機動戦士ガンダム 天使の飛ぶ空 (からすにこふ2世)
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少女大地に立つ

ダイスはNTレベルのみ1D10、それ以外は以外1D100
性別 女
年齢 14歳
名前 レオナ・ネーレイド
出身 北米
家庭 5(ド底辺)

ステータス
指揮 24
魅力 87
射撃 54
耐久 89
反応 90
格闘 90
NTレベル 3(素質はある)
階級 二等兵
アライメント
82、100ほど善なので割と善人(花売りでスラム出身なのになんでやねん)
MS適性 66 MA適性34 車両適性49 飛行機適性99 艦船適性99



 0079年1月10日、ジオン軍はスペースノイドのゆりかごであるコロニー、サイド2アイランド・イフィッシュを、地球へと落とした……その過程と結果により、地球・宇宙の両方で、多くの、という一言で片づけるには多すぎるほどの人口が、消滅した。

 以降、ジオン軍は地球へ降下し、モビルスーツ・ザクを使用した電撃作戦により、地球の大部分を制圧した。

 

 

「……クソジオンめ、クソったれの宇宙人がよ……あいつらのせいでみんな、みんな死んだんだ。クソ、クソ……」

 

 薄暗い部屋の中。暖房のあまり効いていない寒い中で、少女の上で文句を言いながら腰を振る男は、腕に包帯を巻いている。名誉の負傷。しかしそれを称賛する人間は部屋にはいない。惨敗して撤退している最中に、飛んできた破片で負ったかすり傷程度で褒められるほど、戦況は温くない。

 その下に敷かれている少女の方が、よほどひどい傷を負っている。主に心に。

 

「くそぁ!!」

 

 男は少女に、八つ当たりじみて拳を振り下ろす。ぼぐ、と鈍い音を立てて、少女の端正な顔に痣がつけられた。少女は痛みに顔を歪めることはなく、悲しむどころか逆に怒りを顕にして……

 

「商売道具に傷つけやがってフニャ●ン野郎!」

「!?」

 

 下から思い切り殴り返した。殴り返されるとは思っていなかったのか、それとも少女の力が見た目以上に強かったのか、その両方か。男は体格差があるにも関わらずベッドの上から転げ落ちた。殴られた頬を抑えて何がなんだかわからない、といった顔をして、一呼吸置いて自分が一体何をされたかを理解したら、今度は顔を赤くして激昂した。

 唇から血が垂れている。

 

「このガキ……!」

「女を、しかも子供を殴っといて、殴り返されたら怒るのね。情けない男!」

「買われた備品のくせにぃ!!」

「備品を大事にしないから出世できないんだよ早漏短小包茎素人童貞のドヘタクソ!」

 

 男が少女に飛びかかるが、少女はベッドシーツを投げつけて視界を潰し、後ろに回り込んで玉を蹴り上げた。

 

「ォヴっ!」

 

 非力な少女の体であっても、その全力で玉《男の急所》を攻撃されれば、どんなに屈強な男でも白目をむいて泡を吹いて倒れるしかない。シーツに包まれてベッドの上でもがく男に、少女はベッドサイドのスタンドライトを握り、土台の方を思い切り頭に振り下ろした。

 これで男はおとなしくなった……気絶しているだけで、呼吸はある。死んではいない。今は。

 

「おめでとう。名誉の負傷が増えたわね……さて。じゃあ、代金をもらっていくわ。もちろん割増で……あらあら、こんな手持ちで女を買おうだなんて。本当、情けない男」

 

 服を着て、男の服を漁り財布を取り出し。大した額でもない現金を全て自分の懐へ収める。

 

「なんの音だ!」

 

 騒ぎを聞いて別の兵士が部屋に飛び込んできた。そこで目にしたものは、シーツに包まれて動かない裸の兵士と、壊れたスタンドライト、その兵士の財布を漁る少女。

 この場面を見て、それまでの過程を想像できるわけがなく。兵士を騙し討ちして金だけ盗もうとしていると誤解されるのは至極当然であった。

 

「MP(軍警察)来てくれ!」

「待ってください、これには色々あったんですよ! 先に殴ってきたのはそいつです、見てくださいこの顔、この痣を!」

「やかましい! どうせ抵抗された傷なんだろう、おとなしくしろ!」

「ちっ、話を聞かない、これだから男は嫌いなんだ……」

 

 捕まえようと手を伸ばした男の手をすり抜ける。少女は膝裏を蹴って姿勢を崩し、背中から抱きついて、首に手を回して、両腕で、全力で締める。振り払おうにもガッチリ背中に張り付いているせいで離れない。そうこうしている間にも首は締まる。

少女の力でもきっちり頸動脈を押さえていれば十秒もあれば意識が沈む。スラムで女一人生き残るために学んで、身につけた技術だ。

 

「かっ……ぁ……! ……」

 

 その技術は完璧に発揮されて、期待通りの成果をもたらした……が、意図したわけではない。ついつい反射でやってしまっただけだ。おかげで状況はさらにややこしくなる。男が叫んでいたからもうじきMPが来る……バタバタ足音が聞こえるから到着まで時間はない。この場を見られればどうなるか、わかったものではない。逃げようにもここは地球連邦軍の基地のど真ん中。出入り口は当然封鎖されている。まさか基地の人間を全員伸して逃げられるわけもない……おとなしく捕まって、事情を話せば大目に見てもらえるだろうかと期待するが、果たして『備品』がどこまで優しくしてもらえるか。

 いっそ大事にしてしまえば、偉い人が出てきて話を聞いてくれる可能性も高まる。抵抗すればするだけ、捕まったときにはよりひどく痛めつけられる。挑戦するべきか否か……考えている間に、MPが駆けつける。

 

「動くな!」

「何事だ!」

 

 銃を持っているし、一度に三人は勝てない。少女は素早く判断して、抵抗はやめておこうという結論に至り、おとなしく両手を上げて降参する。

 

「話を聞いてもらえます?」

「……まずはついてきてもらう」

 

 どういう状況なのかよくわかっていないという顔のMPに、少女はおとなしく手錠をかけられる。財布を漁っているところは見られていないから心象はそこまで悪くないはずだ。

 

 そのまま尋問室に連れ込まれ、テーブルに座らされる。

 

「何があったのか、答えてもらおうか」

「シーツに包まっている男の人にサービスしていたら殴られたので、殴り返しました。そうしたら飛びかかってきたので、こう、玉を蹴って。仕返しが怖いと思ってたら、気がついたらライトで殴ってしまいました」

「もう一人は」

「誤解を解こうとしたのですが、話を聞いてもらえず飛びかかってきたので。つい、身を守るために締めてしまいました」

「大の男が、こんな子供にやられるとは考えられん! まさか他に誰か居たりはしないだろうな!」

「スラムの出で、護身術には自信があるんで」

「……」

 

 MPは微塵も信用していない。信じられない気持ちもわかる。下っ端とはいえ訓練を受けた兵士が二人も、か細い14歳の少女に気絶させられるなど、いったい誰が信じられるものか。誰も信じられない。

 

「それともこんな昼間から工作員が侵入して暴れていたとでも?」

「……監視カメラを見ればわかることだ」

「カメラを確認してきたぞ。どうやら、やったのはその娘で間違いないらしい。部屋には気絶している二人とその娘以外誰も入っていないし、出てもいない」

「馬鹿な、信じられん……!」

「信じたくないから三回も見直した。疑うなら自分の目で確かめてくればいい」

「……基地司令になんて報告すればいいんだ」

 

 頭を抱えるMP二人。そこへもう一人が部屋に入ってくる。

 

「二人とも気絶しているだけで、命に別条はない。司令官になんと伝えればいいんだか」

「事実を正しく伝えれば、少女の売春婦一人に大人二人がノされた、だが……基地司令に伝えて、信じてもらえるかどうか」

「二人も医務室送りにされたんだ。俺たちが伝えなくてもすぐ耳に入る。職務怠慢で怒られる前にありのままを伝えるべきだ」

「情けない、とお怒りになるだろうな。訓練がきつくなりそうだ」

「ジオンの連中が訓練する暇をくれればいいんだが、な……」

「連中の基地に行って頭下げれば許してくれるんじゃないか」

「そんなことより報告は誰が行く。俺は嫌だぞ、そんな罰ゲーム」

「俺が行く。ポーカーの負けが越しているからな、これでチャラにしてくれ。その間に報告書作っといてくれよ」

 

 風紀を取り締まるためのMPが自ら賭けを行うとはどうかしている。少女は軍規に詳しくはないが、そのくらいはなんとなくわかる。呆れながら痛む頬を擦った。

 

「サービスの内容も含めて、話を聞かせてもらおうか」

「その前に氷をもらえませんか。殴られたところが痛むので」

「……内線で食堂から取り寄せよう」

 

 MPはめんどくさそうにつぶやいた。

 



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少女従軍す

「レオナ・ネーレイド、貴様を正式に二等兵として任官する。続いて貴官を第四偵察小隊配属とする。以後小隊長の指示に従うように」

「二等兵? 備品から昇進ですか」

 

 基地の司令官に報告書が出され、その後呼び出しがあって出てきてみれば、なんと備品から正規兵への昇進が言い渡された。驚くべき出世である。

 これには宇宙世紀の冷たい荒波にもまれてすり減った少女も動揺を隠せない。

 

「ああそうだ。現時刻をもって貴様はもう備品ではない、兵士だ。そして私は上官にあたる。今後はその人を舐め腐った態度と言葉遣いを直して兵士らしくするように。でなければガキだろうと容赦なく独房に叩き込んでやるからな」

「……質問の許可をいただけますか」

「許可する」

「二等兵としての職務に以前のような『サービス』は含まれますか」

「一切許可しない。ガキの売春など不適切極まる」

「了解しました」

「質問はそれだけか」

「はい。以上でございます」

「退室を許可する」

「失礼いたします」

 

 少女は見よう見まねの言葉づかいと敬礼をし、堂々とした態度で衛兵と共に部屋を出ていく。

 その背中を見送った司令官である中佐は、机に肘をついて大きなため息を吐いた。

 

「医務室に放り込まれた二人の処罰だが、あの娘を殴ったバカは独房へ。もう一人は行き違いがあっただけだ。不問とする」

「よろしいのですか」

「何がだ」

「売春婦を正規兵へ登用することです。基地から追い出すだけでよいのでは?」

「少尉。貴様、私の顔に、いや地球連邦軍の看板に泥を塗る気か? 私を殺したいのか? ん?」

「は? いえ、そのような意図は……」

「あのガキを追い出すとして、だ。近くの町へ解放するとして、そこで奴は恨みを込めて悪評を振りまくだろうよ。地球連邦軍は少女の売春婦を基地で囲っている。その中にいる兵士は素手の売春婦に負けるような腕しかない。ただでさえ市民の支持が下がっている中でそんなことを言いふらされてみろ、あっという間に噂が広がって、市民はジオンのクソ共に寝返るしジオンのクソ共の士気は大いに盛り上がる! 連邦軍恐れるに足らず、腐敗した連邦軍を今こそ討つべし! モビルスーツの団体様が地響きを鳴らしてこの基地に押し寄せてくる!! それがわからんか!!」

「し、失礼しました! 発言を撤回します!!」

 

 すさまじい剣幕で、デスクをこぶしで殴りつけ、まくしたてる司令官。慌てて謝罪し発言を撤回する士官。大柄な司令はひとしきりがなり立てた後に、胃薬の錠剤を水で流し込んで、イスに深く座り込む。

 

「よろしい。撤回を受け入れる」

「……」

「では、三日後に第四小隊を偵察任務に出す。そのように通達せよ」

「……はい」

「誤解してくれるな。私とて本意ではないのだよ」

 

 最低限の訓練すら積んでいない子供を小隊に配属し、戦闘の可能性がある任務に出す。これの意図するところを理解できないほど察しが悪ければ、兵隊どころかまともな仕事につくことさえ難しいだろう。

 

 

 翌日。ぶかぶかの制服に身を包んだ新人二等兵が訓練場に姿を現した。ただでさえ女性兵士が少なく、その上体も小さいため、フィットするサイズがなかったのだ。

 備品扱いから一転、正規兵として認められた少女が、大人に混じって遅れることなく

グラウンドを周回する姿。通りがかった人間全員が二度見するほどの異様な光景だった。

 

 二日後、疲労で動けなくなる、といったこともなく。食堂で堂々と食事をし、訓練を行い、女性兵士に交じってシャワーを浴びて。行く先々で侮蔑、憐憫、同情、少なくとも好意的ではない視線に晒されながらも、一切気にすることなく。擦り寄ってくる男を司令官の命令だからと拒絶して回り、その日を終えた。

 

 三日目。第四小隊に、偵察のため出撃命令が出た。出撃メンバーには当然、新人二等兵も含まれていたが、軍事に疎い彼女はそういうものかと特に疑問を抱くこともなかった。しかしそれ以外の隊員は異常を察していながらも、小隊長の「任務だ」の一言で黙らされる。

 一人を除く全員、約30名が沈痛な面持ちで数台の電動トラックに乗り込み出撃した。

 

 出撃から数時間後。事前の航空偵察で入手した情報をもとに、ジオン軍の野営地の詳細な情報を得るため進路と計画を決定した。その情報が誤っていたとも知らず。

 

「ん? ざ……ザクだー!!」

「総員降車! 降車ァ!!」

 

 予定よりも一時間早い地点で、哨戒に出ていた緑の巨人に遭遇してしまった。三機で一個小隊の、緑色の巨人。ザク。彼らに見つかってしまい、120mmという馬鹿げたサイズの機関砲を頭上から数十発と叩き込まれ、トラックの群れは一瞬で爆発四散。

 脱出が遅れた兵士は鉄と血肉の合い挽きミンチに。即死できた人間はまだ幸運で、脱出しても着弾の衝撃で手足が吹き飛んだ者は激痛と出血に苦しんで死ぬことになる。無事だった人間も戦友を見捨てたことへの後悔と、鋼鉄の巨人、ジオンへの憎悪と、それに手も足も出ない無力感に苦しめられながら、林の中に逃げ込んだ。

 そこへ容赦のない追撃、目障りな蚤をつぶすように、ザクマシンガンによる掃射が始まる。降り注ぐ砲弾により木々の幹は容易く砕かれ、身を守るどころか押しつぶす脅威に加わる。部隊は散り散りになり、小隊は分隊に早変わり。

 

 少女は幸いなことに、いち早く降りて林へ逃げ込んだため無傷。仲間との付き合いは薄く、自分を買っていた客が死んだ、くらいにしか思っていなかったため、心の傷もないに等しい。

 理不尽な目なら、すでに散々遭ってきたため動揺も少ない。地獄の真っただ中にいるにもかかわらず、彼女は冷静だった。スラムでは前触れのない銃撃戦など日常茶飯事だったから慣れている。体を隠せる程度の穴を見つけ、潜りこみ、地面に伏せて機銃掃射をやり過ごした。

 機銃掃射が終わり、地震のような足音が遠ざかってから穴から這い出る。周りを見れば大惨事、木々は幹を失ってなぎ倒され、地面は穴だらけ。ところどころ赤色の物体が見える。なんの赤色かは気にしない。コロニーが落ちた日も見た色だ。

 

「……生きてる人が居るといいけど。だれかー! 生きてますかー!」

 

 頭や服に被った土を払い落とし、大声を張り上げる。生きている人がいれば返事があるだろう。誰もいなければ、この地獄を生み出したジオンに身を寄せることも考えよう。バカでかい足跡についていけば、その内基地なり野営地にたどり着くはずだ。

 そう考えていると、まだ動ける人間が林の中から這い出てきた。

 

「小隊長……」

「……なんだ。お前も生きてたか。生き残りを探すぞ」

 

 言い方に引っかかるものを感じながら、少女は命令通り生き残り探しを始める。死体は無視。小隊長は生き残りを探しながらも飛び散った死体からドッグタグを拾って集める。

しばらく探した結果、無事な人間は少女を含めてわずか三名。小隊長に、三日前に少女に玉を蹴られた男のみ。最後の一人は飛んできた枝に腕が当たり骨折していた。生きている人間は他にもいたが、残りは木の下敷き、手足が足りなかったり腹に枝が突き刺さったりで、ちゃんとした設備で治療を受けなければ助からない、間もなく死ぬ者ばかりだったため、小隊長が直々に楽にして回った。

 結果を確認して、小隊長は頭を抱えて蹲った。

 

「たったこれだけ……これだけか? 30人居た小隊が、3人だけか! しかも一人は子供!! 一人は骨折!!」

「隊長、これからどうするんですか?」

「おいおい……」

 

 ヒステリックに叫ぶ小隊長に、空気を読まないレオナ二等兵が話しかける。生き残ったもう一人がためらいがちに諫めるがしかし、軍人としては二等兵が正しい。作戦行動中、上官は確固とした意志を持ち指揮をとらねばならない。部下の前でうろたえるなど、教官が見たら修正ものだ。

 

「……一分くれ。考える」

「了解しました」

 

 小隊長は倒れた木の上に座り、考える男のポーズを取る。隠れるという考えはないらしい。それほど追い詰められているという証左だろうが、二等兵は気にしない。一分数えたら容赦なく口を開く。

 

「それで、私たちはこれからどうすればいいんですか小隊長」

「トラックに戻って使えるものを探す。無線も落としてしまったから救援も要請できない。からな。

無線が回収できればそれで救援を要請して、合流ポイントを指定してそこまで移動する。徒歩で戻るには、俺たちの基地は遠いからな……あのザクは哨戒行動中だった。つまり、敵の基地が近いということだ。残党の掃討に歩兵が出てくる。その前に隠れる」

「乗り物を奪えば帰れませんかね」

「馬鹿か貴様! 戦えるのが一人だけ、しかもライフルだけで勝てるわけがないだろう!」

「し、失礼しました!」

「……偵察は失敗、小隊は全滅。処罰は免れんな。せめて三人だけでも生きて帰るぞ。何としても……」

「イエスサー!」

「イエスサー」

「クソ。地獄だな、ここは……」

 

 小隊長のぼやきを咎める者は、ここには誰も居なかった。

 



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少女の初陣

 残り三名となった第四小隊は、ザクによって粉砕されたトラックに資材を求めて戻ってきたが。

 

「ご丁寧に踏みつぶしてやがる」

「これでは探すだけ無駄か」

 

 そこにあったのは、120mm砲弾の直撃を受けて大破したのち、さらにザクの足で踏みにじられプレス加工されたトラックの残骸。ザクの重量は60トンを超えるほどで、元の形を知らなければトラックだったもの、とはわからないほどにまっ平、スクラップを通り越してもはや一枚の板であった。

その中でまだ使用に耐える物品など、ありはしない。

 

「これからのことを考える。ひとまず林に隠れるぞ」

「イエッサー」

「イエッサー……」

(この二等兵、こんな状況でも平気なツラしてやがる。一体どんな環境で育ってきたんだこのガキは)

 

 まったく動じていない二等兵と、露骨に士気の低い上等兵。上等兵は、隊員を失うことはこれが初めてではない。元々は別の部隊、対MS特科に所属していたが、その部隊が戦闘で壊滅したために、第四小隊に編入となったのだ。

 二度も同僚を部隊ごと失えばいやにもなるか。小隊長は隊をほぼ丸ごと失うのはこれが初めてだが、この感情を二度とは経験したくない。

 だが、自分も立場というものがある。部下を奮い立たせねば。

 隊長の心中はそんな感じだった。

 

「子供のほうが声がでかいぞ。タマ落としたか?」

「この前私がつぶしました」

「……つぶされたのか?」

「つぶれてねえです!」

 

 上等兵が叫んだ直後、二等兵がぴくりと耳を動かして、地面に伏せて、耳を地面に当てた。

 地面から聞こえてくるのは、遠ざかっていくズシンズシンという地響きと、逆に近づいてくるタイヤが転がる音。トラックだろう。

 

「どうした二等兵。具合でも悪くなったか」

「タイヤの音が聞こえます。隠れませんか隊長」

 

 小隊長の的外れな気遣いに、二等兵は冷静な顔を崩さずに提案を行う。

 

「ああそうだな、隠れよう。足跡は消しておけ(くそ。襲われてから二十分も経ってないぞ、それだけ敵の拠点が近いってことか? 事前の情報ではもっと距離が……航空機の偵察情報が間違ってたなら最悪だな。生きて帰れたらぶっ殺してやる……いや殺すのはまずい。顔の形がわからなくなるまで殴ってやる)」

 

 小隊長は胸の内に物騒な思いを抱きながら、隠れるように指示。三人は荒れ果てた林の中に逆戻りし、再び身を隠した。ジオン軍の歩兵を乗せたトラックがやってきたのは、その数分後であった。

 

「げぇ、ほんとに来やがった……」

「ハンヴィー2台、一台につき……4人で8人。これを襲うのは厳しいな」

「隊長。私が投降するフリをして出ていきます。うまくやれば二人までなら拳銃でも殺せると思いますが」

 

 さも当然のことのように、軍人にあるまじき偽装降伏の提案を行う二等兵。顔をしかめる小隊長。いくら戦争でも破ってはいけない最低限のルールというものがある……その中に、降伏を偽装することが入っている。スペースノイドの住処であるコロニーを地球に落として、無差別大量虐殺を行ったのはいいのかと言えば、もちろんレッドカード。一発退場ものなのは置いといて。そのルールを平気で破ろうとするこの少女に、気分が悪くなるのは当然であった。

 ……本来ならばみっちりと教育を行うところだったが、そんな暇もなかったのだから、知らないのも仕方ない。

 

「ガキが。馬鹿言うんじゃない」

 

 万感の思いを込めて出たのがその一言であった。

 

「ではどうやって基地に帰るんですか隊長」

「それは……むむむ」

 

 建前はさておき、現実をどうするかも考えなければならない。基地までは数十キロ。水も食料もなし。レンジャー課程を修了した隊長一人ならまだなんとかなるかもしれない。だが負傷者と戦力外の少女を連れて、ジオンの追跡を避けながら、徒歩で三人そろって帰還するのは、不可能だ。考えるまでもない。

 

「いいじゃないですか隊長。失敗しても仲間のところへ行くだけです」

「…………ダメだ。私は、子供をこんなところで死なせる屑にはなれない。投降するぞ。彼らが南極条約を順守してくれることを願おう」

 

 まず小隊長が両手を挙げて、茂みから出て行った。続いてケガをした上等兵、遅れて二等兵が。ジオン兵が3人に気づいて銃口を向ける。

 

「撃つな! 我々は投降する! 我々は投降する! 南極条約に準拠した、捕虜としての待遇を求める!」

 

 小隊長が全員に聞こえるよう、ハッキリと大きな声で叫ぶ。向こうも気が付いたようで、銃こそ下ろさないものの、さっきまでの物々しさは失せた。それどころか二等兵の姿を見て、戸惑い同情じみた顔を浮かべるものも居た。

 

『貴官らの投降をうけいれる! そこを動くな!』

「感謝する!」

「ち、ひどいジオン訛りだ」

「聞こえたらどうするんですか。機嫌を損ねたら殺されますよ」

 

 二等兵(子供)にたしなめられる上等兵(大人)に、立場が逆だろうとため息をつく小隊長。そんな3人のもとへ、銃を構えた兵士たちが警戒しながらにじり寄る。

 ジオン兵たちが投降の受け入れのためにボディチェックを始める。二等兵と隊長は黙って受け入れるが、上等兵だけは……

 

「ベタベタさわんな宇宙人がよ! ぺっ!」

「貴様ぁ……!」

 

 ボディチェックを行う兵士に唾を吐きかけて、銃床で殴られて土の上に倒れた。その上に兵士が3人がかりで抑え込み手錠をかける。それでも暴れるものだから寄ってたかって足蹴にされて銃床で殴られて、散々痛めつけられて、ようやくおとなしくなった。

 

「うぐぅ……ちくしょう……ちくしょう……」

「抵抗するなシグ! これは命令だ!」

 

 上等兵の名はシグというらしい。二等兵はここで初めて、自分を買った男の名前を知った。しかし興味もないので見向きもしない。涼しい顔で、どこかいやらしい手つきのボディチェックを受け入れる。いまだ幼い自分を女として見てくるのは、ジオンも連邦も一緒か、とため息をついてあきれるだけだった。

 ただ、色情を優先して胸や股間ばかりを触るせいでチェックが甘い。子供だからと油断しているのもあるのだろうか。

 

「連邦軍は子供まで徴兵しているのか?」

 

 車の中から隊長らしい人物が現れ、比較的訛りの少ない言葉であきれたように言った。

 

「どっかの宇宙人がコロニーなんてものを落としてくれたせいで、大いに人手不足でな!」

「黙れ上等兵! 部下が失礼をした。改めて、投降を受け入れてくれたことに感謝する」

「ああ、かまわん。我々は戦争中なのだ。まして散々踏みにじられた敵だ。言いたいこともあるだろう」

 

 ジオンの隊長は怒るでもなく見下すでもなく、何の感傷もなく、興味もなく、その言葉を受け流した。そこに見えた余裕に、上等兵は歯を砕かんばかりに食いしばる。

 

「では、手錠をかけろ」

「りょうかいしました!」

 

 かくして、3人は手錠をかけられて車に乗せられた。三人まとめては乗り切らないので、上等兵と小隊長は二人セットで、二等兵だけはもう一台の方、ジオンの隊長の乗る車に乗せられた……

 

 男組は別段何事もなくジオン軍の拠点まで運ばれたが、二等兵だけは移動中、ジオンの隊長にべたべたと体を触られていた。さっき上等兵に興味を持たなかったのは、女が居たから些細な挑発などどうでもよかったのだろう。

 二等兵は勝手にそう考えていた。自分の武器が通用する相手だとも。

 

「……ジオンには女性がいないんですか?」

「居ないわけではないが、軍隊というのは基本的に男の世界だ。ましてこんな前線だ。ほとんど居ない……連邦もそう変らないはずだが、君はどうして軍隊に? どうしてこんなところに?」

「それは……こういうことですよ」

 

 そっと、太ももを優しくなでる。男が震える。顔を覗き込めば、目をそらされる。

 

「……」

「私、三日前に軍人に『させられた』ばかりなんです。一番したっぱの二等兵として。備品としてしっかり『サービス』してたのに急に殴られて、抵抗したらうっかり倒しちゃったものだから、きっと口封じに送り出されたんです……だから、連邦なんかどうでもいいんです。優しくさえしてくれたら、ジオンでもなんでも……」

 

 同情を誘うように、保護欲を引き出すように、できるだけか細く、か弱い声で囁く。さらに涙目に上目遣いも追加で、女の武器をフル活用する。

 戦争中の前線、女と無縁の環境、ストレスが溜まっており、耐性も下がっている。加えて14歳の少女のまだ幼いといえる外見が警戒心を緩めて、矛盾する女の仕草がそこにつけ込む。

 

「手錠を外してくれたらあとで『お礼』もしますよ」

「……わかった。基地に戻ったらな」

 

 隊長という責任ある立場であっても、落ちるのは仕方ないことだったかもしれない。

 

「……隊長ばかりいい目を見てずるいっす」

「お代さえいただければ、ほかの皆さんにもサービスしますよ」

「ホントか!? やったぜ!」

「おいおい相手は子供だぞ、何盛ってんだよ……」

「我慢したいなら我慢してりゃいい。だが俺は頼むぜ」

「……」

 

 規律を正すべきトップが崩れたら下も崩れるのは当然のことで、拠点にたどり着くまでのわずか二十分の間に、車内の人間は少女の毒に中てられた。基地についてからも、男二人は手錠をかけられたまま捕虜の収容部屋に放り込まれたが、二等兵だけは士官室へと連れ込まれて。何時間か後には、シャワーを浴びて、手錠も外されて基地の中を自由に歩きまわっていた。

 



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少女無双

 ザクとの遭遇により壊滅した第四小隊は、投降しジオン軍の拠点に連れていかれた。

 そこでは三個小隊、9機のザクがローテーションを組み哨戒と基地の警備、休憩とを回していた。ほかにも歩兵、整備兵、衛生兵、一通りの兵科が詰めている、かなり本格的な基地であった。

 

「ぅ、ぐっ!」

 

 ザクを寝かせている格納庫の中で、兵士が苦しそうな声を上げる。その至近には、手錠も何もされていない捕虜、レオナ二等兵。周りにも兵士は居るが、それを不審に思ったりはしないし心配もしない。むしろ羨望のまなざしで眺めている。

 その理由は……

 

「はい、代金分はサービスしましたよ」

 

 彼女が提供している有料のサービスにあった。小隊長がサービスを受け、その部下たちも受けて、となると情報は瞬く間に基地全体に広がった。彼女がこの拠点に来てから三日しか経っていないというのに、両手足の指に収まらない数の男が彼女の世話になっている。

 予約の順番待ちさえできている始末。本来ならこのようなこと、摘発されてしかるべきなのだが、風紀の悪化を取り締まるべき士官から真っ先に世話になっているのだから、さもありなん。

 

「あぁ……ありがとう」

「いいんですよ。お仕事お疲れ様です。次の方はちょっと待ってくださいね、手を洗ってからお相手しますから」

 

 呆けた顔の男に営業用のスマイルを送る。その皮を一枚剥けば、冷静に客の数、基地の人数とそれぞれの所属を数えている兵士が居た。ジオン軍の追撃をどう凌いで、どうやって足を確保して連邦軍の基地に戻るか、しっかりと考えているスパイが居た。

 

 車の中で連邦なんてどうでもいいと言ったが、あれは嘘ではない。本当だ。ただしジオン軍を好意的に思っているかといえば、そうではない。

 少女は地球人である。地球人にとって地球とは家のようなものである。その程度の帰属意識は持っていた。ジオンはそこへコロニーという巨大な爆弾を落とした。自分の家に爆弾を落とした人間を憎みこそすれ、好意的に思うはずはないのであった。

 ただし連邦軍もそこそこに嫌っているので、「同じクソでもマシなほうを選んだだけ」だった。

 

「次の方……あら、あなたは……」

「……」

 

