【完結】プレイしていたゲームの能力で転生するやつ (Leni)
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●物語が始まる前に
■1 世紀末のメアリー・スー


◆1 神様転生

 

 歩きスマホは止めましょう。

 散々そう言われてきたが、私は歩きスマホを止められない駄目人間だ。そんなのだから、地面に空いた穴に落ちてしまうのだ。

 

 歩きスマホをしていた私が落ちた穴は、天界に通じる片道通路という不思議空間だった。

 落ちた先にいた住人さんにいろいろ説明されたが、どうやら私はもう元の世界に戻ることはできず、さらには元の世界で生まれ変わることすらできないらしい。

 

 じゃあこのまま天界に住むことになるのか? と思ったのだが、徳が足りないとはっきり言われてしまった。

 さもありなん。歩きスマホするような人間だもんね。天界に住めるわけがなかったね。

 

 それから私は天界のお偉いさん、つまり神様と面談することになり、今後の行き先を決めることになった。

 

 神様曰く、元の世界やそれと同等のランクの世界は、魂が厳密な戸籍のようなもので管理されており、死亡履歴が付くまでは生まれ変わることができない。

 元の世界で死亡していないため、転生処理が適切に行なえないとかなんとか。

 でも、天界に来た時点で肉体は消し飛んでおり(!?)、私はどこかの世界で生まれ直さなければならないと。

 

 なので、元の世界、地球があった宇宙よりランクの低い世界で生まれ直してほしいとのことだった。

 ランクの低い世界。畜生界とかかな?

 

 ……あ、ちがうのね。どうやら、地球で創作物として扱われているような架空の世界が無数に存在し、そこに転生することになるらしい。

 はいはい! 私、『ハリー・ポッター』の世界がいい!

 現代の地球がベースなうえに、魔法が使える世界!

 

 ……え? 人気で空き枠が無い? いやいや、私と同じ境遇の人他にもいるの? いるの。いるのかぁ。

 うーん、他に、現代地球がベースで魔法が使えるようなファンタジー味のある創作世界は……。

『魔法先生ネギま!』の世界? 主人公の子供先生が担当するクラスと同年代の女子枠が空いている?

 

 ネギまかー。いいね!

 ん、ちょい待ち。アニメ版? コミックボンボン版? まさかの実写ドラマ版とは言わないよね?

 ああ、ちゃんと週刊少年マガジン連載版ね。よかった、甘ロリドレスを着て『ハッピーマテリアル』を歌わなくて済みそうだね。

 

 うおー、目指せ魔法生徒!

 えっ、好きな願いを言えって……神様、そんな異世界転生のドテンプレをわざわざ踏襲してもらわなくてもいいんですよ。

 あ、ああー。ランクの低い世界に行くから、私の魂のランクが強すぎて、スーパーパワーに変換しなきゃ人の器に収まらないと。

 

 どんな願いでもいいの?

 え、本当にどんなのでも。

 じゃあ、私が持ってたスマホにインストールされていたゲームアプリ、それに登場する全ての力を自由自在に扱えるように……ええっ、通るの!? 通していいの、この願い!? マジで!

 

 えっ、宇宙規模のスーパーパワーでも構わない?

 別にラ=グースとか時天空とか出てくる世界観じゃないんだよね?

 うん、『魔法先生ネギま!』がベースで、そこに紐付けされた『A・Iが止まらない!』や『ラブひな』、『UQ HOLDER!』を内包する世界と。

 

 あー、UQも入るのかー。そりゃ入るよね。それなら、スマホの全アプリの力くらいはあって困る物ではないね。

 じゃあ、そういうわけで神様お願いします!

 

 容姿? そこまで選べちゃうの?

 じゃあ、このゲームのこの推しキャラで……。

 

 

 

◆2 幼児リンネ

 

 生まれ変わって埼玉県。

 麻帆良学園都市内の一般家庭に生まれた私。なんでか前世の記憶が消えずに、無事ネギま世界へ転生した。異世界転生といえば記憶そのまま持ち越しと勝手に思い込んでいたけど、よく考えたら転生って記憶がリセットされるものだよね。どうして記憶が消えなかったんだろうか。

 

 さて、そんなことは考えても無駄なので、今の私だ。今生の名前は刻詠(ときよみ)リンネ。黒髪青眼の純日本人です。

 日本人なのに青眼かー、と思っていたけれど、外に出るようになって青眼程度、普通の容姿だということが分かった。

 

 さすがは漫画の世界なのか、みんな割とカラフルな頭髪をしていて瞳の色も様々。

 でも、顔つきはばっちり日本人。この中途半端さは六千六百六十六堂院ベルゼルシファウストさんも落胆しますわ。

 

 さて、そんな感じで一般人の範疇な容姿の私、リンネちゃんですが、私には一般人の範疇で収まらない不思議な力がありました。

 神様に頼んだゲームの力……ではなく!

 なんか念じたら、手元にスマホが出現するようなのです。

 

 スマホですよ、スマホ!

 ネギま本編は西暦2000代初頭から始まる物語で、今は1990年代初頭。一般人が携帯電話を持っているわけもなく、スマホという単語自体存在しない。

 私の手元にあるスマホを見て、お母さんが「どこで拾ったの?」と不思議そうに取り上げたものの、当然操作方法も分からず首をひねるばかり。

 

 お母さんに奪われたスマホを見て、どういうことじゃろと思った私は、さらに念じてみる。すると、お母さんの手元からスマホが消える。

 まさかの出し入れ自在なマイ端末。

 

 手元から突然スマホが消えて驚いたお母さんに、私はすかさず「わー、マジック?」と手を叩いてはしゃいでみせた。

 先ほど言ったように、現在は1990年代初頭。テレビではマジシャンがスプーン曲げや消失マジックを披露していた時代で、そのノリで私は驚いてみせたわけだ。

 

 すると、お母さんは不思議そうな顔で「マジックかぁ。不思議ねぇ」とスマホの消失を流してしまった。

 チョロい。

 我が親ながら心配になるが、こうして私は謎のオーパーツを隠し通すことができた。

 

 さて、そんなスマホであるが、一人になったときに確認したところ、神様からメールが届いていた。それによると、このスマホは神様からのサービス能力らしい。

 

 なんでも、私が手に入れた力は膨大な数にのぼり、力を正確に使いこなすためには、関連するゲームを忘れないようにする必要がある。

 そのため、いつでもゲームを起動して力の確認をできるようにしてくれたとのこと。

 

 このスマホは前世の地球とつながっていないが、入っているゲームはオンライン専用のものもオフラインで起動できるようになっている特別製に変わっていた。

 さらには、私がプレイしていたソシャゲの過去イベントも全て復刻された状態でプレイが可能で、登場キャラクターや登場能力をチェックすることができる。

 アフターケアがばっちりすぎる神様である。別に、神様のミスで死亡したとかじゃないのに、至れり尽くせりだね。

 

 さらにさらに、電子書籍アプリでは、『魔法先生ネギま!』や『ラブひな』、『UQ HOLDER!』等のこの世界に関連する漫画がダウンロード済みだという。前世の記憶が残っていることといい、神様は私に原作知識を活用させたいようだ。

 さすが、天界に住む徳が高い神様。この世界で快適に生きていけそうで、ありがたい限りだ。

 

 

 

◆3 ちう様の目覚め

 

 さて、親に異常性がバレないまま、小学生になった私。

 現在麻帆良学園内にある初等部の四年生である。

 

 西暦にして1998年。世間ではWindowsだインターネットだ騒がれている時代だ。すでに『A・Iが止まらない!』の物語が進行してスーパーAIが世に爆誕していると考えると、IT分野が前世と同じ発展をするかというと疑問にも思うね。

 

 ちなみに私が通う初等部は男女共学だが、気になる人物を一人見つけた。

 その人物の名は……長谷川(はせがわ)千雨(ちさめ)。そう、『魔法先生ネギま!』のメインヒロインである。異論は認めない。

 正直に言うと、彼女、通称ちう様はネギまにおける私の最推しキャラである。

 

 物語後半の魔法世界編で、ネギ先生の女房役としてその精神を支え続けた活躍。一クラス分、計三十一名もヒロインがいるのに、こんなに作者にひいきされていていいのかと思ったほどだ。

 ちなみに私は前世、インターネットで二次創作小説を読むことが趣味だったのだが、その中でちう様は原作の人気に応じるように主役を張ることも多く、様々な魔改造を受けていたのを覚えている。

 

 紫電掌を使ったり、仮面の力を引き出したり、カードの力を操ったり、宇宙人に改造されたり、マッサージの達人になったり……。

 まあ、この世界は神様曰く原作漫画の世界なので、現在のちう様が魔改造されている様子はない。

 ただ、原作初期と同じ症状を発症しているのは確かなようだ。

 

 その症状とは、すなわちメタ視点への目覚めである。

 

『魔法先生ネギま!』の初期は、シリアスさゼロの完全なコメディ漫画だ。

 登場するキャラクター達は、コメディ漫画特有のおおらかさと脳天気さを持ち合わせていた。だが、我らがちう様だけは違った。

 読者と同じ視点を持ち、クラスメートの異常っぷりにメタ的なツッコミを入れていたのだ。

 

 不思議と異常にあふれる麻帆良に住む彼女が、なぜこのような視点を持てていたかは知らない。

 彼女が神楽坂(かぐらざか)明日菜(あすな)のように魔法を無効化する能力を持つ事実は存在しないので、魔法使いによる認識を誤魔化す魔法の類を弾いているとも思えない。

 

 では、なぜそのようなメタメタな視点を持つようになったかというと……ネット中毒だからじゃないだろうか。私の勝手な予想だけど、ネット経由で世間の常識でも学んでいたんじゃないかな。彼女、リアルではぼっちだから。

 ちう様は中学三年生時点でパソコンを相当なレベルで使いこなしているので、小学四年生の現在でもネットに触れている可能性は高い。

 

 そんなちう様だが、麻帆良の非常識を目にしてはイライラしている様子をしばしば見かけるようになった。

 ネギま最大の推しキャラが苦しむ様子……正直放っておけない。

 

 なので、私は行動することにした。

 ちう様とメタ視点を共有するために。

 

 

 

◆4 千雨に魔法をバラすまで

 

 私は空を飛んでいた。魔法ではない。天狗の力だ。

 私が持つ天狗の力は、空を飛び、風を操り、人から見えない隠密状態になる。

 

 スマホゲーム的に言うと、敵の遠距離攻撃の対象にならず、空を飛び敵を足止めしない、敵の移動速度を下げる遠距離物理攻撃持ちだ。

 この力を使っている最中は、背中から黒い翼が生える。プリチーだね。せっちゃんへの色黒マウントに使えそう。

 

 そんな天狗状態の私は、ちう様が下校する様子を上空から監視していた。

 小四女子の下校をストーキングするなど、時代が時代なら事案になっていただろうけれど、私も小四女子なのでセーフ。

 

 監視開始から一週間が経過したが、今のところ何も起きていない。

 予定なら、ちう様と一緒に麻帆良の不思議を目撃してお近づきになるはずだったのだけれど……この都市、意外と異常が起きないな?

 まあ、小学生の足で登下校できる程度の短い通学路で、そうそう事件なんて起きるものじゃない。うーん、インパクトのある異常を共有しようとしたのが間違いだったかな。

 

 と、そんなことを思っていたとき、視界の隅から多脚戦車的なロボットが車道を爆走してくるのが見えた。

 おっ、これは来たかも。

 明らかに暴走しているロボット。そして、それを追う広域指導員らしきスーツの男性。

 

 よしよし、これをちう様の前に出現させるよう、風を操って……。

 

 やがて、暴走ロボットが下校中のちう様達児童達に迫る。

 私は児童達にロボットが衝突しないよう、風を操りつつ、広域指導員を追い風で誘導する。

 

 そして、児童達の目の前に広域指導員が立ちふさがり、暴走ロボットが静止した。

『気』を使ったのだろうか。広域指導員のパンチ一発でロボットの装甲が貫かれ、煙を吹き出しながらロボットは破壊された。

 

「うおー、先生すげー!」

 

「デスメガネだ!」

 

「デスメガネー!」

 

 えっ、あれ高畑先生なの? ネギ先生の前任だった原作クラス2年A組の担任教師。

 はー、二次元のおっさんが三次元になると、あんな顔になるんだね。いや、今はおっさんというか青年だけどね。若デスメガネ。

 

「パンチ一発で車よりでかいロボットを止めるとか、おかしいだろ……!」

 

 おっと、ちう様のことを忘れるところだった。

 私は急いでちう様の背後に着地し、背中の羽をしまって、ちう様に話しかける。

 

「そうですね。一歩間違えれば児童の列にロボットが衝突していましたし、そんなロボットを一撃で破壊するとか、尋常ではないですね」

 

 私がそう背後から話しかけると、ぎょっとした顔でちう様が振り返る。

 子役として売り出せるレベルの美少女顔だ。伊達メガネはしていない。

 

「な、なんだあんた」

 

「いえいえ、あなたの独り言が聞こえてしまったものでして。みんなスルーしてますが、大事故ですよね」

 

「お、おう。そうだな。確かに、あのロボットがこっちに飛び出していたら……」

 

 ちう様は顔を青くして身体を震わせる。

 すると、周囲で私達のやりとりを聞いていたのか、同級生達が口々に言い始める。

 

「長谷川ちゃん、おおげさー」

 

「通学路はデスメガネがいるから大丈夫なんだぞ!」

 

「ロボットなんてデスメガネがパンチ一発だ!」

 

 そんな児童達の態度に、ちう様はしかめっ面をして反論する。

 

「いや、こんなでかい鉄の塊をパンチ一発って、おかしいだろ」

 

「おかしくないよ!」

 

「デスメガネはこういきしどーいんなんだぞー」

 

 そう言って、児童達はちう様から興味をなくし、動きを止めたロボットに群がりだした。

 

 おわかりだろうか? この現象。

 これぞ、悪名高い麻帆良の認識阻害結界によるもの……ではない。

 

 前世で読んだネギまの二次創作小説では、麻帆良学園都市に認識阻害結界が張られているという設定をよく見たものだ。しかし、実はこの結界、原作漫画を確認しても出てこなかった。

 スマホに入っていた原作十六巻によると、麻帆良にある学園結界は高位の魔物・妖怪の類を動けなくするものであり、大電力を消費して作動している。

 つまり、この児童達は別に魔法的な誤魔化しを受けてこのような発言をしたわけではないということだ。

 

 麻帆良の住人だから感覚が麻痺しているのだろうか。

 その可能性もあるが、ここでもう一つ原作のエピソードを見ていこう。

 

 それは、原作五巻の修学旅行編。京都のシネマ村にて、敵が魔法の秘匿を考慮せずに、符術で百鬼夜行を呼び起こしたことがあった。

 道ばたに大量のあやかしが呼び出され、空を飛んで縦横無尽に駆け巡った。

 この異様な光景を見た観光客達は、シネマ村のアトラクションと勘違いし、スゴイCGだと驚くだけで済ました。

 

 ここから分かるとおり、麻帆良以外の人間も異常を異常と気づかない性質を持っている。

 つまりはどういうことか。それはすなわち……この世界の住人は、細かいことを気にしないギャグ漫画属性の人間ばかりなのである!

 

 そんなことあるかいな、と言いたくなるかもしれないが、ここは前世の地球ではない。

 前世の地球よりランクが低い創作の世界であり、物理法則の他にギャグ漫画の法則とかラブコメ漫画の法則とかが流れていても何もおかしくないわけだ。

 

 そして、ちう様は細かいことを気にする、メタ視点持ちのツッコミキャラクター属性を持っていると思われる。

 今も、児童達に自分の言葉を否定されたことを気にして、ぶつぶつと小さな声で何がおかしいかをつぶやき続けている。

 

 ギャグ漫画時空でツッコミキャラの宿命を背負った少女。

 その字面だけを見たら、ちょっと面白い子かなと思うかもしれない。

 でも、私は知っている。彼女は、いずれ伊達メガネという他者との壁を用意しないと、まともに人と会話ができなくなるほど心に傷を負ってしまうことを。

 

「大丈夫ですよ。この状況がおかしいことは、私も気づいています」

 

 だから私は、彼女に手を差し伸べた。

 うつむいていた小さな少女は、ゆっくりと顔をあげる。

 

「四年生の刻詠リンネと申します。あなたのお名前は?」

 

 反射的にだろうか、私の差し出した手を握ったちう様は、疑い深い顔で私に応える。

 

「……四年の長谷川千雨だ」

 

 ストーキングから始まった私達の出会い。

 それは少しの時を経て、『麻帆良の不思議を探す同好会』として形となる。

 




※なお、高畑先生はこの時点で二十五歳の教員です。ダイオラマ魔法球での特訓のせいでやや老けて見えますが。


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■2 私のちう様

◆5 不思議を求めて

 

 ちう様との意図的な出会いからしばらく経ち、小学五年生に。

 

 彼女とすっかり仲良くなった私は、放課後を使って二人で麻帆良の不思議を探求していた。

 ちう様から見た麻帆良は異常だらけ。では、具体的に何がおかしくて、どう麻帆良の外と違うのか調べてみようと私が提案し、『麻帆良の不思議を探す同好会』を作った。学園非公認の二人だけの自称同好会である。

 

 あるときは学園都市のマップを作ってみたり。

 あるときは体験学習を装って大学の研究室に突撃してみたり。

 またあるときは広域指導員のあとをつけてみたり。

 

 その広域指導員が魔法の杖を呼び出して、空を飛び始めた時には、ちう様大興奮だった。ちなみに飛び立った後は、見事にその姿を見失った。

 それこそ、認識阻害の魔法を使っていたのだろう。原作七巻でも、ネギ先生が空を飛ぶときにそんな魔法がかかっていると明言していたからね。

 

 そんな感じで普段はフィールドワークが多い私達二人。だが本日は、学園都市内にある図書館島へと調べ物にやってきていた。

 

「この図書館島も明らかにおかしいよなー……」

 

「今日のテーマはそっちじゃないですよね?」

 

「ああ、そうだな。今日のテーマは、世界樹だ!」

 

 ノリノリで宣言するちう様。うーん、推しが生き生きしている様を見られるのは、素晴らしいね。

 

「ではこちら、『世界樹をこよなく愛する会』発行の冊子です」

 

「手回しいいな……」

 

「ちう様はネットに頼りすぎで、物理書籍を軽視しすぎですよ」

 

「うっ……」

 

 現在は西暦1999年。インターネットは既に民間に広がっていて、ちう様の家庭にもISDN回線が通っているらしく、彼女は家にいる間、インターネットにどっぷり浸かっているらしい。

 

 私? 私はなぜかスマホがこの世界のインターネットに繋がるから、スマホでネットをやっているよ。5Gでサクサクです。

 

 さて、私達は二人で冊子を確認していく。

 

「世界樹は、どうやら桃の木の仲間らしいですね」

 

「桃の木ってあんなでかくなるのか? 樹高二七〇メートルって書いてあるが……」

 

「ふむ」

 

 私はスマホをいじり、ネットでちょいちょいと検索する。

 

「CMでお馴染みの『日立の樹』は、モンキーポッドという樹で高さ約二十五メートル、樹齢約一〇〇年だそうです」

 

「うへえ、あれもでかいと思っていたが、意外と小さいのな」

 

「ギネスブックに登録されている世界一高い木は、オーストラリアの一三二.五八メートル。1872年の計測だとか」

 

「は? おかしくねえか? 世界樹の方が高いのに、ギネスに載っていないって……!」

 

「いえいえ、ギネス記録というのは、申告による認定制ですから」

 

 勝手に記録を収集しているわけではないはずだ。

 

「ぐっ、そうか……。いや、なんで申請していねえんだ?」

 

「そうですねー。外の人間に木を荒らされたくない、なんていうのはどうですか?」

 

「なんだそりゃ」

 

「たとえば麻帆良に陰陽師がいるとして、世界樹は陰陽師にとって、大切な呪力の確保源、だとか」

 

「陰陽師、陰陽師か……」

 

 ちう様がうつむきながらぐぬぬとうめき、そして顔を上げて言った。

 

「空飛んでいたしな。そーいうやつらがいてもおかしくないとは思ってる」

 

「そうですね」

 

「案外、科学的な超能力とかかもな。なんだよ、大学の工学研究室。人型ロボットとかオーバーテクノロジーすぎる!」

 

「あー……」

 

 世間ではASIMOすらお目見えしていない時代。しかし、麻帆良の大学は人型ロボットや動物型ロボットの作成に成功していた。

 さらに、その開発に携わってブレイクスルーを起こしたのが、私達と同年代の児童なのだとか。名前は葉加瀬(はかせ)聡美(さとみ)。ネギまの原作に出てくる天才キャラの一人だね。

 

「そのうち、感情を持ったアンドロイドが、同級生としてやってくるかもしれませんね」

 

 ここで原作キャラ、絡繰茶々丸の存在を示唆しておく。心構えができていたら、ちう様の心も荒れないだろうから。

 

「いやいや、感情を持ったアンドロイドって、つまり高度なAIってことだろ? それこそオーバーテクノロジーだろ。SF小説の読み過ぎだって」

 

「ふふん、そういうちう様は、サイエンスニュースを読まなすぎですね」

 

 そう言って私は、スマホをいじり、一つのページを呼び出した。そしてスマホをちう様に渡す。

 

「なんだ? 英語で読めんが……」

 

「MITの天才日本人が作成したという、感情を有するAIに関する論文ですね」

 

「はあ!?」

 

「すでに稼働している感情付きAIがあるそうです。いやー、SF小説が現実化しちゃいましたね」

 

「AIの分野ってそこまで進んでいるのか……?」

 

「科学というものは、一人の天才が生まれるだけで飛躍的に進歩するものですよ」

 

「……それが、麻帆良では葉加瀬とかいうやつかもしれないってことか」

 

 うんうん。

 ITという点では、ちう様も負けていないと思うけどね。まあ、ちう様は新たに技術を開発することよりも、すでにある技術を組み合わせて使いこなすのに向いているみたいだけど。つまり、スーパーハッカーだね。

 

「はー……うん、英語読めねえ」

 

「ITにより深く触れたいなら、英語は必須ですよ?」

 

「ぐぅ……しかし、リンネのこのPDA型携帯電話、スマートフォンだっけ。これも、麻帆良の新技術で作られているのか?」

 

 私のスマホをフリフリしながら、ちう様が聞いてくる。

 ふーむ、そこに触れるかぁ。

 

「ちう様は、私の出生の秘密に触れる勇気はあります?」

 

「あ? 出生の秘密って、おまえんち普通の一般家庭だけど、何かあるのか? ……おい、もしかしてシリアスな話か?」

 

「物凄く真面目な話です」

 

「……あー、そうきたかぁ。ふう……よし、聞いてやる」

 

 うん、そろそろ頃合いだったかもしれないね。ちう様を本格的に不思議の世界へ引き込もう。

 

「実は私……前世の記憶を持つ転生者なんです」

 

「…………」

 

 ちう様はプルプルと震えて、何かを耐えるようにしている。

 そして、彼女の感情が爆発した。

 

「月刊ムーの転生戦士かよ! 昭和か!」

 

 あ、あれえ? おかしいなちう様のツッコミが予想外の方向で炸裂したぞ。

 

「いや、そういうのじゃなくてですね、いわゆる転生オリ主みたいな……」

 

「いわゆるって、知るか! なんだよオリ主って!」

 

「あれー?」

 

 インターネットジャンキーのちう様に用語が通じない!?

 ……はっ、待てよ。そういえば、ネット小説で転生ものが登場したの、今の時代から見ると未来だった!

 いわゆる転生オリ主ものがネギま、ゼロ魔、なのはの二次創作SS界隈で流行し始めたのは、おおよそ西暦2007年前後から。まだノストラダムスの1999年まっただなかのこの時代で、通じるはずがなかったのだ。

 

 

 

◆6 魔法を求めて

 

 ちう様には、私に未来の地球人としての記憶があることと、転生する際に神様から能力をもらったことを説明した。

 プレイしていたゲームの全ての能力をもらったと言ったら、ちう様にズルすぎると言われてしまった。

 まさしくズル(チート)だね。転生チートオリ主が私だ!

 まあ、1999年の今そんなこと言っても、誰にも通じないんだけど。ちなみにオリ主の概念はメアリー・スーの逸話を紹介して、ちう様にも理解してもらった。

 

 すると創作物の世界でもあるまいし、オリジナル主人公ではないだろと言われた。この世界が前世の漫画の世界ということは、彼女には秘密である。彼女のメンタルではその事実を受け止めきれるか分からないから。

 

 さて、そんな感じで自らの出生の秘密を明かした私だが、そんな私にちう様が意外なことを言った。

 

「はー、リンネほどスゴくなくていーから、私も何か能力みたいなのが欲しいな」

 

「は? ちう様どうしたんです? 頭打ちました?」

 

「いや、私、何か変なこと言ったか?」

 

「そんな、ちう様が不思議能力を欲しがるだなんて……」

 

「……私、そこまで不思議現象を毛嫌いしていると思われていたのか」

 

 いや、そうじゃないんだよ。

 原作におけるちう様は、他の3年A組の魔法バレ面子と違って、魔法の存在を知った後も魔法の力を求めなかった人物だ。

 

 麻帆良祭で魔法の存在を知ったクラスメートが、夏休みを使って魔法の習得にはげむ中、ちう様は我関せず。アーティファクトの電子精霊の力だけは便利に使い、夏休みを自堕落に過ごしていた人物だ。

 そんな彼女が私の目の前で言ったのだ。能力が欲しいと。

 

「そんなに不可解か?」

 

「ええ、不可解ですね。ちう様は、苦労を背負ってまで不思議能力を手にしようとするくらいなら、インターネット関連技術の造詣を深めると思っていました」

 

「確かに、私の興味はネットに向いているが……それでもな。こんな同好会活動をするくらいには、不思議現象にも興味を向けてるんだぞ?」

 

「不思議を解き明かしたいだけで、身につけたいとは思っていないとばかり……」

 

「それにな。親友が不思議な力を持っているんだから、興味を示したっておかしくねーだろ」

 

 はっ、今、ちう様が私を親友扱いしてくれましたよ!

 親友ですって!

 うおー! 推しが! 親友! 推しが! 親友!

 

 ふう……。

 うん、落ち着いた。

 

「それで、ちう様も何か不思議な力を身につけたいと。でも、私の力は譲渡できるようなものではないですね。道具なら渡せますが」

 

「道具? マジックアイテムってやつか」

 

「そうですね。ぱっと出せるのは、武器でしょうか。燃料いらずで無限にフォトンの弾丸を撃てる銃とか。あ、これは使う人にフォトンの適性がないと、撃てなさそうですね。そうなると、実体剣でしょうか」

 

「いやいやいや。そんな物騒なのいらねーよ! そういうんじゃなくて、こう、魔法少女が持っていそうな魔法のステッキとかをだな」

 

「つまり、砲撃できるランチャーを?」

 

「魔法少女だっつってんだろ!」

 

 魔法少女と言えば砲撃なのに……。

 ああ、『魔法少女リリカルなのは』もまだ時代じゃなかったか。ネギま原作に出てくるテレビアニメ『魔法少女ビブリオン』も、別にデバイスで砲撃とかしないみたいだし。

 

「うーん、サーヴァントと契約……いえ、ちう様に型月式の魔術回路があるとは思えませんね。うむむ、いい感じに譲渡できそうな能力が思い当たりません。ちう様、武術の特訓とかに興味あります?」

 

「そういうのはちょっと……。もっとこう、魔法の力でシャランラ的なのをだな」

 

 そっか。影の国の女王スカサハでも呼び出して、ちう様を鍛えてもらう案は没か……。

 実は私、ゲームに登場するキャラクターの力を使うだけではなく、ゲームキャラクターを召喚する能力まで有している。名だたる英雄達は、教官として優秀なのだが……。

 

「なあ、別にリンネの力を譲渡してもらわなくてもいいんだぞ。それこそ、麻帆良にいる不思議存在に教えてもらうとか……」

 

「それです! 麻帆良にいる魔法使いから、魔法を教えてもらえばいいんですよ!」

 

「……魔法使い? なあ、リンネ。お前、麻帆良にいるやつらの正体を知っているのか?」

 

「うっ、そうですね。実は私の持つ能力で、麻帆良の秘密をある程度まで知ることができたのです」

 

 具体的には、スマホの中に入っている漫画で。

 

「そーか。できれば最初から教えてもらいたかったな」

 

「そうなると、私の力も一緒に公開することになったといいますか……」

 

「ああ、そうだな。そして、今の私は、リンネに力を公開してもらってもいいくらいには、信用してもらったわけだ」

 

「それはまた違うんですけれど。どちらかというと、ちう様が麻帆良や私の不思議を受け止められるだけの、強いメンタルを身につけるのを待っていたと言いますか……」

 

「私、そんなにメンタル弱くねーよ!」

 

 ないない。

 

「さて、では、麻帆良の魔法使いに魔法を教えてもらいますか」

 

「自分で言い出してなんだが、そんなに上手くいくか?」

 

「大丈夫ですよ。物事には王道が存在するんです」

 

 そう。王道。

 ネギまの世界に転生したなら、王道というべきルートがある。

 それは……。

 

「キティちゃんの呪いを解いてみるとしましょうか」

 

 狙うは、登校地獄の呪いに苦しめられている永遠の少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの解呪。

 こちらの手札は、サーヴァントだ。

 普段はスマホの中で過ごしている、無数のゲームキャラクター達。今回そこから呼び出すのは、裏切りの魔女メディア。ルールブレイカーが火を吹くぜ!

 



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■3 せかいのどく

◆7 王道エヴァルート

 

 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。

 六〇〇年を生きる吸血鬼の真祖であり、元であるが六〇〇万ドルの賞金首だ。魔法使い達の間では、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)と呼ばれ恐れられている。

 

「……ヤバくねーか?」

 

「いや、そこまで極悪ではないですね。魔法使いの国における扱いは、一種のナマハゲのようなものです」

 

「悪い子はいねーかーって?」

 

「はい、子供の教育に使う、偶像としての悪役ですね」

 

 その扱いに、キティちゃん本人がどう思っているかは知らないが。

 

「それに今は、呪いで強制的に麻帆良の地に縛りつけられたうえで、麻帆良の魔法結界で無力化しています。魔法的な観点で見れば、安全ですよ」

 

「魔法的な観点ってなんだよ……」

 

「人間的な観点で言うと、六〇〇年生きた人ですから、武術の達人となっています。推定猫二匹分未満の強さしかない今のちう様では、指先一つでダウンです」

 

「全然安全じゃねえ!」

 

 と、そんな会話をしながら、エヴァンジェリン邸の前で彼女の帰りを待つ。

 こちらは小学五年生で、相手は中学生のため、放課後に到着した時点でもまだキティちゃんは帰宅していないようだった。ちなみにエヴァンジェリン邸は、ちう様との一年間の麻帆良マップ作りですでに発見済みだった。オシャンティなログハウスである。

 

 やがて、日がやや傾いてきたあたりで、キティちゃんが私達の前に姿を現した。従者はいない。絡繰(からくり)茶々丸(ちゃちゃまる)は未完成なのだろう。

 

「なんだ貴様らは。そこは私の家だぞ」

 

「オシャレなログハウスですね」

 

 そんな言葉を私は切り出す。

 

「ふん、ここは子供の遊び場じゃない。お子様はさっさと帰れ」

 

 私の横でちう様がイラッとしたのが分かる。

 うん、相手の見た目は、明らかに私達より年下の少女だからね、見た目だけは。そんな子にお子様扱いされて、反射的に頭にきたのだろう。

 

「私は刻詠(ときよみ)リンネ。こちらは同級生の長谷川千雨さんです。闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルさん。あなたにお話があります」

 

 私がそう告げると、キティちゃんの目がすっと細くなった。

 

「魔法生徒か。肝試しにでも来たか? あいにく、私は人に優しいお化けじゃないぞ」

 

 キティちゃんの右手の指先がピクリと動く。

 人形遣いの糸術だ。魔法の力を封じられたキティちゃんの手札の一つ。

 だが、それを使えるのはキティちゃんだけじゃない。

 

 私は指先で糸を操り、キティちゃんが飛ばした糸をからめとる。

 

「なにっ? 貴様も糸を……」

 

「私も、人形遣いの技術を少々使えまして」

 

 もちろん、そんな技術を練習した来歴なんて私にはない。これも、スマホゲームの力の一つだ。

 くぐつ使い。戦闘人形や機械を糸で操る職業(クラス)

 

「ただの子供ではないようだな!」

 

 キティちゃんは両手を胸の前に掲げ、さらに糸を繰り出そうとする。

 

「あー、すみません、こちらに争う気はないです」

 

「何を……!」

 

「長生きな魔法使いさんと、取引をしに来たんですよ。ちなみに私と横にいる子は、二人とも魔法生徒ではありません」

 

「…………」

 

「そうですね、先に興味ありそうなことを。サウザンドマスターは死亡していません。今も生きています」

 

「なんだとっ!?」

 

「サウザンドマスターの現状、知りたくないですか?」

 

「その言葉、もし嘘だったら……生きて帰れると思うなよ?」

 

「読心の魔法やギアススクロールを使っても構いませんよ」

 

 キティちゃんは両手を下ろし、こちらに向けて歩き出した。

 そして私達とすれ違い、ログハウスの入口へ。ドアの鍵を開けながら、彼女は言った。

 

「ついてこい。話を聞いてやろう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そうして、キティちゃんは一人でログハウスの中へと入っていった。

 その成果に私は浮き足立ち、横に立っていたちう様に向けて言う。

 

「やりましたね。第一ステージクリアですよ!」

 

「いやいやいや、こえーよ! 一触即発だったじゃねーか!」

 

「いやー、くぐつバトルとかにならなくてよかったですね」

 

「巻き込まれる私の気持ちになってみろや!」

 

 そんなちう様をなだめながら、私は素敵なログハウス、エヴァンジェリン邸へと入っていくのであった。

 

 

 

◆8 予言

 

「まず始めに言っておきますね。私達の目的は、西洋魔法を習得することです」

 

 客間のテーブル席に着いた私は、早速とばかりにこちらの用件を切り出した。

 すると、対面のキティちゃんは嫌そうな顔をした。

 

「そのような目的で、なぜ私のところに来るんだ。魔法使いなど、麻帆良にいくらでもいるだろう」

 

「私の知る中で魔法を知っている人物は、ごく少数。その中で、魔法社会に関係ない人物が魔法の存在を知った際、記憶の封印を選ばない可能性が高いのが、あなたでした。さらに、取引を持ちかけるための手札が存在するのは、あなたに対してだけです」

 

 私がそう言うと、キティちゃんは、ふんと鼻を鳴らした。

 

「用件は分かった。で、さっきの話だが」

 

「サウザンドマスターですね。順を追って説明しますが、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドには息子が存在することをご存じですか?」

 

「ああ……、確かネギだとかいう……」

 

「その子が住んでいた村が、三年前に襲撃を受けたということは?」

 

「それは知らんな」

 

「その襲撃で、村の住民のほぼ全員が石化の魔法を受けて壊滅。召喚された魔族の攻撃を受ける中、ネギくんは駆けつけたサウザンドマスターに救出されています」

 

「…………」

 

 うわ、すごく胡散(うさん)臭そうな顔をしてる……。

 まあ、端から見たら小学生の妄想でしかないからな。

 

「そして、現在のサウザンドマスターの居場所ですが、彼は今、悪しき魔法使いに囚われています」

 

「……はあ?」

 

「話は飛びますが、魔法世界、ムンドゥス・マギクスは現在、魔力不足で滅びかけています。その魔法世界の住人達を永遠に続く眠りにつかせて世界を縮小することでどうにか延命しようと、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』という秘密結社が絶賛暗躍中です」

 

「……続けろ」

 

「その完全なる世界の親玉は、『造物主(ライフメイカー)』ヨルダ・バオト。魔法世界を創り出した人物で、『始まりの魔法使い』などと呼ばれていますね。その親玉は他人の身体に憑依する精神体とも呼べる存在で、現在サウザンドマスターの身体を乗っ取っています」

 

 うん、明らかにキティちゃんの顔が引きつったのが分かる。

 

「以上が、私が知る現在のサウザンドマスターについてです」

 

「……よくできた作り話だ」

 

 そう、平坦な声でキティちゃんは言った。

 

「と、言われることくらい分かっているだろう? 貴様の話を裏付けする証拠はあるか? あるならば、信じてやろう」

 

「証拠ですかー……」

 

 それを言われると辛い……とはならないが、正直ちう様のいるところでは見せたくなかった。

 私は横に座るちう様の顔をちらりと見る。不安そうにこちらを見る彼女の表情に、私は覚悟を決める。ちう様が衝撃の事実を知っても心を壊してしまわないよう、私が支える覚悟を。

 

「これから見せるのは、とある『予言の書』です。宗教的な『預言書』の方ではなく、世間で話題のノストラダムスの方の『予言』です」

 

「ずいぶんと話が飛躍したな……」

 

 呆れたように言うキティちゃんに見せつけるように、私は手の中へスマホを召喚した。

 

「ほう、アポーツの魔法か何かか? 貴様、糸以外にも使えるのか」

 

「まあ西洋魔法以外の超常能力をいろいろと。それよりも、こちらをご覧ください」

 

 私はスマホを操作し、電子書籍閲覧ツールを起動。そこから、一冊の本を選択した。

 本のタイトルは、『魔法先生ネギま! 1』。

 

「三年後から先の未来を示す、予言の書。この世界に対する劇薬(どく)です」

 

 

 

◆9 魔法先生ネギま!

 

「ぬああ、四歳も年下のガキを好きになるとか、ねーから!」

 

「ふはは、どう見ても惚れているではないか!」

 

「ねーから!」

 

 一台のスマホを囲んでの『魔法先生ネギま!』読書会。

 序盤のエロコメ漫画展開に席を立ちそうになるキティちゃんをなだめすかして、桜通りの吸血鬼編まで読んだところで、読書の場所を移した。

 

 計三十八巻にも及ぶ長編漫画を読むために、私とちう様、キティちゃんの三人は、エヴァンジェリン邸にあるダイオラマ魔法球の中に入ったのだ。内部での二十四時間が外の世界での一時間になるという精神と時の部屋である。

 

 ちょっとしたジオラマの外見で、内部に入ると広大な空間を持つという物凄い魔法の力を見て、ちう様は完全に放心していた。

 そんなちう様の表情をスマホで撮影しつつ、自動人形に世話をされながら三人で電子書籍を閲覧。

 数時間かけて読みふけり、今、最終巻を見ているところだ。

 

 人柱となった神楽坂(かぐらざか)明日菜(あすな)。そこからのスーパー未来人パワー(デウスエクスマキナ)。そして迎える大団円。

 宇宙開発のための軌道エレベーター(建築中)を背景にして、物語は幕を閉じた。

 

「以上、『魔法先生ネギま!』全三十八巻でした」

 

「……待て」

 

 スマホをスクロールする手を止めた私に、横から声がかかる。キティちゃんの声だ。

 

「待て待て。なんだこの間をすっ飛ばした結末は! ナギは、どうやって助け出されたのだ!」

 

「そこは、続編をお楽しみということで……」

 

「まだあるのか!」

 

「はい、『UQ HOLDER!』という漫画……げふん! 予言の書が!」

 

「漫画といったな! やっぱりこれ、ただの漫画じゃあないか!」

 

「でも、明らかに未来のことを示しているのは、分かりましたよね?」

 

「ぐっ、そこは確かに認めよう。これはネギ・スプリングフィールドの未来を示す書であると」

 

 ソファから腰を浮かせて私につかみかかろうとしていたキティちゃんをなだめすかせ、着席させた。

 

「では、その続編とやらを見せろ」

 

 そう要求してくるキティちゃん。だが、待ってほしい。

 

「漫画を三十八巻分、一気読みしたんですよ。何時間経ったと思っているんですか。食事にしましょう、食事に」

 

「む……」

 

「まあ、私とちう様は、エヴァンジェリンさんに用意してもらわないと、どうしようもないのですが」

 

 キティちゃんのダイオラマ魔法球は、入ってから内部で二十四時間経過しないと出られないのだ。

 なので、キティちゃんに夕食を用意してもらう必要がある。

 

「分かった。晩餐としよう。世話をしてやるから、ありがたく思え」

 

 そういうことになった。

 

 

 

◆10 出席番号25番長谷川千雨

 

 広いテーブルの上に並べられたのは、豪華なディナーだ。

 正直、うんまい。私のスマホ能力でプロ級の料理人を呼び出すことも、料理人の料理能力を身に宿すことも可能だ。が、私は実家住みで母が毎日料理を作っているので、その能力を行使したことは残念ながらない。

 なので、こういう高級料理を食べるのは、今生で初めてのことだった。

 

 美味しい美味しいと食べているのだが、私の横に座るちう様は苦い顔だ。

 

「どうしたんです? 口に合いません? 美味しいのに」

 

「いや、さっきの漫画がな……」

 

「ネギ先生との恋模様?」

 

「そっちじゃねえ。私の末路が、ガチ引きこもりのネット廃人って……」

 

 ああ、ネギま最終話では、クラスメート全員分のその後が語られているんだよね。

 長谷川千雨のその後は、大学卒業後に引きこもりのネット廃人である。なお、ISSDA特別顧問も兼任している。ISSDAは、火星をテラフォーミングするための宇宙団体のことだね。

 

 そんな落ち込むちう様に、私は言った。

 

「大丈夫ですよ。ああは書かれていましたが、私にはちょっとした見解があるんです」

 

「なんだよ」

 

「引きこもりになるとしても、親のすねをかじって引きこもると、ちう様は思いますか」

 

「あー、いや。うちの家庭環境でそれはねーな」

 

「あれ、多分、専業主婦ですよ」

 

「あ?」

 

「ちなみにネタバレしますが、あのネギ先生が好きだったのは、出席番号25番の長谷川千雨です」

 

「私か!?」

 

「長谷川千雨です。あの世界線の長谷川千雨は、ネギ先生と結ばれます。そして、家から出ない引きこもりの専業主婦になったと思われます。未来って、ネット通販がすごく発達しているんですよ」

 

「いやいやいや、結婚って。私が四歳下の子供相手ととか、ねーから……」

 

「そうですね。長谷川千雨はともかく、ちう様はもしかしたら無いかもしれませんね」

 

「……んん?」

 

 私の言い方に、ちう様は首をかしげる。

 それを見たキティちゃんは、面白そうに笑った。

 

「くっくっくっ、そういうことか。未来の分岐、並行世界か」

 

「はい。ちう様は、『魔法先生ネギま!』という未来の情報を知ったことで、無数の選択肢が生まれました。そこで、ちう様がネギ・スプリングフィールドくんに惹かれるかは、不確定で今後次第というわけです」

 

「あー、並行世界ね……超弩級の情報を手に入れた私の未来は、不確定か」

 

「そうですね」

 

 うーん、料理美味しー。どこの国の料理なんだろう。西洋風に見えるけど。

 

「だが、一つ分からんことがある」

 

 優雅にワイングラスを傾けながら、キティちゃんが言った。

 

「予言の書などというオーパーツを手に入れられるような重要人物。刻詠リンネ。貴様の存在が予言の書に、影も形もなかったことが解せん」

 

「あー、私は、『魔法先生ネギま!』にはいないんですよ。もちろん、その続編にも」

 

「貴様は3年A組に編入されなかったということか?」

 

「いえ、そもそも私は『魔法先生ネギま!』の世界にいないはずの存在なんです」

 

「……?」

 

「私は、転生オリ主なんですよ」

 

 私がそう言うと、ちう様が「そういうことか!」と叫んだ。うん、ちう様にはこのあたり、単語を予習させておいたからね。

 

「つまり、どういうことだ?」

 

 全く理解できていないキティちゃんの再度の問いに、私は答える。

 

「私は神様の手によって、こことは違う世界からこの世界にやってきました。本来のネギ・スプリングフィールドが主人公の物語(ちゅうしんとなったれきし)に、第三者が勝手に書き加えたオリジナル主人公。世界の異物メアリー・スー。それが私の正体です」

 

 ステーキにナイフを入れながら、私は上品になるように努めて笑った。

 ステーキを上手く切れなくて、その笑顔は長時間維持できなかったが。

 

 

 

◆11 裏切りの魔女

 

 夕食の後、浴場に入り、少しお腹を休めたところで、『UQ HOLDER!』を二十八巻全て読破した。

 そして、完全に徹夜になったのですぐさまぐっすり眠り、起きた後の朝食だか昼食だか夕食だかも分からない食事の席。

 

「刻詠リンネ。貴様の最終目的は、造物主の撃破か?」

 

 キティちゃんにそう尋ねられ、私は素直に答えた。

 

「いえ、あなたにとっては残念かもしれませんが、それは違いますね。今後の流れ次第では、私がその討伐に関わることもあるかもしれません」

 

「では、何だ? 火星のテラフォーミングか?」

 

「テラフォーミングは協力できるならしたいですが、それも違います。私の目的は……私とちう様が無事に生き長らえることです」

 

「……そうか」

 

第二の予言の書(UQ HOLDER!)』に描かれていた悲劇を思い出しているのであろう、キティちゃんがそう短く答えた。

 

「さて、ここまでは、ただの前座です。あらためて、エヴァンジェリンさん、あなたと取引がしたいです」

 

「ああ、なんだったか。魔法を習得したい、だったか?」

 

「他にもいくつか要求があります。そこで、私から新たに提示する物があります」

 

「なに? 未来の情報以外に、まだ何かあるのか?」

 

「はい。実は私、神様の手によって転生させてもらう際、特殊能力を得まして。その中の一つに、並行世界の過去に存在した、英雄の霊体を召喚するという能力があります」

 

「……降霊術か?」

 

「召喚する英霊は、ただの霊魂ではなく、物質への干渉能力があり、魔術師の英霊ならば魔術の行使も可能です」

 

「ほう……」

 

「その英霊を一人、ここに呼び出します」

 

 私はそう言ってカトラリーを置き、手元にスマホを呼び出した。

 そして、スマホを操作し、ゲームのアイコンをタップ。選んだゲームは、『Fate/Grand Order』だ。

 

「おいでませ、メディア様」

 

 すると、私の背後に一人の英霊が顕現する。

 

「やっと呼んでくれたのね。あら、食事中じゃないの」

 

「後はデザートだけですよ。メディア様も食べます?」

 

「せっかくだからいただくわ」

 

「エヴァンジェリンさん、一席用意してくださいますか?」

 

「ああ。で、そいつは何者だ? 格好からして、魔法使いのようだが」

 

 キティちゃんが自動人形に指示を出しながら、そう問いかけてくる。

 ふっふっふ、驚くがよいぞよ。

 

「コルキスの王女。女神ヘカテと魔女キルケーの愛弟子。神代の魔術師」

 

「ギリシャ神話の魔女メディアか!」

 

 テーブルに身を乗り出しながら、キティちゃんが叫んだ。

 お行儀が悪いが、この世界の魔法使いにとっても、神代の魔術師は彼女をそうさせるほどのビッグネームであったらしい。

 

「まあ、この世界とは違う並行世界出身の英霊なので、この世界で使われる魔法には詳しくないはずですが」

 

 私がそう言うと、メディア様は自動人形が引いた椅子に座りながら、得意げに答える。

 

「でも、空間中のマナを用いて、魔術を行使する仕組みは同じなのでしょう? それなら、少し教えてもらえれば、この世界の魔術も解き明かしてみせるわ」

 

「ふうむ、その英霊が、貴様の提示する私にとっての取引材料ということか?」

 

 キティちゃんの問いに、私は首を横に振る。

 

「彼女は条件達成のために必要な要員といいますか……主目的は、ナギ・スプリングフィールドに一切頼らない、エヴァンジェリンさんの登校地獄の呪い解除です」

 

「……なるほど、そう来たか」

 

「私が呼び出す英霊は、生前の逸話を昇華した宝物、『宝具』を所持しています。超すごいアーティファクトだと思ってください。そして、メディア様が所持する宝具の一つは、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。短剣状の宝具で、切りつけた相手にかかっているあらゆる魔術を初期化する効果を持ちます」

 

「あまり使いたくはないのだけれどね。昔を思い出してしまうから」

 

 目の前に置かれたケーキをフォークで切り崩しながら、メディア様がため息をつきながら言う。

 それに補足して、私はキティちゃんに向けて言った。

 

「ちなみにこれを適当に使うと、エヴァンジェリンさんの吸血鬼化の術式まで初期化してしまう危険性があるので、メディア様による魔法と呪いの研究が必須となっています」

 

「……ふむ、そうか。そちらの追加要求次第だが、呪いの解除は魅力的だな」

 

 キティちゃんが腕を組みながらそう言った。

 

「サウザンドマスターに呪いを解いてほしかった、とかはないんですね」

 

 キティちゃんがそんなことをのたまう二次創作小説を昔に読んだ覚えがある。

 

「アホか。私がそんなロマンチストに見えるか」

 

「予言の書を見る限りだと、かなり見えますね」

 

「あれは忘れろ!」

 

 そんな私とキティちゃんのやりとりに、ちう様がふふふと笑った。昨日は、ちう様がいじられる側だったからなー。

 

 さて、そういうわけでデザートの時間も終わり、キティちゃんがお前の力を見せてみろといったので、ダイオラマ魔法球内の海岸でいくつかの技を披露。それからあらためて、私とキティちゃんは取引の内容をまとめることになった。

 

1.リンネはキティちゃんの登校地獄の呪い解除に向けて、その能力を行使すること。

2.キティちゃんは、ちう様とリンネ、リンネの部下に魔法の技術を伝授すること。

3.キティちゃんは、ダイオラマ魔法球内にリンネの部下達を滞在させ、技術研究のために一部区画を貸し出すこと。

 

4.リンネはキティちゃんの許可なく、予言の書を他者に閲覧させないこと。ただし、リンネの部下は除く。

 

5.キティちゃんは、メディア様に己が所有する書物を自由に閲覧させること。

6.キティちゃんは、メディア様に定期的に給与と休暇を与え、ダイオラマ魔法球の外での活動を支援すること。

7.リンネ、ちう様、キティちゃんは、メディア様が用意する衣服を求めに応じて着用する義務を負うこと。

 

 大体こんな感じだ。

 

 条件4は、キティちゃんの恥ずかしいあれこれを他人に見せるなとのお達しのようだ。まあ、『UQ HOLDER!』にはネギ先生と雪姫先生(エヴァンジェリン)の事後っぽいシーンとか描かれているからね……。

 

 条件5と6は、メディア様が協力するにあたって、彼女が出してきた条件だ。

 私が呼び出す英霊は、当然ながら自由意志がある。英霊が私に協力してくれるかは、その英霊次第だ。

 スマホに入っているゲーム本編のように、世界の危機が訪れているわけでもなし。そんな状況下で、私に無条件で従ってくれる英霊はそうそういない。

 

 今回メディア様が出した条件は、魔道の探求に必要な書物の閲覧権の要求だ。キティちゃんはダイオラマ魔法球を所持しているだけあって、でかい書庫がある。そこを自由に見させろと言う要求だね。

 給与は、小学生の私じゃどうしようもないので、キティちゃん頼みだ。もし資金が必要なら、(ゴールド)でもスマホから出して、キティちゃんに売りさばいてもらうつもりはあるけど。

 衣装については……メディア様、ギャグ時空に染まらなくていいんですよ?

 

「条件3の、〝部下達〟と複数形なのが気になるが……他に英霊を呼ぶのか?」

 

 キティちゃんが、条件をまとめたメモ書きを見ながら聞いてくる。

 追加の英霊か。魔女キルケーとか呼んでもいいんだけど、私が一度に現界させられる英霊の数はゲーム仕様的に上限があるので、あまりポンポン呼び出したくない。

 なのでメディア様の助手として呼ぶのは、別のゲームの存在だ。

 

「英霊とは違う、私の忠実な部下を呼ぶ予定ですよ。試しに一匹呼びますね」

 

 私はスマホを操作し、ゲームアイコンをタップする。起動するゲームは、『Kittens Game』。

 

「匹……?」

 

 私の言葉に怪訝そうな顔をするキティちゃん。

 そんな彼女の前に、私は部下を呼び出した。

 

 それは、一匹の猫。

 二足歩行で、服を着た、ちょっと変わった猫だ。

 

「求めに応じて参上したにゃー」

 

「か、可愛い……!」

 

 メディア様、キャラ崩壊注意ですよ!

 

猫妖精(ケット・シー)の変種か……?」

 

 そういえば、この世界にはケット・シーがいるとか、原作でカモくんが言ってたね。

 だが、この子は妖精なんかじゃない。

 

「彼は子猫です」

 

「猫か」

 

「はい、子猫です。種族名は、子猫(Kittens)としか言いようがありません」

 

 子猫(キティ)ちゃん。猫仲間だよ! 口に出して言ったら殺されそうなので言わないが。

 

「よろしくにゃー」

 

「子猫は、頭がよく、手先が器用で、働き者な種族です。科学技術に優れ、研究開発が大得意です。これまで魔法に触れたことはありませんが、教えさえすればその開発力でメディア様の助手としてお役に立てるはずです」

 

 メディア様の方を見ると、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。

 

「服を着る文化があるのね。どんな衣装が似合うかしら……」

 

 ギャグ時空から帰ってきてください、メディア様!

 

 ……そんなこんなで、私とちう様の二人と、キティちゃんとの秘密の関係が始まったのだった。

 

 別に魔法を教えること自体は学園に秘密にするわけではないのだが、私の転生能力と予言の書の存在は学園には秘密だ。

 そして、私とちう様の同好会は形を変え、魔法修練の会に。私達は、本格的に非日常へ足を踏み入れた。

 




※ちなみに私は単行本で読んでいるので、『UQ HOLDER!』のラストをまだ知りません。オリ主は未だ存在しない二十八巻を読んでいるッ!


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■4 魔法生徒リンネ!

◆12 火よ、灯れ

 

 はてさて、キティちゃんに魔法を教えてもらう契約を取り付けた私とちう様だが、学園側からの扱いは新米魔法生徒だ。

 予言の書の存在は学園側には明かせない。では、どうやって私達が魔法の存在を知ったかという経緯は、捏造してやる必要がある。

 

 そこで必要となるカバーストーリーは、私とちう様が二人だけの同好会活動をしていたことから簡単に用意することができた。

 元々、私達二人は麻帆良の不思議を解き明かすために、学園都市中を嗅ぎ回っていたわけで。その痕跡は確かに残っていて、そこから自力で魔法の存在を知ったという話に持っていけたのだ。

 実際、魔法使いが空を飛ぶシーンも目撃していたわけだしね。

 

 さらには、キティちゃんにも口裏を合わせてもらって、同好会活動中に闇の福音の存在を私達が知ったというホラ話を学園に信じ込ませることができたのだ。

 当然ながら、魔法に関する記憶の消去を、という声も上がったようなのだが、それは通らなかったようだ。

 

 元々私とちう様は麻帆良の異常性に対して、疑い深い目で見てきたわけだ。つまり、魔法に関する記憶を消去したところで、また自力で魔法に辿り着いてしまう可能性は高い、と見なされた。

 さらに、キティちゃんが私達の教育役に名乗りを上げたので、後ろ盾もできて私達は無事、魔法生徒になったわけだ。

 

 あの闇の福音が、未来のある若者を手中に収めることについて、麻帆良の関係者の間で議論が紛糾したらしいけれど……。

 最終的に私達はキティちゃんの下に収まることになったので、うまく言いくるめることに成功したのだろうね。

 

 そんなわけで、私とちう様は、毎日放課後エヴァンジェリン邸に訪れて、魔法の練習にはげむことになった。

 

「プラクテ・ビギ・ナル。『火よ、灯れ(アールデスカット)』!」

 

「おお、ちう様、今、杖の先が光りましたよ」

 

「マジか!」

 

「この調子でやっていきましょう」

 

 魔法の練習は、エヴァンジェリン邸の居間で行なわれている。ダイオラマ魔法球は使わない。私達はまだ小学生なので、時間加速した状態での修練は、身体が成長しすぎると判断してのことだ。

 ただし、中学生に入ってからは遠慮無く使わせてもらう予定だ。

 

「はー、ここまでくるのに結構かかったな」

 

ダイオラマ魔法球(べっそう)の中ならマナが満ちているらしいので、簡単に火が灯ったのでしょうが……」

 

「いやー、さすがに小学生達の中で、二人だけ大人ボディになるのはな。寿命の前借りとか怖いし」

 

 ダイオラマ魔法球の中で長く過ごせば過ごすほど、現実世界では早く寿命を迎えることになるわけだ。

 

 まあ、私はゲームキャラクターの力で、千年経とうが若い姿を保ち続けることができるので、寿命とか気にしないのだが……ちう様はねぇ。個人的には、ちう様にも永遠の命を手に入れてほしいところだが、それを私から押しつけるわけにはいかない。

 だって、今後ちう様が男の人を好きになるとして、その人と一緒に歳を取っていきたいと思うかもしれないからね。

 

「では、私も。プラクテ・ビギ・ナル。『火よ、灯れ(アールデスカット)』」

 

「お、火花が散った気がする」

 

「はい、身体に蓄えられたオドがわずかに消費された感覚がありますね。……一応の成功です」

 

「あー、リンネは魔力の感覚が分かるのか。便利だな」

 

「三流マスターの魔術回路がありますからね。西洋魔法は初心者ですが、並行世界の魔術が使えます」

 

「それ、私と一緒に魔法を覚える必要なくねえ?」

 

「西洋魔法は詠唱が必要な代わりに、威力が高いのが魅力なのですよ。まあ、威力のある魔法を使えるのは、一握りの達人だけなのでしょうが……」

 

「私は、自分があのラストバトルで戦えるような魔法を使えるようになるとは、到底思えないな……」

 

 しょんぼりするちう様。まあ、ネギま後半やUQ後半は、パワーインフレ物凄いからね。努力だけであの頂に到達できるとは、とても思わないだろう。

 

「ちう様が本気で強くなりたいなら、私も全力で支援しますので、考えておいてくださいね」

 

 私は右手にスマホを呼び出し、ちう様の前でフリフリと振った。

 それを見て、ちう様は考え込む。

 

「なんだか私、リンネに与えられてばかりで、何も返せてねーな」

 

 (うれ)いを帯びたちう様の表情も、いいものだなぁ。

 

「魔法を覚えたいって言い出したのは私なのに、エヴァンジェリン先生と交渉して言質を取ったのはリンネだ。私は何もしていねえ。それなのに、私はこうして魔法を学べている。私は一方的にリンネから搾取している状態だな……」

 

 ふむ。おんぶに抱っこ状態が、心苦しいと。

 私は少し考えて、ちう様に向けて言った。

 

「前世の世界には、こんな名言がありました。『友情は見返りを求めない!』」

 

 私が高らかに言い放つと、ちう様はキョトンとした顔をこちらに向けた。

 そして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべて、言う。

 

「……いい言葉だな。いや、寄生行為がその言葉で許されるってわけじゃねーが」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。私のふところは広いんです。具体的にはスマホ一個分」

 

「神様の宝物レベルか。めちゃくちゃ広いふところだな」

 

 うんうん、もっと頼ってもいいのよ?

 

「友情は見返りを求めない、か……」

 

 ちなみにその名言、エロゲで出てきたワードだから、あまりおおっぴらに言うものじゃないんだよね。

 

 

 

◆13 出会いの意味は

 

 魔法の練習は夕方近くまで続き、杖の先から火花が散るようになったので、体内の魔力を消費するようになってきた。

 ネギま世界の西洋魔法は、精神力をトリガーとして、体内に蓄えた魔力を呼び水に、世界に満ちる魔力を操作するというもの。

 型月式の魔術も、似たような動作をすることがある。型月世界では体内の魔力がオド、世界の魔力をマナと呼ぶ。ネギま世界では、オドはイドと呼ばれ、『気』として運用する。

 

 そんなわけで、私とちう様は精神力とオドの使いすぎでヘロヘロになっていた。

 

「リンネも普通に疲れるのな。完璧超人だから平然としていると思ってたよ」

 

 いえいえちう様。私のスマホにはキン肉マン関連のゲームは入っていないので、完璧(パーフェクト)超人の力なんてとてもとても。

 え? そういうことではない?

 

「魔法の練習のために、今の私は特にスマホから力を引き出していませんからね。麻帆良生まれの刻詠(ときよみ)リンネという一般人の限界が、ここまでだったということです」

 

「そーか。なんか素のリンネが私並みというのは、なんか安心したな」

 

「身体能力に関しては、スマホの住人に鍛えられているので、猫二匹分ということはないですが」

 

「体育の成績すげーもんな……」

 

 スマホの中には『Kittens Game』の宇宙が広がっていて、太陽系Heliosの宇宙空間にオラクル船団が、惑星Cath上にカルデアや、とある王国等が存在している。

 そこでゲームのキャラクター達が自由に過ごしているのだが、基本暇なので、私を鍛えたがるいわゆる師匠勢がいる。その師匠勢に、力を十全に制御できるよう幼少期から指導されてきたのだ。

 まあ、スケジュールはゆるゆるで、ちう様と一緒に同好会活動ができるくらいには余裕があったけれども。

 

 そんなことを説明したら、ソファーに腰掛けながら、ちう様がこちらをじっと見つめてきた。

 

「リンネはさ……」

 

 気だるげにちう様が言う。

 

「私に会う前から、私のことを知っていたってことだよな」

 

「そーですね」

 

「なんで、わざわざ私を友達に選んだんだ? 正直、未来の私って、なんの取り柄もない人間だったろ」

 

「んー、そうですね。実はちう様って、ギャグ漫画世界に迷い込んだシリアス青年漫画の住民みたいな人なんですよ。そのギャップでもって、異常に対するツッコミを担当する役割を課せられているような存在です」

 

「あー……言いたいことは分かる」

 

「麻帆良の異常にツッコミを入れて苦悩をしている姿が忍びなくて、世界の外からやってきた私なら、同じ視点を共有できるだろうなって」

 

 そんなちう様も、今ではすっかり異常に浸かっている。おおよそ私のせいで。

 

「まあ、リンネは麻帆良に存在する異常どころじゃない、異常の塊だったわけだが……」

 

「あはは。そんな感じで、最初のきっかけは同情ですね。でも、思いのほか仲良くなれたので、最初の動機はもうどうでもいいかなーって」

 

 私がわざとおどけてみせながらそういうと、ちう様も笑みを浮かべる。

 

「別に同情スタートでも構わないけどな。実際、お前がいることで精神的に楽になってたのは確かだし。持つべきものは親友だな」

 

 ちう様にそう言われて、私はどこか救われた気がしたのだった。

 私の推しが尊すぎる。

 

 

 

◆14 少女よ、虎になれ

 

「千雨。貴様は身体の動きが(つたな)すぎる。猫二匹分の強さすらないのではないか?」

 

 着火の魔法が成功するようになってから、キティちゃんがあらためて私達の指導を行なってくれることになった。

 そこで言及されたのが、ちう様の運動音痴っぷりだ。

 

「くっ、でも私は砲台タイプの魔法使いを目指してだな……」

 

「最低限の身のこなしができなければ、後衛といえども足手まといになるぞ。本物の猫のように素早く動けるなら別だがな」

 

 猫コスプレのちう様を私は思い浮かべる。ありだな。

 

「そこでだ。長谷川千雨。武術を学べ。魔法剣士タイプになれとは言わんが、最低限、接近されたときの対処法を身につけろ」

 

「あー……武術かぁ。エヴァンジェリン先生が教えるなら、合気柔術か?」

 

「つきっきりで武術を教えるほど私も暇じゃない。お前達との契約内容は、あくまで魔法の伝授だ。お前達の先生にはなったが、師匠になった覚えはないんでな」

 

「そうか……」

 

 ちょっと残念そうな顔をするちう様。

 まあ、合気柔術とかちょっと憧れるよね。

 

「今の私は、子猫達との新魔法開発で忙しい。アーウェルンクス対策の封印魔法だな」

 

 ああ、ネギまのラストバトルで使っていた氷に閉じ込めるやつ。

 キティちゃん、原作に関わる気満々だね。

 

「なので、千雨の武術教育は、リンネに一任する。厳しくやれ」

 

「私ですか?」

 

「お前が直接教えるのもよし、英霊なりを呼び出すもよしだ」

 

 ふうむ。英霊もありか。それなら、選択肢が広がるな。

 私はちう様を手足をじっと見つめて、それから彼女に尋ねた。

 

「ちう様は、どんな武術がいいですか? 武器? 素手?」

 

「え、そうだな。えーと……」

 

 ちう様はしばらく考えた後で、真面目な顔で言った。

 

「銃刀法に引っかからないやつで」

 

「棒術とか格闘とかですね。うん、杖を持つと考えると、妥当ですか」

 

 そうなると、よさげな人が一人。

 現世に出てきてもらう交渉も楽そうだ。元々、弟子を持っていた武術家なので、弟子を育ててみないかと誘えば出てきてくれる可能性は大いにある。

 

「ちう様は、李書文という方をご存じですか?」

 

「え? 知らねえ」

 

「ほう。拳法家か。ずいぶんと近代の英霊だな」

 

 どうやら、キティちゃんは知っているようだ。

 

「19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した、中国の伝説的武術家です。代表的な使用拳法は、八極拳。棒術も使えます」

 

 私のその言葉に、ちう様がピクリと反応する。

 

「八極拳って……」

 

「はい。予言の書において、ネギ先生が習得した拳法ですね」

 

 私がそう言うと、キティちゃんは「くくく」と面白そうに笑い、そして告げた。

 

「よし、千雨、リンネ。中等部に上がったら、ウルティマホラに出場しろ。千雨は、そこで好成績を残すことを一人前の魔法使いとなるに向けての課題とする。リンネは優勝が課題だな」

 

 ウルティマホラは、秋の麻帆良体育祭のころに毎年開催されている格闘大会だ。麻帆良で一番強い格闘家を決める大会である。

 って、待て待て。中学生の時期って……。

 

古菲(くーふぇい)さんと当たりますが」

 

 未来の3年A組のクラスメート。ネギ先生と一緒に戦った武術家だ。

 

「勝て」

 

 ええっ……。

 

「古菲は貴重な未来の主力戦闘員候補だ。たった二年間といえども、井の中の蛙状態にしておくことは惜しい。なのでリンネ。貴様が徹底的に叩け」

 

「この人、本格的に『魔法先生ネギま!』に関わる気満々ですね……」

 

「あのような未来を見せられて、事前に動かない方が馬鹿なのだ」

 

 というわけで、ちう様が武の道に入門することが決定した。

 李書文先生はというと、ちう様の弟子入りを了承してくれた。スマホの中のカルデアは達人ばかりで、教えがいのある弟子が欲しかったのだそうだ。

 ちなみに先生は英霊なので、若い全盛期の存在と年老いた円熟期の存在の二名いるが、全盛期の先生はちょっと戦闘狂が入っているので、円熟期の方においでいただいた。

 

 武術の訓練場所は、メディア様によって新たに作られた、小さめのダイオラマ魔法球内部。ここでは時間加速がされていないため、年齢を気にせず修練にはげめる。魔法の練習もここで行なうようになった。

 

 武術に魔法。両方の訓練は続き、月日はまたたくまに経過していく。

 そして、2001年。いよいよ私達は中学生となる。

 

 入学式を迎えたその日、キティちゃんが私達に向けて言った。

 

「よし、全員無事に1年A組に入ったな。リンネ、今晩実行だ」

 

「ん、了解しました」

 

 今日、この日までキティちゃんは耐え忍び続けてきた。

 登校地獄の呪い。それの解除が今夜とうとうなされる。この日まで待ち続けたのは、キティちゃんがネギくんとの縁を作りたがったから。

 キティちゃんは、ネギくんの生徒として未来に挑むのだ。

 

 その未来への挑戦に、1年A組出席番号19番刻詠リンネと、1年A組出席番号26番長谷川千雨が巻き込まれるかは、まだ分からない。

 



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■5 ピカピカの一年生

◆15 私は百合じゃない

 

 入学式の夜。私とちう様は、女子寮を抜け出してエヴァンジェリン邸にやってきていた。

 ちなみに入寮自体は入学式前に済ませていたので、入寮歓迎会のような催し物はない。なのですんなり抜け出すことができた。

 

 そして現在、キティちゃんのダイオラマ魔法球、通称別荘内にて儀式の準備が進められていた。

 

 儀式に関して、私とちう様が手伝えることはない。全てはメディア様と子猫達が取り仕切ることになっているからだ。

 私達がやるべきことは、初めてこの別荘内に入ったという、キティちゃんの従者、マジックガイノイド絡繰(からくり)茶々丸(ちゃちゃまる)の相手をすることだ。

 

 だが、そんな茶々丸さんは、動き回る子猫達をじっと見つめたまま動かない。

 そういえば、原作における絡繰茶々丸は、川に流された捨て猫を助けて、野良猫に餌をあげるような子だった。

 優しさ故の行動だと思っていたが、もしかすると重度の猫好きかもしれない。

 

 なお、野良猫に餌を与えるのは、近隣住民の迷惑になることも多々あるので、気をつけよう!

 

「なあ、絡繰がここにいてもいいのか?」

 

 と、ちう様がそんな茶々丸さんを見て言った。

 

「何か問題がありました?」

 

「だってよ、絡繰の背後には……」

 

 茶々丸さんの背後にいる人物。未来人、(ちゃお)鈴音(りんしぇん)のことだろう。茶々丸さんの生みの親、葉加瀬(はかせ)聡美(さとみ)の協力者だ。

 茶々丸さんが見聞きしたことは、葉加瀬さん経由で超さんに知られるのを前提に行動した方がよいだろう。

 

 私は、ちう様の手に触れて、念話のパスをつなげる。

 

『超さんにこの儀式を見られても、なんの問題もありませんよ』

 

『でも、メディアさんと子猫達まで見せていいのかよ』

 

『まあ、このくらいなら。そもそも超さんは敵ではないので』

 

『……あー、確かに、未来のネギ・スプリングフィールドの苦労を思うと、さっさと世界に魔法をバラしちまった方がいいのか』

 

 第二の予言の書『UQ HOLDER!』の世界線において、ネギ先生は一般世界への魔法周知をしようとした際に、相当な妨害を受けていた。だが超鈴音の計画が成功すれば、早期に問答無用で世界に魔法が知れ渡ることになる。

 

『私はバラしてもバラさなくても、どちらでも構いませんけどね』

 

『となると、超は敵でもなく味方でもないと』

 

『一度くらいは、彼女達と対決する機会が巡ってくるかもしれませんけれど』

 

「マスターの生徒、クラスメートの刻詠リンネさんと長谷川千雨さんでしたか」

 

 と、内緒話をしていると、いつの間にか茶々丸さんがこちらを向いて話しかけてきていた。

 

「はい、あなたのマスターの生徒をしていますリンネです。三年間、よろしくお願いしますね」

 

 私がそう挨拶すると、茶々丸さんはこちらをじっと見つめたまま動かない。

 そして、唐突に口を開いた。

 

「仲がよろしいのですね。手を握るのは親愛の証と学習しています」

 

 茶々丸さんの視線の先。そこには、手を繋ぐ私とちう様の姿が。

 ちう様は、指摘を受けて、とっさに手を離した。

 

「仲はいいですが、これは特に親愛の意味でつないでいたわけではないですよ」

 

 私とちう様の関係は百合ではない。しごく健全な関係だ。

 

「そうなのですか?」

 

「そうなのです。これは、念話の魔法を使って内緒話をしていたんです」

 

「おいこら、リンネ」

 

「私に聞かれたくない話ですか。すみません、お邪魔でしたか?」

 

 ちう様が私をにらみ、茶々丸さんが申し訳なさそうに言ってきた。

 私はとりあえずちう様を無視して、茶々丸さんに向けて告げる。

 

「いえいえ、お邪魔じゃないですよ。ただちょっと、超さんに知られたくない話があったので」

 

「申し訳ありません、言葉の意図がつかめません」

 

「茶々丸さんの記憶回路を確認できる葉加瀬さんに近しい存在であろう、超さんに知られたくない話があったんです」

 

「なるほど、了解しました。では、向こうで控えています」

 

「おかまいなくー」

 

 そうは言ったが、茶々丸さんは私達のもとから離れていく。そして、キティちゃんの従者人形の一人、チャチャゼロさんの方へと向かった。

 

「おい、いいのかよ、あんな言い方して。超に喧嘩売っているようなものだろ」

 

「いいんですよ。どっちみち、超さんは私に注目しているでしょうから」

 

 再度私はちう様の手を取り、念話を放つ。

 

『超さんの未来に私が存在しなかった場合、私はイレギュラー。私が存在した場合、私はジョーカーですから』

 

 未来に私が存在しなかった場合、彼女は私を怪しむだろう。同じ未来からでも来たのか? とね。

 私、普段からスマホの存在を隠していないので、未来人と思われているだろうなぁ。約二十年先の未来から来たことには間違いはないんだけどね。

 

 

 

◆16 ルールブレイカー

 

「それでは、儀式を始めるわ」

 

 メディア様が宣言する。床に敷かれた魔法陣の中央にはキティちゃんが横たわり、緊張した顔で別荘の空を見上げている。

 魔法陣の周囲には、メディア様の助手である子猫達が十匹、手に杖を構えている。

 

 私とちう様と茶々丸さんは、儀式の邪魔にならないよう、魔法陣から五メートル離れた位置で見守っている。

 そして私は、メディア様の宝具発動の際の魔力を負担する必要はない。

 

 英霊であるサーヴァントの現界に必要な魔力、および宝具の発動に必要な魔力は、カルデアから供給されている。

 カルデア。すなわち、スマホの中。

 

 サーヴァントの使役にマスターである私の魔力を必要とせず、さらにサーヴァントがマスターの私に従う理由もないとか、もうこれ、マスターは私じゃなくてスマホってことでいいんじゃないかな!

 

 そうふてくされている間に、儀式が始まる。

 子猫達が呪文を唱和し、魔法陣が光り輝いていく。

 すると、横たわるキティちゃんの胸元からもやのようなものが立ち上り始めた。

 

 どんどん湧きだしてくるもやは、一つの形を取る。

 それは、モザイク状の人型だ。

 

「登校地獄の呪いの精霊ね」

 

 メディア様がそう解説を入れてくれる。

 

「なんかキメえな……」

 

 ちう様のその感想に、メディア様が答える。

 

「術式が正常に作動していないからかしらね。本来なら、もっとまともな生物の形を取るはずなのだけれど」

 

「バグっているってわけか」

 

 そう言い放つちう様の視線の先、モザイク状の人型は、完全にくっきり見えるようになっていた。

 その人型の前に、メディア様が立つ。

 

「現在、彼女からは呪いの精霊が一時的に切り離された状態にある。後は、簡単ね」

 

 メディア様が右腕を振りかぶる。すると、その手に光が集まり、宝具が顕現する。

 

「『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』」

 

 宝具の解放がなされ、歪なナイフが呪いの精霊に突き刺さる。

 すると、モザイク状だった精霊が急速度で形を正常なものに変えていき、フォルムがより人間に近づいていく。

 いろんな色でぐちゃぐちゃだった精霊は、真っ白な光に変わった。

 さらに、精霊はその存在感を失っていき、薄らと消えていく。

 

 そして、精霊は私達の目の前でその姿を消した。

 

「我が宝具は、魔術を初期化し、契約を白紙に戻し、精霊を消去する。……これで、呪いは解かれたわ」

 

 メディア様はそう言って手元から宝具を消すと、その場にしゃがみ込み、横たわっていたキティちゃんの上半身を起こした。

 キティちゃんはというと、自分の手を見つめて、フルフルと震えている。

 

「……やった、やったぞ! 忌まわしい呪いが、とうとう解けたぞ!」

 

 そうキティちゃんが叫ぶと、周囲の子猫達が「にゃー!」と一斉に杖を天に掲げ、儀式の成功を喜んだ。

 

 こうして、キティちゃんは十数年に及ぶ呪いから解放され、自由を得た。

 だが、彼女の中学生活はまだ終わらない。ネギ・スプリングフィールドと出会うため、彼女は私達のクラスメートを続けるのだ。

 

 

 

◆17 サムライガール

 

 そんな入学式の日からひと月ほど経った後。ゴールデンウィークにキティちゃんとの国内旅行に付き合わされつつも、平和な日々が過ぎる。

 そして、ある日の朝の教室。

 

「しっかし、本当におかしなクラスだよな」

 

 ちう様が、机に肘を突きながら、ぼんやりと語る。

 

「留学生多いし、異様に発育いいやつ多いし、逆に幼稚園みたいなのもいるし」

 

「いけないですよ、身体的特徴を悪く言っては」

 

「あ、そうだな。幼稚園は言いすぎた」

 

「まあ、背の高さは置いておいて、このクラスに特徴的な人物が多い理由は、ちょっと察しています」

 

「へえ?」

 

 私はちう様に念話を飛ばす。最近、短距離なら触れあわなくても念話を飛ばせるようになってきた。

 

『このクラスの全員が、ネギくんの仮契約候補生という予想はどうでしょうか』

 

『……うわ、ありえるな。予言の書では実際、クラスの大半と仮契約を交わしていたわけだし』

 

『現在魔法学校で勉強中のネギくんですが、彼が卒業する前からすでに卒業後の修行の内容は、関係者の間に通達されていたわけです。となると、修行の地である麻帆良は数年前から準備を整えていたかもしれない、というわけですね』

 

『ふーむ、その予想が正しければ、私達は生贄か?』

 

『魔法使いのパートナーは、別に生贄なんて悲惨な立場ではないでしょう。戦うだけがパートナーの役割ではないですし、ネギくんから仮契約を持ちかけられても、嫌なら断ればいいんですから』

 

『あ、そうか。断れるのか。そうだよな』

 

『まあ、そんな二年先のあれこれはどうでもいいんですよ。それよりも今、大事なことがあります』

 

『ん? 何かあったか?』

 

『桜咲さんが近衛さんを露骨に避けているせいで、クラスの雰囲気が微妙に悪い……!』

 

『あー……』

 

 ちう様が、着席して目を閉じている桜咲さんの方を見る。桜咲(さくらざき)刹那(せつな)。同じクラスの近衛(このえ)木乃香(このか)の護衛だ。

 しかし、桜咲さんは自分の過去にまつわる負い目から、近衛さんの近くに寄ることを拒否。

 好きだけど好きだから合わせる顔がない、みたいな心境で近衛さんを遠くから見守っている状態だ。

 

 そして、近づいて昔のように仲良くしたい近衛さんからすれば、避けられるのはショック大。そのせいで近衛さんは落ち込んでおり、彼女の雰囲気に巻き込まれてクラス全体にどことなく暗い雰囲気が漂っているのだ。

 

『というわけで、見ていられないので明日、荒療治を実行します!』

 

『また急だな!』

 

 というわけで、作戦を実行すべし!

 作戦内容は、私が桜咲さんを放課後、空き教室に呼び出す! 私は魔法生徒だから、学園の警備に関する連絡事項とか言っておけばおっけー。

 そこに、ちう様が近衛さんを空き教室に連れてくる! そして教室の中で二人っきりにする! 桜咲さんに思いっきりぶつかってみろと、近衛さんの背中を押すことも忘れずに、だ。

 

 これは勝ったな。

 

『作戦ガバガバすぎねえ?』

 

『両思いなんだから、どうやってもうまく転びますよ』

 

『だといいがなぁ……』

 

 そうしてやってきた翌日の放課後。

 空き教室なるものは校舎内に存在しないことが分かったので、桜咲さん以外のクラス全員に通達して、1年A組の教室に放課後残らないようにしてもらった。

 

 放課後話があると伝えた桜咲さんは、クラス全員から(はか)られているとは思わずに、私のもとへと近づいてきた。

 

「話があるんでしたね」

 

 私にそう聞いてくる桜咲さん。

 

「はい。みんなが帰るのを待ちましょう」

 

「別に、場所を移せばいいのでは?」

 

「大丈夫ですよ。人払いしてあるので」

 

「人払いだと……?」

 

 おっと、勘違いしていますが、人払い(魔法)ではなく、人払い(物理)ですからね。言わないけど。

 

 そして、面白いように一斉にクラスメート達が教室から去って行き、私達二人だけに。

 

「……はあ、仕方ないですね。で、警備の話でしたか」

 

 呆れたように言う桜咲さん。でも、あなたの態度に呆れ返っているのは我々1年A組一同ですぞ?

 

「はい。警備の話です。実は、近衛さんの護衛に関して」

 

「……ッ!? このかお嬢様に何か!?」

 

「はい、そのお嬢様に何かありました。というわけで、本人ご入場です」

 

「は?」

 

 次の瞬間、教室のドアが開き、近衛さんが飛びこんできた。

 

「せっちゃん!」

 

「えっ、えっ、お嬢様!? ……刻詠リンネ、貴様、謀ったな!」

 

 いえいえ、クラス全員に謀られていたのですよ。

 謀られせっちゃんに向けて、私は言う。

 

「桜咲さんには、正直物申したいことがいくつもあります。でも、そんな言葉を私から届けるくらいなら、近衛さんの言葉を一つでも多く聞いてもらいましょう」

 

「そうやでせっちゃん。嫌でも聞いてもらうで。今日のウチは当たって砕けろや」

 

 ずいぶんとガンギマリになった近衛さんが、桜咲さんに近づいていく。

 うん、どうやらちう様が近衛さんに発破をかけたようだ。ちう様、原作に負けず劣らず、力強いはげましをしてくれるからなぁ。

 

「では、あとは若い人達に任せて……」

 

「お見合いかよ。ま、でも確かに私達はお邪魔虫だな」

 

 近衛さんに遅れて教室に入ってきたちう様とそう言い合い、私達二人は教室から出ていった。

 そして、廊下で近衛さんの話が終わるのを待つ。

 と、待っている間に廊下にクラスメート達が集まってきた。うん、あんな連絡網を回せば、みんな興味津々だよね。部活動があるので全員集まっているわけではないが。

 

「どう、刻詠。上手くいった?」

 

 報道部の朝倉(あさくら)和美(かずみ)が、代表して私に尋ねてくる。

 

「上手くいくかは近衛さん次第ですね。ま、心配はしていませんが」

 

「大丈夫かなー。何話しているんだろ」

 

「おっと、ジャーナリストはこのドアをくぐる権利はありませんよ。お嬢様のプライベートです」

 

「えー。報道の自由が私にはあると思うのよね」

 

「報道の自由は、人権の前には、ちりあくたに等しいですよ」

 

 私がそういうと、朝倉さんはブーブーとブーイングをしてくる。でも、桜咲さんと近衛さんの関係はものすごく繊細なので、本気で第三者を通すわけにはいかない。

 

「せっちゃん!」

 

 おおっと、教室内で何か進展があったようだ。

 近衛さんの叫びの後にドアが勢いよく開き、桜咲さんが飛び出してくる。

 

 その彼女の前に、私は立ちはだかる。

 

「桜咲さん、逃げるのはなしですよ」

 

「くっ、刻詠、どけ!」

 

 桜咲さんが、竹刀袋に入ったままの大太刀をこちらに振りかぶる。

 手加減した桜咲さんの一撃。それを私は素手でさばいた。

 

「!?」

 

「さ、教室に戻ってください」

 

「押し通る!」

 

 今度は本気になったのか、物凄い勢いで竹刀袋を振るってくる。京都神鳴流の技だろう。

 それを私は正面から身体で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「吹き飛ばしたかったんでしょうけど、残念ですね。アリス師匠直伝、『硬気功』です」

 

 攻撃を身体で受け止めた次の瞬間に、私は桜咲さんに反撃をしていた。

 捨て身のカウンターをしてくるとは思わなかったのだろう。桜咲さんの鳩尾には、見事に私の突きが入っていた。

 

 スキル『硬気功』。ゲーム的に言うと、数十秒間防御力を上げ、敵の物理攻撃に反撃するスキルだ。

 

 私の反撃を予想しておらず、気のガードがゆるんでいた桜咲さんは、息がつまったのかその場で身をかがめる。

 その隙に、私は今度こそゲームの力を引き出す。以前、キティちゃんとの初対面で使った、くぐつ使いの技。糸による拘束だ。とりあえず、ぐるぐるに巻いておこう。

 

 そして、軽く無詠唱の回復魔法をかけてあげてから、ドアの向こうから心配そうに見つめていた近衛さんに、桜咲さんを引き渡す。

 

「身動きできなくしましたから、存分に思いをぶつけてあげてください」

 

「がんばるえー」

 

 そして二人は、教室の中へと消えていった。

 ドアを閉めて、私は廊下へと振り返る。すると、クラスメート達がじっとこちらを見ていた。

 

「何か?」

 

「いやいやいや、なに今の。映画のアクションシーンみたいな?」

 

「ああ、桜咲さんも、私も、武術をたしなんでいますから」

 

「たしなんでいるってレベルかなぁ? ま、その情報はくーちゃんに流させてもらうからね」

 

 あー、古菲に知られるのか。

 まあ、私が武術をかじっているのは隠していない事実だし、どうにかなるでしょ。ウルティマホラ前に手合わせしておくのも、悪くないかもしれないしね。

 

「じゃあ、教室の中に入るのは諦めるから、刻詠にインタビューさせて!」

 

「かまいませんよ!」

 

 そこから、朝倉さんのインタビューに答えていく私。

 格闘技に関してはとある国のやんごとない人から教えてもらったと言ったら、うさん臭そうな目で見られた。

 本当なんだけどなぁ。まあ、ゲームの世界のお姫さまだから、どこの国の人だとかは言えないけれど。

 

『気』ってあるの? と言われたので、あると答えておいた。

 麻帆良でも、格闘家のごく一部が、遠当てとか使うからね。古菲だって、私のものとは違う『硬気功』を使いこなせる。

 

 さて、そんな感じでインタビューにのらりくらりと答えていると、教室のドアがゆっくり開き、近衛さんが姿を見せた。

 

「上手くいきましたか?」

 

 そう私が尋ねると、近衛さんはにっこりと笑みを浮かべて答える。

 

「仲直りできたえ。みんな、本当にありがとうなあ」

 

 その言葉に、集まっていたクラスメート達がわっと沸いた。

 これまでのクラスの暗い雰囲気を吹き飛ばすような勢いに、私も一緒になって騒ぐ。

 うんうん、よかったよかった。

 

「あの……、それよりも、いい加減この拘束を解いてほしいのですが……」

 

 おっと、桜咲さんを糸で巻いたままだった。

 私は拘束を外し、桜咲さんを自由にする。そして、彼女に向けて私は言った。

 

「もう逃げませんよね?」

 

「はい。先ほどは剣を当ててしまい、申し訳ありませんでした」

 

「こちらこそ、殴ってしまいましたからね。お互い水に流しましょう」

 

 こうして作戦は大成功を収め、近衛さんと桜咲さんの和解は済んだ。

 そして翌日以降、二人が教室の中でキャッキャウフフしている様子をよく見かけるようになった。

 仲良きことは美しきかな。

 

 あと朝倉さんは、近衛さん達から、あの日の教室でどんな会話をしたか聞きだそうとするのは止めなさい。

 



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■6 究極の存在

◆18 華の拳法娘

 

「刻詠! 手合わせするアルよー!」

 

「かまいませんよ」

 

 という会話があって、私と(くー)(ふぇい)さんの対戦が行なわれることになった。

 場所は世界樹前の広場で、ギャラリーはクラスメートの何人かと、古さんの知り合いの武術家達。

 

 立会人として超さんが来てくれて、準備は整った。

 

「お互いに怪我のないようにネ。では、開始!」

 

「はっ!」

 

 超さんの開始の合図と共に、古さんが仕掛けてきた。急加速で懐に潜り込もうとしている。

 だが、そんなに私は甘くはない。間合いに入った瞬間、回転蹴りを叩き込む。

 

「ぬっ!」

 

 それを瞬時にスウェーに似た動きでかわす古さん。前進していたのに下がってかわすとか、慣性どこいった。

 

「朝倉の言う通り、なかなかやるアルね」

 

「師匠直伝、『旋風脚』です。死角はありませんよ」

 

「そのよう……ネッ!」

 

 さらに踏みこんでくる古さん。それに対し私は『旋風脚』を合わせるが、来るのが分かっていたのか、古さんは蹴りを片腕で受け止め、さらに前進。素早い突きを叩き込んできた。

 それに対し、私はあえて肩口で受け止め、反撃に蹴りをお見舞いした。

 

「くっ!」

 

 今度は蹴りをまともに受けた古さんが、とっさに距離を取った。

 

「聞いていた通り、『硬気功』ネ。殴った拳が痛いヨ」

 

「私の『硬気功』は攻防一体。正面から攻撃を受け止め、反撃を叩き込む技です」

 

「カウンター主体というわけネ。だが、いつまで練気が続くかナ?」

 

 そう言いながら、古さんが私の周囲をぐるぐると回り出す。

 隙をうかがっているのだろう。だが、最初に私が言った通り、『旋風脚』に死角はない。この技は、私の周囲三六〇度の一定範囲に入った相手を迎撃する技なのだ。

 

「むむむ、これはなかなか……。不入虎穴、焉得虎子。覚悟するネ」

 

 虎穴には入らずんば虎児を得ず、ね。覚悟するのは、私と彼女どちらだろうか。

 

「ハイヤー!」

 

 古さんの連続攻撃が私を襲う。

 それに対し、『硬気功』を身にまとう私は、被弾を恐れず反撃を加えていく。

 その反撃をなんとかさばき続ける古さんだが、彼女に入った有効打はそこそこ。

 戦いは私の優位に進んでいる。しかし。

 

「ここネ!」

 

 古さん渾身の崩拳が私の腹に突き刺さる。

 そして、私は勢いよく吹き飛ばされた。

 

「そこまで!」

 

 超さんの制止の声が入り、私は受け身を取った体勢で身体から力を抜いた。

 

「思いのほか良いのが入ったアル」

 

「そうですね。『硬気功』が切れた瞬間を狙ったいい攻撃でした」

 

 私は起き上がり、砂埃を払ってから古さんに近づき言った。

 

「刻詠の『硬気功』、ずいぶんと長く続いたからあせったアル」

 

「最大で一分ほど続けられますからね」

 

 この世界流に『気』を身にまとうだけならずっと続けていられるが、技としての『硬気功』は六十秒が今の限界だ。

 

「とんでもないアルねー。しかし、刻詠の流派は何アルか? 私の国の拳法にも似ているアルが、どことなく違う気がするヨ」

 

「あー、中国拳法ではないですね。少なくとも東アジアの格闘術ではないです」

 

 私の体術は、ゲームキャラクターである『武王姫アリス』に習った。彼女は西洋風の小国の王女だが、彼女はとある師匠に習った武術だと言っていた。そして、彼女の武術は、同じくゲームキャラクターである、華の国出身の『武闘家リン』が修める武術に近い流派らしい。

 華の国は、古代中国風の国である。なので、古さんが中国拳法にも似ていると言ったのも、当たっているのかもしれない。

 

「そうだったアルか。世界は広いアル!」

 

 私は古さんの前へと歩いていき、健闘を称えてお互いに握手をかわした。

 すると、ギャラリーが一斉に盛り上がった。

 

「うおー!」

 

「古ちゃんの勝ちだー!」

 

 と、そんな声があがったところで、古さんは首をかしげた。

 

「私、勝ってないアルよ?」

 

「えー、古ちゃん、最後に殴って終わったじゃん」

 

「でも、刻詠はピンピンしていたアル。それに、私の攻撃がまともに入ったのは最後だけだったアルが、私は刻詠に何回も良いのを食らってたアルよ」

 

 古さんがそう言うと、古さんの知り合いであろう格闘家達が口々に、「そうだな」「引き分けというか、痛み分けだな」「力量は互角と見た!」と言い始めた。

 

「じゃあ、決着付いてないってことじゃん! 超りんはなんで試合を止めたの?」

 

「今回はただの手合わせヨ。あれ以上はお互いに本気になったと思うから、怪我をする前に止めたネ」

 

 立会人の超さんがそんなことを主張する。

 まあ、最初にお互い怪我ないようにって言っていたもんね。

 

「お互い力を高めたら、また戦いたいアルね」

 

 と、古さんがそんなことを私に向けて言った。

 それに対し、私は心からの笑みを返す。

 

「ええ、次は、秋のウルティマホラで。お互い〝本気〟で戦いましょう」

 

 私の本気。ゲームの力を次は見せよう。

 

 

 

◆19 永遠はあるよ

 

 とうとうやってきた夏休み初日。

 私とちう様は、早速とばかりにエヴァンジェリン邸にやってきていた。

 

 部屋でごろ寝をしていたキティちゃんには「遊ぶのも学生の務めだぞ?」と言われたものの、ちう様は修行に費やす気満々である。

 早速、メディア様が作った方のダイオラマ魔法球に入ると、私達を待ち受けていた存在がいた。

 

 それは、二人の魔術師。黒ひげの魔術師と、白ひげの老魔術師だ。

 

「ようやく来たか。待っていたぞ」

 

 そう話を切り出したのは、黒ひげの魔術師だ。

 その姿を見て、ちう様が目を輝かせる。

 

「できたんだな?」

 

「ああ、できた。精霊魔法を用いた、延命魔法。ここに完成だ」

 

「やれやれ、永遠の命がそんなに大切かのう」

 

 白ひげの老魔術師が、呆れたように言う。

 

 さて、彼らが何者かというと……もちろん、私がスマホの中から呼び出したゲームキャラクターだ。

 黒ひげの魔術師が、『黒衣のサイラス』。白ひげの老魔術師が、『賢者バルバストラフ』である。

 

 二人は『千年戦争アイギス』というタワーディフェンスゲームに登場するメイジ。二人とも優れた魔法研究者だ。

 彼らは同門ということもあって互いに気心の知れた間柄なので、二人セットで今年の四月に呼び出した。ちょうど、登校地獄の呪いを解除して、現世での用事を終えたメディア様と交代になる形だ。

 

 二人をなぜ呼び出したかというと、ちう様の老化を止める魔法を開発してもらうためだ。

 

 元々、『千年戦争アイギス』の魔術師達は延命魔法を習得しており、若い見た目で実は老人というケースは珍しくもなかった。

 その延命魔法をちう様にも覚えてもらおうと、二人を呼び出した。だが、二人の使う魔法はこことは異なる世界の魔法。二人が精霊魔法と呼ぶこの世界の魔法で実行できるよう、四月からこの夏休み開始まで、研究してもらっていたわけだ。

 

 ちなみに、バルバストラフ老は、本来、延命魔法否定派。

 それなのになぜ、魔法研究に協力してくれたかというと……。

 

「そうはいうがな。刻詠嬢が死ぬと、おそらく神のスマートフォンは消滅する。我らが住む世界消滅の危機だ。だから、刻詠嬢には永遠に生きる覚悟を持ってもらわないといけない」

 

「ふうむ」

 

「その永遠の旅路に、寄り添える存在は我ら以外にも必要なのだ」

 

「分かっておる。だが、刻詠のために、一人の人間の人生が狂わされるのもどうかと思うでのう」

 

 サイラス老とバルバストラフ老が、そんな会話を交わす。

 そんな中に、ちう様が割り込む。

 

「いいじゃねーか、不老。永遠の若さは、女の夢だぜ?」

 

「むう……」

 

「私は、桜雨(さくらさめ)キリヱと違って、永遠を生きる親友を置いて、一人で老いて死ぬ覚悟は持てねーしな」

 

 桜雨キリヱ。『UQ HOLDER!』に登場する不死者で、物語の途中で不老不死の力を失った者だ。彼女が愛する近衛(このえ)刀太(とうた)は不死者であり、不老でなくなった桜雨キリヱは、彼を置いて一人老いていく運命にあった。

 

 そして、私は不老不死の力をいつでもこの身に宿すことができる。

『千年戦争アイギス』の世界には千年前から若さを保ちながら生きる『英傑』達がいる。さらに、デイウォーカーのヴァンパイアもいる。その者達の力を借りれば、私は永遠の時を生きられるのだ。

 

 ちう様は、そんな私に置いていかれたくないのだろう。彼女は私に不老の力を求め、その求めに私は応じた。

 

「では、術式を伝授しよう。だが、この魔法はおそらく外の世界では、禁忌のたぐい。おいそれと漏らさぬよう、気をつけよ」

 

「分かってるよ。永遠の若さを保っていたら、どんな手を使ってでもその秘密を聞き出そうとするやつがいるかもしれねーんだよな?」

 

 サイラス老の忠告に、ちう様が答えた。その言葉に、バルバストラフ老が「うむ」とうなずく。

 

「そうじゃ。そして、その干渉をはねのけるために必要となるのが、強さじゃ」

 

「強さか……凡人の私がどこまで強くなれるかは分からねーが、やれるだけやってみるさ」

 

 そんなちう様のやりとりを見て、私は内心でため息をついた。

 ちう様は、私と共に永遠を生きる。そうなると、一つの大きな障害が私達の未来に立ちふさがることとなる。私も、覚悟を決めよう。

 

 ……そうして、私達の長い長い修行づくしの夏休みが始まった。

 本当に長すぎて、いい加減、別荘から出て遊びに行こうとちう様を誘ったのだが、ちう様の決意は固く、私達は二十四倍の時を別荘の中で過ごし続けたのだった。

 

 スマホの中から食料を取り出せていなかったら、キティちゃんに途中で追い出されていたな、これ……。

 滞在費を取られなかっただけ、ありがたいと思っておこう。

 

 

 

◆20 熱闘! ウルティマホラ!

 

 2001年秋の麻帆良体育祭。その中の競技の一つとして、格闘大会ウルティマホラがあった。

 麻帆良の学生最強を決めるこの大会。古さんは、当然のように参加していた。今年になって麻帆良にやってきた留学生なので、初参加だ。

 

 そして、キティちゃんの指示通り、私とちう様も初参加している。

 ちう様は夏休み、李書文先生の指導を受けて、いっぱしの格闘少女に成長した。

 彼女は予選を軽々突破し、本戦も一回戦、二回戦と勝ち進んだ。

 

 だが、三回戦で古さんと当たってしまう。

 表の大会なので『気』の過剰な使用を控えたちう様は、純粋な武術の腕で古さんと渡り合い……。

 

「いやー、長谷川が、こんなに強いとは知らなかったアル」

 

「くそおおお!」

 

 制限時間ギリギリまで粘ったものの、不意に入った古さんの一撃がちう様の肋骨を粉砕し、レフェリーストップでちう様の敗北となった。

 

 その後も試合は進み、舞台は決勝へ。決勝は、古さんと私の対戦となる。

 そして現在、決勝を前にした控え室。私はちう様に激励を受けていた。

 

「リンネ、私の仇を討ってくれ!」

 

「やってやりましょう。トトカルチョは私に賭けてもいいですよ」

 

「ああ、食券三十枚賭けた」

 

「アイヤー、長谷川、私も応援してくれていいアルよ?」

 

 控え室は、古さんと同室だ。まあ、体育祭の学生競技だからね。選手同士の控え室を別にする配慮なんてないのだろう。

 

「うるせえ、私の食券のために負けろ」

 

「不正はしないアルよ」

 

 実際に、古さんには本気でかかってきてもらわないといけない。

 古さんを叩きのめし、強烈な向上心を持たせるというのがキティちゃんの計画だからだ。

 

「それより長谷川、骨折れたはずなのにこんなところにいていいアルか?」

 

「ああ、治ったから大丈夫だ」

 

「治った!? あのとき、確かに骨を折った感触があったはずアルが……」

 

「治ったから大丈夫だ」

 

 回復魔法便利ですよね。

 

「骨を接ぐとは……は、もしや、気功治療アルか……!」

 

「あー、似たようなもんだ」

 

「日本でそこまで本格的な気功治療ができるとは、麻帆良は侮れないアルね」

 

 と、そんな雑談をしていたときのこと。

 

「古選手、刻詠選手、時間です!」

 

 さあ、戦いだ。

 

「リンネ、負けないアルよ」

 

「本気でやらせていただきますね」

 

 別に殺し合いではないので全力は出さないが、本気は出す。

 

 

 

◆21 激突! ウルティマホラ!

 

『片や、中国からの留学生! 片や、麻帆良生まれの麻帆良っこ! しかし、なんと二人は中学一年生! ウルティマホラ決勝戦、戦うのは麗しい少女達だ!』

 

 木の板が敷かれた屋外闘技場で、私達は向かい合う。

 

『東、古菲選手! 中国武術研究会所属! 多彩な中国拳法で、数いる強豪達を蹴散らしてきました。三回戦の中国拳法対決は、みなさんの記憶に新しいでしょう』

 

 そんな場内アナウンスに、観客席が盛り上がる。

 古さんは、観客達に向かって元気に手を振った。うん、緊張はしていないみたいだね。

 

『西、刻詠リンネ! 麻帆良武術界に突如現れた超新星! 使用武術、一切不明! 経歴上は小学、中学時代共に帰宅部ですが、実は陰で牙を研ぎ続けていたのでしょうか!?』

 

 一応、小学生時代は同好会に入っていましたよー。学校非公認のだけど。

 客席から声援が届いたので、適当にお辞儀を返しておく。

 

『トトカルチョでは古選手が人気ですが、刻詠選手はこれまで苦戦を一度もせず勝ち上がってきました。果たしてどちらが勝つか、全く読めません!』

 

 古さんは四月からずっと麻帆良のあちこちで野良試合をしていたみたいだからな。期待する人が多いのだろう。

 その後もアナウンサーのあおりは続き、会場のボルテージが上がっていく。

 

『それでは、みなさまお待たせしました!』

 

 そして、いよいよ戦いの時が迫る。

 

『ウルティマホラ決勝戦、ファイト!』

 

「はいっ!」

 

 開始と共に、古さんは中国拳法独特の歩法でこちらに飛びこんできた。

 以前とは比べ物にならない速さ。だが、私が対応できない速さではない。

 私は『旋風脚』で迎撃。だが、古さんは進行方向をわずかにずらし、私とすれ違うことで蹴りをかわした。

 

「やはり来たアルね、『旋風脚』!」

 

「死角はありませんよ」

 

「そうカ? 予選、本戦で十分見せてもらったアル。その技は見切ったアルよ!」

 

 そう言いながら、古さんがこちらに近づいてくる。

 

「そうですか。それは困りましたね」

 

 古さんは私の蹴り足から絶妙に距離を離しながら、距離を縮めてきた。

 

「困ったので、新技です」

 

 私は、『旋風脚』をフェイントとして、異なる蹴り技を繰り出した。

 

「ぬうっ!?」

 

 私の大回転蹴りを古さんはとっさにガード。彼女の身体は大きく弾かれた。

 

「『獣王爪大旋風』と言います。『旋風脚』を昇華した技です」

 

「ぬぬ、なかなかの威力ネ! でも、突破口は見えたヨ!」

 

「まあ、そうでしょうね。本来、『旋風脚』も『獣王爪大旋風』も、囲まれたときの対複数用の技ですから」

 

「では、どうするカ? また『硬気功』で耐えるアルか?」

 

「それもいいですが……」

 

「あれから修行した私は、『硬気功』を二十分以上維持できるアルよ! かあッ!」

 

 古さんの全身から、『気』が立ち上る。

 ふうむ、この全身から湧き出している『気』の力、どうやら裏の武術家と遜色ないレベルで使いこなせるようになったみたいだ。いつの間に。

 

「怖いですね。怖いので、今日の私は攻めますね」

 

 と、こちらも師匠達に教わった歩法を使って、古さんに急接近。勢いのまま、蹴りを叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

 両腕を使ってガードした古さんが、大きく弾き飛ばされた。

 

『おおっとー!? 刻詠選手、古選手のガードの上から強烈な一撃ー!』

 

 舞台上での大きな動きに、アナウンサーが盛り上がる。

 一方、古さんは私からとっさに距離を取って警戒を深めた。

 

「『硬気功』の上から身体に響いたアル……」

 

「剛力を身に宿す気功、『剛力活丹功』といいます」

 

「なんと!? 気功は奥が深いアルね……」

 

「というわけで、今日の私は攻めます」

 

 そう言って、私は古さんに近づいていく。

 

 そこから、私と古さんの攻防が始まった。それは、前回の戦いからは正反対の構図。私が果敢に攻めて、古さんが『硬気功』で耐えしのぎ、カウンターを狙う。

 だが、前回と違って私はその身に剛力を宿している。古さんは防御に意識を裂かなければならず、反撃はまばらだった。

 

「くっ……」

 

「おっと、時間切れです」

 

「っ! 隙ありアル!」

 

 私は古さんの反撃をかわすために、舞台を使って距離を取り続ける。

『剛力活丹功』の効果は三十秒と短い。どうにか延長できないか練習したこともあるが、それは叶わなかった。

 ゲームの仕様でスキルの効果時間が三十秒と決まっているからだろう。これ以上、長くも短くもできない。この欠点を克服するには、ゲームから力を取り出すのではなく、自力で『剛力活丹功』を身につける必要がある。

 

 おっと、チキン戦法に徹して十七秒経ったぞ。クールタイムが終了だ。

 

「こぉっ!」

 

「!? 気が切れたのではなかったアルか!」

 

「残念ながら、『剛力活丹功』はインターバルを挟んでの重ねがけを前提とした気功です。そして、重ねがけするたび剛力は増していきます」

 

「長期戦は不利ということアルね!」

 

「ちなみに、『剛力活丹功』は、一度の戦いで三回までしか使えないんですよ」

 

「それはいいこと聞いたアルが、三回目の腕力に耐えられそうにないので、攻めるアル!」

 

 すると、今度は古さんが積極的に攻めてきた。

 こちらの剛力も気にせず、ダウン狙いの攻め。私はそんな古さんに敬意を示して、正面からの殴り合いに応じた。

 互いに技量を尽くしての攻防。古さんの持つあらゆる拳法の技術が、私を仕留めんと襲いかかってくる。

 だが、私は攻めの姿勢を見せながらも、それらをさばいていった。

 

 私は今、ゲームの力を身に宿している。それは師匠と同じ職業(クラス)モンクの第二覚醒の姿、修羅。

 ゲーム的な仕様を言うと、50%の確率で物理攻撃を回避できる。さらに、相手が人間の場合、攻撃力1.5倍。

 それが現実化した今、私は本来の実力に大きな下駄を履いた状態で、古さんと対峙していた。さすがにゲームキャラクターのステータスは宿していないが。していたら今頃、古さんはミンチだ。

 

 そして、『剛力活丹功』三回目。私はさらに上がった腕力で、古さんを吹き飛ばした。

 

『ダウーン! 古選手ダウンです! 互いに一進一退の攻防でしたが、ここで初めて古選手ダウンです』

 

 ウルティマホラの競技ルール。ダウン後、10カウントで負け。ただし、ボクシングと違って3ノックダウン制ではない。

 

『7! 8! 9! おおっと、古選手、9カウントで立ち上がった!』

 

 私との攻防ですっかりボロボロになった古さんが、しっかりとした姿勢で立っている。ふむ、これは……。

 

「悪いアルね。ダウンで時間を稼がせてもらったアル」

 

「なるほど。三回目の『剛力活丹功』は切れてしまいましたね」

 

「さっき、その気功は三回までしか使えないって言っていたネ。嘘じゃないなら、耐えきった私の勝ちアル」

 

 不敵な表情で、古さんが構えを取る。

 うん、嘘は言っていない。でもね……真実は話していないんだ。

 

「覚悟するヨロシ! ホアー!」

 

『剛力活丹功』を三回使い終わった後に、初めて使えるようになる技がある。

 それは、『武王姫アリス』最大の覚醒スキル。

 

「むう、これは!」

 

 古さんの渾身の蹴りを身体で受け止めた私を見て、古さんは驚愕の表情を浮かべる。

 

「『硬気功』アルか! いや、それよりももっと――」

 

 奥義――『無双転神』!

 

 

 

◆22 出席番号12番古菲

 

「いやー、完敗アルね! 攻めと守りと速さを両立した気功とか、今の私にはどうしようもないアル!」

 

 麻帆良体育祭が終わった翌日。学校は休みだが、私は古さんによる襲撃という名の来訪を受けていた。

 その場所は、エヴァンジェリン邸。

 

「ええい、なんで貴様が私の家にいるんだ、古菲!」

 

「それはもちろん、強くなるためアル!」

 

 うーん、なんでまた古さんがこんなところに来ているんだろうか。別に、私を呼び止めるなら女子寮の中でもよかったはずなのに。

 

「朝倉から、リンネと長谷川は、よくマクダウェルの家に行っていると聞いていたアル。きっと強さはそこにあると私は見たアルよ」

 

「すごいですね。名推理です」

 

「合ってたアルか!」

 

「こら! リンネ、何をバラしておるか!」

 

 いやあ、家の中まで踏みこまれたら、認めるしかなくない?

 

「というわけで、強さの秘訣を教えてほしいアル、エヴァにゃん!」

 

「誰がエヴァにゃんだ!」

 

「あ、エヴァにゃんありなんですね。では、私はキティちゃんと呼ばせてもらっていいですか?」

 

「どちらも却下だバカども!」

 

 ちえー。キティちゃんって可愛いのに。

 と、そこで茶々丸さんがお茶を持ってやってきた。ふむ、玄米茶か。たまに飲むと美味しいよね。

 

「で、実際どうしましょうか、エヴァンジェリン先生」

 

 そう問いかけた私に、お茶を飲む古さんの眉がピクリと動く。

 

「やっぱりエヴァにゃんがリンネの師アルか」

 

「リンネ、貴様、わざとやっているな。しかし、そうだな……こやつはもう、裏の住人レベルで『気』を身につけてしまったようだし、今の時点からこちらに引き入れるのもありか……」

 

「おー、弟子入り了承アルか?」

 

「お前に相応しい師匠は別にいる。だが、そうだな。恐ろしい裏の世界に足を踏み入れる覚悟が貴様にあるなら、武の頂を見せてやろう」

 

「踏み入れるアル! よろしく!」

 

 おおう、ノータイムで返答したぞ、この子。

 

「では、ダイオラマ魔法球の使用を許可するので、リンネ、教育は任せた」

 

 キティちゃんがそう私に話を振ってきたので、私は首を縦に振ることで了承した。

 古さんが魔法の道を選ばないなら、延命魔法が使えない。なので、仙人達経由で気功に若作りの秘技がないか、聞いておく必要があるかもしれないな。

 

「あれ? リンネが教えるアルか?」

 

「私ではありませんよ。そうですね、古さん。李書文に会えるとしたらどうしますか?」

 

「え?」

 

 エヴァンジェリンと愉快な仲間達に、華の拳法娘が新たなメンバーとして加わった!

 



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■7 ガチャは悪い文明

◆23 目指せ神仙!

 

 2001年の師走後半。二学期の終業式を終えた後に、私とちう様、そして古さんは女子寮の一室に集まっていた。

 

「冬休みを利用して、私と千雨さんは強化合宿をします」

 

 お菓子をつまみながら、私はそう宣言する。

 

「それは、私も行っていいやつアルか?」

 

 麩菓子をもぐもぐしながら、古さんが予想通りのことを聞いてきた。

 それに対する私の答えは、ノーだ。

 

「エヴァンジェリン先生の別荘をフルで使うので、古さんにはお勧めできません。二十四倍の速さで老けます」

 

 古さんは、うげっとした顔をする。

 

「んー、でも、リンネとちうは別荘を使うのダロ?」

 

 同じ武術の師匠を持つ古さんは、すっかりちう様と仲良くなっていて、私を真似てちうと呼ぶようになっていた。

 そんな古さんに、再び私は告げる。

 

「私とちう様は、不老なので、いくら別荘を使っても歳を取りません」

 

「不老って、本当カ?」

 

「はい、それぞれ方法は違いますが、二人とも老化を止めています」

 

「それで、別荘を使い放題アルか?」

 

「そうです」

 

 そこまで答えると、古さんは胸の前で腕を組んでうなり始めた。

 

「むむむむむ! ズルいアル! 私も別荘使いたいアル!」

 

「でも、不老になるには今のところ、魔法を熟達するか、エヴァンジェリン先生の下僕になるしか手段はありません」

 

「むむむ! あの魔法とかいうのは、私に向いてないアル!」

 

「では、無理ですね」

 

 悲しいけど、古さんは等速の方のダイオラマ魔法球で我慢してもらうしかない。

 

「うー、何か方法ないアルか? 二人に置いていかれたくないアル」

 

 ふーむ、やっぱりこれ言われてしまったなぁ。

 

「うーん……方法、あるにはあるんですが……ちょっと待ってくださいね」

 

 私は手元にスマホを呼び出し、アプリを起動する。

 すると、それまで我関せずとノートパソコンをいじっていたちう様が、こちらの手元をちらりと見た。

 

「なんだそれ? チャットか?」

 

「これは、『LINE』というアプリです。スマホの中の住人と、メッセージのやりとりができます。メールとチャットの合いの子みたいなものですね」

 

 私はスマホの中の世界に入れないので、『LINE』を使って初めてスマホの中と連絡が取れるのだ。

 

「へー、どうやって中の人とやりとりしているんだと思ったら、そういうソフトがあるんだな」

 

 うむ。スタンプを使いこなしているキャラクター達も多いよ。

 と、さて、交渉成立っと。

 

「よし、古さんの新しい師匠候補が、今から来てくれるそうですよ」

 

 私がそう言うや否や、私の背後に人が出現する。

 私は振り返り、その姿を確認した。

 長い白髪を真っ直ぐ伸ばし、露出の激しい中華風の雰囲気を漂わせる服を着た、胸の大きい大人の女性。

 

 私は立ち上がり、彼女を二人に紹介する

 

「仙人の太公望さんです」

 

 その言葉を聞いて、ちう様はノートパソコンを覗き込んでいた顔を上げて、びっくりした表情を作る。

 

「太公望って、女だったのか!?」

 

「たいこーぼー?」

 

 ちう様は性別に驚き、古さんはこの人が誰か分かっていない様子。

 

「ちう様、英霊の太公望は男の人ですよ。この方は、並行世界の地球の太公望ではなく、ファンタジー系異世界の太公望さんです」

 

「ああ、魔術師のサイラスさん達の世界出身か……」

 

「ちなみに古さん。太公望とはこう字を書きます」

 

 私は手元のスマホの画面で『LINE』を終了させ、メモ帳アプリを起動して『太公望』と入力した。

 

「アイヤ、姜太公(ジアンタイゴン)アルか!」

 

「そう、その太公様の、異世界における類似人物みたいな感じと解釈してください」

 

「はー、すごい人が来たアルね」

 

 うんうん、すごい人なんですよ。

 すると、それまでニコニコと笑っていた太公望さんが、おもむろに口を開く。

 

「どうも。適当に仙人さんとか仙人ちゃんとでも呼んでください」

 

「彼女に、古さんの仙人に向けての修行を担当してもらいます」

 

 あらためて、そう古さんに私は告げた。すると、太公望さんは、にっこり笑って言う。

 

「ビシバシ行きますよ」

 

 すると、古さんがいまいち理解していないアホ面をしているので、私はスマホに『目指せ仙人』と入力。すると……。

 

「ふぉおおお! 仙人(シェンレン)! ぜひともお願いするネ!」

 

「はい。それと、修行が終わったら私の手伝いをしてくださいね」

 

 と、そんなことを太公望さんは古さんに言い出す。

 

「むむ、何アルか?」

 

「話せば長くなるのですが……現世の人の協力が必要なのです」

 

 私は『LINE』で太公望さんの要望を聞いているので、話に口を出すことなく、お菓子を手に取って気楽な姿勢を取る。

 

「私達すまほの王国の仙人は、元々は神仙郷という秘境に住んでおりました」

 

 ゲーム時代のお話だね。その神仙郷を邪仙に奪われるところから、彼女のゲーム内イベントは始まるわけだ。

 

「しかし、すまほの中に移住してからは、私達仙人は帰るべき神仙郷を失っております。王国のある惑星Cathからは、神仙郷に類似した神聖な秘境が見つかっていないのです」

 

「すまほは確か、リンネが持っている不思議ケータイアルね」

 

 不思議ケータイ……まあ間違ってはいないが。

 

「それで、実は私……桃が大好物なのですが……。私の所有物の中に、神聖な秘境でしか育たない桃があります。しかし、すまほの中で全て食べてしまいました。私は、その桃をまた食べたい」

 

 思わぬ話の流れに、古さんはポカーンとした顔をしている。

 

「そして、この世界には、神仙郷に似た秘境が存在するらしいではありませんか」

 

「そうなのカ?」

 

 古さんがこちらに目を向けてきたので、私は素直に答える。

 

「ええ、チベットの奥地のどこかに。ちう様、桜雨(さくらさめ)キリヱが仙桃を見つけ出したという仙境、崑崙(こんろん)ですよ」

 

「あー、あれか」

 

 ノートパソコンから顔を上げずに、ちう様は生返事をしてくる。

 

「なので、あなたの修行が完了したら、将来で構いませんから、その仙境を探す手助けをしていただきたい」

 

「了解したアル! 任せてほしいネ!」

 

 安請け合いしたなぁ。

 中国人の古さんがチベットの奥地を探検するって、何か起きそうだね。知らんけど。

 

 そういうわけで、太公望さんの挨拶は終わり、冬休み合宿は三人でやることに決まった。

 太公望さんはまた後日と言ってスマホの中に帰り、古さんも自室に帰っていった。

 私とちう様は同室なので、このまま二人で就寝だ。ちなみにもう一人の同居人のザジ・レイニーデイは曲芸手品部の方で寝泊まりしているので、帰ってはこない。

 

 ちう様もいい加減ネットを堪能(たんのう)しきったのか、ノートパソコンを閉じ、寝る準備を始めた。

 そして、就寝時間となり、それぞれベッドの中に入ってしばし。唐突に、ちう様の声が聞こえてきた。

 

「わざわざ地球の英霊である太公望じゃなくて、異世界の太公望を選んだんだな」

 

 あー、そのことね。いろいろあるんだよ。

 すると、さらにちう様の声が届く。

 

「地球の太公望は人間の軍師であって、漫画みたいに仙人じゃないとかか?」

 

「いえ、英霊の太公望は仙人ですよ。正確には道士ですが。でもですねー……」

 

 私は目を閉じて、心の奥底からこみ上げてくる感情を我慢する。

 

「うちのスマホに、住んでいないんですよ。英霊の太公望」

 

「ああ、なるほど……」

 

「どんだけ回しても、ガチャで出ないんですよ! んもー!」

 

「が、がちゃ? あの子供のおもちゃのガチャガチャか?」

 

「あー、そういえば今、2001年ですもんね。ゲームにガチャが実装されていないんですよね。聞きます? 未来のゲームに実装される罪深き文明のことを!」

 

「いや、別にいい。おやすみ」

 

「ガチャは悪い文明!」

 

「大人しく寝ろ!」

 

 

 

◆24 白熱! ウルティマホラ

 

 2002年、秋。麻帆良体育祭。私達にとっての二年目のウルティマホラ。

 今年も私とちう様、そして古さんは迷うことなくウルティマホラに参加した。

 

 また決勝で戦おう、とはならず、組み合わせの妙により、私と古さんは本戦の一回戦で激突。

 私は今回もアリス師匠の力を身に宿して戦ったが、一年生の冬休みと二年生の夏休みを二十四倍の武術訓練と仙術修行に当てた道士こと古さんは、驚くほど強くなっていて……私は見事に負けてしまった。

 

 さらに、二回戦。古さんとちう様が当たる。

 互いに李書文先生の弟子として格闘の手札を知り尽くしている間柄。後は功夫の差が勝敗を決めるが、ちう様はどちらかというと後衛魔法使いとしての力量を磨いている人で、拳法に関しては古さんが抜きんでていた。

 そして、終始、古さんが翻弄(ほんろう)する形で試合は進み、今年は骨を折ることなく古さんが勝った。

 

 そうなれば、最早、古さんを止められる相手はおらず、決勝戦になった。決勝戦のカードは、古さん対長瀬さん。

 長瀬(ながせ)(かえで)。2年A組のクラスメートの一人で、本人は隠しているが、忍者だ。中学生ながら、甲賀の中忍である。甲賀には上忍という区分はないので、中忍が一番上の階級だ。

 

 そんな世を忍ぶ存在のはずの彼女がなぜウルティマホラに出場しているかというと……、古さんが誘ったのだ。一度、白黒つけてみないかと。

 そんな古さんの挑発に、のんきな顔で応じた長瀬さんは、他者を寄せ付けない強さで見事に決勝まで勝ち進んでいた。

 

「いやはや、三人のうちの誰にも当たらず決勝まで来られるとは、拙者も運がよいでござるな」

 

 決勝戦の舞台上で、長瀬さんがそのようなことを古さんに言う。

 三人とは、私、ちう様、古さんのクラスメート三人のことだろう。

 

「そうネ。私だけ全員と当たるとか、不公平過ぎると思うアル」

 

「ははは、ちょうどいいハンデだと思うでござるよ」

 

「おっと、それは早計アルよ? 怪我は残っていないアルし、疲労も特製の丹で癒やしてあるネ」

 

「ふむ、中国の丹薬とは、興味深いでござる」

 

「残念ながら、私の国の薬ではないアル。まあ、仙人特製の丹であるのは確かアルが」

 

「ほう……」

 

 アナウンサーが実況で盛り上げる中、二人はそんな会話を舞台の上で繰り広げていた。

 

『それでは、皆様お待たせしました! チャイニーズケンポーガールとジャパニーズニンジャガールの戦い、いよいよ開始です!』

 

「おっと、もう開始アルね」

 

「拙者、忍者ではないでござるよ」

 

『それでは決勝戦ー、ファイト!』

 

 忍者ではないと言いつつも、長瀬さんは開幕から分身の術を発動。こやつ忍ぶ気ゼロである。

 

『おおっとー!? 長瀬選手、いきなり分身した! いったいどういう原理だー!』

 

「ニンニン。ただの残像でござるよー」

 

「長瀬、おぬし、はっちゃけすぎアル。術は、バレないように使うアルヨ」

 

 そう言いながら、古さんはこっそり仙術を発動。彼女の目が神眼へと変わる。

 

「行くアルヨー。ハイッ! ハイッ ハイーッ!」

 

「ぬうっ!? くっ、どうやって見破ったでござるか!?」

 

 十体を超える分身の中から正確に本体を見切った古さんが、猛攻をかける。

 長瀬さんはめまぐるしく分身の位置を入れ替えるが、そのたび古さんが本体を的確に察知する。

 

 やがて、分身は無意味と悟ったのか、長瀬さんは分身を消し、格闘の構えを取る。

 

「やれやれ、正面から寸鉄も帯びず組み打ちとは、骨が折れるでござるな」

 

「骨を折らないよう、力加減には気を付けるアル!」

 

「そういう意味ではないでござるよ」

 

 そこからは、互いに『気』を解放しての全力のぶつかり合いだった。

 だが、長瀬さんは忍者であり、手裏剣といった暗器を使っての不意打ち等が本来の戦い方。正面からの殴り合いは、古さんに一日の長があった。二十四倍で修行しているから、一日どころの長ではないが。

 

 舞台を縦横無尽に使っての激突は……古さんに軍配が上がった。

 

「くっ、無念でござる」

 

「私の勝ちアル!」

 

 十カウントを取って、古さんが勝利。こうして、私達にとっての二年目のウルティマホラは、古さんが征したのであった。

 

 

 

◆25 人に必要な物

 

 ウルティマホラが終了しても、体育祭は続く。今年初の競技として、麻帆良全域を使った学園横断パルクール大会が開催された。そこでは長瀬さんがリベンジとばかりに駆け回り、古さんに勝利した。

 古さんも仙術を習得して移動能力は格段に上がっているのだが、そこは忍者の面目躍如というところか。

 

 そして、学園全体種目も楽しくこなして、麻帆良体育祭は無事に終了した。

 体育祭はクラスごとにポイントを集めて競い合う仕組みになっている。我が2年A組はなかなかの好成績を残し、中学部門のトロフィーを獲得することができた。

 そうなれば、どうなるか。当然、打ち上げである。

 

 クラス全員で祝杯(ノンアルコール)をあげ、全力ではしゃぎ始めた。

 皆、歓喜の表情を浮かべており、担任の高畑先生もニコニコとした顔で私達を見守っている。

 

 だが、そんな中一人だけシリアス顔の少女が居た。

 長瀬さんである。

 そんな長瀬さんを同じさんぽ部の双子、鳴滝姉妹が心配そうに見つめている。

 

 それを見かねたのだろうか、ちう様が長瀬さんに近づいていった。

 

「どうした、長瀬。せっかくの打ち上げだってのに、憂鬱そうだな」

 

「これは、長谷川殿。うむ、少々思うところがな……」

 

「ウルティマホラか?」

 

「そうでござるなー」

 

 長瀬さんは、超さんと一緒に肉まんを食べてはしゃいでいる古さんをちらりと見た。

 

「負けたのが悔しかったとかか?」

 

 そう言うちう様に、長瀬さんは頭を横に振って答えた。

 

「いや、勝ち負けそのものではなく、自身の修行不足を恥じ入るばかりでござってな……」

 

「ふーん。私も古には負けたけどよ、修行不足を恥ずかしいとまでは思わなかったな」

 

「長谷川殿は、古と一緒に修行を積んでいるのでござろう? となれば、修行が足りていないとは思えぬ。しかし拙者は……」

 

 そう言って、長瀬さんは大きなため息をついた。

 

「明らかに修行不足でござるな。麻帆良に来て、ぬるま湯につかりすぎたか」

 

 長瀬がそう言うと、心配そうに鳴滝姉妹が彼女を見上げる。

 その様子を見て、ちう様がやれやれといったような表情を浮かべた。

 

「そりゃ、私達は日々修行に明け暮れているけどよ、長瀬は修行がもう必要ないから麻帆良に来たんじゃねえか?」

 

 ちう様のそんな言葉に、長瀬さんはうつむいていた顔を上げた。

 

「これ以上の忍者の修行がいるなら、地元で続けていたはずだ。それを切り上げてわざわざこちらに来たってことは、修行はもう十分で、あとは普通の中学生として日常を過ごせって意図があったんじゃねーのか?」

 

「それは……」

 

「修行ばっかしている私が言えたことじゃねえかもしれないけどよ……戦うだけが人生じゃねえ。人としての豊かさを作るのは、徒人(ただびと)としての普通の生活だ。日常を謳歌(おうか)していることを誇れよ、さんぽ部部員さんよ」

 

 私は、予言の書『UQ HOLDER!』の終盤を思い出す。

 造物主(ライフメイカー)ヨルダに取り込まれた未来のエヴァンジェリン。その闇堕ちを防いだのは、3年A組の穏やかな日常の記憶だった。

 人としての心の芯を作り上げるには、戦うための修行では足りないのかもしれないね。

 それを考えれば、夏休み冬休みをフルで別荘ごもりに使うのは考えものだ。

 

「……そうでござるな。戦うだけが人生ではない、か」

 

「そうそう、たまには立ち止まって、足元を見ることも大事だぜ? 小さな姉妹が転がっているかもな」

 

「ははっ、そうでござるな」

 

 長瀬さんが鳴滝姉妹を見て笑うと、鳴滝の姉の方がむくれる。

 

「小さい言うなー!」

 

「あ、そりゃすまんかった」

 

 鳴滝姉に迫られて、ちう様はヒョイヒョイとかわしながら謝っている。

 うん、丸く収まったようでよかったよかった。

 

「ああ、そうだ、長谷川殿」

 

「ん? どうした」

 

「拙者、忍者ではないでござるよ?」

 

「さすがに無理ねえかな、その主張」

 

 そうして、2002年の秋はゆっくりと過ぎていく。

 やがて冬に入り、二学期が終わり、冬休みへ。冬休みもいろいろありつつ、三学期が訪れる。

 2003年1月。いよいよ運命の時が訪れた。

 

 ウェールズから、一人の子供がやってくる。子供先生、ネギ・スプリングフィールドが。

『魔法先生ネギま!』が始まるのだ。

 



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●子供先生の来訪
■8 新米先生ネギま!


◆26 アイキャンスピークイングリッシュ

 

 初めて見る生身のネギくんは……本当にちっちゃい子であった。

『Fate/Grand Order』では、ボイジャーくん(きんぱつショタ)に聖杯を捧げて、レベル上限突破させているくらいにはショタ好きの私だが……こうしていざリアルの子供先生に会ってみると、そこまでそそられるものはないね。やっぱりロリショタは二次元に限る。

 

 そんなネギくんの数回目の授業。担当科目は英語である。

 

 自慢じゃないが、私、英語は得意だ。前世は外資系企業に勤めていて、アメリカにも出張したことあるしね。自慢だね?

 会話できるレベルで英語に慣れているからこそ、神様に転生させてもらう際の第一志望は、イギリスが舞台の『ハリー・ポッター』だったわけだ。

 

 まあ、イギリス英語は詳しくないんだけど。ネギくんはアメリカ英語使えるのかな?

 

 と、そんなネギくん。授業中に神楽坂さんに「英語ダメなんですね」と発言して、クラス全員の笑い物にしていた。

 このへん、ギャグ漫画時空が云々じゃなくて、純粋にネギくんの精神の幼さが出ているよね。

 他人をおもんぱかるだけの情緒がまだ九歳の年齢相応にしか発達していなくて、しかも魔法学校時代は他の生徒と交流せずに、攻撃魔法の習得ばかりにかまけていた。

 

 この頃のネギくんは、まだ他人を思いやる優しさが足りないのだ。

 

 だから、この2年A組の面々と触れあって、精神的に成長していってほしい。

 登校地獄の呪いが解除されているのに真面目に授業に出ているキティちゃんも、それを望んでいることだろう。

 

 そんなことを考えていた英語の授業。神楽坂さんがネギくんの魔力暴走によって下着姿に剥かれたことで、慌ただしいまま終了した。

 

 そして、昼休み。

 

「いやー、ネギ坊主、ずいぶんと制御が甘いようアルな」

 

 昼食を食べ終え、自由時間になって古さんがそう言いながら私の方へとやってきた。

 制御が甘い。魔力暴走について言っているのだろう。

 くしゃみと一緒に武装解除の魔法が勝手に発動して、相手の服が脱げる。エロコメ時空の住人であるネギくんが持つ、主人公特性だ。

 

「学生時代に、その辺はさじを投げられたそうで」

 

「大丈夫ナノカ? イギリスのその学校は」

 

「〝風が起きないようにする〟器具くらいは用意してほしかったのが、正直なところです」

 

 あるのか知らないけど。魔力暴走を防ぐマジック・アイテム。

 と、話しているところに、教室のドアを開けて話題のネギくんがやってきた。

 何やら神楽坂さんと話していたが、ネギくんが持っていた瓶の中身を神楽坂さんがネギくんに無理やり飲ませだした。

 

 と、そこに古さんから念話が。

 

『何か、精神にビビッとくる術の気配がしたアルが……』

 

『あー、ネギ先生が自前の惚れ薬を神楽坂さんに飲まされました』

 

『惚れッ……!? そーいうの犯罪じゃないアルか?』

 

『犯罪ですねぇ』

 

 ちなみに古さんは未だに『魔法先生ネギま!』を読んでいない。

 彼女はポーカーフェイスができないので、余計な情報を不用意に入れるな、というのがキティちゃんの言葉だ。

 

『まずくないアルか?』

 

『この干渉強度なら、すぐに効果が切れるので放っておいても大丈夫じゃないですか?』

 

 今、麻帆良周辺はギャグ漫画時空になっているだろうし、放っておくのが一番だ。もしネギくんにキスをしてしまうような人が出た場合は、事故にでもあったと思ってもらおう。

 視界の隅でネギくんが生徒達にパンツを脱がされそうになっている様子を見ながら、スマホで撮影するのは勘弁してやろうと考える私であった。

 

 ちなみに、この騒動を漫画で前もって知っていたキティちゃんは、笑いを噛み殺して表情筋がプルプルと震えているようだった。

 

 

 

◆27 バカレンジャー

 

 古さんは2年A組のバカレンジャー五人組の一人である。

 ネギま原作においては、日本語がつたないのでテストの問題文を読めないという状況もあって、テストの点数を取れていなかった。

 だが、この世界の古さんは、二十四倍速の世界で散々日本語会話をし続けてきたので、日本語の問題文が読み解けないという状況にはない。

 

 では、なぜバカレンジャー入りしているかというと、二十四倍速の世界に入り浸りすぎだからである。

 スナック感覚で週末別荘入りとかするので、授業と授業の間に時間が空きすぎて、勉強した内容が頭から抜けてしまうのだ。

 

 ちなみに私とちう様は、そんなおバカなことにはなっていない。

 女子寮の部屋が同室なので、一緒に復習をしているからだ。ちなみにちう様も、この数年ですっかり英語をマスターしてしまった。怪しいハッキング用ツールを使いこなすには英語はやはり必須だったようだ。魔法世界のインターネットの『まほネット』も、地球の言語だと英語を使うのが一番正確性高いしね。

 

 さて、古さんはバカレンジャーだが、子供教師のネギくんも、クラスにそんな存在がいる状態を放っていたわけではない。

 定期的に英語の補習を実施して、バカレンジャーの英語力をなんとかしようと努めていた。

 

 しかし、結果はそうそう早く出るものではなく……三学期の日々は過ぎていき、怪しい雲行きのまま期末テストが近づいた。

 これは……起きるかな。図書館島監禁イベント。

 期末テストの結果で『2年A組が最下位を脱出できたら、正式な教師に任命する』というネギくんの課題が学園長から出るはずだ。

 今のネギくんの立場は、三学期のみの臨時教師でしかないからね。

 

 そんなことをキティちゃんと話していたのだが、キティちゃんは苦い顔だ。

 

「もしここでクラスが最下位になって、ネギのぼーやが帰国なんてことになったら、全てが台無しだぞ」

 

「エヴァンジェリン先生の場合、普段手を抜いているのだから、真面目に点数取ればいいだけでは?」

 

「そうは言うがな。未来がどう転ぶかなど分からんのだ。古菲のヤツ、もしや予言の書の世界線よりもバカになっているのではないか?」

 

「あー、そうでしょうねぇ」

 

「よし、リンネ。テストまで、毎日放課後、古菲のヤツをうちに連れてこい。別荘で勉強漬けにする」

 

「うわおう、そこまでしますか」

 

「古菲は、図書館島の勉強会などでは生ぬるい」

 

「元々、今の古さんは行かないんじゃないですかね、図書館島。仙術系統じゃない術書に安易に触れることは、避けるでしょうから」

 

「ぼーやの勉強会に向かわないのならば、やはり別荘送りは必要だな」

 

 というわけで、古さんの毎夜の缶詰状態から数日が過ぎると、クラスから数人、姿をくらました者が出た。

 消えたのは、神楽坂さん(バカレッド)綾瀬さん(バカブラック)長瀬さん(バカブルー)佐々木さん(バカピンク)のバカレンジャー四人と、図書館探検部の近衛さん、その護衛の桜咲さん、最後に担任のネギくんだ。

 

 彼女らは、ネギくんの課題を成功させたい学園長の策略で、図書館島の地下深くに監禁され、勉強づくしの数日を過ごすことになる。

 

 監禁メンバーはネギま原作から古さん(バカイエロー)が抜けた形になるが、代わりに桜咲さんが入った。桜咲さんはギリギリバカレンジャー入りしないくらいの低い成績のため、ここで図書館島のメンバー入りしたことは、クラス成績最下位脱出に一歩近づいたと言えるかもしれない。

 

「私だけ仲間外れで、図書館島で遊んでいるとか、ズルいアル」

 

 キティちゃんから、消えたバカレンジャー達の行方を聞いた古さんが、そんなことを言いだした。

 ちなみに現在も、古さんは私をともなって別荘で勉強中である。

 

「遊んでなどおらぬはずだぞ。一日中勉強漬けのはずだ」

 

「私とおんなじネ!」

 

「それはない。こちらの方が厳しくしているからな」

 

「ちょっとゆるめてくれてもいいアルヨ?」

 

「絶対に許さん」

 

 うーん、勉強させるのはいいんだけど、教師役に私を使うのはどうにかならない? キティちゃんや。

 

「むー、私と同じくらい修行してるリンネが、成績いいのが納得いかないアル」

 

「以前説明した通り、私には前世の記憶がありますからね。大学卒業しているんですよ。中学生の勉強くらい、片手間でできないと恥ずかしいです」

 

 古さんには『魔法先生ネギま!』は見せていないが、スマホの中から人を呼び出せる私の能力を説明するために、転生関連は説明済みだ。

 

「リンネ、実はおばさんネ」

 

「古さんも、別荘を使った時間を考えると、結構な歳いっているって気づいてます?」

 

「アイヤー! それは言わないお約束アル!」

 

 まあ実際のところ、前世の学生時代の知識も長年使わなすぎて、高校あたりの内容となると怪しい限りだが。

 三角関数とか微分積分とか大丈夫かなぁ……。

 

「さあ、次は地理の勉強だ」

 

 キティちゃん、張り切っているなぁ。

 まあ、二年生の間は、ネギくんが正式な教師になるための課題があるから、彼にちょっかいをかけたくてもかけられなかったからね。あと一息と、はげんでいるのだろう。

 予言の書を参考にして四月に行動を起こして成長をうながす、なんてこと言っていたしね。

 桜通りの吸血鬼事件、起こっちゃうのか。ネギくんは神楽坂さんと仮契約(パクティオー)できるかな?

 

 

 

◆28 ワクワク春休み

 

 三学期の期末テストは我らが2年A組が、原作以上の好成績を残してクラス成績一位となった。

 私はうちのクラスの一位獲得にトトカルチョで食券を賭けていたので、大穴が当たって大儲けである。

 

 というわけで、無事にテストも終わって打ち上げパーティーが行なわれた。

 原作ならば長谷川千雨の初のメイン回がここで挟まれるのだが、残念ながらこの世界のちう様はネットアイドルをしていない。なので、ネギ先生にコスプレ現場に踏みこまれるという事態は起きなかった。

 え? メディア様の衣装を着る契約? あれは、スマホで撮影したけど、ネットには流していないよ!

 

 ネットアイドルの代わりに、ちう様は英語のサイエンスニュースを日本語で紹介するブログを最近開設していた。どうやら、すでにコアなファンが付いているようだ。ちなみに2003年の現在、すでにブログ提供サービスがインターネット上に存在している。

 

 長谷川千雨メイン回がなくなったことで、ちう様とネギくんの接点がなくなったかというと、そんなことはない。何せ、同じ女子寮に住んでいるのだ。普段から交流はそれなりの頻度で行なわれている。この世界のちう様は伊達メガネもしていないし、ぼっちでもない。

 

 さて、テストも終わり、春休みである。

 一年生から二年生に上がるときの春休みは、夏や冬の長期休みと違い、別荘での合宿は行なわなかった。

 これは、去年キティちゃんが春休みを丸々利用して、旅行に行っていたからだ。エヴァンジェリン邸を閉めていたため、私達もダイオラマ魔法球の使用を禁止されたのだ。

 そして、今年もキティちゃんは旅行に出かけるらしい。なんでも、古い知り合いに会ってくる、だそうだ。

 

 結城(ゆうき)夏凜(かりん)あたりにでも会うのだろうかね。結城夏凜はキティちゃんのことが、大好きで大好きで大好きで仕方ない不死っ()で、『UQ HOLDER!』のメインヒロインの一人である。

 もしナギ・スプリングフィールドに倒されたなんて噂が流れていたら心配されているだろうし、長期の休みで会うとしたら絶好のタイミングだろう。

 まあ、私の想像でしかないんだけどね。

 

 と、今年もダイオラマ魔法球は使えない。なので、私はのんびりと過ごすことにした。

 買い物に行ったり、映画を観にいったり、スマホでゲームのデイリーを消化したり、古さんとちう様が所属する中国武術研究会に顔を出したり。

 

「うっす! リンネの姐御、ちわっす!」

 

 そして今日は、その中武研に顔を出したところだ。

 顔を合わせた途端、会員達がこのような挨拶を一斉にしてきた。

 

 姐御ねぇ。まあ、ダイオラマ魔法球のせいで、実際彼らより年上だけどね。でも、見た目だけは中学生なんだから、あんまり厳つい挨拶は、よしてほしい。

 まあ、言っても聞かないだろうけど。どうも、一昨年のウルティマホラで優勝したのが効いているらしい。

 

「姐御、手合わせお願いしやす!」

 

「いいですよー」

 

 という感じで、中武研の面々と交流していると、ふと視界の隅に見慣れたお子様が。ネギくんだ。ついでに、双子の鳴滝姉妹も一緒にいるようだった。

 

「ここは中国武術研究会ですー」

 

「ここの男達は、くーふぇとちうちゃんの支配下にいるのだ!」

 

 鳴滝姉妹が、ネギ先生に中武研の紹介をしている。どうやら、彼女達の部活、さんぽ部の活動にネギ先生を同行させているらしい。

 

「へー。大学生とかもいるのに。古さんと長谷川さん、すごいですねー」

 

 そんなネギくんの声が聞こえてきたのか、ちう様がどこか恥ずかしげだ。古さんは平然としている。

 

「あれ、刻詠さんもいますね。彼女も中国拳法やるんですか?」

 

「いや、違うですー」

 

「リンネちゃんは、中武研のライバル勢力なのだ」

 

「ええっ、そうなんですか?」

 

 勝手に中武研の敵対勢力っぽいのにされたぞ、私。どちらかというと名誉会員なのだが。

 

「麻帆良で一番強い人は、今はくーふぇですけど、その前はリンネちゃんだったですー」

 

「えっ、一番強い?」

 

「麻帆良では、一年に一度、最強を決める戦いがあるんだよー」

 

 そんな解説に、どことなく周囲がふわふわと浮き足立ってきた感じがある。

 そして、そんな中一人どこ吹く風だった古さんが、会員への指導を止めて、こちらに近づいてきた。

 

「リンネ、せっかくだからギャラリーに良いの見せてあげるネ。手合わせするヨ」

 

「あー、はい。分かりました」

 

 そして、唐突に私と古さんによる軽い手合わせが始まった。互いに『気』を使わない、技術のみのじゃれ合い。

 うん、もうすっかり素の私じゃあ古さんの武術に敵わなくなってきたな。

 

「はわー、すごいですねー」

 

 そんな私達の手合わせをネギくんは、ぼんやりと見つめていた。

 その表情には、武への憧れのような感情は見て取れない。純粋に、自分の及ばない領域に感心しているだけだ。

 

 この時点のネギくんは、かつて自分の村を襲った勢力への復讐心をくすぶらせているはずだ。

 だが、武術に復讐への利用価値を見いだしていないようだ。

 

 ネギくんにとっての武力とは、すなわち魔法なのだろう。おそらく、京都でコタローと戦っていないからそういう判断になっているのだろうね。

 

「ホアチャ! 考え事アルか?」

 

「おっと、ギャラリーに気を取られすぎましたかね」

 

 古さんから有効打(寸止め)を受け、手合わせは終了。

 次の場所へ行くというネギくんと鳴滝姉妹を見送って、私は休憩に入った。

 

 用意されていた飲み物を飲み、汗をふいたところで、古さんが小さな声で私に話しかけてくる。

 

「一度でいいから、リンネとは〝全力〟で戦ってみたいものアルね」

 

 全力か。本気で戦ったことはあるが、全力はない。だって、私達の力量だと相手を殺してしまうことになるからね。

 でも、そうだな。

 

「おそらく、泥仕合になった後、私が勝ちますね」

 

「む。どうしてアルか?」

 

「だって……私、死んでも生き返りますもの」

 

 古さんは道士として不老になったが、不死性は持ち合わせてはいない。

 いずれ仙人に至るであろう古さんが、不死の力を手にするかは、今の私には分からない。

 



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■9 果たし状の吸血鬼

◆29 秘密のお茶会

 

 春休み最終日。私とちう様、そして古さんは、茶々丸さん経由でキティちゃんにエヴァンジェリン邸へ呼び出されていた。

 そして、メディア様が作った方の等速ダイオラマ魔法球へと案内され、私が『Minecraft』のゲームの力を駆使して建てた屋敷へと入る。

 そして始まったのは、優雅なお茶会だ。常駐している子猫が、茶々丸さんと一緒にお茶菓子の配膳をしている。

 

 堅苦しい場ではないと理解した古さんが、紅茶を飲みながらキティちゃんに話を振った。

 

「旅行は楽しかったアルか?」

 

「ああ。東京に行っていたのだが、古い知り合いに会ってきた」

 

「昔の男アルか?」

 

「何を言っているのだバカモノ。昔、行動を共にしていた女だ。そうだな、リンネ、千雨。貴様らなら誰か分かるだろう」

 

 話を振られたちう様が、その相手を予想していたのか、うなずいた。

 

結城(ゆうき)夏凜(かりん)だな?」

 

「ああ。今の時点でそう名乗っていたので、なんとか見つけられたよ」

 

「私は知らない人アルねー。どんな人アルか?」

 

 予言の書を未だに読ませてもらっていない古さんが、そう尋ねる。

 それに対し、キティちゃんは簡潔に答えた。

 

「言っただろう。昔、行動を共にしていた女だ。思わぬ形で別れ、しばらく会えないでいた」

 

「正確に言いますと、中世暗黒時代をエヴァンジェリン先生と共に閃光のごとく駆け抜け、そして最後に先生の力をはるかに超える巨悪の手によって生き別れになった、最愛のパートナーさんです」

 

「リンネ、貴様、そんなに折檻を受けたいのか」

 

 いや、事実を言っただけだよ?

 

「で、そんなパートナーさんと、東京で遊んで来たんですか?」

 

「……いや、積もる話がありすぎてな。ほとんど会話をするだけで、春休みが終わったよ」

 

「そうですか。結城さんを麻帆良に招かなかったのですね」

 

 私のそんな言葉にキティちゃんは顔をしかめながら答える。

 

「今の私はただの中学生だぞ? 連れてきても、世話などできん」

 

「むしろ私が世話をしますとか、迫られていそうですね」

 

「…………」

 

 当たってたか。まあ、原作漫画通りの彼女なら、そうなるわな。

 

「で、実際、なんで連れてこなかったんだ?」

 

 茶菓子に手を付けながら言うのは、ちう様だ。

 その問いに、キティちゃんは古さんの方にちらりと目をやりながら、答える。

 

「夏凜と長期間行動を共にするとなると……先ほどリンネが言った『かつての私の力を超えていた巨悪』が、また余計な手を出して来かねん」

 

 今の自分を超えていると言わないあたりが、意地っ張りなこと。

 だが、キティちゃんのふわふわした言い方のせいで、また古さんが話に付いてこられていないようだ。

 

「古さん。巨悪さんは、エヴァンジェリン先生をいじめるのが大好きな人なんです。先生の最愛のパートナーがいなくなった時、先生の心がどうなるか気になるー、とか言って、不死者の夏凜さんをボロボロのズタボロの再起不能の封印状態にしちゃう感じです」

 

「それは……巨悪アルね!」

 

「はい。エヴァンジェリン先生にとってのラスボスです」

 

「ラスボスアルかー。それは、私もレベルアップにはげまないといけないアルね!」

 

「ちなみに裏ボスもいますので、レベルカンスト目指してください」

 

「裏ボスまでいるアルか!?」

 

「そうですよー。私とちう様と古さんが不老である限り、絶対に立ちはだかる裏ボスなので、頑張りましょう」

 

「話が壮大になって来たアル……」

 

 しかしまあ、ラスボスの真祖バアルと裏ボスの造物主ヨルダは、本気でどうにかしないと。放置すると、いずれ人類文明が破壊されるので、さらなる修行(レベルアップ)は必須だ。

 

「私は、倒すべき敵も定めていないのに、ここまで頭おかしい修行をしてこられた古が、ちょっと恐ろしーぞ」

 

「あはは、ちうはゲームのやり過ぎネ。修行は敵を倒すためじゃなくて、自分を高めるためにやるのが本来の道アルよ」

 

「それはまあそうだけどよ」

 

 そこまで話したところで、一旦会話が止まる。

 そして、キティちゃんが沈黙を破るように言った。

 

「ま、私の春休み旅行はそんなところだ。それよりも、四月の私の予定を話しておきたい」

 

 ふむ。こちらも予想はある程度している。

 原作漫画における、桜通りの吸血鬼事件的なことを起こすつもりかもしれない。

 

「新学期が始まったら、私はネギのぼーやを襲撃し、大停電の日に合わせた果たし状を送る。お前達はこの件に手を出すな」

 

「果たし状アルか? エヴァにゃんがネギ坊主を相手にしたら、完全に弱い者いじめになるアルよ」

 

 麻帆良内でのキティちゃんは学園結界により超絶弱体化しているが、それを加味してもネギくんとの力量差は大きい。

 

「もちろん手加減はする。主目的は、ぼーやを鍛えるためだ」

 

「んー? なんでネギ坊主を鍛えるアル?」

 

「あやつには、強大な魔法使いになってもらわねば困る。先ほど貴様達が言っていた、裏ボスとやらを倒すためにな」

 

「アイヤー、ネギ坊主を私達の敵退治に巻き込むアルか?」

 

「そもそも、血筋からしたら、ぼーやはその裏ボスと因縁があるんだぞ? 相手は、ぼーやの遠い先祖だ」

 

 遠い先祖のうえに、現在のボディはネギくんの父親のものなんだよなぁ。

 文明を滅ぼす裏ボスの血統とか、やっぱネギくんこの世界の主人公ですわ。神楽坂さんとのW主人公である。なお、その片割れの少女主人公を人柱にする、少年主人公がいるらしい。

 

「つまり、ネギ坊主のご先祖様も不老の人アルか。世の中、不老の存在にあふれているアルね」

 

 不老どころか不老不死もいっぱいいる。私もその一人だけど。

 

「そういうわけで、ぼーやには強くなってもらわないと私が困る」

 

「なんだか、本人を無視して育成計画が進んでいるアルな……」

 

「あのぼーやに関する勝手な育成計画など、麻帆良の魔法教師達も多かれ少なかれ用意している」

 

 キティちゃんが、面白そうに笑みを浮かべながら言う。

 

「修学旅行は見物だぞ? 行き先は京都・奈良に決まっていたが、ぼーやは関西呪術協会に親書を届けるという任務を課されるはずだ」

 

「ホア? 関西呪術協会って聞き覚えがある気がするヨ?」

 

 おい、バカレンジャー。

 

「まさか忘れているとは……リンネ、説明してやれ……」

 

 キティちゃんもあきれ顔だ。

 仕方ないので、簡潔に答える。

 

「関西呪術協会は、日本土着の術師の集団です。それに対して、麻帆良では学園長を始めとした西洋魔法関係者の多くが関東魔法協会という組織に属しています。現在、お互いの仲は険悪です」

 

 麻帆良学園都市の学園長が、関東魔法協会の理事も務めている。なお、理事であって理事長ではない。

 

「そーいえば、そんな話を以前聞いたような聞いていないような……」

 

「修学旅行先で争いになる可能性が高いので、本気で頭に叩き込んでおいてくださいね」

 

「争いになるアルか!」

 

 うわ、嬉しそうな顔をしたぞ、この道士。実戦で仙術使う機会がなさすぎて、戦いに飢えていたのか。

 

「まあ、親書を渡すのに妨害する勢力は、いるでしょうねぇ」

 

「これは、ネギ坊主を助ける必要がありそうアルね!」

 

「待て、古菲。手助けするのは構わんが、本気を出してぼーやの成長の機会を奪うのはやめろ」

 

「むむむ。そういう難しい加減とか分からないアルよ」

 

「なら、修学旅行の班は、私と同じ班にしろ。都度、指示を出す」

 

「修学旅行は、超と同じ班にしよう思てたアルが……」

 

「実戦を経験したいなら、我慢しろ」

 

 キティちゃんの言葉に、古さんは「むむむ」とうなった。

 そして、キティちゃんはこちらを向いて言う。

 

「リンネと千雨も、もちろん私と同じ班だ。過剰戦力だから私の手元に置く」

 

 その言葉に、私はうなずいてから、キティちゃんの背後に控えていた茶々丸に向けて言う。

 

「もちろん、茶々丸さんも一緒ですよ」

 

「はい、リンネさん、ありがとうございます」

 

 茶々丸さんはキティちゃんの従者だが、葉加瀬さんや超さんに情報を渡さないために、いろいろ秘密にしていることが多いんだよね。

 しかし、今回のお茶会で、茶々丸さんは人類文明の破壊者たる謎の裏ボスという存在がいることを知った。

 この情報を超さんがもし入手したとして、何を考えるのだろうかね。

 

 

 

◆30 ガチャの季節

 

 新学期が始まった。

 クラスメート達の噂話を聞くに、どうやらキティちゃんがネギくんに対する襲撃に成功したらしい。

 そして見事に果たし状を叩きつけ、果たし状の期日まで襲撃は続けていくと宣言したとか。

 

 果たし状の中身は、「貴様の父親に与えられた不名誉を貴様の血ですすぐ」とかなんとか書いてあったらしい。ぶっそうねー。

 それからというもの、ネギくんはパートナーを求めてクラスメート達に秋波を送っている。

 

 まあ、それはどうでもいい。

 今、大事なのは……ガチャだ。そう、ガチャだ。ガチャの季節がやってきたんだ。

 その名も、帝国プレミアム召喚。『千年戦争アイギス』の限定キャラクターガチャである!

 

 そもそも、私のスマホのゲームは、ガチャができる。ログインボーナスや未プレイ状態のイベントのクリアなどで、ガチャに必要な無料石が貯まっていくのだが……それを使ってガチャを引いて新キャラが出た場合、スマホの中の住人が増えるのだ。

 スマホの中の住人が増える。イコール。私の力が増す!

 

 修行してちまちま地力を上げていくよりも、はるかに手っ取り早い、まさしくチートオリ主の力だ。

 しかし、無料石を貯めるのは正直苦痛である。そうなると、したいよね、課金。

 

 でも、このスマホでは現実のお金による課金ができない。

 しかし、あるのだ、特殊な課金方法が。それは――

 

「徳……徳を積まなきゃ……」

 

「ちうー、なんかリンネがうめいているアル」

 

「あー、気にするな。ときどきなるんだよ、それ」

 

「徳を……積まなくちゃ……ッ!」

 

 徳! そう、私は、徳を積むことで課金ができるのだ。

 正確には、「徳を積むとスマホ内の『Goddess Play Points』が溜まって、課金用のクレジットに替えられる」という能力を私は持っているのだ!

 それはさながら、『UQ HOLDER!』に登場する異世界転移チート主人公系キャラである真壁源五郎が、「善行を積むと残機がストックされる」能力を持つように。というか神様、真壁源五郎の能力参考にしただろう、これ!

 

 というわけで、私は徳を積まなくちゃいけないのだ。

 前世では徳が足りなくて天界から拒絶された私だが、今世の私は徳を積まねば今後の厳しい戦いを生き残れない……!

 

「徳を積むには……は、そうだ、徳が高い人物と言えば、茶々丸さんです。今日は、茶々丸さんをストーキングして、善行のおこぼれを拾いましょう」

 

「なんだか徳が低そうなこと言いだしたアル」

 

「気にすんな。今日は中武研行こうか」

 

 よーし、ちゃっちゃまるさーん。待っててねー。

 

「いや、部活にまでついてこられても、邪魔なんだが……」

 

 おっと、私の用事があるのは、キティちゃんにじゃないよ。

 今日は茶々丸さんだ。というわけで、茶道部にお邪魔。

 

 正直、茶道とか全然知らない。表千家がどうこうってことくらいの知識。

 まあ、体験入部と言うことで、お茶と和菓子をごちそうになった。

 

 そして、部活が終わり、帰り道。キティちゃんと茶々丸さんの後ろを歩いていると、前担任の高畑先生がこちらに近づいてきた。

 

「エヴァ、学園長がお呼びだ。一人で来いだってさ」

 

 そう言われたキティちゃんは、苦い顔をする。そして、キティちゃんはため息をついて、私の方を見た。

 

「茶々丸を家に送り届けてくれ。くれぐれも無事にな。特に、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』に気を付けるよーに」

 

 具体的すぎる、具体的過ぎるよキティちゃん! 高畑先生が何事って顔で見ているよ!

 まあ、了解だ。無事に家まで送り届けて、凶刃から守って徳を積むことにする!

 

「よろしくお願いします、リンネさん」

 

「うん、茶々丸さんは私が守りますよ!」

 

 そこから、私と茶々丸さんの帰宅という名の徳積み作業が始まった。

 

 風船が木に引っかかって泣いている子がいれば、『気』のパワーで大跳躍して風船を取ってやり。

 歩道橋を渡ろうとしているお婆さんがいれば、率先して背負ってあげ。

 ドブ川に流される仔猫がいれば……このドブ川、制服で入るの? 空飛んじゃダメ? って、躊躇(ちゅうちょ)している間に茶々丸さんが先に入った! うわー、徳の高さでロボットに負けた!

 

 そして、公園では茶々丸さんが買った猫缶を野良猫に与え……って、これ前も言ったけどあまりよくないな。

 

「茶々丸さん、野良猫への餌付けは、糞尿や鳴き声等により近隣住民の迷惑になることがあります」

 

 ご近所トラブルに発展するんだよねぇ、この行為。

 前世の話だが、若い頃住んでいたアパートの大家が、野良猫に餌をやっていて……その猫経由で、ノミに食われたことがある。あれは痛かった。

 

「しかし……この子達は餌がないと生きていけません」

 

 茶々丸さんが私の顔をじっと見て言った。

 そんな茶々丸さんに、私は笑って答える。

 

「餌だけやって野良のまま放置するという中途半端なことをせずに、保護猫団体に預けましょうか。私が寄付しているNPOが保護猫活動を行なっていますから、融通は利きますよ」

 

「保護猫団体。そのようなものがあるのですね。しかも、寄付とは、立派なことをなさっていたんですね」

 

「手っ取り早く、徳を積めますからね」

 

 ちなみに寄付のための資金は、スマホから出てくる(きん)とかダイヤ、ルビーをキティちゃん経由で売りさばいて確保している。

 

「信心深いのですね」

 

「そうですね。神様のことはこの世の誰よりも信じていると思いますよ」

 

 なにせ、天界で本物の神様に会ったことあるからね。ちなみに、女神様だった。

 ガチャの確率アップしているキャラをすり抜けて、恒常キャラを出すという邪悪な行為はしそうにない、慈悲深い女神様だったよ。

 

 と、そんな会話をしている間に、公園からひとけがなくなっていく。これは……軽い人払いの魔法か。

 そして、私達の前に、姿を現す者が。

 それは、ネギくん。そして、パートナーの、パートナーの……えっ、神楽坂さんだけでなく、委員長の雪広さんがなぜか一緒にいるんだけど!?

 

「リンネさん、ちょっとよろしいかしら。あちらで少しお話が……」

 

 と、雪広さんが私をどこかに連れ出そうとしている。

 うん、これはあれだね。茶々丸さんを襲撃するために、推定一般人の私をこの場から引き離す作戦だね。

 

「雪広さん、確認しますが、ネギくんのパートナーになりましたか?」

 

「えっ、そ、それは……」

 

「それならば、私はここから去りませんよ。茶々丸さんを守れと、エヴァンジェリン先生に言われていますので」

 

「先生……? リンネさん、それは……」

 

「ふふふ、刻詠リンネは世を忍ぶ仮の姿……その正体は……!」

 

 私は、グッとポーズを取る。荒ぶるガチャのポーズ!

 

「闇の福音エヴァンジェリン先生の魔法の教え子、刻詠リンネ!」

 

「……名前、変わってませんわよ! はっ、そうではなくて、魔法の教え子ですって!?」

 

「そう、私はエヴァンジェリン先生に魔法を教えられている、いわば手下その一!」

 

「まさか、そんな!」

 

「さあ、茶々丸さんを打ち倒したいなら、かかってきなさい!」

 

「くっ、ウルティマホラ優勝者が、魔法の使い手などとなんて反則な存在……! でも、ここはネギ先生のため、当たってくだけろですわ!」

 

 向こう側では、茶々丸さんに神楽坂さんが格闘戦を仕掛けようとしている。

 そして、雪広さんも、私に決死の表情で挑みにかかってきた。

 

 その間にも、ネギ先生が魔法の詠唱を始める。それに合わせて、私もゲームのとあるキャラクターの力を引き出した。

 

「食らいなさい、雪広あやか流合気柔術!」

 

「ああ、ごめんなさいね。合気柔術には慣れているんですよ」

 

 こちらを投げようとする攻めの柔術に対し、私は動きを合わせ、逆に投げ返して腕を極めた。

 

「知ってます? エヴァンジェリン先生って合気柔術の達人なんですよ。暇つぶしとか言って、いっぱい投げられました」

 

「ぬくく、無念ですわ……」

 

 と、こんなことをしている間に、ネギ先生の詠唱が終わろうとしている。

 そして、ネギくんが杖から『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を放った。連弾・光の11矢。それは、魔法障壁を張っていない茶々丸さんを傷付けるのには十分なもの。

 それを防ぐため、私は茶々丸さんの方へと駆けだしながら、引き出しておいたゲームの力を発揮する。

 

「攻撃力ゼロで、『デモニックバカンス』!」

 

 すると、茶々丸さんに向かっていた『魔法の射手』が直角に曲がり、私の方に全て引きつけられていく。

 

「わー! 戻れー!」

 

 ネギくんが必死に魔法の制御を取り戻そうとするが、無駄だ。

『魔法の射手』が、私の展開した魔法障壁に衝突。障壁を揺るがすこともなく、魔法は消え去った。

 

「ふふふ、『デモニックバカンス』は、敵の全ての遠距離攻撃を私に引きつけるスキルです。もはや、いかなる魔法も茶々丸さんには届きませんよ」

 

 ただし、爆風のある魔法を使われたら、茶々丸さんも巻き込まれるけど。

 

「な、なな……」

 

 ん? 神楽坂さんが何やらプルプルと震えているぞ。

 

「なんで水着になってるのよー! リンネちゃーん!?」

 

「あ、そうでした。とっさのことで、衣装もセットで呼び出してしまいました」

 

 私は、ゲームの力の割合を下げ、水着を消して麻帆良中の制服姿に戻る。

 

「服が戻った……リンネちゃん、どういう仕組み?」

 

「明日菜の姐さん! あれはきっと仮契約だ! あいつはおそらくエヴァンジェリンのパートナーなんだ! 仮契約していると衣服を一瞬で着替えられるし、アーティファクトだってあるんだ!」

 

 おっと、解説役のカモさんだね。ネギくんがイギリスで世話していたというマスコット枠のオコジョ妖精だ。

 海を渡って、ネギくんのもとに訪ねてきていたんだね。頑張るなぁ。

 

「じゃあ、リンネちゃんがネギの魔法を吸い寄せたのも……!」

 

「ああ、きっとアーティファクトの力だ!」

 

 んんー、それは違うんだよなぁ。

 

「残念ながら、『デモニックバカンス』は、アーティファクトではないですよ。私が持つ数ある特殊能力の一つです」

 

「な、なんだって!? はっ、確かに、あの女からは仮契約の力を感じねえ!」

 

「はい、私、仮契約は誰ともしたことがありませんから。エヴァンジェリン先生は、あくまで魔法の教師役です。でも、茶々丸さんのことは先生から任されたので、守りますね」

 

「くっ、いや、魔法を引きつけるっていっても、消し去っているわけじゃねえ! 兄貴! もっと強い魔法で押し切るんだ!」

 

 そうカモさんが言うが、ネギくんはいつの間にか杖を下に向けていた。

 

「カモくん、やっぱりやめよう。闇討ちとか、よくないよ」

 

「兄貴!? 闇討ちは向こうだって何度もやってきているんだ! 俺っち達が躊躇(ちゅうちょ)する理由はねえ!」

 

「ううん。エヴァンジェリンさんと一度話し合って、正々堂々の果たし合いで済ますよう、頼み込もうよ」

 

「兄貴……」

 

「ネギ先生! よく言いましたわ!」

 

 と、ネギ先生の横に、いつの間にか起き上がったのか雪広さんが立ち、ネギ先生の腕をそっと握っていた。

 うん、闇討ちはこれで終わりかな?

 

「エヴァンジェリンさんとの交渉は、任せてくださいまし! 私のパクティオーカードの力があれば、いつでもすぐにでも面会は可能ですわ!」

 

 あー、そういえば、雪広さんのパクティオーカードって、アーティファクトじゃなくてカードそのものに能力がついているんだっけ。大企業の会長だろうが、大国の大統領だろうが、どんな人物にでもアポなしで面会できるという、物凄い効果のが。

 

 やがて、ネギくん達は茶々丸さんに、後で家に会いにいくと告げて、人払いの魔法を解除して公園を去っていった。

 いや、茶々丸さんにアポ取るなら雪広さんのカードの意味ないな!?

 

「と、なんとかなりましたね、茶々丸さん」

 

「はい。リンネさん、ありがとうございました」

 

「いいのいいの」

 

 徳が積まれただろうしね!

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

 

 私は、茶々丸さんに怪我がないか、というかフレームに歪みがないか確認してから、そう話を切り出した。

 

「はい、あの……」

 

「ん? なーに?」

 

「歩きながら、先ほどの保護猫団体のお話をうかがってよろしいでしょうか?」

 

「うん、いいよ。それじゃあ、活動写真がスマホに入っていますから、それを見ながら話しましょうか」

 

「いいのでしょうか? 歩きながら携帯端末を見て」

 

「あ、歩きスマホはよくないですね。じゃあ、家であらためて見せますよ」

 

 ふふふ、近づいてきている気がするな。ガチャに必要なポイントが!

 このまま徳を積んで、今度こそ私のスマホに招いてみせるんだ。待っていてよ、『冥界の魔術師ヘカティエ』!

 

 その強力な能力、我が物にしてみせる!

 



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■10 闇夜の偽真祖

◆31 帝国プレミアム召喚

 

 麻帆良学園全域の電力機器メンテナンスを行なう大停電、その当日。

 キティちゃんとネギくんの果たし合いの日だが、茶々丸さんが学園結界の予備システムへハッキングすることにより、キティちゃんの魔力は完全な状態へと戻る。

 つまり、ネギくんは全盛期のキティちゃんを相手する必要がある。

 

 だが、それよりも大事なことがある。

 ガチャである。帝国プレミアム召喚の『冥界の魔術師ヘカティエ』出現確率アップの日が、今日なのである。

 これは、引かねば!

 

「お、ネギ坊主、マジック・アイテムを大量に抱えているアル」

 

「武装解除の魔法を防げなかったら、一発でおじゃんだな」

 

 そもそも、なぜ私はヘカティエ様を引こうとしているのか。

 私の『千年戦争アイギス』の所持キャラクターの中には、『ちびヘカティエ』という子がいる。

 

『ちびヘカティエ』は、『冥界の魔術師ヘカティエ』が不思議なパワーで二頭身に縮んでしまった存在。

 スマホの中の世界でも、ヘカティエ様はちびの状態で生活している。

 

 ちなみに、ちびキャラは他にも何人か所持している。たとえば、私は『ちびラピス』というキャラを所持しているが、これの大本の存在となる『大悪魔召喚士ラピス』も所持している。

 この状態だと、ラピス様はスマホの世界の中で、ちびの状態と本来の姿である大悪魔召喚士の状態を好きに行ったり来たりできるのだ。

 

「おー、本当にアスナといいんちょがいるアル。ネギ坊主とチューしたアルね!」

 

「いいんちょがパートナーになるとは、意外だったなぁ」

 

「そうアルか? むしろ納得しかないアルが」

 

「いや、それはそうなんだが……」

 

 では、ちびしか所持していない状態のヘカティエ様はどうなるか?

 私がガチャで『冥界の魔術師ヘカティエ』を引くまで、スマホの世界の中では、ずーっとちびキャラのまま元の姿に戻れないのだ。

 

 つまりだ。私は、元の姿に戻りたいというヘカティエ様の要求に応えるため、今回のガチャを回そうとしているのだ!

 

 ……ヘカティエ様が元に戻れたら、その対価として冥界の魔術を教えてもらうという約束なので、これだけ必死になっているわけだが。

 ヘカティエ様は冥界の管理者にして、亜神。その秘技を伝授してもらえるとなると、引く以外の選択肢はない。

 

「エヴァにゃんの従者は茶々丸だけカ」

 

「さすがにチャチャゼロは出せねえだろ?」

 

「素人相手に出したら大惨事アルね」

 

 ガチャ石こと神聖結晶の数は、無料で集めた分で約一五〇個。

 あと二十八回召喚することで、最高レアリティであるブラックのキャラクターが確定で引ける。

 十連召喚に必要な神聖結晶は、50個。

 

 つまり、この結晶一五〇個があれば、十連を三回回すうちにブラックが確定で一人召喚できる。ちなみにヘカティエ様はレアリティブラックだ。

 

「お、アスナは茶々丸が押さえたアルか」

 

「妥当だな。いいんちょは……うわ、エヴァンジェリン先生が直接押さえるのか。合気柔術対決じゃねえか」

 

「ネギ坊主が手すきになるヨ」

 

「そんなん、エヴァンジェリン先生なら片手間で相手できるだろ……ほら、武装解除決まった」

 

 では、行くぞー!

 十連召喚……レアリティプラチナが二人、ブラックなし。

 十連召喚……プラチナ一人、ブラックなし。

 十連召喚……確定分のブラックは……。

 

「はー、ジークリンデですかぁ、うーん。……あ、本人にこれ聞かれたら殺されそうですね。まあダブりですが」

 

「アスナ完全に負けているアルなー。というか、ハリセンて……」

 

「アーティファクトだから、何か特殊効果があるんだろう」

 

「少なくとも、茶々丸にはなんの効果もないみたいネ」

 

 はー、仕方ない。徳に手を出すか。

 耐えてくれ、私の現世において半年分貯めた徳よ……! うなれ、『Goddess Play Points』!

 うおおおおお!

 

「……マルゴットはさぁ。なんで前世で来てくれなかったのに今、来るんです?」

 

「いいんちょはなんというか、見てて悲しくなるな」

 

「完全に遊ばれているアル」

 

「あっあっあっ、わらわはお呼びじゃないのじゃ」

 

「ネギ先生も完全に遊ばれているぞ」

 

「エヴァにゃん、障壁展開するだけで、ネギ坊主の方を見もしていないアルな」

 

「ああー、もう、いるから! 魔神団長は、もういるから! 興奮度1000%じゃないから!」

 

「はー、これで二対一だな。ネギ先生は頑張ったよ」

 

「おっ、茶々丸は、もう手を出さないみたいアルヨ」

 

「空中戦か。こうなると、もう完全に神楽坂といいんちょじゃ手を出せないな」

 

「あああああああああー!」

 

「……うるせえッ!」

 

「リンネ、ちょっと黙るアル」

 

「出ましたよ! ヘカティエ様、出ましたよッ!」

 

「分かったから。観戦しないなら寮の部屋戻ってろ」

 

「え、一人ぼっちでガチャして叫び声あげるとか、ただの狂人になっちゃうじゃないですか」

 

 あああああーとか、一人でガチャして実際に言う人居たら、見てみたいですよ。

 

「今のお前も十分狂人だよ。いいから、一人で部屋に戻りたくないなら黙ってろ」

 

「あい……」

 

 とにかく、ヘカティエ様は引けた。使用した神聖結晶の数は無料分含めて六〇〇個と、被害甚大だが、死ななきゃ安い。

 ほら、神聖結晶六〇〇個とか、日本円に換算したらたったの四万円分だからね。積んだ徳で換算したら、有料分の神聖結晶四五〇個で五、六ヶ月分は確実にポイント消費したから、ちょっと吐きそうだけど。

 

「おー、エヴァンジェリン先生、だいぶ力、抑えているなぁ」

 

「ネギ坊主と同じ威力になるよう、絶妙な加減アルネ」

 

 む、『LINE』の通知が来てる……ヘカティエ様からかぁ。なになに。『最速で育成すること』とな。

 ええー、レベルアップはいいけど、好感度上げがなぁ……。

 このスマホで好感度を0%から150%まで一気に上げるのはねぇ。「頭がおかしくなりそうだから他の人には絶対しないであげて」ってラーワルちゃんに言われているんだよなぁ……。

 

 好感度上昇アイテム(ダイヤ)が突然空から大量に降ってきて、一瞬で頭に刷りこまれる王子(しゅじんこう)への好意と思い出……リアルに考えると怖いわぁ。正確には、『思い出を外部から刷りこまれている』んじゃなくて『このスマホ世界にやってきた際に忘れていた記憶を好感度上昇アイテムを媒介にして思い出している』らしいんだけど。

 

「ムッ!」

 

「突然威力を増した……クシャミかな?」

 

「でも、それに一瞬で対応したエヴァにゃんすごいアルネ」

 

「と、電力復旧か」

 

「これ、どっちの勝ちアル?」

 

「引き分け……といいたいけど、電力復旧したら終了とは一言も言っていないはずだからな」

 

「となるとエヴァにゃんの負けカ……?」

 

「いや待て。ネギ先生油断してる。ああまで無防備で近づいたら……ああー、出た、糸術」

 

「これは、ネギ坊主の負けネ」

 

 よし、好感度MAX、と。ヘカティエ様の場合、ちびの状態でずっとスマホの王国で過ごしていたのだから、急激に好感度を上げても問題はないだろう。

 それじゃあ、次はレベル上げっと。

 

「お、エヴァンジェリン先生は撤退か。賢いな」

 

「何がアルか?」

 

「拘束はしたが、いつ魔法で反撃されてもおかしくなかった。だから、今のうちに勝利宣言して去ったんだよ」

 

「なるほど! エヴァにゃんズルいね!」

 

「ネギ先生は、ポカーンとしてるな。急展開についていけてない」

 

「負けて悔しがらないアルかね」

 

「それよりも、負けたら、父親への恨みを血であがなうはずだったんだ。それが、相手は何もしないで勝利宣言だけして帰宅だぞ?」

 

「ああ、血を吸われて殺される思てたノカ」

 

「殺されるまではいかないまでも、ある程度の怪我は覚悟していただろうな」

 

「確かに、あんな顔にもなるカ」

 

「消化不良だろーな。こりゃ、明日はネギ先生とエヴァンジェリン先生で話し合いだろうな」

 

「私達、呼ばれると思うカ?」

 

「どーだろうな。今の段階ではまだ私達の存在はバラさないんじゃないか? 魔法関連で問題が起きたときに、助けてもらえる存在を下手に知ったら、甘え癖がつく」

 

「エヴァにゃんも、ちうも、ネギ坊主に厳しいアル」

 

「相手を一人前の大人と見なしたら、こんなもんだろ。大人と同じ立場で教師やっているんだ」

 

「本当に厳しいアルネ」

 

「よし、ネギ先生達は寮に戻ったな。それじゃあ、私達も戻るか」

 

「そうするネ。さすがにこの時間は眠たいアルネ」

 

「おーい、リンネ、帰るぞ……ダメだこりゃ。放って置いて帰ろうか」

 

 よし、育成完了。

 これで、ヘカティエ様から術を教えてもらえる。

 楽しみだなぁ、『トリウィアの道』。これで私も、戦闘用の即時発動転移魔法持ちだ。まあ、冥界の魔術の初歩を勉強するところからだけどね!

 

 

 

◆32 いくさのあとに

 

 さて、大停電の翌日だが、なぜか私はエヴァンジェリン邸で、キティちゃんとネギくんの話し合いの場に同席させられていた。

 そもそも私、昨日の戦い、よく見てなかったから、どっちが勝ったかすら知らないんだけど? 私がいて、ちう様と古さんがいないのはなぜだろう。

 

「エヴァンジェリンさん。果たし状ではあんなことを書いていたのに、最後、僕に危害を加えなかったのは……果たし状の内容は嘘だったのですか?」

 

 果たし状か。貴様の父親に与えられた不名誉を貴様の血ですすぐ、だっけ?

 

「そうだな。私に呪いをかけてから姿をくらましたナギのせいで、私は十数年も学生生活を繰り返すはめになったが……息子をくびり殺したいほどは恨んでおらん」

 

「呪い……?」

 

「人を強制的に学校に通わせる、登校地獄の呪いだ。ヤツの呪いは強力すぎて、解呪が困難でな……」

 

「そんな……いえ、分かりました! もし父さんが見つからなくても、いつか僕が呪いを解いてみせます!」

 

「ああいや、呪い自体はもう解けているんだ」

 

「あっ、そーですか……」

 

 ルールブレイカー最強説待ったなしである。

 

「そんなすでに存在しない呪いよりも、ナギを探す方に力を入れてくれ」

 

「もしかして、父さんに復讐したいという……?」

 

「それはないよ。私はナギのヤツとは親しくてな」

 

 あ、キティちゃん、今の笑顔最高! スマホに撮りたかったー。

 

「父さんの知り合いだったんだ!」

 

「ああ、少しの間、一緒に旅もしたことある」

 

「それがなんで、登校地獄の呪いをかけることに……?」

 

「そうだな……。ちょっとしたすれ違いだ」

 

 うぷぷ。すれ違いって。

 一方的に迫って、拒絶されたんでしょうが。要するに、振られた。

 

「……リンネ。笑いが漏れているぞ。後でコロス」

 

 ヒエッ。

 

「でも、エヴァンジェリンさんは、他の人みたいに父さんは死んだって言わないんですね」

 

 と、ネギくんが嬉しそうに言った。

 

「ああ、やつが生きていることは知っている」

 

「どこに居るんですか!? あっ、探せって言うくらいなら、知らないんですよね……」

 

 身を乗り出して、すぐに肩をすぼめて椅子に座り直すネギくん。

 

「京都を探せ」

 

「え?」

 

「京都のどこかに、ヤツが一時期住んでいた家がある。そこに何か手掛かりがあるかもしれん」

 

 どうやら、キティちゃんは原作通りのルートをとらせるつもりらしい。

 まあ、それが一番段階的にステップアップしていけるよね。

 

「京都ですかー。確か、日本の有名な町でしたっけ。困ったな、まとまった休みは取れないから……」

 

「おい、大丈夫か、担任教師。修学旅行の行き先は京都だぞ」

 

「へっ?」

 

「こんな重要な行事のことを知らないなど……貴様、教師をちゃんとやっていけるのか……?」

 

「あはは……」

 

 いやあ、今回ばかりはキティちゃんが悪いよ。

 ネギくんは果たし状の件でいっぱいいっぱいで、他のことに目を向ける余裕がなかったのだから。

 

「まあ、いい。京都の家探しは任せた。私は旅行を楽しむつもりなので、こちらの手をわずらわせるなよ?」

 

「あ、はい。なんとか探してみます……」

 

「そうだな、どうしても手が必要なら、私ではなくこのリンネを頼れ」

 

 おっと、私に話を振られた。

 とりあえず、ぺこりとお辞儀をしておく。

 

「よろしくお願いします、刻詠さん! しょーじき、京都とかよく分からなくてー」

 

「私も詳しくないですが……まあ、困ったときはスマホの地図アプリにでも頼ります」

 

 私は手元にスマホを呼び出して、ネギ先生に披露してみせる。

 

「刻詠さんのケータイ、不思議な見た目ですねー」

 

 私の本体疑惑があるぞ! 眼鏡が本体って言われるギャグキャラのスマホバージョンだ!

 

 と、そんな感じで顔会わせも終わり、ネギ先生はエヴァンジェリン邸をあとにしようとする。

 だが、帰り際にふと思い浮かんだという感じで、疑問を声にした。

 

「そういえば、エヴァンジェリンさん。もう呪いは解けているなら、なんでまだ学校に通っているんですか? あ、来なくていいって意味ではないですよ」

 

 その言葉に、キティちゃんが眉をピクリと動かす。

 そして、少しの間を置いてから、キティちゃんが答えた。

 

「解いた時点で入学式は終わっていてな。せっかくだから、最後に呪いのない自由な学生生活でも送ってみようという、気まぐれさ」

 

 嘘ばっかり。ネギくんの生徒ポジションを狙っていただけなのに。

 女子供を殺さない主義の、闇の魔法使いエヴァンジェリン。そして、その生徒の私。

 私達は造物主の撃破という目的のために、年端もいかないネギくんを修羅の道に叩き落とそうとしている。徳が積めなさそうな罪深さだね。困った困った。

 



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■11 ネクロマンシー

◆33 出席番号33番

 

「えーと、皆さん、来週から僕達3-Aは、京都・奈良へ修学旅行へ行くそーで……! もー、準備は済みましたかー!?」

 

「はーい!」

 

 そんなやりとりで、朝のホームルームが始まった。

 修学旅行一週間前とは思えないやりとりだが、ネギくんは担任とはいえどその業務のいくらかは元担任の高畑先生が、今でも担っている。

 だから、修学旅行についてギリギリまで知らなくてもなんとかなっていたのだろうね。

 

「それと皆さん、今日はなんと、うちのクラスに転校生がやってきます!」

 

「えーっ!?」

 

 と、そんなことを唐突に言い出したネギくん。

 突然の宣言に、クラスはざわめきに包まれていた。報道部の朝倉さんなんかは、聞いてないよって感じで唖然としている。事前に情報をつかめなかったんだね。

 まあ、実のところ、私にとっては驚きの事実ではなかったりする。

 

「では、水無瀬(みなせ)さん、入ってきてください!」

 

 ネギくんが廊下側に向けてそう告げると、教室のドアを開けて転校生が姿を現した。

 この学校とは違う黒いブレザーの制服に身を包んだ女の子。黒髪を長く伸ばしており、頭には花のワンポイントがついたヘアバンドを着けている。

 その女の子は、緊張した様子でネギくんの横に立つと、黒板の方を向きチョークを手にする。

 そして、黒板に自分の名前を書いていった。

 

「……水無瀬(みなせ)小夜子(さよこ)です。よろしくお願いします」

 

 水無瀬小夜子。実はこの子が3年A組に来たのは、私の差し金だったりする。このクラスに転校してくる前から、彼女とは知り合いなのだ。

 

「よろしくー!」

 

 クラスの皆が、水無瀬さんに向けて一斉にそう言った。

 そこから、3年A組の生徒達からの怒濤の質問が始まった。

 

「部活動はどこか入る予定ある?」

 

「趣味が占いだから、できれば『占い研究会』というところに入りたいわ」

 

「おお、ウチと同じとこやな。よろしゅうなぁ」

 

「うん、よろしくね」

 

 占いか。彼女の来歴を考えると、納得だ。彼女は麻帆良の魔法生徒で、ネクロマンシーを得意とするネクロマンサーだからね。

 ネクロマンシーとは、死者の霊を呼び出して占いをする魔法のことだ。

 

「その制服、麻帆良にある学校の制服だよね? なんで同じ麻帆良で転校してきたの?」

 

「えっと、前の学校ではいじめにあっていて、それで転校することになったの」

 

「ええっ!?」

 

「いじめとか許せない!」

 

「水無瀬さん、前の学校の人に何かされたら、私達に言ってね!」

 

「大丈夫。いじめは、リンネさんに解決してもらったから……」

 

「刻詠? ちょっと、刻詠どういうことさ!」

 

 おっと、こちらに矛先が向いたぞ。

 

「ちょっとスマホで、教師ぐるみのいじめの現場をフルで撮影して、学園長に提出しただけだよ」

 

「何その行動力!?」

 

「フルで撮影とか、やっぱあんたのケータイ、性能すごすぎ」

 

「他校のいじめの現場を押さえるとかどうなっているのよ……」

 

 いや、ねえ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、徳を積むために介入するのは当然だよね。

 

「ねえ、来週の修学旅行には一緒にいけるのかしら?」

 

「前の学校で積み立てていた資金をそのままスライドさせるらしいから、行けるみたい」

 

「じゃあ、班を決めないと!」

 

「えっと、リンネさんと同じ班が安心かな……」

 

「あー、そうなるよね」

 

 これで、私の修学旅行の班は、私、ちう様、古さん、キティちゃん、茶々丸さん、水無瀬さんの六人になった。

 水無瀬さんは魔法生徒の一人なので、親書と近衛さんをめぐる魔法関連の事件にも、班単位で問題なく絡むことができる。

 

 その後もいくつか質問が飛び交い、やがて授業の時間が近づいてきたのでネギくんが止めた。

 

「放課後に女子寮への入寮となるので、皆さん手伝ってあげてくださいね! では、一番後ろの空いている席についてください」

 

「うーん、リンネさんの隣がよかったけど、仕方ないかぁ……」

 

 そんな言葉を残して、水無瀬さんは教室の一番後ろの席に着いた。

 

 そして、一時間目の授業が終わって、休み時間が来た。

 水無瀬さんの周りに生徒達が集まって、人だかりになる。私は、その輪に加わらず、離れたところでちう様とキティちゃんの三人で集まった。

 

「まさか、水無瀬小夜子とはな。いつの間に手を出していたのだ」

 

 キティちゃんが面白そうな顔をしながら、私に向けて言った。

 

「前々から定期的に確認はしていたんですよね。本格的にいじめが発生したのが、今年の四月からだっただけです」

 

「言ってくれれば、私も解決に手を貸したのになぁ」

 

 ちう様がそう言うが、一人が都合よかったのだ。

 

「徳を積む絶好のチャンスだったので」

 

「ああ、貴様にはそれがあったな……」

 

「お前はそーいうヤツだよな……」

 

 てへっ。

 

 さて、水無瀬さんであるが、彼女がいじめられることをほぼ確定の事実として私は知っていた。

 私のスマホには、予言の書『UQ HOLDER!』がある。その中に、水無瀬さんが登場しているのだ。

 

 未来の麻帆良学園都市であるアマノミハシラ学園都市を舞台とした事件に、彼女は悪霊として登場していた。彼女の死は、いじめの類が原因であると察せられる。

 自殺か他殺かは不明だが、彼女の墓には命日が『SEP 23 2003』と刻まれていた。今年の九月二十三日である。

 そして、生誕日が『JUN 30 1988』とあった。没年は十五歳。中学三年生。

 

 つまり悪霊水無瀬小夜子は、ネギま原作の3年A組一同と同年代だったのだ。

 

「しかし、修学旅行の班に追加か……」

 

「おそらく、あれ関連の生徒だから大丈夫だろ」

 

 それぞれキティちゃんとちう様がそんなことを言う。二人とも予言の書を読んでいるので、彼女の存在は当然、知識にある。

 

 ちなみにいじめをしていたのは、魔法と関わり合いのない一般生徒と一般教師。

 魔法でいくらでも反撃できたのに、それをしなかった水無瀬さんは我慢強いよね。我慢強すぎて死んでしまうんだから、理性が強ければいいってわけでもないけど。

 

「まあ、分かった。水無瀬小夜子は私達の班に受け入れよう」

 

 そうキティちゃんが言うが、そんな彼女に私は一つ言うことがあった。

 

「ああ、そのことなんですけど、さらに追加で一名、修学旅行のうちの班に入れますね」

 

 私は、教室の左角にある空いた座席を指出してそう言った。

 一番前の席なのに、誰も座らない不自然な席。だが、本当は一人の少女が今も座っているのだ。

 それは、幽霊の女の子。『UQ HOLDER!』における水無瀬小夜子と違って、悪霊ではない麻帆良学園本校女子中等部の地縛霊。

 

「相坂さよさん。彼女も修学旅行に連れていってあげましょう」

 

 水無瀬さんはネクロマンサーだ。それも、占いをするだけの凡庸な術者で終わるような存在ではない。その才能は『UQ HOLDER!』にて、感染型のゾンビ化魔法を操って、地球人類を滅亡させかけたくらいである。

 

 稀代のネクロマンサーがいるなら、善良な地縛霊を連れ出すくらい、可能だよね?

 

 

 

◆34 出席番号1番

 

 修学旅行を前にした日曜日。旅行用の最後の買い物を終えた私は、水無瀬さんをともなってエヴァンジェリン邸へとやってきていた。

 エヴァンジェリン邸には、ちう様と古さんも集まってきている。キティちゃんが集合をかけたのだ。

 

 水無瀬さんは、魔法社会に悪名とどろく闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の本拠地と聞いて、ビクビク顔だ。

 そんな緊張をほぐすためにも、私は水無瀬さんに話を振りつつ、今日あったことを話していく。

 

「ほう、いじめの主犯が厚顔無恥にも、そやつの前に顔を出したと」

 

 キティちゃんが、緑茶を飲みながら私の話にそう問い返してきた。

 

「うん、偶然を装っていましたけど、あれは知り合いの伝手を使って探し当ててきた感じでしたね。そうでしょ、ちう様」

 

「ああ、電子精霊に探らせたが、メールのやりとりは確認済みだ。停学を食らった恨みを晴らそうとしていたようだな」

 

「逆恨みではないか」

 

 主犯の愚かさに、キティちゃんはあきれ顔。

 

「逆恨みだから、買い物に同行していたうちのクラスの女子達に、口でボコボコにされていましたよ」

 

「ああ、3-Aの面子は、いじめの類は嫌いそうだからな」

 

「で、うちのクラスのメンバーから連鎖的に伝わって、麻帆良中の女生徒がその主犯達の所業を知ることになりました。これはもう、社会的な制裁ですね。私も向こうの学校に、停学中の生徒が水無瀬さんの所に御礼参りに来たって知らせておきました」

 

 やり過ぎと思う人もいるかもしれないが、私が介入しなかったら水無瀬さんは九月に死んでいたし、死んだ水無瀬さんは何十年も悪霊として殺人を繰り返した後に、人類を滅ぼそうとする。それを考えたらこの程度どうってことはないのかもしれない。インガオホー。

 

「正直、気分がスッとしたわ」

 

 初めて会ったときとはだいぶ表情が変わった、水無瀬さんであった。

 

 さて、そんな感じで雑談は終わり。キティちゃんがあらためて、今日このメンバーを集めた理由を話し始めた。

 

「新顔が二名いるので、最初から話していくが、修学旅行の予定と方針についてだ」

 

 キティちゃんが、水無瀬さんと、彼女の前のテーブルに置かれた人形を見る。

 ぬいぐるみは、黒のセーラー服を着た白髪の少女を模した三頭身の人型。その内部には、スマホの中に住むネクロマンサーが作った触媒が納められている。その触媒には、3年A組の教室から連れ出した相坂さよさんが憑依していた。

 

「相坂さよは、この麻帆良に魔法使いがいることは知っているな?」

 

『はい、ときどき見ますねー』

 

 ぬいぐるみからそんな声が聞こえる。ぬいぐるみには発声器官などついていないのだが、水無瀬さんの術式のおかげで声が出せるようになっている。

 

「この麻帆良の魔法使いは、おおよそ関東魔法協会という組織の傘下にある。一方で、修学旅行で行く京都には、関西呪術協会という別の組織が存在している。この二つの組織は、すこぶる仲が悪い」

 

『ふむふむ』

 

「闇の福音が、そんな関西呪術協会のお膝元に行っていいのかしら……」

 

 水無瀬さんがそのようなことを言うが、キティちゃんはなんてことない風に答える。

 

「私に賞金を懸けていたのは魔法世界で、私の悪名が知れ渡っているのも、魔法世界を中心とした魔法社会でのことだ。日本土着の組織である関西呪術協会は、それらには関係ないよ」

 

「なるほど、そういうこと……」

 

「さて、話を続けるぞ。今回の修学旅行にあたって、ネギのぼーやが、関西呪術協会への親書を届ける役割を与えられている」

 

 ネギくんか。水無瀬さんは彼について、「噂には聞いていたけれど、本当にいるとはびっくり」とか言っていたね。

 

「学園長のジジイからは、さりげなく手助けしろとは言われたが……私は特に何もするつもりはない」

 

「アイヤ、相変わらずネギ坊主に厳しいアルネ」

 

 先ほどまでパクパクと茶菓子を食べ続けていた古さんが、そんなことを言った。

 

「厳しいくらいが一番伸びるんだよ、あのぼーやは」

 

「というか、ネギ坊主の助けをして、私に戦う機会をくれる約束だったアルヨ?」

 

「心配するな。機会はある。親書の件とは別に、今回の修学旅行で、3-Aのクラスメートである近衛木乃香をかどわかそうとする動きがあることが、とある筋から寄せられた」

 

 とある筋(予言の書)ですね分かります。

 

「私達はこちらを対処する。リンネを窓口にして、そこから随時こちらの戦力を必要に応じて送り込む形でいく」

 

「リンネ、私に敵を振るアルネ!」

 

「まあ、機会がありましたら」

 

 古さん、戦いに飢えているなぁ。まあ、修行のメンバーもずっと固定されがちだから、仕方ないんだけど。

 スマホの中から出てきて修行の手伝いをしてくれる人が、固定メンバーになっちゃっているんだよね。これも、スマホの中の住人が、スマホの中で勢力間交流を始めちゃって、現世にあまり興味を持たなくなったせいだ。

 

「あの……私も戦力にカウントされているのかしら?」

 

 水無瀬さんが、おずおずと手を上げながらキティちゃんに向けてそう言った。

 

「いや、お前は相坂さよを守っていればそれでよい。この短期間では、相坂さよを霊的に守る用意がさほどできないからな」

 

「その役目なら問題なくできそうね」

 

『水無瀬さん、よろしくお願いしますねー』

 

「ええ、よろしく。寺社で(はら)われないよう注意しておくわね」

 

 ああ、相坂さんって幽霊だから、寺社の多い京都・奈良ではうっかり祓われる危険性があるのか。盲点だったなぁ。

 

「今回、相坂さよは、修学旅行へその人形に入れて連れていくことになるが……その後はどうするつもりだ、リンネ」

 

 キティちゃんにそう問われ、私は勝手に決めていた予定をここで初めて披露する。

 

「現在、特製の人形を作成中です。最近私のお知り合い達が技術交流とかやっていまして……そこに幽霊を取り憑かせて動作する人形を作れないかって、発注してみたんです。そうしたら、快く受けてくれまして」

 

 私のお知り合いとは、当然スマホの中の住人である。

 王国のくぐつ使い達がメインになって、カルデアからはダ・ヴィンチちゃんとガラテアが協力。さらに機械的な仕組みに関しては、オラクル船団のアークス研究部がハイキャスト技術を提供するらしい。

 

「なにっ! 特製の人形だと……!」

 

 おおっと、人形遣いであるキティちゃんの興味を引いてしまった。

 

「私も参加させろ……!」

 

「いやあ、基本的に外に出ない人達ですから。キティちゃんは中に行けないですし、結果だけ見て満足してください」

 

「くっ……」

 

 現世の人間は、スマホの中に入れない。私ですら不可能だ。一度くらいは行ってみたいものだけど、無理なんだよね……。

 

「よかったな、相坂。お前の身体を作っているそうだぞ」

 

『嬉しいですー』

 

 ちう様に話を振られて、相坂さんが本当に嬉しそうな声音でそう言った。ぬいぐるみなので、表情は変わらないが。

 

 そんなこんなで、話し合いは終わった。

 修学旅行の方針を要約すると、近衛さんを私が中心になりほどほどに守って、ネギくんの方は放置。ネギくんは過酷な戦いを強いられるだろうが、今後の成長のためには必要な試練、か。

 別にここで伸ばさなくても、どこかで帳尻を合わせるように成長する子だとは思うんだけど、キティちゃんはビシバシ鍛えるつもりのようだ。

 

 鍛えると言ったら、水無瀬さんはどうしようか。私達の仲間に引き込むか、普通の魔法生徒として距離を取るか。

 スマホの中には、ネクロマンサーは何人もいるから鍛えようと思えばできるけど、彼女が戦いを望んでいるとは限らない。というか、普通に考えたら戦いからは遠ざかりたいと思うだろう。

 そう考えると、彼女を鍛えるためにスマホの中のネクロマンサー達と連絡を取る必要はない、か。

 

 修学旅行では、スマホの中から人を呼び出せるということは、彼女に隠した方がいいのかなぁ? などと私は頭を悩ませるのであった。

 



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●修学旅行
■12 楽しい修学旅行


◆35 新幹線の車窓から

 

 修学旅行当日。朝の集合場所は麻帆良内の駅ではなく、新幹線が出る埼玉県の大宮駅だ。

 約十五年間生きてきて電車にもそれなりに乗ったが、麻帆良周辺以外の路線は特に前世の日本と変わりないようだった。

 少なくとも、関東周辺は麻帆良のある埼玉県以外は、そのまんまだった。

 

 修学旅行一日目の午前は、京都までの移動に費やされる。

 まずは大宮駅から東京駅まで約一時間。次に乗り換えで、東京駅から京都駅まで約一時間半の移動だ。

 

 集合時間の三十分前に大宮駅へと着くと、すでにクラスメートの多くが駅に集まっていた。

 その中でも、ネギくんはハイテンションであちこちフラフラとしている。私は、クラスメートと挨拶を交わした後、スマホをいじってゲームのスタミナ消費作業に没頭。気がつけば、集合時間が過ぎて点呼が始まっていた。

 

 さて、私達3年A組の修学旅行の班分けは、以下の通りだ。

 

 1班:絡繰 古 刻詠 長谷川 マクダウェル 水無瀬 (相坂)

 2班:綾瀬 神楽坂 近衛 早乙女 桜咲 宮崎

 3班:長瀬 鳴滝(姉) 鳴滝(妹) 超 葉加瀬 四葉

 4班:春日 那波 村上 雪広 レイニーデイ

 5班:朝倉 柿崎 釘宮 椎名

 6班:明石 和泉 大河内 佐々木 龍宮

 

 六人の班と四人の班がいるのは、思いのほか三人組を作る生徒達が多かった故だ。

 本来なら5班に転校生の水無瀬さんが入るべきだったんだろうけど、転校直後の旅行なので、知り合いの私と組ませた方がよかったのだろうね。

 

 しかし、この班構成と、この旅行で起きる事件のことをいろいろ考えていくと……雪広さん、ネギくんのパートナーになったばかりなのに、早速事件に関わり合いになれそうにないね!

 雪広さんも一般人である他の子達を巻き込んでまで、事件に顔を突っ込むようなことはそうそうしないだろう。まあ、春日さんとレイニーデイさんは、実は魔法関係者なんだけどね。

 

「京都楽しみネ!」

 

 1班で固まって新幹線に乗った私達。椅子を前後に回転させて、六人で向かい合って座る。すると、早速とばかりに古さんは、おやつの肉まんを取り出して食べ始めた。

 朝食は食べてきたのかと聞いたら、始発で来たので寮では食事をしてこなかったらしい。仕方ないので、私とちう様は、お菓子を取り出してシェアすることにした。

 

『はわー、もうこの時点でワクワクしてきましたー』

 

 水無瀬さんに抱えられているぬいぐるみの相坂さんが、本当に楽しそうに言う。

 

「お菓子を分けてあげられないのが残念だわ」

 

 水無瀬さんが、ぬいぐるみの頭を撫でながら言う。ちなみに相坂さんはぬいぐるみに触れられても特に感触はないらしい。まあ、ぬいぐるみに取り憑いているわけじゃなくて、中に入っている触媒に取り憑いているだけだからね。

 

「作成中の人形は味覚も搭載してあるので、楽しみにしていてくださいね」

 

 なんかスマホの中の人達が、めっちゃ張り切っていたよ。

 

『わあー、ありがとうございますー』

 

「よかったですね」

 

 飲食が可能で、味覚もあるというロボットの茶々丸さんが、薄らと笑みを浮かべてそう言った。

 その横では、キティちゃんもニッコリと笑っていた。

 

 この真祖の吸血鬼、普段はクールを装っているが、想像以上に3年A組に心を許している。クラスメートが誘ったらボウリングも行くし、カラオケだって行きやする。登校地獄の呪いがかかっていないこともあって、嫌々学生生活を送らされているという気分がなくなったからかねぇ。

 

 そんな感じで、楽しくおしゃべりしているうちに東京駅へと到着。慌ただしく乗り換えを行なって、また歓談タイムだ。

 お菓子を食べつつ騒いでいると、遠くの方で、お弁当販売のお姉さんがネギくんをカートでひいているのが見えた。

 その彼女を私はこっそりと観察する。

 すると、わずかに感じる魔力の気配。やはり来たか。関東と関西の講和を拒否する、過激派一派。

 

 私はカートを押して去っていくお姉さんの顔をしっかりと覚えた。

 そして、突如車内に、小さなカエルが大量にあふれかえった。

 

「ぬあっ、何アルか!? 敵の攻撃アルか!?」

 

 古さんが咄嗟に目の前に飛び出したカエルを握りつぶした。

 すると、カエルはポンという音と共に煙をあげて消え去る。

 

「むむむ、これは……」

 

 古さんが手を開くと、そこには文字が書かれた小さな紙片が。

 

「陰陽師か何かの式神でしょうね。まあ、多分危険性はゼロです」

 

 私がそう告げると、水無瀬さんは首を傾げて言った。

 

「嫌がらせってこと? なんの意味が……」

 

「それは、あれですね」

 

 私はカエルにあわてるネギくんを指さした。すると、彼が懐から取り出した親書目がけて、一羽の燕が飛来した。燕は、そのまま親書を咥えたまま車内の奥へと飛んでいく。

 それを慌てて追いかけるネギくん。

 

「あれは……!」

 

「不味いアル!」

 

「大丈夫ですよ」

 

 水無瀬さんと古さんが立ち上がるが、私はそれを押しとどめるようにして席に着かせた。

 そして、しばらくしてネギくんが親書を手に持って、奥から戻ってくる。その後ろには、人が一人同行していて……。

 

「ありがとうございます、お兄さん。大事な物だったんです」

 

「ふむ。大事なら、しっかりとしまっておくことだ」

 

「はい、そうします」

 

 ネギくんに同行していたのは、白髪褐色肌の男性だ。

 

「あれっ!? 桜咲じゃねえ!」

 

 黙って事態の行方を見守っていたちう様が、驚いたように叫んだ。

 

「え? 私が何か?」

 

 近衛さんにまとわりつくカエルを引きはがしていた桜咲さんが、不思議そうにこちらに振り返る。

 

「あ、あれえ?」

 

 ふふふ、ちう様、不思議そうだね。確かに原作のこのシーンでは、奪われた親書を取り戻すのは桜咲さんの役目だ。

 でも、今の桜咲さんは原作とはポジションが違う。近衛さんに付きっきりのガードマンなのだ。偶然席から離れて、親書を取り戻せるような位置にはいないのだ。

 

 やがて、ネギくんに同行していた男性は、こちらへと歩いてきて、一瞬笑みを浮かべながら私達の席を通り過ぎた。

 その様子を見て、キティちゃんが半目になってこちらを見てきた。

 

「貴様の差し金か、リンネ」

 

「保険として配置しておきました」

 

「ぼーやに関しては、手助けせんと言ったのに、全く……」

 

「まあ、最初の一回くらいは、ね?」

 

 そう言って、私はカエルを集める作業を開始した古さんの手伝いをするため、席を立った。

 しかし、本当に保険として配置していたサーヴァントが役に立って、よかったね。

 

 ありがとう、正義の味方エミヤマン・アーチャー!

 

 

 

◆36 ファンタシースター

 

 京都に着いてからも、関西の過激派一派によるいやがらせは続いた。

 

 恋占いの石では浅めの落とし穴があり、生徒達が落とされた。音羽の滝では滝に酒が仕込まれており、生徒達が酔い潰れる事態に。私は滝で薄めた酒とか飲みたくないので、飲むのは遠慮しておいた。

 そして、旅館では近衛さんをさらおうと、猿の式神が多数、温泉の更衣室に出現したらしい。

 

 私はそのことを旅館のロビーで、ネギくんから報告を受けていた。雪広さんと神楽坂さん、そして桜咲さんも同席している。

 

 ネギくんの説明が終わったところで、私は近衛さんをさらおうとしている勢力がいることを説明。

 

「お嬢様を狙っているだと……!」

 

 桜咲さん激おこ(未来の死語)である。

 

「エヴァンジェリン先生に言われて、近衛さんの護衛に加わりますので、よろしくお願いしますね」

 

「おお、あんたが仲間に加わってくれるなら、頼もしいぜ!」

 

 オコジョ妖精のカモさんが、そんなことを言うが、ちょっと待ってほしい。

 

「私達エヴァンジェリン先生と愉快な仲間達が手を貸すのは、近衛さんの護衛だけです。親書は自力で頑張ってくださいね」

 

「嬢ちゃん、そりゃないぜ!」

 

「エヴァンジェリン先生の指示ですので」

 

「くそー、あれが相手なら強くも言えねえ」

 

「カモくん、木乃香さんを守る人が増えたことだけでも十分ありがたいよ」

 

 そんなネギくんに、私は言う。

 

「そうですね。ネギくんは、親書を届けることに専念してくださればいいかと」

 

「いえ、生徒の危機なんです。僕も手伝えることは手伝いますよ」

 

「そうだ、兄貴、嬢ちゃん。仲間になったなら、いっちょ一発パクっとくか?」

 

「ええっ!」

 

 カモくんの仮契約(パクティオー)宣言に、ネギくんが慌てる。

 

「んまあ! ネギ先生の純潔をなんだと思っているのです!」

 

 黙って話を聞いていた雪広さんが、目をつり上げて怒り出す。

 

「待て待て、あやかお嬢ちゃん。兄貴の戦力は、少しでも多い方がいいだろ?」

 

「うぐっ!」

 

 いや、ちょっと待て。

 

「なんだか、私が仮契約をする感じになっていますが、しませんよ?」

 

「えー。嬢ちゃん、そりゃないぜ。アーティファクト欲しくねえのかい?」

 

「私、不思議な道具は山ほど持っていますので。追加で何か与えられても、使いこなし切れません」

 

 私はスマホを手元に呼び出して、中から『ファンタシースターオンライン2 es』のソード、ライフル、ロッドを取り出してみせる。旅館の他の人に見られることはない。

 それを見た神楽坂さんが呆れたように言う。

 

「リンネ、あんたねー。これ、銃じゃないの」

 

「実弾は入っていませんよ。私以外は撃てないので安心安全です。フォトンというエネルギーを撃ち出す、一種のエネルギーガンですね」

 

「何それ? SF?」

 

「SFですね」

 

「魔法はどこいったのよ……」

 

「明日菜さん、こちらに杖がありますので、この杖で魔法を使うのでは?」

 

 雪広さんが、ロッドを手に取りながら言った。

 だが、それは魔法の発動体にはならないんだよね。

 

「それは、フォトンを用いて魔法に似た現象を引き起こす、いわば科学魔法用の杖ですね」

 

「科学魔法……そんなものもあるのですね」

 

「ええっ、僕、そんなの聞いたことないですよ」

 

 ネギくんが何やらショックを受けているが、そりゃあ聞いたことがないだろう。この世界で、私しか使えないんだから。

 何せ、この宇宙は大気中にフォトンが存在しないからね。身体からフォトンを発するアークスの力を引き出せる私じゃなければ、科学魔法(テクニック)は使えないだろう。

 

「こちらは両手剣ですか……刻詠さんは剣も使えるのですか?」

 

 大太刀を武器として使う桜咲さんが、ソードを見ながら興味深そうに言う。

 

「手札を増やすために、武器は一通り練習していますよ。その分だけ器用貧乏になりがちなので、専門が少ない古さんには、もう格闘戦では勝てなくなったわけです」

 

「なるほど、武器をいっぱい持っているから、アーティファクトはいらねーってことか。くー、嬢ちゃんなら、いいのが出ると思ったんだけどな!」

 

 カモさんは、仮契約の仲介料が欲しいだけだよね? まあ、私には追加の道具は不要だ。

 その後、桜咲さんも仮契約を勧められたが、桜咲さんはキスを恥ずかしがって保留にすることとなった。

 

 というわけで、この場は解散となり、ネギ先生は外へ見回りに。桜咲さんと神楽坂さんは、近衛さんに付きっきりの護衛に。私と雪広さんは、廊下の見回りに行くことになった。

 

 

 

◆37 ミッション:近衛木乃香を取り戻せ!

 

 見回りを始めてから、しばらく後……。

 

「こらー! 待ちなさい!」

 

「待てっ!」

 

「待てと言われて待つ人はおらんでー」

 

 そんな声が、トイレの方角から聞こえてくる。どうやら、敵に侵入されているようだ。

 私は、雪広さんを置いてダッシュ。すると、廊下の向こうから猿の着ぐるみが、近衛さんを横抱きにして駆けてくるのが見えた。着ぐるみの口の部分からは顔が見えていて、明らかに新幹線で見たお弁当売りのお姉さんの顔だった。

 

「む、一般人かいな」

 

「通しませんよ」

 

 私の横を素通りしようとした女の頭部を私は、スマホから取り出したソードで斬りつけた。

 

「ぐっ! なんやそれ、光る剣とか一体どこの流派や!」

 

 ソードをギリギリのところで回避した猿の女が、こちらから距離を取りながら叫ぶ。それに対して、私は適当に答えた。

 

「はてさて、アークス流でしょうかね」

 

「なんや、外人の一派かいな。貴様も関東魔法協会か」

 

「協会に入った覚えはないですね。クラスメートの危機に参上した義勇兵です」

 

「なんか知らんが、邪魔するなら怪我するで! お札さん、お札さん……」

 

 と、やりとりをしている間に、神楽坂さんと桜咲さんはとっくに追いついていて、背後から襲いかかる機会をうかがっている。

 そして、私の背後から雪広さんが追いついてきた。

 

 だが、相手はすでに符術を発動する体勢だ。

 

「ウチを逃がしておくれやす!」

 

「はあっ!」

 

 私は踏みこんで、相手の頭部に斬りつけた。胴体部分は近衛さんが抱えられているので、頭を狙うしかなかった。

 殺傷力を抑えた一撃は、相手の着ぐるみの頭部を切り飛ばした。しかし、相手はとっさに首をすぼめたのか、着ぐるみだけの切断に終わってしまった。

 

 そして、札が発動し、廊下に猿の式神があふれかえる。

 その猿達は、一斉に私達へと襲いかかってきた。

 

 それに対するこちらは、四人。式神の方が数的に有利だが、その一体一体は、さしたる脅威ではない。

 他に三人も頼もしい仲間が居るので、私は相手に抜けられないよう壁役メインで頑張るとしよう。ちょうど敵から見て、旅館の入口方向に立っているからね。

 

「アデアット!」

 

 神楽坂さんが、パクティオーカードからハリセンを取り出して、それを式神の猿に振るう。すると、一瞬で式神が消滅した。

 

「わわっ、なにこれ!?」

 

 倒した本人の神楽坂さんが逆に驚いてしまっている。そんな彼女に、私は叫ぶ。

 

「神楽坂さん、そのハリセンなら猿は一撃です! その女の着ぐるみにも有効かも!」

 

「なっるほど!」

 

 神楽坂さんは、それを聞いてハリセンを大きく振り回しながら猿の群れに突撃した。

 

「こういうときは、武器のアーティファクトがうらやましいですわ、ねっ!」

 

 猿の式神を一体ずつ合気で地面に投げ落としながら、雪広さんも奮闘する。

 そして、桜咲さんは狭い廊下で微妙に戦いづらそうにしながら式神を斬っている。うん、大型妖魔用の大太刀だもんね。

 私も大剣は武器チョイスをミスったので、武器種を双小剣(ツインダガー)に変更して、確実に式神を処理していく。

 

「くっ、お札さん、お札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 

 追加で、女の前後に大きな猿の式神と、熊の式神が出現した。

 そして、さらに女は札を追加する。今度は膝くらいの高さの小さな猿が大量に現れた。

 

「うあッ……!」

 

「お嬢様!」

 

 小さな猿を呼び出した瞬間、近衛さんがビクンと震えた。これは、近衛さんの魔力を使ったのか!

 

 猿の群れに突っ込むようにして、私は進む。

 正直、スマホから引き出し中の力にセットしてある必殺技(フォトンアーツ)で一掃してしまいたい。

 だが、雪広さんへのフレンドリーファイヤをしてしまう可能性があるので、うかつに必殺技を放てないでいた。

 

 私が使っている能力がMORPGの『ファンタシースターオンライン2』の力なら、オンラインゲームの仕様でフレンドリーファイヤは無効となっていただろう。しかし、私が身に宿しているのは、一人用スマホゲームの『ファンタシースターオンライン2 es』の力。フレンドリーファイヤを防ぐ仕様なんて、存在しない。

 

『刻詠リンネ。旅館に、二本の剣を持った女と犬耳の少年が近づいてきている。相手はのんびり歩いているが、このままだと旅館前で子供先生と会敵するぞ』

 

 と、旅館の屋根の上から監視させていた正義の味方エミヤマン・アーチャーから、そんな言葉が届く。

 ええい、こんなときに、京都神鳴流剣士の月詠と、コタローか! エミヤさんに当たってもらうか?

 いや、待てよ。

 

『古さん、緊急事態。旅館内で敵と交戦中。そちらは私が対処するので、旅館の外に出て敵の剣士を撃破してください。このままだと、ネギくんが斬られて死にます』

 

 念話を古さんに繋げる。彼女とは、戦いの機会を与える約束だったからね。

 

『ッ!? 了解したアル! 相手が剣士なら、宝貝(パオペイ)持っていくアルヨ!』

 

『くれぐれも殺さないように』

 

『王国の人達との全力の模擬戦で、その辺は慣れているアル!』

 

 と、念話をしている間にも、敵の式神はどんどん数を減らしていた。

 特に神楽坂さんの活躍は目覚ましく、大きな熊の式神も一撃で伸して、女の着ぐるみを破壊しようと迫っていた。

 

 こちら側も負けていられないと、雪広さんが飛び出して、大きな猿の式神の腕をつかんだ。

 だが……。

 

「ぎゃふん!」

 

 式神に一撃で叩きのめされ、地面に倒れる雪広さん。

 

「雪広さん! ネギくんの魔力供給を受けていないのですから、無理しないでください!」

 

「無念ですわ……!」

 

 すると、敵はこちらが活路になると見たのか、雪広さんを越えて大きな猿の式神を私に差し向けてくる。

 だが、さすがにそれは甘いよ!

 私は、ツインダガーをきらめかせ、式神の首を引き裂いた。

 

 そこからさらに連撃を加え、式神は紙くずへと変わった。

 

「んなっ!」

 

 こちらへと走り出していた女が、驚きの声をあげて足をゆるめる。その瞬間だ。

 

「隙有りですわ!」

 

 地面に倒れた雪広さんの合気柔術が決まり、女は仰向けに転がる。そして、女は近衛さんを腕から放した。

 そこへ桜咲さんが飛びこんできて、近衛さんを確保。彼女は勢いのままこちらにやってきて、私の背後に位置取った。

 一方、神楽坂さんはハリセンを女の着ぐるみに叩きつけ、着ぐるみを強制解除。女はとっさに札を使おうと懐に手を入れるが、追加で雪広さんの投げが決まり、その衝撃で女は意識を朦朧とさせた。

 

 さらに私は、念押しをすることにした。

 

「アプリ・テリオリ・アプリオリ」

 

 始動キーを宣言し、呪文を唱える。そして、『魔法先生ネギま!』名物のある魔法を発動した。

 

「『風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)』」

 

 着ている服ごと、女が所持している符を全て風で吹き飛ばした。

 

「うわ、リンネちゃんえげつなっ」

 

「陰陽師は符があったら術を使い放題なんですから、この手に限ります」

 

 神楽坂さんの批難するような声に、私はそう軽く返した。

 

「それで、この方、どういたしますの?」

 

 一度起き上がった雪広さんが、女の関節を極めながら押さえつけに入る。ネギくんからの魔力供給来ていないのに、また無茶してからに。

 と、そこで、私の背後から声がかかった。

 

「そのくらいで勘弁してあげてくれないかな」

 

 声の一番近くに居た桜咲さんが、近衛さんを抱えたままとっさにこちらへ跳ぶ。

 

「ああ、争う気はないよ。その女の人を返してくれるなら」

 

 そこに居たのは、銀髪の少年。

 自然体で、こちらへとゆっくりと歩いてきている。

 

「で、どうかな」

 

「応じるはずがありませんわ!」

 

 女を床に押さえつけながら、雪広さんが言う。だが、その選択はなしだ。

 

「いえ、応じましょう。どうぞお帰りください」

 

「んなっ、リンネさん!?」

 

「いや、敵を確保したって、どうすればいいんですか? 警察にでも突き出します? 魔法関係者なのに?」

 

「むぅ……」

 

「引き渡すべきこの地の魔法使いの組織は、関西呪術協会。でも、この人もおそらく関西呪術協会の所属。ほら、無意味でしょう?」

 

「確かにそれはそうですが……」

 

「それに、ここでさらに争って、せっかく達成した近衛さんの救出という成果を台無しにしてしまうのは、なしですよ。というわけで、桜咲さん、近衛さんを連れて先に退散してください」

 

「分かりました」

 

 桜咲さんは即答して、この場から速やかに去っていく。

 そして、私は雪広さんに再び視線を向けると、彼女は仕方なさそうにため息を吐いて、女を解放した。

 

 すると、女は地面に散らばった服の残骸を身体の前にあてがって、よろよろと立ち上がり少年の方へと歩いていく。

 

「では、世話になったね」

 

 少年がそう言って、私達に背を向けた。その彼に、私は軽く言葉を放った。

 

「また会いましょうね」

 

 その言葉に答えることなく、少年は無言で女をともなって、廊下の向こうに去っていった。

 

「ふう、なんとかなりましたね」

 

 私は息をついて、武装をスマホの中に転送した。

 すると、神楽坂さんも「アベアット」と唱えてアーティファクトをパクティオーカードに仕舞い、地面にへたり込んだ。

 

「私はまだ納得いっていませんわよ」

 

 雪広さんが言うが、私は首を横に振って彼女に告げる。

 

「向こうが引いてくれてよかったですよ。戦っていたら、みんな死んでいました」

 

「死ッ……。それは、桜咲さんとリンネさんもですの?」

 

「ああ、この場にいるみんなじゃなくて、この旅館にいる人みんなです。生き残れるのは、エヴァンジェリン先生だけでしょうね。それほどの相手でした」

 

 私も一回か二回くらい殺されるだろう。

 ああ、それを考えると、月詠と戦っている状態で、彼……フェイト・アーウェルンクスと遭遇するであろう古さんがヤバいな。

 

『古さん、戦闘終了です。帰還してください』

 

『了解アル。こっちは私が剣士に勝って、ネギ坊主が犬っぽい男の子と引き分けたアル』

 

『分かりました。敵は確保せずに、そのまま旅館へ。ロビーに集まりましょう』

 

 私達は眠ったままの近衛さんを抱える桜咲さんをともなって、旅館のロビーへと移動した。

 近衛さんには眠りの術を追加でかけて、朝まで眠ってもらうようだ。修学旅行一日目の夜をすぐに寝て過ごすとか、ちょっと可哀想だなあ。

 




※オリ主の始動キーについて
●アプリ・テリオリ・アプリオリ
・アプリ
スマホアプリのこと。オリ主の力の源泉。
・テリオリ
ラテン語のアポステリオリのことで、経験にもとづいて後天的に身につけた認識のことをいう。オリ主にとっての魔法の暗喩。
・アプリオリ
ラテン語で、経験に先立って先天的に身についている認識のことを指す。今世のオリ主にとっての前世の知識の暗喩。


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■13 莫邪の両剣

◆37 リザルト

 

「うわ、ネギ、ボロボロじゃない!」

 

「ネギ先生!」

 

 再び軽い人払いの魔法と認識阻害の魔法をかけて、ロビーに集まった私達。

 戦闘で服がところどころ破けたネギくんを見て、神楽坂さんと雪広さんが駆け寄った。

 

「ネギ先生、頭から血が!」

 

「頭以外にも、全身ボコボコだぜ」

 

 ハンカチを取り出して頭に当てる雪広さんに、ネギくんの肩に乗ったカモさんがそう言った。

 

「まあっ! 急いで治療を!」

 

「ああ、それなら、私がまとめてやりますよ」

 

 心配そうに言った雪広さんの声を受けて、私は横からそう宣言しつつスマホから力を引き出す。

 それは、複数人をまとめて回復させる、風水使いの上位クラス、風水仙人の力。私を除く四人の身体が、光に包まれる。

 

「あっ、痛みが引きました」

 

「あら、私も」

 

「私も、猿に蹴られたところがマシになった気がする」

 

 それぞれネギくん、雪広さん、神楽坂さんが、自分の身体に触れながら声をあげた。

 

「これは、刻詠さんが? すごいですね、無詠唱呪文で複数人同時に治療するなんて」

 

 ネギくんが、私の方を見てキラキラした目で言った。

 

「残念ながら、私が使ったのは魔法ではないですよ。今のは、私が持つ魔法ではない超常能力、いわゆる固有能力というやつです」

 

「えっ、固有能力ですか!? すごいですよ!」

 

「ネギ、固有能力って何?」

 

 神楽坂さんがそう尋ねると、ネギくんはややテンション高めで答える。

 

「魔法とは異なる神秘の力です。本人以外に伝授も譲渡も不可能な、いわゆる超能力というやつですよ!」

 

「リンネちゃん、超能力者だったの!?」

 

「神楽坂さんが想像しているような、テレパシーを使ったり、サイコキネシスでスプーン曲げをしたりするようなのとは、私の力は違いますけどね」

 

 私は、スマホを手元に呼び出して、フリフリと振ってみせた。

 

「なるほど、その端末が刻詠さんの固有能力なんですね?」

 

「そうですね。このスマホから、力や道具などを取り出していろいろできます」

 

「ただの高性能なケータイかと思っていましたが、超能力ケータイだったのですね」

 

 雪広さんがそう言いながら、興味深そうに私のスマホをじろじろと見つめた。

 この時代に、スマホは珍しいからね。世間で似たような物を見かけたとしても、それは多分スマホではなくPDAだろう。

 

「それで、木乃香さんがさらわれかけたと聞きましたが……」

 

 ネギくんがそう尋ねてきたので、私達は呪符使いの女と戦い、見事に撃破して近衛さんを救出できたことを説明。その後に、追加で銀髪の少年が現れて女を回収していったことも語った。

 

「なるほど、そこは見逃して正解だったと思いますよ。修学旅行中の僕達が、敵を拘束し続けるのは不可能ですから」

 

 ネギくんにそう言われて、雪広さんは「さすがネギ先生です!」と感心して彼の手をにぎる。うん、私が見逃すことを提案したときとずいぶん対応が違うな、このショタコンは……。

 

「それで、ネギの方にも敵が出たわけね? なんでか、くーふぇもいるみたいだけど……」

 

 神楽坂さんの言葉に、ネギくんは外での戦いを語り出した。

 

「外の見回りをしていたら、旅館入口のちょうど前あたりで、剣を持った女の人と、僕と同じくらいの歳の男の子が歩いてきたんです。それで、さすがに怪しいので声をかけたところで、親書を出せって言われて……」

 

「そこで私が登場アルネ」

 

「なんで、くーふぇが外にいたわけ?」

 

 神楽坂さんが、古さんに疑問を投げかける。

 

「リンネに救援の念話を受けたアルヨ。ネギ先生に敵が近づいているから、助けに行けと。私はリンネの仲間アルからネ」

 

「なるほど、古菲さんの異様な強さは、魔法関係者だからだったのですね」

 

 雪広さんが納得顔で言うが、それを古さんは否定する。

 

「んー、私が仙術を学んだのは麻帆良に来てからアル。魔法関係ない武術は小さな頃から修行していたネ」

 

「仙術! 古菲さん、仙人だったのですか」

 

「まだまだ仙人は遠いアル。今は道士ネ」

 

 仙術や道士というワードを聞いて、尋ねた雪広さんだけでなく、神楽坂さんもキラキラとした目で古さんを見つめている。桜咲さんも、初耳だという顔で驚いている。

 古さんは魔法生徒として麻帆良に登録していないので、桜咲さんも古さんの詳細は知らなかったのだろう。

 私やちう様とつるんでいたから魔法関係者とは思っていただろうが、仙術はさすがに予想していなかったはず。いや、中国人ということで予想はできたのかな?

