ようこそ孔明のいる教室へ (tanuu)
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1章・ようこそ実力至上主義の教室へ
1.諸葛孔明


2期放送決定を聞いて抑えきれなくなった感情を発散させました。最新話でなくても感想くれると泣いて踊ります。あんまり更新は早くないです。ご留意ください。 

疑問質問感想ご意見あれば感想欄にお書きください。



天才とは何か?それは自分と他人の違いを、明確に知る者だ。

 

 『Fate/EXTRA Last Encore』

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 この世界は……と言うよりこの国は平等という事になっている。それはある意味では事実で、ある意味では事実ではない。その捉え方はその人物の置かれた環境が左右し、環境が変われば思考も変わるだろう。もし、真の意味で平等な世界を誕生させたければクローンを量産するしかない。だが、人間が感情を持つ生物である以上、例えクローンを量産してもいつかは逸脱個体が出る。完全な平等は不可能だ。さもなくば、天才はいない。勉強すればだれでも優秀になれるわけでもなく、成長の極限は人それぞれに設定されている。

 

 だが少なくとも人類はその虚構に過ぎない平等を手に入れるため血を流し続けた。その結果、幾千万の死体の上に取り敢えずこの国の安寧は成り立っている。完全平等ではないものの、農奴はいないし貴族もいない。それで十分ではないか。おそらく現状の制度ではこれ以上は望めない。凡そ平等を叫ぶ人間は恵まれていない方に属している。何故皆こうは思わないのか。搾取されたくないのなら、搾取する方に行けばいい、と。倫理的にはかなり間違っている。が端的な解決策だ。尤も、貧民ほど権力を握れば豪華絢爛な生活を求める事が多いと歴史が証明している。自由と平等を叫んだものが次の既得権益になるのだ。人類史はその積み重ねである。

 

 多くの人間は天才ではない。とは言え、天才とは言え一人では世界を変えられず、我々も彼らに太刀打ちできない訳でもない。太刀打ちするための数少ない方法が徒党を組んで立ち上がることだ。一人の英雄は百万の凡人には勝てない。いつだって世界を変えるのは名もなき誰かだ。

 

 100点の人間を作るのは不可能でも、90点の人間を量産することはできる。それは教育だ。教育こそがこの世界を変えていける。現在できないなら、未来に託すしかない。だがただ祈っていても埒が明かない。であれば変えていける存在を作るしかない。1人では難しくても、90点の人間が手を取り合えば必ず未来はいい方向に進んでいくはずだ。私は少なくともそう信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、高尚なモノローグの後だが現状あり合わせの現金がない。真面目に金がない。この日本という一応の資本主義社会において金銭の量はステータスである。自由と福祉を享受するためには最低限の資金が必要だ。しかし、私にはそれが現在無かった。15歳、中学3年生でそれに悩むのもおかしな話である。普通ならば。

 

 遊び過ぎて金を失ったわけではない。ついでに言えばカツアゲに遭ったわけでもなくしたわけでもない。収入源が断たれた。即ち、親の死亡である。何とか四月までもたせたが普通にヤバかった。とは言え、それには慣れているつもりだ。金がないくらいならどうとでもなる。外にいた方がよっぽど稼げるのだが……。

 

 ここで進路を迷っていたら我が祖父に進学先を指定された。命令には従わないといけない。なので私は高度育成高等学校という、この日本が作りだした最先端の教育の場、という事になっている場所に向かうのだ。ついでに在学中の金策も手に入れた。これくらいは勘弁してほしいものだ。なにせ、3年間も外出禁止の監獄みたいなところへ行くのだから。

 

 そんなこんなで駅まで一時間、コンビニ……なにそれ?と言うド田舎からやって来る羽目になった。まったくなんでこんな時期にくたばるんだ。母親が小学生頃に死んだため、肉親との別れ自体は凄くショックでもなかった。いや哀しかったが泣きわめくほどでは無かった。というより死んでくれてせいせい……というのは少し可哀想だろうか。まぁ甘んじて受け入れて欲しい。彼は私にとって、少なくとも良い父親では無かったのだから。

 

 中学(全学年で30人くらい)の人々に見送られ、格安ビジホに前泊したが東京のダンジョンにやられ迷いに迷った挙句、何とか高度育成高等学校行きの指定されたバスに乗り込めた。暇だと思考は回り始める。これまで駆けずり回って来たがやっと落ち着けたせいだろう。この学校は3年間外部との連絡は断たれる上、学校の敷地内から出るのは禁止された寮生活になるが、60万平米を超える敷地内は小さな街になっており、何1つ不自由なく過ごす事のできる楽園のような学校。と書いてあった。え~それホント?外部との接触って具体的にどこまでなのか。それが書いてなかった。

 

 普通に考えたらおかしい。幾ら教育機関だからと言え、ある種の監禁を強いる事が許されるのだろうか。何の為に準監禁生活を強いるのか。絶対外にバレたらマスコミとかに叩かれることを中でしてるからだろう。携帯電話は支給すると言う頭いかれた文言があったしそもそもスマホを持っていないガラケー民だったので問題ない。それと、先に送った荷物の中にパソコンをぶち込んでおいた。こちらは禁止されてないから大丈夫。ガバガバじゃないか。

 

 他に考えれば希望の進学先・就職先にほぼ100%応えるってのも怪しい。じゃあ卒業しました、中央官庁に入れて下さい!って言って入れるか?そんな訳。と言うか、そんなことしてたらいつか問題になるでしょうと思う。何か裏があるのは確実だ。では仮に100%進学先の希望に応えてくれるとしよう。日本国内ならまだいいだろう。だが、海外大学はどうなるんだろうか。アメリカやイギリスはまだ日本との関係が良好だが、日本政府が絶対工作できない国とかあるだろうと思う。だから『ほぼ』と言って逃げ道を作っているんだろう。清華大学と書いてマジで入れたら尊敬してやる。中国一の名門大学だ。ついでに世界3位の大学でもある。頑張って政府と交渉してくれ。

 

 他にも疑問は幾つかあるが、それを解決するために色々探せる範囲でデータを漁っておいたのは正解だった。情報は命より重い。だが、まぁ私はその就職率云々はどうでも良い。とにかく、高校を卒業したと言う資格を税金によって一銭も身銭を切らずに得られればそれで良い。後は自分でどうにかする。でも可哀想にね。頑張って育成した人材が確実に一名、国にとって役立たないどころが害になる可能性が高いから。せいぜい税金で三年間生きてやる。取り敢えず水道と電気を無駄遣いしてやろうか。

 

 くだらない事を考えても仕方ない。取り敢えず生き残ろう。中で何してるのか徹底的に秘密主義の学校だ。入学前に、この学校のカリキュラムの仔細を漏らさないという誓約書まで書かされた。破るととんでもない額の違約金を吹っ掛けられる。そんな学校だ。観察と情報収集を怠ると死ぬ可能性すらある。だがそれは困る。死にたくないし、卒業しなくてはならない事情がこちらにはあるんだ。こんな生徒は私くらいだろうと思いながら、鞄にしまった本を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 酔った。盛大に酔った。運転手め……。あのへたくそ。いや、普通にバスで読書してる方が悪いのか。気持ち悪い中、足を引きずって案内板を見て、指定された教室に行く。Aクラスと言うのが私の今年の所属らしい。A~Dまであるのは把握している。大体40人の生徒が×4で160名。

 

 教室に入ると綺麗な部屋だとかより先に違う感想が出てくる。人多いな。このクラスの人数で我が母校の全校生徒を上回っているという驚愕の事実。しかも全員知らない人。全員顔見知りみたいな環境で暫く生きていたもんだから、面食らっている。もう帰りたい。

 

「すみません」

 

 唐突に後ろから声をかけられ、思いっきり入り口を塞いでいたことに気付いた。完全に迷惑な人である。

 

「ああ!申し訳ないです。すぐにどきますので……」

 

 パッと飛びのき教室の中に入り、後ろを振り向く。色白の肌に銀髪でかなりの細身。目立つ容姿だが目を引くのはその杖だろうか。とは言え、それに注視するのは失礼だろう。非があったにも拘わらず初対面の人物に無礼の上塗りは絶対に止めるべきだ。 

 

「本当に申し訳ありません」

「いえ、中に入りたかっただけですから」

 

 そう言うと彼女はそのまま教室内に入り、前方のホワイトボードに貼られた座席表を見て自席に座って行った。ああ、あそこを見れば良いのかとまだ人酔いしながらも見ると、なんと隣席だった。最悪だ。初対面が大事なのにこのざまとは。頭を抱える。凄く帰りたいが、もう帰るべき家もない。ついでに金もない。諦めるしかないと嘆息し、鞄を置いて席に座った。席の場所は後ろの方だ。そっちの方が教室全体を俯瞰しやすくて良いだろう。

 

 会話をすべきか迷うが、黙っていてもどうしようもない。登校を妨げてしまった隣人は本を読んでる。しかし座視して事態を見守るのも得策とは言えないだろう。

 

「その本、面白いですか」

「興味深い内容ではあります」

 

 なんか微妙にはぐらかされた解答が帰って来た。とは言え、面白さだけ見れば微妙だが展開している説は興味深い内容だったのも事実なので、適切な解答かもしれない。しかしこのままでは話題が終わってしまう。それはマズい。いや向こうからしたらそっちの方が良いのだろうけれど、私は困る。相手について多少なりとも把握はしたい。

 

「今、何ページ目です?」

「197ページ目ですね」

「197ページ目……冒頭は『世界は加速的に拡大し、我々の世界は文明単位の歴史は失われつつある。同じ時代を生き、同体験をした者同士であっても最早見ている景色は違ったものになってしまった。それでも全ての人類が同列の歴史を語る事は可能なのだろうか。現代史は今、その問いを突き付けられている』でしたか?」

 

 視線を紙面からずらさなかった彼女は始めて私の顔を直視した。

 

「驚きました」

「一度見た文章なら忘れないと言う私の数少ない特技です」

「それはなかなか便利な特技ですね」

「そうでもないですよ」

「そうですか?」

「ええ。例えば死ぬほど面白くない本があったとします。しかし、最後まで読んでしまった。普通の人は『なんだこれ面白くないなぁ』となってすぐ忘れてしまおうとするでしょう。しかし……」

「忘れられない、と」

「そういう事です」

 

 これのおかげで助かっている部分も大きい。社会科や理科は教科書を忘れなければかなりの点数は取れる。数学も公式や定理を忘れないし、英語も単語を暗記できる。対人関係にリソースを割かない分こっちに脳のリソースを割いているのか。それとも海馬との接続が良いのか。なんにせよ、人は130年分の記憶を溜められるとどっかに書いてあったのでそれをフル稼働させればそれくらい可能なのかもしれない。

 

「すみません、なんだか自慢みたいになってしまって。話しかけるきっかけが無かったものですから。申し遅れました、私の名前は諸葛孔明(もろくずよしあき)。親が何を考えていたのか知りませんが、古の蜀漢の名宰相・諸葛孔明と同じ漢字です」

「ご丁寧にありがとうございます。私の名前は坂柳有栖。ご覧の通りの身体ですからご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

「こちらこそご丁寧な挨拶、痛み入ります」

 

 その口元には微笑みを浮かべている。その目は何かを見定めるような視線を向けてくる。なるほど、都会は怖いものだ。都会コンプを拗らせた同郷の人間が言っていた。「都会人には気を付けろ。笑っていても腹の中で何を考えているか分かったもんじゃない」と。言われずともわかっている。初対面の人間に胸襟を開くほどお人よしじゃない。だが、それを表に出すのも得策ではない。一見胸襟を開いたように。しかし限界まで警戒を。それが私の信じる正しいやり方だ。

 

 視線、表情筋などから人間の感情や思考は読み解ける。どれだけ取り繕っても、だ。

 

「貴方は何故この学校へ?」

「学費が無いからですかね。後住処と光熱費が無い」

「就職率……等ではないのですね」

「貧乏人には死活問題なのです。それに、貴女が信じていたのならば申し訳ないですが、私はこの学校の謳い文句を信用していませんので」

「国営機関なのに、ですか」

「国営だからこそですよ。希望する進路にほぼ100%とは胡散臭い塾の広告でももう少しまともな嘘を書きます。清華大学とか金日成総合大学でも希望して入れるんでしょうか。そんな訳ないと思いますけどね」

「面白い視点ですね」

「取り敢えず卒業できればそれで良いんです。税金で衣食住を保障され、高度であろう学習を受けらればそれで。後は平穏な生活であれば問題ないんです」

「平穏とは、具体的には?」

「戦争とか起きなければ平穏と呼べるでしょう。私にとっては」

 

 人が増えてきたので周りをチラリと見る。禿頭の大柄な生徒が既にグループを形成している。男子が多いようだが。なにもグループに入る必要はないと考えている。最低限話せる関係にあれば、学校生活を送る上に大きな問題は発生しないだろう。むしろ、グループに入るとその対立に巻き込まれやすい。彼がカリスマその1だとしたら、隣席の彼女はその2だろう。私の好みではないが、その恵まれた容姿はカリスマとなりえる。何か起きても平穏でいるためには、中立でいる事が一番のはずだ。

 

 学生は理性が働きにくい。思春期の暴走しやすさと相まって、冷静な思考や損得勘定を上回る事もある。特にこういった学校は閉鎖空間なのだからして、

 

「予想外に面白い生活が送れそうです」

「それは何よりです。幸運をお祈りいたします」

 

 程よい距離感を保つ。その為に会話をする。取り敢えずその目的と行動目標は達成されたと言えるだろう。そして、双方が話を切り上げようとしたのは理由がある。まぁ単純な話で担任教師と思わしき人物が教室に入り、着席を要求したからだった。

 

 

____________

諸葛孔明(もろくずよしあき)

 

学力:A

 

知性:A

 

判断力:A

 

身体能力:B-

 

協調性:B

 

学校からの評価:文武共に優秀な成績を残し、出身校からの評価も高い。発想の飛ばし方や知識の応用力に関しては、高校一年生の生徒としてはかなりの実力を持っていると言える。ただし中学校入学以前の経歴によりD、もしくはCクラスになる可能性もあったが、理事長判断でAとする。よって、今後はAクラスでの研鑽を期待する。




この作品に登場する団体、人物、宗教、思想、国家は現実のものと一切関係なく、全て創作上の存在である旨を明記します。


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2.質問と推測

知は力なり

 

『フランシス・ベーコン』

 

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「おはよう、Aクラス諸君。私はAクラス担当の真嶋智也だ。この学校において、学年ごとのクラス替えは無い。よって、卒業まで私が3年間君たちの担任ということになる。よろしく頼むぞ。今から一時間後に入学式だ。その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた冊子を配らせてもらう」

 

 入学前に渡された資料と同じ紙だ。パラパラとめくるが、特段変化はない。内容もまったく同じだ。こういう時私の妙な特技は役に立つ。この学校は基本外に出れない。三親等以内の血族の葬儀、部活動の大会等の特例を除いて、外出は不可能だ。つまり大会等ならば出れるという事。ならば海外でやる大会ならどうなのだろうか。興味深いところである。

 

 その不便や閉塞感を無くすため、学園都市ともいえる広大な敷地に多くの施設がある。60万平米だと言うからその大きさがわかる。東京ドームは46755平米なのを考えれば破格の面積と言える。それが東京湾の埋め立て地にある訳だ。

 

「皆、おおよそ目は通したか?今から学生証を配る。これは一種のカードになっている。これを使ってその資料に書いてある施設の利用や売店などで色々なものを購入することが出来る、簡単に例えるならクレジットカードだ。ただし、それにはポイントが必要になる。学校内においてそのポイントで買えないものは無いと思ってもらって構わないだろう」

 

 現金はこの地において紙屑と化す。仮想通貨こそが価値を持つ紙幣となる訳だ。近未来的なシステム、通称Sシステムと言う。

 

「施設ではこの学生証端末を通すか、提示することで利用が可能だ。それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。君たち全員には最初、10万ポイントが支給されている。普通のポイントカードと同じく1ポイントは1円と同じ価値を持つ」

 

 軽い喧騒が巻き起こる。1ポイント=1円。つまり10万円を支給されたと言う訳だ。貧乏人には大金だな。チラリと隣を窺えば顔の変化は見られない。10万円を40人に配ると400万円。それが4クラスで1600万円。取り敢えず4月だけで国庫から1600万円が出ていってる計算になる。日本の予算のうち、文教及び科学振興費は5.4兆円。そう考えれば少ないが……。1600万円を12ヶ月だと1億9200万円。それが3学年分で5億7600万円。年間でこのシステムだけで6億円近く出ていっている。

 

 ここは国営機関。秘密のベールに覆われていたが、国営機関の義務として会計報告がある。文科省の奥の奥の方に眠っていたのを発掘してきた。引っこ抜くのに苦労した。このポイントの分の予算は昨年度の支出の教育研究費の生徒生活支援費欄から出ているんだろう。がどうも数字がおかしい。支出におけるその項目の数字は4億円を下回っていた。逆に予算時では6億円を超えていた。つまり、毎月初頭以外にも増える機会もあるという事か。大体上手い話には裏があるもの、と言う訳か。望みを叶えるには対価が必要だ。

 

 ついでに言えば、この学校に割り当てられている予算は相当に高い。学校1つ新設出来るレベルの予算が割り当てられている。しかも毎年。にも拘らず会計報告ではほとんど明るみに出ていない。勿論計上はされているが、ナーフされた金額が世間向けの報告に上がっている。

 

「もっと驚くものだと思ったが、冷静な者が多いようだ。遠慮なく使って構わないが、卒業と同時に学校が回収する。ため込んでも現金化は出来ないぞ。そして、知っての通りこの学校は実力で生徒を測る。入学した時点で君たちにはそれほどの期待が込められているということだ。他人に譲渡も出来る。何に使うも自由だが、無駄遣いだけはしないようにな。それと、イジメ問題に対して学校は厳正な対応を取る。何か質問のある者がいれば答えよう」

 

 疑問はそのままにしてはいけない。それが学習における鉄則だ。ホンの小さな違和感でも大きな失敗に繋がる。それに、慎重な貧乏人は契約にうるさい。僅かでも自分の被る不利益を減らしたいからだ。もし何か落とし穴があったのならば、それは私にとって望ましくない事態を示す。

 

 だが同時に考える。情報は命より重い。では、それを得るための質問をここでしていいものか。後で職員室に行くなりした方が良いのではないか。迷った末にやはりここで聞くことにした。今後のクラス内での立ち位置を得るために先見性はある事を見せておいた方が賢明だろう。敢えて情報をばら撒く方が秘匿するよりいい事もある。

 

 スッと挙げられた私の手に、先生は反応した。

 

「何だ」

「このポイントは来月以降も毎月10万頂けるものなのでしょうか」

「……この学校は実力で生徒を測る。故に、勉学による好成績、運動による好成績、そういった実績に対してボーナスとしてポイントが追加される事もあり得る。また、学生バイトの募集も敷地内店舗や臨時で出る事もあるのでそこで増やすことも可能だ。反面、学生に相応しくない行為、反社会的行為を行うと罰則として没収もあり得る。人によりけりという事だ」

 

 具体額は言わない、と。更に「はい」なら「はい」、「いいえ」なら「いいえ」と言えばいいものを言わない。言えないが正しいのか?微妙に一瞬だけ目が泳いでいた。なるほど。だが答えてくれないなら他に方法はある。もう一つのアプローチ方法で仕掛けてみよう。

 

「ありがとうございます。では次に、何故通常の貨幣ではなく電子決済形式なのでしょうか」

「その答えは簡単で、管理をしやすくして盗難の可能性を無くし、また生徒間での金銭の移動を見えるようにすることでトラブルを防ぐと言った目的がある」

「では、個人や保護者の資金を利用できないのは何故でしょうか」

「この学校では平等を重んじている。各生徒の保護者などの資金力によって差が出ないようにするためだ」

「ありがとうございます。最後にもう一つよろしいでしょうか」

「構わないぞ」

「このポイントは生徒生活支援費と言う公式名称ですか?」

「そうなるな。Sシステムは正式名称をStudent life support systemと言う。日本語だと生徒生活支援システムだ。ポイントはシステムの部分を置き換えてくれ」

「なるほど、良く分かりました。ありがとうございます」

 

 聞きたいことは分かった。丁寧に礼をして謝辞を述べる。

 

「他に質問のある者は?……いないようだな。では、入学式までは自由にしてくれて構わない。時間になったら呼びに来る」

 

 そう言うと担任は退出した。静寂は崩れ、あちらこちらで会話が聞こえる。学生なんてこんなもんだろう。

 

「学生に10万ものお金を与えて良いのでしょうか」

「さぁ、それは価値観によるでしょうね。国家へ貢献してくれるならば安い投資なのかもしれません」

 

 隣人の問いかけに応える。私のように国家に貢献する気がさらさらない人間からしたらここはいいカモだ。入れさえすれば衣食住が保障される。生活保護の素晴らしいバージョンじゃないか。学力さえあればどうにかなる分素晴らしい。世間の困窮しているけれど学びたい人は是が非でもここを目指すべきだろう。そうすれば学力は手に入るし生活も保障される。ついでにお小遣いも貰える。国からすればしっかり学んでくれる学生を囲い込める。社会保障としてはアリだと思うのだが。

 

 先ほどから視線を感じる。どうも他のクラスメイトから注目を集めているようだ。目立つ外見の少女と隣の席の男が話していれば当然気にもなるだろう。当たり前の心理だ。

 

「そう言えば、先ほどの質問にはどんな意図が?」

「貧乏人は契約にうるさいんですよ。損はしたくはないですからね」

「前者の方はそうでしょう。しかし、最後の質問にそう言った要素は感じられませんでしたが」

「そうですね……まぁ言ってしまえば10万毎月貰える訳ないと思ったのです。その裏付けを取りたくて後者の質問をしました」

「裏付け」

「はい。裏付けです。この学校は国営団体。であれば、予算案含む会計報告があって然るべきでしょう。そして私はそれを”偶然”見つけた。その上で中身を確認したところ、生徒生活支援費と言う項目がありました。しかし、昨年度のそれに使われた支出は5億7000万円を下回っていました。予算時では6億円以上あったにも拘わらずです。つまり10万円分毎月渡しているわけではないと言えるのです。毎月10万全校生徒に渡していたら5億7000万円を下回る訳がありません。つまり、この10万は初期値でありここから加点されていくのみではなく、減点もあり得るという事でしょう」

「なるほど。筋は通っていますね」

 

 まずった。ちょっと浮かれて話し過ぎた。

 

「ともあれ、と言うのが私の推論です。それを裏付けたくて質問しました。恐らく合っているとは思いますが、あくまでも想像に過ぎません。勿論、全くの誤りである可能性もあります。いずれにせよ、先立つ物があった方が良い。貯蓄は大事です」

 

 実際そうなのかどうか、それにくわえて減点されるとしたら何をしてどの程度なのか。全く分からない状況だ。今はいわゆるお客様期間なのだろう。故に、ぬか喜びさせている可能性が高い。ここはもしかしたら蟲毒なのかもしれない。多くの優秀な人材をあつめてふるい落としにかけ、残った者だけを拾い上げる。そういうシステムなのだろうか。

 

「興味深い話を聞かせてもらった」

 

 この施設の目論見を思案していると、声をかけられる。大柄で禿頭の男。先ほどからある程度の人数に囲まれていた。ある種のリーダー格になっていくのだろう。こちらの観察する目を見て、私が盗み聞きされたのを不快に思ったと考えたのだろう。弁解を始めた。

 

「盗み聞きするつもりはなかった。すまない。俺は葛城康平。よろしく頼む」

「いえ。やや大きい声で話してしまっていたかもしれませんので。私は諸葛孔明と言います。どうぞよろしく」

「それで……ポイントが毎月10万もらえない可能性があると言う話だが」

「あくまで仮定です。しかし、先生ははいかいいえで解答可能な質問を敢えてスルーしました。論点ずらしですね。それは貴方も気付いていたのでは」

「ああ、なんとなく違和感を感じてはいた。仮にもしそうだとして、どういった行動が減点対象になるのだろうか」

「さぁ……詳しくは分かりかねますが学生に相応しくない行為、反社会的行為がマイナス対象と説明されました。例えば私が誰かをぶん殴ったらその分減点されるのではないでしょうか。点数は不明ですが」

「自己責任、という事か」

「実力が大事と言うならそうなのでは?また、授業中の態度なども入っていそうですね。居眠り、携帯、私語、理由なき欠席等もダメそうです。学生に相応しくない行為、ですからね。後は、テストの点数とかですかね?」

 

 学生に相応しくない行為、と言う理由以外にも教室に多数配置されている監視カメラもそう考える要因になった。前に三つ。両サイドに一つずつ。後ろに三つ。真ん中に全角度型が一つ。過剰にも思える量だ。外見からメーカーが特定できるのでその撮影範囲を考えてみたが死角がない。

 

「4月、入学時と言うのは気が緩みがち。かつ、このような難関校に入学できたと喜んでいることでしょう。ですので、却ってこういう時の引き締めが大事だと愚考します」

「非常に理論的な説明だ。ありがとう」

「いえ、お役に立てれば幸いです」

 

 これで彼からのそこそこには優秀な人間と言う印象は得られただろう。まずはこれで十分だ。

 

「皆も聞いていたと思う。せっかくこの学校に入学できたのにつまらない事で失敗したくは無いだろう。自分自身の為に気を付けていこう」

 

 うんうんと頷いている者が多い。そうでなくても気を付けようと思っている顔の者が多数だ。

 

「そしてだ。この中の何人かとはすでに言葉を交わしたが、それでもまだ名前も知らない相手がほとんどだ。これから楽しい学校生活を送るにあたり、俺は1人でも多くの生徒とコミュニケーションを取れればと思っている。そのためクラスの親睦を深める意味も込めて自己紹介の場を設けたいと考えているのだが……どうだろうか」

 

 これがリーダーの行動力か。早速仕切り始めた。しかし、そう悪い事でもない。こういう人物に任せておいた方が楽に進むことも多いのだ。次々と始まる自己紹介。今のうちに全員の顔と名前を頭に叩き込んでいく。そうしているうちに自分の番が回ってくる。

 

諸葛孔明(もろくずよしあき)です。親が何を考えていたのか、漢字表記は三国志でおなじみの孔明です。四国の山奥のド田舎から来ました。中学校まで山野を歩いて1時間、吉幾三の歌にありそうなところ出身のガチ田舎者です。東京の人の多さとこのクラスの人の多さに戸惑っていますが、早く慣れたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 拍手が起きる。民度が高い。良いことだ。それからは特に何もなく、入学式を終え、解散と言う運びになったのだった。クラスでは自己紹介の音頭を取った彼、葛城康平と私の隣人、坂柳有栖を中心に二つに分かれ、どこかへ遊びに行った。当然その中にいない者も10人ほどは存在していたが。私も勧誘されたが、丁重にお断りして学内を歩いている。早く地理を把握したかった。何処に何があるのか、どういう構造になっているのか。

 

 スーパーやコンビニで無料商品を発見した時は感動した。それ以前にコンビニの存在に感動した。東京は物価が高いと憂鬱だったが、かなり安い。しかも、生活インフラに関わるスーパーとコンビニは24時間営業の為、品物入れ替えの時間帯(午前五時ごろ)に行くと更に輪をかけて安く売ってくれるらしい。最高のシステムだ。無料食材と激安食材だけで生活できそうだ。素晴らしい。

 

 他にもカラオケ、映画館、本屋、服屋、ファミレス、高級レストラン、ゲーセン、家電量販店、雑貨店等々なんでもあった。寮に帰ろうとした時には既に午後8時を回っていた。最後にスーパーで今週分の食材を買って袋片手に帰路につく。その途中にあるコンビニで買い忘れを買おうとした時に店内で面白い光景を見かけた。

 

 他にもそこそこ生徒がいる中、注意して見ないと分からないが、上方をしきりに気にしている。視線があちらこちらを泳いでいるのが分かる。だが結局何かを買うでもなく出ていった。行動をトレースしてみると、視線の先には監視カメラがあったことがわかる。立っていた場所は死角と思われる場所。あの人物。確か同じクラスの。自己紹介イベントやってくれて助かった。暫く、要注意して観察してみよう。何か、使えるネタになるかもしれないのだから。

 

 卒業するのが最優先で入学したが、学校生活を快適かつ有意義かつ楽しく過ごしたいと思うのは当然の事。それの第一歩になるかもしれないと思い、口角を上げながら店を出た。

 

 

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<報告>

 

高度育成高等学校の内部では10万円分の仮想通貨を唐突に配布された。施設内に置いてはあらゆるものを購入可能と言う説明であった。「あらゆるもの」の範疇は未だ不明だが、今後解明していく予定。文字通りに受け取るのであれば、犯罪行為でない限り何であろうと購入可能と推測。具体例:出席点、定期試験の点数、何らかの権利などと予想。また、クラス分け基準も未だ不明。意図無しとは考えられない。

 

当方の配属はAクラス。現状早速大きな二つの集団が形成されつつある。対立構造に至るかは不明。要経過観察。

 

 

<要求・追記>

 

以下の人物の個人情報を要求する。優先順位は上から順に。特に、最上位の人物は最優先での収集を求める。駒となりうる可能性あり。下二名は上記グループの中心人物と目される。

・神室真澄

・坂柳有栖

・葛城康平

 

また予算・決算の共有感謝する。政府高官用資料であるが、大分役に立つ。やはり内部データの引っこ抜きは難しいか?