 連邦軍基地に帰るためのプランを実行するときが、思ったよりも早くきた。

 次の客は、第四小隊にマシンガンをぶち込み崩壊に追いやったザクのパイロット。捕虜がサービスを提供していると聞き、来てみれば予想外の子供で、知らずとはいえこんな子供に120mmの砲弾を撃ち込んで殺しかけたのか、と罪悪感を感じていた。そのくせサービスはしっかり受けた、とんだクソ野郎である。

 

 少女はそこに容赦なく付け込んだ。気にしていない風に見せかけて、サービスの後に少し涙を見せたらコロッと落ちた。

 そしてこれで三度目。玉と心を完全に掴まれている。

 

「ねぇ、お願いがあるんです」

「な、なにかな……聞けることなら聞いてあげるよ」

 

 まだ若い(少女よりは十以上年上だが)兵士は戸惑いがちに尋ねる。

 

「私、あの大きなロボットに、ザク? っていうんですか? に乗ってみたいんです」

「……それは」

「えぇ、だめですよね。わかってます。捕虜ですもの……身の程をわきまえない、図々しいお願いをしました。ごめんなさい……」

 

 涙を見せつつ、引き下がるフリをする。兵士は戸惑いながらも胸をなでおろす。

 

「でも乗せてくれたらもっとイイコト、しげあげてもいいんですよ。それもタダで」

 

 二人にしか聞こえない声で釣り餌を垂らす。

 

「イイコトって……」

「死ぬほどイイコトですよ。ナニをするかはその時までヒミツです」

「……わ、わかった。後で呼びに来るよ」

 

 食いついた、と少女は笑う。怪しく笑う。何を考えているか理解せずに、男は簡単に魅了される。

 

「おいおい、後がつかえてるんだ。早くしてくれよ」

「彼は今回はいいそうです、次の方お先にどうぞ」

「いいのか? へへ、じゃあよろしく頼むぜ嬢ちゃん」

 

 少女はこの後も何人かの相手をして、疲れたからと切り上げて基地の中を散歩した。捕虜の扱いではない。入ってはいけない場所、機密を扱う施設、重要な設備のある場所、弾薬庫など危険な場所、それから、一番大事な、捕虜を収容している場所を教えてもらい。そこ以外をうろうろしていると、哨戒に出ていたザクが戻ってきた。

 

「……」

 

 戻ってきたザクが格納庫の前で寝そべり、パイロットが下りて休憩に入る。基地を警備していたザクは哨戒に出ていき、休憩中の部隊が入れ替わりで警備に当たる、という順番になっているようだ。見ている限り、一日三度交代が行われる。

 少し調整すれば動いているザクが三機だけの状況が作れる、と少女は行動の目星を付けた。そう考えて、格納庫のほうへ向かった。

 

 

 そしてしばらく。

 

「てめぇ!! パイロットだからってレオナちゃんに無理やり迫ったんだってなぁ!?」

「ち、ちがうんです! 彼らは悪くないんです、私が隙を見せたのがいけないんです……!」

「そうだ! 俺たちはその子が誘ってきたから……! 合意だ合意!」

「やかましい!!」

 

 少し焚き付けただけで、女をめぐって整備兵とパイロットの醜い争いが始まった。血気盛んな兵士たちが口論で収まるわけがなく、場を鎮めるフリをして火に油を注ぐレオナ二等兵の存在もあり、たちまち取っ組み合い殴り合いの喧嘩に発展した。

 暴力沙汰になれば当然MPも出てきて、まとめて独房へぶちこまれる……結果、ザクが一個小隊無力化された。三個小隊でローテーションを組んでいたところで一個小隊が欠ければ、うまく回らなくなる。しかしパイロットから「人間には食事と休憩が必要だ。足も延ばせない狭いコックピットの中では休憩などできない」というパイロットからの要求もあり、哨戒は一時停止して休憩と警備のみとなった。

 

「ここまで思い通りになるなんて。さてはジオンは馬鹿の集まりなの?」

「何か言った?」

「モビルスーツってものに乗るのが楽しみだなって。どうやってこんな大きいものを動かすの?」

「車の運転と似たようなものだよ。歩く、走る、しゃがむとか、そういう大きな動きは勝手にやってくれる。パイロットが動かすのは細かいところだけだよ」

 

 まんまと釣られたパイロットが、少女をコックピットに連れ込んで、膝の上にのせて、相手が捕虜ということも忘れて兵器の説明をする。もちろん連れ込むのを見て止めようとする兵士も居たが、見逃してくれたら後でサービスしてあげるから、という甘い言葉に乗せられてしまった。ジオン兵は脳みそまで性欲でできているらしい。

 少女とパイロットを乗せたザクが立ち上がり、武器であるザクマシンガンを拾う。

 

「私たちを撃った武器は?」

「……」

「大丈夫、教えて。お願い」

 

 少女の毒気に密閉されたコックピットで、密接した至近距離で、若いパイロットは少女の笑顔と匂いに中てられた。彼女の目がしっかりと機体の起動から今に至るまでの操作を一つとして逃さず追っていることに気付きもしないで。

 一体何が大丈夫なのか。なにも大丈夫ではない。

 

「これだよ。この赤いボタンを押すと弾が出るんだ。レバーで狙いを動かしてね……あっこら、そこには銃があるから触っちゃだめだよ、危ないから」

「ええ、心配してくれてありがとう」

 

 太ももをなでるふりをして、素早くホルスターから拳銃を引き抜いてパイロットの顎に銃口を押し付ける。

 

「へ?」

「背中の斧はどう使うの?」

「ちょっ、ちょっとま」

 

 抵抗のそぶりを見せたのでトリガーを引いた。顎から脳天にかけて銃弾が通過し、飛び出した血と脳漿がコックピット内を汚す。

 無線のスイッチは入っていない、他には聞かれていない。

 

「足をもらうついでに土産ももらっていくわね。サービス料ってことで」

 

 死体の手を払いのけて、少女はレバーを握る。両隣に二機。少女が機体のコントロールを奪ったことには気付かれていない。

 見せてもらった手本通りに、レバーで狙いを定める。

 

『おいおい、おふざけはや』

 

 ドドドドドドド、ドドドドドドド。斉射を二回。正面装甲に穴が開き、巨人は煙を吹いて倒れる。

 

『おまっ何を!!』

 

 もう一機が振り向いてマシンガンを向けようとしたので、撃たれる前に撃った。どうにかこうにか、背中についている斧を使おうと弄り回したら、機体の足から爆弾が飛び出して格納庫が吹き飛んで、がれきと赤いまだら模様の絨毯じみた光景になる。

 試行錯誤の結果ようやくヒートアクスを手に持つことができた。その過程であちこち吹き飛んだけれど。警報音がうるさい。

 

『き……ききき、きさまぁ! 自分が何をしたかわかっているのか!! 軍法会議にかけるまでもない、射殺してやる! 降りてこい!!』

 

 司令官が叫んでいるのがうるさいので、少女は施設にマシンガンをぶちこんで黙らせた。戦車が動き出そうとしていたので、これもマシンガンをぶちこんで止めさせた。

 指揮系統がズタズタにされ、基地の中は大混乱。もはや誰も少女を止められる者は居ない。

 

「足の分以外残しておいても仕方がないよね。追ってこられても困るし」

 

 少女は冷酷に判断して、動かないザクに四度斧を振り下ろした。二機残しておいたのは残り二人の足用だ。周りに動くものがなくなったので、コックピットを開けて死体を蹴りだす。高所から落ちた死体は地面に落ちて、無事に模様の仲間入りを果たした。

 

「さて、小隊長さんを取り戻さないとね。吹き飛んでないといいけど」

 

 ズシン、ズシン、と歩いていって、捕虜を収容している建物の屋根を持ち上げて外す。小隊長と上等兵が驚く顔がよく見えた。

 

「隊長―! 私ですー! 一緒に帰りましょうー!」

「……! …………!!」

 

 サイレンがうるさくて聞こえないので、とりあえず二人を手に乗せて、二機だけ残しておいたザクのところへ連れていく。格納庫前で寝そべっているザクのコックピットの上にそれぞれ下ろし起動方法を教えながら、邪魔をしようと出てきた歩兵たちをザクマシンガンで追い散らす。

 二機のザクが起き上がるまで三分かかった。その間も少女の乗ったザクはヒートアクスを振り回して、目につく施設を片っ端から破壊して回っていた。

 

「さあ、基地へ帰りましょう。ぐずぐずしてると敵が来ますよ」

『この戦果は勲章ものだな、過去に例のない大戦果だ。しかし、いったいどう報告したもんかな……女の子が一人で基地を壊滅させたなんて誰が信じる?』

『証人は俺たちしかいねえ。恐ろしい女だ。魔女って呼ばせてくれ』

 

 地面を鳴らしながら、三機は連邦軍の基地へ向けて走り出す。煙を上げる基地を置き去りにして。

 



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報告

「第四小隊、隊員三名、ただいま帰還いたしました!!」

「……ああ、ご苦労。よく帰ってきてくれた。偵察機からトラックの残骸を発見したと聞いた時にはダメかと思ったぞ。一度休んで、報告書を出すように……」

「報告いたします! 我々三名は敵基地を粉砕し、ザク六機を撃破、三機の鹵獲に成功いたしました!」

「…………なんだって?」

「繰り返します、我々三名は敵基地を粉砕し、ザク六機を撃破、三機の鹵獲に成功いたしました!」 

「そうか。これは夢か。夢なら目を覚まさなければな……仕事は山ほどあるのだ、寝ている場合では……ぬぐぅい!?」

「司令官殿! 衛生兵! 衛生兵!! 司令が負傷したァー!!」

 

 報告を聞いた司令官は、思わず手に持っていたペンを勢いよく自分の手に突き刺したという。医務室に運ばれて処置を受けた司令官曰く、「夢かと思ったので確かめてみたら現実だった」とのこと。

 

 怪我をしながらも、現実だと分かってからの動きは速かった。腐っても基地司令、腐っても佐官の階級は飾りではなく。直ちに偵察ヘリが飛び立ち敵基地の崩壊が事実だと確認し、基地所属の機甲部隊と工兵隊が出撃して残党を掃除して占領し、情報や物資を確保。同時に小隊長に報告書の作成命令が出された。

 さらに南米ジャブローの地球連邦軍本部にも報告を送る。十分で返事が来て、一時間で最寄りの空軍基地より、別の補給任務から帰還したばかりのミデア輸送機が、給油も済ませずに飛来。残った基地の人員総出で鹵獲したザクの格納に取り掛かった。その時間で輸送機に乗ってきた美人の女性士官と話をしようと、下心を隠した司令がのこのこ出てきたが、時間がないということで受領書の確認だけしたら追い払われた。時間がないというのは建前で、休憩なしで飛び続けて疲れてるのにエロジジイの相手なんてしていられるか、というのが本音だろう。

 

 四苦八苦しながらザクをコンテナに積み込んだら、ミデアは全速力でジャブローへ飛び立っていった。この基地で給油をしないのは、道中で空中給油機がスタンバイしているらしい。

 輸送計画であれ何であれ、本来であれば諸々手順と承認を踏んで行われるものだが、本部の特権で特例として事後承認とすることで、例外的な速さでことが進んだ。過去に例のない特急便だ、ここまで急ぐ理由は現在の戦況にある。

 

 ジオン公国が地球連邦に対して宣戦布告してから二か月、北米にジオン軍が降下したのが一週間前で、その極めて短い期間で西海岸を奪われている。圧倒的な大敗だ。しかも負けはここに限ったことではなく、アフリカ、オセアニア、アジアとどこもかしこも占領されている。欧州は鉱山地帯のオデッサを取られ、あとの地域は占領地の足場固めを優先して攻撃されていないだけ。見逃されているだけだ。攻略戦を再開すれば風に吹かれたろうそくのように、あっけなく消え去るだろう。

 そんな中でジオンの電撃作戦成功の一翼を担う、主力兵器ザクを入手した。しかも無傷で、三機も。嵐の海で灯台を見出したようなものだ。前例主義や規則などかなぐり捨てて飛びつきもする。

 

 ザクを載せたミデア輸送機がジャブローへ向けて飛んでいくころ、この大戦果を作り出した小隊長は報告書の作成をどうするかで頭を抱えていた……ザク三機の鹵獲、他六機と戦車複数台の撃破。基地の破壊。捕虜の救出。これらの戦果は、すべてレオナ二等兵によるもののためだ。わずか14歳の少女が一人でやらかしたことだと、事実をそのまま書いたところでいったい誰が信じてくれるものか。

 そうは言っても報告書に虚偽を書くわけにはいかないので、隊長は二等兵に聴取を行いながら徹夜で書き込んだ……事実をありのままに書いた書類は、こんなふざけたことが現実にあるか、あってたまるかと基地司令に突き返され、三度にわたるリテイク命令で原型を失った代わりに、「幼女が一人で基地を壊滅させた」よりはマシな程度にリアリティが備わった報告書が出来上がった。

 

 内容は、ザクにトラックをやられた後、二等兵をおとりに基地に侵入、その後隊長と上等兵がアクション映画も真っ青な大立ち回りでばったばったと敵兵をなぎ倒して回りザクを入手、そのザクで基地を破壊して凱旋。血まみれのコックピットの説明はない。

 基地司令がジャブローからお叱りの電話をいただき、オリジナルの報告書を提出してもう一度電話越しに怒鳴られたのは言うまでもない。これが現実なんですと叫ぶ司令に、そんなわけあってたまるかバカヤロウと叫ぶ偉い人。一時間ほど同じやりとりを繰り返し、しまいには司令が心労で泣き出して、いったん事実として扱うことになった。

 

 三日ほど時は飛んで、この報告書には軍上層部も頭を抱えた。報告書を読んだ誰もが信じられないとデスクを叩いて叫ぶが、過程がどうあれ現実に戦果・結果が存在するのだ。技術部から送られてきたザクのレポートがデスクの上に積み重なり、これが現実だといやというほど教えてくれる。事実なのだ。評価をしないわけにはいかないのだ。書類から逃げるな。

 

 ……第四小隊の三人をどうするか、という話題でも大いに荒れた。戦果に値する勲章を与え、それに合わせて昇進も行うことは確定した。問題はそのあとについて。報告にあった、航空偵察の情報が誤っていたという点はまず見逃しがたい。基地の書類をひっくり返して調査する必要がある。14歳の二等兵についてもだ。それが色仕掛けを駆使して基地を一人で壊滅させた? 馬鹿じゃねえの? と会議室に座る誰もが考えて、言葉を選んで口に出した。

 ただ、それが事実だと報告が来ているのだから、ひとまず事実として扱おうということになった。だが彼女はどこから湧いてきたのか。書類では出撃の三日前に二等兵として配属されたとあるが、義勇兵を受け入れた記録はない。そもそも14歳は兵士として受け入れられないはずだ。民間人を基地に連れ込んでいたのなら、それは重大な問題だ。スパイが入り放題ではないか。もしや彼女はスパイではないか。尋問が必要だろう。まだ子供だぞ、そんなわけがないだろう。どこの世界に基地を一人で壊滅させる子供が居るのかね。少女を基地に連れ込んで一体何をしていたのか、調査する必要があるな。場合によっては佐官が一人飛ぶかもしれん。

 やいのやいの。わいわいがやがや。

 

 …………大変にぎやかな会議であったが、実りは少なかった。とりあえず三人をジャブローへと呼び出すことだけは決定したので、三人の到着までまた戦略会議と並行して処遇を話し合った。

 連邦軍星条勲章を授与されることとなり、隊長は中尉から大尉に。上等兵は軍曹に二階級特進、二等兵も上等兵に二階級特進……二等兵のみ後日もう一階級昇進で、伍長となる。

 

 開発部に送られたザクはネジの一本に至るまで分解され研究し尽されて用済みになった後、そのザクはエリートパイロット率いる部隊へ送られて、変装した兵士による戦線の後方攪乱と、MSの戦術的運用の研究に役立てられることとなるのはまた別の話だ。

 



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配属希望

 街の娼婦から連邦軍の備品となり。備品扱いから二等兵になり、二等兵から伍長にまでランクアップしてしまった少女だが、彼女の興味は勲章や階級にはなかった。

 彼女は正直なところ、二等兵のままでもよかったのだ。理由もなく殴られない環境。決まった時間に出るまともな食事。ちゃんとした寝床。はした金のために男に股を開かなくてよくなった、それだけで満足だった。

 満足だったのだが、ジャブロー行きの輸送機に乗って生まれて初めて空を飛び、窓から見下ろすその景色に見とれてしまった。もっと空を飛びたいと願ってしまった。

 そして、勲章を受け取る場でこう漏らした。『空軍に入りたいです』と。

 ルールもマナーも知らない故のやらかし。狙ったわけではないが直談判という形になる。しかもよりによって話した相手がレビル将軍。その他将官たちと大勢の兵士が見ている前である。

 

 兵士たちに威厳を見せようと厳めしい顔を保っていたお歴々もこれには面食らった、まさかこんな場所でそんなことを言うなんて、誰も予想していなかったものだ。しかもそれほど無茶な要求でもない。戦艦に乗りたいとか試作MSをよこせとかもっと階級を上げろとか、そういったものでもなく、戦果に対してみれば非常に、あまりにもささやかな要求だったために、一部の人間は笑うのをこらえていた。

 

「……よろしい。君の願いについては検討しよう」

 

 もちろんこの後、華やかな戦果を挙げた英雄のささやかな要求について、空軍からは大量の陳情を食らい承認せざるを得なかった。

 年齢はともかく、貴重な対モビルスーツ戦闘経験と、それを行う度胸を併せ持ったパイロットはぜひとも欲しいと。特に現在はミノフスキー粒子のせいで従来の誘導兵器が使用できないために、輸送任務以外では戦果がほとんどない状態だ。一方陸軍は被害こそ大きいが、敵にもしっかり被害を与えている。今回もザクを6機撃破、3機鹵獲した。陸軍ばかりに血を流させてはいけない、俺たちもジオンを殴らないと、という声は多い。

 

「まだ14歳だぞ」という偉いさんたちに、「あの基地の連中が14歳にナニをさせてたか知ってるか。俺たちは知ってるぞ」と情報提供という名の脅しをかけて引っ張ってきたのは輸送部隊。そもそも年齢や性別や経験は関係ない。エースパイロットでも兵士になる前はただの人間だ。ただの人間を殺人マッスィーンに変えるのが教育と訓練だ。まして素養がある。芽はきっと出るはずだ、と教導隊とアグレッサーは目をギラつかせて書類をにらんでいた。最悪芽が出なくとも、勲章持ちが居るだけで現場の士気は上がる、と判断して空軍少将は許可を出した。

 

 

 

 なお、勲章を授与された他二名に関しては、勲章授与式の最中に元居た基地がジオン軍MS部隊の襲撃を受けて壊滅したため、小隊長はモビルスーツ運用研究に持っていかれ。もう片方はレオナ上等兵に引っ張られる形で空軍へ転属となった。

 

 それから一か月。4月のことである。空軍学校に叩き込まれた少女はパイロットとして必要なことを座学でみっちり、徹底的に脳に刻み込まれ、詰め切れない部分の補助として軍曹が付いた。義務教育さえ受けていない少女に空を飛ばすのはあまりにも危険だったが、現在連邦軍で一番ザクを多く狩っているエース様が早く飛びたいと言うので仕方なく、複座の練習機に乗って飛び立った。もちろん教官が後ろに乗って。

 少女は一つ一つ教わったことを確かめるように機体を動かし、機体の動かし方に慣れてきたらご機嫌になり、笑いながら教本にあったマニューバを連続で取り始める。

 その動きたるや、教官も歯を食いしばって耐えるのがやっとというほど。しかし少女はGに耐えながら笑っている。教官は肉体改造でもされているのかと心配して、着陸後に健康診断と称して詳細な肉体検査を行ったが、どこにも手を加えられていない天然物の肉体であった。少し内臓に、主に子宮にダメージを負った痕跡はあったが、それ以外は全くの健康体。疲れも見せず、むしろまだ飛べる、まだ飛びたいと教導隊に頼み込むほど。よほど空がお気に召したらしい。

 

 さて、そんな彼女のことはさておき、なかなか戦果の上がらない空軍はついにザクに対してようやく効果のある新兵器……というべきか、現行兵器の改良版というべきか劣化版というべきか……を量産し、戦線へ投入し、連邦軍はジオンへの本格的な反撃に打って出た。

 その兵器の名はデプロッグ。巨大な機体に分厚い装甲、強力なエンジン。自衛用の対空レーザー砲に大量の無誘導爆弾を積んだ重爆撃機である。

 丈夫な箱に爆弾をたくさん積めこんで羽をつけた。その洗練されたシンプルすぎるデザインは、博物館から引っ張ってきた、という噂が流れるほど。実際使われているのは古い技術ばかりで、目新しいものは何もないためその噂は間違いではない。生産コストも低く、建造のためのノウハウも旧世紀以前より蓄積されていたため、生産速度も良好であった。

 

 逆に先端技術をふんだんに使った最新鋭の爆撃機は、仕事をするのに十分な程度の威力の爆弾を、精密誘導でターゲットに直撃させるというスマートなやり口であったためミノフスキー粒子のせいで全て台無しになったので大半は倉庫行きとなってしまった。古き良き「大量生産・大量消費」の時代に逆戻りしてしまったのだ。

 

 ジオンの主兵力はモビルスーツ・ザクだ。ザクはいくら強かろうが空を飛べない。空から見れば大きな歩兵でしかない。倒せる装備さえ整えば爆撃機のおやつでしかなかった。

 デプロッグがヨーロッパ戦線に大量投入されると、連邦軍はようやく戦線を維持することができるようになった。なにせ相手もミノフスキー粒子のせいで誘導兵器を使えない。ザクの兵器は、威力こそ絶大だが射程はそれほどでもなく、航空機に命中させるには圧倒的に射程距離が足りなかった。届いたところで威力は減衰し、装甲に弾かれる、そもそも遠すぎてろくに当たらない……もっともそれは爆弾も同じだが、連邦軍はこれを「一発の爆弾で倒せないなら百発の爆弾を落とせばよい」とごり押しで解決した。

 ミノフスキー粒子は散布濃度が高ければ、電波だけでなく光まで散乱させてしまう。その中で高高度から落とされる無誘導爆弾、その命中率は非常に低いものだった。

 しかし、レーダーがぼやけて見えるところには敵が居るのだ。確実に。ならそこを絨毯爆撃で制圧すればよいと指揮官は考え、かつての米軍のようにトン単位で爆弾を降らすことで精度を補うことにした。

 

 爆撃機編隊の数の暴力によるジオン地上軍への打撃力はすさまじいものがあった。一発一発が地面に小さなクレーターを作るような強力な爆弾である。それが雨あられと降り注ぐのだ。直撃すればただでは済まないし、直撃しなくても至近距離で十、二十と爆風と破片を食らえばザクもスクラップだ。撃墜されずとも確実にどこかがイカれる。そして耕された大地を戦車が群れを成して進み、壊れて動きの鈍ったザクに近寄って袋叩きにする。空から降り注ぐ爆弾の雨と、追撃の戦車部隊にジオン軍はじわじわと押し込まれ、ついに重力戦線は少しずつ連邦有利に傾いていった。

 

 

 もちろんジオンも爆撃機の登場は想定済みで、地上に補充部隊を降下させ、地上でもモビルスーツの生産を開始。さらに空中戦力を排除するための兵器を投入した。水面で羽を広げたアヒルのようなシルエットの戦闘機ドップと、その母艦となる空中空母、ガウ級攻撃空母のセットだ。前者は強力なエンジンと大口径の機関砲、ミサイルを積み。後者はモビルスーツの輸送も、ドップの空中収容・補給も爆撃もでき、さらには自衛用にメガ粒子砲まで積んだ巨大な空中母艦である。後者は欲張りすぎて航空機としての性能は低いが、移動拠点としては申し分なかった。

 しかし、宇宙世紀以前の戦争で積み重ねた戦闘教本がある連邦空軍と、それがなく一から空中戦のノウハウを得なければならないジオン空軍。さらにはミノフスキー粒子による妨害で誘導兵器も通信も封じられた状態で、兵器の性能は拮抗している。パイロットの練度と運用に差があっては、地上戦ほどの戦果は得られないのは仕方がないことであった。

 欧州戦線のジオン軍はやはり、じりじりと押し返されるようになる。

 一方大陸を挟んで太平洋。ハワイは高速のステルス偵察機でミノフスキー粒子が撒かれる前に情報を入手。その情報をもとに、戦闘爆撃機フライマンタとTINコッドで食糧庫を集中的に爆撃。コロニー落としで発生した津波を被ったハワイの土地に食料生産能力はなく、外部からの供給がなければ飢えるばかり。連邦軍はさらに潜水艦による海洋封鎖と全力の無線封鎖を実施して、結果、ハワイ諸島はかつての飢島となり、その後制圧された。もちろん民間人も巻き込まれたが。

 卑怯・卑劣・非道な戦術だが、戦争とは真面目にやればやるほどに非道に走るものだ、と作戦を提案した将校はつぶやいた。そもそも非道といえばジオンである。彼らは一体何人の人間を殺したのか。しかも死者の大半は民間人だ。死者が多すぎて未だに正確な数が把握できていないが、それでも億はくだらない。コロニー落としの影響で地球は寒冷化し、食料の生産に大きな影響が出るという計算が出ている。死者はこれからも増える一方だろう。

 ジオン兵は少々苦しんで死んでもそれは当然、自業自得、むしろ彼らの罪に比べれば軽すぎる……アースノイドの大半はそう考えて、ジオンを憎んでいた。なにせ全地球人が何かしらの形で、大なり小なり被害を被っているのだから。

 スペースノイドも、連邦政府による圧政と搾取への反逆とはいえ、やり口があまりにも過激すぎたのでは、やりすぎなのではと疑問を抱く者は少なくなかった。

 

 

 いくらきれいごとを抜かそうが、いくら時代が変わろうが、戦争になれば民間人が一番被害を被るのは変わらないことだった。

 



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実戦配備

 5月。欧州戦線にて空飛ぶザクが目撃されたという噂が起こる。そんな馬鹿な、ザクが空を飛ぶなどあり得ん、空挺降下の見間違いではないか、というのが連邦軍上層部の意見だったが、実際に5月に入ってからというもの、デプロッグの撃墜数が顕著に増加していた。

 主に被害を受けていたのは、自衛用レーザー砲でも十分ドップを落とせると油断して、護衛戦闘機を連れずに飛んでいた部隊だ。

 撃墜された機体を回収し調査したところ、噂が現実のものだと裏付けるいくつもの重要な証拠が発見された。ほぼ水平位置からザクのマシンガンを受けていたこと、パイロットの音声ログに「飛行機の上にザクが乗っている」と残されていたこと、そして何より、ひらべったい飛行機の上にザクが乗っている姿が写真に収められていたことより、それが事実であることが判明した。連邦軍はこれをゲタとゲタ履きと呼称することとなった。なおジオン軍の正式名称はドダイYSである。

 

 また同時期、連邦軍にも新兵器が産声を上げていた。V計画の産物で、新型戦闘機もロールアウトした。コア・ファイターと呼ばれる小型戦闘機である。ルナ・チタニウム合金製の装甲に強力なエンジン、高性能なコンピューターを装備していたが、武装が対空ミサイルと貧弱なバルカンのみで生産価格の割には人気がなかった。

 あくまで開発中のモビルスーツの脱出装置という評価で、後に強化用パッケージのコア・ブースターが発表されるまで空軍には見向きもされず、空軍の兵器開発もしっかりしてくれと要請が出るのみであった。しかし連邦軍本部はモビルスーツ開発にリソースを集中していることと、セイバーフィッシュで敵の航空戦力に十分対抗できていることからこれを却下。ただし武装のアップグレードは行うことは検討した。

 結果、空軍はいましばらくセイバーフィッシュで戦うこととなる。

 

 一方少女は速成教育を終えて、戦闘機パイロットとして欧州戦線へ参戦した。与えられた機体はセイバーフィッシュ。主な任務は制空権の確保・爆撃機の護衛・地上への航空支援の三つ。

 そしてドダイを最初に撃破したのはレオナ伍長だった。遭遇したのは初陣。爆撃機の護衛中のこと。爆撃機狙いのドップ相手にノーロックミサイルをぶち当てて叩き落していたところへ、三機で一個小隊を組み、低空から急上昇してきたゲタ履きザクと遭遇したのだ。

出会い頭に撃ち込まれたザクマシンガンの射線を回避しつつ、バルカン砲で反撃するもザクの装甲に阻まれて有効打にならず。仕方がないので下に回り込んでゲタを機銃で撃ち落とした。足を失ったザクはそのまま地面に向かって墜落。

 それからゲタは脆いぞと僚機に伝えて、一度高度を下げて、もう一度アプローチ。動きの鈍いドダイの下側へ回り込み、隙だらけの腹に向けてバルカン砲を撃ち込んで追加で一機ゲタ履きを撃破した。

 

 

 

 初出撃以降、少女のキルカウントは大きく増えた。ドップにドダイ、マゼラアタック。そしてザクも。ゲタに乗ったザクを地面にたたき落としただけではない。地面にいるザクも撃破している。

 

 地上のザクの最初のキルは、ミノフスキー粒子が濃く通信不良の中で飛行中、地上にザクが見えたので一気に急降下して対艦ミサイルを直撃させて、撃墜してしまったことから始まった。癖になったのだ。それからは対艦ミサイルよりも安く、威力もあり、外しても損傷を与えやすい大型爆弾に換装して何度も何度も急降下爆撃を行っている。大きな陸上戦闘艇のようなものも一つ仕留めて勲章をもらった。

 以降は彼女と整備兵との会話である。

 

「なんでセイバーフィッシュに爆弾を満載してるんですか? 戦闘機ですよね?」

「それはね。ザクをぶち殺すためだよ」

「なんでセイバーフィッシュでザクをぶち殺せるんですか? 戦車でも苦戦する装甲なんですよ?」

「それはね。持って行った爆弾を脳天からぶちこめば死ぬからだよ」

「なんでロックオンできないのに当たるんですか?」

「それはね。あたる距離まで急降下で一気に近づいて放り出すからだよ」

 

