壊れた運命を紡ぐ魂は (紅葉555)
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1話 魂が求めるもの

 一つの魂は、その命尽きる時…天へと昇り、神のもとへと還る。

 

 そして新たな力を培い、時が経つと、また違う命へと転生を繰り返す。

 

 しかし、どうも気になる事が……

 

 ?「この魂だけは……どんな時代で生きようとも、幸せを味わえていない…」

 

 気になったある一つの魂は、前の人生も、そのまた前の人生も、幼い頃に家族を亡くし、孤独のままに生き…………成人もしない歳でその生涯を終えていた。

 

 しかしその魂はただの一度も蝶へと変化せず、その人生を終える度に強く願う。

 

 次こそは………次こそは…………と。

 

 魂の奥底では願っているのだ。幸せになりたいと………

 

 私は色々な魂を導いてきた。それがどんなに悲惨な運命でも、この与えられた責務をこなすことを第一に、感情を殺してきた。

 

 だって私は、全ての魂を平等に導かなければならないから。

 

 ?「ごめんなさい。私は何も手助けすることができません……。けれど、諦めなければ、願い続けていれば、その気持ちはきっと神様にだって伝わります」

 

 その光る魂はそう答えた私に対して一度淡い輝きを放ち、綺麗な光を零しながら天高くへと登って行った。

 

 代わりに……私が見守り続けますから。貴方が生まれ変わったその時、私はずっと見守り続けます。

 

 その命尽きたとしても、また私が神のもとへと導きます。

 

 貴方を蝶になんかさせませんよ。強く願い続ける限り、私は何度でも貴方を導きます。それが……私に出来るせめてもの……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 ──―ピピピピピピッッッッッッ

 

 部屋に鳴り響く高音。

 

 それが寝ていた俺の脳を叩き起こそうとする。

 

 しかし朝はできるだけギリギリまで寝ていたいと思うのが人間の性、鳴り響くアラームを無視して、俺は再び夢の中へと飛び込もうとする。

 

「すぅ…………すぅ…………………」

 

 ────ピピピピピッ!↑ ピピピピピ↓ ピピピピピッピーピピピピピー♪

(世にも奇妙な物語風)

 

 

「怖いわぁァァァァッッ!!」

 

 

 勢いよく起き上がった俺は、反射的に音を出しているアラーム時計を手のひらで弾き飛ばし、物に向かって思いっきりツッコむ。

 

「あっ……」

 

 ノリでやっちまった……と後悔するにはもう遅い。

 

 部屋の入口にあるドアの方へ吹き飛ばされたその時計は、壁にぶつかった衝撃でガラスにはヒビが入り、ネジが何本か分解されて再起不能状態へとなっていた。

 

「………はぁ…。買い直さなくちゃな…」

 

 今月の出費が増えてしまった……

 

 いやまぁ、目覚まし時計の一つくらい別に安いもんなんだけどさ。できるだけ無駄なお金は使いたくないもんだ。

 

 でもさ?吹き飛ばしてしまうのも仕方なくない?だってあの音楽だよ?マジで昔見た夢男がトラウマになっているんだからやめてほしいわ…。

 

 ……なんか朝から嫌な気分になったな……。こんな時こそ歌を歌って元気を出すんだ。

 

「らん♪らんらららんらんらん♪らんらんらららん♪」

(ナウシカ風)

 

 ……これも怖いな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 ベッドから起き上がった俺は2階にある自分の部屋から1階にあるリビングへと降りて、そのままキッチンへ。

 

 そして適当に卵を二つと冷蔵していた残りのご飯、そしてハムのパックを冷蔵庫から取り出し、予め残しておいた昨日の夕飯の残りのご飯を温め直す。

 

 その間にささっとスクランブルエッグを作り、そのままハムを適当に焼く。

 

 そして皿に移したあと、醤油を少量かけて簡易朝ごはんの完成!

 

 もちろんその間もさっきの気分を紛らわすようにYoupipeで動画を垂れ流す。

 

『Withered flowers forget♪What they wept for dey after dey………♪』

 

 いや〜!この歌は素晴らしい!なんかこう……心がウキウキするリズムだ!

 

 まぁなんて言っているのかはわからないがな!ついでに意味もわからんっ!

 

 

 

 はぁ……なんか気分を紛らわそうと無駄にテンションを上げようとするのに疲れた。

 

 でも音楽を聞いていたら楽しくなってくるのは嘘でもなんでもない。実際にさっきまでの微妙な気持ちは吹き飛びつつあった。

 

 そんなポップな音楽が流れる中、一人でもぐもぐと朝食を食べる。

 

 そう、一人。立派な一軒家で暮らすことが出来ているが、俺はここで一人暮らしをしている。

 

 というのも、俺が高校へと進学した昨年のある日、あの日までは俺はじいちゃんと二人で暮らしていた。

 

 かなりの高齢なんかではなかったが、六十代ももう終わりを告げようとしていた歳で、じいちゃんはあっさりと逝ってしまった。

 

 いや、そこそこの高齢か。

 

 仕事も退職したばっかりで、やっと楽して暮らせてあげれると思っていたばかりなのに、じいちゃんは俺を残して死んだ。

 

 そして小難しい話を永遠と本当に色んな人と話をして、なんだかんだで残りの財産はそのまま受け継がれ、家も何もかも俺の所持物となった。

 

 まぁその分払う物も多いが………

 

 じいちゃんは物凄く莫大な金額のお金を残してくれた、じいちゃんの元職場の人達の話によると俺には一切言わなかったが、いつも俺のことを心配していて、将来の為に、貯えていたお金のほとんどを回してくれていたらしい。

 

 そんなじいちゃんから、周りの同業者は自分の死後は俺が困ることが多いだろうから何かあれば助けてやってくれと頼まれていたようで、実際にこんなことになってしまった時はみんな優しく俺を助けてくれた。

 

 じいちゃんは誰とも結婚をしていなくて、子供もいなかったからか、俺を拾ってくれてからは見えないところで可愛がってくれていたようだ。

 

 そう、俺はじいちゃんの実の息子じゃない。話によると赤ん坊の頃に拾われたらしいけど……実際俺は当たり前だけど当時なんて覚えていないし、血の繋がりなんて気にしていない。

 

 どんな人でも、どんな関係でも、俺が今生きていられるのは間違いなくじいちゃんのおかげだ。

 

 そんなじいちゃんのおかげで普通に暮らしていても数年は問題なく生活出来るレベルでお金はある。からといって無駄遣いをする気にはならないが。

 

「ふぅ………」

 

 時間を見るとそろそろ家を出なければいけない時間だ。

 

 俺は急いで洗い物を済まし、鞄を持って家を出ようとする。

 

 よし……行くか。

 

 なんて思って一歩歩くと…………俺の学生手帳が落ちていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松学院2年 竹内蓮太

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそれを拾って家を出る。

 

 

 

 蓮太「行ってきます」

 

 

 

 まぁ、返事なんか返ってくるわけないんだが。

 

 そんなことを思いながら、俺は玄関の扉を閉めた。

 



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2話 魂の運命

 そして時間は流れ……あの時に導いた一つの魂は、また10年と経たずにこの世界へ還ってきた。

 

 私「ダメじゃないですか、こんなに早く戻ってきてしまっては」

 

 私の手のひらの上でゆらゆらと翔ぶその魂は、どこか悲しそうな雰囲気を感じさせる。

 

 私「でも……そうですか。また…願いを叶えられなかったんですね…」

 

 この魂は何度この転生を繰り返せば人並みの幸せを掴めるのだろう。

 

 何度この苦しみの中生き続ければ救われるのだろう。

 

 でも、私に出来ることは……

 

「そんなところで何をやっている」

 

 私「あっ、閣下。実は…また例の魂がこんなにも早くに還ってきてしまったんです」

 

 そう言って、まだ私の周りを浮かんでいるその魂を見せつけるように前へ差し出す。

 

 閣下「例の魂か……。実はだな、その魂の件で神からの指令があってだな」

 

 私「……?一体、どんな内容なのでしょう?」

 

 閣下「その魂の輪廻を止めることにしたそうだ」

 

 その言葉を聞いて、私は焦り出す。怒りにも似た感情ではあるが、それよりも何故唐突にそんな判断になったのか。それが疑問に思った。

 

 私「そんなっ…!まだこの子は人並みの幸せを一度も味わっていないんですよ!?まだ強く生きることを望んでいます!その証拠に蝶へと姿を変えていないじゃないですか!」

 

 閣下「我輩に言うな、全ては神の判断なのだから。その魂には申し訳ないが………どんなに強く願おうとも、もうその姿での転生はできない」

 

 私「でも…!あんまりですよ!この子はただ普通に幸せを願っただけではないですか…!なんで……」

 

 閣下「問題なのはその強い心だ」

 

 私「心…?」

 

 閣下「──も知っているように、魂が持つ力とは我々が想像するよりも遥かに強大な力だ。そして、その力が最大に発揮されるには強い心が必要なのだ。その魂が持つ心は、既に人の域を超えかけている。そのまま放置をすればその魂の運命どころか、世界そのものの歴史をも変えてしまう危険性がある」

 

 閣下「故に神はある一つの判断を下した。それは…………魂を二つに分かつ事」

 

 私「魂を……二つに?」

 

 閣下「あぁ。そうだ。その魂を二つに離すことが決定された」

 

 私「そんなことをしてしまったら、この魂はどうなるんですか!?」

 

 閣下「……間違いなく、その心…魂の願いは現在よりも弱くなり、離された2つの魂は別々の魂として転生を繰り返していくだろうな」

 

 私「そんな………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………

 

 

 

 

 

 家の鍵を閉め、ちゃんと開かないかを確認してから、家の敷地から出る。

 

 そして家のすぐ近くにある自販機で缶コーヒーを1本買って、飲みながら学院へと歩いていく。

 

 朝と言えばこの1杯だな、眠気を吹き飛ばすには最高の飲み物だ。

 

 蓮太「ふぁぁ〜……」

 

 ……いいだろ別に、眠たいもんは眠たいんだよ。

 

 もうすっかり歩き慣れた道の歩道を歩く。

 

 ここから学院までの距離はそんなに遠くはない。歩いていけている時点でかなりの近さだろう。

 

 まぁ…家から近いから選んだんだが………

 

 と歩いている道の先にもう1つの自販機がある。そしてこの2つ目の自販機にはゴミ箱がセットで置かれている。ここでゴミを捨てるためにわざわざさっきの自販機で飲み物を買ったのだ。

 

 しかしそこには………

 

『ぁぁぁぁぁ…………』

 

 自我を失ったようにただひたすらに上を見る人影が。

 

 その人は腰が有り得ないほどにひん曲がっており、両手の指を無造作に広げて、呻き声をずっと発しながら佇んでいる。

 

 ……もう見なれたもんだ。

 

 俺はその人を無視して、その腕を伸ばしてゴミをゴミ箱に捨てる。

 

 伸ばした俺の腕はその人の身体を貫通し、最初から何もいなかったかのようにそのまま通り過ぎだ。

 

 そう、その人の身体を貫通する。それに明らかに怪しい声に気味が悪い姿。

 

 アレは幽霊だ。

 

 俺は昔から幽霊が見える。おそらく体質なのだろう、そのせいで昔は本当に迷惑した。

 

 まだアレに体制がなかった俺は幼年期は毎度毎度ビックリしていたもんだ。

 

 そんな出来事も、この歳まで何度も見ていると嫌でも慣れる。

 

 それよりも俺は心の底から迷惑に思うことが……

 

 それは──―

 

 蓮太「うっ………!」

 

 来た……

 

 あの感覚。急に身体がふらついて、全身の力が抜ける。

 

 この謎の体質。急に激しい運動をした直後のように精神的に疲労が溜まり、一気にそれが爆発したのかのように全身に疲れが走る。

 

 蓮太「……ったく……なんなんだよこれ…」

 

 少ししたら治るんだが……突然襲ってくるもんだから本当に困る。

 

 この疲労感は最近になって感じるようになった。それも唐突に。

 

 1度医者に診てもらったのだが、その医者曰く特に問題は何も無いらしい。ストレスか何かを疑われたが、むしろこの急に疲れる現象が始まってからストレスが溜まっているんだ。

 

 なんならこのことを相談した時に、イタズラか?みたいな顔をされたし、適当にあしらわれたような気もした。

 

 思い出すだけで腹がたってくるな…

 

 …っと、そろそろ急がなきゃ本格的に遅刻だ。

 

 俺は朝から疲れを溜め込んで、その思い足取りで学院へと向かった。



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3話 朝の陽気

 

 私「どうしても……この魂を二つに離さなければいけないんですか?」

 

 閣下「どうしても…だ」

 

 二つに別けてしまうと、それぞれの魂として転生を繰り返していく。それはつまり、今のこの魂の願いは永久に叶わない願いとなる。

 

 これまでの努力を全て無に返すような神様の判断は………とてもじゃないけれど賛成はできない。

 

 けれど、私がいくら取り消しを願った所で、その運命は変わらない。

 

 私はただの神様の使い。死者の魂を案内することを命じられた「死神」なのだから。

 

 閣下「──、気持ちはわからなくはないが、神に模範を起こせば──の魂が処罰を受けることになるぞ」

 

 私「はい…それは十分にわかってはいますが……」

 

 そう、私は「死神」全ての魂を平等に導かねばならない存在。

 

 

 

 私「ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」

 

 私は手にしていた鎌で、その魂を斬りつけた。

 

 魂はその傷跡から真っ二つに分かれ、その分かれた二つの魂は別々の方向へと進んでいく。

 

 私「私は…………見守ることしかできない……」

 

 

 …………………

 

 

 朝から少し面倒なことがあったが、なんとか遅刻をせずに学院へと辿り着く。そのまま俺は靴を履き替え、自分の教室へ向かっていった。

 

 さて、今日も退屈な一日が始まるぞ……

 

 と意気込んでいると、教室に入るや否や女子に話しかけられた。

 

 女子「あの…竹内君、ちょっといいかな?」

 

 その話しかけてきた女の子は、少しあざとく、わかりやすい作り笑顔でなんか甘えるように声を発していた。

 

 蓮太「…ん?何?」

 

 こんなにわかりやすい作った可愛さでも、俺の学年では結構人気があるようで……

 

 確か……秋田さん。

 

 秋田「あのね、私、図書委員で今日に終わらせないといけない仕事があるんだけど……どうしても外せない用事があって…」

 

 あー、はいはい。そういうことね。

 

 秋田「だから、申し訳ないんだけど…よかったら今日の仕事を変わってほしいんだけど…」

 

 ……何で俺なんだ?別にそんなに仲がいいって人ではないんだけど。

 

 蓮太「あー……、んー……、まぁ…いいけど…俺は図書委員の仕事なんて知らないぞ?その場のノリで何とかなるのか?」

 

 秋田「そこは大丈夫だよ!実はもう1人図書委員の仕事をしている人がいるからその人に聞いたら簡単に出来ることだから!」

 

 蓮太「まぁ…わかった」

 

 秋田「本当!?ありがとう!さすが竹内君!学院で人気なだけあるね!」

 

 ……あざとい。

 

 秋田「じゃあ放課後に図書室にね!そこに行ったら教えてくれる人がいると思うから!」

 

 そう言って秋田さんはそそくさと教室から出ていって廊下を小走りで走っていった。

 

 後半のお世辞は必要ないと思うが……って、心の中で言っても意味ないか。

 

 とにかく、今日の放課後は急遽仕事が入ったわけだが…………「教えてくれる人がいると思う」?なんで確定じゃないんだ?

 

 男子「おーっす、何?秋田に何か頼まれたの?」

 

 話しが終わったあと、俺は自分の席に向かって歩き出す。その途中でまた別の人に話しかけられた。

 

 蓮太「図書委員のな、なんか仕事を変わってくれってさ」

 

 男子「ということは……第2の犠牲者の誕生ってわけだな」

 

 そんな気になることを言うこの男子は「海道秀明」俺がこの学院に入学した日に一番最初に話しかけてきた奴であり、それからはよく話す友人になった男。

 

 蓮太「第2?」

 

 秀明「そーそー。まぁ第1の犠牲者は言わなくてもわかるだろ?」

 

 そう言いながら秀明が指さす方向に視線を向けると、席に座って机に対してうつ伏せになっている一人の男子が。

 

 蓮太「柊史か…………」

 

 その男子の名は保科柊史。こいつも同じようなタイミングでお互いを知り合い、よく話す友人となった。

 

 秀明「蓮太はともかくとして、柊史の場合は今回だけのケースじゃないからな……俺もやめとけって言ってるんだが…ほら、柊史って人の頼みを断れない奴だから」

 

 蓮太「ま、それがいい所でもあるんじゃないか?」

 

 秀明「いいように利用されてるだけだって。損しかしてないじゃないか」

 

 まぁまぁ……それにはアイツなりの理由があるんだよ。

 

 蓮太「……まぁな」

 

 俺は自分の席に鞄を置いて、そのまま柊史の場所へと歩いていく。

 

 そしてすかさず肘を構えて、柊史の頭を狙って大声を叫ぶ。

 

 蓮太「くらえっ!必殺、肉弾エルボードロップッ!」

 

 体重を乗せたそのエルボーは、柊史の頭を粉砕する勢いで叩きつけられることはなく。接触する前に大慌てで柊史に躱された。

 

 そして途中で止められないエルボーはそのまま勢いよく机にぶつかる。

 

 柊史「あっぶねぇっ!?」

 

 ガンッ!という重い音と共に、俺の右肘からヒリヒリとした痛みが伝わってくる。

 

 蓮太「いってぇっ!?」

 

 秀明「朝から元気がいいな…」

 

 柊史「いきなり何してんだよ!?」

 

 蓮太「お前こそなんで避けてんだよ!?」

 

 柊史「いや避けるだろ!?なんでただでさえテンションが低くなってるのにお前からエルボーをされなきゃいかんのだ!」

 

 蓮太「よし、元気はあるみたいだな」

 

 咄嗟にあの攻撃を交わすことが出来たのは褒めてやろう。

 

 柊史「その確認なら普通にしてくれよ!?「大丈夫?」でいいじゃん!」

 

 蓮太「大丈夫?」

 

 柊史「おせぇよ!」

 

 女子「あーもう!朝からうるっさい!」

 

 近くから聞こえてきた声を認識した時、俺は後頭部を強く何かに叩かれた。

 

 蓮太「ありがとうございますっ!」

 

 秀明「おっ、和奏ちゃん。おはよー」

 

 その女の子は秀明に軽く挨拶をしたあと、俺達を哀れむような目で見てきた。

 

 和奏「保科はもしかしてドMだから人の頼みを断らないと思っていたけど………竹内は普通にドMだったなんて…」

 

 蓮太「は!?俺がドM?そんなわけないこともないわけがないこともない!」

 

 なんか反射的に感謝の気持ちが出てきただけだ!別に気持ちよくなんかなってないし、女の子に打たれたことを喜んでいるわけじゃない!ただ嬉しかっただけだ!

 

 柊史「ちょっとまって、俺は違うぞ?」

 

 秀明「ドMだと!?そうか…柊史は校内で興奮するために人の頼みを引き受けて、蓮太は女子からの制裁でエクスタシーを感じていたのか……」

 

 秀明「なんだ同士じゃないですかー!」

 

 柊史「さらりと自分の性癖を暴露するな!ビックリするだろ!?」

 

 蓮太「ちなみに俺はドMじゃないよ?」

 

 和奏「あんたはさっき喜んでたでしょーが!」

 

 その激しいツッコミと同時に飛んできたものは、仮屋の小さい拳だった。横腹あたりにズドンと拳がめり込み、俺の身体が悲鳴をあげる。

 

 蓮太「ありがとうございますッ!」

 

 紹介が遅れましたね、この女の子は仮屋和奏。知り合ったのはドMの二人と同じ。

 

 秀明「同士よっ!」

 

 和奏「ほら〜保科〜何とかして〜!」

 

 柊史「俺に振られてもな……」

 

 蓮太「っとまぁ……そう言えば、俺も放課後図書室に行くことになったからさ、その時になったら一緒に行こうぜ」

 

 その流れでさっきの一連の会話の内容を話し、仕事の内容を改めて柊史から聞く。どうやら新しい本のデータ登録のようで、それほど難しい仕事ではないようだ。

 

 和奏「…今回は竹内も巻き込まれてるの?」

 

 蓮太「哀れむ目で見るな。そもそも俺は今回が1度目だけどコイツはもう何度目だよ。俺よりも柊史を心配してやれ」

 

 和奏「それでもあんたもそれなりに人の頼みを引き受けるでしょう…。まぁ保科と違って女子人気が高いから、比べると比較的にそういう人は少ないけどさ…」

 

 それさっきも似たようなこと言われたけどなんなんだ?それってあれか?柊史みたいに「あの人なら簡単に雑用を押し付けれるよ!」みたいな女子人気か?

 

 柊史「なんでこんなドMよりも顔面で負けてるんだよ…俺…」

 

 和奏「ほんっと謎だよね。顔は上位、成績も悪くない。人気はそこそこある。でもなんで神様はこいつをドMにしたのかねぇ…」

 

 蓮太「うん?褒めてるの?貶してるの?どっち?」

 

 秀明「なーに言ってんだ!全部褒めてるじゃないか!」

 

 

 柊史、蓮太、和奏『うっさいドM』

 

 秀明「うん。息ピッタリだね、でも流石に少しは気を使ってね?ストレートな言葉って切れ味の良い刃物だからね?」

 

 席を立ちっぱなしだった仮屋は、適当なところから椅子を持ってきて俺たちの輪の中に入りそこに座る。

 

 和奏「でも、本当に保科はその性格をどうにかした方がいいよ?このままだと一生こき使われて学生生活が終わるだけじゃん」

 

 秀明「確かにそうだ。柊史はたまには1回、バッサリと断った方がいい。タダでさえ付け込まれると断れないタイプなんだから」

 

 柊史「付け込まれるってそんな…」

 

 蓮太「いやいや…世の中にはいっぱい人間がいるんだから、性格の悪い人とかと対面なんかしたら終わるぞ?」

 

 と言っても、今回の件を断れなかった俺が言うのもあれなんだが。

 

 柊史「大袈裟だろ…」

 

 和奏「いーや、甘い!女ってのは悪知恵がよく働く生き物だからね、何から何まで計算されているわけさ」

 

 ……それを女の仮屋が言うのはどうかと思うんだが。

 

 秀明「そのとーり!和奏ちゃんの言う通りだ!こっちがチラッと甘い顔を見せればつけ上がるんだ!」

 

 蓮太「お?」

 

 秀明「メシはもちろん、相手が見たい映画、財布なんかの小物、その他諸々奢らせた挙句、何の進展もなしに『いい暇潰しができたよバイバイ!』とか言うくせに終電逃して迎えに来てとかふざけんなっ!小悪魔どころじゃなくてアレはもう悪魔だ!」

 

 和奏、柊史「「…………」」

 

 蓮太「だ、そうですよ?皆さん」

 

 秀明「ハッ!?す、すまん…」

 

 こいつ……中々な波乱万丈な人生送ってそうだな。

 

 和奏「海道ってば、ロクでもない相手にいれあげたもんだ」

 

 蓮太「でもそう言う扱いをされることも……?」

 

 秀明「実は………嬉しくてな」

 

 その瞬間に秀明の表情筋が溶けたように柔らかくなった。

 

 和奏「うわっ!?ニヤついてる…!?これが本物のドMかぁ……」

 

 柊史「そこまでぞんざいに扱われて喜べる精神が俺には理解できない」

 

 蓮太「安心しろ、俺もだから」

 

 流石に俺はそのレベルにまでは達していない。

 

 秀明「まあ、君らは初心者だからな。仕方がないさ」

 

 柊史「上級者のドMとか絶対嫌だな」

 

 和奏「人の頼みばっかり聞いていたら、保科もこんな変態になるかもしれないよ?」

 

 柊史「変態は嫌だなぁ」

 

 秀明「本人が目の前にいることを忘れないでね?」

 

 秀明「ってそれよりも……柊史は優しくてもいいから、人に使われるようなタイプにならなければいいんだって、例えば……………」

 

 この学校にそんな人っていたか?誰の相談でも聞いて、人に使われない人だなんて

 

 

 

 和奏「綾地さんとか」

 



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4話 スクールデイズ

 あれから、二つになった魂はそれぞれの転生行い、それぞれの人生を歩むことになった。

 

 けれど、その二つの魂は、相変わらず──―だった。

 

 最初に見ていた片方の魂は、今までの人生の中で最も幸せそうに生きている。

 友達に恵まれて、恋人もできて、かの魂なら確かに普通の幸せを掴めるのかもしれない。

 

 けれどそれはあの魂が願った幸せになるのだろうか?

 

 ……

 

 わからない。わからないけれど、今はまだ見守ることしか出来ない。

 

 もしこれでもダメだった時、次の転生では────をしよう。次で条件を達成できて、私はあの魂と出会うことができるから。

 

 私という存在が安定しなくなったとしても、私は…この二つの魂を助けられたのなら……

 

 

 それと、タイミングが合って、「前世で虐待されていた魂」と「二つに別けられた魂」の人生が少しでも重なってくれたなら……二つとも幸せにしてあげたい。

 

 でもそれはあくまでこの「二つに別けられた魂」がもう一度悲しい輪廻を繰り返すことになった時。

 

 もう一つの魂はどうなっただろう?別けられた魂の片方は見ていたけれど、そろそろこっちの方も見てみなきゃ。

 

 私「んー…………。姫松学院?にっひっひ………本当に楽しそうですね」

 

 こっちの魂も友達と一緒に笑っている。

 

 けれど…………

 

 私「あれ…?感じる魂の力が…………弱い?」

 

 

 

 

 ……………………………

 

 

 

 

 

 秀明「ああー!綾地さんね、綾地さんなら確かに──」

 

 白髪の女の子「はい?呼びました?」

 

「綾地」という名前が出た瞬間、俺達の輪の横を偶然歩いてきたのであろう女の子が不思議そうな顔でこちらへやってきた。

 

 秀明「うおっ!?あ、綾地さん!?」

 

 綾地さん「驚かせたのならごめんなさい。通りかかった時にちょうど名前が聞こえてきたので。それで………私に何か用ですか?」

 

 蓮太「いや、別に用件があるってわけじゃないんだ。ポロッと名前が出ただけだよ」

 

 柊史「そうそう、別に悪く言ってたわけでもないし……、でも、気に障ったら謝るよ、ゴメン」

 

 綾地さん「いえ、少し気になっただけですから、別に怒っているわけじゃないですよ。気にしないて下さい」

 

 そう言う彼女の名前は「綾地寧々」白髪のログヘアーでめっちゃ美人、しかも成績も良くて男子からも女子からも超超超超大人気の校内の有名人。

 

 恐らくこの学院で「綾地寧々」を知らない人はいないだろう。特に男子は。

 

 ほんの少し話したりしただけで、1人になった瞬間に数人の男子がそいつに詰め寄るって行為が行われるほどの人気さ加減だ。

 

 寧々「それより仮屋さん、例の件ですが……」

 

 和奏「あっ、うん!バッチリ!いいところを紹介してもらったよ!おかげさまで何とかなりそう、ありがとう!」

 

 …なんの事だろ?

 

 寧々「それなら本当によかったです。また何かあれば部室に来て下さい」

 

 話の内容的に仮屋が何かの相談を綾地さんにしたのかな?というか部活?綾地さんが部活に入っているなんて話聞いたことないぞ?この人ならもっと噂になって周知の事実になっててもおかしくないのに…

 

 なんて思っていると、綾地さんは周りの人から次々に話しかけられる。

 

 女子「あ、綾地さーん!ノートありがとう!助かったよー!」

 

 そんなクラスの女子と他愛のない会話をしながら、ニッコリと綾地さんほ笑う。

 

 うーん。普通に……というか人気になるだけあるよな。その笑顔にはもう美しさすらも感じる。

 

 ぶっちゃけ街でも歩けばみんな振り返るんじゃね?

 

 その美貌からの存在感は半端じゃない。

 

 なんて言うんだろう、あえて言葉にするなら「別格」なんだよなぁ。こんな可愛い子が実はオ〇ニーばっかりしている淫乱娘だったら面白いなんて考える俺は終わっているのだろうか?

 

 寧々「また何か困ったことがあれば、何時でも言ってください」

 

 そう言って彼女はその女子に軽く手を振って別れを告げる。

 

 てか綾地さんって色んな人から相談を受けたりとかしているのかな?そのへんは柊史とはえらい違いだな、対応的に。

 

 寧々「保科君、そして竹内君も」

 

 ……?

 

 柊史「え…?えっと……なにか?」

 

 なんで呼ばれたんだ?

 

 寧々「もし、何か困ったことがあれば、力になりますから」

 

 ……なんで俺達二人だけなんだ?秀明もいるんだけど。

 

 それに柊史の悩みは………

 

 柊史「ああ、ありがと。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今は特に何も無いから大丈夫」

 

 やっぱりそうだよな。バカ正直に伝える気は無い…か。

 

 伝えれるはずもないな、「他人の感情が五感で伝わる」なんて。

 

 保科柊史は不思議な力を持っている。例えば「視線が痛い」なんて言葉を人は簡単に比喩として使うだろう。

 

 しかし柊史は違う。比喩でそれを使うのではなく、実際の経験として扱っている。

 

 本人曰く、それは実際に痛くて「視線が痛い」と言っているのだ。

 

 その他にも負の感情は「苦味」。怒りの感情なら炙られるような「痛み」。不安な気持ちなら「酸味」。

 

 それに酷い時は「色」や「匂い」が伴うことがあるらしい。

 

 これは、俺と柊史だけが知っている秘密。

 

 何故俺がこのことを知っているのかと言うと、ある時、俺が幽霊に向かって会話をしていた所を柊史に見られたことが原因だった。

 

 あの時は幽霊に最後に少し話し相手になって欲しいと言われ、仕方なくその相手をしていたのがまずかった。というよりも、もっと隠すべきだった。誰もいないと思っていた時間だったが、たまたま今日みたいに誰かの仕事の代わりをしていて帰りが遅くなった柊史に見られたのだ。

 

 そこで俺達は互いの秘密を話し合い、愚痴をこぼしていたりした。

 

 だから知っている。柊史の秘密も、俺の秘密も。

 

 そう、幽霊と、急な疲労。

 

 寧々「そうですか?私には、何か悩み事があるように見えたりしましたが…」

 

 綾地さんは柊史を見透かすような目で見ている。まるで柊史の秘密を知っているかのようだ。

 

 まぁ、見てわかるような秘密じゃないからそれはありえないんだけど。

 

 寧々「竹内君は?どうでしょう」

 

 今度は俺の方を見て、返答を待つ綾地さん。

 

 本当に、俺達に気がついているみたいだ。

 

 蓮太「別に……何もない」

 

 寧々「そう…ですか?」

 

 和奏「ね、もしかして…占いで出てたとか?」

 

 寧々「いえ、そういうわけじゃなくって……そんな気がしただけです」

 

 へぇ……そんな気がした。ねぇ…

 

 ただの偶然かな…?

 

 和奏「色んな人の相談を解決してきた綾地さんがいうなら、意味があると思うんだどなー」

 

 蓮太「…ん?やっぱりそうなんだ?」

 

 さっきの会話から大体予想はついていたけど……本当に色んな人から相談されているんだな。

 

 和奏「あーっと……!そっか…ゴメン、綾地さん!男子には言わないようにしてるんだったよね」

 

 寧々「あ、いえ、絶対に秘密と言うわけじゃないので気にしないで下さい。好奇心だけで来られると困る、というだけです」

 

 秀明「んー……。もしかして聞いちゃまずかった?」

 

 まぁ、なんかそれっぽい雰囲気だったけど……

 

 寧々「そんな仰々しい話ではなく……私は、オカ研に所属しているんです」

 

 秀明「オカ研?」

 

 蓮太「それって……オカルト研究部?」

 

 寧々「はい。そのオカ研です」

 

 オカ研………オカ研…………

 

 ウチにそんな部活なんてあったっけ?

 

 柊史「オカルト研究部なんてあったの?ここ……初めて聞いたんだけど」

 

 秀明「俺も。それって同好会じゃなくて、ちゃんとした部なの?」

 

 寧々「そうですよ。実は私たちが入学する前からあったんです。部員がいなくて今は私1人だけですが」

 

 へぇ……

 

 寧々「なので学生会の方から最近は結構つつかれてて……。活動も、発表などを意欲的にしているわけじゃありませんからね」

 

 なるほどね、それで認知度が低いのか。

 

 部活は1人で、口が悪くなっちゃうけど成績も残していない。活動も明るみに出るようなことはしていないとなると……

 

 存在を知らなくても仕方がない…か。

 

 蓮太「意外だな、綾地さんにそんな趣味があったなんて……それじゃあ幽霊とかエイリアンとかの研究?」

 

 でもそんな雰囲気は感じられない……か。

 

 ──―あっ。

 

 蓮太「もしかして…占い?」

 

 寧々「そうです、私は占いを。主にタロットを使った占いをしています。あくまで趣味程度のものですが」

 

 和奏「で、オカ研では人生相談も乗ってくれるわけ」

 

 秀明「人生相談?」

 

 寧々「あくまで占いの延長線上のものですから、人生相談なんて大層な物じゃありませんよ」

 

 なるほどね、よくある話だ。占いついでにその相談に乗る。だなんて。

 

 寧々「でも……もし竹内君も嫌いでなければ、いつでも部活に来て下さい」

 

 蓮太「あぁ…、ありがとう。いざって時はコイツといくよ」

 

 ポンっと柊史の肩に手を置き、俺は答える。

 

 一応質問されたのは俺達2人だからな。

 

 寧々「はい。保科君も何かあれば、是非」

 

 柊史「うん。その時はよろしく」

 

 その時、少し遠くにいる女子からまた綾地さんを呼び声が聞こえてきた。

 

 綾地さんはそれに受け答えをしたあと、改めてこちらを振り向いて一礼した。

 

 寧々「それじゃあ、私はこれで」

 

 そしてその場を離れ、呼ばれた女子の方へと向かっていく。

 

 和奏「……本当、綾地さんは凄いな。頭も良くて、可愛くて、偉ぶることもなくて」

 

 秀明「あんな完璧な子がまさか現実にいるだなんて、他校の学生に話しても信じて貰えないだろうな」

 

 まぁ…確かに。俺も実際初めて見るタイプだ。綾地さん以外にあんな人は知らない。

 

 秀明「しかし…綾地さんが相談に乗ってくれるなんて、もっと噂になっててもおかしくなくないか?」

 

 蓮太「それこそさっきちょこっと話をしていたじゃないか。要するに綾地さん目当てで寄ってくる男対策ってことなんだろ?」

 

 和奏「さすが竹内だね。そういうことさ、下手にみんなに広めると………」

 

 話す途中で仮屋は秀明の方を指さす。その方向を見てみると…

 

 秀明「俺も1度いってみてから……………………デュフ」

 

 不敵な笑みを浮かべていた。

 

 柊史「お前今「お近付きになれるかも」なんて考えてただろ」

 

 秀明「え!?ちょっ!?こんなところにオカルト能力者がいるよ!?」

 

 和奏「いやいや、丸見えだったよ?ピンク色の魂胆がスケスケだったよ?」

 

 蓮太「まぁたしかにオカルトな能力者だな」

 

 柊史「おい」

 

 蓮太「ま、まずはその垂れてるヨダレを拭いてから否定しろよな」

 

 妄想の段階で秀明の口元から透明の液体がこぼれ落ちていた。

 

 和奏「とまぁ、こんな男が大勢寄ってきても困るだろうから、その配慮ってわけ。3人とも理解出来た?」

 

 男3人『おう』

 

 綾地さんも大変なんだな。

 

 柊史「そう言えば仮屋も何か相談してたんだろ?さっきお礼を言っていたし」

 

 和奏「うん。アルバイト先を紹介してもらってさ、今月のお給料でやっとギターを買えるんだ〜!うひひ」

 

 蓮太「そりゃまた意外な物が出てきたな」

 

 仮屋ってギター弾けるんだな。俺はそういう楽器や音楽は聞く派だからな。

 

 和奏「元々は昔にお父さんがバンドをやってた時の物を使ってたんだけどね、弾いていくうちに自分のが欲しくなっちゃって」

 

 柊史「俺なんて昔に音楽の授業でやったっきりだよ」

 

 秀明「俺はお前ら2人よりは弾けるかもな。一時期音楽に凝ってた時期があったから」

 

 和奏「それこそ意外だね」

 

 秀明「昔の話だよ」

 

 へぇ〜。意外ってこういう時の為にあるんだな。

 

 蓮太「俺なんかそのへんはてんでダメだからな。素直に羨ましいよ」

 

 秀明「お前は歌が上手いだろうが」

 

 和奏「そうなの?」

 

 蓮太「上手くなんかないって。別に普通だっての」

 

 確かにたまに男3人でカラオケとかも行ったりしたけど……って、そういえばあの時も同じことを言われたな。別に自信はないんだけど…

 

 秀明「にしてもバイトか………俺にも紹介してくれないかなぁ……?」

 

 和奏「今キミ「そしたらお近付きになれるかも?その上お礼と称して初給料でデートに誘えるかも?」なんて考えたろ?」

 

 秀明「俺の周りはオカルト能力者だらけ!?」

 

 蓮太「どんだけ単純なんだよ…お前」

 

 そりゃあ、あんなに可愛い人と知り合いになりたいって気持ちはわからんでもないが……別に仲良くなったところでなぁ?

 

 秀明「哀れむなよ!男なら皆そうだろ!チャンスがあれば見逃せないじゃないか!」

 

 蓮太「そうかなぁ…?」

 

 和奏「竹内は女みたいだね」

 

 蓮太「そうかなぁ…?」

 

 和奏「面倒臭いからって適当に返すな」

 

 蓮太「そうかなぁ…?」

 

 その瞬間にあの拳が再び激突する。

 

 蓮太「ふごぉっ!?」

 

 柊史「まあ、他の奴らも虎視眈々と狙ってるだろうしな」

 

 蓮太「ぁ………あの………………無視っすか…」

 

 柊史「そんなことよりも、耳を済ませてみろよ」

 

 柊史は倒れている俺の腕を引っ張り上げて、小声でそうつぶやく。

 

 そして言われた通りに辺りに集中して耳を済ませてみると……

 

 

「今……アイツら綾地さんと話してたよな…?」

 

「羨ましい…!何を話してたんだ…?」

 

「俺も綾地さんと喋りてぇー!」

 

『クリリンのことか────ーッッッ!!』

 

「俺もアイツらの輪の中に入ってればよかった…」

 

 

 

 誰だ校内でドラゴンボール見てる奴。

 

 そして隣で立っている柊史はどこか痛そうな表情をうかべる。

 

 ……やれやれだぜ。

 

 秀明「何を他人事みたいに。お前らだって綾地さんと仲良くなりたいだろ?せっかく誘われたんだから占ってもらえば?」

 

 蓮太「俺はパス。面倒事に巻き込まれるのはゴメンだからな」

 

 秀明「もったいないなー。まあ…気持ちはわからんでもないが」

 

 柊史「俺も何かあって気が向いたら、ドアを叩いてみる」

 

 秀明「お前ら実は女の子なんじゃないの?」

 

 そんなことを言われても……悩みは簡単には言えないし、綾地さんは可愛いとは思うけど別に仲良くはないたくない。っていうか、仲良くなると面倒になりそうってのが強いな。主に周りの奴らから。

 

 和奏「そんな面白半分で行ったら、逆に嫌われると思うけどね」

 

 秀明「そうなの?」

 

 和奏「誰だって下心見え見えだったら警戒するですよー」

 

 秀明「※ただしイケメンは除く」

 

 和奏「そうだねー、残念だねー」

 

 秀明「笑顔で即答は酷いッ!!」

 

 

 ────―キーン、コーン、カーン、コーン。

 

 

 蓮太「お、そろそろ戻るか」

 

 チャイムが鳴ったのをいいことに、俺達は会話を止める。

 

 和奏「じゃあせめて竹内レベルになるまで頑張ってねー」

 

 秀明「追い討ちをする必要ありますか!?」

 

 

 

 

 

 とそんなこんなで俺達は授業を受ける。

 

 

 この後の放課後は、俺の学生生活をガラリと変える時間になることとは知らずに。



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5話 始まりの時

 退屈な時間を過ごし、ひたすらに授業が終わるのを待つ。

 

 まぁ待つと言っても適当に今晩の夜飯でも考えていたらいつの間にか授業は終わってたんだけど……

 

 まぁ、話は聞いてなかったけどノートにまとめてはいるから後で見りゃ何とかなるだろ。

 

 そして放課後になると俺はカバンを持ち、柊史のもとへと駆け寄った。

 

 蓮太「ほんじゃ、いこうぜ」

 

 秀明「結局仕事は代わったままか」

 

 なんだ…いたのか。

 

 蓮太「そんなこと言っても、1度引き受けた以上今更断れないだろ」

 

 和奏「それは確かにそうかもしれないなー」

 

 お前もいたのかよ。

 

 秀明「はぁ……、仕方ないな、俺も手伝うか?」

 

 柊史「サンキュ。でも気持ちだけでいいから」

 

 まぁ、パソコンに数字を打ち込むだけの仕事にこれ以上人手を増やすのもな……

 

 蓮太「俺達だけでなんとかなると思うから、秀明は仮屋とでも遊びに行けば?」

 

 秀明「おっ、そうする?和奏ちゃん」

 

 和奏「え?海道と?」

 

 秀明「おう」

 

 和奏「2人っきりで?」

 

 秀明「おう!」

 

 和奏「うん、それ無理♪」

 

 ……仲良いなコイツら。

 

 秀明「だから笑顔の即答は酷い!」

 

 和奏「まあ、そういう意味じゃなくて、今日は例のバイトがあってさ。時間が無いのだよ」

 

 秀明「バイトか……それならしょうがな──え?ちょっと待って?じゃあなんで2人きりかどうかを確認したの?関係なくね?」

 

 和奏「気のせい気のせい!」

 

 その無邪気な笑顔は攻撃力が高いぞ?仮屋さん。

 

 和奏「でもぶっちゃけキツイんだよね…」

 

 柊史「バイトが?そんな疲れるようなところで働いているのか?」

 

 和奏「あ、いやそうじゃなくて、放課後にバイトを沢山入れたのもあって、授業の復習とかが手つかずなんだよね……次の試験は結構ヤバいかも…」

 

 秀明「あれだったら俺が教えようか?和奏ちゃん家で」

 

 和奏「えー、アタシの家が殺人現場になるのは嫌だなー…」

 

 秀明「俺殺されるの!?」

 

 和奏「というか、アンタは成績そんなに良くないでしょうが!まだアタシの方が上だよ」

 

 下心が丸見えだからそんな風に扱われるのだよ、チミ。

 

 和奏「っと、これ以上は遅刻する。じゃ、2人ともまたね!」

 

 と時間を確認した仮屋は小走りで廊下を駆け抜けてった。

 

 ……転びそうだな。

 

 蓮太「じゃあ俺達もいくから」

 

 秀明「ああ、またな」

 

 そして俺達は2人と別れて特別棟へと向かった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 この学院の特別棟には図書室や美術室を始めとした教室、そして主に文科系の部室が連なっている。

 

 だからか、基本的にはこの特別棟には部活生以外は基本的には通らない。

 

 しかも図書室は1番上の階に位置しているため行き来が大変だ。だからマジで人がいない。

 

 そんな静かな廊下を柊史と2人で歩いていく。

 

 そして目に入ったのは──

 

 蓮太「へぇ……本当にあるんだな」

 

 見つけたのはオカルト研究部と書かれた札がぶら下がっている扉。

 

 柊史「確かに……こんな所にあるなんて……そりゃあ気づかないわけだ」

 

 蓮太「試しに相談してみたら?」

 

 柊史「感情が五感で伝わりますって?それこそふざけてるって思われて終わりだろ」

 

 蓮太「セブンセンシズかもしれないじゃん」

 

 柊史「黄金の角でも折ってやろうか…?」

 

 なんて話しながら俺達は目的の場所である図書室に入る。

 

 ガララと音をたてたあとに中を見渡すが誰一人として利用者はいなかった。

 

 蓮太「寂しい空間だな」

 

 柊史「本の数はたくさんあって立派なのにな、少し勿体ない気がするよ」

 

 俺達は受付の席に座ってまずはパソコンを立ち上げる。

 

 蓮太「えっと……どうするんだっけ?」

 

 柊史「ん?ああ、ちょっと待って」

 

 そして柊史は不慣れな手つきでキーボードとマウスに触り、記憶から探すように考えながらフォルダを開いていく。

 

 すると何かを打ち込むのであろう表がでてきた。

 

 蓮太「お、これに必要な項目を打ち込めばいいんだな?」

 

 柊史「そう、カテゴリー、タイトル、著者に出版社とかが必要だから」

 

 蓮太「全部じゃねぇか」

 

 まぁ、やることはわかった。あとは登録する本がどこにあるのかなんだが……

 

 蓮太「そういや肝心な本は?」

 

 柊史「ここの引き出しに入ってるって言ってた」

 

 そう言いながらも柊史が手伸ばした引き出しは、数ある引き出しの中で最も大きい引き出しだった。多分……頑張れば大人が1人入れるんじゃないか?

 

 そしてスーッとその引き出しを開けると………

 

 ビッシリと詰まった新品の本達が俺達を出迎えてくれた。

 

 蓮太「………この量?」

 

 柊史「…こりゃ急がなきゃヤバいな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 カタカタ……カタカタ………

 

 カチッカチッ……

 

 カタカタカタカタカタカタ………

 

 

 

 カッタッ……カッタッ……

 

 カチッ…………………カチッ…………………

 

 カッタッ……カッタッ……

 

 

 柊史「んっ、ん──…………」

 

 作業を始めてから1時間が経過した頃、柊史が疲れたのであろう身体を縦に伸ばしながら休憩していた。

 

 柊史「結構疲れるな……これ」

 

 蓮太「「結構疲れるな……」じゃねぇよ!現段階でやった作業の3分の2は俺がやったぞ!?」

 

 柊史「文句言うなよ、パソコンなんて普段から触らないんだから慣れないんだって。それに巻末を開かなきゃいけないから片手で打ち込むなんて…そりゃ時間もかかるだろ」

 

 蓮太「まぁそこに文句はないけどさ。お前後でジュース奢れよ」

 

 柊史「Monsterでいい?」

 

 蓮太「この後の作業も俺にやらせる気だろ」

 

 ったく………まぁいいか。

 

 蓮太「さっさと終わらせようぜ」

 

 柊史「んーそうだな。そろそろ腹も減ってきた」

 

 そして改めて俺達はパソコンに向かって睨めっこを始める。

 

 そして引き続き作業をしていると………

 

 タタタタッ!ッターン!

 

 とリズムのいい音が鳴り響いた。

 

 柊史の方を見てみると何やら決めポーズをして爽快にキーボードを叩いている。

 

 そして画面に打ち込まれている文字は──

 

『jjki↩︎』

 

 蓮太「遊ぶなよ!?」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 柊史「よしっ!これで仕事終了!」

 

 蓮太「だあー………づーがーれーだー」

 

 結局あのペースの差だ、俺が結構な数の本を打ち込むことになった。

 

 柊史「悪かったって…ほら約束通りジュースでも奢ってやるから」

 

 蓮太「甘いヤツね、バナナとミルクが混ざってるやつ」

 

 柊史「まさかお前がそんな下ネタを言うとは思わなかった……」

 

 蓮太「ちっげぇよ!バナナオレだよ!パックの奴が自販機にあるだろ!」

 

 なんて言いながらPCの電源を落とし、帰る準備を整える。

 

 窓の鍵が閉まっているかの確認を済ませ、片方の扉が閉まっているかの確認をする。

 

 そして図書室の隅の方にいた柊史のもとへと向かうと……何かの本を読んでいた。

 

 蓮太「なんっすか…、戸締りの確認もせずに読書っすか?」

 

 柊史「蓮太もこれ読んでみろよ」

 

 そして俺はカバンを置いて、差し出された本を適当にペラペラと見てみる。

 

 なんかようわからん難しい事ばっかり書いてるけど……

 

 不思議に思ってタイトルを見てみると『若人へ学習の指南』と書いてあった。

 

 蓮太「なに…?これ」

 

 柊史「さぁ?」

 

 蓮太「じゃあなんで見せたんだよ」

 

 柊史「さぁ?」

 

 なんて話をしていると……

 

「あれ?誰もいないの?」

 

 柊史「…?」

 

「まったく。鍵を返しに来るのが遅いと思えばこれか……後で注意しておくかな」

 

 この声は聞きなれた声。

 

 おそらくいつまで経っても鍵を返しに来ないから心配して見に来たのだろう。

 

 蓮太「おい、ちゃっちゃと返して謝っとこうぜ?」

 

 柊史「あ、うん──」

 

 女の声「あの、先生」

 

 ……あれ?この声って──―

 

 先生「綾地、まだ部活を?」

 

 寧々「はい。気付いたらこんな時間になってしまって」

 

 やっぱり、綾地さんだ。

 

 そういえば隣がオカルト研究部だったな。

 

 先生「そう。あんまりゆっくりしていないで、早く帰るように」

 

 寧々「図書室は……もう誰もいないんですか?」

 

 先生「みたいだね、もう鍵を閉めようかと思ってた」

 

 寧々「その前にちょっと調べ物をさせて欲しいんですが、鍵を貸して貰えませんか?」

 

 先生「こんな時間から?」

 

 寧々「タロット占いの事で少々。時間はかかりません。5分……は無理かも……でも20分もあれば終わりますから……お願いします」

 

 ……真面目なんだな、綾地さん。こんな遅くなった時にでも、相談をしてきた誰かの為に努力できるのか。

 

 こりゃガチの完璧だな。

 

 そんな綾地さんだからか、先生も特に何も言わずに図書室の鍵を綾地さんに預けた。

 

 先生「……あ、でも30分くらいには戻しに来てね」

 

 寧々「分かりました。ありがとう………………………ございます」

 

 先生「じゃ、そゆことで」

 

 寧々「は、はい……………気をつけます………………ハァ……ハァ……」

 

 そして先生は図書室から退出して、図書室の中には綾地さんだけが残った。

 

 ……

 

 蓮太「(なぁ、今がチャンスじゃないか?怒られずに出れるぞ)」

 

 柊史「(いや気まずいだろ!先生がいる時に出てればまだよかったけど、今出ていったら隠れてたみたいじゃん)」

 

 蓮太「(いや、でもこのまま隠れてるわけにはいかないだろ。ストーカーみたいじゃんか)」

 

 柊史「(まぁ……確かに?別にやましいことなんかしてないんだし、素直に説明すればいいか)」

 

 そりゃそうさ、彼女が調べ物に没頭し始めたら、それこそ声をかけづらい状況になる。

 

 って思ったんだよ。

 

 綾地寧々は真面目に本棚に向かって何か探すんだと思ってたんだよ。

 

 けどね?彼女は何故か扉の鍵が閉まっているかを何度も何度も入念に調べているんだ。

 

 寧々「ハァ…………ハァ……………」

 

 しかも息が荒いんだよ。

 

 寧々「大丈夫、ですよね…………………んっ………」

 

 しかも心做しか頬が赤い気がするんだよ。

 

 そんな彼女を横目に、俺は柊史に小声で話しかける。

 

 蓮太「(なぁ…綾地さん、なんか変じゃ……)」

 

 しかし隣にいる柊史はなんだかよく分からない顔をしていた。

 

 蓮太「(どうした?)」

 

 柊史「(なんか…変な味だ……。今までに感じたことの無い、濃厚な甘みのような…)」

 

 ……あの力か?

 

 しかも濃厚なって言ってた。ということはつまり、それほど強力な感情なのだろう。

 

 けどそこまで昂っている感情って?しかも柊史が今まで感じたことの無い味。

 

 怒りでも、悲しみでも喜びでもない。

 

 蓮太「(おい、大丈夫か?)」

 

 その時、綾地さんが遂に扉から動き出した。それに俺たちにどんどん近づいてきている。

 

 やばっ、バレたのか!?

 

 あ、いや、別にやばくはないんだけど…!

 

 なんて思っていると、綾地さんは俺達が隠れてしまっている物陰のすぐ目の前にある机の角で立ち止まった。

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寧々「んっ………!」

 

 

 艶めかしい声が聞こえてきた。



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6話 彼女の欲情《ヒミツ》

 不思議な光景だった。

 

 突如として現れた彼女は、入口の死角となる場所……俺達が隠れている物陰のすぐ近くの机の角で何かを擦り始めたのだ。

 

 

 

 って……

 

 何冷静に分析してんだよ俺は!?アホかッ!

 

 突然の光景に俺は頭を焦らせる。

 

 それを追求する前に言っておくッ!俺は今、思春期の中の奇跡ってやつをほんのちょっぴりだが体験した。

 

 い…いや…体験したというよりは、まったく理解を超えていたのだが………

 

 あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!

 

 俺は綾地寧々が調べ物をしていると思っていたら、オナっていた!

 

 な…、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をしているのかわからなかった…

 

 頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか露出プレイだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。

 

 もっと恐ろしくて気持ちよさそうな片鱗を味わったぜ…

 

 寧々「もう……こ、こんなの最低ですッ……学院内で、おっ、オナニー……をするだなんて……」

 

 ……は!?

 

 おおおおおおおおなななおなおなおななななななな!?!?!?!?!?!?

 

 

 美少女がおなにーって言ったぁぁぁぁぁ!?!?!?

 

 

 あの容姿端麗!才色兼備!一笑千金!雲中白鶴の綾地さんがおなにー!?!?!?

 

 朝はあんなに優しくて、大人っぽくて、品があって、美しい綾地さんだったのに!?

 

 寧々「うっ……あっ、あ、あ、あっ…!」

 

 あれ?これは夢?幻?朧?

 

 そうだ!そうに決まってる!流石に学院内でこんなことをするような人じゃない!柊史に確認を………

 

 柊史「(──────!!!!)」

 

 絶句してたぁぁぁぁぁぁ!!

 

 そりゃそうさ!あのみんなの憧れの的、高嶺の花のようなアイドルのように見られている綾地さんがオナニストだったという事実!誰に言われても絶対に信用しないだろうさ!

 

 こうして目の前で見たりしなきりゃな!

 

 つーことはこれは夢でもなんでもなくて現実かい!?

 

 ところがどっこい現実!これが現実です!ってかっ!?

 

 寧々「早く……!誰もいない………内に……!」

 

 いるんですけど──っ!?

 

 思いっきり馬鹿2人があなたの後ろにいます!

 

 言えないけれど!言えないけれどッ!

 

 覗くだなんていけないこと、だけどやめられない!ビクビクッ!

 

 

 

 って感じにはならないけどシンプルに申し訳ないんだって!

 

 いや、確かに!こんな所で自慰行為に至る彼女も悪いと思う!けれど!そもそもとして俺達がタイミングを逃して隠れてしまっているのも悪い!素直にさっさと出ていって帰っておけば彼女の秘密の幸福はバレることは無かったんだ!

 

 仕方ない!彼女だって人間だ!食欲もあれば睡眠欲もある。となれば性欲だってあって当たり前なんだ!

 

 この状況は覗き見ている俺たちの方が悪い!

 

 そう思うんだけど………

 

 綾地さんは、その綺麗な髪を振り乱し、顔を真っ赤に染めながら、快楽の為に腰を振り続けてる……

 

 

 

 目が離せるわけねぇよ!?!?

 

 

 俺だって同じような歳の男の子なんだもん!流石に女の子がこんな所で角オナやってたら嫌でも目に入るわ!

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

 

 あれから数分後……

 

 俺は自分の中で激しいツッコミを入れながらも、理性が爆発しないように必死に無理やり感情を抑えていた。

 

 たまに柊史を気にしながらも、俺達は彼女にバレないように裏からコソッと図書室を出ることを決意………したのはいいものの……。

 

 その判断をした頃には、彼女の行為は終わっていた。

 

 一気に疲れたような、けれどどこか幸せそうな顔を見せ、彼女は机を綺麗に拭こうとしていた。

 

 その瞬間に思う。

 

 だとしたら彼女が図書室から出るのを待った方が確実なんじゃね?と。

 

 だって今俺達が隠れているところは完全に彼女の死角。だから本人にバレてはいないんだが……

 

 事が終わった彼女は、証拠を隠滅してもうこの教室から出ていくだろう。

 

 そうした後、元々鍵を持っている俺達がこっそりと出ていって、適当な理由をつけて鍵を返すというのが、最適解じゃないか?

 

 なんて思っていると、机を拭きかけていた綾地さんの動きがピクリと止まる。

 

 蓮太「(あれ…?どうしたんだろ──―)」

 

 その視線の先には俺の鞄が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────あっ

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「──しまっ」

 

 

 そこで俺はやらかしてしまったことに気づく。

 

 鞄を置いていたこと?もちろんそれもそう。だけど、それ以上にやってはいけないこと。

 

 声を出してしまった。

 

 そして……

 

 寧々「──ッ!?」

 

 勢いよく俺達が隠れている本棚に顔を向ける綾地さん。

 

 その瞬間──

 

 お互いの瞳が交わされる。

 

 やば………………!

 

 ダメだ…!もう隠れていられない…!

 

 柊史「(……おい、あれ……蓮太の方を見てないか…?)」

 

 おそらく柊史も気がついたのだろう。ほとんど聞こえないような小声で俺にそう伝えていた。

 

 ……ダメだ。どんなに考えても、この状況を切り抜けられる策が思いつかない。

 

 俺は潔く諦めて、その物陰から一歩出た。

 

 蓮太「…………こ、こんにちは……」

 

 

 出たはいいけど…どうしたらいいんだ!?何か話すべきか?不審な者ではないよー!って?いやいやいやいや、無理があるだろ。

 

「お疲れ様」(*´﹀`*)

 

 って言うか?

 

「精が出るね」(`•ω•′)✧︎

 

 ってか?

 

「頑張れよww」(*´艸`*)

 

 ってか?

 

 無理だ無理だ無理だ無理だ!出てくる提案の全てが俺を破滅に導いてしまう!

 

 かと言って逃げることも出来ないぞ!?だって同じクラスなんだから!

 

 それを考えると、やっぱり今!この瞬間に問題を解決すべきだ!爆弾処理をしておくべきだ!ボンバーマンになるわけにはいかない!

 

 そして柊史に目線を送り、顎をクイッと動かして意志を伝える。

 

 そうすると、柊史は無言でゆっくりと物陰から出てきた。

 

 寧々「竹内君。それに保科君も、珍しいところで会いますね。図書室で何か調べ物ですか?こんな時間まで大変ですね」

 

 アレっ!?なんか綾地さん落ち着いてる!?それこそまるで普段のような……いや、いつも以上に穏やか……?

 

 ……よし、ここはとりあえず……。

 

 蓮太「そ、そうなんだ。この『若人へ学習の指南』ってのを探してて……綾地さんも大変だn──」

 

 寧々「別に大変なんかじゃないですよっ」

 

 めっっっっっちゃ食い気味に断られた。

 

 蓮太「あ、うん………そうだな、大変じゃないな」

 

 そしてチラッと例の机の角を見てみると、何事も無かったかのように綺麗になっていた。

 

 ………この数秒でここまで冷静に対処するとは………

 

 というかなんで柊史は何も喋らないんだよ。

 

 というか会話が止まった。

 

 これはまずいのでは?とりあえずさっきの件についての謝罪を……

 

 蓮太「ところで綾地さん……さっきのことなんだが──」

 

 寧々「え?なんですか?」

 

 うっそぉぉぉん!?

 

 謝罪すらさせてもらえねぇ!?

 

 蓮太「あっ、いや…その………、な、なんでも……ないです…」

 

 一瞬綾地さんの瞳から光が失われた気がしたんですけど!?病んでるアニメのキャラがあんな目にたまになるぞ!?

 

 寧々「そうですか。ところで……もう、帰らないといけない時間ですよね?」

 

 蓮太「あぁ…もう日も傾いてるし……そんな時間だろうな」

 

 ……気まずい。けれどちゃんと謝っておかねば…!下手をするとこの先の俺達の人生が終わる……。ってまじでなんで柊史は一言も喋らねぇの!?

 

 蓮太「もう……帰ろうとは思ってたんだが……その……本当に偶然で……えっと………………悪い…」

 

 寧々「…………」

 

 蓮太「………」

 

 圧が!圧がヤバい…!

 

 もう嫌だぁ……!お家かえるぅ…!