 

 

<返答>

 

了解した。一週間は待たれたし。また、二番目の人物は理事長の息女である旨を先に伝達する。遅れる可能性あり。承知せよ。内部データは取り出し困難。不可能に近い。ただ、政府中枢の場合はやや時間はかかるものの取り出し可能。



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3.サーヴァント

人はいかに遇されるかによって、それなりの人物になっていく

 

『ゲーテ』

 

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 それから約1週間が過ぎ、学校の方は順調に進んでいた。授業のレベルは高いが、それでも分かりやすい。変なオリエンテーションなどを挟まずにサッサと進めていく辺りは流石進学校だと感心したものだ。監視カメラに気付いているとあまり良い気はしないが、隣国では既に街中のいたるところに監視カメラがある。落とし物をしてもすぐに見つかる等の利点もあるのだが。

 

 放課後は色々見て回っている。まだ授業には余裕がある。その内にやりたいことをやってしまった方が楽だ。人脈づくり、施設の把握、他クラスの様子の観察、先日発見した存在の尾行。最後だけ頭おかしいが、それ以外はまぁまともなはずだ。食堂に無料で食えるメニューがあるじゃないかと喜び勇んでそれだけ食べていたが、どうも食ってる最中の上級生からの視線が気になる。自意識過剰ではなく見られているのは事実だ。それも侮蔑を含んだ目線、或いは同情を含んだ目線で。いや確かに同じのばかり食べているのは変かもしれないが、そんな目で見る事は無いだろうに。

 

 決してそれを頼んでいるのが自分1人と言う訳でもない。あまり美味しそうに食べてはいないが、上級生でも食している人はいる。顔ぶれは変わらない。何らかの理由があるのだろうか。ポイントを使い過ぎた=金がない可能性が高いが、まだ4月の最初の週だ。どんなに金銭感覚壊れてても仮に10万与えられたとしたらそれを使い尽くすのは常識的ではない。逆に金があるけど節約したという可能性はある。だがマズいと思っている物をそこまでして食べるだろうか。個人的には実家で食っていた物と類似している為非常に美味しい。と言うより食いなれている。ポン酢とか使えるんだし工夫すればこれで一年余裕だろう。

 

 この学校は平等を重んじていると言った。であるが現に生活レベルに差が出ている。個人の散財のし過ぎかもしれないが、穿った見方をすればスタート時の平等性を重んじているだけでその後は違うという事だろうか。もしくはこのポイントが今後重要になる局面が発生し、親の金が使えると金銭無双してしまう生徒がいるからかもしれない。

 

 ともあれ、全ての事項には理由があり、法則性があると言うのが私の信条だ。山菜定食を食っている先輩の共通点を見出そう。素直に理由を聞いても良いのだが、全然知らない先輩に話しかけるのは億劫だ。と言ってもやる事は単純で、無料の山菜定食を食っている人の後を付いて行って観察するだけである。すると、面白いことに学年は違うが全員Dクラスの生徒であった。チラリと教室を見れば空席も多い。休んでいると言う訳ではなく物理的に席がない。つまり、40人ではないのだ。クラス替えは無いと説明された。しかし、人がいない。教員が嘘を言っていなければ、考えられる可能性は一つ。退学したという事だ。

 

 しかし結構な退学率だ。なんだろう、高専か何かなのだろうか。そんな異様な光景に眉を顰め、昼休みに騒ぐ同級生を他所に職員室へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 小奇麗な職員室だ。うちの母校のボロい職員室とは全然違う。唯一違う点はこの学校の職員室に冷蔵庫は置いてなかった。中学時代はそこに入ってる教師用のアイスをたかったりかっぱらったりしていた。懐かしい。思い出を回想しながら、用件を告げる。

 

「失礼します。1年Aクラスの諸葛です。真嶋先生はいらっしゃいますか」

「どうした。授業の質問か」

「授業のものではないんですが……学校の状況についてと言いますか、システムについてと言いますか」

「……分かった。ではこっちを使おう」

 

 案内されたのは生徒指導室だった。まるで問題を起こした不良生徒かなにかみたいで気分的にはそんなに良くない。しかし、悪気はないようなので、単純に職員室で話すような内容ではないと思ったのだろう。

 

「それで、どうした」

「はい。まず一つ、この学校って退学者が多いんですか?」

 

 パッと反応されず、長い沈黙があった。

 

「先生?」

「……ああ、すまない。何故そう思ったんだ」

「いえ、上級生のクラスを覗く機会がありまして。一クラス40人の入学者を4クラス分、つまり160名毎年取っていると言う話でしたが、机の数が物理的に少なかったもので。体調不良や部活でお休みなのではなく在籍していない、つまり退学したのではないかと思ったのです」

「この学校に相応しくないと判断された生徒に対しては、退学勧告を出すこともある」

「相応しくないと判断されると言うのは、具体的にはどういったことなのでしょうか」

「まずは最初に説明したようにイジメ問題は事実であると確認され次第即退学だ。他にも非合法行為に関しては程度によるが退学となる。お前は品行方正な生徒のようだから問題ないだろうが。過去には下級生相手に詐欺を行ったことが露見して退学になった生徒もいるな」

「なるほど。つまり、問題行動を起こさなければいいと。では、今の上級生の諸先輩方は大分暴行や窃盗を行った方が多いようですが……治安悪すぎませんか?」

「当然、それ以外にも相応しくないと判断されることはある」

「学業成績不振、とかでしょうか」

「既定の条件を満たさない場合は、やむを得ないだろう。ここは国営の優秀な人材を育成するための機関だ。当然、学力も重要視される。単位を取れない場合はこれに該当するな」

「単位の規定はなんでしょうか」

「授業への3分の2以上の出席と赤点を取らないことだ。ただし、入院や部活、指定の感染症による休みの場合は欠席扱いにはならない」

 

 これを満たさない場合は退学もあり得る、と。あり得るではなく退学になるのだろうか。

 

「追試ってあります?」

「先ほど言った欠席扱いにならない条件で受けられなかった生徒には存在する」

「ありがとうございます」

 

 つまり、婉曲に言っているがそれ以外の生徒には無いんだろうな。という事は赤点退学かい。自分の勉強に自信が無い訳ではないが、かなり厳しい条件だと思った。ただ、それだと上級生のDクラスに比較的席がない=退学者が多い理由が見えてきた。この学校のクラス分けは成績順の可能性が高い。だが、Aクラスにも無い訳ではない。私の予想が間違っているか、テストと素行不良以外にも退学になる要因があるのか。どちらにしろ、この学校を卒業する事が最終目標な私にとって困る話だ。

 

「質問は以上か?」

「最後に1つだけ。この学校が重んじるのは個人としての優秀さでしょうか、それとも集団の一員としての優秀さでしょうか」

「…個人として優秀であることと、集団の中の一員として優秀であること、そして集団として優秀であることはいずれも社会の中では重要視されることではないか?」

「確かに、その通りですね。お聞きしたかったことは以上です。お時間いただきありがとうございます」

「いや、生徒の質問に答えるのは教師の務めだ。何かあったらいつでも言いなさい」

「ありがとうございます。失礼しました」

 

 生徒指導室を後にして、思った以上にシビアなこの学校の状況に嘆息する。無事に卒業出来れば良いが、平穏な生活は遠そうだ。まだまだ把握できていないことが多い。いや、正確には把握させてくれない事が多い。そしてもう1つ。この学校はてっきり優秀な個人を育成する事が目標だと思っていた。しかし、そうでは無いようだ。つまりそれ以外、性格面などチームプレイをする上に優秀であることも求められている。更に、こうも言っていた。『集団として優秀であること』も重要だと。私は『個人として』か『集団の一員として』の2項目しか聞いていない。勝手に付け足してきたという事は、それに意味があるという事。

 

 察するにここは自己責任でもあり、連帯責任でもあるという事か。私の当初した予想、貰えるポイントは個人の素行に由来する、と言うのは誤りだったかもしれない。個人の素行が他人の収入に直結する可能性もあるのだ。だが、この情報は確実性がなさすぎる。根拠も乏しい。秘匿しておくべきだろう。暫くの間は、な。

 

 昼休み終了を告げる予鈴が鳴る。後5分で授業開始だ。足取り重く、自クラスへ向かった。

 

 

 

 

 

 放課後。今日も今日とて学内をうろつく活動を行う。そろそろ何かが起こる。野生の勘からそう思っている。山野は危険が多い。それを察知しないと簡単にくたばってしまう。感を鋭くするのは大事な事だった。

 

 そしてその予想は当たることになる。自動ドアを潜り抜けてカツカツと標的の元へ向かう。足音を殺し背中に迫り、監視カメラの死角であること、周囲に人がいないことを再度確認して、隠し持っていた物を突き付ける。

 

「動くな」

 

 発せられた声は我ながらかなり低かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________

 

 入学してから1週間が過ぎた。特に何もないつまらない日々。今まで色々調べて、ある程度大事な事は把握した。寮に帰宅する途中のコンビニで所用を済ませて動こうとした瞬間だった。背中に金属製の何かが押し当てられる。まったく気配がなかった。音もしない。音に関しては店内のBGMのせいかもしれないけれど、それでも全く気付けなかった。

 

「動くな」

 

 ドスのきいた低い声が後方から私だけに聞こえる声で響く。振り返ってどうにかしようとした手首が掴まれる。顔だけ振り返った私に対し、さっき背中に当てられていたモノが顎の下に移動した。冷徹な光を灯した目をしている男が私にそれを押し当てている。

 

「どれだけ注意していても、どれだけ慣れていても、人は何かに集中しているときには他に対して警戒が疎かになる。再度言うが動くなよ。俺にこれを街中でぶっ放させないでくれ」

 

 男の手に握られていたのは黒いモノ。冷静になれば何であるか認識できるようになった。凡そ日本では販売されていない物品。黒光りする拳銃が握られている。だが、最近はモデルガンなら購入は容易だ。おそらくそっちなのだろう。

 

「クラスメイトにいきなりモデルガン突き付けるなんて、どういうつもり」

「これがモデルガンかどうか、確かめてみるか?」

 

 男は……いや、1年Aクラスのクラスメイトである男はそう名乗った。諸葛孔明(もろくずよしあき)。クラスの中心になっている葛城と坂柳の二人のどちらとも距離を平等に保ちながらフラフラしている男。特定の誰かとつるむことはなく、いつも無料の食事ばかり採っているため貧乏人の渾名が陰で付いている。とは言え、ポイントシステムについての筋の通った推論から、一目置かれてもいる。人畜無害そうな顔をしていたが、今ではその面影はなく、平気で人を殺ってそうな顔になっている。

 

「キミの行動は全て録画済みだ。心臓を撃ち抜かれて死ぬか、言う事を聞いて取り敢えずこの瞬間は生き残るか、選ぶと良い」

「なに、私の行動って、何もしてないんだけど」

「困窮している者の窃盗を自分に実害がない限り否定する気はないが、快楽目的は些か好きではない。それに、こちらにも色々事情があってね。ここで話すと面倒だ。付いてきてもらおうか」

 

 多分全部露見していることが確定したので、大人しく外に出る。この男が持っているモノが仮に本物であれ偽物であれ、撃たれればダメージを食らうだろう。痛いのはゴメンだった。店外に出れば突き付けていたそれは何処にしまったのやら、外からは全く普通に見えた。

 

 カツカツと歩き出した背中に黙って従う。逃げても良いが、どう転んでも不利にしかならないだろう。この時間帯のこの辺は人通りが少ない。しかも意図的にカメラの射程外を歩いているせいで、何をしても無駄なのはわかった。

 

 反対側からちんまいのが歩いてくる。杖と言うとても目立つトレードマークの少女。Aクラスで早くも静やかなるリーダーシップを見せている女。坂柳有栖だ。

 

『しゃべるな』

 

 前を歩く彼がさりげなくポケットに手を入れ何かいじった後、その後袖に隠して出し、背中に回した携帯の画面を後ろに居る私に見せてきた。従うしか選択肢は残されていない。坂柳も頭は回るようだがフィジカル面はどう考えても期待できない。最悪、二人ともボコされて終わりだ。

 

「あら、珍しい組み合わせですね」

「たまたまご一緒しまして」

 

 穏やかな声で言っている。私にさっき向けてきた殺意マシマシの声とは大違いだ。

 

「もしよろしければ、この後どうですか?」

「いえ、残念ながらそれはまた今度でお願いします。この後、彼女に用事があるものでして」

「おや、もしかしてデートですか?」

「そんな洒落たモノではありませんが、趣味の一致が見られたものでして」

「なるほど、それでは私はお邪魔ですね。それではまた今度」

「ええ、また明日、学校で」

 

 結局話を振られなかったので言われたように一言も話すことなく終わった。すれ違いざまに見た彼女の顔はやや残念そうに見える。「先を越されましたか」小さくそう呟いているのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 エレベーターを昇った3階。開いた扉の先に続く通路を顎で示され、歩き始める。行き先は何となく想像していたが彼の部屋だろう。開錠され、暗い部屋の中に入らされる。後ろで鍵がロックされた。

 

「靴箱の上に金属類を全て出してもらおうか」

 

 もういいだろうとばかりに速攻で銃口を後頭部に突き付けてきたので大人しく従って携帯などを置く。部屋の中は沢山の段ボールと本が所狭しと並んでいた。二人用のテーブルの奥側に座るように命令される。座って気付いたが、逃げられないようにされていた。携帯を取り上げられ、通報も出来ない。走って逃げようにも奥側なのでまず凶器を持った人物を押しのけて本や段ボールのせいで足の踏み場もほとんどないところを走って逃げないといけない。まず無理だ。その為にこの雑多な部屋のレイアウトになっているんだろう。勉強机の上では黒い大きなパソコンが唸っていた。

 

「さて、初犯じゃないな。外で何度もやってきただろう。手つきと行動が完全に素人じゃない。しかし入学して1週間でやるとは。大したものだ。ああ、そうそう、言っておくが私は窃盗を咎める気はないぞ。バレなければ犯罪じゃないが私のモットーだ。あと、刑法に窃盗はダメと書いてないからな。するとどういうペナルティが課されるか書いてあるだけだ。それはともかく……どうするかな」

「……好きにして」

「ほう?ではまず手始めに盗った物全部出してもらおうか」

 

 もう流石に観念している。諦めて全部出した。

 

「お前……酒飲むのか?」

「……飲まない。別にお酒になんて興味ないし」

「ああそう」

 

 そう言うと呆気にとられる私の前でカシュっと缶を開けて一気飲みし始めた。

 

「チッ。マズいな。もっと高いの盗ってこいよ。こんな安酒持ってきやがって」

「……は、あんた、何してんの」

「窃盗犯に言われたかないね。田舎じゃよくあるんだよ。飲めない方が馬鹿にされる。腐った日本の因習、言い換えれば古き良き昭和だ」

「頭逝ってんでしょ」

「正常な人間は銃口を他人に向けない」

「まぁいい。それで、さっさと私を学校に突き出せば。証拠も揃ってるんでしょ」

「あいにくとそうするとこちらが不利益を被るんだ」 

「あんたがやらないなら私が……」

「私が、どうした?え?」 

 

 ヒラヒラと私から取り上げた携帯を見せてくる。

 

「まぁ落ち着き給え。お前は困窮しているからしているのではなく、己の欲望を満たすためにやっているんだろう?恐らくその原点にあるのは自分を必要として欲しいという欲求、そして自分を見て欲しいと言う欲求。違うか?ま、家庭環境を鑑みればわからんでもないがな。それでも両親にはいい顔してきたんだろ?そして少なからず恩義も感じている」

「あんたが私の何を知ってるのさ」

「なにもかも」

 

 サラッと目の前の男は言った。そんな訳ない。だってこの学校に入って初めてあったはずなのだから。

 

「お前をこのまま解き放つと自主退学してしまいそうだな。そうなっては面白くないし骨折り損のくたびれ儲けになってしまう。それは好まないところだ。取引と行こう、神室真澄。俺の部下となりたまえ。その代わり、少なくとも窃盗に走らなくても満足は出来る学校生活を提供しよう。それに、俺はお前が必要だ。残念ながらグループのリーダー格になるほどカリスマ性がある訳じゃない。しかも女子への伝手があまりない。お前に断固拒否されると困るんだ」

「嫌だって言ったら」

「……」

 

 彼は私の質問に答えずにその辺の段ボールの上に無造作に置かれていたファイルを手に取った。

 

「神室優紀。年齢14。誕生日は6月3日。千葉県習志野市××町〇丁目在住。習志野市立△△中学校2年2組出席番号は…3番。将来の夢はサッカー選手。近くにある強豪高校・市立船橋を進学目標に定めている。中学校ではサッカー部のエースとして活躍。努力型で誰からも好かれるタイプ。好きな人物は本田圭佑。なるほどなるほど。好青年だねぇ。いい子だ。サッカーに情熱を注ぐ、熱い青春だね。こんな子が足を無くしたら、どれだけ人生に絶望するだろうか」

 

 読み上げられたのは私の従弟のプロフィールだった。年に大体一回くらいしか会わない従弟だったけれど、まぎれもなくその名前と学校と部活はそうだった。

 

「足を無くすって、そんなの出来る訳……!」

「俺は彼に何か危害を加えるなんて一言も言っていない。ただ、そうなったら可哀想だね、と言う一般論を述べただけだ。それに、この情報をこの密閉された学校で手に入れられた人間が、彼に接触出来ないと思うかね?」

 

 出来るものなのか、それともはったりか。いやそれ以前にどうやって情報を手に入れたのか。分からないことが多すぎて混乱している。

 

「神室敏則。年齢49。誕生日は11月19日。東京都足立区××町のマンション○○○○の19階1901号室在住。お前の住所だな。産まれは東京都墨田区。勤め先は大藤商事。おお、良いところに勤めているな。最終学歴は東京大学法学部。現在のポジションは営業部部長。出世が早いようだなぁ優秀なんだろう。残業が多く、入社以来あまり家には帰れていない。神室真帆。年齢46。誕生日は3月21日。住所は同じ。産まれは愛知県豊田市。勤め先は聖マリアンヌ医科歯科大学附属病院の看護師。同じくあまり家には帰れていない。その為、一人娘を幼少の頃から保育園に預けるなど育児放棄とまではいかないまでも放置していることが多かった。旅行などもなく、家族団らんの場は無いに等しい。冷え切った核家族だな」

 

 ペラペラと両親の個人情報が明かされていく。

 

「彼らの運命がどうなるか、お前次第だ。退学するのは自由だが、その場合、彼らの職場にお前のやらかしたことが詳細な情報と共に郵送される。どうなるだろうな。築きあげてきたお前の親のキャリアは。人生は。それとも、不幸な交通事故の方がお好みか?」

 

 もう、どうすることも出来なかった。手がかからないからと放置されてきたのは事実だけれど、それでも親に死んでほしいとは思っていない。明らかに目の前の男はまともじゃない。この学校にいながら私の両親をこの世から抹殺することも可能としか思えなかった。

 

「…………分かった。言う事をきく。だから」

「良いだろう。それならば彼らに手出しをするのは中止だな。三親等の血族から一人ずつやっていくつもりだったが……残念だ」

 

 もう脅迫も脅しも隠さない。私が外部に漏らせないと確信したんだろう。

 

「それで、何をすればいいの」

「差し当たっては取り敢えず親しい友人と言う事にしましょう。それで、時々指令を出すので実行してきて下さい。もし、漏らすようなことがあれば……分かりますね?」

 

 教室での口調に戻り、冷徹な雰囲気と目つきは鳴りを潜めた。それでも口は不気味に弧を描いている。明らかな脅しに、頷くしかない。

 

「よろしい。これは私の連絡先。こっちは学校の端末。こっちは緊急事態用。これも漏らさないように。そちらは災難だと思っているでしょうけれど、先ほども言ったように多少は面白みのある生活を保障しましょう。なにより、私は君が必要です。いないと手駒が無い状態で過ごすことになってしまいます。このよくわからない事の多い謎のベールに包まれた学校でそれは危険です。それと、窃盗はもうやめてくださいね。私以外に露見すると厄介なので。証拠は全てこちらで処分します。問題ありませんね?」

「……逆らえないんだから問題あるも何もないでしょ」

「ええ、確かにその通りです。では、今後ともよろしく。期待していますよ」

 

 そう言うと私に没収したものを盗品以外全部返す。

 

「それではまた学校でお会いしましょう。おやすみなさい」

「……1つ聞かせて」

「何でしょう。残念ですが、情報源は明かせません」

「それは諦めてる。そうじゃなくて、あんたは何の為にここに来たの」

「何の為?ああ、それは簡単ですよ。高卒資格の為です」

 

 嘯く彼はニコッと笑った。どう考えても善意の笑顔には見えない。とんでもない事になってしまったと思いながらエレベーターに乗る。明日からこき使われるのは確定だが、家族の命がかかっている以上、どうしようもない。あの情報量、どうやって集めたのだろう。私は確実にあの男を知らなかった。この学校で初めて出会った。なのに、両親はおろか、従弟の情報まで持っていた。なにか恐ろしい悪魔と契約したような気がして身震いする。同時に、やっと必要とされるのかもしれないと言う微かな期待も存在していた。

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

<報告>

 

この学校は退学の可能性が通常校よりも圧倒的に高い。恐らく、赤点は即退学と思われる。こちらは学業に問題はないので心配無用。現段階では不明確だが、ポイントが必要になってくる場面が訪れる可能性高し。財産確保の必要大。

 

個人としての優秀さ、集団の中での優秀さ、集団としての優秀さ。この3つを主に求めていると推測。個人主義的な教育ではない模様。ポイントのペナルティも連帯責任の可能性高し。また、最後の項目から、今後クラス対抗で何かを行う試験も予想される。要注意兼要観察。また、クラス配属の基準も総合的な優秀さの順である模様。Aが最優か。

 

 

<要求・追記>

 

 神室真澄に関する素早い情報提供感謝する。脅しをかけ、傘下にすることに成功。諦観癖のある人間であったため、すぐに屈服した。今後は造反に注意しつつ、こき使っていく。また、残り2名の情報提供もなるたけ早くするよう願いたい。それが済み次第、他クラスの中心人物に移行すると先に通達する。

 

 

<返答>

 

 手駒の入手は喜ばしいが、くれぐれも機密保持は厳守願う。残りの2名は現在調査中。葛城康平は比較的早く済みそうではあるが、坂柳有栖がやはり困難。増員して調査にあたる。また、地下の調査も引き続きするよう求める。



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4.クラスポイント

忘れられた夢は、地下で、薄い薄い層になり積み重なってゆく。深く掘れば掘るほど、夢の層は密になっている。

『果てしない物語・ミヒャエル・エンデ』

_____________________

 

 

 

「おはよう」

「…………」

 

 入学してそうそう中々やらかしていた同級生を色々あって傘下に加える事が出来た翌日。仏頂面で頬杖をついている彼女に声をかけたが、すんごい嫌そうな顔をされる。

 

「おはようございます」

「……」

「おい、挨拶は返せ。感じ悪いなぁ」

「……なに?」

「そんなに偉そうに出来る立場じゃあないですよね。てか、そんな顔だと変に勘繰られるからせめてもう少し普通にしていてくれ」

「分かった。で?」 

  

 あまり会話をする気はないらしい。酷い事だ。なお、これ以上手駒は増やさない方が安全だ。一人に注力した方がこちらも造反を防げる。生憎、カリスマなんてこれっぽっちもないので、ある程度信用しつつ裏切りも視野に入れておく必要がある。部下が多いと出来る事は増えるがその分負担も増す。それぞれにメリットを用意するのは骨が折れる。だが、一人ならそんな事しなくていい。

 

「放課後、集合」

「どこへ」

「マイルーム」

 

 嫌そうな顔は崩れていないが、それでもさっきよりはマシになったので及第点だとしよう。これ以上やると面倒なことになりそうなので、その場を離れる。我が隣人はまだ来ていない。あの女絶対危ない。昨日すれ違ったときも「先を越された」と言ってやがった。明らかに神室真澄が教室内でボッチ……浮いている……友達がいない……どういっても角が立つがともかく一人でいる事が多いのでさっさと手下にしてしまおうと考えたのだろう。そうはいくか。

 

 坂柳有栖がどの程度の頭脳の持ち主かまだまだ測りかねている。それを完璧に把握するのも私の仕事なのだが……まぁそれはおいおい明らかになるだろう。もっとも彼女にはいかに頭脳が優れていてもどうしようもない弱点があるが。けっして障害者差別ではないが、あのフィジカル面での最弱さはどうしようもないだろう。つまり、暴力を行使することを躊躇わない人物と対峙すると1対1では確実に敗北する。

 

 また、自分で動いて情報調査などもやりづらい。そうなると誰か部下を使う必要がある。フィジカル面の雑魚さ、それに付随する駒の必要性。それが大きな弱点だ。つまり、逆に言えば王を射んとすればまず馬を射よと言うように、彼女を倒したければ部下を倒せばいい。

 

 もし、あの足が本当に動かないのだとしたら、の話だが。

 

「流石に考えすぎか」

「何がだ?」

 

 漏れ出た独り言に反応される。

 

「ああ、誰かと思えば。貴方か」

 

 森重卓郎。クラスメイトの一人だ。

 

「特になんでもないです」

「そっか。でさ、お前、神室ちゃんと仲良いの?」

「まぁ、それなりには」

 

 この後に続く台詞は紹介してくれない?だろうな。

 

「神室ちゃんあんま他の女子とつるまないじゃん」

「紹介しても良いですが、あまり期待は出来ませんよ。クラスで一番話す男子だと言う確固たる自信はありますが、それでも塩対応ですので。すげなく袖にされるのがオチかと。とは言え、アタックしたいと言うのであれば止めはしませんが……」

 

 こんな風に言えばこの手のタイプはすぐ諦める。靡かないクール美人を落とすのが昨今の流行りと思っていたが違うのか。私の母校の性癖おかしいやつの思考なだけで流行りでは無かったのかもしれない。

 

「ちぇ~残念。そうだ、知ってるか?BとDにすんげぇ美人がいるんだぜ」

「あまり他クラスの事はまだ。どんな方々なんですかね」 

「Bのは一之瀬帆波って子だ。ほら、この学校って○○委員みたいなのあんまないじゃん?だから学級委員を作って団結しようって呼びかけたみたいだぜ。Bの女神って評判だ。あと、Dの方は櫛田桔梗って子だ。色んな奴の連絡先を聞いて回ってるから、そのうち来ると思うぞ」

「へ~なるほど」

「なんだ、お前女に興味なんて無いと思ってたぜ」

「いやいや人並みに美人は好きですよ」

 

 他クラスの中心人物の情報をなにもしてないのに手に入れられた。棚から牡丹餅って言うのはこういうのを言うんだろう。教えられた名前を頭に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

「では早速、お前にお仕事を与えよう」

 

 放課後。自室に呼び出した神室真澄相手に、そう言った。

 

「俺は俺で忙しい。仕事をしてくれ」

「何すればいいの」

「まず手始めに情報収集だ。感じているだろう?この学校ははっきり言って悪い言い方をすれば異常だ。多くの情報が隠匿され、秘匿され、生徒にも世間にも隠されている。監視カメラで生徒を監視し、外部との接触を禁じ、10万をポンと渡す」

「それは、まぁ……」

「だが多くの生徒は思っている。まぁ国営だし、多少はね?と。が、考えてもみろ。優秀な奴が欲しければ東大生でも捕まえて来ればいい。灘や開成の生徒でもいいかもしれないな。だが、そうしなかった。ここではそういう生徒は求めてないんだろう。ここの思惑は知らんが、やはりここで生き抜くにはこの学校のシステムの把握が一番だ。そういう訳で情報を集めてこい。それが指令だ。どんな些細な事でもいい」

「隠されてるものをどうやって集めるのよ」

 

 そんなの出来る訳ないでしょ、自分でやれば。と彼女は言う。出来たら苦労しないし、そもそもやらないとは一言も言っていない。

 

「人が学校生活で気が緩む場所や時間は何処だ」

「休み時間じゃないの」

「80点」

「なにそれ、知らないわよ。もったいつけてないで教えれば。時間の無駄でしょ」

「面白くない奴だなぁ。まぁ良い。正解は休み時間のトイレだ」

「……は?」

「女子は群れてトイレに行く習性があるな。まぁ男子もだが。誘ってくる友達のいないお前には分からないかもしれないが」

「一言余計なんだけど」

「偉そうな口をきける立場ではないはずだが?あまり調子に乗っているとバラバラにして海に流すぞ」

 

 こちらの言葉と雰囲気に眉をひそめた彼女は渋々頷いた。心情的にはすぐに従えと言って従えるものでもないだろう。

 

「個人的な主観なのだが、女子ってトイレで喋っていることが多いな。主に愚痴等を」

「そういう側面もある事は否定しない。人によるけど」

「この主観に納得してくれるのなら話が早いな。では、二年と三年のフロアにあるトイレに張り込んでこい。ねらい目は昼休みだが、授業の間の休みでも良いだろう。ただし、授業には間に合うようにしろ」

「やるのは最悪しょうがない。けど、それしてなんか掴めるの?」

「さぁ?」

 

 無責任なと思ったのだろう。ムッとした顔になる。だが、事実効果があるかは分からない。何か漏れ出てくれればラッキーだが、そう簡単にはいかないかもしれない。だが、なにかヒントでもあればいいなぁという程度の思い付きだ。

 

「1週間時間をあげよう。勿論、無駄骨の可能性もある。だが、もし何か有益な情報があれば報酬は用意しようじゃないか。気張って励めよ」

「何もつかめない可能性があるから、あんたはやらないのね」

「その通りだ。良く分ってるじゃないか」

「……まぁ良いわ。やる。ただし、期待はしないでよ」

「ああ、そうさせてもらおう。それと、なるべくポイントの無駄遣いはしないように節制を心掛けろ。前にも言ったが減らされる可能性もある。授業を真面目に受けて、問題行動を起こすな。このポイントが進退を分ける可能性だって高い」

「根拠は?」

「この学校は退学者が多い。その退学も阻止できる可能性が高い」

「退学……?そんなに簡単になるもんなの」

「ああ。上級生のクラスを見てみろ。物理的に机の数が少ない。教師に確認を取った。濁していたが、特別な事情が無い場合赤点を取ると追試がない。そして赤点を取る生徒は本校に相応しくないと判断される。2項目を繋ぎ合わせれば簡単な問題だ。勉強もしておくんだな」

「言われなくてもほどほどにはやるから」

「ああそう。では頑張って来てくれ。また1週間後、ここで会おう。あと、ちょくちょく学校で話しかけるがキチンとコミュニケーションをとってくれ。その方が自然だ」

 

 すべてに了解を示した後に、彼女は退室していった。はぁ……と言う長いため息が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてやろう。これくらいは許してやるさ。やるべきことは終わった。後は夜になるまで仮眠をとろう。指令がうるさいので、そろそろ真面目に仕事をしないといけない。

 

 

 

 

 

 ジリリリリリとアラームが鳴った。時刻は午前1時。草木も眠る丑三つ時まであと少しだ。そんな夜更けにだが、身支度を整える。ベランダへつながる窓を開ければ海風が吹き込んでくる。ここは4階。通常の家屋から見るよりは高い景色が見えた。息を吸い込んで吐き出す。そして窓を閉め、外に出かけた。格好はさしずめ、コンビニに夜食を買いに行く眠れない学生と言った雰囲気で。

 

 誰ともすれ違わなかった。当然だろう。今は真夜中だ。寮を出て向かうのはコンビニではなく違うところ。海沿いの緑地になっているゾーンだった。この学校は一つの街の機能を有している。当然こう言った自然系の施設も完備している。いるのかは不明だが、こうして今役に立っている。監視カメラがないことは事前に調査済みだ。この学校は異常にカメラが多いが、それでもすべてをカバーできているわけではない。

 

 目的地に着く。隠し持っていた工具を取り出し、しゃがむ。マンホールの丸い蓋が開けられ、下へ続く梯子が露わになった。滅多に人のこない地域であることは確認済み。ついでに尾行もされていない。安全を確認し、しまっていたヘッドライトを付け、ガスマスクを装着し、梯子を下りた。蓋は中からだと開けるのは困難だが、多少細工をしておけば上からはしまっているように見える。ここを開ける奴がいるなんて想定すらしていないのが容易にうかがえた。言ってしまえば地下はガバガバ。まぁ、マンホールなんて普通は用事がない。この学校でも開けられたことは殆どないだろう。もしくはないかもしれない。

 

 ここは下水道の中でも雨水と下水を流す用の本流だ。普通のマンホールの中は細い水道管があるだけだが、一つの街ほどの大きさがあるここならば水道管も太いだろうと予測していて正解だった。かなり大きな、それこそ下水処理場近くの水道管に近い。そう言えば、近くに処理場があった気がする。

 

 カツカツと地下水道の歩く部分に靴音が鳴る。方位磁石と印を頼りに暗闇を歩く。歩幅を固定していれば今何メートル歩いたかはすぐわかる。これ自体はそう難しい技能でもない。マーチングなんかでは実際に使われている。手元の紙に地図を記しながら歩いて行く。暫くしたとき、敷地の外に出た。方角と距離から場所を特定する。外にある下水場近くの公園にあるマンホールだろう。ここまで歩いて1時間。まぁ何とかなるか。

 

 これで仕事は終わりだ。ここを使えば外部と物資のやり取りができる。非常時には脱出経路にもなりそうだ。元来た道をUターンして戻り、周囲の確認をしてから外に出る。誰もいない。今は午前3時。最後にマンホールをしっかり閉めて、寮へ戻った。

 

 なお、匂いが付くのでその日は学校を休んだ。品行方正にしておくものだ。万が一にも勉強を頑張っている同級生に移したくないので……と言えばあっさり承認された。これではっきりしたことがある。この学校の機密保持は確かに優秀だ。しかし、あくまで常識的な範囲においてのアプローチに留まっている。こんな風に地下を突破しようとするヤツの想定がない。まぁ首相官邸でもないしそこまでやる必要があるのかと言われれば無いのだが。なお、海は流石に危険すぎた。船での物資のやり取りは目立つ。

 

 あくまで教育内容を知られたくないのは今後入る生徒に対策されるのを防ぐことと、外部からの批判を避けるためだろう。元々創設当時はすさまじい反対に合っていた。国立高校創設自体に反対者はいなかったが、こんな街を造るのは大反対されていた。野党や国民からの反発はすさまじく、『格差を肯定するのか』『意味がない』『リターンが確実なのか』『予算の無駄遣い!』と叩かれて当時の内閣はこの学校の創設後に総辞職する羽目になった。しかし造ってしまったものは仕方ない。もう20年近く前の話なので、今それを蒸し返す者は少ないだろうが、この中で行われている教育内容などを知った場合うるさいのが多そうだ。

 

 秘匿の仕方もあくまで文科省レベルのものになっている。だから国家規模の組織相手だと内部からの電波を拾えない。それでも学校内部の電子機器のロックは凄まじい。そこは大いに称賛するべきポイントだろう。干渉して操作し、ポイントを不正に上昇させるなども出来無いようにされている。

 

 そうまでして隠したいことがやはり行われていると考えるのが自然だろう。その正体がいつ完全に分かるのか。それはまだまだ先の事だろうという予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間が経過した。約束の期日である。サボって適当な報告をする可能性があったのでそれとなく観察していたが、凄く気だるそうに休み時間になると速攻でいなくなっていた。ちゃんと潜入しているようで何より。現在は一応慰労の為にいれたコーヒーを飲んでいる。

 

「これ、何?」

「コーヒー」

「なんか味が普通のと違うんだけど」

「ああ、その辺に咲いてたタンポポを乱獲してきた。タンポポコーヒーというやつだ」

「あっそう」

 

 聞いてきたくせに興味なさそうなのがイラっとするがまぁそれはいい。本題は情報だ。こちらはこちらでマンホール以外にもちゃんと集めている。

 

「で、報告をきこうか」

「まぁ一応成果らしきものはあった」

「ほう?」

「2年の女子が話してたワードの中で聞いたことないけど複数回出てきたのは2つ。南雲ってのとクラスポイント。多分南雲ってのは人の名前」

「生徒会の副会長だな。冊子に載っていた」

「ああそう。そいつが2年を仕切ってるみたいね」

「それよりも気になるのはクラスポイントと言う言葉だ。その詳細は分かるか」

「『クラスポイント上げないとお金ない』『でも今の南雲体制だとクラスも変動しないし大幅増加は無理っしょ』って言うのが一番ヒントになる会話」

「クラスポイントは我々が貰えるポイントに直結している、そしてクラスは変動する?なるほど。つまり、私の予想は半分外れで半分当たりだった訳だ。『10万貰えるとは限らない』が正解で『個人の行動は個人のポイントに直結する』が間違いだったな。正しくは……」

「『個人の行動はクラスのポイントに影響して、それによって貰えるポイントも左右される』ってこと?」

「正解だ」

 

 やはり彼女はそこそこには優秀だ。自分の人物鑑定が間違っていなかったことが証明された。

 

「その上で、だ。南雲と言う人間の体制下ではクラスが変動しない。からポイントは増えない。と、ここから察せられるのはクラスの上下にはそのクラスポイントが関係してくるという事だろう。段々見えてきたな。やはりトイレ作戦は成功だ。まさか毎日張り込みしてる下級生がいるなんて想像もしてないだろうからな」

「おかげでずっとお昼食べれなかったんですけど」

「必要経費だ。割り切ってくれ。それと、こちらもそれ以外に得るものがあった。クラス分けの基準が見えてきたぞ」

「クラス分けなんて適当じゃないの?」

「いや、授業中に腹痛を装ってトイレに行く際にチラリと確認したが、Dクラスは携帯、睡眠、私語、欠席多数など学級崩壊寸前だったぞ。Cもあまり品行方正とは言えないな。Bはそこそこにはまとまっているが、やはり寝ている生徒や喋っている生徒は一定数いる。Aクラスはほとんどいない。学業成績含め、一般的には優等生と判断される者はAへ、劣等生と判断される者はDへ。これが推測される法則だ」

