ソメイヨシノは穢れない (スターフルーツくん)
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1期
第1話「史上最強のニューカマー」


新作です
多くの方が楽しんでくれる事を願っています
どうぞ


 リリィ。それは人類を脅かす怪物、ヒュージに対抗する少女達の名前。故に人類の希望であり、英雄である。人類は彼女達の手によってヒュージの猛威から守られている。しかし、そんな中である問題が発生した。

 

「んー…。一柳隊にヘルヴォル、そしてグラン・エプレ。ここ一帯の主力のレギオンは今のところここら辺かしら。」

 

 ヒュージ対抗研究施設の施設長である櫻田(さくらだ) 雪奈(せつな)は近年活躍が目覚ましいレギオンをいくつか取り上げた。

 まずは一柳隊。百合ヶ丘女学院内のレギオンであり、九人で構成されている。個々の強さに加えて固い団結力を備えたハイレベルなレギオンで世界から注目されている。

 次にヘルヴォル。エレンスゲ女学園内のレギオンであり、実力ではなくヒュージを倒すという意思の強いメンバーのみで構成されている。

 最後にグラン・エプレ。神庭女子藝術高校のレギオンである。ヒュージ討伐よりも個人の意思を尊重している。リリィとしての活動を最低限のもので良いとしているものの、所属するリリィの実力は高いレベルである。

 

「ええ。リリィ養成に長けているこの地区の中でも特に力のあるレギオンですね。」

 

 雪奈に対して施設の研究員もこのレギオン三隊の活躍ぶりを認める。しかし雪奈は長く伸ばした白色に近い水色の髪の毛をいじりながら気難しい表情をする。

 

「けれど、昨今のヒュージの勢いは強まってきているわね。中には特別指定上級ヒュージという、レギオン全体どころか学園全体でかからないと倒せないほど厄介なヒュージがいたり。」

 

 特別指定上級ヒュージ。この存在が現在世界を脅かしている元凶であった。体積や生体構造は人間と同程度であるが、その強さは通常のアルトラ級ヒュージの十倍は強く、さらに知能も従来のヒュージのそれよりも高く言語を話せるほどである。これに対して雪奈はある一つの解決手段を提示した。

 

国上(こくじょう)を、出せないのかしら?」

「こ、国上ですか!?」

 

 国際連合直属機関特別指定上級ヒュージ対策班。通称“国上”。国際機関から特別に使命されたエリートのリリィだけで構成されたレギオンであり、各々が母国で活躍している。その数は全世界でおよそ数千人。無論、国上の日本支部隊員も存在している。しかし、それには大きな問題があった。日本の国上はトップクラスのレギオンではあるものの、ほとんど戦闘狂しか存在しない。現在国上はこの事から個性派かつ無法者のリリィ達の集まりであるという噂が後をたたない状況にあった。つまり単純な戦力という面では国上は百人力であるが、協調性には欠けているレギオンなのだ。

 

「危険すぎます!第一、彼女達は他のリリィ達と共闘できません!!」

「そうかしら?私はこのまま特別指定上級ヒュージを放っておく方が危険だと思うけど。それに、彼女達も案外物分かりが良いわ。どうかしら?国上から特に強い六人を派遣させるというのは。」

 

 研究員は雪奈の提案に沈黙を持って答えた。そして今ここに国上のリリィ六名が集う事が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは鎌倉府の西部。ここで少女は特別指定上級ヒュージから逃げていた。特別指定上級ヒュージは人型であるため図体は通常のヒュージよりも小さいが、その力は通常のヒュージ以上である。また、このヒュージは蜘蛛の性質を持っており少女が如何に遠くへ逃げてもすぐに追いついた。

 

「はぁ…!はぁ…!」

「ヘユエヌゲヌプム、ヴェルンド。」

 

 言語能力を取得した特別指定上級ヒュージは独自の言語であるヒュージ語を話すようになっており、その解析方法は未だに解明されていない。

 

「や、やめて…!」

「鬱陶しいなぁ…。」

 

 すると少女の前でヒュージは右腕と首を斬られ、もがき苦しみながら倒れた。唖然としている少女の前にはヒュージに対抗するための決戦兵器、CHARMを持った十代後半程度と思しき少女が立っていた。

 

「怪我は無い?大丈夫。後はあたしに任せて。さてと…。国上日本支部副長、松山(まつやま) 伽奈芽(かなめ)。いざ征かん。」

 

 松山 伽奈芽と名乗った赤い髪の少女は瞬く間に蜘蛛の性質を持ったヒュージを自身のCHARMで斬り倒した。その圧倒的な強さは文字通り泣く子をも黙らせるほどであり、本人も自身の強さを自覚していた。

 

「ほら、おんぶしたげるから乗って。」

「うん、ありがとうお姉ちゃん!」

 

 伽奈芽はパーマのかかった自身の髪をいじりながら少女に問いかけた。その後助けた少女を背中に乗せて目的地まで送ると待ち合わせ場所である百合ヶ丘女学院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から私達も二年生かぁ〜…。」

 

 百合ヶ丘女学院の入学式の手伝いをしていた桃色の髪を四葉のクローバーの髪飾りで右側に結んでいる一柳 梨璃は自身が二年生に進級した事に思い耽っていた。自身の進級もそうだが彼女が何よりも考えていた事、それは後輩の事であった。

 入学当初はヒュージとの戦闘のイロハもわからない素人どころかCHARMすらも満足に軌道できない新米リリィであった自分に後輩ができる。後輩のためにも自身がしっかりとリードしなければならない。今の梨璃の脳内にはその使命感しか無かった。

 

「梨璃、手が止まってるよ。」

「あっ、ごめんなさい雨嘉さん!」

 

 梨璃に注意した王 雨嘉はクラスこそ同じではないものの同じ一柳隊のメンバーであり、ヒュージ討伐の才に秀でた王家の次女である。その黒い髪には髪飾りが付けられており、中でも左側で髪をまとめているシュシュは特徴的である。

 

「それにしても、新しく入ってくる子達と会うの楽しみだなぁ〜。何か凄い子がいるって聞いたけど…。」

伊坂(いさか) 晴海(はるみ)さんですね!十三歳ながらも飛び級で高校一年生になって、さらに国上日本支部の一番隊隊長なんですよ!」

 

 新入生に興味を示す梨璃に二川 二水が声をかける。二水はリリィのプロフィールについて詳しく知っており、れっきとした“リリィオタク”として名が知れている。またレアスキルである“鷹の目”により状況を把握、判断する能力にも長けている。

 

「へぇ〜、そんな凄い子がいるんですね!一体どんな子なんだろう…。」

「貴女達、私語は慎みなさい。もうすぐ新入生が来るわよ。」

 

 そんな話をしていた三人のもとに白井 夢結が現れた。夢結は梨璃と姉妹の契りであるシュッツエンゲルの誓いを結んでおり、梨璃の良きパートナーである。またそれは梨璃にとっても同じであった。

 

「おぉ〜、ここが百合ヶ丘女学院ですか!なんだか賑わってますね〜。」

 

 すると、四人の前に音も立てず一人の少女が現れた。突然の事に四人は声をあげずに驚愕する。少女は髪を一つに結んでおり、目元は目隠しで覆われている。

 

「誰なのでしょうか、この方は…。」

「あ、あぁ…。あの子が、いやあのお方があの伊坂 晴海さんですよ!」

 

 梨璃達が困惑する中、唯一二水だけが少女の正体を知っていた。そして彼女達の目の前にいる、長い黒髪を一つ結びでまとめている少女こそが伊坂 晴海だった。生まれつき盲目でありながらも圧倒的な才能で世界にも名を馳せている天才リリィであり、飛び級もその才能を買われての事だった。

 

「えぇと…?」

「初めまして!二川 二水です!あの、宜しかったらサインを…!」

「二水ちゃん上級生だよね…?」

 

 二水のあまりにも遜った態度に梨璃達は困惑すると同時に見てはいけないものを見たような表情をする。そんな中、夢結が晴海に対して一つの質問を投げかけた。

 

「晴海さん、貴女はこんな所で何をしているんですか?入学式の説明ならば事前にお伝えしていた筈ですが…。」

「ああ、入学式じゃないんですよ。今日の夕方ぐらいから国上と一柳隊とヘルヴォルとグラン・エプレで合同会議をやるって聞いていたので何を話すのかな〜っていうのを尋ねようとしたんです。」

 

 ここ数日現れる特別指定上級ヒュージ、それに対策を講じるために四つのレギオンによる会合が提案されていた。晴海にはそれが気になって仕方がないようだった。

 

「合同会議の事ですか…。詳しい事はヒュージ対抗研究施設の施設長である櫻田 雪奈さんから話があるそうなので、私達自身も詳しい事はよくわかりません。」

「そうですか〜。なら仕方ありませんね。気長に待って…。」

「ごきげんよう、そこの貴女!伊坂 晴海ですわね?」

 

 次の瞬間、二年生である遠藤 亜羅椰がCHARMを持って現れた。亜羅椰はリリィとしての実力こそ高いものの、自身が狙ったリリィに手を出そうとする躊躇いの無い性格の持ち主であり、難のある生徒として名が知れている。彼女の一方的な挑戦はこれが初めてではなく、一年ほど前にも夢結に対して勝負を挑んできた。結果的に止められはしたものの、現在でも根本的な解決には至っていない。

 

「ん〜?何の用ですか?」

「今すぐCHARMを持って私と勝負してくださるかしら?類稀なる才能を持ったリリィ、一度お手合わせ願いたかったの。」

「貴女、入学式の前よ!そんな理由で争ってる場合じゃ…!」

「あぁ、良いですよ。ただし怪我しても知りませんけど。」

 

 晴海は夢結の制止も聞かずに梨璃のCHARMを強奪し、目の前の相手の様子を伺いながら戦闘態勢に入った。

 

「あっ、それ私のCHARM!」

「すみません、これ借りますね。よし…。国上日本支部一番隊隊長、伊坂 晴海。征きます。」

 

 晴海はそう言うと、肉眼では確認できないほどのスピードで亜羅椰の間合いに入り、彼女のに突きを入れる。一方、咄嗟に反応した亜羅椰はCHARMで晴海の突きを防いだ。

 

「ぐっ…!」

 

 晴海の強力な突きに亜羅椰は後方へ後退りする。体勢を立て直させる間も与えずに晴海は亜羅椰のCHARMを亜羅椰の手から弾き、自身のCHARMの切先を彼女の喉元に突きつけた。

 

「きゃっ!」

「勝負あり、ですね。」

 

 その勝負の様子を側から見ていた百合ヶ丘女学院の生徒達は忽ち感嘆の声を漏らす。そんな中、梨璃達は晴海の強さに唖然としていた。

 

「強い…。」

「晴海さん…。音でわかったんですけど五回攻撃してませんでした?肉眼で見たら一回突いただけに見えますけど…。」

 

 二水の言った事は事実であった。晴海は亜羅椰のCHARMに五回ほど突きを入れた。しかしあまりにも速すぎたために常人の肉眼では一回だけ突いたようにしか見えなかった。

 

「感心してる場合ではないでしょう。そろそろ…。」

「おっ、こんな所にいたんだ晴海。よし、次はアタシと勝負だ!」

 

 夢結の言葉を遮って現れたのは伽奈芽であった。何故副長である彼女がここ百合ヶ丘女学院まで来ているのか、それは同じレギオンに所属する晴海にもわからなかった。

 

「あぁ!言わずと知れたあれは煉凰眼(れんおうがん)の使い手、“鳳凰”の松山 伽奈芽さんです!」

「そうそう。そしてこの松山 伽奈芽こそが、空前絶後の最強リリィなのだ!」

 

 二水の説明に伽奈芽は一言付け加える。しかし、その一言は晴海の言葉によって印象が覆された。

 

「でも松山さん、私に二百六十八回も挑んで一回も勝ててないですよね?全敗ですよね?それなのに最強のリリィだなんて言っちゃって良いんですか?」

「なっ…!だったらこの場でアンタと…!」

「お待ちなさい。」

 

 周囲が混乱している中でも伽奈芽は晴海に挑もうとする。そんな両者に待ったをかけたのは夢結であった。

 

「貴女、確か松山 伽奈芽と仰っていましたね?確か国上日本支部の副長であると耳にしていますが、そんな貴女が何故この百合ヶ丘女学院に…?」

「ああ、四組のレギオンの合同会議で国上の代表で来たんですよ。本来だったら“お姉様”が来る予定だったんすけど、『今は手が離せないから』って言って…。という事で副長のアタシが代理で出席するわけです。」

 

 伽奈芽は一旦落ち着くと、事務的な声色で夢結に説明する。一方晴海は自身の持っていたCHARMを梨璃に返却すると、伽奈芽の方に駆け寄った。

 

「松山さん、何でお姉様が来れないんですか?」

「さぁ?アタシにもわかんない。それより晴海!今日こそはアンタに勝つ!」

 

 伽奈芽は依然として晴海と戦う姿勢を見せていたが、晴海は相手にもしなかった。そんな二人を尻目に梨璃は二水に話しかけた。

 

「国上って、あんな感じの人達なの…?」

「さぁ…。私も今日初めてお会いしたのでどんな性格かまでは…。」

 

 伽奈芽と晴海のやりとりには噂されていたような凶暴性が感じられず、むしろどこにでも存在するありふれた女子高生のような雰囲気であった。

 

「国上の副長、松山 伽奈芽さんと一番隊隊長の伊坂 晴海さんですね。初めまして!工廠科三年の真島 百由です!合同会議まではまだ時間があるので、折角なら工廠科に足を運んでみてはいかがですか?」

 

 真島 百由。百合ヶ丘女学院の工廠科に所属するリリィであり、赤縁のメガネをかけ、紺色の長髪には髪飾りがついている。そんな百由の突然の提案に伽奈芽と晴海は顔を見合わせる。そしてしばらく考え込んだ後、結論を出した。

 

「面白そうだから行ってみる価値はあるかもな。晴海、行くよ。」

「はーい。」

 

 伽奈芽と晴海は百由に案内され、工廠科へと足を運ぶ。すると百由が梨璃達に向けてウインクを放った。そのウインクから夢結は彼女の意図を汲み取った。

 百由達が去った後、梨璃は安堵からかため息と膝をついた。

 

「はぁ…。それにしても、どうして百由様はいきなり伽奈芽さん達を…?」

「これ以上騒ぎを大きくしないためね。あの時点で介入してこなければ、松山 伽奈芽と伊坂 晴海は間違いなくCHARMを交えて死闘を展開していたわ。」

 

 百由の行動に疑問を持った梨璃に夢結が教える。両者の思惑を早い段階で見抜いていた夢結に梨璃は思わず感嘆の声を漏らす。

 

「それにしても、彼女達の強さは未知数ね。おそらく…。いや、確実に私以上の強さは持っているわね。」

「えっ、お姉様以上に!?」

 

 夢結の発言に梨璃は驚愕し、空いた口を塞げないでいる。この白井 夢結というリリィの強さは強豪揃いの百合ヶ丘女学院の中でも上位に食い込むほどの強さである。特にその強さを象徴するレアスキルが“ルナティックトランサー”。敵味方関係なく攻撃する危険性を孕んではいるものの、脅威的な戦闘力を発揮することが可能なレアスキルである。

 

「でもあのお二人はお姉様よりも年下ですよね?一体どんな訓練を受けたらそこまで…。」

「おそらくは紫電一閃流の影響ね。もちろん彼女達自身の強さもそうだけれど、自分達の使用しているCHARMの特性を理解し尽くした上で戦っていることもあるわ。」

 

 夢結の推測は的を得ていた。紫電一閃流。現在最も著名な剣道の流派であり、様々な武道を享受している。そして紫電一閃流の現在の当主、大里 宗二の娘こそが国上日本支部局長なのだ。

 

「あっ、いけない!この書類持ってかないと!じゃあお姉様、また今度!」

 

 突然自分の役目を思い出した梨璃は夢結達のもとを去って行った。夢結達は梨璃が必要な書類を持って行き忘れた事に気づいたが、その頃にはもう梨璃の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほへ〜、ここが工廠科かぁ!」

 

 伽奈芽と晴海は百由に案内され、工廠科の部屋へとたどり着いた。百合ヶ丘女学院の工廠科の設備に伽奈芽は驚きと感心の両方の意思が混ざった声をあげる。するとそこに背の小さい少女が現れた。少女は百合ヶ丘女学院の制服を着ており、髪を二つに結んでいた。

 

「百由様、そちらの方々は?」

「ああ、国上日本支部の松山 伽奈芽さんと伊坂 晴海さんだよ。」

 

 百由が二人を紹介すると、伽奈芽は不思議な物を見る目つきで少女をチラチラと見ていた。すると伽奈芽は少女を見て気になっていた事を百由に尋ねた。

 

「百由さん、この子一年生すか?」

「なっ…!違う!!!ワシは二年生じゃ!!!」

 

 伽奈芽の発言に怒る少女をたしなめ、百由は少女を伽奈芽と晴海に紹介する。

 

「まぁまぁ。あっ、この子はミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウスっていう名前で、私のシルトです。」

 

 百由が紹介したミリアムという少女は依然として伽奈芽に怒っており、頬を膨らませてジト目で睨んでいる。

 

「ちょっ、わ、わかったよ!悪かったってば!謝るよごめん!!」

 

 伽奈芽は口では謝るものの、ミリアムの事を内心ではハムスターのように思っており、笑いを堪えるために視線を背けた。

 

「おぬし!さっきから一体何がしたいのじゃ!!」

 

 しかしそれが原因でミリアムは更に憤慨し、伽奈芽に手を出そうとするが百由と晴海に止められた。

 

「そっ、そうだ!伽奈芽さんはしばらく時間がかかりそうなのでここで時間を潰していきませんか?晴海ちゃんは入学式が終わったらグロッピに校内を案内してもらおう。」

「その呼び名はやめてほしいと言っておるではないか…。晴海、入学式が終わるタイミングで迎えに行くからワシの事を探すんじゃぞ。」

 

 百由の指示でミリアムは晴海を案内する事を承諾した。晴海はミリアムに対してはーい、と返事をすると入学式の会場へと向かった。一方伽奈芽はしばらく工廠科の部屋を見て回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式が終わった後、晴海はミリアムのもとへと戻り彼女に校内を案内してもらった。ミリアム自身は先輩としての威厳を保ちたかったのか、彼女なりに説明を

 

「ここが闘技場じゃ。百合ヶ丘のリリィはここで日々腕を磨いておる。」

「ふーん…。」

 

 まずミリアムが案内したのは闘技場だった。闘技場と名がついているものの、実質的にはリリィ同士が己の戦闘力を高めるために使用される練習場所である。ミリアムの説明に対して晴海は生返事で返答していたものの、頭には叩き込んでいた。

 

「次にここが購買部じゃ。何か困った事があればレジにいるお兄さんに聞くと良い。」

 

 ミリアムは購買部のレジで団子を食べている男を紹介する。男は初見では男性か女性かわからないほど美しく若々しい見た目であり、未成年だと言われても信じてしまうほどの顔立ちをしている。さらに男は黒髪で両耳にはイヤリング、目にはフレームが丸型のサングラスをかけていた。

 しかしそんな見た目ながらも緊張感を感じさせないユルめな性格と口調が学院中で話題となり、人気を博している。

 

「あれで本当に仕事してるんですかね…?」

「さぁ…。あ、そうじゃ。ワシは少し買っておきたいものが…。」

 

 ミリアムは手に取った駄菓子をレジにいる男に差し出し、男はすぐに団子の串を捨ててミリアムに対応した。

 

「お兄さん、そんなお菓子ばかり口にしていると虫歯になるぞ。」

「そうならないように対策してるから問題無いよー。てか、今日はこれなんだ。これすっげぇ美味しいよねぇ。一回食べた事あるけどハマる味だったわ。」

「おぬしもそれの良さがわかるのか!流石じゃのう!」

 

 レジにいる男とミリアムはすっかり意気投合し、そのまま五分ほどレジで会話をしていた。そんな二人を晴海は一体何を見せられているんだ、と言わんばかりの目つきで見ていた。

 

「ミリアム様ー、行きますよー…。」

 

 しばらくしてミリアムが最後に案内した場所は防波堤であった。荒廃した街を彷彿とさせる瓦礫が辺り一面に転がっており、真正面には海が見える。

 

「今まではここからヒュージが現れる傾向にあったんじゃがの。最近は特別指定上級ヒュージが現れたからほとんど出てこんのじゃ。」

「そうなんですねー。あ、もうそろそろ時間ですね。」

 

 晴海は自身の腕時計で時間を確認する。晴海はこの後、国上日本支部の会合の予定を入れていた。百合ヶ丘女学院とは場所が離れているため、晴海は急いで踵を返すしか方法が無かった。

 

「校内の案内、ありがとうございましたー!」

「気をつけるんじゃぞー!」

 

 ミリアムは段々と姿が見えなくなっていく晴海に対して自身の視界から彼女が消えるまで手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、松山 伽奈芽は百合ヶ丘女学院の会議室で開かれた各レギオンの隊長達による合同会議に出席していた。元々伽奈芽は副長であったが、本来出席する筈の局長が急用で参加できなくなったため代理で出席していた。

 

「一柳隊の代表、一柳 梨璃。ヘルヴォルの代表、相澤 一葉。グラン・エプレの代表、今 叶星。国上の代表、松山 伽奈芽。全員揃ったわね。じゃあ、始めましょう。まずは各レギオンから戦果の報告を。」

 

 この会合の進行を担当していた人物は雪奈だった。会合に集まったリリィ達は全員何故研究員である彼女がここにいるか疑問に思ったが、彼女の鋭い眼光を見て諦める事にした。彼女の瞳の裏に自分達には到底知る事の出来ない闇を感じ取ったためである。

 

「あっ、はい!一柳隊です!先週のヒュージ討伐状況ですが、アルトラ級を含めた通常のヒュージは七体、特別指定上級ヒュージは一体の討伐となりました。後者に関してはこの他にも二体ほど発見しましたが、戦闘中に逃げられてしまいました。」

 

 最初に戦果の報告を始めたのは一柳隊のリーダーである梨璃であった。声色には緊張が伝わり、声がか細く、そして弱く震えていた。

 

「ヘルヴォルです。先週のヒュージ討伐状況は、アルトラ級を含めた通常のヒュージで十一体の討伐に成功しました。特別指定上級ヒュージの発見には至りませんでしたが、対策を練りながら引き続き捜索を行なっていく所存です。ヘルヴォルからは以上です。」

 

 次に戦果の報告をしたのはヘルヴォルのリーダー、相澤 一葉であった。青色の髪に鋭い眼差しを持った一葉はエレンスゲ女学園内の序列一位という脅威的な実績を誇るリリィであり、序列の順位に違わぬ実力も持っている。

 

「グラン・エプレです。先週のヒュージ討伐状況ですが、アルトラ級を含めた通常のヒュージを五体、特別指定上級ヒュージを一体討伐しました。今後はレギオンではなく学園にいる全てのリリィの強化に努めていきます。グラン・エプレからは以上です。」

 

 続いて戦果の報告を行ったグラン・エプレのリーダーである今 叶星は黄色い瞳に薄い藤色の髪色であり、左側には紫色のリボンを付けている。本来は臆病な性格ではあるものの、それを感じさせないような態度と戦果の持ち主である。

 

「最後に国上でーす。先週のヒュージ討伐状況はアルトラ級を含めた通常のヒュージで三十二体、特別指定上級ヒュージで…。あー、あたしが今日倒したヤツを含めて十一体倒しましたー。以上です。」

 

 一方、最後に戦果報告を行った伽奈芽は性分上、堅苦しい会合を嫌っている。故にこのような気の抜けた口調で口を開くことしかできなかった。本来であればこの場から逃げ出したい気持ちがあったが、元々ここにいるはずだった上司の立場を考慮して何とか我慢した。

 

「みんな報告ありがとう。そうなると…。」

「あー、いたいた!すみませーん!用事が予定より早く終わったんで来ちゃいましたー!」

 

 そう言って会議室のドアを開いて現れたのは伽奈芽達とは制服を着た少女だった。少女と言えど背丈は他の四人よりも高く、黒色の髪を後頭部の辺りで結んでいる。しかしその目は幼い子供を見る母の如く柔和で安らぎを覚えるものである。そんな両目を備えた顔を見た伽奈芽は少女が手に持っているものと含めて驚き、唖然とする。

 

「な、何でここに…。お姉様が…?」

「え!?お姉様って…!」

「そう。この子が国上日本支部の局長、大里 紬よ。」

 

 紬は歪な色と形をした得体の知れない物体の入った袋をテーブルの上に置くとにこやかな顔つきで四人に差し出した。

 

「ごめんなさい!本当は来れなかったんですけど用事が思いの外早く終わったもので急いで駆けつけて来ました!ささ、クッキーを作ってきたのでどうぞお食べください!」

 

 通常、見た目が悪くとも味が良いというケースは少なからずある。しかし四人が食べなくとも不味いとわかっていたのは隣に座っている伽奈芽の表情を見れば一目瞭然であった。

 

「あ、あの…。」

 

 梨璃がたじろいでいると百合ヶ丘女学院の校内に設置されている緊急警報が鳴り出した。この警報がなるという事はヒュージが出現した事を意味する。

 

「すみません!私行ってきま…!」

「待ってください。ここは是非うちの国上の腕前をアピールさせてください。」

 

 紬は深々と梨璃達に対して頭を下げる。それを見た雪奈はため息をつくと左手の人差し指を彼女に対して指した。

 

「いいでしょう。国上のメンバーを出動させなさい。」

「承知しました。それとカナさん。」

「はい、何すか?」

 

 紬は伽奈芽に近寄り、他の四人には聞こえないような声量で伽奈芽の耳元で一言呟いた。

 

「百合ヶ丘の工廠科の真島 百由という方から『もし入手できたら特別指定上級ヒュージの遺体を入手してきてほしい』という依頼を受けたんだけど、カナさんがやってきてくれないかな?カナさん強いからこれはカナさんにしか頼めない事なんだけど…。」

「マジ!?よっしゃやります!!」

 

 伽奈芽を口車に乗せる事に成功した紬は梨璃達の方に向き直り、手を組んで椅子に座った。他の四人も椅子に座っていたものの、紬の貫禄はその中でもずば抜けていた。

 

「あ、あの…。大丈夫なんですか?私達も行った方が…。」

「心配無用です。ヒュージにやられるほど国上はヤワじゃありませんから。」

 

 紬の仕草から放たれる威厳とは裏腹に、彼女は優しい声色で梨璃の質問に答える。そのギャップに梨璃はある種の恐怖を感じたが、それと同時に安堵を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伽奈芽が現場に到着すると、彼女の瞳に一体の特別指定上級ヒュージが街を破壊している光景が映った。

 

「ふん、本当に懲りないねこの人達は。何回捻り潰されたら気が済むんだか。」

「テヌル、リリィツ。」

 

 伽奈芽が対峙した特別指定上級ヒュージは牛の性質を持ち合わせており、その異常に発達した筋肉によって体躯が非常にたくましいものとなっている。

 

「さてと、お喋りはこのぐらいにしようか。国上日本支部副長、松山 伽奈芽。いざ参る。」

「シアリムミオツ。シアユギソトウ、タウロ・ブロムプ!」

 

 伽奈芽は即座に自身のCHARMである“ランドグリーズ”を敵に向かって振り下ろす。しかしタウロはそれよりも速く両腕を交差し、防御の体制に入る。

 

「無駄だ!!」

 

 しかし伽奈芽はそれに構わず腕ごとタウロを切断した。彼女の持つ“ランドグリーズ”は現存するCHARMの中でも最強の攻撃力を誇り、壊せない盾は無いとまで言われている。

 

「グアァァァァァァ!!!」

「散れ。」

 

 タウロに対して次なる攻撃を仕掛けようとした伽奈芽だったがそれは彼女の左耳に付けてある通信機からの一声で止められた。

 

「カナさん!四か所同時に特別指定上級ヒュージが出現したよ!」

「嘘でしょ!?うわっと!」

 

 紬からの情報を聞いた伽奈芽だったが、タウロを倒さねば他の現場へは進めない。しかしタウロも相当な耐久力を誇っており、彼女から受けた傷は深いはずだがそれでも立ち上がっていた。

 

「チッ、どうすれば…。」

「その心配なら要りませんわ!」

 

 すると伽奈芽の通信機から新たな人物の声が聞こえてきた。伽奈芽は少し驚き、その声の正体の名を口にする。

 

(のぞみ)!?」

 

 櫻田(さくらだ) 希。国上日本支部の司令長であり、エレンスゲ女学園の二年生である。言わずもがなリリィとしての素質は十二分であるが彼女の最大の武器は頭脳であった。彼女はこれまでその頭脳を駆使してありとあらゆる戦略を練ってきた。希の考えた戦略を崩せたヒュージなど今まで一体たりとも存在しない事が彼女の頭脳戦における強さを証明している。

 

「たった今他の現場に国上のメンバーが到着したとの報告が入りましたの。以前から予測していた通り、彼らは単独で動く事はあっても集団で動く事は無かったからこのぐらいの芸当ならやってのけるだろうと思ってましたわ。」

 

 伽奈芽の通信機から紙をバサバサと広げる雑音が入りながらも希は話を続ける。

 

「今回は人の多い場所がキーですわね。松山さんのいる避難所はもちろん、学校や繁盛してるお店などに目星を付けたので予測ができましたわ。それに集落や廃墟を狙わないとわかっていればある程度絞り込みは可能ですわよ。これも松山さんのおかげですわね。ありがとうございます。」

「ふん、言ってくれるじゃん。」

 

 希の感謝の言葉を聞き、伽奈芽は再びタウロに対してCHARMを向ける。タウロの全速力の突進を躱した伽奈芽はランドグリーズで連続攻撃を繰り出した。

 

「ガハッ…!」

「今度こそ、本当にトドメだ。」

 