 古き良き戦法、ナチスドイツ空軍が誇る急降下爆撃である。技術の発展により、より小型で、より高威力な爆弾が開発されているため、直撃で、かつ当たり所が良ければザクを撃破することも可能となったのだ。なおデプロッグはこれをグロス単位で投下する。

 

「WW2かよ。何年前の戦術だ、頭おかしいんじゃねえの」

「人殺しの手助けをしてるのに、自分はまだ正気のつもりなの?」

 

 この後に少しばかり口論となり、二人して飛行基地司令に怒られるなど。少々問題はあったが、実際に戦果が上がっており、真似をしてしまう隊員も増えたため真面目に戦術として研究が行われることとなる。試験的に急降下爆撃中隊……ではないが、セイバーフィッシュによる対地攻撃部隊が編成された。

 重爆撃機侵入前に低高度から戦域へ侵入し、使い捨てのロケット砲や爆弾で対空火器とゲタを速やかに排除。可能ならばザクなどモビルスーツも攻撃し、使用後はパージして上昇。以降は軽量化した機体の運動性能とバルカン砲、AAMで制空権を確保する、という運用がなされた。

 が、この部隊は一か月ほどで解散させられることとなる。解散理由は『危険だから』。

 戦果を挙げることには成功したが、敵が対応に慣れると反撃を行うようになり、攻撃時に高度を下げることで被弾することが増えた。撃墜こそされていないが、これ以上続けてはその危険も出てくるのではないか、と議論が起こった結果だ。連邦軍は「ジオンに兵なし」と笑った。しかし連邦軍とて余裕があるわけではない。ジオンに好き放題やられて「連邦に兵なし」と言われては笑えない。実際地面と宇宙はそうなりつつある。空軍は戦果よりも優秀なパイロットを失うリスクを取ったのだ。

 

 では対空砲は放置していいのかと言うと、対空攻撃による爆撃機の損耗率は低く、装甲で対空攻撃を耐えながら爆弾を落としても問題ないと上層部は判断した。現場パイロットからは不評だったが。

 ミノフスキー粒子のせいで正確な対空射撃ができないがために、ジオンは航空機相手に苦戦しているのだ。しかしだからといってミノフスキー粒子を使わなければ、レーダーを使用した精密爆撃が可能になるので、連邦以上にジオンの被害も増える。ジオン地上軍はどうしようもなかった。

 損傷した機体は後方へ送り修理して、パイロットには後方から送られてきた補修済みの機体に乗って出撃してもらうことで、連邦軍は前線に張り付く戦力を維持し続けた。

 

 なお、ゲタについてはザクという超重量物を載せて飛んでいるだけあり運動性能が劣悪、おまけに装甲も薄く、鈍重な爆撃機はともかく戦闘機隊にとってはさほど脅威ではなかった。

ほとんどは爆撃機に近づくことさえできず護衛戦闘機隊によって叩き落されるため、脅威度はドップより低く設定された。ゲタによる被害は空軍よりも陸軍のほうが大きかったりする。

 空と陸では速度の基準が違う。空にとっては鈍足きわまる時速200キロでも、陸戦兵器には極めて速い部類に入る。低空飛行で地形を無視し、爆撃を掻い潜っての急襲をかけられ、陣地の後ろを取られてザクが降下。その後にゲタからの対地攻撃とザクの地上掃射を受ければ、戦車隊には辛いものがあった……かといって爆撃機隊から戦闘機を外せば、今度はドップに襲われる。

 このように空は連邦優勢で、地上はジオン優勢という状態がしばらく続いた。戦線は膠着し、一進一退の攻防が続く。

 

 開戦から半年。7月に至ってもまだ、ジオンと連邦はお互いに大量の血を流しながら戦争を続けていた。

 その中でレオナ伍長は快調にスコアを伸ばし続けて、かなり好き放題やっていた。禁止されている急降下爆撃でザクを山ほど撃破して、戦果報告をせずに撃墜者不明のザクがやたらと増えたり。地上部隊から守護天使と呼ばれて爆弾の矢を番えたキューピットのエンブレムを贈られたり。翼端をオレンジに塗られて、夕焼けの色、あるいは地獄の炎の色をパーソナルカラーとされたり。

 対地用の爆弾を的がでかいからとガウに当てて撃破して、また勲章をもらったり。

 14歳で最年少エースパイロット・兼撃墜王扱いされたり。

 あとは『ジオンのプロパガンダ放送で〈連邦軍は子供を戦わせている〉と流されて、市民から抗議の声が上がってるから飛ぶのやめて広報部に入らない? 勲章あげるからさあ』と太った狸じみた将校に言われて『二度と私に飛ぶな、と命令しないのであれば勲章を受け取ります』と返して、受勲の機会を逃した。やり取りを見ていた基地司令は真っ青な顔をしていた。話を盗み聞きした前線部隊からは猛抗議が上がった。

 

 

 

 一方宇宙では地球とは違って重力がないため、MSも戦闘機も同じ土俵で戦わざるを得なくなり、火力と装甲の差で連邦はぼろ負けしていた。ジオンはザクの改良型をどんどん送りこんできているのに、連邦宇宙軍はルウムの敗戦の損害を埋めきれず、装備のアップデートも追い付かず、重要拠点とその宙域を押さえるので精いっぱい。たまに奇襲攻撃を試みてはその都度返り討ちにされる、という醜態を晒していた。

 重要なエリアを奪われずに踏みとどまっているだけ頑張っている、ともとれるが。

 

 

 そして7月。ついに連邦軍のモビルスーツのプロトタイプ一号が完成。各地でプロトタイプをベースにした量産型が生産され始める。その頃には伍長は従軍してから半年が経った。撃墜数をザクだけで50に迫る勢いで増やし、軍曹へと昇進し、備品扱いの少女の娼婦は立派な撃墜王に生まれ変わった。後部座席で副操縦士という名の索敵担当をしていたシグ伍長も併せて昇進した。

 その戦績から新兵器、コア・ブースターのテストパイロットに選ばれて、実戦へ出撃。急降下爆撃の機動を取り、爆弾ではなく新型のビーム・キャノンでザクを撃ちぬいてからの急上昇…………で、負荷に耐え切れずファイターとブースターの継ぎ目が折れて操舵不能に。それでもなんとか副操縦士の機転で連邦軍の勢力方面に向けてブースターを吹かして、緊急通信で回収部隊を配置させ胴体着陸…………岩にぶつかり木をへし折り、数百メートルにわたって滑って停止。少々の骨折と打ち身で済んだのは幸運によるではなく、ファイター部分の異常なまでの頑丈さによるものであった。

 この後メーカーには撃墜王を殺すところだったと猛抗議が行き、パイロット二名にはお詫びの札束が山のように届いた。使う暇も、使う場所もありはしないのでほとんどは戦災復興のために寄付をした。

 結果ブースター計画は問題ありとして少し遅れることとなる。もうしばらくセイバーフィッシュの酷使は続くらしい。

 

 

 さらに一か月。治療を済ませた二人組が廊下を歩く。

 

「軍隊っていうのは意外といいところなのかしら。昔よりもずっと気分がいいわ」

「そう思うのはお前がおかしいからだよ。普通の人間には耐えられん」

 

 怪我をすればきちんとした施設で手厚い治療を受けられる。

 勲章をぶら下げて廊下を歩けば畏敬の念を込めて敬礼をされる。

 近接航空支援で助けた戦車部隊からの礼状が部屋にぶら下げられる。

 誰にも見下されることがない。誰からも敬意を示される。

 誰もが自分を必要とする。自分の体ではなく、自分の能力を求めている。

 半年前までは誰からも見下され、虐げられるばかりの生活をしていたときからは考えられない。

 かつてない充足感を覚えながら、少女は問題点を改良したというコア・ブースター実験機2号と向き合う。急降下爆撃に使うんじゃない、Gでつぶれるぞと言われたが知ったことではない。少女にとっては自分の体よりも、いかに多く殺すかが大事なのだった。

 

 



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撃墜王の休暇

「最近の地上軍はどうだ。盛り返してきているそうじゃないか」

「ああ。まだ一部だが、モビルスーツが配備され始めたらしい。これでようやくジオンと同じリングに立てるってもんよ……」

「手元にあれば、だがな。早く俺たちの分も来ないかねえ。そうすりゃ空の天使様にも恩を返せるのに」

「まだテスト中で量産には時間がかかる。一般部隊への配備は当分先になるだろう」

「当分って何か月ですかー。それまで61式で戦えって? 無茶言いやがる。空には新型機が飛んでるのに、地面をはい回ってる俺たちには何もなしってのは納得いかねえなぁ。いつまでザクに好き放題やられりゃいいんだか」

「ザク単体ならまだなんとかなるが、下駄履きが戦車泣かせだ。あれはきつい。飛んでるのは撃ち落とせないし、前と後ろの両方に降りられたらもうどうしようもねえ。天使様が助けてくれなかったら俺たち今頃ここに居ないぜ」

「あまり頼りすぎるなよ。特に、今の天使さまは休暇中なんだから」

 

 陸軍からも空軍からも天使さまと呼ばれているのは、短く切った金髪の美しい、生ける

伝説と化したまだ14歳の少女のパイロット。

 伝説の始まりは北米戦線。小隊がザクの奇襲により全滅して、三人生き残った全員が捕虜となった後、どうにか機転を利かせてザクを奪い、一人で6機のザクを撃破して3機のザクを鹵獲、さらに基地を一つ壊滅させたことで勲章を受け、本人の希望で空軍に転属。それ以降はセイバーフィッシュに乗ってドップを落としてゲタを落として爆撃機を落としてザクを落として陸上戦艦を落として……一々戦果を数えていないため、もう何機落としたかわからないらしい。噂では三桁に突入しているとかいないとか。

 ともかく、彼女がジオンに与えた損害は計り知れない。捕虜が言うには、ジオン人民最大の敵とまで呼ばれているらしい。落とせば勲章だからと狙ったはいいが、対地攻撃の片手間で撃墜された、と。

 そこへさらにビーム兵器を搭載した新型機を受領してからは鬼に金棒。呂布に赤兎馬。機体を気に入ったのか武器を気に入ったのか。弾切れまで飛んで、基地に帰って補給して出撃、また弾切れまで飛んで、帰って補給して出撃。通常のパイロットの三倍は出撃するもので、しかも新型機なので専用の弾と燃料の輸送が間に合わなくなり、今は短いながらに休暇を与えられている。天使が不在で困るかというと、消費した物資の分敵も消えているのであまり困らなかったりする。

 戦況に劇的な変化はないが、ジオンの出血は着々と増え続けている。

 

「でー……いつになったら私は飛べるの?」

「君はしばらく地上で待機だよ。君の操縦記録を学習させたコア・ファイターを本部に運んで、データをコピーして、量産機に活かさなければいけない。出撃は戻ってきてからになるねぇ」

「それは何日後?」

「さあねえ……片道三日で往復一週間。メンテナンスとデータ取りに何日かかるかわからないが、少なくとも半月は下らないかね。幸い戦線は安定している。君が出なくても大丈夫だろう」

「じゃあセイバーフィッシュでいいから出撃させて。私が飛ばないと死ぬ人が増える」

「残念だが。今はこの基地の航空機に予備はないのだよ。それに、新型機から急に旧型機に戻すのは危険だからね。それに、ここしばらくろくに休んでいないそうじゃないか、兵士といっても時には休まなければならない。優秀なパイロットに疲労で墜落なんてされた方が、連邦軍にとっては大きな損失になる」

「……」

「確かに、君の一時の不在で死ぬ兵士も出るかもしれない。しかし、君の戦闘データを反映した機体が量産されれば、我々の戦力は向上し、君一人が戦い続けるよりも多くの連邦兵が救われる。わかるかね」

 

 基地の食堂の隅で、肥満体の将校に甘いものを奢られ、手玉に取られる天使の姿があった。祖父と孫といった歳の差だが。姿は全く似ていないし、会話の内容も家族でするものではない。

 

「休暇中だって? えらいさんの相手は仕事じゃねえの」

「体は休まるだろ。心はどうか知らんがな」

「地上でのんびりよりも、空を飛んでジオンをぶっ殺してる方が落ち着くみたいだな。あれじゃ兵士ってより兵器だ」

「おい、いくらなんでも言い過ぎだろ」

「いやいや、アレでいいんだよ。教官が見たら絶対、『なんて完璧な兵士だ、俺は感動した』って感動で泣くぜ?」

「俺たちを見たら『あんな子供に負けるほど情けない育て方をした覚えはない。蛆虫から鍛えなおしてやる』って怒りそうだな」

「怒りのあまり墓の下から這い出てきたら笑えるな」

「……まあ、子供には負けてられんな。よし、訓練するぞ! 昼からはモビルスーツのシミュレーターを使おう!」

 

 モビルスーツは届いていないが、シミュレーターだけは先に各基地に届けられている。モビルスーツを前線へ配備して、いきなりパイロットを乗せても、モビルスーツの運用はジオンに一日の長がある。空での連邦対ジオンの力関係がそのまま逆転して、いいカモになるだけだ。しかし、あらかじめシミュレーターで訓練を積んでおけば、損害も軽くなるだろうという本部の計らいである。

 なお、登場するエネミーには天使さまが捕獲したザクのデータが使われている模様。

 

「シミュレーターだけ先に届いてもなぁ。俺たち戦車乗りだぜ?」

「他の連中より多めに訓練して慣れておけば、モビルスーツが届いたときに一番に乗れるかもしれないだろう。やっとく分得だ」

 

 和気藹々の分隊たちを他所に。将校と少女のにらみ合いは続く。にらんでいるのは少女だけで、将校のほうはどこ吹く風だが。日頃相手している顔ぶれを思えば、本当に駄々をこねる孫を相手しているくらいの、軽い気分なのかもしれない。

 そんな将校の考えだが……少女の戦果は正しく評価している。エースパイロットというのは確かに軍隊の華であり、そこに居れば兵の士気は上がる。うまく使えば敵の目を惹くこともできる。

 だが、うっかり落ちようものならこれ幸いと敵に宣伝され、味方の士気は劇的に下がる。ただでさえ、今はモビルスーツの量産まで時間を稼がなければいけない時期なのだ。押し込まれてはたまらない。だが今は押さなくてもいい。維持するだけでいい。既存の兵器をうまく運用して戦線を拮抗させ、量産した新兵器<モビルスーツ>を大量投入し一気に押し込み、分断の後に各個粉砕する。それがジャブローの考えている地上でのプランだ。

 だからこうして、もっともらしい理由を使って少女から機体を没収し、地面に引きずりおろした。時期が来れば、戦線を押し上げるエースパイロットとしてまた空を飛んでもらう。

 戦うこと以外は男を誘惑するしか能のない少女が、百戦錬磨のモグラにかなうはずがなく。不満に思いながらも反撃することはできなかった。まさに手も足も出ない、といった感じであった。

 

 なお、隅のほうで話を聞いていた基地の司令はいつもどおり胃痛に悩まされていた。

 



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グフなんて居なかった

 ええい、連邦軍のモビルスーツは化け物か! と、宇宙で誰かが言った頃、地球ではジオン軍のモビルスーツは化け物か! という悲鳴があちこちで聞こえていた。ザクよりも耐久力が高く、下駄履きほどではないが速度が速く、腕のいいパイロットなら爆撃を耐えながら強引に突破して機甲部隊に奇襲をかけることもできる、モビルスーツ・ドムが登場したのだ。

ドムはザク同様マシンガンとバズーカを主装備としていたが、マシンガンは小口径化され、高速徹甲弾をメインにしたことで貫通力を落とさず長射程化と命中率の向上に成功。低空を飛ぶ航空機への脅威を増した。バズーカはザクのそれよりも大口径、大威力に。ザクのヒート・アックスよりも取り回しの良いヒート・サーベルどれ一つとっても戦車には明らかなオーバーキルで、いずれ来るモビルスーツ戦を想定した装備であることは間違いなかった。

 前線に配備された数は、新型モビルスーツ故に少ないものの、それでも少なくない部隊がドムの犠牲となった。また、機動性を活かし少数精鋭が夜間に活動することで、空の目から逃れて前線の指揮系統への打撃を試みることもできた。

 夜間攻撃の成功率と、妨害の失敗率との差が生まれた原因は、地球生まれ地球育ちの連邦軍と、宇宙生まれ宇宙育ちとの、暗闇への適応性にあった。宇宙には上下も昼も夜もない、時間の感覚すらあいまいになる漆黒の無重力が常にある。その暗闇に慣らされたジオン公国軍兵士たちにとって、重力という確かな方角を感じながら夜間に行動することの障害は、地理的要因を除けばほとんどなかった。

 さらにミノフスキー粒子影響下での夜間飛行は極めて困難かつ危険であり、攻撃効果もさほど期待できないことから、連邦軍は偵察機を含め飛行機を夜間に飛ばすことはほとんどなかった。ジオン軍は巧妙にその隙を突いたのだ。

 一方連邦もタダではやられない。宇宙世紀以前から積み重ねてできた死体の地層から、最適な対策をはじき出した。通信ケーブルと中継器を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、隠密性の高い歩兵たちの目視観測で襲撃を察知し、ミノフスキー粒子に影響されない有線通信で情報を共有し、人員と物資を非難させることで被害を軽減させることに成功する。結果、施設に被害は出ても人的被害はほとんどないという状態になる。

 むしろ小規模な拠点を分散して置き、それらを釣り餌にして部隊を引き寄せ、大口径の重砲とロケット砲の集中砲火を行うことで撃破・撃退に成功している。砲兵による計算された砲弾の雨が奇襲部隊に降り注いだのだ。海が近い場所では戦艦による艦砲射撃まで利用した。装甲のせいで一発二発は耐えられる、なら百発の砲弾を叩き込めばどうなるか、という空軍と同じ圧倒的力押しであった。

 それでも重装甲とホバーによる高機動で逃げ回るドム相手では撃墜数が伸びず、手痛い損傷は与えても取り逃すことが多かった。ただしパイロットは視界を埋め尽くす爆炎と、装甲越しに押し寄せる死の音がトラウマになり再起不能になることもあった模様。

 ジオンは数度にわたる夜襲で得られた成果と、失った機体とパイロットを天秤にかけた結果、どちらも割に合っているとは言えず、夜襲作戦は一か月とせず打ち切られることになった。

 兵士たちの血でぬかるんだ大地の上で、戦争はまだ続く。欧州はエースパイロットの活躍もあり、『地上のぼっけもんが、こどんにまくったー恥ずかしか!! おいは生きておられんごっ!』と士気旺盛でなんとか耐えしのいでいたものの、北米はとっくの昔にジオン軍の手に落ちていた。ジオンは3月に西海岸の工業地帯に降下して以降、モビルスーツを生産し続け連邦軍をじりじりと押し続け、ついには大陸の北半分を手中に収めた。

 連邦軍はジャブローから爆撃機隊と戦車部隊を増援で送り続けるも、アメリカ大陸は広く、戦線を維持し続けるのは困難。特にパナマを水陸両用モビルスーツで襲撃されて以降は増援の派遣も難しくなり、戦線の整理という名の後退を続けていた。

 連邦が一度は取り返したハワイも、パナマを襲撃したジオンの水中戦力により、連邦がやった海上封鎖をそのままやり返されて、取り返された。以降海岸沿いはジオンの水中戦力による攻撃に悩まされることとなる。

 

 

 だが、連邦軍は臥薪嘗胆。データを収集し、工場を秘匿し、前線へ一気に投入するのに十分な数のモビルスーツが揃うまで耐えに耐え続けた。

 

 そのころ撃墜王はというと。

 

「どうして私はまだ地上に居るんですか。しかも敵地のど真ん中に」

 

 連邦軍の工作員に連れられて、ドレスを着せられて北米のとある都市に居た。

 

「容姿が大変に魅力的であること。それを自覚して、武器として使ってジオンの基地を丸ごと一つ潰したこと。聞いたときからずっと諜報部にスカウトしたいと思っていたのですよ。14歳という年齢も素晴らしく都合がいい。子供というのはそれだけで油断を誘います。訓練された大人は大勢いても、訓練された子供というのはなかなか居ませんからね。一から仕込むには時間もかかる。しかし我々にはその時間がないので」

「あっそう……で、私に何をしてほしいの」

「難しいことはありません。ガルマ・ザビの主催するパーティーに出席して、ジオンに媚びを売る権力者たちの写真を撮るだけです。ブローチの中に小型カメラが仕込んでありますので、ただ出席して私についてまわるだけで結構。情報さえ取れれば、あとはこちらの仕事です」

「指揮官の場所がわかってるなら爆弾抱えて突っ込んで殺せばいいじゃない。どうしてそんな遠回しなことをするの?」

「やらない理由は二つ。目的が違うこと。実行が困難であること」

「やる気が足りないんじゃない? 飲み込むなり、腹裂いて埋め込むなり、やり方はあるんじゃないの?」

 

 無知ゆえにあれこれ無茶なことを話すようだが、あまり的外れではない。スラムは暴力と犯罪の温床だ。門前の小僧以下略というように、その場所で長く過ごせば犯罪の手口にも詳しくなるというもの。この提案も薬の密輸を爆薬の密輸に変えただけのものだ。

 やり口はテロだが。テロも軍事行動も、暴力によって目的を果たすことは共通している。

 

「前線じゃ今でも兵士たちが死んでるのに、あなたたちは血を流すこともしないのね」

 

 車窓から外の整理された景観を眺めつつ、少女はぼやいた。前線には苦楽を共にした仲間がいた。彼らが冷めたレーションを食べて血を流して戦っているのに、自分はこんなところで着飾って車に揺られている。

 そう考えると落ち着かないようだ。

 

「我々の任務は戦って死ぬことではありませんので。ですが、この仕事も命がけです。工作員とバレたときには捕まって尋問を受けます。南極条約違反ですが、拷問を受けて死ぬこともあります。先週も仲間が捕まって死体が街外れに捨てられていました。まあ、連邦もやっていることで、お互い様ですがね」

 

 嫌味もどこ吹く風と受け流し、丁寧に返事をする身なりの整った階級不明の中年男性。今日はこの男の姪として、ガルマ・ザビ主催のパーティーに出席することになっている。周囲に目を光らせつつ安全運転している男性は、地元の反ジオン勢力。

 占領下にあるが、それはそこに住む人間の服従を意味しない。自分たちの住む母なる大地<地球>へ、愛する故郷へ<北米大陸>へコロニーなどという巨大な爆弾を落とし、軍を居座らせ、銃をちらつかせて威圧してくる相手を友、あるいは主と認められるか? 否! これを敵と言わずになんと言うのか!!

 とはいえ、武力に差がありすぎることもあり、積極的な反抗はできず、嫌がらせの範囲に留まる程度のことしかできなかった。こうした連邦の手助けをすることで、間接的にジオンへの反抗を示す者が多かった。

 もちろん家族や職を失うなどで、自棄になり自爆テロなどの過激な行為に出る者も居たが、そのほとんどが無計画なため有効な打撃を加えることはできていない。

 

「私たちが潜入中に、万が一工作員としてバレたらどうするの?」

「全力で逃げるしかないでしょう」

「脱出ルートは確保してるんでしょうね」

「あなた一人を逃がす分のルートはしっかりと。捕まった場合の救出プランも複数準備してあります。撃墜王をこんなところで失っては、欧州戦線の方々から呪われますよ」

「あなたたちは?」

「ご心配なく。歩兵ほどではありませんが、替えが利きますから」

「俺は連邦軍に家族を人質に取られて脅されて仕方なく、と答えるさ」

「……育ちが悪いからボロを出しても恨まないでね。それと、私の首には懸賞金がかけられてるそうだけど、本当に出席して大丈夫なの?」

「ははは、心配しないでください。まだ子供ですから。度が過ぎない限り多少は愛嬌として見てもらえるでしょう。それにあなたが活躍しているのはヨーロッパで、替え玉も飛ばしてあります。髪型の変更にカラーコンタクトとメイク、体型をごまかすためのパッドとコルセットとヒールです。これだけ変装すれば誰にもわかりませんよ……さあ行きましょう」

 

 運転手にドアを開けてもらい、地面に立つ。慣れないヒールでふらついたが、それ以降は特に問題なく会場に潜り込めた。叔父役の士官が上手くエスコートと助言をしてくれるおかげで怪しまれることもなく、順調に出席者たちの顔を撮影できていた。

 ……途中までは。ボロを出さないように集中していたこと、慣れないヒールを履いていたこと、原因は色々とあったが、最たる不運は、やたらと勘のいい男がその場にいたことだろう。

 

「おっとすまない……」

「申し訳ございません。こちらも不注意でした」

 

 明らかに場にそぐわない仮面を被った怪しい男にぶつかられ、シャンパンをドレスにぶちまけられた。慌てて頭を下げつつ、少女は心の中で盛大に舌打ちをした。

 

「……すまない、ドレスにシミがついてしまったな。よければ弁償させてくれないか」

 

 跪き、手を差し出して謝罪の言葉を述べる男に、謝罪を受ける少女。工作員として目立つことは最大限避けねばならないと事前に説明を受けたはずなのにこれとは、最悪極まりない。

 

「どうしたんだシャア。赤い彗星ともあろう男が、不注意だぞ。私が見ていない間にそこまで飲んでいたのか?」

「ああ。酒もあるが、重力酔いかもしれないな……君のパーティーにも泥を塗った。それもすまない」

 

 さらに主催者であるガルマ・ザビまでも。連れてきた士官はなんとか平静を装おうとするが、額に流れる汗を止めきれないでいる。ジオン軍最高のエースパイロットの赤い彗星に、北米指揮官にしてザビ家の末弟。下手は打てない。

 だが、レオナ軍曹も男の相手は慣れたものだ。種類は違えども修羅場は十分に潜っている。焦ることなく口を開いた

 

「……そうですね。では、お言葉に甘えてもよろしくて?」

 

 ここで「女」を前面に押し出した顔で、シャアの手を取った。その瞬間、ビリ、と指先から腕を伝い、肩、首、そして脳にかけて電流が走る。静電気のような不快なその感触に一瞬だけ表情筋をヒク、と動かしてはすぐに戻した。

 

「どうかしましたかな」

「ドレスを汚してしまって、叔父さまに怒られないかと思うと……」

 

 士官とのアイコンタクト。一秒間に瞬きを三度。『自分でどうにかする』という合図だ。

 

「問題ないよ。そちらが弁償してくれると言っているのだし、お願いするといい。皆様、私の姪が失礼をした」

「いや。失礼をしたのは主催である私の友だ、謝らなければいけないのは私だ。皆様、ご歓談中のところ、私の友が大変な失礼を働き申し訳ない。どうぞ寛大な心でお許しいただき、パーティーをお楽しみください」

「ありがとう叔父さま。ありがとう、ガルマさま」

「すまない、ガルマ」

「シャア。早くお嬢さんをお連れしろ……見たことのない顔だから、初めての出席なのでしょう。こんなことになってしまい本当に申し訳ない。ドレスの弁償に加え、慰謝料も後ほど支払います。それでどうか許していただきたい」

 

 その後、ホールをシャア・アズナブルに連れ出され、軍曹は汚れたドレスを着替えの担当者(こちらも連邦軍の内通者)に預け、アフター(失敗したとき)用の動きやすいドレスに着替えて、シャアと共に会場を抜け出し、レストランへと連れ込まれた。ただし武装はない、いいところのお嬢様という設定なので、持っているはずがないのだ。

 

「……」

「……君は何者だい」

「何者と聞かれましても」

 

 軍曹の心中はどうやって目の前の男から逃げ出すか、殺すか、やり過ごすか。それぞれの成功率、成功したパターン、失敗したパターンのシミュレーションをしていた。

 あとは、どこでバレたか。世間知らずのお嬢様のフリは完ぺきだったはず。

 

「連邦軍は子供も戦力として使っていると聞いた。まさかと思っていたが、実物を見ることになるとはな」

「わたくし、兵士どころか銃も持ったことのないのですが」

「さっき触れて確信した。君は、多くの人間の命を奪っているね」

 

 どうしてバレたのかはわからないが、とにかく相手は完全な確信をもって問うてきている。カマかけではない。となれば排除かどうするか。連邦の腑抜けた兵卒とは違う。よく鍛えられた軍人で隙が無い。勝ち目はゼロではないが、負ける可能性もある。

 

「何を根拠に。仮にそうだとしても、奪った命についてジオンに言われるのは心外ね。コロニー落としで何億の人が死んだのかしら?」

「ふ、それを言われるとジオン軍兵士として辛いものがあるな。大義があって行ったことでも、罪は罪だ」

「ええ。そうでしょう」

「だが君を見逃す理由にはならない」

「証拠もないのに拘束するの? 不愉快よ。ウェイター、タクシーを呼んで。叔父様の居る会場に戻るわ。支払いはこの方が持ってくれるそうよ」

 

 捕まっても救出するプランはあると言っていた。最悪の場合はそれに頼ることになるが、この場は自力で切り抜けようと席を立つ。

 

「大人を甘く見ないことだ」

 

 肩をつかまれると、軍曹は店員に目配せをした。しっかりとこっちを見ている。これで先に手を出したのはジオンだという目撃者が出来た。

 

「やめてくださる!?」

 

 大声で叫び、肩の手を一度振り払う。そうして延ばされた次の手を、手刀で叩き落とす。そして打ち下ろした手を振り上げつつ、一歩踏み込み。顎を狙って振り抜く。

 シャア・アズナブルが素面で、そうでなくとも少女がもう少し大きければ、反撃を警戒し、この攻撃は避けられるなり、止められるなりしていただろう。だが、そうはならなかった。

 小娘と見て侮っていたのもあり。アルコールで判断が一瞬遅れたのもあり。

 

 ゴッ

 

 最高の角度の一撃が、顎を斜め下から打ち上げた。騒動を周囲が見守る中、やけに鈍い音がフロア内に響き、シャア・アズナブルが、赤い彗星と呼ばれた男がストンと膝を折った。

 

「……!?」

 