 

 蓮太「………なんでもありません」

 

 寧々「わかりました。私は用事が終わったので、先に帰りますね。2人とも、遅くならないように、気をつけた方がいいですよ」

 

 お前も謝れ!

 

 っという意思の元、俺は柊史の靴をドンッと踏む。笑顔を作ったままで。

 

 柊史「しゅおおおうえぬもももみまもむお…!」

 

 テンパってんじゃねぇよ!!!!

 

 1番肝心な所だろーがよ!お前っまじふざけんなよ!?

 

 蓮太「ここここの鍵は俺達がかけとくから、適当に先生にも説明しておくよ」

 

 寧々「ありがとうございます。それじゃあ……鍵を」

 

 チャリン──

 

 蓮太は鍵を手に入れた。

 

 鍵を袋に入れた。

 

 寧々「それじゃあ私はこれで。さようなら、竹内君、保科君」

 

 蓮太「あぁ…」

 

 綾地さんは鞄を持ち、慌てず、そして笑顔を崩さずにゆっくりと図書室を出ていく。そして俺とのすれ違いざまに──―

 

 寧々「ありえない……これは夢……そう夢……まさに悪夢。悪夢に違いない……そうじゃないとおかしい………こんなこと、ありえない、ありえない、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」

 

 なんて呟きが聞こえてきた。

 

 ……怖いよ、綾地さん。また瞳から光が失せて冷えきった感情を剥き出しにしてる所が。

 

 そして綾地さんが図書室が出ていったその瞬間──

 

 寧々「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────!!!!!!!!!!ありえない、ありえないッ!夢です!これは夢ですよぉぉぉ────!!!!!」

 

 

 綾地さんの感情が爆発したァッ!?!?

 

 

 やっぱり無理して隠してたんだ!?

 

 

 そしてその声が聞こえてきたと思えば……、勢いよくダダダダダッ!と廊下を駆け抜けて行く音が響き渡った。

 

 ………悪いことしたなぁ…。

 

 なんて思っていると、俺の後ろから柊史の声が聞こえてきた。

 

 柊史「………これ、学生証が落ちてたけど…」

 

 こいつ……!

 

 まぁ…しょうがないか。俺がたまたまこんな性格だっただけで…普通ならテンパるところだよな。

 

 蓮太「……?綾地さんのじゃんか」

 

 柊史「返しておかないとまずいよな……」

 

 

 蓮太「お、ま、え、が、か、え、せ、よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 柊史「話しかけづらいなぁ………もう…」



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7話 運命の一日、その始まり

 

 次の日の朝、俺は普段通りにベッドから起きて、朝食作りを始める。

 

 蓮太「夢なーらば〜どーれほど〜よーかったでーしょう〜♪」

 

 献立は昨日と同じ、適当に冷蔵庫にあったものに火を通してご飯を温め直すだけ。

 

 蓮太「さいごーにあなたーのことを…………♪」

 

 その瞬間に俺の脳内をチラリズムするのは、昨日の出来事。

 

 …………。

 

 蓮太「夢に見たんだよなぁ…………」

 

 いや……あれは簡単には忘れられないだろ…?

 

 お世話になりました!

 

 ってそうじゃなくて……

 

 蓮太「はぁ……。あの人、人の悩み以前に自分の悩みを解決すべきじゃないか…?」

 

 なんて思いながら、適当に作った簡易な朝食を食べつつ、テレビをつける。

 

『本日は日本で旅行に行きたい場所堂々の1位!「アクアエデン」について取材をしたいと思います!』

 

「アクアエデン」?聞いたことの無いところだな。

 

『ここ!アクアエデンは、日本の大地から少し離れ、海上に位置するまさに浮島とも言える土地です!足場全てが人工のもの、それに唯一……国内での合法カジノが認められているんです!』

 

 へぇ〜。

 

『ここで!この街の住人の方にインタビューをしてみましょう!……すみませーん!』

 

 テレビの奥のマイクを握りしめた人は、通りすがりの赤い髪が特徴的な女の子に話しかけた。

 

 そしてその「アクアエデン」?って街をアピールするような質問に、それらしく答えていく。

 

 そんなことはまぁどうでもよくて…ただ思ったことは……

 

 蓮太「なんでこの人は軍服なんだろ?しかもなんで取材時間が夜中なんだろ?」

 

 それにぞろぞろとその赤い髪の女の子の友達らしき女の子が寄って集ってきていた。

 

 ちっちゃい子と…大きい(意味深)子と………銀髪の子。

 

 ……個性豊かだな。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして適当な朝食を済ませ、いつも通りに学院へいく。するともう既に秀明と柊史はもう教室内にいた。

 

 綾地さんは………まだ来てないのか。

 

 蓮太「おはよ」

 

 秀明「おう、おはようさん」

 

 柊史「おはよう」

 

 そして俺は野郎達の近くに移動し、またしてもいつものように駄べる。

 

 秀明「それで?昨日はどうだった?」

 

 ……!

 

 い、いやいや。焦りを見せるな!普通だったんだ。そう、昨日は何も無かった。

 

 柊史「どぅ、どうって!?いきなりそんなこと聞かれても!?」

 

 何焦ってんだよ!?うろたえすぎだろ!

 

 秀明「は???そんなに大変だったのか、どおなんだ?

 

 柊史「たっ、大変だった角オナ!?」

 

 ばっかじゃねぇのっ!?何言ってんの!?秘密を守ってやろうとかの優しさはねぇのかよ!?

 

 いや、ちょっとそう聞こえたけど……。わざわざ口で言うことねぇだろ!?

 

 秀明「………何言ってんの?朝からいきなり下ネタ?」

 

 蓮太「なんでもないなんでない!こいつの欲求不満にいちいち相手をしなくてもいい!!!」

 

 秀明「……なんでそんなに必死なの?」

 

 蓮太「ヒッシジヤアリマセンヨッ!」

 

 秀明「……変な奴だな」

 

 ……いやぁ。

 

 無理だってぇ………あんなに可愛い子の「アレ」なんかみたらもう正常じゃいられないってぇ。

 

 柊史「……っと、そういえば…………はい」

 

 何かを思い出したかのように、柊史は自分の鞄から袋に包まれたクッキーを渡してきた。

 

 蓮太「え?なに?バレンタインにはまだ半年くらい早いけど…」

 

 柊史「違うわ!図書委員の秋田さんから。お礼にきた時に蓮太がいなかったから、渡してくれって頼まれたんだよ」

 

 蓮太「あぁ……、なるほどね。別にいいのに」

 

 秀明「アレだ、『家庭的な私って素敵☆』ってことだろ」

 

 そうかな…?別に普通にやればある程度のことなら家事ぐらい出来ると思うけど……。まぁそれは人それぞれか。得意不得意はあるだろうし。

 

 秀明「ま、珍しく柊史が嫌味を言ってたからいいんじゃね?今回は大きな進歩があった」

 

 柊史「俺だってやりたくてやってる訳じゃないってことをアピールしとかなくちゃな」

 

 ……本当に珍しい。あの柊史が人に嫌味を言ったなんて。

 

 まぁ…確かに大変ではあったからな。別の意味で。

 

 秀明「それで、昨日は本当に大丈夫だったのか?」

 

 蓮太「そのへんは大丈夫だった。ただ……」

 

 秀明「ただ……?」

 

 あの出来事を素直に話しても普通は信じてくれないだろうな。

 

 ……

 

 今なら綾地さんもきていないみたいだったし、周りに人は少ない………試してみるか。

 

 蓮太「もし、もしだぞ?仮の話として」

 

 秀明「なんだよ」

 

 蓮太「放課後の図書室である女子が────」

 

 と語ろうとした瞬間、ある人物と目が合って、俺の世界は完全に凍結した。

 

 

 

 

 寧々「……………」

 

 

 

 

 あやっ!やややや!綾地しゃんっ!?

 

 怖い怖い怖い怖い!また瞳に光が宿ってない!

 

 秀明「図書室でとある女子が?どうした?」

 

 しゅ、柊史は………

 

 柊史「(ガタガタガタガタ…………)」

 

 震えてるぅぅぅ!?!?

 

 蓮太「いや、なんでもない!なんでもないから!ごめんなさい!許して!」

 

 秀明「???許して?」

 

 そして綾地さんはすかさず秀明をスルッと通り越して、俺の真横にまで迫ってくる。

 

 寧々「おはようございます、海道君、保科君」

 

 ……

 

 寧々「そして…竹内君」

 

 やばい!やばいって!俺殺される!?なんで俺を呼ぶ時だけタメが発動されたんだ!?

 

 秀明「おはよう、綾地さん」

 

 寧々「な ん の 話 を し て い た ん で す か ?」

 

 蓮太「……いやぁ、別にぃ………ただ……夢の話を…………いや、なんでもないです」

 

 寧々「そうですか」

 

 普段と変わらぬその笑顔は俺をとても緊張感のある空間へと誘うような顔だった。

 

 なんだろう…まるで刃物を喉元に突きつけられているかのような感じ。

 

 そして俺がそう答えると、綾地さんはそのまま自分の席へと向かっていった。

 

 秀明「……なんだ?綾地さんと何かあったのか?」

 

 柊史「いやあれは……蓮太が悪いと思う」

 

 蓮太「そうだな……もう好奇心で語るのはやめるよ…」

 

 

 キーン……コーン……

 

 

 と、そこでHRを告げるチャイムが鳴り、先生が入ってきてそのまま出席をとる。

 

 教壇に立っているその先生の名前は久島佳苗先生。

 

 現国の教師であり、俺達の担任。

 

 ちなみに昨日図書室にきた先生も、かなちゃん先生。

 

 佳苗「はい、じゃあ今日も一日頑張りなさいっと…………。あー、それから保科、話があるから昼休みにでも職員室にくるように、いいね?」

 

 柊史「?あー…はい。わかりました」

 

 柊史が呼ばれる?何かしたのか?

 

 ……あ、昨日のこと?でもそれなら俺も呼ばれるはずだよな?

 



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8話 似た者同士と腐れ縁

「おーい」

 

 朝のHRから時間が経過し、今は午後、というか放課後、適当にみんなと話してもう帰るだけだった俺に誰かが話しかけてきた。

 

 蓮太「…?なんスか?」

 

 俺に話しかけてきたのは先生だった。といっても俺の学年、2年の担当の人ではなかったから名前も知らないが……

 

 先生「君、竹内君だよね?急だけどちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」

 

 ……俺の事を知ってるのはさすが教師と言うべきか、ちゃんと他学年の生徒の名前を覚えているなんてすごいな。

 

 蓮太「お願い…って何なんスか?」

 

 先生「いやぁ、今から職員会議なんだけど戸隠君にこれを渡すのを忘れててさ、よかったら届けて行って欲しいんだけど」

 

 そこで差し出されたのは何枚かの紙だった。

 

 ……いやまって?見せて貰えるとかならまだ分かるけど、差し出すって行為をされたらもう届けるしかなくね?

 

 しかも戸隠君って、3年の戸隠先輩の事だろ?……………えぇ……。

 

 

 戸隠憧子。さっきも言った通りの俺よりも1つ上の先輩だ。

 

 なぜ学年が違うのに俺がその人の名前を知っているのか……それは戸隠先輩はこの学院の生徒会長だから。

 

 何でも会長を務めあげるぐらいに頼りになり、優しくて仕事もできる……と割と評判な人。

 

 名前からして予想できるだろうけど、戸隠先輩は女の子で式の時などにちょこちょこ生徒の前に出て何かを言ったりしているところを見るけど、かなりの童顔だ。それなのに胸に秘めてるモノはかなりの『凶悪』

 

 多分軽く抱きしめられたら窒息死するんではないだろうか?

 

 とまぁこんな感じで2年アイドルが「おな………」じゃなかった。「綾地寧々」なら3年は「戸隠憧子」と言ったところの人気度らしい。

 

 噂によるとこの戸隠先輩が生徒会長になった事で、生徒会の競争率は跳ね上がったらしい……

 

 やれやれ……男ってホントバカ。

 

 

 と言った感じで嫌いとかではなく、別の意味で戸隠先輩と会うことは嫌だと思う。実際に話したことは無いにしても、年上、会長、そして圧倒的人気。この3点セットは、まだ2年の俺にとってはかなり緊張するものだ。正直逃げ出したい。

 

 誰だってそうだろ?なんで好き好んで面識の全くない上級生と会わなくっちゃあいけないんだ。

 

 先生「…あっ!ごめんもう本当に始まってしまう!急にごめんけど……よろしく!」

 

 そう言って先生は俺にその紙束を押し付けたあと、小走りで職員室の方まで行ってしまった。

 

 ………はぁ。

 

 行くしかねぇか。………俺も柊史とあまり変わんねぇかもな。

 

 蓮太「……グレートだな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして廊下を歩いていき、生徒会室に到着する。

 

 さっさと要件を済ませたい気持ちでいっぱいなところを我慢し、ガララっとその扉を開けた。

 

 蓮太「ちわっス……2年の竹内って言うんスけど」

 

 誰か「蓮太──ーっ!」

 

 蓮太「戸隠先輩に………ってうわっ!?」

 

 扉を開けた瞬間に、誰かに飛びつかれた。

 

 その拍子でバランスを崩し倒れそうなところを何とか堪え、身体を立て直す。

 

 蓮太「誰だ……って……なんだ仙台かよ」

 

 仙台「いや「なんだ」は酷くない!?珍しく蓮太がこんなとこに来るから芽依が迎えに来てあげたのに」

 

 蓮太「迎えに来てあげたって扉の前でスタンバってただけだろ!?てかなんで俺が来ることを知ってたんだよ!」

 

 仙台「だって窓から見えたもん」

 

 と俺に飛びついてきたのは、同い年の「仙台芽依」俺の昔からの幼なじみであり、まぁ腐れ縁と言うべき奴だ。

 

 クラスは違うが、こいつもそれなりに人気な女の子の1人。

 

 ぶっちゃけ俺よりも頭は良くて容姿も悪くない。髪型は基本的に短めで前髪だけをヘアピンで横にずらしている。そして全体的に少し小さめな女の子。

 

 小さめといってもほんの少しだけなんだが……背も胸も──

 

 蓮太「ふごぉっ!?」

 

 痛てぇ!?なんか急に腹を殴られた!?

 

 芽依「あんたまた芽依のおっぱいみて小さいとか思ったやろ!馬鹿にして……!馬鹿にして…………!!」

 

 蓮太「いや待て誤解だ!別に胸を見てない!……っていうかこんなところでおっぱい言うな!」

 

 …こいつは昔からそうだ、自分の身体の発育が悪いと何度愚痴られたことか…

 

 っていうか別に普通なんじゃね?っと思う。戸隠先輩みたいな凶器ではないにしろ、制服の上から見るには別にそこそこある方なんじゃね?…と。

 

 まぁ別に言わないけど。

 

 蓮太「ってか、なんでお前が生徒会室にいるんだ?」

 

 芽依「まぁ、そこはあんたとは違って芽依はみんなから頼られる。つまり人望があるのだよ」

 

 と話している時に、部屋の奥からもう1人の女の子がやってくる。

 

 女の子「はいはい。扉の前でじゃれ合うのは止めてね。それで?戸隠先輩に用なんだっけ?」

 

 蓮太「あぁ…そうなんスよ、これを届けにって……」

 

 教室の中を見渡してみると、この女の子と仙台以外の人が見当たらない。どこかに行っているのだろうか?

 

 芽依「そういえばそんなこと言ってたっけ?何?告白?」

 

 蓮太「俺の言葉を聞いてなかったのかよ!?届けにって言ったろ!?」

 

 芽依「あ〜はいはい、そんな面白くもなんともない話ね」

 

 蓮太「悪かったな…胸がときめく恋愛話じゃなくて」

 

 とそんなことを言いながら、その女の子に渡された紙束を手渡す。

 

 すると生徒会の役員であろう女の子はその紙を見ていって…………

 

 女の子「これは…まずいね。この1枚だけは今すぐ必要かも」

 

 ……また紙が1枚だけ返ってきた。

 

 女の子「ごめんけど戸隠先輩なら今は……多分特別棟の1番上の教室に行っていると思うから届けてくれない?」

 

 ……………貴女が行けばいいんでは無いですか?

 

 芽依「芽依達は忙しいの!さぁ!行った行った!」

 

 蓮太「いや俺は何も聞いてねぇよ!?」

 

 芽依「だいたいあんたの思ってることは分かるって……、どうせ「貴女が行けばいいんじゃ…」なんて思っとるんやろ?」

 

 蓮太「……オカルト能力者かよ」

 

 芽依「あんたと一緒にせんでくれん?…芽依は別に幽──」

 

 と言いかけたところを、慌てて仙台の口に手を当ててその口を止める。

 

 蓮太「まぁわかったよ。特別棟のいっちゃん……………1番上っスね?」

 

 芽依「ん────!!!ん────ー!!!」

 

 女の子「ごめんね」

 

 蓮太「いいッスよ。別に」

 

 俺は仙台の口元から手を離し、そのまま生徒会室を後にした。

 

 蓮太「じゃあな、仙台気が向いたらどっかで会おう」

 

 芽依「二度と来るなー!」

 

 そんなことを言う彼女は満面の笑顔を浮かべていた。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そういえば、柊史はちゃんと綾地さんに学生証を返したのだろうか?また感情がどうのこうのと言わずに行っていたらいいんだけど……

 

 などと思いながら、特別棟の最上階の廊下を歩く。

 

 ……昨日も通ったな…あの時は………いや思い出さないようにしよう。

 

 と考えていると、何やら声が聞こえてくる。

 

「ですから、そのっ、オッオ、オ、オ、オォォォォォォ」

 

 あれ?どっかで聞いたことがあるような…?

 

 柊史「いや違うから!落ち着いて!誰にも言ってないから!」

 

 この声は……柊史か。ということは、あの声は綾地さん?

 

 よく見るとオカルト研究部の部屋が少し空いている。

 

 なんだ、ちゃんと行ってるのか。

 

「保科クンとは部室の前で一緒になっただけだよ?」

 

 ……あれ?このまったりとしたような喋り声は……

 

 そのどこか聞き覚えのある声の方向は柊史と同じオカ研から聞こえてきた。

 

 そして俺は少し隙間ができていたオカ研の扉を開いて、中の様子を伺ってみる。

 

 蓮太「すんませーん…ちょっと聞きたいことがあって──」

 

 俺が、中の様子を確認する前に、ある女の子の声が聞こえてきた。

 

 

 

 寧々「―っ!?竹内っ君!?」

 



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9話 その運命は変わる

 なんとも言い難い微妙な空気が漂う。

 

 寧々「やっぱり、2人とも生徒会に報告をしたんじゃ………っ!」

 

 …?報告?オナニーを?そーんなことやらへんよ。

 

 柊史「いやだから違うって!本当に違う用件だから!」

 

 蓮太「そうそう。俺はオカ研にってよりも、戸隠先輩に用事があって」

 

 憧子「ん?わたし?」

 

 俺は持ってきた1枚の紙を差し出す。中身を見る気はなかったんだがその時にチラッと見えてしまう。

 

『オカルト研究部、部員規定数未達成の件について』

 

 ……そう言えば、オカ研は綾地さん1人って言ってたな……

 

 この学院はそこそこ大きい。ということはもちろん生徒の数も多くなっており、それに伴い部活動の数、そしてその部員、それぞれも多くなる。

 

 ということはつまり、綾地さん1人の為に学院側からすると部室を使わせる訳にはいかなくなる。

 

 ……あの時も綾地さんが言ってたな。生徒会からつつかれてるって。

 

 憧子「あっ……これ……」

 

 戸隠先輩も本当は不本意なのだろう。どこか語りづらそうに言葉を一瞬呑んだあと、改めて綾地さんに告げた。

 

 憧子「綾地さん…わたしがここへ来た要件なんだけど…」

 

 寧々「以前から仰っている件、ですよね」

 

 そして俺達に中身が見えないように綺麗に紙は折りたたまれ、綾地さんの手に渡った。

 

 憧子「うん。多分次の生徒会選挙で新しい会長と入れ替わるタイミングで、ここを……空けてもらわないといけなるなるかも…」

 

 柊史「え…?ここを空けるって…」

 

 蓮太「まぁ、そうだろうな。学院にいる生徒の数や部活動の数を考えたら……部員の数が1人の部活に部室は渡せないだろう。そもそも、部活を設立する規定部員数に達してないしな」

 

 憧子「まあ…そんな感じかな?実際に他の部活や同好会から不満の声が上がっちゃっててね」

 

 柊史「要するに……立ち退き勧告ってことですか?」

 

 憧子「そういうことに…なっちゃうね」

 

 ……待てよ?この学院の生徒会選挙って確か10月終わりか11月初めのくらい……だったよな?

 

 蓮太「でもさ、生徒会選挙って11月入るくらい…だったと思うんだけど、その前、つまり………文化祭頃までに部員が規定人数に達すれば問題ないんじゃない?」

 

 柊史「お前簡単に言うけどそれって結構難しいと思うぞ?去年から新入部員がいないのに後1ヶ月ちょっとで人数を増やせって…」

 

 蓮太「でもそんなことも言ってられないだろ。お前のハナから諦めてるその姿勢が…」

 

 憧子「……もう保科クンと竹内クンが入っちゃえばいいんじゃない?」

 

 ………俺はいつ名乗りましたか!?なんで俺の名前を知ってるんですか!?というか。

 

 蓮太「俺達が…?」

 

 柊史「オカ研に?」

 

 そうして俺と柊史は顔見合せる。

 

 もしかしてあれか?活動はしなくてもいいから名前だけの入部ってこと?それは逆に申し訳なくない?

 

 憧子「だって一生懸命考えてくれてたから、むしろ流れで「じゃあ俺達が入部します!」ってなるのかなぁー?って」

 

 蓮太「またなんとも返答しづらい意見っスね」

 

 憧子「あー。綾地さんが可哀想ー」

 

 蓮太「いや否定した訳じゃなくて!」

 

 憧子「冗談だよ、冗談」

 

 にこやかに笑っちゃあいるが……この冗談はなかなかキツいぜ……?

 

 憧子「ということで、わたしの話はこれでおしまい。というわけで竹内クンが言ってくれたみたいに、10月までまだチャンスはあるから、頑張ってね」

 

 と言って、人懐っこい笑みを浮かべて、手を振りながら戸隠先輩はオカ研の部室から出ていった。

 

 そして戸隠先輩の姿が見えなくなって──

 

 蓮太「俺、戸隠先輩に名乗ってないのに名前を知られてたんだけど」

 

 柊史「あれなんじゃない?違う学年でも噂にはなってるんじゃない?」

 

 蓮太「それどこの王子様?」

 

 なんて話をしながら、会話に綾地さんも混ぜようとチラッと彼女を見る。

 

 寧々「………………」

 

 しかしその目は、また光が灯っておらず、病み地さんへと姿を変えていた。

 

 ………なんで?部活勧誘?を断ったから?

 

 でもその殺意にも感じる視線は俺よりも柊史に向けられているような……………?

 

 蓮太「あや……」

 

 寧々「………………」

 

 

 

 

 

 俺もでした☆

 

 

 

 

 

 ってことは、あれを警戒してるんだろうな。

 

 寧々「それで………何の用事ですか?」

 

 俺は貴女には用事がないんですけど──―

 

 柊史「昨日の事なんだけど──」

 

 寧々「──ッ!」

 

 …………学生証まだ渡してなかったのかよ。

 

 って……。なるほどね。結局2人で渡しに来たのと変わらない状況って訳だ。

 

 あれかな?綾地さんの頭の中では俺達に脅迫とかされて調教させられる!とかそういう危機感みたいなことがあるのかな?

 

 だったら大丈夫ッスよ。そんな気はサラサラないし、逆に俺なら止めると思うので。

 

 寧々「夢じゃ……ないんですね」

 

 柊史「ゆっ夢じゃない…!けど!えっと…その……、き、綺麗だった!思わず見とれたというか──」

 

 寧々「────ッ」

 

 柊史「その美しさに…痛ッ!!」

 

 我慢できずに、思わず俺は柊史の頭をぶっ叩いた。

 

 蓮太「アホかッ!いちいちそんなこと伝える必要があるか!?そこはお世話になったとしても触れないで差し上げるのが紳士というものだ!」

 

 そして綾地さんはその「お世話」と言う言葉に反応して、また更に病み……もはや闇地さんになる。

 

 寧々「…………もうダメです……殺して………いっそ殺して下さい……」

 

 柊史「ちががが!違くて!今のは場を誤魔化そうとしただけで……その、ごめん!というか追い討ちをかけたのは蓮太だろ!?」

 

 蓮太「…………………かもね」

 

 言い方が悪かったかも?

 

 ってかお世話になったって部分は否定しないのね。

 

 蓮太「それよりも、要件ってあれだろ?」

 

 柊史「そうだった…。もうこれ以上事態がややこしくなる前に……はい、これ」

 

 そうして柊史は綾地さんに拾った学生証を手渡した。

 

 柊史「それと、授業中に綾地さんが気にしてたみたいだから、この場でしっかり話をしておこうと思って」

 

 授業中に気にしてた………か。

 

 便利なんだか不便なんだかよく分からないな、柊史の能力は。

 

 俺のに比べれば……応用力があるからまだマシかな。

 

 寧々「話…ですか?」

 

 柊史「うん。だから蓮太もいるのはいい機会だと思う。それで昨日の事なんだけど、あれは本当に単なる偶然、事故なんだ。声をかけるタイミングを逃しちゃってそのままズルズルと……」

 

 柊史「だから本当にゴメン!その……盗み見たりして」

 

 そう言って柊史は頭を下げて謝罪をする。それを横でぼーっと見てると、頭を下げたままの姿勢で俺を後頭部を持ち、そのまま無理やり頭を下げられた。

 

 柊史「お前も謝れ!」

 

 蓮太「ごめんなさい」

 

 …………色々考えたけど、素直に俺達が謝った方が話は早い……か。

 

 これでワザップジョルノみたいになったらヤダなぁ。

 

 寧々「あ、いえ、その……私も悪い……と言いますか、責任は主に私側にあることは、ちゃんとわかってますから……」

 

 柊史「昨日のことは絶対に他言しない!約束する。というか忘れる努力をするから!」

 

 蓮太「ぶっちゃけ忘れられないけどね」

 寧々「ですよね」

 

 反応早っ!?

 

 そしてすぐさま柊史は俺の頭を自分の鞄で思いっきり殴ってきた。

 

 蓮太「あっ、聞こえて──痛ッたあ!?!?」

 

 柊史「余計なこと言うなよ!さっきの紳士のセリフはどこいったんだよ!?」

 

 蓮太「まぁ……努力はするから…」

 

 ……無理……だと思うけどなぁ。

 

 柊史「それと……何か悩みがあるなら相談に乗るよ?俺と蓮太じゃあ力になれるかは分からないけど……」

 

 俺も……?

 

 柊史「俺は雑用しか出来ないけど、蓮太は大体のことはそれなりにできるから。この前も近所の家の犬小屋修理をお願いされてたのに、犬小屋を1から作っちゃってるくらいだから」

 

 蓮太「なんで俺は修理じゃなくて新築にしたんだろうな?」

 

 柊史「頭のネジがぶっ飛んでるんだよ」

 

 懐かしい話だ。まぁでもあの家のおばちゃんには結構お世話になってるから……つい頑張っちまったな。

 

 寧々「それは……凄いですね」

 

 柊史「だから余計なお世話かもだけど……もしかしたら相談してくれればなにか解決できるかも……」

 

 寧々「って…!あれは違うんです!悩みとかストレスとかではなくて………………じ……事情があるんです!ちょっと特殊な事情が、女の子にはあるんです!」

 

 柊史「たっ、大変そうだね……」

 

 図書室でオナる事情…?

 

 ふ──む。

 

 ・ ・ ・

 

 それは無理じゃね?無理があるくね?

 

 なんて思っていると、綾地さんは沸騰するんじゃないかってくらいに顔を真っ赤に染め上げ、何かをブツブツ言っている。

 

 マジで黒魔術とかは止めてね?

 

 柊史「と、とにかく絶対秘密にするから」

 

 寧々「ありがとう……ございます…」

 

 ……?なんでお礼を言われてるんだ?

 

 むしろ俺達が言う方じゃないか?

 

 蓮太「……帰るか」

 

 柊史「そうだな」

 

 そして俺達が部室を出ようとした時──

 

 寧々「あっ、ちょっと待って下さ──―ふぐっ…!」

 

 何かを言いかけた綾地さんの声とともに、何かが勢いよくぶつかった音がした。

 

 ………フグ?

 

 天ぷらが美味しいよね。ってそんなわけないか。

 

 振り返ると、綾地さんが膝を抱えてうずくまっていた。

 

 あぁ……あの音は机か何かに膝をぶつけた音だったのか。

 

 寧々「ひぁっ、ぅぅぅぅ〜〜〜……!」

 

 …どんだけ可愛いんスか?この女の子。

 

 蓮太「……大丈夫か?」

 

 寧々「へ、平気です…………ぅぅぅ、痛い…」

 

 どっちだよ。

 

 平気と言いつつも彼女は涙目になったまま、相変わらずうずくまっている。

 

 そんな彼女も心配ではあるが……その膝をぶつけた衝撃で、机の物がぶっ散らかったぞ?

 

 ……しゃあない。

 

 蓮太「柊史、お前はそっちのやつ拾ってくれ。俺はここのやつを拾うから」

 

 柊史「わかった」

 

 そうして俺はその場に落ちている筆記用具やカードを拾う。

 

 蓮太「……これはタロットカードか………えーっと……確かこれは『愚者』だったかな」

 

 俺が拾った1枚のカードは愚者を司るアルカナカードだった。

 

 ははっ、意外とオルフェウスとかイザナギとかアルセーヌとか呼べるかもな。

 

 なんて思ってると、何か柊史が声を出す。

 

 柊史「何これ…?」

 

 柊史が持ってるのはガラスでできた………瓶だった。

 

 蓮太「なんだ?それ」

 

 俺も近づいてその瓶を見てみる。

 

 なんだろ?これ。とりあえず分かることはめっちゃ綺麗で意匠がこらされてて……中身がキラキラと輝いてる。

 

 占いの道具……とかなのだろうか?

 

 蓮太「へぇ………綺麗だな」

 

 何気なく手を伸ばしただけだった。

 

 本当に、本当に純粋に綺麗だと思って、俺はよく見たいと思ったんだ。

 

 そして俺の指と柊史の指が、その瓶に同時に触れると……

 

 その瓶の中身の光が強く輝きだす。

 

 

 寧々「…………………え?」

 

 

 なんなんだ?これ。

 

 本当に不思議な感覚。LEDとかそんなんじゃない。

 

 柊史の力を持っていない俺でもわかる。温かいけれど、冷たくもある。痛いけれど優しい。複雑に入り混じった気持ちで心が締め付けられるような……

 

 まるで「色んな人の感情」がそこにあるかのような……

 

 まるで………………「人の心」がそこにあるかのような。

 

 寧々「そんな風に光だすなんて……」

 

 

 

 

 俺達が動揺している間に、その瓶の輝きは強くなり、ついにその光が弾け飛んだ。

 



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10話 人々の……

 

 目を焼くような輝きが、俺を……いや、俺達を襲う。

 

 それは一瞬の出来事ではあったが、眩んだ視界は数秒に渡って世界を白く染める。

 

 そして少しずつ視界が安定してきた時、不思議な現象が起こっていた。

 

 蓮太「………!なんだ…これ?」

 

 部室に舞い散るのは白き羽根。

 

 簡単に手のひらで握り潰せそうな程に小さいその羽根は、淡く光を放出しており、その存在感は明らかに俺が知っている普通の羽根とは違っていた。

 

 寧々「羽根……?いや…これは欠片?……でも、どうして?」

 

 蓮太「欠片?どういうことなんだ?」

 

 俺がその質問をするのと同時に、宙を舞っているその小さな羽根の1つが、俺の胸辺りに引っ付いた。

 

 いや……これは……………。

 

 蓮太「──ッ!?」

 

 小さな羽根が俺の胸の中へと入るように溶けていく。

 

 その瞬間に、心臓が跳ね上がるような感覚がした。

 

 それに………その羽根、熱い!?

 

 まるで胸の中が焼けていくみたいだ。

 

 柊史「蓮………太!?」

 

 ……実際に目で見ている余裕はないが、声の反応的に柊史も似たような状況になっているのだろう。

 

 チラッと横目で見ようと思っていたが……辺りに散らばるように舞っている羽根は、どんどん俺の方へと集まっていく。

 

 苦しい声を我慢するので精一杯だ………!

 

 そしてついに辺りの羽根が一斉に俺の元へと集結しだした―!

 

 柊史「う、うわあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 いや……俺達……なのかもな…

 

 

 ────!

 

 その瞬間。俺の視界は真っ白な世界へと移り変わった。

 

 これはさっきのような眩しさの比喩表現ではなく、本当に真っ白な世界へと変わっていた。

 

 そしてノイズがかかったみたいに、聞いたことの無い声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 声『どうしてあの子ばっかり……』

 

 

 

 誰だ?女の子?

 

 

 

 声『私だって頑張ってるのに……レギュラーになりたいのに………!』

 

 

 

 レギュラー?何かの部活か?

 

 

 

 声『どうして成績が上がらないんだろう……毎日毎日、時間を惜しまずに勉強をしてるのに…』

 

 

 

 なんだ…?この感情。

 

 

 

 声『どうして浮気なんてしてたの…?ずっと信じてたのに……!』

 

 

 ……気持ち悪い。

 

 この様々な感情が混ざりあったかのような感覚が気持ち悪い。

 

 まるで他人の心を無理やり流されているみたいだ…

 

 ………吐きそう。

 

 

 

 声「……な君?」

 

 うえぇ……!

 

 声「しっかりしてください!竹内君!」

 

 その瞬間、俺はその真っ白な空間から目を覚ます。

 

 そして俺の目の前には、俺を心配してくれている綾地さんと、先に目が覚めたのか柊史が気分が悪そうに俺を見ていた。

 

 ……辺りを見渡しても、もうあの羽根は見えない。

 

 よかった……これ以上気持ち悪くならなくて良さそうだ。

 

 寧々「大丈夫ですか?」

 

 蓮太「……なんとか」

 

 ……もう昼に食べたものが喉辺りまできてそうだ。あとほんのひと押しで物がでてくるかも。

 

 柊史「……蓮太もだろ?…あの羽根って何?占いの演出?」

 

 …バカか………。占う相手をこんなに気持ち悪くさせてどうするんだよ……。

 俺はお前みたいに普段はこんな感情なんて感じねぇんだよ…

 

 寧々「それが、私にも何が何だかさっぱりで……。それと羽根は消えたというよりも……保科君と竹内君の中に沈んだように見えましたよ?」

 

 綾地さんが見て理解しているってことは、あれは夢でもなんでもないってことか……、それにやっぱり柊史も同じ感覚に陥っていたんだろう。

 

 蓮太「あの光は…?あのガラスの瓶を触ったら──―」

 

 俺が視線をあのガラスの瓶に移した時、なにか違和感を覚えた。

 

 見た感じは、相変わらず普通のガラスの瓶だ。

 

 意匠がこらされてて……中身がキラキラと輝いて──―いない!?

 

 蓮太「あれ…?こんなにこの瓶……暗かったっけ?それに何も中身が入っていないような…?」

 

 無造作に転がったその瓶を手に取り、改めて中身を確認してみる。

 

 ……やっぱりそうだ。何も入ってない。

 

 寧々「こんなことは初めで、本当に何が何だか……………………あれ?」

 

 俺が瓶を持ち上げて見ているからか、綾地さんの視界にもそれが写ったのだろう。そして綾地さんはその瓶を見た瞬間に、明らかに動揺を見せた。

 

 寧々「え?えっ!?な、ない………?なっ、ない……!欠片がない!」

 

 柊史「欠片……?」

 

 そういえばさっきも言ってたな……?欠片がどうのこうのって。

 

 寧々「ど、どうして……!?……もしかして、さっきの羽根って……!」

 

 ……やばいな……本格的に波が来た…!なんとか堪えているけど………マジで歩いたりしたら吐きそう………!

 

 寧々「羽根は保科君と竹内君の中に入っていきました………よね?」

 

 蓮太「ああ……変な感覚はあった…」

 

 柊史「それなら俺もあったよ。告白が成功したとか、他にも悲しい気持ちとかも流れてきた……かな」

 

 蓮太「あぁ…、それなら俺もあった。「レギュラーになりたい」とか「成績が上がらない」とか「浮気した」とか────」

 

 説明している途中で、綾地さんは勢いよく俺の胸ぐらを掴んできた。

 

 そしてゆっさゆっさと……いや、ブンブンと激しく俺の頭を揺らしてくる。

 

 寧々「それっ!間違いありませんっ!私が今までに集めてきた欠片っ!」

 

 蓮太「あやややあやちさんんんん!?!?」

 

 脳が!脳が揺れるっ!っていうか………!や、ヤバい……!出るって!

 

 寧々「返して下さいっ!お願いしますからっ!」

 

 蓮太「おおおおれおれだけじゃななないじゃんん!しゅ!しゅしゅしゅしゅうじも……!!」

 

 まともに喋れないー!

 

 待て待て待て待て!!ホントにやめてっ!?

 

 寧々「やっぱり羽根は心の欠片で、竹内君が取り込んでしまったんですっ!」

 

 だ!か!ら!俺だけじゃなくて柊史もだって!!

 

 蓮太「あっ………!うっ…、うっ、うっ……!ほ、ホントにヤメテ……それ以上は本当に困る……」

 

 寧々「困るのは私の方なんですっ、心の欠片を返して下さいっ!」

 

 その瞬間、我慢の糸が切れたかのように俺の中の何かが切れた。決定的な何かが………

 

 そしてそのタイミングと重なった時、綾地さんは俺を揺らすのを止めてくれたが…………時すでにおすし。いやマジでおすし。

 

 蓮太「さらばだ、綾地さん………柊史……………、そして…カカロット……」

 

 そしてその瞬間──―

 

 

 

 俺はゴミ箱へ顔を突っ込んだ。

 

 



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11話 心の欠片

 蓮太「うっぷ………」

 

 まだ気持ち悪さが微妙に残ってる。

 

 こんな感覚に陥ったのは本当に久しぶりだ。

 

 寧々「ごめんなさい、取り乱してしまって…」

 

 蓮太「いや、大丈夫だ…問題ない」

 

 柊史「……微妙に大丈夫じゃないな」

 

 蓮太「お前って本当に嫌なやつだな!」

 

 人の気持ちがわかるからって、思ったことを口にするんじゃなくて配慮をしろ!配慮を!

 

 まぁ…なんにせよ、綾地さんに全てをぶっかけなくてよかった。俺から飛び出したモノで綾地さんがドロドロになんかなったりしたら……………

 

 終わるな、俺。

 

 蓮太「それはともかくとして………心の欠片って何?」

 

 あの不思議な羽根。あれを綾地さんは心の欠片って言ってた。心の欠片って何?

 

 寧々「その前に、正直に答えて下さい。竹内君と保科君は「魔女」ではないんですか?」

 

 蓮太、柊史「「魔女?」」

 

 何かの隠語……とかなのか?

 

 うーん。魔女が好きか?とかならまだ分かるけど魔女なのか?って質問はなぁ……

 

 そりゃあ魔理沙が好きだけどさ。

 

 蓮太「いや、違う。というかそもそも女の子じゃないし…」

 

 寧々「そうです…か。……改めて、心の欠片は言葉の通りです。「人の心の欠片」喜怒哀楽を始めとした強い感情の一部なんです」

 

 柊史「強い感情の一部?」

 

 きっと俺達は今、変な顔をしているのだろう。だってその言葉が理解出来てないから。

 

 あの羽根が人の心?そりゃあそう考えれば色んな人の感情が伝わってきたかのようなあの感覚の説明はつくけど……そんな非科学的なこと………

 

 ………

 

 幽霊も急な疲労も、人の感情を感じれるのも十分に非科学的なことでしたね。

 

 寧々「その微妙そうな反応……誤魔化しているわけではなさそうですね」

 

 蓮太「……綾地さんはそれを集めてるんだろ?その…心の欠片だっけ」

 

 寧々「はい…」

 

 綾地さんの顔は真剣だ。その真顔は決して崩れることは無かった。

 

 つまり、そんなバカバカしいような話でも、本人からしたらそれだけ真剣なんだってこと。それと……

 

 蓮太「どうよ、柊史」

 

 柊史「嘘なんかじゃない…………と思う」

 

 なるほどね……最後に思うと付けることで違和感をなくしたのか。

 

 つまり柊史が感じ取っている気持ちも、マジなんだってこと。

 

 寧々「こんな話、信用してもらえないと思いますが……」

 

 柊史「いや、信用をしてないわけじゃないよ。これをどう受けとったらいいかわからなくて…」

 

 …

 

 蓮太「心の欠片は人の心……か」

 

 綾地さんは俺達が感じた言葉を述べた瞬間、羽根が欠片であることを推察した。ということは、それらの感情は綾地さん自身が知っていることってわけだ。つまり……

 

 蓮太「あの幻聴のようなものは、綾地さんに相談をしてきた人達……ってこと?」

 

 柊史「……なんでそう思うんだ?」

 

 蓮太「まず、俺達が不思議な感覚を伝えたその瞬間に、綾地さんは反応した。ということはそれらは綾地さん自身が経験したこと…か、何らかの理由で全く同じ内容の話が綾地さんの耳に入ったということ」

 

 柊史「うん」

 

 蓮太「そしてあの羽根=心の欠片。しかもあの声は男女問わずに様々な悩みがメインだった。恋の悩み。勉学の悩み。部活の悩みということは……これは綾地さん自身の経験ではなく、オカ研での悩み相談の内容………じゃない?」

 

 寧々「大まかには…」

 

 まぁどうやって集めたりしているのかは全くわかんないんだけどさ。

 

 柊史「大まかって?」

 

 寧々「人の心はとても繊細なんです。そしてバランスが非常に重要になります。ですから、強い感情に心が偏ると、バランスが崩れて良くないんです」

 

 蓮太「それって「怒り」とか「悲しみ」ってこと?」

 

 寧々「いえ、負の感情だけではなく、激しい喜びなども含まれます。嬉しい気持ちでも、それが大きすぎるとバランスが崩れて、反動が生じかねます」

 

 ……嬉しくても反動……。

 

 仕事が大好きでずっと頑張り続けたけど、定年になって無気力になったりする人とか…?

 

 具体的な例はこれが思いついたけれど、多分嬉しくて楽しいって思っていた時間が終わったあとの虚無感というか…あの感じなんか?

 

 柊史「……?」

 

 蓮太「……要するに、これ以上ないくらいに自分が面白いと思ったゲームがあるとするだろ?」

 

 柊史「うん」

 

 蓮太「勿論、それはストーリーをクリアするまで楽しむじゃんか?」

 

 柊史「うんうん」

 

 蓮太「そしてめっちゃ楽しみながらそのゲームをやって、ついにゲームをクリアしたとする。その後にやり込み要素が全くなかったら?」

 

 柊史「…………面白いと思ってた分、ちょっと落ち込むかも」

 

 蓮太「そんな感じと思うよ、多分」

 

 柊史「ほーん。なるほど」

 

 合ってるよな?大体こんな感じだよな?

 

 寧々「まぁ、そんな感じです。ですから心はバランスをとる必要があって、その余分な分を回収した物が「心の欠片」です」

 

 まぁ…システムは何となく理解はできた。要するに悩んでいる人を手助けして、解決した時に生じる喜びで崩れた相手のバランスを少しだけ回収しているのか。

 

 それで人助けを…?まぁそれだけじゃないだろうけどさ。効率がいいんだろう。困っている人を自分から探さないでいい分特に。

 

 それで真剣な悩みを抱えている人しか募集をしていなかったのか……って、これは普通か。

 

 柊史「…大体は理解出来たよ。でも、ひとまずその仮定を受け入れたとしてだ……その俺達は心の欠片をどうやって返したらいいの?」

 

 確かに、それが肝心だ。

 

 綾地さんがどんな理由でその心の欠片を集めているのかは知らないが、俺達は別にこんなもの必要ない。となれば元の持ち主に返すのは当然だろう。

 

 寧々「あっ………、それは…………」

 

 蓮太「…………わからないってことか」

 

 寧々「はい…ごめんなさい」

 

 柊史「いや、謝られることはないんだけど…」

 

 困ったぞ……?心の欠片を集めていた綾地さん本人が取り出し方を知らないとなれば……どうやって返せばいいんだ?

 

 あくまで俺の心として融合したのだろうか?そしたら俺の心のバランスを崩したらまた出現するのか?

 

 

 3人とも考え込んでいるのか、この部室を完全に沈黙が支配する。

 

 そのタイミングを見計らったかのように、部室のドアがノックされた。

 

 そして、その音に綾地さんが反応をし、返事を返したあと、その扉は開かれる。その先にいたのは…

 

 佳苗「まだ残ってるの、綾地……………って保科?それに竹内も」

 

 蓮太「かなちゃん先生…どうしたんスか?こんな所に」

 

 まぁ別に来ることが悪いことではないんだけどさ。

 

 なんて思っていると、かなちゃん先生は持っていたスマホで俺の頭を軽く叩く。

 

 佳苗「かなちゃん言うな。と、いうかそれはこっちのセリフだ。キミ達の方がこんなところで何してるんだ」

 

 柊史「それは、まぁ……いろいろと」

 

 佳苗「男が2人でこんな人目のないところで……?変なことしてないでしょうね…?」

 

 蓮太「別に、怒られるようなことはしてねッスよ。オナ病み相談って感じかな」

 

 実際は結構な摩訶不思議な出来事が起きてたけどな。さっきまで俺ら同様、というよりも俺達以上に、あの出来事を他の人に説明しても、理解に苦しむだろう。

 

 寧々「それよりも先生、どうかしたんですか?」

 

 佳苗「どうかした、じゃないよ。特別棟を閉める時間。部室の鍵を返却して、早く帰りなさい」

 

 蓮太「……もうそんな時間だったか」

 

 近くにあった窓から外を見てみると、確かにもう暗くなっている。この9月時期に暗くなるなんて……

 

 柊史「確かに………そんなに時間が経ってたのか」

 

 佳苗「事前申請無しでこれ以上遅くなるようなら、部活停止になりかねないぞ」

 

 寧々「で、ですが………」

 

 まぁ、不安だろうな。というよりも、心の欠片をどうするかとかも何も決めていないからな。

 色々と話したいことはあるが…………とりあえずこの場を離れた方が良さそうだ。オカ研を利用した悩み相談も出来なくなれば、最悪のケースである1から振り出しに戻る。と判断した場合にも支障がでる。

 

 蓮太「わかりました……申し訳ないッス、こんな時間まで残ってて」

 

 寧々「あ、あの…」

 

 蓮太「とりあえず今日は帰ろう。今この場に留まってても、何か進展するような気配は感じられない。部活動停止は……綾地さんも困るだろ?」

 

 俺が説得すると、渋々と言った感じで綾地さんも賛成してくれた。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして俺たち3人は部室を後にして、学校の前で、一旦足を止めた。

 

 柊史「えっと……これからどうしようか?」

 

 寧々「ちょっと落ち着いて考えてみます。相談したい相手も…いますから」

 

 蓮太「そんな相手がいるのか」

 

 ちょっと驚いた。普通ならこんなことをまず信じて貰えないだろう。俺達は「似た」境遇の持ち主で、不自然と共に生きてきたから、信じることは出来たが……

 

 それと同じようなものなんだろうか?

 

 寧々「はい。私に心の欠片のことを教えてくれた人に」

 

 柊史「じゃあここで解散……か。綾地さんは?」

 

 寧々「このまま直接、行こうと思っています」

 

 ……かなり急ぎの様子だな。それほど大切な物だったのか。

 

 柊史「何かわかったり、試したいことがあるならなんでも言って?返せるならちゃんと返すから」

 

 蓮太「……右に同じ、だな」

 

 寧々「わかりました。ありがとうございます。あの、念の為に連絡先を教えてもらってもいいですか?」

 

 柊史「……そうだね。一応交換しておこうか」

 

 そして綾地さんと柊史はそれぞれスマホを取り出し、番号とLINEの交換。

 

 俺はそれを横から眺めてる。

 

 ……というかこんな時間か、今日は夜飯の材料を買わないといけなかったんだけど………家になにかあったっけ…?最悪どこかのコンビニで弁当でも買うしか…

 

 なんて思っていると、横から柊史に話しかけられる。

 

 柊史「蓮太、何やってんだよ。お前も交換しておいた方がいいんじゃないか?」

 

 蓮太「別にお前が知ってりゃ何とかなるだろ。学院では大体一緒に行動してるんだから」

 

 柊史「いや、俺達が別れた後に連絡が来たらどうするんだよ」

 

 蓮太「………あー…………」

 

 めんどくさいな……

 

 横目でチラッと綾地さんを見てみると、スマホは取り出したままで、俺を待っていた。

 

 ………はぁ。

 

 蓮太「わかったよ……ちょっと待ってくれ」

 

 そして俺と綾地さんもそれぞれを交換する。

 

 えっと………『綾地寧々』っと…

 

 仕方がない……か、状況が状況だから。本当は極力誰にも教えたくないんだけどな…柊史と仮屋と秀明だけで別にいいんだが。

 

 ま、綾地さんならこの件が終われば1度も連絡することなく、関係が終わるだろう。

 

 寧々「何かわかったら連絡させてもらいますね」

 

 蓮太「了解」

 柊史「わかった」

 

 寧々「それでは」

 

 挨拶もそこそこに、綾地さんは走り去って行った。

 

 柊史「走ってっちゃった。やっぱりとても大切な物なんだろうな」

 

 蓮太「……かもな」

 

 柊史「俺達に出来ることってなんだろ?」

 

 蓮太「……待つしかねぇだろ。早く帰ろうぜ、夜になると幽霊ってのは面倒くさいんだ」

 

 その場に存在するだけならまだしも、夜は凶暴性が高い幽霊も多いから本当に危険なんだ。

 

 ……

 

 本当に、本当に……困ったもんだ。



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12話 Schwartz katze

 

 次の日の朝、俺は微妙な疲れを残したまま、その身体を起こした。

 

 結局あれから柊史と途中まで共に歩き、コンビニで適当におにぎりを2つ程買って、食べながら帰った。

 

 そうでもしないと凶暴性が高い幽霊は本当に危ないんだ。無造作に人を襲うものも入れば、狙っている誰かをピンポイントで襲う奴もいる。

 

 だから俺は祟りや呪いっていうのは本当に実在しているものだと思っている。実際にそれを経験した訳では無いが、世の理を反して亡者が現世に鑑賞することだってあるからだ。

 

 と、そんなこんなで一日が終わり、改めて落ち着いて考えてはみたものの、やっぱり俺達個人が試行錯誤して悩んだところで何も出来ないって答えしかでてこなかった。

 

 だってそうだろ?俺や柊史は心の欠片について昨日知ったばかりなんだから。

 

 綾地さんですら方法は分からないと言ってた。だからその相談相手に任せることしか出来ない。

 

 そしてどこか解決ができている期待を思いながら、スマホの画面を見てみるけど……柊史からも綾地さんからも連絡の1つもきていない。

 

 ……ってことは昨日のうちじゃあどうにもならなかったのか?

 

 蓮太「一応、連絡を入れとくか」

 

 こっちとしても迷惑をかけてしまってるんだ。元々は下手に人の物を触った俺たちが悪い。

 

 えぇ…っと。

 

 

『おはよう。昨日はどうだった?欠片の事何かわかった?』

 

 

 …これでいいか、名乗らなくてもLINEなら勝手に名前が出るし……

 

 とにかく朝飯だ……

 

 と学院に行く準備を整えてたら、スマホがピロンッと音を鳴らす。

 

 画面を見ると…

 

 

『おはようございます。実は、昨日の事を相談したら、実際に会って確認したいと言われて…。だからお願いです、一緒に来てくれませんか?』

 

 

 ……あぁ、放課後の話か。

 

 まぁ別に俺は問題ない…かな。柊史はわかんないけど…遅くなりすぎないのなら別にいいんじゃないだろうか?

 

 

『了解、別に俺は構わないから』

 

 

 そう返事をして俺は準備を済ませた後、ササッと家を出た。

 

 ………

 

 …

 

 …

 

 

 

 いつもの通学路を歩いている時、ふと思うことがある。

 

 それは夜ご飯のこと。

 

 また今日も遅くなるようなら、ぶっちゃけコンビニにお世話になるかもしれない。

 

 ……少しの間はこんな感じになりそうだから、日持ちするものを作った方がいいだろうか?カレーとか。

 

 流石に毎度毎度外で済ませてると、金の出費が激しくなる。

 

 そりゃあ女の子とのデートとか、友達と遊びに行く時くらいは奮発してもいいと思うけど、普段の生活でバカスカお金を使うのは=破滅エンドの予感しかしないからな。

 

 暇な時間を潰すためにバイトをしてもいいんだけど、それをしてしまうと家事が上手く回らなくなって睡眠時間がガッツリ削られることになる。

 

 まぁバイトをする時間にもよるんだけど……小遣い稼ぎでも一日3時間とか入ったところで意味が無いだろうから、それ以上働かなきゃいけないとなると……マジで生活が崩壊する。

 

 結局バイトをする選択肢はないのだ。

 

 なんて思いながら歩いてると……その道すがらにどこか見覚えがある人影が、あれは……

 

 蓮太「綾地さん?」

 

 寧々「おはようございます竹内君」

 

 学院はもう目の鼻の先。5分も歩けば教室に入れるんじゃないか?と思うほどの距離で綾地さんと出会った。

 

 この学院は正門と裏門で両方解放しているから、入ってくる場所が被れば鉢合わせすることも十分にある。

 

 しかしそれは学院にたどり着けばの話だ。

 

 蓮太「どうしたんだ?こんなところで」

 

 綾地さんは歩いていなかった。まるで誰かをその場で待つみたいに歩道で佇んでいた。

 

 寧々「LINE…気づきませんでしたか?」

 

 蓮太「……え?」

 

 そう言われて急いでスマホを見てみると、画面に緑の通知マークが……

 

 やばっ、俺…もしかして気がついてなかったか!?

 

 蓮太「悪い…見逃してたみたいだ。ってか………もしかして待ってた?」

 

 寧々「はい、送った文の通りに、一緒に来て欲しいところがありまして。ここなら竹内君も保科君も通りますよね」

 

 蓮太「あー……なるほど、つまりはサボるってことっスか?」

 

 わざわざ朝のこのタイミングで俺達を待つってことは、放課後にその場所へ向かうんじゃなくて、朝に向かうってことか。

 

 寧々「できれば。早いうちがいいので」

 

 うーむ……

 

 まぁ。別にいいか。

 

 蓮太「了解だ。それじゃあ柊史を待つか」

 

 そうして俺は、スマホを取り出して仮屋に遅れると伝えてもらうように連絡した。

 

 

 あと柊史に『はよこい』と。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして柊史とも合流した俺達は、綾地さんの案内のもと、ある場所へと連れてこられた。

 

 蓮太「You try to run me through Hold on♪Think again♪Don't you know♪︎What you're starting But.♪」

 

 柊史「あいっかわらずそういうの好きだよな、お前」

 

 蓮太「そうだな、その内テンション高くなりそうだなって…………なんだ?ここ。「Schwartz katze」?」

 

 喫茶店?

 

 寧々「はい、私の知り合いが営んでいる喫茶店です」

 

 あ、やっぱり喫茶店なんだ。看板見たら珈琲ありますって書いてあるし。

 

 柊史「シュ……シュワルツ……?」

 

 蓮太「シュバルツ カッツェ。意味は……………「黒い猫」だな」

 

 寧々「ここにあって欲しい人がいます」

 

 ……いや、入るのはいいんだが扉にはcloseって書かれている札がぶら下がっている、

 

 柊史「閉まってるんじゃないの?」

 

 寧々「事前に伝えているので大丈夫です。それに………他に人がいない方が都合がいいお話ですので」

 

 蓮太「そりゃそうだ」

 

 と、俺達は店の扉を開けて、中に入った。

 

 そして中に入ると──

 

「いらっしゃい」

 

 店の中で俺達を迎えたのは、ピンクの髪の美人なお姉さん。

 

 類は友を呼ぶって感じか?美人な人には美人が集まるものなんだな。

 

 寧々「七緒、彼らが昨日話した人です」

 

 

 呼び捨てかい。

 

 

 七緒「寧々から話を聞いているよ。えっと…………少年?と鬼太郎?」

 

 蓮太「いつから俺は妖怪になったんスかね……確かに髪型はそんな感じだけど…」

 

 下手したら片目が隠れるからな。

 

 柊史「少年?鬼太郎に対して……少年!?」

 

 蓮太「どんだけお前は特徴がないんだよ……新八か」

 

 柊史「うるせーよ!なんならメガネでも掛けてやろうかコノヤロー!」

 

 …この扱いよりはまだいいかもな。

 

 蓮太「と、とにかく。俺は竹内蓮太。それでこっちはその家来の──」

 

 柊史「と!も!だ!ち!の!保科柊史です」

 

 その俺達のやり取りを見てクスッと笑ったその美人さんは、改めて自己紹介をしてくれた。

 

 七緒「相馬七緒。この店のオーナーだ、よろしく」

 

 蓮太「どうも」

 柊史「よろしくお願いします」

 

 そして紹介が終わると、なんかまじまじと俺達をみる相馬さん。

 

 七緒「…………」

 

 なんか値踏みされてるみたいだな。

 

 七緒「ほぉ……成程。気配がするね。こちらに足を踏み入れている……というよりも混じっているの方が正しいかな?これは珍しい」

 

 寧々「混じっている?それはどういうことですか?七緒」

 

 七緒「その前に注文を聞こう。少し時間がかかるだろうからね」

 

 そして何か話している綾地さんと相馬さんを横に、俺はカウンター席に座って、メニューを見る。

 

 ……意外と色々あるもんなんだな。

 

 寧々「じゃあ……ダージリンを」

 

 …格言おば……

 

 止めておこう。これは怒られそうな気がする。ちなみに俺はダージリンとまほが好きです。

 

 愛ゆえのイジりなんです。

 

 七緒「君達は?ちなみに、私としてはブレンドがオススメなんだが……苦手じゃないならどうだろうか?」

 

 選ばせてもくれないのね。まぁ別にいいんだけどさ。

 

 柊史「じゃあブレンドで」

 

 蓮太「俺もそれでいいっスよ」

 

 七緒「畏まりました」

 

 無駄のない慣れた動きで、紅茶とコーヒーの準備を始める相馬さん。作業が始まったその瞬間、店内をいい香りが漂い始める。

 

 その香りに酔っていると、「お待たせしました」の声と共に、数分で目の前にそれぞれ頼んだものが差し出された。

 

 そして各々一口飲み物を飲んだ後、本題のことを質問した。

 

 蓮太「それで、始めてもらっても?」

 

 七緒「そうだね、説明しよう」

 

 

 七緒「まず結論から言うと、君達2人が取り込んでしまった「心の欠片」を回収することは、おそらく可能だ。欠片については…聞いているかな?」

 

 蓮太「それは綾地さんから。多少の知識はあります。それよりもおそらくってのは?」

 

 七緒「簡単だよ。こんな事態そのものが初めてで、想定外なんだ。だから確証はないが……可能なはずだ」

 

 ……それは綾地さん以外にも心の欠片を集めている人がいるってことなのか?

 

 まるで何度も経験しているけれど、この状況に直面したことは無いって聞こえたんだけど。

 

 七緒「それに…解決できるかどうかは、正直なところ君達…保科君にかかっている。というか本人しか解決できない」

 

 柊史「俺にですか?」

 

 ……いや、今はまだ説明を聞いておこう。

 

 七緒「そもそも何故心の欠片を取り込んでしまったのか、それには大きな理由がある」

 

 蓮太「理由…?」

 

 七緒「おそらく………君には胸に穴が空いている」

 

 穴…?

 

 いつから俺は十刃になったんだ?虚圏に住んでなんかないぞ?

 

 七緒「もちろん肉体的な意味ではなく、精神的な話だ。君には心にぽっかりと大きな穴が空いているはずなんだ」

 

 また…………か。

 

 七緒「人の心は脆いものでね、ちょっとした感情でバランスを崩すこともあるし、時には欠けることも、穴が空くことだってある」

 

 蓮太「待って下さい、欠けるってのはイメージしやすいけど…穴が空くってどういうことなんスか?」

 

 七緒「そうだね………「諦めを受け入れている」と言えばわかりやすいかな?」

 

 諦め……?受け入れる…?

