンがねぇー」

 

斉藤さんがほくそ笑む。

これは腹黒いモノを感じる悪い顔だ。

 

「じゃあ、みんな戻ろうか……」

 

鳥羽先生のもとへ行こうと、俺は足湯から出た。

ずっと浸かってたせいで、ふにゃふにゃになってしまった足を持ってきたタオルで拭いてからブーツを履き直し、鳥羽先生たちのところに歩き出す。

 

「あ、そうやった!千代さん!桜まんじゅう、こーとるからあとであげるでー!」

 

「ははー!ありがたきしあわせー!」

 

小学生のノリにノリで返した。 

 

「ほな、100万円や♪」

 

ヒョイっと両手を出す、あかりちゃん。

 

「じゃあ、出世払いでお願いいたします。」

 

全員無事に合流できた。

いよいよ野クルの伊豆キャンが本格的にその幕を上げることとなる。

 

「あ。ちなみにトイチなー」

 

「どこのウシジマくんだよ。レートが鬼畜すぎる……」

 

あなたホントーに小学生ですよね?

 

「ウシジマくん?だーれ?それ……」

 

「シラナイナラ、イイデスゾーー」

 

次回に続く。




あかりちゃん、かわええ……
お持ち帰りしたい。 by千代


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海の風景、ヤマの風景 前編

どうぞお楽しみ下さい。


「鳥羽先生。運転、お疲れさまでした。」

 

「千代さんこそ、志摩さんの伴走お疲れさまです。」

 

「こちらは楽しかったですよ。ね?」

 

「はい……////」

 

互いに労を労った。

車内にチラッと目がいく。

後部座席では、まだ各務原さんが寝息を立てていた。

 

「各務原さんって、まだ寝てるんですね?」

 

「昨晩はあまり眠れなかったらしくて……」

 

「あ、なでしこちゃん、まだ寝とるー なでしこちゃん!なでしこちゃん!」

 

あかりちゃんが各務原さんを揺すると、彼女が「うーーん」っと言って目を覚ました。

 

「やっとおきたー」

 

「ごめん寝ちゃってた……今どこー?」

 

ここで犬山姉妹がさらりとホラを吹く。

 

「なでしこちゃん。キャンプ終わって山梨帰るとこやで……?」

 

「えっ?………」

 

各務原さんの表情が固まった。

思考が止まるとあんな風になるんだ……

 

「二日も寝とったんやで?なでしこちゃん……」

 

「ふ、二日ッ!!?」

 

「ずっと起こしとったのに、全然おきんしー」

 

それはもう、素晴らしいと言っても過言ではないほどの連携。

 

「なでしこちゃん!気ぃ落としたらアカンで!お土産も色々買うたし、写真もいっぱい撮ったから、帰りに一緒に見ような!」

 

「見ような!」

 

「ええ……ああー い、いずキャン……」

 

とうとう各務原さんは泣いてしまった。

 

「なでしこ、いじめんな!ホラ吹き姉妹!」

 

大垣さんに嗜められた犬山姉妹の目が、凶悪なほどに泳いでいる。

 

「大垣さんの言うとおりだよ。大丈夫、伊豆キャンプはこれからだから……」

 

「ほ、ホントー?」

 

「本当だから、もう泣かないで……ね?」

 

俺は彼女を励ました。

場も落ち着いたので、俺たちは昼食を取ることに……

斉藤さんが前もってリサーチしていたという、とある飲食店にみんなで入る。

 

「ここは下田名産のキンメダイを使ったハンバーガーを食べることが出きるんだよー♪」

 

ほう?キンメダイを使ったハンバーガーとな?

珍しい……かかってきな!

オススメのキンメバーガーと付け合わせのポテトが机に並ぶ。

 

「では、いただきます。」

 

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

 

「いただきます。」

 

「うーーん!おいしー!」

 

「うむ、うまい……」

 

みんな大絶賛していた。

もちろん、俺含めてだ。

 

「あこがれのキンメバーガーも食べられたし、私はもう思い残すことはないよー」

 

笑顔の斉藤さん。

そのまま天に召されそうな勢いだ。

 

「いや美味いけどさ……もっと他にもやりたい事あるだろう。」

 

思わず志摩さんがツッコミを入れていた。

 

「あかりちゃん、ほっぺにソースついてるよ。」

 

俺は彼女のほっぺに付いたソースをおしぼりを使って拭き取って上げる。

 

「う~ん……」

 

「良し。きれいになった。」

 

「ホンマ?ありがとなー 千代さん!」

 

その様子を見ていた生徒たちがハンバーガーに豪快に食べて口をソースで汚した。

そして俺をバッと見る。

 

「え?みんな、どうしたの?」

 

キョトンとする俺。

 

「はぁー!分かってないなー!」

 

大垣さんが大きなため息をついた。

それを皮切りにみんなが文句を言う。

 

「あれが無意識で出来るなんて、千代さん罪やわ……」

 

「千代さん、分からないんですか?」

 

「な、何が?」

 

みんながドン引きしてる……なぜだ?

 

「ちょっと!みんなどうしちゃったの?鳥羽先生もニヤニヤしてないで助けて下さいよ!」

 

「フフフ、千代さんもまだまだですね?さあ食べ終わったら移動しますよー」

 

「「「「「「はーーい!」」」」」」

 

モヤモヤが止まらない。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「それで?リンと千代さんが回ったジオスポが2ヵ所で?あたしらが1ヵ所……全部はムリだけど目立つ所は回りたいよな?」

 

「そうだね!アキちゃん!」

 

「ねえ?アキちゃん?堂ヶ島のトンボロは明後日行くんだっけ?」

 

「そうだな。恵那隊員!明後日の昼頃がちょうど良いらしいぞー」

 

「了解であります!」

 

「なぁ?あおいちゃん、"トンボロ"ってなんなん?」

 

「豚トロの仲間やでー」

 

妹の質問に息をするようにウソを吹き込む姉。

 

「へぇー どんな味するん?」

 

そもそもトンボロを知らないこと自体がウソのあかりちゃん。

 

「姉と妹の化かし合い、恐るべし……」

 

「千代さん、何を言ってるんですか……早く行きますよ。」

 

俺と志摩さんは出発準備を済ませ、車組とLINE通話で話し出来るようにした。

 

「それじゃあ、今日は明日のジオスポット巡りに備えて、のんびりキャンプを楽しみましょうか。」

 

「「「「「おーー!」」」」」

 

「「おー!」」

 

ということでみんなで食材の買い出しに……

スーパーや干物屋に寄る。

途中の干物屋に寄った時、鳥羽先生が禁酒から身体を震わせながら、禁断症状を発症させていたのは、また別の話……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

『おーい!リンちゃーん!』

 

ヘルメットのヘッドセットのスピーカー越しに、各務原さんの元気いっぱいの声がこだます。

前を走るミニバンのリアウィンド越しに彼女がこちらに向かって手を振るのが見えた。

 

『何だよ?なでしこ?』

 

『えへへー 呼んでみただけ。』

 

『なんだそりゃ?』

 

俺の前を走る志摩さんが呆れたように言う。

セリフこそあれだけど、聞こえる志摩さんの声は楽しそうだ。

 

『千代さーん!』

 

お、今度は俺の番だ。

 

「何かな?各務原さん?」

 

『千代さんも、呼んでみただけー♪』

 

『なでしこー あんま話しかけてよそ見させんなよー』

 

『はーい。』

 

ヘッドセットのスピーカーから聞こえる車内の音には、大垣さんの声も混じっている。

 

下田をあとにした俺たちは、買い出しを終えて、今は県道を下り、今日のキャンプ地である爪木崎へと向かっていた。

右へ左へとうねる道を走っていく。

 

『なでしこちゃん、千代さんとリンを見てると原付の旅みたいでテンション上がっちゃうよね?』

 

『そうだね。恵那ちゃん!二人は風と寒さと匂いと危険を感じるんだよー!』

 

スマホとインカムをリンクさせ、さらに繋いでLINEを通して会話しているだけなので、車組と会話をすることはさほど難しいことじゃなかった。

 

『へぇー 二人ともこないして話とったんかぁー』

 

犬山さんが感心したように言う。

 

『なんか楽しそうだよねー』

 

スピーカー越しにみんなの声が聞こえてくるのはなんというか不思議な感じだ。

 

『あ、あおいちゃんお菓子とってなー!』

 

『アンタはさっき食うたばっかりやろ……!』

 

『あ!私も食べるー!』

 

『お前らー!このあとキャンプ飯あるんだから、忘れんなよー!』

 

『私もちょっと食べちゃおっかな?あ、先生も何か食べますか?』

 

『でしたら、私は………』

 

通話が繋がったままだから、車内の賑やかな様子が丸聞こえだ。

ワイワイと楽しそうなのはいいんだけど……

 

『あー!なでしこちゃん!熊や!熊がおるで!』

 

『うえぇッ!!?どこッ!!?どこ?あかりちゃん!』

 

『いや、どう考えたってホラに決まってるだろ……』

 

『『『『『アハハハ……!』』』』

 

………

……………

…………………

 

『うるせえ……』

 

「ま、まあー ちょっとね………」

 

志摩さんも同じ気持ちみたいだった。

まあ、ずっと耳元で騒がれたら誰だってそう思う。

 

「でもさ……たまにはこういった賑やかなモノも良いんじゃないかな?」

 

確かにやかましい。

だけど、別に鬱陶しくはない。

 

『……それもそうですね。』

 

そんなやりとりをしながら、クネクネと折り曲がった道を走っていく。

この先を行けば爪木崎だ。

 

『お二人とも聞こえますか? あと少しですよ』

 

いったいどんなキャンプになるのだろうか?楽しみだ。

 

『鳥羽先生、ここもジオスポの一つなんですね?』

 

『そうですよ。何年ぶりかしら……昔、家族で何度か冬キャンプをした事があるんですよ。』

 

「鳥羽先生はご家族でキャンプがお好きなんですか?」

 

『ええ……今でも……たまにですが、妹とスケジュール合わせてキャンプをしたりしますよ。』

 

『火起こしのお姉さんだよ。リンちゃん!』

 

『分かってる……』

 

『でも先生?ここキャンプ場なんて無いですよ?』

 

『あ、浜辺で野営するんですよ。』

 

お?野営ですとな?

掘るのか?穴、掘るのか?

 

『伊豆の浜辺では県の条例で6月から10月までキャンプが全面的と禁止なっていますが、11月から5月まではその限りではないんですよ。』

 

『へぇー 初めて知りました。』

 

『さすが、社会のせんせーやー!』

 

「浜辺で野営……塹壕を掘ってやろう。」

 

『ちよさーん。ざんごーってなんなん?』

 

あかりちゃんから質問がくる。

 

「塹壕ってのは、戦争の時に敵の銃弾から身を守るために掘る溝や穴ことだよ。小さいのはシャベルを使って人力、大きいのは重機を使ったりしたね。」

 

『あの千代さん。それは法律的にアウトですから、ホントーにやめて下さいね。』

 

釘を刺されてしまった。

そして、目的地の爪木崎に到着。

俺はバイクから降りて、鳥羽先生とともにプレハブ小屋に向かう。

 

「ここキャンプ禁止ですよ?」

 

守衛の管理スタッフから唐突に告げられた。

 

「えっ……!!?」

 

「あ、あーの……市役所の方へ確認しましたところ、冬の時期ならキャンプしても大丈夫だとお聞きしたんですが……」

 

「あー それがですね。一昨年に地主さんの意向で冬も野営禁止になったんですよ。」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

鳥羽先生は自身の車へとトボトボと歩いて戻る。

そして、車内で待つみんなのに話した。

 

「どうしましょ……ここ、野営禁止だそうです。」

次回に続く。




野クルピンチ!

ご感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海の風景、ヤマの風景 後編

season2ももうすぐ終わりかー


ジオスポット"爪木崎"に到着。

下田市の南東、須崎半島にある岬で、周辺がスイセンの群生地となっており、12月から1月にかけて300万本のスイセンが咲き誇ることで有名らしい。

 

「では、みなさん気を付けてくださいね。」

 

「「「「「「はーーい!」」」」」」

 

生徒たちは元気のよい返事ともに、爪木崎の探索へと向かった。

ワイワイと去って行った生徒たちを見送った鳥羽先生は、近くにベンチに座ったかと思うと頭を抱える。

 

「マズイわね……どうしましょ。」

 

「元気を出して下さい。そんなに落ち込むことないですよ。自分もキャンプ場探し手伝いますから……」

 

二人でスマホを使い手当たり次第に検索しては問い合わせてみたが、これと言って良い場所がない。

 

「なかなか、ないですね……」

 

「そうですね。」

 

「はあー 今日は久しぶりにお昼から、外でお酒が飲めると………」

 

「え?何か言いました?」

 

「あ、いえ!何でもないですよッ!!?」

 

30~40分ほど経っただろうか、みんなが戻ってきた。

 

「先生、戻りましたー」

 

「あ、おかえりー」

 

「先生どうです?キャンプ場見つかりました?」

 

「ごめんなさい。千代さんと一生懸命探しているんですが……」

 

「条件に合う良い場所がないんだよ。」

 

出鼻をくじかれた俺たちだったが、実をいうとそこまでショックを受けていない。

 

「このままだとキャンプ場の管理人が帰っちまう。」

 

「そしたら、私たち車中泊やで……」

 

「車中泊………」

 

みんなは最悪車中泊って怖がっていたけど、陸自での野営や夜戦演習を経験している俺としては、これしきのことへっちゃらだ。

 

「まあ……最悪、野宿すれば良いだけだし。」

 

俺の何気ない一言に全員が一斉にコチラをむく。

 

「ほ、ほら!たまにだけど顔をムカデやらゴキブリが這いずりまわってたり、夜中雨が降ってビショビショになったりするけど、慣れれば全然大丈夫!」

 

「む、ムカデッ!!?」

 

「ゴキブリ……」

 

「ビショビショッ!!?」

 

「大丈夫な要素が全くねぇな……」

 

「どうして、千代さんは野営に対してそんなにノリノリなんですか?」

 

「あ!忘れとったけど、この人、陸上自衛隊にいたんやったわ……」

 

「「「「「「ハッ!」」」」」」

 

犬山さんセリフにみんながハッとする。

ノリノリで野宿を進めたり(当然却下された)して、爪木崎での時間は過ぎていった。

 

その後、駐車場に一行は戻る。

 

俺はスマホを扱っていてガチガチにかじかんでしまった手を、アイドリング中のロクダボくんのエンジンにかざした。

 

「あったけー いきかえるー」

 

ストーブのような温もりを感じた。

志摩さんがミニバンの運転席に座る鳥羽先生に合図を出すと、鳥羽先生は微笑んでうなずていた。

 

「ではそろそろ出発しましょうか。お二人とも準備は良いですか?」

 

「大丈夫でーす。」

 

「コチラも準備万端です。」

 

鳥羽先生にそれぞれで返事する。

目指す先は稲取にある細野高原。

 

キャンプ場所が使えないっていうトラブルはあったけど、以前山中湖で大垣さんたちを助けてくれた飯田さんのおかげでそれもなんとかなった。

 

少しばかり予定は変わってしまったけど、それもまた旅の楽しみの一つだと思いたい。

 

『リンちゃん!千代さん!走りながら原付の旅ごっこしようよ!』

 

各務原さんから提案があった。

確か、水曜どうでしょうという深夜番組のいち企画だったような……

 

『お、楽しそうだねー』

 

『なんだなんだ? あたしも混ぜろー!』

 

『なでしこちゃん!あたしも!あたしも!』

 

大垣さん、斉藤さん、あかりちゃんまでノリ初め、再びワイワイ騒ぎだす車組。

あっちはあっちで楽しそうでいいじゃないか。

 

『あんたら運転の邪魔になるからやめいや。ごめんなー 二人とも。』

 

リアウインドウ越しに犬山さんの太眉が、もうしわけなさそうに垂れる。

楽しいだろうけど、確かにずっと話されるとちょっと困るかもしれない。

 

『少しくらいなら平気だよ。犬山さん。千代さんも大丈夫ですよね?』

 

「ああ、運転に支障のない範疇でならね……」

 

俺と志摩さんがそう言うと、犬山さんはニッコリと笑ってくれた。

そろそろ出発の時間。

 

『先生、ゆっくりしてると日が暮れちゃうし行きましょう?』

 

「そうですね。安全に気をつけて行きましょう。」

 

窓が閉まり、鳥羽先生のミニバンが走り出した。

リアウィンドから見えるみんなの背中と白いナンバーを眺めながら、志摩さんと共に愛車のロクダボくんを走らせていく。

 

少しだけ傾きはじめた太陽の下、潮風に満ちた思い出を振り返りながら、俺たちは爪木崎を後にする。

 

鳴り響く3台のエンジンの音。次はどんなものが待っているモノか?

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

爪木崎を発ち、東伊豆道路をひた走ること数十分。

 

志摩さんの原付に合わせて三台はトコトコ走る。

小学校と住宅地に挟まれた道路の隅にある、細野高原と小さく表記された標識のある小道に俺たちは入っていった。

 

『ここから先はかなり急な登り坂なので気をつけてくださいねー』

 

先頭を走る鳥羽先生が注意を促す。

 

『わかりましたー』

 

志摩さんが返事を返した。 

 

『こうして我々は、前人未踏の地を目指して、伊豆の奥地へと足を進めるのであった……』

 

大垣さんがわけのわからないことを言っている。

当然今からいく場所は前人未踏でもなんでもない。

 

『変なナレーション付け足すのやめいや。』

 

すかさず、犬山さんがツッコミを入れる。

 

『この道の先に、いったいなにが待ち構えているというのでしょうか……』

 

『しょうかー!』

 

あかりちゃんも楽しそうだ。 

 

「ふふっ……」

 

そんな様子の車組に笑いつつみんなで家々に挟まれた登り坂を走っていく。

坂を登っていくと、足元のエンジンの勢いが弱まっていくのに気づいた。

3速じゃそろそろ限界らしい。

 

スロットルを離しクラッチを握り、踵でシフトペダルを蹴る。

カチャッとギアが2速に変わった。

 

クラッチを戻しながらアクセルを開くと、さっきよりもエンジンの唸る音が大きく聞こえる。

 

ロクダボくんの121馬力のエンジンが、俺の体重と荷物200キロの近い車体を進ませるために猛烈な勢いで回っていた。

 

『千代さんのバイク、ムッチャスゴいおとやなー』

 

あかりちゃんがコッチを驚いた様子で見る。

 

『ホントーだねー 千代さん、大丈夫ですか?』

 

斉藤さんも心配そうだ。

 

「大丈夫、大丈夫。元々こういうバイクだから。」

 

と言ってはみたが、正直速度が出せないのでバランスを取りにくい。

ここは一度、坂の頂上まで先に登ろうと考えた。

 

「鳥羽先生、自分先に前に出ます。荷物のせいでバランス取るのが難しいので……」

 

『分かりました。』

 

鳥羽先生が左の方向指示器を着ける。

 

「志摩さんもちょっと先に行くから。」

 

『はい。私も左に寄せます。』

 

志摩さんも左に寄った。

二台が減速したので、俺は安全を確保したのち、バイクのエンジンを吹かせて加速、一気に二台を抜き去り、坂の頂上を目指す。

 

『はえー』

 

志摩さんが呟いていたのが聞こえた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は一気に坂を登りきり、後続を待っている。

新鮮な空気を吸いたくフルフェイスヘルメットのバイザーを上げてみると、乾いた冷たい空気が俺の顔に纏わりつく感じがした。

 

「お待たせしましたー」

 

「いえ、さあ行きましょう。」

 

見上げれば首が痛くなるだろう杉の木々の中、鼻から息を吸い込むと、ツンとした森の冷気が身体の中を通り抜けていった。

 

「深い森だなあ……」 

 

細野高原へと続く一本道を走っていく。

 

登り始めの時はたくさんの住宅などが建っていた坂道は、いつの間にか様々な木々が立ち並ぶ、鬱蒼とした森の中の道へと様変わりしていた。

 

経年劣化でひび割れたアスファルトの上を泥のついたタイヤがゴロゴロと転がり、サスペンションがギシギシと音を立てる。

 

ロクダボのエンジン音、風の音、風によって擦れ合う枝葉の音……

そして俺自身の息づかい、静かで落ち着いた世界だ。

 

ジオスポット、細野高原……

そこは広大なススキの群生地であった。

 

『ふおおおーーッ!スゴいよ!なんかスゴいよ!ここ!』

 

興奮しすぎて語彙力が低下している各務原さん。

 

『爪木崎のスイセンもそうだけど、時期外れだったね……』

 

『そこは仕方ないよー』

 

『あおいちゃん、ここに車置いて上まで登るん?ムッチャとおいで?』

 

『大丈夫や。上にも駐車場があるみたいやで。』

 

ミニバンの窓が開き、各務原さんが顔を出した。

 

「リンちゃん、千代さん。上まで車で登れるんだってー!」

 

「分かった。」

 

「じゃあ、後をついて行くね。」

 

俺と志摩さんは鳥羽先生のミニバンを追いかける。

 

『スゲー 良い景色。バイクでここまで来て良かった……』

 

「そうだね。通常生活では味わえない風景だ。」

 

『それにしても、凄い道ですねー ここ。狭くて急坂ですし……』

 

「そういえば、鳥羽先生はいつも軽自動車を運転してますけど、大丈夫なんですか?」

 

『そうッスよ。借り物のデカイ車でこんな狭い道入って良かったんスか?』

 

『ま、まぁ、何とか……』

 

『でも鳥羽先生、これ前から車が来たら避けられなくないですか?』

 

各務原さん声に鳥羽先生はしばらく沈黙し……

 

『車が来ないよう………祈ってください!』

 

まさかの神頼みだった。

 

「志摩さん、自分たちは少し車間距離を開けとこうか……」

 

『りょ、了解です。』

 

車が来ませんように……!と前を走るミニバンから呪詛にも似たみんなの願いが聞こえる。

 

『車来ま、はわぁッ!!?』

 

しかし車組の願いは届かず、すぐに前方から対向車が現れてしまった。

万事休すか?と思われたが、ミニバンから退いてと凄まじいオーラが見える。

 

対向車は急いで退避場まで下がり、鳥羽先生の運転するミニバンに道を譲る。

相手には悪いことをしたかな?すまねー

 

無事に?目的地に到着。

 

「こっから、上まで15分やって。」

 

「プチ登山だねー」

 

「うむ……」

 

みんなが話している。

そんなみんなを見ながら微笑ましく思っていると、お腹が急にゴロゴロしてきた。

この感じは……ブツだ。

さっきの小休憩で飲んだ冷たいオレンジジュースが今頃効いてきた。

 

「ちょっと、お手洗いに行ってきます。みんなは先に行ってて。」

 

「は、はあ………」

 

了解を取って、俺はお手洗いに急いだ。

背後から「よーい……ドン!」と声がした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

みんなに遅れること10分強……

俺は頂上を目指して登り始める。

頂上までは15分とか犬山さんが言ってたな。

 

「このくらい、楽チン楽チン……♪」

 

元自衛官の自分に取っては、この程度お茶の子さいさい♪足取り軽く登っていく。

 

「8分……まあまあじゃないか。」

 

時計を見てそう思った。

まだまだ体力は衰えてはないか……?

俺が頂上について見たのは、伊豆の大パノラマと休憩スペースにある台の周りを手を上げて回る鳥羽先生だった。

 

「鳥羽先生………何やってるんッスか?」

 

「おおー 千代さん、はやーい!」

 

「セーブしてるんやでー」

 

「セーブ………あ、ゲームのあれか。」

 

「みんなやりましたし、あとは千代さんだけですよー♪」

 

斉藤さんが俺にもセーブをやれと促す。

と言われたが、青春の一時期をファミコンやスーファミ黎明期などで過ごした俺には、セーブ機能はあったようなモノでないものだ。

 

「みんなにな済まないが、俺の青春時代のゲームにはセーブをするという概念はないのだよ!」

 

俺は胸を張っていう。

 

「良いから、早くやってください。」

 

けっきょくやらされた。

 

「それにしても、良い景色だ。」

 

海無し県の山梨では、なかなか見られない。

 

「そういえば、何か競争してなかった?」

 

「私とあかりちゃん、アキちゃんでしたんだよー」

 

「なでしこちゃん、大人気ないから小学生相手に本気出してるんだよー!少しは手加減してくれてもエエやん!」

 

あかりちゃんはぶぅーッと頬を膨らませて、講義している。

 

「ふっふっふー ライオンはウサギを捕まえるのにも本気を出すんですよ。」

 

「って言うことは大垣さんがビリ?」

 

「そうやでー♪ちゅーことで、アキちゃん!ウチら二人にジュースなー!」

 

「ったく、しゃあねぇなー」

 

「ドンマイ、大垣さん……今度は負けないように、戻ってから自分が鍛えてあげるよー♪」

 

満面の笑みを浮かべてエールを贈る。

 

「ま、マジか……」

 

「うん。マジ……♪」

 

「アキー 応援しとるでー!」

 

「ファイト!アキちゃん!」

 

「御愁傷様……」

 

犬山さんと志摩さん、斉藤さんは励ましと共に憐れんだ視線を大垣さんに送る。

 

「何を勘違いしてるんだい?みんなまとめて鍛えてやるでー♪」

 

近くにいた志摩さんの肩に手をポンと置いた。

 

「え………」

 

志摩さんたちの表情が固まる。

何だ?この感じは……?

久しぶりに分隊長としての血が騒ぐぞ。

俺から溢れ出る真っ黒なオーラが、あかりちゃん以外の全員を絶望へと落とした。

 

「さあ、休憩も終わり!全員足元に気をつけて駆け足!」

 

みんなは「わぁーー!」っと叫びながら足取り軽く、山を下っていく。

 

「キャンプは体力と忍耐やー!」

 

俺は生徒たちに檄を飛ばした。

 

時間に続く。




ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕日の温泉、一日の終わり。

伊豆キャンプ、初日が終わろうとしてます……


伊豆の西側の空がだんだんとオレンジに染まりはじめ、世界がセピア色に変わっていく。

伊豆での一日がもうじき終わるのだ。

 

右へ左へ曲がるたびにアクセルオフって、クラッチ操作、シフトダウン……

身体の力を抜いて、上半身をコーナーの内側に合わせて投げ出す。

間近に迫るアスファルト、路面のスレスレにリーンイン。

 

コーナーを曲がり、体勢を建て直しながら、アクセルを開けた。

タイヤのトラクションを感じながらコーナーの出口へと頭を向け続ける。

耳元でエンジンの音が元気良く吠える。 

 

ミラーをちらりと見ると右斜め後ろからリーンアウトで追従する志摩さん。

やるなぁ……これくらいなら楽勝ってところか。

 

『なんやあれ、ムッチャ速いやん!』

 

『千代さんは分かるけど、しまりんってあんなに運転うまかったんだな……』

 

犬山さんと大垣さんは感心した声を出す。

 

『かっこいいよ!二人とも!』

 

『だねー』

 

各務原さん褒め言葉に斉藤さんも賛同していた。

 

機動性は明らかにバイクが上。

いつの間にか大きく距離を離してしまっていた車組から聞こえてくる驚きなどの声にちょっとだけ恥ずかしくなる。

 

けどこれも全て温泉のためなのだ。

 

『千代さん、温泉まであとどれくらいですか?』

 

細野高原を後にした俺たちは一路温泉へと爆進する。

木々の立ち並ぶ峠道をフルスロットルで駆け抜けていった。

目指すはキャンプ場!

その前に温泉!

 

志摩さんの言葉にタイミング良くグルグルマップの音声案内が入る。

 

「聞こえた?あと10キロくらいだよ。」

 

『はい。急ぎますよ。千代さん……』

 

「安全運転の範疇でね。」

 

コーナーの終わりでアクセルを吹かしながら、シフトアップし加速していく車体。

昼間に比べるとずいぶんと冷たくなった風が、身体に当たっては後ろに流れていく。

 

「やっぱ峠って最高だねー!」

 

『調子乗ってハングオンとかしないでくださいね。』

 

「そういう志摩さんこそバンクさせすぎて車体擦ったりしないでよー」

 

ライダー同士、ヤイのヤイのしながら先を急いだ。

 

『あのー 私この車あんまり乗りなれてないんで、できればもう少しお手柔らかにしていただけると……』

 

ミニバンの鳥羽先生を忘れてた。

山も峠もなんのその……オレンジ色に染まった空の下、エンジンの音を鳴り響かせ駆け抜けていく。

 

温泉までもうすぐだ。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「やっと着いた……」

 

志摩さんが呟く。

 

「だねー もう体がガチガチだよ……」

 

ロクダボにしがみつくように乗ってるから、体がめちゃくちゃ強ばるんだよな。

 

「お疲れさまでした。」

 

鳥羽先生とも労をねぎらう。

俺たち一行は温泉施設へ足を踏み入れた。

受付を済ませ、大浴場へと向かう。

 

「じゃあ、自分はこっちなんで……」

 

「はい。では後程……」

 

俺は男湯へと入った。

脱衣場で服を脱ぎ、裸一貫でいざ!吶喊!

 

中は清潔に保たれており、何より広かった。

ここの温泉は、夕日を眺めながら入る露天風呂が有名らしい。

 

体を洗ってから露天風呂へと向かった。

 

「これは……」

 

海に沈む夕日を心を奪われる。

 

「実家でも夕日を見ながら風呂に入れるが、ここはスケールが違う。何よりも気持ちいい……まるでお湯に溶けるようだ。」

 

大満足のひとときだった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺はお風呂から上がり、休憩所でコーヒー牛乳を飲みながら他のみんなを待っている。

 

「俺が一番だったか……」

 

ボーッとしているとスマホが鳴った。

相手は桜さんからだった。

 

「もしもし?」

 

『こんばんは。今お話し、大丈夫ですか?』

 

「ええ。今温泉でお風呂入ってゆっくりしてるところです。」

 

『そうなんですね。なでしこから色々と写真送って貰って見ましたよ。楽しそうで何よりです。』

 

「ええ。みんな若いせいか、バイタリティーが凄くて疲れ知れずみたいで……ハハ。」

 

『何言ってるんですか?千代さんもまだ充分若いでしょ?』

 

「みんなからはおじさん扱いされてるけど……」

 

桜さんと色々話していると、みんなが戻って来た。

 

「あ、桜さん、みんなが戻って来たようです。」

 

『そうですか。じゃあ今日はこれぐらいで終わりましょうか……このあとも気をつけてくださいね。』

 

「ええ、じゃあ……」

 

後ろ髪引かる気持ちだったが、俺は桜さんとの電話を終わらせる。

 

「千代さん。早かったですねー」

 

「ムッチャ夕日きれいやったでー!」

 

「そっちからも夕日見えました?」

 

「見えたよ。いやー 凄かったよーって、鳥羽先生、顔赤くない?のぼせてる?」

 

「いえ、酔ってます……」

 

あー 風呂上がりのイッパイに飲まれたなこの人……

 

「おー 千代ぉー お前も飲めぇー!」

 

呂律が回っていない。

 

「自分はまだ運転が残っているので……」

 

「チ、ノリ悪りぃぞー!」

 

あ、コイツ、舌打ちしやがった……ッ!!?

それに犬山さんと大垣さんの肩を借りて、鳥羽先生はなんとか立っている。

もちろん500mlの缶ビールは手離さない。

改めて思う、この人は筋金入りだ……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

施設から出た俺たちは、駐車場で代行運転業者を待っている。

 

「志摩さん。大丈夫?寒くない?」

 

「ま、まあ……千代さんこそ大丈夫ですか?」

 

「自分は平気だよ。」

 

「元自衛官だから、そういうの慣れてるんですね?うらやましい……」

 

「あ、違う違う。下にはスパッツ三枚重ねで履いた上でウォームパンツだし、上は電熱ジャケット、ハンドルはヒートグリップだから、けっこうポカポカなんだよ。なんならエンジンからの排熱もあるし……」

 

「そ、そんな……千代さんの裏切りものー!」

 

その後、キャンプ場までの道のり、志摩さんはずっと素っ気ない態度を取っていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

キャンプ場についた頃には、鳥羽先生も少し正気を取り戻していた。

 

「ありがとー ございましたー」

 

去っていく代行業者と野口さん三枚を涙目で見送る。

 

受付を済ませてキャンプサイトへ……

今日は俺たち以外二組しかいないようで、サイト内であれば自由に使って良いということだ。

もちろん、モラルときまりは守ろう。

 

「みんな、テント建てるの早いなー」

 

「アタシらも、伊達に野クルやってませんぜ!ダンナ……ッ!」

 

「せやなー」

 

「キャンパーとしては、千代さんよりもベテランなんだよー」

 

何とか俺もテントを建て終わる。

 

「ヨシ!出来た……!」

 

今回は前回からグレードアップして、アウトドアコットを用意した。

 

「スッゲ!」

 

俺のテントを覗いた大垣さんが声を上げる

 

「おーい!千代さんのテントん中、スッゴく快適そうだぞー!」

 

他の子によるテント探訪も終わり、晩御飯の準備を始めた。

今晩は各務原さんと犬山さんが担当する。

みんなでワイワイとしていだが、その中に志摩さんの姿がない。

 

周囲を探してみると、彼女はいつの間にかテントを建てて、その隣に用意したチェアーに座って怪人ブランケットと成り果ており、あげくの果てに寝息を立てている。

 

「夜中からバイクで走って、冷えた体を温泉であっためて……まあ、仕方ないか。」

 

と半ばそっとしておこうと思ったが、そうは問屋が卸さない。

 

「リンちゃん!もう寝ちゃうの?」

 

各務原さんが彼女を寝かすまいと、志摩さんに話しかける。

 

「うー 大丈夫……今はちょっと目を休ませてだけ……」

 

話しかけらた志摩さんは、かろうじて返事を返した。

 

「金目鯛のひもので美味しいキャンプご飯、作るんだよ?」

 

「分かってる、分かってる……慌てなさんな。」

 

「リンちゃーーん!」

 

二人のやり取りを見兼ねた俺は……

 

「まあ、各務原さん……今はそっとして、ご飯出来たら起こして上げよう。」

 

と彼女をなだめる。

「うー」と納得してないようだが、各務原さんは犬山さんと共に料理を作り始めた。

 

「俺は何しようかな……」

 

そんなことを思っていると、あかりちゃんが俺のもとに駆けよって来た。

 

「なぁ、ちよさーん?アタシにたきびのしかた、おしえてーなー?」

 

「え?ああ、いいよ。」

 

俺は二つ返事で了承し、手早く焚き火の準備をする。

 

「じゃあ、始めようか。」

 

「は~い。」

 

「まずは約束。焚き火などで火を扱う時は、きちんと消火用のお水の準備とお父さんやお母さんなど大人についていてもらうこと。いいね?」

 

「は~い!」

 

「では始めようー」

 

俺がマッチを擦ると火が灯る。

そして、あかりちゃんが手にした小枝に火を着けた。

 

「おお……着いたでー」

 

「やけどしないよう気をつけてね……」

 

彼女は手にした火の着いた小枝を、そっと焚き火台に置く。

 

「で、細い木から順番に太い木を置いて、少しずつ火を育てていくんだ。」

 

「オオォー!」

 

大興奮のあかりちゃん。

 

「ね?簡単に着いたでしょ?」

 

オレンジ色の火がメラメラと揺らめき、パチパチと爆ぜる音が幻想的な雰囲気を醸し出す。

 

「たきびって、もっと大変かと思っとったよー」

 

「あかりちゃんは焚き火するのは初めてかい?」

 

「ううん。クラスのみんなで落ち葉たきやったことあるでー」

 

「落ち葉たきかー 自分も小学生のときにしたことあるよ。」

 

落ち葉たき……懐かしいな。

 

「自分で着けたのは初めてやでぇ。」

 

「焼きいもとか美味しいよね?」

 

「なんや?千代さんは落ち葉たきで焼きいもとか焼くん?」

 

「自分が通っていた小学校にはさつまいも畑があってね、学校行事で全校生徒で協力して栽培するんだよ。あかりちゃんの学校にはそういう行事はないの?」

 

「ウチの学校にはないなー うらやましいで。」

 

焚き火を挟み俺とあかりちゃんは焼きいも談議に華を咲かせる。

 

「それにしても……はぁーー ポカポカするねぇ、千代さん……」

 

「そうだねー」

 

焚き火の火と薪の爆ぜる音、心を無にして見つめていると気が遠くなって……………Zzz……

 

「あおいちゃーーん!千代さんも逝ってもーたー!」

 

次回に続く。




ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今日の晩ごはん、そして二日目。

伊豆キャン二日目に突入です。


「ちよさん!ちよさん!」

 

体を揺すられてる感じが……

 

「う……ん……あ、寝てた?」

 

「ごはんできたでー」

 

俺の体を揺すっていたのはあかりちゃんだった。

寝ぼけ眼を擦りながら答える。

 

「あ、そうなんだ。」

 

みんなの所に行き、ちょっと遅めの食卓を囲む。

 

「では少し遅いですが、いただきしょうか。」

 

いただきますー!とまずは犬山さん力作のアヒージョを食べる。

 

「うまい!」

 

アヒージョの余韻が残っている間に、持参した缶ビールを煽った。

 

「くあぁぁーー!キンキンに冷えてやがる!」

 

「悪魔的にお酒に合いますねー♪」

 

鳥羽先生とアルコールに頬を赤らめる。

生徒たちとは別に二人でお酒を飲んでいると、大垣さんと斉藤さんが伊勢エビの干物を焼いたモノを、俺たちに差し出した。

 

「ホントに良いんですか?」

 

「もちろんッスよ。」

 

「先生と千代さんは私たちの引率してお疲れでしょうし、これ食べて英気を養ってください。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えていただきましょう。」

 

「そうですね……二人ともありがとう。いただきます。」

 

立ち上る湯気、伊勢エビの香りが凄い。

身を一口……これは!

 

「うまーーーーー!」

 

只でさえうま味の塊なのに、干物にすることでうま味さらに凝縮され、それを焼くことで香ばしさも合わさって………うぅ、自然と涙が出てきた。

 

「うわぁぁッ!!?千代さん!なぜに泣いてんッスか!!?」

 

「この旅のために色々我慢して資金作っていたから、ここ最近はもやし炒めしか食べてなくて……グスッ、久しぶりにまともなモノを食べたよ。」

 

「千代さんもいろいろ大変なんですね……今日はお腹いっぱい食べてください。」

 

「うん……」

 

斉藤さんが優しく慰めてくれた。

その後、満腹感と眠気のダブルパンチを食らった志摩さんは先に寝袋に入って寝てしまう。

 

食事も終わりみんなで片付けたあとは、野クル恒例の動画鑑賞会が始まった。

 

見る動画はあかりちゃんチョイスの"ゾンビぐらし"。

このサークルはキャンプでホラーを見るしきたりでもあるのか?

ほら~やっぱり、各務原さんが怯えてる……

 

「なんや、なでしこちゃん?もしかして、こーゆうの怖いんかー?」

 

小学生に煽られる高校生という、なんとも言えない構図となっていた。

 

「べべべべべ別に!怖くないし!大丈夫だしィー!」

 

素直になれない各務原さんが不憫でならない。

 

「ほんじゃこれにけってーー!」

 

無情にも"ゾンビぐらし"を見ることに……

みんなでブランケットにくるまり、タブレット端末の画面を食い入るように見つめる。

 

次の瞬間、断末魔とともに画面いっぱいにたくさんのゾンビが現れた。

 

「アヒィィィィーーーーーー!」

 

各務原さんは旅立っていった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

夜中の2時を回った頃……

眠っていた俺はふと目を覚ます。

 

「のどかわいた……」

 

俺は管理棟のところに自動販売機があったのを思い出し、そこへ向かうことにした。

坂を登っていると声が聞こえる。

途中の建てられた東屋には斉藤さんと各務原さんが談笑していた。

 

「あ、千代さん。」

 

「二人ともまだ起きてたんだね?」

 

「私はちょっと眠れなくて……」

 

「私は行きに車でぐっすりねちゃったから、眠れなくなっちゃいましたー それにゾンビが……」

 

「各務原さんが強がるから……」

 

「エヘヘ……」

 

「それにしても、良いキャンプ場だよね?」

 

「だねぃ……」

 

「浜に近いから波の音を聴きながら、ゆったりと過ごせる……実家を思い出すな。」

 

「へぇー 千代さんのご実家も海に近いんですか?」

 

「あぁ……海まで徒歩一分くらいで行けるし、近所には鶴ヶ浜海水浴場っていうビーチもあるよ。」

 

「じゃあ夏は楽しいんだろうなー」

 

「行ってみたいなー 千代さんの実家。」

 

「だねー 行くなら夏休みとかかな?」

 

と三人で話す。

 

「あ、そうだ!恵那ちゃん、うちのすぐ近くのコンビニでバイトしてるんでしょ?お母さんに聞いたよー」

 

「お、ついにバレたか!」

 

「千代さん、知ってました?」

 

「この間会ったからね。」

 

「スパイみたいでちょっとおもしろかったのに……千代さんの動向を調べたりね。」

 

「あのー 頼むから自分にもプライベートをください。」

 

「フフフ……大丈夫。冗談ですよー♪」

 

うーむ、キミは色んな意味で侮れん。

 

「でもさー キャンプって、やっぱりお金がかかるよねぇ。」

 

「そうなんだけど、私18になったら車の免許を取りたいんだよね。」

 

「免許?斉藤さん、車が欲しいの?」

 

「みんなとキャンプしてると思うことがあってね?この楽しい時間をチクワと一緒に味わいたいなぁーって……犬が一緒だと行動範囲が限られちゃうし、だから早く車の免許を取ってチクワを色んな所に連れてってあげたいんだ。」

 

「そっかー」

 

斉藤さんに飼われてるチクワは幸せモンだ。

 

「なんか……なでしこちゃんや千代さんが越して来て色んなことが変わった気がする。」

 

「私もだよー♪みんなに会っていろいろ変わったと思う。そう思うよね?千代さん。」

 

「そうだね。出会いは一期一会ってことか……」

 

「千代さんは将来、私のお兄さんになるんだよー」

 

「いいなーなでしこちゃん。うらやましいよー♪」

 

二人の話しを聞いていると、ちょっと照れるな……

気恥ずかしい、もう戻ろう。

 

「自分はこれで失礼するよ。二人はどうするの?」

 

「もう少し、なでしこちゃんとお話ししときます。」

 

「おやすみなさい。」

 

「ああ、おやすみなさい。」

 

俺は寝床へと戻った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

あれからしばらく眠る。

朝方、俺は隣からの聞こえる物音で目を覚ました。

 

「ん……?もう誰か起きたのか?」

 

スマホを手に取り、時間を確認するとまだ5時を回って間もない。

もぞもぞと寝袋から出て、テントから顔を出し外を確認すると志摩さんがテントを撤収していた。

 

「し、志摩さん……?」

 

「あ、千代さん。起こしちゃいました?」

 

「まあ……それより、もう片付けてるの?」

 

「昨日はみんなより早く寝てしまったから……」

 

「そっか……あれからぐっすりだったもんね?これからどうするの?」

 

「少し周辺を見て来ようかと……」

 

「なるほど……ねえ?それってさ、自分もお供しても良いかな?」

 

「え?千代さんはもっとゆっくり休んでて下さい。」

 

「もう目も完全に覚めたし、自分のバイクで一緒に回ろうよ。」

 

「それって………」

 

ということで志摩さんに少し待ってもらい、俺は自分のテント一式を急いで撤収し、一緒にキャンプ場周辺を回ることに……

 

「足はここに掛けて、持ち手はここにバンドがあるから……」

 

「はい。」

 

「心配なら自分の腰に手を回してくれても構わないからね。」

 

「……ッ!!?はい……////」

 

先に俺が股がり、後ろにある申し訳ない程度のタンデムシートに志摩さんが乗っかる。

そして、彼女は俺の腰にスッと手を回した。

キーを回すとロクダボに電源が入り、イグニッション

スイッチを押してエンジンを掛ける。

 

始動したロクダボのエンジンは軽快に鼓動した。

 

『おぉ……お尻がブルブルする。』

 

原付とは比べ物にならない馬力を感じた彼女の声は、戸惑っているのか、言葉の語彙力が若干落ちた気がする。

 

「準備は良いかな?」

 

スロットルを回すとエンジンが吹け上がった。

 

『は、はい。お願いします……』

 

キャンプ場をあとにして公道に出て、ロクダボを加速させる。

 

『おーー!すっげぇーーッ!』

 

「怖くない?」

 

『千代さんがいてくれるから大丈夫です。』

 

俺の腰に回す、志摩さんの腕がギュッとさらに強くしまった。

 

『私のビーノとは比べ物にならない。この風と一体になるって感じ……サイコーです。』

 

軽快にコーナーを攻め、しばらく走って到着したのは"黄金崎"。

 

「これまた荘厳な地名だ。」

 

「ここもジオスポットのひとつで日本一の夕日が見られるそうですよ。」

 

俺と志摩さんは黄金崎の整備された遊歩道を歩き、周辺を散策する。

志摩さんはスマホで岬から見える海を撮っていった。

 

「志摩さんって、ホントーに海が好きだよね。」

 

「これが海ナシ県の性ズラー」

 

そしてここの岬の端には、馬の顔に似た岩、通称"馬ロック"がある。

 

「馬ロック……言うほど馬か?」

 

「え?馬じゃないですか……たてがみあって、目に面長な顔……」

 

「ふむ………よう分からん。」

 

馬ロック、馬に似てる似てない論争をしつつ、俺と志摩さんは別の景勝地へとバイクを走らせた。

 

そして到着したのが沢田公園。

一帯が海底火山の噴火によって火山灰が降り積もった地層で出来た断崖には露天風呂がある。

 

「へぇー ここには露天風呂があるのかー」

 

「あそこに見える小屋がそうみたいですよ。」

 

絶壁の上の歩道を二人で歩いて回った。

 

「おおー!たけぇー!」

 

志摩さんは周囲をキョロキョロと見ており、何か探しているようだ。

 

「志摩さん、さっきから何を探してるの?」

 

「…………ここには仁科灯台があるみたいなんですよ。スマホのマップだとこの辺らしいんだけど……」

 

確かに彼女の言うとおり、灯台のマークがマップ上に記されている。

 

「ないねー あ、もしかしてバカには見えない灯台だったりして……」

 

「もー そんな訳ないでしょー」

 

俺もスマホを使って灯台のことを検索にかけ、調べてみることにした。

 

「仁科灯台……灯台っと……あった。何々……?」

 

仁科灯台は仁科港に設置された灯台……

 

「あ、志摩さん……ここの灯台、2009年までに役目を終えて撤去されてる。」

 

「あーー 残念です。そんな前に…… でも、建ってた時はここからずっと港を見下ろしてたんだね……」

 

二人で眼下に見える小さな港を眺める。

なんだか、センチメンタルでノスタルジックな気分。

 

「へっぷし!」「へっくしょん……!」

 

タイミング良く、二人でくしゃみと身震い。

 

「まだまだ寒いですね……」

 

「そうだね。帰る前にさっきの温泉でちょっと温まって帰ろうか?……」

 

俺たちは公園敷地内の温泉に入って行くことに……

 

「はぁ~ 気持ちいいなー」

 

「みんなに秘密にしての抜けがけ温泉……」

 

「さいこーー」

 

朝から贅沢な朝風呂をした後、再び合流する。

 

「みんなもそろそろ起きる時間だし、ゆっくり帰ろうか……」

 

「そうですね。」

 

「そうだ。志摩さん、自分のロクダボに股がってみない?」

 

「え?良いんですか?」

 

「写真撮ってあげる♪」

 

志摩さんはロクダボに苦戦しながらも股がり、ハンドルを握った。

 

ドヤッ!……志摩さんの顔が凛々しい。

 

「フフッ……」

 

ちんまりした彼女とそのドヤ顔におかしくなり、思わず笑ってしまった。

 

「むぅ、どうして笑うんですかー!」

 

「なんででしょ♪じゃー 撮るよー ハイ、チーズ!」

 

彼女との楽しい時間もほどほどに、みんなのもとへ帰ることに……時間は朝の8時を指していた。

 

次回に続く。




キャンプ場……

「なんやー? リンちゃん、千代さんと二人でどっか行っとるみたいやねぇ。」

リン『早く起きすぎたから、千代さんとバイクデートに行ってくる。』

「ホントー だねー 」

「きのう、はやくねすぎたせいじゃない……?」

「あおいちゃん、ねむそうだねー 」

「えなちゃんこそ、ごっつぅネムそうやなァー 」

「きのう3時半まで、なでしこちゃんと話しててさー 」

「そらぁー ネムいはずだわ~ 」

斉藤さんは各務原さんの寝ているテントへと自身の寝袋を持って潜り込む。

「二人が帰るまで、もうちょい寝てるねぇー 」

そんな彼女の姿を見て少し考えた犬山さん……

「わたしもー」

そう言って寝袋片手に各務原さんのテントに入って横になった。

「うーーん……」

各務原さんが狭そうに唸る。

「えなちゃん、前しめてぇなぁ~」

「あおいちゃんがしめてよぉー」

二人が不毛な争いをしてると、大垣さんが焦った顔で二人のもとへやって来た。

「おっ、お前ら起きろ!大変だ!千代さんとリンが……どっか行っちまったーっ!」

千代『探さないでください。』

「せやなぁー」

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

後半はしまりんとのバイクデートみたいになりました。
ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

堂ヶ島と三四郎島とトンボロと

今回は犬山姉妹、暴走回?です。


俺は志摩さんとの早朝ツーリングを切り上げて、キャンプ場に戻っていた。

 

『千代さん、一緒に回ってくれてありがとうございました。』

 

インカムのスピーカー越しに志摩さんがお礼を言う。

 

「自分も楽しかったよ。いい思い出が出来た。」

 

『楽しい時間って、どうしてこんなに早く過ぎちゃうんだろう……』

 

「そうだね。」

 

『私、千代さんともっと走っていたいです。』

 

そんなこと言われると、嬉しさと気恥ずかしさで胸がいっぱいになる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「もーー リンちゃんたち ズルいよー」

 

俺たちはお世話になったキャンプ場をあとにして、海辺のとある飲食店へといた。

 

「二人だけで色々回って、温泉でさっぱりしちゃうんだもん。」

 

「さっぱリンちゃん♪」

 

「さっぱリン♪」

 

「おい。やめろ。」

 

「仕方ないよ。みんな夜更かししてたし……ねえ?」

 

「リン、それでどうだったの?千代さんとのツーリング?」

 

「サイコー だった。」

 

サムズアップで応える志摩さんは可愛いかった。

そして提供された料理に、俺たちは舌鼓を打つ。

 

「あおいちゃん!これ美味しいね!」

 

「そやねー 海鮮卵かけごはんってカンジやねぇー」

 

「いいわねぇー 海を眺めながらのお刺身……」

 

「あの?鳥羽先生。もうお昼ですよ?」

 

俺も海ナシ県の山梨に来てからは、滅多に魚を食べなくなったのでとても新鮮な気持ちになれた。

 

「ねえ?アキちゃん。今日は堂ヶ島とトンボロ行ったら、キャンプ場に直行だっけ?」

 

「そうだな!恵那隊員!今日はのんびりまったり行こうぜー しっかし、チビイヌ子は良く食うなぁー」

 

「おいひいよー」

 

大垣さんの言うとおり、あかりちゃんは大盛りところてんをずっと食べている。(ただいま四杯目)

 

「ちっこい体のどこに入っていくんだ?」

 

「ん~ わかんない。」

 

「あかりちゃんはところてんが好きなんだね?」

 

「うん!ちよさんもたべるー?」

 

「自分は遠慮しとくよ。ところてんはあまり好きではなくてね……」

 

「えー?キライなの?おいしいのにー」

 

俺はところてんから香る独特な海藻の臭いがどうしてもダメなのだ。

 

「いい大人が好き嫌いしたらダメですよ。ねえ?あかりちゃん。」

 

「そーやでー!とばせんせーのいうとーりやー!」

 

二人からダメ出しを食らう俺。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その後、朝食のような昼食を終えた俺たちは堂ヶ島へとやって来た。

ジオスポットの堂ヶ島は火山灰からなる数々の小島を見ることができる。

ここの景色も立派でみんな語彙力が低下していた。

 

各務原さんとあかりちゃんは似た者同士、終始はしゃぎっぱなしだ。

 

「おまえらー 落ちんなよー!」

 

大垣さんの忠告も二人に聞こえているんだか、ちょっと心配になる。

 

「おおー!でっかい、穴やー」

 

「天窓洞って言うんだって。」

 

「この穴の下は海に繋がる洞窟になってるんだって、あおいちゃん。」

 

「途方もない時間をかけて波が浸食したんだね。それで天井は雨水が原因で崩落したんじゃないかな?」

 

「千代さん、物知りやねー」

 

「だねー♪」

 

「夏の暑い日とかここから飛び込んだら、めっちゃ気持ちいいだろうなぁー」

 

「じゃあ千明が試しにイッテみてよ……」

 

「え?今か?」

 

「うむ……」

 

志摩さんは大垣さんに、さらっと無茶振りをする。

 

「それは鬼だよ。志摩さん……」

 

「それで大垣さん?ここからトンボロまでどうやって行くんですか?」

 

「そうっすね……」

 

大垣さんの下調べによれば、目的地付近には駐車場が無いらしい。

よって俺たちは、徒歩で移動することになった。

 

「千明おばあちゃん?ここからずっと坂道だけど、大丈夫?」

 

「なにをー!若いモンには、まだ負けんズラ!」

 

斉藤さんの煽りにムキなる大垣さん。

途中に前日寄った温泉施設の前も通る。

 

「あ、昨日の温泉だ。ここ良かったですよねー」

 

「きれいな夕日も見られて良い露天風呂でしたね。」

 

「あかりー?ところてん食べすぎて、トンボロ食べれんのとちゃうか?」

 

「なにを言っとるん!あおいちゃん!トンボロは別腹やでー!」

 

三四郎島までの道のりを各々楽しみながら歩いた。

 

「はて?大垣さん。駐車場あるよ?」

 

「ホントですねぇ……」

 

「あっれーっ?おかしいなぁー 口コミには書いてなかったんだけど……」

 

首を傾げる大垣さん。

 

「まあ、とにかく私は戻って車を取って来ますから、皆さんは先に行ってて下さい。」

 

「「はーーい。」」

 

鳥羽先生は自身の車を止めていた場所まで戻って行った。

そして彼女はこの駐車場に振り回されることになる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺たちは三四郎島へとやって来た。

ここは見る角度などで島の数が3つや4つに変わることから三四郎島と呼ばれており、干潮時には海岸から島へと歩いて渡ることができる。

 

「朝早くに地元の料理人が船で食材を持って島に渡り、干潮で道が出来ている間だけ屋台を開きます。」

 

急に犬山さんが語り出した。

 

「その屋台で出される料理こそ"三四郎のトンボロ"と呼ばれる1日2時間しか食べられない幻の西伊豆B級グルメなのです。」

 

「今食べに行くまで待っといてぇーなー!トンボロちゃーーん!」

 

あかりちゃんは絶対に食べることの出来ない料理に心踊らせている。

 

「たのしみやなーー」

 

うわっ!!?犬山さん、スッゴく悪い目してらぁ……

 

「ねぇ?みんな、この空気どうするの?収まりつくのかな?」

 

「「「「さーー?」」」」

 

俺たちは困惑するだけだった。

鳥羽先生が来るまで近くのベンチに座って待つことに…

 

「だんだん潮が引いてきたんじゃないかな?」

 

「うーん……そうかなぁ?」

 

斉藤さんと各務原さんがスマホに撮った写真を見比べながら、潮の満ち引きについて話している。

 

「それにしても鳥羽先生、遅くねぇか?」

 

「そやねー」

 

「もしかして、思うように駐車場に止められなくて右往左往してたり……」

 

冗談半分でそんなことを言っていると、ようやく鳥羽先生が合流した。

 

「ごめんなさい。遅くなっちゃって……」

 

はあはあと肩で呼吸する鳥羽先生。

 

「なんかお疲れのようですね?」

 

「まあ、ここまで来るのに色々あったんですよ……」

 

遠い目をする彼女を見るとさっき言った冗談はあながち間違いではないのかもしれない。

 

「私たち今からトンボロ渡りますけど、先生はどうしますか?」

 

「私はここで見てますから、気を付けて行ってきて下さい。」

 

「分かりましたー」

 

見送る鳥羽先生を背中に俺たちは、自然に出来た道トンボロを渡り始めた。

 

「お、おお……岩がゴロゴロしてて、めっちゃ歩きづらい……」

 

「ホントだね……」

 

志摩さんたちは慣れないゴロタ岩場に苦戦する。

 

「足元とその数歩先を交互に見ながら、自分でコース取りをすると楽だよ。」

 

「おー 確かにちょっと楽かも……」

 

「チビイヌ子!急げ!みんな渡り始めてるぞ!」

 

「おうよ!アキちゃん!」

 

「「わーーーっ!」」

 

大垣さんとあかりちゃんは騒がしく走っていく。

 

「二人ともーー!走るとコケるでーー!」

 

犬山さんが二人に注意した時だった。

ズシャアッー!と……各務原さんが転んだ。

 

「コケた……のか?」

 

志摩さんの気遣いに各務原さんは「うん……」と頷く。

先行していた大垣さんに追いついた。

 

「これは無理じゃないか?」

 

潮は完全に引いておらず、目の前はまだ海の中だ。

渡り始めた人を見るに深さは膝下からくるぶしの間だろうか。

 

「これは、さすがに早かったんやないか?アキぃ、全然水浸しやん。」

 

「でも、あの人たちクツ脱いで渡っとるで!ウチらも早う渡るでー!」

 

「いや!ちょっと待て!」

 

クツを脱ごうとしているあかりちゃんを大垣さんが制止させた。

 

「もー 早く渡ろうよー!」

 

急かすあかりちゃんには見る目もくれず、彼女は何か集中して風力、湿度、気温、水温、物理関数、慣性の法則…… 意味の分からん事をぶつくさと独り言のように言っている。

 

「やはりな!この程度の浅瀬!クツを脱ぐまでねぇ!」

 

「どういうことや!アキちゃん!」

 

「道が出来ている向こうまで約10m!水面に出ている石の上を渡って行けばいいのさ!」

 

意気揚々と彼女は構えた。

 

「大垣さん、やめた方がいいよー」

 

一応、声はかけとこう……

 

「刮目せよ!大垣千明!秘技!八艘跳び!」

 

俺たち見守る中、大垣さんは水面から出ている石の上をめざし果敢にジャンプした。

 

しかし、彼女は最初の一歩目で冷たい海水にクツごと

浸かってしまう。

 

「ほらー 言わんこっちゃない。」

 

みんな呆れた顔で見ていた。

斉藤さんにいたっては、スマホで大垣さんのみっともない写真を撮るしまつ。

 

「うーー。冷たい……まさか3月から海に入る事になるとは……」

 

「さすがにこれは冷たいねぇい……」

 

「だねー」

 

「これはサンダル必須やったねー」

 

「それなー」

 

あかりちゃん以外のみんなは海の冷たさが身に染みているようだ。

 

「え?千代さん?クツのままで海の中に入って良かったんですか?」

 

「ん?ああ……これ、自衛隊用の戦闘靴だからこのくらいの水深だったら大丈夫なんだよ。それに防水スプレーも吹きかけているし、ね……?」

 

俺はバイクに乗る時は防水加工されたブーツの陸自半長靴三型を履いているので、このくらいの水深ならば何ら問題ない。

 

「千代さんだけ、なんかズルい……」

 

志摩さんや他の子が冷たい視線を俺に送る。

 

「う……こ、これは、キツイ……」

 

春先の冷たい海水より冷たい視線を全身に浴びながら、俺は最初の島"象島(伝兵衛島)"に上陸した。

 

「島!とうちゃーーーく!」

 

あかりちゃん元気が上陸宣言をし、彼女は早速トンボロの屋台をいう物を探し出す。

 

「トンボロの屋台はどこやー?」

 

あかりちゃんはアッチへうろうろ……コッチへうろうろ……トンボロを正体を知っている俺としては、純粋な彼女が不憫で不憫で堪らない。

 

「あれーー?どこにも屋台があらへんで?まさかッ!!?定休日なんか?」

 

泣きそうな、あかりちゃん……

本当に信じてるんだ。

 

「あ、あかりちゃん?トンボロっていうのは、食べ物じゃなくて引き潮で道が出来る自然現象のことなんだよ……」

 

斉藤さんがあかりちゃんに非情だが真実を伝える。

あ~人って、絶望するとあんな顔になるんだな。

 

「だましたな!あおいちゃん!」

 

ほら、怒ったじゃないか。

 

「すまん、アンタがあまりにも"トンボロ"を楽しみにしとんの見とったら、言い出せんかったんよ……」

 

犬山さんは神妙な顔で独り語りを始める。

 

「あかり?これはサンタさんと同じなんや。」

 

「サ、サンタ?」

 

志摩さんがそんな顔になるのも仕方ない。

 

「サンタはおらんって大人になると分かるようになるやん?トンボロもそう!大人になると食べモンやないって分かるようになるもんや……!」

 

ここまで熱く語れる犬山さん、なんかスゲェーよ。

 

「あかり!アンタも大人になったんやなー!くぅ~!」

 

「大人になんなくて良いから!トンボロ食べたい!」

 

「俺たち何の茶番を見せられてんだ?」

 

象島を散策し、二つ目の島が見える所まで来た。

 

「さすがにアッチの島までは渡れそうにないね……」

 

「そうだなー 足を濡らさずに渡れるのはここまでのようだぞ。」

 

「いや、もうズブ濡れだし……」

 

「でも千代さんなら行けるんじゃない?」

 

「はぁッ!!?」

 

「だな。行ってみてくださいよー」

 

志摩さんがまたあの冷たい視線でコチラを見る。

たまにこの子は鬼畜になるんだよな。

 

堂ヶ島と三四郎島のトンボロを楽しんだ俺たちは、今晩のキャンプご飯の材料の買い出しするために移動する。

 

次回に続く。




伊豆キャンも佳境です。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二日目の終わり、お誕生日会

お待たせしました。
ラストスパートかけますよ。



堂ヶ島と三四郎島を巡った俺たちは、夕食の買い出しのために、キャンプ場へ続く道中にある大型ショッピングモールへと立ち寄る。

 

「では夕食の買い出しに行きましょう。」

 

「「「「「は~い!」」」」」

 

ぞろぞろと連れだって入店、いろんな店舗が立ち並ぶ中、俺たちは食品売場へと向かう。

途中、俺は催し物として物産展が開かれているという案内板を見つけた。

 

「物産展……ちょっと見てくるか?」

 

俺の悪い癖というのか?気になる場所とか見つけると行き先などを誰にも伝えずにフラッと消えたりする。

陸自では闇夜に溶ける影になることを徹した俺に取って気配を消すのは朝飯前だ。

 

「お、ここか……」

 

物産展は二階でやっていた。

時間を掛けてじっくりと見て回る。

俺はとあるブースで展示されているアクセサリーが気になり足を止めた。

 

「これは……」

 

「いらっしゃいませ。お客様、コチラの品がお気になられますか?」

 

女性店員に声を掛けられる。

 

「え?ええ。ステキなネックレスとピアスだなぁと思いまして……」

 

「お客様、お目が高い!コチラは我が社のオリジナルで河津桜をモチーフに四月の誕生石モルガナイトをメインにダイヤモンドをあしらって製作しております。」

 

営業スマイルで商品の説明をしてきた。

確かに店員の言うとおり、ステキで魅力的なアクセサリーで、桜さんに凄く似合うと思う。

 

「彼女さんや奥さまへのプレゼントとしては、ピッタリだと思いますよ!」

 

「でもセットで7万超えか、ちょっと悩むなぁ……」

 

7万以上の出費はさすがにキツイ……

だが、愛する桜さんに身につけて欲しい!