「へぇ……なんで劣等生なんて入学させたんだろ」

「それだ。それが気になるポイントだ。まぁそれは追々考えればいいだろう。素晴らしい成果だった。取り敢えず報酬を送っておく」

 

 ピロンと携帯の着信音がした。彼女の携帯にメッセージが届いた証拠である。

 

「なに、これ」

「7000ポイント。1日1000ポイント換算だ。割のいいバイトだな」

「返さないから」

「別に返却を求めたりはしない。思いもよらぬ成果だった。感謝している。これからも頼むぞ」

「ま、それなりにね」

 

 彼女はそう言うと今回はため息なく部屋を出ていった。多少なりとも心は満たされたのだろう。感謝していると言った時に微かだが満足げな笑みが浮かんでいた。得た情報をどう扱うか。やはり彼女は役に立つ。そう考えながら思案を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

______________________________

 

<報告>

クラス分けの基準は優等生がAへ、劣等生がDへでほぼ確定。ただし、何故劣等生に近い存在を入学させたのか、真意は不明。学力等では測れない実力のある可能性あり。注視する。また、一年生には未公開のクラスポイントと呼称されるものが存在する。前回以前に報告の10万ポイントはこのクラスポイント(以下CP)に対応しており、授業態度・素行などに問題があるとこれから減点される可能性が高い。個人の行動は個人のポイントに影響するのではなく、クラス全員のポイントに影響すると思われる。また、2学年は個人の支配下にある程度収まっている模様。いずれにせよ、5月にお客様期間の終了があり、そこで情報開示と推察。

 

地下の地図を送る。参照されたし。物資受け渡しの際は記載の東京都江東区○○地区の××公園南入口付近のマンホールよりされることを推奨。海は露見の危険大。

 

 

 

<要求>

電子機器類の速やかな引き渡しを望む。また、支援物資も同様。

 

 

 

<返答>

支援は了解した。近日中に輸送する。それと、お客様期間とは何か、説明を求める。

 

 

<Re.返答>

ググられたし




森重君は船上試験の時に綾小路と同じ兎グループにいた坂柳派の生徒です。今後の出番は……微妙です。


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5.システム

寮の部屋の見取り図は完全に妄想です。アニメと微妙に違うかもしれませんが、ご愛敬で…。


人を信じられることは確かに良いことだ。人を信じなくていいのはさらに良いことだ

 

『ベニート・ムッソリーニ』

 

_____________________

 

 

 

さて、先日クラスポイントなるものの情報を手に入れた。現在は4月の1週目に学校が始まって2週間。なので、3週間目に突入したことになる。この情報をどう活用するかがポイントになって来るだろう。

 

 案は大きく3つ。まず1つ目は黙っておく。2つ目はクラスのリーダー格に言い、そこから広めてもらう。3つ目は自分で言う。1つ目は情報を秘匿する事が出来るが、それに特にメリットはない。ずっと隠されている情報ならともかく、恐らく5月に入れば開示されるだろう。さもなくば2年生が知っている理由が不明になってしまう。開示されてしまう、それも割と直近に、と言う情報を秘匿する意味はない。

 

 では、2つ目、クラスのリーダー格に言う。これもまぁナシでは無いが自分に有利には働きにくい。その人物からの覚えは良くなるだろうが、それくらいだ。更にその情報をどうするか、その人物の心情に委ねられてしまう。すなわちクラス全体に公開するか、自分の派閥にだけ教えて先見性のある人物としての崇拝を得るか。個人的には自分がリーダーだったら後者をやるが……。結局これでは自分へのメリットがない。誰かの下に付くつもりはない。もし一致団結して何かをやるとなるのであればその時の指示者の言う事には従うつもりだが、いつでも配下にいる気はない。

 

 最後に3つ目。これがベストだろうと思っている。自分の先見性をアピールできる。知識と行動力と発想力とが備わっている人材だという事でリーダー格からは一目置かれ、それ以外からも信頼を得られるだろう。その上で中立派として振舞えば益々信頼は増える。ネタバレは後14日後に必ず起こる。その時に私の予想が当たっていればの話だが。もし正解だったら知識と言う宝物を与えた影響力を作れる。

 

 だが、ここで一つ問題なのは私の予想のエビデンスが薄いという事だ。現在の推論は神室真澄が仕入れてきたネタから想像したに過ぎない。確固たる証拠と言うには弱い。彼女が全くの嘘八百を言っている可能性は限りなくゼロに近い。それが嘘だとバレた際にどうなるか分からないほど馬鹿ではないだろう。それに、嘘にしては出来過ぎている。内容の完成度が高すぎた。信じるに値するだろう。

 

 では、どうやって証拠を手に入れるか。教師は無理だ。なら、先輩に聞くしかない。接触を持ちやすいのは……先輩、か。ならば、と思い電話をかける。数コールのうちに不機嫌そうな声が応答した。 

 

「もしもし」

「ああ、やっと出てくれたな」

「お風呂入ってたんだけど」

「そうか、そんなことはさておき早速話がある」

「無視……まぁ良いわ。で?なに」

「3日あげるからこれから言う3人の情報を集めてきてくれ。人となりでいい」

「いいけど、誰」

「生徒会長、堀北学。そして副会長、南雲雅。出来れば書記、橘茜」

「……多い。出来るか分からないわよ。成果は期待しないで」

「出来ないと言うのは嘘つきの言葉だ。頑張ってくれ」

「はぁ……了解」

「それではおやすみ」

「あ、一応念のため言っとく。あんた部屋にヤバいもの沢山持ってそうだし」

「なんだ?」

「寮の部屋の鍵、管理人に頼むと合鍵作れるみたい」

「…………え?」

「知らなかったの。それじゃ言ったから」

 

 ツーツーツーと電話の切れた音が響く。クラスポイント云々より大事な情報だった。マズいマズい。何らかの形で合鍵を作られたら死ぬ。絶対に作らないように言いにいかねば。

 

 我ながら珍しく大慌てで管理人室へと駆け込んだ。結果、俺が直接会って要求しない限り合鍵を作らせないように釘を刺すことに成功した。名前と部屋番号も伝えたのでこれで多分大丈夫だろう。最悪の事態に備えて、玄関からの廊下と居住空間を繋ぐ扉にも鍵を付ける細工をしておこう。危ないところだった。連絡先を交換した相手に位置情報がバレる機能が携帯にあるのは把握していたが、まさか寮の鍵がガバガバなんて思わないじゃないか。勘弁してほしい。大きくため息を吐いた。

 

 

【挿絵表示】

 

寮の部屋の見取り図

 

 

 

 

 

「で、成果を聞こうか」

 

 期日の3日後になった。その間は特に動かない。と言うのも、彼女に探らせた方がこちらの存在がまだ露見しなくて済む。まだシステム関連を把握できていない今、上級生との接触は最低限にしたい。なので、生徒会を狙った。生徒会室があるので機密性も高く、大勢のいる往来の中でなくても話ができる。また、情報ソースとしての信頼度もある。故意に嘘をついていない場合は、だが。とは言え、嘘を吐くメリットは特にないはずだ。放課後に報告を聞く。

 

「超断片だけだけど」

「構わない。無いよりマシだ」

「あっそ。まず堀北学。才能のある生徒会長。保守的で真面目。評判は歴代生徒会長の中で最高。次に南雲雅。自信家の革新派。女たらし」

「チッ」

「……なに?」

「いいや続けて。女たらしは嫌いだ。もっと言うと顔を武器にしてる奴は嫌いだ」

「なんで」

「自分にない物だからに決まってるだろ。それ以外はそうそう他人に負ける気はないがこればかりは勝てない。腹立たしい」

 

 別に不細工ではないと思っているが、決して二枚目でもない。見た目で思惑の成功確率も変わってくる。ルッキズムは早く滅びろ。

 

「嫌味?まぁ良いわ。……続けるわよ。最後に橘茜。会長の腰巾着。性格は会長が絡まなければ善良。こんなのがザっとした評価だったわ。細かい事は……怪しまれるし、時間が足りない」

「いや、今はこれで十分だ。そこまで詳しいことを知る必要は今はない。追々関係性も出てくるだろうが」

 

 そう言えば誰か生徒会に入りたいと言っていた奴がいたな。確か葛城か。彼が入ってくれればそこから何か聞けたりするかもしれないが。

 

「お疲れ様。3日で良く集めたな。命じておいてあれだが、どうやった」

「教室を観察して、その3人と仲良さそうにしてる人をピックアップして、1人になったタイミングで3人を持ち上げながら『憧れてて~』とか適当に言ったらペラペラ喋ってくれた」

「素晴らしい。お前のその純情少女の演技は抱腹絶倒ものだがそれはともかく方法としてはベストだ。では、次の指令まで待機しておいてくれ」

「はぁ……人使いが荒いわね」

「報酬は1人当たり1000ポイントで3000ポイントだ。この前のも合わせて1万も支払う羽目になったぞ、まったく。無駄遣いしてないだろうな」

「今73000残ってる。あんたからの送金は別口座作れるみたいだからそっちに放りこんだ」

「生活費で無料品以外も買うとそんなもんか」

「逆に今いくら残ってるの」

「90000だ。お前への送金以外に使ってないからな」

「霞でも食べてんの?」

「真澄と霞って似てるな」

「…………帰る」

「はい、おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 翌日。善は急げだ。早速情報のエビデンスをとろう。色々考えて聞くべき相手を選択した。副会長は止めた方が良い。個人的に好きだ嫌いではなく、どうも危険な香りがする。それに、野心家の革新派とか役満じゃないか。クーデターとか起こして短命政権作るタイプだ。自信過剰は中高生にありがちな行為だが、一歩間違えればただイキってるだけになりかねない。まぁ無能では無いから2年生の統率が執れるんだろうが。

 

 そうは言っても危険だ。なので、安全そうな奴を攻める。堀北学と橘茜。私の請け負ってる仕事としては堀北学に接触した方がその実力を測れて良いのだが……やや危険だ。最高とまで謳われるのだからよっぽどなのだろう。何をされる、もしくは要求されるか分かったもんじゃない。怖いのでパスだ。なので、橘茜。彼女から攻めよう。無能では無いだろうが、それでも会長よりかはマシだろうし、基本は善人だと言うのが私のパシリ(神室真澄)の調べだった。

 

 3年Aクラスに所属しているのは知っているが行動パターンまでは把握していない。が、私はついている。運がいいようだ。1人で歩いているところを発見した。手には多くの書類。向かう先は恐らく職員室だ。いかにも人が良い後輩を装って近づく。

 

「失礼、大丈夫ですか」

「あ、邪魔でしたか?」

「いえ、お荷物が多そうでしたので。良ければ半分お持ちします」

「すみません、お願いします」

 

 よっぽど重かったのだろう、すぐに彼女はそれを手放した。女子に持たせるなよ、3年生の教員。何考えてるんだろうかと思いながら、職員室に辿り着き、任務を終える。本番はここからだ。取り敢えず現在の彼女の中での私は荷物運びを手伝ってくれた後輩だ。これで悪印象を抱かれている可能性は少ないだろう。

 

「ありがとうございました」

「お役に立てたのならばよかったです」

「1年生……ですよね?」

「これは申し遅れました。1年Aクラスの諸葛孔明と申します。以後お見知りおきを。3年Aクラスの橘茜先輩でよろしい、ですよね?」

「はい。良く知っていますね」

「生徒会でご活躍されていらっしゃる優秀な先輩方ですから。参考にしたいと思っていますので」

「そ、そうですか」

 

 口角を上げて好青年風を演出する。大分心を開いてきている。少なくとも初対面の人から親切な後輩くらいにはランクアップしただろう。

 

「それにしても当代の生徒会長はとても素晴らしい方だとか。入学式で拝見しましたが、威風堂々としておられたように思います」

「よく分かってますね!堀北会長はとても優秀な方なんです。特に…………」

 

 そこからはしばらくマシンガントークで紡がれる会長素晴らしいストーリーに相槌を打つ。ここで敢えて聞き役に徹する事が大事だ。概ね女子は意見ではなく共感を欲している。相槌で相手の話に興味を継続して持っているように見せて、共感してますよというアピールもしておく。5~6分して我に返ったようだった。

 

「ご、ごめんなさい、長々と付き合わせてしまいました」

「いえいえ。大変興味深いお話でした」

「これから困ったことがあったらいつでも生徒会や私にでもいいので相談して下さい!」

「ありがとうございます。優秀な先輩のお力をお借りできればありがたいです」

「この学校は大変な事も多いかもしれませんが、頑張って下さいね」

「はい。取り敢えず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 会話の途中にいきなりぶち込んだワードに、彼女は途端にギョッとしたような顔をする。いきなり挙動が不審になり、目が泳いでいる。判断に迷っているのだろう。だが、取り敢えずここで話すのは危険だと判断したようだ。

 

「ごめんなさい、少し聞きたいことがあるので着いてきてくれませんか?」

「はい。構いませんよ」

 

 連れてこられたのは小さな会議室。どうやら内々に処理することに決めたようだ。もしくは会長に報告するべき案件か判断する為かもしれない。

 

「どうして君がそれを知ってるんですか?まだ4月なので1年生には……」

「隠さないんですね」

「もう知ってしまった人に隠しても、あんまり意味はないと思うので」

「まぁその通りですね。知った経緯は偶然です。あくまで偶然。それに、私もその全容を掴んでいるわけではありません。あくまで断片からの推測でしかないのです」

「私に声をかけたのも、その推測を確かめるためですか」

「そういう目的があったのは否定しません。しかし、お助けしたのは純粋に手助けしたいと思ったからです。他意はありません」

 

 それを聞いて少しホッとしたような顔をしていた。全て利用されていたと思うのは嫌だろう。だからこそ、彼女が感謝の感情を持った私の行動は善意によるものだと言う事で、少し気が楽になる。誰かに動かされるのを人は嫌う生き物だからな。しかし、この反応で彼女が善人と呼ばれる理由が垣間見える。

 

「あくまで私の推論ですが聞いて頂きたい。まず、この学校には我々の貰えるポイントの他にクラスポイントと呼ばれるポイントが存在している。そしてクラスポイントは我々が貰えるポイントの額面に直結している。そして、クラスポイントによってはクラスの上下もあり得る。なので、10万ポイントを毎月貰えるとは限らず、逆にそれ以上になる事もある。最後に、個人の行動はクラスのポイントに影響して、それによって貰えるポイントも左右される。どうでしょうか」

「それを全て、断片から拾い集めて推理したんですか?」

「まぁ、割と直接的な事を漏らしている人がいまして。おおよそ教えないように緘口令でも出てるんでしょうが、愚痴までは止められないものですね。運よく聞けたのは幸運でしたが」

 

 考え込む仕草をしている先輩。彼女の反応からおおよそ私の推論は正解であると読み取れたが、それでも確証が欲しいところだった。これで撤退しても良いのだが折角だ。もう少し様子を見よう。

 

「……この学校のシステムについて上級生は5月になるまで積極的に教えないように、と言う緘口令は出ています。しかし、これには例外があります。もし、下級生が4月中にシステムについて看破した場合、それを肯定ないし否定することは許可されています。つまり、推論を考えた後輩がその解答を聞いてきたら正解か不正解か言えると言う事ですね。今までこのルールが適用されたことは殆どありませんでした」

「と、仰って下さるということは?」

「はい。諸葛君の推論で正解です。なお、私たちの貰えるポイント、通常ではプライベートポイント(pp)と言いますがこれはクラスポイントに100をかけた数字です」

「では1年生には最初に1000クラスポイントが与えられていた。そして4月中の生活態度でその値は変化する、と」

「その通りです。もっとも増えたことは今まで一度もありませんが」

「なるほど。しかし、そこまで教えてよろしいのですか?」

「システムを見抜いたご褒美……みたいなものです」

「ご厚意ありがとうございます。この情報を他言することは許可されますか?」

「……私もあまり詳しくはありません。なにせこのルールが適用されたのが10年単位で前なんです。ですが恐らく他言を禁止する権利は学校にも発生しないかと。確認に来た場合のみ発動するルールですので、例えば諸葛君が私に尋ねずにクラスや学年に公表した場合は咎められませんので」

 

 それは正直助かった。他言無用とか言われたら死んでいた。破ると最悪退学になりかねない。学校を敵に回すのは現段階では危険すぎる。

 

「お時間いただきありがとうございました。もしよろしければ連絡先をお教え願えないでしょうか」

「構いませんが、何に使うんですか?」

「今後も何かありましたら相談させて頂きたく思っています。橘先輩なら、後輩に優しく寄り添って下さると思ったので」

「こちらが私の連絡先です。……諸葛君は優秀ですが、そんな優秀な人も苦戦を強いられることがあります。一人では解決できない事や不平等や理不尽に苦しむこともあるかもしれません。でも、この学校は大変だと思いますが有意義な体験も沢山出来ると思いますので、頑張って下さい」

「ありがとうございます」

「それでは私は失礼しますね」

 

 そう言って先輩は去って行く。どうもこの学校にはまだまだ隠されたルールが沢山存在していそうだ。公開されていないのには理由があるのだろう。それを早く導けるかが鍵だ。やはり情報は命。そして彼女は1つ間違いを言った。この世界は、もっと言えばこの学校にスケールダウンしても、不平等などではない。人はみんな()()()()()という点で平等だ。なら、それで十分ではないか。貧困は是正されるべきだが、格差は当然存在していなくてはおかしい概念だ。人が2人以上集まって社会を作るのだから差が出るのは当然だ。それを無くそうとすると原始共産主義に辿り着くだろう。

 

 ともあれ、情報はこれでその正しさが証明された。後は、それを効果的に開示するだけである。ふぅ……と息を吐きだす。そして吸い込んだ空気に、かつて身にまとった硝煙の匂いがした気がした。

 

 

 

______________________________

 

<報告>

 

前回報告のcpについての情報が確定。クラスに与えられる評価値であり、我々に配られるポイント(以後プライベートポイント、ppと呼称)はその値に×100をした額となる。cpは生徒の成績、生活態度などに応じて上下する。3年生の生徒会書記から得た情報なので、信憑性は高い。嘘を吐かれてるリスクが低い。なお、録音データもあるので、万が一偽りだった場合それをもとに交渉を優位に進められると思われる。

 

また、会話中の激励で『一人では解決できない事』と言うワードが出てきた。今後、クラス対抗で物事を進める際に他者=クラスメイトとの協力が必須であると言う意味か。隠されているルール・法則・システムも多いと推察できる。要注意の後、観察を継続する。

 

支援物資感謝する。

 

 

 

<要求>

 

坂柳有栖の情報はまだ時間がかかるか、進捗状況をお教え願う。

 

 

 

<返答>

 

繰り返すがその書記に絆されたが故の情報漏洩には最大限の注意を。要求に関してはやはり隠匿されている情報多し。これ以上となると時間と資金がよりかかるが、それでも続行するか。葛城康平に関しては揃った為送る。

 

 

<Re.返答>

 

確かに受け取った。坂柳有栖の件は一旦切り上げ、現状分だけでも送られたし。また、橘茜の情報に調査対象を切り替える事を望む。

 

 

<Re:RE.返答>

 

承知した。こちらも1週間以上は待たれたし。




急に沢山評価&登録をして頂き驚いております。感想ご意見などなどありましたらお気軽にどうぞ。少し日は開くかもしれませんがキチンと返信は致しますので。


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6.伏龍出廬

なんか予想外に伸びていてビビってます。これがよう実の力か…。評価や感想頂けると泣いて喜ぶのでドシドシどうぞ。お待ちしております。

一応ですが、1人称がブレてるのは仕様です。基本、裏モードだと俺になります。


動くこと雷霆の如し

 

『孫子』

_____________________________

 

 

 

 取り敢えず現状に必要な全てのデータは揃った。現在はまだ4月の3週目のど真ん中。後1週間半でこの一見天国に見える生活も終わりだろう。チャンスは今だった。まだクラスのリーダー格ですら全貌を把握しきれていない今、情報を一気に開示する事が地位の確立には不可欠である。

 

 誰かの下で働く気は今のところあまりない。むしろ、派閥が拮抗しててくれた方が助かる。その間にいる事が一番の利益になるだろう。だが、特に意味もなくフラフラしていると思われては動きやすい反面、影響力が下がる。不気味な第三者、中立派こそが選んだ選択肢だった。

 

 先手必勝、兵は拙速を尊ぶ。であるからこそ、情報の裏付けが取れたこの日の放課後を利用することにした。放課後各々の行動をとろうとしているクラスメイトの注意を引くために声を出した。

 

「すみません、皆さん。少しだけ、お時間よろしいでしょうか。ご協力下されば10分もかかりませんので。クラスの今後に関わることですので、部活動等あると思いますが、ほんの少しだけ、時間を頂ければと」

 

 その言葉に反応して、多くのクラスメイトがこちらを見る。無視して教室を出ていく生徒はいない。ある程度全員と会話したのが効いている。加えて、入学式当日の行動のおかげで話だけは聞いてやろうという人も多い。

 

 一番とっとと出ていってしまいそうな神室真澄はここで出ていくと面倒だと感じたのだろう。いの一番に席に座っている。ついでに自分の働きの成果を見たかったのかもしれない。彼女はああ見えて意外と承認欲求と言うか尊厳欲求と言うかが強い。

 

「聞いてみましょう。なにか、有意義な事をきかせてもらえるかもしれませんよ?」

「俺もそれには賛成だ」

 

 坂柳有栖と葛城康平。Aクラスの二枚看板が呼びかけてくれたおかげで去就を迷っていた数名も席に着いた。それを確認し、廊下側の窓のカーテンを閉め、鍵をかける。その行動にやや不審そうな目を向けてくる者が多い。いきなり監禁まがいのことをし始めたのだから当然だ。それを分かりつつ無視して教壇に立つ。

 

「ご協力、ありがとうございます。貴重な時間を拝借しましたので、それでは早速始めましょう。4月の始め、入学式の日の説明で、私は先生にこう尋ねました。『このポイントは来月以降も毎月10万頂けるものなのか』と。覚えておいでの方も多いでしょう。この質問の明確な回答を入手しましたのでお伝えします。答えはNOです」

 

 微かなざわめき。しかしすぐ収まるのは民度の高さゆえか。

 

「様々な調査によって、1つの事実が判明しました。この学校には我々に配布されているポイント、学校側はプライベートポイント(pp)と呼称しているものの他にもう1種類ポイントが存在します。その名は『クラスポイント(cp)』。これの効果は現状判明していることで2つ。1つ目はこれに×100をした数字がppとして配布される。2つ目はこれの数字によってクラスが移動することもあるという事です。そして、このcpは生活態度などによって変化します。最初の設定値は何処のクラスも一律で1000cpだったようです。この1カ月間はそれ自体が生活態度などの試験だったと言う訳です。どれだけ失点を抑えるか、のですね。皆さんは大変生活態度・授業態度がよろしいので大きなマイナスは無いでしょうが、気を付けるに越したことはありませんね」

 

 なにか質問はありますか?と聞いた私に、スッと手が上がる。銀髪の少女はやはり、ここでも動いてくる。

 

「どうぞ」

「大変興味深いお話でした。ですが、これのエビデンスは何処にあるのでしょう?」

「なるほど、それは非常に的を射た質問です。確かに、私が妄想を語っている可能性もありますからね。しかし、これは事実です。証拠はここに」

 

 再生されるレコーダーの音声。私と橘茜との会話が教室に滔々と響く。

 

「この音声は生徒会書記の橘茜先輩との会話の際の音声です。彼女の反応、発言、立場等を考えてこの内容は真実であると言えます。万が一嘘を吐いていた場合、そのメリットもありませんし学校にこれを報告された場合彼女の心証は大きく下がります。後輩を騙し、平気で嘘を吐く非道な先輩、と。彼女が慕っている堀北学生徒会長はそれを許すでしょうか?中身の完成度も高い。嘘にしては出来過ぎです。これで証拠と言えるでしょうか?」

「ありがとうございました。情報精査も万全ですね」

「誤った情報ほど怖いものは無いのです」

 

 証拠も揃っている以上、真実だと思わざるを得ないだろう。私の推論が正しければ、このAクラスは優等生揃い。であればここから身の振り方についても思いつくはずだ。

 

 しかし気になることが1つ。坂柳は少し悔しそうな顔をしている。まさかと思うが彼女もこの情報を掴んでいた?ではどうやって。勿論私と同じ手法を使った可能性もある。しかし、橘茜の驚きは本物だった。この反応は、こういうことを聞いた1年生が私以外にいないことを示している。生徒会内で情報が共有されていない可能性は少ない。ともすればだ。彼女はどうやってそれを知り得た?

 

 ……坂柳。それはこの学校の理事長の姓であり、先代の理事長の姓でもある。高度育成高等学校が坂柳一族の王国だ。であれば、彼女は……。疑い出すときりがない。しかし、疑わないよりはいい。彼女の身辺調査、優先する必要があるかもしれない。

 

「今更言う必要はないかもしれませんが、残りの日々もどうぞ、品行方正に。誰かの不必要な行動がクラス、ひいては自分に影響します。自分の収入は自分の行動次第ではなく自分に加えクラス全体の行動で決まるのですから。最初、私はこの学校は自己責任を主軸に置いているのだと思いました。個人として優秀な存在を育成しようとしているのだと、ですが違ったのです。それだけでは無かった」

「集団の中で優秀であること、か?」

「その通りです、葛城君。そして更に集団として優秀であることも求められている。そこに先ほど言ったcpでクラスは移動する、と言う話を組み合わせると見えてくるものがあると思います」

「……クラス対抗?」

 

 誰かの言った言葉がそのまま正解だ。個人戦とクラス対抗戦、どちらも両方こなさなくてはいけない。

 

「その通りです。ですので、今日話した内容は情報公開がなされるまではご内密に。カーテンと鍵は情報漏洩を減らすべく閉めました。漏らしても構いませんが、その場合、多くの生徒から恨まれる可能性がある事をご承知おきください。それと、節制は大事です。いつ大金が必要になるか分かったもんじゃありません。先立つ物は用意しておくのが吉です。点数の減り具合も知りたいですし、他クラスに犠牲になっていただきましょう」

 

 自分の金がかかってるんだ、そうそう簡単に漏らす馬鹿はいないだろう。

 

「ついでにですが、朗報となるかもしれない私の推論をお話しましょう。これは特に証拠などはありませんので気楽にお聞きください。この学校のクラス分けはAクラスが優等生、Dクラスが劣等生となっている可能性が高いです。腹痛を催した際に各クラスの授業風景を見ましたが、Dは学級崩壊していました。Cも品行方正とは言えませんね。Bは多少マシでした。この推論が正しければ皆さんは最優のクラスという事ですね」

 

 この言葉に少し安心したような空気が流れる。

 

「もっともまだ確定ではありませんが……。cpに関する詳しい説明は橘先輩によれば5月の初日に公開されるはずだそうです。その日を楽しみに待つとしましょう。ただ、私の主観ではまだまだこのシステムは謎が多そうです。それを解き明かすのが鍵になってくるでしょう。皆さんで()()()()、クラスをいい方向に進められたら最良だと私は思います。先輩は仰りました。『一人では解決できない事や不平等や理不尽に苦しむこともあるかもしれない』、と。この良く言えば特殊な、悪く言えば異常な学校を頑張って卒業しましょう。赤点は退学みたいですし。ご清聴ありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる。一瞬静まり返った後に最後にぶち込んだ情報に驚く生徒が多い。しかし、そんな人もそうでない人も手を叩いてくれる。もう一度深々とお辞儀をして、壇上を後にした。

 

 その後のクラス内はなかなか騒がしいものだった。ポイントの使い過ぎを嘆く者、これからの身の振り方を考える者等々だ。坂柳有栖と葛城康平は早速思案を始めている。どう動くべきか、だ。クラス対抗となった瞬間にリーダーの立場と派閥はかなりの意味を持つ。足を引っ張り合っていては他クラスに足元を掬われるだろう。そうそうにどちらかが支配することで合意する、もしくは共同することで収まればいいのだが、そうはいかないだろう。英雄は並び立てないものだ。

 

 そして派閥の持つ意味が顕著になったのに加えクラスにもう一つ変化があった。私の地位がある程度定まったという事だ。どっちにも属さない中立派。情報と行動は素早いが自分が率いると宣言したりはしないタイプ。名前的にもぴったりだという事でつけられた渾名は「孔明(こうめい)先生」。いつか羽扇を持ってビーム出す羽目になるかもしれない。

 

 かくして自分の先見性をアピールし、知識と行動力と発想力とが備わっている人材だという事でリーダー格からは一目置かれ、それ以外からも信頼を得ると言う目的が達成された。あとは中立派として振舞えば益々信頼は増える。

 

「協力して」「クラスをいい方向に」などの発言から私の行動は派閥の利害によらないクラスの為の行動だと思ってくれたのならば幸いだ。一層動きやすい。大成功に思わず口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変素晴らしい成果だったと言えるな」

 

 あの発表の後、反省会と言うか振り返りの会を部屋で行うことにした。あまり反省すべき点はないのだが。

 

「隠しておかなくてよかったわけ?」

「いや、この情報は秘匿する意味が低い。どのみちもうすぐ解禁される情報だ。隠すより、思いっきり暴露して有能さをアピールした方が良い」

「クラスカーストってやつ?」

「俗に言うそれだな。今回の情報でこの学校がただのパラダイスではないと多くの生徒が確信しただろう。それは多かれ少なかれ心に動揺を生む。その動揺をどう鎮めるか。行動の仕方でリーダーの気質がより鮮明に見える。それを観察するための措置でもあった」

「見えたらどうするわけ。喧嘩でも吹っ掛ける?」

「なんでそうなる。なるべく荒事はやらない方が良い」

「銃口突き付けてきた人とは思えない台詞ね」

「あれは非常時だ。仕方ないだろう。必要なものを手に入れるために手段を選んではいられなかったんだ。ともかく、抗争に参加はしない。中立を貫く。その方が情報も入りやすい上に派閥が拮抗してる間はクラス内での立ち回りがしやすい。いがみ合うのにそこまで興味のないサイレントマジョリティーは例え自分がどちらかの派閥に属していても、それはそれとして穏健に見える中立派に安心感を抱く。その心理は利用できる」

 

 クラス内はひとまずこれで片付いた。後は5月になるのを待つだけでいい。そうすれば正解であることが先生より告げられ、99%事実だった情報は100%になる。改めて学校の隠匿を突破したこちらへの尊敬が集まる。と言うシステムだ。もし何もしなければリーダー候補の2名はSシステムに裏があるのには気付いてそれを伝えていたかもしれない。だが、初日に意図せずではあるが裏がある可能性をばら撒いてしまった。彼らの工作は根っからとん挫したのである。それでも派閥を形成出来ているのは人柄と策略によるものか。

 

 クラスポイントシステムに関してはクラスの誰も完全に知らなかったと見て良いだろう。部活の先輩も教えないようにしているようだ。さもなくば、クラスポイントの情報を告げた時に一様に驚いた顔はしないだろう。もし、かなり低い確率だと睨んでいるが情報を持っていたとしても自分だけ、もしくは派閥内で秘匿しようとしていた物を一気に第三者によって放出された形になる。しかも見た目は善意によってそれはなされたように見える。咎められないのだ。

 

 つまり、どう転んでも俺の目標は達成されるのである。

 

「ま、何があっても不利にならないようにしてたんでしょ」

「何故、そう思った」

「用意周到に人を脅すネタを仕入れてくる人間が、無防備で行動したりしないと思うのは普通じゃない」

「それもそう、か……まぁ良い。とにかくだ。今回の一連の流れで大変役立ってくれたな。正直、驚いている。適当にボッチを捕まえようとしていたのだが、予想外だった。これからもよろしく頼むぞ」

「はいはい。よろしくされなくてもやるしかないんだから、いちいち言わなくていい」

 

 そう言いながらも悪い気はしていないのが良くわかる顔をしている。彼女は分かりにくいようで分かりやすい。

 

「さて、飯時か。お前は肉と魚だと肉の方が好きだと思うが合ってるか?」

「合ってるけど……なんで知ってるの」

「昼飯の割合が肉の方が多いから。あと、通院履歴を見るとアレルギー系は無し、と」

 

 最早ナチュラルに俺が彼女の通院履歴を持っていることを何も思わなくなったらしい。異常が続くと平常になるというのは本当だったようだ。

 

「と、いう事で頑張った報酬追加分といこう。今日の成功でかなり機嫌がいい。なので、飯を食わないかというお誘いだ」

「どこで」

「ここで」

「……別に良いけど、変なもの出さないでよ」

「安心しろ。料理は得意だ」

「普段貧乏飯の癖に」

「普段はな、普段は。ま、座ってろ」

 

 疑わしい目で見てきた彼女だったが、十数分後に出された食事を見て一瞬目を見開く。恐る恐る箸を付けた後、「ま、まぁ、悪くないんじゃない」と言いながらバクバク食べてなんなら追加まで図々しく要求してきた辺り、彼女も普通の女子高生らしく思えた。幼少期に教育を受けたような記録は無いが、流石女子と言うべきか、それとも自身の努力の結果なのだろうか、所作は綺麗だ。顔は悪くないので様になっている。普段からもう少し愛想が良ければ友達ももう少し多くなりそうなものだが。

 