 

 七緒「例えば人には言えないような大きな悩みがあるだろう?しかし、その悩みを解決させることを完全に放棄している。違うかな?」

 

 ……なるほど。

 

 その言葉が聞こえた瞬間、柊史の顔色が変わった。

 

 そりゃそうだ。なにせ完全に放棄しているんだから。

 

 あのことを。

 

 七緒「心に穴が空くというのはね、悩みを解決させることを諦めている状態によくあることなんだ。どうしようもないことと受け入れ、見限り、諦める。何か心当たりはないかな」

 

 その言葉は、完全に心の内を捉えるような言いぶりだった。

 

 柊史はあの件がある。

 

 それが言い難いのだろう、途端に相馬さんから目を逸らした。

 

 その人の心に詰め寄るような質問に、俺は少し苛立ちを覚える。

 

 蓮太「心当たりがあるとして、つまりは、その穴を塞ぐために心の欠片を取り込んだ……と言いたいんスか?」

 

 七緒「……ふふ。大体は正解だよ。でも、他人の心じゃ完全に保科君の心を埋めることはできない。欠片を回収するには欠片で埋めなくてもいいように、穴を無くす。つまり、彼が抱える悩みを解決させないといけない。その為には──」

 

 相馬さんと綾地さんの2人の視線が柊史に集中する。

 

 コイツは人の心がわかるんだ。この2つの視線が、柊史にとってどれほど苦痛なのかも知らずに………!

 

 蓮太「ちょっと待て。それでアンタらに柊史の悩みを伝えるかどうかってのはまた別の話だ。欠片の回収方法がわかったのなら、後は俺達でも何とかはなる」

 

 寧々「でも、悩みを解決させるには──」

 

 蓮太「人に相談することが出来なかったから、アンタらの言う心の穴が大きくなったんだろ。悩みとして肥大化していったんだ。柊史の気持ちを考えての言葉なのか?」

 

 そりゃあお前らにとっては欠片は大事だったのかもしれない。けど、だからってそれはないだろ。

 

 内容まではわからなくとも、その抱えているものがかなり大きいことは2人とも理解出来るはずだ。それだけ柊史が傷ついているってのもわかるはずだ。

 

 寧々「それは…」

 

 蓮太「そりゃあ今回の件は俺達に非があるさ。けど、だからって人の心に簡単に詰めよろうなんて酷くないか?それが──」

 

 柊史「蓮太!」

 

 後ろから柊史に声をかけられる。

 

 ………その声でハッとした。

 

 少し熱くなりすぎてたな…

 

 柊史「ごめん。ありがとう。でもいいよ」

 

 蓮太「でも、お前──」

 

 柊史「どちらにしても、ここは我慢をしないとどうにもならない。ここで俺達が撤退しても、それはそれで不味い味がすると思うから」

 

 ……それはそうかもしれないな。綾地さんに関しては教室まで同じなんだ。これからずっと欠片を回収するまで、変な味を押し付けられるのも困るものなのかもしれない。

 

 柊史「本当にありがとう。蓮太からは優しい味がしたよ」

 

 

 そうして、柊史は覚悟を決めたように、エピソードを交えつつ、説明していった。

 

 

 人の気持ちを五感で感じ取れることを。



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13話 魔女

 七緒「他人の気持ちが伝わるか……成程。確かに軽々しく他の人間には言えない悩みだ。竹内君の言い分もわかるよ」

 

 …人間?

 

 なんでそんな言い方なんだ?

 

 蓮太「…悪い。感情に任せて余計なことを言った。謝ります」

 

 七緒「いや、そこは問題ない。むしろ君達の友情を強く認識できてどこか安心しているよ。こんな人間がいたからこそ、保科君はきっと余計に穴を広げずに済んだんだろうね」

 

 …また人間って言ったな、この人。

 

 寧々「私も、大丈夫です。むしろ、こちらが謝るべきかと…」

 

 蓮太「いや、止めてくれ。俺が調子に乗った結果なんだ」

 

 余計な気を回しすぎたのかも…?それに…柊史を弱く見すぎてたのかも。

 

 いつからこんな気持ちになったのか……。助けを求められていないのにこんなことをするなんて…これは優しさでもなんでもない。

 

 蓮太「とにかく、ごめん」

 

 寧々「いえ…本当に大丈夫ですよ」

 

 七緒「それはそうと、保科君のその力は…大雑把な内容までしかわからないのかい?」

 

 柊史「そうです。あくまで思考が読めるわけじゃなくて、おおまかな気持ちが五感を通して感じられるんです。例えば嘘や隠し事をしていることそのものには気付けても、その内容はわかりません」

 

 そう…だからさっきは「優しい味」って言ったんだ。

 

 まぁ実際はもっと具体的な味がしたんだろうけど……柊史が感じた心が優しい味と思ったんだろう。

 

 七緒「まず間違いなく、君の心の穴はソレが原因だろう」

 

 寧々「穴を埋めるには、その能力を何とかしないといけないんですね」

 

 …そうだな、「柊史の場合」は、な。

 

 七緒「そして竹内君。君の方は……」

 

 蓮太「…?どうしたんスか?」

 

 七緒「済まない。なんとも説明が難しいんだ。君の場合、私が感じたのは…心に穴があるのではなく、最初から心が半分なんだよ」

 

 心が半分?

 

 どういうことなんだ?

 

 寧々「心が半分…?とは、どういうことですか?七緒」

 

 七緒「さっきも言った通り、心はバランスが重要なんだ。その心は人間だけではなく、全ての生物がたった一つだけ持っているモノなんだよ」

 

 …うん。言いたいことはわかる。

 

 七緒「そして生き物っていうのはね、魂を根っこに宿している。どんな生物でもその精神の奥底には魂という根っこがあって、そこから様々なモノに派生して初めて生き物になるんだよ」

 

 蓮太「うん……?」

 

 七緒「魂はこの目で見ることは出来ない、命の核。心も目で見ることの出来ない肉体の核。しかしこれらは全く違うようで実は深い繋がりがあるんだ」

 

 柊史「ちょっと頭が追いつかなくなってきたぞ…?」

 

 七緒「例えば辛い出来事が続いて食欲が無くなるとする。これは肉体が疲労したことによって起こる睡眠という名の休憩をとりたがっているんだ。睡眠は精神を癒す最も楽な方法だからね」

 

 七緒「肉体的な疲労は心のバランスをも崩す要因となる。逆に精神的な心の疲労は肉体のバランスを崩す要因となる。身体と心……魂と心は相反する関係なんだ。太陽と月、コインの裏と表、光と影のようにね」

 

 …急に難しい話になってきたな。

 

 蓮太「えぇ…っと……。要するに俺達、生物は、陰と陽のように相反する「心」と「魂」を持っている。そしてそのどちらかが欠けると同じように残った片方も欠ける………って感じでいいんスか?」

 

 七緒「まぁ、それで構わないよ。そしてここからが肝心なんだけど……竹内君。君はその魂が半分しか宿っていないんだ」

 

 ………それってまともな人間じゃないってこと?

 

 …っていうかその理屈なら…!

 

 蓮太「俺は普通の生き物と違って、魂が……心が半分しかないってこと?」

 

 七緒「そうなるね。保科君と違って「最初から」心がないんだよ。まるで何かに分断されたかのように」

 

 なんだよそれ…。

 

 寧々「つまり、何らかの理由で竹内君は心が半分しかないから……それを補うように欠片を吸い寄せた……と?」

 

 七緒「しかもそれだけじゃなく、竹内君は頻繁に心を失っている。こんな経験はないかい?別に普通に生活していただけなのに、急に激しい気だるさや疲労が襲ってきた……なんてこととか」

 

 …それなら心当たりがある。

 

 ココ最近で感じるようになったあの違和感だ。

 

 蓮太「あります…。医者に見てもらっても雑にあしらわれただけだったんスけど…明らかに普通じゃない急激な疲労感や違和感を感じることが………あと、幽霊が見えたりとか」

 

 七緒「それは君が心を失っている証拠だ。理由は不明だが、君は生きていくだけで心を無くしているんだ。しかしそれだけじゃない。これは私の推測だが、君は嬉しいと感じたり楽しいと思った時、失われた心は急激に回復していっていると、思う」

 

 柊史「それは、なんでですか?」

 

 七緒「さっきも言ったように心と魂は表裏一体。つまり、心を完全に失えば、魂はその存在そのものを維持できなくなって、この世から消滅してしまうんだ。つまり、心が減り続けているだけなら「竹内蓮太」という人間はこの世界から完全に消滅してしまう」

 

 ……!?

 

 寧々「な、なんですか!?それは!」

 

 七緒「と言っても、実はそんなに大きな問題じゃないんだ。減っていっている心はかなりの微量。それに引き換え竹内君の幸せを感じることで回復していく心は大量だ。だからここまでちょっと疲れるってだけで普通に生活ができている」

 

 俺はいつの間にか死の淵に立たされていたりしたのか。

 

 七緒「そしてこれは吉報。普通、心から溢れた感情はその器からはみ出るのだが、竹内君は元々が半分だったせいでそれが起こらない。つまり、竹内君に限り、ある程度のキャパオーバーした感情は自分の内に秘めていられる」

 

 …俺は100ある中の50しか心がないから、本来なら溢れる予定だった20を足すことが出来るってことか?

 

 今の例えで言うと、50から70になるってこと?

 

 蓮太「それじゃあ俺は心を埋めていけば勝手に心の欠片が溢れ出る……ってことですか?」

 

 七緒「推測の話…だけどね。こればかりは試してみないことにはわからない」

 

 なるほどね……大体は理解できた。

 

 要するに柊史は諦めを受容していない状態に、俺は幸せを感じて心を満たしていけば万事解決……ってことか。

 

 蓮太「簡単に言えば、俺達は前向きに、明るく生きて行ければいいってことだ」

 

 柊史「前向きって、そんなこと言われても…」

 

 まぁそうなるよな。そうなりたいと願って簡単になれるようなことじゃない。

 

 むしろそれができなくて今、こんな状況になっているんだ。

 

 七緒「だから、本人の心持ち次第なんだ」

 

 寧々「………………」

 

 なんとも言えない顔になるよな。不可抗力とはいえ、欠片を奪ったのは俺達なんだ。責任は俺達にある。

 

 何かで代用でもできたらいいんだが……

 

 柊史「ちなみに綾地さんが「心の欠片」を大切にしているのはわかったけど……なんで集めてるの?集めるのどうなるの?」

 

 …確かにそれは気になるかも。

 

 そもそも何故それが必要なのか、何のための物なのか。

 

 寧々「それは………えっと……」

 

 言いにくそうに視線を泳がせる綾地さん。

 

 何かしらの方法で同じ結果が得られれば…とは一瞬思ったけど。

 

 …言えないことなのか。

 

 本当なら「興味無いね」っと突っぱねたいが……そうはいかない。

 

 だってそれを知らないと問題を解決できないから。

 

 七緒「…………………いや、そうだな。ここまで来たんだ。それに、保科君と竹内君も無関係ではなくなったからね」

 

 蓮太、柊史「「無関係……?」」

 

 なんのことを言ってるんだ?

 

 寧々「七緒?それってどういうことですか?」

 

 七緒「保科君のその能力の真実。私はそれを知っている。竹内君の方は、さっき言った通りだよ」

 

 そうだな、俺の件は大体は理解できた。

 

 まぁなんで魂が半分しかないのかは全くわかんないんだけど、そんなのはまさに神にでも尋ねなきゃ解決しないだろう。

 

 柊史「…え?」

 

 七緒「君の能力、それは魔法だよ」

 

 蓮太「魔法?」

 

 何?メラゾーマとかベホマとかブリザガとかサンダラとか?

 

 エイガオンとか?あれは魔法じゃないか。

 

 七緒「別にからかってるわけじゃないよ。戸惑う気持ちも理解できるが……まあ話を聞いて欲しい」

 

 そりゃ話は聞くが……結構今の時点でお腹いっぱいだぞ?

 

 七緒「魔法と聞いて胡散臭さを感じるだろうけど、実際に魔法はあるんだよ。とはいえ想像しているような自由なものじゃないけどね」

 

 空を飛んだりとかはできないってことか?

 

 七緒「魔法を使えるのは1度のみ。しかも魔法を使う為には条件がある。その一つが、魔女になってとある契約を完遂させなければいけない」

 

 ……魔女?

 

 そういえば綾地さんがあの時、質問してきたな。魔女ではないのか?と。

 

 七緒「この、とある契約というのが重要でね……ここまで言えばわかるかな?」

 

 柊史、蓮太「「心の欠片を集めること」」

 

 それしかないだろうな。

 

 蓮太「それは歴史上にある比喩としての魔女ではなく……ってことなんですよね?」

 

 七緒「ああ。そのままの意味だよ。そうだよね?保科君」

 

 柊史「……そうですね。特に変な感じはありません」

 

 ……。

 

 七緒「説明を続けようか。何故、心の欠片を集めるのか、それは魔法を使用する際に必要な魔力が、人の強い気持ちや感情を元として生成されるからだ」

 

 七緒「つまり、自分の願いを叶えるために必要となる魔力は、自分で集めなければいけない、という契約なのさ」

 

 蓮太「それで綾地さんは願いを叶えるために欠片を集めていた…か」

 

 そのための行為だったのか。

 

 七緒「瓶の中が欠片でいっぱいになれば、契約完了というわけだ」

 

 それを俺達が邪魔をした。

 

 それにあの時の瓶の中身は………かなり大量に入っていた。

 

 七緒「私達は、そうやって心の欠片を集めている人間を「魔女」と呼んでいる」

 

 蓮太「ちょっと待ってくれ、じゃあなんで柊史はその魔法が扱えるんだ?不完全なものとはいえ、柊史の能力は魔法なんだろう?魔女ではなく、なにも契約をしているわけじゃない。なのに何故魔法が宿っているんだ?」

 

 おかしいだろう。柊史はこの能力についてはほぼ何も知らないんだ。つまり直接その契約をしたわけでもなんでもない。あくまで生まれつきのものなんだ。

 

 七緒「それはおそらく…保科君の母君が魔女だったからだろう」

 

 柊史「…………はい?」

 

 七緒「寧々と同じように心の欠片を集めて願いを叶えた人間のはずなんだ。僅かに保科君の身体から魔法の気配を感じるからね」

 

 …どういうことなんだ?じゃあその魔法を柊史は受け継いだってこと…か?

 

 でも、確か柊史のお母さんはかなり昔に亡くなったって言ってた……つまりやっぱり産まれた瞬間から?

 

 柊史「母さんがそんな力を…?しかも自ら願って?」

 

 俺達が悩んでいると、綾地さんがおずおずといった様子で口を開く。

 

 寧々「あの…一つ聞きたいことがあるのですが…。2人とも、魔女の契約を結べばその能力、つまり悩みの種を消すことがてきるんじゃないですか?」

 

 …確かに、それはあるかも?欠片を集めることでどんな願いも叶うのならば、それは可能性はあると思う。

 

 七緒「いや、残念ながらそれは無理だ。魔法を使えるのは1度きり、そして保科君は受け継ぐといった形で魔法を宿している。だから保科君は契約はできないよ」

 

 蓮太「俺の場合は?」

 

 七緒「個人的にはオススメはしない。竹内君が願うとするならば、魂を通常通りに周りと同じモノにしてもらう、か、心の消費を無くす。という願いだろう。前者を願えば、今ここに存在している君自信が元々この世界に居ないことになる。あくまで「今」を生きている「魂が半分の君」は世界に1人だけだからね」

 

 七緒「そして後者の願いは、君自身の心を崩壊させてしまう恐れがある。心というのは不思議でね、未知数の力をもっているんだ。そしてそれがどんどん溜め込まれていくと………場合によっては人として維持出来なくなる可能性がある。つまり、過去や今を変える願いはどちらの選択をしても竹内君をある意味殺してしまう願いになる」

 

 蓮太「俺を殺す…?」

 

 七緒「元々、心は世の中で最も警戒するべき力なんだ。魔女のように魔法を起こす者もいれば、「奇跡」を起こす者もいる。過去に「鬼」と呼ばれる一族がいたんだが……まぁ、この話は別にいいだろう」

 

 七緒「竹内君はある程度の心を溜め込むことが出来ると思う。そして一気にその心が溜め込まれた時に何かしらの奇跡が起きたら………それこそ危険な異分子と判断した神が君を消し去るかもしれない。だから少しずつ、地道に心を広げるしかないんだよ」

 

 …なにやら壮大な話になってきたな。

 

 魔女に鬼に神……か。

 

 七緒「それに安易な契約はオススメしない。それは寧々が一番わかってるんじゃないか?」

 

 寧々「それは……」

 

 柊史「どういうこと?」

 

 七緒「魔女が結ぶ契約。つまり、お互いに支払うものが必要になる」

 

 なるほど、あくまでお互いの利益のための取引なのか。

 

 柊史「そのための心の欠片ですよね?」

 

 蓮太「いや、さっきは「願いを叶えるための対価」として話していた。つまり必要経費なんだよ。多分だけど……契約金とは別物扱いなんだろう」

 

 七緒「君、頭がキレるね。人間でそこまでの知能があるなんて珍しい」

 

 蓮太「あざっス。それでその肝心な契約金は?」

 

 七緒「傲慢もしない……か。まあいい。契約を交わした魔女は、自身の感情でも魔力を支払わなければいけない。しかもその魔力は強制的に徴収される。そして一度契約すると、途中で解約はできず、完遂するしかない」

 

 …………中々にエグイな。

 

 と思うけど、代わりにどんな願いでも叶うんだ、そう考えたら………まぁ妥当な線…かな?

 

 柊史「まるで悪魔の契約ですね」

 

 蓮太「まぁまず「魔女」ってのは悪魔に身を売った者って意味だからな。だから悲劇の一部として魔女狩りなんかが…………と、この話はやめとこうか」

 

 柊史「じゃあ綾地さんも、強制的に魔力……つまり感情を徴収されてるってことなんですね」

 

 その言葉を柊史が口にした瞬間、綾地さんが異常な程に反応した。

 

 寧々「──―ッ」

 

 ……待てよ!?もしかして…あれがそうなのか!?

 

 七緒「そうだよ。寧々の場合は──」

 寧々「わーっわーっわーっ、やめて下さ──いっ、私のことは言わなくてもいいんですよぅ!」

 

 そして慌てた様子で綾地さんが、相馬さんの口を塞ぐ。

 

 この慌てよう……多分、間違いないだろう。

 

 彼女は恥ずかしいんだ。これがバレるのが。

 

 七緒「と言っても……竹内君はもう気がついているみたいだけど?」

 

 寧々「そうなんですかっ!?」

 

 柊史「えぇ…?どうしたの?」

 

 蓮太「柊史…よく考えてみろ。強い感情を無理矢理引き出されて、本人も逆らうことができない」

 

 俺はできるだけ伝わりやすいように、柊史に伝える。

 

 柊史「………………………あぁっ!!図書室のオナニー!!」

 

 こいつ遠慮なく全てを言いやがった。

 

 寧々「いやぁぁぁぁぁ──────ーッ」

 

 柊史「あっ、ごめん………つい思わず…」

 

 蓮太「お前本当に容赦ないな」

 

 普通この場でそれを言うか?俺が綾地さんの立場なら多分自殺するぞ?

 

 七緒「寧々……そんなことをしていたのか……?」

 

 相馬さんも、やや顔を赤くして驚いていた。

 

 そらそうだろ。まさかここでオナニーが結びついてくるとは……

 

 寧々「しししし、仕方ないんですっ、さっき七緒が言ったことじゃないですか、逆らえないって……」

 

 可哀想だな。自分の意思とは別に勝手に発情するなんて…………

 

 七緒「だからって………図書室というのはどうなんだ?」

 

 寧々「だってぇ、今まで誰にも見られたことはなくて──―」

 

 蓮太「はっ!?何度も図書室であれをやってたのかっ!?」

 

 寧々「──―ッ!」

 

 その瞬間、綾地さんの瞳が暗く染っていった。

 

 また病んじゃった。

 

 寧々「……ぅ……ぅぁぁ……ありえない……新しい事実まで、しかも自分で言っちゃうなんて………!」

 

 七緒「わざわざ図書室でなんて……不特定多数が利用する場所でしなくてもいいだろうに…」

 

 そこかな?注意すべきはそこなのかな?

 

 寧々「最悪……最悪です……もうやだ、お家帰るぅ……」

 

 七緒「落ち着け」

 蓮太「もちつけ」

 

 とまぁ、綾地さんは発情……か。

 

 蓮太「そりゃまた大変そうな代償だな…」

 

 七緒「代償は選ぶことが出来ないからね。オススメしない理由はわかっただろう?」

 

 女の子の発情を貰うって逆に契約相手はどれだけ変態なんだよ。

 

 …ってそれでも綾地さんには、叶えたい願いがあったってこと…か。

 

 

 

 

 

 

 綾地さんって何をそんなに願っているんだろう?

 



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14話 未来への一歩

 ……契約の内容も気になるが、よくよく考えてみればおかしな点はもう1つある。

 

 それは契約相手。

 

 俺の予想では…………

 

 柊史「あの…ついでに質問なんですが…悪魔って本当にいるんですか?」

 

 …悪魔。おそらく俺がさっき言ったから気になったのだろう。

 

 柊史「さっき蓮太が言ってた悪魔に身を売ったって」

 

 七緒「ああ、それか。その悪魔というのはイメージの話だよ。本当は妖精や精霊と呼ぶ方が近いのかもしれないがね」

 

 柊史「それじゃあ、綾地さんもその妖精と契約を?」

 

 と柊史が綾地さんに質問をするが………

 

 寧々「そもそも契約内容がおかしいんです……発情て……いくらなんでも発情はおかしいでしょう……。だから学院内でオナニーなんて……」

 

 蓮太「おーい、そろそろ戻ってきてー?」

 

 改めて思うけど綾地さんって意外と感情が豊かだよな。マジで最初のイメージと違いすぎて……

 

 寧々「え?あ、ごめんなさい。つい考え込んでしまって」

 

 七緒「「アルプ」というんだがね、日本で言う妖怪のような不思議な存在だよ」

 

 まぁ俺的にはそっちの話の方がまだ理解しやすいかな。今まで死ぬほど幽霊を見てきたし。

 

 と思うが、柊史の方はそうはいかないみたいだ。

 

 七緒「要領を得ないか?だったら、アルプについても証明をしよう」

 

 柊史「そんなことが?」

 

 七緒「できる。というよりも──」

 

 寧々「七緒は人間ではなくて、アルプなんです。私が契約を結んだ相手なんです」

 

 …ま、そんなとこだろうと思ったよ。

 

 いくらなんでも詳しすぎるからな。この一件について。

 

 七緒「流石に竹内君は驚かないね。既にある程度の予想ができていたみたいだ」

 

 柊史「え?じゃあ相馬さんは妖怪ってこと?」

 

 ひゃくれつ肉球!なんてしたら流石に驚くけどな。

 

 七緒「まぁ、見ててくれよ」

 

 その言葉と共に、相馬さんは華麗なフィンガースナップで、パチンと破裂音を奏でる。

 

 するとその音が形を持つように白く輝く光の粒が現れ、目の前の空間を埋め尽くしていった。

 

 そしてその光が収まると………

 

 七緒「にゃぁ〜〜〜〜」

 

 と黒い猫が相馬さんがいた場所にいた。

 

 そして辺りには衣服が散らばっている。

 

 柊史「かっ、可愛い」

 

 なんだ?こいつ猫好きだったのか?

 

 寧々「これが、七緒の本当の姿。元々は人ではなく、猫なんです」

 

 なるほど、だからシュバルツ・カッツェなのか。

 

 七緒『まあ、そういうことだ。しかし…人間の姿で過ごすようになって長いからか、人前で裸になるのはちょっと不安になるな』

 

 大丈夫だよ、あんたは今猫だから。

 

 柊史「声が!?」

 

 そういえば脳内に直接響くように相馬さんの声が聞こえてくるな。

 

 七緒『テレパシーというか……まあ、これも魔法だ』

 

 なんか説明が雑になってないか?

 

 蓮太「何度も魔法が使えるんスね」

 

 七緒『簡単な物だけだよ』

 

 テレパシーは簡単なのか。

 

 七緒『そして、魔力に長いこと触れると、猫又のような伝説が起こり、さらに長い年月を重ねると──』

 

 再び店の中に光が溢れ、俺達の視界を奪っていく。

 

 そしてそれが収まると、黒猫が立っていた場所に、相馬さんが再び立っていた。

 

 七緒「人間の姿に変化できる存在になる、というわけさ」

 

 裸で。

 

 柊史「そ、そうなんですか……」

 

 柊史は恥ずかしいのか完全に目を逸らしている。

 

 ……綾地さんのオナニーは見たのに?

 

 蓮太「なんとも不思議な話っスね」

 

 寧々「竹内君はどこを見て言ってるんですか?」

 

 蓮太「胸」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 あれから俺達は、喫茶店を後にし、各々学院へと向かうことにした。

 

 ただし、3人が同時に登校すると変に勘ぐられる可能性がある為、バラバラに登校することに。

 

 そして1番手は柊史がジャンケンに負けたので先陣を切って貰うことにした。

 

 ちなみに次は綾地さん。

 

 ふとスマホを覗いてみると、連絡先を登録していない同じ番号から何度か着信がきている。

 

 …誰だ?間違い電話か?

 

 なんて思っていると、その番号から電話がかかってきた。しかしスマホは音がならない。

 

 ……いつの間にかマナーモードにしてたのか。

 

 そして俺はその着信に出る。すると……

 

 芽依『やっと出た!こんな時間まで何やってn──』

 

 その瞬間にぶつ切りをする。

 

 それはこの声がめっっっちゃくちゃうるさかったから。

 

 こいつ学院内でどんだけの声量で喋ってんだよ。

 

 するともう一度同じ番号からかかってくる。

 

 蓮太「もしもし…。どちら様ですか?」

 

 芽依『どちら様って芽依のこと登録してないと!?』

 

 蓮太「なんだ仙台か」

 

 わかってはいたけど、あえて知らないふりをする。

 

 芽依『マジで登録してないの!?それはないでしょ!?』

 

 そもそもお前に番号を教えた覚えはねぇよ。

 

 芽依『それよりも、本当にこんな時間までどこほっつき歩いてんのさ。もう一限終わったよ?』

 

 蓮太「気分じゃなかったんだよ。大切な用事があったんだ」

 

 芽依『…別にいいけどさ、和奏ちゃんと偶然話した時に、遅れるって聞いてたから芽依が適当に言っといたよ?怒られたくないならちゃんと話を合わせときね』

 

 蓮太「悪いな。助かる」

 

 芽依『あと、サボりも程々に、流石の芽依もアンタがそんなことばっかりし始めたら怒るけんね』

 

 蓮太「わーったよ。お前はオカンか」

 

 芽依『蓮太がバカやらん内に芽依が守ってやりよーと!じゃあ早く学校にきーよ!』

 

 …お前はどこ出身なんだよ。

 

 そして俺の返事を待たずにブツっと電話を切った。

 

 …結局何を伝えたかったんだ?

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして律儀に遅刻をしてでも学院に登校して真面目に授業を受ける。

 

 秀明や仮屋、そして仙台から色々と心配をされたが、そこは適当に誤魔化した。どうやら仙台は俺は体調不良と言っていたらしく、俺はその言葉に乗っかるように説明をした。

 

 そして今日の一件を考えながら、買い出しをして家に戻ってきた。

 

 俺は鍵を開けて、一人家の中に入る。

 

 蓮太「ただいま」

 

 勿論この大きすぎる一軒家には俺しか住んでいないので、誰からも「おかえり」の声はない。

 

 そして俺は適当に晩飯の用意を始める。

 

 魔法……か。

 

 俺が本当に欲しいのは………。二度と手に入らないだろうな。

 

 俺の両親ってどんな人なんだろう。

 

 そりゃじいちゃんの事は父親だと思っているけれど、俺を産んだ実の両親ってどんな人なんだろう。どんな顔をしてるんだろう。

 

 俺はそれを知らない。

 

 今までは知りたいとも思わなかった。だってそれは無駄だと思っていたから。

 

 どんな人であれ、俺は捨てられたんだ。その事実は変わらない。

 

 だから昔に1度だけ、その件についてじいちゃんと喧嘩したことがあった。

 

「俺は親に感謝なんてしていない!他人はどうせ、裏切るんだ!だったら助けてやる必要なんてないだろ!」

 

 これは俺の口癖のようなものだった。

 

 親に捨てられていることを知っていた俺は、それから人を信じることができなかった。だってそれはいつかは裏切られるから。俺の親のように。

 

 正直、今でもそれは残っているところはあると思う。けど、それをじいちゃんに言ったら、初めて思いっきりぶん殴られた。

 

 その時に言われたんだ。

 

「俺はお前をそんな風に育てた覚えはない!裏切られるからなんだ!他人だからなんだ!お前はそんな理由で人を傷つけるのか!」

 

 と。その時の俺は怒りのあまりに、それと幼さ故に言葉の意味がわからなかった。

 

 ずっと思ってたんだ。いつかいなくなるくらいなら最初から周りに人なんていない方がいいって。

 

「そりゃあ世の中には沢山の人がいる。お前が手をさし伸ばしても簡単にお前を裏切り、傷つける奴も出てくるだろう。だけどお前がそれになるな!そんな弱者になるな!困っている人を助けられるような強い人間になれ!蓮太!」

 

 これは何度も言われた台詞。

 

 これ以外にも色んなことをじいちゃんは教えてくれた。

 

 だから、柊史や秀明、仮屋に仙台の事を、俺は無意識に信頼していたのかもしれない。

 

 アイツらにだけは、素でいられる。

 

 そんなことを思っていると、感情が高ぶってきて、涙が出そうになる。

 

 ……そうだな。じいちゃん。アンタの教えの通り、俺は生きるよ。

 

 俺が前向きに生きる為には……やるべき事は一つだけだ。

 

 そうしてスマホをもって、柊史にLINEを送る。

 

 

 

 

 

『なぁ柊史……オカルト研究部に入らないか?』

 



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15話 サノバウィッチ

 

 そしてあれから1日経過した月曜日。

 

 俺は職員室に行ってあるものを貰った。

 

 佳苗「ん?どうしたの竹内。朝一で職員室にするなんて……何したの」

 

 蓮太「別に何もしてないっスよ。ただ……」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして放課後、俺は朝受け取ったその紙を持って、特別棟の階段を上がっていた。

 

 すると後ろから聞きなれた男の声が。

 

 柊史「蓮太!やっぱり先に行ってたのか!」

 

 蓮太「よう、ここにいる。ってか走ってきたってことは、柊史も決めたのか?」

 

 柊史「ああ、俺も決めた」

 

 そこからは俺と柊史の2人で最上階まで上がっていく、そしてオカルト研究部の扉の前で柊史は緊張をほぐすように深呼吸をしていた。

 

 柊史「…スー、ハァー……スー、ハァー……」

 

 何やってんの?そんなに緊張するの?

 

 俺がおかしいのかな?もうなんか綾地さんのオナニーを見た時から、色んなことに対してドライになってしまった気がする。

 

 柊史「……スー………」

 蓮太「…………パァ──ッ!!」

 

 柊史の深呼吸に合わせるようにちょっと巻舌で「パァ──」を付けた。

 

 柊史「やめろよ!俺はサイボーグでも何でもないって!コーラも飲まないし」

 

 蓮太「今更緊張しても仕方ないだろ?もっと気楽にいこうぜ」

 

 教室を出る時に確認をしたが、そこにはもう綾地さんの姿はなかった。つまり、既にもうこの部室に移動しているということだ。

 

 ノックぐらいは必要だろう。

 

 そう思って俺は目の前の扉を二度ノックする。

 

 寧々「はい、開いていますよ」

 

 ドア越しから綾地さんの声が聞こえてきた。よし……開ける…………か…?

 

 柊史「緊張するなぁ…」

 

 蓮太「3つだけ数えるからな?それまでには心を落ち着かせろよ?」

 

 柊史「わかった…3つだな」

 

 はぁ…と俺はため息を吐いて、数字を数え出す。

 

 蓮太「じゃあいくぞ?い──ちっ!」

 

 そして俺は数字を数えた1つ目で扉を開けた。

 

 柊史「ちょっ!?2と3はっ!?」

 

 蓮太「バカヤロー、俺は1番が大好きなんだ」

 

 柊史「お前の都合なんか知るかよ!?」

 

 なんてくだらない話をしながら中へ入っていく。

 

 これで多少は緊張もほぐれたかな?

 

 寧々「あ、竹内君と保科君?今日はどうしたんですか?」

 

 蓮太「実はな……ちょっとあれから俺達なりに考えてみたんだ」

 

 寧々「あっ!ちょっと待って下さい」

 

 そして話の途中で綾地さんは急いで外を確認して、扉を閉め、その鍵を施錠する。

 

 寧々「大きな声出ない限り、おそらく誰にも聞かれないと思います」

 

 蓮太「じゃあ本題に入るぞ?正直、これから俺は心を満たす……つまり欠片を上手く返せるかはわかんないし、それを確立もできない」

 

 寧々「…そう、ですよね。仕方ないと思います」

 

 柊史「そして俺も、心の穴を埋める…なんてことすぐには出来ないと思う。けど、色んな話をして思ったことがあるんだ」

 

 俺とは違って、柊史は自分の父親から母親の話も聞いては見たらしい。そして母親の知らなかった一面を知って、思ったことがあったようだ。

 

 俺は義理とはいえ……俺の父さんの意志を、父親が残してくれた忘れかけていたその心を思い出して、思ったことがあった。

 

 そうして俺達は同時に紙を、「入部届」を綾地さんに差し出す。

 

 蓮太、柊史「「俺をオカルト研究部に入部させて下さい」」

 

 寧々「…え?」

 

 予想通りというかなんというか、綾地さんは嫌そうではないものの、とても不思議そうな顔を浮かべていた。

 

 寧々「え?…え?あの……どうして部活に?今までの話と入部することのどこが繋がるんですか?」

 

 柊史「あー…それに関しては、俺は思ったんだよ。もうちょっと笑える生活を送れるようになりたいな……って」

 

 2人で話している時に、柊史のお母さんの写真を見せてもらった時、俺も思った。素敵な笑顔だなって。

 

 話に聞くと、柊史のお母さんは耳が不自由って苦労を背負った人だったらしい。それでも能力を使って本当に楽しそうに笑い、困っている人を助けていたそうだ。

 亡くなってしまっているけれど、『自分に出来ることだからしてるだけ』らしい。

 

 本当に素敵な心を持った人だなと思った。

 

 柊史「だから……今までは変わりたいと思うだけだったんだ。けど、こんな事態になって、変わるのなら頑張るのは今なんじゃないかって…」

 

 コイツはそんな綺麗な心を受け継いでる。だからこそ、今、この瞬間に1歩を踏み出すことが出来た。

 

 寧々「竹内君は…?」

 

 蓮太「俺は、前向きに生きる為。欠片の回収もそうだけど、俺は人と関わることを極力避けてたんだ。それは俺の家庭事情からきたものなんだけど…」

 

 …綾地さんには言っておくべきだろうか。

 

 蓮太「俺は家族がいない。唯一俺を育ててくれたじいちゃんは少し前に死んじゃった。けど、教えてもらったその生き様は、心は大切にしたいと思ったんだ。俺の心が満たされる未来は、きっとその道の先にあると思うから」

 

 そして俺達は綾地さんの机の上に改めて入部届を置いて…

 

 蓮太、柊史「「どうか俺達に手伝いをさせてほしい」」

 

 結局俺達は、自分の親の真似しかできていないのかもしれない。どうすればいいのかがわからなくて縋ったのかもしれない。

 

 けど、この1歩は大事な1歩だと思う。

 

 この強い気持ちは、場当たり的なものでは絶対にないから──

 

 寧々「お2人の気持ちはわかりました。けど……正直に言って上手くいくばかりじゃありません。失敗してしまうことだってありますよ?」

 

 柊史「いいよ」

 

 そうだな。俺達が探しているのは人から感謝をして貰える方法じゃない。

 

 蓮太「大丈夫。がむしゃらでもなんでも、できることはやってみようと思っただけだ」

 

 寧々「でもですね、その……私には契約の件があります……迷惑をかけてしまうかも」

 

 蓮太「そりゃお互い様だ。既に俺たちゃ迷惑をかけてる。そんな多少の事なんて気にしないさ。勿論綾地さんが嫌でなければ…なんだが」

 

 …ぶっちゃけどうフォローできるかはわかんねぇけどな。

 

 そして綾地さんは一息置いて……

 

 寧々「それじゃあ、これからよろしくお願いします」

 

 柊史「うん、よろしく」

 蓮太「ああ、よろしく頼む」

 

 これが俺達にとっての大きな変化だった。

 

 この時は思ってたんだ。いつか必ず全力で笑える未来があるって。

 

 

 

 柊史「あ、フォローも頑張るから!図書室の見張りぐらいならいつでもするから!」

 

 あっ、馬鹿……

 

 寧々「……もう死ぬしか……腹を切るしかありません……」

 

 病みモードだ。

 

 蓮太「馬鹿!余計な気を回しすぎだ!そこはさりげなくサポートするくらいでいいんだって!」

 

 

 

 

 そうして、俺達は遅すぎるスタートラインをやっと通過した。

 

 これからはどんな悩みが来るんだろう?

 

 どれだけの人が相談へ来るんだろう?

 

 その手助けをすることが、俺にとっての第1歩。

 

 

 

 人の背中をそっと押してあげれるような未来の為に。

 



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16話 お悩み相談 その1 落し物捜索

 そして晴れてオカルト研究部に入部した俺と柊史は、その日は意気込んで人を待っていたはいたものの………

 

 数時間待っていても悩み相談が来ることは無かった。

 

 綾地さん曰く、相談自体は頻繁にくるものでは無いらしい。

 

 そりゃそうか。何せ学院内……しかも認知度はかなり低いんだから。

 

 そしてその時間を潰す会話として色々と聞いてみたのだが……総括するとようわからん感じだった。

 

 まず欠片の回収方法。溢れ出た気持ちを回収する方法は、綾地さんは教えてくれなかった。それを聞いたら一瞬病み地さんに早変わりしたからだ。

 

 けど、それを回収するタイミングは大事だと言っていた。つまり、嬉しい気持ちがピークの時ではなく、ある程度落ち着いてきた時が狙い目らしい。

 

 それは欠片を回収した反動を危険視しての判断だった。

 

 そしてこれはかなちゃん先生から聞いたんだけど、綾地さんが入部届を持ってきたことにかなり驚いていた。

 

 理由を尋ねると、今まで部員が増えなかったのは、綾地さんが全て断っていたかららしい。

 

 ……それも納得のいく話だ。部員が増えると綾地さんは不都合なことが多い。発情とか、魔法とか。

 

 だからここに来て急に部員を増やしたことに疑問を抱いていたが……そこは柊史が適当に誤魔化していた。

 

 そしてもう1つ、俺と柊史がオカルト研究部に入部していることを知っているのは秀明と仮屋だけだ。

 

 まぁ、噂になって話が広まって言ったらわかんないけど……特に秀明に伝えた時は一言目は大声で驚いていたから、多分他の人に聞かれてはいるだろうな。

 

 あの2人に色々と勘ぐられたが、下心ではないと説明して、その話は終えた。

 

 そして放課後、俺達は慣れない教室でひたすらに依頼がするのを待つ。

 

 柊史「ねぇ、こういう時って綾地さんは普段何をしてるの?」

 

 寧々「私は…1人のときは本を読んでることが多かったですね。その点、図書室が近いのは何かと便利です」

 

 蓮太「にしても意外と暇なんだな……なんかこう……ドカッと扉が空いて、「助けて下さい!」って感じで来るかと思ってた」

 

 寧々「そんなことはないですよ。むしろ相談に来る人が珍しいくらいで──」

 

 と綾地さんが話している時、部室のドアが勢いよく開かれた。

 

 女の子「助けて下さいっ!」

 

 柊史「くるのかよ!?」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 突如として開かれた扉、昨日は何も無かったが、今日は初めての依頼が来た。

 

 本格的なオカ研仕事の開始だ!

 

 加州「私は加州空と言います。実は、オカルト研究部で悩み相談をしてくれるって聞いて…」

 

 依頼者は女の子だった。加州 空さんね。

 

 寧々「それで…悩みというのは?」

 

 空「実は……イヤリングを落としたんです」

 

 蓮太、柊史「「イヤリング?」」

 

 それから、加州さんはことの経緯を全て話してくれた。

 

 加州さんの話によると、無くしたのは先週の火曜日、つまり6日前の日、何やらその日はとても忙しかったらしく、色んなところを行っていたらしい。

 

 蓮太「先週の火曜日って……あぁ…あの大雨の日か」

 

 そう、その日は先週で唯一大雨が降った日。

 

 空「そうなんです。あの日は色んな人のお手伝いをしていて、あっちこっちに駆け回っていて……その時の作業中に落としたんじゃないかって思っているんですけど…いくら探しても見つからなくて」

 

 柊史「先週の火曜日って……もう探すのは難しいんじゃないかな…」

 

 確かにあれから時間は経ちすぎている。これを探すのは……苦戦しそうだな。

 

 寧々「まあ、とにかくもっとお話を聞いてみましょう。それで、その日はどこで何をしていたんですか?」

 

 空「えっと……確か、体育館で演劇部の友達の小道具を作るお手伝いをして……、それが終わってからは図書室に本を返しに行きました。その後は中庭でお花のお手入れを、そしたら突然大雨が降ってきて……一時的に避難していたんですけど、激しくなってきたのでそのまま校内に戻ったんです。そして気がついたら…」

 

 蓮太「イヤリングを落としていた……と」

 

 ということはつけてはいなかったんだな。

 

 寧々「なるほど……ですが、それ程の場所へ移動したのであれば…」

 

 柊史「とにかく今からその三ヶ所を探してみよう。もしかしたら隅の方とかに落ちてるかもしれない」

 

 蓮太「確かに、4人で探せば意外と見つかるかもな」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

 見つかんねぇ!

 

 いや薄々思ってたけれど!簡単に見つかんねぇ!

 

 あれから俺達は体育館、図書室、そして中庭を探してみたけれど、案の定見つかることは無かった。

 

 もうかなりの時間が過ぎており、空はすっかりと赤く染まっていた。

 

 柊史「やっぱり先週の物となると……難しいな」

 

 寧々「ですが、どの場所もとても広い所です。もしかしたら見つけられていないだけかも…しれません」

 

 ……それにしてもやっぱりがむしゃらに探しているだけじゃダメだ。探す場所を絞って探さないと……。

 

 柊史「そもそも、なんで加州さんはイヤリングを見つけたいの?」

 

 空「それは……今は家庭の都合で離れ離れになってしまった彼との約束の物なんです。お守り……の代わりのように毎日大切に持ち歩いてたんですけど……」

 

 と、そこで語っている途中で彼女は泣き出しだしてしまった。

 

 深くは語らなかったが、それほどまでに思い出が詰まった、大切なものなんだろう。

 

 

 

 

「困っている人を助けられるような強い人間になれ!」

 

 

 

 

 か。

 

 蓮太「そうか。じゃあちゃんと見つけてやんねぇとな」

 

 そうして俺は一旦腰を下ろし、改めて考える。

 

 寧々「でも、捜索範囲が広すぎますよ。どうにかしてあげたいのは私も同じですが……」

 

 蓮太「ちょっと待ってろ、今『見つける』」

 

 そうして俺は今までの情報を頭の中でまとめ出す。

 

 ……ったく。目の前で泣くのは止めてくれよ。

 

 

 

 

 Another View

 

 寧々「竹内君?」

 

 彼は突然その辺にある大きい石におしりを着けて、深く考え事を始めた。

 

 私が声をかけても反応しないところを見ると、その集中力は凄まじいものです。

 

 柊史「今は話しかけるのは止めた方がいいかもね」

 

 寧々「保科君。そうなんですか?」

 

 柊史「蓮太は物事を初めた時の集中力は異常なんだ。頭が良いのも勉強する時の集中力が半端じゃないから、頭にズカズカと教科書の内容が入ってるんだよ」

 

 そういえば、七緒の話を聞いていた時も、すんなりと理解を示して、保科君に分かりやすく伝えていたりもしてた。

 

 七緒も言ってましたね。頭がキレる…と。

 

 空「うっ…!ぐすん……!」

 

 柊史「大丈夫だよ、加州さん。多分だけど……もうすぐ見つかると思う。今の蓮太を見てると、そんな気がする」

 

 そうして5分くらい経過したあと、竹内君は何かを思いついたかのようにスバっと立ち上がった。

 

 

 

 ………………

 

 

 蓮太「わかった!多分だけど……側溝に入ったんだ!」

 

 俺が導き出した答えはそれだった。

 

 そしてそれからみんなに、ことの詳細を伝える。

 

 まず体育館と図書室。これは毎日清掃している空間だから、落し物とかがあったら、職員室に届けられると思ったんだ。だからいくら探しても見つかりはしなかった。

 

 そして残るは今いるこの中庭、ここで花の手入れをしている時に、おそらくポケットか何かに入れていたイヤリングが落ちたんだ!

 

 花の水やりとかは腰を屈めたり、しゃがんだりもする。その時にスルッと地面に落ちたりした可能性がある。

 

 勿論それだけじゃなく、急いで避難した時に、落ちてしまった可能性もな!

 

 寧々「ですが、それだとこの一本道に落ちているはずではないですか?」

 

 柊史「確かに……この道は花壇までは整備されているから見渡しやすいんだ。だから落ちていたら一目見てわかるはずだけど……」

 

 蓮太「…その日はなんで避難したんだと思う?」

 

 寧々「それは……大雨が降ったから──―!」

 

 そこで2人は気づいたのだろう。雨が降ることで起こる現象に。

 

 柊史「側溝に流されたんだ!小さいイヤリングなら簡単に流れるし、あの日は雨も強かった!」

 

 蓮太「そう!しかも側溝の中は全然掃除されてなくて、ゴミが沢山ある。つまり側溝に詰まってる可能性が高いんだ!」

 

 寧々「なるほど…!では、急いで探してみましょう!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そして数十分後……

 

 俺達は4人で探すが…なかなか見つからない。それでもまだもう少し探せてないところがあるから、まだまだわかんないんだけどさ。

 

 手も足も泥だらけになりながらも、ひたすら側溝の中を探す。

 

 そしてついに──

 

 寧々「あった!ありましたよっ」

 

 綾地さんが見つけたのは予想通りの小さなイヤリング。

 

 やっぱり流されてたか。

 

 そして加州さんの所へ駆けつけて、綾地さんはそのイヤリングを渡す。

 

 空「ありがとう…!本当にありがとうございます…っ!」

 

 寧々「もう、大切なものをなくしてはいけませんよ」

 

 空「はいっ…!」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 と、こんな感じで俺達のオカ研の初依頼は見事大成功に終わった。

 

 加州さんは眩しいくらいの笑顔で感謝を何度も何度も述べ、その姿見えなくなるまでお礼の言葉を言っていた。

 

 蓮太「それで……欠片ってどうやって回収するんだ?」

 

 寧々「この間も言ったように、タイミングが重要なんです。今は幸せ……と言うより、嬉しい出来事でのピークにあると思います。ですから少し時間を置いてからでないと…」

 

 柊史「心のバランスが崩れるんだったね」

 

 なるほど……ま、それはその時にまた聞けばいいか。

 

 とにかく……

 

 蓮太「オカ研最初のお悩み相談、見事に解決だなっ!」

 

 柊史「ほぼ蓮太のおかげだけどな」

 

 蓮太「そんなことねぇよ!みんながいたから見つけられたんだ」

 

 寧々「本当に凄いです。私なら側溝に落ちていた…なんて思いつきもしませんでしたよ」

 

 蓮太「だから偶然だって、みんなでやり遂げたんだ!だから…ありがとう!」

 

 そうして俺達は笑いあった。

 

 今回はすんなりと解決できたけれど、これからはもっともっと難しい問題がくるかもしれない。

 

 けど………

 

 綾地さんの信頼度。柊史の感情を読む力。

 

 今回はあんまり生かされなかったけど、これらは必ずいつか必要になるはず。あとは生徒会関係者や運動能力が高い人なんかがいたらもっといいだろうけど……それでも。

 

 

 

 

 

 

 このメンバーなら何とかなりそうだ。

 



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17話 人気者にして下さいッ!

 次の日………

 

 またも俺は放課後になると、適当に友達達に挨拶をして、部室へと向かう。

 

 一人で向かっている途中に思った。もうノックをする必要はないんじゃね?と。

 

 今までは客として行っていたが、今となってはもう部員。依頼者と勘違いをすると少し面倒ではないだろうか?

 

 いちいち返事を返さなくてはいけない綾地さんもその辺は面倒とは思っていないだろうか?

 

 でもなぁ……図書室の件もあるしなぁ。

 

 蓮太「またオナニーとかしてたらマズイしなぁ…」

 

 多分あの人なら部室で…とか経験ありそうだしな。そう考えたらあの部室ってヤバくね?というかオカ研ヤバくね?

 

 寧々「そういう過剰な気遣いが続くと、怒りますよ?」

 

 蓮太「うわぁっ!?!?!?」

 

 綾地さんっ!?びっくりした!なんで?いつから真後ろにいたんだっ!?

 

 気がつけば歩いている俺の真後ろに綾地さんがいた。その笑顔は美しいのにも関わらず、目が、目だけが完全に笑っていない。

 

 というかやっぱり綾地さんでも怒るんだ。

 

 蓮太「い、いつからそこに……というよりも、ごめんなさい」

 

 寧々「本当に止めて下さいね。今、凄くおこです。激おこです」

 

 …可愛い。

 

 あともう古いよ、それは。

 

 寧々「いいですか、過剰な気遣いは止めて下さい」

 

 蓮太「わ、悪い……」

 

 ……そうだ。本当はそんなつもりじゃなかったんだけど、これでも渡しておくか。

 

 蓮太「これやるから許して」

 

 そうして取りだしたのは、温められたボトルのお茶。勿論1度もキャップは空いていない。

 

 寧々「…?でも、竹内君が飲みたくて買ったんじゃないですか?」

 

 蓮太「いや、俺のはこっち」

 

 俺が買ったのは冷たいパックのバナナオレ。実はこの学院の自販機の一部はスロットみたいなやつが何個かついている。俺がよく利用するやつはその一部に含まれているやつだった。

 

 つまり……一つ買った時に7が揃って当たった。

 

 蓮太「これを買った時に数字が揃ってさ、いらなかったんだけど…せっかく揃ったから適当に買ったやつなんだ。だから、はい」

 

 寧々「そういうことなら…ありがとうございます」

 

 ま、部室にはポットもあるし、別にいらなかったんだろうけど………

 

 ………要らないと言われれば柊史に強制プレゼントしてただけだ。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして柊史も部室に来て、部員が3人揃った後、俺達は他愛もない話をして時間を潰していた。

 

 時には綾地さんに怒られたり、柊史が余計な気遣いをして綾地さんに怒られたり、そのとばっちりで俺も綾地さんに怒られたり、さっきのことを蒸し返されて綾地さんに怒られたりした。

 

 ……俺達上手くやっていけるのかな…?

 

 なんて思っていると、部室の扉からコンコンとノック音が。

 

 そこで綾地さんが返事をすると、その扉がゆっくりと開かれ、可愛らしい女の子がやってきた。

 

 女の子「し、失礼しまーす…」

 

 しかしその女の子は少しだけ扉を開いて、頭だけをひょこっと出し、気まずそう……というか、話しかけづらそうにおどおどとしていた。

 

 そして緊張しているのであろう。声が少し上擦ってる。

 

 というか………、あれ?俺はこの声を知っている?どこかで聞いたことがあるような……。

 

 

 

 まぁ、いいか。

 

 

 女の子「あのー、ここってオカルト研究部ですよね?綾地先輩と竹内先輩がいるんですよね?」

 

 …?何故柊史だけ呼ばれなかったんだ?

 

 寧々「はい?綾地寧々は私で……」

 

 蓮太「竹内は俺だけど…?」

 

 つかなんでマジでみんな俺の名前知ってんの?俺って今まで柊史とあまり変わらない感じだったのに。

 

 柊史「完全に俺の立場がないな……というよりも何?知り合い?」

 

 寧々「いえ。初対面……ですよね?」

 

 蓮太「ちなみに俺もだ。知らない」

 

 こんな可愛らしい子は知らない。もし一度でも出会っていたならそのインパクトから顔は忘れないだろう。

 

 ピンクと白をベースとした上着を着衣しており、黄色のマフラーまでつけている。見た目はちっこい小ギャルだ。

 

 この時期にそれはまだ暑くないのか?

 

 女の子「は、はい。お2人のことは噂で知っていただけで、初めましてです」

 

 柊史「ああ、綾地さんって有名人だからね。蓮太も軽く」

 

 寧々「え?そうなんですか?」

 蓮太「あ?そうなのか?」

 

 というか、綾地さんは気がついてなかったの?あの無数の目線に?

 

 柊史「え?自覚なかったの?」

 

 これは意外だったな。まさか何も感じてなかったとは。あ、いや…そういう意味の感じたではなくて。

 

 寧々「それよりも、ここがオカルト研究部の部室と知って訪ねてきたんですよね?」

 

 女の子「はい!噂を聞いて来たんです。ここに来れば、綾地先輩と竹内先輩と……もう1人の先輩が相談に乗ってくれるんですよね?」

 

 ……もう1人の先輩……かぁ。

 

 まぁ、これからだろう。

 

 蓮太「…占いからじゃなくて、いきなり相談の方?」

 

 そういえば前回もいきなり相談の方だったな。

 

 女の子「ダメ…ですか?」

 

 その子は気鬱した様子で少し俯き、軽く身体を揺らしている。

 

 そしてその様子を見ている柊史が何かおかしい。

 

 柊史「い、いや……大丈夫だよ。俺達が力になれることなら、何でも手伝いをするさ」

 

 それはどこか痛がっていそうな様子を見せていた。

 

 柊史がこんなになるってことは………この子の悩みはそれだけ本気ってことだ。

 

 女の子「ありがとうございます」

 

 そう女の子が安堵した様子でペコリと頭を下げると、柊史もどこか顔から力が抜けて、バレないようにため息を吐いていた。

 

 蓮太「……そんなレベルなのか」

 

 寧々「…そのようですね」

 

 女の子からは見えないけれど、俺達2人からは、その姿は完全に見えている。

 

 寧々「それじゃあ、えっと……」

 

 めぐる「あっ、失礼しました。自分は因幡 めぐると言います。1年D組です」

 

 そう言って、彼女はもう一度頭を下げる。

 

 寧々「改めまして、綾地寧々です」

 

 柊史「保科柊史。綾地さんと同じクラスで、オカ研の部員だよ」

 

 蓮太「俺は蓮太。竹内蓮太。右に同じ」

 

 …思えば難しいと思っていた、規定数の問題は完全に解決したな。

 

 めぐる「よろしくです。先輩方」

 

 寧々「それで、因幡さんの悩み事は一体なんですか?」

 

 あの柊史が結構裏で痛がってたからな、どんな深刻な悩みなんだろう。

 

 イジメとかだと本気で苦労しそうだ……。その場合は断られてもなんとかして手を出すけど。

 

 めぐる「あの、先輩方にお願いがあるんです。自分を……」

 

 そして因幡さんは一瞬の躊躇があったものの、勇気を振り絞るように、大きな声でこう言った。

 

 めぐる「自分を人気者にして下さい!」

 

 ……………

 

 オカ研組『はい?』

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 それからその子からとりあえずの事情と理由を聞いた。

 

 柊史「えっと……話をまとめると、この学院に進学したはいいものの、同じところから進学した友人は他にいない」

 

 蓮太「おまけに入学直後に病気になってしまい、1週間ほど休んでしまった」

 

 寧々「そして因幡さんが登校した時には、クラスの中での人間関係が出来上がってしまっていて」

 

 めぐる「出遅れちゃいまして……」

 

 なるほどね。それで人気者…か。

 

 そういえば今年は春先の方までインフルエンザが流行っていた。その影響もあってか、病気に出鼻をくじかれてしまったのか。

 

 蓮太「でも、正直そんな風には全然見えないぞ?結構見た目は派手だし、教室内で普通に目立ってるんじゃないか?」

 

 めぐる「それは…わかんないですけど、別に友達がいないとかではないんです。オカ研のことも友達との会話の中で聞いたりしたので………でも、どこか居場所がなくて。浮いてる…といいますか上手く馴染めないといいますか…」

 

 会話はできるレベルではある、が……特別仲がいい関係の人がいないってことか。

 

 めぐる「実は自分、元々人付き合いが得意ではなくて、この学院に入った時に、その……イメチェンみたいなことをしたんです」

 

 柊史「デビュー…?」

 

 めぐる「そうです。髪型を変えて、服装やアクセの研究をして……」

 

 の割にはいい感じに収まってるんだな。大体雑誌とかはオーバーに記載されているイメージなんだが………その辺は元々因幡さんはセンスがあったんだろう。

 

 柊史「でも、上手くはいかなかったと」

 

 めぐる「はい……それで今さらやめれなくて」

 

 蓮太「ま、ここで止めれないよな。ってか暑くないのか?」

 

 めぐる「オシャレは我慢、気温との戦いだって本に書いてありましたから。それと、自分は基本寒がりですから、もう少ししたら丁度よくなります!」

 

 女の子は大変だな。

 

 良く考えれば真冬にスカートとか地獄だろうな。

 

 蓮太「無理はすんなよ」

 

 にしてもなるほどね。大体は理解できたわ。

 

 だとしたら人気者になりたいって、要するに綾地さんみたいになりたいってことか。

 

 めぐる「あの、どうやったら綾地先輩みたいな人気者になれますか?」

 

 寧々「え?私みたい…ですか?そう言われても…私は人気者なんかじゃないですよ?だって私、友達いませんから」

 

 ハッキリ言ったな、この人。

 

 蓮太「でも教室で色んな人と話してるじゃん」

 

 寧々「確かに、話しかけられるので返事はしていますが」

 

 ……クール。というか……ドライだな。

 

 柊史「みんなが聞いたら泣くだろうな」

 

 蓮太「特に男子はな」

 

 下手したら自殺者が出るかもな。

 

 うーん。でも……確かに思えばそうなのかも。綾地さんは常にどんな人とでも1歩距離をとってるから、第三者からしたらそれが人気な理由なのかもな。

 

 言い換えれば誰に対しても同じ態度をとれるってことだから。

 

 それに俺のイメージは、慕われるってよりも、みんなの憧れって感じだ。人気者たる由縁はその容姿だろうが、周りが勝手に人気者にしてるって感じだ。

 

 めぐる「綾地先輩は、自分のグループというか、派閥みたいなものは作ったりしないんですか?」

 

 寧々「そういうことはあまり興味が……どちらかと言えば、私事を優先したいので」

 

 めぐる「おー、なんか格好いい」

 

 魔女のことがあるからな。あの量の欠片から推察するに……結構な時間をアレに割いてたんじゃなかろうか。

 

 寧々「その点なら、私よりも保科君の方がアドバイスできるんじゃないですか?」

 

 めぐる「えっ!?そうなんですか!?ちょっと暗そうなセンパイだし、友達が多いようには見えませんよ!?」

 

 蓮太「あははははッッ!!」

 

 フルボッコだ!