 

「あ、あの!こ、これ……買います!」

 

ここで決めなきゃ、男が廃る!

意を決した俺は、女性店員に購入する意思を示す。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

店員は一瞬驚いた表情を浮かべていた。

その後俺は購入手続きをしてから、カードで支払いを完了する。

買ってしまった……桜さん、喜んでくれるかな?

色んな気持ちが心の中で交錯する。

 

店員さんがプレゼント用にラッピングしてくれている間、ソワソワしながら待っていた。

端からみたら、絶対に不審者に見えるだろう。

 

「あー!千代さん!見つけた!」

 

俺は各務原さんに見つかった。

 

「ありがとうございましたー♪」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「千代さん?子供じゃないんですから、勝手に居なくなって貰っては困りますよ。」

 

「ごめんなさい……」

 

俺は鳥羽先生に叱られるはめに……

確かに俺のスマホには、たくさんの通知が入っていた。

 

「ちよさん、ごどもみたいやなー」

 

と子供のあかりちゃんに小馬鹿にされる始末。

 

「さあ、今日のキャンプ場に移動しましょう。」

 

「あの、先生。キャンプ場まで私が前を走っても良いですか?」

 

「あぁ、志摩さん西伊豆スカイラインを走りたいって言ってましたもんね?景色に見とれて事故しないように気をつけて運転して下さい。」

 

「はい!」

 

「千代さんも良いですよね?」

 

「ええ、もちろん。」

 

「説明しよう!しまりんは原付と合体して"パーフェクトしまりん"になると時速30kmで高速移動することが可能になるのだぁッ!」

 

また大垣さんが変なことを言い出した。

 

「みんな原付乗ったら、そうなるやろ……」

 

「じゃー パーフェクト千代さんなら、時速50kmくらいになるよね?」

 

「本気出したら、200キロ以上出るけどね。」

 

と各務原さんに大人気なく、ドヤ顔を見せてやった。

 

「危ないから、やめて下さいね。」

 

俺たちはキャンプ地であるだるま山高原へと向かう。

 

伊豆の大地に敷かれた道は、どれも個性的で同じような道は一つとしてない。

目が回るようなワイディングや緩やかな山道、そして太平洋の荒波を間近に走る海岸線……

 

スロットルを回すたびに、目まぐるしく変わっていく景色が青や緑、白や黒、冬と春の入り混じった色たちが俺たち一行を包みこんでは消えていく。

 

俺たちが走っている西伊豆スカイラインも、そんな道の一つだった。

 

『すげぇ 綺麗……』

 

「そうだね……」

 

志摩さんのため息に近い声が聞こえる。

 

『まるで、空の上を走ってるみたい……』

 

エンジンの音を響かせながら、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

なだらかな稜線に沿って敷かれたどこまでも続く道と、手を伸ばせば掴めそうな雲をフルフェイスのバイザーを通して眺める。

 

ギアを上げながら緩やかなカーブを曲がり、眼下に広がる伊豆の山々が否応なしに俺と相棒ロクダボのテンションを上げていった。

 

そうして走っていると、なんだかバイザーをしているのがもったいなくなって、グイっとバイザーを押し上げる。

スモークのかかっていた視界がクリアになった。

 

次の瞬間、雲の白さや空の青さがアスファルトのヒビ割れ、枯れ草の乾いた色、目に映る全てが鮮明になって俺の目に飛び込んでは消えていった。

 

だけど、ものすごく寒くて思わずをバイザーを戻したくなるが、なんだかもったいない気がして必死に目を開けて目の前の景色を記憶と心に焼きつけていく。

 

『千代さん、私、お父さん達から聞いたんですけど、私が生まれる前におじいちゃんたちと三人で伊豆を走っていたみたいで……』

 

「じゃあ、志摩さんも夢が叶ったんじゃない?」

 

『はい。千代さんやみんなと走れて、私、幸せです。』

 

車組は大盛り上がり、照れる志摩さんをからかいながら目的地に向けてひた走る一行。

 

途中いかにも野生動物が出て来そうな所を走っていると動物注意の標識が目に入った。

 

『ホレ見ろ、あっちゅー間に山ん中入っちまったのでないのー おい、あれ!シカ注意の看板でねぇか?シカ出んの?ねぇ?シカ出んのッ!!?』

 

『アテレコ、やめーや。』

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「さ!さむーー!」

 

子供は風の子と言うがやはり寒いか……

身に沁みる冷気にあかりちゃんの顔はくしゃくしゃになる。

 

「随分登ってきたからね?寒いはずだよ。」

 

「リンちゃん?原付、寒くなかった?」

 

「大丈夫だよ。このくらい、いつものことだし。」

 

「千代さんは?大丈夫でした?」

 

「自分はー………」

 

「千代さんは大丈夫だよ。私に黙ってグリップヒーターとか使ってたから……ねぇ?」

 

斉藤さんの気づかいに応えようとした俺を遮るように、ジト目の志摩さんが代わりに応えた。

この娘、昨日のことをまだ根に持ってるよ……

 

ジオスポット"だるま山高原"

達磨火山の噴火によって作られたなだらかな高原。

高原を縦断するように奔る西伊豆スカイラインは、ツーリングスポットとしては有名。

 

「ふおぉおーーーッ!久しぶりのふじさーーーん!」

 

大パノラマ・遠くには富士山も望み、各務原さんも大興奮だ。

 

「ほんと伊豆は展望台地獄だよなー」

 

「全部回るには、何度も来ななぁー」

 

「富士山見るとなんかホッとするよ……地元に帰って来たー!って感じって言うのかな?」

 

「それはリンが原付で色んな所に行くようになったからじゃない?」

 

「そうかな?」

 

「きっとそうだよ。」

 

「よし!さらに行動範囲広げるために普通自動二輪免許、とるぞー!」

 

「お?じゃあバイクの乗り方、教えてあげるよ。」

 

「いいなー 私もリンちゃんみたいにバイクに乗りたいなー」

 

「なでしこはまず原付で感覚掴まないと……」

 

「そうだね。」

 

「ちぇっ、二人ともズルいよ……」

 

「「ええぇ……」」

 

なぜか拗ねてしまった各務原さんに俺と志摩さんは困惑してしまう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ご、ごくり……息を呑みながら、そっとステンレスの型を抜いていた。

型を抜き終えると、フライパンの上にフワフワのホットケーキが現れる。

 

竹串を刺して生焼けしてないか確認……

いい感じ、大丈夫そうだ。

あとは両面をきつね色になるまで焼いてっと……

 

「みんなー ホットケーキが焼けたよー」

 

「へぇ、どれどれ?」

 

料理の準備をしていた大垣さんたちが興味津々に近づいて来た。

 

「これでよろしいかな?」

 

そしてお皿の上の分厚いホットケーキに目を丸くした。

 

「おっー! すげぇな!これ!」

 

「ホントだー」

 

「でしょでしょー♪」

 

みんなに褒められて、俺はちょっと得意気になってみたり…… 

 

「それにめっちゃ分厚い……」

 

「いい匂いだし、お店顔負けですよー」

 

「だろ~ もっと褒めてくれて構わんのだよ?」

 

テント張り終えた俺は、大垣さんに志摩さん、斉藤さんの四人で今日の晩御飯を作っている。

今晩は誕生日会を兼ねているので、豪勢なモノになる予定だ。

 

そして他は、仕事は終わったと言わんばかりにお酒を飲もうとした鳥羽先生を使い、各務原さんと犬山さん姉妹の3人と共に車で追いやり観光に行かせる。

 

「この厚さだったら4、5cmくらいあるんじゃないかな?千代さん、写真撮ってもいいですか?」

 

「ふはは!いいぞ!ドンドン撮りたまえー!」

 

「うわ~ めっちゃ調子乗っとる……」

 

「千代さんって、お菓子づくりが得意なんッスか?」

 

「普段から自炊してるし、少しは女子力磨かないと」

 

「女子力……って、」

 

「他に得意なこととかあるんですか?」

 

「うーん、射撃にナイフ、格闘戦?ロープ結索……」

 

斉藤さんの質問に何気に答える。

 

「いや、そういう物騒なモノじゃなくて……もっと、こう……楽器の演奏とかぁ……」

 

志摩さんにダメ出しを食らい、どうやら彼女たちはそっち方面の特技が知りたいようだ。

 

「ああ、なるほど。できるよ演奏。」

 

「エッ?何が弾けるんッスか?」

 

「ピアノ。大したことないよ。嗜む程度だから……」

 

「スゲェー」

 

「だから、大したことないって……昔に妹が習ってたの見て、そこから自分もちょっと齧っただけだから……」

 

「千代さんって、ホントに何でも出来るんだ……」

 

ワイワイしつつ、料理と準備を進める。

 

「でも久しぶりに本気出してメレンゲから作ったから、腕がパンパンになっちゃった。あとのデコレーションはお願いしても良いかな?」

 

「分かりました。恵那、手伝ってくれる?」

 

「りょーかい!じゃあ、いっちょやりますかー!」

 

「うぃー」

 

デコレーション用の生クリームスプレーやフルーツを盛って、誕生日ケーキの作成に取り掛かる二人を横目に大垣さんのもとへ行く。

 

「大垣さん、盛り付け手伝うよ?」

 

「あ、ありがとうございます。助かりました。」

 

「気にしないで、働かざる者食うべからず、だよ。」

 

「ヨーシ!そんじゃあ!アイツらの目玉が飛び出るくらいスゲェの作ってやろうぜ!」

 

「「「おーー!」」」

 

そして……

 

「「「「「「お誕生日、おめでとうー!」」」」」」

 

その日はとても寒い夜だった。

だるま高原に、彼女たちの祝いの言葉がこだます。

 

「えへへ、ありがとみんなー!」

 

「みんな、ホンマありがとうなぁー」

 

各務原さんと犬山さん、今夜の主役の前にさっき作ったケーキが運ばれた。

ただのパンケーキだったそれは、志摩さんと斉藤さんの手によってホイップクリームやフルーツで綺麗にデコレーションされた特製バースデーケーキ仕様へと変化していた。

 

「わぁい、ケーキだー!」

 

「みんなで作ったんだよー!」

 

「誕生日プレゼントもあるぞ。」

 

「えッ!!?なにそれ!見せて見せて!」

 

「見てもいいけどよー まずはロウソクの火消そうや。ロウソクの蝋がケーキに垂れるぞ?」

 

「あっ、そうだね!あおいちゃん!一緒にフゥーってしよ!」

 

「ふふっ、せやな!」

 

顔を見合わせて嬉しそうに笑う主役の二人、この笑顔を見れただけで、準備したかいがあったと思う。

 

「さぁさぁ、なでしこちゃん、あおいちゃん、ひと思いにフーってしてやってくだせー」

 

「なんだよ。その言い方……」

 

志摩さんは苦笑いを浮かべた。

 

「えへ♪こっちのほうが個性的でいいかなーって?あ、先生、動画撮ってもらっても良いですか?」

 

「ええ、良いですよ。」

 

斉藤さんの頼みに先生が笑顔でスマホのカメラをかかげる。

それにしても先生には、昨日からずっと世話になりっぱなしだ。

旅が終わったらちゃんとお礼しないと……

 

「いいですよー!」

 

始まる誕生日の歌。

寒い夜の高原がポカポカと暖かい喜びに包まれる。

そんな暖かい空気を感じつつ、酒を嗜みながら一人昨日から始まった旅を振り返ってみた。

 

たった二日だけど、本当にいろんなことがあって、いろんなものを見た。

どれもこれも目新しいものばかりで、楽しくて楽しくてしかたなかった。

 

本当に綺麗なものをたくさん見て感じた。

 

「来てよかった。」

 

本当に心からそう思う。だけど……

 

「いくでー なでしこちゃん!」

 

「じゅんびオッケーだよ!あおいちゃん!」

 

どんな絶景よりも、どんな景色よりも、今目の前にいる二人の笑顔の方が、ずっとずっと、とてもとても綺麗なのはわざわざ言うまでもないことだろう。

 

「「せーの!フゥー!」」

 

お誕生日、おめでとう……

 

次回に続く。




千代さん、何度目かの高額出費。

ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただいま。 前編

ラストスパートです。


和やかなムードにほっこりしながら、酒を嗜んでいるとスマホが鳴った。

 

「お、桜さんか……モシモーシ。」

 

『モシモシ。千代さん、そっちはどうですか?』

 

「今夜はなでしこさんとその友人のお誕生日会を兼ねて、みんなで楽しくやってますよ。」

 

『そうですか。引率もきちんと出来てるみたいで安心しました。』

 

「ハハ……ちゃんと出来てるかは、俺自身分からないんですけどね。」

 

彼女との電話しながら、生徒たちを眺める。

 

「俺って、半ば無理矢理に相談役って立場に任命されて正直面倒だなーって思ってたんです。プライベートも無くなるし……」

 

『分かります。千代さんの気持ちも……』

 

「でも今はこうやって彼女たちの成長を見ていると、何だか父親にでもなった感じがします。」

 

『フフ……♪』

 

「あ、桜さん、今笑いましたね?俺、けっこう真面目だったのに……」

 

『ご、ごめんなさい……でも大変なことはまだまだあると思うから、頑張ってくださいね?お父さん♪』

 

「むぅっ……桜さんはそうやってすぐに俺のことをからかうんだから……」

 

『だって千代さん、いつも反応が可愛いんだもん。』

 

35歳のおじさんが可愛いとな?

うーむ……今時の若者の感性は難しい。

 

『明日までですが、なでしこや他の子たちの引率よろしくお願いしますね。』

 

「了解です。」

 

桜さんからの電話が切れる。

 

「おやすみなさい……」

 

光るスマホの画面を見ながら、俺はそう呟いた。

 

「お知り合いからでしたか?」

 

鳥羽先生が聞いてくる。

 

「ええ、まあ……そんなもんです。鳥羽先生こそ今、電話中でしたよね?」

 

「私は妹からでした。」

 

生徒のキャンプ料理をアテに、鳥羽先生と互いに酒を酌み交わした。

 

「ねぇ?みんな 明日の朝、達磨山から日の出見てみない?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

最終日……

まだ夜も開けない中、俺たちは達磨山ヘ向かう。

生徒たちは鳥羽先生の車で俺はロクダボと西伊豆スカイラインを走った。

 

『ほぇー 千代さん、はやーい』

 

相棒と一つとなった俺は、一陣の風のように峠道を駆け巡る。

 

「あかり~?着いたでー」

 

目的地に着いた。

犬山さんは車の中で寝ている妹のあかりちゃんを起こそうとしている。

 

「んぅ~ やっぱりねてるー さむいからしめてぇ~」

 

あかりちゃんは早速リタイアしそうになっていた。

 

「あかりちゃん、一緒に登らない?」

 

自分も声をかけてみる。

 

「だってー お外さむいもん……」

 

だけど小学生らしい返答をした。

 

「千代さん、大丈夫ですよ。私が見ときますから。」

 

リタイアした彼女を鳥羽先生に任せて俺たちは達磨山を登る。

肌に突き刺すような寒さの中、息を吐いてみた。

白く濁った息が、暗く静かな薄闇に溶けていく。

 

歩きながら、たまに後ろを振り返った。

緩やかに……だけど確かな存在感を持ってうねる西伊豆の稜線。

 

果てしなく続く稜線を眺めていると、まるで自分が鯨の背の上にでも乗っているかと錯覚するそんな気分になった。

 

「えっほ、えっほ……」

 

そんな静かな世界で、一際元気な掛け声がこだます。

 

「だ、る、ま、や、ま〜♪」

 

各務原さんは楽しそうに変な歌を歌いながら、山を登っていた。

まだ日の出前だというのにすごい元気。

 

「暗いんだから、あんまはしゃぐなよー」 

 

「はーい!やーまがあるから、のぼっるのだー♪かーわがあっても、きにしないー♪」

 

志摩さんの注意は本当は聞こえているのやら……

 

「ほんとーに分かってんのか?アイツ……」

 

俺のちょっと後ろを歩く志摩さんが、先頭を行く各務原さんにボヤく。

しかし、そんな風にボヤく彼女の顔は薄闇の中でもはっきりと分かるくらいに綻んでいた。

 

「五時半回ったか……」

 

腕時計で時間を確認する。

日の出時間は6時10分……問題はないだろう。

 

俺たちは達磨山の頂で最後の旅の始まりを迎えようとしていた。

 

「リンちゃーん!千代さーん!こっちこっちー!」

 

いつの間にか遠くまで行っていた各務原さんが、俺たちに向けて元気良く手を振る。

どうやらあそこが達磨山の頂上みたいだ。

 

「志摩さん、自分たちも早く行こか。」

 

そう言って俺は振り返りながら、志摩さんに手を差し出した。

 

そんな俺に志摩さんはビックリした顔をしていたが、気恥ずかしそうにゆっくりと手を握り返してくれた。

志摩さんの冷え切った手が、差し出した俺の手をしっかりと握る。

 

「じゃ、しゅっぱーつ!」

 

「……しゅっぱーつ」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「はい、できたよー」

 

「お、さんきゅー」

 

「ありがとね、各務原さん。」

 

熱々の味噌汁の入ったマグカップを各務原さんから受け取った。

カップに注がれた熱々の味噌汁から立ち上った湯気が、伊勢海老の濃厚な香りが鼻をくすぐる。

火傷しないように気をつけながら、味噌汁をひと口すすった。

 

「……あ、うまい。」

 

口に含んだ瞬間、濃厚な海老の風味が口いっぱいに広がり、息を吐くと白い湯気とともにさっと鼻腔を通り抜けていく。 

 

「……海老の香りすごいね。これ昨日の伊勢海老の殻使ってるんだよね?」

 

「うん……ていうか出汁とるの2回目なのにちゃんと味出るんだな?凄いな……」

 

「でしょー?前にお母さんに教えてもらったんだー」

 

「ずず……うまい……」

 

「そうじゃろー? うまいじゃろー?」

 

褒められた彼女は得気に笑う。

俺も自炊してるし、料理はかなり得意な方だけど、こういう応用はやっぱり敵わない。

 

俺もまだまだ修行が足りないってことかな。

帰ったら、改めて料理の勉強でもしてみるか?

三人で味噌汁をすすりながら、眼下に広がる伊豆の広大な大地を眺める。

 

薄闇の中にぼんやりと浮かぶ黒いシルエットを眺めると、俺たちがいかにちっぽけな存在なのか、改めて良く分かった。

 

「伊豆ってほんと広いよねえ。二人とも走ってみてどうだった?」

 

「めっちゃ楽しかった……!」

 

笑いながら、志摩さんが応える。

思えば彼女も会ったばかりの時に比べてみれば、ずいぶんと柔くなった。

 

「……そっかー♪ねえ、リンちゃん!」

 

「なに?なでしこ……」

 

「また行こうね!キャンプ!」

 

「……だな。」

 

志摩さんは照れたように笑う。

 

「千代さんは?」

 

各務原さんと志摩さん、二人の瞳がじぃーっと俺を見つめている。

俺がどう思っているかなんて、そんなの今までの態度を見ればわかりきっていることだろうに。

 

でもそういう訳じゃない……大事なのはそういうことではないのだ。

楽しかったら楽しかったと、嬉しかったら嬉しかったと言葉にする。

それは思いを伝えるということ……

 

キャラじゃないとか、柄じゃないとか、そんなのどうでもいい……もちろん35歳の落ち着いたおじさん設定とかいうのも関係ない。

 

「すっごい楽しかったよ。あの時、二人に出会えてことに感謝してる。ありがとう……」

 

二人の顔がパァっと笑顔に包まれた。

 

「ひぃ、ひぃ……や、やっと着いたぁー!」

 

「思ったよりきつかったねぇ……」

 

「せやなぁ~」

 

俺たちに遅れて15分ほどして、息も絶え絶えな大垣さんたち御一行が到着した。

 

「こんなんでヒィヒィ言ってたらダメだぞ。やっぱり帰ったら、しばらく体力づくりだね。」

 

俺は勝手に納得して、うんうんと頷く。

 

「「「「「それだけは勘弁してください。」」」」」

 

みんなに懇願された。

 

「それにしても、さみぃ〜」

 

「アキちゃん、お味噌汁あるよ?飲む?」

 

寒さに震える大垣さんたちに各務原さんが味噌汁をふるまい、六人で東の空の果てをのんびりと見守る。

 

「今日で終わりかぁ……なんか寂しくなるよねー?」

 

斉藤さんは遠くを見ながら、しみじみとした感想をこぼした。

 

「なんちゅうか、あっちゅうまやったなー」

 

「それなぁ〜」

 

大垣さんがこれまでの旅路を振り返るように言う。

東の空が燃え盛るように赤く染まり始めた。

星の丸みをなぞるように、太陽が照らし出す東の空。

日が昇る……そう。また一日が始まったのだ。

 

「楽しかったよねー」

 

「うん……」

 

「みんな!旅はまだ終わりじゃないよ!」

 

寂しがるみんなを鼓舞するように、各務原さんが立ち上がって元気よく言った。

 

「各務原さんの言うとおり!旅は終わってないよ!

自分たちにはまだやることが残っているから!」

 

俺も各務原さんに賛同する。

 

「そうでしたね。飯田さんにお礼しに行って……」

 

「チョコちゃんモフモフからのー」

 

「カピバラちゃんを見にいくんやー!」

 

「えぇ……千代さん……それって、もしかしてウチの妹のマネですか?」

 

「どう?似てるでしょー?」

 

「「「「「アハハハ……」」」」」

 

眩い日差しを一身に浴び、みんなで顔を見合わせて笑い合った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

達磨山のキャンプ場をあとにした俺たちは一路東伊豆にある飯田酒店を目指した。

場所が場所だけに志摩さんの原付はキャンプ場に置かせてもらい、鳥羽先生の車に乗っている。

俺もキャンプ道具だけを預けて来た。

車体も軽くなってバイクの操縦が楽に感じる。

 

『千代さん、こちら斉藤恵那。現在地オクレ!』

 

「あー コチラ千代。現在地!東伊豆市に入った!オクレ!」

 

『恵那……何だよそれ。』

 

『昨日、千代さんとYouTubeで見てたんだー♪』

 

『なるほど!こちら、大垣千明!目的地にまもなく到着する!オクレ!』

 

大垣さんも乗ってきた。

 

「雑音、多し!再送せよ!」

 

ちょっと大垣さんだけをからかう。

 

『再送します。大室山が見えてきましたよー』

 

「おおー!」

 

進行方向、目と鼻の先にドッシリとした大室山が、堂々と構えている。

 

『あの、まっくろいのがそうなんかー?』

 

あかりちゃんの言うとおり、目の前の大室山は真っ黒に焼けていた。

 

『本当はススキで覆われた緑の山なんだけど、ちょうど二月に山焼きがあったみたいだよ。』

 

斉藤さんがあかりちゃんに丁寧に説明していた。

そして、目的地に到着……みんなが車から降りてくる。

 

「「「「「こんにちはーー!」」」」」

 

「いらっしゃい!山梨からよー来たねぇー」

 

次回に続く。




次回、伊豆キャン全行程が終了、山梨に帰ります。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただいま。 後編

伊豆キャンプ編、最後です。


「いらっしゃい!山梨からよー来たねぇ。」

 

「いらっしゃい。」

 

店主の飯田さんとその娘さんが、快く俺たちを向かい入れてくれた。

 

「山中湖では本当にお世話になりました。」

 

鳥羽先生が頭を下げて、当事者である大垣さんに犬山さん、斉藤さん……そして俺も続いて頭を下げる。

 

「いやいや、こっちも大勢で楽しかっただにー」

 

「そうですよ。気にしないでください。」

 

みんなでしばらく立ち話をしたり、飯田酒店の看板犬の"チョコちゃん"をモフモフした。

この時、斉藤さんは愛犬のチクワ養分が不足していたせいか、ちょっと錯乱していたけど大丈夫かな?

 

ジオスポット"大室山"に来た。

飯田酒店の看板犬チョコちゃんと、その飼い主のお姉さんも一緒に……

 

「標高580メートル……良い眺めだ。」

 

俺は一人ゴンドラに乗り、段々と高くなっていく景色をゆっくりと眺める。

 

「本当に真っ黒だ。」

 

野焼きで黒く染まった山肌にも目がいっていた。

 

『はーい!撮りまーす!』

 

いきなり聞こえた音声案内とともに、カメラのシャッターが切られる。

 

頂上付近のゴンドラの発着駅にて……

 

「あはははは……千代さん、リンやなでしこちゃんと同じ顔してるー♪」

 

「ほんまやなぁー♪」

 

みんなから笑われた。

 

「うぅ……さっきのは記念写真のカメラだったのか……不覚をとった。」

 

「やっぱり、千代さんもビックリしましたよねぇー 私、面白いから自分の買っちゃいましたー♪」

 

「じゃあ、自分も買っとこう。」

 

発着駅近くの展望台にて各務原さんが叫ぶ。

 

「ほおぉーー!スンゴイ、解放感!」

 

「むっちゃエエ眺めやね!なでしこちゃん!」

 

「向こうに見えてるんが、山頂みたいやな。」

 

「それで?山頂までどっち回りで登るんだ?」

 

「だいたいみんな時計回りで登ってるみたいだよ。」

 

「時計回りの方が、坂が緩やかで歩き安いんですよ。」

 

「なるほど、それで」

 

生徒たちは若さ故か、かけっこをしていた。

大人組はチョコちゃんに合わせて、ゆっくりと歩いて山頂を目指す。

 

山頂で野クルのみんなと記念写真を撮り、俺は大室山から富士山を眺める。

 

「大室山から見る富士山も乙なモノですなー」

 

「そうですなぁー」

 

となりに立つ各務原さんも納得した表情だ。

 

「実は富士山と大室山は祀られている神様が姉妹なんですよ。」

 

飯田さんが大室山の伝承を解説をしてくれる。

 

「へぇーー」

 

「そんな伝承があるんですね?」

 

「でも、その神様……姉妹なのに物凄く仲が悪くて、大室山から富士山を褒めると"たたり"があるとか……」

 

「エェッ!!!?」

 

各務原さんがビクつく……

 

「ど、どうしよう……私、たたられちゃうのッ!!?」

 

そういえば、キミはそういうの苦手だもんなぁー

 

「大丈夫ですよ。ただの言い伝えなので……」

 

「ですよね。でも自分……自衛官時代に富士山の麓近くの演習場で、この世の者とは思えないのを見たんですよ。」

 

この話を終えた時には、各務原さんはおろか飯田さんまで怖がっていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

大室山を下山して次に向かったのは、伊豆キャンの最終目的地、そしてあかりちゃんが待ち望んだ"伊東サボテンパーク"。

 

『ついにカピバラちゃんに会えるんやーーッ!』

 

あかりちゃんは興奮を抑えられないようだ。

 

『あかりちゃん、ずっと楽しみにしてたもんね。ねえ!みんなクジャクがいるよ!』

 

各務原さんがクジャクを見つける。

前に気をつけながら、クジャクに目を向けた。

 

「あれはインドクジャクだよ。ゾウをも倒すと言われるくらいに強力な猛毒を持つキングコブラの数少ない天敵なんだ。」

 

『てんてきって、なんやー?』

 

「食べられる側から見た、食べる側の生き物のことだよ。」

 

『へぇー』

 

『お!あっちにはペリカンがいるぞー♪』

 

「あれはモモイロペリカン。繁殖期になるとピンクになるからそう言われてるんだ。」

 

大垣さんの見つけたペリカンに捕捉をする。

 

『千代さんって、動物好きなんですね。あ!あの小さい猿はなんだろう?』

 

「あれはリスザルっていう猿だよ。」

 

『それにしても入り口入ったら、すぐ放し飼いされてるんだな……』

 

『優雅やなぁ、クジャク……』

 

「こうして見ると自分が小学生の時、学校でニワトリと一緒に飼ってたの思い出すな……」

 

『え……クジャクを学校で飼ってたんッスか?千代さんの小学校、なんかスゲー』

 

「え?みんなは飼ったことないの?クジャク……」

 

『『『『『『『『ナイナイ……』』』』』』』』

 

全否定された。

入場券を飼いながら、受付中の女性職員に鳥羽先生が話しかける。

 

「ここって、敷地の入り口から動物が放し飼いになっていて面白いですね。」

 

「えっ?」

 

鳥羽先生の言葉に職員の言葉に表情が固まった。

 

「井口くん!また脱走してるって!」

 

「分かりました!見てきます!」

 

どうやら放し飼いではなく、ただ脱走しているだけであった。

逃げ出した動物たちは飼育員の人に任せて、俺たちは園内に入場することに。

 

「この白いのアルパカさんやろー モフモフやー」

 

「あ、犬山さん……この子はラマだよ。アルパカとは親戚で以外にもラクダの仲間なんだ。」

 

「アルパカのパチもんかい。」

 

「パチもんって……基本大人しいけど気に入らないヤツいると、胃の内容物を相手に吐きかけてくるよ。」

 

「コイツ、ゲェーするんかぁ……」

 

ちょっと犬山さんが引いていた。

別のブースへ移動。

 

「千代さん。コイツ……じっとしてて全然動かん……」

 

志摩さんが灰色の大型の鳥を見つめている。

 

「ハシビロコウだね。アフリカ東部に生息していて、水辺でこうやってジィーっと長時間待って目の前に来た魚を素早く食べるんだ。」

 

「お前、変わってるなー」

 

志摩さんの言葉に答えるように、彼女の顔を見つめたハシビロコウは大きな嘴をカスタネットのように鳴らした。

 

「うおッ!!?何だよ、お前ッ!!?」

 

彼女はビックリした顔をする。

 

「ハシビロコウはうまく鳴けないから、こうやって嘴を鳴らしてコミュニケーションを取るんだよ。」

 

「な、なるほど……」

 

その後、俺たちは色んなブースを周り、とうとうカピバラ温泉まで来た。

 

「柚子に椿、バラ……ネズミのクセに至れり尽くせりじゃないか。」

 

カピバラを紹介する案内板を見ながら、俺は思ったことを吐露する。

 

「ネズミって……」

 

鳥羽先生はひきつった笑みを浮かべていた。

 

「温泉浸かって気持ち良さそうな顔をしてるねー」

 

「これや、これー むっちゃ癒させるわ~」

 

「ホンマやなぁ、あの寝とんのか起きとんのか分からんまったり顔が……」

 

「たまらないよね~」

 

「こっちまで和むねぇ~」

 

「カピバラは南米の川辺を棲みかにしてて、世界最大級の齧歯類なんだ。いわゆるネズミの仲間だね。」

 

「なんかネズミの仲間って思うと、あぁーって感じだな。」

 

「ちなみに和名は"鬼天竺鼠"って言うんだ。」

 

「何ッスか?その荘厳な名前……」

 

「まあ~ ずっとあんな感じだから、アナコンダやらワニにたびたび捕まっちゃうけどね……」

 

「あの顔はしょうがない……」

 

カピバラのほのぼのしたオーラに毒されかけたりもしたが、旅の締めくくりとしては最高なひとときだった。

 

お土産も買って、さあ!帰ろうと出口へ向かってた時に事件が起きる。

背後から悲鳴が聞こえたのだ。

いち早く気づいた俺はサッと振り向く。

黒い影がコチラに向けて猛然と駆けてきた。

 

何だあれは?こっちに来てるのかッ!!?

元自衛官として直ぐに周囲の状況に把握した。

俺のとなりでは、各務原さんが志摩さんが会話しながら歩いている。

 

「ええい!各務原さん!ゴメン!」

 

俺はおもいっきり彼女を突き飛ばした。

 

「エッ!!?きゃあ……ッ!!?」

 

俺に突き飛ばされた彼女は志摩さんを巻き込み、地面に倒れる。

 

「ヨッシャー!かかって来ーいッ!」

 

俺が戦闘態勢を取った瞬間、その黒い影が勢い良く飛び掛かった。

 

「よっこい、しょーいち!」

 

いつのネタだよ。

飛び掛かってきた勢いを往なすように、黒い影にともえ投げをした。

一瞬だが獣の臭いする。

 

瞬時に立ち上がり、投げ飛ばした方を見ると、そこにいたのは一頭のチンパンジー。

 

デカイ……相当興奮している。

周りに牙を剥いて威嚇していた。

再び悲鳴があがる。

 

「静かにしろォォーー!」

 

俺の一喝にピタッとその場が静まった。

 

「みんな、静かにゆっくりと下がるんだ。絶対にヤツを刺激しちゃダメだぞ……」

 

「ち、千代さんは……ッ!!?」

 

いつの間にか立ち上がっていた各務原さんが、俺のことを心配している。

 

「俺は大丈夫……たぶん。」

 

「たぶんって……」

 

そう言って俺は改めてチンパンジーに向き直った。

 

「良い面構えしてるじゃねぇか、チンパン。ほら掛かってこいよ……」

 

俺はチンパンジーを煽った。

興奮したチンパンジーが俺に飛び掛かる。

その姿はまさしく猛獣であった。

 

「千代さァァーーん!」

 

誰かが俺の名前を叫んだような気がする。

それに答えるように俺は素早くサイドステップでチンパンジーの突進を避けて、腕を掴むとそのままチンパンジーを組伏せた。

 

「キィーーーーッ!」

 

俺の掛けた寝技から逃れようと、チンパンジーは凄いパワーで踠く。

しかし、俺は絶対に放さない。

 

「どうどう。大丈夫、大丈夫……」

 

チンパンジーが苦しくはないように絶妙な力加減で拘束し、落ち着かせようと声をかけ続ける。

俺と対峙して3分もしない内に飼育員や園の関係者が駆け付け、その中の一人がチンパンジーに鎮静剤を打った。

すると、チンパンジーは次第ににおとなしくなる。

 

「もう大丈夫です。放して貰って構いませんよ。」

 

チンパンジーを解放すると、チンパンジーは暴れることなく落ち着いた様子で、飼育員たちによって檻に収容された。

 

次の瞬間、ギャラリーからドっと歓声が沸き上がる。

 

「千代さん!すごーい!」

 

各務原さんが俺に抱きついた。

 

「各務原さん、ケガはない?志摩さんは?」

 

「私は大丈夫です!」

 

「私も……」

 

幸いにも二人にケガはなかったようで、俺は心から安心する。

その後、園のお偉いさん達からもお礼を言われたりした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

最後の最後にハプニングもあったが旅も終盤。

お土産も買ったし、あとは帰路につくだけ……

 

「よし。」

 

志摩さんがイグニッションキーを回し、原付の電源を入れた。

俺も彼女に続き、ロクダボの電源を入れる。

メーターが点灯して、スターターを押すと何時でもエンジンが掛かる状態だ。

 

「二人とも、修善寺までで本当に大丈夫ですか?」

 

「はい。私は大丈夫です。」

 

「志摩さんの原付だと修善寺の有料道路は通れないですし、二人でのんびり帰りますよ。」

 

「くれぐれも事故には気を付けて、疲れたら無理せずに休んで下さいね?」

 

「はい、先生もお気をつけて……」

 

「では、千代さんも志摩さんの引率をよろしくお願いします。」

 

「了解です。」

 

「リンちゃん、さびしくない?」

 

「大丈夫だよ。」

 

「わたしのカピバラちゃんぬいぐるみ、貸そうか?」

 

「うーん……それは遠慮しとく。」

 

「千代さん、疲れたらアタシが代わってやっから!」

 

「いや大垣さん、股がったら足、届かないでしょ」

 

「千代さん、そもそも千明は免許持ってないです。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

志摩さんの原付にペースを合わせてトコトコ……

とうとう、分かれ道に差し掛かった。

前方の信号機は赤……

青に変われば、俺と志摩さん別の道を使い、山梨を目指す。

 

『じゃあ、私と千代さんはこっちだから……』

 

『リンちゃん!』

 

橫に並ぶ鳥羽先生の車から各務原さんが顔を出した。

そしておもむろに彼女はスマホを取り出し、俺と志摩さんの写真を撮る。

 

「二人とも気を付けて帰ってね?」

 

「分かってるよ。」

 

信号機が青に変わった。

 

「行こうか、志摩さん……」

 

「ええ。」

 

「じゃあ、またね。みんな……」

 

俺たちは交差点を左に曲がって、車組とは別の道を進む。

 

「家に着いたら教えてねーーッ!」

 

見送りの言葉に手をシュッと振って応えた。

ミラーに映った各務原さんの顔が寂しそう。

エンジンを回しながらギアを上げていき、冷たい風が俺たちを包み込んだ。

 

夕暮れの景色が後ろに流れていく。

あぁ……旅が終わるんだな。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

日はすっかり暮れて、暗闇に包まれた帰り道を俺たちはひた走っていく。

右手に流れる富士川が月の光を反射して、一瞬だがきらりと輝いた。

 

時折やって来る車などが、テールランプの光の尾をなびかせて、俺たちを抜き去っていくのをぼんやりと眺める。

 

あの人も家に帰るところなんだろう。

 

「志摩さん。こうやって知ってる道走ってるとさ、なんていうか、ホッとするよね?」

 

『分かります。』

 

走りながら志摩さんと話をした。

この道をまっすぐ行けば、俺の自宅のある町に着いてしまう。

車組はもう家でまったりしているころか?

そんなことを考えてしまう。

 

家か……

 

「もうすぐ、帰って来ちゃうね?」

 

『……寂しいですか?』

 

前を走っていた志摩さんが、一瞬だけコチラに首を向けた。

 

「お見通しかい?」

 

『いえ……私も、ちょっと寂しかったから……』

 

「そっか……志摩さんも同じなんだ。この三日間、楽しかったから余計に感じるよね。」

 

 

こうして話していると、これまでの思い出が怒涛のように押し寄せてくる。

 

『戻ってきた……』

 

志摩さんの言葉に俺は右を見ると、月に照らされた立派な富士山が……

 

「伊豆とは違って、ここいらはまだ寒いね……」

 

そして身延の町を示す看板の下を通る。

 

『身延、入った!あと少し……』

 

「だね。ラストスパート、最後まで安全運転。」

 

二台並んで走っていると、前方に人影が……

しかも、コチラ向かって叫んでいる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「まさか、こんな所で桜さんと会えるとは思いもよらなかった。」

 

「なでしこが二人のことをずっと心配してて……」

 

俺は志摩さんとなでしこさんと離れて、富士山を眺めながら桜さんと二人っきりで話している。

 

「どうでした?キャンプ……」

 

「楽しかったですよ。色んな場所を回って、景色を見て、美味しい物を食べて……」

 

「良いですね。」

 

「あとチンパンジーと取っ組み合いもしましたよ。」

 

「チンパンジー?」

 

彼女はキョトンした顔でコチラを見ていた。

 

「みんなで過ごしてみて、今度は桜さんと二人っきりで行きたいと改めて思いました。」

 

「そうですね。千代さんとのキャンプ行きたいです。楽しみにしてます。」

 

「あ、そうだ。来月は桜さんの誕生日でしたよね?」

 

「え?ええ……」

 

「俺、桜さんに個人的に渡したい物があって……」

 

彼女に渡そうとバイクの荷台に大切にしまっていたモノを取り出す。

そう、あの時に買ったアクセサリーだ。

 

「これ、旅路先で良いものを見つけたんで……誕生日プレゼントを兼ねてのお土産です。」

 

「あ、ありがとうございます。開けても?」

 

「ええ、どうぞ。」

 

喜んでくれるだろうか?ドキドキする。

 

「凄い……素敵。」

 

「桜さんの誕生月の誕生石であるモルガナイトなどを使った河津桜のアクセサリーです。一目見たときにこれだと思いました。着けて見てくださいよ。」

 

俺に促され、桜さんがネックレスを身に付けた。

 

「どうです?」

 

「素敵です。俺の思ったとおりだ……」

 

互いに見つめ合い、自然と二人の距離が近くなる。

二人のくちびるがふれ合いそうになった時だった。

 

「「ぬあぁぁーー!」」と大きな声が……

 

それに驚き、俺と桜さんは慌てて距離を取る。

失念していた。志摩さんとなでしこさんの存在を……

 

「おおお、お姉ちゃん……!いま、いま……ッ!!?」

 

「千代さんも……!」

 

「あ、えっと、違うよッ!!? 別に良いムードになったからキスしようとしたわけじゃ……!」

 

「「キス……ッ!!?」」

 

まだまだ子供の二人には刺激が強かったのか、二人揃って顔を赤らめている。

 

「ちょっと、千代さん!」

 

みんなでなぜかてんやわんや……

 

「と、とにかく……リンちゃんと千代さんに会えたんだし、なでしこ帰るわよ。」

 

「そ、そうですねッ!!? 志摩さん、俺たちも行こうか?これ以上はご家族も心配されるから……」

 

「あ、はい……!」

 

「桜さん、帰ったら連絡します。」

 

「分かりました、お気をつけて……」

 

そそくさと志摩さんの自宅を目指して、再出発だ。

時間が進むほどに彼女の自宅が近づく。

 

「もうすぐ着くのかな?」

 

『そうですね。』

 

「志摩さんの自宅はけっこうな山間部なのかい?」

 

『そうですね。』

 

「………960年~1279年にあった中国の王朝は?」

 

『宋ですね……』

 

先ほどのことで気まずいせいか、志摩さんからはなま返事しか帰って来ないし……

ハッキリ言って、このままでは俺の身が持たない。

思いきって聞いて見た。

 

「あ、えーっと……志摩さん、ヤキモチ妬いてる?」

 

『それはどういう意味で?私は別に妬いていません。』

 

「妬いてるでしょ?」『妬いてません。』「妬いてる。」『妬いてません。』「妬いて…………」『怒りますよ?』「ごめんなさい……」

 

無事に志摩さんを送り届け、俺の任務は終わり。

自宅へ帰還するのみだ。

 

さっきまで志摩さんがいたが、今は誰もいない一人っきり、俺だけの帰り道……

 

聞こえるのは、愛車のエンジン音と風の音のみ。

 

『ひざまずいては自由になれない。

 

空のグラスを高々とかかげて、どこへ行こうと自分らしくいよう。

 

自由でいるために僕に構わないで……

 

道は見つけるから、迷いなく空はめぐる星のように、信じたルートで生きてみたい。

 

ゆるぎなく……』

 

このセリフ、堪らなく好きなんだよなぁ……

そんなことを考えている内に自宅に着いた。

サイドスタンドを立ててエンジンを止める。

 

「着いた……」

 

ホッとした。

ケガもなく無事に家に着いたことに……

相棒のカウルを撫でて労をねぎらう。

 

「お疲れ様」と……

 

そして「ただいま。」

 

伊豆キャンプ編、完。




最後はダラダラとなってしまいました。
原作9巻、アニメで第2期まで終了です。

原作10巻からも頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常。

新章突入です。


伊豆キャンプも終わり、そして本栖高校の卒業式とこなしていつも日常が戻ってきた。

勤務先である本栖高校で学校設備のメンテナンスに、俺はせっせと精を出す。

一日の業務が済んだ時には、放課後になっていた。

 

「あとは日誌を書けば良いんだっけ……」

 

帰宅する生徒、部活動に向かう生徒。

廊下や通路が生徒たちでごった返している。

 

「ちょっと、野クルの部室に顔を出してみよう。」

 

ということで俺は部室棟へと足を運んだ。

一番奥にあるウナギの寝床こと野クル部室の引き戸をノックして開ける。

 

「失礼するよーって、あれ?いない……」

 

帰ったのか?俺はLINEで連絡を取ってみることに……

 

千代:『もう帰っちゃった?』

 

メッセージを送るとすぐに返事が来た。

さすが女子高生、返事が早い!

 

千明:『お疲れ様ッス!アタシら理科室にいるッスよ!』

 

なでしこ:『みんなでアルコールストーブ作ったんだよー (・ω・)ノシ』

 

アルコールストーブかぁ……

ちょっと見に行ってみよう。

 

千代:『そっち行っても良いかな?』

 

イヌ子:『どうぞどうぞ( ゜∀゜)つ 今、鳥羽先生と恵那ちゃんもいるでー♪』

 

俺は早速、理科室へと向かう。

 

「失礼しますよー」

 

ガラガラと音を立てて、理科室の戸が開いた。

中はカーテンで暗くなっており、アルコールストーブのアルコールが青白い火を上げている。

 

「あ、千代さん!こっちこっちー♪」

 

「鳥羽先生、お疲れ様です。」

 

「お疲れ様です。」

 

「へぇー きれいだねぇー 良く出来てんじゃん。」

 

「我ながら上手く出来たと思ってるッス。」

 

「焚き火の火とは違って、スタイリッシュな感じ?」

 

「分かるよ!恵那ちゃん!なんかカッコいいよね。」

 

みんなで盛り上がった。

 

「そう言えば、あおいちゃん?この間の卒業式、どうだった?」

 

と各務原さんが犬山さんに話しかける。

本栖高校の卒業式は在校生は各クラスの代表として、男女二名ずつ出席していた。

出席しない他の生徒は休みとなっており、彼女のクラスから犬山さんが出ていたようだ。

 

「むっちゃ良かったでー 感極まって、もう泣いちゃった。」

 

「私もです。やっぱり何歳になってもジーンと来ますね……」

 

「千代さんは?どうでした?」

 

「自分は出席してないんだ。自分たち用務員は準備と片付けだけ……式場の外から少し覗いたくらい。」

 

「なんか寂しいですね?」

 

「まあ、入る数は決まってるし……仕方ないよ。」

 

その後、図書委員の仕事を終えた志摩さんを斉藤さんが呼び出し、アルコールストーブを囲んで、卒業式の話しに花を咲かせていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

3月も半ばになりとある金曜日の夜……

俺は桜さんのお誘いを受けて、各務原家におじゃましていた。

 

「ごちそうさまでした。」

 

「お粗末さまでした。」

 

夕食をご馳走になり、今は食後の一服を家長の修一朗さんと楽しんでいる。

 

「それで?明日は桜とどこに行くか決めたのかい?」

 

「はい。ドライブがてらお昼ごはんを食べにと、前々から連絡取り合ってまして……」

 

「じゃあ、明日は?」

 

「美味しいジビエ料理を出すお店を見つけたのよ。ね?千代さん。」

 

「山梨の奥の方にある、フレンチレストランのお店があるみたいなんですよ。」

 

「ほー 明日はなでしこもいないとなると、母さんと二人っきりかー」

 

「じゃあ、明日は二人でどこかに行って来たら?私は千代さんとだし……私の車のキーを預けとくよ?」

 

「そうか。母さん、どうだい?」

 

「そうね。お言葉に甘えて。修一朗さん、明日は久しぶりにデートを楽しみましょうね。」

 

「ええー!いいなー 私も行きたーい!」

 

「何言ってんの。アンタは明日、友達とデイキャンプするって言ってたでしょ。」

 

「うー だけどー!」

 

なでしこさんは俺の腕を掴み、駄々を捏ねる。

 

「お土産買ってくるから……」

 

「ヤッター!」

 

「もう千代さん、甘やかさないで良いですよ。この娘、すぐに調子乗るんだから……」

 

桜さんはため息を吐きながら、妹のなでしこさんを呆れた顔で見ていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

土曜日になり、その日の午前中……

俺は愛車のGRヤリスを運転し、桜さんを迎えに彼女の自宅へと向かう。

 

俺のアパートから彼女の自宅までは、大して時間も掛からない。

逸る気持ちを落ち着け、車を運転する。

そして到着、五分前行動……完璧だ!

 

インターフォンを押すと応答がくる。

 

『はーい。』

 

「あ、千代です。」

 

『どうぞ、中に入って下さい。』

 

各務原家にお邪魔し、リビングへ向かうと桜さんが出かける準備をしながら右往左往していた。

 

「ごめんなさいね。もうすぐ終わりますから……」

 

「いえいえ、気にしないで下さい。」

 

「あ、千代さーん!」

 

なでしこさんの声と共に背中に強い衝撃を受ける。

 

「ごふゥッ!!?」

 

俺は不覚にも、バイタリティ溢れる彼女の凄まじいタックルを背後からモロに喰らったのだ。

 

「ぐへぇッ!!?」

 

そのまま床に向かってうつ伏せに激しく転がる。

 

「千代さん、おはようー!ふふ~ん♪」

 

まるで犬のように、なでしこさんが俺にじゃれついてきた。

 

「この、お馬鹿!」

 

「あいたッ!」

 

桜さんのゲンコツは、俺にじゃれつくなでしこさんの頭に無事弾着する。

かと思えば、そのまま彼女の首根っこを掴んで力任せに引き離した。

 

「大丈夫ですかッ!!?」

 

慌てた様子の桜さん。

 

「え、ええ…… 日常茶飯事なんで…… 大丈夫です。」

 

「アンタ、学校でもこんなことしてんの?」

 

「エヘヘヘ。」

 

「笑いごとじゃないわよ。」

 

ポカッともう一発。

 

「あうッ!ごめんなさい……」

 

妹のなでしこさんとのひと悶着もあったが、桜さんの準備も完了したようだ。

 

「お待たせしましたー」

 

「じゃあ、行きましょうか?」

 

桜さんの姿を見た俺は、彼女のファッションに見惚れてしまう。

だって眼鏡まで外してるんだよッ!!?

 

「どうかしました?」

 

「あ、いえ…… いつも雰囲気が違って……」

 

「似合ってませんか?」

 

「その逆です。見惚れてしまいました。」

 

俺たちは車に乗り込み、彼女の家族に見送られて、先に出発する。

眼鏡も外し、いつも以上にオシャレをした綺麗な桜さん……なんか緊張する。

ハンドルを握る手にも汗がにじむ。

 

「千代さん……」

 

「は、はひッ!」

 

「緊張してます?」

 

「アハハ……分かります?ぶっちゃけ緊張してます。それにこの間プレゼントしたアクセサリーも身につけてくれたんですね。」

 

「ええ。千代さんとお出かけなんだし、気合いを入れてますよ♪」

 

「とても似合ってますよ。桜さんは俺の自慢の彼女です。」

 

「嬉しい…… けど恥ずかしい。」

 

「フッ……可愛い♪」

 

桜さんは顔を赤くしてうつむいている。

激レアな桜さんの照れ隠しも見れて眼福だ。

そして、目的であった美味しいランチも食べれてお腹も満足だった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

帰り道、車内……

 

「まだ時間ありますけど、どうします?」

 

「うーん…… 桜さんとまだ一緒にいたいし、少し散歩しましょう」

 

俺たちは川沿いの道路を走っていたので、丁度良いと河川敷を散歩してみることに……

道から外れ、車を河川敷の駐車スペースに停めて、三月昼下がりぽかぽか陽気の中、二人でまったりとした時間を過ごす。

 

「いい天気ですね。」

 

「そうですね。日が高いこの時間は、もう春の陽気で気持ちいいわ♪」

 

不意に桜さんが俺の手を繋いだ。

 

「あ……////」

 

「別に恋人同士なんだから。」

 

「そ、そうですよね。」

 

おお、これが俗に云う恋人繋ぎってヤツか?

俺は気恥ずかしくなった。

 

「千代さん、顔赤いですよ?」

 

「え?そうですか?」

 

「ええ 真っ赤。ホント千代さんって可愛い♪」

 

やっぱり彼女には敵わない。

二人で河川敷を歩いていると、俺たちは意外な人と出会してしまう。

 

「おーーい!」

 

ちょっと先にいた数人の一人が、コッチ向かってブンブンと手を振っている。

この声……目を凝らしてグッと見てみる。

予想外にも俺たちを呼んでいたのは、なでしこさんだった。

 

「こんな所で会うなんて奇遇だね……」

 

なでしこさんの他には大垣さん、犬山さん、それに斉藤さんと彼女の愛犬チクワがいる。

桜さんとのデートを見られてしまうとは……

野咲千代、一生の不覚!