 このままマウントをとって再起不能になるまで殴り倒してやりたいところを、少女は堪えた。そこまでしたらやりすぎで捕まりそうだ、と。殴って腰を抜かした程度ならば十分に正当防衛の範囲に収まるだろう。

 赤い彗星、少女に殴られて腰を抜かす……良くも悪くも宣伝になりそうだ。

 

「ええい……動け、なぜ動かぬ……!」

「助けて! この人がついてこないとひどい目に遭わせるって……電話を貸して、叔父さんのところへ帰らせて!」

 

 大声をあげて涙を見せつつウェイターのほうへ駆け寄っていく。

 使える武器は何でも使う。己の弱みさえも武器に変えて、相手を排除する。スラムで乱暴な客から逃げるのによく使った手だ。恥という概念は存在しない、生き残ることがすべてだ。

 

「なんだとぉ? 警察だ! 警察を呼べ!!」

「やっぱりジオンはクズだな! そいつを店から出すな!!」

「怪しい仮面付けてると思ったらやっぱり不審者か!」

「お客様とて許せぬ!」

「女の敵!」

「少佐! 見損ないました!」

「ま、待て、これは違うっ!! 私はもっと母性ある女性が好みだ!!」

「何が違うってんだ馬鹿野郎!」

「死ねロリコン!」

 

 演技の甲斐あって、店内に居合わせた人間には、彼女の味方しか居なくなった。本来ならシャアの味方であるはずのジオン兵でさえも、シャア・アズナブルに侮蔑の言葉を投げつける。

 いくら無類のエースパイロットといえど、訓練された軍人といえど、モビルスーツから降りたらただの人間だ。腰を抜かしている状態で成人男性が束になって同時にかかってこられたら成すすべはない。銃も真っ先に取り上げられた。

 

「さあ。お嬢さん、こちらへ」

「ありがとう。怖かった……」

 

 差し出されたハンカチで涙を拭きつつ、ウェイターに縋りつく。これで完全に店内は少女への同情ムードに支配された。あとはあのシャア・アズナブルが軍警察か街の警察かに連れていかれて、そこから軍に連れ戻されるまでの間にこの街から逃れなければならない。

 ベンダントに偽装した通信機を決められたリズムで叩く。3・1・3回。これで自分の居場所と状況が伝わる。急ぎ迎えが来るはずだ。あとはその迎えに乗って逃げるだけ。

 ……逃がす方法は用意してある、と言った。ならそれを信じよう、と少女は腹をくくった。

 



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逃避行

「シャア・アズナブルに正体がバレた。MP(軍警察)に連れて行かれたからしばらく時間は稼げるけど、脱出プランを教えて」

 

 レストランに急行してきた車に乗り込み、ドライバーに事情を話す。

 

「……なんつー。まあ、わかった。町の外れに燃料満載の飛行機を用意してある。そいつで逃げな。パイロットスーツも後部座席にトランクがあるだろう。その中に入っている」

「機体の種類は」

 

 カラーコンタクトを外し、髪を括って服を脱ぎ、コルセットを外して、と。狭い車内で苦戦しながら着替え始める。ドライバーはなるべくルームミラーを見ないように車を運転し、返事をする。

 

「コア・ブースターだ。部品ごとにバラしてちょっとずつ持ち込んで組み立てた。燃料はジオンに渡す分を横流しして貯めておいた。ただし弾は規格が違うから少しだけしかない」

「悪くないわね。で、あなたたちはどうするの。協力したからには、ジオンから処罰を受けると思うけど」

「最後に面白い話が聞けたのと、綺麗な嬢ちゃんの裸が見れたんだ。悔いはねえ」

「そう。いいのね。いいならいいわ」

「ああ。いいのさ……ちぃ、検問だ。突破する! 頭下げて舌噛むなよ!」

 

 グン、と車が加速。続いて激しい衝突音、衝撃、車に銃弾が当たり、弾かれて、窓ガラスにクモの巣状のヒビがいくつも入る。

 

「本当に大丈夫なんでしょうね!」

「VIP仕様だ! モビルスーツでもなきゃ止められねえ!」

「ザクに遭わないことを願うわ」

 

 キッとハンドルを切って車の進路をずらすと、車のそばを銃弾だけでなく、ロケット弾まで飛んでいく。

 

「皆が足止めしてくれるさ!」

 

 そう叫ぶと同時に、詰所に自動車が突っ込み、爆発炎上。さらには後方にマズルフラッシュが光り、銃声が響く。

 

「爆弾は持ち込めないんじゃなかったの!?」

「知ってるか、ガソリンって爆発物なんだぜ! あとカミカゼじゃぁないから安心しな!」

 

 そう叫ぶとさらにアクセルを踏み込み、車はさらに加速。平坦な道を車は時速200キロで爆走する。燃費は一切気にしない。

 

「ところでお嬢ちゃん。夜間飛行の経験はあるか」

「訓練でだけ」

「……落ちるなよ」

「アメリカ大陸で一番高い山は?」

「高さ6200m、デナリ山だ」

「じゃあそれより高く飛べば問題ないってことね。で、飛んでどこへ下りればいいの」

「西へ飛べ。詳しい位置は機体が教えてくれる」

 

 しばらく道なりに進むと、道路の横にぽつんと何の変哲もない倉庫があった。そこで車が止まり、降りてシャッターを奇妙なリズムで叩くと、勢いよく開いて中から光が零れた。中は明らかに機体が入るサイズの格納庫ではないし、どこにも見当たらない。

 しかし、どこからかエンジン音がする。足から振動も伝わってくる。

 

「クソッタレ、やっと来やがったな!」

 

 ついでに口の悪い、作業着の中年男が現れた。

 

「さあこっちだ!」

 

 倉庫の中にはエレベーターがあった。地下に降りると広々とした格納庫があり、その中央に軍曹の見慣れた機体があった。翼をたたんで小さくしてあるが、見間違えることはない。地表に見える倉庫は偽装だったようだ。

 

「早く乗れ、エンジンは温めてある!」

「ありがとう!」

 

 はしごを使って登り、コックピットに座ってベルトを締めて、ヘルメットを被る。作業着の男性が壁のボタンを押すと、天井が揺れて土ごと持ち上がりはじめ、星空が見えた……いや、持ち上がっているのは天井だけではない。機体の乗っている部分が床ごと持ち上がっているのだ。

 揺れが収まって、格納庫の床が地面と同じ高さになる。そこからはいつも通りの出撃動作だ。

 

「STOL(短距離離陸)モードで……表示は夜間飛行に設定。翼を開いて、よし」

 

 滑走路代わりの道路に出て、スロットルを開く。エンジンに燃料を投入して燃やす。加速して、道路を猛進していく。空力特性無視の、エンジンの力だけで飛ぶようなモンスターマシンだ。間もなく加速が完了し、空に上がるだろう。

 

 シートに体を押し付けられる。ヘルメットで覆われた視界に表示される計器をにらむ。時速400kmまで加速。操縦桿を引く。ふあ、と腹の底に浮遊感を感じる。地面から離れ、高度が上昇していく。

 

「失敗なんて情けない……やっぱり私って、殺すしか能のない女ね!」

 

 さらにスロットルを開く。機体は急加速、急上昇。ヘルメットの示す方角へ、西へ機体を向けて、ぐんと加速する。

 

 

 

 一方独房では。

 

「フッ……認めたくないものだな。私自身、若さゆえの過ちというものは」

 

 マスクを没収されたシャア・アズナブルが固いベッドの上に縮こまって座っていた。

 

「おい、聞いたかよ。あれシャア少佐なんだってさ」

「少佐ってのは、ロリコンでもなれるもんなんだな」

「しかもガルマさまの友人だそうだ」

「なんてこった。ガルマさまは悪い人じゃねえんだが、友人は趣味が似るって言うし、まさかガルマさまも?」

「それはないだろう。エッシェンバッハの娘と恋仲らしいからな」

「こんな情けない友人を持ってかわいそうに。友達は選ぶべきだろう……」

 

 看守と物珍しさにやって来た兵卒たちからぼろくそに言われていた。

 

「ガルマ……早く来てくれ……」

 

 しかし迎えは朝まで来ない。なぜなら外では工作員が偽装のためにレジスタンスを扇動し、蜂起しているおかげで、その鎮圧のためにガルマ・ザビはパーティーを打ち切って指揮を執っての大忙し。会場へ電話をしたところで、混乱の収拾と比べると優先順位は低い。後回しにされるのも当然であった。

 



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チーム・マチルダ

 離陸後、南西方向へ飛行。目標地点までオートクルーズモードに設定して、目を閉じて休むこと少し。レーダーアラートで目を覚ました。

 

「……夜間の戦闘飛行は初めてね。数は、三機。暗視モードに切り替え。火器ロック解除」

 

 ミノフスキー粒子が撒かれれば赤外線は攪乱され、暗視モードは役に立たなくなる。そうなると月と星明りの非常に暗い中、目視索敵で戦うことになるが、エンジンの光くらいしか見えないのにどうやって戦うというのか。それは技術と根性である。

 撒かなければ機体性能の差でこちらが有利。多少の被弾は物ともしない頑丈なボディに、ビーム砲と機関砲。三機程度なら相手の腕にもよるが落とせる。

 

 しかし、戦闘になれば燃料を多く消費することになる。そうなると目標地点までたどり着けるかどうか怪しい。

 

「……どうしよう。ん、ミノフスキー粒子タンク? これはいいわね」

 

 機体の下には雲。時間は夜。レーダーを無効化するミノフスキー粒子。少女の中でこの場を切り抜けるプランが決まった。

 

「ミノフスキー粒子散布。高度下げ」

 

 雲の中に潜り、ミノフスキー粒子をばらまき、空になった粒子タンクをパージする。赤外線がかく乱され暗視映像が真っ白になる。これでレーダーでの索敵も、目視での索敵も不可能となる。代わりに自分も目隠し飛行になってしまったが、オートクルーズ設定は継続中だ。放っておけば機体が勝手に目的地へ飛んでくれる。

 これで少し時間は稼げる、と少女は腕を組んで次にどうするかを考える。考えるほどのことでもなかった。敵が追跡をあきらめてくれればよし。そうでなければ殺すか、全力で飛んで逃げるか。その三つしかないのだから。

 

 仮に戦うとして、レーダーで捉えたのは三機だけ。やれないことはない。しかし応援が出てくる可能性もある。夜間に飛べるパイロットは少なくても、居ないということはないだろう。三機ならどうにかなっても倍に増えたら燃料も弾も持たない。

 戦うにしても、殺さずに翼を折る程度にしておけば、救助のためにしつこい追跡もなくなるだろうか。

 

「めんどくさいなぁ」

 

 敵が追跡をあきらめてくれればいいのに、と少女は願う。しかし、ジオンとてスクランブルで上がっておいて戦闘どころか通信もせずに基地へ帰ってくれるほど不真面目ではない。雲を抜けると、真上と真下をドップに挟まれていた。なぜ見えたか? 月明りとエンジンの光だ。

 

「やるしかないか」

 

 ガッとエアブレーキを開いて減速、操縦かんを引いて機首上げ減速、失速寸前まで速度を落とし、機体下面の姿勢制御スラスターを吹かす。急速に機体が一回転する。

 その回転の最中、ビーム砲を二連射、閃光が夜空とドップを切り裂いた。翼をもがれたドップ二機は姿勢を崩し、地面に向けて落下していく。爆散はしていないから、コックピットに当たっていなければ脱出はできるはず。運が良ければ助かるだろう。

 機体を水平に戻して、アフターバーナーを使用して急加速。急減速からのクルビット一回転からの急加速に、三半規管がいかれて胃もひっくり返ってパーティーで摘まんだごちそうが上から出そうになるのを歯を食いしばって耐える。

 のこり一機がどこに居るかはわからないが、ドップはコア・ブースターの加速にはついてこられない。僚機二機を失ってなお挑んでくるほどガッツがある相手なら、丁寧に僚機と同じく地面にたたき落としてやるだけだ。

 

 その後しばらく飛んだが、追跡部隊は現れず。対空ミサイルも飛んでこず。燃料アラートが鳴るまでの間、快適なフライトを楽しんだ。

 

「……レーダーに反応。識別は、味方。やった、助かった」

『こちらは地球連邦軍、ミデア補給部隊隊長マチルダ・アジャン中尉である。そちらの所属を答えよ』

 

 若い女性の声がした、連邦軍という確認も取れたので安心して機体の速度を落とす。

 

「私は地球連邦軍、レオナ・ネーレイド軍曹。所属は……今は、ニューヤークの特殊工作部隊」

『ヨーロッパ戦線の撃墜王!? なぜ単機でこんなところに?』

「潜入任務に失敗して脱出してきたところ。燃料と弾が切れてるから、補給してもらえると助かるんだけど」

『申し訳ございません。我々はホワ……別部隊への補給任務の分のみしか物資を積んでおらず、その帰途につき余分な物資はないのです』

「じゃあ地上に降ろすから収容してちょうだい。空のミデアなら載せられるでしょう。ずっとコックピットに詰まってたから足を伸ばしたいの」

『敵地なので難しいです。それに、追手が来ている可能性もありますので』

「レーダーには映ってないけど」

『地上に潜んでいる可能性があります。夜間なので、できれば着陸は避けたいところです』

「じゃあなに。燃料切れで墜落しろっていうの?」

『……では、こうしましょう。空中給油で当機の予備燃料を渡します。安全な場所まで、我々の護衛をお願いします』

「え、護衛なしで飛んでたの?」

『そうです』

「えぇ……」

 

 護衛もなしに輸送機を飛ばすなんて、かわいそうに。爆撃機隊でも護衛機はしっかりついていたのに。この輸送部隊は捨て駒なのだろうか。と勝手にレオナ軍曹は想像するが、そうではない。ミノフスキー粒子の影響下で夜間飛行できる、れっきとした精鋭部隊である。ドップを対空機銃で追い払ったりしている。

 なぜそんな精鋭部隊を護衛なしで飛ばしているのかはわからないが。ともかく精鋭なのだ。

 

「わかりました。護衛の任務を引き受けます。ただし、こちらも元から弾薬をあまり積んでいない上に、ドップと一戦した後なので弾薬に余裕はありません。相手できるのは数機までです」

『ありがとうございます。たとえ一機だけでも、居るだけで心強いものです。それがエースパイロットとなればなおさら』

「褒められて悪い気はしないわね。お礼に面白い話を教えてあげる」

『なんでしょう?』

「ニューヤークでシャア・アズナブルを殴り倒してきたわ」

『……なんです?』

「聞こえなかった? 赤い彗星を殴り倒してきたって言ったの」

『……大変愉快で、興味深い話です。安全な場所まで辿り着けたら、詳しく聞かせてください』

 

 その後他愛ない会話をしつつ、夜間の空中給油という困難なミッションをこなした少女。約束通り安全な場所へたどりついたら、機体を地面におろして収容してもらい、輸送機のコンテナ内で長時間のフライトで固まった身体をストレッチして伸ばした。

 我慢していたトイレも済ませて平らな場所で存分に体を伸ばしてスッキリして、温かい食事を済ませた頃に、操縦席から女性の士官がエレベーターで降りてきた。

 

「おはようございます、欧州の撃墜王さん。私が輸送部隊の隊長で、機長のマチルダ・アジャンです。会えて光栄です。どうか階級はお気になさらず、気軽にマチルダと呼んでください」

 

 握手を求められ、ためらいがちに手を差し出す。成人女性の、大きな、しかし軍人らしく少し固い手だった。シャアと触れ合ったときと違い、どこか暖かく安心するところもあった。

 

「受け入れありがとうございます。食事まで用意してもらって……とても助かりました。でも、無礼な発言をして申し訳ありませんでした」

「いいんです。こちらも助けられてますから」

「ついて飛んだだけで何もしてませんよ」

「護衛のあるなしでは、安心感が違うんです。ですから、お礼を言わせてください。ありがとうございます」

「……そうですか」

 

 昨年までは全く聞くことのなかった感謝の言葉と気持ち。助け合いという概念。少女の乾ききった心に、雨水のごとく染み入って、感じたことのない快感を得ている。承認欲求というものなのだが、それを教育してくれる大人は居らず、本人もそれをそうと知らず。ただ敵を殺せば褒められる、敵を殺す=イイことと、無自覚の刷り込みを得ている。

 人殺し以外で感謝されるのは慣れておらず、戸惑って返事に窮した。

 

「……あなたのようなかわいい子が撃墜王だなんてね」

 

 悲しむような、同情するような、その声色。憐憫の情を彼女は、己の容姿(過去の仕事)のみを評価され、今の存在意義(功績)を否定されたと感じ、とたんに視線の温度が冷めた。

 露骨に表情を変えなかったのは、軍隊に入ってからまともな人との馴れ合いを経て成長したからだが、そうでなければ殴っていただろう。

 マチルダ中尉も繊細なところへ触れてしまったことに気付き、すぐに頭を下げて謝罪する。

 

「ごめんなさいね。あなたのことをよく知らないから、変なことを言って傷つけてしまったみたい」

「……いえ。構いません。それよりも、この機はどこへ向かっているんですか」

「ジャブローへ。一度本部へ戻るの」

 

 少女がジャブロー、地球連邦軍本部へ戻るのはこれで三度目だ。一般兵がそう何度も訪れる場所でもないが、何かと縁があるのがこの少女。

 

「それより、シャア・アズナブルをどうやって殴り倒したか。詳しく知りたいって言う部下が多くて……話してもらえると嬉しいんです」

「……わかりました。任務失敗の経緯を詳しく話すようになって恥ずかしいんですが」

 

 こうしてのんびり話をして、赤い彗星の情けない話を広める一方、ニューヤークでは。

 

 

「シャア……人の趣味嗜好に口をだすのは間違いだとはわかっているが、あえて言わせてもらう。年下好きでもローティーンはどうかと思うぞ。せめてハイスクールにしろ」

「ガルマ……!! ええい、君まで私を誤解するのか! アレはただの子供ではない、連邦軍の軍人だ!」

「証拠もないのにそうと決めつけるのはどうかと思うぞ。シャア」

「私の勘と、恥ずかしい話だが一発で倒されたのが証拠だ。あれほどの一撃を放てる少女が、ただの子供のはずがあるまい」

「イセリナもある程度護身術の心得はある。おかしくはあるまい。子供にぶつかるほど酒も入っていたのだから、酔いもあっただろう。君はそれほど酒に強くなかったはずだ。君の言うところの、『若さゆえの過ち』を認めたくないのはわかるが、反省したらどうだ。彼女の叔父という人に正式に謝罪をしたかったが、昨夜のレジスタンスの蜂起で姪を連れて帰ってしまったと言うし。昨夜捕まった連中は『ジオンが少女に乱暴を働いたのが許せなくて決起した』と言っている。死人も出た。部下たちも君が原因だと話して士気が下がっている。いくら友人でも庇いきれないぞ」

「では、検問所を突破して逃げた車と、飛び立った連邦機はどうなのだ」

「混乱に乗じて逃げ出した連邦軍人だろう。あんな子供がドップを二機一度に撃墜できるほどのエースなら、大人の兵士はもっと強いはずだ。であれば、この北米をこうも簡単に制圧できたはずがない。連邦軍が子供を徴兵しているというのはプロパガンダであって、君が真に受けてどうする……なあ、シャア・アズナブル少佐。いくら君が無二の友と言っても、それは永遠の友情を保証するものではない。反省しないのなら私にも考えがあるぞ」

「……そうか。わかった、すまない……私が悪かった」

「……少しの間、反省を促すために独房へ入ってもらう。そうでもしなければ部下が納得しないだろう。悪く思わないでくれ」

「ああ。身から出た錆というやつだ……認めたくないものだな。私自身、若さ故の過ちというものは」

「本当に反省しているのか?」

 

 このような具合で話が進み、シャア・アズナブルは独房へぶちこまれた挙げ句、ロリコンの誹りを受け、赤い彗星ならぬ赤いロリコンと呼ばれるようになった。なんとも情けない英雄もあったものである。

 



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腐敗した高官

ストックが切れました。以降は不定期更新となります


シャア・アズナブル恐れるに足らず。ジオンはロリコンの、ロリに一発叩かれて腰を抜かすような情けない男を英雄として、エースとして祭り上げている情けない軍隊だ。そのような面白い噂が連邦軍内に出回るのは全く当然のことだった。各地へモビルスーツ<新兵器>を運ぶついでに噂を持っていけば、下がっていた士気はうなぎ上り。

 噂を広めるように指示した腹の太い大将はこの話を聞いて、笑い転げていいダイエットになったとも語っている。

 

「報告を聞いた限りでは君に否はないように見える。任務は予定とは違うがまあ、結果的には成功と言える。いい土産も持ってきてくれたことだし不問とするよ。むしろ報酬を渡さなければならないくらいだ」

 

 ルービックキューブをカチャカチャと回して色を合わせながら、腹の太い大将が話す。話を聞く少女は、使いみちのない報酬・勲章よりも出撃命令のほうがありがたいなどと考えていた。

 

「君のことだから報酬よりも出撃がしたいと言うのだろうが、安心しなさい。もうすぐ時は来る。今はレビル大将肝いりのモビルスーツがあちこちに配備され始めた頃合いだからね。地上戦も宇宙戦もこれで安泰、と言うには早いが一方的にやられっぱなしではなくなったわけだ。ここからは反撃の時間なのだよ」

「私みたいな下っ端に話して大丈夫なんですか、それ」

「問題ない。今夜にでも全兵士が知ることだ……撃墜王さまを下っ端扱いなど怖くてできんよ」

「下っ端ですよ。私一人が殺せる人数なんて、全体の死人からしたらチリみたいなものだもの」

 

 戦闘機で敵を一人ずつ潰していくしかできないと言うが、それは間違いだ。エースパイロットの名は広く知られ、戦場に与える影響は極めて大きい。彼女が戦場に居るという噂だけでも敵は恐怖し、味方は士気を上げる。

 撃墜王不在の欧州戦線がしばらく持っていた理由もそれだ。飛び抜けた個の存在は戦術にも影響する、そんな戦国時代のような馬鹿げた理屈が宇宙世紀にも通用してしまう事実と、そんな重要な駒の年齢がわずか14歳ということに、偉い人は揃って頭を抱えた。

 撃墜されればひどいスキャンダルで、もしも死体を辱められるようなことがあれば敵の士気は上がって味方の士気は大いに下がる。

 いくらジオンでもそこまでするか、と疑問に思う常識的な幹部も居たが、地球憎しでスペースノイドのゆりかごを兵器に使って、アースノイドの民間人十億人を殺すような頭のイカれた真似をするのだ。しかもだ。ジオンに潜入中の諜報員によるとコロニー落としに使われたコロニーの住民は全員揃って『行方不明』。コロニー一つにつき住人は1000万人だが、それほどの人間をどこかへ輸送した形跡もない……つまりそういうことだ。そこまでタガが外れているやべー奴が指揮を執る軍隊だ。死体の利用くらいするだろう、というのが上層部の会議で出た結論であり……投入するなら優勢な戦場へ限定しよう、ということが決まっていた。

 

「やれやれ……こんな子供を戦わせるか。これでは天国には行けそうにないな」

「心配しなくてもこの世が地獄ですよ。死んだあとが心配なら、恵まれない子供たちに寄付でもすればどうです? 私みたいなのはいくらでも居ますよ」

「慈善事業か……そうだな。そろそろ戦後のことを考える時期か」

 

 大将はどこか遠くを眺めながら、冷めたコーヒーをズズズと啜り、頭痛薬代わりにカフェインを摂取する。

 

「戦争中なのに、終わった後のことを考えるの?」

「大事なことだよ……殺し合う以上に。私の予想では、早ければ年内に、遅くとも年始には和平の申し入れがあると見ている。戦争は終わる。その後のことを考えるのは、我々軍人ではなく政治家の仕事なのだが……どうした。顔色が悪いぞ? 医務室へ行くか?」

 

 誰もが少女の戦果に注目している中、彼女の内側を、何が彼女を形作っているのかを気にする人間は誰も居なかった。比較的顔を合わせて会話することが多く、他者よりも少しだけ詳しく彼女の内面を知るこの太った大将でさえ。大将に同じ年頃の孫がいれば、彼女の異常な内面に気付けたかもしれないが。

 現実ではないもしものことを想定しても、今起きていることには何も影響を及ぼさない。

 

「か、かひゅー……ひーっ……!」

「まずいな……私だ、ゴップだ! 私の部屋へ医者を連れてこい! 担架も用意しろ!!急げ!」

 

 急に呼吸を早くして、床に倒れる軍曹を見て、慌ててコーヒーを置き緊急事態用のボタンを押し、マイクで呼び出しを行う。

 十秒としない内に衛兵が部屋に突入してきて、床に丸まって動かない軍曹と大将を交互に眺めて状況の把握を行おうとする。

 

「どうしたのですか!」

「わからん。話をしていたらいきなり倒れたのだ。早く医務室へ連れて行ってやってくれ」

 

 焦りから吹き出る脂汗をハンカチで拭いながら返事をする。撃墜王に戦場で死なれるのと、自分の部屋で倒れられるのと、どっちがいいか。考えても仕方がない。ただ自分と話をしていて倒れられた、というのはあまりにも外聞が悪いので、とっとと原因を調べてもらいたいというのが偽らざる本心だった。

 一分としない内にぞろぞろと部屋に人が入ってきて、軍曹は担架に乗せられ運ばれていった。さすがに大将に向かって露骨な視線を向ける者は居なかったが、何人かは疑惑を込めた目をしていた。

 

「……なんだったのだ、まったく」

「検査をしてないので確かなことは言えませんが、ストレス性の過呼吸のように見えましたね。妻が一度なったことがあって、それに似ておりました」

「ストレスだと? 私がなにかしたというのかね」

「それはわかりません。何がトリガーとなったのかは、詳しく調べてみないと」

「私の名誉に関わることだ。彼女に関するすべての情報の閲覧許可を出すからきっちり原因を調べて報告せよ」

「了解しました」

 

 衛生兵は敬礼して、部屋から出ていく。そのあと太った大将は再び書類仕事に戻った。しかしその手は少しだけ遅くなっていた。

 

 

 で……衛生兵の見立ては正しかった。ストレス性の過呼吸ということで、内科医師と精神科医より診断が出された。

 

「そうか。PTSDか?」

 

戦争とPTSD<心的外傷後ストレス障害>は切っても切れない関係にあるということで、それを疑った。抱き合わせ販売と言っていい。戦争下の兵士たちにとって、差し迫った生命の危機、大事な人間の喪失、心の傷には事欠かないのだから。

 

「いえ……そうではないようです。『戦争が終われば私は無価値になる』と本人は言っていたので。彼女の経歴をお聞きになりますか? 少々刺激の強い話になりますが」

「あぁー……そうだな。一応聞いておこう。そろそろ休憩もしたかったところだ」

「では……北米のスラムで生まれ育ち、売春婦をしていたところを、最初に所属していた基地に性欲処理の備品として買い取られたそうで」

「まあそういうこともあるだろう……」

「英雄、エース、撃墜王、守護天使と持ち上げられて生まれて初めて承認欲求を満たされ。それ以外に承認欲求の満たし方を知らないまま戦争が終わると聞くのは、お気に入りのオモチャを取り上げられるのと同じです」

「子供の癇癪か……いや。14歳ならまだ子供か。子供だったな。ではどうすればいいのだ」

「まっとうな家庭環境を与えれば、今からでも」

「わかった。参考にならない意見をありがとう」

 

 背もたれに体を預けて、シミ一つない天井を見上げる大将。いつも半分にやけたような余裕の表情を絶やさない彼にしては珍しい、大変うんざりした様子だった。

 

「やれやれ……レビルが言う、本当に戦うべき相手というのは、私のような人間をいうのだろうなぁ」

 

 盗聴されている可能性もあったが、腐っても大将だ。聞かれて困るようなことを口に出すほどの無能ではない。

 



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大将は忙しい

 過呼吸で倒れたレオナ軍曹。倒れた後の検査には問題なかったのだが、倒れた場所が問題であった。

 地球連邦軍の将官、よりによってゴップ大将の部屋である。軍曹と大将、それから扉の前で立っていた衛兵の証言により、何事もなかったことは明らかになった。それでも、過程はどうあれ「大将と会話をしていた軍曹が倒れて、医務室へ運ばれた」という結果は確かに存在するのだ。どう取り繕おうとも、下品なうわさが立つのは避けられない。

 

 緘口令など出せば噂をかえって補強することとなるため、あえてそんなものはくだらない噂にすぎないと放置し、相手をしなかった。しかし噂には尾鰭がつくもので、信じる者が居るからこそ広まる。結果人の口から口へと伝わり、宇宙まで広く知られることとなり、ジオンのプロパガンダにも使われ、ゴップ大将は将官たちが集う会議で一つの話題として挙がった。本人はこの程度慣れたものだ、と軽く否定してまったく気にしていなかったが。

 

 評価が少々下がったところで自分の仕事<やること>はきちんとやっているのだし、出世に影響することもない。むしろ噂に惑わされる愚か者が、むこうから馬脚を現してくれるのだから助かるものだ、とあえて放っておくのだった。

 

 そして噂の被害者側であるもう一人の当事者は、見目麗しい撃墜王であり、大将の愛人をしている、という随分と偏った評価にすり寄ってくる輩たちにうんざりして、無理を言って出撃し、ジャブロー爆撃の定期便や、さらにその護衛機を叩き落してスコアを伸ばし、近々また新しい勲章をもらうのでは、彼女専用の勲章が準備されるのでは、と噂されることとなった。

 その噂も、ひと月と経たぬうちに衝撃的なニュースによって上書きされることとなる。

 

『ガルマ・ザビ、北アメリカにてホワイトベース隊と交戦し、戦死』

 

 地球連邦軍には北アメリカを指揮する優秀な指揮官、ジオンの旗頭、ザビ家の末弟として知られ。ジオンにはその優れた容姿と能力から高い国民的人気があり、軍の中にもその死を悼む者は大勢いた。

 それに伴う士気の低下を補うためギレン・ザビは国葬を実施、映画館のスクリーンよりもはるかに巨大なガルマ・ザビの遺影とそれの下辺を埋め尽くす花束を背に演説を行い、逆に士気高揚に利用した。