 多少普段買わない食材のために散財したがこれくらいは許容範囲内だろう。部下の機嫌をとるのも上司の仕事である。弱みを握り握られの関係であっても待遇が良ければ自発的に頑張ろうと思ったり、情報を得るために粘ってくれたりする。今後は他クラスとの接触も増えるだろう。仕事も増やすつもりだ。なので、こうして時々飴で釣るのが適度な働かせ方であると思っている。あくまで自論なので正解かは分からないが。

 

 基本無表情か鋭い視線の人物が珍しく機嫌が良さそうなのを観察しながら、夜は更けていく。そして、数日が経ち、なんかやたらと最後だけ難しい小テストを経て5月の1日を迎えるのだった。

 

 

 

 

______________________________

 

<報告>

 

実態調査、生徒実力調査、いずれも順調。クラス内でクラスポイントの情報を拡散。地位確立に95%は成功。後の詰めをやるのみである。情報拡散の際も過度に動揺しない人物が多く、即座に質問をする者もいるなど、やはり実力者が多い。初日報告の際の2グループは派閥へと進化している。現在表立った対立は無いが、今後方針を定める際に対立する可能性高し。また、以後は他クラスへの接触も増やしていく。手駒との関係性は良好。徐々に心を開きつつある。今後も要経過観察。心服させられるように努める。

 

監視カメラの位置と角度、射程範囲の完全版を作成完了。送信する。作った感想としては特別棟はカメラ少なし。今後何らかの問題行動が行われるとすればここの可能性大。また、我々としても利用しやすいポイントであると言える。

 

 

<要求>

 

『白薔薇』を輸送されたし。前回の物資の中になかった故。また、葛城康平の妹の病状について鮮明なデータを求める。

 

 

<返答>

 

しつこいようだが、情報漏洩には気を付けられよ。この通信等を特に警戒されたし。懐を開いたように見せて情報を盗もうとしている可能性あり。努々油断する事無きように願う。『白薔薇』は了解したが、あのような骨董品に意味あるとは思えず。装飾華美な回転式拳銃は実用には向かないと思われるが。データの件は承知した。例によって1週間は待たれよ。

 

 

<Re.返答>

 

意味はある。愛刀愛車と同じようなものであると心得られたし。



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7.答え合わせ

氏名:諸葛孔明

誕生日:10日1日

学力:A 

知性:A

判断力:A

身体能力:B-

協調性:C

担任メモ:学業、生活態度共に非常でSシステムへの気付きの速さなど優秀な生徒です。クラス内でも比較的中立の立場として動いていますが、カリスマ性も持ち合わせています。特定のグループに属してはいませんが、同級生の神室真澄と親密であるようです。今後も期待しつつ注視していきます。


人間はその答えによってではなく、むしろ問いによって判断せよ

 

『ヴォルテール』

______________________

 

 

「おはよう」

「……おはよう」

 

 十数日もこんな環境が続けば流石になれてしまったのだろう。最近は挨拶も一応返ってくるようになった。声をかけている男子が他にいない訳ではないが、最低限の業務連絡以外は全て塩対応で流されている、可哀想に。とは言え、彼女も望んで私と会話しているわけではないのだが。登校時は人もまばらなので他人に積極的に聞かせたい訳ではないが部屋でやるほどでもない会話はこのタイミングでしている。

 

「昨日の小テストは解けたか?」

「まぁ、そこそこには」

「頼むぞ、赤点は退学だ。それに馬鹿が部下なのは個人的にも嫌なのでね」

「そこそこならいいでしょ、多分7~8割だろうし」

「ならヨシ。もし仮に点数が低いならその分補習しないといけないところだった」

「は?なに、あんたが教えてくれんの?」

「部下の面倒を見るのは上司の責任だ。こき使ってる以上、せめて学校を追い出されないように配慮する義務はこちらにも発生する。とは言え、勉学面ではそこまで心配することはないようで助かった」

 

 弱みを握って脅しているとはいえ、それだけでは人は動いてはくれない。言われたことはやったとしても緩慢だったり精度が低かったりする。酷いと裏切られる。そうならないように優しさも見せなくてはいけない。

 

「話は変わるが、最後の3問はどうだった?」

「無理。そっちは?」

「社会と英語はなんとかした。数学は一応解いたが自信はない。あれ、5年前の数学オリンピックの問題だぞ。暇つぶしに過去問を見ていた時に見た覚えがある。しかもよりによって俺が解けないし飽きたと思って止めた問題4の1個後に載ってた奴じゃないか。解答も見ておけばよかった。控えめに言ってクソ問だよクソ問」

「軽く満点とか行けると思ってたけど」

「数学は少し苦手なんだよ。自信満々とは行かないな。何でも出来る訳じゃない。出来ればどれほど良かったか」

 

 事実数学は凄く得意な訳じゃない。苦手でもないが文系三科と比べると点数はとれないのがいつもの事だった。勿論定期テストならばいけるのだが、あんな風にクソ難しい問題を持ってこられると死んでしまう。

 

 だがそう悪い事ばかりでもない。人は完全無欠な人間に親しみにくさを覚えてしまう。なんでもできる人より苦手な事が少しある人の方が好感を持たれやすい。現に、意外そうな目をしていた神室の表情は失望よりも私も人間だったのかと感じた安心感のようなもので構成されている。故に、そう悪いことでもないのだ。

 

「さて、ここからが本題だ。幾ら振り込まれた」

「9万7000」

「同じだ。予想通りと見て良いだろう。我々の今月得たcpは970。逆に言えば30点分の減点要素はあったと思うべきだな。他のクラスの点数が不明な段階では何とも言えないが……」

「他クラスの予想はどれくらいだと睨んでるわけ?」

「Bは恐らく……600~700の間。Cは500~400くらいか?Dが一番何とも言えないが、まぁ200くらいじゃないかと思うが」

「外したら学食奢りで。よろしく」

「は?調子乗んなよ」

「自信無いんだ。あっそ。偉そうにしてるのに大したことないのね」

 

 少しカチンときた。往来のど真ん中だから大したことできないだろうとたかを括って挑発してきやがった。とは言え、これくらいで目くじら立てては大人げない。寛容さを見せる事も大事なはずだ。逆に彼女の目的を考えよう。何故、いきなり挑発をしてきたか。1、友人関係だと思っている。2、出方を窺っている。3、機嫌が悪い。最初のは無いとして、多分2番目だな。なら、ここで怒らない方が良いかもしれない。

 

「分かった。良いだろう。それくらいはしてやろうじゃないか」

 

 威勢よく返した返事に、彼女は何故か口角を上げて珍しくにこやかに微笑んだ。混乱しているこちらを他所に、彼女はさっさと歩いて行ってしまう。何だったのか。割と優秀な方と理解している頭脳を以てしても理解不能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 教室内は何とも言えない空気だった。チラチラこちらを見てくる視線もある。理由は明々白々なのだが。

 

「いよいよ今日ですね。諸葛君の言っていたシステムの予想の正否が明かされる日は」

「正しいですよ。だって、予想ではなく事実ですから」

「ええ。私もあまりその辺りは疑っていません。しかし、皆さんがそうとは限りませんよ?」

「それで構わないのです。恐らく皆さん、私の発表を聞いた後も、心のどこかに半信半疑がありました。しかし、今ポイントが10万振り込まれていない事実に疑いは確信に変わりつつある。最後に先生にダメ押しの真実公開でフィニッシュしてもらえれば完璧です」

 

 坂柳は楽しそうな、と言うよりは猛禽が獲物を見つけた時のような目と薄く笑っている唇で私を見てくる。どういう意図の会話か考えれば、私の目的を読み取ろうとした可能性が考えられる。しかし、予想は出来ても読み取れなかったので確信に近付けたかったのかもしれない。

 

「私は坂柳さんとは違い、人の上に立つ器ではありませんので。ただ、自分の思考から導き出された推論が正しいのか知りたかった。それだけです」

「つまりは知識欲で動いた、と?」

「有体に言えばそうなりますね」

「なるほど……先生がいらしたようです。孔明先生の慧眼の正否や如何に、ですね」

 

 そう彼女が笑いながら言い終わると同時に扉が開いて先生が入室してくる。脇には1本の模造紙を抱えている。

 

「欠席は……いないな。今日は君達に重要な話がある」

 

 黒板にはABCDとアルファベットを書き連ねていき、それぞれの横に数字を書き連ねていく。

 

A:970

B:690

C:500

D:0

 

 なるほど、Dは0ね。……ゼロポイント?何をしたらそこまで……。ああ、あの学級崩壊はそこまで酷かったのか。詳しい査定は分からないが、どうしようも無かったのだろう。そして、もれなく私の財布から1人分の昼食代が消滅した。

 

「これは1ヶ月間、君達一年生の授業態度や成績を各クラス毎に評価し、それをポイント化したものだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映されている。この1ヶ月間君たちの遅刻、欠席、授業中の私語、授業中の端末の使用などが合計してマイナス30点分となった。だが安心したまえ。見ればわかるが、各クラスの中で最高の評価だ。更に、これは誇るべき数字だ。と言うのも、この高度育成高等学校の歴史の中で、一年生の最初で減点をこれだけ抑えたのは偉業に等しい。他のクラスも一部を除いて軒並み平年の水準より高い。この学年は優秀だな。そしてその中で一番を叩き出した君たちはなおの事優秀だと言えるだろう」

 

 クラス内にまったく動揺の雰囲気がない。点数の詳細はともかく、システム自体に関してはそんなの知ってるし……と言う態度の生徒が多い。答え合わせが大正解だったため、驚きが無いのだろう。大半の人間の驚きの感情は私の発表で使い果たしてしまったらしい。

 

「だからこそ、君達には今月、97000ポイントが振り込まれた。君達は入学して、各クラス1000ポイントを与えていた。これをクラスポイントと呼ぶ。1クラスポイントは100プライベートポイントと同じ価値を持つ。だからこそ10万ものプライベートポイントが与えられていた。それがこの1ヶ月で30ポイント減少しただけだ。その30を多いと思うか少ないと思うかは自由だが、多いと思う生徒も落ち込むことは無い。この1ヶ月間の行事で減点することはあれど、ポイントが増える行事は無かった。つまり、入学してからの1ヶ月は、如何に減点を抑えられるか、という試験を行っていたと言える」

 

 その辺も予想通りであった。この30が多いのか少ないのか。単純に貰えるppの量だけでは判断できない。それに、聞いた情報が正しければcpの量によってクラスは決まる。だとすれば30に笑い、30に泣くクラスもあるだろう。

 

「だが、油断はしないで欲しい。見ればわかるように、この学校では優等生をAに、劣等生をDに置く。しかしこれは最初の段階だけだ。Dクラスにも当然リベンジの可能性はある。今後、複数回にわたりcpを増やす機会が与えられる。直近の中間試験などだ。そして、このcpの量がクラスを決める。つまり、例えば今のBクラスが君達の点数を上回った場合、彼らはAクラスとなり、君達はBクラスとなる」

 

 思えばこのクラスの入れ替え制度に何の意味があるのだろう。もし、意味がないならやる必要はない。物事には必ず法則性か意味が存在している。スルーするのは危険だと判断した。同タイミングで先生はクラスの異変に気付く。

 

「もう少し驚くと思っていたが、案外冷静なのだな」

「それはこちらにお座りの諸葛君が今先生の仰って下さった内容の9割方を先週の頭に発表してくれたからですね」

 

 坂柳の発言に先生の顔が一瞬凍り付く。だが、すぐに元の冷静な顔に戻っていた。流石と言うか、素直に凄いと思う。だが、目は泳いでいるので動揺しているのは事実だろう。橘茜の言っていたことが事実であることが図らずも先生の態度で分かった。『この学校で4月中にシステムの詳細を突破した者は殆どいない』という言葉だ。

 

「なるほど……。それは確かに驚かないだろうな。となるとこの時間はやや無駄だったかもしれない」

「いえ、そんな事はありません。公式発表という名の答え合わせは私も望むところでしたから」

 

 一応先生のフォローは入れておく。これのせいで『重大情報だけど言わなくても良いか』と思われては大変に困るからだ。いい機会だし、ついでにクラス入れ替えの意味を問う。

 

「ついでに質問宜しいでしょうか」

「構わない」

「クラス入れ替え制度は何のために存在しているのでしょうか」

「ふむ。良い質問だ。答えよう。君達の多くは望む進学先・就職先をほぼ100%叶えるという言葉に惹かれて入学したのだと思う。だが、世の中そこまで甘くない。この学校に将来の望みを叶えてもらいたい場合、Aクラスで卒業するしか方法はなく、それ以外の生徒には……何一つ将来を保証しない」

 

 流石に動揺が走る。私は別にどうだっていいのだが、これはかなりの生徒にとって死活問題なのではないだろうか。この学歴社会かつ先行き不透明な社会において将来の保証は何より大事と考える生徒も多いだろう。特に、それを望んで入ったもののA以外に現状配置されてしまっている生徒は死ぬ物狂いで上がってくる可能性がある。それほどに素晴らしいものに見えるだろう。高校生からしたら、ではあるが。

 

 果たして望む大学に行ったから、望む企業に入ったから、本当に幸せだろうか?高学歴貧困は世の中に蔓延っている。パワハラセクハラで自死を選ぶ大企業社員は後を絶たない。もし仮にGoogleやAmazonのような世界規模の企業に入社を希望した際、この学校はどこまで叶えてくれるのだろうか。海外留学を視野に入れている生徒も多いだろう。結局、将来なんて自分で切り開くのが一番だ。この学校のくれる恩恵など、初めから期待せず、もらえたらラッキー程度に考えるのがいいと私は思うのだが。始めから信じないと裏切られたときのショックも少ないのだからな。

 

 ただ、それにしても少し聞きたいことが産まれた。動揺しているクラスメイトを一旦無視して、再度質問する。

 

「先生、もう一つよろしいでしょうか」

「ああ」

「ありがとうございます。将来を保証しないのはまぁ、ともかくとして。もし卒業時にBクラス以下になってしまったとしても調査書の作成や受験指導はして頂けるのでしょうか?」

「む、ああ、それは勿論だ。教師として当然の職務だろう」

「それは安心しました。何もしてもらえず放り出されるのではと危惧してしまいましたので」

 

 勝手に安心している私とは対照的にまだまだクラスはざわついている。それを見かねたのか、先生は持ってきた模造紙を黒板に広げた。

 

「そう悲観的になる事は無いだろう。その証拠に、先日行われた小テストの結果を発表する」

 

 小テストは基本5科目である数英国理社それぞれで4問ずつ計20問、1問5点ずつで合計100点のテストだった。基本は中学校までの内容の凄く簡単なものだったが、数学と英語、社会にクソ難しい問題が1問ずつ存在しており、これらはいずれも学習指導要領を越えている。

 

 貼り付けられた紙のトップに載っているのは坂柳有栖。点数100点。怖いなぁ……。次点は諸葛孔明、100点。あぁ、ガバガバ計算だったから不安しかなかった数学も一応合っていたみたいだ。3番目は葛城康平、95点。こちらも優秀だ。90点台が数人、その他大半が85点だった。いたとしても70点台まで。平均は85点だろうし、とても優秀なクラスであることが目に見えて分かる。

 

「こちらも4クラスの中でトップの成績になっている。100点2人に、90点台も多数。非常にいい成績だ。この学校では中間テスト及び期末テストで1科目でも赤点を取った場合退学になることが決まっている。追試は指定の条件を満たしていない者以外には実施されない。赤点ラインはテスト毎にクラス平均の半分で設定されるが……優秀なお前たちのことだ、油断さえしなければまず退学者は出ないだろう。背負い過ぎずに()()()()()()()()1つずつ課題をクリアしていってくれ。君達がAクラスで卒業できると信じているぞ」

 

 後は好きにして構わない、と言い残して先生は退出した。そこそこのざわめきが産まれる。さぁ、どう出るか。先に動いた方が何事も有利な事が多い。先んじたのは坂柳の方だった。機を見るに敏だ。優秀な人物の証だろう。

 

「皆さん、混乱も多いと思います。今後のクラスの方針について、本日の放課後に会議をしようと思うのですが、如何でしょうか。葛城君、そして諸葛君には特に是非参加して欲しいと思っています。他の皆さんも時間が許すのでしたら積極的に参加していただきたいと思います」

 

 視線を向けられた葛城は先んじられたと言うような苦い顔をしながら、頷いた。反対する理由も見つけられなかったのだろう。いずれにしろ、今後どうするのかを決める重要な場だ。彼も、私も参加しないという事はあり得ない。

 

「私も構いません。どうせ放課後にすることはないですしね」

「ありがとうございます。先ほども言いましたが他の皆さんも振るってご参加くださいね」

 

 多分多くの者が来るだろう。今後クラスがどうなるかは将来に関わると感じている生徒が多いだろうからな。それを見届けたい、もしくは信頼できそうなリーダーを見極めたいという生徒が多数派だろう。このクラスの行く末は放課後の会議に託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。食堂。いつもと変わらず無料メニューを食べている私の目の前で神室真澄はたっかい定食を食べている。私の顔は苦虫を噛み潰したようになっているだろう。そんな私を煽るように彼女は淡々と言う。

 

「ご馳走様です」

「チッ。仕方ない。約束は守るさ。しかし、納得いかない。どうやって私がしたDクラスのcpの点数予想が外れていると知ったんだ」

「今朝、寮のエレベーターホールでDクラスの女子が言ってた。『今月分がまだ振り込まれてない。学校のミスかな』ってね。それで、あぁ、Dクラスは0ポイントなんだって気付いたの」

「……なるほど」

 

 本物の密偵みたいなことをしている。確かにcpの詳細を私から聞いていたのならば、ポイントが振り込まれていない=Dクラスのcpは0だったのだろうと容易に想像がつく。だが、私はそれを知らなかった。この件に関しては彼女の情報収集が上手だったと言わざるを得ないだろうな。そして、私が予想を外したのを聞いて、自分は情報を持っている状態で賭けを仕掛けた。ついでに私を挑発して出方を窺う一石二鳥作戦だったのだろう。賭けに乗って来れば彼女に利益があり、乗らなくても特に目立った不利益はない。上手い作戦だ。彼女の評価を上方修正する必要があるだろう。

 

 この上方修正も大事な作業だと思い、その為の必要経費だったと割り切って既に半分ほど消費された目の前の食事を眺める。端に避けられていたエビフライが存在を主張している。試されっぱなしと言うのもあまりいい気分ではない。なので、彼女を試してみる事にした。特に凄い大層な目的がある訳ではなく意趣返しのようなものと単なる好奇心だ。止める隙を与えずにエビフライを皿から強奪し、口に放り込む。

 

 さて、どんなもんかと前を見れば何やら黒いオーラが出ている。

 

「は?」

 

 低い声が響いた。こちらもそれ相応の場数を踏んでいるつもりなのだが、冷や汗が出てくる。美人が本気で怒っていると死の恐怖とはまた違ったベクトルで底知れぬ怖さがある。

 

「は?」

「いや、あの、私の金で買ったものだし……」

「……は?」

「いや、だから……」

「…………」

「あー、追加で買ってきます……」

「よろしい」

 

 こうして食い物の恨みは恐ろしいと実感させられると共に、無駄な出費を強いられる羽目になった。やはり出来心と言うか、好奇心で動くべきではない。こんなところでそれを痛感させられたのだった。

 

 

______________________

〈現状収支〉

 

・収入→19万7000ポイント(4月+5月分のpp)

  

・支出→2万ポイント(神室真澄への情報収集報酬1万ポイント+神室真澄への報酬食事の材料代5000ポイント+神室真澄への奢りのスペシャル定食2000ポイント+自分用の食品3000ポイント)

 

・現状保有ポイント→17万7000ポイント




BとCのクラスポイントが原作より高い理由は次回以降お送りします。Dはマイナスが大きすぎて0になってしまいました。あの感じを見るとどう頑張ってもプラスになる未来が見えなかったのでそこだけは原作通りですね。

スペシャル定食の値段はオリジナルです。結構高そうなイメージ。


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8.公正な司会者

なかなか進まなくて申し訳ないです。まだ原作一巻の半分も行ってないという事実……。


Le Congrès ne marche pas, il danse.(会議は踊る、されど進まず)

 

 『シャルル・ジョゼフ・ラモラール・フランソワ・アレクシ・ド・リーニュ侯爵』

 

――――――――――――――――――――――――

 

 全国屈指の名門校にして国営機関、高度育成高等学校に160人の新入生が訪れてから、一か月が経過した。入学してからの初めの一か月は特に目立つイベントが彼らを迎えることはなく、外部との接触が完全に絶たれたこの特殊な学校での新生活に慣れること、そして新たに割り振られたクラスの中及び外の生徒との交友に勤しむことに重きを置かれていた。そして、配られた10万もの大金を元手に、彼らは優雅な生活を楽しんでいた。

 

 しかし平穏と忘憂に満ち満ちた学生生活に終わりを告げるかのように、生徒たちに学校からの評価が現実を叩きつけた。曰くこの学校は完全な実力主義であり、全てが評価対象になっている。赤点は退学、Aクラスで卒業できなければ将来の保証はしない。この事実にB~Dの生徒たちは慄いた。そしてAクラスも対岸の火事ではない。

 

 クラスポイント。この制度によってクラスが移動する。ともすれば逆転される可能性も十分にあり得るのだ。クラスポイント制度に関しては他クラスよりも先に把握していたため、混乱の少なかったAクラスですら、将来の保証はないと言われてはざわめかざるを得ない。100%の将来保証。それがこの学校の謳い文句だったからだ。

 

 だが、ここは学校から少なくとも初期のこの段階では優秀と判断される人間の集められたクラス。動揺もそこそこに、会議が開かれようとしていた。参加者は全員。任意参加だが、部活をやっている生徒も自主的に休んだ。先輩も通ってきた道の為、問題なく許可されたようだった。

 

 クラス対抗戦ともなればリーダーが必要だ。多くの者は自分がそうなるほどカリスマ性があったり能力的に優れているとは思っていない。なまじ優秀な人間の為、自分の限界をよく知っている者が多い。賢い生き方だ。なので彼らは自分達の行く末を誰に託すべきか、それを見定めようとしている。今のままの派閥で良いのか。それとも……。思惑入り乱れながら、会議は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 クラスの座席は大きく移動されていた。教壇から見て左右に席の列ができ、向かい合っている。教壇から左手側に坂柳有栖本人とそのグループ。それに近しい者が。反対側には葛城康平本人とそのグループ、並びにそれに近しい者が。迷っている者はその列の後ろで黒板側を向いて座っている。横から見ればコの字に見えるだろう。

 

 こうなった経緯は会議の始まりに起因する。

 

 

 

 

「全員が参加して下さるとはありがたい限りです。無駄に時間をかけるのも愚かしい事ですので、早速始めましょう」

 

 坂柳の号令で会議自体はスタートした。カーテンは閉められ、鍵はかけられている。しかし、席は通常のまま。彼女はあくまで自分が主導権を握りたいようだ。それ故にスピーディーに終わる自信があるのかもしれない。とは言え、それはあまり好ましくない。1人の意思で動ける集団は強力に見えるが、その指導者がいないと機能不全に陥りやすい。セカンドオピニオンは常に用意する必要がある。この世に全知全能などいないのだから。

 

「しかし、このままでは会議をするには不向きではありませんかね。席の移動を提案しますが、どうでしょう?」

 

 私の発言に反対する理由は無いはず。そもそも進行役すら決まっていない会議なのだ。現に、誰もそれに反対することなく自主的に席を移動し始めた。その辺りの行動力というかまとまりは、流石優秀なクラスと言える。

 

 まずは自分で席を動かせない坂柳とその周辺の席が出来上がる。必然的に反対側に位置するように葛城の一派の席が出来る。その他は後ろで様子見だ。私は当初後ろで様子見を決め込もうとした。会議は踊って小田原評定になってくれた方が良い。2人のリーダー候補の能力を見定められるのだから。

 

 この様子を見て何かを思案した坂柳は提案した。

 

「葛城君。このまま進行しては纏まるものも纏まりにくいように思います。どうでしょうか、議長役を選出しては」

「俺としては構わない。その方がスムーズだろう。人選は……と言っても1人しかいない、か」

「はい。その点では意見が一致していますね。と言う訳ですので諸葛君、お願いできますか?」

 

 なんとなくこうなるような予想もしていた。これは実はよい事である。少なくとも私は中立派で、またこの場の進行を出来るくらいには能力があると思われているという事だ。実際、こうして指名を受けた後、周りからは「まぁ孔明先生なら安心か」「そっちの方が良いよね……」と言う声が聞こえている。この前のクラスポイントシステム発表は大成功であることが改めて確認できたのだ。

 

「分かりました。不肖諸葛孔明、引き受けさせて頂きます」

 

 カツカツと教壇に上がり、議長席に座る。はぁ……とため息を吐いて神室はその横に後ろから席を引っ張ってきた。

 

「なにしてんの、キミ?」

「書記役。いるでしょ?」

「……ああ、まぁいるな。助かる」

「ん」

 

 私と彼女が親しいと言う風説はこのクラス内ではかなり有名だ。なので、この件も特に疑問に思われていない。実際親しさとはまた違ったベクトルなのだが、それを完璧に知る者はいない。

 

「それでは、ただいまよりクラス内会議を始めましょう。進行は私が、書記は神室真澄が務めます。また、ここで話し合われました内容に関しては他言無用でお願いしたく思います。まず、現状について整理しましょう」

 

 黒板に私の書記(便利屋神室)が書き出していく。

 

・クラスポイント……×100でプライベートポイント

 →上下する。Ex:定期テスト、部活、素行。他にもある可能性

 →点数によってクラス移動(現状970ポイント、歴代最高)

 

・赤点は退学。追試は指定感染症に伴う病欠以外無し

 

・Aクラス卒業以外に将来保証なし

 →一応進路指導はある

 

・Aクラスほど優等生、Dクラスほど劣等生

 

・他クラスの現状クラスポイント

 B:690

 C:500

 D:0

 

 とても簡潔で分かりやすい。特に原稿など渡していないでこれなので、やはり優秀だ。

 

「ありがとう。これで現状は大体整理されました。まず、現段階で不安な事項があれば意見を共有していくべきでしょう。抱え込むよりも全員で共有しておいた方が安心感もあるでしょうし」

 

 とは言ったものの中々全体の前で意見を言うというのは難しいものだ。だが、不安など何もない、という状況ではないのも明だった。

 

「といきなり言っても難しいでしょうし、私の見解をまずお伝えしますね。クラス分けはただの事実ですので不安事項から外すとしても、残った3つのうち、私がここで重要視すべきは最初の事項……つまりは『クラスポイントの上下について』だと考えています。それを中心に議論を進めた方が効率的だと思うのですが」

「いや、待って欲しい。皆が気にしているのは勿論、それもあるだろうが恐らくは『Aクラス卒業以外に将来保証なし』という点だろう」

 

 葛城の発言に多くの生徒が賛同を示す。派閥を越えて、これは懸念事項として存在しているようだ。

 

「確かに葛城君の言う事も一理あります。では、皆さんに問いましょう。皆さん、もしこの学校に受かっていなかった場合、進路はどうしていましたか?では葛城君」

「もし受かっていなかったら……近隣の高校に入学して、その後は普通に勉強をし、大学受験をするつもりだったな」

「ありがとうございます。では、矢野さん、如何でしょうか?」 

「え!えっと……私も多分、葛城君と同じような感じだったと思います」

「ありがとうございました。そうですよね、此処にいる9割以上の方は普通に受験して、勉強して大学へ行っていたと思います。Aクラスで卒業できないからと言って大学に行けない訳ではありません。勿論、勉強は必要でしょうけれど、それはこの学校を退学にならないためにやらざるを得ない事。真面目に勉学に励んでいればこの優秀なクラスの多くの生徒は学校の恩恵にあずからなくても将来の進路を実現できるのではないでしょうか?まさかとは思いますが、Bクラス以下に落ちたからと言って勉学を放棄するほど志の低い方たちでは無いでしょうから」

 

 不安を抱えていた顔が少し和らいできた。「特権を得られない!」と考えるから不安になる。なので、「その特権がなくてもどうにかなる道は存在している。将来が閉ざされる訳ではない」と思えればそう不安な物でもなくなる。ここは学校の上手いところだな。Aクラスには特権の喪失を強調しあたかも失われれば進路はお先真っ暗と思わせ、Bクラス以下には簒奪を推奨する。そうしてクラス間の競い合いを強化する。優秀な集団を作るために。そんな思惑になんて乗ってやるか。クラス間で競い合うのは別に構わないが誤った事実を認識し続けているのも馬鹿馬鹿しい。

 

「では、諸葛君はDクラスなどになっても構わない。そうなったら勉強すれば良いじゃないか、と仰りたいのですか?」

 

 やや攻撃的な口調で坂柳が問うてくる。彼女は競い合いたい側の人間だろう。このまま闘争心が消えるのを危惧しているのだと思われる。

 

「いえ、そんなことはありません。クラスの皆さんが上のままでいたい!と思うのであればそれはそれでいいと思います。しかし、誤った事実認識のままと言うのも良くありません。そう悲嘆することはない、焦る事は無いと言いたかったのです。中には自己研鑽は得意でも追い立てられながら他者と競うのを厭う方もいらっしゃるかもしれませんので」

「では、全体がAのままで居続ける事を目標とした場合は従ってくれるのですね?」

「勿論。特権は無くても問題ありませんが、あった方が便利ですからね。まぁ私は無くても一向に構わないタイプの人間ですのでダメージはありませんが、そうでは無い方の足を引っ張るのは良くありませんから」

「それは良かったです」

 

 良かっただろうねぇ。君の足を引っ張って妨害してくるタイプではないと判断できたのだからね。「全体がAのままでいることを選んだ場合」では無く「坂柳有栖がAのままでいることを選び他クラスを蹴落とす方針になった時」に従って欲しいのだろう。まぁそれは時と場合によるとしか言いようがない。

 

「何が言いたかったかと言うとそう悲嘆的にならずとも問題ないという事です。絶望なんてナンセンスでしょう。特権を失いたくないという後ろ向きなやる気よりも、前向きなやる気の方が長持ちしますから。例えば……お金が沢山欲しいとか、ね?」

 

 そこで少し笑いが起きる。張り詰めていた空気はここに来てやっと自然な感じになった。これで本番に入れるだろう。何だかんだで結論は出ていないけれど取り敢えずそんな不安になる事は無いよね?という雰囲気に誘導した。ここで結論なんて出すつもりはない。出来れば自分で考えてくれ。思考停止した機械の集団はいらない。

 

「少しずれましたが本題に入ります。『クラスポイントの上下について』です。現状は黒板にある通りですが、何かこれに意見のある方はいますか?――はい葛城君」

「直近の定期テストがやはり重要だろう。ここで高得点を取って他クラスを引き離す。そうすることで不測の事態への対処も可能だ」

「安定して点数を稼げる方法として1番確実性の高い方法と言えます。しかし、それだけではダメかもしれませんよ」

 

 司会を無視して葛城に坂柳が意見をぶつけた。止めても良いのだが、流れが悪くなりそうなので見送る。

 

「どういう事だ?」

「点数だけがポイントとして足されるのならば例えば成績不良のDクラスがAに上がるのは不可能になってしまいます。そうなっては学校としてはこの制度を用意した意味がありません。ジャイアントキリングも可能な方法が残されている、恐らくは何らかの試験でしょう。それも単純な学力以外を問う。その特別な課題が存在していた場合、どうしますか?」

「その時の課題の内容にもよるが、堅実にタスクをこなしていくべきだ。ただでさえ、ポイントの開きはそこそこに大きい。油断しなければ首位を走り続けられるだろう」

 

 彼の言いたいことは言い終わったらしい。堅実に、保守的に。それも悪くない選択だろう。防御は一見消極策に見えてその実効果は高い。

 

「なるほど。それも一つの手段ではあるでしょう。しかし、それだけで解決できることばかりではないように思います。時には、積極的に動く必要もあるのではありませんか?さもなくば、上を目指す他クラスの姦計にはめられてしまうかもしれません。というより、学校は積極的に競争を煽って来るはずです。実力至上主義、それがこの学校のモットーですから。その時に、待ちの姿勢では遅きに失することになりかねません」

「では、坂柳。お前は今後どうするのがベストだと提案するつもりだ」

「定期テストを確実に、と言う点では意見が一致しています。その後は……そうですねぇ。他クラスの点数を削ぎ落していくのはどうでしょうか」

「削ぎ落すだと?」

「素行によってはクラスポイントが下がる事もあり得るでしょうから」

「それは……!道義的に問題がある」

「そうでしょうか。私たちに与えられた特権は確かに諸葛君の言う通り、無くても生きていくことは可能です。しかし、それをむざむざ渡してあげるほど、お人よしになる必要はありません。これは私たちが正当な努力の結果得た権利なのです。勉学を、運動を、部活動や生徒会などを、中学校の時に努力し、素行も真面目で善良な人間として生きてきたからこそ得られた努力に対する報酬です。それを奪われる……なんとも悔しいことではありませんか」

「守るだけならば他クラスを巻き込む必要はないはずだ」

「攻撃は最大の防御とも言います。他クラスは特権を求めて這い上がって来るでしょう。敗者の烙印を押されるのを好む者はいません。全力で挑んでくるはずです。表に、そして裏に。家にある宝物を守るために警備員を置いたり、泥棒防止グッズを散りばめるのはおかしな行為ではないでしょう?それと同じことですよ」 

 

 上手くまとめたもんだと舌を巻く。私が無くても何とかなる権利、と矮小化させたものを自分たちの是までの努力で得た権利を侵害されようとしているとすることで、権利の価値を再び神聖なものに押し上げた。これによって、確かに他クラスに奪われるのは納得できない、という方向に多くの生徒の思考がなっている。

 