 

「この子、チクワって言うの?可愛いわねー」

 

一方の桜さんは、俺の気持ちも露知らず、斉藤さんの愛犬をワシャワシャしている。

 

「千代さんには恋人がいるって聞いてたけど、まさかなでしこのお姉さんだったとは……」

 

「私はスーパーのバイトん時に、二人で買い物しとるんのを何回か目撃したことあるでー」

 

「見せつけてくれますねぇ~♪」

 

大垣さんたちが広げていたレジャーシートに座らされた俺と桜さんは、彼女たちから恋バナという緊急取り調べを受けることに……

 

そして、小一時間ほど俺たち二人の恋愛事情をプライバシー関係なく全て話して、ようやく解放される。

 

クタクタになりながらも、俺は車を止めていた駐車場まで戻って来た。

 

「じゃあ、お姉ちゃん!私、みんなともうちょっと遊んで帰って来るから!」

 

「はいはい。みんなに迷惑かけるんじゃないわよー」

 

「はーい!」

 

去って行くなでしこさんを見送り、俺と桜さんは車に乗り込む。

 

「はぁ…… なんか疲れた。」

 

俺はシートの背もたれにより掛かり、大きなため息をついた。

 

「そんな疲れたんですか?私は楽しかったですよ?恋バナ。」

 

ニッコリと微笑む桜さん。

 

「なんか俺にはプライバシーの欠片もないんですよ?あの娘たちって何気に情報収集能力が高いみたいで、色んな人に俺の情報が漏れてるんですよね。ハハ……」

 

ホントあの娘たちは、将来MI6とかCIAにでもなってしまうんじゃないか?と心配になってしまう。

 

「まあまあ。今日はもう解放されたんだし、このまま帰って、あとは私のウチでゆっくりしましょう。」

 

俺は桜さんに励まされ、気持ちを切り換えた。

そして彼女と一緒に帰路につくのであった。

 

次回に続く。




四月になると本栖高校にも新一年生が入って来ますね。
ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツーリングに行こう。

好き勝手に書いて行こうと思います。


学校は昼休みの時間帯。

俺は志摩さんに呼び出され、図書室にいる。

図書室には彼女だけではなく、斉藤さんを含めた他の生徒も数人いた。

 

「ど、どうしたのかなー?急に呼び出したりして……」

 

俺を見る志摩さんの目力が怖い。

視線で刺し殺されてしまいそう……

 

「斉藤から聞いたんですが、この間桜さんとデートしたんですね?」

 

「エッ!!?」

 

急にそんなこと言わて、ドキッとしてしまった。

俺の出した動揺の声に、図書室にいた生徒たちが一斉にコチラに顔を向ける。

 

「す、すいません。大きな声を出して……」

 

謝ると生徒たちは、再び自分のことに集中し始めた。

 

「ちょっと斉藤さん、話したの?」

 

小声で斉藤さんに尋ねる。

すると彼女は満面の笑みで「はい♪」と答えた。

 

「はぁー」

 

俺の頭を抱え、大きなため息をついてしまう。

おぉー!神よ!頼むから俺にもプライベートを恵んでくれ!

 

「それで?どうなんですか?答えてください!」

 

志摩さんが詰め寄る。

 

「はい。デートしました!」

 

あまりの剣幕に畏まってしまった。

彼女から中隊長のオーラが滲み出てるのが分かる。

やっぱり、血が繋がってるんだなぁ……

 

「食事に行った帰りに立ちよった所に、たまたま斉藤さんたちがいて……」

 

上官気質の志摩さんに事細かに説明してしまう。

 

「リンの気持ちも分かるよー リンも千代さんのこと、大好きなんだよね?」

 

「うわあぁぁァーー!」

 

斉藤さんによって図星を突かれた志摩さんは、顔を真っ赤に大きな声を出してカウンターに突っ伏した。

 

再び、コチラを見る生徒たち……

 

「こんなリン、初めて見たー」

 

腹黒の斉藤さんは志摩さんをからかい、クスクスと笑っている。

ホントこの娘は……

 

「志摩さん、キミの気持ちは嬉しい。けど自分は桜さんを愛してる。それにキミには将来素敵な人と出会えるから……」

 

何言ってんだ?俺……

 

「ドンマイ リン。私と同じだねー」

 

「はぁ?何言ってんの?」

 

ポカンとする志摩さん。

 

「私もね?前に山中湖で千代さんに"好きです"って、告白したんだよ?」

 

「マジか……」

 

「フラれちゃったけどねぇー♪」

 

志摩さんはジト目、斉藤さんは笑顔だけどなんかドス黒い。二人ともコエぇ……

 

「でも仕方ないよ、リン…… なでしこちゃんのお姉さん、ホントーに綺麗で美人だもん。私たちじゃ敵わないって……」

 

「うむ、それは納得……」

 

勝手に納得してくれたようだ。

 

「それはそうと、志摩さん?今度各務原さんとキャンプするんでしょ?」

 

ちょっと強引だけど、話しを変えよう。

 

「はい、大井川の方で……」

 

「各務原さんから聞いたんだけど、彼女の前からのお友達とツーリングも兼ねて……」

 

「綾乃ちゃんと一緒に……」

 

「へぇー リンも千代さん以外にツー友出来たんだ♪」

 

「「ツー友?」」

 

「ツーリング友達。略してツー友♪」

 

なるほど。

 

「じゃあ、伊豆キャンの時みたいにお話ししながら行けるね?」

 

「どうだろう?アヤちゃん、インカム持ってるのかな?」

 

「連絡して、もし持ってなかったら自分に教えて?また貸してあげるから……」

 

「ありがたい話しですが、それじゃあ千代さんが困りませんか?」

 

「フッフッフ……実は自分の含めて四つ持ってんだ。だから安心して良いよ。」

 

「良かったねぇー リン♪」

 

「ありがとうございます。早速今晩、アヤちゃんに連絡してみます。」

 

さっきとは打って変わって、志摩さんは目をキラキラさせていた。

まだまだ子供…… チョロい。

 

しかしその後、学校内で俺の変な噂が立つことになるがそれは別の話。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

夜 自宅でくつろいでいると、スマホに着信がくる。

相手は志摩さんだった。

 

リン:『こんばんは。夜にごめんなさい。今日のお昼のことで連絡しました。』

 

お、早いじゃないか。さすが志摩さん……

早速返信しなければ。

 

千代:『それで?どうだった?』

 

返信してすぐにピコンっと向こうから戻ってきた。

 

リン:『アヤちゃん、インカム持ってないそうで

す。』

 

「何してるんですか?」

 

志摩さんとLINEでやり取りしていると、桜さんが俺の横に座り、スマホを覗き込んでくる。

 

「ん?ああ、志摩さんとちょっと……」

 

「リンちゃんと?」

 

「この間、妹さんが言ってたじゃないですか。大井川でキャンプするって……」

 

「そうでしたね。リンちゃんはアヤちゃんとツーリングするんだって、なでしこも言ってましたね。」

 

「それでツーリングしながら、お話し出来れば楽しいから俺のインカムを貸してあげるよーって、連絡を取り合ってて……」

 

「千代さんって、ホント リンちゃんに優しいですよね。」

 

「そうなのかな……?」

 

「私の感は当たるんですよ。」

 

桜さんとまったりしながら、志摩さんとのLINEをしたりと夜が更けていった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

週末になった。朝も明けない時間……

スマホにLINEが入る。

 

「んー! 誰だ?こんな時間に……」

 

寝ぼけ眼でスマホの画面を見ると野クルのグループLINEだった。

 

恵那:『リン、おはよー』

 

リン:『お、早いな……』

 

志摩さんはもうウチを出たんだな。

 

恵那:『今日はなでしこちゃんの地元の友達と大井川の秘境まで全開バリバリツーリングに行くんだよね?』

 

リン:『バリバリって、いつの言葉だよ。』

 

ちょっと面白い。もう少し見させて貰おう。

 

恵那:『大井川って言ったら川根茶とか温泉、吊り橋が有名みたいだよー』

 

リン:『うん、そんな感じ。』

 

恵那:『千頭駅前で売ってる川根茶ソフトが大人な感じで美味しいんだって!』

 

リン:『へぇー そうなんだ。』

 

恵那:『私の分も買って来てねぇー』

 

お、来たぞ?斉藤さんの無茶振り。

 

リン:『いやいや、見延に着く前に溶けてなくなるわ。』

 

恵那:『まぁッ!買って来てくれないなんてヒドいザマス!』

 

大垣:『ひどいざます!』

 

イヌ子:『ひどいざます!』

 

大垣さんと犬山さんも悪ノリに参戦。

ここは俺も乗っておこうかな?

 

千代:『ひどいざます!』

 

リン:『うぇッ!!? 千代さんもッ!!?』

 

鳥羽先生:『ひどいざます!』

 

なでしこ:『ひどいざます!』

 

リン:『みんな、こんな時間からご苦労なこった……』

 

みんな何気に起きてしまったんだな……草。

二度寝して日が登った頃に俺は目が覚めた。

 

カーテンの僅かな隙間から陽光差し込む。

俺はむくりと上半身を起こし、ボサボサ頭を掻いてボーッとしていた。

 

「さむッ……」

 

三月も下旬だというのに山梨の朝はまだまだ冷える。

今週末は一人っきり……

マイペースに朝の情報番組を見ながら、朝食を摂る。

桜さんは珍しく週末にバイトが入ったようだ。

 

「はぁ…… 暇だ。」

 

コーヒー片手にテレビのチャンネルを弄り、代わり映えしない番組を脱力感と共にダラダラと見ていると、急にスマホが鳴る。

 

「誰だ?」

 

番号は表示されてるが、非登録者からなので名前が分からない。

ちょっと怖かったが、電話に出てみることに……

 

「も、もしもし?」

 

『千代さーん!私です。羽音です。』

 

羽音…羽音……まさかッ!!?

 

「もしかして、佐倉羽音さん?」

 

『そーだよ!お久しぶりでーす!』

 

特殊詐欺かと思ったが、相手が分かって安心した。

でも、どうして彼女が俺の番号を知ってるんだ?

 

「あの佐倉さん?どうして俺の電話番号知ってるの?」

 

『それは聖ちゃんが調べてくれたんだよー!』

 

聖ちゃん…… あの娘か。

確かにあの娘の財力ならこのくらい朝飯前と言うことか?末恐ろしいな。

 

「へ、へぇー それで?今日はどういったご用件で?」

 

『今、私たちツーリングで南部町に来てるんだよー』

 

南部町…… 俺の自宅がある町やん。

 

「そうなんだ。」

 

『それで今、千代さんのおウチの前にいるよー♪』

 

「へぇッ!!?」

 

いきなりのカミングアウトに驚きバルコニーから外を見ると本当にいた。

 

「おーーい!」

 

佐倉さんが元気に手を振っている。

ハ、ハハ…… ひきつった笑みでコチラからも手を振るしかなかった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

バイク部のメンバーを自宅にあげる。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「スッゲ!」

 

「こんなところに一人で暮らしてるんですか?良いなー 憧れるわぁ。」

 

「一人で暮らすには充分な広さですわね。」

 

「ハハ…… 三ノ輪さんのご自宅には敵いませんけどね。」

 

バイク部にお茶を出す。

 

「ごめんね。たいしたモノはないけど……」

 

「いえ、お気になさらずに。いきなり押し掛けたのはコチラなんですから……」

 

相変わらず、鈴ノ木さんは礼儀正しい。

 

「それにしても、よくウチが分かったね?」

 

「それはワタクシ、三ノ輪財閥の財力と情報網があれば、このくらいお茶の子さいさいですわーッ!」

 

三ノ輪さんがどうどうと胸を張る。

俺のプライベートが音を立てて、完全に崩壊する。

その後、色々話してをして俺とバイク部のみんなは大井川へ行くことになった。

志摩さんたち絶対に驚くぞ。

 

俺は出掛ける準備をして家を出る。

相棒のもとに行くと、バイク部のみんなが各々バイクを停めていた。

その中に見たことないバイクを見つける。

 

「え?何?このバイク!」

 

真っ赤な塗装が映える、ドゥカティのスーパースポーツ……!

 

「これって、パニガーレ?」

 

俺は興奮した。

パニガーレらしきバイクを、隅々までくまなく見て回る。

 

「でもあれって、1200ccクラスの大排気量のヤツだったよね?」

 

それはそうだ。

俺以外の大型バイクは来夢先輩のNinja ZX-12Rのみ……

その時だった。

 

「千代さん!御目が高いですわぁ!」

 

三ノ輪さんのテンションがおかしい。

 

「このバイクは三ノ輪財閥の財と技術の粋を注ぎ込んで作った399パニガーレですわ。」

 

と三ノ輪さんは自慢した。

 

「だと思った。」

 

「え?それだけ?」

 

三ノ輪さん、俺はもう驚かんぞ!

相棒に股がり、エンジンをかけた。

ロクダボのエンジン音にやる気が満ちる。

 

「さあ、行こうか……相棒!」

 

まずはみんなで一路、千頭駅を目指すことにした。

 

次回に続く。




はい!ということで、みたび登場しました。バイク部です。それにしても三ノ輪財閥こえェー!

ご感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大井川ツーリング 前編。

今回はしまりん目線です。


私は志摩リン。今日はなでしこの旧友であるアヤちゃんと川根本町および大井川一帯をツーリングしてキャンプする。

なでしことは現地のキャンプ場での集合の予定だ。

 

「千頭駅とーちゃくー!」

 

さすがにアヤちゃんはまだ来てないか……

千代さんから借りたインカム、アヤちゃんと話しながらのツーリング……楽しみだ。

時間を確認すると、待ち合わせまでまだ時間がある。

 

「ちょっと、散歩しようかな……」

 

私は30分ほどかけて、周辺を散策した。

まだ時間が早いせいか、駅内の売店もガラガラだ。

 

散策もほどほどにして、私は大井川を眺める道沿いの縁石に腰掛け、アヤちゃんを待つことに……

 

「ここなら、お互いに分かるはずだ……」

 

何気にスマホを開いてみると、現地の天気と気温が表示されていた。

 

「最低気温は3度、さむ…… 昼間は暖かいけど、朝晩は伊豆キャンの時より寒いのか……」

 

景色を眺めながら、いろいろ考えていると、バイクの音が聞こえてきた。

音の方に目を向ける。

あのバイクはHONDAのエイプ100…… アヤちゃんだ。

 

「おーーい。アヤちゃーん。」

 

手を振ると向こうも気づいてくれた。

バイクから降りたアヤちゃんは、私のもとにやって来てくれた。

 

「あー リンちゃ…… 久しぶ、り………」

 

あ、倒れた。

 

「アヤちゃん 長旅、ご苦労さま。」

 

私たちは駅前のベンチでひと息着くことに……

 

「はふぁ~~ 落ち着くわ~~」

 

「そりゃー 良かった……」

 

アヤちゃんが一服してる間に、私は千代さんから預かったインカムを調整しておく。

 

「これで良し。」

 

「できたの?」

 

「うむ。これでツーリングしながら話せるよ。」

 

「リンちゃん、ありがとう。貸してくれた千代さんにも感謝の正拳突きだねぇー 押忍ッ!」

 

アヤちゃんは腰を深く落として、拳を勢い良く、繰り返し何度も突き出している。

うん、すんごいキレ味だ……

 

「正拳突きはやめて…… 死んじゃうから。」

 

私は驚いたよ。

だって、そこに千代さんがいたんだから……

 

「ヤッホー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ニコニコ顔の千代さんが、私とアヤちゃんに向かって手を振っている。

 

「どうしてここに……?」

 

私はわけが分からず、千代さんに訊ねてしまう。

 

「来ちゃった♪」

 

なんちゅう返し…… 乙女かよ。

心の中でだけど、思わずツッコんでしまった。

 

三人でいろいろと立ち話をしていると女の子の集団がコチラにやってきた。

 

「千代さーん!」

 

その中で快活そうな娘が千代さんに声をかけ、手を振っている。

誰だ?この人?千代さんのことを気安く呼びやがって…… 私は最大限の警戒をした。

 

「千代さん、この子たちが……?」

 

ピンク色のライダースーツを着た、ツインテールの女の子が千代さんに訊いている。

私より身長とか色々大きいし、年上かな?

 

「そうだよ。こちらは志摩リンさん。自分が勤めてる学校の生徒さん……」

 

千代さんは彼女たちに私のことを紹介している。

 

「この娘は志摩さんの友達の旧友で……」

 

「土岐綾乃だよー よろしくー」

 

アヤちゃん、順応性高いなッ!!?

はぇー 感心するよ。

 

「ほら、志摩さんも挨拶しなきゃ。」

 

「あ、えーっと、私 志摩リンです。よ、よろしく……」

 

「へぇー アナタ、リンちゃんって言うの?私と同じ名前じゃない。親近感が湧いてくるわ。私は鈴乃木凜、よろしくね。」

 

同じ名前…… 声もどことなく似てる。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

鈴乃木さんが差し出した手を握り、互いに握手を交わした。

 

「私は佐倉羽音だよー!」

 

「アタシは天野恩沙。」

 

「ワタクシは三ノ輪聖ですわ。」

 

「で最後にこの人が川崎来夢さん。来夢センパイって呼んであげてね。」

 

どうして千代さんが紹介するんだ?

この人もプラカードに"ヨロシク!"って書いてあるし…… 変わってる。

 

「ねぇー 二人は何歳なの?」

 

佐倉さんが私たちの歳を訊いてきた。

 

「私?私は16だよー」

 

凄い……アヤちゃん、もうみんなと仲良くなってるじゃん。なでしこもだけど、浜松人はコミュニケーション能力が高いのか?

 

「わ、私も16です……」

 

「じゃあ、アタシたちタメじゃん。」

 

同い年…… うーん、色々と負けた感が凄い。

何がとは言わないぞ。

 

「じゃあ、そろそろツーリングを始めようか。」

 

「そうだねぇー♪」

 

私たちは駐輪場に戻り、各々相棒に股がってエンジンをかける。

これだけバイクがあるとそれぞれのエンジン音の違いが分かるもんだな……

 

『みんな、インカム聞こえる?』

 

私のスピーカー越しに千代さんの声が聞こえてくる。

 

『聞こえるよー!』

 

『アタシもOK!』

 

『私も聞こえるわ。』

 

『ワタクシも大丈夫ですわ。』

 

バイク部の面々が答えた。

来夢センパイだけは、なぜかサムズアップで答えている。無口だけど妙にカッコいいな……

 

『二人はどうかな?』

 

「聞こえます。大丈夫です。」

 

『コッチも絶好調だよー』

 

『ヨシ!出発しようか!それじゃ、志摩さんたち、道案内の方は頼んだよ。』

 

「うぇぇッ!!?」

 

私を含めた、全部で8台となった大所帯で大井川の奥地を目指してツーリングにと向かう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

千頭駅を出発した私たちは県道60号線を奥へ奥へとひた走る。

多少は冷えるが、春の陽気は感じた。

 

『それで志摩さん?目的地はどこなの?』

 

「さっきアヤちゃんと話してたけど、色々と立ち寄りながら、最奥地にある畑薙湖を目指そうかなって……」

 

『湖まで一本道で分かりやすいんだけどー 道が荒くて曲がりくねってるんだってー!』

 

『険道ってわけか!フッフッ…… アタシのセローの出番だな!』

 

『モジャ?あんま調子乗ると危ないわよー?』

 

『分かってるよー でもさ、ワクワクするだろ?険道!』

 

『分かるよー 恩沙ちゃん♪』

 

「アヤちゃんも本当に気を付けなよ。さっきまでヘバってたんだから……」

 

アヤちゃん、テンション高いなぁ……

 

『リンちゃんは心配?先頭の二人?』

 

「うん。まあ……」

 

羽音ちゃんも心配してるのかな?

 

『恩沙ちゃん、いつもあんな感じなんだよー』

 

『モジャは馬鹿なのよ。気にするだけムダよムダ。それと羽音?私と志摩さんは同じなんだから、ちょっとは呼び方を考えなさいよ。』

 

『そっかー う~ん…… どうしようかな……?志摩さん、リンちゃん?』

 

羽音ちゃんが悩んでいる。

 

『だったら、しまりんって呼んであげたら良いよ。』

 

「ちょ、ちょっと!千代さん。」

 

『おおー!しまりん。何だか"ゆるキャラ"みたいで可愛いよー♪』

 

『同級生からも呼ばれてるよ。』

 

「千代さん!私のことをそう呼んでるのは、千明だけですよ!」

 

もう!変なことを吹き込まないでよね!

 

「フフフ、可愛らしい……♪ ワタクシもアナタのことをそう呼ばせていただきますわ♪し~まりん♪」

 

「三ノ輪さんまでッ!!?」

 

「だから、ワタクシのことも聖って、名前で呼んでくれて良くってよ♪」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

大井川流域は『吊り橋の名所』の呼ばれています。

 

『バイク♪バイク♫みんなで乗ろうよ♪楽しいバイク

♫ハンドル握ればほら♪気分はもう天国♫』

 

先頭走る、アヤちゃんと恩沙ちゃんが何か変わった歌を歌っている。

 

『 悩みも迷いもー 今は忘れてー♪』

 

『アクセル噴かして!』『クラッチ切って!』

『『さぁ出発だー♪』』

 

『『 ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ

ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ

ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ

バイクバイクバイクバイクバイク!』』

 

『バイクバイクバイクバイク!』

 

『ぼくらの道はつづくよどこまでも♪』

 

二番かな?聖さんが歌う。

 

『泥はねも気にしない♫』

 

なんとッ!!?私の隣を走る、千代さんまでもッ!!?

 

『土砂降りのツーリング♪』

 

と羽音ちゃんが続く。

 

『『『林道 酷道ー♪ 高速 峠ー♫』』』

 

聖さん、羽音ちゃん、千代さんの三人で声を合わせて歌う。

 

『それ行け加速だ!』

 

凜さんも歌い。

私にもと目配せをする。歌えと言うのかッ!!?

ええい!ちょっと恥ずかしいけど、私も歌うぞー!

 

『ギ、ギアを上げろー!』

 

『『『『『おっと!とっくにトップだー 』』』』』

『ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ♪』

『ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ♫』

『ホンダ ヤマハ スズキ カワサキ♬』

 

『『バイクバイクバイクバイクバイク!』』

 

賑やかなツーリング、ソロでは絶対に味わえない。

心を無にして走る修行じみたロングツーリングとは、全くと言ってもいい別物だ。

 

両国吊橋に到着。

 

「へぇー 思った以上に頑丈出来てるんだなぁ……」

 

千代さんがおもいっきり橋を揺らしてる。

 

「うおぉおぉぉぉ……ッ!!?」

 

「千代さん!やめてくれーー!」

 

恩沙ちゃんたちも絶叫していた。

下手な絶叫マシーンより怖いぞ……!

 

「いやー ゴメンね。ちょっとテンション上がっちゃった。」

 

「千代さん、怖くないんですか?」

 

「このくらいはへっちゃらだよ。ロープ一本でヘリコプターから降下したりするし……」

 

「そうだ。忘れてた…… この人、陸上自衛隊の人だった。」

 

たまに忘れるんだよね…… ホント。

 

「それにね?レンジャー訓練の一科目に忍耐力を鍛える度胸試しがあるんだよ。」

 

千代さんが嬉々として語っている。

 

「度胸試し?」

 

「そう!ロープを腰に巻いた状態で10メートルくらいの所から後ろ向きに落ちるんだよ。こんな風にね。」

 

千代さんは手振り身振りで教えてくれた。

私だけじゃない。みんなドン引きしてる。

 

「それでね?落ちる前には座右の銘とか将来の目標とか色々言わされるんだけど……最後自分の番には何か面白いことやれって助教に無茶振りされたんだー」

 

「助教?」

 

羽音ちゃんが首を傾げていた。

 

「あー 教官だよ。先生みたいなモノかな?」

 

「おおー」

 

「それで、千代さんは何したんですか?」

 

「助教のモノマネをしたんだ。『待たせたな……』ってね。」

 

この渋い感じのニュアンスと仕草、顔つき……

 

「もしかして、それって私のおじいちゃんですか?」

 

「お、せーかーい!」

 

「え?千代さんとリンちゃんのおじいちゃんは知り合いなの?」

 

鈴乃木さんが聞いてきた。

私は頷き答える。

 

「うむ。私もつい最近知ったんだけど……千代さん、おじいちゃんの部下だったみたい。」

 

「自分もこの間、久しぶりに会って驚いたよ……」

 

両国吊橋を楽しみ、みんなでバイクのもとに戻り、出発の準備していると千代さんが私に声をかけてきた。

 

「志摩さんって、いつ普通二輪の免許を取るの?」

 

「え?うーん…… もう16だし、家族で話し合ってからなんで、それ以降ですね。」

 

「ってことは買うんだよねッ!!? オートバイ!」

 

「うん、まぁー」

 

羽音ちゃんの言葉に千代さんを始め、他の娘の目の色が変わる。

 

「しまりんはメーカーはどこにするんだ?やっぱりYAMAHAしか勝たんだろ!」

 

「いやいや、HONDAだよー! 千代さんにアヤちゃん、私!乗ってる人が三人もいるんだよー♪ねぇー」

 

「「ねぇー!」」

 

「何を馬鹿げたことを…… 真のバイク乗りはSUZUKIのバイクに乗るモノよ!SUZUKIの良さが分からないヤツは人間じゃないわ!」

 

おぉー 凜さんまで……

 

来夢センパイもプラカードを出してアピールしてる。

【硬派なKawasakiこそが最強 & 最高!】

そうなのか……

 

そして聖ちゃんも論争に参戦!

 

「ここは一つ、ワタクシの399パニガーレなんて……」

 

「「「「「「それは却下!」」」」」」

 

だけど聖ちゃんだけ意見は通らなかった。

次の目的地までバイクメーカー論争が続くことになる。

 

次回に続く。




バイク部勧誘の歌良いですよね。
ツーリングの時に良く聴いています。

あなたはどんなバイクに乗ってますか?
あこがれのバイクとか教えてください。

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大井川ツーリング 中編。

お待たせしました。


俺たちは吊り橋巡りをしている。

最終目的地は畑薙湖だが、行く途中に見かけた吊り橋は、漏れなく全て渡るそうだ。

 

『それで?しまりんはどこのメーカーにするんだ?』

 

『うーん…… まだ、分からないよー』

 

志摩さんの次のバイクをどこのメーカーにするかで話が盛り上がっている。

 

『しまりんビーノと一緒のYAMAHAが良いだろ?オシャレだし!』

 

『やっぱり、HONDAだよね!聴いてよ。この音!スーフォアのVTECだよー』

 

「分かるよ。佐倉さん!ンヴァァァァーッ!って音が良いんだよね。」

 

『うんうん!ンヴァァァァーッ♪』

 

『でも最近はKawasakiのラインナップも増えたよねー? ひと昔前は大排気量のバイクしかなかったのに……』

 

アヤちゃんの言葉に、俺の横で走る来夢先輩が「そうだそうだ!」言わんばかりに頷いている。

 

『やはり!ココはワタクシのパニガーレを……!』

 

『だから聖ぃ~ 女子高生にはドゥカティはレベルが高すぎるんだって!整備にどれだけの手間とお金が掛かるんだよ!』

 

『えっと…… 私、最終的には大型まで取る予定だよ、バイクはおじいちゃんのトライアンフを譲ってもらうんだ。』

 

『へぇー リンちゃんのおじいちゃんはトライアンフに乗ってるだ。オシャレじゃない。』

 

『ありがとう凜さん……』

 

『それで、トライアンフの何に乗ってんだ?』

 

『えっと…… スクラ……す、す……』

 

「スクラストンR1200だね。」

 

『そうだ。それだ……』

 

『リンちゃんはさ、私と同じ真のバイク乗りだと思うの。だから私と一緒のSUZUKIのバイクが良いわね。250カタナとか最高よ!』

 

「うわ~ 同じ車種でありながらさりげなく小さい排気量を勧めている…… カタナ乗りの排気量コンプレックスって怖いなぁ。」

 

『千代さん。何か言いました?』

 

鈴乃木さん声に怒気がこもる。

 

「い、いやッ! 別に何も言ってないよッ!!? カタナ乗りの排気量コンプレックスだとか、SUZUKI乗りが変態だとか、これっぽっちも思ってないからッ!!?」

 

あ…… 余計なことを口走ってしまった。

ミラーで後方をチラリと見ると、400カタナに乗る鈴乃木さんから凄まじくドス黒い気配を感じる。

 

「へぇー 千代さんは、私のことをそんな風に見ていたのね?私のカタナが千代さんの血を吸いたがっているわ。フフフ……」

 

なんかヤバいぞ。いろんな意味で……

 

『あーあ、SUZUKI乗り…… いや、りんの地雷踏んじゃったかー アヤちゃん、道開けてやってー』

 

『アイアイサー♪』

 

『千代さん、千代さん!』

 

佐倉さんが俺の名前を呼んだ。

 

『R.I.Pだよ。』

 

「ど、どういうこと……?」

 

『ご愁傷さまと云う意味ですわ。佐倉さん?ワタクシたちも道を開けますわよ。』

 

『オッケーだよ♪聖ちゃん。しまりんも後ろに下がろっか。』

 

『りょ、了解です。』

 

エッ!!?チョ、まってッ!!?聖さんたちまでッ!!?

俺の前を走ってた娘たちが一斉に減速し、俺が先頭、鈴乃木さんがその後ろにと順番が変わる。

 

『SUZUKI乗りを…… 私を変態扱いするなァァァーーッ!』

 

「ギョエエエーーーーッ!」

 

やっぱりSUZUKI乗りは変態じゃないかぁぁー!

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

鈴乃木さんの地雷を踏んで散々だったけど、再び先頭となったアヤちゃんが手信号?を出して、バイク部の天野さんから通信が入る。

 

『次の吊り橋見つけたよー』

 

路肩に停車した。

 

『恩沙ちゃんとアヤちゃん、もう見つけたのー?』

 

『うん。ほら、あそこあそこー』

 

第一発見者のアヤちゃんが指を差す。

 

『あー 確かに…… あんなのよく見つけたね。』

 

目を凝らすと確かにワイヤーのような物が見えた。

あれが見えるとは…… 感心するよ。

その吊り橋を目指して出発。

 

『こんな短い間隔である架かってるなんて、さすが吊り橋の名所だねー』

 

とそんなことを思ってました。

到着して分かった。吊り橋と思っていたのは、巨大な送電線だった……

 

俺もだが、みんなスーンとしていた。

気持ち新たにさらに奥へとバイクを進める。

 

そして着いたのが、小山の吊橋。

 

「着いたぁー!」

 

俺と同時にイチバン乗りの鈴乃木さんは、バイクから降りて背伸びをしている。

 

「つ、疲れた……」

 

「SUZUKI乗りをイジるから、そうなるんですよ。」

 

「はい。誠にごめんなさい……」

 

「分かればよろしい。」

 

俺たちに遅れること10分、志摩さんたち他の娘も到着した。

 

「さっきの両国吊橋より生活道路っぽいですよね。」

 

俺の前を……先頭を歩く志摩さん。

 

「みたいだね。」

 

まだ冷たい空気で澄んでいるのか、遠い山まで綺麗に見える。

 

「良い景色だ……」

 

「ホントですね。紅葉のシーズンだったら、もっと良かったかも……」

 

「ねぇ恩沙ちゃん。」

 

「ん?どうした?羽音。」

 

「今度はさ、秋に来てみようよ。」

 

「そうだなー 絶対に最高だろうな。」

 

「でもねー ここはシーズンになるとめっちゃ込むんだよね~」

 

「そうなの?なんか残念だわ。」

 

「どうにか出来ないかしら……」

 

「仕方ないよ、紅葉のシーズンにならない限りは……」

 

「大丈夫だよー 紅葉はね?気を高めて…… いざ!集中!想像力で補正をかければぁ……!」

 

アヤちゃんが目をカッと開き、絶景に目を向けた。

 

「見える!見えるぞー! おおー!スゲェー!」

 

「ハハ……なんたるご都合主義な目なんだ。」

 

ちょっと、呆れてしまった。

ふと別の視線を感じ、視線をさげると二匹の野生のタヌキがいた。

 

「あ、タヌキさんだー」

 

「ここら辺はまだ寒いからか、冬毛でまん丸じゃないか…… この間抜けな顔が可愛いんだよな。」

 

天野さんがタヌキを触ろうと、しゃがみ込んで手を出そうとする。

 

「触るなぁッ!」

 

俺は慌てて彼女を制止した。

俺の声にビックリしたのか、タヌキたちはトテトテと山の茂みの中に走り去って行く。

 

「あ~ 行っちゃった~」

 

「どうして大きな声出すんッスかぁ…… タヌキたち逃げちゃったッスよ~?」

 

「ごめん…… 野生の動物はいろんな病原菌とか寄生虫を飼ってたりするから、触ったりするのは危険なんだ……」

 

「病原菌?」

 

「寄生虫?」

 

「エキノコックスとかだね。」

 

エキノコックス……

その言葉に鈴乃木さんがピクリと反応する。

 

「そうよ!あーいうヤツらは、可愛い顔で愛想と一緒にエキノコックス振りまいていくのよ!もう私たちの前に現れるんじゃないわよーッ!」

 

鈴乃木さんは逃げていったタヌキに向かって叫ぶ。

 

「鈴乃木さん?どうしたの?なんか気が立ってるみたいだけど……」

 

「いえ、昔に苦い思い出があっただけです。さあ、次の吊橋に行きますよ!」

 

彼女はさっさと歩いて、バイクのもとへ戻った。

俺たちも戸惑いながら付いて行く。

 

出発の準備をしてると、アヤちゃんがみんなで記念写真を撮ろうと提案してきた。

 

「お、いいねー 例の友達に送ってみようぜ!」

 

「なでしこちゃんですわね。」

 

「でも、どうやって撮ろうかしら?」

 

「そだねー 自撮り棒とかあれば良いんだけど……?」

 

「確かに……」

 

「ふ、ふ、ふー♪キミたちがご所望のモノはこれですかな?」

 

俺は自撮り棒を取り出し、みんなに見せつける。

 

「「「「「おおーー!」」」」」

 

彼女らが歓声を上げた。

 

「千代さん、ヤルー!」

 

「備えあれば憂いなしってことさ。」

 

俺を中心にみんなが集まる。

カメラのフレームに入れるためか、みんなで肩を寄せ会いぎゅうぎゅうになった。

 

「じゃー 撮るよー」

 

アヤちゃんがシャッターを切るみたいだ。

 

「いち + いち は~?」

 

「「「「「「「にぃーーーッ!」」」」」」」

 

笑顔で一枚。

続いてもう一枚と写真を撮る。

 

「うん。バッチリバッチリ。それじゃあ、なでしこに送っとくよー」

 

「うむ、任された。」

 

そして俺たちは次の吊り橋へと向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

接岨湖……

ナビのアヤちゃんと志摩さんが言うには、そこには大物の吊り橋があるらしい。

接岨湖公園の駐車場にみんなで入っていく。

 

『駐車場…… スゲー広いな。』

 

志摩さんが思ったことを口にしていた。

 

「ねぇー なでしこから返事来てたー」

 

「あ、ホントだ。」

 

俺やバイク部のメンバーも横からスマホを見せてもらうと、なでしこさんの羨ましそうなメッセージが書かれている。

 

「ヨシ決めた!」

 

「どうしたの?千代さん?大きな声を出して……」

 

驚かせてしまったのだろう、ビクッと天野さんが震えていた。

 

「ここからは別行動をしよう。」

 

「エェッ!!?いきなり?どうしてぇー?」

 

淋しそうな佐倉さんは俺の手を掴んで放さない。

 

「みんなはこのまま吊り橋巡りを楽しんで。自分は各務原さんを迎えに行って二人で回って来るから。LINEを使って互いに連絡を取り合おうよ。」

 

「へぇー 良いんじゃない?」

 

「でもよー 彼女を迎えにいくとしてもヘルメットとかないじゃん。」

 

「備えあれば憂いなし。」

 

俺は予備のヘルメットを見せる。

 

「ホント、どこから出て来るんだ?」

 

「今回はちゃんとヒジやヒザを守る防具もあるからね。髪を束ねるための輪ゴムと……」

 

「わ、分かりました。私とアヤちゃんは夕方にはキャンプ場に来ますんで……」

 

「了解。各務原さんには伝えとくよ。」

 

「お願いします。」

 

志摩さんたちは接岨湖の吊り橋へと向かった。

俺はそんな彼女たちの背中を見送る。

スマホを取り出し、各務原さんに電話かけた。

 

「あ、モシモシ?各務原さん……?」

 

次回に続く。




千代さんは鈴乃木凜さんに対して、変な偏見はありません。あらかじめご了承ください。

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大井川ツーリング 後編。

お待たせしました。
大井川ツーリング編はこれにて終わりです。


俺は志摩さんたちと別れた。

そして各務原さんに連絡をとり、キャンプ場で待ち合わせすることに……

 

「ここで良かったかな……」

 

俺は別ルートでキャンプ場に到着し、そこの管理人に許可を貰ったうえで、バイクを止めた。

 

「待ち合わせまでもう少しあるな……」

 

俺は周囲を散策することに……

歩いている途中にトンネルを発見した。

 

「ここが管理人さんの言っていた、例のトンネルか…… ホントに暗いな……」

 

ということで、俺はどこからともなく四眼の暗視ゴーグルを取り出す。

トンネルに入る際に装着し、中に突入した。

 

「おお…… 確かに雰囲気あるな。」

 

ここは廃線となったアプト鉄道の旧道だ。

 

「うわッ!!?」

 

トンネルの半ばまで来ると、地元の子供たちが作ったオバケが飾られていたのだ。

ちょっと心臓が痛い……

 

「けっこう丁寧に作り込まれてるなぁ……」

 

食い入るようにオバケを見ていると気配を感じた。

気配の方に視線を向ける。

そこにいたのは各務原さん…… ガスランタンの光を充てにここまでいたのだろう。

 

「やあ、各務原さん……」

 

俺は彼女に軽く挨拶をした。

しかし、彼女はガクガクブルブルぱくぱくと、ただならぬ雰囲気である。

そして、堰を切ったように各務原さんは絶叫した。

 

「うぎゃあぁぁぁあーーーーーーッ!!!」

 

彼女は悲鳴を上げながら、来た道を猛ダッシュで引き返していく。

 

「あぁ…… まってぇぇ~!」

 

俺は一心不乱に追いかけた。

 

「来ないでぇぇぇーーーッ!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「心臓止まるかと思ったぁ……」

 

各務原さんはトンネルの外で、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。

 

「ビックリさせちゃったかな?ごめんね?」

 

「そんなの付けてたら、誰だって怖いです!」

 

「う~ん、そうかなぁ……?」

 

落ち着いた各務原さんは、トンネルにリトライすることに…… すべてを飲み込んでしまいそうな漆黒の空間がポッカリと口を開けている。

 

ゴクリ…… 彼女は息を飲む。

 

「手、繋ごうか?」

 

俺は各務原さんの手を握った。

 

「あ…////」

 

「ね?これなら大丈夫。」

 

俺たちはトンネルに足を踏み入れる。

唯一の明かりは各務原さんの持っているガスランタンだけ…… 淡い光が闇を照らした。

 

「怖くない。怖くない。怖くない……!」

 

呪文のように暗示をかける各務原さん。

途中のオバケコーナーに、彼女は一度精神崩壊しかけたが、なんとかトンネルを抜けることが出来た。

 

「はぁー 長かった……」

 

「お疲れ様。」

 

「いえ…//// 千代さんが手を握ってくれたから、勇気貰えました!」

 

「良かった。じゃあ、受付をしてツーリング行こっか?」

 

「はい!」

 

各務原さんは管理棟で受付をしたあと、キャンプをする場所を確保、そして貴重品以外を一度管理棟で預かって貰う。

 

ツーリングをするために各務原さんはヘルメットを被ったりと準備をしていた。

 

「千代さん?大丈夫かなー?」

 

「どれどれ……?」

 

俺は改めて確認する。

安全のためには必要なことだ。

 

「ねぇ?千代さんはさっきのトンネル…… 怖くなかったの?」

 

「あぁ…… 最初はビックリしたよ。あのオバケもけっこうクオリティー高くて…… でもね?自分の地元には県でも有名な心霊スポットになってるトンネルがあるんだよ。」

 

「うぁー 聞かなきゃ良かったー!」

 

「他には本物のオバケが出るお化け屋敷もあるし…… 自衛隊にいた時はぁ………」

 

「もう、やめてぇぇーー!」

 

彼女は耳を押さえて、その場に座り込む。

ちょっと悪いことしちゃったかな……

 

「ごめんね。さあ!気を取り直してツーリングに行こうか。」

 

「うう…… お願いします。」

 

相棒のロクダボに股がり、エンジンを掛ける。

ステップを足掛かりに各務原さんが、ロクダボの申し訳程度のタンデムシートに座った。

 

「おお……! おしりがブルブルするよー」

 

そのセリフ、志摩さんが乗った時と一言一句同じで、ちょっと面白い。

 

「しっかり、捕まっててよー」

 

「はい!しゅっぱーつ!」

 

各務原さんのリクエストで俺たちは一路、長島ダムを目指す。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

一般道に出て、ロクダボのスピードがだんだんと速くなっていく。

 

『おほー!私!風と一つになってるー!』

 

「どう?楽しい?」

 

『うん!スッゴく楽しいよー!』

 

「良かった。このバイクに乗るのは志摩さんに続いてキミが二人目なんだよ。」

 

『え?お姉ちゃんはまだ乗ったことないの?』

 

「ああ、まだ乗ってないよ。」

 

『ふふーん♪なんか嬉しいなぁー♪』

 

彼女を後ろに乗せて、俺はワインディングを楽しむ。

スロットルを回すたびに目まぐるしく変わっていく景色が青や緑、白や黒、冬と春の入り混じった色たちが俺たち一行を包みこんでは消えていった。

 

そして目的地の長島ダムに到着。

各務原さんはバイクから降りると景色を見ようと走って行く。

 

「走ると、こけるよー」

 

やれやれと思いながら、俺は彼女のあとを追った。

 

「でっかーーい!」

 

大興奮の各務原さん。

気持ちは分かる。目の前にはコンクリート製の巨大な人工物がドッシリと構えていたのだ。

 

「長島ダム。重力式コンクリートダム……」

 

「重力式コンクリートダム?」

 

俺はウィキペディアと案内板を交互に見ながら、各務原さんに説明した。

 

「重力式コンクリートダムってのは、コンクリートの質量を利用してダム本体の重さで水圧に耐えてるんだって…… この中には最大78000000㎥の水が貯められるみたいだよ。」

 

「はぇー よう分からん。」

 

「確かに検討がつかない量だよね。ハハ……」

 

「長島ダムは上水道、灌漑…… 農業用だね。あと洪水調節用などなど色んな用途に使われてるみたいだよ。」

 

「千代さんと一緒で頑張り屋さんなだねー 」

 

「どういうこと?」

 

「だって学校じゃ色んなとこで作業して、放課後は野クルの活動に欠かさず顔出してくれる。いつもありがとう……」

 

各務原さんが俺にギュッと抱きつく。

 

「なんか照れるなぁ……」

 

「私、千代さんのこと大好きだよ……」

 

俺のお腹辺りに顔を埋めた状態で、照れくさそうに各務原さんが自身の思いを伝えた。

 

「ありがとう。」

 

好意を伝えられて嫌になるヤツはいない。

俺は彼女の頭をそっと撫でてあげた。

 

「さあ、もっと見て回ろうか。」

 

「はい!」

 

俺たちはさらにダムを見て回る。

 

「あの吊り橋がエビフライで……」

 

エビフライ?

各務原さんがバグった?

 

「あのダム本体が大盛りライス!」

 

ライス…… しかも大盛り。

 

「そんであのダムの向こうには、たっぷりのカレールーが…… ジュルリ。」

 

「ちょっと、なでしこさん?さっきから何を言っているのか、分からないよ……」

 

「あ、私ね?千代さんと会う前にダムカレーを食べたんだよー」

 

「ダムカレー…… そういうことね。」

 

なるほど納得できたよ。

 

「それにしても、ダムの周りがすり鉢状になってて、何だか伊豆で登った大室山を思い出すかも。」

 

ダム本体の上まで歩いて来た。

上から覗き込むと下までまっ逆さまに落ちて行きそうな錯覚をおぼえる。

 

「たかーーーッ!」

 

「なんか、ゾクゾクするね……」

 

「千代さん、こんな大きな物を作っちゃう人間って凄いよねぃ……」

 

「土木はロマンの塊だからね。」

 

「あ、電車!」

 

「えっと、次は奥大井湖上駅に行くんだっけ?」

 

「はい!」

 

俺たちはバイクの所に戻った。

出発のためにヘルメットを被っているなでしこさんに俺は聞いてみる。

 

「ねえ?なでしこさん?俺のバイクに股がってみない?」

 

「え?千代さんのバイクにですか?」

 

「そう、記念に一枚。伊豆じゃ志摩さんも撮ったんだよ?」

 

俺はその時の画像データをなでしこさんに見せる。

 

「リンちゃんキマってる!じゃ、じゃあ、私もお言葉に甘えて……」

 

なでしこさんは俺のバイクに股がり、ハンドルを握ってポーズをとった。

 

「むふぅーッ!」

 

凛々しいキメ顔のなでしこさんを一枚、また一枚と写真を撮影する。

 

「ヨシ。完璧だ。キミのスマホにも送っとくね。」

 

「ありがとー!千代さん。帰ったら、みんなに自慢しちゃおー!」

 

長島ダムもほどほどに、俺たちは次の目的地である"奥大井湖上駅"が一望できる展望台に向かうことにした。

 

「いざっ!ゆで玉子を目指してっ!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

なでしこさんと俺を乗せたバイクは奥大井湖上駅を見るために展望台を目指し、山に沿ってうねるように奔る道路を奥へ奥へと進んで行く。

 

「なでしこさん、もうすぐ着くよー」

 

『了解でーす♪』

 

目的地に到着、バイクから降りる。

俺は驚いた…… 展望台の駐車場にはたくさんの車が駐車しているのだ。

 

「結構な車が来てるね……」

 

「ここは、大井川鉄道で一番有名な撮影スポットなんだよー」

 

「なるほど。」

 

二人で話しながら、駅が見える場所へと歩いて行く。

 

「あぁ…… なでしこさんの言ったことが分かったよ。このアングル、何度か見たことある。」

 

「でしょー♪」

 

彼女はどうだ!と言わんばかりに胸を張っていた。

 

「それにしても、写真撮ってる人たち、凄いカメラ使ってるね……」

 

「望遠レンズだけでウン十万するんじゃない?モロモロ合わせて100万円超えたりすると思うよ?趣味や好きな物には、とことんお金をかけるもんだよ。それが大人の特権さ。」

 

「ほぇー 私には分かんないなー」

 

エメラルドグリーンの奥大井湖の真ん中の小島に鉄橋で結ばれた駅がある。

 

「ほんとーにすごい所に駅があるんだー」

 

「確かに……」

 

「あれが、ダムカレーで言うゆで卵の部分だね。ジュルリ……」

 

「なでしこさん、ヨダレ出てるよッ!!?」

 

「いやー 本当に良いに眺めだ。湖面もエメラルドグリーンでキレイだし……」

 

「お姉ちゃんと来たかった?」

 

「桜さんとはまた今度来れば良いし、今はキミとの時間を楽しもうじゃないか。」

 

「そうですね。千代さんとデート♪」

 

奥大井湖上駅を通過する列車などを撮影したりした。

 

「千代さん、千代さん!アヤちゃんからLINE来たよ。」

 

なでしこさんから、その写真を見せてもらう。

写真には、志摩たちとバイク部のみんなが、吊り橋の上で橋を吊っているワイヤーにしがみついて腰を抜かしている様子が写されていた。

 

「みんな凄い顔だ…… 相当、高いんだろうね。」

 

「畑薙大吊橋…… 高さも30mくらいあるらしいよ。あ、リンちゃんたちも二時間くらいで帰ってくるって!」

 

「そっか……」

 

「戻って、焚き火とか準備しないと……」

 

「分かった。じゃあ帰ろっか。」

 

俺たちはキャンプ場へ帰ることにした。

来た道を引き返し、キャンプ場に戻って来た俺たちは、管理棟に預けて置いた荷物を引き取って尚且つ薪を買って、場所を取りしていたサイトに向かう。

 

「薪まで持って貰ってありがとうございます。」

 

「このくらい大したことないよ。」

 

キャンプサイトに着いた俺たちは、早速協力してテントを建てた。

 

「ヨシ!次は焚き火の準備じゃー!」

 

まずは二人で燃えカスなど灰の処分場所を確認した。

 

「じゃじゃーん!リンちゃんの焚き火セットぉー!」

 

なでしこさんは、某青いタヌキ型ロボットのようなニュアンスで焚き火台と鉈を取り出す。

 

「志摩さんから前もって、預かっていたんだね。」

 

焚き火台を組み立てたなでしこさんは、おもむろに薪を二本ブッ刺した。

 

「えっと…… 何してんの?」

 

「うーん分かんない。なんとなくやってみた。ヨシ!頑張って薪割りしよう。」

 

彼女は安全のために軍手を嵌めて、鉈を手に取る。

薪を立て、鉈の刃を当てると峰の部分をリズム良く叩き割っていく。

 

「手際が良いじゃないか。もうプロのキャンパーさんだ。」

 

「エヘヘヘ~ リンちゃんが色々レクチャーしてくれたから…… でも、硬くて割れにくい薪もあるなぁ……」

 

「そういう時には…… 」

 

なでしこさんから鉈と薪を少し借りた。

 

「無理に割るじゃなくて、こうやって硬い所を外してから割り易いをとこを割るんだよ。」

 

そして手本を見せる。

 

「おおー!なるほどー!」

 

時間をかけて、なでしこさんは全ての薪を細く割ってしまった。

そして、持参した着火剤ようの松ぼっくりに火を付けて焚き火台に入れる。

薪をくべて火を徐々に大きくした。

 

「あったかいね。」

 

「そうですねぇー キャンプの準備はできたし、次はアウトドア実験料理だよー!」

 

彼女は持参した材料を手際良く混ぜてフライパンで焼く。甘くいい匂いがする。

 

「かんたん甘酒クッキーだよ。おひとつどーぞ。」

 

「ありがとう。お言葉に甘えて……」

 

俺はクッキーをひとつ手に取った。

焼きたてだからか、まだほんのり温かい……

 

「いただきます。」

 

俺はクッキーを口に運ぶ。

外はサクッとしていて、中はしっとり…… うまい。

 

「優しい味だ。いや、優しすぎる……」

 

「うま~♪ 大成功だねぇー」

 

「静かな所だねぇい。」

 

確かにそうだ。

聞こえるのは、川の流れる音や風によって木々の葉が擦れる音…… そして焚き火の爆ぜる音。

ゆっくりとした時間を過ごす。

 

「うー 腰が痛い……」

 

なでしこさんは胡座をかく俺の太ももを枕代わりに横になった。

 

「私もそろそろ、みんなみたいなキャンプ椅子、欲しくなってきた…… 買っちゃおうかなー」

 

彼女は寝転びながら、自身のスマホを弄っている。

そう、さっき志摩さんやアヤちゃんからLINEで送られてきた写真をみていたのだ。

 

「なんか思うところがあるみたいだね。」

 

「うん…… 山梨に来る前の日ことを思い出してたんだ。日が暮れるまで、アヤちゃんとたくさんお話ししてたの。」

 

「そうなんだ。」

 

「ねぇー 千代さん?リンちゃんとアヤちゃんが一緒に遊んでるって、何か不思議な感じだよね。」

 

「なでしこさんが繋いだ縁ってことだね。」

 

「じゃー バイク部の子たちは千代さんが繋いでくれたんだ。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

肩を寄せ合い、二人でまったりしていると数多くのバイクの音が聞こえてきた。

 

「おーい。なでしこー 3ヶ月ぶ……り……」

 

長距離、長時間のバイクの運転…… アヤちゃんは満身創痍のようだ。

レジャーシートにズシャーッとうつ伏せに倒れ込む。

 

「お疲れさま。アヤちゃん…… リンちゃんもおかえりー♪」

 

「ただいま、なでしこ……」

 

「キミたちバイク部のみんなもお疲れさま。ってそうでもないみたいだね?」

 

「まあー アタシたち慣れてますから。」

 

「スッゴく楽しかったよー!」

 

佐倉さんは俺の手を握り、ブンブンと振っている。

なでしこさんとバイク部はすぐに仲良くなった。

 

志摩さんやアヤちゃんのテントも建て終わる。

少しゆっくりしたところで、俺はバイク部に声をかけた。

 

「時間も時間だし、バイク部のみんなは帰ろうか?親御さんも心配するだろうし……」

 

「そうだった!」

 

「千代さんに言い忘れてたわ……」

 

「どういうこと?」

 

「私たちもキャンプするの!」

 

「え?……」

 

「ホントーなのッ!!?羽音ちゃん!」

 

「うん!コッチに来る前に話しあってたんだよ♪なでしこちゃん!」

 

「おほぉー!」

 

「でも、キャンプ道具どころかテントすらないじゃん…… どうやってキャンプするつもりなの?」

 

「そこは安心してくださいな!キャンプ道具なら一式を執事の早川に持って来るように言い付けてありますから。」

 

「早川さんが?どうやって持って来るんだ?」

 

聖さんの真意が分からず、早川さんを待っていると遠くからコチラに向かって、凄い勢いで飛んでくる飛行物体が見える。

 

「まさか……な……」

 

俺は嘘だろッ!!?と思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。

爆音を響かせ、飛んで来たのは……

 

「V-22!オスプレイ!」

 

凄まじい音に風圧、巻き上がる土煙…… 離れた所に慣れた様子で接地するオスプレイ。

バイク部のみんな以外、俺も含めて唖然としていた。

オスプレイのハッチが開くと中から執事の早川さんが出てきた。

 

「お待たせしました、聖お嬢様。」

 

「さっそく設営をしてくれて?」

 

「承知しました。」

 

早川さんや他のスタッフがキャンプ機材とサイドカー付きのバイクを素早く降ろすと、オスプレイはまた飛び去って行く。

 

「何だったんだろ……」

 

俺は全く状況が掴めず、思考が停止してしまった。

 

次回に続く。




三ノ輪財閥の財力スゲェー
イチ軍隊並みの品揃えだと勝手に想像してみる。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あてもなく…… 走る。

大井川ツーリングから帰った次の日の話です。
千代さん年の割りに元気です。


大井川から帰って来た、次の日……

今日は完全に一人だ。

 

桜さんは今日もバイト……

なでしこさんと志摩さんはアヤちゃんとバイク部の娘たちとキャンプ。

なんと大垣さんも犬山さん、斉藤さんを引き連れてキャンプに行っている。

 

「休みの日はなぜか早起きしてしまう。」

 

時計を見るとまだ六時を過ぎたばかり。

アラームが鳴るのは、まだ二時間近く先なんだが……

 

「しょうがないか。」

 

俺は出かける準備をする。

 

「早起きは三文の徳と言うし、早朝のドライブでも行ってみよう。」

 

家の玄関を出て、階下のガレージに向かった。

ガレージには相棒のロクダボと愛車のGRヤリスが仲良く並んでいる。

 

「昨日はロクダボくんだったし、今日はお休みな。」

 

そんなことを言いながら、俺はバイクの燃料タンクを撫でた。

 

「だから、今日はヤリスちゃんで。」

 

俺はGRヤリスに乗り込み、ギアがニュートラルになっているのを確認してクラッチとブレーキを踏みながら、スタートボタンを押した。

車の電源が入ると同時に通電すると、スパークプラグから火花飛び、燃料に点火する。

エンジンが掛かった。

 

「良い調子だ。」

 

エンジンが力強く鼓動し、車内に心地よいエグゾースト音が響く。

 

ギアをドライブに入れて、サイドブレーキを解除してから半クラッチを意地しつつ、慎重にガレージから出して道路に出る。

 

「どこに行こうか…… ひとまずコンビニでカフェオレでも補充して行こう。」

 

俺はいつも愛用している近所のコンビニへと向かった。そう……斉藤さんがバイトをしているコンビニだ。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

自宅からすぐの所にコンビニがある。

コンビニで愛飲しているパック入りカフェオレを買い、愛車を眺めながら、その買ったカフェオレを啜っていた。

朝の冷たい空気と冷えたカフェオレが五臓六腑に染み渡る。 うまい……

 

至福のひとときを過ごしていると、聞き覚えのある声に呼ばれた。

 

「あれ?千代くん。こんなところで会うなんて奇遇だねぇー」

 

振り返ると、桜さんとなでしこさんのご両親が立っていた。

 

「修一朗さ……」

 

「むぅ……?」

 

「お義父さん。」

 

「よろしい。」

 

「おはようございます。お二人してこんな所で何をしているんですか?」

 

二人は運動しやすい服装をしている。

 

「最近、私のお腹が出てきてね…… 」

 

「休みの日くらいはこうやって二人でウォーキングしてるんです。」

 

「それは良い心がけです。」

 

「それでキミは?」

 

「自分は今日一人で早く起きたし、東に向かって走ってみようかと……」

 

「そういえば、娘の桜も今日までバイトだーって言ってたわね?お父さん?」

 

「そうだったな。で?千代くんは、もう朝ご飯は食べたのかい?」

 

「いえ、まだ……」

 

「じゃあ、ウチで一緒に食べよう。」

 

「え?……」

 

「母さんも良いよな?」

 

「もちろんよー 桜も喜ぶわ。」

 

「じゃあ、決定だな。さあ、千代くん!」

 

「は、はあ……」

 

俺は各務原夫妻のご好意に甘えることにした。

夫妻はコンビニで買い物したあと、愛車に乗せて早速二人の自宅へと向かう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

各務原家に到着。

車から降りた修一朗さんと静花さんは、自宅に入っていく。

俺も二人に続いた。

 

「ただいまー 桜ぁー 今、帰ったぞー」

 

「お父さん、おかえり。お母さんも……」

 

起きたばかりなんだろう……

桜さんはパジャマ姿で、さらに頭は爆発していた。

 

「ただいまー あ、そうそう。桜?千代さんを連れてきたわよ?」

 

「はぁッ!!?」

 

キョトンとする桜さん。

互いに目が合い、しばし時間が止まる。

 

「おはよう、桜さん……」

 

止まった時間が動き出した。

 

「ちょ、ちょっと!お母さん!へッ!!?あッ!!?」

 

付き合っているとは、寝起きの無防備なところを見られたくはないか……

彼女の言葉にならない焦りを見せていた。

 

「わぁー!」

 

普段見られない年相応の反応をする桜さんに、新鮮さを感じる。

俺は案内され、各務原家の食卓に加わった。

目の前には目玉焼きとトースト、サラダにフルーツと並べられている。

 

「さあ、いただきましょうか。」

 

静花さんが最後に座った。

 

「いただきます。」

 

一人で摂る朝食とは一味も二味も違う。

はっきり言って美味しい……

 

「お口に合うかしら?」

 

「美味しいです。」

 

「そうか、それは良かった!ハッハー!」

 

修一朗さんはトーストにバターを塗り、その後にハチミツをたっぷりとかけて頬張る。

 

「ウマイ!」

 

「お父さん、トースト食べる時はいつもこうなの。カロリーが心配で……」

 

「運動してる意味があまりないのよ。」

 

「仕方ないだろー? 運動した後はカロリーと糖分が無性に食べたくなるんだからなッ。千代くんもそうおもうよな?」

 

「ハハ…… その気持ちは分かりますよ。自分も陸自レンジャー教育に志願して、90日ほど教育があるんですけど、最後の演習は五夜六日歩き続けるんですよ。」

 

「五夜、六日?」

 

静花さんがポカンとしている。

 

「距離にして70キロくらいですね。」

 

「そんなに歩くのかい?」

 

「ええ、40キロの荷物を持って…… それも平坦な道じゃなくて、ほとんどが山中で……」

 

「休憩はあるんですよね?」

 

桜さんに聞かれた。

 

「休憩という休憩はありませんでしたね。当時はスケジュールも押してたし…… ちゃんと決められたミッションをこなして、時間通り帰ってこないと行けなかったから、ほとんど寝ずに歩き続けました。」

 

みんなが固唾を飲んで俺の話に聞き入っている。

 

「食料はなし、水筒はあるけど飲んではいけない。」

 

「理不尽とは思わなかったのかね?」

 

「当時はそんなこと思いませんでした。満身創痍で極限状態で頭がおかしくなってかもしれなかったです。でもレンジャーはどんな状況でも長距離かつ数昼夜に渡り諸種の悪条件を克服して任務達成することをモットーしているで……」

 

「任務から帰ってきて最初に何したんですか?」

 

「レンジャー教育の任務を終えて駐屯地に帰って来ると参加した隊員の家族が待っててくれるんですよ。」

 

「へぇー 知らなかった。」

 

「通例みたいなのかな?自分の場合は家族と離れていたし、それは叶わなかったけど……」

 

「そうなのか…… 寂しいなぁ。」

 

「あ、でも…… 教官が泣いて労を労ってくれました。自分ももらい泣きですよ。ホント……」

 

当時の思い出が甦る。

 

「その教官って、志摩リンさんの祖父なんですよ?」

 

「え?は?リンちゃんのおじいちゃん?」

 

「はい。自分も知ったのはつい最近ですよ?」

 

「それでさっきのカロリーの話に戻るんですけど、色々式典が終わったあとに志摩さんのおじいさんがケーキとコーラを差し入れてたんですよ。」

 

「どうでした?久しぶりに甘いモノ食べた感想は?」

 

「ぶっちゃけ、美味しくはなかったです。甘味を全く感じなくて…… ケーキは粘土みたいだし、コーラはただシュワシュワしてるだけで……」

 

「千代さん、散々な目に合ってますね?」

 

「ハハ…… その日の晩はお腹いっぱい食べましたよ。最後の演習で10キロくらい痩せましたからね?それを取り戻そうと思って……」

 

「大丈夫なのかい?」

 

「肋が浮いて、胃袋がポッコリ出て、腹筋が割れてる変な体型になりました。」

 

「やっぱり、千代さんはおかしいですよ。」

 

桜さんは…… いや、彼女だけでない、ご両親三人が俺のエピソードにドン引きしていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

時間も過ぎて、桜さんもバイトに行く準備が済んだようだ。

 

「千代さん、行きましょうか?」

 

「あ、はい。お義父さん、今朝もお世話になりました。静花さんも朝食ごちそうさまでした。」

 

「いえいえ~ それに私のこともお義母さんって、呼んでくれて良いのよ~?」

 

「わ、分かりました。」

 

「じゃー お父さん、お母さん、行ってくるね。」

 

「「いってらっしゃーい」」

 

俺と桜さんは外に出る。

 

「じゃあ、桜さん、バイト頑張ってね。」

 

「千代さんこそ、気をつけて。」

 

「はーい。」

 

俺たちはそれぞれの車に乗り込んだ。

俺はシートベルトなどして、エンジンをかける。

先に桜さんが出発していった。

彼女がコチラに手を振る。俺も手を上げて答えた。

 

「さて、どこに行こうか……」

 

俺は取り敢えず、東を目指してみる。

 

次回に続く。




次回は新たにクロスオーバーしたいと思います。
千代さんはどこに行くのでしょうか?みなさんに行き先を決めてもらいたいです。

一つは埼玉県飯能市。
一つは下北沢です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある山の山ガール

前回はアンケートのご協力ありがとうございました。
では、続きです。


俺は東に向かってひた走る。

今は途中のサービスエリアで休憩していた。

大井川でキャンプを楽しんでいるなでしこさん達や、別動隊の大垣さん達から、俺宛にたくさんの写真と共にメッセージがLINEに届く。

 

「フフ♪みんな楽しそうじゃないか。」

 

特になでしこさんは、早川さんの操るバイクに備え付けられたサイドカーに乗ってご満悦のようだ。

 

「さてと…… 俺もそろそろ出発しようか。」

 

俺は愛車に乗り込み、エンジンをかける。

このサービスエリアを出ると、次は埼玉県だ。

 

「今日は天気も良いし、車も少ない…… 順調に流れてるな。」

 

俺は高速をしばらく走り、そして南部町を出て2時間ちょっと…… 埼玉県は飯能市へと入る。

 

「南部町と似た雰囲気だ。」

 

飯能銀座通り商店街の道を走っていると、一件の洋菓子店が目に入った。

 

「夢彩菓・すすき…… 今朝は桜さんのご両親にお世話になったし、お土産用に何か買って帰るか。」

 

そんなことを考えながら、さらに山の方に走っていると、道路脇の看板に『この先、天覧山→→』と案内がされている。

 

「天覧山か…… なんか標高も大したことないし、ちょっと登ってみよう。」

 

見えた。あれが天覧山……

麓には寺院だろうか?古い建物がある。

車を駐車場に止めて、車から降りた。

 

そしてスマホを使い、この建物のことを少し検索した。この寺院は能仁寺という。

ちょうどお坊さんが、門の前を掃除をしていたので、了承をもらった上で中を見学することにした。

 

「おぉ……」

 

厳かな雰囲気を感じていると、掃除を終えたお坊さんが声を掛けて来て、色々と説明してもらう。

ここのお寺は住職の交友関係から一流のスポーツ選手が伺うスポーツ寺となっているみたいだ。

 

能仁寺をあとにした俺は、そのまま徒歩で天覧山に向かう。

俺は山の登山道の入り口に立った。

 

「さあて…… 登りますかー!」

 

俺は天覧山に足を踏み入れる。

と言っても、頂上までは15分ほどの登山道だ。

陸自で鍛えた俺には、ほんのお散歩レベル。テンポ良く気兼ね無く登る。

 

春の木洩れ日に、そよ風でさざめく木々の葉が心地よい。思ったとおり、そう時間も掛からずに頂上に到着した。

 

「着いたー!」

 

ざっと見たところ、頂上には俺一人……

性懲りもなく、俺も子供っぽいな。

俺は整備された展望台に上がり、眼下に広がる飯能市と遠くに富士山を望む。

 

「ほぉー なかなかに良い眺めじゃないか。」

 

記念にスマホで一枚。

ベンチに座り、持参した缶コーヒーを飲んでまったり過ごしていると、背後から賑やかな声が聞こえる。

 

「あおいー!もう少しだよー!」

 

「分かってるってぇ……」

 

「頑張ってください♪あおいさん!」

 

声の聞こえた方に目をやると、そこには三人の女の子がいた。

背格好からして、高校生ぐらいだろうか?