 

「それで、私は剣を持っている方が実力が上だと判断して、剣士を相手したアル。刀と脇差しの二刀流で、神鳴流言っていたアルね」

 

 古さんのその言葉に、桜咲さんに皆の視線が集まる。

 

「ここは京都ですから、神鳴流が敵に回ることは予想していました。しかし、野太刀の類ではなく、刀と脇差しですか……」

 

「そうネ。宮本武蔵みたいな二刀流アル。なかなかの剣技だったあるが、私の宝貝(パオペイ)には敵わなかったアルね」

 

 宝貝? と私と古さん以外の皆が不思議顔になる。

 すると、古さんは最初から携えていた、一本の(こん)を皆に見せつけるようにして構えた。

 

「宝貝は、仙人・道士が使う特殊能力を持つ道具ネ。私のこれは、『莫邪(ばくや)の両剣』言うアル」

 

「剣といいますか、棍に見えますが」

 

 雪広さんの言葉通り、古さんの足先から胸元あたりまでの長さの棍にしか見えない。

 だが、実際には違う。

 

「見ているヨロシ」

 

 古さんが「むんっ」と念じると、棍の両端から、青い光の刃がそれぞれ生えてくる。

 光の刃の刃渡りは、二十センチほどだ。

 

「『スター・ウォーズ』のダブルブレード・ライトセーバーじゃん!」

 

 神楽坂さんの目の輝きが増した。ふーむ、『スター・ウォーズ』を観たことあるのか。何年か前に上映された『エピソード1』に、この形状に似たライトセーバーが確か出てくるんだよね。映画では、柄はここまで長くないし、刃はもっと長いが。

 

「両剣って言っているアルが、私は柄尻側の刃を出し入れして、変則的な槍として使うアル」

 

 古さんは李書文先生の弟子だ。そして、李書文先生は素手よりも槍を得意としている。古さんが己の武装である宝貝に、槍を選ぶのは当然と言えた。

 

「この宝貝で、神鳴流を名乗る剣士と戦ったアルが、相手はなかなかの腕前だったアルネ。正直、ネギ坊主、アスナ、いいんちょの三人は、当たると斬り殺されるしかないヨ」

 

「斬り殺される……」

 

 神楽坂さんが、目の輝きを失いながらそうつぶやく。

 

「あれは人斬りの目だったネ。急所攻撃に一切の迷いがなかったアル。実際、何人か斬った経験があるかもしれないネ」

 

「兄貴一人で戦っていたら、今頃死んでいただろうぜ」

 

 古さんの言葉に乗るようにして、ネギくんの肩に乗るカモさんが、そんな言葉を吐露した。

 神楽坂さんと雪広さんの顔が青いが、敵はそういう存在なのだと理解してもらう必要がある。ここで尻込みするようでは、今後長く続くネギくんの戦いに付いてこられないので、着いてくるなら覚悟を決めてもらうしかない。

 

「それで、こちらの攻撃も器用に防いでいたアルネ。突破が難しかったので、宝貝の能力を使わせてもらったアル」

 

「うわっ、使ったんですか」

 

 古さんの発言に、私は思わずそんな言葉をもらした。

 

「うむ。ちょっと焦がしちゃったアル」

 

「何やっているんですか、全く」

 

「死んでないのでセーフアル」

 

「えっと、古菲さん、能力とは一体……」

 

 話の続きを聞きたそうに、雪広さんが尋ねる。

 すると、古さんは「話が逸れたアルネ」と言って、宝貝の機能の説明を始めた。

 

「この宝貝は、ビームが出るアル」

 

「ビ、ビームですの?」

 

「うむ。この『莫邪の両剣』は光の宝貝で、自由に曲がるビームを飛ばせるアル」

 

 光の宝貝。両端の刃も、その光を操る力でビーム状のブレードを作り出しているわけだ。

『莫邪の両剣』は、スマホの中に居るスクハさんという姫様が持つ『莫邪の宝剣』という大剣をもとに設計された宝貝。

『莫邪の宝剣』は自在に剣ビームを飛ばせる実体剣で、古さんの宝貝を作るに当たってスクハさんには全面的に協力してもらった。

 

 ちなみに『莫邪の宝剣』は元々、『莫邪剣』と『干将剣』という夫婦剣であった。だが、『千年戦争アイギス』のスクハさんの仲間加入イベントで、『干将剣』に宿る力が『莫邪剣』に統合され、一本の宝剣へと姿を変えた。

 その話を以前エミヤさんに話してみたら、エミヤさんも気になってスクハさんのもとを訪ねたらしい。そして、投影品の『干将・莫耶』という双剣を『莫邪の宝剣』に近づけてみたが、なんの反応も示さなかったとのこと。

 それぞれ違うゲームの存在だから仕方ないが、反応したら面白かったのになぁ。

 

「仮契約のアーティファクトではないのですよね?」

 

 雪広さんが問うが、古さんは首を横に振って否定する。

 

「仙人の師匠達に作ってもらったネ」

 

 仙人作と聞いて、興味深そうに古さんに近づいていく周囲の面々。

 

「こりゃあ、確かに召喚されたアーティファクトじゃねえな。でも、そもそもアーティファクトっていうのは、無から発生しているわけじゃなくて、元々誰かが作った品を呼び出しているものなんだぜ。だから、この両剣っつーやつも、未来で誰かのアーティファクトになっているかもしれねーぜ」

 

 仮契約とアーティファクトに詳しいカモさんが、そんな解説を入れる。うーん、スマホの中の世界で作られた道具が、はたしてアーティファクトになるかは定かではないね。

 それはさておき、古さんの戦いの行方である。

 

「相手はビームのことを知らないから、とっておきの場面で使おうと考えたアル。そこで、つばぜり合いに持ちこんだところで、宝貝からビームを撃ったアル。そうしたら、見事に命中してちょっと焦がしちゃったアルヨ」

 

「うわあ……」

 

 光景を想像したのか、神楽坂さんがちょっと引いている。

 

「神鳴流には飛び道具が効かないとは言われていますが、その撃ち方では防ぐのは難しそうですね……」

 

 桜咲さんも、苦笑気味にそんなことを言った。

 

「それでビームでひるんだところを数回柄で殴ったら、敵は倒れたアル。その後は、ネギ坊主の戦いを見守ったアルヨ」

 

「なるほど、敵は少年に回収されたでしょうが、倒れて動けないほどの怪我を負っているのですわね」

 

 雪広さんがそう分析するが、古さんは「それはどうかネ」と言った。

 

「魔法や仙術には、怪我を治療する術が存在するアル。怪我は治してくる可能性が高いアルネ」

 

「むっ、それではイタチごっこですわ」

 

「そうアルか? ネギ坊主は親書を届ければ勝ち。コノカについては修学旅行の間を守りきれば勝ちアル」

 

「あっ、そ、そうでしたわね……」

 

 古さんの指摘に、恥ずかしそうにうつむく雪広さん。うーむ、秀才組とバカレンジャーの立場が逆転している。

 

「私の報告は以上アル。ネギ坊主の戦いアルが……」

 

「はい。僕の相手は、犬上(いぬがみ)小太郎(こたろう)と名乗る男の子でした。頭から、犬みたいな耳が生えていて……」

 

「狼男……いえ、関西という場所を考えると、狗族(くぞく)でしょうか」

 

 桜咲さんが、ネギくんの言葉を聞いて、そんなことを言った。

 それに対し、ネギくんは答える。

 

「驚異的な再生能力は見られませんでしたから、狼男はないと思います」

 

「では、狗族ですか。狼や狐の変化。つまりは妖怪の類です」

 

 そんな桜咲さんの言葉に、神楽坂さんが言う。

 

「何よ、エヴァちゃんに引き続き、化け物の敵って訳? もう驚かないけどさ、ホント迷惑よねー、まったく……」

 

「す、すみません……」

 

「? なんで刹那が謝るのよ?」

 

 おおっと、神楽坂さん、今のはまずい。

 そこにいらっしゃる桜咲さんは、実は烏族(うぞく)と人間のハーフ、半妖でっせ! 知らないから仕方ないけど、真実を知った後はちゃんと謝ってあげてほしい。

 

「それで、相手は『狗神(いぬがみ)使い』を名乗る術者でしたが、本質は戦士のようでした。なので、僕が呪文詠唱をする余裕もなく、殴り合いになって……」

 

「明らかに殴り負けていたアルネ」

 

「だから、ネギ先生はあんなに傷だらけに……」

 

 ネギくんの言葉に古さんが補足を入れると、雪広さんがおいたわしやとでも言わんばかりに、顔を両手でおおった。

 

「それでも、なんとか反撃の隙をうかがって、相手が大振りになったところで自分の身体に魔力を注いで、一時的にパワーを増強して殴り飛ばしました」

 

「ネギ、やるじゃない!」

 

「アレはちょっと微妙な術だったアルネ。ネギ坊主、『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』とか使えないアルか?」

 

 神楽坂さんがネギくんを褒めるが、古さんは辛口評価を下した。

 

「えっと、僕がやったのは自分への『契約執行(シム・イプセ・パルス)』で、正直、思いつきの技でしたね。『戦いの歌』は、自分が格闘をするなんて思っていなかったので、覚えていないんです……」

 

「ふむ、そうアルか……」

 

『戦いの歌』は、西洋魔法使いが使用する、身体強化と対物魔法障壁を自身にかける白兵戦用の魔法だ。

『契約執行』は、仮契約している相手に魔力を供給し、身体強化を行なわせる魔法だね。

 

「えーと、それで、殴り飛ばした後は呪文詠唱して攻撃魔法を撃ったんですけど、それでも倒しきれなくて……さらに殴ろうとしたら、カウンターを食らっちゃいまして……」

 

「見事なクロスカウンターだったアルヨ」

 

 なるほど、それでお互いKOと。

 

「そこでリンネから、念話で撤退指示が来たアルネ。立ち上がろうとするネギ坊主を連れて、旅館に戻ってきたアル。ちょうど入口で、リンネ達が言っていた裸の女と少年の二人とすれ違ったヨ」

 

「何事もなくてよかったですわ……」

 

 雪広さんが、本当に安心した様子で息をついた。

 

 そして、その後は、明日の奈良での班別自由行動について話し合う。

 その結果、キティちゃん率いる私達1班と、神楽坂さんと桜咲さんおよび近衛さんがいる2班で一緒に行動することにした。

 雪広さんも一緒に来ると言いだしたが、さすがに自由行動でクラスの半分の人数は多すぎるとなったので、雪広さんは泣く泣く元々の予定通り動くことに。

 

 代わりに雪広さんは、明日一緒に行動しようとネギくんを誘い始めたが、古さんが「他にもネギ坊主と一緒に行きたい人は多いネ。ここで決めるのはずるアル」と告げて、雪広さんを引き離した。

 うーん、今のところ古さんからはこれといってネギくんへのラヴ臭はしないが、今後どうなるんだろう。

 

「では、以上で解散ということで」

 

 そうネギくんが宣言して、話し合いの場は終了した。

 そして、すかさず古さんがネギくんに話しかける。

 

「ネギ坊主。明日以降の戦いのため、『戦いの歌』を覚えられないか試すアルヨ。うちの班の部屋に寄って、エヴァにゃんか、ちうに教えてもらうヨロシ」

 

「えっ、エヴァンジェリンさんですか……というか、ちうさんって長谷川さんのことですよね?」

 

「うむ。ちうも西洋魔法が得意アル。リンネよりも上手アルヨ」

 

「気づきませんでした……」

 

 そんな会話をしながら、古さんはネギくんを連れて部屋へと向かっていった。

 そして、それに入れ替わるようにして、別の人が人払いの魔法がかかったロビーへと姿を現した。

 

 それは、麻帆良教師の瀬流彦(せるひこ)先生。

 

「ネギ先生は行ったようだね。とりあえず、他の生徒達は何事もなかったよ」

 

「おつかれさまです、瀬流彦先生」

 

 私が瀬流彦先生へペコリと頭を下げると、神楽坂さんと雪広さんがどういうこと? という顔でこちらを見てくる。

 

「瀬流彦先生は、麻帆良の魔法教師のお一人です」

 

 私がそう紹介すると、二人は驚きの表情で瀬流彦先生を見た。

 すると、瀬流彦は二人に向けて言った。

 

「廊下の戦いは知っていたんだけどね、ちょっと手伝えなくて、ごめんよ」

 

 申し訳なさそうにする瀬流彦先生に、私は横から言う。

 

「いえ、他の生徒達を守っていてくださったんですよね? 助かりました」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。いやあ、僕、攻撃魔法は不得意でさ。防御関連だったら、麻帆良でもそこそこなんだけど」

 

「なるほど、生徒の護衛役でしたか……敵対している組織の地へ修学旅行に行くならば、そういう方もいらっしゃいますよね」

 

 雪広さんが何か納得したのか、そのように一人つぶやいた。

 

「ちなみに、ネギ先生には、僕が魔法使いだということは内緒ね」

 

「なぜですの?」

 

「親書の受け渡しは、僕の手伝いなしにネギ先生一人でさせたいんだ。東西を和解させたという実績は、今後の彼の助けになるはずだよ。もちろん、彼のパートナーが手伝うのは構わないけどね」

 

「なるほど、立派な魔法使い(マギステル・マギ)としての箔付けですのね」

 

「そういうことだね」

 

 瀬流彦先生と雪広さんが、そんな会話を交わす。神楽坂さんは、話についてこられていないのか、一人ぽかーんとした顔をしている。

 その後、瀬流彦先生は眠り続ける近衛さんの容態を桜咲さんに聞いた後、ロビーを去っていった。

 

 そして、私達も解散ということで、場に発動していた魔法を解除して、部屋へと戻っていく。

 私も、旅館の警戒はサーヴァントのエミヤさんに任せて、部屋へと戻る。

 

 さすがにあんだけ主犯のお弁当女を痛めつければ、今夜は追加で襲ってはこないだろうが、念のためだ。

 

「ただいま戻りました」

 

 そう言いながら、部屋の扉を開いて中へと入る。そして、靴を脱いで座敷に上がったところで、私は思わぬものを目撃した。

 

「『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』!」

 

 なんとそこには、『戦いの歌』を成功させる、ネギくんの姿が!

 

「えっ、いやいや、私とロビーで別れてから十分くらいしか経っていないでしょう。おかしくない?」

 

 私がそう言うと、部屋にいた水無瀬さんが、くわっと目を見開いて言った。

 

「そうよね、おかしいわよね! これがスプリングフィールドの血なの!?」

 

「くっくっくっ、スプリングフィールドに魔法習得の才の血など流れておらぬわ。こやつの父は、『千の魔法の男(サウザンドマスター)』などと呼ばれているが、実のところ、両の手の指に足りる数の魔法しか使えなかったのだぞ。これは、純粋なこやつだけの才能だ」

 

「なに、その驚きの真実!?」

 

 キティちゃんの暴露に、水無瀬さんは驚くばかり。

 一方、魔法の指導をしていたらしきちう様は、あきらめ顔。自分の呪文の才能と比べて、いろいろとどうでもよくなってしまったのだろうか。古さんは魔法を使えないので、いまいちすごさを分かっていない顔だ。

 

 私はとりあえず、脳を駆け巡る今までの修行の日々を頭の隅に押し込めて、部屋の奥へと進む。そして、茶々丸さんが用意しているお茶を一杯もらうことにするのだった。

 




※執筆資料としてPSO2の設定資料集全巻購入したので、精査に時間を取られて更新ペース落ちそうです。


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■14 スキ・スキ・ダイスキ・ネギセンセ

◆38 仮契約

 

 朝食の席で行なわれた、ネギくんがどこの班に同行するかの争いは、宮崎のどかさんの勝利で終わった。

 宮崎さんかぁ。私は目撃していないが、どうもネギくんが教師に就任した初日、原作通りの宮崎さん階段落下事件が発生していたらしい。手すりのない階段の横から落ちた宮崎さんが、とっさに魔法を使ったネギくんに抱き留められて助けられるという事件だ。

 それをきっかけに宮崎さんはネギくんに惚れるわけだが……どうやら、この世界でも宮崎さんはネギくんに、ほの字(死語)らしい。

 

 なお、私達1班が、宮崎さんのいる2班と同行することは、朝食の場では口にしなかった。

 だって、みんなに知れ渡ったら、紛糾するのは確実だからね。同行を知る雪広さんの恨めしい顔が、ちょっと怖かった。

 

 そして始まった、奈良での自由行動。

 奈良公園ではキティちゃんが、鹿に鹿せんべいを与えながら、超ハイテンションで笑っている。動画に撮っとこ。

 

「怪しい人物は見かけませんねー」

 

 そんな中、ネギくんは桜咲さんと神楽坂さんの二人と一緒に、周囲の警戒を行なっている。

 まあ、昨日はあれだけ痛めつけたし、本拠地の京都ではないし、そこまで心配しすぎることもないとは思うのだが……。

 そう思いながらキティちゃんにカメラを向けていると、私のそばに近づく影が。2班の早乙女(さおとめ)ハルナだ。

 

「ねえねえ、リンネっち。ちょっといい? 相談があるんだけど……」

 

「宮崎さんとネギくんを二人っきりにしたいという相談ですか? 構いませんよ」

 

「うおう、分かってたかー。それじゃあ、1班の人達を任せていい?」

 

「はいはい。みんな連れて、近衛さんと一緒に行動しますね」

 

「よろしくー」

 

 そうして私は班員を誘導して、近衛さんを護衛するような形で売店に移動した。

 だが、キティちゃんは、宮崎さんとネギくんを隔離するのにあまり乗り気ではないようだ。

 

「クラスメートの恋を応援してやりましょうよ」

 

 私はそう言うが、キティちゃんは不満顔。

 

「ただの恋愛ごっこなら、気にも止めないんだがな。だが、ぼーやの場合、必ず仮契約(パクティオー)とセットだろう」

 

「キティちゃんは、宮崎さんの仮契約反対派でしたね」

 

「そうだな。アレは厄介極まりない。貴様は賛成派だったな」

 

「そりゃあ、仲間が増えるのは頼もしいですから」

 

「私だって、増えるのがアレでなければ、反対派には回らなかったさ」

 

 まあねえ。彼女がネギくんとの仮契約で手に入れるアーティファクト。あれは、魔法による防御を越えて、心の中を覗いてくる。

 つまり、予言の書の知識すら抜かれる可能性がある。彼女がその力を不用意に私、キティちゃん、ちう様の三人に使うと、秘するべき未来の重要情報がすっぱ抜かれて、第三者に拡散されてしまう危険性があるのだ。

 だから、宮崎さんが仮契約した場合、私達はアーティファクトカードを封印させるか、完全に仲間に引き入れるかしないといけなくなるのだ。

 

「なんの話かしら?」

 

 売店でお団子を買っていた水無瀬さんが、私とキティちゃんが会話をしているのを見て、近づいてきた。

 

「ええと、宮崎さん……あのネギくんと二人っきりになった子が、ネギくんと仮契約したら今後が大変だな、という話をしていました」

 

「確かに、一般人相手に仮契約とか、大変な事態じゃない」

 

「いえ、そっちはどうとでもなるのですが、仮契約したときに出てくるアーティファクトが問題なんですよ」

 

 水無瀬さんは、私の言葉に首をかしげる。

 

「とある高名な方に占ってもらったのですが、宮崎さんがネギくんと仮契約した場合、読心アイテムが出てくる可能性があります」

 

「その占い本当なの?」

 

「はい。それなりに信憑性はあります。なにせ、水無瀬さんがいじめにあうことすら当てていましたから」

 

「えっ……リンネさんが私を助けてくれたのって、占いがきっかけ?」

 

「はい。未来を知ったので、助けられるなら助けようと頑張りました」

 

 本来ならば死んでいたことは、さすがに黙っていよう。

 そして、いじめ解決の嘘の真相を聞いた水無瀬さんは、ニッコリと笑って言った。

 

「やっぱり占いって素敵ね!」

 

「なんやー? 占いの話ー?」

 

 桜咲さんと団子の食べさせ合いをしていた近衛さんが、占いというワードを聞きつけてこちらに来る。

 近衛さんは占い研究会の所属だから、聞こえてしまったのだろう。

 すると、水無瀬さんが、ちょっとあせったような声で近衛さんに言った。

 

「ええと、ネギ先生と宮崎さんの恋の行方は、どうなるかなあと……」

 

「ほうほう、恋占いなぁ。やっぱり占いの王道やなあ」

 

「うんうん、分かるわ。私は守護霊や先祖の情報をもとに占うのだけど――」

 

「ウチはカードと水晶玉で――」

 

 と、専門の話をし始めたので、私はキティちゃんと一緒に少し距離を取る。

 

「ちなみに、茶々丸さんもネギくんと仮契約したら、アーティファクトが出るって占いには出ていますよ」

 

 キティちゃんの背後にずっと控えていた茶々丸さんに、私はそんなことを言った。近衛さんに聞こえないよう、小さな声でだ。

 

「私はガイノイドです。魂が存在しないため、仮契約は不可能かと。マスターとドール契約は結んでいますが」

 

「いえいえ、茶々丸さん、付喪神って知っています? 大切に扱われた物品には、魂が宿るんですよ」

 

「神秘の世界では、そのようなことが起きても不思議ではないのですね……。しかし、私が仮に仮契約するとしたら、ネギ先生ではなくマスターが相手になるかと」

 

 ふむ、この時点の茶々丸さんは、そこまでネギくんに惚れているわけではないのだね。まあ、まだ接点あんまりないしね。

 

 仮契約か。

 私とちう様と古さんの中で、誰かと仮契約をする可能性があるとしたら、ちう様が一番ありそうかな。

 相手はネギくんじゃなくて、キティちゃんだけど。ちう様、もうキティちゃんを師匠って呼んでいいんじゃないかってくらい、付きっきりで魔法を教え込まれているからね。そのうち仮契約どころか、血を吸われて従者になっても私は驚きやしないよ。

 

 

 

◆39 ラブ・ラブ・ゲッチュー・ネギセンセエ

 

 宮崎さんは無事、ネギくんへ告白したらしい。しかし、返事は聞けていない様子。

 そして、ネギくんへ告白した人が出たとの噂を聞いて、雪広さんが何やら旅館でハッスルしていた。私はそれをスルーして、部屋にこもった。

 そして、ここから事態が進行していくと、宮崎さんが仮契約に成功してしまうわけだが……キティちゃんが動く気配はない。

 

「エヴァンジェリン先生、仮契約を阻止したいんじゃなかったんですか?」

 

「いや、反対派だとは言ったが、阻止するとは言っておらんぞ」

 

「あれっ、そうでしたっけ」

 

 うむーん、それじゃあ、読心アーティファクト『いどのえにっき』対策はどうするんだ?

 

「それこそ、あとで本人に選ばせればいい。ただの一般人として安寧に生きる道か、ぼーやと共に修羅へと落ちる道かを」

 

「それ、本人に尋ねなくてもどっちを選ぶか、分かりきっていますよね?」

 

 もちろん、修羅の道だ。

 

「どうだかな。()()()()宮崎のどかがどれだけぼーやに入れあげているかなど、オコジョ妖精にでも聞かんと分からんさ」

 

 あー、まあ、原作とは世界線が違うからね。同じように進行しているようで、実は全然違っていてもおかしくないか。

 ちなみにオコジョ妖精のカモくんは、人と人の間の好感度を数値化する、ギャルゲーの親友キャラみたいな能力を持っている。

 

「何? また宮崎さんの話?」

 

 部屋の奥で相坂さんのぬいぐるみと一緒にくつろいでいた水無瀬さんが、部屋の中央に陣取る私達の方へとやってきた。

 

「そ、仮契約の話ですよ」

 

「すごいわよねー、アーティファクト。私も、アーティファクト欲しいわね」

 

 おやつのグミをもぐもぐと食べながら、水無瀬さんがうらやましそうに言った。

 そんな水無瀬さんに、私は言う。

 

「欲しいなら、ネギくんと仮契約したら一発ですよ」

 

「え、いやいや、アーティファクトなんて、そうそう出ないでしょう」

 

「いえ、ネギくんは魔力も魔法の才能もすごいですから、仮契約すればほぼ確定で出るはずです。しかも、レア率高いですよ」

 

「本当に!?」

 

 ずい、と身を乗り出して水無瀬さんが、食いついてきた。それに対し、私は「本当です」と答えておいた。

 

「やめておけ、水無瀬小夜子」

 

 と、そこで制止の声を上げるキティちゃん。

 水無瀬さんは一瞬むっとするが、相手が闇の福音だと思い出してとっさに身を引いた。

 

「ぼーやのパートナーは過酷な人生を送ることになるぞ。ぼーやは英雄の息子で、恐ろしいほどの魔法の才がある。ヤツの未来は味方も多いが敵も多く、その才能に相応しい偉業をなすために、強大な敵に立ち向かう運命にある」

 

「敵って、何?」

 

「さて、関西の呪術師か、海外の邪教徒か、魔法世界の魔法使いか。水無瀬小夜子。自らに降りかかった悪意すら自力ではねのけられなかった貴様が、他者に降りかかる災厄になど立ち向かえるのか?」

 

「むう……」

 

「はいはい、キティちゃん、あんまり水無瀬さんをいじめないの」

 

 キティちゃんの攻めはキティちゃん初心者には可哀想なので、私が横から入って会話を中断させる。

 

「誰がキティちゃんか!」

 

 いや、だってこの可愛らしい見た目は、キティちゃんと言うしかないよ。本人そこんとこ気にしているから、容姿についてはあまり口に出して言わないでおくけど。

 さて、そんな感じで就寝時間までの時間を潰していると、部屋に古さんが戻ってきた。

 そして、部屋の皆に向けて言った。

 

「ラブラブキッス大作戦アルヨ!」

 

 首をかしげる水無瀬さんだが、私とキティちゃん、そして部屋の奥でノートパソコンをいじっていたちう様は、いろいろと察した。

 古さんが、大作戦の説明をしていく。

 各班から二人ずつ選手を選び、生活指導の新田先生の監視をくぐり抜けて、旅館内のどこかにいるネギくんとキスをした者が勝ち。

 他選手の妨害は可能だが、武器は両手のまくらのみ。上位入賞者には豪華賞品プレゼント。

 

「血が騒ぐアルネ!」

 

「あー、古さん。これ、ネギくんのオコジョ妖精が仕組んだ、仮契約を大量成立させるための罠ですよ」

 

 私がそう言うと、古さんは「えっ」と言って身体にまとわせていた『気』をしぼませた。

 

「朝倉さんが主犯だったでしょう? 多分、朝倉さんにネギくんが魔法バレしちゃったのでしょうね」

 

「えっ、それ大丈夫なの?」

 

 水無瀬さんが焦ったように言うが、答えは「多分、大丈夫」だ。多分としか言えないのが、不安しかないが。

 

「仮契約はちょっと遠慮したいアルネ。そういうのはお婿サン候補としたいところヨ」

 

「ネギくんは、候補にならないと?」

 

「昨日、なかなか根性見せたアルが、私の理想にはまだまだ遠いネ」

 

 というわけで、古さんは選手を辞退した。さて、1班からは誰を出すべきか……。

 

「よし、茶々丸、行ってこい」

 

 キティちゃんが、茶々丸さんに指示を出した。まあ、妥当なところかな。ちう様は胸の前でバツ印を作って、拒否の姿勢だし。

 となると、後は一人。私か、もしくは……。

 

「じゃあ、私、二人目ね」

 

 そう言いながら、水無瀬さんが立ち上がる。

 

「先ほどの話を聞いても、なお求めるか?」

 

「いいじゃない、英雄候補生のパートナー。素敵よね。それに……」

 

 水無瀬さんは、キティちゃんの言葉を聞き流しながら、床からまくらを二つ手に取る。

 

「私だって、変わりたいのよ。敵に立ち向かえる、私に」

 

 そうして『くちびる争奪! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』が始まった。

 旅館の館内放送設備を勝手に乗っ取った朝倉さんが、各部屋のテレビに館内の監視カメラの映像を生放送していた。

 

 テレビの画面の中では、各班の選手が、まくらをぶつけ合って醜いキャットファイトを繰り広げている。

 というか、すでにパクティオーカードを持っているはずの雪広さんが参戦していた。まあ彼女なら、ネギくんとキスができると聞いたら、仮契約関係なしにやってくるか。

 そして、我らが1班だが、茶々丸さんはありあまるロボパワーで他班を圧倒。まくら片手に館内をうろつき回っている。

 水無瀬さんは……カメラにずっと映っていないな?

 

「あいつ……魔法を使っているな」

 

 キティちゃんのその言葉に、ノートパソコンから目を離してテレビに注目していたちう様が、あぜんとした。

 

「ずるすぎる……!」

 

「妨害にさえ使わなければ、ルール上はなんの問題もないだろう?」

 

「いやまー、そうだけどよ」

 

「千雨、お前は私の生徒なのだから、もっと魔法をずる賢く使うことを覚えろよ?」

 

『水無瀬さんさすがですー』

 

 相坂さんはマイペースでいい子だなぁ。

 

『おおっとー! 早速、一人目の成功者が出たようだぞー!』

 

 テレビから朝倉さんの声が響く。しかし、画面上には、ネギくんの偽物達が各カメラの前に出現した様子しか見えない。偽物は、おそらくネギくんが桜咲さんに呪符を借りて作った、身代わりの人型だろう。

 

『どうやら、カメラの範囲外でキスを成功させたようだー! 成功した選手はぁ……ななな、なんと、転校生の水無瀬小夜子ちゃんだぁー! 意外なダークホースだー!』

 

 魔法を使った早解きかぁ……。もう企画がめちゃくちゃだよ。

 やがて、水無瀬さんが他の選手達より一足先に、部屋へと戻ってくる。

 

「パクって来たわよ」

 

「キスのお味はどうでした?」

 

 帰ってきた水無瀬さんに、私はそう尋ねた。

 

「そうね。ファーストキスだったけれど、青い果実を収穫してかじりついたような、爽やかな気分になったわ」

 

 言いざまが事案過ぎる……。

 そうして、ネギくんの偽物が大暴れする様をテレビで眺めているうちに、時間は過ぎていき……。

 

『お、おおー。二人目のキス成功者は、本屋ちゃんだー!』

 

 どうやら、宮崎さんが、予想通りの仮契約成立となったようだった。来るかぁ、『いどのえにっき』。

 はたして彼女の未来は、どうなっていくのだろうか。

 



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■15 風雲急を告げる

◆40 パクティオーカード

 

 ラブラブキッス大作戦から一夜明け、朝食後の休憩時間。私は水無瀬さんをともない、ネギくんのもとへとやってきていた。正確には、ネギくんのペットであるカモさんのもとだ。

 用事は、水無瀬さんのパクティオーカードの確認である。私達は他の生徒達から離れ、こっそりと言葉を交換する。

 

 パクティオーカード。仮契約(パクティオー)を行なうことで出現するカードだ。主から従者に念話を届ける機能や、主のもとに従者を転移させる機能がある。また場合によっては、従者がアーティファクトを呼び出せる機能を使えることもある。

 

 ネギくんは水無瀬さんのパクティオーカードを手に取って眺めており、水無瀬さんもカモさんに作ってもらった複製品のパクティオーカードをマジマジと見つめている。

 

「これは、ローブかな?」

 

 パクティオーカードに描かれている自分の絵姿を見て、水無瀬さんが言う。

 カードの彼女は、前の学校の制服ではなく麻帆良学園女子中等部の制服を着て、その上に、前が開いた黒いローブを羽織っていた。

 絵の中の彼女は他には何も持っておらず、彼女のアーティファクトは服の上に羽織るローブの可能性が高いように見えた。

 

「アーティファクトを呼び出してみな。カードを持った状態で、『来たれ(アデアット)』と唱えるんだ」

 

 カモさんの説明を聞き、水無瀬さんが「アデアット」とつぶやく。

 すると、彼女が着ていた制服の上に、黒いローブが羽織った状態で現れた。

 

「どうやら、『宵闇(よいやみ)のローブ』ってアーティファクトのよーだな」

 

 カモさんが、アーティファクトの名前を説明してくれる。

 

「どんなアーティファクトかな……」

 

 水無瀬さんはその場でくるくると回るが、特に変わったことは起きない。

 

「うーん、普通のローブということはないでしょうが……」

 

 そう言いながら、私は水無瀬さんのローブに触れようとするが、手が、なぜかすり抜けた。

 

「え?」

 

「うん?」

 

 水無瀬さんの身体を貫いて、肘から先が彼女に埋まっている状態になっている私。

 

「ええー!? 大丈夫なんですか、それ!?」

 

 ネギくんが慌てたように言うが、私は特に彼女に触れている感覚はない。

 水無瀬さんも、私に腕を身体に突っ込まれているという感触はないようで、不思議そうに私の二の腕を見つめている。

 そして、私は腕を上下に振ってみると、まるで水無瀬さんの居る場所に何もないかのように、腕がすり抜けていった。

 

「これは……透過能力?」

 

 ネギくんがそんなことを言った。なるほど、身体を他者に触れられないようにする透過能力ね。壁抜けとか床抜けとかできるのかな?

 

『あ、ちょっと待ってくださーい』

 

 と、水無瀬さんのローブの中から声が聞こえた。

 水無瀬さんがローブの前部分を開けて、中の制服を外に見せると、腰のポーチに入っているぬいぐるみが声をあげる。

 

『これ、透過じゃなくて幽霊化だと思いますー。感覚的に分かるんです』

 

「ええっ、人形がしゃべってる?」

 

 ネギくんが、ぬいぐるみの相坂さんに驚いている。

 ネギくんに相坂さんを見られた水無瀬さんの反応はと言うと……。

 

「しゃべるぬいぐるみよ。可愛いでしょう?」

 

「えっ、あっ、はい……」

 

 水無瀬さんが誤魔化したので、私も適当に言っておこうか。

 

「私達のお友達です。優しくしてあげてくださいね」

 

「えっと、はい……」

 

 何か腑に落ちないような顔をして、ネギくんはうなずく。

 そして、話題はアーティファクトへと戻る。

 

「幽霊化……幽体化ね。それなら、他にも能力はありそう」

 

 水無瀬さんのその言葉に、私は『UQ HOLDER!』に登場した幽鬼(レブナント)佐々木(ささき)三太(さんた)の能力を思い出す。

 

「透過、念動力、飛行、憑依の力でしょうか」

 

 試してみたところ、いずれの力も備えていることが分かった。

 

「すごいアーティファクトですね……」

 

 ネギくんが感心したようにつぶやく。すると、相坂さんが『幽霊ってすごいんです』と誇らしげに言った。

 

「でも、退魔の力に弱いかもしれない。そのへんは、注意した方がよさそうね」

 

 一通りの検証を終えた水無瀬さんが、地面に降り立ちながらそう言った。

 

「で、あとは解除だけど……」

 

「アーティファクトを消すときは、『去れ(アベアット)』だな」

 

「アベアット」

 

 カモくんの解説を聞いて、水無瀬さんはアーティファクトを解除した。

 というわけで、アーティファクトカードの説明を受け終えた私達は、ネギくんとカモさんにお礼を言ってから部屋に戻っていった。

 

「宮崎さんが覗いていたけれど、いいの?」

 

 水無瀬さんがそう言うが、私は手をヒラヒラとさせて答える。

 

「どうせ、修学旅行の後で魔法について説明することになるだろうし、いいんですよ」

 

「こんなに何人にも魔法がバレて、オコジョ刑は大丈夫なのかな……」

 

「3年A組は、そのへん例外的なところありますからね」

 

 やっぱり、クラスメート全員ネギくんのパートナー候補説は、信憑性がそれなりにありそうだなぁ。

 

 

 

◆41 戦いの陰で

 

 修学旅行三日目は完全自由行動日。私服姿で、好きな場所で活動してよい日となっている。

 麻帆良で中華料理屋台『超包子(チャオパオズ)』を経営している超さんを含む3班なんて、大阪まで足を運んで料理を食べまくるなどと話していた。

 

 我々1班はと言うと、昨日に引き続き2班と合同で活動……とはならなかった。2班の綾瀬さんと早乙女さんが、二日続けて十二人での大人数で自由行動するのもどうかと、苦言を呈したのだ。

 

 なので、近衛さんの護衛は桜咲さんに任せ、親書の輸送をネギくんと神楽坂さんに任せるという、原作漫画通りの展開になってしまった。

 雪広さん? 彼女は頑張ったけど、私達ですら2班への同行が無理なのに、彼女が自分の班員すら説き伏せて同行できるはずがなかったよ……。

 というわけで、私はサーヴァントのエミヤさんを霊体化させて、見えない状態で護衛にやることにした。

 

「しかし、心配ですね。日付が空いたので敵も傷を癒やしたでしょうし」

 

 キティちゃんの先導で京都の寺社を巡る観光の最中、私はそんなことをぼやいた。

 だが、キティちゃんはそんな私を鼻で笑った。

 

「元々、近衛木乃香は桜咲刹那が護衛についていたのだ。専属が居るならそちらに任せればいい。それに、ここは近衛木乃香の本拠地だ。親書とは直接の関わり合いがないのだから、関西呪術協会の本部から護衛を呼べばよいのだ」

 

「あー、桜咲さんはそれをしないでしょうね。彼女は、協会の誰が敵に回っているか分からないでしょうから」

 

「そんなもの、近衛木乃香の父親の詠春に、直接護衛を選んでもらえばいいだけではないか」

 

「桜咲さん、自分は下っ端だと思っていますから、組織のトップには掛け合えないでしょう……」

 

「ふん、あやつは自分が、組織のトップの娘を護衛しているという自覚が足りん」

 

「中学生に無理を言いなさる」

 

 そんなやりとりをキティちゃんとしつつ、時間は過ぎる。

 エミヤさんとのパスを通じての情報だと、どうやらネギくんは神楽坂さんと一緒に班から抜け出すことができたようだ。それを宮崎さんが追ったと。うーむ、そっちも気になるけど、エミヤさんは引き続き近衛さんの護衛をよろしく。

 

「むっ」

 

 と、キティちゃんが何かに反応する。それと同時に、エミヤさんから念話だ。

 

『刻詠リンネ、敵が来たようだ。姿を現して守りに入る』

 

 ふむ、これは……。

 

「エヴァンジェリン先生、近衛さんの監視してました?」

 

「ああ、念のため影の魔法でマーキングをな」

 

「お優しいことで。それで、どうします? 桜咲さんに、こっちに合流してもらいます?」

 

「ふむ……」

 

 キティちゃんが周囲を見回す。私達が今いるのは、京都の太秦シネマ村。原作漫画で、敵に襲われた桜咲さんが逃げ込んだスポットだ。

 

「相手が、一般人に力を振るうことを躊躇(ちゅうちょ)すればよいがな」

 

「大丈夫じゃないですか? 主犯は魔法の暴露を本気でして世界中に狙われる覚悟なんてないでしょうし、他は雇われの身です」

 

「ふむ、ならば、合流だな」

 

『エミヤさん。桜咲さんに、シネマ村に逃げてくるよう言ってくれませんか?』

 

『了解した……ふむ、無理だな。どうやら私も何者か怪しまれているらしい』

 

『あっ、面通ししてなかった……ええと、桜咲さんに、自分は刻詠リンネのスマホの使い魔だと説明してください』

 

『それならいけるか……?』

 

 そんな念話をし終わると、少ししてからスマホに電話の着信が入った。

 桜咲さんからだ。

 

「はい、もしもし」

 

『刻詠さん、シネマ村で合流というのは本当ですか?』

 

「うん、本当本当。そこにいるお兄さんは、私の部下というか知り合いというかそんな感じ」

 

『了解しました。すぐに向かいます』

 

 そこで電話が切れる。うーむ、なるほど、エミヤさんが守っているから、電話する余裕があったんだね。

 そして、そのエミヤさんから追加で念話が入った。

 

『合流を急がせる。相手に一人、手練れの者がいて、最後まで守りきれるか怪しい』

 

『え、襲撃犯って一人じゃないんですか』

 

『ああ、二刀流のそれなりの剣士が一人と、西洋魔術師が一人。例のフェイトという者だったか』

 

 うっそお。フェイト・アーウェルンクスが襲撃に加わっているの?

 いやまあ、確かに敵のメンバーの一人なんだから、ぼんやり待機しているはずがないんだけど。

 

「エヴァンジェリン先生、敵に……」

 

「ああ、アーウェルンクスがいるようだな。仕方ないので、私が対処する」

 

 先生、お願いしやす!

 

 

 

◆42 宣戦布告

 

 シネマ村に到着し、無事に桜咲さんと合流ができたのはいいのだが……。

 

「桜咲さん、なぜコスプレをしているんです……?」

 

「ええと、このかお嬢様に請われて……」

 

 新撰組の服装をした桜咲さんが恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 そんな桜咲さんの腕に、満足そうにしながら腕を絡ませる舞妓さん衣装の近衛さん。

 

「やれやれ、緊張感のないことだ」

 

 呆れたように言うエミヤさん。しかし……。

 

「正義の味方エミヤマン・アーチャー。入場料は?」

 

 サーヴァントの彼に、私はお金を持たせた記憶はない。

 

「……サーヴァントは人ではないからな。大人一人判定は受けない」

 

「はあ……まあ、入場口から堂々と無銭入場したのを見られたとかでないなら、とやかく言いませんけれどね。ここに来るよう指示したのは私ですし」

 

 私は、心の中で運営スタッフさんに謝っておく。

 そして、問題は桜咲さんだ。

 

「その格好で、近衛さんの護衛をするつもりですか?」

 

「ええと、はい……新撰組なのでセーフになりませんか?」

 

「衣装を汚したり破いたりした場合、弁償する覚悟があるならセーフでよいのではないでしょうか」

 

「うっ……」

 

 桜咲さんは、麻帆良でもなにやら龍宮さんと裏の仕事をしているみたいだから、依頼料で稼いでいるから大丈夫かもしれないけれど。……いや、護衛の経費として学園長にでも請求すればいいのか。

 

「とりあえず、敵の攻撃はシネマ村に入ってから止んだようですが……」

 

 閑話休題とばかりに、桜咲さんがそう報告をしてくる。

 すると、私達に近づく影が。

 

「どうもー。神鳴流どすえー」

 

 やってきたのは、明治期の洋風ドレスを身にまとった、二刀流剣士の月詠だ。

 

「じゃなかったです。……そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございますー。今日こそ借金のカタにお姫さまをもらい受けに来ましたえー」

 

 うーん、どうやら、敵は一芝居打ってこちらに喧嘩を売ってくるようだ。

 これで、魔法の無闇な漏洩をお芝居という形で防ぐ姿勢が見てとれるため、一般市民への被害も抑えてくれると期待していいだろう。

 

 そして、月詠に「お嬢様は渡さない」と啖呵(たんか)を切る桜咲さん。運営側が行なっているお芝居と見た周囲の観光客から、歓声があがった。

 

「そーおすかー。ほな仕方ありまへんなー」

 

 そう言って、月詠は手にはめていた白い手袋を脱ぎ、顔に向けて投げつけてきた。

 桜咲さんにではなく、古さんの顔に。

 

「このか様を賭けて、決闘を申し込ませていただきますー。逃げたらあきまへんえ、中国武術のお姉さん」

 

「は?」

 

「へ? 私アルか?」

 

 そこは桜咲さんに投げつける流れだったろうという思いは、私以外にもあっただろう。周囲で見ている観光客も突っ込みたいはずだ。

 

「そこな中国お姉さんが、おそらくこのか四天王にて最強。挑ませてもらいますえ」

 

 いや、それ、古さんとリベンジマッチしたいだけですよね?

 

「決闘は三十分後、場所はシネマ村正門横『日本橋』にてー。ウチの顔を焼いた恨み、晴らさせていただきますえ」

 

 言うだけ言って、月詠は古めかしいオープンタイプの馬車に乗り込み、この場から去っていった。

 ちなみに、フェイト・アーウェルンクスは小姓の格好をして馬車の御者席に乗っていた。馬車操れるんだぁ。いや、大抵のことは知識をインストールすることで、できるようになるんだったかな。

 

「桜咲さん!」

 

 と、そこで、私達に近づく集団が。

 それは、雪広さんを先頭にした4班の面々。

 

「敵が来たのですね?」

 

 雪広さんが、真面目な顔で桜咲さんに問いかけている。

 

「はい。先日、古が戦った、神鳴流の剣士です。ネギ先生の方ではなく、このかお嬢様の誘拐が目的のようで……」

 

「なるほど。先日の少年の姿もありましたわね。となれば、私も共に戦わせていただきますわ」

 

「ありがとうございます。でも……」

 

「拒否するのは、なしですわよ」

 

「いえ、そうではなく、その格好で戦うのは厳しいかと」

 

 桜咲さんの視線の先。雪広さんは、太夫(だゆう)と呼びたくなるような見事な和服姿で、足には高下駄を履いていた。

 

「あ、これは……き、着替えて来ますわ!」

 

 恥ずかしそうにする雪広さんだが、いいことをしてくれた。

 いやー、戦力が追加されるとか、嬉しい限りだね。

 

 私は、ひっそりとフェードアウトしようとしていた、一人の生徒に近づき、肩を叩く。

 

「どこへ行こうというのかね?」

 

「いやー、ちょっと見て回りたい映画セットが……」

 

「クラスメート誘拐の危機、手伝ってくれるのが筋だよね。()()()()さん」

 

「戦闘とか私、向いていないというかー」

 

 私は、麻帆良の魔法生徒である春日(かすが)美空(みそら)さんの肩をつかんで、皆の方へと引っ張っていく。

 

「ぐえー、力強すぎッス!」

 

「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ、相手の呼び出す式神を潰してくれるだけでいいですから」

 

 そして、皆のところに戻ったところで、私は春日さんから離れて、別の生徒のもとへと近づく。

 それは、明治期の書生さん風の衣装に身を包んだ、ザジ・レイニーデイさん。

 

「レイニーデイさん。一般市民に被害がいかないよう、見守ってもらえますか?」

 

 私がそう問いかけると、彼女は無言でこくりとうなずいた。

 彼女は、異界出身の魔族の王族。その力は計り知れないが、協力を承諾してくれた。よし、安心して戦いにのぞむことにしよう。

 



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■16 戦いの行方は

◆43 シネマ村の戦い

 

 シネマ村にある木橋へと到着した私達。そこには、神鳴流剣士の月詠と、フェイト・アーウェルンクスの姿があった。

 

「ぎょーさん連れてきてはって、おおきにー。楽しくなりそうですなー」

 

 うん、本当にぎょーさん連れてきてしまったぞ。

 1班と4班からは全員。2班からは、神楽坂さんと宮崎さん以外の全員だ。合計で、十五人プラス幽霊一体である。

 

 橋の中央に、進み出る古さん。チャイナドレスを身にまとい、手には『莫邪の両剣』を構えている。

 ちなみにこのチャイナドレスは古さんの私服ではない。

 一般の観光客相手にお芝居を装うなら、普通の私服姿では誤魔化しきれなくなる、と雪広さんが言いだして、1班も全員貸し衣装でコスプレをしたのだ。戦闘で服が破損するかもしれないと言ったのだが、そこは名だたる大財閥の次女。衣装を破損・紛失させた場合は、全額弁償すると、施設運営側を説き伏せてしまった。

 

 施設運営側はスケジュールにないお芝居イベントについていぶかしんでいたが、そこは私が魔術で暗示をかけて曖昧にしておいた。

 

 ちなみに、私は貸し衣装を借りていない。自前の服装でコスプレしている。

 桜色の和装。スマホから力を引き出した、桜セイバーこと沖田総司衣装である。腰に差している刀も真剣だ。

 

「なんや一般人も混ざっておるようですが……その方達には、私の可愛いペットがお相手しますー」

 

 月詠が、周囲に呪符をばらまくと、煙と共に和風の妖魔の姿をした式神が大量に姿を現す。

 

「ひゃっきやこぉー! さあ、武術のお姉さん、尋常に勝負ぅー」

 

「行くアルヨ!」

 

 月詠と古さんが、橋の中央で激突する。

 そして、私達は大量の式神の対処に移った。

 

「おおー、スゴイCGだー!」

 

「さすがシネマ村のアトラクション!」

 

 周囲で見守る観光客が、そう言って盛り上がる。暗示も認識阻害も使っていないのに全部CGで納得するとか、さすがコメディ漫画世界の住人達である。

 

「あれがCGだっていうなら、これもCGよね。アリエル・ファルエル・ベルベット。闇火の精霊29柱。集い来たりて敵を焼け――」

 

 江戸時代の町娘風衣装を身にまとった水無瀬さんが、大胆にも呪文詠唱を始めた。

 

「――『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾・闇火の29矢』!」

 

 魔法の矢が、百鬼夜行をなぎ払う。その隙を突いて、横から式神が水無瀬さんにまとわりつこうとするが、私はそれに割り込むように刀で式神へと斬りつけた。

 

「ありがとう、リンネさん」

 

「いえ、前は守りますので、バンバン魔法使ってください」

 

「あら素敵。パートナーに欲しいわね」

 

「お友達からでお願いします」

 

「私のキスは子供先生すら堕とした特別製よ」

 

「よしてくださいお姉様。マリア様が見ています」

 

「リンネさんもマリみて読者? でも、そんな百合百合しいやりとりは出てこないわよ」

 

 そんなバカなやりとりをしつつ、式神をほふっていく。水無瀬さん、無詠唱呪文上手いなー。

 と、式神に混じって、フェイトと着ぐるみを着こんだお弁当女がこちらに近づいてくる。

 

 お弁当女が近衛さんを守る桜咲さんを抑え込み、その隙をつこうとするフェイトの魔の手が、近衛さんに迫る。

 

「おっと、貴様の相手は私だ」

 

 影の中に沈んで事前に姿をくらましていたキティちゃんが、不意打ちでフェイトを上空に向けて殴り飛ばした。

 

「くっ!」

 

 かなり高くまで吹き飛ばされた後、なんとか空中で姿勢を整えるフェイト。そこへ、キティちゃんも飛んでいって、二人は空中戦に入った。

 二人ともホウキや杖なしで空飛べるから、すごいよね。

 

「すげー!」

 

「ワイヤーアクションだ!」

 

 別の意味ですごさを感じたらしい観光客が、全力で盛り上がっている。

 

 そこから激しい戦いが続く。

 

 妖魔の式神の数が減ってくると、お弁当女が符を追加して、猿や熊といった動物の式神が暴れ回る。

 桜咲さんはお弁当女とのタイマンで忙しく、近衛さんの守りは一人だけコスプレをしていないエミヤさん(赤原礼装)が完璧にこなしていた。近衛さんは長身の大人の男に守ってもらえるのが嬉しいのか、キャーキャーと叫んで嬉しがっていた。

 

 近衛さんはエミヤさんに任せて、私は際限なく増え続ける式神を処理していった。私が沖田パワーで縦横無尽に駆け回ると、追加分の式神もどんどん数を減らしていった。

 そして、すぐに戦いは終わりに近づく。

 

 古さんの激しい攻撃で急速に体力を削られたのか、橋の上で月詠が肩で息をしている。

 お弁当女は桜咲さんに着ぐるみを破壊され、雪広さんに投げられて地面を転がっていた。

 上空のフェイトは……。

 

「『氷爆(ニウィス・カースス)』!」

 

 キティちゃんの魔法が決まり、フェイトが地面に落ちてくる。

 その先は、近衛さんのいる場所のすぐそば。一瞬ひやりとするが、エミヤさんが倒れたフェイトの首元に双剣を突きつけることで、それ以上の動きを防いだ。

 

 そして、古さんが月詠を蹴り飛ばし、月詠は欄干(らんかん)から川の中に落ちた。

 

「そちらの負けです。投降してください」

 

 桜咲さんが、勝利を宣言するようにそう告げた。

 

「いや、こちらの勝ちだ。絶好の場所だね」

 

 フェイトがそう言った瞬間、彼の身体から魔法陣が一瞬で展開する。

 その魔法陣は、エミヤさんを避け、近衛さんにまとわりつく。

 

「お嬢様ッ!」

 

 とっさに桜咲さんが近衛さんに手を伸ばすが、すでに遅く、魔法が発動した。

 それは、転移魔法。近衛さんは、縮んでいく魔法陣に飲みこまれ、この場から姿を消してしまった。

 

「近衛木乃香は貰ったよ」

 

「くっ、投影、開始(トレース・オン)!」

 

 エミヤさんがとっさに魔力封じの剣を投影してフェイトに突き刺すが、遅延魔法かマジック・アイテムによるものか、刺さった魔力封じの剣ごとどこかに転移していった。

 

 さらに、お弁当女も懐から札を取り出して、転移で逃亡。

 川の中の月詠も、いつの間にか姿を消していた。

 

 まさかのどんでんがえしの結果に、桜咲さんは膝を突いてうなだれる。

 そこへ、空からキティちゃんが降りてくる。

 

「まさか転移魔法を準備してあったとはな」

 

「すまない。詰めが甘かった」

 

 エミヤさんが、眉間にシワをよせながらそう謝ってきた。

 だが、エミヤさんだけの責任ではない。転移魔法の使用を想定していなかった、私の落ち度でもある。

『UQ HOLDER!』で、敵側の切り札として〝相手を転送することによる無力化〟が使われる光景を見たというのに、この時点で使ってくる敵がいると予測していなかったのだ。

 

「お嬢様……」

 

「こら、桜咲刹那。何を腑抜けている。助けにいかんのか」

 

「でも、どこに行ったのか……」

 

「私が、近衛木乃香に影を忍ばせている。場所は追跡できているぞ」

 

「本当ですか!?」

 

 キティちゃんの言葉で、この世の終わりのような顔をしていた桜咲さんの顔に、活力が戻ってくる。

 

「ふむ。どこかの湖か。これは、封印解除の儀式をしているな。リョウメンスクナの封印解除が目的か」

 

「リョウメンスクナ!? かつて長が封印したという、大鬼神です!」

 

「それなら、場所は分かるな? ふむ、近衛木乃香の魔力を使って、守りに妖怪を大量召喚しているな……。こうなったら、全面戦争だ。桜咲刹那、関西呪術協会に連絡を取って、戦力を動員しろ」

 

「えっ、それは……」

 

「四の五の言っている場合か!」

 

 キティちゃんに叱られ、桜咲さんは携帯電話を取りだし、どこかに電話を始める。

 しかし、しばらく待っても相手が電話を取る様子がない。

 

「おかしいですね……」

 

 桜咲さんがひたすらにコールを続ける。

 と、そこで私のスマホに着信が入った。相手は……神楽坂さんだ。

 

「はい、もしもし」

 

『リンネちゃん、助けて!』

 

 神楽坂さんの叫び声が、スマホのスピーカーから響いてくる。

 私はただ事ではないと思い、ハンズフリー通話に変えてキティちゃんと桜咲さんにも神楽坂さんの声が聞こえるようにする。

 

「いったいどうしました?」

 

『みんなが、石になって、木乃香の実家で、もうリンネちゃんとエヴァちゃんに頼るしかないの!』

 

「順を追って説明してください。今居るのはどこですか?」

 

『このかの実家! えっと、呪術協会ってとこの本山』

 

「石になるとは?」

 

『一昨日の白髪の男の子が急に現れて、魔法でみんなを石像に変えだしたの!』

 

「えっ!? 本山には結界の守りがあるはずです!」

 

 桜咲さんが驚いたように叫ぶ。

 

『あれっ、刹那さん。刹那さんも居るの? 木乃香は無事?』

 

「お嬢様は……さらわれてしまいました」

 

『えーっ! 一大事じゃない! いや、こっちも一大事よ!』

 

 ふむ、しかし、なんでフェイトはわざわざ関西呪術協会の本山を襲った? 近衛さんの身柄は手元にあるというのに。親書をネギくんが本山に渡したからか?

 

「本山が狙われたのは、おそらく封印解除の儀式を邪魔されたくないからだろうな。石化の術を使ったのは、白髪の少年の独断かもしれんが」

 

 キティちゃんが、そう推測を口にした。なるほど、私達から連絡がいって邪魔出しされるのを恐れたか。

 

「神楽坂明日菜。ぼーやはいるか? それと、近衛詠春だ」

 

『詠春さんは、ネギをかばって石化させられて……ネギはなんとか無事。私が男の子を追い払ったから』

 

「よし、分かった。ぼーやを連れてこれから言う場所へ向かえ。私達も向かう。ただし、合流するまで先走るなよ。場所は――」

 

 キティちゃんが、桜咲さんに聞きながら近衛さんの居場所を神楽坂さんに告げる。

 そして、キティちゃんは、橋の上で観光客達に手を振っていた古さんの方へと向いて、言った。

 

「古菲。雲を呼び出せ」

 

「アイヨー」

 

 そして次に、キティちゃんは私の方へと向く。

 

「リンネ。貴様の任を解く。桜咲刹那への協力は止めだ」

 

「エヴァンジェリンさん!?」

 

 桜咲さんが、キティちゃんの言葉に驚く。

 だが、キティちゃんは気にも留めずに言葉を続けた。

 

「これからは、さらわれたクラスメートの自主的な救出行動となる。リンネ、もはや誰これの成長が、などと言ってられん。向こうには巻き込む一般人などおらんから、全力を出していいぞ」

 

「はい、先生」

 

 それからキティちゃんは、先ほどの戦いの中でひたすら一般人枠のクラスメート達を守り続けていたちう様を見る。

 

「千雨。お前も全ての術の使用を解禁する」

 

「マジか。そこまでか」

 

「そこまでだ。やつらが呼び出した悪鬼羅刹どもは見物だぞ。よほどなりふりかまっていないらしい」

 

 そんなやりとりをしている間に、古さんは仙術を行使していた。

 周囲に霧が立ちこめ、それが古さんの足元にどんどんと集まってきていた。

 やがて、霧は雲状に変わり、やがて雲はまるで入道雲のように濃くなっていった。

 

「できたアル」

 

 古さんはそう私達に告げた。古さんの足元には、いかにも人が乗れそうですよという感じの大きな雲ができあがっていた。

 すると、キティちゃんは、橋の方へと駆けだし、ぴょんと雲の上に飛び乗る。それを追って、茶々丸さんが乗る。続けて、ちう様も飛び乗り、私も遅れまいと雲の上に飛び乗った。

 足に返ってくるのは、弾力のある物を踏みしめる独特の感触。

 

「桜咲刹那。助けに行きたいならば、乗れ。空飛ぶ雲だ」

 

 キティちゃんの言葉に、桜咲さんが疑うこともせず雲に飛び乗った。

 続けて、エミヤさんが乗りこむ。

 

「私も行きます!」

 

 横から話を聞いていて事情を察したのであろう雪広さんが、こちらに近づいてくる。

 

「死ぬ覚悟があるなら乗るがいい。これから向かうのは戦場だ」

 

 キティちゃんがそう言うが、雪広さんはなんてことないように答える。

 

「生き延びる覚悟は決めましたわ!」

 

 そうして雪広さんも乗り込み、遅れて水無瀬さんまで乗りこんできた。

 

「じゃあ、行くアルヨ!」

 

 そう言って、古さんは雲を宙に浮かせ始める。

 すると、事態を見守っていた観光客達が、大いに盛り上がり、「頑張れー!」だとか「第二部はどこでやるんだー!?」とか叫ぶ。うーん、あそこだけギャグ漫画の空気。

 そして、私達は雲に乗って、空へと飛び立った。目指すは、大鬼神リョウメンスクナノカミ封印の地だ。

 



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■17 嵐の前の騒がしさ

◆44 戦闘準備

 

 認識阻害の魔法をかけた仙術の雲が、京都の空を駆ける。

 時速にして五十キロほどだろうか。道を行く乗用車程度の速さで進んでいく。

 

「もっと速度は出ないのですか!?」

 

「何人乗っていると思っているアルか。分解する限界ギリギリアルヨ」

 

 先ほどからそわそわとし続けている桜咲さんが、古さんに詰め寄るが、古さんは桜咲さんを落ち着かせるように押しとどめる。

 気が急いているのは桜咲さん一人で、他は落ち着いたものだ。ほぼ素人の雪広さんですら落ち着いている。

 

「桜咲刹那。そんなに先を急ぎたいなら、一人で飛んで行けばよかろう。貴様にはそれができるはずだ」

 

 そうキティちゃんに言われて、桜咲さんが、ぐう、と押し黙る。

 確かに、桜咲さんの正体は烏人と人間のハーフであり、羽を背中に隠している。飛ぼうと思えば、一人でこの雲よりも速く飛べるのであろうが……。

 

「いや、やめておけよ? これから向かう先は、敵が待ち構えているんだろう? 一人で行ってもなぶり殺しにあうだけだ」

 

 ちう様が、横からそんなことを桜咲さんに言った。

 

「精神集中でもしとけ。そこにいるケータイいじっているバカほど、落ち着けとは言わんが」

 

 ケータイいじっているバカ。誰のことでござるかな?

 

「そうですわ、リンネさん。緊張感がなさすぎるのではなくて?」

 

 雪広さんにたしなめられる私。そう、ケータイいじっているバカは私でした。

 でも、仕方ないんだ。『LINE』でとある人と連絡を取る必要があったのだ。

 

「これは遊んでいるのではなくて、全力を出すために必要な助っ人を呼んでいます」

 

 私はスマホに文字を入力しながら、そう周囲に言い訳をした。

 

「もしかして、長瀬さんや龍宮さんに連絡を取っていますの?」

 

「いや、個人的な知り合いですよ。そこに居るエミヤさんみたいなね」

 

 私がエミヤさんを指さすと、周囲の視線が私からエミヤさんにそれる。

 エミヤさんは、やれやれといった仕草で肩をすくめた。

 

「そう、それも気になっていたのです。こちらの殿方は、どなたですの? ずいぶんと戦いに手慣れているようでしたから、魔法の関係者のようですが、関西呪術協会に関わり合いのある方かしら?」

 

 おっと、雪広さん。残念ながらそれは大ハズレだ。

 

「彼はサーヴァントですよ。そうですね、超優秀な使い魔。英霊と呼ばれる、あの世にいる英雄を特殊な降霊術で呼び出した、戦う幽霊です」

 

「なんですって!?」

 

 ネクロマンシーを得意とする水無瀬さんが、驚きの声をあげた。

 まあ、彼女なら驚くと思っていたよ。

 水無瀬さんは、エミヤさんをじっと見つめると、何かを感じ取ったのか肩を震わせた。

 

「確かに、人ではないわ。高密度の魔力で身体が構成されているように見える。英雄の霊って言っていたけど、どこの国のなんていう英雄なの?」

 

「私は、別に英雄なんかじゃないさ」

 

 エミヤさんが、肩をすくめてそう自嘲する。

 だが、私はエミヤさんを英雄だと思っているので、それを否定するように言った。

 

「彼はエミヤさん。現代、あるいは近未来における英雄で、この世界とは違う世界、パラレルワールドにおける英雄ですね。戦場に生き、数多の人々を救った悲劇の英雄です」

 

「近未来? 未来で死ぬはずの人を呼び出したってこと?」

 

「そうですね。パラレルワールドの存在ですし、この特殊な降霊術は時間の流れを無視して英霊を呼び出せます」

 

「はー、よくもまあ、そんなすごい魔法を……」

 

「水無瀬さんは真似してもできませんよ? この術は、この世界の英雄を呼び出せないんです。死後の世界とはまた違う、英霊の座というものがあるパラレルワールド経由でしか不可能な、大魔術ですから」

 

 水無瀬さんとそんな会話をしているうちに、スマホでのやりとりが終わった。助っ人との交渉は終わり、無事駆けつけてくれるとの了承を得た。

 

 よし、じゃあ、後は私自身の戦闘準備だ。

『LINE』を終了させ、ゲームアイコンを叩き、しかるべき能力を引き出す。

 すると桜セイバーの格好だった私の服装が、鎧姿に変わる。

 

「あら、リンネさん、アーティファクトカードの着替え機能ですの?」

 

 雪広さんが私の衣装チェンジを見て、そんな推測を入れてくる。

 

「いえ、これは、私が持つスマホから引き出した力を別の物に変えただけですよ」

 

「先ほどの和装と違って、ずいぶんと洋風に見えますが」

 

「騎士の甲冑です。似合います?」

 

「ええ、素敵ですわ」

 

 でしょー。私は青い騎士服と金属鎧の格好良い姿を周囲に見せつけるように、ポーズを取った。

 

「どうです? エミヤさん、似合っています?」

 

「私にそれを聞くのか」

 

「はい。どうです?」

 

「黒髪には合わないのではないか」

 

「うーん、辛口評価」

 

 私は素直に引き下がり、戦闘準備を進める。

 武器を手に持ち、適用するべきチップ構成を考えていく。チップとは、『ファンタシースターオンライン2 es』における武装の一種だ。装着することで、様々な効果を自身の攻撃に付与することができる。さらに、生命力(ヒットポイント)が飛躍的に向上する効果もある。

 

「んー、エヴァンジェリン先生、これから行く場所にいる敵って、光属性と闇属性、どちらが効きそうですか?」

 

「属性か。妖怪や鬼だから、退魔の光は効くんじゃないか?」

 

「リョウメンスクナに対しては、どう思います? 鬼なら光、神なら闇が効きそうな感じがするんですが」

 

「……分からんな。リョウメンスクナは鬼神と呼ばれてはいるが、本当に鬼なのかどうか。桜咲刹那、どうなのだ」

 

「えっ、そ、そうですね……」

 

 桜咲さんは、目を泳がせてしばらく考え込むが……。

 

「すみません。よく分かりません」

 

 そうかぁ。『ファンタシースターオンライン2』に置ける惑星ハルコタンの鬼は、闇属性が弱点だったが……あれは妖怪の鬼じゃなくて、そういう種族だしなぁ。

 とりあえず私は光属性でチップを固めることにして、全力を出す準備を進めていった。

 

 

 

◆45 ガーディアンエンジェルス

 

 湖が遠くに見えてきた。封印解除の儀式を準備しているのか、周囲に呪力が満ちているのが分かる。

 だが、それよりも問題が一つ。封印の(かなめ)となっているであろう祭壇。それを半円状に囲むように、大量の召喚された妖魔が展開していた。

 

 地上部分だけではない。空中にも烏天狗などの空飛ぶ妖怪がひしめいていた。

 地上と空、双方合わせて……いっぱい!

 

「二千はいるアルか?」

 

「その程度はいるな。一体どれだけ近衛から魔力を搾り取ったのやら。あいつ、無事なのか?」

 

 古さんとちう様が、そんなことを話している。えっ、数が分からなかったの、私だけ?

 しかし、二千か。『千年戦争アイギス』の大討伐ミッションより敵の数が多いな!

 しかも、なかなかに強力そうな召喚鬼の姿がちらほらと見える。

 

「このまま行くと、空の上と地上から一斉に狙い撃ちアル」

 

 そう言って、空飛ぶ雲を地上に降ろしていく古さん。

 雲はそこまで大きくないし素早くないから、空を強行突破とはいかない。どうやら、地上を進んでいく必要があるようだ。

 

 やがて、私達を乗せた雲は、妖魔達にギリギリ見えない位置に陣取っていたネギくんと神楽坂さんのもとへと降り立つ。

 

「リンネちゃん! よかった、敵にいつ見つかるかヒヤヒヤしてたの!」

 

 神楽坂さんが駆け寄り、私の手を握る。

 ふむ、緊張からか、手が冷たくなっているようだ。私は、神楽坂さんの手をもにゅもにゅと揉んで解きほぐしてやる。

 

「ちょ、なに揉んでいるのよ。って、それよりも、みんな何その格好はどうしたの。戦闘服か何か?」

 

 神楽坂さんは私から手を放し、周囲に立つ援軍メンバーを見回した。

 そんな彼女に向けて私は言う。

 

「私以外は、ただのコスプレです。シネマ村から直行しましたので」

 

「コスプレって……まあ、いいわ。みんなが来たなら百人力ね! 委員長がいるのは不安だけど……」

 

「まあ、せっかく加勢に来ましたのに、なんて言い様ですの!」

 

「はいはい、喧嘩しないの。それより、儀式が始まるまで時間がないですよ。さっさと助けにいきましょう」

 

 私は言い合いを始めようとした神楽坂さんと雪広さんの間に割って入る。本当に、そういうことしている場合じゃないんで。

 

「よし、じゃあ戦いね! アデアット!」

 

 神楽坂さんが、アーティファクトカードからハリセンを取り出す。

 ハマノツルギ。これがあれば、どんな召喚鬼も一撃であろうが……。

 

「しかし、あの数を正面から相手するとなると、その間にリョウメンスクナの封印を解かれてしまうのでは……」

 

 ふむ。確かに、桜咲さんの言うとおりだ。

 

「不意打ちで、でかい魔法を使って中央を殲滅。その隙間を飛行能力のある者が突破し、先んじて近衛木乃香を救出する。残りは召喚された妖魔を引きつける。これでよかろう」

 

 キティちゃんが、話し合う時間も惜しいとばかりに作戦を決めた。そんなキティちゃんに、桜咲さんが問いかける。

 

「突破するのは、誰が?」

 

「ぼーやと、そうだな、桜咲刹那、貴様が行け」

 

 うわあ、ネギくんを行かせるのか。この期に及んで、ネギくんに試練を与えようとしているな、キティちゃん。

 

「分かりました! このかさんは、僕の大切な生徒です。助けてみせます!」

 

 うん、ネギくん頼もしい。

 一方で、桜咲さんは。

 

「わ、私ですか……」

 

「お前は自力で飛べるだろう? まさか、今この状況になって、真の姿は見せたくありません、などと言うつもりか?」

 

「……いえ、やります。やってみせます!」

 

「うむ、よく言った。あとは……そうだな、千雨。中央を空ける役はお前がやれ」

 

「私か!?」

 

 キティちゃんに話を振られ、驚きの声をあげるちう様。だが、キティちゃんは何も言わずじっとちう様を見る。

 

「くっ、分かったよ。本当にでかいの行くからな!」

 

「ああ、それでいい」

 

 格納空間の魔法からいつの間にか長杖を取りだし構えて言うちう様に、キティちゃんはご満悦顔。

 そして、ちう様はネギくんと桜咲さんに向けて言った。

 

「今になって準備はできていないとか言うなよ? ど真ん中、ぶちかますぞ!」

 

 一人前に出て、杖を湖の方角に向けるちう様は、呪文を高らかに詠唱する。

 

「テック・マジック・エレクトロ! 契約に従い、我に従え氷の女王。疾く来れ、静謐なる千年氷原王国!」

 

「まさかこの呪文は!?」

 

 ネギくんが驚きの声を上げるが、キティちゃんに「いいから飛行魔法を用意しておけ」と頭を殴られる。

 一方で、桜咲さんは背中から白い羽を生やし、神楽坂さんや雪広さん、古さんに驚きの目で見られている。

 

「明けぬ夜、吹きすさぶ冬の嵐、咲き乱れ舞い散れ、永遠の白き薔薇園――『千年氷華(アントス・バゲトゥ・キリオン・エトーン)』!」

 

 膨大な魔力がちう様から渦巻き、勢いよく放出される。体感温度が一気に下がり、前方に見える範囲全てが凍りつく。

 一面に広がった氷の世界が、召喚された妖魔をごっそりと削り取っていた。

 

「さあ、行け――!」

 

 キティちゃんの号令で杖に乗ったネギくんが飛び出し、その後ろを追うように桜咲さんが白い翼を羽ばたかせて飛翔する。

 その道行きを邪魔する者はいない。中央地帯はほとんどの妖魔が送還されており、生き残った強大な妖魔も、凍りついて身動きが取れていない。

 

 そして、私達も地面を駆け、中央を大きく分断されて驚きの声を上げている妖魔達の前に立ちはだかった。

 

 さて、妖魔が殺到する前に、まずは体勢を整える。

 まずは、『LINE』で連絡していた助っ人を呼ぶことにする。私は、視界の隅に表示されている数値のカウントを確認し、スマホを手に出現させる。

 

「コストOK。おいでませ、『神業菓子職人オーガスタ』!」

 

「はーい、皆様、ハッピーバレンタイン! 美味しいチョコのお届けですよっ!」

 

 私が呼び出したのは、『千年戦争アイギス』に登場する最大のぶっ壊れキャラ、料理人のオーガスタさんだ。

 ピンクと白のエプロンドレスに身を包んだ、ピンク髪の女性。

 彼女の背後には、お菓子でできた小さな家と、料理用の簡易厨房が展開していた。

 

「オーガスタさん、早速料理をお願いします」

 

「分かりました。でも、報酬の現世料理食べ歩きツアーは、絶対ですよ?」

 

「はい、お約束します」

 

 私がそう言うと、オーガスタさんは笑顔で簡易厨房へと向かった。すると、周囲に甘い匂いがただよい、さらには口の中に甘いチョコレートの味がし始める。

 

「あら、急に口の中が……!」

 

 雪広さんが驚きの声を上げたので、効果の説明をしてやる。

 

「彼女は、料理の力を周囲に届けることによって、仲間を時間経過と共に少しずつ強化していきます。ただし、効力は女性限定。残念ながらエミヤさんとネギくんには強化が届きません。効果範囲は戦場と見なされた領域全体です」

 

 私のその言葉に、この場で唯一の男性であるエミヤさんは苦笑する。見事にハブられた形だ。だが、その最中にも、彼は弓と剣を投影して、剣を矢に加工して地面に突き刺していた。

 

「確かに、力が段々と湧いてきますわね……」

 

「最大強化されれば、雪広さんでも大きめの鬼を軽くひねり潰せますよ」

 

「そこまでですか!」

 

 そんな無駄話をしている間に、空いた中央を埋めるように妖魔が両脇から集まってきた。

 

「アデアット!」

 

 水無瀬さんが、アーティファクト『宵闇のローブ』を呼び出して、自身を霊体へと変える。

 そして、空を浮き呪文詠唱を始めた。撃つのは、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』のようだ。だが、規模はなかなかだ。

 

「――『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾・闇火の199矢』!」

 

 空を飛んでいた妖魔に、魔法が突き刺さる。

 それを見て、感心顔のちう様。

 

「よし、じゃあ私も本気モードで行くか。テック・マジック・エレクトロ――」

 

 ちう様が長杖を構えて、呪文詠唱を始めた。

 

「来れ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け、常夜の氷雪」

 

 すると、空にいた妖魔達が詠唱に反応して、ちう様に殺到する。

 

「――『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』」

 

 魔法が発動、するかに思えたが。

 

術式固定(スタグネット)

 

 放出されるはずの魔力が、塊となってちう様の前で渦巻く。

 それに向けて、ちう様は左手を伸ばし――

 

掌握(コンプレクシオー)

 

 魔法をにぎりつぶし、己の中に取り込んだ。

 そこへ、飛んできた妖怪がちう様に体当たりを仕掛けるが……。

 

魔力充填(スプレーメントゥム・プロ)・『術式兵装(アルマティオーネ)』」

 

 攻撃を加えたはずの妖怪が、一瞬で凍り付いた。

 魔法を己の身に取り込んだちう様。彼女は、服をふくめた全身が真っ黒に変わり、黒く輝く粒子を周囲に散らしていた。

 

「うわ、長谷川さん、何その、めちゃくちゃな魔法は」

 

 空を飛んで『魔法の射手』を連発していた水無瀬さんが、驚きの声を上げて振り向いた。

 それに対し、ちう様は杖を妖魔の方へと振り抜いて、黒い吹雪を巻き起こしながらドヤ顔で言う。

 

「エヴァンジェリン先生直伝、『闇の魔法(マギア・エレベア)』だ。見ての通り、魔法を身体に取り込むアホみてーな技だ」

 

「貴様から請うてきたから教えたというのに、アホはないだろうが、アホは!」

 

 私達の後ろで腕を組んで見守っていたキティちゃんが、ちう様を怒鳴りつける。

 その最中にもちう様には妖魔が押し寄せるが、いずれも詠唱すらない吹雪の行使で凍り付いていく。

 

「ちう、楽しそうアルネ。私もとっておきの仙術を――」

 

「どうもー、御礼参りですー」

 

 古さんが術を組もうとしたところに、横から月詠が強襲する。

 それを手に持った宝貝で弾いた古さんは、嫌そうな顔をして言った。

 

「またお前アルか。そろそろ別の人と戦いたいアル」

 

「そんないけずなこと言わんといてー」

 

「仕方ないから、どかんと吹っ飛ばすアル。周囲を気にしなくていい私は強いアルヨ」

 

「神鳴流も決戦奥義があるのですえー。お覚悟をー」

 

 そんな感じで、古さんが月詠とのタイマンを始める。

 さらに、フェイトが凍り付いた中央の道を駆けてくるのが見えた。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。あなたは危険だ」

 

「人形か。どれ、遊んでやろう」

 

 フェイトを押さえに、キティちゃんが飛び出していく。それを追うように、キティちゃんから魔力を供給されて動きのよくなった茶々丸さんが、銃を構えながら空を飛ぶ。

 

 そうするうちに、周囲の妖魔はこちらに集まってきており、今にも襲いかからんとしている。

 私は、手に持った武器を強くにぎり、妖魔に斬りかかっていった。

 武器の周囲には風が渦巻き、その刀身を隠しつつ敵を吹き飛ばしていく。

 

 さあ、決戦だ!

 




※千雨の始動キーについて
●テック・マジック・エレクトロ
そのまんまです。彼女の得意分野が詰め込まれています。


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■18 鬼

◆46 悪鬼羅刹

 

 魔法の砲台と化しているちう様と水無瀬さんを守るために、私は前へ出て妖魔達を斬りつける。

 様々な能力強化がされた攻撃は、たやすく妖魔を異界へと還していった。

 

「なんやこいつ、めっちゃつええで!」

 

「そもそもなんや。持っている武器がよう見えへん」

 

「幻術の武器か? 形状は……打刀か?」

 

 妖魔達が、口々にそんなことを言う。

 私の使っている武器は、風の結界によりその全容が隠されている。だから私は、相手を惑わせるための言葉を口にした。

 

「――さあどうでしょう。戦斧かも知れませんし、槍剣かも知れません。 いや、もしや弓かも知れませんよ」

 

 この武器本来の持ち主にちなんだ、名台詞だ。

 そして、その武器を振るい、妖魔を消していく。

 

 だが、十体ほど異界に還したところで、武器が敵に受け止められた。

 

「惑わされるな。こやつの武器は、両手剣。打刀とは違う、直剣よ」

 

「おおー、さすがは天狗。風の術では惑わされてくれませんか」

 

 修験者の格好をした天狗が、私と数合武器を打ち合わせる。

 修験者か。退魔の術とか使いそうだな。向こうで、鬼の攻撃を幽体化の透過能力でやりすごしている水無瀬さんのところには、行かせたくない。

 

 ならば、ここで確実に仕留める。今は手札を切るときだ。

 私は天狗とつばぜり合いに持ちこみ、武器にまとわせている風王結界(インビジブル・エア)を解放した。

 

「風よ、舞い上がれ!」

 

 ――『風王鉄槌(ストライク・エア)』!

 

「ぬうっ!?」

 

 吹き出した暴風が、風の申し子である天狗の胸部を吹き飛ばす。

 

「見事なり」

 

 そう言って、天狗は消えていった。

 その結果に、周囲の木っ端な雑魚妖魔達がひるむ。そして私は、風王結界を解除した己の武器を高らかに掲げる。

 それは、エメラルドグリーンに輝く一本の西洋剣。星の聖剣エクスカリバーだ。

 魔力だけでなくフォトンを供給されて強化された結果、緑色の輝きを刀身に宿していた。

 

「さあ、故郷へ還りたい者から、かかってきなさい! 寄らば斬ります!」

 

 私がそう言うと、妖魔達は逆に私から距離を取り始めた。

 

「えらく剣術に自信があるようやな。遠くから術で対応させてもらうで」

 

 妖魔達が妖術を発動せんと、呪文を唱え始める。

 だが、甘い。

 

「寄らなくても、寄って斬ります!」

 

 私は装着していた必殺技チップを発動し、遠くの敵に突進して斬りつけた。

 

「なんやこいつ! 瞬動と同時に斬りつけよった!」

 

「残念、瞬動ではなく、必殺技(フォトンアーツ)です」

 

『ファンタシースターオンライン2 es』の装備品であるチップは、最大五枚までセットできる。そのうち、一枚を必殺技(フォトンアーツ)、もしくは法術(テクニック)にするのが一般的な構成だ。

 

『ファンタシースターオンライン2』の設定では、大気中に存在するフォトンをその身に集め、力に変えて放つ技をフォトンアーツと呼ぶ。

 

 しかし、このネギま世界の大気中には、フォトンが存在しない。

 それでも私がフォトンアーツを使えるのは、ゲームの力を自由自在に扱う能力を持つため。

 スマホの中の世界からフォトンを引き出し、力に変えているのだ。

 

「引き続き『ギルティブレイク』!」

 

 必殺技(フォトンアーツ)チップポイント(CP)というマジックポイント的なパラメータが尽きるまで、何度でも発動できる。なので、私はCPの許す限り、妖術を行使しようとしている妖魔を斬りつけて回った。

 

 だが、CPも無限にあるわけではない。数回斬りつけたところで、それ以上技を撃てなくなる。そして、CPは通常攻撃を敵に当てることで回復するが、敵が一撃で異界へ還ってしまうので通常攻撃を当てる余裕がなかった。

 

「今や、仲間ごとでも構わん! 撃てえッ!」

 

 妖術が一斉にこちらへと飛んでくる。しかし、だ。

 

「別に、普通の瞬動が使えないとは、言っていませんよ」

 

 あからさまな合図をしてくれたので、私はネギま世界特有の移動術である瞬動を連続で使用して、妖術を回避していった。

 そして、寄ってはエクスカリバーで斬りつけていき、周囲の妖魔は残り一体になった。

 

「な、なんや嬢ちゃん。その歳でその腕前。もしや、見た目通りの年齢ちゃうんか」

 

「嫌ですね。一、二歳しか誤魔化していませんよ」

 

 スマホの中にいる『刻詠の風水士リンネ』と見た目が被らないように、私は十四歳くらいの年齢でそれ以上の成長を止めてある。だが、別に世の不死者達のように何十歳何百歳と年齢を誤魔化しているわけではない。

 私は失礼な妖魔に向けて『ギルティブレイク』を発動。そのまま斬って捨てた。

 

「さて、他の人達の様子は……」

 

 周囲を見渡すと、ちう様と水無瀬さんのコンビが後方からどっかんどっかんと敵を魔法でなぎ払っているのが見えた。

 上空では、キティちゃんが茶々丸さん以外にも多数の人形を呼び出しており、フェイトのことを翻弄(ほんろう)している。

 

 オーガスタさんは、相変わらず料理の真っ最中。時折、妖魔の強襲を受けるも、自身の料理効果で上がった腕力で妖魔を派手に吹き飛ばしている。

 古さんは、どうやらスマホ在住の邪仙『金光聖菩』直伝の『金光陣』を敷くことに成功したようで、五体の分身による仙術が月詠を追い詰めていた。

 いくら神鳴流に飛び道具が効かないといえど、古さんと同等の仙術を使える五体の分身に一斉攻撃を食らえば……無事では済まないのが見て取れた。

 

 神楽坂さんと雪広さんは、なにやら二人ともハリセンを持って、無双ゲームのように妖魔を切り崩していっている。

 雪広さんが神楽坂さんと同じハリセンを持っているのは、おそらくエミヤさんがハマノツルギを投影して渡したのだろう。

 雪広さんの合気柔術では、正直妖魔相手は厳しかったから、ナイスアシストだね。

 

 おそらく雪広さんは、合気としての投げの技術を重点的に磨いている。その一方、柔術にある相手を仕留める技、組み打ちは投げほど洗練されていないのだろう。殺傷を目的としない対人戦では活躍できるだろうが、相手は殺す気で挑まなければならない召喚妖魔だからね。

 今はハリセンを持ち、神楽坂さんと背を預け合って、エミヤさんの剣矢による援護を受けながら妖魔相手に大奮闘している。

 

 さて、みんなの無事を確認したし、私も攻撃を再開しよう。

 そう思ったところで、湖の方角から巨大な光の柱がほとばしった。

 

 膨大な呪力が、まるで空気を震わせているかのように湖から迫ってきた。

 

 これは……封印解除の阻止に失敗したか。

 やがて、光の柱から、巨大な人影が出現してくる。それは、ここから見ても分かるほどの大きさを持つ、二面四手の大鬼。

 まだ上半身しか姿を現していないが、それでも五階建てのビルほどの高さを超えているようだった。

 

「リンネ、行け。私は忙しい」

 

 キティちゃんが、上空からそんな言葉を投げかけてきた。

 どうやら、調子に乗って人形を出し過ぎて、制御に忙しいらしい。

 

「了解しました。では、行ってまいります」

 

 そうして私は、最近覚えたばかりの冥府の魔術『トリウィアの道』で単身、湖の方へと転移する。

 私がキティちゃんから任されたであろう任務は、鬼神リョウメンスクナの討伐。あれが暴れ出す前に、始末を付けなければならない。

 

 

 

◆47 星の聖剣

 

 湖の祭壇に転移してきた私は、周囲を見渡した。

 すると、白い翼を生やしたままの桜咲さんが、意識がぼんやりとしている様子の近衛さんを抱えて、リョウメンスクナを見上げているのが見えた。その表情からは、悔しさがにじみ出ている。

 

 他には、事件の主犯である、お弁当女が気絶して倒れているのが見えた。

 確か、この女が近衛さんの力を使ってリョウメンスクナを制御しようとしたというのが、原作における顛末(てんまつ)だったか。

 リョウメンスクナの制御か。女が気絶しているということは、リョウメンスクナは制御から外れていると見ていいかな?

 

 封印の要石(かなめいし)から上半身だけを出したリョウメンスクナは、さらに身体の下部分を要石から出そうと動いている。

 

 これは、足先まで出たら暴れ出しそうだなぁ。なんか「グオオオ」とか怪獣みたいな叫び声をあげているし。

 

 だが、まだちょっとだけ猶予はありそうだ。

 私は、リョウメンスクナを見上げて立ちすくんでいる桜咲さんに向けて、話しかけた。

 

「桜咲さん、ネギくんはどうしました?」

 

「え、あ、あっ、はい……先生は、狗族の少年を抑えるために、道中で残って……」

 

「ああ、追い越してしまいましたか。でも、この場にいないなら別に構わないですね。桜咲さん。近衛さんと、ついでにそこに転がっている主犯を連れて、少し後ろに下がってください」

 

「はい、分かりました……刻詠さんは、どうするのですか?」

 

「リョウメンスクナを討伐します」

 

「えっ……」

 

「まあ、見ていてください。世にも珍しい、刻詠リンネの全力ですよ。『令呪をもって命ずる。宝具でもって鬼神討つべし』」

 

 私は右手を剣の柄から離して空に掲げ、手の甲が己の視界に入るようにして、そう宣言した。

 現在手甲に隠れていて見えないが、右手の甲には令呪と呼ばれる魔術紋章が刻まれている。

 

 令呪は全部で三画あり、最大三度までサーヴァントへの魔力ブーストを行使できる。

『Fate/Grand Order』の戦闘システム的に言うと、宝具解放、霊基修復、霊基復元の三つの機能がある。

 

 宝具解放は、NPと呼ばれる宝具使用に必要なゲージを一気に100%にする。消費する令呪は一画。

 霊基修復は、サーヴァント一騎のHPを全回復する。消費する令呪は一画。

 霊基復元は、パーティ全滅時に発動するもので、全滅したサーヴァント全員をNP100%状態で全員復活させる。消費する令呪は三画。

 

 私が使ったのは……そのいずれでもない。

 ゲームの戦闘システムに寄らない令呪の使い方を私はした。しかし、だからといって、ゲーム通りの力の引き出し方をしなかったわけではない。

 

 転生の際、私が天界の女神様に願ったのは、ゲームに登場する力を自在に使う能力。ゲームの戦闘システムを自在に使う能力ではない。

 つまり……令呪はゲームに登場する使い方ならば、戦闘システムを超えた機能を発揮する。ゲーム中のシナリオテキスト上で令呪が使われていたならば、私はそれと同じ方法で令呪を使えるのだ。

 

 私が令呪で行使したのは、サーヴァントの能力(ステータス)強化という単純なものだ。今、私はサーヴァントであるアーサー王こと『アルトリア・ペンドラゴン』の力を引き出している最中。なので、自分自身をサーヴァントと見立てて、令呪で自己強化できるのだ。

 令呪の行使内容は、宝具解放じゃないのかって? いや、妖魔との戦闘で、とっくにNPは100%になっているんだよね。令呪を使うまでもなく、宝具はいつでも撃てる状態にあった。

 

 そう、宝具はいつでも撃てる。でも、すぐには撃たず、あと一押しするとしよう。

 私は、後方で料理中のオーガスタさんに念話をつなげた。

 

『オーガスタさん、スキルの発動をお願いします』

 

『了解! 行きますよー! 『チョコレートロンド』!』

 

 オーガスタさんの宣言と共に、口に感じていたチョコ味が濃くなり、身体の奥底から力が湧いてくる。

 

「あ、これは……傷が癒えた?」

 

 後方で、桜咲さんがそうつぶやいた。

 オーガスタさん(チョコカレーバージョン)が持つスキル、『チョコレートロンド』。その効果は、二十秒全味方の攻撃力と防御力を1.3倍にし、全味方のHPが最大値の70%回復する。

 

 ゲームが現実化した影響か、ゲーム間のバランスを取るためか、数値はそのまま適用というわけではない。だが、攻防上昇と回復という効力自体はそのままだ。

 全味方とあるので、そこに男女の効果の差は存在しない。今頃、ネギくんもパワーアップした上で傷が治っていることだろう。

 

「さて、二十秒しかないので、一気に決めますよ。宝具解放――!」

 

 私は、下半身を封印から出している最中のリョウメンスクナへと向かい、聖剣を大上段に構えた。

 そして、宝具の真名を解放する。

 

 ――束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。遠き『型月世界』の聖剣よ、異郷の地『ネギま世界』にて星の息吹を見せろ!

 

「――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!」

 

 フォトンによって輝きを増し、チョコレートパワーを最大値受け、令呪の後押しで魔力をブーストされた剣ビームが、鬼神へと炸裂する。

 まるで世界ごと両断するのではと思うほどの、膨大な光の斬撃が、リョウメンスクナを上から下へと真っ二つに切り裂く。

 

 光が空へと立ちのぼり、夕闇に照らされていた湖が、そこだけ昼間になったかのように明るくなる。

 

 そして鬼神は……頭から腹まで裂かれた状態で、ゆっくりと湖へと倒れていくのが見えた。

 

 どうよ? と後ろを振り返ると、桜咲さんがポカーンと口を開けて、目をしばたたかせていた。

 どうよ?

 

「刹那さーん! 今の光は一体!?」

 

 と、そこへ杖に乗って飛んでくるネギくんの姿が見えた。

 ネギくんの服は血に汚れていたが、どうやら大事はないようで、ふらつくことなく真っ直ぐ桜咲さんのもとへと飛びこんできた。

 

「あっ、ネギ先生……」

 

「リョウメンスクナが復活したようですが……先ほどの光が撃退したんですか?」

 

「はい、刻詠さんが、あの剣で、一撃で……」

 

 桜咲さんと言葉を交わしたネギくんの視線が、こちらへと移る。

 そして、剣をまじまじと見つめると、「おおー」と感嘆の声をもらした。

 

「莫大な魔力を秘めているように感じます。刻詠さんは、あれで斬りつけたんですか?」

 

「斬りつけたというか……光を飛ばしたというか……」

 

 桜咲さんのふわふわした言葉が、ネギくんを困惑させる。

 ふむ、そうだね。私はネギくんに向けて声をかける。

 

「ネギくん、せっかくならもう一発撃ちますので、見ます?」

 

「えっ、さっきの光をもう一度撃てるんですか!?」

 

「撃てますよー。リョウメンスクナも完全に滅されたわけじゃないので、追い打ちしましょう。『令呪をもって命ずる。宝具解放せよ』」

 

「!?」

 

 急に高まった私の魔力に、ネギくんは驚きの表情を浮かべた。

 今度こそ、私はゲームの戦闘システム通りに令呪を一画使ったのだ。すなわち、宝具解放(NP100%)だ。

 

「行きますよ。宝具開帳――『約束された(エクス)――』!」

 

 聖剣を上段に構え、一息に振り下ろす。

 

「『――勝利の剣(カリバー)』!」」

 

 剣から光がほとばしり、湖に倒れていたリョウメンスクナを蹂躙(じゅうりん)する。

 リョウメンスクナが断末魔をあげ、最初の一撃によって倒れた影響で封印から出きっていた下半身が、あっけなく消し飛んだ。

 

「ええー!? えっ、あの、エクスカリバーって……」

 

 ネギくんが私の真名解放の言葉を聞き取っていたのか、そんなことを聞いてくる。

 私は、ニッコリと笑ってネギくんに星の聖剣を見せつけた。

 

「本物ですよ。アーサー王伝説は、ネギくんの地元が本場でしたっけ? とにかく、本物のエクスカリバーです。英霊アーサー王の力を引き出し、リョウメンスクナに向けて撃ちました」

 

「アーサー王の力ですかー!? 降霊術? いや、そんなまさか……」

 

 ふふふ、驚く声が心地よいね。

 だがしかし、言葉は正確に伝えなければならない。

 

「ただし、こことは違う平行宇宙、パラレルワールドにおけるアーサー王のエクスカリバーです。この宇宙のブリテンにアーサー王が実在したかは分かりませんし、この宇宙のエクスカリバーがこの形をしているかも不明ですが」

 

「パラレルワールド、ですか……」

 

「はい。私の固有能力は、パラレルワールドの英雄の力を引っ張ってこられるのです」

 

 そう言うと、ネギくんは興味津々という顔でエクスカリバーを眺めだした。

 

「すごいなー。カモくん、エクスカリバーだよ。本物だって。僕もこういう魔剣欲しくなっちゃうなー」

 

 そういえば、ネギくんの趣味は、アンティークの魔法具収集だっけ。

 さすがにこのエクスカリバーはあげられないが。

 

「兄貴、さすがに本物ってことは、ないんじゃねーか? だってよ、エクスカリバーって言えば最後……」

 

 と、ネギくんの肩に乗っていたカモさんが、そんなことをネギくんに言った。

 

「あ、そうだね。アーサー王は最期、ベディヴィエール卿に命じて、湖の乙女にエクスカリバーを返還させたはずだね」

 

 ネギくんはそう言うと、私の顔を見上げて来た。本物か? と問いたいのだろう。

 

「本物ですよ。私が呼び出す英霊は、使い魔という形に落とし込む際、生前の武具や技を宝具という形で行使できるようになるのです。つまり、このエクスカリバーは生前のアーサー王が所持していた物。湖の乙女に返還される前の本物ということです」

 

「そうなんですか? うわー、カモくん、本物だって」

 

「本当かよ。怪しいぜ」

 

 ネギくんの純真さと、カモくんの大人の視点の差が面白いな。

 ああ、そうだ、せっかくだからこういうのはどうだろう。

 

「ふふっ、ネギくん、エクスカリバー、手に持ってみますか?」

 

「いいんですか!?」

 

「ええ、私と一緒に持ってみましょう。はい、格好いいですよ。せっかくだから、剣ビームも一緒に撃ってみましょう。『令呪をもって命ずる。宝具解放せよ』」

 

「わわっ!」

 

「さあ、ネギくん、一緒に宝具の真名を唱えましょう。せーの――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!」

 

「Excalibur!」

 

 三度目の宝具による一撃が、鬼神リョウメンスクナを完全に粉砕した。

 




※先ほど『魔法先生ネギま! 0巻』なるものの存在を初めて知りました。えっ、電子書籍で売ってないの?


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■19 旅の終わりに

◆48 関西呪術協会本山

 

 ネギくんと聖剣エクスカリバーでたわむれてから、私はネギくん、桜咲さん、そして完全に目を覚ました近衛さんと一緒に、後方戦闘組と合流した。

 そして話を聞くに、どうやらフェイトは一発目の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』が炸裂した時点で、月詠を連れてキティちゃんから逃げ出したとのこと。フェイトは造物主(ライフメイカー)を切り崩す一手となる存在のため、キティちゃんは殺したり捕まえたりする気は元々なかったようだ。

 ちなみに月詠は、古さんの仙術と宝貝で、ズタボロにされていたらしい。

 

 ネギくんが封印の祭壇へ行く途中にバトルになった犬上小太郎は、ネギくんと互角のバトルを繰り広げたようだ。しかし、オーガスタさんが『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を強化する際に使ったスキルで、ネギくんが急に回復&強化。そこからネギくんは犬上小太郎を圧倒して、相手の無力化に成功したとのこと。

 

 事件の主犯であるお弁当女こと千草は、ちゃんと捕らえてある。犬上小太郎と一緒に、関西呪術協会へ引き渡すこととなるだろう。

 召喚された妖魔と戦ったメンバーに、これといって怪我らしい怪我はなし。というか、オーガスタさんのスキルで治ったようだ。チョコカレーの力すげー。

 

 さて、次にやるべきことがある。私達は湖のすぐ近くにある山、関西呪術協会の本山を登り、頂上部分に設けられた屋敷へと向かった。

 鳥居が多数連なり、季節でもないというのに桜が舞い散っている巨大な屋敷だ。だが……。

 

「な、なんやのこれ……!」

 

 完全に目を覚ました近衛さんが、自分の実家の惨状を見て、驚きの声をあげた。

 建物に被害があるわけではない。ただ、屋敷に住む住人、使用人が全員石化してしまっているのだ。

 詠唱ができないよう口を布でおおわれている主犯と、犬上小太郎もこの光景には絶句してしまっていた。

 ここまでやれとは言っていないのに。そう言いたげな二人だった。

 

「お父様……」

 

 ネギくんをかばって石化されてしまったという近衛詠春さんを見て、近衛さんが涙を流した。そして、それを見たネギくんが、悲痛な顔をする。

 ネギくんのその表情は、詠春さんが自分をかばったという事実からくるものだけではないだろう。ネギくんは、故郷を襲撃されて、住人を皆、石にされてしまったという過去を持っているのだ。

 

「エヴァンジェリンさん、魔法でなんとかなりますか……?」

 

 不安げに、ネギくんがキティちゃんにすがるように言う。キティちゃんは六百年を生きる大魔法使い。すがりたくもなるだろう。

 

「いや、私は不死者だからな。治療系の魔法は苦手なんだ」

 

「そんな……」

 

「そう気を落とすな。治す手段が思い当たらないわけじゃーない。そうだな、一つの手段としては、ぼーや、近衛木乃香と仮契約(パクティオー)するか? 潜在能力が覚醒して治癒の力が使えるかもしれんし、治癒のアーティファクトが手に入るかもしれん」

 

 キティちゃんのその言葉に、近衛さんへと視線が集まる。

 すると、皆に見られた近衛さんは、涙をシネマ村のコスプレ衣装の袖で拭いて、覚悟を決めた顔になる。

 

「ウチ、やるよ。仮契約って、前にネギ君が言うてた、カードが出るチューのことやんな? ウチ、ネギくんとチューする!」

 

 そんな、シリアスなんだか、ギャグなんだかよく分からない台詞を近衛さんは言った。

 なるほど。原作漫画通りの出来事が修学旅行前に起きていたのなら、近衛さんはネギくんのほっぺにキスをして、スカのパクティオーカードを目にしていたはずだ。

 

「うぎぎぎ……」

 

「委員長、今そーいう場面じゃないから、大人しくしなさい」

 

 嫉妬の心に支配されそうになっている雪広さんを神楽坂さんが押さえる。

 そして、カモさんが仮契約の魔法陣を床に描き、その魔法陣の中に近衛さんとネギくんが入って向かい合う。

 

「それじゃあ、いくで」

 

「はい……」

 

「ロマンチックなシチュエーションじゃなくてごめんなあ、ネギ君」

 

「い、いえ……」

 

「じゃあ……」

 

 皆に見守られながら、という恥ずかしすぎるシチュエーションで、近衛さんがネギくんに口づけし、近衛さんの身体からパクティオーカードが出現する。

 しかし、想像していたような強い魔法の光は発せられていない。

 

 周囲を見回しても、石化が解除されているという様子は見られなかった。

 

「どうですか、このかさん。治癒能力の類は使えそうですか?」

 

 仮契約を終えたネギくんが、近衛さんに尋ねる。

 しかし……。

 

「うーん、特に何もできそうにはないなぁ」

 

 パクティオーカードを手に持ちながら、首をかしげる近衛さん。

 それを見たちう様が、キティちゃんへ尋ねた。

 

「どういうことだ? 潜在能力の解放、どうなった?」

 

「うーん、おそらくだが……妖魔の召喚とリョウメンスクナの封印解除で魔力を吸われすぎたのだろう。仮契約時に漏れ出す余剰魔力すら、使い切っていたわけだな」

 

「つまり、あいつのせいなわけか」

 

 ちう様が、エミヤさん作の拘束布でグルグル巻きにされて、床に転がされている主犯の千草をにらむ。

 

 と、そこで仮契約を見守って床にいたカモさんが、ぴょんとネギくんの肩に飛び乗って、言った。

 

「まだだ、まだだぜ、このか姉さん! アーティファクトがまだある! パクティオーカードを持って、『来たれ(アデアット)』と言えば、魔法の道具が召喚される! それが治癒の魔法具(マジック・アイテム)かもしれねー!」

 

 カモさんのその言葉を聞き、近衛さんはパクティオーカードを指先で強くつかみながら「アデアット!」と宣言した。

 すると、近衛さんは昔の公家が着ていたような狩衣(かりぎぬ)に身を包み、右手に木の薄板を束ねた扇子、左手に紙が張られた扇子を携えた姿に変わった。

 

「キター! アーティファクトは東風ノ檜扇(コチノヒオウギ)南風ノ末廣(ハエノスエヒロ)のセットだ! 東風ノ檜扇が一日一回、三分以内の怪我ならどんな怪我でも完治させる効果。南風ノ末廣が一日一回、三十分以内に発症したあらゆる状態異常を完治させる効果だ! キタぜー!」

 

 そのカモくんの言葉に、神楽坂さんが「おおっ」と感嘆を漏らす。

 しかし……。

 

「駄目でしたか……」

 

 近衛さんから視線を下に外して、気を落とすネギくん。

 それを見て、近衛さんが疑問の声をあげる。

 

「どしたん? 私のこれがあれば、治せるとちゃうん?」

 

 扇子をヒラヒラとさせながら、近衛さんが言う。

 だが、ネギくんは首を横に振ってその言葉を否定した。

 

「長さん達が石化させられてから、もう三十分以上経っているんです」

 

「あっ」

 

 そのことに気づかなかったであろう神楽坂さんが、そんな声をあげた。

 一方、術で眠らされていて時間の経過が曖昧だった近衛さんは、意気消沈して肩を落とした。

 

「お父様は、助けられないん……?」

 

 石になっている長の詠春さんを見ながら、目に涙をにじませる近衛さん。

 しかし、重い空気を吹き飛ばすように、キティちゃんが横から口を出す。

 

「私は、治す手段が一つしかないなどとは、言っていないぞ」

 

 うん、そうなんだよね。相手に石化を得意とするフェイトが居ると知っていたキティちゃんは、ちゃんと対策をいくつも用意していた。

 周囲の目が集まるのも気にせず、キティちゃんは言葉を続ける。

 

「何も、近衛木乃香だけが、治癒の力を身に宿しているわけではない。リンネ」

 

「はいはい」

 

 キティちゃんに呼ばれたので、返事をしておく。

 

「解除できるか?」

 

「お任せあれ」

 

 私は引き出していた『アルトリア・ペンドラゴン』の力をスマホに戻し、別の力を汲み上げる。

 それは、『千年戦争アイギス』の仲間キャラクター『至宝の使い手リアナ』の力。

 

 私の服装が変化していき、青服の騎士鎧から、赤いフードマントに白のローブ姿へと変わる。さらに、手には巨大な宝玉が先端に備え付けられた、一本の長杖が出現する。

 そして、どこからともなく白いミミズクが舞い降りてきて、私の肩の上に停まった。

 

「その姿は……」

 

 誰が言ったのか、そんなつぶやきが私の耳に聞こえてくる。

 その声に答えるように、私は今の自分に付いて説明を始めた。

 

「今の私は職業(クラス)ヒーラーの上位、オラクルの力を身に宿しています。癒やしの力ですね。そして、そのオラクルに就いているリアナさんという方の秘宝をお借りしています。この杖です」

 

 私は、杖を皆に見せつけるよう掲げた。

 

「先ほどのエクスカリバーもすごかったですが……その杖からも強大な魔力を感じます」

 

 ネギくんが、真剣な顔をして私の持つ杖を見つめている。

 ふふふ、気になるだろうね。まあ、ちゃんと力を見せるから落ち着いてほしい。

 

「この杖は、癒やしの至宝といいます。様々な状態異常を治す、アーティファクトみたいなものと思ってくださいな。ただし例外はあって、腕力や守りの力を引き下げるいわゆるデバフや、神の邪眼みたいな途方もない力などは、癒やせませんけれどね」

 

「そんな物が……!」

 

 ネギくんだけでなく、キティちゃん組以外の全員が驚きの表情を浮かべている。

 そして、近衛さんが複雑な表情を浮かべながら言う。

 

「なんや、ウチの扇子の上位互換ちゃうん?」

 

 だが、待ってほしい。近衛さんのアーティファクトは制約があまりにも強い点に注目してほしい。制約がある分、効果が強力になって、制限時間以内なら神の呪いすら無効化できる可能性を秘めているよ。

 三分以内や三十分以内という時間制限は、時間逆行系の治癒能力を連想させる制約だ。もしかしたら、時間をさかのぼってあらゆる状態変化をなかったことにするという動作を見せてくれるかもしれない。かもしれない、だけれども。

 

 一方で、癒やしの至宝というか『千年戦争アイギス』における状態異常無効の力では、石化の力を持つ不死の亜神ゴルゴーンが使う『蛇亜神の毒呪縛』と、その配下が使う『蛇眷属の毒』を防ぐことはできなかった。王国の癒やしの力は、神の呪いの前には無力なのだ。

 

 さて、そんな無駄話は後にして、治療の準備を進めよう。

 私はまず、使い魔である白いミミズクを飛ばして、屋敷を探らせる。そして、石化した人がどこにいるか、屋敷の広さはどれくらいかを把握していく。

 

「ふむ、とりあえずは、本屋敷から始めましょうか。癒やしの至宝の効果範囲は広いですが、さすがにこの広い敷地全てを一度には範囲に入れられませんからね」

 

「一日何回までみたいな制限はないのですか?」

 

 桜咲さんが、そのような質問を投げかけてくる。

 

「回数制限はありません。一度発動し終わると、再度発動するまで三十秒の冷却期間が必要ですが」

 

「それは……」

 

「ウチの上位互換すぎるわぁ……」

 

 近衛さんが乾いた笑いをし始めたので、桜咲さんがなぐさめるように近衛さんの肩に優しく触れた。近衛さんのことは桜咲さんに任せておこう。

 では、治療を始めるとしようか。

 

「発動せよ。『癒やしの至宝』」

 

 杖の宝玉が光り、魔力の波動が周囲に伝播する。

 次の瞬間、石になっていた長や戦巫女達の表面に、色が戻っていく。そして、皆一斉に石化が解けて、それぞれ動きを再開させた。

 

「うっ……むう、これは……」

 

「お父様!」

 

 誰かを庇うような姿勢を取っていた、関西呪術協会の長、近衛詠春さんが元に戻り、そこへ近衛木乃香さんが抱きついた。

 

「お父様、よかった……」

 

「このか……そうか、誰かが石化を解いてくれたのか」

 

 どうやら、石化は無事に解けたようだ。よかったよかった。

 いやまあ、麻帆良で事前にキティちゃんと地の魔法による石化の解除が可能か、実験はしてあったんだけどね。

 

 それから私はスキル『癒やしの至宝』の効果時間である四十秒間、しっかりスキルを使い続けた。

 そして効果時間が終わり、魔力の波動を鎮めた杖の先端を私は優しく撫でた。サンキュー、リアナさん。あなたの力のおかげで、ハッピーエンドだ。

 

 それから、本屋敷の全員が石化解除されたか調べるために、私は再度ミミズクを飛ばした。

 

「ふう……」

 

 魔力の消費はないので疲れてはいないが、一仕事終えて思わず息が漏れる。

 そんな私に、近づく者が一人。ネギくんだ。

 

「どうかしましたか?」

 

 私から話しかけると、ネギくんは真剣な顔で言った。

 

「その癒やしの至宝という魔法具ですが……悪魔による石化は、治せますか?」

 

 その質問に、カモさんがハッとした顔で「兄貴……」とつぶやく。

 ふーむ。悪魔による石化か。ネギくんの故郷の村を襲撃したのは、悪魔。すなわち金星の異界にある魔界に住む、魔族だったね。

 主人公に悲しき過去……。世界の異物であるオリ主の私に、悲しい過去は微塵もないけど。

 

「その悪魔が、神に匹敵する強大な悪魔ではないなら、いけるはずですよ。つまり、邪神の呪いだった場合は、おそらく無理です」

 

「なるほど、分かりました……。あの、刻詠さん、僕にできることならなんでもします。ですから、石化の解除を依頼したいです」

 

「あいあい。ゴールデンウィークにでも予定を合わせましょうか」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

「お礼は石化が解けてからでいいですよー」

 

 そんなやりとりをしていると、ひっそりとこの場を立ち去ろうとする者が一人いた。

 それは、桜咲さんだ。

 

 私は、彼女の事情を知る仲間である、ちう様に呼びかける。

 

「ちう様ー。桜咲さん確保してー」

 

「ん? ああ。おいっ、桜咲! 逃げるな!」

 

「あっ!」

 

 ちう様が瞬動で近づき、桜咲さんを確保する。

 

「と、止めないでください!」

 

「うるせえ! 何も言わずに消えようとしているんじゃねえ! 大方、真の姿を見られたから去るとか考えているんだろうが……」

 

「分かっているなら、行かせてください! 一族の掟で、あの姿を見られてはいけないんです!」

 

「知るか! どうせ、黒い羽の一族が、白い羽のお前を忌み子として扱ったとか、そんなんだろ!」

 

「なぜそれを……!」

 

「そんなの漫画でも見ていればいくらでも転がっている事例だからな」

 

「漫画って……」

 

 その漫画、『魔法先生ネギま!』とかいうんですね、分かります。

 

「お前を忌み子扱いした一族に、いまさら果たす義理なんてねえだろ。多分、烏族の一族なんだろうが……。いいか、桜咲。お前はもう、烏族の世界で半妖として生きているんじゃない。お前が今いるのは人間の世界で、お前は一人の人間として生きているんだ。烏族として生きる必要は無いんだから、掟に律儀に従う必要も義理もねえ」

 

 出たー! ちう様の説教フェイズだー!

 

「うう、しかし……」

 

「桜咲。お前はどちらを選ぶ? 近衛の居る人間の世界か、忌み子としてさげすまれる烏族の世界か」

 

「私は……」

 

 桜咲さんは、手に携えた大太刀の鞘をぎゅっとにぎり、視線を迷わせる。

 やがてその視線が辿り着いたのは、父親へ抱きつくのを止め、じっと桜咲さんを見つめている近衛さんだった。

 

「せっちゃん……」

 

 狩衣姿の近衛さんが、胸の前で二つのアーティファクトをかきいだく。

 

「私は……このちゃんが……」

 

「分かっているじゃねーか。ほれ、近衛が心配しているぜ? 行ってやれ」

 

「このちゃん……!」

 

 桜咲さんが近衛さんの方に歩いていくと、それを待ちきれないとばかりにアーティファクトを放り投げて、近衛さんが桜咲さんの胸に飛びこんだ。

 

「せっちゃん、いなくなったらあかんー!」

 

「うん、ウチもこのちゃんと一緒に居るから……」

 

 よしよし、今度こそハッピーエンドだな。

 私は、無事に元の鞘に収まった二人を眺めながら、自分のスマホの力がもたらした完全無欠のハッピーエンドを内心で誇るのであった。

 

 

 

◆49 ナギのアトリエ

 

 本山での治療の際、私は石化させられていた宮崎さんを発見した。宮崎さんにはもう完全に魔法の存在がバレてしまったと見てよいだろう。

 そして、全ての治療を終えた後、シネマ村から飛んできた面々は、詠春さんが呼んでくれたタクシーでシネマ村に戻った。

 当然ながらみんなの借り衣装は戦いでボロボロになっており、弁償は確定。だが、当初の雪広さんの負担ではなく、関西呪術協会が全額支払ってくれることになった。

 

 そして、預けていた私服に着替え、今度はタクシーで旅館へと帰還。詠春さんから連絡が行っていたようで、夜中の帰還となっても生活指導の新田先生が叱りに来るということはなかった。

 

 その後は何事もなく、翌日の朝になる。

 今日は、ネギくんが京都にあるナギ・スプリングフィールドの別邸を訊ねる予定だ。

 キティちゃんもそこに訪れたいとのことで、1班も行く予定だし、パートナーである神楽坂さんの2班も付いていく。同じくパートナーである雪広さんも今度こそはと班員の説得に成功し、4班から一人抜け出すことになった。二つの班プラス一人とか大人数すぎる……。

 

 で、予定は昼からなので、朝の自由行動は京都で遊ぶ時間だ。

 昼までに何をするかはすでに決まっている。京都名物の食べ歩きだ。

 

 実は、昨日スマホから呼んだエミヤさんとオーガスタさんは、スマホの中に帰っていない。

 オーガスタさんが、このまま現世の料理を食べに行きたいと言い、エミヤさんも久しぶりに現代の日本料理を食べたくなったと言いだした。

 そして、そのまま私達が泊まっている旅館に泊まった。予約なしでよく部屋が取れたものだ。

 

 で、本日の自由時間は、そのエミヤさんとオーガスタさんに付き合って、京都の美味しいもの食べ歩きツアーに出ることとなったのだ。

 

「ふむ、私も京都は、学生時代に修学旅行で訪れたきりだ。しかも、観光主体で、食事は主眼においていなかった」

 

「楽しみですねー、異世界の料理!」

 

 そんな感じで気合いの入ったエミヤさんとオーガスタさんをともない、キティちゃん達と一緒に京都をぐるりと巡った。

 なお、二人の宿泊代や食事代は私持ちだ。いいんだけどね。スマホ産の貴金属横流しで儲けているから、小金はあるし。

 

 やがて、昼。京都の町にエミヤさんとオーガスタさんを放流し、その後、待ち合わせていた場所で、詠春さんと合流する。

 

「すみません、長さん。大人数になってしまって」

 

 ネギくんが、申し訳なさそうに詠春さんに言う

 

「いえ、かまいませんよ。ただ、そこまで広い建物ではないので、手狭になってしまいますが」

 

 個人のアトリエだっていうしね。

 そして、詠春さんの案内で、私達は洋風の建物へと案内された。

 建物の中は、本でびっちり。ナギ・スプリングフィールドは魔法学校中退のバカというイメージがあったが、後年は魔法世界の崩壊をどうにかするため、学術面にも通じていたということをうかがわせるアトリエであった。

 

 さて、魔法に関わり合いのない早乙女ハルナさんがはしゃいでいるが、魔法を知る1班の私達は、それっぽい手掛かりがないか一応見ておくとしよう。

 ナギ・スプリングフィールドの行方とかは、いまさら調べる必要はないが、対造物主(ライフメイカー)でなにか役立つ情報があるかもしれないからね。

 

 皆がアトリエに散らばると、詠春さんがキティちゃんに近づいて、小さな声で話し出した。

 

「リョウメンスクナの討滅を確認しました。遠くから戦いの様子を目撃した者がいましたが、あなたの魔法でやったのではないのですね?」

 

「ああ、私ではない。私の教え子がやった」

 

「『紅き翼(アラルブラ)』でも、封印がやっとだったのですが……」

 

「復活したばかりで動かないところを狙い撃っただけのようだからな。単純な火力だけなら、ナギよりも上だったということだろう」

 

 うーん、私がやりましたとか言うと、面倒臭いことになりそう。関わり合いにならないでおこう。

 と、アトリエ内をうろうろしていると、一枚の写真が壁に飾られているのを見つけた。

 

「エヴァンジェリン先生、こっちこっち」

 

「ん? なんだ?」

 

「若きナギ・スプリングフィールドの写真がありましたよ。『紅き翼』の集合写真です」

 

「むっ!」

 

 私がキティちゃんを呼ぶと、他の人達もぞろぞろと集まってくる。

 

「おや、若い頃の写真ですね。そのときのナギは十五歳でしたか」

 

 詠春さんが、写真を懐かしそうな目で見る。

 

「お父様、若いー」

 

 詠春さんも写っており、近衛さんがそれを見てキャッキャとはしゃいでいる。

 

「私と出会うより前のナギか……」

 

 キティちゃんが感慨深げに言うが、静かなのはそこまでだった。

 

「うわー! なんか剣を持ってるでかいのが写ってる!」

 

 早乙女さんが、写真に写る剣闘士ジャック・ラカンを目ざとく見つけて、そんなことを騒ぎ出した。

 

「ナギ・スプリングフィールドといえば、二十年前の紛争地帯で活躍した知る人ぞ知る人物ですから」

 

「紛争! うわ、イランかどこかでドンパチしてたの、先生のお父さん!」

 

 私の適当なカバーストーリーを信じて、そんなことを大声で言う早乙女さん。

 そして、次に騒ぎ出したのは、我ら3-A組が誇るショタコン、雪広さんだ

 

「可愛らしい男の子が写っていますわ!」

 

「彼は、ナギの師匠のゼクトだね」

 

「ネギ先生のお父様の師匠! 見た目通りの年齢ではないということかしら……ううん、その事実をどう頭の中で処理していいか分かりませんわ!」

 

 ああ、雪広さんはサブカルチャーに馴染みがなさそうだからね。ショタジジイという概念を知って、混乱しているようだ。

 私? 私はショタジジイいけるよ。ただし、二次元に限る。なので、写真の中の子は守備範囲外だね。

 

「真ん中の人がネギ先生のお父上です? ネギ先生とはだいぶ雰囲気が違うです」

 

「父さんと似てない……」

 

 綾瀬夕映さんの言葉に、ネギくんがショックを受けたような顔になる。

 だが、待ってほしい。似ていないとは言っていない。

 私は、ネギくんにフォローを入れる。

 

「顔は似ていますよ。でも、ネギくんは、やんちゃそうな雰囲気が足りないですね」

 

「やんちゃそう、ですか……」

 

 いや、だからといって、やんちゃそうな顔つきをしようとしなくてよろしい。可愛い系ショタが好きな雪広さんが悲しそうだぞ。

 

 そして、その後も写真を話題に無駄話が続く。

 そういえば、原作漫画ではここで集合写真を撮るんだったかな。

 でも、写真を撮るはずの朝倉さんがこの場にはいない。

 

 ふむ。ここは……。

 

「せっかくですし、私達も記念撮影していきましょうか。スマホで撮りますよ」

 

 そんな私の提案は、皆に受け入れられる。スマホ用のミニ三脚をテーブルの上に置き、皆で集合写真を撮った。

 ちなみに、この三脚は自作の品である。今の時代に、スマホ用のアクセサリーとかが市販されているはずがないからね。

 

 そして、その後はネギくんが、ナギ・スプリングフィールドの手掛かりとなる資料を詠春さんから受け取り、時間もいっぱいになったので旅館に戻ることになった。

 修学旅行も、とうとう明日で終わり。明日は一日移動で終わるので、実質今日が最後の遊ぶ時間。

 だから、クラスメート達はみんな夜まで大騒ぎとなり、新田先生の雷が落ちる事態となった。

 

 ちなみに我らが1班は大人しいもので、他の班員が部屋に来ないことをいいことに、今回の戦いの反省会などを行なっていた。

 

 そして、一夜明け、旅館をチェックアウトし、昨夜も旅館に泊まり料理を楽しんだエミヤさんとオーガスタさんをスマホの中へと戻す。

 麻帆良の生徒達は京都駅に移動し、そこから新幹線に乗った。

 新幹線の中では、また行きのように騒がしくなる、と思いきや、静かな時間が訪れた。

 

 五日間の旅行で疲れに疲れたのだろう。みんな、座席に大人しく座って寝入っていた。

 キティちゃんも可愛い寝顔を見せており、私はそれをスマホで激写し、東京駅に着くまでの時間をスマホの住人達との『LINE』で過ごすのであった。

 




※千年戦争アイギスにおいて、石化能力はゴルゴーンとその眷属しか使っていないので、今後のアップデートで他の一般モンスターが石化を使ってきて状態異常無効で無効化できなかった場合、この話を修正するかもしれません。


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●修行の日々
■20 あなたが私のマスターか


◆50 主人公に悲しき過去……

 

 修学旅行から帰還して、女子寮の自室に辿り着いた。

 持ち帰ったお土産や荷物の整理に慌ただしいが、そんな中、ネギくんが部屋に訪ねてきた。

 

「あの、刻詠さん、依頼のことでお話が……」

 

「あいあい。石化の解除ですね? 詳しいことを聞かせてもらっていいですか?」

 

 ネギくんを部屋のテーブルにお招きして、座らせる。

 すると、荷物を放り投げてパソコンにかじりついていたちう様が、立ち上がり、お茶の用意をしてくれた。気が利くね。

 

 さて、そこからネギくんが語り始めたのは、悲しい物語だった。

 

 ネギくんが物心ついたころ、彼にはすでに両親がいなかった。彼は親戚のもと、小さな山間(やまあい)の村で育てられていた。

 そこは魔法使い達が集まる隠れ村であり、かつてはナギ・スプリングフィールドも住んでいたという。

 親戚にネカネという年上の女性がいたが、彼女はウェールズの魔法学校に入るために村から出ていってしまった。そのため、幼いネギくんはおじいさんのスタンの家の離れを借りて、ほぼ一人で暮らしていた。

 

 そんな生活はずっと続くように思われたが、四歳の冬に運命の日が訪れた。

 ネカネが学校から帰郷予定だったとある日、村が突然、襲撃にあったのだ。

 相手は石化の力を持つ悪魔の集団で、村人達は抵抗もむなしく、石に変えられてしまった。

 

 村の外れにいたネギくんも、悪魔に襲われる。

 しかし、そこへナギ・スプリングフィールドが助けに現れ、悪魔を軽く蹴散らした。

 その光景が幼いネギくんには恐ろしく見えたようで、ネギくんはとっさにその場から逃げ出してしまった。

 

 一人になったネギくんは、当然、悪魔に狙われる。それをかばったのは、おじいさんのスタンと、親戚のお姉さんのネカネだった。

 スタンは悪魔を封魔の瓶の中へ封印することに成功するが、彼はそのまま全身が石化し、ネカネは足が石化して砕けてしまった。

 

 その後、足が砕けてしまったネカネをなんとか村の外にある丘へ運んだネギくん。

 丘の上からは、雪の降る中、村が火で燃えさかっている光景が見えた。

 そこへ、再びナギ・スプリングフィールドが現れる。村にやってきた悪魔を圧倒的な力で全て撃退したようだった。

 

 そして、ナギ・スプリングフィールドは、ネギくんに形見として杖を渡し、どこかへと去っていった。

 

 その三日後……村に魔法使い達が救援に駆けつけ、ネギくんとネカネは救助された。

 石化した村人達のその後は分からなかったが、ネカネ以外とは誰とも会えなかったので、今も石になっていると推測していた。

 

 そして、先ほど、国際電話でネカネに石化の解除手段を見つけ出したと伝えたところ……ウェールズの魔法学校がある街に、石になった住人達が保管されていると教えてもらえた。

 

「以上が、僕の昔の話です……」

 

「なるほど、よく分かりました」

 

 この話の裏側では、造物主(ライフメイカー)ナギ=ヨルダから身体の主導権を一時的に取り戻したナギ・スプリングフィールドが、ネギくんを助けに走った、という精神の攻防が展開していたんだろうね。

 

「僕から刻詠さんにお願いしたいのは、先ほど最後に言ったように、村の人達の石化解除です。僕ができることならなんでもします! ですから、癒しの至宝を村の人達のために使ってください! お金が必要なら借りてでもかき集めて――」

 

「こらこら、借金はいけませんよ。ネギくんは将来有望ですから、契約書なしの出世払いってことでいいです。これ、借金じゃなくて日本語でいう〝貸し〟ってやつですね」

 

「……ありがとうございます!」

 

「いいんですよ。それに、私の信条ですけど、徳は積めるときに積めってね」

 

「リンネの嬢ちゃん、いい女だな」

 

 ネギくんの肩に乗っていたカモさんが、そんなことを私に言った。

 

「いい女って言われたの、生まれて初めてですね」

 

 前世を含めてだ。いけすかない女とは、前世でたくさん言われたけど。

 

 しかし、大丈夫かな、悪魔の石化解除。癒しの至宝でいけるかどうか。

 まあ、駄目だったら、状態異常回復の法術(テクニック)『アンティ』や、状態異常回復薬の『ソルアトマイザー』、治療宝具の『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』などを試して、それでも駄目だったらスマホの中の魔術師や医者達にぶん投げることになる。

 

「刻詠さんは、いい人ですよー」

 

「兄貴、いい人と、いい女は違うんだよ」

 

 そんなネギくんとカモさんのやりとりに、心がほんわかとなる。もし九歳の少年に、お前はいい女だとか口説かれたら、どう反応していいか分からなくなりそうだ。

 さて、話は逸れたが、イギリス旅行だ。

 

「イギリスのウェールズまで行くとなると、大旅行ですね。急ぎでとなると……今年のゴールデンウィークで休みが連なっている日は、五月三日から五日の三連休ですね。今日は四月二十六日。ギリギリなので航空券も高そうですね。二泊三日。現地での移動費と宿泊費も考えると……」

 

「ええと、刻詠さん?」

 

 三日で行って帰ってくるって、結構大変そうだなぁ。

 

「二人分の旅費は大きく見積もって、六、七十万円ほどでしょうかね。ネギくん、払えます?」

 

「ええー!? 高すぎませんか!? 無理ですー」

 

 ネギくん、新任でお給料まだ貯まってないもんね。

 私はさらに言葉を続ける。

 

「でも、日程を考えますと、移動時間を可能な限り短縮する必要がありますので、これくらいは見ておきませんと。場合によっては、ウェールズの魔法学校までタクシー祭りですよ」

 

「うう、借金でもしなきゃ、無理ですよー!」

 

「借金はいけませんよ。なので、私が全額払います」

 

「えっ」

 

「こう見ても私、小金持ちなんです。ですから、これは〝貸し〟にしておきますね」

 

 私がニッコリとネギくんに笑いかけると、それを見ていたちう様が、ぽつりとネギくんに告げた。

 

「ネギ先生、リンネは悪い女だから、〝貸し〟でいろいろしぼり取られないよう注意しておけよ」

 

 今年のゴールデンウィークはイギリス旅行かー。楽しみだなー。

 

 

 

◆51 魔法使いと魔法剣士

 

 そんなことがあった日の翌日の朝。私は、ちう様と一緒にエヴァンジェリン邸を訪れていた。

 用件は、イギリス旅行の報告。ネギくんの出身村の住人を助けるという重要事項なので、一応キティちゃんにも知らせに来たのだ。

 花粉症のキティちゃんとしばらく話し込んでいると、エヴァンジェリン邸に来客があった。

 

 来たのは、ネギくんだ。ついでに、神楽坂さんもいる。

 そのネギくんが、キティちゃんに頭を下げ、こんなことを言った。

 

「エヴァンジェリンさん、僕を弟子にしてください!」

 

 それを聞いたキティちゃんは、「ほう……」と妖しげに笑った。

 

「私に弟子入りか。戦い方を学びたいのだろうが、なぜ私を選んだ?」

 

 本当は死ぬほど嬉しくてたまらないのだろうが、わざと悪そうな顔を浮かべてキティちゃんが言った。

 対するネギくんは真剣な顔で答える。

 

「京都で、エヴァンジェリンさんに学んでいるという三人の戦いを見ました。古さんは格闘と術の高度な組み合わせを。長谷川さんは強大な魔法を。刻詠さんは神秘の一撃をそれぞれ見せてくれました。ああいうふうに僕も強くなれるのなら、エヴァンジェリンさんに学びたいです」

 

「そうか……強くなるだけなら、タカミチだっているぞ?」

 

「タカミチは……僕とは方向性が違うかなって……」

 

「……まあそうだな」

 

 まあねえ。ネギくんが知っているかは分からないけど、基本的にタカミチこと高畑先生が使うのは『魔力』じゃなくて『気』だからね。

 

「よかろう。弟子入りは認めてやる」

 

 おっ、キティちゃん、弟子入りテストやらないのか。原作では、ネギくんの根性試しで3年A組の面々がキュンキュンするんだけど、やらないのかー。

 

「これより、ぼーやは私の弟子だ。私のことは、今後、師匠(マスター)と呼ぶように」

 

「はい、よろしくお願いします、師匠(マスター)!」

 

「うむ」

 

 おーい、ニヤニヤ顔が隠せていないぞ、キティちゃん。スマホで撮るぞ。

 

「では、早速だが、育成方針を固める!」

 

「はい、お願いします!」

 

 キティちゃんがどこからか黒板を茶々丸さんに用意させ、キティちゃんは伊達眼鏡をかけて黒板に文字を書き始める。

 書かれたのは、『魔法使い』と『魔法剣士』だ。

 

「ぼーや。戦いを志すお前には、進むべき道が二つ考えられる。二者択一だ」

 

 どこからともなく取り出した教鞭で黒板を叩くキティちゃん。

 キティちゃん教師バージョンに誰もツッコミを入れないまま、授業は進んでいく。

 

「『魔法使い』。前衛をほぼ完全に従者に任せ、自らは後方で強力な術を放つ。安定したスタイルで、千雨や私が該当する」

 

 水無瀬さんもこのタイプだね。

 

「『魔法剣士』。魔力を付与した肉体で、自らも前に出て従者と共に戦い、速さを重視した術も使う。変幻自在のスタイルで、古菲やナギが該当する」

 

「父さんが……」

 

 キティちゃんの最後の言葉に、ネギくんがそうつぶやいた。

 それを聞いてはいなかったのか、そこまで無言で聞いていた神楽坂さんが、キティちゃんに質問する。

 

「リンネちゃんはどっちなの?」

 

「リンネは必要に応じてなんでもやる。前にも出られるし、後ろで砲台にもなれる」

 

 私の売りは、手札の多さだからね。なんでもやるよー。

 そして、さらにキティちゃんは言葉を続ける。

 

「しかしだ、強くなってくると、これらのスタイルの境目はなくなってくる。『魔法使い』の私も前に出て戦えるし、『魔法剣士』のナギだって、強力な極大魔法を唱えられる。皆、リンネのようにどちらもやるようになる」

 

 キティちゃんは、黒板の二つの文字から線を伸ばし、そこに『達人』という文字を書いた。

 

「ゆえに、この育成方針は、ぼーやが『達人』に至るまでの間に、どちらのスタイルで戦うかを決めるものとなる。さあ、ぼーや。選べ」

 

「『魔法剣士』でお願いします!」

 

 ノータイムで答えられ、キティちゃんがキョトンとした顔になる。

 

「ずいぶんと早い回答だな?」

 

 そんなキティちゃんの疑問に、ネギくんの答えはというと……。

 

「京都の戦いで思ったんです。前衛になるパートナーが、常に都合よく一緒にいるわけじゃないって。それなら、従者がいてもいなくても臨機応変に対応できる『魔法剣士』がいいなって」

 

「ふむ、よく考えてあるようだな」

 

 キティちゃんは、ネギくんの答えに納得顔だ。これで、ネギくんは原作と同じ、前に出て戦うスタイルを取ることになった。

 

「では、次だ。前で戦うとして、どのような武術を身につけるかだ。私ならば、いろいろ覚えているが、最近は合気柔術をやっていたな。委員長のものよりも高度だぞ」

 

「確かに、前に委員長を完封していたわねー」

 

 果たし状事件を思い出しているのか、神楽坂さんがそんなことを言った。

 

「古菲や千雨は大陸の拳法だ。杖を槍として使う技術も身につけている。古菲ならば、武術を教えてほしいと言っても断らんだろう」

 

「杖を槍に、ですか?」

 

 ネギくんは、自らが持つナギ・スプリングフィールドの形見の長杖を見た。

 

「大陸の武術は拳法だけではない。槍も剣も杖も、なんでもありだ」

 

「そうなんですか……確かに、古菲さんが持っていた棍は、槍として使うと言っていましたね。となると、長谷川さんも……」

 

 ネギくんがちう様を見るが、ちう様は興味なさそうに持ちこんだノートパソコンをいじっている。

 

「他にも、剣を使うなら桜咲刹那だな。神鳴流は強力な退魔の剣だ。ただし、あいつが使うのは『気』なので、ぼーやには合わないかもしれないな」

 

「剣……」

 

 ネギくんは杖をにぎる自分の手をじっと見て、それから私の方へと視線を送ってきた。

 ん? なんじゃらほい。

 

「刻詠さんは、西洋剣術を使えますか?」

 

「私? 使えますよ?」

 

 なんなら『真空十字斬』でも見せようか? 練習中でなかなか成功しないけど。

 

「僕、剣を使いたいです。刹那さんのような刀ではなくて、剣を……」

 

 ほーん。これは、あれやね。エクスカリバーをにぎった体験が忘れられないとかの、あれやね。

 こうなるとはちょっと予想外。

 

「分かった。リンネ。師匠を見つくろってやれ」

 

 キティちゃんに言われて、私は仕方なくスマホを呼び出し、『LINE』を起動した。

 そして、キティちゃんがまた別の授業をしている間に、スマホの住人と会話を続け……やがて話が付いた。

 

「キティちゃん、ネギくん、先方は師匠役OKだそうです」

 

「ほう、誰だ?」

 

 キティちゃんが興味深そうに聞いてきたので、私は早速、本人を呼び出した。

 私の背後に、青い騎士の服と甲冑を着こんだ、一人の少女が出現する。

 

「オーナーの求めに、はせ参じました。よろしくお願いします」

 

「はい、こちら。『アルトリア・ペンドラゴン』陛下。並行宇宙における、円卓の騎士王アーサーその人です」

 

 ネギくんの師匠役は、青セイバーことアルトリア陛下。

 私の紹介に、場は騒然となった。

 

 

 

◆52 アーサー王伝説

 

「円卓の騎士の中に、ランスロット卿は居たのですか?」

 

「ええ、居ましたよ。彼について、何か?」

 

 ネギくんとアルトリア陛下が楽しげに会話している。

 すでにキティちゃんの授業は終了し、ネギくんとアルトリア様の交流が図られている。ちなみに、アルトリア陛下がネギくんの師匠役に手を上げたのは、世界を救う宿命を背負わされた幼き存在の助けになりたい、という尊い理由からだった。

 

「こちらの世界では、円卓の騎士に登場するランスロット卿は、初期の『アーサー王伝説』に存在しないんです。後世でフランスの吟遊詩人が創作して、『アーサー王伝説』に付け足したと言われているのですが」

 

「ふふっ、確かに彼は、フランスの人々からすると理想の騎士かもしれませんね」

 

 こんなことをアルトリア陛下が言っていたなんて、スマホのカルデアにいるランスロット卿が聞いたら、いったいどうなってしまうのか。

 

「あっ、でも、ランスロット卿といえば、王妃ギネヴィアとの密通ですよね」

 

 うおーい。ネギくんの口から密通とか聞きたくなかったぞ。

 

「陛下は女性ですから、そちらの世界では、ランスロット卿が陛下を裏切って王妃と関係を持つことはなかったんでしょうか」

 

 すごいこと聞いてくるよね、ネギくん。

 

「いえ、生前のわたしは男装していましたから。名前も本名のアルトリアではなく、若き頃はアルトリウスと名乗り、王となってからはアーサーを名乗りました。ですので、その出来事はありましたよ」

 

「男装していたんですか……!」

 

「わたしの時代では王権は男性のもの。女の姿のままでは、何も守れなかったのです」

 

「確かに、五世紀ともなれば、そういう時代ですよね……」

 

 その後も、ネギくんは楽しそうにアルトリア陛下から円卓トークを聞き出していく。

 やがて、昼近くになり話は一段落する。

 

「ずいぶんと楽しそうだったわね、ネギ。あんたって、『アーサー王伝説』とかいうの好きなの?」

 

 途中で話についていけなくなり、暇そうにしていた神楽坂さんが、ネギくんにそう問いかける。

 

「はい、小さな頃、本で読んで……」

 

 今も小さいよね、というツッコミは無粋だろうか。

 

「でも、詳しく調べてみると、ある事実が分かってガッカリしちゃったんです」

 

「ガッカリ?」

 

「はい。僕の国の歴史学的には、『アーサー王伝説』は史実ではないんだそうです。アーサー王と円卓の騎士達は、ランスロット卿のように後世の創作だと見る意見が強いようで……」

 

 そうなんだ。それはまた、夢のない話だね。二千年前の救世主とイスカリオテのユダや、飛騨の鬼神リョウメンスクナが実在している世界なのになぁ。

 

「だから、別宇宙にアーサー王が実在していて、僕、すごく嬉しくなっちゃったんです」

 

「あー、それもよく分からないのよねー。並行宇宙とか並行世界とか、頭こんがらがっちゃうわ」

 

「そんなに難しい考え方ですかね……?」

 

 ネギくん、その子、バカレンジャーの一人だからね?

 2003年のこの時点だと、サブカルチャーでも並行世界を扱う作品ってそこまで多くはなかった印象がある。だから、理解度が低くても仕方ないのかな。

 このネギま世界にも存在する有名漫画の『ドラえもん』も、時間移動したら世界は上書きされて、並行世界は生まれないしね。『もしもボックス』で説明すれば分かりやすいのかなー。

 

 さて、昼飯時だが、ネギくんと神楽坂さんはまだ帰る様子を見せない。

 私とちう様はまだここに用事があるので帰らないが、二人はいつまでいるのだろうか。

 

 と、そんなことを思っていたら、エヴァンジェリン邸にまた一人、来客があった。

 

「あっ、のどかさん!」

 

「ネギ先生? あ、こんにちは……」

 

 やってきたのは、宮崎さん。いつも一緒に居る図書館探検部の他のメンバーはいない。

 

「どうしたの、本屋ちゃん。エヴァちゃんの家にやってくるだなんて」

 

「えっと、絡繰さんに、一人でエヴァンジェリンさんの家に来てほしいって、電話で言われたんですけどー」

 

 神楽坂さんの言葉にそう答えた宮崎さん。すると、キティちゃんがうっすらとした笑みを浮かべて言う。

 

「ああ、ついでだ。ぼーやと神楽坂明日菜も少し聞いていけ。宮崎のどかが何を選ぶかを」

 

 そんなふわふわした言いざまに、ネギくんと神楽坂さんは仲良く首をかしげる。

 だが、これはいたって真面目な話だ。

 

 急な話だが、宮崎さんにはこれから重大な決断をしてもらわなければならない。

 それは、ネギくんの運命にも大きく関わってくることだろう。

 

「今日、ここが、宮崎のどかの人生の分岐点だ」

 

 禁断のアーティファクト『強制読心装置(いどのえにっき)』を持つ宮崎さん。彼女の歩むべき未来を決める時が来た。

 




※勝手にネギま世界の表の歴史には円卓の騎士がいなかったことにしましたが、『雷の投擲』の詠唱を見るにアルスター伝説の影の女王スカサハは魔法社会的には存在しているようです。


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■21 宮崎のどかに必要なもの

◆53 運命の選択

 

「宮崎のどか。この世には、魔法と呼ばれる不可思議な力があり、それを使う魔法使いという存在がいる。お前はそれをなんとなくだが把握しているな?」

 

 そんなキティちゃんの言葉から、宮崎さんとの話が始まった。

 

「は、はいー。確かに、なんとなくですがー……」

 

「そして、お前は先日、ぼーやと魔法の仮契約を果たして、カードを手に入れたはずだ」

 

「はい……」

 

 恥ずかしそうに、持参したバッグからパクティオーカードを取り出す宮崎さん。

 カードの宮崎さんの絵には、くだんの『いどのえにっき』がしっかりと描かれていた。

 

「そう、それだ。話を聞くに、お前が所持しているアーティファクトは、『いどのえにっき』と呼ばれる、読心能力を持つ魔法具だな?」

 

「そ、そうですー。名前を言うと、本にその相手の心の中が浮かんできてー……」

 

「うむ。その思考が浮かぶというのが厄介でな……宮崎のどか。読心の魔法のことをどう思う? 超能力……テレパシーでの読心でもいい」

 

 そう、それが今回の本題の一つだ。

 心を覗かれた者がそこに何を思い、何をなすのか……なんかダメなネット小説のあらすじみたいになったな。

 

「えーと、便利だなーって」

 

 だが、宮崎さんは深く考えてはいなかったようで、ほわほわとした答えを返してきた。

 

「自分が心を読まれる側になってもか?」

 

「あっ! えっと……あまりよくない、ですぅ」

 

「うむ。さて、ここで魔法の世界における読心について話しておこう。そもそも、魔法には読心の術が普通に存在している。ぼーやも使ったことがあるな?」

 

 キティちゃんは、横で話を聞いていたネギくんに話を振る。

 

「はい、あります」

 

 ネギくんが教師に就任した初日に、神楽坂さんの頼みで高畑先生に使っていたね。

 神楽坂さんがそれを思い出したのだろう。微妙な表情でネギくんから視線をそらしていた。

 

「だが、それらはしょせん魔法。精神干渉の術へ対抗する魔法を使うなど、防ぎようはある。魔法使いの社会では、読まれる方がマヌケとも言えるな」

 

 そう斬って捨てるキティちゃん。

 原作のエヴァンジェリンも、桜通りの吸血鬼編の最中、ネギ先生に夢見の魔法で過去の記憶を読まれているが……学園結界で弱体化しているから仕方ないのかな。

 

「読心魔法に抵抗する方法はいくつもあるが……しかし、お前の『いどのえにっき』への抵抗手段は、人である限り存在しない」

 

「えっ」

 

 今度こそ、宮崎さんが驚きを露わにした。

 

「それほど強力なアーティファクトなのだ。そして、抵抗不可能な読心能力を前にしたとき、人は何を考えるか……想像できるか?」

 

 キティちゃんのその言葉に、宮崎さんの顔が青くなっていく。

 

「心のうちを読まれて秘密を知られるわけにはいかないと、命を狙われるかもしれない。読心能力に利用価値を見いだした者達に、身柄を狙われるかもしれない。ただそのアーティファクトを持っているというだけで」

 

 キティちゃんの追い打ちの言葉に、宮崎さんは涙目になった。

 

「ちなみに、私にもお前に読まれるわけにはいかない秘密が、頭の中に存在するぞ。どうするかな。二度とアーティファクトを使えないようにしてやろうか」

 

「ひっ!」

 

 キティちゃんが冗談でまとった悪の魔法使いとしての雰囲気に、宮崎さんが引きつった悲鳴をあげた。

 

師匠(マスター)!」

 

「そういきり立つな、ぼーや。軽い冗談だ」

 

 ネギくんの叱咤するような声を受けて雰囲気を収め、くつくつと笑うキティちゃん。そして、彼女はあらためて話を続ける。

 

「二度とアーティファクトを使えなくする、というのは半分冗談ではなくてな。アーティファクトカードを封印してしまう、というのも手だ」

 

「このカードを封印、ですかー……」

 

 宮崎さんはカードに描かれた自分の絵を見ながら、悲しそうな顔をする。

 アーティファクトカードの封印と聞いて文句を言いそうなカモさんは、空気を読んで黙っているようだ。彼、キティちゃんには反抗しようとしないしね。

 

「だから、選べ、宮崎のどか。アーティファクトカードを封印し、ただの一般人として生きるか。アーティファクトを武器の一つにして、全ての障害をはねのける力を手にするか」

 

「あっ、そういう意味で、人生の分岐点、ですかー……」

 

 自分の前に突如用意された選択肢に、宮崎さんは目を白黒させる。

 そこへさらに、キティちゃんは言葉を足して情報量を増やす。

 

「一般人として生きる場合、魔法に関する記憶を全て忘れて生きることも可能だ。そして、力を手にする場合、我が弟子ネギ・スプリングフィールドのパートナーの一人として、私の門下に入ることになる」

 

「ネギ先生のパートナー……」

 

 おっと、さすがネギくんラブ勢筆頭。後者の選択肢に一瞬で傾いたぞ。

 

「そうそう、私の自己紹介をしておこう。私は六百年の時を生きる吸血鬼だ。悪の魔法使いとして賞金首になっている。賞金は六百万ドルだな」

 

「え、ええー……!?」

 

 宮崎さんが情報量の多さに頭がパンクしているぞ。

 だが、私も情報を付け加えないといけない。

 

「あくまで賞金首については元ですよ。ネギくんのお父さんに討伐されて麻帆良に封じられたので、今は賞金がストップしています」

 

 私のその言葉を聞いて、宮崎さんは怯えるのをやめてくれた。

 封印というべき登校地獄の呪いは解除されているのだが、そこまで情報を追加してさらに頭をパンクさせることもないだろう。

 

「というわけだ。さあ、選べ。表の平和な道か、裏の茨の道か」

 

 キティちゃんが、宮崎さんへと選択をせまる。

 すると、宮崎さんは覚悟を決めた顔をして、キティちゃんに言った。

 

「私は……ネギ先生のパートナーに、なります!」

 

「ほう、これまた早い回答だな。平和な道は不服か」

 

「ネギ先生の、隣に、立ちたいから……!」

 

「そうか。その覚悟があるなら、魔法の世界の先達として、新たな一歩を歓迎しよう」

 

 半ば告白とも言える宮崎さんの言葉に、キティちゃんは満足げにそう言った。

 ああ、そうだ。これは言っておかないと。

 

「ちなみに、ネギくんの仮契約のパートナーは、現在、そこにいる神楽坂さんと、他には雪広さんと水無瀬さん、近衛さんがいます。宮崎さんは五人目ですね?」

 

 正確には、仮契約を結んだ順だと宮崎さんは四人目だけれども。

 

「えっ……」

 

 宮崎さんが、神楽坂さんの方へと顔を向ける。

 

「ちょっと待ってよ。本屋ちゃん、パートナーっていうのは、恋人のことじゃないからね! 魔法使いの従者として、一緒に戦う人のことをいうのよ」

 

「あっ、そうですか……戦い……」

 

 戦う人と聞いて、自分がそうなれるか自信がないのか……、キティちゃんへの返答時にあった気迫が、みるみるうちにしぼんでいったのが分かる。

 それを見たキティちゃんが、面白そうに笑いながら、宮崎さんに言葉を放った。

 

「安心しろ。私の門下に入った以上は、強制的に戦うだけの力を身につけてもらう」

 

「だ、大丈夫かなー……」

 

「お前が『いどのえにっき』を堂々と使い、ぼーやのためにその力を役立てたいなら、全ての障害をはねのけ、強くなるしかないぞ?」

 

「頑張ります……!」

 

 こちらで立てた宮崎さんの強化計画的には、『意気込み』よりも『覚悟』が必要なんだけどね。

 まあ、こちらの世界に足を踏み入れた以上は、彼女もいろいろ覚悟を決めただろう。それなら、あとはなるようになるだろう。

 

「さて、宮崎のどかの未来の選択は終わった。まだ話は続くが、ぼーやと神楽坂明日菜は帰れ」

 

「えっ」

 

 突然退出命令を出された神楽坂さんが、思わずといった様子でそんな声をあげた。

 そんな彼女に、キティちゃんは言う。

 

「これから宮崎のどかには、私が抱える重大な秘密を教える。だから、お前達は邪魔だ」

 

「ちょっとエヴァちゃん、いまさら仲間外れはないんじゃないの」

 

「仲間外れにしているのではない。仲間にした上で、それでもなお明かせない秘密があるのだ」

 

「それをなんで、本屋ちゃんには教えるのよ」

 

「お前は先ほどの話を聞いていなかったのか? 『いどのえにっき』を使われれば、どれだけ秘密にしていても簡単に知られてしまうんだ。ならば、最初から何を知られたくないかを明かして、他人には黙っていてもらう」

 

 そこまで言葉を交わして、ようやく神楽坂さんは納得がいったという顔をする。

 

「なるほどね。でも、エヴァちゃんの秘密、気になるわねー。リンネちゃんは知ってる?」

 

 私に話を振られたので、素直に答えておく。

 

「知っていますよ」

 

「千雨ちゃんは?」

 

「知っているな」

 

「何が明かせない秘密よ! 知られすぎじゃないの!」

 

 神楽坂さんのそんなツッコミに、キティちゃんは涼しい顔で答える。

 

「古菲は知らんぞ。そして、宮崎のどかに教えたら、それ以上、他人には明かすつもりはない」

 

「えっ、リンネちゃんと千雨ちゃんが知っているのに、くーふぇが知らないの?」

 

「そうだな。だが、そのことは古菲も納得している。ちなみに茶々丸にも知らせていない」

 

 その言葉に、神楽坂さんは何かが納得いっていない顔をしている。キティちゃん軍団の三人衆であるはずの古さんだけがハブられていることに、なんとも言えない感情が湧いてきているのだろう。

 でも、キティちゃん的にはそれくらい重要な秘密なのだ。

 キティちゃんが抱える秘密。そう、予言の書『魔法先生ネギま!』と『UQ HOLDER!』のことだね。

 

「まだ帰りたくないなら、私達が宮崎のどかと話している間、裏庭を使っていいから、ぼーやと一緒に剣の稽古でもしていろ。アーサー王の初授業だ。茶々丸を監視につけるから、好きなだけやっていい」

 

 超さんと繋がっている茶々丸さんにも秘密は明かせない。なので、キティちゃんは、茶々丸さんを体よく神楽坂さんの方へ追い払った形になる。

 

「剣の稽古って、私もやるのー?」

 

 神楽坂さんが、面倒臭そうにそう言った。それに対し、キティちゃんが言う。

 

「お前のアーティファクトは剣だろう。桜咲刹那ほど上手にやれとは言わんが、ある程度の剣技は必要になるだろうさ」

 

「いや、私のアレ、剣というよりハリセンなんだけど……」

 

「それは、お前がアーティファクトの力を正しく引き出せていないだけだ。あれは本来、片刃の大剣だ。アーティファクトカードにそう描かれていないか?」

 

 そう言われて、神楽坂さんは自分のアーティファクトカードを取り出す。

 

「あっ、確かに……」

 

 納得して引き下がる神楽坂さん。すると今度は、黙ってやりとりを見守っていたネギくんの肩に居座るカモさんが、横から口をはさむ。

 

「エヴァンジェリンさんよ。アスナの姐さんのアーティファクトが何か知っているのか?」

 

「本来はハリセンなどではない、ということくらいしか知らん」

 

 そう切って捨てて、キティちゃんはずっと座っていた椅子の上から立ち上がった。

 この場は終わり、ということだろう。あらためて、宮崎さんに私達の秘密を知られることになるが、その前に……。

 

「もうお昼ですから、女子寮に戻らないならご飯にしませんか?」

 

「あっ、そうね」

 

 立ち上がりかけた神楽坂さんが、椅子に座りなおす。

 

「私の家は食堂ではないんだがな……」

 

 あきれたように言うキティちゃんだが、食材は後で補充しておくので我慢してほしい。

 

「アルトリア陛下も食べていきます?」

 

「そうですね。いただけるなら」

 

 私が話を振ると、食事不要なサーヴァントであるアルトリア陛下がそう言った。

 そうして、茶々丸さんが作った食事を皆で楽しく食した。ちなみに、アルトリア陛下は生身じゃないし魔力も不足していないので、別に食いしん坊キャラじゃないことはここにしっかりと主張しておく。

 

 

 

◆54 君の目で確かめてくれ!

 

 食後、ネギくんと神楽坂さんが、素直にアルトリア陛下と茶々丸さんを連れて外へと出ていった。ちなみにネギくんには、私の私物の竹刀を貸してある。

 そして私達は、そのまま宮崎さんを連れてダイオラマ魔法球の別荘へと入場した。

 別荘内部のあまりにも非常識な光景に、宮崎さんは驚きを露わにしていたが、内部をじっくり見せる間もなく、私達は読書タイムに入った。

 

 予言の書の閲覧。宮崎さんとスマホのオーナーである私だけ読めばそれでよいのだが、キティちゃんもちう様も再度確認したいと言いだしたので、四人で見ることになった。

 だが、そうなると、スマホでは画面が小さすぎる。

 そこで、私はスマホ内にある『Goddess Play』で『Goddess Play Points』を消費して購入した、『タブレットモード』を起動した。これは、スマホをタブレット端末にサイズを変更するという、素敵機能だ。

 これを用いて画面を大きくし、私達はタブレットを囲んで二つの漫画の読書を始めた。

 

 まずは、『魔法先生ネギま!』を全巻読み終わる。

 

「ううー……ネギ先生の本命が誰か気になりますー……」

 

「これはあくまで私達とは異なる未来を辿ったネギ先生ですから、私達のネギくんとは違いますよ」

 

「そうなんですか……」

 

「はい、ですから、のどかさんにもチャンスはありますよ」

 

「それって、この漫画の私は、先生の本命じゃなかったということではー……?」

 

 それから夕食をはさんで、『UQ HOLDER!』を読破する。

 のどかさんはいろいろ思うところがあったようだが、その中で一番気になった点をキティちゃんに尋ねるようだ。

 

「エヴァンジェリンさんは……次元の狭間で近衛(このえ)刀太(とうた)さんと会った記憶があるんですか?」

 

 ああ、あれか。

 キティちゃんは造物主(ライフメイカー)の手によって吸血鬼にされてから割とすぐに、ダーナと呼ばれる真祖の吸血鬼の居城で不死者としての修行をしていた過去を持つ。

『魔法先生ネギま!』のラストとは並行世界に当たる『UQ HOLDER!』には近衛刀太という主人公がいるのだが、その彼もダーナの居城に招かれて不死者として修行を行なった。その最中、近衛刀太は700年の時をさかのぼって、修行中の若かりしエヴァンジェリンと会い、仲を深めることになるのだが……。

 その記憶をキティちゃんは持っているか。のどかさんは、そう聞いているのだ。

 

「ないな」

 

 そして、キティちゃんの答えはそんなバッサリとしたものだった。

 さらに、彼女は言葉を続ける。

 

「魂を魔法で精査しても、チャチャゼロの記憶(メモリー)を探っても、そのような記憶は存在していなかった。……おそらく、私達が生きるこの世界線の未来では、近衛刀太は生まれないのだろう。だから、私はヤツを思い出せないのではなく、ヤツと会ってすらいないのだろうな」

 

 私達がいるこの世界線は、未来からやってくる時間移動者に歴史を改変される前だということだ。そして、この世界線の未来にて近衛刀太はどうあっても生まれないと予想されるため、歴史が改変されること自体がない。

 チャチャゼロとは、『UQ HOLDER!』でエヴァンジェリンが近衛刀太と会ったときに従えていた人形だ。現在も意志を持つ自動人形として稼働中であり、別荘の中で自由に過ごしている。

 

 ちなみに、『UQ HOLDER!』の世界線だと、若かりしエヴァンジェリンの初恋の相手は、未来からやってきた近衛刀太になる。

 しかし、この世界線においては、キティちゃんの初恋はナギ・スプリングフィールドのままだ。どうにか、造物主ヨルダから彼をすくいあげたいものだね。

 

「以上が、私達が抱える特大の秘密だ。のどか、理解したか?」

 

 キティちゃんが、のどかさんにそう話を振る。

 

「しましたー……。秘密を知る人を増やしたくない理由も分かりました。これ、もしこの漫画の知識を持つ人がヨルダに取り込まれたら……」

 

「いろいろ筒抜けになって、全部終わってしまうな」

 

「うわー、大変です……ネギ先生とアスナさんに、世界の命運がかかっているんですね……」

 

 のどかさんがしみじみとそう言う。

 未来において成長を重ねたネギくんは対ヨルダ戦の最大最強の戦力だし、神楽坂さんはヨルダを殺しても身体の乗っ取りを受けない魔法無効化能力『火星の白』の所有者だ。

 しかし、そんなのどかさんの意見に、横からちう様が口をはさんだ。

 

「別にネギ先生と神楽坂だけに、全てを押しつけるわけじゃねえ。私もリンネもネギ先生に協力するし、のどかももう仲間の一人だ。そして何より、エヴァンジェリン先生がいる。のどかはまだ知らねーが、エヴァンジェリン先生の登校地獄の呪いって、もう解けているんだ」

 

「ええっ!? そんな、どうやって……」

 

「リンネがなんとかした」

 

「リンネさんが……あれ? そういえば、リンネさんって……」

 

 のどかさんが私の存在に疑問を持ったところで、不意にキティちゃんが語り始める。

 

「狭間の魔女ダーナ・アナンガ・ジャガンナータは、タイムマシンで神楽坂明日菜を前借りして迎えた結末をテレビゲームになぞらえて『チートを使った早解きクリア』と言っていた。近衛刀太は『裏技を使ったクリア』と称していたな」

 

『魔法先生ネギま!』の終盤、神楽坂明日菜は魔法世界を救うために人柱になり、百年の眠りについた。

 

 そこで、『魔法先生ネギま!』のラストでは、超鈴音がタイムマシンを使い、未来で目覚めた神楽坂明日菜を現代に連れ帰った。

 その結果、ネギ先生達は神楽坂明日菜の活躍によってヨルダを撃破し、ナギ・スプリングフィールドの救出に成功した。

 

『UQ HOLDER!』は、このハッピーエンドを迎える大前提である、『神楽坂明日菜の現代への帰還』が行なわれなかった並行世界の物語だ。

 魔法無効化能力を持つ神楽坂明日菜を欠いたネギ先生は、自らの手でヨルダを倒す。しかし、ネギ先生は精神生命体であるヨルダに憑依され、人類を滅ぼす世界の敵になった。近衛刀太はそんなネギ=ヨルダに、裏技を使わず挑んだのだ。

 

 実はゲーム好きであるキティちゃん。そんな彼女が、ゲームにたとえて私達の状況を問うた。

 

「では、私達が行なうクリア方法とは?」

 

 その問いかけの答えを待たずに、彼女は続ける。

 

「――『攻略本を使ったクリア』だ。だが、この攻略本を敵に見られるわけにはいかない。だから、のどか。今日お前が知り得た攻略本の情報、絶対に外へと漏らすなよ?」

 

「は、はあい……」

 

 攻略本とは、もちろん電子書籍の『魔法先生ネギま!』と『UQ HOLDER!』のことだ。予言の書と呼ぶよりも、しっくりくる言い方だね。

 

「なお、私達もチートプレイをしないとは言っていない」

 

 そんなキティちゃんの言葉に、のどかさんは微妙な顔をして言葉を返す。

 

「チート、ですか? タイムマシン(カシオペア)を使って、アスナさんを未来から……」

 

「いいや。それではない。チートを使ってゲームを改変し、新キャラクターを投入するんだ。疑問に思わなかったか? この攻略本には、一人のキャラクターが登場していないと」

 

「あっ……そう、そうなんです。リンネさんがいないんです」

 

 キティちゃん、のどかさん、そしてちう様に見つめられる私。

 私は照れながらタブレット端末をスマホに変えて、のどかさんに見せつけ、言う。

 

「超さんが未来からやってきた未来人なら、私は別の宇宙からやってきた異世界人です。本来、私はこの世界にいない存在のため、攻略本には載っていないキャラクターだったわけですね。そして、私はいろいろな力をこのスマホから取り出せます」

 

 異世界人と聞いて、のどかさんの瞳が急に爛々(らんらん)と輝いたような気がする。地球に異世界から異邦人が訪れるとか、読書好きののどかさん的には、スマッシュヒットなシチュエーションなのかもしれない。

 

「グランドエンドを目指してチートキャラクターとして頑張らせていただきますが、まず手始めに一つ。私の力で、のどかさんを強化しようと思います」

 

「私、ですか?」

 

「はい、のどかさんです。あなたには『いどのえにっき』があるため、強さを得ることは急務となっています。しかし、世界の全てから身を守るだけの力を身につけるのは、一朝一夕ではいかないことは分かりますね?」

 

「は、はい……正直、私があの漫画に描かれていた未来の私ほど強くなれるとは、とても思えないですがー……」

 

「では、簡単にその強さが手に入るとしたら、どうしますか? 手を伸ばしますか?」

 

 私がそう問いかけると、のどかさんは「えっ」と驚きの声をあげる。

 そして、私はたたみかけるように彼女へ向かって言った。

 

「のどかさん、改造人間になってみる気、ありませんか?」

 

 のどかさんが全ての障害をはねのけるために必要なもの。それは『意気込み』ではない。『覚悟』だ。

 



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■22 宮崎のどか育成計画

◆55 アカシックレコード

 

 改造人間と聞いて、のどかさんの顔は盛大に引きつった。

 さすがに人体改造は引くよなぁ、とは内心思いつつも、私はどうにか彼女に話を聞いてもらえるよう説得した。

 実はこの改造人間案、私が考えたわけではない。

 

 実はのどかさんが『いどのえにっき』を手に入れて自衛の手段を手に入れる必要が出てくることは、前々から私達の議題にあがっていた。スマホの中の住人達にも『LINE』を通じて、何かよい強化方法がないか宿題を出していたわけだが……あがってきたのがこの改造人間案である。

 

 私の案ではないので、のどかさんの説得も、案を出した人にしてもらおう。

 そう思った私は、スマホから一人のキャラクターを呼び出した。

 

「こちら、並行宇宙の惑星航行船団であるオラクル船団の研究機関、アークス研究部よりお越しの研究員『ルーサー』です」

 

「やあ」

 

 呼び出したのは銀髪長身の美男子。『ファンタシースターオンライン2』に登場する悪の科学者、ルーサーである。

 彼はフォトナーと呼ばれる、オラクル船団を作り出した古代人の一人。アークスという戦闘集団の活躍の陰で、様々なあくどい研究を繰り返してきた悪役だ。

 しかも、ダークファルスと呼ばれるオラクル船団の敵に憑依されており、『PSO2』前半における悪事の黒幕である。『PSO2』のストーリー上では、主人公であるプレイヤーに撃退された後、他のダークファルスに食われて死亡した。

 

 なお、『ファンタシースターオンライン2 es』では直接登場はしない。『PSO2es』で起きる事件の原因となった違法研究。それを行なった虚空機関(ヴォイド)の親玉として、オラクル船団に存在していた痕跡が見えていた程度だ。

 

 私のスマホに入っているゲームは、『PSO2』ではなく『PSO2es』だ。なのに、なんで『PSO2es』のストーリー上で登場するはずのないルーサーを呼び出せたのかというと……ガチャでルーサーのキャラクターチップが出るからである。なお、チップに付随する外伝ストーリーは存在しない。

 ガチャで引いたキャラは、私のスマホの中の住人となる。『PSO2es』も例外ではなく……『PSO2es』に登場しないはず、そして『PSO2』で死亡したはずのルーサーが、ガチャで出たというだけで時系列を無視してスマホに住み着く。本当にどうなっているんだこれって感じだ。

 

 そんな違法研究どんとこいな悪役ルーサーだが、このルーサーは原作ゲームほど悪辣な存在ではない。

 ダークファルスに憑依されていないようだし、そもそもスマホ内に住み着いているダーカー(ダークファルスの眷属のことだね)は、凶暴性を失っている。だから、このルーサーは綺麗なルーサーで、原作ゲームみたいなひどい研究は進めていないのだ。

 

「さて、宮崎のどかくん。僕からプレゼンをさせてもらうよ」

 

 そう言って、ルーサーは私達に紙の資料を配りだした。

 

「いまどき紙媒体なんて時代遅れ(はなは)だしいが、これが現世の流儀なのだろう? まあ、説明を聞きながら見ていってくれたまえ」

 

 紙の資料の1ページ目に書かれていたのは、表題だ。

『宮崎のどかのアークス化および人工アカシックレコード司書化計画』。そう書かれていた。

 

「アカシックレコードって……」

 

 飛び出したトンデモワードを見て、のどかさんが絶句する。

 アカシックレコード。この世の始まりから終わりまでの事象が全て記録されている概念的な場所という、オカルト分野のワードである。ファンタジー小説やSF小説を読むとまれに登場する。

 

「ふむ。気になるかね? 宮崎のどかくん。しかし、そこに触れるには、前提から話していかなければならない。まずは、アークスとは何か、から説明をしていくよ」

 

「は、はい……」

 

 うーん、こう、人当たりのいい綺麗なルーサーはちょっと違和感あるよね。

 ダークファルスに侵食されているよりはマシとはいえ……。

 

 さて、アークスだ。

 アークスとは、ダーカーと呼ばれる並行宇宙に存在する宇宙の敵と戦うために組織された、戦闘集団および戦闘員のことである。

 

 その特徴は、フォトンと呼ばれる粒子を使い、超人的な強さを発揮すること。

 フォトンを使ったフォトンアーツと呼ばれる技を使い近接戦、銃撃戦をこなし、テクニックと呼ばれる魔法じみた技をも扱うことができる。

 

 アークスを構成するのは、四つの種族。

 地球人類に類似した見た目のヒューマン。そのヒューマンの見た目に尖った耳をつけた見た目のニューマン。ヒューマンをオッドアイにし、頭に角をつけた見た目のデューマン。機械の身体を持つキャストの四つだ。

 その四種族、元々はいずれも改造人間である。

 

 とある惑星に住む原生種族を古代人フォトナーが誘拐、改造し、フォトンを自在に扱える種族に生まれ変わらせたものがヒューマンだ。

 そのヒューマンをベースに、ニューマンとデューマンが生まれた。キャストは、フォトンの扱いに身体が耐えられない者が自らを機械化した、全身サイボーグとでも呼ぶべき存在だ。

 

「そう、つまり、僕の提案は、フォトンを扱うために地球人類から種族を変えてみないか、というものさ」

 

「なるほどー……ヒューマンの見た目は人間と変わらないんですよね?」

 

「そうなる。フォトンを扱う存在、アークスとなることで、宮崎のどかくんは簡単にフォトンを扱う戦闘技術を身につけることができる。魔法のように何百時間も練習に時を費やすことなく、すぐにフォトンアーツやテクニックの行使が可能となる」

 

「それは……ちょっと魅力を感じちゃいますー……」

 

 ルーサーが、空間投影画面を開いてアークスの戦闘シーンをのどかさんに見せる。

 VRでの訓練風景だろうか。フォトンアーツやテクニックを仮想のダーカーに叩きつけ、縦横無尽に戦っているのがこちらからでも見えた。というか戦っているの、『PSO2es』の主人公じゃん。いつの間にこんな映像を……。

 

「しかし、ここで問題が一つある。この宇宙にはフォトンが存在しない」

 

「えっ、それって……アークスになっても意味ない気がしますー」

 

「問題ない。簡単なことだよ。無い物は、作ってしまえばいい。このフォトンのない宇宙をフォトンのある宇宙に変えてしまえばいい」

 

「作る……よく分からないですけど、フォトンって作れるものなんですね」

 

「では、フォトンとは何かを説明しよう。資料をめくってくれたまえ」

 

 ルーサーに促され、素直に資料を見ていくのどかさん。

 中学生の子供向けに図解が多い資料を手に、ルーサーが説明を続ける。

 

「フォトンとはそもそも何か? それは、全知存在であるアカシックレコードが宇宙を観測するための、粒子の形をした中継器さ。あらゆる場所に存在するフォトンを通じて、アカシックレコードは万物を観測している」

 

 このネギま宇宙のアカシックレコードは、そのような仕組みではないだろう。だが、少なくともオラクル船団が存在した宇宙でのアカシックレコードは、そういう仕組みを持っていた。

 

「アークスが使うフォトンアーツやテクニックは、フォトンを通じてアカシックレコードにアクセスし、アカシックレコードから情報を引き出すことで効力を発揮する」

 

「アカシックレコードから引き出せるんですねー」

 

「そうだとも。アカシックレコードがこちらの情報を収集するのと同じように、こちら側もフォトンへの素養があればアカシックレコードから情報を簡易ながら引き出せるわけだ」

 

 そんな小難しい話が続く。

 のどかさん以外は何をしているかというと、ちう様は真面目に資料を見ているし、キティちゃんは話が頭に入ってこないのか眠たそうな顔をしている。

 

「宮崎のどかくんが、この宇宙でアークスとして力を発揮するには、フォトン、そしてアカシックレコードが必要となるわけだ。ここまでは分かるかい?」

 

「はい。あっ、だから人工アカシックレコードって表題に……」

 

「そのとおりだとも。つまり、宮崎のどかくんをアークスにするということは、我々の出身宇宙に存在するアカシックレコードと同じ物をこの宇宙に作り出すという工程が必要となる」

 

「そんなこと、できるのですか? 大変そうー……」

 

「できるとも。作り出す物は、未来と過去全てを記録する本物のアカシックレコードではないからね」

 

 のどかさんの合いの手に、心底楽しそうな声でルーサーが説明を続ける。

 

「僕達が作る物は、フォトンを通じて現在の情報をひたすら収集、観測し続ける、アカシックレコードの小さなまがい物だ。そうだね、物理的な形が存在しない、巨大な情報図書館を作ると思ってくれていい」

 

「それでも、スケールが大きい話です……」

 

 のどかさんが、ほわほわとそんなことを言った。

 まあ、すごいよね。アカシックレコードを作るとか、最初ルーサーから聞いたとき、マジかこいつって思ったもの。

 そんなルーサーが、のどかさんに問いかける。

 

「宮崎のどかくん。君は、本が好きだと聞いたが、本当かい?」

 

「えっと、はい。本は大好きですけど……」

 

「それならば、司書に興味はあるかい?」

 

「将来なれたら素敵だなーって思います」

 

「それならば、なってみる気はないかい? 情報図書館の司書に」

 

「えっ、えーと……」

 

 情報図書館アカシックレコードの司書。それはすなわち……。

 

「僕達の出身宇宙には、アカシックレコードの司書というべき存在がいる。考える海……意志を持つ水の惑星シオン。オラクル船団のマザーシップでもある」

 

 資料をめくり、惑星シオンについて説明されているページを見るのどかさん。

 

「彼女は、アカシックレコードから得られる情報をもとに、宇宙の始まりから終わりまでを演算している全知の存在さ」

 

 シオンもルーサーと同じく、『PSO2』のストーリー中に死亡するが、『PSO2es』ではキャラクターチップとして登場する。前世で『PSO2es』をプレイしていたときに、ガチャで引いていた。なので、私のスマホの中でオラクル船団の旧マザーシップとして普通に生きている。

 

「僕からの提案だ。まずはアカシックレコードの極々縮小版をこの宇宙に作り出す。次に、君をその司書であるシオンの極々縮小版として改造する。さらに君には、人工アカシックレコードの情報収集中継器であるフォトンを周囲に散布する能力をつける。こうすることで、フォトンがないこの宇宙に、フォトンが生まれる」

 

 この話を初めて聞いたとき、私はルーサーに当然のようにツッコミを入れ、次のような会話をした。

 

『おいおい、それってヤバくないですか。フォトナーのあなたが、シオンみたいな存在を作り出すって、失敗フラグが見えているんですけど。フォトナーって、シオン複製体を何個も作ろうとして、一個も作成に成功していないじゃないですか』

 

『僕を他のフォトナーと一緒にするな……! 僕は、シオン複製体の作成と失敗に関わったことはない』

 

『あー、そういえば、当時は究極の器とかいうのを造っていたんでしたっけ。それで生まれたのがハリエットさんで、それを勝手にフォトナーが利用して生まれたのが大ボスの深遠なる闇、だったかな?』

 

『そうだね。僕は他のフォトナー達が言う、シオン複製体がもたらす便利な生活というものに興味はなかったからね』

 

『でも、今回はそれに手を出そうとしている』

 

『規模は小さい。それに、この計画にはシオンも演算担当として参加する』

 

『えっ、シオンが?』

 

『ああ、彼女はどうやら、現世の宇宙にフォトンを拡散させたいらしい』

 

『そりゃまた、なんでですか』

 

『オラクル船団を現世の宇宙に進出できるようにするためだよ』

 

『なんでそんなことを。地球侵略でもするつもりですか?』

 

『侵略なんてしないさ。オーナー、君のためだよ。オラクル船団、そしてアークスは、フォトン技術が前提の文明だ。つまり、君が助けを必要としたとき、この宇宙にフォトンがないと我々は助けに行けないのさ』

 

 そうきたかぁー……ってなったね。

 確かに、オラクル船団がいつでもこちらの世界に出てこられて、私の助けになってくれるというのは正直心強い。

 

 まあ、そんな話は置いておいて。今は、のどかさんが人工アカシックレコードの司書役を選択するかどうかだ。

 ルーサーが言う。

 

「フォトンという粒子が宇宙に存在するメリットを話そう。フォトンアーツやテクニックという超常の力をアークスとなる君が使えるようになる。さらに、アークスでなくても、人類誰もが、フォトンを使った科学技術を扱うことができるようになる」

 

「なるほどー……人工アカシックレコードを作って……私が司書になったら……宇宙に、フォトンが生まれる。そうするとー、人類の科学が進む。……こういう解釈でいいですかー、ルーサーさん」

 

「うむ、それでいいとも。よく理解しているじゃないか。ちなみに、この宇宙にフォトンが生まれたら、オーナー……刻詠リンネ君が持つスマートフォンの中にある宇宙からオラクル船団が出張できるようになる」

 

「惑星航行船団、でしたよね……? 宇宙船がケータイから出てくる……?」

 

「その通り。オーナーの携帯端末の中には、宇宙船が何百隻と詰まっていると考えてくれていい」

 

「ふわー、話が壮大です……」

 

 のどかさんが感嘆したところで、私は横から口をはさんだ。

 

「でも、スマホから宇宙船が出てくることは、私にとってのメリットなんですよね。宮崎さんにとってのメリットはありますか?」

 

「あるとも。この宇宙におけるフォトンの発生源は、司書である宮崎のどかくんの身体からになる。ゆえに宮崎のどかくんは膨大なフォトンの力を行使できる。フォトンアーツもテクニックも思いのままさ」

 

「強さ、ってわけですね。他には?」

 

 私がさらにそう問いを投げると、ルーサーは愉快そうに言葉を放つ。

 

「アカシックレコードの司書になるのだ。フォトンが散布されている範囲の情報は、なんでも閲覧し放題になるね」

 

「一個人が持つには過ぎた力ではありません? それ」

 

 私はのどかさんの理解を深める目的で、ルーサーへ質問を重ねていく。

 

「強制読心装置の所持者が、いまさらアカシックレコードを閲覧できるようになったところで、なんだというのかね?」

 

 そこまでルーサーと言葉を交わしたところで、のどかさんが再び言葉を口にする。

 

「えっと、ものすごい情報図書館の本を見放題、ってことですよね?」

 

「そうですね。女子寮の部屋割りから、大統領官邸の隠し部屋までなんでも見られるでしょうね」

 

「え、ええー……」

 

 私の言葉に、のどかさんがちょっと引く。

 

「嫌なら、閲覧しなければいいだけだよ。さて、宮崎のどかくんのメリットだったね。そうだね。思考する海の惑星シオンの極々縮小版の複製体となるため、膨大な計算力を手にする。数学のどんな計算式だろうとも、一瞬で解けるようになるだろうね。学生の君にとっては、嬉しいことだろう?」

 

「えーと……ズルい気がしますー」

 

「頭がよくなるだけさ。カンニングの類をしているわけではないよ」

 

 肩をすくめて、ルーサーがそう言った。そして、さらにルーサーが言葉を続ける。

 

「最後のメリットだ。フォトンが地球圏内に十分散布し終わったところで、フォトンリアクターを始めとしたフォトン技術を人類に公開する。そうすれば、宮崎のどかくんは人類全体にとって守るべき存在になる」

 

「えっと、どういうことですか……?」

 

「君から発生するフォトンを文明を支える基盤にするんだ。そうなると、フォトンの発生元である君を害するわけにはいかなくなる。君が死んだら、フォトンをエネルギーに変えるフォトンリアクターの利用で、フォトンは減るばかりとなる。フォトンが人類から失われてしまうわけさ」

 

 すごいこと考えるよなぁ、ルーサー。

 

「『いどのえにっき』を理由に排除しようとする気が起きないくらい、のどかさんの価値を高めるわけですね」

 

 私がそう言うと、のどかさんは首をかしげながら疑問を口にする。

 

「えっと、誰かに攻撃されることがなくなるってことですか?」

 

「そうだね。攻撃しようとする者は、人類全体に排除される。フォトン技術が公開されれば、君は人類の宝になるからだ。もっとも、初期の頃は、化石燃料を売っている者達が目の敵にするかもしれないけれどね。しかし、地球人類が宇宙進出を狙うなら、化石燃料などよりもフォトンの方がはるかに優秀だよ」

 

 ルーサーの言葉に、のどかさんは考え込む。

 そして、再び疑問を口にした。

 

「私が死ねば、フォトンがなくなる……私が寿命を迎えたら、どうなるんですか?」

 

「フォトンがこれ以上増えなくなり、フォトンリアクター等の利用で宇宙からフォトンが減り続けることになるね。そうならないよう、改造の際に不老処理程度は施させてもらいたいね」

 

「ふ、不老処理ですかー……」

 

「そして、万が一死亡してしまった場合は、オーナーが二代目司書を任命してフォトンの再配布を行なってもよい。しかし、僕は、宮崎のどかくんが、永遠を生きる存在となることを推奨する」

 

「永遠……うーん、うーん」

 

 のどかさんが、突然突きつけられた不老という選択肢に、頭を悩ませる。そして、何かしら思いついたのか、のどかさんはぽつりと言った。

 

「本の中では、不老不死とかって、大抵よくないこととして扱われているので……『UQ HOLDER!』では、ちょっと素敵だなとは思いましたけど……」

 

 そんなのどかさんの煮え切らない言葉を受け、ルーサーは背中を後押しするようなことを言う。

 

「ちなみに、エヴァンジェリン・マクダウェルくん以外にも、オーナーの刻詠リンネくんは不老不死だし、長谷川千雨くんと古菲くんは不老の術を使っている」

 

「えっ」

 

「存外、永遠を生きる仲間は多いのだよ」

 

 まあ、ダークファルスに侵食されていたころのルーサーも、アークスの肉体を奪い続けて延命するという、ヨルダみたいなことしていたもんね。

 そして、のどかさんは再び考え込み、声を絞り出すようにして言う。

 

「……ネギ先生は、不老不死になるでしょうか」

 

 すると、不老不死の話題になってから目が覚めたらしいキティちゃんが、横から言った。

 

「それは、分からん。ぼーやが『闇の魔法(マギア・エレベア)』の習得を選ぶかは未知数であるし、私も自分から『闇の魔法』を率先して勧める気はない」

 

「そうですか……」

 

 ルーサーからの提案は以上で終わり、のどかさんは提案を受けるか悩み出した。

 その悩みは別荘内で丸一日続き、悩み抜いたのどかさんは答えを出した。

 

「私、司書になります。フォトンを頑張って散布して、リンネさん達と一緒に長生きを目指しますー……」

 

 こうして、『宮崎のどかのアークス化および人工アカシックレコード司書化計画』は実行に移されることになった。

 まずは、人工アカシックレコードの設置だ。すでにスマホ内での研究は終了していて、現地を確認して設置するだけとなっている。

 

 設置日時は、四月二十九日火曜日、国民の祝日みどりの日。

 場所は、麻帆良学園都市、図書館島地下『アカシャの図書迷宮』。このネギま宇宙における図書館の形をしたアカシックレコード的施設に、私達の人工アカシックレコードを設置する。

 



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■23 アタナシア名人の図書館島

◆56 私を島に連れていって

 

 一日の平日をはさんでやってきた、みどりの日の朝。図書館島の地下へ向かうメンバーとして、キティちゃん、ちう様、古さん、茶々丸さん、私、そしてのどかさんのエヴァンジェリン軍団が集まった。

 そして、そこに合流する面々がいた。ネギくん、神楽坂さん、雪広さん、近衛さん、桜咲さんだ。

 なんでも、図書館島の地下にナギ・スプリングフィールドの手掛かりがあると、ネギくんが京都のアトリエから持ち帰った資料に書かれていたとのこと。そこで、図書館島に用事がある私達に、彼らも付いてくることになったのだ。

 なお、ネギくんのパートナーの一人である水無瀬さんは、魔法の指導員である魔法先生のもとへと向かっているので、今回のメンバーの中にはいない。

 

 そして、私達は図書館探検部である近衛さんとのどかさんの指示で、昨日の間に集めていた探索用の道具をリュックに入れ、女子寮から出陣となった。

 女子寮から図書館へと向かう、その道中のこと。

 

「なんですってえー! リンネさんが、ネギ先生と二人っきりでイギリス旅行ですって!」

 

 石化解除の旅の予定を聞いた雪広さんが、突如、荒ぶりだした。

 

「二人っきりで二泊三日! リンネさん、裏切りましたわね!」

 

「いや、何を裏切ったというんですか」

 

「私をです! そもそも、リンネさんからは、少年好きの気配を常々感じていたのです! それが正体を現して、私のネギ先生を狙うなど!」

 

「いや、私はショタコンだけど、二次元限定ですからね? リアルの少年には興味ないです」

 

「二次元をとっかかりとして、三次元に目覚めるのでしょう!」

 

 うわあ、この学級委員長、めんどくせえ。

 私は仕方なしに、妥協案を口にする。

 

「それだけ文句言うなら、雪広さんもついてきたらいいでしょうに」

 

「はっ、その手がありましたわ!」

 

「ただし、私達は遊びにいくのではないんです。だから、どうしても付いてくるというなら、雪広さんの方で飛行機の手配と現地の移動手段、そして宿泊先を私とネギくんの分も手配しておいてください」

 

「それくらいのこと、当然させていただきますわ!」

 

「はいはい。今週の土曜に出発ですから、手配は急いでくださいね」

 

「任せてくださいまし!」

 

 よし、なんか知らんが旅費が浮いた。

 イギリス旅行の話を聞いて神楽坂さんも地味に行きたそうな顔をしているが、彼女はアルバイト生だからね。真面目にゴールデンウィークも新聞配達をしていてもらおうか。

 

 と、女子寮から麻帆良内を走る列車の駅に着いたところで、私達は思わぬ人物に待ち構えられていた。

 

「木乃香! のどか! 図書館島へ行くというのに、私達を置いていくとは何事か!」

 

 げえっ! 早乙女ハルナ!

 

「同じ図書館探検部だというのに、なぜ置いていくです」

 

 綾瀬夕映もいる。

 早乙女さんと綾瀬さんは、近衛さんとのどかさんの二人と同じ部活で、図書館島の地下を探索する図書館探検部の所属だ。

 

「ハルナ……ユエ……」

 

 のどかさんは、二人に行動がバレていたと想像していなかったようだ。二人を見ながらオロオロとしている。

 一方で、近衛さんはというと。

 

「すまんなあ、二人とも。今日は部活動やなくて、ネギ君の個人的な事情でなぁ?」

 

「ふん、ネギ先生のお父さんの手掛かりが、図書館島の地下にあるっていうんでしょ」

 

「な、なしてそのことを」

 

 ズバリ目的を言い当てた早乙女さんに、近衛さんが驚く。

 

「いやだって、私もネギ先生が持ち帰った資料のコピー見たけど、思いっきり『オレノテガカリ』って書いてあったでしょーが」

 

 ああ、うん。カタカナで普通に書いてあったんだよね。ネギくんは資料を複雑な暗号だと思い、京都でアトリエに同行した全員に資料のコピーを配っていた。二人はそれを見たのだろう。

 

「ともかく、個人的な事情だと言うなら、その個人的な事情に私とユエも一口乗らせなさい!」

 

「え、ええー……」

 

 近衛さんが困ったように、ネギくんを見る。ネギくんも困ったようにキティちゃんを見る。

 すると、キティちゃんは、やれやれといった様子で、二人に言った。

 

「ついてくるのは構わん。だが、そこで見たものを外で話したり、噂として拡散したりすることは許さんぞ。もし話したら……」

 

「記憶を消されるー、とかかな?」

 

 早乙女さんが、おちゃらけた感じで言った。

 すると、キティちゃんは口元を釣り上げて答える。

 

「なかなかするどいではないか」

 

「げっ、マジなの? やっぱりあったか、ファンタジックワールド!」

 

「私の想像では、みなさんは陰陽師か魔法使いです」

 

 魔法使いとドンピシャ言い当てる綾瀬さん。うーん、よく分かったなぁ。別に、綾瀬さんは原作漫画みたいに、関西呪術協会の本山には行っていないのに。

 

「ほう、なぜそう思った?」

 

 キティちゃんも気になったのか、そう尋ねる。

 

「修学旅行のシネマ村です」

 

「そう、それよ! 敵が妖怪を召喚して、それを魔法でバッタバッタ倒す! あれでファンタジーが存在すると気づかないって思われていた方が、心外だわ!」

 

「観光客は、CGとかワイヤーアクションとか言っていたです。でも、あれはCGなんかじゃなかったです」

 

「だって、妖怪みたいなヤツにつかみかかられて、普通に痛かったしねー」

 

 そんな証言を綾瀬さんと早乙女さんがしていった。

 うーん、シネマ村の戦いかぁ。やっぱりあれだけやって、誤魔化すのには無理があったね!

 

 そして、彼女達の主張が面白かったのか、キティちゃんはくつくつと笑うと、彼女達に向けて言った。

 

「確かに、私達は魔法使いだ。それを知って、お前達はどうしたい?」

 

「もち、仲間に入れてもらう! まずは、一緒に図書館島を探検だね!」

 

「私も魔法を覚えたいです」

 

「よかろう。周囲に魔法の存在を一切バラさないと誓うなら、連れていってやろう」

 

「よっしゃー! マジックパワーゲットー!」

 

「ふふん、のどか。もう私に秘密はなしですよ」

 

 こうしてまた二人、エヴァンジェリン門下に生徒が新しく加わるのだった。

 あ、往来で話していたけど、ちゃんと魔法で誤魔化してあるから、この会話が一般人に聞かれたと言うことはないよ。

 

 

 

◆57 ドラゴンバスターズ

 

 図書館島の冒険は、なかなかにスリリングだった。

 とにかく罠が豊富で、飛行魔法によるスキップを活用しても、思うようには進めなかった。

 坂を転がる大岩とか、リアルで初めて見たよ。もう、途中で十フィート棒が欲しくなったくらいだ。

 

 そして、着てきた服が蜘蛛の巣と埃で汚れてきたころ、私達は大きな扉の前に辿り着いた。

 

「ふむ、鍵がかかっているな」

 

「魔法的なロックでしょうか?」

 

「おそらくな。ぼーや、解けそうか?」

 

「うーん、ちょっと試してみますね」

 

 扉を前に、キティちゃんとネギくんが話し込み始める。

 だが、ちょっとその作業は待ってほしい。

 

「話の途中ですみませんが、ワイバーンです」

 

「えっ?」

 

 私の言葉に、ネギくんが振り返る。

 扉の横にある大樹の森から、のっそりと姿を現した巨大な影。それは……。

 

「ド、ドラゴン!?」

 

 突然現れた体高四メートルを超える竜種に、周囲の皆が騒然となる。

 私は、話の途中で割り込んでくる竜種という存在に、一種の感動を覚えながら言った。

 

「前足がなく、後ろ足だけで立っていますから、私としてはワイバーン説を推したいですねー」

 

「そんなこと言っている場合ですかー!? 逃げなくちゃ!」

 

 扉から離れて、杖で飛び立つ姿勢に入ったネギくんが、私の言葉にそう返してくる。

 しかしだ。

 

「逃げるんですか? この面子で?」

 

「えっ、あっ!」

 

 古さん、ちう様、桜咲さんはすでに臨戦態勢で、キティちゃんはその後ろで腕を組んで動向を見守っている。茶々丸さんはその他のメンバーをかばう位置取り。その他のメンバーは、前に出ることなく一塊になって茶々丸さんの背後で大人しくしていた。

 

 そして、古さん達が推定ワイバーンへと飛びこんでいった。

 そんな彼女達に向けて、私は言う。

 

「殺さないようにしてくださいねー。そのワイバーン、多分、野良じゃなくて、図書館島側のペットだと思いますので」

 

「任せるアル!」

 

「分かりました、峰打ちですね」

 

「凍らせておきゃ大丈夫だろ」

 

 うーん、オーバーキルにならないといいけど。

 

 そして、そこから始まったのは人間側による一方的な蹂躙(じゅうりん)だった。

 いくらワイバーンが巨体といえど、実力者数人に囲んで殴られれば、なすすべもない。

 

 途中で空を飛んだり火を吹いたりしたものの、それでも彼女達には通用しなかった。

 いやー、強いね、三人とも。古さんとちう様が強いのは分かっていたけど、桜咲さんもめちゃつよである。この子本当に、若い中学三年生なの? ってくらい強い。

 

 やがて、ボコボコになったワイバーンは、三人から逃げようとし始めた。

 その向かう先は、一人でぼんやり戦いを見守っていた私の方角。

 

「リンネちゃん、危ない!」

 

 神楽坂さんの叫び声がこちらに届く。

 しかし、大丈夫だ。私だって、ちょっとでかいくらいのワイバーンには負けないさ。

 

 私は、スマホから竜殺しの力を引き出す。それは、竜を退治した不死身の伝説を持つサーヴァントの力。

 この身に宿った者の名は、『ジークフリート』。

 

 私が姿を変え、名高い聖剣を手に携えると、竜殺しの覇気が伝わったのか、ワイバーンが突進の勢いをゆるめる。

 だが、全力で三人から逃げ出していたワイバーンの巨体は止まりきらない。

 

 だから私は、聖剣を天に掲げ、秘奥義を繰り出す。

 

「吠えよ聖剣! バルムンク――」

 

 私はその場で跳び、ワイバーンの頭部へと自ら飛びこみ、勢いよく一撃を放った。

 

「――キック!」

 

 轟音を立てて、ワイバーンは仰向けに倒れた。

 

「蹴ったー!? 剣持ってるのになぜか蹴ったー!?」

 

 ツッコミありがとうございます、早乙女さん。

 私は、聖剣バルムンクを天に掲げたまま、今の技の解説を入れた。

 

「今のは私が編み出した秘奥義、バルムンクキックと言いまして……」

 

「いやいや、バルムンクってその剣でしょ。竜殺しの剣でしょ。なんで使わないの」

 

「使ったら、ワイバーンさんが即死してしまいかねませんから」

 

「そうだけどさ! めっちゃ格好いい剣が出てきたら期待するじゃん! 期待を返して!」

 

「なるほど。早乙女さんはワイバーンを殺して、ワイバーンステーキを食べたいとおっしゃる」

 

「そこまで言ってない!」

 

 と、そんな会話をしている間に、仰向けになっていたワイバーンは起き上がり、その場に伏せた。完全に降伏の構えである。

 すると、先ほどネギくんとキティちゃんが開けようとしていた扉が、ゆっくりと開いていく。

 

「番人さんのOKが出たようですね。進みましょうか」

 

「くそー。今度その魔剣、しっかり見せなさいよね」

 

 そこまで言うなら、今度、早乙女さんには宝具の発動を見せてあげることにしようか。

 

 

 

◆58 食う寝る遊ぶ

 

 開いた扉をくぐると、まず目に飛びこんできたのは遠くに見える森だった。

 扉をくぐる前にも存在した森だが、ここは地下。森があることは不思議に感じるが、地上にある麻帆良学園都市には世界樹が生えている。その世界樹の根が、おそらくこの森を形成しているのだろう。

 周囲に漂う魔力(マナ)も濃く、魔法の初心者でも魔法を楽に発動できそうな、そんな環境だった。

 

 そして、道は真っ直ぐと続いており、その先には一基の塔が建っていた。

 塔の頂上からは妙に広いバルコニーがせり出しているのが見える。

 

 塔までの道の脇は柵のない崖となっており、崖から下は霧に覆われていて見通すことができない。おそらく、下にも図書館が広がっているのだろう。

 

 私達は、脇から落ちてしまわないよう注意しながら、塔へと近寄った。

 ネギくんが塔の扉をノックすると私の頭の中に念話が届く。

 

『どうぞ、空いていますよ』

 

 念話は私以外のみんなにも届いていたようで、ネギくんはおもむろに扉を開けていく。

 それから扉をくぐり塔の内部へ入ると、そこにはここまでに見慣れた光景、本と本棚がずらりと並んでいた。

 そして、その本棚が並ぶ広い部屋の中央に、一人の美青年がたたずんでいた。

 

「いらっしゃいませ。どのような御用でしょうか」

 

「あっ、写真の人……!」

 

 ネギくんが、青年の顔を見て、そんな声をあげた。

 そう、ナギ・スプリングフィールドのアトリエにあった『紅き翼(アラルブラ)』の集合写真で見た顔。その正体は、古い魔導書が実体化した存在で、ここ『アカシャの図書迷宮』の司書を担当している。名前はアルビレオ・イマ、のはずだ。

 

「おや、私をご存じで? そちらのキティにでも聞きましたか?」

 

「誰がキティか!」

 

「あなたですが?」

 

 キティと呼ばれて(いきどお)るキティちゃんだったが、アルビレオ・イマはどこ吹く風といった様子。

 だが、そんなじゃれ合いもすぐに終わり、あらためてネギくんが一歩前に出て言った。

 

「僕はネギ・スプリングフィールドといいます。父さん……ナギ・スプリングフィールドの手掛かりを求めて、ここへ来ました」

 

「ほう、君があのナギの息子ですか。その君が、なぜここに?」

 

「京都にある父さんのアトリエで、近衛詠春さんから資料をいただきました。その資料に、父さんの手掛かりがここにあると書かれていたので、訪ねてきました」

 

「なるほどなるほど。そして、パートナー達を連れて、ここまではるばるやってきたと。ふむ……」

 

 私は別にネギくんのパートナーではないのだが、今それを言ったら話がややこしくなりそうなので、黙っておこう。

 

「分かりました。手掛かりについては、確かに心当たりがあります。しかし、立ち話もなんですね。屋上へご案内します。お茶会としましょう」

 

「そうですか! ありがとうございます! あの、なんとお呼びすれば……?」

 

 アルビレオ・イマのお茶会への招待に、お礼を言うネギくん。そして、名を訪ねるが、その答えは……。

 

「そうですね……。ああ、せっかくだから、私のことはクウネル・サンダースとお呼びください」

 

「いや、アルビレオ・イマだろ、貴様は」

 

 キティちゃんのツッコミが入るが、アルビレオ・イマは首を横に振り、再度言う。

 

「私のことはクウネル・サンダースとお呼びください」

 

 麻帆良祭の時に作った偽名だと思っていたけれど、もしかして前々から名乗っていたのだろうか、食う寝るサンダース。フライドチキンが好物とか、ないよね?

 




※なおトンファーキックのAAは、作中の日時ではまだ生まれていません。


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■24 再生怪人ナギ

◆59 アルビレオ・イマ

 

「素晴らしいお茶ですわ!」

 

 アルビレオ・イマが用意した紅茶を飲んで、雪広さんが感嘆した。彼女はいいとこのお嬢様なので、お茶にもうるさいのだろうが……その彼女が褒めるくらいだ、きっとすごいお茶なのだろう。

 茶器もなんだか柄の入っている立派な物だし、雰囲気に気後れしてしまいそうだ。

 

「ありがとうございます。紅茶はちょっとした趣味でしてね」

 

 アルビレオ・イマが、雪広さんに優雅に礼を返す。

 

「美味しいですー」

 

 紅茶狂信者のネギくんも、満足顔だ。

 それを見て、小さく笑ったアルビレオ・イマは、ネギ君に向けて語り出した。

 

「しかし、ナギの行方ですか。彼がどうなったか話してもよいのですが……彼を追うその道行きには危険がともないます。ゆえに、話すにあたって、君には力を示してもらう必要があります」

 

「力、ですか……」

 

「はい。魔法使いとしての力。どれだけ戦えるかですね。ネギ君、君は今、何歳ですか?」

 

「えっと、九歳です」

 

「なるほど。その歳では、さしたる力は得ていないでしょうね」

 

 アルビレオ・イマのその言葉を聞いて、ネギ君はむっとする。

 それを笑ってやりすごし、アルビレオ・イマは言葉を続ける。

 

「しかし、九歳ですか。そのころのナギといえば、この麻帆良を訪れたことがあるそうですよ」

 

「えっ!?」

 

「目的は、魔法使い達の武闘大会への参加。『まほら武道会』という大会に出場し、優勝しました。正確には十歳のころですね」

 

「父さんが……」

 

「ええ、ですからネギ君。同じく十歳になろうとしている君に、その時のナギほどの力があるか……私に示してみてください」

 

 おや? 話の雲行きが……。

 ネギくんは、テーブルに立てかけていた杖を手に取り、言う。

 

「手合わせ、ですか?」

 

「はい。私との手合わせを受けるなら、ナギにまつわる、とっておきをご覧に入れましょう」

 

「お願いします!」

 

「ネギくんのパートナーの方も、一緒でいいですよ」

 

 アルビレオ・イマは、テーブル席に座る中学生女子達を見て、笑いを浮かべてそう言った。

 パートナーと聞いて、即座に立ち上がる雪広さん。それから遅れて神楽坂さんも立ち上がり、のどかさんと近衛さんも立ち上がるが……。

 

「待たんかガキども。委員長と神楽坂はともかく、のどかと近衛はただの素人だろうが。二人は座っていろ」

 

 キティちゃんに言われ、しぶしぶと座る近衛さんと、どこか残念なようなそれでいて安心したような顔で座るのどかさん。

 まあ、近衛さんは純ヒーラー志望だろうから、魔法がまともに使えたとしても戦いの場に出すには問題があるけれどね。

 のどかさんは、改造手術が行なわれるまで待ってほしい。

 

「おや、パートナーは四人だけですか。てっきり、ここにいる全員がネギくんのパートナーだと思ったのですが」

 

「なんで私までぼーやのパートナー扱いしているんだ、貴様は。ここにいるパートナー以外の者は、私の門下の者達だ。二人ほど関係ない者がいるがな」

 

 早乙女さんと綾瀬さんは、まだキティちゃん的には門下にカウントしないらしい。

 

 そういうわけで、ネギくんと雪広さん、神楽坂さんは、大戦の英雄『紅き翼(アラルブラ)』の一員と戦うことになった。

 

 

 

◆60 親子の戦い

 

 場所を移動して、地下図書館内部にある大広間へと移動した。アルビレオ・イマはそこに防護魔法を張っていき、戦いの準備を進める。

 そして、お互いに大広間の中央で向かい合う。

 

「戦う時間は十分とします。十分間耐えきれば、ネギ君の力を認めましょう」

 

 そう言って、アルビレオ・イマは手にパクティオーカードを持つ。そして、「来たれ(アデアット)」と宣言すると、彼の周囲に大量の本が舞い始めた。

 それを見た神楽坂さんもパクティオーカードを取り出し、ハリセンのアーティファクトを取りだし構えた。

 

 アルビレオ・イマが、さらに動きを見せる。自分の周囲を舞う本の中から一冊選び取り、本を開いて栞をはさむと、本を閉じてネギくん達の方へ表紙を見せつけた。

 表紙には、『NAGI SPRINGFIELD』と題字が書かれているのが見て取れた。今の私は観戦のためにスマホから『鷹の目』を引き出しているので、遠くからでも見えるのだ。

 

「私のアーティファクト『イノチノシヘン(ハイ・ビュブロイ・ハイ・ビオグラフィカイ)』は、他者の人生を記録することができ、一度限りですが記録した時点での『全人格の完全再生(リプレイ)』ができます。簡単に言えば、私は他人に変身できます。では、行きますよ」

 

 そう言うや否や、アルビレオ・イマが光に包まれ、彼の姿が変化した。

 それは、赤髪のやんちゃそうな好青年。以前、京都で見た写真より歳を取った、ナギ・スプリングフィールドの姿だった。

 

「父さん!?」

 

 思わずといった感じで、ネギくんが叫び声をあげる。

 

「よぉ、お前がネギか? 模擬戦たあ、面白そーなことしてんじゃねーか」

 

「父さん……!」

 

「おっと、感動の再会とかじゃねーぞ。俺はアルのアーティファクトで再現された、過去の俺。仮初めの存在ってやつだ。再生時間は十分間だ」

 

「十分間……」

 

「っつーわけで、戦おうぜ! 構えろ、ネギ!」

 

「そんな、僕、父さんと話したいことがいっぱい……一度しか再生できないって……」

 

「男なら拳で語れ! 稽古をつけてやる。かかってこい、ネギ!」

 

 再生ナギがそう言うと、ネギくんはあふれかけていた涙を(そで)でぬぐい、杖を構えた。

 

「分かりました、胸を借ります! 委員長さん、アスナさん、前衛をお願いします!」

 

 そこまで会話を続けたネギくんも、杖を構えて雪広さんと神楽坂さんに魔力を供給する。

 すると、二人は再生ナギへ向けて飛び出していき、ネギくんは魔法の詠唱を開始した。

 

「ナギさん、お覚悟を!」

 

 先に仕掛けたのは、雪広さんだ。

 近づいてきた雪広さんに再生ナギは軽くパンチを入れるが、雪広さんは腕を取って再生ナギを投げ飛ばした。

 だが、再生ナギはそのまま床に叩きつけられることはなく、器用にもその場で身体を回転させて雪広さんから少し離れた場所で立ち上がった。

 

「ほう、日本の合気ってやつか」

 

「雪広あやか流合気柔術ですわ!」

 

 と、そこへネギくんの『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が、上空から雨のように再生ナギに降り注いだ。

 

「なるほど。合気柔術ね。じゃあ、これはどうだ」

 

 しかし、再生ナギは『魔法の射手』を気にも留めず、前方へダッシュ。そのまま雪広さんを殴ると見せかけて、少し遠くで拳を振り抜いた。すると、拳の先から無詠唱の『魔法の射手』が大量に飛び出し、雪広さんを撃ち抜いた。

 

 雪広さんは悲鳴をあげる間もなく気絶し、吹き飛ばされて床に転がった。

 

「まずは一人」

 

「委員長! このおー!」

 

 高速で動く再生ナギの動きに対応できてなかった神楽坂さんが、動きを止めた再生ナギに追いつき、ハリセンで殴りかかった。

 

「おっ、お前、まさかアスナか? いやー、でかくなったな」

 

「てりゃーって、えっ?」

 

 再生ナギが張っていた魔法障壁をハリセンは軽々と砕いていくが、ハリセン本体は再生ナギが首を軽く動かすだけでかわされてしまった。

 

「おーおー、さすが姫様。障壁が役に立たねえな」

 

 そこへ、再度ネギくんの『魔法の射手』が神楽坂さんを避け、カーブを描いて再生ナギへ殺到する。

 

「でも、それじゃダメだ。ネギから魔力を受け取ってそのまま使っているんじゃ、勝てねーぜ? 思い出せ、心を無にして、左手に『魔力』、右手に『気』だ!」

 

 ネギくんから飛んでくる『魔法の射手』を拳で弾きながら、のんきにしゃべる再生ナギ。

 一方、神楽坂さんは混乱した様子でその場に棒立ちになった。

 そこへ再生ナギが殴りかかるが、神楽坂さんは無意識でそれを回避していった。

 そして、途端に動きのよさを取り戻した神楽坂さんが、何やらぶつぶつとつぶやき始める。

 

「左手に『魔力』……右手に『気』……左手に『世界』……右手に『自分』!」

 

 すると次の瞬間、神楽坂さんの全身からものすごいオーラが立ちのぼった。

 むむむ。こんな早くから開眼するとは。

 

 あれは、『究極技法(アルテマ・アート)』、『気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)』、『咸卦法(かんかほう)』などと呼ばれるもの。

 本来、『気』と『魔力』は混ざり合わない、相反する力。それをあえて融合させることで強大な力を得る技法である。

 高難度な技法であり、習得には途方もない修行が必要なのだが……神楽坂さんは記憶を封印されているため、自身でも覚えていない昔に、この技法を習得済みなのだ。

 

「やればできるじゃねえか、姫様」

 

「なんで私が姫様なのよっ!」

 

 そう言いながら、再生ナギに『咸卦法』で強化されたハリセンを叩きつけようとする神楽坂さん。

 しかし、身体能力が超絶強化されても、動きは素人のまま。

 

「あー、もう、当たりなさいよ!」

 

「当たるかよ。障壁破壊されたところに『咸卦法』で殴られるとか、想像もしたくねーわ」

 

 再生ナギは攻撃の手を休め、回避に専念して神楽坂さんの猛攻をしのいでいた。

 さらに、そこへ再度、ネギくんの魔法が上から降り注ぐ。

 

「ネギ! さっきから『魔法の射手』ばっかりじゃねえか! せっかく姫様が前衛を張ってるんだからドカンと強えーの撃ってこいや! まさか俺に似て、魔法全然覚えてねーとか言わねーよな!」

 

「えっ、お、覚えてますけど……父さんに向けて使うのは……」

 

「遠慮すんな! 『千の雷』でも『燃える天空』でも撃ってこい!」

 

「そんな高度な魔法覚えてませんっ!」

 

「なんだ。やっぱお前、俺と同じで魔法学校中退したんじゃねーか?」

 

「中退……!? 父さん、魔法学校中退だったんですかー!?」

 

「おうよ」

 

 あー、この世界のネギくんって、四月にキティちゃんの過去の記憶読んでいないから、中退のくだり知らないのか……。

 そんなネギくんにとってショックなことがありつつも、彼は神楽坂さんに指示を出した。

 

「アスナさん、強い魔法を撃ちますから、合図したら下がってください!」

 

「了解。呪文を唱えている間、後ろには通さないわ!」

 

 そんなやりとりを敵前で交わすと、再生ナギは面白そうに口を釣り上げる。

 

「いいコンビじゃねえか」

 

 いや、その人達コンビじゃなくてトリオなんだけどなぁ……雪広さん、見事に伸びたままだな。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 影の地、統ぶる者スカサハの。我が手に授けん、三十の棘もつ霊しき槍を――アスナさん!」

 

「分かったわ!」

 

 神楽坂さんが、ネギくんの合図で大きく後ろに跳躍する。

 対する再生ナギは、素直に魔法を受ける構えだ。

 

「『雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)』」

 

 ネギくんの杖から、巨大な雷の槍が射出される。

 それを再生ナギは……正面から受け止めた。

 

「おー、なかなかやるじゃねえか。さすが俺の息子だ」

 

 余裕で魔法を耐えきった再生ナギを見たネギくんは、呆然とした顔になる。

 

「そんな……効いてない!」

 

「ネギ! もう一度よ! ……って、あっ!」

 

 再度突撃をかけようとした神楽坂さんのオーラが、不意にかき消えた。身にまとっていた『気』と『魔力』を使い切ったのだろう。ガス欠だ。

 

「くっ、もう一度……」

 

「残念、再挑戦はなしだ」

 

『咸卦法』が切れて無防備な神楽坂さんに、再生ナギが瞬動で近づく。

 そして、再生ナギは手で軽く神楽坂さんのアゴを打ち抜いた。

 

「はら?」

 

 すると、神楽坂さんがふらりと身体を揺らし、そのまま倒れ込む。脳震盪(のうしんとう)だ。

『咸卦法』の使用中は内臓や脳もそのオーラで保護されるが、今の神楽坂さんは『咸卦法』どころか『気』も『魔力』も切れた状態。簡単に脳を揺らされてしまった。

 

「アスナさん!」

 

「よし、あとはネギ、お前だけだ」

 

「くっ!」

 

 ネギくんが、とっさに杖を構える。

 

「魔法は見せてもらった。じゃあ次は、ステゴロだ!」

 

 そう言って、再生ナギはものすごい勢いでネギくんに殴りかかっていった。

 

「――『戦いの歌(カントゥス・ベラークス)』!」

 

 とっさにネギくんは、修学旅行で覚えたばかりの身体強化魔法を使用。そのまま杖を武器に、再生ナギと近接戦闘を始めた。

 だが……。

 

「『戦いの歌』を使ったならこっちもやれるかと思ったが、殴り合いは素人か?」

 

 再生ナギに殴り飛ばされ、十数メートル後方へと吹き飛んでいくネギくん。

 そして、そのままネギくんは地面に転がった。

 

「ま、こんなところか」

 

 腕を組んで、倒れるネギくんを見つめる再生ナギ。勝負は付いた。……ように見えたが。

 

「ま、まだです……」

 

 ネギくんが、杖を支えに立ち上がった。

 

「お、やるじゃねーか。でも、そこからどうする?」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊29柱。集い来たりて敵を射て。『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾・光の29矢』」

 

 凡庸な『魔法の射手』による攻撃に、落胆を隠せない再生ナギ。

 だが、魔法を追うように、ネギくんが再生ナギに突進していった。

 

「おお、魔法を目くらましに突撃か? そこは瞬動が使えたらよかったな」

 

 再生ナギは、そう言いながら『魔法の射手』を拳で弾いていく。

 そこへ、杖を振りかぶったネギくんが襲いかかり、再生ナギは迎撃の態勢を見せる。

 

 だが、ネギくんが行なったのは、杖の投擲だった。

 瞬時に反応して、杖を打ち払う再生ナギ。その間に、ネギくんは再生ナギの目の前まで迫っていた。

 

解放(エーミッタム)!」

 

 そこでネギくんがさらに追加で一手を見せた。遅延呪文(ディレイ・スペル)だ!

 ネギくんがいつの間にか仕込んでいた魔法が発動し、ネギくんの拳から雷がほとばしった。

 

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)』による雷撃が再生ナギを飲みこみ、轟音が大広間を満たす。

 そして、再生ナギは……。

 

「今の一撃はよかったぜ。さすがだ」

 

 魔法を正面から耐えきっていた。

 そのまま反撃として、ネギくんを容赦なく殴り飛ばす再生ナギ。

 今度こそネギくんは地面に倒れ、起き上がらなくなった。

 

「よし、手合わせは終わりだ。残り時間は五分ってところか」

 

 満足そうに再生ナギはそう宣言すると、ネギくんが投げつけた杖を拾いにいく。

 そして、杖を持って倒れるネギくんのもとへと向かった。

 

「うーん、ズタボロだな。治療魔法は苦手なんだよなぁ……」

 

 困ったように地面に倒れるネギくんを見下ろす再生ナギ。

 そこで、観客としてずっと戦いを見守っていたキティちゃんが、口を開いた。

 

「近衛木乃香。出番だ。ぼーやを治してやれ」

 

「あっ、そうやな。行ってくるー」

 

 近衛さんはアーティファクトを呼び出しながら駆けていき、制約の三分が経過する前にネギくんの怪我を治療した。

 そして、起き上がったネギくんは、あらためて再生ナギと言葉を交わし始めた。

 

「やっぱり父さんは強いですね!」

 

「だろー? ネギもこれくらいは軽くできるようになれよ?」

 

「はい! 実は先日、エヴァンジェリンさんに弟子入りしまして……」

 

「はー? あいつにー?」

 

「あそこにいるんですけど……」

 

 ネギくんがこちらを指さすと、再生ナギはこちらを向いた。

 再生ナギに見られ、キティちゃんはとっさに目をそらす。

 

「今は師匠(マスター)って呼んでいるんですけど……」

 

「おいおい、大丈夫か? 血とか吸われてないか?」

 

「大丈夫ですよ。それで、魔法以外にも、剣術も習い始めまして。その師匠が、並行世界の――」

 

 そうして、ネギくんが再生ナギと話し込み始めた。

 その光景をキティちゃんが優しい顔で見守っている。私はそんなキティちゃんに話しかける。

 

「エヴァンジェリン先生はいかなくていいんですか?」

 

「あれは、しょせんは過去の幻影だ。ナギとは、本物を見つけ出してちゃんと話すさ」

 

「そうですか……」

 

 やがて、向こう側では雪広さんと神楽坂さんが復活する。

 すでに手合わせが終わっていると知り、再生ナギのもとへと歩み寄っていく。

 

「あー、完敗って感じね」

 

 そう言いながら、神楽坂さんが再生ナギの前に立つ。

 

「おう、姫様。ネギのパートナーやるなら、もう少し修行積んどけよ?」

 

「その姫様って何? それと、私、ネギのお父さんと知り合いなの?」

 

「それは――」

 

 と、そこで再生ナギの身体が光の柱に包まれる。

 すると、再生ナギへの変身が終わり、アルビレオ・イマへと姿が戻った。

 

「残念ながら、時間切れですね」

 

「いや、ちょっと待ってよ! それはーって、何!? 私とネギのお父さんに何があったの!?」

 

「それは――今は秘密です」

 

 そんなアルビレオ・イマの言葉に、神楽坂さんが「うがー!」と憤慨する。

 それを両脇に立ってなんとかなだめようとするネギくんと雪広さん。

 その様子を見て、アルビレオ・イマは笑うことで神楽坂さんをあおった。

 

 そんなこんなで、過去のナギ・スプリングフィールドとネギくんの戦いは終わり……皆のもとへ戻ってきたネギくんの顔は、とても晴れやかになっていた。

 



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■25 世界樹の根元で

◆61 ヨルダへの一手

 

「最後の一撃には光るものがありましたけれど、全体を通してみるとまだまだですね。キティ、ちゃんと教えているのですか?」

 

 再び場は塔の屋上へと戻り、お茶会が再開する。

 そこで、キティちゃんの隣に座ったアルビレオ・イマは、ネギくんとの戦いの評価をそう下した。

 

「ぼーやが私に弟子入りしてからまだ三日目だ。まだ何も教えておらんわ」

 

「それは意外ですね。まだそれだけしか経っていないのに、ここへ連れてきたのですか」

 

「別に連れてきたわけではない。私はここに別の用事があって、そこへぼーや達が勝手に付いてきたんだ」

 

「そうでしたか。用事とは、私に? それともこの図書館島に?」

 

「お前に用事なのだが、お前個人にではない。『アカシャの図書迷宮』の司書に許可を得たいことがあって、ここまでやって来た」

 

「おや……キティが私の役職を知っているとは。あなたがこの図書迷宮の利用者だった記憶はないのですが」

 

「とある筋からここの話を聞いてな。それは別にいいだろう。それより、ぼーや達に知られたくない司書サマへの用事だ。場所を用意できるか?」

 

「ええ、できますが……」

 

 と、そんな会話をしたところで、早乙女さんが反応した。

 

「エヴァちん、他に用事あんの? こんな地の奥底に、ネギ君と関係ない用事が?」

 

 すると、それにのどかさんが答える。

 

「うん、私達はこの場所自体に用事があってー」

 

「えっ、のどか、ネギ君側じゃなくてエヴァちん側なの!?」

 

「う、うん……」

 

「なになに? どんな事情があるの?」

 

「そ、それは話せないかなー……」

 

「えー、ここに来て秘密はないでしょー」

 

「そ、それでも無理ー……ハルナにも、ユエにも話せないの」

 

 すると、のどかさんの言葉に綾瀬さんも反応する。

 

「私にも秘密にするとは、よっぽど重大な秘密のようですね?」

 

「これは、尋問が必要ですなぁー」

 

「ひ、ひえっ……」

 

 おっと、のどかさんが困っているな。助け船を出してあげよう。

 

「早乙女さん、綾瀬さん。そこらへんで勘弁してあげてください。のどかさんが抱える秘密は、他人の進退や生死に関わる重大な秘密なんです」

 

「むー、そこまで言うなら引くけどさー」

 

「正直、気になって眠れそうにないです」

 

 早乙女さんと綾瀬さんが、未練がましい視線をのどかさんに向ける。

 

「なお、お二人がのどかさんの秘密を無理に聞き出した場合、情報漏洩防止のため、お二人には改造手術なりなんなりを施すことになります」

 

「改造手術だと……!」

 

「それは……魔法の存在を知った今だと、冗談と流せないですね」

 

「もちろん冗談ではありませんよ」

 

 余計なことをしでかさないよう絶対令(アビス)を埋め込んで、機械の身体(キャスト)にでも改造してやろうか。

 と、そんな無駄話の裏で話は付いたのか、キティちゃんとアルビレオ・イマが立ち上がる。

 それを追うように、私とのどかさんが立ち上がった。ちう様はこの件には関わるつもりはないのか、立ち上がらず茶菓子をつまんでいる。古さんと茶々丸さんはそもそも何も知らされていないので、キティちゃんに待っているよう言われた。

 

 そして、屋上から部屋を移し、塔の一室へ。

 テーブル席についた私は、用意していた紙資料をアルビレオ・イマに渡した。

 

「その資料、部外秘ですので、読み終わったら返してくださいね。複製も不可です」

 

「分かりました。ふむ……人工アカシックレコードの設置、ですか……アカシックレコードとでもいうべきこの図書迷宮に、そのようなものを設置したいとは、なんとも……」

 

 それからアルビレオ・イマは資料を読み始める。

 ときおり質問が来るが、それに応答するのは私だ。キティちゃんは、魔法が関係しない学術的なことには答えられないからね。

 

 もちろん、アルビレオ・イマに渡した資料には、余計な情報は書いていない。

 

 たとえば、のどかさんが人工アカシックレコードの司書になることなどはトップシークレットなので、一言も記載していない。

 このことが知れ渡ってしまえば、『いどのえにっき』以上のヤバさなので彼女の命が危ない。

 

 他にも、アカシックレコードが情報収集に使う中継器のことを資料上ではフォトンと呼んでいない。

 のちに地球へ公開するフォトン技術が、アカシックレコードと関わりがあることを第三者に知られることのないようにしているのだ。

 

 そして、ある程度資料を読み進めたところで、アルビレオ・イマが言う。

 

「もし許可は出せない、と言ったときはどうしますか?」

 

 それに答えたのは、私ではなくキティちゃんだった。

 

「その時は、人の手の届きにくい場所、そうだな、月にでも設置しに行くかな」

 

 キティちゃんには以前、雑談時にムーンセル・オートマトンの話をしたことがあったね。『Fate/EXTRA』の世界の月に存在する、地球の全てを観察・記録する遺物のことだ。役割がとても人工アカシックレコードと似通っている。それで月とか言っているんだろう。

 まあ、人工アカシックレコードは近場にあった方がいいし、地球から離れすぎない月というのも設置場所候補の一つではある。

 

「しかし、このようなものを設置して、どうしようというのです? 世界をその手に掌握でもしようと?」

 

 さらにアルビレオ・イマがそんなことを言った。それに答えるのもキティちゃんだ。

 

「そんなつまらんこと誰がするか。これは、ナギを救い出すための一手だ」

 

「ほう?」

 

「資料の最後の項目を見ろ」

 

 資料の最後には、人工アカシックレコードを設置する真の目的が書かれている。

 それは、ヨルダへの対応策。作戦名『大いなる光』。

 概要は、こうだ。

 

 造物主(ライフメーカー)ヨルダは、『共鳴り』という固有能力を持っている。

 それは、範囲無制限、人数無限定の強力無比な共感能力。この能力によって、彼女は全人類の苦痛や怨嗟(えんさ)の念……負の感情を常時受信している。

 ヨルダに憑依された者はその全人類の負の感情を受け、精神が摩耗していき、ヨルダに身体の主導権をにぎられてしまう。

 

 そこで、『共鳴り』へ対抗するために人工アカシックレコードを利用する。

 人工アカシックレコードに集まってくる全人類の情報。そこから人類の喜び、楽しみ、希望などの正の感情を引きだし、ナギ=ヨルダに注入するのだ。

 そうすることで、負の感情によって押しつぶされているナギ・スプリングフィールドの精神を正常に戻し、ナギ・スプリングフィールドに身体の主導権を取り戻させる、という応急処置案である。

 

「身体の主導権をナギが取り戻せば、その間に執れる手段はいくつかあるだろう?」

 

「なるほど……分かりました」

 

 アルビレオ・イマはそう言い、再び資料を読み始める。

 そして、彼は最後まで資料を読み切ってから、真剣な顔をして言う。

 

「設置を許可しましょう」

 

 司書の許可が、無事に出た。

 

 

 

◆62 世界の器

 

 アルビレオ・イマが用意した場所で、人工アカシックレコードの設置作業が進められる。

 スマホから呼び出したルーサーに言われるまま、私はスマホから人員や機材を次々と取り出していく。

 図書館迷宮の一角では、アークス研究部の研究員やオラクル船団所属になった子猫達が、なにやら器材をガチャガチャといじっている。

 

「ふうむ、あなたの人生、とても気になりますね……」

 

 監視役としてこの場に立つアルビレオ・イマが、私に近寄ってきて、言う。

 

「私の趣味は他人の人生の収集なのですが……先ほどの模擬戦でのナギのように、私のアーティファクトで他者の人生を記録できるのです。どうです、記録していきませんか?」

 

「そんなRPGのセーブポイントのようなことを言われましても……まあ、あなたへの協力はやぶさかではないのですが、今は時期ではないですね」

 

 アルビレオ・イマの誘いの言葉に、私は素直にそう答えた。

 

「おや、今でなければいいと?」

 

「ええ、ヨルダへの対処が終わった後ならば。もしかしたら、あなたがヨルダに取り込まれてしまう未来もあるかもしれない。そのとき、あなたが私の記憶を呼び出せる状況にいるのは……」

 

「ほう……、つまり、あなたはナギに取り憑いている存在にとって、都合の悪い事実を知っていると?」

 

「さて、どうでしょう」

 

「その答えすら、かの存在に与えたくないと。分かりました。引き下がりましょう」

 

 そんな会話をしているうちに、ルーサー達の準備が終わったようだ。

 ルーサーが器材から目を離してから言う。

 

「器材の配置に問題はなしだ。マナリアクターの感度も良好。シオンとシャオの事前の演算でも、成功は確実と出ている。では、あとは頼むよ」

 

 ルーサーが頼むと告げた相手は、私ではない。私の仕事は、スマホから人と物を出すところまでだ。

 人工アカシックレコードを作り出すためのキーとなる人物。それは、一人の女性だ。

 

 名前は『アンドー・ユー』。種族はヒューマン。見た目の年齢は十八歳くらい。

 その正体は、アークスの戦闘部隊ダーカーバスターズのリーダー。『ファンタシースターオンライン2 es』のプレイヤーキャラクターだ。

 そして、彼女は守護輝士(ガーディアン)と呼ばれる『ファンタシースターオンライン2』のプレイヤーキャラクターでもある。

 

 彼女の名前と種族は、私が前世に設定したものだ。私が『PSO2es』をプレイするときは、彼女を操作して戦うことになる。

 

 彼女がなぜ人工アカシックレコードを作るためのキーかというと……彼女が『PSO2』宇宙のアカシックレコードを作り出した人物だからだ。

 彼女は世界の器と呼ばれる存在だ。彼女は『PSO2』のラストで、宇宙の始まりの時代へとタイムスリップする。その時代で、彼女はアカシックレコードを作り出し、宇宙を創造して消滅する宿命だった。まあ、いろいろあって最終的に消滅はまぬがれたわけだが。

 

 とにかく彼女は、アカシックレコードを作り出せるだけの素養を持っている。

 その特性を今回利用して、ルーサー達が器材を使い彼女に人工アカシックレコードを作り出させるというわけだ。

 

 どういう仕組みで人工アカシックレコードを作り出すのかは知らないが、そもそもそれに関して私が知っている必要はない。

 実行役であるルーサーが知ってさえいれば十分であり、最終的に問題なく作成に成功すればそれでいい。

 

 ちなみに、アンドーの役割を私が代わることはできない。天界で女神様に願ったおかげで『PSO2es』に登場する力を自由自在に扱える私だが、『PSO2』のストーリー中にしか登場しない彼女の力は管轄外なのだ。

 アンドーは『PSO2』の世界の器としての力を『PSO2es』作中では発揮していないから、私はその力を引き出せない、というわけだ。ややこしいね。

 

「始めてくれたまえ」

 

 ルーサーの合図で、アンドーは無言でうなずき、用意されたスペースに立つ。

 すると、子猫達が「にゃー」と一斉に鳴き、アンドーの周囲が光に包まれる。

 

 この光は、フォトンによるものではない。未だこの空間中にはフォトンは存在しておらず、アンドーやルーサーの体内にあるのみだ。

 光っているのは、魔力だ。この図書館島地下は世界樹の根元であり、空気中に魔力が大量に存在する。その魔力を人工アカシックレコード作成のためのエネルギーとして利用している、とかだったはず。多分だけど。

 そして、光は五分ほど輝き続け、やがて何事もなかったかのように収まった。

 

「成功だね。人工アカシックレコード、ここに完成だ」

 

 ルーサーがそう宣言すると、子猫達が「にゃー!」と歓喜の鳴き声をあげた。

 アンドーも、無言でガッツポーズをしている。

 

 その様子を見ていたアルビレオ・イマが、ぽつりとつぶやいた。

 

「ふむ……何も見えないですし、何も感じませんね」

 

 それを聞いていたのか、ルーサーが答える。

 

「アカシックレコードは物質的な存在ではないからね。もちろん、魔力的な存在でもない。ここに存在しているが、見える形では存在していないよ」

 

「そうなのですか……」

 

「そもそも、近隣世界をふくめたあらゆる場所から本を集めるという、目に見える形を取っているこの世界のアカシックレコードの方が、僕にとっては驚きだね」

 

 ルーサーの言葉は、この場所、『アカシャの図書迷宮』のことを指しているのだろう。

 まあ、この図書館も不思議すぎる場所だよね。『魔法先生ネギま!』でも『UQ HOLDER!』でも、なぜ図書館島の地下に存在するかは不明だし。世界樹と何か関係あるのかな?