 他クラスが攻撃をしてくるのは目に見えている。ならば、それを攻撃によって封じてしまえ。防衛よりも積極的に動いている方が強者としての感が出る。それを好む者も一定数いるはずだ。

 

「攻撃は最大の防御、と言いましたが、愚か者が使い方を誤るとこの言葉は成立しません。優秀な皆さん向けの策では無いでしょうか」

 

 最後に自尊心を刺激する訴えを残して終わる。策士だ。だが、ここで一気にこの派閥争いに終止符が打たれてはマズい。自由に動き回れる時間を残しておきたいのだ。後数か月は。

 

「両者、大変素晴らしい提案だったと思います。他に、何かある方はいらっしゃいますか」

 

 誰も手を挙げない。これの後に行くのはきついだろう。もう少し自分で考えて欲しいんだがな。自分で考えてこれなら文句はないのだが、妄信していたりするものがいそうで嫌になる。高学歴ほど騙されやすかったりする。多くの事が見えて、理解できるからこそ不安に陥りやすく、そこで自らを救済してくれる存在、導いてくれる存在に依存しやすい。某真理教の幹部が高学歴なのもこういう理由があると思っている。

 

「いらっしゃらないようですね。まとめますと、まず大前提として次回の定期テストは必ず高得点を取る。その上で今後あると思われる課題に挑んでいく。と言う事でよろしいでしょうか?」

 

 なにも言われない。頷いている人が多数なので、次へ進む。

 

「そしてその特別な課題の際の行動理念についての提案が2つ。まずは葛城君の堅実にタスクをこなす、という案です。もう1つは坂柳さんの他クラスの点数を削ぎ落すという案。それぞれに一長一短があります。今ここで決めるのは難しい、というより決めない方がよろしいかと思います。と言うのも、特別な課題があるのはほぼ確定と見て良いでしょう。しかしその内容は不透明です。前者の案が適している試験かもしれませんし、後者の案が適している試験かもしれません。何回行われるか、どのような形態か。それが分からないうちは決めない方が良いのではないでしょうか」

「それでは決はいつ取るのでしょうか?」

「その課題の時々に()()()()()()()考えて選び取り、その課題に適したリーダーを選ぶ事でどうでしょうか?例えば運動が重要視される試験に坂柳さんは不利でしょうし、逆に頭脳を活かす試験では大活躍して下さるでしょう」 

 

 なるべく今日主導権を握りたかったであろう坂柳は2つの点で失敗している。1つは自分主導で会議を開けたがクラスの声と目に邪魔され、進行を中立派(に見える)私に譲り渡さねばならなかったこと。2つ目はそれでも自分が主導でクラスをまとめる方向に持っていこうとしたが、それの決定を妨害されたこと。しかし、私の発言に矛盾も悪意もないように見え、クラスを思っての発言に聞こえている。つまり、私の発言を間違いだと指摘できない。もっと言うなら場の進行権を私に乗っ取られている。

 

「確かに、先を急ぎ過ぎてもいけませんね。今日のところはこれくらいで収めるのが良いでしょうか」

「ご理解いただけてありがとうございます。では、私の提案である『課題の時々にクラスの全員で考えて選び取り、その課題に適したリーダーを選ぶ』にご納得いただけた方は挙手をお願い致します」

 

 スッと全員の手が上がる。葛城も坂柳も、今日はここで終わりにした方が印象がいいと悟ったのだろう。言葉遣いはどうであれ、明らかに対立している2人よりも、それの折衷案に投票した方が心理的に楽だからだ。これから2人は相手の派閥を吸収、もしくは破壊するべく動くだろう。その分、私も好き勝手出来るという事だ。

 

 黒板には決定事項とまとめが書かれている。

 

《案》

 

・定期テストを確実に取る→決定◎

 

・堅実にタスクをこなす→自クラスを強化by葛城

・他クラスを攻撃→他クラスを弱体化by坂柳

⇒課題に適したリーダーをその都度全員で選ぶ→決定◎

 

 神室はしっかりと仕事を果たしていたようだ。手元の紙には坂柳と葛城の発言の要点が切り抜かれたメモがある。メッチャ優秀じゃないか。私が思考にふけってるときに真面目にメモしていたのか……。

 

「以上で本日の主な議題は全て終了いたしました。皆さまの円滑な議事進行のご協力に感謝します。また、葛城君と坂柳さんの両名はクラス運営の為の方針提案に感謝します。ありがとうございました。他に何か連絡のある方はいらっしゃいますか?――坂柳さん、どうぞ」

「1つだけ。定期テストで不安な科目がある方は私、坂柳有栖が勉強会を開きますのでどうぞご都合のよろしい時に参加して下さればと思います。お待ちしています」

「俺も1つだけ。坂柳と同じように俺も勉強会を開きたいと思う。部活動で忙しい者も多いだろうが、ぜひ参加してくれ」

 

 両名の勉強会はどちらに参加するか=どっちの仲間になるのか、もしくはそれに近しいのかを示すことになるだろう。トップの2人は両方とも頭が良いので問題はないだろうが。

 

「勉強会は成績の良い方にとっては教えるという最大効率のアウトプットが行えます。参加するのは自己研鑽に繋がるでしょうね。私は特に会を開いたりはしませんが、一応勉学にはそこそこの自信がありますので分からない事等あればお気軽に聞いて下さい。メール等でも全然OKです。他に何も無いようでしたらこれで本会議を閉幕と致します。本日はありがとうございました」

 

 私に対する拍手と共に、割と平穏(?)に会議は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 机と椅子を元の位置に戻して、黒板を消してから廊下に出る。神室真澄は先に帰ったらしい。仕事の打ち合わせがあるから集合と言うメールを送っておいたので多分部屋の前で待機してるはずだ。長時間待たせるのも問題なので、早く行こうと思っていると私を待っていたのか廊下にいた坂柳に声をかけられた。

 

「先ほどはお疲れさまでした」

「いえ、無作法をお見せしました。恥ずかしい限りです。もう少し自分の意見を抑えねばなりませんでした」

「結果的に円滑に進み、クラスのまとまりもある程度確保できたので問題にはならないでしょう。……それよりも、私は諸葛君の意見を聞いてみたいと思います」

「意見、ですか」

「『クラスポイントの上下について』。貴方ならばどういう提案をしましたか?」

「そうですねぇ……難しい問いです。強いて言うならば坂柳さん、貴女に近いかもしれません。しかし私の少し違うのは他クラスを動かして別のクラスのポイントを下げさせるという事ですかね。そして問題が発生した際に第三者的意見を装って引っ掻き回すか、公正な仲介人を装って問題を長引かせます。会議を踊らせ、進ませない。それが私の提案ですかね。もし、提案するのであれば、の話ですが」

「会議は踊るに加え公正な仲介人ですか。ウィーン会議のビスマルクとは、中々面白い例えをしますね」

「お気に召したのならば幸いです」

「どうですか、諸葛君。私の派閥に入りませんか。貴方ならば、素晴らしい活躍をしてくれると思うのですが。貴方の()()()の神室さんも一緒で構いませんよ」

「ありがたいお言葉ですが、今は承諾しかねます。最低3回は勧誘していただかないと」

「それは残念です。ではまた今度勧誘するとしましょう。貴方が2回目の訪問で歓迎して下さるだけの成果を伴って」

「ええ。お待ち申し上げております」

 

 それだけ言うと彼女は夕焼けに染まる廊下を去って行った。さて、彼女に私を出廬させられるのだろうか。自由なままでいたいと思いながら、陣営に加わる事になったらなったで面白そうだと思う自分もいた。アンビバレントな自分を笑いながら、彼女と反対方向に歩き出す。

 

 取り敢えず神室真澄の待遇をより良いモノにしないと奪われかねないと危惧しながら。




<報告>

Sシステムの情報に関する学校側からの詳細公表有り。しかし、まだ隠れている事項有りと判断する。また、競争を煽る学校の姿勢から生活態度や素行、試験の点数以外にもcpを増やす機会ありと推察。同日、それに対する会議が実施。結果的に主導権が2派閥のうちのどちらかに傾くことは無し。より一層生徒の実力を測れると思われる。

坂柳有栖は攻撃性の高い策を取る傾向にあり、また他者操縦に長けている。要警戒。葛城康平は優秀だが保守的な傾向。しかし、無警戒にするのは危険。


<要求>

現状特になし。強いて言うなら神室真澄の過去の嗜好を知りたいが情報は無いか


<返答>

了解。引き続き使命を全うせよ。なお、要求に関しては最も近くにいる人間として自分で聞き出すことを推奨する。嗜好は歳で変化する為、過去のものは当てにならないケース多し。


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9.過去に学べ

お気に入り登録者が千人を超えていて驚きました。こんなハイスピードなのは初めてです。ありがとうございます。

お褒めの言葉や感想頂けると泣いて喜びます。高評価頂けると三跪九叩頭の礼をします。高評価にコメント付いてると卒倒します。まぁ、というのはややオーバーですが、モチベに繋るのでもしよろしければ是非…!(強欲)


学べ、さもなくば去れ

 

 『セネカ』

 

______________________

 

 

 会議も終わりテスト前の期間に突入している。流石は優等生揃い、まだ突入して2日目なのに真面目に勉強している者ばかりだ。教室、図書館、空いている会議室や教室、誰かの部屋等々。各々の場所で勉学に励んでいる。

 

 そんな中、私は教室の管理をしていた。どういう事かと言われればそのままなのだが、教室で勉強会をやりたい場合、主催者が2人いるので取り合いになる。なので、教室をどちらのグループが使えるか管理している。今日は葛城グループ、明日は坂柳、その次はもう一度葛城……と言った具合に。私は学級委員でも何でもないのだが、その役割を担う羽目になった。そうした方が角が立たないと大勢が判断したのだろう。

 

 羽目になったと言ったがこれは良い傾向だ。私を信頼しているからこその判断だろう。今のところどちらの陣営にも偏ることなく公平に接している。人によって態度も変えていないし特定の派閥ともつるんでいない。これのおかげで中道派の孔明先生という名声は高まるのだ。ありがたい事である。紛争地域で仲介が出来る口利き役や地元の有力者は重宝される。それと同じ現象がここでも起きていた。

 

 その影響か、講師役を頼まれることも多い。これもバランスよく参加することで中立性を保っている。今もこうして講義をしているわけだ。現在は教室で葛城たちの会に参加している。

 

「英語学習は時間がかかります。言語を習得するのに一説では数千時間かかるとも言われています。近年問われるようになってきた四技能。読む、書く、聞く、そして話す。その内最も試験で問われるのは読むと聞くでしょう。ですが、思い出してみて下さい。私たちは日本語を習得する時、いきなり読み書きから始めましたか?そうでは無いですね。口を動かし話すところから始めました。本来英語もそのプロセスでやれたら楽なんですけどね。なので、耳を使ってみましょう。読む練習はさんざんさせられてきましたが、案外話す聞くはやって来ていません。なので、音読もしくはシャドーイング。1日1時間だけでもやれば大きく変わって来るのではないでしょうか。なにより、受験のその先や資格を取る事を考えると出来ないと困りますから」

 

 小テスト満点のおかげで私の発言には説得力が出ている。Aクラスの面子で大きく成績が悪い生徒はいない。だが、勉強法に悩んでる生徒はいる。それを助けた方が結果的に楽だと考えた。現に彼らはふんふんと頷きながらメモを取っている。

 

「勿論、人それぞれ異なったやり方があるでしょう。ご自身に合わせてやってください。ですが、言語学習は反復作業です。継続してやる事が何より大切ですから、毎日続けてみると良いでしょう。そして定期的にアウトプットしてください。使わないと忘れます」

「アウトプットって具体的には?」

「勉強の作業は大きくインプットとアウトプットに分かれます。インプットは単語や公式を覚える事。アウトプットはそれを使う事です。テストもそうですが、教えるはその最上級に当たりますね。教えるという事は自分がその事項に関して完全に理解していると言うことですので、究極のアウトプットと言えます。何はともあれ、自分の勉強法を確立し、春に若干サボってしまった部分を取り返したうえで習慣を作り上げることが肝要かと思います」

 

 この話はどっちの会でもしている。教え合いは正しくやればかなりの効果を発揮する。馬鹿が集まっても意味は無いが、真面目な奴を集めて教え合いをするとすさまじい影響力がある。何より、皆そこそこのプライドがあるのでしっかり勉強する。つまり、教えるのに必要なインプット作業をサボる人間がいないのだ。

 

 というか、本来この辺は学校教師が教えて然るべきなのだが、この学校はAクラスになって試験を受けずに大学へ入る事を生徒に目的とさせている。なので、受験に必要なテクニックやら勉強法を教えていない。センター試験の解き方とかがいい例だ。進学校だと定期テストや小テストで私大の過去問を出したり、授業中に紹介する例があるらしいがそういう物はまったくない。質は良いのにそこだけは残念だ。

 

 こう言う形でも他人と交流することで、人間関係が産まれる。3年間同じ面子だからこそ、人間関係を作る事は大切なのだ。

 

「質問良いかな、この文なんだけど……」

「ああ、これは特殊な文型に見えますが、実際は分解するとそうでもありません。まず、ここの文頭に……」

 

 葛城派の勉強会は粛々と進んでいく。終わり際に、葛城から声をかけられる。

 

「諸葛、単刀直入に言う。クラスが2つの派閥に割れているのは理解しているな?」

「ええ。勿論」

「坂柳のグループと、僭越ながら俺のグループだ。この間の話し合いでも分かったと思うが、坂柳の策は攻撃性に富んでいる。他クラスと試験で競うのは仕方ない。だが、故意に他クラスを貶めるような行為は慎むべきだと俺は思っている。それも、学校に咎められる、つまりは犯罪行為を犯させるというのが言語道断だ。俺はお前が仲間になってくれればとても心強いと思っている」

「買い被り過ぎではありませんか?」

「成績は優秀、これまでの体育の授業でも上位の運動神経を持っている。クラス内の多くから支持を受けている。そして、システムを初日で半ば看破しクラスポイントシステムの情報を得て、他クラスを引き離し歴代最高点数を叩き出すのに多大な役割を担った。十分だと思うが?」

「そう評価してくれるのは、嬉しいですね」

「俺には坂柳のような手は思いつかない事もある。搦手に弱いのかもしれないな。だが、お前なら、気付けるだろう。どうだろうか」

「先日、坂柳さんにも同様のお話をいただきました。その時と同じことをお返しします。ありがたいお言葉ですが、今は承諾しかねます。最低3回は勧誘していただかないと、とね」

「……なるほど、三顧之礼、か。その名に相応しいな。分かった。結果を出してからもう一度お願いするとしよう」

「楽しみにお待ちしています」

 

 勧誘はこうしておけばしばらくは防げる。坂柳も葛城も、明確な結果を出してからでないと2回目の勧誘が出来ないからだ。このままの中立派を貫ける。そして、明日は坂柳派だ。場所は変わらず教室。ここまで勉強会などで評判を稼いできたわけだが、このままというのも芸がない。と、いう事で先輩にコンタクトを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼休み。先輩を食堂に来てくれないかとお願いしたわけだが、快く引き受けてくれた。この前のクラスポイントシステム看破とその前の親切心(という事になっている)によるお手伝いが功を奏して、概ね好印象のようだ。

 

「すみません。呼びつけるような事をしてしまって。生徒会のお仕事も忙しいとは思ったのですが、お会いする方法がわからなくて……」

「いえ、気にしなくて構いませんよ。それで、今日はどうしましたか?もうすぐ中間テストだと思うので、それ関連とは予想しているのですが」

「流石、ご慧眼です」

「でも、諸葛君はAクラスですので勉強で困っている、という訳ではなさそうですが」

「はい。私自身は特に苦労しておりません。ですがまぁ、念には念をと申しますので、もしお持ちでしたら一年生の時のテストの過去問を送って下さると嬉しいのですが。勿論、それ相応のお礼はさせて頂きます」

「…………過去問ですか」

「あーマズかったですかね。私の出身中学では普通に取引されていたもので。問題は異なっていてもこういう問題が出るんだ、という参考にはなりますし、効率のいい勉強が出来るんですよ。まぁ正当な手段かと言われれば微妙ですが、赤本が世に出回ってるんですし、悪い事ではない筈です。どうでしょうか?」

「分かりました。お渡しします。その代わりに条件があります」

「なんでしょうか。私に出来る事であれば、何なりと」

「そう身構える事ではありません。堀北会長と会って頂きます。そして、今回の中間だけでなく今後の期末などの定期テスト全てを渡します。なので、それらを合わせて10万ポイント。本来は15万ほど請求したいですが、おまけです。それでどうでしょうか?」

 

 それをすることで彼女になんのメリットがあるのか。情報が少ないので、正確な事は予想できない。ただ、神室真澄が集めた情報によれば、堀北生徒会長は保守派。その反対に南雲生徒会副会長は革新派という。そしてどう考えても橘茜は堀北派だ。だとするのならば、政争の道具に使われる可能性がある。

 

 部活に興味が無かったのと、神室真澄捕獲作戦のために部活動紹介に行かなかったが、行った人間の話によれば生徒会は立候補をこの春の時期受け付けているという。また、既存役員からの推薦枠もあるようだ。政争の道具に使われたとしても、特に不都合はない。それに、いつかは接触しないといけない相手だった。ならばいいだろう。金はある。失敗の代償が退学のテストならば10万でも安いだろう。まぁ、増やす方法も考えている。

 

「……その条件でお願いします。お金は現物を頂いてからお支払いします。問題ありませんか?」

「はい、大丈夫です。私のテストは部屋に戻らないと無いので、夜になります。それと、会長との面会ですが……予定を見る限り、来週の火曜日と木曜日が空いています。そちらはどうですか?」

「火曜日でお願いします」

「分かりました。来週の火曜日の午後5時、生徒会室に来てください。場所は分かりますね?」

「はい。把握済みです。取引を受けて頂いてありがとうございます」

「こちらこそ、良い交流になりました。では、約束の時間にお待ちしています」

 

 そういうと、先輩は仕事に戻って行った。申し訳ない気もするが、逆に言えば生徒会の仕事を中断しても会う価値があると判断されたという事になる。それは大変都合の良い事だった。この複雑怪奇な学校で生きる上で2年間ないし1年間生き抜いてきた先輩の経験は役に立つ。そういう人物たちと繋がりを作るのは悪い事ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去問売買契約を結び、その日の放課後は坂柳グループの会だった。ここにも優秀な人材が多くいる。坂柳は初動が早い。なので、側近ともいえる層が既に形成されていた。

 

「本日は来ていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」

 

 彼女は私の前では丁寧さを前面に押し出している。理想的な君主であろうと努めている。それも勧誘に必要なことだと考えたようだ。

 

「孔明先生、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「はい、どうしましたか、中島さん?」

「私、社会が苦手でさ。ちゃんとノートは取ってるし先生の言ってることは分かるんだけど、いまいち伸びなくて」

「なるほど……ちなみに今ノートは持っていますか?」

「あ、うん。―――――はい、これ」

「ありがとうございます」

 

 ノートを見ると、特徴に気付く。

 

「なるほど。色分けが多いですね。これ、減らした方が良いですよ。色ペンやマーカーを多用するのはまぁこれも個人差はありますが、あまりお勧めできません。綺麗なノートを作る事に集中してしまい、内容をかみ砕かなくなるからですね。まとめノートにも同じことが言えますが、目的意識を持って授業に臨まないと内容は入ってきません。特に苦手な教科なら」

「うう……どうしたらいいと思う?」

「まずは授業用のノートに使うペンを減らすことからです。黒のシャーペン、赤ペンがあれば大丈夫です。青でも良いですけどね。あと、教科書を真っ黄色とか真っ赤にマーカーで塗るのも逆効果になりかねません。どこが大事なのかの取捨選択をした方が良いかと」

「でも、どこが大事か分かりづらいな」

「授業中に先生が強調しているところが主ですが、分からなければ質問に行きましょう。答えてくれるはずです。というか、それが仕事です」

「ありがとう!最後になんだけど、孔明先生のノートも見せてくれない?」

「参考になるかは不明ですが」

 

 ノートを渡す。正直、公立高に在りがちと聞くノート提出があった場合弾かれそうな出来だ。

 

「変わってるね、この形式」

「少し見せて下さい」

 

 全体の様子を見ていた坂柳が横からスッとのぞき込んできた。中島さんの発言で興味を持ったのだろう。なお、彼女はいたって真面目に授業を受けているので、シンプルながら綺麗なノートをとっていた記憶がある。隣の席なので、チラリと見える。もっとも彼女は私の方は見ていない。何故なら彼女は席の方が黒板に近い=視線はこちらを向かないからだ。

 

「ああ、これは樹形図ですね。大学生などが良く使っている印象ですが」

「社会は得意科目ですし、今更新しく教わる事もほとんどないので、確認がてらこんな感じにしています。黒と青しかペンは使ってないので、凄く地味な上に字も行書体ですからね。慣れないと見にくいと思います。数学とかもこんな感じですよ」

「青なのには理由があるんですか?」

「青色の方が覚えやすいと聞いたもので。後、個人的に赤は嫌いなんです」

「なるほど…」

「私としてはこの右側が気になりますけどね」

 

 中島さんの疑問に答えていると、坂柳が差したのは見開きのノートの右側。授業では板書されていないことを書いているページだった。

 

「ああ、これは過去問です。大学の。その授業と関連する大学入試の過去問を引っ張って来て、右側に書いてます。むしろこっちが本命だったりしますね。センターから東大京大一橋、旧帝に早慶上理、GMARCH、ICUとかの過去問で頻出という事は、そこが問われやすく重要だと言う事になりますし」

「Aクラスで卒業したらいらない事だと思いますが」

「卒業しても勉強はそこで終わりじゃありませんし。それに、備えあれば患いなしです。まぁ私は多分Aクラスで卒業できると確定しても普通に受験すると思いますけど。そっちの方が勉強のモチベーションになりそうですしね」

 

 それ以外にも理由はあるし、多分受けるのは海外大学になるだろうが。そんな私を坂柳は面白いものを見るような目つきで見てくる。私たち2人のやり取りをほへーと見ていた中島さんはハッとしたように私にノートを返却した。

 

「見せてくれてありがとう。もうちょっと工夫の仕方を変えてみるね」

「はい。自分なりの学習法を見つけられるように頑張って下さい」

 

 そう言うと次の人の質問に移っていく。男女問わずに話しかけられるのは、そこそこコミュニケーションをとれている証だろう。中立派というのも案外悪くない。自分の派閥のリーダーに向ける信頼とはまた別ベクトルの信頼を得られている様に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になると、ピロン、と携帯から音がした。見れば、橘茜からの連絡。PDFファイル化した5教科10科目(現代文、古典、コミュニケーション英語、英語表現、数学Ⅰ、数学A、化学、物理、世界史、日本史)のテストの問題と答えだ。これが1年生の間の分全部。更に、前回の小テストもついている。終わったテストを何故……と思ったが、問題を見ると全く同じだった。という事は、過去問と同じ問題が出る可能性が高い。更に、問題をよくよく見ると、提示されているテスト範囲外の事項を問う問題がある。テスト範囲も変わる可能性が大だ。では、これをどうするか。自分で使うのは勿論だが、それだけではない。Aはともかく、下のクラスになればなるほど成績不振者が集められている。つまり、退学のリスクが高い。この過去問に縋る人間も多いだろう。=売れるという事だ。

 

 10万を払うのを了承したのも、リターンが見込めたから。利敵行為になりそうにも見えるが、それに対する反論は用意している。それに、あまりドサッと退学されても困る。特にD。成績不振だったりする生徒を何故学校が合格させたのか。その理由を知るまではいなくなられては問題だ。売る相手を選ぶべく、神室真澄に連絡する。

 

「もしもし?何の用?」 

「知っていればで良いから教えろ。B、C、Dの取りまとめ役みたいなのはいないのか。いたら誰なのか」

「Bは簡単。一之瀬帆波ってやつ」

「名前は知ってるが……」

「ストロベリーブロンドの明るい感じ。行けば分かる。あと胸が大きいからそっちでもわかるかも」

「最後のは心底どうでも良い。性格面はどうなんだ?」

「善人って評判だけど」

「なるほど。ただの善人ならまぁ良いが。分かった。Cはどうだ」

「分からない。一番秘密主義かもしれないわ」

「ああそう。なら、Dは?」

「あんま詳しくないけど、具体的なリーダーって言うのはいないっぽいとは聞いたわ。強いて言えば平田って男と櫛田って子ね。平田はサッカー部らしい。後、モテてる。性格までは知らない」

「チッ」

「……続けるわよ。櫛田って子は一之瀬と同じような感じらしいわね。明るく社交的ってさ。あと胸が」

「だからそれはどうでも良い。まぁ、概ね分かった。それと、話は変わるが勉強ははかどっているか?」

「そこそこじゃない?なんで」

「過去問を送るのでそれで勉強しろ」

「は?まぁ良いわ。あんたに色々聞いても面倒だし、くれるって言うなら貰っておく」

「そうか。では、後で送る。ああ、それと」

「なに?まだ何かある訳?」 

「俺の中で君の呼称についてどうするか悩んでいるのだが、何て呼ばれたい?何も希望が無いとパシリと呼ぶが」

「別に何でも良いわよ。常識的な範囲なら」

「なら適当に考えておく。では、引き続き勉学に励んでくれたまえ」

 

 そう言って電話を切る。まぁ名前の呼び方なんてのは何でも良いだろう。ついでだったから一応本人の希望を聞いてあげたがなんでも良いと言うのならお望み通りそうしてやろうではないか。神室真澄なので、神室さんでも良いのだが、それだと他と同じだ。差別化が必要だろう。なので、まぁ真澄さんとかで良いか。これが楽だろう。下の名前で呼び捨てはあまり好きではなさそうだし、あらぬ誤解を呼びかねない。

 

 それより大事なのは他クラスの情報だ。Cは後回し。そしてまた名前を聞いた、櫛田と一之瀬。前にクラスメイトが話していた。性格が明るく社交的で他クラスとも交流が多い。なら、こいつらにコンタクトをとるのが早いだろう。まとまりのないDよりも先にBから行ってみるか。取り敢えず明日のするべきことは決まった。Bクラスを訪ねる。どういう人物かを見定めることが出来れば楽だが、そう簡単にはいかないだろう。ただの善人か、それとも私と同じ穴の狢か。それくらいは見極められるはずだ。

 

 

 

 ピロンともう一度携帯が鳴る。誰からだろうと思っていると、神室真澄からメールだった。

 

『一応私が持ってる連絡先を渡しておく。今クラスメイトから教えてもらった。一之瀬と櫛田のだけだけど』

 

 こう書かれた本文の下には2件の連絡先。『助かる』と返し、一之瀬帆波という生徒宛にメールを送る。

 

『突然のご連絡をお許し下さい。一之瀬様に重要な用事があり、同級生から連絡先を教えてもらいました。ご不快に思われましたら大変申し訳ございません。ですが、Bクラスのためになる取引のお話があります。決して悪い話ではないと確信しております。お時間よろしければ、明日の放課後教室でお待ちいただけると幸いです。1年Aクラス、諸葛孔明』 

 

 しばらくした後に返信が来る。

 

『分かりました。明日、待ってます』

 

 取り敢えず交渉のテーブルには着いてくれそうであることが分かり、計画通りと口角を上げた。

 

 

____________________________

 

<報告>

 

他クラスとの接触フェーズに入る。能力把握、また学校の求めている人物像の把握が可能になる事と思われる。また、赤点退学システムにも裏が存在し、過去問入手によって免れることが可能。恐らく今まで勉学に励んで来なかったため基礎学力の足りないDクラス生徒を救済することがメインの目的と思われる。その証左に今期中間考査の試験問題は恐らく例年同じである。とは言え、落とし穴として予期せぬタイミングでテスト範囲変更がある可能性大。

 

生徒会長との接触機会を得る。優秀と評判のため、用心して臨む。また、橘茜の情報提供に感謝する。引き続き、よろしく頼む。

 

 

<要求>

 

要求ではないが、支援状況は変わらないか。

 

 

<返答>

 

用心に用心を重ねて挑まれたし。また、貴官への支援は変わらない。引き続き励まれることを期待する。




前回のアンケートへのご協力ありがとうございます。まだ投票は受け付けていますので、お済でない方はよろしければどうぞ。現状、真澄さんが圧倒的トップで独走してます。50%近いとか驚きました。人気やな……!坂柳さんも30%弱と健闘してるので、取り敢えずこの2人に関連した話を今後書いて行きます。いつになるかは分かりませんが。

なお、感想等でたまに主人公の正体について言及されますが、実はヒントはちょこちょこ出してます。お暇な方は是非考察してみて下さい。


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10.傷有の羞月閉花

一之瀬さんの口調、ムズイっすね……


知りたいか。教えてやる。金を払え

 

『偽物語』

 

―――――――――――――――――

 

 送ったメールにすぐに返信が来るとは正直驚いた。勿論、無視される可能性も十分にあり得たからである。しかし、話したこともない人間からのコンタクトを受けたのに対し、すぐに返信が出来るのはメリットデメリットの計算が出来る事を表している。もしかしたら特に何も考えていない可能性もあるが、そんな頭の足りない人間を担いでいるほど馬鹿の集まりではない筈である。

 

 いずれにしても、この交渉は順番と妥協点が大事だ。金のあるところからは搾り取れる反面、Bクラスは頭もAクラスほどではないにしろ、それなりの人間が集まっているはずだ。過去問なんていらないと突っぱねられる事もある。そうならないように持っていくのが腕の見せ所だ。

 

 まだ不安を抱えている生徒も多いだろう。難易度が全く不明の中、赤点は退学。そんなに成績が悪くなくても、絶対大丈夫と言い切れる人間は案外少ない。成績中間層は特にそういう不安を抱えやすい。自分の頭がいいとも言い切れず、かといって馬鹿であると言えるかと言われれば微妙だからだ。これまで積極的に他クラスとは絡んで来なかったが、彼らの能力の把握が今後大事だろう。こちらの仕事の内容とも一致している。面倒事は嫌いだが、どういう相手なのか知りたいという欲望は存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

「急なご連絡にも拘わらずこのように時間を作って下さり感謝の極みです」

 

 放課後。Bクラスには生徒が4人だけ残っていた。中央に椅子と机が1セットずつ向かい合わせで置かれており、そこに話し合いの当事者が座っている。その後ろにはそれぞれの腹心が立っている。こちらは言わずもがな。相手は神崎隆二と名乗る男子生徒だった。彼と一之瀬帆波がBクラスのまとめ役なのだろう。内輪もめしているAクラスよりもよっぽど健全に学校生活を送っている気がする。

 

「ううん、ちょっとびっくりしたけど、大事な話だったら仕方ないよね」 

「ご理解いただけたことに改めて感謝します。正直、ストーカーか何かで通報されてもおかしくない行動でした。しかし、それであってもお許しいただけるとは、我がクラス内での評判は事実のようですね」

「評判?」

「公明正大でコミュニケーション能力に優れた、まさしくAクラスでもおかしくない人材だという評判です。我がクラスの人間はその学力故かプライドの高い人種が多数なのですが、そんな彼らが手放しでほめると言うのはよっぽどの事だろうと思っていましたが……なるほど。腑に落ちましたよ」

「あはは……そんなに凄い人間じゃないんだけどなぁ、私は」

「ご謙遜を」

 

 いや、社交辞令でご謙遜をとは言ったが彼女は恐らく本心からそんな大それた人間ではないと思っている。自己評価の低さは何に起因するものなのだろうか。善人と多くが異口同音に答える彼女であるが、私は生憎底抜けの善人の存在を信じていない。必ず裏があるはずだ。とは言え、今のところそれを見せる兆しはない。もし裏があったとしてもこんな易々と見せるほど、甘くは無いか。

 

「それで、Bクラスのためになる取り引き、って何かな?」

「ええ、まさにそれですね。私はその話をするべく此処へ来たわけですから……。さて、単刀直入にお聞きします。今月初頭、大いに混乱したのではないですか?」

「うん、それはね……。仕方ないと思うな。プライベートポイントに関しては自己責任だって話は流れてたけど、まさかクラス対抗だとは思わなかったしね。それに、Aクラスしか卒業後の特権がないって言うのはBクラスでも大分混乱してたかな。みんなそれを信じてきたからね。それでも、プライベートポイント自己責任論のおかげで途中からだけどみんなが真面目に取り組んでくれたからクラスポイントの減少も抑えられたし悪い事ばかりじゃなかったかな。Bクラスでも感謝してる人は多いよ、Aクラスの救世主・孔明先生?」

「その渾名を貴女がご存じとは思いませんでした。それに、救世主とは言いすぎでしょうに」

「私は他クラスにも結構友達が多いからね。Aクラスの子が、同級生が入学式当日にシステムに注意を促してたって教えてくれたんだ」

「なるほど、そんなことが……」

 

 あの頃はまだ自己責任論が主流だった。当然クラス対抗制度なんてのも知らない訳で。この情報流出は止められないのも無理はないだろう。恐らく学年全体に広まっていたはずだ。それも私の名前とセットで。だが、この話を聞いてなおも0ポイントを叩き出したDクラスにはいっそ清々しさと言うかある種の畏怖を感じる。

 

「多くの秘密が明かされ、その上で公開された赤点は退学。このシステムには恐怖を感じている生徒も多いのではないでしょうか。例え成績は割と上位の方にいるBクラスであっても」

「まぁ、隠してもしょうがないよね。不安に思ってる子は多いと思うよ。私だって、何も心配してないって訳じゃないし。一応勉強会とかはしてるけどね……」

「そうでしたか……そんな一之瀬さんになら、今回のお話は役に立つと思います。まずはこれをご覧ください。真澄さん、よろしく」

「なにその呼び方。結局それにしたの」

「なんでもいいって言ったのはそちらでしょう。せっかくカッコよく決めようと思ったのに、台無しです。まぁ良いや、早く例のものを出してください」

 