快活そうなツインテールの女の子と目が合う。

 

「こんにちはー!」

 

「こ、こんちは……」

 

突然なことに気圧されてしまい、俺は慌てて挨拶を返した。

 

「おじさん一人なんですか?」

 

「え、まあ……」

 

「どこから来たんですか?」

 

「えっと、山梨から……」

 

「スッゴーい!あおい!ここなちゃん!おじさん、山梨から来たんだってー!」

 

ツインテールの娘がツレの二人を呼ぶ。

グイグイ来るなぁ……

本当にこの年代は娘たちは、コミュニケーションお化けだ。凄いの一言しかない。

 

「ちょっと、ヒナタ……!おじさんが困ってるよ。」

 

淡い栗色のセミロングの女の子が不安そうに、ツインテールの娘を戒める。

 

「おじさんって…… 自分、まだ35なんだけど……」

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

セミロングの娘が謝った。

 

「あ、気にしないで?言われ慣れてるから。」

 

「慣れてる?あの…… 他にも私たちと近い年代の女の子と知り合いがいるんですか?」

 

とロングヘアの女の子が聞く。

 

「まあ…… 今の職場が山梨の高校だから。」

 

「え?先生なの?」

 

ツインテールの娘が食い気味にきた。

 

「ああ…… ちがうちがう。臨時の学校用務員。そういえば、自己紹介してなかったね。自分は野咲千代、よろしく……」

 

「私!倉上ひなた!」

 

「私は青羽ここなです。」

 

「ほら!あおいもきちんと挨拶しなきゃ!」

 

「分かってるよ。えっと…… 雪村あおいです。」

 

「あおいは人見知りが激しいんだよねー」

 

「もう!余計なこと言わないで!」

 

「ゴメンって、あおい♪私とあおいは高校一年で同じクラスなの。」

 

「私はお二人の一つ下で中3です。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

三人から話しを聞いてみるに、彼女たちは登山を趣味にしているようだ。

 

「へぇー キミたち、富士山にも登ったことあるんだ?凄いじゃないか。」

 

「あ、私は八合目くらいでリタイアしちゃったけど…… 高山病で……」

 

あおいちゃんはうつむいてしまう。

高山病は高地で酸素が欠乏すると起きる病気だ。

症状としては、頭痛、吐き気、疲労から来る食欲不振など多岐にわたる。

 

「悔しかった…… ヒナタとここなちゃんは頂上まで行って、引率してくれた先輩がいたんだけど、私に付きっきりで看病してくれて……」

 

「そうなんだね。」

 

「先輩には迷惑もかけて…… それに、私も頂上に登りたかった……!」

 

あおいちゃんは涙声で語った。

相当、悔しかったようだ。

 

「まあ、富士山もだけど山は逃げないし、その時味わった悔しさも経験だと思って、次に活かせば良いじゃないかな?」

 

「千代さんの言い方、なんだか登山を経験した人みたいですね。」

 

「そういえば言ってなかったね?自分、今の仕事に就く前は陸上自衛官いて、その時の同期が登山が趣味のヤツで、何度か一緒に登ったことあるんだ。」

 

「千代さんって、自衛隊の人だったんですかッ!!?」

 

「もと、だけどね……?」

 

「でも凄いです。」

 

三人はあんぐりとしている。

 

「初めて登った時はあおいちゃん…… キミと同じで自分も高山病になったよ。だからキミの気持ちは理解できる。」

 

「ありがとうございます。」

 

「ほら!逆に考えてみてよ!次は色々と対策が組めるし、絶対に上手くいくから!ね?」

 

「そうですよね!あおいさん!千代さんが言うとおり、次は頑張りましょう!」

 

「うん!ここなちゃん!私がんばってみる!」

 

あおいちゃんはバッとベンチから立つと、天覧山から遠くに望む富士山に「待ってろよー!」と啖呵を切っていた。

マイ自撮り棒を使い、記念にスマホで写真を撮る。

 

「千代さんはこれからどうするんですか?」

 

「どうしよう?どこかオススメはあるかな?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

天覧山から下山した俺は、山の頂上で知り合った三人を愛車に乗せていた。

 

「大丈夫?後ろ、狭くない?」

 

「大丈夫でーす。」

 

「私も、大丈夫……です。」

 

「それでヒナタちゃん、どこに案内してくれるの?」

 

助手席に座るヒナタちゃんに聞いてみる。

 

「観音寺です。」

 

「観音寺には大きな象さんがいるんですよ♪」

 

「象さん?え?ちょっと待って?ここなちゃん、そのお寺は象を飼ってるの?」

 

「フフ……♪それは着いてからのお楽しみです♪ねぇー?あおいさん!」

 

「ねぇー♪」

 

ルームミラーで後ろを見ると、楽しそうにあおいちゃんとここなちゃんが話していた。

 

彼女たちを乗せてしばらく走らせると、目的地である観音寺に到着する。

石畳に紅葉樹と、これまた厳かな雰囲気だ。

 

「千代さん。コッチだよー」

 

ヒナタちゃん達に手を引かれ、寺院敷地内のとある場所に案内される。

 

「こ、これは……?」

 

鐘楼だろうか?木造、瓦屋根の建物の中には真っ白なが象の像が設置されていた。

 

「ここなちゃんの言ってた象って、このことだったんだね?」

 

「はいです♪」

 

笑顔のここなちゃん、マジでかわええ……

 

「でも、どうして象なの?この建物は鐘楼でしょ?釣り鐘がないよ?」

 

俺は三人に至極真っ当なことを聞く。

しかし、三人は俺の質問に答えることが出来ず、首を傾げるだけだ。

 

「なんでだろ?」

 

「私が小さい頃からずっとここにあるんで、当たり前だと思ってました。」

 

「そうだよねー 街に馴染んでたし、考えたこともなかったよね。」

 

四人して象の像を眺めていると、背後から老齢の声が聞こえた。

 

「ホッホッホー なにやら賑やかだと思ったら……」

 

振り向くと、そこには法衣に袈裟姿、立派な白ひげを蓄えた老齢なお坊さんが立っていた。

 

「こんにちはー」

 

「こんにちは。」

 

お坊さんがヒナタちゃんに挨拶を返す。

俺たちもヒナタちゃんに続く。

 

「ほぉー 山梨県からワザワザ……」

 

お坊さんが手を合わせて俺に一礼をした。

いえいえと俺もペコペコ頭を下げる。

 

「あの一つお聞きしたいんですが……」

 

「なんですかな?」

 

「ここのお寺の鐘楼にはなぜ鐘がないのでしょう?」

 

「あー それはー 太平洋戦争の開戦が迫るなか、1941年8月に公布された金属類回収令があってな。鉄資源を補うために供出したんじゃよ……」

 

「なるほど……」

 

「その…… 供出された鐘はどうなったんですか?」

 

あおいちゃんが和尚さんに質問した。

 

「溶かして飛行機や戦車などの車両、銃……」

 

「それに弾丸とありとあらゆるモノに使われたんだね…… 自分の祖父も戦時中、戦闘機のパイロットをしていたそうで……」

 

「もしかしたら、千代さんのおじいさんが乗った飛行機にも、ここの鐘が使われていたかもしれないですね?」

 

「かもしれない。出撃しても被弾もせず、戦争からも無傷で無事に帰ってきたし、守って貰ったのかな?そう思うと感謝しないと……」

 

俺はそこにあったであろう釣り鐘と、それに代わる白い象に手を合わせる。

 

「この白い象は張り子でな…… 1965年に檀家さんたちが、納めてくれたんじゃ。」

 

「なるほど。」

 

「仏教において象は神聖かつ縁起の良い動物とされておってな?特に白い象はお釈迦さまの生母の夢に現れてから、お釈迦さまの誕生を予言したという伝説もあるんじゃよ。」

 

「へぇー」

 

「だから、白いんだー」

 

「勉強になるなー」

 

その後、俺とヒナタちゃんたち三人は、和尚さんのご好意に甘えてお茶までご馳走になった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

観音寺をあとにした俺たちは、飯能銀座通り商店街へと向かっていた。

 

「千代さん、次はどこ行きますぅ?」

 

ヒナタちゃんの問に車内の時計を見ると15時を指すところだった。

 

「もう、15時か…… 時間も時間だし、そうだなぁー 何かお土産でも買って、それで今日は帰ることにするよ……」

 

「そっかー さみしいなぁー」

 

「せっかく仲良しになれたのに……」

 

「ハハ…… 仕方ないよ。」

 

ここなちゃんはシュンとしている。

 

「そういえば、この商店街に夢彩菓・すすきって、洋菓子のお店があったよね?」

 

俺の発したその言葉に、車内の三人が反応した。

 

「そこは……!」

 

あおいちゃんが口を開くよりも、ヒナタちゃんが教えてくれた。

 

「お目が高いですなぁー そこは大人気のお店で……」

 

「あおいさんがアルバイトしてるんですよー♪」

 

「ここなちゃんッ!!? うわぁー!」

 

あおいちゃんは顔を真っ赤にしている。

 

「別にそんなに恥ずかしがらないでも良いのに……♪」

 

「千代さんも、からかわないで下さい!」

 

ワイワイしながら、最後の目的地である、洋菓子店 夢彩菓・すすきに到着した。

 

「こんにちはー」

 

俺を先頭に店内入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

笑顔の似合う女性店員が出迎えてくれた。

 

「あれ?あおいちゃーん♪」

 

「お、お疲れ様です。」

 

「え?それにヒナタちゃんにここなちゃん、どうしたの?それにこの男の人は?もしかして……」

 

「あー ち、違います!アナタが考えてる関係ではないですからッ!!?」

 

「ひかりさん。この人は天覧山で会って、近所を紹介してたんですよ。」

 

「うーーむ……」

 

この人、けっこう疑い深いな……

俺はあおいちゃんの先輩に事細かに説明する。

 

「分かりました。信じます。」

 

ちょっと心もとないが、信じてくれたと思いたい。

その後、俺は各務原家へのお土産とは別に、野クルのみんなにもお土産を購入した。

 

「ありがとーございました。」

 

「じゃあ、私たちはここで……」

 

駐車に戻って来たところで、あおいちゃんがそう俺に告げる。

 

「そっか…… 今日はありがとね。」

 

「いえ!私たちも楽しかったです!」

 

「今度は一緒に登山しましょうね。」

 

また一つ思い出が増えたな……

三人と別れた俺は、そんなことを想い帰路についた。

 

次回に続く。




ということで、今回はヤマノススメとクロスオーバーしてみました。

ここなちゃん、マジ天使。

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

薪配布・THE・リベンジ

前回は空振りだった薪はGETできるのか?


昼休み…… 俺は志摩さんに呼び出された。

このパターンは以前に何度かあった。どうしてだろう?なんだか胸騒ぎがする。

そんな胸騒ぎを抑え、彼女が待つ図書室へと俺は足を運ぶ。

 

「こ、こんにちはぁ……」

 

恐るおそる図書室に入り、カウンターに目をやるといた…… 志摩さんだ。

それに若干ではあるが予想していたが、斉藤さんも一緒にいた。

 

「お疲れ様でーす。」

 

斉藤さんがコチラに向かって、手をヒラヒラと振っている。

俺も軽く手を上げて「お疲れ様……」と返した。

 

「そこに座って下さい。」

 

そう促す志摩さんからは、溢れんばかりのドス黒い闇のフォースを感じる。

 

「は、はい…… 失礼します。」

 

圧迫面接か?彼女の圧に気圧されそうになりながらも、指定された椅子に座らされた。

斉藤さんは相変わらずニコニコしていて、何を考えているか皆目見当が付かない。

 

「千代さん……」

 

志摩さんがドスの効いた低い声で俺の名を呼ぶ。

 

「は、はひッ!!?」

 

何を言われるのだろうか?少し身構えた。

 

「これ、ありがとうございました。」

 

志摩さんが出したのは、見覚えのない巾着袋……

 

「これは?」

 

中を見ると、この間の大井川キャンプに行く志摩さんに貸し出したインカムのセットが入っていた。

 

「ああー これね。」

 

「大井川から帰ったあと、家でキャンプ道具を片付けていたら、お母さんが来て…… その機械、返すんでしょ?これに入れて上げてと渡されました。」

 

「そうなんだ。」

 

「その巾着袋も使って下さい。」

 

「ありがと。ありがたく使わせてもらいます。」

 

俺はインカムの入った巾着袋を受け取る。

 

「あと、アヤちゃんとお礼を込めてのお土産です。」

 

俺は彼女からお土産まで貰った。

『石炭おかき』とパッケージにはそう書かれていた。

 

「これは私からだよー♪」

 

斉藤さんからもお土産を渡される。

 

「二人ともありがとう。じゃー これはお返しに自分から…… 昨日は埼玉の飯能市にドライブに行ったんだ。そのお土産ねー」

 

「おぉ…… どうも。」

 

「ありがとー ございます♪」

 

俺のお土産も二人は高評価だった。

そして、志摩さんと斉藤さんそれぞれの土産話をこれでもかと聞かされた。

 

「今回もいい思い出ができて良かったね。」

 

「はい。」

 

「うん、楽しかったよー♪」

 

最初、志摩さんから感じた闇のフォースは気のせいの取り越し苦労だったのかな?…… と俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

「それで千代さん……」

 

「うん?何かな?」

 

「この子たちはいったい誰…… なんですか?」

 

俺を見る志摩さんの視線が凍てつくように冷たい。

そう言いながら、志摩さんは自身のスマホを見せる。

それは昨日、飯能市の天覧山であおいちゃんたちと撮った写真だった。

やっぱり、気のせいじゃなかったーッ!!?

 

「誰?ですか?」

 

地の底から響いて来そうな低いトーンで、再び志摩さんに聞かれる。

 

「そ、それ、は……」

 

こ、こえーーッ!!?

助けて斉藤さん……!と斉藤さんに目配せした。

 

「ワタシモキニナルナー」

 

だが、終始笑顔の斉藤さんからも、志摩さんに勝るとも劣らないほどの闇のフォースが滲み出ている。

 

「あ、これ、終わったわ……」

 

『おじキャン△完』………………とはならず、二人に包み隠さず正直に話した。

 

「はぁー」

 

志摩さんは大きなため息をつく。

 

「ホント千代さんって、どこか行くたびに新しい女の子と仲良くなってますよねー?」

 

うぐッ!!?……

斉藤さんは相変わらず痛いところを突いてくるな。

 

「そ、それほどでも……」

 

「「別に褒めてません。」」

 

お茶を濁そうとしたが、無事に失敗した。

 

「ねえねえ、千代さん?この子たちって私たちと同じくらい?」

 

「この子…… ここなちゃんっていうんだけど、その子は斉藤さんたちの一つ下の中学生。」

 

写真を見てふと思った。

アタマん中で整理して想像する。

あれ?志摩さんって頭のお団子取ると、ここなちゃんよりちっちゃくならね?……と。

 

「今、私とこの子比べてましたよね?」

 

ギロリと志摩さんが俺を睨む。

 

「えっ!!?」

 

エスパーかこの娘ッ!!?

 

「比べてましたよね……?」

 

「ベベベベ別に……!」

 

誤魔化さないと!誤魔化さないと!

ヤバいヤバいヤバい……!

 

「フフ♪千代さんの目、泳ぎ過ぎてバレバレだよ~」

 

うぅ…… 斉藤さんは誤魔化せないのか……

 

「ごめんなさい。少し比べてました。」

 

素直に謝ったとこう……

 

「はあ、全く…… もう、良いです。」

 

許してくれたのかな?

志摩さんは少し呆れていた。

 

「一応言っときますが、将来は私も、ぼん!きゅ!ぼん!のイイ女になってるはずです!まあ、予定ですけど……」

 

「予定って…… リンはホント面白いこと言うよねー」

 

「笑うなー!ホントだぞー!私は斉藤よりイイ女になってるんだからなー!」

 

「ハイハイ♪」

 

二人と別れたあとは、俺は野クルのメンバーにも会って、飯能市で購入したお土産を渡した。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

放課後、俺は鳥羽先生と大垣さんに会う。

 

「お疲れ様です。先生…… 」

 

「お疲れ様です。」

 

「お疲れッス!」

 

二人はジャージ姿であった。

大垣さんの手には、ノコギリが握られている。

 

「今からどちらへ?」

 

「薪配布ッス。」

 

そういえば、クリスマス前に行った時はすでに配布会は終わっていて確保できなかったっけ?

その薪配布リベンジってことか……

 

「二人だけで?」

 

「なでしことイヌ子はバイトなんッスよ。」

 

「なるほど。」

 

「大垣さん?そろそろ行きましょうか?薪の配布会が終わってしまったら、元も子もありませんからね。」

 

「そうッスね。じゃあ、いってきます!」

 

「いってらっしゃい。先生もお気をつけて。」

 

「はい。いってきます。」

 

二人が俺のもとから去ろうとするのを少し呼び止め、何かあったら連絡くださいと一言だけ伝えた。

 

校内から鳥羽先生の車が出て行くの見送る。

 

「………うーん、あの装備と車じゃ心配だなぁ。大した業務はないし、ヘルプが来たらすぐに行けるように準備をしとくか。」

 

俺は学校所有の軽トラを借りて、荷台に伐採用のチェーンソーに安全具、それに荷造り用のロープと必要なモノを乗せていた。

 

「お疲れ様です。」

 

声をかけられた。

振り返ると教頭先生が立っている。

 

「あ、教頭先生…… 」

 

「どこかに行く予定ですか?」

 

「さっき、野外活動サークルの大垣さんと顧問の鳥羽先生に会いまして、二人で薪の配布会に行っていまして……」

 

「ああ、身延町のヤツですね。」

 

「教頭先生が言うので、それでしょうね。ちょっと二人の装備が心配で……」

 

「と、言いますと?」

 

「ノコギリ1本しか持って行ってないんですよ。」

 

「それは心配ですね。」

 

「連絡が来たら、すぐに行けるようにこうして準備してたしだいで……」

 

「なるほど…… もし連絡が来たら、私もお供してもよろしいかな?」

 

「えっ? 教頭先生も色々と多忙では?」

 

「良いんですよ。気分転換にもなりますし、何よりも我が校の生徒ためです。教頭としても一肌脱ごうではありませんか。」

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

「一応、私も着替えて来ますので、チェーンソーをもう一台乗せといて下さい。」

 

「分かりました。」

 

教頭先生も準備のために校舎に戻っていった。

出来れば、なんの問題もなく済むのが一番なんだが……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

アタシは大垣千明だ。

今回、鳥羽先生とともに身延の薪配布会場へと向かっている。

 

「あのー 大垣さん?いったい誰と話しているんですか?」

 

「え?あー ただの独り言ッス。」

 

「そうですか…… それで配布会場までは、あとどのくらいですか?」

 

「えーっと、あと1キロくらいッスね。」

 

「前回、千代さんと行った時は残ってなかったみたいだし…… 今回は残ってると良いですね。」

 

「だと良いんですけど…… あんまり期待はしないで行きましょう。ははは……」

 

そう、アタシたちは期待してなかったよ。

でも到着して唖然としちまった…… 全っ然残ってますやん。それはもう山のようによー!

 

「何なんだ?この差は? こないだの配布会場には薪が主食のモンスターが出没したんかッ!!?」

 

「でも残っていて良かったじゃないですか。」

 

「そ、そうッスね。ガッツリ貰っていきましょう!」

 

アタシたちは手続きをして、早速作業に入ることに……

ここの木材は軽トラ用に2mほどの長さに切ってあると事前に説明を受けた。

鳥羽先生の車に載せるためには、さらに半分切らないといけない。

そのためにアタシはノコギリを持って来たんだ!よっしゃ!気合い入れて切りまっせ!

 

「ノコギリで木を切る時は、手で木材をしっかり押さえて……」

 

「大垣さん?くれぐれもケガをしないように気をつけて下さいね。」

 

「任せて下さい!安全第一、現場猫案件にはしませんよ。刃を斜めに構え、上から下へ引っ張るように…… 全身全霊を込めて切っ……!」

 

その時だった。

アタシ達の目の前で信じられないことが起きたんだ。

持参したノコギリの刃がパキって折れたんだぜ!

それもほとんど根元から……

 

「あ……」「え……?」

 

「お、大垣さん?他にノコギリは……」

 

「これだけッス……」

 

はい!しあい、しゅーりょー!

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺のスマホが鳴る。

相手は鳥羽先生だった。

 

「もしもし?鳥羽先生……」

 

内容を聞くと思ってた通りで、ヘルプの電話…… なんとノコギリが折れてしまったとの話。

と言うことで、待機していた俺と教頭先生は軽トラで緊急出動することになった。

 

「読みが当たったみたいですね。千代さん?」

 

助手席に座る教頭先生が話しかけられる。

 

「ええ。道具一式も用意出来てたので、出発もスムーズでした。」

 

「千代さん?これって俗にいう、スクランブルってヤツですか?」

 

「うーん…… みたいなモノですかね?それはそうと教頭先生はチェーンソーを扱うことが出来たんですね?」

 

「ええ、まあ…… 人並みには。実をいうと自宅に薪ストーブがあるんで、よく使うんですよ。」

 

「なるほど。趣があっていいですね。」

 

「私自身、この薪配布は毎年楽しみにしていて……」

 

「へぇー」

 

「今年も伐採作業から参加させて貰いました。」

 

うわ!なんだこの人ッ!!? スッゲェー行動力。

そんなことを思いつつ、大垣さんたちが待つ会場へと軽トラを走らせた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

薪の配布会場到着。

1本の丸太を見つめて立ち尽くす、大垣さんと鳥羽先生を発見した。

クラクションを軽く鳴らすと、二人が気付く。

 

「すみません、千代さん。お手数をおかけし…… うぇっ!!? 教頭先生?」

 

助手席に座っていた教頭先生に鳥羽先生は驚いた。

 

「どうも……」

 

「えっと…… てっきり千代さんだけが来てくれるとばかり思ってました。教頭先生はお仕事は平気だったのでしょうか?」

 

「私のことは気にしないで下さい。」

 

俺と教頭先生は互いにチェーンソーを準備する。

 

「教頭先生もチェーンソー扱えたんッスね……」

 

「まあ、人並みです。それで車に載せやすく玉切りにするんですよね?手早くやってしまいましょう。」

 

「そうですね。」

 

「千代さん、安全には細心の注意を払って下さい。」

 

「了解です。」

 

俺と教頭先生は安全具を装備して、大垣さんと鳥羽先生に注意を促した上で周りを確認し、地面に置いていたチェーンソーを片手で押さえ付けながら固定、スターターロープを勢い良く引っ張る。

 

一度目は空振り、二度目でチェーンソーが始動した。

けたたましいモーター音とともに刃が回転する。

エンジンを軽く煽り、回転数を安定させた。

 

準備ヨシ!チェーンソーを扱う上で一番恐ろしいのは、高速回転する刃がコントロール不能の状態で作業者などに向かって跳ね返ってくる『キックバック』という現象だ。

一度起きたらシャレにならない、俺は細心の注意を払って作業を進めた。

 

チェーンソーは安全第一に扱えば、とても便利な道具である。

現にあっという間に車いっぱいになった。

 

「助かりましたー」

 

「ありがとうございます。」

 

「いえいえ、これも生徒のためです。」

 

「そうですね。」

 

「千代さん、カッコ良かったッス!」

 

「ハハ、ありがとう。大垣さん……」

 

何気なく彼女の頭をポンポンと優しく撫でてやると、大垣さんは頬を赤く染めて俯いていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

学校に戻り、部室棟の空きスペースに薪を仮置きさせてもらう。

 

「それにしても凄い量ですねー」

 

「車二台分ですからね。」

 

「それになんかこの木、くせーッスね。」

 

「ホント?どれどれ……」

 

大垣さんと一緒にクンカクンカと匂ってみた。

 

「確かに…… けっこうクセのある匂いだ。こっちはそこまで匂わないな……」

 

「あ、ホントだー」

 

鳥羽先生も加わり、木材の匂いを嗅いでいると、教頭先生が色々と理由を教えてくれた。

 

「今回いただいて来たのは、クルミとハリエンジュになります。臭うのはハリエンジュの方でしょう。こちらは生木のまま燃やすと臭いもキツく、煤ばかり出てしまいます。」

 

「ってことは、両方…… 特にハリエンジュはしっかり乾かさないといけないですね。」

 

「校内に余ったスチールラックがあると思うので、薪棚を作ってそこで乾燥させてから使った方が、良いと思いますよ。」

 

「なるほど。」

 

「乾燥させると火の持ちも良く、なにせ割り易くなりますよ。」

 

「へぇー」

 

「それでは、私はこれで……」

 

「教頭先生、色々とありがとうございました。」

 

鳥羽先生と大垣さんは頭を下げる。

 

「いえいえ。」

 

「道具などは自分が責任持って片付けときます。」

 

「そうですか。では、ヨロシクお願いしますね。」

 

去っていく教頭先生がスッと足を止め、コチラに振り返った。

 

「あ、そうそう…… 野外活動サークル、今年は新入生が入ってサークルから部活になれるように頑張って下さいね。」

 

「はい!頑張ります!」

 

教頭先生は一言いうと帰っていく。

それを俺たちは見送った。

 

「教頭先生って、アウトドアとか好きなんッスかね?」

 

「なんか自宅に薪ストーブを持ってるみたいだよ。今回の薪の配布会前には、伐採作業もボランティアで参加したようですし……」

 

「どおりで…… でしたら、薪について困ったことがあったら、相談してみましょう。色々と教えて下さるかもしれませんね。」

 

「そうッスね。」

 

「今日の野クルの活動はここまでにして、手分けして片付けましょう。」

 

「はーい。」「ええ。」

 

次回に続く。

 




今回は無事にGET出来ましたね。
教頭先生と千代さんの二人がかりで伐ったので、原作以上に早いです。

あと、おじキャン△の志摩さんは原作とは違い、ヤンデレ成分が非常に低いがゼロではないレベルで含まれています。

ご感想をお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見ドライブに行こう!

だいぶ、間が空いてしまってすみません。



薪の配布会から数日が経ったある日の放課後、特に用事もなかったので、手伝いがてらに俺は野クルの様子を見に行くことにした。

 

「お疲れさまー」

 

「あ、千代さん!」

 

「お疲れさまッス!」

 

みんなが挨拶を返してくれる。

今日はいつもの三人に加え、志摩さんと斉藤さん、それに鳥羽先生までいた。

 

「お疲れ様です。鳥羽先生。」

 

「千代さんこそ。」

 

「でも、どうして鳥羽先生まで薪割りを?」

 

「私も顧問として生徒たちと共にいたいと思いましてね。そういう千代さんもでしょ?」

 

そう言って彼女は、俺の持つチェーンソーを見る。

 

「そうですね。志摩さんと斉藤さんもありがとね。」

 

「まあー 私や斉藤もキャンプに参加させてもらってるし…… 少しくらいは手伝わないと。」

 

「おぉ?久しぶりに出たな。リンのツンデレ♪」

 

「うるせぇぞ、斉藤ぉー」

 

「まあまあ…… 伊豆キャン以来の全員集合ということで安全に気をつけて頑張ろうー!」

 

「「「「「「おぉー!」」」」」」

 

俺は安全を考慮し、みんなから離れた場所でチェーンソーを使って、一人で薪を製作していった。

モーター音を轟かせ、凄まじい速さで高速回転する刃が次々と薪を切り分けていく。

 

40分ほど掛けて大量の薪ができた。

チェーンソーを止めて一息ついていると「うわぁー スッゴーい!」となでしこさんに声をかけられる。

 

「まあ、機械使ってるからね。鳥羽先生!時間も時間だし、そろそろ終わりましょうか?」

 

「そうですねー」

 

「大垣さんも良いよね?」

 

「そうッスね!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

次の日の放課後。

大垣さん、犬山さん、なでしこさんと俺の四人は倉庫からスチールラックを引っ張り出していた。

そう、以前に教頭先生から使用許可をもらったラックだ。パッと見た感じも頑丈そう。

 

「ヨシ、手分けして組み立てちゃおー」

 

「「「おー!」」」

 

安全に気をつけて、現場猫案件はなしで協力し合ってスチールラックを組み立て始めた。

 

「ねー 千代さん?アキちゃんたちもこの間キャンプ行ったんだって。知ってました?」

 

棚をネジで固定するために、棚を支えてくれているなでしこさんが聞く。

 

「あ、知ってたよ。大垣さんとか連絡くれたからね。楽しそうだったねー」

 

インパクトを使いながら、俺は答えた。

 

「そういう千代さんこそ、この間は埼玉の飯能市でしたっけ?一人で行ってましたよね?それに向こうでも新しい女の子と仲良ぅなっとたなぁー 私たちとあんまし変わらない娘やったねぇ?」

 

犬山さんから軽いジャブが飛んでくる。

 

「そうそう、みーんな可愛いんだよねぇ?」

 

ジト目のなでしこさん。

あー そんな目で見ないでくれぇ……

なんか、いたたまれなくなっちゃうから。

 

「そういえば、リンたちと仲良くなった女子高生ライダーも、千代さんの知り合いだったよな?」

 

「まあ、その娘たちもたまたま知り合っただけだよ……」

 

大垣さんからのボディブローがじわりじわりと効いてきた。

 

「あと千代さんの地元にもいるんだよねー」

 

なでしこさんがさらに迫る。

三人がかりで詰められて、俺のライフはゼロに近い。

 

「も、もうその辺で勘弁してくれても良いんじゃないんでしょうか?」

 

俺は三人に許しを請うが「「「だめーー!」」」と拒否されてしまう。

三人のおかげで俺のライフゲージはマイナスとなってしまったが、なんとか薪棚は完成した。

 

「「「薪棚できたーー!」」」

 

元気な三人とは対照的に俺はゲンナリしている。

 

「それでアキちゃん?この薪棚、どこに置くの?」

 

「ウチら部室には、絶対に入らんしなぁー」

 

「教頭先生に聞いたんだけどな?薪の乾燥にはストーブの効いてる室内がベストらしいぞ。」

 

「ストーブの効いた室内………」

 

なでしこさんの頭の上に、ぽわわ~んと吹き出しが出てきた。

 

「ストーブ…… あったかい場所…… 図書室に薪棚………」

 

彼女の吹き出しの中では、図書室の……志摩さんがいる定位置の貸出カウンターにこの薪棚が置かれていた。

 

「ちょっとなでしこさん?図書室にそんなモノ置いたりしたら、志摩さんがブチ切れちゃうよ?」

 

彼女の吹き出しをかき消した上で、きちんとツッコミを入れておこう。

 

「暖房ないなら、普通に室内乾燥で良いって教頭先生が言ってたぞ。」

 

「そんなら、部室の前に置いとくんがいちばん良さげやなぁ。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

日も経ち、三月も終わりになった。

俺の勤務先である本栖高校も春休みに突入している。

夜も更け、自宅でゆっくりしていると俺のスマホのLINEに通知が鳴った。相手は桜さんからである。

 

桜:『夜分にすみません。明日、妹のなでしことお花見ドライブに行くんですけど、ご都合が良ければ一緒に行きませんか?』

 

お花見ドライブか……

桜さんのお誘い、断るはずがなかろう!

俺は早速、彼女のスマホに電話を掛けた。

何度かコールすると「もしもし」と桜さんが答える。

 

「あ、桜さんですか?こんばんは、LINE見ました。是非ともお供させて下さい。」

 

電話の向こうからなでしこさんの「やったー」と嬉しそうな声が聞こえ、微笑ましく思った。

 

「では明日、そちらに伺います。はい、はい…… おやすみなさい。」

 

彼女と会う約束をして、俺は電話を切った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

夜が明けた。

俺は約束していたお花見ドライブに参加するために、桜さんの元へ向かう。

ロクダボで春の風を感じながら走らせていると、前方の交差点で信号待ちをしている見覚えのある水色の原付が目に入った。

 

「あれは…… 志摩さんじゃないか?」

 

減速しながら、横に並ぶとやっぱり志摩さんだった。

 

「やあ。」

 

声をかけると、彼女はビクッとしてコッチに気づいたらしく振り向く。

 

「お、おはようございます。」

 

志摩さんはコチラに向かって会釈した。

待ち合わせまでにまだ少しの余裕があったため、二人でコンビニに寄ることにした。

 

「ホント、びっくりしたぁー」

 

ため息をつき、志摩さんは愚痴っている。

別に驚かせるつもりは、なかったんだけどなぁ……

 

「志摩さんは見たところ…… これからキャンプに行くの?」

 

「あ、はい。桜も見頃かな?って思って、お花見キャンプに行って来ようかと……」

 

「へぇー いいねぇ。最近はあったかくなって来たし、原付も乗りやすくなったよね。」

 

「そうですね。ジャケット一枚でも快適です。」

 

「確かに…… 山梨の冬はちょっと長がかった気がするよ。」

 

「ところで、千代さんは今からどちらに?」

 

「あ、えーと…… 各務原さんのお宅にお邪魔しようかなっと、向かってたしだいで……」

 

「なでしこのウチに……?」

 

志摩さんが詮索し始めた。

 

「はっ!まさか桜さんとデート……!」

 

「ま、まあ…… そんなところ。なでしこさんと三人でお花見ドライブ行こうか?って昨日お誘いが来たんだよ。」

 

「ふーん……」

 

ジト目の志摩さんがコチラを見つめる。

 

「美人姉妹とお花見デート、両手に花で羨ましい限りですね。」

 

隙有らばうまいことを言うなぁー この娘は……

それに溢れ出す負のオーラがもう凄いのなんのって、ここは三十六計逃げるに如かずだな。

 

「そろそろ時間だし、もう行かなくちゃ……」

 

俺は取り繕った笑顔を顔を張り付けて、相棒のロクダボの元へ向かう。

そんな俺の様子をポカンとした顔で、志摩さんが見ている。

 

「じゃあ、気をつけて行ってくるんだよー!」

 

彼女に手を振って、俺は一目散に桜さんの待つ、彼女の自宅へと向かった。

「あ、逃げた……」たぶん志摩さんはそう思っているだろう。俺も不甲斐ないな……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

私は各務原桜。

今日は千代さんと妹のなでしことお花見ドライブ行くことなっているわ。

 

「お姉ちゃん、千代さん来ないねぇー」

 

「そうね…… いつもは五分前に来てくれるのに。」

 

妹のなでしこと話していたら、バイクの音が聞こえたの。私の知ってる音……

 

「すみません。遅れてしまいました。」

 

颯爽とやって来た千代さんは、バイザーを上げて申し訳なさそうに謝ってくれた。

千代さんはバイクを止めて、私たちのもとへ……

 

「もー!千代さん、遅いよー!」

 

「ごめんね。なでしこさん。えいっ!って、やわらかッ!!?」

 

膨れっ面の妹に謝りつつ、彼はなでしこの膨らんだほっぺたを指で摘まんでイタズラしている。

そして、あまりの柔らかさに驚いてた。

そんなのを見てたら、私も久しぶりになでしこのほっぺたを触りたくなってきたわ。それ!

 

「ふぇ~ お姉ちゃんまでぇ~ッ!!?」

 

むにむにと伸び縮みする、妹なでしこのほっぺた……

 

「どうです?なでしこのほっぺ、ビックリするくらいに柔らかいでしょ?」

 

「ええ…… つき立てのお餅みたいで……」

 

千代さんは無心で妹を堪能していた。

 

「ねぇー 早く行こうよー」

 

なでしこの言葉に我に返った彼は、手をパッと放す。

 

「ご、ごめんね。」

 

私の愛車の助手席に千代さん、後ろの席にはなでしことそれぞれ乗り込んだ。

シートベルトを着用して、サイドブレーキとギアの位置を確認、ブレーキペダルを踏み込んだ上で、エンジンをスタートさせた。

 

古い型の車だけど、今日も元気で調子が良さそう。

 

「千代さん、準備は良いですか?」

 

「ええ。よろしくお願いします。」

 

「なでしこは?」

 

「コッチも大丈夫だよ。お姉ちゃん!」

 

ウインカーを点灯させ、ギアをドライブにしてサイドブレーキを解除する。

フットブレーキから少しずつ足を放すと、車がゆっくりと動き出し、公道に出る。

 

「しゅぱーつ!」

 

なでしこの元気いっぱいな号令で、私たちのお花見ドライブが始まった。

 

次回に続く。




最近は暑さと仕事のストレスでグロッキーになってました。ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見ドライブ。前編

お待たせしました。


俺は遅刻した理由を二人に話す。

 

「エッ!!? リンちゃんと会ってたの?」

 

後部座席に座るなでしこさんが、助手席に座る俺に聞き返してきた。

 

「なでしこ?危ないから、ちゃんと座ってなさい。」

 

志摩さん大好きななでしこさんは興奮して前のめりになる。そんな彼女を姉の桜さんが嗜めていた。

 

「志摩さんもお花見キャンプするんだって。」

 

「リンちゃんは相変わらず一人旅が好きなのね。」

 

「一人は何も気にすることないし、気楽にいけますからね?まあ、交通事故に合わないかだけが心配ですが……」

 

「ふふ…… ホント千代さんって、リンちゃんに優しいですよね。」

 

「リンちゃんだけじゃないよ!お姉ちゃん!千代さんはみんなに優しいんだよ!」

 

「うーん…… なんか照れるなぁ……」

 

桜さんがチラッと横目でコチラを見る。

 

「千代さん、顔真っ赤ですよ♪」

 

「ホントだー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「ここだったのね……」

 

桜さんは方向指示器を焚いて車を路肩に寄せて止めた。目の前には長い階段がそびえている。

 

「200…… 300近いかな?」

 

その時、後部座席の扉が開き、閉まる音がした。

そう…… なでしこさんが車から降りたのだ。

その事を読んでいたのか?と思うほどのタイミングで桜さんは運転席側の窓を開ける。

さすが姉妹……

 

「お姉ちゃん!私、階段を登ってくるから!」

 

「ん。」

 

「ふぉおおおおー!」

 

なでしこさんは元気に階段を駆け上がって行く。

彼女を見送った桜さんは車を発進させた。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

なでしこさんが途中でへばったりしないか心配になり、俺は桜さんに訪ねてみる。

 

「大丈夫ですよ。あの娘の底なしの体力なら……♪」

 

ほくそ笑みながら、彼女は答えた。

そして駐車場に一足先に着き、車を止めて降りた瞬間、なでしこさんが目の前に現れる。

 

「とーちゃーく!…… おーーい!」

 

そのままコチラに駆けよってきて、彼女は唖然とする俺に抱きついた。

 

「ね……♪」

 

桜さんが俺を見て笑顔を浮かべている。

 

「それにしても、アンタは本当に体力ついたわね。」

 

「でへへー(*´Д`*)」

 

確かに桜さんの言うとおりだ。

なでしこさんはあの段数を短時間で駆け上がったとは思えないくらいに息は上がってない。

むしろ余裕まである。

 

「いやー 驚いたよ。桜さんが言ったとおりだった。」

 

「私が中学生の時、お姉ちゃんが鍛えてくれたんだよー♪」

 

「この娘、食べるの好きでしょ?中学生の時までかなりのおデブ体型だったんですよ。」

 

そう言った桜さんはスマホをいじりながら、なでしこさんの中学生の頃の写真を見せてくれた。

そこには、満面の笑みで美味しそうにサンドイッチを頬張るなでしこさんの姿が……

 

「おお…… 確かにふくよかだ。あのほっぺたの柔らかさも納得……」

 

予想以上にまん丸だった、なでしこさん。

 

「うむ、これは……"まるしこ"だな。」

 

「ぷっ。ま、まるしこ……」

 

俺の何気ない一言に桜さんは吹き出す。

 

「でも良くここまでスリムになったね?」

 

「いやー 中3の夏休みにいつもみたいにゴロゴロしながらお菓子食べてたら、お姉ちゃんがついにブチ切れちゃって……」

 

うーん、ちょっと想像できるかも。

なんか「いい加減に食うのやめろ!ブタ野郎!」って言ってそう。

 

「たぶん、千代さんの想像どおりです。」

 

「それで?どうやってダイエットしたの?」

 

「毎日、浜名湖を自転車で走らせたんですよ。一周くらいだったかしら?」

 

「お姉ちゃん、二周だよ~ あの時はお姉ちゃんが鬼に見えたね!」

 

「なるほど、そうだったのか…… それだけの体力があるなら、なでしこさんは充分に陸上自衛隊でもやって行けるんじゃないかな?」

 

「良かったじゃない、なでしこ。進路が決まって……」

 

「えー 無理だよー 千代さんがたまに話してくれるけど、いつもビックリしてるんだよ?」

 

「そっか。女性の隊員もけっこういたんだよ?普通科の隊員で自分の後輩の子とか……」

 

なでしこさんを陸自に入る入らないと話しをしながら、俺たちは目的の公園までやってきた。

 

「これは凄い……」

 

一面満開の桜に唖然となった。

 

「お姉ちゃん!千代さん!満開だよー!」

 

なでしこさんは仔犬のように公園を走り回っている。

 

「あんまり、走り回るとコケるわよー」

 

妹のことを心配する桜さんを見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになってくる。

 

「ったく…… 千代さん?どうかしました?」

 

「いえ…… 桜さんとなでしこさんを見ていると実家の妹たちのことを思い出すんですよ。」

 

「そういえば、千代さんには妹さんがいたんでしたね?確か三人……」

 

「あ、良く覚えてましたね?三人もいると面倒見るのが大変でしたよ……」

 

「と言いつつ千代さん、笑ってるじゃないですか。」

 

「まあ、可愛い妹たちですからね。この間も正月帰った時に桜さんのことを少し話したら、会ってみたい!ってせがまれちゃって……」

 

「じゃあ、会いに行きましょうよ!今度のゴールデンウィークを利用して。」

 

「え?良いんですか?」

 

「私の両親も許可してくれると思いますよ。」

 

俺の家族と会ってくれるなんて、予想もしてなかった展開になってきたぞ?

 

「お姉ちゃーん!千代さーん!ここで写真を撮ろうよー!」

 

展望台に立ったなでしこさんが、コチラ向かって手を振っている。

 

「行きましょう?千代さん。」

 

笑顔の桜さんは俺の手を掴み、なでしこさんのもとに向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

まずは一枚と写真を撮り、なでしこさんはLINEアプリを使って記念写真を野クルのグループチャットに『ただいま、お姉ちゃんと千代さんと一緒にお花見ドライブ中でーす(^-^)』のメッセージとともに流す。

 

「なでしこ?次はどこに行くの?」

 

車を運転しながら、桜さんが後ろの席に座るなでしこさんに尋ねいた。

 

「学校でアキちゃんが教えてくれたんだけど、この辺で桜って言ったら、身延山なんだって!」

 

なでしこさんの話しを元に、さっそく俺はスマホで調べてみる。

 

「ここかな?身延山久遠寺…… 大きな枝垂れ桜が有名みたいだね。」

 

「じゃあ、そこに行ってみましょう。案内をお願いできるかしら?」

 

「「ラジャー!」」

 

次の目的地である"身延山久遠寺"に向かっている途中、先ほどなでしこさんが流したLINEの返信が続々と入ってきた。

 

イヌ子:『ええなぁー 千代さんもいっしょやー』

 

千明:『私は初めてのソロキャンプだ。』

 

恵那:『千代さん、なでしこちゃんのお姉さんと腕まで組んで……』

 

鳥羽先生:『見せつけてくれますねー 私は小テストの採点とか資料作りとか色々あるのに……』

 

鳥羽先生はお休み中も仕事しているのか…… 生徒のためとはいえ、ホントお疲れさまです。

メッセージだけでも労をねぎらってやらねば……

 

最後にピコンと志摩さんからメッセージが来た。

 

リン:(´◉~◉`)

 

なぜか志摩さんのメッセージは変な顔文字だけ……

メッセージを見ていた全員の頭の上に???が出る。

 

「リンちゃん、どうしたんだろう?」

 

なでしこさんに問いかけられたが「さ、さあ……」と俺ははぐらかすことしか出来ない。

でも何となくではあるが、顔文字から闇のフォースが滲み出ているのは分かる。

 

「ねえ、お姉ちゃん?リンちゃんが変なんだよー」

 

信号で車が停車したタイミングで、なでしこさんが運転手の桜さんに自身のスマホを「ほら。」と見せながら聞いた。

信号が青になると再び車が動き出す。

 

「フフ♪」

 

桜さんが進行方向を見ながら、少し笑った。

 

「どうしたんですか?」

 

「私、分かっちゃった。リンちゃんの気持ち……♪」

 

「え?教えて!お姉ちゃん!」

 

「リンちゃん、千代さんのこと大好きでしょ?」

 

「まさかッ!!?」

 

「写真で私と千代さんが腕組んでるの見て、少し妬いているんだと思います♪」

 

「なるほどー!」

 

なでしこさんは猛スピードでメッセージを打つと志摩さんに送る。

 

なでしこ:『リンちゃんは千代さんのことが大好きだから、お姉ちゃんにヤキモチ焼いてるんだね?』

 

なんという火の玉ストレート……

志摩さんからすぐに返信がきた。

 

リン:『ば、ばか!なでしこ!なにをくぁwせdrftgyふじこlp……』

 

千明:『リンがここまで焦るとは……』

 

イヌ子:『リンちゃん、かわええなぁー』

 

なでしこ:『でもリンちゃんの気持ちも分かるよー! 私も千代さんのこと大好きだから!』

 

恵那:『言うねー なでしこちゃん♪私も千代さんのこと大好き♪』

 

イヌ子:『私もや♪』

 

千明:『アタシもー♪』

 

「千代さん、良かったねー みんな千代さんのことが大好きだって♪」

 

無邪気にメッセージ内容を話すなでしこさん……

確かに好意向けられるのは嬉しい限りではあるが、運転席の桜さんから向けられる覇気がちょっと怖い……

 

「あ、安心して下さい!俺の…… い、一番は桜さんですよッ!!?」

 

俺はたどたどしく、しどろもどろになって答えてしまった。

何やってんだ!しっかりしろ!野咲千代!

車が止まった拍子にコチラに視線を向ける桜さん。

彼女の眼鏡のレンズがギラリと光り、緊張する俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「うむ、よろしい……」

 

納得してくれたようだ。

なんか胃が痛い……

 

「じゃあ、私は?何番目?」

 

なでしこさんが聞いてきた。

LINEからも『私は?』『わたしは?』『アタシは?』『私は?』とどんどん通知が入ってくる。

俺はうわぁーとパニックになり、そして目の前が真っ暗になった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「……さん、代さん…… 千代さん!」

 

「うーーん……」

 

なでしこさんが後ろから俺を揺する。

 

「もうすぐ着くよー」

 

「あ…… 寝ちゃってた?」

 

「なんかうなされてましたけど、大丈夫ですか?」

 

「ええ……まあ、はい。」

 

さっきの夢だったのか?スマホを見ると……

現実だった。LINEの画面には、夢と同じたくさんのメッセージがあったのだ。

 

「千代さん…… 私は何番目の女?」

 

「うわぁーッ!!?」

 

「なでしこ。いい加減にしなさい。」

 

目の前にお寺の大きな門が現れる。

それを横目に案内そって駐車場を目指した。

 

「でかー」「だねー」

 

もう少しで駐車場って所で誘導員の人が停車を促す。

車を止めた桜さんは運転席側の窓を開けた。

 

「すんません。この先の駐車場がいっぱいで、もう止める場所がないんですよ。」

 

「え?どうしよう…… お姉ちゃん。」

 

不安そうななでしこさん。

 

「分かりました。この先で右折します。」

 

「身延山の枝垂れ桜を見に来たんじゃないの?」

 

「停める所が無いなら仕方ないよ。」

 

「千代さんの言うとおりよ。別に上に行かなくてもこの辺りは道沿いにいくつも植えられてるから、走りながらそっちを見てくわよ。」

 

「うん、分かったよぉ……」

 

なでしこさんはしぶしぶ納得した。

俺のスマホが鳴る。LINEの通知だ。

 

「鳥羽先生からだ…… 何々?」

 

鳥羽先生:『身延山の枝垂れ桜は早朝か夕方に行くと、比較的空いていて見易いですよ。』だって……?

 

その後、俺たちは周辺の桜を見物して周り、とある公園で大休止をすることに……

 

「はい。千代さん…… 野菜のスープだよ。」

 

「お、ありがとう。」

 

「お姉ちゃんもはい。」

 

「ん、ありがとう。」

 

なでしこさんから貰った温かいスープを口へと運んだ。手作りの優しい味が心と身体に沁みていく。

 

「うまい……」

 

他にも手作りのサンドイッチも食べた。

 

「ねえ、お姉ちゃん?」

 

「ん?」

 

「お姉ちゃんが免許取ってから始めた花見ドライブって、今回で何回目だっけ?」

 

「んーー 確か三回目だったかしら?」

 

「けっこう行ってるんですね。」

 

「今回は千代さんもいるから、私は嬉しいです。」

 

「私も楽しいよー これからもこうやって三人で毎年行けたら良いよね……」

 

「何言ってんの…… アンタは進学とかあるんだし、どうなるか分からないでしょ。」

 

桜さんの言うとおりだ。

高校の三年間はあっという間に過ぎ去っていく。

早い内から目標を立てないと後々で大変だ。

 

「それで?お姉ちゃんは大学を卒業したらどうするの?就職?」

 

「そうねぇ……」

 

そんなことを言いながら、桜さんは俺にチラリと視線を向ける。

 

「ど・う・す・る・の?」

 

なでしこさんも俺をニヤニヤとした顔で見つめる。

ちょっと待てこれは…… ある意味プロポーズ!!?