 伽奈芽はランドグリーズを変形し、銃の状態にさせるとランドグリーズに弾丸を込め、正確に狙いを定めた。

 

白い雷光(レバン・バルカ)!!!」

 

 ランドグリーズから伽奈芽のマギを纏った弾丸が放たれ、タウロの身体を貫いた。タウロの口や身体から青黒い血液が吹き出し、タウロは絶命した。伽奈芽はタウロの前で膝をつき、両手を合わせると両手に手袋をはめてタウロの身体を触った。

 

「うん、もう息絶えてる。お姉様の言う通り運びますか。」

 

 伽奈芽はタウロを紬から貰った冷凍保存用のケースに入れ、それを持ちながら百合ヶ丘女学院へと足を運んだ。タウロの攻撃によって被害に遭った街は建物がほとんど崩れており、救急車のサイレンの音が段々と近づいてくる。

 

「あいつら、意気地なしだったわけじゃ…。いや、まさかね。」

 

 伽奈芽がそんな事を呟いていると、彼女の通信機から希の声が聞こえてきた。

 

「やりましたわ!他のメンバーが特別指定上級ヒュージの討伐に成功しましたわ!」

「ああ、そう。こっちも討伐完了したから。」

 

 朗らかな希の声色とは対称的に、伽奈芽はどこか浮かない心境であった。いくら街が壊れたからと言って自分に何かできるわけでもない。それどころかリリィだからという理由で敬遠されることもあった。だからこそ彼女は決めた。全てのヒュージを倒して、リリィとしてではなく人間として生きようと。




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第2話「毒蛇はサディスト」

第2話ですが早速不穏さ全開です。
ではどうぞ。


「えー、これより週に一度の国上日本支部のミーティング特別編を始めまーす!」

 

 時刻は朝の六時、紬は明朗快活な声色でミーティングの進行を進める。日曜日にも関わらず早朝に全員集合しているのにはとある理由があった。それが今日彼女達のやる事である。

 

「それにしてもマジなんすか?百合ヶ丘女学院のリリィ達と合同で特訓って。」

「大マジ。」

 

 伽奈芽の問いに対して紬はそう断言し、屈託のない笑みを浮かべる。それとは対照的に晴海以外の四人はどこか不服の念を抱いていた。

 

「どうしたの?陽向(ひなた)は賛成しそうだと思ったのに。」

 

 紬は国上のメンバーの一人である相馬(そうま) 陽向に視線を向ける。陽向は黒王女学院の二年生であり、肩まで伸びた緑色の髪の毛先は外側にハネている。彼女の真面目さと明るさからくるその凛とした態度は戦士としても女性としても様になっている。

 

「合同で特訓する事自体には賛成なんですけど、それで国上の情報が漏洩したらどうするんですか?」

 

 陽向の意見に他の反対派の三人も首を縦に振って納得する。国上は全ての戦力をヒュージ側に対して明らかにしているわけではない。ヒュージがこの特訓を監視していた場合、自分達の手の内を相手に見せてしまう事になる。加えてヒュージだけでなく非人道的なヒュージ研究で名高いG.E.H.E.N.A.もいる。そんな彼らに国上の情報を流されるわけにはいかないのだ。

 

「その時はその時だよ。とにかく今は一柳隊の皆様方をお待たせするわけにはいかないから行こう!」

 

 紬はそう答え、晴海以外の四人をまとめて引っ張りながら百合ヶ丘女学院に連れて行った。そうして彼女達が向かった先は百合ヶ丘女学院の闘技場であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェルンドの中にも強力な戦士が現れたようだな。」

 

 東京都内のファストフード店で食事をしていたパーマのかかった白色の髪の持ち主の男性はそう語る。男性は白い半袖のTシャツの上に袖のない革ジャン、下にジーンズを履いているというバンドマンのような見た目をしていた。

 男の声色には驚きや喜びといった感情は無く、ただただ事務的な報告の意のみが含まれていた。

 

「ヴェルンドの言葉では奴らは国上、国際連合直属特別指定上級ヒュージ対策班と呼ばれている。」

 

 そう言ったのは薔薇の花飾りを首に付けた女性だった。女性の鼻は高く、唇は赤いリップが塗ってあることでその厚さが際立っている。その容姿は「可愛い」ではなく「綺麗」或いは「美しい」という形容の仕方がふさわしいほどの美形である。

 

「そんな事はどうでもいい。次のデネテは一体誰が進行する?グモンもタウロも、他の者達も皆殺された。」

 

 薔薇の花飾りをつけた女性に対してまた別の男性が答える。男の肩幅は広く、全身に筋肉がぎっしりと詰まっている。そしてその眼は今にも獲物を狩ろうとしかねない、飢えた野獣の眼である。

 

「次はペグルスだ。」

 

 屈強な身体つきの男の質問に薔薇の花飾りをつけた女性が答える。すると、また一人別の女性が現れた。その女性は金色の髪を肩の辺りまで伸ばしており、メイクも相まって現代のギャルを彷彿とさせるような見た目であった。

 

「ピソノオホリエプ、リリィ。」

「ここではヴェルンドの言語で話せ、セレン。」

 

 薔薇の花飾りの女が周囲を気にして金髪の女性、セレンに注意する。特別指定上級ヒュージの言語は人間にとっては未知の言語である。そのため、そのような人間が集まる場でそのような言葉を話す事は自身達の行動範囲を狭めることに繋がる。

 

「リリィはどうするつもりだ。」

「奴らはまだ油断している。一人ずつ始末するのが最善だ。」

 

 薔薇の花飾りの女は先程と変わらない事務的な口調でそう言うと、注文していたジュースを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、一柳隊の皆様方と合同で特訓を始めよー!おー!」

 

 数分後、一柳隊と国上は百合ヶ丘女学院の校舎にある闘技場に集合していた。貸し切りなのか、一柳隊と国上のメンバー以外の生徒は闘技場内にはおらず、辺りも人気が無く閑散としていた。そんな中紬は一人上機嫌で始めようとするが、相変わらず晴海以外の国上のメンバー四人はやる気になれずにいた。

 反対に一柳隊の九人は国上の局長とは思えない紬のテンションに唖然としていた。

 

「ん?どうしたの?もうちょっとこう、盛り上がるかなーって思ってたんだけど…。」

「やってられっか!アタシは帰る!大体、どこの馬の骨ともわからないような連中の相手するほどあたしは暇じゃないんだよ。いくらお姉様の頼みとはいえ、聞けないね。」

 

 一方的な取り決めに我慢の限界を感じていたのか、遂に国上のメンバーの一人である二条(にじょう) 凛音(りんね)が声をあげた。凛音は国上日本支部の副長補佐兼三番隊隊長であり、銀色の髪を一つ結びにし、三つ編みにしている。その髪型はまさに彼女の異名の“毒蛇”を彷彿とさせるような見た目である。

 

「何じゃと!!」

 

 凛音の言葉にミリアムは激昂し、凛音の胸ぐらを掴む。それに対抗して凛音もミリアムの胸ぐらを掴み、取っ組み合いが始まろうとした寸前で伽奈芽と雨嘉が仲裁に入る。すると、凛音と一柳隊の一員と思しき一人の赤い瞳の少女が対峙した。

 少女は金髪をリボンで一つにまとめており、彼女の頭頂部に生えている一本の毛は重力に逆らっている。しかし、その赤色の瞳はただ真っ直ぐに眼前の凛音を捉えている。その目つきは凛音と同じものであった。

 

「たしかに、国上の皆様の気持ちはよくわかります。ですが、私達は皆様と共にヒュージと闘いたいと思ってます。そこに決してやましい思いはありません。ですから、一つゲームをしませんか?貴女と私が一対一で対決する、それがゲームの内容です。」

 

 他の一柳隊と国上のメンバーは突然の提案に動揺を隠せないでいた。それに対して凛音はフッと笑うと返答した。

 

「わかった。やってやるよ。アンタ、名前は?」

「安藤 鶴紗。」

「そうかぁ、じゃあ始めよう。国上日本支部副長補佐兼三番隊隊長、二条 凛音。いざ参る。」

 

 この展開を予想していなかったのか、伽奈芽は少し驚いた後に一歩前に出ようとする。

 

「ずるいぞ凛音!あたしにやらせろ!」

「まぁまぁ。松山さんはまず私を目指しましょうね。」

 

 鶴紗と闘いたがる伽奈芽を晴海が諭し、しばらくして辺りが静寂に包まれる。どちらも自身のチームメイトの武運を祈る事しかできない中、先に沈黙を破ったのは凛音だった。

 

「泣き喚いても知らねーよ?」

「そのセリフ、そのままアンタに返す。」

 

 凛音はそう言うと自身のCHARMである“タングニズル”を手に取った。タングニズルは白と黒のみで構成されたモノクロのデザインが特徴的であり、刀身には返しが付いている。

 鶴紗もそれに応戦するようにティルフィングを手に取り、構えをとる。

 

「はじめっ!」

 

 誰に言われるわけでもなく急に審判をやり出した紬の一声で戦いの火蓋が切って落とされた。先に動き出したのは凛音だった。先手はタングニズルによる斬撃。しかしその位置はかなり低く、何もしなければ両足を切断される。

 鶴紗は両足で跳躍し、ティルフィングを銃の形態にして銃口を凛音に向ける。

 

「終わりだ。」

 

 鶴紗がそう言い、躊躇なく引き金を引いた瞬間、凛音はそれまで両手で持っていたタングニズルを右手のみで持ち、空いた左手で別のCHARMを取り出し、銃弾を弾いた。左手のCHARMは短剣であり、これの刀身にも返しがついている。

 凛音は左手のCHARMを鶴紗めがけて投擲するが、鶴紗は咄嗟にティルフィングを剣状に戻し、刀身で防御した。すると鶴紗の左足に思いもよらぬ激痛が走った。鶴紗は右足だけで着地した後、左足に視線を移す。すると彼女の左足には凛音が左手で持っていたものと同じCHARMが突き刺さっていた。

 

(何でここにCHARMが…!?あの時弾いたはず…。まさか…!)

 

 鶴紗は瞬時に理解した。先程凛音が投擲し、鶴紗が弾いたCHARMはただのブラフであり、本命は左足に突き刺さったこのCHARMだったのだ。

 一度目の投擲はティルフィングで視界を塞ぐ事、自身がもう一つCHARMを隠し持っている事を悟られないようにする事が目的であり、二度目の投擲こそ相手にダメージを与える事が目的だったのだ。

 通常CHARMを同時に使用できる事はまずない。しかしこの芸当を成し得る能力を鶴紗は知っていた。

 

「この能力、アルケミートレース…。お前、私と同じ強化(ブーステッド)リリィか…。」

「当たり。『私と同じ』ってことは、お前もかぁ〜。」

 

 アルケミートレース。血液を媒介にしてクリスタルコアを擬似的なCHARMに変化させる事が可能であり、G.E.H.E.N.A.によって人体実験を受けた強化リリィ固有の能力である。

 

「あー、取ろうとしたらダメだよ。それ、返しついてるから抜けないよ。力任せに抜こうとしたら超痛いから勘弁しといたほうが…。」

 

 凛音の忠告を無視し、鶴紗は凛音のCHARMを左足から引き抜いた。左足からは多量の血液が流れたが、それも瞬時に再生された。これには予想していなかったのか、凛音はそれを見て目を大きく開いた。

 

「へぇ、リジェネレーターか。でも傷を再生したからと言って体力まで再生できるわけではねーな。むしろパワーもさっきより落ちてる。」

「ぐっ…!こんな痛み、あの時に比べれば大した事ないっ…!」

「強がりはやめた方いいよ〜。じゃあ続き、やろっか。」

 

 痛みで足元がおぼつかない鶴紗に凛音は容赦なくタングニズルによる攻撃を仕掛ける。しかし鶴紗も負けじと凛音の攻撃をティルフィングで受け止める。

 

「こりゃあ凛音が一枚上手だな。」

「あの安藤 鶴紗という方は二条さんの攻撃を避け切れるだけのスピードを持っているという事は先程の攻防で明らかになっていますが、そのスピードも落ちてますわね。やはり二条さんの一撃が相当響いたのかもしれません…。」

 

 伽奈芽と希は凛音が優勢である事を認識し、凛音の勝利を予測する。実際、攻撃を仕掛けているのは凛音であり、防戦一方の鶴紗には反撃の機会すら与えられていない。戦況を考えればどちらが有利かは明白であった。そしてそのままでは凛音の勝利は確実である。

 

「うーん、それはどうでしょうね?」

「え?」

 

 突如として晴海が口を開いた。現在の戦況を見れば凛音が優勢である事実は揺るがないが、一体晴海にはどこまで見えているのか、二人には想像がつかなかった。

 そして一柳隊にも伽奈芽や晴海らと同じように考えている者が少なからずいた。

 

「どうしましょうお姉様!このままじゃ鶴紗さんが…!」

「梨璃、狼狽えるのはまだ早いわ。鶴紗さんを見なさい。あれはまだ諦めてない証拠だわ。」

「ああ、夢結の言う通りだ。」

 

 そう言って二人に声をかけたのは吉村・Thi・梅だった。緑色の瞳と髪をしており、見た目通り明るい性格の持ち主である。

 

「あの目と動きでわかる。鶴紗は起死回生の一撃を狙ってる。」

 

 梅がそう言った次の瞬間、鶴紗はありったけのマギをティルフィングに込めて凛音のタングニズルを弾き返した。そしてそれまで両手で持っていたティルフィングを右手に持つと凛音に反撃する。

 しかし、それを予測していない凛音ではなかった。凛音は瞬時に体勢を低くし、鶴紗の一撃を躱すと、カウンターの一撃を鶴紗の腹部に喰らわせた。

 

「グハッ…!」

 

 鶴紗は倒れ込み、傷口を左手で覆う。手の平には鶴紗の腹部から流れた血液が付着し、凛音から受けた傷口はリジェネレーターの能力ですぐに塞がった。

 

「もうやめなよ。いくら治癒能力があるっつっても失った血液は元に戻らねー。それにお前のその能力には副作用があるはずだ。同じ強化リリィのあたしがよく知ってる。だからもう無駄な抵抗はやめてあたしよりも弱いっつー事を認め…。」

 

 次の瞬間、鶴紗は凛音に向かって左手から何かを投擲した。瞬時に危機を察知した凛音は鶴紗が投げた物をタングニズルで弾いた。闘技場内にタイルと金属がぶつかり合う甲高い音が響き、凛音は音がした方向を見る。

 

(あれは擬似CHARM…!チッ、クリスタルコアを持っていたのか…。)

 

 凛音がこの一連のやりとりについて考察している中、鶴紗は立ち上がり凛音に向かって巾着袋を見せた。

 

「なっ…!それはあたしのクリスタルコア…!一体どうして…。まさかあの時に!」

「はぁ…はぁ…。作戦成功だ…。」

 

 自身のクリスタルコアが入った巾着袋を見せられたことで凛音は全てを理解した。

 あの時鶴紗が動いたのは凛音に攻撃を喰らわせるためではなく、自身のクリスタルコアを奪取するためだった。そして鶴紗自身が擬似CHARMを形成するためにわざと凛音の攻撃を喰らい、媒介となる血液を入手した。まさに命をかけた作戦だった。

 

「何だあいつ!?凛音の目を盗んでクリスタルコアを奪った…。」

「やっぱり私の勘が当たりましたね。松山さん、後でジュース奢ってくださーい。」

 

 晴海と紬以外の国上のメンバーは鶴紗の賭けとも言える行動に驚愕する。そしてそれは国上だけではなく一柳隊のメンバーも同じだった。

 

「鶴紗さんすごい!でもどうやってクリスタルコアを…。」

「おそらくあの時防戦に徹してたのは凛音さんがクリスタルコアを隠してる場所を見つけるためだったんだろうナ。けど攻撃を受け止めながらそんな事するなんて中々できないゾ。」

 

 梅は鶴紗の行動の意図を見抜き、その度胸に感心した。

 すると、校内に警報が鳴り響いた。ヒュージが出現した証拠である。今日の当番は一柳隊であり、本人らもそれを認知していた。

 

「行きましょう!」

「うっ…!うあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 突然、鶴紗が頭を抱えて倒れ込んだ。その拍子に巾着袋を落とし、クリスタルコアが床に落ちる鈍い音が鳴る。苦しんでいる彼女に伽奈芽が駆け寄り、肩を組む。

 

「強化リリィ特有のスキルを使った副作用か…。誰か保健室案内しろ!連れてく!」

「私も手伝いますわ!このままでは危険です!」

「わっ、私が連れて行きます!」

 

 伽奈芽同様希も鶴紗の肩を組み、梨璃が二人を百合ヶ丘の保健室へと案内する。危機的な状況が重なり、一同は困惑していた。

 

「一体どうしますの?梨璃さんが不在ではどうにもなりませんわ。」

 

 そう口を開いたのは楓・J・ヌーベルだった。楓は百合ヶ丘女学院に主席で合格し、入学した才嬢であり、その名を知らない者はいない程の世界的なCHARMメーカー、グランギニョルの総裁の娘である。

 茶髪に青い瞳をした美形の顔、グラマラスな体型、戦闘の技量。全てにおいて欠点は無いほどの完璧超人である。

 

「出動は無理に決まってるでしょう。メンバーが一人欠けている上にリーダー不在のレギオンはある程度のヒュージには対抗できても確実に特別指定上級ヒュージには対抗できない。」

 

 夢結がそう言うと凛音は鶴紗が落としたクリスタルコアの入った巾着袋を拾い、スタスタと闘技場から去ろうとする。

 

「待って!凛音、どこ行くの?」

 

 紬に呼び止められた凛音は彼女の方へと振り向き、口を開いた。

 

「あたしがやる。一人で。」

「それなら私も…。」

「陽向ちゃん、お前は来なくていい。アタシ一人でやってくる。これはアタシ自身がやりたい事だからな。」

 

 凛音はそう言い、闘技場を後にすると特別指定上級ヒュージが現れた場所へと急ピッチで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛音は現場へと到着し、辺りを見渡した。瓦礫が散乱しており、それまで青かった空は鈍色に染まっている。人気が無い事を踏まえると避難が完了しているのだろうと凛音が推測していると、特別指定上級ヒュージが現れた。

 

「いいねぇ。人がいないってのは。心置きなく暴れられるってもんだ!!」

「リリィプム。クケハメムッハワオ。シアユリリィコツオリミ、ペグルス・ブロムプ!」

 

 凛音はタングニズルを構え、ペグルスに攻撃を仕掛ける。しかしペグルスはツルハシ型の武器を取り出し、それを使って凛音のタングニズルによる攻撃を防いだ。互いの武器がぶつかり合い、火花が生じると同時に無機質な音が周囲に響く。

 

「へぇ、武器持ちか!こいつは当たりだ!」

 

 凛音はクリスタルコアを取り出すと手榴弾型の擬似CHARMを形成し、それをペグルスに向かって投擲した。しかしペグルスはそれを武器で受け流し、手榴弾はペグルスの後ろで爆発した。

 

「ピコネフ?ニミハセピツ?」

「何言ってやがるか全然わかんねーし、わかりたくもねーな!」

 

 次なる手に打って出ようと考えた凛音はまずペグルスの足元を切り裂こうとタングニズルを低い位置に構え、ペグルスの足を狙った。

 しかしそれを予測していたのかペグルスは後ろに退き、自身の背中から翼を生やした。そしてそのまま凛音の方へと飛び、蹴りを仕掛けた。凛音は咄嗟にタングニズルで防いだが強すぎる威力を受け止めきれずそのまま倒れた。

 

「ぐっ…!速いし重い…!一体どうすれば…!」

 

 刹那、凛音は先程の鶴紗との一戦を思い出した。戦闘の開始から自身が鶴紗にクリスタルコアを奪取されるまでの数分がフラッシュバックした凛音はペグルス攻略の一手を思いついた。

 

「アタシもあいつみたいに、賭けに出てみるか。」

 

 凛音はそう言うと、タングニズルを下ろし構えをとる行為をやめた。それが何を意味するか。その答えは一つ。ペグルスの蹴りをノーガードで受け止めるというものだった。

 エリートのリリィ、しかもリジェネレーターを所有している強化リリィであるからこそダメージはある程度減るものの、何の力も持たない一般人が同じような事をするというのは自殺行為である。もっとも、ダメージを減らせるからと言って全くダメージが与えられないわけではない。エリートのリリィである凛音ですらも打ちどころが悪ければ死に至る可能性もある。

 しかし凛音はそれを覚悟の上でこの一手に賭けた。そして先程と同様のペグルスの蹴りを避けも防ぎもせず、腹部に喰らった。

 

「がはっ…!」

 

 次の瞬間、凛音は口から吐血しながらもペグルスの右足を左手で掴んだ。そして不敵な笑みを浮かべながらその目でペグルスを睨む。

 

「つーかまえた♪」

 

 ペグルスは瞬時にツルハシを凛音に向かって振り下ろそうとする。しかしそれよりも早く凛音のタングニズルがペグルスの胴体に突き刺さっていた。

 

「グギャアアアアアアア!!!!!」

「いいねぇ、その悲鳴。もっと聞かせろよ。」

 

 ペグルスはタングニズルを胴体から引き抜こうとしたが、刀身に返しがついているため中々抜けない。無理に引き抜けば多量の出血が伴う。ペグルスに残された道は死、ただ一つであった。

 凛音はタングニズルの柄を前に押し出し、ペグルスを倒す。その後、ペグルスの両手両足にゆっくりと返しのついた短剣型の擬似CHARMを突き刺した。

 

「ガアァァァァァァァァァァ!!!」

 

 辺りにペグルスの悲鳴のみが虚しく聞こえ、遂に凛音がペグルスに刺さったタングニズルの柄を掴んだ。

 

「バイバーイ。」

 

 凛音はペグルスからタングニズルを勢いよく引き抜いた。言わずもがなペグルスの胴体からは青黒い血液が噴水のように吹き出し、ペグルスはそのまま息絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシの負けだ。」

「え?」

 

 百合ヶ丘女学院に帰還した凛音は突然鶴紗にそう言った。先程喰らったペグルスの一撃で肋骨が何本か砕け、内蔵も潰れかけていた凛音だったが彼女もまた強化リリィである。リジェネレーターによって傷は完治しており、血液の補充をするだけで済む状態であった。

 

「アタシがお前だったらあんな危険な賭けはしなかった。だからアタシの負けだ。さっさと特訓始めるぞ。」

「凛音ー!」

「お姉様!引っ付かないでください!」

 

 凛音が承諾した事により晴れて一柳隊と国上日本支部の合同の特訓が開始される運びとなった。

 休憩時間に入り、汗をタオルで拭く梨璃に伽奈芽が近づき、隣に座った。

 

「お疲れ様です、伽奈芽さん。」

「あー、お疲れ。」

「その…。嫌じゃありませんでしたか?最初乗り気じゃなかったみたいで…。」

「まぁアンタらなら信用できるからいいよ。それにあたし達だけじゃなくてアンタらにも強くなってもらわないと困る。」

「え?」

 

 伽奈芽の発言が何を意味しているかわからず梨璃は首を傾げ、素っ頓狂な声を上げる。それに構わず伽奈芽は話を続けた。

 

「ここ数年のスパンで見たら特別指定上級ヒュージは確実に強くなってきてる。正直あたし達の力だけじゃ限界がある。だからアンタ達の力も借りたい。協力してくれる?」

「はい!勿論です!」

 

 伽奈芽の頼みを梨璃は承諾し、伽奈芽と梨璃は互いに協力し合う約束が成立した。

 一方、鶴紗はペットボトルの中の飲料水を飲んだ後、希に声をかけた。鶴紗が保健室で休んでいる間、希は彼女の看病をしていた。鶴紗はその事について感謝の意を伝えたかったのだ。

 

「あの、先程はありがとうございました。」

「いいんですのよ。当然の事ですから。」

 

 鶴紗に対して希は天使のような微笑みを見せる。それを見た鶴紗の頬は紅潮し、彼女は希から視線を逸らす。

 それを不思議に思いつつも深く考える事をやめた希は凛音に声をかけた。

 

「二条さんもお疲れ様です。」

「えっ、あぁ、うん…。」

 

 凛音は希から渡されたタオルで顔を拭き、やるせない感情を溜息に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…。これ、どうしましょうねぇ…。」

 

 その頃、百合ヶ丘女学院の工廠科の部屋で百由は伽奈芽が殺害した特別指定上級ヒュージの死体を眺めていた。

 本来ならば死体は腐っていたが、百由が紬を通して伽奈芽に渡した冷凍保存カプセルのおかげで腐敗が止まっている状態だった。

 

「どうするもこうするも、解体して調査する以外に手はなくね?」

「あのですね、私は工廠科の生徒であって生物科の生徒ではないんですよ。()()()()。」

 

 百由がそう言い放った相手は百合ヶ丘女学院の購買部のレジ担当の男性だった。男は椅子に座って百由が製作していたCHARMを勝手に触る。

 

「まぁいいじゃん。引き受けてくれる伝ならあるんだし。データさえあれば後は百由ちゃんでもどうにかなるよ。」

「んー、そうですかね。まぁまずその言い方されると腹立つところはあるんですが…。それにしても、さっきの話は本当なんですか?」

「うん。でも科学的に証明しないと事実認定はできないからこうして特別指定上級ヒュージの死骸持ってきてもらってるんじゃん。送ったら結果を待つのみだよ。」

 

 男は百由の製作したCHARMを置き、冷凍保存カプセルに近づいた。死体を見つめる男の目は興味も恐怖も無く、ただ事実を証明するための道具としか見ていないような冷酷な目であった。

 

「何はともあれ、今後も二人っきりで会うのはできるだけ人目につかないようにしよう。今二人で会ってることがバレたらかなりまずいし。」

「そうですね。特にこれはきちんとした所に送る必要がありますからね。」

 

 男と百由の目的は何なのか、それは後に衝撃的な事実として梨璃達の前で語られる事となる…。




ソメ穢、第2話をご覧いただきありがとうございました!早速お気に入り登録をしてもらえて、作者のエルモも嬉しい限りでございます。

さて、今回のお話は如何だったでしょうか?個人的に好きなシーンは鶴紗ちゃんと凛音ちゃんの戦闘シーンですね。直前までどう作ろうか悩んでいた部分なのですが客観的に見ても綺麗にまとめる事ができたのでスッキリしてます。このシーンの見所はなんと言っても夢結ちゃんと梅ちゃんの洞察力です。個性派揃いの一柳隊の中でも姉御肌気質の二人、一柳隊の影のリーダー感が出ていてカッコいいです。

そして今回メインのオリキャラ、二条 凛音ちゃん!一言で言えば一匹狼です。この手のキャラで熱い展開といえばやはり共闘。この凛音ちゃんというキャラは共闘してくれるのか、もし共闘するならそれは何がきっかけか。第2話以降の見所ですね。

次回、第3話は登場順では最後から2番目の相馬 陽向ちゃん!僕が作ったオリキャラの中でも特に好きなキャラなので活躍させられる事、非常に嬉しく思います。早く第3話公開したいー!


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第3話「努力のパワー」

第3話が1番好き。何故なら自分一番好きなレギオンのヘルヴォルが活躍できるから(知らんがなって言われるかもしれないけど)
ではどうぞ!


