見える子ちゃんとデッドマンは静かに暮らしたい (ビナー語検定五級)
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見える子ちゃんは静かに暮らしたい
私の名は四谷 みこ。高校生。学校の成績は中の下や上を往来して、運動神経は良くもないけど悪くも無い。
家族構成は母と弟と私で三人。父は少し前に死別……些細な事が切っ掛けで喧嘩して、仲直りが出来ないまま唐突に亡くなり、その時は大分へこんで一週間は食事も喉を通らなかったと思う。けど、人間って言うのは存外に頑丈なもので、時間が経てば経つ程に父の居なくなった生活に慣れようと必死だったり、悲しんでる母や弟の為にも何時までも落ち込んでいちゃいられないと前を向いて生活してる内に段々と心に小さな傷らしい物は残ってはいるけれど日常を謳歌する事に問題は無くなっていた。
親友は一人いて、食欲が漫画のように旺盛で朝ご飯の後に
そんな、ちょっとだけ悲しい過去と愉快な友達を除けば私は極々普通の何処にでもいるような目立たない普通の女子高生だった……その筈なのに。
ザアアアアァァァ
酷い雨だった。バケツをひっくり返したような量の水滴が途絶える事なく空から落ちてきては指定の制服と、膝丈より短いスカートをあっと言う間もなく濡らして不快な湿りと冷たい感触が間もなく自分の上半身を覆っていた。
天気予報を朝にちゃんと確認するべきだったと、今更ながらに後悔が襲うけれど、そうでなくても此処まで酷い雨なら折りたたみ傘でも事前に何時も常備するか、または近場のDAWSОNで店員に冷たい眼を向けられる覚悟で立ち読みでもしつつ時間を潰すべきだったと、この後に起きる展開が予測出来ていたとしたら、たらればではあるけれどそんな幾つもの仮定が浮かんでは消えて、消えては浮かんでくるのだった。
濡れ鼠同然の自分の上半身は仕方がないとして、膝丈より短いスカートが水気を含み太腿より少し上部分をへばり付く感触はどうにも不快で、雨宿りの為に軽く息を切らして停留所に駆け込んだ無人の停留所周辺に誰も出歩いてない事を確認してた自分は無駄な抵抗と知りつつスカートの前の端を軽く巡って水気を幾らか落とそうと絞る。
この指定の学校のスカートの際どい短さは、絶対に校長とかのピンクな思惑が存在する。と、今日の夕飯の事とか明日の学校の事とか他愛のない乱雑な思考の中で馬鹿な陰謀論も頭の中で唱えつつ、その耳に聞こえた音に対して私は何気なく顔を向けた。いや
みえる?
最初、何が自分に声をかけて 何が自分に見えているのが脳の処理が追いつかなかった。
だけど人間はやっぱり意外と頑丈なのだろう、肉体とかじゃなく精神と言った意味でも。目の前のバス停留所の隣から突如降って沸いた声に対し顔を向けたら、大型の熊程の体格はありそうなのは未だ許容範囲。だが、どう見繕っても眼球と言える体のパーツが除かれて、そして黒っぽい衣服の胴体が抉られて完全に体の臓器らしいものが露出してると思ったら、その空洞の中に数個の自身と同じが少し小さい程度の生首がおぞましい容貌で自分を凝視している。
ホラー映画の主人公や脇役さながらに悲鳴や逃走を選ばなかった自分自身を褒めちぎっても良いだろう。恐らく本来の人間の生存本能とかが、あの瞬間に見えた存在に対しその選択肢へ安易に走れば、下り坂おろか崖からまっしぐらに落ちるような最悪な展開になると理解してたのだろう。
ねぇ みえてる?
あ、やばい コレ
二つの眼球と言えるものが存在せず、ぽっかりと御飯茶碗に見える丸い空虚な黒色と自分の眼が向かい合っている。そいつの存在感が、その視線と言っていいかわからないが、その部分に自分の視点が合い続けるに比例して、じわじわと大きくなっていく気配を感じ取った。
みえてる みえてる みえてる?