 

「あ、あの…… 桜さん?これって…… 」

 

「なんでしょう。」

 

俺は桜さんを見据える。

 

「ワクワク♪ワクワク♪」

 

後ろからはなでしこさんからの期待の圧が凄い。

 

「うぅ…… 桜さん!」

 

俺の気合いに「はいッ!!?」と少しビクついている。

 

「俺はこれからも桜さんと一緒にいたいです!」

 

言ってしまった…… あー なんかドキドキする。

なでしこさんも「おおーー!」と歓声を上げた。

 

「ありがとう。私、嬉しいです。」

 

彼女の返事に一安心。

 

「やったね!お姉ちゃん!千代さんも!」

 

「本音をいうともっと別のことを言ってくれるかと思いました。」

 

「アハハ…… それはムードとか必要じゃないですか。それはおいおい……」

 

「確かに…… フフフ♪」

 

次回に続く。




今回は勢いでプロポーズまがいなことをしてしまった千代さんでした。
またていぼう部とのフラグも立ちましたね。
ご感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見ドライブ。後編

というわけで後編です。


休憩を終えた俺たちは、お花見ドライブを再開した。

桜さんに代わって、次は俺がハンドルを握る。

 

「はぁ……」

 

俺はさっきからため息が止まらない。

 

「もしかして、さっきのことをまだ引きずっているんですか?」

 

桜さんにいらない気遣いをさせてしまった。

ホント情けない……

 

「千代さん、情けないぞー!」

 

年下のなでしこさんからもからかわれてしまう、この体たらくよ。

 

「はいはい。どうせ俺は情けないですよー」

 

子供のように拗ねる。

俺はもっときちんとしたムードと準備をした上で言いたかったんだよぉー

 

「どうしよー お姉ちゃん……」

 

「千代さん?私、さっきは本当に嬉しかったんですよ。アナタの気持ちはちゃんと伝わってます。ありがとう……」

 

でも、そんなこと言われると俺も嬉しくなっちゃうんだなぁ……

 

「分かりました。でもプロポーズは改めてやりますんで、覚悟して待っててくださいね。」

 

「承知しました。フフ♪」

 

「一時はどうなるかと思ったけど、ひと安心だよー」

 

「何言ってんの!元はと言えば、アンタが千代さんに無茶ぶりするからでしょ!」

 

「デヘヘ……」

 

「笑って誤魔化さない。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺たちは甲府市内まで出てきた。

道の駅に立ち寄る。

敷地内の一角に大きな顔はめパネルが置かれていた。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!写真撮って!」

 

なでしこさんはセンターである武田信玄公のパネルに顔をはめる。

 

「ん。」

 

桜さんがスマホを構えた。

 

「イェーイ!」

 

「いくわよー」

 

桜さんはシャッターを切る。

なぜか、どアップで……

スマホの画面いっぱいになでしこさん。

 

「ぷっ…… アハハハハ!」

 

耐えきれず、吹き出してしまった。

 

「えー!なんで笑ってるのーッ!!?」

 

撮影を済ませたなでしこさんが、こちらに走って来て姉の桜さんからスマホを見せてもらう。

 

「あははは!どアップじゃん!顔はめパネルの意味がないよー!あははは……!」

 

「じゃあ、次に行くわよー」

 

「「はーい。」」

 

車の元へ戻っている途中、なでしこさんが足を止めて山に目を向けた。

 

「どうしたの?なでしこさん?」

 

「千代さん、あの山に何か鳥居みたいな模様が付いてるよ。」

 

「んーー まあ、見えなくもないね……」

 

「二人してどうしたの?」

 

「桜さん見てくださいよ。なでしこさんが気づいたんですけど、あそこの山に模様が付いてるんですよ……」

 

「あー 確かに見えますね。」

 

「なんだろうね?あれ……」

 

「うーん、気になるわね……」

 

車で移動中……

俺はさっきから、なでしこさんのどアップの顔が頭から離れない。

 

「どうしたんですか?ニヤニヤしちゃって?」

 

助手席に座る桜さんが訊ねる。

 

「いやぁ…… さっきのなでしこさんのどアップ写真が頭から離れなくて…… ククク。」

 

「もぉー 千代さぁーん!」

 

「帰ってから千代さんのスマホに送っときますよ。」

 

「是非ともお願いします。スマホのホーム画面の背景にしようっと。」

 

「えー 恥ずかしいよー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺はなでしこさんのナビで『駅前甚六公園』にやって来た。

 

「おほぉぉーーーーっ!」

 

超ハイテンションのなでしこさんは自身のスマホで被写体の機関車を撮りまくっている。

 

「この娘、いつから電車が好きになったのかしら?」

 

「この間、大井川で電車に乗ったからじゃないですか?ほらあそこって変わった電車が走ってるじゃないですか。」

 

「なるほど……」

 

「お姉ちゃん!これは電車じゃなくてEF65 1000番PF型っていう電気機関車だよ。これは……3次かな4次かな?」

 

なでしこさんは俺や桜さんの知らないことを暑苦しく語っている。立派なヲタクだ。

 

「千代さん!今、私のこと電車ヲタクって目で見てたよね?」

 

「そそそ、そんなことないよーッ!!?」

 

「でも、大きくて力強そうでカッコいいですよね。」

 

「確かに…… 鉄道には今でも陸上自衛隊の車両やら大型火砲の輸送にお世話になってますからね。」

 

「へぇー そうなんですか。」

 

「ええ、鉄道と国防や軍隊は切っても切れませんからね。だから一部の国だとあんな風に鉄道を写真なんかで撮ってると拘束されますよ。」

 

「厳しい世界ですね……」

 

「ふぅー♪ ホントかわいいねぇー この機関車!」

 

「か、かわいい?」

 

「かわいいよー!レトロな感じで!」

 

そう言ってなでしこさんは変顔を俺たちに披露する。

 

「えっと…… 何してんの?」

 

「EF65のかおー♪」

 

「分かります?桜さん……」

 

「いえ、全く……」

 

「えーーッ!!?」

 

なでしこさんや桜さんとレトロ電車談義に華を咲かせていると……

 

「やっぱり ここだった。」

 

俺たちの前に志摩さんがいた。

三人揃って驚く。

 

「志摩さ……ッ!!? うぉッ!!?」

 

次の瞬間、志摩さんが俺に抱きついた。

 

「あらあら…… リンちゃんは大胆ねぇー」

 

「し、志摩さん?どうしたの?」

 

「リンちゃんは千代さん成分を補充してるんだよねぇー♪ 私もしちゃおー えい!」

 

なでしこさんも抱きつき、「じゃあ、私もやっちゃおうしら?」と桜さんが背中側からぎゅーッとされる。

 

「千代さん、あったかいよねぇ……」

 

「うむ。」

 

「それにお日さまみたいな良いにおい。」

 

三者三様の感想を言っていた。

 

「ちょ、ちょっと皆さんッ!!?バランスが取りづらいんですがッ!!?それに回りの視線が……」

 

俺は離れるように促してみるが「頑張って下さい!」と志摩さんに渇を入れられてしまう始末。

どうすることも出来ず、バンザイの状態で無抵抗のまま三人が満足するまで頑張った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

三人に抱きつかれること数十秒、桜さんたちが俺からスッと離れる。

 

「満足できました?」

 

「「「はい。」」」

 

駅前甚六公園をあとにした俺たちは、『天龍山慈雲寺』にある樹齢300年の大桜を見物した。

慈雲寺…… なぜか口に出して言いたくなる。

 

その後近くの喫茶店に入った。

席に案内され、四人してメニューとにらめっこ……

色々な甘味に目移りしてしまう。

それぞれメニューを注文して、提供されるまで待つことにした。

 

なでしこさんと志摩さんは互いにスマホを交換して撮ってきた写真を見せ合いっこをしている。

 

「車で結構色んなところを見て来たんだな。」

 

「そういうリンちゃんも色々と撮ってきてるねぃ♪……お、ここはフルーツ公園だ。」

 

「リンちゃんはこの後、キャンプ場に行くの?」

 

「いえ、今日は帰ります。」

 

「どうして?」

 

「どうして?って…… 千代さんは分からないんですか?」

 

「え?」

 

「リンちゃんは千代さんに会いたくて、キャンプを止めてわざわざコッチに来たんですよ?」

 

「そうなの……?」

 

耳まで真っ赤になった志摩さんはコクンと頷いた。

キミはそこまで俺のことを……

 

「ありがとね。志摩さん。」

 

「良いんです……////」

 

「でも、千代さんはもうちょっと乙女心を勉強をやった方が良いですよ。」

 

「はい……(桜さんのおっしゃるとおりでございます。)」

 

そして提供されたお店自家製の堅焼きプリンをいただくことに……

 

「堅焼き…… プリンなのに腰の座ったプリンだ。」

 

スプーンでプリンの上にトッピングされたキャラメルソースのかかったバニラアイスを一緒にすくい取り、口に運び味わう。

 

「あ、優しい甘さでうまい……」

 

俺の前に座っている志摩さんも優しいプリンに顔がとろけている。

これはシャッターチャンス!俺は自分のスマホを取り出し志摩さんのとろけ顔を素早く写真に収めた。

 

「ぬぁッ!!?」

 

不意を突かれた顔。これまた可愛い…… もう一枚。

 

「ちょ、千代さん!!?何をッ!!?」

 

「え?幸せそうな顔だったから、つい……」

 

「消してください。」と志摩さんに言われたが、俺は消さずに桜さんに見せる。

桜さんはあたふたする志摩さんを尻目に、俺からの写真データを素早くスマホの壁紙にセットしていた。

 

「ある意味、千代さんとお揃いよ。」

 

「俺のはなでしこさんのどアップ写真。」

 

俺と桜さんは、なでしこさんと志摩さんにスマホの画面を見せて自慢した。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

喫茶店で美味しいプリンに舌鼓を打ったあと、俺たちは志摩さんの案内で『笈型焼』の見えるスポットへと

移動する。

なでしこさんが気づいた山にあった、あの不思議な模様だ。

 

路肩の駐車スペースに停車して四人で山肌を眺める。

 

「なでしこ、あの模様は鳥居じゃなくて"笈(おい)"らしいぞ。」

 

「お……い?」

 

「これだよ。山伏が背負うリュックサックみたいなモノかな……」

 

俺はスマホで検索して笈の画像をなでしこさんと志摩さんに見せてあげた。

 

「ほぉー」「これが笈……」

 

「笈型焼…… 山伏が背負う"笈"を模した篝火。」

 

笈型焼について桜さんが説明してくれた。

彼女が言うには甲州の大善寺と笛吹の長谷寺の間で起きたいざこざが原因らしい。

その後、二つの寺の争いを収めるために山梨岡神社が入ってきた。

しかし、山梨岡神社は長谷寺側に付いた為に大善寺は怒って神社の鳥居を焼いた。

その報復に長谷寺側は大善寺の笈を燃やす。

 

「えぇ……」

 

「そんな物騒な事件が由来になってたなんて……」

 

なでしこさんと志摩さんはドン引き……

 

「信仰のちょっとした違いが原因で争いが起きることは珍しくはないよ。外国では似たようなことが良く起きるし……」

 

「うーん…… 千代さんが言うと言葉の重みが違うんだよなぁー」

 

「でも江戸時代頃からは精霊送りの篝火みたいな意味でやるようになったみたいよ。」

 

「そうなんですね。良かった……」

 

「ねぇ?笈型焼が今も続いてるってことは、鳥居焼もまだやってるのかな?」

 

「えっとね…… 鳥居焼は毎年10月にやってるよ。」

 

「知らないのか?鳥居焼はなでしこの後ろの斜面にあるぞ。」

 

「うわッ!!?ホントだ!ここ鳥居焼の真下だったんだ!」

 

今の笈型焼は照明によりライトアップされる。

それまでの間四人で待った。

日も落ち、辺りには夜の帳が落ちる。

 

「18時59分…… そろそろ点灯される時間ね。」

 

桜さんスマホを見ながら呟いた。

 

「あっ、あそこ!」

 

なでしこさんが指を差す。

その方向を見ると、笈の形に照明が灯された。

市街地の光と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出す。

 

俺たちはしばし、その幻想的な夜景を楽しんだ。

 

「さあ、時間も時間だし戻ろうか。」

 

「そうですね。リンちゃんも遅くなるといけませんし……」

 

志摩さんと別れた俺たちは帰路に着く。

高速道路を使用し、桜さんとなでしこの自宅に戻ってきた。

 

「今日は楽しかったです。ありがとうございました。」

 

「いいえ、私たちこそ良い思い出になりました。」

 

「わたしもー♪」

 

俺は二人のご両親に一言挨拶して帰宅の準備をし、相棒のロクダボに股がる。

 

「千代さん、気をつけて下さいね。」

 

「ええ。」

 

「またね。千代さん!」

 

俺はロクダボを発進させた。

サイドミラーに映る二人がどんどん小さくなる。

そして、見えなくなった。

 

「千代さん、大丈夫かな?」

 

「大丈夫よ。彼ならきっとリンちゃんをウチまで送ってくれるから……」

 

「ホント千代さんは優しいよね。」

 

「ええ。それが千代さんなのよ……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は志摩さんが通るであろう道にバイクを止めて、彼女が来ることを願い待つことに……

車の量はそこまで多くはない。

それもそうか、もう20時半を回っている。

さらに待つこと十数分、聞き覚えのある2ストロークエンジンの音が聞こえた。予想どおり志摩さんが通り掛かったのだ。

 

「おーい!」

 

俺は彼女に見えるように手を振る。

志摩さんも俺に気づいたようだ。方向指示器を出し減速して停車する。

 

「千代さんッ!!?どうして、ここに?」

 

バイザーを上げた志摩さんは驚いた顔をしていた。

 

「久しぶりに一緒に走ろうか。」

 

その後、志摩さんの自宅まで一緒に走った千代さんは、彼女の自宅にたまたま居た彼女の祖父と鉢合わせしてしまうのだった。

 

次回に続く。




次は春キャンプですね。ジンギスカンの回です。
ご感想をお待ちしています。

最近、リコリス・リコイルを知ってネトフリで見てます。千代さんと絡ませてみたい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お花見キャンプ

お待たせしました。
今回はジンギスカンの回です。


春休みだが、今日は登校日。

一部の卒業生と在校生が一堂に会する。なぜかといえば離任式があるからだ。

式も滞りなく行われた放課後…… 俺は大垣さんに呼び出され、少し遅れて野クルの部室に向かった。

 

部室の扉を開けると部員の三人の他に志摩さんと斉藤さん、さらに鳥羽先生まで全員が揃っていた。

 

「「「「「お疲れ様でーす。」」」」」

と挨拶された。

 

「お、おつかれ……さま……」

 

うなぎの寝床みたいな細長い部屋にぎゅうぎゅう詰めになっている。

 

「それで大垣さん?みんなを集めた理由を教えてくれないか?」

 

「えっとですね。新学期始まる前にお花見キャンプをしたいなーっと思いまして……」

 

「なるほど…… いつするんだい?」

 

「明後日、明々後日…… 1泊2日の予定ッス。」

 

「おぉ、急だねぇ……」

 

大垣さん、相変わらず行動力が凄まじいな。

 

「ウチらみんなは都合がついてるんですよ。」

 

「あとは千代さんだけなんだよぉー」

 

それにみんな都合のつく日を見抜く洞察力も神がかっているし、なにせ生徒たちがキラキラと希望に満ちた視線を俺に送ってくる。

 

「大丈夫。自分もその日は時間あるし、是非とも参加させてもらいます。」

 

「………ッしゃ!」

 

「やったなー なでしこちゃん♪」

 

「だねぇー」

 

「リン、楽しみだね。」

 

「うむ。」

 

「では準備する物等をパパっと話し合ってしまいましょう。」

 

「「「「「はーーい。」」」」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

花見キャンプ当日……

今回俺は場所取りとキャンプ飯を作る為に集合時間よりはるか前に現地のキャンプ場に到着していた。

受付を済ませて、さっさと設営を済ませる。

 

「今日はジンギスカン…… みんな喜んでくれるか。」

 

鳥羽先生の提案で今回のメインはジンギスカン。

鉄板と野菜類は先生が用意するということで、俺はメイン食材の確保などを志願した。

 

「急だったが、変わりダネ含めてしっかりと食料は用意できた。あとはみんなが来るまでゆっくり待とう。」

 

俺は静かなキャンプ場で一人調理をしながら、みんなの到着を待つ。

集合時間になり、鳥羽先生の運転するラフェスタが到着、志摩さんも合流した。

 

「場所取りありがとうございます。」

 

「いえ、先生こそお疲れ様です。」

 

「千代さん、場所取り等々お疲れ様ッス。」

 

「大丈夫だよ。場所取りしなくても選び放題だったからね。」

 

「千代さん!オーッス!」

 

元気いっぱい、あかりちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。そんな彼女をしっかりと受け止めて高い高いをしてあげた。

 

「こら!あかり!こんにちはやろ!」

 

「あかりちゃん。久しぶりだね。」

 

「今日は友達と遊ぶつもりやったけどな、焼き肉やるってあおいちゃんに聞いたから、コッチに着いて来てもうたわぁー」

 

「友情より肉を選ぶんだ。ハハ……」

 

「あかりは花より団子なんですよぉー」

 

「焼き肉は焼き肉でも、今回はジンギスカンです!」

 

鳥羽先生が専用の鉄板を皆に見せる。

 

「仕込みは自分が責任を持ってやっております!」

 

「やったー!ジンギスカンやー!」

 

あかりちゃんは身体全体を使って、気持ちを表現していた。

 

「あかりちゃんはジンギスカンが好きなの?」

 

「うん!ウチは月3回くらいは夕飯にジンギスカンが出てくるでぇ。」

 

「月3はちょっと凄いねぇー」

 

あかりちゃんの言葉に志摩さんと斉藤さんは感心している。

 

「だからウチらは、ジンギスカンにはちょっとうるさいんよ。ねぇー あおいちゃん♪」

 

「んふふ、かもしれんなぁ。」

 

「ハードル上がっちゃたかな?設営をして、早速やっちゃおうか。」

 

「「「「「「おぉーー!」」」」」」

 

生徒たちはテントの設営、俺と鳥羽先生はキャンプ料理の準備をした。

 

「今日はジンギスカン……ってことで、ビールを中心にアルコールを揃えてみました!」

 

「今日も平常運転ですね……」

 

準備も完了!ジンギスカン大会が始まる。

 

「一応、お肉はラムと豚の二種類を自家製のタレと塩ダレに漬けてあるからね。もちろん!なでしこさんのためにたくさん用意してます!」

 

「おほー! 食べ放題じゃー!」

 

「あ、それと今日はジンギスカンとは別に珍しいお肉を用意してみました!」

 

「珍しいお肉……?」

 

「ちょっと驚くかもしれないけど……」

 

俺は一つの皿をみんなの前に出した。

皿の上にはカエルの後ろ足が……

 

「「「「「「「か、カエル……ッ!!?」」」」」」」

 

「ち、千代さん!どうしたんですか?これ!」

 

「フッフッフ~ ジンギスカンをするならお肉にこだわろうと思ってね…… 専門店に行ったらマニアックな食材が扱ってたんだよ!なんか自衛隊にいた時の思い出が甦って、つい衝動買いしちゃった♪」

 

「あの…… そんなところで自衛隊魂を燃やされても、ウチらは困るんですが……」

 

「大丈夫、安心して……自衛隊の時は全部鍋にブチ込んで雑炊にしてたけど、今回はみんなが食べやすいように調理したから♪」

 

ということで俺は唐揚げにした調理済みのカエルを出す。

 

「じゃあ、これはあかりちゃんと犬山さんに……」

 

「え?ウチたちにですか?」

 

「私たちには?」

 

「志摩さんと斉藤さんにはコッチ♪」

 

俺は二人に別の皿を差し出す。

二人の前に出したその皿には、飴色のカラカラに乾燥した物体が乗っていた。

 

「これは……?」

 

「乾燥させてから、さらに油で素揚げして極限まで水分を抜いたセンベイみたいな物。マキシマムとカレーパウダーで味付けしてます。」

 

「千代さん?私とリンが知りたいのは作り方じゃなくて、材料のお肉の方なんですが……」

 

「それはあとからのお楽しみ~♪」

 

「あー なんか超コェーよ。」

 

「最後に鳥羽先生、大垣さん、なでしこさんにはこれです!実はこの料理が一番手が込んでる自信作♪」

 

俺は焚き火で保温していたダッチオーブンをテーブルに置き、蓋を開けて中身をみんなに見せる。

 

「おー これはうまそう。」

 

「当たりですかねぇー」鳥羽先生は缶ビールのプルタブを開けた。

 

「千代さん?これはロースト何?」

 

「これもあとのお楽しみでーす♪まずは実際に食べてみて♪さあ!」

 

みんなはそれぞれ口に運ぶ。

 

「しょう油ににんにくのパンチが効いていて、普通の美味しい唐揚げやぁ……でも食べてるのがカエルというの事実が脳裏にチラついとる。」

 

両手を上げて喜べない犬山さん。

妹のあかりちゃんに到っては完全に頭が混乱している始末だ。

 

「あ、あかりちゃん?大丈夫……」

 

次は志摩さんと斉藤さんが感想を口にする。

 

「味は…… スパイシーでうまい。」

 

「パリパリしてて……あれだ!ジャーキー!」

 

「それで千代さん?これってなんのお肉なんですか?」

 

「二人が食べてるのは、ガラガラヘビとニシキヘビのお肉だよ。」

 

次の瞬間、「「ぶぅーー!」」と二人は吹き出した。

 

「なんて物を食べさせるんですか……!」

 

「でもヘビは貴重なたんぱく質なんだ。イーヒッヒッヒッ♪」

 

「でもヘビだと思わなければ、私は好きな味だよ。」

 

「斉藤…… お前、けっこう肝が座ってんだな。」

 

「あとはアタシらだけか……」

 

「千代さん、ホントーに大丈夫なんですか?」

 

「見た目は美味しそうなんだけど、リンちゃんたちを見ると超不安なんだよー」

 

「大丈夫、大丈夫。自信作だから!」

 

「コェーー!」

 

三人は意を決して食べた。

 

「味は…… マジでうまい。」

 

「ええ。覚悟はしてたけど臭みやクセはないし、ビールにも合います。」

 

「でも、かなりの歯ごたえ…… それに、お肉の味のずぅーーっと奥の方で青臭さが手を振ってる。」

 

なでしこさんがプロみたいな食レポを披露する。

 

「それでこれはなんですか?」

 

「ヌートリアです。」

 

「「「ヌートリア?」」」

 

首を傾げる三人。

斉藤さんが素早くスマホで調べた。

 

「ヌートリア、ヌートリア…… あった!中型の水生齧歯類って書いてあるよ。」

 

「齧歯類……」

 

「ネズミですね。」

 

「鳥羽先生、ある意味大当たりです。」

 

ネズミと聞いて、三人の口からは魂が出ていた。

美味しいのに…… 三人のリアクションに残念と思いながらも俺はヌートリアのローストを食べる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「それじゃ、メインのジンギスカンを始めようか。」

 

「アタシたち、もう前菜で心身共にすんげぇダメージ食らってるんッスけど?」

 

「まあまあ、気持ちを切り替えて!ほら、好みのお肉をじゃんじゃん焼いちゃおう。」

 

「アタシは癖のあるラム肉で!コッチの方がジンギスカンらしいしな。」

 

「おっ、アキちゃんは通だねぇい。私はラムも豚も大好きだから両方いくよー♪」

 

「私はどっちかと言ったら、豚肉が良いな。」

 

「私も豚メインにしようかな?実はちょっと苦手なんだよね、ラム肉……」

 

「なあ?恵那ちゃんはラム肉のどこがそんなに苦手なん?美味しいのにぃ……」

 

「うーん、あの癖のある独特な臭いかな?」

 

「あおいちゃん?ジンギスカンに臭みなんてあったかなぁ?」

 

「さぁねぇ…… ウチらは小さい頃からよう食べとったから、たぶん慣れてしまったんやろうなぁ。」

 

鉄板でジュウジュウと良い香りと音を発てて肉が焼けていく。

 

「「「「「「「いただきまーーす」」」」」」」

 

「そうそう、こうやって下の方に野菜を置いてぇ…… 上の方でお肉を焼くと、垂れたお汁が野菜に染み込んで、むっちゃうまいんよねぇ♪」

 

「よぉ!ジンギスお奉行!あかりちゃん!」

 

太鼓持ちとなった斉藤さんにちやほやされて、鼻高々ドヤ顔のあかりちゃん。

 

「ラム肉、うめぇー!」

 

「塩ダレは新感覚でおいひー!」

 

「カァー! ビールが止まらんぜよぉー!」

 

爆速で酔いの回った鳥羽先生のキャラが崩壊している。俗にいうゲシュタルト崩壊だ。

 

「豚肉もうまぁー♪」

 

「ほっぺが落ちそうって、こういう事を言うんだねぇ……♪」

 

評判は上々。みんな各々喜んでくれて嬉しい限りだ。

しかし犬山さん姉妹だけは、焼けたラム肉を口に入れたまま、顔色悪くプルプルと震えている。

 

「二人とも口に合わなかった?」

 

俺は心配になった。

否、俺だけじゃない他のメンバーも何事かと気が気じゃない。

箸を置いた犬山さんが自身のスマホで電話をかける。

 

「あ、もしもしお母さん?おばあちゃんおる?」

 

俺たちにも聞こえるようにスピーカーにして、スマホをテーブルに置いた。

 

『あおい、なんかあったんか?』

 

彼女の祖母が受話器に出たようだ。

 

「もしもし、おばあちゃん?今な?キャンプしとってな、みんなでジンギスカン食べとるんやけど…… なんかウチのジンギスカンとは全然味が違うんよ。」

 

なんだろう。伊豆でのキャンプで似たような構図を見た気が……

彼女のおばあさんは一言も発せずに犬山さんの話しを聞いている。

 

「それでな?千代さんが別に豚肉をジンギスカンだれに漬けたヤツも用意してくれてて、そっちを焼いて食べたら…… 【ウチのジンギスカンの味がするんよぉーッ!!!!】」

 

うわぁ~デジャブ。

伊豆で見たあかりちゃんと同じかそれ以上の顔だ。

 

『あおい…… 気づいてしもうたか。』

 

犬山さん姉妹を諭すように、彼女たちのおばあさんが静かに口を開く。

しかし、スマホからは凄まじい覇気を感じられた。

 

『実はウチのジンギスカンは昔からずぅーーっと【豚肉】や。』

 

「お、おばあちゃん…… ウチらを騙しとったんッ!!?」

 

犬山さん以上に妹のあかりちゃんの方が不憫でならない。伊豆では姉に騙され、今回に到ってはは家族から騙されている。

 

『あおい、落ち着きや。こないな嘘は世の中にギョーさんあることや…… 知っとるか?北海道で売っとる焼き鳥弁当は鶏やなくて、"豚肉"が使われとるんやで。』

 

電話が切れる。

通話を終えたとたん、姉妹は膝から崩れ落ちた。

 

「どういうことやねん………」

 

「トントロたべたい…………」

 

思考が追いつかない犬山さん姉妹に大垣さんがドライに接する。

 

「おまいら、さっさと食わねぇとジンギスカンがなくなるぞ。」

 

今回のことで改めて犬山家の恐ろしさを知った俺であった。

 

次回に続く。




見事に姉妹揃って騙されましたね。
あかりちゃんが不憫でたまらない……

ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

部員獲得!春の陣!

前半は新キャラ中津川メイちゃんが登場。
後半は千代さん大暴れです。


四月になって新学期が始まる。

俺の勤める本栖高校にもたくさんの新入生が入り、賑やかな学校用務員ライフが始まった。

 

今朝は通常出勤……

相棒のロクダボで学校に向かっていた。

 

「もう朝も寒くないし、本当にバイクの季節になったな……」

 

学校までもう少しかという所で、本栖高校の制服を着た二人の女子生徒が立ち往生しているのを見かける。

 

「あの制服は…… ウチの学校の生徒だったな……」

 

俺は安全を確認した上で相棒をUターンをさせると、その女子生徒たちのもとに向かった。

減速して近づいてクラクションを鳴らすと二人が気付き、こちらに視線を向ける。

 

「犬山……さん?」

 

なんと女子生徒の一人は犬山さんだった。

 

「あ、千代さーん。おはようございます。」

 

「おはよう。ところでどうしたの?」

 

「あ、えっとですね?この娘の自転車のタイヤがパンクしてしまったみたいでぇ……」

 

犬山さんから言われて確認してみると、前輪のタイヤから見事に空気が抜けてペッタンコになっている。

 

「何か踏んじゃったみたいで……」

 

「ありゃー 派手にやったね。」

 

「私も最近、ロードバイクに乗り始めて修理キットは持ってるんですけどね、この自転車と規格が合うか分からんくて困ってたんですよぉ……」

 

犬山さんの持つゴムチューブを借りた。

 

「確かに…… 自分も専門じゃないからなぁ…… 中途半端な修理で新入生に迷惑もかけらない。」

 

「このままじゃ、三人揃って遅刻してしまうなぁ……」

 

「どうしましょ~?」

 

俺は周囲を見渡すと、運良くちょうど近くに商店を見つけた。

 

「あそこのお店に理由を言って、少し預かって貰おう。その後自分が引き取りに来るよ。」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

新入生の女の子が心配そうに俺を見る。

 

「大丈夫。自分が話を付けてくるから……」

 

俺は彼女を安心させるために頭を撫でてやった。

その後商店の人にお願いしてみると、快く承諾してくれ、そして学校へも一報を入れておいた。

 

「助かりました。ありがとうございます。」

 

「先輩にも迷惑かけてすいません。」

 

「困った時はお互い様やでぇー♪」

 

「犬山さんは先に行ってて良いよ。」

 

「じゃあ、この娘はどうするんですか?歩いて行くにはけっこう距離ありますよ?」

 

「ふふーん♪」

 

俺は相棒のロクダボのリアシートを指差す。

相棒のリアシートには予備のヘルメットと簡易プロテクターが一式乗っていた。

 

「あはは…… なるほど。」

 

「じゃ、気を付けて行くんだよー」

 

「はーい。」

 

犬山さんはロードバイクに股がるとこちらに手を振り、風のように颯爽と去って行った。

 

「速ーっ!」

 

「だねー さあ、キミは準備出来たかな?」

 

「は、はい!」

 

俺が先に股がり、それに続いて新入生の娘がリアシートに座る。

キーを回すとロクダボに電源が入った。

スタートボタンを押すとエンジンをかかる。

 

「おぉぉーー」

 

ニュートラルで何度か軽くスロットルを回し、回転数を煽る。

 

「じゃあ、良いかな?」

 

「はい。お願いします。」

 

女の子は俺の下腹あたりにギュッとしがみついた。

俺は細心の注意を払い、安全に心がけて学校に向けて相棒を走らせる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

学校には遅刻することなく到着した。

女の子がバイクから降りて、改めて俺に頭を下げる。

 

「ホントーに!ありがとうございました!」

 

「気にしないで。一緒にいてくれた生徒も言ってたじゃないか。困った時はお互い様って…… さあ、もうすぐ始業のチャイムが鳴るから、早く行きなさい。」

 

「はい。いってきます!」

 

女の子はヘルメットやプロテクターを俺に返すと、走って校内に向かっていった。

 

「廊下は走っちゃダメだぞー」

 

彼女を見送って、俺は相棒を止めるために駐輪場へと向かう。

途中で犬山さんと会った。

 

「あ、千代さん。」

 

「犬山さん、朝から大変だったね。」

 

「いえ、千代さんが通りかかってくれて良かったですわぁー」

 

「いやいや…… あの娘もキミ付いていてくれたから、助かったって言ってたよ。さすが先輩♪」

 

「もー 茶化さないでくださいよぉー」

 

「フフ……じゃあ学校頑張ってね。」

 

「千代さんこそ、お仕事頑張ってくださいねぇ」

 

犬山さんも校内へと入って行くのを見送る。

 

「さてと…… 俺は自転車を回収にいかんとな。」

 

その後、俺は自転車を回収して学校まで運んだ。

そして学校に常備されていた修理キットを使い、パンクの修理をした。

 

「こんな物か…… 修理したの良いけど、あの娘の名前とか聞いてなかったな…… どうしたものか。」

 

「千代さん、お困りのようですね?」

 

そこに立っていたのは教頭先生だった。

 

「お疲れ様です。」

 

俺は今朝あったことを教頭先生に話す。

カクカクシカジカ…… 鹿さんおいしいー

 

「なるほど。一年生の女子生徒ということしか分かってないと……」

 

「そうですね。」

 

「次の休み時間に私が校内放送を流しときますよ。」

 

「そうしてくれると助かります。」

 

「分かりました。では……」

 

教頭先生は俺の前から立ち去った。

二時間目と三時間目の間の休み時間……

約束してたとおり、校内放送が流れる。

 

放送が終わって、しばらくすると事務室の引き戸が開いて朝の女の子が顔を覗かせた。

 

「あ、こっちこっちー」

 

俺は彼女に向かって手を振る。

コチラに気づいた女子生徒が「失礼します」と一言いって入室、俺のもとへ歩いてきた。

 

「やあ。」

 

「お、お疲れ様です……」

 

「ごめんね。呼び出すような真似をして…… キミの名前を聞くのを忘れていたから。」

 

「平気ッス。私は一年2組、中津川メイです。」

 

「自分は野咲千代。みんなからは千代さんって、呼ばれてます。よろしくー」

 

「こ、こちらこそ……!」

 

「それで…… 一応の修理はしたけど、学校終わってからきちんと自転車屋さんとかに預けた方が良いと思うし、放課後学校が終わってから近所のお店に連れてってあげるよ。」

 

「良いんでしょうか?ご迷惑になりませんか?」

 

「いいよ。いいよー」

 

「ありがとうございます。」

 

「キミの自転車はそこの来賓用玄関に置かせて貰ってるからね。」

 

「あ、はい。」

 

「放課後、学校終わったらまたここに来ると良いよ。そしたら、お店まで乗っけて行ってあげるから。」

 

「分かりました。」

 

始業開始5分前の予鈴が鳴った。

 

「時間だね。授業がんばりなよ。」

 

「はい。失礼しました!」

 

中津川さんは自分の教室へと帰っていく。

そんな彼女を見ていると隣の席に座る同僚に声をかけられた。

 

「聞きましたよー? 朝、困ってたあの女子生徒を助けて上げたんですってぇ?」

 

「ええ、自転車のタイヤがパンクしてて……」

 

「また、千代さんのことを慕うファンが増えそうですね?」

 

「それって、どういう……?」

 

「かぁーッ!!? 自覚がない?それは罪ってもんですよ。千代さんはこの学校の生徒から絶大な人気がありますからね。それこそ先生以上に……」

 

まっさかーッ!と思ったが、よくよく野クルのメンバーを考えるとあながちウソでは無いのだろうか……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

次の日の放課後。

俺は大垣さんに呼び出され、野クルの部室にいた犬山さんやなでしこさんと話していた。

 

「この間のお花見キャンプ楽しかったよねぇー」

 

「まあ、色々あったけどなぁー」

 

「ジンギスカンも美味しかったよね。」

 

「ジビエ料理も大成功だったと思う。」

 

「千代さん……」「それはノーコメントで……」

 

「え?」

 

他にもなでしこさんがキャンプ用のイスを買いたいだとか雑談をしていると、部室の戸が勢い良く開き血相を変えた大垣さんが飛び込んできた。

 

「お前ら!大変だぞォォー!」

 

「どうしたの?アキちゃん……?」

 

「そんな血相を変えて……」

 

「勧誘ポスターを貼りに行ったんやなかったん?」

 

「貼りに行ったよ…… 確かに行った!そしたらよ……」

 

俺たちは掲載された各部活のポスターを見て驚く。

それはもう目ん玉飛び出るくらいに……

 

「ほとんどの部活がキャンプ推しになってやがるんだよォォォーーー!」

 

「うわぁーー」

 

「キャンプブームの波がこんなところにまで……」

 

「ちょっとまちぃ…… 囲碁将棋とキャンプって、ぜんぜん関係ないやん……」

 

「人気の部活にこんな事をやられたら、弱小サークルのウチらは手も足も出ぇへん。新入部員がみんな取られてしまうで……」

 

「どうしよう。千代さん……」

 

「うーむ…… 流行り乗ることは悪くはないけど、何も考えずにやると危険なこともあるし……」

 

「こうなったら、もう…… 【各部へ殴り込みに行くしかねぇだろうォォォーーッ!】」

 

「「おーーーッ!」」「お、おー」

 

「【皆の者!出陣じゃァァァーーッ!】」

 

色んな部活を回り大垣さんたちは懇願していく。

もちろん俺も説得を手伝った。

 

「たのもー!」

 

先陣を切って入ったのは、柔道部のいる道場。

ここも無意味なキャンプ推しをやっていた。

大垣さんたちは屈強な男子部員にビクビクしている。

 

「あれ?千代さん?どうかしました?」

 

顧問の先生と部員たちが俺たちもとに集まった。

 

「あの、今さっき部活の勧誘ポスターを見たんですがね?なぜ柔道部が今さらキャンプで新入部員を釣ろうとしているんでしょうか?」

 

「何でしょう?その言い方はちょっと癪に触りますね……?」

 

顧問が凄みを見せる。

しかし理不尽な自衛隊に16年勤め、心身共に鍛え上げた俺には屁でもない。

俺は落ち着いたトーンで柔道部を説き伏せた。

 

「いえいえ、別にやるなとは言ってませんよ。今までやって来なかったことをいきなりやるのは、いかがなものかと言っているんです。キャンプ道具を揃えるにもかなりの予算が掛かりますよ?」

 

お金の話になって柔道部は少し弱気になる。

ここぞとタイミングを見計らい勝負をかけた。

 

「彼女たちは部費には頼らず、自ら率先してバイトをして活動資金を集めているんですよ?アナタたち部員にはその覚悟があるのですか?」

 

形勢逆転した。

野クルは自腹を切っている旨を伝えると皆押し黙る。

 

「ええい!別に柔道部がキャンプを推してもいいだろう!」

 

顧問が声を張り上げた。

 

「ほう?あくまでもポスターは書き換えないと?」

 

「そうです!我が柔道部は書き換えは一切しません!」

 

「じゃあ、ポスターの書き換えを賭けて、自分と勝負しましょう。先生が勝てばそのまま掲載して構わないです。おとなしく引き下がります。」

 

「よろしい。その勝負受けて立ちましょう。」

 

と言うことで、俺は柔道部顧問の先生と勧誘ポスターを賭けて四分間一本勝負をすることに……

俺は部員から借りた柔道着を纏って準備運動をする。

 

「千代さん……」

 

なでしこさんが心配そうな顔をしていた。

 

「大丈夫。心配しないで……」

 

「千代さん、ケガだけはしんといてくださいよ……」

 

「ああ……」

 

「千代さん!ファイト!」

 

俺は三人にサムズアップで答えて、先生と向かい合って立つ。

正面に礼をして、互いに頭を下げて開始線に立った。

 

「始め!」

 

主審の部長が開始の合図を出す。

同時に俺は先生に組み付いた。

互いに足をかけ合い、激しく勝負の駆け引きをする。

 

一瞬の隙を突かれて、俺は先生に投げられそうになるがフン!と踏ん張り先生の攻勢を凌いだ。

 

何度か駆け引きをしていると先生の癖が分かってきたような気がする。

次は俺が攻勢を仕掛けた。

ちょっと挑発するように小外刈を何度か掛けてみる。

 

「お、おのれ…… なめやがって!」

 

焦った先生は勝負を仕掛けた。

これを待っていた…… 俺は先生の力任せの投げ技を受け流し、繰り出したのは必殺の【山嵐】!

先生はフワッと体が浮き上がり、そのまま畳に叩き付けられた。

 

バァァン!と音が響き、静寂が道場を支配する。

投げられた先生は唖然としていた。

 

「いい……一本!」

 

俺を応援していた三人から歓声が上がった。

 

「ま、負けたのか……?」

 

「俺の勝ちですね。約束守ってくださいね。」

 

「お、おう……」

 

約束を取り付けた俺は着替えて、野クルのメンバーと共に道場をあとにした。

 

「千代さん、強かったな……」

 

「そうッスね……」

 

「そうだ!あの人、元陸自の隊員だった……!」

 

「そりゃ、強いはずだ。」

 

俺たちはその後、キャンプとは関係ない部活は徹底的に【お願い(潰)して】回った。

それはもう道場破りと同じように……

 

次回に続く。




千代さんは近接格闘に関しては特級クラスです。
筆者の自分は銃剣道だけは筋が良いと褒められたことはあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

部員獲得作戦!開始!

今回は千代さんがちょっと暴走します。


俺と野クルで各部活を荒らし回ってから、数日経ったある日…… 昼休みに放送で呼び出された。

 

「失礼します。」

 

同じく野クルメンバーも一緒だ。

扉を開けると居たのは、校長先生…… そう、俺たちが呼び出されたのは校長室だ。

それだけではない。教頭先生に顧問の鳥羽先生も同席している。

 

野クルメンバーは始めての校長室に緊張していた。

 

「野咲さん?昼休み中に呼び出したりして申し訳ない。野外活動サークルのキミたちも申し訳ないね。」

 

「い、いえ……!」

 

大垣さんが答える。

 

「それでキミたちをここに呼び出した理由…… 分かりますよね?」

 

「部活の勧誘ポスターについてですね。」

 

「それもそうですが…… 他の部活を…… 言い方は悪いんですが、みんなして荒らして回ってると聞いています。」

 

「それは…… 自分らのお願いを聞き入れられない部活には勝負を挑んで、実力行使をしてます。」

 

「アタシたちは、最初にキャンプの大変さとかをきちんと話しています。」

 

「そもそもおかしいじゃないですか?キャンプ用品の代金どうやって賄って、大会時期に被るであろう時期に長期休暇で泊りがけで出かけるつもりなのかと。強化合宿とキャンプは全く違うと思います。」

 

「そうだよ!私たちだけじゃないです。たまに一緒に行く子たちもバイトしてほとんど自腹で賄っているんですよ。」

 

「ちょっと、アナタたち!!?少しは……」

 

鳥羽先生が口を挟もうとするのを教頭先生が間に入って制止した。

 

「鳥羽先生…… 皆さんの言うとおりだと私も思います。流行りに便乗して知識やマナーも分からずにやってしまうと他者に迷惑をかけてしまうかもしれません。」

 

「は、はあ……」

 

「それにキャンプで部員を集めて実際にはしないなんてことも…… 生徒たちを疑いたくはないですが。」

 

「なので教頭先生。提案があるんです。生徒会を通して各部活でキャンプをする際は、知識とマナーを身につけた上でやってもらうようにお願いして貰いたいんですが……」

 

「そうですね。そうしましょう。鳥羽先生、校長…… よろしいでしょうか?」

 

「ええ、私はかまいません。」

 

「私も千代さんの提案に賛成します。教頭、お願いしても良かったですか?」

 

「ええ、お任せください。」

 

「よろしくお願いします。」

 

「「「お願いします。」」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

校長室をあとにした俺たちは、鳥羽先生を含めた四人で廊下を歩いていた。

 

「ホント…… アナタたちが呼び出された時は何をやらかしたのかとヒヤヒヤものでした。」

 

「あはは……」

 

鳥羽先生の小言に俺は笑って誤魔化そうとする。

 

「笑いごとではありませんよ?千代さん。良いですか?アナタたちの言い分は分かります。しかし実力行使というのは、正直私は嫌いです。」

 

誤魔化せなかった……

俺は鳥羽先生に怒られてしまう。

 

「すみません。」

 

「千代さん、子供みたいやねぇー」

 

「そうだなぁー」

 

「ふふふ。」

 

俺は犬山さんを皮切りに大垣さんやなでしこさんからかわれてしまった。

 

「アナタたちもですよ?」

 

「「「ごめんなさい。」」」

 

「全く…… アナタたちが回った部活動の部員たち…… 特に千代さんが相手した運動部は心折られてやる気を失くしているみたいですよ?」

 

「え?そうなんですか?」

 

「そうなんです!」

 

「千代さん、みんな蹴散らしてたもんねぇー」

 

「そうやったなぁー」

 

「県大会上位組の女子薙刀部の主将に勝った時は、めっちゃカッコ良かったッス!」

 

「まあー 高校まで剣道して三段持ってて…… 地元の警察署の助っ人で警察の剣道大会にも出場してたよ。陸自じゃ銃剣道は特級で近接格闘の教官も一時的にしてたからね……」

 

「やっぱり千代さんはただ者ではないんやなぁー」

 

「私は音楽室で華麗に弾いてるのも印象にのこてるんだよー!」

 

「先生だけやない。部員全員唖然としとったなぁー」

 

「ピアノは独学だねー 小学校の時に妹たちが習い事でピアノ教室に行ってたから、実家にピアノがあるんだよ。」

 

「ピアノ……? 電子的なヤツですか?」

 

鳥羽先生が首を傾げている。

 

「いや、ここの学校…… 体育館のステージに置いてあるヤツですよ。亡くなった祖父や親父が妹たちには甘々でしたからね…… 奮発して購入したって話してました。」

 

「うぅぅ…… なんか、鼻がムズムズしてきたぜぇ……」

 

「アキぃ、ティッシュ詰めるかぁ?」

 

「あぁ、詰めてくれ。」

 

「それで?いくらするんですか?そのピアノ……?」

 

「詳しい値段とか教えてくれなかったけど、乗用車一台買えるぞぉー!って、親父は言ってました。」

 

「ぶぅーーーッ!」

 

鼻に詰めたティッシュを吹き飛ばす勢いで鼻血を噴き出し、大垣さんは仰向けに倒れ無事に逝った。

 

「アキぃ~ 大丈夫かぁ~?」

 

「ねえ、千代さん?」

 

「どうしたの?なでしこさん?」

 

「千代さんって、何か苦手なことってあるんですか?」

 

「あるよー 自転車に乗れない。マジで……」

 

「「「「え……?」」」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

勧誘ポスターの件も落ち着いた。

とある日の放課後、俺は大垣さんから呼び出された。

 

「あの…… 俺、まだ仕事が……」

 

「まあまあ、良いじゃないッスか。」

 

「いやいや、良くないって…… 俺、事務長に怒られちゃうから。」

 

俺は仕事に戻ろうとする。

 

「イヌ子!なでしこ!千代さんを取り押さえろ!」

 

「「ラジャーっ!」」

 

二人が俺の腕にしがみついた。

うなぎの寝床のような激セマ部室では、思ったように動けない。

案の定、俺は三人からロープで雁字搦めに縛られて座らされた。

毎回こうやっては、なし崩し的にサークル活動に参加させられる。

 

「っと言うことで、これから部員獲得作戦について話し合おうと思う!」

 

「「おぉー!」」「お、おう……」

 

「まず、重要なのは新入生にマイナーな野クルの存在と売りを分かり安く伝える事だと思うんだよな。」

 

「売りかぁー」

 

「まず名前からして活動内容がぼんやりしとるもんなぁー」

 

「大垣さんと犬山さんが立ち上げる時にもっと分かりやすい名前にすれば良かったね?」

 

「例えば……?」

 

「例えば…… "冬季挺身活動サークル"とか"特殊作戦群"とかすれば良かったんじゃないかな?」

 

「なんか物騒なことしそうで却下で……」

 

「えぇ…… カッコいいのに……」

 

「売りは初心者にも優しいまったりキャンプかな?」

 

「部員が少ないゆえのフットワークの軽さとかもあるなぁー」

 

「それもあるけど、このサークル一番の売りは別にあると思うよ。ヒントはなでしこさん。」

 

「わたしー?」

 

「はっ!分かった!答えはキャンプ飯だ!なでしこの作るキャンプ飯は絶品だからな!」

 

「正解!大垣さん!」

 

「確かになでしこちゃんのキャンプご飯は、野クルの売りになるかもしれんなぁー」

 

「そ、そうかなー////」

 

「そうだ!放課後、部室棟の前でビストロなでしこのキャンプ飯の炊き出しをして……」

 

「ほうほう。」

 

「新入部員を一網打尽にするってのはどうだろうか?」

 

「一網打尽って、漁じゃないんだよ。大垣さん……」

 

「キャンプの醍醐味はみんなで作るご飯だし……!」

 

「一番興味を持ってくれやすいアピールかもなぁー」

 

「だろ?」

 

「でも、結構なお金がかかりそうやぁ……」

 

「どうにか節約しないとな……」

 

「炊き出しと言えば、やっぱり汁物とか鍋料理かな?」

 

「いやー 外で大鍋を温められる設備がないから、ちょっと無理やない?」

 

「じゃあ、俺の知り合いの自衛官が東部方面総監部に勤めてるから、野外炊具1号を借りれないか相談してみよう。」

 

俺は拘束していたロープを解いて自身のスマホを取り出す。

 

「ちょっと待って!千代さん?その野外炊具1号ってなんッスか?」

 

「陸自が所有してる装備品の一つだよ。牽引式の車両で灯油バーナーを使った炊飯器を六個搭載していて、ご飯をいっぺんに600人前炊けるよ。煮物限るお惣菜なら200人前、スープ類なら1500人前作れるんだ。」

 

三人がポカンとしている。

俺がスマホで電話をかけようとすると三人が全力で阻止にかかった。

 

「「「うわぁーー!」」」

 

「ちょ、ちょっと!何するのッ!!?」

 

「なんかまた校長室に呼び出されそうで怖いんッスよ。」

 

「そもそも、そんなアホみたいな量は作らないですよぉー!」

 

「千代さんの気持ちだけで充分です!」

 

ひと悶着あったが、炊き出しには餃子の皮を使ったミニピザを作ることになった。

こだわりの自家製トマトソースなど手間と資金はかかるが、みんなには頑張ってもらいたい。

 

「じゃー やること決まったし、この野クル勧誘ポスターを張って帰ろうぜー」

 

「うん」「せやなー」

 

「ちょっと待って。」

 

俺は三人を呼び止める。

 

「ん?どうしたんッスか?」

 

「まだ肝心なことを決めてないよ……」

 

俺は真剣な顔で三人を見つめて言った。

 

「まだ、決まってないじゃないか!作戦名!」

 

「「「え……?」」」

 

「いりますぅ?それ……?」

 

「いるんだよー!だって……あった方がカッコ良いじゃないか!」

 

「なんか今日の千代さん、めんどくさいな……」

 

「じゃあ、作戦名なんにする?」

 

「単純に部員獲得作戦でエエんちゃうか?」

 

「それではダメ……!」

 

「ピザ作戦は?」

 

「カッコ良くない……!」

 

「じゃあ、何が良いんですか?」

 

犬山さんに言われて「うーん……」と少し考え、ピコン!とひらめいた俺は、部室の壁に掛けられているミニ黒板に思いついた作戦名を書いた。

 

「これだ!」

 

「「「本栖高校 春の嵐作戦……」」」

 

上出来だと思うが、三人のテンションは俺とは真逆で、俺を哀れみの視線を送る。

 

「ジャー コレデ イイデスゥ-」

 

「カイサンナーーー」

 

「オツカレサマデシタ……」

 

三人は少し疲れたような表情で部室をあとにした。

部室に一人さびしく、置いてけぼりの俺……

 

「あ、仕事……」

 

まだ残っていた仕事を片付けるために、俺も事務室に帰るのだった。

 

次回に続く。




イチ自衛官だった千代さんは、東部方面総監部の誰と知り合いだったのか?

彼のスマホの画面にはとあるお偉いさんの名前が書いてありました。ビックリするくらいの階級の人です。

電話一本で野外炊具1号を借りようとする千代さん……彼には裏の顔があるというのか?謎すぎる。

ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本栖高校、春の嵐作戦!

原作に追い付きそうだ。


週末……

俺の自宅には野クルの三人に含め、志摩さんと斉藤さんがいた。さらに桜さんまで……

なぜかって?野外活動サークルの新入部員勧誘のためにピザ会をするためだ。

その試食会込みの仕込みや準備を俺に自宅で集まってやっている。

 

みんなは役割分担をしてテキパキと準備をしていた。

俺はそんなみんなを見守っている。

 

「良かったんですか?せっかくの休みに……?」

 

俺の横に座る桜さんに訊ねられた。

 

「ええ…… みんなの家だと色々あるだろうし、きちんと片付けてくれたらそれで良いんです。ね?みんなぁー?」

 

「「「「「はーい!任せてくださーい!」」」」」

 

「ね?」

 

「ホント、優しいんだから…… それよりこの装備品の量?いったい何をするんですか?」

 

テーブルの上には多彩な銃火器(サバゲー用)が並べられている。

俺はそれを手入れしながら、みんなを見ていた。

 

「言ってなかったっけ?今年の夏に予備自衛官の定期訓練があって元同僚たちも集まるんで、その訓練が終わったあとに久しぶりに本職の…… 後輩の陸上自衛官と一戦交えてみようかと連絡しあってるです。」

 

「そうなんですか……」

 

桜さんがちょっと困惑してる。

 

「俺、本職としては退職してるんですが、予備自衛官としてはまだ自衛隊に席を置いてるんです。」

 

「どんなことするんですか?」

 

「同窓会みたいなモノですよ。昔の同僚やらが集まってちょっと訓練するだけです。安心してください。」

 

「そうですか……」

 

「それに予備自衛官は後方支援が主な仕事だから、前線に出ることもないから……」

 

彼女を安心させるために笑顔を見せた。

 

「無理だけしないでくださいね。」

 

「もちろん……」

 

「あのー お熱いところ申し訳ないですが、準備ができました。」

 

死んだ魚のような目をした志摩さんが俺と桜さんをじぃーっと見ている。

 

「あ、ああ…… ゴメン。」

 

「い、今行くね……」

 

俺はみんなの元へ向かった。

 

「呼んできたぞー」

 

「リンちゃん…… どうかしたの?」

 

「別に……」

 

みんなで食卓を囲む。

テーブルには2種類のミニピザが並べられていた。

 

「こっちはオーソドックスなトマトソースでぇ……」

 

「こっちはエビアボカド+タルタルだぁー」

 

「段ボール釜でもうまく焼けたなぁー」

 

「早速、いただこうか。」

 

「「「「「いただきまーーす。」」」」」

 

「いただきます。」

 

それぞれ好みのミニピザを手に取って口に運ぶ。

 

「う、うまい!トマトソースの酸味が食欲を加速させる…… チーズとのハーモニーも最高だ。」

 

「エビアボカドも相性抜群で美味しいわ。」

 

「なでしこのお姉さんからもお墨付きを貰えたし、こりゃあ貰ったも当然だな。」

 

「確かにぃー お口の中が幸せやぁー」

 

「なでしこちゃんのアイデアは無限大だねー」

 

「えへへー♪」

 

「餃子の皮も一枚じゃなくて二枚重ねなんだ……」

 

「そうだよ!リンちゃん!一枚だとモノ足りないけど二枚になればパリパリ感がより感じられるよね!」

 

「うむ。パイみたいでめっちゃうめぇ……」

 

「三枚だともっと食べごたえあるけど、さすがに

予算オーバーになっちゃうし……」

 

「二枚でも充分にうまいし、これで良いと思うよ?ね?桜さん?」

 

「ええ、私も良いと思うわ。」

 

「下準備は完了!明日の決戦に備えるぞぉッ!野クルぅー!ファイトぉぉーー!」

 

「「「「おーーー!」」」」

 

気合いを入れる五人、これなら安心かな?