 

「さて、人工アカシックレコードは安定しているようだし、撤収しようか。オーナー、仕事だよ」

 

 ルーサーに呼ばれて、私はスマホを手元に呼び出す。

 

「はいはい。スマホにしまっていけばいいんですよね?」

 

「順番があるので、適当にしまわないように」

 

 というわけで、当初の予定通り、人工アカシックレコードが完成した。これでのどかさんの改造も行なえるね。

 早乙女さんと綾瀬さんへの魔法バレという事件もあったが、そちらの対処は他の人達に任せるとして……後腐れなくイギリス旅行に向かえるってものだね。

 



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■26 日本発⇒英国行き

◆63 さよと小夜子

 

 イギリスへ出発するまでの間にも、いろいろあった。

 まず、保留になっていた相坂さよさんを憑依させるための人形が、もう少しで完成しそうだと『LINE』で報告を受けた。

 

 なので、私はぬいぐるみに入っている相坂さんをともなって、水無瀬さんと一緒に学園長と面会した。

 教室にいた地縛霊の相坂さんとコンタクトが取れたこと、憑依する人型を用意できることを報告して、3年A組に編入してもらえるよう、頼み込む。

 すると、学園長は涙を流して喜びをあらわにした。

 

 学園長は生前の相坂さんと面識があったらしい。

 相坂さんも生前に学園長と会っていたことを思いだし、私と水無瀬さんは二人の過去の話を聞いた。

 さらに学園長は語る。相坂さんの死後は、学園の生徒達が受けた霊障から、相坂さんが地縛霊と化していることが分かったが……どのような霊媒師や霊能力者を呼んでも、相坂さんを見つけることはできなかった。

 視えないが、そこにいるのは分かっている。なので、学園長は麻帆良学園女子中等部の生徒として彼女を名簿に記載することにしたという。

 

「普通に視えたけれど」

 

 と水無瀬さんが言うと学園長は、水無瀬さんと相坂さんが出会えた幸運に感謝する、と嬉しそうな声で言った。

 とりあえずこれで、相坂さんの編入は正式に認められた。というか、すでに3年A組の名簿に載っているため、休学からの復学という形を表向きは取ると学園長は言っていた。

 

 ちなみに学園長は相坂さんに、成仏して来世に向かう気はないのか、と西洋魔術師とは思えない宗教観からの言葉を投げかけた。だが、相坂さんは、今の3年A組の仲間達は面白いし、キティちゃん達と行動を共にするのは楽しそうだと言って、しばらく現世に留まる意向を示した。

 すると、水無瀬さんは、簡単に祓われないよう霊体を強化すると張り切りだした。

 うわあ、佐々木三太並みの強力な幽鬼(レブナント)に生まれ変わるのかなぁ、相坂さん。

 

 さて、そんな水無瀬さんだが、彼女の扱いはちょっと面倒なことになった。

 

 修学旅行でネギくんの仮契約パートナーとなった水無瀬さん。英雄の息子のパートナーになるとは喜ばしいと、魔法先生達に最初は言われていたらしいのだが、ネギくんがキティちゃんの弟子になったことが知れ渡り、風向きが変わった。

 ネギくんがキティちゃんのもとで修行を行なうということは、パートナー達も闇の福音の門下に入れるのか、と魔法先生の間で議論になったらしい。

 

 水無瀬さんの担当の魔法先生は、魔法世界(ムンドゥクス・マギクス)出身であり、キティちゃんを嫌っている。いや、嫌っているというか過度に恐れているらしい。

 それで、水無瀬さんはその魔法先生から、キティちゃんに師事することはまかりならんと言われたようだった。

 

 それに対し、水無瀬さんは反発した。

 日本出身の水無瀬さんにとって、キティちゃんは恐ろしい闇の使徒ではなく、六百年の時を生きる魔道の深淵に立つ者という感覚だ。

 自分をいじめから助けてくれた私の先生役であり、悪い感情はさほど抱いていない。そんなキティちゃんと距離を取れ、みたいなことを言われて、水無瀬さんは逆にその魔法先生との縁を切ったらしい。

 

「いじめられていたとき、何の助けにもならなかった人なんて、恩師扱いはしないわ」

 

 そう言いながらエヴァンジェリン邸にやってきた水無瀬さんは、正式にエヴァンジェリン軍団の門下に入った。

 

 そんなことがあり、ゴールデンウィークの合間の平日が過ぎていき、土曜日が訪れる。

 私とネギくん、そして雪広さんは、旅行カバンを持って、意気揚々と女子寮を後にするのであった。

 

 

 

◆64 嫐

 

 イギリスまで行くために雪広さんが用意した手段は、なんと雪広コンツェルン所有のプライベートジェットだった。

 プライベートジェット。すなわちビジネスジェット。それを中学生の娘の私事で使わせるとか、雪広コンツェルンがすごいのか、親が相当親バカなのか……両方だろうなぁ。

 

 私は、初めて乗るプライベートジェットの広すぎる豪華な席でくつろぐ。前の席では、雪広さんがネギくんと隣り合って座っていた。雪広さん、露骨に私をネギくんから離したな。

 だが、別に私はネギくんラブ勢じゃないので、気にせずスマホを取りだしゲームをプレイする姿勢になる。

 と、その前にネギくんに言っておくことがあったんだ。

 

「ネギくん、十歳の誕生日おめでとうございます」

 

「あっ……ありがとうございます、刻詠さん」

 

「誕生日プレゼントも用意していますので、旅行が終わったらプレゼントしますね」

 

 私達のその言葉を聞いて、雪広さんが叫んだ。

 

「ネギ先生の誕生日ですって!? そういえばいつなのか知りませんでした! ネギ先生、今日、誕生日だったのですか?」

 

「いえ、昨日ですね。五月二日です」

 

 ネギくんがそう告げると、雪広さんは立ち上がって叫ぶ。

 

「これは、いてもたってもいられませんわ! 予定を変更して、盛大な誕生日パーティーを雪広系列のホテルで――」

 

「こらこら、雪広さん。予定の変更はなしですよ。私達の旅行は、ネギくんにとって大事な大事な用事なんですから」

 

 私がそう言うと、雪広さんは、はっとなってシートに座りなおす。

 

「そうでしたわ。確か、ネギ先生の故郷の人々を救いにいくのだとか」

 

「はい。刻詠さんにお願いして、石化の解除を試してもらうんです」

 

「そうですか……その、ネギ先生。詳しい経緯をうかがってもよろしくて?」

 

「そうですね。委員長さんにも、僕の過去をお話しておくべきですね」

 

 そんな会話を雪広さんと交わしたネギくんは、その場で立ち上がると、横に立てかけていた杖を手に取った。

 

「言葉で話すより、僕の記憶を見せた方が分かりやすいですよね。せっかくですから、刻詠さんにもあらためて見せますよ。後ろのソファーに並んで座りましょう」

 

 プライベートジェットの後方には、三人がけのソファーがある。

 そこに、私達はネギくんを中央にして仲良く座った。

 

「ふわー……ネギ先生がこんなに近くに……」

 

「では、お二人とも、杖をにぎって、僕の頭に自分の頭をくっつけるようにしてください」

 

「ふわー! そんな密着だなんて! こ、これが天国……!」

 

 このショタコンはもうダメだな……。しかし、リアルのショタコンってショタと結ばれたとして、相手が成長したらどうするんだろう。その点、二次元は、本編ストーリーがよほど長くない限り、そうそう成長しないからいいよね。

 

「いきますよ。ムーサ達の母、ムネーモシュネーよ。おのがもとへと、我らを誘え」

 

 そこから、以前ネギくんが口頭で話した、ネギくん四歳の冬の出来事が映像付きで流れていく。

 四歳の幼いネギくんに雪広さんがハッスルしだしたが、急に訪れるシリアス展開に、雪広さんは大人しくなった。

 

 村が悪魔に襲われ、ナギ・スプリングフィールドが救出に来て、スタンとネカネの二人にかばわれる。そして、ネギくんはナギ・スプリングフィールドから杖を受け取る。

 と、そこまでで映像は終わるはずが、まだネギくんの過去は続いた。

 それは、魔法学校時代のネギくん。幼馴染みのアーニャを連れ、魔法学校の禁書庫に忍びこむ。

 ネギくんは、村を焼き、村人を石にした悪魔達を倒すために、机にかじりついて戦いのための魔法を学んでいった。

 

「魔法学校で、僕は九つの戦闘用魔法を覚えました。魔法って、人の役に立つものがたくさんあるんですけど……僕は、それらを学ぶ道を選ばなかった」

 

 記憶の世界の中で、ネギくんは私達に向けてそんなことを言った。

 

「委員長さん。今後も僕のパートナーでいてくれるとしたら……先日の図書館島のように、戦いは避けられません」

 

「むう……あの戦いは無念でしたわ」

 

 再生ナギとの戦いか。雪広さんは最初に伸されてしまったからね。そりゃあ、無念だろう。

 

「きっと、危険がいっぱいあると思います。それでもついてきてくれますか?」

 

「もちろんですわ! 私も、精進しませんと!」

 

「そうですか……ありがとうございます。実は先日、師匠(マスター)……エヴァンジェリンさんに弟子入りしたんです。戦闘技術を学ぶので、委員長さんも一緒に頑張りませんか?」

 

「精一杯、頑張らせていただきます!」

 

 そんな雪広さんの決意があり、記憶の光景は魔法学校の卒業式へと進んだ。

 飛び級ながら首席を獲得したネギくんは、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』へ至るための試練として、日本で教師をするという課題を受けたのだった。

 

 と、そこで魔法は終わり、プライベートジェットの機内へと視点が戻る。

 

「話は全て理解しましたわ。この雪広あやか、誠心誠意、ネギ先生のパートナーを務めさせていただきます!」

 

「はい、これからもよろしくお願いします、委員長さん」

 

「頑張ってくださいね、雪広さん」

 

 最初は、そういう話ではなかったと思うのだが、雪広さんが決意を新たにしたので、私は応援の言葉を口にしておく。

 

「頑張りますわ。ところで、ネギ先生……」

 

「はい、なんでしょう」

 

「本格的にパートナーと認めていただいたのです。そろそろ委員長という役職ではなく、名前で呼んでくださいませんか?」

 

「えっ……あ、そうですね。みなさんが委員長と呼んでいるので、委員長さんなんて呼んでいましたが、今後はあやかさんと呼ばせていただきますね」

 

「はい! はあー……」

 

 ネギくんに名前を呼ばれて、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべる雪広さん。ヤバい薬でもやっているかのようだ。

 

「あ、そうだ。刻詠さんのことも、リンネさんと呼んで良いですか?」

 

「別に構いませんよ」

 

 ネギくんに名前呼びの許可を求められたので、即座に許可を出しておく。

 

「くっ、やはりリンネさんは抜け目がない……」

 

「雪広さん、今のはネギくんから言いだしたので、ノーカンでしょう……」

 

 ネギくんが絡むと、途端に面倒臭くなるなこの人。

 

「あっ、そうだ。リンネさんもあやかさんのことを名前呼びしては?」

 

 雪広さんから私に送られる妖しい視線に気づいていないネギくんが、無邪気にそんなことを言いだした。

 いやー、ネギくん、この雪広さんをスルーできるのはすごすぎるよ。

 私はもはやこれは一種の邪気なんじゃないかと感じる雪広さんのオーラを受け流しながら、ネギくんの提案した名前呼びを受け入れるのであった。

 

 

 

◆65 雑談タイム

 

 ロンドンの国際空港に到着してから、さらにウェールズへと飛ぶ。飛行機を降りてからしばらくは、ガードマンに先導されて鉄道での移動が続いた。

 そして田舎の風景が見えてきたところでホテルに一泊。翌朝、ここから先は鉄道が通っていない道を行くとのことで、現地で用意されていたリムジンでの移動となった。

 リムジンだよ、リムジン。前世含めて初めて乗ったよ。

 

「イギリスでリムジンとか、イギリス貴族になった気分ですよね」

 

 私がそう言うと、ネギくんは首をかしげる。

 

「そうですか? 確かに、王室の方は乗っているとは聞きますけど」

 

「このリムジンも、銃弾を軽く跳ね返すんですかね?」

 

 イギリス王室の乗るリムジンは、そのへんバッチリだと聞くが。

 

「雪広グループの車に不可能はありませんわ!」

 

 あ、このリムジン、日本製なのね。日本のリムジンがイギリスを走るって、違和感あるなぁ。

 そうだ、せっかくだから雑学を一つ。

 

「王室のリムジンというと、女王陛下が乗るときはボンネットの上の飾りが、ドラゴンを退治するセント・ジョージのオブジェに変えられるのだとか」

 

「へえ! そうなんですかー」

 

 ネギくんが、いい反応で相づちを打ってくれる。

 そのネギくんにサービスするように、私はスマホから力を引き出した。

 

「セント・ジョージ。またの名を『ゲオルギウス』。彼が携えていたという聖剣アスカロンが、こちらになります」

 

「うわあー、本物の聖剣だー」

 

「はい、ネギくん、どうぞ持ってみてください。手を切らないようにお気を付けて」

 

 目を輝かせるネギくんに、私はアスカロンを手渡した。

 

「うわー、見てカモくん、すごいよ。聖なるオーラを感じるよー」

 

 子供らしくはしゃぐネギくんに、あやかさんはメロメロになっている。

 すると、ネギくんの肩でずっと大人しくしていたカモさんが、私に向けて言った。

 

「セント・ジョージといやあ、ドラゴン退治では、槍を使って剣は使わなかったっつー話を聞くが……この剣もやっぱり本物か?」

 

「ええ、並行世界の『ゲオルギウス』が持つ本物です」

 

 ネギくんにとっては、この世界に存在するかしないかは重要ではないようで、心底嬉しそうに聖剣を手に持って眺めていた。

 

「いいなー。僕もこういう聖剣、どこかで入手できないかなー」

 

「むむっ、さすがの雪広グループでも、魔法関連の品は入手困難ですわ……」

 

 あやかさんなら、どこからか本物の聖剣を入手してきそうだが、その過程で一般人への魔法バレもしそうなので大人しくしていてほしい。この世界、宗教関連の術式が実在しているので、聖なる武器とか普通にあるんだよね。

 あ、そうだ。アレも言っておこう。

 

「そうそう、ネギくんへの誕生日プレゼントですけど、聖剣ではないですが剣のセットですよ。実戦用と、練習用の剣一式です」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。実戦用の剣は特に魔法的な付与は何もされていませんが、とにかく頑丈な剣なので期待していてください」

 

「うぎぎぎぎ……私もネギ先生へのプレゼントを用意いたしませんと……ネギ先生、ご自身をかたどった銅像のプレゼントなどはいかがですか?」

 

 あやかさんが、またトンデモなプレゼントを用意しようとしている……。

 

「い、いやー、銅像はいらないですねー」

 

「そうですか……人生の節目に描かせる肖像画のようで、記念になると思ったのですが……」

 

 あやかさん、普通の人は肖像画も別に欲しくはならないんだよ……。

 と、そんなことがありつつも、リムジンは進む。私はアスカロンを引っ込めて、窓の外を眺めた。

 素朴な田舎の風景だ。

 

 そういえば、日本語では高速道路のことをハイウェイと呼ぶが、アメリカでは高速道路をハイウェイとは呼ばないんだよね。で、イギリスではアメリカ英語での高速道路とまた違う単語を使うとか聞いたことあるなぁ。

 

「私の英語はアメリカ英語ですから、こちらの人達に通じなさそうなことをしゃべっていたら指摘してくださいね」

 

私は英語でそんなことをネギくんに言った。

 

「あ……リンネさん、授業でも思っていましたが、英語お上手ですね」

 

「ネイティブスピーカーほどとまではいきませんが、日常会話くらいでしたらなんとか可能です」

 

 私がそう言うと、あやかさんが声高に主張する。

 

「クイーンズイングリッシュならば、私に任せてくださいまし! 私の流麗な発音を参考にするとよろしいわ、リンネさん」

 

 あやかさん、イギリス英語できるんだ……万能過ぎる。超さんとはまた別の方向で天才なんじゃないの、この人。

 そして、車内では英語の会話が続き、魔法使い達の社会では翻訳魔法が活用されていることなどを話した。

 

「ふう、少し喉が渇きましたわ。飲み物を用意しましょう。お二人もいかが?」

 

 あやかさんにそう言われたので、ありがたくご相伴にあずかる。

 私がコーヒー、ネギくんとあやかさんが紅茶だ。

 タンブラーに入れられたコーヒーをブラックで飲む私を見て、あやかさんが言う。

 

「なにも、英国まで来てコーヒーを飲まなくてもいいでしょうに」

 

「あやかさんも、イギリスといえば紅茶と主張するタイプの人ですか?」

 

「もちろん、英国といえば紅茶ですわよね、ネギ先生」

 

 話を振られたネギくんも、素直にうなずいた。

 だが、待ってほしい。

 

「実はイギリスって、コーヒーの消費量が近年増えているんですよ。特に、コーヒーハウスを好む若者の間で人気のようですね」

 

「そうなのですか?」

 

「えー、知らなかったです」

 

 私の言葉に、そう返してくるあやかさんとネギくん。

 

「しかも、数百年前、イギリスで紅茶が最初のブームを起こす前は、コーヒーブームが起きていたそうです。つまり、イギリス人にはコーヒー好きの血が流れているんですよ」

 

「そうだったんですかー……コーヒーって、美味しいのかなぁ?」

 

 私の雑学を聞き、私の前に置かれたタンブラーをマジマジと見るネギくん。

 そんなネギくんに、私は言う。

 

「ですからネギくん。あなたの嫌いな人がコーヒーを飲んでいたとしても、コーヒー文化を持つイギリス人として、泥水を飲んでいるとか罵倒してはいけませんよ」

 

「あはは、そんなこと言いませんよー」

 

「そうですわ。ネギ先生がそんな口汚いことを言うはずがありません」

 

 そうだね。コーヒー好きのフェイト・アーウェルンクスと衝突しないといいね。

 

 そんな雑談で暇を潰していると、リムジンが目的地へと到着したようだった。

 車窓から洋風の街並みを見たネギくんが、半年ぶりの帰郷に感極まっているのか、頬をわずかに紅潮させる。

 私達はようやく、ウェールズの奥地にある魔法使い達の街へと足を踏み入れることとなった。

 




※UQ最終巻、ようやく読めました。なお先週注文したネギま0巻は未だに届きません。
※水無瀬小夜子の担当魔法教師はUQ原作で台詞の中にのみ登場するキャラです。真祖バアルに水無瀬小夜子作の魔法ウィルスの情報を流した疑惑がある魔法世界人。


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■27 メルディアナ魔法学校

◆66 小さな街の再会

 

 ウェールズのペンブルック(シャー)。その州にある、とある山のふもとに作られた小さな街が、ネギくんの故郷だ。

 リムジンで坂道だらけの街中を進み、大きな建物の前で停車してもらった。

 

 この建物は、メルディアナ魔法学校。ネギくんが九歳まで魔法を学んだ場所である。

 車から降りると、私達が到着するのを待ち構えていた者が、ネギくんのもとへと駆け寄ってくる。

 それは、ネギくんと同じ年頃の女の子。赤い髪をツインテールにした、活発そうな子だ。

 

「ネギー!」

 

「アーニャ!? ロンドンで修行中じゃなかったの!?」

 

「ネギが帰ってくるって聞いて中断!」

 

 赤髪の女の子、アーニャはネギの胸に勢いよく飛びこんだ。

 ネギくんは魔力で強化された身体でアーニャを受け止め、そしてハグをする。

 

「ただいま、アーニャ」

 

「うん、おかえり!」

 

 そんな仲むつまじそうな二人を見て、横に居るあやかさんから負の波動が伝わってくるが、さすがのあやかさんも久しぶりの再会に水を差す行為は控えるようだ。

 やがて二人が離れると、そのタイミングを待っていたようにもう一人の待ち人がネギくんの前へと立つ。

 

「おかえり、ネギ」

 

「お姉ちゃん!」

 

 今度はネギくんが、その人物の胸へと飛びこむ。

 その女の人は二十代前半の金髪の女性で、おそらくネギくんの親戚であるネカネ・スプリングフィールドだろう。

 二人のハグが終わると、ネギくんは私とあやかさんを手招きして、お互いの紹介を始めた。

 

 アーニャがネギくんの幼馴染みで、魔法使いの修行のためロンドンにて占い師として活動中。

 ネカネさんがネギくんの従姉(いとこ)で、現在、この街で働いている。

 私とあやかさんは日本の学校での教え子だと、ネギくんは紹介した。

 

 すると、あやかさんがこんなことを言いだした。

 

「ネギ先生とはパートナーとして仮契約(パクティオー)をさせていただきました!」

 

 すると、アーニャが「なんですって!」と驚きの声をあげる。

 そこへあやかさんはパクティオーカードを取り出し、「ネギ先生との愛の形ですわ」とマウントを取りにいった。

 

「生徒に手を出すとか、どうなってるのよ、ネギ!」

 

「え、いや、戦うために必要で……」

 

「なんで教師になりにいって、戦いが必要なのよ!」

 

「えーと、その……」

 

 十歳の少年を中心にして、ドロドロの愛憎劇が繰り広げられようとしている……!

 と、このまま眺めていてもいいのだが、残念ながら無駄話をしている時間的余裕はそこまでない。

 

「はいはい、そこまでにして、ここに来た用事を進めちゃいましょう」

 

 私がそう言うと、アーニャが私に向けて言った。

 

「なに仕切ってるのよ。あんたもネギのパートナーとか言うんじゃないでしょうね」

 

「違いますよ。私は、今回お仕事をしに来ました」

 

「お仕事……。って、もしかしてあなたが……!」

 

「はい。石化の治療を試すのは、私です」

 

 アーニャの言葉に私がそう答えると、アーニャは私をじっと見ながら言う。

 

「そんなに若いのに、治癒魔法が得意なの?」

 

「若さは関係ありませんよ。使うのは治癒魔法ではなく、癒やしの効果のある秘宝ですから」

 

「あっ、もしかしてアーティファクト……」

 

「いえ、私は仮契約はしていません。アーティファクトではなく、アーティファクトのもとになるような秘宝、魔法具(マジック・アイテム)を所持しています」

 

「そういうこと……。ごめん、ちょっと疑っちゃったわ」

 

「いえいえ。それより、ここに滞在可能な時間もそう長くはないので、早速、案内をお願いします」

 

 私がそう先を促すと、アーニャは素直に引き下がって、ネカネさんと一緒に私達を魔法学校の校舎内に案内し始めた。

 古くて立派な建物で、まるでファンタジー映画に出てきそうな素敵な場所だ。しかし、観光している時間はないんだよね。

 もし夏休みに再度訪れることがあったら、じっくり見て回りたいものである。

 

 

 

◆67 覚醒スキル

 

 私達がまず案内されたのは、メルディアナ魔法学校の校長室。

 そこでヒゲが立派な校長先生と挨拶を交わし、彼の案内で石化された人々のもとへと向かった。

 

 そこは、校内にある地下室。結構な広さを持つ大部屋だった。この大部屋にネギくんの故郷の村にいた全ての村人が、石化された状態で保管されているとのこと。

 

「いけますか?」

 

 ネギくんが、不安そうな声で私にそう言った。私は、ネギくん達を不安にさせないよう、余裕の表情を作って答えた。

 

「実は、癒やしの至宝以外にも、石化回復手段はいくつか持っているんですよ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

「だからまあ、あまり心配はしないでください。では……」

 

 私は修学旅行の時と同じく、『至宝の使い手リアナ』の力をスマホから引き出す。

 服装が変わり、肩にミミズクが止まり、手元に長杖が出現する。

 

「この杖が、癒やしの至宝という治癒能力を持つ魔法具です」

 

 私は、先端に青い宝玉が付いた黒い杖をかざして、周囲で見守る面々に見せつけた。

 

「なんか、すごい魔力を感じる……」

 

 アーニャが杖を見てそう言うと、校長先生も「ううむ」とうなって口を開く。

 

「なんとも清らかな魔力じゃ。この力ならば、確かにいけるかもしれん」

 

 まあ、癒やしの至宝はすごいアイテムだからね。これ、粉々に砕いて小さな石片になっても、所持している者の傷を癒やし続けるくらいには強いパワーを持っているし。

 そんな癒やしの至宝だが、前回京都で使ったときは、状態異常回復だけの効果を使用した。

 だが、今回は真の力を引き出して、傷の治療も行なおうと思う。村人達は、襲撃の際に悪魔と戦って怪我をしている可能性があるし、石になってからここに運ばれるまでに、石が欠けて身体に損傷があるかもしれないからね。

 

「さて、早速ですが、行きますよ。スキル発動。『真癒しの至宝』」

 

 リアナさんの覚醒スキルである『真癒しの至宝』。通常の『癒しの至宝』よりも効果時間が半分になってしまうが、効果範囲内にいる者の傷を徐々に癒やす力がある。

 杖の先端から魔力の波動が大広間全体に広がり、場が清浄な魔力で満たされる。

 

 そして、至宝の力は魔の呪いを見事に打ち払い、村人達を石化から解き放った。

 

「お、おお……?」

 

「ここは……?」

 

「あれっ? 確か、悪魔にやられたはずじゃあ」

 

「囲まれた!? あ、いや、お前達か」

 

「なんだここは?」

 

 意識が戻った村人達。皆、一様に困惑の声をあげている。

 

「む、むう……? ここは……?」

 

 一番手前に立っていたヒゲのおじいさんも意識が戻り、周囲をキョロキョロと見回している。

 すると、その彼に向かって、ネギくんが近づいていった。

 

「スタンおじいちゃん……」

 

「む? 誰じゃ? すまん、ここがどこか聞きたい」

 

「おじいちゃん、僕です。ネギです。ネギ・スプリングフィールドです!」

 

「ネギじゃと? ……そうか、お前、あのネギぼーずか。ずいぶんと長く石にされていたようじゃの」

 

「はい。あれから、五年半が経ちました。ここは、メルディアナ魔法学校です」

 

「そうか……大きくなったな、ぼーず。……ふいー、やれやれ、五年も固まっていたせいか、えらく肩が凝ったわい」

 

「あはは、さすがのリンネさんも、肩こりまでは癒やせなかったみたいですね」

 

 癒やしの至宝さんにマッサージ効果まで求めないでくれる?

 そういうのは、魔改造千雨ちゃんがスーパーマッサージしてくれる二次創作小説に頼ってほしい。

 

 村の人々はまだお互いに状況確認をしてざわめいている。すると、校長先生が人を呼んだのか、階段から複数の人が降りてくる気配が感じられた。

 

 スキルの効果はいつの間にか終わっていた。この様子だと、部屋の内部全部をカバーできたと見てよいだろう。

 私は傷を負った人がいた場合のために覚醒スキルを再度発動した。

 

 

 

◆68 そして麻帆良へ

 

 スキルの効果が発揮されたのか、元々欠損は無かったのか、復活した村人達に怪我人はいなかった。

 ネギくんは積もる話もあっただろうが、スケジュールが押していたため、私達は食事も取らずに日本への帰還を始めた。

 

 村人への説明だとか、村人の生活する場所の世話だとかの面倒なことは、全部、校長先生やネカネさんにぶん投げてきた。そこまで面倒を見られるほど、自由な時間は私とネギくんにはない。

 あやかさんならどうとでもできるだろうが、日本の財閥の娘がイギリスの田舎の魔法使いを世話する義理はないんだよね。私みたいに徳を積んでも得することなんて、ネギくんの好感度を稼げることくらいだし。あれ? あやかさんにとっては意外と重要か?

 

 ともあれ、後は任せて私達は来た道をトンボ返り。鉄道と飛行機を使ってロンドンまで戻り、ホテルで一泊。翌日早朝から、プライベートジェットで日本へと向かった。

 

 また半日近くを機内で過ごすことになるが、会話の話題は尽きないので退屈することだけはないだろう。

 

「しかし、五年ぶりの再会ですのに、ほとんど話せなくて残念でしたでしょう?」

 

 あやかさんが、ネギくんの心情を察して、慰めるように言った。

 

「いえ。電話もありますし、魔法の手紙でも連絡を取り合えますから」

 

「魔法の手紙ですか。以前ネカネさんから届いていた立体映像付きの物ですね」

 

 おや、あやかさん、魔法の手紙を見たことあるんだ。ネカネさんによるカモさん脱走報告のエアメールあたりでも見たのかな。原作の桜通りの吸血鬼編に届いた物のはずだから、この時期にネギくんと仮契約したあやかさんは、その辺を見る機会があったのかな。

 

「しかし、ネギ先生。石になったのが五年半前なら、まだ携帯電話が普及するよりも前の時期です。代表者に電話はできるでしょうが、個人への電話はしばらくは無理でしょうね」

 

「あっ、そうですね。お姉ちゃんに繋いだら、連絡取れるかなぁ?」

 

 国際電話は高いので、あまりお金を持っていないネギくんは、手紙で我慢した方がよいのではないだろうか。

 

 そんな貯金が危ういネギくんに、私は言う。

 

「ネギくん達の村が襲撃された理由に心当たりがある人が居たら、連絡してもらえるよう校長先生に伝えておきました。なので、気に留めておいてください」

 

「襲撃の理由、ですか……」

 

「ちなみに私の予想では、英雄ナギ・スプリングフィールドの息子を狙った犯行が一番可能性高そうだと見ています」

 

「僕……」

 

 すると、ネギくんの座席の背もたれに座るカモさんが、私に向けて言う。

 

「さすがに悪く考えすぎじゃねーか? 根拠はねーだろ」

 

「うーん、そうですけど……可能性としては考えた方がいいというか、いつまた襲撃されてもいい心構えはしておくべきですね」

 

「襲撃の心構えって、どうすんだ?」

 

「鍛える、ですかね。エヴァンジェリン先生とアルトリア陛下に弟子入りしたのですから、本気で取り組めばいいでしょう」

 

 そんなカモさんとの会話に、ネギくんが答える。

 

「それはもちろん、本気でやります。魔法も剣も、達人を目指します」

 

 それを横で聞いていたあやかさんも、気合い十分にこう言った。

 

「私も、図書館島では情けない姿を見せてしまいましたわ! これは、さらなる稽古が必要です!」

 

「あやかさんは、合気柔術をさらに鍛えるのがいいでしょうね。エヴァンジェリン先生が達人級ですし、師事すれば『気』の習得も見込めますよ。ネギくんが居ない場所で戦うことになったら、『気』の力は必須でしょう」

 

 私があやかさんにそう助言を告げると。彼女は己の手の平を見つめながら言う。

 

「『気』ですか。どうすれば習得できますの? 幼い頃から武術をたしなんで来ましたが……あのような不思議な力は、湧いてくる気配が全くありません」

 

「『気』は、しかるべき指導のもと、肉体の限界を超えた鍛錬をすることで芽生えます。あやかさんの武術鍛錬は、スポーツ医学にのっとった、オーバーワークをしない適切なメニューだったのではないですか?」

 

「確かに、そうです」

 

「それでは『気』は身につきません。必要なのは、古さんのようなひたすら武に打ち込む姿勢です」

 

「なるほど、確かに古菲さんほど真剣に鍛錬をしてきたとは、とてもではないですが言えませんわ」

 

 まあ、あやかさんも基礎は十分固めてあるから、そこまで習得が大変ということもないだろう。

 

「あのー、僕も『気』を使えるようになった方がいいのでしょうか」

 

 今度は、ネギくんが私に尋ねてくる。

 ネギくんが『気』かぁ。私は、彼にさとすように答える。

 

「ネギくん、『気』は『魔力』とは混ざり合わない力なんです。なので、『気』で身体を強化しつつ『魔力』でさらに強化しようとすると、コンフリクトします」

 

「そうなんですかー」

 

「ただし、ある技法を使うと、『気』と『魔力』を融合させることは可能です。『究極技法(アルテマ・アート)』とまで呼ばれる、高難易度の技法なんですが……実はこれ、火曜日の図書館島での手合わせのときに、神楽坂さんが使っていました」

 

 私がそう言うと、驚きの声をあげたのはネギくんではなくあやかさんだった。

 

「ええっ、あのバカレンジャーのアスナさんが究極の技法を?」

 

 技法の習得と頭のよさに因果関係はないからね?

 

「そういえばあの時、左手に『魔力』、右手に『気』とか、アスナさん言っていましたね」

 

 ネギくんはあの手合わせを思い出しているのか、そんなことを言った。

 あのときの神楽坂さんの動きを真似して、ネギくんは両手を胸の前で合わせるが……。

 

「あっ、そもそも僕、まだ『気』を使えないんでした」

 

 ああ、自分で混ぜ合わせを実行してみようと思ったのか。可愛い。

 ちなみに『究極技法(アルテマ・アート)』は私も使えないよ。使えるようになったらすごいなとは思うけど、修行に当てるだけの時間がないからね。他に鍛えるべきことが山ほどあるのが私だ。最近は、『千年戦争アイギス』の人達から冥府の魔術と時の魔術を学んでいる。

 

「まあ、ネギくんもそのうち、『気』に目覚めるくらいには剣術修行で追い込まれると思いますので、その時に『究極技法(アルテマ・アート)』を覚えるか決めればいいですよ」

 

 私はそうネギくんに言い、ネギくんはあらためて、修行を頑張ろうと両手をにぎって気合いを入れた。

 その様子を横から眺めるあやかさんが、とろけるような顔をしている。

 あやかさんは、ネギくんへの愛だけで理屈を無視してどこまでも強くなりそうだなぁ。

 

 そう、修行には「愛のため」のような目的意識や目標が必要だ。

 私の場合、ちう様や古さん、キティちゃんという仲間達と一緒に永遠の時を生きるという大目標と、そのために造物主(ライフメイカー)による人類文明崩壊を阻止するという小目標がある。

 ネギくんは今のところ、私と一緒に永遠を生きる不死者になってはいない。私にとっての彼は小目標達成の役に立つかもしれない赤の他人という感じだ。キティちゃんはだいぶネギくんに絆されているけど、私はまだネギくんのことを仲間とは思えていない。

 

 今のネギくんは、造物主のことすら知らず、父親に再会するという思いで強くなろうとしている。

 彼の進む道と、私の進む道は、まだ重なり合っていない。いずれその道が重なり合ったとき、私もネギくんのことを頼もしい仲間として慕うようになるのだろうか。さすがに、あやかさんほど執着するようになるとは思えないけど。

 

「強くなって、クウネル・サンダースさんからお父さんのことを聞き出せるといいですね」

 

「はい!」

 

 そんな会話を交わしているうちに、機内での時間は過ぎていく。

 その後、仮眠を取ったり、食事を取ったりしながらさらに時間をつぶし、やがて機体は日本へと到着する。

 こうして、私達のイギリス旅行は、無事に終了した。

 

 イギリスから日本への移動で半日かかり、二国間の時差は九時間。麻帆良に着くとすっかり夜遅くなっており、私は荷物を整理する間もなく、慌ただしいゴールデンウィーク明けの朝を迎えるのだった。

 




※ネギま0巻読みました。後は中断して塩漬けにしていたPSO2esやFGOのストーリーを進めませんとね……。


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■28 エヴァンジェリンズリゾート

◆69 仮契約

 

 ロンドンから日本へ飛び、そこから麻帆良に帰るだけで昨日は丸々一日を消費してしまった。

 時差ボケもあり、どこかぼんやりした感じでゴールデンウィーク明けの火曜日の授業を過ごす。

 そんな中、あやかさんがネギくんへ誕生日プレゼント攻勢をかけて、クラスメート達がネギくんの誕生日を初めて知りまた一騒動。そして、放課後に誕生日パーティーをしようということになり、皆で二時間ほど教室を使って騒いだ。

 その最中、佐々木まき絵さんが部活動の選抜試験に落ちたとかなげいているのを見て、バタフライエフェクトによる原作との差異って怖いなー、などと思った。

 

 そんな誕生日パーティーが終わった後、私はキティちゃんの門下に入った者達と連れ立って、エヴァンジェリン邸へとやってきた。

 今日、ここからネギくんの本格的な修行開始となる。ちなみにキティちゃんの門下には、魔法バレしている朝倉さんは含まないようだ。

 

「うおー、なんだこれー!? ジオラマの中に入ったと思ったら、天空城! しかも下は常夏のリゾートー!」

 

 そんな説明的な台詞で騒ぐ早乙女ハルナさん。彼女と綾瀬夕映さんは、どうやら本格的に魔法の世界へ関わることを決めたようで、今日もエヴァンジェリン邸に同行し、ダイオラマ魔法球の中へと入ってきたのだ。

 

 ダイオラマ魔法球の別荘内部を見てはしゃぐ二人を見て、面倒臭そうな顔でキティちゃんはちう様を呼ぶ。

 

「千雨、魔法習得希望者への指導はお前に一任する。練習用の杖は用意したから、後は好きにやれ」

 

「了解。ま、最初は発火の魔法からかね」

 

 存分にプラクテビギナってほしい。

 そしてちう様のもとに集まる、近衛さん、早乙女さん、綾瀬さん、のどかさん。

 のどかさんはアークスのフォトンアーツやテクニックを学ぶが、それとは別に通常の魔法を学んで精神干渉系魔法への対処方法を覚えた方がいいと結論が出たので、このメンバーの中に入っている。

 

 ちなみにのどかさんは私がイギリス旅行に行っている間に、別荘内で改造手術を実施済みだ。

 彼女はすでに地球人類ではなく、マナヒューマンというオラクル船団のヒューマンと地球人の特性を混ぜた新種族になっている。

 フォトン適性が高く、魔法適性も極めて高く設定されている。さらに、惑星シオンの複製体としての機能も備えており、肉体を構成する体液が、考える水とでもいうべき物質になっているらしい。

 

 のどかさんは人工アカシックレコードとすでに接続がされており、その体質は周囲にフォトンを散布するようになっている。

 フォトンは麻帆良全域に広がっているようで、今もフォトンを通じて人工アカシックレコードへ情報が蓄積されていっていることだろう。

 

 ちなみにのどかさんは地球人相手に妊娠が可能で、生まれてくる子供はシオン複製体としての力を持たない、普通のマナヒューマンだ。

 彼女が子作りを頑張れば、地球人類にフォトン適性を持つ者が増えていくというわけだ。始めはフォトンを使える者使えない者で人類が二分化してしまうが、世代が進めば人類は徐々にマナヒューマン化していくって寸法だ。うーん、おそろしいことしているな、これ。

 

「おっと、修行を始める前に、ちょっと時間をくれ。魔法を覚える前に、兄貴と仮契約(パクティオー)していかねえか?」

 

 カモさんがネギくんを連れ、ちう様の方へとやってきてそんなことを言い出した。

 

「仮契約? 何それ?」

 

 早乙女さんのそんな疑問の声に、カモさんが待ってましたとばかりに仮契約の説明をした。

 魔法陣の上で魔法使いとキスすることで、契約ができること。パクティオーカードという特別なカードが出現し、場合によってはアーティファクトと言われる魔法具(マジック・アイテム)が出現すること。仮契約をした魔法使いのパートナーは、魔法使いから魔力の供給を受け、様々な恩恵に与れることなどを話していく。

 

「へえー、ちなみに、仮契約っていうのをやっているメンバーは、この中にどれくらいいるの?」

 

 その言葉に、のどかさんがビクッと身体を震わせて反応した。

 

「はい、みんな正直に申告! ネギ君とキスした人、手ーあげて!」

 

 早乙女さんが、周囲のみんなに聞こえるようにそんなことを叫んだ。

 すると、真っ先に手をあげるあやかさんに、遅れて水無瀬さんと近衛さんが手をあげる。

 そして、近衛さんにうながされてしぶしぶ手をあげる神楽坂さんに、恥ずかしそうにようやく手をあげたのどかさんで全員だ。

 

「五人! ネギ君、五人も生徒に手を出したの!?」

 

「むしろ、これは年長者が十歳の少年に手を出したという事案ではないでしょうか」

 

 早乙女さんの批難の言葉を聞いて、むしろヤバい立場になるのは年上側じゃないのかと私は言った。

 

「むう、確かに……! でも、中学三年生はまだ幼い少女判定だから、同じ子供同士でキスはセーフだよね。というわけで、仮契約、私はするよ!」

 

 そう気軽に仮契約を決意した早乙女さん。一方、

 

「わ、私は……アーティファクトは欲しいですが……のどかを裏切れないです……」

 

 ネギくんとキスすることに、のどかさんへの引け目があるのか、綾瀬さんが迷いを見せる。

 一応、キス以外にも仮契約の方法はあるのだけれど、あれって契約成立まで三時間もかかるからなぁ……。

 

「大丈夫だよ、ユエ。ネギ先生にはいっぱいパートナーが必要だから、キスくらい気にしないよー」

 

 のどかさんがそう言って、綾瀬さんの背中を押しにかかる。

 

「む、そうですか……。でも、いっぱいパートナーが必要とはどういう意味です?」

 

「そ、それはー……」

 

 おおっと、のどかさんがボロを出したぞ。ここはフォローしてやらないと。

 私は、綾瀬さんだけでなく、周囲みんなに聞こえるように言った。

 

「ネギくんは、魔法世界の英雄ナギ・スプリングフィールドの息子ですから、魔法使い達に偉業の達成を期待されているんです。ですから、多くのパートナーが必要となってくるわけですね」

 

「なるほどです」

 

 素直に納得する綾瀬さん。

 すると、私の言葉にあやかさんが反応する。

 

「偉業の達成、ネギ先生ならば成し遂げられますわ! そして、私はその助けとなる唯一無二のパートナーです! そう、私にはこのアーティファクトがあるのですから!」

 

 あやかさんが、パクティオーカードを取り出して、高々と掲げる。

 

「『白薔薇の先触れ』。どのような要人であっても、アポなしで面会が可能なフリーパスですわ。無形のアーティファクトで、手に何も持たなくても効果を発揮しますので、ダンスパーティーにだって潜り込めますわ」

 

 よっぽど自分のアーティファクトを自慢したかったのか、あやかさんが誰に問われたわけでもないのに詳細を話し出した。

 

「それは……強力なアイテムです」

 

「強力というか、凶悪だよねー」

 

 綾瀬さんと早乙女さんが、あやかさんのアーティファクトをそう評する。

 そんなアーティファクトが自分も入手できるかもしれないと、綾瀬さんは仮契約に前向きになってきた。

 ここで、援護射撃をしてやるとしよう。

 

「ネギくんは血筋も確かな強大な魔法使いの卵ですから、仮契約した場合はほぼ確定でアーティファクトが出ます。しかも、ここまでレア率が非常に高い」

 

「そ、それは……!」

 

 私の言葉で、綾瀬さんの心の天秤が一気に傾くのが分かった。

 そこに、カモさんがさらに誘惑をする。

 

「仮契約は魔法使い側もパートナー側もお互い、何人相手でも契約を結べるんだ。軽い気持ちでやっても、誰も咎めないぜ」

 

 その言葉が決め手となって、綾瀬さんは仮契約をすることに決めた。

 

「刹那の姉さんも、一発どうだい?」

 

 カモさんが、ついでとばかりに近衛さんについてきた桜咲さんに声をかけた。

 だが、桜咲さんは首を横に振って拒否する。

 

「このかお嬢様が西洋魔術を学ぶようですので、私はネギ先生とではなく、お嬢様といずれ仮契約しようかと……」

 

「別に仮契約は何人とでも契約できるんだが、心に決めた人がいるなら俺っちは引くぜ。あっ、でも、このかの姉さんと仮契約するときは、俺っちに任せてくれよな!」

 

 カモさんはそう言ってあっさり引き下がり、早乙女さん達のために仮契約の魔法陣を描きにいった。

 そして、ネギくんの唇を味わうかのようにキスをした早乙女さん。

 出てきたアーティファクトは、原作と同じ『落書帝国(インペリウム・グラフィケース)』。特製のスケッチブックに付属の羽ペンで描いた絵を簡易ゴーレムとして召喚する、漫画描きである早乙女さんのためにあるような一品だ。

 

「うおー、私のためにあるようなアーティファクト!」

 

 早乙女さんも私と同意見のようだ

 まあ、基本的にアーティファクトって、パートナーの特性に合った物が出てくるようだからね。剣士に魔法の杖が出るとかは起きないのである。

 

 さて、次は綾瀬さんだ。

 綾瀬さんは、衆人環視でのキスが恥ずかしいのか、真っ赤になってネギくんと向かい合う。

 それに釣られて、ネギくんも真っ赤になり、初々しい雰囲気のまま仮契約が行なわれた。

 そして、アーティファクトはというと……。

 

「魔法の教本です?」

 

 自分のアーティファクトを見て、綾瀬さんが首をかしげる。

 

「おう、ゆえっちのは、魔法学校に入学するときに配られる『魔法使い初心者セット』みてーだな」

 

 そのカモさんの言葉に、落胆を隠せない綾瀬さん。だが、待ってほしい。私はカモさんに確認の言葉を投げかける。

 

「そのアーティファクトの名前、『世界図絵』ではないですか?」

 

「あ? お、おう。そうみてーだが。『世界図絵(オルビス・センスアリウム・ビクトゥス)』だな」

 

「そうだとしたら、それは魔法の教本ではありませんよ。魔法に関するあらゆる最新の情報を調べることができる、魔法百科事典です」

 

「お、おお!? それは、すごくねえか?」

 

「ええ、すごいですね」

 

「うおー、夕映の姉貴、大当たりだぜー!」

 

 うん、アーティファクトガチャとしてはSSRだね。

 のどかさんの人工アカシックレコードはいずれその上位互換となるのだろうが……人工アカシックレコードは雑多に情報を収集しているから、体系立てて情報をまとめるのは司書ののどかさんが自力で頑張らないといけない。それを考えると、事典として問いへの答えを自動で表示してくれる『世界図絵』の方が使い勝手がいいと言える。

 それに、人工アカシックレコードの存在はトップシークレットだから、他者に存在を明かせない以上、『世界図絵』で堂々と情報を閲覧できるのは大きい。

 

 上機嫌になった綾瀬さんに、早乙女さんが『落書帝国』の情報を調べさせるなどして、場はアーティファクトのことで盛り上がった。

 それはいいけど、今日の修行はしなくていいのかな?

 

「そういえば、エヴァちんってリンネちゃんやちうっちの師匠なんでしょ? 仮契約はしているの?」

 

 と、そんなことを早乙女さんが突然言いだした。

 私は、それに対して答える。

 

「していませんよ。ちう様は先生としてもよいとは思いますが、私はアーティファクトのもとになるような魔法具(マジック・アイテム)を大量所持していますから、追加のアーティファクトは不要です」

 

「いや、大量所持って、どうなってんのよリンネちゃん」

 

 うはは、うらやましかろう。

 そして、話題はキティちゃんの仮契約についてとなる。

 ちう様が仮契約しないのかと問われるが、彼女の見解は、魔法使いとして完成した後の方がいいアーティファクトが出そうだから保留というもの。

 そして、同じく魔法使いでキティちゃんの弟子であるネギくんと仮契約をしないのかという話となった。

 

「ほう。ぼーやと仮契約か。どのようなアーティファクトが出るのか、私も気になるな」

 

 意外とキティちゃんが乗り気だ。

 そして、話の流れでキティちゃんが主、ネギくんが従として仮契約を行なうこととなった。

 

「では、いくぞ」

 

「は、はい」

 

 キティちゃんが大人の余裕を見せつけながら、ネギくんにキスをする。しかし、それは小鳥が餌をついばむような軽いキスで、キティちゃんの乙女な内心がうかがえるものだった。

 そして、ネギくんからパクティオーカードが出現し、ネギくんは早速、アーティファクトを呼び出した。

 出現した物は、大きめのグレープフルーツほどのサイズがある球体だ。

 

「うおお、すげえぞ兄貴。『雷公竜の心臓』とかいうらしいぜ!」

 

 うわー、それが出たかぁ。

 私と同じく驚きの表情を浮かべる、キティちゃんとちう様とのどかさん。

 

『雷公竜の心臓』は、『UQ HOLDER!』の登場人物、飴屋(あめや)一空(いっくう)が近衛刀太との仮契約で手に入れたアーティファクトの一部品だ。

 その効果は……。

 

「無尽蔵の魔力を取り出せる動力炉らしいです」

 

 自身のアーティファクトで情報を調べた綾瀬さんがそう皆に告げる。

 

「どうやって使うの?」

 

「魔法具の炉心として使うもよし、魔法使いの魔力供給源として使うもよし、だそうです」

 

 早乙女さんの問いに、『世界図絵』を見ながら答える綾瀬さん。

 ふむ、これは、ネギくんの戦い方が変わるな。私は、『雷公竜の心臓』を手に持ち、四方から眺めているネギくんに向けて言った。

 

「ネギくん。あなたの剣の師匠であるアルトリア陛下は、生前、竜の心臓を身に宿していたと聞きます。その心臓から無尽蔵に魔力を取りだし、剣に乗せて異民族をなぎ倒していたとか」

 

「えっ、それはつまり……」

 

「はい、身体に宿せる魔力量が多いネギくんが、その『雷公竜の心臓』で無尽蔵に魔力を得られれば……ネギくんはアルトリア陛下と同じ剣技を扱うことができるようになるでしょう」

 

 私の言葉に、ネギくんは目を輝かせた。

 さて、それはいいのだが……『雷公竜の心臓』、地味にサイズがでかいね。ネギくんが戦う間、どこにどうやって保持させるか、ちょっと考えておく必要がありそうだ。

 

 

 

◆70 銀腕を掲げし者

 

 さて、仮契約も終わり、それぞれ別れて修行を行なうことになった。

 

 ちう様が初心者魔法使い組を担当。古さんが近接戦闘組を担当。キティちゃんが水無瀬さんとネギくんの本格魔法使い組を担当だ。

 ネギくんと並んでやってきた水無瀬さんに、キティちゃんが言う。

 

「あらためて聞くが、本当にいいのか? 確か、お前の担当魔法教師は魔法世界出身だろう? 『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』への反発は強いはずだ」

 

 水無瀬さんは、ゴールデンウィークの間に今の師匠を見限って、キティちゃん側に付いた。その意思を再確認しているのだろう。

 

「先生は、私が辛いときに助けてくれなかった。それならば、私は自分を救ったリンネさんの居る方に付くわ」

 

 そんな水無瀬さんの答えを聞き、キティちゃんは素直に彼女の門下入りを認めた。

 そして、キティちゃんはさらに問いを投げかけた。

 

「一つ聞くが、人に感染する魔法ウィルスの研究をしていたか?」

 

「……なぜそれを」

 

「私にもいろいろ伝手はある。それで、だ。その研究は、悪用すると人類滅亡を引き起こすパンデミックに繋がる。破棄して、誰の目にも付かないようにしておけ」

 

「……そうね。そうするわ。元々、世の中を恨んで四月に始めたばかりの研究だし、捨てても惜しくはないわね」

 

「そうしろ。ゾンビ映画のように、ゾンビウィルスで人類が滅亡する未来など見たくはないからな」

 

『UQ HOLDER!』では、マジで水無瀬小夜子のゾンビ魔法ウィルスで、一度地球滅びかけたからね!

 並行世界を作らない上書き系の時間逆行能力で全部なかったことになって、なんとか無事に収まったけど。

 

「では、ぼーやと小夜子は精神力の限界を測る試験からだ。リンネは、相坂さよに関してだったな?」

 

「はい。昨日、相坂さん用の人形が完成しましたので」

 

 キティちゃんの問いに私がそう返すと、水無瀬さんが連れていたぬいぐるみの相坂さんが『嬉しいですー』と喜びを示した。

 

「私は手伝わなくていいのかしら?」

 

 水無瀬さんがそう言うが、私の方で全部やっておくと答えて、私はぬいぐるみの相坂さんを受け取った。

 

 そして、私は一人、別荘の部屋を借りてベッドの上に相坂さんのための人形を取り出す。人形は何も身にまとっていない。

 さらに、人形作成プロジェクトの代表者として、一人スマホからキャラクターを呼び出した。

 

「あら、ここが現世ね」

 

 そんな言葉を発したのは、『銀腕を掲げし者トラム』。今回のプロジェクトで人形の作成に関わった者の一人である。途中参加ながらプロジェクトの主導権をにぎっていたらしい。

 トラム様は魔導機兵という強力な自動人形を作り上げた経歴を持つ亜神だ。そう、神様である。カルデアの神様系サーヴァントのようにクラスという枠組みに押し込められてはいない、ガチモンの神様。

 彼女は、その力を存分に発揮して、人形をトンデモスペックで作り上げた。相坂さん本人は別に戦闘とかを望んでいるわけではないのに、完成した人形はどう考えても戦闘用に仕上がっていた。

 

「要望通り、幽体のあなたに似せて外装を整えてあるわ。造形はダ・ヴィンチちゃんとガラテアが念入りに仕上げていたから、人形であることの違和感はほとんど出てこない」

 

『ありがとうございますー』

 

 トラム様の説明に、相坂さんがぬいぐるみの中から礼の言葉を発した。

 

「強力な人形なので、他の雑霊にボディを乗っ取られないよう、人形とあなたを契約で結びつけるわ。それによって、人形に魂が自然発生することすらなくなるの」

 

『契約ですかー。人形が傷ついたら、私も傷つくとかですか?』

 

「そういうことはないから安心しなさい。でも、替えは利かないので大事にしてほしいわ」

 

『はい、ようやく手に入った私の身体ですから、大切に扱いますー』

 

 そんな会話を交わした後、トラム様は人形の胸部を開け、心臓の位置に相坂さんのぬいぐるみの中から取りだした触媒を納める。

 そして胸部を閉じ、トラム様は右の手の平を人形の左胸に当てる。

 すると、銀に覆われたトラム様の右腕から青白いオーラがほとばしり、人形の胸部に吸い込まれていく。

 

「はい、完了。起きられるかしら?」

 

「わっ、わー……! 物を触る感触があります……!」

 

 相坂さんは勢いよく起き上がると、数十年ぶりの生身の感覚が嬉しいのか裸のままはしゃぎ始めた。

 

「はいはい、嬉しいのは分かるけれど、まずは服を着てね」

 

「はっ、私、裸です……!」

 

 トラム様の指摘に、恥ずかしそうに局部を隠す相坂さん。

 私はそんなやりとりを見て微笑ましい気持ちになりながら、用意していた服を相坂さんに渡した。それを相坂さんは、すぐに着ていく。

 

 その様子を観察していた、トラム様が言う。

 

「うん、どうやら腕力も日常生活用に調整されているわね。あとは、戦闘時にどうなるかね」

 

「戦闘、ですか?」

 

 服を着ながら、不思議そうに聞き返す相坂さん。

 

「ええ、その人形は、戦闘用の魔導機兵なの」

 

「ふわー、すごそうです」

 

「ええ、すごいのよ。あなたは今後、魔法使いのリンネの庇護下に入るし、今後試練が待っているネギと行動をともにすることも多いでしょう? なら、戦う力は必要になるはず」

 

「うーん、私が戦うって、想像付かないです」

 

「その辺は大丈夫。戦闘用のプログラムがインストールしてあるから、他の人達みたいに修行を頑張る必要はそこまでないわ」

 

「あっ、そうなんですねー」

 

 人形作成プロジェクトの参加メンバーには、そのあたりを調整できる技師もいた。

 各々が本気を出し、さらに相乗効果を発揮したので、相坂さんのボディはすごいことになっている。さらに専用の武装も用意され、同じ人形であるアーウェルンクスシリーズとも正面から戦える見込みだ。

 相坂さん次第だが、今後、対ヨルダに関して貴重な戦力の一人となるかもしれない。

 

 そんなすごい人形に憑依している自覚はないのか、相坂さんはぽやぽやとした表情で、トラム様が説明する身体機能を聞いていた。

 この顔を見ると無理に戦ってとは言えないなぁ、などと私は思うのであった。

 

 

 

◆71 ネギの剣

 

 相坂さんを連れ部屋を出て、建物の外で一通りの動作チェックと戦闘機動を試した私達。

 トラム様は満足して、後の指導は私に任せると言ってマニュアルをこちらに渡してきた。

 私は分厚いマニュアルに内心で面倒臭いと思いながら、トラム様への報酬として昼休みに購入しておいたクッキーを進呈。トラム様は笑顔でクッキーを食べ始めた。

 

「現世のお菓子を私達の世界に持ち込めたらいいのにね」

 

 クッキーの食べかすを口元につけながら、トラム様が言う。

 

「スマホの中に自在に物を入れられたら、さすがになんでもあり過ぎますね」

 

「でも、向こうの物は自在に現世へ持ち出せるじゃない?」

 

「そこはまあ、私が神様に願った力の範疇に入るので」

 

 拡大解釈気味だとは思うが、そういう仕様になっている以上は活用するまでだ。

 そして、クッキーを一箱食べきったトラム様は、今度現世での甘味屋巡りをすることを約束して、スマホの中へと帰っていった。

 

 それから私は、相坂さんを連れて皆に紹介をしてまわった。

 相坂さんを見て、別荘の使用人と勘違いする人も居たが、元地縛霊で3年A組の教室にずっといた人だと説明すると、誰もが驚きで固まっていた。

 明日から復学扱いになるのでよろしく、と伝えると、みんなが快く相坂さんのことを受け入れた。

 

 そんなことがあった別荘内での修行の一日。初心者魔法使い組は当然のように魔法は発動していないようだ。

 そして、ネギくんは魔法だけでなくアルトリア陛下の剣の修行も受けて、すっかりヘロヘロになっていた。

 そんなネギくんに活力を与えるため、私は彼に誕生日プレゼントを渡すことにした。

 

「ネギくん、約束していた誕生日プレゼントです。どうぞ、お受け取りください」

 

「ありがとうございます! ずっと楽しみにしていたんです!」

 

 私が最初に渡したのは、練習用の剣セットだ。

 

「まずは、ネギくんが使う機会は真剣よりおそらく多くなるであろう、非殺傷の剣セットです」

 

 スポーツチャンバラ用のエアーソフト剣に、竹刀、そして木剣だ。

 

「この木剣は、世界樹の枝から削り出した木刀であり、魔力の通りが非常にいい一品です。本気の戦闘がしたいけれど、相手を殺したくないときなどに使うとよいでしょう」

 

「殺したくないとき……誰かを殺すだなんて、そんな機会は訪れないとは思いますが」

 

「いえいえ、ネギくん。戦う相手が人間とは限らないですよ」

 

「あっ、そうですね……」

 

 ネギくんは、村を襲った悪魔あたりを想像したのだろうか。真剣な表情を作って木剣を見る。

 そんなネギくんに、私はもう一つの品を進呈する。

 

「こちら、そんな相手と戦うための真剣です。どうぞお納めください」

 

 それは、十歳のネギくんには少々大きいと思わせる、一本のロングソードだ。

 

「特別ないわれは何もありません。魔剣でも聖剣でもありません。今のネギくんはなにものにも染まっていない、ピュアな剣士。ですから、これといってエンチャントは、施しませんでした」

 

「ありがとうございます。格好良い剣ですね!」

 

「ふふっ、そういうと造った子猫達も喜びます。ああ、そうだ。特別な付与はされていませんが、その剣に使われている金属は特別製でして……」

 

「金属、ですか? 鉄ではないんですか?」

 

「はい。アンオブタニウム、という私のスマホと通じている別宇宙で採れる、未知の元素でできています」

 

 私がそう告げると、横で話を聞いていた綾瀬さんが『世界図絵』で検索をする。

 

「何も出ないです」

 

 綾瀬さんがそうつぶやく。

 そりゃそうだ。アンオブタニウムはSF小説で出てくる用語だし、スマホの中の宇宙で採れる物質だからね。魔法の百科事典では調べられるようなものではないだろう。

 本来このアンオブタニウムは近接武器として使うような、原始的な使用方法はしない。だが今回、スマホの中の子猫達が、採掘用のアンオブタニウムドリルの技術を応用して剣に仕立ててくれた。

 

「切れ味だけはすごいですから、使う相手を選ぶようにしてくださいね」

 

「はい、気を付けます。本当にありがとうございました」

 

 私の忠告をネギくんは素直に受け入れ、キティちゃんから教えてもらったばかりの別空間に武器を格納する魔法で、剣をしまっていった。

 まあ、ネギくんなら使い道を誤るということもないだろう。

 

 こうしてネギくんは戦うための武器を手に入れ、本格的に強くなるための道を歩み始めた。

 




※我が家にトラム様はプラチナバージョンしかいないので、会話や設定におかしなところがあるかもしれません。


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■29 さわやかA組

◆72 出席番号1番相坂さよ

 

「相坂さよです。みなさん、仲良くしてくださいねー」

 

 そんな挨拶で、とうとう相坂さんの存在が我がクラスに認識された。

 転校生ならぬ復学生であり、クラスの在籍者の一覧を見て名前だけは知っていた、という生徒もそれなりにいたようで。

 当然、彼女へ向けられた最初の質問は、なぜ休学していたかというものになった。

 

「ちょっと人前に出られない事情がありましてー」

 

「もしかして、重い病気?」

 

「はい。とはいっても、病院で過ごしていたわけじゃなくて、家にずっといた感じです」

 

「なんていう病気か聞いていい?」

 

「それはちょっと……」

 

 報道部の朝倉さんに尋ねられ、あらかじめ用意していた嘘の事情を答えていく相坂さん。

 この言い方だと、重度の鬱病あたりにかかっていたとでも勘違いするんじゃないかな。

 

 2003年のこの時代だと、まだ心の病気への偏見が強いが、相坂さんは病名を明言しないので明確にどうこう言ってくる人はいないだろう。

 彼女がこうして話をぼかすのも、なってもいない疾病を偽ってボロが出るくらいなら、ふわふわした感じで誤魔化した方がマシ、という方針によるものだった。

 

「では、さよさんは、朝倉さんの隣の席に座ってください」

 

 ネギくんがそう告げると、クラスがどよめいた。

 

「ちょ、先生、その席はー……」

 

「どうかしました?」

 

 朝倉さんの言いよどむ声に、ネギくんが問い返す。

 

「いや、この席、座ると寒気がするというか、(たた)られているというか……」

 

「あはは、大丈夫ですよ」

 

「いや、本当だってば先生。何十年も前から地縛霊に祟られている席って、麻帆良中学に長く伝わっているんだって」

 

「いえ、疑っているわけではなく……その席は学園長先生がなんとかしたらしくてー」

 

「ええっ!」

 

 ネギくんは相坂さんの正体が幽霊であることを知っているが、さすがにそれをクラスメート一同の前で言うわけにもいかない。

 若干棒読みで、ネギくんは朝倉さんに説明を続ける。

 

「もう幽霊の心配はしなくていいらしーです」

 

「霊媒師でも呼んだのかな……」

 

 魔法の存在を知っている朝倉さんが、そう納得して素直に引き下がる。

 そして、席に相坂さんが座ると、朝倉さんは心配そうに相坂さんの体調を確認していた。

 相坂さんがなんともないことが分かると、朝倉さんは「学園長に突撃インタビューしないと!」と別の方向に張り切り出す。

 まあ、学園長が真実を話すことはないと思うので、無駄に終わりそうだが……。

 

 その後、相坂さんはすんなりクラスに馴染み、体育の授業でも人形の過剰スペックを出すこともなくごく普通の生徒を装うことができていた。

 

 クラスメート達との会話で、すでにクラスメート達のことを知っていたような言葉を漏らすうっかりも見られた。彼女は二年間このクラスで地縛霊をやっていたので、クラスメートのことを一方的に知っているんだよね。

 そこは事前に予想していたので「リンネさんや水無瀬さんから前もってクラスのことを聞いていました」という言葉で誤魔化してもらった。

 

 そして昼休み。学食で昼食を食べ終わり自由時間になると、クラスメートの龍宮さんが私を手招きしているのが見えた。

 私は素直に彼女の方へと向かうと、「ちょっと内緒の話がある」と、ひとけのない場所へ案内された。

 

 なんだろうか、と首をかしげていると、龍宮さんが私に尋ねてきた。

 

「相坂さよのことについて詳しく知っておきたい。彼女の言葉を聞くに、リンネが詳しそうだからな。それで、巧妙に隠してはいるが、あの身体、生身ではないな?」

 

「おー、よく分かりましたね」

 

 あの出来の人形を人じゃないと見破るとは……すごくない?

 

「私は特別、目がよくてな。それで、事情は聞いていいか? 話せる範囲で構わないが」

 

「そうですね。クラスメートにフォローできる人が増えるとありがたいので、お話しします」

 

 龍宮さんは魔法関係者だ。魔族のハーフで、魔法使いの元パートナーだ。彼女になら、話してしまっても支障はないだろう。

 

「相坂さんは、元地縛霊です。3年A組の朝倉さんの隣の席に憑いていた、六十年物の幽霊ですね」

 

「何? そのようなもの、視えてはいなかったが……」

 

「相坂さん曰く、自分は幽霊の才能があまりなくて、イマイチ存在感がない、だそうです」

 

「なんだそれは……」

 

 龍宮さんが呆れるのも分かるよ。幽霊の才能ってなんだよってなるよね。

 苦笑いしつつ、私は話をそのまま続ける。

 

「水無瀬さんがいますよね? 彼女、凄腕のネクロマンサーでして。それで、水無瀬さんの助けを借りて、用意した触媒に相坂さんを憑依させたんです」

 

「なるほど。水無瀬も魔法生徒のようだが、専門はそちらだったのか」

 

「はい。それで、私の伝手で性能のいい人形を用意しまして、触媒を人形の中に収めて、人として活動してもらうことになったわけです」

 

「分かった。学園側もそれを承知しているんだよな?」

 

「ええ、学園長先生のお墨付きです」

 

「元地縛霊とのことだが、クラスメートへの悪影響はないな?」

 

「はい、悪霊ではないですからね。人畜無害な幽霊さんですよ」

 

 そこまで質疑応答を重ねると、龍宮さんは安心したように息を吐いた。

 

「事情は分かった。問題はないようだな。しかし、地縛霊か。クラス名簿に載っていたってことは、学園側も前々から存在を認識していたのだろうが……」

 

「六十年間地縛霊をしていたらしいですからね。しかも、生前は学園長先生の知り合いだったそうで」

 

「六十年物の幽霊か。そこまで現世に残り続けたとなると、なんらかの強い力を宿していそうだが……」

 

「精々ポルターガイストを起こして、テーブルを持ち上げられる程度ですよ。あ、いや、これ結構すごいですね」

 

「悪霊じゃなくてよかったよ」

 

 まったくだね。

 人にも取り憑けるし、人への害意があったら『UQ HOLDER!』の水無瀬小夜子みたいに人を取り殺せたんじゃなかろうか。学園側は相坂さんの存在を認識しても見ることはかなわなかったわけだし、一方的にされるがままだ。

 

「今は人形の中に収まっていますから、ポルターガイストも使えないのでしょうが……ん? それはどうなのかな? 聞いていなかったですね」

 

「人形か。ずいぶんと精巧な物だな。私はてっきり、帝国移民計画実験体かと思ったよ」

 

「あー、ヘラス帝国の移民用の実験でしたっけ。よくご存じですね」

 

「お前こそ、生粋の魔法生徒じゃないのによく知っている」

 

「実験体の人、麻帆良にいますからね。それで漏れてきた噂話を聞いたのですよ」

 

 クラスメートの春日美空さん。

 彼女が教会でよく一緒に行動を共にしている、ココネという少女がいる。彼女がその帝国移民計画実験体の十八号だ。

 実験は、火星の裏世界である魔法世界(ムンドゥス・マギクス)にあるヘラス帝国の人々が、地球に避難するために行なっているものと推測される。

 

 魔法世界は世界を構成する魔力の不足で、存亡の危機にある。魔法世界人が生き残るには、魔法世界を出て地球に避難するしかない。

 しかし、純正の魔法世界人は物質的な存在ではなく、魔力で構成された仮初めの生命。同じく魔力で作られた空間である魔法世界から出ることができない。

 そこでヘラス帝国は、物質的な肉体を造り魔法世界人を宿らせて、地球に進出する実験をしているのだろう。

 

 原作漫画ではココネ以外にも『紅き翼(アラルブラ)』のジャック・ラカンが、人形の身体で地球に出てきているシーンが描写されていた。

 

 正直なところ、私が手を貸せば、ヘラス帝国の全国民に肉の身体を与えることはできる。『PSO2es』に『イノセントブルー』というそのものずばりな技術が登場するのだ。

 だが、彼らを魔法世界から地球に移住させるにも、何者の所有物でもない土地が地球にあまっているわけではない。

 根本的な問題の解決には、原作漫画のように、火星の緑化テラフォーミングによる魔法世界の魔力不足解消が必要になるわけだが……その前に、造物主(ライフメイカー)の配下の秘密結社を潰す必要がある。

 それには、今年の夏休み終了までに魔法世界へ向かう必要があるわけで……結局、私は原作漫画の道行きからは逃れられないわけか。

 

 魔法世界が消滅しようが存続しようがどちらでも構わない、と言いたいところだが……魔法世界にはメガロメセンブリアの人々という、物質的な肉体を持つ存在が六七〇〇万人いる。魔法世界が消滅した場合、メガロメセンブリアの避難民が地球へ大量に押し寄せて土地の奪い合いになるか、火星に直接メガロメセンブリア人が投げ出されて最終的に火星・地球間での宇宙戦争が勃発(ぼっぱつ)するかして、社会がめちゃくちゃになってしまう。

 なので、人の社会で生きる私は、原作漫画を攻略本にして魔法世界に挑まないといけないわけだ。ネギくんに全て投げたいなぁ。

 

 魔法世界を救えばさぞや徳が積めるだろうなどと、ほくそ笑みたいところだ。でも、事態の解決に必要な労力を考えると、今から憂鬱だね。

 

「相坂が魔法関係者じゃないなら、出す話題も気を付けるとするよ」

 

 と、龍宮さんがそう言って、話を切り上げようとする。

 だが、彼女の発言はちょっと勘違いが入っている。

 

「相坂さんは六十年も麻帆良で幽霊をしていたわけですから、魔法の存在も知っていますよ。それに、水無瀬さんも私も魔法生徒なので、自然と相坂さんも魔法関係者です。エヴァンジェリン先生の門下ですね」

 

「『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の門下ね……勢力拡大し過ぎて、私に討伐依頼が来ないことを祈っているよ」

 

「その依頼、受けない方がいいですよ。私達門下の者が邪魔しますし、何より相手は強大な力を持つ本物の『闇の福音』なんですから」

 

 私がそう言うと、龍宮さんはフッと笑って、この場から去っていった。

 

 うーん、今の去り方、格好良かったな……。

 クールさの演出を取り入れたい場合は、彼女に学ぶべき点がいっぱいあるかもしれないね。

 

 

 

◆73 全力バカンス

 

 週末、旅行帰りしてから毎日の修行を続けるネギくんを心配して、あやかさんがネギくんを遊びに誘った。

 ただの遊びではない。南国のリゾート島を貸し切りにした、土日を使った泊まりがけの旅行である。

 

 南国リゾートと聞いて、3年A組のメンバーは黙っていなかった。

 あやかさんに便乗して、クラスメートの半数がリゾート島に押し掛けたのだ。

 

 文句を言いながらもクラスメートの移動手段をしっかりと用意してくれるあやかさんは、正直「女神かな?」と思った。

 私はあやかさんに負担をかけないよう付いていかないつもりだったが、「一人二人欠けたところで負担は変わらないですから、あなたもイギリス旅行の疲れを癒やすといいですわ」と言われ、結局付いていくことにした。女神かな?

 

 そして、現在、南国ビーチなう(死語)。

 

 私は砂浜にビーチチェアを置いて、パラソルを立て、ドリンクを片手にビーチチェアに寝転がっていた。

 せっかくの南国なので『全力バカンス』をしているのだ。

 

「リンネちゃん、ビーチボール貸してー」

 

 と、タンキニ姿の早乙女さんが私のところへやってきた。ビーチチェアの足元には、私のビーチボールが転がしてあったのだ。

 

「はい、構いませんよ」

 

「リンネちゃん、全力で南国満喫しているね……」

 

「はい、『全力バカンス』です」

 

 このくつろぎ方、実はスマホにいるキャラクターの力である。

『政務官アンナ』というキャラクターの水着バージョン、『水着の政務官アンナ』。彼女が持つスキル『全力バカンス』を使って、早乙女さんの言葉通り南国を満喫しているのだ。

 

 ちなみに、『全力バカンス』は本来、九十秒間しか使えないスキル。

 だが、同じく南国のリゾートであるキティちゃんの別荘にて、冗談で何度も使用した結果……自分自身の力として使いこなせるようになってしまった。今では時間制限なしで使用できる。

 

 なお、スキルの効果は攻撃力と防御力が激減するのみで、このスキル自体にはプラスの効果がない。

 同じく水着キャラクターの『誘惑の陽射しディアナ』の覚醒スキル『騎士団式戦場休暇術』は、永続的に防御力が上昇し攻撃対象が一人増える効果があるというのに、『全力バカンス』は単品ではいいところなしである。

 

 でもいいのだ。南国でビーチチェアに寝転がってぐだぐだ休むのは、前世では体験できなかった贅沢なのだから。

 と、そんな感じで一足早い夏を満喫していたところ、海からクラスメート達が戻ってきた。

 

「お腹空いたー」

 

「委員長、お昼食べよー!」

 

 腹ぺこ少女達が、昼食コールをし始めた。

 すると、ネギくんを構っていたあやかさんが言う。

 

「そうですね。昼食はどうしましょうか。島のホテルでランチにしますか?」

 

「せっかくの海なんだから、バーベキューが良い!」

 

「私はカレーの気分かなー」

 

「バーベキュー!」

 

 クラスメート達が口々に勝手なことを言い出す。

 

「バーベキューにカレーですか。用意してあるかしら……」

 

 あやかさんがちょっと困り顔だ。予定ではホテルで食べるつもりだったのだろう。

 ふむ、ここは手助けをするところだろう。

 

「あやかさん、バーベキューとカレー、私の方で準備しますよ」

 

 私は、スマホを手に呼び出し、あやかさんに言った。

 すると、あやかさんは私の手元のスマホを見て何かを察したのか、「お願いいたします」と言ってきた。

 

 ならば、やろうか。私は、大至急『LINE』でスマホの中の住人に連絡を入れた。

 そして、十五分後……。

 

「こちら、キャンプ大好きお兄さんに、カレー上手のお姉さんです」

 

 スマホの中から呼び出した、アーチャーのサーヴァント『エミヤ(霊衣サマー・カジュアル)』さんと、料理人の『天界のシェフオーガスタ』さんだ。

 

「あー、なんか修学旅行で見たことある人!」

 

「旅館でリンネと親しそうにしていた人じゃない?」

 

「あの眼鏡のお兄さん、かっこよくない?」

 

「まさかの大人の男追加! 一夏の過ち来ちゃう!」

 

「どこの国の人だろうね」

 

 二人を見て盛り上がるクラスメート一同。

 いや、一夏の過ちとか騒いでいるチアリーディング部の三人組。さすがにエミヤさんは、十五歳の中学三年生に手を出すほど節操なしではないと思うよ。……アルトリア陛下が、十五歳で見た目が止まっているということは忘れておこう。

 

「やれやれ、急に呼ばれたと思ったら、ただの料理人役とは」

 

 エミヤさんが呆れながら言う。でも、十五分で十数人分の食材をスマホの中で選別してくれたほどには、やる気はあるらしい。『Fate/Grand Order』のキャンプイベントでは主人公一行の保護者役を見事にこなしていたし、今日もみんなの料理番兼保護者として活躍が期待できる。

 

「私が普段、戦場で作っている料理はカレーじゃないんですけどね。でも、以前オーナーから受け取ったレシピは練習済みなので、任せてください」

 

 オーガスタさんの『千年戦争アイギス』プレイヤーからの愛称は『カレー』だ。しかし、彼女のゲーム内イラストで描かれている料理は、よく見るとカレーとは思えない具材の大きさである。そんな彼女には以前『LINE』で話したときにカレーのレシピを伝えてあるが、どうやらスマホ内の惑星Cathの食材で、カレーを作ることに成功していたようだ。

 

 みんなと二人の顔会わせも終わったので、早速、お昼ご飯だ。

 スマホ内から取り出した謎の獣の肉や絶妙に地球の物とは違う野菜を切っていき、カレーを仕込んでいる間にバーベキューを少しずつ食べていく。

 美味しい美味しい、とバーベキューだけでお腹いっぱい食べてしまいそうになるが、そこはエミヤさんが上手く仕切っていった。

 そして、完成するカレー。付け合わせがチャパティ的なパンで、ライスじゃないことに不満の声も上がるが、カレーを一口食べたら見事に文句は止まった。

 

「ふむ、さすがは神直々に天界へ招かれるほどの料理人だな」

 

「いえいえ、エミヤさんも場を取り仕切る能力はなかなかですよ」

 

 そのようにエミヤさんとオーガスタさんが大人同士でキャッキャウフフしている間にも、クラスメート達は一心不乱にカレーを食べていく。

 カレーを食べ終わった後、おかわりをする者が続出し、さらにバーベキューもどんどん食べていく。

 用意していた食材がなくなるほど皆が食欲を見せ、昼食は終わった。

 

「いやー、食べ過ぎたね。これはしばらく海に入れないや」

 

 男がいることも構わずお腹をポコポコ叩きながら、早乙女さんが浜辺に寝転がる。

 他の面々もお腹いっぱいのようで、午前中はあれほど騒がしかった者達が、みな休憩に入っている。

 

「とても美味でしたわ。ぜひとも雪広グループの料理部門にスカウトしたいところですが……」

 

 あやかさんがそう言うが、ちらりと私の方を見て、ため息をつく。

 

「おそらく、無理なのですね?」

 

「そうですね。私のところの住人なので、外へはやれません」

 

 あやかさんの問いに、私は素直にそう答えた。

 スマホの中の宇宙から何かを取り出す能力は、スマホゲームの中の力を自由自在に扱う能力を拡大解釈したような能力だ。

 

 私の力というよりスマホ自体に宿る力とでもいうべき挙動をする能力であり、スマホから物を出す分には無制限だが、スマホの中に現世の人や物はしまえない。そして、スマホの中からの人の呼び出しだが、呼び出しておける人数枠が存在する。

 その枠は、まるでソシャゲのキャラクター所持枠のように、課金で増やすことができる。つまり、徳を積めば増やせる。

 

 現状、戦闘で必要になる人数程度は呼び出せるが、大型宇宙船を一隻動かすほどの大人数を呼び出すほどの枠は拡張できていない。

 ガチャで出るキャラクター以外にも、モブというかゲームに登場しない一般人もスマホの中に住み着いているが、宇宙船を運用する場合、彼らの手助けも必要となってくる。そのためには、いっぱい徳を積み、いっぱい枠を拡張してやる必要があるね。

 

 ちなみにスマホ宇宙の一般人は、ガチャで出る私の魂由来のキャラクターとは違うのか、歳も取るし寿命もある。私のスマホは完全に一つの宇宙として成立しているようで、ますます宇宙を一個所持するオーナーとして気軽に死ねないな、などと思う私であった。

 

「ネギ先生、午後からは水上スキーなどいかがですか?」

 

 他の生徒達と違って、お腹具合に余裕があるのだろう。あやかさんが、砂浜に寝転がるネギくんに向けてそう言った。

 

「はい。お腹が落ち着いたら……」

 

「うふふ、やはりネギ先生も子供らしく、カレーが好きなのでしょうか……」

 

「そーですね。今日のカレーはとても美味しかったですね」

 

 そんな会話をするネギくんは、明るい感じだ。

 私は、クラスメート達の中から神楽坂さんを見つけて、その様子をうかがう。

 午前もネギくんと一緒に海で遊んでいたし、原作漫画の同時期と違って、神楽坂さんとネギくんの二人は喧嘩をしていないようだ。

 

 どうやら、人間模様は原作漫画とはずいぶんと変化しているようだ。

 原作漫画で描かれていた未来が参考にならなくなってくるのは少々不安があるが、よりよい未来に変わっていくなら喜ばしいことだな。なんてとりとめもなく考える私だった。

 



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■30 金星の住人

◆74 闇の魔法

 

 五月も半ばになった。そろそろ原作漫画における悪魔ヘルマンの襲撃がある時期だが、今のところ前兆となる犬上小太郎の来訪は見受けられない。

 キティちゃんも、念のため監視の目を飛ばしておくと言って、影の魔法でネギくんや一部生徒達にマーキングをしているらしい。

 私も女子寮にサーヴァントを忍ばせようかキティちゃんに言ったところ、ギリギリまでネギくんの成長のために手を出すなと言われたので、予定していた『アタランテ』の配置はやめておいた。彼女だと、子供を守るために、中学生の女子寮に侵入した悪魔ヘルマンを即座に狩りそうだからね。

 

 その代わりに、隠密に優れた『呪腕のハサン』さんを配置した。女子じゃないけど彼は職業暗殺者なので、女子寮に居てもよこしまな感情は持たないでいてくれるだろう。

 ちなみに彼は優しいので、子供の成長を促すためと言ったら、快く対価なしでの護衛を了承してくれた。いや、お高いご飯をおごるくらいはするとは言ったんだけど、スマホの中の世界に嗜好品は十分あるのでいらないと言われたんだよね。私は彼のマスターではないが、彼が住む世界のオーナーではあるので、それなりの忠義を私に捧げてくれている。

 

 そんな保険をかけた状態で、私は毎夜、女子寮を離れてエヴァンジェリン邸の別荘で修行を行なっていた。

 一ヶ月後の麻帆良祭までに習得したい技術があるため、長期の休みでもないのに平日の学校の時間以外は別荘に籠もりきりなのだ。

 

 別荘に籠もっているのは私だけではない。ちう様も何かやりたいことがあるらしく、ずっと別荘に入り浸っている。

 そして、私とちう様が別荘にいると知って、古さんも「負けていられないアル」とか言いだして別荘で修行に入った。いや、中間テスト近いんだから、古さんはバカレンジャーの一人として勉強を頑張りなさいよ。

 

 そんな別荘での日々が続き、たまに行く学校での授業が新鮮に感じてしまうくらいの濃い修行時間が過ぎていく。

 そして、あるとき私はちう様に相談事があると言われて、修行を中断し彼女のもとへと向かった。

 

「ちょっと見ていてくれ」

 

 そう言って、ちう様は唐突に氷雪系の攻撃魔法の『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』の詠唱を始め、『闇の魔法(マギア・エレベア)』でそれをその身に取り込んだ。

 修行の最中に何度も見た通り、闇色に全身が包まれ、氷の申し子に変わる。そう思われたのだが……。

 

「えっ、なんですかそのトゲトゲしたフォルムは」

 

 ちう様が、『闇の魔法』でもたらされる兵装とは違う禍々(まがまが)しい姿に変わっていた。

 その姿は、まるで……。

 

「悪魔みたいだろ?」

 

 そう、悪魔だ。この世界では魔族とも呼ぶ、裏金星の魔界に住む者達に似た姿に、ちう様はなっていた。

 

「『闇の魔法』の副作用だ」

 

 臀部(でんぶ)から生えた尻尾を動かしながら、ちう様が言う。

『闇の魔法』の副作用。それは……。

 

「闇に侵食されて、異形化が進み始めた。今は『闇の魔法』使用中しかこうならないみたいだが、そのうち完全に異形の存在になっちまうだろーな」

 

 ちう様の言葉に、私はとうとうこうなってしまったか、と心の中で(なげ)いた。

 こうなることは『魔法先生ネギま!』を見ても『UQ HOLDER!』を見ても分かったことなのだ。分かりきっていたことなのに、ちう様は力を得るために『闇の魔法』の習得を選んだ。

 

「『闇の魔法』の力の源泉は、負の感情。私の場合、リンネや古への嫉妬や羨望の心だな。それがちょっと、強すぎたみてーだ」

 

 ちう様の言葉に、私は目を伏せる。分かりきっていたことだ。ちう様は私や古さんと比べて、力が足りない。

 生まれつきスマホゲームの力を取り出せた私や、幼少期から武術に打ち込んできた古さんと違い、ちう様は小学五年生になるまでごく普通の女の子だった。

 スタート地点が違うので、私達三人の中で明らかに強さが劣っているのだ。だからこそ、ちう様はキティちゃんに『闇の魔法』を求めた。そんな彼女の心の内に、嫉妬や羨望が存在するのは、当然のことと言えた。

 

「で、私のこの異形化だけど……『闇の魔法』は、金星から力を引き出すんだよな。だから、私の肉体と精神が、裏金星の住人である魔族に近づいていっているんだろう」

 

 なるほど。異形化したちう様は、先ほども述べた通り、確かに悪魔や魔族とでも呼ぶべき見た目だ。金星の力だから、金星の住人に近づいていく、と。

 ちう様はさらに言葉を続ける。

 

「人を不死者にするという機能面で見ると、私の『闇の魔法』は、エヴァンジェリン先生の『金星の黒』には及ばねえ」

 

『金星の黒』とは造物主(ライフメイカー)ヨルダが編み出し、キティちゃんに施した不老不死の秘術だ。

『闇の魔法』はこの『金星の黒』をもとにキティちゃんが作り上げた術。魔法をその身に取り込む技法として作られたため、人を不死者に変える機能は不完全だと言えた。

 

「そして私は、たいそうな血筋のネギ先生と違って『火星の白』を欠片も持ってねえ。だから、不老不死になんてなれないだろうし、なるとしたら下級悪魔(レッサーデーモン)がせいぜいだろう」

 

『火星の白』とは、神楽坂さんが持つ魔法無効化能力の正体だ。造物主ヨルダ・バオトの娘アマテルの子孫が持つ力で、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)にかつて存在したウェスペルタティア王国の王家が受け継いでいた。

 ネギくんもこの王家の血筋だ。『魔法先生ネギま!』では作中のネギ先生が『闇の魔法』を習得した結果、『金星の黒』と『火星の白』が合わさり彼は不死者と化した。

 光と闇が両方そなわり最強に見えるってやつだ。

 

「下級悪魔ですか。麻帆良に侵入するであろう、上級悪魔ヘルマンよりも下の存在ですね」

 

「ああ。私は、このまま下級悪魔に堕ちるのを座して待つつもりはねえ」

 

「……予言の書のネギ先生のように、負の感情を克服(こくふく)して『闇の魔法』を制御下に置くのですか?」

 

 まるで己と向き合い、自分の真実の姿を見つめるかのように。

 我は汝。汝は我。前世のころ、ペルソナ能力に目覚める魔改造千雨なんてのも読んだなぁ。

 

「いや、それはしない。できそうになかったからな」

 

「ええっ……」

 

「私が目指すのは、下級悪魔よりも上位の存在になることだ。どうせ魔法のおかげで不老なんだ。いまさら人間辞めることくらい、なんてことはねえ。だから私は、自らを高次の生命体に変える!」

 

 ……急に何言い出すのこの人!

 私がびっくりしていると、ちう様は私に問いかけてきた。

 

「昔、リンネに見せてもらったネットニュースのこと覚えているか? 小学五年生の時だ」

 

「ん? どれのことでしょう?」

 

「MITの日本人兄妹(きょうだい)が作った、感情を有するAIに関する論文の記事だ」

 

 あー、そういえば、『A・Iが止まらない!』関連の記事を見つけて、ちう様に見せたことがあったような、なかったような。

 

「その日本人が所有するマシンに、電子精霊を使ってハッキングを試みたんだが……」

 

「いや、何やっているんですか、ちう様」

 

 私はジト目になってちう様を見るが、彼女は気にも留めず話を続けた。

 

「いやー、結局そのマシンはセキュリティが固すぎて、ハッキングできなかったぞ。でも、そいつを嗅ぎ回っているヤツがいてな」

 

 悪びれもせず、ちう様が言う。

 私はジト目を続けたまま、話の続きをうながす。

 

「で、そちら関連を探ってみると、すごい研究の情報に辿り着いた。『実体化モジュール』っていう、電子情報の物質化技術。AIを現実世界に呼び出す、とんでもない技術だ」

 

 見つけちゃったかー。『AI止ま』原作の痕跡、見つけちゃったのかー。

 嗅ぎ回っていたとかいう相手はおそらくあのビリー・Gだろうに、それ相手にハッキング成功させたちう様、どうなっているの。

 

「その技術を応用して、逆に物質を電子情報化する術式を開発中だ。つまり、私は……下級悪魔なんかじゃなく、情報生命体に自らを昇華させる!」

 

 おー。

 私は、ちう様の宣言に、思わず拍手を送っていた。

 とんでもない話だが、ちう様なら成功させるだろうなという確信がある。あと、このネギま世界ならそれくらいのこと普通にできるだろうな、とも。

 なにせ、『AI止ま』本編では、生身の肉体を持つ狼を一時的に電子情報化して、遠隔地にテレポートさせることに成功している。それに、未来では魔法がアプリ化するような世界だ。不思議現象とITの親和性は想像以上に高い。

 

 ちう様が決断したのなら、私はそれを祝福しよう。

 

「そこで、最初の話に戻るぞ。リンネに相談だ」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「手持ちの機器じゃ、術式の研究を進めるには、とてもスペックが足りないと分かったんだ」

 

 なるほどなるほど? つまり……。

 

「私に、最新パソコンを買って欲しい、ですか?」

 

「いや、そこまで厚かましくねーよ」

 

 あれ? 違った? じゃあ、何を私に求めているのだろうか。

 

「ちょっとだけ、背中を押してほしいんだ。ネギ先生と仮契約(パクティオー)がしたくてな……。アーティファクトの『力の王笏(おうしゃく)』が欲しい」

 

「いや、そこまで決まっているなら、具体的に何をどう押せと言うのです?」

 

「……キスをする勇気が持てないんだよ!」

 

「えー……」

 

 何その理由。ちう様、そこまで乙女だったっけ? あ、乙女だったわ。

 割とツンデレだし。ツンデレは、現在2003年において最新のサブカル用語だよ。

 

「こちとらファーストキスなんだよ!」

 

「だったら、キスじゃない方法を取ればいいのではないですか?」

 

 ちう様も『UQ HOLDER!』を読んだのなら、もう一つの仮契約の方法を知っているよね。

 

「男と密着して三時間過ごすとか、キスより難易度高いわ!」

 

 そう、キス以外の方法とは、身体のどこかに浮かんでくる印をお互いに密着させた状態で、長時間待つというものだ。待つ時間は平均で三時間。

 確かに、言われてみればキスより高度な行為だ。手の平と手の平くらいなら、マシなのだろうが……。

 

「分かりました。それじゃあ、これからネギくんのところへ一緒に行きましょう」

 

「これからかよ!」

 

「こういうのは、時間が経つと余計に恥ずかしくなるものですよ。さあ、今すぐ……って、あー」

 

「? どうした?」

 

「どちらにしろ、女子寮には戻らないといけません」

 

 別荘の外から届く念話。それは、女子寮にいるハサンさんからのもので……。

 

『オーナー殿。悪魔が姿を見せました。犬上小太郎殿は、まだ女子寮にはいないようなのですが……』

 

 その念話を聞いて、私は意識を真面目なものへと切り替える。

 

「女子寮に、悪魔出現です」

 

「……分かった。今すぐ別荘を出よう」

 

「古さんはどうします?」

 

「念のため連れていくか。私が呼んでくるから先に向かってくれ」

 

 そう端的に言葉を交わし、私達はそれぞれ動き出した。

 悪魔の襲撃、大事にならなければいいが……。

 

 

 

◆75 地獄の男

 

 外はあいにくの雨模様。女子寮に向けて飛行する間も、ハサンさんから伝わる状況は刻一刻と変わっていった。

 だが、事態は予想もしていない方向へと転がっていく。悪魔ヘルマンは、原作漫画のように人質と神楽坂さんを屋外の仮設ステージにさらうことはしなかったのだ。

 悪魔ヘルマンは「ハイデイライトウォーカーには、絶対に見つかるなと指示されている」と言い放ち、神楽坂さんの部屋で直接ネギくんとの戦闘を始めた。

 

 ネギくんの魔法は、神楽坂さんを手中に収めている悪魔ヘルマンには効いていない。神楽坂さんが持つ『火星の白』、魔法無効化能力を使って魔法を消しているのだろう。

 ネギくんは、覚えたばかりの武器格納魔法でアンオブタニウムの剣を取り出し、懸命に悪魔ヘルマンと戦いを続ける。

 

 神楽坂さんと近衛さんは、まるで凌辱エロゲのようにスライムの触手に捕らわれている。神楽坂さんは、必死の抵抗も虚しく悪魔ヘルマンに能力を一方的に利用されている状態だ。

 なお、神楽坂さん達を捕らえているスライムは一体だけだ。原作漫画知識によると、確かスライムは全員で三体いるはずだが、どこかに潜んでいるのだろうか……。

 

 と、ここでキティちゃんから念話が入る。

 

『リンネ、まだ手は出すなよ』

 

『構いませんが、スライムが一体しか見えないのが、すごく不安なのですが……』

 

『残りのやつらなら、別の部屋で魔法に関しての内緒話をしていた桜咲やのどか達を襲撃した。今、全員、雨を吸って膨らんだスライムの体内だな』

 

『うわあ、丸呑みシチュですか』

 

『なんだそれは? おっ、のどかが魔法で脱出に成功したな。いや、テクニックというのだったか』

 

『あー、のどかさんなら、基礎的なテクニックはもう全属性使えますからね。ディスクを使えば練習なしに覚えられる、科学の力ですので』

 

 そう言っている間に、徐々にネギくんが悪魔に追い詰められていく。窓際に追いやられ、殴られて窓に叩きつけられ、外へと吹き飛ぶネギくん。

 だが、それはネギくんの狙い通りだったようだ。地面に転がりながらパクティオーカードを取り出し、アーティファクト『雷公竜の心臓』を呼び出したのだ。

 竜の心臓から汲み上げた魔力を身にまとったネギくんは、外に出てきた悪魔へ暴風のように襲いかかった。外にわざわざ出たのは、とても屋内で使える力ではなかったからだろう。

 

 ネギくんの力に気圧(けお)された悪魔は、苦しまぎれで悪魔としての真の姿をネギくんに見せ、精神にゆさぶりをかけようとする。自分はかつてネギくんの故郷の村を襲った悪魔の一人で、石化の術を使う爵位持ちの上級悪魔だと悪魔ヘルマンが言い放つ。

 しかし、ネギくんはそれに動じない。おそらく故郷の村の人々がすでに救われていることで、悪魔への復讐心や執着心が薄れていたのだろう。彼は、冷静に悪魔を追い詰めていく。

 

 そこで、女子寮の割れた窓からネギくんを応援する声が届く。

 神楽坂さんだ。神楽坂さんと近衛さんは、部屋に駆けつけた桜咲さんに助けられ、エロゲ状態を脱したのだ。

 これで魔法が通じるようになる。ネギくんは『雷の斧(ディオス・テュコス)』の魔法を剣にまとわせ、渾身の一撃を悪魔に向けて放った。決着だ。

 

 ふう、なんとかなったね。

 私は途中で飛行が面倒臭くなって転移したので現場にとっくに到着していたが、キティちゃんに手出し無用とにらまれて、上空から観戦状態にあった。

 無事に終わったようなので、私はネギくんのもとへとゆっくりと降りていく。

 

 そのネギくんに向けて、神楽坂さんやあやかさんが女子寮の六階の窓から健闘を称えていた。

 他にも、近衛さん、桜咲さん、水無瀬さん、相坂さん、のどかさん、綾瀬さん、早乙女さんのキティちゃんの門下達が、神楽坂さんの部屋にいるようだ。

 

 六階の高さだし、外は雨なので、さすがに窓から飛び出す人はいない。

 ちなみに私は魔法で雨を除けているので、濡れていないよ。ネギくんも魔法障壁で髪は濡れていないようだが、地面を転がったときに汚れたのか、服が泥にまみれていた。

 

 まあ、どれだけ汚れようが、勝利は勝利だ。しかし、ネギくんは勝ったというのになぜか暗い顔。

 

「どうしました、ネギくん。そんなに落ち込んで」

 

「リンネさん……。僕、悪魔をこの手で殺してしまいました……。あれほど剣の扱いには気を付けるよう言われていたのに、言葉が通じる相手を斬り殺して……」

 

 あー、そういうこと。大丈夫、大丈夫。

 私は、脇に転がる悪魔ヘルマンを見下ろしながら言う。

 

「悪魔は生命力が強いですから、このくらいじゃ死なないですよ。これは、死んだふりです」

 

 私がそう言うと、ネギくんは即座に臨戦態勢に入る。

 

「おや? バレてしまったか」

 

 そんな声が、倒れた悪魔の口からもれる。

 私はそれに満足しながら、続けてネギくんに言う。

 

「ね? 悪魔は普段、弱肉強食の魔界でバチバチやっている戦闘民族ですからね。頑丈なんです。それに、この人がさっきネギくんに言っていたことを信じるなら、爵位持ちの上級悪魔。多分、首をはねても死なないですよ」

 

「ふむ、お嬢さん、詳しいのだね」

 

「優秀な人に師事していますから」

 

 悪魔の言葉に、そう端的に答える私。そして、私はネギくんに再度言葉を投げかける。

 

「召喚されているようですから、このままだと魔界に帰っていくでしょう。しかし、今は麻帆良にある結界のおかげで、相当弱体化しています。ネギくんが上級悪魔という格上に勝てたのも、これが理由です。つまり、トドメを刺すなら今ですよ」

 

 私がそう言うと、悪魔も小さく笑って語り出した。

 

「その通りだ。トドメを刺すなら今しかないよ。ネギ君、君のことは少し調べさせてもらった」

 

 悪魔の言葉をネギくんはじっと黙って聞く。

 

「君が日本に来る前に覚えた九つの戦闘用呪文のうち、最後に覚えた上位古代語魔法(ハイ・エンシェント)……本来なら封印することでしか対処できない、我々のような高位の魔物を完全に討ち滅ぼし、消滅させる高等呪文――」

 

 結局、その魔法は『魔法先生ネギま!』では一度も使われることなく、『UQ HOLDER!』で造物主ヨルダに対して二度使われた、そんな魔法。

 

「――『ヨルダの御手(マヌス・ヨルダエ)』ならば、私を殺せるぞ」

 

 その悪魔のささやきに、ネギくんは首を横に振って拒絶した。

 

「そうか。では、大人しく去るとしよう」

 

 悪魔がそう言うと、彼の身体から煙がもうもうと上がり始めた。

 

「そうそう、かつて私が襲った君の故郷の人々だが……喜びたまえ。石化は解除されたようだ」

 

「…………」

 

「あるいは、それを知っていたからこそ、私を殺さないのかな? 将来、復讐に燃える君と戦うことを楽しみにしていたのだが……巡り合わせが悪かったようだね。では、もう会うこともないだろう。さらばだ」

 

 そう言って、悪魔の身体は煙となって消滅した。

 その姿をネギくんは、ただ無言で見つめていたのだった。

 

 さて、なんだかしんみりしたが、事後処理をしなくちゃ。私は手を叩き、ネギくんに注意を向けてもらう。

 

「はい、悪魔との戦いは終わり。次に行きますよ。まずは、スライムの捕獲です」

 

「あっ、そういえば、アスナさんを捕まえていた魔物がまだ……!」

 

 ネギくんはそう言って、飛び出してきた窓の方を仰ぎ見る。

 すると、桜咲さんがすでに捕獲していたようで、話を聞いていた桜咲さんが、符術で封じられたスライム三体を窓際に寄せてこちらに見せた。

 

「今、ちう様が来ましたので、本格的な封印術を施してもらうことにしましょう。次、ネギくんは、お風呂ですね。汚れていますし、雨に濡れたので風邪を引きます」

 

 空の向こうから、ちう様と古さんが飛んでくるのが見えたのでそう言うと、ネギくんは嫌そうな顔をした。

 

「うっ、お風呂ですか……苦手ですー」

 

 まあ、風邪を引かないよう早めに入ってほしい。

 そして、最後だ。

 

「めちゃくちゃになった神楽坂さんの部屋、直しませんとね」

 

「あっ、窓ガラス! それに、部屋の中で戦っていたから……」

 

 ネギくんが顔を青ざめさせて、女子寮の窓を見上げる。

 窓ガラスだけでなく、壁や床、家具も見事に損壊しているだろう。

 

「どうしよう……弁償?」

 

 そう肩を落とすネギくん。そんな彼に、私は手にスマホを呼び出し、力を引き出しながら言った。

 

「大丈夫ですよ。私、壊れた物を直すの、得意なんです」

 

 引き出すのは、人類最後のマスターが持つ魔術回路(マジックサーキット)

 物の修復は、魔術において初歩の初歩だ。修理工事は任せてほしい。

 




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■31 エゴ・エレクトリゥム・レーグノー

◆76 魔術基盤

 

 ネギくんと一緒に、女子寮へと入る。キティちゃんと茶々丸さん、ちう様、古さんも合流しており、ネギくんと一緒に六人で寮の廊下を歩いていく。

 ときおりすれ違う他の生徒から、泥に汚れたネギくんのことを心配する声がかかるが、シャワーを浴びさせると言うだけ言って六階を目指す。

 そして六階、643号室の扉を開けると、部屋の向こう側から何かが飛びこんできた。

 

「兄貴ー! 俺っちは兄貴ならやるって信じてたぜー!」

 

 意外、それはカモさん。

 てっきりあやかさんが来るかと思っていたが、あやかさんは戦闘で散らかった部屋の整頓を他の面々と一緒に行なっていた。

 

 私達は靴を脱いで部屋に入り……ってネギくん靴履かないで雨の降る外に飛び出したから、靴下ぐちゃぐちゃだな。とりあえず、近衛さんに言って塗れタオルを用意してもらう。

 そして、靴下を脱いで足を拭くようネギくんに言った。

 すると、今度こそあやかさんが反応して、丁寧にネギくんのおみ足の世話をし始めた。まあ、いいんだけど。

 

「さて、とりあえずスライムの封印ですね。ちう様お願いしていいですか?」

 

「分かった。エヴァンジェリン先生、間違っていないか監督を頼む」

 

「やれやれ、我が生徒の卒業はまだ遠そうだな」

 

 そんな微笑ましい師弟のやりとりを尻目に、私は私でやるべきことのために動く。

 私が向かうのは、ネギくんが飛び出した窓。見事に割れていて、室内が雨で湿っぽくなってしまっている。

 

「あっ、リンネちゃんそっち危ないわよ!」

 

 神楽坂さんが私を止めようとする。

 だが、私は笑みを浮かべながら、一部屋に集まるには多すぎる面々に向かって言った。

 

「大丈夫ですよ。直しますから」

 

「直すって……割れたガラスを?」

 

「はい。見ていてください。あ、ガラス片の近くから離れてくださいね」

 

 そう言いながら、窓の前に立つ。

 スマホからすでに力は引き出している。服装も変化しており、今日の私の魔術礼装(コーデ)は学園都市らしく『魔術協会制服』だ。

 さあ、修復を始めよう。

 

「――開け」

 

 高いところから落下していくイメージを脳内に浮かべ、魔術回路(マジックサーキット)を開く。

 

 私がスマホの中から引き出している力は『Fate/Grand Order』の主人公が持つ力、魔術回路だ。

 魔術を使うために必要な、魔術師の体内に存在する目に見えない回路。私が引き出した魔術回路は、魔術師が持つ物としては三流もいいところだが、これから使う魔術にはその程度でもなんの問題もない。

 

 私は、魔術回路を開いたまま、割れたガラスに指を触れ、わずかに指先を切る。

 

「ちょっと、リンネちゃん!?」

 

 神楽坂さんの叫び声が聞こえるが、無視だ。

 

「溶接せよ」

 

 一節の詠唱により、体内のオドがわずかに失われ、大気中のマナが神秘を行使する。

 バラバラに砕けて部屋と窓の外に散らばっていたガラス片が、浮遊して窓枠に集まっていき、ひとりでに組み合わさっていく。

 そして、二十秒も経たないうちに、窓ガラスは割れる前の元通りの姿を取り戻していた。

 

「うっそお!?」

 

「修復の魔法です……?」

 

 神楽坂さんが驚きの声をあげ、綾瀬さんがそんな疑問の声をもらした。

 うん、魔術での修復ではあるけど、ネギくんやちう様が使う西洋魔術ではないね。

 

「そんなことよりも、リンネ、指! 治さな!」

 

 近衛さんが、血相を変えてパクティオーカードを取り出そうとする。

 

「後で治しますから、大丈夫ですよ。それよりも、壊れた床や壁、家具をこの要領で直していきますよ。大きな破損を直すときは少々血が付きますが、それは拭いてくださいね」

 

 そうして、私は魔術を行使して部屋を元通りに復元していく。

 十分もしないうちに、部屋は元通りの綺麗な風景を取り戻していた。

 

「リンネちゃん、ありがとう!」

 

 神楽坂さんに言われ、私はどういたしましてと返す。

 

「それで、気になっていたのですが、リンネさんが使用した術は、ネギ先生達が使う西洋魔術なのでしょうか? いささかおもむきが違うように思ったです。始動キーも唱えていませんでしたし」

 

 綾瀬さんが、興味深そうな顔で尋ねてくる。

 それに対し、私は素直に情報を開示する。

 

「私が使った術は、この世界とは違う、別世界における魔術です。そうですね……基盤魔術とでもいうべき術の力を使いました。私が使った魔術は初歩の初歩。その世界の魔術師ならば初心者でも行使できる修復の術です」

 

「別世界! そのような場所があるですか!」

 

「いろいろありますよ。私は、その別世界から力を取り出すことができます。ただし、その世界に私達が訪れる手段は、存在しません」

 

「そ、その世界の名前は……?」

 

「地球ですよ。この宇宙の地球とは異なる神秘の発展をした、並行世界とでも言うべき別宇宙の地球です。そうですね。ドラえもんの『もしもボックス』で、『もしもこの世界の魔法とは、違う種類の魔法が存在したなら』と言うことで生まれる、別の地球のようなものと思ってください」

 

「ほおお、その並行世界から力を引き出す……神秘的です」

 

 綾瀬さんは、パクティオーカードを取り出すと、アーティファクトを取り出して何やら調べ始めた。

 

「基盤魔術……何も出てこないですね。並行世界……おお、すごく詳しく出たです。並行世界は魔法的にもしっかり証明されている概念だったですか」

 

 彼女が調べるその後ろから、幾人もが『世界図絵』の検索結果を覗いているのが見えた。

 ふむ、私の話に興味ある人、他にもいるのか。

 

 せっかくなので、私はもう一つ話をした。

 

「基盤魔術の行使には、魔術基盤という土台が世界に敷かれている必要があります。この世界にはその魔術基盤が存在しないため、私がこの魔術を他人に教えても、その人は魔術を使うことができません。私だけは、別世界から力を引き出しているので、使えますけどね」

 

 ここはネギま世界。魔術基盤なんてものはない。だが、私はゲームに登場する力を自由自在に扱える能力を持つ。

 私が自由に基盤魔術を使おうと思った場合、スマホの中の惑星Cathに建つカルデアに敷かれている魔術基盤を使うことになる。この魔術基盤は、スマホから呼び出した一部のサーヴァント達も利用する。

 

 綾瀬さんは、魔術基盤という単語も『世界図絵』で調べて何も出てこないことを残念がる。そして彼女は、さらに質問をしてくる。

 

「のどかが杖を使わず魔法を使っていましたから、この力を使っているかと思ったですが……違うようですね」

 

「ええ、そうですね。のどかさんが使っているのは、これまた別世界のフォトンと呼ばれる粒子を使った、テクニックという技です。フォトンを扱うには適性が必要なため、今のところ、この世界では、のどかさんと私しか使うことができません」

 

「リンネさんが使えるのはなんとなく分かるですが……のどか、なんであなたも使えるですか?」

 

 綾瀬さんの台詞は、途中で私ではなく、のどかさんに対しての問いに変わっていた。

 問われたのどかさんは、どこまで答えていいのか迷ったようで、必死で私の目を見て助けを求めてくる。

 仕方ないので、私は事前に決めていたラインまで情報を開示した。

 

「のどかさんが持つアーティファクトは強力な読心能力を持つため、危険視をした人に排除、誘拐されるおそれがありました。なので、早急に抵抗できる力を身につけてもらうため、フォトンを扱える種族へ変わってもらいました」

 

「種族の変更……? どうやって変わったです?」

 

「改造手術です」

 

「改造……!?」

 

「前、言ってた改造手術って、冗談じゃなかったんかーい!」

 

 後ろで話を聞いていた早乙女さんが、そんなツッコミを入れてきた。

 冗談じゃないってちゃんと言ったんだけどなぁ。

 

「つまり今ののどかは、機械の身体に……のどかがやらねば誰がやる?」

 

 早乙女さんがワナワナと震えながら、中学生とは思えない古いネタを振ってきた。

 

「機械のパーツは一切組み込まれていませんよ」

 

 のどかさんに施された改造は、機械の身体を持つキャストではなく、生身のヒューマンがベースだ。

 

「ライダーの方じゃったか……」

 

「変身もしません」

 

 ルーサーが変なもの仕込んでいないなら、ダークファルスに変身するダークブラストも使えないよ!

 

「意外とふつー?」

 

 早乙女さんが首をかしげながらのどかさんを見た。

 のどかさんは、「普通だよー」と笑みを返している。いや、普通なの見た目だけで、中身は普通じゃないからね? 体液が考える海と化しているんだから。秘密だけど。

 

 と、そんな話をしている間に、ちう様の封印術は成功し、ネギくんもシャワーを終えて着替えて部屋に戻ってきた。

 ちゃっかりネギくんの世話を自ら買って出ていたあやかさんが、困ったように言う。

 

「ネギ先生ですが、どうやら身体の何箇所か打撲しているようですわ」

 

 ネギくん、悪魔に魔法障壁抜かれて殴られていたのか。相手が素手で本当に助かったね。

 

「どなたかネギ先生の打撲を治せませんか?」

 

 あやかさんが皆に向けてそう言った。

 すると、周囲の視線が近衛さんに集まる。

 

「ちょっと無理やなぁ。もう戦いから三分経っていてな。この制約キツいわあ」

 

 近衛さんがそう言うと、今度は私に視線が集まる。

 

「んじゃ、そこまで酷い怪我じゃないようなので、パパッと。『全体回復』」

 

 本日の魔術礼装、『魔術協会制服』が持つスキルを発動して、私の指先ごと周囲をまとめて癒やした。

 

「おお、それも基盤魔術です?」

 

 興味津々で尋ねてくる綾瀬さん。この子、知識欲すごいなー。この子がアカシックレコードの司書化していたら、私事でアカシックレコード使いまくっていただろうな。

 まあ、異世界の知識を知りたいのなら、教えることはやぶさかではない。

 私は桜咲さんに学園長先生へ悪魔撃退と魔物捕獲の連絡を頼みつつ、魔術礼装についての説明を始めたのだった。

 

 

 

◆77 狗族の少年K

 

 明くる日の放課後、また私とちう様と古さんが別荘に籠もっていると、エヴァンジェリン門下の生徒達が連れ立って別荘に入ってきた。

 ネギくん以外が平日に入ってくるのは珍しいな。みんな土日にまとめて修行をするって言っていたのに。

 そう思い、彼らのもとに行くと、見ない顔が一人いた。

 

「ええっ、一時間が二十四時間になる? ネギだけズっこいわ。よし、決めた! 俺も、このまま麻帆良に残るわ!」

 

 そんな言葉を叫ぶ、頭に犬耳が生えたネギくんと同じくらいの歳の少年。

 私は初めて会うが、おそらく彼が犬上小太郎なのだろう。どうやら原作漫画通り、3年A組の生徒が保護したようだ。

 悪魔ヘルマンの襲撃はもう終わったから、ハサンさんは女子寮から下げていたんだよね。なので、彼が麻帆良に来たことは知らなかった。

 

「どうも。見ない顔がいますね」

 

 私はそう言って、事情を一番知っていそうなあやかさんに事情を尋ねた。

 

 犬上小太郎。彼は京都での一件で捕まり、関西呪術協会の本山にある反省部屋に押し込められて再教育を受けていた。

 再教育を受ける中、思い出すのはネギくんとの幾度にも渡る死闘だったらしい。だが、自分は一度も勝てていない。ゆえに、リベンジを決意した小太郎くんは、反省部屋を脱走して、麻帆良までやってきた。

 

 だが、麻帆良に侵入しようとしたところで、自分と同じく麻帆良入りしようとする悪魔と遭遇。そのまま話の流れで戦闘になり、怪我を負ってしまった。

 その後、怪我を癒やすために子犬の姿を取って麻帆良で活動を開始するも、ネギくんの居場所が分からない。

 

 だが、ある日、あの悪魔の気配を感じ、そこに向かったところでネギくんが悪魔を打倒するのを目撃した。

 自分がかなわなかった相手に勝ったネギくんを見て、ショックを受ける小太郎くん。気落ちして、子犬姿で女子寮の周囲で寝ていたところ、3年A組の村上(むらかみ)夏美(なつみ)那波(なば)千鶴(ちづる)、そしてあやかさんの三人に行き倒れた野良犬と勘違いされて寮に保護されていた。

 

 翌朝、目を覚ました小太郎くんは、野良犬と間違われたことを知り、なんとか抜け出そうとする。

 さすがに人前で姿を人に戻すわけにもいかず、術で逃げようにも、京都の一件での刑として術の使用を封印されている。

 

 仕方なしにお世話をされている間に、隙を見つけて部屋を脱出。そのまま女子寮を去ろうとしたところで、ネギくんの匂いがしたので向かってみると、いかにも魔法関係者らしき集団で話をしていたので、姿を現してネギくんと再会したとのこと。

 

 で、人に戻ろうにもそのままだと全裸になるので、ネギくんの服を借り、修行に向かうというネギくんに付いてきて、今ここに至ると。

 

「なるほど……脱走犯ですか」

 

「いや、そんな犯罪者みたいに言わんでくれへんか?」

 

「京都の一件では、まごうことなき魔法犯罪者でしょうに……桜咲さん、関西呪術協会に連絡は?」

 

「いえ、まだです……すみません」

 

 私がそのへんしっかりしていそうな桜咲さんに話を振ると、彼女は申し訳なさそうにそう返してきた。

 すると、小太郎くんが私に向けて頭をいきなり下げてきた。

 

「すまん、関西へ送り返すのは待ってくれへんか! 俺、このままネギに負けたままは嫌なんや! だから、麻帆良で修行させてくれや!」

 

 うーん、そうなるか。

 彼は鍛えるとアホみたいに強くなるので、エヴァンジェリン門下に入れるのはむしろ推奨したいくらいなのだが……。

 

「私としては構わないのですが、それで上の人達を納得させられますか?」

 

「うっ……」

 

「そうですね。麻帆良を襲撃しようとしている悪魔と戦ったというなら、功績として認められ、反省部屋に帰されずに済むかもしれません。何か戦った証拠のような物は?」

 

 原作と同じならば、持っているはずだ。

 そう思いながら小太郎くんを見ると、彼は髪の中に手を突っ込み、何かを取り出した。それは、五芒星が描かれた小さな瓶。

 

「封魔の瓶や。悪魔のおっさんからかっぱらった」

 

「ああ、多分、あの悪魔が元々封印されていた瓶でしょうね。証拠としては十分です」

 

「そっか、なら麻帆良に残れるか?」

 

「交渉次第でしょう。桜咲さん、後で小太郎くんを連れて、学園長のもとへ向かってください」

 

「わ、私ですか?」

 

 桜咲さんが少し驚いてそんな言葉を返してくる。

 そんな彼女に私は再度言葉を投げかけた。

 

「関西呪術協会関連ですからね。この中のメンバーとしては、適任でしょう」

 

「私は西の者にとって、東についた裏切り者扱いなのですが……」

 

「桜咲さんが直接西と交渉するわけではないので、大丈夫ですよ。西の事情を知っている桜咲さんなら、学園長に話が通しやすいというだけです。学園長への交渉は、小太郎くん本人に頑張っていただきましょう」

 

「それなら構いませんが……」

 

「おう、自分のことは自分でけりつけるから、安心し!」

 

 小太郎くんにそう言われ、桜咲さんはようやく納得した。

 

 さて、その後はせっかく別荘に来たということで、門下メンバーがそれぞれ分かれて各々の修行にはげみだした。

 中間テストも近いのに、大丈夫かなあと思いつつ、私は別荘初心者の小太郎くんに付く。

 

 小太郎くんは、アルトリア陛下の剣技指導を受けるネギくんを見て、彼に絡みにいった。

 

「なんやネギ、京都ではステゴロやったのに、剣に浮気かいな」

 

「うん、僕は格闘家じゃなくて剣士を目指すよ。魔法剣士だね」

 

「そうかー。剣を使うネギと戦うとなると、俺も素手のままじゃあかんな。爪で戦うか、手甲をはめるか……」

 

「さすがに僕も、小太郎くん相手に真剣は使わないけど……」

 

「なんや。手加減かいな」

 

「いや、純粋に、人間相手に真剣使うのはちょっと」

 

「くっ、下に見られてるっちゅーことか。見てろよネギ、いつか本気にさせてみせるからな!」

 

「うん、小太郎くんは、いいライバルだと思っているよ」

 

「その余裕顔、いつまでもつか見ものやな!」

 

 そんな少年同士の尊いやりとりをスマホで撮影していた私は、後であやかさんに渡してやろうと、動画を保存するのだった。

 私は三次元に関してはショタコンじゃないが、こういう漫画みたいなシチュエーションは好きなのだ。

 

 

 

◆78 ちう様のドキドキ仮契約(パクティオー)

 

 その後、門下メンバーは別荘内で一日修行に費やした。

 内部での食事に必要な食材は、キティちゃんの私財から出すには負担も大きいので、私がスマホから大部分を出している。地球とは異なる食材に、初期の頃はキティちゃん配下の人形達も扱いに困惑していたようだが、今ではしっかり美味しい料理を出すようになっていた。

 いずれは門下メンバーから食費を徴収した方がいいのだろうか。でも、中学生だしなぁ。中学生にお金がないことは、自分も中学生なので理解しているのだ。いや、私は貴金属を裏ルートに流してもらって儲けているけどさ。

 

 さて、そんな感じで修行も終わり、門下メンバーは帰るだけとなったのだが、その前に楽しい楽しい仮契約タイムだ。

 私達は全員で集まって、魔法陣の上に立つネギくんとちう様を囲んだ。

 

「いや、おめーらなんで集まってくるんだよ。さっさと帰れ!」

 

 ちう様がそう言うが、帰ろうとする人は誰一人いない。いい見世物扱いである。

 

「いやー、チューするの見たいし、アーティファクトも気になるし、帰るわけなくない?」

 

 早乙女さんが代表してそんなことを言った。

 ちう様はプルプルと震えている。

 

「しかし、長谷川さん。前は、まだ仮契約はしないと言っていませんでしたか?」

 

 綾瀬さんにそう指摘されるちう様だが、ちう様はその言葉を否定した。

 

「それはエヴァンジェリン先生との仮契約だ。ネギ先生相手の場合、まだ魔法使いとして完成しきっていない今の方が、希望する方向のアーティファクトが狙いやすい」

 

「なるほど、今出るアーティファクトと、魔法使いとして完成した後に出るアーティファクトをそれぞれ得たいと」

 

「そーいうことだ。まあ、本来ならアーティファクトが出るなんて、そうそうないんだが……ネギ先生とエヴァンジェリン先生は例外だな」

 

 ネギくんは血筋と才能が秘める魔法使いとしての潜在能力がアーティファクトを呼び、キティちゃんは六百年を生きる強大な魔法使いとしての実力がアーティファクトを呼ぶのだと推測できた。

 

「まあ、無駄話はいいから、さっさと仮契約しちまおうか。ネギ先生、いくぞ」

 

「はい」

 

「いくぞ」

 

「はい」

 

「いくぞ!」

 

「えーと……」

 

 ネギくんの前でプルプルと震えるちう様。めっちゃ恥ずかしがっておる。

 こりゃダメだと思った私は、ネギくんに声を投げかけた。

 

「ネギくん、あなたの方からキスしてあげてください」

 

「あっ、はい。では、千雨さん、失礼します」

 

「えっ、あっ……」

 

 ぱくてぃおー!

 

 という感じで、ちう様からアーティファクトカードが出現した。

 カードの絵を見ると、しっかり『力の王笏』が描かれている。

 

「よーし、よし。まだ私は魔法使いに振り切れていなかったか。くくく、来た、私の時代が来た!」

 

 先ほどの乙女っぷりはなんだったのか、ちう様は不敵な笑いをこぼしながら、アーティファクトを呼び出した。

 

「『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』か。俺っちは聞いたことがないアーティファクトだが……」

 

 カモさんがそう言うと、周囲に居た面々が、予想で盛り上がる。

 見た目が魔法少女のステッキじみているとことから、魔法関連の杖ではないかと予想が立ち、実力の高い魔法使いであるちう様の魔法をサポートする能力があるのではないかという話になった。

 

「いや、残念だけど全然ちげーぞ。これは、ネットに接続可能な超高性能魔法コンピュータだ」

 

 ちう様がそう言うと、予想を立てていた面々は一様に驚く。

 

「しかも、高位の電子精霊付きだ。よし、出てこい」

 

「はい、我ら、電子精霊群千人長七部衆。まかり越しましたー!」

 

 ちう様が号令をかけると、杖の中から小さなネズミが七匹、紫電をまとって空中に躍り出てきた。

 

「うわー、なんやそれ! 可愛ええなー!」

 

「長谷川ちゃんのアーティファクト、ペット付き? いいなぁ。私なんて、ハリセンよ?」

 

 近衛さんと神楽坂さんが、ネズミを見てそんな声をあげた。

 ちう様は、そんな声を受けて得意げな顔をする。

 

「ちう様ー。早速ですが、我々の名前を入力してください」

 

 七部衆にそう請われ、ちう様は腕を組んで悩み始める。

 

「まいったな。名前のことは考えてなかったぞ」

 

「ああ、それなら私、いい案がありますよ」

 

 ちう様に横からそう言う私。実は、前々から考えていた名前案があるのだ。

 

「ん? どんなのだ?」

 

「『ゆうしゃ』『せんし』『ふ゛とう』『まほう』『そうりょ』『しょうに』『あそひ゛』でいかがでしょうか」

 

「ドラクエ3かよ!」

 

「名前、登録完了しましたー。素敵なお名前、ありがとうございます!」

 

「いや、私、承認してねえよ!?」

 

 私の名前にツッコミを入れた後、ネズミ達の声にもツッコミを入れるちう様。ツッコミに忙しそうだ。

 頭を抱えるちう様に、私は「まあまあ」と肩を叩いて彼女をなだめる。そして、私は彼女に向けて言う。

 

「おでんの具材よりは、マシでしょう?」

 

「たいして変わんねーよ……」

 

「具材の中に『ねき゛』くんがいるよりはマシでしょう?」

 

「あー、確かに、それよりは呼びやすいだろうがよ」

 

 私達がそんな会話をすると、名前を呼ばれたと思ったネギくんが首をかしげた。

 そして、話の話題はアーティファクトの使い方に移った。

 綾瀬さんが『世界図絵』で検索した『力の王笏』の概要を読み上げてみんなが意外そうな顔をした。

 

「いや、私って周囲にどういう人物だと思われているんだよ」

 

「くーふぇと同じ拳法キャラ? マジカル八極拳みたいな」

 

 神楽坂さんがそんな指摘をする。確かに、ちう様は中国武術研究会の所属で、秋の格闘大会ウルティマホラにも出場している。

 

「そっちか。私はこれでも、プライベートではどっぷりネットに浸かっているんだ」

 

「そうなんだ。本当に意外ね」

 

「結構人気のブログも持っているぞ」

 

 人気……人気かなぁ? 海外のサイエンス記事の翻訳ブログだから、確かにコアなサイエンスマニアには人気だ。2003年の今時にインターネットをやっているような人達は、いわゆるオタク層が多いから、確かに話題の人気ブログとは言えるかもしれない。

 まだスマホ普及前だから、一般層もそこまでインターネット漬けじゃないんだよね。

 

 相手がオタク層ならいっそのことコスプレを載せたらと思うんだけど、このちう様は可愛い服を着ることは好きなものの他人に見せるのは好きじゃない。原作漫画の長谷川千雨と比べて、自己顕示欲が薄いのだ。多分、こちらのちう様は友達が多いため、その辺の欲求が芽生えなかったのだろう。

 

「まっ、ここではアーティファクトは試せねーな。別荘は外と隔絶された異界だから」

 

「あのー、それがちう様。外と繋がるようです」

 

 七部衆の一匹が、そんなことをちう様に言った。

 それを聞いて、ちう様が驚きの表情を浮かべる。

 

「はあ? エヴァンジェリン先生、いつの間に別荘にネット回線引いたんだ?」

 

「は? いや、私は何もしておらんぞ。ネットとか、イマイチ理解できんし」

 

 話を振られたキティちゃんが、慌ててそんなことを答える。科学音痴のキティちゃんが、ネット回線なんて引くはずがない。

 では、茶々丸さんが独自に引いたのかとちう様が尋ねるが、茶々丸さんもそれを否定した。

 

「あのー、ちう様。ネットはあの方から繋がっています。我々に名付けてくれた方です」

 

 ネズミの小さな手が指し示す方向。それは、私だった。

 

「あ、私? じゃあこれかな?」

 

 私は、手元にいつものスマホを出現させる。

 

「それですー。バリ三どころじゃない、ものすごい回線速度です。あの方に便乗すれば、我々、どこでも力を発揮できそうです!」

 

「ふふん、私のスマホは5Gだからね」

 

 電子精霊の言葉通り、別荘の中からでも外のネットに繋がるよ。しかも、二十四倍の速度で時間が流れていることは感じさせない。多分、神様パワー。

 

「お前が近くにいれば、魔法世界からでも地球のネットに繋がりそうだな……」

 

 ちう様に言われて、確かに、地球とのゲートが閉ざされた後の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)からでもインターネットに繋がりそうだなと思った。

 インターネット経由で、魔法世界から麻帆良学園に連絡が取れると、利便性は高そうだ。

 

 そんな思わぬ事実に気づかされながらも、アーティファクトのお披露目は終わった。

 そして、別荘を出て帰ろうとするみんなに私はアドバイスというか、忠告をする。中間テストが近いのに別荘で丸一日修行に使ったのだから、頭から抜けた知識を再度、頭に叩き込むべきだと。

 結果、門下のメンバー全員で勉強会をすることを約束して、私達は解散したのだった。

 



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■32 結成! ネギま部!

◆79 2003年記憶の旅

 

 犬上小太郎くんは、結局あの後、麻帆良への滞在を勝ち取ったらしい。封印されていた術も解除され、西と関わり合いのある魔法先生の監督下で小学生をやるようだ。住む場所も、その先生の家に下宿するのだとか。

 ネギくんに負けるものかと毎日のように別荘へ修行しにやってくるので、成長が早くなって寿命も早く尽きると忠告はしたのだが、本人は特に気にした様子は見せなかった。狗族と人間のハーフらしいけど、狗族って長寿命な種族なんだろうか……。

 

 そして、小太郎くんに触発されたのか、エヴァンジェリン門下の者達も、ちらほらと平日に別荘で姿を見ることが増えた。

 土日となると別荘の中で数日間修行に明け暮れるようになり……本当にみんな、余計に歳取るのを気にしないでいいのかな、と心配になってくるほどだ。でも、家主のキティちゃん的には、夏休みの魔法世界行きまでに強くなるのは喜ばしいことだと思っているみたいだね。

 

 そして、私も皆の修行の助けになるようにと、スマホの中の人達に注文していた設備を別荘に導入した。

 アークスとカルデア共同開発の、シミュレータールームだ。

 いわゆるVRを使った訓練設備というやつで、実際に身体を動かして仮想の戦闘を行なえる。

 

 ここならば、本気の殺し合いも生身の肉体に影響を与えずに行なうことが可能であり、人間同士の仮想対戦だけでなく、現世には存在しない魔物やダークファルスの眷属ダーカーとも戦える。

 この設備に一番喜んだのは、門下メンバーでもなく、家主のキティちゃんでもなく、キティちゃんの人形の一人であるチャチャゼロさんだった。遠慮無く門下メンバーを皆殺しにできる、とか言いだして、そして実際に神楽坂さんやネギくんをなます切りにしていた。

 

 さて、そんな感じで別荘がフル稼働して、やがて訪れた五月二十五日日曜日。明日は中間テストということで、別荘を使ってテスト勉強をみんなですることになった。

 いやー、時間加速して勉強会とか、本当にズルいよね。

 

 勉強会のメンバーにはバカレンジャーが三人もいるので、ネギくんだけでは手が回らないだろうということになって、私も教える側に回った。成績優秀なあやかさんも教師役だ。

 バカレンジャーのうち、綾瀬さんはやる気がないだけで頭は悪くないし、古さんは修行のしすぎで頭から知識が抜け落ちているだけ。真なるバカは神楽坂さんだけなので、そこまで手こずることなく勉強会は進んだ。

 そして、休憩時間。だらだらとお菓子を食べながら雑談タイムだ。みんなの話題は、先日ネギくんを襲った悪魔について。

 

「結局、あいつらは何しに来たわけ?」

 

 私がスマホの中から取りだした、タマモキャット特製謎芋チップスを食べながら、早乙女さんが疑問を呈する。

 するとネギくんが、悪魔のしていた発言をピックアップして述べていく。

 

 それによると、召喚主の命令での麻帆良の調査と、神楽坂明日菜の調査、そして悪魔個人によるネギくんへのちょっかいという三つの目的がうかがえた。

 

「私の調査って、いったいなんなのよー」

 

 神楽坂さんがそう言うが、皆の意見は「魔法無効化能力の調査」で一致した。

 京都の関西呪術協会本山で神楽坂さんは、フェイト・アーウェルンクスの石化魔法を食らっても服を石にされるだけでピンピンしていたそうで……その力の調査をしにきたというのではという意見に、彼女も納得した。

 

 原作漫画を見るに、実際その通りなのだろう。これで黄昏の姫御子である神楽坂さんの存在は、フェイト・アーウェルンクス並びに秘密結社『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に知られたと言ってよいだろう。夏休みに魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で秘密結社と私達が衝突するのは、ほぼ確実だ。

 もし仮にネギま部が結成されずに神楽坂さんが魔法世界に行かなかった場合、その時は麻帆良が『完全なる世界』に襲撃されて、神楽坂さんがさらわれるという事態となるだろうね。そのための悪魔による調査だったと推測ができる。

 

「まあ、アスナが変な能力持ってて狙われたっていうのは、分かった。でも、ネギ君が悪魔にピンポイントで狙われたのは、どーいうこと?」

 

 早乙女さんが、再び皆を代表して疑問を口にする。

 皆の注目を浴びたネギくんは、真面目な顔をしてその疑問に答えた。

 

「僕の過去が関係しています。そうですね、いい機会ですし、皆さんには僕の過去を知らせておきます。僕に関わると、今回のような事件に巻き込まれる危険性があるので、事情をしっかり認識していただきたいです」

 

 そう言って、ネギくんは場所を移動して別荘内にある砂浜へとやってきた。

 そして、砂地に大きな魔法陣を描き、その中に全員入るように指示する。

 

「では、魔法で僕の記憶を見せます」

 

 そこから始まったのは、以前プライベートジェットの中で見せてもらったネギくんの過去の記憶だった。

 幼い頃の暮らし、村への悪魔の襲撃、魔法学校での学び。さらに今回は、先日の石化解除の旅も含まれていた。

 

 全ての記憶の再生が終わり、私達の意識は砂浜へと戻ってくる。

 そして、ネギくんは皆に言う。

 

「これが、今回悪魔に狙われた理由です。村を襲撃された原因がもしも僕にあるなら、今後も危険はついてまわるでしょう。僕と行動を共にする場合、それを覚悟していただく必要があります」

 

「危険が何よ! その危険に対処するために、私達は修行をしているんだからね!」

 

「あれ? そうなん? てっきり、ネギ君のお父さんを探す手伝いをするためやと思うてたけど……」

 

 神楽坂さんの強気の発言を聞いて、近衛さんがそんな疑問の声をもらした。

 

「あ、あれ? そうね、クウネル・サンダースって人から、ネギのお父さんの居場所を聞き出すためだったわ!」

 

 神楽坂さんのそんな言葉を聞いて、ネギくんがさらに言う。

 

「クウネルさんが僕に力を示せと言ったのは、おそらく父さんの行方を捜すには、危険がともなうからなのだと思います。僕を手伝ってくれるのはとても嬉しいです。僕一人ではきっと成し遂げられないことなのだと思います。でも……」

 

 そこまで言って、ネギくんは目を伏せる。

 そんなネギくんに、神楽坂さんは言った。

 

「危険かもしれない、ね……。そんなの気にしないわよ。子供が遠慮なんてしないの!」

 

 すると、あやかさんも一歩前に出て、宣言する。

 

「私の想いは、旅行の帰りに伝えたときと変わっていませんわ! パートナーとして、ネギ先生の支えとなります!」

 

 さらに、のどかさんも遠慮がちに前に出る。

 

「ネギ先生について行きます……私の力が助けになるなら……!」

 

 そこから他の皆も、手伝うとか助けるとかネギくんに向けて口々に言い始めた。

 

「皆さん……ありがとうございます!」

 

 その様子をキティちゃんは満足そうに後ろから眺めている。今の状況は、まさしく一年生の入学式の日から、キティちゃんが待ち望んでいた未来ではないだろうか。

 

「これはもう、クウネル・サンダース撃破を狙う、一つの立派な軍団だねー。共通の目的を持つ軍団……ネギ魔法軍団?」

 

 早乙女さんがそう言うと、キティちゃんが鼻で笑う。

 

「はっ、素人だらけで軍団などと言えるか。精々、放課後に集まる部活動レベルだろうさ」

 

「おっ、部活動、いいねー。みんなで倶楽部結成しちゃう?」

 

「そうね! ネギのお父さんの大魔法使いを捜し出すための部活動。略してネギま部!」

 

 キティちゃんの言葉を受けて、早乙女さんと神楽坂さんがそんなことを言い出す。

 すると、近衛さんが即座に賛同し、あやかさんが部長として立候補。小太郎くんが、自分は中等部ではないが学外からでも入れるのかと言い、ネギくんが部の名前を恥ずかしがった。

 部員はこの場にいる全員と早乙女さんが言い出したが、キティちゃんは名誉顧問の立場なら協力してやると居丈高(いたけだか)に告げた。

 

「それと、ネギま部や魔法使いを捜し出す部などという名称で、学園に申請するつもりか? 表向きの名前を考えておけ」

 

 キティちゃんにそう言われて、みんなで部活の名前を考えることとなった。

 原作漫画ならば、『英国文化研究倶楽部』として発足するはずのネギま部だが、現段階ではまだ英国に行くという目標がないので、この名前は挙げられない。

 と、そこであやかさんから、ネギくんの父親が海外を飛び回っていたという調査報告がなされた。それをもとに部の名前を決めてはどうかと彼女は言う。

 

「それなら、いずれ海外に私達も足跡を辿りに行くかもしれないので……魔法世界のことも合わせて……『異文化研究倶楽部』というのはどうでしょうかー……?」

 

「おっ、のどか、ナイスネーミング!」

 

 のどかさんの原作漫画知識を流用したであろう名前案に、いいねとサムズアップする早乙女さん。

 その後、反対意見も出ることはなく、異文化研究倶楽部、通称ネギま部はここに発足したのであった。

 

 それは別に構わないのだが……みんな、テスト勉強放り出して来たけど、続きしなくていいのかな?

 

 

 

◆80 そして麻帆良祭へ

 

 ネギま部の発足から一夜明け、中間テストが始まった。

 クラスメート達の悲鳴を聞きながら、テストの時間は過ぎていく。期末試験と違って教科数が少ないので、余裕顔の生徒も多かったが。

 私はまあ、それなりの高得点を取れたと思う。前世で大学をしっかり出た身としては、中学生レベルの内容で落第したらさすがに恥ずかしいので。高校レベルになると怪しくなってくるが。

 

 そして、テストが無事終わった。打ち上げでカラオケに行き、キティちゃんの上手すぎる歌声に夢心地になったり、最新曲ばかり歌う六十年物の幽霊である相坂さんの選曲に困惑したりしながら、クラスメート達との親睦を深めていった。

 その後日、麻帆良学園名物、クラス平均点の順位発表会が行なわれた。

 この順位発表会では食券を賭けるトトカルチョが行なわれており、私は椎名(しいな)桜子(さくらこ)大明神が賭ける内容に便乗して食券を三十枚賭けた。

 

 私達ネギま部は、学内の大型プロジェクターが設置されている場所に集まって、発表会の様子を眺める。

 

『三年生の第一位は、3年A組ですー!』

 

 その発表結果に、私は歓喜した。食券長者やー!

 いや、もうこれまでの様々な賭けで、大学卒業までに必要な食券は稼げているんだけど、椎名大明神がいるとついつい増やしてしまうよね。これは、積極的にみんなへ食事をおごっていくべきだろうねぇ。麻帆良内にある料理店って、食券で食べられるところ結構あるし。

 

「やりましたね、みなさん!」

 

 昨年度末の期末試験に引き続き一位を取った担任のネギくんは、とても嬉しげにしている。だが、先生として誇らしげなのではなく、あくまで生徒達の頑張りを嬉しがっているようだ。

 

「まっ、バカレンジャーのうち三人が勉強会に参加していたからねー」

 

 平均点が84点となかなかの好成績だった早乙女さんが、今回がっつり成績を上げてきた綾瀬さんの頬をうりうりと指先でいじりながら、そう言った。

 

「実はあまり成績のよくなかった桜咲さんも、近衛さんの直接指導で成績を上げていましたね」

 

 私がそう言うと、桜咲さんが恥ずかしそうに目を伏せる。

 原作漫画と違って一年生の段階で近衛さんと仲が改善していた桜咲さんだが、意外なことに、一緒に勉強会をするということはあまりしていなかったようだった。

 

「新しく来た水無瀬さんと相坂さんが、二人とも成績優秀だったのも大きいと思いますー」

 

 のどかさんの指摘に、みんなは確かに、と納得する。

 

「中学の勉強範囲なら大得意なんですー」

 

 嬉しそうにそう言うのは、相坂さんだ。彼女は、六十年間中等部で地縛霊をやっていたからね。そりゃあ、成績優秀にもなるだろう。

 同じ条件のキティちゃんは、今回ちゃんとやる気を出してテストに臨んだようだ。最後の三年生なので、テストで手抜きをする気はない、とか以前言っていた。

 

 そんな感じで3年A組の一位を喜んでいると、私達に誰かが近づいてくる。

 

「フォフォフォ、頑張っているようでなによりじゃの」

 

 麻帆良学園の学園長先生だ。学園長室はこの麻帆良学園本校に存在するので、こうしてときおり女子中等部の食堂に姿を見せに来ることがある。

 なぜわざわざ女子中等部に来るのか……私が推測するに、多分、有事の際に孫の近衛木乃香さんや、魔法世界のやんごとない姫君である神楽坂さんを守るため、普段から中等部に寄るようにしているのだろうね。

 

「じいちゃん!」

 

「うむ、このかよ。今回もよい成績を残したようで、大変結構」

 

 自らの白ひげをなでながら、孫とのやりとりを楽しむ学園長先生。

 近衛さんといくつか言葉を交わした後、学園長先生はネギくんの方を見た。

 

「『異文化研究倶楽部』。ワシの方で許可を出しておいたぞい」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 ネギくんの礼の言葉に、学園長先生は「フォフォフォ」と笑った。

 

「それでの。部員の面々を見て、ただの異文化研究を行なうとは思えなくてのうー。真意を聞きに来たんじゃ」

 

 学園長先生がそう言うと、それと同時に周囲の騒がしい声が急に聞こえなくなる。

 無詠唱魔法でこの場と外を結界で仕切ったのだろう。さすがは学園で一、二を争う凄腕の大魔法使いである。

 

「それなんですけど、僕の父を捜し出すために、集まってくれたみんなで作った倶楽部でして……」

 

「ほう、ナギのやつをな。てっきり、魔法生徒同士で集まって、部活動感覚で魔法の研鑽をするだけかと思うておったが……なるほどなるほど」

 

 学園長先生は、そう言いながらキティちゃんの方をちらりと見た。キティちゃんは、「ふん」と鼻を鳴らしてそれを流す。

 

「じゃが、その道は険しいぞい?」

 

「学園長は、父のことを何か知っているんですか……?」

 

 ネギくんに問われ、学園長は「フォフォフォ」と笑ってから答える。

 

「図書館島の司書からは、まだ何も聞けておらんのじゃろう? それならば、ワシから語ることは何もないのう」

 

「そうですか……」

 

「フォフォフォ、若者よ、はげむがよいぞ」

 

 学園長先生は、そう言ってネギくんの肩を軽く叩いた。

 そして、学園長先生はキティちゃんの方を見る。

 

「何も聞いてこないのじゃな?」

 

「私にもそれなりの情報源はある。今は、このぼーやを鍛えるさ」

 

「そうかそうか」

 

 すると、今度は私の方へと目線を向けてくる学園長先生。

 

「彼女のことをよろしく頼むぞい、刻詠リンネくん、長谷川千雨くん」

 

 私とちう様が、名指しで呼ばれた。

 おそらく……私達が小学五年生の頃から、キティちゃんのところで学園公認でお世話になっていることからの台詞だろう。

 

「ええ、私達の先生ですから。最後まで先生の面倒を見ます」

 

「待てリンネ。面倒を見てやっているのは私の方だろう」

 

 私の言葉に反論してくるキティちゃん。んー、まあ、どっちがお世話してどっちがお世話されているかは、保留にしておくとして。

 キティちゃんは、ちう様や古さんと一緒に、永遠の時を生きる仲間だ。言われなくてもずっと付き合っていくさ。

 

 そんな私の決意が伝わったのか、学園長先生は満足そうにうなずき、結界の魔法を解除して学食を去っていった。

 

 こうして、中間テストに関するあれこれは無事に終わった。私達は、学業と修行を両立する日々に戻る。

 しかし、学業面では、学園が少しあわただしくなっていく。一ヶ月後に控えた麻帆良学園都市全体を使った学園祭である、麻帆良祭の準備が少しずつ始まりだしたのだ。

 

 私はネギま部以外の部活に入っていないので、特にあわただしく準備すべきことはない。

 だが、麻帆良祭では、一部のクラスメート達が冗談では済まない事件を起こす。それに対処できる力をつけるため、私は修行を本格的に進めていった。

 




※麻帆良学園本校女子中等部って、四葉五月が給食委員なので給食制なのかと思っていましたが、原作漫画を読み直すと学食や食券が描写されているんですよね……。じゃあ給食委員ってなに!?


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●麻帆良祭
■33 麻帆良祭に向けて


◆81 キティちゃんの指令

 

 麻帆良祭で起きることを再確認しておこう。

 この期間中、未来人である(ちゃお)鈴音(りんしぇん)が、葉加瀬(はかせ)聡美(さとみ)絡繰(からくり)茶々丸(ちゃちゃまる)龍宮(たつみや)真名(まな)を率いて、魔法の存在を世界にバラすために行動を起こす。

 

 世界への魔法公開。これ自体は、なんの問題も無い。私的にもキティちゃん的にもだ。

 魔法が世間に認知されていた方が、人類の宇宙進出と火星開拓はスムーズに行く。

 

『UQ HOLDER!』の世界線では、ネギ先生が地球人類のためにあらためて世間へ魔法を公開しようとして、各方面に邪魔されて相当苦労していた様子が描かれていた。

 なので、この時点でバラしてしまうのは、後が楽になって万々歳なのだ。

 

 しかし、魔法バレを起こす場所と人物に問題がある。

 麻帆良はネギくんの所属先で、超さんはネギくんの生徒なのだ。超さんが麻帆良祭で魔法バレを行なった場合、ネギくんはその監督責任を問われて魔法世界に強制送還されてオコジョ刑を受けることになってしまう。

 

 そうなるとどうなるか。私やキティちゃんと、ネギくんの縁が切れるのだ。

 

 秘密結社『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の野望阻止をネギくんと彼を慕う生徒達がいない状態で行なわなければならなくなる。

 さらに、そこから始まる造物主(ライフメイカー)との戦いに、ネギくん達を欠いた状態で挑まなければならなくなるかもしれない。

 

 これはヤバい。

 秘密結社の野望を阻止するところまではなんとかなるかもしれない。だが、造物主との最終決戦に〝成長したネギくんと愉快な仲間達〟がいないのは、戦力ダウン(はなは)だしい。

 ネギくんと仲間達というカードは、魔法の早期情報拡散というカードとは等価にはならない。なにせ、造物主に負けたら、人類文明崩壊エンドが待っているからね。

 

 造物主が何をしでかすかも、あらためて述べておこう。

 彼女は、崩壊しようとしている魔法世界をどうにかするために、永遠に幸せな夢を見続ける幻想世界に魔法世界人を閉じ込めようとしている。そこまでは『魔法先生ネギま!』で描かれていた事実だ。

 

 だが、造物主の動きはそれだけでは留まらない。『UQ HOLDER!』にて彼女は、その幻想世界に人を閉じ込める魔法『完全なる世界』の効果範囲を太陽系全体へ拡大しようとするのだ。

 

 造物主ヨルダはその類いまれなる共感能力で、全人類の負の感情を一身に受けている。

 人口があまりにも増えすぎた人類の怨嗟(えんさ)の声を受けて、彼女はこう思ってしまうのだ。人が生きるには、現実はあまりにも辛く悲しい。だから、夢の世界に閉じ込めることが、全人類のためなのだ、と。

 

 そういうラスボスチックな思想を持った造物主は放っておくと、前述の通り全人類を対象に『完全なる世界』の魔法を発動して、太陽系から人類を消してしまう。待っているのは人類文明崩壊だ。

 ちう様やキティちゃんと一緒に永遠の時を生きると決めた私は、未来に待っているこの造物主の野望に立ち向かわないといけない。そのとき、協力者にネギくんがいないのは火力の面で不足するし、ネギくんのパートナーの神楽坂さんがいないと造物主を完全撃破できなくなる。

 

 造物主は、自分を殺した相手に憑依する能力を持つ、精神生命体だ。

 その憑依の仕組みは魔法で成り立っているため、魔法無効化能力を持つ神楽坂さんがトドメを刺すことで、造物主を完全消滅させることができる。なので、神楽坂さんの存在は、対造物主戦で欠かすことができない。

 

 ちなみに現在の造物主の依代はナギ・スプリングフィールドなので、造物主との決戦ではキティちゃんも参戦することが確定だ。造物主からナギ・スプリングフィールドを救い出すため、いろいろと手立てを用意する必要も出てくるけれど。

 同じくナギ・スプリングフィールドを助けるためにネギくんも参戦するだろうが……もし、麻帆良祭での魔法バレが原因で、キティちゃんと縁が切れたネギくんが参戦したとして、それはちゃんと戦力になる存在になっているだろうか?

 

 キティちゃんの指導も、アルトリア陛下の指導も中断してオコジョ刑を受けた後の未来のネギくん。はたして実力は伸びているだろうか。伸びているだろうが、主戦力と言える程まで伸びるだろうか。

 さらに、魔法世界へ強制送還されて縁が切れた後のネギくんを助けるために、神楽坂さんは造物主と戦うだろうか。何もかも不確定だ。

 

 そういうわけで、ネギくんを強制送還させないために、麻帆良祭での魔法バレは防がなければならないのだ。

 

 その意思の統一を図るため、ちょうど今、私とキティちゃん、ちう様、のどかさんの原作漫画閲覧組で集まっていたところである。

 麻帆良祭最終日は、超さんの野望を砕くため、積極的に動く。そう決めたのだが、その前日までの行動に関して、ちょっとキティちゃんとちう様が揉めだした。

 

「ネギ先生にも、成功体験は必要じゃねーか?」

 

「必要だろうな。だが、それは今ではない。ぼーやはまだ素人同然。そんな中で優勝などしてみろ。調子に乗るのがオチだ」

 

 何を揉めているかというと、超さんが開催する『まほら武道会』にちう様や私が参加するかどうかについてだ。キティちゃんは、ネギくんの試練としてちう様と私を大会に送り込もうとしている。

 ちう様や私が参加したら、今のネギくんでは正直勝ち目がない。だから、ネギくんに勝利を経験させて戦士として成長させるために、自分は出たくないとちう様が言い出したのだ。

 

「あのネギ先生が調子に乗るかねぇ……」

 

 ちう様がキティちゃんにそう言った。しかし、キティちゃんの反応は……。

 

「千雨。お前は、ぼーやを神聖視しすぎだ。ぼーやは絶対無敵の主人公じゃない。ただの人だ」

 

「ぐっ……でもよ……」

 

 ちう様はキティちゃんの出場要請が不服なようだ。

 だが、一つ見落としていることがある。私はそれを横から指摘した。

 

「私とちう様が出なくても、どのみち古さんが出場して、優勝をかっさらっていきますよ」

 

「あっ……そうだな。いや、でも一勝を少しでも多く経験させてだな……」

 

「予選突破で十分じゃないですか? 予選の組み合わせは、超さん側が上手くやるでしょうし」

 

「……確かに」

 

 私の説得で、ちう様は渋々納得した。

 キティちゃんとちう様の対立が終わり、横で見守っていたのどかさんがホッと息を吐く。そんなのどかさんに私は言った。

 

「のどかさんも『まほら武道会』出場、いかがですか?」

 

「えっ、私ですかー!?」

 

「ほら、テクニックやフォトンアーツって、呪文詠唱しないでしょう? 呪文詠唱禁止の『まほら武道会』ルールだと、アークスののどかさんが圧倒的有利ですよ」

 

「私は、そういうのはいいかなーって……」

 

 のどかさんのその答えに、私はちょっぴり残念な気分になる。のどかさんが武力で活躍する様子、見たかったなー。

 そう思っていたら、キティちゃんが言った。

 

「のどかは出てはダメだ。フォトンの存在を世間に公開していないのだから、手の内を不特定多数に見せるべきではない」

 

 あー、なるほど。

 

「ええと、どういうことですか?」

 

 のどかさんはピンと来ていないのか、キティちゃんに問い返した。問われたキティちゃんは懇切丁寧に教え始める。

 

「フォトン技術が人類に公開されていない今、お前はただの『いどのえにっき』を使える戦闘初心者という扱いだ。その戦い方を他の魔法使い達に見られて、さらには超の手によってネットにまで公開される。手の内がバレるのは、危険すぎるぞ」

 

「あっ、そうですねー……」

 

「最終日で攻略本通りの流れになった場合も、ヒーローユニットはやるなよ。このかと一緒に怪我人の治療に専念していろ」

 

「そうします……」

 

 そういうことになった。

 これで麻帆良祭にて開催される『まほら武道会』に私、ちう様(そして多分、古さん)が出場することになる。

 ちなみに、キティちゃんはどうするのかと問われると……。

 

「私はもう、麻帆良の結界で弱体化した状態では、リンネと千雨には勝てんよ。大人しく応援しているさ」

 

 六百年の研鑽(けんさん)があっても、魔力を抑えられ身体能力が少女並みになったら、もう私達には勝てないか。

 思えば、私とちう様もずいぶんと強くなったもんだ。まだまだ超一流の人達には敵わないだろうけどね。

 スマホゲームの力を活用すればワンチャン? いや、それ殺し合いになって武道会どころじゃなくなるからね。

 

「やれやれ、事前に超鈴音と交渉できればよかったのだがな……」

 

 キティちゃんが、気だるげにそんなことを言った。

 なるほど、話せることは話して、超さんを味方につけてしまうわけか。

 だが、それはできない。

 

「今の超さんは、魔法を世界にバラそうとする動きなんて見せていませんからね。それを急にやめろ、なんてあまりにも唐突過ぎて言えませんよ。攻略本の存在を教えるならともかくとして」

 

 私がそう言うと、キティちゃんは「そうなのだがな……」とため息をついた。

 そんなキティちゃんに、私は続けて言う。

 

「せめて、あと一年、世界樹の大発光が遅ければ、勝手にやらせてもよかったのですが……」

 

「その場合はむしろ、こちらの都合に合うくらいのタイミングのよさだったな」

 

 そう、超さんがネギくんのクラスを卒業し終わった後。そして、『完全なる世界』から魔法世界を守った後ならば、いくらでも魔法を公開してくださいと言うことができた。

 だが、世界樹の大発光は今年に起きることであり、その発光に合わせた大魔法を使って世界に魔法の存在をバラす超さんは、今年の麻帆良祭で動かざるを得ない。

 本当に、ままならないものだね。

 

 

 

◆82 3年A組の予定

 

 我らが3年A組の麻帆良祭における出し物は、揉めに揉めて、原作漫画通りのお化け屋敷に決まった。

 この決定に、ネクロマンサーである水無瀬さんがノリにノって、企画のメインを担当することになった。どんだけ恐ろしいお化け屋敷になってしまうんだ……。

 

 そしてある日の放課後、教室に残ってた私達3年A組一同は、出し物の話し合いの時間を取った。あやかさんと朝倉さんの二人が前に出て、クラスメート達にそれぞれ役割を振っていく。そして、私の担当を決める番が来た。

 

「あー、私は格闘大会に出ることになっていますので、そこまで多くのシフトは入れられませんよ」

 

 話し合いの司会進行役をしている朝倉さんに、私はそう言った。

 

「そっかー。刻詠は帰宅部だから、貴重な戦力だと思っていたんだけどー」

 

「私、帰宅部じゃないですよ」

 

 そんな私の言葉に、朝倉さんが驚きの表情を浮かべた。

 

「新情報! えっ、とうとう中武研に入ったの?」

 

 中武研とは、古さんやちう様が入っている中国武術研究会のことである。

 だが、もちろん違う。私は朝倉さんにさらなる新情報を放り投げた。

 

「違いますよ。私が入っているのは『異文化研究倶楽部』です」

 

「この前できたばかりの部活じゃん! 刻詠が? 意外ー」

 

「異文化研究の中に、武術研究も入っていますから。ちなみに顧問はネギくんですよ」

 

 私がそう言うと、話を聞いていた生徒達が「えーっ!」と一斉に驚く。

 

「ネギ先生の部活!」

 

「私も入りたい!」

 

「いつの間に、ズルい!」

 

 そんな声が上がるが、朝倉さんがさらに場を混乱させる言葉を放った。

 

「待って、今の話を聞いて驚くはずなのに驚かなかった人達がいたわよ! 委員長! 宮崎!」

 

 名前を呼ばれて、びくりと震えるあやかさんとのどかさん。

 

「反応した! んー、『異文化研究倶楽部』に入っている子、正直に挙手!」

 

 朝倉さんの声に、目を合わせるネギま部一同。私はそれを無視して右手を挙げた。

 

「んもう、なんでバラしてしまうのです、リンネさん!」

 

 あやかさんが、那波さんに見つめられて正直に手を上げながら、そう言った。

 

「いや、どうせいずれバレるなら、今バレても同じでしょう。ほら、全員手を挙げて」

 

 私のその言葉を受け、しぶしぶネギま部メンバーは挙手をした。

 私、ちう様、古さん、神楽坂さん、あやかさん、近衛さん、桜咲さん、水無瀬さん、相坂さん、のどかさん、綾瀬さん、早乙女さん、キティちゃん、茶々丸さん。計十四人。これに顧問のネギくんと、初等部の小太郎くんを合わせた十六人がネギま部の全容である。

 

「こんなに!」

 

「ズルい! 私も入る!」

 

「残念ながら、積極的には部員を募集しておりません」

 

 私がそう言うと、クラスメート達からブーイングが出る。そんな彼女達へ向けて、さらに私は言う。

 

「先ほども説明した通り、異文化として武術を学んでいます。現状、新入部員は腕に覚えがない方を受け入れていません」

 

「えー、本屋ちゃんとか、明らかに腕に覚えがない子がいるじゃない!」

 

「そうです。本屋ちゃんがありなら、私とお姉ちゃんもありですー」

 

 私の言葉にそう文句をつけてきたのは、双子のちびっこ鳴滝姉妹だ。そんな彼女達に私は、悪い笑みを浮かべて言った。

 

「おやおや。いつの間にのどかさんより上になったおつもりですか。のどかさんは我がネギま部の門番。あなた達よりも力は上ですよ」

 

「なにをー! 舐めるなよー!」

 

「さんぽ部は負けないですー!」

 

「では、のどかさんを制圧してみなさいな。そうしたら、新入部員として検討しますよ」

 

「言ったなー!」

 

「本屋ちゃん、覚悟ですー!」

 

 ここに異文化研究倶楽部ことネギま部VSさんぽ部の抗争が勃発した!

 さんぽ部からは、甲賀中忍の長瀬さんから体術を教わっている鳴滝姉妹。

 ネギま部からは、アークスののどかさん。

 

 見事な動きで、鳴滝姉妹はのどかさんに襲いかかる。しかし……。

 

「わっ、あわわわ……」

 

 のどかさんはそんな言葉を発しながら、とっさに机の上にあった三十センチ定規を振るって、逆に鳴滝姉妹を叩きのめしてしまった。

 

「わあ……ご、ごめんなさい……」

 

「そんなー」

 

「わぶぶ……本屋ちゃん強いですー……」

 

 一瞬の攻防に、わっと教室が沸いた。

 

「えっ、宮崎あんなに動けたの?」

 

「体育苦手じゃなかった?」

 

「いや、ここ最近は動きすごくよくなってたよ」

 

「そもそも図書館探検部なんだから、元々動けるでしょ」

 

 ネギま部以外の生徒達が、今の動きを見てやいのやいのと騒ぎ始める。

 ふふふ、宮崎さんはここのところずっと、シミュレータールームで鍛えていたからね。彼女のアークスとしてのクラスは、現在『PSO2es』ではなく『PSO2』形式のTeHu。テクターという短杖を扱う法撃クラスをメインに、ハンターという近接クラスをサブに置いている。

 その戦い方のコンセプトは、短杖にテクニックの属性をまとわせてぶん殴る。ゴリゴリの近接職だ。『PSO2』のプレイヤーから付いたあだ名は『ゴリラ』。

 

 なぜ宮崎さんがそんなクラスを選択しているかというと、近接戦闘を練習するためだ。

 彼女が最終的に目指しているクラスであるファントムは、二つのクラスに熟練しないと就くことができない後継クラス。カタナ、ライフル、ロッドの三種類の武器種を扱う、遠近両用かつフォトンアーツ・テクニック両対応の万能型クラスだ。

 なので、今のうちから、近接戦と遠距離法撃戦を行なえるTeHuを練習しているわけだね。

 

 私はそんなのどかさんの訓練の成果が出ていることに満足し、クラスメート達に言った。

 

「くくく、のどかさんは我がネギま部四天王でも最弱!」

 

「な、なんだとー!」

 

「ゆえ吉とパルもこれより強いですー?」

 

 床に倒れたままの鳴滝姉妹がそんなことを言う。ゆえ吉は綾瀬さんで、パルは早乙女さんのことね。

 

「いえ、綾瀬さんはその知識量で異文化の研究を。早乙女さんはその画力で異文化資料の作成を行ないます」

 

「ぐっ、僕にはパルほどの絵は描けない……」

 

「でもゆえ吉はバカブラック! 頭のよさじゃ負けないですー」

 

「いや、綾瀬さんの中間テスト、平均点八十二点でしたからね」

 

 私がそう言うと、鳴滝姉妹だけでなく教室全体がざわめいた。

 

「えっ、どういうこと!?」

 

「二年の学年末試験は六十点台だったはず! ネギ君の進退がかかっていたから覚えてるよ!」

 

 そんなことをクラスメートに言われて、綾瀬さんは……。

 

「ちょっと本気でテスト勉強しただけですが?」

 

 キョトンとした顔で、軽い感じに言った。まるで無自覚系なろう主人公のようだ。

 

「バカブラックが裏切ったー!」

 

 今回の中間テストで赤点ギリギリだったバカピンクが、机をバンバン叩いてそう主張する。

 そんなバカピンクこと佐々木まき絵さんに、私は言う。

 

「こんな言葉が世の中にはあります。『本当はSランクだけど、面倒なのでBランク』」

 

「な、なにそれ。かっこよすぎる……」

 

 多感な中学三年生に、このワードは刺激が強すぎたようだな……。

 そんな私達のやりとりを教卓の向こうから呆れた目で見ていたあやかさんが言った。

 

「いえ、学業でB席の位置にいても何も得することはないので、素直にS席を維持すればよいのではなくて?」

 

「だそうですよ、元バカブラックの綾瀬さん」

 

 私が綾瀬さんに話を振ると、彼女は淡々と答えた。

 

「正直、勉強に使う時間が勿体ないです。ですが……」

 

 ですが?

 

「のどかが武力でネギま部入部の門番になるなら、私は知識でネギま部の門番になるです。平均点八十二点が最初の壁です」

 

 その綾瀬さんの宣言に、ネギま部入部を狙っていたミーハー組は一気に大人しくなるのだった。

 ちなみに、ミーハー心のみで門番を突破した場合、私が真の門番として立ちはだかるよ。

 私の中間テスト平均点は九十六点である。前世で大学まで出ているのに、中学生相手に大人げないね!

 



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■34 前夜祭

◆83 世界樹伝説

 

 麻帆良祭前日。麻帆良に住む魔法先生と魔法生徒達の幾人かが世界樹前の広場に集まり、学園長先生から世界樹に関する注意を受けた。

 最近、麻帆良内で話題になっている、世界樹伝説。麻帆良祭の最終日に、世界樹のそばで告白したら成功するという噂話。

 これは真実であり、それどころか麻帆良祭期間中ならばどの日でも有効だと学園長先生が話す。

 

 その原因は、二十二年に一度の世界樹の大発光。発光と共に世界樹の魔力は膨れあがり、樹の外へあふれだす。そして、世界樹を中心とした六カ所の地点に強力な魔力溜まりを形成する。ちょうど六芒星の魔法陣を作り出す形だね。

 これによって、魔力が人の心に作用して、告白という願いを叶えようとしてしまうのだとか。

 

 今年はその二十二年に一度の年ではなかったはずなのだが、異常気象の影響か、一年早まって大発光が起こると目されていた。

 ゆえに、魔力による洗脳じみた告白成功を防ぐため、魔法関係者で協力して告白阻止行動を取るように、と学園長先生が指令を出した。

 

 シフトを組んでのパトロールである。ちゃんと学園側から報酬も出る、立派な仕事だ。

 キティちゃんの担当は、一日目の午後から夕方まで。そのキティちゃんが私に割り振ったので、私一人でパトロールをすることになる。私はネギま部以外には部活に入っていないから、暇なら仕事をしろってことらしい。

 

 そんな話し合いをしているところで、魔法生徒の一人が、会合を覗き見しているステルスドローンの存在に気づいた。

 おそらく超さん一派が用意した偵察機だろう。

 それを追って魔法先生達が追跡をかける。

 

 その後、会合は解散となり、私は一緒に集まっていたネギくん、桜咲さん、小太郎くんの三名と一緒に、前夜祭で沸く市街地を歩いていく。

 歩きながら、私はネギくんに向けて言う。

 

「ネギくん、この後、ネギま部全員に集合をかけてもらえませんか?」

 

「はい、構いませんよ。けど、どうしてですか?」

 

「世界樹伝説に関して、部員達に釘を刺しておかなければなりませんから。迂闊に告白しそうな人がいますので」

 

 なるほど、と納得し、ネギくんはケータイを取り出してメールを打ち始めた。

 と、その時だ。上空から女の子が振ってきた。

 

 超さんだ。

 彼女は悪い魔法使いに追われていると言い、私達を追っ手にけしかけようとしだした。

 だが、裏の事情は私には分かっている。先ほどのステルスドローンを放っていたことを察知され、魔法先生と魔法生徒に追われているのが本当のところだ。

 そのことを超さんに指摘すると、彼女はやれやれと肩をすくめて言った。

 

「バレてしまっては仕方ないネ。ここはおさらばさせてもらうヨ」

 

 そう言って、逃げ出そうとする超さんだったが……。

 

「桜咲さん、確保」

 

「あ、はい」

 

 最終兵器神鳴流を放って、超さんを確保した。

 そして、そのままやってきた魔法先生のガンドルフィーニ先生に引き渡した。

 

「助かったよ、刻詠君。全く、君も『闇の福音』への師事なんてやめれば、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指せるだろうに……」

 

 あっ、そういうのいいんで、さっさと引き取っていってくださーい。

 

「あの、リンネさん。超さんは、どうなるんですか……?」

 

 ネギくんが、不安そうな表情で私に尋ねてくる。

 ううむ、このまますんなり引き渡せられれば一番だったのだが、嘘をつくわけにもいかないな。

 

「多分、魔法に関する記憶を消去されますね」

 

 超さんから魔法に関する記憶が消えれば、魔法の一般への暴露も行なわれなくなる。

 そうなれば、麻帆良祭で私が対処すべきことも全部終わる。多分これが一番早いと思います。

 

「ええっ、そんなのよくないですよ!」

 

「よくないですね。でも、それが魔法使いの一般的な対処法なのでは? 神楽坂さんが前に、ネギくんに記憶を消されそうになったとか話していましたよ」

 

「うっ……で、でも、やっぱりよくないです!」

 

 ネギくんはそう言って、ガンドルフィーニ先生のもとへと向かい、超さんは自分の生徒なので自分に任せてほしいと言って、超さんの身柄を引き受けた。

 うーん、こうなったか。

 

 拘束を解除された超さんが、こちらへと歩いてくる。

 

「いやー、ホントに助かったヨ。ネギ坊主は私の命の恩人ネ。それに比べて、刻詠サンと来たら……」

 

 知りませーん。ステルスドローンを放った方が悪いんですぅ。

 

「ところでネギ坊主、何か今、困っていることはないか?」

 

「え? 困っていることですか?」

 

 超さんに問われ、ネギくんが首を可愛らしく横にかたむける。

 

「恩に報いるために、ネギ坊主の悩みを一つ解決してあげるヨ。この超鈴音の科学の力でネ」

 

 困っていることと急に言われても、とネギくんは頭を悩ませる。

 と、そこでネギくんの肩に乗っていたカモさんが、こっそりとネギくんに耳打ちする。

 

「あっ、そうです。麻帆良祭で、生徒の皆さんのところに回るスケジュールが、キツキツで……」

 

 ネギくんがそう言うと、超さんは「これを使うといいネ」と言って、一つのアイテムをネギくんに渡した。

 それは、懐中時計とも、機械式のストップウォッチとも見える、鎖が付いた円盤。その正体は、タイムマシン・カシオペアだ。

 

「なんでしょうか、これは」

 

 ネギくんはカシオペアを見ながら、不思議そうな表情を浮かべる。

 

「後で詳しく説明するネ。それじゃあ、ネギ坊主。私は前夜祭の準備があるのでここでお別れネ」

 

 超さんは、そう言ってネギくんの返事も聞かず颯爽(さっそう)と去っていった。

 その後ろ姿をネギくんはぼんやりと眺めている。

 

「はー、一体なんだったんでしょうね」

 

 カシオペアに視線を移したネギくんが、そんなことを言った。

 

「ネギの生徒は変なヤツが多いなー。で、それは結局なんや?」

 

 先ほどまでの騒ぎを遠巻きに眺めていた小太郎くんが、ネギくんの手元を覗き込む。

 タイムマシンかぁ。まあこれで、ネギくんの手元に超さんへの対抗手段が渡ったと考えると、今回のことは悪くなかったのかな。

 

「ネギくん、それ貸してもらえますか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 私はネギくんからカシオペアを受け取り、じっと見つめる。うん、時の力を感じるね。最近、ずっと時の魔術を学んでいたから、これがタイムマシンとしての力を持つことをしっかりと感じ取れる。

 私は、魔力でカシオペアを調べるふりをして、こっそり時の魔術を発動して、カシオペアにマーキングをしておいた。

 よし、これでカシオペアの追跡が可能になった。麻帆良祭中に、ネギくんがうっかり()()になることを防ぐことができるはずだ。

 

「はい、お返しします。魔力を内部に感じましたから、魔法具(マジック・アイテム)のようですね」

 

「ほー、よく分かるな、姉ちゃん。俺はそういうの専門外や」

 

 ネギくんの手元に返ったカシオペアを眺めながら、小太郎くんが言う。

 

「リンネの嬢ちゃん、どういう魔法具か分かるかい?」

 

 カモさんにそう問われたので、私はヒントを流しておく。

 

「時の魔力を感じました。時間に関係する魔法具でしょうね」

 

「時間か……時間を止めるとか」

 

「あはは、カモくん、そんなのいくらなんでも無理だよー」

 

 カモさんの発言をネギくんは冗談として流した。

 うーん、魔法を補助に使えば短時間の時間停止は可能みたいだし、『UQ HOLDER!』を読む限り、カシオペアを四つ使えば長時間の時間停止も可能みたいなんだよね。まあそれは言わないでおくけど。

 

「横にスイッチがありますが、むやみやたらに押さない方がいいでしょうね。超さんに説明を聞くまでは、いじらないようにしてください」

 

 私はそうネギくんに忠告をし、市街地の移動を再開する。

 

「分かりました。ところで、先ほどからどちらに向かっているんです?」

 

 ネギくんにそう問われ、そういえば言っていなかったな、と私はあらためてネギくんに説明する。

 

「3年A組の面々が集まっているところですよ。前夜祭ですからね。ネギくんも一緒に楽しみましょうね」

 

 私がそう言うと、ネギくんは「はい!」と嬉しそうに返事をした。

 

 

 

◆84 魔法使いの夜

 

「というわけで、最近麻帆良で話題になっている世界樹伝説は本当です」

 

 前夜祭を楽しんだ後、女子寮にてネギま部で集まった私達。

 魔法関係者の会合に参加した私と桜咲さん、ネギくんの三人で、みんなに学園長先生が説明した内容を伝えた。

 

「うほー、のどか、これはチャンスじゃないの」

 

 早乙女さんが、のどかさんに向けてそんなことを言い出す。

 のどかさんは原作漫画通りに、ネギくんとのデートの約束を取り付けていた。ちゃっかりしているなー、この娘。

 

「そ、そんな、魔力でとかよくないよー」

 

 ネギくん本人がいる場であまり言及されたくないのか、のどかさんが小声で返す。

 だが、早乙女さん、そして綾瀬さんはのどかさんにチャンスだの勇気を出せだの言っている。だが、待って欲しい。

 

「世界樹でなされる告白の成功は、いわば魔法による洗脳・催眠の類です。みなさんは、そんな外法での恋の成就が、正常なことだと思いますか?」

 

 私がそう言うと、早乙女さんと綾瀬さんの二人の勢いが止まる。ついでにあやかさんと神楽坂さんがビクついた。

 前世のころ、催眠ジャンルはエロ同人界隈で一大勢力を誇っていたが……現実になると恐ろしくて仕方がないね。私が誰かに告白されることはないだろうが、念のため精神防御を全開にしておくことにしよう。

 

「どうしても魔法による恋を成就させたいなら、魔法関係者に監視をされる世界樹の力ではなく、ネギくんに頼ってください」

 

「えっ、僕ですか!?」

 

 私に話を振られて、驚きの声をあげるネギくん。

 

「ネギくんは以前、惚れ薬を学校に持ちこんでいましたからね。自分で飲んで生徒達にモテモテでしたよ」

 

「あっ、あれはアスナさんがー!」

 

「ちょっ、ネギ、余計なこと言わないでよ!」

 

 皆の視線が、ネギくんと神楽坂さんに集中する。

 

「ううっ、あのときは、惚れ薬が違法だって知らなかったんですよー。故郷の魔法学校でだって、女の子達が調合していてー」

 

「若気の至りだとか、乙女心の暴走だとかのヤンチャのたぐいですね」

 

 私がそう言うと、ネギくんはがくりと肩を落とした。

 

「魔法を恋愛に使うなら、恋占い程度にしておきなさいな」

 

 ネクロマンサーの水無瀬さんが、ネギくんの肩を叩いてそんなことを言った。

 ネクロマンサーは死体や死霊を操って戦う存在だと思われがちだが、本来は霊的存在を使って占いをする者のことを言う。恋占いは、まさしくネクロマンサーの専門分野と言えた。

 

「ほー、小夜子ちゃん、魔法で恋占いできるん?」

 

「そうよ。以前も話した守護霊や先祖の霊を使った占いだけど、これはネクロマンシーっていう魔法を使って――」

 

 と、近衛さんと水無瀬さんが二人で何やら盛り上がり始めた。二人は同じ占い研究会の所属だ。だが、占い研究会は魔法に関係ない一般の部活。魔法を使った占いについて、二人は話したことがこれまでなかったのだろう。

 そんな二人の話に興味津々になりだす他の女子達。みんなは中学三年生の乙女真っ盛り。恋が気になるお年頃なのだ。

 

「そういえば、ネギ君と初めて会った時、アスナに向けて『失恋の相』が出てる言うてたなあ……」

 

 近衛さんの言葉に、ピクリと反応する神楽坂さん。

 

「そーいえば、そんなこともあったわね……!」

 

 神楽坂さんはギロリとネギくんの方をにらむ。

 その視線を受けたネギくんは、困ったように答えた。

 

「僕も占いは得意なんですが……実は今もアスナさんには失恋の相が見えます」

 

「このっ、またそんなことを……!」

 

「ああ、確かに見えるわね」

 

「ええっ、小夜子ちゃんまでそんなこと!」

 

 二人の魔法使いに言われ、神楽坂さんはショックを受ける。

 そして、肩を落として部屋の床に転がりだした。

 

「あー、もう、高畑先生をデートに誘おうと思ってたのにー……」

 

 あらら。デートに挑もうとしている乙女には、キツい言葉だっただろうね。

 仕方ないので、私は神楽坂さんを慰める言葉をかけた。

 

「神楽坂さん、当たるも八卦当たらぬも八卦ですよ」

 

「リンネちゃん、あんただけが私の味方ねー」

 

「ああ、でも、一つ注意です」

 

「ん? なによ」

 

「高畑先生と結ばれるためだからといって、世界樹の洗脳・催眠の力には頼らないように」

 

「頼らないわよー!」

 

 うーん、神楽坂さんって、過去に読心魔法や惚れ薬に頼ろうとしていたから、ちょっと心配だな。

 そんなバカ話をしながら、前夜祭の夜は更けていく……。

 



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■35 麻帆良祭開幕!

◆85 午前十時

 

 二〇〇三年六月二十日金曜日。第七十八回麻帆良祭がとうとう開幕した。

 麻帆良学園都市全体を挙げたお祭り。もはやただの学園祭の枠を超えた、関東圏でも最大規模の催し物だ。

 

 学園祭や文化祭といえば秋の印象が強いが、麻帆良祭はこの六月に行なわれる。

 おそらく、二十二年に一度の世界樹大発光が六月に起こるから、タイミングを合わせてこの時期の開催になっているのだろうね。

 

 市街地では大規模なパレードが実施され、空でも航空ショーが行なわれているようだ。

 しかし、私はそれを見る余裕はない。

 クラスの出し物であるお化け屋敷のシフトが、一日目の午前に入っているためだ。

 

 私はお化け屋敷の配置についた状態で、遠方と念話を繋げる。

 

『こちらリンネ。状況はどうですか、ココロちゃん』

 

『はいはーい、すごいお祭りだねぇ。ジャンケンで勝った自分を褒めたいよ。こんなお祭り、王国でも見ないね!』

 

 元気はつらつな女の子の声が、念話を通じて聞こえてくる。

 

『いや、麻帆良祭の様子ではなく、ネギくんの様子を聞きたかったのですが』

 

『そうだね、ごめんごめん。ちゃんと監視できてるよー』

 

 そんな念話を交わす相手は、私のスマホの中の住人だ。

『時の魔女ココロ』。『千年戦争アイギス』に登場する、時を司る魔法を操るクロノウィッチの一人である。

 

『お、今、水無瀬って子とネギって子が時間移動してきたのを確認したよ!』

 

 彼女には、タイムマシンであるカシオペアを使うネギくんの動向を監視してもらっている。

 その理由は、カシオペアが正常に作動しているかを監視してもらうためだ。

 時間というものはとても繊細だ。カシオペアが正常に作動しなかった場合、ネギくんは時の彼方に飛ばされてしまうかもしれないし、次元の狭間に落ちてしまうかもしれない。カシオペアは魔力で動くが、魔力不足で変な挙動をしないとも限らないのだ。

 

 しかし、水無瀬さんと一緒に時間移動か。原作漫画では桜咲さんと一緒だったはずだが、違うんだねぇ。

 そんなことを思っていると、さらにココロちゃんから念話が届く。

 

『ちなみに時間移動だけど正常に……いや、時間を逆行する禁忌に正常って言うのもおかしいんだけど、正常に時が作動していたよ。動作不良のない、正しい動きで時間移動をしていた。あのカシオペアっていう道具は、変な動作はしていないね』

 

『そうですか。引き続き、時の動きを監視してください』

 

『はーい、祭り楽しんでくるよ』

 

 そこまで言葉を交わしたところで念話を切り、私はクラスの出し物に意識を向ける。

 お化け屋敷。ネクロマンサー水無瀬さん総指揮の本格的な物だ。

 

 このお化け屋敷、最初は三つのコースに分ける予定だったが、水無瀬さんがそれにNGを出した。使う教室はそこまで広いわけじゃない。それを三つに分けるのは、客の満足度が下がると彼女は主張した。原作漫画ではやたらと広い空間が広がっていたが、そう都合よくギャグ漫画時空に飲まれてくれるとは限らないしね。

 なので、教室をフルに使った一本道のお化け屋敷とすることが決まり、水無瀬さんが出した本気により、中学生が作ったとは思えないクオリティに仕上がった。

 

 クラスメート達も本気で取り組み、何回も学校に泊まり込んで、昨日の前夜祭開始ギリギリ前に完成した。

 私も大道具の作成に協力したよ。

 さらに、本番の今日は、コース後半のゴシックホラーエリアでゴースト役を担当することになっている。

 ワイヤーで宙を行き、女ゴーストとして上から客を脅かすことになっているのだが……私はちょっと遊び心を出すことにした。

 

「来たよー! お客さん来たー!」

 

「すごい行列だよ! みんな、配置に付いてー!」

 

「最初のお客さんは、ネギ君だよ!」

 

 おっと、お客さんのお出ましか。

 どうやら最初の犠牲者、もといお客さんはネギくんのようで、さっそくネギくんの悲鳴が聞こえてくる。

 コースを順調に進みながら、可愛らしい悲鳴をあげつづけるネギくん。

 

「ギャー」だの「キャー」だの「わひゃあ!」だの、ここまで怖がってもらえると、製作者冥利に尽きるね!

 

 そして、ネギくんはとうとう私の担当する区画にやってきた。

 もはやヘロヘロのフラフラになったネギくんが、洋風の墓地に足を踏み入れる。

 そこで、私が視界の端から登場だ。

 宙を漂う、黒いドレスを着た女ゴースト。それが私だ。ワイヤーは使っていない。自力での飛行だ。

 

「ひっ!」

 

 私を見て、一瞬引きつるネギくん。しかし、私はそこまで怖い見た目をしていないので、すぐにホッとした表情を浮かべる。

 だが、甘い。ここで、私は仲間を呼び出した。

 それは、白い人魂。ゴーストトークンと呼ばれる、本物のゴーストだ。今、私はスマホの力を引き出している。『孤独な迷宮守ニミュエ』という、『迷宮の悪霊』の力だ。だから、こういうこともできる。

 

「ギャー!」

 

 私は、ネギくんに近づき、彼の身体の中に自身の身体を突っ込んだのだ。

 今の私は、本物の悪霊。実体はなく、物質を透過する。私が操るゴーストトークンも同じで、ネギくんの身体を何度も往復してすり抜けさせた。

 

「わわ、はわわ……」

 

 本物のゴーストによる透過は、身体に悪寒を走らせる。その感触に、ネギくんは本気で怖がっている。

 さらに、ここで私は攻勢を仕掛けた。

 

「……よこせ」

 

「ひっ、な、なに?」

 

「よこせ」

 

「うひっ」

 

「からだをよこせ」

 

「キャー!」

 

 ネギくんの身体に半身を突っ込みながらそう言うと、ネギくんはまるで女の子のような甲高い悲鳴を上げて、その場に倒れた。

 ……倒れた?

 

「あ、あれー?」

 

 私は、透過をやめて床に倒れたネギくんの頬をぺちぺちと叩く。

 

「う、うーん……」

 

 ありゃ、気絶しておる。

 ちょっとやりすぎちゃったかー。驚きすぎて気絶する人、初めて見た。

 仕方ないので、私はネギくんを抱えて出口に向かう。

 

「ぐおー! って、あれ? どうしたの?」

 

 ゾンビ役の大河内(おおこうち)アキラが墓の下から飛び出すが、私の姿を見てそんなことを聞いてくる。

 

「ネギくんが、驚きすぎて気絶してしまいました」

 

「わっ、大変!」

 

「とりあえず、外の客引きに任せてきます」

 

「分かった。重くない? 大丈夫?」

 

 ネギくんを抱える私を心配そうに見る大河内さん。

 私は140センチ台の低身長で、十歳の子供と言っても人を一人抱えられるか不安になったのだろう。ちなみに大河内さんは170センチ台の長身だ。

 そんな大河内さんに、私は言う。

 

「大丈夫。これでも、一昨年前のウルティマホラ優勝者ですから」

 

「あっ、そうだね。じゃあ、頼むよ」

 

 大河内さんはそう言って、再び墓の下へと戻っていった。

 そして、そのまま出口に向かう。ゾンビ以外のギミックも見事に発動していったが、どれも本格的でこりゃあ評判になるだろうな、と思いながらゴールに到着した。

 

 そして、教室から出て、入口の方の客整理をやっていた水無瀬さんを呼ぶ。

 

「ネギくんが気絶してしまいましたので、お任せします」

 

「気絶するほど怖かったのね!」

 

 お客さん第一号の末路に、水無瀬さんは満足そうな顔でそう言った。

 

「すぐ近くに保健室があるので、休ませてあげてください」

 

「そうね、そうするわ」

 

 私からネギくんを受け取った水無瀬さん。彼女も魔法使いなので、子供一人抱えるくらいはどうということはない。

 そんな水無瀬さんに、私は言った。

 

「ついでですから、水無瀬さんも保健室でお休みしては? 目の下、くまができていますよ」

 

「さすがに初日からサボれないわよ」

 

「水無瀬さんは内部の担当じゃないですから、抜けても問題ないですよ」

 

「そうかしら。まあ、できるだけすぐに戻るわ」

 

 水無瀬さんはそう言って、ネギくんを抱えて保健室に向かった。

 だが、その後、水無瀬さんが戻ってくることはなく、午前のお化け屋敷は客引きが一人欠けた状態で進んだ。

 おそらく水無瀬さんは、保健室で豪快に寝過ごした後、タイムスリップしてネギくんと一緒に麻帆良祭を満喫しているのだろう。

 

 水無瀬さんは明日の午後もお化け屋敷のシフトを入れていたし、一日くらい祭りを楽しんでくるのは目をこぼそうじゃないか。

 

 

 

◆86 午後一時

 

 あの後、午前が終わりかけくらいの時間にネギくんと小太郎くんがやってきて、客引きを手伝ってくれた。

 おそらく、あのネギくんはタイムスリップしてきたネギくんなんだろうなぁ、と思いつつ、私は午前の担当を終えた。

 さて、お化け屋敷の担当はもうないので、後は麻帆良祭を楽しもう。

 とは言っても、この時間はキティちゃんから任された仕事をしなければならない。世界樹伝説にあやかった告白阻止のためのパトロールだ。

 

 私は、スマホの中から概念礼装の『ガンド』を取りだし、装着して担当区画をパトロールして回った。

『ガンド』はゲームにおいて、『自身のQuickカードの性能を20%アップする』という装備効果がある。概念礼装はそのままだと、このゲーム通りの性能しか発揮しない。

 だが、ガンドという同名の魔術は『Fate/Grand Order』において概念礼装以外でも登場している。ゲームの力を自由自在に扱う能力で何度もそのガンドを扱っているうちに、私はこの魔術に精通し、概念礼装『ガンド』から装備効果以上の力を引き出せるようになった。

 

「好きです、付き合って――」

 

「『ガンド』」

 

「キャー! ノブくん!?」

 

 なので、今ではこうして、私は概念礼装を装備することでガンドの魔術を自由自在に発動できるようになっていた。

 ガンドは呪いの弾丸だ。

 当てることで、対象に体調不良を引き起こすことができる。

 

 今やったのは、告白しようとした男にガンドを叩き込んだのだ。別に、嫉妬の心でやっているわけじゃないよ? 押せば命の泉湧くけど違うよ? あくまで告白阻止のためにやっているのだ。だから、女性の方ではなく、頑丈そうな男性を対象に撃っている。

 

「はいはい、こちら保健委員です! 今、救護班を呼びましたので、救護テントに移動してもらいます」

 

 保健委員に扮した私が、ガンドで倒れた男子とそれを心配する女子の二人組を誘導する。

 ちなみに救護班というのは本物の救護班で、学園長先生経由で私に協力してもらっている。私の行く先々に同じ症状の患者が出ることをいぶかしんでいたが、途中で魔術を使って催眠誘導することで疑問を持てなくするようにした。うーん、魔術の悪用よ。

 

「ジュ、ジュンコちゃん……俺は、君のことが……」

 

 おっと、この男子、ガンドを食らってもなおも告白を続けようとしているな。

 私は、男子のそばに寄って、こっそり耳打ちする。

 

「救護テントは、隠れた告白スポットですよ。これまで、五組のカップルが成立しています」

 

「うおー、救護班! 早く来てくれー!」

 

 そうして無事に二人は救護班に誘導されて、救護テントに向かっていった。救護テントは魔力スポットから離れた場所にある。

 

 ふう、なんとかなったね。

 次の告白反応は……なしと。うーん、学園から支給された、告白しようとしている人間を感知するこの魔法具、どうやって動いているんだろう。

 オコジョ妖精は他人の好感度を数値化できる能力とかを持っているから、そういう力を組み込んでいるのかな? 魔法は奥が深い……。

 

『オーナー、新たな時間移動を察知! 対象ネギが、水無瀬、神楽坂、近衛、桜咲と一緒に未来から戻ってきたよ。時の動きは問題なし!』

 

 と、ココロちゃんから念話が届いた。スマホを取り出して時刻を確認してみると、現在午後一時半。ふむ。のどかさんとのデートを終えて、告白阻止のパトロールに戻ってきたのかな。

 しかしまあ、すっかりタイムマシンを便利に使うようになっているね。

 

 私は、告白探知魔法具が反応を示していないことを確認して、スマホに『ガンド』をしまった。

 そして、ココロちゃんが示すネギくんの方向へと向かいながら、新たな概念礼装をスマホから取り出す。

 それは、『カレイドスコープ』。最大まで凸してあるので『自身のNPを100%チャージした状態でバトルを開始する』装備効果を持つ。

 

 だが、この概念礼装の真骨頂はそこではない。

 そもそもカレイドスコープとはFateシリーズ、及びTYPE-MOON世界において第二魔法のことを指す。第二魔法とは、『並行世界の運営』を可能とする神秘の力。

 では、この『カレイドスコープ』を私が使えば、並行世界を運営できるのかというと、そうではない。

 

 装備効果以上のことを概念礼装にさせようとすると、その概念礼装を普段から使いこなそうとしなければならないのだ。あくまで私が自由自在に扱えるのはゲームに登場する力であるので、『カレイドスコープ』はそのままだとNP100%チャージができるだけのゲーム上の装備品でしかないのだ。

 

 現状、私が『カレイドスコープ』でできるのは、近隣並行世界を覗き込むくらいのことだ。

 でも、今回はそれで十分。

 

「んー、並行世界のネギくんは、と」

 

 私は、龍宮さんと合流したネギくんを視界に入れながら、時の魔術と『カレイドスコープ』を併用して使う。

 時の魔術により、この時間にタイムスリップしてくる直前のネギくんの姿を幻視。その場面が並行世界に存在しないかを確認していく。

 

『ふう、大丈夫ですね。カシオペアの過去への移動は、ちゃんと時の上書きをしているようです。無闇やたらと並行世界を生み出しては、いないようですね』

 

 私は『カレイドスコープ』を使いながら、ココロちゃんに念話を入れた。

 すると、すぐさまココロちゃんから念話が返ってくる。

 

『ん、よかったね。時間移動したせいで、対象ネギの存在が消えてしまった並行世界が生まれていたら、一大事だったよ』

 

『ええ、タイムスリップはこの可能性があるから怖いです』

 

 私が時の魔術と『カレイドスコープ』で何をしているかというと、カシオペアが並行世界を作り出していないかの監視だ。

 今日の夜、ネギくんは保健室で寝過ごし、カシオペアを使って水無瀬さんと午前十時にタイムスリップをする。そして、ネギ先生はあらためてカシオペアで夜に戻ることはしない。

 すると、どうなるか。

 カシオペアが過去へタイムスリップをする際に並行世界を生む場合、カシオペアを動かした最初の世界ではネギくんが別の並行世界に移動してしまい、それ以降、世界からネギくんが消失してしまうのだ。

 

 これは大げさでもなんでもない。

 実際に、『魔法先生ネギま!』最終巻の超さん本人による図解を見ると、カシオペアによる百数十年の時間移動が、時間軸の横移動、すなわち並行世界の発生を伴っていると解釈できるのだ。

 なので、私は『カレイドスコープ』を用い、ネギくんがいなくなる並行世界が生まれていないかの監視をしているわけだ。

 

 そして、『カレイドスコープ』での観測結果を見る限り、カシオペアでの半日間の時間逆行は、世界の上書きが行なわれて、並行世界を生むことはないことが分かった。

 ネギくんが一日の範囲の中でカシオペアを使う場合に限っては、このまま放置しても問題はなさそうだ。

 

『では、ココロちゃんは引き続き、時空の監視をお願いします』

 

『はいはーい。いっぱい遊んだし、お土産買っていこうかなー』

 

『いや、ココロちゃん。私のスマホには現世の物質は入らないのですって』

 

『あっ、そうだった。じゃあ、お小遣いは全部遊んで使い切ろうっと!』

 

 もはや、監視をしているのか遊んでいるのか分からないココロちゃんの念話を聞きつつ、私は『カレイドスコープ』での並行世界の観測を続ける。

 近隣並行世界だけでなく、ちょっとだけ遠くの流れにある並行世界も眺めてみようか。

 そう思い、『カレイドスコープ』から覗く光景を動かしていると、ふと、おかしな風景が見えた。

 

「ん……?」

 

 それは、城。

 空に浮かぶ、巨大な白亜の城。

 どこにでもあって、どこにも存在しない。今であり、過去であり、未来でもある。

 

 次元の、狭間。

 

「おや、覗き見とは、趣味が悪いね」

 

 そんな声が聞こえたと思った瞬間。

 私は巨大な腕につかまれ、ここではないどこかに引きずり込まれていた。

 



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■36 次元の狭間

◆87 ××年××月××日××時

 

 気がついたら私は、城の一室に招かれていた。

 座った覚えもないのに木の椅子に座っていて、目の前に湯気の立つ紅茶とケーキが置かれている白いテーブルが見える。

 そして、テーブルの対面には、ドレス姿の巨大でふくよかな女性の姿が見えた。

 

「あー、ここは……」

 

「ここかい? ここは私の城さ」

 

「……次元の狭間ですか」

 

「さすがに、自分が覗き見した場所がどこかは分かっていたようだね」

 

 不敵な笑みで、対面の女性が私を見下ろす。

 うーむ、困ったな。まさかこうなるとは。

 

「『狭間の魔女』ダーナ・アナンガ・ジャガンナータ様とお見受けします。わたくし、刻詠リンネと申します」

 

 私が軽く会釈しながらそう言うと、口を弧に描いて女性が笑う。口元から覗く、尖った犬歯が恐ろしい。

 

「私が誰か分かったうえで、覗き見していたわけだ」

 

「ああ、いえ……あなたのことは何者か知っていますが、別に覗きたくて覗いたわけでは……並行世界の観察を行なっていたら、偶然、次元の狭間に繋がってしまったようです」

 

「フン、並行世界ね……魔眼持ちか何か知らないが、小娘がずいぶんとやっかいな力を抱えたもんだね」

 

「魔眼ではなく、こういう道具ですね」

 

 私は、身にまとっていた概念礼装を解除。『カレイドスコープ』をカードに変えて、テーブルの上に置いた。

 カードには、ダンディなお爺さん、第二魔法カレイドスコープの使い手ゼルレッチ老の横顔が描かれている。

 

「ちょっと借りるよ」

 

 対面の女性、ダーナ様が私の返事も待たずに、『カレイドスコープ』のカードを手に取った。

 そして、目の前にかざしながら彼女は言う。

 

「フム、近くの並行世界から魔力を持ってくる仕組みのようだね……私も初めて見る形の魔法具だ」

 

「はい。概念礼装『カレイドスコープ』と呼ばれる、魔法具のようなものです。使いこなせば、私のように並行世界の観測ができるようになりますし、最終的には『並行世界の運営』が可能となるでしょう」

 

「人には過ぎた力だ。あんたは、人かどうか怪しいけどね」

 

 カードをこちらの前に戻して、ダーナ様がそう言った。人かどうか怪しいか。確かに今は、死亡してもパワーアップして蘇るデモンルーンの力を常時、身に宿すようにしているからね。

 

「そうですね。人でない力も扱えます。たとえば、これなどどうでしょう」

 

 私は、常時引き出している力の枠からデモンルーンの種族の力を外し、代わりにヴァンパイアロードの第二覚醒、デイウォーカーの種族の力をセットした。

 

「おや……あんた、吸血鬼だったのかい」

 

 吸血鬼の真祖であるダーナ様が、私の変化を目ざとく察知した。

 

「ええ、吸血鬼にもなれます。他にも、天狗、竜人、悪霊……人形なんてものにもなれます」

 

 私はダーナ様の目の前で、種族の力を次々と変えていった。

 その様子に、ダーナ様はずいぶんとあきれ顔だ。

 

「これまでいろいろ変なヤツを見てきたけど、あんたはトビキリだね」

 

 へへへ、お褒めの言葉ありがとうございやす。

 

「あんたが変な存在で、私の住処を覗いたのが偶然という言い分も分かった。で、なんで私のことを知っているんだい? 見た通りの若娘のようだし、私のことを知る機会なんて、そうそうないだろう?」

 

 ダーナ様にそう問われ、私は素直に白状することにした。

 

「私は、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル先生の魔法の生徒なんです。そして、私の固有能力の一つで、とある世界線のとある人物の未来を知ることができるのですけれど、その人物の未来にあなたが登場します」

 

 隠す気はゼロだ。私は素直に腹を見せていく。

 ぶっちゃけ、このダーナ様に敵う気がしないのだ。

 

 彼女は、『吸血鬼の真祖』『ハイ・デイライト・ウォーカー』。ヒトの上位種族。

 それだけなら、スマホの力を駆使すればまだ勝ち目はある。だが、彼女の場合、それだけでは済まない。もし、ここで私が彼女を殺し尽くしたとしても、別の彼女が新たに現れて逆に私を殺し尽くすだろう。

 

 第二魔法カレイドスコープに『並行世界の運営』の力があるなら、まさしく彼女はその第二魔法に類した力を扱うのだ。狭間の魔女ダーナ様は、数多の並行世界を次元の狭間から監視し、記録し、コレクションする存在である。並行世界を自在に取り扱う彼女は、遍在する。

 幸い、彼女は人の世の出来事に手を出してこないので、人の世で生きる私と衝突することはない。なので、この場は全面降伏しておくのが賢い選択だ。

 

「キティの教え子ねえ……フム……」

 

 ダーナ様は、私から視線を外し、中空をぼんやりと見つめる。

 しばし沈黙が続き、やがて私を再び見下ろした。

 

「あんた、不思議な子だね。どの世界線を確認しても、さっきあんたを連れてきた世界線が属する大きな時間の流れにしか、あんたは存在していない。どこか遠い世界から来た迷子か何かかとも思ったけれど、しっかりと世界に根ざした両親の間から生まれている……」

 

 ああ、私って、『魔法先生ネギま!』の世界にピンポイントに生まれているからね。他の可能性世界には存在しないだろう。

 

「私は、天界の神様の手によって、別の世界から前世の記憶を保持したまま転生した存在です」

 

「神ねぇ……私は神々のことも知っているけど、奴らはそうそう下界に手を出すような連中じゃなかったはずだけどね」

 

「その神って、イスカリオテのユダに不滅の呪いをかけた神ですよね? それでしたら、違いますよ」

 

 私がそう言うと、ダーナ様はピクリと片眉を動かした。

 私は続けてダーナ様に言葉を放つ。

 

「この世界……広大に広がる銀河を含む数多の並行宇宙と次元の狭間、さらに神の存在を全て内包した一つの世界。その広大な世界を観測できる、ここよりも上の世界……いわば、上位にある世界から私はやってきました。そして、その上位世界のさらに上、天界に住む神様の手によって、私はこの下位の世界に生まれ落ちたのですよ」

 

 ダーナ様相手だからできる、ぶっちゃけ話。この事実は、キティちゃん達にも話していない。ダーナ様は数多の並行世界を観察し、気に入った世界を本にまとめてコレクションしている。だからこそ、彼女には正直に話した。

 

「そんな上位の世界、見かけた覚えはないねえ」

 

「そうですか……。おそらく、ダーナ様がどれだけ強大な力を手にしたとしても、その世界を見ることはできないでしょう。たとえばですね、とある漫画、小説でもいいですが、そこになんでも斬れる大剣豪が登場したとします。空間も時間も世界も概念も、なんでもです」

 

 私が唐突にたとえ話をすると、ダーナ様は黙って聞きに回った。彼女は目の前の紅茶が入ったカップを手に取って、優雅に口元へと運ぶ。この辺の所作の美しさは、さすが吸血鬼の貴族って感じだよね。

 

「なんでも斬れる本の中の大剣豪。そんな大剣豪でも、本の紙面を貫通して、読者を傷付けることはできません。これは、そういう次元の話です」

 

 私がそこまで話すと、ダーナ様はカップを口から離し、ぽつりと言った。

 

「荒唐無稽な話だねぇ」

 

「そうですね。ですが、確かにその上の世界と天界は実在し、今も私に力を与え続けています。このスマホの形を取って」

 

 私が手元にスマホを呼び出すと、ダーナ様は目を見開いて私の手元を見てきた。

 

「なんだいそれは! なんだってそんな物が、この世に存在を許されているんだい!」

 

「え? あれ?」

 

 ダーナ様の思っても見なかった反応に、私は困惑する。

 これはあれだね。「ワタシまた何かやっちゃいました?」ってやつだね。

 キティちゃんに見せても無反応だったスマホだが、本物の吸血鬼の真祖には何か感じ取れるものがあるらしい。

 

「ええと、これは天界におわす神様が、私にサービスとして渡してくれた、神のスマートフォンでして……」

 

「そんな恐ろしい物、よく持っていられるね。見通せないくらい、はるか遠くから、恐ろしいほどの力が降りてきているよ」

 

 おおう、そんなことになっているのか、このスマホ……。天界と直通していそうだなぁ。

 恐ろしいほどの力が降りてきているって言っても、別にスマホで神様とやりとりできるわけではない。返信不可能な電子メールが一方的に届くだけなので、pingを向こうから打たれているとかそんなオチが付きそうだけど。

 

「ちなみに、神様から届いた電子メールも存在しまして……」

 

 スマホをいじり、メーラーを開く。そして、私が生まれたときに神様から届いたメールを開くと、ダーナ様はスマホの画面をその大きな手で覆った。

 

「分かった、分かったから、しまっておくれ。見ているだけで目が潰れてしまいそうだよ」

 

 ダーナ様にそう言われ、物理的に私がダーナ様の手で潰される前に、私はスマホを手元から消した。

 すると、ダーナ様は、心底安心したという様子で息を吐いた。はー、彼女もこういう仕草をするんだね。なんでも余裕で受け流しそうな人なのに。

 

「あんたの中に入っていったね。あんたの身体は封印具にでもなっているのかい?」

 

「ええっ、それ初耳なんですけど……」

 

 手元に出したり消したりできるのは分かっていたけど、消しているときは私の中に入っているのか……。

 まあ、消しているときも着信音が鳴ったり、メールが届いたりするので、完全に消えているわけじゃないのは分かっていたが。マナーモードにしていると、頭の奥底が震えるようで面白いんだよね。

 

「やれやれ、寿命が縮まったよ」

 

 ハンカチを取り出して額の汗を拭きながら、ダーナ様がそう言った。

 いや、言わんとすることは分かるが、あなた寿命が存在しない不死者でしょうに。

 

「ともあれ、私は神様の手によって、上の世界から、下の世界に送り込まれた。そんな感じの不思議な存在です」

 

「理解したよ。いや、させられたというのかねぇ……」

 

 よほど彼女がスマホから感じた力は、ものすごかったようだ。うーん、私は何も感じ取れないけど、よほどすごいんだろうね神様ping(仮)。

 

「あんたが普段生活している世界から見て、上位にある世界を私も知っている。でも、その世界から見ると、あんたが住む世界が逆に上位の世界になる。お互いがお互いの上位になる、相互の関係世界だ」

 

 ダーナ様が、唐突にそんなことを語り出した。

 

「今回はそういう関係とは全く違う、不可侵の領域を感じ取れたよ。上の世界、確かにあるんだろうさ」

 

 ああ、その私が生活している世界と相互の関係にある世界って、2021年に感染症ウィルスが流行っている魔法が存在しない世界のことだろうね。『UQ HOLDER!』の登場人物の一人、トラックに轢かれて異世界転移するチートキャラである『真壁源五郎』の出身世界だ。

 

 その魔法の存在しない世界が、私の前世で過ごしていた世界をベースに作られた、下位の世界だという話も、私はダーナ様に向けて語った。

 

「なるほど。あんたはいろいろなことを知っていそうだ。茶菓子ならいくらでもあるから、少し腰をすえて話していきな」

 

 その後、私はダーナ様に勧められて、紅茶とケーキを楽しんだ。

 この世界の未来を描いた漫画が前世では存在していたことを教えたり、キティちゃんとの学生生活を面白おかしく話したりした。

 その漫画を読みたくなったら、キティちゃんに許可を取ってもらう必要があるとも説明する。

 

 やがて、楽しいお茶会は終わり、私はダーナ様にもとの場所へと戻してもらうことになった。

 麻帆良祭の途中だったので変な場所や時間に返さないよう頼み込んだら、面倒臭そうに、私を引き込んだ時点ちょうどに返してくれると言ってくれた。うーん、片手間に時間を操る、このすごさよ。

 

「リンネ。あんた、本心をあまり見せたがらない感じの性格に見えたけど、いざ腹を割って話すとなかなか面白い子だね。気に入ったよ」

 

 そんなバカな。私は結構、正直者のつもりなのだが。

 

「不死者として一人前になりたくなったら、私が直々に手ほどきしてあげるよ。いつでも言いな」

 

 別れの際にそんな言葉を聞きながら、私は静かな次元の狭間から騒がしい麻帆良へと戻っていった。

 ダーナ様の修行か。魅力的だけど時間がかかるだろうから、やるとしたら今年の夏休みが終わって以降かなぁ。高等部の夏休みに予定が空いていたら、頼んでみようかしらん。

 



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■37 スペース・ツナは宇宙のツナである

◆88 午後五時半

 

 さて、予想外の出会いがありつつも、私はパトロールの仕事を完遂した。

 キティちゃんに元々振られていた仕事だが、報酬は全額私が貰えるらしい。また寄付でも……と思ったが、ここは別荘でネギま部メンバーによって日々消費される食材を補填(ほてん)しておこうか。

 別荘で出る食事の素材が、地球にない謎野菜ばかりというのも、ちょっとアレだったし。

 

 そして今、私は参加を表明していた中規模の格闘大会の会場へとやってきていた。

 そこで見たのは、予想通りの告知看板。

 

「むっ、会場変更アルか!」

 

 私の横で、そんな声が上がる。古さんだ。

 

「どうも、古さん。古さんもこの大会に出場していたのですか?」

 

「おおっ、リンネアルか。そうアルヨ。麻帆良祭で一番大きな大会と聞いていたアルが……」

 

 確か今日は、中国武術研究会の方で『ちびっこカンフースクール』を開催していたのだったか、カンフー服とチャイナドレスを合わせたような独特の服を着た古さんが、私の言葉にそう返してきた。

 そんな古さんに、私は原作知識からくる前情報を少しリークする。

 

「これは噂なのですが、超さんが麻帆良祭の全武闘大会を買収したらしいですよ。それで、ウルティマホラ規模の格闘大会を開くそうです」

 

「なぬっ、超は、何も言っていなかったアルよ」

 

「秘密にして驚かせたかったのでしょうね。とりあえず、午後六時から受付開始みたいですので、会場に向かいましょうか」

 

「ふむむ、これはちょっと楽しみになってきたアルネ!」

 

 そうして私達は列車で場所を移動し、『まほら武道会』の予選会会場である龍宮神社に到着した。

 そこでは人でごったがえしていて、見覚えのある格闘家の姿もちらほらと見えた。

 

 さらに私達は、神社の仕事をしていたのか、巫女服姿の龍宮真名さんと、それと一緒にいるお化け屋敷のお化け姿をした鳴滝姉妹&長瀬楓さんのさんぽ部トリオを見つけた。

 

「楓ー! 楓も出るアルか?」

 

「おお、古。そうでござるな。賞金が一千万円もあるでござるし、出場してみるでござるよ」

 

「楓がウルティマホラからどれだけ強くなったのか楽しみアル!」

 

「ふふふ、負けないでござるよ」

 

 そんな会話を楽しげに交わして、たわむれる古さんと長瀬さん。

 それを見た龍宮さんが、笑みを浮かべて言う。

 

「これは、勝ち上がるのも一苦労だな」

 

「真名も出るアルか?」

 

「ああ。一千万は魅力的だからな」

 

 そう、今回開催される『まほら武道会』。なんと賞金は一千万円である。

 こんな額をポンと出せる超さんは、普段、料理屋台の『超包子(ちゃおぱおず)』でどれだけ儲けているのだろうか。

 

「あっ、あっちにネギ坊主がいるアル!」

 

 古さんが、人混みの中からネギくんと小太郎くんを発見したようで、そちらに向けて駆けだした。

 私達はそれを追い、ネギくんと合流する。

 

「ネギ坊主達も出るアルか? 私達も出るから、当たったときはよろしくネ」

 

「え、ええー! 皆さん出るんですか!?」

 

 ネギくんは、私と古さんの顔を交互に見て、あわあわとし始めた。

 

「コ、コタロー君。こ、こ、これはダメくない!?」

 

 ネギくんは、隣にいる小太郎くんにそんな弱気な発言をし始めた。

 

「フン、相手にとって不足はないわ。俺は負けん!」

 

「負けんって、少し冷静になろーよ! シミュレータールームでは負け続きだよ!?」

 

「アホ、訓練と実戦を一緒にするなや。修行の成果を見せてやる、くらい言ってみせろや」

 

「無理だよー。それに古菲さんとリンネさんだけでなく、楓さんと龍宮隊長もただ者じゃなくて……」

 

 そんな会話を目の前で繰り広げる小太郎くんとネギくん。

 ふーむ、これは、少し背中を押してあげようか。

 

「ネギくん、大会名、見ました?」

 

 私がそう言うと、ネギくんは「え?」と首をかしげる。

 

「その名も『まほら武道会』です。聞き覚え、ありませんか? たとえば、図書館島の地下で……」

 

「あっ! 父さんが優勝した武術大会……!」

 

「はい、そうです。ナギ・スプリングフィールド氏が十歳で優勝をかっさらっていった、裏の大会。それの復刻大会ですよ、これは」

 

「十歳の父さんが……でも、今回のこれは格闘大会なんですよね? 僕は剣士だから、素手の戦いはそこまで上達していなくて……」

 

「大丈夫ですよ。この大会、剣術大会も吸収しているようですから。おそらく、木剣や竹刀の使用も許可されると思いますよ」

 

 と、そこまで説明したところで、また新たな人物がこの場に訪れた。

 キティちゃんと高畑先生のコンビだ。

 

「ぼーや、私の弟子を名乗るなら、優勝くらい狙ってみせろ」

 

 出会い頭にキティちゃんがそんなことをネギくんに言う。対して、ネギくんの反応はと言うと。

 

師匠(マスター)! えっ、師匠も出るんですかー!?」

 

「いや、出ないさ。合気柔術一本でやるのも辛いものがある。だから、我が門下の尖兵(せんぺい)としてリンネと千雨を送り込む」

 

「うわー、千雨さんも。こ、これはますます勝利が難しくなってきたよー……。でも、父さんが優勝した大会なんだよね……」

 

 そんな感じで悲観するネギくんに、高畑先生は笑いかける。

 

「ネギ君、君が小さい頃、ある程度力がついたら腕試ししようって約束したよね」

 

「えっ、タカミチ!? それは今じゃなくていいんだよ!?」

 

「あれ? そうかい? いやー、でも、せっかくだから僕も出てみるよ」

 

「そんなー!」

 

 あー、高畑先生はあれだからね。素手で滝を真っ二つに割る光景とか、幼い頃のネギくんに見せているらしいからね。

 と、そんな話を近くで聞いていたのか、神楽坂さんがこちらに駆け寄ってきて、言った。

 

「高畑先生が出るなら私も出ます!」

 

「えーっ、アスナ君が?」

 

 神楽坂さんの突然の参加表明に、さすがの高畑先生も驚き顔だ。

 

 そんな3年A組のクラスメート達で場が混沌としてきたところに、突如、場内アナウンスが入る。

 それは、クラスメートの朝倉さんによる、大会説明。

 そして朝倉さんは、大会の主催者を会場の皆に紹介し始めた。

 

『では、今大会の主催者より、開会の挨拶を! 学園人気ナンバーワン屋台『超包子』オーナー、(ちゃお)鈴音(りんしぇん)!』

 

 すると、中華風の豪奢なドレスに身を包んだ超さんが、仮設ステージの上に登場する。

 

『ニーハオ。私が大会を買収して『まほら武道会』を復活させた理由は、ただひとつネ。……表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強を見たい。それだけネ』

 

 来たか。魔法を世界にバラすための一手が。

 

『二十数年前まで、この大会は元々、裏の世界の者達が力を競う伝統的大会だたヨ。しかし、主に個人用ビデオカメラなど、記録器材の発達と普及により、使い手達は技の使用を自粛。大会自体も形骸化。規模は縮小の一途をたどた……』

 

 確か漫画『ドラゴンボール』でも、天下一武道会でグレートサイヤマンの悟飯がカメラに撮られないように、ピッコロさんが会場中のカメラを破壊とかしていたよね。

 

『だが、私はここに最盛期の『まほら武道会』を復活させるネ! 飛び道具及び刃物の使用禁止! ……そして、呪文詠唱の禁止! この二点を守れば、いかなる技を使用してもOKネ』

 

 堂々とそう説明した超さん。当然、会場は困惑に包まれる。呪文詠唱の禁止とはなんぞや、と。

 その意味を理解している高畑先生は、「困ったなー」などと頭を掻いている。

 

 ところで、宝具の真名解放は呪文詠唱に含まれますか?

 

『案ずることはないヨ。今のこの時代、映像記録がなければ誰も何も信じない。大会中、この龍宮神社では、完全な電子的措置により、携帯カメラを含む一切の記録機器は使用できなくするネ』

 

 ……多分、私のスマホのカメラは動くんだろうなぁ。神様パワーを科学でなんとかできたら、私は超さんを本気で尊敬するよ。

 

『裏の世界の者は、その力を存分に奮うがヨロシ! 表の世界の者は、真の力を目撃して見聞を広めてもらえればこれ幸いネ!』

 

 そうして、超さんのスピーチが終了した。

 と、思ったら、追加で『最後の優勝者はナギ・スプリングフィールドだ』と超さんはネギくんを見ながら告げ、仮設ステージの上から去っていった。

 

 だが、ネギくんは、すでにその事実を知っている。ネギくんはそれよりも、超さんの言った大会ルールを吟味していたようだ。

 

「呪文詠唱の禁止。でも、試合開始前にアーティファクトを呼び出せば……」

 

 うん、やる気は十分みたいだね。

 では、私はせいぜいネギくんの壁になるとしようか。一千万円、譲らないよ。スマホの力だって使ってみせる。

 私一人が自重したところで、他にも魔法使いや気力使いは参加するんだから、魔法バレを完全に防ぐことはできないしね。

 

 

 

◆89 午後六時半

 

『まほら武道会』予選会は、二十名で一グループのバトルロイヤル形式。予選全体のエントリー可能人数は先着百六十名で、AからHまでの八グループより各二名ずつが予選を進出。合計十六名が、明日午前八時からの本戦に出場となる。

 

 くじの結果、私はCグループになった。3年A組関係者からは、高畑先生のみの出場だ。これは、数少ない二枠を取り合わなくて済むね。運がよかった。

 いや、くじの内容も超さんが操っているかもしれない。

 

 ちなみに、神楽坂さんと同行していた桜咲さんだが、武道会には参加しないらしい。京都神鳴流は退魔のための剣で、人前で無闇やたらと剣技を披露するのは(はばか)られるらしい。彼女は原作漫画と違って最初のタイムスリップをネギくんと一緒に経験していないから、超さんを怪しんでの出場は行なわれなかったのだろう。

 

 そんな優勝候補が一人欠けた予選会で、私は武器を構えてバトルフィールドの中央に陣取っていた。

 私を遠巻きにするように、格闘家達が周囲を囲む。だが、襲いかかってくる様子はない。

 ふーむ、これは、ウルティマホラ優勝経験者だから、警戒させちゃったかな?

 

「どうしました? かかってこないならこちらからいきますよ? あ、高畑先生は来ないでくださいね。この予選、私と先生で突破するのが理想だと思いますので」

 

 私がそう言うと、高畑先生はスラックスのポケットに両手を突っ込む独特の構えを取りながら、困ったように返してくる。

 

「それは構わないんだけど……刻詠君、一ついいかい?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「なんでマグロを持っているんだい? それ、武器なのかい?」

 

「武器ですが?」

 

 そう、私は活きのいい武器をこの予選会に持ちこんでいた。

 ピチピチと跳ねる、巨大な魚。『PSO2es』主人公であるアンドーの武器コレクションから借りてきた、『スペース・ツナ』である。ついでに衣装もアンドーから借りた『スペース・ツナ服』で統一しているよ。

 

「ああ、もちろん、本物のツナではないですよ。あくまで、模型ですから」

 

「そうなのかい……? なにやら、動いているようだけど」

 

「本格的な模型ですから、飛び跳ねくらいしますよ」

 

 私と高畑先生がそんな会話をしている間も、他の選手達は「お前がいけよ」「いや、お前が」「マグロで負けたくねえ」とか言い合っている。んもう、こないなら私からいっちゃうぞ。

 

「じゃあ、攻めますね。高畑先生、そこ危ないのでちょっと避けてください。あ、はい。そこなら大丈夫です。それでは、行きますよ。奥義――」

 

 私がバトルステージの中央で『スペース・ツナ』を構えると、他の選手達がとっさに身構える。だが、身構えた程度でこの技は防げまい。

 

「――『真空十字斬』!」

 

 私を中心にして前方、真横、真後ろに十字を描いた剣閃が走る。その効果範囲は、バトルステージの端から端まで。運悪く十字の軌跡にいた選手達は、その場で吹き飛び勢いよく場外に落ちていく。

 

「な、なんだ!? 今の技は!?」

 

 効果範囲の外にいて攻撃をまぬがれた空手家が、驚きの表情でそう叫んだ。

 今の剣技は、私の剣の師匠の一人である『剣士サンドラ』さんが使う奥義『真空十字斬』だ。前々から練習していたが、最近の修行の日々で、スマホから力を引き出さずとも使えるようになった。

 本気で撃てば効果範囲が途方もないので、いずれ訪れる造物主戦での雑魚掃討のためにずっと練習してきたのだ。

 

「ふふふ、これが裏の世界ですよ、格闘家さん達。さあ、『スペース・ツナ』の錆になりたい人からかかってきてください!」

 

「くそっ、そんな変な武器で負けたくねえ! 囲め! さすがのウルティマホラ優勝者も、囲まれればどうしようもねえはず!」

 

 そんな小物臭い台詞に従う選手がいたのか、四方から複数人が私に殺到してくる。

 だが、私の武器は『スペース・ツナ』。リーチが長い大剣だ。複数人との戦いにめっぽう強いぞ。

 

「いきますよー。『ツイスターフォール』!」

 

 私は縦回転の大回転斬りを放ち、近づいてきた者をまとめて吹き飛ばす。

 さらに、高畑先生が巧みに動いて、選手達を一人、二人とダウンさせていく。

 

 そして、事態が動いてから三分も経たないうちに、バトルステージに立つ者は私と高畑先生の二人だけになっていたのだった。

 やったね!

 

 

 

◆90 午後七時半時

 

 全ての予選が終わり、本戦のトーナメント表が発表される。

 本戦は勝ち抜き戦で、トーナメント表は右のブロックと左のブロックに分かれている。それぞれの一回戦の対戦カードは、以下の通りだ。

 

●右ブロック

佐倉(さくら)愛衣(めい)VS.村上(むらかみ)小太郎(こたろう)(偽名)

大豪院(だいごういん)ポチVS.長谷川(はせがわ)千雨(ちさめ)

長瀬(ながせ)(かえで)VS.中村(なかむら)達也(たつや)

龍宮(たつみや)真名(まな)VS.(くー)(ふぇい)

 

●左ブロック

田中(たなか)VS.高音(たかね)・D・グッドマン

・ネギ・スプリングフィールドVS.タカミチ・T・高畑(たかはた)

神楽坂(かぐらざか)明日菜(あすな)VS.豪徳寺(ごうとくじ)(かおる)

刻詠(ときよみ)リンネVS.山下(やました)慶一(けいいち)

 

 最終的に、右ブロックの勝者と左ブロックの勝者が激突し、一千万円を懸けた戦いを行なうことになる。

 

 ふーむ、左ブロックの私はこのまま行くと、二回戦でおそらく神楽坂さんと、準決勝でネギくんか高畑先生と戦うことになるね。

 右ブロックは誰が勝ち上がってくるか、全く分からない。個人的には古さんだとは思うのだが……ちう様も先日、自身のプログラム化に成功したから、何が飛び出すか分からないんだよね。

 

 しかし、高音さんと佐倉さんの魔法使いコンビが原作漫画通りに出場しているとか、ネギくん、彼女達の恨みをどこかで買ったのだろうか?