 

 

「ハアッ!!」

「ヤアッ!!」

 

 月曜日の夕方、公共施設の闘技場で凛音と陽向は特訓をしていた。学校も違う国上のメンバーは互いに特訓をする際には昨日の一柳隊との合同特訓のような例を除いて他校の闘技場を借りることがない。他校の生徒を招き入れての特訓は手続きが面倒であるからだ。故に手続きが比較的楽な公共施設の闘技場を借りる方が彼女達には好都合であった。

 

「おっと!危ない危ない…。陽向ちゃんさぁ、また()()やろうとしてたでしょ?」

「だから?」

「別に?」

 

 陽向の攻撃を後退して避けた凛音はタングニズルを力強く握り直す。すると闘技場に一人の人物が現れた。

 青い髪に凛々しい眼差し、闘いに明け暮れている二人でもその少女の名は知っていた。その人物が視界に入った瞬間、二人は特訓をする手を止めた。

 

「ようやく見つけました…。」

「アンタ、相澤 一葉か…。」

 

 相澤 一葉。エレンスゲ女学園の二年生であり、“ヘルヴォル”というレギオンのリーダーでもある。しかし一葉の凄みはそれだけにとどまらない。なんとエレンスゲ女学園全体における序列が一位なのである。

 学園内の序列は戦闘における技量やマギの保有量など、あらゆる観点を総合的に考慮して順位がつけられる。

 そしてその序列の数字に違わぬ実力も持ち合わせている事もまた彼女の知名度の高さに起因している。

 

「貴女方にも名が知れ渡っているとは光栄です。国上日本支部副長補佐兼三番隊隊長、二条 凛音様。国上日本支部二番隊隊長、相馬 陽向様。ん?陽向様のそれは…。」

 

 一葉は陽向が両腕に装着している籠手を一瞥する。陽向が装着しているものはガントレット型のCHARM、“スルーズ”である。

 スルーズはスキラー数値が低いからといったような理由で通常のCHARMを使用できない人間のために開発された量産型CHARMであり、手の甲に装着されているマギクリスタルコアによりラージ級以上のヒュージに対向する事が可能となっている。

 これはAIがヒュージのマギの出力方法をチャート化したものを学習し、出力方法をパターン毎に分ける事で通常のCHARMと同じ機能を持つ事を可能にしている。まさに毒を以て毒を制する武器なのだ。当初は通常のCHARMと同じ形にされる予定だったが、AIを搭載した場合にシステム的な不具合を起こしてしまうため籠手の形に落ち着いた。

 言わずもがな一葉もスルーズの事についてはよく理解していた。そしてその情報から陽向の事を推測する。

 

「そう。私は国上の中で一人だけCHARMが使えないの。」

 

 CHARMを起動できる条件の一つはスキラー数値が五十以上の者である事だが、五十未満の者はCHARMを起動できない。二十五以上かつ四十九以下のスキラー数値を持つ者、俗に言うマディックであったとしても、かろうじてアンチヒュージウェポンと呼ばれる武器を使えるが、陽向のスキラー数値は十一。CHARMはおろかアンチヒュージウェポンも到底使用できる才はなかった。

 

「陽向ちゃんの事について聞きにきたわけじゃねーだろ?何しに来た?」

「あぁ、申し訳ありません。実は…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「合同でアルトラ級ヒュージを討伐!?」

 

 凛音と陽向に呼ばれ、伽奈芽達もエレンスゲ女学院に合流した。

 

「はい、その件に関しては我がレギオンの飯島 恋花が説明をさせていただきます。恋花様。」

「はいはーい。」

 

 一葉に呼ばれて飯島 恋花という少女が前に出る。恋花は黒い瞳を持ち、茶髪を一つに結んでいる容姿をしている。その声色から察せる通り砕けた性格であり、チームを一つにまとめている。

 

「あたし達がかねてより追跡していたウールヴヘジンが諏訪湖で発見されました。しかし、敵側の総合的な戦力を考慮しても学園全体でかかっては倒せない。そこで国上の皆様にウールヴヘジンの討伐を依頼したいのです。」

 

 ウールヴヘジン。“災厄”とも呼ばれるアルトラ級ヒュージの名前であり、その強さはどのアルトラ級ヒュージよりも強い。その強さの理由はウールヴヘジンがレストアである故なのだ。

 レストアもといレストアードとは損傷を受けながらもネストと呼ばれるヒュージの巣窟に戻って傷を癒したヒュージを指す言葉であり、修羅場を乗り越えてきた経験を持っている。故にレストアの個体は通常のそれよりも手強いのだ。

 

「つってもさぁ、エレンスゲにかかればたかだかアルトラ級を倒すのにあたし達を呼ぶ必要ないでしょ。」

 

 伽奈芽の言葉は正論であった。いくらレストアのアルトラ級ヒュージと言えども学園全体でかかれば倒せない敵ではない。ただそれは敵がウールヴヘジンのみの場合だった際にのみ通用する言葉でしかなかった。

 

「それができたらあたし達も苦労してないんですよ。一度学園全体でウールヴヘジンを討伐しようと考えたんですけど、特別指定上級ヒュージに邪魔されてそれが達成できなかったんです。」

「ええ、よくわかりました。じゃあみんなでヒュージを討伐しようー!」

 

 紬がいつものように舞い上がっていると凛音は一人会議室から去ろうとしていた。それに気づいた伽奈芽は彼女を引き止める。

 

「ちょっと待て凛音!どういうつもりだ!?」

「アタシは行かねぇ!!第一、そいつらはG.E.H.E.N.A.擁護派じゃねーか!アタシはそんな奴らの手を借りる気はねぇ…!G.E.H.E.N.A.は嫌いなんだよ…!!」

 

 凛音はそう言い、会議室の扉を強く閉めた。彼女の言う通り、エレンスゲ女学院はG.E.H.E.N.A.の援助を受けている。凛音や安藤 鶴紗のように悪辣な人体実験を受けて強化(ブーステッド)リリィとなった者達は特にG.E.H.E.N.A.を嫌悪しており、凛音にとってはエレンスゲ女学院に協力する事はG.E.H.E.N.A.に協力する事と同義である。

 

「今回の作戦、凛音は抜きで考えよう。まずウールヴヘジン単体で考えたらあたし達国上も手助けした方がいい。それにアルトラ級はあたし達国上の力を知らない。殺すならアサルト・フラッシュでやる以外に方法がない。ってかまず従来の攻撃は効かないって考えとけ。」

 

 伽奈芽の言うアサルト・フラッシュとはマギを彼女のランドグリーズに一点集中させ放つ強力な技であり、他のどの連携攻撃よりも攻撃力が高い。しかし、これは発動者を除いて二人以上のマギを必要とするため発動するまでに時間がかかる事が難点である。

 

「カナさん、この諏訪湖を守ってるっていう特別指定上級ヒュージは私に任せて。」

 

 すると陽向が伽奈芽にそう言った。伽奈芽は少し視線を逸らして考え込むと、陽向に対して問いかける。

 

「本気?」

「勿論。」

「よし、じゃあそれで。」

「待ってください!」

 

 伽奈芽の決定に対して待ったをかけたのはまさかの一葉だった。ヘルヴォルのメンバーも驚いた顔をして一葉を一瞥する。

 

「陽向様はCHARMを起動できません。それなのに…!」

「心配には及びません。うちの陽向は天才ですから!」

 

 紬の言葉に伽奈芽達も首を縦に振って賛同する。そんな中、希が静かに右手を挙げた。

 

「一つ提案がありますわ。相澤さん、エレンスゲ女学園(ここ)のトレーニングルームを相馬さんに貸していただけませんか?」

「べ、別に構いませんが…。」

 

 一葉は希の発言の意図がわからず困惑するが、特に理由を聞かずに許可を出した。作戦の決行はヒュージネストでウールヴヘジンが眠っていると予想される一週間後となり、その間に出没するヒュージはエレンスゲ女学園の他のレギオンが対処する運びとなった。いよいよ国上とヘルヴォルの出撃準備が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、都内の橋の上では大柄な肉体の男と薔薇の髪飾りをつけた女が遭遇した。陽はすっかり落ち、仕事を終わらせて帰宅する人間達が橋の上で幾度となくすれ違う。そんな中でも二人は会話をしていた。

 

「ロゼラ、次のデネテにはケトシーを向かわせた。奴はウールヴヘジンを守るそうだ。」

「そうか。奴らしいデネテだな。」

 

 大柄な男の言うケトシーという特別指定上級ヒュージは狡猾で悪質な個体であり、デネテの内容もそんなケトシー自身の性格が反映されている。

 ウールヴヘジンを守ればデネテを進められるだけでなく、邪魔となるリリィを排除できる。特別指定上級ヒュージからしてみれば非常に効率的な計画である。

 

「ガゴラのデネテはどうなった?」

「奴は既にデネテを成功させ、シルヴィス族となった。」

「…そうか。」

 

 薔薇の髪飾りの女、ロゼラ・プラティアは大柄な男の質問に対してそう答える。ガゴラもといガゴラ・ブロムはロゼラの言うデネテを成功の形で終了させ、再び新たにデネテを開始しようとしている。

 

「もしブロム族の失敗が続くようであればその時はベヒーム、貴様が責めを負え。これ以上グローアの悲願達成を阻む事をしてはならん。」

「わかっている。」

 

 大柄な男、ベヒームはロゼルに対してそう言うとひどく鋭い目つきをしながら彼女のもとから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、陽向はトレーニングルームでランニングマシーンを使って走っていた。その様子をトレーニングルームの入り口から恋花と赤紫色の髪色の少女がこっそり見ていた。

 

「気になりますか?飯島さん、初鹿野さん。」

「希…。」

 

 赤紫色の髪色の少女の名は初鹿野 瑤。学園内の序列は十四位であり、一葉や恋花と同じヘルヴォルの一員である。

 

「あの時相澤さんが相馬さんの出撃を止めた理由も貴女方がこうして相馬さんを監視している理由もわかりますわ。お二方は()()()の事を思い出しているのですね。」

 

 希の言う“あの時”とは日の出町の惨劇の事である。日の出町の惨劇は恋花と瑤がまだ中等部生だった頃に起きた出来事であり、旧ヘルヴォルの予備メンバーとしてマディックと共に出撃した。しかし恋花と旧ヘルヴォルの隊長が現場で対立を起こし、隊は混乱。結果として多くのリリィや民間人、更にはマディックを死に至らしめる結果を招いた。

 

「貴女方はまた目の前で誰かが死ぬ事を恐れた。特に力の無い者は。だから相馬さんを単体で強力なヒュージと戦闘をさせる事には反対していたのでしょう?おそらく相澤さんはそんな貴女方の意図を汲み取ってあの発言をした。ここまでで何か事実と違う点はございますか?」

「ううん、全部希の言う通り。むしろ悔しいほど的確すぎてぐうの音も出ない。」

 

 希の質問に瑤が腕を組みながら答えた。瑤の態度には諦めの表情が出ており、希を前にすると自身の全てを見透かされているのがわかっているような態度でもあった。

 

「お気持ちはよくわかります。しかし、相馬さんもまた国上で活躍するリリィです。彼女は我々国上の中でも一番の天才です。」

「国上で天才って言ったら伊坂 晴海ちゃんじゃないの?」

「それとはまた別の意味での天才、と申し上げた方がよろしいかもしれませんわね。いずれにせよ、その意味がわかる時が必ず訪れるのでご心配なさらず。」

 

 踵を返そうとした希だったが、何かを言い忘れたのか、「そうでした」と呟いて右手の人差し指を立てると瑤と恋花の方へと向き直った。

 

「二条さんの事はそっとしておいてあげてください。無理に作戦に参加させない事が私達にとっても、そして本人にとっても一番良いですから。」

「うん、わかった。他の子達にも伝えておく。」

「飯島さん、初鹿野さん。若輩者の私が幾度となく差し出がましい真似をしてしまい申し訳ございません。」

「良いって良いって!希はエレンスゲの一員ってだけじゃなくて、国上の一員でもあるんだからさ。そんな堅くならなくてもいいの!」

「ありがとうございます。」

 

 希は恋花と瑤に感謝の意を述べ、再び踵を返した。そして希を、陽向を信じる事にした恋花と瑤は己を鍛えるべく闘技場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後、陽向の様子を聞くために紬がエレンスゲ女学園に足を運んだ。一葉に案内され、紬は来客室へと足を運んだ。

 

「ん〜、美味しいですね!私のクッキーに負けず劣らずの出来…。」

「うふふ、ありがとうございます。喜んでもらえて何よりです。」

 

 クッキーを作って紬をもてなしていたのは芹沢 千香瑠であった。千香瑠は茶髪の髪をリボンで結んでおり、瞳は緑色である。その風貌の通り、姉的な立ち振る舞いをしている。

 

「陽向の様子はどうですか?」

「必死にトレーニングに励んでいます。陽向ちゃんはいつもあのようなトレーニングを?」

「ええ、時間の許す限りいつもトレーニングばかりしていますね。トレーニングしてる時間は国上の中で一番だと思います。」

 

 陽向と打ち解けたのか、千香瑠は早速陽向をちゃん付けで呼ぶ。元々、陽向は凛音と違い人付き合いも良い方なので国上のメンバー以外の誰かと仲良くなるという事は特段珍しい事でもなかった。

 

「おもしろ〜い。一回戦ってみたいな〜。」

 

 そう言って千香瑠が紬に出したクッキーを食べていたのは佐々木 藍だった。藍は灰色の髪に黄色の瞳をしており、背が低い上に童顔である。その容姿同様に性格も幼く、他のヘルヴォルのメンバーから可愛がられている。

 

「藍ちゃん!勝手に人のクッキーを食べちゃダメでしょ!」

「良いんですよ。藍さん、相手してあげるのも陽向にとっては良いかもしれません。たまには相手との戦いも必要ですから。陽向も喜ぶと思います。」

「やった〜!戦ってくるね〜。」

 

 藍はそう言い、来客室から去っていった。紬は去りゆく藍の背中を見て不思議に思いながらクッキーを口に入れた。

 

「藍ちゃん、実は凛音さんと同じ強化リリィなんです。」

「へぇ、そうなんですね!それを知ったら凛音とも馬が合いそうだったかもしれませんね…。」

「はい、ですがいつかは凛音さんとも仲良くなれると信じています。」

 

 千香瑠は子を思う母のような柔和な笑みを浮かべてそう語った。

 しばらく時間が経過して紬がクッキーを口に含めていると、千香瑠が何かを思い出したかのように「そういえば」と切り出した。

 

「今回の作戦に紬さんと希さんは出動しないとあったのですが、紬さんは出動されないのですか?」

 

 千香瑠の語った通り、今回のアルトラ級ヒュージ討伐に出向くのはヘルヴォルのメンバー五人、伽奈芽、晴海の七人である。

 凛音はヘルヴォルとの共闘を嫌ったため今回の作戦には不参加、陽向は特別指定上級ヒュージとの戦闘に専念するため除外、希は司令塔として指示をするため今回の作戦で戦闘には赴かない。しかし、残った紬は何故参加しないのかと千香瑠は気になっていた。

 

「彼女達の成長もあります。私がいなくても勝てるように。」

 

 腕を組んで首を縦に振りながら紬はそう語る。そして紬は組んでいた腕を戻すと「それに」と続けた。

 

「アルトラ級となると周りに構わず殺ってしまいそうなんでね…!!」

 

 紬の異常とも言えるほどの殺気と重圧に千香瑠は戦慄し、背筋が凍った。その顔にはいつもの陽気な笑みは無く、強い獲物を狩る獣の如き表情があった。

 

「お姉様、殺気漏れてる。」

「あっ、カナさん。いつからそこに?」

 

 伽奈芽が現れたことに気づかなかった紬は肩を揺らして少々驚く。その瞬間に紬の殺気は消え、千香瑠は安堵のため息をつく。

 

「今さっきですよ。突然お姉様の殺気を感じたんで『もしや』と思ったらこれですよ。それよりも千香瑠さん、相談したいことが…。」

「はい、何でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後、遂に作戦実行の日が訪れた。作戦の内容は特別指定上級ヒュージを陽向が足止めしている間に諏訪湖の中に潜んでいるウールヴヘジンを伽奈芽がアサルト・フラッシュでヒュージネスト諸共殲滅するというものである。

 しかしこの作戦を実行するにあたって、一葉にはどうしても気になる事があった。

 

「待ってください!何故千香瑠様だけ水着姿なのですか!?」

 

 今の千香瑠の服装は黒のビキニ姿であり、水着の上の部分にはフリルがついている。煽情的でありながらも女性の求める可愛らしさを兼ね備えたデザインの水着である。

 一葉をはじめとする他のヘルヴォルのメンバーは普段通り制服のため、水着を着ているのは千香瑠のみという状態である。加えて千香瑠がバランスの取れたスタイルの持ち主のため、彼女と会話する際には目のやり場に困る。

 

「許可は取ってるわよ。あれ?もしかして一葉ちゃん、これを着たかったのかしら?」

「い、いえ!そうではなく!大事な作戦を実行するのに何故千香瑠様がそのような格好をなさっているのかを聞いているのですが…!」

「あぁ、実はカナさんのアサルト・フラッシュは発動した後にカナさん自身の身体が動けなくなるっていう代償もあるの。技の発動にどうしてもレアスキルが必要らしいから。その時に溺死しないように私がカナさんを助けるの。」

 

 頬を赤らめてあからさまに視線を逸らす一葉に対して千香瑠がくすりと笑いながら答える。

 今回のアルトラ級ヒュージ討伐に際して、アサルト・フラッシュは水中で発動される。技を発動し終わった直後に全身が動かない伽奈芽を助け出す役割を水泳の得意な千香瑠が引き受けたというのが事の真相である。

 

「カナさんはウェットスーツを着ているのですがそれは良いのでしょうか…。」

「ダイビングライセンスなら持ってる。言っとくけど、たかだかアルトラ級をぶっ潰すのに手間暇はかけてらんないぞ。」

「は、はい!」

「じゃまた。」

 

 伽奈芽はそう言い、スキューバを背中に装着したまま諏訪湖の水中へと潜った。それに合わせるようにヘルヴォルのメンバーと晴海はお互いのCHARMを合わせてそのマギを伽奈芽に送る。

 

「晴海のCHARM、すごいね。攻撃力がありそう。」

「あはは、それほどでも…。」

 

 瑤が注目したCHARMの持ち主である。晴海が笑った。晴海のCHARM、“グリフォン”は二つの武器に分かれている。一つは晴海が右手に持っている短剣、もう一つは晴海が左手に持っているドリルである。どちらもマギクリスタルコアが埋め込まれており、柄の端に鎖が付けられている。どちらの武器も鎖で繋げられている状態である。

 

「皆さん、急がないとウールヴヘジンが目覚めてしまいます。ハッ、来ました!相馬さん!」

 

 通信機から聞こえる希の指示で遂に陽向が特別指定上級ヒュージと対峙した。

 陽向は建物の陰から特別指定上級ヒュージを待ち構えており、敵が現れたタイミングを見計らって行き先を塞いだ。

 

「お前の相手はこの私だよ。」

「シリネイセ。ピソネハリネエフセヲソプム。シアユハクヌセ、ケトシー・ブロムプ!」

 

 ケットシーの性質を持つ特別指定上級ヒュージであるケトシーは剣を取り出し、陽向との戦闘を開始した。先に動き出したのはケトシーだった。先手はケトシーの突き。陽向の心臓を狙っていた。しかし陽向はこれを難なく躱し、ケトシーの右手の指の骨を折った。

 

「ガァァァァァァァァァァァ!!!」

「ふぅ…。」

 

 これこそが陽向が剣や銃などのCHARMを持っていなくとも十分に強い理由である。彼女の代名詞は武器を持っている相手の指の骨を折る“指抜き”。この技が効かなかったヒュージは一体たりとも存在しなかった。

 

「まだまだ!!」

「グッ!!」

 

 怯むケトシーに対して陽向は連続攻撃を浴びせていく。フック、アッパー、水平チョップ。陽向の単純だが強力な攻撃にケトシーは追い詰められ、遂には土下座をした。

 

「ハァ…ハァ…。すまなかった!許してくれ!命令されてやっていたんだ…。だから頼む!」

「ヒュージが人間の言葉を…!?」

 

 ケトシーが日本語を喋ったことに対して一葉が驚く。当の陽向は一葉と違い、ケトシーが日本語を喋った事に対しては大して驚く様子を見せず、ケトシーに右手を差し伸べた。

 しかしケトシーは陽向の隙をついて剣による斬撃を陽向に喰らわせた。

 

「がはっ…!」

「陽向さん!」

 

 傷を負った陽向は膝をついて倒れ込む。ケトシーは陽向に休む間も与えず蹴りや斬撃を浴びせていく。斬撃は何とか避けた事で傷は浅い程度で済んだが、それでも多量の出血である。

 

「ねぇ、陽向を助けに行った方がいいんじゃ…!」

「大丈夫です。私達はマギを松山さんに送るのに集中しましょう。」

 

 ケトシーの攻撃を喰らい、サンドバックのような状態となっている陽向を見て恋花は援護を提案するが、晴海が却下する。

 今六人の中の誰か一人でも離れた場合、伽奈芽にマギを送る事が不可能となる。紬と希に援護を要請するにしても現場の諏訪湖に到着するまでにかなりの時間を要する。陽向を援護する手段は皆無である。

 

「でも…!」

「だいじょーぶ。ひなたと戦ったらんが言うんだからまちがいない。」

 

 焦る恋花を藍が諭す。三日前に陽向と特訓をした藍の言葉には恋花も沈黙するような説得力があった。

 

「そうですわ。それに相馬さんは窮地に陥ったり相手が強かったりすれば相馬さん自身も強くなります。」

 

 通信機越しに希も語る。その言葉に応えるかのように陽向が遂に反撃を開始した。ケトシーの斬撃を避け、側面から剣を攻撃して破壊すると、ケトシーの胸部と腹部の中間の部位を右手の人差し指と中指の第二関節で突いた。

 

赤炎一撃拳初弾(せきえんいちげきけんしょだん)狴犴(へいかん)!」

 

 赤炎一撃拳初弾の技である狴犴を食らったケトシーは内臓を破壊されそのまま吐血した後、倒れ込んだ。

 ため息をついた陽向は右手と左足の膝をついて晴海達の様子を見守った。

 そして陽向の戦闘を見ていた一葉達は開いた口が塞がらずに唖然としている。晴海はそんな一葉達を見てニヤリと笑っていた。

 

「申し上げた通りでしょう?相馬さんは天才ですの。努力の。」

「努力…。」

 

 通信機から希が陽向の事を語る。それを聞いていたのか、一葉達に対して陽向はその場で親指を立て、サムズアップをしてみせた。一葉達もそんな陽向を見て笑顔を見せると、親指を立て返した。

 

「マギが溜まりました!今です!」

 

 水中の様子を別のカメラで監視していた希が合図を出し、伽奈芽の“アサルト・フラッシュ”がウールヴヘジンとヒュージネストに炸裂する。諏訪湖の水中は激しい光に包まれ、その後、大爆発を起こした。

 

「芹沢さん!」

「えぇ!!」

 

 希が通信機から指示を出し、千香瑠がCHARMを瑤に渡して諏訪湖に飛び込んだ。

 しばらくして、伽奈芽の肩を担いだ千香瑠が水面から現れ、伽奈芽の顔から潜水マスクを外した。

 

「ウールヴヘジン及びヒュージネスト、討伐完了!」

 

 一葉達は歓喜に打ち震え、互いに抱き合ったり手を握り合ったり、快哉を叫んだりしてその喜びをぶつけ合った。

 そしてエレンスゲ女学院に帰り、希と紬と合流した事で伽奈芽達と一葉達の別れの時がやってきた。

 

「今回は誠にありがとうございました。次の機会があれば是非お願いします。」

「いや、リリィとして当然の事をしたんだから礼を言われる筋合いはない。次は凛音も説得してみるよ。」

 

 伽奈芽と一葉はお互いの右手を固く握り合う。そこに陽向が現れ、一葉に言葉をかけた。

 

「全員で力を合わせる事の大切さ、私達もよく分かったよ!次に戦う時もお互いに力を合わせて頑張ろう!藍、また組み手しよう!」

「はっ、はい…。」

「うんー。」

 

 陽向はそう言うと一葉の右手を両手で握った。突然の出来事に一葉は頬を紅潮させ、陽向から視線を逸らして困惑する。

 

「おい陽向、行くよ。」

「はーい!」

 

 踵を返す伽奈芽達を一葉達は手を振って見送った。そんな一葉の心の奥には正体のわからない感情が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、百合ヶ丘女学院の工廠科の部屋では百由から実験結果を記載した資料を受け取った購買部のレジ打ちの男性は特に驚く様子を見せる事なく資料を黄色のファイルに入れた。

 男の動作や持ち物を見て彼はあらゆる可能性を慮っているのだろうと百由は推測する。

 

「驚かないんですね。」

「そりゃ予想通りの結果だったんだから驚きもしないよ。もっと言うなら僕からしてみればつまらない結果だけどね。」

「…私からしてみれば十分驚きですよ。」

 

 百由の言葉に対して気の抜けた表情を崩さずにラムネを噛み砕いている男は相変わらず何を考えているかわからない表情と雰囲気をしており、行動を共にしている百由自身も彼を難物として見ていた。

 

「けどまだデータは必要。次の調査依頼頼んどいて。」

「これだけじゃまだダメなんですか?これだけでも十分に強い論拠になるとは思うのですが…。」

「全然。今から第二段階入るよ。今度は時間かかるかもしれないから届くまでゆっくりしときなね。絶対ダメなのはこのやりとりがバレる事、僕が百由ちゃんとこっそり会ってる事なんだから。」

 

 男は普段通り、緊張感を感じさせない声色で話す。そもそも百合ヶ丘女学院は女子校であり、若い男性がいるという事も珍しい事なのだがその男が黒色のマニキュアを塗り、目元の見えるサングラスと両耳にイヤリングを付けているため、厳格な百合ヶ丘女学院の校風の否定を顕示しているような見た目の彼は十分な注目を集める。

 そんな彼が百由とこのような怪しげなやりとりをしているとなれば根拠のないゴシップを流されかねない。加えて二人が調査しているものの情報が漏洩して外部に広まるような事態になれば最悪の状況となる。

 

「第二段階は何を調べれば良いんですか?」

「んー、次はルナティックトランサーの調査でもしよっか。」

「それはどうやって行うつもりですか?」

「No problem.僕がちょっと潜入してくる。」

 

 男の次なる計画は何か。果たしてそれはどのような内容のものなのか。それは彼以外には知る由も無かった。




3月の終わりにもう1話投稿できれば良い方ですな
ちなみにこの不穏な展開はもうちょいで終わります
終わりますってかまた更に問題が積み重なるだけなんだけど…
それではまた次回!


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第4話「天才リリィ、伊坂 晴海」

改めて、こんにちは。エルモから改名してスターフルーツとなりました。何卒よろしくお願いします。
あと自分12000文字以上書くとモチベが落ちる事が判明しました。
ではどうぞ


 伊坂 晴海がリリィを志したのは彼女がまだ五歳の頃であった。彼女には歳が五つ離れた兄がおり、両親と一緒に甲州市で暮らしていた。

 晴海はこの時に交通事故の被害に遭い、どうにか一命を取り留めたものの両目を失明してしまう事となった。それでも晴海は笑顔を絶やさなかった。

 そんなある日、晴海の住む街にもヒュージが現れた。ミディアム級のヒュージの群れだった。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

「逃げろ!!殺されるぞ!!」

 

 街は一瞬のうちに混乱に陥り、伊坂家もヒュージの被害に巻き込まれた。間接的にではなく、直接的に。一家はヒュージと遭遇してしまったのだ。目の見えない晴海でも何が起こっているか、自分の周りには何があるかを察知していた。

 

「皆さん!ここは危険ですので安全な場所まで避難を!!」

 

 すると、街にCHARMを持ったリリィが現れた。どんな容姿か、どんな名前の少女かは晴海にはわからなかったが、彼女の発した声から凛々しさと誠実さを感じ取っていた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 少女は凄まじい勢いでヒュージを切り倒し続けた。その華麗な捌きに周囲の人々は感嘆の声を漏らす。

 

「ふぅ、ひとまずはこんなところかな…。あっ!」

 

 ヒュージの群れをある程度撃破した少女は逃げ遅れた晴海と彼女の兄が今にもヒュージに襲われそうになっている光景を見た。少女は急いで二人のもとへと駆け寄り、飛びかかった。

 

「危ないっ!ああっ…!」

 

 間一髪のところで二人はヒュージからの奇襲を免れたものの、少女の左腕からは大量の血が流れ出ていた。今の少女ではCHARMを握る事すらも不可能。事態は剣呑な方向へと進んでいた。

 刹那、何者かが少女のCHARMを振り下ろしてヒュージに傷を負わせた。死を覚悟した少女と晴海の兄はその光景を目の当たりにする。CHARMを持っていたのは晴海だった。五歳という幼い年齢ながらCHARMを起動し、使用できたことに二人は驚く。しかし、CHARMを使って人類の敵であるヒュージを倒すという現実が晴海を変えてしまった。

 

「…ス……。殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス…。」

 

 感情の無い殺戮マシーンと化した晴海は少女のCHARMで残りのヒュージを全て薙ぎ倒した。伊坂 晴海、当時五歳。スモール級ヒュージ及びミディアム級ヒュージの群れ、計六十六体をたった一人で全て殲滅。

 この衝撃の事実が発生した現場にいた人々は晴海を英雄として称えた……。事はなかった。

 

「きゃああああ!!!」

「化け物だ!!人間じゃない!!」

「鬼の子だ…!」

「こっちに来るな悪魔!!!」

 

 晴海の強大な力に恐れをなした人々は街を救った救世主であるはずの晴海を拒絶した。そんな彼女をリリィである少女も、兄も恐れた。

 次の瞬間、涙を流し、悲しみに暮れる晴海の背後にスモール級ヒュージの生き残りが彼女に襲いかかった。晴海は避けようとしたが回避が間に合わない事を悟り、CHARMを盾に攻撃を防ごうとした。

 しかし、突如として何者かがスモール級ヒュージを刀で両断した。晴海は恐る恐るCHARMを下ろした。彼女の前には三、四十代と思しき見た目の男性が立っており、背丈が高く、肩幅も広い。そんな彼の手の中には刀があった。ヒュージをも斬り裂いた刀。それを見た人々は彼の名を呟いた…。

 

「あ、あれは…。大里 宗二(そうじ)…。」

 

 大里 宗二。剣術の流派の一つである紫電一閃流の十九代目当主であり、現在の国上日本支部の局長である大里 紬の父に当たる人物である。

 

「お、大里さん!その子を斬ってくれ!そいつは化け物なんだ!!」

 

 街の住人である男性が宗二に指示をする。しかし宗二は鋭い目つきで指示をした男性を睨みつけた。

 

「君、名前は?」

「伊坂、晴海…。」

「皆さん、勘違いしないでください。彼女は守るべきものを守った。自分にとって大切なものを傷つけようとする存在が許せなかった。ただそれだけの事なんです。晴海ちゃんは心の優しい子です。」

 

 宗二が発した言葉は晴海の心に深く深く突き刺さった。そして今度は彼女の目から悲しみではなく、嬉しさの涙が溢れ出した。

 その後の調べで晴海の両親がヒュージの襲撃によって亡くなった事が判明した。彼女の兄は祖父母の家で引き取られることになったが、晴海は別だった。

 

「晴海ちゃん、君はどうする?」

「私は…。おじさんについてく!」

「そうか。君とは歳は離れているが私にも娘がいる。きっと仲良くなれそうだ。」

 

 晴海は宗二と共に彼の家である紫電一閃流の道場に着くと、一人の少女が木刀で素振りの稽古をしていた。

 

「私の娘の紬だ。紬、挨拶を。」

「は、はじめまして…。」

 

 これが伊坂 晴海と大里 紬が初めてあった瞬間であった。ここから紫電一閃流の門下生が続々と集まり、国上日本支部のメンバーが揃うのだが、それはまだ先の話…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、八年後の現在。田中 壱、天野 天葉、遠藤 亜羅椰の三人は学園の敷地内にある闘技場の扉に貼ってある貼り紙に書かれてあった内容を読んでいた。

 

「おかしい…。今の時間なら闘技場が空いている筈だったのに……。」

 