 

「奴は演説の天才だな。大昔に居たらしい、ヒトラーとやらもあんな感じだったんだろう。知っているか?」

「スラム出の娼婦が、そんなこと知ってるとでも?」

「これからはそういった教養を身に着けてもらう。君は私の愛人らしいからな。そばにいて恥ずかしくない程度の学を身に着けてもらいたい」

「……無理があるでしょ」

 

 軍曹はテレビモニタを眺める大将の頭からつま先までを眺めて、不満も込めてそう言った。積み重ねた年期、功績、それに寄り添って恥ずかしくない教養など、一体どれほどの間机に噛り付いて、読みたくもない本を読み、書きたくもない文を書かねばならないのか。

 その間、ジオンを殺せないことを考えるとまた倒れそうになる。

 大体、スラム出身でろくな教育も受けていない人間に何を求めているのか。

 

「養子にしてもよかったのだが。愛人のほうが手続きもいらないし、なんの拘束もない。君にとってもそっちのほうがいいだろう」

「無関係でいいじゃない」

「しかしねぇ君。すでに噂は立っているのだからして……」

「よくしゃべる」

「……君のような人間を生み出した政府、政治、その一端に関わる人間の贖罪とでも思ってくれたまえ。悪いと思っているのだよ、これでも」

「知らない。悪いと思ってるならヨーロッパへ戻して。あそこは私を必要としている」

「欧州ではないが、ちょうど北米で大規模作戦が予定されているところだ。撃墜王さまには働いてもらうときが来た。詳細は追って指示があるだろう、それまで待機したまえ」

「……本当に悪いと思ってる?」

「ああ。君のような子供を戦地へ送り出さねばならない地球連邦軍の窮状をなんとも情けなく思う。ガルマ・ザビを撃墜したホワイトベース隊の主戦力も、聞けば15歳の子供なのだと。まったくどうかと思うがね……」

 

 ゴップの脳内には、大将会議で話をしたこれからの戦争の展望が広がっていた。モビルスーツの量産体制は整い、北米を奪還するのに十分な数が生産できた。ジオン軍の主力はいまだにザクだ。新型も出てきたとはいえ、未だ地上の主力であるザクを上回る装甲を持ち。ザクを一撃で倒せるビーム・スプレーガン。取り回しに優れるビーム・ザーベルを持つジム。支援用モビルスーツ兼、戦車と砲兵のアップグレードとして量産型ガンタンク・ガンキャノン。そしてコア・ブースターによって強化した航空支援。まずこれらの戦力を全力投入し、北米のジオンを次の司令官がやってくる前に片付ける。同時に欧州でも反攻作戦を実施せねばならない。二正面作戦となるが、どちらかを攻めなければ、そのどちらかが、がら空きのジャブローを嬉々として襲いに来るだろう。

 その後、地上のモビルスーツ部隊を宇宙に上げて、再建した宇宙艦隊と合流させ、数の暴力で地の利ならぬ宙の利を上書きする。

 ……そのためには、個人としては心苦しくとも子供に出撃を命令することも必要だと、軍人として冷酷に判断する。顔に刻まれた皺が、一層深くなったような気がする。

 ちなみに強化人間を『生産』するという施設の案が提出されたが、ゴップは手の内で握りつぶした。そんなことをせずともこの戦争には勝てる、と踏んだのか。これ以上戦争の犠牲になる子供を作ってはならない、という良心の枷からか。それ以外か……理由を語ることは終ぞなかった。

 

 地上の戦争は間もなく決着がつく。だが、宇宙はどうなるか。完全な決着がつくまでに、果たしてどれほどの人間が死ぬのか。コロニー落としから始まったこの戦争で、少なくとも数十億の人間が死んだ。そして、これからも死者は増える。

 戦後の片づけをする政治家どものことを考えると哀れに思える。が、そもそも政治家どもの圧政が招いた結果なのだから、自業自得と言うべきか……それとも後片付けなど放っておくのだろうか。戦争に巻き込まれ傷つき、死んだ大多数の無辜の市民のことをわずかでも考える頭があれば、復興に力を注ぐだろうか。その頭もなければ……

 

「いかんな。軍人の考えることではない……これではレビルと同じではないか」

 

 シビリアンコントロール、古くからある概念だが、軍とは政治の道具であらねばならない。飼い主にかみついてはならない。しかし賢い犬ならば、飼い主を誘導するくらいはしてみせるのではないか、と。頭に浮かんだ安易な方法を振り払う。

 

 兵士たちは、いや地球に生きる全人類が、大なり小なりジオンのコロニー落としにより被害を受けている。地球に住むすべての人間が、程度は違えどジオンへの憎しみを持っている。だからこそ、軍民そろって英雄をたたえている。

 民衆が英雄を求め、英雄を擁する軍への協力を惜しまない。戦中はそれでもいい……問題は戦後だ。いずれ来る終戦の後、せっかく苦労して獲得した平和をぶち壊しにする過激派が間違いなく出てくる。そういった憎しみを持つ兵士、市民の声をまとめ上げた過激派の人間が権力を持ち、軍人の域を超え政治に口を出すようになれば、なぜジオン公国という国が生まれのたかも理解せずに……あるいは理解してなおスペースノイドにさらなる圧政を課し、第二第三のジオンを生み出すことになるだろう。そしてまた夥しい量の血が流れる。

その流血の一助を、あの少女が担うことになると思うとどうにも不快であった。

 

 

偽善だな。とか、敵だけでなく味方もしっかり見張っておかなければならんなあ。とか、そういった言葉を音にはせずに、葉巻の煙として吐き出す。一本吸い終わったらまた仕事に戻る、大将は忙しい身分であった。

 




オデッサと北米作戦を同時進行します。原作とはちょっと違う。


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北米奪還作戦

 水を得た魚ならぬ翼を得た破壊/守護天使が地表スレスレをアフターバーナーで飛翔、ほぼ直角の急上昇によりガウ級攻撃空母を真下から襲う。ビーム砲が一条、胴体を貫き、爆散。翼端をオレンジに塗ったコア・ブースターが爆風から離れてすり抜ける。クジラの腹を食い破ったシャチのように。

 クジラの腹から生まれるはずだった子供<モビルスーツ>は、母親が抱える爆弾ごと空中で爆散し、極小の太陽として咲いて消えた。

 進撃する連邦軍の後方へ空挺降下を狙っていたガウの編隊の内、一機が落ちた。護衛戦闘機のドップもいたが、セイバーフィッシュ隊との戦いに気を取られて、地表付近を飛ぶ機体にまで反応できなかった。対応する余裕もなかった。

 そして爆発に気を取られたドップはセイバーフィッシュ隊の連携攻撃によって落とされ、連邦空軍は数の優位を増す。護衛戦力が減ったガウは余裕ができたセイバーフィッシュ隊にノーロック対艦ミサイル、バルカン砲をぶちこまれ、守護天使のビーム砲に貫かれ、次々と落ちていく。地上部隊の爆撃に成功したガウは一機も居なかった。

 

「守護天使様は今日も絶好調だな」

「ああ。上は気にしなくていい。おかげで任務に集中できる」

 

 それを後方から見守るミデア<輸送機>の群れ。彼らのコンテナの中には、連邦軍の量産型モビルスーツ・ジムが満載されている。地上にもはるか後方に、拠点粉砕用の陸上戦艦ビッグ・トレーとその他輸送機に乗せ切れないモビルスーツが輸送車両に寝かせられて進軍中で、それらを守るように周囲を多数の61式戦車とガンタンクが固めていることから連邦軍の本気の攻勢であることがわかる。

 ガウ級攻撃空母が6機、ドップ戦闘機が24機。この群れはこれを察知したジオンの先遣隊であったが、ついさっき全滅した。健気にも対空攻撃の間を縫って降下したモビルスーツたちは、戦車とガンタンクの群れと急いで起動したジムの群れに集中砲火を浴びて、わずかな損害を与えて全滅した。新型、旧型、精鋭、新兵など関係なく、数の暴力には勝てない。

 

 

 北米大陸を縦断する連邦地上軍は、絶えず送られてくる迎撃戦力をMS隊と航空支援により正面から粉砕し、東海岸沿いを北上。また航空隊は大きく二部隊に別れ、西海岸・東海岸を担当。西海岸を担当する部隊は先行し、大きな港湾部を空爆して潜水艦基地を叩いた。そこへパナマ運河を通って西海岸へ回り込んだ、連邦軍水上・水中艦隊が到着。空母を座礁覚悟で突っ込ませて強襲揚陸艇とし、モビルスーツ隊を下ろして素早く敵の抵抗を排除して制圧。

 ……もちろん、ジオンも指を咥えてただやられていたわけではない。大西洋側にて通商破壊を行っていたジオン水泳部はどうしようもなかったが、北極海で活動していた通商破壊艦隊が急ぎ南下。さらにはハワイ諸島からも戦力を引き込み、キャリフォルニアに戦力を結集して徹底抗戦を行った。

 水中用モビルスーツの開発が進んでいなかったために、ジオン水中戦力に連邦海軍は大きな打撃を受けた。撃沈・または航行不能に追いやられた艦は、動員された内のおよそ三割に及ぶ。連邦軍の誇る対潜番長、ドン・エスカルゴの手厚い支援があって三割である。

 

 東海岸は地上戦力がメインだったため、兵器の質は互角で、数の優位が活きた。空中給油で航続距離を伸ばした戦闘機で制空権を確保。偵察機が巡航ミサイルの誘導を行い、基地を攻撃して対空火器を破壊。安全になった空を爆撃機が飛んで爆弾を落として。

 このように航空機による波状攻撃で、地上戦力の露払いが行われる。そこへ遅れてやってきた輸送機が本命のモビルスーツを投下。ジオンと対等に戦える武器<モビルスーツ>を手にした、復讐に燃える精鋭空挺モビルスーツ部隊が航空支援を受けながら戦闘を行い、ジオンの戦線に穴を空ける。さらに地上を足で進む部隊がなだれ込み、穴を広げて突破。勢いを止めることなくジオンの拠点へと殺到して、数を頼りに制圧・占領。そして置いてきたジオン軍に反転し、逆転攻勢をかける。拠点を取られ、補給を絶たれたジオンは、偵察機に指示を受けたビッグ・トレーとガンタンクの砲撃で分断され、ジムと戦車の群れに各個撃破されていった。

 占領した拠点を前線基地として、滑走路へミデアを下ろす。ジャブローから空輸された物資で、モビルスーツ隊は補給と修理を済ませて出撃。また空軍も、戦闘機、偵察機、爆撃機の順番で出撃していき、また次の拠点へ襲いかかる。航空部隊に痛めつけられたジオンは、殺到する地上部隊に圧殺される。かつてジオンが連邦軍にした電撃戦は、より洗練された形でやり返されていた。

 当然連邦軍にも損害は出るが、すべて予定の範囲内であった。戦争なのだから、戦えば死人が出るのは当然。犠牲のない勝利などありえない。対してジオンは制空権を取られているため、地上と空の両方から攻撃を受けて、ろくに戦果も上げられずに死ぬしかない。慈悲はない。

 守護天使は忙しく、コア・ブースターで次々とキルカウントを増やしていた。モビルスーツの登場で近接航空支援の必要がなくなったかというと、むしろ増えたために。61式戦車が地上の主力だったころは、支援要請を出す間もなく・出しても持ちこたえられずに全滅ということも多かったが、モビルスーツ・ジムは戦車と比べて頑丈であるため、交戦しながら持ちこたえて要請を出す、ということもできるようになったのだ。

 本来ならジムはザク程度なら正面から圧倒できる性能を持つのだが。大多数の兵士にとって初めてのモビルスーツ戦であるため、その性能を十分に発揮しきれずにいた。

 ともかく。ザクは頑丈なジムの撃破のために武器を『足を止めて、しっかり狙って当てる』必要があり、上空から見れば止まっているでかい的であった。

 そこへ支援要請を受けたコア・ブースターが上空から襲い掛かる。最初のアプローチは遮蔽物をバルカン砲で吹っ飛ばし、二度目に本命のビーム砲でぶちぬく。それを燃料切れか弾切れまで繰り返し、切れたら補給に戻って、仮眠をとって再出撃。要請があったところまで飛んでいき、空中支援を繰り返す。物資が切れたら補給に戻り、以下略。破壊神とまで呼ばれるほどの活躍であった。

 それを見て士気を上げ、前進を開始する多数のジム、迎え撃つのは数の減ったザク。そのまま押し込まれてスクラップの仲間入りをするザク。それをあちこちで何度も何度も繰り返して、連邦軍は北上を続けた。

 ときどき腕利きパイロットの乗ったドムやゲルググ、グフなどの高性能モビルスーツが航空攻撃をすり抜けてジムをばったばったとなぎ倒して戦線を引っ掻き回すなどしたが、一部を抑えたところでそこ以外でも戦いは進む。彼らが健闘している内に、迂回され、包囲され、退路を断たれて物資切れまで追い込まれて捕虜になるか戦死することとなった。

 

 追い詰められ、街に逃げ込むジオン兵も居た。さすがに連邦軍も街ごと吹き飛ばすわけにはいかず、こうした兵には降伏勧告を行いつつ、降伏しない場合はレジスタンスに情報を提供してもらい、対モビルスーツ特技兵を潜入させて狩り出した。平地では自殺に近い特技兵の攻撃でも、入り組んだ市街地でなら犠牲も少なく、十分な威力を発揮できた。

 捕虜になったらなったで、手厚い歓迎が待っている。不幸なことに投降直後に『病死』する捕虜も少なからず居たが、そういった一部の例外を除き、通常捕虜は、占領した拠点の独房へ詰め込まれて放置。拠点が近くになければ、独房の数が足りなければ、近隣の刑務所にぶちこまれた。階級の高いパイロットや指揮官などは、連邦軍の負傷者などと一緒に後方へ輸送されて、連邦軍の誇る諜報部による尋問フルコースの歓迎を受けた。素直に情報を吐けばそれなりの扱いを受けたが、吐かない場合は肉体的・精神的・性的暴力に薬漬けなど、命を奪う以外のありとあらゆる手段を駆使して吐かされた。用済みになれば証拠隠滅に消された。

 捕虜の虐待・拷問は南極条約違反だが、証人や証拠もなく、訴え出る被害者も共犯者も居なければ問題にはならなかった。

 そうやって得られた情報を元に、作戦に細かな修正を加えたりもしたが。戦略、大勢にはあまり影響なく、概ね予定通りのスケジュールで北米奪還作戦は進行していった。

 

「圧倒的ではないか。わが軍は」

 

 快進撃を続ける地球連邦軍。テーブルに広げられた地図の上に、いくつものピンが立っている。その州の主要都市を制圧したことを示すピンだ。北米大陸の下半分と、西海岸の広域が地球連邦軍に奪還されている。

 リモートで参加中のゴップ大将は、そう歓喜の声を上げる。

 

「順調に行き過ぎている、と私は思うのだが。諸君らの意見を聞きたい」

 

 同じくリモートで欧州から会議に参加するレビル将軍は、厳めしい顔を崩さず、状況を楽観視せず、北米を攻略中の部下たちに意見を求める。

 

「量産したモビルスーツの性能。航空隊との連携。司令官の不在。納得できる理由は十分にあるが?」

「後退するフリをして戦力を集めて、正面決戦を挑むつもりではないでしょうか」

「制空権を取られているのに決戦はないのでは。遅滞戦闘で時間を稼いで、その間に宇宙へ戦力を逃すつもりでいるとか」

「打ち上げ施設に動きは?」

「高速偵察機を飛ばしましたが、ミノフスキー粒子が濃く何もわかりません」

「見られたくないことをしている。それだけわかれば十分でしょう。地上戦力には余裕がありますし、航空支援を減らし爆撃隊を向かわせ焼き払うべきではありませんか」

「北米奪還後のことを考えれば、できれば無傷で接収したいところですが」

「地上は連邦軍のホームグラウンドですが、宇宙はジオンのホームグラウンドです。宇宙に逃がして好き放題されるよりも、可能な限り地上で数を減らすべきでしょう。私は、爆撃に賛成です」

「空挺MS部隊を使って占拠するべきでは?」

「いくつも障害があるが。防備の厚い場所へ降下できる保証はない、降下できたとして占拠できる保証もない。よしんば占拠できたとしても、敵地のど真ん中だ。維持ができない。かといって破壊すれば奴らは背水の陣になる。玉砕覚悟で突っ込んでこられたら被害が増えるだけだ。そこまで大勢が逃げられるわけでもなし、あえて逃げ場は残しておいてもいいのでは?」

「大勢に逃げられるさ。降下に使ったHLVがそのまま打ち上げに使えるのだから」

 

 将官・佐官クラスの人間が集まって延々会議を行う。しかし、レビル将軍の中でどうするかはすでに決まっていた。あえて黙っているのは戦況が優勢であることと、部下の育成のためだ。

 ジオンに兵なしとは言ったが、連邦も大規模な作戦の指揮を執れる将が少ない。ルウムの敗戦では、連邦軍の将来を担う将兵の多くが死んだ……今回の北米奪還作戦を経験してもらい、一人でも多くの将官に、己の後釜を担える程度に育ってもらいたい。そのような思いがあった。

 

 話が己の思っていた通りの方向へ纏まってきた時点で、大将は口を開く。

 

「偵察機を飛ばして物資と兵の流れから物資の集積地を探し、そこへ適切な配分で戦力を割く。これがジオンに出血を強いる最善だと思うが、どうかね」

「……」

 

 連邦軍の最高指揮官に異を唱えられる人間は居なかった。

 



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北米奪還作戦 その後

 北米大陸で、ジオン軍と連邦軍が本格的な衝突を始めてから二週間。朝も夜も関係なしに、大砲の音が鳴りやむことはなかった。

 爆弾と砲弾で大地は耕され、煤の混じった黒い雨が耕された大地に降り注ぎ、数えきれないほどの水たまりを作った。

 所々にスクラップ。死体は大体蒸発するか、死肉漁りが食べやすいサイズの細切れになり、巣に持ち帰られて戦場には残らなかった。そんな状況が二週間ほど続いたある日のこと。状況は突然に変わった。

 

 ニューヤークの郊外。戦場から離れたジオンの物資集積地では、いくつもの巨大な火柱が上がっていた。それは交戦によるものではなく、これ以上北米大陸を維持することは戦力を徒に消耗させるだけで、戦略的に無意味と判断した司令部が、兵器や兵士を宇宙へ撤退させるために宇宙から地上へ下ろして、荷物を積んでまた打ち上げられるHLV(重量物打ち上げロケット)であった。

 ゆっくりと戦線を後退させて時間稼ぎをしていた少数のジオン兵たちは、打ち上げられるロケットを見て、自分たちの役目が終わったと理解し武器を置き、事前の指示通り情報や新型モビルスーツだけはしっかり破壊してから降伏した。反骨精神あふれる者は、いずれ来る逆襲の日を夢見てモビルスーツを隠し、市井に紛れた。

 

 こうして、攻略開始から二週間。およそ半年ぶりにホワイトハウスに地球連邦軍の旗が掲げられることとなった。ジオンに最初から大陸を維持するつもりがなかったのか、それとも連邦がうまくやったのか。どちらにせよ、双方最低限の被害で、最短の期間で奪還・撤退に成功した。

 地球連邦軍の得たものは、熱烈歓迎な市民……ではなく腹をすかせて物資の支援を求めるばかりの市民たち、同じく腹をすかせた捕虜。ザクのスクラップに、工場地帯。資源や資金、情報の大半は持ち去られて、工場は壊され畑と食料は焼かれて、連邦軍には何一つ渡さないという意思が透けて見える撤退ぶりだった。

 焦土作戦である。ガルマ・ザビが指揮を執っていればまず行われなかったであろう非人道的な、しかし嫌がらせとしてこの上なく効果的なやり口に連邦軍はオデッサへの援軍をいったん延期とした。

 地球の名を看板に使っている軍隊として、飢えた市民を放り出してオデッサへと向かうわけにはいかなかったのだ。

 

 復興そのものは順調に進んだ。上記の作戦のせいで生産能力は著しく低下していたが、工場は修復すれば使えるようになる。畑はもう一度耕して、食料、種はよそから持ってくればいい。都合のいいことに重機(モビルスーツ)は大量にあった。建物を解体したり、大きながれきをビームサーベルで切り分けたり、重い資材を高所へ持ち上げるクレーン替わりにしたり。モビルスーツは戦闘だけでなく、工事にも役立つのだ。モビルスーツが宇宙用作業服の発展形だとすれば原点回帰であり、当然のことなのだが。それはさておき……連邦軍は治安維持のための部隊と、工場復旧のための工兵部隊、食料の輸送部隊とその護衛を置いて、北米大陸奪還作戦の完了を宣言した。

 

 そしてアメリカの辺境の病院。

 

「……シャア<ロリコン>め。何が勘違いされたまま死なれるのは本望ではない、だ……これでは死んでいたほうがマシではないか」

 

 顔にひどいやけどを負い、全身に包帯を巻き、虚ろな目で天井を見上げて掠れた声でぼやく、おそらく年若いであろう男がベッドの上にいた。

 彼の名はガルマ・ザビ。友人と思っていた男に裏切られ罠に嵌められてすべてを失った男。手柄に目がくらんで部下を失い、恋人は自分が死んだという誤った情報で悲しみに狂い敵を討とうとして死亡、祖国では大々的に国葬が行われた故に死人扱い。死人に地位や財産などあるはずもないだろうと、無一文で裸に剥かれて病院へと放り込まれた。

 美青年、貴公子と散々におだてられてきた顔は無残に焼け、父が好きだと言ってくれた声は煙を吸って掠れ。恋人に褒められて以降、手入れを怠ったことのなかった髪は燃え尽きた。

 親しい者でなければ……いや、親しい者であっても、彼がガルマ・ザビ本人であると理解してくれるかどうかわからない。

 親友の言葉を聞いてから気を失い、病院のベッドの上で目が覚めて窓の外を見れば、地球連邦軍の軍旗が風に揺られてはためいていた。

 眠っている間に自分の指揮すべき軍隊が敗北し、アメリカ大陸が奪還されたことに深い絶望を覚えるも、こぶしを握り締め、歯を食いしばることしかできなかった。何もできない。

 もしも地球連邦軍に、ガルマ・ザビが生きていると知られれば、敵対国家元首の家族であり、北米大陸の元指揮官。情報を引き出すために命を奪う以外のあらゆる手段を取るだろう。

 もしもジオン公国軍に、ガルマ・ザビが生きていると知られれば、奪還のために多大な犠牲を払い兵士たちの命を無駄にすることになる。あるいは、その情報を握りつぶされるか。そうして身内に二度目の死を与えられるだろう。それでは悲劇を通り越して喜劇だ。どちらにせよ本望ではない。

 

「……」

 

 号令一つで軍が動かせていた己が、今では自分の体一つさえ満足に動かせない。手足は骨折のため固定されて動かせず、寝返り一つ打てもしない。排泄さえも自分ではできない。

 圧倒的無力感。ああ、文字通り天から叩き落されたのだ。下水を走り回るドブネズミでさえ自分の意志で動けるというのに、今の自分はそれ以下だと思うと全くみじめであった。医者の監視がある中では自分の命さえも自分の意志で閉ざせないことが、さらに追い打ちをかけた。

 食事を断って死のうとしたこともあったが、栄養を点滴で送り込まれて餓死することもできなかった。思いつめて死なせてくれと頼んだが、医者からひどく怒られた。

 ここにいるのはかつてガルマ・ザビだった、今は名もない無力な誰かだ。

 

 この現状はシャア・アズナブルが当初予定していた復讐の形とは異なる。彼は、最初ガルマ・ザビを殺すつもりであった。

 だが長く親友として付き合って、実行の直前に誤解からとはいえ独房へ入れられて、これまでの付き合いを振り返って……思い直した。反省したとも言える。家族を奪い、己にみじめな暮らしを強いたザビ家は憎い。だが、だからといって親の罪で親友を殺してしまってもよいものかと。だがこの機を逃せばもう復讐のチャンスは巡ってこない。深く、深く悩んで、墜落していくガウを見て決めた。

 彼はザクで墜落するガウに飛びつき、コックピットを叩き割ってガルマを引っ張り出した。

そして、ガルマ・ザビは死んだと報告した。実際は半死半生の状態で命以外のすべてを失って惨めに生きているが、公的には死んだことにされた。

 全身にやけどを負い、骨も折れて、何もしなくとも放っておけば死ぬ状態のガルマをザクの手のひらに乗せて運んだ。その気になれば容易に握りつぶせるような、見殺しにできるガルマの命を、シャアは奪えなかった。病院へ放り込む際に、「ロリコンと誤解されたまま死なれるのは本望ではない。生きて私の苦しみを少しでも理解してくれれば幸いだ。それと、これまで隠していたが私の本当の名はキャスバル・レム・ダイクンと言う。もう会うことはないだろうが、覚えておいてくれ」と伝えて立ち去った。

 

 

 





シャアは反省を促されたのでガルマを殺しませんでした。
生きているというだけで、おそらくもう出番はありません。


細身のイケメンガルマは志々雄誠みたいな全身やけどで包帯グルグルな感じになりました。


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航海

 北米大陸奪還後の地球連邦地上軍の仕事は、残党狩りをしつつ、腹をすかせた市民たちに食料と農作物の種・苗を陸路・空路・海路をフル活用して輸送することだった。

残党の襲撃はそこまで差し迫った問題ではなかったのだが、護衛もなしに輸送機を飛ばしてんじゃねえぞという意見が空軍から出ており、モビルスーツの空中砲台運用テストも兼ねて、輸送機一部隊につき一機のモビルスーツ搭載が認められた。搭載されるモビルスーツは、ジムの頭部センサーを改良しM粒子散布下での索敵能力を強化。武装はビーム・スプレーガンではなく、ビームライフルよりもさらに収束率を上げて精度を上げたスナイパータイプ。これで上空から敵を一方的に排除しようという戦術研究の一環であった。

地上のモビルスーツに対して、上空からの攻撃が有効であることは、空軍の活躍によりしっかりと証明されている。大量の敵に対しては、大量の爆弾による絨毯爆撃が有効、少数の敵に対しては高精度なピンポイントのビーム攻撃が効果的。それなら高級戦闘機よりも……安くはないがモビルスーツと、運動性は悪いが安価で燃費もいい輸送機とのセットでやれば、地上に降りてからも護衛ができて支援用戦闘機の分の燃料の節約になる。貴重な対地攻撃もできるパイロットを、占領地統治のために置いておくのは勿体ないということで、こういう決定がなされた。

 

 護衛の戦果はそれほどなかったが、輸送部隊はほとんどが無傷で仕事を果たした。それは当然、補給の途絶えた残党がいつまでも戦えるはずもないからで。何度か戦えば弾も切れ、戦わなくとも生きていれば生活のための物資が切れる。その時期は抱えている戦力が多ければ多いほど早く訪れる。物資が切れたら空を飛ぶ輸送機など狙わず近くの町に収奪へ走る。そのほうが楽だし実入りもある。すると隠れていた存在が露見。住民からの通報をもとに航空偵察機が情報を集め、その情報をもとに残党狩りの部隊が航空支援を受けながら・突入・掃討する。というのが半月ほど続いた……補給も指揮もなしに残党過激派が戦いを続けられる期間は、それが限界だった。各地の連絡は途切れ、仲間との連携も取れず、分断ののちに制圧された。残りはあきらめて市井に身を隠すばかりであった。

 攻略作戦開始から一か月で、市民たちの協力もあり奪還作戦は完全に終了した。

 そしてジャブロー。司令部は一息つく暇もなかった。北米を奪還したからと言って、それで戦争が終わるわけではない。大きな作戦のうちの一つが終わったに過ぎない。ヨーロッパではオデッサ作戦が進行中で、それが終われば宇宙攻略戦が待っている。

 地上は前哨戦で、本番は宇宙。連邦・ジオンどちらにとってもそうだ。連邦のゴールはジオン公国本拠地であるサイド3まで殴り込み、二度と連邦と他コロニーに対して暴力を働けないように叩き潰すこと。

その時まで決して気は抜けない……が、まずは足場固め。地球からジオンをたたき出すこと、いや重力の井戸の底ですりつぶすことが大事だと、ゴップ大将自らジャブローを出て、ゴップ大将専用航空母艦と護衛艦隊を連れオデッサへ向かった。

 この航空母艦ラ・グランパはメガフロート級の巨大母艦で、大型爆撃機以外の航空機なら大抵が離発着できるし、同時に搭載できる物資・機体の数もそこらの輸送艦・輸送機とは比べ物にならない。小規模だが工場や研究所まで入っている。

 航空母艦には当然艦載機が付き物であり、搭載機数は不明。だが、いくつか実験機も含まれている。

 

「どうだね。新武装の出来は」

「これは技術士官殿……120mmレールガンですね。仮想敵をビームの効かない大型の重装甲目標とするなら、大変有効でしょう。そうでなくとも有効ですが、ビームが効くのならビームでいいのでは、とは思いますね。旧い技術ですから研究しておいて損はないと思いますが。

まあ、ビーム兵器は現状ジオンにとって最大の脅威ですので、いつか必ず対抗手段を用意してくるはずですし、対抗手段への対抗手段……イタチゴッコですが、これはもう歴史ですから仕方ないですね」

「MS以外の戦力の増強にも繋がるだろうか。できれば地上の戦力を増強したい、というのは上層部の意見だ」

「戦車にエネルギーCAPを取り付けて主砲を換装すればザクキラーになり得ます。ただ改修費用もかかりますし、もうすぐ地上戦は終結しそうですから、出番はないかと思いますが。飛行機は反動に耐えられるレベルの頑丈さが必要になりますので、機体を選びますね。候補としてコア・ブースターならあるいは? セイバーフィッシュだと厳しいかも。専門外なので確かなことは言えませんが……それでだめならベース機の新規開発が必要になるかもしれません。重力下ならともかく、今後の主戦場は宇宙です。宇宙では航空機もMSも同じフィールドで戦うことになりますから、わざわざ新しい機体を開発するよりも頑丈で多様な運用のできるMSでいいのでは、となりそうな気もします。もしかすると未来の戦場はMS以外の兵器は母艦以外に消えてしまうかもしれませんね。航空機の性格をしたMS、戦車の性格をしたMSとか」