 ココロちゃんからはネギくんの細かい動向を聞いていないけど、のどかさんとのデートあたりで一悶着あったのかな。

 

「ええー、タカミチが相手!?」

 

 と、ネギくんがトーナメント表を見て驚きの声を上げている。

 

「わはは、最後の追い込みに、別荘行っとくか? ネギ」

 

 そう言って笑う小太郎くん。

 困ったときの二十四倍頼み。寿命を前借りしていると言えども、やっぱり便利すぎるね。

 

「エヴァの別荘かぁ。僕も昔はよく使ったよ。久しぶりに行ってみるかな」

 

「えっ、タカミチが別荘でさらに特訓したら、僕の勝ち目なくなるよー」

 

 高畑先生の言葉に、ネギくんが涙目でそんなことを言った。

 対する高畑先生は、苦笑して頬をかいた。

 

「いや、ネギ君の秘密特訓に水は差さないさ。ちょっと最近忙しかったから、中でのんびり休憩でもさせてもらうよ」

 

 そんなやりとりを横で聞いていたキティちゃんは、ジト目で高畑先生を見ながら言う。

 

「あの別荘は、私の私物だということを忘れてないだろーな。私の弟子のぼーやはともかく、他の者はちゃんと借りているという自覚を持て」

 

「あ、あはは……感謝しているよ、エヴァ」

 

 困ったように言う高畑先生の言葉を聞きながら、私達はそろって移動を始めた。

 エヴァンジェリン邸への移動……の前に、3年A組の初日の打ち上げだ。麻帆良祭一日目の夜は、まだ終わらない。

 



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■38 しばしの休息

◆91 居合

 

 麻帆良祭一日目の中夜祭に集まった3年A組一同は、翌日の午前四時まで騒ぎに騒いだ。

 お酒も入っていないのにあそこまで騒げるのは、一種の才能だと思う。

 私は途中でふらふらになって、適当な相づちを打つマシーンと化していたが、こんなところで自分は精神的に若くないという事実を思い知らされるとは思わなかった。精神は肉体に引っ張られるとか言うけど、あれ嘘じゃんよ。

 

 というわけで、解散後はネギま部一同プラス高畑先生で、エヴァンジェリン邸の別荘に逃げてきた。

 一眠りした後、大会出場者はそれぞれ最終調整とも言える特訓を始めた。

 

 とは言っても、私の場合、いまさら何かをしても付け焼き刃になるだけだ。

 なので、最低限の装備をスマホの中から借りる約束を取り付けた後は、皆の様子を見て回ることにした。

 

 まず向かったのは、キティちゃんのところだ。一つ報告を入れておかないといけない。

 

「エヴァンジェリン先生、ちょっとさっき、ダーナ様と会って一緒にお茶会してきました」

 

「はあッ!? ダーナって、狭間の魔女のダーナか!?」

 

「そのダーナ様です」

 

「ちょっとこっちに来い!」

 

 そう言ったキティちゃんに引っ張られ、別荘の奥の方の部屋へと向かう。

 そこで私は、ダーナ様と話した内容をところどころぼかしてざっくりと説明した。予言の書を見に来るかもしれないということも伝えた。

 するとキティちゃんは、頭を抱えて声を絞り出すように言う。

 

「貴様はなんという余計なことを……」

 

「そういうわけで、ダーナ様からエヴァンジェリン先生に連絡が行く可能性が……」

 

「はあ、ただでさえカリンが来ていて頭が痛いのに……」

 

「おや、彼女、来ているのですか」

 

 カリンとは、中世時代にキティちゃんと行動を共にしていた不死者で、『UQ HOLDER!』に登場するメインキャラクターの一人だ。ダーナ様との話で話題に出した、イスカリオテのユダだね。

 

「ああ、日本に住んでいるなら、日本最大の祭典に来るのは何もおかしくない、だそうだ」

 

「あはは、愛されていますね」

 

「真祖バアルの行方がつかめていない以上、接触を続けてカリンを以前の二の舞にはしたくないのだが……。麻帆良で不意打ちされれば、今の私にはどうしようもできん」

 

 真祖バアルはキティちゃんの不倶戴天の敵だ。いや、キティちゃんはそこまで滅ぼしたいほど憎んでいるわけではないようなのだが、バアルの方がキティちゃんにちょっかいをかけてくる可能性が高いのだ。

 彼はキティちゃんに「君の行く末がどうなるかとても気になる」とか言って、キティちゃんに付き従っていたカリンを大木に変えて封印。彼曰く、カリンがいなくなったらキティちゃんのか弱い精神がどこに行き着くのか興味がある、だそうだ。

 バアルは、好きな子をいじめたくなる子供メンタルじみた言動を真祖のパワー付きで取った、ヤベー存在なのだ。

 

 なので、中等部卒業まで麻帆良から長期間離れたくないキティちゃんにとって、カリンを麻帆良に招いて一緒に過ごすことはリスクがともなうわけだ。妖魔パワー抑制結界のせいでキティちゃんの力が弱まる麻帆良で、真祖バアルに襲撃を受ける危険性があるのだ。

 麻帆良ではバアルも結界による抑制を受けるだろうが、本物の真祖相手にはたして結界がどこまで効果あるか。

 

「ま、人間を愛しているらしい真祖バアルなら、麻帆良祭中に襲撃はないんじゃないですか」

 

「そうだといいがな。とりあえず、ダーナの件は了解した。何を言われるかは分からんが、覚悟をしておく」

 

「お願いします」

 

 そうやりとりをして、私達は別荘の奥から出た。

 

 そして、私が次に向かったのは、砂浜で小太郎くんと一緒に軽い模擬戦を行なっていたネギくんのところだ。

 ちなみに、ネギくんの師匠のアルトリア陛下は、今ここにはいない。昨日の時点でお小遣いを持たせて麻帆良祭に解き放ってあるから、今頃どこかの宿泊施設で一泊しているんじゃないかな。

 

 さて、模擬戦を終えて一息ついたネギくんに、私は歩み寄る。

 

「ネギくん、武道会の本戦では、竹刀ではなく世界樹の木剣を使った方がいいですよ」

 

 模擬戦で竹刀を使っていたネギくんに、私はそう言った。

 彼が今手にしているのは、私が以前プレゼントした竹刀……ではなく、何度か修行中に折れてしまったので四代目の竹刀だ。

 

「ええっ、危なくないですか?」

 

 ネギくんが、驚いた表情で私の言葉に返してくる。まあ、普通に考えたら木剣で殴り合うのは、とても危険なのだが……。

 

「魔力がこもった木剣程度で頭をかち割られて死ぬような選手は、本戦に残っていませんよ。その竹刀ですと、魔力で強化してもへし折られる可能性が高いです。その竹刀は、特にこれといって特別な素材で作ったわけでもないですしね」

 

「うーん、大丈夫かなぁ……」

 

 竹刀が折れるというのは実感としてあるのか、ネギくんが悩み始める。

 そんなネギくんに、私は言った。

 

「少なくとも、一回戦の高畑先生相手では、竹刀だと軽々とへし折られるでしょうね」

 

「おー、なんや、姉ちゃん。あいつの戦い方知っているんか」

 

 横からそう言ってきたのは小太郎くんだ。高畑先生の戦い方ねぇ。

 

「何度か、街中で戦っている姿を見たことありますよ」

 

「本当ですか? リンネさん、タカミチはどんな戦い方をするか、参考までに聞いてもいいですか?」

 

 うーん、ネギくんがカンニングじみた事前調査をしてくるとは、意外だ。

 それだけ、勝機が薄いと見ているのだろうが……。

 

「本人に聞いてみては?」

 

 私がそう端的に答えると、ネギくんはあわてて言葉を返してくる。

 

「ええっ、そんな、教えてくれるはずがないですよー」

 

「何事もチャレンジです。あのー、高畑先生ー」

 

 少し離れた場所で、神楽坂さんと話をしていた高畑先生を呼ぶ。

 すると高畑先生が一人でこちらにやってきたので、ネギくんに戦い方を教えてあげられないか尋ねてみた。

 

「ええっ、僕の戦い方? まさか対戦相手にそれを聞いてくるとは」

 

「ほら、リンネさん、言ったじゃないですかー」

 

 ネギくんが情けない声で私を批難する。

 

「まあ、確実に教えてくれるとは、私も言ってませんので」

 

 私はそう言い訳して、肩をすくめた。

 そんなやりとりを笑って見ていた高畑先生は、「仕方ないな」と言ってネギくんと向き合う。

 

「そうだね。直接答えは教えてあげられないけど、ヒントを見せてあげよう」

 

 そんな高畑先生の言葉を受けて、ネギくんと小太郎くんは、本気かよといった感じで驚き顔になる。

 

「ネギ君、魔力で身体を強化して、そちらに立ってごらん」

 

 高畑先生にうながされ、ネギくんは困惑しながらも魔力を全身に行き渡らせる。

 高畑先生とネギくんが、五メートルほど離れた状態で向かい合う。そして、スーツ姿の高畑先生は、両手をスラックスのポケットに入れる独特の構えを見せた。

 

「では、いくよ」

 

 高畑先生がそう言うや否や、ネギくんが後方に吹き飛んだ。そして、そのまま別荘の海へと着水し、大きな水柱を立てた。

 その後、びしょ濡れになりながら海からあがってくるネギくん。その彼に、高畑先生は笑みを浮かべて言う。

 

「これが僕の戦い方だよ。じゃ、試合までどう攻略の糸口を見つけるか、楽しみにしているよ。頑張ってね」

 

 そうして、高畑先生は再び神楽坂さんの方へと戻っていった。

 神楽坂さんは、桜咲さんと剣術の特訓中のようだね。

 

「ネギ、攻撃の正体分かったか?」

 

 濡れねずみのネギくんに、自信ありげな小太郎くんが尋ねる。

 対するネギくんは、思案顔で言う。

 

「うん、物凄く速いパンチだったね。でも、あの構えになんの意味があるのかな……」

 

 あの拳速をしっかり見切れたのか。ネギくん、動体視力も優れているんだね。私は長年鍛えてきたおかげでなんとか見切れたけど、ネギくんそういう修行を幼少期からしてきたわけじゃないよね?

 まあ、頑張ったネギくんにはご褒美だ。

 

「あの構えは、居合ですね」

 

 私の言葉に、ネギくんは首をかしげる。

 

「居合って、刀を使うあの居合ですか? のどかさんがよくやっている……」

 

 おそらくカタナを使うアークスのクラスである、ブレイバーの練習をしているところを見たのだろう。のどかさんが目指すファントムのクラスも、カタナを扱うからね。

 それが分かっているなら、話は早い。

 

「スラックスのポケットを刀の鞘に見立て、ポケットの中で拳を加速させて、居合として拳を振り抜く。そういう仕組みでしょうね」

 

 私の解説に、ネギくんがうなずく。

 

「なるほど……うん?」

 

「なんや?」

 

 うなずいたと思ったらまた疑問の声をもらしたネギくんに、小太郎くんが問う。

 

「ポケットの中で拳を加速……どうして加速するの?」

 

「んなこと言うてもな。居合ってそういうもんや」

 

「へー」

 

 いや、へーじゃないよ。

 

「ネギくん。日本文化を誤解しないように。居合は別に、鞘で刀を加速させるための技ではないですよ。座った状態や納刀した状態からスムーズに攻撃へ移るための技です。最初から刀を抜いていられるなら、それが一番ですよ」

 

「ん? そうなんか?」

 

 今度は小太郎くんが首をかしげる番だ。

 

「普通の居合ならそうですね」

 

 そう、あくまで日本文化としての居合についての訂正だ。だが、裏の世界における居合は違う。

 

「これに『魔力』や『気』、フォトンといった力が絡むと、話は変わってきます。それらの力が推進力、鞘が発射台となり、普通に刀を振るうよりも速い攻撃が可能となるのです」

 

「おお、なるほどな!」

 

「へえ、じゃあタカミチの居合も?」

 

 私の解説に、小太郎くんが感心し、ネギくんがそう問うてくる。

 

「ええ、高畑先生は『魔力』を使って、この居合拳とでも言う技を成立させているようですね」

 

 まあ、彼が使うのは魔力だけじゃないんだけど。そう思っていると、向こう側で特訓をしていた神楽坂さん達の方から大きな声が聞こえてきた。

 

「えー、高畑先生も『咸卦法』使えるんですか!?」

 

 神楽坂さんだ。私は耳を澄まし、彼女達の会話を聞く。

 

「うん。というか、むしろ僕が昔のアスナ君に教えてもらった立場なんだよね」

 

「ええっ、それって……」

 

「アスナ君。そろそろ君には、昔のことをいろいろ話しておくべきかなと思う」

 

「昔のこと……それって、ネギのお父さんのこととか、関係ありますか?」

 

「うん、あるね。そうだな、下手なことを話して武道会に影響したらいけないし、大会が終わった後でいいかな」

 

「あっ、それなら、高畑先生、大会の後に、で、で、で、でででで……」

 

「?」

 

「デート、いえ、一緒に麻帆良祭をまわりませんか!」

 

「うん、構わないよ。話はそのときでいいかな?」

 

「はい! お願いします!」

 

 おお、やるじゃん神楽坂さん。告白したら確実にフラれるだろうけど、デートは一歩前進だよ。

 というか、神楽坂さんってネギくんへの恋愛感情はないんだから、高畑先生とのカップリングが一番丸く収まらない? いや、高畑先生に実は好きな人がいるとかだったら、前提が崩れちゃうけどさ。

 

「ネギ、『咸卦法』やって」

 

「うわあ、ますます勝ち目がないよー……」

 

 ちゃっかり小太郎くんとネギくんも会話を聞いていたのか、ネギくんが絶望したという感じの表情になる。

 まあ、頑張ってほしい。高畑先生も本気を出さないと思うからさ。いや、原作漫画より強くなっているであろうネギくんを見て、ギアを上げてくる可能性はあるね……。

 私的には大会で戦ってさらなる成長をうながしてあげたいので、ネギくんに勝ち上がってきてほしい。どうなることやら。

 

 

 

◆92 電子の王

 

 ネギくん達のもとを離れた私は『まほら武道会』のために特訓を積んでいる、他の面子の調子を尋ねてまわった。神楽坂さん、古さんの順だ。

 そして、最後となるちう様のもとへと訪ねる。

 

「どうですか、調子は」

 

「ん? ああ、いいかげん、人じゃないのにも慣れてきたな」

 

 私の問いかけに、そう軽い調子で答えるちう様。

 だが、言葉の内容は軽いものじゃない。

 

「不具合はありますか?」

 

「ないな。これで私も、電子精霊達と同じ存在になったわけだ」

 

 そう、ちう様は先日、実体化モジュールを流用した術式により、自身を電子情報生命体に変えることに成功していた。

 しかも、電子情報生命体になったうえで、『千年戦争アイギス』の精神生命体であるデーモンの秘術を使い、仮初めの肉体を構築していた。

 デーモンは、肉体を滅しても精神がある限り本当の意味で死亡することはない。

 さらにちう様は、プログラムの本体とも言えるコア部分を私のスマホに移した。これにより、私が完全消滅してスマホが消えない限り、永久に復活し続ける存在へとちう様は変わっていた。

 

 まさしく今のちう様は不老不死の存在。新たなUQホルダーのナンバーズ候補である。いや、この世界で不死者の集団UQホルダーをキティちゃんが作るとは限らないけど。

 

「スマホの居心地はいかがですか?」

 

「快適。とは言っても、あくまでコアの設置場所ってだけだからな。普段の居場所はこっちだ」

 

 ちう様は、履いていたスカートのポケットから携帯端末を取り出して、私に見せて来た。

 その端末は、アークス特製の情報端末。フォトンリアクター内蔵の超頑丈な端末で、この世にフォトンがある限り充電なしで動き続ける。つまり、のどかさんがいる限り半永久的に動き続けるちう様の仮宿である。

 

「スマホの中は探検しました?」

 

 私が自分のスマホをフリフリしながら尋ねると、ちう様は「ああ」と答える。

 

「何か見つかりました?」

 

「いや、別宇宙への扉も、天界への扉も見つからねーな。通信自体はしているみたいなんだが、中からじゃ辿れねえ」

 

 私の予想では、スマホの中に宇宙が広がっていると思っていたのだが、どうやら違うようなのだ。

 スマホゲームのキャラクター達がすごしている宇宙は別にあって、そことスマホが不思議な力で繋がっているだけだというのがちう様の見解だ。

 そもそも私が女神様に願ったのは、不思議なスマホを手にすることじゃない。スマホゲームの力を自由自在に扱えるようになることだ。

 ということは、私の願いでゲームのキャラクターが住む宇宙が作られ、そこに神様がおまけでスマホという連絡手段を後付けした、と見ることができる。

 

 私はスマホがあってもなくても、ゲームの宇宙から力を引き出すことができるのだろう。

 ゲームの宇宙と『LINE』で連絡が取れるだとか、スマホで枠を課金してキャラクターを現世に呼び出せるだとか、そういうのは全部神様のおまけ。おまけなので、いつ取り上げられてもおかしくはないのだ。

 でも、取り上げられるのは困るんだよね。ちう様のコアが、スマホの中にあるから。

 

 ちう様が自身を電子情報生命化しようとしていたころ。私のスマホにコアを置きたいとちう様が言い出したときは、私は当然のように考え直すよう説得した。

 そんなときだ。スマホにメールが一通届いたのは。神様からのメールだ。

 内容は、与えた力を後から取り上げたりしないので、安心して人生を謳歌してね、みたいな感じ。

 女神かな? あ、女神様だった。アフターケアがばっちりすぎる。

 

 そういうわけで、ちう様の不死の担保役として、私はますます永遠を生きる覚悟を決めたのだ。

 

「スマホも、アークス端末も、問題ない。あとは、『力の王笏』さえなんとかなればなぁ……」

 

「そのアーティファクトがどうかしました?」

 

 魔法少女ステッキを片手に言うちう様に、私はそう尋ねた。

 なんだろう。スペックでも不足したのだろうか。

 

「いや、持ち運ぶにはデザインがな……」

 

「あー、対象年齢五歳って感じですものね」

 

 スマホの中の宇宙(いや、スマホの中ではないみたいだけど、便宜上こう呼ぶと分かりやすいので……)で日々悪さをしている『カレイドルビー』の親戚のような見た目しているからね、そのアーティファクト。

 

「いっそのこと、専用ケース作って、二度と開かないようにするか?」

 

「それか、外部パーツ付けて先端部分が見えないように……」

 

 私達がそう会話していると、電子精霊七部衆が現れて抗議を始めた。

 

『ひどいです、ちう様!』

 

『我らの住居になんてことをするつもりですかー』

 

『ちう様、見た目の年齢操作し放題なんですから、デザインに合う幼女になればいいじゃないですか』

 

「態度のでけー手下どもだな。スペックで私に負けているくせに」

 

『それは言わないお約束ですぅ』

 

『上位の電子精霊を超えるとか、このマスターおかしい!』

 

 あー、今のちう様って電子情報生命体だから、電子精霊みたいなこと素でできちゃうのか。

 短い天下だったなぁ、ドラクエ精霊達。

 

 その後、電子精霊達の懇願で、アーティファクトのデザイン変更は保留された。

 でも、いいのかな。そのままだとちう様は滅多に人前でアーティファクトを出すことがなくなり、電子精霊達の活躍の機会は、同じことができるちう様の存在もあって、減っていくんだけど……。

 

「ま、そのうち自分達で気づくさ」

 

 ちう様はそう言って、アーティファクトを手元から消した。

 

「さて、私も武道会の準備を進めるかな。古に勝てるかは分からんが、生命体として進化したところを見せつけてやりたいな」

 

「ちう様、中途半端に変なことやると、最終日に直接の魔法バレを阻止しても、人々に疑念が残りますよ」

 

「そうは言っても、ネットに動画を流される程度だろ? ネットで動画を気軽に閲覧できるやつなんて、一握りの人間だけだ。気にするようなことじゃねえ」

 

 まあ、そうなんだよね。

 2003年現在、ブロードバンドはまだまだ普及しきっていないし、最大手の動画共有サービスもスタートしていない。

 インターネットを使っている人にとって、動画は気軽に見るようなコンテンツではないのだ。

 

 もちろん、超さんサイドが動画共有サービスをスタートさせるという未来も考えられる。けどそれは、世界樹の魔力を使って人類が魔法の存在を信じやすいようにしてから、ダメ押しでやる事業だろうね。

 

「決勝まで行ってリンネと戦えるかは分からねーが、今回の武道会は全力で挑ませてもらう。ちゃんと見ておけよ?」

 

 言うじゃないか。

 ま、ちう様は今世の私にとって、最大の推しなので、全力で応援するに決まっているんだけどね!

 




※まほら武道会本戦はダイジェストにするつもりで書いたのですが、伸びに伸びて全五話になりました。しばらくトーナメントにお付き合いください。


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■39 まほら武道会一回戦右ブロック

◆93 右ブロックの激闘

 

 麻帆良祭二日目、午前八時。龍宮神社に作られた『まほら武道会』の特設会場は、満員御礼。

 観戦チケットは全席完売で、今やプレミア価格でやりとりされているらしかった。

 

 その客席の一角、前方の席には我らがネギま部メンバーが陣取っていた。

 ネギくんが格闘大会に出場すると前々から知らされていたので、昨日の夜と今日の午前はみんなスケジュールを空けていたのだ。

 後からネギくんの『まほら武道会』本戦出場を知ったクラスメート達と揉めたらしいが、ここにいるということはチケットを守り通したのだろう。

 

『ただいまより、『まほら武道会』第一試合に入らせていただきます!』

 

 バトルステージ上からそう宣言したのは、リングアナウンサーの朝倉さん。

 第一試合、佐倉(さくら)愛衣(めい)VS.村上(むらかみ)小太郎(こたろう)

 

 佐倉さんは、私達の一学年下の麻帆良女子中の魔法生徒だ。珍しいことにアーティファクトを所持しており、無詠唱魔法を使いこなすなかなかの技量も持っている。

 しかしだ。

 

『おおっとー、佐倉選手、村上選手の掌底で吹っ飛んだー!? これはいかなる技か、解説者席ー!』

 

 別荘で鍛えた小太郎くんの敵じゃないね。

 小太郎くんは我流の戦士だ。特定の師匠をつけて型にはめてもあまりよくないだろう、というスカサハ師匠の言により、彼は模擬戦主体の修行をこれまでこなしてきた。数多の英雄、英傑達との戦いを経て、彼は確実に成長していた。

 

『はい、解説者席の絡繰茶々丸です。本日は、裏の戦いに詳しい専門家に来ていただいています。解説のクウネル・サンダースさん、今の攻撃は?』

 

 んん? クウネル・サンダース?

 

『はい。あれは掌底による打撃と言うよりは、優しく手の平で押しただけですね。女性を無闇に傷付けたくない。しかし、攻撃を当てないのも失礼に当たる。そんな彼の優しさが垣間見える一撃でした』

 

 なにやっているの、あの魔導書。予選に出場していないと思ったら、解説役とか……。

 

『なるほど、打撃ではなく押し出しですね。以上、解説者席でした』

 

『ありがとうございます! 佐倉愛衣選手、場外に出た状態で十秒経ったため、村上小太郎選手の勝利です! 溺れる愛衣選手へ手を差し伸べる小太郎選手に温かい拍手が送られています!』

 

 バトルステージの外側には、水が張られている。というか、龍宮神社の隣にある湖に特設ステージを設けた形だ。

 バトルステージから場外に落ちた選手は、十カウント以内に水から上がってステージへ戻る必要がある。バトルの最中に泳がなきゃいけないとか、地味に辛いよね。

 

 で、第一試合は小太郎くんの勝利で終わったわけだが、なぜ佐倉さんが武道大会なんぞに出場しているのか。

 それは、選手待機席に現れた高音・D・グッドマンさんが、ネギくんの前で説明していた。

 

 なんでも昨日、高音さんと佐倉さんが告白阻止パトロールをしていた最中、世界樹の魔力によって操られたネギくんがキス魔と化し、佐倉さんや高音さんの唇を奪っていったと。その直後、反省も見せずに大会予選に出場したのを見て、お灸を据えねばならぬと自分達も出場を決めたとのこと。

 うーん、そんなことがあったのか。ネギくんがキス魔にね。これ、『魔法先生ネギま!』の知識を持つのどかさん、狙ってやったよね? おお、こわやこわや。

 

 さて、そんな選手待機席での一幕がありつつ、バトルステージでは試合が進む。

 第二試合、大豪院(だいごういん)ポチVS.長谷川(はせがわ)千雨(ちさめ)

 

 大豪院ポチ選手は、太眉にタラコ唇が特徴の選手だ。実はこの選手、ちょっと面白い人物だ。ユニークな性格をしているとかではなく、『魔法先生ネギま!』という漫画作品的に面白い経歴を持っているのだ。

 

『魔法先生ネギま!』は週刊少年マガジンで連載されていた漫画だが、同時期の連載に『もう、しませんから。』という漫画があった。漫画家が取材を行なって、その様子を漫画化するいわゆるルポ漫画だ。

 大豪院ポチ選手は、その『もうしま』作者をもとにして生まれたキャラクターである。

 その作者は柔道経験者らしいが、大豪院ポチ選手はどうやら打撃主体の格闘家。流れるような連続攻撃をちう様に向けて叩き込んでいる。しかしだ。

 

『すさまじい連続攻撃ですが、クリーンヒットは一度もなし! ウルティマホラ二年連続本戦出場者の千雨選手、余裕の表情ー!』

 

 格闘家として、ちう様は上を行った。

 

『おおっと、ここで千雨選手の体当たりが、カウンター気味にクリーンヒット。今のは名高い鉄山靠(てつざんこう)なのかー?』

 

『中国拳法の八極拳における貼山靠(てんざんこう)ですね。長谷川千雨選手は中国武術研究会の所属で、八極拳の使い手として有名です』

 

 朝倉さんの実況を受け、解説者席の茶々丸さんがそんな解説を入れる。茶々丸さんは、別荘でちう様が李書文先生に八極拳の指導を受けている様子を見ているからね。

 

『9……10! 大豪院選手、立ち上がれない! 千雨選手の勝利です!』

 

 魔法も気弾も飛び交うことのない、普通の格闘試合だったなぁ。

 まあ、次の試合は違うんだろうけど。

 

『第三試合! 予選で分身の術を披露した忍者ガール、長瀬楓選手! 対するは、『遠当て』の使い手、中村達也選手! 巷で噂の『遠当て』がまた見られるのかー?』

 

 そうして始まった第三試合。

 空手着を着た『気』の使い手、中村選手が『烈空掌(れっくうしょう)』なる気弾を開幕から飛ばす。

 長瀬さんはそれを軽々と回避していくが、派手に炸裂する気弾に観客席は大盛り上がりだ。

 それに気をよくした中村選手が、さらに『烈空掌』を連発する。

 

 しかし、長瀬さんはそれをわずかな動きで回避し、ゆっくりと中村選手に近づいていく。

 気弾は有効ではないと悟った中村選手。今度は『気』を手にまとわせ、貫手を長瀬さんに放つ。

 それも軽やかに回避した長瀬さんは、中村選手の背後を取って、首筋を手刀で叩いた。

 すると、中村選手は一瞬で気を失い、倒れる。

 

『おおお! 首トン! 首トンです! 私、初めて首トンで人が倒れるところを見ました! 『遠当て』の中村達也選手、KO!』

 

 首を手刀で打っても人は気絶しない。割と有名な話だが、それはあくまで表の世界でのこと。『気』を相手の首筋に流し込むことで、漫画の世界にしか存在しなかった首トンは実現できる。いや、ここ漫画がベースになった世界だけどね!

 

 気絶した中村選手が担架で運ばれていき、試合は第四試合へと移る。

 

『お待たせしました! お聞きください、この歓声! 本日の大本命、前年度『ウルティマホラ』チャンピオン! (くー)(ふぇい)選手の登場です!』

 

 本日の古さん。その手には、棍がにぎられている。

 なるほど、本気だね。古さんは、『神槍』と(うた)われた李書文先生の指導を受けている。そんな彼女が本気を出すときは、やはり槍術を使用するのだ。

 

『おおっと、ケンポーガールの古菲選手、今日はなんと武器を所持しています。これは棒でしょうか?』

 

『木の棒、つまり棍ですね。古菲選手は拳法だけでなく、槍術も修めており、本気で相手を打倒したいときは槍を持ち出すのだとか。今大会では刃物禁止なので、代わりに棍をということでしょう』

 

 解説の茶々丸さんが、リングアナの朝倉さんの疑問に答えた。茶々丸さんは、ちう様だけでなく古さんの稽古も別荘で見てきたからね。

 

『なるほど、チャンピオンが本気になったと! そしてその相手は、ここ龍宮神社の一人娘、龍宮(たつみや)真名(まな)選手です! 所属はバイアスロン部! 当然、銃は今大会で禁止されていますが、どう戦うのか!?』

 

 そして、試合が開始される。

 と、同時に龍宮さんが仕掛け、古さんがそれに対処する。龍宮さんが指でコインを弾き、古さんが棍で器用にも弾いたのだ。

 

『な、なんだ今の攻防はー!? おや? こ、これは、メダル! 龍宮選手、ゲームセンターのメダルを飛ばしています! 解説席、これは一体!?』

 

『クウネルさん、いかがでしょうか』

 

 解説者席の茶々丸さんが、横に座るフードの男、クウネル・サンダースことアルビレオ・イマへと話を振る。

 

『『銭投げ』ですね。物を投げる投擲(とうてき)は、両手を自由に扱える人類に許された遠距離攻撃手段です。そして、はるか昔は原始的な石投げでしかなかった投擲は、より強力さを増すために投石器を使うようになったり、より携帯性を上げるために金属の貨幣を投げるようになったりしたわけです。銭投げは、携帯性を上げた暗器の術の一つと言えるでしょう』

 

『なるほど、暗器ですか。しかし、解説のクウネルさん。真名選手は、メダルを投げる動作を見せていませんが』

 

『『指弾』です。親指で弾いているようですね。その連射性は、なかなか侮れませんよ』

 

『なるほど。以上、解説者席でした』

 

 その解説をバトルステージ上の古さんも聞いていたようで、メダルを警戒しながら龍宮さんに向けて言った。

 

「『羅漢銭』アルか。私は暗器をあまり使わないアルが、真名が使ってくるとは驚き……ではないアルネ」

 

 すると、龍宮さんは笑って話に応じる。

 

「本当なら重たい五百円玉を使うのが最適なのだが……いかんせん現金を使うと弾数が限られてな」

 

「それで、ゲームセンターのメダルアルか」

 

「ああ、メダルなら業者に発注すれば安く大量購入できるからな。弾はまず尽きないと思っていいぞ。魔法で取り出し放題だ」

 

「むむ、それはやっかいアル」

 

「ちなみに、このメダルを使う案はリンネからもらったものでね。以前リンネと雑談をしていたときに聞いたが、なんでもゲームセンターのメダルを打ち出すレールガンの術があるらしいじゃないか」

 

「初耳アルネー」

 

 いやー、龍宮さんと言えば銭弾き、銭弾きといえばとある科学のみこっちゃんと連想してさ。ゲーセンのメダルをレールガンで飛ばす話をしたことがあったんだよね、一年くらい前に。

 そんな龍宮さんのメダル弾きが、バトルステージの上で本格的に始まった。

 

 まるでガトリング砲のように撃ち出され続けるメダル。それを古さんは棍で弾き、回避し、時に受けて『気』で耐える。

 尽きないメダルの雨に、古さんは近づけない。

 

「むむむ、ここは仕方ないアル。超の思惑に乗ってやるとするネ。真名、覚悟するアル!」

 

「むっ?」

 

「行くアルヨ。『流れ星』!」

 

 すると次の瞬間、上空から光が降ってきた。

 まるで流星のような光の弾。それが複数連なって、龍宮さんに殺到したのだ。

 

「くっ!」

 

 とっさに光弾を避ける龍宮さん。だが、古さんとしてはそれで成果は十分。メダルの連射が途切れた隙をついて、古さんは棍の間合いに入る。

 そして、そこから龍宮さんは棍でめった打ちにされ、最後に蹴りを受けて場外に吹き飛んだ。

 

『真名選手ダウーン! 謎の光で攻守が逆転したと思ったら、一瞬でけりがついてしまったー! 強い、『ウルティマホラ』チャンピオンは強いぞー!』

 

 そして、龍宮さんは浮いてこなかった。10カウントがなされ、古さんに湖からすくい上げられた龍宮さんは、担架を拒否して歩いて退場していった。

 

『しかし、今の光はなんだったのか!? 銭投げなどでは説明が付かない軌道ですが、解説者席!』

 

『はい。どうでしょうか、クウネルさん』

 

『驚きですね。あれは、仙術です』

 

『仙術、ですか』

 

『はい。隣の大陸に隠れ住むという仙人、神仙が使う神秘の術です。あの術からは星の力を感じました。光の術を流星に見立てて、空から降らせたのでしょうね』

 

 アルビレオ・イマが、魔法の秘匿なんのそのといった解説を入れてしまった。隠す気ゼロである。

 あれ? もしかして、アルビレオ・イマって、本格的に超さんの協力者なの? それとも何も考えていないだけ?

 

『仙術! チャイニーズカンフーガール古菲選手の正体は、仙人だったのかー!』

 

 解説を受けて、朝倉さんがそんなあおりを入れる。ノリノリだな、この娘。

 一応、朝倉さんには麻帆良祭が始まる前に、麻帆良内で盛大な魔法バレが起きたら、ネギくんがオコジョ刑を受ける可能性をそれとなく伝えておいたんだけどなぁ。魔法の存在を知っているのにネギま部に入れなかったのが、あだになったか。

 

『いえ、彼女が中学校に通う見た目通りの年齢だとすると、その若さで仙人ということはないでしょう。せいぜいが道士見習いか方士見習いといったところでしょうね』

 

「なんか暴露されまくっているアルネー」

 

 と、アルビレオ・イマの解説を聞きながら、古さんが選手待機席へと戻ってきた。

 解説を聞いていたネギくんは、困り顔で私と古さんに向けて言う。

 

「どうしましょう……僕も無詠唱魔法を使ったら、クウネルさんに魔法のことを暴露されるんじゃあ……」

 

「あの様子だと、されそうですね」

 

 私がそう言うと、ネギくんは頭を抱えてうめきだした。

 

「うう……魔法もなしじゃどうやってタカミチと戦えば……」

 

 すると、古さんがネギくんの肩を叩いて言う。

 

「大丈夫アル。超が何か考えているみたいネ。だから、気にせず本気で戦ってくるアルヨ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「うむ。カメラに映らないようにするとか言っていたアルから、きっと大丈夫アル」

 

「なるほどー」

 

 超さんの考えていることって、魔法の公開なんだけどね!

 まあ、ここで魔法を使いまくっても、最終日に原作漫画通りの公式イベントを起こしてしまえば、みんな演出だと思い込むからどうにかなるさ。

 多分だけどね。

 




※原作読み直していたら、13巻のネギ先生VS.刹那戦で、古菲が李書文のことに言及しているシーンを発見しました。そういうわけで当SSの古菲は喜んで『神槍』李書文に師事したミーハーガールになります。


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■40 まほら武道会一回戦左ブロック

◆94 左ブロックの熱闘

 

『皆様、お待たせいたしました! 床板の張り替えが終了しましたので、第五試合に移らせていただきます!』

 

 そんなアナウンスがされ、選手が入場してくる。

 

『麻帆良大学工学部所属、田中選手!』

 

 ガタイのいい、長身の男だ。サングラスをして、髪をオールバックにしている。

 彼は観客の声援に応えることもなく、ただじっとたたずんでいる。まあ、無言なのも当然で、工学部製のロボなんだけど。

 

『聖ウルスラ女子高等学校2年、高音(たかね)・D・グッドマン選手!』

 

 ウルスラ女子の制服を着た高音さんは、なにやら選手待機席のネギくんに向けて高飛車な口上を長々と述べている。

 しかし、ウルスラ女子か。ウルスラ女子と言えば、昨年度末にうちのクラスとウルスラ女子のドッヂボール部で、体育の授業で使うコートの奪い合いをしたのが記憶に新しいね。中学生にからむ高校生という、大人げなさがすごかった。

 

 そんな大人げない学校所属の高音さんは、試合開始後に田中ロボの猛攻を受け、最終的にビームを受けて服が消失。

 高音さんは半裸というかほぼ全裸になり、悲鳴をあげて田中ロボを吹き飛ばした。

 高音さんの勝利だ。勝利なのだけど……この観客の人数の前で全裸とか、実質負けだよね。

 

 少年誌時空パワーが発動して乳首規制とか謎の光とかが入るとかは別に起きていないので、観客席からばっちり見えている。高音さんにとっては、一生のトラウマ物だよ、これは。

 まあ、そのトラウマ物の脱げビームは、麻帆良祭最終日に猛威を振るうのだろうけど。

 

 さて、次の試合。ネギくんは木剣を持ち、指輪型の魔法発動体を左手の小指にはめ、アーティファクトを入れた革のポーチを腰に下げる。『雷公竜の心臓』を持ち出すとは、ネギくんも本気だ。

 

 ステージで互いに向かい合い、試合の開始を待つネギくんと高畑先生。

 観客席のネギま部からネギくんを応援する声が響き、緊張していたネギくんの表情がほぐれる。

 

『それでは第六試合、ファイト!』

 

 合図と共に、ネギくんは瞬動で高畑先生の懐に潜ろうとする。高畑先生の居合拳がネギくんにぶち当たるが、防御の魔法を張っていたのかネギくんは無事だ。

 そこから密着するような間合いでネギくんは木剣で斬りかかる。それに対して高畑先生も負けていない。巧みな手さばきで、木剣をいなしていった。

 だが、ネギくんが肩から体当たりする形で高畑先生の体勢を崩すことに成功し、無詠唱の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』と同時に放つ斬撃で高畑先生を大きく吹き飛ばした。

 

 ダウンを取られた形になるが、高畑先生はすぐに立ち上がる。そして、両手をポケットに突っ込んだ構えで、ネギくんに言う。

 

「驚いたな。ここまで成長していたとは」

 

「……ッ! 効いてない!?」

 

「いや、効いたよ。これは、本気を出すべきだね。じゃあ、使わせてもらうよ」

 

 高畑先生は手をゆっくりとポケットから出し、胸の前でその両手を合わせた。

 次の瞬間、高畑先生の全身から猛烈なオーラがほとばしる。

 

「『咸卦法』……!」

 

「うん。アスナ君で見慣れているかな? 僕のは今のアスナ君のそれより、少しだけ強いよ」

 

「くっ……竜よ、僕に力を貸して」

 

 ネギ先生は、『雷公竜の心臓』から魔力を引き出し、魔法の力に換えた。

 それは、風の魔法。風が渦巻き、暴風となって木剣の周囲に集まる。すると、空気の歪みが木剣の姿を隠した。アルトリア陛下直伝の『風王結界(インビジブル・エア)』だ。インビジブルと言うには、いささか暴風による見た目の歪みが激しいが。

 おそらく、刀身を隠すことよりも、風に相手を巻き込むことによる攻撃力アップを期待して、風速を上げているのだろう。

 

「へえ。それがネギ君のとっておきか」

 

「うん、これが僕にできる最大の技だよ」

 

「じゃあ、お互い準備も整ったようだし、第二ラウンドと行こうか」

 

 そこからは暴力と暴力のぶつかり合いだった。

 

『物凄い戦いだー。私、とても舞台の上に立っていられません! 情けないリングアナですがご容赦をー! ところで解説者席、あの二人の技は一体!?』

 

『どうでしょうか、解説のクウネルさん』

 

 解説席では茶々丸さんがまたもやアルビレオ・イマに話を振って、魔法の暴露をさせようとしている。

 

『タカミチ選手はポケットを刀の鞘に見立てた『居合拳』を攻撃の起点に置き、『気と魔力の合一』で力を高めています』

 

『『気と魔力の合一』、ですか?』

 

『はい。本来、『気』と『魔力』は反発する性質を持っていますが、彼は鍛錬によりその合一に成功しています。『究極技法(アルテマ・アート)』とも呼ばれる、高難度技法ですね』

 

『なるほど。では、ネギ選手の方は?』

 

『あれは、膨大な魔力を使って風の魔法を持続的に発動していますね。その風を剣にまとわせ攻撃に使うと共に、空気の屈折で刀身を隠しているようです。リーチが把握できないというのは、想像以上にやっかいですよ』

 

『ありがとうございます。以上、解説者席でした』

 

 かなりぶっちゃけた解説だが、観客席からは「さすがデスメガネ」だとか「子供先生すごい!」といった脳天気なノリの歓声が響いている。元々この世界の人間は脳天気な者が多いが、今は麻帆良祭の真っただ中ということもあり、魔法がどうこう魔力がどうこうよりも、ノリで騒ぐことの方が重要なようだ。

 ただ、麻帆良祭に参加していない人も同じノリをしているとは限らない。今頃、超さんはインターネットにこの試合の動画を流し、魔法を公開するための下準備を行なっていることだろう。

 

 まあ、動画の拡散は無視してもいいだろう。ネットで動画を見る人なんて、今の時代ではそこまで大量にはいないし、世界樹による催眠がなければ、ただの派手なCG演出だ。

 前世で昔、ネットで流行っていた、大相撲にオーラのエフェクトを付けたネタGIF画像みたいな扱いになる。

 

 そして、バトルステージの上の戦いは、ステージを盛大に破壊しながらも続き……最終的にネギくんによる風の全解放、『風王鉄槌(ストライク・エア)』が高畑先生に直撃し、高畑先生はダウンして負けを認めた。

 

『ネギ選手勝利! 十歳の子供先生、二回戦進出が決定しましたー!』

 

 高畑先生はまだ余力があったようだが、後進に道を譲る的な感じで勝ちを譲ったのだろう。ネギくんの最後の一撃が決まっていなかったら、譲る気もなかったんだろうけどね。

 こうしてネギくんは勝利をその手につかみ、二回戦で高音さんとぶつかることが決まったのだった。

 

 その後、ネギくんはフラフラになりながら選手待機席へと戻ってくる。

 

「ただいまー」

 

「兄貴ィ!」

 

「おう、ネギ、やったな!」

 

 カモさんと小太郎くんが、ネギくんを盛大に迎えた。というかカモさん、いくら『気』が使える格闘家とはいえ、魔法関係者じゃない選手が近くにいるんだから、もう少し忍べ。

 

「ネギくん、治療の魔法はいりますか?」

 

 私は、その他選手に聞こえないよう、小声でネギくんに尋ねる。だが、ネギくんは首を横に振ってそれを拒否した。

 

「いえ、僕だけ一人、万全になるわけにもいきませんし、遠慮しておきます。自前の魔法でなんとか……」

 

「そうですか。では、医務室で消毒だけでもしてくるといいですよ」

 

「そうします……」

 

 そんな会話をネギくんとしていると、次の試合の選手である神楽坂さんがどこからか選手待機席へと戻ってきた。

 その神楽坂さんに向かって、私は言う。

 

「次、神楽坂さんの試合ですよ」

 

「うん、ちょっと高畑先生のところに行ってて、遅れちゃった」

 

「高畑先生は姿が見えないようですが、医務室ですか?」

 

「いや、なんだか小夜子ちゃんと刹那さんが、『超さんの動向が怪しい』とか言いだして、高畑先生を連れてどこか行っちゃった」

 

「なるほど……」

 

 原作漫画と同じように、地下の兵器格納庫を探しに向かったかぁ。どうなるかな。兵器格納庫は麻帆良祭が始まる前に私も発見済みだけど、魔法先生達には報告していないんだよね。

 兵器はあったけど世界に魔法をバラすという計画を示す物はどこにもなくて、未だに超さんとの魔法バレの時期をずらせないかの交渉ができないのが困りものだ。予言の書からくる未来知識で超さんにアプローチをかけるのは、彼女に疑念を抱かせることになるし……。

 

『舞台の修復が完了しました! さあ、次の試合に移りましょう!』

 

「あ、時間ね。それじゃ、頑張ってくるわ」

 

「勢い余って、アーティファクトを剣に変えないよう気を付けてくださいね」

 

「あはは、確かに、気を付けなきゃいけないわね」

 

 私の冗談半分の忠告に、神楽坂さんは笑ってハリセン片手にバトルステージへと向かっていった。ちなみに神楽坂さんはこれまでの別荘での修行で、アーティファクト『ハマノツルギ』を本来の姿である大剣モードに変えることができるようになった。

 

『それでは、第七試合、ファイト!』

 

「嬢ちゃん、本気で来な! 俺も、女は殴れんなどと生っちょろいことは言わねえぞ!」

 

 バトルステージの上で、豪徳寺(ごうとくじ)(かおる)選手が、神楽坂さんにそう宣言した。

 対する、神楽坂さんは……。

 

「本気……じゃあ、本気でいかせてもらうわよ」

 

 そう言い放った神楽坂さんは、いきなり『咸卦法』を発動した。

 

「むっ、それは高畑のヤローが使っていた、『気と魔力の合一』とかいう……」

 

「……ヤローじゃなくて、先生でしょ!」

 

 豪徳寺選手の言いざまに憤った神楽坂さんが、ハリセンで先制攻撃。不意打ちになった形の一撃は、盛大に豪徳寺選手を吹き飛ばした。

 KOには至らなかったが、なかなか強烈な一撃だったようで、そこからの試合運びは神楽坂さんの有利な流れで進んだ。

 純粋な技量では豪徳寺選手の方が上なのだが、最初の一撃による優位と、『咸卦法』による絶対的なパワーにより、勝利の女神は神楽坂さんに微笑んだ。

 

『8……9……10! 決着! 勝利したのは、ハリセン少女の神楽坂明日菜選手だー!』

 

 さて、次はいよいよ私の試合だ。

 私は、スマホから力を引き出し、衣装をチェンジする。さらに、アンドーの武器コレクションから武器を一つ拝借した。学園祭らしく、派手にいくつもりだ。

 

 そして、対戦相手の山下(やました)慶一(けいいち)選手と一緒に、バトルステージへの道を進んでいく。

 

「『3D柔術』の力、見せてあげよう」

 

 山下選手が、隣を歩く私にそう言い放った。

『3D柔術』かぁ。いったいどういう格闘技なのか気になるが……残念ながら、この試合でその力を発揮することはないよ。

 

『さあ、皆様、お待ちかね! 一昨年度『ウルティマホラ』チャンピオン、刻詠リンネの登場だー。しかし、なんだ、その格好はー! 黒髪ロリ巨乳ビキニアーマーとか、マニアック過ぎるぞ!』

 

 観客席の視線が私に集まる。

 今回の私のコーデは、ちょっぴりサディスティックなアイドル歌手剣士。セイバーのサーヴァント『エリザベート・バートリー〔ブレイブ〕』の力を引き出して、アンドーの『マイク・スタンド』を武器に持っている。

 

『そして、その手に持つ、マイクは一体なんだー!? もしや、それで殴るのかー!』

 

 ロッドの一種だから殴ることもできるものの、本質としてはテクニック増幅装置だ。まあ、今回、テクニックは使わないで、無理やり剣として使うけどね。ロッドをロッドとして扱わないので『PSO2es』のチップの効果が乗らないが、むしろオーバーキルを防ぐにはそれくらいがちょうどいい。

 

 そして、場内アナウンスで山下選手の紹介もされていき、朝倉さんが試合開始の号令をかける。

 

『一回戦最終試合、ファイト!』

 

 さあ、行くよ。戦いなんざくだらない! うなれ、『凸カレ』!

 

「私の歌を聞けー!」

 

 そう宣言してから、私は短い節の歌を高らかに歌う。すると私の口から、音の衝撃波がほとばしった。

 衝撃波は渦となり、様子見しようと構えを取っていた山下選手を巻き込み上空へと吹き上がる

 

 そして、私は歌声を止め、『マイク・スタンド』を構えて前方へと走り、身体を回転させながら上空の山下選手に突進した。

 

「『鮮血竜巻魔嬢(バートリ・ブレイブ・エルジェーベト)』!」

 

 宝具の真名を解放し、私は山下選手にぶち当たる。そして、山下選手はそのまま空高く吹き飛び、やがて湖に着水した。

 決まった。宝具の真名解放は呪文詠唱に当たるような気もするが、別に私は真名解放しなくても宝具を撃てるので、今のは技の名前を叫んだ判定にしていただきたい。

 

『な、なんだ今の技はー! 謎の必殺技が山下選手を粉砕したー! 解説者席ー!』

 

『なんでしょうか。最後の突進はともかく、リンネ選手の口から出ていたものは、いったい……。分かりますか、解説のクウネルさん』

 

 またもやアルビレオ・イマに話を振る茶々丸さん。

 

『信じられないことですが、あれはドラゴンのブレスに属する衝撃波ですね。なぜ人間にそのようなものが撃てるのか、原理がとても思いつきません』

 

『なるほど、ドラゴンブレスを吐いたと。朝倉さん、以上でどうでしょうか』

 

『解説者席ありがとうございます! そして10カウント! 山下選手、水から上がってきません! 救護班、急いで救助ー!』

 

 おっと溺れているかもしれないなら、助けないとね。

 ビキニアーマーの私は、水着感覚で湖に飛びこみ、山下選手をバトルステージへと運んだ。山下選手は息をちゃんとしているようで、水を飲んだということもないようだ。まあ、死なないよう、絶妙に手加減したからね。

 

 そして、私は観客席に一通り愛嬌を振りまいてから、選手待機席へと戻った。

 

「なんや姉ちゃん、むちゃくちゃなことするな……ドラゴンブレスってなんやねん」

 

 小太郎くんが、呆れたような顔で私を迎えた。

 そんな彼に、私は諭すように言う。

 

「わざとむちゃくちゃに見えるようやったんですよ。荒唐無稽で演出過剰だと、みんなこれは興行でやっていると思い込み、現実に魔法が存在するだなんて思わないでしょう?」

 

「あー、言われてみるとそうやな」

 

「その点、ネギくんと高畑先生の試合はよかったですね。演出過剰で、床板も派手に割れていて、居合拳なんて漫画チックな技が飛び出して……ある種のブックがあると思った人は多いでしょうね」

 

「俺らは真面目にやってんのに、観客にそう思われるのはちょっと(しゃく)やけどな」

 

「麻帆良祭というお祭りですから、観客を楽しませるくらいでいいんですよ」

 

 まあ、この過剰演出も、超さんが世界樹の魔力を使った催眠に成功したら、逆効果になるんだけどね。

 

「そーいうことなら、俺もあんま遠慮しないでやってくるわ」

 

 そう言って、小太郎くんは二回戦の第一試合に出るため、選手待機席を出ていった。

 対するのは、ちう様。『まほら武道会』で初めて、ネギま部部員同士の戦いとなる。

 模擬戦は散々、別荘内で繰り返してきたが、大会という本番で二人はどう戦うのだろうか。注目の一戦だ。

 



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■41 まほら武道会二回戦

◆95 右ブロックは燃えている

 

 二回戦第一試合、村上小太郎(偽名)と長谷川千雨の戦い。その激闘は、ちう様の『闇の魔法』発動から始まった。

 律儀にも、試合開始してから無詠唱で『氷爆(ニウィス・カースス)』を唱え、それを取り込んだちう様。白い氷の姫君の姿に変わるはずだったが、金星から力を引き出したちう様は黒い悪魔の姿へとその身を変えた。

 

『あれは『闇の魔法(マギア・エレベア)』。その身に魔法を取り込む外法ですが、副作用が出ていますね。闇の力に飲まれています。いや、その割には制御が安定している……?』

 

 悪魔の姿に堕ちているのに、暴走の兆候を見せないちう様に、解説のアルビレオ・イマは少し困惑している。

 

「オイオイ、いきなり無茶しよんな」

 

 呆れたように言う小太郎くんだが、ちう様はなんてことない風に言った。

 

「なに、せっかくの祭りなんだ。コスプレくらいいいだろう?」

 

「ははは、コスプレか。なら、俺も本気でコスプレさせてもらうわ」

 

 そう言うや否や、小太郎くんの髪の色が抜け落ち、四肢が獣に近づいていく。

 

『獣化ですね。獣に関わる妖魔の血が、彼の系譜に混じっているのでしょう』

 

 ノリノリのアルビレオ・イマの解説に、完全にエンターテインメントの一種だと観客達は誤解したのだろう。歓声が一気に大きくなった。

 

「よし、学園結界に抑え込まれないギリギリの力を引き出せたな。そっちは大丈夫か?」

 

「俺は人とのハーフやからな。元々そんな高等な存在じゃあないわ」

 

 互いにそう確認し合い、二人はあらためて向かい合って構えを取った。

 そして、そこから始まったのは壮絶な殴り合いだ。

 八極拳と悪魔の尻尾を駆使して戦うちう様に、磨きぬいた我流の技を獣の本能に乗せて戦う小太郎くん。

 荒々しい打撃の応酬が続き、互いに体力を削り合っていく。

 

 そして、五分にも及ぶ殴り合いを制したのは、小太郎くんだ。

 

「へへ、俺の勝ちや!」

 

 小太郎くんの前で膝を突き、ゆっくりと前のめりに倒れていくちう様。

 誰もが小太郎くんの勝利を確信した、その時だ。

 ちう様が、突然爆発した。

 

「!?」

 

『な、何が起きたー!? 千雨選手、これは、自爆か!? ……い、いません。千雨選手、どこにもいません! まさか、自爆で消し飛んだのかー!』

 

「な、なんや今のは……」

 

 ちう様から発生した爆発を受けて、動けなくなっている小太郎くん。そこに、ちう様の声が響いた。

 

「いいや、私の勝ちだ」

 

 小太郎くんの前の空間にノイズが走り、無数のルーン文字が集まって一人の人間を構築していく。それは、まるでルーン文字で構成されたプログラムを錯覚させるような、電子的でCG的な演出。

 やがて、膝を突いた小太郎くんの前に、小悪魔ちう様が出現した。

 

「武力では負けていたよーだが、総合力ではまだ私が上みてーだな」

 

「くそっ、何がどうなってるんや……」

 

「小太郎はまだ『デモンルーン』の方々と別荘で会ったことはないか? 簡単に言うと、私はやられたら強くなって復活する」

 

「ふ、復活やて。ズルっこや……」

 

「ああ、知らなかったか?」

 

 ちう様は、そう言ってここまで使っていなかった『闇の魔法』の力の一つ、無詠唱での連続魔法を行使する。

 

「私は、ハッカーでプログラマーなんだ。ズル(チート)は得意中の得意だ」

 

 氷の魔法が、膝を突く小太郎くんに炸裂した。

 

『ダウーン! 犬上選手、謎の復活をはたした千雨選手の反撃を受け、ダウンです!』

 

 小太郎くんは獣化が解除され、起き上がることもなく10カウントが過ぎた。

 そして、悪魔化を解除したちう様が、観客席のネギま部メンバーに手を振りながらこちらに戻ってきた。

 

「はい、これ」

 

「ん、サンキュ」

 

 私は、試合前にこっそり預かっていたアークス特製端末をちう様へと返した。

 ちう様のコアは私のスマホにあるけど、今の肉体を構築している基点は今返した端末だからね。戦闘中は離れたところに置いておかないと、壊れてしまう危険性があった。アークスが厳しい環境で携帯するための端末だから、壊そうと思っても壊れないんだけど。

 

『いやあ、長谷川千雨選手が何をどうやったのか、まったく分かりませんね。何やら精神生命体特有の魔力は感じたのですが』

 

 アルビレオ・イマが、解説しきれずにお手上げ状態になっている。

 てっきり茶々丸さんがちう様の肉体のカラクリを喋るかと思ったのだが、口を閉じたままだ。ちう様にとって自身のプログラム化は秘中の秘なので、不特定多数に公開することは(はばか)られたようだ。

 

 さて、ちう様が爆発して傷ついた床板も直され、二回戦第二試合。

 

『昨年度の『ウルティマホラ』決勝戦が、ここに再現される! チャイニーズケンポーガール古菲バーサス、ジャパニーズニンジャガール長瀬楓の激突だー!』

 

 麻帆良の格闘通なら当然知っている好カードに、観客席が沸く。

 一回戦同様、棍を携えている古さん。一方の長瀬さんは、木刀を手にしている。

 

「ニンジャソードアルか?」

 

 ワクワクした顔で、長瀬さんに尋ねる古さん。

 

「そもそも拙者は、素手よりも武器や暗器を扱う方が得意でござるからな」

 

「奇遇アルネ! 私も素手よりも槍の方が得意アル!」

 

 そうバトルステージの中央で言い合い、自然と構えを取り合う二人。

 

『それでは、皆様お待たせしました。二回戦第二試合、ファイト!』

 

 合図と共に、長瀬さんは分身を九体出した。そして、四方に散り、『気』を込めた木製の手裏剣投げをする。武器を隠し持っているのか、はたまた武器格納魔法のような忍術があるのか、様々なサイズの木製手裏剣が古さんを襲う。

 古さんは、それを棍でいなしながら、バトルステージの上を縦横無尽に駆け回り始める。仙術の陣を敷いているのだ。

 

 その狙いに気づいた長瀬さんは、距離を取らせていた分身達で一斉に古さんへと近接戦闘を挑む。

 

「私が分身を見破れること、忘れたアルか?」

 

「もちろん、覚えているでござるよ。だから、こう使わせてもらうでござる。ニン!」

 

 長瀬さんの分身の一体が古さんに肉薄して両手で印を結ぶと、分身はその場で爆発した。

 

『おおっとー! 長瀬選手、爆発したー! 二試合続けての自爆攻撃!』

 

「くっ、なかなかやるアルネ!」

 

 そこから立て続けに分身爆破が決まるが、それでも古さんはくじけずにバトルステージに陣を敷き続け……やがて古さん特製金光陣が完成した。

 そして、陣から出現する五体の古さんの分身。

 

「何かと思ったら、ただの分身の術でござるか」

 

「ただの分身と侮ったら、痛い目見るアルヨ。さあ、行くネ!」

 

 古さんの号令と共に分身達は宙を飛び、それぞれが仙術による攻撃を放ち始めた。とっさに長瀬さんは『気』を込めた手裏剣を古さんの分身に放つが、手裏剣を受けても分身は消し飛ばない。

 耐久性のある分身に、長瀬さんは苦い顔。もはや長瀬さんは本体の位置を隠そうともしなかった。

 そこから始まる武器と武器、仙術と忍術の応酬。めまぐるしく動く壮絶な戦いに、観客席のボルテージが上がる。

 やがて、最後に立っていたのは……。

 

「私の勝ちアル!」

 

 ウルティマホラに引き続き、勝利をその手につかんだのは古さんであった。

 そして、勝利を宣言した後、見事に古さんもぶっ倒れ、二人仲良く担架で運ばれていった。

 

 

 

◆96 出席番号21番長瀬楓

 

 二人が医務室送りになったのなら、回復させてあげようかな。そう思い、またもや床板の張り替えをしている間に、私は選手待機席を抜け出した。

 

 医務室に到着すると、何やら古さんに長瀬さんがまとわりついて、すがっている姿が見えた。

 

「頼むでござるよー。古、この通りでござるー」

 

「ええい、私にはその権限がないアルヨ!」

 

「そこをなんとか頼むでござるー」

 

「むきー!」

 

 ……なんだこれ。

 

「お二人とも、元気そうですね。回復魔法の出張は不要でしたか?」

 

「おお、リンネ殿、いいところに」

 

「リンネ、いいところ来たアル!」

 

「……お二人そろって、どうしましたか?」

 

 同時に私へと向き直った二人に、私はそう尋ねた。

 

「うむ、拙者もネギま部に入れてもらいたいでござる。のどか殿のあの躍進、皆で楽しく修行しているとにらんでいるでござるよ」

 

「私が一年生の時から急速に強くなった秘訣が、リンネと一緒に修行したからってバレたアル」

 

 あー、そういうことね。ネギま部加入希望か。

 

「構いませんよ。ようこそ、ネギま部へ。あとで、名誉顧問のエヴァンジェリン先生に許可を取っておきますね」

 

「あれ? ずいぶんとあっさりでござるな」

 

 何か条件でも突きつけられるか拒否させるかと予想していたのか、長瀬さんが意外そうな顔をする。

 そんな長瀬さんに、私は言葉を返す。

 

「ああ、条件を厳しくしているのは、一般人相手にだけですね。ネギま部の今後は、魔法に関わる危険な旅路が予想されるので。なので、最初からこれだけ戦える長瀬さんを拒否する理由はありません」

 

「そうでござったか。ちなみに、ふーかとふみかの姉妹をネギま部に入れるのは……」

 

「鳴滝姉妹は一般人枠なので、不可ですね。無理に入ろうとした場合は、長瀬さんが門番になって止めてください」

 

「それはまた、友情崩壊の危機でござるなぁ……」

 

 そんなことを言いつつも、ネギま部に加入できたことが嬉しいのか、口元をニヤニヤとさせている長瀬さん。

 まあ、実際に楽しいからね、ネギま部の活動。詳しくは、古さんから聞いてほしい。

 

「で、二人の傷を治しに来たんですけど、思ったよりも元気そうですね」

 

 私のヒールは魔力も精神力も何も消費しない術なので、試合前でも使って問題はなかったのだが。

 すると、長瀬さんが腕をさすって答えた。

 

「古に仙丹をもらったでござるよ。味は微妙でござったが、たちどころに傷が治って不思議でござったなあ」

 

「材料は聞かない方がいいアル」

 

「そうですね。忍者の兵糧丸なんかは、栄養が取れる美味しい食材でできているなんて聞きますが」

 

 私がちょっと興味本位で忍者の秘伝、兵糧丸について話題に出す。

 

「兵糧丸なんて今時、誰も作らないでござるよ。栄養とカロリーを取りたかったら、有名な栄養補助食品が安く市販されているでござるからな」

 

「うわあ、カロリーメイトは現代の兵糧丸ですか」

 

 夢がない話だなぁ。

 と、そんな話をしている間に、医務室に大きな歓声が聞こえてきた。決着でもついたかな?

 

「では、そろそろ試合なので、戻りますね」

 

「拙者も傷は治ったでござるから、観戦しに行くでござる」

 

「私も決勝の相手を見にいかないとアルね」

 

 いや、まだ準決勝すら始まっていないけどね。

 そして、選手待機席へと戻ってきた私が見たものは、高音さんを裸に剥いているネギくんの姿であった。

 ……まあ、裸の上に魔法で防具をまとっていたら、負けた場合こうなるに決まっているよね。

 

 

 

◆97 二天一流

 

『一昨年のウルティマホラ王者が再びの登場! 衣装は先ほどの際どすぎるビキニアーマーとは一転、和装で攻めてきた。しかし、胸元を見せつけるようなセクシーアピールは健在です。マニアックなロリ巨乳が、彼女の人気の秘訣かー?』

 

 今回の私は、セイバーのサーヴァント『新免武蔵守藤原玄信』、すなわち宮本武蔵の力を引き出している。

 この宮本武蔵のサーヴァント、実は女性で、その力を引き出した私は華やかな和風ドレスとでもいうべき衣装を身にまとっていた。

 手に持つ武器は、水着武蔵ちゃんことバーサーカーの宮本武蔵が持っている、スポーツチャンバラ用の剣。宮本武蔵の名に相応しい、打刀と脇差しサイズのエアーソフト剣だ。

 

 対する神楽坂さんは、いつの間に着替えたのか、ゴスロリドレスに身を包んでいる。手に構えるは、長い一本のハリセン。

 ハリセンVS.エアーソフト剣とか、もう客は完全にエンターテインメントの興行だと思っているだろう。

 

 だが、中の人はガチだ。

 神楽坂さんは、気合い十分にハリセンを構え、開始の合図を今か今かと待っている。

 

『それでは、二回戦最終試合、ファイト!』

 

「はあっ!」

 

 瞬時に神楽坂さんが『咸卦法』を用い、オーラを身にまとう。

 これで、神楽坂さんは素手で岩を割れる超人となった。一方私も、サーヴァントが持つ人を超えた身体能力を身に宿す。

 そして、そこからハリセンとエアーソフト剣での戦いが始まった。

 

 剣を振るい、かわし、剣を突き、いなす。そんなやりとりを高速で続けること三分。休みなしで続いた攻防で、先に音を上げたのは神楽坂さんだった。

 中央での戦いからバトルステージ端まで飛び退いて、激しく呼吸をする神楽坂さん。

 汗だくになって、フラついている。わずか三分の戦いで、体力の限界にきたという感じだ。

 

「へこむわー。地力で負けているわね、これ……」

 

 息を整えながら、神楽坂さんがそう言った。

 

「今の私は、スマホから力を引き出していますよ?」

 

 対する私は、息も乱れていない。少々疲れたが、本当に少々といった程度だ。

 

「それを含めてのリンネちゃんの地力でしょう? 私の無効化の力みたいにね」

 

 なるほど。創作だとこういった借り物の力ってよく扱われないことが結構あるけど、神楽坂さんは私のゲームの力を認めてくれるようだ。

 

「ふう、休憩終わり! さあ、第二ラウンド行くわよ!」

 

「はい、お相手しましょう」

 

 そしてそこからさらに五分、超高速の剣戟が続き、私の『気』で強化したエアーソフト剣が何度も当たるようになった。

 神楽坂さんは体力が尽きたのか、息も絶え絶え。

 やがて、体力だけでなく『咸卦法』も限界を迎えた。彼女のオーラが途絶えたのだ。

 

 私はそこをすかさず狙い、生身で『気』の一撃を受けた神楽坂さんはダウンする。

 朝倉さんがカウントを始めるが、神楽坂さんが起き上がる様子は見えない。

 

「ダメ……もう限界……」

 

 身体へのダメージではなく、体力的な限界のせいで起き上がれないようで、そのまま10カウントが過ぎた。

 朝倉さんの勝利のアナウンスを聞きながら、私は神楽坂さんに肩を貸して、二人でバトルステージを退場していった。

 

「いやー、私、体力だけは自信があったんだけど。リンネちゃん、体力お化け?」

 

「神楽坂さんは資質の高い天性の肉体とアルバイト生活のおかげで体力があるでしょうが、私は幼い頃からの武術鍛錬で体力を鍛えましたからね。意図的に鍛えた分、体力勝負は私に優位だったのですよ」

 

「あーあ、やっぱり鍛えた時間の違いかぁ。一ヶ月やそこらじゃ、簡単には追いつけないのね」

 

「私はただの一般市民の子ですし、追いつくだけならすぐですよ」

 

「なによ。まるで私が一般市民じゃないみたいに言うじゃない」

 

「再生されたナギ・スプリングフィールドさんが言うには、神楽坂さんは姫様らしいじゃないですか。きっと何かがあるんですよ」

 

「あれは、小さい子を可愛がって姫って呼ぶようなもの……とは限らないのかぁ。うーん……」

 

 そんな会話を交わして、私達は選手待機席で別れた。

 さあ、次はいよいよ準決勝だ。対戦カードは以下の通り。

 

・長谷川千雨VS.古菲

・ネギ・スプリングフィールドVS.刻詠リンネ

 

 なんだかネギま部で決める麻帆良少年少女最強決定戦みたいになってしまったが、優勝目指して頑張るとしようか。

 




※千雨の復活には十秒以上かかるので、場外判定やダウン判定されてカウント取られたらそのまま負けます。


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■42 まほら武道会準決勝

◆98 高まるボルテージ

 

 ちう様と古さんの戦いは、槍の競い合いから始まった。

 魔法用の長杖を槍として扱うちう様と、棍を槍として扱う古さんの激しい攻防。しかし、これまでの神秘飛び交う試合と比較すると、その立ち上がりは実に玄人好み。

 盛り上がっているのは一部の武術ファンで、観客の多数は派手な演出が開始されるのをじっと待っていた。

 

 そして、その時が来る。

 古さんの棍がちう様の胸部を打ちすえ、ちう様はその場に倒れる。それと同時に、ちう様の身体が爆発。闇色の光が古さんを襲った。

 だが、古さんはそれを予想していたのか、防御の術を自身に張っていた。

 少し離れた場所で再構築されていくちう様。古さんはそこに棍を叩き込むが、空間中を走るルーン文字には触れられない。ちう様の肉体はまだ現界していないのだ。

 

 復活までに有効打が入らないことを悟った古さんは、仙術の準備を始めた。

 ちう様が復活し動き始めると共に、古さんは光の術を撃つ。だが、ちう様も再構築中に魔法を準備していたのか、氷の魔法で相殺した。

 

 そこからは、術が飛び交う派手な戦いになる。観客もこれを期待していたのか、大盛り上がりだ。

 星が降り、氷が弾け、棍が炎をまとい、長杖が闇を放つ。古さんの棍は幾度もちう様の肉体を打ち砕くが、追い詰めるたびにちう様は爆発して肉体を再構築する。

 肉体の再構築には十秒以上の時が必要なため、審判が10カウントを取ればちう様の負けになるのだが、朝倉さんはカウントを取らない。肉体が消し飛んでいるという認識にないのだろう。

 

 やがて、復活のたびに身体能力が上がっていくデモンルーンの秘術により、ちう様は徐々に槍術でも古さんを上回り始め……。気がつくと、古さんがバトルフィールドの上で倒れ伏していた。

 

「武じゃ負けっぱなしだったが、術に関しては私の勝ちだな」

 

 カウントが10になったところでちう様がそう言い放ち、二人の戦いに決着が付いた。

 割れんばかりの拍手と歓声に、ちう様は杖を天に掲げることで応える。

 

 古さんが担架で運ばれていき、ちう様も観客の拍手を聞きながら退場していく。

 そして、選手待機席へと戻ってきたちう様に、私は受け取っていた端末を返した。

 

「ふう、なんとか勝てた……」

 

「おつかれさまです。派手な試合でしたね」

 

「今頃、魔法先生達はてんやわんやだろーな」

 

 先ほどスマホでネットを見てみたが、『魔法先生ネギま!』の麻帆良祭編通りに、超さんはネットに試合の動画をアップして、匿名掲示板で魔法を広めるための工作をしていた。

 2003年と言えばすでに『2ちゃんねる』が存在するからね。『電車男』ブーム前で一般層の流入はまだなので、全盛期とは言いがたいけど。

 

「魔法先生が、どうかしたんですか?」

 

 と、私達の会話に、ネギくんが横から疑問を投げかけてくる。

 ふむ。超さんが絶賛ネット工作中なことは、話してしまってもよいのだが……。

 

「派手にやっていますからね。観客が魔法の存在に気づくのではないかと、魔法先生達も気が気じゃないのでは、と」

 

 ネットのことは隠すことにした。ネギくんが萎縮して、私と全力で戦えなくなってしまうからね。

 

「あー、やっぱりこのままだとまずいですかね?」

 

「いえ、観客の皆さんは、もう完全に魔法のことを演出だと思い切っていますよ。あまりにも非現実的な光景すぎて、トリックにしか見えないでしょうね」

 

「なるほどー。じゃあ、次の試合も思いっきりいって大丈夫そうですかね」

 

「ええ。私も、とびっきりのトリックを披露しますよ」

 

 そうしている間にステージの修理と清掃が終わり、私とネギくんが呼ばれる。

 ネギくんはアーティファクトを呼び出し、腰の革ポーチに装着する。

 私も、スマホから力を引き出し、衣装を替える。今回も和装だが、二回戦の和ドレスのようなキワモノではなく、至極真っ当な和装だ。男物だけど。

 

 そして、スマホの中の住人に頼んで用意してもらっていた武器を取り出し、私は意気揚々とバトルステージに入場した。

 

 

 

◆99 TUBAMEを斬る

 

『さあ、準決勝第二試合。ぶつかるのは、子供先生とその教え子です! まずは、子供先生の紹介から!』

 

 そんなアナウンスと共に、ネギくんが朝倉さんの面白トークで紹介され、観客席の女性客達から黄色い声があがる。もはや、子供先生の存在は、麻帆良の人々に受け入れられたと言っていいだろう。

 そして、朝倉さんは私の紹介へと移る。

 

『ふざけた武器ばかり持ちだしてきた刻詠リンネ選手ですが、今回は洗濯物を干すための物干し竿を携えています! 『まほら武道会』をなんだと思っているのかー!』

 

 うん、そうなんだよね。スマホの住人に頼んで、洗濯物を干すための物干し竿を借りてきたんだよね。サンキュー、『月影の弓騎兵リオン』さん!

 

「二回戦では宮本武蔵スタイルでしたからね。今回は佐々木小次郎スタイルで行こうかと」

 

『リンネ選手、本物の物干し竿を持って佐々木小次郎気取りだー! そんな長物、はたして剣として振り回せるのか!』

 

 まあ普通に考えたら剣にするより槍として使った方が強いよね、物干し竿(本物)。だが、私はこれを剣として扱うすべがある。

 私が今引き出している力は、アサシンのサーヴァント『佐々木小次郎』の物だ。

 この小次郎さん、本物の佐々木小次郎というわけではない。そもそも佐々木小次郎とは架空の人物であり、それをサーヴァントとして呼び出そうとするとき、伝説上の佐々木小次郎の逸話に近い経歴を持つ無名の武芸者が出現する。

 

 無名の武芸者、佐々木小次郎(仮)。武士というわけでもなく、剣を極めただけの農民だ。だが、その剣技は本物で、『物干し竿』と呼ばれる長刀を軽々と使いこなす。なので、その力を引き出す私も、本物の物干し竿を持って長刀の代わりとした。

 

『子供先生の西洋剣術と謎の物干し竿剣術の対決、いったいどうなるのか! それでは、お待たせしました! 準決勝第二試合、ファイト!』

 

 そんなアナウンスと共に試合が開始され、私とネギくんはお互いに獲物を構えた。

 そして、ネギくんは早速とばかりにアーティファクト『雷公竜の心臓』から魔力を引き出し、風王結界(インビジブル・エア)を木剣にまとわせた。

 膨大な魔力に物を言わせた、パワープレイで攻めるつもりだろう。だが、ネギくんには私のやり方に付き合ってもらうよ。

 

 ネギくんがキティちゃんとアルトリア陛下のもとで修行を始めて、現実時間で一ヶ月半。多くを学び、強大な技や魔力を手にした。

 そんな今の彼には、まだ手が届かない領域が一つある。

 それは、剣の技量。ネギくんにどれだけ才能があろうとも、短期間では身につかないものである。その頂の一つを今日はネギくんに見ていってもらおう。私は下駄を履かせてもらうけどね!

 

「さあ、行きますよ」

 

 そう言って、私はネギくんに近づき、剣の間合いに入る。

 それと同時に、あらかじめ装着していた概念礼装『カレイドスコープ』に意識を向ける。

 もちろん、四枚の『カレイドスコープ』を合成した『凸カレ』だ。並行世界から魔力を引き出し、戦闘開始と共に宝具を解放することが可能だが、今回はその使い方はしない。使うのは、並行世界から力を持ってくる第二魔法の機能。『カレイドスコープ』を使い続けて可能となった、戦闘テキスト外の効果。

 

 私は、ネギくんに向けて物干し竿を薙いだ。当然、ネギくんはそれを木剣で受けようとする。

 が、物干し竿を受け止めたはずのネギくんは、二発の斬撃を受けて吹き飛んでいた。

 

「!?」

 

 バトルステージの上を勢いよく転がるネギくん。

 そんなネギくんに、私は今の技名を宣言する。

 

「秘剣『燕返し』です」

 

 秘剣『燕返し』。佐々木小次郎が持つ宝具だ。正確には、宝具に匹敵する至高の剣技、対人魔剣。

 極まった剣術で多重次元屈折現象を引き起こし、並行世界から斬撃を呼び込み、同時に相手を斬りつけるトンデモ技である。

 派手な爆発は起きない。剣先からビームは出ない。それでも、剣で斬り合おうとするならば、魔剣と呼ぶに相応しい非常に対処が難しい技だ。

 

 起き上がったネギくんは、困惑の表情を浮かべながら、再度斬りかかってくる。

 それに対して、私は再び『燕返し』で迎撃した。

 この『燕返し』は、ゲーム上の『佐々木小次郎』の力をそのまま使って放っているわけではない。ゲームの戦闘システム上の『佐々木小次郎』はNPというパラメータが100%にならないと『燕返し』の宝具を放てないのだ。

 ゆえに、これは宝具ではない。『凸カレ』が持つ並行世界干渉能力と、引き出している『佐々木小次郎』が持つ純粋な技量によって成立している、単なる剣技だ。

 

 今の私をラノベタイトル風に表現するとこうなるだろう。

 

『通常攻撃が必中攻撃で三回攻撃の生徒は好きですか?』

 

 そう、使いこなした『凸カレ』の並行世界干渉能力のおかげで、通常攻撃感覚で『燕返し』が撃ち放題なのである。

 さらにダメ押しで、同じ相手に同じ技を何度使用しても命中精度が下がらない、『宗和の心得』というスキルを使用している。

 

 物干し竿による無慈悲な攻撃がネギくんを打ちすえて、その魔法障壁を削り取っていく。

 ネギくんは圧倒的な手数の前に、防戦一方だ。

 

『どうやっているのか見当が付きませんが、あれは同時に三回斬っています』

 

『同時に三回? 目に止まらないほど速く、三回斬っていると?』

 

 そんなアルビレオ・イマと茶々丸さんの解説の声が、会場に設置されたスピーカーを通じて聞こえてきた。

 

『いいえ、同時にです。どういうわけか、斬撃が三発同時に発生していますね』

 

『それは、予選で長瀬選手や村上選手が見せたという、分身の術のたぐいですか?』

 

『さて、どう斬撃を増やしているのかは見当が付きませんが、効果としては単に三回斬りつけているだけです。三人に分身して同時に斬りかかったり、複腕の三刀流の剣士が同時に剣を振るったり、『気』の刃を複数飛ばしたりするのと、同等の攻撃ですね』

 

『単純な剣による一撃ですか。真剣を使えないルール上では、威力に特別優れているわけではないですね』

 

『はい。ですが、それらの手段で三回斬るのと違い、一刀流の動きで同時三箇所の斬撃が襲いかかる、というのがなかなか効果的です。普通の武芸者は、そのような動きをする存在との闘いに慣れていない』

 

『慣れですか。三刀流を相手することも、普通の武芸者は慣れていないと思うのですが……』

 

『いえいえ、三刀流や四刀流は意外と居るものですよ。彼らの剣技は、身体の動きからどう斬りつけてくるか予想がつくのですが……刻詠選手の剣の軌跡は、身体の動きとは関係ない位置から発生している。これは地味に厄介です』

 

 そんな解説の最中にもネギくんとの剣戟は続く。『燕返し』はネギくんに何度も命中するが、次第にネギくんは同時三回攻撃に対応を見せ始める。さらには、ネギくんの反撃がこちらをかすめるようになった。

 戦いの中で急成長している……。なんて末恐ろしい子なんだ。

 だが、ネギくんの暴風が私を打ちすえる前に、私の『燕返し』はなんとかネギくんの分厚い『風楯』を突破して、彼を大きく弾き飛ばした。

 

 それでもネギくんはダウンをまぬがれたようだ。私の原理不明の妙技を警戒したネギくんは、距離を取って無詠唱の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を撃ってきた。

 私はそれを物干し竿で斬りつけて破壊。

 そこからさらに、ネギくんは竜の心臓の魔力に飽かせて、『魔法の射手』を機関銃のように連打してくる。

 

 それら全てを物干し竿で切り払った私は、ネギくんに追いすがる。

 一方、ネギくんは距離を取り続けて、『魔法の射手』を逃げ撃ちする。なるほど、遠距離戦か。私も無詠唱で『魔法の射手』は撃てるが、魔力の差でネギくんには撃ち負けるだろう。

 だが、私の手元には剣がある。ゆえに、私が使うのは……。

 

「奥義――『真空十字斬』!」

 

 バトルステージの端から端まで余裕で届く剣技の極みで、飛んでくる『魔法の射手』ごとネギくんを切り払った。

 

『これはー! リンネ選手が予選会で見せた、飛ぶ斬撃だー!』

 

 いや、斬撃を飛ばしているというか、めっちゃ遠くまで伸びる斬撃だよ。

 そんな斬撃を食らったネギくんは、場外の水場に着水する。

 朝倉さんのカウントが始まり、8カウントまで来たところで、ネギくんがステージへと飛びこんでくる。

 それは、木剣にまとわせた暴風を使っての急加速。飛行魔法とは比べ物にならない速度で飛翔し、私に向けて一直線に飛ぶ。

 

 なるほど、パワーでねじ伏せてくるか。それもまたよし!

 私は物干し竿を強くにぎり、迎撃の構えを取った。

 

「風よ!」

 

 ネギくんが、木剣にまとわせていた風を私に向けて全解放してくる。『風王鉄槌(ストライク・エア)』だ。

 対する私は、セットしていた『PSO2es』の必殺技チップをここで初めて発動した。『アサギリレンダン』だ。

 

 暴風が物干し竿を振るう私の魔法障壁へとぶち当たり、またたく間に削り去った。

 そして、障壁を失った私に、突風の衝撃が襲いかかる。

 だが、ここで自動発動していた別のチップの効果により、私は衝撃を無視して動ける状態となる。ダウン・のけぞり無効の効果。いわゆる、スーパーアーマーである。

 

 逆風に全身を削られていく中、私は前へと突き進み、ネギくんに向けて数度物干し竿を叩きつける。すると、フォトンによる無数の斬撃が発生し、ネギくんをあらゆる方向から打ちすえていった。その攻撃を受けながらも、ネギくんは風の制御を手放さない。

 やがてフォトンの斬撃は消え去り、風も収まった。

 

 だが、ネギくんは、未だ立ち続けている。そして、木剣を振りかぶって一撃を放とうとしていた。その木剣には、アルトリア陛下が宝具を解放する時に似た、黄金の輝きが宿っている。

 この光から感じるのは、世界樹の力。遠くに見える世界樹と共鳴して発光している。世界樹の木剣に宿る力を引き出したのか!

 そこから放たれる、光の一撃。

 

 対する私は、『カレイドスコープ』の並行世界干渉能力によるものではない、ゲームキャラクター『佐々木小次郎』本人が持つ宝具の力を解放する。すなわち、通常攻撃ではない、NPを使っての(ぜんしんぜんれいでの)『燕返し』。

 

 二つの絶技がバトルステージの上でぶつかり合う。

 最後に立っていたのは――

 

『ダウン! ネギ選手、ダウーン! 西洋剣術と東洋剣術の激しいぶつかり合いは、東洋剣術が征したー!』

 

 ――私だ。

 ネギくんは木剣を杖にして立ち上がろうとするも、身体は言うことを聞かないようで……無慈悲にも10カウントが宣言され、私の勝利が決まった。

 

 ふへー、なんとかなったね。ダウン・のけぞり・一度限りの戦闘不能無効の効果を持つチップをセットしておいてよかった。ありがとう、『ギャラクシー・ヒロインズ[SSアニバーサリー]』。

 

 今回は、手札の多さで私の勝利だね。

 ネギくんの修行期間がもっと長かったら、さすがにキツかっただろう。こればかりは、彼よりも五年早く生まれた私の修行期間の長さが、物を言った。

 一年後にはネギくんの方が強くなっているかもしれないが、今は今だ。キティちゃんの目論見通り、私はネギくんへの試練となり、彼を成長させるための糧となった。

 

 でも、私だって一方的に使われるだけじゃない。この戦いで糧を得なければならない。具体的には、優勝賞金一千万円という糧を。このままもらうよ、優勝。

 

 こうして私は、公式大会では初となる、ちう様との対戦に挑むことになるのだった。

 



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■43 まほら武道会決勝戦

◆100 槍気解放

 

 衣装ヨシ、武装ヨシ、さあ、行こう。

 どこで着替えてきたのか、チャイナドレスに身を包んだちう様と並び、バトルステージへと向かう。

 

『さあ、とうとうやってきました決勝戦。相まみえるのは、若き中学生二人。長谷川千雨選手と、刻詠リンネ選手だ!』

 

 歓声が会場をゆるがさんばかりに響きわたり、私は観客席へと軽く手を振って応える。

 

『示し合わせたのでしょうか、チャイナドレスを着こなす千雨選手に、カンフー服で男装するリンネ選手。どうやら、二人とも長物を手にしているようです。千雨選手の武器は、貫禄のある古木の杖とでも言うのでしょうか。古菲選手との戦いで千雨選手は、これを槍として用いました。その槍さばきは達人級!』

 

 魔法発動体でもあるちう様の杖は、ネギくんの木剣と同じく世界樹の枝を削り出した一品だ。

 

『対するリンネ選手。予選から一貫してふざけた武器ばかり披露してきた彼女ですが、今回もふざけている。なんとデッキブラシです。やる気があるのかと問いたくなりますが、リンネ選手はこれまでそのふざけた武器で数々の強豪を下してきました』

 

 いや、別にいいでしょデッキブラシ。『魔法先生ネギま!』でも桜咲さんが大太刀の代わりにまほら武道会で使っていた武器だぞ。

 まあ、私のはアンドーの武器コレクションから拝借した『ブルーブラシ』で、清掃用具ではなく清掃用具を武器として使えるよう加工した物だから、結構ガチの一品なのだが。

 

「なあ、リンネ」

 

「はい、なんでしょう」

 

 向かい合った状態で、ちう様が尋ねてくる。

 

「そのデッキブラシは、剣か? それとも槍か?」

 

「槍ですね」

 

「そうか……」

 

『おおっと、リンネ選手、デッキブラシを槍として使うそうです! これは、中国武術研究会所属の槍の達人である千雨選手に、槍術で戦いを挑む宣言か!?』

 

 ふふふ、その通りだよ。私が引き出している力も、ランサーのサーヴァントのものだしね。

 私が不敵に笑うと、ちう様は目を細め、杖を構えた。

 対する私も、『ブルーブラシ』を構えて腰を落とす。

 

『両者、闘志は十分です! それでは、皆様お待たせしました! いよいよこれが最後の試合です! まほら武道会決勝戦――ファイト!』

 

 合図と共に、ちう様が突っ込んでくる。それに対し、私は冷静に『ブルーブラシ』を振るい、いなし、反撃する。

 ちう様は冷静に反撃をさばき、後方へと飛び退いた。

 そして、息を吐いて、小さく言った。

 

「やっぱり、師匠の力を引き出していやがったか」

 

「ええ、李書文先生の全盛期の頃の力をお借りしています。普段、ちう様達に教えているのが老先生だとしたら、私のこれは若先生ですね」

 

「そうか……それじゃあ、胸を借りるとするかな!」

 

 そこから、槍の応酬が始まった。

 サーヴァントとしてのステータスだけでなく、技術までも引き出している私。若先生の力量は、かの影の女王スカサハと槍で打ち合えるほど。二つ名の『神槍』に相応しく、その技は神域にあった。

 

 その力に、劣勢ながらも対処していくちう様は、この数年でずいぶんと強くなったのだなと感慨深くなる。

 私のように下駄を履くでもなく、武に関してはただ純粋に修練を重ねてきたのだ。

 

 だが、その力量は神域には未だ至らず。次第に私の槍は彼女を追い詰めていき、やがて『ブルーブラシ』が彼女の胸の中心を強く突いた。

 魔法障壁を砕かれ、場外へと吹き飛ぶちう様。湖に着水し、水の中に沈んでいく。

 

 槍に関しては勝負有りだ。だが、彼女はこれで終わらないだろう。

 予想通り、ちう様は湖を凍り付かせながら『闇の魔法(マギア・エレベア)』を発動。その身を悪魔に変えながら、バトルステージにゆっくりと上がってくる。

 

 そして、距離を詰めずに氷の矢を無詠唱で飛ばしてきた。その数は、準決勝でネギくんが使ってきた『魔法の射手(サギタ・マギカ)』の数よりも多い。そりゃあそうか。『闇の魔法』って、そういう技だもんね。

 

 私はその矢を全て『ブルーブラシ』で撃ち落としながら、ちう様に突撃する。

 氷の矢が嵐のように襲ってくるが、多少の被弾は気にせず、私はちう様に迫った。

 

 とっさにちう様が杖で払ってくるが、逆に私は『ブルーブラシ』でそれを払う。そして、ちう様の身体が開いたところで、私は今撃てる最高の一撃を放つ。

 

 神槍と謳われた彼の槍に一切の矛盾なし!

 宝具解放――『神槍无二打(しんそうにのうちいらず)』!

 

『ブルーブラシ』の先端が、悪魔化したちう様の胸元に吸い込まれる。そして、ちう様は……爆発した。

 とっさに私は『風楯(デフレクシオ)』の魔法で防壁を張るが、その衝撃は魔法を伝わって私の身体を震わせた。

 そして、しばしの間、身動きができなくなる。

 その間に、ちう様はバトルステージの遠い場所に身体を再構築し始めた。

 

 さあ、ここからが厄介だぞ。ちう様は『千年戦争アイギス』のデモンルーンのメスガキどもに学んだ術で、復活するたび強くなっていく。今のちう様なら、五回で最大強化になるはずだ。

 私は意を決し、復活して氷の矢を多数浮かべるちう様に飛びこんでいった。

 

 そして……。

 

『なんと激しいバトル! わたくし、とてもじゃないですが舞台の上には戻れません! 試合の残り時間、五分を切りました! さあ、どうなる!?』

 

 しばし戦いを続けていたら、朝倉さんが残り時間を教えてくれた。

 まほら武道会の試合時間は十五分までだ。そこまで戦って決着が付かなかった場合、メール投票になるが、そうなると勝敗の行方は全く分からなくなる。

 観客は派手な戦いに沸いているが、戦っている側からすると、正直なところ泥仕合と化していた。

 

「くそ、何発も当てているのに、効いてねえのかよ! てめー、なんかしているな!」

 

 四回目の復活となるちう様が、悪態をつく。

 

「さて、どうでしょうか?」

 

 私は不敵に笑ってちう様を(あお)る。すると、ちう様は小悪魔顔でガルルと吠えた。おお、怖い怖い。

 

『クウネルさん、倒されてもなぜか復活する千雨選手はさておき、リンネ選手があれだけの戦いなのにピンピンしているようですが……』

 

 茶々丸さんが、そんな話題を振った。おっと、ネタばらしされるか。

 

『はい。あれは、治療の術を自身に使っていますね。どの系統の術かはこちらからはうかがえませんが……』

 

 アルビレオ・イマのその言葉を聞いて、ちう様は唖然とした顔になる。

 

「て、てめえ……試合中にそれはなしだろ!」

 

「知りません。やられても復活するよりずっとありですよ」

 

 さて、私が何をやっているかというと、セットした『PSO2es』のチップ効果でHPを回復しているのだ。

 まず一つ、『ギャラクシー・ヒロインズ[SSアニバーサリー]』。様々な効果のあるチップだが、それの一つに『与えたダメージの一部を自身のHPとして回復する』というものがある。

 もう一つ、『アークス管理官 セラフィ』。『定期的にHPをわずかに回復する』効果。これにより五秒毎に身体が癒えていく。

 

 なので、私は攻撃を受けても即座に傷が治り、試合開始前の万全な状態に戻るのだ。

 やられても復活するちう様と、やられても傷が治る私の戦い。まさしく、泥仕合である。

 

 だが、ただの泥仕合を続けて、私が優位に見えなくなるのが困ることは確か。なので、私は次の一手を打つことにした。

 

「ちう様、書文先生との戦いは満足しましたか?」

 

「ん? あー、そうだな。まだ敵わないことがよく分かった」

 

「では、満足したようなので、選手交代を」

 

「……させねえ!」

 

 ちう様が私に再び氷の矢を放ってくるが、私はそれを瞬動で回避。ちう様から十分距離を取ったところで、私は意識の中でスマホを操作する。

 引き出している力の枠から、ランサーの『李書文』を外す。そして、代わりに『千年戦争アイギス』のキャラクター、『天穿の槍士フィロ』の力をセットした。

 衣装がまたたく間に切り替わり、胸元が大きく開いたドレスアーマーになる。

 

 そして、私は観客達に姿をアピールするため、『ブルーブラシ』を構えてポーズを取った。荒ぶるガチャのポーズ!

 

『おおっとー? リンネ選手、突然服装が変わったぞー! どういう原理だー?』

 

「CGです」

 

『CGだそうです! さすがに無理があるぞ!』

 

 まあ、いいじゃん。早着替え程度、パクティオーカードにだってできるし。

 

 さて、力を切り替えたところで、私は氷の矢を再度放つちう様に飛びこんでいく。

 被弾は無視して、『ブルーブラシ』を叩きつける。

 

「ぐがっ、な、なんだ!?」

 

 それまでとは比べものにならないほど、私の攻撃を痛がるちう様。

 ふふふ、この世界の金星の悪魔が具体的にどういう存在か、よく知らないけどね……ちう様がデモンルーンのメスガキからその在り方を学んだ以上、弱点も同じだ。

 

「メスガキ一号二号達の力を参考にしたのが、徒になりましたね」

 

「ぐっ、これは、悪魔払いの技か!」

 

 そう、『天穿の槍士フィロ』は、デーモン特攻の力を持つ槍使いなのだ。

 

「はい、ただの悪魔ならともかく、うちの子のデーモン達の力を使うなら、この通り」

 

 私はそう言いながら『ブルーブラシ』を突きこもうとする。

 

「やらせるかよ!」

 

 ちう様は、バックステップの瞬動という器用すぎる技で、私から距離を取った。そして、その距離から氷の魔法を連発し始める。

 だが、残念。その距離は、私の間合いでもある。

 

「この技は初めて見せますね。行きますよ」

 

 遠くから槍を構える私を見て、ちう様があせって防御の魔法を張ろうとする。だが、もう遅い。

 秘奥義――『天昇槍連雨』!

 

 私はその場で跳び上がり……『ブルーブラシ』を天に掲げた。すると、私の手から『ブルーブラシ』が姿を消し、すぐさま空の上から『ブルーブラシ』が四つに分裂して落下してくる。

 まさか空から降ってくるとは思っていなかったのだろう。ちう様は驚きの表情のまま、『ブルーブラシ』に潰され、その場で爆発した。

 

 私が着地すると、ちう様の脳天に直撃した得物が手元に戻ってくる。

 そして、バトルフィールドの中央にルーン文字が集まっていき、ちう様が最後の復活を開始していた。

 

 私はその間に息を整え、ちう様から適正な距離を取る。

 

「くそっ、だが、これで最大強化だ!」

 

 デモンルーンは復活のたびに強くなる。最後となる五回目の今は、素の倍以上の力を身に宿しているだろう。

 

 最早、なんで学園結界に抑え込まれていないのか不思議でならないが、肉体のベースは下級悪魔(レッサーデーモン)だから、それに力を足しても高位の妖魔扱いは受けないとかだろうか。小太郎くんもめちゃくちゃ強いけど、半妖だから学園結界の対象外みたいだし。

 

 だが、その上昇した腕力を背景にした、近接での槍術合戦に付き合うつもりはない。

 

「ちう様ー、次行きますよー」

 

「は?」

 

 ちう様が復活にかかった時間は約十五秒。一方、私の秘奥義は、十八秒に一回撃てる。

 さあ、いくぞ小悪魔ちゃん――命の貯蔵は十分か?

 

 では、試合終了まで食らっていただきましょう。秘奥義『天昇槍連雨』!

 

 

 

◆101 超鈴音の胎動

 

 ふへー、キツい戦いだった。何度も氷の魔法を受けていたせいで、身体の芯が冷え切った感覚がある。いくらHPが回復するといっても、痛いものは痛いし、冷たいものは冷たいのだ。

 そして、お互いダウンしないという不毛な試合は終わり、メール投票の結果、私が優勝に選ばれた。終盤に秘奥義で優位に見えたのが大きかったらしい。

 

 さて、授賞式だ。

 超さんのスピーチを一通り聞いた後、表彰台に上り超さんから『\10,000,000』と書かれたテレビでよく見るパネルを渡される。

 それを受け取ろうとした瞬間、私の脳裏に光が走った。直感が閃いたのだ。私はその直感に従い『黄金律』のスキルをスマホから引き出した。

 

 そして、パネルを受け取ると……おお、『黄金律』のスキルが、かすかに私へ身についた感覚があるぞ! お金を稼いだことで、『黄金律』に対して習熟したのかー。

 

 この『黄金律』とは、人生において金銭がどれだけついて回るかの宿命を指す。

 だが、私がゲームの力を引き出し『黄金律』を訓練して身につけようとしても、そうそう簡単にはいかない。『Fate/Grand Order』における『黄金律』のスキルは『自身のNP獲得量アップ』というゲーム効果であり、これをいくら使ったところで金運が宿るわけではないのだ。

 

 どうやら、ゲーム効果ではない本来の『黄金律』を私が身につけるには、『黄金律』をセットした状態でお金を稼ぐ経験を積む必要があるみたいだね。

 

 さて、パネルは受け取ったが、このパネルが現金に代わったり、小切手になったりするわけではない。

 あとで銀行を指定して振り込んでもらえるのかな、と思っていたら、ステージの中に侵入する者達が。

 

「麻帆良スポーツです! 刻詠選手、優勝の御感想は!?」

 

「一千万円の使い道は!?」

 

「CGと言っていましたが、全部演出だったんですか!?」

 

 おおう、インタビュー攻勢か。ちょっとこれは面倒臭いぞ。

 一人二人が相手なら、適当に答えて流してしまえばいいが、ちょっとシャレにならない数だ。

 

「よし、朝倉さん、後は任せました」

 

「は? 刻詠、ちょっと」

 

「それじゃあ、三人とも、逃げますよー」

 

 そうして、私はちう様、ネギくん、古さんの三人を連れて、ステージを颯爽(さっそう)と去っていった。

 私達は脚力だけでマスコミを撒き、会場の方角に逆戻りして、ネギま部メンバー達と合流した。新メンバーの長瀬さんもいる。

 だが、そのメンバーの中には、武道会で解説者をしていた茶々丸さんの姿は無い。

 本格的に超さんサイドについてしまったか、と思っていると、その茶々丸さんからスマホにメールが届いた。

 

 なになに……賞金の受け渡しは、銀行振り込みになるので、通帳番号を伝えに今夜、『超包子』の茶々丸さんのもとを訪ねてほしいと。うん、了解。

 

 さて、私がメールを見ている間に、なにやらネギま部の一部メンバー、水無瀬さんと桜咲さんから、報告があった。

 なんでも、超さんが地下で怪しいロボットを大量に保管していると。

 何を目論んでいるのかは具体的にハッキリしないが、魔法の存在を世間に公表しようとしていることは、超さん本人の口から聞けた事実らしい。

 

 ふむ、そこまで判明したか。じゃあ、私も情報追加だ。

 私はスマホをタブレットサイズに変化させ、ブラウザを起動。試合の待機時間で秘かに調べていた、『まほら武道会』の流出動画を皆に見せた。

 

「一切の記録機器を使えなくさせると言っていた超さんですが、自分が用意したカメラはばっちり動かしていたようですね。アングルからしても、大会公式で撮った映像でしょう」

 

 私が皆に見えるようにタブレットを持ちながらそう言うと、水無瀬さんが声をもらす。

 

「うわ、これはまずいわよ」

 

「そうやなぁ。これは言い訳できないんとちゃう?」

 

 近衛さんも同調して困った顔をする。

 

「いえいえ。こんなのよくできたプロモーションムービーですよ。私もこんな画像をネットに流してみました」

 

 私は、オーラをまとって戦う大相撲力士のGIFアニメをブラウザで表示して見せた。以前も述べた、前世で一時期流行っていたネタ画像をパクってちう様に作ってもらった。

 

「あはは、確かに、続けて見せられると、こういうジョーク映像と同等に見えるわね」

 

 神楽坂さんが、オーラで加速する力士に吹き出しながら言った。

 そして、私はブラウザでの画像表示を止め、次のページを皆に見せた。それは、超さんがメインで工作している匿名掲示板だ。

 

「このように、掲示板では信じる人と信じない人で半々……多分、超さんの工作と魔法先生達の工作でバチバチやっている最中ですね」

 

「ネット工作!? うわー、すごいことやってるわね」

 

 匿名掲示板に馴染みがあるのだろうか、早乙女さんがそんな反応を示した。

 さらに、私は検索エンジンで出てくる、魔法使いについての様々な情報や魔法世界についての情報などの、超さんがネットにばらまいたネタをブラウザに表示させていく。

 そこまで見せて、私はブラウザを閉じ、タブレットを手元から消す。そして、ネギま部の面々に言った。

 

「なお、ネット上で魔法の存在を信じる人が出たからといって、それイコールが、超さんの言う通りに魔法の存在が世間に公表されたというわけではありません。皆さんだって、ネットに普段からディープに触れている人は一握りでしょう?」

 

 私の言葉に、皆はうんうんとうなずく。スマホのない時代なんて、そんなものだ。

 

「ですから、超さんが使う手段は、このネット工作に留まらないと予想されます。おそらくは、地下に隠してあるというロボット兵器を使ってくるはずです」

 

「ロボットと魔法の公開に、なんの関係があるわけ?」

 

 早乙女さんのその疑問は、皆も持っていたようで、視線がこちらに集まる。

 どう話を持っていこうか、と考えて私が言いよどんだところで、横からキティちゃんが口を挟んだ。

 

「ここからは私が説明しよう。魔法に関しての話になるからな」

 

 皆の注目が私から、キティちゃんへと一斉に流れる。

 

「知っての通り、明日、世界樹は大発光を起こす。その魔力が、愛の告白等、人の精神に関わる願いを叶えようとすることは、以前説明があったな?」

 

 キティちゃんの問いに、皆がうなずく。バカレンジャーの面々も、話についてこられているようだ。長瀬さんだけは初耳だからか少しポカーンとしているが。

 

「明日、世界樹の周辺にある六カ所の魔力溜まりに魔力が満ちるわけだが、ここをロボット兵で占拠して六芒星の巨大魔法陣を作ると……全世界に対する『強制認識魔法』が完成する。それを使えば、全人類に魔法の存在を信じ込ませることが可能だ」

 

「そ、そんな大それたことを超さんが……?」

 

 ネギくんが、顔を青くしながらキティちゃんに問いかける。

 それをキティちゃんは鼻で笑って言葉を返す。

 

「すでに日本中に魔法の映像を公開しているんだ。規模が日本から全世界に変わったところで、驚くことか?」

 

 キティちゃんの台詞に、ぐっと黙り込むネギくん。

 そして、キティちゃんは綾瀬さんの方を向いて言った。

 

「『世界図絵』を出して、次の項目を調べろ」

 

 綾瀬さんはキティちゃんの言葉に従い、強制認識魔法の情報を皆の前で検索していく。

 それらの情報は確かに存在していて、キティちゃんの説に信憑性を与えた。

 

「さて、これらの情報を見て、お前達はいったいどうする?」

 

「そりゃあ……止めるしかないんじゃない?」

 

 神楽坂さんが言うが、キティちゃんはさらに問い返す。

 

「なぜだ? 魔法が世界に公開されて、お前達は何が困るのだ?」

 

「うっ、それは……」

 

 答えが思いつかないのか、押し黙る神楽坂さん。

 それをキティちゃんは鼻で笑い、逆に答えた。

 

「私は困るぞ? なにせ、世間に魔法をバラした責任を問われて、私の弟子がオコジョ刑を受けるのだからな」

 

 皆の顔が「は?」という感じに変わった。変わらないのは、私とちう様、のどかさんの三人だけだ。

 

「麻帆良で起きる魔法バレだ。魔法先生の全員が魔法本国より処分を受けるだろう。特に、ぼーやは直接の担任なので、魔法本国に強制送還を受けた上でオコジョにされるだろう。教師の職は、当然失う」

 

「それはいけませんわ! 超さんを止めませんと!」

 

 あやかさんが、一大事とでもいう風に、ハッスルし出した。

 そして、他のネギま部メンバーも事態が把握できたのか、これは大変といった顔になる。

 

「超の計画が成功すれば、私達とぼーやの縁が切れる。ゆえに、『異文化研究倶楽部』は超の計画阻止に動け。いいな?」

 

 特別顧問の宣言に、皆がうなずく。

 だが、ネギくんは少し見解が違った。

 

「超さんは本当に、そんなことをしようとしているんでしょうか……」

 

 ふむ。まあ、証拠はないからね。

 確かにそうかも、と何人かがネギくんに同調してみせる。

 

「だから僕、超さんに真意を問いただしてみようと思います」

 

「それでぼーやが納得するなら、すればいいさ」

 

 キティちゃんにそう言われ、ネギくんは早速とばかりにケータイを取りだし、超さんに電話をかけだした。

 だが、しかし……。

 

「電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないかもって……」

 

「ああ、今の超は、魔法先生達に追われているだろうからな。ケータイを使う余裕はないだろうさ」

 

「じゃあ、メールで今夜にでも面会しましょうって連絡してみます」

 

「そうしろ。だが、もし今日中に会えなくても、明日になったら何があろうとも阻止に動くべきだ」

 

 ネギくんとキティちゃんはそう言葉を交わし、とりあえず話はまとまった。

 そして、キティちゃんが解散と言って、この場を後にする。先ほどから、遠巻きにチラリチラリと、キティちゃんを眺める女性の姿が見えていて、キティちゃんはそちらに向かうようだ。おそらくは、彼女がカリンなのだろう。

 

 他の面々は各々の予定通りの行動を取るということになり、部活の展示やクラスのお化け屋敷の手伝いなどに散っていく。

 ネギくんは、あやかさんと綾瀬さんに話があると言って、他の暇そうなメンバーと一緒にこの場に残るようだ。

 

 そして、一人そわそわし出した神楽坂さん。何事かと聞いてみると……。

 

「高畑先生と一緒に麻帆良祭をまわる約束、今日これからに変わって……どうしよう、リンネちゃん!」

 

 おー、デートは最終日って別荘では言っていたはずなのに、今日になったかぁ。

 とりあえず、私から言えることは……。

 

「こんなところでのんびりしていないで、服を急いで整えるべきでは?」

 

「はっ、そうね。リンネちゃん、服選び手伝ってもらっていい?」

 

 よし、モテカワコーデにしてあげよう。

 私は神楽坂さんを連れて、急いで女子寮へと戻っていった。

 



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■44 宇宙人な未来人と異世界人な超能力者

◆102 乙女の季節

 

 神楽坂さんの所持している服を二人であれこれ話し合い、精一杯の可愛い乙女を作り出した。

 

 髪型を少しだけ変え、全体的に清楚なコーデで神楽坂さんが持つ魅力であるアグレッシブさをあえて抑え込んだ。ギャップ萌えを狙ってのことだね。普段の明るい印象のコーデだと、麻帆良祭の騒がしさに埋没してしまうとの判断である。

 コーデの最中に私が脳裏に思い浮かべていたのは『刻詠の風水士リンネ』の清楚さだが、だいぶそれとは印象が変わってしまったなぁ。まあ、可愛いからヨシ。

 

 そして、待ち合わせ場所の近くまで向かった私達。明らかに動揺する神楽坂さんの背中を私はそっと物理的に押した。

 

「困ったことがあったら、いつでも電話してきてくださいね」

 

「う、うん。頑張ってくる……」

 

 そう言って私は神楽坂さんと別れ、次の予定のために動く。

 デートを出歯亀したい気持ちがあふれるが、さすがにしない。後は若い人に任せておきましょう。

 

 さて、次の行動に移る前に、少し変装しておこう。『まほら武道会』優勝者へのインタビューを狙うマスコミが、そこらをうろついているかもしれないからね。

 私はスマホから衣装を取りだし、『PSO2es』のコスチューム変更能力を使って一瞬でそれに着替える。

 そして、その衣装で街中を練り歩き、次の予定の待ち合わせ場所へと向かった。

 うむ、誰も私だと思っていないようだな。

 

 やがて、辿り着いた待ち合わせ場所では、アルトリア陛下とココロちゃんが楽しく談笑しているのが見えた。

 

「お待たせしました」

 

「お、おおー? もしかして、オーナー?」

 

「はい、刻詠リンネですよ」

 

「あはは、何その格好。ウケるー」

 

 ココロちゃんに笑われる私。

 私の今の衣装は、アンドーから借りた『ラッピースーツ』だ。簡単に言うと、黄色い鳥の着ぐるみ。

 

「カラーバリエーションが豊富ですので、ココロちゃんと陛下もいかがですか?」

 

「いやー、遠慮しておくかな」

 

「私も顔を隠す必要性を感じませんので、遠慮しておきます」

 

 残念だ。仲間ができると思ったのに。

 そして、そこから私達は三人で麻帆良祭を練り歩き始める。

 

「そうそう、報告。午後一時ごろ、誰かが六時間先の未来に飛んでいたよ。動作は正常。飛んだのはネギではないから、多分超鈴音じゃないかなぁ」

 

 ココロちゃんの報告を聞き、ネギくんの電話が繋がらなかったのはこれか、と納得する。

 念のため、あとで超さんを見かけたら『カレイドスコープ』で並行世界がおかしくなっていないか確認しておくとしよう。

 

「それと、ネギが午後二時に二度、未来から戻ってきてるね。同行者はいないよ」

 

「おや。和泉亜子さんの同行はなしですか?」

 

「うん、単独移動」

 

 なるほどなるほど。これは、和泉さんの背中の傷痕を目撃してしまう事件が起きなかった可能性があるな。

 和泉さんの傷痕なぁ……。オラクル船団のエステ技術なら、完全に消すことも可能なんだけど、和泉さんは一般人だからね。魔法が世間に公開された後なら、治してあげられるんだけど。

 

「それでは、ネギくんを見つけて、それを基点に並行世界を観測しにいくとしましょう」

 

「はいはーい、こっちだよー」

 

 そう言って、ココロちゃんが私達をネギくんの居る場所に案内し始めた。ネギくんのカシオペアには、私が時の魔術でマーキングをしてあるから、いつでも位置の追跡が可能だ。

 街中のアトラクションをキャッキャウフフと三人で楽しみながら、私達は目的地へと向かう。

 そしてやってきたのは、ベストカップルコンテストの会場だ。

 

 はて、ここは原作漫画ならば和泉さんとネギくんが一緒に出場する場所のはずだ。しかし、ネギくんは和泉さんと時間逆行はしていないはず。では、ネギくんはいったい何用でこんな場所に?

 そう思ってコンテストを見て行ったら、幻術で十五歳くらいの姿になったネギくんと、あやかさんがカップルとして出場していた。

 うわあ、綾瀬さんと一緒に何やら話し合いをしていたはずが、いつの間にこんなことに。

 

 綾瀬さんの姿は……見えないな。この時間は図書館探検部の催し物があるはずなので、そちらに向かったか。

 

 そして、ベストカップルコンテストで、あやかさんといい雰囲気を見せるネギくん。

 

「大人になった子供先生ねぇ。オーナー的にはどうなの? 結構格好いいでしょ。王子には敵わないけどね!」

 

 ココロちゃんの言葉に、私は考え込む。

 

「ふうむ、大人のネギくんですか……かなりありですね」

 

「えー、そうなんだ! なになに? 子供先生にラブなの?」

 

「いやあ、私の好きな男性のタイプって『優しいイケメンエリート』なので、ネギくんが大人になったら私の好みにバッチリ合うなーって気づいちゃいましたね。あの幻術で成長した少年から抜け出せないくらいの年齢は、まだまだ好みではないですけど」

 

「へー。ふうーん」

 

「ココロちゃん、なにか?」

 

「いやー、ねえ? アルトリアちゃん、後でみんなに言いふらしてあげようね!」

 

 私の問いに答えないココロちゃんは、私越しにアルトリア陛下にそう話を振った。

 

「ふふっ、そうですね」

 

 陛下も、何を言いふらすつもりだ。別に、今のネギくんは好みではないんだぞ。

 もうっ、二人とも『ラッピースーツ』でもふもふしてやる。そーれ、もふもふ。

 

「キャー、ふかふかー!」

 

「これはよい毛並ですね」

 

 ふふふ、いいだろう。ゲームテキストに『毛並に異常なまでの拘りが見える』とまで書かれた逸品じゃぜ。

 そして、コンテストはネギくん達の準優勝で終わった。優勝は小学生のカップルで、観客達の温かい拍手が二人に送られた。

 

「さて、『カレイドスコープ』でも、おかしな点は見つかりませんでした。しばらくは遊んでいて大丈夫ですよ」

 

「やった! 見にいきたいアトラクションがあったんだ!」

 

「お土産を買って帰れないのが残念ですね」

 

 ココロちゃんとアルトリア陛下のそんな言葉を聞きながら、私達はコンテストの会場を後にする。

 と、そこで私の身体の奥底がブルブルと震える感覚になった。スマホへ着信だ。

 私はスマホを呼び出すと、『ラッピースーツ』の右の翼の先でにぎってスーツの側面に当てた。

 

「もしもし」

 

『リンネさんです? 綾瀬です』

 

「はいはい。なんでしょうか」

 

『実は、相談というかお願いがあるです』

 

「はい、相談でもお願いでもなんでも受け付けておりますよ」

 

 徳が積めるので、向こうから頼み事があるなら大歓迎だ。

 

『リンネさん。私にも改造手術を施してください』

 

「……それはまた、何があってそうなったんですか?」

 

 私は予想もしていなかった綾瀬さんの言葉に、何事かと問うた。

 

『以前、リンネさんは言ってたですよね。『いどのえにっき』が危険なアーティファクトなので、のどかはフォトンという粒子を扱えるよう改造手術を受けたと。そこを詳しくのどかに聞きました。なんでも、人類の技術発展のために、宇宙へフォトンをばらまく(いしずえ)となったとか』

 

 ああ、聞いちゃったか。そのあたりは仲間に公開して良い情報だと、のどかさんには言ってあった。

 本当は全てを話してしまいたいとのどかさんは言っていたが、さすがに予言の書のことは話すわけにはいかないし、人工アカシックレコードもトップシークレット。なので、公開できるのはフォトンという新粒子が存在することと、それの散布者がのどかさんということまでだ。

 

『のどかとは、これからも二人一緒と約束しました。だから、私ものどかと同じく、フォトンを扱える体質に変えて欲しいです』

 

「なるほど。その二人の間には、ネギくんがいるというわけですね」

 

『なぜそれを! あ、いや、違うです!』

 

「いやー、妻妾同衾(さいしょうどうきん)ですか。男の共有、大変結構」

 

『ぐっ……』

 

 私の鎌かけに見事引っかかった綾瀬さんをからかう。

 綾瀬さんも、いつの間にかネギくんのことを好きになっていたんだねぇ。

 

「とりあえず、フォトンの件は了解しました。のどかさんのようにフォトンを生み出す体質にはしてあげられませんが、改造手術はお約束します。麻帆良祭後に話し合いましょう」

 

『ありがとうです』

 

 そうして私は綾瀬さんとの通話をやめ、『LINE』でルーサーに追加の改造手術の要請を出した。

 すると、『もう二、三人、地球人を改造してデータを蓄積したかったところだよ。ちょうどいい』と返ってきた。ルーサー、綺麗になっても、マジルーサー。

 

 さて、それじゃあ麻帆良祭巡りを再開するか、と思っていたところで、またもや着信。

 相手は、神楽坂さんだ。

 電話に出ると、神楽坂さんの声が響いてくる。

 

『どうしよう、リンネちゃん! 全部思い出しちゃった!』

 

「あー、はい。順を追って説明してください」

 

『それどころじゃないの!』

 

「それどころですので、落ち着いてください」

 

 それから私はなんとか神楽坂さんをなだめすかせ、詳しい話を聞いた。

 高畑先生とは、最初楽しくデートをしていたらしい。清楚な乙女コーデは高畑先生も褒めてくれたらしくて、舞い上がってしばらくどんな会話をしたかも覚えていないようだ。

 

 それで、ある程度街中を巡った後、大事な話があるといってひとけのない場所に誘導された。

 

 これはもしや愛の告白、と思ったが、高畑先生は神楽坂さんの過去について話し出した。

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』、『黄昏の姫御子』、『紅き翼(アラルブラ)』、『ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ』。そんなワードが飛びだしてきて、神楽坂さんの中で何かが弾けた、と。

 そして、神楽坂さんは、ネギくんの父が所属するチーム『紅き翼(アラルブラ)』のメンバーによって封印された記憶を全部思い出してしまった。

 

 その過去を思い出したショックで、神楽坂さんはとっさに高畑先生のもとから逃げ出してしまったらしい。

 

『そう、デートから逃げちゃったのよ。せっかく良い雰囲気だったのにー。どうしよう、リンネちゃん!』

 

「えーと、過去を思い出してどうしようって相談ではなかったのですか?」

 

『あれ? そうだっけ? いや、それよりもデートよ、デート。せっかく私から告白できそうだなって思ったのに……これ、今から戻って大丈夫かな?』

 

「ふむ……」

 

 告白、告白かぁ。フラれるだろうなぁ。

 過去を思い出してショックを受けているのに、そこにフラれるショックを重ねるとか、神楽坂さんのメンタルヤバくならない?

 

「神楽坂さん。告白は待った方がいいですよ」

 

『えっ、どうして。今回がやっと巡ってきたチャンスなのに』

 

「神楽坂さんにアドバイスです。目指せ、中等部卒業!」

 

『うん? どういうこと』

 

「神楽坂さん。一般論で考えてください。教え子に手を出す教師、どう思いますか? 社会的に抹殺される道しかないですよね?」

 

『うっ、それは……』

 

「そう、もし高畑先生が神楽坂さんを受け入れるつもりがあっても、高畑先生が中学校教諭で、神楽坂さんが中学生であるうちはどうしようもありません。相手の事情を何も考慮しない告白など、一方的な好意の押しつけでしかありませんよ。つまり、告白するなら卒業式! OK?」

 

『お、おーけー』

 

「はい、よくできました。高畑先生には、謝罪と、また会ってもらえるかを電話かメールで連絡しましょう」

 

『電話……は、ちょっと勇気が持てないから、メールにする……』

 

「文面に悩んだら、また私に連絡してください」

 

『そこは、自分の言葉でどうにかするわ。リンネちゃん、ありがとね』

 

「いえいえ。楽しいデートが再開できるといいですね」

 

 そうして私は神楽坂さんとの通話を終えた。

 

「青春だねー」

 

「そうですね。オーナーも見習っては?」

 

 横で話を聞いていたココロちゃんとアルトリア陛下が、そんなことを言ってくる。

 いいんだよ、私は。永遠を生きるんだから、良い相手はそのうち勝手に生えてくるでしょ。

 

 

 

◆103 超包子

 

 その後、神楽坂さんは高畑先生とのデートを再開できなかったらしい。

 拒絶されたとかではなく、高畑先生に臨時の職員会議が入ったからとのこと。おそらく、魔法先生で集まって超さんへの対策会議を行なうのだろう。

 

 そして、私はココロちゃんとアルトリア陛下の三人でのんきに麻帆良祭を見て回った後、ナイトパレードを見にいくという二人と別れた。

 夜が近づいてきたため、私は一人、料理屋台『超包子』の本店へと向かった。

 

 約束していたとおり茶々丸さんが待っていて、『ラッピースーツ』姿のまま彼女に屋台の裏へと案内してもらった。

 用紙に銀行口座を書き、茶々丸さんに渡す。振り込みは麻帆良祭明けの月曜日にされるだろうと言われて、私はそれを了承した。

 

 さて、まほら武道会に関してはこれで終わりだ。後は、茶々丸さんに一つ言っておかなければならないことがある。

 

「茶々丸さん。エヴァンジェリン先生は、超さんのことを止めると決めたようですよ」

 

「……そうですか」

 

「茶々丸さんは、ドール契約をしているマスターと、生みの親の科学者達。どちらに付きますか?」

 

「私は……私は……」

 

「繊細なAIをいじめるのは、やめてあげてほしいネ」

 

 と、ここで横から第三者の声がかかった。超さんだ。

 まほら武道会の閉会式で着ていた衣装のままで、おそらく数時間前からタイムスリップしてきてそんなに経っていないのだろう。

 

「でも、白黒つけなきゃいけないことでしょう?」

 

「そこは、私から諭しておくヨ」

 

「そうですか。茶々丸さんのことをよろしくお願いします」

 

「敵に回るというのに、余裕ネ」

 

「超さんならば、不当な扱いをしないでしょうから」

 

 私がそう言うと、超さんは目を伏せ、ぽつりと言った。

 

「刻詠サン。前々から思ていたこと、聞いていいカ?」

 

「なんでしょうか」

 

「刻詠リンネ、あなた何者ネ? 刻詠サンが持っている携帯端末は、明らかに現代の代物じゃないヨ。それに、茶々丸から聞いているヨ。過去に生きた英雄の霊を呼び出して、使役しているト」

 

 ふむ、やはりそこを聞いてきたか。超さんにとって、私は怪しすぎる人物だからね。

 私は『魔法先生ネギま!』の世界にピンポイントで生まれた。つまり、超さんが生まれた本来の歴史の中には、私は存在していない可能性が高い。とびきりのイレギュラーだ。

 だが、歴史のイレギュラーは私だけではない。

 

「それを言うなら、超さん、あなたは何者ですか? あなたが持つ科学技術は、明らかに現代の水準を超えています。なんですか、タイムマシンって」

 

「ふふ、そうね。確かに相手が何者か尋ねるなら、自分のことから言うべきだたネ」

 

 超さんは私の目をじっと見つめて、そして言った。

 

「私の正体は……そう、未来の世界からやってきた火星人ネ!」

 

 手をウネウネとタコ型火星人っぽく動かして、ギャグっぽく宣言する超さん。

 ふむふむ、なるほど? 正直に言ってきたか。そんな超さんに私は言う。

 

「未来の火星人と言うことは、火星の魔法世界が崩壊して、大変なことになっているであろう時代からやってきたのですかね」

 

「……!」

 

「ちなみに私は異世界人です。私が呼び出している英雄達も異世界に住む人達なんですよ。ああ、魔法世界とか魔界とかの異界のことではなく、平行宇宙とか別宇宙とかそっちの意味での異世界ですよ」

 

 私も正直に自分の情報を開示する。でも、この程度は超さんも予想していたんじゃないかな? 彼女は頭脳明晰な天才少女なので、私のこともいろいろと予想して正解を導きだしているだろう。

 

「……刻詠リンネ、あなた何者ネ」

 

 と、思ったら問い返された。

 

「えっ、正直に言ったのですけれど」

 

「未来人の私が言うのもなんだガ、異世界とかそんなの信じられないヨ」

 

「そうですか。信じてくださいとしか言えないですねー。そうそう、超さんには確認を取っておかなければならないことが、一つあります」

 

「なんネ?」

 

「超さんが未来の火星人となると、世界に魔法の存在をバラそうとしているのは、未来の火星をどうにかするためと見ていいですね?」

 

「……そうネ。確かにその通りヨ」

 

「そのこころざし、大変尊いものです。……と言いたいのですが、超さん。魔法を世間にバラすのは、今このタイミングでなくてはいけませんか?」

 

「そうヨ。今年の麻帆良祭でなければならない」

 

「世界樹大発光というわけですか。ですが、それをなんとか、ずらせませんか? 私達エヴァンジェリン一門には、裏火星、魔法世界を救済する独自の案があります」

 

 私がそう伝えると、超さんは黙って私の話の続きをうながした。

 

「余計な人が周りにいない状態で、茶々丸さんの右肩に手を触れ、『ねこねこ文書を見せてほしい』と言ってみてください。そこに、私達の火星救済案が載っています」

 

 超さんが茶々丸さんへ目を向けるが、茶々丸さんは「そのような文書は知りませんが」と答える。

 知らないだろうね。ちう様がこっそり仕組んだファイルだから。

 いぶかしげな表情になる超さんに、私は続けて言葉を投げかける。

 

「私達は協力し合えると思うんです。あなたが私達の手を取るか……今夜、エヴァンジェリン邸にて答えをお待ちしています」

 

 そう言って、私は超さんの前を去ろうとする。

 とりあえず、交渉の第一段階はクリアー。後は、私とちう様、キティちゃんの三人で作った裏火星救済案『ねこねこ文書』を超さんがどこまで信じてくれるかだ。

 

「ちょと待つネ」

 

 と、超さんが私を呼び止めてくる。

 

「これ、ネギ坊主に提出しておいてくれないカ?」

 

 そう言って超さんが私に渡してきたものは……退学届だ。

 それを私は『ラッピースーツ』の右の翼で受け取る。

 

「こういうのは、ネギくんに直接渡していただきたいものですが」

 

「ネギ坊主とは、もう会うことはないヨ。明日には麻帆良を去るからネ」

 

 会うことはない、か……。最終日でネギくんと対決することなく、ネギくんを未来に飛ばしてしまおうと考えているのだろうな。

 

「そうでもないですよ。ケータイのメール、確認しました?」

 

「む?」

 

 超さんは懐からケータイを取り出すと、ネギくんからのメールを確認したのか、渋い顔をした。

 まあ、存分にネギくんとバトってほしい。そしてネギくんに、カシオペアを利用した瞬間移動を見せるがよいぞよ。

 

「この退学届は、私からネギくんに渡しておきますね。それでは」

 

 そう言って、今度こそ去ろうとする私。

 

「ちょと待つネ」

 

 そして、再び超さんが私を呼び止めた。

 

「なんでしょうか?」

 

 今度はなんだろうか?

 

「その、ネ……その格好は、なんとかならなかったノカ?」

 

 超さんの指摘を受けて、私は己の姿を再確認する。

 

「可愛いでしょう、『ラッピースーツ』」

 

「その可愛い姿を見ながら、真面目な話をしていた私の気持ちを少し考えてほしかたネ」

 

 仕方ないよ。大会優勝者のマスコミ対策をしていなかったのは、超さんなんだからね!

 



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■45 交渉の行方は

◆104 お別れ会

 

 超さんや茶々丸さんと別れた後、私は超さんの退学届をネギくんに届けにいった。

 そして、その後に行なわれたネギくんと超さんの会合は、超さんが自らの企みを話しネギくんに「止めてみせろ」と宣言することで、戦いへと変わったようだ。

 

 その戦いで、ネギくんは超さんの謎の瞬間移動によって完封され、水無瀬さんと桜咲さんの二人によって救出された。

 その二人も超さんの瞬間移動の前には歯が立たず……こっそりバックアップとして待機していた長瀬さんが集めていた、3年A組一同による超さんとのお別れ大宴会に巻き込むことで、戦いをうやむやにした。

 

 そのまま野外で大宴会が開始され、プレゼント攻勢があったり、無理やり超さんを笑わせたりと騒がしい時が続いた。

 そして現在、古さんと超さんが、周囲の見守る中、二人で向かい合って話している。

 

「超が何を思って、世間にバラそうとしているかは分からないアル。でも、私は超を止めるアルヨ」

 

「そうカ。大会では騙す形になって、申し訳なかたと思っているヨ」

 

 騙すか。大会の説明では記録に残らないようにすると言ったのに、ネットに動画を流したことを言っているのだろう。

 二人の友情は確かだが、敵対する関係となった以上、『魔法先生ネギま!』の原作のように餞別を渡して涙の別れとはいかないようだ。

 

 そして、古さんが超さんと離れたところで、私は超さんに近づいていき、話しかける。

 

「超さん」

 

「ああ、刻詠サン……!? なんネ、その格好は?」

 

「これですか? 宴会なのではっちゃけた格好をと。『rtfぎゅhklスーツ』です」

 

「なんて言たネ?」

 

「『rtfぎゅhklスーツ』です」

 

「……まあ、いいヨ。そんなヘンテコな格好で送り出される身にもなてほしいがネ」

 

 明るく送り出してやろうという心意気が伝わらなかったかー。

 まあ、それは別にいい。私はあらためて、超さんに言う。

 

「『ねこねこ文書』読んでいただけましたか?」

 

「ああ、あれネ。みんなで読ませていただいたヨ」

 

「それでは、このまま私達と敵対するか、行動を止めるか、答えをうかがっていいですか?」

 

「そう急かすのは、よくないヨ。エヴァンジェリン邸で待っているのダロウ? この宴会が終わった後でいいのではないかナ」

 

「そうですか……」

 

 どうやら、この場で交渉の続きとはいかないようだ。

 まあ、ネギくんを攻撃したり、古さんと敵対宣言したりした時点で、交渉決裂はほぼ確定なのだが。

 

 仕方なく、私は超さんのもとを離れ、何やらザジ・レイニーデイさんが呼び出した謎生物に絡まれているちう様のところへと向かった。

 

「ちう様、どうかしました?」

 

「うおっ!? ああ、リンネか。こいつらの仲間かと思ってびっくりしたぞ」

 

 私の姿を見て驚きの声を上げるちう様。すると、ちう様の言った「仲間」というワードに謎生物たちが反応する。

 そして、謎生物たちはちう様に「ナカマ?」「トモダチ?」「イッショ?」と口々に言い始めた。

 

「あー、なんだこいつら。おい、ザジどーなってんだ」

 

 サーカスのピエロの格好をしたレイニーデイさんに、ちう様が尋ねる。

 すると、レイニーデイさんはじっとちう様の顔を眺めて、言った。

 

「長谷川さん、魔族?」

 

「は? ……ああー、そういうことか……」

 

 ちう様は、頭をガリガリと掻いて地面をしばし眺めると、周囲を見回して近くに他のクラスメートがいないことを確認し、小声で説明を始めた。

 

「私は元々人間だが、魔法で魔界から力を引き出しているんだよ。だから、肉体が魔族化してる。つまり、仲間だけど仲間じゃねえ」

 

 ちう様のその言葉に、謎生物たちは一斉に「ナカマ」とつぶやき始めた。

 どうやら、魔族的にちう様は仲間判定を受けるらしい。

 やったね、いつでも魔界に移住できるよ、ちう様。

 

 そんなやりとりをクラスメート達から離れた場所でしていると、遠くの超さんの近くでは何やらみんなが盛り上がっていた。

 

「私は未来からやってきた、ネギ坊主の子孫ネ」

 

 ここで超さん、子孫カミングアウトである。

 この事実に、あやかさんが大興奮して超さんを問い詰めようとし始めた。あやかさんはタイムマシンのことをネギくんから聞いているだろうから、超さん未来人説も信じるだろうし、ネギくんの子孫説も信じるだろうなぁ。

 

 そして、場は混沌としたまま騒ぎは午前二時過ぎまで続き、クラスメート達は大発光を始めた世界樹に照らされながら、見事に寝落ちしていたのだった。

 私も正直眠いが、超さんから答えを聞くまで眠れない。

 

「それでは、エヴァンジェリン邸でお待ちしています」

 

 私は超さんにそう言い、ネギま部のメンバーを引き連れてエヴァンジェリン邸へと向かったのだった。

 

 

 

◆105 タイムトラップ

 

 今にも寝落ちしそうなネギま部メンバーをダイオラマ魔法球になんとか押しやり、私は一人エヴァンジェリン邸で待機した。大人数でいると、捕縛を警戒した超さんが来てくれないかもしれないからね。

 そして、深夜三時。エヴァンジェリン邸に、チャイムもなく侵入してくる者が。

 超さんだ。どうやら一人でやってきたらしい。

 

「一人ですか。てっきり、何人かボディーガードを連れてくると思ったのですが」

 

 私がそう言うと、ボディーアーマー姿の超さんが答える。

 

「今回の行動は私の独断だからネ。一人で来たヨ。刻詠サンも、一人のようダガ」

 

「皆さんは、ダイオラマ魔法球の中でぐっすりお休み中です」

 

 私がそう言うと、超さんは私の背後をチラリと見る。そこには、キティちゃんの別荘のダイオラマ魔法球が設置されている。

 

「そうカ。ところで、今回はまともな格好のようネ」

 

「ええ、今回のコンセプトは時を駆ける魔女です。可愛いでしょう。でも、可愛いだけじゃないんですよ」

 

 私は手に持った魔女の杖を構えて、超さんの前でポーズを取ってみせた。

 

「刻詠サンなら、本当に魔法が飛んできそうネ」

 

 超さんは、自分の台詞に「オオ怖い怖い」とわざとらしく身震いし、あらためて私の顔を真っ直ぐと見てきた。

 

「『ねこねこ文書』、見てきたヨ」

 

「いかがでしたか? 私なりの、裏火星の救済案だったのですが」

 

 ネギくんに先んじて予言の書の知識をもとに作り上げた、火星の緑化テラフォーミング計画。それが、『ねこねこ文書』の正体だ。

 その計画に対する、超さんの答えは……。

 

「ダメネ。刻詠サンの存在が怪しすぎて、とても信用できないネ」

 

 ……やっぱりダメか。でも、理由が私のせいというのが悲しいね。

 

「計画案も正直、荒唐無稽すぎるヨ」

 

「そこは、じっくり話し合いをしてですね……」

 

「残念ながら、私達にそんな時間はないヨ。世界樹の大発光はすでに始まている……もはや止まるには遅すぎる」

 

「そうですか。交渉は決裂ですね。残念ですが、お帰りください」

 

「そうするネ。ああ、その前に……置き土産でも残していくとするヨ!」

 

 そんな言葉と共に、超さんがボディーアーマーの背中に仕込んでいたカシオペアを起動。超さんが私のもとへと駆けてくる。手にはライフルの弾丸がにぎられており、止まった時の中でそれを私に突きつけようとしてくる。

 ライフルの弾丸は、おそらく時間跳躍弾。私が飛ばされるのは、数時間後か、数日後か。

 飛ばされるわけにはいかないので、私は魔女の杖で超さんの手を払った。

 

 すると、超さんの手から弾かれて床に転がった弾丸が、黒い球形の渦に飲まれる。

 

「!? バカナ!」

 

 超さんが驚愕の表情を浮かべる。

 

「停止した時間の中で動ける……ネギ坊主からカシオペアを借りたか!」

 

 今、超さんはカシオペアを連続使用して、擬似的な時間停止を行なっていた。だが、その方法では今の私には効かない。

 

「借りていませんよ。しかし困りますね、超さん。その弾、おそらくは相手を未来に飛ばしてしまう、時間操作魔法具か何かですね?」

 

「!? なぜそれを……」

 

「さて、どこかから情報が漏れていたのかもしれませんね。それで、置き土産とは、なんですか?」

 

「……さて、なんだろうネ?」

 

「そうですね。ダイオラマ魔法球をずいぶんと気にしていたようですから、先ほどの弾丸で魔法球ごとネギくん達を未来に飛ばしてしまう、とかでしょうか? ネギくんがタイムマシンで戻ってこられなくなるくらい、未来に。三日も飛ばせば確実でしょうか」

 

「尋ねなくても分かているではないカ。既知の情報をわざわざ尋ねるとか、性格悪いヨ」

 

「いやあ、確証はなかったので鎌をかけてみました」

 

「性格悪いヨ!」

 

「で、その置き土産ですけど……正直、困るんですよね。魔法が世界にバラされた時間に飛ばされたネギくんは、全てをなかったことにするためタイムマシンを使わざるを得なくなる」

 

「刻詠サンが最初に言ったとおり、使えないほど未来に送るつもりヨ。強制時間跳躍弾ではなく、カシオペアを使って送るからネ」

 

「いえ、それでもネギくんは時間逆行を成功させます。世界樹の地下で魔力溜まりを見つけ出すなり、アーティファクトで魔力を供給するなり、方法はいくらでもあります」

 

「……武道会でネギ坊主が見せていた無限の魔力供給カナ。そういうのもあったネ」

 

「未来から過去にネギくんは戻ってくるでしょう。そうなると、非常に困ります。……ネギくん達が過去に飛んだままいなくなった並行世界が成立してしまう危険性がありますから」

 

「……ハ? 並行世界?」

 

「超さんにより魔法が世界にバラされて、ネギくんとその仲間達が世界から消えた、そんな並行世界が生まれてしまうかもしれない。超さんは、考えたことありますか? 過去に誰かがタイムスリップしていったその後の世界を。過去からその人物が戻ってこない限り、その世界からはその人物が消え去っているんですよ」

 

「………」

 

「ちなみに、ネギ先生が麻帆良祭中に繰り返していた数時間の時間逆行は、未来そのものをなかったことにする上書き系でした。なので消え去る心配は無用です。しかし、数日間の大規模時間跳躍は、どうでしょうね? 世界をすべて上書きしてなかったことにするのか、並行世界として世界が分かたれてネギくんがいなくなる世界が残されるのか」

 

 ちなみに、『魔法先生ネギま!』を読む限りだと、この数日を戻る大規模時間跳躍では世界の上書きが行なわれない。

 世界樹の地下でネギくん達が時間跳躍を実行した後、ワイバーンがネギくん達を見失うシーンが描写されているからだ。

 さすがに、その予言の書の知識を超さんに言うわけにはいかないが。

 

 と、そんなことを考えていると、超さんが私の疑問に答えた。

 

「……そうネ。並行世界の観測は私もしていないから、定かではないヨ」

 

「そうですか。そのいなくなる未来の世界、発生すると困るんですよね。世界からネギくんとその仲間達が消えていなくなる。残された人達はどうすればいいんですか?」

 

 私がそう言うと、超さんは考え込む姿勢になる。

 

「フム……では……未来に飛ばした後のネギ坊主から、あらためてカシオペアを奪うことにするヨ!」

 

 そう言って、超さんは再びカシオペアを起動。時間停止をしてくる。正確には、同時間・同空間への超高速連続時間跳躍をすることでの擬似時間停止だ。

 そして、超さんのボディーアーマーにくっついていた機械が分離し、その機械が弾丸を吐き出した。狙いは私の足元。

 

 時間跳躍弾が発動し、私を飲みこもうとする。

 

「させませんよ」

 

 だが、そこで私はスマホから引き出していた力を発動。カシオペアの動作を止め、超さんの時間の流れを正常なものへと戻した。

 時間跳躍弾の発動も止まり、効力を失った弾丸が床の上を転がる。

 

「む……何をしたネ、刻詠サン」

 

「残念ながら、それは私に効きませんよ」

 

 私は超さんに杖を突きつける。

 

「フム……」

 

 と、そこで再度カシオペアが動きを見せる。その動きは、未来への超短時間タイムスリップ。

 

「タイムスリップも不可です」

 

 その発動も、私が制止させた。

 

「……いったいどうなっているネ」

 

「今回の私は、不思議な時の魔女さんです。時の支配者たる力、お見せしましょう」

 

「時の支配者……マサカ、刻詠サンの正体は……タイムパトロール?」

 

「ふふふ、違いますよ。『ドラえもん』の読み過ぎです。この時の支配者の力は、最近身につけたばかりなんです」

 

 前々から、一度くらいは超さんと対決する機会が巡ってくるかもしれないって、思っていたんだよね。

 だから、私はここのところずっと時の魔術を特訓してきた。

 そんな時の魔術に慣れてきた今の私がさらに、スマホの世界に住むクロノウィッチ達の力を複数同時に引き出している。

 

『千年戦争アイギス』には、時の魔術を自在に操るクロノウィッチが、複数人登場する。その彼女達の力を束ね、超さんのカシオペアの時間操作を封じ込めているというのが、今回のカラクリである。ここまでできるようになるまで、ずいぶんと別荘に籠もった。

 

「……刻詠サン。未来に飛ばしたネギ坊主を過去に戻さないようにする。そう約束しても、私の邪魔をやめないカ?」

 

「そうなると、だまし討ちで全部終わってしまうネギくん達が、あまりにもかわいそうではないですか。それに、ネギくんをオコジョ刑にされるのは困ります」

 

「なるほど、交渉決裂ネ」

 

「ええ、残念です。では、せっかくなのでクロノウィッチの秘術を味わってみますか?」

 

 私の宣言に、超さんがとっさに拳法の構えを取る。

 だが、これは構えてどうにかなるような術ではない。

 

 クロノウィッチの一人、『時の魔女リゼット』。彼女が持つ覚醒スキル――

 

「――『タイムストップ!』」

 

 次の瞬間、超さんを含む私の周囲半径十数メートルの時間が、停止した。

 

 カシオペアは、常時発動型の魔法具ではない。ゆえに、他者に時間を止められたとき、対抗して自らを停止した時間に留めようとする機能は存在しない。

『タイムストップ』の効果時間は五秒間。その間に、私は打てる手を速やかに打つ。

 

「アプリ・テリオリ・アプリオリ――」

 

 それは、時の秘術でもなんでもない、ごく普通の魔法。

 だがそれは、『魔法先生ネギま!』を代表する凶悪な魔法だ。

 

「――『風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)』」

 

 暴風が停止する超さんにぶち当たり、彼女が身に纏っていたボディーアーマーを吹き飛ばして、彼女を丸裸にした。

 

 そして、停止していた周囲の時間が動き出す。

 

「――ッ!?」

 

 主観では一瞬で全裸にさせられた形の超さんが、驚愕の表情を浮かべる。

 

「武装解除させていただきました。これ以上の抵抗は無意味です」

 

「くっ、マサカ、時間停止……!」

 

「とりあえず、このまま拘束させてもらいます――」

 

「それは待ってもらおうか」

 

 と、超さんを倒して全部解決だと思ったところで、響きわたる第三者の声。

 その声に振り返ると、いつの間にエヴァンジェリン邸に侵入していたのか、龍宮さんがごっつい銃を別荘のダイオラマ魔法球に突きつけていた。

 

「魔法徹甲弾だ。これを破壊されたくなかったら、超を逃がせ。いいな?」

 

「うわおう。そこで時間跳躍弾ではなく、実弾を持ち出してきますかー」

 

 私はとりあえず抵抗の意志なしと示すために、杖を持った手をバンザイした。『タイムストップ』のクールタイムは二十二秒。再発動には微妙に時間が足りなかった。

 すると、超さんがそそくさと動き、床に落ちたボディーアーマーの破片からカシオペアを回収し、そのままダッシュで部屋から逃げ出した。

 

「うーん、惚れ惚れする逃げ足ですね」

 

「ここであいつが捕まったら、何もかもが台無しだからな。そりゃあ逃げるさ」

 

 龍宮さんがダイオラマ魔法球から銃を離して、肩をすくめた。

 

「こうなっては仕方ないですね。今夜は痛み分けということで」

 

 私もバンザイをやめ、龍宮さんと向かい合う。

 

「龍宮さんの攻撃方法は正直、室内では大迷惑なので、そのままお帰り願えますか……?」

 

 私がそう言うと、龍宮さんは「そうさせてもらうよ」と言って銃をしまった。

 そして、龍宮さんはそのまま部屋を去ろうとする。その背中に、私は再度話しかけた。

 

「『ねこねこ文書』は読みました?」

 

「ああ、読ませてもらったよ」

 

「超さんから手を引いて、こちらに付くつもりはありますか?」

 

「ないな。私にとっては、魔法世界のことよりも、確実に魔法の存在が人々に認知されるかどうかの方が重要だからな」

 

「そうですか。では、敵対ということで、皆さんにはお伝えしておきます」

 

「ああ」

 

 そうして今度こそ、龍宮さんは部屋を去り、そのままエヴァンジェリン邸を出ていった。

 それからしばし、別荘のダイオラマ魔法球の前で待機し、再侵入してこないことを確かめてから、私は別荘の安置部屋を出て、キッチンへ向かった。

 キッチンに入ると、そこにはアルトリア陛下とココロちゃんが待機しており、ココロちゃんが眠そうにあくびをしていた。

 

「終わったー?」

 

 ココロちゃんがそう尋ねてきたので、私は首を縦に振ってうなずく。

 すると、ココロちゃんはずっと座っていた木箱の上から降り、木箱を持ち上げた。木箱は下の部分が開いており、何かの上に被さる形になっていた。そして、木箱に隠されていた物体が姿を現す。

 それは、ダイオラマ魔法球。キティちゃんの別荘ではない、以前キャスターのサーヴァントであるメディア様が作った私の私物だ。

 

「はい、これ。返すね」

 

 ココロちゃんはそう言って服の中からカシオペアを取り出して、私に渡してきた。

 

「じゃあ、呼んでくるねー。あ、私は中で寝てくるからー」

 

 さらにココロちゃんはそう言い放ち、ダイオラマ魔法球の中へと入っていく。

 そして、五分と経たずにネギま部メンバーが中から出てきた。

 

 そう、ネギま部メンバーは別荘ではなく、この私のダイオラマ魔法球の中で隠れてもらっていたのだ。

 

 超さんと交渉がしたい私、しかし、他のネギま部メンバーが複数いれば、捕縛されるのを警戒した超さんがやってこないかもしれない。

 しかし、彼らに別荘の中で待機してもらうと、超さんによって手動で未来へ飛ばされる危険性が付きまとう。なので、カシオペアを外のココロちゃんに預けた状態で、ネギま部メンバーには別のダイオラマ魔法球へ避難してもらっていたのだ。

 

 この私のダイオラマ魔法球のことは茶々丸さんも存在を知っているが、割と自由に動かせる一品のため、どこに設置してあるかは茶々丸さんも知らない。今回は、アルトリア陛下とココロちゃんに警戒してもらった状態で、キッチンに配置した。

 超さんもココロちゃんの存在には気づいていたかもしれないが、私があからさまに別荘を守る位置に付いていたので、ネギくん達がそちらにいると思ってくれただろう。

 

 仮に超さんの天才的頭脳でその事実に気づいたとしても、アルトリア陛下とクロノウィッチの一人であるココロちゃんを相手に出し抜くことは難しいはずだ。

 

 さて、実は超さん、置き土産を残すという言葉で私を騙そうとしていた。

 超さんが自ら動いて別荘のダイオラマ魔法球に細工をしてネギくん達を未来に飛ばす。そう思い込ませようとしてきた。

 だが、実際に超さんが用意した置き土産は、始めからカシオペアの中に入っていた。

 

 カシオペアには罠がセットされていた。それは、カシオペアを持って別荘から出ようとしたときに発動して、未来へ飛ぶ罠だ。

 その罠がなかなか狡猾だ。今回のように、超さんが私に「置き土産を残す」と言ってそれを阻止させたとする。そうすると、阻止に成功したと思った私が油断している間に、本当の置き土産であるカシオペアの罠が発動するのだ。

 超さんが、カシオペアをネギくんから借りているか私に確認を取ったのも、その罠が成功するかの確認だろう。

 

 だが、私にはこの罠に対する情報があった。『魔法先生ネギま!』という攻略本の情報が。

 それを読んだ私は、カシオペアに罠が仕掛けられていて、別荘を出る瞬間に罠が発動することをあらかじめ知ることができた。

 

 なので、ダイオラマ魔法球に入る前のネギくんからカシオペアを借り、時を操れるココロちゃんに預けて罠の解除を試してもらった。

 さらに、別荘自体に私が知らない罠が設置されていたときのために、別のダイオラマ魔法球へと皆を避難させた、というわけだ。

 

 結果、こうして私達ネギま部一同は、麻帆良祭最終日を無事に迎えることができたのだ。

 

「皆さん、よく眠れましたか?」

 

 キッチンからリビングに移動した後、私はみんなにそう尋ねる。

 

「寝て起きてすぐ出てきたから、なんだか休めた気がしないわねー」

 

 寝起き顔といった感じの神楽坂さんが、ぼんやりとした口調でそう言った。私のダイオラマ魔法球の時間加速は現在、現実の八倍に設定してある。なので、別荘ほど短時間でぐっすり休めるというわけではない。

 

「リンネさん、超さんは……」

 

 寝癖が頭についたネギくんが、そわそわとしながら私に尋ねてくる。

 

「残念ながら、交渉決裂ですね」

 

「そうですか……」

 

 いよいよもって、ネギくんが覚悟を決めた顔になる。

 麻帆良の魔法使い達が超さんに敗北するIFの未来をネギま部メンバーが知ることはなかったが、超さんが何をしようとしているのかの情報は割と集まっている。

 頭脳明晰なネギくんがいて、予言の書の知識を持つメンバーも混ざっているのだ。後は、作戦を練るだけ。

 

 このままいけば、事は予言の書に似た流れで進むだろう。

 ゆえに、私は……。

 

「それじゃあ、徹夜したので、仮眠取りますね。エヴァンジェリン先生、ソファ借ります」

 

 全てを皆に任せ、寝ることにした。

 



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■46 ねこねこ文書

◆106 カツ丼食え

 

 私が仮眠から起きると、エヴァンジェリン邸には意外な人物が訪れていた。

 それは、朝倉さん。

 彼女はネギま部のメンバーに囲まれた状態で座っていて、なぜか彼女の前にはカツ丼が置かれていた。

 

 あー、これあれかな。世界がギャグ時空に突入しているところに起きちゃったかな。

 私は、見なかったことにして軽く何か食べようと、ソファから立ち上がる。

 と、そこで朝倉さんが私に気づいたのか、ネギま部メンバーの威圧も気にせず話しかけてきた。

 

「あー、よかった、刻詠。『ねこねこ文書』について聞きたいんだけどさ」

 

「ん? あれがどうかしました?」

 

「『ねこねこ文書』、私も見せてもらったわよ。あれ、本当?」

 

「はい、火星を救う手立ては、私にもあります。現在準備を順調に進めています。なので、超さんの企みは阻止してしまって構わないのです」

 

「うーん……」

 

「そして、超さんの企みが成功してしまえば、ネギくんは責任を取らされて、麻帆良を去らなければならないでしょう」

 

「そうなんだよねぇ。超りんから話を聞いたときは、圧倒的多数を助けるためなら、ごくごく少数の犠牲はやむなし、なんて考えたんだけど……犠牲がないのが一番だよね」

 

 その少数の犠牲やむなしな選択の仕方は、すり切れた正義の味方が完成するから、古参の月厨の私としてはお勧めしないのだけれども。

 

「でも、確証が欲しいな。火星を開拓する『こねこさん』は本当に居るの?」

 

「いますよ。少々お待ちください」

 

 私は、スマホを取り出して『LINE』で住人と連絡を取る。

 そして、その場に私はスマホの住人を呼び出した。

 

「お待たせしたにゃ」

 

 呼び出したのは、『Kittens Game』の子猫だ。

 

「うはー、なんやこの子ー。かわええ!」

 

「え? なに? 立ってしゃべる猫?」

 

「服着てる! オシャレさんだ!」

 

 朝倉さんの周りを囲んでいたネギま部女子が、一瞬で色めき立つ。

 そして、皆で一斉に子猫に構いだした。おーい、今そういう場面じゃなかったでしょ。

 

 と、そこでエヴァンジェリン邸に入ってくる者がいた。

 ネギくんとあやかさん、綾瀬さん、のどかさん、キティちゃんの五人が外から戻ってきたのだ。

 私が寝ている間に、外出していたらしい。

 

「学園長先生に話を通してきましたー、って、なんです?」

 

「見て見てネギ君ー。この子めっちゃ可愛ええー」

 

 子猫に抱きついてネギくんに見せびらかす近衛さん。

 

「ああ、子猫さんですか。可愛いですよね」

 

 が、ネギくんは淡泊な反応。

 

「あれ? ネギ君、この子知っとるん?」

 

「はい、別荘でたまに見かけますね。なんでも、リンネさんの部下で、師匠(マスター)の魔法研究を手伝っているのだとか」

 

「なんや、近くにいたんかぁ……」

 

 子猫をもふもふと独占しながら、近衛さんが言う。周りでは、自分も触りたいとそわそわしているネギま部女子達。

 君達、構うのは別にいいけど、その子知能が高い生命体だから、あまり家畜やペット扱いしないようにね……。

 

 まあ、ともあれだ。

 

「朝倉さん。これが『こねこさん』です」

 

「分かった。刻詠、あんたを信じるよ」

 

 朝倉さんの懐柔に成功だ!

 だが、周囲の人達はいまいち話に付いてこられていないようだ。

 

「あー、刻詠。みんな『ねこねこ文書』について知らなかったし、いろいろ一から説明する必要あるんじゃないかしら」

 

 朝倉さんがそう言ってきたので、私はうなずいて皆に向けて言った。

 

「そうですね……はい、みなさん注目。超さんが来た未来について、朝倉さんが語ってくれますよ」

 

「えー、私が説明するの?」

 

「そうですよ。一番詳しいの、朝倉さんなんですから」

 

 私が説明を押しつけると、朝倉さんはしぶしぶ了承する。そうして、朝倉さんが超さんサイドの事情を語り始めた。

 

 超鈴音は未来人である。

 それも、百年以上先の未来からやってきた人物で、しかも火星出身だ。

 未来の火星には人が住んでいる。だが、それは人類が順調に宇宙進出した成果というわけではなかった。

 

 この時代から見て、少し先の未来。火星に重なるようにして存在しているとある異界が崩壊する。

 その異界の名は、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)。麻帆良では魔法使いの本国などと呼ばれる、広大な異界だ。

 

「魔法世界が……崩壊!?」

 

 まさかの話に、ネギくんが驚愕する。

 長く魔法生徒をしていた水無瀬さんも驚いたようで、ポカンと口を開けて呆けていた。

 

「事実だぞ。綾瀬夕映、アーティファクトを使って『魔法世界の魔力枯渇』あたりのワードで調べてみろ」

 

 キティちゃんが横からそう言うと、綾瀬さんは素直に従って「アデアット」とアーティファクトを呼び出した。

 すると……。

 

「本当です。魔法世界は火星の異界にあり、早くて十年で崩壊すると」

 

「へー、面白いアーティファクトじゃん」

 

 朝倉さんが、検索結果ではなく『世界図絵』そのものに興味を示しだしたので、私はテーブルを軽く叩いて話の先をうながした。

 朝倉さんは、「おっと」とつぶやいて、話を戻す。

 魔力不足で魔法世界が崩壊し、火星に投げ出された一部の魔法世界人。そこから始まったのは、火星の魔法世界人の生き残りを賭けた、地球人類との百年に渡る長き戦争の日々だった。

 

「っていうのが、超りんの背景ね。で、そんな悲惨な未来で起きる悲劇を回避するために、超りんは動いているわけよ」

 

 朝倉さんのその言葉に、ネギま部一同が考え込む。自分達に正義はあるのか。そう考えているのだろう。

 

「超さんを止めていいのか。そう思った人もいるでしょう。そこで、『ねこねこ文書』です。実は、我らがエヴァンジェリン一門も、魔法世界の崩壊に対して対処を考えているんです」

 

 悩む皆に向けて、私がそう言うと、一斉に視線が私に集まる。

 

「『ねこねこ文書』。簡単に言うと、子猫の科学力を使った火星の緑化テラフォーミング……火星を人が住める環境に変えて植物を植える惑星開拓計画書の草案です」

 

 私のその言葉に、今度は子猫の方を皆が見た。子猫は恥ずかしそうに「にゃー」と鳴く。

 その光景に微笑ましくなりながら、私は続けた。

 

「その子猫、可愛いだけじゃなくて、実は非常に発達した科学技術を持つ文明を築いている高度な知性体です。恒星間の航行を可能とする宇宙船を建造することができ、惑星のテラフォーミング経験もある、宇宙科学文明の申し子なんです」

 

「ええ……」

 

「それは……」

 

 皆が、困惑して互いに顔を見合わせている。こんな可愛い子猫がそんなすごい存在なんて、信じられないという感じだ。

 

「そこは大前提ですので、信じてもらうしかありません。ともかく、子猫に任せて火星を開拓してもらい、緑の惑星にします。すると、生命と自然から魔力が生み出され、魔法世界の枯渇していた魔力が補充され、異界は存続します」

 

「なるほどです。緑化テラフォーミングがなされれば、魔力が生まれるのは確かみたいです」

 

 綾瀬さんが『世界図絵』を見ながら、私の言葉を肯定した。

 

「緑化テラフォーミングっていうのに、どれくらい時間がかかるんでしょう?」

 

 意外と話に付いてきている相坂さんが、問いかけてきた。

 それに答えるのは、子猫だ。

 

「準備が整えば、地球の時間で三年もかからないにゃ。人がいっぱい住める段階まで進めるとなると、もっとかかるかにゃ?」

 

「準備を整えるには、どれくらいですか?」

 

 相坂さんのさらなる質問に、子猫は私の方を見て、言う。

 

「オーナー次第にゃ」

 

 皆の注目が再び私に集まった。私のオーナーというスマホの住人の呼び名に、みんな慣れたものだなぁ。

 そんなことを考えながら、私は必要な準備について語る。

 

「テラフォーミングに必要な宇宙船の建造は終わっています。その宇宙船を置いておくために必要な地球の土地と、人員の問題があります」

 

「宇宙開発ならば、雪広グループの出番ですわね! 是非とも協賛させていただきたいですわ!」

 

 あやかさんが、存在を大いにアピールしてくれた。うん、そのときは頼むよ。

 さらに私は続ける。

 

「人員の問題。これが、ちょっと私の固有能力に関わるんですけど……子猫達は普段、このスマホから繋がる別の宇宙に住んでいます」

 

 私は、手元にスマホを出現させて、皆に見せた。

 スマホから英雄を出して、一部のネギま部メンバーに稽古をつけていたのは、朝倉さんと長瀬さん以外の知るところである。

 

「この宇宙から宇宙船と乗組員を呼び出すのですが、宇宙船は自由に呼び出せます。しかし、人員の移動には枠が存在するんです。人間を十人呼び出そうと思ったら、人間の枠を十枠占有する、といったように」

 

「もしかして、宇宙船を運用できるほど、その枠がないと?」

 

 あやかさんのその問いに、私はうなずく。

 

()()そうです。ですが、この枠、私が徳を積むと、増やせます。具体的には、徳を積むとポイントが貯まり、そのポイントで枠を購入します」

 

「徳……」

 

「徳ですか……」

 

「徳って……」

 

 思ってもいなかったワードだったのだろう。皆が困惑するのが分かる。

 そんな中、一人、何かに気づくものがいた。

 

「徳を積んで枠を増やす……むむむ、これは……」

 

「くーふぇ、どうかしたの?」

 

 神楽坂さんが、考え込む古さんに問いかける。

 

「ウム、確か以前、リンネはスマホの中の住人を増やすために、徳を積んでガチャを回すとか言っていたアルネ」

 

「ガチャ?」

 

「あの玩具が出るガチャガチャアル。それで、リンネはときどきガチャを回して誰が出ないとか騒いでいるアルヨ」

 

「へー、徳を積むだけで、いろいろなことができるのねー」

 

 神楽坂さんが感心したように言う。が、古さんは気づいてはいけないことに気づいたようで、「そうじゃないアル」と神楽坂さんに向けて言った。

 

「徳を積むとポイントが貯まる。つまり、ポイントは有限アル。そのポイントで、リンネはガチャを回しているアルヨ」

 

「あっ、つまり、リンネさんは火星開拓のためにポイントで枠を買わなきゃいけないのに、ガチャガチャを回しているってことですかー」

 

 のどかさんも、気づいてしまったようだな……。

 

「リンネ……」

 

「リンネちゃん……」

 

「刻詠、あんたね……」

 

 君のような勘のいいガキは嫌いだよ、バカイエロー。

 いや、本当、なんで古さんが気づくかなぁ!

 

「リンネ、申し開きはあるか?」

 

 ひえっ、キティちゃんの声が冷たい!

 

「いや、これでも徳を積むペースを計算していてですね……計算上、今年度末には確実に宇宙船を飛ばせる目算で……」

 

「はあー……お前の能力に頼り切りな以上、とやかく言いたくはないし、言う資格も私にはないが……。ここに来て、ポイントが足りなくてできませんでした、は許されないぞ」

 

 いや、キティちゃん。本当に大丈夫なんですって。予定表の通りに進んでいて、余ったポイントで心の洗濯をしていただけなんですよ……。

 

 

 

◆107 学園防衛魔法騎士団結成!

 

 超さんとの対決の準備が急ピッチで進む。

 

 私とキティちゃんは、ネギくん経由で学園長先生に必要なことを伝えられるだけ伝えた。

 

 超さんの狙いは、世界樹の魔力を用いた全世界に対する強制認識魔法の発動であること。

 超さんが地下に大量の魔力駆動ロボ兵器を隠し持っていたこと。

 その中に、魔法世界の大質量兵器の鬼神兵に似た巨大ロボがいたこと。

 鬼神を動かすために、妖魔を封じる学園結界をハッキングで落としてくる可能性があること。

 超さんが、数時間後に相手を時間跳躍させる特殊弾を所持していたこと。

 その弾丸は、魔法障壁で防いでも空間ごと切り取って発動すること。などなど……。

 

 事前に調査できたことだけでなく、予言の書(こうりゃくぼん)の知識を確度の高い予測という形で伝え、学園長先生経由で魔法先生や魔法生徒達に周知を行なった。

 

 そして、超さんと魔法先生達の戦いに巻き込まれる形となる一般生徒達。

 彼らを有効な戦力として組み込む案が、ネギくんから出された。

 

 超さん達が使ってくるのは、魔力で動くロボ兵器。それに対抗するために、ネギくんは学園長に頼み込んで、魔法世界から『対非生命型魔力駆動体特殊魔装具』を取り寄せさせた。

 これは、魔力で動く非生命型の人形等を活動停止に追い込める魔法具(マジック・アイテム)で、綾瀬さんの『世界図絵』で在庫を探り当てた物だ。

 

 その魔法具を一般生徒達に配り、ロボと戦わせる。それを麻帆良学園最終日名物の全体イベントにしてしまおうというのだ。

 超さんが動き始める時間は、ネギくんが本人から聞き出していた情報では午後以降。

 朝倉さんが超さん達から聞いていた情報では、世界樹の大発光がピークを迎える夕方以降となっており、告知時間を含めてイベントの開催は十分間に合うとのこと。

 

 なお、このイベント用の魔法具、予言の書の知識で必要になると分かっていたため、キティちゃんもあらかじめ用意をしていた。

 さすがに麻帆良の全生徒に行き渡るほどの数ではないが、茶々丸さんにバレないよう別荘でキティちゃんの人形が二十四倍速の世界でコツコツと作り貯めていた。学園長が手配に失敗したときのための保険だね。

 

 このキティちゃんの用意により、参加可能生徒が飛躍的に増えることだろう。

 

 イベントの開催に必要な費用は、あやかさんの実家、雪広コンツェルンが協賛として出す。

 イベントの告知は、3年A組全員を巻き込んで、速やかに行なう。

 ポスターやビラのデザインも、ちう様と早乙女さんが二十分で仕上げてくれた。

 

 さらに、私からも魔法先生達に魔法具をプレゼント。

 王国特製のアミュレット。『千年戦争アイギス』の王国の魔術師達が総出で作り上げた、強制時間移動に抵抗する魔法具だ。数回ならば、時間跳躍弾による被害を防いでくれるはずだ。

 

 対魔力駆動体の魔法具や、アミュレットを用意していたことからも分かる通り、前々から超さんと対決する準備は整えていた。……だというのに、超さんを説得して事態を収める方向性の準備はほとんどしてこなかった。

 これがなぜかと言われたらはっきりこれという答えを言えないのだが……強制認識魔法という、人類に対する洗脳の手段を選んだ超さんに対する、反発心のようなものがあったのかもしれないね。

 いや、そうだとしたら、私も普段魔法を隠匿するために、魔術で一般人に暗示とか使っているから、ダブルスタンダードになるんだけど。

 もしくは、予言の書で敵対するから、自分達も超さんと敵対すると思い込んで行動していたのかもしれない。

 そうだった場合は、行動を無意識で縛っていることになるので、あまりよくない傾向だ。

 

 さて、そんな私の内心はさておいて、だ。

 今朝方、私のダイオラマ魔法球でぐっすり寝たネギくんが精力的に動き、準備は整いつつある。

 生徒達が防護効果のあるローブを着こみ、魔法具を手に取っていき、イベントの開始を今か今かと待っている。

 

 さあ、いよいよ最終決戦だ!

 



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■47 火星ロボ軍団VS.学園防衛魔法騎士団

◆108 開戦

 

 予言の書こと原作漫画の知識によれば、超さんはこちらが予定していた時刻より早く攻めてくる。

 ならば、こちらもそれに合わせて開始時刻を前倒しにするのか、というとそうではない。

 あえてそのままにすることで、超さんがあまりに早すぎる時間に攻めてこないようにする。わざと隙を見せる形だね。

 

 そして、裏の魔法先生とネギま部は、予定よりも早く準備を終えさせる。

 そうすることで、一般生徒が準備を整える時間を犠牲にして、裏のメンバーは万全な体勢で迎え撃つことができるようになる。

 

 時刻は午後六時半。超さんが動く。

 麻帆良内にある湖の中から、ロボ軍団が攻めてきた。

 

 先制攻撃は織り込み済みだったイベント運営側は、あわてることなく生徒達にアナウンスを入れる。

 イベントの司会は、味方に取り込んだ朝倉さんだ。

 

『さあ、大変なことになってしまいました! 開始の鐘を待たず、敵・火星ロボ軍団が奇襲をかけてきたのです! 麻帆良湖湖岸では、すでに戦端が開かれている模様!』

 

 魔法による空間投影画面が、麻帆良の空に大写しとなる。その画面では、湖から進む魔力で動くスタンドアローン型田中ロボと、一般生徒達が戦っている様子が映っている。

 思いのほか、防衛拠点である六カ所の魔力溜まりを離れて、湖岸にやってきていた生徒が多い。

 実は、私が朝倉さんと早乙女さんに頼んで、敵兵器の有力出現ポイントとしてこの位置をリークしてもらっていたのだ。

 

 二人の噂の拡散能力は高いから、なかなか上手くいったようである。

 

 魔法具で撃たれて倒れる田中ロボと、田中ロボの光線に撃たれて服が脱げている生徒達の戦う姿が、麻帆良中に中継されている。

 

『おおっと、火星ロボの脱げビームが炸裂した! 武器とローブをなくした方は、危険ですので速やかにゲームエリアから離れてください! なお、運営の涙ぐましい努力により、中継映像は謎の光によって裸身に規制が入りますので、その点はご安心ください!』

 

 運営のちう様が、脱げビームの被害者の裸や乳首が上空の空間投影画面に映ってしまわないよう、配下の電子精霊を使ってリアルタイムで映像処理をしている。ちう様も貴重な戦力の一人なのだが、イベントを公序良俗に反しないようするためには、必要な配慮だった。

 

『どうやら、世界樹広場の拠点では、多脚戦車に苦戦しているようだ! しかし、問題はありません!』

 

 脱げビームを連射する多脚戦車が、突如バラバラになって吹き飛ぶ。

 映像の中でそれを成し遂げたのは、宝貝『莫邪の両剣』を手にした古さんだ。

 

『強力な力を持つヒーローユニットが我らにはいる! 彼らと協力して、強大な敵を倒していきましょう! なお、ヒーローユニットは運営サイドのお助けキャラですので、イベントの順位にはランクインしません。ヒーローユニットの邪魔をせず、有効に使うのが賢い戦い方ですよ!』

 

 さらに、別の防衛拠点では、高畑先生が田中ロボを居合拳でまとめてなぎ倒している様子が、上空に映し出された。

 

『ヒーローユニットを一部紹介していきましょう。デスメガネこと、タカミチ・T・高畑! 『まほら武道会』でご存じの方も多いでしょう、居合拳の使い手です!』

 

 他にも、神楽坂さん、小太郎くん、高音さんといった『まほら武道会』の出場メンバーが、ヒーローユニットとして紹介された。

 さらに、それだけでは留まらない。

 

『キングアーサー! 英国に名高いアーサー王を名乗る謎の騎士だ! 噂では、『まほら武道会』で三位に入賞した、ネギ・スプリングフィールド少年の剣の師匠らしいぞ!』

 

 ヒーローユニットを快く受け入れてくれたアルトリア陛下が、多脚戦車を一刀のもとで斬り捨てている。

 その横では、同じくヒーローユニットのココロちゃんが時の魔法でロボ兵器の動きを鈍らせていた。

 

 その頼もしい姿に、街中から歓声が上がった。そして、自分もロボを倒すんだと、我先に一般生徒達が駆け出す様子が、上空に映し出される。

 火星ロボ軍団との戦いは、こうして盛大な開幕を迎えたのであった。

 

 

◆109 学園結界

 

「順調のようだな」

 

 上空を眺めていた私に、そんな声がかかる。

 話しかけてきたのは、キティちゃんだ。彼女もヒーローユニットの一人だが、麻帆良の学園結界で未だ力を出せない状態だ。

 そのキティちゃんを守るように、私とネギくん、長瀬さんの三人が周囲を固めている。

 

 キティちゃんは、我がネギま部の最大戦力。その本気を出せるようになるまで、前線から離れた場所で待機しているのだ。

 超さんは、鬼神を動かすために学園結界を落としてくるだろう。

 だが、そのときはこちらもキティちゃんを存分に動かせる。極大攻撃魔法で、鬼神は役目を果たすことなく潰えるだろうね。

 

「む、来た、来たぞ! 結界が落ちた!」

 

 私の横に立つキティちゃんから、膨大な魔力が噴き出す。

 ふふふ、闇の福音のお出ましだ。

 

「さあ、行く――」

 

 と、次の瞬間、膨れあがっていた魔力が突如しぼみ、私の横でキティちゃんが倒れた。

 

「がっ、これは――」

 

「な、何事でござるか!」

 

 長瀬さんが、とっさにキティちゃんを助け起こす。

 キティちゃんは、苦しそうに脂汗を額に浮かべていた。

 

「リンネ殿、これは……?」

 

「すみません。分かりません。ネギくん、分かりますか?」

 

 長瀬さんの問いかけに答えられなかった私は、ネギくんにパスした。

 

「封印術です! おそらく、学園結界を改変して、師匠(マスター)一人に結界の効力全てを適用しているんです」

 

「うわあ、茶々丸さん、自分のマスター相手にそこまでしますか」

 

「茶々丸殿が、何か?」

 

 長瀬さんが、再度私に問いかけてくる。今度こそ、私は答えた。

 

「茶々丸さんが、学園のシステムにハッキングをかけて、学園結界を落としたんです。そこから茶々丸さんがシステムに変更をかけて、キティちゃんを封じたのでしょうね」

 

「しかし、こんな高度な術式改変、超さん達が可能なのでしょうか。結界を落とすだけならともかく、術の構造を変えるだなんて。強制認識魔法にしろ、いったいどこから魔法の知識を得たのでしょうか……これも未来の知識……?」

 

 ネギくんがキティちゃんを心配そうに見ながら、そんなことを言った。

 だが、そこは特に不思議でもない。彼女達は術式改変程度のことは余裕で可能だろう。

 

「超さんサイドにはおそらく、魔法に詳しいアルビレオ・イマがいます。クウネル・サンダースですね」

 

 私の言葉にネギくんが、はっとした表情になる。そう、どういうわけか『まほら武道会』で解説者をしていたあの魔導書男だ。彼が敵に回っている可能性は高い。

 

「父さんの仲間が、超さんの側に……」

 

「キティちゃんが封じられている以上、アルビレオ・イマを抑える役は私がやるしかないですね。ネギくんは、超さんを止めてください。タイムマシンを戦闘に使う彼女に対抗できるのは、私かネギくんしかいません」

 

 ただ、キティちゃんをこのままにしておくわけにもいくまい。

 私は、スマホを手元に呼び出し、『LINE』を起動。スマホの中のちう様コアと連絡を取って、学園結界への対処をお願いした。

 

『結局、私が茶々丸と電子戦させられるのかよ!』

 

 そんな返信がきたが、運命と思って諦めてほしい。あ、中継映像の謎の光加工は引き続きよろしくね。

 その中継映像の中では、湖の中から体高三十メートル以上ある鬼神が現れ、魔力溜まりに向けて進もうとしていた。

 

 さあ、戦いもいよいよ本番だ。敵もいよいよ、時間跳躍弾を使い始めるだろう。はたして、どこまで対処できるだろうか。

 

 

 

◆110 鋼鉄

 

 ちう様の成果を待つ間、私達は路面電車の陰で待機していた。

 上空の映像の中では、ヒーローユニットの相坂さんが特製の弾丸『タスラム・レプリカ』を笑顔で銃からぶっ放して、鬼神を沈めている様子が映し出されている。

 

 だが、不意に放たれた弾丸が、相坂さんへと命中した。その弾丸は時間跳躍弾だったようで、彼女を黒い渦に飲みこむ。

 そこで、彼女の首から下がっていたアミュレットが光り輝き、黒い渦を払った。

 これで相坂さんは一ミスだ。アミュレットが何ミスまで庇ってくれるかは分からないが、そう多くは防げないだろう。気を付けてほしい。

 

 さらに、別の中継映像では、田中ロボがガトリング砲を持ちだし、時間跳躍弾を生徒達に向かって掃射。アミュレットを持たない生徒達は、時間の渦に飲まれて数時間先の未来へと飛ばされていった。

 と、そこで上空に巨大な立体映像が現れる。

 

『フフフ、魔法使いの諸君、ごきげんよう』

 

 ローブに身を包んだ一人の少女。超さんだ。

 彼女は、火星ロボ軍団の首領、悪のラスボスを名乗り、あらためて生徒達に宣戦布告をしてきた。こちらの茶番に乗ってきてくれてありがたい限りだ。

 

『前半の君達の快進撃は見事だた。さすがは麻帆良生ネ。やられても復活アリのルールは、有能な君達には少々優しすぎたようダ』

 

 まあ、超さんは生徒達を傷付けないよう脱げビームで留めていて、生徒達はそれをいいことに何度も着替えてゾンビアタックをしていたからね。こちらに有利過ぎるというのは確かだ。

 ゆえに、超さんは一つの弾丸を取りだし、前に掲げて見せた。時間跳躍弾だ。

 

『そこで、新ルールを用意したヨ。この銃弾に当たると即失格。おまけに工学部のヒミツの新技術で、当たった瞬間に負け犬部屋に強制搬送。ゲームが終わるまでぐっすり寝ててもらうこととした』

 

 本当は数時間後に飛ばされるだけなのだが、超さんも自分が負けて魔法が公開できなかった時のための誤魔化しを入れてくれるあたり、なかなかに甘い。彼女は今、自分が劣勢なのを理解しているのかもしれない。

 なにせ、時間跳躍弾を受けても、ヒーローユニットがアミュレットで耐えているのだ。

 

『ゲーム失格よりも、この学園祭のクライマックスを強制就寝で過ごすは大変なペナルティと思うがどうカ? フフ……スリルが出てきたカナ? いつ棄権してもヨロシイヨ?』

 

 露骨な揺さぶりだが、ノリのいい麻帆良生達は、逆に奮起したようだ。

 

『さあ、君達の力で我が火星ロボ軍団の侵攻を止めることができるカナ? 諸君の健闘を祈ろう!』

 

 私は路面電車に背を預けながら、不敵に笑う超さんを見上げた。

 はー、麻帆良生もノリがいいけど、超さんもノリがいいよね。この二年間の麻帆良生活で、超さんもだいぶ染まったのかな。悲惨な未来からやってきたとは思えない、楽しいノリだ。

 

 と、上空を見上げてぼんやりとしていたときのこと。

 

「むっ、いかんでござる!」

 

 キティちゃんを背負った長瀬さんが、叫びながらその場を飛び退いた。

 それと同時、私の魔法障壁に何かが命中する。

 そして、私の周囲に黒い渦が発生した。おおう、時間跳躍弾。私はとっさに、引き出していたクロノウィッチの力を行使。時間跳躍の力を中和した。

 

「狙撃! どこから……」

 

 私は長瀬さんに目を向ける。すると、長瀬さんは遠くを見やった。

 五百メートルほど先の建物の上。そこに、黒いローブを着た龍宮さんの姿が。

 

「迎撃に……!」

 

 私が動き出そうとするが、長瀬さんが私の肩をつかんで止めた。

 

「リンネ殿はネギ坊主を守り切ることに専念するでござる。ここは、拙者に任せて……」

 

「それには及ばないわ。エヴァンジェリン様は私が守る」

 

 私達の横から、そんな声がかかる。

 そちらに振り向くと、猫の仮装をした黒髪の少女が、ハンマーを携えて立っていた。

 そして、私が声をかける前に彼女は連続瞬動で龍宮さんの方へと駆けだした。龍宮さんは時間跳躍弾でその少女を撃つが、光り輝く盾が出現し時間跳躍弾を防いだ。

 そして、少女は屋根の上の龍宮さんを強襲。そのまま、ハンマーで龍宮さんと戦闘を始めた。

 

「あれは……何者でござるか? あのようなヒーローユニットはいなかったはずでござるが」

 

 キティちゃんを背負った長瀬さんが、龍宮さんと互角に戦う少女を見ながらそう私に尋ねてくる。

 ふむ。おそらく彼女は……。

 

「カリンさんでしょうね。エヴァンジェリン先生の旧友です」

 

『鋼鉄の聖女』結城夏凜。『UQ HOLDER!』に登場する人物の一人で、神の呪いによりいかなる傷も受けない不死者だ。だが、彼女もあらゆる手段に対しても完全無敵というわけではなく、『UQ HOLDER!』では転移魔法で月へ飛ばされるという手段で戦場から退場させられることがあった。

 つまり、彼女も時間跳躍弾の直撃には無力と言えた。

 それがカリンさんにも分かっているのか、龍宮さんからはけっして距離を取らずに接近戦で戦い続けている。時間跳躍弾はそれなりの広範囲を巻き込むため、接近戦では自爆の可能性があって使えないのだ。

 

 とりあえず、龍宮さんのことは彼女に任せておいていいだろう。

 私は上空の画面を眺め、戦況を確認する。

 

 鬼神が魔力溜まりに向けて侵攻しており、古さん、相坂さん、アルトリア陛下、高畑先生がそれぞれ一体ずつ止めている。残り二体の鬼神は、麻帆良生達の妨害を受けつつも前進を続けている。

 このままでは、いくつかの魔力溜まりを占拠されてしまうだろう。

 強制認識魔法は魔力溜まりを全て占拠しなければ発動できないが、魔力溜まりの魔力を用いた別の悪さを超さんがしないとも限らない。たとえば、全世界から全日本に対象を変えた小規模強制認識魔法、だとかね。

 

 それに対処するために、私はスマホをいじってちう様のコアに『LINE』を送る。

 

『進捗どうですか』

 

『五割ってところだ。まだかかるぞ』

 

『では、先に『テング』を発動してください』

 

『あー、今でいいのか?』

 

『このタイミングがベストでしょう』

 

『了解。オペレーション『テングのシワザ』発動』

 

 ちう様からのメッセージが届くと同時、上空に映る戦況が動いた。

 朝倉さんの実況が、その状況を的確に伝えてくる。

 

『これは、どうしたのでしょう! ロボ軍団が、突然仲間割れをしだしたぞー! むっ、速報です。これは、ヒーローユニット『デジタルウィザードちう』による、サイバー攻撃! ロボ軍団にコンピュータウィルスを感染させている模様!』

 

 ふふふ、超さん、今頃驚いているだろうな。

 実は私達、麻帆良祭以前から超さんのロボ兵器の位置をつかんでいた。破壊工作はしなかったが、何も手を出していないわけではない。

 私は隠密能力に優れた天狗の力を引き出しロボ兵器に近づき、スマホを接触させた。スマホの中には、電子情報生命体となったちう様が入っており、ロボ兵器にコンピュータウィルスを感染させていった。

 

 ロボ兵器はオンライン環境になかったので、全個体に感染とはいかなかったが数時間かけた地道な作業で三桁台のロボ兵器にコンピュータウィルスを植え付けることに成功していた。

 その対象には、鬼神も一体含まれており……。

 

『おおっとー! 『デジタルウィザードちう』が操る巨大ロボ兵器が、他の巨大ロボ兵器に向かっていくー! 大変危険ですので、生徒達は近づかないようにしてください!』

 

 鬼神で鬼神を相手する、ということも可能になった。

 これで、魔力溜まりの方は鬼神で占拠されるという事態から免れるだろう。後は、細かいロボ兵器に占拠されないよう、麻帆良生達に頑張ってもらおう。

 事態は終局を迎えようとしている。後は、この盛大な茶番劇を終わらせるために、超さんのところへ直接向かって物理で止めるだけだ。

 

 その超さんの位置は、未だ判明していないが……ここで、スマホに着信だ。朝倉さんからだな。

 

「はい、もしもし」

 

『刻詠? 超りんが見つかったよ! 世界樹の直上四〇〇〇メートルの飛行船にいるって!』

 

「了解しました。ただちに向かいます」

 

『頼むよ、刻詠、超を止めてあげて!』

 

「任されました」

 

 そしてすぐに通話を切り、私はネギくんと長瀬さんに超さんの位置を説明した。

 

「拙者は、ここでエヴァンジェリン殿を見ているでござるよ。ネギ坊主、リンネ殿、全て任せた」

 

「分かりました。師匠(マスター)をよろしくお願いします」

 

「そろそろちう様も茶々丸さんから学園結界の制御を奪えるそうなので、エヴァンジェリン先生のお世話もそう長く続かないと思います。くれぐれも、時間跳躍弾にはお気を付けて」

 

 そう言葉を交わし、ネギくんと私はそれぞれ杖に乗って空へと飛翔した。

 目指すは、世界樹上空。何事もなく、辿り着けると思っていたのだが……。

 

「ネギくん、前方注意! ドローン兵器の群れです!」

 

 ここに来て、想定外の妨害が私達に迫った。

 大量のドローン兵器。その数……いや、目視で数が分かるはずないじゃないか!

 

「飛翔体……そんな、視界にあるだけで五百体もいます!」

 

 その数、五百らしい。

 もし、そのいずれもが時間跳躍弾を備えているとなると……私はともかくネギくんが持たない。なかなか厳しい戦いになりそうだ。

 



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■48 人類の未来を懸けた戦い

◆111 白き薔薇の姫君

 

 無数のドローン兵器と、飛行する田中ロボ。極大魔法で一掃してしまえば楽なのだが、そういうわけにもいかなかった。

 

「ネギくん、不用意に攻撃しないように。あれが下に落ちたら、建物や人に大損害を与えます」

 

「あっ、そうか……陸上兵器と同じというわけにはいかないんですね」

 

「ここにきて、超さんもなりふり構わなくなりましたね。……いや、違うか。ここまで超さんが生徒達に危害を加えないよう配慮をしてきたのだから、私達にもその配慮を求めているんですね」

 

「しかし、どうしましょうか」

 

「……手立てが思いつきません。私一人だけなら、天狗の力や冥府の転移術で向かえるのですが、ネギくんを連れていくことはできません」

 

 このまま超さんを確保せず、戦況を一般生徒達に委ねて戦い続けることもできる。こっちが優勢なのだし、なんとかなるだろう。

 しかし、それはいつ終わる? 深夜まで? 世界樹の大発光は、まだまだ続きそうだぞ。

 

「それなら、リンネさんが先に向かってください! 僕は、後からなんとか向かいますから!」

 

「それしかありませんか……って、待ってください。着信が」

 

 スマホに着信があったので、私は建物の上に着陸して、スマホを取り出す。

 着信相手は、あやかさんだ。

 

「はい、もしもし」

 

『リンネさん? 雪広です。単刀直入に聞きますが、空のロボットに手こずっているのではなくて?』

 

「そうですね。敵を無視できる私はともかく、ネギくんが突破できません。敵機を地上に墜落させるわけにはいかないので」

 

『やはりそうですか……今からネギ先生と一緒に世界樹前広場に来られますか?』

 

「ええ、問題ないですが、なんですか?」

 

『私なら、お二人を超さんのもとへと無事に送り届けることができますわ』

 

「それは、どういう……? 雪広グループの新兵器とか言いませんよね」

 

『そんなものありませんわよ。そうではなく、私のアーティファクトをお忘れかしら?』

 

「あやかさんのアーティファクトですか。確か、アポなしで相手を訪問できるという」

 

『ふふふ、私の『白薔薇の先触れ』は、そんな甘いものではなくてよ』

 

「――!? まさか!」

 

『そのまさかですわ。では、広場でお待ちしております』

 

 そこで通話が終わり、私は隣に降りてきたネギくんに言う。

 

「あやかさんのアーティファクトで、超さんのもとへと向かいます」

 

「あやかさんの……? あっ、まさか、そんな……。あのアーティファクトにそんな使い方があったなんて!」

 

「ええ、『白薔薇の先触れ』は、どんな相手もアポなしで訪問できる無形のアーティファクトですが、それだけじゃないようなんです。誰にも邪魔されることなく、相手を訪問できる。それはつまり――」

 

「飛行兵器も無視して、超さんのところへ辿り着ける!」

 

「そうです。まったく、ある意味で最強のアーティファクトですね」

 

 私が笑ってそう言うと、ネギくんは釣られて笑顔になる。

 そして、私達はそろって世界樹前広場に飛んでいくのだった。

 

 

 

◆112 最終決戦

 

 ドローン兵器の群れを、何事もないようにスルーしていく。

 ネギくんの杖にタンデムしているあやかさんは、その光景にドヤ顔だ。

 

「おほほ、これが私の『白薔薇の先触れ』の真骨頂ですわ」

 

「あやかさんがいれば、どんなダンジョンもボスまで一直線ですねぇ」

 

 私がゲームにたとえてそんなことを言うと、あやかさんはそうでしょうそうでしょうと、鼻高々になった。あやかさんはゲームに全く詳しくないが、褒められていることは分かったらしい。

 いや、本当にすごいよこのアーティファクト。まあ、今回のように戦闘中に使うなら、あやかさんも敵のボスの真ん前まで同行することになるから、あやかさん本人が強くなる必要があるけど。

 

 そうして、私達はドローン地帯を突破し、上空四〇〇〇メートルに到達した。

 巨大な飛行船が、世界樹のちょうど真上を飛行しており、その上部には超さん、葉加瀬さん、そしてアルビレオ・イマが陣取っているのが見えた。

 

 飛行船の上に降り立ち、ネギくんが一歩前に出る。

 

「超さん。あなたを止めにきました」

 

「来たカ。まさかここまで追い詰められるとは思ていなかたヨ、ネギ坊主」

 

「僕一人の力ではありません。みんなの後押しを受け、想いを託されて、僕はここにいます」

 

「そうカ……想いを託された、カ……」

 

「超さん……」

 

 地上では、キティちゃんが学園結界から解放されたのか、鬼神が極大魔法によって凍り付いている様子が見えた。

 さらに、極光が走り、鬼神を斜めに切り裂く。アルトリア陛下の宝具が炸裂したのだ。

 他の鬼神も、魔力溜まりに辿り着く前に動きを止めており、ロボ兵器軍団もずいぶんと数を減らしている。最早、超さんが全世界を対象にした強制認識魔法を発動できる可能性は、ほぼなくなったと言ってよかった。

 

「もう、大勢は決しました。投降しませんか?」

 

 ネギくんがそう言うが、超さんは笑ってそれを拒否する。

 

「片腹痛いネ。ここまで来て、今更降りることなどできようか。止めるならば、力尽くで来い!」

 

「分かりました。その鋼の意志、僕の決意で砕きます」

 

 杖を武器格納魔法で仕舞い、代わりに世界樹の木剣を取り出すネギくん。

 そして、飛行船の中央でネギくんと超さんが激突する。互いにカシオペアを使った擬似時間停止を繰り返し、攻防を繰り広げる。

 さて、私も動くとするか。

 そう思い、一歩踏み出したところで、私の前にアルビレオ・イマがやってくる。

 

「戦いの邪魔はさせませんよ」

 

 アルビレオ・イマが、重力魔法の黒い球を手の上に出現させながら言った。

 その彼に、私は話しかける。

 

「やはり敵に回っていましたか、アルビレオさん」

 

「クウネル・サンダースとお呼びください」

 

「では、クウネルさん。なぜ超さんの手先に?」

 

「スカウトを受けましてね。彼女が提示した未来は、我々『紅き翼(アラルブラ)』が、そしてナギがやり残したことに合致する内容でしたので、乗りました」

 

 ナギ・スプリングフィールドがやり残したことか。魔法世界の崩壊を防ぐ、あるいは崩壊する魔法世界から人々を救う。超さんは、魔法を世界に公開することで、それを達成できると彼に言ったのだろうね。

 だが、プランがあるのはこちらも同様だ。

 

「クウネルさん。私達には魔法世界を救う手立てがあります。『ねこねこ文書』、あなたも見たのでしょう?」

 

「ええ、アカシックレコードを作り出したあなた方です。きっと可能なのでしょう」

 

「では、なぜ未だに超さんの方についたままなんですか?」

 

「私に先に声をかけたのは彼女の方だった。どちらの方法でも達成できるならば、先着順ですよ」

 

 なるほど、先着順か。私達は身内の中で計画案を温めていたからね。アルビレオ・イマのスカウトなんて、考えていなかった。

 超さんがなぜアルビレオ・イマのスカウトに向かえたのかは謎だが、大方、私達が図書館島に潜った際にこっそり隠れて見ていたのだろう。

 

「クウネルさん。魔法世界の未来を想うなら、こちらの陣営に来ませんか?」

 

「一度仲間になったのです、不義理はできません」

 

 ここからの逆スカウトは、無理か。

 しかし、敵に回って状況をかき乱すアルビレオ・イマに、少々むかつきを感じる。

 

「超さんの方法だと、ネギくんが魔法世界送りになってオコジョ刑を受けてしまいます。クウネルさんは、それでいいんですか! ネギくんは、ナギさんの息子ですよ!」

 

「そうですか。おおよそ半年ほどの刑でしょうかね。でしたら、刑を終えた彼を魔法世界に迎えに行きましょうか。そして、私達の仲間として丁重に迎え入れるとしましょう」

 

「そんなの……!」

 

「あなたこそ、私達の仲間に加わりませんか? 世界に魔法を公開し、しかる後にあなたの力で火星を開拓するのです」

 

「ここに来て、スカウトとはずいぶんと……!」

 

 と、口汚い言葉を口にしそうになったところで、私は頭の中で状況を整理する。

 

 ここで超さんが魔法の存在をバラす。ネギくん、オコジョ刑を受ける。

 夏休み、ネギくんを欠いた状態で秘密結社の野望を阻止する。

 その後、私達と超さんで協力して火星を一気に開拓する。

 開拓を終え、安定した魔法世界に行き、刑を終えたネギくんを迎えに行く。

 あらためてネギくんと神楽坂さんを仲間に加え、造物主との最終決戦へと備える。

 

「…………」

 

 ん? いけるか? ……いや、どうだろう。感情の問題が解決されていない。

 ネギくんをオコジョにした原因である超さんやアルビレオ・イマが仲間に居る状態で、ネギくんと神楽坂さんが素直に仲間に再加入してくれるかが、怪しい。

 それに、世界に魔法をバラした超さんサイドが、ネギくんを引き取れるのか? むしろ、ネギくんの身柄を確保している魔法世界に狙われる側にならないか?

 うーん、なしだな!

 

「残念ですが、拒否させていただきます」

 

「そうですか。しっかりとした信念を持っているようで、大変結構です」

 

 そうかぁ。しかし、あれだね。こうして冷静になってみると、アルビレオ・イマは本当に私達の敵になったのか、怪しく感じてきた。

 だって、本当に超さんの計画を成功させたいなら、こんなところで超さんの護衛をしているのがおかしいのだ。

 彼が持つ力は強大で、地上に打って出れば魔力溜まりの一つや二つ、簡単に制圧できてしまうだろう。それをしないでこんなところにいる。そして、ネギくんと超さんとの戦いに介入せず、ただじっとその行方を見守っている。

 

 と、ネギくんと超さんの戦いに動きが。超さんが、二台目のカシオペアを持ち出してきたのだ。

 ふむ。ちょっと試してみるか。私が超さんの方へと動こうとすると……。

 

「邪魔はさせないと言ったでしょう」

 

 アルビレオ・イマが手の上で待機させていた黒い球をこちらに向けて放ってきた。

 やはり、ネギくんと超さんを一対一で戦わせようとしている。それはまるで、ネギくんに実戦の経験を積ませようとしているようだ。

 と、そんなことを考えている間に、重力魔法が、私の身体を襲う。

 だが、しかし。

 

「すり抜けた? ……霊体化の術ですか」

 

「さすがは『まほら武道会』の名解説者。お見通しですか」

 

 私は、お化け屋敷のときと同じく、『孤独な迷宮守ニミュエ』の力を引き出して悪霊化していた。

 

「なるほど、確かに霊体には重力魔法は通用しませんね。ですが、その対策を取っていないとでも?」

 

 アルビレオ・イマの重力魔法が霊体に効かないことは、『UQ HOLDER!』を読んで予習済みだった。

 そして、彼が選んだ霊体への対処法も漫画と同じ。霊体に干渉できる死霊を呼び出して、私にけしかけてくる。

 

「死霊術です。あなたの仲間にもネクロマンサーがいるでしょう? 私も、この程度なら使えます」

 

「奇遇ですね。私も、冥府の魔術を使えるのですよ」

 

 私は『冥界の魔術師ヘカティエ』から学んだ死霊を誘導する術で、這い寄るスケルトンの群れを吹き飛ばした。

 そして、その隙に『孤独な迷宮守ニミュエ』の力でゴーストトークンを超さんの方へと飛ばす。

 私は、ネギくんの成長をじっくり見守るようなことはしないよ。ピンチのときに手助けしないなんて、なんのために一緒に上空へやってきたのか分からなくなるからね。

 

 私が放ったゴーストは超さんの背後に移動し、ぴったりと彼女に寄りそう。ネギくんと魔法を交えた激しい攻防を繰り広げている超さんは、そのゴーストに気づかない。

 今だ!

 

「『どっきりフェノメノン』!」

 

 私のスキル発動によりゴーストが爆発し、超さんに雷撃が炸裂した。

 いくら擬似時間停止ができても、意識の外から来た不意打ちは防げまい。

 超さんは雷撃の効果により、数秒間の金縛りにあう。そして、その隙にネギくんが世界樹と共鳴してまばゆく輝く木剣で、超さんが所持する二つのカシオペアを破壊した。

 

 そこからさらに、ネギくんは超さんへ魔法を放つ。

 

「『風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)』!」

 

 ネギくん渾身の武装解除が、悪あがきを続けた火星ロボ軍団首領を丸裸にした。決着だ。

 ネギくんが、飛行船の上に倒れ込む超さんを優しく抱きとめる。

 

「やれやれ、してやられましたね」

 

 アルビレオ・イマは、超さんを奪還する動きも見せず、素直に死霊術を止める。

 そんな彼に、私は言った。

 

「一人で強敵に立ち向かう勇者もいいですが、最近は仲間と一緒に強大なボスを倒すのが流行りなんですよ」

 

「そうですね。彼にも頼もしい仲間が何人もいたものです」

 

 ナギ・スプリングフィールドのことでも思い出しているのか、アルビレオ・イマはネギくんを見て晴れやかな表情を浮かべていた。

 敵に回っていたというのに満足そうなの、なんかイラッとくるね!

 

 

 

◆113 出席番号20番超鈴音

 

 学園防衛魔法騎士団、火星ロボ軍団に大勝利!

 そう締めくくられ、麻帆良祭最終日の全体イベントは終了した。

 

 超さんは武装を失い、完全降伏。葉加瀬さんはあやかさんに取り押さえられており、アルビレオ・イマも抵抗の意志を見せなかった。

 そして、ちう様の手により学園結界がもとに戻され、結界の力を受けた鬼神は完全に沈黙した。

 魔力溜まりは一カ所も陥落することはなく、その成果を受けて学生達が勝利に沸いていた。

 

 そして、始まる後夜祭。

 全体イベントで時間跳躍弾を受けていた生徒達も無事この時間に飛ばされてきて、都市全体を挙げた最後のバカ騒ぎに突入した。

 

 都市郊外でキャンプファイヤーが焚かれ、食事や飲み物がどんどん運ばれてくる。

 花火が打ち上がり、全体イベントの順位発表が大々的に行なわれた。

 

 そんな騒ぎの裏側で、ネギくんのコートを裸の上に着た超さんが、ネギま部メンバーの前にたたずんでいた。

 

「超さん。あなたの未来の話は、朝倉さんから聞きました。僕達なら、その未来を変えられると思うんです」

 

 ネギくんが、超さんに向けて想いを語っている。

 

「僕はまだ、魔法世界の危機についてリンネさんや師匠(マスター)から聞いたばかりです。でも、僕達が手を取り合えば、未来は開けると思うんです。今回のような方法ではなく、正当な方法で、僕と一緒に魔法世界を……火星を救う『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指しませんか?」

 

「そうカ……そんな未来も、悪くないかもしれぬナ」

 

「じゃあ……」

 

 ネギくんの顔がぱあっと明るくなるが、超さんは首を横に振った。

 

「いや、私は未来に帰るネ」

 

「超さん、どうして……」

 

「ネギ坊主がそう言ってくれた時点で、私の願いは叶ったネ。だから、もう十分ヨ」

 

「……そうですか」

 

「ああ、でも、帰ろうにもカシオペアが予備の弐号機も含めて壊れてしまたネ。ネギ坊主、貸していたカシオペアを返してほしいネ」

 

 ネギくんは、そう言われてカシオペアを取り出すが、返すことを躊躇(ちゅうちょ)する。

 

「ほら、ネギ坊主。返すヨロシ」

 

「超さん、せめて卒業までは一緒にいませんか? カシオペアの起動に魔力が必要なら、僕のアーティファクトがあります」

 

「そこまで求められるのは嬉しいガ、帰るヨ」

 

「…………」

 

 超さんがネギくんからカシオペアを受け取ろうとするが、ネギくんはカシオペアをにぎる手を離そうとしない。

 その様子に、ため息をついた超さんは仕方ないという風に一つのアイテムをどこからか取り出した。

 

「カシオペアを返してくれるなら、これを部のメンバーに公開しないと誓ってあげるネ」

 

 そのアイテムは、『超家家系図』と書かれた一冊の古めかしい本。

 武装解除されて裸に剥かれていたはずなのに、本当にどこから取り出したんだ。

 

「えっと、それは……? ちゃおけ……かけいず?」

 

 ネギくんが、不思議そうに本の表紙を覗き込んだ。

 

「私はネギ坊主の子孫ネ。とゆーことは、当然ネギ坊主は誰かと結婚して子を生したゆーこと。この情報、公開してしまてもいいのカナ?」

 

「え、ええー!?」

 

 ネギま部に、電撃走る……!

 あやかさんとか綾瀬さんとか水無瀬さんとか、あと『魔法先生ネギま!』の未来では長谷川千雨と結ばれると知っているはずののどかさんとかが、じわりじわりと動き始める。

 うん、『魔法先生ネギま!』の未来と、超さんがやってきた未来はまた違うものだからね。気になるよね。

 

「ほら、ネギ坊主。早くしないと、部が内部崩壊するヨ。早く渡すヨロシ」

 

「ネギ! 早く渡してしまいなさい!」

 

「ネギ先生、早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!」

 

 あやかさん達を物理で止めようと動いた神楽坂さんとちう様が、ネギくんにそう叫んだ。

 対するネギくんは、事態が飲み込めないのかあわあわとしている。

 すると、握力が緩んだのか、超さんがネギくんからカシオペアを奪い取ることに成功した。

 

「おっ、それじゃあ、私はこれで帰るネ」

 

 そう言って、超さんは後ろの方で待機していたクラスメートの四葉五月さんのところへと向かう。

 四葉さんの周囲には、葉加瀬さんと茶々丸さんがいて、その足元には、昨日のお別れ会にて超さんに贈られたプレゼントの数々が並べられていた。

 

「はっ……超さん! 本当に帰るんですか! これじゃあ、超さんは過去にやってきたというのに、何一つ得るものが無いまま……」

 

「いや、案ずるな。先ほども言った通り、私の望みは、ネギ坊主に託すことで無事に叶う。それで上々ネ」

 

「超さん……」

 

 そして、超さんはカシオペアを特殊起動させ、時のゲートを開いた。

 魔法陣が彼女の上に展開し、プレゼントが舞い上がる。

 本当に、未来に帰るつもりなのだろう。そんな超さんに向けて、私は言葉を投げかけた。

 

「超さん、あなたが向かう未来が、本当にあなたの望む未来だとは限りませんよ。時の流れは複雑です」

 

 彼女が向かいたい未来が、彼女がいたもとの未来なのか、時間改変されたこの世界の未来なのかは、私には分からないが。

 

「異世界人ゆえの忠告カナ? 大丈夫ネ。その時は、並行世界を移動するマシンでも作るヨ」

 

「あなたなら、それくらいはできるでしょうね」

 

 私がそう言うと、超さんは不敵に笑った。

 

「超!」

 

 と、そこで今度は古さんが前に出てきた。

 

「これを餞別として持っていくアル! 国の師からもらた、双剣の片割れネ!」

 

 超さんに向けて、剣が入った包みを放り投げた古さん。

 その突然のプレゼントに、超さんは驚く。わざわざこの剣を古さんが用意していたということは、古さんは戦いが終わったら超さんが去ることを察していたのだろう。

 

「古……今回は、いろいろすまなかったネ」

 

「こっそりネットに動画を流したことアルカ? 気にしてないアル!」

 

「そうカ……ネットのその後の対処は、ハカセに頼んであるカラ、古に迷惑はかからないはずヨ」

 

「分かったアル。『まほら武道会』、楽しかったアルヨ」

 

 そう言って、古さんは超さんに満面の笑みを向けた。

 

「刻詠サン」

 

 おっと、私にも何か一言あるのか。

 

「結局あなたが何者か、理解しきれなかたが……『ねこねこ文書』、信じてみるヨ」

 

「ええ、私は怪しい存在だと自覚していますが、そんなに嘘はつかないので、信じてください」

 

「そんなにじゃあダメだロウ」

 

 徳が積めそうなので、極力、正直者でいるつもりだけどね。

 とりあえず、私は最後の別れとなるかもしれない超さんに向けて、ペコリとお辞儀して挨拶とした。

 超さんは、ふっと笑い、私から視線を外す。

 すると、超さんの身体が浮いていき、上空の魔法陣に近づいていく。

 

「五月、超包子を頼む! 全て任せたネ! ハカセ、未来技術(オーバーテクノロジー)の対処は打ち合わせ通りに! 茶々丸、おまえはもう自立した個体だ。好きなように生きるがいい!」

 

 共に戦った仲間達に、それぞれ短く言葉を投げかけていく超さん。

 それからすぐに、魔法陣が強く輝き彼女を飲みこもうとする。

 

「……さらばだ、ネギ坊主! また会おう!」

 

 やがて、彼女は時の彼方へと旅立っていった。

 

 また会おう、か……。

 彼女が再びネギくんと会うときは、人柱となった神楽坂さんを未来から連れてくるか、絶望の未来で造物主と戦うときの仲間として現れるかだが……。それらを回避した先でも、彼女と再会する未来は訪れるのだろうか。

 その時が来たら、今度こそ彼女とは腹を割って話し合いたいものだね。

 

 

 

◆114 後夜祭

 

 さて、別れも済ませて、ネギま部も後夜祭に参加だ。

 飲めや歌えやの大騒ぎに、全力で乗っかる。さすがに酒は飲まないが、キャンプファイヤーの周囲で無意味に踊り、ひたすらテンションを上げていく。

 

 連日連夜、よくもまあここまで騒げるものだ。若さに当てられてくらくらしそうだ。

 

 そして、ネギま部の間では、『超家家系図』の信憑性について大盛り上がりだ。

 ネギくんの将来のお嫁さんはいったい誰か、から始まり、今はなぜか好きな男性のタイプを言い合っている。

 

「リンネちゃんの好みはどんなのー?」

 

 テンションを上げた神楽坂さんが、ウザ絡みをしてくる。ちなみに神楽坂さんは相変わらず『渋い年上。できればオジサマ』と答えていた。封印されていた記憶を取り戻したというのに、全然変わらないね、この子。

 とりあえず、正直者の私は正直に好みを白状する。

 

「私ですか。私は、『優しいイケメンエリート』です」

 

「うわ、出たー」

 

「理想が高すぎて、いつまで経っても相手が見つからないやつだ!」

 

 うん、前世の私がそうだったよ。悲しいね。

 と、キャッキャウフフしていたら、いつの間にか混ざっていたココロちゃんが、暴露した。

 

「オーナーは、大人になったネギがその条件に合うって言ってたよ!」

 

「えっ」

 

「ええっ!」

 

「リンネさん! あなたもしや……」

 

「リ、リンネさーん。そんなまさか……」

 

 おおっと、あやかさんとのどかさんは、妖しげなオーラを出すのやめましょうね。

 私は、余計なところに飛び火しないよう、あわてて言い訳を始めた。

 

「いえいえ、将来もしかしたら好みに合致するかもっていうだけで、今のところ恋愛感情はありませんよ」

 

「えー、どうだろうなー」

 

「リンネ、ネギ君に対して妙に手助けするしなぁ。剣とか」

 

 いやいや、近衛さん。私は徳とか関係なしに子供と小動物に対しては優しいぞ!

 ネギ先生は半分大人の社会に足を突っ込んでいるから、厳しくするときは厳しくするけど。

 

「よーし、今夜はリンネちゃんのあれやこれを掘り下げていこうか!」

 

 早乙女さんがそんなことを言い出し、私は質問攻めにあった。

 もう、酒が入っていないというのに際どい質問まで混じっていて……本当に女子中学生って怖い。

 

 そして、数十分後、なんとか皆から逃げ出した私は、クラスメートから離れたところでぼーっとキャンプファイヤーを眺めていた。

 いやー、疲れた。さっさとカリンと一緒に撤退したキティちゃん許すまじ。まあ、カリンは龍宮さんとの死闘の末、最終的に時間跳躍弾を食らったらしいから、なぐさめが必要なんだろうけど。

 

「どうも、おつかれさまです」

 

 と、そんな私に話しかけてくる者が一人。

 ローブに身を包んだ怪しい青年。アルビレオ・イマだ。

 

「おやおや、世界にヒミツをバラそうとした主犯さん、どうしました?」

 

 私がそう言うと、彼は苦笑する。

 

「当たりが強いですねぇ。すでにその件は近右衛門にこってり絞られましたので、勘弁していただけませんか」

 

「学園長先生が裁定を下すなら、私は何も言いませんけどね」

 

「はい。ところで、私の協力者の超さんがいなくなってしまいました。どうしましょうか」

 

「知りませんよ、そんなの」

 

 ホントに知らんわ。一人で続きをやるというなら、キティちゃんと一緒にぶっ潰すけど。

 まあ、ネギくんの成長が本当の目的だったのなら、暴れることはないのだろうが。しかし、そうなると超さんは踏み台にされたわけで……あれっ、そう考えると、超さんの獅子身中の虫になって魔法バレを防いでくれたことに……いやいや、そこまで考えているとは限らないぞ!

 

「おおっと、もう敵対の意志はないのでそう怒らないでくださいね。むしろ、私は協力者の側ですよ」

 

「はぁー?」

 

 私は思わずそんな声がもれてしまった。

 なに言ってんの、この人。

 

「『ねこねこ文書』に書かれていた、火星開拓計画。これに協力させていただきます。先着順ですので、超さんがいなくなって一つ繰り上がりました」

 

「あー……」

 

 そういえば、上空のバトルの途中で、この人を自陣営に誘ったな、私。

 

「『アカシャの図書迷宮』の司書の力、借りたくありませんか?」

 

「そりゃあ、借りられるなら借りたいですけど……」

 

 多次元から集まってくる無数の書物を自由に読めるようになる。これは、宇宙開拓に役立つに決まっている。

 太陽系の開拓をしていたであろう、先史文明の書物までそろっているのだ。子猫を何匹かアルビレオ・イマに付けて図書迷宮に解き放てば、有益な情報は山ほど集まるだろう。

 

「では、計画の詳しいことを後日うかがいますので、また地下に来てください。こちら、招待状になります」

 

 そう言って渡されたのは、一通の書状だ。

 これがあれば、地下図書館を自由に通行できるようになるらしい。一部の罠やワイバーンを回避できるのだとか。

 私は書状を丁寧にポケットへしまい「明後日にでも向かいます」と言ってアルビレオ・イマと別れた。

 

 そして、私は騒ぎ続けるクラスメート達を遠くに眺めた後、私の代わりにココロちゃんとアルトリア陛下を置いて、一眠りするために女子寮へ帰っていったのだった。

 さすがに、徹夜には付き合わないよ。昨日はあんまり寝ていないんだから、徹夜とかしたら死ぬよ。

 

 ちなみに、女子寮の部屋で寝る前にスマホで徳の積み具合を見たら、結構なポイントが貯まっていることが確認できた。どうやら、全世界を対象にした催眠を防ぐことは、徳を積むに相応しい偉業判定を受けるらしい。

 今回はポイント的には得るものが何もないかもと思っていたが、思わぬ成果にほくそ笑む私だった。

 



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●ネギま部の日々
■49 ヒーローになりたい


◆115 優勝者への洗礼

 

 麻帆良祭の翌日と翌々日は、振替休日だ。このうちの前半一日をフルに使って、私は綾瀬さんに頼まれていた改造手術を実施しようと思う。

 ちなみに、綾瀬さんは早乙女さんにも改造してもらうか聞いたようなのだが、興味ないと返ってきたらしい。

 なんでも、自身のアーティファクト『落書帝国』を極める道を選ぶ、らしい。最低限の護身のために、魔法の習得をして魔法障壁程度は張れるようにするとのことだが。

 

 というわけで、改造手術を執り行なうため、私は綾瀬さんとのどかさんの二人を連れて、朝六時という早さから、女子寮を出た。

 二人は昨夜、後夜祭を途中で抜け出してしっかり寝たらしいので、そこまで眠そうではない。むしろ綾瀬さんは興奮しているくらいで、それをなだめながら、私はエヴァンジェリン邸の別荘に向かおうとしたのだが……。

 

「刻詠リンネ、手合わせ願う!」

 

 武術家達が、女子寮の前を張っていた。

 うわおうー、これは、久々に来たなぁ……。『ウルティマホラ』で優勝した一昨年も、こうして待ち伏せされたっけ。

 というか、今、早朝だぞ? これは、麻帆良祭の後夜祭から、そのまま徹夜テンションで来たな?

 

「私も、暇じゃないんですけど」

 

「そう言わずに! 『まほら武道会』の優勝、見事だった! ウルティマホラ王者とは知っていたが、まさかあれほど見事な武器術の使い手だったとは!」

 

 んー、よく見ると、彼らは皆、竹刀だのたんぽ槍だのを携えているね。

『ウルティマホラ』のときは、素手の格闘家達が来たから、ちょっと新鮮だ。まあ、相手している時間はないんだけど。

 私は彼らに向けて諭すように言う。

 

「しかし、『まほら武道会』は、昨日の全体イベントの周知的な意味合いが強い大会でしたから、結構、演出面重視でしたよ。その優勝者が相手でいいんですか?」

 

「見くびってもらっちゃあ困る! そりゃあ魔法だのなんだのは演出だって理解しているが、そこで使われていた武術は本物だった! 本気で戦っていたことくらい、俺にも判るぜ!」

 

 武術家の中の一人がそう言うと、周囲の人達もうんうんとうなずいた。

 ふーむ、まあ、見る目があったら、あの戦いをただの演武とは思わない、か。

 

「いいでしょう、お相手します。が、この数はさすがに無理です。この中で、一番強い方と後日、手合わせします」

 

 私がそう言うと、武術家達に緊張が走った。

 誰が一番強いか。全員が全員、自分が一番とは思ってはいないだろうが……強い者と戦えるならそれでいいと考える者が、この場では大半だったようだ。なにせ、麻帆良で一番強いということになった私のところに、早朝から挑みに来るような人達だからね。

 

「怪我のないよう、安全に一番を決めてくださいね。では、私は用事がありますので、また後日」

 

 私はそう言って、綾瀬さんとのどかさんの手を引いて女子寮の前を去った。

 そして、エヴァンジェリン邸に向かう途中、列車に揺られる中で、のどかさんが言う。

 

「いいのかなー。あの人達、寮の前で戦う気が……」

 

 確かに彼らならそのままあそこでやり合いそうだけど、何か問題があっただろうか。

 

「女子中学生の寮の前で、ほとんど男の集団が大騒ぎ。確かに問題がある気がするです」

 

 綾瀬さんがそう言うと、私は確かにと思った。

 

「広域指導員がやってきそうですね。高畑先生あたりにまとめて制圧されるかもしれません」

 

 私がそう言うと、さらに綾瀬さんが言う。

 

「それはそれで、武術家の彼らにとっては本望かもしれないです」

 

 そんなオチが付いたところで、私達三人は顔を見合わせてクスクスと笑ったのだった。

 

 

 

◆116 エルジマルトの科学者

 

 別荘にやってきた私達。さすがに麻帆良祭が終わった翌日に修行をしに来ている者はいなかったようだ。そんな別荘で、私達は腰をすえて綾瀬さんの改造について話した。

 その話の中で綾瀬さんの意志が固いことを再確認し、私はスマホから科学者を呼び出す。

 お馴染み、オラクル船団所属の『ルーサー』と、ついでに手伝ってくれると言ってくれたエルジマルトの『ファルザード』、そしてオラクル船団に所属した子猫達だ。

 

 エルジマルトとは、『PSO2es』に登場する敵対勢力。『ダークファルス【残影】』に居住惑星を滅ぼされた過去を持つ、高度な科学文明だ。

 惑星から逃げ出した人々を意識体としてデータ保存し、一部の幹部をダークファルスの眷属ダーカーから得られる因子を使った『ダークニクス』と呼ばれるアンドロイド化して、ダーカー因子を集めてなんとか生きながらえていた勢力である。ちなみに『PSO2』で登場する惑星リリーパでかつて文明を築いていたのは、このエルジマルトである。惑星リリーパは資源採掘惑星だったらしいので、彼らの本星ではないが。

 

 最終的に、『ダークファルス【残影】』が主人公によって倒され、そこからエルジマルト人はオラクル船団との敵対を止め、七十四年かけて約六十四億人のデータ化された者達に生身の肉体を取り戻させるのだが……。

 私のスマホから繋がる宇宙では、エルジマルトの人々は生身の身体を取り戻した状態で、かつて子猫達が『Kittens Game』でテラフォーミングした惑星Yarnに出現させられていたらしい。生活するための各種施設や野菜工場等を与えられた状態での配置だったらしく、女神様の粋な計らいを感じさせる一件だった。まあ、当のエルジマルト人達は、すごく困惑していたらしいが。

 

 そんなエルジマルトのファルザードは、一流の科学者だ。どうやらオラクル船団との交流で、ルーサーと意気投合したらしく、今回も地球人類へのフォトン適性付与という案件に興味を持って参加してきたらしい。

 ルーサーとファルザード。『PSO2』と『PSO2es』のストーリーを知っていると、ヤバい組み合わせにしか思えないのだが……一応、『ダークファルス【敗者】』の影響が抜けて綺麗になったルーサーと、ダーカー因子が抜けて綺麗になったファルザードなので、信じてみることにした。

 ヤバい存在といえば、『PSO2es』のアークス自体がいろいろヤバい組織だからね。トップ層の活躍だけが見える『PSO2』本編と違って、『PSO2es』では末端部の後ろ暗いところが垣間見えるのである。

 

「綾瀬夕映さんの経歴は、確認させていただきました」

 

 ファルザードが、目の前に空間投影画面を表示しながら言う。

 

「正直なところ、『いどのえにっき』ほどではないですが、『世界図絵』も、世間に知られてはならない道具だと言えるでしょう」

 

「……それは、なぜです?」

 

 ファルザードの言い分に、綾瀬さんが問いかける。

 

「先日の現世での騒動で、魔法の道具を検索し、在庫のありかを探し当てたそうですね。他にも、相手が展開しようとしていた魔法の詳細を暴いたと」

 

「そうですが……あ、確かに危険です」

 

「ふむ、頭の巡りは悪くないようですね。そう、あなたの持つ道具は、他人が秘密にしている魔法の知識を丸裸にしてしまう可能性がある、危険な情報検索機器です」

 

 そのファルザードの言葉を聞き、のどかさんが質問する。

 

「あのー、最新の情報は、あくまでまほネット経由で更新するみたいなんですけどー……公開情報のまほネット経由なのに、危険でしょうか?」

 

「ええ、ネットワークを検索すれば出てくる情報とは言っても、バラバラに散らばっている情報を的確に編纂(へんさん)し、誰にでも分かるようにしてしまうのは、なかなかに厄介ですよ」

 

「な、なるほどー」

 

 すると、横で聞いていたルーサーが言った。

 

「宮崎のどか君も、似たような機能を持つ端末に興味はあるかい? 君の性質上、『世界図絵』より上の性能を約束できるよ」

 

「え、えーと……余計なことを知ってしまいそうなので要らないです」

 

 人工アカシックレコードを編纂する道具は生まれなかったようだ。ちょっと残念。

 そして、ファルザードがあらためて、綾瀬さんに言う。

 

「『世界図絵』を持つ以上、その身が危険に晒されることもあるでしょう。それはつまり、あなたの身内であるオーナーが事件に巻き込まれることでもある。ゆえに、我々は綾瀬夕映君のマナヒューマン化改造手術に協力します」

 

 すると、綾瀬さんは、深々とお辞儀をした。

 

「よろしくお願いするです」

 

 こうして、フォトンを扱う資質を持つ三人目のアークスが、地球に誕生することになった。

 

 

 

◆117 出席番号4番綾瀬夕映

 

 綾瀬さん……仲良くなって夕映さんと呼ぶようになった彼女は、現実時間での十三時間、別荘時間で三〇〇時間かけて、マナヒューマンへとその身を変えた。

 

「『フォイエ』! おお、あれほど苦労して覚えた灯火の魔法より強いのが、一発で出たです」

 

 早速、夕映さんはクラスをテクニック使いであるフォースに変えて、別荘の海岸でテクニックの試し打ちをしていた。

 

『フォイエ』は、最も基本的な炎のテクニック。フォースならばみんな使えるが、夕映さんがこれまで練習してきた『火よ、灯れ(アールデスカット)』の魔法のように、小さな火種から始めるという気の長い練習は必要ない。

 テクニックは、科学技術。フォトンを扱えるなら、誰が使っても一定以上の効果は保証されている。

 だからこそ夕映さんは、『世界図絵』が原因で身に迫るかもしれない危機に、対応できるようになるのだ。

 

 さて、一通りテクニックを撃って満足した夕映さんに、私とのどかさんは近づき、話しかける。

 

「テクニックはいかがですか?」

 

「控えめに言って最高です」

 

「そうですか。では、将来的にはテクニック系のクラス構成を?」

 

「それですが……のどかは、打撃、射撃、法撃の三種を扱うクラスを目指しているのですよね?」

 

 夕映さんに問われ、のどかさんが嬉しそうに言う。

 

「そうだよー、ユエも、ファントムになるの?」

 

「いえ、それでは弱点を補えませんから……私も打撃、射撃、法撃を網羅しつつ、のどかと違う戦い方をできる、ヒーローを目指そうかと」

 

 ヒーローを目指す。別に、エミヤマン・アーチャーみたいに正義の味方を目指そうっていうんじゃない。ヒーローという名前のクラスがあるのだ。

 大剣、双機銃、導具の三種を扱う、対複数の殲滅力に優れたクラスだ。ちなみに導具というのは、カードのような物を飛ばして、そのカードからテクニックを撃つ特殊な武器のことだ。

 

「ヒーローかぁ。格好良いねー」

 

 のどかさんがそう言うと、夕映さんは恥ずかしそうに返す。

 

「ちょっとストレートすぎるネーミングなので、名乗るのが恥ずかしいです。それよりも、のどかのファントムの方が、秘めた力とか持っていそうで格好良いです」

 

「えー、そうかなー」

 

 格好良いと言われたのどかさんも、恥ずかしそうにする。

 うん、ファントムって、中学三年生の思春期的にビビッとくる何かがあるよね。

 私? 私は前世で『PSO2』をプレイしていたときは、エトワールというクラスを使っていたよ。現在の『PSO2』主人公のアンドーは、ラスターっていう超玄人向けのクラスになっているらしいけど。

 

「ともあれ、これからは私も、シミュレータールームでクラスの練習を重ねて、ヒーローを目指すです」

 

「一緒に頑張ろうね!」

 

 夕映さんとのどかさんがキャッキャウフフと会話している横で、私はちょっと悩む。

『PSO2es』のログインボーナスとして溜まりに溜まっている『経験値獲得100000』というアイテム。これを使えば、彼女達は一足飛びで力を得ることができるのではないだろうか……。

 いや、ダメだ。クラスレベルがアップして力が高まるだけで、おそらく戦うための技量は身につかないだろう。

 

 綾瀬さんも一定年齢で老化が止まる処置を施したようだし、別荘で存分に己を鍛えてもらうことにしようか。

 

「よし、じゃあ次は、ソードを使うハンターというクラスを試してみるです」

 

「私が訓練の相手しようかー?」

 

「さすがにいきなり経験者の相手は無理ですよ。まずは、基礎トレーニングから始めるとするです」

 

「あ、それならシミュレータールームのメニューに、ハンターの基礎っていう項目があってー」

 

 楽しそうに会話する夕映さんとのどかさんの会話を聞き、私は少々疎外感を覚える。

『PSO2』方式のクラスに就いている二人だが、私はスマホゲームである『PSO2es』方式の力しか引き出せない。

 だから、彼女達が使う力と、私が使う力は厳密に言うと違うのだ。

 

 私も『PSO2』方式のクラスに就いてしまえばいい、とはならない。素の私はマナヒューマンでもなんでもないので、彼女達と同じやり方ではクラスに付けないし、フォトンを扱えないのだ。

 彼女達と同じ存在になるには、そして、『PSO2es』に存在しないクラスであるエトワールになるには、私も改造手術を受けなければならない。

 

 改造、改造かぁ……。

 うん。

 

「正直、ないですね」

 

 改造手術を受けた二人には悪いけれど、ちょっと抵抗あるよね。

 だから、その手札は、差し迫って必要になるときがくるまで伏せておくことにしようか。そんなときが来るかどうかは、分からないのだが。

 



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■50 世界樹の下で

◆118 紅き翼

 

 振替休日二日目。私は、一人で図書館島の地下に潜り、アルビレオ・イマの居住地を訪ねていた。

 彼から聞いていた直通のエレベーターに一人で乗りこみ、ワイバーンが守る門で招待状を見せて通る。

 

 そして、門の奥にある塔の屋上へと向かうと、そこには先客がいた。

 キティちゃん、ネギくん、神楽坂さん、近衛さん、桜咲さん、あやかさんだ。

 

「おや、バッティングしてしまいましたかね」

 

 私がそう言うと、アルビレオ・イマが私をテーブル席に案内しながら答える。

 

「いえ、予定を合わせたのですよ。あなたの話は、ネギ君にも関わってくることでしょう?」

 

「んー、いると助かるのは確かですね」

 

 一応、ネギくんがいなくても計画は進められる。火星開拓自体はね。その後の最終目標である、造物主討伐には嫌でも関わってもらうけど。

 そんなことを思いつつ、私は席に着く。

 そして、道中の移動で乾いていた喉をうるおすために、出された紅茶を一口飲む。うーん、コーヒー派だけど、ここの紅茶は美味しいね。

 そのまま二口、三口と飲んでいき、満足したところでカップを置いて、私は言った。

 

「それで、途中参加になりましたけれど、皆さんどのようなお話を?」

 

 すると、アルビレオ・イマが代表して答える。

 

「アスナさんと一緒に、『紅き翼(アラルブラ)』の昔話をしていました。もっとも、ネギ君が一人前になるまでは詳しく話さないと仲間内で決めていましたので、簡単にですけどね」

 

 まだネギ君は一人前判定を受けていないということか……。

 すると、神楽坂さんが私に向けて自慢げに言った。

 

「私の記憶が戻ったことは前に言ったでしょう? それがなんと、ネギのお父さん達と一緒に行動していた記憶だったのよ」

 

「そうですか。記憶が戻ってよかったですね」

 

「……あれ? 驚いてない? 結構すごい事実を言った気がするけど」

 

「予想はできていましたからね。再生ナギさんが姫様とか親しげに呼んでいましたし、『紅き翼』の一員とされている高畑先生が保護者ですし」

 

「そうや、リンネ。アスナって、魔法の国の本物の姫様なんやって」

 

 近衛さんが、笑顔でそんなことを私に告げた。

 それを受けて、神楽坂さんが恥ずかしそうに言う。

 

「もう滅んだ国みたいだけどね」

 

 そう、神楽坂さんの正体は、魔法世界にかつて存在したウェスペルタティア王国の姫君だ。彼女の実年齢は百歳以上で、同じくウェスペルタティア王国の王女を母親に持つネギくんと親戚関係にある。

 

「しかし、そうなると、この場には魔法世界の姫君と、関西呪術協会の姫君、巨大企業グループの姫君がそろっていますね。エヴァンジェリン先生も中世時代に領主の城に住んでいたといいますし、一般人枠は私だけですか」

 

「なーにが一般人枠だ。貴様は、世界を丸ごと一つ所持する王だろうが」

 

 私の冗談めかした言葉に、キティちゃんがそうツッコミを入れてくる。

 あー、確かに私、宇宙の支配者でしたね。住人達からの扱いは大家さんだけど。

 

「さて、『紅き翼』の話題が続きましたし、先にネギ君に対する用事を済ませてしまいましょうか」

 

 アルビレオ・イマが、そのように宣言し、場の雰囲気が一転、真面目なものになる。

 その空気の中、アルビレオ・イマが言葉を続けた。

 

「麻帆良祭で、ネギ君の成長は見させてもらいました。ナギの消息について話すに足る力は得たと判断します。まずは、これをご覧ください」

 

 アルビレオ・イマは、テーブルの上にパクティオーカードを複数枚並べた。

 そのうち、一枚のカードだけ細かい枠などが描かれており、残りのカードには枠線が存在しなかった。

 

「こちらの枠やアーティファクトが色々と描かれているカードがナギとのカード。他のカードは死んでいるカードです。パクティオーカードは、契約者が死亡すると、このように死んだカードになります」

 

「つまり……父は生きていると?」

 

 ネギくんが、確認するように問いかける。すると、アルビレオ・イマは「はい」とうなずき、さらに言葉を続ける。

 

「しかし、その行方は分かっていません。彼を追うならば、魔法世界……ムンドゥス・マギクスへ向かうとよいでしょう」

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)……」

 

「あなたの故郷、英国のウェールズに、魔法世界への扉があります。ナギの足跡は、その魔法世界で途切れているのですよ」

 

 本当は、造物主(ライフメイカー)に乗り移られていることまで知っているはずのアルビレオ・イマ。だが、彼はその存在を明かさなかった。

 おそらく、ネギくん本人が魔法世界に行って自分で真実を見て知ることを望んでいるのだろうね。ネギくんが成長するために。

 その証拠に今、念話で『造物主のことは、しばらく伏せておいてください』って届いたからね。

 ちょっとこの魔導書、ネギくんに対してスパルタ過ぎないかと思うなぁ。

 

 すると、ネギくんは魔力をもらして身体の周囲に風をまとい始め、席を唐突に立って「じゃあ、行ってきます!」とどこかに向けて走り出した。

 だが、キティちゃんはそれを予想していたのか、あらかじめ張られていた糸の罠がネギくんを転ばせる。

 そして、糸をたぐり寄せて、ネギくんを足元に転がす。

 

「アホか。貴様は教師だろうが。生徒を放っていくつもりか。行くならば、夏休みを待て」

 

「はっ、そうでした……!」

 

「それに、仲間のことを忘れたのか。『異文化研究倶楽部』は、なんのための部活だ」

 

「あっ、父さんを捜し出すための……」

 

 ネギくんは、自分の行動を反省したのか肩を落とす。

 それを見たキティちゃんは、糸を解いてやり、ネギくんを再び椅子に座らせた。

 

 と、そこで、塔の屋上に新たな来客が。

 

「おじゃましまーす!」

 

 やってきたのは、ネギま部のメンバー全員だ。新部員の長瀬さんもすっかり馴染んだ様子だ。

 麻帆良祭では敵対していたからか引け目がある茶々丸さんが、ちう様に手を引かれて連れてこられている。

 ネギま部ではない朝倉さんもしれっと混じっているが、彼女も事情をいろいろと知っているし構わないだろう。

 

「そういえば、彼女達も招待していましたね」

 

 アルビレオ・イマが、お茶を用意しながら楽しげに言う。

 まあ、全員呼んだのはいいんだけどさ、この混沌とした中で、私に『ねこねこ文書』のプレゼンをしろとおっしゃる?