夕方になり解散することに……

志摩さんは相棒のビーノで残りは桜さんが送って行くそうだ。

 

「桜さん、よろしくお願いします。」

 

「任せてください。」

 

「志摩さんも気をつけてね?」

 

「はい。また明日……」

 

みんなは帰っていく。

それを見送って家に戻った。

家に戻ると机に出しっぱなしなっているライフルに拳銃やナイフなどの装備品が目に入る。

それらを眺め、手に取り扱っていると正直ニヤニヤが止まらない。

 

「夏の訓練が待ち遠しい…… 俺のあとを継いだ後輩たちは成長したか?実戦で確かめてやる。」

 

俺はスマホで部下たちに連絡を取った。

 

『準備は滞りなく進んでいるか?』と……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

週開けの月曜日、放課後の部室棟前は野クルの開催したピザ会で大盛況のウチに終わる。

新入生でごった返していた

が、五人で協力してなんとか捌きることができた。

 

数日間後…… 俺は図書室にいた。

教頭先生からある仕事を仰せつかったのだ。

それは二・三年生を対象にした進路説明会。その一つである特別国家公務員の自衛隊の紹介をしてほしいと言うのだ。

 

自分のデスクは周りが気になって集中が出来ないから、静かな図書室へとやって来た。

思ったとおり、図書室には志摩さんしかいない。

 

話のネタには困らないが、どうやって紹介しようか困ってしまう。堅苦しいのは飽きられるしなぁ……

 

自前のタブレットPCを前に「うーん」と頭を捻っていると「大丈夫ですか?」と貸し出しカウンターに座る志摩さんが声をかけてくれた。

 

「あ、ああ…… ゴメンね。」

 

「いえ…… かなり悩んでるようですね?」

 

「志摩さんたちに飽きられることなく、聞いてもらうにはどうしたら良いのかなぁ……」

 

「もう千代さんが経験したことをそのまま話せば良いですよ。私たちにたびたび話してくれるじゃないですか?ドン引きするヤツ……」

 

「そっか……!ありがと、志摩さん。」

 

彼女からヒントをもらった俺は再び、タブレットPCに向き合う。しばらく資料を作っていると図書室に誰かが入ってきた。

 

チラッと見ると女子生徒だ。新入生か……

 

「あの、すみません。」

 

「はい?」

 

「ちょっと、ここでタブレットを使いたいんですが、良いですか?」

 

「タブレットぉ……」

 

新入生を見る志摩さんから、なんとも言えない凄みが見える。

新入生の彼女も少し怖がっていた。

 

「音とか出さずに静かに使えば 大丈夫だよ。」

 

「は、はい。静かに使います。」

 

ホッとひと安心……

新入生の女子生徒は、俺と対面するように一つ奥の席に座る。

 

「どーも。」

 

互いに目が合って会釈した。

再びパソコンに目を落とすと謎のアカウントから写真が送られてきている。

 

「"chikuwa"が1枚の写真を共有しようとしています。か……」

 

何だろうと思いながらも、そのファイルを開いた。

そのファイルはとんだパンドラの箱……

 

「ぶっ……!アハハハ……ッ!」

 

堪らず大笑い。

なぜか新入生の彼女もカタカタとクスクスと笑いを震えている。

おそらくではあるが、俺と同じモノを見ているんじゃないかな?ほぼ同時だったもんな。

 

そんな俺の肩に手が置かれる。

そう、志摩さんだった。

 

「千代さん…… 図書室では静かにしましょうね?」

 

ドスの効いた声、氷のように冷たい笑顔の志摩さんが俺の傍らに立ちコチラを見ている。

 

「は、はい…… すみません。ククク……」

 

俺の肩に置かれた志摩さんの手に力が入る。

あ、普通に痛い。

 

「キミもだよ。」

 

図書室の支配者と化している志摩さんは、容赦なく新入生にも圧をかけていた。

 

「ヒッ…… す、すみません!」

 

「し、志摩さんッ!!? ちょっと落ち着いて!俺の話を聞いてくれません?」

 

「……良いでしょう。」

 

俺は自身のタブレットPCを志摩さんに見せる。

 

「唐突に送られて来て…… 気になって見たらこれだったんだよ。」

 

「むぅ……」

 

「キミもだろ?」

 

向かいの席に座る、新入生の女の子にも見せた。

 

「は、はい。全く同じです。」

 

互いにモニター画面を見せ合う。

確かに同じモノだった。

 

「ったく…… こんなことをするのはヤツしかいない。斉藤ォーーッ!出てこーい!」

 

「ちょっと志摩さん?図書室では静かにしなきゃ。」

 

注意すると志摩さんが睨んだ。

 

「私は良いんです!」

 

「んな?横暴なッ!!?」

 

「出て来ないなら、コッチから行くぞぉー!」

 

鼻息荒く、志摩さんは本棚の並ぶ方へと歩いていく。

そして…… 「ぬわーーっ!!」

斉藤さんの断末魔が図書室に響いた。

 

ケルンのようなたんこぶを擦りながら、斉藤さんが俺と新入生に頭を下げる。

 

「誠にごめんなさい。」

 

「……ったく、二年生になったんだから少しは自重しろよな。」

 

「テヘッ♪」

 

「それで?キミと斉藤さんは知り合いなの?」

 

「春休みに富士川公園にちくわと散歩に行った時に知り合ったんだよー♪ ねー?」

 

「そうですね。私は瑞浪絵真です。先輩方よろしくお願いします。」

 

「私は斉藤恵那だよー」

 

「私、志摩リン。」

 

「自分は野咲千代…… ヨロシク。大方の予想だけど斉藤さんって、ちくわと一緒に公園のベンチで寝てそうだよね?」

 

「千代さんって、もしかしてエスパーっ!!?」

 

「先輩、確かに寝てました。」

 

もう笑うしかないね……

 

「あっ、絵馬ちゃん タブレット買ったんだね?」

 

「親にダメ元で頼んでみたら、入学祝いってことで半分出してくれたんです。あとはバイトして返す予定なんですけど……」

 

「バイトかぁー もう決まってるの?」

 

「いえ、まだです。なかなか見つからなくて……」

 

「みんな、バイト探しに苦労するんだよね。この辺求人少ないし……」

 

「そうそう。」

 

「ところで千代さんは何してるんですか?」

 

「あ、俺?今週の金曜日の午後から二・三年生を対象した進路説明会があるでしょ?」

 

「あー 確かに……」

 

「それで教頭先生から、自衛隊について説明してくれないか?と打診されてね……」

 

「そうなんだ。千代さんも大変だねー」

 

「君たちのためさ。」

 

「千代さんは自衛隊だったんですか?」

 

「瑞浪さんは入ったばかりだから、知らないんだったね?この学校に入る前は陸上自衛隊にいたんだ。16年間……」

 

「凄いですね。」

 

「千代さんはね?リンのおじいちゃんが鍛えてくれたんだよー」

 

「ほぉー」

 

瑞浪さんの俺を見る目がキラキラしてる。

こんな尊敬の眼差しで見られるのは久しぶりだ。

 

「昔はおっかなかったけど、孫の志摩さんが出来て丸くなったんじゃないかな?ある時から変わったのが分かったもん。」

 

「でも、リンもたまにおっかなくなるし、血は繋がってるんだね。」

 

「違いない……」

 

「言ってくれるじゃないか…… お二人さん?」

 

おー 凄い覇気。

こりゃあ…… 斉藤さんと仲良く逝くなぁー

予想していたとおり、俺と斉藤さんはペナルティで志摩さんから屈み跳躍をさせられた。

 

「久しぶりだからけっこう効くぅーッ!」

 

「リン……私、死ぬぅー!」

 

「ムダ口を叩くなぁー 15.16.17……」

 

「斉藤先輩、ふぁいとー!」

 

次回に続く。




千代さん、進路説明会までやるとはけっこう多忙です。
リンちゃんの加工顔の下り、思わず吹き出してしまいました。彼女のキャラがどんどん崩壊していく。

原作に追いついたらどうしようか悩んでます。
少し未来の話を書くか、他の作品とクロスオーバーさせようか?それとも思いきって千代さんを異世界に転生させる……

またアンケートでも取ってみようかと思いますので、ご参加及びご協力、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進路説明会に向けて。

アンケートのご協力ありがとうございました。
このアンケートを元にストーリーを書いていこうと思います。


放課後になった。

一通りの仕事を終えた俺は、野クルの活動に顔を出して見る。ノックをすると「どうぞ。」と応答があったので部室の戸をあけた。

 

「うっ…… なんだ?この重苦しい空気。」

 

引き戸を開けた瞬間、コチラに向かって淀んだ空気が流れ込んでくる。

 

「ど、どうしたの?みんな……?」

 

「あれから一週間も経つのに、一人も入部希望の一年生が来ないんッスよ……」

 

「ま、まあ…… まだ一週間だし、これからだよ。」

 

「ピザ、美味しくなかったんかな?」

 

「そんなことないよ。美味しかった!」

 

「あんなに頑張ったのに……」

 

「大丈夫だって!諦めたらそこで終わりだって言うじゃないか。元気出して!」

 

このままでは俺まで負のオーラに飲まれてしまう。

どうにかして、元気を出させないと!

俺が一人てんやわんやしてると、部室の引き戸がノックされる。

 

「はい……」

 

引き戸を開けると一年生の女の子が二人立っていた。

 

「部室、思ったより狭いなぁ…… あの!この間食べたエビアボカドピザ美味しかったです!」

 

「私はトマトピザをいただきました!ちょーヤバかったです!」

 

「ほら!新部員獲得のチャンスだよ!」

 

三人の顔に希望が満ちる。

 

「あのピザに感動して……」

 

「私たちも……」

 

もしや入部するのかと、ざわつく野クル……

 

「「料理研究部に入部しましたぁー!」」

 

俺も含めた野クルは耳を疑った。

ワケを一年生に話し、お引き取りを願って四人して勧誘ポスターの貼られてある掲示板の元へ向かう。

俺たちはビックリ仰天!

 

「「「「ギョエェェェーーーッ!」」」」

 

四人揃って目ん玉ひんむいて、変な断末魔を上げる。

料理研究部のポスターには野外料理の項目が書かれていた。キャンプのことは話したが、野外料理について言及しなかった。

野クル痛恨のミス!これにより俺も無事に野クルの暗黒面に堕ちるのだった。

 

「一年棟に行った時、やけに料理研究部の話題を聞くなぁとは思ってたけど……」

 

「そ、そういえば…… 料理研究部の子が今年はやけに新入部員が多いって言うてたなぁ……」

 

「アタシらは料理研究部相手に無駄にナイスアシストをしただけかよ……」

 

「テントを置いたり、薪割りに焚き火したりとやっとけば良かったよ……」

 

「もう…… ツメが甘かったと反省するしかないよ。」

 

ガックシと方を落とし、解散することになった。

その後、珍しく一緒なった犬山さんと共に駐輪場へ向かう。互いに空気が重い。

 

「新入部員かぁー まだ部活を決めとらん一年生はどんだけ残っとるんやろか……」

 

「ハハ…… そうだね。今日のことがあると心配になるレベルだよ。」

 

「千代さんは明日のこともあるんとちゃいますか?進路説明会で壇上に立つんでしょ?」

 

「そこらへんは大丈夫。編集は終わってるし、今日の夕方に桜さんにリハーサルをお願いしてるんだ。」

 

「なるほどー」

 

「あ、せんぱーい!」

 

自転車を押した女の子がコチラに歩いて来た。

 

「キミは一年生のぉ……」

 

「中津川メイです。」

 

「この間は本当にありがとうございました!」

 

「もうエエって、授業にも間に合ったしなぁー」

 

「先輩や千代さんのおかげッス!」

 

「っていうか自転車がカッコ良くなってる。」

 

「ホンマやー 買ったんか?」

 

「はい!この間、先輩の乗って姿を見てカッコ良いなぁーって思ったんで両親と交渉して、条件付きで買って貰ったんです。最近、始めたばかりッス!」

 

「へぇー ロードバイクに乗ってる犬山さんに憧れたんだね?」

 

「ま、まあ……////」

 

「なんか、照れるわぁー」

 

「それで今日、自転車部の体験入部に行ってきたんッスけど…… 練習がキツ過ぎて心が折れましたぁ……」

 

「あぁー ウチの学校の自転車部けっこうな強豪校やからなぁ。最近は本栖みちばっかり登るって聞いたことあるわぁー」

 

「でもさ?そうなったのって、この間犬山さんが自転車勝負してぶっちぎりで一番だったからじゃない?」

 

「あ、聞きました。千代さんや先輩たちが各部活を荒らして回ってるって……」

 

「この前、自転車部に行った時かぁー」

 

そう、俺はバイクには乗れるが自転車には乗れない。

どうもバランスを取りながら、ペダルを漕ぐことができないのだ。俺の数少ない出来ないモノ……

 

「最近知ったんやけどな?千代さんって自転車に乗れないんやって……」

 

「え?バイクに乗ってるのに?」

 

「昔は乗れてたよ?高校で通学用に普通二輪の免許取ってバイクに乗り始めたら、乗り方忘れちゃった♪」

 

マジの話である。

俗にいう【ギャップ萌え】だ。

 

「そういえば、先輩は自転車部じゃないんッスか?」

 

「うん?違うでぇ?あ、そうだ!なぁ?自転車部に入らんなら、ウチのサークルに入らへん?」

 

チャンスと思ったんだろうな。

すかさず犬山さんが、中津川さんの勧誘に入る。

 

「アウトドアのサークルなんやけど……」

 

「アウトドアッスか?」

 

「せやで。私と部長、もう一人おってな?たまに一緒に行く子が二人、千代さんは私らの相談役で社会科の鳥羽先生が顧問なんやで。」

 

「フルメンバーでクリスマスキャンプしたり、三学期の終わりには伊豆にキャンプ旅行に行ったよ。この間はお花見キャンプをしたね。」

 

「おー なんか楽しそう。」

 

中津川さんの反応はいい。

 

「返事はゆっくりでエエから、考えてみてなぁー」

 

「はい!分かりました!」

 

少し立ち話と勧誘をして中津川さんとは別れる。

確かな手応えを感じた俺と犬山さんは笑顔でガッツポーズをした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

帰宅すると桜さんが既に待っていた。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい。」

 

荷物を片付けて桜さんの元へ戻る。

そして前持ってお願いしていたとおり、説明会のリハーサルを聞いてもらった。

 

「以上になります。ご清聴ありがとうございました。………どうでしょう?」

 

「………千代さん?」

 

桜さんが俺の目を見る。

色んな意味でドキドキするな……

 

「カンペキでした。聴きやすかったし、いつもどおりにきちんとドン引きもできました。」

 

正直ホッとした。

 

「ヨシ!明日は頑張るぞ。」

 

「フフ♪その調子です。」

 

二人でまったりしていたらインターホンが鳴る。

 

「こんな時間に……?」

 

「宅配便でしょうか?」

 

「いや、最近は何も頼んでないですよ」

 

誰だろうと応答してみると、自宅のドアの前になでしこさんが立っていた。

 

「ハハ…… 妹さんです。」

 

「え……」

 

「ただいまー♪」

 

「ここはアンタの家じゃなくて千代さんの家よ。何がただいまー よ……」

 

「えへへ。」

 

「笑って誤魔化さない。」

 

「まあまあ、桜さん…… なでしこさんは何か飲む?」

 

「じゃあ、ココアをご所望しまーす。」

 

と言って席に座り、なでしこさんは鼻唄を歌う。

そんな妹に呆れた顔をする、姉の桜さんである……

 

「はいはい…… ちょっと待っててね。」

 

俺はなでしこさんが注文したココアを提供した。

なでしこさんは一口ココアを啜る。

 

「うまー♪ 千代さんも最近、腕を上げましたな。」

 

「ありがたき幸せ。恐悦至極にございます。」

 

「それにしても千代さんの家って、お茶とお茶うけが充実して来たよねぇー」

 

「まあー 君たちと知り合って、色んな人が訪ねてくるようになったからね。ハハ……」

 

「千代さん?なでしこのこと甘やかしちゃダメですよ。この子ったら、すぐに調子に乗るから……」

 

「大丈夫。公私は分けてるつもりですよ。それに将来的には可愛い義妹になるんですから、大切にしないと…… ね?」

 

「もう……//// ズルいです。」

 

普段クールな桜さんが照れてるとなんか新鮮だ。

 

「それで?今日はあれから志摩さんとカリブーに行ったんだよね?」

 

「うん!リンちゃんはテント、私はイスが欲しくて見に行ったんだよー」

 

「お眼鏡にかなう商品は見つかった?」

 

「スッゴいのがあったよー 週明けに買うから、取り置きして貰ってるんだ♪」

 

「良かったね。」

 

「だからお姉ちゃん、引き取りのお手伝いをお願いします。」

 

「ったく、しょうがないわねぇー」

 

いつもの姉妹のやり取りにホッコリする俺だった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

進路説明会の当日が来た。

説明会で使う道具や資料を愛車のGRヤリス詰め込み、学校へと向かう。

 

そして、本番前の昼休み……

最後の調整を体育館でやっていた。

 

「千代さん、準備できましたー」

 

大町先生が声をかけられる。

 

「バッチリじゃないですか。自分の見立てどおり!」

 

大町先生は陸上自衛隊の戦闘服に身を包んでいた。

今回、彼には助っ人をして貰う。そしてもう一人……

 

「あ、あの…… どうでしょう?」

 

現れたのは鳥羽先生。

彼女には91式 常装冬服と制帽のセット(幹部用)を着てもらった。なぜそのような物をって……?

ちょっと俺の知り合いの自衛隊関係者(幹部自衛官)にお願いしたら、広報のためとならと二つ返事で貸してもらえたのだ!

 

「様になってますよ。ね?大町先生?」

 

「えッ!!? ええ!素敵です!」

 

「あ、ありがとうございます……//// 大町先生も似合ってますよ。」

 

「あ、そうッスか?照れるなぁ……」

 

なんだか良い雰囲気だ。

 

「大町先生と鳥羽先生にはご迷惑をおかけしますが、改めてよろしくお願いします。」

 

「任せて下さい!ね、鳥羽先生!」

 

「はい!」

 

「あ、一言良い忘れてましたけど…… 大町先生にはこの個人装備を全部持ってもらいますんで、頑張って下さい。」

 

俺はパンパンに詰まったリュックと20式5.56mm小銃を見せる。

 

「え……」

 

次回に続く。




千代です。先日桜さんと映画デートに行って来ました。

『ガールズ & パンツァー TV版全話+アンツィオ戦+劇場版+最終章1話 – 4話【極爆】オールナイトハートフル上映』です。

玄人勢の俺とガルパン初見の桜さん……
愛と地獄の企画ですね。

夕方16時にスタート!終わるのは翌朝6時過ぎという、もはやちょっとした監禁状態です。
いよいよ、正気にては参加できない領域に入ってきたと思います。

今なお走り続け、その轍(わだち)が伝説となっていくアニメ「ガールズ & パンツァー」のすべてを考え得る最高のクオリティで観られるので、初見さんこそ大歓迎と謳っています。

かつて、そのあまりの衝撃と中毒性により観た者は語彙力を失ってしまい、口を揃えてただ一言「ガルパンはいいぞ。」としか言えなくなってしまうというシンドロームを引き起こしたのは今も語りぐさだ。

上映終了後、桜さんも案の定「ガルパンはいいぞ。」としか言わなくなりました(笑)

ガルパンを観たことなくてもオタクなら聞いたことがあるはず。
ぶっちゃけそれ体験してみたくはないかい?

さて皆さんは最終章 第四話はもう観ましたか?
良ければ教えてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進路説明会。

だいぶ間が開いてしまってすみませんでした。


昼休みが終わり、本番が来た。

五時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴る。

体育館には二年生と三年生が座っていた。

 

三年生の学年主任の号令で進路説明会が始まった。

本栖高校の卒業したOB・OGが自身の勤める職種について自分なりの言葉で語っている。

 

最後を飾るのは俺だ。そして出番くる。

 

「では…… 大町先生、鳥羽先生 よろしくお願いします。」

 

「はい!」

 

「任せてくださいよー!」

 

まずは俺ひとりで檀上に立った。

 

「皆さん、こんにちは。」

 

俺の時間が始まる。

補佐のために鳥羽先生がステージに現れると「おー!」と歓声が上がった。

いつも優しい彼女が今日は陸自の女性士官正装を纏っているからなぁ…… 凛々しい。

 

まずは俺が陸上自衛隊に入ろうと思った理由を話す。

旧海軍の航空隊員だった祖父の話、陸上自衛官の空挺

師団に所属していた叔父の話をした。

 

生徒たちだけではない。

先生たちも真剣に聞いている。

 

次は陸自に入って良かったことを話した。

貯金が爆速で貯まること、社会的信用があるためにローンが組みやすい。色々な教育を受けられるなど……

 

「よく色々な免許が取得できると勧誘時に言われますが、これは施設科など特定の部隊だけなんで勘違いしないように。あとは体を鍛えるにも最適な場だと思います。」

 

鳥羽先生の協力でスムーズに説明が進む。

語りたいことはたくさんあるが、時間も限られているので、色々とはしょりながらも要所要所を説明した。

 

「さて、自分はレンジャー課程を終了しています。」

 

スクーンには共に苦難と向き合った仲間たちと撮った記念写真が映し出される。

俺を含め屈強な肉体をした自衛官が写っていた。

 

「「おーー」」と声が上がる。

 

「これはレンジャー教育が始まった頃です。レンジャーとは敵の目を欺きながら、襲撃・伏撃・情報収集などを行い、主部隊の作戦を助けることを主な任務としています。隊員になるには11週にわたる過酷なレンジャー教育課程を修了しなければなりません。教育訓練は各師団・旅団の普通科連隊が担任します。教育期間中は学生は2人1組となり、食事・入浴・トイレまで常に一緒です。」

 

いつもどこでも一緒だという言葉に会場は少し引いている。

 

「1人のミスは2人の連帯責任となるんですよ。また教官の指示に対し一切反論や口答えは許されません。返事は「レンジャー!」のみなんですよ。教育の前半には定期テストや体力テストがあります。大町先生!お願いしまーす!」

 

戦闘服を着た大町先生が個人装備品一式を装備してステージ端から現れた。

えっちらおちっらと、ステージ中央まで歩く。

 

「大町先生、頑張ってください。えーと、自動小銃込みで総重量50キロ近くあります。自分は当時これを担いでほとんど飲まず食わず、ロクに休憩もせずに最大5夜6日歩き続けました。」

 

その後、陸曹教育隊の話など時間が許す限りいっぱい話した。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

そして放課後、野クルの部室にて……

 

「進路説明会、お疲れさまでした。」

 

「いや~ 慣れてないことすると疲れるよ。」

 

「制服も似合っていて、カッコ良かったですわー」

 

「鳥羽先生もいつも以上にきれいだったよな!」

 

「それにしても、今日はなでしこさんがいないみたいだけど……?」

 

「なでしこはリンとカリブーに行くって、言ってたッス!」

 

「なるほど。そいえば昨日ウチで言ってたな……」

 

「なんやなんや?なでしこちゃん、千代さんの家に来たん?」

 

「えっーと…… 昨日、桜さんにリハーサルを付き合って貰ってたら、バイト終わりだったのかな?なでしこさんが急に訪ねて来たんだよ。」

 

「ふーん…… なでしこちゃんもスミにおけんなぁー」

 

「美人姉妹に囲まれてけっこうなことで……」

 

ジト目で見つめる二人の視線が痛い……

それに何?この重苦しい空気は?

 

「ウチらも千代さんの家でもっと遊びたいなぁー」

 

「そうだなぁー 今度みんなでお泊まり会でもするか!」

 

さすが大垣さん。突拍子もないことを言う。

 

「いや!それはちょっと……!」

 

「ええやん。なでしこちゃんのお姉さんはたまにお泊まりするんやない?」

 

「ど、どうして……そんなことを知ってるんだい?」

 

「なでしこちゃんが言っとたよ?なあ?アキ?」

 

「んだんだ。この間のお昼休みに言ってた。」

 

毎回のことだが、俺のプライベートはみんなに筒抜けだ。一度みんな…… 特になでしこさんとはO.HA.NA.SHIをしないといけない。

俺はそう心に誓った。

 

「お邪魔しま~す……」

 

部室の引き戸が開き、女の子が顔を覗かせた。

 

「キミは……」

 

「待っとたでぇー アキぃー この前話した一年生のぉ……」

 

「中津川メイっす!ヨロシクお願いします!」

 

「中津川さん。野クルに入ったんだね。ようこそ。」

 

その時だった。俺を押し退けた大垣さんが彼女の手をガッと掴みブンブンと振る。

 

「ア、アタシ!野クルの部長をやらせて貰ってます。大垣千明と申します!!」

 

いつもの大垣さんとは違い、とても腰が低い。

 

「この度はウチのサークルを選んでいて誠に…… ありがとう!ホントーにありがとう!」

 

「泣かんでもエエやろう……」

 

「いやー これでついに野クルも晴れて部に昇格できる人数になったわけだ。」

 

「悲願が叶って良かったね。」

 

「部になるんだし、名前を変えた方が良いのか?野外活動部?」

 

大垣さんはワクワクが止まらないようだ。

しかし、そんな彼女に水を注すように犬山さんが重たい口調で口を挟む。

 

「アキぃ~? 残念やけど野クルは昨日まででおしまいや…… 部活化を気にここは【ゆる自転車部】に変わるんやからなぁ……」

 

野望に満ちた邪悪な笑みを浮かべている、犬山さん……

 

「なん… だと……」

 

犬山さんの野クル乗っ取り計画に大垣さんはたじろぎ、なんとも言えない表情だ。

俺と中津川さんは二人に付いて行けず、蚊帳の外……

 

「おばちゃんにロードバイクをもろてから、ずっと思っとたんや…… たまにしか行けへんキャンプよりも、これからは通勤通学でも楽しめるサイクリングの時代やで。」

 

犬山さんの圧が凄い。

 

「すでになでしこちゃんと恵那ちゃんには、ワイロも渡して根回しが、さらにリンちゃんも引き入れる予定や…… メイちゃんはもちろん、千代さんと鳥羽先生もゆる自転車部の相談役と顧問になるんやで。」

 

「え?俺、自転車乗れないよ?」

 

「練習あるのみですわ。」

 

「ええー」

 

「野クルの残党はアキぃ?もうアンタだけや…… 観念して【ゆる自転車部】に入りーや。」

 

「おのれぇー!謀ったな!イヌ子ぉぉーーーッ!」

 

そこまで言ったかと思うと、大垣さんと犬山さんは、俺と中津川さんをチラッと見る。

 

「さてと…… 茶番はここまでにしておいて……」

 

「え?今のは茶番だったの?」

 

「せやでぇー それで私とメイちゃんは自転車でキャンプに行くことも考えとるんよ。」

 

「はい!私もロードバイクでキャンプに行ってみたいっス!」

 

「自転車でキャンプと言えば、リンが去年まで自転車キャンパーだったから、積み方のコツとか詳しいかもなぁ…… でもよ、その前にメイ隊員のキャンプ道具をどうにかしなきゃないけないぞ。」

 

「せやなぁ……」

 

「あのー もう一人部員の先輩がいるんっスよね?」

 

「今日はキャンプ道具を買いに行ってるんだよ。」

 

「そうなんっスね。」

 

雑談をしていると週末の話になった。

 

「千代さんって、週末はどうするんッスか?」

 

「なでしこちゃんのお姉さんとデートですか?」

 

「ちょっと…… そういうプライベートなことは……」

 

「千代さんって、彼女がいるんっスか?」

 

「いるでぇー めっちゃ美人さんやー」

 

「犬山さんッ!!?」

 

「まあまあ。なでしこの…… もう一人の部員のお姉さんなんだよ。イヌ子の言ったとおりキレイな人で、なでしこと真反対のクール美人なんだよ。」

 

「へぇー 会ってみたいなー」

 

「それで?どないなんですか?」

 

「はぁー 今週末は今日の説明会で使った制服とか道具を返却に行かないといけないからね……」

 

「そうなんですかー 残念やなぁー」

 

「どこに行くんですか?」

 

「陸上総隊司令部と東部方面総監部が入る朝霞駐屯地だよ。そこの幹部に知り合いがいるから……」

 

「どこにあるんっスか?」

 

中津川さんに聞かれた。

 

「東京の練馬区をまたいで、さらに埼玉県の朝霞市と周辺の市を含んでるよ。」

 

大まかな場所を彼女に伝える。

 

「エエなぁー」

 

「行ってみてぇー! なぁ!そうだと思わないか?メイ隊員!」

 

「はい!」

 

「まあ、連れて行きたいのは山々だけど…… 機密情報とかあるから許可を貰っている者…… 今回は自分しかいけないんだよ。ごめんね?」

 

「あー 残念やなー」

 

「でも年一回、駐屯地を一般開放したりするイベントとがあるから……」

 

「なでしこの家族が昔に行ったヤツか。」

 

「そうそう。その時はみんなで行こうよ。古巣だし自分が案内するから。」

 

「約束やでー」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

土曜日になった。

俺は借用した官品を朝霞駐屯地に返却するために朝から出発準備をする。

愛車のGRヤリスの後部座席を倒し荷室を広くし、荷物を載せていった。

 

「こんなモノか……」

 

車が狭いから自ずと中腰になってしまう。

腰をトントンと叩き、背伸びをした。

 

「千代さん。朝ごはんできましたよー」

 

桜さんが呼ぶ。

 

「あ、はーい。」

 

これに答え、俺は家に戻り、食卓についた。

 

「いただきまーす!」

 

なでしこさんが幸せそうに朝ごはんを頬張っている。

 

「なんで、アンタがいるのよ……」

 

「まあまあ…… 食卓は賑やかな方が良いですよ。」

 

「もう。何度も言ってますけど、この子、甘やかしたらすぐに調子乗るから気をつけてくださいね。」

 

「ええ、分かってますよ。」

 

朝食などを済ませた。愛車に乗り込む。

そして、俺の隣の席になでしこさんが座った。

 

「じゃー 桜さん、いってきます。」

 

「気をつけて…… アンタもバイト先まで送ってもらうんだから、ちゃんとお礼を言うのよ。」

 

「うん!分かったー」

 

「なでしこもお願いします。」

 

桜さんに見送られて、俺は自宅を出発する。

 

次回に続く。




作者です。実家の飲食店が忙しくて中々執筆ができませんでした。
新メニューで鰻を扱うことになり、鰻を捌いていくぅー!のに慣れるまで悪戦苦闘でした。ゆるキャン△でもお正月にちょっと鰻を扱ってましたね。

作者は嫌いになりそうです。鰻……

次回から千代さん単独行動なので、クロスオーバー入ります。東京に行く……ってことは?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東京へ行こう! ~喫茶 リコリコ~

お待たせしました。続きいきます。


なでしこさんのアルバイト先である、飲食店に到着した。

 

「もう、着いちゃった……」

 

彼女は残念そうな顔をしている。

 

「楽しい時間は過ぎるのが早いからね…… 元気出して、バイト頑張ってね。」

 

「うん!千代さんも気をつけてね。」

 

なでしこさんは名残惜しそうにコチラに何度か振り返りながらも、勤め先のお店に歩いて行った。

 

「いってらっしゃい。」

 

なでしこさんを降ろし、見送った俺は、東部方面総監部と陸上総隊司令部の入る朝霞駐屯地を目指す。

途中に休憩を挟みつつ、3時間半ほどかけて目的地の朝霞駐屯地に着いた。

 

正門の前で守衛の隊員に許可証を見せて駐屯地内に車を進める。

駐車場に愛車を止め、車から降りると制服姿の女性隊員がこちらに向かって歩いてきた。

 

「お待ちしておりました。野咲二尉。」

 

俺に敬礼をする。

さすが現役の陸上自衛官、凛々しい佇まいだ。

 

「出迎えご苦労。」

 

俺も答礼する。

 

「久しぶり。キミも准尉になったんだな。成長したじゃないか。」

 

「い、いえ……」

 

彼女は"鈴城シノ"…… 現階級は准尉だ。

俺は彼女が陸士長の時に出会った。

俺がレンジャー教育の先任助教をしていた時に教育した生徒であり、当時は彼女ともう一人女性隊員が一緒に受けていた。

男性隊員と同じように鍛え上げ、なんと二人とも脱落せずにレンジャー教育を突破した猛者だ。

 

「それも二尉のおかげですよ。」

 

荷物を持ち、彼女に案内されるまま一室に通される。

そして、借りた制服や装備品をテーブルに広げて彼女と需品科の隊員と共に洩れがないか、厳しくチェックした。

 

「こちら、異常ありません。」

 

「こちらも大丈夫です。」

 

「了解しました。野咲二尉、最後にコチラの書類にサインして頂いて、返却手続きは完了です。」

 

「ああ。」

 

俺は鈴城准尉から書類が入ったバインダーを受け取り、俺の名前と住所、そして電話番号を書いていた。その時……

 

「少し失礼するよ。」

 

部屋の扉が開き、老齢の男性が入ってきた。

制服の肩には星が三つ。そして右胸にはたくさんの防衛記念章が並ぶ。

現れたのはこの駐屯地の最高司令官だ。

条件反射のようにその場にいた全員が敬礼をする。もちろん俺も含めてだ。

 

「久しぶりだな?千代。どうだ?今の生活は?」

 

「ハッ!生徒たちにも慕われ、とても充実しております。」

 

「そうか…… こちらとしては優秀なお前が近くにいてくれた方が良かったんだが、上からの命令は絶対だからな。」

 

「ハハ…… まだ予備自衛官の体としては所属してますし、陸自から完全に離れたワケではありません。命令があればどこからでも駆けつけます。」

 

その後スマホの画像を見せながら、少し学校での生活を話した。鈴城准尉や需品科、そして司令が俺のスマホに見入っている。

 

「二尉はモテモテッスね。 ほとんど女子高生ばかりだ……」

 

「その野クルって言うんですか?なんか楽しそうな部活ですね?」

 

「野咲二尉?この女性は?」

 

「あー 今、付き合ってる彼女だよ。シノ……」

 

「はぁッ!!? 若すぎません?」

 

「まあ…… まだ大学生だ。」

 

「やるじゃないか、千代……」

 

「司令こそ、恋愛には年齢は関係ない!と言っていたじゃないですか。それに司令の奥様は、司令よりも10歳以上年下の方でしたよね?」

 

「ま、まあ…… そうか。」

 

「ところで司令。この子の顔に見覚えありませんか?」

 

俺は一人少女を指差した。そう志摩さんだ。

 

「はて?こんな可憐な少女は知らんな。」

 

司令は見当もつかないようで、頭を傾げている。

 

「この子、新城一佐のお孫さんですよ。」

 

司令は目ん玉が飛び出るくらいに驚いていた。

 

「本当かッ!!? せ、先輩のお孫さんなのか?」

 

「はい。自分も最近知って驚きましたよ。今は慣れましたが……」

 

「司令?新城一佐とは?」

 

「ああ、貴様たちは知らないか…… さっき言ったが私の先輩で色々と世話になったんだよ。そして千代を育てた人だ。」

 

「今はバイクで一人旅を満喫してるみたいですよ。」

 

「ハハ…… あの人らしい。」

 

物品の返却を済ませた俺は駐屯地をあとにした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

駐屯地を出て、俺は東京都の墨田区へと向かう。

後輩のシノが行きつけのおしゃれな喫茶店を教えてくれたからだ。

 

「折角教えてもらったんだ。言ってみる価値はあるだろう……」

 

40分ほどで墨田区へと入る。

 

「さすが都心だな…… 久しぶりとはいえ、山梨とは人の量がハンパじゃない。」

 

目の前にそびえるのは東京スカイツリー、東京を象徴する建物だ。

 

「相変わらず、高けぇなぁー」

 

スカイツリーを横目に目的の場所へと向かう。

近くの有料駐車場へ車を止め、ここからは歩きだ。

 

「ここら辺だと思うが……」

 

スマホの地図アプリに沿って来たんだ。間違いないだろう……

 

「らっしゃい!らっしゃい!」

 

快活な女の子の声が聞こえる。

声に気付き、俺はスマホから視線をあげると、赤基調の和装の女の子が客引きをしていた。

 

「あのー?」

 

「へい!らっしゃい!」

 

教えて貰ったのって、確か喫茶店だよな?

居酒屋なのか?ここ……

 

「あの喫茶リコリコはここで合ってますか?」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

喫茶店の扉が開く。

店内には客引きをしていた子と同い年くらい女の子、20代半ばかそのくらいの眼鏡をかけた女性、そしてカウンターにはハードボイルドを煮詰めたような大柄の黒人男性が立っていた。

 

「ちさとぉー だからウチは居酒屋じゃないって言ってるでしょ……」

 

カウンターの端に座り、一升瓶を片手に湯呑みで日本酒を煽る眼鏡をかけた女性店員と目が合う。

 

「ど、どうも……」

 

「い、いらっしゃいませ……ッ!!?」

 

「たきな、お客さんだよ~ ほら!案内して!」

 

「あ、はい。」

 

青い和装をしたツインテールの女の子に案内され、俺はカウンター席に座った。

 

「いらっしゃい。」

 

カウンターの中にいるこの店のマスターであろう、大柄の男性が温和な笑みで声をかけられる。

 

「どうぞ。温かい麦茶です。」

 

ツインテールの女の子がサッと流れるように飲み物を提供してくれた。

 

「ありがとう。」

 

「それで?お客さぁ~ん、ご注文は何にします?」

 

客引きをしていた快活な女の子に注文を聞かれる。

 

「ここのオススメってなんですか?」

 

「今日のオススメは………」

 

マスターが答えようとするのを遮るように快活な女の子が答えた。

 

「当店のオススメは看板娘である、この!錦木千束特製のスペシャルエレガントパフェになっております!」

 

「なるほど…… じゃあ、それと紅茶で。」

 

「毎度ありー!すぺえれパフェ一丁!紅茶一丁いただきやしたぁ!」

 

注文を受けた女の子はツインテールの女の子の手を引いて一緒に裏のキッチンへと引っ込んで行く。

 

「久しぶりだから腕がなるわぁー!」

 

「ちょっ……千束?私は表の接客が……!」

 

「この注文はたきなが手伝ってくれないと完成しないんだよぉー!」

 

注文、ミスったか?

お手柔らかにしてくれよ…… 心の中で祈ってみる。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

 

と眼鏡をかけた女性店員に聞いて見た。

 

「そうなんですよ。喫茶店なのにノリが居酒屋みたいでこの店のコンセプトがめちゃくちゃで……」

 

答える女性はなぜか頬を赤らめている。

そして、その人が俺の横の席に腰かけた。

やはりさっき呑んでいたのは日本酒だったのだろう…… 日本酒特有のほんのりと甘い香りがする。

 

「にぎやかで良いじゃないですか。良いことだと思いますよ。」

 

「あの子はその時その時を大切に楽しく生きることを心情としているんだ。」

 

マスターが教えてくれた。

確かにあの子からは何だか元気を分けて貰えそうなパワーを感じる。

それはそうとこの女性店員、やたらと俺を見るな……

 

「アナタ、良い男じゃない。」

 

「え?」

 

いきなりの言葉に思わず聞き返してしまう。

 

「だ・か・ら~? 私、どう?」

 

「こら、ミズキ。お客さんに失礼だろ。」

 

マスターが注意する。

相当酔っているようだ。まだおやつ時だと言うのに、いつから呑んでいたのだろうか……

 

「申し訳ない。自分、お付き合いしてる相手がいますんで……」

 

丁重にお断りした瞬間、その女性は大粒の涙を流しながら最初に座っていた場所に戻り、読み古したのだろう結婚雑誌を肴に酒を煽りだした。

 

「すまないな。お客さん、たまにあるんですよ。」

 

「いえ…… 焦らずとも彼女もいつかは、良いご縁が巡って来ますよ。」

 

「お待たせしやしたー!」

 

注文した特製パフェが出来たようだ。

俺の座る席にドンと置かれる。

あまりのデカさに俺は息を飲んだ。

 

そこそこデカイすり鉢に栗きんとんや黒蜜、小豆、ソフトクリーム、抹茶アイス、白玉など、さまざまなトッピングがなされているゴージャスなパフェ。

 

数千キロカロリーはあるだろう。

本気モンのカロリー爆弾だ。

 

「また、凄い量のを作ったな。」

 

意外と冷静だな…… ここのマスターは……

 

「すみません。千束には少しコストを考えるように言ったんですが……」

 

ツインテールの女の子がマスターにペコペコと頭を下げて謝っている。

 

「良いの良いの!お客さんは大切にするのは当然のことってもんよ!これは始めて来店してくれたお客さんにサービス!お客さ~ん?驚くことなかれ!この量でなんとたったの1200円です!」

 

「安ッ!!?」

 

ド胆抜かれる破格の安さだ。

こんな事をしておいて、ここの喫茶店はやっていけるのだろうか?

スマホを取り出して記念に一枚撮り、いざ!実食!

スプーンにパフェの一部を掬い口に運ぶ。

軽く咀嚼し、飲みこんだ。

 

「うむ。うまい。」

 

凄いの見た目だけだもん。

味は繊細で高次元にうまい。甘くなった口を紅茶でリセットする。

至福の時を味わっていると、ブカブカのだらしない服装のやけに幼い女の子が現れ、俺の隣の席にちょこんと座った。

チラっと横を見るとその少女と目が合う。挨拶をすると気だるそうに「おう。」とだけ返される。

 

恥ずかしがり屋さんか?

 

「クルミ、アンタもここに居候しているんだし、少しは店番に立ちなさいよ。」

 

「私はちゃんとリコリコのために働いているぞぉー ミズキこそ昼間から酒を飲むのをやめろ。」

 

いがみ合いになっている。

「まあまあ」となぜか客で俺が止めるハメに……

 

「へぇー お客さん、山梨の高校で用務員の仕事してるんだぁー」

 

「色々あって野外活動サークルにも参加するようになって、キャンプとか行ったりするんだよ。」

 

「楽しそう。たきなもそう思うよね?」

 

「え?ええ……」

 

雑談しながら、最高のデザートを楽しんだ。

 

「ねえ?先生?今日はもう閉店でしょ?」

 

「ああ…… そうだな。」

 

「じゃあ、自分はこれで……」

 

支払いを済ませているその時だった。

 

「ねえ?千代さん。私、もっと千代さんを知りたいなぁ……?」

 

千束ちゃんが俺の手を握る。

 

「ねえ?ここにライブのチケットが、たまたま3枚あるんだー♪たきなと一緒にいこうよー!」

 

「えっと…… それは……」

 

突然なことで困ってしまう。

 

「ほら。たきなもアピールして。」

 

俺にも聞こえるくらいにわざとらしく、たきなちゃんに耳打ちする千束ちゃん。

 

「私も行きたいです。」

 

たきなちゃんも千束ちゃんのマネをする。

どうしたら良いのか分からず、マスターに助けを求めて視線を向けた。

 

「これも何かの縁だと思って、二人をお願いしてもよろしいですかな?」

 

と言われてしまった。

そんなこと言われたら断れない。

 

「分かりました。そのライブ、ご一緒させていただきます。」

 

「イェーイ!やったぜ!たきな!」

 

「これを俗にデートと言うですね。千束。」

 

「千代さんを待たせるワケにいかないし、急いで支度するよ。」

 

「はい!」

 

二人は裏に下がっていった。

 

「そうだ!フキにも自慢しないとねぇー」

 

「じゃあ、自分は車を取って来ます。」

 

俺はマスターに一言言伝てをして愛車の元へと戻る。

この展開、また週明けに高校でひと悶着起きそうだ。

 

「あ、桜さんにも連絡しとかないと……」

 

次回に続く。




千束ちゃんとたきなちゃん登場です。
好き勝手にクロスオーバーしていきます。

次回はあの承認欲求モンスターを出すつもりです。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東京へ行こう! ~登場 結束バンド~

だいぶ、行方不明になってました。


俺が愛車を取りに行っている間の話。

喫茶リコリコでは……

 

「それでクルミ。千代さんについて何か分かった?」

 

「バッチリだ。千束の睨んだとおり、アイツはただ者じゃなかったぞ。アイツは陸上自衛隊の出だ。」

 

「陸上自衛隊……」

 

「そうか…… しかし、その自衛官にしては纏っているオーラが異質だったが。」

 

「店長が仰りたいことは分かります。あの人からは私たちに近い何かを感じました……」

 

「そりゃそうでしょ。自衛官なんだもん。」

 

「そういう簡単な話じゃなくて、その……」

 

「千代さんはその道のプロだって、たきなは思ったんでしょ?」

 

「はい。相当な手練れだと思います。」

 

「どういうことよ。これまでに自衛隊が戦闘を行ったっていう情報はないわよ?」

 

「表向きは、だな…… アイツは陸上自衛隊の秘密部隊 戦略部戦闘班の一員で、自衛権の積極的行使を名目に軍事行動を行っているようだぞ。」

 

「それが何故か山梨県の片田舎の高校で用務員をやっている。油断するんじゃないぞ、千束。」

 

「任せてよ先生!たきなもいるし、大丈夫!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は二人を乗せてライブ会場へと向かった。

 

「おほー! 速いねぇー ウチの営業車とは全然違うよぉー!」

 

助手席に座る千束ちゃんは窓を開け、吹き込む風を浴びて年甲斐もなくはしゃいでいる。

 

「危ないから、おとなしく座っててね……」

 

「はーい。」

 

ふとバックミラーで後ろを見ると、たきなちゃんが怖い顔でコチラを睨んでいた。

目が合い、ちょっと気まずい。

 

「ど、どうしたのかな?たきなちゃん…… そんな怖い顔して?」

 

恐るおそる話かけてみる。

 

「別に気のせいです……」

 

あらら…… 素っ気ないなぁー

 

「たきなったら…… もっとドライブ楽しもうよ。ごめんねぇー たきなはウブだから異性とのドライブとか馴れてないんだよー♪」

 

「ちょ、千束!何をッ!!?」

 

「フフ…… なんだ、可愛いところあるじゃん。」

 

「ブッ飛ばしますよ。」

 

「ごめんなさい……」

 

嫌われちゃったか?

 

「ねぇ?千代さんって、今は高校で働いてるんでしょう?」

 

「そうだね。事務作業から雑務まで色々してるよ。」

 

「でもさ?ずっと、その…… 学校関係の仕事をしてるワケじゃないよね?」

 

「え?」

 

「その前は別の仕事をしてたんじゃない?」

 

「別の仕事って?」

 

「陸上自衛隊とか……」

 

どうしてかは知らないが、俺のプライベートのことをズバリと言い当てた千束ちゃん。

 

「ぶっちゃけて聞くけどさ?千代さんを初めて見た時とか店での立ち振舞いからして、ただ者じゃないって思ったんだ。」

 

横目でチラリと千束ちゃんを見てみる。

彼女は進行方向を見ながらも何かを確信しているかのような表情をしていた。

 

「何が言いたいのか、分からないなぁ?自分はただの学校の職員だよ……」

 

その時だった。カチャっとメカニカルな音が聞こえたと思いルームミラーで後ろを見る。

するとたきなちゃんがどこから出したのか、拳銃を俺に向けていた。

 

「えーと、そんな物騒なモノどこから出したのかなぁ……?」

 

わざとらしいか?惚けてみる。

 

「もうわざとらしい演技はその辺でやめても良いんじゃないですか!アナタは私と千束のことを知っているんでしょう?さぁ!応えて!」

 

たきなちゃんからは殺気が駄々漏れだ……

 

「たきな、落ち着きなって……」

 

千束ちゃんがたきなちゃんを宥める。

 

「改めて聞くけどさ?千代さんは陸自の秘密部隊……『戦略部』の出身なんだよね?」

 

俺はドキリと背中に冷たい物を感じる。

俺の素性をなぜそこまで知っているのか?

 

「ハハ…… 君たちの言っていることがさっぱり理解できない。」

 

「たきなの言うとおり、千代さんは演技が下手くそだねぇ?それに私たちには優秀な情報ツウが付いているんだよ。誤魔化そうとしてもムダ……♪」

 

なぜかは分からないが、俺、追い詰められている?

俺は必死に思考を巡らせた。

もしかしてあの時、俺の隣に座っていた気だるそうな女の子が調べたというのか?あの短時間で?

しかし、俺のデータは陸自の中でもトップクラスのセキュリティ下で管理されてるはずなんだが……

 

「秘密部隊?戦略部?おかしなことを言うね。君たちは?大人をからかうのも大概にしないと……」

 

「私たちは本気ですよ!」

 

相変わらず、たきなちゃんの圧が凄い。

 

「ねえ?ちなみにさ?その銃は本物?」

 

「試してみます?」

 

おぉー こわ!マジで撃ちそう。

 

「あのー まだまだ新車だからさ、傷つけられるは嫌なんだけど……」

 

「そうだよ。たきなはそれはしまいなー」

 

「むぅ…… 分かりました。」

 

しぶしぶだが、たきなちゃんは銃をしまった。

ホッとひと安心。

 

「でさ、千代さんはホントのとこはどうなの?」

 

「それはご想像にお任せするよ…… DAのファースト・リコリス、錦木千束ちゃん?」

 

「あーー!」

 

「やっぱり……!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ライブ会場のある下北沢へとやってきた。

 

「じゃあ、車停めてくるから。」

 

「はーい!」

 

二人と少し別れて、俺は車を止めるために一人、近くの駐車場へと向かい駐車してから二人の元に戻る。

別れた場所で二人は待っていた。

しかも、千束ちゃんは誰かとヤイノヤイノといがみ合いをしているようだ。

 

千束ちゃんを後ろから必死になって抑えるたきなちゃん。相手側も似たような状況だ。

 

「ど、どうしたのッ!!?」

 

千束ちゃんと口ゲンカする子も彼女と同じ服を来ている。背丈もそれほど変わらない…… 同級生か?

慌てて二人の間に割って入った。

 

「どうどう。二人とも落ち着きなさい。」

 

俺は猫を扱うように、二人の制服の首根っこを掴み上げる。

 

「あ!コラぁ!何すんだ!おっさん!」

 

おっさん!!?この子、口悪ゥッ!!?

 

「千代さん聞いてよー!フキがいきなり突っかかってきたんだよー!」

 

「なんだとッ!!? 元はと言えばテメェがこんなところに呼び出すからだろぉ!」

 

「ガルルル……!」「シャァーー!」

 

互いに威嚇しあう始末。

二人をなだめるのに三人がかりでやっとだ。

無駄に疲れた。

千束ちゃんとケンカしていたのは『春川フキ』さん。また彼女を止めていたのが『乙女サクラ』ちゃんだ。

 

互いに自己紹介をして、新たに二人増えて五人となった俺たちは、改めて目的のライブ会場へと向かう。

 

「へぇー 山梨の高校で働いてるんッスかー」

 

「先生だっけか?」

 

「いや、さっきも言ったけど用務員だよ。フッキー」

 

「だからさ…… そのフッキーって呼ぶのやめてくんねぇか……?」

 

「え?なんで?可愛いじゃん。ねぇ?」

 

「だねぇー フッキー♪」

 

「千束…… テメェ……」

 

「たきなちゃんとサクラちゃんも可愛いと思うよね?」

 

「はい。」「そうッスね。」

 

この日からフキさんは『フッキー』というあだ名で、みんなから呼ばれることになる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「ここ?」

 

「うん!ここ!STARRYってライブハウスが今日の会場でーす!」

 

俺たち五人は階段を下り、半地下になっているSTARRYの入り口の扉を開けた。

 

受付で千束ちゃんがチケットを三枚出す。

受付をしていた青髪の気だるそうな女の子がチケットの枚数と俺たちをチラチラと見ていた。

 

「ああー フッキーとサクラちゃんの分が足りないんだ?当日券もあるのかな?」

 

受付の女の子に聞くと「ええ、まあ……」と答える。

 

二人分のチケット代を払おうと俺は財布を出した。

 

「千代さん、別に良いよ…… 私とサクラの分は自分たちで払うから……」

 

「ええー!先輩、アタシの分もおごって下さいよー!」

 

「うるせ!自分の分は自分で払え!」

 

「マジか……」

 

二人はチケット代を出そうとした。

 

「大丈夫だよ。ここは大人の自分に任せなさい。二人のチケット代は自分が出すから。」

 

「マジっすか?」

 

俺はプラス二人分の当日券を買って入場した。

そこは普段では味わえない雰囲気の場所……

壁には赤い鉄骨、そして目立つ大きな時計、音響設備にステージ、バーカウンターなどがある。

 

「おお…… ちょっとテンション上がるなぁー」

 

「ですね。」

 

たきなちゃんもワクワクしていた。

 

「二人してキョロキョロしてぇー 田舎くさいぞー」

 

千束ちゃんから煽られる始末。

 

「仕方ないでしょ。初めての場所なんだよ?テンションも上がるって……!」

 

「千束はけっこう慣れてるようすですが……」

 

「あったりめぇよ! 私は踏んできた場数が違うからねぇ……ッ!」

 

「いらっしゃいませ!今日は初めてですか?」

 

会場のスタッフであろう一人の女の子に声をかけられた。長い金髪をサイドで一つにまとめ、ドリトスのようなアホ毛が特徴的な子だ。着ているTシャツには『結束バンド』とプリントされている。

 

「え?ええ…… この子に誘われて、初めてライブを見に来たんです。」

 

「山梨県から来たんだよー」

 

千束ちゃんが捕捉した。

 

「そんなに遠くからッ!!? わざわざありがとうございます。」

 

笑顔で答える姿が健気で好感が持てる。

 

「あちらで飲み物や軽食の購入も出来ますので。」

 

「そうかい?みんな、何か飲む?ご馳走するから……」

 

「やったー!」

 

「千代さん!太っ腹だな!」

 

バーカウンターに行くと、これまた別の女の子が二人で接客していた。

赤毛の女の子は慣れた手つきで捌いているが、俺の相手をしてくれている女の子はかなり緊張している。

 

「ごごごごご……… ご注文の……… アアアアイススス、ココーヒーで、す。」

 

商品を手渡す手が物凄く震えており、カップの中身が飛び散っていた。

 

「だ、大丈夫?キミ……」

 

見てて心配になる。

 

「ひとりちゃん!深呼吸!深呼吸!」

 

隣の女の子がすかさずフォローした。

しかし深呼吸も息を吸うばかりで、吐こうせず、顔を青くして苦しそう。

生きるのに難儀してそうな子だと、少し哀れに感じてしまった。

 

「結束バンド…… さっきの女の子も同じTシャツを着ていたけど、キミたちもバンドをしてるの?」

 

「はい!私とコチラのひとりちゃん、さっき案内してくれた伊地知先輩に受付の……」

 

「あの気だるそうな子もバンドしてたんですね……」

 

「四人組なのか?」

 

「そうですよ♪(キターン!)」

 

この子の笑顔、なんか浄化される……

時間が経つにつれて、他の客もライブ会場に入ってきた。

始まるのを、まだかまだかと待っていると、どこからともなく酒の匂いが漂ってくる。

 

「なんか酒臭くない?」

 

「やっぱり、そう思う?」

 

俺たちのすぐ近くで立っていた女性が匂いの元みたいだった。

 

「ぼっちちゃーん!今日も来たよー!」

 

パックの日本酒を煽りながら、テンション爆アゲで騒いでいる。

ぼっちちゃんって、あの難儀な女の子のことか……

この人、あの子のファンなんだ。

 

酒臭い女性だけじゃない。他にも数人、ファンがついているようだった。

そして、ライブが始まった……

 

次回に続く。

 




作者です。コロナにかかって死にかけてました。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野クルのサイクリング と キャンプ計画。

お待たせしました。
原作に復帰です。


午後6時から始まったライブが終わったのは20時を回っていた。千束ちゃんたちとは現地で別れ、俺は一人飲食店に入り食事をする。

ガラガラと背後の引き戸の入口が開き、数人の客が

入ってきた。

 

「いらっしゃい。」

 

店の大将だろう、老齢の男性が向かい入れる。

 

「予約してた伊地知です。」

 

聞き覚えのある声、振り向いて見ると、そこにいたのは結束バンドの子たちだった。

 

「あ、おじさーん!」

 

結束バンドでドラムを担当していた子が手を降る。

 

「やあ……」

 

彼女に続いて、ぞろぞろと六人が入店した。

 

「ねえ、みんな。さっきSTARRYに来てくれた人がいたよ!」

 

「ホントですねぇー さっきはありがとうございました!(キターン!)」

 

ギターボーカルを担当していた女の子の陽キャオーラは未だ健在だ。

 

「なんだ?虹歌?知り合いか?」

 

「お姉ちゃん。この人はさっきウチのSTARRYに来てくれたお客さんだよ。」

 

「そうか……」

 

ドラマーの子のお姉さんなのか…… 妹さんと比べて、なんか素っ気ないな。

彼女たちは用意されていたお座敷へと座る。

 

「かんぱーい!」

 

ドラマーの子が乾杯の音頭を取り、食事が始まった。

この子の行動力には目を見張るモノがある。

 

「ねえ?おじさん……」

 

しばらく自分の食事に集中していると、ミステリアスで中性的な顔立ちの子…… (確かベースを担当していたな) から声をかけられた。

 

「なんでしょうか?」

 

「私たちのパフォーマンス、どうだった?」

 

感想を聞かれた。

 

「私も聞きたーい!」

 

「私も! ひとりちゃんもそう思うよね?」

 

「えッ!!? あ、はい……」

 

他のメンバーも俺の感想に興味津々だ。

 

「お前ら。迷惑だろ……!」

 

ドラマーの子のお姉さんが結束バンドのメンバーをたしなめる。

 

「良いじゃないですかー 店長。」

 

「わたしもきになるなぁ~」

 

しかし、他にいた大人の女性二人も乗り気だった。

一人は黒基調の服、耳や口元にピアスをした黒髪ロングで威圧感のある女性。

STARRYでは音響スタッフをしていた。

 

もう一人は肩に流した三つ編みに大きなリボンを結んだガーリーなヘアスタイルと、常に酔いの回ったぐるぐる目をしており、飄々とした女性。

またスカジャンにキャミワンピという攻めた風貌だ。

 

「はっきり言わせてもらいます。」

 

俺の眼力とオーラに結束バンドのメンバーがゴクリと息をのむ。

 

「サイコーに良かった。久しぶりにエキサイトした。連れの子たちも満足してたよ。」

 

「やったー!」

 

「やりましたね!ひとりちゃん!」

 

「あ、はい……////」

 

「グッジョブ。おじさん見る目があるね。」

 

みんなは喜んでいた。

 

「なんか青春を思い出したよ。」

 

「え?おじさんって学生の時、バンドとかしてたんですか?」

 

「あー バンドは同級生がノリでやってたなぁー まあ、下手クソで見るも耐えなかったけど……(笑)」

 

「おじさんは何か楽器が弾けるんですか?」

 

「小学生の時からピアノをやってたよ。妹たちが習ってて、ウチにピアノがあったからね…… 独学で練習してた。」

 

「すごーい!」

 

「カッコいいですねぇー」

 

「最初は同級生の女の子たちにモテたくて始めたんだ。不純な動機だけど……」

 

「腕前は?どのくらい?」

 

「自分で言うのもなんだけど、人前で弾いても恥ずかしくないくらいかな?プロってほどじゃないけど……」

 

俺はスマホを取り出す。

 

「昔に演奏会で披露した時の動画があるから……」

 

俺はその動画を再生する。

 

「すご……ッ。」

 

当時配属されていた駐屯地のイベントであった演奏会で、音楽隊に混じってピアノを弾く俺の姿に、みんなは釘付けだった。

 

「あ、あの…… この演奏会って…… その……」

 

難儀な性格の女の子がたどたどしく口を開いた。

 

「これ自衛隊の演奏会だぞ。」

 

ドラムの子のお姉さんが気づいたようだ。

 

「おじさん、自衛官なのッ!!?」

 

「まあー 今は離れて山梨県の高校で用務員をやってるけどね……」

 

と盛り上がって話していると俺のスマホが鳴った。

スマホ画面に表示されたメッセージに俺の表情が少し曇る。

 

「残念だけど、もう帰らないと……」

 

「えー!」

 

ドラムの娘が残念そうにしている。

 

「わがまま言うな。困ってるだろ。」

 

「お姉ちゃん!だってー!」

 

「じゃあ、記念に写真撮りましょうよ。」

 

というわけで最後に結束バンドのみんなと写真を撮って、俺はお会計を済ませて店を出ようする。

 

「おじさんとは、またどこかで会いそうだから、名前を聞いてもいい?」

 

ベースの子に聴かれた。

 

「千代だ。野咲千代。」

 

俺は自身の名前を答えた。

俺の名前を聞いて、ボーカルとギターを担当していた女の子の顔が崩壊していたのが少し気になる。

 

「どうしたの?顔が崩れてるみたいだけど……」

 

「名前が……か、かわいい……」

 

「え?……」

 

 

「千代さんの名前が可愛いんですぅッ!」

 

 

「またか…… 千代さん気にしないで。郁代の悪いクセ。郁代は自分の名前にコンプレックスを持ってる。」

 