 壱が訝しげな表情で言う。壱は長く伸ばした緑色の髪に白色のカチューシャをつけており、瞳は紫色である。また、世界最高峰のレギオン、アールヴヘイムの一員でもあるのだ。

 貼り紙には“本日は急用のため、闘技場は使えません”と書かれてあり、数日前から闘技場の使用を申請していた壱達は突然闘技場が使用できなくなった事が腑に落ちなかった。

 

「これじゃあ特訓もできないね…。」

 

 天葉はそう言い、悲しげな表情を見せる。天葉は毛先が肩まで伸びている金髪と青色の瞳の持ち主であり、学園内でも上位に入るほどの美貌と強さを持っている。

 

「理由を聞いてみなければわかりませんわ。行きましょう。」

 

 突然の事態に対して納得のいかない亜羅椰は誰に言われるでもなく、闘技場に入った。

 闘技場の壁には大きなヒビが入っており、購買部のレジ担当の男性が何かの破片を箒で掃いている。

 

「あのー、何があったんですか?」

「ん?あぁ、ついさっき一柳隊の子達と組み手してたんだけど勢い余ってつい壁とCHARMをぶっ壊しちゃって…。」

 

 男は申し訳なさそうな表情をして闘技場の方を見る。闘技場はコンクリートの壁が壊れており、とてもではないが使える状態ではなかった。放っておけば闘技場そのものが倒壊しかねない危険性も孕んでいるため修理が必要である。

 

「何をどうしたらそうなったのですか?」

「いや、あのー、CHARMで攻撃しようとした時に神琳ちゃんが媽祖聖札で防ごうとしたから勢い余って腕ずくで媽祖聖札ごと弾き飛ばしたら僕と神琳ちゃんのCHARMと壁が壊れて…。」

「何で!?」

 

 問い詰める亜羅椰に対して男は視線を逸らして冷や汗をかきながら答えた。アールヴヘイムが闘技場を使用する事を知っていたのか、男は亜羅椰に対してもきまりが悪い様子を見せていた。

 

「何でって…。勢い余ってだけど。あー、てかこれ天引きで勘弁してもらえないかな。てか僕がこっそり壁修理すればいいけど…。あー、このままじゃ理事長と百由ちゃんに怒られる…。」

 

 男はそう言いながら再び掃除の作業に取り掛かった。その後に男はしっかりと理事長と百由にそれぞれお叱りを喰らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様〜。今日も頑張ったねぇ。」

「あ、ありがとうございます……。」

 

 百合ヶ丘の保健室の職員である太田 春香が壱、天葉、亜羅椰以外のアールヴヘイムのメンバーを労い、江川 樟美が感謝の意を述べる。春香は保健室のイメージ通り、上に白衣を着用しているが上半身は赤色の服、下半身は膝が見えるほどの長さの黒色のスカート。そしてその下には黒色のタイツを着用しており、仮にこの百合ヶ丘に男子などいようものなら絶大な人気を誇っていたであろう。

 

「で、今日は特訓?」

「はい、ここ数週間は外征も無いのでしばらくはここで特訓をしたりヒュージの討伐に勤しんだりしようと考えています。」

 

 春香の質問に渡邊 茜が答える。アールヴヘイムは百合ヶ丘の中でもトップクラスの強さを誇るレギオンであり、外征に行くことも度々ある。しかし最近は外部への出動命令が減り、しょっちゅう現れるスモール級ヒュージの相手をする事が頻繁にあった。

 毎度同じ相手を倒してばかりでは経験値こそ手に入るもののそれ以上の進化は望めない。そう考えたアールヴヘイムのメンバーは鍛錬を積み重ねると同時により強力なヒュージとの対決に備える事を決めた。

 

「けれど、本当に大丈夫なのかしら?特別指定上級ヒュージはレギオン一組だけで相手できるほど簡単な相手じゃないわ。」

 

 刹那、金箱 弥宙が口を開いた。これまで百合ヶ丘のリリィは特別指定上級ヒュージを相手にする際、三組以上のレギオンが集って撃破していた。アールヴヘイムはしばしば外征に行く事もあり、特別指定上級ヒュージと対戦した事は無いが、その脅威は話に聞くだけでも十分に伝わっていた。

 

「大丈夫!百合ヶ丘一丸で立ち向かえばどんなヒュージにだって勝てるし、何よりあの天才リリィがいるからね!!」

 

 特別指定上級ヒュージの強さを危惧する弥宙に高須賀 月詩が声をかける。すると、月詩の発した“天才リリィ”という単語にすかさず番匠谷 依奈が反応する。

 

「伊坂 晴海さん、だったかしら?うちの亜羅椰と小競り合いを始めては勝ったというあの……。」

「へぇ〜、世の中にはそういう才能を持った子もいるんだねぇ。」

 

 依奈の言葉に耳を傾けていた春香はコーヒーを飲みながら感心する。言わずもがな春香も学生時代はリリィとして活躍していた。しかし、当時の彼女の周りには晴海ほどの才を持ったリリィは一人としていなかった。

 

「私達にはそういう才能はありませんが、一人一人に役割があります。羨望したって仕方がありません。そもそもそんな暇はありません。私達は私達にしかできない事をやるだけですから。」

「うん、そうだね……。」

 

 森 辰姫の言葉に樟美が賛同する。春香も辰姫の思いを聞き、首を縦に振っていたが、途中であることに気づいた。

 

「そう言えば……。壱ちゃんと天葉ちゃんと亜羅椰ちゃんは?」

 

 春香の問いを最後に会話が終了し、しばらく保健室の室内に沈黙が流れ込む。それから数秒後、樟美達は恐る恐るお互いの目を合わせる。

 

「すっかり忘れてた!!!」

 

 保健室を後にした数十分後、何とか六人は無事に天葉達と合流する事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、晴海は伽奈芽と市営の闘技場で待ち合わせをしていた。伽奈芽からの二百六十六九回目の挑戦を受けて立つためだった。

 

「覚悟はできてますか?」

「当たり前だろ!あたしがアンタと戦う中で決心がつかなかったことなんてない!」

「まぁ二百六十八回も負けてればそうでしょうね。」

「何だと!!」

 

 伽奈芽はランドグリーズを起動させ、構える。一方、晴海はグリフォンを起動させ、短剣の柄のすぐ下にある鎖を持って短剣を振り回した。辺り一面にはドリルが回転する音と短剣が風を切る音が静かに響く。

 互いがしばらくの間様子見をし、両者の沈黙が続く。先手は伽奈芽の刺突だった。腰を落とし、その反動から放たれる刺突(それ)は速度、威力共に絶大である。しかし晴海はそれよりも速い速度で左側に避けた。

 

「やりますね。」

「まだまだ!」

 

 晴海はカウンターとして右手に持っていた短剣を伽奈芽に向かって投げる。しかし、伽奈芽はそれを避け、短剣の柄を左手で掴んだ。

 

「何を?松山さんのレアスキルは円環の御手(サークリットブレス)じゃないので私のCHARMは今は使えないと思いますけど。」

「使うんじゃない!投げ飛ばす!!」

 

 伽奈芽は自身の方にグリフォンを引き寄せ、晴海を思い切り投げ飛ばした。投げ飛ばされた晴海は華麗に着地し、再び短剣を振り回す。

 

「少しは腕が上がったんじゃないですか?」

「随分と上から目線なこった。あたしの方が年上なのにね!」

 

 伽奈芽と晴海は同時に攻撃を仕掛ける。剣本来の使い方である振り下ろしの斬撃。これも同時だった。そしてこの日初めて、伽奈芽と晴海のCHARMがぶつかり合った。互いの刀身が火花を散らし、金属がぶつかり合う無機質な音が強く唸る。

 

「本当はこれ、使いたくなかったんですけどねぇ…。」

 

 今度は晴海が先に動いた。晴海は右手の短剣を伽奈芽のランドグリーズから離し、左手のドリルで彼女のCHARMを弾く。

 

「ぐっ…!」

 

 あまりに勢いのある回転に伽奈芽のランドグリーズは予想だにしない方向に巻き込まれ、伽奈芽自身も体勢を立て直すのに精一杯だった。しかし、晴海が右手の短剣を伽奈芽の首に突きつけた事で勝負の決着はついた。

 

「これで私の二百六十九勝目ですね。」

「ちっ…。今日こそは勝てると思ったんだけどなぁ…。」

 

 伽奈芽は悔恨の思いを表情に浮かべ、ランドグリーズを下ろす。晴海のグリフォンは攻守共に優れているCHARMではあるが、伽奈芽が使用しているランドグリーズの方が高い攻撃力を有しており、防御力に関しても他のCHARMに首位を奪われている。そんなCHARMを使用しながらも晴海は一度も敗北した事がないのだ。

 

「どうやったらアンタに勝てるか、誰か教えてくんないかな。」

「教えてもらったところで松山さんには無理ですよ。」

「はぁ!?」

 

 伽奈芽が晴海に詰め寄った瞬間、晴海の携帯から着信音が鳴った。携帯の画面には百由の名前が表示されていた。

 

「あっ、私用事ができたので百合ヶ丘に戻らないといけなくなったんでこれで失礼しますー。」

「いいけど必ず二百七十回目やるからな!!」

 

 そんな伽奈芽との約束を胸に秘め、晴海は百合ヶ丘女学院を目指して颯爽と駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、都内の廃墟ではロゼラとベヒームともう一人、白髪にパーマをかけた男性が集合していた。

 

「ガゴラ、次のデネテはお前だ。セレンも承知の上だ。」

「ふふっ、またやらせてくれるんだ。」

 

 ガゴラはそう言うが、口にした言葉とは違い、どこか喜んでいる様子も面倒くさがっている様子もなかった。感情もなく、自身の成すべき事を実行する事務的な声色で言葉を放つ。

 しかし、そんなガゴラを余所にベヒームは怒気を帯びた顔つきをしていた。

 

「俺の番を飛ばす気か。」

 

 ベヒームは怒りのあまり近くにあったドラム缶を投げ飛ばす。ベヒームはブロム族のリーダーであり、彼の同族である特別指定上級ヒュージはこれまで幾度となくリリィ達によって倒されてきた。

 

「正式な選定によるものだ。異議は認めない。」

 

 ベヒームはやり場のない怒りを飲み込んだまま、もう一つのドラム缶に腰をかける。すると、彼らのいる部屋に一人の男性が現れた。

 男は丸型のサングラスを付け、豹柄の上着を着ている。無造作に逆立っている金髪の毛先も相まってヤクザの組長という印象を受ける。

 

「随分と派手に暴れてんな、ベヒーム。」

「何をしに来た、ケルヴス。」

 

 豹柄の上着を着た男、ケルヴス・プラティアは先程ベヒームが投げ飛ばしたドラム缶を右足の裏で転がす。

 

「次のデネテは誰の番だ?」

「ガゴラだ。」

 

 ケルヴスの質問にロゼラが答えた。ケルヴスはそれを聞くと特に驚く様子もなく、慣れた手つきで煙草を吸い始めた。

 

「へぇ、てめぇも不憫なもんだな。」

 

 ケルヴスはベヒームに視線を向けながら言う。ケルヴスの声色には他の特別指定上級ヒュージと比較して人間味を感じさせるものがあり、他よりも人間の生活に順応している様子が見受けられる。

 能天気なケルヴスを見てベヒームは自身のデネテの番が回ってこない事に対して再び怒りを募らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院へと到着した晴海は一柳隊、シュバルツグレイルと共に会議室で待機していた。会議室にいるリリィ達の面持ちには緊張の色がハッキリと現れており、その場にいる全員が沈黙を貫いていた。

 本来であればアールヴヘイムやレギンレイヴなどの百合ヶ丘の中でもトップクラスのレギオンも参加する予定だったがこの日は外征に行っており、不参加となった。

 数分後、遂に会議室で座っているリリィ全員に招集をかけた百由がタブレットとテレビを持って現れた。

 

「お待たせしました。早速ですが、皆さんに緊急の調査をお願いしたいと思ってます。」

 

 百由は持ってきたテレビの画面にタブレットに表示されている画面と同じものが表示される。テレビの画面には今日のニュースの記事が表示されていた。

 

「これは死体処理班からの報告なのですが、本日未明に特別指定上級ヒュージの死骸を発見したそうです。死体の状況から見て死亡時刻は昨日の午後九時半頃。ですが昨日はどのガーデンもどのレギオンも特別指定上級ヒュージを倒したという形跡がありませんでした。」

 

 百由はニュースの記事の文を踏まえて語った。彼女が語った事実が意味する事、それはリリィではない何者かが特別指定上級ヒュージを倒したという事である。

 昨日は誰もヒュージを倒していない。その事実が揺るがない根拠は百合ヶ丘だけでなくどのガーデンもヒュージ出現の警報が鳴らなかったためである。

 さらに国上も出撃命令が発令されていなかったため、ヒュージの撃破をされていないと見做された。これらの事実が明らかとなり、この事態がリリィによって引き起こされたものではないという事実が明白となったのだ。

 

「一つ気になるのですが…。その特別指定上級ヒュージの死因は何だったのでしょうか?」

 

 そう言って百由に質問を投げかけたのは一柳隊の一員、郭 神琳だった。神琳は右目が赤色、左目が黄色の瞳である、俗に言うオッドアイであり、雨嘉のルームメイトである。

 

「射殺だったよ。頭部と心臓部にそれぞれ一弾ずつ正確に撃ち抜かれた痕跡があった。並大抵の人間じゃあ、まずここまで正確には撃ち抜けない。とすると、余程戦闘慣れした人間がやったか、もしくは特別指定上級ヒュージ同士の勢力争いか…。いずれにしろどっちも考えにくいけどね。」

 

 頭脳明晰な百由でも今回の事件には流石にお手上げだという意思を肩を竦めるジェスチャーをして示した。

 

「実は過去にも同じような案件が発生してるの。けど、どれも違う武器で特別指定上級ヒュージが殺されていた。殺害方法は正確なんだけど。とにかく、みんなも気をつけてね。ヒュージを殺害した誰かは敵か味方かわからないから。」

 

 百由がそう言い、今回の会合はお開きとなった。晴海も準備をする。そんな彼女に一人の少女が話しかけてきた。

 

「伊坂 晴海ちゃん、よね?ごきげんよう。シュバルツグレイルの主将、伊東 閑よ。一柳隊の主将の梨璃さんとはルームメイトなの。」

「あっ、初めまして。それで、何の御用ですか?」

「ちょっと待ってて。」

 

 伊東 閑。紺色の髪に白色のカチューシャが特徴的な少女であり、シュバルツグレイルというレギオンのリーダーである。

 閑は鞄の中からクリアファイルを取り出し、その中に入っていた一枚の紙を晴海に見せた。紙にはCHARMと思しき武器の設計図とそれについての詳しい説明が記載されていた。しかし目の見えない晴海にはただの紙切れにしかすぎず、何が書いてあるかは把握できなかった。

 

「これは…?」

「近日中に日本全国のガーデンの工廠科が集まって最高峰のCHARMを作るらしいの。これはその資料。晴海ちゃんはこれが配布された時にはいなかったみたいだから渡したけど…。実はこれ、国上のもとで管理されるみたいだけど何か聞いてない?」

「え?いえ、特には…。」

 

 晴海も現時点ではこの計画には特別な通達を受けていない。それ故に彼女に答えられる事柄は無かった。

 

「あら、そう…。今の段階ではまだ何も教えてもらってないって事かしら。時間を取らせてごめんね。また今度。」

「あっ、はい…。」

 

 閑は資料を晴海に渡したまま、会議室を後にした。その数分後、資料を鞄にしまって晴海も会議室を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後、伽奈芽は自身の所属するガーデンである“荒司沢女学院”の学科の授業が昼頃に終わったため、ショッピングモールのフードコートで食事をしていた。通常の世界ならばより賑わっていてもおかしくはないが、ここはヒュージという異形の怪物の住む世界。人通りも少なくなっていた。

 

「待っててよ。ヒュージ全部倒したらショッピングモールも気軽に行けるようにするから…。」

 

 伽奈芽は固い決意を胸に秘め、先程注文した焼肉定食を食べるスピードを速めた。すると彼女の席に一人の男が座った。その男はケルヴスだった。しかしケルヴスは現在人間態であるため、伽奈芽は彼の事を不思議には思わなかった。

 

「何の用?」

「…良いねぇその目!“愛”を感じるぜ!」

「はぁ?」

 

 ケルヴスの言い放った言葉の意味がわからず、伽奈芽は思わず素っ頓狂な声を出す。しかしケルヴスはそれに構わず話を続けた。

 

「“愛”があるとよ、そいつに人間らしさを感じるんだよ。如何にも人間らしいって感情でな。」

「は、はぁ…。」

 

 ケルヴスの言わんとしている事の意味が分からず伽奈芽は困惑する。そんな彼女の携帯から着信がかかった。画面には希の名前が表示されていた。

 

「もしもし、あたしだけど。」

「百合ヶ丘の近くに特別指定上級ヒュージが出現したとの情報が入りましたわ!すぐに向かってください!」

「わかった、すぐ行く!」

 

 伽奈芽は通話を切り、ケルヴスに構わず百合ヶ丘女学院へと向かった。ケルヴスはそんな彼女の背中を見て、何かを感じていた。それが何かはケルヴス本人にしかわからない事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一柳隊とアールヴヘイムの計十八名は百合ヶ丘女学院の近くに現れた特別指定上級ヒュージであるガゴラと交戦中であった。

 

「気をつけなさい!今までの常識が通用する相手ではないわよ!」

「はい!」

「ええ!」

 

 梨璃達は四方八方からガゴラを囲み、逃げ場を作らせないようにする。内側は一柳隊の八人が囲み、外側はアールヴヘイムが囲む。二水は自身のCHARMを持ちながらレアスキル、“鷹の目”でガゴラを分析するため、少し離れた場所にいた。

 まずは一柳隊が一気に畳み掛ける。しかしガゴラが上方に飛んだ事で不発に終わり、今度はアールヴヘイムが仕掛ける。しかしこれもまたガゴラが壱を踏み台にして飛んだ事で不発に終わった。

 

「君達も懲りないね。」

「なっ!?人間の言葉…!一体どうやって!?」

「君達は自分の世界の利便性にも気付けてないのかな?ラジオ、スマホ、液晶テレビ、辞書。ヴェルンドの言葉を学ぶ教材なんていくらでもあるんだよ。」

 

 ガゴラは楓の質問にヒュージ語ではなく日本語で答えた。それは今までヒュージ語しか聞いてこなかった国上以外のリリィからすれば驚きの事実であった。

 

「何のために人間を殺すの!?」

「デネテ、つまりこれは儀式なんだよ。それに君達みたいなのが苦しむ顔を見るの、楽しいしさ。」

 

 夢結の質問にもガゴラは日本語で答える。それを聞いた梨璃達はそんな儀式があってたまるか、という思いを抱き、怒りの感情をガゴラに向ける。

 

「一柳隊!!アールヴヘイム!!ノインヴェルト戦術よ!」

「はいっ!」

 

 一柳隊とアールヴヘイムは定位置につき、ノインヴェルト戦術を同時に決行する。ノインヴェルト戦術。それはどんなヒュージも一撃で倒す奥の手だが、あまりに大量のマギを消費するため一度しか使えない。言わば諸刃の剣であった。

 一柳隊は二水が、アールヴヘイムは天葉が弾丸を撃ち、順にパスを繋いでいく。一柳隊は二水、楓、鶴紗、雨嘉、ミリアム、神琳、梅、夢結、梨璃の順でパスし、アールヴヘイムは天葉、亜羅椰、茜、樟美、月詩、依奈、辰姫、弥宙、壱の順で繋いだ。

 それは法則も決まった順番もない、完全に不規則なパスであり、ガゴラはどこから弾丸が飛んでくるのか全く予想できなかった。

 

「行きます!」

「フィニッシュショット!!」

 

 梨璃と壱が同時にフィニッシュショットを決め、両者の一撃がガゴラに命中する。特別指定上級ヒュージを倒せたことに対する喜びの思いが込み上げ、梨璃達は歓喜に打ち震えた。

 

「やったぁ!」

「あれだけの威力だったわ、流石に生きてはいないでしょう。」

 

 しかし、ガゴラは生きていた。しかもダメージを負っているどころか、その身体に傷一つすらついていない。突然の事態に梨璃達は動揺を隠せなかった。

 

「もう終わり?」

「なっ…!?生きてる…!!」

 

 するとガゴラは圧倒的なスピードで二水の近くに行くと、彼女に蹴りを喰らわせた。高く飛び上がった二水は上空へと飛ばされ、ガゴラはトドメとして彼女の背中にエルボーを浴びせた。二水は勢いよく地面に叩きつけられた。

 二水を倒したガゴラは次に依奈に近づき、彼女の腹部に蹴りを入れた。あまりにも速く、重い一撃に依奈はそのまま倒れた。

 

「これで司令塔は消えた…。かな?」

 

 二水と依奈が倒されるまでの間、その体感時間はわずか一秒。あっさりと体制を崩された事に梨璃達は怯むが、なんとか平静を取り戻した。

 

(ノインヴェルト戦術の時にただ立ってただけなのは私達のポジションを見破るためだった…!?だとしたらこのヒュージ、相当頭が回る…!)

 

 夢結がそう考えている間にガゴラは動き出し、槍で亜羅椰、壱、天葉、茜、月詩の五人に斬撃を喰らわせた。ガゴラのスピードについてこれず、梨璃達は焦りを見せる。

 

「次は君達だよ。」

「このっ…!」

 

 ガゴラは次に楓、鶴紗、神琳、雨嘉、ミリアムを先程と同じように刀身にマギを纏わせた槍で倒した。これまでの特別指定上級ヒュージとは一線を画す圧倒的な実力差に梨璃達はどんどん追い詰められていく。

 

「ここは私が引き止める!梨璃達は負傷者を連れて撤退しなさい!」

 

 夢結はガゴラに勝てない事をわかっていた。だからこそせめて時間稼ぎをしようと試みた。ガゴラと対峙した夢結はブリューナクを向け、攻撃を仕掛ける。しかし、ガゴラのストレートをモロに喰らってしまい、夢結はそのまま地面に倒れた。

 

「お姉様!!!」

「君達さ、甘く考えすぎだよ。僕はこれまで君達が殺してきた奴らとは違うんだよ。」

 

 ガゴラはそう言い、梅と梨璃にも一瞬で近づき、斬撃を浴びせた。残るは樟美、辰姫、弥宙の三人だった。

 

「こんな所でやられるわけには…!」

 

 辰姫はそう言い、逃げる事なく果敢にガゴラと対峙する。一方、樟美と弥宙は協力しながら負傷したリリィ達を運ぶ。

 

「無駄だよ。」

 

 しかし抵抗も虚しく、残る三人も一瞬のうちにガゴラに倒された。事態は剣呑な方向へと加速していき、もうマギを使い果たした梨璃達に対抗手段は残されていなかった。

 

「ヴェルンドの言葉には“冥土の土産”という言葉があるらしいね。折角だから教えようかな。君達が特別指定上級ヒュージと呼んでいる種は四つの階級に分かれている。一つ目、特別指定上級ヒュージの中でも最も弱いブロム族。二つ目、僕のいるシルヴィス族。三つ目、二番目に強いゴルム族。四つ目、最も強いプラティア族。僕達はデネテを成功させる事で階級を上げていくのさ。」

 

 ガゴラよりもまだ強い存在がいる。その事実を突きつけられた梨璃達の顔は恐怖で青ざめていった。

 

「あと、シルヴィス族は今まで君達が相手をしてきたブロム族の五倍は強い。だから…。君達がアルトラ級ヒュージと呼んでいる存在の五十倍強いのが僕だよ。」

 

 更に恐ろしい事実を知った梨璃達は絶望で顔が歪む。そんな彼女達を余所にガゴラはそう言った後に百合ヶ丘女学院を指差した。

 

「あれ、いっぱいヴェルンドがいそうだよね。あそこにいる奴ら全員殺したら君達どんな風に苦しむのかな?」

 

 そう言ってガゴラは百合ヶ丘女学院へと向かう。そんなガゴラの左足首を梨璃が掴む。梨璃は光を宿した瞳でガゴラを睨み、手に力を入れる。

 

「絶対に…!行かせないっ…!」

 

 ガゴラはため息をつき、右足であたかもサッカーボールかの如く梨璃の頭を蹴り上げた。頭を蹴られた梨璃は吐血し、勢いのあまりガゴラを掴んだ手を離してしまった。

 

「さっさとくたばれよ。」

 

 ガゴラの槍が梨璃を襲おうとしたその時、伽奈芽がランドグリーズで止めに入った。ガゴラは驚く様子も見せず、後退する。

 

「カナさん…。」

「あたしがいる限り、こっから先は一歩も通さない!!!」

 

 伽奈芽はそう言うと、ガゴラと戦闘を開始した。互いの武器が激しくぶつかり合い、火花を散らす。それが肉眼では追う事のできない速さで激突し合い、しばらく続いた後にガゴラは後退した。一方の伽奈芽は右腕にガゴラの槍による斬撃を喰らった跡ができていた。傷口から伽奈芽の血が流れ、静かに地面へと落ちる。

 

「カナさん!!」

「あの松山 伽奈芽が傷を負うなんて…!」

 

 信じられない光景を目の当たりにした梨璃と弥宙は驚愕して声を出す。驚きの感情を持っているのは他のリリィ達も同様であり、絶体絶命な状況である事は明白であった。

 

(クッソ、どうする…。()()をやるか…?いや、下手すればこっちも死ぬ…。一体どうすれば…。)

 

 すると伽奈芽は何かを感じ取ったのか、急にランドグリーズを下ろした。一方の二水も伽奈芽と同じものを感じ取る。

 

「ふふっ…。ふふふふふっ…。あはははははっ…!」

「二水…?」

 

 二水の様子をおかしいと感じた鶴紗が唖然とする。それに構わず二水はしばらく笑った後、呼吸を整えた。

 

「私達は…。見えているつもりでしたが、()()()()()()()んです…。何も…。ですが、それはあなたも同じ…。私達には切り札がいます…!目は見えないですが、この中の誰よりも視えているリリィです…!!」

 

 二水が言い終わった瞬間、その場にいた全員が途轍もない殺気を感じた。人間のそれとは違い、五感で重みと厚みを感じ取る事ができるほどの強力な殺気。それを放っている人物がCHARMを両手に持って現れた。その正体は伊坂 晴海だった。

 

「晴海ちゃん!?いくら何でも無茶だよ!!」

「危険よ!早く逃げなさい!」

 

 晴海の姿を肉眼で捉えた梨璃と依奈は彼女に逃走を促す。しかしそれは国上のリリィにとっては杞憂にしか過ぎなかった。

 

「いいや、あいつは強い。アンタらも見てなよ。伊坂 晴海の力を!」

 

 晴海は伽奈芽と特訓した時と同様に右手で鎖を持って短剣を振り回し、左手でドリルの柄を持つ。ガゴラも先程までのリリィ達とは明らかに違う実力者である事を察し、初めて構えた。

 

「国上日本支部一番隊隊長、伊坂 晴海。征きます。」

 

 遂に晴海とガゴラの死合いが始まった。先に動いたのは晴海であった。先手は右手の短剣を鎖で振り回して行う斬撃。ガゴラはそれを軽々と避けた。しかしガゴラの身体には切り傷がついており、そこから青黒い血が流れる。

 

「どういう事!?ノインヴェルト戦術が効かなかったのに何で…?」

「それ多分直前でバリア張られたんだよ。いくら特別指定上級ヒュージっつったって十八人分のマギをまともに喰らってピンピンしてる筈がない。」

 

 月詩の疑問に伽奈芽が答える。彼女の推測は合っていた。ガゴラはリリィ達に気づかれないように身体中にマギのバリアを纏い、そのバリアで攻撃を防いでいたのだ。

 晴海はガゴラが怯んだ一瞬の隙を見逃さず、ガゴラのそれを凌駕する速度で攻撃を繰り出す。ガゴラは槍で防いでいるが、足元がおぼつかないのか千鳥足になり始めた。

 

「突然フラフラし出したゾ…!」

「あたし達の努力が無駄じゃなかったって事だよ。」

 

 梅と伽奈芽は晴海とガゴラの戦いを見てそう呟く。いくら特別指定上級ヒュージと言えどもマギを消費しないわけではない。

 先程のノインヴェルト戦術を防ぐためのバリア、梨璃達への攻撃、伽奈芽との攻防。ガゴラに残されたマギはもう半分も残っていなかった。ガゴラが晴海の攻撃を避けずに防いでいるのがその証拠である。しかもガゴラの身体には防ぎきれずに喰らった晴海の攻撃の跡が多くつけられていた。

 

「ハッ!」

 

 晴海は突然右手に持っている短剣をガゴラに投げつけたが、ガゴラはそれを弾いた。すると晴海はそれを見越していたかのように後方に回り、左手のドリルを投げた。

 

「両方の武器を投げた…!」

 

 通常であれば命取りとなる行動に樟美は驚きの色を隠せず、声を出した。

 晴海は再びガゴラの目の前に回り、飛び蹴りを喰らわせる。ガゴラの身体には鎖が巻き付けられており、晴海が右足でガゴラの胴体を踏みつけると、短剣とドリルが宙に舞った。

 

「あーあ。晴海のストンピング喰らったか。あいつ内臓と骨ぐちゃぐちゃだなもう。」

 

 伽奈芽がそう呟いている間に晴海は左手で鎖を操り、短剣を引き寄せる。そして左手の中に短剣の柄を収めると、短剣でガゴラの首を刎ねた。

 

「終わりました。」

 

 晴海はグリフォンを回収し、伽奈芽達に笑顔を見せる。戦いが終わった事を喜び合う者もいれば、安堵から肩の力を抜いて安心する者もいた。そんな中、先程まで戦場だった場所にケルヴスが拍手をしながら現れた。

 

「いいねぇ、大切なものを守ろうとする。如何にも“愛”って感じだ。」

 

 ケルヴスの登場に晴海達は首を傾げるが、伽奈芽は一人動揺していた。それを見た晴海はケルヴスを睨む。

 

「あなた、松山さんに何をしたんですか?」

「ほぉ、喧嘩か?いいぜ、望むところだ。」

 

 ケルヴスはそう言うと特別指定上級ヒュージの姿へと変貌を遂げた。その変化に晴海以外のリリィが全員驚愕する。

 

「嘘でしょう…!?」

「人間の言葉を話せて、人間態を持ってるのは厄介ですわね…。」

 

 茜と楓が驚きの声を上げる中、晴海とケルヴスの戦闘が始まった。晴海はどんどん攻撃を仕掛け、ケルヴスを追い詰めていく。一方のケルヴスは晴海の手の内を知ろうとしているのか、ノーガードで耐えている。

 

「いいんですか?何もしないと、あなた死にますよ?」

「おっ、殺す気になったか。じゃあこっちも手抜きはしねぇぞ。」

 

 次の瞬間、晴海はケルヴスのパンチをまともに喰らい、吹き飛ばされた。勢いを殺せず、岩に叩きつけられた晴海は吐血した後、そのまま崩れ落ちた。

 特別指定上級ヒュージがたった一撃で晴海を倒した。その現実を目の当たりにした伽奈芽達は恐怖のあまり身体の震えを抑える事ができなかった。

 

「晴海ちゃんが…。嘘でしょ…?」

「何だぁ?もう終わりか。つまんねぇなぁ。とっととあいつの“愛”を貰うとするか。」

 

 残酷な光景を目の当たりにし、恐怖する梨璃を余所にケルヴスは再び拳を握りしめ、晴海に振り下ろす。しかしそれは突如として乱入した紬によって制止された。

 

「お姉様…。」

「うちの晴海には手出しさせないよ。もしこれ以上やるというなら…。ここからは私が相手になる。」

 

 紬はグングニルを両手で握りしめ、ケルヴスを睨みつける。そんな紬の言葉を聞いたケルヴスはしばらく沈黙した後にため息をついた。

 

「ったく、つまんねぇ事になっちまったなぁ。まぁいい。見たいもんは見れたしな。あ、そうだ。そこのお前、名前は何て言うんだ?」

 

 ケルヴスは伽奈芽に人差し指を向け、彼女の名前を尋ねる。先程会った時は彼女の名前を聞いていなかったためである。

 

「松山…伽奈芽。」

「カナメか。いい名前じゃねぇか。また会おうぜ。元気でな。」

 

 ケルヴスはそう言うと人間態に戻り、踵を返した。

 ケルヴスの姿が見えなくなった後、鼻水を啜る音と嗚咽を漏らす音が聞こえた。その音を発しているのは晴海だった。

 

「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」

 

 伊坂 晴海の初めての敗北だった。晴海が涙したのは圧倒的な実力差を見せつけられた上で惨敗した事に対する悔しさではなく、国上の、紫電一閃流の、自身が慕っている紬の顔に泥を塗ってしまった事と彼女に余計な心労をかけさせてしまった事に対する不甲斐なさからくるものであった。

 特別指定上級ヒュージの中でも他とは異なる性格の持ち主であるケルヴス。そんな彼に伽奈芽はいつか必ず借りを返す事を誓った。




次回、展開がさらに大きく動きます


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第5話「紫電一閃流のマスター」

今回のラストは必見でございます
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ではどうぞ!