 

 初対面の人にこれはキツイな……!!ww

 

 柊史「あはははははは……素直な子だなぁ。ぶっ飛ばすぞ」

 

 蓮太「くくくくくっ…!」

 

 その会話に耐えきれずに、ずっと笑ってると柊史が何かを投げてきた。

 

 柊史「笑いすぎだ!」

 

 それは柊史も買ってきていたペットボトルの飲み物だった。

 

 彼はあろうことかそれを投げてきたのだ。

 

 蓮太「悪かったって…!!ははっ…!」

 

 そしてパシッとそれをキャッチして、落ち着きを取り戻すために、一口貰う。

 

 めぐる「すご…!というかごめんなさい。口が滑っちゃいました…」

 

 そして手に持っていた飲み物を机に置いて、なんとか落ち着きを取り戻す。

 

 めぐる「じゃあ竹内先輩は?既に綾地先輩と並ぶくらいの有名度ですけど」

 

 蓮太「俺はそれがわかんないんだよ。言っとくけど、マジで俺は人気者なんかじゃないぞ?」

 

 綾地さんみたいに、別によく話される訳でもないし、誰とでも話しているって訳でもない。

 

 蓮太「基本は柊史とつるんでるし、特定の人としか話さないぞ?」

 

 めぐる「そこにクールを感じるんですよ!顔も中性的で綺麗ですし、人気なゲームのキャラクターによく例えられてますよ!」

 

 蓮太「いや、それは言い過ぎだろ。お世辞が上手いな」

 

 めぐる「そんなことないです。例えられているのも本当ですよ。顔はクラウドとか、雰囲気はキタローとか」

 

 なんでどっちもクールキャラ…というかコミュ障なんだよ。いや後者はそうでもないか。

 

 蓮太「とにかく、俺は想像しているようなリア充ではない。ぶっちゃけこの件に関して誰かに相談したいくらいだ」

 

 寧々「難しい問題ではありますね……私達には」

 

 めぐる「そうですよね……」

 

 事実難しいからな。人気者、人気者……ねぇ。

 

 寧々「でも、一緒に考えることはできます。少し時間をくれませんか?」

 

 柊史「そうだね、デビューし直すわけじゃないけど、見せ方のアドバイスとか、なにかできることはあるはずだよね」

 

 蓮太「そうだな……一度じっくり考えてみれば見える物もある……かもな」

 

 すぐに答えを出すことはちょっと無理そうだけど。

 

 めぐる「いいんですか!?こんな面倒なお願いを…」

 

 寧々「はい、もちろんです」

 

 我らが部長が承諾すると、因幡さんは心の底から嬉しそうにして明るくなった。

 

 

 めぐる「よろしくお願いします!」



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18話 痴女じゃない。魔女なんです。

 

 柊史「けど、人気者って言われてもなぁ」

 

 ひとまず時間をもらうという結論を出して、改めて考えることになった後。因幡さんが帰ってからしばらく悩んでいた柊史が、そんなことをポロッと零した。

 

 まぁ…、確かに何から手を出せばいいか悩むところではあるよな。

 

 柊史「ちなみに、こういう難しい依頼って今までにもあったの?」

 

 寧々「そうですね……私では解決できないような依頼もいくつかありましたね」

 

 そりゃそうだろう。どうしても1人の力というものは限界があるものだ。知らない事も沢山あっただろう。

 

 柊史「そういう時ってどうしてたの?」

 

 寧々「できる限りのことはしましたよ?アドバイス的なことは勿論、仮屋さんの時のような仲立ちも」

 

 ……仮屋って…。あれか、バイトを探してる…とかか。

 

 寧々「でもほとんどが力にはなれなくて……今回も難しそうですね。人気者になる為の方法なんて、全然思いつきません」

 

 実際そうだよな……人気者…というかクラスで注目を集めるには、何か尖ったステータスが必要だ。ギャップなどがわかりやすいだろう。

 

 なんにせよ、簡単にはいかなさそうだ。

 

 蓮太「一旦話を持ち帰ることはできたんだし、各々帰ってからとりあえず考えてみよう。やれることは全てやってみようぜ」

 

 寧々「そうですね。では、ここで今日は部活を終わりましょうか」

 

 窓の外を見ていると、もうすっかり夕刻だ。茜色に世界は染まっており、それはもう一日の終わりを告げる太陽からのメッセージのようだった。

 

 柊史「そうだね。もうこんな時間だ」

 

 なんて言って俺達は戸締りの確認や、帰る準備をしていると、綾地さんが話しかけてきた。

 

 寧々「ところで保科君、竹内君。今日これから時間はありますか?」

 

 時間…?何かのお誘いだろうけど、なんだろ?

 

 柊史「え?まあ、深夜とか遅くならない程度なら」

 

 蓮太「俺は別に何時でも、できるだけ遅すぎない方が嬉しくはあるけどな」

 

 怒られるようなことは無いけれど、毎日の生活のことを考えたら……掃除はともかく、洗濯物ぐらいは終わらせないといけないからな。

 

 寧々「では少し付き合ってくれませんか?一緒に来て欲しいところがあるんです」

 

 どこだろ…?

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 和奏「いらっしゃいませー!」

 

 俺達が連れてこられたのは前に1度来た例の喫茶店。「シュバルツ・カッツェ」だった。

 

 だか、そこには前回はいなかったバイトらしき人物が1人増えていた。

 

 寧々「こんばんは」

 

 和奏「綾地さん、いらっしゃい」

 

 その人物は………

 

 柊史「仮屋…?」

 

 仮屋 和奏だった。あの時言ってたバイトってここでのバイトの事だったのか。

 

 そういえばさっき難しい相談が……の下りの時に、仲立ちとかなんとか言ってたな。なるほど相馬さんに依頼内容を相談していたのか。

 

 蓮太「バイトってここでの事だったんだな」

 

 和奏「保科に竹内?そだよ。2人ともこのお店の事知ってたんだ?」

 

 蓮太「成り行きでな」

 

 和奏「そっかー。あんまり知り合いには知られたくなかったんだけどね。このお店、店員は制服着用だから恥ずかしくてさ」

 

 今どき大体の飲食店はそうなんじゃないか?

 

 寧々「そうだったんですか?ごめんなさい、仮屋さんのことを考えずに」

 

 和奏「いや、いいって!知られちゃ困る程のものじゃないから」

 

 綾地さんにフォローを入れた後、俺たちの方を向いて軽く圧のある目線を向けてきながら、仮屋は俺たちを脅してきた。

 

 和奏「でも、言い触らしたら慈悲はない」

 

 柊史「心得てます」

 蓮太「承知」

 

 和奏「ならよし。さて……じゃあまあ、改めて………。いらっしゃいませ、お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 お、なかなかサマになってんじゃん。普段は絶対に敬語なんかで話してこないからか、こういうのは新鮮味を感じるな。

 

 なんて思っていると。

 

 柊史「おー!そういう丁寧な仮屋って普段のイメージと違うな。しかも制服はフリフリだし……ヒュー!かーわいいー!」

 

 和奏「ご注文はグーパンですねー?かしこまりー」

 

 柊史「褒めたのになんで!?」

 

 和奏「冷やかしにも慈悲はない」

 

 まぁ、色々とツッコミたいところではあるが……それよりも重要なことが。

 

 蓮太「あの、すみません。このお店って女性店員からのグーパンって無料なんですか?」

 

 和奏「なんで本気で注文しようとしてんの!?」

 

 柊史「冷やかしてみたらいいんじゃない?」

 

 蓮太「そこの麗しきお嬢さん。あっ、いや……すみません。貴女が少し眩しすぎて……。もう、止めてくださいよ。これ以上僕を貴女の虜にさせるのは…。これ以上…貴女を意識させないで下さい…もっと好きになってしまう」

 

 柊史「それは冷やかしじゃなくて、口説いてるよね?最初の言葉はナンパから入ってるよね?」

 

 和奏「殴られる目的がなければ、竹内ならそれで何とかなりそうなのが怖いよね」

 

 しょうがないじゃないか!いざ冷やかせなんて言われてもわかんねぇんだよ!

 

 というかあの台詞はガン無視か!

 

 蓮太「まぁ、結構マジに似合ってるとは思うよ。ということでブレンド一つ」

 

 和奏「……………。ありがとう」

 

 めっちゃ恥ずかしがってんじゃん。

 

 褒められるのには慣れていないのか?

 

 和奏「コホン…!そ、それでお客様は如何なさいますか?」

 

 寧々「アールグレイをお願いします」

 

 紅茶ばっかっスね、あんた。いや、別にいいんだけどさ。ちょっと気になっただけだし。

 

 柊史「俺もブレンドで」

 

 和奏「かしこまりました。オーナー、ブレンド2つとアールグレイのオーダー入りました」

 

 と店員仮屋は店の奥に歩いていって、誰かを呼びに行った。

 

 ……多分相馬さんだろうけど。

 

 そしてカウンターの裏の方に相馬さんが歩いていく。その瞬間に仮屋の方をチラッと見て、何かを察するように一瞬黙った後、注文の飲み物を準備し始めた。

 

 ……ということは…………心の欠片の回収か?

 

 多分…仮屋がいるのを狙って来たんじゃないか?綾地さんは。

 

 俺の勘がそう言ってる。

 

 七緒「ああ、そうだ。あと、奥の掃除を頼めるかな?今日は客も少ないし、もう閉めるよ。終わったら着替えてあがってくれていいから」

 

 相馬さんがそう伝えると、仮屋は教室とは違った落ち着いた様子で返事をして、俺達に「ごゆっくり」と伝えた後、店の奥の方へと歩いて行った。

 

 ……わざとだな。

 

 七緒「で、寧々。今日ここに訪れた理由は……アレでいいのか?」

 

 アレ……

 

 寧々「はい。2人ともオカ研に入部して、協力してくれるそうなので……見てもらった方がいいかと思ったり………………。気は進みませんが……」

 

 そして「はぁ……」とため息を吐く綾地さん。本当に嫌そうだな。

 

 七緒「そうだね。どうせその辺の事も、いつかは話さないといけないんだ。それなら早めに見てもらった方がいいだろう」

 

 ……もうほぼ確定的だな。

 

 柊史「…?さっきから何の話です?」

 

 蓮太「欠片だろ」

 

 柊史「欠片……。心の欠片?」

 

 蓮太「それしかないだろ。「見せる」とか、わざわざ仮屋を少し離れた場所に止めさせておく理由なんて」

 

 寧々「そうです。心の欠片の回収方法についての事を、実際に見てもらおうと思って、ここに」

 

 そうして、俺達の注文の品を出し終えた相馬さんは、「他の人に見られると厄介だからね」と言い残し、外に出て店を閉め始める。

 

 柊史「その回収ってどこでもできるの?」

 

 寧々「はい、場所はあまり関係ありません。ただ、人目が多いと困ると言いますか……ちょっと嫌なんです」

 

 柊史「そうなんだ…?」

 

 何か大掛かりな事が必要なのだろうか?

 

 いや、それなら場所は大いに関係するだろうし……。まぁ、考えても仕方ない。

 

 蓮太「俺達は見てるだけでいいのか?」

 

 寧々「はい。竹内君にも保科君にも、何かをしてもらう必要はありません。ただ……こちらも見ておいて貰えますか?」

 

 そうして綾地さんは俺にあの透明な瓶を手渡してきた。

 

 蓮太「こりゃ……あの時のやつか」

 

 寧々「心の欠片はこの瓶に回収されますから、それをしっかりと確認しておいて下さい」

 

 蓮太「ん」

 

 なんだ、本当に見てるだけなのか。

 

 七緒「さて。店は閉めたし、あとは給与の準備だな。今月は確か……………ひのふのみの、よ、いつ……」

 

 いつの間にか帰ってきていた相馬さんが、仮屋の給料を数えはじめる。そうか、今日が給料日なのか。

 

 というか数字の数え方がめっちゃ可愛いな。

 

 こんな年上の頼れるけれど、可愛い一面がある女性って本当にいいよな。こんな人と結婚なんかしたら楽しそうだ。

 

 七緒「寧々も準備を始めた方がいいんじゃないのか?」

 

 寧々「それは………わかってますが……」

 

 …?

 

 急にソワソワとし始めたぞ?綾地さん。今までずっと落ち着いてたのに…?

 

 七緒「これは寧々自身が決めたことだろう?」

 

 寧々「それはそうなんですが…………」

 

 七緒「回収、するんだろう?」

 

 そしてだいぶ長いこと何かを悩んだあと、諦めるかのようにそれを承諾した。

 

 寧々「わかりましたよ、もぅ………」

 

 そして次は、俺達の方をチラチラと確認しながらどんどん顔を赤く染めていく。

 

 その行動に疑問を持ちつつも、俺はぼけーと、コーヒーを飲みながら綾地さんを眺める。

 

 悩むってことは何かをするんだろ?だったらそれも見ておかなければ後で怒られそうだ。

 

 柊史も横で首を傾げてる。一瞬そんな柊史に視線を移した瞬間──

 

 真っ白な光が襲いかかるように輝いた。

 

 それは相馬さんが変身を見せてくれた時と同じ。白い光の粒が綾地さんの身体を覆い尽くしていく。

 

 それはさながらプリキュアとかでよく見かける演出のようだった。

 

 そして…………

 

 光が収まり、俺達の目の前に立っていた綾地さんは………

 

 寧々「…………」

 

 蓮太「──ッ!?」

 

 あっぶね!口に含んだコーヒーを吹き出すところだった!

 

 俺はそれをしてしまいそうな程、油断していた心を突かれたのだ。

 

 そんな綾地さんの服装は大きく変化していた。特徴的な大きな黒い三角帽子にその身を全て覆い隠せそうなほどの大きな黒マント。

 

 その姿は、まさしく「魔女」に相応しい雰囲気だった。

 

 そう………「だった」

 

 そこまでは完璧なんだ、そこまではただの魔女なんだ。

 

 そのマントは背中は隠せてはいるが、前にもってきておらず、中の服装は真正面からなら簡単に見える。だから見えていた。

 

 彼女のマントの下の服……………。服?………服!を。

 

 蓮太「セ、セクシーっスね…」

 

 そのマントの下は、服なんかは一切着衣しておらず、ベルト「のみ」だった。

 

 首にチョーカー。そして局部などの、マジでギリギリなラインだけを隠すベルトのみを身につけていたんだ。

 

 それ即ち……綾地さんの肌のほとんどが露出してしまっている。

 

 ぶっちゃけ、ちょっとジャンプでもしようものなら、数ミリベルトがズレて乳首やらなんやらかんやら全て見えてしまうだろう。

 

 そう思ってしまうほどのギリギリなのだ。

 

 寧々「……何も………何も言わないで下さい……この格好が痛いことは、自分が一番知ってますから……」

 

 柊史「そんなことは思ってないって…」

 

 蓮太「物理的に痛そうだけどな」

 

 というか、もうその姿は魔女じゃなくて痴女だよ、

 

 柊史「ま、まあ……似合ってると思うよ」

 

 彼なりのフォローが入った。

 

 寧々「……そんな言葉、いらないです……こんな恥ずかしい格好が似合うとか、微妙すぎて全然嬉しくありません」

 

 柊史「ごめんなさい」

 

 寧々「いえ、いいんです…いいんですよ。こんな格好をしなきゃいけない私が全て悪いんです。はは…」

 

 今までのレベルとは違って、まじで瞳が輝いていない。もう闇なんてレベルではなく漆黒の瞳だった。

 

 

 笑えてない

 笑えてないよ

 綾地さん。

 

 蓮太、心の俳句。(下手くそ)

 

 

 

 

 と、その時、奥の方からトコトコと誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。

 



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19話 前を見よう

 

 そんな軽いドタバタ感を味わっているところに、「お疲れ様でーす」とトコトコと歩いてきたのはバイトを終えて、制服に着替えた仮屋だった。

 

 うーん。こっちの方が見慣れているせいか、自分の中で妙に納得をしてしまう。

 

 あ、いやバイト服も似合ってはいたんだけど。

 

 和奏「あれ?野郎共は残ってるのに、綾地さんは帰ったの?」

 

 ……なに?

 

 いや、綾地さんなら痴女みたいな格好で貴女の真横にいますけど?

 

 柊史「……はい?え?いや……」

 

 隣にいる柊史も似たような反応を示している。

 

 そりゃあそうだ、視界には入らないような所には立っていないし、こんな派手な格好に気づかないわけはない。

 

 だからこの反応は……あえて無視してるか、完全に見えていないか……だ。

 

 和奏「ん?帰ってないの?あ、お手洗い?」

 

 無視してるってわけじゃあなさそうだな。魔法なんてものがあるんだ、姿が見えなくなるくらいあるのかもしれない。「テレパシー」で簡単な魔法なんだから。

 

 蓮太「空気を読んでくれて助かる。ってそれよりも、今日は何か楽しみなことがあるんじゃないのか?」

 

 俺は欠片を回収しやすいだろうと思って、給料日の事を意識させる。

 

 本人も忘れちゃいないだろうが、さっさと行動に移したいだろう。あんな格好だし。

 

 和奏「そうなんだよ!今日で念願のギターに……うひひ」

 

 本当に心の底から嬉しそうな仮屋を横目に、コーヒーを一口。

 

 ズズっと飲んでいる間に、相馬さんの手から仮屋へとお給料が渡された。

 

 というか現金なんスね。振り込みじゃないんスね。

 

 和奏「ありがとうございます!」

 

 ついに給料を受け取った仮屋からは、眩しいくらいの満面の笑みが。とその時、先程手渡しされた魔法の瓶が淡い光を放ち始めた。

 

 それは、目の前にある笑顔と同じくらいに明るくて、温かな光だった。

 

 …まるで気持ちが繋がっているみたいに。

 

 この光を眺めていると、それを手から直に感じている俺も嬉しさがこみあがってくる。

 

 そして相馬さんと仮屋がなんら他愛もない会話をしている 2人の背後に綾地さんは移動して立ち止まった。

 

 よく見ると何かを右手に握っている。

 

 それは、銀色で飾りっ気のない鉄の塊。本来彼女が持つはずのない、その手に握られているのは……

 

 蓮太「銃……?」

 

 明らかな銃の形状をしたモノ。綾地さんのその小さな手には決して似つかわしくないものだろう。

 

 蓮太「……あれは…マテバ?」

 

 それを綾地さんは、仮屋に突きつけて──

 

 寧々「──んッ」

 

 柊史「──あッ!?」

 

 その弾を撃ちつけた。

 

 魔法のようなもので守られていると思い込んだ俺は、撃ったことには驚きはしなかったが、その後。撃たれた仮屋の反応を見て、急激な焦りを覚えた。

 

 仮屋「──え?」

 

 背後から銃で撃たれた彼女は、その衝撃で身体を全面に大きくのけ反らせる。

 

 それと同時に無数の白い羽根が舞いあがった。

 

 柊史「この羽根は……あの時と同じ」

 

 確かに気にはなるが………まずは…!

 

 大きくバランスを崩して、倒れている仮屋を、俺は片手で受け止める。

 

 彼女の意識を確認するその直前に、手にしていた瓶に羽根と光が収まっていく。

 

 柊史「……さっきまで空だったのに、中に何か入ってる」

 

 七緒「それが心の欠片というわけだ。今回は「嬉しい気持ち」だから仮屋さんから回収したのはわずかな量だがね」

 

 蓮太「おい、仮屋。仮屋っ」

 

 彼女の身体を揺さぶって起こそうとするが、仮屋は唸ることすらせずに、熟睡でもしてると思うほどに身体から力を抜いている。

 

 蓮太「仮屋は大丈夫なのか!?」

 

 七緒「問題ない。今は少し意識を失っているが、数分で目を覚ますだろう。もちろん後遺症もないよ」

 

 …まぁ、これまでに同じことを何度も繰り返したんだろう。プロの目がそう判断したのなら、ここは信用をするしか。

 

 柊史「それなら安心ですけど……ビックリしましたよ。綾地さんがいきなり拳銃を手にしてて、しかも躊躇なく撃つなんて」

 

 寧々「ごめんなさい。でも、これが欠片の回収方法なんです。肥大してしまった部分を撃ち砕けたら、この瓶にその砕いた分が回収されます」

 

 七緒「これが……魔法だ」

 

 …どちらかというと物理じゃね?通常攻撃じゃね?むしろ会心の一撃じゃね?

 

 柊史「じゃあその服は?」

 

 寧々「ち、違うんですよっ、これは別に私の趣味じゃないですっ」

 

 蓮太「それも……魔法だ」

 

 柊史「なんでお前が答えるんだよっ!」

 

 でも実際そうなんじゃないの?銃とセットで出てくるなんて……

 

 七緒「私が説明しよう。その銃は特別な魔具なんだ。魔女服とセットになった………まあ、魔女の正装とでも言えばいいかな」

 

 蓮太「仮屋の目に入ってなかったのは?」

 

 七緒「それは、簡単に言うと、魔法に関わらない人間には見えなくなる力がある。と言っても気付かれないというだけだ。声は普通に聞こえるし、身体に触れるとその存在がバレるだろう」

 

 ……石ころ帽子の完全劣化ってこと?

 

 柊史「じゃあ俺達が見えてるのは?最初から意識をしてたから?」

 

 七緒「いや……おそらく魔法をもっているからだろう。魔女同士もお互いを認識できる」

 

 ………は?

 

 蓮太「じゃあなんで俺が見えてるんだ?俺が綾地さんの事を認識できるのはおかしくないスか?」

 

 だって俺は柊史のように魔法の能力があるわけじゃない。ましてや今回は綾地さんに触れるどころか会話以外は何もしてないんだ。

 

 それに声でバレたと言っても、俺は「最初から」綾地さんを認識できていた。それっておかしくないか?

 

 七緒「それは…すまない。正直、今はわからない。君はとにかくイレギュラーな存在なんだ。私が認識できていない特別な何かがあるのかもしれない」

 

 ……魂が半分なんて言われてるからな。確かに俺が特別変でもあまりおかしくはないけど……。

 

 わからないのであれば今気にしても仕方がない…か。

 

 

 

 

 

 

 

 少年授業中・・・

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその他諸々の事を説明されて、わかった事は、服や魔具も完全ランダムということ。

 

 弾は実弾のような形ではあるが、外傷を与えるようなものでは無いということ。

 

 こんな所まで自分で選べないなんて………なんだか可哀想に思えてくる。

 

 柊史「まあ、大体は理解したけど…。とりあえず欠片の回収の時は気を付けた方がいいだろうね」

 

 寧々「はい。ですから……そういう時にも、お2人に協力してもらえると助かります」

 

 柊史「わかった」

 

 ………そういえば。

 

 蓮太「加州さんの件は?」

 

 あれからずっと待っているのだろうか?

 

 寧々「実はあの後、一度回収を試そうとしたのですが……溢れている感情の量が絶妙で、心のバランスを大きく崩しかねないと判断しまして…」

 

 ……なるほど。大きすぎる幸せ出ないと、せっかく成果を出しても回収しきれないケースもあるのか。

 

 かと言って直ぐに回収もできない。

 

 これって実はかなり大変なんじゃないの?

 

 蓮太「そんなケースもあるんだな」

 

 寧々「はい…。せっかく協力して下さったのに…ごめんなさい」

 

 蓮太「いやこればっかりは仕方ないだろう。実際に会えるタイミングなんて学院内しかないんだし、そんなこともあるさ」

 

 なるほど……こりゃ骨が折れそうだ。

 

 七緒「それはともかく寧々、元の姿に戻った方がいいんじゃないか?もう仮屋さんが目を覚ましてもおかしくないと思うぞ?」

 

 寧々「…え?あっ、〜〜〜〜〜ッ」

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして俺達は、目が覚めた仮屋と一緒に夜の道を歩いて帰っていた。

 

 彼女には適当な説明をしてある。もちろん魔法のことは何も伝えてはいないが……

 

 和奏「いや〜、ビックリしたね。急に倒れるなんて…」

 

 柊史「疲れが溜まってたんじゃないか?」

 

 和奏「ん──……嬉しくてテンションが上がりすぎたのかな?」

 

 柊史「それもあるかもな」

 

 そんなことを話す2人の後ろで、俺と綾地さんは並んで歩く。

 

 寧々「…………」

 

 綾地さんの顔はなんだか晴れない様子だ。どこか申し訳なさそうな雰囲気を感じる。

 

 蓮太「……心苦しいか?」

 

 寧々「……少し。いくら問題がないとはいえ、撃って意識を奪ったのは私ですから……」

 

 蓮太「と言っても、正直に打ち明けるわけにはいかないからな」

 

 つっても、やり方がやり方なだけに、これからも彼女は回収する度に、こう思うんだろう。そしてこれまでも、こう思い続けてきたのだろう。

 

 どうやったらその気持ちを和らげられるだろう?

 

 ……

 

 蓮太「「気にするな」とは言わない。それが出来りゃそんな気持ちになってないんだからな。けど、「背負い込むな」とも言えない。だって勝手に感情を、欠片を奪ってるんだから」

 

 寧々「……そう、ですね」

 

 蓮太「今、俺が言えるのは「後悔するな」自分の望みの為とはいえ、綾地さんは人を助けているんだ。申し訳ないと思うのならば、その人がもっと笑っていられるように、他の人ももっと幸せになって貰えるように。頑張り続けることが大事だと思う」

 

 寧々「頑張り続ける…」

 

 蓮太「だってそれは欠片を回収するのと同時に、誰かの手助けになれるってことだから。一生懸命頑張って、その結果相手は笑ってくれているのに、その度にそんな顔をしていたら……俺が悲しい」

 

 寧々「竹内君が…ですか?」

 

 蓮太「そりゃそうだ。誰だってそう思うさ。せっかく頑張って周りの沢山の人を笑顔にしようとしてるんだ。そんな俺達が笑ってないと……馬鹿にされるぜ?」

 

 そう言って俺はニコッと綾地さんに笑ってみせる。

 

 俺はこの作業、仕事、やってることを間違っているとは思ってないから。

 

 そりゃあいちいち気絶させるなんてちょっとアレだけど……仮屋を見てる感じ、別に問題は無さそうだ。だったらそれは一時的なもの。それを乗り越えれば、きっとみんな笑顔になれる。

 

 そうすると、綾地さんはさっきまでの申し訳なさそうな気配を消して……笑顔で返してくれた。

 

 寧々「そうですね……。ありがとうございます。おかげで少し、気持ちが楽になりました」

 

 うん……。やっぱりそうだ。

 

 蓮太「そりゃ良かった。じゃ、できればそのままでいてくれ、あんたにゃ笑顔が一番似合ってる。可愛いよ」

 

 そう言って俺は前に前にと歩いて行ったが、さっきまで横にいた綾地さんの歩くペースが微妙に遅くなった。

 

 寧々「なっ、ななな何を言ってるんですか!?わっ、わた、私なんか可愛くないですよっ」

 

 ……お前それは学院内で言ったら、多分女子共から殺されるぞ?

 

 蓮太「なんでもいいよ。笑ってくれればそれでいい」

 

 なんか後ろで綾地さんがあわあわ言ってるけど………まぁ気にしなくてもいいか。

 

 それよりも………

 

 

 

 

 因幡さんの件……どうするかな。



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20話 ゲームってやっぱり面白いよね

 その日の夜、全ての家事を済ませ、もう寝ようかと思っていた頃、ある1件のLINEの通知が来ていたことに気がついた。

 

 蓮太「何だ?」

 

 こんな時間に誰かから連絡が来るなんて珍しい……何か急ぎの用事でもあるのだろうか?

 

 なんて思いながらスマホの画面を光らせてみると……

 

『緊急指令です。ペガサスの涙が全く取れません。というか1人でペガサスに勝てません。ってことで蓮太頼む!明日一緒にモン狩りやろうぜ!』

 

 …ゲームの話かい。

 

 その内容は、柊史からのゲームのお誘いだった。

 

 こいつが言っている「モン狩り」通称『モンスター狩人4TH』これは歴代販売しているシリーズ物の最新作で、今年でたばっかりの世間を注目させているゲームだ。

 

 ジャンルはハンティングアクション。簡単に言えば大きなモンスターを倒すってシンプルなゲーム。しかしやり込み度がかなり高く、ソロもマルチもどちらもドンと来いといった感じのゲーム。

 

 きっと男なら1度はこのシリーズをやったことがあるのでは無いだろうか?

 

 蓮太「しゃあないか」

 

 そういえば今は特別なクエストが受注できるんだったな。古代種のペガサスだっけ?確かに装備は欲しいけど……

 

 こっちは因幡さんの件で試行錯誤してるってのに…

 

 なんて思いながらもカバンの中にゲーム機を入れて、そのまま就寝した。

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 そしていつもの授業を聞きながら、依頼の件を考えては見てみるものの……正直ピンと来ない。

 

 陰で俺はなんて言われてるのかは知らないけど、友達と呼べる人が少ないことは俺と変わらないから。

 

 人付き合いって苦手なんだ。

 

 そりゃみんなから挨拶程度なら沢山されるが……挨拶くらい誰でもするからな。

 

 なんて考えていると、あっという間に午前の授業が終わった、

 

 雪崩のように教室から生徒たちが出ていき、昼休みになった瞬間だと言うのにその辺の人達は一気に騒がしくなる。

 

 俺はそんな空間が嫌なのと、適当に昼食を済ませるために、教室を後にした。

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 俺も久しぶりに弁当でも作ろうかな。

 

 そんなことを思いながら、買ったパンが入っている袋を腕からぶら下げ、中庭の適当なところで腰を下ろし、その荷物をテーブルに置く。

 

 適当なところと言っても、ちゃんとイスと机は用意されており、休憩するには十分そうなスペースがある。俺が座っているのはそこだ。

 

 ここなら外ということもあって結構静かに過ごすことが出来る上に、教師の人達が全然通らない。つまりゲームをしたい放題ってわけだ。

 

 ちなみに学院内でこんなことをしたらもちろん説教をくらうが、誰かが言ってた。『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』って。

 

 この学院は持ち物検査もないし、髪の色が変わってるヤツらも多いし……って。

 

 傍から見りゃ不良学院だな。

 

 なんて思いながらゲームを起動させ、適当なルームを作り、柊史を待つ。

 

 ちなみに昼休みにこんなゲームをしている理由は、教室で散々言われたからです。「昼休みな!昼休みに部屋作っててくれ!」

 

 と。

 

 ルームを作って待っていると、ワラワラと知らない人が入ってきて一気に14人ほどの人数が集まってきていた。

 

 一つの部屋につき最大16人までだから………もう空きがひとつしかないぞ…?

 

 まぁ、待ってりゃ来るか。

 

 なんて思いながら噂のペガサスの装備を見る。

 

 おぉ………これは………!

 

 蓮太「中々強いな」

 

 レア物のアイテムをふんだんに使っているせいか、装備の性能は凄く高性能。属性が雷の所を見るに、ライバル武器は多そうだが……防具がとにかくぴか一。こりゃみんな欲しがるわけだ。

 

 それを見た俺は、ペガサスのクエストを受注。そしてご飯を食べ終わるまでに集まっていた人と行こうと思って時間を潰す。すると、1人の銃使いの人がゲストとしてクエストを受けてくれていた。

 

 名前は…………「ラビー」

 

 ちなみに俺のキャラ名は「シノビ」、武器は色々なものを作ってはいるが……今回は「弓」にしよう。

 

 銃は俺も扱えるけど……忍が銃って変だよな?弓も変だけど。

 

 そして支度を済ませて、2人でペガサスのクエストにチャレンジ。すると全く問題なく、淡々と敵の攻撃を避けつつ矢を放っていると……呆気なく倒すことが出来た。

 

 …あれ?意外と簡単じゃね?

 

 とにかくチャットで「ありがとうございます」と打って、ロビーに戻ると……「ウナジ」君がいた。

 

 この「ウナジ」君は、我らが柊史君のことで、真っ青な衣装を身に纏う槍使いのプレイヤーだ。

 

 俺がロビーに戻ったことを確認すると、彼はすかさず同じペガサスのクエストを受ける。

 

 そして俺も柊史のクエにゲストとして入っていると…………さっきの「ラビー」さんが俺に続くように同じクエストをゲストとして受けていた。

 

 また一緒になったな……まぁ、この人は物凄く上手いからありがたいんだけどさ。

 

 そして適当な挨拶を済ませてクエストに出発。

 

 俺は……と言うよりも、シノビとラビーさんは支給品を受け取らずにペガサスの場所へ直行。一度やっているおかげでスタートの場所は知っている。

 

 そんなこんなで始まったプレイは、順調と言ったところだった。

 

 見つけた瞬間に、シノビとラビーで睡眠矢と睡眠弾を打ち込み、速攻で眠らせる。そこにみんなで爆弾をおいて大爆発。

 

 閃光玉も使わずに、無傷で上手く立ち回り、敵に張り付き、シノビが弓で軸をずらしつつも矢を打ち込む。

 

 ラビーさんは一定の距離を保ちつつ、味方の強化、及び状態異常弾を使用しつつ高威力の弾も使っている。

 

 ウナジ君は大きな盾でしっかりとガードをし、的確なタイミングでのカウンター。

 

 話し合っている訳でもないのに、お互いがお互いの邪魔にならないように立ち回っていた。

 

 しかし…………………ウナジ君は雷ブレスで吹き飛ばされる。

 

 蓮太「あっ、死にかけてる」

 

 そんな時に、ラビーさんは貴重な回復弾をウナジ君に命中させる。

 

 蓮太「珍しい……野良マルチで回復弾を使うなんて……こりゃウナジ君を殺させる訳にはいかないな」

 

 そんな思いとは裏腹に、ウナジ君は突如挙動不審な動きで訳の分からない行動をしている。

 

 ……?

 

 そしてペガサスの突進をまともにくらい、大ダメージ。また死にそうになる。

 

 そしたらラビーさんがすかさず回復。

 

 マジか!?回復弾ってこのゲームじゃあ超貴重なんだぞ!?こりゃマジに死ねないじゃん!

 

 と思っていたらウナジ君、またも吹き飛ばされる。

 

 しかし今度は、俺が粉塵アイテムを使用し、ウナジ君を回復させる。

 

 昼休みはそんなことをしていて時間を潰していた…………

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 部室にて。

 

 寧々「どうですか?因幡さんの相談、何か思いつきました?」

 

 放課後になると、綾地さんからそんな質問をされた。

 

 ごめんなさい、結局貴重な昼休みはモン狩りしてました。

 

 柊史「ゴメン、芳しくない」

 

 蓮太「俺もだ。思いついたことと言えば、明るくて話し上手だったりとか、誰にでも優しくしたり……とか?」

 

 寧々「私も、そんな感じの話を聞くくらいしかできませんでした」

 

 一応真剣には考えてみたものの……なんとも…

 

 柊史「と言っても一つだけツテがあって、具体的な事も一応入手はしたんだけど…………大丈夫なのかな?これ」

 

 寧々「えっ、何かあるんですか?」

 

 柊史「だけどこれは秋田さんから聞いたものだから…」

 

 あ、ダメだそれ。

 

 なんてことを思っていると、ドアからノック音が響き、こんにちはと言いながら、中に因幡さんが入ってくる。

 

 俺達も挨拶をして、中へ向かい入れる。

 

 めぐる「それで……どうですかね、先輩方。なにか…いい方法ってありますかね?」

 

 蓮太「俺達もそれを確かめようと思ってさ。実は柊史が具体的な方法を見つけてくれたみたいで」

 

 めぐる「え!そうなんですか!?先輩!」

 

 柊史「うん。でも………因幡さんとはタイプが大違いの人からだから、期待には添えないかも」

 

 ……大違いだな。合コン女王だぞ?あの秋田さんだぞ?

 

 失礼だな。

 

 めぐる「それは後から考えます!とにかく、先輩の調べた方法を教えて下さいっ」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 そしてなんだかんだで、その秋田流友達作成術を実践してみることに。

 

 友達を作るってか、合コンで落とすって感じになりそうだけどな。

 

 めぐる「それで何をすればいいんですか?」

 

 柊史「えーっと……まずは、『ぽややぁぁん』とした雰囲気を出す」

 

 めぐる「『ぽややぁぁん』って、そんな擬音で言われても」

 

 そんな音を出すわけじゃないんだから。

 

 蓮太「……擬態語じゃね?」

 

 めぐる「細すぎですよ、それってどんな違いなんですか?」

 

 寧々「実際に音を発するようなことではなく、あくまで全体の雰囲気で表現するってことですよね?」

 

 柊史「そう、そんな感じ」

 

 ……実際、そういう雰囲気を出すって難しそうだな…。顔を緩めればいいのか?

 

 蓮太「まぁ、とにかく一旦柊史がやってみてくれよ。紙に書いてるんだろ?」

 

 柊史「え?じゃあ………こう、顔を緩めて……『ぽややぁぁん』って」

 

 その瞬間、柊史の顔がモンスターみたいにとろけていく。

 

 めぐる「うわっ、キモッ!センパイ、キモッ!」

 蓮太「うわっ、キモッ!柊史、顔キモッ!」

 

 柊史「やらせといてそれか!?お前ら失礼だぞ!」

 

 めぐる「──あ、そんなつもりではなくて………ごめんなさい」

 蓮太「悪いな。ちょっと………うん。いいと思う…………よ」

 

 柊史「因幡さんは許す」

 

 なんで俺だけダメなの……?最後にお世辞を言ったから?それとも心の底からの意見だったから?

 

 ……ん?というよりも……

 

 蓮太「なぁ、柊史。お前、紙を2枚持ってるけどどっちも同じことを書いてるのか?」

 

 メモ用紙を切り取られたものが、柊史の手には2枚握られていた。

 

 柊史「あ、いやこれはそうじゃなくて、パターンを2種類書いてもらったんだ。内容は微量な違いだけど………どっちも試してみてもいいかなって」

 

 へぇー………。このまま秋田さんに話を聞けば沢山の種類の方法が出てきそうだな。

 

 柊史「あっ、そうだ。それじゃあこっちの紙に書いてあることを、綾地さんにお願いできないかな?」

 

 寧々「私が……ですか?」

 

 柊史「男の俺達がやったら気持ち悪いらしいから」

 

 俺達って。俺を混ぜるな、俺を。

 

 蓮太「でも確かに、同性のほうがより参考にはなるだろうな」

 

 同じ雰囲気って事なんだ。女の子同士の方がいいだろう。

 

 蓮太「どう?やってみる?」

 

 寧々「……あまり自信はありませんが……頑張ってみます」

 

 柊史「それじゃあこっちの紙は…………因幡さんに。今は練習なんだ。別にぎこちなかったり声に出しても大丈夫だから。それで相手は………俺が因幡さんの相手になるよ。その後に綾地さんは蓮太にお願い」

 

 ……相手?

 

 蓮太「なんだ?それって相手がいるのか?」

 

 柊史「いた方がいいと思う。その方が少しでもリアリティを出せるかなって」

 

 蓮太「ふ────ん。まぁわかった。俺は綾地さんとペアを組めばいいんだな?」

 

 柊史「ああ、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 柊史「じゃあ、始めるよ?因幡さん」

 

 そうして、とりあえずぽややぁぁん練習がスタートするのであった。



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21話 ぽややぁぁん

 

 ガタガタと俺は自分の分と綾地さんの分の椅子を用意して、2人で座る。そうしてその前には向かい合うような形で因幡さんと柊史が立っていた。

 

 柊史「よし、とりあえず『ぽややぁぁん』って緩い笑顔を浮かべてみて」

 

 さっきみたいなモンスター顔を真似したら面白いかも。

 

 なんて思ってはいるけど、彼女は本気なんだ。どんな失敗をしても笑うわけにはいかない。

 

 めぐる「ぽややぁぁん」

 

 因幡さんは、まさかの口から「ぽややぁぁん」と発言し、幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

 しかし………これは話しかけやすいとかではなく……なんだろ?アホの子が「今日の夜ご飯なんだろ〜」って考えてほんわかしているような雰囲気だ。

 

 うん。アホっぽい。

 

 蓮太「…………………くくっ」

 

 笑いを堪えなければ。

 

 そして顔を元に戻し、因幡さんは不安そうに結果を尋ねる。

 

 めぐる「どうですか?」

 

 柊史「アホっぽい」

 

 同じ意見だった。

 

 めぐる「アホってなんですか、アホって!やらせたのはセンパイじゃないですか!」

 

 蓮太「……くくっ。ま、まぁまぁ、さっきは因幡さんも「キモッ!」って言ったんだから、お互い様ってことで」

 

 めぐる「それを言われると反論できないんですけど…………、なんでずっと笑うのを堪えてるんですか…?」

 

 蓮太「こ、……堪えてないよ…」

 

 因幡さんは俺を疑うようにジト目で見てくる。

 

 心做しか「じー」って声も聞こえてくる気がする。

 

 そしていきなり──

 

 めぐる「ぽややぁぁん」

 

 蓮太「ははははははっっ!!」

 

 めぐる「笑ってるじゃないですか────!!!!」

 

 ふいっ…!不意打ちは卑怯だろ!

 

 寧々「2人とも落ち着いて下さい。『ぽややぁぁん』というのはおそらく、人から話しかけやすい雰囲気の事だと思います。私が読み上げますから、メモを貸してください保科君」

 

 綾地さんは柊史からメモを受け取ると、いきなりのアホ顔に耐えきれずに笑いが止まらなくなった俺の所へ歩いてきた。

 

 寧々「竹内君も、笑ったりしちゃうなんて酷いですよ」

 

 蓮太「ごめっ…!ごめん……!ははっ」

 

 寧々「まったく…そんなことしちゃダメですよ。……とにかく次は、会話の手本の一つとして、『大丈夫?』と心配されるようなことがあったら、甘く『平気だよ〜ぅ』と答える。はい、どうぞ」

 

 え、なになに?これは映画でも作ってるんですか?監督業でもしてるんですか?

 

 柊史「大丈夫?」

 

 うん。柊史の方は問題ないな。普通な感じがでてる。

 

 ……当たり前か。

 

 めぐる「へ、平気だよ〜ぅ」

 

 一生懸命なのは伝わる。それは伝わってくるんだけど………違う、そうじゃないってやつだな。

 

 因幡さんは両手を縦にブンブンと振り、さっきみたいなな、変な………………じゃなくて、ぽややぁぁんの顔で甘える…?ように答えている。

 

 めぐる「……なんか、違います?」

 

 柊史「何というか、その……雰囲気が緩いんじゃなくて、頭のネジが緩いようにみえる」

 

 頭のネジが緩い…!?

 

 はははっ!そりゃ面白い例えだ!的をえてる!

 

 めぐる「ひっどっ!率直を通り越してもはやデリカシーの欠如ですっ!」

 

 柊史「ごめん……、とにかく、俺が教えてもらった雰囲気とは……なんか違うんだよ」

 

 めぐる「自分には難しいんですかね…?」

 

 そこで俺は紙の内容が気になって、身体を綾地さんに寄せ、頭を近づけて綾地さんが握っている紙を俺も見てみる。

 

 蓮太「でも……まだ諦めるには早いぞ?ここにテクニックが書いてる」

 

 めぐる「う──ん………。どんなのですか?」

 

 蓮太「えぇっと………『軽く身体のバランスを崩したフリをして、助けてもらう』」

 

 ……字が小さいな。

 

 めぐる「きゃっ、足が──」

 

 寧々「『その際にさりげなくボディタッチを増やす。胸を相手の身体に軽く当てる。なんなら軽く抱きつく』だそうです」

 

 めぐる「ごめんね?足が絡まっちゃって── ってできるかぁぁぁぁぁ──ー!!!!」

 

 何この子、面白い。

 

 ノリツッコミ上手っ!

 

 柊史「あっ………」

 

 めぐる「人の胸元を見ながら寂しげな表情を浮かべないでください……!!!」

 

 めぐる「押し付ける胸が無いわけじゃ──!」

 

 柊史「わかった!わかったから!ごめんって!とりあえず因幡さんはこれは苦手みたいだし、綾地さんに1度やってもらおうよ!」

 

 ……逃げたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして柊史は俺達を急かすように、場所を交代し、因幡さんと椅子に座る。

 

 寧々「それでは…始めますよ?因幡さん」

 

 めぐる「はい、よろしくお願いします」

 

 寧々「では、この紙を。よろしくお願いします。竹内君」

 

 さっきまで柊史が持っていたものと同じような紙を綾地さんから受け取り、その内容を読んでみる。

 

 ………うん。大丈夫か?これ。

 

 寧々「それで、具体的にはどうしたらいいですか?」

 

 蓮太「じゃあ、とりあえず例のぽややぁぁんを」

 

 寧々「(ぽややぁぁん)」

 

 おぉ…!凄い!なんというか……つい話しかけたくなるような感じがする!むしろ綾地さんの周りに綺麗な花がたくさん見える!

 

 柊史「なるほど……こんな感じらしいよ?」

 

 めぐる「これは…確かに構いたくなるような感じはしますね」

 

 そしてスっと元の表情に戻り、綾地さんは確認してくる。

 

 寧々「こういう感じでいいんですか?」

 

 蓮太「あぁ、そのまま頼む」

 

 寧々「わかりました〜」

 

 おぉっ!なんだろう………?可愛い!

 

 蓮太「……読みにくい。柊史、紙をちょっと頼むわ」

 

 一応、2人で演技をやってるんだから、俺も一生懸命やらないといけないだろうしな。

 

 そうして俺は柊史に紙を渡して、綾地さんと隣同士の椅子に座る。

 

 柊史「えぇーっと…会話の例として、どんなに話がつまらなくても笑顔のままで話す」

 

 なるほどね…ふむふむ…………

 

 蓮太「きんたま」

 

 寧々「やだも〜ぉ、何を言ってるんですか〜、竹内君は面白い人ですね〜ぇ」

 

 す、すげぇ!?きんたまを面白いって思うのか!

 

 めぐる「ジー…………」

 

 ヤバい…。因幡さんの目が痛い。なんで?俺もオカルトな能力者に?

 

 柊史「さりげなくボディタッチを増やす。適当な理由をつけて倒れたりして、接触面を増やし、相手の太ももの内側などに触れたりする。そしてトドメに潤んだ瞳で上目遣いを使って相手の顔を覗き込む」

 

 寧々「あっ……、ごめんなさい。ちょっと目眩が…」

 

 蓮太「大丈夫か?(イケボ)」

 

 めぐる「うわっ、声作ってる。でも無駄に格好いい」

 

 わざとに身体を倒してきた綾地さんの肩を持ち、俺は上から、綾地さんは下からお互いの目を見つめ合う。

 

 …………

 

 あ、あの………………めっちゃ恥ずかしいんですけど。めっちゃドキドキするんですけど。

 

 いやわかる。わかってはいる。これは演技、偽物……!幻……!

 

 そんな幻想的な類のモノだとわかっちゃいる。だからここは冷静に………

 

 

 

 

 蓮太「……………」

 寧々「…………」

 

 

 

 

 

 ………が、ダメ!

 

 圧倒的……………圧倒的可愛さ!

 

 その煌めいている瞳の奥に吸い込まれてしまいそうだ。感じる心……そう、例えるのなら宇宙!数多の星々が祝福の光を照らしてくれる、宇宙がその奥にはある!

 

 ……あとめっちゃ距離が近いです。ぶっちゃけあと少し近づけばキスしちゃいそうです。

 

 さすがの僕ちんも心臓がマッハで動いております!こんな時にまでクールぶれません!

 

 柊史「次は………そのまま会話をしながら、相手の身体をフェザータッチで撫でる」

 

 すみません………これ以上に身体も触られるんですか…?秋田さんやばくね?マジヤバス!

 

 寧々「ふぇ……フェザータッチって…なんです…?」

 

 綾地さんも言葉が詰まってるし!絶対恥ずかしいよね!?どうする!?俺がもう止めるぞ!と言うべきか?

 

 でも、これって結局因幡さんの為になってるのか?彼女に理解してもらう為に続ける必要があるんじゃないのか?

 

 けど正直言ってもう興奮してきたんですけど!なんでこんな美人さんとこんな事しなくちゃあならないんだ!?

 

 いや嬉しい!嬉しいんだけど慣れないんだ!でも……因幡さんが止めてくれるまでは続けた方がいいんだよな…?

 

 なんて自分の頭の中で思考がグルグルと駆け巡らせていると、柊史からの説明を終えたらしい綾地さんが俺の内もも当たりをくすぐるように優しく撫でてきた。

 

 寧々「こう……ですかぁ?」

 

 ふぁっ!?

 

 ナニコレ!?くすぐったい!こんなところ普段触りも触られもしないから凄く刺激になっちまう!

 

 危うく声が漏れかけたわ!

 

 

 スリスリ……………スリスリ…………

 

 

 綾地さんは一生懸命に顔を真っ赤にして演技を続けてるけど………

 

 これどういう状況!?突然目眩がした女の子を肩から優しく支えて、キスできそうなほど顔を寄せて内ももスリスリなんて状況ぜってぇねぇよッ!

 

 めぐる「………それ、セクハラじゃないんですか?」

 

 因幡さん…顔は今見えないけれど、言葉が冷たい。そんな引かないで?

 

 蓮太「も、文句なら………柊史に言ってくれ……俺は、指示されたことを受け止めてるだけだ…」

 

 そんなことを言っている時にも、綾地さんは必死にスリスリしてる。

 

 これ…さっきから微妙にこそばゆくて……

 

 声が大きく出ない。

 

 蓮太「俺は…別にやましい気持ちなんてない……………………んっ」

 

 やべ、我慢できなくなってきてしまった。

 

 ちょっと喘いじゃった!キモッ!

 

 寧々「──ッ」

 

 ……なんか今、綾地さんがピクっと反応したような………?

 

 というよりも…

 

 蓮太「綾地さん、と、とりあえず一旦それを止めてくれない…かな?ちょっと………おかしくなっちまう……ッ」

 

 寧々「そ、そうなんですか?……ハァ………ハァ………」

 

 ……今ハァハァ言わなかった?

 

 ってか、なんか綾地さんの手がどんどん上に移動してきてるんですけど?

 

 もうほとんどそこはダメなエリアだよ?マジでもう少しで触れちゃうよ?息子に。

 

 蓮太「あ、綾地……さん?」

 

 寧々「なんですかぁ…?」

 

 ………………おや!?

 

 綾地さんのようすが……!

 

 テテテテン!てってってってってってってってー↑♪

 

 とは音楽が鳴らなかったけど、なんか様子がおかしい。なんかめっちゃ演技の艶が………………あ。

 

 さっきよりも瞳は潤み、吐息は熱く、その顔は艶めかしい。

 

 寧々「あ、んん………ふっ…………はぁぁ…………ふ────ー………ふー……」

 

 はっ、はつはつはつはつ…!発情してる!?

 

 めぐる「あ、あのー……綾地先輩はどうしたんです?妙に色っぽい気がしますよ?」

 

 そりゃあ気付くよな!明らかに様子が変だもんな!

 

 柊史「これは………アレだ、さっきの演技の続きだ。こうすることでより魅力が増してるから!」

 

 そんなフォローを柊史が入れてる最中、小声で綾地さんは俺に語りかけてくる。

 

 寧々「(す、すみません、竹内君の身体に触れているとドキドキして、クラクラして……いつもの…が…)」

 

 止めて!そんな色っぽいこと言わないで!俺だって男の子なんだよ!?発情と好意を勘違いしたりしたらどうすんの!?

 

 寧々「(ダメ………おなにー………したい、です……)」

 

 蓮太「(くはっ………!)」

 

 そんなこと耳元で言わないで!むしろ俺が発情するわ!

 

 蓮太「(と、とととととにかく、今は柊史が因幡さんの相手をしてる。だから今のうちに)」

 

 寧々「(ま、待って下さい……、今は、今は動けないんです……今は動いたら…殺られ……ます…)」

 

 何にだよ!?なんで命を狙われてるんだよ!?

 

 蓮太「(じ、じゃあ…俺はどうすれば…?)」

 

 寧々「(この……まま、近くにいて下さい…………)」

 

 待て待て待て待て!何!?告白みたいなこと言われた!

 

 ってそうじゃなくて……!いや今の貴女の近くに俺も居なきゃいけないんスか!?

 

 今の貴女凄くエッチですよ!?

 

 寧々「(ひっ、ひっ、ふ────ーぅ、ひっ、ひっ、ふ────ーぅ…)」

 

 なんでラマーズ法なんだよ!?何を産むんだよ!卵か!?

 

 めぐる「綾地先輩?本当に大丈夫なんですか?顔が真っ赤ですよ?なんだか息も荒いし、さっきからモゾモゾしてるし」

 

 寧々「へ、平気、ですよっ、平気っ、です…」

 

 そう言う綾地さんは、俺の服をガッシリと掴んだまま、身体を微妙に痙攣させている。

 

 ……本当に大丈夫か?これ。

 

 蓮太「(行けるのか…?)」

 

 寧々「(今なら、波が引いたので……今なら…今だけ…動けますっ)」

 

 今だけって断言しやがった。

 

 寧々「ちょ、ちょっと席を外させてもらいますね、因幡さん」

 

 綾地さんは明らかな無理して作った笑顔で立ち上がり、因幡さんと柊史の横をゆっくりと、本当にゆっくりと歩き出した。

 

 めぐる「大丈夫ですか?本当に大丈夫体調が悪そうだし……一緒に行きますよ?」

 

 寧々「触っちゃダメぇッ──ひぁっ」

 

 因幡さんが綾地さんを心配して、肩辺りを支えようとしたその瞬間、綾地さんが激しくビクビクと痙攣した。

 

 寧々「波が……」

 

 ………これは………?

 

 寧々「もうっ…………!ダメ…っ!!」

 

 ってそれよりも!

 

 蓮太「あ──!た、体調が本当に悪そーだ!い、急いで保健室に行かないと──ぁぁ!」

 

 俺は慌てて綾地さんの方へ駆けつけて、彼女の身体を抱き上げて、そのまま勢いよく扉を蹴り開けた。

 

 寧々「……ぃんッ!?」

 

 その瞬間に、またも彼女は激しく震えたが……そんなことを気にしてられない。

 

 蓮太「柊史ッ!因幡さんを頼んだ!」

 

 そして返事を待たずに、俺は誰もいない廊下を駆け出したのであった。

 

 

 綾地さんを持って。



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22話 こんなところでそれしちゃうの?

 

 蓮太「ぜぇ………はぁ………ぜぇ……はぁ…」

 

 ひとまず綾地さんと共に部室を飛び出した俺は、できる限り部室から離れた場所へと走ってきた。

 

 特別棟は全5階建て、そしてここはその最上階にあたる場所。

 

 ……?まてよ?

 

 蓮太「綾地さん、女子トイレって…どこだっけ?」

 

 きっとそれを済ませるのならば、1番最適な場所としては女子トイレだろう。

 

 まさかまた図書室に行くわけにはいかない。

 

 寧々「ふぅ──ー…、よ、4階…………で、すー……!」

 

 言葉がおかしくなっちゃってるけど、今はそんなことを気にしていられない。一刻も早く最終エリアに向かわなくては…!

 

 蓮太「4階……4階だな!よしっ──」

 

 寧々「ま、まま待って下さい…!」

 

 抱きかかえたままの状態で再び走り出そうとすると、綾地さんに呼び止められる。

 

 蓮太「え、なに!?」

 

 寧々「いちっど…降ろして下さいっ、さっきから……その…、擦れて………」

 

 擦れる!?何が!?股か!?

 

 もう女の子わかんねぇよー!!

 

 蓮太「わ、わかった!ちょっと待っててくれよ!?」

 

 そしてできるだけゆっくりと綾地さんの足を床に着け、そろりそろりと手を離していく。

 

 そして完全に降ろしきったその瞬間──

 

 寧々「んっ、んっ──……ッ!」

 

 甘いような声とともに、急に綾地さんが抱きつくように近付いてきた。

 

 必至にその感情を押さえつけているのか、俺の服を両手でがっしりと掴んでいる。

 

 逃げられない!

 

 蓮太「あの…綾地さん?一体何を…?」

 

 寧々「すみません…、すみません……!ちょっと、ぎゅってさせて下さい…」

 

 蓮太「そりゃ構わないけど、ここから動かなきゃイけないだろ!?」

 

 寧々「ゆっくり、ゆっくり進んで下さいっ…!」

 

 それから俺達は自分を亀かと疑うレベルの超スローペースで4回へ向かうための階段に辿り着いた。

 

 ……階段、かぁ。

 

 さっきからビクビクと痙攣してるし……これは無理なんじゃないかな…?

 

 蓮太「……………これ、大丈夫か?」

 

 寧々「…………イきましょう。今なら…波が少し引きましたから…」

 

 …波が引いた…か。ならチャンスは今しかない!イくしかないッ!

 

 そしてゆっくり、ゆ────ーっくりと2人で1歩1歩階段を下っていく。そしてあと数歩で中間地点と言ったところで、綾地さんの動きがピタリと止まった。

 

 寧々「──ヒグッ」

 

 蓮太「…なに?今の声…」

 

 寧々「ご、ごめんなさい……。もう……無理そうです…!」

 

 …っは!?

 

 蓮太「待て待て待て待てッ!もうちょい!あともうちょいで半分なんだ!階段を下りたらもう目と鼻の先にトイレはあるじゃないか!」

 

 そう、この階段は横から見ると「く」の字になっている折り返しの階段。つまり今俺がいる場所から、下は楽に見渡せるような感じの作りになっていて、トイレの場所も確認できている。

 

 もう視野に入ってるんだ。

 

 蓮太「だから、もう少し!もう少しだけ頑張ろうぜ!?」

 

 寧々「────っ」

 

 返事こそはなかったが、綾地さんは一生懸命に首を縦に振り、その意思を示す。

 

 そしてブルブルと身体を震わせながら綾地さんが先に1歩踏み出そうとすると……

 

 寧々「──ッ!?」

 

 もう少し段差の幅が広いと思っていたのか、その踏み出した足を踏み外し、綾地さんの身体が大きく下に向かって倒れていく。

 

 声にもならない驚きを発しながら視界から消えていく彼女のことを考えるよりも先に、俺の身体は動いていた。

 

 蓮太「危ないっ!!」

 

 咄嗟にバランスを崩した彼女の身体を片手で掴み、自分に引き寄せギュッと抱きしめる。そしてそのまま俺達は勢いを増しながら落ちていき……

 

 蓮太「はグッ!?」

 

 背中に激しい衝撃が響いてきた。

 

 ……背中から痛みが伝わってきたということは、俺が先に落ちたということ。よかった……綾地さんが上で。

 

 それと…頭を打たなくて。

 

 そして俺が綾地さんを確認するよりも先に彼女はその上体を起こし、先程の発情を忘れたかのように、俺に声をかけてくれた。

 

 寧々「だ、大丈夫ですか!?怪我なんかはしていないですか!?」

 

 おそらく今までの発情の感情よりも、恐怖心や焦りが勝ったのだろう。今の彼女からはさっきまでのピンク色の雰囲気というか、発情をしている感じがあまりしない。

 

 蓮太「べ、別に問題ない。割と何ともないよ」

 

 これは本当。意外と痛みは直ぐに引いていってる所を推察するに、運が良かったのか、それとも綾地さんが軽いのか……ともかく大した怪我ではないのは確かだ。

 

 寧々「本当ですか?すぐに確認を……ッ!?」

 

 そうして綾地さんは俺を心配してくれてはいたのだが……何やらまた激しい痙攣を起こしはじめた。

 

 蓮太「…?どうした?綾地さん。あの…俺起き上がりたいんだけど…」

 

 今は俺が床に寝そべり、綾地さんが俺の腰辺りに馬乗りになっているような体制だ。傍からみたら着衣セッ………でもしていると思われそうなほど怪しい位置に綾地さんは腰を下ろしている。

 

 というかズボン越しに伝わる体温が尋常じゃないほど暖かいんです。これってあれだよね?もう、あれだよね?

 

 蓮太「綾地さん…?」

 

 俺が何も出来ずに綾地さんがその場から退いてくれるのを待っていると、いきなり綾地さんが両手を俺の肩辺りの地面にドンッと着けた。

 

 蓮太「…え?」

 

 床ドン!?床ドンされた!?

 

 状況が理解出来ずに、心の中で慌てふためいていると、なんと、綾地さんは突如として腰を前後に揺らし始めたのだ。

 

 寧々「んっ……、んっ………、……っ!」

 

 無我夢中で腰を振る彼女は、何かを耐えるような声を漏らしながらに、一生懸命その「行為」を行っていた。

 

 蓮太「ま、まさか…………………綾地さん?……今、ヤってる…?」

 

 明らかに違和感のある挙動不審な動き、綾地さんが揺れるリズムと共に演奏をするように、俺のベルトがカチャカチャと音を鳴らす。

 

 寧々「す、すみません…!この硬い所が…丁度良くて──ッ」

 

 いや別の所が硬くなってるんですけど!?何このエロい子!?