「別に郁代ちゃんって名前、かわいいし素敵じゃん。」

 

「私はイヤなんです!しわしわネームみたいで!知ってます?千代さんの名前の意味!」

 

「まあ、『千代に八千代に』って言葉あるとおり『永遠にも近い途方ない時間や時』のことでしょ。」

 

「そうです!千代 = 永遠!英語に訳せば『エターナル』!最高のキラキラネームじゃないですかー!」

 

この子も難儀な性格だと改めて思う、今日このごろだった…… その後、喜多ちゃんを宥めて俺は居酒屋をあとにした。

 

「今夜は帰れそうにはないな……」

 

そして俺は眠ることのない大都会東京の闇に消えていく。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

日曜日、俺は朝帰りをした。

「疲れた…… 今日は一日寝てよう。」とそう思いながら、自宅の玄関を開ける。

 

「お帰りなさい。」

 

笑顔の桜さんが立っていた。

笑顔…… 確かに笑顔だが、目が笑っていない。

それに、にじみ出るオーラも何だか怖い。

 

「さ、桜さん…… 怒ってます?」

 

無謀にも彼女に声をかけてみた。

 

「今、何時だと思ってるんですかぁー!」

 

俺は正座させられ、彼女からマジ説教を受けた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

月曜日、放課後…… 野クルの部室にて。

 

「どうしたん?千代さん。今日はずっと落ち込んどるみたいだけど……」

 

俺の暗い雰囲気を心配してか犬山さんが気づかってくれる。

 

「昨日、お姉ちゃんにしこたま怒られたんだよねー」

 

「うぐッ……」

 

昨日、桜さんに叱られたトラウマが……

 

「でもよー なんでそうなった?」

 

「連絡もせずに朝帰りしたんだよ?お姉ちゃん、ずっと心配してたんだから。」

 

答えることが出来ない俺の代わりに、なでしこさんが大垣さんと犬山さんに説明する。

 

「あー それは千代さんが悪いよな。」

 

ソッコーで大垣さんツッコミを入れられた。

 

「でしょー?」

 

うぅ…… ここでも肩身が狭いのか。

 

「あとなー? 千代さん?これはなんなん?」

 

犬山さんが自身のスマホを俺に見せる。

そこには土曜日に出会った千束ちゃん達や結束バンドのみんなで撮った写真が……

 

「え…… どうして、その写真を犬山さんが?」

 

「私だけじゃないでぇー」

 

「私も!」

 

「アタシも持ってるぞ!」

 

「千代さん…… LINEのグループチャットで野クルのみんなに送られてるよ。もちろんリンちゃんや恵那ちゃん……」

 

「鳥羽先生も知ってるッスよ。」

 

「そんな。志摩さんたちや鳥羽先生がヨソヨソしかったのは……」

 

「ドンマイやで。千代さん……」

 

昨日に続き、三人からキツイお叱りと尋問を受けていると部室のドアが開いた。

 

「先輩、お疲れさまッス!」

 

「お、来たなー 新入部員!」

 

「おつかれやなー」

 

「や、やあ………」

 

「あ、あれ?千代さん、テンション低すぎません?」

 

中津川さんにまで心配かける始末……

彼女にもなでしこさんが懇切丁寧に説明する。

 

「千代さん、元気出して下さい。」

 

「うん……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「改めまして!なでしこ先輩、はじめまして!中津川メイっす!」

 

「コチラこそ、二年の各務原なでしこです。(キリッ!) ウワサは聞いているよ。メイちゃん、これからヨロシクね。(キリッ!)」

 

できる女を醸し出す なでしこさん……

 

「早速、サイクリングキャンプの計画立てたるんやけど、今週末にどうやろ?」

 

「マジっスか!!? 行きたいッス!」

 

中津川さんは目を輝かせていた。

 

「あ、でも私まだキャンプ道具を何も持ってないんでスけど……」

 

「それなら私の寝袋とマットを貸してあげるよ!」

 

「え?先輩は行かないんッスか?」

 

「生憎、今週はバイトがあってさ……(キリッ!)」

 

「いい加減、そのできる女をするのはやめろ。」

 

「千代さんは?キャンプ、行かないんッスか?」

 

「自分は………」

 

「お姉ちゃんとデートをするんだよね?」

 

「え?まあ……」

 

「じゃあ、今回はやめときます。先輩や千代さんが行けないなら、また今度でいいッスよ?」

 

「チッチッチ…… 行きたい時に行けるメンバーで行くのが野クルスタイルなのだよ。」

 

「まだやるか、できる女……」

 

「フットワークの軽さは大切だからね。」

 

「そうそう。みんなバイトで休みが合わん事が多いし、全員に合わせていたら、いつまでも行けなくなっちまうからさ……」

 

「ちなみに私は一人でキャンプに行くことあるし……」

 

「まあ、たまに予定を合わせて全員でキャンプをすることもあるんよ。」

 

「へぇー ホントに自由な感じなんッスね。」

 

「だから!この寝袋を私だと思って、初キャンプを楽しんできてね!」

 

なでしこさんは自身の寝袋を中津川さんに託した。

なんだ?この少年マンガのような熱い展開……

 

その後は参加メンバー、キャンプで使う必要な道具類を上げて、さらに自転車組が走るキャンプ場までのコースを話し合った。

 

「じゃあ 自分は仕事に戻るから、きちんと計画書を作成して、前もって顧問の鳥羽先生と自分に提出するように。」

 

「「「「分かりました。」」」」

 

「ヨロシクね。」

 

俺は部室をあとにした。

 

「さてと、週末はどうしようか……」

 

次回に続く。




前半のピアノのくだりは作者が実際に体験したことです。ピアノを弾けることを上官にうっかり話したら、イベント演奏会で音楽隊として臨時編入されました。

あと千代さんにcvつけるとしたら、誰が良いのだろうと最近思っています。ご意見お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常と姉妹。前編

これはフィクション、作り話です。
なので好き勝手に書いて行きます。


ゴールデンウィークも近くなったある日。

昼休みになり、俺は学校の食堂で昼食を取る。

いつもは自作のお弁当を持参するのだが、今日は珍しくギリギリに起きたせいで作れなかったのだ。

 

「ここの食堂、なかなかイケるな……」

 

「ここ、いいですか?」

 

「ん?あ、どう……ぞ……」

 

声をかけてきたのは、中津川さんだった。

となりには同級生で友人の瑞浪さんが……

俺に向かい側に二人が座る。

 

「珍しいですね。千代さんがこんな所で……」

 

「いつもは自作のお弁当を自分のデスクで食べるんだけど……」

 

「千代さん、自炊してるんですか?」

 

「まあ、基本は一人暮らしだから……」

 

「やっぱり男飯ッスか?」

 

「男飯……? それって、こんなヤツ?」

 

俺は自身のスマホに保存していた自作の料理を二人に見せた。

 

「おしゃれー!」

 

「こっちのお弁当もキャラ弁?めっちゃかわいい。」

 

「ギャップ萌えッスね。」

 

「それで?中津川さんはサイクリングはどう?頑張れそう?」

 

「ええ、まあ……」

 

「計画書を見たら、片道70キロ走るみたいだけど?」

 

「な、70キロッ!!? マジ?大丈夫なの?それ……」

 

瑞浪さん、詳しくは知らなかったんだ。

 

「大丈夫だよ。無理そうなら先生が車で自転車ごと運んでくれるみたいだし…」

 

「それなら安心だね。」

 

「むしろ10キロぐらいでギブアップしてくれた方が、逆に面白いかも……」

 

「瑞浪さん、けっこう腹黒い?」

 

「なんでやねん。」

 

「そういえば絵真はバイトどうなの?」

 

「うーん、始めたばっかりだから覚えることが多くて、ちょっと大変かなー」

 

「千代さん、絵真はカリブーでバイト始めたんですよ。」

 

「そうなんだ。自分も野クルのみんなとキャンプに行くようになってから、カリブーにも行く機会がふえたかな?」

 

「今までアウトドアに興味が無かったから、商品知識とかまるで無いし……」

 

「あぁー なんか分かるー でも逆にアウトドア好きだったら、あれもこれも欲しい!ってなっちゃいそうだね。」

 

「分かるなぁ。その気持ち…… 自分も欲しいモノを見つけると買いそうになるんだよ。」

 

「それで一緒に働き始めた大学生バイトの人がいるんだけど、その人キャンプ道具がめっちゃ好きらしくて……」

 

「お給料が出たら、全部キャンプ道具に課金しちゃうんだ。」

 

「そうなんですよ。」

 

「キャンプ好きだと、やっぱりそうなるんだ……」

 

「それが違うんだよね。その人、虫が嫌いだからキャンプしないんだって……」

 

「面白い人だ。虫なんて顔やら腕とかを這いずり回るだけなのに……」

 

「千代さんと一般人の私たちは生きてきた世界が違うんですよ。」

 

「でもさ、キャンプ道具って、ものすごく高いんだよ。どの道具もさ「え?値段間違えてない?」って感じだし……」

 

「確かにあれはハマったらヤバい沼だよね。」

 

「アハハハ……」

 

「メイは笑っていられるの?」

 

「え?」

 

瑞浪さんの一言に中津川さんが固まる。

 

「高校生なのにお金かかる趣味のダブル沼に片足ずつ突っ込んでるんだよ?」

 

瑞浪さんの言うとおりだ。

ロードバイクにキャンプ、突き詰めれば相当な金額がかかったりする。

しかし、趣味というのはそういうだと言ってしまえば、それまでだといえよう。

 

「中津川さんも早くバイト見つけないといけないね。自分なんか車にバイク、キャンプとか色々やってるから、めっちゃお金がいるよ…… ハハ。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その日の夜…… 自宅に来ていた桜さんに俺はこう切り出した。

 

「桜さん。今度の土日使ってキャンプ行きません?」

 

「キャンプですか?誘ってくれるのはとても嬉しいけど、私、寝袋とか持ってないですよ?」

 

「と言われると思っていたから、前もって桜さん用のキャンプ道具とファミリーサイズのテントを買ってあります!」

 

俺は物置きとして使っていた一室にしまって置いたキャンプ道具を彼女に見せる。

 

「私のために揃えてくれたんですかッ!!? キャンプ道具って、お高いんでしょ?」

 

「その辺は心配しなくて良いですよ。俺は好きな桜さんとキャンプがしたかったから揃えたんです。温かくなったし、頃合いかなと思って……」

 

「ありがとう、千代さん。じゃあ今週末に行きましょう!料理は私が腕を揮いますよ。」

 

「フフ、楽しみにしてます。」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

土曜日になり、キャンプに行く日。

俺は朝から桜さんの自宅に迎えに行った。

 

野クルの活動として大垣さん、犬山さん、新入部員の中津川さん、そして鳥羽先生の四人が今日からキャンプに行っている。

 

「それで?今日はキャンプ場に行く前に別の場所に寄るって言ってましたけど、どこに行くんですか?昨日の電話じゃ、普段では味わえない非日常を体験させてくれるんですよね?」

 

出かける準備をしながら、桜さんが聞いてきた。

 

「それは秘密です。」と俺はニッコリと答える。

 

「うーん…… どうしよう……」

 

そこへリビングになでしこさんが現れた。

何か困っているようだ。

 

「あ、千代さん…… おはようございます。」

 

「おはよう。どうかしたの?何か困りごと?」

 

「今バイトに行く準備をしてたんだけど、バイト先のお店から今日と明日は臨時休業するって、ついさっき連絡が来て……」

 

「え、いきなり?」

 

「なんか店長がぎっくり腰で腰を痛めちゃって……」

 

「ありゃりゃ……」

 

「じゃー 何だ?土日は暇になったのか?」

 

「そうなんだよー お父さん。」

 

あっちへウロウロ…… こっちへウロウロ……

 

「あー 暇だよー 」

 

大垣さんたちはグループでキャンプ。

そういえば、志摩さんも今日からソロでキャンプに行ってたな。

斉藤さんはバイトだし、本当にフリーなんだ。

折角の土日に何もすることがなく絶望するなでしこさんがかわいそうに思えてきた。

 

「じゃあさ、自分たちと一緒にキャンプに行かない?」

 

「え?」「え?」

 

姉妹が同時に俺を見る。

 

「良いの?」

 

「ああ!もちろん桜さんも良いですよね?」

 

「え?ええ……」

 

「あ、でも私、寝袋をメイちゃんに貸したんだった。」

 

「安心したまえ!自衛官の俺は用意周到!自宅に三つ目の寝袋が置いてあるのだよ!」

 

「なんと!備えあれば憂いなしってことだぁー」

 

「ということで、なでしこさん?40秒で支度しな!」

 

「ふぉぉぉー!らじゃーーッ!」

 

なでしこさんはバタバタと自室に戻っていった。

 

「本当によかったのかしら?今日は桜と二人っきりで出かける予定じゃなかったの?」

 

「大丈夫です。心配しないで下さい。お義母さん。可愛い妹を一人ほっといて行けませんよ。」

 

「最近、娘たちとの距離がグッと近づいたような気がするなぁー なあ?母さん?」

 

「そうねー ゴールデンウィークは千代さん実家に二人で行くみたいだし、結婚秒読みかしら?」

 

「何言ってるの?お母さん。私、まだ学生よ?」

 

「自分も桜さんが卒業するまでは待とうかと。」

 

「でも千代さん、この間お花見ドライブした時に、お姉ちゃんにプロポーズみたいなことをしてたよー」

 

「アンタ、いつの間に……!」

 

「本当かッ!!? なでしこ? 母さん、今日は赤飯でお祝いだ!」

 

「そうね。あなた♪ 私も早く孫の顔が見たいわ♪」

 

「お二人とも気が早いですよ。」

 

「千代さんの言うとおり!二人して何はしゃいでるの!なでしこ!アンタが余計なこと言うから!」

 

普段クールな彼女が顔を真っ赤にして、必死に取り繕う姿に俺はさらに好きになった。

なんかドタバタしてしまったが、愛車に二人を乗せて各務原家をあとにする。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

一度自宅に戻り、なでしこさん用の寝袋を車に載せてから、改めてキャンプに出発した。

 

「あのー 千代さん?キャンプ場の前にどこに連れてってくれるんですか?いい加減に教えて下さいよ。」

 

隣に座る桜さんに聞かれる。

 

「さっきも言ったけど秘密です。」

 

「キャンプ道具とは違う荷物はなーに?キャンプで使うんですか?」

 

後ろに座るなでしこさんもソワソワしている。

 

「キャンプ…… では使わないんだ。でもエキサイティングはできると思うよ。」

 

「う~ん…… スッゴイ、気になるよー」

 

休憩を挟みつつ、到着したのは実弾射撃のできる射撃場だった。

 

「ここって…… 」

 

「そう射撃場です。桜さんはこれを持って下さい。」

 

「わ、分かりました。」

 

俺は彼女に使い古しのバッグとマットを渡す。

 

「なでしこさんは……… これを持って貰えるかな?」

 

なでしこさんには、OD色の小さめなアタッシュケースを預けた。

 

「これは?」となでしこさんに聞かれる。

 

「施設に入ってから教えてあげる。ここでは開けちゃいけないんだよね。」

 

よっこいしょと俺も大きな荷物を背負い、さらに長方形の大きなケースを持ち、二人を連れて入場した。

受付を済ませて晴天のもと、いざ!コート内へ……

 

「桜さん、さっき預けたバッグとマットを貰っても良いかな?」

 

「あ、はい。どうぞ……」

 

彼女からマットを受け取り、服を汚さないために地面に敷く。

そして俺は、背負っていた一番大きな荷物の中身を正体を二人に明かした。

 

「え?千代さん?それ……」

 

「狙撃用の銃だよ。なでしこさん……」

 

「本物なんです……か?」

 

「もちろん。実弾もありますよ。」

 

銃を組み立てながら答える。

 

「でも、千代さんは自衛官ではないですよね?そんなモノを扱う必要はないじゃないですか!」

 

「そうだよ。いつもの千代さんじゃないよ。」

 

桜さんとなでしこさんが訴えた。

 

「分かっています。分かっていますが、学校用務員としての俺も、自衛官としての俺も、桜さんやなでしこが大好きな俺も全部含めての野咲千代を作っているんですよ。」

 

風速を計ったり、マークシートを書く準備などをしながら、俺の心の内を二人に話す。

 

「俺は大切な物は全て守りきってみせる…… 二人だけじゃない。二人の家族や知り合った人たち、みんな……! これはそのためのチカラなんだ。」

 

ボルトを操作して一発の弾丸を銃に込めた。

 

「二人ともさっき渡した耳栓とイヤーマフでしっかりと耳を保護してね?」

 

こくりと頷き、二人は準備をする。

俺は二人の確認をした。

そして、手を上げて二人に射撃の合図を出す。

 

「いくよ……」

 

俺は的に狙いを定め、息を深く吸って止めた。

そして銃の引金を引く。

空気が震えるほどの凄まじい発射音、発射された弾丸は空を切って目標まで飛び、的のド真ん中に命中するのだった。




後半内容をごっそり変えました。申し訳ない。
ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常と姉妹。中編

続きです。



空気が震えるほどの凄い音。

私はド肝を抜かれた。私だけじゃない、妹のなでしこを目が点になり、思考が止まっているようだった。

 

「目標、命中……」

 

「ち、千代さん?」

 

「びっくりさせちゃいましたね。なでしこさんも大丈夫かな?」

 

「大丈夫じゃないよー! もう!スッゴく怖かったんだからねぇー!」

 

「アハハハ。ごめんね。」

 

「笑いごとじゃないんだよー!」

 

膨れっ面のなでしこを千代さんは笑う。

そして私となでしこに双眼鏡をそれぞれ渡した。

 

「覗いてごらん?」

 

彼はさっき撃った的を指を差す。

私たちは双眼鏡を使って覗いた。

 

「おお!ど真ん中だー!」

 

「凄い……」

 

「でもここは狭いからね。実際にはここの数倍はある距離からでも撃ち抜けるんだけど……」

 

千代さんは大きな銃を解体し片付けながら、色々と語ってくれた。

その後、銃を変えながら、一時間程度の射撃を行う。

陸上自衛隊で鍛えただけのことはある…… 千代さんの構え方から射撃姿勢まで本当にキレイだった。

 

「定期訓練はこれで終了。キャンプに行こう。」

 

いつもの千代さんに戻ったのかしら?

射撃場をあとにして、彼が前もって予約していてくれたキャンプ場へと向かう。

 

彼の運転する横で、しばらく考えていたけどやっぱり気になる!千代さんの正体が…… 私は思いきって聴いてみることにした。

 

「千代さん……!」

 

「何でしょう?」

 

「あの…… その…… やっぱり気になるんです。千代さんって、本当に何者なんですか?正直に教えてください。」

 

信号で止まった際に、彼は私をジッと見つめる。

 

「さっきも言ったように、俺は本栖高校の学校用務員で、桜さんの恋人、そして"特別で特殊"な予備自衛官です。」

 

ニッコリと笑みを浮かべながら、さっきと同じことを言っていた。

 

「ねぇ?千代さん?他にも何か隠してない?」

 

妹のなでしこがさらに切り込む。

 

「何のことかな?なでしこさん?あ、そうだ。桜さん

今日のキャンプではどんなご飯を振る舞ってくれるんですか?」

 

案の定、彼は話を変えてはぐらかしてきた。

私たちは千代さんとキャンプ場到着まで、互いに腹の探り合いをする羽目になる。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

途中で食材の買い足したり、温泉にも浸かってさっぱりした俺たちは目的地である『笛吹雁坂キャンプ場』に到着した。

 

「あれっ?ここって……」

 

なでしこさんはここの場所に心当たりがあるようだ。

管理棟を訪ねると管理人のおじさんが出てきた。

 

「本日予約していた野咲です。」

 

「ああ、どうも。予約の野咲さんですね?」

 

「あの急遽一人増えて、全部で三人になったのですが、大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、今日は登山者の方たち含めて四組だけなんで、お好きな所を選んでください。」

 

「分かりました。色々道具を持ってきたんですけど、オススメの場所とかありますか?」

 

「オススメですか…… それだったら、入り口横の二段目なんか広くて良いですよ?荷物も運び安いので……」

 

「そうなんですね。分かりました。そこにします。」

 

俺は三人分の使用料を支払い、管理人から勧められた場所へと道具を運び入れることにした。

 

「うーーん……」

 

桜さんが神妙な面持ちで考えに耽っている。

 

「桜さん、どうしたんですか?急にそんな顔をして……?」

 

「あ、いえ…… 管理人さんの声、どっかで聞き覚えのあるようなって……」

 

「やっぱり!!? お姉ちゃんもそう思った?私もさっきから気になってるんだよぉ……」

 

三人で協力して設営を終わられた。

 

「おほー! スッゴーい! 」

 

「これなら家族でいけますね。」

 

「こんなの揃えるってことはー? 千代さんもやりますな!」

 

「まーね!さてと夜まではまだまだ時間あるし、まったりしますか……」

 

「そうですね。」

 

「じゃあ私はキャンプ場の探検に行ってくるよー!」

 

「はいはい。気をつけて行ってくるのよー」

 

俺と桜さんはなでしこさんを見送る。

桜さんの淹れてくれたコーヒーに口をつけた。

 

「うむ。うまい……」

 

「ありがとうございます。ここの雰囲気も良いせいか、普通のインスタントコーヒーも格段に美味しく感じるわ。」

 

俺は彼女のコーヒーを嗜みつつ、さっき撃った銃の整備をすることに……

 

「銃ってけっこう細かく分解できるんですね?」

 

「銃は精密機器だから、きちんと整備しないと少しのホコリとか砂粒で不具合を起こすんですよ。もしもの時、撃てないと桜さんたちどころか自分の命も危なくなる。銃だけじゃない…… 自衛隊では身の回り世話まで厳しく教育されるんだよ。」

 

「千代さんの家がきれいなのも、そういった教育の賜物なんですね。」

 

「陸自に入隊したての時は、課業後に部屋に戻ってくると部屋がめちゃくちゃに荒らされてることもありましたよ……」

 

「そんなにヒドイんですか?」

 

「まあ、ひどいですよ。俗に"台風"って言われているんだけど、昔に俺が班長してた時、受け持ってた生徒たちの部屋を荒らしたことあるんです。あ、スマホ見ます?」

 

俺はその時に撮った写真データを彼女に見せた。

 

「これ、千代さんがしたんですか?」

 

「ええ。他の班長たちとやりました。」

 

そこには部屋のベッドはひっくり返され、キャビネットは倒されて、ロッカーの中身は私物を含めて色々な物がぐちゃぐちゃに散乱し、戦闘靴もバラバラに靴紐もから結びにしてある徹底ぶり……

 

「当時の生徒さんたち、かわいそう……」

 

「俺もやられましたからね。慣れてきたら、もうおかしくておかしくて…… 」

 

「でも……」

 

「やる方も大変なんですよ…… ぎっくり腰とか肉離れとか考えるとドキドキもんでしたし……」

 

桜さんは自衛隊の伝統にドン引きしていた。

 

「あら?千代さん……」

 

「え?どうしてここにいるんッスか?」

 

俺たちの前に大垣さんと鳥羽先生が現れる。

 

「まあ、色々あってね。」

 

「千明ちゃんも久しぶりね。」

 

「お、お久しぶりッス……」

 

「鳥羽先生、妹のなでしこがお世話になってます。」

 

「いえいえ、こちらこそ。」

 

なんやかんやあって、大垣さんたちのグループも一緒にキャンプをすることになった。

 

「なでしこもここにいるんですか?」

 

「バイト先の店長さんが腰を痛めたから、今週末は休むんですって。」

 

「それは災難で……」

 

「でも、なでしこの寝袋はメイに貸してるのにどうやって寝るつもりだ?春といっても夜は冷えるぞ……」

 

「フッフッフ…… 大丈夫。備えあれば憂いなし…… 寝袋を予備で持ってるんだよね。」

 

「おおー!さすが千代さん。」

 

「でしたら、安心ですね。」

 

大垣さんたちの設営を手伝い、短時間でセッティングを終わらせる。

 

「それにしても千代さんのテントいつもと違うぞ。デカくて、中もひれぇー!」

 

「それに設備もすごい……」

 

「「いいなー!」」

 

四人でイスに座り、大垣さんが作ってくれたノンアルカクテル(ホット)に鳥羽先生の用意してくれたクッキーをいただいてゆっくりしていた。

 

「ふぉーーー!アキちゃーーん!」

 

猛ダッシュでなでしこさんが戻ってくる。

 

「お、戻ってきたな。」

 

「やっぱり!キャンプ場を探検してたら、鳥羽先生の車を見つけたから!」

 

「ちょっと落ち着きなさい。恥ずかしい……」

 

「まあまあ……」

 

なでしこさんも揃い、大垣さんが以前に契約したサブスクで海外ドラマの観賞会をすることに……

鳥羽先生と桜さんは趣味が似ていたのか、ドラマを見ながら盛り上がっている。

 

「二人とも、このドラマどう?」

 

「うーん、まだ少し見ただけなんで何とも言えないッスね。でも、ここまでで思ったことは…… アメリカのコンビニでは、絶対にバイトはしたくない!」

 

「確かにさっきからモブの店員が強盗に殺られすぎだよね。」

 

「ま、まあ…… あちらのドラマや映画での表現としてはテンプレみたいなモノですし……」

 

「でも、拳銃による事件は3発、3メートル、3秒以内に決まるって言われてるんだよ。」

 

「なんか千代さんが言うと説得力があるわね……」

 

「あと、それって…… 本物ッスか?」

 

「違いますよ。大垣さん。クリスマスキャンプの時にも千代さん似たようなことしてましたけど、"サバゲー使うヤツだ。"って言ってましたよ。」

 

「ああ、そういえば!」

 

「いえ、今回のは本物です。」

 

「「え?」」

 

「今度、予備自衛官の集合演習があるんで、整備しとかないと……」

 

「マジか…… なでしこ?」

 

「うん。ここにくる前にお姉ちゃんと三人で射撃場に行って来たもん。」

 

一本目続き、二作品目を見ることに……

作品名は『デンタリスト』という。

 

「このドラマ知ってるー お姉ちゃんとお母さんが好きで三人で見てたんだよー」

 

「おおー それは楽しみだ。」

 

「桜さん、このドラマはどういった内容なんですか?」

 

「歯科医師で頭の回転も早い主人公が患者でもある女刑事さんと一緒に連続殺人犯を追いかけていく話なんですよ。」

 

「もう、ハラハラドキドキなんだよー」

 

「あまのじゃくでイタズラ好きの主人公のキャラクターが見ていてクセになるんですよね。」

 

「私、主人公のフレデリックの『君は嘘つきだ!』ってセリフが好きなんですよ。」

 

「あ、分かります。『僕は悪くないよ。』とか……」

 

「それに他の演者さんもいい味を出してるんだよねぇー♪」

 

「「ぬああぁぁーーーーーッ!」」

 

海外ドラマを熱く語っていた桜さんと鳥羽先生が、突如大声を出した。

 

「うわぁッ!!? びっくりしたぁー」

 

「ど、どうしたんッスか!!?」

 

「いきなり大きな声だして…… 心臓に悪い。」

 

「千代さん!分かったんですよ!」

 

「いったいどうしたんですか?」

 

「管理人さんの声ですよ。ずっと考えていたんです!主人公フレデリックの吹き替え声優さんに声がそっくりなんです!」

 

「そ、そうなんですね…… ハハ……」

 

いつもとはベクトルの違う桜さんに、俺は少しタジタジだ。同じようにテンションブチ上げの鳥羽先生に大垣さんやなでしこさんも苦笑いを浮かべている。

 

「おや?皆さん、お知り合いでしたか。どうですか?けっこう広くていい感じでしょ。山もほどよく見えるしね……」

 

ここのキャンプ場の管理人がやって来た。

例のフレデリックの声の人だ。

 

「あ、はい!解放感があっていい感じです。」

 

大垣さんが慌ててその場を取り繕うが、その空気を無視した鳥羽先生が切り出す。

 

「あ、あの!すみませんが管理人さん!『君は嘘つきだ!』って言ってくれませんかッ!!?」

 

「お願いします!」

 

「え?うそつき?」

 

「あ、何でもないです!気にしないで下さい。」

 

「鳥羽先生、何してるんッスか!」

 

「お姉ちゃんもだよ!」

 

珍しい二人の暴走にあたふたする俺たちだった。

 

次回に続く。




次回に自転車組が合流します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

非日常と姉妹。後編

続きです。


しばらくみんなで海外ドラマを見ていると、鳥羽先生に電話がかかってきた。

応対を済ませたかと思うと彼女は立ち上がり、 出かける準備を始める。

 

「鳥羽先生、どうしました?」

 

「犬山さんたちのヘルプです。近くの温泉によったら、ギブアップしたようで……」

 

「もう少しだったのに残念だねぇー」

 

「そうだな。」

 

「でも二人とも凄い頑張ったじゃない。健闘を称えましょう。」

 

桜さんの言うとおりだ。確かにここまでまだ数キロの道のりがあるはず…… 初めてのロングツーリング、頑張って60km以上を走りきったのだ、そのガッツは大したものだと思う。

 

「ならば自分も一緒に迎えに行きますよ。」

 

俺も腰を上げた。

 

「そんな…… よろしいんでしょうか?」

 

「もちろんですよ。それに二台で行けば一度で済む。その方が効率がいい…… そういうことで桜さん、いってきます。」

 

「はい。気をつけて。」

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

「いってらっしゃーい!」

 

俺と鳥羽先生はそれぞれの車に乗って、犬山さんたちの救援へと向かった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

俺は愛車のGRヤリスを運転し、前を走る鳥羽先生の車に追従する。

そして温泉施設に到着した。

ここはキャンプ場に向かう前に桜さんたちと三人で寄った温泉施設だった。

正面入口近くに設置された駐輪場で犬山さんと中津川さんの二人が立っている。

 

鳥羽先生の車に続いて敷地内に入ってきた俺の車を見た二人は驚いてた。

 

「お待たせしました。」

 

「い、いえ…… お手数おかけしてすみません。」

 

「良いんですよ。」

 

「でもどうして千代さんが?」

 

「それは追々話していくよ。自転車は鳥羽先生の車に…… 他の荷物と二人は自分が乗せて行きましょう。」

 

「そうですね。千代さんの案にしましょう。」

 

四人で協力して鳥羽先生の車に自転車を積載し、二人は荷物を俺の車に載せてから乗り込む。

そして、キャンプ場に向けて出発した。

 

「なでしこちゃんのお姉さんとキャンプデートでしたかー♪」

 

「まあ、ね。色々調べたけど、キャンプ場もここしか空いてなかったよ。」

 

「でしょー」

 

「で、なでしこ先輩もいっしょにいるんッスね。」

 

「けっきょくは野クルのグルキャンみたいになってもうたなー♪」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

キャンプ場へと戻り、自転車と荷物を下ろしてみんなと合流する。

 

「アオイちゃーん!メイちゃーん!」

 

なでしこさんが手を振って出迎えた。

 

「お疲れさま。アオイちゃん。」

 

「ありがとうございます。でも最後まで来れなくて、ちょっと悔しいですわぁ……」

 

「仕方ないですよ。先輩…… 温泉に浸かったら、やる気負けん気色々なモノが疲れと一緒にお湯に溶けていくんッスよ……」

 

「でも、凄い頑張ったと思いますよ。私、二人が身延からあそこまで走ってこれるとは思ってませんでしたから……」

 

「思ってなかったんッスね…… んな白状な。」

 

「でも初のロングツーリングであそこまで来れた二人のガッツは称賛に値すると思うよ。」

 

俺は拍手を贈る。

それに合わせてみんなも二人に拍手をした。

 

「なんか照れるなぁー////」

 

「ですね……////」

 

照れ屋さん…… 二人は頬を赤くしている。

その後大垣さんも温泉に行こうと思っていたが、運転手の鳥羽先生がビールを飲んでしまい、次の日までお預けになった。

 

日も傾き、夜の帳が降りる。

ランプなどに明かりを灯し、晩ごはんの準備をした。

そして、みんなで食卓を囲む。

 

「さてと、中津川さん?」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「野クルに入ったからには、特別なお肉を食べてもらいます。」

 

「千代さん…… まさかこの間の…… 花見キャンプのをするんですか?」

 

「アオイ先輩?何するんですか?」

 

「この前花見キャンプした時に千代さんが謎肉を振る舞ってくれたんやで。私と妹のあかりはカエルを食べたなぁー」

 

「アタシとなでしこ、鳥羽先生はヌートリアだ。」

 

「ヌートリア?」

 

「水棲型のネズミですよ……」

 

「ね、ネズミッ!!?」

 

「ちなみに私の友達はヘビだったよ。」

 

「ヘビ…… ホントに大丈夫なんッスか?」

 

「大丈夫!大丈夫!ちゃんとお肉屋さんで買ってきたヤツだから……」

 

食べた動物の種類を聞いて中津川さんの顔がひきつっている。

 

「っと言うことで、中津川さんに食べて貰うのは…… コレです!」

 

俺はちゃっかり作っていた、肉料理を彼女の前に出した。今回は煮込みハンバーグだ。

 

「ハ、ハンバーグ……」

 

「見た目はスッゴイ美味しそう……」

 

「ちなみに桜さんの分もあります。」

 

「え……」

 

「さあ!さあ!」

 

俺は二人に食べるように促す。

彼女たちは恐るおそるハンバーグを食べた。

ゆっくりと咀嚼し、ゴクっと飲み込む。

 

「おいしい……」

 

「千代さん!これ美味しいッス!」

 

二人はあっという間に完食した。

 

「で?これは何の肉ですか?」

 

桜さんが答えを聞く。

 

「今回はシカとイノシシの合挽き肉です。」

 

他のみんなにも好評で今回は成功だった。

その後に食べた桜さんが腕を振るったキャンプ飯は絶品で、特に自転車組は空腹感がハンパなく、なでしこさんに勝るとも劣らない食欲を見せていた。

 

食後は野クルキャンプ恒例のホラー映画の鑑賞会が始まる。今回のタイトルは"貞子vs伽椰子"。

『バケモンにはバケモンをぶつけりゃ良いんだよ!』など有名な迷言などがある、ホラー映画の皮を被ったおふざけギャグ映画だ。

 

「なでしこ…… アンタ、お化け嫌いなのに良く見れるわね?」

 

「だだだだだって、しょ、しょうがないじゃん!恒例行事なんだから!」

 

相変わらず、なでしこさんは凄い勢いで震えている。

クライマックスになり、出現した最強幽霊……

 

「アヒィィィィーーーー!」

 

お約束のごとく、なでしこさんの絶叫で映画鑑賞会は締め括られた。

 

「今回は全然怖くなかったなー」

 

「バトル物だと思えば面白いよな。」

 

「これは次のキャンプが楽しみッス!」

 

「今回の映画は、みんなに取って刺激が少ないみたいだね?」

 

「せやなー なんか物足りん感じがするなー」

 

「そそそそ…… そんなことないよッ!!? ね?メイちゃんもそう思うよねッ!!?」

 

「千代さん、なんかオススメの映画とかあるんですか?」

 

「め、メイちゃん!!?」

 

「ふむ…… じゃあ、自分が経験したゾッとした話を聞くかい?」

 

「お、自衛隊にいた時の話ッスか?」

 

「そうだね。自分がレンジャー教育を受けていた時の話なんだけど……」

 

俺が怪談話をしようとすると、急に肌寒く冷たい風が吹き始める。

 

「レンジャー教育の後半は実際に与えられた任務をこなす訓練があるんだ。夜寝てると急に起こされて山のど真ん中に連れていかれることもしばしば……」

 

「ひぇー 休ませてくれないんッスね……」

 

「それで、その日も夜中から山を歩いてたんだけど、明かりは付けれないし、月明かりもない真っ暗な山…… 聞こえるのは仲間の足音と自身の呼吸だけ。」

 

「私なら堪えられないよー」

 

「そやな……」

 

「それで千代さん?続きを早く話してくださいよ。」

 

「歩き初めて二時間くらいたった時かな?急に行進が止まるんだよ。」

 

「回り見えないのに、足が止まったって良く分かりましたね?」

 

「慣れれば気配で分かるんですよ。どうしたか?と思うと前の奴らから伝言ゲームのように伝言が回ってきて『女の泣き声がする』ってね……」

 

泥酔する鳥羽先生はさておき、他は青筋をたて固唾を飲み、なでしこさんは残像が見えるほどの怯えよう。

 

「最後尾の自分は助教に報告し、助教と共に最前列まで行くと前にいた隊員が震えているんだよ。みんなで耳をすませてみると、本当に女性のすすり泣く声が聞こえるんだ。」

 

「マジかよ……」

 

「その場にいる隊員…… 自分も聞こえたから現実なんだと直ぐに判断して、駐屯地と連絡を取り合い訓練を中断して捜索したんだよね。そしたら居たんだよ…… 若い女性が本当に一人で山奥で泣いていたんだ。」

 

「それで?それで?」

 

「もう止めて…… 怖すぎる……」

 

「明かりをつけてその女性を見ると少し疲れが見てとれたから、手当てとかして事情を聞くと彼氏と未来に絶望して……その……」

 

俺はショッキングなことだったので言葉を詰まらせてしまう。

 

「ってことは……」

 

「そう…… もう一人いたんだ。自分たちは急いで探したんだ。そうしたら、少し離れたところにいたんだよ。首を吊って少し首が伸びた男性が……」

 

みんな白目を向いていた。

まあ…… 作り話なんだけどね。

 

夜も更け、みんな眠りに着こうとしたけど、全く眠れなかったらしく、俺だけ爆睡して朝から文句を言われたのは別の話……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

犬山さんと中津川さんは朝早くに県境のある雁坂峠の料金所まで自転車で向かう。

 

「二人とも頑張ってねー!」

 

二人を見送り、戻って来るまで俺たちは朝のひとときをゆっくりすることにした。

 

「これからどうしようか?コーヒーでも飲みながら、また怪談話でもしようか?」

 

「「「「それはけっこうです。」」」」

 

その後、攻略してきた二人ともに朝食を摂ったりしたあと帰宅の途に付いた。車内……

 

「楽しかったねぇー」

 

「そうね。色々といい思い出も出来たし…… 千代さん、ありがとうございました。」

 

「そう言って貰えて良かったです。それに桜さんのキャンプご飯も美味しかったですよ。」

 

「何か嬉しいような、恥ずかしいような…… さて、次はいよいよ千代さんの実家へ挨拶ですね。」

 

「緊張してる?お姉ちゃん?」

 

「当たり前でしょ?初対面なんだから…… アンタのコミュ力を分けて欲しいくらいよ。」

 

「確かに。なでしこさんのコミュ力はチートですもんね。でもそんなに気負うことはないですよ。肩のチカラを抜いて行きましょう。」

 

ゴールデンウィークを楽しみに俺たちは帰った。

 

次回に続く。




次回から千代さん実家に戻ります。
ていぼう部も出てきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゴールデンウィーク、実家に帰ろう!前編

千代さんの実家ヘ帰るオリジナル展開が始まります。


週明けの月曜日…… 放課後になる。

『もうすぐゴールデンウィークか。桜さんと……』と俺は内心ニヤニヤしていた。

そこへいきなり現れた志摩さんと斉藤さんに拉致られる形で、図書室へと半ば強制的に連行される。

 

「ちょっと、俺、まだ仕事が……ッ!!?」

 

これはマズイ気がすると二人に抵抗してみた。

 

「まあまあ♪」

 

しかし斉藤さんは笑ってはぐらかすばかり。

分かるぞ…… これは裏がある顔だ。

 

「まあまあって、仕事しないと俺が事務長に怒られちゃうんだよッ!!?」

 

俺は逃げようとしたが、二人は俺の両腕をガッチリとホールドして逃がさない腹積もりらしい。

そして、取調室と化した図書室に入れられる。

志摩さんは自身の定位置であるカウンター内のイスに座った。

 

「そこに座ってください。」

 

彼女に促されるままに俺は志摩さんの向かい側に座らされる。

『隙があったら逃げよう!』と図書室の出入口をチラ見したけど、それを察知したのか、斉藤さんに逃げ道を塞がれた。

 

「逃がしませんよ♪」

 

エスパーかよ!斉藤さん……

 

「うむ、逃がさん。」

 

志摩さんまで…… 二人の尋問は疲れるんだよなぁー

 

「千代さん……」

 

「は、はひッ!!?」

 

うぅー 胃が痛い。

 

「この間、キャンプに行ったそうで……」

 

「ま、まあ…… 桜さんと急にバイトが休みになったなでしこさんの三人で行きました。」

 

「それにアキちゃんたちとも一緒にしたんだよね?」

 

「はい。そうです。」

 

「良いなぁー 私も行きたかったなぁー」

 

「斉藤さんはバイトでしたよね?」

 

「でも、羨ましいんだよー」

 

「楽しかったですか?」

 

「え、まあ…… すごく楽しかったです。」

 

「どうして、私を誘わなかったんですか?私がフリーでソロキャン行ってるって、知ってましたよね?」

 

来たよー!志摩さんのジト目。人ひとり殺しそうなんだもん。おじいちゃん顔負けだな。

 

「だって、志摩さん自身が一人の方が気楽だと仰っていたので……」

 

「千代さんは別なんだよね?リンは……♪」

 

「あ、斉藤!余計なことを言うなッ////」

 

志摩さんは頬をおもちのように膨らませてソッポを向く。相変わらず可愛い反応だ。

 

「照れてる♪リン、かっわいい♪」

 

彼女はツンツンと志摩さんの頬っぺたを突っつく。

 

「や、やめろ!怒るぞおー」

 

『二人が互いにイジリあっている。これは離脱のチャンスだ!』と席を立とうした。

 

「「どこに行くつもりですか?」」

 

離脱に失敗。『次はどうするか……』と辺りを見渡すと、図書室の本を読むスペースに瑞浪さんがいた。

彼女には申し訳ないが、デコイとなって貰おう。

瑞浪さんは今日も趣味のイラストを黙々とタブレットに描いていた。

 

「瑞浪さん。こんにちは。」

 

俺は彼女に声をかけた。

 

「あ、どうも……」

 

コチラに気づき、瑞浪さんがペコっと頭を下げる。

 

「絵真ちゃん、いたんだね。」

 

「今日もイラスト描いてんの?」

 

「はい。」

 

三人で彼女のタブレットを覗き込んだ。

描かれているのは柴犬だろうか。

 

「おおー!スッゴーーい!」

 

「相変わらず、うまいね。」

 

「そ、そんなことないです……////」

 

「そんな謙遜しなくても良いんじゃないかな?躍動感があって今にも画面から飛び出てきそうだ。」

 

「ねぇ、瑞浪さんは他の犬も描けるの?」

 

「あ、はい…… 描けますよ。任せて下さい。」

 

瑞浪さんはスラスラと筆を滑らせる。

 

「こんなんでどうでしょう?」

 

「うぉぉー うまい。」

 

「ビーグルだねぇ♪」

 

「次、コーギー。」

 

「大丈夫です。」スラスラ…………… 「出来ました。」

 

「「「か、かわええーー 」」」

 

志摩さんのリクエストは限度を知らない。

次々と犬種を言うが、瑞浪さんはそれに答える。

 

「凄いね。瑞浪さん…… 犬が大好きなんだね。」

 

「はい。でも家が賃貸だからペットとかはダメなんでよす。」

 

「千代さんは犬、好きですか?」

 

「好きだよ。犬も好きだけど猫も好きだね。自分の実家じゃ猫を二匹飼ってる。」

 

「へぇー 私も犬好きだけど両親が犬アレルギーなんだ。犬自体は好きなんだけど……」

 

「じゃあさ、二人ともこれからウチのチクワを触りに来ない?」

 

「お、斉藤!ナイス!」

 

「斉藤先輩……」

 

「瑞浪さん、急いで準備しよう!」

 

「はい。」

 

二人は帰る準備を始めた。

 

「千代さん。借り一つですよ。」

 

と小声で斉藤さんが言う。

どうやら、ほど良い時間で解放してくれたようだ。

「ありがとう。」と斉藤に耳打ちして俺は自衛隊仕込みのアビリティー"ステルス"を駆使して消えるように仕事に戻った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

生徒も先生もいない学校。あんなに賑やかだったのに、今はシーンと静まり返っている。

俺が最後の見回りなどを済ませた頃には、時計の針は19時を回っていた。

 

「今日の仕事も終わりか。」

 

俺は相棒のロクダボに股がると、そのままの足で桜さんの家へと向かう。

30分ほど掛かるから、着くのは20時前か…… 俺は安全運転で相棒を飛ばした。

 

彼女の家に着くとバイト帰りのなでしこちゃんがちょうど家に入るところだった。

バイクの音に気づき、コチラに元気いっぱいに手を振っている。

俺は手を上げて応えた。

 

バイクのスタンドを立て確認し、降りてからヘルメットを取る。

 

「千代さーん!」

 

俺の胸に飛び込んでくる、なでしこちゃんのタックルを見事に真正面から受けきった。

 

「今、バイトあがり?」

 

「うん!」

 

「お疲れさま。」

 

「千代さんも、お仕事お疲れさま♪」

 

各務原家にお邪魔する。

 

「お父さん!お母さん!ただいまー お姉ちゃん、千代さん来たよー」

 

「お邪魔します。」

 

「お、いらっしゃい。」

 

「千代さん、晩ごはん出来てますから。なでしこ、アンタ分も用意してるから早く着替えて来なさい。」

 

「はーい。」

 

彼女は二階の自室にいった。

最近は各務原家にお邪魔して晩ごはんをいただくことが多くなった気がする。

 

なでしこちゃんと晩ごはんを食べ始めた。

 

「今日は遅かったね。」

 

とお義父さんの修一朗さんに聞かれる。

 

「学校の戸締まりとかをしていたんで……」

 

「大変ねぇー」とお義母さん。

 

「いえいえ、仕事ですから……」

 

「それで千代さん。実家にはどうやって帰ります?」

 

「そうですねぇ……」

 

桜さんの問に俺は考える。

一応は二人して中日も休んで10連休はとった。

安全や時間を有意義に使うためにも公共交通機関を使うべきだと思う。そんな時だった。

 

「私、自分の車で行きたい!」

 

「何をいきなり?一体どれだけの距離があると思ってるんですか?1000kmを軽く超えるんですよ?」

 

「私、憧れてるんですよ。超ロングドライブ…… 千代さんも年末年始で行ったじゃないですか。アナタの話を聞いたり、YouTubeやブログとか見てやってみたいなあと思ってたんです。」

 

「しかし……」

 

俺は悩む。桜さんの気持ちを酌んでやりたいのは山々なのだが……

 

「車は大丈夫です。この間のお花見ドライブ行ったあとすぐに整備に出して、オイル交換とかもしましたし、両親も許可してくれました。」

 

「ほ、本当ですか?お義父さんッ!!?」

 

「桜の情熱に負けたよ。それに可愛い子には旅をさせよって言うだろ?」

 

「お義父さん…… 申し訳ないですが、そのことわざの解釈は違います。正しくは"子供が可愛いなら、甘やかさないで、世の中のつらさを経験させたほうがよい"……ですね。」

 

「へぇー 勉強になるねぃ。」

 

「まあ、とにかく桜のお願いを聞いてくれないか?」

 

「私からもお願いします。」

 

ご両親からも頭を下げられたら、もう断れない。

 

「分かりました。桜さん、俺もとことん付き合いましょう。」

 

「やった。ありがとう、千代さん♪」

 

桜さんに抱きしめられる。

 

「ただし、条件があります。長時間の運転は危険です。だから二時間ごとに休憩を入れて、交代交代で行きましょう。それに二日に分けて無理せず……」

 

「分かりました。」

 

桜さんは張り切っていた。

 

「千代さん、私も相談したいことがあるんだけど……」

 

次はなでしこちゃんが俺を呼ぶ。

 

「ん?どうしたの?」

 

「えっとね?私も千代さんの実家に遊びに行きたいなぁーって……」

 

「え……?」

 

「アンタ、何言ってんの?ゴールデンウィークはバイト頑張るって言ってたじゃない。」

 

「その予定だったけど、店長がね?『学生は遊べるうちに遊んどいた方がいい』って言われちゃって、後半の五日間が休みなんだよー」

 

「その店長さんの言いたいことは分からんでもないが……」

 

「ダメかな?」

 

うぅ……

 

「千代さん、どうだろうか?」

 

「ちょっと実家に連絡してます。」

 

俺は実家に電話してみた。

 

「うん……うん…… そう。分かった。じゃ……」

 

電話を切り、俺はなでしこちゃんをジィーと見る。

ゴクリと各務原家が唾を飲み込んで、経過と結果を見守った。

 

「オッケー出ました。」

 

「ホント?やったー!千代さん大好き!」

 

テンションMAXのなでしこちゃんは俺に抱きつき、そのままフルパワーで締め上げる。

 

「ぐぇー な、なでしこちゃん…… 俺、しぬー!」

 

「何やってんの!おバカ!」

 

何とか解放してもらえた。

 

「だ、大丈夫?千代さん……」

 

桜さんが心配する。

 

「え、ええ…… (マジで胴体千切れるかと思った。)」

 

「楽しみだなー♪ どんなことしよう♪」

 

「なでしこさん?ここから真面目な話だ。キミにも条件つけよう。」

 

「え?うん……」

 

「まずは出発当日の移動手段などを事細かに書いた日程表を作成して俺と顧問の鳥羽先生に提出すること。期限は明後日の昼休みまで。」

 

「はいッ!」

 

「あと、行きの交通費は自分のお財布から出す。帰りは自分たちと一緒ならガソリン代として5000円を桜さんに渡すこと。」

 

「分かりました!」

 

「お義父さん、お義母さん、桜さんもこれで良いですね?」

 

「ええ。私たちもその条件で良いと思います。」

 

「じゃあ、頑張るんだよ。」

 

「うん!ふぉーー!やる気出てきたぁー!」

 

これは賑やかな旅になりそうだ。

次回に続く。




連休後半からはなでしこちゃんも合流します。
ご感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゴールデンウィーク、実家に帰ろう!後編

後半期いきます。


ゴールデンウィークまであと二日となる。

 

この日の放課後、なでしこさんの集合のLINEに野クルメンバーと顧問の鳥羽先生に志摩さん、斉藤さんというフルメンバーが図書室に集まっていた。

 

なぜかというとなでしこさんが俺の実家のある熊本県に遊びに行くことになり、その日程表作成の協力を要請した為だった。

 

ちなみに中津川さんに付き合って、瑞浪さんまでも参戦している。

 

「エエなぁー なでしこちゃん。千代さんの実家に遊びに行けるなんてー」

 

「最初はバイト頑張るつもりだったけどね。でもこれはまたとないチャンスだと思ったんだ。」

 

「私も行きたかった……」

 

悔やむに悔やみきれない志摩さん。

 

「だねぇー♪リンの気持ちも分かるよー 美味しいお魚にブランド牛……」

 

「それだけじゃねぇぞ。恵那隊員!熊本っていったら、馬刺に……!」

 

「濃厚豚骨ラーメンもありますよ!揚げニンニクとマー油が最高っだってテレビでもやってたッス!」

 

「それにピリッと辛い、カラシれんこんも良いですねー 米焼酎に合いそう♪」

 

「鳥羽先生…… お酒の話は今はちょっと不味いッスよ。」

 

「アハハハ…… ごめんなさい。」

 

「先輩がた、銘菓陣太鼓もお忘れなく。」

 

「お、瑞浪さんもツウだね。」

 

「いや、それほどでも……////」

 

「でも熊本って言ったら、くまモンやろなー」

 

犬山さんの発言により、みんなに電流が走る。

そして脳裏にゆるキャラ"くまモン"がよぎった。

 

「くまモン…… 野生の熊より凶悪だと聞いているぞ。気をつけるんだぞ、なでしこ隊員!」

 

「ら、ラジャー!分かったよ、アキちゃん。」

 

「でもさ、なでしこはどうやって行くつもりなんだ?」

 

「そうなんだよねぇー リンちゃん…… 昨日ちょっと調べたんだけど、行きは安く済ませたいから高速バスだと思うんだよね。」

 

「だよなー LCCもと考えって検索したけど、繁忙期はちょっと高いんだよ……」

 

みんながスマホで検索しまくっている。

 

「学校終わってから、家に帰って、着替えて、準備してあるモノを拾って……」

 

「乗り換えを考えるとこの東京八重洲21時20分発福岡県博多行きが良いみたいッスね。」

 

調べてモノを用紙にまとめて書いて行く。

 

「ここの終点の熊本桜町バスターミナルまで来たら、あとは千代さんが向かえに来てくれるんだって。」

 

「しかし顧問としては、なでしこさん一人を夜の東京にホッポリ出すのは心配でならないです。」

 

「そこは心配しなくて良いって、千代さんが言ってました。」

 

「どうしてなの?なでしこちゃん?」

 

「千代さんがボディガードを付けてくれるみたいなんだ。恵那ちゃん。」

 

「「「「「「「ボディガード?」」」」」」」

 

「うん。ほら、この間、千代さん東京に一人で行ったじゃん?あの時に知り合った……」

 

なでしこさんはスマホをみんなに見せる。

 

「千代さん曰く、この子たち凄腕らしいよ?」

 

「マジで?見た感じ私たちとさほど変わらないようだが?」

 

「でも千代さんが言うなら、確かかもしれませんね。彼もその道のプロみたいですし……」

 

「それにウチまで迎えに来てくれるんだって。」

 

「じゃあ、安心かー」

 

みんなで協力してなでしこさんは、日程表を作り上げた。

 

「みんな、ありがとー おかげさまで提出期限前にできたよー!」

 

「なーに、良いってことよ!」

 

「せやでー 思う存分楽しんできてなぁー」

 

「うん。リンちゃん!海の写真、たくさん送るからね♪」

 

「うむ。楽しみしとく……」

 

「年始にビデオ通話した向こうの子たちと仲良くなれたら良いね。なでしこちゃん♪」

 

「そうだね。恵那ちゃん!」

 

「まあ、なでしこのコミュ力なら大丈夫だろ。」

 

「そうだなー」

 

「メイちゃんに絵真ちゃんも手伝ってくれてありがとう♪」

 

「いえ、私も先輩のチカラになれて良かったッス」

 

「いってらっしゃい。先輩……」

 

「では日程表は私が目を通してから、千代さんに提出しておきますね。」

 

「はい!ヨロシクお願いします!」

 

「じゃあ、今日は解散しましょうか?皆さん?下校の際は気をつけて帰ってくださいね。」

 

「「「「「「「はーーい。」」」」」」」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

夜、千代の自宅にて……

 

「では、いただきましょうか。」

 

「そうだね。」

 

「いただきまーす!」

 

「だから、なんでアンタがいるの……!」

 

青筋立てて、桜さんは拳を握る。

 

「まあまあ、みんなで食べた方が美味しいですから。うん!このハンバーグ、絶品だ!」

 

「もう…… そうやっていつもなでしこを甘やかすんだから。」

 

「甘えるの妹の特権なんだよ。お姉ちゃん♪」

 

「調子に乗らない。」

 

「それで?日程表は終わった?約束の期限は明日だったけど……?」

 

「バッチリ! みんなに協力してもらって、鳥羽先生に提出したよー 明日の朝イチで千代さんに渡すって言ってた。」

 

「そっか、じゃあ安心だ。」

 

「それでー? お姉ちゃんたちは準備、大丈夫なの?」

 

「当たり前でしょー もう準備万端よ。ね?千代さん。」

 

「だね。桜さんとのロングドライブ楽しみだ。」

 

「お?お二人さん、お熱いですねー!」

 

「茶化さないの。」

 

「ハハハハ……」

 

その後、俺は帰る桜さんとなでしこちゃんの二人を見送った。

そして俺は自身のスマホで連絡を取る。

数回のコール音のあと『はーい!モシモシモシ~♪』っと応答があった。

 

『こちら、喫茶リコリコの千束でーす!』

 

そう、先日行った喫茶店『リコリコ』だ。

俺はあの店の裏の顔を知っている。陸上自衛隊の特務部門である戦略部を通して大方の情報は仕入れていたからだ。

だからこそ、なでしこちゃんの護衛を彼女たちにオーダーしている。

 

「もしもし?千代だけど……」

 

電話の向こうが騒がしい。こんな時間なのにまだ営業しているのか?

 

『お、千代さーん!おつかれーッス。』

 

「お疲れ様。ごめんね?忙しかったかな?」

 

『あ、ああー!ううん、今は常連さんとボードゲームの大会中。喫茶リコリコ恒例なんだよー』

 

「そうなんだ。それで、この間の件なんだけど……」

 

『あー 大丈夫だよ。先生も了承してるし、あとは待ち合わせの時間だけ教えて貰えれば、迎えに行くよー♪』

 

「時間に関しては、明日になったら分かるから、分かり次第すぐに連絡するからね……」

 

『あいよー!』

 

「報酬も明日振り込んでおくからね。」

 

『りょーかーい。ちょっと、たきな!なにするのー!え、千代さんと話したいから代われって?いやー!あ、ちょっちょ……!』

 

ブツっと切れた。本当に大丈夫かな……

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

次の日、俺は朝イチで鳥羽先生から、例の日程表を受け取った。

 

「どれどれ…… フムフム……」

 

自分の席に座り、日程表に目を通す。

きのうみんなで知恵を出しあって考えただけあるな。乗り継ぎ時間のタイミングまで完璧だった。

 

「うむ。これなら安心だ。あとは千束ちゃんに連絡するだけか……」

 

俺は確認したと証明のためにサインと印鑑を押す。

そして昼休みになり、俺はなでしこさんの教室へ向かった。

教室に着くと、なでしこさんは大垣さんと犬山さんや他のクラスメイト数名でグループを組んで昼食を摂っているところだった。

 

「なでしこさん、ちょっと良いかな?」

 

「あ、千代さーん!」

 

来たぞ!なでしこさんのマジタックル!どこに来るんだ?胴か?片足?それとも両脚!