大型の猛獣と遭遇した時の適切な対処法として、動物番組の大物司会者が視線を合わせながらゆっくりと下がり安全な場所まで避難しましょうと説明してたのを思い出す。今、この場面では全くの意味をなさない忠告だ。このような猛獣どころか人智の理の外にいるであろう異形に対して今も尚、硬直していたら嫌な感覚が背筋から這い上がっているのに、ゆっくり物音を立てず下がれば獲物であると認識されるのは確定だろう。
何気ない様子で、その異形の二つの空洞の穴から視点を外して中心街に連なる大型の建物のある方面に対し顔を向け体の支点もずらす。いかにも、遠方の何かが動いてたので、それを確認しようとしてますよーっと目の前の奴に対する無視の体現をした、あざとさすら感じさせるアピール込みと、これ以上その存在と向かい合う事を麻痺しきっている精神が死なない為の防護策を含めた行動。そのまま提げ鞄のジッパーを引いて、何時も取り出しやすい位置へと置いてるアレを取り出す準備。
またも、みえてる?とソレは言いつのろうとしている、そしてすかさず私は鞄から取り出して普段通りの日常動作を完璧とも言える仕草で行う。
返信してないわー。
中々でかい独り言で、スマホを見る。指を走らせ、ラインの画面にスライドさせる。既に既読メッセージが付いている親友の馬鹿っぽい絵文字付きの昨日とかに送信された文章の余りの日常さと、いま自分の目と鼻の先に存在する非日常の象徴とも言えるものが居る歪な境界が急激な息する間もなく唐突に襲い掛かった恐怖によって壊れかけた心が不具合を起こし、少し笑い出しそうになった。だが、ここで笑い出せば感情の堰が壊れて狂ったように笑い出すだろうと予想出来る。そうすれば、自分の横を抜けてミエナイ ミテナイとブツブツ言いつつ移動しようとしてるソレが私の異変に舞い戻るかも知れない。
スマホの画面だけに意識を集中させ、仏僧が無心で祈るように意識を割いて感情を排除させる。
そして、ようやく其の声らしい声と気配が自分から遠ざかると確信した時に、必死に鎮火しようとしていた冷たい感情が一気に自分の全身の血を巡っていった。
(やば やばいやばいやばいやばい何あれ何あれ何あれ何あれあせったあせったぁ怖い怖い怖い怖い見える見える見えてた超見みえる!超見える!!超見えてた!超見えてた!!)
心臓が爆発するんじゃないかって位に震える。生まれたてのガゼル見たいに足が震えて、下半身がギュゥッと意識を緩めれば膀胱から社会的に再起不能になりそうな事態になりそうな、あられない姿と化してしまいそうで反射的にスカートの前を必死に握ると共に手の甲を其処に押し付けて人としての尊厳をぎりぎりで守り通す。
私の親友は、そう言った心霊とかの番組は大の苦手だ。だから私も苦手だ、とまでは言わないが誰であれ行き成り身構える事も出来ないままに、どうフォローを入れようとしても無理な姿形の化け物と称するしかない人の形は辛うじてしてるが人外そのものを許容出来る程に私の心臓に毛は生えてない。
しきりに頭の中を、何なのあれ? 怖い と言う言葉が何度も脳内を点滅する。
(だけど……助かったぁ)
そう、無事だ。不幸が突如どしゃ降りと共に襲ったものの私は生き延びた。逢魔が時だとか、占いは見てない物の大殺界の一番のバットイベントだとかに遭遇したのかも知れないけど、事なきを得た。
きっと何かの見間違い、で済ますのは無茶かも知れないけどさっきの未知との遭遇は一度だけの筈。バスが来て、それに乗って家に帰れば二度と会う事なんて無い。多分、きっと。
忘れよう、いまの存在との遭遇は記憶の中からバス停に駆け込んだ場面からシャットアウトしよう。出来るかどうか分からないけど。
そう決意をする。けれど、この激しさを増す大雨は私のそんな意思を嘲笑うかのように、新たに耳元に衝撃的な展開を導入させようと音を耳に拾わせた。
『近寄るなぁ!』
耳を拾ったのは切羽詰まった男の人らしい声だった。反射的に、今度はお化けでは無いだろうと声の音質からして少しだけ回復した意識がそちらに顔を向けさせる余裕を抱かせる。
案の定、そちらを見ると少し遠めの距離ながらもスーツ姿の男性が走って来る光景だった。非日常の光景から一転し、まだ幾らか正常な姿の人影を見て安堵を覚えかける。
だが、直ぐにそんな呑気な気分も消えてしまった。男性の後ろから見える大柄な体躯と、その人の頭上より見える未だ忘れない空虚なくり抜かれた目元を宿した容貌を認識して、声には出さないけれど心中うわぁと呟く。
追われている、スーツの男性が、あのお化けに。
(どうしよう)
四谷 みこは人並みの正義感を持ち合わせている。例えば横断歩道で体より大きな荷物を持つ老人がいれば途中まで運ぶのを手伝ってあげようとするし、道で迷子や転んでる子供がいれば、それを助けようと行動を起こす良心を秘めている。