「んー…。今日もいい天気!」

 

 朝六時。朝食を食べ終え、着替えを済ませた紬は近くの公園でストレッチをしていた。早朝という事もあって人通りは少なく、春が始まって間もない事もあってか、肌寒さも若干ながら感じる。

 天気は雲一つない快晴。陽の光が目の前にある全てのものに輝きを齎し、喜びに満ちた小鳥たちの囀りが聞こえる。

 公園にある自然の全てを感じ取った紬は小豆色の長袖ジャージを身に纏い、首にタオルを巻いていた。和やかな気分でストレッチを終えた紬は公園のトラックを軽く二十周する。

 

「さてとー、まだまだ時間はありそうかな。よし、学校に行って時間でも潰そう!」

 

 数十分経ち、ランニングを終えた紬は汗をタオルで拭き、制服に着替えると自身の登校している学校であるリジェルマ女学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後、百合ヶ丘女学院では一柳隊とアールヴヘイムのメンバー、そして晴海が闘技場で各々の特訓をしていた。その様子をギャラリーから購買部のレジ店員の男性が見守っていた。

 

「おーおー。こりゃ荒れてんねぇ。」

 

 男の言う通り、特訓に励むリリィ達の表情は必死の形相であり、戦闘スタイルも普段見せているような余裕のある戦い方ではなく全力に近い飛ばし方をしていた。

 それを見ていた彼のもとに一人の少女が現れた。少女は灰色の髪を肩まで伸ばしており、それでいて温和な雰囲気を持ち合わせていた。男は彼女を一瞥すると、その名を呼んだ。

 

「ごきげんよう。ここにいらしていたのですか、お兄さん。」

「あっ、祀ちゃん。やっほー。」

 

 秦 祀。百合ヶ丘女学院の三年生であり、夢結のルームメイトでもある。また、百合ヶ丘女学院に在籍する三人の生徒会長、通称“三役”の一人であり、オルトリンデを務めている。昨年は代行という形で就任していたが、今年は正式な形での就任となっている。

 

「どうしたの?闘技場の壁ならもう修理したし、生徒会の子が、それも生徒会長の一人が僕に関わる用は無いと思うけど。」

「いえ、ただ校内の見回りをしていた際にお兄さんがここにいたので彼女達の事を心配しているのかなと。」

「うーん、別に。僕が心配するようなタマの奴らだったらまずリリィになれてないと思う。」

「うふふ、確かにそうですね。」

 

 男は祀が自身に声をかけてきた理由を知るも特に何の反応も示さずに淡々と語る。そんな男の隣で祀は彼と共に梨璃達の特訓の様子をギャラリーから見る。

 

「ご存じかとは思いますが一柳隊とアールヴヘイム、そして晴海さんは先日特別指定上級ヒュージに敗れました。その悔しさが彼女達を突き動かしているのかもしれません。」

「ふーん。」

 

 祀の言葉は的を得ていた。今の彼女達は傷が癒えていない状態である。それに構わず特訓をするという事は勝ちたい、或いは強くなりたいという執念があると言う他無い。

 

「勝ちたいと思うのは良い事だけど、そのせいで何かを見失う事もある。人間ってのはそんなもんだよ。そこで君達三役に頼みたいんだけどさ、今後一柳隊とアールヴヘイムを出撃させる時は慎重な判断をしてくんね?」

「承知しました。生徒会でも審議すべき議題だと考えていたので、丁度いいタイミングでした。では私はこれにて失礼致します。」

 

 祀は丁寧にお辞儀をすると、闘技場から去って行った。男はそのまま残り、再び特訓の風景を一瞥する。

 

「頑張んなくたっていい。でも()()()()。」

 

 男はそう言い、工廠科に向かうためにギャラリーから去っていった。彼の言葉は梨璃達には聞こえなかったが、彼女達なら大丈夫だと男は確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、都内の廃墟ではケルヴス、ロゼラ、セレン、ベヒームの四体の特別指定上級ヒュージが人間態の姿で集合していた。

 

「何故俺の順番を飛ばした。」

 

 ベヒームは目を三角にし、ケルヴスの胸ぐらを掴む。当のケルヴスは表情を一切変えずにベヒームを自身のマギで吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたベヒームは何が起きたかわからず、一瞬で地面に這いつくばる姿勢となっていた。

 

「ぐだぐだとうるせぇんだよ。デネテの順番を飛ばされたぐらいで騒ぐな。」

 

 ケルヴスは不機嫌を声色に表すと木製の椅子に座った。ベヒームはゆっくりと立ち上がり、痛みに耐えながら服についた埃を取り払い、ロゼラに尋ねる。

 

「次は誰だ。」

「クラケネだ。」

 

 ベヒームの質問に答えたロゼラは薔薇の花をポケットから取り出し、投げる。ロゼラの投げた薔薇はダーツの的に突き刺さり、薔薇は見事中央に刺さっていた。それを見て笑っていたケルヴスを見てロゼラは彼に不信感を抱いた。

 

「ケルヴス、貴様何があった?」

「どういう意味だ?」

「以前と比較すると貴様の様子は明らかにおかしい。何故そこまでヴェルンドにこだわる。」

 

 ケルヴスは考える素振りを見せ、辺りはしばらく沈黙に包まれる。そして数分後、ケルヴスはようやくロゼラの問いに答えた。

 

「何でだろうな…。俺にもわかんねぇ。“愛”を知ったのがいつだったかは…。ただな、これは本能(さが)なんだよ。」

「何?」

「良く見えるもの、自分の手の内に無いもの。欲しくなっちまうんだ。どれだけ手を伸ばしても届かない。そんな物を見つけちまったら手に入れてみたくなるだろ。」

 

 ケルヴスの言葉の意味がわからず、ロゼラ達は彼に対してかける言葉を失っていた。そして何よりもケルヴスも自身の異変に対して強く疑問を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の土曜日の朝、公園で晴海を除く国上のメンバーはCHARMを持って一同に会していた。早朝という事もあり、紬以外の四人の眠気はまだ取れずにいた。

 そんな中、紬がいつものように明朗快活な声色で伽奈芽達に今日やる事の内容を伝えた。

 

「今日は戦場に行って暴れるよ!みんな、ご飯はしっかり食べておくんだよ!」

 

 未だに眠気が覚めない四人は紬に対して疎に返事をする。そんな中、凛音が口を開く。

 

「そういや、晴海はどうした?」

「晴海ならしばらくの間出撃を禁止してるよ。凛音と陽向と希はいなかったからわからなかったかもしれないけど、晴海結構傷ついちゃったからさ。独走しないか心配なんだ。」

 

 凛音の質問に紬が答える。昨日、晴海の所属するガーデンである百合ヶ丘女学院の生徒会は会議で一柳隊とアールヴヘイム、そして晴海の一週間の出撃禁止の決議をした。その話は国上日本支部の局長である紬にも話が届いており、紬自身もそれを承諾した。

 

「数日ぐらい休んで、頭を冷やせれば良いんじゃないかとは思うけどね。」

 

 紬はそう言い、隣に置いていた二つのCHARMのケースを肩にかける。それに続くかのように伽奈芽も口を開く。

 

「晴海、悔しいだろうな…。」

「それを乗り越える事も国上メンバーとしての役目だよ。じゃあ時間も時間だしそろそろ行こっか。」

 

 紬は四人を連れてある場所へと向かう。その場所は神庭女子藝術高校だった。伽奈芽達も聞き馴染みがあり、誰が所属しているかがすぐにわかった。

 

「ここ、あのグラン・エプレの…!」

 

 校舎を見たところで陽向が口を開く。グラン・エプレ。そのリーダーである今 叶星と伽奈芽は先日の百合ヶ丘女学院での合同会議で初めて遭遇した。そしてそれ以来一度も顔を合わせていない。

 

「そう。そして今日はそのグラン・エプレと一緒にヒュージの討伐任務を遂行するよ。」

 

 紬達はそのまま神庭女子藝術高校の校門をくぐる。するとそこに一人の少女が立っていた。グラン・エプレのリーダー、今 叶星であった。

 

「おはようございます、叶星さん!お久しぶりです!」

「ごきげんよう、紬さん。こちらこそお久しぶりです。」

 

 紬と叶星は共に一礼を交わし、後方の伽奈芽達も紬に続いて叶星に頭を下げる。その後、叶星に会議室へと案内をしてもらい、遂に国上の五人はグラン・エプレのメンバーと初めて対面した。

 

「ごきげんよう、国上の皆様。グラン・エプレの宮川 高嶺です。」

 

 まず最初に自己紹介をしたのは宮川 高嶺だった。高嶺は神庭女子藝術高校造園学科の三年生であり、叶星の幼馴染である。そのクールかつ妖艶な佇まいは多くの少女を虜にしている。

 

「こ、国上の皆様初めまして…。土岐 紅巴です、よろしくお願いします!はっ!松山 伽奈芽さんと櫻田 希さん…。数あるリリィのカップリングの中でも特に有名なお二人…!!すみません早速メモしてきます!!!」

「ちょっと紅巴!お客様のいる前でやめなさい!」

 

 自己紹介を始めている内に急に暴走を始めた紅巴を桃色の髪色の少女が制止する。伽奈芽と希を見て興奮する紅巴の様子を見た凛音は何故か不機嫌を表情に出した。

 

「えー、失礼したわね。あたしは定盛 姫歌。世界一可愛いリリィよ!」

 

 紅巴の暴走を止めた後に自己紹介を始めた姫歌だったが、世界一可愛いリリィという単語を聞いた際に急に辺りが静まり返った。それに不服を感じた姫歌は伽奈芽達に一言物申す。

 

「ちょっと!何か言いなさいよ!」

「いや、カナさんが『あたしは世界一最強のリリィだ!』って言ってるのと同じものを感じただけだ。」

「は!?」

 

 同族嫌悪なのか、伽奈芽は凛音の言葉に対して嫌がる素振りを見せる。それを見た姫歌はジト目で伽奈芽を睨みつけた。自信家な一面のある姫歌だが、グラン・エプレのサブリーダーでもある。

 

「最後はぼくだね!ぼくは丹羽 灯莉。よろしくね〜!」

 

 最後に制服の上からパーカーを着た少女、灯莉が自己紹介をした。どことなく紬と似通った雰囲気を持った灯莉を見て伽奈芽達は不思議な感情を抱いた。彼女にはどこか、共通点のようなものがあると。

 

「改めて、国上日本支部局長の大里 紬です。左から順に二条 凛音、櫻田 希、松山 伽奈芽、相馬 陽向です。」

 

 国上の代表として紬が自己紹介をし始めた。すると、暴走が治ったはずの紅巴が再び暴走を始めた。

 

「あ、あの!()()()()()()の時の事を詳しく教えていただけませんか!!」

「あー、えーと…。」

「だから困ってるからやめなさいって言ってるでしょ!!」

 

 再び暴走した紅巴を姫歌が母親の如く制止した。しかし紅巴の瞳は先程とは違い、スリマの戦いについて何かを知ろうとしている、知的探究心を宿した瞳であった。

 

「ねーねー、スリマの戦いって何?」

「言われてみればあたしもよくわからないわね。」

 

 灯莉と姫歌はスリマの戦いという言葉が何の事なのかわからず、疑問視する。それに答えたのは当事者である紬本人ではなく、高嶺であった。

 

「スリマというのは、紬さんが使用しているCHARMの名前よ。そしてスリマの戦いというのは紬さんを語る上で欠かせない伝説と言っても過言ではないほどの有り得ない実話よ。」

 

 高嶺はそう言いながらソファに腰をかける。そして灯莉達にゆっくりとその話を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリマの戦いは二年前、即ち紬が高校一年生だった頃の出来事である。

 二年前、突如として富士市にヒュージの大群が出撃した。その群れを率いていたのは世界七大アルトラ級ヒュージの一角であるファーヴニルだった。ファーヴニルを除けばヒュージの数はおよそ数千体。これはファーヴニルが富士市に面する海の底にヒュージネストを作った事が原因であった。

 その時戦ったのは外征で富士市に来ていたリリィ達や地元のリリィ達である。彼女達は結託し、多くのヒュージの討伐に成功したが裏で控え、侵攻を開始してきたギガント級ヒュージの群れによって全滅した。その数は百八十七体。

 誰も富士市を守る者がいなくなり、もはや人類は滅亡するのかと思われたその時、一人のリリィが現れた。ヒュージの大群が現れたという報せを聞いてやって来た紬である。その時の紬の服装は制服ではなく作業着だった。肩にはCHARMのケースをかけており、左手には弁当の入った袋を持っていた。

 紬の心の中にあったのは仲間を殺された復讐心でも、自分が富士市を守ってみせるという使命感でもなかった。彼女はただピクニックに行く気分で戦場に現れたのである。

 たった一人のリリィ如きに負けるわけがない。そう高を括っていたヒュージ達は紬を襲った。しかし彼女のCHARMの一振り、たった一振りでギガント級ヒュージの半数以上は殺された。そして紬は恐怖心から逃げ惑うギガント級ヒュージを全て殺害した。

 大里 紬。たった一人でギガント級ヒュージをものの三分で殲滅。そんな彼女に畏怖の念を植え付けられたファーヴニルはヒュージネストごと富士市から撤退した。

 その後、紬は死体処理班と救急車を呼び出し、彼らと共に怪我人の介抱や死体の処理を行った。

 

「全然面白くなかった。むしろつまらなかった。」

 

 ギガント級ヒュージを撃破した紬は後にこう語っている。そしてこの伝説と言っても過言ではない出来事は紬のCHARMの名前が由来で“スリマの戦い”と呼ばれる事となった。

 この事件の後、紬が紫電一閃流の当主、大里 宗二の娘である事が発覚し、この出来事から“鬼の大里”という異名が彼女につけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何よそれ…!?」

 

 スリマの戦いの全容を聞いた姫歌は驚愕し、開いた口を塞げなかった。自身の眼前にいる紬は温和な雰囲気を漂わせ、それでいて陽気だったためである。それぞれを別物として考えるのであればまだしも、今目の前にある現実と高嶺から聞かされた話を照合させると俄には信じ難い事実であった。

 

「すっごーい!でもそんな人を呼ぶって事は今日は大きな任務を遂行するんだよね?」

 

 灯莉は驚いていたが、姫歌とは違い信じているようだった。そしてそんな灯莉の質問に答えたのは叶星だった。

 

「うん。今日は特別指定上級ヒュージのいる潜伏先がわかったからそこを殲滅するよ。」

 

 特別指定上級ヒュージの潜伏先を特定した。これはかなりの功績であった。特別指定上級ヒュージは通常のヒュージとは違い、ヒュージネストを作らない。また、どのような場所に会しているかも不明であり、発見は困難だった。

 しかしグラン・エプレはそれを見事発見した。そしてその在処を国上と共に駆逐するというのが今回の任務の内容であった。

 

「それは凄いけど晴海の事はどうすんの?あいつは出動禁止命令が…。」

「伊坂さんの事なら心配ありません。代わりに私が戦場に行きますわ。伊坂さんよりは心許ないかもしれませんが、それでも剣の腕には自信があるので。」

 

 希は自身のCHARMが入ったケースを見てそう語る。普段は司令塔として国上の頭脳を担っている希が戦場に出るという事は珍しい事であった。希が出るという事は国上も全勢力を持って出撃する事を意味していた。

 

「何があってもあたしが守るから安心しろ、希。」

「松山さん…。」

 

 するとそんな二人の雰囲気に嫌気がさしたのか、凛音は一人部屋を去って行った。グラン・エプレの五人は心配そうに見ていたが、国上の四人は心配していなかった。

 

「まぁまぁお気になさらず。いずれ戻ってきますよ。今回はG.E.H.E.N.A.も関与しないわけですし、凛音も協力してくれます。」

 

 紬がそう言い、作戦決行の時刻まで残り十分となった。その後、凛音も戻り現時点での作戦に誤算は生じなかった。

 そして十分後、遂に一同は特別指定上級ヒュージのアジトに到着した。

 

「…変だ。」

「カナさん、どうしたんですか?」

 

 異変を感じ取った伽奈芽に紅巴が声をかける。辺りは明らかに静寂に包まれており、アジトと思しき廃墟からは殺気の一つも感じられない。伽奈芽はそれを疑問に思っていたのだ。

 

「特別指定上級ヒュージどもの住処にしては静かすぎる。一体…。」

「カナさん、長話はそこまでだよ。私達はどうやら囲まれてたみたいだね。」

 

 陽向に言われて伽奈芽達が辺りを見渡すと、スモール級やミディアム級、さらにはラージ級などあらゆる種類のヒュージの群れが彼女達を囲んでいた。その中には特別指定上級ヒュージが一体いた。

 

「チッ、嵌められたのはこっちか…!」

「道理であんなにわかりやすく発見できたと思ったら…!」

 

 凛音と高嶺はCHARMを持ち、既に臨戦態勢に入っていた。それに続き、伽奈芽達もCHARMを取り出す。すると希は紬のある変化に気づいた。

 

「お姉様、そのCHARMは…。グングニル・カービンですか?」

「そっ!百由さんに頼んで作ってもらったんだー!もちろん私好みにカスタマイズしてあるから普通のヒュージだったら一撃で倒せるよ!」

 

 スリマではなくグングニル・カービンを使用する事に紅巴は少々物足りなさを感じていたが、そんな思いに浸っている暇もなく戦闘が開始された。

 ヒュージとリリィの混戦により辺りは銃声や地面が破壊される音、マギがぶつかり合う音などそれまで平和という静寂に包まれていた場所は一気に戦場と化した。

 

「赤炎一撃拳初弾・饕餮(とうてつ)!」

 

 陽向はミディアム級ヒュージに対して“赤炎一撃拳初弾・饕餮”を繰り出す。饕餮はマギを纏った拳でヒュージの身体を貫く技であり、それを喰らったヒュージは青い血を噴き出し、絶命した。

 

「紫電一閃流初斬・昇り龍!」

 

 一方、紬はラージ級ヒュージを相手にしていた。相手の攻撃を受け流し、それを活かして上方に斬り上げる技、“紫電一閃流初斬・昇り龍”を喰らったラージ級ヒュージは致命傷を負い、立ち上がる事なく地面に落ちた。

 

「いいねー、これ!マギの燃費も良いし、何より使いやすいし!」

 

 ヒュージを相手にしながら百由から受け取ったグングニル・カービンの性能を試していた紬はその使い勝手の良さに感動する。

 一方、残りの八人もヒュージと力の限り戦っていた。すると痺れを切らしたかのように特別指定上級ヒュージが動き出し、リリィ達に攻撃を仕掛けた。

 

「ぐっ…!やっぱり今までのとは段違いのマギだ…!」

「テヌルウパユシアメユツハク。」

 

 特別指定上級ヒュージによって放たれたマギの斬撃は単純だが強力なものだった。自分達の眼前にいる化け物をどうにかしない限り、他のヒュージも対処し切る事ができない。そんな時、紬が肩に背負っていたCHARMを取り出し、特別指定上級ヒュージと対峙した。

 

「私がやるよ!カナさん達はヒュージを頼む。」

「ラジャー!」

 

 伽奈芽達に指示を出した紬は“スリマ”をその場にいた者全員に見せた。長さは自身の身長の二倍近くはあり、太さも通常のCHARMのそれとは違う。銃の形態に変えようものならそれはもはや大砲と言っても過言ではなかった。

 

「あれがスリマ…!」

「私も初めて見たけど、あんな大きいのを振り回したらスピードが殺されるんじゃ…!」

 

 巨大な体積を誇るスリマを見て姫歌と叶星は驚きを隠せないでいた。紬はそんなスリマを片手で持っており、相当な腕力を持っているという事が一目瞭然であった。

 

「相手になるよ、タコさん。」

「シアユユツセミシソ、クラケネ・シルヴィスプ!」

 

 クラーケンの性質を持った特別指定上級ヒュージ、クラケネはそう名乗ると紬との戦闘を開始した。それに合わせるかのように伽奈芽達は通常のヒュージとの戦闘を再開した。

 

「はぁっ…!中々減りませんね…!」

「確かに、これでは埒が開きませんわ…。」

 

 次から次へと出没するヒュージを相手にし続け、紅巴と希のマギは尽きようとしていた。そして残りのマギが少ない事は陽向以外は全員同様であった。いくらエリートの国上と言えども、多数の敵を相手にすれば消耗するマギの量も増加する。

 

「さーて、早速だけどもう決めるよ。」

 

 クラケネと戦っていた紬は腰を深く落とし、前に重心を傾けた。倒れそうになったが倒れず、そのままの姿勢で止まっている。敵が隙を見せた事に喜んだクラケネは紬に襲い掛かろうとする。

 

「危ない!!!みんな伏せろ!!!」

 

 何かを察した伽奈芽は希を押し倒す。それに続き、他のリリィ達もヒュージとの戦いを中断し、地面に伏せる。そして遂に紬の渾身の一撃が放たれた。

 

「紫電一閃流中斬・亜斗霧斬り!!」

 

 確実に自身よりも重量のあるスリマを紬は軽々と振り、クラケネに斬撃を浴びせた。その斬撃は絶大な威力を誇り、クラケネだけでなくクラケネの後方にあった廃墟ごと切断した。

 紬がスリマを振った瞬間に辺りに爆風が発生し、伽奈芽達は近くのものにしがみつく。爆風が治まり、伽奈芽達は全てが終わった事に気がついた。自分達が先程まで戦っていたヒュージも紬の一撃で絶命しており、死後痙攣も起きなかった。

 

「危ないじゃないすかお姉様!!!危うく死ぬところでしたよ!!!」

「紬さん、もう少し振り切りってものを考えてほしいです。」

「あー、ごめんごめん。久々の実戦だからつい張り切っちゃって…。」

 

 伽奈芽と叶星は分け目も振らずに攻撃した紬に対して不満をぶつけた。先程まで戦場だった辺りの岩や廃墟などは全て紬の技で切断されており、見る影も無かった。

 

「すごい…。これが国上日本支部局長の実力……。」

 

 紬の実力を目の当たりにした紅巴は驚きながらも目を輝かせていた。自分達が苦戦していた特別指定上級ヒュージを紬がたった一撃で倒した。その事実を目の当たりにできた事に彼女は感動していたのだ。

 

「しっかしまぁ、ここまで派手にやってくれたお姉様を見るのは久々だな。確実に二年前より腕が上がってる。」

「あはは、伊達に鍛えてるわけじゃないからね。」

 

 凛音と会話をしながら紬はスリマとグングニル・カービンをケースに戻し、二つのケースを肩にかける。

 その後に十人で神庭女子藝術高校でお茶会を開き、今回の国上とグラン・エプレの会合はこれでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神庭女子藝術高校でのお茶会で伽奈芽は別室で一息休憩をついていた。お茶会は予想以上に盛り上がっていたが、少し疲れを感じた伽奈芽は別室に移動したのだ。

 

「先程の戦闘でマギを使いすぎたのですか?」

 

 すると、伽奈芽の後に別室に入ってきた希が声をかけてきた。自身の顔色を見て心配したのか、と推測した伽奈芽はこれ以上を悟られないようにいつものように振る舞う。

 

「いや、ちょっとね。黄昏たくなっただけ。何も用なんて無いよ。」

「そ、そうですか…。」

 

 伽奈芽と希は飲料水の入ったペットボトルを手にし、しばらく沈黙を貫く。外から雀の鳴き声が聞こえ、二人のいる空間に落ち着きを与える。数分後、それまで床の方に視線を向けていた希が顔を上げる。

 

「あの、松山さん!実は…。私、ずっと前から松山さんの事が好きでした!!今も、昔も!だから…。私とお付き合いをしていただけませんか!!」

 

 希からの衝撃的な告白。それを聞いていたのは伽奈芽だけではなかった。伽奈芽と希、二人のいる部屋に入ろうとしていた陽向もこの事を聞いていたのだった。

 

「……え?」




さて、今回希が伽奈芽に告白したという事で恋愛要素も盛り込んでいきます。そういうわけなのでタグをいくつか追加しておきます。
アサルトリリィの百合といえば、どこか平和的な部分がある印象を受けました(自分は)。アニメもそうですし、一番は“ふるーつ”がそうだと思います。ですが本作ではシリアスさにより一層拍車をかけていきます。これからますますハードな展開になるとは思いますが是非今後もご覧いただけたら幸いです。


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第6話「想いが詰まったストーリー」

いやー、まさかね?一ヶ月以上間空くとは思わないじゃん?20000文字近く書いたの初めてですよ。
って事で本編どうぞ


 

 

 希は頭脳だけでなく剣術にも秀でていた。まさに文武両道、誰もが羨む完璧なリリィであった。しかし、そんな彼女は伽奈芽と出会う前まではずっと苦しんでいた。それは彼女が幼少期の頃にまで遡る。

 希が剣術において頭角を表したのはエレンスゲ女学園の初等部三年生の時であった。彼女は紫電一閃流の門下生となる以前は麗叉真峰流(れいさしんほうりゅう)の門下生であり、一年も経たないうちに免許皆伝を成し得た。人は彼女を天才だと褒め称えた。しかし、そんな大人達からの期待は時が経つにつれ重圧へと変化していった。

 櫻田 希ならこの程度はできて当然。神の子なのだからこんな事でも容易くできるだろう。そんな希の両親を含む大人達の言葉は徐々に彼女の心を蝕んでいった。

 加えて、文武において秀でていた希はその才を妬まれる事も多かった。天才であるが故の孤独。希は残酷な現実から目を背けたかったのか、次第に剣術からも学業からも遠ざかっていった。

 そんな時に希の噂を聞きつけてきたのか、紫電一閃流の当主である大里 宗二が彼女に声をかけた。

 

「君は自分のために力を使った事はあるか?大人達の期待に応えるために腕を磨いて何になるのかと思った事はないか?だったらその力を自分のために使えばいい。私がいる場所はそういう所だ。」

 

 最初は乗り気ではなかった希だったが、宗二の言葉を反芻する内に心変わりをしていき、遂に紫電一閃流の門下生となった。

 自分よりも優れた剣術の腕を持つ者がいる。その事実に希の心は歓喜に打ち震えた。この世界であれば自分は普通の人間として生きていける。そう感じていたからだ。しかし、そんな彼女の心をまたもや残酷な現実が痛めつける。

 この世界はヒュージが出現する。そしてその怪物をリリィという戦士が撃退する。無論、希もCHARMを持ってヒュージと対決する。しかし、紫電一閃流の門下生の一員として戦っていた彼女は自身が足手纏いである事を悟った。他の者達は次々とラージ級やミディアム級を撃退していく中で自身はスモール級ヒュージしか倒せない。希は己のエゴで剣術から逃げた事を酷く後悔した。