「MSに何もかもやらせるわけか。しかしMSは高価だぞ? そんなことになるだろうか」

「兵器の歴史はそんなものです。今量産中のジムはコストと性能を両立させた理想的な量産機ですし、破格といっていいほど安価です。話がそれてきましたね……レールガンに戻しましょうか。技術は応用できます。口径を大きくすれば艦砲に利用できます。逆に小さくして既存の火薬発射式の対空機銃を置き換えれば被弾時の爆発もなくなり、破損を感知して電力供給を止めれば火災も起きません」

「それだけ聞けばメリットしかないようだが。その方式が採用されていない理由もあるんだろう」

「レールガンは通常火砲に比べて高価ですから。メンテナンスも複雑ですし。既存の対空機銃と置き換えるほどの理由はありませんね」

「……では航空機の主砲としては?」

「ミサイルではダメなのでしょうか。出てくるかどうかもわからないビームの効かない敵のために、急いで開発を進めるほど価値があるかというと……ビームか実弾か、どちらかに統一したほうが兵站面では負担が軽くていいとは思います」

「実際に載せてみて、使ってみて。ダメならダメでいいんじゃないか。そのための実験機だ」

「実験機もタダではないのですが」

「しかし得られるデータには投資分以上の価値がある。安全面に十分配慮して、試験を行ってくれ」

「了解しました」

 

 

 ……という会話が行われ、セイバーフィッシュ、コア・ブースター、そしてRGM-9A(ジム先行生産型)の三種類の機体に装備され、オデッサへの航路途中、飛行甲板上で海に向けて発射試験が行われた。

 航空機は主翼に懸架・胴体に懸架・既存武装と入れ替え。3つのパターンで装備され、ジムは通常兵装と同じように手に持って。それぞれ使用後の機体負荷を調査。結果、ジムとコア・ブースターの武装入れ替えのみ使用可能と判断され、ひとまずジムの武装が一種類増えることとなった。コア・ブースターの場合は追加でもう一段階試験がある。戦闘機動中に使用しても問題ないかの確認のため、一度空に上げられた。接合部で折れたという重大事故があったため慎重になっているのだ。

 テストパイロットに選ばれたのは船酔いで甲板から海にゲロを吐き出していたシグ伍長。ネーレイド軍曹の無茶苦茶な戦闘機動に耐えきれず、補助パイロットを降り出世の道からも降りた撃墜王の元相棒。相棒だったのだが、撃墜王に比べ能力はあまりパッとせず、モビルスーツへの適性も低い。もともと無理やり載せられていたという感じであった。しかし車両の運転能力と、宇宙用モビルポッド、ボールへの高い適性が認められ、現在兵科転換訓練期間中……のところを捕まった。

 

「えぇー……小官は航空科での経験があるというだけで、専門ではないのですが」

 

 空飛ぶジェットコースターに散々振り回されてもう飛びたくないという思いと、飛べば船酔いから逃げられるという思いに挟まれて、げっそりした顔をしていた。

 

「適正があることは知ってんだよ。飛べ(意訳)」

「はい……」

 

 軍隊とは階級社会である。上官の命令には絶対服従を基礎教育の時点で刷り込まれているため、抵抗する意思はあっても命令が明確な犯罪行為や倫理に反する行いでない限り、強く押し切られれば従う他ない。

 この後護衛艦隊に射出させたデコイバルーンを、急旋回しながらのレールガン射出で破壊するという過酷なテストが実施された。結果は良好で、ビーム砲を使用したときとほとんど機体負荷は変わらないという結論が出た。

 以降、少数ではあるがレールガンを装備したコアブースター飛行隊が戦場の空を飛ぶこととなる。

 




フレーバー程度のシグ伍長のステータス(ダイス)
出身 北米
家庭 22

ステータス
指揮 30
魅力 6
射撃 64
耐久 31
反応 72
格闘 9
NTレベル 8
MS適性 31 MA適性89 車両適性85 飛行機適性63 艦船適性6

ステータスはフレーバー程度なので深く気にしないでください。ストーリーに影響するかも気にしないで。

次回あたり欧州上陸予定。来週くらいに書けるといいなあ。
デスストやったりエルデンリングやったりして遊び呆けて、気づけば早二ヶ月近く更新が途切れていたのですね。
楽しみにしていただいていた方には申し訳ありませんが、反省はしておりません。


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欧州

 万事が順調に進んだ北米奪還作戦とは違い、オデッサ方面は激戦であった。

 理由はジオンの兵器の更新による対空攻撃能力の向上である。侵攻を開始してから早い段階で陥落した北米とは違い、欧州のジオン軍は常に航空機による攻撃に悩まされ、侵攻の手が止まっていた。どこかの撃墜王の仕事の成果もあるが、それ以上に連邦の航空機の性能がジオンの上を行っていたことによる方針転換だ。

 そのため、ジオンは航空機の性能向上はあきらめ、モビルスーツに対空攻撃能力を付与しようという試みが早くから実行されていた。ゲルググやドムといった高性能MSにはもちろん、旧式となりつつあるザクにも大口径砲を搭載して射程距離を強化。マゼラアタックは分離機能をオミットして仰角を大きくし対空砲としての運用を可能にしただけでなく、砲弾にも改良を加えた。時限信管による炸裂により、対空攻撃能力を強化した。

あとは艦砲なみの大口径砲を搭載した大型戦車による攻撃、ダブデ陸戦艇も加わり、オデッサ及び周辺拠点は対空砲の針山という有様であった。おかげで連邦軍は爆撃機の損失が増えて頭を抱える羽目に。射程距離の向上した対空砲は水平使用すれば対地攻撃にも十分な威力を発揮するため、押し寄せる地上軍に対しても有効打となった。量産されたジムに対しても、相手を上回る射程距離で性能差をカバーすることができたのだ。

そして何より、地上に降りてからずっと空の脅威に怯え、戦い続けてきたベテラン兵士たちの活躍が大きい。航空機の姿が見えれば即座に火力投射、近寄ることを許さなかった。

 だがそれでも防戦一方であり、反撃に出る余裕はなく、少数の通商破壊部隊による後方撹乱が精一杯。ジャブローからの連邦軍の増援が到着すれば崩れる、薄氷の拮抗であった。

 それを理解する指揮官、マ・クベは拮抗している間に北米と同じ手を使うことにした。地上が抵抗している間に、可能な限り資材をかき集めて、兵と一緒に宇宙へ打ち上げる。モビルスーツなど、資源と工場さえあればいくらでも作れるが、それを使う兵士は違うのだ。新人を教育するには時間がかかる、教育するにも経験豊富な兵士の指導がなければレベルは下がる。

 ……しかし、撤退するにも時間を稼ぐ必要がある。補充で送られてきた新人では時間を稼ぐ前にすり潰されて死ぬだけだ。ベテランを使えば多少は時間を稼げるが、どっちにせよすり潰されて死ぬだろう。マ・クベは自分が嫌われ者であることを自覚していた。その自分の命令で捨て駒を引き受けてくれる兵士が一体どれほど居るだろう。自分の手足として働く忠実な部下くらいか……とそこまで考えて、いっそ自分の所属する派閥の主のために悪役に徹しようと、他派閥の兵士を密かに、しかし速やかに調べ上げるように部下へ命令した。

 切り捨てれば当然、その部下、派閥からは恨まれることになるだろう。だがとっくの昔に嫌われ者なのだ、自分を恨む名前も顔も知らない人間が今更増えたところで何だというのだ。

 

 とはいえ、同じ祖国を持つ兵士であることに違いはない。死んだところで痛くも痒くもないが、死なせずに済むのならそれに越したことはないのも事実。

 

「そのためには……キシリア様と、ギレン閣下に許可を仰ぐ必要があるな」

 

 戦術的な采配は一任されているが、上にお伺いを立てるということには重要な意味がある。問題が起きた際の責任を押し付けるために。

何より越権行為などという下らない理由で処分されては、自分の仕える主に申し訳が立たない。

 

 

 場所は変わって、大西洋。オデッサへの造園として派遣された地球連邦軍水上艦隊は、地中海へ入るためにジブラルタル海峡へと差し掛かる。北米で水中用MSに大損害を与えられた経験から、対水中戦力としてドン・エスカルゴを複数飛ばして、海中を透明に。怪しいものがあれば爆雷を落として、生産したばかりの水中型MS、アクア・ジムで戦果を確認。航路の安全を完全に確保してから地中海へ侵入した。道中二度潜水艦とMS部隊に襲撃を受けるも、対潜哨戒機での早期発見、艦隊行動による数の暴力で撃退。アクア・ジムで追いまわして追い散らす。病的なまでに慎重に航路を進め、無事に連邦が奪還した港……へは寄らず、沖でタンカーに資材を載せ換えての陸揚げをした。狭い港では急襲された際に身動きが取れず、一方的に大損害を被る可能性があるから。ではなく、単純に船が巨大すぎて入れる港がないからだった。

なお、ここでも重機としてMSを利用できないかと試みが行われたが、揺れる船上ではモビルスーツをうまく動かせず、MSが転落する結果となり試みは失敗に終わった。落ちたのがアクア・ジムでなければ重大な労災だった。

 

 ともあれ、艦隊の目的である物資と戦力の輸送は達成できた。艦載機も……目標物のない海上、かつミノフスキー粒子下では通信もできず、帰還も困難となるため、自衛分に最低限だけ残して陸揚げし、艦隊は陸上部隊への砲撃支援のため、作戦地域付近を航行した。

航空機とパイロットは最寄りの基地へと運ばれて、そこから作戦指示を受けて出撃する。オデッサ攻略作戦は地上戦では過去最大の戦いとなる。その意識は上から下まで刷り込まれているため、準備は綿密に行われた。出撃前には時間の許す限り厳密な整備点検、兵士たちは作戦目標の確認をして……11月某日。オデッサ攻略部隊の増援が戦地入りした。

 

破壊天使こと、レオナ・ネーレイドの所属する部隊に与えられた任務は、空挺MSの輸送護衛と、その航空支援。対地攻撃部隊と地上のMS部隊の連携で、敵砲撃型MSの撃破を狙う、危険度の高い任務。それだけにスコアの高いエースパイロットを集めた精鋭部隊であった。目的が目的だけに、元急降下爆撃隊のメンバーが大半を占める。

モビルスーツも開発・量産したが、地上戦の主戦力は相変わらず航空機だ。その航空機の威力を十分に活かすためにも、対空兵器の排除は急務であった。しかし、ジオン製砲撃型モビルスーツの機動力、耐久力は従来の対空砲と比べて非常に高いため、機動力と火力を両立する空挺部隊と戦闘機(コアブースター)隊が投入されることとなった。

 



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天使の帰還

 レオナ含む戦闘機隊は空てい部隊の着陸地点を確保するために、6機小隊を半分に分けて、担当エリアの制空権と着陸地点の安全を確保しようとした。

 ジオンの航空機部隊も当然迎撃に出てくる。地上から砲撃用MSに支援させて動きを縛り、ドップが動きの鈍った航空機を追い込んで、ガウが後方からメガ粒子砲を打ち込んで落とす混成部隊。陸空の連携の取れた攻撃で、連邦の航空戦力を叩き落としてきた精鋭たちだ。彼らの不幸は、いつもの相手はセイバーフィッシュかフライマンタで、今回もそうだろうと思いこんでいたこと。

 コアブースターは少数生産の高級品で、一部の精鋭部隊にしか与えられていない。破壊天使という個人は個人だから出会うことはほぼないし、出会ったら大体死ぬ。そんな噂レベルの相手が群れで出てくるなんて、思いもしないだろう。

 いつもならガウのアウトレンジ攻撃で先制するところを、逆に相手からビームを撃ち込まれて、対応できなかったドップが数機叩き落された。

 

「ビーム兵器だと!?」

「まさか、精鋭とでも言うのか!」

 

 編隊を立て直す前に空を担当するコアブースター隊は突撃。ドップ隊のど真ん中を突破して、ガウ級攻撃空母に殺到した。弱い相手、落としやすい相手からたたいていく。それが戦いの定石。ガウの火力は機体サイズ相応に巨大だが、懐に潜り込まれれば鈍重で、俊敏な戦闘機からすれば浮いているだけの的であった。

ろくに抵抗することもできず、ビームに貫かれて花火になる爆撃機。戦闘機隊は機首を反転させて、追いかけてくるドップ隊に逆撃を仕掛ける。邪魔者のいない、純粋な実力勝負の空戦が始まった。

 

 一方、地上を任された部隊を率いるのは破壊天使。階級が低いため隊長は他に居るが、実力・戦績・好戦性いずれも隊の中では最上位のために、指示を受けて先陣を切ったのは彼女だった。ジオンにとって不吉の象徴、死神の代名詞と化した、夕暮れ色の翼が地面に向かってほとんど垂直に落ちていく。砲撃機とは射程を強化したもので、射程を活かすためにカメラの性能も向上している。つまり、急降下してくる翼端をオレンジに塗ったコアブースターを見てしまった。

 

「破壊天使だ……」

 

 そうつぶやいたザクキャノンのパイロットはコックピットの中で小便を漏らして、機体を垂直に貫いたビームに強制的に乾燥、蒸発させられた。最期の呟きは味方にも聞こえ、恐怖が伝播する。地面スレスレで機首を上げて反転、空中へ飛び去っていく破壊神の機体。その尻を撃とうとするMSは、僚機が放ったビームに撃ち抜かれた。

 最初の襲撃を生き延びたMSは増設された砲を乱射するが、急降下を繰り返すせいで本来の使用距離から外れて全く当たらず、手持ちの武器で狙うほうがいいと気付くまでに、そのエリアのジオン砲兵MS部隊は半壊、恐慌状態に陥って逃げ出そうとする者も現れた。

 そういった者は後回しにして、反撃を諦めない根性あるパイロットが先に殺された。逃げ出したMSも見逃されたわけではなく、後回しにされていただけで、もちろん制空権を確保した後で処理された。

 

「こちらイレイザー。着陸地点の掃除は完了した。安心して積荷を下ろしてくれ」

「こちらストーク1。迅速な仕事に感謝する。天使様に礼を言っといてくれ」

「了解。たしかに伝えておこう。では空挺部隊の皆様、健闘を祈る。輸送機を送り届けて、補給が終わり次第戻ってくるが、我々の仕事を残しておく必要はないぞ」

「空軍はたっぷり給料もらってるんだろう? そんなことを言わずに頑張ってくれ」

「激務でね。金はあっても使う暇がない」

「オデッサが落ちれば少しくらいは休暇がもらえるかもな。じゃ、行ってくる」

 

 地上と空の安全が確保されてから輸送機部隊が空挺MS部隊と指揮車両を降下させた。彼らのMSは通常のジムよりもセンサー類を強化、その他出力も大幅に向上させたカスタム機で、ジム・ナイトストーカーと呼ばれる。武装はビームライフルとビームサーベル、マシンガン、ミサイルポッドの重装備。彼らはこの後地上を探索して、事前に定めた通りに砲兵陣地を襲撃して回り、それに合わせて主力部隊が突撃。膠着した戦線を一気にこじ開ける予定となっている。回収は信号弾の打ち上げを合図に行われる、その際のエスコートも航空部隊の仕事だ。

 

「隊長、まだ燃料弾薬に余裕があります。戦果を拡張するべきではありませんか」

「だめだ。輸送機の護衛が任務だぞ、忘れたのか」

「了解しました」

「急がなくても、輸送機を無事送り返したら補給を済ませて再出撃だ。敵は探せばいくらでもいる。今日は一段と忙しくなるぞ。一番多く落としたやつには飯をおごってやる」

「そんなこと言うけど、MVPは毎回天使さまじゃないですかー……」

「レオナ軍曹。今度はどこへ行きたいですか?」

「……私はどこでもいいんだけど」

「貴様らの気合が足りんから子供に負ける。精進しろ」

 

 小隊長は天使の提案を却下し、周りは楽しそうに話を続ける。彼女は部隊の華としてかわいがられ、しかし当人はかつてない厚遇にどうすればいいのかわからずに居る。戸惑いながら環境を受け入れようとする美少女、しかし戦闘となれば誰よりも早く敵に食いつき、叩き落す凶暴なトップエースという二面性が彼女の部隊内での人気を後押ししている。

 なお空軍に入って以降、サービスは一度も行っていないし、求められてもいない。人気といっても健全な人気だ。高官の愛人という立場と、空にいても地上にいても類を見ない強者であることが、彼女の周囲に不埒な輩を近づけさせない。

 

 この後、輸送機を無事に基地まで送り届けて、補給の間にデブリーフィングを行った。搭載された機体カメラでそれぞれの戦果のすり合わせと、戦闘機動の指導が行われるが。

 

「レオナ軍曹。君が今回の出撃での撃墜数ナンバーワンだ。おめでとう、とほめてやりたいところだが、僚機にもっとスコアを譲っていい。急降下攻撃は体への負担が大きい。あまり無茶な動きばかりしているとパイロットとしての寿命が縮まるぞ」

「ご心配ありがとうございます」

 

 上官が心配してくれているので、愛想笑いで返事をする軍曹。内心は、長生きどころか明日のことさえ考えていない……今が絶頂で、先のことなんてどうでもいい。平和になって元の生活に戻るくらいなら、いっそ戦いの中で死んだほうが、とも考えている。

 

「素直で結構。貴官は優秀なパイロットだ。歳さえ足りていれば隊長の任を譲ってもいいくらいにな」

 

 男の相手に慣れたせいで、自分を隠すことが年不相応に上手くなった軍曹。優しい隊長は声だけではとても見抜くことができず、素直な返事にひとかけらの疑問も持たなかった。

 優しい隊長が殺しについて何も言わないのは、コロニー落としで家族が故郷ごと消えたから。ジオン憎しが行き過ぎて倫理観が吹っ飛んでいる。ジオン星人は人じゃないからいくら殺してもオッケー、むしろ積極的に駆除すべき害虫とまで考えている。

 軍曹は害虫をたくさん駆除してくれるいい子だから。死んだ子供が同じくらいの年だから、つい甘やかしてしまうのだった。

 

 




現在現実で戦争真っ最中の場所を書くのは大変不謹慎ですが怒らないでください。
私だって書き始めたときはこんなことになるなんて思ってなかったんです。


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スパイ

 薄暗い部屋に男たちと少女一人が詰め込まれ、怒声が飛び交う。それは決してやましい話ではなく、彼らに与えられた作戦のことでもめているのだ。声の大きさは単純な怒りではなく、真剣な疑問からのもの。なぜ疑問程度で怒声を上げるのか。それはプロジェクターに映し出される作戦情報を見ればわかる。

 

『ジオン核ミサイルサイロ破壊作戦』と銘打ったその作戦は、単純であり、必要性・緊急性が十分に伝わるものだった。だが、それになぜ疑問が上がるのかといえば、内容に問題があった。

 大型の爆撃機に地中貫通爆弾を搭載、レーザー誘導装置を装備した戦闘機でサイロに爆弾を誘導、直撃させてミサイルを破壊する。これはいい、地上部隊の進行を待つ時間はないし、追い詰められれば到着前に発射するだろう。空挺部隊を投下するより爆弾を落としたほうが早い。

 だが、出撃部隊が一個小隊限定なのはどういうことだ。失敗の許されない作戦なら、失敗しないだけの戦力を投入する必要がある。と、作戦を直々に持ってきたエルラン中将に隊長が詰め寄った。

 

「説明している暇はない。出撃準備をせよ」

「一個小隊だけでは作戦の成功は見込めません。ご再考を願います」

 

 口調は穏やかに、しかし声量は拒絶の意思を表すように極めて大きく張り上げる。攻撃目標がそこらに点在する陣地ならともかく、戦場全体に影響を及ぼす重要な拠点であれば、対空砲が針山じみて生えている。第一段階として対空砲をきれいに掃除してから、第二段階、爆弾を誘導する部隊が出動、という流れならわかる。だがこの作戦内容では初段ですべてをやることになっている。これではいくら精鋭だろうが一個小隊では突入したところで返り討ちにされるのがオチだ。

 しかも爆弾誘導中の機体は回避行動が取れず、無防備となる。ならば護衛のために余計に戦力が必要になるはずだ。それをたった一個小隊でやれというのは、失敗が前提となっているとしか考えられない。

 

「歩兵一個小隊で基地を一つ壊滅させた事例もある。その当事者がここに居るではないか。空軍ができないとは言わせないぞ」

「できないと言ってるじゃあないですか!」

「なんだとぉ……? 命令拒否で営巣にぶちこんでやろうか」

 

 隊長と中将の雰囲気が過熱して殴り合いに発展しそうになっている頃、部屋の後ろでは。

 

「なあ、軍曹。お前さんゴップ大将と連絡はつくか。つくなら、この作戦どうもおかしい。正規のルートで発令されたものかどうかちょっと調べてもらってくれ」

「わかりました。中将閣下、少し席を外してもよろしいでしょうか。お手洗いに行きたくて」

「我慢しろ! そんなものブリーフィング前に行っておけ!!」

「我慢できそうにないので発言したのですが……ここで漏らせという命令ですね? わかりました」

「ち、メスガキが……早くいってきなさい」

「失礼します」

 

 速足で部屋を出て、トイレには行かず個人用携帯端末でゴップ大将に電話を掛けた。困ったことがあったらかけなさい、と言われて渡された番号だ。

 番号の行先が専用回線を引いて入浴時以外は常に身に着けているホットラインということは、彼女の知るところではない。

 

『私だ。どうかしたかね軍曹』

 

 コールしてから一秒で電話に出た。

 

「エルラン中将がジオン軍核ミサイルサイロ破壊作戦という計画書を持ってきて、出撃命令を出されたのですが、それがおかしいということで。正規ルートで出たものか調べていただけませんか」

『調べるも何も。核ミサイルの情報は確かに諜報部の報告書にあったが、それをどうするという計画はこれから会議をする予定だったな、レビル?』

『ああ。エルランがスパイかもしれない、という報告書もあった……それについては読んだか』

『黒か?』

『早とちりしただけかもしれん。何がおかしいのか聞かせてくれるかね』

「聞いた限りでは、サイロの破壊に向かうのは一個小隊だけ、目標の重要度に対して投入する戦力が少なすぎる、と隊長が文句を言っても取り合ってくれなくて」

『どう思うゴップよ』

『個人的な感情も入れてよいなら黒だ。そうでなければほぼ黒』

『私も同感だ。出撃命令は保留。エルラン中将を拘束せよ』

「わかりました、お忙しいところ失礼しました」

『構わんよ。むしろよく連絡してくれ』

 

 ゴップ大将が言い終わる前に、背にした扉を蹴り破り室内に突入。驚く室内の人間を無視して、部屋のど真ん中を突っ走り、助走をつけてエルラン中将の顔面にドロップキックをぶちこんだ。

 

「おぶっ!!??」

 

 いきなりの蛮行に対応できず、もろに食らって吹っ飛ぶ中将。いきなりの凶行に唖然として動けない、室内の隊員一同。追撃の手を緩めず、手近にあったパイプ椅子を持ち上げて容赦なく振り下ろす軍曹。何度も何度も振り下ろされるたびに、パイプ椅子の足がだんだんと血に染まっていく。

 

「ぶべ、わだしをっ! ぐぶぇ、だりぇだど! やめ、やべでっ……」

「裏切者のくせにドブ臭い口でやめてくれなんて言わないでよ」

 

 将官という階級は暴力を指揮するものであって、暴力に直面するものではない。長らく痛みとは無縁だったエルラン中将は、ただわめきながら許しを請うしかできなかった。しかし関係なく、容赦なく、スラム仕込みの暴力が降り注ぐ。体系で劣る相手には武器を使え。反撃されたら負けると思え。動く気がなくなるまで徹底的に痛めつけろ。誰に教えられたか、自分で学んだことか、それを忠実に実行していた。

 事情を知らなければ上官に全力で暴力をふるう、完全にやばいヤツだ。

 

「軍曹何をしている! やめろ!」

「中将を拘束しろと命令されたので手伝ってください」

 

 やめろと言われても、さらに上からの命令なので手を止めることはない。飛行隊長に助けを求めて手を伸ばすエルラン中将だが、その手にパイプ椅子を振り下ろされてひっこめた。なお軍曹は羽交い絞めにされてようやく殴るのを止めた。逃げようとすれば逃げられたが、直接の上官だし部隊の仲間なので、抵抗せずにおとなしくした。

 ボコボコにされた中将もうずくまって動かない、拘束(動けなく)しろという命令は達成したというのもある。

 

「いったい誰に! どうして!」

「レビル将軍です。理由はスパイ疑惑。それと、今回の出撃命令は保留にするとも」

「……さっき部屋を出たときか」

「そうです」

「後で改めて確認をとる。もしも嘘なら極刑もあり得るぞ」

 

 隊長は複雑な表情で、床に倒れる中将と、返り血まみれの軍曹を交互に見つめる。嘘は言ってないので堂々とする軍曹。

 

「なあお前ら。彼女が嘘をついているか、中将が本物のスパイなのか、どっちだと思う?」

「俺は中将がスパイの方に賭ける」

「俺もそっちに賭ける。どう考えても怪しいもんな」

「賭けにならねえなオイ」

「お前らぁ! そういう問題じゃないだろう!」

「どーも、軍警です。エルラン中将を拘束に来ました」

 

 隊長が部下を諫めたとたんに、武装したMPたちがぞろぞろと部屋に入ってきて、床でぐったりしている中将に手錠をかけて持ち上げて連れていった。

 

「……」

 

 

 連れていかれた中将の運命はいかに。いい目に合わないことだけは確実だが。

 連邦、ジオン共にスパイの扱いは残酷を極める。捕まえたらとにかく拷問にかける、というのが基本方針だ。肉体、精神、薬物、人質、あらゆる手段を尽くして、死んだほうがマシという状況になるまで追い詰められ、情報を搾り取られる。

 南極条約などあってないようなものだ。開戦時に猛威を振るった核搭載ザクが出てこないだけで、今度は核ミサイルを使おうとしているのだから。追い詰められればコロニー落としもやりかねない。

 どんな手を使っても、この戦争は勝たねばならない。連邦軍兵士はみな、口には出さないが同じ認識であった。

 




話は変わりますが仕事をやめましたので、再就職まで少しだけ更新ペースが上がると思います。


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核ミサイルサイロ破壊作戦

「えー……では、これよりジオン核ミサイルサイロ破壊作戦のブリーフィングを開始する。エルラン中将、元中将だな。彼が持ってきたものは忘れてくれ。本作戦は三段階で構成されている。本命二段階、保険に一つだ。

第一段階、急降下爆撃隊が先行して突入し対空兵器を排除。

第二段階、急降下爆撃隊に反応した対空兵器を、デプロッグ隊が絨毯爆撃で排除しつつ目くらまし。それに紛れて本命のレーザー誘導したバンカーバスターでサイロを吹き飛ばす。

もしもバンカーバスター搭載機が破壊されたら第三段階。急降下爆撃隊が垂直降下攻撃でサイロを破壊する。敵の配置は諜報部隊と偵察隊が確認してくれたが、モビルスーツは移動能力が高い。数以外はアテにしすぎるな。質問は?」

「もし三段階目でも失敗して、ミサイルが発射されたら?」

「ブーストフェイズで撃ち落とせ」

「無茶言うぜ」

「無茶をせずとも済むように、万全の体制を整えている。航空支援の分も削ったせいで地上部隊から大量の文句が来ているが、失敗すれば彼らは全員死ぬことになることになるから気にしなくていい。オデッサを取れなければ、我々に待っているのはみじめな敗北だ。繰り返すようだが、失敗は許されない。まあ、一騎当千の精鋭に万全の支援体制だ。できる最善を尽くしてあるのだから、これで失敗するはずがないと私は信じているがね」

 

 説明する将校からの信頼に、説明を受ける部隊の雰囲気が和らぐ。

 参加する部隊の数は十を超える。急降下爆撃隊、コアブースターが六機二部隊、デコイ役も兼ねた爆撃隊デプロッグが九機三部隊。バンカーバスター搭載機が一機。爆撃機の護衛としてセイバーフィッシュが十二機。補給機が三機。空中管制機が一機。エルランの持ってきた作戦とは比べ物にならない戦力、圧倒的大部隊だ。

 なお、エルランへの尋問の結果、彼はオデッサ作戦進行中にジオンへ亡命する予定だったらしい。その際の手土産に、ジオン最大の敵といわれるレオナ軍曹を罠にはめて暗殺しようとして欲を出した結果が廃人だ。因果応報である。

 

「これ以上の質問はないかな。では出撃準備! 出撃時刻は厳守! 君たちなら必ずできる、頑張ってくれ!」

 

 将校の敬礼に参加者たちはガタガタと席を立ち、姿勢を正して敬礼を返す。そして入口に近い順から整列して退室し、格納庫へ向かっていく。彼らの間に私語はない。皆任務の重要性がわかっているからだ。

 コロニー落とし以外の兵器では最大の破壊力を持ち、おまけに広範囲に汚染をまき散らす害悪きわまる武器だ。オデッサは鉱物資源だけでなく、広大な農地も備えている。そんな土地を核兵器で汚染されれば、アースノイドの多くは汚染された食料を食べじわじわ苦しんで死ぬか、餓死するかの二択を強いられることになる。どのみち碌なことにならない、地球に住む人間としては、阻止する以外の選択肢はない。

 

 

 時間は飛んで、大部隊も飛び立った。出撃部隊の規模と方向から目的を察知したジオン軍も、重要拠点の防衛のため迎撃に出てきた。

 

「空中管制機より報告。敵部隊出現。戦闘態勢を取れ」

 

最後尾にガウが三機、ドダイに乗ったザクが九機。ドップが十二機。後方からガウが砲撃してかく乱、ドップがかく乱した敵を食い散らし、ゲタ履きがMSの重火力を打ち込む定番の編成だ。