 

 

 

◆119 ねこねこ文書

 

「さて、では、『ねこねこ文書』あらため、魔法世界救済計画についての説明をさせていただきます。なお、質問は随時受け付けます」

 

 皆の前に立った私は、魔法の空間投影でプレゼン画面を表示しながら、説明を始めた。

 

「まず、魔法世界について説明します。魔法世界は、正式名称をムンドゥス・マギクスといいます」

 

 プレゼン画面に、魔法世界の地図を表示する。

 

「地球の各地に存在するゲートを通じてこの魔法世界に行くことができますが、この魔法世界は異界であり、地球上には存在しません。そんな魔法世界ですが、現在、消滅の危機にあります」

 

 私の真面目な話をネギま部の面々は、お菓子をパクパクと食べながら聞いている。

 

「原因は、世界を構成する魔力の枯渇です。実はこの魔法世界、先ほど地球に存在しないといいましたが、その所在は火星にあります。火星に重なるように存在する異界、いわゆる裏火星が魔法世界の正体です」

 

 魔法世界の地図の隣に、火星表面の地図を表示させて、対比させる。

 

「皆さんも知っての通り、火星には生命が存在しません。魔力とは、動物や植物といった生命や自然が生み出す力。魔法世界が存在するだけで火星にある魔力を消費し続ける一方で、火星が新たに魔力を生み出すことがないため、魔法世界には崩壊が待っているわけです」

 

 火星表面を撮影した写真を画面に表示させる。赤茶けた荒野だ。

 

「そこで、魔法世界の魔力不足を解消する手段として以前から魔法社会で提唱されているのが、火星の緑化テラフォーミングです。これに関しては、ネギくんの父であるナギ・スプリングフィールド氏も実現を模索していたと、あやかさんの調査で分かっています」

 

 あやかさんの方を見ると、うなずきを返してきた。魔法使いの経歴をよくもまあ調べられたもんだ。

 

「今回、私が提案する魔法世界救済計画も、この緑化テラフォーミングを採用します」

 

「あのー、質問いいでござるか?」

 

「はい、長瀬さん、質問どうぞ」

 

「緑化テラフォーミングとは、なんでござるか?」

 

 理解していなかったのは長瀬さんだけじゃないようで、不思議そうにしているメンバーが何人か。

 まあ、かなりSFが入っている用語だからね。

 

「まず、テラフォーミングとは、人が住めない惑星や衛星をテラ、すなわち地球のように変えてしまうことをいいます。大気を地球と同じ組成に変えて人が呼吸できるようにし、気温を宇宙服なしで人が活動できるよう調整し、水を惑星に満たして人が生きられるように変えてしまうことですね。緑化、とわざわざ付けているのは、魔力を生み出すために植物を生やす段階まで惑星開拓を進めるためですね」

 

「そのようなこと、可能なのでござるか?」

 

「今の人類の科学技術では厳しいでしょう。ですが、私ならば可能です。それを詳しく説明していきましょうか」

 

 私はプレゼン画面を次に進める。そこに映ったのは、スマホだ。

 

「私がこの携帯端末、スマートフォンを所持していることは、ネギま部の皆さんならご存じでしょう。実はこのスマートフォン、ここではない別の宇宙とつながっています」

 

 ネギま部の面々には普段から話しているので、驚きは少ない。新入部員の長瀬さんは、目を見開いているが。

 

「その別宇宙には、恒星があり、惑星があり、知的生命体が生息しています。その知的生命体による各文明をざっくりですが紹介していきましょう」

 

 プレゼン画面で一画面ずつ、住人を紹介していく。

 

 まずは、王国。ファンタジー小説に登場するような剣士や魔法使いが住んでいる国だ。多分野の人材がそろっており、魔法だけでなく、工学や錬金術といった学問を専攻する学者も所属している。

 一般市民も国に多く在籍しており、農業を中心としたのどかな生活を送っている。

 

 次に、人理継続保障機関フィニス・カルデア。並行世界の地球に存在した偉人、英雄達の霊をサーヴァントという形で有する魔術組織だ。

 アーサー王やヘラクレスといった武人だけでなく、ナイチンゲールやアスクレピオスといった医療従事者、レオナルド・ダ・ヴィンチといった芸術家、エジソンやテスラといった発明家など、こちらも人材は多岐にわたっている。

 

 オラクル船団。フォトンと呼ばれる粒子をエネルギー源として用いる宇宙文明だ。惑星に居住するのではなく、巨大な宇宙船を多数所持しそこに居住している惑星航行船団。マザーシップと呼ばれる超高度な演算装置を兼ねた惑星サイズの母船を有しており、彼らの科学力は銀河を股にかけるワープ航法や別次元への跳躍すら可能としている。

 

 エルジマルト。こちらも宇宙進出をしている科学文明だ。オラクル船団とはまた違ったアプローチの科学技術を持っており、さらには六十八億という膨大な人口を抱える、最大勢力でもある。人をデータ化して保存したり、その人のデータをアンドロイドにインストールして長寿を実現したりと、工学方面に強い。

 

 最後に子猫。魔法やフォトンといった力には頼らない、純粋な科学技術をとことんまで突き詰めたタイプの高度な宇宙文明だ。

 ワープ航法を開発することなく、時間跳躍を駆使して約二万五千年の時をかけて宇宙の果てまで到達した、息の長い文明でもある。核融合、反物質、粒子加速器といった、地球のSF好きにも馴染みのある技術を複数有している。

 

「このように、スマートフォンから繋がる別宇宙には、地球を超える高度な技術を持つ文明が、複数存在します。彼らの力を借りて、短期間で一気に火星をテラフォーミングし、開拓することがこの計画の骨子となっています」

 

「質問よろしいですか?」

 

「はい、クウネルさん、質問どうぞ」

 

「その別宇宙とは、物資や人材を自由にやりとりできると解釈してよろしいですか?」

 

「基本的に、こちらの宇宙からあちらの別宇宙には人や物を送り込めません。あちらからの移動は、物資に関しては自由です。人材に関しては、私の固有能力で左右されます。その固有能力を説明しましょう」

 

 私は皆にあらためて、徳を積むことでポイントが溜まり、ポイントで人材を呼び出す枠が買えることの説明をした。

 そして、そのポイントだが……。

 

「先日、麻帆良祭で超さんによる『全人類に対する催眠』を止めた功績が徳を積むに足ると認められたため、宇宙船を数隻運用するだけの人員枠が購入できました」

 

 私がそう言うと、皆から「おお」と声が上がる。

 うん、ガチャには使わなかったよ。褒めてちょうだい。

 

「じゃあ、もう火星のテラフォーミングはできるってことね!」

 

「神楽坂さん、それは残念ながらノーです」

 

「えっ、なんで?」

 

「火星を勝手に開拓したら、地球も魔法世界も大混乱です。地球から目撃されますし、火星に異界がある魔法世界人は恐怖を感じるでしょう」

 

「あっ、なるほどー」

 

 うん、電撃的に火星でやっちゃってもいいのだが、そうした場合、途中で魔法世界から火星に魔法世界人の艦隊が飛び出してきて、妨害を受けるかもしれない。いや、魔法世界から火星に直接出てこられるかは知らないけど。

 

「ですので、夏休みにネギくんが魔法世界に行くのならば、私も同行して魔法世界の主要政府に計画の説明をする必要があります」

 

「……あの、いいです?」

 

「はい、夕映さん、質問どうぞ」

 

「ただの学生であるリンネさんが行って、話を聞いてくれるものです?」

 

「無理でしょうね」

 

 私がそう答えると、皆が怪訝な顔になる。

 

「そこは、私のアーティファクトの出番ではなくて?」

 

 あやかさんが、パクティオーカードを取り出して見せびらかしながら言った。

 確かに、『白薔薇の先触れ』ならば話を聞かせることも可能だろう。だが、それは対話の暴力ともいえる強引過ぎる手段だ。

 

「いえ、ここは正攻法を取ります。学園長先生にまずはプレゼンして、魔法世界の本国への推薦状をもらい、正式に魔法世界へ訪問して、ネームバリューのある有名人に陣頭指揮を執ってもらって、要人に順次プレゼンしていきます」

 

「有名人……」

 

 皆の視線が、アルビレオ・イマに集まる。

 

「私ですか? しばらくはここを動けないのですが……」

 

 アルビレオ・イマが、申し訳なさそうに言うが、私の答えは違った。

 

「有名人とは、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドの息子のことです。ネギくんの知名度を最大限活用させていただこうと思います。ネギくん、いかがですか?」

 

「僕ですか! えっと……もちろん、協力させてください!」

 

「すみませんね。お父さんのことで、忙しいのに……」

 

「いえ、魔法世界の救済は父も望んでいたようですし、それに、僕個人としても、魔法世界の崩壊を黙っては見ていられませんから」

 

 ええ子や。

 私はネギくんの聖人ぶりにまぶしいものを感じながら、話を続ける。

 

「それでは、私とネギくんの夏休みの予定は、魔法世界へ行くということで。ネギま部部員は、自由参加ですが……」

 

「もちろん行くわよ!」

 

「魔法世界! 当然行くよ!」

 

「魔法の国ですか……興味深いです」

 

 部員達が、口々に参加を表明してくる。ふむ、行けない者はいないか。

 

「私は行けんぞ」

 

 おっと、一人いたよ。

 

「ちょっと、エヴァちゃん。なんでよ」

 

 神楽坂さんがキティちゃんの言葉に反応した。

 だけど、ちょっと考えれば行けない理由は分かるんだよね。

 

「私は元賞金首の『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』だぞ。ノコノコと魔法世界なんぞに出ていったら、メガロメセンブリアあたりと大戦争だ」

 

「あっ、そう言えば、エヴァちゃん、元賞金首だったわね!」

 

「分かったか。だから、私は魔法世界へは行けん」

 

 ちょっと寂しそうに言うキティちゃん。

 正直、私はキティちゃんが魔法社会の賞金首だっていうのに納得いっていないんだよね。

 だって、元々は魔法世界の国、メガロメセンブリアが中世の頃に地球侵略しようとして、それを迎え撃ったせいでついた賞金なんだもの。賞金首どころか地球にとっては英雄じゃん。

 悪いのは魔法世界なのに、キティちゃんが悪の魔法使い扱いされているのは、正直納得いかない。

 なので、私は一つの手立てを打っている。

 

「魔法世界救済計画書の計画立案者に、エヴァンジェリン先生の名前を載せますからね」

 

「なに? 聞いていないぞ!」

 

「いや、だって、この計画、私とちう様とエヴァンジェリン先生の三人で練ったものですよね?」

 

「確かにそーだが、魔法世界人向けの計画書に私の名前を載せるバカがいるか!」

 

「いいんですよ。賞金首だからって、世界を救済してはいけないなんて法はないんです」

 

「私の名前なんぞ使ったら、向こうで話が通らなくなるではないか!」

 

「通して見せますよ。ねえ、ネギくん」

 

 私がネギくんに話を振ると……。

 

「はい! もちろんです!」

 

 ネギくんも力強く返事をしてくる。

 ネギくん、キティちゃんのこと師匠として尊敬しているからね。

 私とネギくんが臨時で手を組み、キティちゃん名誉回復計画を練り始めると、キティちゃんは顔を紅くして言う。

 

「くっ、私は魔法世界には行けんが、お目付役をつけるからな。あまり変なことを言うと、そいつから厳しく指導を入れてもらうよう言っておく」

 

「えっ、お目付役って、どなたをつけるんですか?」

 

『UQ HOLDER!』に出てくる不死者でも来るのかと思い、問い返してみると、キティちゃんは不敵に笑って言った。

 

「雪姫という、私の古い知り合いだ」

 

 いや、それ、幻術使ったあなた本人でしょーが!

 



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■51 火星に魔力を

◆120 魔剣鍛造

 

 話は逸れたが、その後も私は具体的なテラフォーミング方法を皆に説明した。

 

 テラフォーミング施設という建物を建て、その施設で惑星の大気成分と気温をコントロールする。

 極点の氷床が融け出すかを確認しつつ、他の宙域から氷の衛星を火星に引っ張ってくる。

 その氷衛星を反物質の爆発で水にして、火星の地表に海を作り出す。

 大気と温度と海が整ったら、微生物を散布して土壌を作り、キャットニップという植物を惑星全体に広げていく。等々。

 

 専門的な話が続いたため、皆は少々疲れたようだ。

 なので、プレゼンが終わってからは、みなでわいわいと騒ぎながらのティータイムに突入した。

 

 紅茶を飲み、茶菓子を楽しむ。軽食も用意されており、至れり尽くせりだ。

 そんな中、アルビレオ・イマとネギくんが二人で何やら楽しそうなことを話している。

 

「これが世界樹の木剣で、こちらがアンオブタニウムという特殊金属でできた剣です」

 

「ほうほう。これがネギ君の実戦用の剣ですか」

 

 私がプレゼントした剣をネギくんは、アルビレオ・イマに見せびらかしていた。

 ネギくん、他人に自慢話はしない人だが、アンティークの魔法具マニアだからか、道具を見せびらかすのは嫌いではないようなんだよね。

 

「これは、不思議な金属ですね。しかし、魔法的な効果は感じられませんか」

 

 アルビレオ・イマが、アンオブタニウムの剣を手に取りながら、しげしげと眺める。

 そんな彼に対し、ネギ君が言う。

 

「はい、僕はまだ初心者なので、あえてなんの効果も付与していない剣を貰ったんです」

 

「ふむ、しかし、それは修行を始めたての頃の話ですよね? 武道会では、すでにネギ君の戦闘スタイルは確立されているように見えた」

 

「そうなんでしょうか? まだまだだなって思いますが……」

 

「いえいえ、そんなことありませんよ。どうでしょうか、ネギ君。私にこの剣を預けてみる気は? 魔剣に仕上げて見せますよ」

 

「えっ、いいんですか?」

 

 ネギくんが、嬉しそうにアルビレオ・イマの言葉に食いつく。

 ふむ、魔剣か。そういえば、『UQ HOLDER!』の主人公、近衛刀太が持つ重力剣『黒棒』も、アルビレオ・イマの作だと言われていたね。

 ネギくんが、魔剣かぁ。そんな面白そうなこと、私が関わらないはずがないよね。

 

「待ってください、クウネルさん。その剣はネギくんが初心者の間に使うために与えたもの。今の彼になら、もっと良い剣を用意しますよ」

 

 私がそう言うと、アルビレオ・イマも面白そうに笑った。

 

「フフフ、これ以上の剣ですか。詳しく聞きましょうか」

 

「先ほども説明しましたとおり、私のスマホは別宇宙につながっています。そこに、超一流の鍛冶師が所属しています」

 

「ほう、一流を超えて超一流と来ましたか」

 

「ええ。彼の名は、『千子(せんじ)村正(むらまさ)』。時の幕府に妖刀と恐れられた村正を造り出した、村正一派の創始者です」

 

 セイバーのサーヴァント、千子村正。擬似サーヴァントで、『fate/stay night』の衛宮士郎の見た目を借りている、外見青年中身お爺ちゃんだ。

 

「なるほど、妖刀の……」

 

「まあ、別に彼が造る刀は妖刀ではないのですが。それくらい有名な刀鍛冶ってことです」

 

「フム……。ですが、その人物は刀鍛冶であって、ネギ君が使うような剣は造れないのでは?」

 

「それが、そうでもないようなのですよ。あちらの宇宙は西洋剣の使い手が多く、鍛冶師もそちらを造る者が多いようで。そんな鍛冶師同士の交流で、西洋剣の鍛造技術も学んだようでして……」

 

 サーヴァントは成長しないなんて話を聞いたこともある気がするが、うちの宇宙のサーヴァント達は日々着実に技量を上げ続けている。

 

「それはなんとも、面白い一品ができそうですね」

 

「でしょう?」

 

 アルビレオ・イマと私は、そこまで言葉を交わして互いにフフフと笑った。ネギくんは、そもそも村正を知らないのか話についてこられていない。

 ちなみに、ネギくんの肩に乗るカモさんは、なんとなくだが話が理解できたらしく……。

 

「リンネの嬢ちゃん。兄貴にあんまし妖しい剣はよこさないでくれよ」

 

「大丈夫ですよ。村正お爺ちゃんの刀は、妖刀ってわけじゃないですから」

 

「ならいいけどよう……」

 

 と、カモさんとやりとりをしていたら、こちらに近づいてくる者が。

 長瀬さんと桜咲さん、小太郎くんの三人だ。

 

「何やら、村正と聞こえたでござるが」

 

「妖刀のお話ですか?」

 

 長瀬さんと桜咲さんが、それぞれそんなことを言い出した。

 

「初代村正の霊に、ネギくんの剣を作ってもらおうかと」

 

 私がそう言うと、長瀬さんは驚き顔で言った。

 

「それはまた、壮大な話になったでござるなぁ」

 

「あの、村正は妖刀伝説で有名ですが、大丈夫なんでしょうか?」

 

 長瀬さんは純粋にネームバリューに驚いているだけという感じだが、桜咲さんはカモさんと同じように徳川幕府の妖刀の逸話が気になるようだ。

 

「大丈夫ですよ。この世界の村正が裏でどういう扱いかは知りませんが、うちの宇宙の村正お爺ちゃんは、純粋にすごい刀を打つ刀鍛冶でしかありませんから」

 

 私は念を押すように再度そう述べた。

 まあ、そのすごいの度合いがすごすぎるんだけどね。すごいから、幕府の人達は村正ファンで、それゆえに死ぬときは大抵、村正の刀を所持していたので妖刀扱いを受けたというオチである。

 

「そうですか……ネギ先生に合う剣ができるといいですね」

 

 桜咲さんは、安心したようにネギくんに向けてそう言った。

 

「ええなあ、ネギ。あーあ、また強なるんか」

 

 おっと、小太郎くんがふてくされた。別に彼も剣など使わないだろうが、仲のいいライバルが強力な武器を手にするとあって、うらやましくなったのだろう。子供らしい可愛い嫉妬だね。

 そんな小太郎くんに、私からちょっとした提案だ。

 

「小太郎くん、村正のような日本で知られた人ではないですが、腕のいい手甲職人も私のところに住んでいるんですよ。手甲、お一ついかがですか?」

 

「ホンマか! いるいる! ネギの剣を受け止められるくらい、ええ手甲頼むわ!」

 

 はい、ご注文入りましたー。

 小太郎くんの手甲は、王国所属の『手甲鍛冶師フィスティア』に注文しておくとしよう。

 

「では、ネギくんの剣と、小太郎くんの手甲を頼んでおきますね」

 

 私がそう言ってスマホを取り出すと、私をじっと見つめてくる者が。

 長瀬さんだ。

 

「……長瀬さん、残念ながら、うちのところにはサムライ用の刀を作る人は居ますけど、忍具を作る人はいないんですよ」

 

「そうでござるか……それは残念」

 

 本当に心底残念そうな長瀬さんを桜咲さんが慰めるのを横目で見つつ、私は『LINE』を起動。村正お爺ちゃんに連絡を取った。

 すると、注文を快く受けてくれ、さらに他の鍛冶師にも声をかけて最高の剣を打ってみせると言ってくれた。

 彼が声をかけると言った鍛冶師は、『鍛冶職人サンディー』と『魔剣鍛冶師ミスリア』の二名。

 

 サンディーは、刀剣全般を扱う剣匠(ソードスミス)。ソルジャーが使う長剣から、サムライが使う刀までなんでも造れる。今回、ネギくん専用のロングソードを造るに当たって、彼女に手助けを請うらしい。

 ミスリアは、魔術に精通した鍛冶師。聖剣・魔剣・宝剣を使うプリンセスと魔法剣士を相手する、魔剣修理の専門家だ。彼女の力を借りて、魔法剣士であるネギくんに相応しい魔剣を造り出すと言っていた。

 

 これは、なかなかすごい剣ができあがりそうだなぁ。

『千年戦争アイギス』の世界では、魔剣は神代にしか造られていなかったらしい。だが、鍛冶師達はゲーム中で倒した神獣の素材で、魔鎧と呼ぶべき装備を造り上げてきた。だから、彼らはきっと魔剣を造り上げるだろう。

 

 あ、そうだ。一つ、村正お爺ちゃんに連絡をしておかないと。

 

『ネギくんの剣の師匠はアルトリア陛下なので、必要な剣のサイズとかの詳しい話を聞いておいてくださいね』

 

 そう『LINE』を送ると、『どの王様だ』と返ってきた。うん、アルトリア顔、いっぱい居るからね、カルデア。

 

『セイバーでブリテンの王様経験者で宇宙とか関係なくてあなたが一番気になるアルトリア陛下です』

 

 とさらに返したら、既読になってから数分後に『分かった』とだけ短い答えが返ってきた。

 

 

 

◆121 来襲

 

 図書館島地下でのお茶会を終え、地上に帰ってきた私達。

 そのまま解散となり、私はネギくんとちう様を連れて、エヴァンジェリン邸の別荘へとやってきた。学園長先生へと提出するための新しい『ねこねこ文書』を作成するためだ。

 

 より計画を洗練させるために、三人で議論をしていると、キティちゃんが別荘の中に入ってきた。

 

「リンネ、お前に客だ」

 

 キティちゃんがそう言うと同時に、その客が姿を現す。

 巨大でふくよかなドレス姿の女性。狭間の魔女ダーナ様だ。

 

「邪魔しているよ。フム、こんな場所に籠もって、訓練でもしているのかと思ったら、お勉強かい?」

 

 ダーナ様が、私達のもとへとやってきて、テーブルの上を覗き込む。

 その迫力に、ネギくんはたじたじだ。

 

「あ、あのー、リンネさん、こちらの方は?」

 

 ネギくんに問われ、そういえば初対面だったな、と私は気づく。

 

「ネギくん、ちう様。こちら、狭間の魔女のダーナ様です。吸血鬼の真祖で、エヴァンジェリン先生の師匠を務めていた経歴を持つ物凄いお方です。敬うように」

 

師匠(マスター)の師匠……! はじめまして、ネギ・スプリングフィールドと言います!」

 

「……長谷川千雨です」

 

「ああ、あんたがね。私はダーナ。キティとは古い知り合いさ」

 

 そう言い合って自己紹介を互いに交わす。

 そして、ダーナ様は私達がテーブルの上に広げていた資料を目ざとく見つけて、私に向けて言った。

 

「火星の開拓とは、またずいぶん厄介な事情を抱えたもんだね」

 

「超鈴音さんの企みを阻止した以上、私達がやらねばならないことなので」

 

「そうかい? 魔法社会で悪いと言われていることを止めただけなんだろう? 悪者の事情まで背負い込むことは、ないんじゃないかねえ」

 

 ダーナ様がそう言うと、ネギくんが反応する。

 

「えっと、超さんは僕の生徒ですので、事情を背負うのも担任の役目だと思っています」

 

 すると、さらに横からちう様が言う。

 

「いや、担任だからってなんでもかんでも背負っていたら、潰れちまうぞ。他のやつに任せられる部分は、任せていけよ」

 

 そんなやりとりをダーナ様は面白そうに眺めている。

 そして、何かに気づいたのか、ダーナ様はちう様をまじまじと見つめた。

 

「あんた、面白い身体しているね。魔界の魔族に見せかけた、精神生命体……」

 

 ダーナ様に顔を覗き込まれちう様は一瞬ひるむが、すぐに真っ直ぐダーナ様を見つめ返し、顔の前に指を一本立てた。

 その指が、突然ルーン文字に分解されて、空間中に拡散する。

 その様子を見たダーナ様はニコリと笑った。その笑みにちう様は気圧されながら、彼女に向かって言う。

 

「こんな感じで、今の私は魔法文字をベースにしたプログラムで組まれていて、組んだ肉体には『闇の魔法』で引き出した魔界の魔族の力を宿らせています」

 

「フフフ、面白い子だね。キティ、この子はあんたの弟子かい」

 

 ダーナ様がちう様から目を外し、キティちゃんの方を見る。

 

「いや、そっちはただの魔法の生徒だ。弟子はこっちのぼーやだよ」

 

「ん、この子かい。こっちは、面白味がないね」

 

 ダーナ様に面白味がないと言われて、ショックを受けるネギくん。

 うん、まあネギくんは正統派な成長をしているからね。ちう様のようなキワモノではない。

 

 そして、ダーナ様は再びちう様へと向き直る。

 

「あんたはとびっきりだね。どれどれ……」

 

 ダーナ様はその場で座ったままのちう様の頭に手を乗せる。そして、腕に力を入れてそのままちう様を縦に押しつぶした。

 

「ひっ!」

 

 突然の惨劇に、ネギくんが引きつった悲鳴をあげる。

 だが、血や臓物が舞うようなことは起きず、ちう様は無数のルーン文字に分解された。

 そして、十数秒かけてその場に身体を再構築する。

 

「いやいや、いきなり何するんですか」

 

 何事もなかったように復活したちう様が、ダーナ様をにらみつける。

 だが、ダーナ様はどこ吹く風といった感じで答えた。

 

「再生時間はまあまあだね。でも、不死者として合格点はやれないよ」

 

 うーん、まあまあか。この復活時間は、『千年戦争アイギス』基準ではめちゃくちゃ速いんだけどなぁ。まあ、『UQ HOLDER!』基準では遅いのだが。

 

「千雨とか言ったね。あんた、私のもとで不死者として学ぶ気はないかい?」

 

「えっ、学ばせてくれるんですか? あ、いや、学生なので、長期間は無理ですね」

 

「それなら夏休みでいいよ」

 

「それなら……あー、今年の夏休みは八月初旬に、火星開拓事業の説明に魔法世界へ行くので、あまり時間は取れないですね」

 

「まあ、初回は一週間あれば十分だね。リンネと一緒に鍛えてあげるとするよ」

 

 あ、私も内定済みなんですね。別に構わないけれど。元々中等部卒業した後の長期休みに稽古をつけてもらおうと思っていたし。

 しかし、面倒見いいよね、この人。『UQ HOLEDR!』でも、主人公達や若き頃のキティちゃんを鍛えていたから、不死者相手には元々こういう人なんだろうけど。

 

 さて、ダーナ様は千雨さんに興味を向けていたが、キティちゃんは最初私の客と言っていたね。

 

「それで、何か私にご用事でしょうか」

 

 そう話を振ると、ダーナ様は私を見下ろしながら言う。

 

「例の本に興味が出てね。見せてもらおうじゃないか」

 

「あー……。エヴァンジェリン先生、ダーナ様に()()()を見せても構わないでしょうか?」

 

 私がキティちゃんの方を向いて確認を取ると、キティちゃんは渋い顔をして答える。

 

「仕方ないさ。複数の世界を観測しているダーナからすると、私達の動きは不審だろうし、私達がどういう行動原理で動いているかは教えておくのがいいのだろう」

 

 あー、キティちゃん、口ではそれらしいことを言っているが、この表情はあれだね。内心ではダーナ様に、自分の恋物語を読まれるのをすごく嫌がっているね。予言の書の存在をバラしてごめんよ、キティちゃん。でも、ダーナ様に嘘をつくのは危険と判断したんだ。

 

「確かに、この世界のキティは、他の世界と違ってずいぶんと活動的に見えるね」

 

 キティちゃんの顔を楽しげに眺めるダーナ様がそう言った。

 そんなやりとりを横で聞いていたネギくんは、理解が追いついていない表情だ。

 

「あのー、なんのお話でしょうか?」

 

「なんだいキティ。弟子だっていうのに、何も話していないのかい?」

 

「必要なことは話している」

 

「必要じゃないことも共有しておやりよ。かわいそうに」

 

 ダーナ様が、ネギくんの頭をよしよしと撫でた。すると、ネギくんはビクッと震えて怯える。

 

「あー、もう、ダーナ様。さっきいきなり人を潰したから、同じことされるんじゃないかって、ネギくんが怯えているじゃないですか」

 

 私がダーナ様に向けて言うと、ダーナ様はネギくんの頭からすぐさま手を離す。

 

「おっと、それは考えていなかった。ぼうや、大丈夫さ。私は、不死者以外にはそうそう乱暴しないよ」

 

「不死者にも優しくしてほしいんですけどねぇ……」

 

「優しくして成長するならそうするよ」

 

 そんなやりとりを終え、私はダーナ様に予言の書を見せることにした。このまま別荘を使わせてもらおう。

 

「では、ネギくん、ちう様。今日の議論はここまでということで。次回は、あやかさんも呼んで地球側の動きも詰めましょうか」

 

「はい、僕もいろいろ考えておこうと思います」

 

「魔法世界側の動きは、実際に魔法世界に向かってみないと予想できない感じだな……」

 

 ネギくんとちう様がそう言って、テーブルの上の資料をまとめ始めた。

 後片付けは二人に任せ、私はダーナ様を連れて別荘の奥へと向かう。

 

「『魔法先生ネギま!』全三十八巻。『UQ HOLDER!』全二十八巻。長丁場になりますが、例の神様スマホで読むことになります。大丈夫ですか?」

 

「目の性能を落とすから、心配しなくていいよ」

 

 ならよかった。

 そして、私は別荘の一室でソファに座り、隣を手の平で叩く。

 

「身体を小さくして隣に座ってください。私のスマホは、私でないと操作できないんです」

 

 そう、他の人がタッチしても、私のスマホは動かない。

 他の人が動かせるなら、椎名桜子大明神にガチャを回してもらうなりするんだけど、残念ながらそれはできないのだ。

 

「仕方ないね」

 

 ダーナ様は、その場で身体のサイズを縮め、スレンダーな美女へと変身した。

 

「おー、ダーナ様、2003年の地球基準だと、そっちの方が美人ですよ」

 

「フン、美ってのは自分の中に持つものさ。永遠の時を生きる私がいちいち周囲に迎合なんてしていたら、自分が定まらなくなってしまうよ」

 

 なるほど、そういう考えもあるのか。

 自分の中に持つ美こそ絶対って、アークスのアンドーとか賛同しそうな意見だなぁ。アンドー、前世の私が作ったキャラクターなのに、全然私と性格が似ていないんだよね。

 まあ、私に似ていたら『PSO2』のメインストーリーで女の子を助けるためにダークファルスになる末路なんて迎えていないだろうし、その辺は仕方ないんだろうけど。

 

 ともあれ、私はタブレットサイズに変えたスマホを取り出し、『魔法先生ネギま! 一巻』をダーナ様に見えるよう開いた。

 序盤はエロコメディだから、ダーナ様にどこが予言の書だとか言われそうで怖いね!

 

 

 

◆122 聖なるかな

 

 何度か食事と休憩を繰り返し、全巻読み終わった。

 そして、現在、別荘の中でディナーを取っている。

 食材を私が提供し、料理はキティちゃん直々に作った。配膳もキティちゃんと私で行ない、使用人の人形達は下げている。予言の書の話をするため、人形達に話を記録させないようにしているのだ。

 

「へえ、これが別宇宙の野菜かい」

 

 優雅にカトラリーを動かしながら、ダーナ様が興味深げに言った。

 

「ええ、この地球の平行宇宙ではない、完全な別宇宙の野菜です」

 

 私がスマホの中の惑星Cathから出したので、地球のそれとはだいぶ植生が違う野菜が使われている。肉も、牛や豚ではない特有の獣肉だ。

 

「地球のはるか遠くにある宇宙文明の食事風景を見たことがあるけど、異文化の料理に触れるのは楽しいもんだね」

 

 うわ、『UQ HOLDER!』最終話で存在を示唆された宇宙人、ダーナ様も関わり持ったことあるんだ。

 まあ、太陽系にはかつて古代宇宙文明があったというしね。もしくは、並行世界の地球人類が早期に宇宙進出をしたのかもしれない。

 

 そして、食事は進み、デザートまで食したところで、キティちゃんとダーナ様はお酒を飲み始めた。

 私は未成年なのでコーヒーだ。

 

「それで、予言の書はいかがでした?」

 

「『ネギの書』の結末はそんなに好きじゃないね。でも、『刀太の書』は良い終わり方じゃないか」

 

 私の問いに、ダーナ様は上機嫌でそう答えた。

 

「やはり、時間改変で未来から神楽坂明日菜を持ってくるというのは気に入りませんか」

 

「そうだね。時間改変を許したら、なんでもありになってしまうからね。その点では、『刀太の書』も中盤まではそんなに好きじゃないよ」

 

『UQ HOLDER!』には、世界を上書きするタイプの時間逆行能力者が味方サイドとして登場するからね。最終的に、その能力者は力を失うんだけど。

 

「人類は、真っ直ぐ前に進む姿がやはり美しい」

 

 ダーナ様の言葉に、私はあることを思った。

 真祖バアルが人類を愛しているように。真祖ニキティスが人類を愛しているように。

 

「ダーナ様は、人類を愛しているのですね」

 

 私がそう言うと、ダーナ様は口元の牙を覗かせて笑う。

 

「そりゃあそうさ。好きじゃないと、気に入った世界のコレクションなんてするかね」

 

 ダーナ様は無数の並行世界を観測し、その中でよい道筋を辿った人類史を本としてコレクションする。『UQ HOLDER!』の最後に描かれていた逸話だ。

 その行為の理由は、やはり他の真祖と同じように人類を愛しているから。

 

「しかし、残念ですが『UQ HOLDER!』の世界はコレクションできないでしょう」

 

 私がそう言うと、ダーナ様は無言で話の続きを待つ。

 

「『UQ HOLDER!』は『魔法先生ネギま!』の世界から派生した並行世界。しかし、『魔法先生ネギま!』の世界には、私が存在します」

 

「『刀太の書』に派生はさせないということかい?」

 

「はい。私達が進めている、火星開拓事業。その中には、『黄昏の姫御子』神楽坂明日菜さんを人柱にする計画は盛り込んでいません。私達は、最長でも五年以内に火星のテラフォーミングを完了させます」

 

『UQ HOLDER!』の世界は、『魔法先生ネギま!』で神楽坂明日菜が人柱になった後、彼女が未来からタイムマシンで戻ってこなかったIFの世界の話なのだ。

 

「なかなか言うじゃないか。その五年の間に、魔法世界の崩壊が起きたらどうするんだい?」

 

 ダーナ様の言葉はもっともだ。

 だが、私はその懸念も織り込み済みなんだよね。

 

 私は、ダーナ様に一言断ってスマホを取り出し、スマホの中から一つのアイテムを取り出す。

 それは、黄金に輝く酒杯。

 

「それは?」

 

 目を細めて酒杯を見るダーナ様の問いに、私は答える。

 

「これは聖杯です」

 

「聖杯ねぇ。私が知っている物とは違うようだけど……」

 

「もちろん、本物の聖杯ではありません。イシュト・カリン・オーテに見せても、こんな物は見たことがないと言われるでしょう。これは、聖杯の形を取った、純粋かつ高密度な魔力の塊です」

 

「なるほど、それを魔法世界に注ごうってわけかい」

 

「その通りです。私物なので、使わないに越したことはないのですが」

 

 そう言って、私は聖杯をスマホの中のカルデアに戻した。

 あんまり現世に出していたら、変な特異点が生まれそうだからね。カルデアにしまっておくのが一番だ。

 

「なるほど。確かにこの世界では、近衛刀太は生まれなさそうだ」

 

「はい。その代わり、私の手によっていろいろ人類の未来が変わると思いますので、楽しみにしていてください」

 

「フフ、そうするよ。あらためて、私はあんた達に余計な手出しはしないと言っておこうか」

 

「ありがとうございます」

 

 吸血鬼の真祖が不干渉宣言。これは、なかなか大きい成果だ。他の真祖がどう動くかだが、そちらは出たとこ勝負になるね。

 まあ、きっとなんとかなるさ。

 そんなことを思いながら、私は冷めてきたコーヒーを飲み干す。そして私は、ダーナ様とキティちゃんの酒宴に、遅くまで付き合うことになるのだった。

 



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■52 ねこねこ計画書

◆123 出席番号10番絡繰茶々丸

 

 振替休日が終わり、授業が再開した。

 お化け屋敷のセットが片付けられ、すっかり日常が戻ってきたという感じだ。

 ネギくんも、一人の英語教師としてすっかり元通り……といってほしかったのだが、なんだか授業中に物憂げな表情をするようになった。あれは、『ねこねこ文書』のことを考えているな。魔法世界の崩壊を防ぐ。その重大さに、いろいろ思うところがあるのだろう。

 しかし、十歳の少年が見せるその表情に、クラスのネギくんラブ勢が色めき立っているぞ。もっと年相応にしないと、そのうち食われるんじゃないか。

 

 そんな感じの授業スタートから二日目の放課後。

 別荘でネギくんが修行を終えた後に、『ねこねこ文書』の練り上げのためにあやかさんを交えて討論を重ねていた。

 

「ふう、少し休憩しませんこと? このままでは話が前に進みそうにないですわ」

 

 火星開拓時の地球への対応について話し合っていると、あやかさんが休憩を提案してきた。

 地球人なんて気にせず勝手に開拓しちゃえ派の私と、あらかじめ主要国に根回ししておくべき派のあやかさんで意見が食い違い、どうにも議論が行き詰まっているのだ。

 いや、私も根回しは必要だとは思うのだが、あやかさんのやり方ではいつまで経っても火星開拓を開始できないのだ。聖杯を使わないと魔法世界の寿命には限りがあるし、あまり地球に関わり合いになりすぎても、邪魔する反魔法勢力が出てくる危険性があるんだよなぁ……。

 

 まあ、その辺は休憩の後にあらためて話し合おう。

 

 私は別荘にいる人形達に頼んでいた夕食を食べる旨を伝え、食堂に移動した。

 放課後に二十四倍速の別荘の中に入ってから現在、内部時間で二日目だ。一日目は修行を行ない、二日目は『ねこねこ文書』の作成を行なっている。私は成長も老化も止まっているからいいが、付き合ってくれるあやかさんとネギくんはちょっと心配だよね。さっさと計画書を完成させてしまいたい。

 

 そんなことを思いつつ、テーブル席に着く。

 するとすぐに、キティちゃんの人形達によって食事が並べられていく。と、人形達に混ざって、茶々丸さんの姿が見えた。珍しい。普段はエヴァンジェリン邸でキティちゃんの世話をしているのに、今日はこっちか。

 やがて配膳が終わり、私達は食事を開始する。

 

 うーん、今日は東南アジアのエスニック料理か。人形達のレパートリー広いな……。

 香辛料がふんだんに使われた食事を腹八分目になるまで食べ、私は食後のコーヒーを人形に頼む。すると、あやかさんとネギくんもコーヒーを頼んだ。ネギくんがコーヒーを飲むとは、ちょっと驚いた。

 

 そして、コーヒーを食堂に運んで来てくれたのは、茶々丸さんだった。

 

「ありがとうございます、茶々丸さん」

 

「いえ……」

 

 コーヒーを飲む間、茶々丸さんは私達の横に立ち続けていた。

 どこか、そわそわしているようにも感じられる。うーん、ロボットがそわそわ?

 

「茶々丸さん、いかがされましたか?」

 

 私はコーヒーカップをテーブルの上に置き、単刀直入に茶々丸さんへと尋ねた。

 すると、茶々丸さんは私を見、そしてネギくん、あやかさんをそれぞれ見てから言った。

 

「今回は、大変申し訳ありませんでした」

 

 茶々丸さんが、深々と頭を下げる。

 突然の謝罪に、ネギくんが困惑顔になっている。

 だが、あやかさんは事情を察したようで、茶々丸さんに向かって言う。

 

「それは、先日の麻帆良祭でのことですね?」

 

「はい。ネギ先生とみなさんとは、敵対をしてしまいました。その謝罪をと」

 

「そうですか……。その謝罪、しかと受け取りましたわ」

 

 あやかさんが、私達を代表してそう言った。実は、現実時間での昨夜に女子寮で行なったネギま部の話し合いで、茶々丸さんと仲直りしようという話が出ていた。だからこれで、茶々丸さんの謝罪は私達ネギま部全員に受け入れられたことになる。

 

「しかし、なぜまたこのタイミングで謝罪を?」

 

 私は、ちょっと気になったのでそんなことを茶々丸さんに尋ねていた。謝罪のタイミングとしては、後夜祭や、先日の図書館島地下での方が、ネギま部メンバーがそろっていて都合がよかったと思うのだが。

 

「悪いことをしたなら謝らなければならないと言われました」

 

「誰から?」

 

「教会の懺悔室(ざんげしつ)で、神父様から……」

 

 って、ここで懺悔室かい!

 

 実は今日、クラスで懺悔室のことが話題になっていたのだ。なんでも、夕映さんが懺悔室に悩みを打ち明けにいったところ、真摯(しんし)に対応してくれたのだとか。その話を聞いたクラスメート達が、自分も行こうかななどと盛り上がっていたのだ。

 茶々丸さんも、どうやらその懺悔室にお悩み相談へ行ってしまったらしい。

 

 しかし、その懺悔室の神父、正体は神父ではないはずだ。教会で世話になっているクラスメートの春日美空が魔法で神父に扮しているだけのはず。『魔法先生ネギま!』でそういうエピソードがあった。

 見事に茶々丸さんは騙された形になるが……実害はないので神父のことはどうでもいいか。

 

「茶々丸さんは、超さんに味方したことが悪いことだと思っているのですか?」

 

 私は、茶々丸さんへそう確認をした。悪いことをしたなら謝らなければならない。それはつまり、茶々丸さんは自分の行動が悪事だと自覚しているわけで……。

 

「……分かりません。私は道具であり、製作者に従うことが正しいのだと考えていました。そして、優先順位として、マスターよりも製作者が上に来たため、私は超鈴音とハカセがいる陣営を選びました」

 

 なるほど。超さんが別れの際、茶々丸さんにわざわざ「おまえは自立した個体だ」なんて言った理由が分かったよ。

 超さんがああ言うまで、茶々丸さんは一つの人格を持つ存在として自己を確立できていなかったのだ。彼女は、定められた優先順位に従って動くロボットでしかなかったのだ。

 もしかして、ネギくんのキティちゃんへの弟子入り試験が存在しなくなったせいで、茶々丸さんが恋を知らずに情緒が育たなかったとかありえるかもしれない。

 

 そしてさらに、茶々丸さんは言った。

 

「ですが……、マスターに敵対したことは悪いことだと思っています」

 

「なるほど。そっちの意味で謝りたかったんですね」

 

 ドール契約を結んだ主に反逆する。確かに、悪事だろう。キティちゃん自身、従者に裏切られるようなことは何もしていないのだし。

 

「それなら、エヴァンジェリン先生に謝れば、十分ですよ。私達への謝罪は必要ありません。いえ、むしろ謝っては、超さんの行動を悪い行為だとあなたが認めることになってしまう」

 

「それは……しかし、皆さんに謝罪をせねば私は戻れません」

 

 私の言葉を受け、茶々丸さんがそんなことを言った。

 その真意が計れず、私は茶々丸さんに問い返す。

 

「戻るとは?」

 

「『異文化研究倶楽部』に……私はネギま部に所属し続けたいのだと思います」

 

「そうですか……確かに今回の戦いは、超さん対ネギま部の戦いでしたね。茶々丸さんはネギま部だったのに、超さん側についた。それなら確かに、ネギま部のメンバーには『敵対してごめんね』と謝って、戻るのが一番しっくりきますね」

 

「そうですか。では、やはり、他の皆さんにも謝る必要がありますね」

 

「ええ。ところで、茶々丸さん、私からも一つ謝罪が」

 

 私がそう言うと、茶々丸さんは不思議そうに「なんでしょうか?」と問うてくる。

 そんな茶々丸さんに、私は頭を下げた。

 

「麻帆良祭で超さんや茶々丸さんが、ネギま部と対立するはめになってごめんなさい」

 

「そんな……頭を上げてください。先に敵対の意思を示したのは、我々の方で……」

 

「いえ、私は謝らなければならないのですよ。実は、超さんが今回の企みをしていたことは、前々から気づいていました。その証拠に、超さんのロボット兵器にコンピュータウィルスを仕込んでいたでしょう?」

 

「……確かに、あのウィルスはいつ仕込まれたものかと、疑問を持っていました」

 

「ええ、麻帆良祭の前にすでに見つけていたのですよ。私は超さんの行動に先回りしていた。超さんがやりたいことをおおよそ理解できていた。なのに、超さんを説得して止めることを怠った。『ねこねこ文書』をもっと早く見せることもできたのに、しなかった。なので、私は茶々丸さんに謝罪します。ごめんなさい」

 

 頭をさらに深々と下げると、茶々丸さんはしばし黙り、そして言った。

 

「……生みの親である超鈴音の代わりに、謝罪を受け入れます」

 

 茶々丸さんの言葉を受け、私はゆっくりと頭を上げた。

 許すとの言葉はもらっていない。許すかどうかは、茶々丸さんが決めることじゃないから。だけど、謝罪を受け入れてはもらった。だから私は、茶々丸さんとの関係をここからやり直すことができると思った。

 

「茶々丸さん、僕は――」

 

「ネギ先生。先生は謝る必要ないですわよ」

 

 立ち上がり何かを言いかけるネギくんに、あやかさんは横からそんなことを言った。

 

「あやかさん!?」

 

 ネギくんが、目を見開いてあやかさんの方へ振り返る。

 

「ネギ先生は、信念をもって超さんの企みを止めました。だというのに、何を謝るというのです。止めた後に謝るくらいなら、最初から止めなければいいのですわ。ネギ先生も、超さんとの戦いの時は自分を間違っていたとは思っていなかったはず。ネギ先生は、『敵対してごめんね』は言わなくていいのですよ」

 

「それは……」

 

「もちろんリンネさんの先ほどの謝罪も、超さんの企みを邪魔したことについては含めていないでしょう。今回の戦いは、どちらが良い悪いというものではなかったのです。茶々丸さんが謝ったのは、ネギま部を裏切ったから。リンネさんが謝ったのは、おそらくは、茶々丸さんが裏切らざるを得ない状況を作ってしまったからです」

 

 うん、あやかさんの言っていることは正しい。

 今回の戦いは、正義と正義……いや、信念と信念のぶつかり合いだった。そこに善悪は関係ない。

 それが飲み込めないのか、ネギくんは煮え切らない顔をして席へと座りなおした。

 

「ネギ先生。超さんを止めたことに負い目があるなら、彼女のためにも『ねこねこ文書』をよいものにしましょう。火星を救うこと。それが、彼女の望みだったのでしょうから」

 

「……そうですね」

 

 あやかさんの諭す言葉で、場は上手くまとまった。

 あやかさんはすごいなぁ。私はこういう説得フェーズは上手くこなせそうにないよ。

 

 なお、この後キティちゃんに謝った茶々丸さんだが、あっさりと許しを得た。

 キティちゃん曰く、お前はまだ生まれたばかりの赤子のようなもの、だそうだ。幼い子供の過ちは一度なら許すという態度は、キティちゃんらしいよね。彼女、女子供に甘いから。

 

 こうして、一人の自立した存在として茶々丸さんは、ようやくスタートラインに立った。

 ここからどう成長していくのかは……今後の楽しみにしておくことにしようか。

 

 

 

◆124 麻帆良学園学園長近衛近右衛門

 

 討論に討論を重ね、麻帆良学園に提出するための『ねこねこ文書』あらため『ねこねこ計画書』が完成した。

 そして、六月三十日、私はネギくん、キティちゃん、あやかさんの連名で学園長先生にアポを取り、学園長室で『ねこねこ計画書』を提出した。

 まずは概要をまとめた要旨を見てもらい、何を提出したのかをこの場で確認してもらう。

 

「……ふーむ、超鈴音くんの一件がようやく収まったと思ったら、このような物が飛び出してくるとはの。責任者は辛いのう……」

 

 セリフはおどけているが、表情は真面目そのものの学園長先生。

 代表者として計画書を提出したネギくんは、緊張した顔でその学園長を見ている。

 

「ふぉっふぉっふぉ、ネギ先生。そう不安がらんでもよいよ。突っ返すようなことはせん。だが、いくつか確認させてもらってよいかの」

 

 学園長先生のその言葉に、ネギ先生はコクコクとうなずく。緊張して声が出ないようだ。

 

「刻詠リンネ君じゃったな。確か数年前に、エヴァンジェリンに師事をすると言い出した子の一人だったと記憶しておるが……?」

 

「はい、そうです。私と、同じクラスの長谷川千雨さんですね」

 

 学園長先生の問いに、素直にそう答える私。

 

「ウム。それが実は、固有能力を持っていたというわけじゃな。その能力は、いつから?」

 

「生まれつき所有していました」

 

「なるほどなるほど。実はの、刻詠君の周囲に、見慣れない外国人がよくいるとの報告が昔からあってのう。その外国人が、この別宇宙からの使者ということでよいのじゃな?」

 

「はい。私が幼少期から呼び出して、特殊技能を学ぶために師事していました」

 

「フム。ちょいと待っていておくれ」

 

 学園長先生は、その場でノートパソコンを開き何かを操作すると、ノートパソコンの画面をこちらに見えるように差し出してくる。

 

「この写真に写っている方がそうかの?」

 

 ノートパソコンの画面には、一つの画像が表示されていた。

 それは、正拳突きをする幼い私と、それを見守る『武王姫アリス』だ。画像の場所は、おそらく私の実家の近くにある公園だろう。

 

「そうですね。私の格闘術の師匠をしていただいている、アリスという別宇宙の王女様です」

 

「フムフム。これは、他の魔法先生へのよい証拠となりそうじゃな」

 

 ああ、学園長先生は、この計画に乗るつもりなのか。すでに、他の魔法先生達をどう説得するかに考えが移っているっぽい。

 提案メンバーにキティちゃんがいたのが、信憑性を与えたのかな?

 

「して、実際に人を呼び出すところを見せてもらえるかの? そうじゃな、計画の(かなめ)となるという子猫の方を一人、呼んでもらえると助かるのじゃが」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

 私は、スマホを手元に呼び出し、『LINE』で連絡を取る。

 あらかじめ何人かに呼び出すかもと言っていたので、返事はすぐだ。

 

「では、呼び出します」

 

「うむ……」

 

 そうして出てきたのは、独特の民族衣装に身を包んだ、一匹の子猫だ。

 人の半分もない身長で、直立二足歩行。生まれてすぐから精力的に活動が可能な、スーパー種族。それでいて、彼らは自らを子猫と自称する。

 

「これはこれは、遠くの地までよくぞいらっしゃいましたな」

 

「一瞬で来られるから、遠くまで来たって感じはないけどにゃ。よろしくにゃ」

 

 子猫の姿を見て、学園長先生は目を細めて笑みを浮かべる。

 まあ可愛いのは分かるけど、その子めちゃくちゃ頭が良い科学者だから、あなどっちゃダメだよ。

 

「フム。ちょいと魔法をかけさせてもらってよいかの? ちょっとした探査の魔法なのじゃが」

 

「構わないにゃ。幻術のたぐいではないと存分に調べるといいにゃ」

 

「ウム。では、失礼して」

 

 学園長先生はデスクから小さな杖を取り出し、それを子猫に向けて振る。

 すると、子猫の周囲に光の粒が舞う。これは……ディテクト・マジックのたぐいか。

 

「妖魔や妖精ではないようじゃな。確かに普通の生物だのう。二足歩行の猫、か……別宇宙で進化した生物と言われると、納得できるものがあるのう」

 

 そう言いながら、学園長先生は杖を仕舞い、椅子の背もたれに背を預けて大きく息をついた。

 

「計画書、読ませてもらおう。しかしじゃな、信じぬ者も多く出ると思う。関東魔法協会理事の儂としても、麻帆良の魔法使い達が納得していない案件を本国には上げられぬ」

 

「そうだろうな。事が事だ」

 

 キティちゃんが、面白くなさそうな声でそう言い放った。

 

「ウム。そこで、何かインパクトのある証拠の提示を考えておいてもらえぬか? 子猫の方々の科学力が優れているのなら、何かすごい実験をするなり……」

 

 ああ、それなら、ちゃんと考えてある。

 

「宇宙船を披露するのはいかがでしょうか。何もないところから宇宙船を取り出して、内覧してもらうんです」

 

 私は学園長先生に向けてそう言うと、学園長先生は面白そうに笑って、言った。

 

「それはよいな。さすがに宇宙まで飛ばすわけにもいかんが、インパクトは十分じゃろ」

 

 いやはや、話の分かるトップで嬉しいよ。

 そして、確かに受理をしたとの学園長先生の言葉を受け、子猫をスマホの中に戻してから私達は学園長室を退室した。

 

 扉を閉め廊下に出た私達は、笑顔で頷き合い、ハイタッチを交わした。計画、一歩前進である。

 



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■53 空飛ぶオウム貝

◆125 武器迷彩

 

 麻帆良の魔法先生達に『ねこねこ計画書』が配付(はいふ)された。

 反応は、困惑、疑惑、驚愕、歓喜と様々らしく、信憑性を巡って連日大騒ぎらしい。

 中にはネギくんや私へ確認を取りに来る人も居て、私は子猫を呼び出して見せてから、「お披露目をお待ちください」と言ってお帰り願うことになった。

 

 何度も呼び出すことになった子猫には、おわびにまたたびを用意してあげた。

 子猫はキャットニップという植物を食料にする生物だが、猫つながりでまたたびも食べられるらしい。「持ち帰りたいにゃ」と言っていたが、スマホの中には物は持ち込めないので、現世限定グルメと化している。

 

 そんなこんなで、『ねこねこ計画書』の内容は周知され、宇宙船のお披露目会は七月四日金曜日に行なわれることになった。

 計画書を提出したのが六月三十日なのでかなり急な予定だが、ネギま部が夏休みに魔法世界を訪問するスケジュールを考えると巻きでいく必要があるんだよね。それに、期末テストが迫っているので、魔法先生も忙しくなる。

 

 そう、期末テストである。

 今回もネギま部では勉強会を実施することにしており、テスト二週間前の今から修行の合間を縫って何度か行なわれていた。

 期末テストで赤点を取ると夏休み中補習となるので、修行をこなしてから魔法世界に挑みたいネギま部メンバーとしては、なんとしてでも良い点を取らなければならなかった。

 

「元バカレンジャーのうちピンク以外はネギま部だから、今回も学年一位を狙えそうだな」

 

 水曜日の放課後を使って行なわれた、別荘での修行後の勉強会。その休憩タイムでの雑談で、ちう様がそんなことを言った。

 ちなみに〝元〟バカレンジャーなのは、リーダーのバカブラックだった夕映さんがこの前の中間テストでバカレンジャーを脱して、優等生の仲間入りを果たしたからである。

 

「しかし、超さんの抜けた穴は大きいですわよ」

 

 そう言ったあやかさんも、優等生の一人。彼女が言った通り、超さんは常に全教科満点の天才児だった。そのため、クラス全体の平均点を競い合う学年クラス順位争いでは、学年末、一学期中間と続けて一位を取ってきた3年A組が、王座から陥落する危機と言えた。

 

「そこはあれだ。新入部員の楓の躍進に期待だな」

 

 ちう様が、この前の麻帆良祭で新たに仲間に加わった長瀬楓さんへと話を振る。彼女は元バカレンジャーの一員、バカブルーであった。

 

「さすがの拙者も、ここまで手厚く教えられれば、それなりには点数を取れるはずでござるよ」

 

「言ったな? 期待してるぞ」

 

「むむむ、期待されても困るでござる」

 

 そんな雑談を終え、再び勉強を再開。合計で二時間ほど勉強を終えると、就寝時間となった。

 別荘は外の二十四倍の速さで時間が流れるが、内部で二十四時間経たないと外に出られないという制約がある。なので、中に入ったら就寝する必要があるのだ。

 

 大部屋に布団を敷き、ネギま部一同で布団に寝転がる。うん、毎度、この時間はワクワクしてくるよね。

 みんなも、まだまだ眠る気はないのか、パジャマ姿のままワイワイと雑談に興じている。

 

 そんな中、私は隣の布団のちう様に話しかける。

 

「ちう様、先日、『力の王笏』の外観の話をしましたよね?」

 

「ん? ああ、アタッチメントをつけるかどうかって話か」

 

 ちう様のアーティファクトの外観はあまりにも子供向けすぎるので、どうにか見た目を変えられないかという話を以前した。

 その話を『LINE』でアンドーとの雑談中に出したところ、アンドーからある提案があった。

 

「スマホの中の技術で、『武器迷彩』というのがあるんです。武器の性能に一切影響を与えず、見た目だけ変更するというものです」

 

「へえ、それで『力の王笏』の見た目を変えるってか」

 

 そういうことだ。

 とりあえず、試してもらおうということで、私はアンドーから借りてきた『武器迷彩』をスマホから取り出した。

 

「これを装着してみてください」

 

 そう言って、私は一枚のカードをちう様に渡す。

 

「装着……?」

 

「アークス製の端末持っていますよね? そこからメニューを開いて――」

 

 ちう様に『武器迷彩』の装着方法を教え、カードをちう様が持つアークス製携帯端末にセットした。

 アークスならば端末の操作なしで身体にセットできるのだが、ちう様はフォトンを扱える身体ではないため、端末経由での装着となった。

 

「では、『力の王笏』を呼び出してください」

 

「おう。アデアット」

 

 いつも通りの『力の王笏』がちう様の手の中に出現する。

 

「次に、端末に『力の王笏』を登録します」

 

「ええと……よし、できた」

 

 すると、ちう様の手の『力の王笏』が一瞬光り、その姿を変える。

 その見た目はと言うと……。

 

「魔法の杖カレイドステッキの『*マジカルルビー』です」

 

「いや、これ、ハートが星になっただけで、方向性変わってねーから!」

 

「はい、的確なツッコミをありがとうございます。これはサンプルですから、いろいろ試していきましょう」

 

 私はそう言って、布団の上に『武器迷彩』のカードを並べた。

 そのカードの表面には武器の外観がしっかりと描かれており、セットしなくても見た目を確認することができる。

 さっきちう様は裏面を上にして持っていたから、ツッコミを入れるまでその外観に気づかなかったというわけだ。

 

「千雨ちゃん、私にも見せてー!」

 

 と、それまで興味津々で私達の動向を見守っていた神楽坂さんが近寄ってくると、それに釣られて他のネギま部メンバーもカードを手に取ってワイワイと騒ぎ始めた。

 

「これなんてすごいわよ。血の付いたモーニングスター!」

 

 水無瀬さんが手に取ったのは、『*ジラドメテオ』だね。持っていたら補導待ったなしの一品である。いや、補導を通り越して逮捕かな。

 

「これって、リンネさんが持っているスマホってやつですか?」

 

 おっと、相坂さん惜しい。それは『*携帯端末型CAD』。『PSO2』が『魔法科高校の劣等生』とのコラボしていたときに入手した、科学的な魔法の杖の一種だね。復刻されないコラボガチャ産なうえに初期のコラボということで、希少性が高くてゲーム内では高額で取引されていた記憶がある。

 

「これとか思いっきり剣ですよね。格好良いなー」

 

 女子の中に混じっても平然としているネギくんが手に取ったのは、『*ガラティーン』。どこか子供の玩具っぽいデザインのロングソードだ。DX(デラックス)ガラティーンとか呼びたくなる見た目である。

 

「あはは、なにこれ。抱き枕じゃん」

 

 早乙女さんのは……これはお目が高い。『*ジェネ・マクラ』ではないですか。ジェネとは、『PSO2es』のメインヒロインの少女のこと。何種類もキャラクターグッズ(主にフィギュア)をリリースしていたため、コアなオタク層なら『PSO2es』を知らなくても見た目だけなら知っていたという、ある意味でシリーズ一番の人気キャラだ。

 

『あのー、ちう様』

 

『あまり変な見た目は勘弁してもらえないでしょうか』

 

『抱き枕とか嫌ですー!』

 

 皆で騒いでいると、『力の王笏』の電子精霊から泣きが入る。

 

「心配すんな。私が持つんだから変なのにはしねーって」

 

『ちう様ー! 信じていました!』

 

『我々としては、一番最初の『*マジカルルビー』がお勧めです!』

 

「いや、十分変なんだよ! 私の年齢考えろ!」

 

 マジカルルビーは推定高校生の遠坂凛も持っていたから、大丈夫だよ?

 

 その後、ネギま部一同による騒がしい話し合いは続き、最終的にあやかさんが告げた「警察のご厄介にならないデザイン」という基準で、『*クエンティンガロテ』が選ばれた。

 翼が生えた聖なる杖という感じであり、大人向け魔法の杖とでも呼ぶべきそのデザインには、電子精霊達も満足げ。

 でも、この派手なデザインに、普通の私服は合わないと思うなぁ……。

 

「オシャレねー。私もたまにはアーティファクトの見た目を変えて気分転換してみたいわね」

 

 神楽坂さんが私の方をチラチラと見ながら、そんなことを言う。

 だが、その考えは甘いよ。

 

「近接武器に『武器迷彩』を適用するのはお勧めできませんよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ。これ、見た目上のリーチが変わるのに、実際のリーチは変わらないんですよ。相手の目測を誤らせることに使えるんですが、自分の目測も誤りますから。ネギくんの刀身が見えなくなる風の魔法をもっとややこしくする感じです」

 

「あー、それは、私には向いてなさそう」

 

 神楽坂さんは私の言葉で諦めたのか、すぐに引き下がる。

 

「そもそも、みなさんのアーティファクトはちゃんとした見た目ですから。無理に誤魔化す必要はないでしょうね」

 

「私は最初、ハリセンだったけどねー」

 

 ハリセン形態があることは、強みだと私は思うけどね。

 なにせ、相手を殺傷することなく殴りつけることができる。剣形態だと峰打ちでも金属の塊だから、結構危ないんだよね。

 そんなことを神楽坂さんに説明すると、アーティファクトを褒められたと思ったのか、恥ずかしそうにしていた。

 

 そんな夜の一時を過ごしつつ、時間は着実に進んでいく。

 そして、とうとう宇宙船披露会の日が訪れる。

 

 

 

◆126 召喚

 

 七月四日、夕刻。

 麻帆良学園都市の郊外にて、魔法先生達が集まっていた。

 ここは、麻帆良祭の後夜祭でキャンプファイヤーをやった場所だ。宇宙船を呼び出すのに際して、広さは十分なようだ。

 

「航空法とか宇宙法とかに引っかかると怖いので勝手に空は飛ばせませんが、地面から浮かすくらいはいいでしょうかね。地面に大質量を直置きしたら、草地が大変なことになりそうですし」

 

「浮いた状態で呼び出せるのかの?」

 

「小型機での実験では問題ありませんでした」

 

 皆の前で立つ私と学園長先生は、最後のすり合わせを行なった。

 ちなみにネギま部メンバーも今回の披露会にはやってきているが、一般の魔法生徒の姿はいない。魔法世界の崩壊はトップシークレットだからだ。

 そして、学園長先生との確認の会話も終わり、私は魔法先生達の前で声を張り上げる。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。これより、惑星開拓船『スペース・ノーチラス』のお披露目会を始めさせていただきます」

 

 そう挨拶をして、私は本日の要件と、『ねこねこ計画書』についての概略を一分程度話した。

 

「では、早速、宇宙船を呼び出していきましょう。まずは、都市部から見えないよう、ここ一帯を結界で区切ります。結界の魔法を張るのは、こちらの子猫さん達です」

 

 私は皆の前でスマホを高々と掲げると、四匹の子猫を呼び出した。以前、登校地獄の呪い解除にも参加した、魔法研究担当の子猫達だ。

 杖を持った可愛らしい子猫が出現すると、魔法先生達から「おお」とざわめきが走る。

 

「それでは、結界を張ってもらいます」

 

 子猫達が呪文を唱えると、魔法陣が地面に輝き、郊外の広範囲が結界で区切られる。

 これで、外からは肉眼でも機械でもここらをうかがうことはできなくなった。

 

 準備も終わったので、私は『LINE』で『定刻通り召喚します』と送る。

 すると、相手から『了解』と短く返ってきた。

 

「では、皆様。十八時十五分ちょうどに『スペース・ノーチラス』号を召喚します」

 

 そう言って、私はスマホの時計を確認する。

 やがて時間となり、私はスマホの中の宇宙から、『スペース・ノーチラス』号を呼び出すよう念じた。

 すると、私の中から何かが失われることもなく、すんなり大質量の宇宙船が後方の空間へ出現した。特にこれといったエフェクトもなしにだ。

 

 全長約五百メートルの大型船。カラーリングは青。運用目的は、主に惑星間の資材・人員輸送用だ。

 

 その巨大な姿に、魔法先生達から歓声があがる。うん、見ているだけでワクワクしてくるよね。

 しかも、なんというか巨大な物体が現れて空気の流れが変わったのか、威圧感というか存在感みたいなものも感じられるし、幻術と疑う者はそういないだろう。

 

「さて、今回は実際に宇宙船の中に入り、内覧を行ないたいと思います。とは言いましても、この人数ですので貨物庫までとして、艦橋や機関室は代表者のみの内覧とさせていただきます」

 

 私がそう言うと、魔法先生の一部から明らかに落胆する声があがった。全員に見せてやりたいが、ネギま部も合わせると二十人を超える。その全員を案内となると、班分けして回って何時に終わるか分からない。

 なので、魔法先生の中から代表者を選出して、その人達に見てもらうこととなっている。

 

「では、宇宙船の中へと向かいましょうか」

 

 私がそう言うと、船の中からモニタリングしていたのか、入口が開いてタラップが降りてくる。

 そして、入口から水兵服を身にまとい、頭にターバンを巻いた一人の少年が出てきた。

 

 少年は、草地に降りて、皆に挨拶した。

 

「どうもー。案内役のネモ・マリーンだよ! 貨物庫に案内するから、みんな一列になってね!」

 

 宇宙船の乗組員としては若すぎるその姿に皆が面を食らうが、ネモ・マリーンが「早く早く」と急かし始める。

 すると、ネギま部部員達が率先して列を形成し、ネモ・マリーンの案内で『スペース・ノーチラス』に乗船した。

 先頭は、もちろん私と学園長先生だ。

 

「『スペース・ノーチラス』号へようこそー」

 

 すると、同じ容姿をした複数人のネモ・マリーンが私達を迎え入れてくれた。

 

「ふぉ!? 六つ子とかかの?」

 

 学園長先生、残念。『おそ松くん』じゃないんだよね。

 

「彼らは、精度が極めて高い分身ですね。分身といっても、それぞれが独立した思考を持っていて、個性も分かれています」

 

「ふむ、分身か。確かに精度が高いのか、見てもそれとは分からんの」

 

 そして、ネモ・マリーン達の案内で、貨物庫へと移動する。

 貨物庫の中には、すでにいくつか荷物が積みこまれていた。主に、乗組員が船内で活動するための生活物資だ。食料とか衣服とかだね。

 

「みんな来たね。ここが貨物庫。でも、こんなところに入っただけじゃつまらないよね? だから、特別に無重力体験をしてもらいまーす。いえーい」

 

 ネモ・マリーンが唐突にそんなことを言い出す。でも大丈夫。これはちゃんと事前に用意していた催し物だから。

 

「『スペース・ノーチラス』の船内は、フォトンで重力制御がされているんだ。普段は地球と同じ重力にしてあるけど、操作すれば、こんなふうに……」

 

 すると、だんだんと身体が軽くなっていき、やがて私の身体は重力を感じ取れなくなっていた。

 

「無重力初体験だね! どうかなー? あ、移動しやすいようにポールを出してくれるって」

 

 ネモ・マリーンがそういうと、床からフォトンでできたポールが複数生えてきた。

 突然の無重力であわてる皆が、あわあわとポールにつかまって体勢を整えようとする。

 

「それじゃあ、代表者の人が内覧をしている間に、みんなで無重力レクリエーションでもしようか。あっ、スカートの人はごめんねー」

 

「代表者の人はこっちに来てねー」

 

 私は初めて体験する無重力に身を任せながら、案内役のネモ・マリーンの先導で貨物庫を出た。

 代表者の魔法先生達が手足をバタつかせる中、スイスイと移動していた学園長先生がとても印象的だった。

 




※武器迷彩がカード型で端末に装着するという描写は、当作品のオリジナル設定です。


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■54 惑星開拓船スペース・ノーチラス

◆127 キャプテン・ネモ

 

 貨物庫から出ると、重力は徐々に元通りになっていった。

 そして、ネモ・マリーンや乗組員の子猫達とすれ違いつつ、艦橋へと移動する。

 その艦橋には、二人の人物が待ち受けていた。

 

 一人は、ネモ・マリーンと同じ顔をした、ターバンに白い船長服の少年。

 もう一人は、紫色の長髪をお下げにした、ターバンの少年よりもやや年かさの少女。

 

 その二人を私は学園長先生と代表者達に紹介する。

 

「こちら、船長の『キャプテン・ネモ』と、技術顧問の『シオン』教授です」

 

「よろしく」

 

「どうも。シオン・エルトナム・ソカリスです。魔法の学徒達を私達『スペース・ノーチラス』号一同は歓迎いたします」

 

 ターバンの少年、キャプテン・ネモが短く言い放ち、対照的に少女、シオン教授が丁寧に挨拶をする。

 まあ、キャプテン・ネモは人見知りだからね。ここは、私が簡単に説明をしようか。

 

「この艦橋では、宇宙船の操作全般を行ないます。高度にコンピュータ制御されているため、必要な人員はそれほど多くはありません」

 

 私がそう言うと、シオン教授が口を開く。

 

「『スペース・ノーチラス』は優秀ですから、その気になれば十人程度で運用が可能です。乗組員が百人単位で必要な地球の大型船とは技術が違いますね」

 

 はいはい、シオン教授も並行世界の地球人にマウント取ろうとしないの。そもそも、魔法世界には地球より高度な技術で作られた飛空船が存在しているんだから、魔法使い相手に船舶との比較をしても、意味ないよ。

 

「ふぉふぉふぉ、ノーチラスにキャプテン・ネモとは、なかなかにユーモラスなネーミングじゃな。地球の文化に合わせてくれたのかな?」

 

 学園長先生が、目を細めてシオン教授の話をスルーし、そんなことを言った。

 

「うーん、そうとも限らないんですよ。くだんの別宇宙には並行世界の地球からの移住者もいますので」

 

 私がそう言うと、学園長先生はヒゲを撫でながら「そういえばそうじゃったの」とつぶやく。

 

「資料にもそう書かれておったのう。リンネ君。船長と教授も、並行世界の地球出身かね?」

 

「そうなります」

 

「ふむ、ということは、我々と同じ地球人類ということじゃな」

 

 それは違うんだよなぁ。

 

 ちなみにキャプテン・ネモは小説『海底二万里』に登場する、ネモ船長本人がベースになったサーヴァントだ。いわば架空の存在。

 キャプテン・ネモの正体である幻霊についてとか、学園長先生達に説明するのがちょっと大変そうだなぁ。よし、黙っておこう。

 

 なお、この『魔法先生ネギま!』の世界には『海底二万里』だとか『シャーロック・ホームズシリーズ』だとか『ジキル博士とハイド氏』だとかは普通に出版されている。

 それでいて、『月姫』や『空の境界』は存在しない。おそらく『Fate/stay night』も発売されないだろう。そして、セガ・マークⅢやドリームキャストは存在するが、『ファンタシースター』や『ファンタシースターオンライン』はリリースされていない。

 

 なんとも、神様の介入を感じてしまうね。まあ、別宇宙に住む存在は全員創作物の存在だと相手に分かったら、それはそれで説明に苦労しそうなので、助かるのだが。

 ちなみに、スマホの中に住む人々は、自分達が本来の宇宙から複製された存在だという自覚がある。それでいて、精神に異常をきたしていないのだから、神様の力ってとんでもないよね。

 

「我々が住む宇宙には、地球人類と同じ容姿で、中身は全く別の種族という存在もいます。かくいう私も、地球出身ですが純粋な人類とは言いがたいのですよ」

 

 そんなことを言い出したこのシオン教授は、『Fate/Grand Order』の登場キャラクターだ。しかし、私がガチャで出したりイベントで手に入れたりしたサーヴァントではない。

 彼女は、スマホの中の宇宙に神様が用意したカルデアベースに最初から住み着いていた人員だ。

 

 スマホの中の宇宙には、ガチャやイベントで入手したキャラクター以外にも、人間が多数存在する。

 王国には国民がいるし、カルデアにはスタッフがいるし、オラクル船団のアークスシップ一隻一隻にそれぞれ百万単位で人が住んでいるし、惑星Yarnにはエルジマルト人が六十八億人定住している。

 

 ただ、ゲームのガチャ産やイベント産のキャラクターが不滅の存在だとすると、彼ら一般人達は定命の存在。歳は取るし、死ぬし、新たに生まれてくることすらある。

 

 私が持つ能力の本質は、ゲームに登場した力を自由自在に扱うこと。そのためか、ガチャやイベントで手に入れて〝所持している〟キャラクターは、いつでも呼び出せるように不滅の存在になっている。しかし、シナリオテキスト上に存在しただけのキャラクターまでもが不滅というわけにはいかないようだ。

 ただ、定命の人間も子供は作れるため、力は子孫に受け継がれていく。

 スマホの中の文明が続く限り、私はその力を現世へ自由自在に呼び出すことができるだろう。

 

 シオン教授も、そんな一般人枠の一人なのだが……彼女、結構なお歳なのに、見た目は妙齢の少女である。見た目詐欺だ。彼女が言ったとおり、純粋な人類じゃないからだね。

 ちなみに、彼女の呼称が教授なのは、カルデアの隣にある大学の本物の教授様だからだ。

 この大学は私が生まれてから十五年の間に発足して、子猫達の手によって建築された。ムジーク神秘大学という名称である。学長はゴルドルフ元所長。

 

「なるほどのう。見た目が似ていても、別の存在であると」

 

「ええ。価値観はそこまで大きくは変わらないでしょうが、種としての交わりはできないでしょう。今後、二つの宇宙が交流を続けるとして、子孫をどうするかは考慮に入れる必要が出るでしょうね。……失礼、『スペース・ノーチラス』から話が逸れましたね」

 

 と、そこでようやくシオン教授の話が艦橋についてへと戻り、どう操作するか、どう運用するかの説明がされていく。

 

「この船の主な任務は、火星への物資、機材、人員の輸送です。ワープ航法を用いて、地球と火星を短期間で何往復もできます」

 

「ふうむ、ワープのう……」

 

 シオン教授が口にしたワープ航法という単語に、魔法先生達が困惑気味だ。魔法には転移魔法があるが、宇宙規模の転移魔法というのは使われることがない。実際にやればできることは『UQ HOLDER!』を読めば分かることだが、今の時代では研究がされていないのかもしれないね。

 

「このワープですが、その気になれば別の銀河にすら跳躍可能です。もっとも、発動にはフォトンが必要なため、宮崎のどかさんを乗せていないと、フォトン不足におちいり、帰ってくるために資材を大量消費するでしょうが」

 

『ねこねこ計画書』には、フォトン関連技術についてもしっかり載せてある。別宇宙の技術であり、のどかさんを通じてフォトン粒子の散布を行なっていることもだ。

 

「フォトンか……別宇宙から持ちこまれた未知の粒子じゃったな。それもまた別途で披露してもらう必要があるじゃろうが……」

 

「重力制御装置や船内の照明、空調等はフォトン粒子で動いていますよ。魔力で置き換えることも可能ですが、魔力不足を解消しに向かう船で、魔力を消費しては本末転倒というもの」

 

 学園長先生の言葉に、シオン教授がそう補足を入れる。

 

「なるほど。船内はそのフォトンで稼働しておるのじゃな」

 

「はい。では、そのフォトンを動力に換えている機関室を見にいきましょうか」

 

 シオン教授がそう言って、場所の移動を始めた。向かう先は、『スペース・ノーチラス』の心臓部である機関室。

 機関室では、技師兼機関長である少女、ネモ・エンジンが皆を待ち受けていた。

 

「おう、来たな。機関室では二種類の動力炉が稼働しているぞ。メインとなるのは双発のフォトンリアクター。これは、フォトン粒子をエネルギーに換える、オラクル船団ってとこの技術だ」

 

 フォトン粒子の淡い光で輝く二つのフォトンリアクター。光る見た目がいかにも現在動いていますよって感じなので、魔法先生達に与えるインパクトも強いだろうな。

 

「もう一つが、汎用魔力炉。万が一の時のためのサブ動力だな。こちらの世界の魔法世界ってとこで使われている、一般的な技術をうちら流に改良した一品だ。空間中の魔力を取り込むだけでなく、『叡智の種火』っつー魔力の火を投げ込むことで、フォトンリアクターにも負けねえ馬力を出せるぞ。魔力動力のみでのワープ航法は、まだ研究中らしいけどな」

 

 叡智の種火。ギリシャ神話の神であるプロメテウス神がもたらす腕、『叡智の手(プロメテウスハンド)』から採取できる魔力の火だ。

『Fate/Grand Order』における経験値アイテムだが、メタ的なアイテムではなく世界に根ざしたちゃんとした背景設定がある。人理の危機に際して、プロメテウス神が人類を(たす)けるためカルデアに『叡智の手』を送り込み、戦闘シミュレーターでこの種火を入手できるようにしているというものだ。

 

 なので、人理の危機が存在しないスマホ内の宇宙では、種火は採取できない。

 しかしだ。私がスマホで『Fate/Grand Order』を起動して曜日クエストで種火を掘れば、スマホ内の宇宙のカルデアに種火が保管されていく。そのため、供給は未だに途絶えていない。

 

 同じ方法で『ファンタシースターオンライン2 es』で☆10防具を掘ってゲーム内の交換ショップでアイテム交換すれば、『フォトンスフィア』というフォトンの結晶を入手することもできる。これもフォトンリアクターのいい燃料になるね。

 

「今日は空を飛べないってんで、機関部の本格駆動は見せてやれねえが……、ま、フォトンリアクターもそのうち地球に広まって、見る機会も増えるだろ」

 

 ネモ・エンジンがそう言い放つ。

 フォトン関連技術はいずれ公開予定だ。火星開拓事業が進めば、子猫達は人類との交流を始める。そのとき、一緒に技術も公開するのだ。全人類が分け隔てなく使える夢のエネルギー。きっとそれは、世界を大きく変えることだろう。

 

 その後、ネモ・エンジンの案内で、保管されている『叡智の種火』や『フォトンスフィア』を見て、機関室を後にする。

 

 さらに、乗組員の居住区や医務室、食堂なども見て回る。

 

「宇宙船と聞いてどのような内部構造になっているのかと思っていましたが……意外と普通の飛空船と変わりませんね」

 

 魔法先生の一人が、そんな感想を述べる。

 すると、シオン教授がすかさず答えた。

 

「それは、重力制御のおかげでしょうね。宇宙に出ても無重力状態でないならば、船舶や潜水艦等と同じ内部構造でも問題がないのですよ」

 

「重力制御ですか……魔法で実現するには、重力魔法を断続的に使う必要が――」

 

「ああ、それでしたらこちらで改良した新魔法が――」

 

 と、魔法先生の一部とシオン教授が、食堂の椅子に座りこんで討論を始めてしまった。

 しょうがない、しばしここで休憩か、と思っていると、食堂に料理長の少女ネモ・ベーカリーが入ってきた。彼女はお盆を手に持っており、そのお盆の上には料理の皿が載っている。さらに、彼女の後ろに子猫達がお盆を持ってついてきていた。

 

「ここいらで小休憩はいかがでしょうかー。世にも珍しい、別宇宙の野菜サラダですよー」

 

 そう言って、次々と食堂のテーブルにサラダの皿を並べていく。

 そして、惑星Cath製の野菜をゴロンとテーブルの上に転がすネモ・ベーカリー。

 

 その見覚えのない野菜を見て、魔法先生達が驚きの表情を浮かべる。

 

「それは……その、我々が食べても大丈夫なのかね?」

 

「大丈夫ですよ。私達の宇宙にいる地球人の方も食べていますし、オーナー……刻詠リンネさんも日常的に食べていますから」

 

 魔法先生の問いに、ネモ・ベーカリーがそう答えると、私に視線が集まる。

 私は皆に見つめられながら、箸を手に取って野菜サラダを食べてみせた。うん、ゴマっぽいドレッシングが利いていて美味しいね。

 

「美味しいですよ。皆さんも夕食はまだでしょうし、せっかくなので軽くつまみましょう」

 

 私がそう言うと、魔法先生達が恐る恐るサラダを口にしていく。

 

「ふーむ、美味いな」

 

「黄色いから、いったいどんな味がするのかと思っていましたが……」

 

「その野菜、手に取ってもよいかね」

 

「どうぞどうぞ」

 

「魔法世界にも独特の植物がありますが、それとはまた違うようですね」

 

 そう言って、魔法先生達がワイワイと盛り上がる。

 そして、口々に宇宙船の感想を述べ始めた。先ほどまで魔法談義をしていた魔法先生とシオン教授もそれに加わる。

 

 うんうん、どうやら『スペース・ノーチラス』は肯定的に受け止められたようだ。

 まだ空すら飛んでいないし、現状では飛空船との違いを実感している魔法先生はほとんどいないだろうけれども。

 

 その後、時間も遅くなってきたので食堂を出て貨物庫の皆と合流し、私達は『スペース・ノーチラス』を後にした。

 さらに、皆の前で『スペース・ノーチラス』をスマホの中の宇宙に仕舞い、皆を再度驚かせる。

 

 それから、学園長先生のお言葉で締めて、その場は解散となった。

 魔法先生達が連れ立って都市部へと帰っていくのを見て、今日は金曜日だし飲みにでも行って宇宙船の感想でも言い合うのかな、などと私は思った。

 

 私も、ネギま部のメンバーとそろって女子寮へと戻り、その道すがら貨物庫で行なわれたという無重力レクリエーションの感想を聞いていった。

 そして、一つのことをふと思う。

 

 キャプテン・ネモ、結局『よろしく』の一言しか喋らなかったなぁ……。

 

 人見知りだとしても、それでいいのか船長さん。

 



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■55 期末テストの結果は

◆128 アスナ姫

 

 火星開拓もいいが、私達の本業は学生だ。時間を前に進めれば、否応なしに定期テストがやってくる。

 ネギま部では別荘を使った修行の後のお泊まり勉強会がすっかり定着していて、皆の学力は着実に上昇していた。そして、今日も別荘を使って、期末テストに向けた最後の勉強会を実施していた。

 

「いやはや、まさか小学校の勉強からやり直すはめになるとは……」

 

 そう言って、ネギくんの作った小テストを解いていくのはバカブルーの長瀬楓さん。

 なんでまたそんなに勉強ができないのか、と思ったら、基礎からして怪しいことがネギくんの小テストラッシュで判明した。

 たとえば国語なら、簡単な漢字すら読み解けない。たとえば英語なら、アルファベットすら所々書けない。たとえば数学なら、分数の計算すら怪しい。そんな感じだった。

 

 なので、楓さんが言った通り、小学校や中学一年の勉強からやり直させたところ、彼女の学力は一気に上昇した。

 ついでにそれに付き合った神楽坂さんこと明日菜さんも、学力が急上昇。今までのバカっぷりはなんだったんだろうという始末である。

 

「なんか、最近アスナが使う言葉から、妙に賢さを感じることがあってなあ」

 

 そう言ったのは、近衛木乃香さんだ。

 木乃香さんは明日菜さんと寮で同室だから、会話を交わす機会も多い。

 しかし、明日菜さんが賢くなった、か……。

 

「明日菜さんは魔法で記憶を封印されていたんですよね? 案外、それが学力に影響していた可能性が……」

 

 私がそう言うと、小テストを解いていた明日菜さんがびっくりしてこちらに振り返った。

 

「ちょっとリンネちゃん、どういうこと!?」

 

「記憶を封じると言うことは、それまで培った経験を封じるということ。知識とは積み重ねですから、他の人達が幼い頃から学び続けていた知識が、これまでの明日菜さんの中には封じられていて存在しなかったわけです」

 

「知識は積み重ねかぁ。確かにね」

 

「もしくは、記憶封印魔法が脳の記憶野を占有していて、知性に影響を与えていた可能性が……」

 

「なによそれー!」

 

 いや、明日菜さん。ただの憶測だってば。

 ただ、魔法の中には一時的に頭が良くなる代わりに、副作用で一ヶ月間、頭がパーになる魔法なんてものがあるからね。

 

 やがて、小テストが終わり、ネギくんが採点している間にネギま部の部員達は雑談を始める。

 話題は、明日菜さんの封印されていた記憶について。

 

「記憶が戻ったと言ってもね。記憶を封印される前の私と、記憶を封印された後の私とで、それぞれ別の人間みたいになっているのよね」

 

 なんてことない風に神楽坂さんが言うが、話を受け止める側は軽く流せることではなかった。

 

「それって、もしかして二重人格やあらへんか?」

 

 真面目な顔をして木乃香さんが問い返す。

 

「そうそう。そんな感じ。記憶を封印される前の私、そうだなー、アスナ姫って呼ぼうかな? その子が私の奥底で眠っているの。私は、表側にいる仮初めの存在って感じ」

 

「仮初めって、そんな……」

 

「あはは、大丈夫よ。仮初めって言っても、別に風が吹いたら吹き飛ぶようなものじゃないし? 少しだけ向こうの方が長生きなだけよ」

 

 少しだけ、少しだけかぁ。

 

「ちなみにそのアスナ姫様は何歳くらいなのですか?」

 

 真相を知る私が、ちょっとつついてみようかみたいな気分で問いかけた。

 

「うーん、百歳くらい?」

 

 あっけらかんと言った明日菜さんの言葉に、ネギま部一同がどよめく。

 

「あ、でもエヴァちゃんみたいに不老の吸血鬼ってわけじゃないのよ? ちょっと子供の状態で成長を止められて、生物兵器にされていただけでねー」

 

 明日菜さんがさらに燃料を投下し、ネギま部の雰囲気が一気に御通夜状態になる。

 だが、明日菜さんはそれを気にせず、話を続ける。

 

「そんな私を見かねたネギのお父さん達が、救出に来てくれたの。それからみんなで魔法世界を旅したんだけど、少しずつ人が減っていって、幸せになれって言われて、記憶を封印してもらって高畑先生に麻帆良へ連れて来てもらったの」

 

 実際、明日菜さんはネギくんが麻帆良に来るまで、一般人として幸せに過ごしていた。

 魔法と関わり合いになることで、その日常は崩壊し、戦いに巻き込まれていくこととなった。

 

「でもね。記憶が戻っても、私は幸せなままね。辛い思い出はいっぱいあるけど、楽しかった記憶だってある。そこは、もう一人の私と共通した意見ね」

 

 アスナ姫と意思疎通ができるのか、明日菜さんはそんなことを言った。

 

「でも、そんな昔の記憶でも、ナギの行方は分からないのよねー。だから、魔法世界でナギの居場所を突き止めて、こんなに幸せになったわよって言ってやらないとね!」

 

 そう言って笑う明日菜さんに、あやかさんが告げた。

 

「そうですわね。そのためにも、期末テストでは赤点を回避して、補習を免れませんとね」

 

「うっ、だ、大丈夫よ!」

 

 すると、採点をしていたネギくんが、ペンを動かす手を止めた。

 

「はい、大丈夫ですよ。アスナさん、五十点満点です」

 

「本当!? わー、こんな良い点、初めて取ったかも」

 

 ネギくんから小テストの用紙を受け取って、明日菜さんがはしゃぐ。

 そして、さらにネギくんは楓さんに小テストを返却する。

 

「楓さんは四十二点です。あと一息です!」

 

「拙者としてはそこまで取れれば十分でござるが……」

 

「せっかくですから、成績上位を目指しましょう!」

 

 ネギくんにそう言われ、楓さんは苦笑して頬を掻いた。

 本人的には、勉強する時間で修行をしたいところだろう。彼女は最近、『天狗コノハ』と、その付き合いで現世に出てきた『鬼一法眼』に修行を付けてもらって、ガンガン実力を上げているからねぇ。

 

 まあ、本格修行で『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と正面から戦えるまで、みんなを鍛えたいのはこちらも同じ。

 期末テストはさっさと済ませて、万全な態勢で夏休みを迎えたいものである。

 

 

 

◆129 ネギま部部長

 

 期末テストが終わった。恒例のクラス順位発表では、またもや3年A組が一位を取った。

 すでにバカレンジャーは解散しており、バカピンクの佐々木まき絵さん以外はそれなりの成績を残すようにまでなっている。いや、バカレンジャーは他称であって解散も何もないんだけどね。

 

 そして、皆に期末テストの成績表が配られる。

 私の平均点は九十四点。中間テストからは幾分か下がった形だ。

 いやあ、さすがに期末はね? 主要五科目以外のテストとなると、前世の知識だけで満点を取れるようにはなっていないからね。

 

 そんな成績発表で悲喜こもごもなクラスで、立ち上がって騒ぎ出す者が出た。

 

「ゆえ吉ー! 勝負だー!」

 

「ネギま部部員の座、明け渡すですー!」

 

 鳴滝姉妹だ。

 まだネギま部への入部を諦めていなかったらしい。成績表を持って夕映さんに勝負を挑みに行っている。

 

「ふふふ、恐れおののくがよい」

 

「今回の私達を甘く見ないことですね!」

 

 鳴滝姉妹は、元々頭は悪くない。昔は学年順位が六百位台だった夕映さんに比べて、姉妹は三百位付近だったはずだ。

 姉妹が今回勉強を頑張ったというならば、相当点数を上げてきたと思われるのだが……。

 

「ぎゃわー!」

 

「びえー!」

 

 夕映さんの成績表を見て、鳴滝姉妹が撃沈した。その様子に、クラスがどよめく。

 

「へーい、ユエ、どれくらいだった? ちなみに私は八十九点ね!」

 

 早乙女ハルナさんが、みんなが気になっていることを尋ねた。

 すると、夕映さんは若干誇らしげに告げる。

 

「九十六点です」

 

 いや、私負けてんじゃん!

 ……え、本当に? 夕映さんそこまで成績上げてきたの? うそお、夕映さんって、のどかさんと一緒に別荘のシミュレータールームに籠もってばかりで、勉強会以外でそこまで勉強しているイメージなかったんだけど……実は女子寮で勉強していたとかなんだろうか。

 

 いやはや、こりゃあ、うちのクラスもまた一位取るわけだ。超さんが抜けた穴、完全に埋まっているね。

 

「うぶぶ……無念」

 

「こうなったら、ネギま部の部長に直談判ですー」

 

「はっ、そうだ。僕はまだ諦めないよ! 部長! 部長はどこだー」

 

 鳴滝姉妹が復活し、そんなことを騒ぎ出す。

 

「ゆえ吉、ネギま部部長は誰!?」

 

「部長です? そういえば、誰でしょうか……アスナさんあたりではないです?」

 

「アスナー!」

 

 鳴滝姉妹の姉の方、風香さんが事態を見守っていた明日菜さんへと詰め寄る。

 だが、明日菜さんは困惑顔。

 

「ええっ、私じゃないわよ」

 

「えー、じゃあ誰ー?」

 

「し、知らない……」

 

「どーなってんの、ネギま部ー!」

 

 いやー、どーなっているんでしょうね。

 と笑いながら私が見ていると、ぽつりと木乃香さんが言った。

 

「部長はリンネやでー」

 

「リンリンか!」

 

「リンリン、私達をネギま部にー」

 

 うん、実は私なんだよね、部長。

 どこぞの上野の動物園にでもいそうなあだ名で呼ばれた私は、姉妹に向けて言う。

 

「ネギま部こと『異文化研究倶楽部』は、夏休みに海外への遠征を行ないます」

 

「なにそれ! 面白そう!」

 

「リンリン、私達も連れていくです」

 

 鳴滝姉妹が、私の言葉を受けてさらに騒ぐ。しかしだ。

 

「海外と言っても、治安の良い場所ばかりではありません。地域によっては、力こそ全ての危険地帯もあります。ゆえに、腕に覚えがない人は連れていけません」

 

「うぐぐ……そうきたかー」

 

「本屋ちゃんとのリベンジマッチは十連敗中です……」

 

 いつの間にリベンジマッチが行なわれていたんだ。どんだけ入りたいんだ、この二人。

 しかし、夏休みに待ち受ける敵は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』。ちょっと強い程度だと死が待っている。

 

「のどかさんに武力で敵わないなら不可……と言いたいところですが、そうですね。私に腕相撲で勝てたら考えましょう」

 

 私は机の上に肘を乗せてみせながら、姉妹にそう言った。

 

「急にハードルが上がったー! ウルティマホラ優勝者に腕相撲とか無理ゲーだろ!」

 

「わーん、ミニゴリラ相手に腕相撲とか死ぬです」

 

 誰がミニゴリラじゃ。

 身長が低いのは、意図的に『刻詠の風水士リンネ』に似すぎないよう成長を抑えているからなので、自分でも納得している。けど、ゴリラはないだろう、ゴリラは。のどかさんみたいにTeHuはやってないぞ。

 

「リンリン、もう少し優しいのを……」

 

 風香さんが私にそうすがってくる。うーん、まあ、ここでもう一回折っておくか。

 

「では、我がネギま部から刺客を。ハルナさんと腕相撲で勝てたら考えます」

 

「え? 私?」

 

 突然話を振られたハルナさんが、キョトンとした顔で自分を指さした。

 それを見て鳴滝姉妹がヒソヒソと話し始める。

 

「パルか……背は大きいけど、力はそこまで強くないはず……」

 

「パルはどう考えてもインドア派です」

 

「あっ、でも、図書館探検部だから、本屋ちゃんみたいに侮れないかも……」

 

「とりあえず、やってみるです」

 

 そして、鳴滝姉妹がハルナさんに挑むも……ハルナさんが一瞬で勝利した。

 

「ぐぬぬ、負けたー!」

 

「ウェイト差は絶対的です……」

 

「いやいや、腕相撲にそこまでウェイトは関係ないでしょ」

 

 鳴滝姉妹にデカ女扱いされたのが納得いかないのか、ハルナさんがそんなことを言った。

 

「はいはい! 腕相撲の勝負でいいなら、私もやりたい! 力ならそれなりに自信あるよ!」

 

 そう言ったのは、バカピンクこと佐々木さん。

 確かに、彼女は運動部の新体操部所属なので、力はそれなりにあるだろう。

 

「佐々木さん、いいのですか? ネギま部は夏休みに海外遠征に行きますが、他に部活があるでしょう」

 

「私、今年の夏は選抜に落ちたから……」

 

 ああ、そういえば、原作漫画と違って選抜テストに受からなかったんだっけ。ネギくんのキティちゃんへの弟子入りがすんなりいったせいで、ネギくんを通した彼女の成長の機会が潰れたからだ。

 

「だから、今年の夏はフリー! ネギ君と一緒に海外旅行、行ってみせるよ」

 

 そう言って、佐々木さんはハルナさんの前に立って、腕相撲に挑んだ。

 そして……。

 

「はい、私の勝ちね」

 

「にゃー! なんでパルがこんなに腕相撲強いのー!」

 

 一切拮抗することもなく、ハルナさんが勝利した。

 タネは簡単。ハルナさんは魔法を習得して、魔力を身に宿しているからだ。

 気や魔力を持つ者は、ただそれだけで身体能力が強化される。地道に別荘で魔法の練習を頑張ったハルナさんは、今や一般人を超えた力を身につけていた。

 

「いやー、海外行くからね。私も最低限の護身術を身につけているのさ」

 

 ハルナさんが力こぶを作ってみせると、佐々木さんがはっとした顔になって言う。

 

「と言うことは、このかも……」

 

「ウチも腕相撲は負けへんでー」

 

「うわーん、運動部のプライドがー!」

 

 そのプライドは入念に折らせてもらうよ……。

 魔法世界に興味本位でついてこられなんかしたら、面倒だからね。いろいろあってクラスメートが奴隷になりましたとか、絶対に防がないとならない。

 強運で全てを台無しにしかねない椎名桜子大明神に出てこられたら、私が持つ幸運スキルでは太刀打ちできなかったところだが……どうやらネギま部への興味はなさそうだ。彼女はチアリーディング部なので、夏は忙しいだろうからね。

 

 そして、そのまま新入部員は誰も入ることないまま、その日の騒ぎは無事に収まった。

 さあ、夏休みまであと一息だ。

 



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■56 ネギの剣

◆130 打ち上げにはカラオケで

 

 とうとう終業式の日がやってきた。

 中学最後の夏休み。エスカレーター式の学校であるため受験の心配もない夏。クラスメート達は弾けに弾け、上がったテンションのぶつけどころとしてカラオケに行くことになった。

 

 さすがにクラスメート三十三名+ネギくんを一室に詰め込むことはできないので、五、六人程度に分かれることになった。

 私は、キティちゃんの美声を聴きたいので彼女に付いていく。

 と、同じくキティちゃんの歌の上手さを聞きつけた運動部四人組、明石さん、和泉さん、大河内さん、佐々木さんと同室になった。

 

 私とはあまり交流がなかった四人組だ。とは言っても、同じ寮に住んでいる関係上、それなりに会話はしているけれども。

 早速とばかりにキティちゃんにマイクを渡し、彼女の歌声を聞きながら雑談に興じる四人組。

 

「あーあ、夏で部活は終わりかぁ」

 

 明石さんが名残惜しそうな声でそう言った。

 すると、佐々木さんが横からツッコミを入れる。

 

「何言ってるの。麻帆良高に繰り上がって継続でしょ?」

 

「まあ、そー言われるとそーなんだけど。気分というのがあるでしょ」

 

 明石さんがぼやくようにそう言い返した。

 さらに、大河内さんも明石さんに言う。

 

「しかも、高等部に上がったら今度は一番下っ端からで、前と同じ先輩達が上にいる」

 

「うへぇー」

 

「運動部は大変やなぁ」

 

 関西弁で他人事のように言う和泉さんは、外部のサッカー部のマネージャーだ。マネージャーは選手ほどは上下関係に厳しくないのだろうか。

 しかし、麻帆良学園本校の運動部って、小学校時代からエスカレーター式に繰り上がっていって、高校まで一緒とか……ちょっと人間関係が熟成されすぎていそうだよね。

 

「ここで外部から入学したすごい生徒が現れて、部の内部をかき乱していくのが部活漫画の王道ですよね」

 

 私がそう話を振ると、四人がそれに乗っかってきて好きなスポーツ漫画は何かで盛り上がった。

 私が好きなスポーツ漫画は『おおきく振りかぶって』と『ダイヤのA』だが、どちらも2003年現在では連載開始していない。いつ始まるのか知らないけど、久しぶりに読み返したいなぁ。

 

 やがて、キティちゃんのめちゃうまソングは終わり、次に和泉さんが曲を入力していたようで、マイクを取って歌い始めた。

 

「ところで、ネギま部は海外に行くそうだけど、いつ出発か決まったの?」

 

 曲を入力し終わった明石さんが、私にそう尋ねてくる。

 

「ええ、八月五日出発ですね。八月下旬までがっつり遠征しますよ」

 

「八月五日かぁ。順調に県大会を勝ち進んだら関東大会の途中かな。やっぱりついていけそうにないかー」

 

 明石さんは、バスケットボール部だったね。

 彼女達運動部四人組は、原作漫画だと魔法世界までついてくるんだよね。でも、移動手段を提供していたあやかさんはネギま部に入ったし、そもそも日程を原作漫画よりも早めているので、この世界では私達についてくるのは困難だろう。

 原作漫画における彼女達の幾人かは魔法世界で奴隷落ちするという不幸な目にあっているので、どうにかついてこないよう気を付けなければならないね。

 

「おっ、次歌うのリンネちゃん?」

 

 和泉さんが歌い終わり、マイクを手に取った私に、明石さんが問いかけてくる。

 

「ええ、エヴァンジェリンさんほどではないですが、結構自信ありますよ」

 

「言うねえー」

 

 しかし、あれだね。

 転生するときは、アニメ版じゃないから『ハッピーマテリアル』を歌わずに済むなんて冗談を言ったものだけど、いざ3年A組のクラスメート達と交流すると、一度くらいでいいから一緒に『ハッピーマテリアル』を歌いたくなるものだね。

 まあ、彼女達の声は、前世の声優とは違う声質なんだけどね。

 そりゃそうだよね。世界が現実化して生身の人間になっているわけで、前世の声優と同じ声が出るはずがないんだから。

 

 なので、『FGO』と『PSO2es』で同じ担当声優のキャラクターの声を現実で聞き比べてみても、全然違う声がするのである。

 ちなみに私の声は、ちょっと高めのささやき声って感じかな。

 

「おー、リンネちゃんそこそこ上手いじゃん」

 

 ふふーん、どうよ?

 

 

 

◆131 剣聖

 

 とうとう始まった夏休み。ネギま部メンバーは、早速別荘に集まっていた。別荘は改装され、複数のダイオラマ魔法球が接続されていた。

 中に入ると、キティちゃんがかつて所持していたという城が内部に建ち、その下に熱帯雨林が広がっていた。

 その熱帯雨林に降り立った私達は、まず始めに家主であるキティちゃんのお言葉を聞く。

 

「これまで皆は、リンネの能力で異世界の名だたる英雄、英傑の力に触れ、武の頂を垣間見てきたことだろう」

 

 そう語るキティちゃんの後ろには、見慣れない一人の男性が立っている。

 

「だが、強者は異世界だけに存在するわけではない。当然、私達が住む世界にも強者は数多く存在し、名だたる達人達が己の技を磨いている。今日は、その達人の一人に来てもらった」

 

 キティちゃんがそう言うと、男性を皆の前に立たせる。

 

「私が知る中で、一番の剣の達人だ。名を獅子巳(ししみ)十蔵(じゅうぞう)。若く見えるかもしれないが、これで私よりも年上だ。失礼のないように」

 

「獅子巳だ。剣しか知らない凡人だが、よろしく頼む」

 

 獅子巳さんの挨拶に、皆がバラバラに「よろしくお願いします」と言葉を返した。

 獅子巳十蔵。『UQ HOLDER!』の登場人物で、不死者の一人だ。

 

 キティちゃんの紹介にあったとおり剣の達人であり、歳は七百を越えているはずだ。

 そして、その強さは随一で、私のスマホの宇宙でも彼に勝てる存在はおそらくだいぶ限られてしまうだろう。

 

 彼の技量を示すデモンストレーションとして、キティちゃんは鉄のプレートアーマーを用意した。

 それを獅子巳さんが斬ってみせるという。斬鉄だ。ただし、使う武器は、新聞紙を丸めた棒。

 

 いくらなんでも無茶だろう、という顔をする神鳴流剣士の刹那さんだが、次の瞬間、彼女の顔は面白いように変わった。

 獅子巳さんが軽く新聞紙の棒を振っただけで、プレートアーマーが縦に真っ二つになったのだ。

 当然、驚いたのは刹那さんだけではない。ネギま部の誰もが驚いている。予言の書で彼のことを知っている、ちう様やのどかさんもだ。

 いや、こんなの実際に見せられたら驚くしかないよね。『気』をまとった棒で〝叩き潰す〟のなら、できる人もこのメンバーにはそれなりにいるだろう。でも、彼は〝斬った〟のだ。

 

 このデモンストレーションで彼は皆の尊敬を集め、気難しい女子中学生に受け入れられた。そのおかげで、剣術組の指導がスムーズに始まった。

 刹那さんも、獅子巳さんが説く剣の術理を真面目な顔をして聞き入っている。獅子巳さんは凡才を自称しているからか、指導に関して天性の感覚に頼らないため、分かりやすいのだ。

 

 やがて、私の方への指導も始まったのだが。

 

「お前が刻詠リンネか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「時に、相談があるんだが」

 

 ふむん? 相談?

 

「この間の祭りで、不思議な剣技を披露したそうだな。なんでも、同時三箇所に斬りつけるだとかいう」

 

「ああ、はい。『燕返し』ですか」

 

「その剣技、俺に見せてほしい。可能なら、俺も覚えてみたい」

 

「なるほど?」

 

 確かに、獅子巳さんなら『燕返し』にも興味を抱くか……。

 彼はただでさえアホみたいな剣速で斬りつけるというのに、そこに同時攻撃が加わったら、すごいことになりそうだね。

 まあ、協力を惜しむ理由もない。

 

「では、私達への指導が終わりましたら、『燕返し』本来の使い手を呼びましょう。向こうも、凄腕の剣士がいると言えば、来てくれるでしょうから」

 

「『燕返し』の使い手か。お前は異世界の英雄を呼ぶ力を持っていると聞いたが、そいつは佐々木小次郎か?」

 

「佐々木小次郎は複数の武人の逸話が集まった架空の存在で、私が呼び出せるのは、そんな逸話に一番近い経歴を持つ名もなき武人の亡霊です。まあ、みんな佐々木小次郎って呼んでいますけどね」

 

「つまり、佐々木小次郎のもとになった存在と戦えるということか。面白い」

 

 呼ぶって言っただけなのに、完全に戦うことになっているこの獅子巳さんクオリティよ……。

 面白いでしょうけど、今は私の指導をお願いしまっす!

 

 

 

◆132 白き魔剣

 

 ネギま部夏休み最初の修行が終わった。開始時と同じように、皆が城の前に集合する。

 キティちゃんのありがたいお言葉をいただき、年寄りは話が長いなと思いつつ胸に言葉を刻んだ。要約するとこれからも頑張れ、だった。

 

 そして、初日の修行終了、となったところで、私はネギくんを呼び止めた。

 

「ネギくん、おめでとうございます」

 

「はい? 何がですか?」

 

「先ほど、ネギくんの魔剣が納品されました。持ってきましたので、お渡ししますよ」

 

 私がそう言うと、解散しかけていたネギま部メンバーが再度私の近くに寄ってきた。

 

「できたんだ! ムラマサブレード!」

 

 当事者のネギくん以上に興奮したハルナさんが、スケッチブック片手に待機する。

 

「村正だと?」

 

 おおっと、呼び出した小次郎さんと話し込んでいた獅子巳さんも、興味を示したぞ。

 さらに、刹那さんや楓さんも興味津々という顔で、私とネギくんを囲んでいる。

 

「ええと、とうとう完成したんですか?」

 

 そう尋ねてくるネギくんに、私は自信満々に言った。

 

「はい、渾身の一作だそうです」

 

 現世の素材を要求されたので、だいぶ資金はかかってしまったが。

 私は、武器格納魔法を起動して品を取り出す。

 

 それは、世界樹が刺繍された布袋。当然、中には剣が納められている。

 布袋から慎重に中身を取り出すと、綺麗な黒鞘に入った一本の剣が姿を見せた。

 この鞘も、立派な魔法の鞘だ。麻帆良に立つ世界樹の枝から削り出して、漆を塗った物を金属で補強してある。

 

 その鞘に収められた剣を私はネギくんに手渡す。

 

「どうぞ。抜いてみてください」

 

 私がそう言うと、ネギくんは恐る恐る剣を鞘から抜いた。

 それは、片刃の剣だった。直刀とでもいうべきか、反りのない真っ直ぐな刃だ。刀と言うにはいささか肉厚な刀身だが。

 

 両刃のロングソードが出てくると思っていたのか、ネギくんが面食らった顔になる。

 そんな彼に、私は解説を入れる。

 

「ネギくんが普段使っている木剣は世界樹の枝製と言えども、所詮は木剣。金属製の剣と打ち合うことは困難です。ゆえに、この剣を片刃にすることによって、峰打ちができるようにしたとのことです」

 

「なるほど、それは非常に助かります」

 

 別荘の擬似的な陽光を受けて、光り輝く刀身をネギくんは見つめる。

 いや、そもそも刃自体が発光しているな、これ。

 その原因に思い当たり、私は説明を続ける。

 

「刀身は、世界樹の枝葉を練り込んだ魔法の鋼で作られています。鋼の素材は全てこちらの地球産で、世界樹の枝から作った木炭を燃やした炉で鍛えました。それにより、この剣は世界樹と共鳴して、力を発揮することができます」

 

「世界樹と共鳴……」

 

 ネギくんは共鳴に心当たりがあるのか、剣をじっと見つめた。

 うん、麻帆良祭では世界樹の木剣がすごく輝いていたもんね。

 

「世界樹は地球を守護する樹です。麻帆良から見えるあの大木が全てではありません。ネギくんがその剣を持って地球の敵と戦うことがあったら、きっと世界樹はネギくんに力を貸してくれることでしょう」

 

 いやあ、世界樹の力を込めたいとか言い出した鍛冶師達にはまいるね。

 現世の素材を使う制約上スマホの中で鍛冶をしてもらうわけにもいかず、わざわざ私の所持するダイオラマ魔法球に鍛冶場と炭焼き小屋を建てるはめになった。

 

 木炭なんて私の『Minecraft』の能力で簡単に作れるのに、それじゃあ力のこもった炭にならないっていうんで、小屋を建てた後は二十四倍速に時間経過を変えたダイオラマ魔法球で二週間、炭作りに付き合わされた。

 まあ確かに、『Minecraft』だとどの木材を使っても同じ木炭ができるので、世界樹の力は宿らないだろうけど……。

 

「正直なところ、純粋な頑丈さでは先に渡したアンオブタニウムの剣の方が上でしょう。しかし、その剣は魔剣です。魔力を込めることで、真の力を発揮します」

 

 私がそう言うと、ネギくんは鞘を地面に置き、柄を両手でしっかりと握って魔力を込めた。

 すると、剣はさらに輝き出した。何物にも染まっていない、純粋な白い光だ。

 

「魔力を込めることで、あらゆる物を切り裂く力が宿ります。さらに剣で増幅した破壊の魔力を相手に放つことができます」

 

 要は剣ビームである。

 それを聞いたネギくんが、ワクワクした顔で剣を大上段に構えようとするが……。

 

「ぼーや、待て! 結界も張っていないのに、別荘内でそんな物騒な技を放とうとするんじゃない!」

 

 キティちゃんに止められて、ネギくんはしょんぼりと肩を落とした。

 そして、しぶしぶと剣を鞘に収めるネギくん。

 

「ちなみに、この剣に銘はあるのですか?」

 

 刹那さんが、自身の剣である『夕凪』を両手に持ちながら尋ねてくる。

 

「銘ですか。千子(せんじ)村正(むらまさ)の作なので――」

 

「なにっ!? 千子だと!」

 

 おおっと、ここで獅子巳さんが食いついてきた。私は声を被せられて中断した言葉を再度言い放つ。

 

「千子村正の霊が打った剣なので村正と銘打ちたいところですが、魔剣として仕上げたのは魔剣鍛冶師のミスリアさんで、お二人とも自分の名を刻むことは拒否し合いまして……私が名付けさせていただきました」

 

 剣に向かっていた皆の視線が、私に集まる。

 その期待に応えるように、私は言った。

 

「『白き翼』。アラアルバです。ネギくんのお父上の『紅き翼(アラルブラ)』にちなんだ命名ですね」

 

 すると、「おおー」と周囲から感心の声が上がった。

 ま、名前のネタは原作漫画に出てくる同名組織からだけど。ネギま部のことだね。

 

「フン、ちょうどいい。ネギま部などというマヌケな俗称はあらためて、対外的には『異文化研究倶楽部』は『白き翼(アラアルバ)』と名乗れ」

 

 と、ここでキティちゃんが便乗。別にいいけどね。そもそもこのネーミングだって、原作漫画のエヴァンジェリンが考えたものだし。

 キティちゃんの指令に、ネギま部メンバーは肯定的だ。うん、格好良いよね『白き翼』。思春期の心にストライクである。

 

 こうして、ネギくんの新しい魔剣のお披露目は終わった。片刃の直刀だから使い勝手が今までとは変わるかもしれないが、そこはこれからの修行で慣れてもらおうか。

 ネギくんが武器格納魔法で魔剣を仕舞ったところで、私も武器格納魔法を起動する。

 そして、またまた一本の剣を取り出した。

 それは、ごく普通のロングソード。

 

「こちらは鍛冶場の炉の試運転で打った、ごく普通の鉄剣です。あえてすごい品には仕立てていません。こちらもどうぞ」

 

「えっと、はい……」

 

 ネギくんは、今更なぜ普通の剣を渡されるのかと、不思議そうにしている。

 そんな彼に、私は言う。

 

「その剣で、ネギくんには斬鉄を練習してもらいましょうか。鉄を斬ってください」

 

「えっ……鉄をですか」

 

「はい。獅子巳さんのように紙で鉄を斬れとは言いません。ですが、斬鉄は神鳴流の剣士なら十歳でできるようになるといいます。刹那さん、そうですよね?」

 

「あ、はい。そうですね。だいたいそれくらいが標準かと」

 

 私に話を振られた刹那さんがそう答える。まあ、多分、才能あふれる刹那さんならもっと早く斬れるようになっていたんだろうけど。

 じっとロングソードを見つめるネギくんに向けて、私は再度言葉を投げかける。

 

「もちろん、鉄なら私でも斬れます。なので、そこまで難しいわけではありません」

 

「俺は三十八年かかったがな……」

 

 哀愁ただよう感じで獅子巳さんが言った。うん、獅子巳さんって剣の達人だけど、不死者としての膨大な時間を使って、膨大な練習を積むという努力型の人だからね……。

 

「……まあ、頑張ってくださいね。指導はしますので。では、私からは以上です」

 

 そう言って、私は場を去ろうとする。

 だが、私を呼び止める者がいた。

 

「リンネの姉ちゃん、俺の方はどないや?」

 

「あー、小太郎くんの手甲ですか。どうなっていますかね」

 

 私はその場でスマホを呼び出し、『LINE』で『手甲鍛冶師フィスティア』に連絡を取った。

 

「おや、完成しているようですね。取り出しますよ」

 

「ホンマか!」

 

 私は、スマホの中から一対の手甲を取り出し、小太郎くんに渡す。

 そして、『LINE』での説明を読み上げていった。

 

「小太郎くんは成長期。まだまだ腕のサイズも大きくなっていくということで、あえて至極の逸品は作らなかったとのことです」

 

 彼が身に纏った手甲。その輝きは、見覚えのあるものだった。それは、ネギくんに以前渡したアンオブタニウムの剣と同じ。

 

「ですが、素材が素材ですからね。別宇宙の金属、アンオブタニウムです。魔剣の一撃も防ぎますよ」

 

「ほおー、これでネギの攻撃は効かないっちゅーわけやな」

 

「過信はいけないでしょうけどね」

 

「もちろんや。ありがとな! 支払いはどうする?」

 

「支払いですか。でしたら、肉体労働でどうですか? 今度、別のダイオラマ魔法球で木炭を作るので、そのお手伝いです」

 

「おう、肉体労働なら任せろや!」

 

 小太郎くんがそう言うと、ネギくんがはっとした顔になって、私のもとへと戻ってくる。

 

「すみません、リンネさん。魔剣の代金ですが――」

 

「ああ、ネギくんは、火星開拓事業の矢面に立たせることへの正当な報酬だと思ってくださっていいですよ。そもそも、クウネルさんが魔剣を作ると言ったのを、横から私がかっさらった形ですからね」

 

「えーと、いいのかなー……」

 

「いいんですよ。後日、クウネルさんのところに魔剣を持っていって、重力魔法の付与ができないか聞いてくるといいですよ」

 

「重力魔法! 分かりました、行ってみます!」

 

 そう話を締めると、ネギくんと小太郎くんが互いの武具を見せ合いながら、別荘の宿泊施設内へと向かっていった。

 あの二人のやりとりを見ていると、ほっこりするよね。

 

 さて、皆が別荘の建物内に戻ったが、この場にまだ残った者がいる。スマホ内に帰す必要がある小次郎さんと、そしてなぜか獅子巳さんだ。

 その獅子巳さんが、私に話しかけてくる。

 

「刻詠、一ついいか?」

 

「なんでしょうか」

 

「千子村正に刀を依頼したいのだが……」

 

 あー、獅子巳さん、村正が欲しいのか。そりゃあ、知名度は十分だからね。しかも、今の日本だと刀鍛冶をやっているところはとても少なくて、魔法に関わる裏の業界でも稀少になりつつある。

 さすがに、関西呪術協会なら、刀で戦う気力使いのために刀鍛冶を保護をしているだろうが、獅子巳さんは関西呪術協会の所属でもないだろうし。というか、普段何やって生活しているんだろう。賞金稼ぎとかボディガードとかかな?

 

「取り次ぎはしますが、打ってもらえるかは獅子巳さんの言葉次第ですよ。別に、私が村正お爺ちゃんの主というわけでもないので、紹介しかできません」

 

「それで構わない」

 

「ちなみに、幽霊みたいな存在なので、お金とかではそうそう動きません。対価はちょっと考える必要があると思います」

 

「そうか。ならば、蔵を開けるか……」

 

 獅子巳さんの所持する蔵とか、気になるワードが出てきたところで、私は別荘と接続中の私のダイオラマ魔法球へと移動する。

 そこで休んでいた村正お爺ちゃんに獅子巳さんを紹介したところ、二人は意気投合した。

 獅子巳さんの不死能力が、世界樹と同一視されている扶桑樹由来の薬によるものだと知ると、村正お爺ちゃんは魔剣『白き翼』を刀として打つと言い出した。

 

 ダイオラマ魔法球の宿泊所があわただしくなり、鍛冶師が集まってくる。

 そして、資材を確認した村正お爺ちゃんが私に向けて言った。

 

「おう、世界樹の炭が足りそうにねえ。オーナー、炭焼くぞ!」

 

 私は早速、小太郎くんを生贄に捧げるため、別荘へと逆戻りするのだった。

 



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■57 ネギま部修行中

◆133 ネギま部夏合宿

 

 さて、本格的に始まったネギま部の別荘での夏合宿。乙女の青春を前借りするという哀しい修行であるが、キティちゃんから「魔法世界では、世界の終わりを企む秘密結社が暗躍している」と言われ、無事に麻帆良に帰ってくるために皆、気合いを入れて取り組んだ。

 先日、スマホの中の宇宙から呼び出せる人員枠を大量に増やしたため、多数のキャラクターを呼び出して彼女達の修行に当てている。スマホ内の宇宙のトップ層になんとか頼み込んで、この期間中は全面的な協力体制を取ってもらうことにしている。

 

 では、あらためて各々が何をしているかを見ていこう。

 

 まずはネギくん。

 魔剣を手に入れた彼だが、それを使いこなすためにアルトリア陛下が円卓の騎士を指導員として召集。入れ替わり立ち替わり円卓の騎士達がやってきて、彼に己の技術を伝授している。

 さらに、キティちゃんが教本を用意した風・雷系の攻撃魔法をひたすらに詰め込まれ、魔法を使いこなすための精神力の鍛錬も剣の修行と並行して行なわれている。

 ちなみに斬鉄はすぐにできるようになった。

 

 小太郎くん。

 手甲を手に入れて、それを使った戦い方を編み出すために、ひたすら模擬戦を繰り返している。

 理論立てた格闘術よりも、獣の本能に根ざした荒々しい戦い方こそが彼の真の力を引き出すとのスカサハ師匠の言により、サーヴァントのバーサーカーを次々と呼び出して地獄の稽古を実施している。シミュレータールームの外でも戦い始めて生傷が絶えないので、木乃香さんの魔法の練習台として活躍しているね。

 

 明日菜さん。

 魔法無効化能力を完全に使いこなすために、魔法練習組からの攻撃魔法を受け続けている。さらには課題だった体力作りと咸卦法の持続時間延長のために、小太郎くんと一緒になっての地獄の模擬戦も組まれている。

 彼女のアーティファクトは大剣なので、それに見合った師匠も用意した。『剣士グローリア』。ソードマスターの一人で、その奥義の『岩砕滅隆剣』は大地を隆起させ敵を串刺しにするというむちゃくちゃな技。だが、真骨頂はそちらではなく、彼女の流派は高い体力を保ち、秘奥義は剣気をその身にまとわせ鉄のごとき頑強さとなる。

 魔法を無効化して、本人もカチカチ。タンクとして頼もしい存在となるだろう。メイン盾きた! これで勝つる!

 

 あやかさん。

 合気柔術をキティちゃんから叩き込まれ中だ。キティちゃんが魔法で分身を作りだして、あやかさんに専属教師として割り当てている。合気柔術の訓練のはずなのに魔法が飛び交っているのはどういうことだろうか。

 厳しすぎる鍛錬で、最近ようやく『気』に覚醒。明日菜さんに負けじと武の頂を目指している。

 

 木乃香さん。

 正統派の治療魔術師として、ひたすらに勉強と魔法訓練の日々である。他の者達と違って完全にゼロからのスタートだったため、置いていかれている現状にくすぶるような思いがあるようだが、嫉妬を表に出すこともなく、ひたすら魔法の修練にはげんでいる。

 潜在能力で見ると、キティちゃんやネギくんを超えて随一の魔力量を誇っているので、今後の成長が待たれる。

 

 刹那さん。

 剣士としてはすでに一流の域にある彼女。だが、彼女は神鳴流本家の者ではないため、弐の太刀と呼ばれる悪霊斬りの技を使えない。

 そこで彼女の指導に当たったのが、獅子巳十蔵さんだ。彼は神鳴流の使い手ではないが、おおよそいかなるものも切り裂くことができる。刹那さんはその彼に、様々なものを斬るための剣を学ぶことになった。

 

 水無瀬さん。ちなみに相坂さよさんと名前がややこしいので、小夜子さんとは呼んでいない。

 魔法使いとしてはそれなり、ネクロマンサーとしては凄腕。そんな彼女は、ネクロマンサーとしてさらなる能力向上を希望した。私もそれに応じて、『反魂の死霊術師メトゥス』を彼女に付けた。

 メトゥスは、かつて五百体のアンデッドを率いて王国に攻め入った元不死者のネクロマンサー。今は反魂の至宝で人間として蘇ったという濃すぎる経歴を持つキャラクターだが、その濃さに見合った実力はある。水無瀬さんを最凶のネクロマンサーに仕立て上げてくれることだろう。

 

 のどかさん。

 いくつかのクラスに習熟した彼女は、とうとうファントムのクラスに就いた。そこで、教官としてアークスの『キョクヤ』を呼び出したのだが、彼の独特の世界観を持つ言い回しに、のどかさんは困惑気味。だが、キョクヤの指導は熱心で、活を入れられながらひたすらシミュレータールームで訓練を重ねている。

 

 夕映さん。

 ヒーローを目指してハンターとガンナー、フォースのクラスを訓練中。こちらも教官としてアークスの『ヒューイ』と『ストラトス』を呼び出したのだが、彼らの熱血過ぎる指導に夕映さんは困惑気味。しかし、腕は確かな教官達なので、夕映さんはメキメキと実力を上げていっている。ヒーローになる日も近いだろう。

 

 ハルナさん。

 自身のアーティファクト『落書帝国』を極めるために、ひたすら絵を描いている。絵の上手さ、速さが戦力にそのまま結びつくとあってとにかく描くしかないのだが、どのシチュエーションでどの絵を描くかの判断能力も求められるため、シミュレータールームで様々な状況を『ダ・ヴィンチちゃん』に体験させられている。なお、『ゴッホちゃん』や『葛飾北斎』はフォーリナーなので、こちらの宇宙に何かあったら困るため、呼び出していない。

 ちなみに、魔法の訓練は継続して受け続けている。

 

 古さん。

 武は一日にしてならず。李書文先生の修行を継続するも、目立った成果は見られない。王国のランスマスターでも呼んで必殺技でも伝授してもらうかと聞いたのだが、そういうのは自分で編み出してみせると言われた。

 仙人の修行に関しては、術ではなく思想について学んでいる最中らしく、道士として大成してバカレンジャーの名を完全に返上する日が来るかもしれない。

 

 ちう様。

 私のスマホの『LINE』を経由して、スマホの中の『シオン』教授から怪しげな技術を学んでいるようだ。私のスマホは他人にタップできないが、ちう様はすでに私のスマホの一部だ。インストールされている『LINE』での他者とのやりとりも、私を中継せずとも可能になっている。

 姿を見せないので正直何をやっているのか怪しい限りなのだが、就寝時間に話を聞くと、思考を分割した分身を作ってそれぞれに自爆をさせたらハメ技になるんじゃね? とか言っていた。また変な進化してる……。

 

 楓さん。

 甲賀の忍者としては最高位の中忍に位置する彼女。彼女が新たに学ぶべきなのは忍者の技よりも、身軽さを活かした戦闘能力ということになり『天狗コノハ』と『鬼一法眼』の指導を受けている。

 原作漫画最終話で彼女のその後は『修行の結果、生身で宇宙を渡れるようになった』と語られている。アークスでもないのにそんな無茶が可能な楓さんのポテンシャルは、非常に高い。

 

 茶々丸さん。

 茶々丸は私が置いてきた。修行はしたがハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない。などとキティちゃんに言われる危機にある茶々丸さん。スペック不足をどうにかすべく、私はこっそり葉加瀬聡美さんのもとにアークス研究部と研究部所属の子猫達を派遣。超さんの未来技術を超える超科学で、茶々丸さんの新ボディが生まれようとしている。

 

 相坂さん。

 彼女はすでに戦闘者としては完成している。スマホの中の宇宙では、麻帆良祭での戦闘データから戦闘プログラムの修正を入れているらしいが、相坂さんが何かをするというわけではない。なので、彼女は楽しそうに皆のサポートに回っている。

 

 私。

 あっちへ人を呼び、こっちで人を帰しと、人員の調整で大忙し。正直、自分の修行に専念している暇がないが、みんなが強くなるならそれでもいいかと思っていた。

 そう、ダーナ様が来るまでは……。

 

 

 

◆134 仙人の試練

 

「来たよ」

 

 そう言って別荘の城に姿を見せたダーナ様。初めて見る謎の女性の姿に、皆が修行をしながら横目で様子をうかがってくる。

 大方、私のスマホの住人だと思っているのだろうが……とんでもない。こんな、なんでもできそうな超人、スマホ内にもいないよ。

 

「はい、皆さん。この方は、エヴァンジェリン先生の師匠というとんでもなく偉い方なので、失礼のないようお願いしますねー」

 

 とりあえず、城の外にいた面々に大声で情報を伝える私。いや、本当に失礼のないよう頼みます。

 

「うら若い乙女達が、せっかくの休みにこんなところに籠もって修行とは、哀しいねえ」

 

 ダーナ様が、私達も気にしている事実をズバッと言ってくる。

 いや、ちゃんと定期的に外に出て遊びには行っているよ。ただ、スケジュール的に遊び1:修行9くらいなだけで。

 

「とりあえず、各々がどんなことしているか見せてもらっていいかい?」

 

「ええ、構いませんが……」

 

 ダーナ様にアドバイスでも貰えるんだろうか。そう思って、一通り見せて回ったのだが……。

 

「よくもまあ、モチベーションが持つもんだねぇ。あの子達、自分が何を相手するのかすら知らないんだろう?」

 

「ええ、まあ。さすがに今から造物主(ライフメイカー)のことを伝えても、萎縮させるだけなので」

 

「悪の秘密結社を倒す、くらいは言っていいんじゃないかい?」

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が魔法世界で暴れ回っていて、私達とぶつかりそうなこと自体は、伝えてありますよ」

 

 明確に敵とまでは言っていないが、魔法世界の救済という点で目的が被って、戦闘になる可能性はしっかりと教えてある。

 

「さて、一通り見せてもらったけど……追加で修行が必要な子が一人いるね」

 

「どなたでしょうか?」

 

 不死者であり現世にあまり口だししないダーナ様が、わざわざ指摘するような子か。誰だろうか。

 

「仙人の修行をしている子だよ」

 

「ああ、古さんですか」

 

「そうそう。あの子はちょっとテコ入れが必要だね。どれ、ちょっとアドバイスしに行こうか」

 

 ダーナ様がそう言って、古さんの方へと向かう。

 すると、古さんは建物の中で、『太公望』さんに仙人の教えを受けていた。

 

「ちょっと失礼するよ」

 

「む、先ほどのエヴァにゃんの師匠アルか」

 

 古さんが資料を読む手を休めて、こちらに振り返る。すると、ダーナ様はズカズカと室内を進んでいき、彼女が見ている資料を覗き込んだ。

 

「やっぱりね。あんた、異世界の仙道を学ぶのはいいけど、自分の世界にある仙道を先に学ばないでどうするんだい」

 

「むむ、どういうことアルか」

 

 古さんは、完全にダーナ様の方へと身体を向けて、ダーナ様の言葉を待った。

 

「あんたは隣の大陸の出身だろう? この世界の仙道っていうのは、大陸人であるあんた向きに最適化されているんだよ。だから、これを学ぶ前にそっちを学んできな」

 

「もしかして、仙人の住処に連れていってくれるアルか?」

 

「ああ、特別サービスだよ。山の麓まで送ってあげよう」

 

「やったアル! あっ、それって崑崙(こんろん)アルか?」

 

「そうだよ。知っているのかい?」

 

「こちらの太公老師が、崑崙行きを希望しているアルヨ」

 

 古さんに紹介され、太公望さんがダーナ様に挨拶する。

 

「どうも。太公望と申します。地球にいる同名の方とは別人ですけどー」

 

「確かに、あの坊やとはずいぶんと違うね。それで、崑崙に何か用事があるのかい?」

 

「この種を植えて、育つか試したいのですよ」

 

 太公望さんが懐から包みを取り出し中を開くと、大きな桃の種が出てきた。

 どこか、清涼な気を感じる、そんな種だ。

 

「こちら、私の出身地神仙郷でしか育たない美味しい桃でして。しかし、今、私達が住んでいる宇宙には、神仙郷に似た土地が存在しておらず、この桃を育てられないのですよ」

 

「フム、仙桃の仲間かねぇ。その桃が育ったら、私にも融通してくれるというなら連れていってあげるよ」

 

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 神聖な崑崙を侵食する外来植物……。まあ、『UQ HOLDER!』でも仙桃は最後の一個しか残っていなかったっぽいし、新たに生やすくらいは許されるだろうか。

 

「それじゃ、早速送るよ」

 

 ダーナ様がそう言うと、空中に突然扉が出現した。扉が開くと、その向こう側には山林の風景が。

 呪文も唱えないでさらっとこういうことするから、本物の真祖は怖い。

 

「ちょ、ちょっと待つアル。今からアルか?」

 

「そうだよ。リンネ、魔法世界への出発はいつだい?」

 

 ダーナ様に尋ねられ、私は素直に答える。

 

「八月五日の早朝ですね」

 

「じゃあ、八月四日になったら送り返してあげるよ」

 

 ダーナ様はそう言って、扉の向こうに古さんを放り込んだ。

 その後を追うように、太公望さんが部屋のすみで座りこんでいたおとも動物のスープーちゃんにまたがって扉に飛びこむ。

 そして、数秒経ってから扉が閉じ、そのままスッと消えてなくなった。

 

「さて、あの子は何年修行を積んでくるかね」

 

「え? どういうことですか?」

 

 ダーナ様が妙なことをつぶやいたので、思わず聞き返してしまう。

 

「内部の時間を圧縮した空間は、なにもダイオラマ魔法球だけじゃないってことさ。老人しかいない仙境に仙術を身につけた有望な若者が来た。でも、一週間ちょっとしか居られない。そうなったら、老人どもは意地でも時間を引き延ばしにかかるよ」

 

 うへえ、古さん、いったいどんな魔改造を受けて帰ってくるのだろうか。

 しかし、崑崙に仙人がまだいるとはねえ。『UQ HOLDER!』で桜雨キリヱは崑崙で仙人を見つけたとは言っていなかったが、彼女は仙術を身につけていないからスルーされたとかなんだろうか。

 

 桃の木は三年で育つというし、お土産の桃に期待しよう。

 

 

 

◆135 不死は力、不死は愛、不死は美

 

 あらためて、私はダーナ様の修行を受けることになった。

 ちう様もスマホの中から呼び出して、二人で別荘の砂浜に立つ。

 

「よろしくお願いします、ダーナ様」

 

「よろしくお願いします」

 

 ちう様と二人でそう挨拶を交わし、修行に入る。

 

「千雨、無理に敬語を使う必要はないよ。同じ化け物同士だ。上だの下だのバカらしいだろう?」

 

「……アンタがそういうなら、それでいく。よろしく」

 

「よろしい」

 

 さて、挨拶は済んだ。どんな修行をするのだろうか。ダーナ様の修行はスパルタ全開のイメージがあるが……。

 

「武術や魔法の修行は間に合っているようだから、不死者としての修行だけつけるよ。そうだね……」

 

 ダーナ様は、その場でぐるりと右手の人差し指を回した。

 

「千回くらい死んでみるかい?」

 

 次の瞬間、私の身体は粉々になった。

 

 お、おお?

 私はすぐさま身体の再構成を始める。とりあえずは、リソース消費なしのデモンルーンの力だね。

 

「――ふいー、いやあ、一瞬過ぎて痛みすら感じなかったですね」

 

 ダーナ様が来た時点で、フォトンだとかの身体の頑強さを上げる能力はオフにしてある。なので、簡単に死亡することができた。

 

「遅いね。目標は五秒以下での復活だよ。さ、次が来るよ」

 

「へ?」

 

 そしてまた、私はミンチになった。粉々になった身体をルーン文字に分解し、並べ直す。

 復活、と同時にまたミンチ。それをひたすら続ける。

 

 砂浜で修行していたネギま部メンバーが、それを驚きの表情で見守っている。というか、顔青いな。そりゃあ、人が死ぬところを見せられているわけで、気分がいいはずもないか。

 でも、今後切った張ったの世界に浸るならば、多少のグロ耐性はないとね。

 

 しかし、頭が吹き飛んでいるのに、私、普通に思考ができているね。

 これは、あれかな。私の本質は肉体ではなく、魂の方にあるとかそんな感じ。上位の世界から転生してきた私はこの世界の肉体を得たが、身につけている膨大な固有能力は肉体由来ではなく前世の魂由来。

 肉体は、上位世界の魂を持つ私がこの世界で活動するための端末でしかなく、壊れたらその都度作り直せばいいだけの物。魂がある限り私は不滅であり、女神様曰く宇宙規模の願いすらも叶えることができるというこの魂は、そうそう傷付けられるものではない。

 

 つまり、魂とは、宇宙とは、神の意思とは――! ドワオ!

 

 じゃなくて、今は肉体を再構成することで復活しているけど、魂を基点に置いて肉体をあらかじめストックしておけば……。

 

「なんだい、ずいぶんと復活が速くなったじゃないか」

 

「なんとなぐえっ、自分の不死のぴゅ、理屈がきゃ、分かってちゅ、来ましたあぴゃ」

 

 死と再生を繰り返しながら、私はダーナ様に言った。

 どうやらこの分なら、スマホからデモンルーンの力を引き出さなくても、そのうち肉体の再構築方式での復活が可能になりそうだ。

 

「優秀だねえ。優秀な子には、さらなる試練を与えたくなるよ。よし、十蔵! 獅子巳十蔵、こっちに来な!」

 

 ダーナ様が、離れた場所で刹那さんに指導を行なっていた獅子巳さんを呼ぶ。

 

「なんだ? 今、いいところだったんだが」

 

「あんた、不死斬りはできるだろう? それをこの子に使いな」

 

「俺の不死斬りは、半端な不死者に使ったらそのまま消滅させてしまうのだが……」

 

「リンネなら大丈夫だよ。千雨はまだ危ういだろうけどね」

 

「ふむ、それならば」

 

 ぎゃー! 斬られたところが再構築できない! アンデッド由来の不死なら分かるけど、ルーンでの再構築方式の不死まで斬っちゃうの、この人!

 治癒能力で元通りになる再生能力とかなら、不死斬りで治らなくなるのは分かる。でも、ルーンでの再構築って、その場その場で肉体を手動で建て直す方式なのに!

 うごご、破壊された設計図を書き直さねば……。

 

「遅いよ! アンタはまだ何種類も不死の能力があるんだ。最初の一項目だけで、ちんたらやっているんじゃないよ」

 

 ああー、やっぱり、灰になって蘇る吸血鬼由来の不死とか、超再生能力を持つホムンクルス由来の不死とか、死んだら寝たベッドで蘇る不死とか、課金アイテムで蘇る不死とかも練習しなきゃいけないよね。

 課金アイテムはあまり練習したくないけど、試さないわけにもいかないよねえ……。

 

「フム。せっかくだ。刹那も斬っておくといい。人を斬る練習になる」

 

 獅子巳さんが物騒なことを言い出したぞ!?

 

「それはいいね。せっかくだ、リンネには、ここにいる全員の巻き藁役をやってもらおうじゃないか」

 

 巻き藁って……上半身と下半身がズンバラリンか? サンドバッグよりひでえや。

 ダーナ様、繊細な子も居るので、あまり攻撃した側がトラウマにならないよう配慮をお願いします……。

 



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■58 彼女達の夏

◆136 神の愛

 

 ダーナ様の修行二日目。別荘の城前にて『吸血鬼ラキュア』の力で蘇生を繰り返す訓練を続けていると、ふとキティちゃんがこちらに近づいてきた。魂で知覚できる視界には、彼女の後ろに茶髪の少女が映っている。はて、誰だろうか。

 

「リンネ、少しいいか?」

 

「はい、なんでしょうか。あ、死にながらで失礼しますね」

 

 死に慣れた私は、潰されながらも空気を震わせて声を出すことが可能になっていた。嫌な慣れだよね。

 その死にっぷりをキティちゃんは気にもとめず、私に向けて言う。

 

「こいつは結城夏凜だ。今は変装して結城ミカンと名乗らせている」

 

 おおう、その少女、カリンなのか。なるほど、変装ね。真祖バアルにバレないようにしているわけだ。

 カリン→柑橘類→ミカンというネーミングなのだろうが、結城美柑だとラッキースケベな兄貴がいそうな名前になっているぞ。ジャンプではまだ『To LOVEる』の連載は始まっていないからセーフだが。

 

「初めまして。刻詠リンネと申します。エヴァンジェリン先生の魔法の生徒をしています」

 

「……ええと、よろしく。すごい光景ね」

 

 結城さんが、神聖魔法の光で滅されて灰になり続ける私をドン引きした目で見ている。

 私は灰から身体を再構成しながら、結城さんに言葉を返す。

 

「不死者としての蘇生時間を早める修行中です。結城さんもやります?」

 

「そもそも私は傷つかないから、その修行は無意味ね」

 

 結城さんも不死者の一人で、その不死の力の源泉は『神の呪い』もしくは『神の愛』。

 イスカリオテのユダである彼女は、尊敬する師を裏切った結果、神から不死の呪いを受けた。その呪いにより、彼女は刃を差し込まれようが火で炙られようが瞬時に回復し、いかなる傷も受けない不変の存在となっている。

 たとえダーナ様が潰そうとしても、潰されない。そんな絶対的な不死の能力だ。

 

「過信はいけないよ」

 

 と、そのダーナ様が突然、私達の前に現れる。

 

「あんたがカリンだね?」

 

 そう結城さんに問いかけるダーナ様。

 

「ええ、そうよ。この姿のときはミカンと呼んでちょうだい。ところで、過信とは?」

 

「自分の不死をずいぶんと信用しているのだと思ってね。それだけ神の力を信じているんだろうけど……」

 

「……!」

 

「ただ盲信するだけではいけないね。不死者は、自分の不死を深く理解しなきゃやっていけないよ」

 

 ダーナ様はそう言うと、その場で指を振った。

 すると、空間中に光が瞬き……結城さんの右腕がポトリとその場に落ちた。

 

「!?」

 

 結城さんは、反射的に左腕で右腕の断面に触れる。血が吹き出る様子はない。

 そんな結城さんに、ダーナ様が告げる。

 

「神の力だって、断てる者は世の中にいるのさ。たとえば、あんたの知り合いの十蔵とかね。ほら、そこからどうするんだい? ぼんやりしていても腕は生えてこないよ」

 

「くっ!」

 

 結城さんは、腕を拾って右腕の断面に切れた右腕をくっつけた。

 そして、しばらくしてから腕がつながり、結城さんはホッと息を吐いた。

 

「そこは、くっつけるんじゃなくて腕を生やしてほしかったね」

 

「そんなこと私はできないわ。私は別に再生能力があるわけでは……」

 

「あるさ。別にアンタは、刃を弾く鋼鉄の肉体を持っているわけじゃないだろう? 刃を入れられた先から、復元していっているんだ。それなら、斬られた腕くらい、復元できるはずだよ」

 

「それは……そんなこと、考えたこともなかったわ。私は傷つかないから」

 

「アンタがこれまで腕を落とされたことがなかったのは、単純にそれだけ強い相手と出会わなかっただけのことさ。運が良かったんだね」

 

 いや、神の力を断てる人とか、そうそういないから。神代じゃないんだから。

 しかし、結城さんは本気にしたようで、じっと黙り込む。

 

「どうだい? ミカンもせっかくだから、この子達と一緒に不死者として鍛えていくかい?」

 

「あー、ダーナ。それもいいんだがな……」

 

 と、それまで黙って話の行方を見守っていたキティちゃんが、横から口出しをする。

 

「ミカンは戦闘術の訓練を希望している。リンネに適当な師を見つくろってもらおうと思って来たのだが」

 

 ん? 結城さんがここで修行をするって?

 

「なんでまたそんなことに」

 

 私がそう言うと、キティちゃんは渋い顔で答える。

 

()()が魔法世界に行くと言ったら、付いてくると言って聞かなくてな」

 

「当然です。雪姫様にとって、魔法世界は敵地。そのような場所に一人で向かわせられません」

 

「と、この調子だ。だから、何があってもいいように、強くなってもらわねばならん」

 

 なるほどなるほど。私の中での結城さんは、実力はあるのにいつも負けているイメージだ。もちろんこの本人ではなく、『UQ HOLDER!』においての彼女であるが。あ、でも麻帆良祭で龍宮さんに負けていたな、この人。

 

 しかし、この人の師匠役か……。

 

「聖女『マルタ』……いえ、下手に並行世界の同宗教を呼ぶと、微妙な差異で衝突がありそうですね。ここは思い切って、完全な異教の神官戦士を呼びますか」

 

「リンネ、ちょっと待ちな。この子は私が預かるよ」

 

 神聖魔法に貫かれながらスマホを呼び出そうとした私をダーナ様が止める。

 ふむ、ダーナ様直々の戦闘訓練を受けるのか。それはまた、一気に強くなりそうだな。

 

「ミカン、今のアンタに必要なのは肉体的な強さじゃなくて、精神的な強さだよ。でも、精神(こころ)の問題は私にゃどうにもできない。だから……」

 

 ダーナ様は、結城さんに告げながら指を振る。すると、結城さんの背後に突然、扉が出現した。

 

「どうにかしてもらってきな」

 

「え?」

 

 結城さんがそんな言葉をもらすと同時に背後の扉が開き、結城さんは中へと吸い込まれていった。

 そして、すぐさま扉が閉じる。いったいどこに通じていたのだろう。

 

「ダーナ、ミカンをどこへやったのだ?」

 

 キティちゃんが、私の気になっていたことを代わりに聞いてくれた。

 すると、ダーナ様は不敵に笑って言った。

 

「あの子を愛している神の御許(みもと)にさ。今頃、愛しの師に懺悔でもしているだろうね。帰ってくる頃には、最上級の神聖魔法だろうが軽々と使いこなしてみせるようになるよ。もっとも、帰ってくるかは分からないけれどね」

 

 うわあ、それは……。

 

「帰ってこないんじゃありません?」

 

 私がそう言うと、ダーナ様は軽く笑い、キティちゃんは複雑な表情を浮かべた。

 キティちゃん的には、結城さんが昇天するのは彼女の幸せ的にありなんだろうけど、それでも自分じゃなくて師を選ばれることは色々思うところがあるだろうね。

 しかし、結城さんの不死の源になっている神様って、やっぱりこの世界では実在していたんだねぇ。

 

 

 

◆137 メディカルチェック

 

 ダーナ様の蘇生修行が無事終了した。

 私は複数の蘇生手段をスマホから引き出すことなく行使できるようになり、ちう様は蘇生時間が五秒まで縮まった。

 さらにちう様は、情報生命体として存在がより強固になったようで、そのパワーに引っ張られて金星から引き出せる力もより強くなったと言っていた。なんでも、上級悪魔相当の肉体を構築できるのだとか。相変わらず変な進化しているな、ちう様……。

 

 そして現在、死亡と蘇生を繰り返した私は自分がおかしくなっていないか、念のためメディカルチェックを受けることにした。

 デモンルーンの再構築訓練では、自分で自分を組み直したからね。不具合がないかチェックは必要だろう。

 

 アークス特製の機材を別荘に取り出し、ルーサーを筆頭にした医療班に身体スキャンを受ける。

 検査結果はすぐに出て、私は城の一室でルーサーに説明を受ける。

 

 その冒頭で、言われた一言がこちら。

 

「もはや地球人類の肉体ではないね」

 

 ……どういうことだってばよ!

 いや待って、私、マナヒューマンの改造手術とか受けた覚えはないんだけど。

 

「オーナーは、おかしいとは思わなかったのかい? スマートフォンから能力を引き出して使い続けていれば、その能力が身についていくという事実に」

 

「ん? それと肉体の変容に何か関係が?」

 

「明らかに、地球人の肉体を凌駕(りょうが)する能力も、身につけたことがあるだろう? それで、なぜ普通の人類のままでいられると思ったんだい?」

 

 ……ぐうの音も出ないや。

 

「今やオーナーは、力を引き出すことなくフォトンを自在に操ることができるだろうし、そもそも肉の身体に縛られない精神的な存在にもなっている。それだけ、能力を酷使し続けてきたということだね」

 

「えーと、つまり私は、常に自分の能力に改造を受け続けているような状態と……?」

 

「その通りだ。改造手術の手間が省けるね」

 

 おおう、ルーサーの改造手術を遠慮していたら、そもそも改造を受ける前から改造済みだったとは。

 あれ、でもちょっと待てよ……。

 

「引き出している種族の弱点とかまで継承していないですよね?」

 

「そこは問題ないよ。日の光にも神聖な力にも弱くないし、悪魔払いの力も効かない。オーナーの能力は、ずいぶんと融通が利くと見える」

 

 よかった。種族の力が身につくたび、新しい弱点追加とか、大変なことになるところだった。

 しかし、地球人類ではないか……。

 

「私、ちゃんと地球人の子供産めるんですかね」

 

「安心したまえ。オラクルでは、試験管ベビーの技術が完全に確立しているよ」

 

 いや、そうじゃないから。

 まあ、子供の心配をするにも、相手がいないんじゃ意味がないんだけどね!

 

 

 

◆138 ねこねこ動画

 

 修行ばかりでは息も詰まるということで、本日ネギま部は早乙女さんに連れられて、東京ビッグサイトで開かれているお祭りに向かっている。

 私もそれに同行……はしていなかった。

 私がいるのは東京にある、とあるデータセンター。同行者は、ちう様、葉加瀬聡美さん、朝倉和美さん、そして麻帆良大学の有志数名。

 

「いやあ、まさか学生ベンチャー起業とは思ってもいませんでした」

 

 ラックに取り付けられたサーバマシンを見ながら、葉加瀬さんがしみじみと言う。

 すると、朝倉さんもその話に乗ってきた。

 

「そうだよ。まさか、『まほら武道会』の優勝賞金で起業とか、びっくりだね」

 

 学生ベンチャー。起業。データセンター。

 そう、私は『まほら武道会』の優勝賞金一千万円を使って、ウェブサービスのベンチャーを立ち上げていた。

 巻き込んだのは、ここにいる葉加瀬さんと朝倉さん、そしてちう様だ。

 

「動画サイトとは、思い切ったことをしますね。確かに、麻帆良祭のときにそんなサイトがあったら、動画の拡散がもっと楽だったとは思いますが」

 

 私が立ち上げたウェブサービスは、動画共有サービス『ねこねこ動画』。簡単に言うと、一足早い『YouTube』だ。

 名前の由来になったモンスタースペックの子猫製サーバを見ながら、私は言う。

 

「例の開拓事業では、人々への情報発信が必要になります。その時、細かいことまでいちいち世界各国の報道機関なんて通していられません。ですから、ネットで情報発信ができる場を最初から作っておくわけです」

 

 麻帆良祭で超さんがネット工作をした際、私は2003年時点ではネットで動画を見る人が少ないことを述べた。その原因は『YouTube』が存在しないことなのだが、それならば自分達で作ってしまえばいいという発想である。

 ちなみに『ねこねこ動画』は『ニコニコ動画』のもじりだが、日本一国だけのサービスではないので視聴者コメントの字幕機能はつけていない。視聴者の使用言語がバラバラだからね。

 

「話のスケールが違うわー。それで学生ベンチャーを起こす行動力も驚きだよ」

 

 呆れているのか感心しているのか、朝倉さんがそんなことを言った。

 

「麻帆良の学生ベンチャーには、『超包子』という先人がいますので」

 

「それで私を誘ったわけなんですねー」

 

 先ほどまでのサーバのマウント作業を楽しそうな目で見ていた葉加瀬さんが、そう言った。彼女は料理屋台『超包子』の一員でもある、クラスメートだ。

 この動画共有サービスを立ち上げるにあたって、裏の事情をよく知る幹部として葉加瀬さんのことを迎え入れた。ついでに彼女は、超さんの計画が潰えて余っていた資金の運用先にしたいということで、事業への投資までしてくれた。

 

 サーバマシンの用意やサイト監視用AIの開発等は、スマホの中の宇宙で済ませているので、こちらの世界における開発費用は限りなくゼロに近い。でも、ウェブサービスである以上、ランニングコストはかかるからね。

 運営も子猫製のAIが行なうので人件費もそれほどかからないのだが、それでも現実で動く人達の給料は必要だ。今日同行してくれた麻帆良大学の人達の給金とかね。動画系サイトには必須であろう法務部も設立したし。

 

 他にも、サービスが始まったばかりの今は、ネット経由ではなく足で広告主を探す必要も出てくる。

 そこで役立つのが……。

 

「いやー、私も、ネギま部に入れてもらえないからハブられたのかと思っていたけど、まさか広報室長とはねー」

 

 朝倉さんの存在だ。裏の事情をよく知っていて、人脈があって、動画も撮り慣れている。まさにドンピシャな人材だった。それに、朝倉さんを夏休みの間、地球に釘付けにしておく必要がある。というのも……。

 

「ネギま部は危険な遠征がありますから、朝倉さんはメンバー入りさせられないんですよ」

 

 彼女を敵が待つ魔法世界には、連れていきたくなかった。

 

「確かに、私じゃ切った張ったはできないわね。大人しく、夏休みは広告主探しを頑張りますか」

 

「配信業の方もよろしくおねがいしますよ。世界初の『CatCaster』さん」

 

『CatCaster』。『ねこねこ動画』における『YouTuber』のことだ。この呼称は正直定着しない気がするが、公式ではとりあえずその呼称でまずは様子を見る。つまり朝倉さんには、自ら動画を撮って配信者として頑張ってもらう。

 ライブ配信機能も付けたが、こちらはまだブロードバンド回線が世間に広まりきっていないのでそれほど人気は出ないだろう。

 だが、通常の動画の方はスマホの中の宇宙でインターネットを満喫している子猫達がノウハウを蓄積しており、朝倉さんに余すことなく伝えていた。朝倉さんが人気配信者になる日も近いかもしれない。

 

「よし、AI達も居心地は悪くないそーだ」

 

 先ほどから黙ってサーバを見つめていたちう様が、突然そんな言葉を発した。

 彼女は、電子情報生命体としての力を使い、サーバマシンの中に組み込まれている管理AIとやりとりをしていたのだ。

 

「便利な能力ですねー。情報生命体ですか。私も、サイボーグの研究しようかなー」

 

 葉加瀬さんが、目を輝かせてちう様のことを見た。

 ふーむ、サイボーグか。

 

「私の宇宙に、キャストという機械化した人達が存在しますが、改造手術受けます?」

 

 私がそう葉加瀬さんに問いかけるが、葉加瀬は「分かってないですね」と返してきた。

 

「自分で技術を確立するのがいいんですよ。まあ、今回の子猫達の技術は、あますことなく吸収させてもらいますけどね」

 

「そこは、存分に。別に、未来に生まれるはずの技術を先取りして潰しているというわけでもないので、大いに参考にしてください」

 

「うんうん。茶々丸のニューボディもすごいことになるから、期待していてくださいね」

 

 葉加瀬さんのところには、茶々丸さん強化のためにアークス研究部を派遣しているんだよね。

 フォトン関連技術も当然見せていて、葉加瀬さんは地球で初めてのフォトン研究者ということになる。

『ねこねこ計画書』が魔法世界で通って開拓を始めたとき、葉加瀬さんはフォトンの第一人者として扱われることになりそうだ。事業への投資の見返りとしては十分だろう。もちろん、配当金も出すけどね。

 

「茶々丸さんはあっちに連れていきますが、技術者は残していくので『ねこねこ動画』の方はよろしくお願いしますね。私にメールをすれば、あっちがどんな状況だろうが届きますので」

 

「刻詠さんのあの携帯端末が一番ふざけた存在ですよねー……科学ガジェットに見せかけて、神秘の塊という」

 

 葉加瀬さんがジト目でこちらを見てくるが、そこはまあ、諦めてもらおうか。

 世の中には、不思議や神秘が確かに存在するのだ。

 

 そうして、サーバマシンの設置作業は無事に終わり、麻帆良に戻ってリモートで『ねこねこ動画』のサービスを開始した。

 

 事前の口コミと、ちう様のネット工作により、日本からのアクセスは順調に増えていった。

 そして、予想通り映画丸ごとやR-18のエロ動画等のイリーガルなアップロード地獄になりかけたが……AIによって全て阻止され、健全な動画のみが残された。

 

 ネギま部のみんなもこのサービスを知り、部員の間でも動画を撮ろうという話になった。そこで、別荘の外に出かけてちう様による八極拳の演舞を撮影したり、私が寄付をしている保護猫センターで猫動画を撮らせてもらったりした。

 可愛らしい拳法女子中学生や猫の姿は、ネット民のハートをわしづかみにしたようで、再生回数は上々。事業は順調な滑り出しを見せたのだった。

 

 ところであやかさん、火星開拓事業が終わった後、役目を終えたこのサービスを雪広グループで買い取るつもりありませんか?

 




※2003年の夏コミは8月15日~8月17日の開催。原作でネギ先生達が魔法世界のためにイギリスへ旅立ったのは8月12日。つまり原作でネギ先生達が行った東京ビッグサイトのお祭りは、夏コミではない……?


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■59 出発前夜

◆139 部員の証

 

 八月某日。イギリスへの出発が間近となり、修行は激しさを増している。

 市街地での夏祭りや、東京ビッグサイトのお祭りで適度に息抜きもして、気力は十分といったところ。

 

 各々の修行メニューもここにきて変化しており、担当の師匠を交換して手数を増やす試みをしている人も居た。

 ただ、のどかさん達のメディカルチェックに来たルーサーが、ネギくんとやけに話し込んでいるのがちょっと怖い。ネギくん、ああ見えて魔法研究の天才だから、ルーサーと組み合わさると何が飛び出してくるやら。

 

 そんな皆の修行風景を見回っていると、ふと見慣れない顔を発見した。

 結城ミカンこと結城夏凜さんだ。

 

「帰ってきたんですか」

 

 私がそう言うと、結城さんはこちらをギロリとにらんで言葉を返してくる。

 

「私がいて、何か不都合でもあるのかしら」

 

「いえ、あのまま天に召されてもおかしくなかったのに、エヴァンジェリン先生のために帰ってきたんだなぁと」

 

 立川土産とか持ってきていないだろうか。

 

「そうね。あそこではいろいろあったけれど、今の私はエヴァンジェリン様が一番だから」

 

 ふうむ。私は人の顔色を読むことに関して別にエスパー級ってわけじゃないから、憑き物が落ちた顔というのを彼女がしているかは分からない。だが、彼女が負の表情を浮かべていないことは私にも分かった。

 しかし、キティちゃん愛されているなぁ。押しつけられる愛は重いだろうが、キティちゃんは頑張ってそれに応えていただきたい。

 

 と、そんな話をしていたら、話題のキティちゃんが一人の女性を連れて私達の方へとやってきた。

 その女性は、ストレートのブロンドヘアを後ろに流した、大人の人だ。

 

「ああ、リンネ。ちょうどいいところにいた。皆を集めてくれ」

 

 女性が、私に向けてそんなことを言ってくる。

 私は、困惑してその言葉に返す。

 

「ええと、どちら様で?」

 

「分からないか? 雪姫だ」

 

 あー、雪姫先生か。幻術で大人に変身したキティちゃんってことね。元の面影があんまりないから、気づかなかったよ。

 

「なるほど、エヴァンジェリン先生と雪姫先生のどちらかが偽物ってことですか?」

 

「そうだな。私の方が魔法で作った分身だ」

 

 私の質問に、小さい方のキティちゃんがそう答える。

 

「はあ……エヴァンジェリン様と雪姫様のコラボレーション……」

 

 おい、結城さん興奮するのやめーや。

 こんな変態がいるところにいられるか! 私は去るぞ!

 というわけで、別荘内にいるメンバーを全員集めて、一同で城のエントランスに並んだ。

 

「皆、連日の修行ご苦労。今日は、一つ連絡がある。魔法世界で私の代わりにお前達のお目付役として派遣する者を紹介する。まずは、雪姫」

 

 分身のキティちゃんが、雪姫先生の名前を呼ぶ。すると、雪姫先生は皆の前に出て言った。

 

「雪姫だ。現地ではエヴァンジェリンの代わりに厳しく指導していくので、覚悟するように。あと、私のことは先生と呼ぶように」

 

 うーん、この雪姫先生、ノリノリである。正体は、先生どころか中学生なんだけどね。

 そして、次に結城さんの名前が呼ばれる。

 

「結城ミカンよ。名前では呼ばれ慣れてないので、結城と呼んでちょうだい。エヴァンジェリン様とは五百年来の付き合いよ」

 

 結城さん……マウントを取ろうとしても、別にうちの部にエヴァンジェリン様ラブ勢はいないぞ。

 そんな結城さんの言葉に苦笑したキティちゃん(偽)が、私達に言う。

 

「この二人は、皆に先んじて魔法世界入りしてもらう。現地のメガロメセンブリアで合流することになるな」

 

 これはあれだ。偽名を使ったうえに変装までしている二人が、正規の手段での魔法世界入りをできるか怪しいから、私達とは別口で向かうのだな。私達と一緒に魔法世界入りしたときに彼女達の変装がバレてしまうと、私達まで疑いの目を向けられて、面倒なことになるからね。

 

「そこでだ、向こうで必要となる魔法具を皆に配る。……茶々丸」

 

「はい」

 

 キティちゃんに呼ばれた茶々丸さんが、皆にとあるアイテムを配る。

 それは、『ALA ALBA』と銘が刻まれた白いバッヂ。『ALA ALBA』、すなわち『白き翼』のことで、バッヂも翼の形をしている。

 それが皆に渡ったことを確認して、キティちゃんが告げる。

 

「それは、我が部『白き翼(アラアルバ)』の部員の証だ。それと同時に、魔法の発信器になっていて、互いの位置を感じ取れるようになっている。魔法世界で迷わないように、そのバッヂは常に携帯しておくように。それと、絶対に、絶対に無くすなよ」

 

 部員の証と聞いて、皆が嬉しそうにする。

 ちなみに、このバッヂを無くしたときのために、こっそり機械式の超小型発信器も皆には仕込んであるが、そちらの存在は内緒だ。なくしても代わりがあると知ったら、緊張感がなくなるからね。

 

「では、二人は出発までここに滞在するので、親睦を深めておくように。以上だ」

 

 そう言って、キティちゃんが別荘の建物に去っていく。茶々丸さんはそれを……追わない。ドール契約で本当の主がどっちか分かっているのだろうか、雪姫先生の横にスッと立つ。

 すると、結城さんがムッとする。そして、雪姫先生の隣を確保しようとするが……ネギま部メンバーが結城さんの周りに集まってきて、結城さんは逆に雪姫先生から引き離された。

 

「ちょ、ちょっとあなた達……」

 

「エヴァちんの知り合いなんだってねー。よろしくね!」

 

「……よろしく」

 

 女子中学生の若さに任せた勢いに、結城さんはたじたじだ。

 一方、同じように周囲を囲まれている雪姫先生は、さすが中身キティちゃん。普通に少女達の質問を捌いていく。

 

 そして、その後は何度か一緒に別荘内でのお泊まり会をして、親睦を深めていった。

 お泊まり会では寝ぼけたネギくんが雪姫先生を母親と間違えて、ネギま部が大騒ぎになった。だが、実はネギくんが自分の母親を見たことないことが判明して、自分に甘えてもいいのよと誘うメンバーが続出。個人的には、中学生だとママみは出せないと思う。

 

 そんなこんなで結城さんと雪姫先生が皆に慣れてきたあたりで、二人は皆に先んじて魔法世界に向かうため、イスタンブールへと旅立っていった。

 彼女達が、無事に魔法世界のゲートを突破できるよう、祈るとしようか。

 

 

 

◆140 新ボディ

 

 イギリスへの出発まで現実時間であと二日となった。

 別荘を出て旅行の準備を済ませた後、またもや別荘に集まって最後の調整を皆で行なう。

 すっかり修行ジャンキーになっちゃったなぁ、と思っていると、別荘内にまた新たな人物が姿を見せた。

 

 クラスメートの葉加瀬さんと朝倉さんだ。二人は、茶々丸さんに案内されて別荘内を驚きの目で眺めている。

 

「いやー、あんなジオラマの中にこんな広大な城があるとか、頭がおかしくなりそうですね」

 

 葉加瀬さんが、周囲を見渡しながらそんなことを言った。

 確かに、ダイオラマ魔法球は魔法関連技術の中でもトビキリの代物だとは思う。

 

「ようこそレーベンスシュルト城へ。本日は、休養ですか?」

 

 私がそう言うと、朝倉さんが「違う違う」と顔の前で手を振った。

 

「茶々丸のお披露目だよ」

 

「そうです! とうとう完成したんですよ、茶々丸のニューボディが!」

 

 葉加瀬さんが胸を張ってそう言い放った。なるほど、できたか。出発までに間に合ってよかった。

 

「それじゃあ、スペックの説明をしていきますね」

 

 葉加瀬さんが早速とばかりに披露を始めようとした。

 だが、私はそれに待ったをかけ、ネギま部メンバーを一堂に集めた。休憩になってちょうどいいだろう。

 

 ネギま部が見守る中、葉加瀬さんが茶々丸さんを皆の前に立たせる。

 

「今まではネジを巻いて魔力供給をしなければならなかった茶々丸ですが、新たに小型動力炉を内蔵しました。フォトンリアクターとマナリアクターの二つで、フォトンと魔力のどちらかさえ存在すれば圧倒的パワーを発揮します。どちらも無い場合は、従来通りネジ巻きでの外部入力も可能です」

 

 今までの茶々丸さんは、頭にネジを巻くことで動いていた。カラクリ人形はネジ巻きで動くという概念を利用した一種の儀式魔法であり、ネジを巻く人から魔力を供給されていたわけだね。

 

「骨格と装甲には、エルジウムを使っています。エルジウムというのは、ネギ先生が所持している剣の素材、アンオブタニウムにチタンと鋼鉄を混ぜた合金ですね。アンオブタニウムよりも頑強で、魔力的な防護なしに極大魔法を防ぐらしいですよ。極大魔法って私、見たことありませんけど」

 

 エルジウムはあれだ。反物質生成炉であるサンリフターの建造とかに子猫達が使っている、超科学合金だ。当然、現世の宇宙では見つかっていない。そもそも原料のアンオブタニウムからして、この宇宙に存在するのかが謎だからね。

 

「武装は、従来のワイヤードフィストとレーザーアイだけでなく、フォトンリアクターを利用したフォトンキャノンとフォトン粒子砲も搭載しています。もう火力不足とは言わせませんよ!」

 

 フォトンキャノンとフォトン粒子砲は、どちらも『PSO2』で登場した兵器だね。チャージに数秒の時間を要するのが弱点だが、そこらは追加武装の銃を持つ等でカバーできる範囲だ。

 

「さらに、アークスのハイキャスト技術を使用しているため、女の子としての可愛さも上がっています」

 

 夏服姿で髪をアップにした茶々丸さんが、恥ずかしげに皆の前でポーズを取る。

 

「最新技術で内部の発熱はほとんどなくなったため、髪の毛を使った排熱の必要がなくなりました。さらに、人工皮膚は赤ちゃんのような綺麗な肌を再現しています」

 

 葉加瀬さんも、茶々丸さんを一人の女の子として扱うようになったんだねぇ。原作漫画を読む限りでは、初期の頃は割とただの作り物として扱っていたようだったけども、いろいろあってAIの複雑な感情面を人間的であると認識するようになったのだろう。

 私が居ない場所でも、各々の人生の物語は着実に進んでいるのだ。

 

「他にもカメラアイの性能向上だとか、各種センサーの性能向上だとか、そういう部分も紹介したいですけど……『そんなの説明されても困る』と朝倉さんに言われたので、省略します。とにかく、茶々丸は強く美しくなりました! きっと魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でも活躍してくれることでしょう」

 

 葉加瀬さんがそう言うと、私は彼女に向けて拍手をした。すると、わずかに遅れてネギま部の面々からも拍手が送られる。

 

 これで茶々丸さんも無事にパワーアップを果たせたか。

 もう、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』程度に生を諦める茶々丸さんは見ないで済むというわけだ。

 どれだけ強くなったかは知らないが、最低限の自衛はできると見ていいだろう。

 

 ここで模擬戦でもして、強さを確かめるのがいいのだろうが……今回ばかりはそれは諦めてほしい。

 ほら、小太郎くん、殴りかかろうとしない。今どこか壊れたら、出発までに直らないんだから。

 

 大人しく、シミュレータールームで我慢しておきなさいな。

 

 

 

◆141 古菲の帰還

 

 イギリスへの出発を現実時間での明日に控え、各々が修行を完了させた。

 お世話になった師匠達へと挨拶をし、最後のメディカルチェックを受ける。そして、別荘内での最後の晩餐の準備をしようとしたところで、何もない空間にドアが現れた。

 音を立ててドアノブが回り、ドアが開く。次の瞬間、一人の女性がドアの向こう側から飛びだしてきた。

 

「む、間に合ったアルネ!」

 

 それは、古さんらしき人だ。前に見たときよりも髪が伸び、幾分か成長している。服装もどこか古めかしい物に変わっている。

 さらに、それに遅れて太公望さんもスープーちゃんに乗った状態で扉から出てきた。よかった、太公望さんがいるってことは、この人は古さんで間違いなかったようだ。

 

「おかえりなさい、古さん」

 

「リンネ! 久しぶりアル! いやー、向こうで五年も過ごしたから、すごく懐かしいアルネ!」

 

 五年て。予想よりも二年多かった。どんだけ現地の仙人に可愛がられたんだ。

 

「ずいぶんと成長しましたね」

 

「この姿アルか? ちょっと向こうで妖魔を倒す試練を突破するのに、背の高さが欲しかったアルヨ。だいたい三年分は成長したアル」

 

「夏休み明けに、みんなビックリしますよ」

 

「成長期が来たって誤魔化すアル」

 

 いやあ、無理ないかなぁ。十センチは背が伸びているよ。

 

「それで、崑崙での成果はどうでした?」

 

「いっぱい学んで来たアル! (タオ)とは何かから始まって、太極、陰陽、風水、宇宙、いろいろやったアルヨ」

 

 おおー、かつてはバカイエローとも言われた古さんが、道教をマスターしてきたのか。

 いや、たった五年でマスターしたかは分からないけどね。奥が深いだろうし。

 

「太公老師達とは別の丹術も学んだアルネ。その最終試験で、世界樹の実から不死の丹薬を作って飲んできたアル。これでリンネやちうの仲間入りアルネ!」

 

 うわ、古さんも不死者になったのか。崑崙へと旅立つ前の時点で仙術を使って不老にはなっていたが、これで本格的に古さんも永遠の時を生きる仲間の一人となった。UQホルダー設立待ったなしである。

 

「それと、太公老師はずっと庭いじりをしていたアルネー」

 

 古さんがちらりと横を見ると、太公望さんはスープーちゃんの毛を梳きながら答える。

 

「それが目的でしたから。しっかり実りましたし、向こうにあった仙桃の木もちゃんと増やしておきましたよ」

 

 おおう、不老化する仙桃、増やしてきたんだ。変な争いのもとにならないといいが。……このことは皆には黙っておこう。

 

「それで、仙桃ではないですが、私が持ちこんだ桃をお土産に持って帰ってきましたよ。今夜のデザートにでも出してあげてください」

 

 太公望さんは、どこからか大きな籠を取り出して、私に渡してくる。その籠の中には、大ぶりの桃がいくつも入っていた。

 

「ありがとうございます。出発前の最後の食事会なんですよ。太公望さんも寄っていきます?」

 

 太公望さんにそう尋ねるが、彼女は首を横に振る。

 

「いえ、私は持ち帰った桃をオーナーのダイオラマ魔法球に保管してから、王国に帰ります。しばらく王子に会っていませんからね」

 

 そう言いながら、太公望さんはブラシでスープーちゃんの毛を梳き続けた。

 そういうことなら、晩餐は古さんのみが追加だな。

 私は籠を手に抱えながら、古さんに言う。

 

「では、私は桃を厨房に届けてきます。古さんは、皆さんに顔を見せてやってください。心配していたので」

 

「そうするアル」

 

 そんなことがあり、出発前最後の晩餐会が開かれた。

 みんなテンションが上がっており、楽しく食事の時が過ぎる。そして、みんな満腹に近くなり、デザートが出される。

 

 配膳役の人形がその皿を持ってくると、食堂の中が清らかな気で満たされた。

 かすかに甘い香りが漂い、その香りに唾液が口の中にあふれてくる。

 食堂にいる皆が、無意識のうちに唾液を咽下(えんげ)し、皿を一心で見つめる。ただ単純に、皮を剥いて切り分けただけの桃。それが、私の目には極上のごちそうに映った。

 

「ムフフ、みんな夢中アルネ。太公老師が育てた神仙郷の桃。楽しんでほしいアル」

 

 皿がテーブルの上に並べられると、皆がこぞって皿に手を伸ばした。

 私も我慢しきれず、爪楊枝が刺さった桃を一つつかみ、口に運ぶ。すると、食堂を満たしていたものと同じ清らかな気が、身体の内部を駆け巡った。それから遅れて、芳醇な甘味が舌の上に感じられた。

 それをゆっくりと噛むと、果汁が染み出してきて、舌の上で甘味が躍る。噛むたびに果汁があふれ、口の中が幸せに満たされた。

 

 はー、なんだこれ。グルメ界かどこかの果物?

 

 私は驚きと共に桃を飲みこむと、胃の中まで桃が進んでいくのを感じ取れた。なんだろう、桃が触れた場所に不思議な感覚が。

 

「うまあー」

 

 誰が言ったのかは聞き取れなかったが、見事に私の気持ちを代弁してくれた。

 うん、これは美味しい。そりゃあ、太公望さんも古さんの育成の対価に求めるくらいだよ。

 

「ちなみに、仙桃のような不老をもたらす力はないアルが、食べると若さを長く保てるという話を崑崙の老師達がしていたアル。身体を浄化するとかなんとか?」

 

 古さんがそう言うと、ハルナさんが「マジか!」と叫んだ。最近、別荘への籠もりすぎが気になっていたらしい彼女は、追加で皿に手を伸ばす。

 こりゃあ、大人しく味の余韻を楽しんでいると、食いっぱぐれるな。

 そう感じた私は、負けじと桃を口へと運ぶのだった。

 

 こうして、イギリス出発前の晩餐は騒がしく過ぎ去っていく。時間的に女子寮でも一晩過ごす必要があるのだが、向こうで取る食事は味気ないものになりそうだね。

 



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●魔法世界
■60 ネギま部ウェールズへ行く


◆142 騒がしい出発

 

 とうとう出発の日がやってきた。

 早朝から女子寮の前で集まった私達は、キティちゃんの偽物に激励を受けていた。

 

「貴様達の道行きは、平坦ではない。あちらの世界には、全てを終わらせようとする秘密結社がおり、世界を救わんとする貴様達と必ずぶつかることだろう。二十年前の大戦は、まだ本当の意味では終わっていないのだ」

 

 キティちゃんは、ネギま部のメンバーに前々から秘密結社『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の存在を明かしていた。

 魔法世界で起きた大戦の裏で暗躍していた組織で、今日まで高畑先生が残党と戦い続けてきたことまで説明している。

 

「特に、明日菜。お前の力は、秘密結社が世界を消滅させる鍵となる。他の者以上に、周囲を警戒するように」

 

「うん、分かってる」

 

 明日菜さんも、自身が秘密結社に狙われるであろうことは、事前にキティちゃんから伝えられている。

 明日菜さんは魔法世界を作り出した始まりの魔法使いの血筋であり、完全魔法無効化能力が世界を終わらせるために使えることも、彼女は承知している。

 だが、明日菜さんはあえて魔法世界へ行く。秘密結社が必要としているならば、悪魔ヘルマンのように麻帆良へ襲撃を仕掛けてくる可能性は高い。なので、敵の本拠地に近づくことになっても、ネギま部の仲間と一緒に居た方が安全という判断である。

 

 敵とはほぼ確実に衝突する。それを理解しているため、ネギま部の面々は今日まで厳しい修行に耐えてきた。

 

「秘密結社か……俺も行きたかったが……」

 

 キティちゃんの隣で、残念そうにしているのは獅子巳十蔵さんだ。

 ここまで現実時間で毎夜のようにやってきてネギま部の剣士勢の修行に付き合ってくれた彼だが、仕事があるため魔法世界までは付いてこられない。なんでも、お盆時期にお得意さんのボディガードの仕事が入っているらしい。

 悪霊を斬れる彼がお盆時期にボディガードって、何があるんだろうねぇ……。

 

 彼を魔法世界に連れていくことができたら、一気に『完全なる世界』との対決が楽になりそうだったのだが、本当に残念だ。

 

「旅行を楽しむなとは言わんが、常に緊張感を持っておくように。私からは以上だ」

 

 キティちゃんの話が終わり、各々が荷物を持って移動を開始しようとする。

 まずは、バスに乗って空港への移動だ。だが、その前に、一つやっておくことがある。

 

「のどかさん、任せます」

 

「はい!」

 

 そんな言葉をのどかさんと交わした瞬間。私達に襲いかかる影が。

 

「うおー、本屋覚悟ー!」

 

「僕達も連れてくですー!」

 

 それは、鳴滝姉妹だ。どうやら、まだネギま部加入を諦めていなかったらしい。

 しかし、彼女達はまたたく間にのどかさんに組み伏せられ、二人仲良く地面に転がった。

 

「きゅうー」

 

「強いですー」

 

 見事、のどかさんはネギま部のガーディアンとなった。

 早朝と言えども真夏に二人相手したというのに、のどかさんは汗一つかいていない。

 

「あはは、だから無理だってー」

 

 そんな二人の挑戦を、女子寮の入口から見ていたのだろうか。柿崎さん、釘宮さん、椎名さんの三人組がこちらを向いて笑っていた。

 とりあえず、私は、のされた鳴滝姉を柿崎さんに預ける。

 のどかさんは脇に鳴滝妹を抱えて、釘宮さんへと渡していた。のどかさん、豪快になったな……。

 

「どうやら夏を満喫したいようなので、遊びにでも連れていってあげてください」

 

 鳴滝姉を渡した柿崎さんに、私はそう頼んだ。

 

「んー、私達も、県大会の応援とかで忙しいんだけどなー」

 

「県大会に連れていくなり、暇そうなクラスメートに押しつけるなり、ご自由にどうぞ」

 

「ま、今から出発じゃ仕方ないか。行ってらっしゃい。お土産よろしくね」

 

「ええ、珍しいものを買ってきますね」

 

 仮初めの存在である魔法世界の物品は、物理的に地球へは持ち出すのは難しいだろうけれども。

 

「変なのは要らないからね!」

 

 そんな柿崎さんの言葉で見送られながら、私達はあやかさんが用意したバスへと乗りこんだ。

 そのまま、バスで真っ直ぐ飛行場へ。雪広コンツェルンが所有するプライベートジェットにネギま部全員で乗りこみ、イギリスへと飛び立った。

 

『ねこねこ計画書』は、あやかさん経由で雪広コンツェルンの総帥の手へ渡っている。

 子猫達による火星開拓とそれに付随する人類への新技術提供には総帥も期待しているようで、今回の旅費を全面的に負担してくれた。

 フォトン。宇宙開発。テラフォーミング。荒地の緑化。様々な技術が、火星を勝手に使わせてもらう見返りとして、地球人類へ分け与えられる予定だ。

 これによって、人の社会は大いに変わるだろう。その実現のために、魔法世界での『ねこねこ計画書』の周知と承認、頑張ってこようじゃないか。

 

 

 

◆143 ようこそ魔法使いの街へ

 

 二度目となるウェールズのペンブルック(シャー)行き。今回もあやかさんの手配によって、スムーズに魔法使いの街まで到着した。

 

「いかにもヨーロッパ! って感じね」

 

 あやかさんが手配したバスの車窓から見える街の景色に、明日菜さんが目を輝かせて言う。

 うんうん、雰囲気あるよね。塔とかすごくそれっぽい。

 

「はー、素敵な村やねぇ」

 

 あ、木乃香さん、人がせっかく街って言っていたのに村扱いするのはやめてあげて。ネギくん的にはここは街なんだから。

 まあ、いかにも魔法使いの隠れ里って感じだけどさ。

 

「みなさん、いよいよ到着ですわ。忘れ物のないように!」

 

 あやかさんの号令で、皆が広げていたお菓子等をいそいそと片付け始める。

 そして、バスはメルディアナ魔法学校の前で停車した。

 

 ゾロゾロとバスから降りていくネギま部一同。

 メルディアナ魔法学校の前には、ネギくんの親戚であるネカネさんとスタンお爺さん、そしてネギくんの幼馴染みのアーニャが待っていた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「ネギ!」

 

 ネカネさんとハグをして、再会を喜ぶネギくん。真っ先に姉の方に向かった事実に、アーニャが膨れる。

 ハグしたまま数十秒ほどグルグルと踊ったネギくんは、回転を止めると、ネカネさんにネギま部を紹介した。

 

「こちら、僕の生徒の皆さんと、僕の友達!」

 

 英語での台詞だが、ネギま部バッヂから発動した翻訳魔法により、ネギま部メンバー全員に正しくその言葉が伝わった。

 ネギま部の面々は、口々によろしくとネカネさんとスタンさん、アーニャに挨拶をした。

 

「なんじゃ坊主。おなごばっかり引っかけよって。こんなところはナギに似ておるのう」

 

「ええー、お爺ちゃん、そういうのじゃないよー。僕の仕事先が女子校なの!」

 

 石化から回復して以来、すっかり元気になったスタンさんが、ニヤニヤと笑いながらネギくんをからかう。

 

「ちょっとネギ! もしかしてアヤカ以外にも仮契約(パクティオー)しているとか言うんじゃないでしょうね!」

 

 そこへさらにアーニャの追い打ちを受け、ネギくんが押し黙る。

 

「ちょっとネギ!? アヤカ、そこのところどうなのよ!」

 

 ネギくんが黙ってしまったため、アーニャはあやかさんへとその言葉の矛先を向けた。

 

「そうですわね。何人か、仮契約していますわよ」

 

「なんですってー!」

 

 ふむ。これはこれは……。

 

「はい、ネギま部ー。ネギくんと仮契約している人素直に挙手ー」

 

 私が部長権限で号令をかけると、皆が渋々と挙手を始めた。

 

 あやかさん、明日菜さん、木乃香さん、水無瀬さん、のどかさん、夕映さん、ハルナさん、ちう様。刹那さんもパクティオーカードは持っているが、これは木乃香さんとの仮契約なので今回は当てはまらない。

 

「こ、こんなに!? ネギ、何やっているのよー! 生徒に手を出してー!」

 

「はっはっは!」

 

 アーニャが憤慨し、スタンさんは大笑い。ネカネさんはあわてるネギくんをニコニコと笑顔で見守る。

 そんな騒がしい一幕があり、私達は無事、魔法使いの街へと迎え入れられたのだった。

 

 

 

◆144 幼馴染み

 

 あの後、どうにかアーニャを落ち着かせたネギくん。そのままメルディアナ魔法学校の観光を行ない、その後に魔法世界から来たエージェントだというマクギネスさんとの顔合わせを行なった。

 マクギネスさんは大人の女性で、金髪にスーツ姿でキリッとした感じだ。魔法世界から地球へ出てこられていることから、メガロメセンブリアの出身であると予想される。

 

 魔法使いの街には石化から復活した人達が多く滞在しており、私とネギくんに何人も挨拶しに来てくれた。

 かつて彼らが住んでいた隠れ里は悪魔によって焼かれたため、もとのまま生活するというわけにはいかない。

 ゆえに、魔法使いのコミュニティに頼って仕事を新しく探し、方々へと散ってしまったとのことだった。それを聞いて、ネギくんは寂しそうな表情を浮かべていた。

 

 さて、観光も終わったので、後は魔法世界行きを待つだけだ。ネギま部全員で一度集まって、予定の再確認をする。

 今夜は街の宿泊施設を借りて、一晩この街で過ごすことになる。

 明日は早朝の出発だ。街にある魔法世界のゲートまで荷物を持って歩いていき、そのまま魔法世界まで向かってメガロメセンブリア入りする。

 

 ネギくんがそう話すと、それを聞いていたアーニャが口を開いた。

 

「私も行くわよ」

 

「えっ、アーニャ、何言っているの!?」

 

 ネギくんが、幼馴染みの唐突な言葉にあわてる。

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)にネギのお父さんを探しに行くんでしょ。私も付いていってあげるわよ」

 

「いや、駄目だよ!」

 

「なんでよ!」

 

「魔法世界は危ないんだよ。秘密結社が暗躍していて、僕達の目的と確実にぶつかるんだ」

 

「何よそれ! 馬鹿にしてるの!?」

 

「してないよ!」

 

 ネギくんとアーニャが言葉をぶつけ合う。

 すると、横で話を聞いていたマクギネスさんがネギくんに尋ねた。

 

「ネギ先生、秘密結社とは?」

 

「あっ、はい。僕の師匠(マスター)から聞いたんですけど、魔法世界にはとある秘密結社が存在していて、魔法世界の人々を夢の世界に閉じ込めようと暗躍しているらしいんです」

 

「……その秘密結社の名前は分かる?」

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』です。二十年前の大戦の元凶で、今回も魔法世界救済計画を進めたら、確実に衝突があるだろうと、師匠(マスター)が言っていました」

 

「ネギ先生の師匠は、確かあの『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』だったわね。ということは、嘘とは言い切れない……」

 

 マクギネスさんは、何やら考え込み始めた。

 そして、話に割り込まれたアーニャはというと……。

 

「は? 魔法世界救済計画? 闇の福音? ちょっとネギ、どういうことよ!」

 

 ああー、ネギくん、アーニャとは連絡を取り合っていたはずだけど、いろいろ秘密にしていたみたいだね。

 まあ、キティちゃんに師事していることはともかく、魔法世界救済計画については、トップシークレットだからね。計画自体がではなく、魔法世界が崩壊しかけていることが。

 だが、ここに来て秘密にできないのか、ネギくんは詳しくアーニャに説明をしていく。

 

「だからアーニャ、魔法世界に行くのは危険なんだ」

 

「だったら、なおさら付いていくわ! 私がネギを守るんだから!」

 

 アーニャがそう言うと、ネギくんはムッとした顔で言い返す。

 

「駄目だよ。僕達は今日まで厳しい修行をしてきたけど、アーニャはそんなのしていないだろ?」

 

「修行くらい私もしてきたわよ!」

 

「ロンドンでの占い師の修業だよね。そういうのじゃなくて、戦うための修行だよ」

 

「ぐっ、そういうのはしていないけど、ネギのことくらい守れるわよ」

 

「アーニャに守ってもらうほど、僕は弱くないよ」

 

「ネギのくせになに言ってんのよ!」

 

 完全に喧嘩を始めてしまった二人。昔懐かしのツンデレっぷりにほっこりしていたら、横からあやかさんがまあまあとなだめにかかった。

 

「ちょっとアヤカ、邪魔しないでくれない?」

 

「アーニャさん、魔法世界が危険なのは確かですわよ。そして、厳しい修行を積んでいない者を同行させられないのも確かです。これまで、私達は、何人もの同行希望者を拒否してきましたから」

 

「私だって一人前の魔法使いよ!」

 

「ええ、そうですわね。ですが、アーニャさん。今のネギ先生に勝てますか?」

 

「はぁー? ネギなんて楽勝よ!」

 

「では、手合わせで白黒つけましょうか。ネギ先生に勝てたら、同行してもよろしくてよ」

 

「言ったわね。……ネギ! 覚悟しなさい!」

 

 そうして、唐突にネギくんとアーニャの手合わせが行なわれることになった。

 一同で村の広場に移動し、魔法で結界を張る。

 竹刀を手に持ち自然体で構えるネギくんと、長杖を構え不敵に笑うアーニャが離れた状態で向かい合い、開始の合図を待つ。

 

 そんな二人をやれやれといった表情で見守るマクギネスさんが、審判役として二人の間に立つ。

 

「それじゃあ、お互いに怪我のないようにね。スタート」

 

 その合図とともに、アーニャが始動キーを唱える。

 

「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス!」

 

 やがて魔法が発動し、炎がアーニャの足元で爆発。彼女はそのまま大跳躍した。なかなかの高さだ。そして、足に炎をまとい、勢いよく前方へと炎の勢いで進んでいく。

 

「これでも食らって反省しなさい! アーニャ・フレイム・バスター・キック!」

 

 対するネギくんは、遅延魔法をセットしていたのか、その場で大人しく待機していた。

 そして、炎の噴射で勢いよくアーニャがネギくんに向かって落下し、炎の跳び蹴りがネギくんを襲う。

 

 しかし、ネギくんは風をまとった竹刀で、アーニャを軽々と叩き落とした。

 アーニャが地面に落下すると同時に激しい爆発が起こるが、ネギくんは風を操ってそれを拡散させる。そして、地面に落ちたアーニャに、遅延魔法の『雷の斧(ディオス・テュコス)』を叩きつけた。

 

 アーニャは、悲鳴をあげることもなくそのまま気絶。開始からわずか十秒で勝負は付いた。

 

「そこまで!」

 

 マクギネスさんが、終了の合図を送る。すると、ネギくんは観戦していたこちらに向かって言った。

 

「このかさん! アーニャの治療をお願いします」

 

「任せてやー」

 

 木乃香さんがパクティオーカードを取り出し、アーティファクトを呼び出す。

 そして、アーティファクトで気絶したアーニャを完全回復させた。

 

「はっ!」

 

 傷が癒え、気絶から復活するアーニャ。彼女は、地面に横たわっている自分の状況が理解できたのか、しばし呆然としたのち、ポロポロと涙を流し始めた。

 

「う、ううー……」

 

「ア、アーニャ!?」

 

 幼馴染みの泣く姿に、ネギくんがあわてる。

 

「ネギに置いてかれるー……」

 

「アーニャ……ごめん。でも、今回の旅は本当に危険なんだ」

 

 ネギくんは、アーニャを助け起こしながら、彼女に言葉を投げかける。

 

「僕達の旅は、世界を救う旅だ。責任は重たいし、敵だっている。幼馴染みだからってだけで、アーニャを連れていけないよ」

 

「ううー……」

 

「だからアーニャ、僕の帰りを待っていてほしいんだ」

 

「待ってる……待ってるからー……」

 

 ポロポロとこぼれる涙をネギくんにぬぐわれながら、アーニャが言う。

 

「帰ってこなかったら許さないんだから……」

 

「うん、絶対に帰ってくる。約束するよ」

 

 アーニャはネギくんの胸に顔をうずめ、「約束ー」と言って泣き崩れた。

 

 うん、幼馴染みの約束、良いものですな。尊い。

 尊いので、あやかさんはその鬼の形相を収めましょうか。

 別の人がアーニャの相手をするのでもよかったのに、わざわざネギくんをけしかけたのはあやかさんだぞ。

 



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■61 彼は人気者

◆145 ゲート

 

 早朝。皆で連れ立って、宿泊施設を出る。

 ゲートへの入場に必要だというローブを着こみ、マクギネスさんの案内で濃霧の中を進む。

 なんでも、ゲートには手順通りの儀式を行ないながら近づいていかなければ辿り着けないらしい。ここではぐれたら、残念ながらそのメンバーは地球に置いていくことになる。予定が詰まっているし、一週間後のゲートオープンの日は、フェイト・アーウェルンクスによるテロが起きるしね。

 

 私達は、時折皆がいるかの確認を取りながら、ゆっくりと草地を進む。

 

「着いたわ」

 

 マクギネスさんが、そう言うと、周囲の霧が晴れていき、遠くに何かが見えた。それは、巨石が並べられたストーンサークル。英国名物のストーンヘンジにとても似ている。だが、そのサークルの中央に突き立つように存在する塔のごとき巨石が、ストーンヘンジではないことを主張していた。

 

 朝焼けに照らされたストーンサークルはとても幻想的であり、私は思わずスマホを取り出して撮影していた。

 

「人がぎょうさんいてはるなー」

 

 木乃香さんが、ストーンサークルの周囲に集まる魔法使い達を見て感想を述べた。

 それを聞いたマクギネスさんが、解説を入れる。

 

「ゲートは世界に数カ所しか存在しないから、あなた達のように世界中から人が集まっているわ」

 

「へー」

 

「ここのゲートは週に一度程度しか開かないの。場合によっては、ひと月に一度しか開かないわよ。今回は、夏休みを向こうで過ごそうとする人で多いんじゃないかしら」

 

「なるほど、バカンスやね」

 

 ちなみにバカンスはフランス語だ。バケーションはアメリカ英語。イギリス英語で夏休みは、サマーホリデーだとあやかさんに以前教えてもらったな。

 イギリスの学校は、九月に一学期がスタートする。なので、夏休みは、日本における春休みに相当する。ただし、春休みと違ってがっつり長期間休む。

 九月で新学年スタートとなるので、卒業シーズンも夏休み前だ。ネギくんはメルディアナ魔法学校を昨年の七月に卒業して、今年の一月まで日本語を頑張って勉強したらしい。

 

 さて、無事にゲートに着いたので、ここらで朝食だ。

 シートを広げて座り、宿から持ってきたサンドイッチを並べる。

 

 食事を取りながら、ワイワイと雑談に興じる。そんな中で、夕映さんが興味深いことを言っていた。

 

「かつてケルトの民は、このような巨石(メンヒル)の立ち並ぶ丘の地底や、湖の底や海の彼方に、妖精や死者達の住まう美しい世界……この世ならざる『異界』があると信じていたです」

 

 夕映さんはかつてバカレンジャーだったが、それは学校の成績が悪いというだけで、知識は豊富に持っていた。祖父が大学教授の哲学者で、その影響を多大に受けて育ったというからね。

 

「いわゆる極楽浄土や天国などの『あの世の楽園』と違い、ケルト神話において特筆すべきなのは、『あちら側』でも死者は生者同様に肉体を持ち、『こちら側』と同じ姿で同じように生き続け、時には生者もまた生身の肉体を持ったまま出入り可能な場所として『異界』を捉えていたということです。いわばそれは、『もうひとつの世界(アナザー・ワールド)』」

 

 その夕映さんの解説に、私も乗る。

 

「神話の中でも、冥界に生者が生身のまま行き、生還する物語は多くありますね。日本神話におけるイザナキとイザナミの黄泉の国と黄泉比良坂(よもつひらさか)の逸話が私達になじみ深いでしょうか。他にも、古代メソポタミアの神話では、金星の女神イシュタルが冥界を下り、冥界の神エレシュキガルにコテンパンにされる話などが存在します」

 

「ええ、そういった冥界は今日(こんにち)の仏教における地獄のイメージとは違い、この世と地続きに存在していると解釈されていたのかもしれないです。また、冥界だけでなく、楽園や理想郷もこの世の地続きに存在する異界として登場することがあるです。代表的なものに、中国の桃源郷や浦島太郎の竜宮城が挙げられるでしょう」

 

「ちなみに、古さんが先日まで滞在していた崑崙はどうなのでしょう。古さん、どうですか?」

 

 私が古さんに話を振ると、意外と真面目に話を聞いていた古さんが答える。

 

「そうアルネ。崑崙はチベットの山に重なる異界だったアル。ああいった異界が世界各地に存在しているだろうと仙人達が言っていたアルヨ」

 

 そんな言葉に驚いたのは、マクギネスさんだ。

 

「あなた、あの伝説に語られる崑崙に行ったことがあるの?」

 

「ウム。仙人に修行を付けてもらったアル」

 

「すごいわね……」

 

 いかにも西洋人って見た目の魔法世界人であるマクギネスさんが崑崙のことを知っているのには、ちょっと驚いた。

 

「詳しく聞きたいけれど、それは向こうに行ってからにしましょうか。そろそろゲートが開くわよ。第一サークルに移動しましょう」

 

 マクギネスさんはそう言って、私達を先導してストーンサークルの中へと案内した。

 人、多いなー。

 一応、周りにいる人の顔を探っていくが、フェイト・アーウェルンクスらしき姿は見当たらない。

 

 それもそうだ。彼がここのゲートでテロを起こすのは、一週間も先のことなのだから。テロが起きると分かっていて、わざわざその日に行くこともないよね。

 

 やがて、付近に鐘の音が鳴り響き、ゲートが開く。

 地面が明るく輝き、中央の巨石から魔法陣が空に向かって幾重にもなって展開した。

 そして、お腹に響くような大きな音を立てて、私達は次元を跳躍した。向かう先は、火星の裏、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)だ。

 

 

 

◆146 メガロメセンブリア

 

 気がつくと、私は屋内に転移していた。

 ストーンサークルに囲われた場所なのは変わらないが、足元は草地ではなく、石造りの床だ。そして、はるか上には天井があり、周囲は壁で囲まれている。とても広い空間だ。ドーム球場くらい広い建物の内部にいるようだ。

 私達がいるストーンサークルの他には、五芒星の魔法陣が描かれたフロアもここから見える。

 

「それじゃあ、順次入国手続きをしていってちょうだい」

 

 マクギネスさんが、そう言って受付の場所を示す。

 

「荷物の受け取りをしてきますね。ネギくん、手伝ってください」

 

 私は部長として早速、動き始める。他のネギま部メンバーは、入国手続きの前に展望テラスで街並みを見てくるようだ。

 

 ゲートの受付にネギくんと一緒に行き、預けた杖や武器をまとめた封印箱を受け取る。ちなみに、ゲートを通るに当たって、武器格納魔法の中身は空にしておいてある。その辺も、しっかりチェックを受けるからだ。国際空港よりも厳重なチェックだね。

 

「こんな小さな箱の中に全部入っているんですねー」

 

 横幅三十センチメートルほどの小さな封印箱を見て、感心するネギくん。

 中には、皆の武器が全て収まっている。楓さんの無数の暗器も全てだ。超圧縮だね。

 

「あの……失礼ですが、スプリングフィールド様、握手をお願いできるでしょうか?」

 

 受付のお姉さんが、ネギくんに握手を求めてきた。それに快く応じるネギくん。すると、他の受付の人も握手を求め出した。そこから何事かと見に来た移動客が、ナギ・スプリングフィールドの息子と聞いて次々と握手を求め始める。

 

「あわわわ……」

 

「うん、ネギくん。良い傾向ですね」

 

 私は、握手をこなしながらあたふたとするネギくんに向かってそう言った。

 

「ええー、これのどこがですかー」

 

「私達は、ネギくんが持つネームバリューを活用しにきました。この出だしは、まさしく望むとおりのものですよ」

 

「はっ、そうですね」

 

「なので、ネギくん、笑顔笑顔」

 

「はい!」

 

 その後、握手会は移動客だけでなくゲートのスタッフまで集まって、三十分ほど続いた。

 終わる頃には、ネギま部は全員入国手続きを済ませていて、彼女達の上がったテンションがやや下がりつつあった。

 

 私とネギくんは皆に謝り、そのままゲート施設を出る。すると、目の前に巨大な都市が広がっていた。

 ニューヨークもかくやの摩天楼。建物だけではなく、ビルよりも高い巨岩が何個も立っており、その上に建物が建てられている。そして、空には飛空船がいくつも行き交っていた。ここが、魔法使いの本国、都市国家メガロメセンブリアか。

 

「うわー、すごいですねー」

 

 ネギくんが、目を輝かせて都市を眺める。

 

「魔法世界でも最大の都市よ。人口は6700万人」

 

 マクギネスさんが、横からそう説明を入れてくる。その顔は、どこか誇らしげだ。

 そこからしばらくマクギネスさんによるメガロメセンブリアの説明が続き、私達は街並みを眺め続けた。

 

「で、これからどうするでござるかな」

 

 楓さんが、皆を代表して長くなってきたマクギネスさんの話を打ち切る。

 すかさず、私がそれに答える。

 

「予約していた宿に向かいます。そこで雪姫先生達と合流ですね」

 

 私の言葉を聞いて、マクギネスさんが難しい顔をする。

 

「大丈夫なの? その人、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の古い知り合いのようだけれど。彼女と同じ姿の人物は、百年も前から日本での活動歴があるわ。もしかしたら、吸血鬼かもしれないわよ」

 

 はー、雪姫先生って、実はキティちゃんが賞金稼ぎから正体を隠すときのために前々から用意していた、表の顔ってやつなのかな。

 

「まあ、種族はともかく、中身は優しい先生ですから。私達の保護者ですよ」

 

「保護者ねぇ……」

 

 マクギネスさんは懐疑的だが、疑ったところでキティちゃんだとバレるようなヘマはしないだろうから、探るだけ無駄だね。

 キティちゃんの幻術を暴きたかったら、ダーナ様を連れてくるか、ニンニクと長ネギの池に沈めるかくらいはしないといけないからね。

 

 

 

◆147 桃源

 

 ゲート施設を出た私達は、そのまま予約していた宿へと移動した。

 タクシー代わりだという飛空船に乗り、岩の上の高層建築物へと直接乗り付ける。

 

「うはー、もしかして、高級ホテル!?」

 

 ハルナさんが、目の前に広がる宿の風景に、気圧されながらそう言った。すると、マクギネスさんがすかさず答える。

 

「ええ、雪広グループから旅費は多く受け取っているから。日本円は、魔法世界でも信用度が高いのよ」

 

 おー。関東魔法協会が、それだけメガロメセンブリアに貢献してきたということかな。

『魔法先生ネギま!』でも、夏休みにメガロメセンブリアへ向かった美空さん達が、かなり良い待遇で迎え入れられていたみたいだし。……そういえば、彼女達この世界でもこっちに来るのかな?

 

 宿の中に入ると、エントランスホールに従業員達が並んで私達を待ち構えていた。

 

「いらっしゃいませ。スプリングフィールドの系譜を迎え入れることができ、光栄でございます」

 

 従業員の中から、一人の女性が進み出てきて見事な礼をした。

 

「わたくし、当ホテルの総支配人をしております。滞在中、何か御用命があれば、遠慮なくわたくしにお申しつけください」

 

 いきなりのトップの登場に、ネギくんが困ったようにマクギネスさんを見る。

 だが、マクギネスさんもこの状況は想定していなかったのか、困惑顔だ。

 うーむ、恐るべし、ナギ・スプリングフィールドのネームバリュー。高級宿でもこの扱いか。

 とりあえず、私は困っているネギくんに助け船を出してやろうと、総支配人さんに話しかける。

 

「早速ですが、チェックインをお願いしていいですか」

 

「はい、ご案内いたします」

 

 うん、スプリングフィールドじゃない私の言葉に、嫌な顔一つせずに応じてくれた。そこはさすがプロだね。

 

「それと、雪姫という方と、結城ミカンという方の二名と待ち合わせをしているのですが」

 

 私がそう言うと、総支配人さんは、スッと手を横に出し、「あちらでお待ちです」とエントランスの奥にあるラウンジを示した。

 

「ありがとうございます。よかったら、ネギくんと握手でもどうぞ」

 

「よろしいのですか?」

 

 私の言葉に、総支配人さんは顔に喜色を浮かべる。

 私は、「どうぞどうぞ。他の方もどうぞ」と言って、ネギくんを生贄に捧げた。ネギくんの犠牲で、宿での扱いが向上するなら安いものだよね。

 

 そして私は、マクギネスさんにチェックインの手続きを頼む間、ラウンジへと向かった。

 

「どうもー、到着しましたよー」

 

「ようやく来たか。待ちわびていたぞ」

 

 そう言ってたたずむ雪姫先生とついでに結城さんは、なぜか周囲に男達をはべらしていた。いずれも体格のいい屈強そうな男達である。その彼らの格好は、なぜか純和風。江戸時代から飛びだしてきたのかと突っ込みを入れたくなる装いだ。

 

「えーと、そちらの方々は……?」

 

 私が問いかけると、雪姫先生は刹那さんの方をチラリと見てから、驚くべき名前を挙げた。

 

「桃源神鳴流の者達だ」

 

「うわ、たった数日でどんな出会いしているんですか、先生」

 

 驚く私に対して、何それという感じの不思議そうな刹那さん。

 私は、そんな刹那さんに説明をしてあげた。

 

「桃源神鳴流というのは、京都神鳴流と大昔に分かたれた、魔法世界における神鳴流の流派ですよ」

 

「えっ、そんなものがあるのですか!?」

 

「はい、そんなものがあるんですよ。魔法世界にも妖魔はいっぱいいますからね。きっと日々ドンパチやっているのでしょう」

 

 私がそう言うと、雪姫先生は笑って返してきた。

 

「そうだな。私と彼らの出会いも、そんなドンパチの最中だったよ」

 

 雪姫先生が、語り始める。

 なんでも、先にメガロメセンブリアに着いたものの、合流まで日数があり暇を持てあましてしまったという先生。

 それならば、せっかく麻帆良の結界の影響下から脱したのだから、ちょっとばかり暴れてみようということになり、近場でできる魔獣退治の仕事を探した。

 すると、メガロメセンブリアの近郊で超大型の魔獣が暴れているというではないか。

 

 そこで、意気揚々と出発してみると、そこには天を突くような巨大な怪獣と、それに苦戦する桃源神鳴流の面々が。

 雪姫先生は彼らに加勢し、得意の氷の魔法を何度も食らわせて、怪獣を討ち取ることができたらしい。

 

「見事な大魔法であった。あれほどの術、かの大戦で『さうざんどますたあ』が使う『千の雷』を見て以来である」

 

「うむ。彼女の魔法は、距離を取っていた我らにも冷たさが伝わってくるほどであったぞ」

 

「それよりも、結城殿の神聖魔法よ。旧世界では人々の祈りを重ねた信仰が術に昇華されているとは聞いていたが、あれほど強固な盾を出すとは、あっぱれなり」

 

 桃源神鳴流の方々が口々に言う。

 その戦いではどうやら結城さんも加勢していたようだ。結城さんの神聖魔法の盾と言えば、宇宙から落下してくる人工衛星すら受け止めるすごい術だったはずだ。

 確かに、あれならば怪獣相手でも通用するだろうね。

 

「その戦いでこいつらとは、意気投合してな。それで、私がナギの息子と会うと言ったら、一目見たいと言い出したから、来てもらったわけだ」

 

「なるほど。そういうわけでしたか。というわけで、ネギくん。またお仕事ですよ」

 

「えっ、何がですか!?」

 

 宿のスタッフとの握手会を終えてこちらへやってきたネギくんを私は桃源神鳴流の皆さんに差し出す。

 すると、神鳴流の皆さんは、嬉しそうにネギくんと握手を交わし始めた。

 

 うん、本当に人気者だね、ネギくん。これで、本人が魔法世界救済という実績まで重ねたら、どうなっちゃうんだろうね。ちょっと先が楽しみになってきた。

 




※雪姫の姿で百年前からエヴァンジェリンが活動していたことや、日本円が魔法世界で信用されているというというのは、当作品のオリジナル設定でストーリーに特になんの影響も与えない設定です。


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■62 ダーク・エヴァンジェル物語

◆148 メガロメセンブリア元老院議員

 

 桃源神鳴流の方々との握手が終わり、ネギま部のメンバーも受付を終えてこちらへと戻ってきた。

 さて、とりあえず部屋に行って荷物を仕舞ってこようか。と思ったところで、エントランスの方からどよめきが聞こえてきた。

 

 はて、なんだろうか。ネギくんを超える有名人でもやってきたのかな。

 そう思っていると、ラウンジに甲冑姿の騎士が入場してきた。

 

 本当になんなんだ、と思ったら、騎士が高らかに告げた。

 

「リカード元老院議員のご来場です」

 

 すると、スーツ姿の長身の男が、ラウンジに入ってきた。アゴヒゲを生やし独特の髪型をした黒髪の中年だ。

 

「おーう、英雄の息子はどこだー、っと失礼、桃源の方々がいらっしゃったとは」

 

 スーツの男が自然体で進み出てきたかと思うと、途中で桃源神鳴流の男達を目に留めて急に姿勢を正した。

 すると、雪姫先生の横にいた桃源神鳴流の方々も姿勢を正し、男に挨拶をする。

 

「これはこれは、リカード殿。ご無沙汰しております」

 

「まさかここにご滞在とは。先の魔獣退治では大変お世話になりました。あそこはウチの管轄外で微妙な空白地帯でしてな。艦隊を出せなくて困っていたのですよ」

 

「なんのなんの。人に(あだ)なす妖魔を倒すことが、我らの存在理由ゆえ」

 

「いやはや、本当に頼もしい限りですな!」

 

 そんないかにもなやりとりを目の前で繰り広げられて、若干ネギくんが困惑している。

 そんなネギくんに、私は小声で教えてあげる。

 

「あの方は、おそらくメガロメセンブリアの元老院議員の方です。主席外交官のはずですよ」

 

「外交官、なるほど、だから桃源神鳴流の方と親しげなんですね」

 

「ええ、桃源神鳴流は北方に桃源という国を持っていますからね」

 

 そんな外交官と国の代表者達の挨拶は終わり、あらためて男性がこちらに振り向く。

 

「赤毛の少年……お前がネギか!」

 

 外交官らしい姿勢から一転、男が豪快な笑みでネギくんに言った。

 

「はい、ネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

 

「おう、俺様はケチな政治屋やってるリカードってもんよ。よろしくな!」

 

 ネギくんとリカード元老院議員は、笑顔で握手を交わした。今度の握手は、ファンへのサービスじゃなくて友好の握手だね。

 そして、腰をかがめて握手をしていたリカード元老院議員は、手を離すと腰に手を当てて話し始めた。

 

「さて、俺がわざわざ訪ねてきて驚いていることだろうが、これには訳があってな……お前達、『紅き翼(アラルブラ)』のジャック・ラカンと面会予定だったな?」

 

 その問いに、ネギくんが答える。

 

「はい、今日の午後からの面会予定です」

 

「それなんだが実は……予定をすっぽかされた! こちらに向かっていないよーだな!」

 

「え、ええー!」

 

 やっぱり。

 魔法世界入り初日の今日は、『ねこねこ計画書』の方はお休みして、ナギ・スプリングフィールドの行方を捜すために行動するはずだった。高畑先生が『紅き翼(アラルブラ)』の一員である、英雄ジャック・ラカンとの面会を取り持ってくれたのだ。

 だが、ジャック・ラカンは自由すぎる男。わざわざこんな都会までやってくるはずがなかった。

 

「ハッハッハ! あいつは昔からそんな奴だ! そんで、魔法世界と麻帆良の間で外交問題になるかもしれんって言われて、俺が代わりにやってきたわけだ。俺は『紅き翼』のメンバーじゃないが、それなりにラカンの奴とは親しいからな」

 

「なるほど、そういうことでしたか。外交問題にするつもりはないので、安心してください」

 

「おう、ありがとな! それで、来たついでに例の計画の話を聞きてえ。どこか落ち着ける場所で話さねえか?」

 

 落ち着ける場所か。さすがに不特定多数がいるラウンジで、魔法世界の崩壊について話すわけにもいくまい。

 ホテルに場所を借りられるかな、と思ったら、大人しくしていたマクギネスさんが近づいてきて、ネギくんに耳打ちした。そして、ホテルの鍵らしきカードを渡す。

 

「あの、僕の泊まる部屋が、ロイヤルスイートらしいので、そちらに移動しませんか?」

 

「なにい!? このホテルのロイヤルスイートだと! 俺の給料でもそんなに気軽には泊まれんぞ!」

 

 ネギくんの言葉に、驚きの声を上げるリカード元老院議員。

 高級宿のロイヤルスイートと来たか……雪広コンツェルン、本気出したなぁ。

 

 

 

◆149 悪の魔法使い

 

 宿の最上階にある部屋に移動し、用意されているソファや椅子にそれぞれが座る。ちなみに、桃源神鳴流の方々は着いてきていない。彼らはあくまでネギくんと顔通しをしたかっただけみたいだからね。

 

 部屋につくなり茶々丸さんが率先して動き、皆にお茶を淹れ始める。

 私はコーヒーが飲みたいので自分で淹れると言ったら、リカード元老院議員とネギくんもコーヒーを要求してきた。ネギくん、最近コーヒーにはまっているな?

 

 やがて飲み物が行き渡り、腰を落ち着けて話し合える形になる。

 そこで、早速、リカード元老院議員が口を開いた。

 

「魔法世界救済計画、外交部の方で見せてもらったが、ちと揉めている」

 

 ふむ、どこが不味かったのかな。

 

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)が計画立案者の一人というのが、問題視されるのではないかとの懸念の声がな。俺はそんなの気にすんなって言いたいんだが……」

 

「ああ、なんだ。それですか……」

 

 思わず、私はそんな声を上げていた。

 それを聞きとがめたリカード元老院議員が、私に向けて言う。

 

「なんだ、か。まるで大した問題じゃねえように言うな」

 

「エヴァンジェリン先生を計画立案者として載せたのは、それなりの理由があるのですよ。そうですね、まずはこちらをご覧いただければと」

 

 私は、荷物の中から一枚のカードを取り出して、テーブルの上に置いた。

 

「それは?」

 

「これは、そうですね、ショートフィルムです。四十分で終わりますので、軽食をいただきながら鑑賞しましょう」

 

 私はそう言って、カードに描かれている再生マークを押した。

 すると、映像が空間投影されて流れ始める。そのタイトルは……。

 

『ダーク・エヴァンジェル物語』

 

 それを見た雪姫先生が、勢いよくこちらに振り返る。

 

「おい、リンネ!」

 

「まあまあ、まずは観てみましょうよ」

 

 スマホの中からお菓子を取り出しながら、私は雪姫先生をなだめた。

 そして、物語は始まる。四頭身の3DCGキャラクターで描かれたムービーだ。

 

 時は中世。悪の魔法使いの手によって、不死者にさせられた幼い少女がいた。名をエヴァンジェリン。

 彼女は、魔女狩りが横行するその時代を必死に生きた。魔法を身につけ、ヨーロッパを放浪する。

 

 そんなあるとき、彼女は別の不死者を見つける。名をカリン。エヴァンジェリンは彼女と協力して、人々を虐げていた悪の魔法使いを退治することとなった。

 だが、その魔法使いは別の世界から地球へとやってきた侵略者だった。

 

 悪の魔法使いは侵略者の中でも大物だったらしく、異世界からやってきた人々は、侵略の邪魔になるエヴァンジェリンを目の敵にするようになった。

 異世界人は組織化してエヴァンジェリンを襲撃し続ける。一方で、エヴァンジェリンも仲間を増やし、さらに人形の軍勢を操って侵略者に対抗していった。

 十年、二十年と世界の裏側で戦い続け、やがてエヴァンジェリンは侵略者達を故郷の地、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)へと追い詰めた。

 

 魔法使いの都市に忍びこみ、侵略を行なっている首領のもとへと辿り着いたエヴァンジェリン。

 首領を追い詰めるも、その黒幕である人の姿をした怪物に返り討ちにあった。

 だが、エヴァンジェリンは諦めない。首領が操る魔法の兵団と戦争を繰り広げ、そのことごとくを打ち払った。

 

 やがて、首領とエヴァンジェリンの間で講和会談が行なわれることになった。

 地球に手を出さないならば、首領の命は取らない。そう約束しようとした場で、首領はエヴァンジェリンをだまし討ちにする。

 

 しかし、それを見抜いていたエヴァンジェリンは、極大魔法で首領の兵をなぎ払った。

 その事件で、魔法世界の非侵略派が盛り返し、地球への侵略は行なわれなくなったが……エヴァンジェリンは生き延びていた首領の手によって賞金首となり、懸賞金を懸けられることになった。

 

 お尋ね者になったエヴァンジェリンは、仲間のカリンと共に逃亡生活を始める。

 魔法世界と地球双方の魔法使いから狙われる二人。そして、とうとう黒幕の怪物がエヴァンジェリン達を襲撃した。

 その結果、カリンは封印され、エヴァンジェリンは一人になった。

 

 心の支えを失ったエヴァンジェリンは、襲いかかる刺客や賞金稼ぎを返り討ちにし続け、やがてその賞金額は現代の価値で六百万ドルに上るほどになった。

 心は闇に沈み、ただ一人で無為に生き続ける日々。

 そんな彼女に、一筋の光が差し込んだ。ナギ・スプリングフィールドと出会ったのだ。

 

 ナギ・スプリングフィールドとしばらく旅をしたエヴァンジェリンは、彼に心惹かれるようになった。

 そんなエヴァンジェリンに、ナギ・スプリングフィールドは一つの魔法をかける。

 登校地獄の呪い。彼は彼女に、光に生きてみろと諭した。そうしたら、そのときは呪いを解きに迎えにいくと。

 

 それ以来、エヴァンジェリンは一人の少女として光の中で生きている……。

 

 THE END!