 呆れ顔というか微妙な顔の彼女によって卓上に置かれたのは数枚の紙。全て1年生1学期中間考査の過去問だ。昨日受け取ったものを印刷している。なお、この学校は印刷系は基本勉学に使うならいくらでも使える。模造紙サイズの印刷もカラーコピーも可能だ。私用だと金を請求されるがそれでもその辺のコンビニより安いというクラスメイトの話だった。コンビニなど実家の付近に無かったので相場が分からないが、都会っ子が言うならそうなのだろう。

 

「これって……テスト問題?」

「はい。2年前、現在の3年生が1年生の時に行われた中間考査の過去問です。5科目10教科分ですね。これを条件次第ではありますが、お売り致しましょう」

「過去問……確かに有効だけど、そんなに言うほどキーアイテムかな?」

「それはもっともな疑問です。ですが、良くご覧ください。この世界史とか」

「……テスト範囲が違う?」

 

 返答を返したのは一之瀬ではなく神崎の方であった。

 

「その通りです、神崎君。そして追加でこれを」

「こっちは……この前の小テストか?」

「それの過去問です。2年前もまったく同じ問題が出されています。いきなりドサッと退学者を出しては学校側も不利益ですし、なにより甘ったれたDクラスの成績不良者がごっそりいなくなってしまいます。最初から退学させるつもりなら入学させた意味がありません。必ずそんな勉強から逃げてきた人を救済する方法があると思ってはいましたが……ご覧の通りですね」

 

 言わずとも中間の問題も同じである可能性が高いと分かってくれたようだ。一通り過去問を確認した後、彼女は私の目を真っすぐ見据えた。

 

「これを売ってくれたら凄く嬉しい。多分、みんなの不安も解消されるんじゃないかな。でも、1つだけ聞かせてね。どうして私たちに売ってくれるの?BクラスとAクラスの間にはポイント差はあるけど、追いつけないかと言われれば微妙だし、Dクラスよりは希望がある。もっと言っちゃえば、一番Aクラスを蹴落とす可能性の高いクラスだよね。自分のクラスを裏切ってることにはならないかな?」

「確かに、利敵行為に見えるかもしれませんね。しかし、私にも私なりの思いがあります。お恥ずかしながら、ド田舎出身でこれほどまで多くの人と接する機会がありませんでした。折角出会えたメンバーとこうも簡単にお別れとは寂しい限りですから。Aクラスの皆も大切な仲間ですが、切磋琢磨できる相手は彼らの為にも必要です。それに、個人的な意見ですが赤点は退学はやりすぎだと思っていますから」

「赤点退学については私も同意かな。もうちょっとチャンスがあっても良いとは思う。だったら無料で譲ってくれたり、なんて思っちゃうけど……ダメかな?」

「申し訳ありませんが、こちらも大したことないと言うにはいささか多すぎる金額を代償にしています。それに、タダで渡してしまっては私のクラス内での立場がありません。どうか一つ、呑んでいただきたい。情報には対価が必要なのが世の常です」

「う~ん、だよねぇ~。分かった。じゃあ、いくら払えばいいのかな?」

「40万でいかがでしょう」

 

 本気で言ってんのかコイツという視線が後ろからビシビシ飛んでくるが、当然そんな訳ない。勿論ここで素直にはい分かりましたと言って支払ってくれればそれに越した事は無いが、そんな都合よくはいかないだろう。

 

「Bクラスのこれまでの収入は16万9000。1万×クラス全員分で40万。どうでしょうか?」

「ちょっと高過ぎかなぁ~。それに、私が全員から回収できるかわからないよ?」

「いいえ、貴女なら出来るはずですよ学級委員長。ねぇ、そうでしょう?神崎君」

 

 こちらの問いに彼は頷いた。やはり、回収出来るくらいには信頼度があるという読みは正しかったことになる。

 

「とは言っても、1科目辺り10000ポイントはちょっとね。半額の一人当たり5000でどうかな?」

「分かりました。吹っ掛け過ぎたのは認めます。しかし、私も苦労したのです。9000で」

「確かにこの時期にこれだけハイスピードで持って来てくれたのは助かるし、勉強会以外にも活路が見出せたのは嬉しいから……6000」

「強欲なお方ですね。退学阻止には一番有効な手段だと言うのに。ですが、貴女からの信頼を得られるならば多少値引く価値もありそうです。8000」

「もう一声欲しい!7000!」

「7500。これが限界です。もし、これを出してくれるのであれば、貴女の目的を達成するお手伝いをしましょう」

「目的?」

「生徒会、入りたいんでしょう?」

 

 分かりやすく動揺している。目も若干泳ぎ始めた。しかし、すぐに立ち直っている。案外強かなのかもしれない。彼女が当クラスの葛城と同じく生徒会入りを希望しているのは知っている。だが断られたと言うのも。これは別になにか探ったわけでもなく、目立つ人物の動きは知られやすい。自然と耳に入って来た。

 

「やっぱり知られちゃってるか~」

「一之瀬さんは色んな意味で目立ちますから。その性格も、行動も、容姿も。故に、自然と情報が入って来てしまいます。まぁそれはともかく、誰に断られました?」

「会長さんにダメってね……でも、もう一回チャンスはあるし立候補するつもり」

「生徒会には春の期間と秋の選挙の際に立候補が出来ますが、もう1つ入る方法があるのを知っていますか?」

「既存の役員からの推薦枠だよね?」

「その通りです。そしてこの過去問誰から貰ったと思いますか?」

「え……まさか、会長さん?」

「いいえ。ですが、それに近い方です」

「会長さんに近い人……橘先輩!?」

「はい。書記の橘茜先輩です。個人的に親交がありまして、大分吹っ掛けられましたが譲っては下さいました。ほら、連絡先もこの通り」

 

 彼女に見せた携帯には橘先輩と書かれた連絡先が表示されている。

 

「ホントだ……」

「1年生と3年生は部活動以外だとかかわりが薄い。そんな中では信頼を得ている方だと思います。そして、これを得る条件で生徒会長に会うように要求されました。その時にもう一度私から交渉してみましょう。もし会長が無理なら橘先輩に。私がそれを請け負う代わりに貴女は過去問代金7500ポイントを全員から回収する。どうでしょうか?」

「…………神崎君はどう思う?」

「一之瀬の生徒会入り交渉の存在を除外しても7500が現実的な妥協ラインだと思う。元々諸葛は1万、一之瀬は5000を要求した。その中間ラインだし、払えない金額じゃないだろう。それに、一之瀬なら回収も容易いはずだ」

「そんなことはないと思うけど……分かった。1人7500ポイント×40人分で30万ポイントを払う代わりに今回の中間テストの過去問全教科分。これで契約成立だね」

「ありがとうございます。では、こちらにサインをどうぞ」

 

 差し出したのは書類。契約書と書かれている。金額面は今サッと足した。

 

 

 

 

 私、1年Aクラス諸葛孔明(以下甲)は1年Bクラス一之瀬帆波(以下乙)に対し、1年生1学期中間考査の過去問題集5科目(国語、数学、英語、社会、理科)10教科(現代文、古典、コミュニケーション英語、英語表現、世界史、日本史、化学、物理)分を30万ポイントで売却する。

 

1、乙はこの過去問題集を自クラス内においてのみ売却、譲渡、複製を行える。他クラスへの売却、譲渡、複製の一切を行えない。また、1年生1学期中間考査終了までこの過去問題集に関する一切の情報を他クラスに与える事が出来ない。これはBクラスの全生徒が同様の義務を負い、それを乙は監督し指導する義務を負う。

2、甲はこの問題集が一昨年に行われたものであることを保証し、万が一異なっていた場合は取引金額の2倍を支払うものとする。

3、乙は甲がこの問題集のデータを過不足なく渡した際にのみ代金の支払い義務を負う。

4、甲は乙に対し、その生徒会入りを実現するべく当校生徒会長堀北学並びに生徒会書記の橘茜に対し出来る限りの交渉を行う義務を負う。

5、代金の支払い期間は今年度5月31日23時59分59秒までとする。それを過ぎた場合契約無効とみなす。

 

 この契約は双方の合意によってのみ成立し、違約があった場合は取引金額の倍額を違約金として支払う義務を負う。

 

 

 

 

 

 この書かれた紙が2枚。片方はBクラス用、もう片方は自分用だ。一通り目を通した一之瀬はそのままペンで2枚にサインを記入した。私のは既に書かれている。生徒会関連の交渉をするのは既定事項だった。ほぼ完全無欠の彼女の数少ないウィークポイントになりえるのがこれだったからだ。ともあれ、この契約書のおかげで過去問はBクラス内で完結する。Aクラスに漏れるのはもっと後だろう。これでいい。取り敢えず30万が手に入るのはほぼ確定事項だ。

 

 期間も長めに設定しておいた。クラス全員を説得するのに時間がかかっても大丈夫だ。しかも、支払いの前にものを渡すように契約してある。有利なのがどっちかと言えば向こう側だった。だが、これくらいの譲歩はしても良いだろう。学力も酷い訳ではない連中から金をとれるのは今しかない。それに、誠実な契約をすることでBクラスのリーダーとの信頼を築ける。これは後々役に立つはずだ。

 

「はい。確認できました。これで契約成立です。今、データをお送りしますね」

「――――うん。確認できたよ。じゃあ、これを急いで印刷しないとね。神崎君、悪いんだけど……」

「ああ、分かった。手伝おう」

「ありがとう!諸葛君も、今回話を持ってきてくれてありがとね」

「いえ、こちらこそ良い取引が出来ました。感謝します。貴女と信頼関係を築けるのでしたら、それに越したことはありませんから」

 

 握手をして契約成立する。ついでに全員で連絡先を交換する。これにてBクラスでの案件は終了だ。やっと終わったと言う表情を隠さない神室真澄を引き連れ帰ろうとした際に、利敵行為と捉えかねない事をしてまで過去問をくれたお礼として良い情報を教えてくれた。曰く、クラス移動と退学阻止にはそれぞれ2000万ポイントが必要で、それをやってのけた生徒はいないとの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がめついわね」

 

 この学校で数少ない安全圏である自室に戻れば、開口一番神室真澄はそう言った。

 

「なにがだ」

「10万で手に入れたのを30万で売るって……なかなか吹っ掛けたと思っただけ」

「そうでもないさ。商売なんてそんなもんだろう?縁日の綿あめを見てみろ。原価精々10数円の砂糖の塊が500円だぞ、500円。キャラものパッケージありとは言えなかなかおぞましい値段だ。それに、相手は恐らくこっちが30万かそれに近い値段を払ったと思ってる」

「どうして?」

「そう思わせるためにお前を連れて行ったんだ。今月と先月の我々Aクラスの収入は19万7000ポイント。お前と俺と、15万ずつ出せば30万だろ?」

「詐欺師が天職ね」

 

 呆れた顔で彼女は言った。

 

「でも、良かったわけ?一之瀬も言ってたけど、普通にAクラスからしたら利敵行為。バレたら坂柳辺りがうるさいわよ」

「それなら問題ない。その為の策も用意してある。坂柳1人がキャンキャン吠えようとも、その他が説得出来れば問題ない。それに、アイツは俺を引き入れたがってる。敵対行動はそうそう取って来ないさ。アイツの目下の敵は葛城派なのだからな」

「あっそ。あんたの下にいる以上、なんかあったら巻き込まれるの確定な訳だし、気を付けてよね」

「分かっているとも。……さて。では、お前にまたお仕事の時間だ。南雲雅の悪い噂を思いっきり何でもいい。正直眉唾物のものとかでも構わない。ありったけ集めてこい。期限は2週間後。だが、もっと早く集まるならそれが1番だ。よろしく」

「はいはい。どうせ逆らえないし、了解。でも、なんでそんなことするわけ?」

 

 説明するかどうか迷うが、結局する。人は目的の分かっている行動は積極的にやる傾向にある。

 

「南雲雅とはどんな人物だ」

「女たらしの革命希望」

「……聞き方が悪かったな。どんな功績がある」

「生徒会副会長で……BクラスからAクラスに上がった。あぁ、そういうこと?」

 

 この説明で何となくわかったらしい。そもそも超優秀ならば最初からAクラスのはずだ。にも拘らずBな理由は恐らく3つのうちいずれか。1つ目は過去に問題行動を起こしている可能性。2つ目は性格が終わっている可能性。3つ目は何か一つ突出して劣っている可能性。勉学も運動も出来てカリスマ性も一応あるならこの辺だ。その理論で行くと一之瀬帆波もなにか欠点と判断される事項を有していることになるが。

 

「そうだ。BクラスからAクラスに下剋上したカリスマ。そして生徒会にてあの会長相手に大きな影響力を保持している。その姿に自分を重ねて憧れを抱いても無理はない。そこでこう囁けばいい。『堀北会長はともかく、俺は君を認めている。Bクラスからの下剋上だって出来るはずだ。俺の力で生徒会に入れるように取り計らおう。境遇の似ている後輩に、せめてもの贈り物だ』とね。あっという間に傀儡の出来上がりだ。大体、革命を叫んでる奴にろくな奴はいない」

「すっごい偏見ね」

「そうか?まぁ良い。でだ、これは契約にある通りに会長相手に交渉する材料になる。断られた理由は簡単だ。自分の政敵の派閥に入られたくなかったんだろう。なら、そうはならないと説得すれば折れる可能性がある。が、その時一之瀬帆波がもし南雲派閥に入ると俺がただの嘘つきだ。それはマズい。なので、どう転んでも一之瀬には南雲の悪口を言わないといけない。分かったか?」

「もし南雲が特に何も貶められそうなことしてなかったらどうするの」

「捏造するか、過去をでっちあげる。だが安心しろ。女を物扱いしてる男は多分クソだ。叩けば埃くらいは出る。クッソもっとイケメンな奴が2年にもいるだろうに……ルッキズム反対派の気持ちがよくわかる」

「…………ああそう。あんたのよくわかんないひがみはどうでも良いけど、取り敢えず仕事に関しては分かった。でも、そろそろ部活に出ないと怒られるから、その分は活動できないけど、よろしく」

「ああそう、部活……部活?お前部活入ってたのか?」

「知らなかったの?一応美術部。ほとんど幽霊だけど」

「心の底から興味なかった。なら仕方ないな。部活にはまぁ、最低限出ておけ」

 

 目の前の人間が真面目に絵を描いている姿を想像できなかった。もし描いていて完成したのなら見てみたい気もする。

 

「話は終わり?それじゃ、帰るから。テスト勉強続けないといけないし」

「ああ、そうか。では、戻ると良い。何かあれば連絡する」

「はいはい」

 

 去り行く背中を見つめながら、今後の展開を思案する。次はDクラス辺りに売りつけたいが、奴らの今月の支給額は驚異の0だ。とは言え、多少は持っている人間もいるだろう。適当に理由を付けて格安で売ってしまおう。契約書に書いたため、Bクラスは過去問の存在を話せない。なので、こっちが売り放題だ。Cに接触するかは迷っている。秘密のベールで覆われているのはそう指示している人間がいるからだろう。

 

 どういう人物かは分からないが、その内行動を起こすはずだ。その時に接触するのでもいいかもしれない。それよりも、Dに売りつける前に自クラスに配らないといけない。自クラスからは流石に金をとれない。というか取らない方が株が上がるはずだ。

 

 取り敢えずの方針を決め、明日Aクラスに過去問をばら撒くための前準備を始めた。

 

――――――――――――――――――――

 

 

<報告>

 

Bの指導者との接触に成功。品行方正かつ人徳に優れ、成績も優秀、非の打ち所がないと声高に言われる人材であった。しかしながら、前述のクラス分けの理論に従えば何らかの欠点があり、Bクラスにいると思われる。

 

 

<要求>

 

一之瀬帆波の全データを何としてでも入手されたし。なにか、秘密があると睨んでいる。これとは直接の関係は無いが、余裕があれば我が元級友たちの様子も見てきて欲しい。

 

 

<返答>

 

前者の件は了解した。また、後者に関しては各々志望校にて順風満帆な日々を過ごしている模様。ハブられている貴官を除き、メッセージのやり取りも頻繁のようである。

 

 

<Re.返答>

 

お前上官に向かってよくもまぁ言えたもんだと感心している。外に出たら覚えていると良い。

 

 

<RE.Re返答>

 

大変申し訳ありませんでした。




大人気真澄さんのお話は章末(原作の巻と同じ)に書きます。


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11.How best to study?

石の上にも三年という。しかし、三年を一年で習得する努力を怠ってはならない。

 

『松下幸之助』

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 過去問をBクラスに売りつけた次の日の午後にはもう30万が支払われてきた。このスピードにはいささか驚いたと言わざるを得ない。昨日の今日でもう払えるとは流石に思っていなかった。Bクラスのまとまりと一之瀬帆波の求心力は予想以上のものがあるかもしれない。

 

 まだ過去問はAクラスにばらまいていない。自分の予定では明日かその次の日にやる予定だ。テスト週間はまだ始まったばかり。そう急ぐものでもないのだが。とは言え、他の誰かが売ったりばら撒く前にやってしまいたい。その為の下準備をしているのだが、これがなかなか終わらない。記憶力があってもタイピングには限界がある。

 

 かなりの敷地面積を持つこの学校の大型図書館の一角で作業をしていた。基本静かな事と資料が多い事、そして赤本が大量にある事が魅力的だった。赤本の内容なんかは流石に記憶していない。読んだものは覚えられるが読んでないものは覚えようなどないからだ。この図書館は結構な優れた施設で、新刊でも頼むと1週間ほどで届く。流石国営。予算も潤沢なようだ。それなので、絶対自分では買わないような高い論文とかも頼めば導入してくれる。勉学に忙しいこの学校の人間で頻繁に利用している者は少なく、大半の本は読まれるのを待っている状態にあるようだが。

 

 画面と睨めっこして1時間くらいすると少し疲れてくる。伸びをして、ちょっと動こうと画面をロックして図書館内をうろつけば、勉強会をしている集団を見かけた。見ただけではクラスが分からない。ウチのクラスは今日別のところでやっているはずだし、Bはもっと大人数でやっているようだ。CかDだろうが、聞こえてくる会話の内容から何となく察せられる。多分Dクラスだ。

 

 別に放置していても良いのだが、声がうるさい。あと、ちょっとずれた勉強法をしているのが気になった。ずれているというより建設性が無いとも言えるかもしれない。彼らの将来に微塵の興味もないし、そもそも現時点で1000近く離されているcpをここから逆転できる可能性は低いように思える。例え可能でもAクラスとて座視してはいないだろう。が、遠交近攻は外交の基本。Bからはある意味攻撃ともいえるポイント大量奪取をしたので、Dとは仲良くしてC辺りと小競り合いしててほしいのだが。後、今退学されると私の目的的に困る。

 

 Dクラスは成績不良が多い。それは純然たる事実だ。しかし、そうでない生徒も存在しているようだ。それなのに不良品と評されている。その理由は何か。そして、成績不良の生徒を実力至上主義を謳うこの学校が招き入れたのはなぜか。それを知らねばなるまい。声は言い争いに発展していく。

 

「無知無能っつったか!」

「ええ、連立方程式の1つも解けなくて将来どうして行くのか、私は考えただけでゾッとするわね」

「連立方程式が何だってんだ。勉強なんて不要だろ」

 

 赤髪長身の男子が苛立ったように机を叩く。ガタイの良さ的にスポーツプレイヤーなのは察せられた。反対に座っている黒髪の女子が冷静に罵倒していく。男子の方が胸倉を掴んだ。まぁ、男女平等社会だし女子を殴るなとは言わないが、心証が悪くなるのは避けられないだろう。それに、どんな理由があろうと先に手を出したら負けなのがこの国の司法の原則だ。

 

「公共の場ではお静かに願えますか?」

 

 カツンと靴を鳴らして、声をかけた私に、彼らは初めて気付いたようだった。他には男子が4人、女子が1人。普通そうな男に、中性的な顔の男、チャラそうな男、そしてゾッとするほど無表情な男。女子の方は栗毛のショートだった。人当たりの良さそうに見える顔をしている彼女が、同級生の話していたDクラスの中心の1人、櫛田かもしれない。

 

「連立方程式が解けなくてもまぁ、将来生きては行けますよ。この学校で生きていけるかは別としてね」

 

 私の発言を聞いて、赤髪の男は勝ち誇ったような顔をする。目の前の黒髪女子が論破されているように聞こえたのだろう。

 

「いきなり割り込んで来て、何かしら。他クラスには関係ないはずよ」

「ああ、すみません。うるさかったのでその注意だけをしようと思ったのですが。つい声に出てしまいました」

 

 栗毛の少女が私の風貌をじっと見た後、何かに気付いたような顔をして、問いかけてくる。

 

「あ、もしかして……Aクラスの、孔明先生?」

「ええ、級友にそう呼ばれているのは事実ですね」

 

 この場にいる全員がそれを聞いて「ああ、この人が」という顔をしている。思った以上に名は知れ渡っているようだ。

 

「理解に苦しむわね。Aクラスなら、勉強の必要性は理解しているはずよ」

「まぁ、己のスキルの1つではあるでしょうね。そして、測定しやすいため多くの場合で人間を測る指標にされているのは事実です。ですが、それがあまり必要ない世界、最低限読み書きと世間常識を知っていれば生き残れる世界があるのもまた事実ですから」

「向上心も無いのね。何故貴方のような人物がAクラスなのか、理解に苦しむわ」

「好きな女を友人にとられた結果首つりでもした方が良いですか?」

 

 『精神的に向上心の無い奴は馬鹿だ』とでも言いたいのだろうか。この女子生徒、名前が分からないがそこそこに頭が良いようだ。それも一応人に教えられる程度には。それ故かは分からないが、会話を無駄だと判断し私の発言を無視する方向に行こうとしているように思えた。相手の人となりを把握したい私としてはここでぶった切られても困る。なので、挑発してみよう。懐柔は無駄そうだからだ。

 

「私がAクラスの理由ですか……頭が良いからじゃないですかね。少なくとも、間違った教導法をしている貴女よりは」

「……なんですって?」

「キミ……えっと名前は?」

 

 まなじりを上げた彼女は一旦無視して赤髪を差し示したが名前が分からない。

 

「あ、こっちは須藤君。それで、此処にいるのは山内君、冲谷君、池君、綾小路君、堀北さん。そして私が櫛田桔梗。よろしくね」

「ご丁寧にありがとうございます。やはり貴女が櫛田さんですか」

「あれ、私の事は知っててくれてるのかな?」

「級友が話していまして。Dクラスなのが不思議なくらいの人当たりの良い美人がいると。それでもしやと想像していた訳です」

「褒めても何も出てこないよ~」

 

 承認欲求の強そうな今どき女子の雰囲気を感じながら会話の流れを元に戻す。

 

「それで、須藤君。キミ、連立方程式が解けないんですか?」

「あぁ?それがどうした。悪いか?」

「いえ、別に。それ自体は特に善悪などありません」

 

 その言葉に意外そうな顔をしている。今にもここを去りそうな雰囲気だったが取り敢えず話を聞いてみようと思っているようだ。

 

「数学が出来なくなったのはいつから?」

「分かんねぇよ、そんなの。気付いたら出来なくなってた」

「では、算数はどうでしたか?」

「あんま得意じゃなかったな。小学生の時からずっとバスケばっかやってたからよ」

「なるほど。では、キミに必要な勉強は1つです。小学校の2年生、すなわち九九からやって下さい」

「……は?馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にされて悔しいんですか?おかしいですね。本当に心の底から勉強なんて不要だと思っていたならば、いらない価値観で自分を測ろうとしてくることも、馬鹿にされることも気にならないのでは?」

 

 私の逆質問に彼はひるむ。そう返されるとは思っていなかったのだろう。

 

「そこの2人、池君と山内君と言いましたね。連立方程式が難しいと言っていましたが、出来ないんだ~と馬鹿にされて悔しいですか?なら何故勉強しないんですか?答えなくても何となくわかりますよ。出来ないのがつまらないからでしょう?」

「それは……」

「まぁ……出来ないもんは面白くないよな」 

「なら出来るところからやって達成感を味わいながら進めて下さい。高校数学は中学数学の延長です。中学数学は小学校の算数の延長です。なにも数学に限った話ではありませんが、勉強は基礎から教えられていくものです。土台が出来ていないのに上に石を積み重ねてもピラミッドが崩れるのと同じように、勉強も基礎からやるしかありません。なので、堀北さんと言いましたね。貴女の教え方は連立方程式の解説としては指摘するところなどありません。完璧と言っていいでしょう。しかし、この場に適した指導方法ではないですね。基礎の無い人間に応用からやらせてもなんの意味もありませんよ」

「…………」

「それに出来てない事を自覚は一応している人間に『出来ない』と罵倒し続けても建設的ではありませんね。何故出来ないのか、それに焦点を当てるべきです」

 

 空気がどんよりとして、落ち込んだものになる。それを切り裂くように、声があげられた。

 

「じゃあ、お前の言う通りにやれば赤点回避できるくらいにはなるのかよ」

「さぁ?君が言われた通りにやるんならそうなるかもしれませんね。とは言え、やる気がないなら無理とはっきり申し上げておきます。それに、スポーツに地道な基礎練習が欠かせないように、勉強の基礎作業も地味でつまらない上に面倒です。しかし、スポーツを楽しむのにはルールを知り、技能を高めるしかないように、勉強も極めれば色々便利ですし楽しめますよ。英語はその際たる例でしょうね。洋楽を聞いたりするのに文法や単語の知識なしには不可能です」

 

 その言葉に須藤は黙り込んで何かを考え始める。彼は伸びる人間だ。やれば人並になるだろう。やらなかっただけで。横の2人の方が面倒そうに思える。本気出せば俺も出来るからと言う1円にもならない自尊心を持ちながら夢を見ているパターンだ。目を覚まさない限り、眠ったままだろう。勿論、本気の自分なんてものはないままに。

 

「でも心のどこかで思ってませんか?これまで何とかなったんだし、多分大丈夫とか。俺は本気出せばやれる。だから問題ない、とか」

 

 心当たりがあるのか、騒いでいた3人の男は下を向く。

 

「これまで通りに行くとどうして分かるのですか?ここは今までの常識は通用しない。そう、気付いたはずでは?本気出せばとは救いようのない人物が良く言う言葉です。本気出したところでさして変わりませんよ。これまでやってこなかった人間が、急に実力が付くなんてファンタジーはあり得ません。漫画の中だけです」

 

 ここまで言われて何も変わらないならまぁ、それまでだろう。退学になって欲しくないが、あくまで欲しくないで絶対に阻止したい訳ではない。1人2人消えてもまぁ、サンプルはまだ150人以上いる。

 

「すみませんね。余計な事を話過ぎました。まぁ、頑張って下さい。うるさくならないように気を使いながら」

「待てよ、さんざん言いたい放題言って、はいさよならかよ」

「サヨナラして欲しくないと。ふむ。それはつまり、こう言いたいのですか?自分を頭ごなしに否定してくる堀北さんより、取り敢えず出来てない事を馬鹿にするのではなく、出来てないこと自体は悪い事ではないと一応言った私に教えて欲しい、と?」

「……そうだ」

 

 その答えは想定内だった。私は彼に真っすぐ右手を開いて差し出す。

 

「あん?」

「お金。払って下さい。授業料です。1時間1000ポイントで良いですよ」

「お前、ふざけてんのか!」

「いいえ。誰かを教えるのには労力がいりますし、そもそも君と私は別のクラスの友人でもなんでもない関係です。ただ間違った勉強法で早々に退学になるのも忍びないだろうと思い声をかけたにすぎません。あと、うるさかったですし。それでも教えて欲しいのであれば、対価を払うべきでしょう。それに、金を貰うという事はその仕事に責任を持つ事でもあります。キチンとお支払い頂けるのであれば、私は責任を持って君を今回のテストで赤点回避……いえ、平均点越えにはしてみせましょう」

 

 Dクラスの面子で勉強が出来ないのがこれだけとは考えにくい。残りはもっと大きな会をやっているか、細切れにやっているかだろう。どっちにしろ、Dクラスはまとまりを欠いている。売りつける相手としては不十分だろう。

 

 平均点越え、というワードに誰もが反応する。ある者は携帯を取り出して残高を確認した。ある者は目を細めてあり得ないとでも言いたげに首を横に振った。ある者は無表情を貫き、ある者は困ったように笑った。

 

「残高がないなら、この話は無かったことに。今度こそ、私は失礼しますね。ああそうそう、最後に1つだけ。ここでは勉強は必須です。何故って、簡単ですよ。この異常な学校のルールは全て頭のいい人間が作っています。そうでない人間を篩い落とすために。反面頭のいい生徒はそのルールの穴に気付いて上手く立ち回ります。そうでない人は苦しむだけです。簡単な構図ですね」

 

 放置していたパソコンを回収して図書館を去る事にする。今このまま居座るのは都合が悪い。もう少し抑えているべきだったかもしれない。Dクラスとの初接触という事もあり、少し欲張りすぎた。それに、昔は教師になりたかった身としては、つい見過ごせなかったのもある。歩いている私の後ろからパタパタと足音がする。振り返れば追いかけてきたのは櫛田だった。

 

「諸葛君、ごめんね、さっきはうるさくして」

「いえ、こちらこそ部外者なのにも拘わらず出しゃばってしまいました。申し訳ありません」

「ううん、あそこで止めてくれなかったら多分堀北さんも須藤君も大変なことになっちゃったかもしれないから」

「今、彼らは何を?」

「堀北さんは方針転換したみたい。取り敢えず小学校の分を爆速で終わらせて中学を重点的にやりながら高校に入れるようにするって。間に合うかは分からないけど……」

「まだ時間はありますから。部活をやっている人はともかく、そうでないならドブに捨てている時間をかき集めれば余裕ですよ。さて、それで櫛田さんはどうしましたか?個人授業受けますか?」

「う~んもう少し成績が危なくなったらお願いしたいな。それでね、私、諸葛君の連絡先持ってないなって気付いたの。よければ交換してくれないかな?」

「それでしたら喜んで」

 

 Dクラスがまとまっていないとはいえ、中心にいる人物なのは間違いない。その人物と繋がりが出来たのは大きいだろう。金のない連中に売りつけても無駄だし、素直に諦めるとしよう。彼らは彼らで何とかするだろうからな。

 

「まぁ、間に合うかは分かりませんが、退学を回避する方法は存在していると思いますよ。必ず、ね」

「それが孔明先生の助言かな?」

「さぁ、ご想像にお任せします。Aクラス内にも貴女にお世話になっている人は多いようですし、そのお礼と言いますか、それを込めて言わせて頂きました。これ以上は背信行為になりかねないので」

「う~ん、パッとは思いつかないけど、考えてみるね!ありがと!」

「ええ、頑張って下さい」

 

 さて、考えよう。彼女は恐らく成績は中位から上位。運動神経は普通だろう。性格も良さそうに見える。であれば何故Dなのか。彼女にもきっと、なにかしらの欠陥が存在するか、過去に問題を抱えているのだろう。それを突くことが最大の弱みにもなるはずだ。それに、私が堀北の教え方を非難しているとき、一瞬だけ喜色が感じられた。正確には口角も瞳も動いていないが、呼吸が少し変化した。表情筋が皮膚の下で動いている。あの2人、多分何かある。

 

 まぁ、考え過ぎで人当たりの良い人間でも嫌いな相手くらいはいるというだけの可能性もある。たまたまウマが合わないだけという事だ。堀北の人間性はお世辞にも良いとは言えないだろう。私が間に入っていなければ人格否定も平気でしてそうだ。ああいう孤高を気取っているタイプはその内挫折する。人は1人では生きてはいけないからな。

 

 しかし、大分安くしたつもりだったが、チラッと見た時の彼らの携帯の残高は酷い者だと3桁だった。金遣いも荒いのがDクラスの特徴らしい。0ポイントの節約生活は贅沢を覚えた彼らには厳しそうだ。色んなことから逃げてきた人間達には、より一層厳しいだろう。対戦相手ながら憐憫を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書館での一幕の2日後。やっと必要な物資が揃った。またしても朝早くに起こされ半ギレ気味の真澄さんをこき使い、印刷所をフル稼働させる。目が死んでいた。彼女も一応勉強はしているようで、時々質問メールが飛んでくる。ただ、Aクラス内では高位とは言えないので、せめて半分より上にはいて欲しいのだが。

 

 さて、そんなクソ睡眠不足の彼女に大量のプリントを持たせ、朝の教室にやって来る。まだ誰もいなかったので、空いているロッカーにそれらを仕舞う。眠い彼女はそのまま机に突っ伏して睡眠を始めた。72時間くらいは寝なくても余裕なのでこちらは問題ない。そうして待機していると、続々と生徒が登校してきた。遅刻ギリギリに滑り込んでくる者はいない辺り、民度が高い。5分前行動は大事だ。

 

 朝のHRは出席だけ確認して終わるのが通例で、今日もその例にもれずさっさと終わったため、これ幸いとロッカーから大量のプリント冊子をとって教壇に立った。珍しい行動に先生も教室を出ようとした足を止めてこちらを観察している。

 

「皆さん、普段から私が色々な勉強会に出席し、僭越ながら講師役を務めさせていただいているのは承知のことと思います。一応教える役目を拝命している以上、何か出来る事は無いかと考えこちらを用意しました。まずは配りますので説明はその後にさせてください」

 