 

「来たな!今回は両脚かぁ!秘技!タックル返しぃぃッ!」

 

俺は彼女の勢いを殺し、そのまま後方へと投げる。

格闘徽章持ちの実力!嘗めんなぁー!

 

「どおぉぉりゃあぁぁぁあーーー!」

 

「うわーッ!!?」

 

なでしこさんは目をグルグルさせていた。

 

「参りました。それでなんの用でしょう……」

 

「あ、そうそう。これ確認したから…… バッチリでした。」

 

「ってことは……」

 

「向こうに行ったら、たくさん思い出を作ろうね。」

 

「やったーー!千代さん大好き!」

 

なでしこさんは嬉しさのあまり、ひと目を憚らず、俺の一瞬の隙を突き、おもいっきり抱きつく。

 

「し、しまっ……た!」

 

「ぎゅうぅぅぅーー!」

 

彼女なりの愛情表現。凄まじいパワーで絞められる。それはもう腰骨が折られる勢いだ。

 

「ぐえーッ! し、し、ぬ……」

 

俺の顔から血の気が一気に引いていく。

 

「ちょ、なでしこちゃん!!? 千代さんが死んでしまうでッ!!?」

 

「誰か!なでしこ止めるの手伝ってくれ!」

 

大垣さんのヘルプにその場にいた男子生徒やらが手を貸し、なでしこさんは引き離され、俺は九死に一生を得た。

 

彼女たちと別れたあと、俺はスマホで千束ちゃんに連絡をする。

 

『あ、千代さん!おいッスー!』

 

「時間分かったから連絡しとくね。」

 

『あいよー!』

 

改めて、詳しい内容と手順を互いにやり取りした。

 

「あとは報酬だね。前金で25、任務完遂後に25でどうだろう。」

 

『おっけぇー! 毎度ありー!ところで千代さん?今度護衛するなでしこちゃんって、どんな子なの?』

 

「えーっと、元気でコミュ力高くて、何でも美味しそうに食べて…… 犬みたいな子。」

 

『犬……?』

 

「まあ、とにかく千束ちゃんと凄く気が合うと思うよ。」

 

『おほー! そりゃ楽しみだ。』

 

「じゃあ、護衛はたのんだよ。」

 

『任せなさーい! あと時間があったら、またウチのお店を使ってね。たきなも待ってるから……♪』

 

「りょーかい。」

 

電話を終えた。あとなるようになる。休憩の残り時間をどこで過ごそうか…… と思ったが、目の前には志摩さんが立っていた。

 

「千代さん……」

 

「志摩さん……」

 

「千束って、誰ですか?」

 

こりゃー ややこしいことになったな。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

ゴールデンウィークになる。

 

「おはようございます。」

 

「おはよう、桜さん。」

 

早朝5時、俺は迎えに来た桜さんの愛車に荷物を載せた。

 

「じゃあ、行きましょうか。」

 

「そうだね。」

 

いよいよ始まった1000キロ超えの超ロングドライブ。YouTubeの企画みたいな行程をまずは桜さんの運転で、最初のチェックポイント浜名湖のSAへと向かった。

 

次回に続く。




なでしこ、リコリス組と会います。どうせならぼっちちゃんとも会って欲しい。

いよいよ始まりました。超ロングドライブ!桜さん、YouTuberかな?

ご感想などお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超ロングドライブ。はじまり

目指せ!熊本!


早朝5時を回った頃、俺の自宅を出発した。

まずは南部町、山梨県を脱出して最初のチェックポイントである静岡県浜名湖のSAを目指す。

 

「体調はどうです?」

 

「バッチリですよ。昨日はきちんと眠れるか心配でしたが……」

 

「俺もです。」

 

「二人揃って遠足前の小学生みたいね。」

 

「全くだ…… ハハハ。」

 

高速の入り口前にある、青い看板で有名なコンビニに立ち寄り、飲み物などを補充した。

 

「さあて、いよいよ山梨脱出よ!」

 

いつもと違って、桜さんのテンションのおかしい。

 

「桜さん、ノリノリッスね……」

 

「夢にまで見た超ロングドライブ……! 気分はもう、旅系YouTuberですよ。」

 

「くれぐれも安全運転でお願いします。」

 

「フフ……♪ はーい♪」

 

桜さんの運転する車は富沢ICへ右折し、中部横断道路に入る。

静岡方面の案内に従い、分岐を左折した。

料金所で発券されたチケットを受け取り、中部横断道路へ突入する。

 

車はだんだんと加速し、流れに合流した。

と言ってもまだ朝も早いせいか、一般車は少なく、走っているのも大型トラックなどが多い。

 

「今はまだ空いてますね。道……」

 

「そうだね。ゴールデンウィークだし、これからどんどん混んでくるから、なるべく先に進んでおきたいね。」

 

車のカーラジオからは人気曲''Seize The Day''が流れている。

 

「私、この曲好きなんですよ。」

 

「分かります。俺たちの旅をいろ鮮やかに飾ってくれますよねぇー」

 

人気曲をBGMに1ヶ所目のチェックポイントの浜名湖サービスエリアを目指す。

 

「ねぇ?千代さん。たびたび思うんですけど、千代さんってドライブする度にパックのカフェオレを飲んでますよね?」

 

「あー これ?昔からのルーティンみたいなモンですよ。16になってすぐに普通二輪の免許を取って、バイク買って…… 始めての遠出した日、休憩中に飲んだカフェオレがそれがもう美味しくて…… それからですね。」

 

「思い出の味ってヤツですか。良いですねー♪」

 

「まあ、その後お腹ピーピーなるんだけとね……」

 

「なんか千代さんらしい。」

 

と昔の話をしながら道を進む。

浜名湖のサービスエリアまであと10分ほどとなった時だった。

ゴロゴロ…… 俺の腹が一気に鳴り出す。うぅ、お腹が痛い。

 

「さっ、桜さん…… おなかが痛い。」

 

「えッ!!? 今ですかッ?」

 

「う、うん……」

 

「もう少し、頑張って下さい!」

 

桜さんは時速100キロで車を飛ばす。

ヤ、ヤバい!しかし、この痛みがたまらんのだ!

 

「あと2キロですよ!」

 

追い越し車線を走行中だった彼女は、標識による案内を見たとたん後方などの確認を素早くすると、走行車線に車を寄せた。

 

「もうすぐですよ。もうすぐ!」

 

「す、すみません……」

 

みるみるうちに顔色が悪くなり、脂汗をかく俺を気づかいながら、桜さんは車を運転する。

そして、サービスエリアに到着…… なんとか無事に俺の体は持ってくれたようだ。

 

まだ早い時間だった為、駐車スペースは空いており、すんなり車を停めることができた。

サービスエリアへ着くと停車した車から降りる。

 

「じゃあ、ちょっと行ってきます。」

 

俺はトイレへとダッシュした。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

千代さんは車を降りるなり、くねくねと怪しさ満点でトイレへ向かう。

歩くというか、走るというか…… 絶妙な速さね。

 

「千代さーん。私、ちょっと周りを見て来ますからねぇー!」

 

……うーん、大丈夫かしら?

私はサービスエリアの施設を見てまわる。

 

「久しぶりに来たけど、けっこう変わってるわ。」

 

お土産コーナーや屋台、フードコート、ご当地食材となんでもあるわね。ここ……

十数分後、私がうろうろしていたのを見つけた千代さんが合流してきた。

 

「お待たせしました。」

 

千代さんは、キラキラとスッキリしたような顔をしている。

 

「もう大丈夫ですか?」

 

「バッチリ。ここら辺で朝ごはんでも食べましょうか?」

 

「そうですね。」

 

私たちはフードコートで朝ごはんを食べることにした。二人でおうどんをいただく。

サービスエリアで食べる食事って、なんか特別な感じがあって私は好き。

 

「美味しいですね。」

 

「ああ。」

 

その後、ホットコーヒーなどを飲んだりして、一息ついていた。

 

「千代さん!やっぱりいたー!」

 

千代さんは誰かに声をかけられたの。

 

「キミは佐倉さん。」

 

そこにいたのは、私よりずっと年下の女の子……

妹のなでしこと近い年頃かしら?

親しそうに二人が話している。なんだろうこの気持ち…… リンちゃんたちの気持ちが少し分かるかも。

 

「千代さん?知り合いなの?」

 

私は彼に思いきって聞いてみたわ。

 

「あ、ああ。彼女は……」

 

「私は佐倉羽音。千代さんのお友達なんだよー♪」

 

「去年鈴鹿までツーリングしたんだけど、彼女とはその時にここで偶然会ったんだ。」

 

「それから私たち、ツーリング友達なんだよ。」

 

「「ねぇー」」

 

そうなんだ。ツーリング友達ね……

それにしても息ピッタリで少し妬いちゃうわ。

 

「フフ……♪ 私は各務原桜よ。ヨロシクね?羽音ちゃん。」

 

「各務原…… あ、もしかしてなでしこちゃんの……?」

 

「そうよ。なでしこの姉です。大井川では妹がお世話になりました。」

 

「そんなことないです!なでしこちゃんが作ってくれたキャンプご飯!スッゴく美味しかったです!」

 

「確かになでしこさんの料理スキルは野クルでも頭一つ飛び抜けてると思うよね。」

 

私たちは色々話しながら、施設の外に出る。

 

「そういえば、他の子たちは?」

 

「多分、そこら辺にぃ………」

 

羽音ちゃんは辺りをキョロキョロ……

 

「あ、いた!」

 

羽音ちゃんが指さす方を見ていると、彼女と同年代の子たちが集まって飲み物を飲みながら、立ち話をしていた。

 

「おーい! みんなー!」

 

連れを見つけた羽音ちゃんが駆け出していく。

 

「ったく!どこ行ってたんだよ。」

 

「そうよ。羽音!ホント、アンタはどこにでも行くわね。」

 

くせっ毛の強い女の子とピンクのライダースーツを着たツインテールの髪の長い子が頭を抱えていた。

 

「えへへ…… それほどでも~♪」

 

「「いや、褒めてない。」」

 

「でも、千代さん見つけたんだよー!」

 

「「え?」」

 

羽音ちゃんの友達がコチラを一斉に向く。

 

「おおー! ホントだー!」

 

「ごきげんよう、お久しぶりですわ。」

 

「久しぶり。みんな、元気にしてた?」

 

「はい。もちろんです。ところで…… 千代さん?そちらの方は?」

 

「ああ、彼女は各務原桜さん。大井川でキャンプした各務原なでしこさんのお姉さんで……」

 

「彼女です。」

 

私はきちんと言ってみせたわ。なんか千代さんが取られそうだったから、立場をきちんとさせなければいけないし……!

 

「お、おお…… 彼女。」

 

一番小柄な子がドギマギしてる。うぶね。

私は立場上勝ちを確信したわ。

 

「ヨロシク。」

 

「アタシは天野恩紗。」

 

「わたくしは三ノ輪聖ですわ。」

 

高貴そうな子…… 絶対お嬢さまだわ。

 

「私は鈴乃木凜です。ヨロシク。」

 

「リンちゃん……ね……」

 

私は彼女を頭のてっぺんから足の先までチェックする。私の知ってるリンちゃんより、いろんなところの発育が良いわね。

 

「あ、あの…… 私、どうかしました?」

 

「気にしないで。」

 

「キミは始めて見る顔だね?」

 

「わ、私は中野千雨です。ヨロシク!お願いします!」

 

「千雨ちゃんか…… よろしくね。それで桜さん。最後にコチラが来夢先輩です。」

 

学校の制服に白いヘルメットに赤くて大きいリボンをあしらった女の子がサムズアップをしていた。

 

「よ。よろしくお願いします!」

 

なんでだろう?女子高校生なはずなのに、私よりずっと歳上な感じがする。

 

「それで今回もみんなでツーリング?」

 

「そうだよー! 今日は鈴鹿サーキットに行くんだよ!」

 

「わたくしがお父様にお願いして特別に走らせて貰うんですわ。」

 

「相変わらず、スケールが大きい……」

 

「あの千代さん? その子、高校生ですよね?サーキットを持ってるんですか?」

 

「ああー 彼女、三ノ輪財閥のご息女なんだよ。鈴鹿サーキットは彼女の財閥と本田技研工業が協同で運営してて、世界でも最高峰のサーキットだし遊園地やホテルまで併設した一大モータースポーツランドになっているんだよ。」

 

千代さんは熱く語っていた。

 

「千代さん…… アナタの思いはもう分かりましたから。」

 

「ああ、ごめんね。」

 

「千代さんたちはどこに行くんですか?」

 

「俺たちは熊本の俺の実家に……」

 

「千代さんの家族に挨拶に行くのよ。」

 

「今日は途中の宿に泊まって…… 二日に分けて行く予定なんだ。」

 

「おおー 結婚の挨拶。」

 

「大人だ……」

 

反応を見るあたり、やっぱり女の子ね。

みんな頬を赤らめてる。可愛い……♪

 

「今日の宿はもう決まってますの?」

 

「ええ、千代さんが正月休みの時にも使った山口県のホテルを予約してるわよ?」

 

「なるほど…… 分かりましたわ。」

 

聖ちゃんはスマホでどこかに連絡を取り始めた。

 

「ありがとうございますわ。お父様。」

 

電話を終えた聖ちゃんが私たちに振り返る。

 

「千代さん、桜さん、今日のホテルは我が三ノ輪財閥誇る最高クラスの部屋を用意させて貰いますわぁー!」

 

「悪いよ。ねぇ、桜さん。」

 

「そうよ。私たちは予約した部屋でいいわ。」

 

「遠慮なさらずに。これはわたくしから結婚されるお二人への細やかな贈り物だと思って下さいませ。」

 

私と千代さんは少し話し合って、答えをだした。

聖ちゃんの粋な心使いを無下にするのは逆に失礼だと判断したわ。

 

「ありがたく使わせていただきます。」

 

「本当にありがとう。三ノ輪さん……!」

 

「それじゃあ、私たちはこの辺で…… 千代さん?行きましょうか?」

 

「そ、そうだね。みんなも気をつけて楽しんで来てね。」

 

私たちは羽音ちゃんたちと別れて愛車に戻った。

今からは千代さんが運転する。彼が運転席へ私は助手席にそれぞれ座る。

 

「先に給油して行きましょう。」

 

千代さんの提案で給油をして次の目的地のサービスエリアを目指す私たちであった。

 

次回に続く。




何度目かの登場、バイク部でした。
クロスオーバーでは比較的に扱い易いですね。
ご感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超ロングドライブ。みちゆき

一日目、終了です。


バイク部と別れて給油を済まし、浜名湖のサービスエリアを出てしばらく走っていると不意に桜さんに質問された。

 

「千代さん、モテモテですね…… あの子たちと随分親しそうに話してましたけど。付き合いは長いんですか?」

 

「おふぅ、いきなり…… そうですね。あの子たちは桜さんたちと同じくらいの付き合いじゃないかな?会ったのもコッチ来てからすぐだったし……」

 

「千代さんって、バイク乗りの人と話しているとあんな顔をするんですね?」

 

え?俺、どんな顔していたんだろう?

 

「イキイキしてましたよ。私には普段しない表情でした。良いなぁ…… 羨ましいです。」

 

桜さんは遠くを見つめている。

少し疎外感を感じさせてしまったか……

 

「桜さん、寂しい思いをさせたみたいだね。」

 

「あ、いえッ!!? そんなこと……ッ!!?」

 

「はっきり言っときますけど、俺は桜さんが一番好きですよ。愛してます。」

 

「嬉しいけど、ちょっと照れますね。」

 

彼女は頬を赤らめ、微笑んでいる。

機嫌も良くなったようでひと安心。

 

「それに俺の実家に行ったら、バイク乗ってみませんか? 」

 

「バイク…… ですか…… 私、バイクの免許とか持ってないですよ?」

 

「普通免許で乗れる原付があるじゃないですか。」

 

「なるほど……原付なら、私でも乗れますね。」

 

「まあ、ただの原付じゃないんですけど……」

 

「何ですか?その含みのあるような言い方?ちょっと怖いような……」

 

「それは向こうに着いてからのお楽しみ♪」

 

しばらく走っていると120キロ区間に入る。

カーラジオからは思わずアクセルを踏みたくなるようなユーロビートが流れてきた。

 

「すごくタイミングの良い時に流れて来たな。この曲……」

 

「千代さんの気持ちは分かりますが、くれぐれもスピードの出しすぎは止めてくださいね。」

 

「分かってます。安全運転…… 安全運転……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

休憩を挟みつつ二時間ほど走り、再び運転手が桜さんに代わる。

 

「さあて、走りますかぁー」

 

「まだまだ、元気ですね。」

 

「千代さんより若いですからねぇー」

 

交代して一時間……

順調に距離を稼いでいる時だった。

 

「ねぇ、千代さん。私たち煽られてるみたい……」

 

「え?」

 

俺は彼女に言われ、ルームミラーや助手席側のサイドミラーで後方を見ると、赤いマッスルカーがパッシングやクラクション、車間距離を詰めたりと危険な運転をしている。

 

「ホントだ……」

 

「ね?私、煽り運転、始めて見ちゃったぁ。」

 

桜さんは始めての煽り運転を体験して、恐怖するどころか逆にテンションが上がり、邪悪にも似た笑みを浮かべていた。

 

「桜さん、事故になるから気をつけて?車線を一番左に寄せましょう。」

 

「はーい。」

 

車を寄せると同時に赤いマッスルカーは一気に追い越し、俺たちの車の前に出ると次は蛇行運転を始める。

 

「おー スゴいスゴいー!」

 

いつもは見ることの出来ない、テンションMAXな激レア桜さん。

でも冷静なハンドル操作とペダル操作で見事に事故を回避する。見てて感心するレベルだった。

 

「あの車、パーキングエリアに入って行きますよ?私たちも行ってみましょうよ。」

 

「えッ? はぁッ!!? 」

 

俺が何か言う前に、桜さんも付いてパーキングエリアに入っていく。

パーキングエリアは無人でトイレと自動販売機くらいしかない。止まっている車も2~3台くらいか?

 

桜さんは煽り運転をしていた車とは離して停車するが、もともと後ろに付けていたのがバレバレだったために、相手側のドライバー(男)が車を降りてコチラに向かって歩いてくる。しかも木刀で武装していた。

 

「ヤバイな、こりゃ…… 桜さん、ここは俺が対処しまs……」

 

俺が車から降りるより早く、桜さんは外に出て相手と対峙する。

 

「ちょ、ちょ、ちょ……!」

 

俺は慌てて車から降りて彼女のもとに向かった。

 

「アナタ、いつもあんなことやってるの?」

 

桜さんが仁王立ちをしている。

 

「オメェたちみたいなのが、チンタラ走ってるのがムカツクんだよ!」

 

「私は法定速度を守って走っていましたが?危険な運転してたのはアナタでしょ?」

 

「っるせぇ!女だからって容赦しねぇぞ!」

 

「桜さん、もう俺が対処するから後ろに下がって下さい!」

 

「大丈夫よ。コイツはそんな甲斐性もないでしょうし……フッ、」

 

桜さんの煽りに激昂した男は、おもいっきり木刀を振り被った。

 

「桜さん!」

 

俺は身を挺して彼女を守る……… つもりだった。

しかし、桜さんは男の懐に潜り込み、繰り出したのは完璧と言えよう上段受け!

鉄塊のごとき固さで男の両手首を破壊したのだ。

 

「え………」

 

俺は唖然とするしかない。

 

「うぅぅ……!」

 

桜さんの上段受けを受け、手首を破壊された男は激痛から木刀を落とし、その場に膝から崩れた。

 

「い、いてぇ! お、折れたかも!」

 

「情けない…… にぼしが足りてないのよ。」

 

知らなかった…… 桜さん、チョーつえぇじゃん!

 

「もう一度聞くけど、どうしてアナタは煽り運転なんてものをするの?」

 

桜さんは圧をかける。

 

「えぇぇと、暇だったから…… 憂さ晴らしにと……」

 

それに男はなんともつまらない理由を話す。

 

「ホント、サイテーね! アナタはドライバーの風上にも置けないわ!」

 

彼女はお仕置きと言わんばかりに、男を蹴り飛ばした。3mくらい飛んだんじゃないか?

 

「おす! さあ、行きますよ?千代さん。」

 

「は、はい……!」

 

俺は目を回して男に手を合わせて車に戻った。

再度出発するが、車内の空気はちょっと重い。

 

「あの…… 桜さん?」

 

意を決して、話しを切り出す。

 

「どうしました?」

 

「どうしてあんな無茶なことをしたんですか?」

 

「心配しました?」

 

「当たり前でしょ!キミに何かあれば俺はどうすれば良いんですか!今回はどうにかなったものを……!」

 

「大丈………」

 

「真面目に聞いて下さい!」

 

「はい……」

 

「俺はね? 桜さんのことが誰よりも大事なんです!だから怒ってるんですよ!万が一桜さんにケガなんてさせたら、キミのご家族にどう説明すれば良いんですか?」

 

「ごめんなさい。」

 

「だから、無茶はしないで下さい……」

 

「分かりました。」

 

「よろしい。でも、桜さんって、武道の心得があったんですね?」

 

「驚きました?」

 

桜さんのシュンとしていた顔がパァッと明るくなった。

 

「調子に乗らない。」

 

「はーい。」

 

「正直驚いたよ。空手だよね?」

 

「こう見えても、私、黒帯ですよ?小中高と習ってインターハイでは優勝もしてますし。大学では新たに柔道もやってます。」

 

「ほぇー」

 

怒涛の暴露話にアホのような顔をするしかない俺。

 

「千代さんが私に秘密にしてるように、私も秘密にしてることもあるんですよ。」

 

「そうですか……」

 

「それに私、千代さんより強いかも。」

 

「ほう?それは聞き捨てなりませんな?俺だって陸自で格闘徽章を持ってますし、それ指導教官も経験してますからね?いくら桜さんの腕っぷしが強くてもアマチュアがプロに敵うはずないですよ。」

 

煽りに煽りで返す。それがいけなかった。

桜さんの闘争心に火を着けたみたいだ。

 

「じゃあ、一度手合わせしてくださいよ。」

 

「仕方ないなぁー まあ、俺の勝ちは決まってますけどね?」

 

「なにおー!」

 

車内の空気も良くなった?し、先を急ごう。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その後、お昼ご飯を食べたり、景色を二人で眺めたりしながら16時を過ぎた頃、色々あったが無事にホテルに着いた。

 

「お疲れ様でした。」

 

「千代さんこそ、お疲れ様でした。」

 

互いに労を労う。

ドアマンに車を預けて、荷物を持ってホテルのエントランスロビーに向かった。

 

「いらっしゃいませ。」

 

「予約してた野咲です。」

 

「少々、お待ち下さい。」

 

受付のホテルマンが上司を呼ぶ。

すると、ひときわ偉い人…… 支配人が現れた。

 

「お待ちしておりました。聖お嬢さまから連絡は受けております。ご案内いたしますね。」

 

支配人に案内されるまま、エレベーターに乗る。

登るのぼる…… 着いたのは最上階。

 

「当ホテル、最高級のプレジデントスイートです。」

 

「おぉ………」

 

「スゴい……」

 

ラグジュアリーな内装に調度品が並び、二人で横になっても余りある大きなベッド、専用の露天風呂まで完備してある豪華さに、二人揃って語彙力が低下する。

庶民の俺たちからしたら、全くもって場違いだ。

 

「本当にここに一泊してもよろしいんでしょうか?」

 

俺は恐ろしくなり、支配人さんに聞いてみた。

 

「ええ。聖お嬢さまから直々の仰せつかっておりますので、ご心配は無用です。」

 

「あの…… ちなみに一泊二人でおいくらに……?」

 

桜さんが聞いた。

 

「税込300万円になります。」

 

優しい笑顔で鬼畜な金額だった。

「何なりとお申し付けください。」と言って支配人は業務へと戻っていた。

 

「逆に緊張しますね。」

 

「そうだね……」

 

俺は改めて、感謝の意を三ノ輪さんに伝えた。

その後、桜さんの家族にビデオコミュニケーションツールを使って連絡を取る。

 

「あ、お父さん?無事にホテルに着いたわ。」

 

『おおー そうか。それは良かった。』

 

『私もアナタたち二人の顔を見れて安心したわ。』

 

『それにしても、お姉ちゃんたちスッゴい豪華な部屋だねぇ?』

 

『確かにそうねぇ……?』

 

『奮発したなぁー!』

 

「いえ、これには理由があって……」

 

俺は経緯を説明した。

 

『へぇー 千代さん、羽音ちゃんたちと会ったんだ。そっか!聖ちゃん、大井川でキャンプした時、道具一式飛行機で持って来たもんねぇ。私もだけどリンちゃんにアヤちゃんもビックリしたもん。』

 

「ここのホテルも彼女の家が経営する会社が運営してて……」

 

『まあ、ともかく、ゆっくりして明日に疲れを残さないように。』

 

『まだまだ、距離があるから気をつけてね。』

 

「分かってる。」

 

『千代さん、またね!』

 

「向こうで待ってるからね。」

 

会話を終え、そして、ホテルから最上級のおもてなしを受けたりと最高のひとときを味わうことに……

豪華な食事を終えて、温泉にも浸かり、部屋でゆっくりする。ワイングラスを片手に、俺は最上階の部屋から夜景を見ていた。

 

「これが金持ちの目線か……」

 

「千代さん、全く似合ってませんよ。」

 

桜さんがクスクスと笑う。

 

「さてと、茶番もほどほどに休みますか……」

 

「はい?何言ってるんですか?夜はこれからなんですよ?」

 

「でも、明日も走るんだし……」

 

「そんなの関係ないですぅ! 今夜は寝かせないぞーッ!」

 

桜さんには逆らえず、俺は彼女の相手をすることになった。ああ、今回も長い夜になりそうだ……

 

次回に続く。




桜さん、まさかの武闘派系彼女でした。
次回、芦片町に到着、ていぼう部出ます。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超ロングドライブ。到着

ようやく、千代さんの実家に到着です。
長い道のりだった。


ゴールデンウィーク二日目。

朝、カーテンの隙間から入る陽光で目が覚める。

俺は上体をお越し、隣を見ると桜さんがスゥースゥーと寝息を立てていた。

 

「6時30分か…… まだ彼女を起こすには早いな。」

 

桜さんを起こさないように静かにベッドから降りると、一人で朝風呂に入る。

 

「桜さんに黙っての抜け駆け温泉、マジでヤバすぎるだろう………」

 

最上階の露天風呂に浸かりながら、上から朝の街並みを見下ろしては悦に入った。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

テレビの音で私は目を覚ます。

 

「うーーん。良く寝た……」

 

ちょっと背伸びをしてから、体を起こすと千代さんがすでに起きていた。

彼はテレビの音をBGMに姿見の前で格闘技の型?のようなポージングを取っている。

 

 

「えーーと…… 何をやってるんですか?」

 

思わず聞いてしまった。

だって、腰にバスタオルを巻いているだけのほぼ全裸なのよ?

知らない人から見れば、ただの変態じゃない。

 

「おはようございます。桜さん…… いつもの日課です。」

 

「え?いつもの?」

 

「そうですよ。桜さん、知らなかったんですか?」

 

「え、ええ…… 毎朝、シャワー浴びるのは知ってましたけど…… 」

 

「やってみると意外と気持ちいいんですよー ハァッ!」

 

「千代さんって、ナルシストですか?」

 

私のツッコミに見事にズッコケる千代さんだった。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

その後、チェックアウトして実家へと向けて車を進める。

 

「最高にいい思い出ができましたね。」

 

「そうだね。」

 

二日目もスタートから、桜さんがハンドルを握っていた。

 

「ここから一時間くらいで本州脱出ですよ。」

 

「いよいよですね。」

 

高速を走っていると、前方に『壇之浦パーキングエリア』へと案内する緑色の標識が見える。

 

「桜さん、渡る前に壇之浦に寄って、関門橋を見てみませんか?」

 

「良いですねぇー 行きましょう!」

 

俺たちは壇之浦パーキングエリアへと寄ることにした。車を停めて、二人で関門橋を見上げる。

 

「大きいですねぇー」

 

「ですよね。下関と北九州の門司を繋ぐ、全長1068mの吊り橋なんだって…… 出来た当初は東洋一の大きさを誇っていたみたいですよ。」

 

「へぇー 千代さん、物知りですねぇーって、ウィキペディアを見てたんですか……」

 

「え?桜さん?なんでそんなに残念そうな顔をしてるんですか?」

 

その後、二人で写真を撮る。

桜さんは家族に、俺は野クルのグループLINEへと送った。

 

千代 : 「本州脱出 ナウ。」

 

すぐにメンバーから返事があった。

 

メイ:『吊り橋、デカー!』

 

アオイ: 『関門橋やなー 本州と九州を結んでるんやでメイちゃん。』

 

メイ: 『これが土木のロマンってヤツっスね!』

 

アキ: 『そうだよなー こんなデカイ橋を架けちまうなんて、人の可能性っスゲェよ。』

 

リン: 『私、色々あってゴールデンウィークが休みになりました。』

 

恵那:『そうなんだ。っていうか私もなんだけどね。』

 

メイ: 『そういえば、絵真もゴールデンウィークの後半はバイトが休みって言ってました。』

 

恵那: 『絵真ちゃんもお休みなんだ…… へぇー』

 

俺は斉藤さんの不穏な感じを感じとる。

斉藤さん、これは何か企んでいるな?

 

千代: 『じゃあ、向こうに着いたら、また連絡するね。みんなもそれぞれ、ゴールデンウィーク楽しんでね。』

 

休憩もほどほどに俺たちは壇之浦パーキングエリアを出発した。

 

リン: 『千代さん、私も行きます。』

 

なんだろう?志摩さんが個人的に送ってきた、この意味深なメッセージは……

俺はモヤモヤを抱えながらも、関門橋を渡る。

 

「凄い眺めですね。」

 

ハンドルを握る桜さんは興奮していた。

 

「ちゃんと前を見て下さいね?」

 

「分かってますぅ!」

 

ぶぅーたれる桜さん。

ここまで来る道中、彼女は色んな顔をしてくれた。

ホントに愛おしい。

 

「九州に入ったから、あと3時間ちょっと走れば着きますよ。」

 

「いよいよ、着くんですね。」

 

「緊張してます。」

 

「ええ、かなり……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

途中、昼食を挟んで、次は俺がハンドルを握る。

その後、順調に車を走らせて最後のパーキングエリアである宮原で、ドライバーを桜さんに代わった。

 

「ラストスパートですよ!桜さん!」

 

「はい!参りましょう!」

 

有料区間は日奈久で終わる。ここからは片側一車線の無料区間に入った。

山ノ浦を過ぎれば、次が俺の故郷『芦方町』だ。

 

「次の芦方インターで降りますよ。」

 

「らじゃー!」

 

無料区間から降りた桜さんは、俺の道案内でとうとう実家に到着する。

車を停めて、各々荷物を取ると実家に向かった。

玄関の引き戸をガラガラと開ける。

 

「ただいまー! 帰ったばーい!」

 

家全体に聞こえるように声を張った。

 

「あ、お兄ぃー おかえりー」

 

居間の襖を開いたかと思うと、末っ子のあかりが気だるそうに上半身だけを出して応える。

 

「桜さん、どうぞ。」

 

「お、お邪魔します。」

 

ぎこちない動きで彼女が俺の後ろを付いてきた。

 

「そんな緊張しないで良いですよ。」

 

「だっ、だって…… あ、」

 

俺は居間の襖を開ける。

居間には、俺の家族が揃っていた。

 

「お、帰ったか。」

 

「おかえりなさい。」

 

「ただいま。」

 

「そいで?そちらのべっぴんさんが……?」

 

彼女は俺のおばぁの鋭い眼光にちょっとビクつく。

 

「わ、私は千代さんとお付き合いさせて貰ってます、各務原桜です。」

 

「みんな、ようしてくれな。」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

桜さんは頭を下げた。

 

「「「「よろしくー」」」」

 

俺の家族からもそれぞれ自己紹介を終える。

 

「あとコイツの他に妹が二人いるんだ。」

 

「そうなんですね。」

 

「長女は夜に旦那と子供連れてくるから。次女はていぼう部の部室に行ってるから、二人で顔出してみると良いんじゃないかしら。」

 

「わ、分かりました。」

 

「桜ちゃん、そんなに緊張しなくて良かとに、肩のチカラば抜いてぇな。」

 

「あ、はい。おばあちゃん。」

 

簡易的な挨拶を済ませて、俺の部屋へと彼女を案内した。

 

「じゃあ、ここで一緒に寝てもらうから。」

 

「はい。へぇー 千代さんの部屋かぁー」

 

桜さんは俺の部屋を一通り見てまわる。

 

「漫画にバイク雑誌、プラモデルまである♪ザ・男の子って感じですね。」

 

「高校卒業して、なかなか戻ることがなかったし、そこで時間が止まっているみたいだよ。」

 

荷物を置いて、仏壇のある広間へ行った。

帰ってきたからには、先祖にも手を合わせないと失礼だろう。

 

「千代さん、この人が?」

 

「祖父だよ。若い頃は旧海軍で戦闘機のパイロットをしてたんだ。」

 

「なるほど…… それでこの壁に飾ってある細長い棒はなんですか?」

 

「それは……」

 

「イッカクっていう海獣のキバだ。ウチの家宝ばい。」

 

と、いつの間にか現れていた親父が答えた。

 

「イッカク?」

 

桜さんは首をかしげる。

 

「そうだ。北極に棲むクジラの仲間らしくて、1本丸ごとあるのは珍しい。数百万の価値があるぞ。」

 

自慢する親父は鼻高々だろう。

 

「今はワシントン条約で取引が禁止されてる、ヤバい品なんだよ。」

 

「え?そんな物を持ってて大丈夫なんですか?」

 

「知らん。おっの親父が戦後に戦利品として持ち帰ってきたやつだしな。大丈夫じゃないか?」

 

「はあー」

 

桜さんはポカンとしていた。

さっき母に言われた通り、ていぼう部の部室へと向かおうとした時だった。

縁側を颯爽と歩く二匹の猫に桜さんの目がいく。

 

「あ、猫ちゃん……」

 

「ウチのペットです。白黒がつゆ、サバ白が風太です。あと妹夫婦が変わった種類の猫を連れてきますよ。」

 

「つゆちゃーん、風太ぁー、おいでぇー♪」

 

桜さんが二匹の名前を呼ぶとトットッ…… と寄ってきた。そして桜さんが、中腰で差し出た手の匂いをクンクンと嗅ぐ。

 

しかし、何が気に食わなかったのか、ふぃっとそっぽを向くと家の奥に逃げていった。

 

「あら?嫌われちゃったかしら?」

 

「そんなことありませんよ。ただ単に警戒されただけですよ。俺なんか近づきもしませんからね。」

 

「なんか、さびしいですね。」

 

「たぶん、動物的な本能で避けられてるんですよ。ハハ……」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

「うーん! あったかくて気持ちいいですねー!」

 

「そうですね。」

 

山梨とは違ってこっちは20℃は超えている。

桜さんは上着のコートを脱いだ。

 

「ていぼう部の部室はすぐそこですよ。」

 

ぽかぽか陽気、二人で海岸線を歩く。

 

「あ、あそこだ。」

 

大きな木のそばに建てられたほったて小屋が『ていぼう部』の部室だ。

窓から中を覗いてみても誰もいない。

 

「いないですね。」

 

「もしかしたら、釣りをしているかも……」

 

そう思い、辺りを見回すと……… いた。

部室の近くから伸びる堤防、丁度反対側で釣りをしている。

 

「あそこにいますね。」

 

「あの娘たちが?」

 

二人で堤防を進み、俺はていぼう部に声をかけた。

 

「釣れてますか?」

 

釣り人にはだいたいこんな感じで訊ねるだろう。

 

「あーー!」

 

声を上げたのは夏海ちゃん。この部活のムードメーカーだ。

その後ろで大野さんがペコっと頭を下げる。

 

「おー 久しぶりやねー」

 

アウトドアチェアーに座った大岩さんも手を振っている。相変わらず、気だるそうだ。

 

「千代さんだ!お久しぶりです!」

 

「久しぶりだね。陽渚ちゃん。」

 

次回に続く。




次回からていぼう部と本格的にクロスオーバーします。
しまりんが個人的に送った意味深なメッセージも気になりますね。

ご感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ていぼう部と桜さん。

桜さん、釣り初体験です。


「こちらにはいつ来たんですか?」

 

陽渚ちゃんの顔がパァっと明るくなる。

 

「ついさっき。彼女を自分の家族に紹介しに…… ね?」

 

ていぼう部の子たちが桜さんに視線を向けた。

 

「ええ、彼と付き合ってる各務原 桜よ。よろしくね。えっと、陽渚ちゃんで良かったかしら?」

 

「はい!鶴木 陽渚です!よろしくお願いします!」

 

「私、帆高 夏海!で、こっちは部長の大野先輩。」

 

「ど、どうも。大野 真…… です……」

 

「元部長の黒岩 悠希。今はピチピチの女子大生をやっととよー」

 

アウトドアチェアーに座る、麦わら帽子にラフな格好で素足にサンダルという田舎の親父スタイルの女の子がコチラにひらひらと手を振っている。

 

「え、そうなの?私も大学生なのよ。女子大生同士、仲良くしましょうね。」

 

「マジっすか。親近感湧くばい。」

 

「あの…… 千代さんと桜さんって、けっこう歳の差ありますよね?」

 

「私、今年24歳で……」

 

「自分が今35だから……」

 

「「11歳差ぁッ!!?」」

 

「そう…… なるのかな?」

 

「おー 千代さんも棲みにおけんねぇ。」

 

「みんな、恋愛には年齢(とし)は関係ない……」

 

「そう!そうなの!マコちゃんの言うとおりよ!」

 

共感してくれた大野さんの手を取り、興奮している桜さん。

 

「ま、マコ、ちゃん……////」

 

「大学でも他の学生から声をかけらたりするけど、チャラチャラしてて、私ダメなのよね?やっぱり千代さんみたいな人じゃないと……」

 

「って、言われてますけど?」

 

このこのーと夏海ちゃんと陽渚ちゃんが両側から肘で俺を小突く。

 

「照るな……って、夏海ちゃんたち、俺をからかってる?」

 

「へへへ……♪」

 

「それでここに俺の妹がいるはずだけど……?」

 

周囲を見回した。

 

「ここにいますよ。」

 

音もなく、俺の背後に立つ妹。

 

「うぉッ!!? ビックリした……!」

 

俺の後ろを取ったのは、次女のみのり。

海野高校で事務員をしており、なんやかんやあってていぼう部のご意見番をしている。なんか俺と似たような立場だな。

いつもポーカーフェイスで何を考えているか分からない。ちなみに顧問で保健医である小谷さやかちゃんとは同級生である。

 

「アナタが兄さんの………」

 

「各務原桜です。」

 

「ふむ……」

 

妹のみのりは厳しい目付きで、桜さんの頭のてっぺんから足の先までジィーッと見つめた。

 

「みのり、桜さんに失礼だろ。」

 

「千代さん、大丈夫です。」

 

俺と桜さんはゴクリと固唾を飲んで、成り行きを見守るしかない。そして……

 

「桜さん。」

 

「は、はい!」

 

「ホントーにしがない兄ですが、これからよろしくお願いします。」

 

妹はペコっと頭を下げた。

 

「何なんだよ。なんか心配して損したぞ。」

 

みんなに笑われる始末……

 

「で、今日は何釣ってたの?」

 

「タレソだよ。」

 

「タレソ……? 千代さん、タレソって何なんですか?」

 

「あー! 何だっけ?子供の時におばぁと釣りした時に聞いたんだけど……」

 

「カタクチイワシですよ。」

 

「あー! それだ陽渚ちゃん。」

 

「カタクチイワシ、煮干しになるヤツです。うんうん、久しぶりに聞いたなぁー」

 

「桜さん、足元に気をつけて海の中を覗いてみなっせ。」

 

黒岩さんに言われて桜さんは海の中を覗く。

俺もマネして海の中を見た。

太陽の光を跳ね返すように、キラキラと光る魚体が見える。群れでいるようだ。数が凄い。

 

「あれ全部がカタクチイワシ?凄い量!」

 

「200近い量がいるんじゃないかー?」

 

「これどうやって釣るの?」

 

「サビキだよ。」

 

夏海ちゃんが仕掛けを見せた。

糸に小さな針が数個付いており、一番下には餌を入れるカゴがある。

 

「このエサカゴにオキアミを詰めてぇー 海に静かに入れる。」

 

作った仕掛けは、チャポンと餌を撒き散らしながら、海に沈んでいった。

 

「中層くらいで止めて、少し竿をしゃくってちょっと待つとぉ………」

 

次の瞬間、エサカゴから撒かれたオキアミに大量のタレソが群がる。そして竿先がピクピクと動く。

 

「掛かったんじゃない?夏海ちゃん!」

 

リールを巻き、竿を上げると針にはキラキラと光る魚体のタレソが掛かっていた。

 

「凄いじゃん。久しぶりに見た。」

 

手早く針から外し、氷水の張ったクーラーボックスに入れて締める。

 

「かなり釣ってたのね?」

 

「はい!桜さんもやってみます?」

 

「え?良いの?」

 

「やってみなよ。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

陽渚ちゃんから竿を受け取り、餌を詰めてもらってから竿を出した。

すぐに当たりがくる。

 

「わわァッ!!? も、もう来た!」

 

「竿を立てて、ゆっくりリールを巻いてください。」

 

先ほどと同じようにタレソが釣れた。

 

「釣れたわ。あら?1匹違う種類がいるわね?」

 

「それはアジゴやねぇー」

 

「マアジの子供だよ。桜さん。」

 

「へぇー これがアジゴ…… 可愛いわね。」

 

可愛い?そうなのか……

俺たちはサビキ釣りを楽しんだ。その後、大野さんが手料理を振る舞ってくれた。

ちなみに陽渚ちゃんは、魚の内臓取りなどの下ごしらえをまるでロボットように無心でしていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

解散して、家に帰ってきた。

 

「陽渚ちゃん、千代さんの実家とご近所さんだったのね?」

 

「はい。」

 

「じゃあね。陽渚!」

 

「うん、またね!」

 

夏海ちゃんとはここでお別れ、彼女は自転車で帰っていく。

 

「あの子の自宅はレストランをしてるんだよ。」

 

「へぇー 明日、行ってみませんか?」

 

「そうだね。お昼、行ってみようか。」

 

陽渚ちゃんとも別れ、家に入ると、長女家族も来ていた。

 

「ただいま。」

 

「戻りました。」

 

「おかえりなさい。って、アナタが桜さん?」

 

「そうだよ。俺の彼女。」

 

「初めまして。各務原桜です。」

 

「私はちひろよ。よろしくね。」

 

「そちらのお子さんは……?」

 

「私の子供。長男のとうり、次男のともき。二人とも桜お姉ちゃんに挨拶しなさい。せーの。」

 

「こんばんは。」「こんばんは。」

 

「こんばんは。偉いわねー 何歳?」

 

「ごさい!」「さんさい……」

 

「これで俺の兄妹勢ぞろいってところだね。」

 

そして、桜さんの歓迎会が盛大に開かれた。

田舎の歓迎会は盛大だ。俺の家族、長女の家族、近場親戚など軽く20人は超えている。

地元の名産品を使った郷土料理にお酒が並ぶ。

 

桜さんが自己紹介して、野咲家の大黒柱である俺の父が乾杯の音頭を取った。

そして盛大に宴会が始まる。それはもう飲めや歌えやのお祭り状態だった。

 

夜中まで続いた宴会も終わり、片付けなども済ませ、親戚たちも帰宅して家は静かになる。

ひとっ風呂浴びた俺は自室に行くと、中では桜さんが待っていた。

 

「疲れた……」

 

俺はベッドに腰かける。

 

「でも、楽しかったですよ。」

 

敷き布団に座る桜さんが応えた。

 

「田舎の飲み会は勢いがすごいからね。話のネタも尽きないし……」

 

「そうですね。私、圧倒されちゃいました♪」

 

「明日は午前中から観光しますか。ほら、一昨日、ツーリングしようって言ったし……」

 

「そういえば言ってましたね。スクーターがあるんですよね。」

 

「まあ……」

 

そう言って、俺は部屋の戸を開ける。

思った通りそこには妹たちが聞き耳を立てていた。

 

「やっぱりいたな。」

 

「え?いつからいたんですか?」

 

「えっと……」

 

「その……」

 

「はじめから……」

 

「いくら兄妹だからってなぁ、これはプライバシーの侵害だぞ!」

 

俺は妹たちを叱る。

 

「まあまあ…… 別に聞かれて困るものでもなかったし、良いじゃないですか。」

 

「桜さん、甘やかしちゃダメです。」

 

「大丈夫ですよ。千代さんだって、私の妹を甘やかしてますし…… ね?」

 

「キミがそういうなら……」

 

「さすが桜さーん!」

 

「調子に乗るな!」

 

「ごめんなさい。」

 

「それでよ話は変わるけど、あかり、お前の原付を明日貸してくれん?」

 

「うわ、いきなり?」

 

「良いやん。お前ニートでいつも家にいるんだろ?そもそもアレは俺が通学用に買ったヤツだし……」

 

「うーん…… 仕方ないなぁ。別に良いよ。」

 

「じゃあ、バイクとそれに使うツーリング道具一式、用意しといてな。」

 

「りょ。」

 

「じゃあ、解散!散った散った!」

 

俺は妹たちを追い出した。

 

「あんなこと言ってホントに良かったんですか?」

 

「大丈夫、大丈夫。さあて、明日もおもいっきり遊びましょうね。」

 

「はい。お休みなさい。」

 

「お休み………」

 

と共に布団に入り、照明を小さくしようとした時だった。突如として俺のスマホが鳴る。

すでに夜中の23時を回り、時計の数字は30分になる前だった。

 

「だ、誰だ?」

 

相手先を見ると画面には志摩さんの文字が……

 

「も、もしもし?」

 

『夜分遅くにすみません。』

 

「い、いや大丈夫だよ。」

 

「千代さん?誰からですか?」

 

「志摩さん。」と相手が誰なのかを桜さんに聞こえる声で教える。

 

「え?リンちゃん?」桜さんはポカンとしていた。

 

「あ、ううん。それで?どうしたの?」

 

『あの…… 相談があって……』

 

「何々?協力できることがあったら言って。」

 

『私も千代さんの家に行きたいです。』

 

「な、なんですと……」

 

『私、バイトが急に休みなって……』

 

「ああー 暇を持て余してる感じ?ご両親には相談したの?」

 

『それはまだ…… でも明日の朝には話します。』

 

「分かった。コチラも親たちには話してみるよ。」

 

『本当ですかッ? ありがとうございます!よろしくお願いします!』

 

電話が切れる。

それにしても志摩さん、ウッキウキだったな……

 

「あの…… リンちゃんはなんて?」

 

「ウチに来るって……」

 

「あらあら。千代さんが大好きだからって、リンちゃんも大胆ねぇー」

 

「あの娘の行動力は凄いですからね…… 伊豆も原付で走破しちゃうし。まあー ウチは広いし、一人増えたところで問題はないと思うよ。」

 

俺たちの夜は更けていくのだった。

 

次回に続く。




しまりん、参戦けってーです。
ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

芦方町 ツーリング。

今回は桜さんとツーリングする回です。


朝になった。アラームが鳴り響き、俺と桜さんは目を覚ます。

 

「「うーーん!」」

 

互いに背伸びをした。そして上体を起こすと見つめ合って…… 「「おはようございます。」」朝の挨拶だ。家族揃って、居間で朝食を取る。

 

「良く眠れたかしら?」

 

「あ、はい。もうぐっすりと。」

 

母の言葉に桜さんが応えた。

 

「それにしても、朝食も豪華ですね。朝からお刺身が食べられるなんて。」

 

「ここでは普通なんだけどな。そっちの方じゃ食べんのか?」

 

「私の実家がある山梨県は海がないので…… そもそも魚介類を食べる機会がないんですよ。」

 

「そうか…… それはそれで、寂しいもんだ。」

 

「なあ?親父。明後日から彼女の妹もコッチに来るけどさ、その妹さんの同級生も来たいって連絡がぁ…………」

 

「ん?良かぞ。」

 

「え?全部話してないのに……」

 

「大丈夫だろ?なあ?」

 

「ええ。部屋は広いし数もまだあるし。お義母さんも良いですよね?」

 

「もちろん、良いですよ。孫が増えるみたいでなぁー ワシは嬉しいんじゃよ。」

 

「良かったですね。千代さん♪」

 

「ああ。」

 

朝食も終わり、俺の家族はそれぞれ仕事に行く。

父は漁協、母はパート。妹のみのりは海野高校だ。

桜さんは別室で着替えている。

 

俺は桜さんを待っている間に志摩さんへ昨日の返事を出した。

 

千代 :『気をつけておいで。』

 

ピコンとLINEがすぐに返ってくる。

 

リン :『 (*´Д`*) 』

 

謎顔文字だが、とにかく嬉しいことは分かった。

その後、俺は先に外に出て、親父のバイクである『レブル1100』を車庫から出す。

試しにエンジンを掛けてみると1082ccの水冷直列2気筒エンジンが始動した。

 

「うーん!テンション上がるなぁ!」

 

軽く空ぶかしなどをしていると、俺に気づいた陽渚ちゃんがコチラに向かって走ってくる。

 

「おはようございます!」

 

「あ、おはよう。今から学校?」

 

「はい! えっと…… このバイク、確かおじさんのですよね?」

 

「そう。今朝借りたんだよ。」

 

「カッコいいなぁー♪」

 

二人で立ち話をしていると、準備が終わった桜さんが合流する。

 

「お待たせしましたぁー!」

 

ツーリングモードとなった桜さんが、俺と陽渚ちゃんの前に立つ。

白のパンツにブラウンのレザージャケット、髪型はルーズサイドテール、メガネからコンタクトにしていた。脇にはヘルメット抱えている。

 

「きれい……」

 

「うむ。」

 

陽渚ちゃんと二人で見惚れてしまった。

 

「二人してなーにしてんの?」

 

末っ子のあかりがジト目をしてツッコミを入れる。

 

「あ、桜さん素敵だなぁーって、ね?千代さん!」

 

「ありがと、陽渚ちゃん。でも学校大丈夫?」

 

「ぬわぁッ!!? 遅刻ちゃう!千代さん、桜さん!行ってきまーーーす!」

 

「いってらっしゃい。」

 

「気を付けてねぇー」

 

学校へ行く陽渚ちゃんを見送った。

 

「さてと…… 桜さん、これが私のバイクだよ。」

 

あかりが使ってるのは『NS-1』。と言っても俺が高校の時に通学で使っていたのを譲ったのだ。

車格は普通二輪と大して変わらないサイズ。

 

「これ…… 本当に原付なんですか?」

 

「原付ですよー」

 

「でも、カウル変えたんだな。」

 

「うん。私好みに変えちゃった。」

 

桜さんは妹から、乗り方をレクチャーを受ける。

エンジンのかけ方、シフトチェンジの仕方などなど…… 30分ほどみっちりと教えた。

 

「桜さん、飲み込み早いよ。」

 

「そ、そうかな?」

 

「確かにセンスあるな。」

 

俺たちはツーリングに出発する。

前を桜さんが走り、その後を俺が追従する布陣だ。

 

「どうですか?」

 

『まだ緊張してますけど、楽しいですね!』

 

まずは国道3号線を南下して隣町の湯ノ浦方面へと向かう。この町は今は廃れているが、昔は温泉の町だったらしい。

 

「この町を過ぎたら峠道に入りますから。」

 

『りょーかいでーす!』

 

湯ノ浦を出て俺たちは、三太郎峠のひとつ『津々木太郎』に入る。ここは鹿児島から熊本に抜ける街道の難所になっており、標高273mを一気にかけあがるのだ。

 

「桜さん、カッコいいね。」

 

『なんだか照れますね。』

 

峠道もなんのその…… 桜さんは巧みにNS-1を扱い、高回転域までエンジンをブン回している。

 

「今から下りに入ります。少し下った所にちょっと寄りたい場所があるんで……!」

 

『分かりました。』

 

俺の案内で小さな広場に立ち寄った。

バイクを降りてから、広場の奥へと入っていくと石碑が置かれている。

 

「ここは?」

 

「津々木町指定の文化財、千代塚だよ。」

 

「千代さんと同じ名前ですね。お墓……?」

 

「お墓は別の場所にあるけど…… 」

 

「千代さんはこの塚の人と関係があるんですか?」

 

「俺のご先祖様なんだよ。」

 

「え?ホントなんですか?」

 

「ああ、俺の母方だね。江戸前期頃から続いてるから300年くらい……?」

 

「スゴい。そんなに?」

 

「昔話にもなってるくらいだからね。」

 

俺はその昔話を彼女に話してあげた。

話し終わる頃には、感動したのか、桜さんは泣いていた。

 

「なんて健気な娘なのー!」

 

「ああー ハンカチです。」

 

「ありがとうございます…… 」

 

桜さんは涙を拭き、おもいっきり鼻をかむ。

 

「千代さんが私たちに優しいのも頷けました。」

 

「なんか照れますね。さてと次に行きますか。母方の祖父母にも顔を出さないと……」

 

「そうですね。」

 

「それに津々木町には九州最南端の酒蔵もあるんでそこに寄りましょう。鳥羽先生にお土産を買わないと……」

 

「鳥羽先生、お酒好きですからね。この間のキャンプでは少し驚いたけど……」

 

ということで津々木町に向けて、俺たちはバイクを走らせた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

酒蔵の直営店で限定品の日本酒を買い、鳥羽先生宛てに送る。

そして、母方の実家に到着した。

 

「おおー おっきいおウチですね。」

 

「まあ それなりに歴史があるから……」

 

こちらの祖父母も彼女のことを心良く受け入れてくれた。色々話したりして祖父母宅を後にする。

リアス式海岸に沿った道を走り、芦方町へと帰ってきた。そろそろお昼の時間だ。

 

「桜さん、お昼にしましょう。」

 

『そうですね。』

 

俺たちは夏海ちゃんの家が経営しているお食事処『洋食・喫茶ほだか』へと向かった。

 

「こんちはー」

 

「あら、野咲さんのところの……」

 

「ご無沙汰してます。」

 

「そちらの人は……あ、もしかして!」

 

「まあ、そういうことだね。」

 

「あらあら。やるじゃなーい。」

 

茶化されつつ、席に案内される。

店内には黒岩さんが一人で昼食を食べていた。

 

「おー 千代さん。桜さんもおったんね。今から昼ご飯たい。」

 

「そうだね。折角実家に帰って来たんだし、ここで食べて行かないと。」

 

その後、提供された料理を桜さんといただく。

 

「美味しい。」

 

「そうやろー♪ それでデート行って来たっでしょ?どうだった?」

 

「楽しかったわよ。隣町の津々木町に行って、千代塚に寄ったり、海岸線を走ったり…… ツーリングしたの。」

 

「ほう?桜さん、バイクに乗れたんっね。」

 

「原付だけど、千代さんの妹さんから借りて…… 悠希ちゃんもバイクに乗ってるの?」

 

「乗っとるよ。兄貴から貰ったヤツだけど。」

 

桜さんは黒岩さんとのガールズトークにしばし華を咲かせていた。

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

お昼も済ませて、俺たちは無事に帰宅する。

 

「あー! 楽しかった♪ 」

 

「お疲れさま。」

 

「良い思い出ができたわ。千代さん、ありがとうございました。」

 

「いえいえ。俺も桜さんとツーリングできて良かったよ。バイク貸してくれた妹にも感謝しないと。」

 

「そうですね。」

 

ガレージにバイクを片付けて家に入る。

居間には末っ子がゴロゴロしていた。

 

「おかえりー」

 

「あかりさん、バイクありがとうございました。」

 

「気にしないで。楽しめたようで何よりだよ。」

 

その日の夜、自室にて……

 

「桜さん、今日さ黒岩さんとツーリングの話していた時、スッゴくニコニコしてたよ?」

 

「えッ!!? そうですか?」

 

「ああ。キミがこの前、俺に言ってた気持ちが少し理解できたよ。」

 

「でしょー 私もバイクの免許取ろうかしら。もっと千代さんと一緒に走りたいわ。」

 

「良いですね。協力しますよ!」

 

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

場所は変わって、時間も少し戻そう。

山梨県の本栖高校、野クルの部室にて……

 

「いよいよやなー なでしこちゃん。」

 

「うん、スッゴく楽しみだよー」

 

「私たちは一緒懸命働いてくるからな!」

 

「先輩、いっぱしの企業戦士みたいッス!」

 

「お土産は任せてね!」

 

「はい!楽しみにまってます!」

 

楽しそうに話していると、部室の戸が開き、志摩さんが一人で訪ねてきた。

 

「おー リンじゃねぇか。」

 

「どうしたの?リンちゃん……」

 

「なでしこ。私も行くぞ!」

 

「どこに?」

 

「千代さん家……!」

 

「「「「な、なんだ(や)ってー!」」」」

 

「ホント?リンちゃん!」

 

「うむ。」

 

志摩さんがコクンと頷いた。

 

「おほー!」

 

なでしこさんは大興奮。

 

「でもよー 良く千代さんがOKサインを出してくれたよな?」

 

「昨日の夜に千代さんに直接相談した。」

 

「でも、どうやって行くん?なでしこちゃんは深夜バスで行くんやろ?」

 

「フッフッフ…… 私もバスの予約取ったぞ。なでしこのバスと同じヤツ。運良く空いてた。」

 

「リンちゃんのご両親は知っとるん?」

 

「今朝話したよ。」

 

「志摩先輩!死ぬ気で遊んできてくださいね!」

 

「うむ!任せろ!」

 

「向こうでは魚釣りとかできるみたいだよ!リンちゃん!」

 

「目指せ!海人……!」

 

野クルの部室は盛大に盛り上がっていた。

しかし、参戦する山梨代表の二人がこの後悲惨な目に会うとはまだ知らない。

 

次回に続く。




次回からなでしこ、しまりん本格参戦します。
ご感想よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。