 彼女が中等部三年生となった頃、紫電一閃流の道場に一人の少女が現れた。その少女こそが松山 伽奈芽だった。伽奈芽は元々剣術の才があったが、それでも晴海と紬だけには勝てなかった。

 

「何故そうまでして戦うのですか?」

 

 不意に希は伽奈芽にそう問いかけた。希は伽奈芽の事を不思議に思っていたのだ。できないと分かっていながらも無謀な挑戦を繰り返す伽奈芽の行動が希にはどうしても理解できなかった。

 

「越えられない壁があるんなら、越えてみたくなる。あたしは最強になるんだ。人類の希望になるために。」

 

 伽奈芽の言葉の意味が分からず、希は呆れた意を含めたため息をつく。そして伽奈芽に向けていた視線を自身の持っていた本に移す。

 

「そんな事をして何になるのですか?誰もできない事だというのに。」

「誰もできない事をやろうとするのがカッコいいんだよ。そして希、アンタもアンタにしかできない事をやればいい。」

 

 伽奈芽に言われ、希は自身にしかできない事が何か必死に考えた。そしてようやく見つけた。自身の頭脳を最大限に活かしたい。全員の個性を引き立たせる作戦を考え、貢献したい。そして何よりも自身の居場所を作ってくれた伽奈芽の役に立ちたい。希のそんな思いはいつしか恋愛感情へと発展していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、松山さん!実は…。私、ずっと前から松山さんの事が好きでした!!今も、昔も!だから…。私とお付き合いをしていただけませんか!!」

 

 希の告白を部屋の外から聞いていた陽向は気づかれないように急いでその場を離れる。故に伽奈芽がどんな返事をしたのかは知らなかった。伽奈芽は少し驚いた様子を見せると、深呼吸をして希の告白の返事をした。

 

「…ごめん。」

「…!」

 

 予想通りの返事だったのか、希は顔を上げ、驚く様子もなく悲しげな表情を浮かべる。いくら予想通りの返事だったとはいえ、その瞳には涙が浮かんでおり、今にもこぼれ落ちそうであった。それとは対照的に伽奈芽は後ろめたさを感じ、顔を下に向ける。今の彼女の視界には希は映っていなかった。

 

「ご、ごめんなさい…。女同士でなんて、気持ち悪かったですよね……。」

「…違う。」

「だったら何故…!」

「あたしには大事な人がいるんだ。あたしはその人を裏切れない。」

 

 伽奈芽は希にそう告げ、静かに部屋を後にする。伽奈芽が部屋から去った後、一人取り残された希は膝から崩れ落ち、目に浮かべていた涙をひっそりと流した。

 

「ごめん、希…。ごめん……。」

 

 希の気持ちに応えることができなかった伽奈芽は後ろめたさを抱えながらそう呟いた。しかし、どれだけ謝罪しようとも現実は変えられない。その事に伽奈芽は悲壮感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、百合ヶ丘女学院の工廠科では購買部のレジ担当の男が書類を何枚かファイルにしまっていた。そんなところに百由が現れ、彼の後ろに立つ。

 

「あれ、お兄さんの仕業じゃないんですか?」

 

 百由の言う“あれ”とはリリィ以外の何者かが特別指定上級ヒュージを殺害したという事件である。会議の時点では誰かわからず事件は迷宮入りしかけていたが、百由は何かをわかっていた様子であった。

 

「まず、事件はお兄さんがこの学校に来てから発生した事です。それまではこんな面倒な出来事は起こってませんでしたし。お兄さんが来たのが一月十日。そして最初の事件が一月十日の夜。これだけならまだ偶然ですが、他にもあります。」

 

 百由は自身の制作したCHARMを一瞥すると話を続ける。男は特に何の反応も見せずにただただ黙って話を聞いているだけであった。

 

「特別指定上級ヒュージの死骸にはマギの反応が検出されませんでした。これは明らかにCHARMで殺されたものでもありませんし、ヒュージの仕業とも思えません。特別指定上級ヒュージはCHARMでなければ倒せないのに。となると、必然的に謎の多い貴方に疑いの目がかけられますよね。何か反論はありますか?」

 

 百由の言葉を聞いて男はうんともすんとも言わず、ただ黙って座っている。そして棒付きキャンディーを口に入れると、ようやくその口を開いた。

 

「何か反論はあるかって…。別に。つか話長すぎて全然聞いてなかったわ。一言で説明よろ。」

 

 男はゆっくりと立ち上がりながら百由にそう言った。男の態度と発言に百由は理不尽に溜まっていくストレスを抑えながらにこやかに男に尋ねる。

 

「あの事件ってお兄さんの仕業ですか?」

「…二つ、言っておこう。」

 

 男はそう言い、右手の人差し指と中指を立てる。

 

「一つ。君の言った事に関して僕はイエスともノーとも言わない。本当の事は僕だけがわかってればいいんだから。二つ。ヒュージはCHARMを用いてしか殺せない。そんなルール通用しなきゃ手の施しようなんていくらでもあるの。」

 

 男は工廠科の部屋から立ち去ろうとしたが、何かを忘れたかのように顔を上げる。その後、鞄に手を突っ込み、百由に白髪の入ったカプセルを手渡した。

 

「これは…?」

「夢結ちゃんの髪の毛。組み手してた時に取ってきた。ルナティックトランサーの発動時において外見の変化が最も顕著な部位は髪と目。さすがに目玉くり抜いて持ってくるわけにはいかないから髪の毛ね。CHARMだって起動してなくても武器は武器だから。簡単に切れるよ。後はこれ()()()()()に持ってって。じゃ。」

 

 百由は男を引き止めようとしたが、男は姿を消していた。彼と共同でとある調査をしている百由だったが、未だに彼の真意は掴めずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、閉店となったビリヤード場にロゼラ、ケルヴス、セレンの三体の特別指定上級ヒュージが人間の姿で集まっていた。

 先日以前の集合場所であった廃墟をリリィ達を罠にかけるために使ったために集合場所を変える必要があったのだ。

 あと一体。あと一体足りない事にいち早く気がついたのはロゼラだった。

 

「ベヒームはどうした。」

「さぁな。とうとうこの集まりが嫌になったんじゃねぇのか?」

「勝手に動かれてはデネテの進行の邪魔となる。セレン、次のデネテは誰が執行する?」

 

 ケルヴスと対話しつつ、ロゼラは話をセレンに振る。セレンはこの事を予測していたのか、驚く素振りも見せず淡々と語った。

 

「次のデネテはスフィスだ。奴にベヒームの始末を任せる。」

「『デネテの成功も忘れるな』と伝えておけ。この事態がどうなろうがもはやベヒーム、奴に参加する余地は無い。」

 

 ロゼラは断言し、他の特別指定上級ヒュージもベヒームに対して同情の念を向けはしなかった。今回のベヒームの行動は掟に背いた身勝手なものでしかなく、そこまで掟の見解を重視していないケルヴスですらもベヒームの事を自業自得だとしか考えていなかった。

 

「もしかしたら、勝手にデネテを始めようとするかもな。」

「そうであるならば尚更止めねばならない。スフィスでも十分止められるレベルであろうが。」

 

 ロゼラは怒りを示すことも、呆れを示すこともなくただ事務的かつ無機質な口調でそう言った。そんな彼女の様子にケルヴスはつまらなさを感じたのか、かける言葉を放棄していた。更に言うならば、ロゼラにかける言葉を考える時間すらも放棄していたのだ。

 

「とりあえず、まだ見たいものがあるから俺は奴らを見張ってみるぜ。」

 

 ここで得られるものは何も無いと悟ったのか、ケルヴスはビリヤード場から去っていった。彼の行き先はどこか、ロゼラは分かっていたが敢えて追わないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員、もう大丈夫かしら?」

 

 一週間の出撃禁止処分を喰らっていた十九人に対して祀が話しかける。本来であれば生徒会の三役の一人であるブリュンヒルデの中村 翼芽がここに来る予定であった。しかし今日は各ガーデンの代表のリリィ同士の会議があり、スケジュールが重複してしまったため代役として祀が来ていた。

 

「はい、おかげさまで。」

 

 初めに口を開いたのは晴海であった。晴海の傷は既に完治しており、心身共に戦闘に参加する状態としては万全である。

 

「がむしゃらにやるよりも冷静に、周りを見て行動する。当たり前の事でしたけれど、危うく見落とてしまいそうでしたわ。一生の不覚です…。」

 

 楓が打ち明ける。彼女の顔には以前のような苦しんでいる雰囲気は感じられず、むしろガゴラとの一戦以前よりも一層余裕を感じさせる表情をしていた。

 

(すっかり元気ね。これもお兄さんが考えたプランのおかげなのだけれど、あの人は一体何者なのかしら…。)

 

 祀は顎に手を当て、男について考察する。実は百合ヶ丘女学院に在籍する全てのリリィは彼の素性を知らない。教員側は彼の名前を含め、ある程度の素性を知っているがそれが本当かどうかすらも不明瞭であった。

 リリィ達が彼について知っている事といえば年齢が二十四歳である事、血液型がAB型である事ぐらいであった。

 そして一柳隊、アールヴヘイム、晴海達のサポートをしたのもその男であり、彼の素性がどうであれリリィ達の味方である事に疑いの余地はなかった。

 

「祀?」

「あ、いいえ。何でもないわよ。それより、一柳隊に国上から依頼が届いているわ。」

「紬さん達から?」

 

 祀のルームメイトである夢結が彼女と会話をする。国上が一柳隊に依頼をした。一週間休んでいた晴海はそれを知らず、その上で話が進んでいたのだ。

 

「ええ。そして今回はあのエレンスゲ女学園のヘルヴォルも一緒よ。」

「一葉さん達もですか!?」

 

 祀の伝えた情報に梨璃が驚く。一柳隊、ヘルヴォル、グラン・エプレ。この三組のレギオンは一年前から共に数多のヒュージとの激戦を乗り越えてきた仲であり、関係も良好である。そんなレギオンの一組であるヘルヴォルのメンバーと会える事に梨璃は歓喜していた。

 

「なんでも国上の司令長の櫻田 希さんがエレンスゲ女学園なの。今回の任務も彼女が主体となった作戦となると思うわ。」

「確かに櫻田さんの制服、エレンスゲ女学園のものでしたね…。」

 

 梨璃がレギオンのリーダー同士での合同会議の事を思い出す。考え抜かれた人選、その配置。その時も全てを上手く根回ししていた。

 

「けど、本当に大丈夫なのか?希はまだ二年生だろ?場数で言ったら確実に三年生の瑤とか千香瑠とか、恋花とかに頼んだ方が良いんじゃないか?」

「ここに十三歳の高一リリィが居ますよ、吉村さん。」

 

 希の事を不安がっている梅に対して晴海が声をかける。晴海がこんな事を言うのも希に対する絶大な信頼があってこそなのだろう、と夢結は推測する。そんな中で祀は口を開いた。

 

「詳しい内容は国上とヘルヴォル、両方のレギオンと会ってから知るしかないわね。武運を祈るわ。」

 

 祀はそう言うと会議室から去っていった。祀が去った後、会議室の中で沈黙が続く。数分後、天葉が口を開いた。

 

「折角だから、闘技場に行かない?私達は外征に行くから一柳隊とヘルヴォルと国上の任務には参加できないけれど、それでもやれる事はあるはずよ。」

「そうですね。それでは行きましょうか。」

 

 天葉の意見に神琳が賛同する。その他のリリィ達も首を縦に振り、一同は闘技場へと向かった。

 闘技場に辿り着いた天葉は扉を開く。するとそこには見慣れない少女がいた。少女は薙刀型のCHARMを持っており、技を出す間の一つ一つの流れが鮮やかである。あまりにも美しいその技は日本の伝統舞踊を彷彿とさせた。

 少女の髪は青く、容姿についてもメリハリがあり、グラビア雑誌の表紙を飾れるほどの見た目をしている。そしてその瞳は黒く、狙った獲物を確実に仕留めるスナイパーのような目をしていた。

 

「あれ…どちら様でしょうか?」

 

 梨璃は少女の正体がわからず、首を傾げる。しかし、ミリアムと晴海はその少女をよく知っており、彼女のもとへと駆け寄る。一方、リリィ好きの二水もまた彼女を知っており、鼻血を出していた。

 

時雨(しぐれ)さん!」

「時雨!」

「え、枝野 時雨!?」

 

 突然の事態に梨璃達はますます混乱する。それを察した晴海は彼女を梨璃達に紹介した。

 彼女の名前は枝野(えだの) 時雨。アルケミラ女学館の二年生であり、国上日本支部の十番隊隊長である。国上日本支部が結成される以前から紫電一閃流の門下生であったため、国上の中でも古参のリリィである。

 また、小学生の頃にドイツに留学していた過去があり、そこでミリアム及びその一家と知り合った。

 

「それにしても、何でここにいるんですか?」

 

 晴海は疑問を時雨に投げる。時雨は北海道でヒュージ討伐の任務を遂行していたが、百合ヶ丘女学院に来ている。その事が晴海の心に疑問として引っかかったのだ。

 

「櫻田さんから要請を受けたのじゃ。それにあの程度のヒュージであればいくら十番隊の隊士と言えども応戦できるレベルじゃろう。何せ妾の育て上げた隊士なのじゃからな。」

 

 晴海の質問に時雨は自信を持ってそう答える。国上日本支部の隊長はヒュージとの戦闘にとどまらず、隊士の育成も仕事とされる。特に国上でも随一の自信家である時雨は自身の隊の強さに自負を持っていた。

 

「それにしても驚いたぞ!おぬしとこうして戦えるなんて…!」

「妾もじゃ、ミリアム。誇りに思うぞよ。」

 

 時雨とミリアムは互いに抱擁し、ハイタッチをする。彼女達を見て二人が共に過ごした歳月は一日や二日程度ではないのだろうと弥宙は推測する。

 

「時間ももうすぐ無くなるわ。早く特訓をしましょう。」

 

 壱の提案により梨璃達は軽めの特訓を開始し、一柳隊、晴海、時雨はエレンスゲ女学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「集まりましたね。では始めましょう。」

 

 国上、一柳隊、ヘルヴォルの前に現れた希は早速自身の後ろのホワイトボードに写真を数枚磁石で貼り付けた。写真には梨璃達が見たことのない特別指定上級ヒュージの姿が写っており、写真によって切り取られた動作の一つ一つに怒りのような感情すらも感じられる。

 

「都内の周辺で特別指定上級ヒュージの目撃情報が多数報告されました。これを駆逐するのが今回の任務の内容です。私を除けば今回は二十名が出動するので、四人一組の方式で五組ほど分けましょう。Aチームは相馬さん、一柳、白井さん、芹沢さん。Bチームは二条さん、王、吉村さん、相澤さん。Cチームは松山さん、ヌーベル、安藤、飯島さん。Dチームは枝野、郭、グロピウス、初鹿野さん。最後のEチームはお姉様、伊坂さん、二川、佐々木さん。以上です。では皆さん、チームごとに分かれてください。」

 

 希の指示により梨璃達はそれぞれのチームに分かれる。チームごとに分かれた事を自らの目で確認した希は今回の任務を遂行するための作戦を口頭で説明した。

 

「今回、この特別指定上級ヒュージを駆逐するにあたって注意しておきたい点をいくつかまとめておきました。まず、単独行動は絶対にしないこと。目撃された特別指定上級ヒュージは一体ですが先日のように通常のヒュージを多数引き連れている場合も考えられます。敵の戦力が未知数である現時点では単独行動を控えるようにしてください。」

「ねーねー希、何で私はスリマ使っちゃダメなの?」

 

 作戦を説明する希に紬が尋ねる。それを聞いた希は呆れた表情でため息をつくと、声音を強くして答えた。

 

「お姉様のスリマは強力すぎる上に敵味方関係なく吹き飛ばしてしまいます。今回のようにフォーマンセルで行う作戦には明らかに不向きです。お姉様はもう一つCHARMを持っているようなのでそちらの方がよろしいかと。」

「えぇ〜!そんなぁ〜!」

 

 希の返答に紬は戦場に向かうにも関わらず自身の全力を発揮できない事に嘆く。そんな紬を他所に希は再び作戦の説明を開始する。

 

「次に、ヒュージを目撃した際には必ず援軍を呼ぶようにしてください。先程も言いましたが、敵の戦力は未知数です。闇雲に突っ込んでは被害が増大する一方なので慎重にお願いします。最後に、担当するエリアの方です。Aチームは山のある方面を、Bチームは海沿いの方を、Cチームは街の方を、Dチームは工場のある方面を、Eチームは比較的人気の無さそうな場所をお願いします。空から奇襲してくるヒュージはチーム関係なしに全員で潰してもかまいません。」

 

 希は各チームの担当エリアを伝える。すると、それに疑問を持った二水が挙手をして希に質問した。

 

「あのー、特別指定上級ヒュージは人が密集している場所に出没するんですよね?でしたらそちらの方を調査してもいいんじゃ…。」

「目的に特別指定上級ヒュージのアジト捜索も含めての判断です。特別指定上級ヒュージ探しに加えてこちらも捜索する方が効率が良いでしょう。」

 

 希の説明を聞いて二水は納得した態度を示す。希はホワイトボード用のペンを元の場所に置き、再び梨璃達の方へと向き直った。

 

「本日の作戦会議はこのくらいにしておきましょう。さてと、今から合宿となりますが…。」

「合宿!?」

 

 希から話を聞いた梨璃は驚くと同時に慌てふためき、顔を赤らめながらあたかも何事もなかったかのように振る舞い出す。その事に関して希は疑問を持った。

 

「ええと?今日は確か合宿だと伺っていましたが…。」

「はい、私達もそのように聞いておりました。」

 

 希が百パーセント事実を語っている事を証明するかのように一葉も口を開く。梨璃達は特訓をするという事までは聞かされていたが、合宿とは聞かされていなかったのだ。

 

「ちびっ子4号?」

「いえ、私は何も知らなくて…!って何ですかちびっ子4号って!!」

「お待たせー。持ってきたよ。」

 

 楓は何故か何も知らない晴海に視線を向け、圧をかける。そんな時、購買部のレジ担当の男が大きな袋を持って部屋の窓から急に現れた。彼に一度も会った事がない一葉達は身構えてCHARMを起動しようとする。

 

「お兄さん!?あっ、こちらは百合ヶ丘女学院の購買部でレジを担当してるお兄さんです…。」

「どもー。気軽にお兄さんって呼んでね。」

 

 男の風貌を見て一葉達は困惑せざるを得なかった。あの厳格な校風の百合ヶ丘女学院に反した世俗に塗れた見た目、気の抜けた表情と声音をしていたその男が百合ヶ丘女学院の関係者だと梨璃達から言われても腑に落ちなかったためである。男は袋に手を突っ込み、バッグを九つ取り出した。

 

「これが梨璃ちゃんの分、こっちは楓ちゃんのかな。でこれが雨嘉ちゃんと神琳ちゃんので…。」

「え?ちょっと待ってください。お兄さん何で私達の部屋の荷物持ってるんですか?」

「エレンスゲに合宿しに行くこと、伝え忘れちゃってね。教員の人とルームメイトの子に協力してもらいながら持ってきたってわけ。」

 

 雨嘉に尋ねられ、男は淡々と答える。言葉からしてこの合宿を勝手に提案したのは彼だったのかと梨璃達は気づいた。

 

「伝達は早くお願いしますね…!」

「わかったよ。だから夢結ちゃんさ、殺気鎮めてくんない?」

 

 夢結は男の胸ぐらを掴む手を離し、咳払いをして再び席に座る。男は両手を下ろし、用事を済ませたのを確認すると「またね」と言って再び窓から出ていった。

 

「ここは動物園じゃないってば…。」

 

 男の予想外の登場の仕方に恋花は頭を抱える。そんな中、伽奈芽は一人深刻な表情をしていた。

 

「カナさん、どうかした?」

「いや、あの人前にどこかで見たことがあるような…。」

 

 伽奈芽は自身の記憶を反芻し、男の表情、特徴を再度認識する。やはり彼の顔にデジャヴを感じていたが、詳しい事は思い出せなかった。すると、その場の空気を変えようと千香瑠が口を開いた。

 

「何はともあれ、ここに泊まることは決まりましたね。では早速特訓を始めましょう。」

 

 千香瑠の提案で梨璃達は特訓をした後、食事を済ませた。そして当初の予定通りそれぞれに用意された部屋で寝ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、夢結と同室となった梨璃は就寝するための服に着替えた後、ドライヤーで髪を乾かしていた。明日のヒュージ討伐作戦に備えて夢結は既にベッドに横たわっていたが、梨璃はドライヤーを乾かした後も目を瞑り、椅子に座っていた。

 

「梨璃、ベッドで寝なさい。そんな所で寝ては風邪を引くわ。」

「寝てません。イメージトレーニングをしてるんです。お兄さんが言ってました。『何に対しても勝つイメージは強く持ちな』って。私ももっと強くならないと…!」

 

 梨璃の直向きな態度に夢結は感心すると同時に一抹の不安を抱えていた。梨璃は確かに一年前と比べて強さを増していた。しかし、その愚直すぎるとも言える梨璃の真っ直ぐな心がいずれ己の身を滅ぼすのではないかと夢結は懸念していた。

 シュッツエンゲルであるからこそ、大事な義妹(いもうと)であるからこそ梨璃には自滅するような真似をしてほしくないと考えていた。

 そんな事を考えながら夢結が再び梨璃に視線を向けると、彼女は黙り込み、視線を下に向けていた。

 

「梨璃?」

「もう二度と…。あんな思いはしたくありません…!」

 

 梨璃はガゴラとの戦闘を思い出していた。ガゴラの圧倒的な強さ、それによって証明された自身の弱さ。今のままでは守りたいものは一つも守れないと梨璃も感じていた。そんな梨璃の覚悟を感じ取ったのか、夢結は温かな笑みを浮かべて彼女に声をかけた。

 

「梨璃、こっちに来なさい。」

「は、はい…。」

 

 夢結に誘われ、梨璃は彼女の布団に入り込む。布団の中は既に夢結の体温で温まっており、あたかも彼女に抱きしめられているかのような感覚があった。

 

「んっ、あったかいです…。」

「眠れそうかしら?」

「えっ?」

 

 夢結の言葉に梨璃は思わず素っ頓狂な声音を出す。そんな梨璃の頬を夢結はその細い指で輪郭をなぞるように触れる。

 

「安心しなさい。皆あなたと同じ気持ちよ。それにヘルヴォルと国上もついてるわ。何も心配する事は無いのよ。」

「お姉様…。」

 

 夢結の気遣いが梨璃の心に染み渡り、安らぎが生まれた。その安らぎに心身を任せていさなか、梨璃自身も気づかぬまま彼女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!!!」

 

 早朝に出せるとは思えないほどの声量で一葉は伽奈芽達に挨拶をする。当の伽奈芽達は鼓膜が破れないように耳の穴を人差し指或いは手のひらで塞いでいた。

 

「うっせー…。あいついつもあんな感じなの?」

「いえ、今回は特別気合が入ってるみたいですわね。」

 

 準備を済ませていた凛音は希に声をかけ、希も応答する。希の言う通り、一葉は気合を入れてこの作戦に臨んでいた。この作戦はヘルヴォルのメンバーだけでなく一柳隊と国上の力も借りている。

 

「今日は特別指定上級ヒュージの討伐の日です。全身全霊、魂を込めて任務を完遂しましょう!」

 

 一葉の声がけで一同は奮起する。ついに三組のレギオンの決死の共同作戦が始まった。

 チーム毎に分かれ、梨璃と夢結は陽向と千香瑠と共に特別指定上級ヒュージの捜索のために山の中を歩いていた。刹那、背後の気配を感じ取った千香瑠はすかさずゲイボルグを銃の形態に変形させ、スモール級のヒュージを射抜いた。

 

「凄い…。お見事です千香瑠様!」

「そんな事ないわ。私はまだまだよ。」

 

 千香瑠はCHARMを元の剣の形態に戻し、梨璃達の前へと出る。エレンスゲ女学園内の序列が八十四位であるという数字のみを見てみれば彼女の言う事はわからなくはないが、序列の順位が強さそのものというわけではない。それを分かった上で不思議に思う梨璃達を一瞥した千香瑠はぽつりと独り言を言うかのように呟いた。

 

「一葉ちゃんはレギオンのリーダーだけあってもちろん強いし、恋花さんと瑤ちゃんは色んな戦場で戦ってきてるから経験も豊富。藍ちゃんだってその気になれば強い。頭が良いとは言われるけどそれだってヘルヴォルから一歩外に出れば希ちゃんの方が上。だから人一倍努力しなきゃいけないの。」

 

 千香瑠は自身の切実な想いを梨璃達にぶつける。そんな彼女の言葉を聞いてから数十秒後、陽向が口を開いた。

 

「なんか、わかる気がします。私も普通のCHARMが使えないから国上の皆に迷惑かけてると思ってます。普通のリリィじゃないから皆がやってる以上の努力を積み重ねないと足手纏いになる。でも、それ櫻田さんも同じこと思ってます。」

「え?」

 

 自分よりも優れた才を持っている希がまだまだであると言っていた事が信じられず、千香瑠は思わず声を出す。陽向は早速希の話の続きを始める。

 

「櫻田さんは、希は『自分は弱い』って言ってました。けどだからこそ彼女は自分にできる事を、自分の役割を全うしてます。千香瑠様も、それでいいと思うんです。」

「……。」

 

 陽向の言葉を聞いて千香瑠は目頭が熱くなる。すると、夢結の通信機から希の声が聞こえてきた。

 

「各チームに報告します!!Dチームが特別指定上級ヒュージと交戦中です!直ちに援軍を!!」

 

 希からの要請を受けた梨璃達はすぐさまDチームのいる工場のある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡る事数分前、時雨、神琳、ミリアム、瑤の四人は工場の場所を探索していた。四人はどこか気怠げな表情を見せ、寒気の残る工場の敷地内を探っている。工場ではあるが人気がなく辺りは閑散としており、時雨達はこんな所にヒュージが現れるのか疑問に思っていた。

 

「本当にここにいるの…?」

 

 既に疲労感が顔に出ている瑤が呟く。先程から彼女達は同じ場所をの往復を何度も何度も繰り返している。億劫な気分になるのも当然であった。

 

「どうでしょうか…。まだいるとは決まったわけではありませんが……。ですが妙ですね。」

「うむ、工場だと言いおるのに人の気配が全く感じ取れん。」

 

 神琳の言葉にミリアムが賛同する。その後、それまでバラバラに分かれて調査をしていた四人は集団で調査をすることにした。すると時雨が工場の入り口から漏れ出た赤い液体を発見し、近くの木の枝で突く。

 

「これは……人間の血じゃ。」

「え…?じゃあ……!」

 

 四人は近くに存在するヒュージに警戒しつつ、円陣を組む。そして目撃情報が多数報告されていた特別指定上級ヒュージ、ベヒーム・ブロムが四人の眼前に現れた。

 

「うわっ!現れた!」

「チイネハンオ…!チイネハンオォォォォォ!!!」

 

 ベヒームは素早い動きで突進するが、四人は難なく攻撃を躱した。いち早くCHARMを起動させていたミリアムはミョルニールを振り、ベヒームに攻撃を仕掛ける。

 しかしベヒームは斬撃を左腕で防御し、右の拳でパンチを繰り出そうとした。刹那、ベヒームの鉄拳がミリアムを粉砕しようとした寸前で神琳がミリアムを押し倒し、なんとかベヒームの攻撃を回避した。

 

「ミリアムさん、大丈夫ですか!?」

「うむ……。どうやらこれが例の特別指定上級ヒュージのようじゃな。じゃがこのヒュージ、この前のヤツと比べればそこまで大した強さじゃない!」

 

 続いて攻撃を仕掛けたのは時雨だった。自身のCHARM、“草薙”の振り下ろし。しかしベヒームは見た目では判断できない程のスピードで避け、再び突進を繰り出す。時雨は草薙の刀身を地面に突き刺すと自身の身体を回転させ、攻撃を往なした。

 

「中々の強さじゃな……。だが、負けぬ!」

「焦って飛ばさないで!!今援軍を頼んだからもうすぐ一葉達がここに来る!今は時間稼ぎをするのよ!」

 

 既に援軍の要請を済ませていた瑤も戦闘に参加し、クリューサーオールを構える。神琳はCHARMを銃の形態に変形させ、遠距離攻撃を喰らわせた。しかし攻撃を喰らったはずのベヒームの身体には傷ひとつついていなかった。

 

「これだけやってもダメですか……。」

「カナさんのランドグリーズを使うほかあるまい。今は持ち堪えよ。」

 

 伽奈芽のランドグリーズは使用されているCHARMの中でも抜群の攻撃力を誇り、防御は通じない。それを予め知っていた時雨は耐久戦に臨んだ。

 

「マギはあとどのぐらい?」

「必殺技を放てるぐらいはあります。」

「よし、ゴー!」

 

 瑤と神琳は二手に分かれ、ベヒームを挟み撃ちにする。一方、時雨とミリアムは後退しつつそれぞれのCHARMを銃の形態に切り替える。ベヒームの動きを探りながら四人は後の線を狙う。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

 

 先に動いたのは瑤と神琳だった。先手はCHARMによる銃撃。二人は瞬時に引き金を引き、銃弾がベヒームに直撃した。しかし攻撃を喰らってもなおベヒームは立っていた。

 

「テツクム。」

「やはり効きませんか……。」

 

 次の瞬間、ベヒームは瑤に向かって突進を喰らわせた。あまりにも速すぎる一撃に瑤は吹き飛び、壁に叩きつけられた後に地面に落ちていった。

 

「がはっ…!」

「瑤様!」

 