 ドサッとあるプリント冊子だが、一人分ずつセットでまとめてあるのでぐちゃぐちゃはしていない。行き渡ったのを確認して、話を続ける。

 

「まず説明の前の前座ですが、勉強で一番大切なことは何だと思いますか?せっかく先生がいらっしゃいますので聞いてみましょうか。どう思われますか?」

「そうだな……勿論、大切なことは多くあるがこの学校においては全ての教科でまんべんなく点数を取る必要がある。その中で自分の時間や部活動の時間を確保することを考えるとやはり効率が大事になってくるだろう」

「ありがとうございます。まさに私の言いたいことそのままです。勉強において大事なのはいかに効率よくやるかと言う事だと思っています。時間削減で少しでも多くの知識を詰め込んだり、自分の自由時間にあてられます。よく、10時間勉強したなどと誇る人間がいますが、大事なのは大量の時間やる事ではなく質をどれだけ高められるかであると私は思っています。その結果10時間ならまだしも、最初から10時間と設定するなどはあまり効果的ではありませんね。なので、テスト勉強も最大限効率化できるようにこれを用意しました」

 

 実際は自分の点数稼ぎと他クラスに売った事がバレた際の差別化になる。Aクラスにはこうしている、ただ、Bにはしていない。Aクラスだから、特別だ。そう強調できる。勿論、自クラスから過去問代金は徴収しない。

 

「まず最初の冊子は今回の中間考査の過去問題集10科目分です。先輩より入手しました。解答用紙もセットになっているので、一番最初に現在の実力を測るべくそれをやってみて下さい。なお、テスト範囲が変更になるのが通例のようなので、対応させたテスト範囲も附属でついていますので、確認してみて下さい」

 

 テスト範囲の変更はうへ~と言う顔をしている生徒が多いが、特段騒ぐ気配もない。仕方ないか、で終わらせられる辺り地頭のいい集団であることが伺える。情報ソースも聞かれない辺り、クラスポイントシステムの暴露による影響は相当大きかったと言えよう。私の持ってきた情報を疑う心が消えかけている。

 

「次の冊子は各科目ごとの解答解説です。解いたら答え合わせをして、解説を読んでみて下さい。その際に、確実に正解だと思って選んだもの、なんとなくで選んだものなどを区別するとなお良いでしょう。そしてもう1つある冊子は各科目ごとの類似問題集とその解答になっています。今回のテスト範囲かつ過去問に出題された問題の類似問題です。難易度順に確認、標準、難関、最難関を用意しました。前2つは教科書レベルの基礎問題、難関はセンター試験レベルや中堅私大レベル、最難関は東京一工早慶上理クラスのものです。赤本からの抜粋もあります。また、国立向けの記述問題や証明問題も多数組み込んであるので、もし採点希望ならば私かお近くの頭のいい人か先生に頼んでみて下さい。メール採点もやってますので、お気軽にどうぞ。これをやっていただければまぁ、9割近くは取れる実力が身に付くのではないでしょうか。そして全て解き終わった後にもう一度過去問を解きなおせばかなりの問題が正解になっていると思います。必ず1週間以上間を空けて記憶を無くしてから解いてみて下さいね。これは必ず、将来のお役に立つはずです」

 

 ざわめきながら、冊子を読んでいる。勿論手を抜かずに作ってはあるが、生徒の作ったものだ。効果に疑いを持っている者もいるかもしれない。その場合の対応も考えてきたが、それを披露する前に先生から助け船が入った。

 

「自分の担当教科の分だけしか見ていないが、非常によくできている。解説も類似問題も、しっかり読み込みこなせば実力になるだろう。書店で売っても良いレベルだ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 この言葉によって、完全に効果が保証された。この学校の教員のレベルが高いのは周知の事実。その中でも自分たちの担任からそう言われたのであれば疑う余地はない。現に、坂柳は先生の発言に首肯し同意を示している。葛城も驚きながらも賛同した。クラス内学力1位が作成し、同点1位が頷き、その次に位置する人物も認めている。ならば、私の冊子はその効果があると断言されたのだ。

 

「あ、あの……すごくありがたいんだけど、お金とかは……?」

「ああ、その点でしたらご安心ください。これは完全に私の善意で行ったことです。同じクラスで3年間苦楽を共にするであろう仲間から徴収しようなどとは微塵も思っていません。それにこれは私が勝手にやった事ですから、お金を取っては善意の押し売りになってしまいますしね」

 

 クオリティーの高い物を無料でもらえるんだ、感謝してくれ。これでも真面目に作っている。過去問の問題と今回のテスト内容が同じだったのを言わなかったのは単にその必要性がないからだ。元々高得点を取れる集団。平均80なのを90ないし100に近づける作業が今回の冊子である。それに、楽を覚えてもらっては困る。次回以降は同じなんて事は無いだろう。これはあくまで初回限定の特典だ。

 

 私に統率者としての才能があるかは不明だが、少なくとも同学年の中で教える才能に関しては誰よりもあると自負している。リーダーだけが強くて他が雑魚な軍隊などまっぴらごめんだ。私がもし統率者としてクラスを率いろと言われたのなら全体の底上げをして1人1人が優秀な集団を作ってその上で戦う。それが私の勝ち方だ。どんな人物にだって価値はある。ようは使いようなのだから。

 

 私の席の周りに集まって感謝の口上を述べるクラスメイトににこやかに応対しながら、不気味な笑みを浮かべる坂柳に笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間ほど経った。私の冊子はかなり役立っているようで、勉強会の教材にも使われているようだ。個々人の苦手な分野を把握し、それを教え合ったりしている。Aクラスで卒業できれば大学には容易に入れるだろう。だが、勉強はその後も続く。資格試験等も現代では必要だ。そういう時のためにしっかり一般入試でも入れる実力をつけておく。それがAクラスで主流の考え方だった。

 

 友達のいない(実際は話せる人は見つけたようだ)上に派閥に属していないので会に参加していない神室真澄は私の個人授業を毎日受けている。

 勿論こんなところで金をとったりはしない。かなりのリソースを彼女に割いているので今回の試験で是非とも学年上位にいて欲しいのだが。

 

 昼休みの喧騒に包まれた学校を闊歩しながら普段は来ない場所へ来た。分厚い木製の扉。この向こうにこの学校における生徒の最大権力組織がある。生徒会。私が訪れていたのはそこである。過去問買収時、先輩との取引内容にあった堀北会長との面会日が今日だった。そして一之瀬帆波との交渉材料の1つでもある。ノックの数拍後、返事が返ってくる。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 中には眼鏡をかけた長身痩躯の男が1人。そして私と取引した先輩が秘書のように立っている。

 

「お初にお目にかかります、堀北学生徒会長。私は1年Aクラス、諸葛孔明。以後お見知りおきを。本日は橘先輩にお招きいただきましたが……私に何か御用でしょうか?」

「よく来たな。座るといい」

「ありがとうございます」

 

 彼は私に着席を促す。さて、どう出たものだろうか。鋭い目つきでこちらを見てくる彼ににこやかに笑いかける。会談が始まろうとしていた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

<報告>

 

 割と大きな金が手に入った。また、クラス内での地位はほぼ盤石と言っても良いと思われる。よほどの事がない限り失脚はあり得ず、夏に行われるであろう何らかの試験でも有効に活かせるであろう。

 

 

<要求>

 

 一之瀬帆波のデータはまだか?

 

 

<返答>

 

 現在調査を続行中だが、是と言って特に遍歴に瑕疵は見当たらない。強いて言えば中学校時代に数か月不登校期間が存在する。近年の日本社会において不登校生徒は少なくないが、特にいじめ等の被害に合っていた形跡はない。また、成績優秀眉目秀麗な優等生としてあらゆる層から高い評価を受けていた。母と妹の母子家庭であり、入学動機も苦学生故のものと思われる。

 

 

<Re.返答>

 

 旅団規模の人員がいて割り出せたのがそれだけとはどういう事だ。確実にその不登校期間の前に何かがあったはずである。徹底的に割り出せ。

 

 

<RE.Re返答>

 

 不登校期間の直前に妹の誕生日が重なっているのが強いて言えばの出来事である。一応その線で調査を行うが、数か月前の行動ともなると特定が困難。その点は留意されたし。また、多くの構成員は貴官補助用の別任務ないし他国にいる。実際に動けるのは100人以下であることも留意しておいていただきたい。




なお、作中で出てくる勉強法などは作者の体験談が元です。そこら辺はご注意ください。また、進行が遅くて申し訳ありません。もうすぐ一巻の内容は終わりますのでご容赦を。

久々にカラオケに行ったら喉が痛くなりました……。自業自得。よう実OP歌いましたがムズいですね。90点が限界でした。歌上手くなりたいなぁ……。

後、ウキペディア見たら真澄さんの声優あやねるなんですね。マジかいな。


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12.リーダー論

進みが遅くてごめんなさい……!


リーダーとは「希望を配る人」のことだ。

 

『ナポレオン・ボナパルト』

______________________

 

 

「まずは茶でも飲んでくれ。橘、悪いが……」

「かしこまりました」

 

 スッと差し出されたお茶を口に含み、黙礼する。湯呑を置くと彼女は会長の隣に立った。鋭い目線と威圧感が飛んでくる。18でこの感じなら大したものだ。今の世界の政治家や資本家にこれほどの威圧を与えられる人物が何人いるだろう。研ぎ澄まされた剣のような、軍人じみた気迫があった。とは言え、それに怯えるほどやわな人生を過ごしてはいない。動じることなく背を伸ばした。

 

「諸葛孔明。お前のことはよく耳にしている。橘が世話になっているようだな」

「いえ。私の方こそ先輩には多くの手助けを頂きました。感謝の極みです」

「入試成績は同点で一位。成績優良、人格も問題なし。絵にかいたような優等生だ。だが、それだけではないようだな」

「お褒めの言葉、恐縮です。ですが、それだけではない、とは?」

「Aクラスの救世主。いや、1学年の救世主孔明先生。その話は上級生にも届いている。初日に断片を看破し、その後クラスポイントシステムの突破にも成功したと橘から聞き及んでいる。非常に優秀だな。テストでも過去問を利用し、それを配るだけでなく生徒が効果的に学習できるようにしている。過去問制度自体は思いつく生徒も例年いるが、全体を高めるようにしたのは初めてだ。どんな天邪鬼も見事と言わざるを得ないだろう。素晴らしい」

「大したことではありません。私に出来る事を、精一杯したまでです」

 

 あくまで謙遜しつつ、にこやかに。私という人格を誤解させるように。1年生の間で語られている私という人物像との乖離がないように気を付けながら。

 

「お前はこの学校をどう思う」

「良く言えば特殊。悪く言えば異常、と言ったところでしょうか。変なところですが私は結構気に入っています。誰でも成長できる機会があるのは良いですね。それでいて同時に社会の厳しさも教えようと努力しているのは賞賛すべきです」

「なるほど」

「どんな人間でも輝ける機会を用意しているのは素晴らしいでしょう。反面、倫理観に関してはどうも微妙ですが、それはまぁ現実世界も変わらないので目を瞑ります。ただし、私が1番気に入らないのはそこではありませんが」

「言ってみろ」

「簡単です。高校生活、もっと言えばAクラスで卒業する事が人生のゴールかのように錯覚させていることです。そうでなくても生きる道は幾らでもあります。しかし、皆狂ったようにAクラスを目指す。その先に待っているのが栄光であるとなんの疑いも持たずに。どうして考えないのでしょう。Aクラスで卒業したってその先には苦難が待っています。順風満帆な人生なんてあり得ない。勉強だって終わりじゃない。本来高校生に必要なのは他人を蹴落とすのに時間を使うのではなく自己研鑽をする時間なのだと私は思っています。軽い視野狭窄に陥りかねないかと。この閉じた世界が現実と同じだと誤解しては不幸を生みそうです」

 

 Aクラスで卒業すれば進路が保証される。そんな馬の眼前に突き出されたニンジンのような謳い文句を信じて我々は必死に競わされている。今競うべきは世界ではなく自分なのに。昨日の自分より今日の自分、明日の自分が磨かれていることが重要だと考えている。陰謀ごっこがしたければ好きにすればいい。私は自分の任務なので仕方なく陰謀ごっこに参加しているが、そうでなければ一抜けしてやる。

 

「分かった。確かにそういう見方が出来るのは事実だろう。今後の学校運営に活かせるポイントが無いか検討してみよう」

「一介の学生、しかも1年生の戯言です。そこまで重く捉えずとも」

「いや、この学校に入った以上共に過ごす仲間であることに変わりはない。そういう存在からの意見は大切にしなくてはいけないと思っている」

「そうでしたか……」

 

 存外に仲間想いなところもあるようだ。そう言えば、3年Aクラスは未だに退学者0人と聞く。その裏には彼の活躍もあったのだろう。本題にはなかなか入らず、問いかけが続く。私を見定めようとしているのだろう。

 

「お前にとって理想のリーダーとはなんだ」

「私はリーダー論を語れるほど素晴らしい人材でも、またリーダー気質やカリスマ性、リーダー願望がある訳でもありませんが」

「それでも構わない」

「そうですね……」

 

 これは南雲との思想の近さを調べるための質問だろう。とは言え、南雲雅と私のリーダー論は絶対に違うので正直に語っても問題ないはずだ。真実と嘘を織り交ぜることで話の信憑性は上がる。

 

「引っ張る、押し上げる、共に横並びで歩む。色んなリーダー像があると思いますが、どれでも構わないと思っています。支配でなければ」

「支配でない、というのは?」

「簡単に言えば思考停止の集団にしない事ですかね。暴力、カリスマ、洗脳、恐怖……形態は様々ですが支配によって動かされる集団は一見強固に見えて実は脆い。上に立つ王が機能不全になると途端に崩れてしまいます。そして残されるのは王無くしては何もできない愚か者です。私は学力が低い者ではなく自分で考えるのを放棄している人間を愚か者と勝手に定義しています。ここは軍隊ではありませんから」

「ではお前の目的はその軍隊アリのような生徒を作らない事か」

「はい。そう捉えて頂いて構いません。自分で考え、その上でリーダーに従うか決める。もし考えてなお従いたいならそれでよし。もしそうでない場合、リーダーは自分の意思を通すために説得する必要があるでしょう。一見無駄に見えて実はその方が結束は強まる。自分の事を見てくれている。蔑ろにされていない。意見を言っても良いんだ。そういう雰囲気が出来るのです。そうなると、リーダーの思いつかなかった観点からの意見によって軌道修正や弱点の補強が可能です。主体的に動く結束力の強い集団が出来上がり、大いに成果を発揮するはずと考えています」

「思考停止しない集団作りか。それを聞いて自戒するべき点も思い浮かんだ。参考にするとしよう」

「私程度の意見が無くとも十分リーダーたる素質はおありと拝察しますが、お役に立てたのであれば光栄です」

 

 会長は何かに満足したように軽く頷いて、いよいよ本題を切り出した。彼が本題を話してもいい相手だと認識されたと考えて良いだろう。

 

「今日橘にこの時間にお前と話せるよう取り計らってもらった理由は簡単だ。諸葛孔明、生徒会に入る気は無いか」

「いえ……残念ながら。放課後もそれなりに忙しいので。しかも、私はクラスのリーダーではありません。もっと相応しい人物はAクラスにもいるでしょうし、他クラスにも存在していると思います。何故、私を?多少功績がない訳ではありませんが、会長のお眼鏡に適うほどの能力やカリスマ性を見せたとは言い難いのではないでしょうか。それこそ、会長でも私のような動きは可能なはずです」 

「高知県黒潮町立第二中学校の奇跡。その立役者がそれを言うのか。全国の教育会を震撼させたサクセスストーリーの演出者が。お前の自己評価は知らないが、カリスマ性がないというのは嘘だとお前を知る者は思うだろう」

「そんな大それたことをしたつもりはないのですがね。あれは私の級友の頑張りによる結果です」

「会長、話の腰を折ってすみません。その何とかの奇跡と言うのは一体……」

 

 橘先輩は会長にそう尋ねる。私が答える気が無いのを察した彼は語り始めた。私の過去の断片を。

 

「彼らの世代が中学2年生の春。高知県の田舎にある全校生徒30人前後、学年に多くて10人しかいない中学校に1人の生徒が転校してきた。それまでの経歴は誰がどれだけ調べても不明だったが彼はすぐに周りと打ち解けた。そして1年以上が経過し、異変が起こった。その中学校の生徒の保護者層は第一次産業か地元の第三次産業に従事している者が多く、凡そ高学歴とは言えない。歴代卒業生たちも中卒や地元の農業や工業の高校へ行くのが常だった。だが……この代は違った」

 

 会長は更に目を細め、私をじっと見つめる。

 

「諸葛を含めて10人の生徒が全員偏差値70以上、即ち超名門もしくは進学校に分類される高校へ進学した。誰1人欠ける事は無く。最高で灘高校だ。そして塾などないそんな環境で全員を導いた教導役、それは教師でも何でもない同級生。ただの中学生だった。それがこの男、諸葛孔明だ。報道こそされていないが、教育の界隈では騒がれた。俺も偶然知ったのだがな」

「そんな事……可能なんですか?」

「分からない。だが、事実として結果がある。それは覆しようがないだろう。諸葛、お前はそれでもなお、自分は無力だと言うか?」

「私はなにも特別な事はしていませんから。そう言わざるを得ないのです。それに、私が何をしたとしても、最終的に結果を勝ち取ったのは彼らです。それは変わらないでしょうから。惜しむらくは連絡が取れない事ですね」 

 

 遠隔地に下宿する生徒が大半だったが、それでも私が出発する時はわざわざ見送りに来てくれた。それには感謝している。少なくとも平和では無かった私の人生で最も平和かつ充実した2年間だったと言えるだろう。あの時は特に指令も無く、静かに過ごせた。

 

「それでどうだ。入る気はやはり無いか」

「はい」

「今後行われる試験に関して、手助けをすると言ってもか?」

「ええ。私の意思は変わりません。それに私を配下にしたければ後2回勧誘して下さらないと」

「三顧の礼か。だがお前にそれだけの価値があると?」

「安売りするつもりはありません。管仲楽毅を裸足で逃げ出させる自信はあります」

「良いだろう。残念だが諦めるとしよう」

 

 彼は徹底的な実力主義を謳い何人も退学させている南雲への対抗策として私を選んだ。理由は彼の言った私の実績になっている事項。元々偏差値なにそれ?みたいな人間を全員学歴社会の最高級の場所に送り込んだことから実力が無くても見捨てない人間だと思われたのだろう。少なくとも実力が無いから下層にいろと言う発言や思想をする人物ではない、と判断したはずだ。それで結構。こちらの想定通り。

 

 明らかに残念そうな雰囲気を出している会長に切り出すなら今だろう。

 

「しかしこうあっさりと断ってしまっては申し訳ない。ですので、私の代わりになる人材を用意いたしましょう」

「ほう。そんな者がいるのか。誰だ」

「1年Aクラス、葛城康平。1年Bクラス、一之瀬帆波」

「お前は……まさか知らないという事はあるまい。俺がその2人の入会希望を断ったという事を」

「ええ勿論。南雲雅への警戒からですよね?万が一手駒化されたら問題だと」

「良く、知っているようだな。橘から聞いたのか」

「いえ。ですが、それ以外でも方法は多く存在しますから」

「良いだろう。その情報源についてはひとまず置いておく。だが、俺が拒否したことも、その理由も知っていてそれでもなお推薦したというのには訳があるのだろうな」

「はい。当然です。もし私にお任せ頂けるのであれば、彼らは必ず会長の配下になるでしょう」

「その根拠は」

「まず葛城ですが、彼は非常に保守的な男です。能力は保証しますが、思考は守りを重んじる。反面南雲雅は革新派と聞きますね。思想面で全く相容れない訳です。それに、彼は倫理観も強い。そんな人物が悪評の多い副会長の話を聞けば、どう思うでしょう。それに対抗する会長の話を聞き、その会長が自分を拒否したのは自分を守るためであると知れば、どう思うでしょうか。そして私はAクラス内の生徒から多くの信頼を寄せられている。その私の言う事です。信憑性は高い」

「なるほど。それで、一之瀬の方は」

「彼女も同じようなものです。しかし、彼女の場合は女性であることを使いましょう。浮名の多い人間を嫌悪する女性は多い。しかも自分がその毒牙の対象になりかかっていると知れば……100年の恋も醒めそうなものです。それらの要因があり、元々強く生徒会入りを希望している観点からも会長からの1筆があれば容易に配下についてくれるかと」

「…………」

 

 思案状態に入った。彼は優秀だ。だが完全無欠ではない。その1面も垣間見えた。彼は強化版葛城だ。故に保守派なのだろう。少しの沈黙の後、彼は重苦しく口を開いた。

 

「確実に、出来るのだな」

「はい。自信を持ってお約束しましょう」

「分かった。もし実現できるのなら大きい」

「聡明な会長ならばご理解下さると思っておりました。では、こちらに署名を」

 

 渡した3枚の書類。これにはこう書かれている。

 

 

 

 私、高度育成高等学校生徒会長3年Aクラス堀北学は、同校1年Aクラス葛城康平(1年Bクラス一之瀬帆波)に対し、もし生徒会入会を現在も継続して希望するのであれば、それを許可する。ただし、その際に同校1年Aクラス諸葛孔明よりの説明に同意し、下記の条件を了承した場合のみ、これは履行される。

 

1、今後の学校生活で何らかの指示が堀北学よりなされた場合、自クラスへの損害にならない場合は必ずそれに従う。

2、上記条件を宣誓し違約時には生徒会を解任となる旨を了承する。

 

 

 

 そしてもう1枚。これは彼と私の為の契約書だ。

 

 

 私、高度育成高等学校1年Aクラス諸葛孔明(以下甲)は同校生徒会長3年Aクラス堀北学(以下乙)に対し、以下を契約する。

 

1、甲はあらゆる努力を持って同校1年Aクラス葛城康平(以下丙)並びに1年Bクラス一之瀬帆波(以下丁)を生徒会に入会させる。

2、甲はその際に丙並びに丁に対し、南雲雅ではなく乙の指示に従い行動するように意思表明をさせる。

3、甲は乙に交渉時の音声データ並びに交渉成立の場合は契約書を渡し、証拠とする。

4、もし事項2に反した場合、丙並びに丁は生徒会を解任となる旨を契約させる。詳しくは別紙契約書に記載する。

 

 

 

 

 ざっとこんなもんだ。こういう展開になることは想定済みだったのであらかじめ作っておいたものである。しばらく読んでいた会長はもう1つ事項を書き足した上でサインした。その事項は『5、上記契約成立時、乙は甲に成功報酬として20万ppを支払うものとする』である。

 

「宜しいのですか?」

「もし本当に成功したのならばこれくらいは安いだろう。しかし、この用意周到さ。すべてはお前の掌の上か?」

「いえ、そんなことは。しかし、この契約書にサインして頂けるような展開へ話を運んだのは事実です。ご不快でしたら申し訳ございません」

「いや、気にすることはない。だが、1つだけ聞きたい」

「何でしょうか」

「お前はまだ南雲からなにも被害を被っていないはずだ。しかし何故南雲降ろしに参加する」

「非常に個人的な動機です。革命思想は嫌いでして。それの影響で酷い目にあいましてね。ただそれだけです」

「理知的な回答ではないな」

「そうですね……しかし、歴史を動かしたのはいつだってこういう個人的かつ非論理的な思考回路だったりもするのは、ご存じでしょう?私も、それには抗えないのです。悲しい人の性ですね」

 

 まぁ他にも理由はあって、葛城に恩を売り、一之瀬にも恩を売るのならそっちの方が楽だったのと、このまま葛城が生徒会落ちと囁かれると影響力が下がりかねない。多分能力では坂柳の方が上だ。いずれじり貧になる。が、それは遅ければ遅い方が私にとっては都合がいい。こうしてテコ入れしてでも均衡を作るのだ。

 

 更に言えば、とても個人的な美学だが、性犯罪系は嫌いだ。あと、フェミニストではないが女性をモノ扱いしている奴も嫌いだ。薬物と貨幣偽造以外は大体コンプリートしている真っ当でない人間であっても、性犯罪だけはやっていないしやる気もない。それは私だけでなく……我々全員の総意であった。もっとも、人殺しの軍人が美学を叫んでどうなると言う物だが、どんな人間でも譲れない矜持はあるだろう。そういうものだ。

 

「今はその解答で良いだろう。契約書はサインした。後はお前の役目だ」

「はい。お任せください」

「今後も取引が出来ればと思っている。連絡先を後で橘経由で送る。何かあればすぐに言ってもらって構わない」

「ありがとうございます」

「この学校はお前の想像よりも多くの物が隠れているかもしれない。だが、それを乗り越える事を期待しているぞ」

「精一杯、努めさせていただきます」 

 

 成果は上々。問題ない。契約書をしまい、礼をして橘先輩に促され生徒会室を退室した。計画通りと言っていいだろう。一定数の信頼を得る事は出来たはずだ。それで十分。今のところは。Aクラス内にて派閥抗争にいない私には後ろ盾がいた方が安全だった。その1つをゲット出来たので、今後は多少派手に動ける。大きな権力を持つ生徒会だ。なにか事件があった際に関係することもあるだろう。そんなときに首を突っ込みやすくなった。

 

「今日は来て頂きありがとうございました。会長もお喜びだったと思います」

「そうでしたか。会長の要請を断ってしまいましたし、偉そうな高説を垂れ流してしまいましたからご不興を買っていたらと心配でしたが」

「会長はそのように心の狭い方ではありませんから安心してください」

「そうでしたね。これは失敬」

「でも、諸葛君が入ってくれれば私たちも心強かったんですけれど……やはり今からでも入ってみませんか?」

「これは私のスタンスですので。しかし、先輩からこうも熱烈なラブコールを頂けるとは光栄ですね。クラスの男子連中に恨まれてしまいそうです」

「あ、あまり揶揄わないで下さい」

「申し訳ありません。ですが事実ですから」

 

 人当たりの良さそうな善人風の笑顔が彼女には見えているのだろう。褒められたと解釈しまんざらでもなさそうな顔をしている。

 

「今日こうして会長とお会いしましたが、私にとっては頼れる先輩はやはり橘先輩です。今後も色々頼ってしまうかもしれませんが、どうかお願いします」

「こちらこそ、そう言って貰えると嬉しいです。同じAクラス同士、無事卒業できるよう頑張りましょう!」

「はい。勿論です」

「では、私は業務がありますから」

「分かりました。どうもありがとうございました」 

 

 生徒会室に戻っていく彼女を眺めながら笑顔をひっこめ通常の顔に戻す。そして自分の部下に電話を掛けた。

 

「なに」

「情報は集まったか」

「ええ。問題なく。元々有名人だったから大して調べなくてもボロボロ出てきたわよ」

「そうか。今どこにいる」

「部屋」

「では、葛城康平にメールか電話してくれ。諸葛孔明が明日の放課後喫茶店で会いたいって言っていると」

「分かった。それだけ?」

「ああ。こちらも色々あったが手筈は整った」

「そう。後、喫茶店ってどこ?」

「ほら、あれだよ、スタバとか言うところ」

「なんでそんな老人みたいな言い方なのよ。まぁ良いわ。伝えておく。後、今日も6時から?」

「そうだ」

「了解。じゃ、切るから」

 

 6時からというのは私作成の冊子類を使った彼女専用個別指導の時間だ。大体10時くらいまでやっている。非常に面倒だし、金をとっていいレベルの物を提供している自信はあるが、部下の面倒を見るのは役目なので仕方なくやっている。

 

 ともあれ、これで準備は完了。後は動くだけだ。多分邪悪に見える喜色を浮かべながら、夕方の廊下を歩いた。この世界に君臨者としての王はいらない。いるのは民衆の代表者。いわば「プリンケプス」だ。

 

 

______________________

 

<報告>

 

生徒会長との接触に成功した。概ね良い印象を与え、良好な関係を築くことに成功したと思われる。非常に高い知性、思考力を有し、リーダーシップも十分にある。かなりの実力者であることは間違いない。また、自戒する力もあり、人間性も表面上は問題ないように思われる。

 

 

<要求>

 

何か進展はあったか。後、現在残存人員は何をしている。後、指揮系統はどうなっている。誰が命令を出している。私の命令権はどうなった。

 

 

<返答>

 

一之瀬帆波に関してはまだ調査中である。やはり困難。彼女の登校していた中学校の元担任、校長、教頭と接触できているので情報を聞き出せるように努める。

 

現在4000人中貴官の命じる調査任務に約100人、残りは本国に1000人、日本国内で貴官の補佐用とその他任務用の関係各所に1000人。残存1900人は他国で任務中である。主な行き先は中東と中央アジア、極東ロシアである。指揮系統は基本3年前より変更なし。命令権は現在本官が臨時で行使中。命令とあれば返却する用意あり。貴官への忠誠、未だ衰える事なし。

 

 

<Re.返答>

 

ならば良し。現状問題ないならばそのまま続行せよ。いずれにせよ、真っ当に作戦が成功すれば帰還は2年後の春だ。それまでは貴様に預ける。

 

 

<RE.Re返答>

 

信頼に感謝する。諸葛閣下万歳!




多分後数話で第一章は終わります。ラノベ1冊で大体多くて10万文字くらいらしく、今、今回の話も合わせて9万文字なのでラノベ1冊分(=原作と同じ位の文量。当然内容の濃さと完成度は原作様の方が比べるまでもなく上ですが。)くらいは提供できたかなと思ってます。多分今後もこんな感じなので応援よろしくお願いします。


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13.顔

長くなってしまいました……。後1話でメインストーリーは終わりの予定です!