だが、このような異常なケースを対応出来るような器量では無い。スマホは手に持ってるものの、このような場面を目撃して、何処にどんな内容で助けを求めればいいと言うのか? 警察に掛け合うとして、お化けがスーツの男性を追いかけてますなんて連絡して悪戯と思われるのが関の山。そもそも、お化けは私以外にも見えてるような町に突如沸いた怪物なのだろうか? 現に、追いかけられてるらしいスーツの男性は自分が選ばなかった逃走と言う選択肢を選んだ事で、あのように危機に瀕している。
親友にこのような事を相談したとして、彼女にこう言った話題は禁忌だし無理だ。こんな時にどう適切に対応するかと言う知識は自分には無いし、私は漫画やゲームの主人公じゃない。突然に都合よく、お化けが見えたからと言って、それをどうにかする力に目覚めたりしないし、ご都合主義でミステリアスな友達が沸いて出て、お助けアイテムを事前に持っていたなんて事もない。
様々な考えが巡りながらも、時は無情で私の願いなど関係なしに其のスーツの人とお化けの距離は瞬く間に縮まっていた。それで、その男性の姿形が先程より鮮明に視認出来る。
十字の葉のような模様が全体に描かれたスーツ。ちぐはぐなのは
そのネクタイに合わせてるのか、似たマークの紺色っぽい中折れ帽子を身に着けて頭髪は五分刈りらしい。
顔つきは、少々曲者と言えそうなワシ鼻と意思の強そうな眉と口元をしているが、その表情は当たり前であるが背後からの異次元の怪物への恐怖で歪んでいた。
ミエテル ミエテル ミエテルッ ミエテルッッ
『ぬおおおっ 近づくんじゃない! 俺のそばに近寄るなああーーーーッ』
前傾姿勢を保持しながら、我武者羅に両腕を動かして首を捻ってお化けに張り叫ぶ姿を笑う事なんて出来ない。もし私が逃げたり叫んだりと言う選択をすれば、目の前を通過しようと必死に全力で走る見知らぬこの男性こそが私の仮の未来の姿であったのだろうから。
(どうしようっ)
胸中で天使と悪魔が囁いている。助けてあげようよっと言う声、どうしようもないよっと言う諦めを促す声が心を板挟みにする。
そう、私は特に何の力もない女子高生でしかない。さっき何故か理由も不明なままにお化けが見えてしまっているが、それを除いて何か不思議な力が漲ったりだとか、超常の力に覚醒したなんて言う事は起きてない。体も心も、この四谷 みこは異常を認識する目を除いて無力な少女だ。
けど、何とかしなくちゃ。このままじゃ男の人が危ない。スマホを持ってない片手が震えているのを誤魔化すように力強く拳を握り。縮こまった恐怖を打ち消さんと唾を飲み込む。
――ブゥンッ ッガ
『ぐ ぁっ……っ』
(あっ)
お化けはスーツの男性の体に触れようと、腕を伸ばす。それは不幸にも男の人の後頭部を掠めた。掠めるだけでも熊程の体格のあって人外らしい存在の未知なる膂力で振られた腕だ。平均的な一般男性程度、みこよりは体格は良さそうだが中背中肉の普通の体に、その化け物の一撃を耐えるのは至難だったのだろう。帽子が衝撃で外れ、勢いと共に濡れたアスファルトに滑り込むように倒れる男性。それに、走るのを止めて彼を注視して近づくお化け。
何で、お化けの体が普通の男の人に当たるんだろう? 等と言う、落ち着いて考えれば変と思える事は急激な展開の連続で心の均衡が崩れていた私は疑問視をその時はしなかった。
(どうしよう やられちゃう)
普通に考えれば、お化けが人間を襲うとして物理的にスーツの男性を食べるなんて出来る筈がない。ホラー映画とかなら、とり憑かれて体調を悪くするなど知れないが。この時点で私の頭の中では前者の光景がありありと予想出来た。そして、この後の
お化けが倒れる男性に触れるまで、残り1mもなかった。どうしよう どうしようと狼狽える私を他所に、体を痙攣させて体を反転させて起きようと男性はする。
その時だろうか、そのスーツの男性に対してはっきりと『違和感』を感じ取ったのは。
その後頭部に、どう言う訳か不明ながら『骸骨マークのバッチ』のようなものが生えているのが見えたのだ。怖さの余り、可笑しなものでも自分で見させてるのかと漠然と目の前の事実に現実逃避して思考してた、その時……。
『――警告は したぞ』 《font:91》カチ
男の人の声は、先程までと違い力強く不敵さすら滲ませていた。恐怖と混乱と、この事態をどうにか自分で出来ない事の絶望感で目の前が暗くなっていた意識の一瞬の空白を突いたのか。気が付いた時、男性は唇を弧の形にしつつ
『近寄りすぎるな とな』
ドバ ドバッ ドバドバッッ
ゼロ距離で、男性は『拳銃』を発砲していた。男の子はミリタリー知識が好きな子が多いらしいが、私の弟もそんなに興味を持たないので銃火器には詳しくない。けど、スーツの男の人がお化けの顔に銃口を押し付けるようにしながら発砲音が聞こえると共に、そのお化けの頭部から黒々とした血のような液体が吹きあがったのを見れば、そこまで知識がない自分でも、男の人が銃でお化けを撃ったんだと理解が出来た。
(え どう言う 事)
驚きや安心感よりも先に疑問が噴き出て来る。銃を携行している理由とかは、この際一旦置いておく。何で、普通の銃でお化けを撃てたのか?