 

 蓮太「バカッ!止めとけって!それする元気があるなら今すぐにでもトイレに駆けつけた方がいいって!」

 

 寧々「もう無理ですぅ!我慢できない……限界なんですぅ…!」

 

 そうして彼女は一心不乱に腰を振り続ける。俺の忠告は全く聞く耳を持ってくれない。

 

 寧々「ハァ……ハァ………!んっ……!あぁ……!」

 

 声が漏れ続けるその口からは唾液がたらりたらりと糸を引いて垂れており、何度も俺の顔にゆっくりと落ちてくる。

 

 エロい……エロいよ、綾地さん。

 

 こんなん見せられて…冷静にいられる男はいないだろ。

 

 しかしそれでも俺は理性を抑え続ける。

 

 必死に乱れる彼女も目の前にしながら…………………

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 それから少しだけ時間が経過し、今までにないくらい大きく身体を震わせたあと。

 

 途端に冷静さを取り戻した綾地さんの顔がみるみるうちに暗くなっていく。

 

 ちなみにズボンはもうぐちゃぐちゃ。

 

 寧々「あ……………か………………………」

 

 蓮太「…戻ったか?」

 

 そして声をかけると、彼女はまるで世界が終わるその寸前かのようにどんどん色を無くしていく。

 

 最早顔に絶望と書いているようだった。

 

 寧々「こ、こんなことをしてしまうなんて…………。もう死ぬしか………、いや、竹内君の首を取れば………?」

 

 蓮太「待て待て待て待てっ!どっちかって言うと被害者はこっちッ!大丈夫!忘れる!忘れるからっ!」

 

 寧々「………どうやったら記憶を奪えるのでしょうか…。長期記憶される前の今なら、なにか大きな衝撃を与えれば…」

 

 蓮太「待って待って!落ち着いて!冷静になってくれよ!頼むから!」

 

 寧々「落ち着いて……考える……」

 

 そしてしばらく俺の顔をじっと見つめて………

 

 寧々「死のう、死ぬしかありません」

 

 蓮太「一旦考えてそれかよ!?」

 

 寧々「竹内君!どうか私と一緒にここから飛び降りて下さいッ!」

 

 蓮太「ヤだよ!?」

 

 

 

 

 なんてやり取りを綾地さんが完全に落ち着きを取り戻すまで、延々と繰り返したのだった。

 



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23話 商店街って花を売ってる店が多いよね

 めぐる「とにかく!センパイのメモはどう考えてもビッチ育成法だと思います」

 

 アレから時間が経ち、何とか通常形態へと元に戻った綾地さんと一緒に俺は部室へと戻った。

 

 そして遅れた事と俺のズボンが濡れている理由は「花壇の水やりを頼まれた」と適当に思いついた言い訳をそのまま伝えて納得してもらった。

 

 これなら水で濡れたとか言って誤魔化すことができる。

 

 蓮太「まぁ、あの秋田さんに教えてもらったって言ってたからな」

 

 めぐる「思ったんですけど、その秋田さんって人はどんな人なんです?」

 

 柊史「合コンの女王ってよばれてる人」

 

 めぐる「いやそれって大丈夫なんですか!?みんなからイジられてませんか?」

 

 ……そう思うのも無理はないか。…てかそれが普通の反応か。

 

 寧々「でも、秋田さんは特別悪い噂…と言いますか変な話は聞きませんよ?」

 

 柊史「そう言えば……そうだね。みんなから嫌われてるって感じではないかも?」

 

 めぐる「えっ?そうなんですか?」

 

 蓮太「周りへのフォローが上手いのかもな」

 

 よく考えたら仕事を変わった時にも、お礼と称してお菓子を貰ったし……アレを考えたら、周りにも気を配ってはいるのかもな。炎上しないように。

 

 でも……

 

 蓮太「あの人のその人間関係のバランスって、ある程度クラスの中心にいないと難しいと思うから、今の因幡さんにはちょっと厳しいかもな」

 

 めぐる「ですよねぇ…」

 

 柊史「ちなみにバイトとかして、学院外でコミュニケーション能力を磨くってのは?」

 

 ほう。それは一理あるな。

 

 なにも学院内だけってこだわる必要は無い。バイトや習い事も立派なコミュニケーション能力を培える場所だ。

 

 めぐる「それも考えて、夏休みにアルバイトを探してみたんですけど………緊張しちゃって面接を通らなくて………全滅…でして」

 

 蓮太「………まぁ、いいことあるさ」

 

 こりゃ根本からの問題…なのか?結構難しいな。

 

 寧々「と、すると……」

 

 めぐる「やっぱりこういうことにマニュアルなんてないですから……自分で頑張るしかないんですよね」

 

 ……ん?

 

 それって……

 

 寧々「え? ちょっと待って下さい、因幡さん」

 

 因幡さんは、どこか諦めたような雰囲気で、俺達にぺこりと頭を下げた。

 

 めぐる「皆さん、相談に乗ってくれてありがとうございました」

 

 蓮太「や、でもまだハッキリとした解決は──」

 

 めぐる「いいんです。こういう事は急にどうこうなる問題じゃありませんから、ゆっくり変えていけるように頑張りますよ」

 

 そして「ありがとうございました」と言い残して、逃げるように部室から因幡さんは飛び出して行った。

 

 それは俺達が呼び止めるような時間すらも与えないほどで……

 

 柊史「………ごめん。失敗しちゃたね」

 

 蓮太「なんでお前が謝るんだよ。柊史だけの責任じゃないさ」

 

 寧々「そうですよ。私も力になれなかったんですから」

 

 でも正直何とかしてあげたいよな。

 

 欠片うんぬんってよりも、単純にどうにかしてあげたい。

 

 

 俺達に出来ることって……?

 

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 その日の夕方。

 

 俺は夕飯や、これから作っていこうと思っていた弁当の材料を買いに買い物にきていた。

 

 そしてもう何度も訪れた経験のある商店街の中を適当にぶらつく。

 

 スーパーとかでも、別によかったちゃよかったんだけど、商店街は商店街なりのメリットがある。中には色々サービスしてくれる気前のいい人もいれば、何気ない会話で食材の旬や使い方、それにうんちくなども教えてくれたりする。

 

 そう、ここで買い物するだけでも知識はそれなりに得ることができるのだ。

 

 ……因幡さんもこんな所で買い物をするだけでも、全然変わると思うけどなぁ。

 

 かと言っていきなり1人は難しそうだし、そもそも仮に俺と2人で買い物したとしても、会話の中心が俺になりそうだ。

 

 それにしても……弁当の中身はどうしよう?………ひとまずは夕食の事もあるし、精肉店にいくかな。

 

 やっぱりコスパを考えて、豚……で行くか?鳥……でいくか?

 

 王道のこの二択だよなぁ。

 

 なんて考えていると、辺りをキョロキョロしながら不安そうにしている、……男の子…?がいた。

 

 冷たいことに、この商店街を利用している人達は、そんな彼……?に対して誰も話しかけようとしない。

 

 …世も末だな。

 

 俺はそんな彼……?に近づいて行った。

 

 

 

 蓮太「どうしたんだ?こんな所でキョロキョロして…」

 

 その男の子…?は服装の割には結構小柄で、童顔、それに珍しく髪を長く伸ばしていた。

 

 おそらく年齢そのものは俺と大して変わらないだろうが、その見た目からか、ついタメ口で話しかけてしまった。

 

 いけね。

 

 小柄な男の子「え?あ、その…。こっ、これくらいの小さな女の子見かけませんでしたか?青い髪の女の子なんですけど」

 

 いきなり話しかけた俺にビックリするように、声を上擦ったのか、高い声で返事をしてくれた。

 

 ちょっと気が弱いタイプの子なのかな…?だとすると余計にタメは不味いな。

 

 蓮太「ん〜……。いや、見かけてないっスね、迷子…?」

 

 男の子は小学生を探しているのかな?と思うくらいの高さに手を当てて、人を探していると言っていた。

 

 小柄な男の子「そうなんです。迷子になっちゃって……」

 

 ……ん?相変わらず声が高いままのような気が……

 

 それに「迷子になっちゃって?」

 

 蓮太「……もしかして、君が迷子になったの?」

 

 小柄な男の子「えっ!?あっ…その……………、はい…」

 

 どこか申し訳なさそうに、恥ずかしそうに顔を俯かせる男の子は少し身体をモジモジさせながら目を合わせてくれない。

 

 というか………さっきから思ってたけど、ダボッとしている服を着ている割には鳩胸じゃね?

 

 本当に男の子か?

 

 蓮太「待ち合わせ…とか?というよりも、この辺の人じゃない?」

 

 小柄な男の子?「実は、最近この街に引っ越してきて……まだ全然土地勘がわからなくて……ごめんなさい」

 

 蓮太「や、別に謝らなくてもいいっスけど…その子は大丈夫なんスか?遠方から来たのなら、その子も迷子になってると思うんだけど」

 

 小柄な男の子?「心配…ではあるけど、大丈夫と思いますよ。一応探し回ってはいますけど、いざとなったら飛べ──」

 

 とべ?

 

 小柄な男の子?「じゃなくて!連絡!連絡手段を持ってますから!」

 

 蓮太「…?そうなのか?」

 

 いや、それでもそんなに幼そうな子なら探してあげた方が俺はいいと思うんだけど…?

 

 まぁ、いいか。なんかそんなにその子に対して困っているわけじゃなさそうだし。……………それじゃあキョロキョロしてた理由って?

 

 蓮太「まぁ、それならいいんスよ。ってか……それならどこか行きたい場所とかあったんスか?大分キョロキョロしてたから」

 

 それに男の子?の手にはこの商店街で買ったのだろう荷物が握られていた。

 

 小柄な男の子?「あ、それが、その……お肉屋さんってどこかな?」

 

 えへへと笑うその子は相変わらず声は高いままで、流石の俺も違和感を覚える。

 

 蓮太「あぁ、それなら俺も今から行こうとしてたんだけど、良かったら一緒に行く?結構近いっスよ」

 

 小柄な男の子?「いいの…?」

 

 蓮太「どうせ俺も行くからね。………っと。不審者じゃないっスよ?俺は蓮太。「竹内蓮太」名乗っておくよ」

 

 紬「ワタシは「椎葉紬」です。それじゃあ……お願いしようかな」

 

 

 お互いに名前を教えあった後、足並みを揃えて俺がよく向かう精肉店へと向かっていった。



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24話 女性が男性の胸を見ても問題ないのに、男性が女性の胸を見たり股を見たり尻を見たりするとアウトなのってなんなの?

 

 蓮太「もうそこを曲がればすぐに着くから」

 

 俺は初めて知り合った椎葉……さん?君?と一緒に商店街を歩く。

 

 紬「そうなんだ?本当に近くにあるんだね」

 

 蓮太「そうそう、意外と種類が多くて素材も中々いいところだから、俺もよく行ってるん……スよ」

 

 我ながら敬語が全くできない。かなちゃん先生にもこんな感じだからかな。

 

 紬「無理して口調を丁寧にしなくてもいいよ。多分だけど…そんなに歳は変わらないよね」

 

 そんな俺を気にしてくれたのか、椎葉君?はそう言ってくれた。

 

 それは俺も同じことを思ってはいたけど、どこの学校に行ってるんだろ?

 

 蓮太「ごめん、どうも慣れなくてさ。俺は姫松の2年だけど……椎葉君?はどこに行ってるんだ?」

 

 紬「君!?……あ、いや、これはワタシが悪いんだけど…」

 

 あれ…?この反応は…間違えた?

 

 もしかして──

 

 蓮太「……………俺、今失礼なこと言っちゃった感じ…?」

 

 紬「いや、全然大丈夫だよ。そう思われるのはワタシがこんな格好をしているのがいけないんだから」

 

 ……確かにダボダボの明らかにサイズが違うだろってパーカー着てるけどさ。

 

 蓮太「それでも謝る、すまん。ということは……椎葉さん。でいいんだよな?」

 

 紬「うん。勘違いさせるような格好でごめんね?改めまして、椎葉紬、女の子です」

 

 …でも女の子と言われれば女の子なんだよな。

 

 髪も艶があって綺麗だし、声が高い理由も納得いくし、それに──

 

 

 鳩胸なんてレベルじゃないもんな。ダボダボしてる上着を着ててもわかるほどに胸に膨らみがある。

 

 なんでこれに違和感を覚えなかったんだろう?

 

 蓮太「(ジー……)」

 

 紬「……?どうしたの?竹内…く…ん……。あっ、ちょ、ちょっと!どこを見てるの!?」

 

 ……あ。

 

 蓮太「いや!そういう事じゃなくて!というか変な意味じゃなくて!女の子と男の子の明確な違いがハッキリと分かるところって「そこ」だろ!?」

 

 紬「それはそうかもしれないけど………………えっち」

 

 何その言い方!可愛い!

 

 蓮太「…とはいえ失礼だったな。ごめんなさい」

 

 と、そんなことを話しながら歩いていると、ささっと例の精肉店にたどり着いた。

 

 精肉店《果実市場》

 

 相変わらずの名前だな、おい。

 

 紬「ここって、本当にお肉屋さんなの…?」

 

 不思議そうに椎葉さんは首を横に倒している。そりゃそうだ。名前だけ見りゃ果物屋だよな。

 

 蓮太「そう。ほら、ちゃんと中には肉が売ってるだろ?」

 

 紬「あ、本当だ……でも、なんで《果実市場》?」

 

 蓮太「さぁ?もうあれなんじゃない?名前なんて適当でよかったんじゃない?ここのおばちゃん、色々と雑だからッ!?!?」

 

 その瞬間に背後から俺の頭に激痛が走ってくる。

 

 おばちゃん「誰が雑だって?」

 

 蓮太「いってぇ!?」

 

 おばちゃん「これは先祖代々受け継いできた店の名前だよ?馬鹿にするなって何度も言ってるだろう!」

 

 振り返ると箱からまだ出していない包丁の入っている容器でぶっ叩かれていた。

 

 蓮太「待て待て!?中身が出てきたらどうすんだよ!?俺は客だぞ!?」

 

 おばちゃん「商品が増えて売上も上がるかもねぇ」

 

 蓮太「人肉を売るのかこの店は!?」

 

 なんてやり取りを見た椎葉さんが、横でくすくすと笑っている。

 

 いや笑ってないで止めて欲しかったんだけど?

 

 おばちゃん「あらっ、可愛い女の子じゃないか。え?何?もしかして遂にその顔を使って誑かしたか?遊んでるのか?」

 

 蓮太「あっそんでねぇよ!近くで偶然会ったから客を増やしてあげたんじゃねぇか!」

 

 というか1発で女の子と見抜いた!?

 

 おばちゃん「こんなに可愛いお嬢さんを連れてくるなんて……蓮太も隅に置けないねぇ」

 

 紬「え?あ、いや!?ワタシと竹内君はそんな関係じゃなくて!」

 

 おばちゃん「いじめられてないかい?男なんて所詮性欲の塊なんだから…気を付けなさいよ?蓮太だってなにヤラシイこと考えてるかわかったもんじゃないから」

 

 いや人の話を聞けよ。

 

 蓮太「聞いてなかったか?俺達はそんな仲がいい関係じゃないって」

 

 おばちゃん「こんなところでいきなり襲いかかってきたりもするかもねぇ」

 

 蓮太「いや、聞けよ、聞いて?俺の話を聞いて?」

 

 紬「でも……確かにえっちな人だったかも……」

 

 蓮太「椎葉さんっ!?」

 

 急に裏切りやがった!?いや確かに失礼なことはしちゃったけど!

 

 おばちゃん「あんたこんな可愛い子に何したのさ!罰として店の奥からミカン取ってきなさい」

 

 蓮太「いやなんでだよ!?」

 

 おばちゃん「いいから!早く行った行った!」

 

 なんでミカンなんだ?これじゃマジの果実市場だぞ?

 

 

 Another View

 

 

 

 ……行っちゃった。

 

 まるでその場から厄介払いされるように、竹内君は店の奥へと追いやられていった。

 

 紬「あの…大丈夫なんですか?1人で店の中に行かせても…」

 

 余程仲がいいのかな?さっきからのやり取りも、なんだか親子の会話みたいだったし。

 

 おばちゃん「いいのいいの。蓮太はああ見えてその辺の男よりはずっと信頼できるから」

 

 紬「仲がいいんですね」

 

 おばちゃん「昔っから、あんまり友達とか作らないタイプでね、この店にもよく買い物に来てたんだけど……友達との会話とか全くしなかったんだよ」

 

 昔から来てた?それってお使いを頼まれた。とかなのかな?

 

 紬「でも、そんな感じには思いませんよ?明るくて…格好いいじゃないですか」

 

 おばちゃん「顔はねぇ…むしろあの子にはそれしか取り柄がなくてね。だからこんな可愛らしい女の子を連れてくるなんて、もう…ビックリしちゃって!だから、できたら仲良くしてあげてね」

 

 紬「で、でも…ワタシもさっき出会ったばっかりで………でも、はい。わかりました」

 

 

 …………………………

 

 

 ……?何を店前で話してるんだ?あの2人は。

 

 まぁ別になんでもいいんだけどさ。

 

 蓮太「ほら、ばっちゃん!」

 

 俺は店の奥にいた肉屋のおっちゃんから貰った大量のミカンを入れた袋をおばちゃんに渡した。

 

 おばちゃん「はいよ。ありがとね」

 

 そして俺は店の中に並んでいる様々な肉達を眺めて使うものを選ぶ。

 

 ……そうだ。

 

 蓮太「椎葉さんも何か買うんだろ?中に入ったら色々あるぞー!」

 

 紬「あ、うん。今行くよ」

 

 さてと……何にしようかな……?気分的には、鳥だな…

 

 おばちゃん「ほら、彼氏が呼んでるよ?」

 

 紬「ち、ちちちちちち違いますってば!」

 

 何言ってんだよ………アホらし。

 

 

 

 

 そして俺達は各々食材を持ってレジに並ぶ。

 

 おばちゃん「はい、これがお釣ね」

 

 蓮太「どーも」

 

 紬「ありがとうございます」

 

 会計が終わって袋を持つと、その重みに違和感を感じた。

 

 明らかに買った量の肉だけが入っている重さじゃない。

 

 蓮太「ん?」

 

 そして中を見てみるとそこそこの量のミカンが。

 

 このために俺に取りに行かせたのか?

 

 紬「これって……ワタシ買ってないですよ?」

 

 おばちゃん「そりゃあそれは売り物じゃないからね!いっぱいあって余らせてたんだよ、持って行って!」

 

 紬「…いいんですか?」

 

 蓮太「貰っとこう。せっかく、くれるってんだから……………サンキュ、おばちゃん。また来るわ」

 

 紬「その、ありがとうございます!」

 

 ニコニコと俺達に「またね」と言って、おばちゃんは手を振っている。

 

 そしてその店からの去り際に……

 

 おばちゃん「あっ、こないだは電球を取り替えてくれてありがとうね!」

 

 蓮太「んあ?あぁ、あれか。別に気にしなくていいぞー。また何かあったら手を貸すからー!」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 紬「竹内君ってあの人と仲がいいんだね」

 

 道が分からないであろう彼女を駅まで送る為に、歩いている途中、そんな事を椎葉さんから言われた。

 

 蓮太「そうか?まぁ……俺が小さい時からよく行ってたからな。そこそこ長い付き合いかも?」

 

 基本的に家の家事は時間がある俺がやってたからな。よく肉を買いに行ったもんだ。

 

 紬「よくお母さんとかに頼まれたりしてお使いに行ってたの?」

 

 蓮太「まぁ……似たようなもんさ」

 

 紬「…?」

 

 わざわざ同情を買うような事は言わなくてもいいだろう。昔から家族は2人だけで今はもう自分だけです、なんて。

 

 蓮太「さて……と。もうここまで来ればわかる…か?」

 

 なんだかんだで2人で話していると、もう近くの駅前にある公園にたどり着いた。

 

 この駅周辺には3つ公園があって、その中でも1番見晴らしが良いい駅前公園だ。

 

 紬「うん。わざわざありがとう」

 

 蓮太「いいって、別に大したことじゃないし。それじゃあ気を付け…………ッ!」

 

 椎葉さんを駅前まで送り届けて、俺も家に帰ろうとしたその時。例のアレが俺を襲ってきた。

 

 蓮太「………!」

 

 身体中の力が抜けて、疲労感が高まる。

 

 足元はフラついて、心臓が握られているかのように感じる。

 

 心做しか頭痛もするような…?

 

 紬「…?竹内君?どうしたの?」

 

 そして俺はその疲労感に負けて…………

 

 紬「竹内君!?竹内君っ!?」

 

 

 その場に倒れてしまった。

 

 



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25話 可愛い女の子と町中で出会って仲良くなる確率なんて、基本的にはほぼゼロだ。そんな確率を当てるくらいならソシャゲでガシャを回した方がいいに決まってる

 

 閣下「緊急事態だ!栞那ッ!」

 

 私「ど、どうしたんですか!?閣下……そんなに大慌てで」

 

 閣下「栞那の分裂させたあの魂の片割れが「死んだ」!」

 

 私「え…ッ!?」

 

 私が分裂させたあの魂、不幸に見舞われ続けたあの魂…。

 

 でも、あの時に確認した時は、幸せそうな雰囲気だったのに?

 

 私「それは本当ですか!?」

 

 閣下「事実だ!しかもあの魂は、強大すぎる「奇跡」の力を周りの人間にも与えてしまった!」

 

 私「つ、つまり…?」

 

 閣下「あの魂は、「過去を変えてしまった」のだ!世の禁忌に触れてしまった!最早あの魂は長くは生きられまい……!」

 

 私「そんな…!?」

 

 過去の変更。それが時戻しであろうと、現実変換であろうと、世の中の心理の理のタブーの一つ。

 

 世の禁忌…それは三つある。一つは「過去の改変」二つ目は「運命の変更」そして最後に「希望の暴走」

 

 つまり、世を生きる全ての人間は、神の定めた運命に逆らってはいけない。

 

 それは古からの理だった。

 

 閣下「そこで神からの新たな司令が下されたぞ!栞那、お前は現世へと出向いて「お前が見ている魂」が「片割れの魂」と接触しないようにしろ!」

 

 私「つまり……この魂と私が接触しろ……と?」

 

 

 

 閣下「そうだ!何があっても、「竹内蓮太」から目を離すな!」

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

『選択を間違えたのですね。蓮太』

 

 

 誰かが俺の名前を呼ぶ。その姿は見えないが、声は女性のようでどこか優しさを含んでいるものだった。

 

 そしてその声に誰かが返事を返す。

 

 

 

「……誰だ」

 

 

 これは………俺の声?

 

 いや、でも…俺は一言も喋ってなんか…

 

 

 

『そうですね……敢えてわかりやすいように伝えるなら、神様…と言っておきます』

 

 

 蓮太?「神……?」

 

 

『そうですよ。貴方を二つに分断させた神様です』

 

 

 蓮太?「二つに分断?」

 

 

 

『ここに辿り着くことができれば、全てを話しましょう。しっかりと、自分の足で……ね』

 

 

 

 蓮太?「何の話だ……?」

 

 

 

『さて、貴方はどんな運命を辿るのでしょう。もう、やり直しが効かない世界で』

 

 

 

 

 蓮太?「…………やり直し?」

 

 

 

 

『そうですよ、これは「ゲーム」。私が考えた囚われの「ゲーム」』

 

 

 

 

『さぁ、見せてください。半分の竹内蓮太』

 

 

 内容はよくわからなかった。この状況に疑問を持ちつつも最後まで会話を聞いてみたが……その内容に全くの心当たりがない。

 

 それに俺によく似た声の主も、理解することは出来ていない様子だった。

 

 

 ただ一つ、どうしても頭から離れない言葉がある。

 

『半分の竹内蓮太』

 

 もしかして…………今のって、俺のたまs──

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 蓮太「──ッ!?」

 

 紬「うわっ!?」

 

 何かに叩き起されるように目が覚めた俺は、何が起きたかを理解する前に勢いよく上体を起こした。

 

 そして…

 

 蓮太「痛っ!?」

 紬「あたっ!」

 

 椎葉さんが俺の顔を覗き込むように見ていたのか、俺の頭と椎葉さんの頭が「ゴンッ」とはっきりと聞こえてくるくらいにぶつかった。

 

 ていうか……、俺寝てたのか?

 

 蓮太「ごめっ!ごめん!椎葉さん、大丈夫?」

 

 紬「だ、大丈夫だよ…。ごめんね、ビックリさせちゃったね」

 

 額を手で押えながら、少し涙目になってる椎葉さんは、怒るよりも先に謝ってきた。

 

 蓮太「ほんとにごめん!大丈夫か?痛くないか?」

 

 紬「本当に大丈夫だよ、それよりも、竹内君の方が心配だよ!急に倒れたりして……具合が悪いの?」

 

 蓮太「えぇ…と、これは……」

 

 多分あれだ。急な疲労感が襲ってくる……あれ。

 

 蓮太「具合が悪いってことはないんだけど……、軽い貧血かなぁ〜。なんて…」

 

 紬「んー…?」

 

 椎葉さんは再び横になっている俺の額に手を当てる、そして逆の手で自分の手を額に当てて考えるように悩んでいた。

 

 紬「んー…」

 

 蓮太「な?大丈夫だろ?」

 

 そして今度は頭をぶつけないようにして、ゆっくりと身体を起こす。

 

 というか……

 

 蓮太「あれ?俺って膝枕されてた?」

 

 紬「心配したんだよ!「バイバイ」って言おうとしたらいきなりフラッと倒れちゃって……本当に平気なの?」

 

 あれ?俺の質問ちゃんと聞いてた…?

 

 蓮太「あ、うん。大丈夫大丈夫。おかげさまで助かったよ」

 

 紬「寝不足?」

 

 蓮太「寝不足……みたいなもの。まぁ運が悪かっただけだ」

 

 そう言って俺は座っていたベンチから立ち上がる。辺りはもうすっかり暗くなりかけており、時間を確認すると、6時を過ぎている。

 

 改めてもう秋なんだなって感じるな。

 

 蓮太「本当に迷惑かけてごめん。椎葉さんも、もう帰った方がいいよ、こんな時間だし」

 

 紬「歩ける?」

 

 蓮太「あぁ。問題ない」

 

 俺は元気があることをアピールする為に、その場でぴょんぴょんと跳ねる。

 

 紬「ふふっ。また倒れても知らないよー」

 

 蓮太「じゃあ、本当にありがとう!それじゃあまた機会があればどっかで会おう!」

 

 そうして俺は荷物を持って手を振って走った。

 

 紬「またねっ!」

 

 そんな俺に椎葉さんは手を振って返してくれた。

 

 

 

 

 Another View

 

 

 紬「…面白い人だったな」

 

 出会って初日だけど、この街でさっそく素敵な出会いがあった。

 

 あんなに個性的な人がいるなんて面白いな。

 

 今度行く「姫松学院」でも、あんな優しい人がいてくれたらいいのにな………って…

 

 紬「そういえば、竹内君は「姫松2年」って言ってたような?」

 

 だとしたらちょっと安心かも。ワタシが女の子だって知った時、驚いてはいたけど変な感じはしなかったから…きっととっても優しい人なんだろうな。

 

 そんな時、遠くの方からカラスがこっちへ飛んできた。

 

 そしてそのカラスはワタシの横にたどり着くと、白く身体を発光させて、その姿を変えた。

 

 ?「行ったか、紬」

 

 紬「わざわざ遠慮してたの?その姿なら竹内君にも別に変に思われないでしょ?」

 

 ?「あっちの事は気にするなと言っとるじゃろ。それにあの人間……何か不思議な感覚じゃった」

 

 紬「不思議な感覚?」

 

 ?「魂が………無い…?」

 

 

 …………………………………

 

 

 ガチャっと玄関の扉を閉めて、俺はリビングへと進む。

 

 いつものように時計の針が進む音だけが響いている。

 

 家の中は暗闇に包まれており、不気味な雰囲気すらも漂う。

 

 そんな時だった。俺がこの家の中で「違和感」を覚えたのは。

 

 

 ………何かがいる。

 

 

 ……泥棒か?いや…そんな気配じゃない。

 

 これは……霊体?

 

 蓮太「はぁ……」

 

 ある意味別の疲れがドッと襲ってくる。あんなことがあった後にこれかよ…

 

 

 しかし「それ」は、俺の予想とは裏腹に、明るく「話しかけてきた」

 

 

 

 

「そんな嫌味たっぷりのため息なんて吐かないで下さいよー…」

 



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26話 なんだかんだで心霊現象とか怖いんだけど、実際1度も見た事がない

 唐突に背後から聞こえてくる声。

 

 その声は、今まで出会ってきた幽霊達とは間違いなく違っていて、違和感を感じさせる。

 

 やけに明るいな…

 

 蓮太「こっちだって色々あったんだ。そりゃため息も出る──」

 

 そう言いながら俺は振り返る。

 

 今日出会う幽霊はどんな奴だろうと思いながらその姿を見ると……

 

 蓮太「……んー?」

 

 幽霊?「どうされました?」

 

 声も違和感を覚えていたが、その姿も想像していたような姿ではなかった。

 

 どこかを激しく怪我していたり、今にも襲ってきそうなホラーテイストな姿ではなく、白を基調とした服装に、マントを背負い、その背中からは、大きな鎌が見え隠れしてる。

 

 その姿を例えるのなら、まるで「死神」のようだった。

 

 蓮太「死……神?」

 

 まぁ、そう思ってしまった原因はあの大きな鎌なんだけど。

 

 幽霊?「凄いっ!私の事を一目で理解してくれたのは貴方が初めてです!」

 

 まさかの本当に死神だったのか?

 

 というかまず、人の家に不法侵入するってどういうこと?

 

 蓮太「まぁどうでもいいけどさ、アンタ人の家に勝手に入ってきて、しかも堂々としてるって中々やばいぜ?」

 

 幸い、相手とは距離が離れている。ここは一度警察に連絡を入れるか。

 

 そして俺がスマホでポッポッと番号を打ち込もうとすると──

 

 死神?「ああ!待って下さい!私は泥棒なんかじゃありませんよ!死神、死神ですって!」

 

 蓮太「いやこんな可愛らしい見た目の死神がいるもんか」

 

 自らを死神と名乗る彼女は、ワタワタとした感じで俺の行動を止めようと近寄って来る。

 

 っと思ったのだが…

 

 死神?「あいたっ!」

 

 踏み出した一歩目で椅子に小指をぶつけたようで、その場に蹲ってしまった。

 

 ……鈍くせぇな。

 

 その場に丸まるように屈んでいる自称死神は、銀色に靡く髪を払うように顔を上げて、プルプルと身体を震わせながら立ち上がった。

 

 蓮太「………大丈夫なのか?」

 

 死神?「大丈夫……です…!そ、そんなことより!」

 

 若干涙目になってしまっているのは触れないでおこう。

 

 死神?「私は本当に死神なんです!貴方の人生を変える為にやってきました!」

 

 蓮太「いや、いきなりそんなこと言われてもな…」

 

 俺からしたら、ただの不法侵入者だし…

 

 自称死神「じゃあこれならどうですか、竹内さん」

 

 ………!

 

 こいつ…俺の名前を知ってるのか。

 

 死神もどき「竹内さんは最近、心を失ってますよね?」

 

 蓮太「………ふむ」

 

「心を失っている」この事を知っているのは、俺と相馬さんと綾地さん。そんで柊史だけだ。この中の誰かが話していない限りは、誰も知りえない事。

 

 蓮太「それで…?」

 

 多分死神「単刀直入に言います。竹内さん。貴方は大量の心を失いすぎました。恐らく、もう長くは生きられません」

 

 蓮太「…は!?」

 

 急に何を言い出してんだ?コイツは…

 

 きっと死神「先程、竹内さんが気を失ってしまった時、大量の心が消失してしまったんです。恐らく…後十数秒の命かと…」

 

 蓮太「じゅ…!十数秒ったって……!!!!」

 

 その瞬間、俺の心臓が無理に跳ねるように鼓動を打った。

 

 蓮太「…はがっ!?」

 

 内側から張り裂けそうなほどの苦しさが襲ってくる。

 

 まともに呼吸が出来ない…!

 

 死神らしい「でも………大丈夫です」

 

 白い自称死神は、ゆっくりと俺の方へと近づいてきて、片手を差し出し、手を広げる。

 

 するとそこに蒼い光が現れて、それの胸へと移動していった。

 

 そして………

 

 蓮太「………はっ!!……はぁ!…はぁ…!」

 

 徐々にあの苦しみが塵になるように消えていく。

 

 恐らく死神「竹内さんはまだ死ぬべき魂ではありません。貴方の運命はまだまだ長いんです」

 

 蓮太「どう……やら、本当に死神らしい…な」

 

 死神「はい、そうですよ。どうですか?もう苦しくはありませんか?」

 

 俺はできるだけ落ち着いて、自分の胸を触ってみる。

 

 蓮太「あぁ…さっきの感覚が嘘みたいだ」

 

 死神「よかった。これで、竹内さんはまだまだ生きていけますからね」

 

 唐突に襲ってきた苦痛。相馬さんの話では特に気にするような事じゃないって言ってたのに……何故…

 

 死神「とにかく、まずは説明をしましょうか……。貴方に課せられた使命のお話を」

 

 蓮太「……………座ってくれ」

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 俺はササッと飲み物が入ったコップを2つ用意して、リビングの椅子に座る。

 

 そしてそんな俺と対面するように死神を座らせた。

 

 死神「ありがとうございます。では、まずは………」

 

 死神は何かを考えるようにしながら、最初に自己紹介を始めた、

 

 栞那「私は明月栞那といいます。先程も伝えたように、死神です」

 

 蓮太「俺の事は知ってたみたいだけど…一応。俺は竹内蓮太。それで、さっき言ってた大量の心を失ったって?」

 

 栞那「それについては……、まずは魂についてのお話をしなくてはいけないんですが…」

 

 魂…それなら。

 

 蓮太「多少の事は知ってる。魂は心と相反するように繋がっている。そしてそれらは全ての生物が所持しているモノ」

 

 栞那「んー…そうですね。仰る通りですが…補足を入れると、心と言うのは一つじゃないんです」

 

 心…それは俺も少し疑問に思っていた。心の欠片を回収した時の事だ。余分な感情を奪ってしまった時、それは魂も欠けてしまうんじゃないか?とか。

 

 栞那「心というものは「大まかなモノ」ではなく、「明確に2つに別れている」んです。具体的には、魂と干渉してしまう心と感情を生み出している心。この2つの心があるんです」

 

 栞那「竹内さんが言っていた「心」はその1つ目、魂と干渉してしまう心ですね」

 

 蓮太「それはどんな違いがあるんだ?同じ心じゃないのか?」

 

 栞那「いいえ、違います。魂と干渉してしまう心、これは「魂心」と言います。この魂心は、文字通りの魂の心。つまり、自力で意識することの出来ない心なんです」

 

 蓮太「自力で意識することの出来ない心?」

 

 栞那「はい。例えば、竹内さんが嬉しいと感じた時、この竹内さんが認識できている感情とは別に、もう一つの力を感じ取っているんです。それが魂心ですね」

 

 ……要するに見えない、感じることの出来ない感覚、感情って事か。俺が何かの感情を感じた時に生まれる+‪α‬のようなもの。

 

 栞那「この魂心は不思議な力を持っているんです。様々な別の力に「覚醒」させる事で、不可能を可能にします」

 

 蓮太「どういうことなんだ?」

 

 栞那「例えば、魂心を「力」へと覚醒させる事で、本来得られるはずのない驚異的な力を生み出すことができます。それを腕へと送ることで覚醒した腕は、コンクリートの壁に穴を開けたり、重たい物を軽々と持ち上げられたり…」

 

 栞那「まあ、この魂心の覚醒は誰でも起こせるものじゃないんですけどね」

 

 蓮太「そうだろうな。それが誰にでも出来たら、世の中のバランスは大きく崩れるだろうよ」

 

 栞那「はい。本来はこの魂心の覚醒は誰も扱えるはずがなかったんです」

 

 気になる言い方だな。まるで、もう既に誰かがそれを扱えているかのような。

 

 蓮太「…それで?」

 

 栞那「それが……、世の中で一人だけ、この魂心の覚醒を無意識に開花させた人が現れたんです」

 

 蓮太「……」

 

 栞那「それが、竹内さん。貴方の魂です」

 

 ………俺?

 

 蓮太「…心当たりはないぞ?第一、俺はそんな特殊能力なんて──」

 

 

 

 

 

『さぁ、見せてください。半分の竹内蓮太』

 

 

 

 

 …!

 

 その時に過ぎったのはあの時の言葉。

 

 ……もしかして、

 

 蓮太「俺の……「半分の魂」…!」

 

 栞那「…ッ!?」

 

 明月さんは驚いていた。けれど、この驚き方は変だ。

 

 栞那「な、何故「半分の魂」と!?」

 

 蓮太「変な夢を見ててさ。なんか選択を間違えた、とか色々言ってたけど、よくわかんなかった」

 

 栞那「え…?「選択を間違えた」?」

 

 蓮太「あぁ、なんか自分の事を神って言ってた。多分女の人の声だったから女神様じゃないかな」

 

 栞那「…え?」

 

 蓮太「その女神様が言ってたんだ。貴方を二つに分断しましたって。だから……」

 

 栞那「ちょ!ちょっと待って下さい!「貴方のを二つに分断しました」!?それに、女の子人の声って…!?」

 

 蓮太「…?何か変なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栞那「神様は男性のような声ですよ!?」

 



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27話 理不尽は生きていく上で必ず起こる。けど、大体は帳尻合わせで良い事なんて起こらない。つまり萎える

 

 蓮太「そんなこと言われてもなぁ……それじゃあ夢の中の出来事がただの夢だったんじゃないか?」

 

 別に明月さんがガチの死神なら、きっとそっちの方が正しいんだろう。

 

 栞那「でも…、竹内さんの魂は本当に2つに別れているんですよ?」

 

 蓮太「それは今の所は何か問題なのか?別に俺は今まで生きていけてるし…」

 

 栞那「忘れてしまいましたか?先程味わった「苦しみ」を」

 

 蓮太「いや忘れてなんか…」

 

 …、待てよ。

 

 俺は心を無意識に無くしている。そしてあの魂心とやらを覚醒させたのは半分の俺………

 

 蓮太「もしかして……「半分の魂を持った俺」がそれを覚醒させてしまった事で…俺の魂が、心が削られている?」

 

 栞那「はい。その通りです。そして私がここに来た理由は、本来亡くなるはずのない竹内さんの命を守る為」

 

 蓮太「それじゃあどうやったらそれを防げるんだ?元々1つだったとはいえ、現にこうして見えない因果で繋がっているんだ。そんな糸のような繋がりを断ち切るには何を…?」

 

 栞那「その点は問題ありません。別に何も特別な行動をしなくても、勝手に繋がりは切れていきます。ですから、竹内さんは自然と魂の繋がりが断ち切れるまで生きてもらわなければいけないんです。「片方の魂」は既に魂心を覚醒させてしまっており、先程のように突如として命が奪われる可能性もありますからね」

 

 なるほど…。と、言うことは……その魂心ってのは「消費」するものなんだな。しかも、片割れの魂と深く繋がってしまっている……か。

 

 しかもそれが…

 

 蓮太「心を大量に失った………って事か」

 

 栞那「はい。その通りです。そして竹内さんも仰られた通り、魂と心は大まかには相反していて繋がっている。だから、竹内さんは何時でも、何処でも死んでしまう可能性があるんです」

 

 蓮太「えぇ…と、要するに、ちゃんと前向きに生きて、しっかりと心を満たしていけば問題ないんだろ?」

 

 そうすれば、不意に心を失ったとしても、何とか残すことが出来るはずだ。

 

 少しだけでも残っていれば、また貯め直すことが出来る。

 

 栞那「そうですね。そのサポートの為に、私はやってきたんですが……」

 

 蓮太「…?」

 

 栞那「少し竹内さんの夢の事が気になって……ちょっと天界に戻ってみます」

 

 …別に重要視する事じゃないと思うが……まぁ、本職の死神がそういうんだ。何か変なことがあったのだろう。その辺のことは俺はわかんねぇや。

 

 蓮太「あぁ…わかった」

 

 栞那「すみません。では…………………………………………あれ?」

 

 明月さんは全身に光を纏わせ、本当に神がかり的な力を使ったように見えた。実際、本人もそのつもりでいたのだろう。しかし………

 

 その光は力を失ったかのように飛び散り、明月さんが不意に居なくなる。なんて事は起こらずに、何も変化はしなかった。

 

 ある一点を除いて。

 

 栞那「あれ…?戻れない………?」

 

 蓮太「……ッ!?」

 

 そのあまりもの衝撃に、俺は思わずバランスを崩し、その場に倒れそうになってしまう。

 

 栞那「どうしたんですか?そんなに驚いていて…」

 

 蓮太「だって…!だってよ…………死神……!」

 

 プルプルと震えながら、俺はそれに指さす。

 

 蓮太「服がッ!」

 

 栞那「…えっ?」

 

 さっきまでのどこかをかっこよささえも感じる衣服は、光と共に消滅しており、下着も何も無い、生まれたままの姿で俺の目の前に立っていた。

 

 栞那「安いものです…服の一つくらい……無事でよか──―じゃないですよ!見ないで下さいッ!」

 

 蓮太「あ、はい」

 

 そして俺はクルっと死神とは反対の方を向いて椅子に座り直す。

 

 栞那「どうしてそんなにドライといいますか、冷静なんですかぁ!?ピチピチの女の子の裸ですよ!?勃起しないんですか!?」

 

 …何言ってんのコイツ!?

 

 蓮太「知るかよ!てか勃起言うな!」

 

 なんでこの人、裸は恥ずかしがってるのに「それ」は普通に言うんだ!?

 

 まぁ、とりあえず…………

 

 俺は自分が来ている上着を脱いで、手を後ろに回す。

 

 蓮太「ほら、使うか?」

 

 別に使わなくてもいいんだろうけどさ。何かに変化しようとして失敗したんだから、元の姿に戻れば衣服も戻るんだろうし。

 

 栞那「……ありがとうございます」

 

 受け取るんかいっ!

 

 そして暫く待った後、流石にもう大丈夫だろうと思って、改めて死神の方をむく。

 

 すると予想通りに、死神は俺の上着をしっかりと来ており、なんとも言い難いエロさを放出とさせながら座っていた。

 

 蓮太「…とりあえずさ、あの白い服を着た方がいいんじゃないか?マントとか」

 

 なんであの姿に戻らないの?

 

 栞那「それがですね…。あの状態は、死神の正装…といいますか、簡単に説明すると霊体のようなものなんです。ですから、特定の人以外には姿を見ることすらできません」

 

 …………椅子に足をぶつけたよな?

 

 蓮太「うん」

 

 栞那「ですから、現世で生活していく上で都合が悪いんです」

 

 あぁ…なるほど。

 

 …ん?

 

 蓮太「天界とやらに戻るんじゃなかったのか?」

 

 栞那「………」

 

 蓮太「え?」

 

 栞那「非常に申し上げにくいんですが……何故か戻れなくて…」

 

 蓮太「……え?」

 

 なんか、嫌な予感がするぞ?

 

 栞那「こんな感じですけど、私、今すっごい焦ってるんですよ!?」

 

 蓮太「あぁ…それはなんとなくわかるんだけどさ。じゃあ死神さんはこれからどうするんだ?」

 

 栞那「そ、それはもちろん死神さんは竹内さんが死んでしまわないように、そばに居ますよ?」

 

 蓮太「それじゃあ、死神ではない「明月さん」はこれからどうするんだ?」

 

 栞那「そうです………ね。明月さんは……………」

 

 彼女も結構本気で焦っているんだろう。

 

 視線を斜め下に向けて、何か方法はないかとばかりに頭の中で思考が渦巻いているのがなんとなくわかる。

 

 でも、マジでどうするんだ?実際、死神状態になれたとしても、天界とやらに戻れないのであれば、不便さしかない。

 

 ……というか、どこで生活するんだ?

 

 栞那「竹内さんは、一人暮らしですよね?」

 

 蓮太「あぁ。じいちゃんが死んでしまってからはそうだな」

 

 栞那「このお家、とても広いですよね?」

 

 蓮太「そうだな。じいちゃんに感謝だな」

 

 栞那「私、竹内さんの近くに居ないと助けることができませんよね?」

 

 蓮太「ですな。流石に俺もまだ死にたくないな」

 

 

 

 ……

 

 

 

 まさか………

 

 

 

 栞那「このお家に居候させてもらえると………」

 

 

 

 

 

 蓮太「絶対言うと思ったぁぁぁぁ!!!」

 



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28話 女の子との買い物は待つことが多いとよく言われるが、実際は一緒に考えてみると全然そんなことはない。むしろ時間が足りない

 

 はぁ…………

 

 今の時間は夜の20時に差し掛かる頃。俺はそんな時間に大きなショッピングモールへと移動していた。

 

 俺のジャージをひとまず着ている明月さんと一緒に。

 

 なんでこんな時間にわざわざ電車を使わないと来れないような場所へと来ているかと言うと……

 

 栞那「凄いです!凄いですよ竹内さん!こんなに可愛い服が沢山…!」

 

 この死神もどきが生活していく上で必要な物を一通り揃える為だ。

 

 コップ等は元々沢山あるからいいとして、足りていない日用品等を俺が揃えているうちに、明月さんは自分の下着等の俺が買えない物を買っていた。

 

 …………俺の金で。

 

 だってこの人1円も持ってないんだもん!…いや、よく考えりゃ当たり前なんだが…

 

 はぁ…………本当に出費が激しい。こりゃ真面目にバイトでも入れないと………………って、部活に入ってたわ。

 

 はぁ……

 

 蓮太「はしゃぐのはいいけど、とりあえず何種類かをセットで買っとけよ?部屋着とかを含めて………そうだな、4セット位はあった方がいいだろうな」

 

 といっても、こんな時間だ。そんなに長い間は選べないだろうけど……しょうがないだろう。いつまでも俺のジャージなんて着てられないだろうし。

 

 栞那「そ、そんなにですか!?お金の方は……?」

 

 蓮太「別に気にしなくてもいいよ。どうせ買い物するんだ、せっかくだからそんな事は気にせずにお洒落なものでも買えって」

 

 栞那「そんな非常識な事はできませんよ!具体的な予算等はいくら位なんですか?できるだけお金を使わないように──」

 

 蓮太「だから気にすんなって、面倒くさいな…。そんなもん今更だっつの、家に泊める事を決めた時にそんくらいの覚悟はしてきたから」

 

 ま、今回はしょうがないだろ。行く宛ても無いような女の子を追い出す訳にもいかない。しかも俺の為に来てくれたんだ。そんな酷いことは出来ない。

 

 それに、俺の中の心の欠片とか色々と聞きたいこともあるしな。

 

 栞那「本当に申し訳ありません……」

 

 蓮太「だからいいって。…………そっちの方に暖かそうな服があるから、あれを寝間着にしたらいいんじゃないか?」

 

 そう言って俺が指さしたのは、なんかよくわからないモフモフとしている服。桃色と白色のしましま模様の本当によくわからない服。

 

 蓮太「ピンクと白でいい感じじゃん。あれ1枚じゃもう少ししたら寒いかもだけど、そんときはまた上から何かを羽織ったりしたら大丈夫だろ」

 

 栞那「確かに…………可愛いですね」

 

 よく見るとなんか、足に履くやつとセット売りだけど……まぁ別に問題ないだろ。むしろそれだけだと服がスカートみたいになってるから寒そうだし。

 

 そしてなかなか決めない明月さんは置いといて、カチャカチャと売られている服を見て回る。

 

 そうだな……今は9月で、もうすぐしたらアホみたいに寒くなるから………

 

 んー……

 

 おっ、これいいんじゃね?

 

 そうして気になった組み合わせを取り、色々なパーツを変えながらも並べて見る。

 

 蓮太「おーい!明月さーん」

 

 俺が悩んでも仕方がない、とりあえず本人に似合うかどうかを見てみたり、好き嫌いがあるかもだから、聞くのがいいか。

 

 栞那「はーい!」

 

 俺が呼ぶと、明月さんはさっき俺が勧めたモフモフの服を手に取っていて、トコトコと小走りできた。

 

 蓮太「ちょっとそこ立ってて」

 

 栞那「え?は、はい」

 

 そうして手に持っている服をカゴに入れて、その辺の適当な場所へ置き、気になって組み合わせで明月さんに似合うかを確認する。

 

 服を明月さんの身体に当てて、改めて見ると……

 

 蓮太「うん……。いいじゃんこれ、めっちゃ似合う」

 

 俺が手に取ったのは淡い桃色のワンピースのような服。襟やスカートになっているヒラヒラの先は白色になっており、赤みがかったリボンのような布が腹部を絞めるようにポイントで着いている。

 

 栞那「これ、竹内さんが選んだんですか?」

 

 蓮太「あぁ。これとさっき買ったブーツを合わせたら可愛いと思ってさ。でもやっぱ予想通りだ。めっちゃ似合う」

 

 栞那「………これ、本当に素敵です!」

 

 本人は物凄く気に入っているようだ。

 

 蓮太「じゃあこれにするか?他のも色々あるだろうけど…」

 

 栞那「いいえ、これにします。これがいいです!」

 

 蓮太「わかった。でもこれだけじゃまだ不便だろ?適当に選んできていいからな?俺も適当に冬用のものでも探してくるから」

 

 栞那「はい!ありがとうございます!」

 

 そうしてまた俺は明月さんから離れて、これから訪れるであろう冬に向けてのものを探す。

 

 んー……………あ、このコートいいな。……お、このマフラーもいい。

 

 ……それならこのベレー帽も………うん。多分似合うだろう。

 

 と、そんなこんなで俺達は結構な時間を、買い物に当てていた…

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そしてもうマジで真っ暗な時間。

 

 時刻を見るととっくに21時を過ぎている。

 

 ……色々と長居しすぎたな。

 

 栞那「本当に申し訳ありません……。こんなに沢山の物を買って頂いて…」

 

 蓮太「まだ言ってたのかよ。別にいいんだって。こっちは命を助けて貰ってるんだし、安いもんだ」

 

 しかもこれからも助けてもらうんだ。ぶっちゃけその目線で見ると、全然お返しには足りない。

 

 栞那「優しいですね、竹内さん」

 

 蓮太「そうでもないだろ。それはそれとして……悪いけど今日の晩飯は家のカップ麺でいいか?荷物は多いし、準備もしてないし、どこにもいけないから」

 

 栞那「はい、私は大丈夫ですよ。それにしても…なんだか私達、新婚さんみたいですね。にっひっひ」

 

 蓮太「あーそうだな。確かに初日感あるな。まぁ、出会って初日なんだけど」

 

 初日どころか出会って数時間だけどな。

 

 栞那「竹内さんってそういう事には全然反応してくれませんよね。アレですか?女性には興奮しない口ですか?」

 

 蓮太「するわ。普通に女の子が好きやわ」

 

 栞那「…………ED…」

 

 蓮太「違うっての!おまっ!マジでぶっ飛ばすぞ!」

 

 栞那「そんなに怒らないでくださいよー…。別に疑ってませんってば」

 

 蓮太「嘘つけ…」

 

 …この子さっきからちょくちょく思ってたんだけど、下ネタに一切容赦ないんだよな。買い物しながら何度周りから変な目で見られたことか。

 

 蓮太「それと……今日買えなかった分の必要な物は明日買いに行くからな?放課後にすぐ戻るようにするから、家で待っててくれ」

 

 栞那「それは大丈夫ですけど…。もうこれ以上必要な物ってありますかね?生活していく上で最低限の物は揃っていると思いますよ?」

 

 蓮太「合鍵とか、あと……、シャンプーとかその辺。あとどうせだから布団とか……女の子が使うような物も揃えなきゃいけないだろ?化粧水とか」

 

 考えれば考えるほどでてくる。

 

 面倒くさいけど仕方ない。

 

 蓮太「ま、思いついたものは買っていこう。気付いた時に家になかった。なんて事になったら面倒だ」

 

 

 そして俺達は家に戻って、買ったものを整頓した後、時間が遅いということで二人して適当なカップ麺を食べた。そして各々が風呂に入り、家に女の子がいるという妙な新鮮味を感じながらも俺達は、俺の部屋へと移動した。

 

 何故別々の部屋じゃないかと言うと、じいちゃんの部屋は荷物をまとめている物置小屋と化しているせいで、まともに人が入れるようなスペースがないからだ。

 

 かといって冷暖房もないような和室には寝させられないし、リビングに放置もできない。

 

 だから俺の部屋で寝させることになった。

 

 流石に明月さんにベッドを譲り、俺は床で寝ることにしたのだが……

 

 栞那「本当に大丈夫なんですか?カーペットがあるとはいえ、床は辛くないですか?」

 

 蓮太「そんなことも言ってられないだろ。女の子を床に寝させられない」

 

 栞那「ですが…こんな状況ですし、2人でベッドを使うのも……と言うよりも、これは竹内さんの物なんですから…」

 

 蓮太「流石にそれはできないだろ。俺も男なんだ。変な気を起こしたらどうするんだよ」

 

 栞那「……別にオナニーで解消してもらえればそれで構いませんよ?」

 

 蓮太「だからオナニー言うな」

 

 ……こんなペースだから、妙に変な気を起こせないのはある意味助かる所だな。

 

 コイツは恥じらいとかないのか。

 

 栞那「でも、本当に床は…」

 

 蓮太「いいから寝るぞ。床がキツかったら勝手に横に入るから。それでいいんだろ?」

 

 こう言ったら、もうとやかくは気にしないだろう。

 

 栞那「……わかりました。けど…私が寝てる間に襲わないで下さいね…?」

 

 蓮太「なんつーベタな台詞言ってんだよ…。そんなつもりは毛頭ないわ。そもそも死神に手を出して逆に殺されるのは勘弁だしな」

 

 栞那「……竹内さんって、実は本当にイン──」

 

 蓮太「違うっつってるだろ!それじゃあおやすみ!」

 

 そう言って俺は、無理やり話を終わらせて部屋の電気を消した。

 

 栞那「あっ……、………おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ったく。こっちは一生懸命反応しそうなのを我慢してるのに…。

 

 俺だって若い男なんだ。この状況にドキドキもするっつーの。

 

 

 

 こんな時は羊を数えよう。そしたらきっといつか眠れる…

 

 

 

 

 よし………まずは、羊が──

 

 蓮太「ぐぅ……………」

 

 

 

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 栞那「………眠るの早すぎませんか…?」

 



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29話 本当に大切なものは持っている奴よりも持っていない奴の方が意外と知ってる

 

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 蓮太「すぅ…………………すぅ……」

 

 本当…、なんて素敵な寝顔なんでしょうか。

 

 こんなにも優しい人が、何故人生を振り回されなければいけないのだろう。

 

 この魂は、何も悪いことはしていないのに。ただ普通の幸せを願っただけなのに。

 

 栞那「どうしてなんですか?神様……」

 

 理不尽です。何度も何度も転生を繰り返して、ひたすらに努力した先が消滅なんて…。

 

 確かに、この魂。今の竹内さんを生み出してしまったのは私ですが…

 

 栞那「でも、大丈夫ですよ。これからは何があっても、私がしっかりと守りますから。ずっと、ずっと……………」

 

 ……眠ってしまう前に、今の竹内さんの魂の確認をしておこう。

 

 そう思って、私はベッドから下りて竹内さんの側まで移動して、その胸に手を当てる。

 

 その先から感じ取ったものは……

 

 栞那「これは………、竹内さんじゃない、他人の心…」

 

 人の心を溜め込んでしまうほどに、心が弱ってしまっていたんですね。

 

 でも、その原因は何だろう。できるなら助けてあげたいですが……

 

 ……そういえば。

 

 私は一つの可能性に気が付くと、竹内さんの横に寝そべって、大きな布を被せる。

 

 そしてギューッと抱きしめた。

 

 栞那「せめて私が側にいる時くらいは、家族と思ってくれてもいいんですよ」

 

 魂も今のところは問題なさそうでしたし、今日はこのまま寝ちゃいましょうか。

 

 考えなければいけないことは沢山ありますけど……今はとにかく、身体を休めよう。

 

 栞那「それじゃあ……おやすみなさい」

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 暖かい。

 

 不思議な感覚だ。これはなんだろう。

 

 とっても暖かくて、心が気持ちよくて、安心できて。

 

 ふと目が覚める。

 

 ぼやけた暗闇の視界に写ったものは、見覚えの服を着ていた誰かだった。

 

 …あれ?俺って誰かと寝てたっけ?

 

 ……いや、俺は一人暮らしなんだ。この家には誰も……

 

 

 一人………。独りか………

 

 

 曖昧な意識の中、その不安と悲しみがこみあがってくる。

 

 つい、寂しくて。

 

 つい、辛くて。

 

 つい、欲しくて。

 

 

 俺は目の前の何かに抱きついた。

 

 本当に暖かい。

 

 

 

 

 

 蓮太「もう…………俺から離れないでくれよ………」

 

 

 

 何も…失いたくない。

 

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 

 

 

 ………ん?

 

 朝目が覚めた時、なにか不思議な違和感を覚えた。

 

 妙な暑さと、柔らかい何かがある。

 

 ぱちくりと目を開けると、目の前には肌色の何かが。しかも視線を下に向けると、見覚えのある桃色と白色の服が。

 

 これは昨日俺が買った………

 

 しかもそれは明月さんはしっかりと身につけて寝ていたはず。

 

 そして視線を上に向けると……

 

 栞那「………………」

 

 明月………………さ……ん!?

 

 それに気がついた瞬間、俺は跳ぶように跳ね起きた。

 

 なんでこの人俺の隣で寝てんの!?

 

 チラッとベッドの方を確認すると移動したかのような後が残っており、誰も寝転がっていなかった。

 

 蓮太「はぁ…………」

 

 こんなことならおっぱいでも触っとくんだった。

 

 色々と聞きたいことがあるが……、もうこの際しょうがない。起き上がってきた時に問いただすか。

 

 そして時刻を確認すると、少し早めの時間に起き上がってしまっていた。

 

 まぁ、いいか。どうせ朝飯や弁当を準備するつもりだったんだ。別に早く起きる分にはいいだろう。

 

 そう思って明月さんをベッドへと持ち上げて、毛布を被せて俺は1階のキッチンへと移動した。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そしてそれなりの時間をかけて、自分と明月さんの分の弁当を作り、その流れで朝飯も作り出す。

 

 最初は俺の分だけで、明月さんは昼はカップ麺で……なんて思いもしたが、どうせ自分の分を作るんだからという理由で、その案はやめた。

 

 そしてそのまま弁当のおかずの残りと、適当に味噌汁を作ってた時に、明月さんが2階からおりてきた。

 

 栞那「おはようございます………竹内さん」

 

 蓮太「おう、おはよ」

 

 若干寝ぼけた様子で目を擦りながら歩くその姿は、見慣れないながらもやはり新鮮味を感じさせる。

 

 マジで新婚みたいだな。普通逆な気がするけど。

 

 蓮太「朝食は適当に作ってあるから、食べたい時にそれを食べてくれ。あと、昼もここに弁当を置いとくからな」

 

 栞那「え、ありがとうございます……って、これ全部竹内さんが用意してくれたんですか?」

 

 蓮太「ついでだけどな。どうせ昼の弁当を作るつもりだったし、朝食も毎日用意してたからさ」

 

 つっても昨日の晩飯の残りがなかったから、今日は弁当ついでに作っただけだけど。

 

 栞那「これが女子力ってやつですか」

 

 蓮太「毎日外で買うよりもマシってだけだ」

 

 そうして俺は自分の朝飯を運びながら、改めて時刻を確認する。

 

 蓮太「そうだな……あと20分くらいで出るから、家の留守はよろしくな」

 

 栞那「確か、姫松学院でしたよね。私、放課後に近くで待っていましょうか?」

 

 蓮太「いや、いい。荷物置いていきたいし……大体、場所分からねぇだろ?」

 

 栞那「地図を買えば私でもたどり着けますよ、きっと。それに交番かどこかで聞くっていうのもありますしね」

 

 ……地図?このご時世に地図なんてわざわざ買ってまで使うのか?

 

 って…スマホ持ってねぇのか。

 

 蓮太「あぁ…携帯電話買っとくか。よく考えたら、離れている時に連絡ができないなんて不便だな」

 

 栞那「携帯……電話…」

 

 明月さんは、いただきますと言って、もぐもぐと俺の作った朝食を食べながら不思議そうにその言葉を漏らした。

 

 蓮太「あぁ、スマホくらい持ってないと不便だろ?」

 

 栞那「スマ……ホ?」

 

 蓮太「うん」

 

 …ん?もしかして…

 

 蓮太「スマホ知らない?もしかして、携帯電話の事も……」

 

 栞那「そ、それくらいは知ってますとも!あの…こう、肩からぶら下げて『しもしも〜』って」

 

 蓮太「古っ!?」

 

 肩からぶら下げるって、ショルダーフォンのことだろ?こんなもん実物を見たことすらないぞ!?