お互いに後に引けない状況であるために、稀に見る大規模空戦が始まった……が、数の差はない以上どうしても機体性能と練度の差が大きく出る。

 

「コアブースター隊、二番機から三番機までは私とガウを落としに行く。四番から六番はゲタ履きを落とせ。セイバーフィッシュ隊はドップの撃退、爆撃機を守れ」

「いやぁ、下駄履きは固いし強いしなのにキツイ仕事を押し付けますねえ!」

「セイバーフィッシュでも落とせるんですから。火力の上がった今の機体なら的ですよ。怖がらずに行きましょう」

「子供に言われてるぞ。ビビるなよ」

 

 デプロッグは頑丈性が売りの一つ。ドップではエンジンかコックピットを直撃しなければ撃墜は難しい。しかし、防御用レーザー砲と護衛戦闘機隊が悠長に狙う時間を与えてくれない。損傷は与えられても、致命的な損害にはそうそうならない……が、不運にもガウの砲撃の直撃を受けて一機が落ちた。いくら頑丈でもビーム砲の直撃には耐えられなかった。

 セイバーフィッシュは小さく運動性も高いため、そうそう当たるものではないが。当たればタダではすまないので、気を配りつつドップの迎撃をしなければならない。

 ドップの間を擦り抜けて、コアブースター六機が飛び去って行く。三機はゲタ履きの手前で高度を急激に下げ、残る三機はガウに向けて全速力で飛翔する。ドップ隊はそれを追いはしない。優先順位の問題だ。爆撃機を撃墜できるかどうかが、地上戦の勝敗を左右する。彼らはなんとしても、最悪特攻してでも爆撃機を落とすように命令されている。

 ……結果、全機ロストと引き換えに追加で一機を撃墜、二機を基地へ帰還させることに成功した。彼らには不幸なことに、連邦にとっては幸運なことに、本命のバンカーバスター搭載機は無事だったが。

 

 さて。ゲタ履きについては精鋭中の精鋭が急降下からの急上昇で、一度に三機、ドダイの腹に

にビーム砲をぶちこんで空中でバラバラに引き裂かれた。上昇して、反撃をよけつつ頭上を取ってからの急降下、追加で三機。最後にもう一回下からの攻撃で、二分とかからずゲタ履きは全滅した。

 ガウについてもほとんど同じ結末になった。護衛機がなく、対空火器は連射の利かないメガ粒子砲しかない爆撃機は三機からの同時攻撃をくらいあえなく爆散。それを三度繰り返して、迎撃部隊は殲滅された。ジオン軍は最初のまぐれ当たりと特攻以外では大した成果もなく、大きな犠牲を払い、最初の迎撃に失敗した。

 連邦軍も被害は小さくないが、ここで止まるわけにはいかない。エンジンを片方つぶされた爆撃機は基地へと帰還するルートを飛び、残る部隊は速度を合わせて足並みをそろえる。

 

「航空部隊は今ので全部だ。無視できる損害ではないが、我々は止まるわけにはいかない。輸送機隊、前へ。戦闘機隊に補給を。爆撃隊は損害を報告。補給はコアブースター隊が優先だ。くれぐれも事故は起こすなよ」

 

 無事に補給を済ませた飛行隊は、目的地に向けて引き続き飛行する。対空砲の射程を逃れるために、高高度を飛んで。通信は短距離用レーザー通信で。

 砲撃型MSの射程内に引き寄せて迎撃されていたなら、連邦軍の被害はさらに拡大していたかもしれない。砲撃型MSの運用開始からそれほど時間が経っておらず、航空隊との連携が研究されていなかったことが、連邦にとっての幸運だった。

 

「急降下爆撃隊へ。サイロを目視した。周辺に対空砲が隠れているはずだ。降下して対空砲の攻撃を誘え」

「誘うのはいいが、別に倒してしまっても構わんのだろう」

「無理は厳禁だ。これは重要な戦いだが、君たち精鋭はこんなところで失われていい戦力ではない」

「対空砲陣地に突っ込むだけでもなかなか無理を言われている気がするんだが。まあ行かなきゃ始まらん。なら行くしかないわけで……一番槍は誰が行く?」

「私が行きます」

「いつも通り天使様か。いいぞ、行こう」

 

 高高度で機体をひっくり返して背面を地面に向ける。そこからピッチを上げて、垂直に落ちていく。一機が下りると、それに釣られて残りの機体も垂直降下を始める。急速に近付いていく地面。地表でいくつもの光が瞬き、砲弾が空中で炸裂する。時限式で炸裂するよう設定された対空砲の爆発を置き去りにして、天使は落ちていく。精密射撃用の照準を引き出して、敵に狙いを定める。操縦桿を動かして微調整し、操縦かんの頭についたボタンを押し、爆弾を投下。Gに逆らって操縦桿を全力で引く。後続機からも爆弾が投げ落とされ、地面にいくつもの大爆発が起きる。爆発に巻き込まれてMSも吹き飛ぶ。爆発をバックにコアブースター隊は上昇。低高度を維持して、対空砲がさく裂している高度を逃れる。頭上に網を張られているのと同じで、排除するまで高度を上げられない。

 

「こちらAWACS。敵の位置を補足した。データを送るから連中の頭の上に爆弾の雨を降らせてやれ」

 

 爆撃機隊が爆弾倉を開き、この作戦のためだけに用意された有線式の誘導爆弾を落としていく。セイバーフィッシュ隊も先の対空戦闘では使わなかったミサイルポッドから、温存していたミサイルを地面に向けて撃ち込んでいく。コアブースター隊も逃げるばかりではなく、低高度からビーム砲を撃ち込んで数を減らす。交戦距離が近い分、お互いに正確な攻撃ができる。コアブースター隊はどんどん対空砲を破壊していくが、少しずつマシンガンを使った反撃で被弾する。ボロボロになっていく機体。

 

「ブースター部分が限界だ。パージする」

 

 ついに脱落者が出る。ブースター部分を切り離して、コアファイター部分のみで飛行。ただし頑丈なだけで武装は貧弱なので、全力で基地に向かって離脱する。

 しかし、常に先頭を飛ぶ天使だけは無傷。撃墜スコアだけを増やしていた。

 

『作戦を第二段階に移行。作戦を第二段階に移行。作戦を第二段階に移行』

 

 今回の作戦専用に増強された通信装置で、AWACSが繰り返し命令を伝達する。最初から使わなかったのは、強度の高い通信を行うと優先して狙われる可能性があったためだ。ある程度対空兵器の排除が進んだから、段階を移行した。

 コアブースター隊が急上昇し、デプロッグ隊が入れ替わりに高度を下げて、ミサイルサイロの周辺に通常の爆弾が落とされる。対空砲が撃ち込まれるが、持ち前の耐久力で耐える。

 

「思った以上にやばいな。長くは持たん。早くサイロを破壊してくれ」

「バンカーバスター投下。誘導を頼むぞ」

 

 高度を上げたコアブースター隊。その隊長機が、機首を下げて胴体にぶら下げたレーザー発射装置を地上のミサイルサイロに向けて照射する。爆弾がレーザーの照射される場所に落下していく。

 正確な照射により、爆弾は狙い違わずミサイルサイロに直撃。一拍遅れて、地面の穴から巨大な爆炎が吹き上がる。衝撃が地面を揺らして対空砲の狙いが狂い、その隙に爆撃隊が上昇して離脱する。

 

「ブルズアイ! ど真ん中に落ちたな。これにて任務完了だ。帰ろうぜ」

「一個だけで終わり? 楽でいいですね。もう少し狩って行きましょう」

「だめだ。目標は達成した。高度を上げて速やかに帰還する。帰り道にも戦闘があるかもしれんのだ、余力は残しておかなくてはならない」

「そうそう。帰るまでが作戦だ」

「……わかりました」

「殺し足りないか? 安心しろ。この先いくらでも機会はある。今日は帰ろうじゃないか」

 

 不服そうな軍曹だが、殺した数はいつもとそう変わらない。不満なのは、仲間を守り切れなかったこと。上官の命令に従った結果とはいえ、仲間が死ぬのは気分が悪いらしい。その苛立ちを敵にぶつけたいのだが、冷静になってみれば武装にそれほど余裕がない。

 自分が死ねば、この先多くの仲間が死ぬことになる。その言葉を思い出して、渋々命令に従った。

 

 彼らが基地へと帰還した直後、偽装したサイロから核ミサイルが発射され、それがホワイトベース隊のガンダムによって撃墜された。これには航空隊全員がブチ切れた。出撃した部隊には少なくない犠牲が出た。その結果破壊したのが、偽の核ミサイルだったと。偽でなくとも、核は二発あったのだ。諜報部の落ち度は変わりない。諜報部が正確な仕事をしていれば、MSによるミサイルの迎撃などという危険な賭けをする必要もなかった。結果的に成功したからいいものの、ホワイトベース隊が失敗していた場合、戦争の結果が変わってしまうところだった。

 諜報部の責任者には厳重な注意が出された。諜報部も手を抜いているわけではない。むしろ見抜かれれば拷問死が確定している中でよくやってくれている。今回の件は確かに問題だったが、結果的に何事もなく済んだ。犠牲は無駄ではなく、戦死者には勲章を、遺族には死亡手当もしっかり出す。負傷者には治るまで休暇を、被害を受けた機体も新品を支給するから、と丸め込まれた。

 しかし、機体に損傷がなくパイロットにもケガがない。そんな隊員は再び前線へと駆り出された。隊長と、軍曹の二名のみだが、対空戦闘も対地戦闘も一人で十人分の働きができる彼らを遊ばせておくはずがなかった。

 

 隊長はともかく軍曹は……ケガをしていないように見えて、内臓や骨格には深刻なダメージが蓄積している。鍛えている成人でも苦しいのに、幼い体で無茶な機動戦を行うからだ。それでも外見には現れないし、本人も申告しない、顔にも出さないので問題ないと判断されて出撃する。精密検査を受ければ一発で出撃停止と療養命令がセットで出るだろう。

 戦争は続く。死ぬ前には限界がきて動けなくなるだろうが、その時が戦場で訪れるかどうかで、生き残れるかどうかが決まるだろう。

 



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決戦前夜

 ジオンの切り札である核ミサイルは不発に終わり、連邦軍の士気はこれまでになく高まった。ド腐れ悪党のジオン星人はコロニー落としに飽き足らず核まで持ち出した。奴らが生きている限り地球の未来はない、やはり連中は絶滅させなければならない、と。口には出さずとも、作戦に参加した連邦軍兵士たちの思いは共通している。

ジオン軍の間にも諜報員を通じて、えらい奴らは俺たち下っ端を置いて宇宙へ逃げるつもりらしい、戦っても無駄死にするだけだ、とうわさを流して士気の低下を図った。

締めにレビル将軍の演説を行い、最後の準備とした。

 

 陰に日向に激しい戦闘を繰り広げ、お互いに大量の犠牲者と兵器の損失を出しながらも、連邦軍地上部隊はいよいよ鉱山基地までジオン軍を押し込むことに成功した。

 明日は地球上からジオンを宇宙へと叩き出す決戦の日である。これが地上での最後かつ最大の、きわめて苛烈な戦いとなるだろう。だがそれでも、我々は勝利せねばならない! いいや、必ず勝利する! なぜなら、我々は奴らによって犠牲になった無辜の人々の無念を背負っているからだ! 正義は我々にある! 以上!

 

 そんな演説は一切聞かずに、レオナ軍曹は決戦前日に持ってこられた……というか押し付けられた新型機の受領を行っていた。ハービックとアナハイム・エレクトロニクスの二社から渡されたのは、前者が航空機で後者がMSだ。

 彼女は連邦軍の中でも兵器調達に大きな影響力を持つゴップ大将の愛人であり、同時に地球連邦軍空軍の看板<トップエース>でもある。彼女のご機嫌を取ることは即ち大将と実戦部隊の両方に好印象を与えることである。将と馬を同時に射抜けるのだから狙わないはずがない。今後の兵器注文のシェアを握るための打算から、わざわざ新商品を無茶苦茶なスピードで開発して、地上戦の最終局面に間に合うように持ってきたのである。

 

「明日の戦いにはぜひ当社の戦闘機を。宇宙空間での性能も折り紙つきです」

 

 片方は前進翼とカナード翼、姿勢制御スラスターと双発三次元偏向ノズルを搭載し、垂直尾翼の間に目玉じみた球形のビーム砲を積んだ、ワイバーンのようなフォルムをした巨大な戦闘機。とてもカッコイイ。

 

「宇宙に上がれば戦闘機もモビルスーツも同じ条件で戦うことになるのです。条件が同じならMSが戦闘機に負けることはありません! ぜひ我々アナハイム・エレクトロニクスのMSを」

 

 もう片方は完全な異形。子供が定規で線を引いて描いた人間のようなシルエット。胴体は板だ。航空機の主翼のように薄いものが工の字に配置されている。手足も胴体同様にまた細く、薄い。明らかに脆そう(・・・)だ。その細い腕には手の部分がなく、タレットに接近戦用のビームガンとビームサーベルを保持している。

 ……これに乗りたいという人間がどこに居るんだろう。

 

 似たような話を延々と繰り返す営業に、軍曹は心底うんざりしていた。出撃で疲れていて、明日に備えて早く寝たいのに、しつこい営業のせいで落ち着かない。殴っていいなら殴りたい。それほどイライラしているのに、察しの悪い二人はこっちに話しかけながら相手を牽制している。器用なことだ。

 

「わかりました。では……」

「ハイ」

「ハイ」

「明日それぞれ持ってきた機体に乗って出撃してください。二人のうち、多く敵を撃墜した方を先に試乗します」

 

 一人だけ機体をアップグレードしたらほかのメンバーと連携が取れないだろ、機体の転換訓練もなしにいきなり乗れるか、インテリのくせにそんなこともわからないのか、試験運用済ませて分隊の人数分機体をそろえて出直してこいぶっ殺すぞマヌケ。

 と叫んでぶん殴ってやろうかと思ったが、あまり下品なことを口にすると保護者に叱られるので、こうなった。軍曹の予想ではこれで二人は濡れた犬のように静かになるかと思ったのだが。

 

「お任せください。わが社の商品の性能をとくとご覧に入れましょう」

「地上戦では航空機に分があるとは言わせません。誰よりも多くジオンを倒し、これからはMSの時代だということを証明して見せますよ」

 

 予想に反して二人ともなぜかやる気になってしまった。予想外の返事に驚き、同時に腹が立った。しかも片方は撃墜王の自分よりスコアを稼げると言い放ったぞ。本気でできると思っているのか? プロパガンダを真に受けて、他人の手柄を奪って成り上がった偽物の撃墜王だと思って舐めてるのか? スラムの掟、「なめられたら殺す」を実践しそうになったが、やはり自分を立ててくれている保護者の顔を思い浮かべて踏みとどまる。

 

「えぇ……」

 

 軍曹が散々暴れまわったデータを受け取り、それを元に開発をしているハービック社の方は、とんでもないことを言ってのけたアナハイムの社員に引いている。

 これからはMSの時代が来る、その点は一部同意するが、破壊天使とまで呼ばれるレオナ軍曹を含めた誰よりもスコアを稼げると豪語するとは。一体アナハイムはどれほどのMSを開発したのか……MSの生産を開始して一年も経っていないのに、ブレイクスルーを起こすほどの技術がアナハイムにはあるのか。兵器の開発は積み重ねだからそれは考えにくい。となるとただの現実を知らない愚か者か。

 しかしスラム育ちの少女が少し動かし方を聞いただけで操縦できるのだから、MS生産企業の社員なら、万が一もあるかもしれない。帰った時の弁明を考えておく必要があるな。と、ハービックの社員は営業スマイルで心の中を隠した。

 

「明日死んでもいいように知り合いに電話をしておいてください」

 

 とにかくさっさと切り上げて寝たい軍曹は、二人を置いて自室へ戻っていった。引き止められても無視。追いかけられたが、営業二人は整備兵たちのタックルを食らって足止めされ、引き離された。実力があり、見目麗しく、人徳のあるエースパイロットともなれば、ある程度周りが考えを察して動いてくれる。

 

 決戦前夜で可能な限り、作戦に参加するすべての機体の点検を命令されている整備兵たちは、くそ忙しい中で試験機という大変すばらしいプレゼントを持ってきてくれた二人への「お礼」も兼ねて、しっかりと二人を隔離したのだった。

 




戦闘機はACのモルガン
モビルスーツはACのフラジール。もしくはOOのフラッグをペラペラにしたような感じ。


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オデッサ奪還

 宇宙世紀0079年11月某日。地球連邦地上軍、オデッサ最後のジオン軍拠点に決戦を挑む。

 味気ないエナジーバー(携行食)を眠気覚ましにカフェインのたっぷり入った飲料で流し込み、作戦前の最後の栄養補給をしたら、ゴミをシートの下に放り込んで作戦区域に向かう。

今日この日の空には、地球連邦軍の欧州方面軍のほぼ全ての航空機が揃えられている。空を埋め尽くすばかりの飛行大隊の先頭を率いるのは、レオナ・ネーレイド軍曹率いる急降下爆撃隊……と、ハービックの新型戦闘機が一機。その後方に、爆撃隊と空挺MS輸送部隊、護衛戦闘機隊が続く。前日の核ミサイル破壊作戦で隊長が負傷したため臨時で一番機を任されているが、隊長として指揮を執るのは二番機だ。

 

『まもなく作戦エリアだ。改めて、本日の作戦を確認する。急降下爆撃隊の任務は、打ち上げ施設を防御する対空兵器の破壊。先行してこれを撃破し、空中の安全を確保。爆撃隊が地面を耕して、空挺部隊が残りの敵をせん滅する。必要に応じて近接航空支援を行う。爆撃隊の支援は別部隊がやってくれる、天使様は地上の敵だけに集中すればいい』

 

 雲を抜けて、対空砲の届かない高度から空中管制機が下を飛ぶ飛行隊に伝達を行う。

 

「お客様はどうするんだ。軍人でもないのに無線共有させているが」

『上からは大事にしろと言われている。落ちる余地もない作戦だが、できるだけカバーしてやってくれ』

「ごめんなさい。私のせいで荷物が増えちゃって」

 

 コアブースターのコックピットで、レオナ軍曹が珍しく落ち込んだ声で隊員に向かって謝る。自分が余計なことを言わなければついて来なかったのに、とでも言いたげな調子だ。

 

「邪魔にさえならなければ好きにさせればいいだろう。手数が増えたと思えばいい」

「もし自分が落ちたら機体を破壊してください。一応最新技術の塊なので……」

「さっそく邪魔になってるな。どうする、落とすか」

「民間人を殺すわけにはいかん。査問にかけられたくなければ、その手の冗談は口にしないことだ」

「すまない。いまのは忘れてくれ。ああそうだ、墜落したらMS隊に破壊を任せよう」

『任された。こんな勝ちが決まった作戦で墜落するようなら不良品もいいところだからな。天使様に不良品を押し付けようとしたってことになる。もし落ちたら……ハービックは二度目になるな?』

「その件は、大変申し訳なく……」

「改良したコアブースターはいいもんだ。誇っていい。誇っていいが、それはそれとして不良品を押し付けたことは反省しろ」

「反省しております」

 

 そうこうしている内に雲を抜け、露天掘りした鉱山跡地が見えてきた。同時に、地表でいくつもの対空砲火が瞬き、時限信管により空中に爆発の壁を作る。

 

「よぉし。じゃあ降下するぞ! 軍曹、一番槍だ、行って来い! お客様は掃除が進んだあとだ!」

「了解!」

「わかりました」

 

 軍曹を先頭にしたコアブースターの編隊が、音の壁を突破して、爆発のど真ん中に向かってほぼ垂直に降下する。爆発の衝撃、破片が機体を叩くが、コアファイター由来の頑強な装甲で強引に突破する。ハービックの新型機はついてこない。ついてきたら命令無視だし、そもそも民間人の営業マンにそんな度胸を求めてはいけない。

 ボロボロになっていく機体。しかし致命的なダメージが蓄積するより前に、対空砲の炸裂高度を抜ける。秒数にして五秒未満。

 

「……―――!!」

 

 コアブースターに爆弾を積んでいないのは正解だった。対空砲の攻撃で誘爆してはたまらない。

 対空砲の層を抜ければ、すぐに敵の姿が見えてくる。密集したMSがマシンガンの弾幕を張る。火線を翼に掠らせながらすり抜けて、機体を立て直せる限界の低高度。必中、必殺の圏内に敵を捉えてから、ビーム砲を放ち、蛍光色のビームが二条奔り、対空MSが爆散するのを見届ける暇もなく、機首を持ち上げて空へと反転。

 

「ぐぅっぅうぅうっぅ!!」

 

機体が軋み声をあげる、軍曹は歯を食いしばって全身を押しつぶすGに耐える。後に続く機体が傷口を切り開くように突入して、さらに被害を拡大させ、軍曹の後を追って空へ舞い上がる。しかし、敵も被害を承知で密集している。MSの攻撃に耐えきれなかった僚機が制御不能に陥り、地面に墜落し、爆散する。コアファイターを分離して離脱する暇もない、壮絶な討ち死にであった。しかし、散った仲間を悼む暇などない。上げた高度を直ちに下げて、猛禽が襲いかかるように、地上のMS隊へ執拗な攻撃を加える。

 しかし、残る敵も精鋭。恐怖の象徴である赤翼の天使に怯えることなく果敢に反撃を行い、一度攻撃を加える度に、一人が墜ちる。三度目のエントリーを終え、部隊の人数が半分まで減ったところで、隊長機が叫ぶ。

 

「軍曹! これ以上は無理だ! 離脱するぞ!!」

「……! 了解!」

 

 最期にもう一度エントリーしてから合図のフレアを撒いて、MSの頭上を掠めるほどの低高度で一気に離脱する。

 その直後に、高度を下げた爆撃機編隊によって、爆弾の雨が降り注ぐ。密集した爆撃機編隊が高度と速度を落として、腹に抱えた大量の爆弾を一度に落としていく。魚が卵をぶちまけるように。

 急降下爆撃隊が対空砲を始末しておかなければ大量の被害が出たであろう戦術だが、対空砲の大半は始末した。残りの目もすべて天使が惹きつけている。照準を空に向けてももう遅い。グロス単位の爆弾が降り注ぎ、爆発が地面を塗りつぶして更地に変えていく。爆撃隊が飛び越した後、ダメ押しに輸送機から空挺MS部隊が、更地になった地面に隠された、巨大なハッチを制圧しに降下する。

 ハービックの新型機はそれをただ眺めているだけだった。飛び込めば死ぬような爆発の中に落ちていくのは狂人にしかできない。ただのサラリーマンにできるはずがない。

 

 しばしの後に、戦域全体に伝令が響き渡る。

 

『オデッサ北部にて、隠蔽された打ち上げ施設の稼働を確認! 全軍は直ちに急行せよ! 繰り返す……』

「げぶっ……そんな、馬鹿な……情報が間違っていた?」

「エルランめ……最後の最後でやってくれたな。それとも最初から使い捨てにするつもりで偽の情報を与えられていたのか」

「行けと言われても、な。俺たちの機体はボロボロ。燃料も弾も使い切った。もう飛んでるだけで精一杯の状態だ。爆撃隊も持ってきた爆弾を全部落として、輸送隊も空挺兵を回収する暇もない……セイバーフィッシュの足じゃ間に合わん。悔しいが、今回はジオンが一枚上手だった」

 

 ――――計器を眺めて、残弾と燃料を確認して、計算する。弾は全部使い切った。目標地点までは空中給油で辿り着いたとしても、弾がなければ何もできない。

シートに身体を預けて、脱力する。マスクを外して、鼻から垂れてくる血を袖で拭う。

 やれるだけのことはやった。もうこの戦場で自分にできることは何もない。

 

『……あの。もしよろしければ我々が行きますが』

『抵抗できない相手を一方的になぶり殺しにするのでは、性能のすべてを披露できませんがね。それでも一発も撃たずに帰るのは、上になんと報告すればよいか』

「民間人は黙ってろ。どうせ行く度胸もないんだろう、同じ空を飛んでいるだけでも特例だというのに。管制機、聞いてるか。急降下爆撃隊は戦闘継続不能だ。帰投する。墜落した仲間の救助部隊もよろしく頼む」

『聞いている。帰投を許可する。セイバーフィッシュ隊、1番から6番までを護衛として割く。そしてお客様の戦闘は禁止だ、爆撃隊と一緒に基地へ帰れ。仕事を増やすな馬鹿野郎』

 

 申し訳なさそうに意見を口にするハービックと、口だけは勇ましいアナハイムのパイロット。結局戦闘に参加しなかった二機の提案を、聞く価値なしと悪態交じりに一蹴する管制機。管制機に乗る指揮官は戦争の真っ最中でも、まっとうな感性を残しているらしい。管制機には常に高度で正確な判断が求められるから当然なのだが。

 

 針路を基地へと向けながら、キャノピー越しにHLVの打ち上げ光を見つめる面々。

 

「あれを落とせれば宇宙での戦いが楽になる。が、もう誰も間に合わん」

『宙にも軌道艦隊が居る。彼らにも手柄を譲ってやると考えよう。君たちはよくやった。次の作戦に備えて今は休め』

 

 結果を見れば、この作戦は半分失敗だ。敵の陽動に引っ掛かり、本命を取り逃がした形になるが。しかし残りの半分は成功したのだ。地上戦力の撃滅に成功し、重要地域の奪還に成功したと考えれば、そう悪い結果ではない。オデッサは解放されたのだ。

 



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ジャブロー

¥ オデッサを制圧し、ジオン地上軍が宇宙へ逃げ出すのを止められなかった地球連邦軍。

 地球を占領しきれずに、各地の大型拠点を放棄して撤退の構えを見せているジオン軍。

 ジオンは戦略目標の達成に失敗し、連邦軍は成功した。サイド3で演説をしていくら士気を盛り上げようが、事実は変わらない。連邦軍は間もなく地球で量産したMSを宇宙へ打ち上げて、再建した宇宙艦隊と合流させ、地球圏内からジオン軍を追い出す。

 そのあとは国力差をもって、ソロモン、ア・バオア・クーを順番に攻略しサイド3へ迫り講和を迫る。これが既定路線だ。

 

 ……そしてオデッサを攻略した部隊の多くは、休む暇もなくジャブローへと呼び戻された。占領したオデッサには、軍隊を宇宙へ打ち上げるための資材がないからだ。それぞれが輸送機、輸送船に乗せられて、空の旅、または海の旅を行った。海を旅するならまだいいが、空の旅では休む暇がない。兵士たちの疲労は大きかった。まして、少なくない犠牲を出した大作戦の直後だ。肉体だけでなく、精神面での疲労を愚痴という形で発散する兵は多かった。

 

「隊長はケガして寝てるし、人数は半分以下になっちまったし、この部隊この先どうなるんだろうなぁ……」

 

 酒保で酔っ払いながら愚痴をこぼすのは、急降下爆撃隊の一人。部隊の人数が半分以下になってしまえば、それはもう全滅扱いだ。精鋭部隊だっただけに仲間の喪失とはしばらく縁がなかったが、それほどの激戦だった。

 喪失感をアルコールで埋めるだらしのない大人を見て、軍曹はなぜ他人の死がそれほど悲しいのかまでは理解できなかったが、こうはなるまいとひっそりと思った。オレンジジュースとケーキを交互に口に運びながら。酒よりも需要がないため、酒一杯よりも高かった。

 

「解体されて、適当な部隊に組み込まれて宇宙へ。じゃないの?」

「あぁ……そうだろうな」

 

 そんなことを言ってほしかったわけではない、とでも言いたげにグラスに酒を追加する男。そういえば、以前はこんな男の相手をよくしていた、と軍曹は思い出す。まだ一年も経っていないが、随分と昔のことのように感じる。

 こういう状態の男がよく自分を買っていた。つまり、そういうことを求められているのだろうか、と軍曹は一般的ではない人生経験から答えを導き出した。

 あまり気は乗らないが、自分に良くしてくれた相手が落ち込んでいるなら励ましてあげたい。その優しさから、男の手を取って、自分の胸に持って行った。

 周りに人がいるのにかまうことなく。

 

「…………」

「…………」

 

 栄養状態が改善されて成長を再開した少女の体は、胸も年相応、一般的なサイズに育ちつつある。

 そして男は長らく作戦続きで女の体とはご無沙汰であり、酒に酔っていることもあって本能に抗いきれずに、その胸部を揉みしだき、少女の柔らかさを堪能した。

 周りで人が見ているのにかまうことなく。

 

「……………憲兵――――!」

「違う!! 待ってくれ!! 誤解だ!!」

 

 叫び声で我に返るが、時すでに遅く。警備兵に両腕をつかまれて連行されていった。

 誘う場所がまずかったか、と反省する軍曹であった。

 その後一人でゆっくり甘味を楽しんだら、警備兵に「連れていかれた彼は、落ち込んでいるから励ましてあげようと思って自分からやったことだから、処罰はしないであげてほしい」と伝えて。一人で格納庫へ向かった。

野郎どもの中に少女が一人でうろついて大丈夫なのか、と思うだろうが、胸にぶら下げた大量の勲章を見ればどれだけ酔っぱらっていても一発で酔いが覚めて敬礼をする。それでも手を出そうとする勇者はスラム仕込みのベースを軍隊で鍛え上げた格闘術で、勲章が飾りでないことをわからされる。

食後の運動に散歩がてら、徒歩で格納庫へ向かう途中。不意に視線を感じて、遠くの何もない岩場に目をやった。

 

「……」

 

 赤い人影が見えたような気がした。しかし、北米にオデッサにとさんざん叩いたばかりのジオンがまさか地球連邦軍の本拠地に乗り込んでくるなんて思うわけがなく、気のせいだろうと無視して散歩を再開した。

 いい具合におやつも消化しきれた頃に、格納庫へ到着。整備兵に愛機の状況を尋ねる。

 

「はっきり言ってもう駄目ですね」

「だめなの?」

「はい。御覧の通り傷だらけですし、内部にも相応にダメージが蓄積しています。戦闘機動には機体が耐えられません。特に軍曹は激しい操縦をなさる傾向にあるようなので。データを取ったらバラして使える部品を補修用に回すことになります」