 

「……おい、リンネ、どういうことだこれは」

 

 自分の恥ずかしい過去を勝手に映像化された雪姫先生が、プルプルと震えて怒っている。

 だが、待ってほしい。

 

「ちゃんとカリンさんの許諾は得ていますので」

 

「本人の許諾は得ていないだろーが!」

 

 まあ、そう怒らない、怒らない。

 で、このショートフィルムをポップコーン的なお菓子片手に観ていたリカード元老院議員は、いったいどんな反応だろうか。

 

「やっべえな、この映画」

 

「やっべえですか。どんなところがですか?」

 

 私は、リカード元老院議員に問い返した。すると、彼は真面目な顔をして答える。

 

「観る者が観れば、旧世界を攻めた新世界人の正体が、メガロメセンブリアの上の人間だと理解できてしまう。もし事実だとしたら、とんでもない映像だぞ、これは」

 

「事実ですよ。当時を生きた不死者の方々に証言をいただいていますし、他にも情報閲覧系のアーティファクトで、事実だと裏付けが取れています」

 

「なんていうアーティファクトだ?」

 

 その問いに、私は夕映さんの方を見ないようにしながら答える。

 

「『世界図絵(オルビス・センスアリウム・ビクトゥス)』」

 

「あれかー……。むう……とにかく、メガロメセンブリアとしては、この映像を無闇に流されては困る」

 

 そう言われたので、私は映像カードをリカード元老院議員に引き渡し、さらに別のカードの束を荷物から取り出した。

 

「では、こちらの三十分で観られるマイルド版を使いましょう。あまり魔法世界側の描写を掘り下げずに、地球に手を伸ばす謎の魔法世界の勢力と闇の福音が戦った感じに変えてあります」

 

「それならいいが……そもそもこの映像を何に使うつもりだ。闇の福音は実は悪人ではなかったと、広めて回る気か? 無駄だと思うがな」

 

「いえ、それは無理だと私達も分かっています」

 

「だとしたら、狙いはなんだ?」

 

恩赦(おんしゃ)です」

 

 私のその言葉に、リカード元老院議員は怪訝な顔をした。

 それを気にせず、私は言葉を続ける。

 

「火星の開拓で魔法世界を救った功績をもって、エヴァンジェリン先生の賞金首を完全に撤回してもらいたいと、私達は考えています」

 

「無茶を言う……確かに、メガロメセンブリアによる旧世界への侵略はあったかもしれねえ。だが、あいつは関係ない魔法使いを返り討ちにしすぎた」

 

「ええ、先生が悪ではないなどと主張するつもりもありません。ゆえに、恩赦と。この映像は、彼女を野に解き放っても、実害がないことを示すためのものです」

 

 私がそう言うと、リカード元老院議員は、大きなため息を吐いた。

 そして、ネギくんの方を見て言った。

 

「それがお前達の総意で間違いないか?」

 

 すると、ネギくんだけでなくネギま部の面々が口々に「間違いありません」と答えていった。唯一、雪姫先生が「いや……」と否定をしかけたが、賛成多数なのでこれがネギま部の総意である。

 

 すると、リカード元老院議員は、唐突に大声で笑い始めた。

 

「くははは! いいぜ、そういう目的があった方がこっちもやりやすい。旧世界人が慈善で新世界を救うってことに、懐疑的なやつも居たんだ。闇の福音の恩赦なんつーでけえ目的があるなら、そいつらも文句は言わねえだろうさ」

 

 膝を叩いておかしそうにするリカード元老院議員。

 そんな彼に、ネギくんが心配そうに言った。

 

「恩赦は通りますか?」

 

「俺が通す。世界を一個救ってもらうんだ。それくらいの見返りをやらねえと、新世界人としてお前達に恩を返しきれなくなっちまう」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

「おう。じゃあ、そっちのカードも受け取っていいんだな?」

 

 リカード元老院議員が、マイルド版の映像カードの束を見て言った。

 私は、そのカードを受け渡しながら答える。

 

「複製も自由にどうぞ。なんなら、まほネットに流してしまっても構いませんよ」

 

「アホ、こういうのは出すべきタイミングってのがあるんだよ。外交のプロに任せておけ」

 

 あー、主席外交官だもんね。そういうのは得意だろうさ。

 

 そして、カードの束を手の中でいじりながら、リカード元老院議員は言う。

 

「恩赦っつー明確な目的があって動くなら、やる気も十分と見るぞ。ネギ。明日からはバンバン挨拶回りをしてもらうから、覚悟しておけよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

 ネギくんが、元気にそう返事をした。どうなることかと思ったが、元老院議員の一人に好感触を与えられたのは大きいな。

 

「よし、じゃあ、明日からの予定を詰めるぞ。さすがにその人数を全員連れていくわけにもいかんから、残りは観光をしてもらうことになるだろうが……」

 

 そして、そこから始まった打ち合わせで、リカード元老院議員はこちらが持つさらなる手札に驚いていた。あやかさんが持つアーティファクト『白薔薇の先触れ』は、まさしく切り札であると。

 使わないに越したことはないが、選択肢が一気に広がると喜んでいた。

 無茶な使い方をしないといいが……まあ主席外交官なら大丈夫かな。

 

 こうして私達は、魔法世界への来訪一日目にして、力強い味方を得ることができたのだった。

 



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■63 ゲート崩壊

◆150 異世界版ナマハゲ

 

 メガロメセンブリアに到着して七日目の朝。今日もリカード元老院議員がやってきて、一日の予定を打ち合わせする。

 

「思いのほか、順調だな。元々、世界崩壊の対策に積極的な議員から攻めているからかもしれんが」

 

 リカード元老院議員がそんな言葉をつぶやくように言う。

 そう、順調だ。この一週間は、ひたすら個人を訪ねて、『ねこねこ計画書』の説明を行なってきた。

 集団を相手に説明するというのは現段階ではまだ早いらしく、そういうのは味方を多く付けてからやるべきだとリカード元老院議員は言っていた。

 

 そして、我がネギま部はひたすらお偉いさんとの面会を続けた。

 ネギくん以外のメンバーも、ナギ・スプリングフィールドの息子の教え子として、パーティに出席するなどして忙しかった。

 メガロメセンブリアにネギくんが来ていることを教える役目としての派遣である。

 

「また今日もパーティなのね……」

 

 予定表を見ながら、水無瀬さんがぼやく。すると、ドレス姿が嫌なのか、明日菜さんもすごく渋い顔をした。やんごとない姫様なのにドレスが嫌ってちょっとあれだね。

 彼女達のその様子を見て、リカード元老院議員が苦笑する。

 

「そう言うなよ。ネギが精力的に動いているのに、何もしないでただ観光し続けるのも辛いだろ」

 

「そうやで。パーティとか勘弁やが、観光ももう飽きたわ」

 

 ネギくんの教え子ではない小太郎くんが、リカード元老院議員の言葉に同調してそんなことをぼやく。

 そして、リカード元老院議員がネギま部部員を見回しながら言った。

 

「ま、見目麗しい姿に生まれてきたことを恨むんだな。つーか、なんだよ、今時の学生って皆こうなのか?」

 

 おっと、褒めているようだけど、二十一世紀基準だとそれセクハラだからね。

 だが、ネギま部の面々は容姿を褒められてまんざらでもないようだ。ただの中学生が、お前は美人だなんて大人におだてられたら、木にも登っちゃうよね。

 

 そんな感じで今日の予定を話し、その後、現在の進捗について触れる。

 

「闇の福音の弟子っつーのが物議をかもすと思っていたが……逆だったな」

 

 リカード元老院議員がそう言うと、観光組の保護者役として動いていた雪姫先生が不思議そうな顔をする。

 

「なぜだ? 魔法世界では酷く恐れられていると聞いていたが」

 

「恐れられているっつーかなぁ。闇の福音っていうのはあれだ。おとぎ話の悪役なんだよ」

 

 リカード元老院議員の言いたいことがイマイチ伝わっていないのか、雪姫先生は首を傾げる。

 

「数百年の間、裏の世界に君臨し続け、最後には現代の英雄ナギに封じられる怪物。幻想の中の住人。そういう印象が強すぎて、逆にそんな存在の弟子という事実に箔が付いたってオチだ」

 

 そうなのだ。闇の福音は、誰でも知っている超凄い魔法使い。そんな超凄い魔法使いの弟子になったやつがいる。それはなんと英雄ナギ・スプリングフィールドの息子。すごすぎる! という感じだ。

 闇の福音は現役の犯罪者とかじゃなくておとぎ話の悪役なので、現実的な悪としての印象がないのだ。

 

「日本人の感覚的には、酒呑童子などの鬼の弟子になったメジャーリーガーの息子というイメージですかね……」

 

 夕映さんが、そんな感想を述べる。確かに言い得て妙かもしれないね。このネギま部の中でいったい何人が酒呑童子のことを知っているか分からないけど。私もサーヴァントの彼女は制御できる気がしないので、スマホの中からは呼んでないし。

 

 しかし、闇の福音の存在に現実感がないのか。

 そりゃあ、麻帆良に封じられていても問題が起きないわけだ。魔法先生達も、積極的に排除はしようとしていなかったしね。

 

「さて、それじゃあ。今日も一日――」

 

 と、リカード元老院議員が締めの挨拶をしようとしたところで、窓の外に見えていた景色の一角が、突如爆発した。

 

「!? なんだ!」

 

 それをリカード元老院議員も見ていたのか、窓の方へと近づく。

 私も窓に寄り、鷹の目スキルを発動する。すると、遠くに見える建物から、土煙が上がっているのが見えた。

 

「あれは……ゲートポートですね」

 

「ゲートポートだと……待て、通信魔法だ」

 

 リカード元老院議員はその場で黙り込み、魔法でどこかと連絡を取り合い始めた。

 そして、数分経ち、私達へと振り返り、言う。

 

「ゲートポートが占拠されて、ゲートが破壊されたらしい」

 

 その言葉に、ネギま部一同がざわめく。

 

「ゲートが壊れたって、もしかして地球に帰れないってことですか?」

 

 明日菜さんがそんなことをリカード元老院議員に尋ねるが、リカード元老院議員は笑顔を浮かべて答える。

 

「心配すんな! ゲートはメガロメセンブリア以外にも世界にあと十箇所もあるんだ。外交部の威信に懸けて旧世界には帰してやるから、安心しろ!」

 

「あ、そっか。ゲートはここ一箇所だけじゃないんですよね」

 

 明日菜さんがほっと安心したように言う。

 でも、残念ながらこのテロは、他の十箇所でも行なわれているはずなんだよね。

 

「念のため、お前達の午前の予定は全てキャンセルだ。外にもいかず、ホテルで大人しくしていてくれ。俺は出てくる」

 

 リカード元老院議員はそう言って、護衛の騎士を連れて部屋から去っていった。

 うーん、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』がゲートテロを狙っているって、ちう様を使って匿名で通報しておいたのだけど、防げなかったか。まあ、匿名じゃ信用されないよね。でも、実名だとどこでそんな情報を入手したのかって言われてしまうしなぁ。

 

 下手したら、私達が『完全なる世界』の関係者であると疑われてしまうというか、濡れ衣を着せられてしまう可能性があるし。メガロメセンブリアは、隙を見せるとそういうことをやってきかねない怖さがあるからね。

 ままならないものである。

 

 

 

◆151 テロの影響は

 

「新世界、十一箇所のゲートポートが全て破壊された」

 

 午後になって宿へと戻ってきたリカード元老院議員が、そのようなことを私達に告げてきた。

 

「テロですか……」

 

 ネギくんが、顔を曇らせてそんなことをつぶやいた。

 世界中にある十一箇所を同時に破壊できる。それだけの手駒がある『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の存在に、私は内心で脅威は大きいと再認識した。

 

「だからすまんが、お前達を旧世界へ早急に帰すことになった。今ならまだ、ゲートがかろうじて動く」

 

 リカード元老院議員がそう言うと、ネギくんはハッとなって議員に問う。

 

「帰れるんですか!?」

 

「ああ、今から急げば間に合う。荷物をまとめてくれ」

 

「分かりました。みなさん!」

 

「ネギくん、待ってください!」

 

 皆に号令をかけようとしたネギくんを私は大声を出して止めた。

 そして、さらに言う。

 

「魔法世界に残るべきです。今、帰ったら、次いつここに来られるか分かりませんよ」

 

「そんなこと言っている場合ですか!?」

 

 ネギくんが驚いて、そんなことを叫ぶ。

 だが、そんなことを言っている場合なのだ。

 

「私達の二学期と、魔法世界の命運、どちらが大切なのですか。今やるべきことは『ねこねこ計画書』を一人でも多くの人に承認してもらうことです」

 

「いや……でも、僕には、皆さんを連れてきた責任が……」

 

「大丈夫です。勉強は、なにも麻帆良でしかできないわけではありません。夏休みが明けたらこちらに留学させてもらって、その間にネギくんは計画を推し進めればいいのですよ」

 

「そんな……でも……」

 

「逆に考えましょう。帰れないんじゃなくて、腰をすえて計画の説明に邁進できる、と」

 

「ええー……そんな……」

 

「大丈夫です。麻帆良には、元担任だった高畑先生もいるはずです。3年A組のことは任せちゃいましょう。まあ、帰りたい人は帰していいと思いますが……ここで脱落したい人、います?」

 

 私がネギま部の面々を見回すと、帰りたいと言い出す者は一人もいなかった。

 

「では、ネギま部部長として、魔法世界への滞在を決定いたします。その旨を学園長先生にメールしますね」

 

 私はスマホを取り出して、画面を起動する。

 

「えっ」

 

 メール、という言葉に、ネギくんは驚きの表情を浮かべた。

 ふふふ、魔法世界では圏外になるはずの携帯端末で、ゲートが繋がっていない地球にメールを飛ばせることが不思議だろう。

 

「私のスマホは特別製なので。地球と魔法世界の間で通信が途絶えていようが、地球のインターネットに接続可能なんですよ」

 

「嬢ちゃん、それは本当か!?」

 

 と、ここでリカード元老院議員が私の言葉に食いつく。

 

「ええ、このスマホは私の固有能力です。次元を超えて、地球とやりとりができます」

 

「マジかよ! よし、メガロメセンブリアの特別外交官の肩書きをアンタに預ける! 今すぐ旧世界と連絡を取りたいから、外交部まで付いてきてくれ! どうか頼む!」

 

 ガッシリと肩をつかまれ、そのまま連行される私。

 ああー、まだネギくんに話していないことがあったのに。

 

 実は、麻帆良に帰る手段は存在する。

 旧オスティアの未使用ゲート。これが直接麻帆良につながっているのだ。

 あと、もう一つの手段。スペース・ノーチラスを呼び出して虚数空間へダイブし、そこ経由で現実の火星へと出る。そして、宇宙経由で地球に帰る、ということが可能だとスマホ内の頭脳担当の人達があらかじめ試算していてくれた。

 

 宇宙船はアークスの光学迷彩技術で地球人から隠せるし、宇宙経由が手間の少ない方法かな。旧ゲート付近は魔物がうろつく危険地帯と化しているらしいし……。ま、どっちでもいいけどね。

 

 そうして私は、メガロメセンブリアの政治の中枢部に連れていかれ、地球との連絡役として数日缶詰になったのだった。お給料が貰えたので、ホテルにお土産でも買っていくことにしよう。

 

 

 

◆152 ナギ・スプリングフィールドの後継者

 

 テロの日から一週間が経った。

 ネギくんは毎日のように『ねこねこ計画書』の説明に動き、私は地球との連絡役の仕事をこなしていた。

 

 学園長先生とも連絡は取ったのだが、学園長先生は麻帆良からの応援要員として、ゲートが完全に閉じる前に高畑先生と龍宮君をこちらへ送りこんだ。彼らは私達と合流せず、メガロメセンブリアに訪問中の私達以外の麻帆良生を保護するために動くらしい。

 3年A組の担任をするはずの先生がこっちに来ちゃったよ。どうするんだろうね、二学期からの三年生の英語教師。

 

 そして、今日もまた朝のミーティングだ。

 計画書の説明がここに来て行き詰まったのか、リカード元老院議員が難しい顔をしている。

 

 詳しい話を雪姫先生が尋ねると、リカード元老院議員がおもむろに語り出した。

 

「ナギ・スプリングフィールドの後継者として、ネギの力を疑問視する声が強く上がっている。サウザンドマスターの子は、果たしてサウザンドマスターのように強いのかと」

 

「何それ? 強さとか、計画になんの関係もないじゃないの」

 

 水無瀬さんが、呆れたように言った。それにネギま部メンバーが同意するようにうなずく。

 

「そう言うな。あの大戦争からまだ二十年しか経っていない。力がないやつは、民衆に支持されねえのさ。かく言う俺も、メガロメセンブリアでは五指に入るくらいには強い」

 

「力こそ正義って、野蛮すぎるなぁ」

 

 木乃香さんが、そんなことをぼやく。

 すると、ネギくんが覚悟を決めた顔で言った。

 

「強さならいくらでも示してみせますが……決闘でもしますか?」

 

「いや、文句を言っている奴の大半は、あくまでサウザンドマスターのファンでしかなくて、本人は戦えねえ。相手の力を疑問視しているのに、本人は戦えねえんだ。始末におえん」

 

 リカード元老院議員が告げたあまりにも矛盾した内情に、ネギま部一同は完全に呆れ返った。

 だが、メガロメセンブリアの矛盾はともかく、言いたいこと自体は分かる。

 力なくして上に立てない。そして、計画を進めるには、力ある上の人間だけ相手すればいいとはいかない。私達も下々の支持を得て直接上に立つことが求められている。

 

「ふむ、力を示すか。それならば、ぼーや、いや、ネギ。これに出てはどうだ?」

 

 雪姫先生が、一枚のチラシをテーブルの上に置いた。

 

「ナギ・スプリングフィールド杯メガロメセンブリア予選? 拳闘大会ですか?」

 

 ネギくんが、チラシを覗き込んでそう問い返した。

 

「ああ、新オスティアで行なわれる拳闘大会の地方予選だ。武器の使用はありなので、ネギの力を示すのにちょうどよいだろう」

 

 雪姫先生のその言葉を受け、リカード元老院議員が膝を打つ。

 

「おお、それはいいな! この拳闘大会の開催地は新オスティアだが、ちょうどそこで戦後二十年を記念した式典が開かれるんだ」

 

 なんでも、旧ウェスペルタティア王国の首都があったオスティアでは、毎年終戦を記念したお祭りが開かれているらしい。今年は二十周年ということもあり、世界各国から要人を招き、平和のための式典を行なうのだとか。

 

「各国の要人が集まる場で優勝し、その勢いのまま要人達に計画を伝えれば……」

 

 そう告げるリカード元老院議員に、ネギくんはハッとした顔になる。

 

「一気に計画を推し進められますね!」

 

「おうよ!」

 

 実は、私もこの式典は狙い所にしていた。キティちゃんの恩赦は、メガロメセンブリアだけと約束するのでは足りないと思っていたのだ。メガロメセンブリア相手だと、約束を反故にされる危険性があるからだ。なので、各国の使者が集まるこの地で、恩赦を勝ち取るつもりだ。

 

「で、優勝できんのか?」

 

 ニヤリと笑いながら、リカード元老院議員がネギくんに問う。

 

「してみせます!」

 

 ネギくんの珍しい自信ありげな言葉に、リカード元老院議員は満足そうに笑う。

 

「がはは! よく言った! だが、この大会はコンビでの出場だ。あと一人、出場者を選ぶ必要があるぞ」

 

 リカード元老院議員のその言葉を聞き、私は雪姫先生の方を見る。

 すると、雪姫先生は面白そうに笑ってから、首を横に振る。ダメか。まあ、全国ネットで放送だってされるだろうし、闇の福音本人が戦うわけにもいかないか。

 

「俺が出るで!」

 

 と、ここで小太郎くんが立候補する。

 そして、古さんも手を挙げて、「出たいアル!」と叫んだ。

 

 さらに、明日菜さんが遠慮がちに手を挙げる。

 

「私も力を試したいなーって」

 

 すると、それを見たリカード元老院議員が笑って言う。

 

「いやいや、アスナ姫が出るのは反則だろ! 魔法も気弾も効かないんじゃ、一方的すぎる。ネギの力を示すパートナーには向いてねえよ」

 

「えー、ダメですか……」

 

 明日菜さんが、がっくりとうなだれる。うん、明日菜さんの力って、魔法世界だとあまりにも理不尽過ぎるからね。観客も最初は沸くだろうけど、見慣れてきたら盛り下がるぞ。

 

「のどかはネギ先生のパートナーに立候補しないです?」

 

「えー、私、拳闘とかはちょっと……」

 

 夕映さんとのどかさんが、そんなことを言い合っている。他のメンバーは、そこまでして出たいと思っている人はいないようだね。刹那さんは「京都神鳴流は見世物ではない」と常々言っているし、楓さんもウルティマホラや『まほら武道会』には出たものの本質は忍ぶ者だ。

 

 なので、候補は小太郎くんと古さんに絞られたわけだが、二人は激しいジャンケンバトルを繰り広げ始めた。

 並外れた動体視力で相手の手の内を読み合い、あいこを繰り返す。この光景、別の漫画で見たことあるわ……。

 

 そして、決着が五分経っても付かなかったので、クジで決めることになり、見事小太郎くんがネギくんのパートナーの座をつかみとった。

 

「よっし! 待ってろや、魔法世界の強者達!」

 

「むー、こうなったら、別口でエントリーして……」

 

「いや、古さん。目的はネギくんの宣伝なので、絶対にやめてくださいね」

 

 私が横からそう言うと、古さんはガックリと肩を落とした。

 

「無念アル……」

 

 そんなネギま部の騒がしい姿をリカード元老院議員は面白そうに笑って眺めていた。

 そして、彼はネギくんに向かって言う。

 

「頼もしい仲間達じゃねえか」

 

 すると、ネギくんは釣られるように笑顔になって答える。

 

「はい、自慢の仲間です」

 

 彼の父と違って、女ばかりのパーティーメンバーだが、(こころざし)では負けていないつもりだよ。

 オスティア終戦記念祭は十月一日からの開催だ。あとひと月、ネギくんを拳闘の英雄に仕立ててみせようじゃないか。

 




※明日菜の能力で気弾が消えるのは原作設定です。原作のヘルマン戦参照。


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■64 メガロメセンブリア拳闘大会

◆153 努力・友情・勝利

 

 夏のメガロメセンブリア拳闘大会。またの名をナギ・スプリングフィールド杯メガロメセンブリア予選。

 メガロメセンブリアにある競技場を使って行なわれるその戦いで、ネギくんと小太郎くんは快進撃を続けていた。

 

「はっはっは! 強えじゃねえか! 本当にお前ら十歳か?」

 

 戦いを終えてバトルステージから下がったネギくんの肩をリカード元老院議員が勢いよく叩く。

 今回の戦いは無傷の勝利だった。むしろゴリマッチョのリカード元老院議員の手で初めてダメージを負ったんじゃないかというくらい、順調に勝ち進んでいる。

 

 拳闘試合は武器の使用が可能で、四人の選手が同時に入り乱れて戦う。『まほら武道会』のように呪文詠唱の禁止などということもなく、大魔法がバンバン飛び交う激しい戦いだ。

 試合は相手チーム全員の死亡、戦闘不能、ギブアップで決着が付く。気絶、ダウン状態になった選手はカウント20で戦闘不能扱いだ。

 

 武器使用可となると、刃物を持った方が有利に見えるが、気や魔力が絡むとそうとは言い切れなくなる。そもそもが気をまとって思いっきり素手で殴れば、岩が砕けるのだ。武器の有無はリーチの差でしかないし、リーチの差は気弾を飛ばせば簡単に埋まる。

 ただし、ネギくんのように一級品の魔剣を持っているとかだと話は変わるが。

 しかもネギくん、風王結界(インビジブル・エア)で魔剣の姿を隠しているので、相手はそのヤバさに気づけない。姿が見えない魔剣で魔法障壁をバターのように切って、そこに峰打ちをしてダウン&20カウントというのが一番最初の試合の終わり方だったね。

 さすがに勝利を重ねた今では相手も見えない魔剣を警戒しているが、距離を取ったら今度はネギくんの強力な魔力による魔法の餌食となる。近づいてもダメ、離れてもダメ。相手が可哀想になる強さだね。

 

「なんや、魔法世界言うてもそこまで怖ないな。てっきり十蔵兄ちゃんみたいなのが待ち受けている思うていたわ」

 

 そう余裕そうに話すのは、小太郎くんだ。

 うん、獅子巳さんみたいなのがそうゴロゴロ転がっていたら困るけどね。あれは、魔法世界と地球両方合わせてもトップ層の達人だよ。魔法世界にも武を極めた達人はいるだろうけど、そうそう拳闘大会みたいな見世物には出ないんじゃないかなぁ。

 

「十蔵が誰かは知らんが、お前達に匹敵する強さで拳闘大会に出られるような自由人は、少なくともメガロメセンブリアにはいねえな。オスティアの予選大会への出場は確実だろうよ」

 

 リカード元老院議員が、ネギくんの肩を叩くのをやめ、満足そうにそう言った。うん、メガロメセンブリアで力を示すという目論見は成功しそうだね。

 

「今となっちゃあ、面会を拒むどころか向こうから会わせてくれって希望が殺到する始末だ。ネギ、リンネ、今日はこれから計画の説明に向かってもらうぞ」

 

「本当ですか? 頑張りますね!」

 

 ネギくんが嬉しそうに顔をほころばせながら言った。

 私も、計画書の説明手順を頭の中で再確認しながら、リカード元老院議員にうなずいた。

 

 ネギくんは拳闘に面会にと忙しいこと極まりないが、彼はまだ十歳の子供。過労にならないよう、気を付けてあげないとね。

 

 

 

◆154 カゲタロウ

 

 そして、地方予選の開始から約半月後。ネギくんと小太郎くんは、とうとう予選決勝に勝ち進んだ。

 現在、ネギま部全員で試合を観戦中だ。

 

『強い、ネギ選手強い! 相手選手の岩石魔法を物ともせず、圧倒的剣技でダウンを奪ったー! いや、そもそもネギ選手の武器は、本当に剣なのか!? その全容は最後まで明かされませんでした! カウント20! 夏のメガロメセンブリア拳闘大会は、ナギ・スプリングフィールドの息子ネギ選手と謎の犬耳少年小太郎選手が、栄冠を手にすることとなりました!』

 

 ネギくん達の勝利に、ネギま部一同が一斉に歓声をあげた。

 競技場も大盛り上がりとなり、割れんばかりの歓声と拍手は地響きすら感じる。

 

 ネギくんと小太郎くんは、観客席に手を振りながらバトルステージの中央から退出していく。

 だが、そのとき思いもよらぬ事態が起きた。

 競技場の上空から、闇が降りてきたのだ。

 

 それは、黒い影でできた槍の雨。影魔法による攻撃だ。

 だが、ネギくんと小太郎くんはそれに動じず、それぞれの得物で影の槍を打ち払った。

 

『な、なんだー!? いったい何が起きたんだー!』

 

 競技場の中央に、何物かが空から舞い降りてくる。

 黒衣に包まれた、仮面の人物。

 え、いやいや。ちょっと待て。もしかしてアレか。これカゲタロウか!?

 

「我が名はカゲタロウ! ナギ・スプリングフィールドの遺児とお見受けする! いざ尋常に勝負せよ!」

 

 やっぱカゲタロウだー! 大戦期『紅き翼(アラルブラ)』と戦ったという歴戦の猛者だ。まあ、『紅き翼』には負けたらしいけど。

 もしかして、ネギくんの噂を聞いてメガロメセンブリアまでやってきたのか!?

 

『おおっとー! 乱入者、乱入者です! ネギ選手、いったいどうするー!? その挑戦を受けるのかー!』

 

 アナウンサーが戦いをあおる! まさかの事態に、観客席はさらに盛り上がった。

 いったいどうするのかと見守っていたら、ネギくんの周囲に風が集まり、腰の鞘に収めていた魔剣を抜剣した。風王結界(インビジブル・エア)で隠された魔剣をネギくんは両手で構える。

 そして、小太郎くんもすぐに臨戦態勢に入った。

 

『ネギ選手は挑戦を受けるようだ! カゲタロウ選手、その実力やいかにー!?』

 

 そこから、激しいバトルが始まった。

 今までの予選とは比べ物にならないほど、高度な戦いが繰り広げられる。

 

 カゲタロウの使う影。それは、かつて『まほら武道会』で高音さんが披露していたものと同系統の術。

 だが、練度は大違いだ。無詠唱で繰り出される変幻自在な影が二人を襲い、遠距離から二人を串刺しにしようとする。

 

 ネギくんと小太郎くんはこれを的確に武器で打ち払っていくが、弾幕は厚く、なかなか近づけない。

 数分間、その激しい攻撃は続き、完全に膠着状態に陥る。そこで不意に、小太郎くんが前へと突っ込んだ。

 影が嵐のように小太郎くんを襲うが、彼は余裕の笑みを浮かべてその影を回避していく。小太郎くんは、修行の結果、驚くべきほどの直感を身につけているのだ。

 

 そして、カゲタロウに肉薄した小太郎くんは、至近距離からの連打を浴びせる。

 しかし、カゲタロウは影を身にまといそれを防いでいき、逆に影をまとった巨大な腕で小太郎くんを殴り飛ばしてしまった。

 後方へと吹き飛んでいく小太郎くん。だが、それは彼の狙い通りだった。小太郎くんが時間を稼いでいる間に、ネギくんの呪文詠唱が完了していたのだ。

 

「『千の雷(キーリプル・アストラペー)』!」

 

 雷系最大の魔法が、競技場を白く染める。

 

『こ、これは、ナギ・スプリングフィールドの代名詞、『千の雷』だー! やはり英雄の息子は、父と同じく雷の申し子だった! というか、カゲタロウ選手は無事なのか! 消し飛んでしまっていないかー!?』

 

 膨大な雷の嵐が去ると、そこには……影をドームのように展開して、『千の雷』を耐えたカゲタロウの姿があった。

 驚きに包まれる観客席。だが、驚いていたのは観客だけで、ネギくんは相手の実力から耐えることを想定していたのだろう。魔法の雷の中に突っ込んで、さりげなくカゲタロウに近づいていた。

 

 周囲の状況を確認するためか、カゲタロウが影のドームを解きにかかった、その瞬間。ネギくんが魔剣を大上段に構えた。すると、魔力の奔流(ほんりゅう)風王結界(インビジブル・エア)が解かれ、その刀身が露わになる。

 魔剣が『雷公竜の心臓』の魔力を受けて、白く強く輝く。

 

とくと見よ(Behold)! 『白き翼(ALA ALBA)』!」

 

 魔剣の力が解放され、白い光が競技場を埋め尽くす。

 

『ネギ選手の剣から何かが炸裂したー! まさかこれは彼のアーティファクトなのかー!? 今度こそ、カゲタロウ選手、消し飛んだか!?』

 

 光が収まり、舞い散っていた土煙が晴れる。剣を振り下ろした格好のネギくんがまず見えた。

 そして、カゲタロウの姿はというと……地面に膝を突いており、その彼の前になぜか褐色長身の男が仁王立ちしていた。

 

 いやいやいや。まさか。まさかあの男は……。

 

『な、なんとー! あれは、あのお方はー! まさかのまさか、伝説の英雄ジャック・ラカンだー!』

 

 大戦争でのナギ・スプリングフィールドの仲間、『紅き翼(アラルブラ)』の一人がそこにいた。

 というか、何? え? 魔剣解放の一撃、肉体で受けて弾いたの?

 剣が刺さらないとか言われているバグキャラとして有名な彼だが、村正お爺ちゃんの魔剣を防ぐとか……。

 

「くっくっく……」

 

 ジャック・ラカンが仁王立ちしながら不敵に笑う。

 そして……。

 

「くはあっ!」

 

 盛大に血を吐いた。

 え、ええー。魔剣効いていたのかい!

 

「痛えな、こんちくしょう!」

 

 そして、血を口から垂れ流しながら、ネギくんを思いっきり殴り飛ばした。

 ええー、何この状況。

 

「あー、クソ。ナギの息子の野郎。良い一撃放ちやがって。おいコラ、ネギとか言ったな!」

 

 ジャック・ラカンに怒鳴られ、吹き飛んでいたネギくんが起き上がる。

 

「はい、ネギですが……」

 

「この勝負、俺、ジャック・ラカンが預かった!」

 

 ジャック・ラカンは自分を親指で指差し、そんな宣言をした。

 

「これほどの強者同士の戦い、こんな乱入戦で決着を付けるのは勿体ねえと思わねえか? 勝負はオスティアの本戦で付けろ!」

 

 その言葉に、観客がどよめく。

 さらに、ジャック・ラカンは言葉を続けた。

 

「そして、ネギ。周囲に自分の実力を示すだの、息巻いているそーだな。ならば、お前の力、俺様が見極めてやる。だから俺は……こいつと組んで、オスティアの大会に出る!」

 

 その宣言に、観客席が沸いた。最強の拳闘士、伝説の英雄、無敵の傭兵が、数年ぶりに表舞台で戦いを見せるというのだ。競技場に戦いを見に来ている拳闘ファンが沸かないはずがなかった。

 ラカンコールが観客席から巻き起こり、ジャック・ラカンは軽く観客に手を挙げ、カゲタロウと一緒にバトルステージから去っていった。

 それを呆然と見送るネギくんと小太郎くん。

 

 そして、最後にアナウンサーが叫んだ。

 

『王者と英雄の戦いの舞台は、オスティアへ! さあ、今すぐオスティア行きのチケットを確保しよう!』

 

 これ、大会運営側の仕込みじゃないよね?

 

 

 

◆155 千の刃

 

 戦いが終わり、ネギま部一同はホテルへと戻った。

 そして、リカード元老院議員もやってきて、豪快に笑う。

 

「いやー、ヤベえことになったな! あそこでラカンの野郎とか、反則だろ!」

 

 そんな彼の様子に、私は呆れてしまう。

 

「笑っている場合ですか。優勝が一気に難しくなりましたよ。というか、このままでは優勝不可能です」

 

 私のその言葉に、ネギま部の面々は困惑する。

 

「あのオジサマ、そんなに強いです?」

 

 夕映さんの疑問の言葉を受け、『紅き翼(アラルブラ)』に詳しい明日菜さんが答える。

 

「今のネギと小太郎じゃ無理ね。あの人、ナギと同じくらい強いわよ」

 

「そんなにですか……」

 

 図書館島地下での再生ナギの圧倒的な強さを思い出しているのか、夕映さんが額にシワを寄せた。

 そして、リカード元老院議員も同じ意見のようで、うなずいてから言った。

 

「今のネギ達じゃ、どうあがいても勝てん。こうなったら、優勝は諦めるしかねえな。だが、計画のことを考えると、せめて善戦はしてほしい。つまり、修行が必要だな!」

 

「ちょっとやそっとの修行じゃ、追いつけない差だと思うけれど……」

 

 明日菜さんがそうつぶやいて、顔を曇らせる。

 

「そうだな。やつがどれくらいすごいか、記録映像でも見てみるか」

 

 リカード元老院議員はそう言って、懐から魔法の携帯端末を取り出した。

 そして、十数秒ほど操作すると、空中に映像が投影される。

 

 それは、大戦期の記録映像。

 軍艦が宙に浮かび、鬼神兵が前進する。

 それに向かって突っ込む者が一人。若きジャック・ラカンだ。

 

 ジャック・ラカンは巨大な剣を肩に担ぎ、鬼神兵を両断。さらに、巨大な戦艦に向けて跳躍し、軍艦サイズの剣を手に呼び出して戦艦を串刺しにした。

 さらにそこから剣を横に振るい、複数の軍艦をまとめてなぎ払った。

 

「このように、ラカンの野郎は軍隊を相手にしても余裕で勝てるくらい強い」

 

 そのスケールの大きさに、ネギま部一同はポカーンとした顔を浮かべている。いやー、私も、漫画ならともかくこういうリアルの映像として見せられると、驚くしかないね。

 やがて、映像は終わり、宿の部屋は暗い雰囲気に包まれる。勝てないんじゃね、これ、という雰囲気だ。

 

 すると、部屋の隅で大人しく話の行方を見守っていた雪姫先生が、ネギくんの前に進み出てきた。

 彼女は、ネギくんを見下ろして、冷たい声で言う。

 

「ネギ。勝ちたいか?」

 

「僕は……」

 

 言いよどむネギくんの横で、小太郎くんが叫ぶ。

 

「当然勝つで! 厳しい修行、なんぼでもこいや!」

 

「……うん、勝ちたい。父さんと同じくらい強いとしても、僕は勝ちたいです」

 

 小太郎くんの言葉に触発されて、ネギくんが力強くそう言った。

 すると、雪姫先生はニタリと笑った。

 

「そうか。ところで、私はこのような技が使えてな」

 

 雪姫先生は、その場で無詠唱の魔法を発動する。突然のことに部屋にいた護衛の騎士が反応するが、リカード元老院議員はそれを手で制した。

 発動したのは、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』。だが、それを雪姫先生は手でにぎりつぶした。そして、その魔力が雪姫先生の身体に取り込まれる。

 

「それは!?」

 

 ネギくんが、驚き顔で雪姫先生を見上げる。

 それに対し、雪姫先生は口元を弧に描きながら言う。

 

「私はエヴァンジェリンの知り合いだと言っただろう。『闇の魔法(マギア・エレベア)』は、私も使える。当然、教えることもできる。だから、ネギ。進むべき道を選べ」

 

 うーん、キティちゃんは以前、ネギくんには率先して『闇の魔法』を教える気はないと言っていたのに、ここで誘いをかけるか。

 弟子として愛着でも湧いたのかと私が微笑ましい目で見ていると、雪姫先生がネギくんの前で告げる。

 

「ナギ・スプリングフィールドが歩んだ光の道、エヴァンジェリンが歩んだ闇の道。その二つの道が、貴様の前にある。光の道は、仲間と一緒にコツコツ強さを積み上げていく道だ。ジャック・ラカンに今すぐ勝つことは難しいだろうが、その先には栄光が待っていることだろう。そして――」

 

 雪姫先生は『闇の魔法』で白く染まった腕で、ネギくんのアゴをくいっとすくい上げた。

 アダルティな動作に、ネギま部メンバーが色めき立つ。

 

「闇の道は、外法に染まり一人強くなる道。ジャック・ラカンに対抗する力を得られるが、その先に待つのは破滅かもしれない。さあ、どちらを選ぶ?」

 

 すると、ネギくんはアゴに添えられた手をゆっくりと払い、答える。

 

「闇の道は選びません」

 

「そうか、ならば――」

 

「光の道も選びません」

 

「なに?」

 

 まさかの両方を否定する言葉に、雪姫先生が驚きの表情を浮かべる。

 

「父さんの道、師匠(マスター)の道、どちらも僕は選びません。僕が選ぶのは、竜の道。アルトリア師匠の道です」

 

 ネギくんはそう言って、その場で武装格納魔法を使って、一つの荷物を取り出した。

 それの封を解き、テーブルの上に中身を広げる。

 

「それは?」

 

 雪姫先生が、ネギくんの広げた道具……いや、素材を見てネギ君に尋ねた。

 

「ファイトマネーで購入した、雷竜の血と革です」

 

「ドラゴン素材で防具でも作るつもりか? 王道だな。だが、その程度でジャック・ラカンの攻撃が防げるとは、到底思えないが」

 

「もちろん、そのようなことはしません。……リンネさん」

 

 と、いきなりネギくんに名前を呼ばれ、私は「へあ?」と変な声で返事をしてしまう。ここで私が呼ばれる要素あった?

 すると、ネギくんが真面目な顔でこちらを見つめて、言う。

 

「ルーサーさんを呼んでください。僕は……竜の力をこの身に取り込みます」

 



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■65 コーヒーブレイク

◆156 竜人

 

『ファンタシースターオンライン2』の世界には、デューマンという種族がいる。

 ハドレットという人造の竜種の体細胞を解析し、ヒューマンにその竜種の細胞を組み込んで生まれた新種族だ。

 デューマンを竜人と呼ぶにはいささか竜の要素が少ないが、とにかく『PSO2』の世界には竜種をもとにして人を改造する技術が存在するということだ。

 

 一方で、『Fate/Grand Order』にも竜の力を持つ存在が複数人いる。

 その一人が、ネギくんの剣の師匠であるアルトリア・ペンドラゴン陛下だ。

 生前の彼女は、竜の因子を植え付けられて生まれた経歴を持つ。竜の心臓を身に宿し、ただ生きているだけで無限の魔力を生成したという。

 

『千年戦争アイギス』には、そのものズバリ、竜人という種族がいる。

 生命力が非常に高い種族で、寿命も長い。上位種の中には魔法耐性に優れた個体も多く、戦闘では盾役向きの存在だ。

 

 ネギくんは、それら三つの要素を重ねて、自らを竜人とすると言い出した。

 この『魔法先生ネギま!』の世界にも竜化を行なえる竜族という種族がいるので、異形の存在に堕ちるというわけではないのだが……思い切ったなぁ。

 

「話は分かったが……本気か?」

 

 リカード元老院議員が、眉間にシワを作りながらネギくんにそう尋ねる。

 

「本気ですよ。そもそも、僕達『白き翼(アラアルバ)』では、自己改造なんて珍しくもないんですよ」

 

 あー、確かにね。のどかさんと夕映さんは改造人間だし、ちう様は情報生命体だし、古さんは不死の仙丹を飲んでいるし、相坂さんは人形の身体だし、茶々丸さんはロボットだし……。

 ふふふ、そう考えると、ネギくんが自分を改造しようと思いついたのは、当然の帰結なのかもしれないね。

 

「マジかよ、お前ら……」

 

 リカード元老院議員が、恐ろしい物を見る目でネギま部の面々を見回す。

 まあ、私達の名誉顧問のキティちゃんからして、『闇の魔法(マギア・エレベア)』なんて禁呪を自分に使っているような人だからね。

 

「それで、リンネさん。ルーサーさんを呼んでもらえますか? 術式の確認を取りたいので……」

 

 ネギくんにそう言われ、私は少し考える。

 

「ついでに、生まれてくる前のアルトリア陛下に竜の因子を植え付ける案を考えた『マーリン』も呼びますか。後は、サンプルとして、邪竜の血を浴びて後天的に竜の力を手に入れた『ジークフリート』と、竜人である『竜姫アーニャ』様もいるといいかもしれませんね」

 

「助かります」

 

 ネギくんに礼を言われたので私は笑顔で返し、スマホを呼び出して『LINE』を起動した。

 だが、私達の動きにリカード元老院議員が待ったをかける。

 

「今すぐ行動に移りたいだろうが、先にオスティア入りしてくれ。このホテルは明日で引き払ってもらう」

 

 その言葉に、ネギくんが不思議そうにした。

 

「メガロメセンブリアでの説明作業はもう必要ないんですか?」

 

「ああ、ここまで計画が広まれば、後は賛同した議員だけで話は回せる。正直なところ、残った議員は魑魅魍魎(ちみもうりょう)すぎて若者に触れさせたくねぇ。メガロメセンブリア内部はこちらに任せてくれればいいから、ネギは手つかずのオスティアで、集まってくる各国の人間を相手してくれ」

 

「なるほど、分かりました。メガロメセンブリアでもう少し、竜の素材を集めたかったのですが……」

 

 ネギくんが、テーブルの上に広げられた雷竜の素材を見ながらそう言った。

 すると、雪姫先生がネギくんに尋ねる。

 

「それだけあっても足りんのか?」

 

「ええ、竜種の素材は多ければ多い方がいいですね。後で身体への追加も可能ですので、順次買い足す予定です。できれば雷の力を持つ竜がいいです」

 

「よし、分かった……『白き翼(アラアルバ)』、出番だ! オスティアへ行く前に、最上位の雷竜を狩るぞ!」

 

 雪姫先生がそう言うと、ネギま部のメンバーの瞳が輝く。

 

「大会出場者のネギと小太郎、後は計画書の説明役に必要なリンネの三人以外の全員で辺境に向かう。リンネ、足は用意できるか?」

 

「ええ、宇宙も飛べる、とっておきの乗り物を出しますよ」

 

 私はスマホの『LINE』で、オラクル船団の司令補佐官『テオドール』に連絡を入れる。

 アークスの移動手段、『キャンプシップ』を借りるためだ。のどかさんがメガロメセンブリアに滞在したことにより魔法世界にもフォトンが広まっているので、フォトンで動くアークスの乗り物が使えるのだ。

 

 そして、ドラゴンハントと聞いて気運を高めるネギま部一同に、雪姫先生がさらに言う。

 

「そうだ。ついでにお前ら、トレジャーハンターになるか? のどかに必要な魔法具を古代遺跡から見つけてくるんだ」

 

 すると、図書館探検部の四人が色めき立った。

 

「うおー、古代遺跡! ロマン! インディ・ジョーンズ!」

 

「罠とかあるのかなー。道具を買わないと……」

 

「のどかに必要な魔法具ですか……きっと私に場所を調べろと言っているですね」

 

「古代のゴーレムがいるんやろか。妖精の隠れ家とか見つけたいなぁ」

 

 ハルナさん、のどかさん、夕映さん、木乃香さんが集まって、それぞれ自分の言いたいことを好き勝手語り出した。

 そんな四人を見た小太郎くんがつぶやく。

 

「竜とか古代遺跡とか、そっちも面白そうやなぁ……」

 

 うらやましいだろうが、君は拳闘大会に出るんだから我慢しなさい。私は竜退治もトレジャーハントも拳闘大会も全部やれないんだぞ。

 まあ、雪姫先生の思惑を察するに、ネギくん達の護衛に残すため、ネギくん側に私を配置したのだろうが。

 

 そういうわけで、ネギま部の大多数のメンバーは辺境へ飛ぶことになり、私とネギくん、小太郎くんの三人はリカード元老院議員と一緒にオスティアへ向かうことになった。

 

 

 

◆157 オスティアの休日

 

 九月の上旬、私達は新オスティアへと到着し、ネギくんと私は『ねこねこ計画書』を広めるため精力的に活動を始めた。

 オスティア終戦記念祭は、ひと月後の開催だが、すでに全世界から要人が集まりつつある。その人達とコンタクトを取り、ネギくんのネームバリューとリカード元老院議員の伝手でもって面会し、計画書の説明を行なっていく。こちらは順調と言えた。

 

 一方、小太郎くんはと言えば、私が手荷物として持ちこんでいたダイオラマ魔法球でひたすら修行を行なっている。

 彼は改造手術のような劇的に実力を上げるドーピング手段は使わない。ひたすら地力を積み重ねる必要があるため、時間こそが彼に必要なものだった。だからか、オスティアに到着して以降、彼はダイオラマ魔法球から出てくる様子がない。

 

 人と会っている間にライバルが修行漬けになっていることに、ネギくんが焦りを覚えつつあるようだ。しかし、焦っているのは小太郎くんも同じ。竜種の力を身に宿すという無茶に、狗族のハーフという半端な力しか持たない小太郎くんは悔しい思いがあるようだ。

 だからか、小太郎くんは獣化した状態での修行を重点的に行なっているみたいだ。

 小太郎くんがバーサーカーを正面から殴り合いで押せる日も近いと、スカサハ師匠が嬉しそうに言っていた。

 うーん、私やネギくんが小細工をして強さを上げようとしている間に、『レベルを上げて物理で殴る』を地で行っている小太郎くんの頼もしさよ。

 

 さて、そんな感じで小太郎くんを宿のダイオラマ魔法球に置いて、今日も挨拶回りに出ていた私とネギくん。

 帰りに新オスティア名物の温泉を楽しんだ後、私達はカフェのテラス席でコーヒーを楽しんでいた。

 

 甘いケーキに苦いコーヒー。うーん、最高の一時だね。

 と、そんなことを考えていると、私達のテーブルにコーヒーが追加で一個置かれた。

 

「相席いいかい?」

 

 その声は、聞き覚えのあるものだった。

 そう、確か修学旅行の時に聞いた声。私が振り向くと……そこにはフェイト・アーウェルンクスがいた。

 

「構いませんよ」

 

 ネギくんは相手に気づいていないのか、笑顔でそう答えた。

 おいおい、ネギくん、相手は因縁の相手だぞ。……あれ、待てよ。この世界では言うほど因縁があるわけじゃないのか?

 

 よくよく思い出してみると、ネギくんとフェイト・アーウェルンクスが会ったのは、関西呪術協会の本山で一度きり。その現場に私は居合わせなかったが、短い時間戦っていただけのはずだ。

 とりあえず、私は警戒心を高めて、席に着いたフェイト・アーウェルンクスに話しかける。

 

「お久しぶりですね。京都以来ですか」

 

「そうだね。あのときは闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)にずいぶん手こずらされた」

 

 フェイト・アーウェルンクスのその言葉を聞いて、ネギくんは不思議そうな顔をする。そして、何かに思い当たったのか表情を変える。

 

「あっ! 石化の魔法使い……!」

 

「そうだね。今頃気づくとか、警戒心が足りていないんじゃないかい?」

 

 それはそうだね。

 まあ、彼も白昼堂々一般市民を巻き込んで襲いかかってくることはないだろうが。

 

 そんな彼の言葉を聞き、一瞬で雰囲気を変えたネギくんが腰を浮かしかける。そこで、私はネギくんの肩をつかんで無理やり押さえつけた。

 

「リンネさん、何を――」

 

「まあまあ、落ち着いてコーヒーを飲みましょう。彼もコーヒーを飲んでいますし、この場は争う気がないようですよ」

 

「……分かりました」

 

 ネギくんは、しぶしぶ椅子に座りなおす。

 

「フム、この店のコーヒーは悪くないね」

 

 フェイト・アーウェルンクスがそう言ったので、私も同意する。

 

「そうですね。最近のお気に入りの店なんですよ」

 

「君の趣味は悪くないようだ」

 

「光栄です。で、フェイト・アーウェルンクスさん。本日はなんの御用ですか?」

 

 私がズバリ聞くと、彼はコーヒーカップをテーブルに置いて、私を見つめた。

 

「噂を聞いてね。なんでも、君達は魔法世界を救うために動いていると」

 

 なるほど。彼も、魔法世界の救済を目的に動いている。だから、同じ目的を持つ私達の動きが気になったようだ。

 なので、私はここで彼に全て話しておこうと決めた。

 

「はい。独自の方法で、魔法世界の魔力不足を解消して、魔法世界を救います」

 

「大きく出たね。その方法、詳しく聞いていいかい?」

 

「構いませんよ。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の方々にも聞いていただきたいと思っていましたから」

 

 私の言葉に動揺したのは、フェイト・アーウェルンクスではなくネギくんだった。

 

「リンネさん、『完全なる世界』ってまさか……」

 

「ええ、例の秘密結社ですね。どうやら、彼はそこの構成員らしいんですよ」

 

 アーウェルンクスという名を持つ存在が『完全なる世界』の幹部だというのは、一部では知られた話だ。

 すると、フェイト・アーウェルンクスは淡々とした声で言う。

 

「どこからそれを聞いたのかは知らないけど、その通りだね。で、それを知ってどうするつもりだい」

 

 そう問われて、動いたのはネギくんだった。

 

「そんなの――」

 

「ネギくん、座りましょう。天下の往来でバトるつもりですか」

 

 またもや私に押さえつけられて、席に着くネギくん。いや本当、こんな場所で暴れたらひどいことになるよ。

 

「ネギくん、こう考えましょう。私達の計画を知らせれば、彼らも余計なことはしなくなるかもと」

 

「……確かに、それはあるかもしれません」

 

 ネギくんは納得して、激情を抑えてくれた。

 よし、それじゃあ、フェイト・アーウェルンクス相手にプレゼンだ。

 

「では、私達の進めている魔法世界救済計画、またの名を火星開拓計画。お話ししましょう」

 

 私の言葉をフェイト・アーウェルンクスは黙って聞き続ける。

 

「簡単に言うと、火星をテラフォーミングします。すなわち、人が住める環境に変えて、植物を植えて緑化します。これにより、火星に魔力が生まれ、世界の崩壊が止まります」

 

 そこまで言うと、フェイト・アーウェルンクスが反応する。

 

「なるほど、テラフォーミングと緑化か。やりたいことは分かる。でも、それを今まで誰も検討していなかったと思うかい? 今の人類が本気になって宇宙開発したとしても――」

 

「百年以上かかる、ですね。それも、考慮に入れてあります」

 

「へえ、聞こうか」

 

「はい。たとえばですね、百年の時間を稼ぐ方法などどうでしょうか。フェイトさんは黄昏の姫御子をご存じですよね?」

 

 私のその言葉に、フェイト・アーウェルンクスは、じっとこちらを見つめてくる。

 

「……神楽坂明日菜だね?」

 

「さて、とりあえずその黄昏の姫御子さんに、世界を支える(いしずえ)となってもらい世界の存在を保持し、その間に火星を開拓するなんて、割と現実的な案に聞こえませんか?」

 

「……世界の延命をするのか。確かに、魔法で百年生きた彼女なら、追加で百年だって封印の中で生きられる。でも、いいのかい。それは、君の大切な存在の犠牲の上になり立つものだ」

 

「そうですね。もしこの案を実行したら、その者は配下に『あなたは人の心が分からない』と言われてしまうことでしょう。ですので、今の第一案は没案です」

 

「第一案……? 他にも手段があるというのかい?」

 

 うん、今のは軽いジョークみたいなものだからね。造物主を倒せなくなるから、絶対に実行しないよ。

 それでもあえて伝えたのは、黄昏の姫御子のことはこっちも承知だぞと知らせて、向こうに余計なちょっかいを出させないようにするためだ。こちらにとっても価値があることを知らせておけば、明日菜さんを狙うのはここぞというときのみになるだろう。

 

「第二案。この世に現存する強大な魔力の塊を確保して、魔力を直接世界に注ぎます」

 

「そんな都合のよいものがあるとでも?」

 

「ありますね。こんなものがちょうど手元に」

 

 そう言いながら、私はスマホを手に呼び出し、その中から聖杯を取りだしてテーブルの上に置いた。

 

「これは……こんな物、いったいどこで……」

 

 聖杯を見たフェイト・アーウェルンクスが、目の色を変える。

 その反応に満足した私は、聖杯をスマホの中にしまい直す。聖杯が起動して、変な特異点が発生したら困るからね。

 

「今のは、私の私物です。使うのは丸損ですが、世界のために無償提供しますよ」

 

「そうかい。ところで、あれで世界は何年保つんだい?」

 

「せいぜい数年といったところでしょうかね。そこで、本命の第三案です」

 

 まだ話が続くと聞き、フェイト・アーウェルンクスがわずかに眉を動かした。

 そんな彼に、私は説明を続ける。

 

「人類以外の宇宙文明の力を借りて、短期間でテラフォーミングと緑化を済ませます」

 

「……? 君は何を言っているんだい?」

 

「私が持つこのスマホという神器は、こことは別の宇宙と繋がっています」

 

 私は、フェイト・アーウェルンクスの言葉を無視して、手元のスマホを振る。

 

「その宇宙には、とある生物がいます。名を子猫(Kittens)。二万五千年の時をかけて宇宙の端すら開拓した、科学の申し子達です」

 

 私の言葉をフェイト・アーウェルンクスは黙って聞く。

 

「私達があなたに提案するのは、万が一の崩壊に備え第二案を予備案としておき、第三案で火星を緑化して世界に魔力を満たす……誰も犠牲にならない完全無欠なハッピーエンドです」

 

 そこまで私は告げて、持参していた荷物の中から『ねこねこ計画書』の紙束をフェイト・アーウェルンクスの前に差し出した。

 それに目を向けたフェイト・アーウェルンクスは、相変わらず平坦な声色で言う。

 

「つまり……刻詠リンネ、君に全てを委ねるということかい?」

 

「実行役は私一人と言えますけれど、人類側の統制を取るため、みなさんと歩調を合わせますよ。火星を謎の集団が勝手に開拓するんですから、混乱は必至でしょう」

 

「……まあ、その程度のことなら世界の救済と比べたら、大したことではないね」

 

 そこまで言って、フェイト・アーウェルンクスは冷めたコーヒーを一気に飲み干した。

 そして、空になったコーヒーカップをテーブルの上に置き、さらに言葉を放つ。

 

「ところで、僕達にも世界を救済する独自のプランがある」

 

「人々を夢の世界に誘って、今ある世界を閉じるのだそうですね。でも、そんなものが本当の救済じゃないことは、あなたも分かっているはず」

 

「…………」

 

「フェイトさん。あなたが本当に魔法世界のことを思うならば、私達につきませんか?」

 

「僕は……」

 

 フェイト・アーウェルンクスが何かを言いよどんだところで、私達に横から近づく者がいた。

 

「失礼しますー。ウチの大将を誘惑しないでくれませんー?」

 

 また修学旅行で見た顔だ。神鳴流の少女、月詠。フェイト・アーウェルンクスの手駒の一人である。

 

「月詠さんか。別に、呼んでないのだけど?」

 

 フェイト・アーウェルンクスが、言葉にやや怒気を込めて言った。

 だが、月詠はそれを受け流すように答える。

 

「それどころではないですよー? 囲まれていますー」

 

 その言葉に、フェイト・アーウェルンクスは目をテラス席の外に向ける。

 私もそちらを見ると、いつの間にか表通りから人通りが消えていた。

 そして、金属を打ち合わせるような音が聞こえてきて、何かの集団がこちらに近づいてくる。それは、時代錯誤な鎧の騎士達。

 

「メガロメセンブリアの重装魔導装甲兵か。長居し過ぎたね」

 

 フェイト・アーウェルンクスは、席を立って懐から何かを取り出した。それは、数枚のコイン。魔法世界の通貨であるドラクマだ。彼は軽い音を立てて、それをテーブルの上に置く。

 

「この場の支払いはそれでよろしく。話、参考になったよ」

 

 そう言って、彼は月詠を連れて空に浮く。

 それに反応して騎士達が魔法を一斉に放った。こちらの存在をお構いなしに放たれた魔法は、フェイト・アーウェルンクスからの不意打ち対策に私が張っていた多重の魔法障壁に弾かれる。

 

 そして、騎士達を蹴散らして去っていくフェイト・アーウェルンクスを見ながら、私は冷め切ったコーヒーを口へと運んだ。

 

「クサビは打ち込めましたかね」

 

「クサビ、ですか?」

 

 黙って私達の会話を聞いていたネギくんが、そう問い返してくる。

 

「ええ。彼はあの話を聞いてなお、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と歩調を合わせられますかね」

 

 テーブルの上に置いたはずの『ねこねこ計画書』は、フェイト・アーウェルンクスがしっかり持ち帰っていた。

 



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■66 二十年目の真実

◆158 新オスティア提督

 

 フェイト・アーウェルンクスと月詠は、捕まることなく去っていった。

 そして、カフェのテラス席に残された私達は、なぜか騎士達の集団に包囲されていた。

 

「えーと、帰っていいですか?」

 

 私がそう言うと、騎士達は剣をこちらに向けて言い放つ。

 

「動くな!」

 

 えー……。官憲にこういう対応されるの、前世含めて初めてだから、どうすればいいのか分からないのだけれど。

 私はネギくんと、どうしたものかと顔を見合わせた。

 

 騎士達は私達を囲んでいるが、捕まえようという動きはない。

 どちらかというと、逃がさないという感じの包囲である。

 

 仕方ないので、私はテーブルの上の残ったケーキをぱくついていると、不意に包囲の一部が崩れた。

 そして、その隙間から、一人の眼鏡の男性と、鞘に入った大太刀を抱えた可愛らしい少年が進み出てきた。

 

「やれやれ、逃げられましたか……」

 

 男性が、眼鏡のツルをくいっと上げながら、こちらに歩み寄ってくる。

 私達の横に立った男性は、こちらを見下ろしながら言った。

 

「さて、お二方、善良な一市民として官憲へのご協力をお願いできますかね?」

 

「はい、なんでしょうか。善良な一市民としての範囲でできることなら」

 

 とりあえず、ネギくんが困惑しているので私が代わりに応対をする。

 実際には一市民じゃなくて臨時外交官なのだが、それを持ち出すとややこしいことになりそうなので今は言わないでおく。

 私の言葉に満足げにうなずきながら、男性が言う。

 

「よろしい。先ほどまでここにいた人物は、先日のゲートポートへのテロの疑いがある者でしてね」

 

「ああ、そうなのですか。彼ならいつかはそんなことをするとは思っていました」

 

「ほう? 親しい知り合いなのですか?」

 

「いえいえ。彼は、地球……旧世界で、要人の誘拐を企てた一味の一人でして、まあ、あちらでも犯罪者ですね」

 

「そうですか。そのような人物と、あなた方は何をしていたのですか? 密会となると、詳しい話を聞かないといけないのですが」

 

「密会と言えば密会ですね。私達の開拓事業計画について、彼に伝えていました」

 

「フム。なぜ、その話を彼に?」

 

「詳しい話をしてもいいのですが……」

 

 私は、男性の周囲を守るように立つ騎士達に目を向けながら言う。

 

「この場で話しても構わないのでしょうか」

 

「……なるほどなるほど。確かに、外で気軽にするような話ではないですねぇ。では、同行をお願いしても?」

 

「はい、一市民として協力いたします。ネギくん、行きましょうか」

 

 私はネギくんへと顔を向けると、彼をうながした。

 すると、ネギくんは困ったような顔で言った。

 

「ええと、警察のところに向かう、でいいんでしょうか?」

 

 おっと、そうだね。なんか、私と男性で勝手にお互いが誰かを理解したうえで話をしていたな。

 私は、男性の方へと向き直り、頭を下げて言った。

 

「私、一市民の刻詠リンネと申します。あなた様の名前をうかがってもよろしいでしょうか」

 

「これはいけない。すっかり自分が有名になったのだと思い込んでいましたねぇ。では、あらためて……」

 

 男性は、自分の胸に手を当てて礼の姿勢を取り、告げる。

 

「クルト・ゲーデルです。ここ新オスティアの総督をしています」

 

 メガロメセンブリア信託統治領新オスティア総督、クルト・ゲーデル元老院議員。

 火星開拓事業を推し進めるうえで、味方につけるべき重要人物とリカード元老院議員に言われていたうちの一人である。

 

 

 

◆159 夏の離宮

 

 騎士の集団に連れられて向かった先は、新オスティアの総督府である宮殿だ。

 新オスティアは浮遊島であり、雲の上に存在する。宮殿のすぐそばには雲海が広がっていて、とても雰囲気のある風光明媚な光景が垣間見られた。

 

「ここ新オスティア総督府は、かつてのウェスペルタティア王室が所有していた『夏の離宮』という建物でしてね」

 

 宮殿の一室に案内された私達は、ソファに座らされてゲーデル総督のそんな説明を聞いていた。

 

「ウェスペルタティア王国が大戦で滅び、今はメガロメセンブリアに信託されているオスティアですが……王族を再びこの宮殿に迎え入れられたことは僥倖(ぎょうこう)と言っていいでしょうかね」

 

 総督のその言葉を聞いて、ネギくんは困ったように言う。

 

「ええと、すみません。こちらの方は、明日菜さんではないのですが……」

 

「いえいえ。もちろんアスナ姫のことではないですよ。私が言っているのは、そう……かつてこの国を滅ぼした女王……アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの遺児である君のことです」

 

 総督にそう言われ、ネギくんはハッとする。

 そして、こちらに振り向いて言った。

 

「リンネさんって、オスティアのお姫様だったのですか!?」

 

「いや、なんでそうなるんですか。女王って、ネギくんのお母さんのことですよ、多分」

 

 私はジト目になってネギくんにツッコミを入れた。

 私の家はごくごく普通の一般家庭だっつーの。

 

「ええっ!? 僕の母ですか!? 総督、僕の母を知っているんですか……?」

 

 ネギくんが、ソファから腰を上げながら、ゲーデル総督に尋ねた。

 

「ええ、もちろん存じていますよ。君の父母お二方については、それなりに知っています」

 

「詳しく教えてください! 僕は、父を捜しにこの魔法世界まで来たんです!」

 

 ネギくんのその言葉を聞き、総督は眼鏡のツルを上げながら、「フム」とつぶやいた。

 

「てっきり、新世界を救うために、わざわざこちらへ乗りこんできたのだと思っていたのですが……」

 

 すると、ネギくんが答える。

 

「もちろん、それもあります。まずは魔法世界をどうにかしてから、あらためて父を捜そうと思っていました。ですが、父の行方が今すぐ分かるなら、知りたいです」

 

「なるほど、君はまだ真実を伝えられてはいないと。その様子では、先ほどまで自分が会っていた人物が何者かも知らないようですね」

 

「ええと……彼は二十年前の戦争の黒幕だった『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』だということなら……」

 

「その彼らが何をしようとしているかは?」

 

「魔法世界を救うために、魔法世界の人々を夢の世界に閉じ込めようとしていると聞きました」

 

「知っているのではないですか。そこまで知っていてなぜ、彼と密会するようなことをするのですかねぇ」

 

 総督ににらみつけられ、ネギくんはソファに座りなおして困ったようにこちらを見てきた。

 うん、彼と話していたのは、私だからね。

 だから私は、ネギくんの代わりに総督へ語った。

 

「魔法世界を救うという目的が同じなら、より洗練されたこちらの火星開拓計画を伝えて、寝返らせようかと」

 

「寝返るわけがない……彼はアーウェルンクスだ……!」

 

「そう、そこです」

 

 声を絞るようにして叫んだ総督に、私は指をズビシと突きつけた。

 

「フェイト・アーウェルンクスが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』においてどんな存在なのか、ネギくんはそこを知りたいのですよ。具体的に二十年前の戦争で何があったのか。そこをおうかがいしたいのです」

 

 すると、総督は難しい顔をして問い返してくる。

 

「魔法世界救済計画書は私も人伝に受け取り、目を通させていただきました。そこに、あのアルビレオ・イマの名前があった。それならば、彼から詳しく聞いているのでは?」

 

「いえ、詳しくは何も。なんでも、『紅き翼(アラルブラ)』の約定で、ネギくんが一人前になるまでは詳しく話せないと」

 

「フム……それならば」

 

「しかし、総督は『紅き翼』ではありません。かつては所属していたそうですが、今は(たもと)を分かって独立している。そうですね?」

 

「むっ……」

 

 私の台詞に総督は黙り込む。そして、代わりにネギくんが驚きの声を上げた。

 

「ええっ、総督って、父さんの仲間だったんですか!?」

 

「……ええ、幼い頃、行動を共にしていましたよ。実は私、詠春先生の弟子でしてね」

 

「このかさんのお父さんの!」

 

「ああ、そういえば、詠春先生の娘さんが新世界にいらしているのでしたね。できれば挨拶にうかがいたいところですが」

 

「このかさんのオスティア入りは、ちょっと遅れるんです」

 

「そうですか。では、詠春先生の弟子が会いたがっていたとお伝えください」

 

 なにやら、仲むつまじげに会話を交わすネギくんと総督。

 うーん、原作漫画のゲーデル総督って、やたらと悪ぶった人物の印象があったんだけど、ずいぶんと様子が違うな。

 これは、ネギくんが指名手配されていないことと、魔法世界の救済手段をひっさげてやってきたことで、だいぶ初期の好感度が違うということだろうか。

 

 そして、そこからネギくんと総督は『紅き翼』の話題で盛り上がっていき、やがて総督がこんなことを言った。

 

「確かに、今の私は『紅き翼』ではありません。ネギ君の母君の話をしても、問題はないでしょう」

 

「本当ですか!」

 

「ええ、ついでに、アーウェルンクスとは何かということまで、お話ししましょうか」

 

 そう言って、総督は部屋の隅で控えていた少年に合図を送った。

 すると、少年は一礼して、部屋に詰めていた護衛を連れて部屋を出ていった。

 

「信頼のおける部下ですが、なにぶん私が未熟だった幼い頃の話なので、あまり聞かせたくないので下がらせました」

 

 総督がそう言って、私達の対面のソファに座る。

 そして、彼は語る。『紅き翼』の物語を。

 

 

 

◆160 真相

 

 魔法世界で戦争が始まったのは二十二年前。ナギ・スプリングフィールドが十三歳の頃だ。

 始めは辺境のささいな争いだったが、次第に戦火は広がっていき、魔法世界南方のヘラス帝国が文明発祥の聖地オスティアを奪還するために、北方への侵略を開始する事態に発展した。

 

 戦いはやがて、ヘラス帝国と、メガロメセンブリアを擁するメセンブリーナ連合との、世界を二分する大戦争へと変わった。

 そんな中、連合側についた『紅き翼』は、巨大要塞『グレート=ブリッジ』の奪還作戦で大活躍をして一躍有名になった。

 

 そして戦況が膠着したあるとき、『紅き翼』はある重要人物と会う。帝国と連合に挟まれ、戦争に翻弄(ほんろう)され続けてきた聖地オスティアの王女アリカ・アナルキア・エンテオフュシアだ。

 アリカ王女とナギは初め喧嘩し合う仲であったが、逢瀬を重ね少しずつ関係を深めていった。

 

 その一方で、『紅き翼』は戦争を巻き起こしている黒幕の存在に気づく。

 秘密結社『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』。その根は深く、帝国・連合だけでなく、聖地オスティアにもシンパがいる始末で、いつまでも戦争が終わらないのが当然といえる状況であった。

 

『完全なる世界』と連合の癒着の証拠をつかんだナギだが、それを世間にさらけ出す段階で、罠にはまる。

 ナギ達の味方をしていたメガロメセンブリア元老院議員の一人が『完全なる世界』の幹部に殺され、そのまま幹部が元老院議員と入れ替わっていたのだ。

 元老院議員に化けた幹部の策略により、『紅き翼』は連合を追われる。

 

 反逆者として辺境に逃げ落ちた『紅き翼』。だが、そのまま黙ってやられたままの彼らではなかった。彼らは囚われていたアリカ王女を救い出し、帝国の第三皇女を味方に付け、反撃を開始した。

 少しずつ味方を増やし、『完全なる世界』の手勢を削っていく。敵の末端は武装マフィアや武装商人、私腹を肥やしていた役人等と、非常に分かりやすい敵だったため、味方を増やすのも思いのほか上手くいっていた。

 

 そして戦いは続き、『紅き翼』は帝国と連合両方を味方につけ、とうとう『完全なる世界』を敵の本拠地まで追い詰めた。

 敵の本拠地は、世界最古の都、聖地オスティア空中王宮最奥部『墓守人の宮殿』。

 そこで『紅き翼』は、『完全なる世界』の幹部達『アーウェルンクス』の撃退に成功した。

 

 戦いは勝利に終わる。そう思われたが……最後に敵の親玉が現れた。

 『完全なる世界』幹部である魔法人形『アーウェルンクス』シリーズを作りだした強大な魔法使い。『完全なる世界』の構成員から『造物主(ライフメイカー)』、『始まりの魔法使い』と呼ばれたその存在は、ただひたすらに強かった。

 無敵の英雄ジャック・ラカンでさえ軽々と両腕を切り落とされる始末で、誰もが膝を屈した。

 

 だが、ナギ・スプリングフィールドとその師匠フィリウス・ゼクトだけは勝利を諦めなかった。

 ひたすらに戦い抜いて……造物主は二人の手によって葬り去られた。

 

「めでたしめでたし、といけばよかったのですがね」

 

 映像を交えて説明を続けていたゲーデル総督が、そう茶化すように言った。

 

「ええと、まだ何か残っていたのですか?」

 

「ええ、残っています。と言いますか、この戦いでは何も終わっていなかった」

 

 ネギくんの問いに、総督は苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。

 そして、さらに話を続けた。

 

 聖地オスティアを擁するウェスペルタティア王国の王は、『完全なる世界』の傀儡(かいらい)だった。

 アリカ王女は、その父王から王位を簒奪し、女王となって先ほどの最終決戦に挑んでいた。

 その最終決戦の最中、『完全なる世界』は黄昏の姫御子アスナ姫を使い、世界を滅ぼす『反魔法場(アンチマジックフィールド)』を展開していた。

 それをアリカ女王はアスナ姫ごと封印した。その結果、浮遊島である聖地オスティアは魔力を失い雲海の底へと沈んだ。

 

 そして、その後アリカ女王はメガロメセンブリアへと向かい、国民の救済を嘆願するが……彼女は、メガロメセンブリア元老院に拘束された。

 

「えっ!? なんでですか!?」

 

 話の行方をハラハラしながら聞いていたネギくんが、驚きの声を上げる。

 それに対し、ゲーデル総督は冷たい声で言う。

 

「メガロメセンブリア元老院は、そういう組織なのですよ。オスティアを手中にできると考えた者、戦争の責任を押しつけられる生贄を欲した者、中には『完全なる世界』の生き残りも混じっていたでしょうね」

 

「そんな……」

 

 絶句するネギくんに、私は横から言う。

 

「ネギくん、忘れたわけではないでしょうね? 中世に地球へ侵略しようしていた魔法世界の勢力は、メガロメセンブリアですよ」

 

 その言葉を聞き、ネギくんは膝の上で強く拳を握りしめた。

 

 悲しいけれど、人という存在は皆が皆、善良な者というわけではない。

 魔法世界救済計画はおおよそすんなりと受け入れられているが、それは世界が滅ぶというどうしようもない現実を前にしているからだ。

 これが世界の救済とかではない、なんてことない計画であったら、私達はとっくの昔にメガロメセンブリアの元老院議員達に叩きつぶされていただろう。

 

「分かりましたか? 君にとって、メガロメセンブリア元老院がどのような存在か」

 

 ニタリと笑ってゲーデル総督が言う。

 だが、ネギくんは首を横に振って答えた。

 

「話を続けてください。最後まで聞いてから判断します」

 

「よろしい。では、話しましょう。ハッピーエンドを迎えられなかった、我々の物語を」

 

 逮捕拘束されたアリカ女王は、いつしか『災厄の女王』と呼ばれ、彼女の味方を名乗り出る者は一人もいなくなってしまった。

 即座に処刑が決まり、そして二年後の処刑当日。

 魔法と気が一切使えない処刑地ケルベラス渓谷に女王は落とされ、魔獣に食われて死んだ。そう公式の記録には残っている。

 だが、『紅き翼』は間に合った。秘密裏にアリカ女王を助け出すことに成功したのだ。

 

 今日のところはハッピーエンド。ゲーデル総督に高畑先生がそう語った。『紅き翼』の詠春さんの弟子だった若きゲーデル総督と同じように、若き高畑先生も『紅き翼』のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの弟子で、二人は顔なじみだった。

 物語は確かにハッピーエンドを一度迎えた。……だが、幸せは、本当に〝今日のところ〟でしかなかった。

 

 造物主は、滅びていなかったのだ。

 フィリウス・ゼクトの身体を乗っ取り再び現れた奴は、またもやナギ・スプリングフィールドに倒された。しかし、奴は不滅の存在だった。

 今度はナギ・スプリングフィールドの身体を侵食していき……完全に乗っ取られる前に彼は自らを麻帆良の地に封印した。

 

「……麻帆良に、父さんが」

 

「さて、ナギはもはやナギと言っていいのかどうか。造物主の手に落ちた存在です。ああ、いえ、そうとも言い切れませんかね。あれがありました」

 

 総督はそう言って、空間投影の魔法である映像を再生した。

 それは、炎上する山間の村。

 

「!? それは……」

 

「英雄ナギが麻帆良に封印されたのが十年前。君の故郷を襲った惨劇の場に彼が現れたのが六年前。辻褄(つじつま)が合いませんねぇ?」

 

「…………」

 

 ネギくんが、拳をにぎりしめて、魔族に襲われる村の映像を凝視している。

 と、その映像の中に、ナギ・スプリングフィールドが現れる。

 

「簡単に言ってしまうと、この彼は、ナギ本人ではありません。『完全なる世界』に通じたメガロメセンブリア元老院議員が、麻帆良の封印からかすめ取った分身体のようなものです」

 

 うん、またメガロメセンブリア元老院だよ。懲りないよね。

 

「造物主にとってナギの息子が脅威だったのか、メガロメセンブリア元老院議員にとってアリカ様の遺児が厄介だったのか……私には分かりませんが、かくして村は襲われ、正気を一時的に取り戻したナギにより君が助けられたというわけです」

 

 そこまで言って、総督は映像を消した。そして、言葉を続ける。

 

「分かりましたか? ネギ君。君が倒すべき本当の敵が。それは……」

 

 総督が、ネギくんの目を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「メガロメセンブリア元老院。それが君の倒すべき敵です」

 

 いや、違うからね?

 

「ネギくん、違いますよ。造物主が全ての元凶です。メガロメセンブリア元老院とは深く関わっちゃダメですよ。泥沼の政治劇に巻き込まれますから」

 

 私がそう言うと、総督はやれやれと肩をすくめた。

 

「どう考えても元老院は敵だと思うのですがねぇ」

 

「そういう政治の化け物は、総督が相手していてください。ネギくんは、魔法世界を救うのでいっぱいいっぱいなんです」

 

 私がそう言うと、ネギくんはいいのかな、と言いたげな目をこちらに向けてきた。

 いやいや、十歳の子供を投げ込んでいいような世界じゃないからね。ネギくんは素直に世界を救えばいいんだよ。ホビーアニメの主人公みたいにさ。

 

 とりあえず、私は話をまとめるためにネギくんに向けて言った。

 

「私達の真の敵は造物主。ただし、殺してはダメ。乗っ取られます。封印しておきましょう」

 

「不滅の存在ですか……でも、僕なら……」

 

「ネギくん。自分が使える魔法なら殺せるというのは、甘い考えですよ」

 

「えっ」

 

 図星だったのか、ネギくんの肩がビクリと跳ねた。

 

「悪魔ヘルマンが言っていた『ヨルダの御手(マヌス・ヨルダエ)』では、精神生命体である造物主を殺しきれません。大人しく封印しておいた方がいいのです。私達に必要なのは、時間です」

 

「リンネさん……? 何を言って……? いえ、何を知っているんですか?」

 

 私の言葉に、いぶかしげな表情を浮かべるネギくん。そんな彼に、私は答える。ここまで真相に辿り着いたのなら、もう話してしまっていいだろう。

 

「私の魔法の先生は、エヴァンジェリン先生です。そして、エヴァンジェリン先生を吸血鬼に変えたのは、実は造物主なんですよ」

 

「えっ!?」

 

「ゆえに、エヴァンジェリン先生は造物主に対処する方法を模索してきました。そのうちの一つが、造物主の完全消滅方法です」

 

 私がそう言うと、ネギくんではなく、ゲーデル総督が興味深そうに尋ねてきた。

 

「ほう、あの存在を完全消滅と来ましたか。聞きましょう」

 

 眼鏡のツルをくいっと上げる総督に、私は言う。

 

「魔法による報復型憑依能力。ならば……完全魔法無効化能力の持ち主に倒された場合は能力が成立しない。黄昏の姫御子、神楽坂明日菜さん。彼女がいれば、造物主を消滅させることができます」

 

 だが、それには一つ必要なことがある。

 

「彼女には、造物主の正面に立ってまともに戦えるように……『紅き翼』のメンバーに匹敵する強さを得てもらう必要があります。つまり、私達に必要なのは、時間です」

 

 そして、私はあらためて総督に頭を下げる。

 正直に真相を話してくれた総督に敬意を払い、私も対造物主戦の核心部分を話した。これで、私と彼は一蓮托生。

 

「ですので、ゲーデル総督。(こころざし)を同じくする者として、明日菜さんとついでにネギくんをわずらわしい政治の世界から守ってください。もちろん、造物主にこの最大の手札がバレないよう、この場の会話は絶対の秘密にした上で。どうかよろしくお願いします」

 

 そう言ってから頭を上げると、総督は心底面白いといった感じで顔を歪ませた。

 

「よろしい。魔法世界を救い、真の敵も倒す。このクルト・ゲーデル、あなた方に全力で味方をするとお約束しましょう」

 

 よし、頼もしい仲間ができたぞ!

 でも、その悪役顔は止めていただきたい。なんか裏切りそうって思っちゃうから。

 




※六年前のネギの故郷を救ったナギが分身体というのは当作品のオリジナル設定です。十年前に封印されたのに、封印を解いてイギリスに行ってまた麻帆良に戻って再封印というのも不自然に感じたので。


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■67 覚醒

◆161 ドラゴン殺し

 

 新オスティアで行なった計画推進のための説明は、驚くほど上手くいっていた。

 それはゲーデル総督が全面的なバックアップをしてくれているからで、メガロメセンブリアとは犬猿の仲であるヘラス帝国の者にすらすんなりと話が通った。

 いや、違うか。現実での身体を持たないヘラス帝国の者の方が、魔法世界の崩壊に対して危機感を持っているんだ。最初に話を持っていく先としては、メガロメセンブリアは少しハードモードだったかもしれない。

 

 そんなわけで、だいぶスケジュールが空き、ネギくんも私が持ちこんだダイオラマ魔法球で修行と肉体改造の日々を送っていた。

 そんな九月の下旬、私のスマホに連絡が入った。

 ちう様からで、竜を狩り終わったのでいよいよ新オスティア入りするという。

 

 私は修行中のネギくんと小太郎くんをダイオラマ魔法球から引っ張り出し、『オスティア荷揚げ港』へと向かった。

 いやー、小太郎くん、背伸びたな。どんだけダイオラマ魔法球に籠もっていたんだ。というか、新オスティアに来てから初めて外に出るんじゃないか。

 ネギくんも、地味に背が伸びてきているなぁ。二人とも服、買い換えないとね。

 

「しかし、国際空港ではなく荷揚げ港なんですね」

 

 港に入ったところで、ネギくんがそんな疑問を口にした。

 

「そりゃあ、竜を運んでくるんやから、荷揚げ港になるのも当然やろ」

 

「まさか、ドラゴンをそのまま丸ごと運んでくるんでしょうか?」

 

 小太郎くんの指摘を受け、ネギくんが驚きを含んだ声で再び疑問を口に出した。

 ちう様から話を聞いていた私は、それに軽く答えた。

 

「丸ごと一匹運んでくるそうですよ。どこを素材に使うか不明だったらしいので」

 

「えーと……はい、言っていなかったですね……」

 

 そして、予定時刻の三十分前に港に到着し、私達は荷揚げされる荷物を眺めて時間を潰した。

 

「なんや、全部荷物が箱に入っておって、見ていてつまらんなぁ」

 

「そう言わない。コンテナは二十世紀最大の発明品なんですよ」

 

 空中港に接舷した飛空船から下ろされるコンテナを見て、小太郎くんと私はそんな言葉を交わした。

 まさかコンテナ輸送が魔法世界にまで伝わっていたとは思わなかったけどね。まあ、大容量の荷物を飛空船で空輸できる魔法世界なら、空の上でもコンテナを使うよね。合理的。

 

「と、そろそろ予定時刻です。向かいましょうか」

 

 私はそう言って、ネギま部のキャンプシップの入港地点へと二人を連れていく。

 そして、時間ちょうど。

 周囲がざわめきに包まれ、作業員達が手を止めて空の向こうを注目した。キャンプシップの登場だ。

 

 生物的なフォルムを持つ魔法世界の飛空船と比べて、アークス製のキャンプシップはいかにも機械的という感じで、少し浮いている。

 だが、注目を浴びているのはそこではない。

 キャンプシップに吊り下げられるようにして、一つの荷物が揺れていた。それは、竜の死骸。キャンプシップの十数倍はある、怪獣のごとき竜が凍った状態で存在を主張していたのだ。

 

「……なあ、リンネ姉ちゃん」

 

「はい、なんでしょうか、小太郎くん」

 

「でかすぎへんか?」

 

「でかいですねえ」

 

 いや、ホント。でかいよ。モンハンの古龍かよ。

 

 すると、港の職員らしき人達が飛びだしてきて、どこかと魔法通信をし始めた。

 うーん、どうやらキャンプシップとやりとりをしているようだな。

 と、そこで私のスマホに着信が。ちう様からの電話だ。

 

「はいはい」

 

『すまん、リンネ。なんか荷揚げ港じゃ受け入れられねーらしい。入国手続きだけして『ナイーカ漁港』に行けってさ』

 

「あー、確かにこんな生モノ、荷揚げ港の管轄じゃないですよね」

 

『それじゃすまんが、リンネも漁港に向かってくれ』

 

「はいはい」

 

 そこで通話を終え、私はスマホを手元から消した。

 そして、私はネギくんと小太郎くんに向けて言った。

 

「漁港に向かってほしいそうです」

 

「なんや、やっぱでかすぎたんか。でも、漁港でも入港拒否されへんか?」

 

 小太郎くんがそんな心配をするが、大丈夫だろう。

 

「『ナイーカ漁港』では、たまに空飛ぶ鯨とかが水揚げされるらしいですから、大丈夫でしょう。この場合、水揚げって言うんですかね?」

 

 空揚げ? まあ、いいだろう。

 

「なので、漁港まで飛んでいきましょうか。漁港は島の反対側です」

 

「地味にめんどいな……リンネ姉ちゃん転移魔法とか使えんのか?」

 

「私の転移は射程そこそこですが、一人用なんですよ。諦めて、皆で飛んでいきましょう」

 

 そういうわけで、ネギま部との再会は持ち越しになった。

 しかし、なんともまあ、あんな巨大生物が魔法世界には普通にいるんだから、驚きだよね。

 

 

 

◆162 雷竜

 

 漁港につくと、そこは人でごった返していた。

 漁師ではない。いかにも、業者の人と行った感じだ。その会話をこっそり聞いていくと、彼らの狙いは水揚げされる竜らしい。荷揚げ港の話が、もう業者に伝わったのか。商機に敏感な人達だなぁ。

 

「おー、こっちの港は、おもろいな!」

 

 地球では見ない空飛ぶ魚を見て、小太郎くんがはしゃいでいる。

 小太郎くんは新オスティアに来てからは、観光もせずに修行漬けだったからなぁ。異世界の魚は珍しかろう。

 そして、またちう様から連絡が来た。無事に漁港に辿り着いたようだ。

 

 私は、漁港の職員さんが業者の人を押しとどめているポイントに移動して、キャンプシップの入港を見守る。

 漁港の水揚げ場に巨大な竜が置かれ、業者の人達が血走った目でそれを凝視する。

 

 やがて、キャンプシップが接舷し、中からネギま部のメンバーが転移してきた。うん、キャンプシップって入口が開くんじゃなくて、フォトンでの転移で乗り降りするんだよね。

 

「とうちゃーく!」

 

 明日菜さんが真っ先にそう口を開くと、他のネギま部のメンバーもキャイキャイとはしゃぎ始めた。

 業者の人達は、まさかの若い女の子達の集団に、面を食らった表情になる。

 

「よし、解体するぞ。ネギ、こっちへこい!」

 

 と、雪姫先生がこちらを見つけ、私達を手招きした。

 私はこれ幸いにと、ネギくんと小太郎くんを引き連れて、業者の群れから抜け出し、竜のもとへと近づく。

 うわ、近くで見るとすっごいね、生ドラゴン。血を浴びたら不老不死になるような神秘的な力は感じないが、魔力自体はビシバシ感じる。

 

「ご注文の品だ。エリジウム大陸のケルベラス大樹林で狩った、雷竜だ。魔法を使える最上位の種だぞ」

 

 雪姫先生のその言葉に、業者からどよめき声が上がった。

 雪姫先生はそれを気にも留めず、言葉を続ける。

 

「必要な部位を言っていけ。切り分ける」

 

 そう言って、雪姫先生は『エクスキューショナー・ソード(エンシス・エクセクエンス)』の魔法を発動して、凍った竜の死骸に近づける。

 だが、横からそれを止める者がいた。

 

「待て、待ってくれ! そんな魔法で乱暴に切り分けないでくれ!」

 

 それは、事態を見守っていた業者の一人。

 横目でそれをチラリと見た雪姫先生は、すぐに視線をネギくんに戻し、言った。

 

「さあ、どこだ。やはり心臓か?」

 

「待ってくれー! いきなり心臓抜くとか、やめてくれー!」

 

 その叫びに、さすがにネギくんも可哀想になったのか、雪姫先生に言った。

 

「ええと、解体は港に任せたらどうでしょうか。その方が、素材の質が上がりそうですし」

 

 すると、雪姫先生はため息をついて、魔法を解除した。

 

「やれやれ、仕方ないな。だが、貴様ら。そう言い出したからには、解体費用はそちらで持てよ」

 

「余った部位を卸してくれるなら、解体費用程度なんも痛くねえ!」

 

 そう主張する業者の言葉を聞き、雪姫先生はネギくんにどうするかと尋ねた。

 

「ええと、僕もさすがにこんな巨体は使い切れませんし、余った分は卸すので構わないかと」

 

「分かった。おい、お前ら、臨時収入だぞ! 卸業者が雷竜の部位、お買い上げだ!」

 

 雪姫先生が、事態を途中から見守っていたネギま部メンバーにそう伝えると、彼女達は盛大な歓声を上げた。

 こんだけでかい雷竜の売却額かぁ。すごいことになりそうだ。私もおこぼれに預かりたいものだが……ダメかな?

 

 

 

◆163 竜の因子

 

 あの後、ネギくんは心臓丸ごと一つと、肺片方、血液一樽、眼球二つに角の先、頭骨の破片に鱗、牙、尻尾の付け根等と、希少価値が高い部位を確保していって、残りを卸すのではなく競りにかけた。

 重要部位を抜かれて残念がっていた業者達だが、それでも雪姫先生の手で魔法的に凍らせた竜の素材は新鮮そのもので、競りは大いに盛り上がった。

 

 そして、ネギま部でも一部の素材を特別に確保した。

 それは、竜肉。

 

 竜肉料理に慣れている料理人のオーガスタさんをスマホから呼んで、私達はホテルでドラゴンステーキを食べることになった。

 竜は巨大なので、ネギま部が確保した肉の量も大量だ。それを一部、泊まっている宿の厨房に提供すると、支配人がやってきて丁寧な礼をされることになった。オスティア終戦記念祭で上客が多くやってきているので、目玉になる肉は大変ありがたいとのことだった。

 

「物語の中では喋るドラゴンがよく出てきますが、こちらのドラゴンは完全に野生動物でしたね……」

 

 ドラゴンステーキを食べ終わりレストランで余韻に浸っていると、のどかさんがそんなことをポツリと言った。

 なるほど、竜の生態も見てきたのか。全力でモンスターハンターごっこを楽しんできたものと見える。

 

「人語は喋れんが、知能は高いぞ? 帝都ヘラスの龍樹は守護聖獣などとも言われていて、帝国民の守りとなっている」

 

 雪姫先生がそう言うと、ネギ先生も何か思い当たることがあったのか話に乗ってくる。

 

「図書館島の地下にいたワイバーンも、クウネルさんからいただいた招待状を見せたら、丁寧な対応をしてくれましたね。こちらの言葉も通じているようでしたし……」

 

「つまり、私達は人と会話が成立するレベルで賢い生物を食べたわけですね」

 

 夕映さんがそのようなことを言い出すが、雪姫先生は鼻で笑う。

 

「竜が害意を持たずに人に触れて、初めて賢くなる。野生で生きる竜など、ただの悪知恵が働くだけの動物だ。この世界でも、そういう竜は人里を襲うし、狩猟対象でもあるぞ」

 

「竜単独で高度な文明を築いているわけではないと」

 

「その通りだ」

 

 雪姫先生の言葉を受けて、夕映さんがホッと息を吐く。人と普通にやりとりをできる文明的な生物を食べるのは、一種の忌避感があるよね。そして、竜は人に飼い慣らされないとそうはならないと。

 まあ、『魔法先生ネギま!』の魔法世界編を読んでも、竜は基本駆除対象って感じだったね。

 

「あれ? 図書館島の地下にいたってことは、竜は魔法世界の外に出られるということかしら」

 

 水無瀬さんがそう言うと、確かにとネギま部の一部メンバーがうなずく。

 

「意外と妖魔は現実世界に多く存在しているものですよ」

 

 と、京都神鳴流の刹那さんが言った。彼女なら、竜種を地球で相手した経験もあるのかもしれない。

 

「そうアルネー。妖怪とか現実にもいっぱいアル」

 

 崑崙で何を見てきたのか、古さんがしみじみとした感じで言った。

 

 ちなみに帝都の龍樹は『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)』という魔法世界特有の幻想生物を消す手段が効くので、地球には出られないはず。

 

 と、そんな感じでひとしきり竜について話してから、私達は部屋に戻った。

 各自の部屋、ではなく、ネギくんと小太郎くんが泊まっているスイートルームにだ。ネギくんが竜の因子を埋め込むというので、それをみんなが見に来たのだ。

 

 部屋の中央に置かれたダイオラマ魔法球に入り、内部に私が『Minecraft』の能力で建てた研究棟へと向かう。

 すると、ルーサーとローブ姿の青年が、準備を終えて私達を待っていた。

 

「どうも。ドラゴン肉のお味はいかがでしたか?」

 

 私がそう言うと、ルーサーが答える。

 

「それなりの獣肉、といった感じだね。アムドゥスキアの龍族の肉も食べたことはあるが、味は結構違ったかな」

 

 アムドゥスキアの龍族って、独自の言語で話す知的生命体なんだけど、『PSO2』だと料理人の依頼で肉を狩ることになるんだよね。先ほどの夕映さんの話じゃないが、人と会話が成立するレベルの賢い生物を食べるオラクル人よ……。

 と、そんなことを思っていたら、ローブ姿の青年も話に乗ってきた。

 

「食べただけで肉体が変質するような神秘性はなかったね。魔力は豊富だけど、生物としての格は人や動物とは変わらないようだ」

 

 なるほどね。人魚の肉は食べたら不老不死になる世界なのに、竜の血を浴びても不死身にはならないってことだ。微妙にロマンがないが、そんな竜の因子を取り込むネギくんも、生物の範疇からは逸脱しないで済むというわけだ。

 

「おー、見たことないお兄さんやなぁ」

 

 と、木乃香さんのそんな言葉を聞いて、そういえばネギま部のメンバーと彼は初顔合わせだったなと思い出す。

 ローブ姿の彼もそれに思い当たったのか、自己紹介を始める。

 

「やあ、魔術師のお兄さんだよ。気軽にマーリンさんとかマーリンお兄さんとか呼んでくれ」

 

「こちら、『アーサー王伝説』に登場するあのマーリンです。正体は人間じゃないゆえ、人の機微が分からない困ったお方なので、言うことをあまり真に受けないようにしてください」

 

 そんな私の適当な紹介を聞き、マーリンはなぜか笑みを浮かべて言う。

 

「ひどいなあ。まあ、事実だから反論できないけど」

 

「今回のネギくんの改造手術は、ルーサーが人体改造のバランス調整を行ない、マーリンが魔力的な因子の適合を見るという感じですね」

 

「術式はネギ君が全面的に設計したから、お兄さんの出番はあんまりないんだけどね」

 

 マーリンは肩をすくめて、私の説明にそう補足を入れた。

 

 そして、いよいよネギくんに竜の因子を注入していく改造手術へと移る。

 とは言っても、全部機械化されており、スマホの中の宇宙で作りだしたカプセルの中にネギくんが横たわり竜の因子を機械で注入し、その様子をモニターするという、待つだけの作業だ。

 演算器が適切な因子の注入量などを調整してくれるので、ルーサーもマーリンも特にこれといった動きは見せない。

 

 注入は三十分ほどで完了し、その後メディカルチェックを行なって、手術は完了した。

 

「うーん、思っていたのと違う」

 

 ハルナさんが、なにやら残念そうにそう言った。

 

「どんなのを想像していたんですか?」

 

 私がそう尋ねると、ハルナさんはスケッチブックを開き、手術台に横たわりメスで開腹されるネギくんの姿を描いて、言った。

 

「こう、ショッカーの改造手術的な!」

 

「人の身体を竜のパーツとそのまま入れ替えるのではなく、ネギくんの存在を竜に変質させる魔法儀式ですからね。もっと概念的なんですよ」

 

 私がそう説明すると、なるほどとハルナさんと他のネギま部メンバーも納得した。

 

 そして、メディカルチェックからネギくんが戻ってくる。先ほどまでの話に加わっていなかった小太郎くんが「どないや」と尋ねた。

 

「試してみるよ。『竜化』」

 

 ネギくんがそう言うと、彼の腕がみるみるうちに変形し、ゴツゴツした竜の腕へと変わった。

 

「うん、かなりスムーズになったね。成功だよ」

 

「よし、ネギ、模擬戦や!」

 

 早速とばかりに、小太郎くんがネギくんとの模擬戦を希望する。

 ネギくんはそれを了承し、二人のバトルが始まった。

 

 それをネギま部の面々は、夜食を用意しながら観戦するのだった。

 

 

 

◆164 真の力

 

 模擬戦は竜化と獣化を行なった二人による泥沼の殴り合いの戦いに突入したため、途中で雪姫先生が止めに入った。

 そして、現在、木乃香さんの治療を受けた二人がぐったりとしている。

 

「はー、これで獣化の優位がなくなってしもうたか」

 

 どこか憂鬱そうに、小太郎くんが言った。

 その小太郎くんに木乃香さんが言う。

 

「追いつかれたなら、さらなる修行で突き放すんやでー」

 

「修行、修行なぁ……」

 

 小太郎くんが、そうつぶやいて渋い顔をした。

 ふーむ。小太郎くん、修行上手くいっていないのかな?

 

「浮かない顔やなあ。壁にでもぶつかった?」

 

 そんなことを木乃香さんが尋ねると、小太郎くんは素直に答える。

 

「そやな。なんかこう、目に見えた成果が出せなくなったちゅーか、停滞気味な感じやな」

 

 なるほどー。そうか、それなら……。

 私は手元にスマホを呼び出し、『千年戦争アイギス』を起動する。そして、『聖霊預かり所』から一つの存在を受け取った。

 その存在を瞬時に現世に呼び出し、私は小太郎くんに近づきながら、言う。

 

「限界が見えたなら、とりあえず覚醒してみますか?」

 

 私の隣には、羽が生えた小さな女性が浮いていた。どこかうっすらと光っていて、神秘的だ。

 

「うわ、なんや、妖精さん!?」

 

 その女性を見て、木乃香さんが瞬時にテンションを上げた。

 私は、その小さな女性を自分の指の上に止まらせて、紹介をする。

 

「こちら、『覚醒聖霊ヴィクトワール』さんです。彼女の力を借りて、小太郎くんの覚醒をうながしてみましょう」

 

「覚醒って、なんや? 具体的に言ってくれへんか」

 

 小太郎くんの期待がわずかにこもった質問に、私は指の上のヴィクトワールさんを見せつけながら答える。

 

「潜在能力の解放ですね。『ドラゴンボール』を読んだことはありますか? それに出てくる超神水や、ナメック星の大長老のようなものだと思ってください。小太郎くんに秘められた真の力を引き出すのですよ」

 

「おお! ドーピングやないなら、受けてみたいわ」

 

「では、聖霊さんを受け入れてください」

 

 私は、小太郎くんの方にヴィクトワールさんを放つ。すると、ヴィクトワールさんが小太郎くんの手に止まり、光り輝く。

 

「おおおおお? これ、どうすればいいんや」

 

「……さあ?」

 

「オイ!」

 

 いやー、私もリアルで覚醒の聖霊を使うなんて初めてだしさ。

 私が困っていると、ヴィクトワールさんが私を指さした。ん? なんだろう。その指の先を正しく追うと、スマホに行き当たる。

 私は、『千年戦争アイギス』の画面を起動したままのスマホの画面に目を落とす。すると、なぜか聖霊預かり所の画面から、ユニットの覚醒画面に変わっていた。

 しかも、画面に描かれたキャラクターのイラストは、格好良いポーズを取る小太郎くんのもの。なにこれ素敵。

 

 私は、その画面で『自動選択』ボタンを押し、素材を投入。続けて『決定』ボタンをタップした。

 すると……。

 

『秘められた力を引き出しましょう』

 

 小太郎くんの指に止まっていたヴィクトワールさんが、そう言葉を発し、より強く光り輝く。

 ヴィクトワールさんは光りながら、小太郎くんの手の甲に口づけした。すると、ヴィクトワールさんは空気に溶けるように消えていき、光が収まる。

 それと同時に、小太郎くんから物凄いオーラがほとばしった。

 

「お、おお! これが俺に眠っていた力か!」

 

 うんうん、無事に覚醒できたようだね。でも、待ってほしい。おかわりがある。

 私は聖霊預かり所から、さらにもう一体の聖霊を呼び出す。

 

『とうとう私の出番か』

 

「また違う妖精さんやー」

 

 新たな聖霊の登場に、木乃香さんがキャッキャと喜ぶ。

 

『誰が妖精か。われは闇の聖霊!』

 

「こちら、ヴィクトワールさんで覚醒した人をもう一段階覚醒させる、『常闇聖霊オニキス』さんです」

 

『うむ。で、オーナー。力を引き出すのはあの小僧でよいか?』

 

「はい、お願いします」

 

 私がそうお願いすると、オニキスさんはほとばしるオーラをなんとか静めている小太郎くんの方へと飛んでいった。

 そして、彼の肩の上に止まってから、闇色の光を発し始めた。

 

『ふむ、そなたには二つの道がある。一つは、狗の化身として力を高める道。もう一つは、影の狗を使役する術者としての道』

 

「狗族の戦士か、狗神使いか、ちゅうことやな」

 

 おお、選択肢が二つとか、小太郎くん『千年戦争アイギス』基準だと最高レアのブラックユニットみたいだぞ。やるじゃん。

 どちらを選んでも、強化されるだろう。本来なら悩むところなのだが、小太郎くんは即決した。

 

「もちろん、俺が選ぶのは戦士や!」

 

『分かった。では、オーナー、頼む』

 

「はいはい」

 

 私はスマホを操作し、クラス選択が『狗族闘神【ネギま】』となっていることを確認。おお、コラボユニット扱いか。コラボなのに第二覚醒できるんだなぁ、と思いつつ素材を自動選択して『決定』をタップした。

 

『われに心を委ねるのだ。そなたの真の力を解放してやろう』

 

 ヴィクトワールさんのときとは対照的な闇色の光が小太郎くんの周囲を満たし、その闇が全て小太郎くんに吸い込まれていく。

 闇が全て収まったときにはオニキスさんは姿を消しており、残された小太郎くんは……髪色が銀に変わっていた。

 

「うわー、何それ、変身!?」

 

 小太郎くんの変化に、ネギくんが目を輝かせる。

 

「うおお、すごい力があふれてきよるで! 今ならベオウルフのおっちゃんも殴り飛ばせそうや!」

 

 これで、小太郎くんの第二覚醒完了だ。

 真の能力に目覚め、強力な力を手にしたことだろう。システム的にレベルキャップが解放されたとしたら、行き詰まっていた修行でもさらに力が伸びやすくなったかもしれない。

 

 まあ、それよりもだ。

 

「小太郎くん、こちらを」

 

「ん? なんや?」

 

 私は、小太郎くんにスマホから呼び出した手鏡を差し出す。

 小太郎くんは、不思議そうにその鏡を眺めると……。

 

「うわ、なんや。獣化もしとらんのに髪の色が変わっとる!」

 

「おそらくですが、狗族の力を引き出した結果、その要素がより濃く出たのかと」

 

「そうかぁ……まあ、髪の毛なんぞどうでもええか」

 

 小太郎くんは手鏡をこちらに返してきて、その場で身体の調子を確かめ始めた。

 狗神の召喚、影の術の試し打ち、獣化といった特殊能力も確認していく。その様子を眺めていたネギま部だが、ふと明日菜さんが言った。

 

「あの覚醒っていうやつ、私もできるのかしら」

 

 すると、事態を見守っていたネギま部メンバーが目を輝かせてこちらを見てきた。

 しょうがないなぁ……覚醒の聖霊も余っているし、試すのもやぶさかじゃないよ。でも、壁を感じるほど鍛えないと、多分覚醒はできないはず。

 

 そう思って全員に試したところ、覚醒できたのは楓さんと雪姫先生だけだった。

 

 楓さんは忍者としての正統進化である『甲賀忍神【ネギま】』と戦闘能力に秀でた『護法闘忍【ネギま】』の二つの道があり、悩みに悩んだ末『護法闘忍【ネギま】』を選んだ。もちろん、【ネギま】という部分は伏せて教えているよ。

 護法というから、仏教関連の力でもあるのかと思ったが、夕映さんが『鬼一法眼』から教えを受けていたからではないかと推察をした。鬼一法眼とはすなわち鞍馬天狗のことであり、護法魔王尊とも呼ばれる。法眼とは僧侶に対する尊称であり、その力の源泉には仏の教えと法力があってもおかしくないと夕映さんは語った。

 楓さんもちょくちょく説法を受けていたようで、それが仏の教えとは思っていなかったが、言われてみると確かに納得できることもあると言っていた。

 

 一方、雪姫先生は『金星の闇姫【ネギま】』と『イモータルソーサレス【ネギま】』というクラスの選択肢があった。『金星の闇姫【ネギま】』は『闇の魔法(マギア・エレベア)』の力を高めるクラスで、『イモータルソーサレス【ネギま】』は魔法全般を扱う不死者としての力を高めるクラス。

 私的には『金星の闇姫【ネギま】』がよさげに思ったのだが、雪姫先生的には『闇の魔法』は手札の一つでしかないとのことで、全般的な強化がされる『イモータルソーサレス【ネギま】』を選んだ。雪姫先生って、アンデッドじゃなくてイモータルなんだなぁ。

 雪姫先生的には、人形使いとしてのクラスがなかったことにイマイチ納得いっていないようだ。まあ、第二覚醒の選択肢は最大でも二つだけだからね。

 

 そういうわけで、思いがけないネギま部の強化が終わり、小太郎くんはさらなる修行にはげむようになったのだった。

 



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■68 オスティア終戦記念祭開幕

◆165 終戦記念式典

 

 十月一日、とうとう『オスティア終戦記念祭』が始まった。

 式典が開かれ、メガロメセンブリアのリカード主席外交官とヘラス帝国の第三皇女が握手を交わして魔法世界南北の友好を周囲に示す。

 式典には、当然クルト・ゲーデル総督も主催者として参加していて、彼が招いた来賓としてネギ・スプリングフィールドの姿もあった。

 それを私は観客席から眺めて……は、いなかった。

 私はなぜかドレスを着せられ、ネギくんの隣に配置されていた。さらには、ネギくんを挟んだ向こう側には、華美なドレスを着こんだあやかさんの姿もある。

 

 あやかさんは分かるよ。メガロメセンブリアの影の友好国である日本の大財閥のご令嬢なんだから。

 でも、なんで一般市民の私をこんなところに招くかなぁ!

 

「ほら、リンネさん。笑顔を崩さない!」

 

 にこやかな笑みを浮かべているあやかさんに、私はどやされる。

 うーん、彼女の口調と表情が合っていない。なんというポーカーフェイスか。

 

「なんで私はここにいるのでしょうね。ただの庶民ですよ私は」

 

 私がそう言うと、あやかさんが笑顔を崩さず前を向いたまま言う。

 

「何を言っているのですか。今や、リンネさんは魔法世界にとってネギ先生以上の最重要人物! あなたがいないと火星開拓計画は何も進まないのです。いわば、計画の顔!」

 

「顔役はネギくんに譲ったつもりなんですけどねぇ」

 

「ネギ先生は、ただの象徴です。計画の(かなめ)がリンネさんだということは、『ねこねこ計画書』を読めば誰だって分かりますわ」

 

「まあ、そうなんですけどね……」

 

 覚悟はしていたけど、いざこうやって表舞台に引きずり出されると、なんかこう、馴染みがないというか恥ずかしいというか。

 幸い、衆人環視の中で、来賓の挨拶とかをしなければならないとかはないようだけれど。

 

「あと一時間の我慢ですわ」

 

「長いですよ!」

 

 そんなあやかさんと私のやりとりを間に立って聞いていたネギくんは、笑みを顔に貼り付けたまま黙って聞いていた。

 ネギくんは、私と違ってスピーチをしなければならないんだよね。

 ネギくんは元々三十三人のクラスの前に立って授業をしてきた人だから、そういうのにも慣れているだろうけど。

 まあ、そのスピーチの間も、私とあやかさんはネギくんの隣に立っていなければならないわけだが。

 

 はあ、せめてスマホをいじっていたいよ。

 最近忙しくて、ゲームは最低限のデイリークエスト消化しかできていないんだよね。ゲームで集めたアイテム類がそのまま私の所持アイテムになって力の強化につながるので、もはやプレイは義務なのだ。

 でも、こんな人に見られた状態でスマホをポチポチするわけにもいかないし……仕方ないので、次に聖杯を使ってレベルキャップ解放するサーヴァントを脳内で検証する作業でもしようか。

 

「ほら、笑顔が崩れていましてよ」

 

 うーん、厳しい。

 しかし、転生する際に容姿を選んでおいてよかったね。美少女顔じゃなかったら、人前に出る自信が持てなかったところだよ。

 

 

 

◆166 秘密の会合

 

 式典が終わり、オスティア総督府の宮殿へと誘導された私達。

 今日はこの後、小規模な晩餐会が開かれるとのことで、ネギくんやあやかさんと一緒に招待されていた。

 

 そして今は、控え室で休憩中……なのだが、なぜか私達は賓客(ひんきゃく)を迎えていた。

 

「こやつがナギとアリカの息子か! ナギに似ておるのう!」

 

 一人が、ヘラス帝国のテオドラ第三皇女。

 

「ナギ様の息子……はあっ……サインをいただいてよろしくて?」

 

 もう一人が、魔法学術都市アリアドネーのセラス魔法騎士団総長。

 

「中身はナギにもアリカ様にも似てねえぞ?」

 

 最後の一人が、最早お馴染みとなったメガロメセンブリアの主席外交官リカード元老院議員だ。

 

 式典でも主役を張っていたVIP中のVIPに、ネギくんは緊張気味だ。

 ぎこちない動きで色紙にサインを書いて、セラス総長へと渡していた。

 

「皆様そろい踏みで。火星開拓事業の説明が必要でしょうか。あいにく、手元に計画書はありませんが、必要ならばリンネさんがご用意いたしますわ……」

 

 大胆にも、あやかさんがそう話しかけるが、リカード元老院議員が「いや」と手を横に振る。

 

「計画書はすでに渡してあるから、説明は記念祭の終わり頃にあらためて頼む。今日はそっちじゃなくてな、拳闘大会だ」

 

「あら、そうですか……」

 

 リカード元老院議員の言葉を聞いて、拳闘大会にはノータッチのあやかさんは引き下がる。

 そして、拳闘大会と聞いてネギくんが振り返った。

 そのネギくんに向けて、リカード元老院議員が言う。

 

「ラカンの奴が大人げなく立ちふさがるってんで、こいつらがネギのことを心配してな」

 

「うむ。勝算はあるのか、ネギよ」

 

 テオドラ皇女のその問いに、ネギくんは竜の因子を埋め込む施術について説明した。

 それを聞いて、難しい顔をするテオドラ皇女。

 

「帝国にも竜族はいるが、あの筋肉ダルマよりも強い者はおらんぞ?」

 

 その言葉に、ネギくんは笑みをたたえて答える。

 

「竜族ならそうかもしれません。では、魔法と剣を使いこなす竜そのものだったらどうでしょうか」

 

「ふむ?」

 

 するとネギくんは、賓客達の前で己が構築した魔法理論について説明を始めた。

 己は竜族という種族になったのではない。人という形に竜そのものを圧縮したのだと。

 その理論をキラキラとした目をして聞いていたのは、魔法学術都市出身のセラス総長である。

 

「すばらしい。これならば、私達も協力できることがあるわね。私からは、雷魔法の最新の研究について伝えるわ。雷竜の力を操るなら、知っていて損はないはずよ」

 

 さらに、テオドラ皇女も笑顔になって言う。

 

「つまり、強い竜の素材があればあるほどよいということじゃな。よし、それなら(わらわ)に任せるとよい!」

 

 どうやら、ネギくんには頼もしい協力者が新たに増えたようだ。

 しかし、なんでここまでしてくれるのだろう。やっぱり、ネギくんがジャック・ラカンに勝てば、計画の推進が上手くいくからだろうか。

 

「いや、単にラカンの野郎に一泡吹かせてやりたいだけさ」

 

 私が問うと、リカード元老院議員はそう言って「がはは」と笑った。

 ああ、うん。そういうことなら、遠慮無く頼らせてもらうことにしようか。

 

 

 

◆167 ナギ・スプリングフィールド杯開幕!

 

 オスティア終戦記念祭二日目。本日は、第十九回ナギ・スプリングフィールド杯の予選トーナメントが開かれる。

 ネギくんは因子の注入をしっかり終えて、小太郎くんは修行に区切りを付け休養もしっかりとっている。

 

 私達ネギま部はネギくん達の出場者権限で無事に全員分の観戦チケットを確保して、最前列の席で応援をすることになった。

 予選は、ジャック・ラカンのチームとは違うブロック。どうやら勝負は決勝トーナメントまでお預けのようだ。

 

 そして、やってきたネギくん達の一回戦。

 物凄い歓声が大闘技場に響きわたる。ナギ・スプリングフィールド杯に、ナギ・スプリングフィールドの遺児が出場する。それは魔法世界全土で一番ホットな話題となっており、メガロメセンブリアで行なわれた予選大会の映像は連日のように世界各地のメディアで取り上げられていたという。

 

 ネギくんの戦い方も当然映像に流れていて、風をまとう圧倒的剣技と、カゲタロウの乱入戦で見せた光り輝く魔剣は大注目を浴びていた。

 剣士というナギ・スプリングフィールドとは違うそのスタイルに、魔法世界の人々はある人物を想起した。それは、始祖アマテルと共に世界を救った従者(ミニステル・マギ)。世界各地に設置されている銅像のモチーフになっている、伝説上の剣士である。

 幼い十歳の子供という容姿も相まって、今やネギくんは、世の中のご婦人・お姉様方からミニステル・マギにしたい男子ナンバーワンの存在として大人気になっていた。

 

 さらに、おとぎ話の怪物『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の弟子であるとの噂がまことしやかにささやかれており、人々の目にはネギくんがとても神秘的な存在として映っていた。

 

 そのネギくんが、今日、この場所で姿を見せる。

 ネギ・スプリングフィールドの実力は本物なのか? 今、そのベールがはがされる。

 

 と、そんな感じの実況の解説が長々と語られた大闘技場。舞台の中央で、ネギくんと小太郎くんが、相手選手と対峙している。

 相手選手は、見たところオーソドックスな前衛戦士と後衛魔法使いの組み合わせだ。

 

『それでは、ナギ・スプリングフィールド杯予選Cブロック一回戦! 開始(インキピテ)!』

 

 リングアナの合図と共に、相手選手の後衛魔法使いが呪文を唱え、前衛戦士がそれを守るように前に出た。

 一方、小太郎くんは腕を組んで動かない。代わりにネギくんが一歩前に出て、その場で大きく息を吸った。

 そして、ネギくんは……口から雷を吐いた。

 

 複数の雷が束となり、相手選手を飲みこむ。それは、攻撃魔法の『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』に匹敵する一撃。

 それを無詠唱の不意打ちとして食らった相手の戦士は、その場でダウン。後衛の魔法使いが無防備な状態となる。

 そこへ、ネギくんがさらにもう一度雷を吐いた。先ほどよりも強力な雷の奔流が、呪文を唱えていた最中の魔法使いに突き刺さる。

 

 雷が晴れると、相手の魔法使いは魔法障壁を突破され、その場にダウンしていた。

 そこで審判のカウントが始まる。大会ルールでは、ダウンして二十カウント過ぎればその選手は戦闘不能判定。二人の選手が戦闘不能あるいは死亡、または降参すれば、そこで試合決着となる。

 カウントが進んでいくがそこで戦士が立ち上がった。魔法使いの方はピクピクと震えていて立ち上がる様子はない。

 

 戦士が雄叫びを上げネギくんに向かって瞬動をするが、そこにタイミングを合わせた三度目の雷の吐息が、瞬動へのカウンターとして浴びせられた。

 そして、戦士はそのままダウン。先にカウント20となっていた魔法使いを追うように、戦闘不能判定を受けた。

 

『決着! 決着です! いったいどういうことなんだ、この戦いはー!? 解説席!』

 

『驚きましたね。あれは、ドラゴンブレスに見えました』

 

『ドラゴンブレス! もしや、ネギ選手の正体は、竜族!? 謎とされてきた彼の母親は、竜族ということなのでしょうか!』

 

『そうかもしれませんし、もしくはなんらかの魔法具で竜の肺を再現しているのかもしれません。正直、竜族の竜化で扱えるブレスの力を軽く凌駕していましたから、伝説級のアーティファクトを使っている可能性もあります』

 

『アーティファクト! ミニステル・マギにしたい相手ナンバーワンのネギ選手が、すでにミニステル・マギになっているというのか! 気になります、私とても気になります! といったところで、ネギ・スプリングフィールド、犬上小太郎コンビ、予選二回戦進出です!』

 

 その試合結果に、ネギま部一同は一斉に歓声を上げた。もちろん、闘技場の観客達も大盛り上がりだ。

 ちなみにネギくん、アーティファクトの『雷公竜の心臓』はまだ使っていない。今回は素の魔力で三連ブレスを放ってみせた。竜の因子による魔力容量増大が、それだけすごいってことだね。

 

 そして、その後もネギくん達の快進撃は続いた。

 二回戦では、今度はネギくんが後ろに控えて小太郎くんが一人で戦い。格闘家と剣士のコンビを軽く蹴散らしてみせた。

 三回戦では、二人一緒に突撃して、相手選手とガチンコの近接戦で競り勝った。

 

 やがて訪れた、予選決勝。相手選手は魔族のコンビで、蜘蛛型の大男とメイド服を着た六本腕の剣士の組み合わせだ。

 

 蜘蛛男を小太郎くんが相手し、ネギくんがメイド剣士を相手する。

 無詠唱の水魔法を使いこなす蜘蛛男に対し、小太郎くんは分身と狗神を多数呼び出して翻弄(ほんろう)し、本命の打撃を見事に叩き込んだ。アンオブタニウム製の籠手による強烈な一撃で、蜘蛛男はダウン。

 そのまま20カウントで戦闘不能となった。

 

 ネギくんの方は、メイド剣士の六刀流の剣技を魔剣一本で見事にさばいている。四方から襲いかかるその剣を冷静に対処していくさまは、今ならば『燕返し』にも対処できるのではと思わせた。

 そして、相手が焦って大振りになったところで、ネギくんは魔剣に強く魔力を流した。あらゆるものを切り裂く村正の剣とネギくんの斬鉄の剣技が合わさり、メイド剣士が気で強化した剣をまとめて叩き切った。

 動揺したメイド剣士に、ネギくんは『風王鉄槌(ストライク・エア)』の暴風を浴びせる。相手が転がったところにネギくんは風王結界(インビジブル・エア)を解除した片刃の魔剣を突きつける。そこまでされたメイド剣士は、素直に降参をした。

 

『小太郎選手、ネギ選手、ともに圧勝! Cブロックの勝者がここに決まりましたー!』

 

 二人の勝利に、闘技場が歓声で揺れる。

 まさしく圧勝で、ここまで二人とも傷一つない戦いを繰り広げていた。

 

 本当に二人は強くなった。ネギくんなんて半年前までは攻撃魔法を覚えているだけで戦いに関しては素人だったというのに。まあ、ダイオラマ魔法球のおかげで一年近い修行はしてきたのだが……それでも一年だ。

 大会の出場選手には、幼少期から武に人生をつぎこんできたという者も数多くいただろう。それを一足跳びで抜かしていったネギくんは……血統、才能、環境、全てに恵まれていた。

 理不尽だろうが、世の中の最強格はみんななんらかの理不尽さを持っているので、そういうものと思うしかないね。

 私なんてその理不尽の最たるものだから、とやかく言えないんだけど。

 

 

 

◆168 最強

 

 さて、ネギくん達と合流し、まだ終わっていないDブロックの決勝を見にいく。こちらも観戦チケットを確保していたのだ。出場者枠が使えなかったので、さすがに後ろの方の席だけど。

 Dブロックは、伝説の英雄ジャック・ラカンが出るということで、こちらもチケットが大人気。正直、雪姫先生達が遺跡でトレジャーハントしてきた財宝や竜の売却金がなかったら、チケットを確保するのが少し難しかったかもしれないね。

 

『さあ、とうとうやってきましたDブロック決勝。我々は、今日ここで伝説の再来を目撃する! 彼が公式の場に姿を現したのは、十年ぶり。彼こそが最強の代名詞。自由をつかんだ伝説の奴隷拳闘士。大戦を終わらせた平和の立役者、『紅き翼(アラルブラ)』、千の刃ジャック・ラカンの入場だー!』

 

 先ほどのネギくんの勝利を超える地響きが身体に伝わってくる。

 

『彼のコンビ、カゲタロウ選手も、大戦期を生き抜いた猛者の一人! けっして英雄の付属品ではありません! 恐るべき影の術で相手を圧倒してきました! 正直、彼一人でもここまで勝ち上がってくることは、可能だったのではないでしょうか!?』

 

 ジャック・ラカンと共に入場した仮面の大男は、無言で腕を組んでいた。

 ネギくんの試合の合間にモニターで見ていたが、正直、このカゲタロウも物凄く強い。覚醒する前の小太郎くんだったら、一ひねりにされていたくらいの強さである。

 今はどうなるか戦ってみないと分からないが、そのカゲタロウは後方に待機しており、この決勝では戦いに参加するつもりがないようだ。

 

 代わりに、ジャック・ラカンが肩をぐるぐると回して前の方へと進み出ている。

 

『それでは、Dブロック決勝戦! 開始(インキピテ)!』

 

 試合開始の合図と同時、ジャック・ラカンは上方へ大跳躍した。

 そして、敵選手である剣士と魔法使いのコンビの方へと落下しながら、拳を適当に振り抜く。

 

 その瞬間、膨大な気の奔流がジャック・ラカンの拳から放たれ、敵選手は叩きつぶされた。

 土が敷かれた闘技場の舞台に、巨体な拳の跡がくっきりと残る。その跡の中央で、二人の選手がピクピクと震えてダウンしていた。

 そのまま、カウントが進められる。

 

「安心しな。寸止めだ。命までは取らねえよ」

 

 思いっきり命中しているが、彼が本気で殴っていたら相手選手はミンチになっていたはずなので、言わんとすることは分かる。

 

『カウント20! ラカン圧勝ーッ! 伝説の英雄の勇姿に、場内割れんばかりの大歓声ー!』

 

 圧倒的勝利に場内が一瞬で沸き、ネギま部は圧倒される。

 そして、戦いを誇らしげに見ていた明日菜さんが、ネギくんと小太郎くんに向けて言った。

 

「あれがラカンよ。どう、勝てそう?」

 

 すると、小太郎くんが「フン」と鼻を鳴らして答えた。

 

「なんや、あの程度のパンチ、リンネ姉ちゃんの『メテオフィスト』と比べたらなんてことないわ」

 

 ああ、シミュレータールームで小太郎くんにチップ盛り盛りで『メテオフィスト』の必殺技(フォトンアーツ)を食らわしたことなんてあったね。

 だが、私のは割と最大威力で放った感じがあるが、先ほどのジャック・ラカンは軽くジャブを打った程度だろう。

 

 間違いなく、彼はこの世界において最強の一角だ。

 そんな相手を前に小太郎くんは強がってみせたが、ネギくんはというと。

 

「勝ちます。勝つつもりで、あらゆる手札を用意して挑みます」

 

 力強くそう宣言してみせた。

 

 そして、その二時間後、決勝トーナメントの組み合わせが発表される。

 ジャック・ラカンとの戦いは……決勝戦まで進んでようやくやってくる。まさしく、最後に用意された壁だ。

 逆に言えば、決勝戦まではネギくんの強さを存分にお偉いさんにアピールすることができる組み合わせ。

 

 大会主催側の粋な計らいに、感謝をしておこう。

 決勝トーナメントの開催は三日後、決勝戦は五日後だ。

 ネギくんには存分に名を売ってもらうことにして、私はその間、お祭りを楽しもうか。

 



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■69 オスティアの激闘

◆169 決勝トーナメント一回戦

 

 終戦記念祭で新オスティアは大盛り上がり。市街地では拳闘の野良試合が行なわれる始末で、治安も悪化している。

 お祭りの人出に加えて、各国が牽制しあっているせいで警備がガタガタで、街中に怪しい人間が入り放題。

 

 だからか、ネギま部一同は祭りを楽しみつつも警戒はゆるめない。

 オスティア市街地には以前フェイト・アーウェルンクスが姿を見せたことだし、いつまた『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』がやってくるか分からない。そのため、特に明日菜さんには絶対に一人で行動しないよう注意を払ってもらっていた。

 

 その警戒態勢が功を奏したのかは分からないが、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が現れることなく、ナギ・スプリングフィールド杯の決勝トーナメント当日がやってきた。

 決勝トーナメントは、三日にわたって行なわれる。

 四回勝てば優勝で、一日目は一回戦のみ、二日目は二回戦と三回戦、そして三日目に決勝戦が行なわれる。

 

 トーナメント表は、一回戦第一試合がジャック・ラカンで、一回戦最終試合がネギくん達の出番だ。

 出だしとラストを盛り上げようという運営側の魂胆が透けて見えるが、正直、決勝までジャック・ラカンと当たらないのはありがたい。

 

 ちなみにチケットは、ネギくんが出場者枠でネギま部全員の席を確保してくれた。招待者席になるようで、VIP扱いだね。

 その席で、私達は一回戦を観戦した。

 第一試合、ジャック・ラカンは観客の声援に応え、派手な行動に出た。

 開幕と同時に相手に踏みこんだ彼は、足を踏みしめて地面をゆらす。そして、足を取られた相手二人を上空に殴り飛ばし、気弾を撃って激しく吹き飛ばしたのだ。

 会場に張られた障壁に激突した相手選手は、仲良く戦闘不能に。

 まさしく瞬殺で、会場のボルテージは一気に高まった。

 

 その勢いのまま第二試合が始まり、見応えのある戦いが繰り広げられていった。

 そして、とうとうやってきた第八試合。

 

『もはや、彼を疑う者はいないでしょう。英雄の息子は、英雄たる器であると。わずか十歳にして、武の頂に手を伸ばした彼は、この戦いで何を見せてくれるのでしょうか! ネギ・スプリングフィールドの入場です!』

 

 完全に暖まった会場が、大きく震える。真剣な顔をしたネギくんが、闘技場の土を踏む。

 

『旧世界は辺境の国、日本。その(いにしえ)から存在する種族、狗族と人の混血児。ミステリアスなその経歴に違わず、圧倒的強さをこれまで見せつけてくれました! ビーストウォーリア、犬上小太郎の入場です!』

 

 鳴り止まぬ歓声に、手を振りながら小太郎くんが登場した。戦い続けて、彼もファンサービスが上手くなったな。

 

『本大会は古代拳闘士の時代からの伝統作法に従い、相手チーム全員の死亡・戦闘不能・ギブアップで勝利。気絶・ダウン状態となった選手はカウント20で戦闘不能とみなされます!』

 

 実況アナウンサーのそんなルール説明がはさまれ、闘技場で両チームが相対する。

 

『それでは、本日の最終試合……開始(インキピテ)!』

 

 合図と共に、相手選手の一人が、黒い魔法弾を放ってくる。

 ネギくんと小太郎くんは、それを難なくかわし、互いに前方に詰める。魔法戦には付き合うつもりはないようだ。

 そして、二人が相手に迫った瞬間、相手は周囲に巨大な黒い球をまき散らした。

 

『出たー! 得意の重力魔法! ネギ選手を寄せ付けません!』

 

 ああ、あれはアルビレオ・イマが得意とする重力魔法と同じものか。

 ネギくんがアルビレオ・イマと戦ったことはないため、対処法も身につけてはいないんだよねぇ。どうするのかな。

 そう思っていたら、ネギくんは風王結界(インビジブル・エア)をまとった魔剣で、進行を阻む黒球を斬りつけた。すると、黒球はその場でかき消える。

 ふむ?

 

『お、おお!? 重力魔法が消し飛んだ! ネギ選手何をしたー!』

 

『こちら解説席です。ネギ選手の公開情報が届いています』

 

『ネギ選手の!? 解説席、お願いします!』

 

『はい。ネギ選手が所持する剣は魔剣で、なんとあの『紅き翼(アラルブラ)』のアルビレオ・イマが重力魔法の付与を行なっているそうです』

 

『なんと、重力魔剣! つまり、重力魔法に重力魔法をぶつけて、相殺したということかー! やはり英雄の息子、装備も一級品だ!』

 

 なるほど、そういうカラクリね。アルビレオ・イマは本気で付与をしていたし、そこらの選手の重力魔法じゃ突破は難しいだろうね。

 そして、ネギくんが次々と重力魔法を破壊していき、できた隙間から小太郎くんが突っ込む。

 相手選手の前衛の魔法剣士がそこに立ちはだかり、小太郎くんが攻撃を開始する。

 剣による攻撃は手甲で弾き、お返しに正拳を相手に突きこむ。とっさに相手は防御魔法を無詠唱で唱えるが……そんなのじゃウチの小太郎くんの攻撃は防げないぞ。

 小太郎くんの突きが防御魔法を突破して相手の鎧に命中し、装甲をひしゃげさせる。魔力で強化された鋼の鎧も、気で強化されたアンオブタニウムには敵わない。

 

 胸元への突きで見事にひるんだ相手に、小太郎くんはラッシュをかける。一発、二発、三発と当たっていき、鎧が見るも無惨な形になっていく。

 そして、下段蹴りで体勢を崩したところで、小太郎くんはトドメとばかりに強烈な突きを見舞い、魔法剣士はダウンした。

 

『ダウーン! 同時にダウンです! カウント、1! 2! 3!』

 

 と、その間にネギくんも重力魔法使いを追い詰め、峰打ちで相手を殴りつけてダウンを奪っていた。

 カウントは無情にも進み、やがて20が告げられ、勝利が決まる。

 

『決着! 強い、このお子様達、とても強い! 決勝トーナメントでも、見せつけてくれました!』

 

 うん、強い。着実に修行を重ねた二人は、とても強い。

 これでまだ獣化も竜化も見せていないんだから、決勝戦までは心配しなくてもよさそうだ。

 

 そんな私の考えは、見事的中し……二日目の二回戦、三回戦も、特に苦戦らしい苦戦をすることなく、順調に勝ち進むことができたのだった。

 

 

 

◆170 千の顔を持つ英雄

 

 そして、とうとうやってきた決勝戦。

 私達がいる大闘技場が変形していき、模擬合戦開催形態へと移行する。収容人数十二万人。会場の直径は三百メートルにもなり、遠距離からの極大魔法の撃ち合いも可能となる。

 

『さあぁ、いよいよ決勝戦です! ネギか!? ラカンか!? 凄まじい激闘が予想されますが、最強クラスの戦いを前に、観客席は大丈夫なのでしょうか!?』

 

 ステージの中に立つ実況アナウンサーが、そんなあおりを入れる。

 

『ですが、ご安心を! 『紅き焔(フラグランティア・ルビカンス)』!』

 

 実況が突然観客席に向けて、火魔法を放つ。だが、それは客の手前で見えない壁に防がれた。

 

『この通り! 連合艦艦載砲すら防ぐ魔法障壁によって、お客様の安全は完璧に保障されています!』

 

 まあ、どこまでその障壁も信用できるかは分からないけどね。

 念のためネギくんには、本気で魔剣を放つときは水平に撃つなとは言ってある。

 

『勝敗予想は、街頭アンケートでは七対三でラカンチームが勝つと出ており、やはり十歳で勝つのは無理ではなどと言われているようです。しかし、専門家によると、ネギ選手はここまでまだまだ本気を見せておらず、隠し持った力次第では、ラカン選手相手に一矢報いるのではとのことです』

 

 ちなみに、賭けではラカンチームが圧倒的人気で、やはり心情では応援したくても、本心では英雄に勝てないと見る者が多いようだ。

 なお、私はこれまでネギくん達に賭けて得た儲けの九割をネギくん達の勝ちに賭けてきた。残り一割はこっちでの生活費。

 

 そんな実況アナウンサーのトークを挟み、いよいよ試合時間がやってくる。

 

 大歓声の中、両チームが入場し、距離を挟んで向かい合う。

 ネギくんはすでに風王結界を発動した魔剣を構えており、ジャック・ラカンもアーティファクトの『千の顔を(ホ・ヘーロース・メタ・)持つ英雄(キーリオーン・プロソーポーン)』をすでに展開しているのか、巨大な両手剣を携えている。

 その両者がどうやら言葉を交わすようだ。試合会場に仕組まれた魔法が音声を拾う。

 

「ラカンさん。なぜあなたが僕の前に立ちふさがったのか、未だに理解しきれませんが……僕の目的のために、勝たせていただきます」

 

「フ……ならば、俺を超えてゆけ! だが、俺は強いぜ?」

 

「では、全力全開! あらゆる手を使って勝たせてもらいます!」

 

「よく言った。せいぜいあがきな!」

 

 そうして、互いに口を閉じ、闘気を高めていく。

 それに当てられた観客が段々と静まっていき、開始を今か今かと待ち続ける。

 

『お待たせしました! それでは決勝戦……開始!』

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 契約に従い、我に従え高殿の王!」

 

 開幕と同時、ネギくんが選んだのは魔法戦だった。その魔法は、雷系最大の攻撃魔法『千の雷』。ナギ・スプリングフィールドが得意とした極大魔法だ。

 それを妨害せんと、カゲタロウが影の槍を雨のように放つが、間に入った小太郎くんが軽々と防ぐ。

 

「来れ巨神を滅ぼす、燃え立つ雷霆! 百重千重と重なりて、走れよ稲妻! 『千の雷(キーリプル・アストラペー)』!」

 

 小細工もなしに放たれた極大魔法が、ラカンチームを襲う。しかし、ジャック・ラカンも黙って見てはいなかった。

 宙に飛んだジャック・ラカンが己のアーティファクトを槍に変え、気のこもった槍投げを放ったのだ。

 

 アーティファクト『千の顔を持つ英雄』は、あらゆる武器に姿を変える変幻自在のアーティファクト。剣だろうが槍だろうが、なんにでも変化する伝説級の品だ。

 その槍が、闘技場の中央で『千の雷』に激しくぶつかり合う。わずかに拮抗し、そして槍が打ち勝って突き抜けた。

 大爆発が競技場を揺るがす。土煙が舞い上がり、戦いの行方を覆い隠す。

 

 そんな激しい戦いに、固唾を飲んで見守っていた観客達が、一瞬でボルテージを上げた。

 

『開幕から大技の大激突ー! 正直、私がフィールド上にいるのは危険なのではないかと、本気で後悔しています! というか、ネギ選手達は無事なのか!? 消し飛んでいないかー!』

 

 実況のそんな声と共に、土煙が晴れていく。

 すると、そこにいたのは、槍の直撃地点からわずかにずれた二人。しかも、両者は大きくその姿を変えていた。全身から竜の鱗を生やした竜化ネギくんと、手足を獣に変えた獣化小太郎くんだ。

 

『お、おおー!? 二人とも、変身をしているぞー! 狗族である小太郎選手の獣化はともかく、ネギ選手はまさか、竜化か!? やはりネギ選手は竜族の子だったのかー!?』

 

『こちら解説席。ここで、ネギ選手の情報公開です。ネギ選手は、魔法儀式で竜の因子をその身に取り込んでいるそうです。竜族の血筋ではありません』

 

『竜の因子を取り込む! そのようなことが可能なのでしょうか!?』

 

『目の前のネギ選手が、これまでの試合で強烈なドラゴンブレスを撃ってきたことからも、それは明らかでしょう。そして、ネギ選手の母親ですが、新オスティア総督府のクルト・ゲーデル総督によりますと、旧ウェスペルタティア王国のやんごとない血筋であるとのことです。総督は、『母君の名誉回復のためにも、ぜひとも実力を示してもらいたい』と試合前に述べておりました』

 

『やんごとない血筋……まさか、まさかまさか、ネギ選手の母親の正体はー!』

 

 と、実況が盛り上がっているところで、試合が動く。ネギくんが、アーティファクトカードを取り出したのだ。

 

「『来たれ(アデアット)』!」

 

 ネギくんの竜と化した手に出現する『雷公竜の心臓』。それをネギくんは己の胸に押し当て、その身に取り込んだ。

 ちなみに、ネギくんの衣装は竜の素材で作った鎧であり、竜化の際に自身と同化している。

 

『おおっと、母親の正体は気になりますが、今は試合です! ネギ選手、アーティファクトを呼び出しました。意外! ネギ選手のアーティファクトは魔剣ではなかったのか!』

 

 実況のそんな叫びに、再び解説席が答える。

 

『ネギ選手のアーティファクトは、情報によると『雷公竜の心臓』。無限の魔力を所有者に与える伝説級の品です。仮契約(パクティオー)の相手は、かの闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)だそうです』

 

『先ほどから濃い情報が多すぎる! しかも、ここで特大の新情報! ネギ選手は、伝説の闇の福音のミニステル・マギだった! もう、どうなっているんだネギ選手! 試合後のインタビュー、覚悟しておけよ!』

 

 実況アナウンサーが、悪魔の尻尾をフリフリさせながら、そんなことを叫んだ。なお、アナウンサーは可愛い悪魔ッ娘である。

 

 さて、アーティファクトの呼び出しを大人しく見守っていたラカンチーム。

 ジャック・ラカンは投げたアーティファクトを呼び出し直し、手元に剣を構える。カゲタロウは、周囲に無数の影を束ね、今にも攻撃を開始しようとしている。

 対するネギチーム。ネギくんは胸の心臓を駆動させ全身に雷を帯び、小太郎くんは狗神を多数呼び出して周囲に待機させた。

 そして、ネギくんと小太郎くんが同時に前に駆け出した。

 

 カゲタロウが無数の影を一本の槍にして放つが、狗神が飛び出し、それを少しずつ上に弾いていく。

 上に弾かれた槍は宙で枝分かれし、再度地面に向けて雨のように降り注いでいくが、ネギくん達は軽々とそれを避けていく。

 

 そして、ネギくんとジャック・ラカンが激突し、剣で戦い始めた。

 

 一方、小太郎くんはカゲタロウに接近していく。

 距離を取りながら影を放つカゲタロウだが、小太郎くんは狗神を上手く使いながら影をさばいていく。

 さらに、狗神で追い立てるようにしてカゲタロウの進行ルートを誘導し、小太郎くんはカゲタロウに迫る。

 素手の間合いまで入り込み、拳を打ち込む。

 だが、カゲタロウは影を壁のように展開して、それを防ごうとする。

 しかし。小太郎くんの拳は影を突き抜け、さらに魔法障壁も突き抜けて、カゲタロウの身体を打ち抜いた。

 

「ぐがッ!?」

 

 腹を殴られ、くの字になって吹き飛んでいくカゲタロウ。

 

『ここで今試合初めてのクリーンヒット! カゲタロウ選手の障壁を破壊して、小太郎選手が強烈な一撃を叩き込んだ!』

 

『いえ、障壁は破壊されていません』

 

『おっと、解説席、どういうことですか?』

 

『小太郎選手の攻撃は、障壁透過の一撃です。ここまでの戦いでも同じ光景がありましたから、間違いないでしょう。天下に名高い桃源神鳴流の秘技『弐の太刀』を彷彿とさせる技ですね』

 

 そう、小太郎くんが戦いの果てに身につけた新技。

 気の守りや魔法の障壁をすり抜けて相手に攻撃を通す、防御無効の技。『千年戦争アイギス』で多くの者達が得意とする貫通攻撃である。『Fate/Grand Order』でも相手の防御力を無視する技の使い手がそれなりにいるね。

 それらの相手から、小太郎くんは戦いを通じて貫通攻撃を学び取っていたのだ。

 別に、一からやり方を教わったわけではない。その身で相手の技を受けて受けて受け続けることで、自然と覚えたのだ。

 

 その一撃に手応えを感じた小太郎くんは大きく笑みを浮かべ、カゲタロウに追撃をかけた。

 

 一方で、ネギくんとジャック・ラカンの戦いにも動きが見える。

 ネギくんは全身に暴風と雷をまとい、ジャック・ラカンと剣を交えていた。

 本来なら、近くに居るだけで感電して倒れてしまうその暴威も、ジャック・ラカンはけろっとした顔で受け流す。

 攻防を繰り広げるにつれ、暴風は勢いを増していき、やがて制御が怪しくなった風王結界が、魔剣の姿を隠しきれなくなっていく。

 

『おおっと、ここでネギ選手の得物が姿を見せました! 予選大会で一度見せたきりだった、その魔剣! 片刃の長剣です!』

 

 姿を見せてしまって開き直ったのか、ネギくんはそのまま剣をジャック・ラカンに突きつけ、まとっていた風を全解放した。

 

「『風王鉄槌(ストライク・エア)』!」

 

 豪風がジャック・ラカンを吹き飛ばさんとせまるが、彼はそれを耐えた。

 そして、反撃として剣をネギくんに叩きつける。

 だが、そこでネギくんは魔剣に魔力を強く通し、ジャック・ラカンの剣の軌道に合わせて魔剣を振るった。

 

 次の瞬間、ジャック・ラカンの剣は折れ、そのまま魔剣はジャック・ラカンの胸を浅く切り裂く。

 斬りつけられた彼は驚愕の表情を浮かべ、とっさに距離を取った。

 その思いもよらない戦いの結果に、観客席がどよめく。

 

『これは! これはー! 剣が刺さらないと評判のラカン選手の肉体をネギ選手の剣が傷付けたー! 英雄が、血を流している!』

 

 ジャック・ラカンは己の胸に手を当て、流れる血を確認して、さらに折れた剣を見てから大きく笑った。

 

「うはははは! 俺様の伝説のアーティファクトが真っ二つとはな。どんなアーティファクトだよ、その剣」

 

「アーティファクトではありませんよ。刀鍛冶に頼んで打ってもらいました」

 

「マジかよ!」

 

 魔法で拾われたその音声に、観客席がざわめく。

 ジャック・ラカンのアーティファクトを折り、傷付ける魔剣。それが、ただの鍛冶師に作成可能なのか。そんな疑問を口にする観客達。

 だが、ネギくんの剣を打った者達は、ただの鍛冶師ではない。『千の顔を持つ英雄』何するものぞ。あらゆる武器に姿を変えるという魔法具ということは、斬ることに一点特化した武器に敵わないということだ。まあ、あの魔剣は剣ビームも撃てるが。

 

「ずいぶんと切れ味がいい剣だが、俺の剣も負けちゃあいねえぜ」

 

 ジャック・ラカンはそう言って、ネギくんからさらに大きく距離を取った。

 そして、大跳躍してアーティファクトを振りかぶると、剣が別の武器に変化する。

 

 それは巨大だった。ただただ巨大で、人に向けるにはあまりにも大きすぎた。その刀身は、数十メートル規模。

 その巨大な剣をジャック・ラカンはネギくんに向けて思いっきり振り下ろす。

 

「受けてみろ、斬艦剣だ!」

 

 ジャック・ラカンが斬艦剣を呼び出すと同時、ネギくんも魔剣に魔力を込めて攻撃の態勢に移っていた。

 下段からすくい上げるように剣を振るい、白い光を放つ剣から魔力を解き放った。

 

その目でしかと見よ(Behold)!」

 

 巨大な剣と魔力の剣閃が、闘技場中央で激突する。

 観客が総立ちになり、場は大歓声に包まれる。

 

 戦いの結果は……魔剣が打ち勝ち、斬艦剣は真っ二つに折れ、ジャック・ラカンは闘技場の端まで吹き飛び、魔法障壁に激突していた。

 そして、ジャック・ラカンはそのまま地面に落下し、地に伏せる。

 

『ダ、ダウン、ラカン選手ダウンです! 大技対決はネギ・スプリングフィールド選手が競り勝った!』

 

 倒れたままのジャック・ラカン。だが、彼がこのままで終わるとはとても思えない。

 私はネギま部の一同と共に、戦いの行方をじっと見守るのだった。

 



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■70 オスティアの死闘

◆171 とくと見よ

 

『ジャック・ラカン、倒れる! まさかの展開です! それでは、カウントを取ります! 1! 2! 3!』

 

 肩で大きく息をする人型の雷竜ネギくん。だが、油断はせずジャック・ラカンの方をじっと見つめたままだ。

 カウントが進んでいくが、その一方で、カゲタロウと小太郎くんの戦いは激化していた。

 

 自身から出す影では小太郎くんに打ち勝てないと悟ったカゲタロウは、小太郎くんの足元の影を変化させて攻撃する手段に出た。そして、自分は影を使った転移でひたすら距離を置き続ける。完全な逃げ撃ちに走っていたのだ。

 だが、小太郎くんは直感でその攻撃のほとんどを回避していき、攻撃が直撃したら狗族の再生能力ですぐに傷をふさぐ。

 さらに、距離を取って逃げるカゲタロウには、必中の気弾を放って確実にダメージを与えていく。

 

 そう、必中である。

 小太郎くんは、スカサハ師匠に可愛がられていたからだろうか。シミュレータールームで魔槍『ゲイ・ボルク』を何度も心臓に食らい続けているうちに、いつの間にか彼は必ず当たる攻撃を生身で行使できるようになった。

『ゲイ・ボルク』が持つ『心臓に槍が命中した』という結果を先に作って『槍を放つ』という原因を後から作る『因果逆転の呪い』ほど強力ではない。だが、小太郎くんの攻撃は幾度回避されようとも、『気』が後を追って確実に命中するのだ。それも、貫通効果をまとった状態で。

 

 貫通と必中。二つの技で、小太郎くんは確実にカゲタロウを追い詰めていた。

 

『14! 15! ラカン選手立ち上がりません! 16! 17! 18ィィィ!?』

 

 カウントが18まで進んだところで、ゆらりとジャック・ラカンが立ち上がった。その身体は血に塗れている。

 だが、気合いで治したのだろうか、傷はふさがっていて血が止まっていた。

 

『立った! 立ちました! 見るからに満身創痍といった見た目ですが、足元はフラついてすらいません! 英雄健在!』

 

 その姿に、観客席からどよめきが起こる。

 そして、そのどよめきに混じって、小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「くくく……。フフフフ……」

 

 それは、実況用の魔法が拾った、ジャック・ラカンの声。

 

「フゥフフハ、ヌフウフハ、ウハハハハ! ワーッハッハッハッハハハ!」

 

 心底おかしいといった様子で、ジャック・ラカンが額に手を置いて笑う。

 

「フフ……」

 

 そして、急に笑いを止めたかと思うと、ジャック・ラカンは気を全身からたぎらせ、素手のまま構えを取った。

 ネギくんは、その構えに警戒して剣を正眼に構える。が、次の瞬間、ジャック・ラカンがネギくんの目の前に踏みこんでいて、ネギくんを殴り飛ばしていた。

 

 速い!

 そこからジャック・ラカンがネギくんに追い打ちをかけるように殴りつけていく。

 竜の(あぎと)から血を吐きながらもネギくんが反撃するが、ジャック・ラカンは斬りつけられようが気にせずにネギくんをひたすら殴り続けた。

 

 そして、特大のストレートパンチがネギくんを吹き飛ばしたところで、ネギくんはようやく翼を背中から生やして姿勢を制御し、自身も高速移動をして距離を取った。

 ジャック・ラカンはそれを追わず、「フゥー……」と大きく息を吐いた。

 固唾を飲んで見守っていた観客達も、それにつられて息を吐き出す。

 

『強い! 強い強い! 最初の攻防はなんだったのか、ラカン選手、ネギ選手を軽くあしらいました』

 

「俺は剣を使うより、素手の方が強えからな」

 

『おおっと、アーティファクト要らない子宣言です!』

 

 ジャック・ラカンは調息が終わったのか、再び全身に気をみなぎらせて構えを取る。ネギくんの反撃による出血は、いつの間にか止まっていた。なにこのウェアウルフ並みの再生力。

 対するネギ先生は鈍い音を立てて翼を伸ばし、尻尾を生やし、角を生やした。もはや、完全に二足歩行の竜である。

 

「行くぞ」

 

 ジャック・ラカンがそう告げると、二人は高速で戦いを始めた。

 インファイトに持ちこもうとするジャック・ラカンに対し、ネギくんは翼を使って立体的な動きを始め、尻尾で牽制し、角から雷を撃ち、雷のブレスを吐く。

 原作漫画の雷速瞬動のような絶対的な速さはないが、それでも常人の目には追えない速さでネギくんは縦横無尽に駆ける。

 しかし、その程度で打倒できるほど、ジャック・ラカンは甘くなかった。

 

 ネギくんは角を折られ、翼をねじ切られ、胸に強烈なストレートパンチを受けて、血を吐きながらダウンする。

 

「一見速く見えるが、素人そのものの動きだな。ネギ、てめえ完全竜化にまだ慣れてねえな?」

 

 そう、そうなのだ。竜化して翼を生やすと高速で移動はできるのだが、その状態で超一流の動きをできるほどの修行は積めていない。『千年戦争アイギス』の竜人達を呼んで指導はしてもらったが、短い期間では完璧に仕上げることができなかったのだ。

 

 全身からおびただしい量の血を流しながら、倒れ伏すネギくん。

 そのネギくんを、戦いでできた瓦礫の上から見下ろしながら、ジャック・ラカンが言う。

 

「ま、こんなもんだろ。ギブアップしな。早く治療してもらわねぇと、手遅れになるぜ」

 

 だが、ネギくんはガクガクと震えながら立ち上がろうとする。

 そして、そこからジャック・ラカンのあおりが始まった。

 

「やめとけやめとけ。こんだけ俺と戦えれば力を示すには十分だろ。今回、俺がお前に喧嘩売ったのは、お前の力が見たかったからだ。十分、分かった。俺の拳を受けてまだ動けているだけで、勲章もんだ。期待以上だ。だから、やめとけって。お前じゃ無理無理。これ以上は死ぬだけだ」

 

 そんな言葉を聞きながら、必死で立ち上がろうとするネギくん。

 

「早くギブして手当てしないと死ぬぜー。ギブアップで何も恥じるこたねぇ」

 

 ジャック・ラカンが手を叩いて挑発した、その時だ。

 

『コラー! ネギ! 立たぬかー!』

 

 闘技場に、声が響いた。

 

『真の力を出し惜しみして負けるなど、許さぬ! 妾があやつを説得するのにどれだけ苦労したと思っておる! 早く本気を出して、ジャックなどケチョンケチョンにするのじゃー!』

 

『ちょっ! 姫様! これ全国放送されてますから!』

 

『よいか、ネギ! 我が帝国の力を見せてやるのじゃ!』

 

 この音声、テオドラ皇女だ……。どうやら解説席からマイクを奪って、ネギくんに向けて叫んだようだ。

 そのネギくんはというと、膝立ちになった状態で全身を変形させ始めた。

 

 身体の表面がうごめき、鈍い音を立てて形を変えていく。すると、翼が落ち、折れた角が落ち、尻尾が落ち、鱗が落ちた。

 下から出てきたのは、木肌。背から枝が伸び、絡み合って翼を形成する。

 それは、竜の姿であるが、それと同時に木でもあった。

 

「龍樹、か……」

 

 ジャック・ラカンがポツリとつぶやく。

 それを耳ざとく聞いていた実況アナウンサーが叫ぶ。

 

『龍樹、龍樹です! ネギ選手、とんでもない手札を隠していたー! 龍樹と言えば、このオスティア終戦記念祭にもやってきている、ヘラス帝国の守護聖獣! 古龍(エインシェントドラゴン)龍樹(ヴリクショ・ナーガシャ)です! まさかネギ選手、雷竜だけでなく、龍樹の力もその身に宿していたのかー!』

 

 そんな言葉でカウントが止まり、ネギくんは変形を完了させる。その背丈や体躯は一回り大きくなっており、枝が絡みついてできた表皮は、もはや装甲と言っていい。

 その姿は、祭りのパレードで見た龍樹にひどく似通っている。アナウンサーが言ったとおり、龍樹は帝国の守護聖獣であり、ジャック・ラカンと引き分けた経歴を持つ。

 ネギくんがその力を宿しているのにも理由があって、テオドラ皇女が新オスティアにやってきている龍樹と交渉して、素材を譲ってもらったのだ。

 

 そんな小さな龍樹と化したネギくんは、その場で雄叫びを上げ、ジャック・ラカンに向けて飛翔した。

 速い。先ほどまでよりもはるかに速い。

 

 そして、そのままジャック・ラカンを殴りつけようとするが……。

 

「暴走してんじゃねえか」

 

 逆にジャック・ラカンに殴られ、元の場所へと吹き飛ばされていった。

 カウンターとなった一撃は強烈で、地面に突き刺さるネギくん。

 下半身が地面に埋まり、ジタバタと動くネギくんだが、脱出できずに、その場でブレスをめちゃくちゃに吐き出し始めた。

 

 実況アナウンサーが、叫び声を上げながら逃げていく。

 ブレスは闘技場の魔法障壁に当たり、地面を大きく揺るがす。雷竜の時とは比べ物にならない高威力のブレスだが、敵に当たらなければ意味がない。

 そのネギくんの暴走を見て、ジャック・ラカンが指を指して笑う。

 

 うん、実は龍樹の力、暴走するんだよね。

 龍樹の因子は、最初にネギくんが手に入れていた雷竜の因子と相性がよすぎて、過剰なパワーを発揮してしまうのだ。雷竜状態で暴走していなかったのは、先ほどまで龍樹の因子を封印していたから。

 

 五行思想における『木』は、八卦における『風・雷』に相当する。そのことから木と雷は同じ属性を持ち、足し算されてさらなる力を生むのだ。その大きすぎる力をネギくんはまだ制御しきれていない。

 テオドラ皇女の厚意で龍樹の因子を埋め込んだはいいものの、そういった理由で実戦レベルに仕上がっていないのが現状。これをどうにかするには……どうすればいいんだろうね?

 

「まったく、隙だらけすぎて、笑えるぜ。殴り放題だ」

 

 ようやく地面から抜け出したネギくんにジャック・ラカンが近づき、連打を浴びせる。

 樹を素手で殴りつける鈍い音が響きわたり、ネギくんは一方的になぶられ続ける。

 

「それ、もう眠りな!」

 

 ジャック・ラカンのパンチが、樹で作られた表皮をえぐってネギくんの胸に突き刺さる。

 

「あ、やべ、やり過ぎたか」

 

 ジャック・ラカンは、あわてて拳を引き抜く。

 すると、胸の中からポロリと何かが転げ落ちてくる。それは……『雷公竜の心臓』。

 それを目で追っていたジャック・ラカンは、次の瞬間、ネギくんに殴り飛ばされていた。

 

 龍樹の腕力で、豪快に吹き飛ぶジャック・ラカン。

 ネギくんは背の翼で飛翔してそれを追い、ひたすらにジャック・ラカンを殴りつける。その動きは正確で、暴走している様子は見えなかった。

 よかった、どうやら今回暴走した最大の原因は、身に取り込んでいた『雷公竜の心臓』だったらしい。

 

 そして、ネギくんは上空に大きくジャック・ラカンを蹴り飛ばすと、そのまま連続してブレスを何度も吐き出した。

 風と雷が籠もったものすごいブレス。一撃一撃が『千の雷(キーリプル・アストラペー)』にも匹敵するのではと思わせるそれは、見事にジャック・ラカンへ命中していく。

 

 やがて、ブレスが止み、ネギくんはいそいそと地面に転がった魔剣を拾い始める。それからネギくんは、龍樹の姿のまま、いつものように剣を構えた。

 地面に落下したジャック・ラカンは……あれだけブレスを食らって、まだ無事だ。

 

「くかか! やるじゃねえか! よし、続きだ!」

 

 闘技場の端の方まで吹き飛んだジャック・ラカンが、豪快に笑いながらそう叫ぶ。

 ネギくんはそれに対して淡々と答える。

 

「いえ、アーティファクトの力がないので、残る魔力は攻撃一回分だけです」

 

 魔力切れ。雷竜の姿ならばアーティファクトだけでなく、自身の心臓からも魔力を引き出せるネギくん。だが、龍樹の姿ではまだ無限の魔力を生み出すほど、心臓に因子が馴染んでいないのだ。

 これは、テオドラ皇女からもらった龍樹の素材が心臓等の重要部位ではなかったというのが大きい。さすがに帝都の守護聖獣から心臓をもらってくるわけにはいかないからね。龍樹の素材は培養してクローン臓器を増やしているが、この戦いには間に合わなかった。

 

「なんだぁ? もうへばったのか」

 

 あおるようにジャック・ラカンが言う。

 

「はい。ですので、最大の一撃で決着をつけませんか?」

 

 ネギくんが、魔剣に魔力を強く込めながら、そう提案した。

 それを聞いたジャック・ラカンは、本日最高の笑みを浮かべる。

 

「いいぜ! そういうのを待っていたんだよ! 力比べだ!」

 

 闘技場の端で、ジャック・ラカンが拳を構える。

 そして、地響きを感じるほどのオーラをその拳に込めだした。

 

 ネギくんも、今までにないほど魔剣に魔力を集めている。

 

『これは凄まじい! 試合開始以来、最大級の気と魔力の集中です! 互いに必殺の最終攻撃! この一撃が決着となるのでしょうか!』

 

 どうやらネギくんのブレス攻撃から逃げ切ったらしい実況アナウンサーが、そんな言葉で場を盛り上げる。

 観客席はこの日最大の盛り上がりを見せて、二人の気と魔力に負けないほどの歓声が闘技場を震わせていた。

 

 そして、はち切れんばかりに両者のオーラが高まったところで、ジャック・ラカンが拳を振り抜く。

 

「『ラカン・インパクト』ォォォッ!」

 

 もはや宇宙戦艦のビーム砲と言っていい極太の気弾が拳から放たれ、闘技場を真っ直ぐ突き進む。

 対するネギくんは、魔剣を振り上げたまま動かない。代わりに、ネギくんの足元に魔法陣が輝くが、気弾はそのまま魔法陣を素通りしてネギくんに直撃する。

 だが、ネギくんの表皮に触れたその気弾は、まるでそこに存在しなかったようにかき消えた。

 

「何ッ!?」

 

 拳を振り抜いた格好のジャック・ラカンが、驚愕の表情を浮かべる。

 これこそ、ネギくんが最後まで隠し持っていた最大の手札。魔法無効化。

 明日菜さんと同じ王家の血を引くネギくん。彼にも完全魔法無効化能力『火星の白』の片鱗は眠っていた。

 それをネギくん、メディア様、黒衣のサイラス、賢者バルバストラフ、ルーサーの五人で解析し、明日菜さんの体細胞サンプルも採取して、その正体を突き止めた。

 その結果、『UQ HOLDER!』の世界線のネギ先生ですら実現できなかった、ネギくん本人による魔法無効化術式の開発にこぎつけたのだ。

 

 ジョーカーとも言える逆転の手札。それをネギくんは土壇場で切った。

 魔力と気はそれぞれ発生源が違うだけで、本質は同じもの。なので、気弾は魔法無効化能力で消える。

 見事にジャック・ラカンの一撃を無効化したネギくんは、翼をはためかせてその場で大跳躍し、空の上から光り輝く魔剣を振り下ろす。

 

とくと見よ(Behold)! 『白き翼(ALA ALBA)』ッ!」

 

 魔力の奔流が、ジャック・ラカンへと突き刺さり、そのまま地面をぶち抜く。闘技場の外壁を抜いたのか、これまでにない大きな揺れが観客席を襲い、場内にアラートが鳴り響く。

 こりゃあ、闘技場の魔法障壁ごと抜いちゃったかな。水平に振り抜くなっていう私の警告を守って偉いッ!

 

『き、決まったー! ネギ選手の一撃が決まった! 今度こそ魔剣はラカン選手を打ち倒したのか!?』

 

 ネギくんが着地し、魔力切れか、精神力に限界が来たのか、膝を突く。

 

 この一撃が、ネギくんの最大の手札その二。龍樹形態での魔剣解放。魔剣は世界樹の素材で鍛えられており、木の属性を帯びている。そして、ネギくんが木そのものである龍樹となることで、力を最大限に引き出すことができるのだ。

 ネギくんが暴走していないときに試し打ちした際は、雪姫先生が張っていた結界を抜いて、ダイオラマ魔法球を損傷させたほどだ。必死で直すハメになったよ! メディア様が!

 

 そんな一撃を食らったジャック・ラカンは、土煙に覆われていてその姿が見えない。

 だが、ネギくんは膝を震わせながら立ち上がり、剣を構える。魔力を先の一撃で使い切り、もう限界といった様子だ。

 

 そして次の瞬間、ヤツは来た。

 全身から血を吹き出しながら突進して、ネギくんを殴りつける。

 とっさにネギくんは魔剣で突くが、ジャック・ラカンは左腕でそれを防ぎ、腕に刺さった剣を絡め取るようにして、ネギくんから魔剣を奪い取った。どうやら、ネギくんは握力までも限界に達していたようだ。

 

 ジャック・ラカンは、バックステップでネギくんから距離を取ると、腕から魔剣を抜き取り、闘技場の反対側に放り投げた。

 こうなってしまうと、アーティファクトではない魔剣は手元に呼び寄せられない。物品引き寄せの魔法もあるにはあるが、魔力が尽きかけているネギくんは使えないようだ。

 

「くはは! してやられたぜ! 真っ向勝負だと思ったら、一方的に技を押しつけてくるとはよ!」

 

 血を流しながら、ジャック・ラカンが笑う。

 一方、剣を失ったネギくんも、竜の顔で笑みを浮かべて言う。

 

「最大の一撃とは言いましたが、正面からぶつけ合うとは言っていませんから」

 

「フハハ! 確かにそうだ。だが、剣は奪った。お前、絶体絶命だぜ?」

 

「フラフラの今のあなたなら、この拳があれば十分です」

 

「言ったな、この野郎!」

 

 そう言葉を交わして二人は笑い合い……闘技場の中央で向かい合って壮絶な殴り合いを始めた。

 二人とも、気と魔力が尽きかけているというのに、相手を殴るたびに空気を揺らすような轟音が響く。

 殴っては殴り返し、同時に殴りかかっては腕をクロスさせて互いの顔面に拳が決まる。ネギくんは竜化で背を伸ばしているので、顔に拳が届くのだ。

 

 男らしいその最後の戦いに、観客達は総立ちになって歓声を送る。

 もはや、技術も戦術もない、ただの喧嘩。どちらが男として優れているかを競い合っているかのような戦いはしばらく続き……。

 やがて、互いにヘロヘロパンチを交わしたところで、両者ノックアウトとなった。

 

『引き分けッ! 両者戦闘不能で引き分けです! 第十九回ナギ・スプリングフィールド杯はまさかの引き分けに終わりました!』

 

 観客達が拍手を送る中、実況アナウンサーがそう高らかに告げる。

 だが、それに水を差すものがいた。

 

「ちょいと待てや。姉ちゃん、俺のこと忘れてへんか?」

 

 それは、獣化を解いた小太郎くんだ。

 しまったな。ネギくんとジャック・ラカンの戦いに熱中し過ぎて、すっかり彼の存在を忘れていた。

 

『こ、これは小太郎選手、忘れてました! カゲタロウ選手は――』

 

「とっくに倒したで」

 

 闘技場の中を捜してみると、瓦礫に頭を突っ込んで完全にダウンしたカゲタロウの姿があった。

 

『ま、まさか――ラカンチーム両者戦闘不能、ネギチーム小太郎選手の生き残りで――ネギチームの優勝だー!』

 

 観客席から困惑するようなどよめきが起き、やがてそれは笑い声や拍手に変わる。

 そして、闘技場は全力で戦った四人を称える大きな拍手で埋まり、ナギ・スプリングフィールド杯はここに幕を下ろすのだった。

 

 いえーい、なんか賭け金、めっちゃ増えて戻ってきたぜ。

 



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■71 戦いを終えて

◆172 要人会談

 

 激闘から一夜明け、私と木乃香さんの治療によりすっかり調子を取り戻したネギくん。そんな彼と一緒に、私とあやかさんは、朝からオスティア総督府に訪れていた。

 そこでは、世界各国の要人を集めた会談が開かれることになっている。

 議題は当然、魔法世界救済計画についてだ。

 

 要人を前にネギくんが計画を発表し、私がいつものごとく子猫を呼び出してフォトン機器の稼働実験をする。さらに、あやかさんが雪広の総帥の見解を話したところで、話が一区切りついた。

 どうやらすでにメガロメセンブリア外交部の根回しは済んでいたようで、大きな反対意見は出ずに、計画は受け入れられた。

 

 少なくとも、この場に来ている者達は、自分達の国に計画書を持ち帰ってくれる。

 計画はここに、一歩前進した。

 

 そして、議題は次に移る。ネギくんが、火星開拓をする見返りとして、キティちゃんの恩赦を求めたのだ。

 キティちゃんの賞金首指定は、メガロメセンブリア政府によるもの。メガロメセンブリアは承認済みなのかと他国の者に問われ、リカード元老院議員は確かに議会の承認を受けていると答えた。しかし。

 

「うちの上層部はドロドロしていますからな。恩赦を出しても、後から新たに懸賞金をかけるなどと言いだしかねない。だから、この恩赦を各国に支持してもらいたい。さすがにそこまですりゃ、反故にしようとする議員もいないでしょうよ」

 

「反故ですか。確かに、メガロならやりかねませんね」

 

「帝国に言われたくないですが、残念ながら事実ですからなぁ」

 

「フフフ……確かに帝国も一筋縄ではいきませんが」

 

 外行きモードのリカード元老院議員とテオドラ皇女がそう言い合う。

 まあ、国家というものはいろいろあるんだろうね。関わり合いになりたくない世界だ。私はどこまでもただの一個人でいたいものだね。

 

 さて、話は、キティちゃんが本当に無害な存在なのかに移る。

 懸賞金がなくなり、今は麻帆良に封じられている彼女が解き放たれたとき、魔法世界に攻めてこないか。それを心配する声が上がったのだ。

 そんなキティちゃんを擁護する声が、意外なところから上がった。桃源の代表者だ。

 

「闇の福音が新世界に攻め入ったのは事実。だが、それがメガロメセンブリアの旧世界への侵略に端を発しているというのもまた、歴史的事実である。不死者狩りである我々が、闇の福音と敵対していないことこそがその証拠である」

 

 京都神鳴流は人々を妖魔から守るのが使命。では、桃源神鳴流が何から魔法世界の人々を守るのかというと……魔法使いでも滅ぼせない絶対強者である不死者からだ。

 桃源神鳴流は、その長い歴史で魔法世界人に(あだ)なす不死者を数々葬ってきた不死狩りの集団。その彼らが、闇の福音とは敵対したことがないと、はっきりとこの場で告げたのだ。

 

 要人達から、ざわめきが起こる。魔法世界人とキティちゃんの戦争は、何百年も前のこと。その戦いに桃源が参戦していたかどうかは、要人達も詳しく知らなかったようだ。

 

「フム。問題はないようですな。そもそも、闇の福音が魔法世界に攻め入ったのは何百年も昔。近年になって、魔法世界に訪れたときは、ずっと大人しくしていたようですな。彼女の懸賞金が高まったのも、何百年と賞金稼ぎを撃退し続けて上がったものだ。これらのことから、彼女は魔法世界に再び攻め入る気がないと見てよろしいでしょうな」

 

 リカード元老院議員がそう話を締めて、キティちゃんの恩赦は正式に決まった。後日、あらためて各国の代表者を集めて恩赦を出す旨を調印することとなった。

 

「さて、では次の議題……」

 

 リカード元老院議員がそう言うと、テオドラ皇女が「まだ何かあるのですか?」と言った。

 

「ある。ネギ・スプリングフィールド氏の母親についてです。クルト……ぶちまけやがったな?」

 

 リカード元老院議員がそう告げると、会談を黙って見守っていたゲーデル総督に視線が集まる。

 そのゲーデル総督は、すました顔で眼鏡のツルをくいっと上げた。

 

「メガロメセンブリア元老院の者で、ネギ君の母君のことを知らない者はいませんよ」

 

 そんな彼に向けて、テオドラ皇女が問う。

 

「民衆に知られてよかったのですか?」

 

「オスティアの民衆はアリカ様の味方ですから。処刑されたはずのアリカ様を英雄ナギが救い出して、(めと)っていた。ここから、民衆は何を思うでしょうか」

 

 そう言って、ゲーデル総督は歪んだ笑みを浮かべる。

 

「災厄の魔女の逸話とは、真実なのか? 本当に裁かれるべき罪人だったのか? 英雄が手を差し伸べたのは、国を滅ぼした魔女ではなく濡れ衣を着せられた悲劇の王だったのではないか?」

 

 彼の言葉に、各国の者達は察しただろう。アリカ女王は、メガロメセンブリア上層部にはめられたのだと。いや、元々最初から知っていたのかもしれない。それでも、戦争の責任を押しつける相手を作るため、魔法世界全体でメガロメセンブリアの凶行を見逃していた、そういうことかもね。

 

「メガロの元老院が黙っていないのではないか?」

 

 テオドラ皇女が、さらにゲーデル総督へ問うた。

 それを歪んだ笑みのまま答える総督閣下。

 

「ハハッ、反アリカ様派の元老院議員ですか。そのような者達は、すでに力を削ってありますよ。ネギ君の活躍は、そのダメ押しとなりました」

 

 この男、有能すぎる……。政治の化け物すぎない? ネギくんの故郷を襲わせた証拠をつきつけるとかしたんだろうなぁ。私がネギくんの故郷の村人達を復活させたことも、何か影響していそう。

 

 そして、その後の話し合いで、ネギくんをアリカ女王の遺児と各国が認定するかについては保留とすることとなった。ただし、民がネギくんの母親の正体を噂するのには、干渉しないこととした。

 うーん、これ、またゲーデル総督が暗躍しそうだなぁ。

『アリカ姫物語』とか『ネギストーリー』とかの映画を用意して、まほネットに流しても驚かないぞ。

 

 そんな濃い内容が詰まった会談は無事に終わり、私達は宿へと戻っていった。

 ゲーデル総督は怖かったが、計画もすんなり受け入れられて恩赦も通った。順調すぎて怖いくらいだね。まあ、最大の懸念事項である、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』についてがなんにも解決していないのだけれども。

 

 

 

◆173 勝利の宴

 

 宿に帰って、ネギま部に合流する。

 みんなは何やら宿の大広間を借りて、宴会を行なっていたようだ。

 その宴会には他の宿泊客も訪れており、小太郎くんを上座に置いて大会の勝利を祝っていた。そんな場に、勝者の一人ネギくんが訪れたものだから、大騒ぎになった。

 

 うきゃうきゃと騒ぐネギま部の面々。私達が来たと同時に料理を追加で頼み、ジュースで乾杯をする。酒入っていないよね?

 

「いやー、賭けでさらにお金持ちになっちゃったね! ウハウハだー」

 

 ハルナさんが、ジョッキを片手に持ちながらそんなことを言った。

 そう、ネギま部のメンバーは皆、ネギくん達の勝利を信じて、賭けでネギチームにベットしていたのだ。賭けのオッズから見えた人気は圧倒的にラカンチームに傾いており、配当金でネギま部の全員が大儲けとなった。

 賭けにはあのあやかさんすら乗っており、思わぬ臨時収入に彼女は困惑していた。彼女はセレブだが、カジノの類には行ったことがなかったらしい。

 

「お金と言えば、ネギ先生達、百万ドラクマも賞金が出ていたわね」

 

 先ほどまでネクロマンシーで宴会芸を行なっていた水無瀬さんが、そんなことを言った。

 すると、皆の視線が小太郎くんとネギくんに集まる。

 

「ネギと五十万ずつ山分けしたで。俺はとりあえず、リンネ姉ちゃんにもっといい籠手を作ってもらう資金にするわ。まずは背を伸ばさな始まらんけどな」

 

 小太郎くんは、とりあえず貯蓄するようだ。

 

「五十万ドラクマですか。火星開拓が終わったら人類が宇宙開発に乗り出すでしょうから、それに投資しようかと思っています」

 

 ネギくんは投資か。お金儲けのための投資じゃなくて、人類の未来のための投資なんだろうなぁ。

 二十万ドラクマもあれば、個人用の飛空船が一台買える。三十万ドラクマあれば、三年は遊んで暮らせる。それを考えると五十万は、なかなか大きな額だ。

 まあ、事業を始めるなら雀の涙になるだろうけど、ネギくんが目を付けた事業がいいものだったら、私も『ねこねこ動画』で上げた収益を投資してみてもいいかもしれないね。

 人類の未来のための投資なら、徳が積めるかもしれないし。

 

 そんな感じで、宴会は進んでいく。そんな最中、また新たな客が宴会に訪れた。

 それは、宿の宿泊客とは思えない人物だった。金髪褐色肌の大男。ジャック・ラカンだ。

 

「よう、ネギ。俺に勝ってご機嫌じゃねえか」

 

「ラカンさん!」

 

 ネギくんが、ジャック・ラカンのところへと寄っていく。そして、彼に向けて言った。

 

「怪我はもう大丈夫なんですか?」

 

「はっ、あの程度たいしたことねえよ」

 

「ええっ……僕は二人がかりで治癒魔法を受けて、やっとだったんですが……」

 

「お前とは存在レベルが違うのよ」

 

 ちょっと本気で信じそうになるから困る、存在レベル。

 そして、ジャック・ラカンが言葉を続ける。

 

「戦いも終わったから、そろそろ帰ろうと思ったんだが、一つネギに伝えておかねえといけないことがあってな」

 

「なんでしょう……?」

 

「おう、ネギ。俺様はお前を一人前と認める!」

 

 ジャック・ラカンは、拳でネギくんの胸を叩き、宣言した。

 

俺達(アラルブラ)はお前が一人前になるまで、詳しい話を何もしないと決めていたんだが……魔法無効化を使ったところから見るに、すでに誰かから話は聞いていたよーだな」

 

「あ、はい。クルト・ゲーデル総督から……」

 

「あいつかぁー。あいつは抜けたから仕方ねえか……。ま、そういうこった。もう何も隠し立てすることはねーから、タカミチに話を聞くなり、アルから話を聞くなり好きにしな」

 

 そんなことを言って、ジャック・ラカン本人は、何も語る気はないようだが。

 さらに、彼は言った。

 

「じゃ、そういうことで。俺は地元に帰るわ。都会は騒がしいからうんざりだぜ」

 

 えっ、ちょっと待って。帰るの!?

 

「あのー、ジャック・ラカンさん。ちょっとお待ちを」

 

 私はとっさに彼を呼び止める。

 

「ん? なんだちっこい嬢ちゃん」

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』がネギくんの敵に回りそうなので、ちょっと倒すの手伝ってくださいませんか? 襲撃とか近くにありそうなんですけど……」

 

「へえ、あいつらがねぇ。そうだな……」

 

 ジャック・ラカンはむむむと考え込んで、言う。

 

「そうだな。三百万ドラクマで対処を請け負ってやる」

 

 え、ええー。お金要求してきたよ。

 私は、頭を巡らせて彼を説得しようと言葉を放つ。

 

「『完全なる世界』は『紅き翼(アラルブラ)』が倒しきれずにこの時代に残した、負の遺産ですよね。それを次世代である私達に全て処理させようというのは、どうかと思いますが」

 

「ああ、そうだな。だから、タカミチに頑張ってもらうとするか。俺は高みの見物でもしてるわ」

 

「ええー……」

 

「心配すんな。本当のピンチには、出世払いでどうにかしてやる。まあ、壊滅状態の今の奴らなら、俺の出る幕はねえだろ」

 

 いや、ジャック・ラカンが前線にいるといないとでは相当差が大きいのだけれど……。

 そう思って説得しようとするが、のれんに腕押しだった。くそー、原作漫画の長谷川千雨パワーくらい強烈じゃないと動かないか。でも、この世界のちう様はジャック・ラカンとなんの関わりもないからなぁ。

 そんなわけで、私達は英雄の一人を欠いたまま、『完全なる世界』の脅威に警戒を続ける必要に迫られたのだった。

 

 

 

◆174 夏の離宮の舞踏会

 

 宴会後の夜。オスティア総督府の宮殿で、舞踏会が開かれる。

 各国の要人を招いたパーティーで、新オスティアの名士も多く招待されている。ナギ・スプリングフィールド杯で優勝したネギくんと小太郎くんにも当然参加要請が来ていて、ついでにネギま部のメンバー全員も招かれていた。

 

 もちろん、火星開拓事業の推進になるので全員参加だ。必要なドレスは総督府が用意してくれて、ネギま部一同、ドレス選びですごく盛り上がった。

 そして、女子一同でドレスを着こみ、男子二名が可愛らしいタキシードに蝶ネクタイ姿となって準備は万端。総督府まで時代錯誤な馬車で送迎された。

 

 原作漫画のように刹那さんが男物を着るということもなく、彼女は和風のドレスを綺麗に着こなしていた。

 というか、この世界の木乃香さんと刹那さんって、百合の気配を感じないんだよね。中学一年の段階で仲直りしていたからか、二人の思いが(かも)されることがなかったようだ。

 二人は仲の良い親友といった具合で、仮契約(パクティオー)躊躇(ちゅうちょ)することなくあっさり結んでいた。多分、この世界では将来二人が百合婚することもないんだろうなぁ。

 

 さて、そういうわけでオスティア総督府、旧王家の『夏の離宮』にて、舞踏会が始まった。

 ネギくんと小太郎くんは、ご婦人方に囲まれて、大人気。チヤホヤされてとても困惑している。怖いので助け船は出さない。

 

 ネギま部も散開して、好きなように軽食を食べたり、ドリンクを飲んだりしている。馴染みの要人と組んでダンスをしているのはあやかさん一人だけだ。そりゃ、庶民にはダンスとか無理だよ。

 

 そんな中、私は飲み食いもせず、スマホを取り出していじっていた。

 

『総員配置についたにゃ』

 

 そんな文面が、『LINE』の画面上に表示される。

 

『了解。いつでも動けるようにしていてください。しっかり働いたあかつきには、ボーナスでまたたび天国ですよ』

 

『まっかせるにゃ!』

 

 と、そんなやりとりを現世に呼び出した子猫とする。

 何をやっているかというと、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に対応するために、人員配備しているのだ。何が起きても大丈夫なようにね。

 私は、他の呼び出している面々とも『LINE』で連絡を取ってから、スマホを仕舞う。さて、いつまでも壁の花になっているわけにもいかないね。

 私は知り合いが近くにいないか周囲を見回すと、どうやら木乃香さんのところにゲーデル総督が来ているようだ。どんな話をしているんだろう。

 

「そういうわけで、私は詠春先生の弟子なのです」

 

「はあー、あのお父様のなぁ。大戦の英雄とか言われても、ピンとこないわあ」

 

「フフフ、あの人らしいですね。どうか、旧世界に戻ったときは、クルトは元気にやっていたとお伝えください」

 

「うん、伝えさせていただきます。それで、お父様の昔の話をぜひ聞きたいのやけど……」

 

 にこやかな笑顔を顔に貼り付けたゲーデル総督と木乃香さんが、和やかな会話を交わしていた。

 刹那さんはその横で、緊張した顔をして待機している。総督というビッグネームが出てきて、ビビっているのだろうね。まあ、あそこは放って置いてもよさそうだ。

 

 それから会場を見て回った私は、ネギま部メンバーをフォローすることになった。メガロメセンブリアでは彼女達も名士のパーティーに出席していたが、これほど大規模で公式な場は初めてだから戸惑っているのだ。

 いや、なんでいちいち私を頼ってくるのかが分からないが。私だって庶民中の庶民だ。前世でだってこんな厳格な舞踏会なんて出たことはないよ。せいぜい会社で開かれるレセプションくらいなものだ。

 

 あ、雪姫先生、酒飲んでるし。『完全なる世界』の襲撃の可能性が一番高いのが、今夜だって分かっていないのか。

 そう思ったときのことだ。

 

『刻詠リンネ。宮殿の屋上で、フェイト・アーウェルンクスらしき集団を発見。ジャック・ラカンと戦闘に入りそうだ』

 

 会場の外に配置していたサーヴァントの一人、エミヤさんがそんな念話を入れてきた。

 やはりこのタイミングで来たか。警備が万全に見えるこの舞踏会だが、実はガバガバだ。宮殿内部は厳重な警備なのだが、外は各国の軍艦が牽制し合って空白地帯があちらこちらにある。

 しかもこの宮殿、ロケーション重視ですぐ隣に雲海が存在する。島の端にある建物なのだ。つまり、明日菜さんを確保したら、すぐさま雲の下に逃げられる、相手にとっての絶好の誘拐スポットなのだ。

 だから、私は警備兵に霊視されない範囲にサーヴァントをこっそり放っていた。

 

 私はすぐさまエミヤさんと同調して、視界を共有する。

 宮殿の屋上で、黒いタキシード姿のジャック・ラカンと、大人に変身して白いスーツ姿になったフェイト・アーウェルンクスが向かい合っている。口ではああ言っていたジャック・ラカンだが、奴らに対処する気はしっかりあったらしい。

 フェイト・アーウェルンクスの側には、少女が四人立っていて、それぞれパクティオーカードを出して戦闘態勢を取っている。

 そして、次の瞬間、六名の姿が一瞬でかき消えた。

 

 これは、おそらく、少女の一人である竜族の娘が持つ空間系アーティファクトの効果だ。

 ここからジャック・ラカンが、隔離空間で激しいバトルを繰り広げることになるのだろうが……。ジャック・ラカンは勝てるだろうか。

 

 明日菜さんが敵に捕らわれていないから、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』という、魔法世界人を消去する鍵を新たに生成できていないだろう。

 しかし、十数年前に彼らが所持していた『造物主の掟』には、残りが存在している可能性がある。『魔法先生ネギま!』のフェイト・アーウェルンクスの回想シーンで、精神感応能力を持つ親子相手に別のアーウェルンクスがこの鍵を使用しているのだ。

 あの鍵がある限り、ジャック・ラカンの勝機は薄い。

 

 私はとりあえず、ジャック・ラカンが負けることを前提に動くことにした。

 

「ゲーデル総督閣下。少しよろしいですか?」

 

 私は、木乃香さんと談笑しているゲーデル総督に話しかけた。

 

「あなたは、刻詠リンネさんでしたね。私に何か?」

 

「会場にフェイト・アーウェルンクスが出現しました。現在、ジャック・ラカン氏と戦闘中です」

 

「おや……場所は?」

 

「宮殿の屋根の上ですが、現在、空間隔離系の術で姿が見えなくなっています」

 

「そうですか……。警備の者に通達しておきましょう」

 

「お願いします。私は、明日菜さんの守りにつきます。木乃香さん、刹那さん、行きましょう」

 

 私がそう言うと、ネギま部の二人は真剣な顔をしてパクティオーカードを取り出した。パクティオーカードには衣装変更機能があるので、いざというときドレスから着替えられるのだ。

 そして、私はネギま部のメンバーを集めながら、明日菜さんと合流した。明日菜さんは、高畑先生と一緒に料理を楽しんでいた最中のようだった。

 

「明日菜さん、『完全なる世界』が現れました」

 

「!? とうとう来たのね。何もパーティーの最中に来なくていいじゃない」

 

「まあ、この会場はガバガバですから」

 

 私が明日菜さんとそう言葉を交わすと、高畑先生が、驚いた顔で言う。

 

「『完全なる世界』だって?」

 

 問い返してきた彼に、私は素直に答える。

 

「はい。京都で姿を見せたフェイト・アーウェルンクスが、会場近くまで来ています」

 

「例の彼か……潰しても潰しても、消えないしつこい奴らだ」

 

 いやー、高畑先生は実際頑張っていると思うよ。『魔法先生ネギま!』を読む限り、この人とゲーデル総督の二人で、『完全なる世界』の生き残りをほぼ壊滅させたみたいだもん。今残っているフェイト・アーウェルンクス達はただの残党だ。構成メンバーは十人もいない。

 

 さて、その後ネギくんと小太郎くんも合流して、ネギま部は全員が集まった。

 そこで、サーヴァント達から念話が入る。無数のガーゴイルが島の下から現れたというのだ。現在、サーヴァント達はそのガーゴイルと戦闘中だ。

 

 いよいよ来たか。この襲撃、どうにか乗り越えてみせるぞ。

 




※桃源とエヴァンジェリンが敵対関係にないというのは『UQ HOLDER!』の描写から推測したオリジナル設定です。


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■72 お姫様を守り抜け

◆175 眠りの誘い

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の襲来。敵の主戦力は、無数のガーゴイルらしい。

 敵の襲撃に備え、ネギま部と高畑先生、そしてちゃっかり龍宮さんもこちらへ集まってきた。あとはネギくん達を呼びに行こうと思っていたところで、会場の入口方向から叫び声が聞こえてきた。

 ガーゴイルが多数、会場に侵入してきたのだ。

 

 警備兵達が魔法で応戦するが、敵の数は多く、パーティ客の方へとガーゴイルが迫る。

 そして、ガーゴイルは紫色の煙を吐き、招待客達を包み込んだ。すると、招待客達はゆっくりとその場に倒れる。

 あれは……『眠りの雲(スリープクラウド)』か! 魔法抵抗力の高い魔法世界人に効くほどの眠りの魔法とは、なかなかに強力なガーゴイルのようだ。

 だが、ガーゴイルには敵の魔法を無効化するような機能はついていないようだ。つまり、正面から戦って倒せる。

 

 ガーゴイルが次々と会場にやってきて、警備兵と激しい戦いを繰り広げ始める。

 しかし、明日菜さんが敵の手に落ちておらず『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の『最後の鍵(グレートグランドマスターキー)』が生成できていないのに、どうやってこれだけのガーゴイルを造り出したんだ。ただのマスターキーでも、魔力さえあれば生成できるのか?

 

 私がそう考えている間にも、ネギま部のパクティオーカードを持つメンバーが戦闘服に着替えていく。

 仮契約していないメンバーは、ドレス姿のまま戦闘態勢に入った。

 

 ガーゴイルが『眠りの雲』を次々と放ち、雲が会場に満ちる。

 これはさすがにヤバいか、と思ったら、会場に風が吹き込む。見事に雲が霧散し、起きている警備兵からガーゴイルに攻撃魔法が飛んでいく。

 会場に風を放ったのはネギくんだ。お手柄だね。

 

 よし、このまま押し返してやろう。そう思ったときのことだ。

 

 会場に、フェイト・アーウェルンクスが入ってきた。手に『造物主の掟』のマスターキーらしき物を持ち、警備兵の魔法をかき消しながら、次々と警備兵を魔法で昏倒させている。どうやら、『眠りの雲』よりも強力な睡眠ガスか麻痺ガスを魔法で生成しているようだ。

 そんな彼は私達を目ざとく見つけると、こちらへと歩み寄ってくる。

 

「やあ、こんばんは。お姫様を貰い受けに来たよ」

 

 ガーゴイルを周囲に(はべ)らせながら、フェイト・アーウェルンクスが言う。

 ガーゴイルは次から次へと会場へと侵入してきている。どんだけいるんだ。

 

「……よくもまあ、これだけガーゴイルを事前に用意できたものですね。こんな膨大な魔力、いったいどこから」

 

 私がフェイト・アーウェルンクスに問うと、彼はなんてことない風に答えた。

 

「刻詠リンネ。君がヒントを僕に与えたんだ」

 

「は? 私ですか?」

 

「そう。世の中には、膨大な魔力を秘めた秘宝が存在すると。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)でも、探してみればあるものだね。夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)の遺跡でたくさん見つかったよ」

 

 げっ、私の聖杯を見て、魔力リソースになるような物品を集めたのか。聖杯をドヤ顔で見せびらかしたのは失敗だったかぁ。

 でも、フェイト達が真面目にトレジャーハントとかしているのを想像するとウケる。

 

「その鍵のような魔法具も、発掘品ですか?」

 

 私の横で夕映さんが問う。鍵の正体を聞いて『世界図絵』で調べるつもりだろうか。

 その問いに、フェイト・アーウェルンクスは否定の言葉を返してくる。

 

「違うよ。この『造物主の掟』は僕達にとって必要な物なんだけど、在庫が少なくてね。増やすために、アスナ姫を借りたいんだ」

 

「お断りよ!」

 

 戦闘服に着替えて、アーティファクトの大剣を呼び出した明日菜さんが、そう短く叫ぶ。この明日菜さんは影武者の類ではない、本物だ。新オスティアで開かれる舞踏会に、旧ウェスペルタティア王国の姫を出すよう要請があったので、偽物に入れ替えるわけにはいかなかったのだ。

 

「そうかい。では、力ずくで……と行きたいけど、さすがにこの数は分が悪い。眠っていてもらうよ」

 

「今さら『眠りの雲』なんて効きませんよ」

 

 私がそう言うが、フェイト・アーウェルンクスはガーゴイルを動かさずに、淡々と言葉を返してきた。

 

「いや、君達は別の方法で夢の世界に旅立ってもらおう」

 

 すると、周囲のネギま部メンバーが次々と倒れていった。

 さらに、私の意識も混濁(こんだく)してきた。

 馬鹿な。状態異常無効の能力を持つ私が、魔法の眠りにかかるだって?

 

「ようこそ、夢の世界へポヨ」

 

 そんな声を聞きながら、私の意識は暗転した。

 

 

 

◆176 幻灯のサーカス

 

『幻灯のサーカス』。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の助っ人、ポヨ・レイニーデイが持つアーティファクトだ。

 その効果は、広範囲の人間を夢の中に誘い、本人の願望が反映された世界に精神を閉じ込めるというもの。

 本人に強い願望がある限り、防ぐことができない強力なアーティファクト。私も見事にそれにかかり、夢の世界の中で盛大にガチャを回していた。

 

「アハハハハ! ピックアップキャラゲット! このまま全キャラコンプリート目指しますよ!」

 

 うーん、これが私の願望の世界かぁ。てっきり前世に関する何かだと思っていたのだけれど、予想が外れたね。

 まあ、私の夢の内容は置いておこう。

 

 私は前々から、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で、『幻灯のサーカス』を持つポヨ・レイニーデイと敵対する可能性が高いと考えていた。

 だから私は、対策として状態異常無効の力を鍛えていたのだが、通用しなかったようだ。

 まあ、対策はそれ一つだけではない。

 私の能力は、ゲームに登場する全ての力を自由自在に扱うというもの。その力というのは、ガチャで引けるキャラクターのものだけとは限らない。

 たとえばシナリオ上にしか登場しないキャラの力をそのまま引き出すことができる。

 

 そこで、私が対策として用意していたのは……『シオン』教授が持つ、分割思考の技術。

 表に出している人格というか思考とは別に、精神の奥底で分割した思考を待機させておく。そして、いざというときは表層思考を切り替え、眠りの世界に誘われた思考を精神の奥底に押し込めるという対策。それは、見事に役目を果たした。

 

 夢に囚われていない分割思考を表層に置いた後、夢魔であるマーリンの力を引き出してガチャで遊んでいる思考を目覚めさせる。

 そうして今、私は、一度眠りについて倒れてからなんとか復活し、現実の舞踏会の会場でフェイト・アーウェルンクスと向かい合っている。

 他に起きているのは三人。雪姫先生、結城さん、明日菜さんだけだ。

 

「ちょっと、みんなをどうしたのよ!」

 

 明日菜さんが、フェイト・アーウェルンクスに向けて叫ぶ。

 

「さて。やったのは僕じゃないからね。詳しくは知らないよ」

 

「じゃあ、誰が……」

 

 明日菜さんが、剣を構えて物理で聞きだそうとする。だが、そこで新たな声が響いた。

 

「私ポヨ」

 

 フェイト・アーウェルンクスの足元の影から、何者かが出てくる。

 それは、3年A組のクラスメート、ザジ・レイニーデイさんの姿。

 

「えっ、ザジさん!? ザジさん、敵だったの!?」

 

 明日菜さんが驚くが、それに私が異議を唱える。

 

「違うはずですよ。ザジ・レイニーデイさんは、麻帆良にいます。先日も、メールでやりとりして、麻帆良の人達の写メを送ってきてくれました」

 

「ええっ、じゃあこの人は……」

 

「クラスメートの姿に化けて、私達を動揺させようとしているのでしょう」

 

「卑劣……!」

 

 私の言葉を受け、明日菜さんが憤る。

 

「待つポヨ。化けてないポヨ。私はザジの姉ポヨ」

 

「その語尾、可愛いと思っているんですか? 馬鹿みたいですよ」

 

「このロリっこ、辛辣ポヨ……」

 

 私の軽い罵倒に、ポヨ女が肩を落とす。幼児体型気味なあんたには、ロリっことか言われたくないぞ。

 まあ、それよりもだ。状況を周囲に知らせるために、私は彼女に問う。

 

「私達に、何をしましたか?」

 

「アーティファクトを使わせてもらったポヨ。本人が望む幸せな夢の世界で眠り続ける、最強のアーティファクト『幻灯のサーカス』ポヨ」

 

「最強というわりには、効いていない人が四人もいるようですが」

 

「神楽坂明日菜には効かなくてもおかしくないポヨ。そこの闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の知り合いの金髪は、強力な精神防壁で防がれたポヨね。刻詠リンネ、あなたには効いたはずポヨが、なんで起きているポヨ?」

 

「この状況で種明かしとか、対応されたら困るので秘密です」

 

「むむむ。そして、そこの茶髪女ポヨが……」

 

 結城さんに目を向けるポヨ女。

 すると、結城さんが誇らしげに言った。

 

「神の力の前には、眠りの魔法は無力だったみたいね」

 

「いや、私のアーティファクトは願望が存在しない相手には通じないポヨ。現実世界で満たされている者は、夢の世界に行くまでもないという感じポヨね」

 

「…………」

 

「つまりその茶髪女は『リア充』ポヨ」

 

 うわあ、結城さん、天国行ってから満たされ過ぎたんだね。まさか、『幻灯のサーカス』に囚われないほどとは。

 まあ、それはそれとして。

 会話で時間を稼いだが、起きてくる者はいない。今や、会場にいる全ての人間が眠りについていて、起きているのは私達四人のみ。

 

「これは、なかなか骨が折れそうですね。ですが、明日菜さんは渡しません」

 

 私はそう言って、ドレス姿からチェンジするため、ゲームキャラクターの力を本格的に引き出そうとする。

 だが、そこでフェイト・アーウェルンクスが口を開いた。

 

「いや、お姫様は貰っていくよ。君達は、少し遊んでいてもらおうか」

 

 彼がそう言った瞬間。彼の隣のガーゴイルが突然女の子に姿を変え、そこから周囲に何かが展開する。

 そして、瞬きする間に私と雪姫先生、結城さんの三人は、見知らぬ空間に移動させられていた。

 

 

 

◆177 無限抱擁

 

「ここは……」

 

 一面の雲海が広がる謎の空間に、私達三人はいた。

 その状況を見て、結城さんが言う。

 

「これは……転移? 不死の私達に対する的確な対応ね」

 

 だが、そんな結城さんの言葉を雪姫先生が否定する。

 

「いや、これは隔離だ。魔法で作りだした異空間に閉じ込められたようだ」

 

 うん、雪姫先生なら分かるだろう。これは、フェイト・アーウェルンクスの従者の一人が持つ、アーティファクトの力。

無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)』は、無限の拡がりを持つ閉鎖結界空間型アーティファクト。出口はなく、脱出するにはアーティファクトの持ち主を殺害するか、任意で解除してもらうかしか方法がない。

 

 その説明をしてくれるはずの持ち主の幻影は、いつまで経っても現れない。

 ふーむ、これは、ヒントなしでどうにかしてみせろとの相手の意思表示か。

 

「雪姫様、どうしますか?」

 

「さて、この空間から術者を捜し出すのは一苦労だが、対策は取ってある……リンネ、頼む」

 

 結城さんの問いを雪姫先生は私にパス。私は、無言でスマホを手に呼び出し、『LINE』を起動して連絡を入れる。

 すると、返事が即座に返ってきたので、私は雪姫先生達に伝える。

 

「五分で用意できるそうです」

 

「そんなにかかるのか……」

 

「なにぶん、呼び出す対象が対象ですので」

 

 そして、仕方なしに私達は待ち時間の間、その場でドレスから戦闘用の服に着替えることにした。

 私はスマホの中から専用に確保してもらっている荷物を呼び出し、着替える。

 雪姫先生は影の中から荷物を取り出し、結城さんの分も合わせて服を用意した。

 

 五分後。『LINE』に準備完了との連絡が来たので、私は早速その存在をスマホから呼び出した。

 それは、巨大な船。宙を浮く、全長五百メートルの宇宙船。惑星開拓船『スペース・ノーチラス』だ。

 

『スペース・ノーチラス』は、私達の立つ場所へと接舷すると、ハッチを開けてスロープを下ろした。

 

「これは……?」

 

 結城さんが予想外の物体の召喚に、驚き顔になっている。

 そんな彼女に、私は答える。

 

「これは、宇宙船です」

 

「宇宙船……? 世界の端まで突破しようとでもいうの?」

 

「いえ、別の方法で突破します。詳しくは、中で」

 

「……もったいぶるわね」

 

 そんな会話をしつつ、ネモ・マリーンの案内で艦橋までやってくる。

 そこでは、船長のキャプテン・ネモが私達を待ち受けていた。

 

「やあ」

 

「どうも。急な出動、すみませんね」

 

「いや、君の指示で、ウツボのように待機していたからね。この事態は、予想の範疇だったというわけだ」

 

「そうですね」

 

 ウツボの習性は知らないが、そんな言葉を私はキャプテン・ネモと交わす。

 

「キャプテン・ネモ。出発しましょう」

 

「よろしい。では()くとしよう。汎用魔力炉、本格駆動開始!」

 

 キャプテン・ネモが号令をかけ、船のエンジンに火が入る。

 虚数空間にはフォトンが存在しないため、サブエンジンである魔力炉の方を使用する。

 

 さて、ここで結城さんに詳しく説明だ。艦内は魔術的に隔離されていて、この空間の支配者であるアーティファクトの所有者にも、内部を覗き込むことは困難だろう。

 

「私達が送り込まれた場所は、無限の拡がりを見せる空間。おそらく、アーティファクト『無限抱擁』による隔離を受けたのでしょう。対象アーティファクトは、術者が死亡するか、任意で解除しない限り効果が継続し続けます」

 

「それは……一人で閉じ込められたら、私にはどうしようもないわね」

 

「ええ。ですが、今回は私がいるからなんとかなります。この隔離空間は、現実世界に重ね合わせるようにして存在しているはずです。そして、この宇宙船は『虚数空間』という次元の隙間を通ることで、重ね合わせた世界の間を移動できます」

 

「なるほど、術者は無視して魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に帰還するのね」

 

「はい。相手が姿を現さないなら、無視して魔法世界に帰りましょう。間違って火星に出ないよう気を付ける必要はありますが」

 

 というわけで、説明終わり。さっさと宮殿に帰ろう。

 

「通常速度での虚数空間潜行、開始!」

 

 キャプテン・ネモの格好良い台詞と共に、私達は虚数の海へとダイブした。

 

 

 

◆178 だまし合い

 

 モニターに表示されていた外の風景が、雲海から言葉では形容しがたい何かへと変わる。すでにここは、虚数空間の内部だ。

 

「続けて、異界への浮上準備! 目標、オスティア総督府上空!」

 

 船に搭載されている演算器が適切な計算を終え、魔法世界への浮上を行なう。

 モニターの風景がめまぐるしく変わり、今度は魔法世界の夜の景色が映った。

 

 どうやら外ではガーゴイルとの戦いが続いているようで、軍艦が複数、宮殿の周囲を飛び交っている。

 すると、その軍艦から通信魔法が入る。

 

『こちらはオスティア駐留艦隊所属巡洋艦『フリムファクシ』。貴艦の所属を明らかにせよ』

 

 それに対し、即座に通信室のネモ・マリーンが答える。

 

『こちら旧世界麻帆良学園都市所属、惑星開拓船『スペース・ノーチラス』。当船は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の攻撃により異空間に閉じ込められた『白き翼(アラアルバ)』のメンバーを救助し、オスティアに帰還させる目的で次元跳躍を行なったものである。総督府への接舷許可をお願いしまーす』

 

『『白き翼』だと?』

 

「ネモ・マリーン。艦橋と向こうで映像つなげられますか?」

 

 通信から聞こえてきた向こうの艦の声が聞き覚えある声だったので、私は映像をつなげてもらうよう頼んだ。

 

『待ってねー……うん、向こうからも許可出たよ。つなげるよー』

 

 すると、私達の前方に立体映像で人の姿が映る。

 その相手は、巡洋艦の艦長である提督さん。新オスティアに来てから、ネギ君と一緒に『ねこねこ計画書』の説明をしにいった相手の一人だ。

 

『おお、これはリンネ殿』

 

「こんばんは、提督。こちらの状況を伝えますね」

 

 私は、『完全なる世界』に宮殿が襲撃されたこと、眠りのアーティファクトの効果で宮殿内部が制圧されたこと、アスナ姫が敵にさらわれそうになっていること、別のアーティファクトで異空間に閉じ込められこの船で帰って来たことを伝えた。

 

『おお、それが火星を開拓するという船……いや、それどころではありませんでしたな。では、宮殿横に付けてください。石像兵はこちらで対処しますので』

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 ガーゴイルに囲まれながら、私達は宮殿の横へと宇宙船を着ける。

 そして船を降りた私達は、迫るガーゴイルを蹴散らしながら宮殿へと走っていく。

 

 フェイト・アーウェルンクスから『眠りの雲』を食らったのか、『幻灯のサーカス』を受けたのか、宮殿の警備兵は見事に倒れていた。そのため、私達はすんなり宮殿内部へと入場でき、そのまま舞踏会の会場へと向かう。

 すると、会場の内部からはすでにガーゴイルが姿を消しており、ネギま部の何人かと高畑先生、龍宮さんが目覚めていて、明日菜さんの周囲を囲っていた。

 

「明日菜さんは無事ですか?」

 

 私が呼びかけると、ネギま部の起きているメンバーである古さん、楓さん、刹那さん、木乃香さんがこちらに気づく。

 

「おお、リンネ殿。アスナ殿はこの通り、無事でござった」

 

 楓さんが、代表してそう答えた。

 フム……。私は、明日菜さんの様子をじっと観察する。戦闘服姿で大剣を構えていて、『白き翼』のピンバッジはちゃんと付けているね。

 

「皆さん起きたときは、どういう状況でした?」

 

「拙者が最初に目醒めたでござるな。起きたら、アスナ殿が一人でフェイトと戦っていたでござる」

 

 なるほどなるほど。楓さんはフェイト・アーウェルンクスと会ったことはないが、どんな姿かは幻術を使って事前に教えてある。

 

「それで、拙者達が起きるとフェイトはガーゴイルを置いて撤退していったでござる」

 

 ふむふむ。これは……。私は、武器格納魔法で一つの携帯端末を取り出す。アークス製のそれを起動し、画面を確認する。そして、分かった。

 

「この明日菜さんは、偽物ですね」

 

 私は携帯端末から顔を上げ、明日菜さんをじっと見つめながら言った。

 

「はあ? 何言って……」

 

 明日菜さんが、そう言いかけるが、その横に雪姫先生が移動して彼女に指先を向けた。

 

「眠っていてもらうぞ、偽物」

 

 雪姫先生の指が明日菜さんの額に触れる。すると、明日菜さんはその場に崩れ落ちた。

 

「なっ、何をするんだい!」

 

 高畑先生がいきり立つが、雪姫先生はそれに取り合わず、倒れた明日菜さんを見下ろす。

 すると、明日菜さんの姿が、糸がほどけるように変わっていき、やがて別の人物へと姿を変えた。

 

 それは、ファンタジーラノベのエルフのような長い耳が特徴の、金髪の少女。

 

「本当に偽物……!? 僕達が眠っている間に、幻術で入れ替わっていたのか!」

 

 高畑先生が、驚きの声を上げる。

 

「ああ。しかも、発信器になるバッヂすら付け替えるという徹底ぶりだ」

 

 雪姫先生は少女から翼のバッヂを外し、手の平の上で転がす。

 

「しかし、リンネ殿。よく偽物だと分かったでござるな。拙者では見破れなかったでござる」

 

 うん、確かに、熟練の忍者でも見破れないほど、この幻術は高度だ。

 だが、私はこの人を見て幻術だと気づいたわけじゃない。

 

「ネギま部メンバーには、魔法的な発信器となるバッヂ以外にも、科学的な発信器も保険でつけていたのですよ」

 

 雪姫先生以外には秘密にしていたけどね。その反応が、この子からはしなかったのだ。

 敵をあざむくにはまず味方から。相手の思考を読んで入れ替わるなら、そもそも本人に発信器の存在を知らせておかなければいいってわけだね。

 




※リア充という言葉は2006年頃から使われ始めたようです。一方、写メは2001年頃から使われたようです。


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■73 アーティファクト

◆179 アーティファクトの脅威

 

 長耳の少女を魔法で眠らせた雪姫先生は、少女から魔法具を奪う。

 本の栞の形をした魔法具だ。確か、名前は『偸生の符(シグヌム・ビオレゲンス)』。

 この魔法具で明日菜さんに化けていたのだろう。似たような魔法具を使って、二十年前の大戦時にアーウェルンクスの一体が元老院議員に化けていたので、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に伝わる秘法に思えるが、これ、少女のアーティファクトなんだよね。

 

 雪姫先生が『偸生の符』に魔法をかけ、パクティオーカードに変化させる。そして、そのまま魔法で封印をしてしまった。

 

「さて、こいつも拘束してしまうか」

 

 雪姫先生が、眠る少女に指先を再度向ける。

 すると、次の瞬間、空間が歪み褐色肌の竜族の少女が、雪姫先生の横に出現した。

 そして、何やら空間に作用する魔法を使おうとする。いや、魔法ではない。また『無限抱擁(エンコンパンデンティア・インフィニータ)』を使おうとしている。

 

 だが、それは予想の範疇だ。今度こそ相手の先制攻撃を許さないために、私は手札を伏せていた。気配を消していたアサシンのサーヴァントが突如姿を現し、竜族の少女を不意打ちで殴りつける。

 意識の外から来た攻撃に、アーティファクトの発動をキャンセルして吹き飛ぶ少女。さらにサーヴァントは追い打ちをかけ、少女を完全に昏倒させた。

 

「おおー、さすが老師アル」

 

 一連の動きを見ていた古さんが、そんな声を上げる。

 そして、竜族の少女を伸したサーヴァント、李書文先生は、「後は任せる」と言って再び姿を消した。

 

 うん、やっぱりアサシンのサーヴァントはすごいわ。本当なら明日菜さんの警備に何人か回したかったんだけど。

 魔法世界人は魔法で霊視できる人がいるから霊体化して配置するのも難しく、人があちこち行き交うダンス会場で気配遮断を使わせて配置するのも変な騒ぎになりそうだと、明日菜さんに止められた。

 もし警備に口出しできたなら会場スタッフに仲間を大量に仕込めたのだが、外交部相手ならともかく総督府相手にそこまでねじ込めるだけの権限が私達にはなかった。

 

 そもそも、黄昏の姫御子の舞踏会参加をオスティアの名士達に求められていなかったら、明日菜さんは『義賊サヨ』にでも入れ替わってもらったんだけど……。

 

 そんな明日菜さんがさらわれた事実に悔やんでいると、雪姫先生が再び動き、竜族の少女に拘束魔法をかける。

 そして、またもや少女のパクティオーカードを取り出して、封印魔法をかけた。

 

「……アーティファクトはなんとかなったな」

 

 パクティオーカードを武器格納魔法で異次元送りにしながら、雪姫先生が言う。

 うん、フェイト・アーウェルンクスを相手するとき、本当に厄介なのは彼の戦闘能力ではなく、従者達が持つアーティファクトだからね。

 そのうち、破壊音波を出す『狂気の提琴(フィディクラ・ルナーティカ)』以外は、こちらがいくら強くても罠にはめられてしまう危険性が高かった。

 残るは、時間操作をする『時の回廊(ホーラリア・ポルティクス)』。これを封じてしまえば心配もなくなるのだが、出てこないところを見るに、フェイト・アーウェルンクスと一緒に撤退したようだ。

 

 アーティファクトといえば、『幻灯のサーカス』を食らった面々が起きてこない。

 幸せな夢に浸っているのだろう。急いで起こさないとね。

 

 そう思っていろいろ試してみたのだが……『アンティ』、『ソルアトマイザー』、『癒やしの至宝』、『治癒の竪琴』、最終的には『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』まで使っても起きてこない。

 夢に囚われた私の分割思考は、マーリンの力を引き出して自身を夢魔とすることで目覚めた。なので、皆も同じく夢の世界に囚われているのは確かなはずだが……。

 

 ここは、夢の専門家に頼ることにしよう。私はスマホを呼び出し、『LINE』で連絡を取る。

 すると、すぐに出られると答えたので、その場に呼び出した。

 

「やあ。夢魔のお兄さんだよ」

 

「では、連絡したとおり、眠っている人を起こしてもらえますか?」

 

「了解。ふむ……」

 

 夢魔のお兄さんことマーリンが、床で眠るネギくんの額に手を当てる。

 

「これは、精神が肉体から離れているね。どこかに存在する礼装内部に展開された夢の世界に精神が移動しているから、直接夢の中に入って連れ戻す必要がありそうだ。しかも、囚われているのではなく、本人が望んで夢の世界に留まっているから、治療系の術で回復させることは難しいだろう」

 

「夢の中に入る、ですか……。その夢の世界があるアーティファクトを確保する必要はありますか?」

 

「いや、魂を奪われたわけではないからね。眠っている人の肉体と夢の世界の間にあるパスを通って、その夢の世界に直接飛べそうだ」

 

 つまり、皆の心は『幻灯のサーカス』の中にあり、肉体を経由してその中に入り込むことができると。

 

「そうですか……。連れ戻せますか?」

 

 私が尋ねると、マーリンは首を横に振った。

 

「私は夢の世界で相手に存在を気づかれると、途端にその世界での力を失ってしまうんだ。起こす作業には向いていないよ。私の代わりに別の人を呼んだらどうだい? 王国に専門家がいたはずだ」

 

「分かりました。ありがとうございました。では、次の人を呼びますか……」

 

 私はマーリンをスマホの中に戻し、他の専門家と連絡を取る。そして、すぐさまその場に呼び出した。

 

「『神殿書記官レーヴ』、参上いたしました!」

 

 水色の髪をした神官の少女。『千年戦争アイギス』に登場する人物で、他者の夢の世界や記憶の世界に入り込むことができる。

 その彼女に、私は話しかける。

 

「レーヴさん、よく来てくださいました。早速ですが、この人の肉体を伝って、遠くにある夢の世界に入れそうか見てください」

 

「かしこまりました!」

 

 レーヴさんは、眠っているネギくんの頭を両手で抱えて、何やら念じる。

 そして、三十秒ほど経ってからレーヴさんが口を開いた。

 

「いけそうです。術の準備をしますね」

 

「ありがとうございます。……では、皆さん、『ドキドキ、皆の願望はいったい何!? 夢の世界探検ツアー』を行ないますよ!」

 

 私がそう宣言すると、事態を見守っていた木乃香さんが言う。

 

「やっぱりあの夢は、私の願望だったんやなあ。今度、夜寝るときに見せてくれないものやろうか……」

 

「木乃香さんはどんな夢を見たんです?」

 

 私がそう尋ねると、木乃香さんはかすかに憂いを帯びた表情で答える。

 

「子供時代にせっちゃんと別れずに、一緒に麻帆良に転校してくる夢やな。でも、今のせっちゃんと性格がちごうて、違和感覚えて夢と気づいてん」

 

「お嬢様もそのような夢でしたか。私も子供時代の夢を見ました。場所は京都でしたが」

 

 刹那さんも、正直に自分の夢を告白した。

 なるほど、百合百合しい裸エプロンいちゃいちゃ生活は見なかったのか、刹那さん。

 

「とりあえず、ネギくんだけでも起こしましょうか」

 

 私はそう言って、レーヴさんが抱えるネギくんに目を向ける。

 そして、周囲の守りをサーヴァントに任せ、私はみんなを連れてレーヴさんの力でネギくんの夢の世界へ旅立った。

 

 

 

◆180 幸せな夢

 

 夢の中の世界は、麻帆良だった。

 季節は秋に入った頃だろうか。衣替えをした一般人達が放課後の麻帆良を自由に散策している。

 

「フムフム、これが現世ですか。王国と似ているようで違う……」

 

 麻帆良特有の洋風の街並みを見ながら、レーヴさんが興味深げに言う。

 彼女に現世観光をさせてあげたいのはやまやまだが、今はネギくんだ。夢の主を探さなければならない。

 

「む、ネギ坊主はあっちアルネ」

 

 気配でも探ったのか、古さんがネギくんの居場所を察知する。

 それに従い、私達は連れ立って麻帆良の市街地を小走りで進んだ。

 

 そして、ネギくんを発見する。一人ではない。かたわらに二人の人物を連れていた。

 

「あれは……!?」

 

 高畑先生が、驚きの声を上げる。

 それもそうだろう。ネギくんと一緒に居るのは、彼の父親のナギ・スプリングフィールドと、母親のアリカ女王なのだから。

 つまりネギくんは、両親と麻帆良で一緒に過ごしたいという願望を持っていたわけだ。

 きっと、今のネギくんは幸せだろう。だが、しょせんこの世界は夢幻(ゆめまぼろし)。本当に望みが叶ったわけではない。

 

 私達は、ネギくんに遠慮することなく、三人に近づいていった。

 

「ネギくん、帰りましょう」

 

 私の声に、三人が振り返る。すると、ナギさんが高畑先生を見て、声を上げる。

 

「おお、タカミチじゃねーか。どうしたんだ、正装なんてしてよ。ドレスの女の子なんて連れて、結婚式帰りか何かか?」

 

「……ッ!」

 

 元気なナギさんに話しかけられて、動揺する高畑先生。だが、今は夢の中の住人にかまけている場合じゃない。

 

「ネギくん、夢の時間はおしまいです。帰りましょう。明日菜さんがさらわれました。今すぐ助けに行く必要があります」

 

 私がそう言うと、ネギくんは顔を伏せる。

 

「もう少し……」

 

 小さな声を震わせながら、ネギくんが言う。

 

「もう少しだけ、浸らせてもらえませんか……?」

 

 ネギくんは、これが夢の世界だと分かっているのだろう。それでもなお、幸せに浸りたがっていた。

 

「ダメです。時間切れです。今すぐ出発です」

 

 すっぱり言いきる。いや、眠っているメンバーは他にもいっぱいいるから、一人に構っている時間はないんだって。

 私の言葉に、ネギくんは拳をぎゅっとにぎってから、顔を上げ、一歩前に踏み出した。

 

「ネギ」

 

 ナギ・スプリングフィールドが、ネギくんに言う。

 

「行くのか」

 

「はい……父さん、短い間でしたが、楽しかったです」

 

「ははっ、俺も楽しかったぜ。ようやく父親らしいことができて、嬉しかった」

 

「父さん……」

 

 なんとも、聞き分けのいい父親だね。夢の世界の住人だから、帰ると決めたネギくんにとって都合のいい存在になっているのだろうけれど。

 

「ネギよ」

 

 と、今度はアリカ女王がネギくんに話しかける。

 

「はい」

 

「私はそちらの世界では生きてはおらぬ。だから、仮初めの存在である私から、母親としての言葉を送ろう」

 

 その言葉を聞いて、ネギくんが後ろに振り返る。

 アリカ女王はその場でかがみ、ネギくんに目線を合わせ、言った。

 

「生まれてきてくれて、生きていてくれて、ありがとう。私はお前を愛しておる。そして……私達の世界を、頼む」

 

 アリカ女王は、ネギくんをぎゅっと抱きしめ、すぐに離した。

 そして、アリカ女王はナギ・スプリングフィールドの手をにぎり、何も言わずにネギくんから離れていった。

 

 ネギくんは去っていく二人を少しだけ見つめた後、涙をぬぐって、こちらへ走り寄ってきた。

 

「お待たせしました! 行きましょう!」

 

 一つの別れを済ませ、少し大人になったネギくん。

 そんな彼を連れ、私達は夢の世界から脱出した。

 

 

 

◆181 流星

 

 ネギくんが起きると、ネギま部の部員が他にも起きてきて、さらには同じように『幻灯のサーカス』に囚われていたゲーデル総督も起きてきた。一人が起きるとタガが外れて他も起きやすくなるんだったかな?

 ただ、ハルナさんだけが起きてこなかったので、ダッシュで夢の中に入ってダッシュで叩き起こしてきた。ついでに、ネギくんにパクティオーカードでの明日菜さんへの念話や召喚を試してもらったが、通じないとのこと。まあ、その辺は妨害術式を組むよね。

 

 それから皆に明日菜さんを助けに行くと言うと、龍宮さんはこちらに残ると言う。

 なんでも、「アーティファクトの射程を考えると、使用者はまだ宮殿の中にいるはず」とのことで、高畑先生とゲーデル総督を連れて宮殿内部を探りにいった。この三人を相手にするとか、ポヨ女終わったな……。

 

 そして、我々ネギま部は『スペース・ノーチラス』に乗りこみ、雲海の下、廃都オスティアへと向かうことになった。

 

 だが、宮殿から宇宙船を出発させるには、行く手を阻むガーゴイルの数が多すぎる。

 これは、ちょっと活路を開く必要があるね。

 

「キャプテン・ネモ。甲板に出ますので、通路を開いてください」

 

「了解」

 

 艦橋で、キャプテン・ネモに頼んで機体上部に存在する甲板を展開してもらった。

 この甲板は、戦闘用に用意された足場だ。アークスは生身のまま宇宙空間に無酸素状態で出られるので、こういった戦闘用の甲板はスマホの中の新造宇宙船に必ずといっていいほど用意してあるのだ。

 

「なになに? リンネちゃん、どうするの?」

 

「外に出て、進路上のガーゴイルを蹴散らしてくるんですよ、ベストセラー作家のハルナさん」

 

「夢の話はするなー! ……もう、私だけ一方的に見られたの不公平過ぎると思うんだけど!」

 

「では、状況が落ち着いたら、それぞれ皆がどんな夢を見たのか報告会をしましょうか」

 

「おっ、それいいねぇ」

 

 そして、私は甲板へと向かった。みんなもついてきたがったが、ガーゴイルがいて危険かもしれないので、艦橋で大人しくしてもらう。

 甲板に立つと、空一面にガーゴイルが飛んでおり、雲の下からさらに追加でやってきているようだった。フェイト・アーウェルンクス、これほどのガーゴイルを造れる魔力を確保するとか、一体何を遺跡で発掘したのだか。

 まあ、それでもしょせんは雑魚だ。今も、各国の艦隊と帝国の龍樹によって、簡単に蹴散らされていっている。そして、私も蹴散らす。

 

 私は、スマホの中から私物の弓である『ネブロスシーテス』を取り出し、さらに概念礼装の『カレイドスコープ』を取り出す。

 これで、私は宝具をいつでも撃てる状態になった。

 さらに、サーヴァントの力を引き出す。それは、アーチャーのサーヴァント『アーラシュ』。古代ペルシャの伝説に語られる大英雄。その伝説では、彼は矢の一撃で国境を作ったという。その一矢こそが、彼の宝具。

 

 さあ、魔法世界の者達よ、遠い並行世界からやってきた英雄の神技をご覧あれ。

 これこそ、弓の極地。

 

「『流星一条(ステラ)』ァァッ!」

 

 フォトンで形作られた矢が、一条の流星となって宇宙船の斜め下を飛び……そのあまりもの威力に耐えきれなかった私の身体は、その場で四散した。

 そして、すぐさま身体は再生を始め。元通りの姿を取り戻す。

 私は戻ってきた視界で、前方を見つめる。雲海にごっそりと穴が空き、その進行方向に存在したガーゴイルが全て消し飛んだ光景が目に入った。死亡という代償を払って初めて得られる結果を蘇生能力で無理やり得る。まるでゲームをやっている気分になるね。

 そんなことを思いつつ、私は甲板から船内へと下り、艦橋と通信する。

 

「キャプテン・ネモ、廃都オスティアへ向けて、発進!」

 

『了解。フォトンリアクター駆動。雲海へ潜行開始』

 

 キャプテン・ネモの号令がかかり、宇宙船が出発する。現世での初の本格出動が宇宙ではなく雲の中なのは申し訳ないが、存分にその力を発揮してほしい。

 そして、私は艦橋へと帰還した。

 

「いやー、リンネちゃん、すごい一撃だったね!」

 

 そんな言葉でハルナさんに迎え入れられる私。そして、さらにハルナさんは言った。

 

「『白き翼(アラアルバ)』のメンバーはアスナ以外全員いるし、宇宙船だってある。こりゃあ、秘密結社壊滅待ったなしかな!?」

 

 ずいぶん楽観的だが、そうもいかない。

 私はハルナさんを諭すように言った。

 

「残念ながら、そう上手くはいかないかと。敵は大規模な魔力リソースを確保しています。これにより、相手はあることができます。それをされると、こちらも危険でしょう」

 

「何さ、もったいぶって。あることってなに?」

 

「アーウェルンクスシリーズの復活。つまり、二十年前の大戦期で猛威を振るった敵幹部が再生怪人となって蘇ります」

 

「うげっ、それって、総督の話にあったらしい、『紅き翼(アラルブラ)』でやっと倒せるめちゃ強キャラ?」

 

 そう、私とネギくんは、以前総督が話してくれた昔話をネギま部メンバーと共有していた。

 私はうなずいて、ハルナさんに言葉を返す。

 

「はい。フェイト・アーウェルンクスと実際に戦ったエヴァンジェリン先生によると、アーウェルンクスというのは超高性能な魔法人形のようです」

 

「さよちゃんみたいな?」

 

「どちらかというと、完全に魔法で作ったバージョンの茶々丸さんの方が、ニュアンスは近いかもしれません」

 

 私のその言葉に、ハルナさんは考え込む。

 

「これはあれだね……。さらなるパワーアップが必要だね」

 

「パワーアップ、ですか?」

 

「うん、そう。よし、『白き翼(アラアルバ)』全員集合!」

 

 と、突然ハルナさんがネギま部に集合をかけた。

 何事かと、艦橋に散っていた皆が集まってくる。その皆に向けて、ハルナさんが宣言する。

 

「これより、大仮契約(パクティオー)会を行なう!」

 

 ……なんか始まったぞ?