 

 しかもそれって…

 

 栞那「ふ、古くなんかはないですよ!街ゆく皆さんは流行に乗ってましたとも!」

 

 蓮太「バブル時代かよ…」

 

 なんて話をしながら、俺も向かい合って朝飯をパクパクと食べる。

 

 栞那「うぐ…」

 

 …っとそういえば。

 

 俺は横に置いていたカバンの中から財布を取り出して、スっと札を何枚か取り出す。

 

 蓮太「はいこれ」

 

 そしてそれを明月さんに渡すように机に置いた。

 

 栞那「え?どうしたんですか?急にこんなお金を…」

 

 蓮太「どうしたも何も、何をするにしても金がかかるんだ。少しくらい手持ちがないと困るだろ?」

 

 このお金は昨日の外出の時に、予めATMから引き出しておいたもの。

 

 流石に俺がピンチとはいえ、学院にまでは来ることは無いだろうし、離れ離れになるのは確実。ならば、なんぼかは持っておいた方がいいだろう。

 

 栞那「でも、これ……全部1万円札じゃないですか!?しかも5枚も!?」

 

 蓮太「毎日渡すわけじゃないけど、少なくなったりしたら声をかけてくれ。本当に普通に生活するだけでお金はたくさん使うものなんだ。ないと困ることが圧倒的に多いからな。だから、はい」

 

 栞那「でも、私達はまだ出会って2日目ですよ?」

 

 …確かにそうだな。

 

 でもなんだろ?なんか不思議と信用してしまうんだよなぁ。相手が死神だからだろうか?

 

 栞那「お金を預けるだなんて…」

 

 蓮太「別にいいんだよ!大体、明月さんがクズなら俺が寝た後に金目の物を全て奪って逃げてるだろ」

 

 しかもわざわざ昨日の買い物の時に何度も何度もお礼を言ってくるほどの真面目なやつなんだ。

 

 栞那「でも………」

 

 蓮太「いいから受け取れって。じゃあもう俺は出るからさ、家の留守はよろしく。あと、家の鍵は俺のがそこにあるから出かける時はちゃんと閉めてくれよ」

 

 慌ててカバンを持って、俺は食器をキッチンのシンクに置いて、出ていこうとする。

 

 蓮太「あ、あと食器は水につけといてくれ、帰ってから洗うから」

 

 栞那「あっ、それくらいなら私がしておきますから安心してください!」

 

 蓮太「そうか?それじゃあ頼む。じゃ行ってきます」

 

 ついいつもの癖で言ってしまった。

 

 …まぁ、良く考えれば今まで一人だったのにいちいち言うのがおかしかったんだけどさ。

 

 けど、この日は違う。

 

 だって明確に言う相手がいるから。

 

 だから当然返ってくる。

 

 栞那「はい、いってらっしゃい」

 

 

 

 ……!

 

 

 

 蓮太「あぁ!」

 

 そうして俺は姫松へと向かって行った。

 

 

 

 

 あるものを忘れていたが。



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30話 噂なんて大体アテにならない。けれど第三者の立場になると何故かワクワクする

 

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 竹内さんが学院へと出発した後、私も朝食を食べ終わると2人分の食器を洗う。

 

 そして一通りの作業が終わった後、途端にすることが無くなった。

 

 栞那「本当ならこんな時は何か家事ができたらいいんでしょうけれど……」

 

 試しに洗濯機を見てみると……

 

 よくわからないボタンが多すぎて何がなにやらわからない。

 

 食洗機を見てみても……

 

 触ったことがないので扱い方がわからない。

 

 仕方なく諦めてげーむ機を扱おうとしても……

 

 ボタンに言葉が書いていなくて、何のボタンかがわからない。

 

 栞那「私……もしかしてポンコツなのでは……?」

 

 何をしたらいいかが分からずに、とりあえず家の掃除を始めることにした。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 しかし……

 

 栞那「ほとんど綺麗……」

 

 そういえば、昨日の夜も一連の流れのようにテキパキと動いて掃除をしていた気がする。

 

 栞那「やることが……ない!」

 

 バフンっと音を立てながら、リビングのソファーに座ってみる。

 

 チラッと時間を確認すると、もう10時を過ぎていた。

 

 栞那「ま、まだお昼にもなってなかったんですか……!?」

 

 ……

 

 じゃあ、とりあえず……天界に戻れない理由を考えることに……

 

 しても結局こちら側から全く連絡が取れない以上は、どうしようもないんですよねぇ……

 

 栞那「おそらく閣下が原因を探ってはくれていると思うんですけど……」

 

 私からは何も出来ない。まだ待つことしか。

 

 栞那「とりあえず飲み物でも飲みますか……」

 

 そう思って冷蔵庫のあるキッチンへと歩いていると、ある一つのことに気が付いた。

 

 栞那「あれ……?」

 

 視線の先には竹内さんが私の為に作ってくれたお弁当が。そして、その隣には、同じくらいのサイズの「もう一つのお弁当箱」が。

 

 包んでいる布の色が違うし、それに私は2つも食べられない。となるとこれは……

 

 栞那「竹内さん、お弁当忘れてませんか!?」

 

 そういえば朝はダラダラと話をしてしまっていたせいか、竹内さんは急いで家を出ていた。もしかしたらお弁当を持って行っていないことに気がついてないのでは!? 

 

 竹内さんに連絡をしなきゃ──

 

 って番号を知らない! そもそも私は電話を持っていない! 

 

 となると……

 

 ある決意をすると、私は昨日買ってもらった服に着替えて家を出る準備を済ませる。

 

 栞那「電気よし、ガスよし、戸締りよし、お金よし、お弁当よし」

 

 一つ一つを指差し確認でしっかりと見ていき、準備が整うと私も玄関の扉を開けた。

 

 栞那「私が届けますからね、姫松学院へ──」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 蓮太「何? 因幡さんの件は上手くいきそうだって?」

 

 学院に登校してから、まず最初に挨拶をしている柊史との会話で、因幡さんの事が話題になる。

 

 どうやら部室から離れた後、柊史と話す機会があったらしく、彼女のことを色々と知ることが出来て、あるチャレンジをしてみたようだった。

 

 それはモン狩り。なんと、あの時に一緒にプレイをした「ラビー」さんは因幡さんだったのだと言う。

 

 周りの人と共有しやすい「ゲーム」という趣味があった為、少し目立つ教室等でさりげなくゲームをしているアピール作戦に移ったようだった。

 

 柊史「そ、それで放課後に部室に来てくれるって言ってたから、その時に結果を聞こうと思っててさ」

 

 蓮太「それ、結構いいアイデアかもな。もう少ししたらモン狩りも飽きてくるような人もいるだろうし……。今だから使える攻略法だな」

 

 柊史「あんな趣味と特技があるんなら、もっと早く言って欲しかったんだけどさ」

 

 蓮太「仕方ないさ、そういう事に抵抗がある人もいるだろうし。俺達がそれを言っても仕方ない。ま、結果オーライならよかったじゃないか」

 

 柊史「まだわかんないけどね」

 

 とは言いつつも、柊史はどこか達成感のようなものを感じさせ、満足そうにしていた。

 

 一応少しの間だけ様子を見ていたとは言っていたから、問題ないと判断したのだろう。

 

 なんだ……俺が訳の分からない出来事に巻き込まれているうちに結構いい所まで進んでいたんだな。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 そして昼、俺は最大のミスを犯していたことに気が付く。

 

 みんなが各々昼食を摂り始めてる頃に、カバンの中身を確認すると……

 

 蓮太「昼飯入ってねぇぇぇぇ────!!」

 

 秀明「うぉっ!? どうした!? 急に叫びやがって……」

 

 蓮太「弁当忘れたっ!!」

 

 和奏「竹内は今日お弁当を持ってきてたんだ? 久しぶりじゃない?」

 

 蓮太「だからそれを忘れてたんだよ! うわぁー……色々と無駄にしたぁ……」

 

 ……ワンチャン明月さんに持ってきてもらう……にしても今からじゃ遅いし、そもそも本人は連絡手段を持っていない。

 

 秀明「しょうがない。俺と一緒に学食行くか?」

 

 蓮太「それしかなさそうだな……」

 

 なんて話をしていると……

 

 1件の電話が。

 

『ぷるぷるぷるぷる……』(自分の録音した声)

 

 蓮太「はい?」

 

 和奏「前々から思ってたけど、なんなのさ、その着信音……」

 

 柊史『蓮太? なんか誰か知らないけど、女の人がお前の事を探してたぞ?』

 

 蓮太「あ? なんだよそれ。てか誰?」

 

 柊史『本当に知らない人。薄い白色のような金髪で俺らよりも少し年上っぽい人。学院の生徒じゃあないんじゃないかな? 制服を着てなかったし』

 

 ……ん? 

 

 なんか覚えがあるような……? 

 

 蓮太「そんでその人がなんで俺の事を……」

 

 柊史『なんか弁当届けに来たって。「明月栞那」さんって人。どうせお前は教室にいるんだろ? だからそこまで教えたから、そろそろ会えると思うよ』

 

 嘘ん!? 

 

 蓮太「はぁ!? 柊史、それマジ──」

 

 その瞬間に、教室を含めた廊下一帯がざわつき始める。

 

 柊史『……? じゃあ切るからね』

 

 ──ブツッ

 

 和奏「……? なんか廊下の方が騒がしいね。ほら様子を見に行くよ、海道」

 

 秀明「なんで俺も!?」

 

 と仮屋と秀明は教室のドアから頭を覗かせるようにひょこっと出して、急にざわつき始めた廊下の様子を確認する。

 

 よく見るとここにいるほとんどの生徒が同じような体制で廊下を覗き見ていた。

 

 寧々「一体どうしたんですか? 何か珍しい事が?」

 

 そんな時に後ろの方か? 綾地さんがやって来て、不思議そうに質問をしてきた。

 

 蓮太「あ、あぁ……。多分……な」

 

 そんな時、窓の隙間からこの学院では見ることの無いはずの人がちらっと見えた。

 

 あれは……昨日の夜に買った服と同じ服を着ている。

 

 それにほぼ白と勘違いしてしまうほどの綺麗な髪に……ちょっと閉じてる瞼に……

 

 と、その人も俺に気がついたのか、俺の方に手を振りながらニコッと笑ってみせる。

 

 その瞬間に周りの男からの視線が。

 

 ……何故だろう。俺は柊史と違って能力なんて持っていないのに、心が痛い。

 

 寧々「あれ、竹内君に手を振っていませんか?」

 

 蓮太「はぁ……そうだな」

 

 男共の視線を無視しながら俺は立ち上がり、こんな所まで来てしまっていた明月さんに向かって歩き出す。

 

 栞那「いやー、探しましたよー」

 

 蓮太「サマルトリアか」

 

 ……じゃなくて。

 

 蓮太「え? 何? どうした?」

 

 まぁ、十中八九弁当の事だろうけどさ。

 

 栞那「どうした? じゃありませんよ、お弁当忘れてましたね?」

 

 蓮太「やっぱりか。届けてくれたんだな……ごめん、ありがとう」

 

 そんな会話をしていると、周りのガヤの声がボソリと聞こえてくる。

 

 

「竹内の奴……あんな可愛い人とどんな繋がりが……」

 

 

「アイツは兄妹とかはいなかったよな……? どう見てもお母さんって見た目じゃないし……」

 

 

「彼女なのか……!?」

 

 

 うーわ、面倒くせ。

 

 こういう噂が1番面倒なのに。

 

 蓮太「助かった。無駄に金を使うところで──」

 

 栞那「それに聞いて下さいよ! お家の掃除や洗濯物を終わらせようとしたんですけど、ポチポチがわからなくて何も出来ないんですよぉ!」

 

 

「お家!?」

 

 

「掃除!?」

 

 

「洗濯物!?」

 

 

 あ〜……ほら、もう……バカが反応した……

 

 栞那「私、どうやらポンコツのようで……何かしようと思ってたんですけど……」

 

 蓮太「いや、別に何もしなくていいって。家でゆっくりしてくれてたらいいから……」

 

 栞那「でもっ! やっぱり同居を始めたからには何かお手伝いを──」

 

 

 周りの生徒達『同居ッ!?!?』

 

 

 蓮太「しなくていい! しなくていいから!」

 

 もういいから早く帰ってくれ!! 

 

 栞那「でも……、朝も私に気を使ってくれてベッドに寝かしつけてくれてましたよね? 確か昨日は竹内さんと一緒に寝ていたはずなんですけど……。そんな優しい事されたら、何かで返さなきゃって思ってて──」

 

 

 

 バカ達『一緒に寝たッ!?!?!?』

 

 

 

 蓮太「くはっ!?」

 

 それは言い方に悪意があるだろ! 寝かしつけてねぇし! ちょっと抱っこして移動させただけだ! 

 

 蓮太「待て待て待て待てッ! おまっ! その言い方はわざとだろ!?」

 

 栞那「え? でも、嘘なんて言ってませんよ?」

 

 ……いや、今は下手な言い訳を考えるよりも、早くこの死神もどきを家に帰らせるのが優先だ。これ以上変なことを言われたら俺の立つ瀬が無くなる。

 

 蓮太「あー! と、とにかく弁当ありがとう! 明月さんは別に何もしなくていいから、早く家に帰った方が──」

 

 栞那「そういえば、ここに来る途中で校長の先生方と挨拶した時に、授業の様子を見てみたいって伝えたら許可を貰ったので、私、竹内さんの隣で座ってますね」

 

 蓮太「校長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 あのクソハゲ野郎何言ってんだぁぁぁ!!! 

 

 蓮太「あのハゲ……!」

 

 和奏「漏れてる、漏れてる……憎しみが漏れてるよ」

 

 蓮太「そりゃ漏れるだろ……。なんでこんな面倒な事に……」

 

 和奏「仕方ないさ、運が悪かったと諦めるんだね。手を出してしまった自分を恨みなさい」

 

 蓮太「手を出してねぇよ! 俺もなんでこんなことになったのかがわかんねぇんだよ……!」

 

 和奏「そうは言ってもねぇ……」

 

 もう遅い……か。

 

 周りの男どもはギャーギャー騒いでるし、秀明は──

 

 秀明「蓮太ぁ! 童貞捨てる時は一緒だって……! 約束してたじゃないかぁ!!」

 

 蓮太「もうアイツ面倒だから放置でいいかな?」

 

 和奏「いいんじゃない? 別に。ドMだし」

 

 ……はぁ。

 

 チラッと時間を確認すると、もう休み時間が終わるまで30分もない。今からどこかに移動して弁当を食べるにしても、次の授業に遅刻してしまうだろう。

 

 だとすると……

 

 蓮太「とりあえず入ってこいよ、明月さん。空きの机があるから」

 

 栞那「はい! 私、学校の教室って久しぶりです!」

 

 

 

 

 そんな会話をしながら、自分の机にもう一つの机を近づけていると、周りの妬みの言葉が次々に聞こえてくる。

 

 死神は聞こえていないようだが……

 

 とりあえず言えること。それは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太「不幸だ」

 

 



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31話 人気者への相談、ひとまず解決!

 ……パク。

 

 なんだかんだで明月さんが学院内で行動をすることになり、仕方なく昼飯を食べる時、二人で机を合わせて並んで座る。

 

 栞那「〜ッ! とっても美味しいですよ! 竹内さん!」

 

 やや無邪気にお手製の弁当を食べながら、目を輝かせている死神を軽くあしらいつつ、俺も一口食べる。

 

 蓮太「ゥンまああ〜い!」

 

 ま、オーバーリアクションなんだけどね。

 

 栞那「それにしても……、やっぱり学校は賑やかで楽しそうですね! 活気があるって素晴らしいと思いますよ、私」

 

 蓮太「あのさぁ……。まぁいいか、弁当を持ってきてくれた事だし……」

 

 このざわつきは君がこんな所へ来てしまったことが原因なんだよ。

 

 蓮太「でもな……一応今のうちに言っておくけど、学院では俺たちは血の繋がってない姉弟ってことにしておこう。面倒だから」

 

 栞那「……? 何故です?」

 

 蓮太「噂が一人歩きしたりしたら面倒だからだ。離れた所に暮らしていた家族ってことにしようと思う」

 

 栞那「じゃあ私は竹内栞那ですね!」

 

 蓮太「いや名前はもう割れてるだろ……」

 

 ぶっちゃけ言い訳としてもかなり苦しいが……何も言わないよりはマシだろう。

 

 ……一緒かな? 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そうして出会ったばかりの死神と学院で日常を過ごすという中々に経験しないだろう出来事を体験し、授業を受ける。

 

 ことある事に様々な事に興味を示す明月さんは、目を輝かせながら授業を聞いている。

 

 ……そう言えば明月さんって生前……なんてのはあったんだろうか? 

 

 なんか流れで泊める事になってるけど、良く考えれば相手の事を俺って何も知らないよな。よくそんな人……死神を家に寝泊まりさせれるわ。

 

 ……にしても俺の事に関しては色々なことを知ってたよな……? 俺の魂の事とかはやっぱり綾地さんに伝えた方がいいのだろうか? 事実として、俺が心を失っている事で迷惑をかけているんだ。

 

 そういえば、結局のところ俺の中の心の欠片はどうなったのだろう? 

 

 その辺の事を全然聞いていなかった……。

 

 そうだな……今日は一応買い物に行く予定だったけど一旦中止にして部室へ行って柊史と綾地さんに死神の事を伝えるべき……か? でも……勝手に話をしてもいいものなのだろうか? 

 

 それが気になって放課後になった後に明月さんに聞いてみると……

 

 栞那「そうですね……。出来れば、死神の事は伏せておいて欲しいのが本心ではありますね。面倒な事になってしまうと後始末が大変なんですよ」

 

 との事だった。

 

 まぁ、よくわからんが死神のことが露見すると困ることがあるのだろう。

 

 深い理由は尋ねずに、一応明月さんの意見を尊重することにした。

 

 蓮太「それじゃあ一応部室に顔を出してくるからさ、明月さんは校門で待っててくれ。今日は休むって伝えたらすぐに俺も向かうから」

 

 本当は教室内で部長である綾地さんに直接伝えることが出来ればよかったのだが……如何せん周りのヤツの目が常にあった。今日は特にイレギュラーな事態があったのもあって、中々声をかけることが出来なかったのだ。

 

 栞那「肛門……!? た、竹内さん……私はそんな竹内さんのお尻からのスカトロプレイなんて──」

 

 蓮太「校門! おまっ! 下ネタ言うのは構わんが場所を考えろ! 場所を!」

 

 なんでこんなにアダルティな方向へと会話が傾くんだ!? その割には自分の事になると恥ずかしがるし……もうわかんねぇよこいつ……

 

 蓮太「それじゃあな。すぐに向かうから、迷子になんなよ」

 

 栞那「なっ! バカにしてませんか!? 私を誰だと思ってるんです? えぇそうです! 私が変なしにが──」

 

 蓮太「自爆してるっての! アンタ自分で隠せって言ってただろうが!」

 

 しかも「変な」って言ったぞ。

 

 そんなこんなで廊下でわちゃわちゃした後に、部室へ向かう。

 

 すると──

 

 めぐる「ちょっと聞いてます? センパイ」

 

 ぐたーっと机に身体を乗せて、机をバンバンと叩いている因幡さんの姿が。もちろんほかのメンバーも。

 

 蓮太「ちーっす。……てかどした? なんで因幡さんがここに?」

 

 柊史「俺が聞きたいんだよなんかここに愚痴を言いに来てたみたいで……」

 

 蓮太「でも教室内じゃ上手くいってたんだろ? そんな感じの事を言ってたじゃないか」

 

 寧々「そうなんですか?」

 

 どうやら綾地さんはまだ何も知らないようだ。

 

 

 

 

 少年説明中……

 

 

 

 

 柊史「という事なんだ。つまり、得意なゲーム『モン猟り』を使って、みんなとの話題のタネになれば……なんて思ったんだ」

 

 寧々「ゲーム?」

 

 蓮太「要するにみんなで協力して大きなモンスターを倒すゲームだ。楽しい協力プレイを売りにしてるから、みんなでプレイすればすぐに仲良くなれると思ってたんだが……上手くいかなかったのか?」

 

 めぐる「そんなことは無いんですけど……一部の女子から反感を買っちゃって」

 

 柊史「反感? なんで?」

 

 めぐる「受け狙いのために男子が好きそうなゲームをしてるんだって」

 

 なんじゃそりゃ。まぁ面倒な奴も居るもんだ。

 

 柊史「はぁ?」

 

 蓮太「媚びてるって思われたって事か、まぁ確かに一般的に大人気なゲームとはいえ男がよくやってるイメージだが……別に変じゃないと思うけどな」

 

 柊史「それに300時間もソロでやり込める受け狙いの子はいないだろ」

 

 蓮太「300時間ッ!?」

 

 廃人じゃねぇか! そりゃあんなにに上手くもなるわ! 

 

 めぐる「女子は理屈じゃないんですよー」

 

 若干唇を尖らせて、拗ねたように因幡さんは言った。

 

 まぁでも、雰囲気的には別に激しい敵意などを向けられているようではないし……問題は無い……かな? 

 

 それに──

 

 寧々「一部ということは、そうじゃない人には受け入れてもらえた、という事ですか?」

 

 めぐる「それは、えっと…………はい。モン猟、一緒にやる人できました」

 

 蓮太「じゃあよかったじゃん」

 

 元々、因幡さんは人気者になりたかったわけじゃない。言い方はああなってしまったが、根本は自分の居場所が欲しかったというもの、それならば十分に解決とみなしていいだろう。

 

 めぐる「はい。ありがとうございました、先輩方」

 

 めぐる「でも…………また、ここに来てもいいですか? 完全に馴染むには時間がかかりそうですし……」

 

 寧々「はい、構いませんよ。遠慮なく来てください」

 

 まぁ、なんにせよよかったよかった。

 

 割と気になったりしてたからな、因幡さんの件は。

 

 寧々「それで……竹内君は座らないんですか? ずっと扉の前で立ちっぱなしですけど」

 

 蓮太「ん? あ、いや、悪いけど今日は部活に参加出来ないって言いに来たんだ。ほら、明月さんの件でちょっと野暮用があってさ」

 

 柊史「結局あの人は誰なんだ? 教室内では上手く誤魔化してたけど」

 

 めぐる「あ! それなら自分も聞きましたよ! 竹内先輩が女の人を連れてきてるって、もう学院中が大騒ぎで……耳にタコができるかと思いましたよ」

 

 ……いやまぁ、確かに話題にはしたくなるような事だけどさ。そこまで大騒ぎするほどかね。

 

 寧々「確かに……チラホラと話題にはなっていましたね」

 

 蓮太「別に隠したりなんかしてないって、義理だけど姉ちゃんがいるんだよ、俺には」

 

 寧々「義理……?」

 

 不思議そうに頭を傾げる綾地さん。

 

 ……あ、そうか。俺の家庭状況をよく知ってるのって柊史と仙台だけか。

 

 めぐる「そういえばみんな言ってましたね、竹内先輩は姉弟がいるとかいないとか、結局どっちなんです?」

 

 蓮太「長年会ってない姉がいるってだけだ。それがあの人。住む場所も違えば名前も違う。色々とあるんだよ俺にも。それに、今はあの人を退けると一人暮らしだしな」

 

 寧々「そうだったんですか? 竹内君も?」

 

 蓮太「……? あぁ。元々死んだじいちゃんの拾い子だからな、俺は。だからこないだまでは一人暮らしだった」

 

 寧々「……! ごめんなさい。私、余計な事を」

 

 やべ、気を使わせたか。俺は別にそんなつもりじゃないし、変な風に思ったりはしないが……そこはしょうがないな。

 

 蓮太「気にしないでくれ、と、まぁそんな感じでちょっと面倒見なきゃいけないから今日は悪いけど休ませてもらうわ。また、明日からちゃんとくるから」

 

 寧々「はい、わかりました。ではまた明日」

 

 めぐる「この度は本当にありがとうございました! 竹内先輩!」

 

 柊史「またな」

 

「あぁ」と返事をして、俺はその場から立ち去る。色々と考えなきゃいけないことが沢山とあるが……この友達と話をしている時は気楽になれて好きだ。

 

 元々はそんなにいなかったからな。あの部活に入ってまだ間もないけど……本当によかった。

 

 そんなことを思いながら、校門で待っている明月さんと合流して、残りの必要なものを買う為の買い物に出かけたのであった。

 

 

 

 

 ちゃんちゃん。

 



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32話 擬似デートで恋人気分を味わおう

 

 あの日から何日経過しただろう? 一週間は経ったかな? 

 

 あれ以来、明月さんにはできるだけ学院に来ないでくれとは頼んでみたものの……事実としてまた俺が死にかけたりしちゃうとピンチなんだよな。

 

 そんなことを悩みながら今日も学院へ登校する。

 

 両耳にイヤホンを付けて周りの世界と自分を遮断し、完全に自分の世界に入る。これがまあたまらんのだ。

 

 爆音で好きな音楽を聞くというものはこれ以上ない幸せ、きっとこれを経験していなかったら、俺はとっくに死んでいただろう。

 

 なんて思いながら歩いていると……ドンッと背中を叩かれる。

 

 急いでイヤホンを外して振り返ると、そこには秀明と柊史の野郎共が朝から一緒にいた。

 

 秀明「さっきから呼んでるのに無視は酷くない? 俺泣いちゃうよ?」

 

 蓮太「おはよう柊史」

 

 柊史「おはよう」

 

 秀明「あれ? 本格的に無視?」

 

 蓮太「いやー、最近秀明を見ないよな? どこで何をしてるんだろ」

 

 俺はわざとらしくひたすらに秀明を無視し続ける。

 

 秀明「おーい、俺はここにいますよー。って……もしかして、今俺は透明人間に!? よし、それなら早速体育の時間に女子更衣室にでも行って……ぐへへ」

 

 蓮太「柊史、職員室にこいつを連行するか」

 

 秀明「聞こえてるじゃないかよ!」

 

 いつものノリ、これもなんだか心地よいものだ。

 

 蓮太「つかどうしたんだ? 朝からわざわざ……」

 

 柊史「別にわざわざって程じゃないよ、見かけたから声をかけただけ」

 

 ま、理由がないと話しかけちゃいけないなんて事は無いしな。

 

 こんな対応をしてしまっても仲良くしてくれているコイツらには……やっぱり感謝しなくちゃな。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 佳苗「えー、連絡事項は以上かな……、あ、いや違った。週明けは特別棟の配管工事を行うから、昼までではあるけどトイレが使えないから気をつけてね。それと……近々このクラスに転校生がくるから仲良くするように、以上」

 

 転校生ねぇ……しかもこのクラスに入ってくる事はもう確定しているのか。

 

 まぁ、いざ入ってきて一人で気まずそうなら少し声をかけてみるとするかな。

 

 佳苗「それじゃあ、用がない者は真っ直ぐ帰れ。部活の者は精を出すように、解散」

 

 蓮太「部活に精を出すつってもなぁ……」

 

 実際に俺がオカ研に入部して解決した事件は加州さんの件だけ。因幡さんの件は柊史の手柄だし。

 

 本当に来ない時は来ない。相談なんてそんなものだった。

 

 今日こそは何かと相談事が来ればいいな、とも思うが現実は……

 

 

 部室にて──

 

 寧々「あっ、やだ、そこ、ダメですっ。あぁっ、無理無理無理、こんなの無理ですよぉ、ああぁんっ」

 

 めぐる「無理じゃないですって。ほら、こっちも」

 

 寧々「やだぁ、2ヶ所同時なんて、本当に無理なんです」

 

 めぐる「何言ってるんですか、本番はここからですよ」

 

 寧々「さ、3ヵ所も同時にっ、こ、こんな激しいの無理ぃ、ああ、あ、死んじゃう死んじゃう、死んじゃいますよぉ〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寧々「あ、あぁ……やっぱり死んじゃいました。これでもう3回死んだのでクエスト失敗ですね。……まさか3ヵ所から同時に出現するなんて」

 

 安心してください皆さん、これはゲームです。モン猟りですからね。別にエッチなことをしてる訳じゃないっすよ。

 

 めぐる「確かにそうですけど、1匹1匹の強さは大したことないので、落ち着いて対処をすれば何とかなるんですけどね」

 

 らしいですよ? 皆さん。皆さんも鉤爪を使う時は気を付けてくださいね? まぁ本家にそんなものありませんが。

 

 寧々「そう言われても……このクエストは初心者の私には難しすぎます」

 

 なんて会話を因幡さんと綾地さんがしている横で、ボケーッと部室の天井を見る俺。

 

 柊史「また発情したのかと思った……」

 

 蓮太「怒られても知らねぇぞ?」

 

 今は聞こえてないみたいだからいいけどさ。

 

 とまぁ、こんな感じで、放課後は因幡さんが綾地さんにゲームの基礎を教えて、俺らも適当に時間を潰す日々、これがオカ研の日常になりつつあった。

 

 たまに占いをしてもらいに来る人がいるくらいで、数日間はこんな感じ。

 

 ちなみに明月さんの方は家事を一生懸命に覚えているらしい。一通り必要そうなものを揃えた後、やっぱり役に立ちたいと言い出して、色々と勉強しているようだ。

 

 蓮太「にしても……暇だよなぁ……………………、おい柊史、想像で天井画を描いたらえらい大作になったぞ」

 

 柊史「暇潰しがクリエイティブすぎるだろ、他にすることねぇのかよ」

 

 だってそれくらい暇だぜ? 

 

 蓮太「つかさ、なんでいつの間にか因幡さんが入り浸ってるわけ? もしかして入部したの?」

 

 めぐる「え? あ、いえ、そういう訳では無いですけど……居心地が良くてつい」

 

 あ、入部した訳では無いのね。まぁ、確かに中々に俺達はフランクだし暇つぶしには持ってこい……なのかな? いつの間にか因幡さん、綾地さんのことを「寧々先輩」って呼んでるし。居心地が良いのは本当なのだろう。

 

 蓮太「クラスで気まずいとかじゃなくて良かった」

 

 めぐる「そんなことは無いですよ! お陰様で以前よりも楽しく過ごさせてもらっています」

 

 ならいいんだ。

 

 柊史「それじゃあさ、因幡さんのクラスで何か悩みを抱えている人とかいないの?」

 

 めぐる「え? そうですねー……うーん……」

 

 因幡さんはわりと長い間頭を捻ってひねって……

 

 めぐる「川上君が浮かない顔をしていたような……?」

 

 蓮太「よっしゃあ! 川上君指名入りましたぁ〜!」

 

 そう言って部室から出ようとすると……

 

 柊史「いやどういう事だよ!? つかお前は川上君を知らないだろ!」

 

 蓮太「知らねぇけど因幡っちのクラスメイトだろ? 任せろ! こっちに持ってくるわ!」

 

 柊史「物じゃねぇんだよ! 人だ、人!」

 

 寧々「因幡っち?」

 

 めぐる「自分もそれはちょっと気になりましたね」

 

 急いで部室から出ていこうとする俺を、柊史は首根っこを持って引き止める。

 

 蓮太「でも悩んでそうな感じだったんだろ?」

 

 めぐる「はい、そうですね。クラスの男子で、いつもはバカやってるイメージの人なんですけど最近は元気がなかったような気がして」

 

 蓮太「よし、じゃあ連れてこよう」

 

 柊史「だからなんでだよ!?」

 

 めぐる「でも、そうですね! わかりました! まだ教室にいるでしょうし、見てきます!」

 

 柊史「えぇ!?」

 

 よし、味方が出来て良かった。

 

 柊史「あのさぁ、こういうことは本人の意思で来てもらわないと……」

 

 蓮太「お前が連れて来いって言ったんじゃんか」

 

 柊史「連れて来いなんて言ってねぇよ! 悩みを抱えてそうな人がいるならオカ研のことを伝えて欲しかっただけだ!」

 

 蓮太「俺が伝えてくる」

 

 柊史「部員が勧めてどうすんだよ!」

 

 めぐる「じゃあ自分が連れてきますね! 行ってきまーす!」

 

 話の流れを掴んだ因幡さんが、俺を置き去りにして元気よく川上君を連行しに行った。

 

 蓮太「それじゃあ俺も行ってきまーす!」

 

 柊史「お前はここで待ってろ!」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 そして数十分後……

 

 少し外が茜色に染まる頃、元気よく扉が開かれた。

 

 めぐる「ただいまです!」

 

 川上君? 「ちょ、一体何なんだよ因幡! いきなりこんなところに連れてきて…………って、綾地先輩!? それに竹内先輩もっ!?」

 

 ……柊史の事が無視なのはいつもの事なのね。

 

 めぐる「悩み、あるんでしょ? ここなら親身になって相談に乗ってくれるから安心して?」

 

 川上君? 「そう言われてもよ……」

 

 恐らく詳しく説明をされずにここに連れてこられたのだろう。それはその困惑している姿で十分に理解出来た。

 

 そしてそんな川上君らしき人を放置して……

 

 めぐる「寧々先輩! 連れてきましたよー!」

 

 と、ひしっと綾地さんに抱きつく因幡さん。

 

 ……とりあえずこっちの方を放置でいいか。

 

 蓮太「とりあえず川上君だよな? なんか俺のことを知ってるみたいだったけど、改めて……俺は竹内蓮太。それで座ってるのが保科柊史。ゲーマーに抱きつかれているのが部長の綾地寧々だ」

 

 川上君「そ、そりゃあ知ってますよ! 姫松2年といえば華の綾地寧々先輩に漢の竹内先輩じゃあないですか! 知らない人はいませんよ!」

 

 蓮太「……? なんだそりゃ。まぁいいや、とにかく座って座って」

 

 そして俺と柊史で川上君を座らせて、この部活についての簡単な説明を行う、その途中から女の子二人も会話の中に紛れてきて……

 

 柊史「てな感じで、部活動の一環として悩みの手助けをしてるんだよ」

 

 蓮太「学園生活支援部ってとこだな」

 

 めぐる「それは違いますよね? 別に寧々先輩は赤いニット帽なんて被ってないですよね?」

 

 知ってるんスね。……綾地さんなら似合いそうだな。

 

 寧々「それで川上君、どうでしょう? もし悩み事があるなら相談してみませんか?」

 

 でた! 綾地さんの清潔スマイルだ! この圧倒的美貌から逃れられる男子はいまい! 

 

 川上君「だ、誰にも言ったりしないのなら……」

 

 ほら〜、イチコロだな。

 

 てかこの武器強ぇ……! 

 

 寧々「はい。多言したりしません」

 

 蓮太「ま、そもそもそんな事を言いふらしても俺たちに得なんて無いしな」

 

 川上君「…………わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします……」

 

 めぐる「それで、悩みって?」

 

 川上君「実はその……つい最近、か…………彼女ができまして」

 

 相談相手がそう言うやいなや……

 

 めぐる「えぇ!? そうなの!? 川上君いつの間に!? え、誰? 誰と付き合ってるの!?」

 

 すっごい食いつく因幡さん。

 

 川上君「そうやって問い詰められるのが嫌だから言ってなかったんだよ」

 

 めぐる「あ、ごめんなさい。つ、続けて?」

 

 確かにこういうのは嫌かもしれないな。周りに伝えることが出来なかったのもわかる気がする。

 

 ま、俺は誰とも付き合ったことなんてないけれども。

 

 川上君「……で、今度の日曜日にデートをすることになってて、なんと言いますか、彼女ができたこと自体初めてなので、勝手がわからなくて……」

 

 蓮太「なるほどなぁ……」

 

 まぁ確かに悩むこともあるかもな。服装にデートコース、それと食事。パッと思いついただけでもこんなにあるんだ。そりゃ大変だ。

 

 ま、彼女出来たことないけど。

 

 寧々「デートコースは、彼女さんと一緒に話し合うのはダメなんですか?」

 

 蓮太「そりゃダメだろ、ここは男の見せ所ってな。やっぱりカッコイイと思われたいじゃんか」

 

 川上君「そ、そうなんですよ! ここは男らしくキッチリとリードをしたくてですね……」

 

 寧々「はあ……そういうものですか」

 

 それにこの事を他言して欲しくないって事は、恐らくその相手はこの学院内の子だろう。

 

 川上君「でも、もう本当にどうすればいいかわからなくてネットで調べてもこれはダメとかあれはダメとかで……」

 

 蓮太「うんうん」

 

 川上君「でも最初のデートだからしっかりしなきゃって考えてて、質問なんすけど……先輩方はデートの経験とかは……?」

 

 寧々、めぐる、柊史、蓮太『…………』

 

 そのタイミングで一斉に黙りこくる俺達。

 

 この状況はあれだ、全員が経験無しだ。

 

 ははっ。

 

 はぁ……

 

 

 その瞬間に川上君の眉がピクっと動く。

 

 あ、信頼がゼロになった。

 

 川上君「お邪魔しましたー……」

 

 柊史「待った待った! 結論が早いよ!」

 

 ま、そうなる気持ちもわからんくはないがな、だかこれは裏を返せば川上君と同じ目線で意見が言えるということ、だとすれば……

 

 今日は金曜日、うん、イける。

 

 蓮太「なぁ、川上君はデートプランってのは練ってるのか?」

 

 川上君「はい、一応一連の流れは完成してますけど……自信は……」

 

 蓮太「俺達も経験がないってことは、川上君と同じ気持ちになれるってこと、だから明日、オカ研(おれたち)がリハーサルをするってのはどうだ?」

 

 めぐる、寧々「「えっ?」」

 

 川上君「それは……確かにそうっすね! 是非、アドバイスが欲しいです!」

 

 寧々「私たちでリハーサル?」

 

 蓮太「あぁ、そうだ素人同士、実際に擬似デートをしてきて素直に感想を伝えてみよう」

 

 柊史「マジでか……!?」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 あれから話し合いの結果、俺の意見は見事に通る事になり、明日土曜日にオカ研メンバーで駅前に集まる事になった。

 

 因幡さんはわざわざ付き合ってもらう義理はないのだが、仲間はずれが嫌だとの事で、俺、柊史、綾地さん、因幡っちの4人でショッピングモールに行くことに。

 

 ……ちなみに柊史の誘いで因幡さんはオカ研に入部することになりました。ま、来週からの話ですが。

 

 

 なんかトントン拍子で話が進むなぁ。



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33話 擬似デート前編

 次の日の朝──

 

 つまり土曜日の朝、俺はいつものように朝食を作ろうとキッチンへと向かうと……

 

 栞那「ふんふーん♪ ふーんふんー♪」

 

 とやたら上機嫌に鼻歌を歌いながらフライパンを動かす死神の姿が。

 

 栞那「ちゃー! ちゃちゃー♪ ちゃっちゃらちゃらちゃちゃっ! ヘイッ!」

 

 蓮太「朝からやたらとテンションが高いな……」

 

 栞那「あ、おはようございます! 竹内さん!」

 

 蓮太「おはよ。どうしたんだ? えらい機嫌が良いじゃないか」

 

 朝食ということもあって、品にそんなに凝る必要がない為か、軽くスクランブルエッグを作りながら、明月さんはニッコリと笑みを浮かべて俺を見る。

 

 栞那「だって竹内さんがデートですよ! デート! こんな日は喜ばずにはいられないじゃないですか!」

 

 蓮太「昨日も言ったけどあくまで『擬似』な」

 

 そう、実は昨夜からこうなのだ。事情を説明し、帰りは遅くなることを伝えた瞬間から、まるで自分の事のように喜ぶその姿は、過保護の母親のようだった。

 

 栞那「わかってますよ、そしてその後にお持ち帰りして、私という存在がありながら、私にバレないように必死に声を押し殺し、彼女を快楽の波へと…………! キャーっ! たまりませんなぁ〜っ!」

 

 蓮太「お前実はオッサンだろ……」

 

 なんて会話をしていると、明月さんは作った料理を皿に乗せ、テーブルの上に2人分の朝食を準備する。

 

 俺もそれを横目で確認し、コップと飲み物を用意、2人の朝食の時間が始まった。

 

 蓮太、栞那「「いただきます」」

 

 目の前に並べられたのは少量のご飯にスクランブルエッグ、そしてレンジで温められたミートボール。そして香ばしく焼かれたウインナー。

 

 うん。手抜き感凄い。

 

 それでもパクッとそれを食べる。

 

 栞那「でも、真面目なお話なんですけど、誰かとお付き合いしたい。なんて思ったりはしないんですか?」

 

 蓮太「別に思わねぇかな。面倒なことは元々嫌いだしさ」

 

 誰かと付き合うだなんて想像も出来ない。別に好きな人…………というか気になる人の一人もできたことはないし。

 

 栞那「でも、誰かと恋人関係になるってこの上ない幸せらしいですよ? もし、本当にそうなら竹内さんは安心して人生を過ごせると思うんですけどねぇ。それにもうオナニーをする必要もない──」

 

 蓮太「お前朝からそれはキツイわ」

 

 もう若干慣れ始めてきた俺もキツイわ。

 

 蓮太「……だとしても、どうしても誰かと恋人関係になるなんて、そんな未来は考えられないかな」

 

 栞那「私としては、そろそろ彼女の一人でも連れてきて欲しいところですけどねー」

 

 蓮太「お前は俺のおかんかっつーの」

 

 そもそもそんなに俺達は付き合いは長くないだろ。まだ今月会ったばっかりだぞ。

 

 蓮太「さて……」

 

 改めて今日の擬似デートの確認をする。

 

 えぇ……と、一応昼からスタートだから11時に駅前集合だったな。そこからは電車に乗れば10分もあれば大きなショッピングモールがある街に辿り着く。

 

 そして今流行りの恋愛ものの映画を見て、残りの時間はウィンドウショッピング。二人きりでの買い物の時間を楽しみ、夕刻になると流れで外食……かぁ。

 

 これ外食って言ったって店は決めてないんだろ? 大丈夫なのか……? 

 

 チラッと時間を確認するともう9時になる頃。出かける準備をして明月さんの飯を用意したら……まぁいい時間になるだろ。せめて10時半には駅前に着いておきたいし。

 

 ……よし。

 

 蓮太「ご馳走様。それじゃあ昼飯と夜飯は適当に用意しておくから、悪いけどそれを食べててくれ」

 

 栞那「あっ、ご飯は別に大丈夫ですよ? 実は私、今練習しているお料理がありまして……」

 

 蓮太「へぇー、何?」

 

 栞那「オムライスです! 今よりももっともっと美味しく作れるように頑張っているんですよ!」

 

 オムライス……かぁ。結構難しいものにチャレンジするんだな。

 

 作ることそのものは簡単だが、味のクオリティを上げていくとなると、調整していく部分が少ない料理だからシンプルすぎて難易度が高くなるんだよな。

 

 ま、素人目線の意見なんだけど。

 

 しかし……

 

 蓮太「明月さんってオムライスとか作ってたっけ?」

 

 そんなもん俺はココ最近は食べた記憶が無いな。

 

 栞那「竹内さんには……作った事があるような……ないような……? 明日あたりに食べてみますか?」

 

 蓮太「じゃ、明日の当番は明月さんね」

 

 栞那「まっかせろーい!」

 

 ……? 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そうして、準備を終わらせたあとひとまず待ち合わせ場所の駅まで歩く。

 

 にしても……今日は天気がいいな。

 

 外は雲ひとつ無い晴天だ。お陰で日差しが直に攻撃してきて肌が心配になる。傘でも持ってくればよかっただろうか。クリームでも塗ればよかったかな? 

 

 ま、薄めの服に上からパーカーを羽織っているスタイルだから顔や首以外は問題ないだろうけどさ。

 

 暑くなりゃ脱げばいいし。

 

 なんて事を思いながら歩いていると……

 

 寧々「竹内君」

 

 蓮太「んぁ?」

 

 十字路を歩いている途中で、隣の道から声をかけられた。

 

 蓮太「綾地さんじゃないか。あれ? 家ってこっちの方なのか」

 

 寧々「はい、そうなんです。それでも奇遇ですね」

 

 ニコッと笑う彼女の服を改めて見ると……

 

 いや可愛い! 清楚! 

 

 どっかのお姫様学園に通う金持ちかと思ったわ。

 

 蓮太「ま、せっかくだし待ち合わせ場所まで一緒に行くか」

 

 寧々「そうしましょう」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 そして歩くこと数分──

 

 駅前に着くと既に柊史はその場で待っており、辺りをキョロキョロとしていた。

 

 蓮太「オッス。待ったか?」

 

 寧々「すみません、お待たせしてしまって」

 

 そんな柊史に、俺達は二人で声をかける。

 

 柊史「ん? あ、気にしなくていいよ。約束の時間にはまだ20分弱あるし、俺も着いたばっかりだから」

 

 柊史がそう答えるや否や、綾地さんはひとつ疑問に思っていることがあるようで、ある質問をしていた。

 

 寧々「ところで保科君。川上君の悩みは本当にデートの事でいいんでしょうか?」

 

 柊史「え? 川上君?」

 

 寧々「もしかしたら、デートはタダのキッカケで、他の要素で悩んでいるなんてことは?」

 

 あぁ……なるほど。確かにあの場じゃ俺たちの信用はなかったかもだし、そもそもとして恥ずかしがって本当の悩みを隠してしまっている可能性もあるか。

 

 柊史「俺もハッキリと心が読めるわけじゃないから、そうだなぁ……。多分今回はそのままでいいんじゃないかな?」

 

 少し思い出すように悩んだ後、やや自信なさそうに柊史は告げる。

 

 蓮太「なら川上君が自信を持ってデートに挑めるように頑張りますかね」

 

 柊史「その質問をするってことは……前にそんな事が?」

 

 寧々「はい。相談されたことと、悩みの根本がずれているということは、よくある事です。ただ、本人もそれに気がついてないことも多いですから」

 

 蓮太「へぇ……」

 

 やっぱり人の悩みを聞くって難しいんだな。

 

 ……ん。

 

 蓮太「てかさ、因幡さんの心ってどうなんだ? 欠片の回収はできたのか?」

 

 なんか普通に忘れてたけど、人の悩みを解決させる本来の目的はそっちだよな? 

 

 寧々「ハッキリと確認したわけではありませんが……多分ダメだと思います」

 

 柊史「そっか」

 

 寧々「ただそれは、まだ回収できる状態じゃないというだけで、暫く様子を見る必要があるという意味です」

 

 蓮太「ま、完全にクラスに馴染むには本人も時間がかかりそうって言ってたから、その辺は気長に待つしかないんだろうな。もしかしたらオカ研が因幡さんにとっての理想の場所になる可能性もあるし」

 

 寧々「そうですね、安心できる場所や、心を許し合えるような相手ができれば、きっと」

 

 と、その時──

 

 めぐる「ちゃろー!」

 

 その瞬間にピシッと頭に電流でも流れたかのように痛みがくる。

 

 

 

 

「有地さん、竹内さん、ちゃろー☆」

 

 

 

 ……!? 

 

 なんだ? この声……! 俺は……どこかでこの言葉を……? 

 

 寧々「……? 大丈夫ですか? 竹内君……どこか具合が?」

 

 蓮太「いや、問題ない……。いつもの感覚だ」

 

 明らかに違うが、今悩むべきことじゃない。分からないことを悩んでもしょうがないからな。家に帰った後に明月さんに聞いてみよう。

 

 あークソ……、頭痛ぇ。

 

 めぐる「あれ? もしかして自分が最後ですか?」

 

 柊史「時間よりまだ10分も早いし、俺達も合流したばかりだから大丈夫」

 

 こういう時は一旦深呼吸をして……

 

 よし。

 

 柊史「それじゃあみんな揃ったことだし出発しようか」

 

 めぐる「ういーっす」

 寧々「はい」

 蓮太「あぁ」

 

 そうして俺達は川上君のプランに従うように、電車で中心街に向かった。



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34話 擬似デート中編

 

 めぐる「んー! 着きましたねー! こっちまで出てきたのは久々ですよ」

 

 電車を降りて駅を出ると、因幡さんがぐーっと背筋を伸ばす。

 

 蓮太「俺はこの間来たばかりだよ……」

 

 お陰で金が吹き飛んだわ。

 

 寧々「そうなんですか? 普段から頻繁に来たりするんですか?」

 

 蓮太「いや、明月さんの件だ。深くは聞かないでくれ……」

 

 寧々「そ、そうですか。ちなみに、こういう場所は何があるんですか? 私、あまり頻繁に訪れたりしないもので……」

 

 柊史「大体のものはあるんじゃないかな? 買い物だけじゃなくて、中で遊ぶこともできるから。ゲームセンターもあるし、映画もあるし」

 

 そういえばそんなものもあったな。基本的に買い物にしか来ないからその辺のコーナーはわかんないんだよね。

 

 寧々「なるほど。ところで、あの……なんだかさっきから、見られている気がするんですけど……私の服装、どこか変ですか?」

 

 ……周りを注意深く観察してみると──

 

 うん。確かにそんな気がする。なんか街ゆく人達のほとんどが俺たちを見ているような……? 男の人も女の人も。

 

 めぐる「何を言っているんですか、その逆です。寧々先輩が可愛いからですよ!」

 

 蓮太「確かに、女子二人は目立つな。俺が逆の立場なら周りと同じようになるかもしれん」

 

 柊史「お前は人の事言えないからな? 明らかに三人に対しての目線だからなコレ」

 

 蓮太「痛いのか?」

 

 柊史「だいぶ……」

 

 難儀な能力だな。

 

 なんて俺達が話していると──

 

 男「ねぇねぇ、君たち暇なの? もしよかったら俺らと一緒に遊ばない?」

 

 と因幡さんと綾地さんがナンパされていた。

 

 蓮太「ほぉー、ナンパされてる所なんて初めて見た。やっぱり学院の外でもモテる人はモテるんだなぁ」

 

 柊史「いや感心してる場合かよ!」

 

 寧々「あ、あが……! あががが…………!」

 

 なんか綾地さんがロボットみたいになってますけど。

 

 めぐる「えっ!? あっ、あの……! た、助けてくださいよー! センパーイ!」

 

 って因幡さんが柊史に助けを求める。いや、俺たち男に……かな? 

 

 女「ねぇ君、格好いいね。お姉さん達と遊ばない?」

 

 救助に行こうとしたら、今度は俺が絡まれてしまった。

 

 ちなみに柊史は一目散に因幡さん達を助けに行っている。

 

 蓮太「ん? あ、ごめん。俺はそこでナンパされてる女の子達と遊ぶんだ。だから無理かな」

 

 女「でも、きっと私達の方が君を楽しませれると思うけど?」

 

 うわー……、コイツ面倒だな。マジうぜぇ。

 

 俺は断ってるっつーのに……本当……! 

 

 蓮太「先約がいるんだよ、だからまた機会があれば……ね」

 

 軽く女の人達に手を振ってその場から離れると、何やら柊史と男がまだ何かを話していた。

 

 柊史「ですから、この子達は俺と一緒に来てますから……」

 

 男「あぁ? 別に関係ねぇだろうがよ」

 

 カジュアルな服装をしている男は、強気な態度で柊史に圧をかける。柊史は柊史なりに立ち向かってはいるが……このままだとまずいな。

 

 かと言って喧嘩はしたくない。穏便に済ませられるのならそれが一番だ。

 

 蓮太「そんなところで突っ立ってどうしたんだ? 寧々」

 

 嘘の言葉や行動で相手を騙すのが手っ取り早いかもな。

 

 そう思って、綾地さんの肩に手を置いてその場に俺も加わる。

 

 その瞬間は綾地さんはやや顔を赤く染めて驚いてはいたが、相手の男に見えないように目配せをすると、互いに意思疎通したかのように綾地さんの顔がキリッと直った。

 

 まぁここまで分かりやすくすれば味方のグループには伝わっただろう。

 

 寧々「いえ、少しこの方に絡まれてしまって……」

 

 蓮太「柊史も、しっかりと彼女くらいは自分で守ってやれって」

 

 因幡さんには察してもらうしかないけど、せめて柊史には簡単に伝わって欲しいかな。

 

 めぐる「かっ、カノショッ!?」

 

 ……大丈夫かな、これ。

 

 蓮太「それで……なんか用っすか? どこか場所がわからないとか?」

 

 俺が一歩みんなの前にでてそう問いかけると、綾地さんは雰囲気を作ってくれる為にギュッと腕を掴んでくれた。

 

 ……よし、これなら見た目は完全にカップルっぽい。騙せそうだ。

 

 チラッと柊史達の方を見ると、因幡さんを庇うように柊史が前に出ており、その後ろに因幡さんが隠れている。

 

 ……まぁあれなら大丈夫だろ。

 

 男「……チッ。いやいい、行くぞ」

 

 数秒の睨み合いの末、男は煽るように分かりやすく舌打ちをしたあと、横に連れてきていた友達らしき人を連れてどこかへ歩いていった。

 

 そしてその姿が見えなくなると──

 

 蓮太「ふぇぁ……。緊張したぁ……」

 

 柊史「『緊張したぁ……』じゃないって! なんでもっと早く助けに来てくれなかったんだよ!」

 

 蓮太「いや、俺だって絡まれてたんだって。それに何とかなったんだからいいじゃないか。なぁ? 綾地さん」

 

 寧々「──ぽんぴあっ!」

 

 え? 

 

 なんスか? その返事……

 

 寧々「い、いいい、いきなり名前を呼ばれたことを思い出して……! は、恥ずかしい……!」

 

 ……あ。そうか、騙す為とはいえ勝手に名前で呼んじゃったのか。

 

 蓮太「ご、ごめん……。さっさと追い払うにはああした方が確実に早いと思って……すまん、謝る」

 

 寧々「い、いえ……名前で呼ばれる事が嫌だとは思っていませんので……といいますかむしろ……」

 

 蓮太「ん? むしろ?」

 

 寧々「なななな、なんでもありませんよぅ! 聞かなかった事にしてください!」

 

 ……? よくわかんねぇ人だな。

 

 めぐる「かっ! かかかかカノジョっ!?」

 

 いやまだテンパってたのかよ。

 

 柊史「もう終わったから! 蓮太の言葉は気にしなくていいよ!」

 

 ……余計なことを言っちゃったかなぁ。

 

 柊史「とにかく早く中へ行こう。ここにずっといても仕方ないし」

 

 蓮太「そうだな」

 

 そう言ってショッピングモールの中に移動しようとするが……

 

 蓮太「綾地さん? もう腕は離してもいいんスよ?」

 

 寧々「──ぴっ!」

 

 未だに俺の腕を掴み続けている綾地さんに忠告をすると、我に返ったように勢いよくその腕を離した。

 

 蓮太「ぴ?」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 あれから中に入り、改めて今日のスケジュールの確認をする。

 

 その頃には顔を赤く染めていた女の子たちも落ち着きを取り戻しており、平常運転になっていた。

 

 めぐる「で、川上君のプランはどうなっているんでしたっけ?」

 

 蓮太「まずは確か映画だったはず。ほら、最近人気が出てるやつがあるじゃんか、アレだよ」

 

 柊史「ネットでの評判もかなり良かったから、問題なさそうだったよ」

 

 めぐる「じゃあまずはそれを見ましょうか」

 

 寧々「そうですね。恋人同士で実際に映画を見て、楽しめるかどうかはまた別ですからね」

 

 そらそうだ。とにかく中身を見て見ないと何もアドバイスも出来ないしな。

 

 柊史「一番近い上映時間は…………あと30分くらいかな」

 

 蓮太「急ぐか」

 

 そうして受付に向かってチケットを取ろうとすると……

 

 スタッフ「大変申し訳ありません。その回の上映ですと、並んで空いている席が二人分だけでして……」

 

 一応四人入れる数はあるようだが、二人がバラバラになってしまうようだった。

 

 めぐる「えー、そうなんですか?」

 

 寧々「どうしましょうか? 時間、ずらします?」

 

 柊史「いやでも、一応プラン通りにいきたいんだけどな……」

 

 確かに、予定をあまりずらしたりはしたくない。極力ちゃんとした順番でデートコースを周りたいが……

 

 どうする? 『悩む…………』な……『時間を変更する』のも手だけど……

 

 ここは……

 

 蓮太「じゃあ次の回の分を………………」

 

 と『時間を変更』しようとした後、ふとある事を思いつく。

 

 蓮太「やっぱり今回の分で二枚貰えますか?」

 

 柊史「え? 次回に回して四枚取った方が良かったんじゃないか?」

 

 蓮太「いや、二枚でいいんだ」

 

 スタッフ「はい、かしこまりました。学生二人で──」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 柊史「とりあえず二枚買ったけど……どうするつもりなんだ? 俺達は四人で来てるんだぞ?」

 

 蓮太「わかってるよ。だから二手に別れよう」

 

 寧々「確かに、それが良さそうですね。ですが……どの組み合わせで別れます?」

 

 ……まぁ、俺と柊史でペアを組む訳にはいかんから、自ずと因幡さんか綾地さんのどっちかと組むことになるんだけど……どうするかな。

 

 蓮太「んー……俺は正直恋人同士で見る映画の事とかあんまりわかんねぇんだよな……」

 

 柊史「……え? ちょっと……!?」

 

 寧々「私も、その手の事には疎くて……」

 

 めぐる「ね、寧々先輩!? まさか……」

 

 蓮太「ここは柊史と因幡っちにお願いしていい?」

 

 それに綾地さんの場合、映画の途中で発情なんかしたら勿体ない。

 

 柊史「いや、別にそれは構わないけど、その間2人はどうするんだ?」

 

 めぐる「そうですよ!」

 

 寧々「確か、映画の後はウィンドウショッピング……でしたよね? そちらの下調べを」

 

 蓮太「だったらそっちに俺がついていこうか」

 

 少なくともこれで問題は無いだろう。まぁ別に俺が映画の方に行ってもいいんだが。

 

 蓮太「それとも俺が映画の方に変わろうか? 柊史」

 

 柊史「いや、さっきの方でいい。別に俺はどっちでもいいからさ」

 

 寧々「じゃあそういうことで、映画の方は保科君と因幡さんにお任せしますので、2人で楽しんで来てください」

 

 蓮太「本当の恋人になったつもりでな」

 

 そう言った瞬間、さっきのように因幡さんの顔が沸騰するように赤くなっていく。

 

 どうやら恋人関係に擬似的とはいえなる事に意識はあるようだ。

 

 めぐる「きょっ、恋人ぉ!? 何言ってんデスカ!?」

 

 蓮太「え? いや、その為のリハーサルだろ?」

 

 めぐる「ほ、ほしっ! 保科センパイと恋人……!?」

 

 蓮太「でも大事な事だと思うぞ? 友達や先輩後輩の視点じゃなくて、あくまで恋人のつもりで挑まないと意味ないじゃん」

 

 考え方一つで雰囲気もだいぶん変わるだろうしな。

 

 蓮太「それに柊史もだぞ? できれば手を握りたいって言ってたし、川上君の意思を尊重した上で彼氏としての最適解をできるだけ試行錯誤して試してみろよ」

 

 柊史「そっ、そそ、そんなことを言うなら蓮太もだからな! あくまで俺達は川上君になったつもりでデートをしなくちゃいけないんだから」

 

 蓮太「手を繋ぐくらいできるだろ」

 

 そう言ってひょいっと綾地さんの手を握ってみる。

 

 寧々「ぽあだッ!?」

 蓮太「うぉわっ!?」

 

 綾地さんの手を握った瞬間に変な声を大声で出されてせいで、思わず身体がビクッと跳ねてしまう。

 

 蓮太「えっなに!? びっくりしたぁー……!」

 

 めぐる「そりゃあそうですよ、いきなり男の人に手を握られたりしたら普通は驚きますって」

 

 蓮太「そ、そんなにか!? ごめん、綾地さん……馴れ馴れしかったよな」

 

 まさかあんなに驚かれるとは……。

 

 寧々「い、いえ……大丈夫です。問題ありませんよっ」

 

 柊史「蓮太って大胆と言うか……勇敢と言うか……」

 

 めぐる「ただのデリカシーの欠如ですよ」

 

 寧々「ととと、とにかく、もう上映まで時間がありませんから、ひとまず先程のペアで別れましょう!」

 

 めぐる「ですね。それじゃあしっかりと寧々先輩をリードして下さいね? 竹内先輩っ!」

 

 ドンッと因幡さんに背中を押されて、綾地さんの隣に移動する。

 

 そして柊史と2人で後ろを振り返り、因幡さんは映画館の中に歩いていく。

 

 リードってのがどんなのかわからないけど、とにかく自分が楽しみながら、楽しませればいいんだろ? 