「予備の機体は?」

「少々お待ち下さい。確認します……」

 

 整備兵が端末に触れて検索するのを横からのぞき込む軍曹。機体の番号とセットで、パイロットの名前と階級がずらりと並ぶ。

 

「……残念ですが、コアブースターの予備機はないようです。どれもパイロットが使用中ですね。セイバーフィッシュならありますが、今更旧型に乗ってもらうわけにはいきませんし。自分は兵站担当ではないので確かなことは言えませんが、ハービックに注文となると、打ち上げ予定日には間に合わないでしょう」

「アナハイムとハービックが置いていった実験機は?」

「現在テスト中で、その後データ取りに回される手筈です」

「うーん……困った。宇宙で何に乗ればいいんだろう」

 

 辞令は出ていないが、完全に宇宙へ行くつもりの軍曹。地球に居ろと言われても宇宙へ行くつもりだが。しかし搭乗する兵器がなければ戦えない。セイバーフィッシュは、重力下でこそザク相手に優位に立ち回れたが、宇宙ではそうはいかないことくらい、学のない軍曹にもわかる。重力の鎖から解き放たれたMSと戦ったことは一度もないが、要するにMSがドップ並みの機動力で襲ってくるわけだ。セイバーフィッシュでは厳しい。

 

「モビルスーツに乗り換えようかな」

 

 連邦のMSも、ジオン同様に重力の制限から解放されているのだ。条件は同じ。ただし宇宙に上がればザクよりも強力な機体が出てくるだろうから、性能の差は埋まる。あとは腕で勝負が決まる。

 慣れない環境、慣れないMSで一体どれほど戦えるかわからないが、戦わないという選択肢はない。

 

「軍曹のモビルスーツ適性はそれほど高くなかったはずでは?」

「乗れなくはない。シミュレーター訓練も続けてる。宇宙は上がったことがないからわからないけど、それはほかのパイロットも同じでしょ」

「軍曹ほどの航空機パイロットがMSに乗るのも勿体ない気がしますが……」

「乗る機体があればそっちに乗るけど。ないんだもの。仕方ないじゃない」

「新しい機体が届くまで待機して、それから宇宙に上がるというのは?」

「ほかの兵士が戦っている間、自分だけ待ってるのは性に合わないの」

「軍曹は整備士にはなれませんねえ……」

「なる気もないわ」

「負荷をかけまくる無茶な機動をした機体の整備を任される我々の気分をわかってもらえませんか。残念です」

「感謝はしているわ。形が欲しいっていうならお礼もしてあげるけど」

「気持ちだけいただいておきます。自分は年上が好みなので」

「そう。残念ね。邪魔をしてごめんなさい、仕事に戻ってちょうだい」

「いえ。ちょうどいい休憩になりました」

 

 ボロボロになった愛機との別れを済ませたら、整備士に挨拶して格納庫をうろつく。もちろん、他人の邪魔にならないように。

 ジャブローはMSの量産体制を整えており、格納庫には生産されたばかりのMS、RGM-79、通称ジムがたくさん並んでいる。モビルスーツは量産できるのにコア・ブースターは量産できないというのはどういうことなんだろう。モビルスーツを量産しているからコア・ブースターが量産できないのだろうか。

 馬鹿な自分が考えても仕方がないことだと割り切り、実機で操縦の練習をしたいと伝えて一機借り、エネルギーを充填したビームスプレーガンをもらい、案内に従って射撃訓練場へ向かう。連邦軍本拠地だけあって、実弾訓練を行う余裕すらあるのだ。

 これから宇宙へ上がるのに、地上での訓練にどれほど意味があるのかわからない。しかし、全くの無駄にはならないはずだ。

 

『軍曹……軍曹! 大きな作戦が終わったばかりだというのにもう訓練かね? 全く勤勉なことだな』

 

 モビルスーツの射撃訓練中、コックピット内にゴップ大将からの通信が入った。しかし射撃を止めることなく返事をする。

 

「あら、大将閣下。たかが一人の兵士に声をかけるとはずいぶん暇なんですね。時間があるならハービックにコア・ブースターの供出を要請してもらえませんか?」

『暇ではない。用事があるからこうして探して呼び出しているのだ。新しい階級章を渡すから私の部屋へ来なさい』

「後ではいけませんか?」

『ダメだ。暇ではないと言っただろう。三十分以内に来なければ処罰するぞ、いいな』

「了解しました」

 

 使用済みの武器を返却して、ジムを元あった場所へ戻そうと移動していると。

 

「!!」

 

 突如、爆発音、それに伴う振動。遅れてサイレンが鳴り始める。

 

『第五ブロックにて火災発生! ジオン軍MSを確認! 繰り返す! 第五ブロックにて火災発生! ジオン軍MSを確認! MS隊は直ちに出動せよ!』

「……大将閣下? この場合はどっちを優先すれば?」

『…………出動が優先だ。用意した階級章が無駄にならないように頼むぞ』

「了解!」

 

 イキイキした声で返事をして、エネルギー充填済みの武器をもう一度受け取ったら、警備で巡回していたMS隊に合流するように判断する。第五ブロックに敵がいて、その場所はわかるが、道順がよくわかっていない。というあたりが子供らしく抜けている軍曹であった。

 



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シャアが来た

「レオナ・ネーレイド、指揮下に入ります」

「階級は、軍曹か。了解、歓迎する。我々は第五ブロックへ向かう、ついてこい」

 

 警備のMS部隊3機と合流した軍曹は、指示のあった場所へ向かう。ジャブローの広い地下空洞をドスンドスンと音を立てながら走り回るジムの群れ。その向かう先には、MS生産工場と、それを攻撃するジオン軍MSが居る。

 MSの使う武器は巨大なだけに、銃声も同じようにでかい。離れていてもよく聞こえる。

 

「レオナ軍曹、貴官の活躍ぶりは耳に入っている。しかし、MSでの戦闘は経験がないのではないか?」

「実戦は一回。それ以降はシミュレーションでだけ」

「後ろから盾を構えて撃ってるだけでも、居ないよりはいいんじゃないか?」

「味方を撃たなければな」

「味方を誤爆したことは一度もないので安心してください」

「それは頼もしい。皆、空の撃墜王でもMSの操縦時間は俺たちのほうが長い。スコアで負けるなよ」

「イエッサー」

 

 全員士気は高く、足並みは揃い練度の高さが伺えた。しかし残念なことに、たどり着いた頃には、工場の建物は崩されて瓦礫の隙間からくすぶる炎と黒々とした煙が上がり。破壊された工場を背に、五機の異形のMSが並んでいた。四機はアッガイという水陸両用型MSで、中心に立つ一機は赤く塗装されたズゴック。これも水陸両用型。

 どちらもアメリカ奪還作戦で連邦水上艦隊に大きな打撃を与えた厄介者だが、陸上での戦闘報告はない。しかし対潜爆撃機に撃破された機体の残骸から、情報は得られている。

 アッガイの武器は腕部にバルカンとクロー。頭部にロケット。ズゴックは腕部にメガ粒子砲とクロー、頭部にロケット砲。装甲は厚いが、距離を取って集中射撃を加えれば撃墜できる。そう判断して、警備隊長は部下に指示を出す。

 

「目標! 前方の赤いMS! 攻撃開始!!」

 

 並みの相手ならそれで片付いただろう。もちろん油断はなかった。特別な機体ということはそれに見合った強さがあるのだろうと警戒して、集中攻撃を加えるように命令したのだが。

 問題は相手が並どころではないトップランクのパイロットであったことだ。

 

 距離を保ったまま盾を構えてビームスプレーガンを発射するが、ジオンのMSは見た目よりも遥かに機敏な動きでこれを避けて、掠りもしない。アッガイは瓦礫の向こうへ飛び込んで逃走を開始。ズゴックはなんと一機でジム隊の方へ駆けてきた。距離を詰めながら両腕を前に突き出し、メガ粒子砲が放たれる。

 黄色い閃光が盾の表面に弾かれ、超高熱の粒子が装甲板を焼く。脆くなったその盾をもう片方のメガ粒子砲が貫通し、機体の背中から拡散したビームが漏れる。

 制御を失って膝をつくジム。一番前に立っていた隊長機は、一番に撃墜されてしまった。

 

「隊長!!」

「動揺しない!」

 

 動揺すれば隙が生まれる。敵は見事にその隙を突いた。反応が遅れて、盾を払いのけられたジムの胴体を、ズゴックのクローが貫通する。飛び散る部品、破片と、少しだけの肉片。貫通した先でクローを開いたら、その腕からもう一発メガ粒子砲を放ち、ついでとばかりにすぐ後ろにいたジムが、わき腹を撃ち抜かれて倒れる。

 

「たった一機のMSに、ジム3機が……そんな馬鹿な……! 馬鹿なことがあるかぁ!」

 

 やけになったジムのパイロット、警備部隊最後の一人が盾を放り捨て、ビームサーベルを抜き、スプレーガンを乱射しながら突撃する。しかし、ズゴックは撃破したジムを盾にして銃撃をしのぐ。ビームを何発も受けて穴だらけになるジムの残骸、しかしビームライフルよりも収束率の低いスプレーガンは、その向こうに居るズゴックに傷一つつけられない。

 ズゴックのパイロットは落ち着いてジムが接近するのを見計らい、ビームサーベルを振り上げた瞬間に、盾を突き飛ばして、残骸を押し付けた。

 

「ぬぉおおお!!」

 

 仲間の躯をぶつけられて姿勢を崩されたジム。赤いズゴックはこの後ろに回り込み、背中からクローを突き刺して撃破した。

三機が撃破されるまで三十秒もなく、軍曹は援護に入る暇さえなかった。

 

『さて。残るは一機か。どうするかね、退くというなら見逃してあげよう』

 

 オープンチャンネルで投げかけられた挑発めいた通信に、軍曹は無言でビームスプレーガンを発砲することで応じた。もちろん訓練とは違って、敵は避けるから当たらない。地下洞窟の天井を炎とビームの色が照らす。

 逃げなかった理由は、自分なら逃げている背中を撃つか刺すから。赤いズゴックのパイロットも、自分が逃げていたならそうするつもりだろう。敵なのだから逃がす理由もない。

 少しだけしか言葉を交わしていないとはいえ、仲間は仲間。その敵討ちというのもある。

 ここでこの赤いやつを逃がせば大勢が死ぬことになる。その予感が、何より退けない理由であった。

 

「こちらレオナ・ネーレイド。第五ブロックで赤いモビルスーツと交戦、警備部隊は全滅しました。至急応援を要請します」

『了解しました。ほかの部隊がそちらへ向かっています。到着まで三分、それまでどうか持ちこたえてください』

 

慣れてないモビルスーツで、実質初めての戦いだ。おまけに相手はエースパイロット。条件はこっちが不利。

 

 操縦スティックを握る手を強めて、深呼吸して緩める。不利な相手との喧嘩なんてスラムでいくらでもしてきた。大人の男を相手に商売していて、トラブルになることなんて何度でもあった。金を払わない客から暴力で取り立てたり、プレイ中にサービス外のことをしてきた客を殴り倒して強制終了させたり。なんだ、いつものことじゃあないか。

 空に居る間は格下の相手しかしていなかったから、昔のことをすっかり忘れていた。知らない間にぬるい環境に慣れてしまっていたらしい。

 

「持ちこたえるのはいいけど。別にぶっ殺しても問題ないのよね?」

『……無理はなさらないでください』

「相手が許してくれたらしなくて無理しなくて済むんだけど」

 

 ズゴックのアームクローが開いたので、横に跳ぶ。バシュゥ、と自分がいた場所をビームが通過した後、ブーストでもう一度空中を跳ねる。二発目のビームが回避後の位置を狙って飛び込んできたが、外れる。反撃に空中からズゴックを狙ってスプレーガンを放つ。相手もただやられるワケがなく、拡散する加害範囲を大きく跳ぶことで避けてから、軍曹のジムの着地点に向かって突進する。腕を弓のように引き絞り、クローを出して、着地狩りの構えだ。

 

 着地。同時に眼前まで迫ったズゴックがアームを突き出す、防御のために突き出した盾を貫通し、そのままクローはコックピットを貫く……ことはなかった。

 ズゴックの狙いは外れる。ジムが着地と同時にブーストを前に進む方向へ全力で吹かして、ズゴックの方へ機体を押し出したからだ。

結果、軍曹のジムはコックピット表面の装甲を削り取られるだけで済み。ズゴックは体当たりをもろに受ける形になる。姿勢を崩したズゴックに、追撃に足を踏み下ろし股関節を踏み砕こうとする。蛇腹構造の関節カバーのせいで滑って砕けはしなかったが、小さくはない衝撃を与えた。少なくともバランスを崩すには十分。武器を手放して両手を空けて、その両手でズゴックの両腕の付け根を抑える。

そのままブーストを続けて、さらに頭部バルカンで銃撃を加えて嫌がらせをしつつ、押し倒しにかかる。押し倒してマウントをとればビームサーベルで殺せる。殺意を全開にした動きであった。

しかし、ジムよりもズゴックのほうがパワーは上だった。最初は押していたが、押し合いになり、次第に押され始め……ジムのコックピットに警報音が鳴る。

 

「オーバーヒート!? うぐぅっ!!」

 

 連続稼働の熱に耐えきれなくなったブースターが悲鳴を上げ、取っ組み合いなど想定していない関節のモーターが軋む。そちらに気を取られた瞬間に、姿勢を前に傾けたズゴックの頭からロケットが発射されて、直撃を受けた頭部が粉々に破壊される。全身を襲う衝撃に歯を食いしばって意識を保つ軍曹。やけくその反撃で足を振り上げて、相手を蹴り飛ばすことで距離を置き、ビームサーベルを抜くよう機体に指示を出す。

メインカメラがやられたため、前もほとんど見えないが、サブカメラで多少は見える。しかしさっきと同じ動きで襲われれば、対応できるかどうかわからない。それでもなにもしないよりはマシだ、と思い取った行動だが。それが命運を分けた。

 

ズゴックのメインカメラもバルカンで破壊されていたため、そこから爆風が入り込み、内部へダメージが浸透。戦闘を続ければ耐水機能に深刻な障害が出ると警告が出たことと、応援のMS部隊が迫っていること、相手の戦意はいまだ旺盛。工場破壊の任務は果たし、部下への追撃も防いだ。トドメを刺せないのは惜しいが、自分も撤退できなくなっては本末転倒と、ズゴックは撤退を決意した。

 

 …………ガシャン、ガシャンと遠ざかっていく足音。サブカメラの荒い画質で去っていく姿を確認したら、軍曹は操縦桿から手を放し、全身の力を抜いて、シートにもたれかかった。

 緊張から解放されて、全身の汗腺が開いて汗が噴き出る。

 蒸れるヘルメットをコックピットの隅へ投げ捨てて、パイロットスーツの襟を開いて深呼吸。

 

「あー………………死ぬかと思った」

 

 新鮮な空気を吸い込んで、生きていることを実感する。大変だらしない恰好をしているが、誰も咎めることはないんだからいいだろう。

 

『大丈夫ですか! 生きてますか!?』

「応援……? 私はいいから、あの赤いのを追撃しなさい。カメラは潰したから、今なら殺せるわ」

『赤いのだって? シャアか!? わかりました、行きます!』

 

 ジムとは違う型のモビルスーツが、頭上を飛び越えてズゴックを追いかける。遅れて足のない大砲を担いだモビルスーツと、二本足の大砲を担いだモビルスーツもそれを追う。

 十分ほどしてから彼らが引き返してきて、追撃の成果はなかったと聞かされ肩を落とした。警備隊の面々の死と、自分の奮闘は全くの無駄だったわけだ。

 

 

その後、コックピットから這い出た軍曹はモビルスーツの掌に載せられて道路のある場所まで運ばれ、そこから車に乗せ換えられて医務室へ運ばれた。

医務室で医師から簡単な診断を受けたのち、精密検査のために入院ということになった。

見舞いにはやたらとたくさんの客がやってきた。准尉の階級章を持ってきたゴップ将軍と、顔を青くした同僚、そして同じく入院中の急降下爆撃隊隊長。ハービックとアナハイムの営業マンに……顔見知りではなかったけれど、ズゴックを追っていったMSのパイロットも話を聞きにやってきた。疲れていたし、知り合いでもなかったから最後の三人だけはナースに追い返してもらったが。

 

 ……静かになった病室で、先の戦いの反省をする。あの状況では、助けが来なければ死んでいただろう。相手はおそらくシャア・アズナブルだった、という話だが、相手がトップエースだったからといって負けていい理由にはならない。というか一度は任務を失敗させられて、二度目は味方を全員殺されて……二度もあの男に泥をかけられたわけだ。三度目会うことがあれば必ず殺す、と、深く決意した。

 そのためにも、もっと力を……より厳しい訓練を。より激しい実戦を。より性能のいい機体を。航空機に乗っていてもモビルスーツに乗っていても、勝てるようにしなければならない。

 



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保護者

 地球連邦軍の宇宙攻略に向けた戦力打ち上げは、ジオン地上軍残党による潜入・工作部隊の破壊活動により初手からケチがつくことになった。ジャブローで生産中だったモビルスーツを工場ごと破壊されて、当初の予定よりも打ち上げするMSはわずかに減少。

おまけにその打ち上げ予定のMSは、たかが一機のモビルスーツに五機がかりで撃墜どころか、四機が返り討ちにされ、一機が中破。しかも敵にはまんまと逃げられた、という不愉快な結果が知れ渡れば、MSへの信頼性が損なわれるのは当然であった。V作戦、およびRX計画と、それを推し進めたレビル将軍への評価もわずかに低下した。

 これにより、打ち上げは少しだけ延期し、その間にRGM-79、ジムの戦力再評価が行われることとなる。もちろん低い方への評価だ。

 

 また、精密検査を終えた軍曹改め准尉は医師の判断で入院となり、絶対安静。当然訓練も出撃も中止するように命令が出された。ただし、アナハイムと連邦軍のMS技術者たちによる調査への協力は体への負担がない程度に許可された。

 調査する内容は、もちろん前日の交戦について。破損した機体はドック入りしてバラされて、部品単位でデータを取られた。それとパイロットの口から出た情報のすり合わせが目的だ。戦闘中に何があったか、どのような操縦を行ったか、なぜその行動をとったのか。結果どうなったか。微に入り細に入り聞かれて、准尉は自分の知識と記憶で答えられる範囲で答えた。

 答えられないことに関しては、シミュレーターで体への負担をいとわずに再現して協力した。戦場へ出られなくとも、仲間の死者を減らすためにできることなら何でもする、といった具合で積極的に。

 その甲斐あって、問題点はしっかりと洗い出された。パワー・反応性・耐久性・耐熱性など。ザクを相手にするなら十分な性能でも、それ以上を相手にするには不十分。ジムでは役者不足な場面が出てくるだろう、という結論が出た。

 今後開発・生産されるモビルスーツには、これらの課題を解決したものが求められる。とはいえ、コストが……生産性が……と頭を悩ませる技術者たち。しかしそれを解決するのは准尉の役目ではないので、あとはシミュレーターで戦闘訓練を開始した。シチュエーションは宇宙。母艦の援護はなし。自機はコア・ブースター。標的は赤いザクの、各性能を三割増しにしたものと、一対一で。

 大勢のパイロットたちが見守る中で、いざ戦闘が始まろうというときに。

 

「私は休め、という命令を出したつもりだったのだがね」

「休んでいますが」

 

 腹のデカイ保護者に引っ張り出された。

 

「訓練は禁止だ、ばかもの。解散、解散!」

 

 大将の命令には逆らえず、野次馬に集まっていたパイロットの人込みは蜘蛛の子を散らすように離れていく。訓練室に残ったのは准尉と大将の二人だけだ。恐れ知らずのつわものたちが何人かだけ入口のドアの隙間からこっそりとのぞき込み、成り行きを見守る。

悪びれることなく堂々と胸を張る准尉と、あきれた顔でどう説教したものかと考える大将。

 功績がほかの誰よりも巨大なだけに、あまり強く怒れない。

 

「私は君のことを心配して言っているのだよ」

「暇なんですか?」

「私が忙しいのは君も知っているだろう。宝石よりも貴重な空き時間をたかが一人の士官のために浪費していると思うかね?」

「いいえ」

「わかっているなら仕事を増やさないでくれ」

「閣下。質問があります」

「なんだね」

「私はいつ出撃できますか」

「……医者がいいと言ったらな。それまでは安静にしていろ。安静の意味がわかるかね? 食事とトイレと入浴以外はベッドで寝ていろということだ。わかったかい」

「了解しました」

「本当に?」

「本当です」

 

 親子みてえだ……と、入り口で見ている兵士がつぶやいた。幸いにも二人の耳には届かなかったが、一緒に覗いていたつわものたちにはしっかり聞こえた。確かに、二人の距離は愛人というよりも親子関係のそれに見える。養子にとってしまえばいいのに、とある兵士が言ったが、それにまた別の兵士が反論する。大将閣下と親子、つまり家族ってことになったら色々めんどくさいしがらみが生まれるだろう、閣下は権力闘争に巻き込みたくないのさ。あと軍曹――いや今は准尉だったな――は兵士が天職だ。本人も戦うのが大好きでな。家族になったら情が湧いて止めたくなるだろう、娘に嫌われるのは避けたいのさ。

外野が適当なことを好き放題言って盛り上がり、この日以降、二人のことを温かい目で見る兵が増えた。

 

 一方で、アナハイムとハービックの二社には厳しい要求が与えられることとなる。

 連邦軍上層部からはジムと、ジム各種バリエーションの性能向上。コアブースター量産命令。

 入院中の准尉からは、シャア・アズナブルをぶち殺せるモビルスーツ・航空機を用意しろと。具体的な要求は、モビルスーツには近距離武装の充実。航空機にはより厳しく、近接兵装の充実。モビルスーツ・航空機のどちらにも、シャアが腹に潜り込んできても万全に対応できるような、そんな武装を要求した。しかも期間は自分が退院して、宇宙へ上がるまで。当然無茶の極みである。

 だが、もしもアナハイムとハービック、どちらか片方がオーダーの達成に成功した場合、成功したほうが今後の兵器生産のシェアを握ることとなる。兵器だけでは儲からないが、多くの産業において傘下の企業に融通を利かせ、広く多くの分野で利益を得られるようにするのだ。

 



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準備期間

「閣下。質問があります」

「なんだね」

 

 大将が書類仕事をしている傍らで、課題として渡された本を読まされている准尉が、読書に飽きて声を上げる。

 読んでいる本は児童向けの初等教育本。順位の年齢からすれば、かなり学習が遅れているというレベルの教育だが、スラム育ちでまともな教育を受けていなかったことを踏まえると、妥当なところである。

ただし空戦については並ぶもののない天才で、飛ぶこと、戦うことに関係する知識はこの半年ほどで大体理解した。天測航法などの高度な計算も感覚で理解し、質問にも答えられる。が、それ以外の一般教養になると、まともな教育を受けていないことからてんでダメ。そもそも一般常識からしてなかったりする。

大将の愛人が馬鹿ではいろいろ問題があるだろうと、建前上は護衛の武官としてそばに置きつつ教育をしているのだが、実際のところは哀れな少年兵を見かねて拾い上げた慈善活動である。育児のそれに近い。

 

「どうして私は宇宙へ上げてもらえないのでしょうか」

「医者から説明があったと思うのだが。君の肉体は戦闘負荷による重度の損傷があり、回復するまでは打ち上げの負担に耐えられないと」

「耐えて見せます」

「宇宙への打ち上げは戦闘以上に体へ負担がかかる。地上から宇宙へ物を打ち上げるのに必要な速度を知っているかね? 秒速11km、君がいつも乗っている戦闘機の何倍もの速度だ。体にかかる負担も当然その分増える。宇宙に上がったところで、よくて寝たきり。悪ければ死ぬ。出撃もできない役立たずになって、ほかのクルーの手を煩わせまで宇宙に上がりたいかね?」

「……」

「気合で物事の道理を曲げられるのなら、ジオンはとっくに地球を制圧しているし。君は撃墜されて死んでいる。わかったかい」

 

 大将の発言にも納得できるところがあるのか、口を閉じて飽きかけていた本に目を落とす。

 なお、実際のところは一週間の投薬と代謝活性化による治癒促進で、肉体損傷の八割は治っていると言っていい。昔ならいざ知らず、宇宙世紀の医療技術は大きく発展しており、しっかりとした設備さえあればたいていの負傷は治るものだ。このような高度な治療は、効果に比例して費用も高価であり、連邦軍の兵士であっても高級士官でもなければなかなか受けられない。

ともかく、おかげで打ち上げにも耐えられる体調だ。言いくるめられているのは、代謝活性化が引き起こす全身の疼痛を、体が傷ついているからと認識しているからである。

 騙されているのは知識がないから。なれない読書を試み、書いてある内容を少しずつ、少しずつ理解していき、多くのことを学べば、騙されていることにも気が付けるようになる。

興味のないことを学ぶというのは彼女にとっては苦痛でしかないが、必要なことと理解しているから学習を止めることはない。

 

「閣下。入ってもよろしいでしょうか」

「かまわんよ」

「失礼します」

 

 文官が入ってきて、ゴップ大将に近付き新たな書類の束を渡す。以前はオフィスの外で仕事をすることのほうが多かった大将だが、ここ最近はジャブローのオフィスにこもって仕事をすることが増えた。

 地上戦が一区切りついたこともあるが、連邦最高のエースパイロットが勝手に自滅しないようにという拘束のためもある。

身に着けている勲章の数が飾りではないことを兵士であれば誰もが知っているため、勝手に訓練していても、隙あらば抜け出して残党狩りに出かけようとするのも、尉官程度では止められない。佐官クラスになると遊ばせるほどの数も余裕もない。将官ともなれば各方面の指示のため忙しく、子守りなどしている暇などない。

 つまり、安全な後方で彼女に首輪をかけられるのがゴップ大将のみということで、自分から引き受けたのだった。護衛にしては階級・年齢が低くとも、勲章の数だけを見れば釣り合いが取れること。愛人の噂までも利用して、そばに置くことに成功した。

 

「……」

「なにかね? 用事は済んだのだろう。退室してかまわんよ」

「ハッ、失礼しました」

 

 時折今の文官のように、彼女のぶら下げた勲章に対して疑いの目を向ける人間もいるが。そういった人間は大抵どこかで不満を漏らし、それを聞いたほかの兵に連れ去られて延々と彼女の武勇伝を聞かされることになり、考えを改める。改めなければ彼女を尊敬する兵たちにより修正される。

 軍人でなければ実情を知ることのない話なので、外部、政府の人間や一般市民からはゴップはロリコンの下種として見られ、レオナは他人の功績を擦り付けられただけの愛人として見られる。ジオン軍には士気を落とすためのプロパガンダとして受け取られているが、二人にとってはどうでもいいことだった。

 

「で、私はいつになったら宇宙に上がれるのでしょう」

「医者がいいと言ったら上がってもいい」

 

 いくら体が健康な状態に戻ろうが、まっとうな倫理観を持つ医者が子供に対して戦場に出てもいい、などと言うことはまずないので、実質的に止めているようなものだ。たまに無視して残党探しに出撃しているが、オデッサ・北米・ジャブローの激戦で戦力を使い切ったジオン地上軍残党には戦力も気力もなく。さらにはジオン地上部隊にとって航空機とはトラウマそのもの、恐怖の象徴であったため、空に機影が見える、あるいはエンジン音が聞こえてくれば、見つからないようにじっと身をひそめるのだ。エンジン音が離れて行っても折り返しが怖くて動けない。そんな状況なので、定期的な哨戒飛行をするだけで地上の平和は維持されていた。

 

 このときゴップが処理している書類の中には、ジオンが核を使用したことによる南極条約の形骸化、保存されていた核兵器の持ち出し許可及び使用許可を求めるものがあった。これをどうしたかは、ゴップ本人以外に誰も知らない。あるいは、本人すらも知らない(ことにした)のかもしれない。

 

 一方軌道上でも、宇宙に逃げてくるジオンも、それを拾うために地球圏に接近するジオンもほとんど居なくなったために、ソロモン攻略にむけた物資の打ち上げ・艦隊編成・MSの戦闘訓練が行われていた。本来ならとうにソロモンへ向けて艦隊を移動させている時期だったのだが、ジャブロー襲撃を受けて計画が遅れたため、その時間を訓練に費やしていた。

 

 ジオンもその時間を使い、補充した新兵の訓練・回収した部隊、兵士たちの再配置・再編成。ソロモン防衛のための作戦立案、兵器補充を急ピッチで進めていた。

 ジオン公国の首都たるサイド3、ズムシティでは、ギレン・ザビ、キシリア・ザビ、ドズル・ザビのザビ家三兄妹が揃い、場に居合わせた衛兵の胃をおろし金で摩り下ろすような剣呑な雰囲気で会議をした。ソロモン防衛のために残る宇宙拠点、サイド3、グラナダ、ア・バオア・クーからどれほどの戦力を供出できるか。具体的な防衛計画はどうするのか。ついでに地球占領作戦の失敗とガルマの死は誰の責任で起こったことか。連邦侵攻作戦が伸びて得られた貴重な時間を使った甲斐あって、ソロモンの防衛を担当するドズル・ザビにとって実りある結果となった。

ただし後半になるにつれ議論というよりも、癇癪を起こした兄弟喧嘩の様相を呈しており、貴重な時間を無駄にした感が否めないが。

 それでも、結果としてソロモンには質・量共に極めて充実した戦力が揃うこととなった。新型艦、新型モビルスーツに、新型モビルアーマー、旧型でも数は揃っている兵器群。多くの戦果を挙げたエースパイロット、数は少ないが地獄の地上戦を生き延びたベテランと、それらに教育を受け、十分な訓練を積んだ新兵。防衛用砲台の増設、艦船などの収容・修理ドックの改修。およそ考えられる完璧な布陣で、連邦を待ち受けることができたのだった。

 



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