(もしかして、この人)
有り得ない仮定。その仮定が正しいのなら、まず男性がお化けに追いかけられてる理由が説明つかない。
だが、自分の思考を他所に。両腕を伸ばして固まったままの存在を無視して、スーツの男性は罵倒交じりに呟く。
『クソっ この街に降り立ってから散々だ。今ので四発! ケースに入れてたのを含めて一体幾ら撃った? ケースの中の弾は増殖なんてしないんだぞ……』
男性の呟きを察するに、この街で他にもお化けが居て、その存在に対し持っている武器で応戦したのは伺えた。沈黙してる目前の存在を無視し、慣れた様子で懐から数発の弾丸を指で挟みこんで取り出して握る拳銃の持ち手の指を器用に動かして弾倉を取り出す。
――グンッ
『なっ しまっ がッ……!』
(あっ)
多分、スーツの男性は今までの経験から頭を撃てば大体のお化けを沈黙させていたのだろう。だが、そのお化けは
ギシギシと軋む音すら感じさせつつ、お化けの太い腕が伸びてスーツの男性の顔を握る。必死に彼は身をよじらせて片手で銃把をハンマーのようにして殴りつけて抵抗をするものの、お化けの腕の力は緩む事はない。
暴れる彼のもう片方の腕は無闇矢鱈と宙を切る。そう、その腕は
この時に、四谷 みこにも完全に理解する事が出来た。お化けに追われていたスーツの彼は単なる自分と同じ普通の人間などでは無かった。
(でも、だからって見殺しになんて)
お化けであると理解したからと言って、あー良かった、自分には無関係であると薄情になれやしない。むしろ、必死に生きようとする彼の姿勢には短い時間ながら共感も出来るし、自分が仮に彼の立場だとしても同じような行動をとらないと否定など出来ない。
どうする? と何度この言葉を一生の中で一番と言える程に復唱して自問自答してきた言葉が胸の中を過る。まず間違いなく、襲ってるお化けに関しては自分に対して意識を向けてない。先程の最初の遭遇を完全に正しく対処した事も相まって、あの化け物の中で自分と言う存在は路傍の石ころと同じだ。
ぎちぎちぎち みしみしぃ
『は なせっ や 止め……た たの゛』
そう、私には何の関係も無い事だ。そう、今からする事は
きゃああああああああああっっ
街全体に広がるかも知れない、人が駆け付けたらどう言い訳しようとか言う不安を他所に、何とかこれに反応してと恐々と口から発した音が雨の轟音に混じって溶けていきながら祈る。
化け物が力を強める動きがピタリと止まる、そして時間が静止したのかと思える程に雨の勢いだけが無言で否定しながらソレ以外の物音が一切しない中、お化けが銃痕でより一層不細工さと不気味さに拍車かかった顔をこちらに向けた。
み え て る ?