 ミリアムは瑤のもとへと駆け寄り、安全な場所へと避難させる。ベヒームは次に神琳のもとへと近づくが、それは援軍の要請を聞いて駆けつけた一人のリリィによって阻止された。

 

「待たせた!やっと見つけた、写真のヒュージ!あたしが潰す!!」

「待てカナさん!」

「闇雲に突っ込むのは危険だって…!って瑤!しっかりして!」

 

 鶴紗と恋花の制止を振り切り、伽奈芽はベヒームに向かってランドグリーズを振り下ろす。ベヒームはそれを素早く避け、彼女に向かってカウンターのパンチを浴びせる。後退した勢いである程度威力を殺したものの、ダメージは受けている。

 

「この……!」

「まずい、白い雷光(レバン・バルカ)の準備じゃ!伏せろ!」

 

 時雨は伽奈芽の構えからこれから起ころうとしている事を察し、その場にいた伽奈芽以外のリリィ達に回避を促す。伽奈芽本人は周りなどお構いなしにCHARMの引き金を引いた。

 

「喰らえ!!」

 

 白い雷光(レバン・バルカ)がベヒームに命中し、辺りに爆風が巻き起こる。煙が巻き上がり、その場にいた全員の視界が塞がれる。

 しばらくして煙が晴れ、視界が開けてきた次の瞬間、ベヒームが仁王立ちで立っている光景が伽奈芽達の視界に映った。

 

「は……!?」

「カナさんの白い雷光(レバン・バルカ)が効かないなんて…!」

「ニクムチソディテピユシアユチイナクビ。」

 

 伽奈芽と神琳は驚愕して開いた口を塞げずにいた。それに構わずベヒームは伽奈芽にアッパーを喰らわせ、空中へと放り投げる。

 空中へと飛ばされた伽奈芽は太陽の光を受けて妖しげに光るベヒームの角によって刺されたかに思われたが、左手で角を掴み、致命傷を回避した。

 

「ぐぅっ…!」

「シコエプ。」

 

 左手を負傷し、悶絶している伽奈芽にベヒームがトドメを刺そうとした次の瞬間、別の特別指定上級ヒュージが現れ、ベヒームに攻撃した。突然起こった事態に伽奈芽達は困惑を隠せないでいた。

 

「ムメカノオ!!」

「デネテミビュルプ。テサイ。」

 

 ベヒームに攻撃を浴びせたスフィンクスの性質を持つ特別指定上級ヒュージ、スフィス・シルヴィスは

 

「な、仲間割れ……。か?」

「一体全体何が起きてますの?」

 

 ミリアムと楓は万が一の事態に備えてCHARMを構える。ベヒームとスフィスは彼女達に構う事なく戦闘を開始し、川の方へと向かっていった。それに続いて伽奈芽達も後を追うが、二体のヒュージは川へと転落した。その様子を伽奈芽達は呆然と立ち尽くしたまま見ることしか出来なかった。

 これ以上の追跡は不可能だと判断した伽奈芽は通信機を操作し、希に着信をかける。通信機から二回コールが鳴った後、希が応答した。

 

「はい。」

「もしもし、希?今目撃情報があったっていう特別指定上級ヒュージ見たんだけどさ。」

「はい。結果はどうでしたか?」

「ダメだった。白い雷光(レバン・バルカ)は通じないし、別の特別指定上級ヒュージが出てきてよくわからないままになったし。」

「なるほど……。しばらくの間考察して状況を整理してみます。」

 

 希が通信を切断しようとしたその時、伽奈芽が自身の要望を思い出し、「あっ、そうだ」と呟いた。

 

「あのさ、もしもあの特別指定上級ヒュージが生きてたとしたら今のあたし達じゃどんな攻撃も通用しない。だから新しい技を編み出す。その間の三十分は戦線離脱させてほしい。」

「…三十分で出来るんですね?」

「うん。」

「承知しました。松山さんの申し出を許可しましょう。」

「ありがとう。」

 

 伽奈芽は通信を切断し、楓達に事情を説明した。その場で異議を唱える者はおらず、即座にゴーサインを出した。伽奈芽が戦線離脱をした後、梨璃達が遅れてやって来た。

 

「すみません!遅くなりました…!って、あれ?」

「一旦終わっただけだ。いずれまた出ると思う。早急の準備が必要だな。時雨、瑤様を希のもとに運んでくれ。」

 

 遅れて駆けつけた梨璃の対応をしつつ、鶴紗は時雨に指示を出す。瑤を抱えた時雨は「承知した」と言うと、希の待機しているエレンスゲへと向かっていった。

 すると梨璃達の通信機から声が聞こえた。声の主は希だった。

 

「こちら、櫻田です。皆様にお願いしたい事がございます。手順はこちらで説明しますので、あの特別指定上級ヒュージを罠にかけてくださいませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十分後、ベヒームはスフィスから逃げ切り荒野を彷徨っていた。ここには草木が一つも生えておらず、辺りは閑散としている。しかし空は雲一つない快晴であり、地球とは別の惑星と言われても疑いようがないほどの殺風景であった。

 そんな荒れ果てた世界に一つの音が響いた。バイクをふかす音である。その音に苛立ちを感じたベヒームはバイクに乗っている少女に攻撃を仕掛ける。しかし少女はバイクを運転し、上手くベヒームの攻撃を躱す。バイクをベヒームにぶつける瞬間に少女は咄嗟に飛び、バイクに設置されていた爆弾による爆発を免れた。

 

「ふぅ…。」

 

 少女はヘルメットを頭から外し、爆発が起こった方向を振り向く。彼女の正体は凛音であった。

 事の発端は二十分前に遡る。希は梨璃達の通信機から着信をかけた。ベヒームを誘き寄せる作戦を立てたと言うのだ。

 

「ちょっと待って、もうわかったの?」

 

 ベヒームが工場に現れた情報を手に入れてから今までの時間を計算すると数分ほどしか経過していない。その事実に恋花は驚愕しており、疑いを隠せないでいた。

 

「ええ、これまであの特別指定上級ヒュージが目撃された場所に関する情報をまとめました。畑、公道、不良達の屯する廃墟、そして今回の工場。これらの共通点は乗り物がある、という事です。それも…。」

 

 希はベヒームの目撃情報からベヒームが出没した場所の共通点を看破し、梨璃達は納得する。しかし、彼女の話を梅が途中で遮った。

 

「ちょっと待て、普通の学校にはないだろ?中学校高校なら自転車が付き物だし。」

「ですから、乗り物と言ってもエンジンが付いてるものに限るんですよ。畑であればトラクター、公道であれば自動車、不良達が集うような場所であればバイクだったり改造車であったり。そして今回の工場は重機。おそらく例の特別指定上級ヒュージはエンジンの音を嫌っているのではないでしょうか。」

 

 希の推測を改めて聞き、ようやく全員が納得の色を示す。

 

「けれど、どうしましょうか…。私が知る中でエンジンの付いている乗り物を運転できるリリィなんていま……。」

「心配には及びませんよ二水さん。たしか凛音さんは原付の免許を持っていたはずです。それを利用しましょう。」

 

 二水の心配を解消するかのように晴海が語る。そしてそれを聞いた希は作戦を立てた。まず原付バイクを運転する凛音が囮となり、スイッチを押してバイクを爆発させたところで一気に畳み掛けるという算段である。しかし凛音は納得を示さず、希に尋ねた。

 

「ちょっと待て。たしか一葉はバイクの免許持ってるらしいじゃん。一葉がやるのは?」

「嫌です。自分のものではないとは言え、バイクは壊したくありません。」

「こんな時に何変な意地張ってんだ。」

 

 一葉の返答が腑に落ちなかったのか、凛音は食い気味に反論する。

 

「確かにこれなら民間人に危険も及ばないね。凛音、やってくれる?」

「わかったわかった、かまわないです。」

 

 いくらヒュージ殲滅の作戦とはいえ、エレンスゲのリリィに手を貸している現在の状況を気にしているのか凛音は紬の言葉にぶっきらぼうな口調で返す。すると今まで沈黙を貫いていた雨嘉が口を開いた。

 

「でも、あの特別指定上級ヒュージにどうやって対抗するの?カナさんのランドグリーズですら傷一つ付けられなかったのに……。」

「その点については心配ない。」

 

 雨嘉の言葉にミリアムが反論し始めた。

 

「実は瑤様があのヒュージの突進を喰らう直前に至近距離で腹部を狙撃していたのじゃ。全く痛がっている素振りは見せなかったが、そこを重点的に攻めれば勝機は掴めるじゃろう。」

「タダでやられるタマじゃないとは……。さすがエレンスゲのリリィですね。」

 

 ミリアムが状況を説明し、紬が感心する。本題を戻すように希が通信機の向こう側から分かりやすく咳払いをすると、話を凛音に振った。

 

「では二条さん、お願いします。」

「りょーかい。」

 

 そしてその二十分後の現在、凛音達は予定通りこの作戦を実行していた。あと十分も持ち堪えれば新たな技を会得した伽奈芽も到着する。困難な作戦ではあるものの、彼女達にこなせない難易度ではない。

 

「グガァァァァァァァ!!!」

「うわぁ、生きてた……!」

「まぁそりゃ原付爆発したぐらいじゃ死ぬわけないよねぇ……。」

 

 驚く藍とは対照的に凛音は平然としており、起動したタングニズルを右手で回す。ベヒームは炎を振り払い、凛音達に鋭い視線を向ける。

 

「総員、出撃です!」

「ラジャー!」

 

 一葉の指示を受けて凛音達はベヒームに総攻撃を仕掛けた。もはや隠れる場所などない、ベヒームとの真っ向からの勝負が始まった。先陣を切ったのは藍と鶴紗であった。先手はCHARMによる斬撃。二人はCHARMをベヒームに向かって振り下ろすが、どちらのCHARMもベヒームによって刀身を掴まれた。

 

「やあっ!」

 

 すると次の瞬間、ジョワユーズを予め銃の形態に変化させていた楓がベヒームの懐に入り、その腹部を撃ち抜いた。攻撃をまともに喰らったベヒームは後退りし、鶴紗と藍は解放される。

 

「しっかりしてくださいまし!本当の戦いはこれからですわよ!」

「あぁ、そうだな!」

「うん、ワクワクしてきた!」

 

 三人は怯んでいるベヒームに同時攻撃を仕掛け、斬撃を喰らわせる。しかし、ベヒームは右足を思い切り地面に踏みつけ、地ならしをし始めた。予想外の攻撃に三人はバランスを崩し、攻撃を中止する。

 

「うっ…!」

「なら次は私達が!」

 

 次に攻撃を開始したのは梨璃、一葉の二人である。攻撃は先程の鶴紗と藍同様CHARMの振り下ろし。ベヒームの一瞬の隙をついた二人はベヒームの身体に斬撃を浴びせたが、彼には全く効いていなかった。

 

「これだけ攻撃を受けても全く動きが鈍くならないなんて……!」

「瑤様が付けた傷を狙いましょう!」

「はい!」

 

 梨璃と一葉は再びベヒームに向かって攻撃を開始する。しかしそれよりも速くベヒームが動き、二人に向かってパンチを喰らわせた。愚直ながらも強力な攻撃をまともに喰らった梨璃と一葉は体勢を立て直せず、地面に叩きつけられる。

 

「今度は私が時間を稼ごうかな!陽向と二水さんは梨璃さんと一葉さんを。その間は私が引きつける。」

「はい!」

 

 次に紬がベヒームとの交戦を開始した。紬はグングニル・カービンを構え、刀身の鋭利な部分を自身の外側に持ってくる。ベヒームが自身の間合いに入った事を目視で確認した紬は手首を半回転させ、ベヒームに斬撃を浴びせた。

 

「紫電一閃流初斬・宙月(ちゅうづき)!」

 

 あたかも猿が敵を爪で引っ掻くかのような動きを取り入れた剣技、宙月がベヒームの身体に炸裂し、ベヒームは再び怯む。それに負けじとベヒームは紬に突進し、彼女はグングニル・カービンの刀身で攻撃を防ぐ。

 

「チイネハンオ…!チイネハンオォォォォォ!!」

「ぐっ…!」

 

 次の瞬間、紬が持っていたグングニル・カービンの刀身に亀裂が生じ、三秒も経たないうちに砕けた。それを予想していなかったのか、紬は一瞬驚いた表情を見せ、足元へと視線を落とす。

 

「あちゃ〜…。やっぱりスリマじゃないとダメかぁ……。」

 

 CHARMを破壊された事で戦闘不能になった紬は仕方なく後退する。これだけの攻撃を浴びせても未だダメージの少ないベヒームを相手にするのは困難だった。

 ベヒームと対峙している全員のマギにも限界がある。このままではベヒームを倒す前に自分達が力尽きてしまう。

 数分しか経過していないにもかかわらずベヒームとの戦闘はいつしか我慢比べへと発展していた。

 

「恋花様!」

「オッケー!」

 

 そんな中痺れを切らして動いたのはミリアムと恋花だった。攻撃はCHARMによる斬撃。しかしそれはただの攻撃ではなくレアスキル、“フェイズトランセンデンス”によるものだった。二人のマギがCHARMに込められ、両者の会心の一撃がベヒームに命中する。それでもなおベヒームは地に膝をつけることなく立ち続けていた。

 

「ぐっ…!効かぬか……。」

「ごめん、あたし達これ以上は無理かも……。」

「お姉様、二人を頼みます!今度は私が!!」

 

 マギを使い果たし、力尽きたミリアムと恋花は膝をついてリタイアする。そんな二人を守らんと陽向がベヒームの前に立ちはだかった。

 

「赤炎一撃拳初弾・狴犴!」

「ニアドゥピソネフ。」

 

 赤炎一撃拳の技の一つ、狴犴を繰り出した陽向だったが右腕をベヒームに掴まれ、無理矢理外側に捻られた。右腕から骨の折れる鈍い音が聞こえ、陽向の身体に失神する程の痛みが走る。

 

「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 右腕を拘束され、ベヒームに背を向けた陽向に成す術は残されておらず、ベヒームの成されるがままの状態であった。背中にパンチを喰らい、吹き飛ばされた陽向は何も出来ず地面に転がり込み、そのまま気を失う。

 

「陽向ちゃん…!こうなれば体制を立て直すしか…!ん?」

 

 千香瑠が現状を打破する作戦を模索していたその時、荒野を歩く足音が聞こえた。甲高い音でありながらも力強さを感じる音。その音を発していたのは伽奈芽であった。

 

「カナさん!」

 

 伽奈芽を見た紬は歓喜のこもった声で伽奈芽の愛称を口に出す。

 

「後は任せて。それと鶴紗、雨嘉。あたしにマギを分けて。」

「は、はぁ…。」

「何をする気だ……?」

 

 鶴紗と雨嘉は戸惑いながらもマギを伽奈芽に分ける。その後、鶴紗から「借りるね」と言い、彼女のティルフィングを左手に持つと、ベヒームと対峙した。

 

「あれ?カナさんのレアスキルって円環の御手でしたっけ…?」

「いいえ、彼女の能力は……。」

 

 二水が言い終える前にベヒームは伽奈芽にパンチを仕掛ける。しかし、すでに予測していたかのように伽奈芽は難なく攻撃を躱した。

 

「なっ…!?あの動き、まるでわかっていたかのような……。まさか、“ファンタズム”!?」

 

 ファンタズム。未来予知に近い能力を持ったレアスキルであり、鶴紗の保有するレアスキルである。レアスキルは原則一人一つまでだが、そのルールをいとも簡単に破った伽奈芽に鶴紗は驚きを隠せない。

 

「“マジェスティックリリース”。カナさんのレアスキルです。能力は大雑把に言えばマギの汎用性を高めるもので、フェイズトランセンデンスと全ての知覚系レアスキルの完全上位互換と言っても過言ではないなんです。」

 

 二水の説明の通りである。伽奈芽はマジェスティックリリースによってマギの汎用性を拡張し、鶴紗と雨嘉のマギを受け取った。つまり伽奈芽は現在鶴紗と雨嘉のレアスキルを使える状態にある。

 

「雨嘉、今度はアンタのCHARM借りるよ。」

「え?あっ!」

 

 いつの間にか伽奈芽は後退し、雨嘉のアステリオンを勝手に使う。そして伽奈芽の位置から数十メートルほど離れているベヒームの腹部に銃弾を撃ち込んだ。

 

「それ、“天の秤目”…!」

「一気に決める!」

 

 伽奈芽は助走をつけて跳ぶと、空中で一回転し、両手で握ったランドグリーズでベヒームを一刀両断した。技が決まった瞬間、それまで活発に動いていたベヒームは静止する。

 

「紫電一閃流奥義・大車輪!」

 

 ベヒームの身体が縦に真っ二つに割れ、戦いが終わった。今回の討伐作戦は無事、成功という最高の形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、伽奈芽と希は丘の上に来ていた。そこには数々の墓跡があり、どの墓跡にも花束が添えられている。

 すると伽奈芽は自身の持っていた花束を一つの墓跡の前に置いた。その墓跡には“RENA HADUKI”の文字が刻まれており、伽奈芽は墓跡の前で手を合わせた。

 

「葉月 レナ。あたしが愛した人。いや、今でも愛してる。今でも愛してるからこそあたしは……。」

「松山さん…。」

 

 地に視線を落とす伽奈芽を見て、希も墓跡の前で手を合わせた。伽奈芽の固まっていた時間は後に大きな出来事を呼び寄せる。今、その事を知る者は誰もいなかった。




第7話は更に展開が動きます。話数の都合上、色々詰め込まないといけないので……。それではまた次回


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第7話「ヒートアップする恋」

ストックすり減らしての投稿です
一日1000文字継続も楽じゃないってことを身をもって実感しました
ではでは


 

 

「今年の夏は、私と一緒に過ごそ?」

 

 甲州市のとある地域で梨璃達は白いワンピースを着用し、ラムネを持って撮影をしていた。しばらく経ち、百合ヶ丘の購買部のレジ担当の男の声が聞こえる。

 

「はい、カット。まず梨璃ちゃんと紅巴ちゃん。緊張しすぎて笑顔が固くなってる。もっとリラックスして。」

「は、はい!」

 

 梨璃と紅巴は互いに顔を見合わせる。慣れない経験をしながら二人は表情が自分と似通っていることに気づき、にこやかに笑う。

 

「楓ちゃん。ニヤニヤしすぎ。もっと爽やかな感じにできないの?あと梨璃ちゃんとの距離が近すぎて違和感ある。もうちょい離れなよ。」

「ニヤニヤなどしていませんわ!私はただ梨璃さんと同じ空気を吸える事を考えて顔を綻ばせているだけですわ!」

「それをニヤニヤしてるって言うんだよ。ほら、つべこべ言わずにさっさとやる。」

 

 楓に対して冷たい対応をしつつ、男はカメラを再度チェックする。

 

「恋花ちゃんはオッケー。ライト大丈夫?もうちょい明るさ落とす?」

「いえ、さっきの明るさで大丈夫です。」

「りょ。じゃあもうちょい上手い具合の角度ないか試してみるね。」

 

 男は照明を動かし、恋花の顔を見る。彼女の照明の当たり具合を見つつ、ベストな角度を模索しているのだ。丁度いい角度に収まったと感じた男は照明から手を離す。

 

「希ちゃんはやらされてる感半端ない。もっと自然体で。」

「実際にやらされているんですが…。」

「これビジネスだからそういうの無しで。」

 

 男から矢庭にそう言われた希はぶっきらぼうな口調で答える。そんな彼に姫歌が愛嬌を振り撒きながら近づく。

 

「お兄さぁ〜ん!ひめひめはぁ〜?」

「うん、姫歌ちゃんは『自分こういうの慣れてますよ』感出し過ぎてて見てて鼻につく。もっと自然体で。」

「何でよっ!!!」

 

 姫歌の怒りを歯牙にも掛けずに男はカメラを覗く。動画の撮影には慣れているのか、男の手つきは妙にスムーズであり、それでいて完成度も高いものである。

 何故こんなことになったのか。男は過去を振り返る。昨日、梨璃の住んでいる地域が消滅可能性都市に指定された。元々その地域はヒュージが出没する事があり、その土地で幾度となく戦闘が繰り広げられた。その中でも甲州撤退戦はあまりにも有名な一戦である。

 男もそのニュースを目の当たりにしており、梨璃が悲しむ姿を想像していた。数分ほど策を講じた後、男はある結論に至った。梨璃達を起用したPR動画を作れば良いのではないか、と。幸い彼の近くにいるリリィは容姿の整った少女や知名度のある少女などが多数おり、宣伝素材としてはうってつけであった。

 早速男は各ガーデンのリリィ達に出演のオファーを頼み、恋花、希、紅巴、姫歌のスケジュールを押さえる事に成功した。残る百合ヶ丘では梨璃、夢結、楓の三人のスケジュールが空いており、ジャンケンに勝利した楓が梨璃と共にPR動画に出演する事となった。

 そして集まった七人で動画の内容を検討した結果、試しに梨璃の好物であるラムネの宣伝をしてみるのはどうかという意見に落ち着き、現在はその撮影をしている途中であった。

 

「大丈夫なのでしょうか…。エレンスゲを留守にしてしまったのですが……。」

「心配ないよ、国上の皆さんがいるし。今は撮影を終わらせよ?」

 

 心配する希に恋花が声をかける。この地域からエレンスゲまで、今から電車で向かっても日が落ちる頃にしか帰ってくる事ができない。仮にヒュージが出没した場合、一日の休みは大きな痛手となる。それも二人も不在な状態だとなれば集団で行動するレギオンにとってら尚更である。

 

「ねぇ、早くしようよ。こっから撮影が終わったら編集しなきゃいけないんだから。その編集にもかなりの時間がかかるの。早く終わらせたかったら早く撮影して。」

「あっ、はい!」

 

 その後も撮影をしたものの当初予定していた以上に時間がかかり、帰る時間帯は翌朝となってしまった。その一方で恐るべき事件が起こっていた事を七人はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして百合ヶ丘女学院では二水がタブレットを使って調査をしていた。しかし中々捗っていないのか、二水の顔は眉間に皺が寄っていた。そんな二水の様子が気にかかったのか、梅が彼女に声をかけた。

 

「ふーみん、何してるんだ?」

「あっ、梅様!カナさんから頼まれてちょっと調べ物をしているんです。」

「調べ物?何を調べてるんだ?」

「葉月 レナって方を調べるよう言われていたんです。」

 

 葉月 レナ。伽奈芽の恋人であった女性であると同時にリリィでもあった人物だ。二水はレナが伽奈芽と同じ荒司沢女学院であるという情報に加え、生年月日や血液型などの個人情報も頭に入れている。

 

「葉月 レナ、か。どこかで聞いた事があるような無いような……。二水は知らないのか?」

「はい、知りません。防衛省発行の官報に目を通していればわかると思うのですが、私もその全てを閲覧し終えたわけではないので……。」

 

 二水は自身の調査力不足をその声色に乗せて語る。リリィの情報は常に更新される上に現在の高等部一年生のように一年ごとに新しく官報に載るリリィもいる。

 つまり二水は頭の中に今まで以上の情報量を詰め込む必要があり、わずか数週間でそれを把握できる事はたとえ彼女であっても不可能である。

 

「なるほどナ。調べてわかった事は何かあるのか?」

「それが何もわからないんです。いくら調べてみてもデータがどこにも掲載されていなくて……。」

 

 二水はタブレットの画面を梅に見せる。そこには二水が“葉月 レナ”で検索したものの、検索結果の該当件数がゼロであった事を示す画面が表示されていた。

 

「おかしいナ。カナさんの言う事が本当ならあるはずなのに……。」

「何か、裏があるに違いありません。もう少し探る必要がありそうです。」

 

 二水はパソコンのある部屋へと向かい、梅も彼女についていく。そんな二人の目の前に夢結が深刻な面持ちで現れた。

 

「夢結!どうしたんだ?」

「二人とも、今すぐ私と一緒に来てくれないかしら?」

「え?あっ、ちょっと夢結様!?」

 

 夢結は否応無しに梅と二水の腕を引っ張り、会議室へと連れて行く。夢結になされるがまま二人は会議室へと入室し、恐る恐る席に座る。既に会議室に来ていたリリィ達の視線が二人に突きつけられ、今にも死んでしまうほど二人の心臓は高鳴っていた。

 

「遅かったじゃないか。早速だが始めるぞ。」

 

 内田 眞悠理が二水と梅を睨みつけながら口を開いた。眞悠理は百合ヶ丘女学院高等部の三年生であり、生徒会長三役の一人、“ジーグルーネ”でもある。そんな眞悠理は百由に合図を出し、テレビにネットニュースの記事を映し出させた。

 

「これは今朝起きた事件だ。スポーツ選手が次々と足を失う不可解な事件が発生している。間違いなく特別指定上級ヒュージの仕業だ。」

 

 眞悠理は淡々とそう語るが、リリィ達の心は怒りで満ちていた。

 夢は光でもあり、影でもある。人間は夢に憧れ、そこに向かって手を伸ばそうとするが、途中でリタイアした人間はその影を背負って生きていく事となる。

 それがどれほどの苦痛であるか、彼女達は容易に想像ができた。

 

「国上の方達と協力してヒュージを殲滅すると同時に、次に狙われる選手を特定する。それが今回の任務だ。では、解散。」

 

 眞悠理の言葉で一同は解散する。会議室から退室していくリリィ達の波に抗い、二水は眞悠理のもとへと向かい、対面した。

 

「お前は……。一柳隊の二川 二水か。」

「すみません!あの、眞悠理様につかぬことをお伺いいたしますが、葉月 レナというリリィをご存じありませんか?」

「……知らないな。」

「ありがとうございます。お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした!では、失礼します。」

 

 二水はそう言い、眞悠理を残して会議室から去っていった。二水の口から出た葉月 レナという名前に眞悠理は形容し難いデジャヴを感じながら二水の背中をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件のあった現場へ到着した国上のリリィ達はビデオ判定用に撮影された動画をチェックしながら調査を進めていた。スタジアムの床には直径四十五センチほどの黒焦げの焼け跡の穴があり、焼けた臭いが伽奈芽達の嗅覚を刺激する。

 

「……地雷だね。それで足が吹っ飛んでる。」

 

 紬は動画を見ながらそう語る。動画には床の爆発によって選手の右足が宙を待っている様子が映っており、一連の流れから地雷と推測するのが妥当であった。

 

「こんな体育館みたいな床に地雷を埋め込むのって相当時間かかると思いますけどそこはどうなんでしょうかね?それも掘った跡無しで。」

「多分、地中に自分のマギを埋め込んでたんだよ。後はスイッチを押せばマギが作動して、一気に放出する。」

 

 伽奈芽の疑問に紬が答える。そんな紬の憶測を事実として立証したかったのか、晴海はマギの測定器を使って辺りを調査した。

 

「お姉様ー、この焼け跡からマギの反応が検出されました。」

 

 晴海は微笑みながら測定器の数値を紬に見せる。謎が解ければ後は対策を練るのみ。攻略の糸口は順調に掴めていた。

 

「しかし、妙だって思いません?特別指定上級ヒュージのやり口って大抵殺人が主だったのにそれが今になって命を奪わずに事を済ませるなんて、おかしいですよ。」

 

 すると凛音が口を開いた。これまでの方法では特別指定上級ヒュージが特定の場所で人間を殺してきたが、今回は事情が違っていた。命までは奪わなかったのだ。

 

「んー、きっと何かしらのアクシデントがあったんじゃない?」

「いえ、実はこれと同じような内容の事件が何件も報告されているんです。仮に予想外の事態が起きているのなら改善するように努める筈ですし、これが奴らの目的なんだと思います。」

 

 陽向はタブレットの画面を見ながらそう語る。今回の目的は殺人では無いことを前提に五人は推理を始めるが、一向に煮詰まる気配はなかった。

 

「あー、希がいてくれたらなぁ……。」

「今櫻田さんは甲州の方ですよ。」

 

 希の存在を願う伽奈芽に対して晴海が冷ややかな口調で返す。

 

「とりあえずは鎌倉市の全ガーデンの包囲網と情報網を使って特別指定上級ヒュージの居場所を割り出すしかないね。大掛かりな作業だけど櫻田さんがいない今はこれしか方法がないし。」

 

 紬は一縷の望みをガーデンの力に託し、今日の調査をお開きにした。そんな五人の様子を無表情でロゼラは陰から見ており、誰にも気づかれないよう静かに踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今帰りました!」

 

 翌日の昼下がり、撮影を終えた梨璃と楓は百合ヶ丘女学院へと帰還した。それまで白色のワンピースを着ていた二人は百合ヶ丘の制服を着用し、自身に馴染む感覚すらも感じていた。

 そんな二人を労おうと二水を除いた六人が待合室で待機しており、梨璃と楓が入室すると、それまで虚無に満ちていた表情が一瞬のうちに光った。

 

「梨璃!」

「お姉様ー!」

 

 梨璃を心配していた夢結は梨璃のもとへ向かう。二日間梨璃に会えなかったとはいえ、寂しさが募っていた。その寂しさが夢結を突き動かし、夢結も自身の中にあるその存在を否定しなかった。

 

「させませんわ!」

「させろよ。」

 

 梨璃を引き止めようとした楓だったが、それは図らずも鶴紗に阻止された。結果、梨璃と夢結は一年前の梨璃の誕生日と同様熱い抱擁を交わし、楓はそれをただ見ているだけとなった。

 

「あれ?そういえばお兄さんは?それに二水もいないし……。」

「あの方は二水さんと何やら交渉中らしいですわ。内容は後でお話するようですけれど。」

 

 梨璃に抱きつくことができなかった苛立ちからか、楓はわざと不親切な口調で雨嘉の質問に答える。呆れた梅は楓を諭そうとしたものの、夢結に止められた。

 

「申し訳ございません遅くなりましたー!!」

 

