ずっときみを (蒼朮)
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1話

ぐぅ。

 

昼食の時間には似つかわしくない、おなかの音が隣から聞こえる。

見れば、そこには緑の顔を真っ赤にしてうつむいているゴルゴンさんがいた。

 

 

ゴルゴン。有名なメドゥサのイメージに違わず、頭には髪の毛ではなく蛇が生えている魔族。

瞳を合わせると石になる……らしい。

らしい、というのはまだ周りでは石化人間を見たことがないからだ。

それも、ゴルゴンさんたちはみな、事故が起こらないように特別なサングラスを付けている。

なんとありがたい。と思いつつも、石化人間を一度は触ってみたいなとも思う。

 

 

そんなゴルゴンさんだが、昼食は持ってきていないのだろうか。

 

聞いてみれば、お弁当を家に忘れた上に財布もかばんに入っていなかったそうで。

それじゃああんまりでしょう、と卵焼きを差し出す。

 

当の本人は目をぱちぱちさせ(見えたのは眉の動きだが)、いいの?と尋ねてきた。

 

もちろん。おなかが空いてるのに食べられないのは辛い。

遠慮せず、どうぞ。予備の割りばしを取り出し渡す。

 

しばらくもぞもぞとしていたゴルゴンさんは、箸をとって卵焼きを口に近づける。

 

 

その瞬間、卵焼きはひゅん、と上へ持っていかれてしまった。

 

髪の蛇、その一匹が奪い取ったのだと自分が気付いた時には時すでに遅し、

近くの何匹かと卵焼きを食べ終えた蛇は満足そうにシュルシュルという音を立てていた。

 

これマジ?こんなこともあるんだなあと感心していると、ゴルゴンさんはその蛇を絞め上げ

躾けを始める。絞められた蛇は口を大きく開け、ようやっと解放されたときにはぐったりとしなびていた。かわいそうに。

 

しかし本当にかわいそうなのはその下でしゅんとしているゴルゴンさんである。

 

しょうがないにゃあ…いいよ。僕はさらにウインナーと冷凍食品の春巻きをあげることにした。

 

大変申し訳なさそうにごめんね、ごめんね、と繰り返し言いながら食べる彼女を見ていると、あげて良かったなと思う。

 

 

後で聞いた話だと、髪の蛇が食べたものは多少体にも影響するが、基本蛇自身が栄養にするということらしい。

普段は家でご飯を食べるだけでなく飛び回る羽虫なんかも食べてくれるそう。

便利でいいなあ。

 

 

 

 

これを機にしてゴルゴンさんとはほんのちょっと仲良くなれた。

 

 

これってどういうことなの? 次の教室ってどこ? またご飯忘れちゃって…

 

 

こうしてみるとなんだかこっちがいろいろなお世話を焼いているような。

 

でも正直、目鼻立ちが整ったゴルゴンさんに何度も頼られるのは悪くない気がした。

だからと言って僕が彼女とどうこうなるなんてのはあり得ないけど。

 

こっちはちっちゃい人間だし。僕なんかその中でも特にちっちゃいし。

 

 

 

 

ある日。

 

連絡先を交換したゴルゴンさんからメッセージが来た。

 

 

 

 

 

 

 

 pt 4G
➤100%
23:59

 < エリア―レ(ゴルゴンさん) 
≡ 

 

  あの 

  ごめんなさい 

 はい  

  明日の昼、体育館裏に来ていただけませんか?  

 いいですよ。何か用事が?  

 えっと、 

エリア―レ(ゴルゴンさん)がメッセージの送信を取り消しました。  

 ごめんなさい 

 ちょっと運ばなければならないものがあるので 

 なるほど、了解です。 

⊡ ◰ Aa          θ

 

 

 

 

 

 

 

運ぶものってなんだよ。

体育委員でもないのに先生が頼むわけないじゃん(ないじゃん)。

 

 

 

 

 

頭の中をある一つの言葉が飛び回る。

 

いやいや、ねーわ。勝手に期待しても悲しくなるだけだ。

 

その考えを振り払うべく、僕は風呂に入った。

今日はいつもより水が多くあふれた。

 

 

 

次の日。

 

相変わらず隣の席にはゴルゴンさんがいるのだが、今日は一度も話さなかった。

一度ちらりとそちらを向くも、目を逸らされてしまう。

 

 

授業をうわの空で受けながら、時計をにらみつける。

 

その短針が真上を向くにつれて、僕の胸は早鐘を打つ。

 