 




※墓所の主曰く、『幻灯のサーカス』は魔法『完全なる世界』のレプリカとのことなので、アーティファクト内部に造り出した世界に人の精神を閉じ込める機能と独自解釈しました。


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■74 仮契約

◆182 大仮契約会

 

『スペース・ノーチラス』の艦橋で、ネギま部部員達を前に、ハルナさんが言う。

 

「さあさあ、ドキドキキッスタイムだよ! カモ君!」

 

「おうよ!」

 

 ハルナさんの宣言を受け、カモさんがどこからかヌルッと登場した。

 そして、ササッと艦橋の床に魔法陣を描く。キャプテン・ネモがすごく嫌そうな顔をしたが、まあそのうち消えるものなので我慢してほしい。

 

「まずは、この中で、まだ仮契約(パクティオー)してない人! ネギ君と仮契約してもらうよ!」

 

「ええと、つまり、アーティファクトで即戦力確保?」

 

 水無瀬さんの問いに、ハルナさんが「その通り!」と答えた。

 そして、ハルナさんが言葉を続ける。

 

「この中でネギ君と仮契約していないのは、えーと、小太郎君、刹那さん、くーちゃん、茶々丸さん、楓、さよちゃん、リンネちゃん、雪姫先生、結城さんかな?」

 

「俺はパスや! 仮契約はキスするんやろ!」

 

 小太郎くんが、とっさに拒否をした。

 

「えー。アスナの危機ひいては世界の危機だよ? 男同士のチューくらい……」

 

「絶対に嫌や!」

 

 そう言って、小太郎くんはダッシュで艦橋の端に逃げていった。

 それを心底残念そうに見るハルナさん。いや、腐女子としての本性をここで現さないでくれまいか。

 

 そして、次に雪姫先生が言った。

 

「私とミカンは無理だな」

 

「えー、なんでよ」

 

「私はすでにネギと仮契約しているからな」

 

 ハルナさんに、パクティオーカードを取り出して見せつける雪姫先生。そのカードには、『雷公竜の心臓』を胸の前に掲げるネギくんのイラストが描かれている。

 

「ええっ、ネギ君とのパクティオーカード? どういうこと? いつの間に、先生とチューしたのよ?」

 

 ハルナさんがとっさにネギくんを見るが、ネギくんは不思議そうに首をかしげている。

 

「こういうことだよ」

 

 雪姫先生はその場で急に幻術を解き、キティちゃんの姿に変わった。身体のサイズが急に変わったせいで、ドレスが着崩れる。

 それを見て、驚きに包まれるネギま部の面々。

 

「ええー、雪姫先生の正体がエヴァちん!? ぜんっぜん気づかなかった! ネギ君、知ってた?」

 

 ハルナさんに問われ、ネギくんは首を横に振る。全く気づいていなかったようだ。

 次に茶々丸さんを見て、ハルナさんが問う。

 

「茶々丸さん、知ってた?」

 

「はい。ドール契約を結んでいますので、言われずとも主は分かります」

 

「リンネちゃんは!?」

 

「本人から教えられましたので、知っていましたよ。まあ、迂闊に名前を呼ばれたりしないよう、他の人達には秘密にしていたようですが」

 

「うわー、見事に騙されたー……」

 

 ハルナさんがしみじみとそう言い、キティちゃんはフッと笑ってから再び雪姫先生の姿に変わる。魔法を使ったのか、ドレスは綺麗に着付けられていた。

 ちなみに、人間同士の好感度を数値化できるカモさんは、気づいていたうえでネギくんに黙っていたものと思われる。カモさん、キティちゃんのこと本気で恐れているからね。

 

「まあ、そういうことで、私とぼーやはすでに仮契約済みということだ。ちなみに、ミカンは体質上、仮契約を結べない」

 

「そうなの?」

 

 雪姫先生の言葉を受け、ハルナさんが結城さんに問う。

 

「試してみたことはないけれど、そうらしいとは雪姫様に聞いたわ」

 

「ムムム、仮契約を結べない体質なんてあるのね……完全魔法無効化能力を持つアスナでさえ結べるのに」

 

 ユダは救われるべきではないという人々の信仰心が、結城さんの仮契約を不可能としている。彼女を不死者たらしめている神の力とはまた別の力が働いているのだ。

 それをハルナさんの前で告げる必要はないだろう。ハルナさんも詳しい話を聞き出すつもりはないようで、次へと移った。

 

「刹那!」

 

「えーと、私はこのかお嬢様とすでに仮契約を結んでいるのですが」

 

「仮契約は何人とでも結べるでしょ! いいからチューしちゃいなさい!」

 

 そして、そのまま押されて、刹那さんはネギくんと仮契約を結ぶことになった。

 恥ずかしそうにする刹那さんに、ネギくんからキスを行なう。そして、見事にパクティオーカードが出現した。

 あやかさんがすごい目で刹那さんをにらんでいたが……文句を口に出さない程度の分別はあったらしい。

 

「『匕首・十六串呂(シーカ・シシクシロ)』。思考操作で自在に動く小刀です」

 

 夕映さんが、自身のアーティファクト『世界図絵』で調べた内容を皆に知らせる。こういうとき、夕映さんが居ると本当に便利だよね。

 

「ちょっと素直に言わせてもらうけど、なんか微妙じゃない?」

 

 ハルナさんが空飛ぶ小刀を見て言うが、刹那さん自身がそれを否定する。

 

「純粋な火力を持つアーティファクトは、すでにお嬢様との仮契約で手に入れた『建御雷(タケミカズチ)』があります。一方で、こちらのアーティファクトは、戦いながら思考操作で死角を埋めたり、不意打ちをしたり、陣を構築して術を発動したりと、なかなか応用が利きそうですね」

 

「あー、メインウェポンじゃなくて、サブウェポンのビット攻撃かー。二個目のアーティファクトとしては最良だったわけだ。よきかなよきかな。よし、次!」

 

 ハルナさんがそう話をまとめて、次の古さんを呼ぶ。

 

「私はすでに自前の宝貝(パオペイ)をいくつか持っているアルが」

 

「追加戦力っつってるでしょ! ほら、観念してディープキスする!」

 

「別に軽くでいいアルヨ……」

 

 そして、古さんとネギくんは、小鳥が餌をついばむような軽いキスをした。

 出てきたアーティファクトは、『神珍鉄自在棍(シンチンテツジザイコン)』。

 

「如意棒アルネ。本物ではないようアルが……複製品でも十分使い道はありそうアル」

 

 槍が得意な古さんにとって、この棍はなかなかいいアーティファクトだよね。

 艦橋の中で古さんがぶんぶんと棍を振り回している。それをキャプテン・ネモがすごく嫌そうな目で見ているね。そりゃあ、重要機器がそろっている宇宙船の中枢だ。暴れてほしくはないだろう。だが、古さんはそんなのお構いなしである。

 キャプテン・ネモの目が段々とすわってきたので、私は古さんに落ち着くよう言っておいた。

 

 そして、次。茶々丸さんだ。

 

「私はロボットです。仮契約ができるとは思いませんが……」

 

 そう渋る茶々丸さんに向けて、ハルナさんが言う。

 

「何事もチャレンジ! 魂があればいけるなら、茶々丸さんでもいけるって!」

 

「もし出なかったらと思うと……」

 

「出るまでやる! ネギ君やっちゃって!」

 

 逃げようとする茶々丸さんをハルナさんが相坂さんと一緒に押さえつけ、ネギ君とキスをさせた。

 なかなかカードが出てこずに皆ハラハラしたが、粘りのディープキスで、見事パクティオーカードが出現した。これで、茶々丸さんに魂が宿っていると証明されたね。二歳にして付喪神だ。すごい。

 

 そして出てきた、アーティファクトは……。

 

「情報の受信完了。これは、二一三〇(ニイイチサンマル)(しき)超包子(チャオパオジー)衛星支援(サテライトサポート)システム『空とび猫(アル・イスカンダリア)』のようです」

 

超包子(チャオパオジー)って……超包子(チャオパオズ)のこと?」

 

「はい。私の生みの親が、私のために仮契約システム上にこの兵器を登録してくれていたようです」

 

「なるほど、超りんの贈り物ってわけか。憎いことしてくれるね!」

 

 ハルナさんにそう言われ、茶々丸さんは嬉しそうな表情をうっすらと浮かべた。

 

 次、楓さん。

 普段は大人びた彼女も、キスは恥ずかしいのか、珍しい表情が見られた。

 正座になって座り、ネギくんのキスを受け入れる。

 出てきたアーティファクトは、原作漫画通りの持ち運べる異空間『天狗之隠蓑(テングノカクレミノ)』。

 

「これがあれば、回復要員のこのかを安全に運べそうね。ついでに私も隠れようかなー。天狗の弟子だから、天狗にまつわるアーティファクトが出たのかな?」

 

 うーん、別に、天狗と関係がない原作漫画でもこのアーティファクトは出たのだけど、ちょっと意味深に感じちゃうよね。

 

 さて、次だ。相坂さん。

 

「人形の身体でやって出るんでしょうか?」

 

 相坂さんが不思議そうに言うが、そこはまあ、ロボットボディの茶々丸さんでも出たからね。無理なら、一旦人形のボディから出て霊体でやってもらおう。

 そして、相坂さんはなんてことない様子でチュッとやった。相手が子供だから、恥ずかしさとかはないのだろう。

 

「出ましたー!」

 

 パクティオーカードを手に持ち、嬉しそうにはしゃぐ相坂さん。そして、アーティファクトを呼び出すため「アデアット」と唱えるが、カードが消えるだけで何も出てこない。

 これは……。

 

「おそらく、私と同じ無形のアーティファクトですわね」

 

 あやかさんが、自身のパクティオーカードを見せびらかしながら言う。

 すると、相坂さんが「そうみたいです」と答える。

 

 曰く、ポルターガイストを起こす力。超強力な念動力を操る魔眼を身に宿すという。相坂さんは元々ポルターガイストを起こせるが、それとは比べ物にならない程の力を発揮できそうだと言う。アーティファクト名は『騒霊の心眼』。

 魔眼の類かー。『歪曲の魔眼』を使うアーチャーのサーヴァント『浅上藤乃』に学ばせたら面白そうだけど、今からじゃ間に合いそうにないね。残念。

 

 そして、次。私だ。

 

「とうとう年貢の納め時だぜえ、リンネの嬢ちゃん」

 

 仮契約の行方を見守ってきたカモさんが、唐突にそんなことを言った。

 

「いや、何がですか」

 

 私がそう返すと、カモさんは私に指を突きつけながら言う。

 

「なんだかんだと小難しい理由を述べて、兄貴とのキスを避け続けた嬢ちゃんも、とうとうファーストキスを捧げるときが来た! 大人しく、初めてを兄貴に捧げるんだ!」

 

「いや、キスくらいなんだというのですか。はい、ネギくんチュー」

 

「ああっ、あっさり!?」

 

 知らんがな。今世では確かにファーストキスだけど、前世含めたら今さらキス程度で動じないって。

 というわけで、私もパクティオーカードを手に入れた。さっそく、アーティファクトを見ていこうか。

 

「『来たれ(アデアット)』」

 

 アーティファクトを呼び出す呪文を唱えると、ふと身体の奥が震える感触がした。この感触は、スマホの通知だ。

 

「どう? なんて名前のアーティファクトだった?」

 

 ハルナさんが尋ねてくるが、少し待ってほしい。

 私は、スマホを呼び出し、画面を開く。そして、アプリアイコンが並ぶ画面に切り替えて、一番末尾を確認した。

 

「私のアーティファクトは、スマホアプリのようですね」

 

「はあ? リンネちゃんの不思議ケータイのアプリ?」

 

「ええ。信じがたいことですが」

 

 仮契約システムがスマホに影響を与えた? そんな馬鹿な。私と内部に住み着いているちう様以外に操作できない、神様製のスマホだよ?

 

「アプリ名は分かる?」

 

 ハルナさんにそう問われたので、私はアプリアイコンを長押ししてアプリ情報を表示させ、出てきた文字を読み上げる。

 

「『ドコデモゲート』」

 

「なにその『どこでもドア』みたいな……。ユエ、どう?」

 

 ハルナさんが、『世界図絵』で検索をしている夕映さんに尋ねる。

 しかし、夕映さんは同名のアーティファクトは出てこないと答えた。

 

 それもそうだろう。スマホにインストールできる時点で、この時代のアプリではないのだ。ありえるとしたら、もっと先の時代で作られるであろう、未来の魔法アプリだ。

 茶々丸さんのアーティファクトのように、時を超えた未来の技術によって作られたものか……?

 

 そう疑問に思っていたら、ふとスマホにメールが届いた。

 こんなときにメールとか、麻帆良からかな? と思ってメールを開いたら、その送り主に驚愕した。

 これは、ごくまれに来る神様からのメール。

 

 その内容はというと……『魔法先生ネギま!』の醍醐味(だいごみ)であるネギくんとの仮契約おめでとうという言葉から始まり、記念として神様自ら魔法アプリを作ったと述べられていた。

 私のアーティファクトは、仮契約記念で神様が贈ってくれた新魔法。その事実に、私はふとしたことに気づく。

 もしかしてこのアーティファクト、もっと早い段階で手に入れることを神様は想定していたのでは……?

 

 

 

◆183 ドコデモゲート

 

「オーナー、到着したよ」

 

 アーティファクトの効果確認で場が盛り上がり、次は雪姫先生との大仮契約会をするかと話が上がっていたところで、キャプテン・ネモが私を呼んだ。

 私はスマホの画面から目を離し、外を映すモニターに注目する。

 画面に映っていたのは、無数の浮遊する岩と、浮上する島々。そして、空に浮く宮殿だ。

 

「あれ、廃都オスティアって、魔力が枯渇しているはずではー……?」

 

 私と同じようにモニターを見た相坂さんが、不思議そうに言う。

 うん、浮遊島だった廃都オスティアは、二十年前の最終決戦で魔力を失い、それ以降魔法が使えない空間になって地の底に沈んだはずだったのだ。

 ここに魔力が復活しているのは、カラクリがある。

 

「世界十一箇所のゲートが閉じたことで、残り一箇所のゲートがあるここに、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)から地球に流れようとする魔力が溜まっているのです」

 

「な、なるほどー?」

 

「魔力が集まっている場所は、かつての『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』本拠地、『墓守り人の宮殿』。明日菜さんの反応も、あそこにあります」

 

「おおー。じゃあ、突入しちゃいましょう!」

 

 相坂さんがそう言うが、それを否定するようにキャプテン・ネモが言う。

 

「そう上手くはいかないようだよ」

 

 どうやら、モニターに動きがあったようだ。

 空中に魔法陣が描かれ、そこから無数の召喚魔が現れる。

 

 さらには、宮殿を守るように超巨大な闇色の魔物が出現する。

 あの巨大な魔物は、ゲーデル総督が二十年前の最終決戦の映像を流してくれたときに映っていた、敵幹部が闇魔法で作りだした魔物と同じだ。

 

「……ここに来て、万を超える敵か」

 

 水無瀬さんが、モニターを見ながら神妙な顔をする。

 

「さすがにあれを相手するのは骨が折れそうでござるよ。ここは、麻帆良祭の時のように、いいんちょのアーティファクトで突破するのがよさそうでござるな」

 

 楓さんがそう言うが、あやかさんの反応はというと。

 

「さすがの私のアーティファクトでも、宇宙船一つ丸ごと効果範囲に入れるのは無理です。せいぜい、リムジン一台が限界ですわ」

 

「となると、キャンプシップも無理でござるか……」

 

 大きな障害を前に「ううむ」とうなるネギま部部員達。

 だが、アーティファクトに頼るという方向性は間違っていない。私は、悩むみんなに向けて言った。

 

「ここで、新兵器の投入です。私のアーティファクト、『ドコデモゲート』ならば、皆さんを明日菜さんの所へ直接転移させられます」

 

「おお、本当でござるか!」

 

 楓さんを始め、ネギま部の面々の表情に喜色が浮かぶ。

 

「はい、私のアーティファクトは、あらゆる人、あらゆる場所、あらゆる異界につながる転移ゲートを開くことができます。明日菜さんと指定してゲートを開けば、直接明日菜さんの所へ向かえるようです」

 

 さすがにランクの高い世界である前世の地球には繋がらないが、その気になれば近いランクの異世界にすら飛べるという。つまり、『UQ HOLDER!』で描かれていた二〇二一年に感染症が流行していた、魔法が存在しない世界にも飛べるってことだ。

 直接の戦闘能力はないが、効果が神懸かっている。あ、女神様の特製だから神で当然か。

 それを聞いた楓さんは、微妙な表情を浮かべる。

 

「むむ、では、ここまで宇宙船を走らせたのは無駄でござったか」

 

「いえ、そうでもないですよ。明日菜さんの所へ向かった後、あの召喚魔を差し向けられたらたまったものではありません。『スペース・ノーチラス』には、あの無数の召喚魔を引きつけてもらう必要があります」

 

 私はそう言ってから、キャプテン・ネモに目を向ける。

 

「甲板を再び展開してください。弓兵の軍団を呼び出して、外で戦ってもらいます」

 

「了解。この船は惑星開拓船だから、火力に不安があったところだよ」

 

 キャプテン・ネモのその言葉を聞き、私はスマホで王国の王子とカルデアのマスター、アークスの総司令に連絡を取る。そして、夏の離宮に配置していたサーヴァントを全員スマホ内に戻し、代わりに弓使いを次々とこの場に呼び出して甲板に送り出していった。

 さらに、弓兵属性のユニットを強化する料理人の『東の料理番ヤマブキ』も呼び出して、ダメ押しとする。

 

 これで、『スペース・ノーチラス』の方は問題ないだろう。

 

 そして、ネギま部一同も、いつでも突入できる体勢が整う。

 私はスマホを操作し、ドコデモゲートの指定先を明日菜さんに設定する。すると、スマホ画面に明日菜さんの現在位置が文字表示され、彼女の周囲が画面に映し出された。

 そこに映っていたのは……。

 

「!? 明日菜さんが、敵と交戦中! 急いでゲートを開きます! 全員、戦闘態勢!」

 

 私はそう叫んで、ネギま部のメンバーの足元にゲートを開いて、明日菜さんのもとへと強制転移させた。

 

 一瞬で視界が切り替わり、私達は明日菜さんの後方に跳んだ。

 

「明日菜さん、助けに来ましたよ!」

 

 そう言って、私はスマホからキャラクターの力を引き出して、意識を切り替える。

 明日菜さんが対峙していたのは、フェイト・アーウェルンクスを始めとした、複数の者達。

『完全なる世界』残党の総戦力を感じさせる強者の気配を持つ面々が、私達の出現に警戒心を露わにする。

 

 私達が跳んだ場所は、『墓守り人の宮殿』屋上部。

 二十年前に『紅き翼(アラルブラ)』が『完全なる世界』との戦いを行なった、最終決戦の地であった。

 



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■75 完全なる世界

◆184 宮殿の戦い

 

『墓守り人の宮殿』屋上部。そこで、明日菜さんが一人、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の者達と戦っていた。

 そこへ転移した我々ネギま部は、明日菜さんを庇うようにほどよく散らばる。

 

「みんな! 来てくれたの!?」

 

 明日菜さんが、嬉しそうに私達へ向けて言った。

 そんな明日菜さんへ、私は問いかける。

 

「明日菜さん、今の状況を説明してください。簡潔に!」

 

「えっ!? ええと、なんかすごく速く動く女の子にキスされたら意識が遠のいて、起きたら変な儀式で私の中から大きな鍵みたいなのを取り出していて、隙をついてパクティオーカードを奪い返して、大きな鍵を使って儀式を続けているから怪しいと思って鍵を奪ってみようとしているところ!」

 

「説明ありがとうございます」

 

 ふむふむ。どうやら敵は『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の生成を行なったようだ。それで儀式をしているということは、あの鍵は『最後の鍵(グレートグランドマスターキー)』?

 『造物主の掟』は、二六〇〇年前に魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を創造したという、『始まりの魔法使い』造物主(ライフメイカー)の力を行使する鍵。その中でも『最後の鍵』は特に強力な効果を持ち、造物主と同等の力を発揮できる代物だ。

 

 そこまで考えをめぐらせて、私は敵戦力を確認。フェイト・アーウェルンクスと、闇使いデュナミスだけではない。フェイト・アーウェルンクスに似た顔の者が他に四体いる。ハルナさんと話していた通りの展開か。私は、ネギま部メンバーに向けて言う。

 

「敵はおそらく、アーウェルンクスシリーズの再生怪人達です! 『紅き翼(アラルブラ)』級の敵、注意してください」

 

 その言葉を聞いて、楓さんがさりげなく動いて木乃香さんを自身のアーティファクトの中に仕舞った。

 明日菜さんが大怪我をしていたときのために木乃香さんには外に出ていてもらったが、無事なようなので、木乃香さんは安全地帯に置くのが最善だ。

 

 そして、各々が戦闘態勢に入る。

 だが、すぐには戦いが始まらず、フェイト・アーウェルンクスがこちらに話しかけてくる。

 

「まさか直接転移してくるとはね。どんな手品を使ったのかな?」

 

 それに応じるのは、背中に『いどのえにっき』を隠したのどかさんだ。

 

「手品の種は隠しておくものですよ。それよりも、アスナさんから取り出した道具を使って、いったい何をしようとしているんですか? フェイトさん。いえ、()()()()()()さん?」

 

「……その名前は嫌いなんだけど、どこで聞いたんだい?」

 

「……ッ!? 敵の狙いは、麻帆良にいる造物主(ライフメイカー)の解放です! 麻帆良へのゲートを開いて、ネギ先生の血肉で封印を解除するつもりのようです!」

 

 ええっ、魔法世界の夢幻世界への書き換えじゃなくて、そっち!? ネギくんの血肉って、ジャック・ラカン戦で散々吐いた血反吐でも採取したのか!?

 のどかさんの言葉に驚いたのは私だけでなく、心を読まれたフェイト・アーウェルンクスもそうだったようで、彼は眉間にシワを寄せながら言う。

 

「読心能力……魔法具か固有能力か知らないけれど、心を読まれるのは気分がよくないな」

 

 そんなフェイト・アーウェルンクスに、今度は私が尋ねる。

 

「では、フェイトさん。その口から直接おうかがいしたいのですが。魔法世界を夢の世界へ書き換えるのではなく、造物主の復活を目指している理由は?」

 

「簡単だよ。僕達のやり方でなくても、魔法世界が救われる方法があった。では、どちらのやり方を選ぶか。その判断は、僕達には難しい。だから、(マスター)にうかがいを立てる必要がある。でも、その主は封印されていてここにはいない。それなら、どうするか分かるよね? 迎えに行くんだよ」

 

 こ、こいつ……。裏切りを誘発させるために揺さぶりをかけたら、素直に上司へ相談を持ちかけようとしやがった!

 確かに、それが下の立場に付く者の基本だけどさ。何もこんなときに基本に忠実な行動を起こさなくても。

 

 そう思っていると、のどかさんが私に向けて言った。

 

「リンネさん、言っていることは事実ですが、時間稼ぎをしています! ゲート開放の儀式が完了するまで、会話で引き延ばすつもりです!」

 

 おっと、いけない。フェイト・アーウェルンクスの部下の少女が、奥の祭壇で『造物主の掟』を使って儀式を行なっている最中だ。それを邪魔しないと、造物主が復活してしまうというわけか。いや、復活自体は一向に構わないが、ゲートが完全に開ききってこの場に満ちた魔力が向こう側に流入して、麻帆良が吹っ飛ぶ危険性があるのが、非常に困る。どれだけの被害が出ることか。

 儀式は順調に進んでいるのか、上空に麻帆良の景色が見え始めたぞ。これは、悠長にし過ぎたか。

 

「ネギま部、戦闘開始!」

 

 私が部長として、そう号令をかけた。

 すると、それに反応して敵もこちらに襲いかかってきた。

 

「敵は神鳴流の月詠、闇使いのデュナミス、風のアーウェルンクスの(セクンドゥム)、同じく風のアーウェルンクスの(クゥィントゥム)、火のアーウェルンクス、水のアーウェルンクス、フェイトさんは地のアーウェルンクスです! それと、どこかに、時間操作のアーティファクトを持った女の子と、炎の精霊に変化する女の子の二人が幻術で隠れています! アーウェルンクスシリーズは、フェイトさんが魔法世界から集めてきた秘宝で再生した忠実な部下だそうです……!」

 

 フェイト・アーウェルンクスの心を読んだのどかさんが、戦いを始めたネギま部メンバーに情報を伝える。

 アーウェルンクスシリーズは『最後の鍵』を使った再生じゃなくて、フェイトの秘宝による再生か。本当にトレジャーハント頑張ったんだな。

 見事に心の内を暴かれたフェイト・アーウェルンクスが、のどかさんを注視する。

 

「君の読心能力は危険だ。封じさせてもらう」

 

 フェイト・アーウェルンクスがのどかさんに向かい、のどかさんはファントム用のカタナである『サジェフスアリオン』を構える。

 だが、その横からフェイト・アーウェルンクスを殴りつける者が。雪姫先生だ。

 各所で戦いが始まる中、雪姫先生はフェイト・アーウェルンクスを少し離れた場所へと吹き飛ばす。

 

「……邪魔しないでくれるかな」

 

 フェイト・アーウェルンクスが言うが、雪姫先生は笑って告げる。

 

「のどかにかまけていいのか? 京都の決着を付ける絶好の機会だぞ」

 

「京都?」

 

「今はこんな姿をしているが、私の本来の顔はこうだ」

 

 雪姫先生が自身の顔に手をかざすと、キティちゃんの顔に変化した。

 

「ッ! 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)!」

 

「ククッ、その通り」

 

 見事に釣られたフェイト・アーウェルンクスは、雪姫先生との戦闘を開始した。彼ならば、この場で最も厄介な人物は闇の福音だと理解できているだろうからね。のどかさんを封じたくても、そちらにかまけて雪姫先生をフリーにしたら大魔法で全部を台無しにしかねない。

 よし、これで、一番厄介だった石化攻撃を防ぐことができる。私も、石化回復系の力を引き出さず、別の能力を行使することが可能だ。

 

 私が使う力は……治癒の力。この場にアタッカーはいっぱいいるので、敵の強力な攻撃にさらされた味方を助けるヒーラーだ。私が引き出しているのは、今世の私の姿のもとになった『刻詠の風水士リンネ』の力。

 

 風水士は、効果範囲の人間を同時に複数治癒する力を持つクラスだ。

 その中でもリンネは、効果範囲を大幅に広げるスキル『刻詠の宿業』を使う。一度発動すると、行動不能になるまで永続する強力なスキルだ。しかもこのスキルは回復の力だけでなく、範囲内の味方に物理攻撃を確率で避ける力を授ける。

 敵は物理攻撃だけでなく魔法も使ってくるが、少なくとも物理攻撃主体のデュナミスと月詠を相手するには、だいぶ楽になるだろう。

 

 私が治癒の力を周囲にばらまく中、敵の集団とネギま部の壮絶なバトルが始まった。

 

 火のアーウェルンクスと水のアーウェルンクスが組んで蜃気楼を発生させ、こちらを惑わせようとしてくる。二人のアーウェルンクスは火力も高く、大魔法を放たんと隙を狙い続けている。

 高度なセンサーを搭載している茶々丸さんと相坂さんが、蜃気楼を無視してその詠唱を妨害している。二人はそのスペックを最大に発揮して、正面からアーウェルンクス達と激しい攻防を繰り広げている。

 

 敵を無視して儀式を邪魔しようと祭壇に向かうたび、雷速で移動する(クゥィントゥム)がインターセプトしてくる。私も転移で一度奥に向かったがすぐに飛んできて邪魔をされた。

 そんな(クゥィントゥム)に追いすがるのは、ネギくんと小太郎くんのコンビ。雷竜になったネギ君が敵の雷撃魔法をその耐性でもって受け止め、小太郎くんの必中攻撃が相手の体力を削りとっていく。

 

 月詠は古さんにご執心で、黒く輝く刀で古さんの『莫邪の両剣』と切り結んでいる。あの刀は『妖刀ひな』か。こんな機会じゃなければ『ラブひな』読者として存分に鑑賞するのに、今はただただ厄介だ。

 

 デュナミスは異形の姿にその身を変え、圧倒的なパワーを持つ肉体で正面からこちらを叩きつぶそうとしてきている。さらに、闇の魔法で作りだした兵隊を後衛へと差し向けてきており、水無瀬さんが呼び出した無数のスケルトンと潰し合いをしている。

 デュナミス本体も強固な魔法障壁を持っており、それを突破するのはなかなかに難しい。だが、こちらには障壁を切り裂ける二人の剣士がいる。明日菜さんと刹那さんだ。明日菜さんはその完全魔法無効化能力で、刹那さんは獅子巳さんから学んだ剣技で、その曼荼羅(まんだら)のごとき魔法障壁を破壊していく。

 

 フェイト・アーウェルンクスは、上空を飛び雪姫先生と壮絶なバトルを繰り広げている。

 雪姫先生ならば呪文詠唱をすれば大魔法で敵を一網打尽にすることもできるのだが、フェイト・アーウェルンクスもそれが分かっているのか、無詠唱の魔法を駆使して接近戦を挑み、詠唱潰しをしかけていた。

 

 アーウェルンクスシリーズの(セクンドゥム)は最も戦闘能力が高い強敵だ。風と雷の魔法を操り、本人の身体能力も飛び抜けている。

 だが、楓さんの分身に翻弄(ほんろう)され、ちう様が作りだした分身の自爆攻撃を受けて動きを止められ、あやかさんの合気柔術を受けて混乱している。特に合気柔術は効果てきめんのようで、彼はなぜ自分が投げられているのか完全に理解を超えているかのように叫び声を上げていた。

 

 激しい戦いが繰り広げられ、みんなが傷ついていく。だが、後方には回復役の私と、神聖魔法での援護役の結城さんがいる。もし誰かが大怪我を負ったとしても、楓さんのアーティファクトの中に木乃香さんがいる。そして、本当にヤバい事態には、私が後方にこっそり配置した『避禍予見の鏡影』がどうにかしてくれる。

『避禍予見の鏡影』は、誰か一人が死亡した時に身代わりとなってくれるという、『刻詠の風水士リンネ』が持つ力の一つ。これがあれば、万が一の場合でも一度きりだが蘇生が可能だ。ちう様の本体が死亡しても反応するので、そこだけは気を付けてもらっているが。

 

「まさか、我らがここまで追い詰められるとは……!」

 

 (セクンドゥム)が、自身の劣勢を感じ取ったのか、そのような言葉を周囲に放った。

 確かに、奴らは強い。でも、ネギま部だって強いのだ。アーウェルンクスに匹敵する者を複数名抱えている上に、数の優位がある。そして何より……。

 

「貴様か! 貴様が傷を癒やしているなッ!」

 

 (セクンドゥム)が後方で待機する私に目を向けて叫ぶ。フフフ、そうだとも。ヒーラーが居れば、どれだけ傷つこうともアタッカーは蘇るのさ。

 

「貴様を潰せば――!」

 

 (セクンドゥム)が雷の魔法を槍の形に変え、こちらに放ってくる。

 私が火星開発事業の要だと知るフェイト・アーウェルンクスの意識が逸れ、雪姫先生に撃ち落とされたのが目に入ったのはご愛敬。

 

 私は今、敵の遠距離攻撃の対象にならない『八門風水導士』ではなく、四人同時に回復を行なえる『風水仙人』の力を宿している。だから、こうして回復を続けていたらいつか敵に狙われることは分かっていた。

 だが、これはあえてこうしている。後方で支援をしているハルナさんと水無瀬さん、夕映さん、のどかさんの壁役になるためだ。

 なので、この攻撃も正面から受け止める。

 

 槍は私の魔法障壁を軽々と打ち砕き、腹に深々と突き刺さる。

 だが、その程度不死者の私に効くものか。ネギま部のメンバーだって、気にしている様子は見せない。私が死ぬ姿を修行中に散々見てきたからね。

 

「ククク、これで……」

 

「これで、どうしましたか?」

 

 私は腹に刺さった雷の槍を引き抜き、手でにぎりしめて破壊した。

 槍を放った(セクンドゥム)は、腹に大穴が空いた私の姿を凝視する。

 

「貴様、不死者か!」

 

「その通り。死なないヒーラー、まさしく最強のポジションでしょう?」

 

「ならば、二度と戻ってこられないよう、次元の彼方に消し飛ばしてやる!」

 

 フフフ、それも効かないんだよね。『ドコデモゲート』を手に入れた私ならね。

 私は笑いながら、風水士の力で腹の傷をふさいだ。別に心臓を消し飛ばされたわけではないので、このくらいでは死亡判定を受けない。なので、『避禍予見の鏡影』は無事なままだ。

 

 さて、戦況がこちらの有利に傾いたところで、麻帆良の平和のために儀式を邪魔しないといけない。実は(セクンドゥム)の注意が私に移ったところで、勝機が転がり込んでいた。

 

 楓さんが分身を(セクンドゥム)の前に残したまま、祭壇のすぐ前まで迫っていたのだ。

 

 敵が近づいてきたことに気がついた少女は、アーティファクトを呼び出して迎撃をする。

 バイオリンの形をしたアーティファクト『狂気の提琴(フィディクラ・ルナーティカ)』だ。バイオリンを奏で、音の衝撃波で楓さんを攻撃しようとする少女。だが、楓さんはその音速の攻撃をかわす。

 

 (クゥィントゥム)が邪魔に入ろうとするも、ネギくんと小太郎くんが先回りして雷速移動中に叩き落とす。

 孤軍奮闘することになった少女は木精を自身に憑依させ、背中から生やした樹の翼で楓さんから身を守ろうとする。

 さらに、進攻先を潰された楓さんに、なんとかちう様とあやかさんを突破した(セクンドゥム)が追いつき少女の壁となる。

 

 そこで楓さんは、アーティファクトのマントをひるがえして、中から仲間を追加で呼び出した。

 木乃香さんではない。夕映さんとのどかさんだ。

 

 夕映さんとのどかさんは(セクンドゥム)をかわし、ソードとカタナで樹の攻撃を切り払いながら少女に近づいて『造物主の掟』を見事奪取した。

 そして、二人はそのまま楓さんのもとへとダッシュで戻り、マントの中に引っ込んでしまった。

 儀式の阻止、成功だ!

 

「馬鹿な! 読心能力の女がなぜあそこに! 不死者の後ろで大人しく守られていたではないか!」

 

 (セクンドゥム)が追いついてきたあやかさんに投げられて、地に伏せた状態で叫ぶ。

 だけど、ごめんね。ウチのアークスコンビは、後方で守られているようなタマじゃないんだ。

 私の後ろにいるのは……。

 

「フフフ……我が『落書帝国』にまんまと騙されたわね!」

 

 私の後ろで、ハルナさんが心底面白いといった様子で言った。

 戦いの途中で、『いどのえにっき』が不要と判断したのどかさんは不意打ちのために、夕映さんを連れて楓さんのマントの中に入り込んでいたのだ。私の後方にいる二人は、ハルナさんのアーティファクトで造り出されたゴーレムである。

 

「これで、儀式も止まった。後はあんた達を倒せば……」

 

 ハルナさんがそう言うが、上空の麻帆良の風景は相変わらずそのままだ。むしろ、どんどん近づいてきている。

 儀式が、止まらない?

 何事かと、楓さんのアーティファクトから出てきたのどかさんが、『いどのえにっき』を手に構えながら、雪姫先生の手で地に落とされたフェイトに問う。

 

(テルティウム)さん、儀式を止める方法を教えてください! ……えっ、なぜ止まっていないか分からない、ですか?」

 

 まさかの答えに、のどかさんが唖然とする。儀式は止めた。だが、魔力の動き的に、まだゲートの開放作業は行なわれているはずだ。

 のどかさんは、『いどのえにっき』を複数出現させ、この場にいる全員の心を読んでいく。本を隠す余裕はどうやらないようだ。

 すると、のどかさんは一人の人物に顔を向けた。その人物は、小さな声で笑う。

 

「フフフ……私の策にまんまと騙されましたね」

 

 その人物とは、儀式を行なっていた少女だ。のどかさんは、ブリジットと呼んでいた。

 のどかさんは複数の『いどのえにっき』のうちの一冊を彼女に向けて、じっとにらむ。

 だが、にらまれた少女は涼しげな表情で答える。

 

「その本が読心の正体ですか。実に厄介ですが、貴様が途中で私の心を読まなかったのは怠慢でしたね。非戦闘員とでも思いましたか?」

 

 目を伏せ、笑みを浮かべながら、小さな声で少女は語る。

 

「先ほどあなたは、フェイト様の心を読んで二人隠れていると言いましたね。しかし、その二人は今、ここにはいません。別の場所で儀式を行なっています」

 

「でも、儀式には『造物主の掟』の『最後の鍵』が……」

 

「いつ、私が守っていた物が『最後の鍵』だと言いましたか?」

 

「途中で、鍵を入れ替えた……」

 

「その通りです。心を読まれると困るのでフェイト様に無断で実行しましたが、そうして正解だったようですね」

 

「リンネさん! 今すぐ儀式阻止に向かってください! 儀式を行なっているのは二人、(コヨミ)(ホムラ)です!」

 

 のどかさんが、こちらに向いて『ドコデモゲート』の使用を要請してくる。

 オッケー。いよいよもってゲートがヤバい。完全開放はまだだが、やろうと思えば麻帆良と行き来が可能なレベルだろう。

 私は、即座にスマホで『ドコデモゲート』のアプリを操作し、二人の名前を念じて入力した。

 

 すると、二人の居場所が画面上に文字表示される。偽名でも出るってすごいな……。ちなみに場所は、暦がこの場所の上空にある浮遊石。焔が、麻帆良学園都市……って、もうゲートの向こうにいるのか!

 あ、焔の位置を示す文字が『墓守り人の宮殿上空』に変わった。

 そう思った瞬間、圧倒的な魔力が、身に押しかかってくるような感覚を覚えた。それでいて、どこかおぞましいような気配も感じる。

 私はとっさに上空を見上げ、その魔力の発生源を探る。

 

 視界に映ったのは、二人の少女。杖や箒を伴わずに飛行し、ゆっくりとこちらに向けて降りてくるのが見えた。

 現在ゲートは半開きだ。『最後の鍵』は少女の一人が持っていて、ゲート開放の儀式はすでに止めているようなのでホッと一安心。このままなら麻帆良が魔力で吹っ飛ぶことはなさそうだが……開けたゲートは危ないのでちゃんと閉じてもらえませんかね?

 

 などと考えていたら、少女達の後ろにもう一人の人物が見えた。それは、黒いローブに身を包んだナギ・スプリングフィールドらしき姿。

 来たか、造物主ナギ=ヨルダ!

 




※『魔法先生ネギま!』では属性が不明な(セクンドゥム)ですが、『UQ HOLDER!』にて風のアーウェルンクスと判明していました。


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■76 造物主ナギ=ヨルダ

◆185 宮殿の決戦

 

『墓守り人の宮殿』屋上部に降り立った造物主(ライフメイカー)ナギ=ヨルダ。

 その隣にはべっていた二人の少女は、着地と同時にフェイト・アーウェルンクスのもとへと駆け寄っていった。その少女の一人の手には、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』がにぎられている。あれが、『最後の鍵(グレートグランドマスターキー)』なのだろう。

 

 少女が『造物主の掟』を差し出し、雪姫先生の魔法でボロボロになったフェイトがそれを受け取った。

 

「フェイト様、手はず通りに伝えました!」

 

「そう……ありがとう」

 

 手はず通りにとは、なんだろうか。私はのどかさんの方をチラリと見るが、彼女はフェイト・アーウェルンクスの方をじっと見て黙りこんでいる。『いどのえにっき』で何が分かったんだろうなぁ。

 

 そんなことを思っていると、フェイト・アーウェルンクスがナギ=ヨルダに向けて言う。

 

(マスター)、火星開拓事業計画書は確認していただけましたか」

 

 ここで、『ねこねこ計画書』の確認か。本当に、彼はヨルダの判断を仰ぐつもりなんだな。

 そう思って見ていると、ナギ=ヨルダはどこからか計画書の紙束を取り出し、手に持った。

 

「ああ、見た。これならば、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に魔力は満ちるであろうな」

 

「では……」

 

「だが、これでは虐げられる民の怨嗟(えんさ)の声は止まらぬ。変わらず我らの計画を進めよ」

 

 ナギ=ヨルダはそう言って、手元の計画書を燃やしてしまった。

 ああ、そうだよね。ヨルダはそういう判断をする人だよね。

 

「そう……」

 

 燃える計画書をフェイト・アーウェルンクスはじっと見つめている。

 そして、計画書が全て灰になったところで、ナギ=ヨルダは言う。

 

「魔力がこの場に満ちている今こそ、世界を書き換える時。まずは、我が末裔を確保せよ」

 

 ナギ=ヨルダは、明日菜さんの方を真っ直ぐ見て部下達に指示を出した。

 来るか。戦いは大詰めってわけだ。

 

 世界の書き換え。これへの対抗術式は事前に雪姫先生がいくつか用意しており、今この場で明日菜さんを使って発動されても防げる可能性はそれなりにある。でも、明日菜さんを奪われないに越したことはない。ネギま部が明日菜さんを守るように展開し、再び戦闘態勢に入る。

 

 そして、フェイト・アーウェルンクスとその部下のアーウェルンクスシリーズが動く。

 だが、その矛先は、私達にではなくナギ=ヨルダに向けられていた。無詠唱の魔法が、一斉にナギ=ヨルダを襲う。

 

「何ッ!? アーウェルンクスども、いったい何を!」

 

 デュナミスが驚きの声を上げる。どうやら、アーウェルンクスシリーズの行動は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』副首領の彼にとって理解の範疇外にあったようだ。

 

 アーウェルンクスシリーズの魔法にさらされ続けるナギ=ヨルダから距離を取りながら、フェイト・アーウェルンクスが言う。

 

「悪の親玉(大ボス)の狂った夢想に、付き合いきれなくなっただけさ。僕は、火星開拓事業を支持する」

 

「貴様、(マスター)の忠実な道具が、何を言い出すか!」

 

 デュナミスがフェイト・アーウェルンクスに殴りかからんと、再び戦闘形態になる。

 

「よい」

 

 だが、アーウェルンクスの魔法攻撃を魔法障壁で防ぎ続けるナギ=ヨルダが、そう告げた。

 

(テルティウム)はそのように私が作った。自由意志を持ち、己で全て判断する存在。私を裏切るのもまた一興」

 

 ナギ=ヨルダのその言葉を受け、デュナミスがさらに言う。

 

「しかし、他のアーウェルンクスどもまでそれに同調しております! これは、何かのバグでは!」

 

 すると、ナギ=ヨルダに攻撃を続けていたアーウェルンクスの一人、(セクンドゥム)が顔を歪ませ笑いながら言った。

 

「バグとは心外だなぁ。今の我々の(マスター)は、(テルティウム)だ。そこのヨルダはただの元主さ」

 

「ッ! そういうことか。何をわざわざ悠長に秘宝などを集めているかと思ったら、裏切りを画策していたか!」

 

 デュナミスが、フェイト・アーウェルンクスをにらみつける。

 すると、フェイト・アーウェルンクスは涼しい顔をして答えた。

 

「別に、最初から裏切るつもりはなかったさ。ただ、僕の期待していた言葉が返ってこなかったから、見限っただけだよ」

 

「貴様!」

 

 今度こそ、デュナミスはフェイト・アーウェルンクスに殴りかかった。それを見たフェイトの部下の少女達が、デュナミスに挑みかかる。月詠すらデュナミスの敵に回り、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は完全に内部崩壊だ。

 

 そして、アーウェルンクスシリーズも、ナギ=ヨルダへの攻撃を再開した。攻撃にさらされたナギ=ヨルダは、わずらわしそうに顔を歪める。

 

「面倒だな。フム、これだけ魔力が集まっているなら少し使ってしまってもよいか」

 

 そう言って、ナギ=ヨルダは手を前に掲げる。

 すると、魔法陣が床に輝き、魔法陣から人が複数体出現した。

 

(プリームム)。地のアーウェルンクスを拝命」

 

(ニィ)。火のアートゥル二代目」

 

17(セプテンデキム)。水のアダドー十七代目」

 

 それぞれ己の名前を宣言して、アーウェルンクスシリーズと戦い始める。

 さらにナギ=ヨルダは、筋骨隆々の大男、長髪の優男、長髪オールバック男を出現させ、自身の周囲に配置する。

 そして、ナギ=ヨルダはあらためて明日菜さんへと向き直った。

 

「我が末裔を捕縛せよ。他は殺して構わん。魂さえ残れば、それでいい」

 

 ナギ=ヨルダの言葉を受け、ネギま部メンバーが即座に迎撃のために攻撃に移る。

 すると、上空に飛んでいた雪姫先生が、こちらに向けて叫ぶ。

 

「のどか! 手はず通りに!」

 

「ハイ!」

 

 雪姫先生の指示で、のどかさんはナギ=ヨルダに指を突きつける。

 その指には、トレジャーハントで見つけてきた魔法具がはめられている。『鬼神の童謡(コンプティーナ・ダエモニア)』。その効果は……。

 

「『我、汝の真名を問う(アナタノオナマエナンデスカ)』!」

 

 相手の真の名前を暴き立てる、まさに『いどのえにっき』のためにあるような効果である。

 ナギ=ヨルダの正しい名前を認識したのどかさんは、ナギ=ヨルダに問う。

 

「ヨルダ・バオトさん、あなたのその身体はナギ・スプリングフィールドさんの本物の身体ですか?」

 

「その魔法具……『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』か」

 

 ナギ=ヨルダがのどかさんのアーティファクトを見て、眉をひそめる。

 だが、のどかさんはそんなことおかまいなしに相手の心の内を暴く。

 

「ナギさんの本体は魔法世界のはるか上空に置いてあって、これは精神を乗り移らせた分体だそうです! でも、分体にも倒されたときに相手の身体と魂を奪う能力が健在だと!」

 

 よし、よく聞き出したぞ、のどかさん。このナギ=ヨルダは、ただの人型端末ってことだ。それなら、遠慮なく倒しちゃっても構わない!

 

「ネギま部、フォーメーション『スーパーアスナ』!」

 

 私は、ネギま部のメンバーにそう号令をかけた。

 瞬時にネギま部の面子が、明日菜さんを前面に押し出すような陣形を取る。

 

「んもー、ネギま部じゃなくて『白き翼(アラアルバ)』でしょ、リンネちゃん!」

 

「明日菜さん、『復活薬』は残りありますか?」

 

「そっちは奪われていないから大丈夫!」

 

 明日菜さんがそう言いながら、アーティファクトの大剣を構えた。

 

 そんな明日菜さんに、ナギ=ヨルダの部下三体が迫る。

 だが、ネギま部のメンバーがその妨害に入り、明日菜さんを守った。

 

 のどかさんも、『いどのえにっき』を複数展開しつつ長杖『リフェルアリオン』を手に取りテクニックを敵に放つ。

 楓さんのアーティファクトから出てきた夕映さんは、そんなのどかさんを守るように大剣『クヴェルアリオン』を構えている。

 

 戦闘が開始され、敵味方が入り乱れて激突する中、私は後方でスマホをいじっていた。

 別に遊んでいるわけじゃない。スマホの住人に連絡を取っているのだ。

 

 呼び出しの了解を得たので、私は『スペース・ノーチラス』側の弓兵を減らし、新たに仲間をこの場に呼び出した。

 一定範囲の仲間に自身のステータスを加算するダンサーの『情熱の踊り子ワルツ』。

 特定の属性を持つ相手のステータスを強化する鍛冶師の『ドワーフの姫ティニー』。彼女の強化対象は女性の近接戦闘職全般。

 数々の支援魔術を使えるキャスターのサーヴァントで、アルトリア陛下の一つの可能性である『アルトリア・キャスター』。通称キャストリア。

 

 それぞれが、戦闘態勢を取ったまま、明日菜さんの近くに展開する。

 

「さあ、一曲奏でますよ」

 

 ワルツが手に持ったリュートをかき鳴らし、躍りながら楽しげな曲を演奏し始めた。

 彼女の味方強化スキル『エンドレスワルツ』の前奏だ。

 

「フン、特別に来てやったわよ」

 

 ティニー様がそう言いながら、手に持ったハンマーを地面に打ちつけた。

 すると、ネギま部の女性陣に不思議な力が宿り、武器が防護される。魔力とも気とも違う力により、女性陣の強さが跳ね上がった。

 

「出陣ですね。いいでしょう。ひとまずは、皆に強化を」

 

 キャストリアが魔術を行使すると、彼女が持つ宝刀マルミアドワーズが輝きを見せ、ネギま部のメンバー達を照らす。

 宝刀の加護が皆に宿り、悪を打ち払う力がもたらされた。ゲーム的に言うなら、『希望のカリスマ』が発動した状態だろう。

 

「よし、いける! 覚悟しなさい、ナギ!」

 

 そう叫んだ明日菜さんが、ナギ=ヨルダに向けて剣を構えた。

 そして、ネギま部のメンバーがヨルダの部下達を押し込むようにして道を開き、明日菜さんをナギ=ヨルダのところへと向かわせた。

 

 これこそ、フォーメーション『スーパーアスナ』。明日菜さんを強化して、造物主(ライフメイカー)に直接差し向ける陣形である。

 

 明日菜さんが向かってくることは予想外だったのか、ナギ=ヨルダはフッと笑い、指を明日菜さんに向ける。

 そして、そこから無詠唱で『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』が放たれた。

 

 ナギ・スプリングフィールドの魔力によって放たれたその一撃は、さながら極大ビーム砲。

 だが、明日菜さんはそれを剣の一振りでかき消した。

 

「私に魔法は効かないわよ?」

 

 明日菜さんが笑い、ナギ=ヨルダに迫る。

 

「そうだったな。では、魔法が効かぬなら、魔力を込めた直接攻撃ならどうだ?」

 

 ナギ=ヨルダが前に一歩進み、拳を構える。

 そして、明日菜さんを迎撃しようと拳を振り抜いたところで、それを横から受け止める者がいた。

 

「ネギ!」

 

 明日菜さんが、自身を庇った仲間の名前を叫ぶ。

 それは、竜化したネギくん。彼は竜の素材で作った装備の一つ、竜鱗の盾でもって、ナギ=ヨルダの一撃を防いでいた。

 

「ほう、これがあの死に損ないか」

 

 ナギ=ヨルダが顔を歪ませて、ネギくんに笑みを向ける。ナギ・スプリングフィールドはしそうにない悪そうな表情だ。

 

 そこから、ナギ=ヨルダとの戦いが始まった。

 タンクのネギくんとアタッカーの明日菜さんというコンビで、ナギ=ヨルダと渡り合う。

 ナギ=ヨルダの攻撃はすさまじく、ネギくんの竜の身体はどんどん削られていく。それを私が後方から回復し続けるが、正直回復が追いついていない。

 

 盾を左手に持ち、懸命にナギ=ヨルダの攻撃を防ぎ、右手の魔剣で牽制をするネギくん。

 

 防ぎ防ぎ、防ぎに防いで、その隙をついて明日菜さんがナギ=ヨルダの片腕を切り落とすことに成功する。だが、次の瞬間、ナギ=ヨルダがもう片方の腕で、ネギくんの胸に攻撃をぶち当てた。

 ナギ=ヨルダの腕は、竜鱗を砕き、竜皮を突き破り……心臓を打ち抜いた。

 

 ネギくんの背から、ナギ=ヨルダの腕が突き抜ける。

 血が止めどなく流れ、ネギくんはそのまま膝を突き、ナギ=ヨルダの腕にすがるように抱きつく。

 ナギ=ヨルダは、ネギくんの胸から腕を引き抜き、腕に絡みつくネギくんの手をわずらわしそうに払った。

 

 しかし……。

 

「何? なぜ離れぬ」

 

 胸を貫かれて死んだはずのネギくんは、ナギ=ヨルダの腕に再び組みついた。

 それと同時に、私の後方に配置していた『避禍予見の鏡影』が砕け散る。この鏡影は、一度限り仲間の死亡をなかったことにしてくれる。

 一瞬でネギくんの胸の傷が塞がり、蘇ったネギくんは力一杯ナギ=ヨルダの腕を両手でにぎりしめた。

 

 それを見ていた私は、ナギ=ヨルダの部下を宝刀マルミアドワーズで斬りつけていたキャストリアに指示を出す。

 

「キャストリア、今です! 明日菜さんに強化を!」

 

「誰がキャストリアですか、まったく」

 

 キャストリアはそう言いながらも、明日菜さんに向けて二つの魔術を行使。それは、理想郷アヴァロンに住む妖精の加護をもたらすスキルと、人類の脅威に対する聖剣を作成するスキル。

 すると、魔術を受けた明日菜さんのアーティファクト『ハマノツルギ』が光り輝き、姿を変える。それは、白き翼の生えた美しい大剣。

 

 新たに造り出された聖剣でもって、明日菜さんはナギ=ヨルダに挑みかかる。

 

「今なら撃てる! 奥義ィ!」

 

 明日菜さんはその場で跳躍し、落下の勢いのまま地面にその聖剣を叩きつけた。

 

「『岩砕滅隆剣』!」

 

 聖剣の輝きが伝播した地面が隆起し、巨大な槍となってその場から動けないナギ=ヨルダを串刺しにする。

 その大地の一撃には明日菜さんの力がしっかりこもっており、ナギ=ヨルダの肉体を再生不可能なほどに打ち砕いた。

 

 このナギ=ヨルダは端末。その言葉が正しかったのか、身体を貫かれたナギ=ヨルダは魔力になって分解されていく。

 そして、ナギ=ヨルダは、散り際に言葉を残す。それは、ヨルダのものか、ナギの意志によるものか。

 

「ネギ……俺を殺しに来い」

 

 そう言って、ナギ=ヨルダの身体は消滅した。

 

 

 

◆186 天文学者

 

 決着は付いた。

 ナギ=ヨルダが呼び出した部下達は、ネギま部の奮闘と、フェイト・アーウェルンクスが差し向けたアーウェルンクスシリーズの決死の攻撃によって、全て撃破できたようだ。

 代わりに、アーウェルンクスシリーズも全て破壊されてしまったようだが、生き残ったフェイト・アーウェルンクスは部下の少女達に「魔力があればまた復活できるから大丈夫」と言っていた。

 そんな彼の手には『最後の鍵』がにぎられている。確かに、その気になればこの場の魔力で、いつでもアーウェルンクスシリーズを復活させることができることだろう。

 

 そして、その彼と激闘を繰り広げていたデュナミスは、下半身を消し飛ばされ、地面に仰向けになって転がっていた。

 

「おのれ……しかし、我が主の本体はここにはない。分体を破壊した以上、本体に精神が戻っているはずだ!」

 

 デュナミスの叫びを聞き、私は彼に尋ねる。

 

「それは本当ですか?」

 

「その通りだ! (マスター)が再び現れるまで震えて待つがいい! 我が(あるじ)は不滅だ!」

 

「不滅ですか。それは困りましたね。困ったので、封印しちゃいましょうね」

 

「なに……?」

 

 私は再びスマホを取り出し、電話を繋げる。

 そして、ハンズフリーモードで周囲に相手の声を聞こえるようにして、通話を開始する。

 

「こちらリンネ。オペレーション『結灰陣(けっかいじん)』発動」

 

『了解したにゃ。総員、封印術式展開にゃ!』

 

 電話の向こうから、子猫の声が響きわたる。

 そして、しばらく経ってから、再び子猫の声がスマホを通じて聞こえてくる。

 

『小惑星アガルタ封印完了にゃ』

 

「はい、おつかれさまでした。ボーナスのまたたびに期待していてください」

 

『やったにゃー!』

 

 子猫の喜ぶ声を聞いてから、私は通話を終了した。

 それから手元のスマホを消し、私はデュナミスに近づき、見下ろした。

 

「あなたの(あるじ)は封印しました。これ以上の戦いは無意味です。投降してください」

 

 私の言葉を聞き、デュナミスが驚愕の表情を浮かべる。

 

「馬鹿な……どうやって封印など!」

 

「麻帆良の封印が解除されたときのために、こっそり本体のところに宇宙艦隊を派遣していたんですよ。もし火星開拓事業計画書をご覧になっていたのなら、分かりますよね。私が別宇宙の宇宙船を呼び出せるって」

 

 そう、私は呼び出せる人員枠を大量消費して、造物主の本体のところへ宇宙船を派遣していたのだ。おかげで、今回の決戦であまり助っ人を呼び出すことができなかった。『完全なる世界』を数で圧殺できなかった理由がこれだ。

 キティちゃんの最終目標、ナギ・スプリングフィールドを造物主から救い出す。これを達成するには、麻帆良に封印されているはずの魂もしくは精神と、肉体がある本体である小惑星を統合させる必要があった。

 なので、麻帆良にある封印を解くこと自体はこちらの狙い通りだったのだ。本当なら、『完全なる世界』をどうにかしてから私達の手で封印解除をするつもりだったが、今回の騒動で封印解除されてしまう可能性も織り込み済みではあった。後は、ヨルダを倒す準備とナギ・スプリングフィールドを救い出す準備をしっかり整えて、いつの日かやってくる最終決戦を待つのみだ。

 

 もちろん、これらのことは予言の書の存在を知らないメンバーには秘密にしていた。なので、敵と一緒に味方達もビックリしているね。

 私は事実の披露にちょっとドキドキしながら、地面に倒れるデュナミスを見下ろして告げる。

 

「これで、戦う準備が整うまで、造物主を封印しておくことができました。震えて待つ必要はありませんね?」

 

「どうやってあの方の本体を見つけたというのだ……。簡単に見つけられるような場所にはいないはずだ」

 

「実はウチの子猫達って、天文学に優れているんですよ。火星開拓事業の説明のために要人の前で連日のように子猫達を呼び出していたんですけど……彼らが魔法世界の空を観察していたら、発見してくれたんです。造物主の本体」

 

「馬鹿な!」

 

 馬鹿じゃないよ。驚くのも分かるけどさ。

 異界である魔法世界のはるか上空、宇宙空間に造物主の本体は存在する。小惑星アガルタ。それが造物主の本体だ。『UQ HOLDER!』で語られていた情報だね。

 

 観測した小惑星が、造物主の本体だという確信はあった。魔法世界中にフォトンを散布したのどかさんがフォトンの反応から演算をして、その小惑星が造物主の本体だと太鼓判を押してくれたからだ。何気に、人工アカシックレコードの司書として初めて役に立った瞬間だった。

 

「それくらいできちゃうのですよ。なにせ、私が抱えるのは科学の申し子達ですから」

 

 私がそう言うと、デュナミスは観念したようにまぶたを伏せた。

 

 実際のところ、今回の騒動に関しては、ゲートを完全開放されて麻帆良を吹っ飛ばされることだけが、私達の敗北条件だったのだ。

 世界の書き換えを実行されても対抗術式を雪姫先生が準備していたし、造物主が復活しても本体封印の準備ができていた。

 万が一仲間が『完全なる世界』のメンバーに殺されないためにも、『復活薬』という『PSO2es』の死亡後復活する課金アイテムをみんなに大量配布してあった。『避禍予見の鏡影』もあったし、死亡対策はしっかりしていた。

 敵がピンポイントで、ゲート開放をしようとしたのには焦ったが……。最終的に阻止はできたので、全部丸く収まったということでいいだろう。

 

 やがて、デュナミスは雪姫先生によって力を封印されることとなった。

 さらに、フェイト・アーウェルンクスが取り出した、約束を魂のレベルで遵守する魔法具『鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)』を使ったうえで、私達に敵対しないことを宣言した。

 

 こうして秘密結社『完全なる世界』は瓦解し、『墓守り人の宮殿』における決戦は私達ネギま部の勝利に終わったのだった。

 




※麻帆良に封印されていた造物主は精神を乗り移らせた端末であるという設定は、『UQ HOLDER!』での描写を考慮したオリジナル設定です。造物主の本体が小惑星アガルタというのは『UQ HOLDER!』に出てくる原作設定です。


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■77 今日のところはハッピーエンド

◆187 墓守り

 

 副首領の投降をもって『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は壊滅した。

 造物主の本体も封印され、後はナギ・スプリングフィールドを助け出す日を待つばかり。現在の懸念事項は残り一つだ。

 

「何かの拍子でゲートが開いてしまうと溜まった魔力が麻帆良に流入して、麻帆良が吹き飛んでしまいますね。閉じる必要があります」

 

 私がそう言うと、一大事だとネギま部がざわめく。

 まあ、開けたなら閉じればいいのだ。私は、『最後の鍵(グレートグランドマスターキー)』を持つフェイト・アーウェルンクスに向かって言う。

 

「開いたゲートを閉じてもらえますか?」

 

「そうしたいのはやまやまだけど、開け方しか聞いていないんだ。閉じ方は、墓守りに聞かないと分からない」

 

 フェイトが淡々とそう返してくる。

 墓守りか。ネギくんや明日菜さんの祖先だという、旧ウェスペルタティア王家の者のことだろうが……どこにいるんだ?

 

「呼んだか?」

 

 と、突然、私達の横に小さな子供が出現する。

 新たな敵の出現に警戒したネギま部一同だが、私はスッと手をかざして、皆が突っかけていくのを止める。

 

「この場所の(ぬし)さんですか?」

 

 私がそう尋ねると、子供は「ウム」とうなずく。

 その墓所の主に、フェイトが話しかける。

 

「ちょうどいいところに来てくれた。ゲートを閉じる方法を教えてほしい」

 

「確かにこのままではまずいのう。私が直接閉じよう。鍵を貸せ。スペアの方でもよいぞ」

 

 墓所の主がそう言うと、フェイトが素直に『最後の鍵』を差し出す。

 

「ちょ、それ重要な鍵なんでしょ。そんな怪しい人に渡して……」

 

 明日菜さんが墓所の主を怪しんでそんなことを言うと、フェイトはチラリと明日菜さんに目を向けてから答える。

 

「この人は君達の味方だよ。魔法世界救済計画に乗るそうだ」

 

「ウム。私はそなたたちの計画に魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の未来を賭けてみることにしたのじゃ。そう怪しむでないわ、我が末裔よ」

 

「ま、末裔……?」

 

 墓所の主の意味深な言葉を受けて、明日菜さんが困惑する。

 そんな明日菜さんに、あやかさんが横から言う。

 

「ここはオスティアの旧王家の宮殿ですわよ、アスナさん。そこの主ならば、王家の血筋でもおかしくないですわ」

 

 それを聞いた明日菜さんは、主の顔をマジマジと見つめる。

 

「確かにアリカ様に似ているかも……私の親戚!?」

 

「むしろ、祖先じゃ」

 

 墓所の主はそう言いながら、鍵を使って魔法を発動し始めた。

 ゲートに干渉しているのか、現実世界に流入しようとしていた魔力の動きが止まり、上空に見える麻帆良の景色が少しずつ遠ざかっていく。

 

 その光景に、私達はホッとしながら、張り詰めていた気をゆるめた。

 ゲートが閉じていき、麻帆良の向こうに見えていた輝く世界樹が姿を消す。ありがとう世界樹。ネギくんの魔剣にパワーを送ってくれていたけど、造物主相手には牽制にしか使わなかったね!

 

 そして、『最後の鍵』で魔法を展開しながら、墓所の主は私達の方を見て口を開く。

 

「そなた達には本当にすまないことをしたな」

 

「え? 何がですか?」

 

 祖先と聞いて敬語になった明日菜さんが問い返す。

 

「いや、そなた達の助けになろうと、魔族の重鎮を呼んだのだが……造物主(ライフメイカー)側の案の方がよいなどと言い出してな……」

 

「魔族の重鎮! あの人、ザジさんの姉って言っていたわよね。ザジさんは魔族のお姫さまか何かってこと?」

 

「アスナさん、今はそのことはいいでしょう」

 

 話が逸れそうになったところで、あやかさんがそう言って軌道修正をかける。

 すると、明日菜さんはハッとなって、墓所の主に向かって言う。

 

「つまり、あのポヨポヨ言う人をあなたが呼んだから、私がさらわれることになったと」

 

「うむ。『夏の離宮』で人々を夢の世界に閉じ込めていたじゃろ。あれはあやつが持つアーティファクトの効果での」

 

「皆を眠らせたあれですね! 私には効かなかったけれど」

 

 得意顔になって、明日菜さんがうなずく。

 

「どうやらあやつめは『夏の離宮』で追い詰められて逃げ出したようじゃな。まったく、迷惑をかけよって」

 

 龍宮さんと高畑先生、ゲーデル総督の三人がかりには、さすがの魔族のお偉いさんも敵わなかったらしい。

 憤る墓所の主に、私はふと思ったことを言う。

 

「彼女のアーティファクトの力は、造物主が作ろうとしていた夢の世界に似ていますからね。もしかしたら、自分に対してアーティファクトを日常的に使っていて、夢の世界に浸ることを本当の幸せだと思っているのかもしれません」

 

「フム。なんとも虚しい幸せじゃの。夢の世界にいては、人類はそれ以上前に進めないというのに」

 

 人類の進歩か。私達の火星開拓事業を進めると、人類は子猫達から技術を受け取って確実に進歩をする。一方的に与えられるだけの立場であるが、人類はきっとその技術を使いこなし、その発展の糧にしてくれるだろう。

 

 それからゲートは完全に閉じて、墓所の主はフェイト・アーウェルンクスに『最後の鍵』を返した。

 フェイト・アーウェルンクスは、その『最後の鍵』を持ちながら、明日菜さんの方へと身体を向ける。そして、彼女に向けて言った。

 

「世界をリライトして魂を眠らせるプランを止めた以上、僕達が回収してきた魂を解放して肉体を復元してやらなければならない。そのためには、黄昏の姫御子。君の協力が必要だ」

 

「なるほど、それなら、協力は惜しまないわ!」

 

 明日菜さんは『最後の鍵』を受け取り、目を閉じて何かを感じ取ったのか、口を開く。

 

「いっぱいいるわねー。これ、ちょっと頑張らないといけなさそうね!」

 

 と、再生を始めようとする明日菜さんに、私は待ったをかける。

 

「明日菜さん、一旦ストップです。フェイトさん、それ、今すぐやらないとダメでしょうか?」

 

 私に問いかけられたフェイト・アーウェルンクスは不思議そうにする。

 

「……? この場に溜まった魔力と、黄昏の姫御子と、『最後の鍵』があって初めてできる。先延ばしにされても困るよ」

 

 そんな彼に、私はストップをかけた理由を説明する。

 

「だからといって、着の身着のまま放り出すわけにもいかないでしょう。幸い、オスティア終戦記念祭で世界各国の要人が集まっていますから、彼らに受け入れ態勢を整えてもらいましょう」

 

「……そうだね。確かに放り出すのは無責任だ」

 

「フェイトさんのことでしょうから、紛争地帯から優先して魂を回収しているでしょう。それなら、やはり復活には各国の調整が必要ですよ」

 

 そういうことになり、私達はフェイト・アーウェルンクスとその部下達、そして捕虜となったデュナミスを連れて『スペース・ノーチラス』に『ドコデモゲート』の転移で戻った。

『スペース・ノーチラス』のアーチャー軍団は、見事に召喚魔の撃退に成功しており、宇宙船は落とされていなかった。万を超える敵が居たらしいのに、よく耐えきったねぇ。

 私は彼らに礼を言い、今度それぞれの主やトップである王子、マスター、総司令に挨拶に向かうと約束して、スマホの中の宇宙に帰還してもらった。

 

「あれ? リンネさん、挨拶に向かうって、こちらに呼び出すのではないのですか?」

 

 ネギくんが、不思議そうに私に尋ねてくる。

 フフフ、そうなんだよ。挨拶に向かうんだよ。

 

「実は私の『ドコデモゲート』は、向こうの宇宙にも転移が可能だそうです。持ちこんだ人や物は、二十四時間経過で外に追い出される制限があるそうなのですが」

 

 二十四時間制限があるのは、おそらく宇宙の場所は私の魂の中にあり、長時間魂の中に現世の物を飲みこんでいられないからなのではないかと思う。ただの推論だけどね。

 そう考えると、スマホの中から物を取り出す行為は、私の魂を外に分け与えることを意味する。うーん、私がスマホの中から食材を取りだしてみんなに食べさせたり、宝石を取り出して換金したりするのは、身を裂くならぬ魂を裂く無茶なのかもしれないね。別に、宇宙全体に比べれば、その程度誤差の範囲だろうけど。

 

 ちなみに、向こうの宇宙から人を呼び出す場合は、従来通り枠が必要らしい。そんなに徳ポイント課金させたいのか、神様!

 

「ということは、カルデアに行けるのか、リンネ姉ちゃん!」

 

 話をネギくんの横で聞いていた小太郎くんが、即座に食いつく。

 

「ええ、制御できなさそうなので呼び出せなかったサーヴァントにも会えますよ。今度、予定を合わせてみんなで向かいましょうか」

 

「えっ、葛飾北斎やゴッホちゃんに会えるってこと!?」

 

 今度は、ハルナさんが食いつく。そんなにフォーリナー達に会いたかったのか。

 さらに、のどかさんや夕映さんが、アークスの施設を使えるのではとヒソヒソ話し始めた。そうだね。エステという名の外見カスタマイズ施設が使えるね。

 

「ウチなー、ウチなー、子猫ちゃん達の国に行く!」

 

「ご一緒します。二十四時間で物が排出されるなら、またたびはお土産にはできないでしょうが……」

 

 木乃香さんと刹那さんは、子猫の国訪問を考えているようだ。あそこには、数百匹単位で子猫が住んでいるからね。きっと猫好きには天国のような場所だろう。茶々丸さんもどこかそわそわしている。

 そんな彼女達に、私は補足を入れる。

 

「食べてその者の一部となった場合は、外に排出されないそうです。つまり、お土産はすぐに食べてもらうなら持っていくのもありですよ」

 

「おお、それなら、太公老師が育てた桃を向こうに持っていくアル!」

 

 古さんが、嬉しそうにそんなことを言った。

 崑崙で育てた桃か。そう言えば、私の『ドコデモゲート』があれば崑崙と自由に行き来ができるんだよね。今度、スマホの仙人達を連れて、崑崙に挨拶に行くのもいいかもしれないね。

 もしかしたら、スマホの中の宇宙に、仙境を新たに作り出すアドバイスとかもらえるかもしれない。

 

 そんなことで盛り上がりながら、私達は新オスティアに帰還した。

 新オスティアでは、ゲーデル総督が艦隊を編成しており廃都オスティアへの突入を準備していたが、全部解決したと言って警戒態勢を解いてもらった。

 封印から出てきた敵の親玉を本体ごと封印し、『完全なる世界』残党と和解したことを知らせると、ゲーデル総督はたいそう驚いていた。

 

 捕虜のデュナミスや、寝返ったフェイト・アーウェルンクスの扱いをどうするかの話し合いはこれからしなくちゃいけないし、魂の状態の魔法世界人をどこに復活させるかの調整も早急に必要だ。

 しかし、魔法世界人を夢の世界に閉じ込めようとする造物主の企みは、完全に阻止することができた。

 だがら、今日のところはこれでハッピーエンドということでいいだろう。

 

 

 

◆188 ドコデモゲートのリンネ

 

 ハッピーだったのは、本当に〝今日のところ〟であった。あの日の翌日、私は激務に追われていた。

 ネギくんとの仮契約で手に入れたアーティファクトは、異界と現世の間であろうともゲートで結ぶことができる。それを知った魔法世界の人達が、メガロメセンブリア臨時外交官の私に、地球と魔法世界の間の送迎役としての仕事を割り振ってきたのだ。

 

 魔法世界のゲートは全部テロで破壊されており、残っているのは魔獣がはびこる廃都オスティアの閉じたばかりのゲートのみ。地球と行き来するには大規模な儀式魔法による転移が必要だ。

 なので、私は魔法世界のあちこちに転移し、人を集めて魔法世界各地や地球各地へと送り出す仕事に追われることになった。

 

 ネギくんとネギま部のメンバー達は、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』残党を説得した功績で、セレモニーに出席している。

 だが、私はそのセレモニーに出る暇もないくらい、転移の仕事で忙しかった。忙しすぎて全然ハッピーじゃない。

 

「いつまで続くんでしょうね、この仕事!」

 

 私は、説明要員として転移についてきているリカード元老院議員に向けて言った。

 

「そりゃあ、ゲートが復旧するまで?」

 

「二年くらいかかるって話でしょう、それ……」

 

「でも、臨時外交官以上に給料いいぞ。何せ、世界中から転移料金を取れる」

 

「私、学生ベンチャーの社長なので、そこまでお金に困っていないんですが」

 

「マジかよ。最近の学生は進んでんな」

 

 スマホで地球と連絡を取れるので収支の確認は随時しているが、開始一ヶ月で『ねこねこ動画』のアクセスは上々。スポンサーもどんどん食いついてきているらしい。

 そうだ、学生と言えば。

 

「今、地球では八月三十一日なのですが、九月一日から学校が再開しますので、学業に戻りますからね」

 

 私がそう言うと、リカード元老院議員が「げっ!」と声をもらした。

 そう、現在魔法世界は十月上旬だが、地球ではまだ八月三十一日までしか日付が進んでいないのだ。

 このカラクリは魔法世界の正体、異界という点にある。ゲートが破壊された影響で、地球と異界である魔法世界の接続が切れ、二つの世界の時間の流れに差ができた。本来の魔法世界はダイオラマ魔法球のように時間の進みが速く設定されているようで、ゲートが復旧するまで魔法世界は、このまま時間の経過速度が速いままのようだ。

 

「休学とか、できんよなぁ……。転移魔法で繋ぐのは結構手間がかかるんだよな」

 

 リカード元老院議員がそう言うが、仕事のための休学などに応じるつもりはない。

 私は、リカード元老院議員に向けて言う。

 

「毎日放課後に一、二時間使う程度が限界ですね」

 

「そうか。毎日時間決めてやるかぁ……って、旧世界は時間の進みが遅いんだった。少しずつ開始時間がずれていくってことか? 面倒くせえ!」

 

「その辺の計算と調整はお任せしますよ。私は、アルバイトのつもりで請け負いますから。休日も設定してくださいね」

 

「とんだ高給取りの学生バイトがいたもんだな……」

 

 こうして、私の二学期からのアルバイトが正式に決まり……ネギま部は『ドコデモゲート』の力で、麻帆良の新学期に合わせた帰還が間に合ったのだった。

 私も渋るリカード元老院議員を始めとした外交部員達と別れ、麻帆良へ。

 メガロメセンブリアで購入した地球に持ち帰れるお土産を女子寮のクラスメート達に配った。

 

 ちなみにウェールズの魔法使いの街ではなく麻帆良に直接帰還したことにより、ネギくんからの連絡でそれを知ったアーニャが、約束を守って待っていたのにこちらに帰らなかったと怒り出した。

 電話越しに痴話喧嘩するネギくんの様子をネギま部一同で微笑ましく見守り、久しぶりの麻帆良の女子寮で迎える夜は更けていく。

 夏休みはこうして終わりを告げ、私達の一夏の冒険は無事に幕を閉じたのであった。

 



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●真祖降臨
■78 懐かしき3年A組


◆189 新学期

 

 とうとう始まった新学期。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)から帰ってきてほぼ休む間もなく登校し、懐かしの教室に入る。

 本当に懐かしだよね。夏休みの前半はひたすら二十四倍速で修行をして、後半は魔法世界で二ヶ月過ごした。

 しかも、古さんに至っては、五年間崑崙で過ごしている。その感情はいかほどだろうか。

 

「くーちゃん、なんかすごく背伸びてない?」

 

「成長期アル」

 

「十センチ近く伸びているように見えるんだけど……」

 

「成長期アル」

 

 そんな古さんは、朝倉さんに問い詰められひたすらに誤魔化していた。

 朝倉さんは裏の世界を知っている人だから、後で説明しておこう……。

 

 そうそう、その朝倉さんだが。

 

「カズミー! 昨日の動画みたよー!」

 

「あ、本当? ありがとうね、風香」

 

「光る世界樹! 空に浮かぶ謎の都市! やっぱりネタにするならアレだよねー」

 

「アハハ。本当なら、野外でピタゴラ装置もどきを動かす企画をやるはずだったんだけどね」

 

「それも見てみたい!」

 

「楽しみにしててね!」

 

 この一ヶ月で、すっかり人気配信者となっており、日々動画のネタ探しに余念がないようだ。

 しかも、ただの配信者ではなく、『ねこねこ動画』の公式スタッフ扱いで、彼女の配信は『ねこねこ動画』のトップページに常時枠を取って表示されている。そのように下駄を履かせているので、再生数に応じた広告収入はあげられないが、再生数に応じた給料アップやボーナスはしっかりと検討している。

 自己顕示欲が満たされたのか、金銭欲が満たされたのか、彼女はコンスタントに動画を投稿してくれていて、『ねこねこ動画』の知名度アップに一役買っていた。

 広告主探しは別のスタッフに完全に任せたようだが、彼女は今後も公式『CatCaster』として活躍してくれることだろう。

 

 そうそう、彼女達の話にあった世界樹の発光と空飛ぶ都市だが、あれは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』との決戦で麻帆良とゲートが半端に繋がった影響で見えたものだ。空飛ぶ都市は、廃都オスティアのことだろう。

 結局、ゲートが繋がっても向こう側から何かが麻帆良にやってきたということはなかったようだが……この事実を私達は世間に秘密にしないことにした。

 

 いずれ、魔法は世間に公開される。造物主(ライフメイカー)も現状封印されており、魔法の公開を不安視する声はそこまで大きくない。

 そのとき、魔法世界が存在する証拠として、今回の映像を利用するつもりでいる。

 光る大木に、逆さまになって空に浮かぶ魔法の都市。インパクトとしては十分だろう。

 

 そんな、魔法の公開やフォトンの公開、別宇宙の存在公開の準備は、粛々と進められている。

 まあ、中には公開できないようなこともあるけどね。

 たとえば、オックスフォード大学を飛び級で卒業したという噂の子供先生が、実は魔法学校を出ただけで、修行の一環として中学教師を任せられているだとか。

 

 と、そんなことを考えていたら予鈴が鳴り、ほぼ同時に教室のドアが開く。

 3年A組の担任が中に入ってきて、教壇に付く。

 

 私は、そこで原作漫画『魔法先生ネギま!』の三十七巻を思い出す。

 火星開拓事業を始めて忙しくなったネギ先生。彼は各国の要人へ事業を説明するため、教師の仕事を休職し雪広あやかと共に世界中を飛び回ることになった。代わりに、3年A組の担任代理にはフェイト・アーウェルンクスが就くことになる。

 

 では、この世界ではどうかというと……。

 

「みなさんお久しぶりです! 今日から二学期ですよー!」

 

 ネギくんは教師を辞めてはいなかった!

 

 火星開拓事業の地球側への説明は、魔法世界の人々が請け負ってくれている。

 地球人への説明にネギくんが出張ることもなく、あやかさんのアーティファクトを最大限に活かした直接交渉も、まだまだ先になりそうだとリカード元老院議員に言われている。

 魔法世界と関わりのない国への説明に、もしかしたらあやかさんが駆り出されるかも? 程度のことらしい。

 

 ネギくんのネームバリューは、あくまで魔法世界に関わり合いのある相手にしか通用しない。

 そして、関わり合いのない相手には、ネギくんはただの子供。地球人と交渉する段階で、説明要員としてネギくんが引っ張り出される可能性は極めて低いと言われた。

 まあ、私は計画のキーマンとして、引っ張りだこになると予告されているのだけれども。

 

「一時間目は始業式ですので、ホームルームが終わったら速やかに校庭に移動してくださいね」

 

 そんなネギくんの言葉を受けて、生徒達から不満の声が上がる。

 始業式くらい屋内の体育館でやってほしいところだが、冬以外での始業式や終業式はなぜか屋外でやるんだよね。マンモス校だけど体育館に全校生徒が入らないとかはないのに。卒業式は体育館でやるから、相応の広さがある。

 

「こうして、皆さんと一緒に二学期を迎えることができて、本当に嬉しいです。今学期も、皆さんよろしくお願いしますね」

 

 ネギくんがそういうと、クラスメート達が口々に「よろしく!」と叫んでいった。

 

 うん、3年A組は、学校を辞めた超さん以外、全員無事にそろって新学期を迎えることができた。

 魔法世界での戦いを乗り越え、一人も欠けることなく戻ってこられたのは、これ以上ない成果と言えるだろう。

 久しぶりに、学生らしく学園ライフを満喫させてもらうことにしようか。

 

 あ、ちなみに、麻帆良から魔法世界に表敬訪問して、テロの影響でメガロメセンブリアに取り残されていた謎のシスターこと春日美空さんも、しっかり麻帆良に帰したよ。

 ナギ・スプリングフィールド杯のネギくんの戦いを観戦した後、オスティア総督府での睡眠テロにもしっかり遭遇したらしい。

 

 そこまでネギま部とイベントを共有しながら、印象には全く残っていないとか、すごいよね。

 龍宮さんなんかは、ポヨ女を制圧するのに一役買ったというのにね。ちなみにポヨ女は高畑先生とゲーデル総督のコンビにボコボコにされたあと転移で逃げたらしい。

 逃げた先は、魔界の可能性が高いとゲーデル総督が言っていたな。

 

 魔界か。

『完全なる世界』に同調したポヨ女や、未だ姿を見せていない真祖バアルのこともあり、何が飛び出してくるやら。

 私は、この夏休みの間にすっかりメル友になったザジ・レイニーデイさんの方をチラリと見る。すると、ザジさんはニコリと笑みを返してきた。

 彼女は『魔法先生ネギま!』や『UQ HOLDER!』を読む限りだと、敵には回らない。いざとなったら、情報を流してくれると嬉しいんだけどなぁ。

 

 そんなことを考えているうちに、ショートホームルームは終わり、私はネギくんがクラスメート達にわちゃくちゃにされているのを見ながら、校庭へと移動した。

 

 

 

◆190 世界の行方

 

 さて、ネギくんが地球人への説明に駆り出されないと言っても、魔法世界に駆り出されないわけではない。

 土曜日曜は魔法世界の各地を訪れて、計画の説明やセレモニーへの出席を行なっている。

 

 本日、九月二十三日秋分の日も、教師の仕事が休みとあって、魔法学園都市アリアドネーへ遊説に向かっている。

 今頃、英雄の息子であり、『完全なる世界』の野望を阻止した英雄でもあるネギくんを迎えて、アリアドネーは街中、上へ下への大騒ぎとなっていることだろう。

 

 私は、そんなネギくんを運んでから、麻帆良に取って返してキティちゃんの家にやってきていた。

 休みの日なので、ネギま部が集まっているのだ。ちなみに、二十四倍速の別荘ではなく、通常速度にした私のダイオラマ魔法球の方での集合だ。

 

「リンネ姉ちゃん、ゲートの仕事はええんか?」

 

 小太郎くんが、珍しくネギま部の活動に顔を出している私に尋ねてきた。

 現在、小太郎くんと二人でお茶タイムだ。お茶請けは、地球に持ち出せるお土産として定番らしい、メガロメセンブリアの銘菓『元祖メガロ饅頭』。

 それをパクつきながら、私は答える。

 

「ええ、ゲートの復旧はまだですが、大規模転移術式の用意が各地でできてきましたからね。最近はそこまで大忙しではないのですよ」

 

 そう、何も直すのに時間がかかるゲートだけが、魔法世界と行き来する方法ではない。すでに魔法世界と地球間の通信は復活しているし、転移の方法だって確立している。

 この辺は、原作漫画でも同じように復旧していたから、別に不思議がることでもない。時間が経てば経つほど、私の力が必要じゃなくなってくるわけだ。だからこそ、私はアルバイト感覚で仕事をしているわけだね。

 

「そっかあ。魔法世界の方はどないや?」

 

「どないって、ずいぶん抽象的なことを聞きますね」

 

 小太郎くんの問いに、私は答えに詰まる。

 

「ほら、あれや。魂から復活した人のその後とか」

 

「ああ、あれはフェイトさんが中心になって、各国と調整していますね」

 

「へえ、フェイトの奴、ちゃんとやっとるんやな」

 

「そうですね。今の作業が終わったら、魔法世界の紛争の解決に従事したいとか言っていましたね」

 

「紛争かぁ。上手く解決できるもんなん?」

 

「難しいでしょうねー。魔法世界は宗教的対立がありませんが、民族的、種族的対立がガチですから」

 

 何せ、見た目からして人じゃない種族が普通にいる世界なのだ。対立があったら融和は困難を極めるだろう。

 渋い顔をする小太郎くんに、私はさらに言葉を続ける。

 

「ちなみに、種族的対立は地球でも起こりえますよ。魔法を世間に公開したら、起きます」

 

「なんや? 魔法使いと一般人の間でか?」

 

「いえ、そちらではなく、世界の裏側に隠されてきた種族と人間の間でです。たとえばそう、狗族と人間とか、烏族と人間とかです」

 

「そっちか。確かにありそうやな」

 

「小太郎くんも他人事ではないのでは?」

 

 覚醒して以降、銀髪となった小太郎くんの頭を見ながら、私は言った。

 その視線の先を理解したのか、小太郎くんは指で頭を掻きながら答える。

 

「下宿先に帰ったら、髪を染めたのかってめっちゃ怒られたわ」

 

 こんだけカラフルな頭髪の世界でも、そんなことあるんだねぇ。

 別に、黒髪でなければいけないみたいな校則は存在しないんだけど。

 

「小太郎くんは、魔法先生のところに下宿しているんでしたっけ」

 

 私がそう尋ねると、小太郎くんはうなずいて答える。

 

「ああ、刀子先生な。神鳴流剣士やな」

 

 結婚を機に関西からこちらに移り住んだという人だ。まあ、その後、離婚したらしいけど。

 小太郎くんがもう少し年長だったら、彼女にとっていい彼氏候補だったろうになぁ。あ、今、刀子先生彼氏がいるんだっけ? 原作漫画の超鈴音による魔法バレで、遠距離恋愛になることをなげいていた気がする。

 魔法はそのうち世間に公開するけど、彼氏はちゃんと受け入れてくれるといいね。

 

「同じ神鳴流で刹那姉ちゃんと面識がある言うてたけど……その刹那姉ちゃんがおらんな」

 

 小太郎くんが、周囲を見回してからそう言った。

 うん、先ほどから烏族だの神鳴流だの話しているが、いかにも反応しそうな刹那さんがいない。

 というのも……。

 

「彼女は、木乃香さんと一緒に、駅へ詠春さんを出迎えに行っていますよ」

 

「呪術協会の長か。なんや、麻帆良に用事かいな」

 

「いえ、麻帆良にではないですね。私に用事というか、私と一緒に日本の要人と会いに行きます」

 

「へー。『ねこねこ計画書』の説明か?」

 

「はい。関東魔法協会の理事長さんと一緒に、首相官邸へと行ってきます」

 

 私の言葉を受け、小太郎くんの目が点になる。

 

「首相官邸って、まさか総理大臣とでも会うんか?」

 

「そうですよ」

 

「そらすごいな!」

 

「そうですか? 小太郎くんだって、今まで散々、メガロメセンブリアやヘラス帝国、アリアドネーのお偉いさん達と会ってきたでしょう?」

 

「……それもそうやな」

 

 そういうわけで、私はネギま部の面々と軽く会話を交わした後、ダイオラマ魔法球から出て詠春さんと合流した。

 そして、関西呪術協会の長である詠春さんと、関東魔法協会の理事長の組み合わせで、総理大臣官邸へ。

 理事長さんは学園長先生より偉い人だけど、この人が頑張っているおかげで麻帆良はメガロメセンブリアから独立を保てているんだなぁ。

 

 総理大臣との会談でも理事長は相手を敬いつつもけっして意見を譲らず、魔法使いとしての立場をしっかりと相手側に表明していた。うん、この人に任せれば、日本での魔法公開は上手くいくだろうな。

 詠春さんは……政治屋としてはまだまだって感じである。

 私? 適当に笑顔を貼り付けながら、ほとんど無言で過ごしていたよ。下手に政治の世界に組み込まれても困るしね!

 

 そんな感じで日本での調整も順調に進んでいる。

 世の中には魔法バレを防ぐための専門の対策機関も存在するのだが、そこへの顔見せもしっかり行なう。彼らは今後職を失うことになるからね。しっかり話を通す必要がある。

 こうして計画は一歩ずつ前に進んでいき……世界は、少しずつ動き始めていた。

 




※関東魔法協会理事長は原作に存在しないキャラ。つまり名無しのオリキャラです。一方、魔法バレを防ぐ専門機関は原作にも存在します。十五巻参照。


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■79 イノセントブルー

◆191 親善大使

 

 二〇〇三年十月一日。その日、私は放課後を使って、ある人物達を麻帆良に運んでいた。

 いずれも魔法世界人で、種族は様々。所属は、独立学術都市国家アリアドネーである。

 

 彼らを学園長先生および魔法先生の代表者達の前に連れていき、本日の私のアルバイトは終了。

 ここから先は、ネギま部としての活動だ。

 その一環として、私はネギま部に集合をかけ、アリアドネーの人達と引き合わせた。

 

「こちら、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)よりいらっしゃいました、アリアドネーの親善大使ご一行です」

 

 私がそう紹介すると、ネギま部から代表してネギ先生が前に出て、大使の人達と握手を交わしていく。

 ネギくんはもうすっかり握手に慣れていて、手をにぎる際にそっと微笑むサービスすら身につけていた。

 

「よろしくお願いいたします。私、エミリィ・セブンシープと申します!」

 

「エミリィさんですね。ようこそ麻帆良へ」

 

 褐色肌に垂れた獣耳の少女が握手しながら自己紹介を始めたが、ネギくんはそれをにこやかに受け入れた。

 エミリィ・セブンシープといえば、『魔法先生ネギま!』の魔法世界編の綾瀬夕映サイドに登場した、アリアドネーの魔法騎士団候補生の学級委員長ポジションキャラだ。

 確か、母親と親子二代でナギ・スプリングフィールドの大ファンで、ファンクラブにも入っているんだったかな。握手をしてめちゃくちゃ上気した顔になっているから、この様子だとネギくんのファンにもなっていそうだ。

 

「ああ、もう死んでも悔いはないですわ……」

 

 ネギくんから手を離したセブンシープさんがフラリとよろけ、横にいた黒髪の少女がそれを支える。

 それに慌てたのは、ネギくんだ。

 

「大丈夫ですか!? 治療魔法は要りますか!?」

 

 すると、黒髪の少女が焦った様子も見せずに答える。

 

「大丈夫です。お嬢様はネギ様の大ファンなので、嬉しすぎて倒れただけです」

 

「そうですか……」

 

 ネギくんがホッとした顔になる。そこまで大騒ぎしていないあたり、似たような事態に何度か遭遇しているのかもしれない。

 そして、セブンシープさんは他の大使の人達に介抱され、握手会の続きをそのまま行なうこととなった。

 まずは、セブンシープさんを横で支えた黒髪の人間種の人からだ。

 

「ベアトリクス・モンローです。ラカン様との闘い、すごかったです」

 

「見てくださったんですか!」

 

「当日は、お嬢様共々、戦乙女騎士団の仕事で闘技場の上空警備でしたので、遠目にしか見られませんでしたが……」

 

「アリアドネー戦乙女騎士団ですか! 優秀なんですねー」

 

「いえ、まだ候補生ですので、大会で活躍なさったネギ様ほどでは……」

 

 アリアドネー戦乙女騎士団か。オスティア終戦記念祭でも、警備をしているところを見たな。

 原作漫画だと、綾瀬夕映がコレットという少女と共にこの騎士団の見習いとして、オスティアにやってきていたのだが……この世界でのコレット少女は、夕映さんがパートナーにならなくて落ちこぼれからの脱却はできなかったのだろうか。

 少なくとも、それらしい存在はこの親善大使の中にはいない。

 

 そして、ネギくんとの握手会が終わると、なぜかサイン会に発展した。まあ、ネギま部と親善大使の親睦会という名目で面会しているから別にいいんだけど。さらにネギくんのサイン会が終わると、今度は親善大使の中の若者達がなぜかキティちゃんの方を見た。

 

「本物の闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)……! あの、サインをいただいてもよろしくて?」

 

 調子を取り戻したセブンシープさんが、キティちゃんにサインを求めだした。

 

「はあっ? なぜ私にそんなものをねだる」

 

 キティちゃんが、心底理解できないといった感じで問い返す。

 キティちゃん的には、自分は魔法世界人にとって恐怖の代名詞であり、萎縮させたくないとのことで、この場への参加すら渋っていたくらいなのだが……。

 

「おとぎ話の登場人物! それが現実に存在しているとなれば、サインをいただく以外に選択肢がありません!」

 

「……そういえば、そういう扱いだったな」

 

 セブンシープさんの主張を聞いて、キティちゃんはこの前知った、魔法世界で現代魔法世界人が闇の福音をどう思っているかについて、思い出したようだ。

 うん、現実的な犯罪者じゃなくて、物語の住人なんだよね。

 

 そして、微妙な顔でサインを数枚書いた後、キティちゃんがこちらに寄ってくる。

 

「現実世界でメガロメセンブリア以外の魔法世界人を目にする日が来るとはな。これが、例の技術か?」

 

 キティちゃんの問いに、私はうなずいて答える。

 

「はい。火星開拓に先駆けた技術供与を行ないました。『イノセントブルー』です」

 

「仮初めの存在に、肉体を与える技術、か……」

 

「この技術は先に渡さないと、魔法世界人が地球人との交渉を開始できないですからね」

 

『イノセントブルー』。『ファンタシースターオンライン2 es』のキーとなるオラクル船団の技術である。

『PSO2es』にはウェポノイドという武器を人化した種族が登場するのだが、その人化を成り立たせているのがこの『イノセントブルー』だ。

 武器を人化し、敵性生物(エネミー)を人に変え、データ化された人間に肉の器を与える、そんな技術だ。

 

 ちなみに『イノセントブルー』で造られる肉体はフォトンで構成されるため、魔法世界人が器を新たに造るにはフォトンが必要だ。フォトンの発生源であるのどかさんの重要度が超絶アップである。

『イノセントブルー』をきっかけにしてフォトン関連技術そのものへの関心も高まっており、麻帆良にフォトン研究施設を新たに建てる話なんかも出ているね。

 そこの研究員候補として当然のようにクラスメートの葉加瀬聡美さんの名前も挙がっており……地球人類も原子力に替わる新エネルギーとしてフォトンに注目するだろうし、フォトン研究者は世界の最先端を行く者扱いを受けそうである。

 

 学術都市アリアドネーの人達が真っ先に親善大使を送ってきたのも、ここ麻帆良が最先端の学術研究の場になることを察したからではないだろうか。

 まあ、平和に交流してもらう分には大歓迎だ。

 

 アリアドネーの人達には、存分に地球人との友好と技術の架け橋になってもらおうじゃないか。

 地球に駐在する魔法世界人が増えれば、人の行き来が減って私の忙しさも少しは減るだろうからね。

 

 

 

◆192 傭兵

 

 ある日の放課後、私はクラスメートの龍宮さんを呼び出して、教室で話し合いをしていた。

 議題は、発展途上国への魔法及びフォトン関連技術の拡散について。

 龍宮さんはその経歴上、発展途上国や紛争地帯での活動経験が豊富であり、海外で活動するNPO法人との伝手も多く持っている。なので、彼女も魔法世界救済計画に組み込んでしまうことにした。

 

 お金で動く彼女だが、今回の議題は無視できないだろう。何せ、世界平和のために超さんサイドについて魔法を世界に拡散しようとした下手人の一人なのだ。

 

「つまり、この国は独裁体制となってそれなりに長くてな。新技術は民間から広めるべきだ」

 

「へー。でも、それって、革命につながりません?」

 

「いいことじゃないか。軍部の圧政に苦しんでいる国だぞ」

 

「いやいやいや、泥沼の内戦とか勘弁ですよ」

 

「そこで魔法系団体を介入させてだな……」

 

「内・政・干・渉!」

 

「そんなの今さらだろう。世界の不均衡を是正するなら、思い切りも必要だぞ」

 

 子供達が笑って過ごせる平和な世界の実現が夢らしいのに過激なことを言い出す龍宮さんに戸惑いながら、私は話を進めていく。

 うーん、さわりの部分だから二人での話し合いをしたが、これは他の人も巻き込んだ方がよかったかな?

 

 しかしまあ、新技術を渡してハイ終わりと行けば楽なんだけど、そうはいかないものだね。

 技術さえあればいいなら、ハーバーボッシュ法が発明された時点で地球は飢えのない農業惑星になっていてもおかしくないはずだからね。しかし、今日も困窮した人々への医療品や食料を提供するための寄付を募るテレビCMは、止まらない現状なのである。

 

『UQ HOLDER!』にて真祖バアルが中世に、当時の文明人であったメガロメセンブリア人を地球人類の盟主にしようとした気持ちも分かろうってもんだ。

 まあ、それにならって現代で魔法使いを政情不安定な国の首長にでも据えようものなら、魔法使いと普通の人間との間で、終わらない戦争が始まりそうだけど。

 

 そんなこんなで、政治・宗教・民族という私が一生関わりたくなかった泥沼テーマについてとことん話し合っていると、不意に龍宮さんの仕事用ケータイに着信が入った。

 話を中断して、電話に出る龍宮さん。私は、少し離れたところで電話が終わるのを待つ。

 

「すまない、急ぎの仕事だ」

 

 電話を切った龍宮さんが、そう告げてくる。

 仕方ない、今日はここまでだ。そう思って、机の上に広げていた資料をまとめ始めると、龍宮さんがさらに言う。

 

「リンネ、行くぞ」

 

「え?」

 

「今回の仕事は、リンネにも関係ある話だろうな。麻帆良への侵入者が、アリアドネーの親善大使のところに向かっているそうだ」

 

「なんですとっ」

 

 麻帆良に怪しい侵入者とか、そんな前世で読んだネギまの二次創作小説のような展開……。しかも、狙っている相手がアリアドネーとか、どうなっているんだ。

 私は、テーブルの上の資料を乱暴にまとめて、カバンの中に放り込む。そして、カバンを机に放置したまま、龍宮さんに向けて言った。

 

「分かりました。行きましょう。でも、仕事内容を漏らしちゃっていいんですか?」

 

「なに、こう言えば、リンネは私の仕事を手伝ってくれるだろう?」

 

「確かにその通りですけどねっ。では、親善大使のところへ直接ゲートを開きます」

 

 私は、スマホを取り出して『ドコデモゲート』の使用準備をする。

 

「フフ、便利だな」

 

 便利すぎて、いいように使われているけどね!

 

 

 

◆193 魔族の襲撃

 

『ドコデモゲート』を使って、龍宮さんが指示するアリアドネーの人のところへ飛ぶ。

 それは、エミリィ・セブンシープさんとベアトリクス・モンローさんの二人組。それを守るように、魔法先生の葛葉(くずのは)刀子(とうこ)先生が大太刀を抜いて前に立っていた。

 その三人と向かい合うようにいるのは、大勢の悪魔だ。

 現在位置は、麻帆良市街地にあるカフェのテラス席。街中での襲撃とは、なかなか大胆な相手だ。

 

「救援に来ました!」

 

 私の声を聞いて、刀子先生がホッと息を吐く。

 

「『白き翼(アラアルバ)』が来てくれるとは、私も悪運が強いですね。敵は下級悪魔が十五体です。街中でもお構いなしに魔法を使ってきます」

 

 いや、その言い様って、ネギま部に戦闘集団としての名声でも付いて回っているの?

 しかし、下級悪魔か。

 

「学園結界に妨害されない絶妙なラインですね……召喚士は麻帆良を熟知していそうですね」

 

 私はそう言いながらスマホから力を引き出し、武器を取り出す。本日の武器は、長槍の『アレティアランサ』。仲間のHPを一定間隔で回復してくれる効果がある。武器潜在ってやつだ。

 武器潜在は『PSO2es』の力ではなく『PSO2』の力のため、私が持ってもそのままでは力を発揮してくれないが、この武器に関しては使い慣れているので、武器の真の力を引き出すことが可能だ。

 

 私が槍を構えたのを見て、刀子先生が言う。

 

「いえ、この悪魔は召喚魔ではありません。送還の術が一切効きません」

 

「……魔族による直接の襲撃ってことですか」

 

「ええ。救援はリンネさんのみですか?」

 

「龍宮さんが配置についています」

 

「なるほど、追加が来るまで粘りましょうか」

 

 私達がそう言葉を交わすと、魔族達が言葉を発した。使用言語は日本語ではないが、『白き翼』のバッヂに付与された翻訳魔法が意味を伝えてくる。

 

「刻詠リンネだ!」

 

「なんてことだ!」

 

「おい、聞いてないぞ!?」

 

 おっ、なんだ? 私、有名にでもなったのか?

 

「捕らえろ!」

 

「殺すなよ、手足はもいでも構わん!」

 

 え、ええー……。

 それを刀子先生も聞いていたのか、微妙な顔をして言う。

 

「……すみません、敵の本命はアリアドネーではなく、刻詠さんだったようです」

 

 いやー、どうなっているんだろうね。

 まあ、仕方ない。とりあえず全員倒してしまおう。しょせんは、学園結界に阻まれない下級悪魔だしね。

 

「では、早速行きますよ。奥義『飛天流槍衝』」

 

 私は、槍を構えてその場で跳躍。槍を天に掲げると手元から槍が消え、その槍が五つに分裂して天から斜めに降ってくる。

 その槍は、物凄い速度で下級悪魔に突き刺さり、そのまま大爆発を起こした。地面が砕け、悪魔が吹き飛ぶ。

 

「んなっ、リンネさん、そんな派手な!?」

 

 刀子先生が驚き声を上げるが、私は気にしない。逆に、アドバイスを送る。

 

「もうすぐ魔法の存在が公開されます。なので、多少の粗は気にしないで良いですよ。そもそも街中に悪魔ですよ。誤魔化しきれませんって」

 

「それは、そうですが……」

 

 言いよどむ刀子先生はとりあえずこのままにして、私はアリアドネーの二人に言う。

 

「というわけで、身を守るために魔法を思いっきり使っていいですよ」

 

「了解しましたわ!」

 

「よかったです。魔法をおいそれと使えず、不便だったのですよ」

 

 アリアドネーの二人が、懐から携帯用の小さな杖を取り出す。

 さて、私も技のクールタイムが空けたので、もう一丁だ。

 

「魔族さーん、次行きますよー」

 

 私は、もう一度ジャンプして奥義『飛天流槍衝』を敵に食らわせる。この奥義は、『まほら武道会』で力を引き出した『天穿の槍士フィロ』が持つもう一つの技だ。範囲内の敵五体に向けて範囲攻撃をするというなかなか恐ろしい技。範囲攻撃というのは、命中した周囲にもダメージを与える攻撃。つまりは爆発。

 その爆発に巻き込まれて、十五体の悪魔は全て倒れ伏していた。

 

「……死んでいませんよね?」

 

 刀子先生が、確認するように私に問うてくる。そんな彼女に、私はほがらかな笑みを浮かべて答えた。

 

「大丈夫ですよ。魔族は頑丈ですから、首を落としても生き延びます」

 

「んなわけねーだろ……そんなのは爵位持ちとかだよ……」

 

 あ、まだ喋れるほど余裕があるね。

 じゃあ次、必殺技(フォトンアーツ)でも食らってもらいましょうか。行くぞー、連続突きだ! 『ティアーズグリッド』!

 

「追い打ちかよっ!」

 

「死ぬぅ!」

 

「誰だーッ、『白き翼』は男と闇の福音以外非戦闘員とか言ったの!」

 

「痛え! 悪魔払いの力だこれ!」

 

 元気そうだなぁ、こいつら。

 私は仕方なしに、学園側の応援が来るまで悪魔達をひたすら槍で突き続けることにしたのだった。

 



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■80 新たなる夜明け

◆194 尋問

 

「『我、汝の真名を問う(アナタノオナマエナンデスカ)』」

 

 そんな言葉と共に、襲撃犯の尋問が始まった。

 ここは、麻帆良にある魔法使いを捕らえておくための施設。原作漫画の麻帆良祭編で、超鈴音によって未来に送られたネギ先生が収監された施設だと思われる。

 

 そこに麻帆良の魔法先生が襲撃犯を連れて来たのだが、尋問のために私がのどかさんを呼んだというのが今の状況だ。

 麻帆良の人達には、のどかさんのアーティファクトの存在はバレていると思うからね。修学旅行では堂々と使っていたわけだし。

 

 そういうわけで、のどかさんは私を護衛にして取り調べ室に入って、捕らえられた下級悪魔を相手に存分に心の内を覗いている。もちろん、相手に『いどのえにっき』の存在がバレないよう、専用の道具で隠してあるよ。

 こういうとき、『いどのえにっき』のページを直接覗かなくても文字を読み上げてくれる魔法具、『読み上げ耳(アウリス・レキタンス)』の存在は便利だよね。

 

「なるほど、アリアドネーの親善大使の方々を狙ったのは、麻帆良とアリアドネーの関係性を悪くして、『白き翼(アラアルバ)』の権威を削ぐため。ひいては火星開拓事業を遅延させて、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の夢幻世界構築に正当性を持たせるためですか」

 

 のどかさんが、相手の心の内を見事に暴露した。

 すると、取り調べを受けていた下級悪魔が、あせった声で言った。

 

「馬鹿な! 精神防壁は完璧なはずだぞ! 読心魔法など、効くはずがないのに!」

 

「大丈夫ですよー……。あなたは何も喋らなくていいんです。今回の襲撃に参加しなかった他の仲間はいますか?」

 

「ッ!? やめろ! 心を読むな!」

 

「麻帆良の郊外に、まだたくさん……その人達もアリアドネーの方達が狙いですか? ッ!? なるほど、学校へのテロが目的ですか」

 

 おや? 話の行き先が不穏になってきたぞ。

 

「アリアドネーはことのついで。本命は、麻帆良学園本校女子中等部の校舎に攻め入り、生徒を人質に取ることですか。最優先目標は、3年A組……よく調べていますねー……人質に取って、何を?」

 

 オイオイオイ、学校にテロリストとか、思春期の少年が授業中にする妄想じゃないんだから。

 

「なるほど、刻詠リンネさんに要求を突きつけるという計画ですか。だそうですよ。すごいことになっちゃいましたねー。リンネさん」

 

 刻詠リンネ? 誰だよそれ。私だよ!

 

「えー、要求ってなんですか。そういうの、人質とか取らずに正面から言ってきてくださいよ」

 

 私がボソボソと言うと、それでもちゃんと相手は心の中で考えを思い浮かべたのか、のどかさんが反応する。

 

造物主(ライフメイカー)の封印解除だそうです……」

 

「ええっ、なんでそれを私に要求しようとしているんですか?」

 

「魔法世界では、『完全なる世界』の首領を封印したのは、リンネさんの仕業として上流階級の間で知れ渡っているらしいです。魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の宙域に宇宙船を並び立てて封印を敢行したのは、刻詠リンネ以外にありえない、だそうです」

 

「ええー……」

 

 当たっているよ! いや、秘密にしていたわけじゃないけど……あえて喧伝するようなことはしていない。

 しかしまあ、こうしてテロリストが来るとなると、考えものだね。両親のところにサーヴァント派遣しておかないと。

 

「そもそも、こいつら何者なんですか? 『完全なる世界』の残党に魔族はいなかったはずですが」

 

 私は、ふと思った疑問を口にする。

 高畑先生とゲーデル総督が長年『完全なる世界』の力を削り続けた結果、残党は夏休みの始め時点で、フェイト・アーウェルンクスとその部下の少女達、それとデュナミスだけになっていたはずだ。

 

「今回の『完全なる世界』と『白き翼』の戦いで、『完全なる世界』の真の目的を知った賛同者が作った武装勢力らしいです。団体名は、『新たなる夜明け(ゼロ・ドーン)』」

 

 ん? 何か聞き覚えあるな?

 そう思ったら、のどかさんが私の手を取り、念話を流してきた。

 

『『UQ HOLDER!』の二十二巻以降に敵対する、魔族の武装勢力ですよー』

 

『あー、なるほど。よく覚えていますね』

 

『予言の書の内容は、しっかり覚えるようにしているのでー……』

 

『三回くらいしか通しで読ませていないのに、立派ですね……』

 

 記憶力すごいねぇ。

 

 しかし、魔族が構成員の武装勢力か。魔族はその気になれば魔界に帰ればいいんだから、魔法世界の未来なんてどうでもよさそうなものだけど。

 そう思って、私は魔族に問いかけてみると。

 

「……この人、わざわざ魔界から魔法世界に出てきて『新たなる夜明け』に加わったそうです。でも、なんでそんなことを? ……上級魔族に言われた?」

 

 そうのどかさんが相手の心を読み取った。

 黒幕は、魔界の魔族? 待てよ、ということは、もしや……。

 

「ポヨポヨ言うレイニーデイ?」

 

 私がその名前を出すと、のどかさんが「違うようです」と答えた。

 フム。ポヨ女の命令じゃないと。となると、他にありえるとしたら。

 

「真祖バアル」

 

 ポツリと私が言うと、黙り込んでいた魔族が、突然叫びだした。

 

「なぜ貴様が、尊きあの方の名を知っている!?」

 

 マジかよ……。ここで名前が出てきたか、真祖バアル。

 いや、待てよ。

 私は取り調べ室をいったん出てスマホを呼び出し、電子書籍閲覧アプリを起動する。

 そして、『UQ HOLDER!』の二十二巻を開き、『新たなる夜明け』が出てくるページを表示する。

 

 その中で、『新たなる夜明け』幹部がこんな台詞を言っていた。

 

『バアル様の御為(おんため)に!』

 

 フム。『新たなる夜明け』の最初の登場は、雪姫達UQホルダーが真祖バアルの逃走ルートを探っていた中で敵対した魔法世界の武装勢力としてだ。つまり、彼らは真祖バアルの眷属。それが、『完全なる世界』の目的に同調した人間を取り込んで魔法世界で根付こうとしている最中というのが、本当のところだろう。

 

 私は、試しに『ドコデモゲート』のアプリで、真祖バアルの居場所を検索してみた。

 ……うん、魔界の業魔大陸にいるぞ、こいつ。てっきりメガロメセンブリアあたりにでも潜伏しているのかと思っていたけど、こんなところで暗躍しているとは。

 

 私は取り調べ室に取って返し、のどかさんの肌に触れて、そのことを念話で伝える。

 すると、のどかさんはさらに質問を魔族に重ねていき、その組織の全容を丸裸にしていった。

 うん、なんというか、『いどのえにっき』はやっぱりすごいね。しかも、いざとなったら人工アカシックレコードでの情報閲覧もあるし、のどかさんは敵に回したくないよ、本当に。

 

 

 

◆195 大捕物

 

 さて、相手の目的が分かり、学校が狙われていることが魔法先生の間に広まった。

 麻帆良の郊外には、未だに武装勢力『新たなる夜明け』が居座っており、虎視眈々と襲撃を狙っている。

 狙われている以上、こちらも座して待つわけにはいかない。迅速に制圧をする必要がある。

 ということで、魔法先生が集まって武装勢力の者達を捕らえることとなったのだが、そこに我らがネギま部もメンバーに加わった。

 

 私達が参加することに、魔法先生達は渋る。当然だ。危険な場所に、子供を連れていくわけにはいかないだろう。魔法先生達の感性がまともであるほど、反対する声は大きい。

 だが、そこにキティちゃんが告げた。こいつらはお前らよりもはるかに強いと。

 そして、敵の戦力は多く、魔法世界の本国から援軍を待つ間に攻め入られたら、甚大な被害が出てしまうとキティちゃんは魔法先生達にせまった。

 

 そのキティちゃんの主張に、魔法先生達も困ってしまった。

 子供を危険な場所に連れていきたくない。しかし、このままだと武装勢力が攻めてきて無数の子供達が危険に晒されてしまう。

 

 そこで新たな意見を述べたのが、高畑先生だ。

 曰く、『白き翼』は他の力を借りることなく『完全なる世界』の残党を打倒した集団。力を借りるならこれ以上頼もしい者達はいないと。

 

 さらに、刀子先生も、意見を述べる。

 桜咲刹那とは今まで一緒に任務をこなしてきており、参加を容認できる。刻詠リンネも、先のアリアドネーの親善大使への救援で大活躍をしてくれた。

 その二人が保証するメンバーならば、参加させてもいいのではないか、と。

 

 そういうわけで、ネギま部の捕り物への参加が決まった。

 いや、実のところ、私がスマホから戦士達を呼び出せば、ネギま部の参加は必要なかった。

 では、なぜ彼らを参加させたかというと、経験を積ませるためだ。

 

 ネギま部メンバーは、いずれやってくる真祖バアルとの戦いに、否応なしに巻き込まれることだろう。

 今回のような魔族の襲撃は今後も予想できることであり、実戦を一つでも多く積み重ねることは急務とも言えた。

 そして、彼女達が造物主との決戦に参加したいと願うならば、少しでも強くなっていてもらう必要がある。

 そのための戦い、そのための試練が、今回の大捕物である。

 

 もちろん、その経験を積むべきネギま部メンバーの中には、私も入っている。

 私がバアルへの対処や造物主との決戦に参加しないというのはまずありえないこと。ならば、積まないとね。実戦経験。

 

 というわけで、アリアドネーの人達が襲撃を受けたその日の夜、郊外の雑居ビルにいる『新たなる夜明け』の捕縛作戦が、迅速に実行された。

 

「ニクマン・ピザマン・フカヒレマン!」

 

 魔法先生の弐集院(にじゅういん)(みつる)先生が、雑居ビルの周辺を結界で隔離する。

 これで、大魔法を使っても周辺住民に気づかれることはなくなった。

 

 結界の展開と同時に、魔剣を手にしたネギくんとアンオブタニウムの手甲をはめた小太郎くんが真っ先に敵施設に突っ込む。ちなみに二人は竜化も獣化もしていない。二人とも人間の姿でないと、麻帆良の学園結界の効力を受けてしまうようになったのだ。

 結界をいじって効力外に指定する例外処理をするには、次の結界のメンテナンスを待たなければならない。年に二回の大停電だね。

 ちなみに、例外処理はキティちゃんも受ける予定だ。魔法世界での恩赦が通ったので、危険性無しという扱いになったためだ。

 

 むしろ、麻帆良的には警備員として万全なキティちゃんに居てもらう方が、保安上都合がいい。来年の中等部卒業以降は、このまま高等部へ上がってもらい、さらには麻帆良大学の教育学部へと進んでもらって、ゆくゆくは魔法先生や広域指導員への就任をしてもらえないかと話が来ているそうだ。

 

 と、話が逸れた。今は捕り物だね。

 

「魔法罠が大量にあります!」

 

 先に侵入したネギくんが大声で叫ぶ。

 どうやら、アリアドネーの襲撃に失敗したことで敵は警戒を高めていたようだ。

 どうせならさっさと逃げておけばいいのに、本命の学園テロを諦めきれなかったのかな? まあ、その判断が命取りになったね。命までは奪わないけど。

 

「敵、悪魔多数です。しぶといので、思いっきりやって大丈夫です」

 

 刀子先生が、大太刀で下級悪魔をズンバラリンと切り裂きつつ言う。悪魔は悲鳴を上げており、もうどっちが悪魔なんだかって状態だ。

 悪魔と聞いて、ガンドルフィーニ先生が退魔弾を銃から撃ち出す。

 それで動きを止めた悪魔に、神聖魔法の使い手であるシスター・シャークティが封印術式を叩き込んだ。

 

 中には人間の構成員もいたが、そちらは神多羅木(かたらぎ)先生が無詠唱の風魔法を撃ち込んで昏倒させていた。

 もちろん、敵も魔族と魔法世界人だ。魔法で抵抗してくる。が、瀬流彦(せるひこ)先生の魔法障壁でことごとく撃ち落とされていく。

 うん、魔法先生も強いね。数は相手の方が多いが、ネギま部メンバーによるフォローでどうにかなっている。それに、そもそも屋内戦だから、囲まれる危険性が少ない。

 

 そんな中、一際悪魔らしい外見をした敵構成員が、ビルの上の階から降りてきた。

 感じる魔力の高さは、学園結界に引っかからない上限ギリギリ程度。敵の幹部だろうか。

 だが、その程度の強さで、私達に敵うはずもない。

 ポケットに両手を突っ込んだ高畑先生が前に出ていき、その悪魔と対峙する。

 

「おのれ! 我らが敗れても、第二第三の――」

 

 と、何かを言いかけたところで、高畑先生の無音拳が炸裂する。

 悪魔は一瞬で数百発の無音拳を食らい、そのまま沈黙した。

 

「話は、取り調べ室で聞こうか」

 

 高畑先生はそう言って、次の標的を探しに移動した。

 それを目撃していたネギくんは、ポカーンとした表情で高畑先生を見ている。

 私はネギくんに近づいて、ぼそりと小さな声で言う。

 

「あれが本当の高畑先生の強さですよ。ちなみに、高畑先生は魔法世界の軍艦すら落とせます」

 

「あはは……『まほら武道会』では手加減されていたんですね」

 

「いやー、相手を殺しかねない技を全部封印していたとかじゃないですかね?」

 

『魔法先生ネギま!』の終盤で見せていた『七条大槍無音拳(しちじょうたいそうむおんけん)』とか、『千条閃鏃無音拳(せんじょうせんぞくむおんけん)』とかを当時のネギくんに撃っていたら、客席ごと消し飛んでいたんじゃないかな。

 

 そんな感じで大きな被害もなく雑居ビルの制圧は終わり、敵の幹部らしき者達は『いどのえにっき』で取り調べを受けることとなるのであった。

 

 

 

◆196 逆侵攻

 

 アリアドネーの親善大使襲撃から数日後。尋問でその組織の全容を明らかにされた『新たなる夜明け』だが、魔法世界に本拠地があることが判明した。

 それを知ったアリアドネーは事態を重く見て、『新たなる夜明け』の本拠地に魔法騎士団を差し向けることを決定した。さらには、敵の本拠地が新オスティアのすぐ近くということで、メガロメセンブリアの飛行艦隊も出動することになる。

 ここで、我ら『白き翼』も『新たなる夜明け』殲滅作戦に参加することが決まった。これもまた、実戦経験を積むための試練の一環である。

 

 今回は麻帆良が一切関係ない作戦なので、学園から止められることはない。

 アリアドネーは学生が参加することに異は唱えなかった。そもそもが、学生を騎士団の演習に参加させることが日常的にあるシビアな魔法都市なのだ。日本の麻帆良のように、博愛精神に満ちているということはない。

 むしろ、『完全なる世界』を打倒した『白き翼』の参戦は、大歓迎と言ってきたほどである。

 

 そして、作戦当日。学生の私達の日程に合わせて、地球時間の金曜放課後からの作戦開始となった。

 私達は、メガロメセンブリアの軍艦に乗り込み、緊張した面持ちで待機する。

 

 今回の作戦において、敵の扱いはデッドオアアライブ。生かして捕らえてもよいが、殺してしまっても構わない。むしろ、手間を考えたら殺してしまった方が楽。そんな戦いに、ネギま部は参加する。

 人を斬る感覚は、夏休みに私を巻き藁にしたことで慣れている彼女達だが、敵を完全に殺してしまうことには慣れていないだろう。

 楓さんですら緊張顔で、平然としているのは古さんと刹那さんだけだ。

 

 人殺しとか女子中学生に経験させることじゃないが、これには慣れておかないといけない。なにせ、私達はいずれ造物主を討伐するのだからね。

 そして、緊張した雰囲気の中、敵本拠地を発見する。

 場所は、廃都オスティア近くの地上部。どうやら奴らは要塞を建築中のようで、周囲の岩場から石材を切り出しているようだ。

 

「さて、先日はお前達が活躍を見せてくれたからな。今日は私が、砲台としての魔法使いの本領を見せてやるとしよう」

 

 恩赦を受けて、堂々と魔法世界入りしたキティちゃんが、フフンと笑いながらそんなことを言った。麻帆良の郊外は学園結界の範囲内だったから、キティちゃんは不参加だったんだよね。

 その後、私達は軍艦の甲板に出て作戦開始時刻を待つ。

 

 軍艦が敵本拠地のすぐそばまでやってきたところで、軍艦の乗組員が「時間です」と知らせてくる。

 それと同時、キティちゃんが敵本拠地に向けて手をかざした。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。集え氷の精霊。槍もて迅雨となりて敵を貫け――」

 

 すると、キティちゃんの後方に無数の魔法陣が現れ、そこから巨大な杭状の氷が膨大な数出現する。

 

「『氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディニス)』!」

 

 キティちゃんが魔法を唱えると、氷の杭が一斉に飛んでいき、敵の本拠地を貫いていく。それはもはや、絨毯爆撃といっていい規模だ。

『氷槍弾雨』は本来、小規模の氷弾の雨を降らせる魔法だ。『魔法先生ネギま!』にて、アリアドネーのエミリィ・セブンシープが鷹竜(グリフィン・ドラゴン)相手に使っていたが、たいして効いてはいなかった。

 だが、これはどうだ。もはや極大魔法と言ってもいい規模であり、メガロメセンブリアの軍艦乗組員ですら唖然とした顔でその戦果を見つめているではないか。

 これが本気のキティちゃん。これが、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)か。

 

「それ、次だ」

 

 キティちゃんが、上機嫌で砲台となって魔法を次々と撃ち込んでいく。

 これ、私達の出番ないんじゃないかなぁ、などと思っていると、敵本拠地に魔法障壁が展開した。

 どうやら強固な障壁のようで、キティちゃんの追加攻撃を見事に防ぎきった。

 

「む、生意気な。仕方ない、明日菜、出番だ」

 

 キティちゃんが魔法の手を止め、明日菜さんを呼ぶ。

 名前を呼ばれた明日菜さんは、緊張した面持ちで、アリアドネーが用意した個人サイズの魔法飛行機に乗りこむ。操縦は、アリアドネーの女性騎士だ。

 他のネギま部部員も飛行できる者はそれぞれ飛び立ち、飛べない者は魔法飛行機に乗りこむ。

 

 そして、軍艦が敵本拠地の上空を占拠し、突入隊が敵本拠地に降下する。

 先陣を切る形になった明日菜さんは、アーティファクトの『ハマノツルギ』を振りかぶり、そのまま魔法障壁をバターのように切り裂いた。

『ハマノツルギ』で裂かれた箇所は大きな穴となり、そこから次々と突入隊が入り込んでいく。

 

 私も魔法の杖で飛行をしながら突入し、キティちゃんの砲撃でボロボロになった敵本拠地に降下する。

 敵本拠地には、麻帆良の雑居ビルではいなかった亜人が数多く姿を見せており、全力を引き出した私は彼らを一方的に蹴散らすことになった。

 敵の大幹部には上級悪魔の姿も複数見え、それらとネギま部は壮絶なバトルを繰り広げ……テロリストの殲滅作戦を成功させた私達は、精神的に一つ大人になった。麻帆良に戻って浴びた夜明けの光は、ひどく目に染みた。

 




※麻帆良の学園結界に例外処理が可能という設定は、当作品のオリジナル設定です。


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■81 幻灯の世界

◆197 暴露

 

 武装勢力『新たなる夜明け(ゼロ・ドーン)』の本拠地を攻めた後、麻帆良に帰還したネギま部。

 徹夜になったので生活時間を戻すためにエヴァンジェリン邸の別荘へと入り、一眠りすることになった。そして、別荘内部でぐっすり眠り、皆で食事を取る。

 だが、人の生き死にを目にして気が滅入っているのか、食事の場は盛り上がらない。

 

 これは、無理にでも楽しいことを話した方がいいな。

 

「ということで、ここでワクワクドキドキ、『幻灯のサーカス』の願望報告会を行ないますよー」

 

 私の声に、みんななんぞやという顔をする。少し唐突過ぎたか。

 私は、食事の手を止めた皆に向けて言う。

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の舞踏会で、皆さんはザジさんのそっくりさんによって、夢の世界に閉じ込められましたよね? あれでどんな夢を見ていたのか、暴露し合いましょうー」

 

 私がそう言うと、嫌そうな顔をする人が何名か。フフフ……これは暴露が楽しみだね?

 なお、この場にいるのはネギま部なので、同じように『幻灯のサーカス』を食らっていた龍宮さんや高畑先生はいない。あと食らわなかった結城夏凜さんもいない。

 前者の二人がいないのは残念だが、まあ身内の暴露会なので話を聞けないのは仕方ないか。

 

「あの夢って、本人の願望が反映された夢なんですよね? 確かにみんなの夢、気になりますー」

 

 相坂さんがワクワクした様子でそのようなことを言った。

 

「フフフ、私だけみんなに見られて不公平だと思っていたからね。じゃんじゃん暴露してもらうよ!」

 

 ハルナさんが、眼鏡をくいっと上げて怪しい笑みを浮かべた。

 まあ、ハルナさんがみんなに夢を見られたのは、一人だけ起きてこなかったのが悪いのだが……。

 

「なんか、私だけ夢を見ていないのはちょっと残念ねー」

 

「私も見とらんぞ」

 

『幻灯のサーカス』を防いだ組である明日菜さんとキティちゃんがそんな言葉を交わしている。

 ロボットの茶々丸さんや、幽霊の相坂さんですら食らったというのに、二人は防いだというんだからすごいよね。私は防げなかった……。しかも、『LINE』でそのことを人類最後のマスターに言ったら「夢の攻撃は防げたはずだよ、私達の持つ力をもう一度調べてみよう!」とか言われたし。使える力が多すぎて、どれのことか分からん!

 

「で、誰からいくの?」

 

 蚊帳の外の明日菜さんが、そう催促してくる。

 

「ここは言い出しっぺからやな」

 

 木乃香さんがそう言って、私の方に皆の目が集まる。

 私からか。別に恥ずかしい夢を見たわけじゃないから、話すことに躊躇(ちゅうちょ)はないけど。

 私はみんなに聞こえるように、少し大きな声で話し始めた。

 

「私が見た夢は、ガチャを回す夢ですね」

 

 私がそう言うと、みんなが一斉に何を言っているんだこいつは? という顔をした。

 

「私のスマホとつながる宇宙に人を増やすためのガチャガチャを延々と回し続ける夢を見た感じですね」

 

 今度はみんな、あーなるほどと納得した。

 

「つまり、リンネさんは火星開拓のために人を呼び出す枠を増やすことではなく、仲間を増やすことを望んでいたということですか」

 

 茶々丸さんがそう私の気持ちを推し量ってくるが、違うんだよなぁ。

 私は、ガチャを回してレアを引く行為そのものを存分に楽しみたいと願っていたのだ。仲間を増やすだの私の利益になるだのは二の次三の次だ。

 でも、それを口で説明しても、イマイチみんなには伝わらない。

 

 スマホゲームにガチャが実装されていないと、ガチャしたい気持ちがこうも伝わらないとは……!

 

「まあ、いいわ。次行きましょ、次!」

 

 私の主張はスルーされ、明日菜さんが仕切って次をうながした。

 

「次、誰行きます?」

 

「起きた順でいいのではー?」

 

 夕映さんとのどかさんがそう言ったので、起きた順で話していくことになった。

 じゃあ、私達が異空間に閉じ込められた後、最初に目覚めたという楓さんからだ。

 

「故郷の里で、死んだジジババと過ごす夢でござるな」

 

「牧歌的ね!」

 

 明日菜さんが、突っ込みなのかなんなのか、そのようなことを叫んだ。

 でも、牧歌的になるのも当然だとは思うよ。平和で何不自由なく過ごすことみたいな、そんな素朴な願いをする人が意外と多いと思うから。あの幸せだった日と同じ日が一生続けばいいのに、みたいにね。

 

「しかし、ジジ様から活を入れられたでござるよ。仲間の危機にのんびり眠りこけるとは何事かと」

 

 と、ここで楓さんが予想外なことを言い出した。

 

「夢の中の住人が、ですか?」

 

 私がそう尋ねると、楓さんは「ウム」とうなずいた。

 

「拙者の思うジジ様は、夢を夢だと気づけないほどぼんくらではござらぬ。だから、これは夢だと自ら指摘してくれたのだと思うでござるよ」

 

「すげー爺様だな……」

 

 ちう様が、苦笑しながらそうポツリとつぶやく。すると、楓さんは嬉しそうに「そうでござろう?」と誇らしげに言った。

 さて、次だ。次に起きたのは、古さんらしいが……。

 

「ジャック・ラカンとナギ・スプリングフィールド杯で戦う夢を見たアル」

 

 あー、やっぱり、拳闘大会に参加できなかったのは心残りだったんだね。

 

「でも、簡単に打ち負かせたので、こんなはずはないと気づいて目が覚めたアル」

 

 夢の中ですら自分に甘えを許さないのか……。

 きっと、古さんは勝ちたいではなく強くなりたいという願望が強くて、いざ強くなる夢を見ても、こんなに簡単に強くなれるはずがないみたいに思うんだろうね。一足飛びで強くなったのではなく、一歩一歩修行を積み重ねて強くなった古さんらしいね。

 

「次はウチやな? ウチは麻帆良に転校してくるときに、せっちゃんやお父様、お母様と一緒にこっちに移ってきた夢やな」

 

 木乃香さんがこちらに転校してきたのは、小学生の頃。

 それに父母や刹那さんも一緒についてきて、みんなで一緒に過ごすことが彼女の望みであったようだ。

 舞台が京都じゃなくて麻帆良なのは、長く過ごした麻帆良にそれだけ思い入れがあるってことかな。

 

「でも、せっちゃんの性格が、子供の頃のものでなあ。今のせっちゃんと違うから、違和感覚えて目が覚めたんや。ウチにとってのせっちゃんは、今のせっちゃんやからな」

 

「お嬢様……」

 

 刹那さんが感動したように目をうるませているが、あれだよ? 願望の世界に幼い頃の性格の刹那さんが出てきたということは、木乃香さんは昔の刹那さんの性格に戻ることを望んでいるかもしれないんだぞ。まあ、口に出して指摘はしないでおくけど。

 

 さて、次。刹那さんだ。

 

「私は、幼い頃にお嬢様と一緒に過ごす夢を……」

 

「ウチら、おそろいの夢やなー」

 

「はい。お嬢様と違って、舞台は麻帆良ではなく京都でしたが……」

 

 木乃香さんの合いの手を受け、そう説明する刹那さん。麻帆良ではなく京都か。彼女は小六まで京都にいたから、そちらの方がなじみ深いんだろうね。

 で、どうやって目覚めたかについてだが……。

 

「お嬢様が川でおぼれそうになるのですが、私が隠していた翼を使ってさっそうと助けたところで、私にこんなことができるはずがないと思ってしまい……」

 

 うーん、自虐的だなぁ。刹那さんは、もう少し自分を出してもいいと思うのだが。

 それこそ、魔法が世間に公開されたら、背の翼を出したまま生活してもいいんじゃないだろうか。

 

 さて、次。ネギくんだ。

 

「父さんと母さんが麻帆良に来て、一緒に放課後を過ごす夢を見ました」

 

 その内容に、ネギま部の面々はどう反応したらいいか戸惑っていた。

 

「ナギはともかく、アリカ様のことってネギ、覚えているの?」

 

 おおっと、ネギくんの両親と知り合いの明日菜さんが切り込みに行った!

 

「いえ、クルト・ゲーデル総督の映像で見たきりで……」

 

「ふーん、楽しかった?」

 

「はい!」

 

 ネギくんの笑みに、ネギま部一同がほっこりする。

 だが、ここで古さんが横から余計なことを言う。

 

「せっかくの両親との幸せな夢なのに、リンネがぶった切って中止させたアル」

 

 みんなの視線が私に集まる。うっ、でもあのときは急ぎだったし……。

 

「途中で止めさせるにも、もう少し優しく言ってもよかったでござるなぁ」

 

 楓さんも話に乗ってきた。

 はいはい、私が悪うございました。

 

「そもそも、リンネさんは前々からネギ先生に対して当たりが強くなくて?」

 

 あやかさんがそのように述べるが、そうなんだろうか。自覚はないが。

 

「リンネはアレだな。ネギ先生を大人として扱っているんだ。子供じゃなくて、一人前の社会人として接しているんだと思うぞ。だから、何かと手は貸すのに、無闇に優しい言葉はかけない」

 

 ちう様がそんなことを言う。そうなんだろうか。自覚は全くないぞ。

 

「まあ。それなら、厳しく見るのは仕事をしているときだけにして、普段は子供として扱うべきですわ」

 

 あやかさんが私に向けてそう言ってくる。

 ふうむ。なるほど。

 

「ネギくんに優しい対応をすべきと」

 

「その通りですわ!」

 

「あのー、僕は別に今のままでもー……。剣を作ってもらったり、竜化の手助けをしていただいたりと、普段からお世話になっていますし」

 

 ネギくんが、横から私に助け船を出してくれるが、あやかさんが「それとこれとは話が別ですわ」と言う。

 ふーむ、確かにその通りだ。

 

「私は子供と小動物には優しくする主義なんです。ネギくんに対して優しくないというなら、あらためましょう」

 

 私はそう言って、スマホを取り出す。

 

「差し当たって、夢を邪魔したお詫びに、アリカ女王の墓参りなどいかがでしょうか」

 

「墓参り、ですか?」

 

 ネギくんが、予想していなかったとばかりに目を点にする。

 

「ええ、ナギさんが無事だった頃にアリカ女王が亡くなっているのなら、お墓はあるはずです」

 

 私はそう言って、『ドコデモゲート』でアリカ女王の墓と念じて場所を出す。

 

「フム。地球のイギリスのようですね。この場所、心当たりありますか?」

 

 ネギくんにスマホの画面に書かれた場所表記を見せると、ネギくんはハッとして答える。

 

「スタンお爺ちゃんが、今、この場所に住んでいるんです。老後を過ごすにはちょうどいいのどかな村だとか言っていて……」

 

 なるほど。墓守りでもしているのかもしれないね。

 

「冬休みあたりにでも、アーニャ達に会うついでに墓参りへ向かいますか」

 

 私がそう言うと、ネギくんは嬉しそうに「はい」と返事をした。

 ちなみに、ナギの奥さんの墓参りと聞いて、キティちゃんが何やら微妙そうな表情を浮かべていた。

 故人は悪く言いたくないが、恋敵。どう触れていいのやらという感じかな? ナギ・スプリングフィールドを救い出した後は絶対にぶつかる事実なんだから、今のうちに自分の中で消化しておいた方がいいと思うよ。

 

 なお、「お詫びと言って即物的な墓参り案を出してくるあたり、イマイチ子供への愛がこもっていない」とかあやかさんに言われた。何かとネギくんにプレゼント攻勢を仕掛けようとするあやかさんが、それを言うのか……。

 

 

 

◆198 それぞれの夢

 

 さて、話の途中で食事を終えたので、テーブルの上を片付けて食後の茶を飲みながら暴露話の続きだ。

 次は起きた順で、小太郎くん。

 

「ネギと決着を付ける夢やな!」

 

「それ、いつもやっていないかしら。シミュレータールームを使って殺し合いレベルで戦っているでしょう」

 

 水無瀬さんが突っ込みを入れるが、小太郎君が「違うで」と否定の言葉を告げる。

 

「現実で、公式の場で、白黒ハッキリつける夢や! 現実やと、死ぬまでやれんからな!」

 

「物騒ね……でも、あれがあればできるんじゃない? リンネさんから貰った『復活薬』」

 

 水無瀬さんが、ポケットの中から一つのアイテムを取り出す。それは、『PSO2es』で購入できる課金アイテムだ。

『復活薬』。死亡した際に、完全回復した上で復活する薬である。みんなにはそれなりの数を渡している。

 しかしだ。

 

「不死者の人でしか試したことないので、それを頼りにするのはやめてほしいのですが……」

 

 私とちう様とキティちゃんでそれぞれ心臓を潰したり首をはねたりしたときに、自動発動するのは試した。でも、不死者だから上手くいったという可能性もぬぐえないからね。

 だから、小太郎くん。目を爛々(らんらん)とさせるのはやめましょうね。

 

 さて、次だ。次はカモさんだが……正直、まともな夢を見ていないのは分かる。

 

「古今東西の女人の下着を集めて、俺だけの下着アイランドを作った夢だな!」

 

 ほら、やっぱり。ネギま部一同の刺さるような視線が、カモさんを射貫いているぞ。

 

「それで、俺っちは悟ったね。女人の中身はどうでもいい。脱いだ下着こそが全てだと。あれこそが俺っちの理想郷(アヴァロン)!」

 

 いや、アヴァロンを変な場所にするんじゃないよ。

 しかし、変に目覚めたね……。カモさんって『魔法先生ネギま!』では女性の裸に興奮することがあるんだけど、『UQ HOLDER!』では下着が全てで中身に興味はないっぽいんだよね。

 その真理に目覚めるきっかけが、まさか願望の世界だとは、なんともはや。これは、害悪度が下がってよかったと言っておいた方がいいのだろうか。私の下着は絶対に渡さないが。

 そもそも生粋のオコジョ妖精が、人間の女性の裸に興奮していた今までがおかしかったといえば、そうだね。

 

「しかし、なんの苦労もなく集まる下着は、それはそれで物足りなさがあったぜ……」

 

 すごくどうでもいい夢の世界から脱出できた理由も添えて、カモさんの暴露話は終わった。

 

「次は私ね。あまり言いたくはないのだけれど……」

 

 微妙な顔をした水無瀬さんが、そう告げる。

 水無瀬さんかぁ。確かに、いじめられていた過去があるから、それ関連だとよくない夢を見たかもしれない。

 

「簡単に言うと、私をいじめた人達に魔法で復讐をする夢だったわ。自分の願望にちょっと引くわね……」

 

 まあ、そういう夢もあるだろう。詳しく話すのも辛いだろうから、話を途中で打ち切って、次に行くことに。

 次は、のどかさんだ。

 

「ユエとネギ先生の三人で、ものすごい情報図書館の司書をやる夢でした」

 

 なるほど? しかし、図書館じゃなくて情報図書館?

 

「情報図書館には、世界中の情報が集まってきて、そこから人々の役に立つ情報を抜き出して、世の中のためになるよう役立てるんです」

 

 あー、人工アカシックレコードの司書の仕事か。今、人工アカシックレコードはのどかさんが一人で演算を行なって管理をしているが、一人で担うのは重荷だったのかもしれないね。いずれは、夕映さんと分担させることも検討した方がいいかもしれない。

 人工アカシックレコードのことは皆に秘密なので、ぼかした状態で語ったのどかさんは、早めに話を打ち切った。

 

 次、相坂さんだ。

 

「私の生前の夢を見ました。近衛君とデートをしていましたねー」

 

「近衛君って、ウチのじいちゃん?」

 

「そうですよー。最近思い出したんですけど、私、学園長と知り合いだったんですよねー」

 

「そうかあ。でも、じいちゃんはばあちゃんのやから、現実では奪ったらダメやで?」

 

「分かっていますよー。あくまで夢の中でデートしただけですからー」

 

 まあ、夢の中の行動を咎める人なんていないだろう。夢というのは他者がどうにかできるようなものではないし、どうにかすべきではないのだ。カモさんの夢だって、口に出して否定する人はネギま部にはいなかった。

 

 次、ちう様。

 

「私は普段の麻帆良の風景だったな。普通に授業へ出て、普通に放課後修行して、普通に女子寮で寝るような夢だ」

 

「ん? いつも通りが一番ってこと? でも『リア充』にはアーティファクトは効かないとかポヨポヨさんが言っていたわよ」

 

 明日菜さんが、ちう様の夢の話にそんな突っ込みを入れる。

 すると、ちう様が「うっ」と言って、何かを言いよどむ。フム、何を隠しているのかね?

 

「あー、普段より少し、リンネ達に頼りにされることの多い夢だったな……」

 

 意外! ちう様は周りに頼りにされたがっていた!

 それを聞いたネギま部の面々がニヤニヤした顔でちう様を見て、ちう様は頭を抱えて「うがー!」と叫んだ。

 うんうん、今回の暴露話では、こういうシーンを見たかったんだよ。

 

 そして、次。茶々丸さん。

 

「ロボットの私が夢の世界に囚われるとは、不思議な体験でしたが……夢の中では、猫の集団とたわむれておりました」

 

 うーん、茶々丸さんらしい、平和な夢だね。キティちゃんが猫アレルギーの類じゃないなら、エヴァンジェリン邸に猫を飼ってあげてもいいんじゃないかなぁ。今回みたいな遠征があっても、キティちゃんは魔法で分体を作れるので世話する分には問題ないだろうし。

 

 次、夕映さん。

 

「次は私ですか……私は子供の頃の夢ですね。亡くなった祖父と一緒に過ごす夢でした……」

 

 おおう、また故人の登場か。場がしんみりしかけたところで、夕映さんは顔を赤くして言った。

 

「そこに、私が見たことないはずの子供ののどかと、今の姿のネギ先生が出てきて、一緒に小学校に通ったです……」

 

 ネギくんと一緒の学園ライフ! いいねえ。青春だねえ。

 夕映さんが顔を真っ赤にして沈黙したので、次に行くことになった。

 

「私ですわね。私の見た夢は、ネギ先生と結婚し、雪広グループの宇宙開発事業を任され、ネギ先生と共に宇宙進出する夢ですわ!」

 

 あー、あやかさんはネギ婚ね。

 誰も彼もが予想通りという顔をしているよ。期待通りの暴露、ありがとうございます。

 

「始めは若いネギ先生を認めていなかった私のお姉様ですが、その有能さに一目置いてきて、次期総帥の座はネギ先生が相応しいのではないかとおっしゃって――」

 

 いや待て。雪広の総帥の座、さりげなくネギくんに獲らせようと狙っているぞ、この人!

 確かに未来の可能性としては、あやかさんが総帥の座に就くことは大いにあるのだけれど。『UQ HOLDER!』の世界線では、あやかさんが総帥に就いていたみたいだし。

 

 なんか深く掘り下げたらヤバいことになりそうなので、次に行くことにする。

 次、大トリだ。

 

「いや、私の夢の中にみんな入ってきたんだから、言わなくてよくない?」

 

 ハルナさんがそう言うが、私達が入ったのは途中からだからね。最初から言いなさい。

 

「くっ、仕方ない。まず……バンバン画力を上げた私は、BL同人で御殿としてタワマンの部屋を買うほど稼ぐ。そののち、『週刊少年ジャンプ』でプロデビューするのよ。初連載はサッカー漫画!」

 

 そこは、『魔法先生ネギま!』が連載されていた『週刊少年マガジン』じゃないのか……。

 

「もちろん連載は大ヒット! アニメ化! 映画化! 一億部突破よ! ここまで言えば満足かチクショー!」

 

 普段は自信満々なハルナさんだが、さすがに一億部レベルの超売れっ子願望は恥ずかしかったのか、テーブルに突っ伏してしまった。

 いやー、すごい夢だ。でもね。

 

「デビュー後もBLで売れたいわけではないんですね」

 

 私のその指摘に、顔を伏せたままのハルナさんが一瞬震える。

 BLとはボーイズラヴの略で、要は男同士の恋愛だ。BL同人というと、大抵の場合は同性愛要素が出てこない原作に同性愛要素を足した、二次創作漫画のことを指す。

 ちなみに先ほどハルナさんが言った御殿というのは、同人で稼いだお金で買った家のことを指すスラングだ。

 

「ぐっ、確かに言われてみればそうね。BLは大好きだけど、メジャーな物を書いて皆に認められたいというのが本当の私の願望だったってことか……いや、違う! 私は、BL同人の人気題材になるような少年漫画が描きたいんだーッ!」

 

 ハルナさんが顔を上げて、そんなことを叫んだ。

 原作漫画では魔法世界でBL本を描いて大ヒットを飛ばすハルナさんだが、そういうことなら、魔法世界ではBL文化がブルー・オーシャンなことは黙っておこう。

 一部のネギま部部員が「BLって何?」と言っているが、そちらも黙っておこう。ネギま部部員にオタク道を進ませるのも忍びない。

 

 なお、ハルナさんが何を言っているのか完全に理解できている私は、生粋のゲームオタクだが……スマホに入っているゲームのラインナップからも分かる通り、女性向けゲームや腐向けゲームよりも男性向けバトルゲームの方が好きである。

 

 そんな感じで、私達の暴露会は終わった。

 場の雰囲気がすっかり明るくなったので、試みは成功と言えるだろう。

 そして、私はさらなる催し物を皆に提案する。

 

「皆さん、この土日は予定空いていますか? ネギくんは確か、表敬訪問の類はなかったと記憶していますが」

 

 私が尋ねると、皆、特に予定は埋まっていないと答えた。なんでも、皆で示し合わせてネギま部の活動をするつもりだったという。それは都合がいいな。

 

「では、みなさん。この土日を使って、私のスマホに通じる宇宙へ訪問してみませんか?」

 

 私がそう言うと、皆、一瞬キョトンとした後、歓声を上げた。

 うん、いろいろ忙しくて先延ばしにしていた、ネギま部による『ドコデモゲート』での別宇宙訪問。いい加減、やっておこうじゃないか。

 




※アリカ女王がすでに亡くなっているという設定は原作者のtwitterで出た情報ですが、お墓がイギリスにあるというのは魔法世界の外で『完全なる世界』幹部と戦っていたことから推察した当作品のオリジナル設定です。


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■82 リンネワールド

◆199 別宇宙への旅立ち

 

「皆さん、準備はよろしいですか?」

 

 暴露話を終えた土曜日の夕方、私達は大急ぎで一泊二日の旅行準備を終え、エヴァンジェリン邸の前に集まっていた。

 泊まりがけの旅行となるが、日曜日の明日は転移のアルバイトも休みのため、私も問題なく同行できる。あと、かつては朝の新聞配達をしていた明日菜さんだが、夏休みに魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で現地の通貨であるドラクマをがっつり稼ぎ、一部を日本円に換金したためバイトはすでに辞めている。トレジャーハントと竜退治と拳闘大会の賭博で、高校卒業までの学費は余裕で稼げているからね。

 

「保管していた桃、バッチリ持ってきたアル」

 

「またたびも、たくさん買ってきたでー」

 

 古さんと木乃香さんが、それぞれ大きな荷物を用意してそのようなことを言った。

 古さんは仙人達用の桃だからいいけど、木乃香さんは正直、その量じゃ足りないよ?

 子猫達の総人口は六百匹を超えているし、子猫達にとってまたたびって、ごく少数を舐めて満足するような嗜好品じゃなくて、食料品だからね……。

 しかも、群れのリーダーはいるが、厳しい階級社会ではない。みんなに平等に配ったら、ちょっとずつしか行き渡らない。

 ただ、現世に出てこないと食べられない珍味扱いを受けているようだし、一皿分あればそれでもいいのかなぁ?

 

「まず始めに言っておきます。スマホから通じる宇宙の共通言語は、日本語です。これは、私が日本生まれであることから、宇宙会議で決定されたものです。なので、言語については心配しないで大丈夫です」

 

 私がそう言うと、みんなはイマイチそれがどういうことか理解していない顔でこちらを見てきた。

 いや、実はすごいことなんだよ。異なる文化を持つ集団が、同じ言語を使って交流できる。これは大きい。その証拠に、英語教師のネギくんは何かを考え込むようにしているよ。

 まあ、このことに関して何か向こうで注意するようなことはないので、さっそく出発することにしよう。

 

「では、ゲートを開きます」

 

 スマホを操作し、別宇宙へのゲートを開く。

 すると、ネギま部の面々は、ネギくんを先頭にしてそこへゆっくりと突入していった。

 今居るのはネギま部だけで、結城夏凜さんは今日もいない。真祖バアルのことが片付くまで、結城さんとは交流しにくいんだよね。

 ちなみに、旅行中の真祖バアル勢力の襲撃にはちゃんと備えていて、各所にサーヴァントを配置して連絡員としている。いざとなったら『LINE』で連絡を入れてもらい、すぐに『ドコデモゲート』で帰還するつもりだ。

 

 問題なく旅行には行ける。なので、私も最後尾から荷物を持ってゲートをくぐった。

 

 まず目に入ったのは、巨大なモニター。戦士が巨大な生物を打ち倒しているシーンが映し出されている。これは、アークスの宣伝映像だね。

 ここは、オラクル船団のアークスシップ。その中のショップエリアのステージの上だ。

 

 ネギま部のみんなは、ステージの上で周囲を見渡しており、中には目の前の空間を手で払っている者もいる。

 

「はい、皆さん。これから二十四時間の間、この世界に滞在します。視界の端に時刻のカウントダウンがありますので、これを参考にしてくださいね。もしはぐれてしまった場合も、二十四時間経過でもとの場所に戻されるので、安心してください。いいですね?」

 

 私がそう言うと、「はーい」と小学生のような返事がくる。うむ、よろしい。

 では、まずはお偉いさんと挨拶だ。私は、みんなを連れてステージの上を降り、下の方で待機していた一人の少女の前に立った。

 

「ご無沙汰しています、ウルク総司令。本日はよろしくお願いします。こちら、お土産の『麻帆良饅頭』です。本日中にお召し上がりください」

 

「ありがとう! よろしくね。我々オラクル船団は、『白き翼(アラアルバ)』の訪問を歓迎します」

 

 ウルク総司令。見た目は十六歳の少女だが、実際は三十歳を超えた女傑だ。若い見た目なのは、『PSO2es』のガチャで出るキャラクター故に、不滅の存在になっているため。今は、後進を育てている最中らしいが、年齢的にはまだまだ現役を続けることだろう。

 

「明日の朝まで滞在ってことでいいんだよね?」

 

 ウルク総司令に問われ、私は「はい」と答えてうなずく。

 

「じゃー、一人一つ端末渡すから、それを持って、自由に散策してね。急に来たから、歓迎できなくて申し訳ないけれど……」

 

「いえ、セレモニーの類は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で散々参加しましたので、適当に観光させてもらえるだけでいいですよ」

 

「そう? とりあえず、お勧め施設は『LINE』で連絡した通り、エステ、カジノ、VR訓練施設かな。食事はこのアークスシップだと、『フランカ's カフェ』がショップエリアにあるから、そちらで取るのが一番のお勧め」

 

 そう言われたので、私は皆に振り返り、言う。

 

「エステは自分の外見を自由に作りかえる場所。特別に何度でも使えるチケットを発行してもらいましたので、いろいろいじってみてください。カジノは、ゲーム性高めの遊戯コーナーですね。こちらもコインを発行してもらいましたので、遠慮なくコインを消費して大丈夫です。VR訓練施設は、今、アークス最強のアンドーが詰めているらしいので、挑戦してくるのもいいかもしれませんよ」

 

 説明を終え、私達は特製の端末を受け取る。

 すると、ウルク総司令が追加で言った。

 

「通貨のメセタも特別に発行しておいたから、ショップエリアでお土産を買っていってもいいよー」

 

 そりゃあ、至れり尽くせりだね。

 というわけで、私達はスマホ宇宙の最初の場所、アークスシップの観光をすることとなった。

 

 

 

◆200 エステ

 

 みんなには観光コースを自由にその場で決めてもらい、バラバラに分かれてそれぞれ好きな場所へと向かうこととなった。

 私は、エステに向かうという図書館探検部組と刹那さん、水無瀬さんチームについていくことにした。

 

「見た目を自由に変えるとか、どれくらいできるん?」

 

 木乃香さんが、私にそう質問をしてくる。それに対して、私は端末のエステ紹介コーナーを見ながら答える。

 

「私も実際にこの身体で試したことはありませんが、割となんでもできます」

 

「なんでも」

 

「それこそ、性別でも変えられますよ。種族変更は無理ですが」

 

「せ、性別て……」

 

「私達の宇宙の地球人用肉体データはのどかさんと夕映さんの改造手術で取ったので、問題なくエステが使えるそうです」

 

 まあ、さすがにこの中で、性別を変えようという人はいないだろうが。女子中等部にいられなくなっちゃうもんね。

 そして、エステに向かう道の途中には、様々な店舗が並んでいるのが目に入った。当然のように少女達の目がそちらへ移っていく。

 

 ゲームだと数店舗しか店がなかったショップエリアだが、実際の光景になってみると店がいろいろそろっている。

 これはあれだ、RPGの街はゲーム的都合でめっちゃせまくなっている理論だ。

 

 なお、この世界から外の世界に物を持ち出す分には二十四時間とかの制限はない。なので、みんな何をお土産にするかワイワイとはしゃぎ始めた。

 

 早速向かったのは、服屋だ。

 ゲーム時代は課金ガチャというかスクラッチで入手できたコスチュームの数々がズラッと並んでいて、メセタで買えるようになっている。

 うん、そうだよね。そうなるよね。服はメセタで直接店から買えるし、課金して座るモーションを使う権利をスクラッチで当てなくてもいいんだよね……。

 

「あー、でも、エステで体型変えるなら、その後で買った方がいいかな?」

 

 ハルナさんが、腰回りに手を当てながらそんなことを言う。

 だが、その心配はない。

 

「オラクル船団の服は、すべてフリーサイズですよ。着た人に合わせて、サイズが変わるんです」

 

「うわ、何その超技術」

 

 私の解説に、ハルナさんだけでなく他の面々も驚き声を上げる。

 そして、皆ではしゃぎながら、コスチュームを購入していった。

 

 うわ、なにこれゼルシウスとかあるの? 六芒の零なりきり衣装? 確かにその通りだけどさぁ。誰が買うのこんなの。

 えっ、カルデアのメディア様が買っていった? なにやってんのあの人……。誰に着せたんだろう……。

 

 と、そんな感じで一時間ほどショップエリアを散策してから、ようやくエステに到着した。

 店員さんに付いてもらい、説明を受ける。まずは、自分の今の正しい姿を保存して、いつでも戻せるようにする。うん、基本だね。

 それを聞いて、遊びでいじる気にでもなったのか、木乃香さんが刹那さんと何やら話し込み始めた。

 夕映さんとのどかさんは、身体の一部分をどれだけ大きくするか大真面目な声で話し合っている。

 ハルナさんと水無瀬さんは、別荘で取った歳をクラスメートに分からない範囲で戻すには、どう調整すればいいかを話しているね。

 

 ちなみに、エステは外見年齢をいじれるが、本当の意味で若返るわけではない。外側は若くなれるのだが、内面はそうではなく、寿命はそのままだ。

 なので、オラクル船団ではエステで外見を若く保ち続ける人というのは、意外と少ないようだった。

 

 やがて、各々が今の姿を保存してから好き勝手自分をいじり始めた。

 

「見て見てー、エヴァちゃんみたいな金髪にしてみたんやけど、どうやろか?」

 

「お似合いです」

 

「せやろ? せっちゃんも変えてみいひん?」

 

「わ、私はもう少し考えます……」

 

 ふむ、金髪木乃香さんか。正直、黒髪の方が似合うね。

 刹那さんは本心ではどう思っているんだろうか。

 

「もしかして、大きくしたら、今あるブラは全て買い換えなのでは?」

 

「あっ、確かにー……。ドラクマを日本円に替えれば下着代出せるかなー……?」

 

「お土産を我慢して、メセタでフリーサイズの下着を購入する手も……」

 

 ……原作漫画を見る限りだと、彼女達は大人になっても大きくはならないからね。見なかったことにしておこう。

 

「どうよ? 若返った?」

 

「若返り過ぎじゃない? そもそも、まだ別荘では通算一年程度しか過ごしていないんだから、誤差の気がしてきたわ……」

 

「うっ、それもそうか。じゃあ、お腹の肉を減らす方向で」

 

「私はその方向では困っていないわね」

 

「言われてみると、私も結構部活で動いているから体重気にしたことないわー」

 

 ハルナさんと水無瀬さんは、さっそくエステに来た意義を見失ったようだ。

 ちなみに私は不死者としての能力を使えば自分で自分を書き換えられるので、今さらエステで何かをするつもりはない。

 

 でも、正直みんなのはっちゃけが足りないので、手本を見せてあげることにしよう。

 私は今の自分をしっかり保存してから、肌の色を緑、頭髪をスキンヘッドにして、アクセサリーで頭から触覚を二本生やして、顔をするどい顔つきに変えて、がっちりとした体つきに。そんなもとの私の原型を留めていない姿で、皆の前に出た。

 

「じゃーん、ナメック星人ですよ」

 

「ギャー、なんか出た!」

 

「うわっ……、その声はリンネさん? 何それ。人間なの?」

 

 ハルナさんと水無瀬さんが、私の姿を見てドン引きしている。

 

「エステはこれくらいいじれるってことですよ。肌色も髪色も体型も自由自在です」

 

「髪色っていうか、髪なくなってんじゃん」

 

「見ていたらなんか気分が悪くなってきたわ……」

 

 うん、リアルで見ると結構来るよね、この姿。しかしだ。

 

「今後人類が太陽系の外に進出したら、人類とは全く見た目が違う存在にも会うと思うので、異形には慣れた方がいいですね」

 

 私がそう言うと、ハルナさんと水無瀬さんは、「えー」という感じで顔を見合わせた。

 いや、宇宙人はいるんだって。たとえば。

 

「私達が戦った魔族ですが、あれって地球に人類が誕生する前に金星で文明を作っていた宇宙人ですよ」

 

「マジで!?」

 

 うん、ハルナさんはいいリアクションしてくれるね。

 

「魔族って……召喚術で呼び出せる悪魔のことよね? 今、私達と敵対している奴ら」

 

 水無瀬さんの言葉に、私はうなずく。

 

「ちょっとビックリだわ……悪魔って、占いでも結構要素を使うから……」

 

「ちなみに、魔界は金星に重なり合うようにして存在する異界ですね。金星の先史文明は不老不死の秘術を巡って争ったせいで滅びました。その後、金星人は魔界に封じられることになったのですよ。その金星人の中でも、実際に不老不死を手にした吸血鬼の真祖、『貴族』である真祖バアルが、私達の敵の親玉です」

 

「そう……そんな重要な話をそんな格好で言わないでほしかったわ……」

 

 ダメかな? ナメック星人。とりあえず、戻してこよう。

 ふう、いつものロリ巨乳は安心するなぁ。

 と、刹那さんがモニターのプレビュー画面を見ながらすごく悩ましそうにしているな。木乃香さんは、エステを実行しているのか、姿は見えない。

 

「刹那さん、どうかしましたか?」

 

「ッ!? あ、リンネさんでしたか……」

 

 私が話しかけたら、ビクンと背中が跳ねていたが、何事だろうか。

 私は、プレビュー画面を覗き込む。

 すると、そこに映っていたのはいつもの刹那さんだ。

 

「……? いつも通りに見えますが、何か悩むようなところが?」

 

「あ、いえ……これをこうすれば……」

 

 刹那さんがモニターを操作すると、背中から黒い翼が現れた。

 って、ああ、そういえば……。

 

「刹那さんって、確かアルビノでしたか」

 

「いえ、羽が白いだけで、そういうわけでは……」

 

 あ、そうなのね。確かに、肌色はモンゴロイドの一般的なそれだわ。

 

「それで、翼を黒くして、元いた烏族のところに混じりたいと思っているとかですか?」

 

 私がそう言うと、刹那さんは「いえ……」と否定する。そして、彼女はモニターをじっと見つめて、言った。

 

「ただ……やっぱり羽の色は黒の方が格好良いな、と」

 

「あー、そういう。私的には天使の羽のイメージがあるので白の方が格好良いと思いますが……烏族の刹那さん的には黒の方が格好良いと?」

 

「はい。白はなんだかこう……弱そうです」

 

「……まあ、気持ちは分からないでもないです」

 

 黒というか濃い色って強そうなイメージちょっとあるよね。

 

「じゃあ、試してみます? 戻すのは簡単ですから」

 

 私がそう言うと、刹那さんは笑って首を横に振る。

 

「色を変えたら、周りに白い羽が未だにトラウマだったのかと勘違いさせてしまいそうです」

 

 うわ、確かにありそう。私だって、烏族のところに戻りたいのかなんて勘違いしたこと言っちゃったからね。

 

「見てー、せっちゃん。銀髪美女やー」

 

 と、そこで大人の体型になって銀髪姿になった木乃香さんが出てきて、ノリノリでその姿を披露した。

 

「お似合いです、お嬢様!」

 

 いや、刹那さん。何でもかんでも似合うって言っていたら、ある日突然木乃香さんがギャルに変わっても知らないぞ。

 

 そして、その後一時間程度私達はエステで遊び、もとの姿に戻してから夕食を取るためカフェへと向かうのだった。

 ちなみに、夕映さんとのどかさんは、ワンサイズ大人になっていた。

 

 

 

◆201 カジノ

 

『フランカ's カフェ』に行くと、すでにネギま部の何人かが店内にいたので、そちらと合流する。

 そして、料理を注文して、それぞれ何をやっていたのかを聞いてみた。

 

「あのアンドーとかいう姉ちゃん、強すぎやろ……」

 

「うん、世の中には、まだあんなに強い人がいるんだね」

 

 あー、小太郎くんとネギくんは、VR訓練施設に行っていたのか。それで、『PSO2es』の主人公ことアンドーに挑んだと。

 

「ぶっちゃけ、戦いの上手さはラカンのおっちゃんより上やないか?」

 

 アンドーは、どうやら私が前世でプレイしていた頃のへっぽこプレイヤースキルを受け継がず、銀河最強の守護輝士(ガーディアン)としての腕前を持っているっぽいんだよね。クラスも上級者向けのラスターだし。

 

「確実に削られて負けた感じだね」

 

 最近のネギくんは龍樹の力も使いこなしつつあるが、それでも勝てなかったか。

 まあ、『PSO2es』の主人公としてならともかく、『PSO2』の主人公としてなら、その存在の規模は宇宙開闢(かいびゃく)レベルだからね。然もありなん。相手を純粋に暴力でぶち殺したいとき、私がスマホから呼び出すキャラクターの最有力候補である。

 

 それで、のんびりお茶を飲んでいるキティちゃんは、どこに行っていたんだろうか。

 

「私か? 茶々丸の新ボディを作ってくれたお礼に、アークス研究部へ行ってきた」

 

「なるほど、挨拶回りですか。そういうのは気にせず、観光してくださってよかったんですが」

 

「この後はそうするさ。とりあえず、カジノでも行くか」

 

「それなら、私も久しぶりにカジノを楽しみますか」

 

 私がそう言うと、キティちゃんは不思議そうに「久しぶり?」と首を傾げた。

 

「あー、前世で少し」

 

「そうか。そういえば、そうだったな」

 

 キティちゃんは私が前世持ちというのを思い出したのか、納得してくれた。

 まあ、私、前世でカジノなんて行ったことないんだけど。久しぶりなのは、アークスシップにある『PSO2』のカジノだ。ゲーム時代にアンドーを操作して行ったことがあるってこと。

 

 というわけで、私は食事を終えた後、カジノに向かった。夕映さんとのどかさんは同行していない。地球から持ちこんだお土産を持って、修行中に世話になった『キョクヤ』や『ストラトス』のもとへと挨拶に向かうらしい。

 

 そうして集団でカジノにやってきてまず感じたのは……めっちゃ広い! ゲーム時代の比じゃないぞ。

 しかも、端末に表示された遊戯施設は知らないゲームが山ほどある。うーん、これは何を遊ぶか迷っちゃうね。

 

「博打かぁ。やったことないわ」

 

 小太郎くんが、ぼんやりと周りを見回しながら、そんなことを言う。

 だが、大丈夫。ゲームコーナーもあるから。

 

「では、小太郎くん。まずは一緒にメセタンシューターをやりましょうか。弾を発射する移動砲台に乗って、標的を撃ち落とすゲームです」

 

「なんやそれ。それも博打なんか?」

 

「博打というか、頑張ればコインが増える体感型ゲームですよ。ゲームセンターのメダルコーナーみたいなものと思ってくだされば」

 

「おっ、ゲーセンか。それなら分かるわ」

 

 うん、『魔法先生ネギま!』での小太郎くんの初顔見せって、京都のゲームセンターだったはずだからね。

 そして、三十分後……。

 

「いやー、めっちゃコイン増えたわ!」

 

「こういうゲームやるの初めてだけど、面白いねー」

 

 存分にメセタンシューターを楽しんだ、小太郎くんとネギくんの姿があった。

 ネギくんは、初めてのカジノで何をしていいのか分からず右往左往していたので、小太郎くんが誘った。メセタンシューターは、最大で四人まで遊べるのだ。しかも、同時プレイ人数が多ければ多いほど有利になる。

 三人では一人不足していたので、そこは茶々丸さんを誘って四人プレイをした。

『PSO2』時代とゲーム内容がだいぶ変わっていたね。なにせ、モニターゲームと違って人と人は一箇所に重なれないから。なので、私も初めてプレイする感覚で楽しめたよ。

 

「しかし、こんなに簡単に増えてええんかいな」

 

 小太郎くんは、端末を見て増えたコインの残高を確認してそう言った。

 まあ、地球のカジノを想像するとそうなるよね。

 

「この施設は賭博場じゃなくて、アークスの慰労施設なんですよ。ですので、ここで稼いだコインは金銭に変換できません」

 

「そういうことか。本当にゲーセンのメダルゲームなんやな」

 

「まあ、コインは景品に替えられますが」

 

「つまり、景品をお金で買い取ってくれる施設が近くに……」

 

「ありませんよ」

 

 いや、ここ、オラクル船団の公営施設だからね。そういう抜け道はないよ。

 

「そういうことなら、増えたコインは、ぱーっと使ってまうか」

 

 小太郎くんがそう言ったので、私はカードゲームコーナーに三人を案内した。

 そこでは、キティちゃんがワイングラス片手に『ブラックニャック』を遊んでいた。

 

「エヴァンジェリン先生、調子はいかがですか?」

 

 私が話しかけると、キティちゃんは真剣な顔でコインをベットしていた。こちらの声が聞こえていないようだ。

 茶々丸さんも話しかけるが、カードを注視したまま反応しない。

 この飲んべえ、カジノにハマりすぎでしょ。誰だよ、お酒なんて出したスタッフ。

 

 ちなみに『PSO2』は前世において『CERO:D』のゲームだったが、マイルームのインテリアに酒瓶があったことから、オラクル船団には普通にお酒が存在する文明だということが分かる。オラクル船団の種族達は、お酒で酔うのだ。まあ、先ほどもカフェの料理を普通に食べられたし、飲食の性質が地球人と共通しているのは今さらである。

 

 仕方ないので、私達は他のテーブルで『ブラックニャック』を楽しむ。すると、私の座る台に、一般客が追加で座った。

 

「やー、どーも、オーナー」

 

 ん……? 知り合い?

 そう思って相手を見ると、赤髪の少女が黒髪の少女をともなってこちらに手を挙げていた。

 見覚えのある顔だ。直接の面識はないが、『LINE』で自撮り写真を送られて見たことがある人物である。

 

「どうも、ヒツギさん。コオリさんもこんばんは」

 

『PSO2』の登場人物である、地球人の二人だ。『PSO2』はフォトンが存在する架空の宇宙を舞台としているが、ストーリーの四章では、次元を渡って二〇二八年の地球とコンタクトを取る展開になる。そこで登場する主要キャラクターが、この二人なのだ。

 この二人は『PSO2es』のキャラクターチップとして恒常のガチャから引けるため、オラクル船団の所属じゃないのに私の宇宙に住み着いたという、ちょっと可哀想な経歴を持つ。

 

「自由にこっちに来られるようになったって聞いたから、挨拶にきたよ」

 

 ヒツギさんがコインをベットしながら、そんなことを言う。

 わざわざ挨拶に来てくれたのか。それはまた、手間をかけさせたね。

 

「それはそれは。こうしていつでも来訪できるようになりましたよ。ヒツギさんの調子はいかがですか?」

 

「んー、アークスの仕事にも慣れたよ。惑星調査って面白いね」

 

 本来、アークスはダーカーを倒すのが役目だ。しかし、この宇宙におけるダーカーは、私によって完全に制御されており、悪さも侵食もしない。

 なので、この宇宙におけるアークスは、未開の惑星を探索し、資源採掘・採取に使えるかどうか調べることをお仕事にしているらしい。

 

「そうですか。故郷に帰りたいとかありますか? 必要でしたら、地球に呼びますが」

 

「そういう気持ちは不思議と湧いてこないかな。それに、そっちの地球ってまだ二〇〇三年でしょ? 私の感覚からしたら、ちょっと昔すぎるかなー。私が生まれる前だよ」

 

 おおう、さすがは二〇二八年の出身。しかも、ヒツギさんは『エーテル』というフォトンを改変した技術で発展していた地球の出身だ。今の地球は、正直物足りないだろう。

 すると、ヒツギさんの背後で話を見守っていたコオリさんが言う。

 

「私は地球の料理がちょっと懐かしいかなー……」

 

「ああ、それなら今度、一緒にファミレスあたりにでも行きましょうか」

 

「本当? ありがとう!」

 

 うむうむ。これは、カルデアの地球人達も呼んで、食事会を開くのも面白いかもしれないね。

 

 その後、ヒツギさんとコオリさんとしばらく雑談を交わしてから別れた。

 そして、ネギくん達と私が触れたことのない遊戯施設を一通り楽しんでから、宿泊施設へと向かった。

 茶々丸さんはキティちゃんの世話をするため、一人カジノに残ったが……キティちゃん酔い潰れていないといいね。

 




※刹那の髪色と目の色が本当は黒ではないというのは原作エヴァンジェリンの推測でしかなく、アルビノという設定は原作中に出てきません。


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■83 リンネプラネット

◆202 Cathは緑で青かった

 

 アークスシップへの訪問から一夜明け、私達ネギま部はウルク総司令と別れの挨拶を交わしてから、キャンプシップに乗りこんでいた。

 十数人しか乗れない小型宇宙船だが、ワープ機構完備で、地球型惑星への直接降下や浮上も可能な超高性能機である。

 

 そのキャンプシップが、オラクル船団の中心であるマザーシップを背景にして、ワープを実行する。

 キャンプシップの前方に円形の歪みができ、向こう側の景色が見える。向かう先は、Helios太陽系の惑星Cath。Heliosが子猫達の太陽で、Cathが母星だね。

 

 ワープゲートをくぐった先には、緑と青に彩られた美しい星が待っていた。

 その宇宙的な光景に、ネギま部一同から感嘆の声が上がる。マザーシップとその周囲にただようアークスシップの群れもSFしていてよかったけど、緑の惑星を見るのも宇宙に来たって感じでいいね!

 

「見事な地球型惑星ですね。しかも、月に酷似した大きさの衛星があるようですが……」

 

 茶々丸さんが、外の風景を注視しながら言う。

 

「あの衛星はRedmoon。この宇宙で唯一アンオブタニウムが発見されている資源衛星です」

 

 私がそう言うと、茶々丸さんは自分の手をさすり、「あそこから私のパーツが……」とつぶやいた。

 うん、茶々丸さんのフレームを構成しているエリジウムはアンオブタニウムの合金で、あの衛星Redmoonがないと作れないんだよね。エリジウムは本当に頑強で、『墓守り人の宮殿』でアーウェルンクスと戦った茶々丸さんには、フレームに歪みすら起きなかったらしい。

 

 そんな赤い月を眺めつつ、キャンプシップは惑星Cathに近づく。どんどんと地表が近づくにつれ、とある巨大施設が見えるようになってきた。

 

「なんか、塔のような物が見えるわね」

 

 明日菜さんがそう言って不思議そうにその施設を眺めていると、明日菜さんにあやかさんが近づく。

 

「あれは軌道エレベーターですわね」

 

「エレベーター? あの大きさでエレベーターなの?」

 

「ええ。アスナさんも、大気圏突入という言葉くらいは聞いたことあるでしょう?」

 

「うん、あるわよ。ゴーって燃えながらドバーって地球に落ちるやつ」

 

「……その大気圏突入と、逆に大気圏から宇宙に出る行為ですが、宇宙船にパワーや耐久力を求められるのです。しかし、あのように超巨大なエレベーターを作り、先端部分に宇宙港を作れば、宇宙船は大気圏突入することなく惑星と物資や人のやりとりが可能となるのです」

 

「えーと、わざわざ家の中に荷物の受け取りに行かなくても、軒先で荷物のやりとりができちゃう施設ってこと?」

 

「だいぶ矮小化したたとえですが、趣旨はその通りですわね」

 

 この二人の会話のおかげで、SFや宇宙に詳しくないみんなにも理解が及んだようで、面白そうに軌道エレベーターを眺めている。

 うん、あそこに行って長大なエレベーターに乗ることを考えるとワクワクするよね。でも、悪いね。

 

「時間が押しているので、キャンプシップで直接惑星に降下します。軌道エレベーターには入場しません」

 

 私がそう言うと、みんなが「マジかよ」みたいな顔を向けてくる。

 軌道エレベーター観光とか、それだけで一日潰れるらしいからね。それはまたの機会にして、今回は各所を一通り回ることを考えてもらえればと。

 

 そうして、キャンプシップは惑星Cathに降下し、次の目的地、子猫達の国へと向かうのだった。

 

 

 

◆203 文明継続保障機関フィニス・カルデア

 

 いやー、子猫達の国では笑ったね。

 子猫達とたわむれる動物触れあいコーナーをみんなは予想していたんだけど、子猫達はアカデミックな催し物で私達を迎え入れたのだ。

 でも、私は今まで散々言ってきたのだ。子猫達は賢く、文明人であると。動物のようにすり寄ってきてニャーニャーと身体をこすりつけてくるようなことはしないのだ。

 なお、木乃香さんのまたたびはすごく喜ばれていた。これは、私も追加で今度持ってきてあげるかなぁ。散々彼らにはお世話になっているし、『ねこねこ動画』の収益で地球にまたたび果樹園を作ってもいいかもしれない。

 

 そんな文明的な交流を終え、私達は次の場所へと向かった。

 目的地は、カルデアだ。この世界のカルデアは南極に隠されている秘密機関とかではない。普通に温帯の一地域に建てられており、近くには大学もあって小さな街となっている。

 その街で、私達は歓迎を受けた。

 

「ようこそー。都市国家カルデアへ! 文明継続保障機関フィニス・カルデアはあなた達を歓迎します!」

 

 そう言って、私に向けて握手をしてきたのは、人類最後のマスター。通称ぐだ子さんだ。

 私は、さっそくお土産の『麻帆良饅頭』を渡して、今日の夕方までに食べてくださいと告げた。

 

「あはは! 饅頭だー。こういうの懐かしー! 前の世界でよく見た……いや、見たかな? 意外と饅頭の銘菓って見てないかも!」

 

 カラカラと笑うマスター。うん、このマスター、ゲーム中は選択肢でしかしゃべらないのだけど、実際にこうして一人の人間として確立されたら、めっちゃ陽キャ(未来の俗語)だった。

 

 ゲーム中ではカルデアに来る前の経歴が割と謎なマスターだが、この人はちゃんとした世界からコピーされたのか、それとも神様が経歴を作ったのか、一般人として日本で過ごした記憶もしっかり持っていた。

 ただ、一つ、彼女は自分の正しい名前が思い出せないという問題があった。私がゲームプレイ中に付けていた名前は『うま味ちゃん』。だからか、マスターはいろんな人から『うま味ちゃん』と呼ばれていたが、これが私の本名のはずがないと『LINE』で訴えてきたため、仕方なく私はスマホの『FGO』を起動してマスターの名前を『藤丸立香』に変更しておいた。本人的にはこれも本名だったかは思い出せないらしいが。

 

 ここで性別変更したらどうなるんだろうと思ったが、どうやら私のスマホの『FGO』は主人公の性別変更が利かなくなっているようだった。しかも一度名前を変更したら、それ以降名前変更もできなくなった。神様、そんなに『うま味ちゃん』はダメでしたか?

 

「本当は都市も観光してほしいけど、今日は時間的に、フィニス・カルデアの施設を見せて終わりになりそうだねー。みんなと会いたがっていたサーヴァントは多いから、楽しみにしてて!」

 

 うーん、元気だな。この人、スマホパワーの影響で若い見た目のままだが、実際は三十歳超えているんだけどな。まあ、年齢の話をしたら私にも刺さるので、あまり言わないでおこう。

 

「ちなみに、所長ちゃんは『クモ族』のところへ交流会に行っているから、合流できそうにないって」

 

「あら、それは残念ですね」

 

 所長ちゃんとは、ムジーク神秘大学の学長となったゴルドルフ・ムジーク氏の後を継いでフィニス・カルデアの所長となった女の子のことだ。この宇宙で生まれたゴルドルフ学長の娘さんで、歳は十歳。ネギくんにも負けない天才児である。

 

 その後、私達は送迎バスに乗って、都市の入口からフィニス・カルデアの施設まで向かった。

 

「文明継続保障機関フィニス・カルデアは、この宇宙の文明を脅かすような危機に際して、サーヴァントの力をもって対応する武装組織なんだ。でも、そんな危機なんてそうそう起きないと思うでしょ? それが、意外と起きるんだよねー。半年に一回は魔力が集まって変な空間を作るし、変な魔獣は生まれるし、新発見された宇宙物質が世界のバランスを壊そうとするし、毎月のように出動している気がするよ」

 

 どうやら、この世界でも人類最後のマスターは期間限定イベントに事欠かないようだ。

 まあ、『FGO』のように孤軍奮闘とはならず、近くに王国や子猫の国があり、宇宙にはオラクル船団がおり、遠くの星では数十億人の人口を誇るエルジマルトがいる。そうそう簡単に宇宙崩壊とはならないだろうね。

 

 さて、カルデア内部に入る。

 すると、見覚えのあるサーヴァントが集まっていて、主に小太郎くんを歓迎した。

 おーおー、いかにも強そうな男達に囲まれているよ。しかも、私が「絶対に制御できんわこれ」って判断していたバーサーカーも、彼のところに行っている。

 まあ、『スパルタクス』とかを引きつけてくれるのは助かる。近づかんどこ。

 あと、こちらは女子が多いから『フェルグス・マック・ロイ』をこっちに近づけないようにね。

 

「さて、それぞれに馴染みのサーヴァントがいるらしいから、それぞれ案内してもらってね。あ、オーナーはこっちね」

 

 ん? なんだろう。私はマスターに手を引かれ、ロビーに連れていかれた。

 そこには、なにやら子供系サーヴァントが一箇所に集まっていた。フム?

 

「アシュヴァッターマンヒーローショー、始まるよー」

 

 子供達の横に座らされた私は、皆の前に立ちそんなことを告げるマスターに、吹き出しそうになる。

 いやいやいや、なんでヒーローショー見せられてんの、私。

『FGO』の過去の期間限定イベントで一度、『アシュヴァッターマン』がヒーローショーをやっていたのは覚えているけどさ。もしかして継続して行なわれていたの?

 

 そんな疑問を持ちながら待っていると、着ぐるみの怪人が現れて、寸劇を始めた。

 怪人は、人類を夢の世界に閉じ込めようとする悪のライフ星人。

 眠らなくてもいいはずのサーヴァントにすらその魔の手は伸び、サーヴァント達が次々と眠りについていく。

 

「ネームネムネム。人類は全て夢の世界で幸せに眠るのだネムー」

 

「そこまでだぞコラァッ!」

 

 と、そこで登場するのが、上半身裸の美丈夫。

 巨大なチャクラムを腕に抱えた、燃えるような髪色の男だ。

 

「何者ネムッ!」

 

「何者かと問われりゃ答えてやろうじゃねえか。我が名はアシュヴァッターマン!」

 

「ムム、出たな、正義の味方ネム! お前も夢の世界に送り込んでやるネム!」

 

「はっ、やってみせな! いくぜ! 乗着!」

 

 アシュヴァッターマンが叫ぶと、彼の姿が変わり、全身に装甲をまとい、フルフェイスの兜を被った姿となる。

 第二再臨の姿だ。いや、ここは、変身ヒーローになったと言っておこうか。

 

「憤怒の化身! 至尊の戦士! さあ、ぶっ殺してやる!」

 

「ネームネムネム。だが、我が睡眠光線は無敵ネム。食らえー、ビビビビビ!」

 

「そんなもの俺には効かん!」

 

「なっ、なにい!」

 

 アシュヴァッターマンは、光線を装甲で弾き、観客席に向けてポーズを取った。

 そして、なぜか私の方を向いて台詞をしゃべる。

 

「いいか、オーナー! 我が憤怒の前には、睡眠攻撃はもちろん、心を惑わせる精神攻撃は全て効かん! 全人類を夢の世界に閉じ込める? 俺にはそんなもの効かんぞ!」

 

 ……あっ、そういうこと。私に、アシュヴァッターマンの特性を知らせてくれているんだ、このヒーローショー。

 

「さあ、怪人、覚悟しろ! 死ねえ!」

 

「ネムー!」

 

 着ぐるみの怪人は、アシュヴァッターマンのパンチを受けて舞台袖へと吹き飛んでいった。

 

「俺、大勝利!」

 

 アシュヴァッターマンの宣言で、観客席の子供達が一斉に歓声を送った。

 私も、ついノリで拍手をしてしまう。

 

「じゃあ、睡眠攻撃に悩まされたときは、俺に頼るんだぜ!」

 

 ありがとう、アシュヴァッターマン! 『幻灯のサーカス』と魔法『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の対処法が分かったよ! やっぱwikiや攻略サイトのない現実世界ってクソだわ!

 でも、正直、私一人で回避しても心もとないので、周囲を瞬時に起こせそうな『オベロン』のピックアップガチャが来たら遠慮無く回すことにするよ。確かおぼろげな記憶だと、オベロンも睡眠無効だったはずだから。

 

「やっぱり本物のアシュヴァッターマンは格好良いね」

 

「アニメも良いけど、やっぱり本物が一番良いわ」

 

 そんなことを話す子供サーヴァント達の言葉を聞き、私はもしやこの宇宙でアシュヴァッターマンは一大ヒーロー扱いされているのでは、と思い至った。

 試しに所長ちゃんにヒーローショーを見た旨をメールで送信してみると……うわ、即返信来てめちゃくちゃうらやましがられた。

 はー、こんなことになっているとはねぇ。

 

 ちなみに、アシュヴァッターマンは『馬のいななき』という意味の言葉であり、『アシュヴァッター・マン』というヒーローネームではないことはしっかりと覚えておこう!

 

「フフフ、答え合わせはどうだった?」

 

 と、私の横で、マスターがそう言った。答え合わせ? なんのことだろうか。

 

「もうっ、夢の攻撃に耐えるにはどうすればいいか、考えるように言ったじゃない」

 

「あー、そういえばそんなことも『LINE』で言っていましたね。でも、自力では答えに辿り着いていませんでした」

 

「そんなので大丈夫なの? 私でさえ適切なサーヴァントを使いこなすので精一杯なのに、それより多い仲間を呼び出せるんでしょ?」

 

「正直、攻略サイトが欲しいですね」

 

「あはは、私も欲しいー。体感型ゲーム『人生』の攻略サイト」

 

 正直今のスマホへのメモじゃあ限界があるから、自前でスマホ内にwikiでも構築するかなぁ。ちう様に頼めば作ってくれるかなぁ?

 

「それじゃあ、『人生』が大変なオーナーに、お助けキャラからのメッセージを紹介するね」

 

 と、マスターがそんなことを言い出した。

 お助けキャラ? 誰だろうか。

 

「『我の力をその身に宿すことを許す』。キングハサンからの伝言だよ」

 

 マジか。キングハサンとは、『山の翁』というアサシンのサーヴァントの通称だ。その彼が、力を引き出してもいいと言っている。まさにこれは……。

 

「今、敵対している不死者の攻略に役立ちますね」

 

「でしょー。説得した甲斐があるよ」

 

「このマスター、本気で有能ですね……」

 

『山の翁』は最高峰の暗殺者だ。彼の人が持つ力の中には、不死殺しの力も含まれている。真祖バアルとの戦いで、その力の一端を貸してくれるならありがたい。

 正直、勝手に呼び出したり勝手に力を借りたりしたら、後が怖いからね。逆に私が殺されかねない。それを説得できるマスターが怖いよ。どういう肝をしているんだか。

 精神性の一点だけで主人公を張っている人はひと味違うな、などと私は思うのだった。

 

 

 

◆204 王国

 

 食堂でタマモキャットが作る昼食をいただき、私達はカルデアを後にした。

 キャンプシップに乗りこみ、最後の目的地へ。

 その最中、私はみんながカルデアで体験したことを聞いていった。

 なになに? ネギくんはアルトリア陛下のそっくりさんにいっぱい会った? そう……うん、XX(ダブルエックス)は強烈だったか。よかったね、ユニバースの世界に呑まれなくて。

 ハルナさんは、ちょっとフォーリナーと会話をし過ぎて精神に狂気が混ざっているね。治療、治療……。

 

 と、そんなことがありつつ向かう先は、王国だ。

 

 この王国をスケジュールの最後に配置したのは、王国の王子と長時間交流させたら、性的な意味で食われそうな子が何人もいるのでできるだけ途中で退散できる最後を選んだのだ。

 王子って正室のお妃さんがいないから、女遊びが自由なんだよね。そして、『千年戦争アイギス』は一般向けのスマホ版『千年戦争アイギスA』の他に、R-18のエロゲ版『千年戦争アイギスR』が存在するのだ。ぶっちゃけると、『千年戦争アイギス』に登場する仲間女性キャラは、コラボキャラ以外全員王子のお手付きである。

 

 ちなみにその王子だが、国王代理ではあるが王ではない。王国の行政上のトップは王子だが、王の座にはついていないのだ。

 

『千年戦争アイギス』の主人公である王子は、この宇宙において、ガチャで引いたキャラやイベント産のキャラと同じく不滅の存在である。

 不老不死の者は王に相応しくない。王は定命の者に継がせるべき。……そう王子が判断したため、王は空位であり、王子の孫がいずれ王位につくことになっている。

 

 そう、子ではなく孫である。王子の子は、王を決めるための選定侯となり、選定侯の合議であらたな王を王子の血筋から出すことにしたらしい。

 

 そんな王子が治める王国に、私達はやってきた。ひたすらに続く田園の上空をキャンプシップで飛ばし、王城の前に着陸する。

 私達がキャンプシップからフォトンの転移で出てくると、王城前に展開する兵士の集団があった。

 こちらを警戒しているわけではない。むしろ歓迎ムードであり、前面に出ている兵士は儀仗兵だ。

 

 そして、その兵士達の向こうから、一際きらびやかな鎧を着た集団が進んできて、私達の前で歩みを止める。

 鎧の集団の中央には王子がおり、その隣には実質的な王国ナンバーツーの『政務官アンナ』が立っていた。

 

 アンナさんが、私達に向けて告げる。

 

「『白き翼(アラアルバ)』の皆様、そしてこの世界のオーナーを迎えられたことを心から嬉しく思います。ようこそ、王国へ!」

 

 その言葉と共に、兵士達から歓声が上がる。うーん、仰々しい迎えは要らないって言ったんだけどね。

 私達は、兵士達の先導で、王城へと入っていった。

 

 そして、王城の大部屋に案内された私達は、アンナさんからこのあとの予定を告げられる。

 

「この世界の所有者であるオーナーを見たがり、近隣から多くの者が集まっています。そのことから、王国では祭りを開催することとしました」

 

 祭り。

 えっ、私達、夕方で帰るんだけど、祭り?

 

「その辺は、こちらで勝手に盛り上がるだけですから……オーナー達は気にせず、王国を楽しんでいってください」

 

 ならいいけど。

 そして、そのまま観光するのかと思っていたのだが、アンナさんはとんでもないことを言い出した。

 

「こうして腕に覚えがある方々がそろっていますし、せっかくですので、王国恒例の模擬戦を執り行ないたいと思います」

 

「……は?」

 

「模擬戦です。こちらで選抜したメンバーと、『白き翼』の方々で、集団戦を行ないます」

 

 いや、待て。

 そりゃあ、ゲームの期間限定イベントでは、もう完全に名物と言っていいほど、新しく仲間になったキャラとの模擬戦を行なってきたよ? でも、それやるの? リアルで?

 

「集まっている市民も、模擬戦を楽しみにしていますから。あ、真剣を使いますが、優秀なヒーラーがそろっていますので、怪我の心配は要らないですよ」

 

 確かにゲームでは木刀とか使っている描写はないけど、そんなところまでゲームに忠実にしなくても!

 

「ククク、王国の精鋭との戦いか。面白い」

 

「うおー、勝つでー! 今の俺なら行ける!」

 

「竜人の方は出るんですかね? 竜人格闘の上達の成果を見せたいです」

 

「フム。天狗の方々も王国に来ているでござるかな?」

 

 ネギま部が乗り気だー!?

 そんな感じで、私達は王国の精鋭達と模擬戦という名の真剣勝負を行ない、くたくたになるまで戦った。

 

 その後、ネギま部は時間いっぱいまで王国の祭りを楽しむことになった。

 アンナさんから特別にお小遣いを受け取り、出店へと向かっていく。

 そんな中、古さんはお土産の桃を持って、仙人達のところへと向かった。最近、仙人達は新たに異界として神仙郷を作り出せないかと頑張っているらしい。仙人達を地球の崑崙に連れていく必要もいずれ出てくるかもしれないね。

 

 そして私は、王子と今後についての会談を行なった。王子といえば無口のイメージがあったが、普通にしゃべっていてちょっと驚いた。

 そういえばゲーム中で好感度を上げたときに見られる交流イベントだと、台詞自体はないが会話が成立している風な感じで進行していることも結構多い。なので、しゃべっても別に不思議ではないんだよね。

 

 とりあえず王子には、対真祖バアル、対造物主(ライフメイカー)に最大限協力してもらえるようお願いし、代わりに今後も希望者は現世に随時呼び出していくことを約束した。現世の魔法技術に興味を持っている魔術師は、それなりにいるみたいだからね。そういう人は、キティちゃんの工房に詰めてもらうことにしよう。

 

 そして、私はとある人物と面会した。それは、『刻詠の風水士リンネ』。

 

「汝は……吾の幼き姿に似ている……」

 

 私と同じささやくような可愛らしい声で、リンネ様が言う。

 その彼女に、同じ声で私は答える。

 

「はい、生まれ変わる際に、同じ姿になるよう願いました。そのときは、まさか宇宙を一つ作ってそこにあなた方が住み込むようになるとは思っていなかったので……すみません」

 

「謝らずともよい。そうか……吾の姿に憧れていたか?」

 

「はい! 前世での最推しです! 人気闘兵決定戦で毎回999票入れていました!」

 

 人気闘兵決定戦は、『千年戦争アイギス』の人気投票イベントだ。半年に一回のペースで開催されるので、イマイチありがたみが薄かったが、なかなか景品が美味しいイベントだったので、嫌いではなかった。リンネ様は一度も一位になれなかったのだが……。いや、二位にはなっていたよ!

 

「そうか……その気持ち、嬉しく思う」

 

 うわ、ニコッとした! 生のリンネ様がニコッとした! 見慣れている自分の姿が少し成長した姿だけど、中身が私じゃなくてリンネ様と思うだけで、全然違うぞ!

 

「汝の道行きには多くの困難が待ち受けておる……。しかし、汝ならば……乗り越えてゆけるであろうな」

 

「ありがとうございます!」

 

 うおー、はげましの言葉をいただいたぞ! 未来を見られるリンネ様に困難が待ち受けていると言われるのは不安でしかないが、乗り越えるぞー!

 

 と、はしゃいでいるうちにアンナさんが次の面会を組んできた。宇宙のオーナーとして今日はこのまま面会を続けさせられるらしい。いや、オラクル船団でもカルデアでもそういうことはなかったのに、王国での私の扱いってどうなっているの?

 神に比する者? ええっ……。王国の人は信心深いんだなぁ。

 

 と、そうしているうちに、視界の隅に表示されている残り時間はなくなっていき、やがて二十四時間経過で私達はもとのエヴァンジェリン邸の前へと戻された。

 出かける前と変わらぬ夕方の風景に、夢だったのではと思いそうになる。しかし、夕映さんとのどかさんを見ると、ちゃんと一部分がワンサイズ大人に変わっているため、しっかり向こうで過ごしてきたことが分かる。

 

「楽しかったですけど、あわただしかったですねー」

 

 私が帰還直前に『ドコデモゲート』でこちらへ送り込んでいたお土産の袋を手に取りながら、相坂さんがそんな感想を言った。

 

「そうだねー。もう少し一箇所でじっくり楽しみたかったかな」

 

 ハルナさんが同調し、ネギま部メンバーが今回の旅行の感想を口々に述べ始める。

 実際に駆け足となったが、向こうの雰囲気をつかむ試みとしては成功と言っていいだろう。

 今後は、希望者を土曜か金曜夜に向こうへ送り出して、自動で帰ってくるのを待つのもいいかもしれないね。

 そんなことを考えながら、私達は女子寮へと帰っていった。うん、いい気分転換になったね!

 




※性転換タグを追加しました。90話で『ぷそ煮コミ』のキャラが登場するのですが、『テトラ』(外側♀中身♂)と『§イチカ§』(外側♂中身♀)の扱いから性転換要素が避けられないための追加です。主要キャラは特にTSはしません。


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■84 魔族襲来

◆205 秋の大停電

 

 麻帆良学園都市では、年に二回、メンテナンスのために大停電が実施される。

 一回目は四月、二回目は十月に行なわれ、夜八時から深夜十二時の四時間の間、麻帆良全域の電気が止まる。

 

 このメンテナンス、電力機器のメンテナンスに思えるが、実のところ麻帆良の学園結界のメンテナンスも同時に行なわれる。今回のメンテナンスで、恩赦を受けたキティちゃんを結界にかからないよう結界に手を加えることになっている。ついでに、竜化したネギくんと獣化した小太郎くんも除外対象になる。

 

 大停電中も、電力で動いている麻帆良の学園結界は停止しない。だが、予備システムに移行して、外部からの攻撃に脆弱な状態になってしまう。

 だから、この日は魔法先生達も、予備システムへの警備を欠かさないのだが……今回、この日を狙って魔族の勢力が麻帆良を攻めることが判明した。

 

 ザジさん等からたれ込みがあった、というわけではない。

 私のアーティファクト『ドコデモゲート』で真祖バアルの居場所を追跡し続けていたら、奴が地球にやってきて埼玉県に潜伏したのが分かったのだ。

 これは麻帆良へ侵入する態勢を整えているなと予測できたため、私はここで禁じ手を投入した。

 それは、のどかさん。対面しなければ使えない『いどのえにっき』ではない方の手札をここで初めて切った。フォトンがある場所のログを取り続けている、人工アカシックレコードを活用すべき時が来たのだ。

 

 スマホ内にいるアカシックレコードの司書であるシオンに手ほどきをしてもらい、のどかさんには自身の司書としての力を制御してもらう。そのうえで、近郊である埼玉県に絞って情報を取得させた。それは、さながら現在を見通す千里眼。『ドコデモゲート』による位置把握との連携によって、のどかさんは過剰な負荷もなく相手の秘密を覗き込んだ。

 

 フォトンによって記録された潜伏中の真祖バアルの会話ログを人工アカシックレコードから取り出し、彼が魔界から連れてきている魔族の全容を明らかにする。

 やがて判明した事実は、恐るべきものだった。奴らは大停電に合わせて学園結界を落とし、私を捕らえて造物主(ライフメイカー)を助けだそうと計画していたのだ。

 

 さらに、真祖バアルは恐ろしい計画を準備していた。それは、造物主から夢の世界に人を閉じ込める魔法の仕組みを聞き出して、造物主と協力して地球人類を夢の世界に閉じ込めてしまおうというものだ。

 もしかして……『UQ HOLDER!』で造物主が、太陽系の全域を対象に夢の世界を構築しようとしたのって……真祖バアルがそそのかしたからなのではあるまいな。もしそうだとしたら、『UQ HOLDER!』のすべての元凶は真祖バアルにあることになる。

 

 彼は、人類を愛しているがゆえに、争いを続ける現代の人類を永遠の夢に浸らせることが幸福だと思い込んでいるが……そんなヤンデレじみた愛など、人類の一人として拒否させてもらうよ。

 

 ゆえに、私達は麻帆良に防衛線を構築し、大停電の日に襲ってくる魔族を一網打尽にする防衛計画を秘かに練り始めた。

 まったく、体育祭も近いというのに、余計なことでわずらわせよってからに。

 大停電のタイミングで麻帆良を襲うとか、昔のネギまの二次創作小説かよって感じだ。

 

 防衛の方針を決めるため、私はエヴァンジェリン邸の別荘でキティちゃんとちう様、のどかさんの予言の書閲覧組を集めて作戦会議を開いた。

 

「判明している敵の中で、一番やっかいなのはこの人です。オティウス・ラウヴィア。固有能力『死亡回生(デスペナルティ)』」

 

 のどかさんが、テーブルの上に広げた敵の詳細データをまとめたファイルを指さした。そこには一人の魔族とその者の所有する固有能力が載っていた。

『死亡回生』。『UQ HOLDER!』の登場人物である桜雨キリヱが持つ固有能力『リセットOKな人生(リセット&リスタート)』と同系統の能力だ。

 その能力を一言で表わすなら『死に戻り』。死んだら記録した時点に世界の時間が逆戻りし、そこから記憶を持ったままやり直すというゲームのような能力だ。

 敵の幹部アガリ・アレプトの腹心で、万が一の事態に備えて連れてきているようだ。

 

「後は、魔界の業魔(ごうま)大陸十二諸侯……『UQ HOLDER!』にも出てきた真祖バアルの眷属ですね」

 

 私はそう言いながら、テーブルの上に十二枚のファイルを並べる。その中に、アガリ・アレプトの名前もあった。『UQ HOLDER!』にも出てきたが、同一人物か、同名のご先祖様か……。『死亡回生』のことを考えると同一人物の可能性が高いかな。魔族って長命だから。

 そのファイルを見て、ちう様が言う。

 

「最上級の魔族か。首を落としても死なないらしいが……不死身っぷりがやべえな」

 

「これにはアンドーを始めとした精鋭を当てます」

 

 私がそう言うと、キティちゃんも腕を組みながら言ってくる。

 

「私にも対魔族用の封印魔法がある。死なないなら、封印してしまえばいいな」

 

 そして、キティちゃんは椅子に座りながら脚を組み、不敵な表情で告げる。

 

「幸い、相手はこちらを舐めている。軍勢を呼び寄せることもなく少数精鋭でやってくるつもりだ。ゆえに、主力がのこのこやってきたところを……叩き潰す」

 

 うん。相手が本気でこちらを落とすつもりなら、魔界の軍隊が攻めてきて、一夜にして麻帆良は滅びるだろう。こちらは一都市。でも、相手は魔界にある大陸一つ分の戦力だ。

 しかし、バアルは関係ない市民を巻き込むことをよしとしない。諸侯とわずかな腹心、それと学園結界を落とすための小規模な下級魔族軍だけを連れてくる。そのいびつな慈悲の心につけ込んで、万全な態勢で迎え撃たせてもらう。人を配置し、兵器を配置し、軍艦を配置する。

 そして――

 

「真祖バアルをここで討ちます」

 

 私は、三人にそうはっきりと告げた。

 

 

 

◆206 魔族との戦い

 

 魔族の襲撃の可能性ありということは、ネギま部部員にも伝えられた。

 ただし、他の魔法先生には絶対に秘密と言い含めてある。というのも、敵の親玉の真祖バアルにはメガロメセンブリアとの伝手があり、魔法先生経由で相手にこちらが警戒していることが伝わりかねないのだ。特に怪しいのが水無瀬さんの元担当の魔法先生。

 だから、私達は秘密で準備を整え、こっそり麻帆良の地に防衛設備を設置していった。

 そして、十月某日。秋の大停電の日がやってくる。

 

 のどかさんによると、敵の集団はまとまって麻帆良の学園結界ギリギリ外に待機しており、完全に油断しているとのこと。うん、人工アカシックレコードがあれば相手の行動は丸裸だね……我ながら、本当にヤベー代物をこの世に生み出してしまった。

 普段は引き出すべき情報が膨大すぎて扱いにくいのだが、今回は『ドコデモゲート』のおかげでどこの位置の情報を取ればいいかが分かっている。コンボ成立ってやつだ。

 

 さて、こちらも待機をしようか。

 ネギま部のメンバーは魔法で身代わりを女子寮に残し、魔族が放った使い魔の目を誤魔化して、楓さんのアーティファクトで郊外に移動。現地で戦闘準備を整え、停電の開始を待った。

 そして、午後八時。麻帆良の灯が消える。

 

 学園結界は予備システムに移行し、その力を減衰させる。そこで、麻帆良の郊外から下級魔族の集団が、予備システムの施設へ襲撃をかけた。

 それに合わせ、最上級の魔族が、空から飛来する。

 堂々とした姿。魔族の諸侯としての矜持(きょうじ)があるのだろう。

 だが、そこに誇りなど知らぬとばかりに、こっそりと隠れる私達がせまっていた。

 

「いました! あれがオティウス・ラウヴィアです。お願いします、マトイさん」

 

 スマホ内の宇宙から呼んだ最強の助っ人その一、アークスの守護輝士(ガーディアン)『マトイ』さんの名前をのどかさんが呼んだ。

 マトイさんは、アークスの中でも最強のテクニック使い。その力はかつて宇宙の敵、ダークファルス【若人】を封印したほどだ。

 その彼女が、不意打ちでテクニックを相手に放った。

 

「ガアッ!?」

 

 空を飛んでいた『死亡回生』は、地に縫い付けられ、そのまま地面に描かれたフォトンの紋様に力を吸い取られていく。

 周囲の魔族達が何事かと慌てるが、そこへ遠方からフォトン粒子砲による狙撃がなされ、魔族達が撃ち落とされていく。

 

「な、なんだ……!? 力が吸われて……これは、気でもない、魔力でもない……なああああ!?」

 

『死亡回生』のオティウス・ラウヴィアが、マトイさんの力で封印されていく。自身の死をトリガーにする『死亡回生』の弱点は、封印だ。当然、本人もそれを分かっていて封印対策を取っていたことだろう。だが、私達が選んだのはフォトンによる封印である。

 フォトン技術は未だごく一部の人類にしかもたらされておらず、その全容は謎のまま。未だフォトンを知らない魔族が、マトイさんの封印にあらがえる道理はなかった。

 

 さらにそこへ二人目の守護輝士(ガーディアン)『アンドー・ユー』と夕映さんを護衛に連れたのどかさんが近づき、質問を重ねて『いどのえにっき』で『死亡回生』の能力の特性を暴いていく。なるほどなるほど、長期の封印をしてしまえば過去に設置した復帰ポイントは効力を失い、封印解除後に能力を行使して時間を戻ることはできなくなると。よし、これで敵側に、今回の不意打ちの情報を持ち帰られることはなくなった。

 いざとなったら『死亡回生』の時間逆行能力に、アンドーの時間逆行能力をぶつけるつもりだったが、その必要はなさそうだ。

 

 そして、そのまま『死亡回生』は、何もできぬまま麻帆良の郊外の地に封印され姿を消した。

 

「作戦D成功! このまま魔族掃討作戦に移行する!」

 

 私は、全防衛部隊にそう連絡を入れ、魔族との本格戦闘を開始する。

 麻帆良のギリギリ外。学園結界が落ちるまで魔族はここから先に向かえないという場所で、私達は魔族の集団を迎え撃った。

 

「き、貴様ら! 待ち伏せだと!」

 

 魔族の一人がそう叫ぶが、次の瞬間、その首は落ちていた。

 斬ったのは、私達が呼んだ助っ人の一人、獅子巳十蔵さんだ。最上級の魔族と戦うと言ったら、そこまで高くない料金で雇われてくれたよ。魔族を斬ってみたかったんだろうなぁ。

 

「子供の学び舎を攻めようというのだ。なぶり殺しにされても文句は言うまいな」

 

 獅子巳さんは、そのまま首の落ちた魔族の胴体を細切りにしてしまった。

 さらに落ちた首へキティちゃんの封印術式が飛び、魔族の頭を完全に凍り付かせる。

 よし、早速、敵の一人が落ちたぞ。

 

 その勢いに負けまいと、アンドーがガンスラッシュ『闇征刻アジェルティア』を片手に魔族に斬り込んでいく。

 さらに、上空から竜の翼を生やしたネギくんが飛来し、魔剣で魔族を切り裂いた。

 

 そんな戦いを横目に私はこそこそと隠れながら、敵の後方を注視する。

 いた! 長い金髪を垂らした少年。真祖バアルだ。

 私は、後方部隊に指示を出して、真祖バアルを狙撃してもらう。

 

 アークスの人型搭乗ロボット『A.I.S』が、空の上から一斉に銃を構え、フォトンブラスターを真祖バアルに撃ち込む。

 すると、完全に不意打ちとなったのか、真祖バアルは「なんだと!」と叫び声を上げながらごんぶとビームを受けて、地面へと落下していく。

 その最中、私はスマホをいじり、『ドコデモゲート』を操作していた。落下するバアルの直下。そこにゲートを開き、遠くへと転移させる。

 

「作戦B成功! このままバアル討伐作戦に移行する! 各班は、各自の判断の下、魔族掃討作戦を続行せよ!」

 

 私は、そんな言葉を通信機に向けて叫び、さらに『ドコデモゲート』を操作。

 単身、バアルが転移した先へと向かった。向かう先は、スマホ内の惑星Cathにある無人島。そこには、対真祖バアル用に組織された軍勢が手ぐすね引いて待ち受けていた。

 

 

 

◆207 真祖の主張

 

 転移した先で、私は真祖バアルの前に姿を初めて見せた。

 自身が転移させられたことに気づき、周囲を見渡している真祖バアルに、私は話しかけた。

 

「こんばんは。吸血鬼の真祖バアルでよろしいですね?」

 

 すると、バアルはこちらに気付く。

 

「貴様は……刻詠リンネか。そちらから姿を見せるとはな」

 

「はい。私に用事があったようなので、準備を整えて待たせてもらいました」

 

「なるほど、私はまんまと罠にかかったというわけか」

 

「その通りですね。我々は、このままあなたを殺し尽くします」

 

「私を殺す? ハハハ! 何を言い出すかと思えば! 吸血鬼の『貴族』を殺すだと? 片腹痛い!」

 

 頭に手を当てて、心底おかしいといった様子でバアルが笑う。本当に、自分を脅かすものがこの場にはないと思っているようだ。

 私は、そんな真祖バアルに向けて言う。

 

「殺す前に、その主張を一応聞いておきましょう。真祖バアル。私を捕らえて何をするつもりでしたか?」

 

「フン、貴様が『始まりの魔法使い』に施した封印は、私でも解析できないものだったからな。貴様を捕まえ、なぶり、封印を解かせようとしたまでだよ」

 

「ヨルダを今さら解放して、何になるというのです? 火星は子猫達の手によって開拓され、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)には魔力が満ち、人々は世界の危機から救われます」

 

「ヒトは猫の奴隷ではない!」

 

 と、いきなり真祖バアルがキレた!

 

「私が愛する人類は、猫などにいいようにされる家畜ではない!」

 

 なるほど、子猫達が人類の手助けをするのが気にくわないと。

 

「ヒトは私によって導かれるべきなのだ! 私は、ヒトを終わりなき楽園に(いざな)おう! ヒト種から生まれた天才ヨルダ・バオトの叡智、異界降臨極大究極魔法術式『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』で、ヒトは永遠の安寧を得るのだ!」

 

「夢の世界で眠り続けるのが人間の幸せだと?」

 

「そうだとも。今の人類はどうだ? 地球人類も魔法世界人も、終わらぬ紛争で苦しみ続けている。そんな彼らに、私は慈悲をかけるのだ! おお、まさに弱く幼きヒト種へ私が送る、理想の揺籃(ようらん)!」

 

 なるほどね。彼にとって、人類というのは今にも滅びてしまいそうなほどか弱い赤子のようなものなのだろう。だから、保護して眠らせると。

 人類の範疇(はんちゅう)を超えてしまった私が、人類を代表して言えることはないが……人類をなめすぎだ。猫の手で救われるのだとしても、その後の人類は自分の足でしっかり歩んでいけるはずだ。

 

「やはり、あなたはここで殺します」

 

 私はそう言って、スマホから不死者を滅ぼすための力を引き出した。

 




※真祖バアルが造物主をそそのかしたという可能性については、あくまで可能性という名のオリジナル設定です。『死亡回生』も名前と能力系統以外の大部分がオリジナルです。ついでに二回目の大停電の時期を十月(一回目の四月の半年後)にしたのもオリジナルです。


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■85 真祖バアル降臨

◆208 不死殺し

 

 私の討伐宣言に、真祖バアルは頭に手を当てて笑う。

 

「ハハハ! 無駄だ! ヨルダを封印して思い上がったか? 貴様は私に傷一つ付けられん!」

 

「試してみますか?」

 

 私はスマホの中から武器を取り出し、構える。取り出したのは、デュアルブレードの『光纏翔クラースグライド』。宇宙の起源となる光をまとった飛翔剣。輝く二本の大剣だ。

 それを見て、真祖バアルはギョッとした顔を浮かべる。

 

「な、なんだその剣は!? そのような剣がなぜこのような場所に――」

 

 踏み込み、首を狙う。その一撃に、私はアサシンのサーヴァント『山の翁』の力を込めた。

 だが、こしゃくにも真祖バアルは後ろに下がって首を両手でかばった。

 

 膨大なエネルギーをまとった一撃で、真祖バアルの両腕が吹き飛ぶ。

 

「くっ、おのれ……」

 

 真祖バアルは、そのまま背後に飛び、飛翔する。そして、腕をこちらに向けるが……。

 

「なに? 再生しないだと?」

 

 今の一撃は、死の一撃。太陽神の加護を受けたファラオの首をも落とす絶対的な死だ。

 

「貴様、不死(ばら)いの力を持つか。だが……真祖が不死祓い程度で滅びると思うな!」

 

 そう言った瞬間、バアルの背後からおぞましい化け物が出現する。それは、無数の頭を持つ蛇の群れ。

 そのうちの一匹、人の背丈を超える大きさの頭が、こちらに襲いかかろうとする。

 

 だが、それを横から打ち払う者がいた。

 私がこの無人島に配置していた軍勢、それが姿を現したのだ。

 

「不死祓いの次は、数に頼るか。だが、我々『貴族』は、単身で一国すら滅ぼすぞ?」

 

 無数の蛇が、軍勢に襲いかかる。

 だが、それらの頭が次々と射貫かれていく。軍勢の中のアーチャー団とガンナー団だ。

 しかし、蛇は射貫かれた先から元通りに再生していった。この蛇も、真祖バアルの一部。不死の力を持つのだ。

 

「ハハハ、無駄だ。この程度、いくらでも再生して――」

 

「斬り捨て、ご免なさい」

 

 唐突に、そんな言葉が周囲に響き、蛇の首が一つ落ちる。刀によって切り裂かれたその蛇は、他と違って再生することなく沈黙した。

 

「あら、たくさんの命を持っているのね。ふふ、斬りがいがありそうだわ」

 

 そんな言葉と共に、着物の女性が刀に付いた蛇の血を払った。

 

「新たな不死祓いだと……?」

 

 引きつった顔で、真祖バアルがつぶやく。

 そう、私の軍勢には、不死の化け物を殺せる者が何人もいる。今のは、セイバーのサーヴァント『両儀式』だ。

 

 他にも、大鎌『不死殺し』を振り回すランサーのサーヴァント『メドゥーサ』や、ノリノリで『黒鍵』や『ハルペー』を投影して放っている正義の味方エミヤマン・アーチャーこと『エミヤ』の姿があった。

『可憐な吸血姫エストリエ』がその不死狩りの魔剣『リジル』を振るうと、一斉に蛇の動きが止まる。そこへ、吸血鬼に特攻を持つヴァンパイアハンター達が、勢揃いでクロスボウのボルトを射かける。

 

「矮小な虫どもめ……貴様らなど、我が真の姿をもってすれば!」

 

 真祖バアルが叫び、彼の背後から巨大な蛇が複数生えてくる。

 それは、ただただ巨大だった。上空でぐるりととぐろを巻いたその姿は、島を覆い尽くさんとするほどの規模だ。

 その巨大な蛇の頭が、一斉に下を向き、口から光線を吐き出した。

 

 光線は真っ直ぐ地上に降り注ぎ、軍勢に当たった光が大爆発を起こす。

 

「ハハハ! しょせんはこの程度! 人の命など、軽い一吹きで消し飛んでしまうな! これは困った!」

 

「何を言っているんですか? 誰も死んでなんかいませんよ?」

 

「ハ?」

 

 私の言葉に、真祖バアルの笑い声が止まる。

 

 軍勢に配置されていた魔法職の面々が、その力を発揮して治癒の魔法で周囲を癒やしていく。

『千年戦争アイギス』の魔法は、リソースを消費しない。マジックポイント(MP)なるパラメータはなく、戦いの中で何度でも治癒の魔法を連打することができる。

 アークスの回復テクニック『レスタ』はフォトンポイント(PP)を消費するが、フォトンポイントは数秒程度の時間経過で回復する。

 ゆえに、即死さえしなければ、傷はいくらでも元通りだ。

 そして、私がスマホゲームで育てあげたこの場にいる屈強な戦士達は、光線の一発や二発で即死するほど柔ではなかった。

 

「おのれ!」

 

 上空の巨大蛇の一体が、再び口に光を溜める。

 次の瞬間、その蛇の頭が盛大に吹き飛んだ。

 

「な、なんだと!?」

 

 その一撃を放ったのは、軍勢の先頭にいる男。英雄王の末裔、王子である。

 恐ろしいほどの力を感じる長槍を構えた彼は、その長槍を上空に投擲する。すると、頭がまた一つ爆砕し、頭を失った蛇の胴体が溶けるように消え去っていく。

 そして王子が手を天に掲げると、彼の手に長槍が戻ってきた。

 

「な、なんだその槍は! そんなものが、そのようなものがこの世にあっていいわけがない!」

 

 真祖バアルの叫びが、周囲に響きわたる。

 王子が持つ長槍こそ、神討つ聖槍『グングニル』。不死の神すら殺しきる究極の不死殺し。

 

 聖槍を構える王子が、真祖バアルに告げる。

 

「人は自分の足で生きられる。……人はお前の奴隷ではない」

 

 そう言うや否や、巨蛇の下で人の姿を保っていた真祖バアルの身体へ、神殺しの槍が投げつけられた。

 

「ガアアアア! おのれ、刻詠リンネ! 次は魔界七四〇万の軍勢を引き連れて、貴様の全てを滅ぼしつくして――」

 

 胸を槍に貫かれた真祖バアルが、叫び声を上げながら、転移魔法を足元に展開し、逃げだそうとする。

 しかし、その転移魔法の魔法陣は、途中で発動に失敗して霧散してしまう。

 

「なあッ――」

 

 失敗するのも当然だ。ここはスマホから繋がる別宇宙の中。彼が逃げる先など、どこにもない。

 私は右手の『光纏翔クラースグライド』を困惑する真祖バアルに向けて、思いっきり振るう。銀河を生み出す光が爆発し、死を告げる『山の翁』の一撃が、真祖バアルの首を落とした。

 

「おのれえええ! 何をした、刻詠リンネ!」

 

 落ちた首がやかましく叫ぶ。存外しぶとい。まあ、多分、上空でとぐろを巻く巨大な蛇が奴の本体だからだろうが。

 私は、罵詈雑言を並び立てる頭を剣先で潰し、空を飛んで上空の蛇の頭に挑みかかる。

 

『こうなったら、ヨルダ・バオトの解放は止めだ! 貴様ごと消し飛ばしてやる!』

 

 蛇の頭がそんなことを叫び、凝縮した光弾を私に向けて放つ。

 高速で飛来するそれに、私の頭は吹き飛ばされた。おおっと。

 

『ハハハハハ! なんとあっけない!』

 

 笑う蛇頭だが、次の瞬間、頭を再生させた私を見て、蛇頭の笑い声が止まる。

 

『ハ? 貴様、まさか不死者――』

 

 そんなことをしゃべる蛇頭に向けて、私は思いっきり両の大剣で斬りつけた。そして、さらに不死殺しの力を乗せた必殺技(フォトンアーツ)で首を切り落とす。

 残った蛇頭の一つが、私を狙撃せんと光を放つが、その頭が逆に地上からの矢で狙撃され、力を失って地に落ちる。地上を見ると『影を継ぐ者ユージェン』がドヤ顔で次の矢をつがえていた。『パラライズショット』か。真祖に麻痺って効くんだなぁ。

 この様子だと、『山の翁』の奥の手、『不死性の剥奪』はいらなそうだね。

 

 そして、全ての頭が地上に落ち、不死殺し達の攻撃で次々と蛇は破壊されていき……最後に一匹の蛇が残された。

 

『なぜだ……『貴族』の私が……真祖の私が……滅びるだと……?』

 

 真祖バアルが最後の抵抗とばかりに、口に光を溜める。

 だが、そこへ王子の槍が突き立てられ……真祖バアルは灰になって崩れ去った。

 

 それを見届けた私は、スマホを取り出し、『ドコデモゲート』で真祖バアルの名前を入力する。すると、該当者なしと返ってきた。その結果に満足した私は、周囲に向けて大声で叫んだ。

 

「真祖バアル討伐戦、我々の勝利です!」

 

 すると、軍勢からワッと歓声が上がった。さあ、悪のラスボスは滅んだ。後は、麻帆良の魔族を掃討するだけだ!

 

 

 

◆209 矛を収めて

 

 存外長く真祖バアルと戦っていたようで、『ドコデモゲート』で麻帆良に戻ると、魔族はほとんどが防衛部隊に打ち倒されていた。

 途中で『LINE』の連絡がなかったから心配はしていなかったけど、完勝じゃないか。

 

 倒された魔族はいずれも死ぬギリギリで生かされて氷漬けになっており、事後処理が面倒なことにならなそうでホッとする。

 相手を殺したら、それはそれでやっかいだからね。業魔大陸の諸侯というだけあって魔界の貴族だろうし、何か外交問題が起きたら困る。いや、麻帆良に攻めてきていることも十分外交問題なんだけど。

 私は残った魔族に向けて、降伏勧告を出した。

 

「真祖バアルは討伐しました! そこの魔族ー! 大人しく降伏しなさーい!」

 

「なッ! バアル様を討伐だと!?」

 

「神殺しの槍でずっぽり貫かれました。完全消滅です。二度と蘇ってはこないでしょう」

 

「な、なんだと……」

 

 残り一匹となった骨頭の魔族が大いに動揺する。

 

「なんなら、あなたも受けてみますか? 神殺しの槍」

 

 私は、スマホから王子の力を引き出し、手に聖槍『グングニル』を呼び出す。

 その力を感じ取ったのか、魔族が「ヒイッ!」とひるんだ。うん、持っているだけでビシバシ力を感じるからね、この槍。

 

「し、しかし私はバアル様の眷属として、引くわけには……」

 

 むう、これは、最後までやるしかないか?

 私は聖槍を牽制に使おうと、槍投げの構えを取る。

 と、そこで私の後ろから声がかかった。

 

「どうか、滅ぼすのは待ってくれませんか?」

 

 その声は……一度、麻帆良祭の時に聞いたことがある声。ザジ・レイニーデイさんの生声だ。

 私は聖槍を下ろし、背後に振り返る。

 

「その人達は魔界の業魔大陸の支配者です。彼をこの場で処分すると、今回の責を負わせるべき者がいなくなってしまいます。あそこは、弱肉強食の世界ですからトップ以外の責任の所在があいまいなのです」

 

 私の背後にはピエロ姿のザジさんが立っていて、そんなことを私に告げていた。

 マジで? トップ以外責任者がいないって、魔界ってどんだけひどい場所なのさ。

 

「それに、今トップが倒れると、業魔大陸が泥沼の戦国時代に突入する可能性があります。どうか、思いとどまっていただけませんか? お願いします」

 

 ザジさんがそう言って、私に頭を下げた。なるほど。ザジさんの故郷が業魔大陸かどうかは知らないが、魔界に住む魔族の人々を心配していると。

 そんな彼女に、私はおどけて言う。

 

「いやあ、私も滅ぼしたくはないんですけどね。でも、抵抗する以上はうっかり神殺しの槍が刺さってしまう可能性が」

 

「……アレプト卿。矛を収めてくれませんか。でないと、本気で滅びてしまいますよ」

 

 ザジさんが生き残った魔族、アガリ・アレプトに向けてそう声をかける。

 

「……分かった。降伏しよう。だから、どうか他の者も命だけは助けてやってくれ。魔界には彼らが必要なのだ」

 

 おおー、説得成功だ。だが、一つだけ許容してもらわなければならない。

 

「あなたの腹心、『死亡回生(デス・ペナルティ)』の人だけは、このまま封印させてもらいます」

 

 時間逆行能力の効果時間が過ぎるまでは、麻帆良の地面の下でスヤスヤしてもらう。

 

「……仕方ないか。確かに、奴は全てをなかったことにしてしまう」

 

 そうして、魔族は降伏し、キティちゃんによる力の封印を受け入れた。

 その後、ギアススクロールによって二度と麻帆良と私を攻めず、造物主の復活を目指さないことを約束させた後、魔族達は麻帆良の魔法先生達に引き渡された。

 その後のことは、魔界と麻帆良の政治の話になるので、私はノータッチ。

 学園長先生からはどうやって魔族の襲撃を知ったのかと尋ねられたが、キティちゃんの独自の情報網と言って誤魔化した。

 

 その後、ザジさんからメールで、魔界の勢力図が真祖バアルの存在消失により様変わりしたと連絡を受けたが、私に関わりのないことなのでスルーした。

 真祖バアルに賛同していたポヨお姉様が謹慎を受けた? いやそんなの知らんし。そっちでどうにかしてちょうだいな。

 

 ……こうして、キティちゃんにとってのラスボスがこの世からいなくなり、平和な日常が戻ってきた。

 造物主もまだ存在しており、火星の開拓も道半ばなので、これで何かが変わるということはないのだが……いや、一つだけあった。真祖バアルがいなくなって、大手を振ってキティちゃんのところに姿を見せられるようになった結城夏凜さんが、麻帆良にやってきてエヴァンジェリン邸に住みついたのだ。

 

 まずは職探しをすると言っていたが、最上級の神聖魔法の使い手ということで、キティちゃんと同じように魔法先生にならないかと声がかかっているらしい。なので、夏凜さんは麻帆良大の教育学部に通うことを目標にして、まずは来年の麻帆良学園女子高等部の入学試験合格を目指すと決めたようだ。

 二千歳の少女が高校通うのかぁ。そもそも、学校に通った経験とかあるのだろうか。

 

 キティちゃんもまずは高等部に進学して、その後麻帆良大に行って魔法先生を目指すらしいし、しばらくは一緒の学生生活が続くね!

 




※魔界の業魔大陸の実状は、真祖ニキティスの『弱肉強食の不毛の地』という台詞から膨らませたオリジナル設定です。なお、次回以降オリジナル設定がかなり多めになってきます。ご了承ください。


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●残された日々
■86 彼方からの使者


◆210 修行の成果

 

「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ。雷の精霊29柱。集い来たりて的を撃て。『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾・雷の29矢』」

 

 練習用の杖から放たれた『魔法の射手』が、別荘の空を駆ける。

 今の魔法を撃ったのは夕映さんだ。すでにアークスのヒーローとして強力なテクニックを放てる夕映さんだが、魔法の練習も欠かしていなかったらしい。見事な雷の魔法が空を漂っていた標的を打ち抜いた。

 

「おー、ユエもなかなかやるじゃん!」

 

 そう歓声を上げたのは先ほど『魔法の射手・連弾・風の17矢』を撃ったハルナさんだ。ハルナさんは攻撃魔法を真面目に練習はしていないが、防御魔法は本気で取り組んでおり、『風花(フランス) 風障壁(バリエース・アエリアーリス)』を発動してみせるほどの腕前を見せた。

 始動キーに『ブロマンス』って単語が入っていたのがすごくそれっぽかったな……。中学三年生は恐れを知らない。

 

「やっぱりユエは才能あるよー」

 

 そう言うのどかさんは、先ほど『魔法の射手・連弾・火の29矢』を放っていた。原作漫画では魔法の才能がないと魔法世界人に言われていた彼女だが、今はマナヒューマンとしての高い魔法適性で、夕映さんと同等の魔法を使えるレベルになっていた。

 

「よし、次はウチやな。みんな見ててー」

 

 練習用の杖を片手に、木乃香さんが前に進み出てくる。

 すると、待機していた茶々丸さんが、空にバルーンを打ち上げた。

 

「チェリー・ピオニー・エピファニー。光の精霊59柱。集い来たりて的を撃て。『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾・光の59矢』」

 

 物凄い勢いで杖から魔法が放たれ、バルーンに殺到する。数だけでなく大きさもそれまでの者が撃った矢とは段違いで、魔法はバルーンを跡形もなく消し飛ばした。

 

「おおー、すごいです」

 

「さすがこのかさん!」

 

「圧倒的才能の差を感じる……!」

 

 夕映さん、のどかさん、ハルナさんがそれぞれ木乃香さんを称賛した。

 この魔法初心者組の四人組で一番伸びているのは木乃香さんだね。魔力容量も規格外だし、このままいけば木乃香さんは私のへっぽこ魔法程度、軽く追い抜いていくだろう。頼もしい限りだ。

 

「えへへ、ウチも順調に成長しとるで」

 

 うんうん、順調だ。いずれやってくる造物主(ライフメイカー)との決戦では、彼女も前線に立ってヒーラーとして活躍してくれることだろうね。

 造物主との戦いをいつ行なうかはまだ決まっていないが、ナギ・スプリングフィールドを救い出す研究は順調に進んでいると聞いている。『墓守り人の宮殿』でナギ=ヨルダと実際に会って、魔力パターンや精神の波長を観測できたためだ。

 造物主とナギ・スプリングフィールドの魂は融合している。それを切り離すために、スマホの中でチームを組んで研究させているのだ。キティちゃんも独自に術式を研究しているというし、私達の未来は明るい。

 

 

 

◆211 使者は夜中にやってくる

 

 別荘での魔法練習を終えて、女子寮に帰った私達。夕食を食べ、大浴場で汗を流し、パジャマに着替えて部屋へ戻ったところでスマホにメールの着信があった。

 なんぞや、と見てみたら、意外な送り主からのメールであった。

 

 送り主は、超鈴音。本文は「今すぐ会いたい」。何コレ。センチメンタルグラフティじゃないんだから。

 そう思っていると、窓を叩く音が聞こえた。

 なんだろうと思って目を向けると、窓の向こうに超鈴音本人の姿があった。

 

「ここ六階だぞ……」

 

 そんなちう様の突っ込みを受けながら、私は窓に向かい、鍵を開けて窓を開いた。

 

「いやー、すまないネ。もう生徒じゃないから、勝手に寮へ入るわけにもいかなくてネ」

 

 そう言って、ボディーアーマー姿の超さんが、部屋に入り込んでくる。

 そして、脚部パーツを外して素足になった超さんが、部屋の中央に正座で座りこむ。土足で踏みこんでくる無作法はしなかったようだ。

 

 さて、未来に帰ったはずの超さん。それが、なんでこんなところにいるのだろうか。

 麻帆良祭からこの時点に直接飛んできたということはないだろう。なにせ、この超さん、少し歳を取っている。具体的には、女子中学生から女子大生くらいになっている。

 

「何かご用でしょうか」

 

 私がそう尋ねると、超さんは正座のまま真っ直ぐこちらを見て、そして地面に手を突き、頭を下げてきた。土下座である。

 

「ちょっ……」

 

「刻詠サン、どうか火星の民を救ってほしいネ!」

 

 え、ええー……。

 

「とりあえず、頭を上げてください……」

 

 私がそう言うと、超さんは頭を上げ真っ直ぐこちらを見てきた。

 

「並行世界の二一三五年から、火星の代表として来ているネ。アーティファクト『ドコデモゲート』で火星の民を新天地に導いてほしく、交渉の使者として派遣されたネ。刻詠サンには、そのゲートの力で私達の火星と並行世界の地球を繋いでほしい」

 

「なにその超展開……」

 

 想定外の事態に、私はポカーンとするしかなかった。

 そして、ちう様がベッドから降り、お茶を淹れに部屋のキッチンへと向かった。

 とりあえず、私が言えることは……。

 

「一から説明してください……」

 

 まさかの展開に、私はそんなことを言うしかなかった。

 

 

 

◆212 時をかける少女

 

 パジャマ姿の私に向けて、ボディーアーマー姿の超さんが語る。

 麻帆良祭の終わりから一二七年後の未来に飛んだ超さん。その未来は、自分がいたもとの未来ではなく、この時代の直接の未来だった。

 転移先は、麻帆良の郊外。着の身着のまま世界樹が見える草地に降り立った超さんだが、そんな彼女のもとへとやってくるものがいた。

 

 私だ。

 刻詠リンネがピンポイントで超さんの跳躍ポイントにやってきて、こう言ったという。

 

「あなたはまた過去に戻ることになります。その時、過去の私に余計な未来の情報を渡されたくないので、このままあなた本来の火星に飛ばします」

 

 そうして、刻詠リンネは並行世界の理論と自身のアーティファクト『ドコデモゲート』の説明をして、超さんを彼女の故郷である並行世界の火星に送り込んだそうだ。

 それから、超さんはもとの場所の同志達に、「未来は変えられた。しかし、並行世界が生まれたためこの世界は救われなかった」と説明。そこから、超さんは同志達と一緒に、並行世界を観測する装置の開発を開始した。

 その途中で、魔力を結晶化させてタイムマシンを魔力の薄い場所でも動かすことに成功したり、研究が上手くいきすぎて並行世界移動装置が完成したりしつつも、並行世界観測装置の開発に成功。

 そして、超さん達は見つけた。新天地を。

 

 そこは、人類が誕生しなかった並行世界の地球。自然にあふれた手つかずの楽園だった。

 ここに移り住めば、火星の民は救われる。終わりのない地球人類との戦争を続けなくてもいい。

 そう確信した超さんは、何年もかけて火星の民を説得した。

 火星は一つにまとまり、地球との停戦もなり、後は並行世界移動装置で火星の民を並行世界の地球に運ぶだけ。

 

 しかし、それがまた困難を極める。

 火星の民を全員並行世界に連れていき、地球まで運ぶのは途方もない労力がかかる。

 そこで、超さんは一つのことを思い出す。並行世界の未来の地球で刻詠リンネが言っていた言葉。

 

「困ったことがあったら過去の私に頼ってください。あの頃の私は、他人の困りごとを大募集していたので」

 

 そう、刻詠リンネならば、『ドコデモゲート』で自分達を新天地につれていけるのではないか。そう思い、超さんは再び過去に戻った。そして、こっそり私の監視を始めた。すると、私が魔法世界との間でゲートを何度も開いているのが確認できた。

 だが、魔族との戦いで忙しそうで声をかけづらい。やがて、中間テスト間近になり、ゲートのアルバイトも休み期間に入った。ここならいけると思った超さんは、今日こうして訪ねてきたというわけだ。

 

「なるほどなるほど。グッジョブです、未来の私。徳を積む機会を融通してくれたのですね」

 

 まさかの未来からのロングパスに、私はホクホク顔になった。

 

「……なんでまた未来のリンネは、未来の情報を過去の自分に流そうとしなかったんだろうな」

 

 ちう様が、そんな疑問をポツリと述べた。

 すると、超さんが未来の私から理由を聞いていたのか、素直に答える。

 

「昔の自分はすぐ油断するから、確定情報を流して失敗させたくないだそうネ」

 

 いや、油断って……くっ、心当たりが多すぎる!