 

 蓮太「あぁ、任せてくれ。因幡っちも柊史と腕を組んでもいいからなー!」

 

 映画館に向かって歩いていく因幡さんと柊史の後ろ姿を見ながら叫ぶと……

 

 めぐる「組むかぁぁぁぁぁ──────!!!」

 

 と元気よく反発された。

 

 まぁ、これで多少は緊張もほぐれただろう。

 

 蓮太「それじゃあ俺達も行こうか」

 

 

 寧々「私……この調子で、今日心臓が持つんでしょうか……?」

 



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35話 擬似デート後編

 

 そんなこんなで、ひとまず柊史チームと別れて、綾地さんとショッピングモール内をウロウロと歩き回ることに決まったが……

 

 蓮太「どこいこうか? ここって本当に色々あるらしいから場所を搾った方がいいと思うんだよな」

 

 寧々「私もここに詳しいわけじゃ……ありませんから、判断しかねませんね」

 

 そうだな……前回は目的を持ってここに来たからな。何も考えずにブラブラと……なんてことは初めてだ。

 

 ここはやっぱりデートを楽しめるエリアに行くのが最適解なんだろうけど……

 

 蓮太「実際のデートの際は一度相手の欲しいものがあるかどうかを聞いてそこに向かった方がいいだろうな」

 

 寧々「確かにそうですね。でも、そういった目的がない場合は……?」

 

 蓮太「最悪、このエリアに行ったら問題ないだろ。雑貨や服もあって奥の方に行けばゲーム系の場所があるみたいだ」

 

 壁に張り付いている地図を頼りに、俺が見つけた場所を指さす。

 

 無難なものが売られている店達が並べられており、奥には遊ぶ事で時間を潰せる場所もあった。

 

 寧々「ゲーム……。そういえば、『モン猟り』も売っているんでしょうか?」

 

 蓮太「ん? そりゃ新作だし売ってるだろうけど……買うのか?」

 

 最近やたらと部室で『モン猟り』してるからな。因幡さんのもので。

 

 寧々「はい、慣れると想像以上に楽しくて。本体と一緒に一式買ってしまおうかと」

 

 蓮太「そうだよな、意外とハマるんだよ。一人プレイでも充分楽しいけど、誰かとマルチプレイをすればもっと楽しくなるしな。ちなみに綾地さんは『モン猟り』のどこにハマったんだ?」

 

 寧々「そうですね……。現実ではないとはいえ、ズバズバとモンスターを切り刻む、快感……と言うんでしょうか? それがもうたまらない感じなんです……ふふ……」

 

 ……。

 

 え? なに? 綾地さんってストレスが溜まってんの? 

 

 モンスターを切り刻む快感って結構えぐい事言ってるよ? ていうか綾地さんどんだけ快感が好きなの? 

 

 蓮太「はい。とにかく……行きましょうか。こりゃ早く買った方が良さそうだ」

 

 その時、周りの賑やかな声で鳴り響かなかったが、俺の腹の虫が軽く鳴く。

 

 そうか……家を出てからというもの、昼食を摂ってなかった。

 

 どうしよう……? 『このまま綾地さんと移動』しようか? でも『空腹を解消したい』なぁ……

 

 うーん。

 

 まぁ、一応デートを調べる事の方が大事だし、ここは『このまま綾地さんと移動』するか。

 

 蓮太「えぇっと……よし。間違いない。それじゃあとりあえずゲームを売ってる所に行こう」

 

 一応歩幅をゆっくりにして、綾地さんに合わせるように歩く。

 

 そして人がかなり多いから、はぐれてしまわないように綾地さんの手を握って2人で目的の場所まで歩いて行った。

 

 ちなみに手を繋いだ瞬間に、綾地さんは「こぽっ!」と声を漏らし、再び赤面状態へと移行したのであった。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 そうして綾地さんのモン猟りを購入し、デートの為の情報も仕入れつつ色んな場所を歩き回った。

 

 一応疲れ切ってしまわないように、途中途中でしっかりと休憩を取ったり、『ムーンバックス』に寄ったりしながら適当に時間を潰していった。

 

 そして夕暮れ時、映画を見てから俺達とはまた違う所に行っていたらしい柊史チームと合流し、これからの事を話し合う。

 

 ちなみにこの時には既に手は繋いでいない。だってする必要が無いからね。

 

 寧々「もうすぐ日も沈みますが、川上君の予定ではどうなってるんですか?」

 

 柊史「この後は特に。夕食を食べたら帰る、とだけ」

 

 めぐる「ご飯はどこで食べるんですかね?」

 

 蓮太「さぁ? 決まってないんじゃなかったか?」

 

 柊史「いや、一応候補は決めてる見たいだ。でも……どれもこれも小洒落たレストランって感じで、似たようなところかも。ほらこのパンフレットの所」

 

 そうして柊史が見せてくれたパンフレットを4人で覗き込んで見る。

 

 その場所はどれも見た目は中々に良かったが、調べてみると金額が少々高め。明らかに川上君が奮発する気満々な雰囲気を察することが出来た。

 

 これは…………難しいんじゃないか? 

 

 寧々「ここですか……」

 

 めぐる「うーん……高そうなお店ですね」

 

 柊史「まあそこそこいい値段かな。でも、そこは川上君としては気合を入れたいんじゃない?」

 

 蓮太「でも正直気合を入れすぎだよな。明らかに無理してる感があるし、これじゃあ女の子としては楽しむことは出来ないんじゃないか?」

 

 小洒落てはいるが、そのせいで緊張してしまったりもするかもしれない。

 

 寧々「そうですね、場に馴染めずに浮いてしまうかも知れませんし、値段が気になりますから」

 

 柊史「そこは川上君が出すつもりなんじゃ?」

 

 めぐる「それだと、まるでたかっているみたいでイヤですよ」

 

 蓮太「やっぱりな……。だからもう少し気安くて軽い感じのとこがいいんじゃないか?」

 

 そうだな……この辺りだと…………

 

 柊史「うーん。ラーメンとか?」

 

 蓮太「柊史それはないわぁ……」

 めぐる「それはない。ラーメンはないわー」

 

 寧々「女子も初デートでオシャレをしているでしょうから、汁が跳ねるのが気になりますね。あと、匂いが強い物も……」

 

 柊史「じゃあ……ライゼリア?」

 

 蓮太「初デートで? それはどうなの?」

 

 めぐる「確かに美味して、学生には見合ってはいますけどねぇ……」

 

 でも、実際その場の流れで決めるのが一番だと思うんだよな。夕方にもなれば2人で一緒にいる雰囲気にも慣れるだろうし、そんくらいの話なら簡単に出来るだろう。

 

 蓮太「ま、最悪は最初の予定の店のどれかでいいとして、その辺は話し合って本人たちが決める方がいいだろ。食いたいものなんてその日の気分でいくらでも変わるって」

 

 柊史「でもそういう場合『どこでもいい』って言うくせにいざ選ぶと『えー、そこー?』って言われるんじゃないか?」

 

 蓮太「そんな奴にはジャーマンスープレックスしとけば解決だ」

 

 柊史「躱してきたら?」

 

 蓮太「キン肉族三大奥義の1つ、マッスルインフェルノの出番だな」

 

 それか48の殺人技のどれかでも……て、話が逸れたな。

 

 蓮太「とにかく、何が好きか嫌いかの話で会話を弾ませることもできるし、そこは川上君の腕次第だろ」

 

 寧々「それじゃあ、最初に川上君が選んだお店は選択肢の一つとして、彼女さん本人に相談してみる、というのが一番ですね」

 

 一通りの意見が固まると、柊史がその言葉を頼りにこまめにスマホにメモを撮っているらしく、慣れた手つきでスタスタと画面をタップしていく。

 

 柊史「ついでに聞くけど、プラン自体はどうだった?」

 

 めぐる「うーん……。基本的にはいいけど、ちょっと気合いが入りすぎな気もしますね。映画とかウィンドウショッピングとか、一つ一つはいいんですけど、休憩がないからちょっと疲れるかも」

 

 ……ほう。

 

 蓮太「もしかして柊史チームは映画の後はずっと歩きっぱなしだったのか?」

 

 めぐる「そうです……ね。あれやこれやと回っているうちに休む事をすっかり忘れていましたね。先輩方の方は?」

 

 寧々「最初に『モン猟り』を買った後、因幡さん達と同じでゆっくりとお店を回りました。途中で『ムーンバックス』で休憩したり、『楽二楽座』で遊んでみたり……全体的に広く浅く楽しみましたね」

 

 めぐる「すごい……! それってある種、理想の形じゃないですか? 寧々先輩を楽しませながら、自分自身も楽しむ。そしてカフェでゆっくりと2人の時間も楽しむ……保科センパイとは差が開きましたね」

 

 柊史「うーむ……俺と蓮太の何が違ったんだろう……?」

 

 やってる事そのものはあまり変わらないんだけどな。何が違ったんだ? 

 

 めぐる「恐らく、相手をしっかり見ているか否か……じゃないですか?」

 

 柊史「相手を?」

 

 めぐる「例えば……そうですね。センパイと歩いている時、少しペースが早くてついて行くのが大変でした」

 

 柊史「うっ……、そう言えれるとその点は気にしてなかったかも」

 

 寧々「竹内君は……常に私に合わせてくれていましたね。流れで手も繋いじゃいましたし……///」

 

 ……思い返すと恥ずかしいな。

 

 あれ? 俺ってなかなかにやばいことしてね? これ大丈夫? 俺嫌われるパターンじゃね? 

 

 柊史「綾地さん顔真っ赤……この結果じゃあ俺は今回はダメダメだったね」

 

 めぐる「そうですね、センパイは失格ですね。さり気ない優しさ、これが足りませんでした」

 

 柊史「それじゃあ今までの意見をまとめて…………LINEで送信……っと」

 

 ……よし、上手く送れたみたいだな。

 

 後はこの経験を川上君がどう活かしてくれるかだな。その点まではさすがに俺達が何とかできる訳じゃない。ただ、貴重なアドバイスにはなるとは思うから、是非成功して欲しいものだ。

 

 蓮太「それじゃあことの後はどうする? 俺は適当に飯食って帰るけど」

 

 めぐる「あれ? 夕食はみんなで食べないんですか? 自分、いらないって言ってきちゃったんですけど……」

 

 蓮太「俺は別にいいよ? 後は柊史とこぽこぽ言ってる綾地さん次第だけど」

 

 柊史「俺も別に問題は無いよ」

 

 じゃあ後は綾地さんだけか。

 

 蓮太「おーい……綾地さん? 意識あるかー?」

 

 未だに顔を赤く染め、会話が耳に入っていない様子の綾地さんの顔の前で手のひらをブンブンと振る。

 

 

 めぐる「これって……もしかすると……もしかしません?」

 

 柊史「うーん……どうだろ? 確かに甘酸っぱ……じゃなかった。そんな雰囲気は感じるような……感じないような?」

 

 

 蓮太「それでどうする? みんなで飯を食いに行くか?」

 

 少し話していく中で落ち着きを取り戻した綾地さんは、咳払いをするといつもの凛とした姿に戻り、俺達の会話の輪に戻ってきた。

 

 寧々「私も問題ありませんよ。一人暮らしですから、家の事も気にしなくていいですからね」

 

 ……そういえば、俺の家庭事情を説明した時に『私も』って言ってたな。

 

 それじゃあ問題なさそうだ。

 

 蓮太「じゃあ何を食べる? なんか食べたいものとかないか?」

 

 寧々「嫌いな物等は特にありませんから、私は何でも大丈夫です」

 

 めぐる「はいはーい! シースー! ハナキンザギンでシースーがいいです!」

 

 柊史「因幡さんっていくつなの? 昭和生まれなの?」

 

 いやツッコミが出来るお前も大概だけどな? 俺なんか全くわかんないんだけど。

 

 めぐる「失礼な事を言わないでください! めぐるは、花も恥じらううら若き乙女ですとも!」

 

 柊史「……因幡さんって、一人称が『めぐる』なんだね」

 

 めぐる「えっ!? あっ……、やっぱり変ですか?」

 

 ……変というかなんというか……子供っぽさは出てしまってるよな。

 

 蓮太「『かもね』ちょっと幼さが目立つかも」

 

 柊史「でも『別に』いいんじゃない? そっちの方が楽なら無理をしなくて」

 

 綺麗に意見が別れましたね。

 

 柊史「使い分けは必要だと思うけどね、でも少なくとも俺は気にならない」

 

 めぐる「確かに変えたいな、とは思ってるんですけど……そう言って貰えると助かります」

 

 ま、その辺は別に人それぞれか。確かに気にならないっちゃ気にならないかも。

 

 蓮太「それじゃ綾地さんは因幡っちの希望通りでいい?」

 

 寧々「あの……シースーとは食べ物ですか? ケーブルなどの芯を保護するカバーの事だった気がしますが……」

 

 蓮太「それは『シースー』じゃなくて『ケーブルシース』だろ。なんで電線の外皮を食べなきゃいかんのだ」

 

 

 

 めぐる「逆に『ケーブルシース』って何ですか……?」



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36話 回転寿司って実際レーンからお皿ってあんまり取らなくない?

 

 まさか『シースー』が綾地さんに伝わらないとは思わなかった。あ、いや、ハナキンザギンは俺も意味わかんないんだけど。

 

 それでとやかく話していくうちに、実際に行ってみた方が早いとの事で結局『シースー』つまり、学生でも行ける回転寿司に行くことに。

 

 寧々「なるほど。シースーというのは、お寿司をズージャ読みしたものなんですね、納得です」

 

 テーブル席で男と女で別れて座り、俺はお手拭きで手を拭きながらタッチパネルで品物を見る。

 

 めぐる「ズ、ズージャ読み? セ、センパイ……思わぬカウンターを食らったんですけど」

 

 柊史「え? ジャズのバンドマンが使ってた隠語でしょ?」

 

 めぐる「さらなるカウンター!? 無知なの自分だけっ!?」

 

 蓮太「大丈夫、別に知らなくても恥ずかしい事じゃないから」

 

 メニューは……へぇ……最近は色々とあるもんだな。てか3分の1くらい寿司屋のメニューじゃない気がするんだが……

 

 蓮太「そういや綾地さんは寿司で良かったのか? 流れでここに来たけど」

 

 寧々「はい、何の問題もありません。むしろ楽しみですよ。私、回転寿司に来たのは初めてですから」

 

 蓮太「そか」

 

 柊史「うわ、すっごい綾地さんの目がキラキラしてる」

 

 じゃ適当に青魚系の物を……とりあえず一つ……と。

 

 パネルをポチポチと押していき、まずは自分の分を一つ注文する。

 

 寧々「外食をあまりしたことがないので、なんだかドキドキしますね」

 

 後は……どれにしようかな。

 

 柊史「知ってる? 綾地さん。この回転レーンは突然逆回転するから巻き込まれないようにね」

 

 寧々「そうなんですか? へー…………凄い……」

 

 めぐる「いや嘘ですよ! 嘘! 寧々先輩に恥をかかせるような嘘は教えないで下さい! と言いますか、竹内先輩もしっかりと注意して下さいよ!」

 

 蓮太「え? なんか言ってたのか?」

 

 めぐる「聞いてなかったんですか!? どれだけ無関心!?」

 

 いや知らねぇよ……。今メニュー見てたんだから……

 

 寧々「あ、プリン……!」

 蓮太「お、プリン」

 

 回転レーンをボケーッと見ていると、回ってきたプリンに目が入る。

 

 蓮太「俺別にデザートだけを食べててもいいかな」

 

 めぐる「なんですか!? そのデブまっしぐらな台詞! 急にどうしたんですか!?」

 

 柊史「あ、蓮太は甘いものが大好物だから、甘エビとか食わせてたらいいんじゃないかな?」

 

 蓮太「砂糖が振りかかってたらいいのにな。てか練乳が欲しいな」

 

 めぐる「普通醤油でしょ!? 竹内先輩はお寿司に練乳を使うんですか!?」

 

 絶対美味しいと思うんだよ。うん。

 

 しかもやっぱり俺が異端だったのかな? 俺は目玉焼きにも練乳をぶっかけた時もあるんだけど……? 

 

 寧々「ところであの、この蛇口っぽい物はなんですか?」

 

 その時に綾地さんが質問してきたのは熱いお湯が出る例のアレ。

 

 めぐる「あ、回転寿司って基本的にはセルフサービスなので──」

 

 蓮太「手を洗うのもこれを使うんだ。やってみたら?」

 

 寧々「なるほど、それは親切設計ですね。それでは私も──」

 

 めぐる「ちょっ!? ダメですって! 火傷しますってば! 竹内先輩も何言ってんですか! 初心者をイジめるなんてサイテーですよっ!」

 

 ……まさか本気で信じるとは。

 

 だって蛇口の後ろの壁に火傷注意って書いてあるんだぜ? 

 

 蓮太「……すまん。それから出てくるのはお湯なんだ。お茶用でめっちゃ熱いから絶対にしないでくれよ」

 

 寧々「あ、お茶用なんですね。本当に騙されちゃうところでした」

 

 ……しかし当の本人はそんなことは全く気にせず、未だに目を輝かせて回る回転寿司を食い入るように眺める。

 

 本当に初めてなんだろうなぁ……

 

 寧々「あの、これってもう取っていいんですか?」

 

 蓮太「うん。別に構わないけど、なんか楽しそうだな」

 

 寧々「実は、一度来てみたかったんですよ。でも一人では中々勇気が持てなくて」

 

 蓮太「へぇ、じゃこの際好きなものを食べてみたら?」

 

 と伝えると、身体をひょいっと動かして、綾地さんは回ってきたマグロの皿に手をつける。

 

 寧々「マグロ、取っちゃいました。2人は取らないんですか?」

 

 柊史「蓮太、タイとビントロをお願い」

 

 めぐる「あ、めぐるはヒラメをお願いします!」

 

 ……あれだな。回転寿司のあるあるって感じだな。レーン側の人間がこき使われるっていう。

 

 寧々「…………???」

 

 蓮太「はいはい」

 

 タッタッタッとパネルをタップして言われた物を注文する。

 

 すると──

 

 寧々「────、…………、────、…………」

 

 マグロの乗った皿を手にしたまま、その皿と俺の顔を不思議そうに何度も視線を往復させ、見くらべている綾地さん。

 

 蓮太「どしたの」

 

 寧々「あの……、回転寿司ってレーンのお寿司を取るものじゃないんですか?」

 

 蓮太「いや基本的にはそうだけど、他の客の余り物で鮮度が落ちてるから注文して鮮度がいいものを持ってきてもらった方がいいじゃん」

 

 そんな時に上段のレーンがスーッと高速で回り、俺の最初に頼んだ〆鯖が運ばれてくる。

 

 蓮太「こんな風に」

 

 めぐる「あっ! 先輩自分だけ先に頼んでましたね!?」

 

 蓮太「いいじゃんか別に」

 

 寧々「……そうなんですか」

 

 チラッと綾地さんの方を見てみると、さっきとは打って変わってどこか残念そうな表情をうかべている。

 

 ……なんか思ってたけど、綾地さんって意外と子供っぽいというか、感情が豊かだよな。もっと鉄仮面系かと思ってたが……見た目じゃ人はわからないもんだ。

 

 さっきから可愛い。

 

 柊史「食べたいものがなけりゃ頼んでもいいんだよ?」

 

 寧々「嫌です。回転寿司に来たからには、私は回っているお寿司を食べます」

 

 柊史「何のこだわり? いやまあ、別にいいんだけど」

 

 回転しているものを食べてもそんなに美味しくはないだろうに……。まぁ、本人がそれでいいのならいいんだけど。

 

 めぐる「寧々先輩は、好きなネタとかあるんですか?」

 

 寧々「そうですね……アジやコハダ、カワハギなんかが好きですね」

 

 蓮太「わかるわぁ……」

 

 柊史「君たち渋いね」

 

 寧々「あと、アワビなんかも好きですね」

 

 柊史「アワビ……アワビかぁ……」

 

 何となくこいつが思ってることはわかる。柊史は絶対今エロいこと考えてる。

 

 蓮太「自前のアワビが────ごフッ!?」

 

 俺が言葉を言いかけた時に、横から思いっきり打撃が飛んでくる。

 

 柊史「やめろよ! 今は飯食ってんだよ!」

 

 蓮太「頭の中では似たようなこと考えてたんだろーがよ」

 

 柊史「思うだけにしとけ!」

 

 と、そんな俺たちの会話を聞いているのかいないのか、女の子達は意外と無関心だった。

 

 寧々「因幡さんはどうですか?」

 

 めぐる「マグロとか玉子とか。あと、ヤリイカにアイナメも好きです」

 

 ……なんでヤリイカ限定なんだ? 

 

 寧々「私も好きですよ、ヤリイカ。……あ、ちょうど回ってきましたね」

 

 めぐる「それ、取るのは止めておいた方がいいですよ。カピカピになってますから」

 

 柊史「カピカピ……」

 

 いや反応すな。

 

 めぐる「はい、ヤリイカがカピカピに。きっと回りすぎちゃったんでしょうね」

 

 寧々「カピカピヤリイカですか……そういう事にも気をつけないといけないんですね。奥が深い……」

 

 柊史「…………いや、ダメだダメだ。変な事を考え過ぎだな」

 

 あほらし。最近の男はすーぐエロいことに話を持っていこうとするんだから……もう。

 

 蓮太「お茶でも飲んどけよ、カピカピの柊史君」

 

 柊史「バカにしてんのかっ!?」

 

 しっかりと俺にツッコミを入れながらも、落ち着きを取り戻すために柊史はお茶をズズっと──

 

 めぐる「あと、スジコも好きですね!」

 

 寧々「あ、それなら私はとびっこが好きです」

 

 柊史「ぶ────っ!? げほっ、げほっ」

 

 飲めなかったようだ。

 

 めぐる「うわっ!? 急になんですか!? 汚いなぁ……もぉー」

 

 柊史「ゴメン……お茶が器官に入って……!」

 

 ……。

 

 蓮太「アホか、自業自得だっつの」

 

 柊史「逆に蓮太は何も思わないのかよ……結構なパワーワードだったぞ……」

 

 蓮太「別に……、なんかあれだわ。その辺は耐性ができてしまった」

 

 綾地さんのオナニーを2度見てしまった後に、幾度となく(綾地さんに)襲ってくる発情。それに家に帰ると淫語、猥談を普通に何食わぬ顔でする死神こと通称「色情淫乱死神娘」。

 

 もうおなかいっぱいだっつの。色んな意味で。

 

 めぐる「でも、一番好きなのは、おいなりさんですね! あの、甘いお汁がなんとも言えなくて、お口いっぱいに頬張っちゃいますよー」

 

 蓮太「…………ふふっ!」

 

 柊史「ぶ────っ!? 

 

 まぁさすがにこれは……! わざとにやってそうな勢いだもんな! 

 

 蓮太「くくっ……! …………ふふふっ」

 

 ヤバい……! めっちゃ面白い……! 

 

 めぐる「うわっ、またぁ!? さっきから一体何をしてるんですか!」

 

 またお茶を吹き出してしまった柊史に変わって、俺が説明をしてあげる。

 

 蓮太「因幡さん達が変な事ばーっかり言うもんだから、柊史が耐えきれなくなったんだよ」

 

 めぐる「はぁ? なに言ってんですか? 変な事なんて何も言ってな…………い………………」

 

 めぐる「…………」

 

 今までの会話を振り返るように、因幡さんは少しだけフリーズして、何かを考える。そしてみるみるうちに顔が赤くなっていき……

 

 めぐる「〜〜〜っ!? ぬぁ、なななな何考えてるんですか!? このエロ! 信じられない、マジエロセンパイ!」

 

 柊史「気付く時点で同類だぞ! 因幡さんもエロだぞ!」

 

 めぐる「うわ、サイテーですっ! 女の子に向かって変な事言わないで下さいよ!」

 

 それからというもの、柊史と因幡さんの口喧嘩? というかじゃれ合いは結構な時間続くのであった。

 

 

 

 

 蓮太「綾地さん、甘エビ食べる?」

 

 寧々「あ、甘エビ〜♪」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 そしてなんだかんだで騒ぎつつも、楽しくみんなで寿司を食べて店を出た。

 

 久しぶりにこうして複数人で夕食を済ませたということもあって、慣れない疲れも出てきてしまっているが、それでも心のどこかでは清々しい程に気分は晴れていた。

 

 改めて友達の素晴らしさを体験させられる。

 

 寧々「楽しくて、美味しかったですね、回転寿司」

 

 蓮太「そうだな。本当に楽しかった」

 

 寧々「また行きたいですね!」

 

 蓮太「あぁ、今度は違う所に行くか。この辺だけじゃなくても、範囲を広げたらもっと沢山あるしさ」

 

 みんなで行くとしたら……やっぱり焼肉とかかな? でも、女の子は色々と気にする……いや、最初から伝えておけば問題ないか。

 

 めぐる「それで、川上君から返信はありました?」

 

 柊史「さっき届いたよ。お礼を言われて、参考にして頑張るってさ」

 

 めぐる「ここまで来ると、ちゃんと成功するか気になっちゃいますよね」

 

 蓮太「できる限りの事はしたんだ。後は吉報を待つしかないさ」

 

 あくまで俺達が出来るのはサポートだけ。それに絶対はないし、正しく導けてるのかもわからない。

 

 ただ、俺達のサポートで、少しでも自信を持って前を向けるのなら、後はそれを見届ける。

 

 未来がどうなるかは本人次第なんだ。俺達は、背中をそっと押すことしかできないから……

 

 寧々「じゃあ、週明けの報告を楽しみにして、今日は解散ということで」

 

 めぐる「そうですね。それじゃあ今日はお疲れ様でしたー」

 

 そう言って因幡さんはぺこりと頭を下げて挨拶を済ませる。

 

 寧々「今日はとっても楽しかったです、ありがとうございました」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべる綾地さんも。

 

 寧々「またみんなで一緒に行きましょう」

 

 めぐる「はい! めぐると寧々先輩と竹内先輩と…………まあ、マジエロセンパイも誘ってあげてもいいですよー? 同じ部活の仲間ですからねぇー」

 

 ……なんだかんだで因幡さんと柊史って仲良くなってるよな。あれだろうか? 悩みの解決してくれた相手だからだろうか? 俺たちのメンバーの中で、柊史に対しては一番心を開いている気がする。

 

 見ていて微笑ましい。

 

 

 

 柊史「正確には週明けに入部届けを出さないと、まだオカ研部員とは言えないんだけど?」

 

 めぐる「ここでそれを言う!? 空気読め! マジエロセンパイ!」

 

 

 

 余計な一言が多いけど。



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37話 噂の転校生、その名は椎葉紬

 

 あぁー……、昨日はウザかった。

 

 もちろん部員のみんなと外で過ごしたことに対しての文句じゃない。問題はその後、家に帰ってからの死神の質問攻めが日曜日まで続いたからウザったらしかった。

 

 いつになったら彼女を作るかとか、女性の一人でも襲ってくるべきだとか、犯罪のひとつでもやってみろとか。

 

 いや普通におかしいだろ。なんで犯罪を催促されてるんだよ。

 

 挙句の果てにはソープに行って男を磨けだってよ。流石にその言葉にはデコピンで返したけど……アイツはこれくらいじゃ反省しないだろうな。

 

 なんて思いつつ、日曜日を過ぎた後の月曜日、今日も俺は学院へと登校していた。

 

 何事もなく、普段通りに学院内へと入ると……いきなり俺は教員に呼び止められ、職員室へと連行された。

 

 教師「ごめんな、竹内。いきなりお前を呼び止めたりして」

 

 蓮太「いや、別にいいっスけど、どうしたんスか?」

 

 教師「ちょっと俺達職員じゃ手に負えなさそうな事があってね。久島先生から転校生の話は聞いているだろう? その件について、お願いしたいことがあるんだ」

 

 職員室へと歩いている途中、目的はなんなのだろうと疑問に思い、色々な質問をするが……、実際に来てもらった方が話が早いと言われて、渋々ついて行った。

 

 そして職員室の中の奥にある、応接室のような部屋に連れてこられると、そこには一度見た事があるあの女の子がかなちゃん先生と待っていた。

 

 教師「連れてきましたよ、久島先生。では、すみませんが後はよろしくお願いします」

 

 佳苗「はい。申し訳ありませんでした、助かりました」

 

 そして男の教師が部屋から居なくなると、かなちゃん先生がここに俺が呼び出された理由を説明してくれた。

 

 佳苗「おはよう、竹内。朝からごめんね、以前言っていた転校生の件で竹内にしか頼めないことがあってさ」

 

 ……もうなんとなく察することができた。

 

 それはきっと目の前の転入生の女の子に、学校の紹介とか、クラスになじめるまで……それから先でも友達になって欲しいとか、そんな感じだろう。

 

 何故、そこで俺が選ばれたのかは、その相手を一目見てわかった。

 

 蓮太「おざっす。あー、大体察したからいいっスよ。…………じゃあ改めて……久しぶり、椎葉さん」

 

 紬「うん! 久しぶり、竹内君!」

 

 男用の制服。ブレザーを身につけている椎葉さんは元気よく俺に挨拶をしてくれた。

 

 ぶっちゃけ流石になんで女の子用の方じゃないの? と疑問に思いはしたが、かなちゃん先生が何も言っていない以上は、学院側も公認なんだろう。だとすると理由があるはずだと思い、いちいちその話に触れたりしない。

 

 蓮太「この学院に来る転校生って椎葉さんの事だったんだな。ぜんっぜん知らなかった」

 

 紬「あの時にはワタシの事を話してなかったもんね、でもよかったぁ。転校前に竹内君と知り合えて」

 

「えへへ」と笑みを浮かべて、どこか恥ずかしそうに指で頬を抑えながら、そんなことを言ってくれる。

 

 何だこの子可愛いな。

 

 佳苗「うん。聞いてた通りだね、それで竹内に改めてお願いしたい事があるんだけど…………、今日からこの学院の生徒として過ごしていく椎葉に世話をしてやって欲しいんだ」

 

 蓮太「世話?」

 

 佳苗「ご覧の通り、椎葉には事情があってキミと同じ制服を着てるんだが……この件で悪目立ちをしないってのは正直無理な話だろ? だからせめて、事情を知ってる子を作ってフォローして欲しいんだ。その話をしていたら、本人が『竹内蓮太』って奴を希望したからね」

 

 ま、俺は一度椎葉さんと面識があるからな、あの時に少し仲良くなったし適任っちゃ適任か。

 

 ある程度は予想通りかな。

 

 蓮太「りーかい。別に俺は構わねぇっスよ」

 

 佳苗「じゃあそういう事で、よろしくね。あーっと、今回は竹内もHR時の登校を許可するから、椎葉と一緒に入っておいで」

 

 

 

 と、言うことで今日から転校してきた椎葉さんと一緒に教室へと向かう事になり、その道中──

 

 紬「竹内君って先生に信用されてるんだね」

 

 蓮太「……なんで?」

 

 紬「久島先生が言ってたよ、ワタシが案内役は竹内君がいいって伝えた時に、『竹内なら……問題ないか』って」

 

 若干間が空いてるのが気になるところだが……

 

 蓮太「それって……ただアイツでいいやって思ってただけなんじゃないの?」

 

 紬「結果的に竹内君が承諾してくれたから、ワタシはとっても嬉しいよ! ありがとう! えへへ……」

 

 蓮太「どうせ暇だしな、それに、俺は人助けの部活もやってるから尚更ね」

 

『人助け』

 

 このワードを俺が言った瞬間に、ピクっと椎葉さんが反応する。

 

 紬「人助け? そんな事をやってるの? 竹内君」

 

 蓮太「あぁ。つっても俺は部長でもなんでもないけどな。オカルト研究部に入ってるんだ」

 

 紬「オカルト研究部って……幽霊とか?」

 

 蓮太「いや、俺たちの場合はタロット占い。そんで、その延長線上として悩み相談をしてるんだ」

 

 紬「へぇ〜…………」

 

 やや興味がありそうな返事をしながら、何かを悩んでいる椎葉さんを横目に進んでいると、目的の俺達の教室へとたどり着く。

 

 蓮太「ここが椎葉さんの教室ね、まぁ俺と同じなんだけどさ」

 

 紬「…………大丈夫かな」

 

 蓮太「心配すんなって、みんな良い奴…………と思うし、最悪俺がいるから」

 

 紬「えへへ……!」

 

 そしてガララ……っと教室の扉を開けて、中へ入ろうとすると、そこはまさにHRの真っ最中だった。

 

 佳苗「うん、タイミングはバッチリ。中に入ってきていいよ」

 

 蓮太「だってさ、頑張れよ椎葉さん」

 

 紬「う、うん……!」

 

 それから俺が先に教室に入り、自分の席に着くと、キョロキョロと目を泳がせながら不安そうに椎葉さんが入ってきて、自己紹介を始めた。

 

 

 紬「は、はじめまして、椎葉紬です……!」

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そして午後……になる頃。ひとまず午前中の授業を終え、昼休みの時間。

 

 案の定、椎葉さんは若干浮いていた。

 

 チラチラと男子女子問わずに盗み見られ、変な意味で予想通り目立ってしまっている。

 

 本人も頑張って色んな人と話そうとはしているが……如何せん色眼鏡で見る人がほとんどだ。

 

 まぁ……しょうがないんだけど。女の子なのに男用の制服だし。童顔で可愛いし。

 

 しょうがない……ここは俺が側に行ってやるべきか。頼まれてるし。

 

 蓮太「よっ、どうだ? このクラスは」

 

 紬「あっ……竹内君。まだちょっとアレ……かな? えへへ……」

 

 蓮太「そんなもんだよな。それで昼はどうするんだ? 学食?」

 

 紬「ううん、ちゃんとお弁当を持ってきてるよ」

 

 蓮太「じゃあ一緒に食べようぜ」

 

 ちなみに椎葉さんの席は俺の隣。俺は教室の一番後ろで、真ん中辺りに自分の席があるんだが、その隣。

 

 そして椎葉さん前の席の人の椅子を勝手に持ってきて、またごすように椅子に座る。

 

 そして二人で弁当を食べてると……

 

 紬「そういえば、竹内君ってすっごく人気者なんだね」

 

 蓮太「それさ、みんな言ってるんだけど全然そんな事ないからな?」

 

 紬「そうなの? でも、10分休憩の時も、女の子の間で結構話題になってたよ? さっき少しお話した時も、『竹内君って人がいてね』って言ってたし」

 

 それなんなんだよ。ずっと思ってるけど本当に訳わかんねぇ。こんな陰キャをネタにしてそんなに面白いのか? 

 

 女の子の考える事はわからん。

 

 蓮太「へぇ〜……」

 

 紬「……? 嬉しくないの?」

 

 蓮太「別に」

 

 紬「漫画のキャラクターみたいだね。凄いなぁ、モテモテだもんね!」

 

 蓮太「いやだからモテてないって」

 

 告白されたことすらないんだから。手紙なら何度か貰ったこともあったけど……本当に何度かだぞ? 

 

 紬「バレンタインはチョコとか貰ったりしないの?」

 

 蓮太「あ〜……今年は何個だったっけ……? 10……20………………30いってたかな?」

 

 紬「それはモテモテだよ!? 30って……初めて聞いたよそんな数……。やっぱり誰かにちゃんと返したりしたの?」

 

 蓮太「うん。みんなに返した。適当にエクレアを作って配ったな」

 

 あの時は大変だった。なんであんなにめんどいエクレアにしたんだろ。材料費が比較的に軽くなるからって選ばなくてやめとけば良かった

 

 紬「エクレアッ!? エクレアを30個も返したの!?」

 

 蓮太「え? あ……うん」

 

 紬「竹内君って……料理が得意なんだね、流石にそれは凄すぎるよ!」

 

 蓮太「まぁ得意というか…………、いや得意だな」

 

 自分で作る機会が多すぎたってだけだけどな。家事をしていく中でもっと高みを目指して行きたくなるんだよなぁ。

 

 そんで色々と調べて、本を買って、何度も作ってってやってると…………って感じか。

 

 蓮太「俺は自分で作ることが圧倒的に多かったから、自分が納得するまでひたすらに作ってたら…………いつの間にか大体のものが作れるようになってた」

 

 紬「噂だと勉強もできるみたいだし、運動も得意って話を聞いたし、その上料理もできるなんて……なんて完璧超人……」

 

 蓮太「実はそんなことないけどな。数学は不得意だし、それに……実は虫が大嫌いなんだ」

 

 紬「そうなの?」

 

 蓮太「いつも数学だけは成績が低いし、虫に至っては見るのも嫌なんだ。気持ち悪いから」

 

 マジで虫だけは無理。世の中にはあれを平気な顔で触る人がいるみたいだけど本当に人間ですかね? 

 

 紬「それはしょうがないよ。誰でも得意不得意があると思うからね、色んな人がいるんだから」

 

 もっと世の中を探せば、俺なんかよりももっと完璧超人始祖だっているはずだしな。

 

 蓮太「そういえばさ、椎葉さんは部活とかやんないのか?」

 

 紬「うーん……実は気になってることがあって……」

 

 蓮太「何なんだ? アレだったら放課後にでも案内するぞ?」

 

 

 

 

 紬「オカルト研究部って……興味があるんだよね」



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38話 5人目

 蓮太「オカ研に興味がある?」

 

 まぁ確かに他の学校にはないような部活内容ではあるが……、特別感は強いな。

 

 普通のオカ研は人助けをメインの活動とはしないだろう。

 

 紬「うん。綾地さんとも保科君ともお話をしたんだけど、面白そうだなって思ってね!」

 

 蓮太「うーん……。まぁ、確かに面白くはあるかな?」

 

 紬「珍しいタイプの部活動だし、是非、体験入部させてほしいんだけど……ダメかな?」

 

 蓮太「俺は構わないが……部長に話を通してもらわないとな。あくまで頭は綾地さんだし」

 

 なんて話をしている時に、抜群すぎるタイミングで我らが綾地さんがこちらに近づいてきた。

 

 寧々「私は構いませんよ。部活に興味を持ってくれることは嬉しいです」

 

 構わないつったって……例の契約の事もあるし、あまりそう気軽に安請け合いしない方がいいんじゃないか? 

 

 俺や柊史は事情を知ってるからともかくとして……って、もう既に因幡さんがメンバーに入ってるのか。それに、よく考えてみると椎葉さんは事情があって男装のような格好をしている。という事はそれに伴う悩みがあるのかも……? ただでさえ学院ないでの知り合いも少ないだろうし……欠片稼ぎにもなる可能性がある……か。

 

 綾地さんは頭が良い、きっとその辺まで考えがあっての事だろう。

 

 紬「本当!? じゃあ、ワタシもお手伝いさせてもらってもいいかな?」

 

 蓮太「部長が構わないって言ってるんだからいいんじゃないか? でも、多分想像してるよりも結構大変な事も多いと思うぞ?」

 

 紬「そこは……ほら! その大変さを知る為の体験入部だから!」

 

 寧々「……では、まずは仮入部という事で、よろしくお願いします」

 

 紬「ありがとう! 綾地さん!」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 と、そんなこんなで椎葉さんがオカ研に仮入部する形になり、更に俺達の勢力は拡大していく。

 

 最初は綾地さんしかいなかったこの部活も、いつの間にか部員数は5人とこの数日間でかなり増えたものだ。

 

 ちなみに、前回の依頼者である川上君はというと……

 

 

「本っ当にありがとうございます! あの後、アドバイスを元に彼女と初デートに行ってきたんですけど、それがもう楽しくて楽しくて! まず──」

 

 

 こんな感じでやや興奮気味の川上君にデートが大成功を収めたという報告を長々と聞かされたのであった。

 

 本来ならば結構鬱陶しいものなのだが、彼の心からの幸せそうな顔を見ていると、あれは意味があったことなのだと実感出来て、不思議と嫌な思いには全くならなかった。

 

 かといっても別れ際にキスした。なんて報告までは要らなかったが。

 

 今でもその報告を受けた後の柊史の顔を覚えている。あ、多分コイツ若干引いてやがる、と思ってしまうような引きつった笑みで何とかその場を凌いでいたからな。

 

 オマケに「ピンポイントで隕石が落下しないかなぁ」なんて言ってたしな。

 

 そんな僻みの感情とは対照的に、川上君からは成功したのは先輩達のおかげです! っと心から感謝されていたようで……綾地さんが銃で欠片を撃ち抜いた時は、それはもう物凄い量の欠片が出現した。仮屋の時とは比べ物にならないほどに。

 

 何故、仮屋の時よりも量が多かったのかと言うと、欠片の対象となる『感情』が違うかららしい。

 

 今回の川上君の場合は、欠片の対象となる感情は『不安』や『恐怖心』。それらは問題が解決してしまえばほとんど不要になるもののようで、回収した時の量に差が出るようだ。

 

 確かにそうだな、と思う。例えば、ジェットコースター。最初は『怖い』とかマイナスな感情があったけど、いざ乗ってみたらそんなことは無く心の底から楽しめたりする。

 

 そして次に乗ろうと思った時にはその『怖い』という感情はそこそこ無くなってしまっているもんだ。

 

 これは俺の体験談でのお話なんだけど、きっと誰しも似たような経験はあるだろう。つまりはそういう事だ。

 

 ちなみに明らかに多い量の欠片を瓶に収めていた綾地さんだったが……あれだけの量を回収してもほぼ全くと言っていいほどに、瓶の中身は満たされなかった。

 

 つまりは『それだけの量』を俺と柊史は奪ってしまったのだ。口には出さなかったが、本当に膨大な量の欠片を横取りしてしまったのだと認識させられる。

 

 あれだけの量を溜め込むのに、一体何年という年月を費やしたのだろう……

 

 俺なんかじゃ想像もできない。

 

 そう……俺なんかじゃ。

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 

 

 その日の放課後、明月さんに少し寄り道をして帰ることを連絡すると、俺はある場所へと歩いていた。

 

 ある出来事からその店を知り、実は気が向いた時に一人でそこそこの回数行っているお店。

 

 そこに向かっての移動中にピロンっとスマホが音を鳴らす。

 

『わかりました遅くならないようにお願いしますオムライス作って待ってます』

 

 と慣れないながらも、試行錯誤をしながら一生懸命に文を打ったのだろう、努力が垣間見えるものが送られてきた。

 

 そんな死神に俺もサラッと返事を返す。

 

『了解だ。できるだけ直ぐに戻る』

 

 そもそもとして、何か目的があって寄り道をしている訳じゃない。本当に何となく寄っているだけだ。

 

 そして目的の店にたどり着くと、そのままの流れで店の扉を開ける。すると──

 

 和奏「いらっしゃいませー」

 

 蓮太「仮屋、今日はいたんだな」

 

 和奏「ありゃ? 竹内? 最近よく来るねぇ」

 

 入店するや否やバイトをしている仮屋と出くわす。そうだな……『ちょっとじゃれてみる』ってのもたまにはいいかもだが……何となく今はそんな気分じゃない、『普通に言う』のが無難だろう。

 

 蓮太「割と店は気に入ってるからな。落ち着いてゆっくり出来る場所ってあんまりないんだ」

 

 和奏「なんでさ? 家に帰ればゆっくりできるでしょ?」

 

 蓮太「そうだったんだがな……ほんっと、悩みの種は尽きないよ……」

 

 和奏「竹内も苦労人だぁねぇ。ま、どんな理由であれ、心が安らげる場所は必要さ。と、言うわけで……ご注文は何に致しましょう?」

 

 蓮太「今日はストレートのブルーマウンテンで。ミディアムで頼む」

 

 和奏「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 

 入店と同時に適当にカウンターに座り、仮屋の声を横耳に珈琲を待つ。

 

 すると店の奥から相馬さんがやってくる。

 

 七緒「やあ、竹内君。いらっしゃい」

 

 蓮太「ども」

 

 七緒「最近はよく頻繁に来てくれるね」

 

 蓮太「個人的に気に入ってて。ここの珈琲、コクが良くて最高なんスよ」

 

 七緒「気に入ってもらえて何よりだ」

 

 他愛もない会話。今は仮屋もいるせいか、例の魔女関係の話はお互いに一切しない。

 

 ま、バレない程度に会話したりもするが。

 

 七緒「最近は寧々も来なくなってね、ここに来る余裕がなくなったってことは、中々充実してるのだろう?」

 

 蓮太「充実……と言えるかはわかんないけど、まぁ、楽しくはやってますよ」

 

 事実、あの部活の出来事が楽しくなりつつもあるのは本音でもある。そういう意味でなら、充実はしているのだろう。

 

 七緒「それは良かった。有意義な生活を遅れているのなら、これ以上は何も言わないよ。さて、できた。お待たせしました」

 

 そうして完成した1杯の珈琲が俺の手元に渡される。

 

 それを飲んで味を楽しんでいると……

 

 和奏「そう言えば、最近は物騒な話が多いね」

 

 蓮太「物騒? 何かあったのか?」

 

 和奏「え? 知らないの? ほら、最近流行ってる占い師の人がいるじゃん? 名前……なんだっけ?」

 

 蓮太「いや知らねぇけど……」

 

 そもそも俺はニュースとかは全然見ない系の人だからな。偶然ネットニュースを見かけたこともあったりはするが……

 

 そう言えば前にあった事件で、どっかの学校で大火事があったとかの記事なら見たな。それにすっげぇ精巧な石像が不自然に突如として現れたり……とか。

 

 まぁこっちの方ではなかったけどな。場所はどこだっけ? 白……? 白……なんだっけ? 

 

 蓮太「占い師?」

 

 和奏「そう! 知らない? 確かね……『山陰幸子(さんいんさちこ)』だったかな? 占い師の人で最近テレビで結構頻繁に見かけて、人気が高いんだけど、なんだか黒い噂が絶えないんだよ」

 

 蓮太「へぇ……」

 

 和奏「別に占い事態を悪くいうつもりは無いけどね、ただ、占った相手に商品を高額で売りつけてる、とか、イカサマしてるんじゃないか、とかそんな話が多いのさ」

 

 蓮太「後半はともかく、前半の部分は酷い話だな。もう一種の詐欺じゃないか」

 

 和奏「ウチの学校ではまだ見かけないけど……『山陰式占術』ってのが流行ってるんだって」

 

 蓮太「ま、悪用さえしてなけりゃ別に構わんがな」

 

 世の中には変なやつもいるもんだ。

 

 そりゃ俺が占いを悪く言う事は変な話だが……ま、頭の片隅にでも入れておこう。

 

 と話していると、店の入口がカランと音を立てて開き始めた。

 

 七緒「いらっしゃ──……い」

 

 蓮太「……ん?」



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39話 幼女との出会い

 知り合い達と他愛もない話をして時間を潰していると、突然店の扉が開く。

 

 もちろんまだ店仕舞いをしていないから、お客がやって来ることも何も不自然じゃない。

 

 それに、別に聞かれて困るような話をしていた訳でもないしな。

 

 なんて思っていると、その開いた扉から声が聞こえてくる。

 

 ? 「中々の立派な店じゃな」

 

 その特徴のある台詞が気になり、どんな人がやってきたのかと扉の方を見ると、なんか、尊大な幼女がいた。

 

 その姿は青い髪をツインテールで結んでおり、とても幼子とは思えない立ち振る舞いで、店の中に入ってくる。

 

 和奏「いらっしゃいませー」

 

 ? 「うむ、ご苦労」

 

 ……保護者と一緒って訳じゃなさそうだな。こんな時間に子供をうろつかせるなんて、肝が据わってるというかなんと言うか。

 

 ? 「中々の立派な店じゃな」

 

 うお、今気がついたけどあれだ、のじゃロリってやつだ。実際にいるものなんだなぁ。

 

 和奏「注文は如何になさいますか?」

 

 ? 「ミルクじゃな、アイスで頼む」

 

 和奏「畏まりました。オーナー、ミルクの注文が入りましたー」

 

 仮屋は注文を聞くと、相馬さんにその品物を伝えにいくが……相馬さんの表情がさっきから怖い。

 

 まるで威圧でもしているかのような、プレッシャーすらも感じてしまう程に。

 

 七緒「悪いが仮屋さん、ミルクはお願いしていいかな? ちょっとこの者と話があって」

 

 和奏「はぁ……、わかりました」

 

 そうして、仮屋がミルクの準備の為に店の奥へと移動していき、この場には俺と相馬さんとこの幼女の3人になる。

 

 そうなるや否や──

 

 七緒「今日は如何なさったんですか、お客様」

 

 ? 「そんな怖い顔をせんでもいいじゃろうに」

 

 七緒「まさか、忘れたわけじゃないだろう? 昔の事を」

 

 その言葉の圧でこの空間が一気に重苦しいものになる。これ……明らかにこの子に対して威嚇しているよな。

 

 ……と、言うことはこの子も「アルプ」か。

 

 じゃあ、誰かの契約者? 

 

 ? 「無論だな。それに喧嘩をしに来た訳では無い。諸所の都合で暫くこの地区で世話になる事になった、その報告じゃよ。他意は無い」

 

 七緒「…………なら結構」

 

 そこそこの長考の後、何かを承諾した相馬さんはその敵意を剥き出しにしたまま、何かを会話は終了した。

 

 ? 「そちも、よろしく頼むぞ」

 

 青髪の幼女は、わざわざ俺の所にやって来てまで挨拶をする。

 

 蓮太「あぁ、よろしくな。俺はアルプのルールなんてわかんねぇから、なんでそんなにいがみ合ってんのかは知らないけど、面倒事には巻き込まないでくれよ」

 

 ? 「ほーう……、あっちをアルプだと一目で判断したか」

 

 七緒「彼は頭がキレれるからね、余計な詮索は止めておいた方がいい。痛い目を見ることになるよ」

 

 ? 「何故、あっちがアルプだと確信した?」

 

 蓮太「もし見た目通りの幼い人間の子供をなのならば、相馬さんとの「昔に何かあった」という言葉が成立しない。少なからず数年前に何か揉め事があったと考えるのが妥当だろ? そんな昔に幼い子供と相馬さんが啀み合うような事をするかと思ってさ」

 

 これだけだと情報が少なすぎるんだけどな。でも、そのただならぬ存在感から感じるものはあった。

 

 蓮太「なんの確証もないけどな」

 

 グイッと珈琲を飲み干したあと、仮屋によろしくと伝えて、会計を済まして俺は店を出た。

 

 きっと事情を知らぬ俺は邪魔者だろう。ならいない方がいい。

 

 さーて……帰って明月さんの相手でもするかねぇ……

 

 

 

 Another View

 

 

 ? 「今の者、どう思っとるのじゃ?」

 

 七緒「私のテリトリーでの問題だ、不要な腹の探り合いは止めておこうじゃないか」

 

 ? 「そんなつもりではないのだがのう……」

 

 それにしても……

 

 

 ? 「魂が無いとは……あの者、本当に人間か……?」

 

 

 ………………………………

 

 

 喫茶店を後にし、遅くなりすぎない程度の時間に家に帰宅した俺は家の扉の鍵を開けて中に入ろうとする。

 

 蓮太「ただいm──」

 

 栞那「竹内さぁん!!!」

 

 ロクに「ただいま」も言わせて貰えずに、部屋着を身につけている死神は何故か俺に泣きついてきた。

 

 蓮太「おわっ!? 急になんだよ!」

 

 栞那「ミネクラでどうしても勝てない敵がいてぇ……って、また私を置いて喫茶店に行ってきましたね!?」

 

 蓮太「ん? あぁ。美味かったぞぉ、あそこの珈琲」

 

 栞那「今度私も連れて行ってくれるって話はどこに行ったんですかぁ!?」

 

 蓮太「いいから先に飯食わせてくれ……」

 

 栞那「うそつきー!」

 

 本当に五月蝿いな……。何故か知らないけどこの死神と仲良くなるにつれ、段々と死神のイメージが壊れつつあるんだけど。

 

 最初はこんなに五月蝿い奴じゃなかったんだけどな……

 

 初対面の時とキャラがブレまくってる。

 

 ささっと荷物を置いてメッセージの通りに作ってくれていたオムライスを食べながら適当に話の相手をする。

 

 ミネクラの敵が倒せないとか、ドラゴンミッションVIIIのピエロが倒せないとか、パルシのルシがパージでコクーンとか。

 

 ……こいつゲームしかしてねぇな。

 

 そんな話もしながら、俺は俺で気になっていた事を聞いたりもする。何故か因幡さんに「ちゃろー」と言われた時のあの違和感。

 

 そんなことを伝えてみたりしたが……

 

 結局死神でもわからないことはわからないと、あっさり切り捨てられたのであった。

 

 俺の中の心の欠片も予想通りに心を満たせば溢れ出るようで……完全に別の魂とのリンクを遮断した後に、幸せになっていけば解決するとの事だった。

 

 だが、その肝心なもう一人の俺との魂の繋がりを完全に断ち切れる時間はわからなかった。それは神様でもない限りわからないのだという。

 

 オマケに天界側からの変化もなし、明月さんは気長に待つしかないと言っていたが……焦ってるのか焦ってないのかが全く分からない。

 

 その理由の一つが……

 

 栞那「竹内さん、占いって知ってます?」

 

 蓮太「そりゃ知ってるよ。元々俺が入ってる部活は占いが主だっての」

 

 栞那「最近テレビでよく見るんですけど、山陰式占術って言うのが今の流行りだそうですよ? それで、私もやってみたくて!」

 

 蓮太「あぁー、そういや仮屋もなんか言ってたな」

 

 確か黒い噂があるんだっけ? 

 

 栞那「むむむ〜……! キテマスキテマス……!」

 

 蓮太「それぜってぇ違うだろ」

 

 てかそれは占いじゃねぇよ。ハンドパワーの方だろ。

 

 栞那「まあ、冗談はいいとして、山陰さんって方の占いは百発百中らしいですよ? もし本当なら、私も占って欲しいです」

 

 蓮太「胡散臭いなぁ」

 

 栞那「でも効果は本当にあるみたいですよ? 占いのおかげで人生が変わった。なんて言っちゃう人もいるみたいで」

 

 人生……ねぇ。

 

 蓮太「なら、是非俺の人生を占って欲しいもんだ」

 

 栞那「貴方は明日死ぬでしょう」

 

 蓮太「お前が言ったらシャレにならねぇんだよ! 止めろよ!」

 

 マジで常に死にかけてるんだから止めろよ!? 本当に怖いんだから! 

 

 栞那「とにかく、ブームに乗るのは若人としての常識。竹内さんもガンガン取り入れていかないと──」

 

 蓮太「はいはい。頭の片隅に入れとくよ」

 

 適当に明月さんとの会話に相槌を打ちながら、食器を洗う。

 

 そして、頭を横に揺らしながら明月さんが見ているテレビにふと視線を向けると、今も山陰幸子の占いコーナーをやっている番組があった。

 

 幸子『あたしにかかれば全てが分かる。運命すらもその「オーラ」で見てあげるよ』

 

 これが彼女の決めゼリフらしい。

 

 ……フン。

 

 

 

 蓮太「運命が決まっているなんて冗談じゃない」



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40話 仮の魂

 

 俺は昔から占いが大嫌いだ。

 

 もちろんおみくじや、その日の運勢占い程度だったら俺も楽しんだりもする。所詮は験担ぎみたいなものだからな。

 

 でも、占いを使ってその人を定めようとする事が嫌いなんだ。お前の人生はこうだ。お前の運命はこれだ。そんな言葉を聞く度に苛立ちを覚える。

 

 だってそうじゃないか。昔、ご近所さんにこう言われたことがあった。

 

 小学生の頃だったか、運動会であった「徒競走」。当時の俺はひねくれてたのか、純粋だったのか、誰にも負けたくないと強く思ってたんだ。

 

 だから子供なりに沢山の努力をした。毎日毎日走り込んだし、食事も馬鹿みたいに食べていた。

 

 そんな努力も報われて、俺は見事に1位になることができたんだ。

 

 当時の俺はそれはもう嬉しくて嬉しくて、みんなによく自慢したんだ。まぁ、自慢する相手がじいちゃんだけだったから、その話が近所に広まったってだけなんだが……

 

 その時に言われた。近所に住んでる占い好きのおばちゃんに、「私はわかってたよ」って。「なんたって占いでそうでてたからね」って。

 

 そこで思ったんだ。

 

 じゃああの努力は無駄だったのかと。

 

 もちろん悪意があって言ったんじゃないと思う。本当にただ占いが好きなだけだろう。でも、それは俺の努力を否定されたと子供ながらに感じて……

 

 そこから占いが嫌いになった。

 

 まぁ理由はもう一つあるが……

 

 

 

 栞那「占い。嫌いなんですか?」

 

 蓮太「まぁな。好きではない」

 

 カチャカチャと音を立てながら食器を片付け、未だにルンルンと身体を横に揺らしながらテレビを見る死神をみて思う。

 

 ……疲れないのかなって。

 

 蓮太「でもまぁ、確かに話題のタネは沢山あった方がいいな。人の相談にのる部活なんだし、会話もできないんじゃあ話にならない」

 

 そう言って情報収集の為に、手を洗い直して、俺も明月そんの隣に座る。

 

 そしたら流石に身体を横に揺らすのは止めてくれた。

 

 蓮太「そう言えば、さっきなんか探してたよな?」

 

 栞那「さっき……。あー、アレのことですね」

 

 そう、俺と明月さんが話をしている時、丁度天界側の事について話しているときだ。何かを無くしたかのように、明月さんは自分のカバンの中を探していた。

 

 俺が焦っているのか、焦っていないのか分からないと思った理由の一つ。きっとそれを探していたんだろう。

 

 栞那「チラッと説明したものですよ」

 

 蓮太「なんだっけ……? 魂の補完剤だっけ?」

 

 栞那「はい、そうです」

 

 魂の補完剤。それは文字通りに、不完全な魂を仮の魂で補う薬。明月さんが時間の合間に作ってくれていたらしい。

 

 蓮太「やっぱり使った方がいいのかな」

 

 栞那「なんとも言えませんね。リスクはほぼありませんが、現状天界へと向かうことは疎か、連絡すらもできない状態です。使えば竹内さんの魂の消滅を回避できる可能性はぐんと高まりますが……」

 

 蓮太「仮の魂を外す方法がない……と」

 

 仮の魂を付与する薬と、仮の魂を引き離す薬があるらしいんだが……元々は死神達が管理している代物らしく、その全ては天界に保管されているらしい。

 

 いまここに付与の方ができる薬があるのは、明月さんが現地で死神の力を使いわざわざ特別に作ってくれたからだ。

 

 緊急時の為に。

 

 蓮太「でもさ。よくよく考えたら、明月さんの天界に戻れない問題はいつかは解決しなくちゃいけないじゃん? なら別にさほど問題は無いんじゃないか?」

 

 栞那「……肯定はしにくいですが、私個人としては使って頂きたいんですよね。竹内さんの中にある他人の心は、少なからず竹内さんの魂に影響を与えます。だとするなら、仮の魂を繋げて頂く方が、偽物とはいえ「竹内さんの魂」になるので、安全面での信頼が高いんですよ。まぁ……しばらく外せませんけど」

 

 蓮太「じゃあ飲むか」

 

 栞那「意外とアッサリ!?」

 

 蓮太「だってそっちの方が安全で、しかも死ににくくなるんだろ? オマケにリスクもなくて、明月さんの言い方だと、俺の中の「心の欠片」は無くなるようだし」

 

 そのかわりしばらくは仮の魂と繋がって離せなくなるけど。

 

 栞那「しかし……本来はこんな使い方をしませんから」

 

 この薬の目的は、死神が現世に理由があって来れない場合。魂だけを現世に移す方法として用いられるようだった。

 

 例えば魂だけでも、成仏のできない魂を導く程度のことはできるようで、そんなタイミングで「仮の死神の魂」として仕事ができるようにするものらしい。

 

 つまり、俺は例外的な使用方法をする事になる。

 

 蓮太「ま、リスクがないならやるに越したことはない、その薬くれよ」

 

 栞那「じゃじゃーん! 実は既に持ってましたー!」

 

 蓮太「いや飲ませる気満々じゃねぇか」

 

 スっとポケットから出されたそれは、何やら試験官のようなものに透明な液体が入っている。

 

 ……この試験官どこで買ったんだろ。

 

 栞那「では、どうぞ。苦労して作ったものですからね、大切にして下さい」

 

 そしてヒョイっと俺に向かってその試験管を投げる。

 

 蓮太「お前が大切にしろよ!?」

 

 投げられたその薬を受け取ると…………意外と重い。

 

 つか思ったんだけど、作ったってどうやって作ったんだよ。その辺のもので作れるのか? 