 次の瞬間、二水がドアを力強く開けて入室してきた。左手にはUSBメモリが大切に握られており、梨璃達は疑問を持つ。疑惑の視線を突きつけられている二水は額の汗を拭き、呼吸を整えるとパソコンの電源を入れる。

 

「で、これは何の集まりでしたっけ?」

「そこから!?」

 

 途中から合流した二水は事情を知らず、首を傾ける。驚きのあまり梨璃達は転倒し、床にぶつけた箇所を手で抑える。

 夢結は二水に事情を説明し、彼女に理解してもらった。二水も頭は悪くなかったようで、すぐに事情を飲み込んだ。

 

「それよりも二水さんが持っているそれは何ですか?」

「あっ、これはカナさんから頼まれた調べ物をするために必要なもので……。失礼します。」

 

 申し訳なさそうに頭を下げた二水はそれまでの獣に目をつけられた獲物のような弱々しい態度から一転して慣れた手つきでパソコンを操作する。

 電子音を奏でながらパソコンのタイトルが流れ、二水は急いでユーザー名とパスワードを打ち込む。完全にログインした後、二水はUSBメモリを差し込み、データを読み込む。

 しばらくすると一人のリリィの情報がパソコンの画面に映し出され、二水は一つ一つの情報を丁寧に読むためゆっくりとマウスパッドのカーソルを動かす。

 

「あった…。葉月 レナ。荒司沢女学院の生徒。カナさんと同じですね。」

「葉月 レナって、二水がさっき言ってた名前か?」

「はい。」

 

 梅の質問を二水はレナの情報をじっくりと読みながら答える。

 

「生年月日から考えるに、私達と同級生ですね。初等部の頃からその才能を見出されて本格的にリリィへの道を志したそうです。そして中等部では雷神というレギオンを組んでいて、風神の主将のカナさんとは恋人同士。両方のレギオンの関係も良好と書かれています。」

「あやつにそんな経緯があったとはのう。」

 

 レナの情報を聞いていたミリアムは目を見開きながら驚く。さらにカーソルを下方に動かしながら二水は続ける。

 

「身長はカナさんより五センチ下。使用CHARMは赤色のティルフィング。レアスキルはユーバーザイン。そして…。どうやら三年前の()()()()にも中等部二年生でありながら大活躍していたみたいですね。」

「それって…。まさか、甲州撤退戦!?」

 

 甲州撤退戦。それは梨璃が夢結の初めての出会い、そして梨璃がリリィを志したきっかけの事件であり、夢結のシルトである川添 美鈴が殉死した事件でもある。

 かつてその戦場に立っていた夢結の動揺を梨璃は理解し、共感していた。突然現れ、共闘する事になった伽奈芽との意外な共通点が浮かんできた事は十分な驚きであった。

 

「はい、風神と雷神の息の合ったコンビネーションで大活躍したそうです。倒したヒュージの数もどのレギオンよりも多く、死者も出なかったそうです。」

「私達と同い年でここまで活躍するとは……。」

 

 神琳もレナの功績に感心し、顎に手を添える。その時、それまでカーソルを動かしていた二水の指が止まった。一文で表された端的かつ事務的な情報だけが彼女の視界に飛び込んでくる。

 

「ですがレナさんは二年前に突如失踪しているようです。カナさんが必死になって探すわけですね。」

 

 大切な人が突然失踪したとなればそのような行動をとるのは当たり前ですよ、と梨璃は言いかけたがその後の境遇が違う自分はそんな事を言える立場ではない、と思い始め、その口に蓋をする。

 仲間と共に戦う自身とたった一人でヒュージに挑むカナさんの間にはどこか大きな壁がある。そんな状態の自分がカナさんの気持ちを代弁するのは甚だおかしい事ではないか。梨璃は無意識のうちにそんな思いを抱いていた。

 

「いや、ちょっと待て。そんなリリィの情報を渡すってどんな条件で…?」

「答えは簡単。口説いてきたの。」

「うわぁ!」

 

 鶴紗が疑問を放った事により、表情が曇りがかった九人の背後に密かに回った男はあっけらかんとした態度で口を開いた。忍者の如く音も立てずに入室してきた男に驚いた九人は再び転倒し、痛みが引いてきた部分を床にぶつけ、また抑え始めた。

 

「そ、そんなふしだらな事をしてまで貴方は…!」

「冗談だよ。本当は百合ヶ丘の外征レギオン、アールヴヘイムとサングリーズの二組を国防省の護衛に回す。それが本当の条件。」

 

 軽い口調で重要な事を言い放った男はテーブルの上に置かれたクッキーを一口頬張る。休む間もなく百合ヶ丘全体に関わる問題を聞かされ、梨璃達は三度に渡って驚愕する。

 

「サラッと何問題ありまくりな交渉してるんですか!?」

「いいじゃん。いざとなれば国上もいるんだし。一柳隊もそんなに弱くはないっしょ。」

 

 男の言い分を聞き、梨璃達は黙る。彼の言葉を否定する事は国上の強さ、そして一柳隊の強さを否定する事にも繋がる。それを知っていながら男は言葉選びをしており、その狡猾さに太刀打ちできない楓は悔しがる素振りを見せた。

 そんな中、ガーデン内にヒュージ出現時に起動する警報がけたたましく鳴り響き、梨璃達に危機を知らせた。

 

「あぁ、もうっ…!行ってきますからね!」

「うん、行ってらー。」

 

 仕方なく梨璃達は各々のCHARMをとって現場へと急行する。彼女達の背中を見て思うところがあったのか、男も数分経った後に待合室から退室し、自身の為すべきことをしに出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘の警報が鳴る数分前、希と合流した国上の七人はリジェルマ女学院の会議室で改めて特別指定上級ヒュージの討伐のための作戦会議を開始する事にした。

 

「さて、皆さんから頂いた情報をもとに話を進めましょう。まず特別指定上級ヒュージはスポーツ選手の足を爆破していました。今までに発生した件数は四件で、いずれも命に別状はありません。この事件における共通点は無論被害者が全員スポーツ選手という事ですが、共通点はこれだけではありません。」

 

 希は被害の起きたスタジアムやアリーナ、体育館の名前をホワイトボードに書き出す。総合体育館、染谷スポーツプラザ、空知スタジアム、レミリアスポーツアリーナ。どれも特別指定上級ヒュージが起こした事件の現場である。

 

「これを弾いてみましょうか。」

 

 スマートフォンを起動した希は鍵盤の形を外見にしたアプリを開き、音量ボタンを程々のレベルまで上げる。そしてゆっくりとその細く美しい指で音を奏でた。音を聞いた伽奈芽達はすぐにもう一つの共通点を思い浮かべた。

 

「これって…!ベートーヴェンの“運命”だ!」

 

 紬の言葉に希は頷き、話を続ける。

 

「えぇ、スポーツの試合が行われた場所にはどれも頭文字にドレミファソラシドの音階のいずれかの文字です。次の音階はファ。関東全域にある体育館でなおかつ頭文字が音階のものとなると一つ、埼玉県のファルタリアスタジアムです。試合は中止させ、体育館は開かせておきましょう。」

「罠にかけるって事だね。」

 

 希は国上メンバーの名前が書かれたマグネットをホワイトボードにくっつけ、黒いマジックペンで体育館を書くと、それぞれのマグネットを予め決めていた位置に移動させた。

 

「二人一組で行きましょう。私と二条さん、松山さんと相馬さん、伊坂さんと枝野さん。お姉様は待機してもしもの時の指示をお願いします。」

「あいあいさー!」

 

 紬が会議室で待機する事が決定し、六人はそれぞれペアを組んでファルタリアスタジアムへと向かった。

 ファルタリアスタジアムに先に着いた伽奈芽と陽向は草陰に隠れ、特別指定上級ヒュージが出没する機会を伺っていた。

 スタジアムの扉の向こうからは既に試合が始まっているかのような歓声が聞こえ、誘き出すには最適の罠である。

 スタジアムの外は風も凪いでおり、あまりに閑散としていたがために伽奈芽は無という名の檻に囚われたかのような錯覚に陥る。そんな彼女に陽向が声をかけ、その現象が泡のように一瞬で消えた。

 

「カナさん。」

「何?」

「何であの時櫻田さんの返事を断ったの?」

 

 伽奈芽の脳内に心当たりのある過去が蘇り、ゆっくりと本心を話した。

 

「それは……。あたしには大切な人がいて、その人を裏切るような真似はできないからで……。」

「その人はいつまで待ったら現れるの?」

 

 陽向の言葉に伽奈芽は口を噤む。伽奈芽の恋人、レナは二年前に失踪して以来一度も伽奈芽の前に現れなかった。その事実は伽奈芽がどれだけ言い訳しようとも変わらない。

 

「少しは自分の事情だけじゃなくて櫻田さんの事情も考えてよ!」

「うるさいな。てか何でアンタにそんな事言われなきゃなんないのさ。」

「……私は好きなの。櫻田さんのことが。でもわかった。いや、わかっちゃったんだ。櫻田さんが好きなのは私じゃなくてカナさんだって。だから決めた。櫻田さんが幸せになれる道を作ろうって。」

 

 陽向の希に対する想いを聞き、伽奈芽は自身の願望で希を傷つけてしまったことに対する後ろめたさと彼女の気持ちに応える事ができない自分自身の無力さに対する怒りを感じる。

 伽奈芽は一度この件を顧み、やはり自身の言動に何の間違いも無かったのだと結論付けた。しかし、それでも誰かを傷つける結果になる事はあり得るものであり、ましてやそれが自身の仲間であった事がより一層伽奈芽の心に強い圧迫感を与えた。

 

「陽向…。」

 

 伽奈芽は自身が傷付けた人物が一人だけではない事を知り、胸が痛くなる。次の瞬間、近くで爆発音が聞こえた。その音を軸に砂埃が舞う音、草木が焼ける音が続いて聞こえる。二人は特別指定上級ヒュージの仕業だと推測した。

 

「特別指定上級ヒュージか!?今の、体育館から聞こえた音じゃないし、もしかしたら罠には引っかからなかった…!?」

「だとしたら作戦は失敗…!急ごう!」

「オッケー!」

 

 二人は気配を殺すことをやめ、CHARMを起動すると音が聞こえた方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡ること数分前、凛音と希は共に伽奈芽と陽向が待機している位置とは正反対の場所で特別指定上級ヒュージを待ち構えていた。

 

「希、松山が好きなの?」

「え、何故二条さんがそれを…?」

 

 藪から棒に凛音がそう話し始めた。凛音がその件を知ったのは陽向の口から聞かされていたためである。しかし陽向の信頼を守るために凛音は彼女が口外した事を隠し、話を続けた。

 

「わかってるでしょ。あいつは希には振り向かない。

「それは…。」

「アタシと付き合って!アタシは…!希が好きなんだよ!」

 

 凛音からの突然の告白に希は狼狽を隠せず、身体と口が硬直する。

 

「希!」

「きゃっ!や、やめてください!」

 

 気持ちを抑えきる事ができなかった凛音は何の前触れもなく希に抱きついた。しかし希は咄嗟の事に動揺し、凛音を突き飛ばした。

 

「そ、そうだよね…。いっつも迷惑かけてばっかだから嫌だったよね……。」

「ごめんなさい…。でもそんなわけじゃ…!」

 

 希が言い終える前に、二人はどこか嫌な気配を感じ、マギで地面を蹴って高く跳ぶ。邪悪なオーラが纏われている場所はハッキリとわかる。地中である。

 二人の予想は的中した。凛音と希が飛んだ数秒後に地面が音を立てて爆発し、爆発の勢いに乗じて砂埃が舞う。

 

「ぐっ!」

「うっ…!」

 

 凛音と希はスタジアムの屋上に着地し、爆発した後の地面を見る。爆発した地面は昨日見たスタジアムの床と同じような跡が残っており、二人はCHARMを構えて敵襲に備える。

 

「流石にこの程度の作戦で引っかかるようなヒュージではありませんでしたか。この間討伐した特別指定上級ヒュージとは違ってかなり知能の高い敵だと考えて良さそうです。」

「相手が誰であろうと、必ず倒す…!」

 

 希は突然の出来事にも動揺する事なく、冷静に敵の分析を始める。一方の凛音は希と背中を合わせながら敵に警戒する。すると二人が屋上に逃げる事を予測していたのか、彼女達の前に一体の特別指定上級ヒュージが現れた。

 

「レホタフビ。」

「ふん、ヒュージのくせに冷静でいるなんて随分余裕がありそーだな。絶対にぶちのめす!」

「待ってください二条さん!敵の能力が未知数な状態で無闇に突っ込んでは危険です!」

 

 希の制止を振り切り、凛音は眼前に現れた特別指定上級ヒュージに攻撃を仕掛ける。しかし、ヒュージは凛音の攻撃を難なく躱し、彼女を狙撃した。寸前のところでCHARMの刀身で弾丸の軌道を逸らし、回避した凛音は体勢を立て直す。

 

「コフネユネアセヒソ、スフィス・シルヴィスプ。」

 

 スフィンクスの性質を持った特別指定上級ヒュージ、スフィス・シルヴィスはバズーカ砲の引き金を放ち、凛音と希を狙撃する。二人は瞬時に攻撃を避け、CHARMの切っ先を目の前の敵に向ける。

 

「二条さん、たった今ヘルヴォルとグラン・エプレに出動要請を出しました。一柳隊は既に向かっているようなのでもう間もなく来るでしょう。今は私達だけで時間稼ぎをするべきです。」

「あぁ、にしてもこのヒュージ、頭がキレるだけじゃない。強さも相当なもんだ。今こうして向かい合ってるだけでも相当な怪圧(かいあつ)を感じる…!」

 

 凛音はマギクリスタルコアから擬似CHARMを精製し、それにマギを込める。辺りには緊迫感が張り詰め、両者ともに相手の出方を窺う。

 それは張力によって最大限にまで張り詰められたフィドルの弦のようであり、どちらもほんのちょっとしたきっかけで限界を超え、切れる。それが来たのは時間の問題だった。

 

「どこだ、凛音は?」

「こっちにはいない…。もしかしたら別の場所で戦闘を開始してるのかもしれないね。」

 

 屋上の下から伽奈芽と陽向の声が聞こえ、スフィスが先に動く。先手はバズーカ砲による砲撃三発。凛音は軽やかな動きで攻撃を回避し、一気にスフィスとの間合いを詰めた。その際に短剣型の擬似CHARMをスフィスの右足に刺し、後方に回り込んだ。

 

「松山さん!相馬さん!こちらです!」

 

 一方、希は自身の周りを警戒しながら伽奈芽と陽向を呼ぶ。しかし、それをさせるようなスフィスではなかった。スフィスの砲口が希を捉え、その弾丸が凛音の妨害も虚しく放たれた。

 

「希!!」

「はっ!」

 

 希は屋上から高く飛び、マギを駆使して華麗に着地をしてみせる。司令塔とはいえ、彼女も国上の一員である。この程度で命を落とすような弱いリリィではなかった。

 

「希!無事!?」

「えぇ、ですが二条さんがたった一人で戦っていますわ。援護をしなければ。」

 

 伽奈芽と陽向はCHARMを起動し、二手に分かれた。スフィスを挟み撃ちにして攻撃を仕掛けるという策を講じた二人はマギを込め、屋上めがけて高く跳ぶ。

 屋上の地面に着地した二人は凛音と共にスフィスを取り囲み、CHARMから弾丸を放った。しかしスフィスは弾丸を寸分狂わず正確に狙撃で撃ち落とし、陽向を砲撃した。

 

「陽向!!」

「大丈夫、なんとかね…!」

 

 スルーズで攻撃を防御した陽向はその威力の高さに後退り、再び構える。すると希が屋上に戻り、スフィスを狙撃した。

 スフィスは攻撃を予測していなかったのか、先程のように撃ち落とさずにバズーカ砲で弾いた。ゼロ距離で攻撃されないよう、ある程度の間合いを保ちながら希は陽向の前に立つ。

 

「櫻田さん…。」

「相馬さん、貴女ではあのヒュージとは相性が悪い。ここは私にお任せください。その代わり、この一帯に他にもヒュージがいないか辺りを探っていただけませんか?」

「もちろん!」

「ではお願いいたします。」

 

 陽向は屋上から飛び降り、地面に降りる。陽向が無事に降り立った様子を確認した後、スフィスの方に向き直った伽奈芽、凛音、希はCHARMを剣に戻し、構える。

 

「晴海と時雨は?」

「どうやらヒュージの群れに足止めされているようです。かなりの大群らしいのでこちらに近づくのは難しそうですね。」

「だから他にもヒュージがいないか探れって陽向に言ったわけだ…。」

 

 伽奈芽はスフィスを警戒しながら希と会話をする。しばらくの間、辺りに沈黙が流れた後、凛音が短剣を投擲した。スフィスはそれを弾こうとするが、短剣を投げた凛音の目的は攻撃ではなかった。スフィスが引き金を引くよりも早く、砲口に短剣が入り、バズーカ砲が暴発を起こした。

 

「多分あれが地雷を生み出す元になってたんだろうな。」

「スルセム。」

 

 スフィスはバズーカ砲を近くに捨て、銃で伽奈芽達を狙撃する。相手が遠距離かつ近距離のオールマイティなヒュージであるため、三人は迂闊に手が出せないでいる。そんな中、凛音が策も立てずに動き出した。

 

「おい、凛音!」

「二条さん!」

 

 伽奈芽と希の制止を無視し、凛音は短剣を再びスフィスに刺す。スフィスの右肩に短剣が刺さり、凛音は相手を睨みながら再び距離をとった。しかし短剣を刺した時に当たったのか、凛音の左脚に血が流れていた。

 

「ちっ…!」

「凛音!!」

 

 身体中に弾丸が脚を貫いた痛みが電撃のように走り、凛音は思わず膝をつく。怯む凛音の隙を見逃さず、スフィスの銃口が彼女の額を捉えた。

 

「ヒピラプ。」

「ざんねーん♪」

 

 凛音がそう言った次の瞬間、スフィスが突然悶え苦しみ始めた。突然生じた隙を突き、額から汗を流す凛音を伽奈芽と希が抱える。

 

「まったく…。とんでもなく無茶な事するね。」

「うるさい。」

 

 スフィスが苦しみ始めた理由。それは凛音のレアスキルにあった。彼女のレアスキルの名は“ポイズン”。それは蜂のような能力を持つ危険なレアスキルである。

 雌の蜂の針には毒がある。それは体内で精製されたタンパク質であり、蜂を食べた場合には何の反応も起こさないが、刺された場合にはそれが毒として身体に注入される。

 レアスキル、“ポイズン”はそんな蜂の性質を模している。自身のマギをCHARMに纏わせ、それを毒素に変換し、相手の体内に注入する能力。このレアスキルによって凛音は“毒蛇”という二つ名を付けられたのだ。

 

「ゴッ…。ガアァァァ…!!」

「よし、効き始めてきた。カナさん、櫻田さん。後は任せろ。」

 

 全身に毒が回し始めたスフィスは今もなお苦しみ、膝を地につける。凛音は左脚を引き摺りながらタングニズルをスフィスめがけて振り下ろす。しかし、それよりも早く凛音の肩部をスフィスの銃から放たれた弾丸が貫き、凛音はタングニズルを手放した。

 

「ピトヅスオムウデピトブセカホトアグセセ。」

 

 スフィスはそう言うと、凛音の血液を人差し指に付着させ、その指を身体に刺した。しばらくスフィスは苦しみだし、数秒経った後、毒が効く前の状態に戻り、平然としていた。

 

「ちっ、抗体作りか…。」

「凛音、今の状態じゃ無理だ。ここはあたしと希に任せて…。」

「そうやって!二人だけの空間にして楽しいの?お前はリリィだろ!?だったら戦闘中にまで私情を挟むな!!」

「違う!!今のアンタじゃ足手纏いになるだけ!さっさと治療してもらえ!!」

「なんだと!!!」

 

 口論の末に凛音は伽奈芽の顔面を殴り、防御をしていなかった伽奈芽は地面に倒れた。殴られると思っていなかった伽奈芽は目を見開き、凛音を一瞥する。彼女の表情には憤りが見え、口からは荒い呼吸音が漏れ出す。

 人間の感情はウイルスのように他人に移る。相手が嬉しさを顔に出せば自分も嬉しくなる。相手が涙を見せれば自分も悲しみを感じる。それは怒りもまた然り。凛音の怒気が伝染した伽奈芽は遂にその怒りを露わにした。

 

「この、分からず屋が!!!」

 

 口から血を流した伽奈芽は立ち上がり、凛音に殴りかかる。伽奈芽と同様に吐血し、凛音は倒れる。伽奈芽はその上に馬乗りになり、再び殴った。

 

「アンタが何の事で怒ってるか知らないけどさ、そうやって思い込みで物事を判断しようとするから上手くいかないんだよ!」

「うるさい!!」

 

 凛音は馬乗りになった伽奈芽の背中に蹴りを入れ、立ち上がって伽奈芽の顔面に打撃を浴びせる。それはヒートアップし、もはや目の前の敵を無視した殴り合いへと発展していった。

 

「二人ともやめてください!戦闘中ですのよ!!」

 

 そんな二人の殴り合いを見飽きたのか、スフィスはいつの間にか精製したバズーカ砲で伽奈芽、凛音、希の三人を砲撃した。咄嗟の出来事にも関わらず三人は砲弾そのものを避け切ることに成功したが、準備が不十分だったために攻撃によって生じた衝撃と風、そして爆発に巻き込まれた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 着地に失敗した三人は地面に身体を強く打ち付け、倒れた。激しい痛みが身体中を駆け巡り、立ち上がることすらもままならない。そんな三人の前に容赦なくスフィスが立ちはだかり、銃口を三人に向ける。

 

「シコエプ。」

 

 スフィスが引き金を引こうとした瞬間、一発の銃弾がスフィスを襲った。音でその存在に気づいたスフィスは咄嗟に弾丸を回避した。しかし一瞬動きが遅れたのか、頬には擦り傷がついており、そこから青黒い血が流れている。

 

「一柳隊、只今参上いたしました!」

「助かりました。ありがとうございます。」

 

 木々の奥から梨璃が駆けつけ、希は彼女に対して頭を下げる。彼女に遅れること数秒、一柳隊の残りの八人も皆揃った。

 

「全く、遅れてやって来てみればこの有り様とは…。国上も鍛え直した方が良さそうですわね。」

「アンタらだってこないだ特別指定上級ヒュージにボコボコにされてたじゃん。」

 

 三人の状態を見て煽る楓に伽奈芽は一柳隊がガゴラに完膚なきまでに叩きのめされた過去を引き合いに出す。

 

「希さん、ヘルヴォルはもうすぐ来るそうよ。グラン・エプレは大量のヒュージの相手をしているわ。」

「そうですか。伊坂さん達の手助けを…。教えていただきありがとうございます。それと申し訳ございませんが一柳さん、安藤さん、王さん、グロピウスさん。松山さんと二条さんの救護をお願いいたします。」

 

 希の頼みを承知した梨璃、鶴紗、雨嘉、ミリアムは伽奈芽と凛音を連れて戦場から一時的に撤退した。梨璃達が安全な場所まで逃げた事を確認した残りの五人はスフィスを睨み、CHARMを構える。

 するとスフィスはバズーカ砲を地面に向けて放った。スフィスが何をしたのか、わからない希達だったが、梅はその卓越した危機察知能力でいち早くスフィスの企みに気づいた。

 

「飛べ!!」

 

 梅の指示で六人はその場から離れ、マギを跳力に変え、高く飛び上がった。その一秒後に爆発が起き、

 

「あれで地雷を作っていたんですね…。」

「えぇ、攻撃自体は見切れるので単純なものですが、先程の戦闘で身近なものから武器を精製できる事が判明しました。実に厄介な能力です。」

 

 希の考察の通り、スフィスの放つ爆撃は単純な攻撃ではあるが、その威力は強力である。更に壊しても再び精製されるため、その煩わしさは彼女達が遭遇してきた今までのどのヒュージも段違いである。

 次の瞬間、大量のヒュージが奥から現れ、それを晴海、時雨、陽向、グラン・エプレの八人が追いかけていた。ヒュージはどれもスモール級、ミディアム級のみで構成されている群れであり、一人でも十分に倒せるレベルであったが、数が多すぎるために対処に手間取っていたのだ。

 

「あー、ちょっとちょっと!」

「すまない、妾達では喰い止めきれなかった!」

 

 戦場に情報量が増え、敵味方両者が混乱する中、更に事態が急変した。この混沌とした戦場にヘルヴォルが駆けつけたのだ。五人は眼前に広がる光景に疑問を持ち、希に尋ねた。

 

「希さん!これは一体…?」

「えぇ、見ての通りです。ここまでヒュージが多いのか、私達にもわからない状態です。ですが決め手ならあります。白井さん、ヌーベルさん、二川さん、郭さん、吉村さん。三分ほどあの特別指定上級ヒュージの相手をお願いします。その間にどうにかしてみせます。」

 

 希の指示を受けた五人はスフィスと交戦を始め、希はヘルヴォルの五人を手招きで自身の近くに召集させる。

 

「希!どうにかするって一体どうやって…?」

「この数のヒュージを捌きつつ、あの特別指定上級ヒュージを倒す方法はただ一つ。ハイプレス戦術しかありません。」

 

 希が恋花に対して打開策として述べた単語、ハイプレス戦術。それは戦場の小型ヒュージ達に対してプレッシャーをかけつつノインヴェルト戦術のパスコースを作り、早めに討伐対象のヒュージにショットを打ち込む戦術である。

 既に百合ヶ丘ではこの戦術が導入されており、アールヴヘイムはこのハイプレス戦術をサブ戦術として用いている。

 

「無理よ!完成してない戦術なのにそれを本番でやろうとするなんて…!」

「ですがやるしかありません。それに、ちょっとした冒険みたいでワクワクしますね!」

 

 反対する瑤とは対照的に、一葉は乗り気であった。彼女の意見に藍、千香瑠、恋花が賛成し、しばらくして瑤も仕方なく頷いた。

 

「全員心の準備ができたようですね。では始めましょうか。相澤さん、指示を。」

「はい。全員、直ちに定位置に!」

 

 一葉の指示を受け、希達はそれぞれのポジションにつく。一葉は準備が整ったことを自身の目で確認し、CHARMに特殊弾丸を込め、発射した。

 

「藍!」

 

 一葉のブルトガングから発射された弾丸に込められたマギが速度を速め、小型のヒュージ達を怯ませる。

 

「今だ!」

 

 ハイプレス戦術によって生じた隙をついた晴海達は次々とヒュージを薙ぎ倒し、遂にスモール級とミディアム級のヒュージを全て殲滅する事に成功した。

 

「恋花!」

「オッケー!瑤!」

「よし、千香瑠!」

「えぇ、希ちゃん!」

 

 晴海達がヒュージを倒していた間にもヘルヴォルのメンバーはパスを繋ぎ、遂に弾丸が希の元へと回ってきた。希は狙いを正確に定め、自身のCHARMであるスコグルの引き金を引いた。

 

「フィニッシュ!!」

「ヌナオツ!」

 

 希のフィニッシュショットに対抗しようとスフィスはバズーカ砲の引き金を引き、互いの攻撃が衝突し合った。優勢だったのはスフィスだった。スフィスはマギを最大限に放出し、徐々に希を追い詰める。

 

「駄目だ!完全に押されてる!」

 

 梅が現在の状態を見てそう言う。あと一歩、スフィスがマギを放出すれば希は死ぬ。もう駄目かと思われたその時、銃弾がスフィスの右目を射抜いた。夢結がブリューナクを銃の形態にして狙撃したのだ。

 

「今です!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 あまりの激痛にスフィスがバズーカ砲を落とした瞬間を一葉と希は見逃さなかった。希のCHARM、“スコグル”の銃口から一気にマギが放出され、スフィスに命中した。ヘルヴォルと希のハイプレス戦術を受けたスフィスは爆散し、戦いが終わった。

 

「やりましたね!ハイプレス戦術、成功です!」

「えぇ…。」

 

 ハイプレス戦術の初めての成功に喜ぶ一葉達だったが、希だけは心に雲がかかっている状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スフィスの討伐後、集合した国上のメンバー達は反省会を終え、近くのレストランに向かっていた。その道中、希は伽奈芽の方を向き、言い放った。

 

「松山さん。私はやっぱり松山さんが好きです。たとえ思い人がいたとしても…。私は絶対に負けませんし、諦めません。絶対にこの想いを叶えてみせます。」

「希…。」

 

 希の決意を聞いた伽奈芽は何を思えばいいのかわからず、視線を逸らした。すると、そんな伽奈芽にわざとぶつかり、凛音が早歩きで去っていった。

 

「あっ、おい凛音!」

「二条さん…。」

 

 伽奈芽の呼び止めに応じることもなく凛音は夕日の光を背負って姿を消した。伽奈芽達には凛音の背中を見つめることしかできなかった。彼女の背から漂う悲しみ、苛立ちは周囲に悲しみの念を与えた。

 誰一人いない、閑散とした場所まで来た凛音は歩く速度を上げ、遂には走り出した。何かに追われるかのように、背中を突き動かされるかのように。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 川辺に着いた凛音は右手を思い切り振り下ろし、地面を叩く。右手は皮膚が剥がれ、そこから血が流れている。

 流れているのは血だけではなかった。凛音の両目から滝のように涙が溢れていた。先程の希の言葉が頭の中で反芻され、凛音の心の中に苦しみが増幅していく。その苦しみは凛音にとって、戦場で負う傷の何十倍も痛いものだった。

 

「どうしてわかってくれないの…!どうしてぇぇぇぇ…!!」

 

 日が落ちた頃、凛音の悲しみの叫びが狼の遠吠えのように木霊した。しかし、ここは都心を外れた場所。彼女の悲痛な心の叫びは希に届く事はなかった。




しばらく投稿停止するかもしれないので悪しからず


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