空虚な二つの御茶碗サイズの陥没が、自分へと意識を集中させる。そうだ。状況からしたら私が今の状況を見て悲鳴を上げたようにしか見えない。
「……わぁぁ……っ」
必死に震えつつ、自分はスカートの中に手を滑り込ませ、外気の低い温度で白くなった吐息から声を出しつつ光が消えかけた瞳の中でスカートの中から『縮れた糸』をつまみあげた。
「びっくり、したぁ。ショーツの中で蠢いてるように感じたけど、何だぁ……糸クズかぁ」
(騙されて騙されて騙されてっ)
作戦なんて言える程のものでは無い。このお化けにどれ程の知性があるか分からないし、下着の中の不快な感触が虫でも入ってたかと勘違いするのが、ここまで叫ぶかと疑われて注意を更に覚えて危険な目に遭う可能性だってある。
けど何もする事が出来ない私には、そのほんの少し注意を逸らすのが非情へと移り変わった世界に対するか細い抵抗だった。突如舞い込んだ絶望的な恐怖に対する、私なりの必死の抵抗だったのだ。
そして、それは――実を結ぶ事になる。
『――余裕だな おい』
仮に晴天で、一人ぽっちでなく複数の人たちとバスを待ってたとしても私以外には聞こえない、引き金に指を這わせる音が激しい雨音の中で聞こえた。
――こっちを 向いてみろ。
お化けの掴んだ腕からは、悲鳴を終えた直後には忽然と苦しみ呻く彼の姿は消えていた。
自分の悲鳴が無関係だと察したのか、腕に掴んでた獲物の声が先程と異なってる違和感から向きなおったお化けへと、その彼は既に構えを完成させていた。
片方の手に、手の平より大き目の『ガラスの破片』 残る手には『装填し終えた南部十四年式拳銃』
ドバ ドバ ドバ ドバドバドバッ パリィーンッ
放り投げられたガラスの破片は、男性の弾かれた指の勢いに沿って回転しつつお化けの臓器が丸出しになった複数の獲物のひき肉を待って口を半開きにする首たちの中心へと放物線を雨の雫も反射させぬままに投げられ、そしてそのガラスに対して発射された銃弾は、その破片のシャワーを化け物の生首に浴びせつつ銃弾をその全体に満遍なく浴びせ、今度こそ……そのお化けの体は地面へと力なく上体を倒して沈黙した。
終わった、良かったぁと。そのグロテスクなお化けが倒れたのを見届けつつ未だ私の緊張は解けれずにいる。
何故なら、一見するとまともそうながら実質正体は不明で今しがた倒れたお化けよりも脅威が下なのか、または下手すればもっとやばいかも知れないスーツの男性のお化けは無事だからだ。
(どうしよう、声をかけるべき?)
お化けなのに関わらず別のお化けに襲われて、それでいて拳銃やガラスらしいのも携行している。怪しい事この上ないけれど、言動はしっかりとして、最初に鉢合わせたのに比べれば圧倒的に話は通じそうだとは考えられる。
(でも お化けだしなぁ)
そう、生きてる生身の人間と違ってお化けなのだ。これで、下手に気づかれて自分の家まで追われたりしたら溜まったもんじゃない。私は、漫画やアニメの主人公みたいな刺激的な生活など望んではいない。
幸いながら、スーツの男性の幽霊は拳銃をしまいこみ体を払う動作をし終えると無言で私に意識を払う様子もなく先程の戦闘で転がった自分の帽子を拾い上げていた。どうやら、私の演技力も中々のものらしいと考える中で、ブツブツと幽霊は望んでも居ないのに関わらず自分の隣で溜息を吐きながら愚痴を吐き始めた。
『全く……何故わたしがこんな目に遭わなくちゃならないのか』
それは、こちらの台詞と心の中で言い返しつつスマホにだけ意識を集中させる。先程のお化けの死体が目の端で転がるのが、いやでも非日常を感じさせ顔を背けたくなるけど、そうすれば隣の幽霊に自分が気づいてると察せられると言う危険から四谷 みこはバスを待ちながらスマホをぼーっと見ていると言うポーズを崩せない。
『――この吉良 吉影が、こんな流刑地のような場所で依頼をこなさないといけないとは』
(……?)
「き、ら」
この幽霊には名前がある。そしてお化けにも関わらず『依頼をこなそうとしている』
そんな『奇妙』な言動に、思わず私は名を反復していた。
――パッ
気付いた時には、もう遅かった。不味いと思って、肩が強張るのを感じつつスマホに指を走らせ、きらきらかーっ等とあざとく独り言らしく言うけれど。その隣の視線が外れない事が肌に直接感じ取れた。
『見えて……るのかっ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴッッ
『君には
――あぁ なんて今日はツイてない日なんだろう。
……私の名前は四谷 みこ、職業は高校生 きっとこれから先も何も不思議な事など起こらない日常の中で一生を終えると、この日までは思っていた。
これは、私の物語。
私が『デッドマン』と出会ってからの忘れられない『奇妙』な物語だ。
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