 あー、でも、そうなるといろいろ気になってくるぞ、未来。

 

「これだけは聞きたいのですが、私の未来では、人類は存続していましたか?」

 

「なにをそんな……あー、言えないネ。油断大敵ヨ」

 

 それくらいいいでしょ!?

 このままのやり方で造物主(ライフメイカー)の野望を阻止できるのかとかさー。聞くくらい、いいじゃん!

 

 

 

◆213 火星

 

 その後、夜なので眠らせてもらった私。

 翌朝、パジャマから着替えて朝食を取った後、私は超さんとちう様の三人で未来へ行くことになった。

 そう、ちう様と一緒だ。なにせ、ちう様の本体は私のスマホの中にある。なので、どうせ本体が行くのだからと、意識の宿った現ボディで付いてくることになったのだ。

 

 まずは、超さんの並行世界往還装置兼時間渡航装置で、超さんの故郷がある未来へと飛んだ。

 すると、どこか寂れた感じのある麻帆良へと風景が変わった。

 

「なんかボロいな。軌道エレベーターもないしよ」

 

 ちう様がそんな感想を述べる。

 

「この世界のネギ先生は火星開拓を提案していないでしょうから、麻帆良に軌道エレベーターが建てられることはないのでしょうね」

 

 私がそう言うと、今度は超さんが言う。

 

「この世界のネギ坊主は、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊後、火星に渡って魔法世界人を助けるために一生を過ごしたそうネ。その子孫が私ということヨ」

 

 そういえば、超さんって並行世界のネギ先生の子孫だったね。すっかり忘れていた。

 さて、未来観光をしたいところだが、そう言ってもいられない。私は、スマホを起動して『ドコデモゲート』を開いた。

 

「『ボスポラスドーム』でよかったですね?」

 

「ウム。ドームの中から逸れると、死ぬヨ。火星はテラフォーミングされていないからネ」

 

「あ、私、宇宙空間に生身で出られるので大丈夫ですよ」

 

 超さんの忠告に私がそう言い返すと、超さんは呆れた顔でこちらを見てくる。

 

「いつの間に人間辞めたネ」

 

「失礼な。ちう様ほど人外ではありませんよ」

 

 私のその言葉を受け、超さんは「そういえば『まほら武道会』ですごいことやっていたネ」とちう様を見た。

 うん、ろくでもないコンビでごめんね。

 

「私は生身だと死ぬので、座標は正確にたのむヨ」

 

 そんなことを言う超さんの細かい位置指定を受けながらゲートを開き、私達は火星へと飛んだ。

 すると、そこには人が複数詰めていて、何やら端末を操作していた。その人達に、超さんが私の知らない言語で話しかける。おおっと、そういえばここ火星だもんね。日本語で話すわけがなかった。中国語かな?

 私は、ネギま部バッヂの翻訳魔法を起動し、彼らの会話を聞く。

 

「ということで、無事に連れてきました」

 

「おお、とうとう新天地に向かえるな!」

 

「よくやってくれた、鈴音君。君の名は、新しい人類の歴史書に記されることだろう」

 

「あはは、博士、大げさですよ」

 

 翻訳魔法で独特の怪しい日本語じゃなくなった超さんが、笑っている。

 そして、超さんはこちらに向き直り、仲間を紹介してきた。火星の未来を憂いた同志達らしい。

 私は彼らと握手して挨拶した後、彼らから火星人移動計画書を見せてもらった。

 

 幾ばくかの荷物を持たせて、並行世界の地球へ向かうだって?

 着の身着のまま新天地に人を放り出すつもりかい。

 

「超さん。あなたはまだ私のゲートを甘く見ているようですね」

 

「ム? どういうことダ?」

 

 私のゲートの範囲は、広い。すなわち……。

 

「所持している乗り物に、積めるだけの荷物を積んでください。私のゲートは、宇宙戦艦だろうが転移させられますよ」

 

 ドヤ顔で言う私に、皆の目が点になった。

 さすがに空間を切り取っての転移はできないので、ドームごと飛ばすことはできないが、急造のキャンプカーでも宇宙船でも作って、全部の荷物を新天地に持っていけばいいよ。

 

 

 

◆214 出席番号19番超鈴音

 

 その後、火星人は一ヶ月かけて大量の乗り物とコンテナを用意した。

 それに荷物をとことんまで満載して、私が各所に開いたゲートで並行世界の地球に移動する。コンテナも、底にゲートを開けば重力で向こう側に落ちていって物を運べる。落下の衝撃があるので、壊れ物は運べないけどね。

 個人用の乗り物以外にも、地球との宇宙戦争に使っていた宇宙船も、もれなくすべて新天地送りだ。

 

 そして、私は五日間で全ての人員の移動を完了。この世界から、魔法世界人の末裔である火星人は姿を消した。

 後は、私をもとの時代まで送り届けてくれた超さんが向かえば、ミッションコンプリートだ。

 その超さんが、私にフラッシュメモリを一つ渡してくる。

 

「これが、お礼の火星の全データネ。本当にこんなデータだけでいいのカ? 別に、火星の資源を持っていってもいいヨ? 宝石とか」

 

「いやあ、向こうでこれから火星開拓するというのに、火星から採掘した資源を私が市場に流すのは不味いんですよ。資源を勝手に着服したと思われて」

 

 私が笑ってそう言うと、超さんは納得顔で「そういうものカ……」と答えた。

 それよりも、この火星人達が詳細に取った火星のデータの方が重要だ。地形の詳細データに、地下埋没資源の位置。極点の氷の埋没量。気象。これらは火星のテラフォーミングの役に立つ。個人的に資源で大儲けすることなんかよりも、はるかに重要な報酬だ。

 

 さらに、ここ百三十年で起きた地球の気候変動についてもまとまっている。

 実は、『魔法先生ネギま!』の世界の地球って、今後数十年で大規模な寒冷化と温暖化が起きて、文明が大ダメージを受けるんだよね。

 

「さて、それじゃあ、私もこれでお別れネ」

 

 そう言って、超さんは私に火星人達が移動した場所の座標までのゲートを催促してくる。並行世界往還装置兼時間渡航装置には、テレポート機能がついていないのだ。

 

「それなんですけど……超さん。3年A組に戻りませんか?」

 

 私がそう言うと、超さんはピクリと肩を動かした。

 

「超さんは、もう目的を果たしました。これからは、新天地を開拓する忙しい毎日を送ることでしょう。ですが、その前に……麻帆良で一人の少女としての日々を過ごしませんか? モラトリアムってやつです」

 

「それは……なんとも魅力的ネ」

 

「そして、私達は今、火星開拓事業に手を付けています。それを進める上で、火星に住んでいた超さんの知識は、非常に役立ちます」

 

 私は今度こそ、超さんを仲間にするために誘いの言葉を投げかけた。

 そして、私は彼女に向けて手を差し出す。

 

「私達には、超さんの助けが必要です」

 

 超さんは目を伏せ、何かを考え込んだ。

 そして、彼女の選択は……。

 

「よろしく、刻詠サン。子猫達の技術、私も気になっていたところヨ。全部吸収して、地球開拓の役に立てて見せるネ」

 

 ニッコリと笑い、超さんは私の手を取った。

 




※早乙女ハルナの始動キーについて
●ロマンス・フレンズ・ブロマンス
・ロマンス
恋物語。ハルナ曰く、BL漫画を指す。
・フレンズ
友人の複数形。ハルナ曰く、男友達の関係性を指す。
・ブロマンス
ブラザーとロマンスの合成語。性的な要素を含まない男同士の親密な関係。ハルナ曰く、少年漫画における濃い友情を指す。
なお、始動キーの没案として「フレンド・ブレンド・ハズバンド」もあった。

※近衛木乃香の始動キーについて
●チェリー・ピオニー・エピファニー
・チェリー
桜の木。桜咲刹那のことを指す。
・ピオニー
牡丹。公家の五摂家である近衛家の家紋は近衛牡丹。
・エピファニー
神聖を通した洞察。もしくは、平凡な日常の中で物・事・人の本質が姿を現す瞬間を描写するという文学用語。占い好きな彼女が持つ独特の超感覚を表わしているのかもしれないし、日常こそが彼女にとっての至福ということを表わしているのかもしれない。
なお、三節目をデスティニーにする案もあったが、愛が重すぎるので没になった。

※ついでに未登場の宮崎のどかの始動キー
●ブックス・マギクス・コントラクトス
・ブックス
本。本が好きという以外にも、アカシャの図書迷宮になぞらえて人工アカシックレコードに集まる情報群のことも指す。
・マギクス
ラテン語で「魔法の」を意味する言葉。男性形容詞なので、ネギ先生のことを指していると思われる。女性形容詞のマギカにすると円環の理に導かれそう。
・コントラクトス
ラテン語で「契約」を意味する言葉。自分の人生を変えた仮契約を意味しているが、あわよくばネギ先生と本契約を結びたいという願望も込められている。


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■87 超鈴音の帰還

◆215 復学

 

 朝のショートホームルーム。そこで、ネギくんが「転校生がいます」と言った瞬間、教室が沸いた。

 そこから超さんが姿を見せたところで、クラスメート達の驚愕の声が響きわたった。

 

「ハハハ、恥ずかしながら、戻ってきたネ。卒業までよろしくヨ」

 

 そう言って、恥ずかしそうに微笑む超さん。

 彼女は皆に、国元のややこしい問題が解決したため、中等部卒業まではこちらにいられることを説明した。

 うん、嘘は言ってないな!

 

 ちなみに超さんは麻帆良学園的には自主退学という扱いだったが、問題なくもとの3年A組への復学が認められた。

 

 超さんと私、学園長先生の三者で話し合いを行ない、超さんはその場の秘密とした上で、自身の正体、かつての目的を学園長先生に伝えた。

 そして、もうあのような手段での魔法公開はしないと宣言し、3年A組の仲間として卒業を迎えたい旨を伝えた。

 

 すると学園長先生は、麻帆良祭のことは水に流すと言ってくれ、3年A組への復帰を認めてくれた。

 魔法が世界に公開されることがすでに決まっており、麻帆良祭の事件も麻帆良の外には報告していない。なので、超さんをかばうのは簡単だ。学園長先生は笑ってそう言った。

 

 そして、超さんが火星開拓事業への協力者となることを告げると、学園長先生は「火星のデータは極秘としておきなさい」と私達に向けて忠告した。

 曰く、資源の埋蔵地点や埋蔵量を今の段階で公開すると、せっかくまとまりかけている地球側の国が割れかねないと。

 

 なるほど、確かにそれはありそうだ。

 なので、火星のデータは子猫達がテラフォーミングのためにこっそり使うことにして、学園長先生にも見せないことになった。

 

 さらに、超さんの正体も他の者には秘密にしておくべきだと、学園長先生は超さんに言った。

 時間移動技術は、超さんの命すら脅かす危険があるオーパーツなのだと。

 

 過去の過ちをなかったことにしたい人はいくらでもいる。

 そんな人に超さんが狙われ、時間移動技術を奪われることがあれば、どんな大事件につながるか。

 だから、時間移動技術は次に使う日が来るまで厳重に管理して、未来人であるということも秘密にしておくべきだと、学園長先生は忠告をしてきた。

 学園長先生、いい人だなぁ。まあ、悪人に教師の長は務まらないか。

 

 そうして学園長先生への話は通り、超さんは復学することとなったわけだ。

 中等部を卒業するまで、また超さんと一緒に学園生活を過ごせるとなって、みんな大喜び。ショートホームルームが終わると同時に、超さんはクラスメート達に囲まれた。

 盛大にお別れ会をやって戻ってきたことに、超さんは少し気まずい思いがあるようだが、それはそれ。みんなで卒業することの方が大事だ。

 

「超りん、なんか見ない間にすごく背伸びてない?」

 

「成長期ネ」

 

「五センチは伸びているように見えるなー」

 

「成長期ネ」

 

 おおっと、朝倉さん、十八歳を超えて戻ってきた超さんを突いてはいけないぞ。大学生の歳になって中等部の制服姿は痛いかもしれないが、追究しないであげてほしい。

 後で、超さんが未来人だと知っている朝倉さんには詳しく話しておくか……。

 

 ちなみにオラクル船団のエステで見た目を変える案も超さんに出したのだが、このままでいいと言われた。火星開拓事業で担当技術者として他の者と面会するとき、少しでも大人に見えた方が有利になるという判断らしい。

 なので私は、せめて肌つやだけでも中学生らしさを出させるために、太公望さんの育てた美味しい桃を丸々一個与えておいた。あれは若さを保てる神秘の桃だからね。

 

「卒業したらまた向こうに帰るアルか?」

 

 同じく、超さんの事情をよく知る古さんが、超さんに尋ねる。

 

「いや、しばらくは刻詠サンの手伝いをするので、高等部にも進むヨ。事業の進み具合では高等部の途中で帰ることもあるかもしれないネ」

 

 超さんがそう言うと、親友がまだしばらく帰らないことを知って、古さんが嬉しそうにする。

 うんうん、麻帆良祭では急なお別れだったから、またしっかり縁を深めていってほしい。

 

「りんりんの手伝いって、ちゃおちゃおも『CatCaster』やるのかー?」

 

 鳴滝姉妹の姉の方が、そんなことを超さんに言った。鳴滝姉妹は、二人とも朝倉さんの動画大好きっこだからね。

 

「キャット……なにカ?」

 

「ちゃおちゃお、もしかしてりんりんの『ねこねこ動画』知らない?」

 

「知らないネ。刻詠サン、何かしでかしたカ?」

 

「りんりんが、ネットに動画をアップするサイトを開いたんだ! ケータイからも見られるぞ!」

 

「刻詠サン……?」

 

 おっと、超さん。ジトッとした目を向けてくるのは止めようか。別に、『YouTube』を先取りして潰すためにやっているわけじゃないぞ。火星開拓事業に必要だからやっているんだ。

 

「んー、じゃあ、りんりんの手伝いってなに?」

 

「えーと、言っていいのか分からないネ。守秘義務とかあるからネ」

 

 いや、別に守秘義務が発生するような契約は、まだ何も交わしていないが……。

 

「りんりんー、今度は何やっているのさ! 面白い話なら、僕も乗せろよな!」

 

 鳴滝姉の風香さんが、私に顔を向けて言った。

 ふむ、まあ対外向けの話は言ってしまっていいか。

 

「ただの新規事業ですよ。宇宙開発です」

 

「宇宙開発!? 何それすごい!」

 

「雪広グループと協力して宇宙船を飛ばします」

 

「思ったより話がでかい! 宇宙旅行とかするの!?」

 

「卒業旅行には間に合いませんが、いつか宇宙に連れていってあげますよ」

 

「本当!? うわー、ふみか、宇宙旅行だって!」

 

 風香さんが、妹の史伽さんに話を振るが、史伽さんは本気にしていないような感じで答える。

 

「お姉ちゃん、宇宙旅行とか、きっと私達がおばさんになったころの話です」

 

「えー、そうなの? どうなのさ、りんりん」

 

 妹の現実的な視点に諭された風香さんが、私に聞いてくる。まあ、地球人類はこのままいったら二十年後も宇宙旅行とか夢のまた夢だが、魔法と子猫の手が入るこの世界に関しては事情が違う。

 

「高等部の卒業旅行までには月まで連れていってあげられそうですね」

 

「マジかー! すげー!」

 

「本当ですかー? 私も行きたいですー!」

 

 そう言って、鳴滝の姉と妹が嬉しそうにはしゃぐ。

 そうして話題が超さんの復学から宇宙開発事業に逸れ、騒がしいまま予鈴が鳴り、本日の授業が始まるのだった。

 宇宙開発もいいけど、学業も真面目にやっていかないとね。

 

 

 

◆216 戦いを振り返って

 

 超さんが復学した日の放課後。超さんはかつて世話になった人達に顔見せに行くと言って、葉加瀬さんと一緒に麻帆良大学へと向かった。

 私は転送のアルバイトがあるので、魔法世界へと飛ぶ。

 メガロメセンブリア外交部の指示を受け、世界二箇所のゲートポートで人を地球へと飛ばし、メガロメセンブリアへと帰還した。

 すると、珍しいことに外交部にリカード元老院議員が顔を見せていた。普段は方々を飛び回っていて、意外と会わないんだよね。

 

「おう、リンネ。ちょっといいか?」

 

 なんだろうか。どうやら、私に用事があるようだが……。

 

「麻帆良から魔族の諸侯が護送されてきた。なんでも、『白き翼(アラアルバ)』だけで襲撃を撃退したっつーじゃねえかよ」

 

「ああ、それですか。正確には、私のスマホと繋がる宇宙の防衛部隊が出張っていますよ。何か、問題ありそうですか? 外交面とか」

 

「いや、そっちはこっちでなんとかするからいい。それよりも、吸血鬼の『貴族』を倒したって本当か?」

 

「真祖バアルですか。造物主(ライフメイカー)の復活と人類文明の崩壊を狙っていたので、完全消滅させました」

 

「そうか……リンネの嬢ちゃん……」

 

 リカード元老院議員は、こちらを真っ直ぐ見ると……私に向けて大声で言った。

 

「ありがとう!」

 

 ……ほあ? なんでリカード元老院議員がお礼を?

 私が疑問に思っていると、彼はそのまま言葉を続けた。

 

「バアルは、メガロメセンブリアに何百年も前から根を張っていて、余計なことを散々しでかしてくれた元老院の癌だったんだ。それを排除してくれて、本当に感謝している」

 

 あー、なるほどね。メガロメセンブリアが中世に地球を侵略しようとしたのも、黒幕は真祖バアルだったからね。

『UQ HOLDER!』の未来でも、麻帆良にいる魔法世界出身の魔法教師から水無瀬小夜子の魔法ウィルスを手に入れて、人類に魔法の病気を感染させていたし……そんなフィクサーがいなくなって、リカード元老院議員的には万々歳ってことか。

 

「まあ、地球にやってきてこそこそ麻帆良を攻める用意をしていたので、迎撃させてもらいましたよ」

 

「攻められることを麻帆良に秘密にしていたのはなんでだ?」

 

「メガロメセンブリア出身の教師がいるので、そこ経由でバアルにこちらが迎撃できる準備が整っていることを知られたくありませんでした」

 

「なるほど……しかし、よくもまあ真祖を殺し尽くせたもんだ」

 

「不死殺しがこちらにはいっぱい居ましたからね」

 

「桃源神鳴流みたいなのか?」

 

「そんな感じです。復活することはないと思いますので、安心してください」

 

「そうか……よくやってくれた」

 

 うん、我ながらよくやったと思うよ。のどかさんが居てくれたおかげだね。人工アカシックレコードの存在を知られるわけにはいかないので、言わないけれど。

 

「しかしまあ、吸血鬼の『貴族』以外にも、魔界の十二諸侯、さらに光の精霊までいて、よくもまあ勝てたもんだな」

 

「あー、私は真祖バアルと戦っていたので、他の人達がどうやって戦っていたのかは知らないんですよね」

 

「そうか。正直、光の上位精霊とか勝つ方法が分かんねえな! 光の速さで動くんだろう?」

 

 光の上位精霊か。真祖バアルが造り出した人工精霊の七尾(ななお)・セプト・七重楼(しちじゅうろう)のことだろう。

『UQ HOLDER!』における味方キャラだが、真祖バアルが活動中は制御を彼に奪われ、敵に回るという面倒臭いポジションだった。

 その七尾・セプト・七重楼が作中で言っていたことを思いだし、私はリカード元老院議員に言う。

 

「光速で動いている間は本体の質量がゼロになるので、移動中に直接攻撃をしてくることはありませんよ。要は、転移を多用する敵と戦うと思えば」

 

 そう、光の精霊は『光速で動く物体の質量はゼロ』という物理法則に縛られる存在なのだ。ピカピカの実の能力者や黄金聖闘士ほど理不尽な存在ではない。

 私の説明を受け、リカード元老院議員はなにやら考え込む。

 

「うーん、そうなると、カウンター主体の戦い方が有効か……」

 

「あとは、光を閉じ込める罠ですかね。今度、みんなにどうやって倒したか聞いてきますよ」

 

「おっ、そうか。じゃあ、今度、飯でもおごるから、じっくり戦いの内容を教えてくれな」

 

「はいはい」

 

 と、そこでリカード元老院議員と別れ、私は仕事を終えて麻帆良へと帰還した。

 そして、ネギま部が活動中とスマホに住むちう様の本体から『LINE』が来たため、私はエヴァンジェリン邸に向かい、別荘へと入った。

 すると、ネギま部は中間テストに向けた勉強会を開いていた。

 あー、そうね。十月中旬にはテストがあるね。私も、勉強しないとなぁ。

 

 そして、三十分ほど勉強をした後の休憩時間で、私はみんなに先の迎撃戦で光の精霊と戦った人がいるか聞いた。

 

「それなら、夕映殿とのどか殿が戦っていたでござるな」

 

 楓さんが、アークスコンビを見ながら言った。

 すると、夕映さんが代表してその戦法を告げる。

 

「のどかと二人がかりで『ゾンディール』を仕掛け、そこに捕らわれたところを四方から攻撃したです」

 

「ああ、その手がありましたか」

 

 私は、感心して手をポンと打った。

『ゾンディール』とは、アークスが使う雷系テクニックの一つで、特殊な磁場を発生させて敵の動きを阻害するテクニックだ。

 発生点の中央に向かって円形の磁場が発し、数秒間相手を捕らえることができる。しかも、その磁場は相手が軽ければ軽いほど効力を発揮する。つまり、光速で動いている最中は、磁場に捕らわれやすいことを意味している。

 

「後は、相手の身体から直接発生する類のテクニックを中心に戦いましたね」

 

 あー、確かに、対象をターゲットさえしていれば、遠距離からでも直接食らわせることができるテクニックってそれなりにあるね。

 杖の先から発生することの多いこの世界の魔法とは、違う点だと言っていいだろう。

 

 七尾・セプト・七重楼戦で、アークスの二人が活躍したことは分かった。

 他の人達にも魔族とどう戦ったか聞いてみたが、なかなかに奮闘したようだ。

 ネギくんは、魔剣を使ったら世界樹が光って力を貸してくれたなんて話もしていた。いや、世界樹、ネギくんのこと好きすぎでしょ。ただまあ、真祖バアルの目的が目的なので、人類全体のために手伝ってくれたのかもしれないけどさ。

 世界樹って、型月的に言うとガイアというよりアラヤ的なところあるよね。人類の危機に力を貸してくれるあたりが。

 

 この調子で、造物主戦でも世界樹が力を貸してくれると嬉しいんだけど、どうなるかな。

 

 

 

◆217 二学期中間テスト

 

 そんな勉強会から数日後、中間テストが行なわれた。

 中間なので一日で終わり、日をまたいで結果が明らかになった。いつものごとくクラス間の平均点争いが放送され、我らが3年A組の順位はどうなったかというと……。

 

『一位! またもやA組です!』

 

 食堂での発表を聞いていたネギま部が、一斉に歓声を上げた。

 その場にはネギま部以外にも、『超包子』の復帰オーナーとして肉まんを売りさばいていた超さんがいて、3年A組のクラスメート達にもみくちゃにされていた。

 超さんは相変わらず全教科満点だったようで、その貢献は大きいだろう。

 

「いや、私よりも、古の成績アップの方が大きいと思うヨ?」

 

 超さんのその言葉に、古さんに視線が集まる。

 ふーむ、古さんか。

 

「くーへさん、平均点いくつでした?」

 

 中学の範囲に限って成績優秀な相坂さんが、古さんに尋ねた。

 

「九十八点アル」

 

 マジかよ! 私九十六点だったんだけど! 負けとる!

 

「あはは、バカレンジャーはもう存在しないのよ」

 

 きっと自身の点数もよかったのだろう、明日菜さんがそう言って笑う。

 でも、それにしても成績が急上昇しすぎだろう。超さんも怪しんだのか、古さんに何をしたのか問われている。

 

「いや、単に崑崙の仙人に学んで、勉強のコツをつかんだだけアルヨ。道士は学問にも精通しなければならないアル」

 

「崑崙! 伝説の仙境ではないカ! 古、いつの間に!」

 

 超さんが、古さんの言葉に驚いて、古さんの頬をぷにぷにと触る。

 

「夏休みに、ちょっと崑崙で修行してきたアルヨ」

 

「……また刻詠サンの仕業カ?」

 

 いや、ちょっと超さん。なんでも私のせいにしないで。

 

「ダーナっていう吸血鬼の真祖に案内されたアル」

 

「ああ、彼女カ……」

 

 超さんが、すごく微妙な顔をした。おや? 超さん、ダーナを知っているのか。

 これは、並行世界観測マシンか並行世界移動マシンを使ったときに、何かあったな。

 

「……超も苦労しているアルネ」

 

「ウム。まあ、私の事情はもうほとんど片付いたから、今はこちらに専念するけどネ。テストも終わったので、本格的に動くヨ」

 

 超さんがそう言うが、ちょっと待ってほしい。

 

「いや、その前にすることがありますよ」

 

 私がそう言うと、超さんが首をかしげる。何かあっただろうかと。

 ふっふっふ、宇宙開発もいいけど、学業も真面目にやっていかないとだぞ。そう……。

 

「体育祭が待っていますよ!」

 

 麻帆良祭に並ぶ、ビッグイベント。都市全体を挙げた、麻帆良学園大体育祭がせまっている!

 



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■88 麻帆良学園大体育祭

◆218 体育祭準備期間

 

 体育祭まで残り二日。麻帆良祭ほど派手な準備は行なわれていないが、それでも競技の練習などが各所でされており、祭りが近づいてきているという感じが気分を高揚させてくれる。

 中には、飛行機レースの練習なども行なわれていて、非日常の風景を演出していた。

 

 我らが3年A組も、放課後に残って体操服姿で競技の練習や応援の準備に追われていた。

 本日は、教室に残って応援用の横断幕を作る作業をしている。

 

 その様子を配信で使うつもりなのか、朝倉さんがビデオカメラで撮影しているが……朝倉さん、妙にニヤニヤとしているぞ。

 

「朝倉さん、なんだかご機嫌ですね?」

 

 朝倉さんと隣の席同士なので仲のいい相坂さんが、素直に尋ねた。

 すると、朝倉さんはカメラを止め、ニヤニヤと笑いながら体操服の短パンのポケットをまさぐる。

 そして、一枚のカードを取り出した。

 

「じゃーん、パクティオーカード。いやー、私もとうとうゲットしちゃったよー」

 

「わー、朝倉さんも手に入れたんですかー。私も持ってますよー」

 

 朝倉さんと相坂さんが、仲良く自分のパクティオーカードを見せ合っている。

 むむむ、朝倉さん、いつのまに仮契約(パクティオー)をしたんだ。

 

「最近動画撮影の手が足りていなかったから、役立つアーティファクトが欲しいと思ってねー」

 

 ひらひらとパクティオーカードを振る朝倉さん。すると、近くで横断幕を作っていた鳴滝姉妹が食いついた。

 

「あー、それって、修学旅行で本屋がゲットしてたやつじゃん!」

 

「ズルいですー。私も欲しいです!」

 

 その騒ぎに、他のクラスメート達も作業の手を止めて、朝倉さんに注目する。

 

「欲しいのー? でも、これをゲットするには、ネギ先生とのキスが必要なんだよ」

 

「キス! えっ、ほっぺにとかじゃないよね?」

 

「あわわ……でもカード欲しいです」

 

 朝倉さんのキス発言を受け、鳴滝姉妹が頬を赤く染めた。

 と、そこで近くで話を聞いていた柿崎美砂さんが、横から朝倉さんに言う。

 

「ちょっと待って朝倉。それを朝倉と相坂が持っているということは、二人ともネギ君とキスしたってこと?」

 

「そうだねー。それくらいの勇気がないと手に入らないレアカードだからね!」

 

「……ちなみに、そのカードって、このクラスで何人が持ってんの?」

 

「んー? さて、それはどうかなー?」

 

 朝倉さんが、ネギま部の面々に目を向けながらはぐらかす。

 すると、柿崎さんはクラス全体に向けて大声で言った。

 

「そのパク何とかカード持っている人! 挙手! そして提出!」

 

 その声に、マジでどうするよという思いを込めて、目で会話するネギま部。それを察知した柿崎さんが、さらに言う。

 

「正直に出しなさい! これは体育祭を前にクラスの結束がかかった大問題よ!」

 

 そう言われちゃあ仕方あるめえ。私は、カバンのところに向かってパクティオーカードを取り出して掲げた。

 すると、それを見たネギま部の面々が、正直にパクティオーカードを掲げていった。

 

 私、明日菜さん、あやかさん、木乃香さん、刹那さん二枚、水無瀬さん、のどかさん、夕映さん、ハルナさん、古さん、ちう様、楓さん、茶々丸さん、相坂さん。

 

 さらにネギま部以外で、朝倉さん、龍宮さん、春日美空さん。龍宮さんのは契約者死亡で枠線が消失しているね。

 

「うおーい、『異文化研究倶楽部』全員じゃない! それ以外にもいるし! 十五人!? クラスの約半数じゃないの!」

 

 あまりの人数の多さに、柿崎さんが叫び声を上げる。

 すると、ネギま部で唯一手を挙げなかったキティちゃんを目ざとく見つけた椎名桜子さんが、言う。

 

「エヴァちゃんはないの?」

 

「私か? 私は相手に作らせた側で、こういうものがある」

 

 得意げにネギくんの絵柄が描かれたパクティオーカードを掲げるキティちゃん。

 それを見た佐々木まき絵さんが、本気でうらやましがり始めた。

 主の側でいいならと、ザジさんもカードを提示する。おそらくは、ポヨポヨ言う姉とのパクティオーカードだ。

 

「十七人! えっ、何コレ。もしかして……」

 

「私達……クラスの波に乗り遅れてる?」

 

 柿崎さんと、そして同じチアリーディング部の釘宮円さんが、そんな言葉を発して呆然とした。

 

「これ、私達もゲットすべきじゃない?」

 

 椎名さんがそう言うと、柿崎さんが目を輝かせる。

 

「つまり、ネギ君の唇を今すぐ奪えばいいと! うおお! 待っててネギ君、今すぐお姉さんが奪ってあげるわー」

 

「はいはい、ストップストップ。ただキスしても出ないからね。手順ってものがあるのよ」

 

 駆け出そうとする柿崎さん、釘宮さん、椎名さんのチアリーディング部三人を朝倉さんがなだめすかす。

 さらに、楓さんに向けて、同じさんぽ部の鳴滝姉妹が抜け駆けだと批難の声を上げている。

 

「まー、でも、ネギ君に頼めば、パクティオーカード作りもそうそう拒否はしないと思うよ?」

 

 朝倉さんがチアリーディング部三人にそう説明した。

 すると、柿崎さんは納得したのか、ややテンションを落ち着かせる。

 

「そっかー。でも、教師が女子生徒とキスするって、地味にヤバくない?」

 

 柿崎さんがそう言うと、釘宮さんもそれに乗って言い放つ。

 

「十七人って、史上最大の不祥事じゃない? コレ」

 

 すると、事態を見守っていた龍宮さんが横から言う。

 

「いや、私と春日とザジは、ネギ先生とじゃないぞ」

 

「それでも十四人だよー。ヤバいねー」

 

 椎名さんがそう言うが、それに対して冷静に突っ込みを入れたのは大河内アキラさんだ。

 

「いやっ、その……ネギ君って十歳だし……どちらかというと公になると私達の方がマズイ気が……」

 

「あっ、そうね。小学生相当の少年相手に淫行! ヤバい!」

 

 柿崎さんが、今気づいたという感じでハッとする。

 そして、腕を組んで悩み始めた。

 

「カードは欲しいけど、表沙汰になって問題にされたらちょっとマズイかなー」

 

 すると、朝倉さんが「私に考えがある」と言って、皆に何やら説明を始めた。

 

「こーいうのは、お祭りごとにして勢いで誤魔化しちゃえばいいのよ。体育祭最終日、例によって委員長んとこ主催の全体イベントがあるでしょ? その借り物競走でネギ君を標的にして――」

 

 うーん、何やらネギくんが大変なことになりそうだ。

 面白そうだからネギくんには秘密にしておくが、はたして一般人の彼女達にネギくんの唇が奪えるだろうか? 私は協力しないぞ?

 

 

 

◆219 体育祭開幕!

 

 とうとう始まった体育祭。各々が好きな競技にエントリーして、その順位でクラスに点数が入っていくという仕組みだ。

 運動が得意な人は何項目にもエントリーしていいし、苦手ならば無理に参加しなくてもよい。

 ただし、クラス対抗の点数争いなので、何にも出ないというのはさすがにクラスメートからの批難を受ける。なので、自分ができる範囲で競技を楽しむのが良いだろう。運動能力が全てじゃない競技も、チラホラと混ざっているしね。

 

 ちなみに、私は一日目では槍投げに参加した。ネギま部で決めたルールで、最終日の公式イベント以外では気や魔力を使わないということにしたので、私はちょっと運動が得意なロリボディ少女になったわけだが……槍投げと聞いて負けるわけにはいかない。

 スカサハ師匠やクーフーリンの兄貴、先日奥義を借りたランスマスターのフィロ、フォトンアーツに槍投げ技があるハンターのオーザといった面々から槍投げを教わっている私が、他に後れを取るわけにはいかないのだ。

 

 そして、私が放った槍は中学女子の日本記録を軽々と超え、見事優勝を飾った。

 まあ、麻帆良の体育祭の記録は、魔法使いの都市ということもあって日本記録にはならないんだけど。

 

 その後も学園横断パルクール大会で楓さんとデッドヒートを繰り広げたり、大障害物競走で罠にかかって観客に笑われたりしながら、私は着実に点数を重ねていった。

 

 やがて、最終日。この日は、体育祭の中でも一、二を争う大人気競技の本戦が行なわれる。

 それは、格闘大会のウルティマホラ。

 私の初参加から三年目となるこの競技に、気と魔力なしで挑むことになった。

 

 前日までの予選を軽々と突破し、本戦へ進んだ私、ちう様、古さん。発表されたトーナメント表では、古さんもしくはちう様とは決勝まで当たらない。よしよし。ちう様と古さんが潰し合いをしてくれるな。ちう様も、復活と自爆は使わないこととしているので、純粋な格闘戦で古さんと決着を付けることだろう。

 

 そして、順調に勝ち進み、準決勝。相手は高音・D・グッドマン。うん、魔法生徒だね。しかも、ここまでの戦いで魔法を使い続けていた。

 闘技場の舞台の上で、私は高音さんと向かい合う。

 

「ウルティマホラでは気や魔力を使わないことにしていましたが、相手が魔法を使うなら解禁もやむなしですね?」

 

 私がそう言うと、高音さんはひどくおびえた表情で答える。

 

「ヒイッ! 私はネギ先生と再戦を果たしたかっただけですのに……」

 

「いや、ジャック・ラカンと引き分けた相手に挑むとか、無謀すぎません?」

 

「そっ、それでも乙女にはやらねばいけないときがあるのです!」

 

「そうですか。ネギくんはエントリーしていませんが、勇姿を見せられるといいですね」

 

「はっ! そうですわ! 私の活躍を、ぜひネギ先生に見てもらいませんと!」

 

 そう言って、やる気を取り戻した高音さん。

 そのまま、彼女は開始の合図と共に影の魔法を駆使して挑みかかってくる。うん、影使いとしては、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の拳闘大会にいたカゲタロウには遠く及ばないね。

 私は特にキャラクターの力を引き出すこともなく、気で身体を強化して前方に突っ込み、影の攻撃を払って攻撃を叩き込んだ。すると、小太郎くんも使用していた防御を貫通する一撃が影の衣を突き破り、高音さんの鳩尾に突き刺さる。

 その一撃で、高音さんはもんどり打って倒れ、そのままKO。たった一度の攻撃で私の勝利となった。

 

「うう……ひどい目にあいましたわ」

 

 格闘大会に出て、殴られることを嫌がるんじゃないよ!

 とまあ、そういうことがあって決勝戦。勝ち上がってきたのは古さんで、私と古さん両者共に気功を使わない宣言をしていたため、試合は玄人好みの戦いになると識者達が予想していた。

 

「たまにはこういう戦いも楽しいアルネ」

 

 決勝の舞台で、古さんがそんな言葉を投げかけてくる。

 

「素の刻詠リンネなんて、そこらにいる貧弱な一般女子中学生なんですけどね」

 

 私がそう言うと、古さんが笑って答える。

 

「貧弱な一般女子は、ウルティマホラの決勝に来られないアル」

 

「それはごもっとも」

 

 そして、私達は共に構え、試合の合図を待つ。

 さあ、行くぞ古さん! 私の戦いはこれからだ!

 

 

 

◆220 借り物競走

 

 いやー、負けた負けた。そもそも古さんは五年間、崑崙で修行を積んだんだから、素の人間としての力比べで勝てるはずがなかったよ!

 来年があれば、さすがに魔法の一般公開が進んでいるだろうし、今度は気と魔力ありでやってみたいものだね。参加選手が増えて魔境と化してそうだけど。

 

 さて、ウルティマホラも終わったので、最後のお楽しみ、雪広グループ主催の学園全体イベントだ。

 内容は、教師からの借り物競走。

 

 私の借りる物は……ふむ。『ネクタイ』か。これはまた、簡単そうなお題だね。

 そう思っていたら、上空に立体映像が現れた。映っているのは、朝倉さんと鳴滝姉妹だ。『ねこねこ動画』の公式配信でお馴染みになった組み合わせだね。そう、鳴滝姉妹も今や『ねこねこ動画』の公式スタッフなのだ。

 

 その立体映像で、体操服姿の朝倉さんが口を開く。

 

『さあ始まりました! 本年度体育祭学園全体イベント! 『教師突撃☆スーパー借り物競走』ーッ!』

 

 また派手にやったなぁ。立体映像って魔法の技術なのに、誰に頼んだのだか。超さんか?

 

『毎回教師に対する無理難題な借り物要求が好評の当イベント! ここでスペシャルボーナスの発表です!』

 

 朝倉さんがそう言うと、鳴滝姉妹がババンと一枚の紙を掲げた。まるで雰囲気が西部劇の『WANTED』と書かれた手配書だ。

 

『ボーナスターゲットは麻帆良中学3年A組担任ネギ先生! 話題の子供先生からの借り物に成功した団体には、なんと、ポイントが百倍!』

 

 その朝倉さんの台詞に、スタート地点にいた他の競技者達からどよめきが走る。

 

『教師は教え子以外に借りられると、クラスにペナルティ! ネギ君は百倍ペナルティだから、逃げてねー!』

 

 そう言って、朝倉さんの立体映像が消える。

 ふむ、とりあえず、私もクラスのためにネギくんからネクタイを借りるとして……まずは様子見だな。

 私は、『ドコデモゲート』で朝倉さんのもとへと飛んだ。場所は、世界樹広場か。

 

「どうもー、朝倉さん、ネギくんの様子はどうですかー?」

 

 と、やってきたところで、撮影を終えたばかりの朝倉さんと鳴滝姉妹が、超さんと葉加瀬さんと一緒になにやら映像を見ているのを発見した。

 

「おっ、刻詠じゃん。ちょうどネギ君の様子を私のアーティファクトで見ていたところよ」

 

 朝倉さんが、映像から目を離さずにそう言ってくる。

 確か、朝倉さんのアーティファクトは『渡鴉の人見(オクルス・コルウィヌス)』。遠隔操作可能な飛行型スパイカメラ六台セットという、いかにも報道部としての取材に悪用できそうな代物だ。しかし、今の朝倉さんはもっぱら自分を撮影して動画にすることに使っている。そのスパイカメラが、とうとう本領を発揮したというわけか。

 

「今、柿崎サン達がネギ坊主に好きな人がいないか尋ねたところネ」

 

 超さんも朝倉さんの悪ノリについていっているのか、悪い笑みでそんなことを言った。

 なるほどなるほど。

 で、そのネギくんの様子はというと……。

 

『わ、分かりません! 好きとか嫌いとか、イマイチ理解できなくて……』

 

 フム。今のネギくんは、恋の自覚なしか。原作漫画の魔法世界編のように、自分を正しく導いてくれる長谷川千雨のような存在は、今のネギくんにはいないからね。この世界のネギくんは、様々な人に導かれて今の姿がある。

 

 そして、その答えに納得した柿崎さんは、そのままネギくんの唇を奪った。

 そのまま、連続して釘宮さん、椎名さんもキスをして、仮契約が成立する。

 えーと、確かこの三人のアーティファクトは原作漫画には登場しないが、いったい何が出てくるんだろうか。

 

「よしよし、3年A組にポイント百倍が三人分入ったね!」

 

 朝倉さんがほくそ笑む。こ、こやつ、あやかさんを口先で丸め込んでルールを改変したと思ったら、ここまで狙っていたのか!

 

「ねえ、僕もカード欲しいんだけど」

 

「私もキスするですー!」

 

 と、鳴滝姉妹がそんな主張をし出した。

 

「うーん、やるならやってきていいけど、ネギ君が全学園生徒から狙われている中で上手くやれる?」

 

 朝倉さんが、画面に映るネギくんの様子を鳴滝姉妹に示す。

 すると、その画面では、キスが終わった後に居場所がバレたネギくんが、必死に学園中を逃げ回っている様子が映っていた。

 

「むむむ、これはなかなか……」

 

 鳴滝の姉の風香さんが、腕を組んで悩ましげに言う。

 ふむ。ここは、手助けするのもやぶさかではない。この場にネギくんを呼ぶとしようか。あ、その前に確認だ。

 

「超さんと葉加瀬さんは、パクティオーカード要ります?」

 

 私は、この場に居た二人に確認を取った。

 

「私は故郷に帰ったらパクティオーカードの効力が切れるから要らないネ」

 

 と、超さん。次元を隔てるので、契約相手が死亡扱いになるのか。

 

「そうですねー。研究に役立つアーティファクトが出るかもしれないので、やっておきますかね。キスは恥ずかしいですけど」

 

 と、葉加瀬さん。なるほど、仮契約は三人ね。

 私はスマホを呼び出し、『ドコデモゲート』でネギくんの足元にゲートを出現させ、この場にネギくんを呼び出した。

 

「うわっ! えっ、あれ? リンネさん!?」

 

 ネギくんは、急に変わった景色に驚いて、周囲を見回している。

 

「はい、リンネですよー。ちょっと用事があったので呼び出しました」

 

「うわ、ネギ先生だ! りんりんがやったの? どうやったの?」

 

 と、鳴滝風香さんが、急に登場したネギくんを見て混乱している。

 

「ちょっとしたマジックです」

 

「マジック! 脱出マジックみたいな?」

 

「はい、魔法(マジック)です」

 

 そんな言葉を風香さんと交わし、落ち着かせる。そして、未だに状況が飲み込めていないネギくんに向けて、私は言った。

 

「ネギくん、ちょっと借りたい物があるので、いいですか?」

 

「あ、借り物競走ですね。いいですよ。なんですか?」

 

 すると、鳴滝姉妹と葉加瀬さんが、白紙にサインペンで文字を書き、ネギくんに突きつけた。

 それぞれ内容は、くちびる、キス、パクティオーカードだ。

 

「えーと……」

 

 目を点にしながらそれらの紙を見るネギくん。すると、ネギくんの肩にいたカモさんが目を光らせた。

 

「カモさん、出番ですよ。パパッと魔法陣敷いちゃってください」

 

「おーけー、任せておきな!」

 

 私の要請に、快くカモさんが応えてくれる。

 

「うわ、カモカモがしゃべった!」

 

「しゃべるオコジョですー!」

 

 さすがにカモさんがしゃべったことはスルーできなかったらしく、鳴滝姉妹が驚く。

 そんな二人に、私は言う。

 

「実はカモさんはネギくんがイギリスから連れて来た妖精さんなんです。みんなには内緒ですよ?」

 

「リンネの嬢ちゃん、公開がもうすぐだからって隠さなくなってきたな……」

 

 カモさんがそんなことを言いながら、一瞬で仮契約の魔法陣を地面に描いた。

 それを見たネギくんが、状況を察したのか、諦め顔になる。うん、連続ですまないが、また仮契約だよ。

 そして、ネギくんは三人と仮契約を交わし、パクティオーカードを出現させた。その場でカモさんが複製のカードを作り出す作業に入る。

 その間に、私の用事だ。

 

「ネギくん、これお借りしていいですか?」

 

 私は、スタート地点で確保した紙をネギくんに見せた。

 

「ネクタイですか。お待ちくださいね」

 

 ネギくんは、ようやくのまともな借り物にホッとした表情を浮かべ、その場でスルスルとネクタイを外した。

 そのネギくんに向けて私は言う。

 

「競技が終わったらお返ししますね。あと、ネクタイ狙いの人がこれで減ると思われます」

 

「確かにそうですね。眼鏡とかシャツとか靴とか、いろいろあるみたいで、素直に応じていたら裸にされそうです」

 

「少なくとも、うちのクラスに関しては、半数がネギくんとの仮契約を目標にしていますので、覚悟してくださいね」

 

「えっ」

 

 私にネクタイを差し出した格好でネギくんが固まり、カードの複製を終えたカモさんが「うほほー」と笑いながらネギくんの肩に飛び乗った。

 私はネクタイを受け取って、「ファイト」と言ってネギくんの背中を叩いた。

 

 そして、チラホラと広場に人が増えてきて、ネギくんの方へ目を向ける者が出てきた。

 

「そろそろ居場所がバレた頃合いカナ?」

 

 超さんがそう言って、機材の撤収にかかる。私もゴールにネクタイを運ばないとね。

 

 その後、3年A組のクラスメート達は次々とネギくんとの仮契約を成立させ、さらにネギくんは他のクラスの学生達からの借り物を見事阻止。

 3年A組には高得点が入ると思われたが、正規の借り物用の紙を使った人はほとんどいないということでことごとく失格判定を受ける。

 しかし、私のネクタイはしっかり百倍ポイント対象となり、体育祭で3年A組は好成績を残すことができたのだった。

 



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■89 3年A組の魔法少女達

◆221 パクティオーカード説明会

 

 体育祭の振替休日を終えた、平日の放課後。私は3年A組の全員を集めて、教室の教壇に立っていた。クラスの皆が取得したパクティオーカードについての説明会を行なうためだ。

 ここに至って、魔法の存在を秘密にすることもないだろう。予定では、あと半年で魔法は世間に公開される。むやみやたらに喧伝するのでなければ、他者にバレるのは黙認されている現状なのだ。魔法の存在を隠す機関の人達は、次の仕事場への異動の準備に忙しいしね。

 

 というわけで、私が代表して皆にパクティオーカードの使い方と魔法に対する心構えを知らせようとしているのだ。ちなみにネギくんはこの場にはいないが、特別にカモさんにだけは来てもらっている。

 

「さて、皆さんがネギくんとキスをして手に入れた、このカード。実は、魔法のカードです」

 

 私は手元にパクティオーカードを出し、ヒラヒラと振ってみせる。すると、クラスメート達もパクティオーカードを取り出してきた。

 

「体育祭でもネギくんが堂々と杖を使って空を飛んでいたことから皆さんも察しているかもしれませんが、世の中には魔法があり、魔法使いが存在します。たとえば、こんな感じです。アプリ・テリオリ・アプリオリ。『火よ、灯れ(アールデスカット)』」

 

 私は指先に火を灯してみせた。すると、クラスメート達が「おおっ」と沸く。

 

「このように、世の中には魔法があります。ですが、魔法の存在は世間にはまだ秘密です。来年には正式に世間へ公開される予定なのですが、今は秘密です。絶対にバラしてはいけませんよ」

 

 私がそう言うと、一部のクラスメートがニヤニヤと笑っている。

 ふむ、これは……。

 

「ちなみに、魔法の存在はハルナさんと朝倉さんも、夏休み前から知っていました。これがどういうことか分かりますか?」

 

 私の問いかけに、ニヤニヤと笑った面々は理解が及んでいないのかキョトンとしている。

 

「噂好きのハルナさんや朝倉さんですら秘密を守れたのに、ここで魔法を他にバラす人は、二人以下の存在という扱いになります。噂好きで秘密も守れない女などと後ろ指を指されたくなかったら、来年の公開まで黙っていましょうね」

 

「なんか私達の扱いひどくない?」

 

「これでもコンプライアンスを守れる女なのよ?」

 

 ハルナさんと朝倉さんが抗議してくるが、スルーだ。

 

「さて、ネギくんが魔法使いだということは皆さんも察したでしょうが、実はこの麻帆良学園都市は、魔法使いの都市です。学園長先生は凄腕の老魔術師ですし、身近なところでは中等部の高畑先生や瀬流彦(せるひこ)先生は魔法先生という役職です。他にも、明石さんの父親は魔法先生ですね」

 

「えっ、ゆーなそうやったの!? じゃあ、ゆーなも魔法使い?」

 

 私の暴露に、和泉亜子さんが驚いて、明石裕奈さんに問いかける。

 

「いやー、私も一昨日、お父さんに教えてもらったばかりなんだよね。一般人だよ、私は。ああ、でもね」

 

 明石さんは、そう言いながら制服のポケットから、小さな杖を取り出した。

 

「プラクテ・ビギ・ナル。『火よ、灯れ(アールデスカット)』」

 

 明石さんが杖を振りながら呪文を唱えると、杖の先にかすかな光が灯った。

 

「子供の頃は、お母さんに魔法を教えてもらっていたっぽいねー」

 

「そっかあ。ゆーなは魔法使いになり損ねたんやな」

 

「言うなし! いいもん、私はバスケットに青春をかけるんだい!」

 

 そんな会話を和泉さんと明石さんが交わし、私は手を叩いて話を打ち切らせる。

 

「このように、魔法使いは身近に存在します。これがどういうことかというと……皆さんも来年以降は魔法を教えてもらえるかもしれません」

 

 私がそう言うと、クラスメート達にざわめきが走る。

 さらに、私は燃料を投下する。

 

「世の中には魔法以外にも、陰陽術や呪術、退魔剣術、気功武術なんていうのもあります。皆さん、古さんが大男を軽々と吹き飛ばしているところを見たことはありませんか? あれは純粋な筋力だけでなく、『気』と呼ばれる生命エネルギーを使っているからあんなことができるのです」

 

「漫画の世界だ……」

 

 誰かが、そんなことをポツリとつぶやいた。うん、漫画じみているよね。でも、私達にとってはこれが現実。現実は思ったよりもファンタジーだったと受け入れてもらうしかない。

 

「来年の魔法公開で、世界は大きく変わることでしょう。外傷は治療魔法で瞬時に治り、スポーツ選手は魔力や気で今の何倍も身体能力を伸ばし、飛行魔法で皆が空を飛ぶようになります」

 

 私がそう言うと、和泉さんがおずおずと手を上に挙げてきた。

 

「あの、ええかな?」

 

「はい、和泉さん、なんでしょうか」

 

「魔法があれば古傷とか傷痕を消すこととかできるんやろか?」

 

 ああ、和泉さんは背中に大きな傷痕があるんだったね。原作漫画では、魔法世界に渡航して治療を行なって傷痕を消したらしいけど。

 

「魔法使いの国に行けば可能ですが、それにはそれなりのお金がかかりますね。それよりも別系統の技術による形成手術をお勧めします。魔法使いの国とは別の場所に、エステという施設があるのですが、そこに行けば外見を自由自在に作りかえることが可能です」

 

「エ、エステ……?」

 

「エステという名前が付いているだけで、実際には外見を超技術でカスタムする施設です。傷痕も簡単に消せます」

 

「あの、それやったら、ウチ……」

 

「今度の土曜か日曜にでも、そこへ向かいましょうか? 日帰りで行けますよ」

 

「お代は……?」

 

「身内価格で、一つ貸しということにしておきましょう。私が困っているときに、手助けしてくださればそれでいいですよ」

 

「それはそれで怖いんやけど……うん、頼みます」

 

 というわけで、和泉さんをアークスシップに連れていくことが決まった。

 エステのパスはこの前ネギま部でアークスシップに行ったときの余りがあるので、それを使ってもらえばいいだろう。ゲーム内だとパスは取引不可だったが……あれ? そもそも身体の傷はエステ的にはボディペイント扱いだからパスいらないのかな?

 もし新規でパスが必要になっても、そのときはウルク総司令に頼んで発行してもらえばいいか。その程度の融通は利かせてもらえるだろう。オラクル船団には現世の魔法技術を私経由で伝えているんだから、見返りを受けるだけの恩恵はちゃんと与えているはずだ。

 

 さて、話は逸れたが、魔法についてだ。

 

「皆さん、魔法が世の中にあり、近々公開予定で、それまでは秘密ということは分かりましたね? それでは本題の、魔法のカードについて説明します」

 

 私は、あらためて皆の前にパクティオーカードを掲げてみせた。

 

「このカードは、パクティオーカードといい、魔法使いと仮の契約を結んだ証です。相手の魔法使いのパートナーになりますという契約なのですが、あくまで仮の契約であり、皆さんがネギくんと今後何かをしなければならないということはありません。本契約というものを結べば話は変わってきますけどね」

 

 パートナー、と言ったあたりで佐々木まき絵さんの目が輝いたが、それはスルーして私は説明を続けた。

 

「パクティオーカードの機能はいくつかあります。まず一つ、契約相手と念話……テレパシーが行なえるようになります。これはケータイがあれば十分ですね。二つ、契約相手から魔力を受け取れます。魔法を使えない人でも身体能力がすごく上がります。オリンピックに出たらぶっちぎりで金メダルです」

 

 運動部の面々が、「ほへー」という感じの顔になる。

 今後魔法が世間に公開されたら、魔力や気を使わない競技と、魔法解禁された競技に分かれるだろうね。さらに科学技術が進めば、機械義肢を付けたサイボーグ選手も出てくるだろう。

 

「三つ、契約相手がパートナーを自由に手元に呼び寄せることができます。いわゆるテレポートですね。皆さんの場合、ネギくんが皆さんを一方的に呼び出す形になります」

 

「えっ、何それすごい」

 

 明石さんが、自分のカードをマジマジと見ながらそんな声を上げた。

 ふふふ、だが、機能はその程度では終わらないぞ。

 

「四つ。着せ替え機能。服を登録して、一瞬で着替えることができます。このように」

 

 私は、パクティオーカードの機能を使って、制服から私服へと一瞬で衣装を替えた。その様子に、チアリーディング部の三人が「おおー」と歓声を上げている。

 

「五つ。これは、全てのパクティオーカードに共通の機能ではないのですが、ごくまれにレアカードとしてアーティファクトカードというのが混ざります。アーティファクトカードは、カードが魔法のアイテムに変化するという素敵機能です」

 

「魔法のアイテム! 空飛ぶ絨毯とか?」

 

「テクマクマヤコンみたいな?」

 

「赤いキャンディーと青いキャンディーみたいな?」

 

 椎名さん、釘宮さん、柿崎さんのチアリーディング部の三人が、そんなことを言うが……オタクじゃない三人の発想が古い! いやまあ、赤いキャンディー青いキャンディーの年齢詐称薬はこの世界に実在しているけどさ。

 

「そして、皆さんに朗報です。ネギくんは魔法使いとしてものすごい天才なので、皆さんのパクティオーカードはおそらく全部アーティファクトカードです」

 

 私がそう言うと、クラスメートの半数が沸いた。残り半数はすでにカードを持っている人達である。

 

「では、アーティファクトを出してみましょう。カードを手に持ち、『来たれ(アデアット)』と唱えてください」

 

 私がそう言うと、クラスメートの半数が一斉に「アデアット」と唱えた。

 すると、次々とクラスメート達の手元にアーティファクトが出現していく。中には衣装ごと変わっている者も混ざっている。

 

「あれー? 何も出ない」

 

「私もだ……」

 

「これってハズレってこと?」

 

 チアリーディング部の三人が、制服姿のままその場で固まっていた。

 ふむ? ネギくんの仮契約相手に限って、ハズレはないと思うのだが……。

 

「カモさん、あれはどうなのでしょうか? 無形のアーティファクト?」

 

 私は、教卓の上で説明会を見守っていた特別顧問役のカモさんにそう話しかける。

 

「ああ、あれは、特定のステータス上昇効果だな」

 

「なるほど。チアリーディング部の三姉妹方、それは形のないアーティファクトですよー」

 

「あはは、誰が三姉妹さ」

 

 椎名さんが、私の言いざまに笑いながら返してくる。

 そんな三人に、私は近づく。

 

「三人のアーティファクトは、なんらかのステータス……要するに本人の能力が上昇する効果がある、無形のアーティファクトだそうです」

 

「なるほどー。確かに、運が良くなっている気がするね」

 

 椎名さんがそう言うと、残りの二人の釘宮さんと柿崎さんがうげっとした顔をする。

 

「桜子、あんたこれ以上運良くなってどうするのよ」

 

 柿崎さんにそう言われ、椎名さんは「あはは」と笑っている。

 いや、本当にその豪運で世界の経済や金融を乱さないでいただきたい。今の私の幸運のステータスや黄金律のスキルではとうてい太刀打ちできないから。

 

 さて、他も見ていこう。

 

「なんで看護婦……保健委員やからか?」

 

 女性看護師の格好になって、巨大な注射器を手に持った和泉さんが、困惑している。

 それを見たカモさんが、アーティファクト名を告げる。

 

「『不思議な注射器』だな」

 

 すると、すぐさま近くにいた夕映さんが、自身のアーティファクトで検索をしてくれる。

 

「『不思議な注射器』は、いくつか用意されている薬剤を対象の臀部(でんぶ)に注射することで、薬剤に応じた効果を対象にもたらす魔法具です。魔力ドーピング剤を注射して味方を強化したり、感覚を狂わせる状態異常薬を撃ち込み、敵を惑わせたりできるです」

 

「臀部って……お尻? こんな太い針をお尻に刺したら、大怪我させてまう……」

 

 そう心配する和泉さんだが、夕映さんは心配要らないと言う。

 

「注射針は魔力的な存在であり、刺しても相手に傷を負わせることはないそうです」

 

「そっかぁ。うーん、でも自分に使えそうにないのは残念やなぁ」

 

 まあ、注射器はすごくでかいから、自分で自分のお尻を刺すのは難しいだろう。

 さて、他には、ものすごくはしゃいでいる明石さんを見てみよう。

 

「うはは、格好良いでしょー」

 

 ごっつい銃を周囲に見せびらかしながら、ポーズを取っている。

 

「『七色の銃(イリス・トルメントゥム)』だな」

 

「様々な効果を持つ弾丸を撃ち分けられる魔法銃です。特に『魔法禁止弾』は凶悪ですね……弾を当てた相手が三分間魔法と魔力を使えなくなるです」

 

 カモさんと夕映さんが、それぞれそのような説明を述べる。

 すると、明石さんは銃弾のチェックをし始めた。うん、強力な魔法具だから、存分に父親に見せびらかしてあげるといいよ。娘がネギくんとキスをしたという事実を明石教授はどう受け止めているかは知らないけど。

 

 次は、佐々木まき絵さんのアーティファクトをチェック。五種類一セットの新体操の道具を模したアーティファクトを見て喜ぶ佐々木さんだが、夕映さんにバリバリの戦闘用と聞いて思いっきり引いていた。

 うん、でもリボンが自在に伸びるという『自在なリボン(リベルム・レムニスクス)』は佐々木さんが使えばすごく便利だと思うよ。

 

 他にも四葉五月さんの『魔法の鉄鍋』を見せてもらったり、人魚の姿になって恥ずかしそうにする大河内アキラさんを見たりと、アーティファクトのお披露目は無事に終わり、最後にみんなにアーティファクトの消し方を教え、説明会はお開きになった。

 

 おっと、これだけは言っておかなくては。

 

「魔法犯罪をした人は、刑としてオコジョに変身させられて数ヶ月から数年過ごすことになりますので、くれぐれもアーティファクトを悪用しないようにしてくださいね」

 

 私がそう言うと、一斉にクラスメートの視線がカモさんに集まる。

 

「おっと、お嬢さん達。熱い視線を送ってくるのは嬉しいが、それは勘違いってもんだ。俺っちは生まれついてのオコジョ妖精。オコジョ刑を受けた犯罪者とは別物だぜ?」

 

 そうは言うがねカモさん。下着泥棒二千枚の罪から逃げるためにイギリスから日本にやってきたこと、私は忘れてないぞ。

 



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■90 クリスマスイヴ

◆222 スマホ宇宙のコラボキャラ達

 

 時間は飛び、二学期の終業式を迎えた。

 十月から十二月の間にも、ネギま部は活動をちゃんと続けている。『Minecraft』の能力で異世界『ネザー』に飛び、そこにある要塞をいくつか攻略してきたのだ。

 

 ちなみに『Minecraft』のラスボス『エンダードラゴン』がいる『エンド』にも『ドコデモゲート』で飛べることが分かったので、いずれ『エンド』にも遠征して、ネギくんの竜の因子を増やすために『エンダードラゴン』を倒す予定だ。

 

 そんなわけで、十二月二十四日水曜日、勉学の日々は一旦の終わりを告げ、冬休みへと突入した。

 恒例となったカラオケ会に参加し、その後二次会で夕食を取りにどこかの店へと向かわないかとなったところで、私は用事があると言って場を抜け出そうとした。すると……。

 

「おおっ!? もしやリンネちゃん、彼氏とクリスマスデートかな?」

 

 目ざとく私を見つけた椎名さんが、そんなことを言い出した。

 

「いえ、違いますよ。私的な知り合い達と洋食屋でクリスマス会です」

 

 私がそう言うと、釘宮さんが食いついてくる。

 

「なになに? 男とかいるの?」

 

「いますよ。女の子みたいな男の子と、男の子みたいな女の子がそれぞれいますよ」

 

「あはは、何それ」

 

 いやー、本当本当。今日呼ぶのは、ちょっと色物集団だからね。

 

「まー、格好良い大人の男じゃないならいいや」

 

 釘宮さんがそう言って、話を打ち切った。

 あれ、そういえば仲良しチアリーディング部の三人組には一人足りないな。

 

「柿崎さんは?」

 

「それこそ、彼氏とクリスマスデートに行ったよー」

 

 椎名さんが、苦笑いしながらそう言った。ああ、そうか。三人の中で、柿崎さんだけが彼氏持ちなわけね。

 この日ばかりは、仲良し三人組の友情にも亀裂が入りそうだね。嫉妬マスクレディ化しないよう祈っておこう。

 

 というわけで、3年A組の集まりから抜け出し、私はスマホから人を呼び出した。今日は、オラクル船団に所属する地球人達と食事会をすることになっている。

 

 まずは『ヒツギ』さんと『コオリ』さんと、それに付いてきた『アル』くんだ。

 だが、オラクル船団にいる地球人はそれだけじゃない。『PSO2es』とコラボしていた『ファンタシースターオンライン2 ジ アニメーション』というテレビアニメの元地球人達も集団でやってきて、久しぶりの地球の風景をキョロキョロと見回している。

 いやー、麻帆良って洋風の建物多いから、あまり日本に帰って来たって感覚なくてごめんね。

 そして、さらに他の元地球人も呼ぶ。結構、オラクル船団には元地球人が多いのだ。

 

 彼らと連れ立って、私は予約していた洋食屋へと入った。

 奥の席へと案内され、頼んでいたクリスマス宴会コースの料理を運んでもらう。

 

「では、皆さん、久方ぶりの日本の洋食、楽しんでください」

 

 私は短くそう挨拶をし、イヴの夜のクリスマス会を開始した。

 

 円形の大皿に盛られたオードブルを食べながら、私は同じテーブル席に座った人達を眺める。

 それは、『ぷそ煮コミ』という『PSO2』の公式WEB漫画に登場するキャラクターのうち三人、『みたらし』、『テトラ』、『§イチカ§』だ。他の煮コミメンバーはまた別の席に着いている。

 

「いやー、久しぶりの日本だよ。感慨深いねー」

 

 黄緑の髪をした少女、みたらしさんが深呼吸しながら言う。

 さらにその隣に立つ赤髪の少女……に見える少年のテトラくんがつぶやく。

 

「二〇〇三年とか、俺、まだこんくらいの頃ですよ」

 

 テトラくんが、テーブルの真上で手の平を下に向けながら高さを示した。

 それを見た紫髪の少年……に見える少女のイチカさんがさらに言う。

 

「二〇〇三年は私、生まれてないですね」

 

「みたらしさんは初代『PSO』プレイヤーだから、普通にその時点で大人でしたよね?」

 

 テトラくんの言葉を受けたみたらしさんが、テトラくんをにらむ。

 

「いや、たしかにぷそはやってたけど、大人と言うほど歳は取ってなかったよ?」

 

「えー、どうですかねー? 前、ネギまを現役で読んでたとか言ってたしなぁ」

 

「ネギまは連載期間長いんですぅー」

 

 と、大変メタな会話をしているが……彼女達は、『PSO2』の作中に出てくる二〇二八年の地球出身、ではない。

 公式WEB漫画の彼女達は、ごく普通にリアルの『PSO2』をプレイする一般人達という設定で描かれていた。

 なので、彼女達のいた地球は、私が存在した地球にひどく似通っている。具体的には『PSO2』があって、『PSO2es』があって『PSO2 ジ アニメーション』が放送されて、『fateシリーズ』があって、『魔法先生ネギま!』がかつて連載されていたらしい。

 唯一違うのは、彼女達の地球では『ぷそ煮コミ』が連載されていないということだ。あ、『ハリー・ポッター』は存在しなくて『バニーポッターと不死鳥のおじさん』という映画があるって言っていたな。

 

 そんな彼女達だが、身体は地球人ではなくアークスとしてのもの。『PSO2es』で、アークス姿で実装されていたからだね。彼女達はゲーム上のいわゆるコラボキャラなのだ。

 だが、並行世界の地球からスマホの宇宙にやってきてアークスとなったことで、一つ問題が起きた。『テトラ』は女性キャラで、中の人は男子大学生。『§イチカ§』は男性キャラで、中の人は女子中学生。ガワと中の人の性別が違ったのだ。

 

 プレイしていたゲームの異性キャラで異世界転移。ワクワクドキドキのTSFの開幕だ!

 ……と思われたが、問題は即座に解決された。エステで性別を中の人に合わせたのだ。

 なので、テトラくんは男の娘もどきになって、イチカさんはヅカの男役みたいになった。

 

「お二方、ネギまの話題は現世ではNGですよ」

 

 三人の会話に私はそう言って割って入る。

 さすがにこの場で『魔法先生ネギま!』の話を大声でされるわけにはいかない。

 

「おおっと、そうだった。聖地巡礼とか言ってる場合じゃない」

 

 みたらしさんが、そう言って口に手を当てる。

 テトラくんも、軽率でしたと言って謝ってくる。うん、分かったならよろしい。

 

「あの、オーナー。料理追加で頼んでいいですか?」

 

 と、イチカさんが私に尋ねてくる。

 

「いいですよ。懐かしの料理が食べたかったら、追加でいくらでもどうぞ」

 

 軍資金はたっぷり用意してきたから、今日はみんなにお腹いっぱい食べていってもらおう。

 

「やった。じゃあ、ナポリタン頼みますね。アークスシップで食べられるパスタは微妙に馴染みのない味ばっかりだったんです」

 

「あー、完全に異文化ですからねぇ、オラクル船団と地球って」

 

 私がそう言うと、みたらしさんがエビフライを食べながら考え込み、口の中の物を飲みこんでから言った。

 

「ギャザリング料理って地球料理っぽいラインナップだから、料理文化も地球料理ベースだと思っていたんだけどね。微妙に違ったよ」

 

 ああ、『PSO2』って、ギャザリングというシステムで採掘と釣りができて、それで食材を集めるんだよね。それを使って料理を作るのだけど、確かに完成する料理は馴染みのある地球料理に似たものばかりだったはずだ。

 でも、いざ現実化してみると、独自の料理文化が発展していたと。

 

「この前エルジマルトに行きましたけど、そっちはもう地球料理の名残は完全になかったですよ」

 

 テトラくんが、ドリンクを飲みつつそう言った。ちなみに酒は今回のクリスマス会では禁止している。

 

「それを考えると、オラクル船団は地球料理らしきものが出てくるだけマシなんでしょうか。でも、今日は私、ナポリタン食べますよ」

 

 どうぞどうぞ。イチカさん以外にも追加料理欲しい人がいたらどんどんどうぞ。『ねこねこ動画』でがっぽり儲けているから。

 

「ちなみに、地球料理を作れる人は、そちらの元地球組メンバーにいないんですか?」

 

 私がそう尋ねると、三人は一斉に別のテーブルでアニメ組とにこやかに話している少年を見た。

 

「牧野さんが、めちゃくちゃ料理上手ですね」

 

 テトラくんが、代表してそう答えた。

 ああ、そういえばそうか。あの少年、『牧野』くんの正体は……。

 

「マキちゃんの()()は、料理上手なお婆ちゃんだったらしいからねー」

 

 みたらしさんがそう言うと、牧野くんは自分が話題にされていることに気づいたのか、こちらを向いてニコッと笑った。

 

「ドルチェさんが実のお孫さんだったって聞いて、私すごく驚きましたよ。いや、確かに()()の頃に孫が居るとは聞いてはいたんですが、まさか本当とは」

 

 イチカさんがそう言って、牧野くんの隣に座るキャストの女性、『ドルチェ』さんを見る。

 うん、このあたりの背景は漫画『ぷそ煮コミ』を読んでいたら分かることなのだが、登場人物の視点ではプライバシーの関係もあってお互いのリアルを秘密にしていたはずだ。PCの姿で別宇宙に複製されるなんて珍事がなければ、リアルの詳細は一生不明のままだったはず。

 まあ、みたらしさんは、男性キャストの『ゼクト』さんとリアルで会ったことがあるみたいだけど。

 

「『PSO2』やってたころは私、マキちゃんとドルチェさんって同棲してるんだと思ってた」

 

 みたらしさんが、牧野くんとその隣を見ながらそんなことを言う。

 あー、確かに『ぷそ煮コミ』の作中では、みたらしさんは明らかに同じタイミングで離席する二人を目撃していたね。

 

「俺も恋人か何かだと思っていました。それがまさか、同居している祖母と孫とは」

 

「私は仲がいい二人だなぁとは思っていましたが……」

 

 テトラくんとイチカさんが、それぞれそんなコメントをする。

 そして、さらにテトラくんが言う。

 

「でも、まさか牧野さんが元々の性別無視して、男の身体を選ぶとは思ってもいませんでした……」

 

 すると、それを聞いていたのか牧野くんがこちらに向けて言う。

 

「女としてはもう十分生きましたからー」

 

 いや、そんな飽きたので性別変えました、なんて言われてもね……。エステで性別が変えられるって、性の境界があやふやになりそうですごいね。

 

「んふふ、テトラさんも女の子の世界に来てくれていいんですよ……」

 

 と、私達のテーブルに席を移してきた者が一人。『猫ノ宮♪』さんだ。

 

「いやいや、俺は男でいいですよ」

 

「えー、私、久しぶりにテトラさんの『ガルストライカー』姿、見たいなぁ……」

 

「勘弁してください……ネカマやっていたの黒歴史なんですから……」

 

 この猫ノ宮さんも、『ぷそ煮コミ』の登場キャラクターの一人だ。

 自称ネカマのおじさんだが、『ぷそ煮コミ』の作中では最後までリアルの姿が明かされなかった。

 こうしてリアルでアークスになっても、女性の姿のままで居続けているあたり、おじさん説はだいぶ怪しいところがあるが、真実は明らかではない。本人曰く、真実は前世に捨ててきた、だそうだ。

 もし本人が『ぷそ煮コミ』で言っていた通り元おじさんだったとしたら、男を捨てきれなかったテトラくんとはレベルが違うな……。

 

 そう言えば、『ぷそ煮コミ』の男性キャラと言えば、もう一人ゼクトさんが居るのだが……。ゼクトさんは、向こうの席でヒツギさんと一緒にアルくんを構っているな。

 いつものメカパーツではなく人の外観に換装していて、見た目にはメカ種族であるキャストだとは分からない。

 

 ゼクトさんは『ぷそ煮コミ』作中で幼い息子を持つパパだと判明していたが、こんな世界に連れてこられて辛くはないのかと以前『LINE』で尋ねたことがある。

 すると、自分はあくまでこの宇宙に複製された存在なので、息子の心配はしていないと返ってきた。妻や息子を懐かしむことはあるが、不思議と望郷の念に駆られることはないらしい。

 この辺は、神様が上手く調整してくれているのかなぁ、と思う。コラボガチャの影響で、全く関係ない作品から出張してきているキャラクターって、いっぱいいるからね。

『ぷそ煮コミ』のキャラクターがこの場にいるのも、『PSO2es』が『ぷそ煮コミ』とコラボしている時にキャラクターを入手できたからだ。

 

「久しぶりに、テトラさんと百合百合なえちえちスクリーンショット撮りたいなぁ……」

 

「おっ、いいこと言うじゃん。テトちゃんの『ガルストライカー』着た姿、私も見たいなー」

 

 と、ゼクトさんの方を見ていたら、猫ノ宮さんとみたらしさんがテトラくんにせまっていた。

 テトラくんは「本気で勘弁してください」と平謝りするばかりで、それをイチカさんが「黒歴史、分かる……」と同情した目で見つめた。

 いやー、テトラくん、女子に囲まれてチヤホヤされて、微妙にハーレムしているな。

 

 という感じで盛り上がっていると、ふと身体の奥底が震える感覚が。スマホの着信だ。

 私はスマホを手元に呼び出し、画面を見る。ふむ。鳴滝姉妹の姉の方、風香さんだ。

 

「はい、もしもし」

 

『りんりんー。ちょっと助言をお願いしたいんだけど』

 

「なんでしょうか」

 

『動画の撮影していたら、魔法の国の人が自分も映りたいとか言ってきたんだけど、どうしよう』

 

 おおう、また面白いことになっているな。

 今、麻帆良には魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の各地にある国から、親善大使が大勢訪れている。風香さんが会ったのも、おそらくその使節団の関係者だろう。

 

「魔法のことを秘密にしてもらうよう頼んで、出演させるのは?」

 

『それがその人……二人なんだけどさ、頭にケモミミと角が生えてんの!』

 

「あー、亜人の人ですか」

 

『イノセントブルー』の技術はすっかり行き渡り、亜人の裕福層の間では、旧世界、すなわち地球への観光がブームになっているとか。

 おかげで、私のゲートのアルバイトも未だに終わる様子を見せないんだよね。

 

「幻術で誤魔化すのは?」

 

『……えーと、幻術は得意じゃないって』

 

「ええっ……ケモミミとか角を普段から堂々と見せつけながら、麻帆良で行動しているんですか」

 

『……その通りだって』

 

 マジかよ。まあ、麻帆良ならケモミミコスプレ程度、軽く笑われるだけで後はスルーされるだろうけどさ! 小太郎くんとかもろにそれだし。

 

「とりあえず、近くに魔法が使えそうなクラスメートがいないか探して、ダメなら諦めましょう。私は夜までクリスマス会です」

 

『そっかぁ。じゃあ、今日は諦めてもらうよ。……えっ、ああ、りんりん、明日は大丈夫?』

 

「明日は一日大丈夫ですよ」

 

『じゃあ、明日撮影するから、幻術っていうやつ頼むな! じゃあね!』

 

 そう言って、風香さんは一方的に通話を切った。

 はー、なんなんだ。

 私はスマホを消して、ドリンクをあおった。

 すると、みたらしさんがニヤニヤと笑いながら言ってくる。

 

「なんだー? 明日はクリスマスデートか?」

 

「いえ、単なる動画撮影ですよ。『ねこねこ動画』の公式配信コンテンツ作りでしょうね」

 

「えー、華の女子中学生がクリスマスに動画撮影ってどうなのさ」

 

 みたらしさんがウザく絡んでくるが、そんな彼女にテトラくんが言う。

 

「みたらしさん、おっさん臭いですよ。それにみたらしさんだって、かつてクリスマスにぷそつーやってたじゃないですか」

 

「うっ!」

 

 テトラくんの言葉に、みたらしさんは胸を押さえる。

 それを見て、イチカさんと猫ノ宮さんは大笑い。本当に仲いいなー、この人達。

 

「まあ、私はいいんですよ。それよりも、皆さんは恋人とかどうなんですか?」

 

 私がそう言うと、猫ノ宮さん以外の三人の肩がビクンと跳ねた。

 おやおや? これは……今夜はちょっと面白くなりそうだね。夜は長い。じっくり話を聞かせてもらおうか。

 



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■91 クリスマス

◆223 クリスマス撮影会

 

 翌日の午後、私は昨夜に女子寮で朝倉さんに指定された場所である、撮影用のプレハブ小屋へと向かった。これは、『ねこねこ動画』の経営母体である『ねこねこテクノロジー』社が所持する物件で、プライベート臭あふれる女子寮で撮影をさせないために、私が以前用意したものだ。

 朝倉さんも、鳴滝姉妹も女子寮の部屋は個室じゃないからね。なので、こうやって専用の部屋を作る必要があったのだ。

 

 プレハブ小屋だが、ちゃんとエアコンは設置してあって、冬でも暖かい。

 その小屋に、朝倉さんと鳴滝姉妹、そして十歳くらいのケモミミの少年と、同じく十歳くらいの額から角の生えた少年の計五人が集まっていた。

 

 この少年二人が、撮影に参加したいという魔法世界人らしい。うん、見覚えのある二人だ。私が麻帆良に『ドコデモゲート』で連れてきた、とある国のお偉いさんだね。

 

「まさか、刻詠殿のお知り合いだったとは」

 

 ケモミミの少年が、私を見て言う。うん、クラスメートです。

 

「じゃあ、りんりん。幻術ってやつかけて!」

 

 風香さんが、さっそく催促をしてくる。

 ふむ。ケモミミと角を隠すだけでいいかな?

 

「お願いいたします。幻術はまだ習っていなくて……」

 

 角の少年が、深々と頭を下げてお願いしてくる。うん、日本的な所作だが、親善大使として日本のマナーを学んでいるのかな。

 

「まったく、お前は魔法だけが取り柄だというのに、まさか幻術を使えないとは」

 

「いや、兄さんだって使えないじゃないか」

 

「俺は気を極めるから、魔法は使えなくてもいいんだ」

 

 少年達が、そんな言葉を交わす。うん、この二人、兄弟なんだよね。確か双子という話だ。

 それぞれ得意分野が違うようだが、英才教育を受けているであろう魔法世界人でも自身に幻術をかけられないものなんだね。自らを偽る必要はないと教育係に判断されているのかな?

 

「では、幻術をかけますね。アプリ・テリオリ・アプリオリ――」

 

 呪文を唱えて、幻術をかける。

 幻術と言っても、見た目だけ誤魔化すものではなく、キティちゃん直伝の触覚すら誤魔化す高度な術式だ。

 その証拠に、ケモミミ少年は自身の頭の横に現れた人の耳を興味深そうに触っている。

 

「すごいな! 本当にこれが幻術なのか? 変身魔法ではないのか?」

 

 ケモミミ少年がそう言ってきたので、私は闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)直伝の幻術魔法だと教える。

 

「闇の福音か……現実に存在するんだな……」

 

 ケモミミ少年の表情がこわばる。それを見て、角の少年がニヤニヤとした顔になった。

 

「兄さん、怖いの?」

 

「なっ!? そんなわけがあるか!」

 

「本当にー?」

 

「闇の福音は恩赦が通ったと聞いたぞ! つまり悪いことをしても、さらいにこないんだ!」

 

 あー、この子達、見た目よりも幼いかもしれないな。ナマハゲとしての闇の福音を半分本気にしているよ。

 そんな幼い子達だから、動画に出たいとか言い出したのかな?

 

「それよりも、動画とやらを始めないか?」

 

 ケモミミ少年がそう言うが、実は先ほどから朝倉さんのアーティファクトが出現して四方からこちらを囲んでいるから、すでに撮影自体はしていると思うんだよね。

 だが、それを教える気がないのか、朝倉さんが「じゃあ始めるよ」と言った。

 

 導入の挨拶等は別撮りにするつもりなのか、朝倉さんは早速本題を話し始めた。

 

「二人はクリスマスの概念がない国から来たんだよね。ということで、本日はクリスマスを知らない国の人に、クリスマスを教えるよー」

 

 朝倉さんがそう言うと、鳴滝姉妹が「わー」と拍手をして場を盛り上げる。

 

「クリスマスか。今日がそうらしいが、未だにどういう日かよく分からん」

 

「ひと月前から準備していて、すごく大がかりだよね」

 

 兄弟がそんな雑感を述べてくる。

 そこで、朝倉さんがクリスマスについて説明を入れる。

 

「とある宗教の開祖になったすごい人の誕生を祝う日というのが大本だね。まあ、その宗教を信仰している人は日本ではそこまで多くなくて、祝いにかこつけて騒ごうって日になっているんだけど」

 

「教会とか行ったことないな!」

 

「ミサとかちょっと見てみたいですけど」

 

 朝倉さんのざっくりとした説明に、鳴滝姉妹がそれぞれそんな合いの手を入れる。

 すると、角の少年が言う。

 

「なるほど、宗教家の誕生日というわけですか」

 

「いやー、そこはちょっと違うんだよね。誕生を祝う日だけど、誕生日ではないんだよね」

 

 朝倉さんがそう言って、少年の言葉を否定する。

 

「あれ? 違うの?」

 

「誕生日じゃないです?」

 

 鳴滝姉妹が不思議そうにする。

 

「うん、元々は別の宗教の冬至を祝うお祭りがあって、それにかこつけた今の宗教が、冬至のお祭りに重ねてクリスマスを持ってきたというのが本当のところらしいよ。だから、誕生日じゃなくて誕生を祝う日なの」

 

 朝倉さんのその説明に、少年二人は興味深そうに言う。

 

「乗っ取りとは、なかなかしたたかではないか」

 

「合理的ですね。相手の信者を取り込むこともできるでしょう」

 

 幼い少年らしからぬコメントだね。

 

「ちなみに、二人の国はクリスマスが伝わっていないというけど、どんな宗教があるの?」

 

 朝倉さんにそう尋ねられ、ケモミミ少年が答える。

 

「我が国は精霊信仰だな」

 

「それとは別に神話もありますね」

 

 角の少年の補足に、朝倉さんが「どんな神話?」と問い返す。

 

「そうですね、ざっくり言うと……古の時代、虐げられていた魔法使いの民を導く偉大な魔法使いが、新しい世界を作り出して民をそこへと導いたというものです。僕達は、その魔法使いの民の末裔なのだそうです」

 

 なるほど、『始まりの魔法使い』が魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を作ったときの伝説か。二六〇〇年前に実際にあったことと予想されているね。

 

「魔法使いを虐げるとか、古の時代の人達どうなってんだ。魔法を跳ね返すのか?」

 

「きっと筋肉ムキムキだったですー」

 

 鳴滝姉妹がそう言うが、多分そうじゃなくて、圧倒的に数に差があったとかだと思うよ。

 

「なるほど。旧世界から新世界にエクソダスしたわけね。さて、じゃあクリスマスの説明に戻るよー」

 

 朝倉さんがそう言って、話をもとに戻す。

 

「日本のクリスマスはそういった宗教的事情からは切り離されて、みんなでイベントを楽しもうって日になっているんだよね。パーティーをして、みんなで盛り上がろうってわけね」

 

「それを考えると、もとの冬至のお祭りに戻っているのかもしれないですね」

 

 ここで初めて私が合いの手を入れる。

 うん、そうだよ。私もなぜか、撮影メンバーの一人にカウントされているんだよ。『ねこねこテクノロジー』の社長なんだからいいでしょとか言われた。何がいいんだ。

 

「なるほど、確かに今の宗教色が薄いクリスマスは、冬至のお祭りと言われてもおかしくないね」

 

「カボチャ食べるの?」

 

「カボチャよりもケーキの方がいいですー」

 

 朝倉さん、風香さん、鳴滝妹の史伽(ふみか)さんがそれぞれそんな言葉を返してきた。

 うん、確かに冬至といえばカボチャだけど、その文化を知らない兄弟が不思議そうにしているぞ。

 

「確かに、カボチャよりケーキよね。あ、クリスマスと言えば、特別なケーキを食べてチキンを食べるのが定番なのよ」

 

 朝倉さんがそう言うと、ケモミミ少年が目を輝かせて、「どんなケーキなのだ?」と問う。

 

「ブッシュドノエルっていう、丸太を模したケーキが定番ね。日本だと雪を表した白いショートケーキも人気かな」

 

「丸太のケーキ! それは食べてみたいな!」

 

「とのことですが、社長ー?」

 

 ケモミミ少年の希望を聞いて、朝倉さんがこちらに話を振ってくる。

 

「しょうがないですね。後で買いにいきましょうか。おごりますよ」

 

 私がそう言うと、鳴滝姉妹が「いえーい」とハイタッチした。

 兄弟も、ケーキを食べられると聞いて嬉しそうにしている。

 

「じゃあ、チキンも買ってもらおうかな。フライドチキンがいいなー、社長」

 

 朝倉さんが、さらに私に求めてくる。まあ、朝倉さん達は事業に貢献してくれているし、これくらいのボーナスもあっていいだろう。

 

「構いませんよ。フライドチキンをバーレルで買いますか。でも、クリスマスにチキンを食べるのは、日本の文化で、アメリカではローストターキー……七面鳥を食べるんですよ」

 

「おー、聞いたことあるわ。七面鳥。美味しいのかしら?」

 

 朝倉さんが言うが、私は「チキンの方が好き」と答えた。フライドチキン屋さんのチキン、美味しいよね。

 そして、そこからクリスマス料理について話していき、クリスマスの後のお楽しみ、クリスマスプレゼントの話になった。

 

「サンタクロースというお爺さんが、トナカイが引くソリに乗って空を飛んで、世界中の子供達にプレゼントを届けるって伝説があるのよ」

 

 朝倉さんがそう言うと、角の少年が「素敵な伝説ですね」と言った。

 そして、ケモミミ少年が言う。

 

「サンタクロースは破産しないのか?」

 

「サンタクロースに業務を委託された子供の親が、代わりにプレゼントを用意するから大丈夫よ」

 

 いやまあ、確かにプレゼントを用意するのは親だけど、委託って……。

 

「なので、子供にプレゼントを用意するために親がこの時期玩具とかを買うんだけど、他にもクリスマス用の料理を用意したり、飾り付けを買ったり、消費が活発になるの。当然売り手側もあの手この手でいろいろ買わせようとする。なので、この時期をクリスマス商戦って言い表すのよ」

 

「祭りにかこつけて商人達が奮起するというわけか……」

 

「商魂たくましいですね」

 

 少年達が苦笑い。うん、この歳の子供のコメントじゃないね。

 その後、クリスマスの定番をいくつか説明して、コメントを交わした後、撮影は終了した。

 そして、ケーキと料理を買いに行こうということになり、私達は市街地へと繰り出した。

 

「ケーキ、ケーキ!」

 

「チキン、チキンですー」

 

 鳴滝姉妹が嬉しそうにしており、それを兄弟がほっこりした表情で見つめている。

 さらにその様子を朝倉さんのアーティファクトが撮影する。うん、アーティファクト使いこなしまくりだな、朝倉さん。

 

 やがて、ケーキ屋に到着し、どのケーキを買うかで姉妹と兄弟がワイワイと仲良く話し込み始めた。

 と、そこで見覚えのある客が、店内に入ってきた。

 

「あら、刻詠様?」

 

 それは、アリアドネーの親善大使の二人。エミリィ・セブンシープさんとベアトリクス・モンローさんだ。

 

「こんばんは。お二人ともクリスマスケーキですか?」

 

 私がそう尋ねると、セブンシープさんが答える。

 

「ええ、今日は特別なケーキを食べる日だと教えていただいたのです」

 

「そうですか。あちらがクリスマスケーキのコーナーですよ」

 

「まあ、華やかですわね! 目移りしてしまいますわ!」

 

 セブンシープさんが、嬉しそうにケーキを眺める。

 すると、その隣にいたケモミミ少年がその姿に気づく。

 

「おお、アリアドネーの者か。クリスマスケーキなら、このブッシュドノエルがいいと思うぞ」

 

「えっ? はっ、これは王子殿下。ご機嫌麗しゅう」

 

「よいよい。そうかしこまるな」

 

 そんな二人のやりとりに、鳴滝姉妹は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「王子殿下?」

 

「王子様です?」

 

 そう鳴滝姉妹に言われた兄弟の表情が、わずかにこわばった。

 すると、朝倉さんがぎこちない動きでこちらを見てきた。

 

「刻詠、この人達、もしかして……」

 

「はい、お二人とも、魔法世界にある国の王子様ですよ。アリアドネーとはお隣同士ですね」

 

「そういうことは早く言ってよ!」

 

「いやー、撮影で緊張されたら上手く撮れないですからね。ネタバレは控えました」

 

 うん、この二人、王子なんだよねぇ。

 しかも、おそらくは『魔法先生ネギま!』の最終回で鳴滝姉妹が結婚した相手。地理的にも、容姿的にも間違いないだろう。

 

 明日菜さんやネギくんの母親の例を見れば分かるとおり、魔法世界では王政の国というのはまだ普通に残っている。

 魔法の国で王子様と言えば、『ネギま!?neo』という『魔法先生ネギま!』のスピンオフ漫画があって、それに登場するフェイト・アーウェルンクスはオスティア国の王子様という扱いだった。

 フェイトが王子様というのも驚きだけど、一地域でしかないはずのオスティアが国扱いというのも面白いよね。

 

「すげー! 王子様とか初めて見た!」

 

「王子様もケーキとか食べるのです?」

 

 鳴滝姉妹は、特に引くこともなく二人の身分を受け入れた。

 それが嬉しかったのか、兄弟は満面の笑みを浮かべ、四人で仲良くケーキ選びに戻っていった。

 うんうん、どうやら四人の相性はいいようだね。もしかしたら、原作漫画の最終回のように、将来は結婚することもありえるかもしれない。

 

 とりあえず、今日のところはクリスマスパーティーで一緒にチキンとケーキを食べてもらって、仲を深めてもらおうじゃないか。

 

「はー、私にもいい男転がっていないかなぁ」

 

 朝倉さんが仲むつまじい鳴滝姉妹と兄弟を見ながらため息をつく。

 いや、今の朝倉さんなら彼氏とか簡単に見つかるだろうけど、人気配信者の恋愛事情を動画に流して炎上しないよう、気を付けていただきたいものだね。

 




※ケモミミ少年と角少年は、原作最終話の未来の鳴滝姉妹のコマに後ろ姿だけ映っている王子達をもとにした双子半オリキャラです。
※完結まで書き溜めできたので、しばらくは一日二話更新です。


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■92 冬休み

◆224 楽しいロンドン

 

 二〇〇三年十二月三十一日。私達ネギま部は、イギリス旅行へと向かうべく、エヴァンジェリン邸の前に荷物を持って集まっていた。

 新年をロンドンで迎える。まさしくネギま部本来の名前、『異文化研究倶楽部』の活動として相応しい旅行である。

 

 引率には、ネギ先生。学外からの参加者として、小太郎くんと夏凜さんの姿もあった。

 

「それでは、皆さんパスポートはしっかり持ちましたね?」

 

 ネギま部部長として、私が代表して忘れ物がないか確認する。

 今回のイギリス行きは『ドコデモゲート』を使って移動時間を短縮するが、密入国するわけにもいかないため、ちゃんと関東魔法協会に観光ビザを発行してもらっている。イギリスの魔法協会にもそれをチェックしてもらう必要があるため、パスポートは必須である。

 

 忘れ物がないかのチェックをしたところで、私はスマホを取り出して『ドコデモゲート』を使う。

 向かう先は、ロンドンにある魔法使いの拠点だ。

 ネギくんを先頭にしてゲートに入ってもらい、私は最後尾で荷物の置き忘れがないかチェックしながらゲートをくぐる。

 そして、ゲートの先では……夏休み以来の再会となるアーニャが、ネギくんに抱きついていた。あらあら大胆なこと。

 

 私達は幼馴染みのイチャイチャを横目で眺めつつ、現地の魔法使いによる入国審査を受けた。

 魔法が世間に公開されたら、転移魔法を使った渡航にもルールが制定されて、こうやってひっそり入国をすることも難しくなるんだろうなぁ。

 

 さて、今日の予定だが、ロンドン観光をした後に、ホテルで開催されるニューイヤーカウントダウンへ参加予定だ。

 ウチの両親にはたまには実家に帰ってこいと言われているが、実家でのんびりするよりもイギリスの方が面白そうなのでこちらを選んだ。他のネギま部部員も同じ感じだろう。まさか、全員参加になるとは思っていなかったが。

 

「じゃあ、ネギ、私がロンドンを案内するわよ! もうロンドンは私の庭みたいなものなんだから!」

 

 と、アーニャがネギくんを連れて、ロンドン市街に向かおうとする。

 

「ネギくん。デートもいいですが、先にホテルにチェックインして荷物を置いていきましょう」

 

「あ、はい。アーニャ、そういうことだから、案内はちょっと待ってね」

 

「ちょっとリンネ! デートじゃないわよ! ロンドン在住者として、案内するだけよ!」

 

 アーニャが顔を真っ赤にして、私に文句をつけてくる。

 ほうほう。それはつまり。

 

「ネギくんだけでなく、私達も一緒に案内してくれるってことでいいですか?」

 

「んなっ! それは……」

 

「それはー?」

 

「いいわよ! 案内してあげるわよ!」

 

 おおっと、恥ずかしがってデート成立せずだ。まあ、私としてもロンドンは詳しくないので、地元で占い師として親しまれているアーニャが案内してくれるなら、ありがたいけど。

 

 そして、私達はホテルにチェックインし、荷物を置いた後、身軽になってロンドン市街に繰り出した。

 

「で、どこに行きたいの?」

 

 ふてくされた様子で、アーニャが言う。

 それに対し、『異文化研究倶楽部』の部長である私が代表して答える。

 

「ブルームスベリーの博物館に」

 

「ああ、あそこね。確かに、観光ならあそこ以上の場所はないわね」

 

 アーニャがさりげなくネギくんの手を取りながら、私達を地下鉄に案内する。

 向かう先は、トッテナム・コート・ロード駅。駅についてから五分ほど歩き、目的の博物館に到着する。

 

 異文化研究という名目を掲げるには、これ以上の場所はないだろう。世界中から秘宝を集めたという、世界最大の博物館だ。なお、どうやって集めたかは、今回は言及しないこととする。純粋に観光しに来ただけだからね。

 

 古代ギリシャの神殿を思わせるその独特な外観をスマホで写真に撮り、入場する。入場料は無料だ。

 

 通い慣れているのだろうか、アーニャの先導に従って、私達はエジプト展示室へと向かった。

 

「これが世界一有名な石板、ロゼッタストーンね」

 

 ガラスケースの前で、アーニャが足を止める。そこにあったのは、人の背丈ほどもある巨大な石板だ。

 

「エジプトのロゼッタで発見された石板ですね。紀元前一九六年にファラオが出した勅令を刻んだもので、当時使われていた三種類の文字で記載されているです」

 

 我らが解説役、夕映さんが目を輝かせて説明を入れてくれる。

 

「使われている文字は、古代エジプトの神聖文字ヒエログリフ、大衆用の文字デモティック、それとギリシャ文字です。この石板をフランスの考古学者シャンポリオンが解読し、ヒエログリフの謎が解き明かされたとされているです」

 

「神聖文字ですかー。魔法に使われていそうですねー」

 

 魔法には全く詳しくない相坂さんが、夕映さんの解説を聞いてそんな感想を述べる。

 すると、キティちゃんが言う。

 

「もちろん、エジプトの現地では日本の関西呪術協会のような組織があって、独自の術を古代から伝えているぞ」

 

「ということは、このロゼッタストーンにも魔法的ないわれが何かあるのかしら?」

 

 水無瀬さんがそんなことを問うが、アーニャが「ないない」と否定の言葉を発した。

 

「一般人が訪れる博物館に、魔法の品なんて一品も置いていないわよ。そういうのは、事前に魔法協会がチェックして、別の場所で保管しているわ」

 

 アーニャの説明に、何名かが残念そうな顔をする。

 魔法の品が含まれていないのは、ロマンがないと感じたのだろう。

 

「でも、魔法の一般公開が控えているから、博物館でも特別に魔法展を開こうって流れになっているらしいわね。私はまだ見習いだから、詳しくは聞いていないんだけれど」

 

 なるほど。この博物館は公立の機関だから、国際的な魔法公開の動きに応じられるのか。

 魔法の公表は来年の四月に調整されているので、それに合わせて展示が行なわれるのだろうね。ちょっと興味があるので、ゴールデンウィークにでも一人で来てみようかな。

 

 そして、その後も私達は博物館を巡り、様々な秘宝を目にしていった。

 

「この粘土板は『ギルガメッシュ叙事詩』という古代メソポタミアの都市ウルクの王の物語を刻んだものです。ここに記されているのはその物語のうち、古代メソポタミアの神々が洪水で人類を滅ぼす過程についてです。洪水と聞いて、旧約聖書に描かれているノアの箱舟の逸話を思い出す人も多いでしょう。こういった大洪水の逸話は世界中の神話で共通して見られるテーマであり、その中でも特に古い『ギルガメッシュ叙事詩』が各国の神話に影響を与えた可能性も――」

 

 夕映さんの解説を聞きながら、小さな粘土板をガラス越しに見る。

 ふうむ。ギルガメッシュ王か。サーヴァントに複数名のギルガメッシュ王がいるが、私、誰とも会ったことないんだよね。なにやらスマホ内の宇宙で事業を起こして、巨大なテーマパークを有するスペースコロニーを建造したとか聞いているけど。

 

 そして、有料展示も見てさらには別の博物館にも向かい、恐竜の化石を見て回った。

 すると、ネギくんがめちゃくちゃテンションを上げて、アーニャを呆れさせていた。ネギくん、恐竜好きか……。

 

「次はどこへ行くの?」

 

 アーニャにそう問われ、私は次に観光予定だった『ベイカー街221B』を彼女に告げる。

 

「あら、もしかしてあなた達の中にシャーロキアンでもいるの?」

 

「まあ、本好きは何人かいますが、シャーロキアンというほどではないですよ。ちょっと知り合いにシャーロック・ホームズさんがいるので、写真を撮って送ってあげようと思いまして」

 

「アハハ、名探偵にちなんで名付けられたのね、その人」

 

 いや、シャーロック・ホームズご本人様です。サーヴァントになぜかいるんだよなぁ。しかも現カルデアの幹部。

 最初の不機嫌さはどこへ行ったのやら、アーニャは私達を連れてベイカーストリート駅へと向かった。

 

 ベイカーストリート駅では、シャーロック・ホームズにちなんだ装飾がなされていて、私達ネギま部は一斉にそれを写真に撮った。

 それから、シャーロック・ホームズの住処とされる建物も外から写真に撮り、私は『LINE』でシャーロック・ホームズに送った。

 

『すっかり観光名所扱いだな。でも、その建物は私が住んでいたものとは違うよ』

 

 そうご本人様から返ってきた。すると、のどかさんが建物の前で説明を入れてくれる。

 

「現実のベイカー街は元々221までは番地がなかったそうです。その後、街の合併で番地が増え、当時建っていたこの建物が221Bとなったそうです。また、この建物とは別のビルが博物館としてオープンして、作中で登場する階段があるそちらこそが221Bだとする動きもあるそうですー」

 

 なるほど、現実には存在しなかった『ベイカー街221B』の場所を主張し合っているわけか。博物館の方も写真に撮って送っておこう。

 それから私達は、ビートルズのお店に寄ったり、地下鉄に乗って方々の観光名所を見て回ったりした。クリスマスイルミネーションが未だに残っており、日本人の感覚とはだいぶ違う年末の風景を楽しむ。

 

「ミレニアム記念事業で四年前にできたばかりの世界一大きな観覧車、『ロンドン・アイ』よ。ほら、ネギ、一緒に乗るわよ」

 

 巨大な観覧車を前にして、アーニャがネギくんと二人っきりで観覧車に乗ろうとする。

 すぐさまあやかさんが阻止に向かおうとするが、それをさらに明日菜さんが阻止に入る。デートがなしに終わったので、観覧車くらいは二人っきりで乗らせてあげようという明日菜さんの配慮だろう。

 

 私もあやかさんを止め、明日菜さんと二人であやかさんの両脇を固めて、ネギくん以外のネギま部全員で観覧車に乗った。観覧車は巨大なカプセルに立って入るようになっており、同時に二十五人ほどまで搭乗できるらしい。

 なので、先に乗ったアーニャもネギくんと二人っきりというわけにはいかない。でも、私達が横に居ないだけでだいぶ雰囲気が違うだろう。

 

 観覧車は三十分ほどかけてゆっくりと一回転し、私達はロンドンの風景を存分に楽しんだ。

 そして、観覧車から降りると、アーニャは何やらネギくんと一緒に、現地人らしき人達に囲まれていた。

 

 何か問題でも起きたのだろうか、と思って近づいていくと、何やら和気あいあいとした雰囲気だ。

 

「まさかロンドン一の占い師にボーイフレンドがいたとはな!」

 

「だから、ネギとはそういうのじゃないって言っているでしょ! 幼馴染み!」

 

「ただの幼馴染みとわざわざ『ロンドン・アイ』に乗るかぁ?」

 

「ネギはロンドンに初めて来たから、観光よ!」

 

「つまり、デートか」

 

「違うってば。他にも一緒に観光しているんだから。あ、ほら、あそこにいるアジア人よ!」

 

 アーニャがこちらを指さしてきたので、私はアーニャに近づき、英語で言う。

 

「ネギくんとの二人っきりの一時はいかがでしたか?」

 

「んなっ!」

 

「がはは、やっぱりボーイフレンドじゃないか!」

 

 現地人達が盛り上がり、アーニャは顔を真っ赤にさせた。

 その後、ホテルに戻るまでアーニャはずっとぷりぷりと怒ったままだった。まあ、ネギくんの手をずっとにぎっていたけどね!

 

 

 

◆225 墓参り

 

 ホテルでニューイヤーカウントダウンを見届け、ロンドンの夜空に打ち上がる花火を見ながら夜遅くまで騒いだ翌日。

 みんな遅くに起きてきて、ぼんやりしながらロンドン市街に繰り出した。

 一月一日のこの日はパレードが行なわれており、私達はマーチングバンドが楽器を鳴らしながら行進していくさまを見送った。

 その後、今日も案内に来てくれたアーニャに連れられてコンサート会場へと向かい、オーケストラの演奏を楽しんだ。

 

 そして明くる日、一月二日。私達は現地の魔法協会に部屋を借りて、『ドコデモゲート』でロンドンから移動する。

 向かう先は、ネギくんの親戚であるスタンさんが住む辺境の村。

 アーニャも連れてスタンさんの家を訪ねる。「おう、来たか」と軽い感じでネギくんを迎えたスタンさんは、私達を村の共同墓地へと案内した。

 

 十字架が掲げられた洋風の墓石が並ぶ墓地。

 そこで歩きながら、スタンさんが言う。

 

「命日でもないのに墓参りと聞いてちと驚いたよ。なんでも、お前さん達の国では、墓に死者の霊が眠るとか考えるらしいな」

 

 ああ、これは、日本とイギリスの宗教観の違いだね。私はスタンさんに説明を入れる。

 

「日本でも、英国における天国と同じように、死後の世界の概念はあります。それとは別に、死者の遺骨や墓には霊的な何かがあるとも考えるのですよ。なので、墓前で祈れば、死んだ人に思いが届くと考えるのです」

 

「なるほどな。だからアリカのことを知らねえネギがわざわざ来たってわけか。こっちじゃ、墓地は故人をしのぶ、生者のための施設じゃよ」

 

 そういえば、『シムシティ』とかの都市開発ゲームでは、住宅地の近くに墓地があると住民の幸福度が上がっていたけど、あれって西洋人の感覚ではどうなんだろう。

 ちなみに現代のイギリスでは火葬が割と一般的で、『スリラー』のMVのようにお墓からゾンビが這い出してくるイメージはないようだ。

 

 そんな日英の違いを話しながら墓地を進み、スタンさんは十字架がかたどられていない四角い墓石の前で足を止める。

 その墓石にはただアリカとだけ名が彫られていた。

 

「さすがに、フルネームを刻むわけにはいかなかった。今は汚名がそそがれたらしいが、当時のアリカの扱いは災厄の女王じゃったからな。他の魔法使い達にバレないよう、名前だけ刻んだ」

 

「ここに、母さんが……」

 

 スタンさんが普段から綺麗に掃除しているのだろう。墓石は汚れ一つなく、陽光を浴びて白く輝いていた。

 その墓前に、ネギくんが用意していた白い花束を捧げる。

 そして、私達ネギま部一同は、墓前で黙祷した。

 

 アリカ様、あなたの故郷の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)は、私に任せてくださいな。魔力を満たしてみせるので、どうか見守っていてほしい。そう祈りを捧げて、私は目を開けた。

 他の面々も黙祷を終え、じっと目をつぶり続けるネギくんが祈り終わるのを待つ。

 やがて、ネギくんはそっとまぶたを開いて、言った。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

「いえ、今日はネギくんのためのお墓参りですからね。気が済むまで祈っていていいのですよ」

 

 私がそう告げると、ネギくんは「もう大丈夫です」と答える。

 すると、水無瀬さんがポツリとつぶやいた。

 

「私にもっと力があれば、冥界と相互通信でもできたのだろうけれど……」

 

 それを聞いていたスタンさんが、笑って答える。

 

「アリカは魔法世界出身じゃからな。こちらの世界の天国に素直にいくかねえ? そうなると、行き場所に困ってさまよっていたりしてな」

 

 すると、ネギくんが相坂さんに目を向けてから言う。

 

「化けて出たという話がないなら、もしかしたら、東洋的な『輪廻転生』なんかをしているかもしれません」

 

 その言葉に、ちう様とキティちゃんがこちらを横目で見てきた。

 はい、前世の記憶を持つ転生者は私です。

 

 しかし、魔法的には霊魂や霊体の存在証明がされているこの世界だが、死者の霊ははたしてどこに向かうんだろうね。

 数十年地縛霊をやっていた相坂さんのもとには死神はやってこなかったようだし、死後の世界はあるのかどうか。夏凜さんがダーナ様に送られた天界はあるっぽいけど。

 まあ、この国の墓所は生者が故人をしのぶ場所なのだし、ネギくんの心が晴れたならそれでいいか。

 

 そうして墓参りは終わり、スタンさんとしばらく談笑をしてから、私達はロンドンへと戻った。

 それから一月三日は、メルディアナ魔法学校のある街へと行きネカネさんと再会してから、私達は一月四日に日本へと戻った。

 

 冬休みももうすぐで終わる。三学期もわずか二ヶ月半しかなく、すぐに卒業のシーズンに入るだろう。

 エスカレーター式の麻帆良学園中等部生にとって、卒業式は他の生徒との別れの儀式ではないが……ネギくんと同じ学び舎で過ごせる時間は、もうあまり残されていない。

 



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■93 さらば3年A組

◆226 卒業式

 

「麻帆良中学校3年A組。出席番号1番相坂さよ」

 

「はいっ!」

 

 巨大な体育館の中で、相坂さんの名が呼ばれる。相坂さんは元気に返事をし、その両の足でパイプ椅子から立ち上がった。

 今日は、麻帆良学園女子中等部の卒業式。全校生徒を一堂に集めての大行事だ。現在、卒業証書を学園長先生から一人一人手渡すために、ネギくんが最初の生徒である相坂さんを呼んだところだ。

 

 相坂さんが壇上に上がり、学園長先生から卒業証書を受け取る。無事に卒業証書が渡り、学園長先生は白いひげをたくわえた口を動かし、笑みを浮かべた。

 相坂さんは、六十年近く麻帆良の地で地縛霊をしていた。ずっと学校の教室に縛られて、ひとりぼっちの学生生活を続けていた。

 それが、ようやく卒業の日を迎えられた。

 彼女が幽霊である事実は、魔法関係者達に知れ渡っている。しかし、今の相坂さんは正式な麻帆良の生徒として卒業証書を与えられるくらいには、皆に一人の人間として存在を認められていた。

 

 私が作らせた人形の身体を持つため、自由に未来を決めてもらうのは難しいが、将来は私のもとで人として働いてもらうつもりである。

 

「出席番号2番明石裕奈」

 

 相坂さんが下がり、明石さんが呼ばれる。明石さんは亡くなった母親のように魔法使いのエージェントになりたいと言いだし、ネギま部への入部を希望してきた。

 だが、ネギま部は魔法を練習する部ではなく、ネギくんの父親を救い出すための部。趣旨が違うと断り、来年度の魔法公開以後に、女子高等部で魔法部を作ることを約束して引き下がってもらった。

 

「出席番号3番朝倉和美」

 

 朝倉さんか。すっかり公式配信者が板に付いて、報道部としての活動は鳴りをひそめた。

 将来的にも『ねこねこ動画』の広報室長を引き続き勤めたいと言っており、彼女は私が与えた影響で大きく未来を変えた人物の一人として数えられるだろう。

 

「出席番号4番綾瀬夕映」

 

「はいっ」

 

「出席番号5番和泉亜子」

 

「はい!」

 

 亜子さん。彼女を連れてアークスシップに向かったが、エステで無事に背中の傷痕を消すことができた。

 その後、彼女はオラクル船団の医療技術に強い関心を持つようになった。なので、将来的にオラクル船団の技術を地球に伝える役目を負ってみないかと、和泉さんへ誘いをかけたら、興味あると答えてくれた。

 ならばと、まずは地球で医者を目指してみてほしいと告げ、それにかかる学費は私が事業で稼いだお金から出すといったら、和泉さんは本気で医者を目指す気になってくれた。

 いずれはエステ技術を地球の医療現場へ。そんな意気込みを私に語ってくれた。うん、頼もしいね。

 

 その後、順番に名前が呼ばれていき、出席番号は8番まで進む。

 

「出席番号8番神楽坂明日菜」

 

「はいっ」

 

 明日菜さんも、未来が大きく変わったうちの一人だ。なにせ、火星のための人柱にならなくて済んだのだから。

 将来的には魔法世界に渡って、亡国の姫としてできることをしたいとは言っていたが……それよりも、まずはあれだ。麻帆良祭のときに私がしたアドバイスを彼女は覚えていて、卒業式が終わったら高畑先生に愛の告白をするらしい。思い切ったなぁ。

 

 明日菜さんが卒業証書を受け取り、春日さん、茶々丸さんと呼ばれていく。

 一人ずつの受け渡しだが、実はこの学校、3年生だけで全部で二十四クラスもあるので、ものすごく時間がかかる。

 その分、歌を歌ったりする行程がごっそり削られているのだが……正直、暇すぎて途中で寝ちゃいそうなので、最初に呼ばれるA組でよかったと思うね。

 

 それからも、次々とネギくんによりクラスメート達の名前が読み上げられていく。

 

「出席番号19番超鈴音」

 

「はい」

 

 と、私の隣に座る超さんが立ち上がった。

 未来から戻ってきた彼女はすっかりクラスに馴染み、葉加瀬さんと一緒に、子猫の科学者の放課後レッスンを毎日のように受けていた。

 フォトン技術にも触れ、未来でフォトン粒子を散布したいと超さんが言い出したのだが、それに関しては私から拒否させてもらった。

 

 フォトンは正しく使えばこれ以上ないエネルギー源だが、無茶な使い方をすると深遠なる闇やダークファルスといった『PSO2』における悪しき存在を生み出してしまう危険性がある。

 私やのどかさんが監視できない状態で、フォトンを運用されるのはそういった意味で危険なので、並行世界の未来の地球に帰る超さんには、フォトン粒子の発生手段と人工アカシックレコード技術は渡さないことにした。

 

 子猫は常温核融合技術とかも持っているし、最近では魔法と科学の融合技術にも詳しいから、そちらの方で我慢していただきたい。

 

「出席番号20番刻詠リンネ」

 

 おっと、私だ。

 

「はい」

 

 立ち上がり、ゆっくり歩き、壇上に進む。

 学園長先生の前に立ち、卒業証書を受け取ると、学園長先生がにっこりと笑った。私も、軽く笑みを返す。

 そして、壇上から降り、席へと戻り、パイプ椅子に座る。

 

 ……ふう、とうとう卒業かぁ。繰り上がりで高等部に入るけど、ネギくんと疎遠になると思うと、いろいろ考えないとね。

 これまでのように、女子寮に帰ってもネギくんが普通にいるなんてこともなくなるんだ。

 ネギくんは来年度も修行続行で麻帆良の中学教師を続けるから、女子寮の明日菜さん達の部屋を出て下宿に入ることが決まっている。下宿先の人次第では未成年のネギくんに門限を作る可能性もあるから、これまでのように気軽にエヴァンジェリン邸に泊まり込むというのも、難しくなるかもしれない。

 

「出席番号27番エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 

 そのエヴァンジェリン邸の家主さんが呼ばれたね。

 十数年続いた彼女の中学生活も、これで終わりとなる。来年度からは私達と一緒に高校生だ。

 女子高生となるのだから、エステを使って見た目を成長させてはどうかと言ったことがあったのだが、キティちゃんはそれを拒否した。

 なんでも、ナギ・スプリングフィールドが復活した後にとっておきたいとのこと。エステで彼が好む年齢に合わせるのだそうだ。

 まったく、乙女だね。

 

「出席番号33番水無瀬小夜子」

 

「はい!」

 

 転校生ゆえに出席番号が最後になっている水無瀬さんが呼ばれ、卒業証書を受け取りに壇上へ上がる。

 ちなみに32番のザジさんは、ちゃんと返事をしていたよ。初めてザジさんの声を聞いたって人もいたんじゃないかな?

 

「以上、3年A組、33名」

 

 ネギくんがそう締めて、私達の卒業証書授与式は終わった。

 

 

 

◆227 告白

 

 卒業式を終え、その勢いのまま桜並木に3年A組一同が集まり、花見を行なう。

 今日は三月十五日と、開花日にはまだまだ早い日和だが、桜並木には満開の花が咲き誇っている。おそらく、卒業シーズンに合わせて魔法で開花させているのだろう。麻帆良の魔法使い達も粋なことするね。

 

 そんな花見の場で、先ほどから明日菜さんがそわそわキョロキョロと落ち着きがない。

 木乃香さんが、そんな明日菜さんに向けて言う。

 

「もー、明日菜。そんなに落ち着かんなら、さっさと行ってきい」

 

「い、いや、もし先に高畑先生が来ていて鉢合わせたら困るし……」

 

「早く告白できてラッキーやん」

 

「心の準備が!」

 

「どうせ時間になっても準備できひんやし、はよう行くでー。ほら!」

 

 おっと、明日菜さん、保護者の木乃香さん同伴で高畑先生に告白しに行ったぞ。

 周囲が「ヒューヒュー」とはやし立てている。まあ、女子校だから卒業生に告白しにくる生徒とか滅多にいないからね。なので教師への告白は、女子校での卒業式における数少ない見世物扱いだ。

 

 明日菜さんと木乃香さんを追って、何人か出歯亀しに行ったが……馬に蹴られてもしらないぞ。

 

 そして、桜並木の下で飲み食いしてしばらくクラスメート達と談笑していたら、明日菜さん達が帰ってきた。

 行きと違って、明日菜さんの周りをクラスメートが囲っており、明日菜さんはポロポロと涙を流していた。

 

「明日菜、フラれた!?」

 

 私の隣で会話していた朝倉さんが、そんなことを大声で言った。うん、昔のように取材と称して告白の場に行かなかったことは褒めてあげたいが、デリカシーがないのは変わらないね……。

 すると、明日菜さんの周囲の面々が口々に告白の様子を語り始めた。

 

 明日菜さんは、卒業して一人前の女になったこと、教師と生徒でなくなったことを高畑先生に伝え、「好きです。恋人になってください」とはっきり告げたそうだ。

 対する高畑先生の答えはと言うと。

 

「立派になったね、アスナ君。でも、ごめん。その気持ちには応えられない。だって! もー!」

 

 出歯亀していた柿崎さんが、高畑先生の真似をしてクラスメート達に告白の様子をバラしていった。これ、明日菜さんにとって追い打ちなんじゃあ……。

 

「ええっ、アスナの何がダメなんだろう。アスナって、魔法の国のお姫さまなんでしょ?」

 

 明日菜さんの後を追わなかった佐々木まき絵さんが、そんな疑問を口にする。

 それに対して、柿崎さんが答える。

 

「そこね! 私達で詳しく聞いてみたんだけど、どうにも高畑先生的には中三女子は若すぎるみたい!」

 

「えーっ、ダンディな見た目に合う感じの熟女が好きだとか?」

 

 佐々木さんがさらにそう問い返すと、今度は釘宮さんが答える。

 

「高校卒業したアスナならどうですかって聞いたら、動揺していたから脈ありだって感じたね」

 

 それを聞いて、クラスメート達が紛糾した。

 

「それって、高校卒業後にもう一回チャンスあるってことじゃん!」

 

「あっ、高畑先生、さりげなくアスナをキープしたな!」

 

「いやー、高畑先生って明日菜の保護者でしょ? 傷付けないように気を使ったとかは?」

 

「高畑先生としずな先生が一緒に居るところ前見たけど、恋人じゃないの?」

 

「それ詳しく!」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと騒ぎ始め、泣き止んだ明日菜さんはそれを遠巻きにしながら、こちらに寄ってくる。

 

「はー、リンネちゃん。ダメだったわ」

 

「残念でしたね。人間って、自分を好きになってくれた人を好きになる傾向が強くて、意外と告白成功率って高いんですが……、高畑先生は自分の恋愛観をしっかり持っているようですね」

 

 告白成功率が低かったら、世の中では恋愛結婚がなかなか成立しないことになっちゃうからね。

 

「はあー……まあ、そういうところが好きなんだけど、上手くいかないわねー」

 

 そんな話をしていると、ネギくんがやってきて、明日菜さんに向けて言った。

 

「明日菜さん、残念でしたね。でも、ずっとあった失恋の相が消えましたよ」

 

「今消えても意味ないのよ……はー、それよりもネギ……あんたこそ、告白とかどうなの? いっぱいされたんじゃない?」

 

「えっ、はい。今は恋愛とかよく分からないので、断っていますが」

 

「あんた、好きな子とかいないの?」

 

「えー……多分、いない、のかなあ?」

 

「はっきりしないわね。まあ、はっきりしていたら、バレンタインはあんなことになっていないか……」

 

 ああ、バレンタインはすごかったね。私、紙袋に入りきらないバレンタインチョコとか、現実で初めて見たよ。校外からもいっぱい女子がやってきて、ネギくんに告白しにくるんだもん。どんだけモテているんだって感じだった。

 

「ネギくんはこれからですよ。思春期だってまだなんですから」

 

 私がそう言うと、明日菜さんも納得したのか、うんうんとうなずく。

 

「別荘を考えてもまだ十一歳か十二歳だものね。これからよねー」

 

「性の目覚めもまだでしょうね。もし目覚めていたら、女子寮なんかではとても生活できませんよ」

 

 私と明日菜さんがそう言葉を交わすと、ネギくんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 すると、何かを嗅ぎつけたのか、クラスメート達がこちらに注目して集まってきた。

 

「はいはい! 私、ネギ君に告白します!」

 

 佐々木さんが、そんなことを言ってネギくんに近づいてくる。

 すると、あやかさんが目をつり上げて叫ぶ。

 

「抜け駆けは許しませんわ! そこに順番に並んで一人ずつ!」

 

 いや、告白を順番に一人ずつって何さ。

 そんな陽気なクラスメート達の様子に、ネギくんは顔を上げて楽しそうに笑った。

 そして、桜の花びらがネギくんの顔に落ちてきて、彼の鼻をくすぐる。

 

「は……は……」

 

 や、やばい!

 

「明日菜さん!」

 

「んなっ!? フィールド全開!」

 

「ハックション!」

 

 ネギくんを中心にして魔力の暴走が巻き起こり、武装解除の風が吹き荒れた。

 だが、咄嗟に明日菜さんが展開した魔法無効化フィールドが、私達を丸裸にすることを防いだ。

 

 いやー、危ない危ない。みんなパクティオーカードがあるから、着替えはできるけど、せっかくの中学の制服を破壊されるのは、思い出的に痛かったからね。

 

 そして、ネギくんは明日菜さんに拳骨を食らい、しょんぼりとした状態でクラスメート達の告白を受けていった。

 ただ、クラスメート達はネギくんが愛とか恋とかまだ分かっていないことは百も承知なので、好きだと伝えるだけで恋人になってほしいということは言い出さなかった。

 

 だが、時には抜け駆けする者もいる。

 

「ネギ先生……」

 

「ネ、ネギ先生!」

 

 夕映さんとのどかさんが、並んでネギくんの前に立つ。

 

「その、のどかと二人で決めたですが……ネギ先生!」

 

「私とユエをネギ先生の正式なパートナーにしてください!」

 

「仮契約ではなく本契約を結ばせていただきたいのです!」

 

 そんな二人の告白に、ネギくんは驚いた顔をして、それから真面目な顔に切り替わった。

 

「ありがとうございます。夕映さん、のどかさん。本契約をするということは僕と共に歩んでいくということを意味しますが……」

 

「もちろん、承知の上です」

 

「えっと、私がパートナーになると、フォトン技術の根底をネギ先生がにぎるということになり、ご迷惑になるかもしれませんがー……」

 

 と、のどかさんが、不安そうに言う。確かに、世間にフォトン技術が公開されたら、そのフォトンの発生源がのどかさんだということも一部に知れ渡る。

 人工アカシックレコードの司書でもあるが、私はそのことは気にしないで、好きに生きろとのどかさんには言ってある。好きに生きた結果が、今回の本契約の誘いなのだろうね。

 

「いえ、その気持ち、ありがたく思います。実は僕、麻帆良で教師をやる修行を終えたら、あやかさんと協力して宇宙開発事業を起こす予定なんです」

 

 ネギくんがそう言うと、事態を見守っていたクラスメート達の視線があやかさんに集まる。そのあやかさんは、得意げな顔だ。

 

「そんな僕のパートナーになってくださるのなら、お二人の力ほど頼もしいものはありません」

 

「もちろん、力になるです」

 

「一緒に歩かせてください」

 

 夕映さんとのどかさんの言葉に、ネギくんは目をうるませ、そして腰を折って告げた。

 

「はいっ、お願いします!」

 

 ネギくんの了承を受けて、夕映さんとのどかさんは、ワアッと叫んで抱き合った。

 おやおや、愛も恋も知らないうちから、本契約の相手を見つけてしまったか。

 

「これは、また麻帆良の女の子達が荒れそうですね」

 

 私がそうつぶやくと、いつの間にか私の隣に来ていたちう様が同じくぽつりと告げる。

 

「いや、イギリスにいるアーニャとか、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)中にいるネギ・スプリングフィールドファンクラブの会員達も荒れるだろ」

 

 あはは、『UQ HOLDER!』の回想ではここで長谷川千雨へのネギ先生の告白シーンがあるはずなんだけど、未来がすっかり変わってそれもなくなったね。

 全く、未来はどこへ向けて進んでいくことやら。

 

 ……その後、私達は卒業旅行で春の沖縄へと向かい、最後の3年A組としての一時を過ごしてから、高等部へと上がった。

 二〇〇四年四月。いよいよ、魔法が世界へ公開される時が来た。

 



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●一つの物語の終わり
■94 火星開拓始動


◆228 地球外生命体現わる

 

 二〇〇四年四月一日、国連事務総長がとある発表をした。それは、地球外生命体との対話を進めているというものだ。

 エイプリルフールということもあり、フェイクニュースかジョークニュースの類だと世界の人々が一笑に付したその一報だが、報道各局は全くもって訂正しようとしなかった。

 そして、続けて世界各国の政府も、地球外生命体とコンタクトを取ったことを発表した。

 さすがにこれはおかしいと思った人も出始めたが、各国政府から映像が出された瞬間、人々は再びジョークニュースだと思い直した。

 なんと、地球外生命体というのは二足歩行の猫だったのだ。

 

 猫は撮れ高があるからな。そんなコメントがネット上を飛び交ったが、ここでネット上にある動画がアップロードされた。

 それは『子猫達の月面訪問』と題されていて、宇宙船が月に降下する船外カメラの映像と、スタイリッシュな宇宙服を着こんだ子猫と人間が月面に降り立つ映像、月面を車で爆走する映像の三点がセットになった動画だった。

 

『ねこねこ動画』にアップされたその動画はまたたく間に拡散され、世界中からのアクセスが殺到した。

 よくできたCGだ、などと言われたが、よくできすぎていた。

 

「こんなCG映像、いくらかけて作ったのだ?」

 

「国連や各国政府まで巻き込んで、『ねこねこ動画』はプロモーションにいくらかけたのだ?」

 

 そんな言葉が交わされたが、国連事務総長の発表からネットの映像までの全てをプロモーション扱いする方が、ずっと難しい状況だった。

 

 そして、明くる日。国連事務総長は、発表を撤回しなかった。それどころか、さらに情報をたたみかけてきた。

 

 我々地球人類の同胞として、『魔法使い』が古くから存在している。

『魔法使い』は地球の各地にコミュニティを形成しており、中には都市を作っている者達もいる。

 その代表的な都市として、ニホンのマホラがある。見るといい、この巨大な木を。二〇〇メートルある。余裕で世界記録を超えている。

 魔法使いの国が地球の外にある。火星だ。魔法使いは、火星に重なる異次元に国をいくつも持っている。

 だが、火星は環境問題を抱えている。生き物が発するマジックパワー不足だ。

 魔法の国は、滅びかけているのだ。

 だが、そこに昨日発表した地球外生命体が手を差し伸べた。

 火星をテラフォーミングして、マジックパワーを生み出そうとしているのだ。

 私は、『魔法使い』の隣人を持つ地球人類の一人として、彼らの善意を歓迎したい。

 私の話を信じぬ者もいるだろう。だが、事実だ。そして、それはすぐに証明される。

 明日だ。明日、地球から地球外生命体……我らの新たな仲間達の宇宙船が飛び立ち、火星を開拓するのだ。

 

 力強くそう語った国連事務総長は、さらに宇宙船発進の日時と場所を発表した。

 それに示し合わせるように、世界各国の主要テレビ局はすでにその場所へと集まっていた。

 

 日本のとある島。雪広グループが所有する広大な宇宙船発着場に、巨大な宇宙船が何隻も停泊している様子が、各局のカメラに映し出された。

 

 地球人達はこれらがジョークニュースの類ではないと、ようやく信じ始めていた。

 

 

 

◆229 宇宙旅行

 

 四月三日。火星開拓事業がようやく始動する。それに合わせて、私は惑星開拓船『スペース・ノーチラス』に乗りこんでいた。

 目的は、火星開拓の様子をネット配信すること。私は撮影スタッフの一人として、この大事業に参加していた。

 

「いやー、なんで私もここにいるんだろうね?」

 

『スペース・ノーチラス』の艦橋で、撮影スタッフの一人、朝倉さんが言った。

 

「そりゃあ、『ねこねこ動画』の公式配信ですから、朝倉さんがいないと始まりませんよ」

 

「いやいやいや、ちょっと話のスケールが、いつもと違いすぎるというか……」

 

「なんですか、発信先は、いつも通り全世界中ではないですか」

 

「全然規模が違うよ!? しかも、『ねこねこ動画』以外にも、各国の主要テレビ局に中継繋がっているんでしょ!?」

 

「大丈夫、『スタジオの○○さーん』みたいなことはしないですから。ほら、あちらの鳴滝姉妹のように落ち着いてください」

 

 私は、艦橋に持ちこんだスナック菓子を食べて、キャプテン・ネモに嫌な顔をされている鳴滝姉妹に目を向けた。

 

「そうだぞカズミー。宇宙旅行だと思って楽しもうよ」

 

「サプライズ入学旅行ですー」

 

 そんな二人の言葉を受けて、「入学旅行って初めて聞いたわ……」と乾いた笑いを浮かべる朝倉さん。

 

「ちなみに、もう中継はされていますからね」

 

「は? いつの間に!?」

 

「ほら、あっち」

 

 私は、座席の横の方を指さす。

 そこには、朝倉さんのアーティファクトの『渡鴉の人見(オクルス・コルウィヌス)』があった。

 

「は? 私のアーティファクト? いつの間に!」

 

「実は、アーティファクトの遠隔操作ができる人がいまして。それで、ちょちょいと」

 

「はあ? はぁー……、いや、分かったよ刻詠。中継は受け入れるから……。でも、もう少し段取りを考えてほしかったわ」

 

「ふふっ、いいんじゃないですか? たまには素の朝倉さんを映しても」

 

「素の私をテレビに流したくないよ……」

 

 そんなやりとりをしてから、私達はあらためてカメラに向き直った。

 

「はい、それじゃあ、火星開拓事業『ねこねこ計画』、始めていきましょう」

 

「その計画名、なんとかならなかったの?」

 

 朝倉さんの突っ込みを受け、私は小さく笑う。

 

「なにせ、計画の主導は子猫達ですからね。『ねこねこ動画』の『ねこねこ』だって、子猫達がサーバを用意したメインスタッフだからそう名付けたんですよ?」

 

「確かにサーバの設置には私も居合わせたけど、話を聞くに、現代の地球人では製造不可能な高スペックマシンなんだったっけ」

 

「はい、人類の数百年先を行く高性能サーバに、高度なAIが何人も住んでいます。『ねこねこ動画』に違法な動画をアップロードしようとして、弾かれた経験がある人も多いのではないですか? あれは、リアルタイムでAIが動画を監視しているからできていることなのですよ」

 

「うんうん、あれが再現できないから、後発のサービスがなかなか出てこないんだよね」

 

「私的には、コメントを画面に字幕のように出すサービスとか、ゲームの実況配信に特化したサービスとか、いろいろ出てきてほしいんですけどね。ちょっと後追いを生むには時代が早すぎましたね」

 

「刻詠の話じゃ、そのうちみんながケータイで、ブロードバンド回線に接続したパソコン並みのインターネットができるようになるんだよね?」

 

 朝倉さんのフリを受け、私はスマートフォンを手元に出現させる。

 

「はい、このように、大画面の携帯端末スマートフォンが一般的になり、有線を使うことなく高速通信が可能となるでしょう。魔法の存在が世界に公開されましたから、立体映像や空間投影画面を使ったり、そもそも物理的な端末を所持しなくなったりといった未来も待っているかもしれませんね」

 

「立体映像は、麻帆良の学園祭や体育祭でもさりげなく使っていたわね」

 

 実は四月二日の時点で、昨年の麻帆良祭、大体育祭の映像は『ねこねこ動画』の公式コンテンツとしてアップされている。以前超さんがネットに流した『まほら武道会』の映像もだ。

 なお、『まほら武道会』の参加者には全員、ネットに動画を上げることを事前に交渉して了承してもらっているよ。

 

 さて、出発予定時間にはまだ数十分あるね。

 自己紹介と船内スタッフの紹介でもして、時間を潰そう。その旨を朝倉さんと鳴滝姉妹に念話で伝える。

 

「あらためまして、私、『ねこねこ動画』の経営母体である『ねこねこテクノロジー』の代表をしております、刻詠リンネと申します」

 

「『ねこねこ動画』広報室長兼公式『CatCaster』の朝倉和美よ」

 

「公式『CatCaster』の鳴滝姉妹、双子の姉の風香と――」

 

「――双子の妹の史伽(ふみか)です!」

 

 それぞれ四人が名前の紹介を終える。

 

「なお、カメラスタッフとして長谷川千雨さんがいますが、物理的な肉体がこの宇宙船内部にないので、カメラには映りません」

 

「そのカメラ、私の魔法具(マジック・アイテム)なんだけどなー」

 

 朝倉さんが、飛び交う複数のスパイカメラを見ながらぼやく。まあ、いいじゃないか。朝倉さんがしゃべりながら念で動かしたり、自律機動させたりするよりは、ちう様にカメラを任せた方がなめらかに映るはず。

 

「では、出発までに惑星開拓船『スペース・ノーチラス』のスタッフを紹介していきましょう」

 

 そして、私達は四人で船内を回り、乗組員達を紹介して回った。

 ちなみに内部構造を思いっきり地球人に公開しているが、この船は軍艦ではないので問題はない。

 

「いやー、分身はいいかげん見慣れたつもりだったけど、それぞれが独立した思考をしているってすごいね」

 

 ネモ・マリーンの紹介を終えた後、朝倉さんがそんな感想を述べた。

 

「世の中の魔法や気の達人には、もっと多くの分身を正確に使い分ける人もいそうですね」

 

「なるほど、この船が魔法の最先端ではないと」

 

「ええ。科学に関してはこの船が最先端ですが、魔法技術はまだまだ魔法の国、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)が先んじている部分は多いでしょうね」

 

 私がそう言うと、視界の端にいた子猫の船内スタッフが大きくうなずいた。なるほど、子猫から見ても同意らしい。

 

 そして、いよいよ出発時刻となる。

 私達は艦橋へと戻り、席に着く。

 

「シートベルトはいらないのかな?」

 

 朝倉さんが、おどけた調子で言う。

 

「重力制御と慣性制御されていますから、必要ありませんね。船が宇宙に出ても、船内は無重力にはなりませんよ」

 

「そりゃすごい」

 

「無重力、体験してみたかったなー」

 

「ふわふわしてみたかったです」

 

 鳴滝姉妹は無重力体験がお望みか。後で一室を借りて、やってみることにしよう。

 

「時間だ。フォトンリアクター駆動開始」

 

 キャプテン・ネモがそう告げる。

 すると、船内に異常がないかをチェックしたネモ・マリーンが問題なしと伝えてくる。

 

「『スペース・ノーチラス』、発進」

 

 キャプテン・ネモが号令をかけると、モニターに映る外の陸地が少しずつ離れていく。

 

「うーん、一切身体に負荷がかからないね。エレベーター程度すらかからないや」

 

「そうですね。でも、外ではこんな大きな宇宙船が静かに空を飛んで、大騒ぎでしょうね」

 

 そして、朝倉さんと鳴滝姉妹がわいわいきゃいきゃい騒いでいる間に、『スペース・ノーチラス』は高度四〇〇キロメートルの地点まで到達した。

 

「はい、ここが『国際宇宙ステーション』の高さですね。スペースシャトルもこの高さを飛びます」

 

「スゲー、宇宙だ!」

 

「えっ、もう宇宙です?」

 

 鳴滝姉妹がそう騒ぐが、残念。

 

「まだ地球です。大気層の一番外側である外気圏は高度一〇〇〇〇キロメートルまで続いていますからね。でも、ここから一気に加速しますよ」

 

 私がそう言うと、モニターに映る地上がどんどんと離れていく。

 

「一〇〇〇〇キロメートル。宇宙ですよ」

 

「はっや」

 

「宇宙だー!」

 

「宇宙ですー!」

 

「ちなみに一〇〇〇〇キロメートルは、だいたい東京からエジプトまでの距離ですね」

 

 さて、さらにもう少し地球から離れ、地表から一五〇〇〇キロメートルの地点まで移動する。

 

「このまま火星まで行くの? 地球と火星ってどれくらい離れているんだろ」

 

 おおっと、朝倉さん。さすがにこのままのんびり遊覧飛行とはいかないよ。来週には麻帆良学園女子高等部の入学式が控えているからね。だから、巻きでいく。

 

「ワープします」

 

「えっ?」

 

「ワープ航法で、火星までひとっ飛びです」

 

 私がそう言うと、朝倉さんは少し考えた後、納得顔で言う。

 

「転移魔法?」

 

「魔法ではありませんね。地球初公開となる別次元の技術、フォトンによるワープです」

 

 すると、キャプテン・ネモが船長席に座りながら号令をかける。

 

「ワープドライブ、準備。目標、火星近郊ポイントA」

 

「アイアイサー」

 

 オペレーターのネモ・マリーンの可愛らしい返事が艦橋に響く。

 

「目標空間に障害物ナシ! いつでもいけまーす」

 

「ワープドライブ、起動」

 

 キャプテン・ネモの声と共に、宇宙船の前方に円形の空間の歪みが発生する。その歪みの向こうには、赤茶けた星が見えていて……『スペース・ノーチラス』はキャプテン・ネモの号令に合わせ、歪みの中に突っ込んでいった。

 地球人類よ、見よ! これがワープ航法だ!

 

 

 

◆230 火星の大地に立つ

 

 火星の外縁部に到着し、宇宙船は火星の地表へと降下した。

 後は、火星に降り立つだけだ。何気に、火星へ降り立つ地球人類としては私達が世界初になるんだよね。いいのかなぁ。この四人で。

 

「うはー、宇宙服、思ったよりもゴツくない。というかオシャレ?」

 

 宇宙船の出入り口近くの待機所に集まった私達四人。タイツ状の密閉スーツの上に特殊な服を着こんだ朝倉さんが、カメラの前でくるりと回る。対衝撃用のフォトン処理をした『シールドライン』という技術の服だ。グラール太陽系という世界の技術だね。『PSO2es』とのコラボキャラが持っていた知識で作られた。

 朝倉さんはさらに透明な球体ヘルメットを頭部につけているが、それ以外は今から大気成分の異なる惑星に降り立つ格好には見えなかった。

 

「その気になればヘルメット部分も外せますが、まあ念のため付けていてください」

 

 鳴滝姉妹もオシャレな宇宙服に着替え、火星進出の時を今か今かと待っている。

 

「で、刻詠はなんで着替えていないわけ?」

 

「ああ、私は生身で宇宙空間に出られますので、宇宙服とか要りません」

 

 朝倉さんの問いに答えると、朝倉さんはマジかこいつといった感じの表情を向けてくる。

 

「先ほどワープ航法の技術のフォトンは説明しましたね? そのフォトンを生身で自在に扱えるようになると、宇宙服なしで宇宙に行けたり、マグマに浸かっても熱いだけで済んだり、高所から落下しても無傷で済んだりするようになるのです」

 

「なんでもありね、フォトン……」

 

「ただ、フォトンを生身で扱えるようになるには人体改造が必要なので、改造を選んだ人種と選ばなかった人種で今後格差が生まれてしまうでしょうね。ちなみにフォトンを扱える特性は遺伝しますので、人体改造した人の子はあらためて人体改造する必要がなくなります」

 

「人体改造って、怖ー!」

 

「りんりんがマッドサイエンティストになったですー」

 

 鳴滝姉妹がそう言うが、はたしてどこまでが医療行為でどこまでが人体改造なんだろうね。

 歯列矯正で歯並びを整えるのと、フォトンを扱えるように種族を作りかえる……その違いとは、はたしてどこにあるのか。子に遺伝するのが問題なら、子に遺伝しない種族変更ならどうなのか。

 まあ、今日の主題とは関係ないので、これ以上口には出さないでおく。

 

「タラップ下ろしたよー。いつでも降りていいよー」

 

 と、ネモ・マリーンが待機所にやってきて、そう言ってきた。

 さて、それじゃあ、向かうとしますか。

 私は他の三人と一緒に出入り口のエアロックにまず入る。そして、エアロック内部を火星と同じ気圧に変えた後、出入り口が開く。

 出入り口と繋がったタラップを降りたら、火星の大地だ。

 

「せーので降りるよ!」

 

 朝倉さんが、タラップの終点で横に私達を並ばせ、「せーの」と合図する。

 そして、四人同時に火星の大地を踏みしめた。

 

「来た! 火星来た!」

 

「うおー! 火星だー!」

 

「なんにもないですー!」

 

「新たな宇宙時代の到来ですね。人が宇宙旅行に気軽に行ける日も近いでしょう」

 

 朝倉さん、風香さん、史伽さん、私がそれぞれそんなコメントをする。

 全世界に配信中なのに気の利いたことを言わない前者三人だが、この三人の配信はおおよそこんなノリなので気にしないでおく。

 

「オーナー達降りた? 降りたね。じゃあ、作業開始するよー」

 

 宇宙服姿のネモ・マリーンと子猫達がゾロゾロ降りてきて、宇宙船の貨物庫を開く。

 そして、そこから機械を次々と出して作業を始めた。

 

「あれは何をしているんだ?」

 

 風香さんが、宇宙服姿の作業員達を眺めながら言う。

 

「『テラフォーミング施設』というそのまんまのネーミングの、テラフォーミングを行なうための中枢施設を建てる作業ですね。簡単に言うと、惑星全体をフィールドでおおって大気を火星の外に逃がさないようにして、大気成分を地球に近づける施設です」

 

「んんー?」

 

 風香さんは理解が及ばなかったのか、首をかしげる。

 

「火星は地球よりも重力が低いため空気が宇宙に逃げやすいのですが、火星に地球と同じ圧力の大気を作ろうとすると、風船の膜のように空気を逃さないフィールドでおおってやる必要があるのですよ」

 

「なんで地球と同じ圧力にするです?」

 

 今度は史伽さんが問うてきた。

 

「植物を育てるためですね。人間は地球と同じ大気圧じゃないと宇宙服なしでは生きられないでしょう? 植物も同じです」

 

「刻詠は火星の大気圧で平然としているけどね……」

 

 おおっと、朝倉さん。そこは突っ込みなしでお願いします。正直、宇宙服着ていないとフェイク映像と勘違いされるんじゃないかって、心配になってきたところだから。

 

 そんな私達の会話の裏で、急速度で大地がならされ、建物の基礎が作られていく。一日もあれば、立派な施設が建っていることだろう。

 

「今回は、この施設を作るところまでが作業の全てですね」

 

「あれ? 火星開拓はしないの? 他所から氷の小惑星を持ってきて、それを融かして海にするとかじゃなかった?」

 

 朝倉さんの配信を円滑に進めるナイスな問いに、私は笑みを浮かべて答える。

 

「それは、追い追いですね。今回は『テラフォーミング施設』を建てていつでも稼働できる状態にするまでで終わりです」

 

「全部やっちゃえばいいのに」

 

「そうしたいのは山々ですけどね。子猫は半年以上をかけて、世界各国の政府に火星開拓の承認を得てきました。でも、地球人類全体には、まだ『火星を開拓しますよ、いいですか?』って尋ねていないんですよ」

 

「政府がOK出せばそれでよくないです?」

 

 史伽さんがそう問うが、私は首を横に振る。

 

「いえいえ、世論が火星開拓NGだよとなって、今の世界各国の政府の人達に不信任を出したら、この話はご破算です。なのでまずは、いつでも火星に行けて開拓もできますよ、魔法世界を救う態勢が整っていますよ、という事実を地球の人々に見せておしまいです。続きは、地球人類の反応を見てからですね」

 

「反対する人、いるのかしら? 魔法世界人の未来がかかっているのよ?」

 

 朝倉さんのその問いに、続けて私が答える。

 

「反対する人がいたら、説明して、説得して、賛成してもらうよう働きかけるのが地球の偉い方々のお仕事ですね。私達は、火星開拓の準備をしてそれを待ちましょう」

 

 急ピッチで進む『テラフォーミング施設』の建設を遠巻きに眺めながら、私はそんな裏の事情を説明した。

 その後、宇宙船に戻ってスマホを確認すると、ちう様から配信の反応は上々と報告があった。

 そういうわけで、世界初の有人火星開発配信は無事に成功したのだった。

 



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■95 麻帆良の魔法事情

◆231 女子高生の流行

 

 麻帆良は魔法使いの都市!

 そんな国連事務総長のコメントから数日経ち、麻帆良は世界の注目を浴びていた。

 

 デモンストレーションのために魔法生徒達は認識阻害の魔法を使わずに杖で空を飛び、世界中からやってきた記者達のカメラに映っていた。

 巨大な木である世界樹も当然注目され、年に一度の発光はこれまで対外的に言われていた光ゴケによるものではなく、魔力による発光と関東魔法協会から発表がされた。

 以前『ねこねこ動画』に朝倉さんが配信した公式動画で、夏休み最終日に発光する世界樹と空に浮かぶ廃都オスティアを撮った映像は、再生回数がうなぎ登りとなっている。

 

 そんな中、今日入学式を迎える麻帆良学園女子高等部の生徒達は気が気ではなかった。

 花の女子高生。しかも、大注目を浴びる麻帆良の本校生徒。だというのに、自分は魔法使いではないのだ。

 女子高生は流行に敏感だ。その彼女達の最先端の流行は、まさしく『魔法』であった。

 

 そんな中、入学式のために新しい女子寮からこっそりと高等部の校舎に登校した私だが、教室へ辿り着く前に多数の生徒達によって囲まれていた。

 

「刻詠さん! 魔法!」

 

「まーほーうー」

 

「まほー教えて!」

 

「私も魔法使いたい!」

 

 お、おう……。分かった分かった。分かったから、とりあえず制服をつかむのを止めなさい。

 心機一転、新しいセーラー服になって気分が上がっていたんだから。

 はー、しかし、魔法を教えてほしいねぇ。春休みに実家に帰ったときには、両親から一言もそんなことは言われなかったんだけど。やっぱり、年齢の違いかな?

 

「えー、皆さん。魔法ですが、魔法部を設立しますので、それに入って練習してもらいます。ただし、一朝一夕ではできませんよ。簡単な火をおこす魔法でも、数ヶ月かかります」

 

「空を飛ぶのは!?」

 

「専用の箒を使っても、一年はかかると見てください」

 

 私がそう言ったことによって盛り下がる……と思われたが、そんなことはなかった。

 

「数ヶ月で魔法使えるようになるって!」

 

「やだー、夏休みには見せびらかせるってこと?」

 

麻帆女(まほじょ)として魔法くらい使って見せないと、これからは恥ずかしいよねー」

 

 やべえ。バイタリティーすげえ。

 何が彼女達をここまでさせるのか。

 

「麻帆良に居るのに魔法使えませんって答えるの、恥ずかしいんだよね」

 

 そんな言葉が聞こえてきて、なるほどと納得した。

 これは、早急に部を設立して、彼女達をいっぱしの魔法使いにしてみせるしかないね。

 

 んー、これだけの人数で練習するのだから、最も簡単な『火よ、灯れ(アールデスカット)』は危険だよね。火災が起きかねない。

 魔法的な観点だと火の魔法から始めるのは重要な意味を持っていて、神話におけるプロメテウスの火が関わるのだが、安全には代えられない。

 物を倒す魔法でいく? いや、もっと視覚で分かりやすい方がいいよね。光を発する魔法でいくかな。使い道も多いだろうし。神話で当てはめると「光あれ」という創世に関わる重要な意味合いも持つし、悪くないね。

 

 とりあえず、入学式が終わったら部の設立だ。練習用の杖は麻帆良に在庫あるかな? 部活動説明会にも出た方がいいだろうし、ちょっと忙しくなりそうだ。

 

 

 

◆232 プラクテ・ビギ・ナル

 

 魔法は西洋魔術だけにはあらず。ということで、私は女子高等部に所属する魔法生徒に、魔法部への指導員として入部してくれるよう頭を下げて回った。

 すると、いろいろ出てきた。陰陽術、呪術、法力、神聖魔法、忍術、仙術などなど。

 初心者の部員達には、これらの選択肢もありますよと伝えて、西洋魔術よりもそちらがいいという人にはそれぞれの指導員についてもらうようにしてもらう。

 

 そして、部活動初日。体育館に集まった生徒は、ものすごい数になっていた。これ、一〇〇人余裕で超えとるわ。女子高生の行動力なめてた。

 

「えー、このままだと他の部活の邪魔になりますので、皆さんにはこの魔法具(マジック・アイテム)の中に入ってもらいます」

 

 私は、今日この日のために用意した、新しいダイオラマ魔法球をその場に呼び出した。

 

「一見、ただのガラス球に入ったジオラマに見えますが、この中には一つの小さな世界が広がっています。この中に、こうして入ってもらいます。鳴滝姉妹、ゴー」

 

「わーい、一番乗りだー」

 

「ですー!」

 

 朝倉さんのスパイカメラを引き連れた鳴滝姉妹が、ダイオラマ魔法球の転移魔法で姿を消した。すると、周囲が大きくざわめく。

 ちなみに、魔法部の部員は『ねこねこ動画』の公式配信に映る旨を了承してもらうことを条件に入部してもらっている。

 麻帆良にいないと魔法を学べないのは不公平ということで、練習用の杖を通販して、『ねこねこ動画』に安全な魔法の練習方法を載せることとなったのだ。

 

 つまり、魔法部にいると世界中の魔法使い志願者が自分達を見る。女子高生達は色めき立ち、気合いを入れて髪型を整え化粧をしてこの場に挑んでいた。

 今や、麻帆良学園女子高等部は、世界の流行の最先端にいた。

 

「では、前から順に中に入ってもらって、中にいる人から練習用の杖を受け取って整列していてください」

 

 そうして、私は魔法使い見習いとなった女子高生達を次々とダイオラマ魔法球へと送り出していく。

 全員送り出したところで、ダイオラマ魔法球を用意してもらった部室に運び、動かせないよう魔法で設置した後に、防護の魔法をかけて私も中へと向かった。

 

 すると、中ではわいわいきゃいきゃいと杖を手にしてはしゃいでいる女子高生の集団が目に入った。

 

「では、いきなり座学もなんですので、これを練習し続ければ何ヶ月かで初級の魔法が使える! という方法を教えますよー。いいですかー、皆さん、しっかり聞いてくださいね」

 

 私がそう言うと、場がしんと鎮まった。

 

「いきますよー。プラクテ・ビギ・ナル。『光り輝け(ルケアット)』」

 

 私が練習用の杖を振り上げると、杖の先に光が灯った。この場は少し照明を弱くしているので、皆の目にも光ったのが分かるだろう。

 

「いいですか? 『プラクテ・ビギ・ナル』というのが、魔法を使う時に必ず必要となる始動キー。『ルケアット』というのが光れという意味の呪文です。杖を振りながら、この呪文をひたすら唱え続けることで、そのうち魔法が使えるようになります」

 

「えっ、それだけ?」

 

 誰かが、ぽつりとそんな言葉を発した。

 

「はい、初心者用の魔法はたったそれだけです。魔法の社会では、幼い子供の頃に習うことですから、簡単な理屈と一緒に覚えるだけで十分です」

 

 私は、そう説明をしながら、用意していたホワイトボードに『プラクテ・ビギ・ナル ルケアット』と書き、その下に『息を吸うようにして万物に宿るエネルギー『魔力』を体内に取り込み、杖の一点にエネルギーを集中するイメージをしながら!』と書いた。

 

「これが呪文と注意点ですから、ケータイにでもメモしておいてくださいね」

 

 私がそう言うと、生徒達は一斉にケータイを取り出し、前に出てパシャパシャとホワイトボードを写真に撮り始めた。

 そして、そこからみんなで練習を開始する。当然ながら、いきなりできるような人は一人もいない。

 

「いいですか。とにかく練習回数が重要です。このダイオラマ魔法球の中は魔力が濃いので成功しやすいですが、外でも十分成功の可能性はあるので、暇なときはとにかくこのイメージを念頭に呪文を唱えてみてください。人前で言うのが恥ずかしい? いえいえ、皆さんは、最先端の魔法を練習しているんです。学校の休み時間でも、家の自室でも、どんどんやりましょう。熱くない光を発するだけの魔法ですから、安全ですよ」

 

 皆が練習するのを見ながら、私はそう解説を入れた。

 はてさて、この中でどれだけの子が脱落せずに魔法を使えるようになるかな?

 

 

 

◆233 魔法部活動中

 

 ひたすら呪文を唱えるだけというのは辛いものだ。

 だから、私は魔法部で定期的に催し物を開催することにしている。

 魔法生徒によるデモンストレーションをしたり、魔法世界の映像を流したり、魔法具を使わせて魔力と精神力を使う感覚を覚えさせたりと、様々だ。

 その試みがよかったのか、思いのほか退部者や幽霊部員は少なくて、今日も多くの生徒がダイオラマ魔法球、通称部室にやってきている。

 部室内部には、私が『Minecraft』の能力で建てた施設がいくつかあって、魔法を練習する以外に放課後だらだら過ごすことにも活用されていた。

 

「さて、今日はこの魔法具でゴーレム退治をして遊びましょうか。皆さん、これ、見覚えありますか?」

 

「あっ、去年の学祭の!」

 

 将来魔法社会のエージェントになるために、思い切って彼女にとっての青春だったはずのバスケットボールを辞めた明石裕奈さんが、私の用意した魔法具を見て声を上げる。

 そう、これは昨年の麻帆良祭で使い終わって、そのままキティちゃんの別荘に死蔵された、魔法人形の動きを止めるための魔法具だ。キティちゃんに特別に借りてきた。

 その時、キティちゃんから、たまには『異文化研究倶楽部』の方にも顔を出せとか言われてしまった。

 いやー、未だに週に三回ほどの『ドコデモゲート』のアルバイトはあるし、なかなか忙しいんだよね。火星開拓事業に関しては本格始動がまだなので、たまにお偉いさん達のパーティーに出席するだけで済んでいるけど。

 

「はい、この魔法具で私が操るサンドゴーレムを退治してもらいます。砂で汚れますから、皆さん事前に知らせた通り、体操着は持ってきていますね?」

 

「持ってきているけど、制服でやってもいいんだよね?」

 

 と、部員の一人がそんなことを言い出した。

 

「ええ、構いませんが、砂がつきますよ?」

 

「えーでも、カメラに映るなら制服の方がよくない?」

 

「確かに! ゴーレムっていうのから離れていればいいでしょ」

 

 まあ、止めないけどね。

 というわけで、着替える人は着替えさせて、ゲームを開始した。

 

「うわー、砂が空飛んでる!」

 

「あれ撃ち落としたら、絶対砂で汚れるやつじゃん!」

 

「制服がー!」

 

 はっはっは、だから言ったのに。まあ、魔法で綺麗にしてあげるよ。

 と、そんなことがあって、また別の日。

 

「今日は魔法世界で評判の映画を観ますよー。ナギ・スプリングフィールドという実在の人物を扱った映画です」

 

「ん? スプリングフィールドって聞き覚えある」

 

「ほら、中等部の子供先生」

 

 そんな女子高生達の会話に露骨な反応を示したのは、和泉亜子さんだ。

 亜子さんは、ナギ・スプリングフィールドを名乗る人物に惚れて、昨年の麻帆良祭で彼をライブに招いたことがある。それ以来、亜子さんは偽のナギ・スプリングフィールドとメル友になったのだが……バレンタイン当日に、ネギくんが幻術で年齢を誤魔化した存在だと気づいてしまう事件が起きた。いやあ、まさかカラオケの最中に幻術薬の効果が切れるとはねー。

 それ以来、亜子さんはネギくんの成長を温かく見守る勢になったが、ナギ・スプリングフィールドの名前にも反応してしまうようになったのだ。

 

「そう、そのネギくんのお父さんが、二十一年前に魔法世界で起きた戦争で大活躍する映画ですよ」

 

「戦争映画かー」

 

「あーでも、兵器じゃなくて魔法撃ち合うなら見たいかも」

 

 キャーキャーと部員達が騒ぎ始めたので、私は部室内に作って置いた映像ホールに皆を集めて、映画を流した。

 そして、二時間後……。

 

「ナギとアリカが結ばれてよかったー!」

 

「愛の逃避行……隠れ住むしかなかったのが悲しいねー」

 

「子供先生はひっそりと生まれていたんだねぇ」

 

 そう、この映画、アリカ女王の扱いがまともだ。というのも、昨年にクルト・ゲーデル総督がアリカ女王の復権のために作らせた映画で、封切りは今年の二月。今回、特別に総督からフィルムを借りてきたものになる。

 ゲーデル総督的には、興行収入よりもアリカ女王の名誉回復の方が重要であり、私の判断で地球人に見せていいと言われている。

 

 こんな感じで、時にはゲームをしたり時には映画を観たりと、存分に遊びながら魔法部の日々は過ぎていき……。

 麻帆良祭が終わり、夏休みに入る頃には、初級の魔法に成功する人が何人も出始めていた。

 

「プラクテ・ビギ・ナル。『光り輝け(ルケアット)』! やたっ、連続で光った!」

 

「プラクテ・ビギ・ナル。『倒れろ(セー・インウェルタント)』。よし、こっちの魔法もできたー」

 

「いいなー。私はまだ部屋を暗くしないと、光ってるって分からないよ」

 

「光っているならもうすぐだって!」

 

 魔法成功組が、キャッキャウフフと楽しそうに魔法を使っていた。

 それを見て、自分も成功させるのだと他の者も気合いを入れている。

 

「でもよかったー。火星開発に間に合って」

 

「ん? 何かあるの?」

 

「いやだって、絶対大ニュースになるじゃん? そうなったら、また麻帆良が注目されそう。そのとき、魔法使えたら格好良くない?」

 

「分かるー。今年の麻帆良祭で魔法使える子、ヒーロー扱いだったもんね」

 

「魔法生徒の集団飛行、すごかったよねー」

 

 今年の麻帆良祭は、確かにすごかった。来客数も過去最高に登っていたが、それ以上に魔法を大っぴらに使ってよいこととなり、いろんな場所で魔法を使ったデモンストレーションが行なわれていたのだ。

 さらに超さんが今年も『まほら武道会』を開催した。これにはネギ・スプリングフィールドの参加を聞きつけた魔法世界の猛者まで参加して、すごいことになっていた。『ねこねこ動画』にもその映像はアップされており、それを見たスポーツ界が、魔力や気の扱いをどうするか連日のように揉めているのをテレビで見た。

 将来的にはここにサイボーグも混ざるのだが、私はスポーツ界には興味ないので今のところその問題にはノータッチでいる。いずれ収まるところに収まるだろう。

 

「えー、私、火星開発までに魔法習得間に合うかな?」

 

「そもそもいつなの?」

 

「分からん!」

 

「部長に聞いてみよう。部長ー、火星開発っていつー?」

 

 部員達が、話をこっそり聞いていた私の方に集まってくる。

 

「テラフォーミング開始は八月一日からですよ。『ねこねこ動画』で公式配信しますので、是非見てくださいね」

 

 私がそう言うと、部員達が口々に「ケータイじゃ見づらい」「部長みたいなケータイ欲しい」「誰かパソコン持ってないか」などと騒ぎ始める。

 うん、女子高生にとっても、火星開拓は興味の対象のようだ。かつて『アポロ十一号』が月に行った時以上の騒ぎになるかもしれないね。

 私はそんな彼女達に、部室に飾るための火星の石を持ち帰るよう要請され、私は笑いながらそれを了承したのだった。私、別に今回は火星まで行かないんだけどね。

 




※オリジナル魔法『光り輝け(ルケアット)』。ラテン語で『luceat』。『光る』を意味する『luceo』の接続法現在単数三人称。
※原作に登場する初等魔法『光よ(ルークス)』とは光量や持続時間が違う、本当に魔法発現用の魔法という設定。


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■96 秒針は進む

◆234 火星に風と水を

 

 二〇〇四年八月一日。高等部一年の夏休み。いよいよ火星のテラフォーミングが本格的に開始された。

 その歴史的瞬間を私は『ねこねこ動画』で配信することを決め、社で用意した特設スタジオで開拓の映像を眺めることになった。

 

「おお、運ばれてきましたね。あれは、冥王星の近辺にあった氷衛星です。あれを融かして、火星に海と大気を作り出します」

 

「水がないなら他所から持ってくるトカ、机上論として考察されてきたことダガ、こうして目の当たりにする日が来るとはネ」

 

 解説役として呼んだ超さんが、私の実況にそんなコメントを入れる。

 

「いやー、宇宙船で衛星を直接引っ張ってくるとか、豪快なことするよね」

 

 技術に詳しくない朝倉さんも、今回どれだけすごいことをしているのか理解をしているようだ。

 そんな朝倉さんに、超さんが言う。

 

「まあ、普通の技術力だと、氷衛星ごと近くに持ってくるのではなくて、惑星表面に遠くから細かく砕いた氷塊を投げつける手法を取るからネ。ただ、もしそうしていたら、火星はクレーターだらけになっていたガネ」

 

 近場にある氷衛星を砕いたうえで、マスドライバーを使って飛ばすんだったかな? まあ、子猫の科学力があれば、そんなことをせずとも氷衛星を丸ごと持ってこられる。

 ただ、冥王星付近にある氷衛星と言うことで、一つ注意が必要だ。

 

「実は、冥王星付近には地球外の旧文明の遺跡が点在していることが、これまでの調査で分かっています。今回の氷衛星も、その痕跡がないか、注意する必要があるでしょう」

 

「旧文明って、すごいこと言うわね……」

 

「いえいえ。宗教で悪魔扱いされている存在は、魔法社会的には魔族と呼ばれていて、人類が誕生する以前に金星で高度な文明を築いていた旧文明人なんですよ。今は、火星の魔法世界のように、金星に重なる異界、通称魔界にて定住しており、魔法使いが使う召喚術で悪魔として現実に呼び出されています」

 

「……んもー、社長はまたさらっと新情報出すー」

 

 呆れたように、司会の朝倉さんが言うが、情報はまだあるぞ。

 

「冥王星の衛星カロンは、衛星に擬態した巨大恒星間宇宙船であると推測されています。旧金星文明のものか、はたまた別の宇宙文明のものかは判明しておりませんが。さて、人類は冥王星まで到達できるのでしょうか。子猫達は冥王星の遺跡には手を出しませんよ」

 

「情報量、情報量が多い!」

 

 朝倉さんのそんな突っ込みに、横で超さんが乾いた笑いをした。

 多分、超さんの故郷の火星人達が向かった並行世界の地球にも、金星の魔界と冥王星の巨大恒星間宇宙船は普通に存在していると思われる。頑張って乗り越えてほしい。

 魔界があるってことは吸血鬼の真祖もいるってことだから、真祖バアルに変なちょっかいを出されないようにね。

 

 そして、そんなコメントを交わしている間に、火星に氷衛星がセットされ、いつでも融かせる状態になった。

 

「で、超りん。これをどうやって融かすのかな?」

 

 朝倉さんが、超さんに問う。

 

「反物質を使うネ」

 

「反物質? え、マジ?」

 

「マジネ」

 

「ねえねえ、ちゃおちゃお。はんぶっしつってなんだ?」

 

 と、ここでスタジオのにぎやかし担当、鳴滝姉妹の風香さんが質問をした。

 

「ウム。反物質とは、本来この宇宙に存在しないはずの物質ネ」

 

「むむ? 存在しない?」

 

「この宇宙に存在する物質は、原子よりももっと小さい電子、陽子、中性子という粒子から作られているのダガ、それらと反対の性質を持っている陽電子、反陽子、反中性子といった反粒子があるネ。そんな反粒子で作られた物質を反物質と呼ぶヨ。本来、反粒子と反物質はこの宇宙に存在しないのダガ、子猫達の専用の設備があれば反物質を作り出して保管できるネ」

 

「よく分かんないけど、すごいことやっているんだな!」

 

「ちなみに、電子に陽電子をぶつけたり、水に水の反物質をぶつけたりすると、お互い消滅するネ。これを対消滅と呼ぶヨ。今回は、その対消滅を氷衛星の前で起こすネ」

 

「氷衛星が消滅したら、氷が水にならないですよ?」

 

 今度は史伽(ふみか)さんが超さんに質問を投げる。

 すると、超さんは「フフフ」と笑って答えた。

 

「実は、対消滅の際にものすごいエネルギーを生むヨ。このエネルギーで氷衛星を融かすネ」

 

「ちなみに、対消滅は核分裂や核融合よりもずっとすごいエネルギー量です。兵器として使ったら超危ないですよ」

 

「何それこわー」

 

「核よりすごいって、ヤバすぎですー」

 

 私が補足を入れると、鳴滝姉妹がそれぞれそんなコメントをしてきた。

 うんうん、いいリアクションだ。

 

「子猫は同胞と争いませんから、大量破壊兵器の類は研究していないですよ。安心してください」

 

「まあ、反物質で氷を融かす技術は持っているガネ」

 

「そこは、平和なテラフォーミング技術ですから」

 

「平和のための技術も、いつかは兵器利用されるのが常ヨ」

 

「子猫は狩りのために様々な武具を作っていますが、戦争に関しては三万年の歴史の中で一度も起こしたことはないんですけどね」

 

「なんとも、うらやましい話ネ」

 

 私と超さんがそう言っている間に、対消滅が起き、氷衛星の下部がごっそり蒸発した。大量の水蒸気が火星の大気に拡散されていく。

 その後も、順調に氷衛星は融かされていき、テラフォーミング施設によってフィールドが張られた火星の大気圧は、どんどん上昇していく。

 さらに、大気はテラフォーミング施設によって、生物が生きるために最適な成分に調整されていった。

 

「順調ですね。後日、温室効果で適切な気温になった火星に誕生する海を魔法世界の海と見比べてみましょうか」

 

「海ー! 泳げるかな?」

 

 風香さんの言葉に、私は答える。

 

「重力が地球と違いますから、不思議な感覚になるかもしれませんね」

 

「うおー、泳いでみたい!」

 

「火星でバカンスですー」

 

 騒ぐ鳴滝姉妹を見ながら、私はテラフォーミングの順調な進行に、ホッと胸をなで下ろすのだった。

 大気と気温がなんとかなったら、微生物の移植に、土壌の改良、そして緑化だ。まだまだ乗り越えるべき壁は多い。

 

 

 

◆235 第二覚醒

 

 テラフォーミングの開始から一年が経ち、火星の表面は緑におおわれた。

 子猫達が主に生やした植物は、『キャットニップ』と呼ばれる子猫達の主食。イヌハッカとも呼ばれる多年草で、地球に存在したこれをオラクル船団の技術で惑星Cathの品種に近づけ、子猫達が太鼓判を押す味に仕上げて火星に撒いた。

 これにより、火星は子猫達の広大な農園と化した。

 今まで、スマホの中からキャットニップを呼び出して溜めておかないと子猫達の食料を確保できなかったが、これでこちらの宇宙単独でも子猫達の食料を確保できるようになった。子猫達は飢えに弱いから食料確保の目処が立ったのは一安心である。

 

 もちろん、キャットニップ以外にも植物は植えている。一種類の植物しか植えなかったら、病気で全滅する危険性があるからね。植えたのは、人間が食べられる植物達。いざというとき、火星を人類の食料庫にできるよう子猫達が配慮したのだ。

 そうして、緑化テラフォーミングは順調に進んでいっている。

 

 そんな火星が大きく変わった高等部二年の夏休み。

 私は、ネギま部の部員と共に定期的に行なっている別荘での修行に参加していた。

 

 だが、今日は普通に修行するのではなく、いつもと違ったことを試みている。

 久しぶりに、覚醒の聖霊を使えるか試しているのだ。

 

「やはりできましたか。最近、伸び悩んでいたんです」

 

 まず一人、覚醒に成功した者がいた。刹那さんだ。彼女は幼い頃から神鳴流剣士として修行してきており、ここ数年は獅子巳十蔵さんの指導も受け続けて、実力は円熟していた。以前ほど急成長をするということもなく、壁を感じていたようだ。

 

「来たっ! 私も覚醒よ!」

 

 そしてもう一人、明日菜さん。過去を思い出すように急成長を遂げ、数人のソードマスター達から剣の奥義を教わってきた彼女。最近は思うように剣技が修得できないと悩んでいたようだったので、まさしく覚醒するのに相応しいタイミングだったようだ。

 

「古はまだなのでござるな」

 

 二年前に覚醒を終えている楓さんが、刹那さんと明日菜さんの覚醒を見守っていた古さんに言った。

 

「私はまだまだアルヨ。道士を経て仙人に至って、さらにその先を目指すときに、ようやくといった感じだと思うアル。何十年も先アルネ」

 

「なるほど、奥が深いのでござるな」

 

 そんな会話の最中に、刹那さんと明日菜さんが第一覚醒を終える。

 次に、常闇聖霊を呼び出して、ドキドキの第二覚醒タイムだ。

 

 刹那さんが烏族特化クラスと神鳴流特化クラスの二つ、明日菜さんが黄昏の姫御子系クラスとソードマスター系クラスの二つの選択肢だ。

 

「烏族特化ですか……確かに最近、飛行剣術を編み出そうと試行錯誤していましたが……神鳴流特化でお願いします」

 

 そうして、刹那さんは『退魔剣聖【ネギま】』になった。

『千年戦争アイギス』には『剣聖』というクラスがあるが、それとは特に関わり合いのないクラス特性のようだ。

 

「んー……造物主(ライフメイカー)を倒すために必要になるのは、剣の腕じゃなくて魔法無効化能力の方よね? それなら、魔法無効化能力の方を選ぶわ。正直、剣の方に惹かれるけど」

 

 というわけで、明日菜さんは『火星の光姫【ネギま】』のクラスを選んだ。これは、キティちゃんの第二覚醒候補にあった『金星の闇姫【ネギま】』の対になっている感じがあるね。まあ、キティちゃんはそれを選ばなかったのだが。

 別に、対になるクラスをそろえないと何かが足りなくなるとかいう、ゲームじみたことが起きるわけでもない。なので、気にするだけ無駄だね。

 

 こうして順調にネギま部の戦力は上がり続けている。

 造物主との決戦は、そう遠い日ではないだろう。

 

 

 

◆236 ネギま部外部メンバー

 

 高等部二年の冬休み。今年はイギリスに向かうこともなく、ネギま部は麻帆良で修行を積んでいた。

 

「よく続くわねー」

 

 別荘にやってきて、そんなことを言い出したのは、イギリスから日本に移り住んだアーニャだ。

 彼女は、メルディアナ魔法学校卒業後に課された修行を無事に終え、ネギくんの近くで生活するために麻帆良に住み着いたのだ。

 

 アーニャが麻帆良に来るにあたって、イギリスでは騒ぎが起きたという。

 昨年春に魔法が世界に知れ渡って、ロンドンで本物の魔法が使える占い師として評判になったアーニャ。

 現地のテレビでも特集されるほどの売れっ子占い師となった彼女だが、修行を終えた彼女は、あっさり占い師を引退した。そして、日本にいる幼馴染みを手伝うと言い残してロンドンを発とうとしたところで、各方面から引き留められたのだそうだ。

 

 私が石化から解放した彼女の両親も、アーニャに対して一緒に住まないかと言ってくれたらしいが、アーニャは全てを無視して麻帆良にやってきた。

 そして現在、今年度で同じく修行を終えることになるネギくんが来年度から新たに始める仕事の手伝いをすべく、勉強中とのことだ。当面の生活費は、テレビ出演でがっぽり稼いだギャラがあるので問題ないらしい。ビザはどういう名目で取ったんだろうね……。

 

「そりゃあ、続きますよ。ナギ・スプリングフィールドの生死がかかっていますからね」

 

 私がそう言うと、アーニャは複雑そうな顔をする。

 ネギくんは小さな頃から父親の影に捕らわれているので、いろいろ思うところがあるのだろう。

 ネギくんの本当の人生は、ナギ・スプリングフィールドを救い出したところから始まるのではないか。そんなことを思うこともたまにある。

 

「アーニャも修行してく?」

 

 そう言って、上空から話題のネギくんが飛来する。

 複数の竜を掛け合わせたキメラ状態の竜化をしており、その姿は人のものではない。そんなネギくんを見て、アーニャの肩がビクッと跳ねた。

 

「ちょっと、驚かさないでよ」

 

「ははは、ごめんね」

 

 今やネギくんは、雷竜と龍樹の因子だけでなく、エンダードラゴンが落とす『ドラゴンの卵』の因子や、概念礼装の『竜種』の因子をも取り込んで、高次の生命体へと進化していた。

 風のアーウェルンクスが使っていた雷化も魔法で再現に成功していて、『闇の魔法(マギア・エレベア)』を使うことなく雷速で動くことが可能となっていた。

 

「修行はいいわ。今さら私が戦わなくても、戦力は十分でしょう?」

 

 アーニャがあの中等部三年の夏にネギま部の仲間入りをできていたら、一緒に戦うなんて未来もあったかもしれない。

 しかし、アーニャにはアーニャ自身の魔法使いとしての修行があった。だから、彼女はこうして私達の修行を見守るだけなのだ。

 まあ、一緒に戦うだけが仲間じゃないので、今ではネギま部の新メンバーみたいなものだけどね。

 ネギま部は、ナギ・スプリングフィールドを救い出すために存在する部活。部活なんだから、マネージャーがいたとしてもそれはそれで構わないかなと、最近思うようになった。

 

「それに、ネギは戦うための魔法ばっかり覚えているんでしょう? それ以外の魔法は、私が頑張って覚えないとね。秘書として!」

 

 アーニャ、なにやらネギくんの秘書を名乗り始めたぞ。教師に秘書とかいるのかいな。

 いやまあ、ネギくんは教職を辞めたら地球人主導の宇宙開発事業を始めるみたいだけど。私の子猫主導の火星開拓事業とは別枠だ。なお、どちらにも雪広グループの息がかかっている。宇宙に関しては、真の勝者はあやかさんだな……。

 

 と、身体の奥底がかすかに震える感覚。メールが届いたようだ。

 

 私はスマホを取り出し、メールを確認する。

 ふむ。フェイト・アーウェルンクスさんからか。

 私は文面を確認し、そのままフェイトさんの携帯端末に電話をかけた。

 

「もしもし? 今来られます? はいはい。では、電話を切ったら目の前にゲート開きますね」

 

 私はそう短く通話をし、次に『ドコデモゲート』でこの場にゲートを開く。

 すると、ゲートの向こうから十四歳くらいの見た目に成長したフェイトさんが歩いてやってきた。

 

「どうも。本当にこのアーティファクトは強力だね」

 

 そう言ってから、フェイトさんは周囲を見回す。

 

「ここは? ずいぶんと魔力が濃いようだけど」

 

「ダイオラマ魔法球の中ですよ。ネギま部……『白き翼(アラアルバ)』の修行の場です」

 

「なるほど。ここでヨルダ様と戦う準備を進めているわけか」

 

「そういうことです」

 

 かつての主と敵対すると答えても、フェイトさんの顔色は変わらない。彼の中では、造物主との主従関係はすでに過去のものとなっているのだろう。

 

「あれ? フェイト? 麻帆良に用事?」

 

 アーニャと話し込んでいたネギくんが、竜化を解いてフェイトさんに近づいていく。

 

「いや、今日はアスナ姫に用事だ。また『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)』を使ってもらうことになる」

 

「……魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に何か問題が?」

 

 フェイトさんの言葉を聞いて、ネギくんが険しい表情を浮かべる。

 だが、フェイトさんは首を横に振ってネギくんのセリフを否定した。

 

「逆だよ。魔法世界に魔力が満ちたおかげで、これまで荒廃していた土地の再生が行なえそうなんだ。ある土地の復活で、種族間の争いが一つなくなりそうだ」

 

「なるほど! それはよかったね!」

 

 フェイトさんは私達と和解した後、魔法世界の紛争や種族間の対立を解消すべく、方々を駆け回っている。

 魔法世界人を夢の世界に沈めることは阻止された。火星に魔力が満ち、終わりは回避された。だが、それでも人は争いを続けている。

 魔法世界で起きる悲劇を少しでも減らす。それを信念にして、フェイトさんは人と人との争いを止めようとしているのだ。

 

「このまま、争いをなくしていったら、造物主が改心するなんてこと、あるのかな……」

 

 と、ネギくんがポツリとそんなことを言った。

 だが、造物主の元部下であるはずのフェイトさんがその言葉を否定する。

 

「彼女はもう壊れているんだ。引導を渡してあげるのが慈悲だよ」

 

「そっか……」

 

「決行までそんなに日はないんだ。今さらそんなことで揺らいでほしくないね」

 

 フェイトさんは、やれやれといった様子で、ネギくんに言い放った。

 そう、決戦の時は近い。

 次の春休み。そこで、ナギ・スプリングフィールドを救い出す!

 



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■97 偽神ヨルダ・バオト降臨

◆237 決戦の時は来た

 

 二〇〇六年四月一日。高等部三年の春休み。

 私達は、とうとう造物主(ライフメイカー)ヨルダ・バオトとの決戦の日を迎えた。

 

 ヨルダの本体が宿る小惑星アガルタを空間的に隔離し、転移魔法で逃げられないようにする。

 

 その上で、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の連合艦隊が小惑星の周囲を囲み、封印術式を発動。戦いの最中に、隔離空間を破壊されないように押さえつける手はずとなっている。

 

 万が一、私達が敗北しても、その時は配置したオラクル船団の艦により再度封印を行なえるようになっている。

 そうなると、造物主は永遠に解けない封印をはめられ、ナギ・スプリングフィールドの復活は二度となくなってしまう。それを避けるためにも、頑張らなければいけないのだが……ナギ・スプリングフィールドを復活させるためには、現在造物主を封印している『結灰陣』を完全に外さなければならない。

 隔離空間の中で全力を出せるようになったナギ=ヨルダと戦うことになるため、激戦が待ち受けていることだろう。

 

「いよいよ大詰めですね」

 

 アークスの宇宙戦用シップの甲板にて、もうすぐ十四歳を迎えるネギくんが言う。

 

「ここまで長かったわ」

 

 同じく成長期で背が急に伸びた小太郎くんが、小惑星アガルタを見下ろしながら言った。

 すると、すっかり大人の姿になったフェイトさんがその会話に乗ってきた。

 

「困難な道のりだったね。このまま封印しておくべきという声があまりにも多すぎた」

 

 うん、そうなんだよね。魔法世界人達は、この数年で小惑星一つ分の力を持つ造物主の力を正しく認識するようになった。

 その力は絶大で、封印から解き放たれれば、今の魔法世界人では対処は不可能だ。なので、このまま眠らせておくべきだという声が強かった。

 だが、私達は造物主の討伐を主張した。造物主を倒し、ナギ・スプリングフィールドを救い出す。その主張を通すため、ナギ・スプリングフィールドのファンクラブを巻き込んでロビー活動を行なって……ほんとうに困難な道のりだった。

 

「敵は強大です。小惑星全体が造物主の本体であり、魔力は膨大です」

 

 私がそう言うと、小太郎くんはニッと笑って言葉を返してくる。

 

「惑星表面ならどこにでも出現するんやったな。直径五十キロある惑星から奴を捉えるのは、なかなか骨が折れんで」

 

「ネギくんの雷速移動が有効でしょう。ただし、くれぐれも……」

 

 私がネギくんを見ながらそう言うと、ネギくんは真剣な表情で答える。

 

「はい、足止めに徹する、でしたね?」

 

「そうです。動きを止めさえすれば、のどかさんのフォトンが届きます」

 

 すると、この場にいた全員……ネギま部の面々が、のどかさんに目を向ける。

 その視線を受けて、中等部時代と変わらぬ若さののどかさんが、ロッドをにぎりながらこくりとうなずいた。

 

「のどかさん、私、明日菜さん。この三人が、この戦いの鍵です。各自、サポートをお願いします」

 

 私がそう言うと、ネギま部メンバーは力強く返事をした。

 

 

 

◆238 ヨルダ・バオト・アルコーン

 

 アークスの宇宙戦用シップから、小惑星アガルタに降り立つ。

 そして、私はスマホから今回の決戦に志願してくれた戦士達を呼び出し、いつでも戦えるよう準備を整えた。隔離空間の中は空気で満たしてあり、重力も小惑星方向に働くように調整してある。これなら、普段通り戦うことができるだろう。

 やがて、作戦開始時刻が訪れる。私はスマホでフラグシップに連絡を入れ、子猫の提督に指示を出した。

 

「『結灰陣』解除」

 

『了解にゃ。……封印解除完了!』

 

 すると、次の瞬間、小惑星全体を要石として使っていた封印が霧散し、周囲からおぞましい魔力がただよい始める。

 

「これは、瘴気でござるか……」

 

 楓さんがしかめっ面をしながら言うが、大丈夫。瘴気対策はしてある。

 私達の後方に展開していた王子軍から、神聖な輝きがほとばしる。王子が持つ女神アイギスの盾の神器が、周囲に漂う瘴気を払ったのだ。

 これで、瘴気によって造物主に取り込まれる心配が薄くなった。

 

「こしゃくな……」

 

 そんな男の声が、周囲に響く。ナギ=ヨルダの声だ。

 そして、私達の前に、黒いローブを着こんだナギ=ヨルダが唐突に出現する。

 

「私を殺しに来たか」

 

 ナギ=ヨルダの淡々とした声が、耳に届いた。ナギ・スプリングフィールドの意識はどうやらないようだ。

 そんなナギ=ヨルダに、ネギくんが言う。

 

「ヨルダ・バオト……この数年で、火星に魔力は満ちました。あなたにも魔法世界の人々の声は届いているはずだ。それでもなお、あなたは夢の世界を望みますか?」

 

 すると、ナギ=ヨルダはそんなネギくんに向けて、憎悪にあふれた視線を向ける。

 

「怨嗟の声は消えておらぬ。人は未だに虐げられたままだ」

 

「この数年で、魔法世界も地球も、だいぶ人が生きやすい環境になったはずです。あなたがそれを理解していないはずがない」

 

「弱者は常に存在している。この程度で世界を救済したつもりか、強者どもめ」

 

「……やはり話は通じませんか」

 

「ヒトは歩む道を間違えた。ゆえに、終わらせなければならない」

 

 そう言って、ナギ=ヨルダは腕を上げて魔法を放とうとする。

 だが、それよりも早く、のどかさんの『ラ・グランツ』による光線がナギ=ヨルダを射貫いた。

 

「があっ!? こ、これは……!」

 

 光線を受けたナギ=ヨルダは頭を押さえ、その場で苦しみだした。

 そこへさらにのどかさんがテクニックを放とうとするが、ナギ=ヨルダは音もなく姿を消してしまう。

 

「ふむ、会話で足止めして不意打ち、大成功でしたが、まだ足りませんか」

 

 私がそう言うと、ネギくんは苦笑を返してくる。うん、今さら私達は造物主を言葉で説得しようだなんて思っていないよ。言葉を交わせば、油断してくれると思っただけだ。

 

 のどかさんの一撃には、人々の希望が乗っている。

 それは比喩でもなんでもなくて、人工アカシックレコードから集めた人々の善の気持ちが、テクニックのフォトンを通してナギ=ヨルダに叩きつけられたのだ。

 のどかさんの攻撃を繰り返せば、きっとナギ・スプリングフィールドはヨルダから身体の主導権を取り戻せるはずだ。

 

 だが、ナギ=ヨルダは姿を消してしまった。

 小惑星のどこかに逃げたのかと思っていたら、ふと一キロメートルほど前方に再出現した。

 そして、そこから極太ビームのような『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』が飛んでくる。

 

「任せて!」

 

 と、明日菜さんが叫び、明日菜さんはその場から魔法無効化能力の波動を前方に放った。

 すると、はるか向こうでナギ=ヨルダの魔法がかき消える。それと同時に、私は『ドコデモゲート』を起動。ナギ=ヨルダのもとへとネギま部メンバーを送り出した。

 

 古さんが『神珍鉄自在棍(シンチンテツジザイコン)』を振るい、楓さんが拘束符をつけたクナイを投げつける。

 さらに相坂さんと茶々丸さんが拘束弾を撃ち込み、わずかに相手の動きを止めたところで、のどかさんが『ナ・グランツ』を叩き込んだ。

 

「くっ、これは、この光は――」

 

 ナギ=ヨルダが再び姿を消す。私はすぐさま『ドコデモゲート』で位置を捕捉し、次々とネギま部メンバーや別宇宙の戦士達を送り込んでいく。

 

 ナギ=ヨルダの反撃の魔法を明日菜さんと夏凜さんが前に出て壁となることで、防ぎきる。

 小太郎くんの影の術がまとわりつき、ハルナさんの触手ゴーレムが怪しく拘束をかける。

 水無瀬さんの呼び出した死霊が次々と拘束術式をまき散らして自爆し、それに混じったちう様の自爆が相手の動きを止める。

 

 そうして足を止めたナギ=ヨルダに、のどかさんの攻撃が少しずつ、少しずつ当たっていく。

 

 手応えを感じていると、不意に小惑星全体をおおうような巨大な積層魔法陣が出現した。

 これは……? と、スマホに着信だ。相手は、フラグシップの艦長。

 

「もしもし」

 

『隔離空間全域を対象にした夢幻魔法『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の発動を確認したにゃ』

 

「では、手はず通りに」

 

『了解、対抗術式『夢のおわり』発動にゃ!』

 

 すると、次の瞬間、フラグシップから光がきらめき、魔法陣が粉々に破壊された。

 これは、キティちゃんが以前開発した魔法『完全なる世界』への対抗術式をさらに、『FGO』のガチャで新たに引いたサーヴァントの妖精王『オベロン』の力で改良した、新術式だ。

 この術式がある限り、ナギ=ヨルダは夢の世界を構築・維持することができない。

 

 今頃、術者であるナギ=ヨルダは驚愕していることだろう。今のうちに、私はさらに『ドコデモゲート』で位置を捕捉したナギ=ヨルダのもとへ仲間を送り込んでいく。

 

 刹那さんと木乃香さんの符術が捕縛陣となり、夕映さんの『ゾンディール』が敵を吸い込む磁場を形成する。

 あやかさんの合気柔術が相手を地に叩きつけ、キティちゃんの氷魔法が手足を縛りつける。

 

 そして、のどかさんの渾身の光テクニックが、ナギ=ヨルダに炸裂する。

 

 ナギ=ヨルダは精神を乱されているのか、徐々に反撃すらしなくなってひたすらに距離を取ろうとし始める。

 だが、『ドコデモゲート』からは逃げられない。さらに、以前敵対した風のアーウェルンクスから雷化の術式を見取ったネギくんが、惑星表面を縦横無尽に駆け回り、ナギ=ヨルダに追いすがっていく。

 やがて、ネギくんの輝く魔剣による峰打ちがナギ=ヨルダを捉えたところで、ナギ=ヨルダが言葉を放った。

 

「ネギか……でかくなったな」

 

「!? 父さん……!」

 

「アスナもいる、か。今なら、俺を殺しきれるな」

 

 ナギ=ヨルダはフッと笑い、その場で棒立ちになる。

 

「……ッ! 『解放(エーミッタム)』!」

 

 ここでネギくんが待機させていた『魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)』が、ナギ=ヨルダを完全に捉えた。

 全身を拘束されたナギ=ヨルダに、私が送り込んだのどかさんが『イル・グランツ』を叩き込む。

 

「ぐっ、いた……くねえな? ただの光か」

 

『イル・グランツ』の光弾を受けて、ナギ=ヨルダが目をつぶる。だが、のどかさんが放ったテクニックは威力を殺してある。殺傷力がないので彼の身体を貫くことはないし、ナギ=ヨルダを殺しきることもない。

 地球と魔法世界、両世界の人々が抱く希望がフォトンを通じて届いたのか、どうやらナギ・スプリングフィールドが身体の主導権を完全に取り戻したようだ。一切拘束を解こうとする動きは見られない。

 作戦第一段階は上手くいったようだ。見事にナギ・スプリングフィールドを表に引き出すことに成功した。

 

 では、次に移ろう。

 私は『ドコデモゲート』でナギ=ヨルダの前に飛び、スマホから一本の刀を取り出して構える。

 

「ん? アスナじゃねえのか? 造物主は、そのまま殺すと殺した相手に乗り移るぞ」

 

「大丈夫です。この刀は、人を殺すための武器ではありません」

 

 私はそう言いながら、スマホから『PSO2es』のチップである『甦りし導きの光 ヒツギ』と主人公『アンドー・ユー』の力を引き出す。

 私が構える刀は、ヒツギさんが持つ力、具現武装『天叢雲(アメノムラクモ)』をアカシックレコードの司書『シオン』が改造したものだ。

 これと同じように改造された『天叢雲』は、『PSO2』のストーリー中にも登場している。そのときは、『深遠なる闇』と同化してしまった別時間軸のアンドーを切り離すことに使われた。

 つまり――

 

「行きます。あなたをヨルダ・バオトから切り離します!」

 

 私は、『天叢雲』を抜刀。ナギ=ヨルダに向けて斬撃を放った。

 刃が、相手の魂魄に食い込んだのを感じ取る。そして、『天叢雲』はそのままヨルダ・バオトの魂からナギ・スプリングフィールドを綺麗に切り離した。

 

「ッ!? こいつぁ一体!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるナギ・スプリングフィールド。

 次の瞬間、ナギ・スプリングフィールドの身体から弾き出されたヨルダ・バオトの魂が、彼の背後に具現化する。

 それは、異形の天使。幾重もの翼を持つ偽物の神様(アルコーン)とでもいうべき姿。彼女のその在り方は、すでに人の領域を外れてしまっていることを感じさせた。

 

「ココロちゃん!」

 

 私は、そのヨルダ・バオトが周囲の誰かに乗り移る前に、『ドコデモゲート』で離れた場所にいた『時の魔女ココロ』を呼び出し、ナギ・スプリングフィールドを一旦離れた場所に退避させる。

 

「出番ね! 行くよ、『スーパータイムボム』!」

 

 ココロちゃんの時の魔術が炸裂し、ヨルダ・バオトの時間を止める。

 そこへ、さらに私は明日菜さんと『アルトリア・キャスター』を『ドコデモゲート』で呼び出した。

 

 すると、すぐさまキャストリアが魔術を行使し、明日菜さんのアーティファクトの大剣を聖剣へと打ち直す。

 明日菜さんは、白く輝く聖剣となった『ハマノツルギ』を構えた。そして――

 

「これで、終わりよ!」

 

 大上段からの明日菜さんの一撃が、ヨルダ・バオトを真っ二つに切り裂いた。

 無防備な魂に聖剣の一撃を防ぐほどの力はなく、ヨルダ・バオトはそのまま無になって消え去った。

 すると、急に足元が大きく揺れ、地面に亀裂が入った。魂を失ったヨルダ・バオトの仮の身体、小惑星アガルタが崩壊を始めたのだ。

 

「これヤバくない!?」

 

 大きな亀裂がどんどんできていく小惑星を見て、明日菜さんが叫ぶ。

 

「ヘイ、スマホ。『ドコデモゲート』で小惑星にいる全員をフラグシップの甲板に」

 

 私がスマホに話しかけると、どうやら上手く音声認識されたようで、皆の足元にゲートが開く。

 そして私達は、大爆発する小惑星アガルタからギリギリで逃げ出すことに成功したのだった。

 爆発オチなんてサイテー……!

 

 

 

◆239 戦いを終えて

 

 フラグシップに備え付けの宇宙戦用の甲板に落ちたネギま部一同と、スマホ内の宇宙からやってきた戦士達。

 その中には、ナギ・スプリングフィールドの姿もしっかりあった。

 

「ナギ……!」

 

 そんなナギ・スプリングフィールドに、キティちゃんが駆け寄る。

 

「おー、エヴァじゃねーか」

 

 ナギ・スプリングフィールドが、キティちゃんを抱き留めようとするが、ふらついた彼は、そのまま尻餅をついてしまった。

 

「お、おお? なんか力が入らねえ……」

 

「なんだと!?」

 

 キティちゃんが、ナギ・スプリングフィールドに抱きつきながら触診をしていく。

 

「……これは、急性の魔素中毒か。仕方あるまい。あれだけ濃厚で邪悪な魔力の宿主になっていたのだ。しばらくは療養だな」

 

「療養……そもそも何が起きたか分かんねーんだが……なんで俺生きてんの?」

 

 ナギ・スプリングフィールドがそう言いながら私の方を見てくる。

 そんな彼に、私はペコリとお辞儀をした。

 

「初めまして、ナギさん。私は、息子さんのネギくんの教え子、刻詠リンネと申します」

 

「お、おう。これはご丁寧に……」

 

「順を追って説明しますと……あなたは『始まりの魔法使い』ヨルダ・バオトと魂が混ざり合っている状態にありました。以前、ヨルダが私達の前に姿を見せたときにその魂を観測して、そこからあなたの魂をヨルダから切り離す研究を進めました。そして、見事に今回切除に成功したというわけです」

 

「そうか……。俺のためにわざわざ……本当にありがとな!」

 

「いえ、ナギさんを救い出すのはネギくんとエヴァンジェリン先生の望みでしたから、成功してよかったです」

 

 そうして私は、キティちゃんのせいで出るタイミングを逃してしまい、後ろの方で待機していたネギくんの手を引き、ナギさんの前に突き出した。

 勢いよく背中を押したためよろける形になったネギくんが、口を開く。

 

「父さん……」

 

「ネギか……立派になったな」

 

「父さん、ずっとあなたに会いたかった」

 

「はは、その歳で親離れしないのは恥ずかしいぜ」

 

 ナギさんが恥ずかしそうに笑うが、ネギくんはそんな父親の姿を見て、ポロポロと涙を流し始めた。

 

「あー、こら、泣くなよ。せっかくの再会なんだ。笑え!」

 

「はい……」

 

 ネギくんが泣き笑いして、ナギさんは「ぶっさいくだな!」と笑う。

 すると、キティちゃんがナギさんに抱きついたまま「お前なぁ……」と呆れ、周囲を囲むネギま部メンバーから笑みがこぼれる。

 

 そんな平和な光景に、『ドコデモゲート』でヨルダ・バオトの完全消滅を確認していた私も嬉しくなって、思わず口角が上がっていった。

 まあ、なんだ。「今日のところはハッピーエンド」と言われて先延ばしにされてきた結末は、これで本当のハッピーエンドってことで。

 

 これから先も地球と人類にはいろんな困難が待ち受けているけど、みんながいればきっと乗り越えて行けるさ。

 




※次回、エピローグ。


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■98 転生少女は眠らない

◆240 五年後

 

 二〇一一年三月。私は麻帆良にあるマンションの最上階で目を覚ました。

 麻帆良は今や魔法教育の中心地として扱われ、住宅需要が急上昇。それを見越していた私は、『ねこねこ動画』の収益金でマンションを複数建てていた。私が今いるのは、その新築マンションの一つで、最上階を私の家として扱っている。

 子猫の技術で短期間のうちに完成したマンションの部屋は飛ぶように売れ、その収益で私はいくつか新規事業を起こした。

 

 先日大学を卒業した私は、それらの事業を扱う『ねこねこテクノロジー』社の社長として、引き続きここ麻帆良で指揮を執っていくことになる。

 だが、それもまあ四月からの話だ。新社会人になるまではまだロスタイム。私は、最後の春休みを全力で満喫していた。

 

「はー、働きたくないですねぇ」

 

「何をたわけたことを言っているんだ、お前は」

 

 朝ご飯を食べながらぼやいた私に、ちう様がスマホから実体化してそんな突っ込みを入れた。

 

「おおっと、ここは私のプライベート空間。何を言ってもノーカンですよ」

 

「社長の行動に新社会人の私の命運がかかっているんだ。しっかり頼むぞ」

 

「ネットセキュリティ部門の室長様が新社会人とか、何を言っているんだって感じですね」

 

 ちう様は、学生時代から私の『ねこねこテクノロジー』で働いていて、魔法ウィルスや電子精霊によるハッキングが横行する現代のインターネット事情に対応する部門の責任者を務めている。

 魔法ウィルスはその気になれば、ネット越しに相手を呪殺することも可能であり、急速に発展する魔法科学社会では魔法に詳しいネットセキュリティソフトの開発が急がれていた。そこに目を付けたちう様が私に出資を頼んできて、彼女と一緒に事業を起こしたというわけだ。

 

 ちなみにちう様の部屋は最上階の一つ下の階にちゃんとあるが、本体は私のスマホの中にあるのでこうやって突然部屋にやってくることがある。

 プライバシーも何もあったものではないが、そもそも私のスマホの中から外の様子を常に観察しているようなので、今さらだと思って気にしないようにしている。仮契約のパートナーだしね。ちう様はキティちゃんと仮契約する予定を変更して、私を仮契約の主に選んだのだ。

 

「それよりも、今日は『白き翼(アラアルバ)』の同窓会だぞ。準備はできているのか?」

 

「ああ、ハガキが来ていましたね。ネギくんの主催でしたっけ」

 

「部長はお前なのに、ノータッチなんだな……」

 

「元部長です。もはや解散したネギま部の責任者ではないのですよ。まあ、メンバーがそろっていないなら『ドコデモゲート』を出しますよ」

 

 そう、ネギま部は高校三年の春、ナギさんの救出をもって解散した。元々がナギさんの行方を捜し出すための部活だったからね。救出した以上、存続する理由がなかった。

 大学に入る頃にはそれぞれが将来の為に動き出していて、全員がそろうことも滅多になくなった。

 だからか、大学に進んだメンバーが卒業したこのタイミングで、同窓会を開いたのだろう。

 

 私は懐かしのネギま部メンバーを頭に思い浮かべながら朝食を終え、少しお腹を休ませてからシャワーを浴びる。

 そして、おめかししてからマンションの外へと繰り出した。

 

「そういえば、あの噂知っているか?」

 

 桜が満開の通りを歩いていると、隣を歩くちう様が、唐突にそんなことを言い出した。

 

「噂ですか?」

 

 私が問い返すと、ちう様が答える。

 

「下着強盗が横行しているって」

 

「下着泥棒じゃなくて、下着強盗ですか……」

 

「ああ。なんでも、異形の化け物が女子生徒を襲って、怪我をさせることなく下着だけ奪っていくそうだ」

 

「また珍妙な……そういえば、予言の書の最後にそんなエピソードがありましたね」

 

「ああ、犯人はパイオ・ツゥだろうな」

 

『魔法先生ネギま!』に登場する魔族の名を挙げながら、ちう様が腕を上げる。そして、そこから無詠唱で氷の魔法を放った。

 すると、こっそり私達に近づいていた蟲の魔獣が、氷漬けになる。

 

「なるほど、これが犯人の操る魔獣ですか」

 

「近くに本体もいるな」

 

 ちう様がさらに魔法を無詠唱で連打し、隠れていた魔獣を次々と凍り付かせていく。

 

「む、本体が逃げるぞ」

 

「お任せを」

 

 私は『ドコデモゲート』で、犯人を目の前に呼び出した。

 

「ムホッ、転移罠!?」

 

 全身をおおうタイプの服を着こんだ犯人が、驚きつつも瞬時にこちらに襲いかかってくる。

 その狙いは……私の胸部!

 

 私は、胸に手を伸ばそうとする犯人にカウンターで拳を何発も叩き込む。

 すると、手に金属パーツがひしゃげる感触が返ってきて、大男の姿だった犯人の中から、素っ裸の少女が飛び出してくる。

 六本腕の魔族。パイオ・ツゥに相違ない。

 

 パイオ・ツゥは、さらに私の服を脱がそうとその六本の腕を伸ばしてくるが、私はそれを避け拳を叩き込む。そこへ横からちう様の氷の捕縛魔法が炸裂し、パイオ・ツゥは氷で拘束された。

 

「ムウッ! かの伝説の傭兵剣士『千の刃』直伝の『無音・脱がし術』が効かぬだと!」

 

「またあのおっさんは、余計なもんを他人に教えやがって……」

 

 ちう様が呆れたように言う。まあ、その技術はすごいのだろうが、残念ながら私には通用しなかったね。

 そして、パイオ・ツゥに封印魔法をかけた私は、麻帆良の警備員に彼女を引き渡した。

 

「時間がやばいな。少し急ぐぞ」

 

 ちう様がそんなことを言い出したので、私達は『ドコデモゲート』で集合場所に向かった。

 すると、そこには解散時より少し成長したネギま部メンバーがそろっていて、懐かしさに思わず笑みがこぼれるのだった。

 

 

 

◆241 紅き翼

 

 ネギま部と合流した私達は、そのままネギくんの案内で一つの建物の中に入る。

 そこは麻帆良が展望できるオシャレな飲食店で、外に見える満開の桜並木が絶景であった。

 

 そんな店内を進んでいくと、奥の方の席にナギさんとジャック・ラカン、アルビレオ・イマ、詠春さんら『紅き翼(アラルブラ)』がそろってソファに座っていた。ついでに、ナギさんの隣をエステで成長した大人のキティちゃんが確保している。そのさらに隣には夏凜さんが(はべ)っていた。

 

「あれー? ナギさんじゃん! ラカンまでいるし!」

 

 ハルナさんがそんな声を上げ、他のネギま部メンバーも思わぬゲストに驚いている。

 

「ナギさん、お体は大丈夫なんですか?」

 

 夕映さんが、ナギさんに向けてそんな言葉をかける。

 すると、ナギさんはニッと笑い返してきた。

 

「ああ、魔素中毒は完治したよ。今は頑張って職探し中さ」

 

「ふん、未来の夫が無職では体裁が悪い。さっさと仕事を見つけろ」

 

 キティちゃんがそう言うと、ネギま部メンバーは驚いて声を上げる。

 

「えっ、エヴァちゃん、ナギと結婚するの?」

 

「マジで? 『白き翼』結婚一番乗りじゃん!」

 

「エヴァンジェリン先生がネギ先生の義理の母親になるのか……」

 

 すると、キティちゃんはふふんと笑って言う。

 

「結婚式には招待してやる」

 

 この余裕の表情! まったく、幸せになりやがって。

 

「夏凜さん的には、二人の結婚はどうですか?」

 

 私がキティちゃんの隣に座る夏凜さんに尋ねると、彼女は複雑な表情をしながら答える。

 

「エヴァンジェリン様の幸せが一番よ」

 

 なるほど、ナギさんは夏凜さんのお眼鏡に適ったというわけだね。

 

「しかし、なんでまた『紅き翼』が集まっているアル?」

 

 古さんが、そんな疑問をネギくんに投げる。

 すると、ネギくんは笑みを浮かべて言う。

 

「今日は、あらためて皆を父さんに紹介したくて」

 

「なるほど。『紅き翼』と『白き翼』の顔合わせということでござるな」

 

 楓さんが、納得顔でうなずいた。

 そして、ネギくんがナギさんに向き直る。

 

「父さん、僕の自慢の教え子……いえ、仲間です」

 

 ナギさんの前に私達を見せびらかすようにして言うネギくん。すると、ナギさんは立ち上がってネギくんの前へと向かう。

 

「女ばっかじゃねーか! わはははは!」

 

「女子校だから仕方ないじゃないですかー」

 

「わはは、俺の仲間は全員男だぞこんちくしょう」

 

 ナギさんとネギくんはそう言葉を交わしながら、どつき合う。仲いいな、この親子。

 そして、ナギさんとネギくんのじゃれ合いはしばらく続き、場は笑いに包まれるのだった。

 

 

 

◆242 私達の未来

 

 改めて私達は席に着き、ネギま部メンバーで今後の進路について報告し合うことにした。

 

「私は新オスティアに渡って、ウェスペルタティア王国の再興ね。国として復活するか分からないけど、沈んだ浮遊島を復活させる計画を進めるつもりよ」

 

 トップバッターの明日菜さんが、そんな壮大な計画を口にした。なるほど、廃都オスティアの魔力消失空間はすでになくなっているから、浮遊島はいつでも復活できる状態にはあるんだよね。

 ただ、建物は建て直さなければいけないだろうし、世界中に散った国民が集まるかどうかも不透明だ。彼女の道行きは困難を極めるだろう。それでも、明日菜さんの表情は希望に満ちあふれていた。

 ちなみに明日菜さんは大学に入ってから高畑先生に猛アタックを繰り返し、見事付き合うことに成功した。中等部の卒業式の日に失恋の相が消えたというのは本当だったんだなぁ。

 

 さて、次の報告はあやかさんだ。

 

「雪広家から宇宙開発部門の責任者を任されました。ネギ先生やアーニャさん、夕映さん、のどかさんと一緒に、宇宙開発を進めていきます。麻帆良にも、そのうち軌道エレベーターが建つ予定です」

 

 ああ、確かに現在建物の基礎を作っている段階だね。軌道エレベーターは巨大な塔ではなく、宇宙から地上にケーブルを吊り下げる仕組みなのだが、それはそれとして人が乗る基礎部分はしっかり作ってやる必要がある。

 赤道以外に軌道エレベーターを作ることは技術的に難しいのだが、そこは子猫達が技術を提供している。

 

「そして、ゆくゆくはネギ先生と結婚を!」

 

「あはは、まだ言っているの?」

 

 あやかさんの結婚宣言に笑う明日菜さんだが……あやかさんは余裕の表情を崩さない。

 それを見た明日菜さんは、キョトンとしてあやかさんに問う。

 

「え? 本気?」

 

「清い交際をさせていただいておりますわ」

 

 なんと、長年の執念で、あやかさんがネギくんをかっさらっていった! ネギくんも、満更じゃない感じで微笑んでいる。

 すると、明日菜さんが、夕映さんとのどかさんを見て言う。

 

「あんた達はそれでいいの?」

 

「よくはないです」

 

「恋に破れた以上はどうしようも……でも、百年後にまた想いを伝えます」

 

 ああ、夕映さんとのどかさんは不老化処理をされているし、ネギくんは竜の因子で超長生きすると推測されているからね。不老長寿特有の時間感覚でネギくんを奪還する計画のようだ。

 

「ホホホ、私は人として生きますが、一二〇歳まで生きる予定ですわよ」

 

 あやかさんが、余裕の表情でそう言い返す。

 いやー、魔法医療の研究が進んでいるから、本気で人間が一二〇歳まで生きられるようになっても不思議ではないんだよね。原作漫画の並行世界のあやかさんって、一一五歳まで生きたはずだし。

 

 さて、次だ。木乃香さんと刹那さん。

 

「ウチらはトレジャーハントを続けた資金で宇宙船を買ったで。今後は太陽系に点在する宇宙遺跡を発掘して、ネギ君に受け渡す仕事やな」

 

「先日も、金星で『アカシャの天輪』という移動図書館を発掘しました。名前から、図書館島と関わりがあるのではと、研究が進められているそうです」

 

 あー、『UQ HOLEDER!』の終盤で出てきた巨大宇宙船か。一万二千年前の古代金星文明の遺物だね。

 しかし、トレジャーハントか。図書館探検部の経験が、こんな形で活きるとは面白いものだ。夢のある仕事で、うらやましい限りだね。

 

 次、水無瀬さん。

 

「趣味でやっていた占いが思いのほか当たって、占い師としてやっていくことになったわ。先日はアーニャに世話になったわね」

 

「ああ、あれね。未だにロンドンから戻るようしつこく言われていたから、代わりの魔法占い師として紹介したのよね。占いの腕は、悔しいけどサヨコの方が上だし」

 

 アーニャが腕を組んでそんなことを言った。確かに、水無瀬さんは最近テレビでよく見るようになったね。魔法使い芸能人として、引っ張りだこのようだ。確かにこれは、かつてのアーニャと同じ道を歩んでいる。

 

 次、のどかさんと夕映さん、アーニャの三人。

 

「ネギ先生の助手として、雪広グループの宇宙開発部門に就職予定です。まだ数少ないフォトン技術者としても期待されています」

 

「アーニャさんが上司というのが、微妙にやりづらいですね……」

 

 夕映さんのそんな言葉に、アーニャが「何か文句あるの?」とにらみつけた。それをネギくんがまあまあとなだめて、場は収まる。

 うん、なんかネギくんの周りは変わらず騒がしくて楽しそうだね。

 

 次、ハルナさん。どこかの芸大に進んで、その後中退したらしいのだが……。

 

「週刊少年ジャンプで魔法スポーツ漫画を連載中よ! 今日もスケジュールの合間を縫って、なんとか参加できたんだから!」

 

 うん、ジャンプ本紙でデビューしたときの読み切りがそのまま連載化して、未だに続いているんだよね。綿密な魔法知識に裏打ちされた魔法と気を扱う少年サッカー漫画で、ちょっと社会現象になりかけている。

 ハルナさんの漫画が、今後のスポーツ界の魔法と気の導入に影響を与えるのではないかとまで言われていて……これは本気で、彼女がいつか夢見た一億部突破も、ありえるのではないだろうか。

 

 次は古さん。

 

「崑崙で道士として修行の毎日アル。今日は久しぶりに外に出たアルネー」

 

 古さんは大学に進まずに、高等部を卒業してから国元に帰った。そして、そのままチベットに渡り崑崙入りしたようだ。

 自前の転移術でたまに麻帆良に訪れているのを見かけたが、ここ一年ほどは会っていなかったから、本気で修行に打ち込んでいたようだ。

 いつか、仙人になった古さんを見る日も来るのだろうね。

 

 次、楓さん。彼女も、大学には進まなかった。

 

「この世界の鬼一法眼殿を見つけ出して、弟子入りしようとしたでござるが……それだけの腕を持つのに今さら弟子入りとかいらぬだろうと拒否されたでござる。それ以来、互いの技を教え合う修行仲間になったでござるな」

 

 楓さんはなぁ。常闇聖霊の力で第二覚醒して以来、どうも人間を超えた存在に昇華したっぽいんだよね。それも、妖魔というよりは神聖な存在として。だからか、世の中の妖魔には恐れられ、高位の存在は敬意を持って彼女に接するようになった。

 いつか神仏の域まで到達しても、私は驚かないぞ。

 

 次、キティちゃんと夏凜さんのコンビ。

 

「四月から、麻帆良で新任教師だな。私は麻帆良学園本校女子中等部……かつてのぼーやと同じ立場だな」

 

「私はウルスラ女子高等学校の教師ね。ミッション系の学校だから、そんなに慣れるのにも苦労しなさそうね」

 

 キティちゃんはエステで今や完全な大人の女性となっており、もう〝キティちゃん〟って見た目じゃなくなった。

 そして、予定通り麻帆良で魔法教師をやるようだ。

 夏凜さんは……ミッション系の学校ということで、イスカリオテのユダということはバレないように頑張ってほしい。背中に彫られた刺青の文字とか、めっちゃそれっぽい材料があるから、本当にバレないようにね。

 

 次、この場にいない小太郎くん。

 

「魔法世界へ武者修行の旅に向かったみたいです。葛葉刀子先生が仕事を辞めてコタロー君を追っていったようですね」

 

「なんや、小太郎くん、刀子先生と仲がええの?」

 

 ネギくんの説明に、木乃香さんが質問を投げる。

 

「ええ、ずいぶん仲が良いみたいですね。刀子先生は麻帆良に連れ戻したいみたいでしたけど……」

 

 そんなネギくんの言葉に、私は補足を入れる。

 

「この場にいなかったから『ドコデモゲート』で連れてこようと思ったのですが、刀子先生とイチャイチャしていたので放っておきました」

 

「ずいぶんな姉さん女房やなー」

 

 小太郎くんは十代で、刀子先生はバツイチの三十代後半だからね。まあ、本人達が幸せならとやかく言うものじゃない。

 

 次、ネギくん。

 

「あやかさんと一緒に、雪広グループの宇宙開発事業を任せてもらっています。人類が太陽系を飛び出す日も、そう遠くはないでしょう」

 

 地球の人口は、近年急増している。私がもたらした子猫の科学技術とオラクル船団のフォトン技術で、人類全体が豊かになったからだ。

 そうなると、いずれ人類は地球に収まらない規模に膨れあがるだろう。

 そのとき、ネギくんが進める宇宙開発が希望となるだろうね。まずは、テラフォーミングを完了した火星への進出だろうか。あそこは今、植物と動物が住み着いているだけで、人はほとんど住んでいないからね。

 

 さて、残りは我が『ねこねこテクノロジー』のスタッフだ。

 まずは茶々丸さん。

 

「『ねこねこテクノロジー』の農業部門で、砂漠に農地を作る事業に従事しております。品種改良して作った、人も猫も子猫も食べられるまたたびの実をお土産に持ってきましたので、皆様是非お持ち帰りください」

 

 茶々丸さんは、麻帆良の学園結界の対象外になって不自由でなくなったキティちゃんから独立した。そして、私のもとにやってきて、猫や子猫達のために働きたいと頼み込んできた。

 なので、農業部門を任せ、人が食べられて子猫も食べられる食物の研究を進めてもらっている。かつて発展途上国と言われていた国はフォトン技術によって大発展を遂げていて、農業人口の減少が予想されている。食糧危機に備えて、農業従事者が少なくて済む農業技術の開発も進めている。

 いずれ、地球は寒冷化と温暖化に襲われることが『UQ HOLDER!』の記述によって分かっている。なので、それに備えてより高度な農業技術を用意しておく必要がある。茶々丸さんには、いずれ地球の救世主となってもらうよ。

 

 次、相坂さん。

 

「『ねこねこテクノロジー』が主催している、魔動エアバイクレースのレーサーになりました! 優勝目指して頑張ります!」

 

 実はスピード狂の相坂さん。そんな彼女を活かせる場所が無いかと考えた結果……私は思いきって、新しい魔法スポーツを作り出すことにした。

 参考にしたのは、『UQ HOLDER!』で出てきた空飛ぶバイクレース。魔法世界には似た乗り物がすでにあって、それを持ちこんで改造して、レースを開催した。『ねこねこ動画』に流したそのレースは見事に当たって、世間では魔動エアバイクレースのブームが到来している。

 

 次、ちう様。

 

「『ねこねこテクノロジー』のネットセキュリティ部門の室長をしている。最近、マジで魔法犯罪が増えているが、私がいる以上、ネットは守り切ってみせるぞ」

 

 魔法とフォトンが科学技術に合流し、さらに私が世間にスマートフォンを見せびらかした結果、思いのほか早く人類が皆スマートフォンを持つ時代が到来した。

 その結果、誰でもネットを使うようになったが、魔法を悪用したネット犯罪も増えた。そこに商機を見いだしたちう様は、セキュリティソフトをリリースして現在業界ナンバーワンのシェアを誇っている。

 

「悪魔召喚プログラムを潰したのは爽快でしたね」

 

 私がそう言うと、ちう様は笑って返してくる。

 

「メガテンみたいな世界には、私がいる以上させねえよ」

 

 頼もしいね!

 

 さて、最後に部長の私だが、その前に『ねこねこテクノロジー』に所属する元3年A組のメンバーを紹介しよう。

 

「朝倉さんは動画配信部門、『ねこねこ動画』の代表になりました。その助手をしていた鳴滝姉妹は、魔法世界の王子様達と結婚して寿退社して、今ではそれぞれ一児の母ですね」

 

 私がスマホで鳴滝姉妹の子供の写真を見せる。

 それぞれ、ケモミミと角が生えた昔の姉妹そっくりな女の子だ。

 

「かわええなぁ」

 

「もしかして、3年A組で二人が結婚一番乗りでしょうか?」

 

 木乃香さんと刹那さんが、写真を見ながらそんなことを言ってくる。

 確かに、他に結婚したって話は聞かないね。この前会った柿崎さんは、長年連れ添った彼氏といい加減結婚したいとか言っていたけど。

 

「超さんは火星開発事業を無事に終えて、並行世界の地球に戻りました。元気に未開の地球を開発していると、定期的にメールが届きますね」

 

「いや、並行世界の未来の地球からメールが届くって、リンネちゃんのスマホ本当にどうなってんの?」

 

 明日菜さんが呆れたように言うが、多分これは私のスマホの機能じゃなくて、超さんが何かやっているんだと思うよ……。

 

「葉加瀬さんは麻帆良大の大学院に進みましたが、ゆくゆくは『ねこねこテクノロジー』から独立して、麻帆良のフォトン研究所の研究員になるそうです。最近は、フォトンを魔力に変換する研究をしていると言っていましたね」

 

 私は別に、自分のところで技術を独占するつもりはない。なので、独立して技術を拡散してくれる人は大歓迎である。

 面白い新規事業とか出てきたら楽しいのだが、まだその段階にはないかな?

 

「亜子さんは、いずれ発足する『ねこねこテクノロジー』の医療部門に従事してもらう予定です。今は、麻帆良大の医学部で医学生をしていますね。来年度からは五年生です。麻帆良の魔法病院で臨床実習ですね」

 

「はー、亜子、本当にお医者さんになるのね。出世頭じゃん」

 

 一番の出世頭のハルナさんが、感心したように言う。

 医学部は六年制なのでまだ医者にはなっていないが、彼女が医学部を卒業した後は、オラクル船団のフォトン医療技術を地球に伝える役割を負ってもらう。研修医を経験するかは、応相談だね。

 

 そして、最後に私の今後について話す。

 

「『ねこねこテクノロジー』を通じて、新技術を人々に伝えていく仕事に従事します。もちろん、お金も儲けますけどね」

 

 そう、事業を通じて別宇宙の技術を人類に伝えることが、『ねこねこテクノロジー』の社是だ。

 来たる寒冷化と温暖化、そして、『UQ HOLDER!』の最終話で示唆されていた二〇〇年後のイエローストーン破局噴火に対応できるだけの力を人類に付けさせることが目的だ。

 そのうち人類は、ネギくんの宇宙開発事業で地球を飛び出すだろう。それでも、地球は人類の故郷であり、守っていかねばならない星だ。

 私は未来を知る不死者の一人として、できることはするつもりだ。

 

「出世頭で言うと、リンネちゃんが飛びっきりよね」

 

「天下のジャンプ作家のハルナさんには言われたくないですが」

 

「世間への影響力は段違いじゃん! 偉人じゃん!」

 

 お金を稼いだ人が偉いとはならないが、世界を変える偉業をなしたと言えば確かに私は偉人と言えるかもね。

 

「あはは、百年後にはリンネちゃんの伝記が発売されていたりして」

 

 明日菜さんが笑って言うが、ちょっとそれ、本気でありそうだぞ。

 

「ちなみに、魔法世界ではネギ君の伝記というか、産まれから父親を取り戻すまでの物語が売られてるで。ミリオンセラーや」

 

 木乃香さんがそう言うと、皆の視線がネギくんに集まる。なるほど、この世界における『魔法先生ネギま!』的な本が発売したのか。

 すると、ネギくんは恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。

 

「軽い気持ちで許可を出したら、思ったよりも売れてしまいまして……」

 

 はー、私は自分の伝記が発売されてもなんとも思わないが、下手に名前が売れてから大きな失敗をすると、大バッシングを受けそうでちょっと気が気じゃないぞ。

 今後何百年、何千年と生きるのに、何も失敗せずに生きるとか不可能だろうし。

 

「しかし、こうなると『白き翼』だけでなく、3年A組全体の同窓会もいずれやりたいでござるな」

 

 本をネタにネギくんを皆でいじっていると、ふと、そんな言葉を楓さんが漏らした。

 

「えー、魔法世界のお妃様とかいるのに、できるアルか?」

 

 古さんが、そんなことを言うが、ネギくんが乗り気になる。

 

「いいですね! 距離の問題はリンネさんの『ドコデモゲート』がありますし、事前に予定を合わせれば、いけますよ!」

 

「百年後かつ並行世界在住の超さんとか、どうするです?」

 

 夕映さんが突っ込みを入れるが、そこは私がメールするから問題ない。

 

「では、今年の夏にでも開くといたしましょうか。私の方から各方面に連絡は入れておきます」

 

 あやかさんがそう言って、同窓会の開催が決定した。

 3年A組か。生まれ変わって初めからやり直した学生生活だが、やはり一番印象に残ったのはあの中学生活だった。

 クラスメートはいずれも濃い面々で、彼女達と過ごす日々はまさしく私の青春だった……とかいうのは、ちょっと歳を取り過ぎたかな?

 

 私達は、かつての日々に思いを馳せ、これからの未来を祝福し合った。

 かつては少女だった者達が大人になり、新たな道を進み始めた。道半ばで挫折する人もいるだろう。だが、私と道が交わる限り、私は仲間として手を差し伸べるつもりだ。

 だから、私が挫折したときは、どうか手を差し伸べてほしい。

 

「いや、リンネの挫折って相当でかそうだから、関わり合いになりたくねえ」

 

 モノローグ調に語った私の台詞にちう様がそんな突っ込みを入れて、周囲が笑いに包まれる。

 だが、笑いが収まった瞬間に、ネギくんが言う。

 

「困ったときは、僕に相談してください。僕は皆さんの先生なんですから」

 

 おっ、言ったな。でも、私も負けていないぞ。

 

「私だって、ネギま部の元部長ですからね。皆さん、頼りにしていいですよ」

 

「頼りにするけど、『白き翼』をネギま部って言うの、いい加減止めよ? リンネちゃん」

 

 明日菜さんのそんな言葉に、再び場は笑いに包まれた。

 

 こうして一つの物語は終わりを告げた。しかし、人生はまだまだ終わらない。

 私達は新たな物語に胸を躍らせながら、祝福された未来へと進んでいく。

 

 

 

<完>




※『プレイしていたゲームの能力で転生するやつ』は以上で完結です。
あとがきは2022年5月6日の活動報告に掲載しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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