 

 ……そもそも。

 

 蓮太「この薬を作ることができるんなら、その逆。魂を引き剥がす薬の方も作れるんじゃないか?」

 

 栞那「難易度が全然違うので無理です! 魂を引き剥がすとなると、元々の魂に傷がつかないように上手く作らなくちゃいけないので、ちょいちょいっと作れるようなレベルの物じゃ無くなるんですよ! だから私には作れません」

 

 蓮太「………………まぁ、いいや。飲むか」

 

 どちらにしろ、天界絡みの問題もどうにかしないと、この死神が俺の家に永遠と住むことになる。そうはさせないからな。

 

 と思いながらも試験管の蓋を取り、その中身をぐびっと飲み干す。

 

 栞那「そうですよ、だから飲むか飲まないかの判断は慎重に…………って飲んだんですか!?」

 

 蓮太「だって飲めって言ったじゃんか!」

 

 栞那「飲めなんて言っていませんよ!? 飲んで欲しいとは言いましたけども!」

 

 蓮太「どっちにしても同じだろっ……って…………!」

 

 その時に感じた違和感。

 

 胸の奥から熱が溢れてくるような、微妙に苦しい感覚。

 

 栞那「あっ、ちなみにですけど、仮の魂を付与させると、竹内さんの予想通りに他者の心は剥がれてきますよ」

 

 蓮太「うっ…………?!」

 

 そしてその熱がどんどん膨れ上がってきて…………

 

 蓮太「それってさ……! どんな感じで出てくるんだ……?」

 

 抑えきれない……! 

 

 栞那「爆散します」

 

 

 

 その瞬間──

 

 蓮太「あっつっっっっ!?!?!?」

 

 文字通り心の欠片が爆散した。

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 蓮太「ふざけんなよ! アホかよ! 事前に伝えろよ! マジでふざけんなよ!」

 

 栞那「ふざけんなって2度言いましたよー?」

 

 蓮太「るっせぇわ!」

 

 突如として爆散した白色に光る羽。「心の欠片」。俺の胸から溢れるように現れたそれは、あの日見たように大量で、かき集めるのに大分苦労した。

 

 ちなみに慌てて空き瓶を洗って、その中に詰め込んでいる。

 

 蓮太「つか、容器はなんでもいいんだな」

 

 栞那「しっかりとお返ししなければいけないんでしょう? そんな適当な瓶の中でいいんですか?」

 

 蓮太「お! ま! え! が! ちゃんと事前に伝えてくれてたら綾地さんの前で使ってたっつーの!」

 

 栞那「はい、すみません」

 

 結局二人で慌てて欠片を集めて、こんな瓶に詰め込む形になってしまった後、このポンコツ死神に向かって説教をしていた。

 

 蓮太「でも、さ。なんだろ? なんか胸の中に違和感がたっぷりあるんだけど……?」

 

 栞那「最初はそうかもしれませんね。元々欠けていた心に異物が混入するようなものですから。それに、仮とは言えども魂には違いありませんし」

 

 ……何その言い方。

 

 もしかして……

 

 蓮太「あのさ……、もしかして、仮の魂って意思があるのか?」

 

 栞那「はい、ありますよ? でも、竹内さんの魂と混じっていますから……もう一人の竹内さん自身と捉えていただいても問題ありません」

 

 蓮太「もう一人の……?」

 

 栞那「そうですね…………。イメージできますか? 竹内さんの隣に、魂が移動するような……そんなイメージです」

 

 蓮太「そんな事言われても……」

 

 一応試してみる。

 

 目を閉じ、こう……自分の魂から……引き剥がすような…………

 

 栞那「あ、できました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ? 「よう、大将。初めまして…………だな」



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41話 もう一人のオレ

 

 突如として話しかけられた声。その声は明らかに明月さんが発したような声ではなくて、どこかで聞いたことがあるような……ないような……とにかく女の子の声だった。

 

 ? 「おい、聞こえてんだろ」

 

 ぱちくりと目を開けると、予想通りに「女の子」が立っていた。

 

 まず目に映ったのは、彼女が着ているほぼ真っ白なパーカー。オマケに結構深めにフードを被っている。

 

 目は赤いしスカートだし、足は……何あれ? ルーズソックス? なんか左右の前髪の端っこだけやたらと長いし……

 

 胸はあんまりないし。

 

 蓮太「どちら様?」

 

 ? 「はぁ? 何言ってんだよ、オレはお前の魂だっつの」

 

 あ、オレっ娘……

 

 栞那「竹内さんが取り込んだ仮の魂ですよ」

 

 ? 「そういうこった。よろしくな、大将」

 

 ……うん。とりあえず聞きたいことは沢山あるけどさ。

 

 蓮太「なんでこんな不良娘なの? いや、めっちゃタイプなんだが」

 

 栞那「私の知ってる、ここから遠い場所にいる方の姿を真似てみたんです!」

 

 蓮太「中身はお前が決めたのかよ」

 

 ? 「実際に見てみたけど、マジで似てたぜ? 姿形や性格まで……割と本気で気持ちわりぃと思ったね」

 

 蓮太「やっぱり気持ち悪いのか」

 

 ? 「あぁ、自分と同じような存在がいるって結構ウザったらしかったな」

 

 まぁ、ドッペルゲンガーを見るようなものだろうしな。

 

 蓮太「それで、お前はなんて名前なんだ?」

 

 ? 「オレか? オレに名前なんてねぇよ。強いて言うなら、オレも『蓮太』だな」

 

 いやいやいやいや。明らかな女の子の見た目に女の子の声で蓮太は無いだろ? 

 

 蓮太「そのドッペルゲンガーさんはなんて呼ばれてたんだ?」

 

 栞那「確か……、『ゴースト』ですね」

 

 ……随分と安直なんだな。ま、蓮太よりはマシか。

 

 蓮太「じゃあとりあえずはゴーストでいいんじゃねぇか? なぁ? ゴースト」

 

 ゴースト「別に名前なんてどうでもいい」

 

 蓮太「じゃ決まりだな」

 

 ゴースト「へいへい」

 

 適当に俺に返事を返すと、どこか気だるそうにして、テレビに視線を向ける。

 

 ……マジでガチの、なんなの? 口は悪いし、雰囲気変だし、ただの不良娘感半端ないな。

 

 蓮太「なんであの性格にしたんだよ」

 

 栞那「しょうがないじゃないですか! 私が死神として観察していた時はずっとあんな感じだったんですよ! それに、初めて見た時はもっと怖かったですし……」

 

 ゴースト「大将……。まともに全部聞こえてるっつーの」

 

 蓮太「あぁ……悪い。別にお前を悪く言うつもりはないけど、俺の魂なのに、なんでそんな感じなのかなって」

 

 ゴースト「オレの元々の……って言い方はおかしいな。見本になった『ゴースト』がこんな感じだったんだよ。もっとも、大将と魂が融合しちまって、あっちのゴーストとは大分変わったと思ってるがな」

 

 ……誰かは知らない遠くの人。頑張れよ。俺も頑張るから。

 

 蓮太「へぇ……」

 

 ゴースト「つか、大将の中にあるあの羽根がクッソウザいんだけど、あれどうにかなんねぇの?」

 

 蓮太「羽根って……「心の欠片」か?」

 

 ゴースト「あー、そんな名前だったな。とにかく、その欠片が完全に抜け切ってないせいで、大将の中にいると鬱陶しいんだよ。わけわからねぇ悩みばっかり抱えてるし」

 

 ……ん? でも、あの時に俺の中の欠片は全て出てきたんじゃ……? 

 

 いやまて、何も全て出てきたなんて誰も言っていないし、俺も認識していない。勝手に俺がそう思っただけだ。まだ俺の中に残っている可能性なんて普通にある。

 

 蓮太「じゃあそのまま外に出てるか?」

 

 ゴースト「いいのか?」

 

 蓮太「いいのかって……確かに仮の魂として俺と融合? 結合? したけど、お前に意思があるんなら別にお前の自由にしてもいいぞ? 俺が死にかけてる時にちゃんと助けてくれれば」

 

 ゴースト「まぁその辺は任せとけ。大将が死にかけてる時はしっかりと面倒見てやるよ」

 

 蓮太「そのかわり、俺が学校にいる時とかは我慢してもらうからな」

 

 ゴースト「…………アンタって随分と甘いんだな」

 

 蓮太「優しいって言えよ」

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 そしてあれから一日が経過し、次の日の朝。いつものように朝食を済ませ、明月さんに挨拶をして、家を後にした。

 

 いつもの流れで自販機に寄り、缶コーヒーを飲みつつ学院へと向かう。

 

 ゴースト(苦ぇ……)

 

 蓮太「お前俺の中にいる時まで意識があるのかよ」

 

 ゴースト(なんなら感覚まで繋がってるぜ?)

 

 蓮太「つか昨日はそんな素振りを見せなかったじゃねぇかよ。ほら、最初の時」

 

 ゴースト(あん時はオレがここまで意識を覚醒させてなかっただけだ。別に消えようと思えばいつでも消えれる。なんだ? 消えた方がいいか?)

 

 蓮太「別に、好きにしろよ。ただ、俺と感覚を共有する上での文句は受け付けないからな」

 

 そう言って缶コーヒーに再び口をつける。

 

 ゴースト(わーってるよ、オレの魂も今はアンタの影響を受けてんだ、考えることだって大体似てるし、雑には伝わってるよ。────苦ぇ……)

 

 蓮太「好みは別れるんだな」

 

 ゴースト(そもそもオレはメシ食ったりする必要がねぇからな。この感覚に慣れてすらいねぇんだ。てかそもそもこれ苦すぎんだろ。馬鹿じゃねぇの)

 

 蓮太「ブラックコーヒーも飲めないなんて、子供だなぁ」

 

 ゴースト(ぁ? 喧嘩売ってんのか?)

 

 蓮太「マジじゃねぇ事は知ってるんだろ? こんな事でいちいちキレんなよ」

 

 ゴースト(……ったく。なんでテメェみたいな奴がオレの創造主なんだか……)

 

 ……もしかしたらあれか。今更だけど、他人の心が鬱陶しくてこうして俺と会話してるのかも。

 

 まだ俺の魂の中に心の欠片はあるみたいだし……

 

 蓮太「そういやさ。俺の中の心の欠片ってどれくらいあるんだ?」

 

 ゴースト(ぁん? ……そうだな、昨日放出させた量の半分……程度だな。だからウザってぇんだよ)

 

 蓮太「そうか、まだ先は長そうだ」

 

 ゴースト(そういやオレの事は嬢ちゃん達には説明するのか? あの瓶を渡すつもりなんだろ?)

 

 それだよなぁ。実際まだ悩んでるんだよなぁ。突然何とかなりましたって言ってもそもそも信用してくれるかどうかも……いや、多分してくれるなあの人達なら。

 

 でも、一応何が起こってもいいようにゴーストとは知り合っていて欲しいんだが……下手に嘘を言うと後々にバレた時が厄介になる。

 

 うーむ。

 

 ゴースト(ま、別にいいんじゃねぇの? あの嬢ちゃん達を騙して、後々に信頼を失うよりはマシじゃねぇか?)

 

 蓮太「本当に考えてる事は似てるんだな」

 

 ゴースト(だから言っただろ)

 

 ついでに言うと、多分記憶も共有してるな? 俺は綾地さん達のことをゴーストに話をしてないし、心の欠片の説明もしてない。それなのにゴーストが理解出来てるってことは、そういうことだろう。

 

 蓮太「そうだな、せめて心の欠片を知ってる二人には伝えるべきかもな」

 

 ゴースト(判断は任せるぜ、大将)

 

 

 その大将って呼び方…………やめて欲しいなぁ…………



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42話 オレをご紹介

 

 蓮太「はい、綾地さん」

 

 朝、教室に入る前に人目のない場所に綾地さんと柊史を呼び出して、例の心の欠片を詰め込んだ瓶を手渡す。

 

 寧々「これって…………どうやって取り出したんですか?」

 

 蓮太「ツテに頼んで半場無理やり俺の魂から取り出したんだ。ある薬を飲んでさ」

 

 柊史「薬……? 病院にでも行ったのか?」

 

 蓮太「いや、その件で2人には伝えておきたいことがあって…………」

 

 それから俺は簡易的にことに経緯を2人に伝えた。死神=明月さんという事実を伏せて、死神と名乗るものに出会ったこと、そして薬の存在、その結果のこの欠片。

 

 もちろん事前に明月さんには許可を得ている。

 

 柊史「確かに死神が存在してもおかしくはないけどさ。蓮太は幽霊が見える事でそんな存在がいる事をきっちりと証明しているし」

 

 蓮太「信じてくれて助かる。つっても、欠片が半分とはいえこの場にある以上は信じるしかないかもしれないけどさ」

 

 柊史「その薬は俺には使えないんだろ?」

 

 蓮太「あぁ、俺は魂が元々半分だったからこういう使い方ができたんだ。欠けているだけの魂には扱えない」

 

 威張って言ってるけど、全て明月さん情報だけどね。

 

 蓮太「それでこのことも知ってて欲しくて………………ゴーストっ」

 

 ゴースト「あいよ」

 

 俺が声をかけると、突如として俺の隣に白色の光が人の形を形成していき、例の仮の魂、ゴーストが現れる。

 

 寧々「え……!?」

 

 柊史「うわっ!? なんだ!? 幽霊か!?」

 

 蓮太「これがさっき説明した俺の中にある仮の魂、名前はゴーストって言うんだ。他の人達には隠すつもりだけど、事情を知ってる2人には一応報告しておこうと思ってさ」

 

 ゴースト「…………」

 

 特に何も喋ることはなく、ゴーストは両手をパーカーのポケットに手を突っ込んで、2人の方を見ている。

 

 警戒しているつもりは無いだろうが、威嚇するように睨んでいる気がする。

 

 蓮太「お前さ……なんでそんな感じなんだよ、別にこれから戦うわけでもないだろうに」

 

 ゴースト「うるせぇ、別にどうしてようがオレの勝手だろ」

 

 蓮太「そりゃそうだが……ほら、ガム食う?」

 

 ゴースト「食う」

 

 カバンからソーダ味のガムを取り出してゴーストに渡す。なんか知らねぇけど機嫌が悪そうだし、俺から伝えるか。

 

 くちゃくちゃと音は聞こえてこないが、無言でガムを噛み続けるゴーストを横目に、改めて俺から2人に説明する。

 

 蓮太「とまぁ……ご覧の通りなんだ、こんな不良娘だがよかったら仲良くしてやってくれ」

 

 ゴースト「誰が不良娘だ、馬鹿かテメェ」

 

 柊史「はは……」

 

 寧々「よ、よろしくお願いしますね……? えぇっと…………ゴーストさん」

 

 ゴースト「ん」

 

 たどたどしくも、優しくゴーストに声をかけてくれている辺り、綾地さんは本当に優しい人だ。それに比べて……

 

 蓮太「おいおい……「ん」じゃねぇだろ。せっかく挨拶してくれてるのに」

 

 ゴースト「チッ…………。はいはい、2人ともよろしくな」

 

 俺が注意をすると、ゴーストは明らかに不機嫌そうな態度を取り、舌打ちを鳴らしながらも一応言うことは聞く。

 

 なんかあれだよな。扱いづらいというか接しにくいというか……これからが大変そうだなぁ……

 

 ゴースト「あのな大将。アンタ、オレの事を結構キツく思ってるけど、オレの魂はアンタの魂と繋がってるんだ。つまり、オレはアンタ自身である事と違いねぇんだぜ?」

 

 蓮太「どしたよ急に」

 

 ゴースト「どうせわかってんだろ……。クソが」

 

 えぇ……? 何コイツ……。全然意味がわかんねぇ。

 

 と、そんな微妙な顔が出てしまっていたんだろう。ゴーストは俺を見るや否や、気だるそうなオーラを出してそっぽを向いてしまった。

 

 その時、HR前の予鈴が学院中に鳴り響いた。

 

 蓮太「あっ、そろそろ行かねぇとな。まぁとにかくそういうことだ、2人ともよろしく頼むよ」

 

 柊史「なかなか個性的だけど……わかった。みんなには秘密にした方がいいんだよな?」

 

 蓮太「頼む」

 

 寧々「まだ何となく頭の整理が整っていませんが……ひとまずは教室へと急ぎましょ──!?」

 

 聞こえてきた予鈴に急かされて、駆け足で一歩を踏み出そうとした綾地さんが、大きめの石に足を躓かせて転びかける。

 

 俺も柊史も瞬時に気が付くことが出来たが……気を抜いていた瞬間に起こったハプニングに、2人とも動く事ができなかった。

 

 しかし、綾地さんの身体は地面にぶつかることなく……倒れかかっていた身体はピタリとその動きを止めた。

 

 ゴースト「何やってんだよ、足下ぐらいしっかり見て歩けよな」

 

 綾地さんの動きを止めて助けたとは……ウチの不良娘だった。あんなに無愛想な雰囲気だったのに、しっかりとこういう時には……

 

 寧々「ごめんなさい、あ、ありがとうございます……」

 

 喧嘩腰の雰囲気だったゴーストが助けてくれたことに驚いているのか、綾地さんの言葉が若干詰まっている。

 

 ゴースト「怪我は? ……って、別に無さそうだな」

 

 パッと綾地さんの身体を確認すると、ゴーストはすぐさま掴んでいた腕を離してさっきのようにポケットに手を突っ込む。

 

 なんだ、こいつなんだかんだ言いながら優しい奴なんじゃん。あれか、一種のツンデレみたいなもんか。

 

 ゴースト「……何見てんだよ大将。行かなきゃいけねぇんだろ? そんなとこでボサっとしてねぇでさっさとオレを戻せ」

 

 蓮太「……ははっ。わかったわかった。ちょっとの間我慢してくれよ」

 

 ゴースト「何笑ってんだよ……気持ち悪ぃ」

 

 特に別れの挨拶をする訳でもなく、捨て台詞を吐きながらゴーストは俺の中へと帰っていく。

 

 そしてそのまま2人と一緒に教室へと向かっていった。

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 ……いやぁ………………、キッつい。

 

 教室に入ると、ゴーストからの愚痴。授業が始まるとゴーストからの愚痴。休憩時間は短すぎるとゴーストからの愚痴。学院内は暇すぎるとずーっと言われてきた。

 

 だったら意識を消してろと伝えると、それは嫌らしい。

 

 それだけ心の欠片というものはゴーストにとって鬱陶しいものなのだろう。

 

 少なくとも俺と会話をしていると多少はマシになるようで、ひたすらにコイツの相手をさせられていた。

 

 それから時間が経過して、今は放課後。オカ研の部室で今日も今日とて何か依頼が来ないかをずっと待っていた。

 

 仮入部の新メンバー、椎葉さんを含めて。

 

 そんでゴーストは依頼人が来るまでは部室内で適当な会話をするだけの様子に退屈したようで、隙があれば俺に直接声をかけてくる。俺の方からは声を出さないと返事ができないのにも関わらずにだ。

 

 コイツ絶対分かっててやってるだろ。

 

 そんなゴーストを軽く無視しながら、みんなとの会話に耳を澄ませる。

 

 1時間くらい経過した後だろうか? 会話の流れで思い出すように我らが部長が仕事を伝えてくれた。

 

 寧々「今日は、もうこれ以上待っていても仕方がありませんね」

 

 めぐる「結局誰一人として相談者は来ませんでしたね」

 

 寧々「そんな日も……といいますか、そんな日の方が多いですよ。それと……なんだかごめんなさい椎葉さん。具体的な部活の内容を体験できない結果になってしまって」

 

 紬「そんな、綾地さんのせいじゃないよ! それに、相談がないって良い事だよ!」

 

 ま、そうだな。基本的には問題や悩みがない方が一般的には絶対良いはずだ。俺たちの場合はそうはいかないんだが。

 

 柊史「確かにそうだね。それじゃあ今日はもう解散?」

 

 寧々「あ、いえ、最後に校門付近の掃除を頼まれてますから、もう少しだけ付き合ってもらっても良いですか?」

 

 ……そういやなんか教師からなんか頼まれ事をしてたな、綾地さん。そうかそうか、それがそうだったのか。

 

 柊史「それは全然大丈夫、じゃあ掃除しに行こうか」

 

 ゴースト(また随分と面倒くさそうな事をするんだな)

 

 蓮太「ちゃちゃっと終わらせるか」

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 適当に箒やちりとりを借りて門付近の場所を掃除する。季節は秋ということもあり、落ち葉の量が中々多くて、改めて人数が多くて助かるなぁと思っていた。

 

 本当はゴーストも呼び出してやりたいが……

 

 ゴースト(オレはぜってぇしねぇからな。つかオレがそんなガラじゃねぇだろ)

 

 蓮太「わかってるよ、それに椎葉さんも因幡さんもいるんだ。そう易々とお前を出せねぇって」

 

 わざわざみんなと離れた場所に移動しないとゴーストと会話ができないのが結構な不満だ。せめて部員のみんなにくらいは伝えることが出来たら楽なんだろうけどな。

 

 なんて思いながらひたすらに掃除。

 

 掃除。

 

 超掃除。

 

 更に1時間が経過した後、やっと綺麗と言える程度にゴミを無くすことが出来た。

 

 紬「やっと終わったね」

 

 蓮太「意外と時間がかかったよな。これだけの大人数だから結構すぐに終わるもんかと思ってた」

 

 めぐる「途中で範囲を広げていきましたからね、でも、そのおかげでみんなに自慢できる程度には綺麗になりましたよ!」

 

 柊史「あとは、この十数個のゴミ袋を捨てたら終わりだな、蓮太」

 

 蓮太「はいはい。わかりました」

 

 ここは男の俺達が力仕事をしますかねぇ……

 

 寧々「ではみんなで捨てに行きましょう」

 

 蓮太「いや、別に俺と柊史で行くから────」

 

 とその時、すぐ近くで誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

 蓮太「ッ!? なんの声だ!? 今の!」

 

 寧々「門の外からです!」

 

 そうして聞こえてきた方を確認するために、みんなで門の外にかけ出すと、その瞬間にカバンを抱きかかえている男とすれ違った。

 

 男が走っていく方と逆を見ると、大人の女性が肩を抑えて道端に倒れていた。

 

 そして俺達を見つけた瞬間──

 

 女性「ひったくりです! あのカバン私のなんです!!」

 

 ……ひったくり、そういうことかよ! 

 

 蓮太「みんなはその人を頼む! 柊史は学院の中を突っ切って裏手に回ってくれ!」

 

 あの男が走っていった方は真っ直ぐ行くとすぐに交番がある。夕方はいつも人が立っているからその道は避けるはずだ。

 

 となるとその手前にある唯一の曲がり道は、一本道で校舎の裏に繋がっている。今からでも裏門から出れば抑えられるかもしれない。

 

 柊史「わ、わかった!」

 

 蓮太「俺は横の塀を飛び越えて回ってみるから、柊史は裏門で待機してくれ!」

 

 紬「だったらワタシが追いかけるよ!」

 

 蓮太「いや大丈夫! それよりも警察に連絡を! …………ゴーストッ!」

 

 ゴースト「出番だなッ!」

 

 俺の身体から飛び出すように出現した光は、素早く人の形に変わっていって、あのひったくりの男を追いかけていく。

 

 めぐる、紬「「ッ!?」」

 

 蓮太「手は出さなくていい、注意を引きつつ追っかけて行ってくれ! 裏から捕まえる!」

 

 ゴースト「追いついたらオレが止めてやるよッ!」

 

 お互いに別々の方向へと走り出したせいで、ここまでしか会話ができなかったが、最低限の意図は伝わっただろう。

 

 既に走り出してる柊史を横目に、俺は素早くブロック塀をよじ登って、最短ルートで曲がり道を先回りする。

 

 途中で色んな人に見られたようだが、今はそんなことを気にしてられない。

 

 まるで気分は障害物競走だ。もちろん十分に危険なことをしているという自覚はあるが、こうして楽観的に心に余裕が無いと焦ってミスしてしまいそうで怖い。

 

 そして、何とか曲がり角の先の道にたどり着いたが……その瞬間に男は目の前を再び通り過ぎる。

 

 蓮太「クソッ! ギリギリアウトだったか!?」

 

 その後ろ姿を追っかけようとすると、すぐにゴーストが走ってこっちに来ていた。

 

 しかも体力の概念がないのか、息も切らさずに。

 

 ゴースト「大将っ! オレがそっちから追っかけるから、大将が後ろからアイツを追え!」

 

 蓮太「おまっ! 何言って──」

 

 ゴースト「大将が怪我したらどうすんだよ! 危ねぇ事はオレに任せときゃいいんだ! オレなら傷ができてもなんの支障もない!」

 

 蓮太「あぁ……クソ! わかったわかった! こっちへ跳べ!」

 

 その声を聞くと、ゴーストはニヤリと笑い、地面を蹴って俺の方へと手を伸ばす。俺がその手を掴むと、力いっぱいにゴーストを更に上へと投げ飛ばし、ゴーストは屋根の上へと着地する。

 

 そしてそのまま俺は塀を降り、あの男の後ろを追いかけて行った。

 

 



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43話 俺の家族

 

 蓮太「はぁ……! はぁ……!」

 

 クソ……! ゴーストのヤツ、大丈夫なのか? なんか流れで咄嗟に屋根上まで移動させちまったけど、アイツこそ怪我しねぇのかよ……! 

 

 しかも怪我しても問題ないって……って事は「怪我はする」んだろ? 痛みもあるし傷も残るんなら、俺がやっぱり危ない方をとっとくんだった。

 

 蓮太「でもまぁ……! 今更か!」

 

 結構足の速さには自信があったんだが、ひったくり犯も意外と素早く、中々俺とも距離が縮まらない。

 

 それでもまだアイツは視界に入っている。このまま柊史が間に合ってれば……

 

 と走りながら願っていると、学院の裏門が見えてきた頃、ひったくり犯よりも先にいくつかの人影が見えた。

 

 よく見ると柊史だけではなく、因幡さんと椎葉さんもその後ろに道を塞ぐように佇んでいた。

 

 その光景に、流石にひったくり犯は動揺を見せると思ったが……何やらポケットに片手を突っ込んで何かを取り出そうとしている。

 

 ……不味くねぇかこれ!? 

 

 こういう奴が持っているものなんて大概は危険物だ、パッと思いつきやすいのはナイフとかの刃物の類だろう。

 

 しかし俺の状況を考えても、簡単にはアイツに追いつかない。つまり、俺が助けに入ることが出来ねぇ! 

 

 柊史「止まれっ! ひったくりっ!」

 

 大声を出して相手を威嚇する柊史だが……ひったくり犯は速度を落とさずに、むしろ真っ直ぐ柊史の方へと走っていく。

 

 そして素早くポケットから取り出したのは……

 

 蓮太「ありゃ………………スタンガンッ!?」

 

 手のひらよりも大きなサイズの黒い物体を手に持っていて、その先端からは青白い光が点滅するように発生し、周囲にバチバチと聞きなれない音が聞こえてくる。

 

 けどまぁ……スタンガンなら痛みはあるけど死にはしない……か。となると、このひったくり犯は物事をよく考えない可能性が高い。

 

 めぐる「ややややややばいですよ! センパイッ逃げた方がいいですって!」

 

 紬「でも! それだと逃げられちゃう────で、でも、そんなことも言ってられないよね!?」

 

 後ろの2人は明らかに焦りを見せて動揺している。柊史が前に出てるからか身体が動かなくなるほどの動揺までは見せてはいないが……問題はその柊史だ。

 

 顔を強ばらせ、その場に立ち竦んでしまっている。

 

 しかも威嚇の為ではなく、明らかに危害を与える気でひったくり犯はそのスタンガンを前に差し出したが…………

 

 柊史「っ……!?」

 

 このままだと柊史に当たると焦った瞬間、明らかに道では無いところから、人影が飛び出し、ひったくり犯の動きを止めた。

 

 あれは……

 

 柊史「ゴーストッ!」

 

 ゴースト「テメェなにボサっとしてんだ! 死んでも知らねぇぞ!」

 

 間に合ったのか! つか……「死んでも知らねぇぞ」? 普通のスタンガンじゃないってことか? 

 

 ゴーストは慣れたような動きでひったくり犯に向かって蹴りを当てると、ウザったらしかったのか、被っていたフードを取る。

 

 男「うぐっ……!? この……クソ女……!」

 

 ゴースト「おいおい! どうした!? オレみたいな女にやられたのがそんなにムカついたか!? あぁ!?」

 

 ……って、なんでアイツは無駄に煽ってんだよ!? そのまま怯んだのなら取り抑えろよ! てかまず逃げろよ! 

 

 ゴースト「やることコスくてちょろちょろ逃げるなんて、随分とみみっちぃ野郎だなぁ! おい!」

 

 だからなんで必要以上に煽るんだよ!? まぁいい……もう追いつく! 

 

 男「退け! この……クソがァ!」

 

 さっきよりも一回り大きい電撃音を響かせて、男はがむしゃらにそのスタンガンを振り回し始める。

 

 完全に逆上しやがった。

 

 ゴースト「とれぇんだよっ!」

 

 しかし意外と冷静にその攻撃を躱して、ゴーストは再び男に蹴りを当てる。

 

 蓮太「油断すんな! 怯んだんならそのまま武器を奪え!」

 

 ゴースト「大将! そんなこと言ってもコイツは他に何持ってるかわからねぇ、タイミングってもんが──」

 

 男「ごちゃごちゃうるせぇってんだっ!!」

 

 ひったくり犯は大きく振りかぶって、再びスタンガンで攻撃を仕掛けるが、俺と会話をしていたゴーストは、結構危ないところでその攻撃を躱す。

 

 しかしそのままバランスを急に崩し、ゴーストは尻もちを着いてしまった。

 

 そのままひったくり犯は逃げ出すのかと思ったが、何故か隙ができたゴーストに向かって追い打ちを仕掛けようとしていた。

 

 蓮太「はっ!? ……クソっ!」

 

 コイツ、当初の目的を完全に忘れてる! もうゴーストに手を出すことで頭がいっぱいなんだ! 

 

 蓮太「間に合えッ!」

 

 男のスタンガンがゴーストに当たる手前……

 

 男「ぐおっ!?」

 

 渾身の飛び蹴りが男の横腹を凹ませる。

 

 手段は選んでられなかったからな、自業自得って事で許してくれ、ひったくり野郎……! 

 

 蓮太「ゴーストに手ぇ出すなッ!」

 

 ゴースト「大将……」

 

 俺の飛び蹴りで大きくバランスを崩した男は、恐らく俺に気がついていなかったんだろう。唐突に襲ってきた俺の対応に驚いていて、ラッキーなことにその手からスタンガンが離れていった。

 

 柊史「……! 今しかない!」

 

 その絶好のチャンスを逃さずに、倒れた男の上に柊史が跨り、形は荒いがなんとか男を拘束する。

 

 丁度その時だった。警察のサイレン音が聞こえてきたのは。

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 警察達の事情聴取も軽く済ませ、被害者の女の人からお礼をされた後、学院の教師たちと何かを話して警察達はひったくり犯を捕まえてどこかへ消えていった。

 

 カメラにもチラチラと映っていたし、何より被害者の人が何度も何度も俺たちにお礼を言ってくるもんだから、その場の説明もすんなりと済ませることが出来た。

 

 そして半分怒られ、半分褒められ、よく分からない状況になった後、すっかりと暗くなった時間に俺達は教師たちから解放された。

 

 ただ、予想外の事がいつくか起こってしまった事に若干俺は焦りを覚えている。

 

 まずはゴーストの存在が部活メンバーに完全にバレてしまった事。咄嗟の判断だったとはいえ、俺の不注意で自分から暴露したような状況になってしまった。

 

 それだけでもかなり不味いにも関わらず、更に不幸なことに、本当に偶然に戸隠先輩にひったくりのシーンを見られていたことが重なっていた。

 

 付近の人の証言集めの際に発覚したのだが、たまたま通りがかった戸隠先輩が、上手く説明してくれたこともあり、事なきを得たが……部活外の人にもバレてしまった。

 

 一応不可解な現象だからか、警察や教師の人達には何も言わなかったようだが……説明はしなくちゃいけないだろう。

 

 それは因幡さんや椎葉さんも同様だった。ことが収まるや否や、怒涛の質問攻めが始まる。

 

 一方のゴーストは面倒そうにしていたが……どうやら説明をすることすらも俺に丸投げするようだった。

 

 俺だって面倒なのに……

 

 なんて愚痴をこぼしても仕方がない。あくまで俺の責任だ。

 

 変な噂を流されても困ると思って、俺達は適当なファミレスに寄って改めて話をすることにした。

 

 テーブル席の片側に俺とゴーストと椎葉さんが座り、先輩と因幡さん、そして綾地さんと柊史が反対側に座る。

 

 各々が飲み物を準備して、全員分のドリンクが揃うと、早速先輩が質問をしてきた。

 

 憧子「そーれーで、竹内クンからいきなり出てきたあの光は一体何かな?」

 

 蓮太「なんつーか……説明が難しいんですけど……」

 

 死神関係のエピソードは伏せるとして、ここは適当な嘘でその場を誤魔化すか? でも、それはそれで人を騙す以上ボロが出た時に悪く思われるかもしれない。

 

 それに完全な嘘を言い続けることが出来そうな自信は俺にはない。

 

 結局、いつの間にか俺の前に現れていた魂の幽霊としてゴーストの事を説明することにした。

 

 事実伏せる以上、できるだけ真実と辻褄が合わせやすそうな嘘の方がいい。

 

 めぐる「なるほど、つまり……竹内先輩は魂を分離……といいますか、実体化することができる……と」

 

 蓮太「まぁ……とりあえずはそういう解釈で大丈夫だ」

 

 めぐる「はい! 信じましょう! ……………………って信じられるわけないですよっ!」

 

 柊史「流れるようなノリツッコミだね」

 

 めぐる「いやいやいやいや! だっていきなりそんなことを言われてもにわかには信じがたいですってば!」

 

 蓮太「そうだよなぁ……でも、それ以上の説明のしようがないんだ。俺だってあんまりわかってないことの方が多いんだから」

 

 すまん、みんな。ここはなんとか騙されてくれ。

 

 紬「確かに不思議な出来事だけど……実際にゴーストちゃんがこうして存在してるんだし……とりあえずは信じる……というよりも受け止めることしかできない……かな」

 

 完全に疑いから入ってきた因幡さんに比べて、椎葉さんは意外とすんなりと信じてくれた。

 

 あれだろうか? 考え方が柔軟というか、そもそもオカルト的なものを信じるタイプなのだろうか? 

 

 憧子「でも、それって竹内クンは大丈夫なの? よくある話だと、いつの間にか呪われてしまったり……なんて事もあるんじゃない?」

 

 蓮太「いや、今のところは何も支障はないんスよ。それに……彼女は俺の半身みたいなもんなんで、この先も……多分大丈夫と思います」

 

 寧々「随分と、ゴーストさんの事が好きなんですね」

 

 柊史「そういえば、ひったくり犯を取り押さえたあともずっとゴーストの事を心配してたね」

 

 蓮太「そりゃ大切な家族だからな」

 

 ポンっとゴーストの肩に手を置いてそう言うと、ゴーストは特に反発することもせずに、水をグイッと一口飲んだ。

 

 蓮太「あら……? てっきり怒るかと思ったけど、今は大人しいな」

 

 ゴースト「うるせぇよ。…………馬鹿が」

 

 なんて言われた時、俺達のテーブル席に店員がやってきて山盛りのポテトフライを運んできた。

 

 めぐる「いや誰ですか? ポテトフライ頼んだの」

 

 柊史「あっ、オレオレ」

 

 詐欺か。

 

 蓮太「……みんな夕飯が近いから食べれなくなるんじゃねぇのか?」

 

 柊史「俺もそれは思ったけど、ファミレスにきて飲み物だけ──なんて返って迷惑だろ? だから頼んだんだよ」

 

 うーん。

 

 確かにこれだけの人数で飲み物だけ頼むのはなんか申し訳ないけど……

 

 寧々「そうですね、せっかくですから少しだけ……いただきます」

 

 つかさっきから綾地さん全然喋んねぇと思ってたら、これあれだな? ファミレスに来たことに目を輝かせてたな? 回転寿司の時みたいに。

 

 柊史「みんなもよかったら食べて」

 

 めぐる「じゃあめぐるもいただきまーす!」

 

 紬「ワタシも、少し貰うね」

 

 憧子「わたしもわたしも〜」

 

 意外とみんなポテトフライをチビチビと食べ始める。……よかった。この感じだと、特にゴーストの事は深く考えていなさそうだ。

 

 それか気を利かせてくれて、あえて深く探ってこないだけかもしれないけど。

 

 蓮太「ん、飲み物が無いな。俺ちょっと入れてくる。ゴーストはいらないか?」

 

 ゴースト「いらねぇ」

 

 蓮太「つっても水はほぼ入ってきてねぇじゃねぇか。ゴーストの分も買ってるんだからジュースは飲まないと損だぞ?」

 

 ゴースト「聞こえなかったのか? オレは、何も、いらねぇ」

 

 蓮太「わかったわかった、じゃ俺が適当に持ってくるからな」

 

 そうして自分の分のコップを持って、俺はドリンクバーがある場所へと歩いていった。

 

 

 

 Another View

 

 ゴースト「いらねぇつってんだろうが……ったく」

 

 なんなんだよアイツ。

 

 憧子「それで、どうしてゴーストクンはゴーストって名前なのかな?」

 

 ニコニコと美味そうにポテトを食いながら、目の前の女はオレに話しかけてくる。

 

 えーっと……名前は……「戸隠憧子」だったか。

 

 ゴースト「名前決めたのは俺じゃねぇよ。大将(あのバカ)に聞いてくれ」

 

 柊史「俺もそれは気になってたんですよ、なんでゴーストって名前なのかなって」

 

 めぐる「自分は可愛いと思いますけどね…………モグモグ……」

 

 ゴースト「つっても、会話の流れでそのままって感じで決まったからな。多分大して考えてねぇだけと思うぜ」

 

 一応、大将の都合がいいように話をつけてやっとくか。

 

 憧子「それじゃあ、お姉さん達が可愛い名前を考えてあげる」

 

 めぐる「それいいですね! 先輩! 自分達で可愛い名前を考えてあげましょうっ!」

 

 ……別に今の名前が気に入ってねぇなんて言ってねぇんだけど。

 

 つかアイツ……えぇっと……綾地寧々か。アイツはひたすらポテトに手を伸ばしてるけど、食いすぎだろ。

 

 どんだけ食ってるんだよ。

 

 それにオレは……

 

 ゴースト「別に必要ねぇ。オレは大将に──」

 

 憧子「ん? 大将に?」

 

 ゴースト「なんでもねぇよ! 名前なんてどうでもいいだろ!」

 

 憧子「んん〜! なるほどなるほどぉ〜」

 

 

 ……………………………………

 

 

 蓮太「よしっ! ほらゴースト! 持ってきたぞ!」

 

 自分の分とゴーストの分の飲み物を持ってきて、再びゴーストの隣に座って飲み物を手渡す。

 

 ゴースト「おいおいおいおい…………」

 

 そして席に着いた俺……というか、俺がテーブルに置いたグラスを見て、ゴーストが顔を歪めた。

 

 まぁ、確かに、ゴーストの分はホワイトウォーター。俺のは……形容しがたい色をした液体。

 

 蓮太「なんだよ」

 

 ゴースト「アンタこそなんだよ。何持ってきてんだよ……」

 

 蓮太「混ぜたんだ」

 

 ゴースト「は?」

 

 蓮太「色々あって悩んでさ! 全部飲みたかったら全部混ぜた」

 

 ゴースト「嘘だろ、ガキかよ……」

 

 明らかに呆れた顔で飲み物を飲み始めるゴースト。いや確かに子供っぽいかもしれんが、1番これが最効率だろう? 

 

 めぐる「うわぁー…………」

 

 蓮太「安心しろ、ちゃんと全部飲むから。まぁ最悪柊史もいるし」

 

 柊史「俺は絶対飲まないからな!」

 

 ゴースト「なんでこんなアホなんだよ……」

 

 そんな周りのヤツらを一旦放置して、俺もポテトフライを一口。

 

 蓮太「ゴーストは食わないのか?」

 

 ゴースト「何度も言わせんな」

 

 蓮太「過度なダイエットは体調不良に繋がるぞー」

 

 ゴースト「違ぇよ、死ね」

 

 コイツ中々自分からこういう輪に入ろうとしないよな。

 

 性格が似てるはずって言ってたけど、こういう所は昔の俺っぽい気がする。

 

 これはいかんぞ、せっかくみんなが受け入れてくれたんだ。少なくとも、いつも通りの友好関係のままでいてくれてるんだ。もっと輪の中に入った方がいいに決まってる。

 

 そうしてポテトフライを一つつまんで……

 

 蓮太「ほら、せっかくだから一つくらい食えって」

 

 ゴーストの口元に差し出してみる。

 

 ゴースト「チッ……。………………ぁむ」

 

 あ、食べるんだ。めっちゃ小さく舌打ちされたけど。

 

 憧子「なるほどねぇ〜、なるほどねぇ〜!」

 

 蓮太「なんっスか、そんな急にニヤニヤして……」

 

 紬「そりゃあニヤニヤもしちゃうよ! 微笑ましいねぇ〜!」

 

 蓮太「は!? 何がだよ!」

 

 めぐる「いーえー! こっちの話ですよ、竹内先輩!」

 

 蓮太「はぁ……!?」

 

 ゴースト「どんだけ鈍感なんだよ……」

 

 お前もか! つか俺が鈍感ならお前も鈍感だろーがよ! 

 

 それに──

 

 

 寧々「ポテト〜」

 

 柊史「う、うん。綾地さんちょっと食べすぎかなって……」

 

 

 変な話をするよりもあの部長を止めろよ。



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44話 二人目の魔女

 

 結局あの後、みんなに謎のからかいを受けながらもワイワイと時間を過ごした。なんだかんだでゴーストの存在がこのメンバーにバレることになってしまったが、きっとこの人達なら悪い噂を広げたりはしないだろう。

 

 一応釘刺すように頼みはしたが、必要なさそうだった。

 

 当の本人、ゴーストはまだみんなの輪の中に全然溶け込めてはいないが、ほんの少しだけ雰囲気が柔らかくなったと思わないことも無い。

 

 ……微妙すぎてわからん。

 

 蓮太「それじゃあ、俺達はあっちの方だから」

 

 憧子「うん! またね〜」

 

 めぐる「また明日です!」

 

 あんまり長居するわけにもいかないから、会計を済ませて軽く会話をした後にみんなと別れる。

 

 みんなと言っても綾地さんと椎葉さんは途中までは同じ道だから、護衛ついでに一緒に帰ることになった。

 

 柊史「うーん……俺、ちょっとあっちのメンバーを送ってくよ。俺が間に入った方がなんか良さそうだし」

 

 確かにそうかも? 今回の件であの二人は知り合うことになったが、元々は学年も違えば部活動も違う。二人だけにしてこのまま帰すのは……ちょっと申し訳なくなる。

 

 蓮太「悪い。よろしく頼む」

 

 柊史「蓮太はそっちの二人をしっかりと送ってやれよ? じゃあな!」

 

 俺達とは反対方向に向かって行った二人に追いつく為に、小走りで向かう柊史の後ろ姿を少し眺めて、俺も後ろを振り返る。

 

 蓮太「じゃあ俺達も帰るか」

 

 寧々「はい。そうですね」

 

 少し薄暗くなってしまっている道を、俺と綾地さんと椎葉さんとゴーストで歩いていく。時には冗談を言ったり、この辺の土地の事を椎葉さんに教えたりしながら様々な話題を出して、コロコロと会話を転がしていく。

 

 蓮太「そういえば、相馬さんの喫茶店に行った時に、変な子とあったなぁ」

 

 寧々「そうなんですか? そういえば、私は七緒の所には最近行ってないですね」

 

 紬「変な子?」

 

 蓮太「そうそう、なんかこう……青い髪の女の子。なんか暖かいミルクを飲んで、相馬さんと変なこと話してたんだ……って椎葉さんは知らないか」

 

 調べて見た感じ、そんなに有名な店ではなさそうだし、俺たちのように何か特別な用事がなけりゃ店の存在に気がつくこともなかったかもしれないしな。

 

 この土地に来たばかりなのなら、尚更偶然通りかかりにでもしない限りは行かないだろう。

 

 紬「青い……髪!?」

 

 蓮太「そうそう、口調もなんかおかしくてさ、のじゃロリって言うのかな? 初めて見るタイプだったなぁ」

 

 紬「そ、そうなんだ……! よ、世の中変わった子もいるものだね!」

 

 ……? なんか椎葉さんの反応がおかしい気が……

 

 そういえば初めて出会った時も、青い髪の子を探してるって言ってた気が……? 変な偶然もあるもんだな。

 

 ま、つっても俺が出会った方の女の子はアルプだったし、椎葉さんと関係があるようなことは無いだろ。

 

 蓮太「確かに変わった子だったな。保護者もいないみたいだった………………し…………………………!?」

 

 その瞬間、俺の歩を進める足が止まる。

 

 嫌な汗を吹き出し、徐々に締め付けられるような胸の痛みと共に呼吸が困難になってしまう。

 

 ドクンッと一際大きな心臓の鼓動音が響いてきて、その尋常じゃない苦しみに耐えきれず、その場に倒れるように屈んでしまった。

 

 蓮太「はぐ……ッ!?」

 

 寧々「……え?」

 

 紬「ッ!? ど、どうしたの!?」

 

 なんだ……この感覚……! 今までの比じゃないぞ……!? 明月さんと初めて会った時と同じ感覚だ……

 

 まさか……俺……このまま死──

 

 ゴースト「蓮太っ!」

 

 自分の死を予感した時、心配そうに声をかけてくれている2人を押しのけて、顔色を変えたゴーストが駆け寄ってくれた。

 

 ゴースト「こいつぁ……っ! オイ! しっかりしろ! 意識はあるか!?」

 

 蓮太「かぁ……! くっ……、あ……あぁ……!」

 

 肺にある空気を絞り出すように、辛うじて声を出すが……俺の状況は変わらない。

 

 如何ともし難い苦しみが俺を襲い続ける。

 

 ゴースト「ふざけんな……! 残ってた心が消えかけてる……! オレじゃあどうにも──」

 

 紬「えっ!? えっ!?!? ど、どうしたの!? とっ、ととととりあえず救急車を!」

 

 ゴースト「それよりも、オイ! コイツが朝渡した瓶はまだ持ってるか!?」

 

 寧々「も、持ってます! まだ中身を移してはいませんので──」

 

 ゴースト「早くよこせ!」

 

 何やら朝に手渡した心の欠片をまた俺に戻そうとしているみたいだが……

 

 耐えられるかな……

 

 正直……もう……! 

 

 感覚的に理解出来ている。俺の中の魂というか、心というか、何かが圧倒的な速度でなくなり続けているのが。

 

 段々と身体全身の力が抜けてきて、自分でバランスをとることが出来なくなり、そのまま倒れるかと思った時……

 

 ゴースト「だぁ……クソ……! おいしっかりしろ! ……んっ!」

 

 地面に向かって倒れていた俺の身体を支えてくれたゴーストが、片手で瓶の蓋が取れなかったのか、力を込めて心の欠片の入った瓶を握りしめて砕き割る。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない! 

 

 消えちまう! 俺が……! 死んじまう……! 

 

 ゴースト「死なせねぇから安心して意識を保ってろ! 焦んな!」

 

 寧々「死──!?」

 

 砕き割られた瓶の中身が弾けるように辺りに舞い、そのまま地面に落ちることなく、その全てが俺に吸い込まれるように溶け込んでいく。

 

 その瞬間に感じるのは他人の想い。

 

 あの時のような様々な感情が俺の中に流れ込んできて、激しい熱とぐちゃぐちゃな感情達が入り浸る。

 

 けど、わかる。これだけじゃ足りない。心が満たされていないのがわかる。

 

 紬「えっ!? あっ!」

 

 心の奥底でもっと俺が助かりたいと願った時、瓶の中身以外の場所から、更なる心の欠片が俺の中に入ってきたのがわかった。

 

 それは椎葉さんのカバンの中から溢れだしており、次々に他人の心が俺に吸収される。

 

 そしてその心が満たされた時、俺は全ての苦しみから逃れて事が落ち着くと、まず最初に湧き出てきた感情は圧倒的な安心感。

 

 死んでいない。ちゃんと生きていると実感したがっているのか、それとも無意識のうちの感謝からか、思わずゴーストに抱きついてしまう。

 

 ゴースト「なっ……! 何やってんだよおまっ……!」

 

 蓮太「生きてる……! よかった……、死ぬかと思った…………!」

 

 ほんのり忘れてしまってた。

 

 俺は常に死と隣り合わせの人生を送っていることを。自分じゃどうにも出来ないが、そのための準備を怠らないようにしなくちゃいけないことを。

 

 死の淵、そのギリギリまで経験してしまってからやっと心から思った。

 

 

『死にたくない』

 

 

 そんな誰しもが思っているような、いないような、魂の言葉。

 

 ゴースト「オレがいる限りは死なせねぇよ。だから安心しとけ」

 

 蓮太「あぁ……! あぁ………………!!」

 

 そんな俺が落ち着くまで、ゴーストは俺の頭を撫でてくれた。

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 それからどれくらいの時間が経っただろう? 近くにあったベンチで心身ともに休めたら、ある程度の心の余裕ができた。

 

 蓮太「悪い……2人とも、変な事に付き合わせて」

 

 休むのは俺とゴーストだけでいいって伝えたんだが、綾地さんと椎葉さんは結局最後まで俺を見守ってくれていた。

 

 飲み物を買ってきてくれたり、細かな気遣いが本当にありがたい。

 

 寧々「いえ、竹内君が心配でしたし……それに……」

 

 だよな。気になることがあるよな。

 

 2人に俺の今の状況を正直に伝えた後、改めて椎葉さんの方に視線を向ける。

 

 蓮太「椎葉さんも本当にごめん。俺が身勝手に心の欠片を奪っちまって」

 

 紬「ううん! 別に、全然大丈夫……だけど……」

 

 

 

 ゴースト「アンタも魔女だったんだな。オレの……いや、大将の記憶じゃあ魔女は一人しかいなかったはずだが……」



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45話 仮から正へ

 蓮太「悪い、ゴースト……ちょっと疲れたから魂に戻っててくれ」

 

 そう一言だけ言って彼女を戻したあと、改めて考える。

 

 あの時に感じたあの感覚、『人助け』の言葉に反応したこと、一瞬でピンと来た。

 

 理由が綾地さんと同じなのなら、あんな変な部活にいきなり入りたいと願う事もわかる。

 

 紬「ごめんね? その……隠し事しちゃってて……」

 

 蓮太「気にすることないだろ、魔女なんて存在は周りの人達には認知されていないものだ、存在そのものを信じやしないさ。俺たちみたいな()()()()()()()()()()以外はな」

 

 それに……ぶっちゃけそれのお陰で助かったんだ。どっちかって言うと謝らなきゃいけないのは俺の方だ。

 

 紬「綾地さんも魔女……なんだよね?」

 

 寧々「はい、そうですね。椎葉さんと同じく《心の欠片》を集めています」

 

 蓮太「つっても安心してくれ、別に椎葉さんの事情を深く探るつもりはないからさ」

 

 持ってきてくれた飲み物をグイッと飲みながら言葉を続ける。

 

 蓮太「大体の事は察したしな」

 

 きっとあの喫茶店で出会ったあののじゃロリっ子が契約者なのだろう。会話から察したりするとそう考えるのが1番辻褄が合う。

 

 紬「え? なんで……?」

 

 蓮太「生きていく上で言いたくないことなんていくらでもあるだろ、別に魔女になったきっかけとかも聞く気は無いし、それについてのデメリットは大体予想できてる」

 

 明らかに違う椎葉さんと他の女子の場所……そう、服装。それがおそらく魔女としての代償。

 

 最近の違和感だった点が徐々に結びついてきたな。

 

 寧々「そうですね、私も無闇矢鱈に付け入る気はありません。お互いにそうなってしまった事情があると思いますし…………」

 

 紬「綾地さん…………ありがとう、えへへ……」

 

 新たな魔女が判明したのもそうだけど……もっとやばい事が発覚している。まずは今の俺にはやっぱり《心の欠片》が必要なこと、欠けた部分はやっぱりあの薬じゃあどうしようもなかった。

 

 つまりはまた振り出しに戻ったってことだ。そして…………

 

 蓮太「にしてもまさか綾地さんに続いて椎葉さんの《心の欠片》まで奪っちまうとは…………本当にごめん」

 

 紬「う、ううん! 全然気にしないで!? あんな事情を聞いたあとだと、そんな小さなことなんてどうでもいいよっ!」

 

 そう、一応心が落ち着き始めた時に椎葉さんには一通り説明をした。

 

 俺が今立たされている状況、そして綾地さんの手伝いをしている簡単な説明を。

 

 蓮太「つってもそんな訳にはいかないさ。勝手に奪ったのは事実なんだ、どうにかして椎葉さんの欠片もちゃんと返すから……その時まで待っててくれ」

 

 寧々「だとしたらやはり……椎葉さんにはオカ研に正式入部してもらった方がよさそうですね」

 

 紬「え? いいの……?」

 

 蓮太「そうだな、そっちの方がいいと思う。お互いに事情を知ってるなら下手に隠さなくてもいいし、正直俺と柊史だけじゃあやっぱり不安なところもあったしな、その意見には賛成だ」

 

 欠片を互いに取り合うことにはなるけれど……2人が喧嘩をするところなんて想像もできないしちゃんと話し合って決めるだろう。そこは俺が関与するところではない。

 

 それに……近くにいてくれた方が色々と都合がいい。椎葉さんも欠片を求めている以上はお互いにメリットがある提案だろう。

 

 紬「でも欠片はどうするの? せっかく綾地さんが頑張って整えたシステムなのに、ワタシがそれを邪魔しちゃったら……」

 

 寧々「そこはおいおい考えましょう、椎葉さんがよければ……是非協力し合いたいんですが……どうでしょう……?」

 

 紬「だったら…………お言葉に甘えさせてもらっても……いいかな?」

 

 蓮太「ふふっ、決定だ。それじゃあよろしくな椎葉さん」

 

 

 

 

 

 と、こうして俺たちの所属するオカ研に新たな新メンバーが加わった。

 

 仮ではなく正式に入部してくれたおかげで部員数は全員で5人。この部活もかなり大所帯になったもんだ。

 

 問題は次々に重なっていく一方だが…………絡まった糸は順番に解くしかない。まずは目先の人助けだ。

 

 一応魔女同士で協力関係にもなれたし……これは一件落着ってことでいいかな? 

 

 と色々考えながら柊史に今起こったことを全て伝える。因幡さんには悪いけど、とりあえずは俺たち4人での秘密だ。これだけはバレる訳にはいかない。

 

 とにかく言えるのは…………これからはもっと大変になるな。その為に今日はもう寝よう。

 



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46話 猫と紬と蓮太と酒と泪とオカマ道

 

 前回、今日はもう寝よう。なんて張り切って言いきって終わったのはいいけれど…………

 

 蓮太「ちょっと小腹がすいたな……」

 

 歩きの帰り道にふとそんなことを思う。

 

 色々と問題があったからだろうか? 疲労感も溜まっているし、眠気もあるし、腹も減っている。

 

 蓮太「騒がしすぎだろ…………俺の身体」

 

 ちなみにみんなとはもう解散しており、各々がバラバラに帰って行った。せめて家の近くまで送って行こうかとも思ったが、逆に心配されたので遠慮させてもらう事にした。

 

 そんな今日を振り返りながらコンビニで適当なおにぎりを買って食べながら歩く。

 

 その時だった、町の中にある川を跨ぐ橋の下に何やらモゾモゾと動く何かが見えるのだ。

 

 ……なんだあれ。

 

 普段なら特に興味も湧かないのだが今この瞬間だけは、流石の俺も目を引いた。

 

 蓮太「……椎葉……さん?」

 

 間違いない、あの独特すぎるシルエットは椎葉さんだ。何やってんだろ? 

 

 素朴な疑問を抱えつつ、とりあえず一声かけようとそばにあった階段を下って歩いていく。すると────

 

 

 

 

 紬「ごめんね? ワタシの家じゃあ飼えなくて……」

 

 

 

 

 と申し訳なさそうに子猫を撫でる椎葉さんの姿があった。

 

 蓮太「なにやってんの? 魔女っ子ツムちゃん」

 

 紬「えっ!? あっ、竹内君……!?」

 

 と俺のボケは完全にスルーされた事は置いといて、子猫の近くに行ってみる。

 

 蓮太「猫…………捨てられてんのか」

 

 紬「うん……そうみたい。でもワタシじゃどうすることも出来なくて……」

 

 小さなダンボールに何も細工をされずに、ただ物を置かれるように捨てられている猫。見ているだけで心が痛くなる。

 

 蓮太「つってもなぁ…………」

 

 ポリポリと頭を掻きながら、しょんぼりとした椎葉さんをチラッと見てみる。

 

 紬「可哀想なんだけど…………どうにか助けられないかな?」

 

 蓮太「ダンボールが綺麗過ぎるところから見て、捨てられたのは今日や昨日の話だろうな、ホコリもあまりついていない。1度は人の手に渡ってこうなったんだ、この子自体が人間に懐くかどうか……」

 

 試しにそっと指を差し出してみる。すると意外と怯えることなく、その子猫はペロッと舌で舐めてきた。

 

 紬「うぅ…………」

 

 再びチラッと椎葉さんに視線を向けると、今にも泣き出してしまいそうな程に目を涙ぐませて、この猫を見つめている。

 

 紬「やっぱり保健所みたいな動物を保護してくれる施設に相談した方がいいのかな……」

 

 蓮太「その場合は殺処分だろうな。今どき捨て猫なんて腐るほどいる。愛護団体が見回りに来たとしても里親が見つかる確率なんてほぼ無いに等しいさ」

 

 紬「そ、そんな!? そんなの可哀想だよ!」

 

 蓮太「しょうがないだろ。俺たちの知らないところで何万という動物たちがこうして殺されてる事は事実なんだ。可哀想って気持ちはわかるが…………ペットを飼うってのも馬鹿にならない手間と金がかかる。こんなことをしてしまうなんて人だって沢山いるんだよ」

 

 にゃーにゃーと鳴きながら甘えたような仕草で俺たちを見つめる子猫。

 

 これから先のコイツの運命を考えるだけでも…………もう終わりだろう。

 

 紬「じゃあ……ワタシが飼うよ。この子の面倒をワタシがみる!」

 

 蓮太「……でも椎葉さんの家ってペット飼えるの?」

 

 さっき聞こえてきたセリフ的には無理そうな雰囲気バチバチだったよな? 

 

 紬「お、お母さんたちにお願いしてみる……」

 

 …………

 

 蓮太「はぁ…………」

 

 こりゃまた金が盛大に無くなりそうだな。こんなにポンポン使ってたらマジで底を尽く。

 

 蓮太「いいよ。ひとまずは俺が引き取ろう……」

 

 紬「え? で、でも……」

 

 蓮太「もちろん俺だって色々と問題があるんだ。だから誰か優しい人が引き取ってくれるまでの間だからな」

 

 1匹だけとはいえ育てるにもかなりの苦労と出品があるんだ。まぁ……ウチの死神サマは1日ゲームしているような暇人……暇神だからアイツに面倒見させりゃいいか。

 

 紬「う……うん! ありがとう! ワタシも引き取ってくれる人を探すからねッ!」

 

 自分の事のように椎葉さんは喜ぶと、その子猫を抱きかかえてにっこりとした笑顔で「よかったね〜」と猫を撫でる。

 

 やれやれ……

 

 それなら一応色々と準備して帰らないといけないよな? 今は夕方を過ぎた頃、もう街灯に明かりが点くくらいの暗さだ。

 

 時間的には…………まぁまだ店は空いている時間か。

 

 蓮太「とりあえず一旦ウチに置いとこう、幸い面倒見させるにはうってつけの人がいるし、その後に最低限のものを揃えとこうかな」

 

 紬「? もしかしてゴーストちゃんの事?」

 

 蓮太「あぁ、いや、ウチにはもう1人いるんだ。その人はどうせ暇してるから」

 

 紬「そうなの?」

 

 そっか、あの死神娘のことは椎葉さんには何も言ってなかったのか。学院に来た時はまだいなかったし。

 

 蓮太「そうそう、とりあえず行こうぜ? 店が閉まっちまう」

 

 紬「うん!」



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