 

 

 

     どうしよう。

 

 

        まさか、ほんとに?       いや、でも

   違う!      嬉しい       

                          なんでなんでなんで

 こっち見てよ           目を逸らすなよ

 

 

 

 

 

そして。

 

終了のチャイムが鳴る。礼とともに僕は扉までダッシュする。

 

 

顔は、見なかった。 勘違いだと怖いから。

 

 

 

体育館裏についた。

喉が閉まる。

ひゅうひゅうとなる息は、どれだけ急いだのかを物語っていた。

彼女が来る前に整え

 

 

 

 

ざり。

 

 

 

 

後ろから上履きとコンクリートの擦れる音が鳴る。

 

 

 

シュルシュル。シュルシュル。

 

 

 

なるべく自然に、落ち着いた調子で声を出す。

 

 

「運ぶものtt―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて見る彼女の瞳は、とても透き通った黄色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

###

―あの人と初めての会話は、お昼ご飯の時だった。

 

お弁当を忘れた。それだけなら購買に行ってパンでも買えばいい話だが、私は財布まで忘れてしまっていたのだ。私のバカ。

 

今日はお昼抜きかあ。

 

元々が根暗なこともあって、このクラスには仲の良い人はまだいない。

分けてもらうなんてとても恐ろしい行為だった。

 

横のあの人はおいしそうにご飯をほおばっていた。

いいなあ、なんて思っていると

 

 

ぐぅ。

 

 

…最悪だ。絶対に聞かれた。終わった。

 

顔から火が出るような思いをしながら、時が過ぎるのを祈っていると

 

「……おなかすいてるんですか?お昼ご飯とかって……」

 

 

なんと、話しかけてきた。

なるべく早く会話を切りたかったから、正直に言って黙ることにした。

 

「い、家に忘れたんです。財布もないから購買にも行けなくって」

 

ふーん。 そんな返事を予想していた。早く終わらないかなこの時間……

 

 

「じゃあ卵焼きどうぞ。おいしいですよ」

 

 

 

え?

 

 

まさかそんなことを言われるなんて。驚きで何度も瞬きをしてしまった。

 

「…いいの?」

「もちろん。はいこれ」

 

差し出されたのは割りばし。

いいんだろうか。食べても。でも、ほんとにおいしそう……

 

悩んだけれど、厚意を無碍にはしたくないのでありがたくいただくことにした。

いただきます。ふわふわできれいに焼かれた卵焼きを口に

 

 

運べなかった。

私の目の前に飛び出てきた蛇。頭の上の違和感。

…食べられた。

 

 

食べ終わってご満悦な様子でシュルシュル鳴いているその子たちをギュッと握りしめる。

あのさあ。あのさあ。私が口に運んでたじゃん。

よくもそんなことができたわね。

 

力をさらに込めると、その子たちは目を閉じ反省の姿勢を示した。

 

解放する。

でも、食べられた卵焼きは帰ってこない。

 

どう謝ろうか考えていたら。

 

「…これとこれもどうぞ。今度は気を付けて。」

 

 

春巻きとウインナーまでいただいてしまった。

情けなさと感謝の気持ちとでぐしゃぐしゃになった。

 

 

私を想って差し出されたそれは、とてもおいしかった。

 

 

それからというもの、彼には多くのことで頼らせてもらった。

 

こっちの勉強のわからないこと。

教室の場所。

二度目のお昼ご飯……

 

 

正直、迷惑だったと思う。

学校でいちいち面倒なことを言ったり、頼んでくる奴。

 

 

それでも。私の前では顔色を変えずにやってくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あるとき、彼を見続けたいと思った。

こんな思いは向こうでもしたことがなかった。

 

 

 

                    おかしい 

          なにこれ?なにこれ?

             怖いよ           私じゃ迷惑に

 

             もっときみを見ていたい

 

 

……♡

 

 

連絡先を交換した。

シュルシュル

 

あれの練習をした。完璧だ。

シュルシュル シュルシュル

 

もう自分を抑えられない。 ごめんね。

シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュルシュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュルシュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュルシュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュルシュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル シュルシュル

 pt 4G
➤10%
23:59

 < たいせつなあの人 
≡ 

 

  あの 

  ごめんなさい 

 はい  

  明日の昼、体育館裏に来ていただけませんか?  

 いいですよ。何か用事が?  

 えっと、 

 きみを 

⊡ ◰ Aa          θ

 

 




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