人を知るに、顔を知って心知らず

 

『春秋左氏伝』

______________________

 

 

 生徒会室での密会を終わらせた次の日。呼び出しに応じて葛城康平は指定した場所に来ていた。シアトル発祥の世界最大チェーンの喫茶店は、フランチャイズを含めて保有する3万2千店のうちの1つをここにも出店していた。スターバックスコーヒーには若者が集うという固定観念があるが、ここにはそもそも若者しかいないので検証できない。

 

 どこか所在なさげな彼に向かい合う形で私は座っている。何を頼めばいいのかもわからないので買いに行かせたが……戻ってきたようだ。

 

「ん」

「ああ、どうも。幾らだ」

「別にこれくらいは良い」

「そうか」  

 

 口に含めば甘さが脳を襲う。

 

「砂糖の暴力だなこれは……。資本主義の味がする」

「何でもいいって言ったのアンタじゃん」

「別に嫌な訳ではないさ。無いんだが如何せん初めてなもので戸惑っている。私の楽しい都会初体験記はともかく、キミも飲んだらどうだい?」

「あ、ああ」

 

 葛城は質素なコーヒーを啜って、切り出した。ここは今人が少ない。というより、1年生がいなければ良いだけの話なので、上級生の姿はあるがそこまで問題ではない。それぞれの話に興じており、こちらを気にしているような素振りの人間はいない。そもそも、この学校は施設が多いので、普通の都会であれば満員御礼の店もガラガラな事が多い。暇そうで何よりだ。

 

「それで、今日は俺を呼び出してどうした」

「まぁまぁ、そう焦らずに。急いては事を仕損じるとも申します。さて……どうですか、テスト勉強は」

「お前に貰った冊子のおかげもあり、何も問題ない。これならば安定して高得点を取れるだろう。代表して改めて礼を言わせてくれ」

「いえいえ、そんな大それたことではありませんよ。必ず攻略法は存在している。それはキミも思いついたことでしょう?」

「それは……まぁな」

「DクラスやCクラスには成績不振の生徒も多い。しかし、もし何も攻略法が無い場合、まだ現実を受け止めていない生徒や勉強を始めたものの追いついていない生徒が一斉に退学してしまいます。そうなっては学校側の大損。必ず何らかの方法があるまでは想像が出来そうなものです。キミは何を思いつきましたか?」

 

 私の問いかけに彼は声を潜めて答えた。真澄さんは興味なさそうに飲んでいる。飽きたのか携帯も取り出し始めた。

 

「そうだな……俺はポイントを支払う事で点数を購入できるのではないかと考えた。先生の言葉を額面通り受け取るならば、この学校に買えないものは無い。だとすれば点数も買えるだろう。もっとも、俺たちには必要のない思い付きかもしれないがな」

「ああ、確かに買えるかもしれませんね。それに無駄ではありません。思いつかないよりも使わないけれど思いついている方がよっぽど良い。物の見方は多角的であるべきでしょうし」

「そう言ってくれるとは嬉しいな。お前はやはり肯定否定のやり方が上手い。相手に効果的に話すのに長けているように思える。見習いたいものだ」

「はて、そうでしょうかね。意識しているつもりはないのですが……。おっと、あまり横道にそれすぎるのも良くありませんね。では、本題に入りましょう。まずはこれをどうぞ」

「これは……?」

 

 私から渡された契約書を彼は読み始める。そしてその目が進むにつれてどんどん表情が変わっていった。

 

「どういう……事だ」

「読んだとおりそのままです。キミの生徒会入りが許可されました。条件付きではありますが、おめでとうございます」

「しかし、俺は断られた。それが今になって、何故。しかもなぜ、諸葛が……」

「考えが変わったのでは無いでしょうか。人は誰しも、そういうところがありますから。私はAクラスの中立派であることから代理人に適切だと思われたようですね」

「俺としては願ってもない事だ。だが1つ引っかかる。何故指示を聞く相手が堀北会長に限定されているのだ。副会長を始め、他にも役員はいるはずだが」

「生徒会内の派閥構造に関しての把握はどの程度?」

「派閥……?そんなものがあるのか」

「やはりご存じなかったようですね。軽くかいつまんで話せば、現行体制を維持しようとする会長と2年生を掌握し現状の打破を求める副会長が対立しています。現状打破と言えば聞こえがいいように思えるかもしれませんが、それは甘い罠です。葛城君、私はこの学校の良いところは良くも悪くも集団戦であることだと思っています。だからこそ異なる能力を持った仲間との協力が欠かせない。優秀なだけの個人を作らないシステムこそが魅力であり、リーダーとなる者も多くの才能を正しく利用する術を身につけなくてはいけません。そうは思いませんか?」

「ああ、同意しよう。優秀な個人であれば、探せば多くいる。集団としても優秀であることを求めるのは当然であるし、異なる価値観とも否応なしに接さねばならないのは刺激になるだろう」

「良かった。キミならば同意してくれると思っていました。であれば、やはりキミは堀北会長の思想に近いですね。副会長の目指す世界とは優秀な者は徹底的に上に、そうでないものは下で這いつくばれと言う物です。しかも選民思想や退学を厭わない残酷さ、そして多少の暴力すらも容認する姿勢をとっています。堀北会長がキミの生徒会入りを断った理由はそこにあります。1年生である我々はどう頑張っても経験が薄い。そんな我々、そしてキミが利用されるのを防ごうとしたのです」

「そんなことがあったのか……」

「私個人の思想ですが、革命を叫ぶ者は信用してはいけません。支持していても、政権を取った瞬間に簡単に裏切られかねない。利用するだけされて、ポイです。キミだって、退学は嫌でしょう?」

「勿論だ」

 

 彼が是が非でも退学できない理由を私は知っている。それは単なるプライドや見栄の問題ではない。だが、それをこちらからは明かせない。上手く誘導して喋って貰おう。

 

「そう言えば、キミは何故この学校に?」

「俺には双子の妹がいる。だが、あまり身体が強くなくてな。入退院を繰り返している都合上、どうしても両親に金銭的な負担がかかってしまう。だからこそ俺はここに入った。Aクラスで卒業すれば進路先を叶えてくれる。それはつまり学費の負担もしてくれるのではないかと考えている。退学するわけにはいかない」

「なんと……すみません、不躾な事を聞いてしまいました」

「いや、気にすることはない」

「ありがとうございます。勝手ながら少し、親近感を感じてしまいました」

 

 彼は怪訝そうな顔をする。

 

「いえ、実は私も金銭的な事情で進学したんですよ」

「そうだったのか」

「はい……私の両親は他界してしまいまして。ですので当初は高校進学も危ぶまれました。ですが、中学時代の先生のご厚意のおかげでここを受験できたのです。妹さん、よくなると良いですね。ご家族は大切になさって下さい、いるうちに」

「そうか……諸葛も苦労したのだな。俺に完全に理解できるわけではないが……。妹のこともありがとう。俺自身も自分の半身のような存在だ。こればかりは運を天に任せるしかないのが辛い。努力でどうにか出来ればどれだけ良かったか」

「心中お察しします。私は家族の存在もその個人の実力を引き出すのに役立ったりすると思っているのですけれど、生憎ここはそれが出来ないのが辛いですね。困った時や壁に当たった時に支えてくれる肉親ほどありがたいものは無いでしょうし、頼りになる存在もいないでしょう」

「ああ、それだけは唯一の残念な点だ」

 

 彼の表情は柔らかい。苦学生であること、家族の話などで共感することで胸襟を開いてくれている。人は共感されると好感を抱きやすい。また、同じような境遇にある存在に自動的に親近感を抱く。仲間意識を持つ。彼の持っている妹への家族愛と会えていない寂しさに理解を示すことで、彼の中での私は自分と同じく苦学生である。そして自分以上の不幸即ち家族との死別に遭遇している。それでも頑張って努力している生徒、そう見えているだろう。

 

「大分脱線してしまいましたが、どうでしょうか?堀北会長は来年どうあがいても卒業されてしまいます。そうなった際に、来年の1年生や我々が全権を把握した副会長の毒牙にかかるのを私は見過ごしたくありません。堀北会長の思惑とは別に、私個人としてもキミには辣腕をふるって欲しいのです」

「……分かった。この話を受けようと思う」

「そうですか!良かった……キミならそう言ってくれると信じていました」

「争いは必要最低限にすべきだし、暴力を誘発するのも褒められた行いとは言えない。それに、退学は出来るだけ敵味方に拘わらず避けるべきだ、と俺は思っている。俺が生徒会に入る事で何か出来るのならば、なすべきだろう」

「義を見てせざるは勇無きなり、ですか。やはり、Aクラスの半数から信頼されるだけのことはありますね」

「そんな大それたものではない。俺個人の、個人的な欲望だ」

「それでも、結果が大事ですから。動機はどうあれ、ね。取り敢えずこれで取引は成立です。この書類にサインして、近日中に生徒会長に提出してください」

「ああ、わざわざありがとう。俺は、お前が説得してくれた部分も大きいのではないかと踏んでいるがどうだ?」

「かないませんね。級友の栄達を手助けできたのであればそれで満足ですから」

「……恩に着る」

 

 彼は深く頭を下げて店を後にしようとする。

 

「そうだ、最後に1つだけ」

「なんだ?」

「キミはどうして坂柳さんではなく君自身が音頭を取ろうとしているのですか?」

「……勿論坂柳の思想に反対する意味もある。だが、この学校でリーダーとなるのに坂柳では少し不安がある」

「不安、ですか。彼女は優秀ですが」

「ああ。それは理解している。だが、坂柳の身体的特徴は大きなハンデだ。過酷な試験についてこれない、もしくは体調を崩してしまう可能性もある。また、暴力を厭わない連中がなりふり構わず来た場合応戦は不可能だ。勿論、仲間がいればそうはならないかもしれないが、1人になってしまうタイミングはあるだろう。リーダーは矢面に立つ事もある。恨みを買う事もな。個人的な思想として、女子にしかもハンデのある存在にそのようなことをさせるのは道義に反すると思っている」

「…………なるほど。納得しました。ありがとうございます」

「納得してくれたのならばよかった。お前が手助けをしてくれる日が来るよう精進に励むとしよう」

 

 そう言うと今度こそ彼は店を去った。甘いはずの飲み物がやけに苦い。私は今どんな顔で彼を見送っているのだろうか。名誉欲やリーダーシップを取りたいという欲望から来る行動だと思っていた。しかし、思ったより彼は人間的に優れていたらしい。

 

「高潔な思想だな……私には合わん」

「でしょうね」

 

 そう言いながら、神室真澄はストローを啜る。興味なさげにしながらもばっちり話は聞いていたらしい。

 

「敵ならば蹴落としてしまえばいいのに。あんな女、すぐにでも殺せるだろう。優秀な頭脳も宿主が生きていなければ意味がない。死んでから時局に影響を及ぼすのは私の名前のオリジナルだけで十分だ」

「そういう思想を持ってないから、アイツはリーダーなんじゃない?ま、この学校には向いてなさそうだけど」

「それに関しては同意するしかないな。普通の学校ならば、素晴らしい指導者になれただろうに」

「どっちみち、私たちはアイツみたいにはなれない訳だし、そんな苦々しい顔止めたら?此処にいるのは犯罪者コンビ。どうあがいても綺麗な場所には戻れないでしょ?」

「ああ、その通りだとも。それと……私はそんなに苦々しい顔をしていたのか?」

「気付いてないの?カカオ100%のチョコ食べてもそんな顔にはならないと思うけど。アイツが背を向けた瞬間に顔崩れてた」

「そうか。気付かなかったな。気を付けるとしよう」

 

 しばしの沈黙。何かを迷ったように彼女の視線は私の顔と、彼女の手元を往復する。

 

「どうした」

「ホントなの?葛城に言ってたあの過去の話」

「本当だとも。私は嘘を言わないさ」

「99%くらい嘘で出来てそうなのによく言うわね」

「手ひどい言い方だな。ま、私の過去なぞどうでも良い。どうしても知りたければ……そのうちだな。もっと遠い未来の話になるだろう」

「あっそ。ま、別にどうでも良いけど」

 

 彼女はサッと目を逸らした。興味が無い訳ではないのだろう。けれど、私の過去に興味を持っていると私に知られるのは嫌だ。そんなところだろう。数分もしないうちにもう一人のお目当てがやって来る。時間通り。問題ない。すべては予定通りに進んでいた。

 

「ようこそ、一之瀬さん。さ、こちらにどうぞ」

 

 

 

 

 

 

「どうですか、その後の様子は」

「うん、みんな順調だよ。これで退学する人は今回は少なくともいないって確信できるかな」

「それは素晴らしい。両者にとって、最高の結果となりそうで安堵しました。私も、お渡ししたものが何の役にも立たないとなってしまったらただの詐欺師ですから」

 

 隣席からどちらにしろお前は詐欺師だと言う視線がビンビン飛んでくるが、無視して話を進める。

 

「さて、世間話はこれくらいにして本題と参りましょう。先日の契約は覚えておいでですね?そしてその結果報告をしたいのです。単刀直入に申し上げて、9割方成功したと見て良いでしょう。堀北会長は貴女の生徒会入会を承諾しました」

「ええっ!ウソ……本当に?」

「私は嘘など申しません。その契約書がこちらです」

「本当だ……でもどうして急に……」

「それはもっともな疑問です。その答えを提示しましょう。真澄さん、例のものを」

「例のものって何?」

「またこのパターンか。次から予行演習しないと綺麗に決まらないなぁ。例の証拠集です」

「ああ、はい」

 

 机に置かれた彼女の端末には、いくつかの盗撮写真。流石元万引き犯、人の気配には敏感だし、隠れるのも得意だった。こうしていくつかの写真撮影に成功している。ついでに音声も。とは言え、この音声は実際の音声じゃない。私の録音を弄ったものだ。匿名性の為、と言う言い訳をして良くテレビなどで流れる犯人の知り合いの音声みたいな加工をした。

 

「これは……南雲副会長?」

「はい。そして彼こそが貴女の生徒会入りを阻んでいた障害であるのです。どういう事か、説明しましょう。しかし、その前に1つだけ。もし貴女かクラスメイト、どちらかが退学しなければならない事案に遭遇した場合、貴女はどうしますか?」

「勿論そんなことになりたくはないけど、もしそうなったのなら迷うことなく私が退学するよ」

「ああ、よかった。貴女ならそう言って下さると思っていました。おかげで堀北会長に嘘を吐かなくて済みます。一之瀬さん、貴女どこかで憧れていませんでしたか?Bクラスからのし上がった彼に。自分達もそうなりたい、と」

「それは……ないと言えば嘘になるかな」

「やはりそうでしたか。ですがクラスの垣根を越えて貴女にご忠告します。彼に頼るのは辞めた方が良い。2年生は退学者が異常に多い。そのほぼ全てが彼に逆らった者の末路です。彼は暴君だ。己の意にそぐわない者は容赦なく排除し、この箱庭で玉座に座っていると錯覚している哀れな中二病患者です。しかしその憐れむべき自意識肥大化症候群の患者も能力が高ければ脅威になる。この音声は彼の本性を語ってくれた証言です」

 

 そして音声が流れる。曰く、何人も退学になった。曰く、傍若無人。曰く、暴力的。曰く、女性をモノ扱いし、幾人とも不純異性交遊に及んでいる。そんな悪い話がごまんと。勿論、嘘ではなくまことしやかにささやかれている風説だ。真実も混じっていることは堀北会長に確認済みである。それをこうして提示する。彼女の動揺が見て取れた。

 

「彼らは私たち後輩のためにこうして証言してくださいました。勿論、そんな勇敢な方々の未来を守るため、匿名性を重視しましたが。彼は貴女を利用するでしょう。Aクラスに上がりたい、生徒会に入りたいと願う貴女を利用し、そして必要が無くなれば捨てるでしょう。まるで、ごみを扱うように。その利用とは色々な意味がありますが、その中には……性的なモノも含まれていると私は判断しています。その証拠がこちらの写真です」

「そんな……」

「勿論、彼を嫌う人間の姦計とも考えましたが数が多すぎる上にこうして証拠もある。言い逃れは出来ないでしょう。勿論、いずれも法には触れていません。しかし、危険であることを疑う事は不可能かと。そしてその危険性を理解しているからこそ、堀北会長は貴女を遠ざけた。貴女を、守るために」 

 

 最後の方を敢えてゆっくり話す。証拠提示の時はスピーディーに話し、情報の波で思考を混乱させ、落ち着いたタイミングでトーンを変えて印象付ける。これで彼女の中には南雲雅=危険、自分を守るために会長は行動したという2大情報が植え付けられているはずだ。細部はどうでも良い。むしろ、覚えられていると困る。だが、重大な事は忘れられては困る。

 

「ですので、生徒会に入った際は彼に警戒し、会長の指示に従う。それが絶対条件です。その為の契約書がお渡ししたものになります。どうしますか?」

「どう、しようかな」

「貴女の人生ですから、どうぞ貴女がお決めになって下さい。ああ、そうだ。彼の方策を知っていますか?実力のない者は消えろ、もしくは這いつくばれ。それが方策だそうで。退学者が今よりもっと増える学校になってしまいそうです。貴女はどうしてここに?」

「ウチは母子家庭で、妹と私とお母さんの3人で頑張ってきたんだ。お金が無くて高校は諦めてたんだけど、お母さんは反対でね。そんなときに此処を知って、それで受けてみたら受かったから来た……って感じかな。だからあんまり大望とか、無いんだよね……」

「素晴らしい理由じゃないですか。お母様も妹さんもさぞ、誇りでしょう。ここを出ればそれだけで付加価値は大きい。素晴らしい姉を持てた妹さんが羨ましいくらいです。私も両親を亡くし、高校進学をあきらめかけた身。この学校の存在を知った時の感情はとてもよくわかります。そんな私や貴女のような理由を持った生徒もきっと多くいるでしょう。もしかしたら家族運に恵まれず、虐待などから逃れるために逃げ込んだ生徒もいるかも。そんな生徒を退学にしてしまったら……待ち受けるのはどんな苦しみでしょうか。彼は、そんな苦しみを量産しようとしている。貴女はそれを防ぐ力と資格があるのです。どうでしょうか、貴女自身、そして誰かのために」

「そんな大それたことは出来ないよ。でも、少しでも何か出来るなら……」

 

 そう言って彼女はサインした。もう戻れない道に。彼女は自己評価が低く、他人のために行動することが多い。誰かのために。その言葉と退学は自己の運命を破滅させかねないともう一度悟らせた。多少忘れかけていたことだろう。無理はない。新生活で横に置きかけていた目的をもう一度セットさせる。これで受けるだろうと確信していたが実際その通りだった。

 

「貴女の勇気に感謝を。それを会長に渡してください。そうすれば、貴女の生徒会入りは許可されるでしょう」

「うん。精一杯頑張らないとね。……それで1つ教えて欲しいな。契約は出来る限り交渉する、だったでしょ?だったら出来る限り頑張ったけど、無理でしたでも大丈夫なはずだよね?でもこうして叶えてくれた。わざわざ南雲先輩に関する忠告までしてくれた。どうしてかな?私個人に入れ込む理由は無いはずだよ?」

「私は優しい人間ではありません。どうしようもないほどに自己中心的です。これも全て私自身のためになるからこその行動。堀北会長派の橘先輩への恩義や個人的に副会長を好きになれないなど様々です。ですが……この前の交渉で分かりました。貴女は素晴らしい方だ。その人間性は私では到底届かないところにいます」

「う~ん、そんな事無いんだけどなぁ」

「いいえ!貴女がそう卑下しようと、貴女の人間性を損なうには足りない。謙遜がなされるたびに徳は増していきます。そう、この前お会いして気付かされました。そう言った高潔さを持った方がむざむざと騙され、利用され、純潔を奪われ、最後にはボロ雑巾のように捨てられる。そんな状況を座視していられるほど、私は人として終わっているつもりはないのです!」

 

 グイっと身を乗り出し、彼女の手を取る。両目をしっかり見つめる私に彼女は戸惑って言葉を発せていない。視界も泳いでいる。パーソナルスペースに侵入しても拒否反応を示されていないことに一定以上の信頼を得ていると確認できた。

 

「貴女は美しい方です。容姿もそうですが、心も。多くを魅了するその快活な笑顔があのような下衆の極みによる陰謀と策略と私利私欲のために曇らされて良い道理がありません。貴女には華やかな恋こそ相応しい」

「にゃ、にゃにを言ってるのかにゃ!?」

「おっと、すみません。つい感情が高ぶってしまいました。失礼な事を……本当に申し訳ございません」

「べ、別に良いんだけどね!うん!」

「寛大なお言葉感謝します。何はともあれ、ご理解いただけましたか?」

「う、うん、よく分かったよ」

「それは安心しました。では、また何かあったらお話しましょう。クラス間では対立していることはあっても、個人間で友誼を築くのは不可能ではない筈ですから」

「そ、そうだね!うん、そ、それじゃあ!」

 

 ドタバタしながら彼女は去って行った。最後に至っては小走り。だがそんなことはどうでも良い。これでやるべき任務は終わった。葛城康平も一之瀬帆波も生徒会入りするだろう。堀北派の1年生として。後は坂柳が南雲派と接触しないようにちょっと調整して、完了だ。

 

 しばらくはテスト関連に集中できる。それが終われば動き出すクラスもあるだろう。その筆頭格がCだと考えている。現在も秘密主義を貫いている訳が明かされ始めるはずだ。流石にいつまでも鎖国は出来ない。

 

 思考を巡らせる私の横で、ずっと話を聞いていた彼女は無言でこちらを見つめてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとさ、話あるんだけど」

 

 2人を生徒会に入れる事に成功した日の夜。部屋で彼女はそう切り出した。携帯端末には堀北学からの成功報酬が届いている。葛城康平も一之瀬帆波も今日のうちに提出したらしい。行動が早い事だ。それだけ生徒会入りに関する欲望が強かったのだろう。先日Bから搾り取った30万。そして今回の報酬を合わせると50万。普通の学生生活には十分だろう。しかし、この学校ではそうでは無い。無駄遣いは厳禁だ。

 

 金勘定をしながら声に応える。

 

「なんだ」

「アンタ、女たらしのイケメンは嫌いなんでしょ?」

「ああ。それがどうした」

「……前々から思ってたけど、アンタ、本当に気付いてないの?アンタのその顔に」

「何がだ。くだらない事を言ってる暇があったら問題を解け」

「答えて。今回だけは譲らない。私がいなくなったら困るのはそっちも同じでしょ」

 

 いつになく真剣な目で彼女は見てくる。拒否するのは容易い。しかし、そうなると彼女が自発的に動いたり協力的な態度を取らなくなる可能性がある。出来る限り心服して欲しい身としてはそれでは不都合だ。数分間のにらみ合いの末、折れる事にした。

 

「俺の顔がどうした。見るに堪えないとでも?」

「その評価がおかしいって言ってるの。アンタは一之瀬の自己評価が低いって言ってるけどこっちから言わせればアンタの顔に関する自己評価の方がよっぽどおかしい」

「…………」

「そりゃ自分でイケメンとか美人って言ってる奴はナルシストだけど、大抵の人は自分の顔のランクを何となく把握してる。私だって別に不細工だとは思ってないし、人並かそれ以上だとは思ってる。でもアンタはどう?自分でどう思ってるのか知らないけど、これがアンタへの客観的な評価だから!」

 

 突き付けられたのは彼女の端末。学校の掲示板だった。女子の端末しか入れないようになっているスレッド。タイトルは『1年生男子イケメンランキング』。そしてそのスレッドの最初のところに表が貼ってあった。

 

「なにか感想は?学年3位さん」

「…………」

「周りの女子は少なくともアンタの事を人並み以上って評価してる。でもアンタはしつこいくらい否定する。どう考えたっておかしいし、反感買うから止めたらって言う話。ついでにその謎に歪んだ自己評価の訳を聞きたかった。それだけ」

「…………そうか。そんな事ならまぁ良いだろう。理由を教えてやろうじゃないか」

 

 このランキングに関しては個人の主観だし、そもそも調査人数が少ないなど色々言える事はある。だが、彼女の言っている反感云々の懸念は事実だった。それまでそんな事を気にしたことも無かったし、自分の容姿について何かあった事も無かった。それ故にてっきり普通だと思っていた。

 

 その訳を話したからと言って何か不利になる事も、機密が漏れる事もないだろう。彼女は疑いを深めている。何も無いといっても嘘だと思われてしまうだろう。信頼を得るには、その人だけに秘密を漏らすのが1番だ。彼女は言いふらすタイプではないし、そうするメリットもない。デメリットだけが無限にある事は本人が良く知っているだろう。だから話すことにした。

 

「心的外傷後ストレス障害。通称PTSD。それに近い精神疾患なのだろうが…………俺は俺の顔がわからない。鏡を見ても、水の反射を見ても写真を見ても、そこにあるはずの顔には靄がかかっている。だから、口角が上がっているから笑顔に見えるだろう、眉をひそめているから懸念か怒りかを表しているように見えるだろうと予測しながらしか生活できない。だから俺は俺の顔がわからないと言った。今、どんな顔をしているのかもな。お前には、どう見える?」

 

 自嘲気味な表情になるようにしながら、言った。

 

 

______________________

 

<報告>

 

葛城康平、並びに一之瀬帆波からの信頼を一定数得る事に成功。今後はそれを崩さぬように注力する次第。

 

 

<要求>

 

今後は定期的に本国の状態を報告せよ

 

 

<返答>

 

主だった任務としては■■軍区(旧■■軍区)総司令諸葛■■による命令を遂行中。活動場所はロシア連邦■■■■■■■、本国■■■■■■自治区内、カザフスタン。ただし、■■■内にも諸葛■■に代表される一派がおり、貴官不在を受けて■■、■■を根城に何事か画策している模様。ただし、乗っ取りではないと思われる。本官以下の指示には従っている模様。

 

 

<Re.返答>

 

あの小娘……。良いだろう。何を目論んでいるかは知らないが、そもそもヤツが持っているのはその血筋だけだ。本家は既に没落している。諸葛の血はこちらにこそ相応しい。江東の犬に渡してたまるか。監視を強めろ。場合によっては始末してしまえ。私の従妹であろうと容赦するな

 

 

<RE.Re返答>

 

承知した。




2年生編への布石を幾つか打ってみたりしてます。そこまでたどり着くのにどれくらいかかるかは未知数ですが……。


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14.布石

原作でのテストは5科目500点満点でしたが、今作では5科目10教科1000点満点になっています。


圧制はただ圧制によってのみ、そしてテロはただテロによってのみ破ることができる。

 

『アドルフ・ヒトラー』

―――――――――――――――――

 

「だから俺は俺の顔がわからないと言った。今、どんな顔をしているのかもな。お前には、どう見える?」

 

 そう問うた時、彼女は何も言わなかった。特段表情を変えるでもなく、驚くことも怪しむことも蔑むこともなく、ただそこにいた。

 

「……別に、いつも通りの顔だけど」

「深くは問わないのだな」

「聞いても教えてくれないのは目に見えてる上に、触れられたくない部分は誰にだってあるし。そうでしょう?」

「よくわかっているようだ」

「変な事聞いて悪かったから。忘れて」

「ああ、そうするとしよう。お前は何も聞いていないし、俺も何も言っていない」

 

 空気が元に戻り、そこからは普通の会話が続く。拍子抜けしている自分がいた。まさか、無かったことにするとはな。しかし、彼女にとってすれば明らかに地雷案件に首を突っ込むことになるのは見えていたのだろう。表の部分だけを知れればそれでいい。裏を知ると戻れない。そう思っての判断だったのか、それとも単なる本能か、飽きたのか。知る術は無いが、あまり掘り起こされたくない過去を聞いてこないのが嬉しくも感じられた。

 

 普段通りの顔。さて、その普段通りとは一体どんな感じなのだろうか。俺にはそれすらもわからない。元々の一人称が俺だったのかも、もう忘れてしまった。どうせわからないのに好奇心は時々湧いてくる。それでも鏡には靄のかかった顔をした男が立っているだけだった。

 

 結局それから何も無かったように彼女は学習を終えて部屋を後にした。根掘り葉掘り聞き出せばこちらの弱点を握る事も出来たかもしれないのにしなかったのは何故だろうか。動揺していたのか、そういう思考回路にならなかったのか。それとも……信頼しようとしているのか。だとしたら気を遣われたのだろうか。あり得ない、こんな短期間でと思う自分がいる。他人を容易に信用は出来ない。地獄を生き延びていない者は尚更。

 

 だが、彼女を信じたい自分がいるのは、隠しようがない事実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらの事情など関係なく時は進み、順調にテストを迎えた。全く過不足なくそっくりそのまま同じ問題が出題された時にはいささか閉口すらした。数日のテスト期間はあっという間に過ぎ去る。デジタル採点なのはシステムが良く出来ている証拠だろう。記述以外は全部自動採点だ。正確性もその方が高いし、良いのではないだろうか。

 

「欠席者はいないようだな。ではこれから中間テストの結果発表を行う」

 

 重要なのはテスト本体ではなくむしろこっち。さて、結局最後までこのクラスには過去問題と全く同じ旨を伝えなかった。他クラス、特に売りつけたBクラスには暗記している者もいるかもしれないが、このクラスはそうせず地頭+私の冊子で勝負になるはず。ここでいい結果を出してくれないと困る。

 

 今回のような全く同じ問題なんて言うのは今後はあり得ない。だとすれば、楽を覚えずしっかり勉強して実力にしてもらった方が断然有利だ。その際にアベレージが優秀で努力を出来る人間が多いAクラスは最大の優位性を発揮する。

 

「小テストに引き続き、中間テストでもお前たちAクラスは個人・平均共々学年トップの成績だった。赤点を取った者もいない。上々の結果と言えるだろう」

 

 どの教科も100点が多くいる。日本史や数Ⅰ・Aではクラスの75%が100点という好成績を叩き出した。他にも90点台がほとんどであり、80点台も数えるほどしかいない。70点台は皆無だ。

 

 勿論過去問を元に、もし同じ問題が出題されなくても100点に近い点数を取れるような冊子を作っていたのでキチンとやって貰えれば同じような結果になるのは確定だったが。他の有象無象はどうでも良い。大事なのは私の部下だ。手塩にかけて勉強の面倒を見てきたんだ、半端な点数では許さない。

 

 頭の中で計算し、合計を出す。彼女は1000点満点中988点。失点12。…………まぁ及第点だろう。十分よくやったと思う。元々Aクラスの中では標準より少し下くらいの成績だったため、ここまで上がったのなら大丈夫だろう。過去問とその答えもほぼ使わないようにして授業をしてきた。彼女は今回の試験の絡繰りを知っているが覚えて挑んだわけではないので問題はない。

 

「退学者を出さなかった褒美として、夏休みにはお前たちを南国の島へバカンスに連れて行ってやる。楽しみにしておくといい」

 

 そう言い残し担任は去って行く。バカンスねぇ。調査すべき事項が増えた。とは言え、動くのは私ではないのでそう気に病むことではないのだが、夏に何らかの特別試験が行われるのは必定だ。暑いのはそんなに好きではない。小さくため息を吐きだした。

 

「今回の試験、過去問題と試験内容が全く同じでしたね」

「ええ、驚くべき偶然です。学校側の救済措置なのでしょうね」

「シラを切ろうとしていらっしゃるのかもしれませんが、それは流石に苦しいですよ?」

 

 案の定と言うべきか、私の隣人はそこを突いてくる。私を傘下に加えたい。それもなるべく私から自発的に加わって欲しい。だが、同時に彼女の中には違った欲望も存在している。強者を屈服させたい。私に跪かせたい。そういうサディスティックな色をした目が、私を捉えた。

 

「確かに、私は同じであることに気付いていました。しかし、敢えて言いませんでした」

「何故でしょう?もし明かしていれば全員100点満点もあり得たかもしれません」

「ですが、それでは何の実力にもならない。学習とは積み重ねです。今回の範囲を完璧にすることで、次回の範囲が理解しやすくなる。反対に、キチンと理解していないのに答えだけ暗記して満点を取っても次に繋がらず、楽を覚えた精神だけが残る。何も良い事はありません。ですので、元々自頭が良く努力の出来る人が揃っているクラスなら言わなくても問題ないと判断しました」

「私たちが信用できなかったと?」

「いいえ。ですが、どうしても人は気が緩む生き物ですから。どんな優秀な生徒相手でも退路は断っておく。それが優しさだと思っておりますので。丸暗記せずとも点数を取れるような冊子も用意しましたし、結果的にそれが功を奏したのかご覧の結果。問題は無いと思いますが?」

 

 彼女は天才だろう。私よりも知識面では優秀だ。しかし、優秀な記憶者が優れた教師ではないのもまた自明の理である。教える事に関しては彼女よりも私の方が実績も経験も才能もあると自負している。

 

 それ自体は彼女も理解している。だからこそ、冊子の話をされると言い返せなくなる。あれを越える物品を自分に用意できないから。自分が出来るのは部下に命じて過去問を先輩から購入させ、派閥内に配る事のみ。後は頑張れスタイルだ。私はそれがスタートラインであり、そこから更に渡した相手が実力アップ出来るようにしている。

 

 どれほど優れた人物でも、1人では生きてなどいけない。故に、この世界に王はいらないのだ。

 

 

 

 

 

「乾杯!」

 

 高らかな声が響く。さっさと帰宅しようと思ったが、割と強引に引き留められ祝勝会なるものに参加をお願いされてしまった。断ると評判に関わりそうなので、一抜けしようとしていた部下を強制連行し参加している。祝勝会、もっと言えば打ち上げなのだろう。勉強会の主催者2名と私に感謝をする会と言い換えても良いだろう。東奔西走してきたおかげか分からないが、派閥対立はあるもののそこまで表立ってはやらず、個人間では交流も多少はあるようだ。

 

 あの後偵察を行ったが、どのクラスも退学者は存在しなかった。一番の懸念事項であったDクラスですら、50点を切っている生徒は存在しない。あの時図書館で騒いでいた成績不振の男子3人も無事に突破したようだった。過去問に気付いたかは分からない。櫛田が私のヒントに気が付くか、もしくは他の誰かが自力で導き出した可能性もある。あのクラスは馬鹿の集まりではなく成績優秀でも人間性に問題のある人間も集められている。地頭はAクラス並、或いはその平均レベルを上回る生徒もいるだろう。

 

 Bクラス、Cクラスはともに過去問を駆使したであろう高得点だった。故に、今回のテストでしっかりとした実力を測るのは不可能と言える。次回以降でそれを測るつもりなのだろう。今回のはあくまでも現実を認識させるのと、早々に退学者を生まないための措置でしかないのだから。

 

「孔明先生ほらほらそんなところで黄昏てないで!」 

「そうだぞ、今回の主役格なんだからさ」

 

 輪の中心へ引っ張ってくるクラスメイトにやや困惑しながら、この場での交流を行う事にした。いずれにしろ、夏に何かあるのは間違いない。その時に、協力できないようでは困ってしまう。生徒会入りの失敗が響いて一時落ちかけていた葛城の権威はもう一度戻りつつある。これでまた勢力均衡になるだろう。それで良い。勝ち過ぎず、負け過ぎず。争い合ってくれた方が、私としては好都合だ。 

 

 そして今日も良い人を演じながら、愛想を振りまいていく。得た信頼を失わないように。私を疑う者はもうほとんどいないだろう。地盤固めは大分いいところまできた。次は、何か事が起こるのを待つことにしよう。恐らく来月か、再来月か。夏休みまでに事件が起こるはずである。早々にクラスをまとめ、秘密主義を貫こうとするCのリーダーならば、必ずそうするだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、キミはこれで満足なのかな?」

「まぁ、それなりには」

 

 テスト返却後の休日。折角勉強会の講師役も終わり、特別家庭教師も終わり、解放されたから休もうと思っていたにも拘わらずこうして外を出歩く羽目になっている。思えば、スーパーとスタバとコンビニ以外を訪れたのは初日以来かもしれない。それ以外は殆ど街を利用せず、外にも出歩かなかった。

 

「確かに私は言ったさ、今回の試験ではよく頑張っていたから何かしら報酬を出そうと。しかしだね、それは料理ないし金銭的なものを想定していたのだよ」

「あっそう」

「しかしながら今私はこうして君のウインドウショッピングに付き合わされ、あまつさえ荷物持ちだ。どういう魂胆なのか説明してもらおう」

「別に魂胆って言うほどのものは無いから。単に報酬があるって言うのならこき使ってみたいと思っただけ」

「…………まぁ仕方あるまい。反故にするのも大人げないのだから付き合ってあげようじゃないか。ところでいつぐらいに終わるのだね、真澄さん」

「さぁ?気が向いたら」

「なるほど。後数時間は終わらないと見ておこう」

 

 休日ともなればテスト終わりもあってかクラスを問わず多くの生徒がいる。男女のカップルに、女子グループ。男のグループは大体こういうところではなくもっと違うレジャー施設にいる。

 

 どういう目的があるのかは分からないが、取り敢えず付き合っている。これくらいは必要な事だろう。コミュニケーションを取れないようでは円滑な関係を築けない。そうなると様々な活動に支障が出てくるのは必定だからだ。お昼時になり、外とは違い人数の問題でそんなに混むことの無いレストランへ入店する。お昼のメニューの方が安いのはこういう店舗の常識だ。

 

「最近なにか変わった事はあるか?」

「なに?いきなり突然藪から棒に」

「いや、小さな発見でもいい。何かあれば教えてくれ」

「分かったけど……どうして?」

「そろそろCクラスが動き出すはずだ。テストも終わり、クラス間闘争が幕を開ける。自分のクラス内で完結していた時間が終了すれば、他に目を向けるだろう。これまで秘密主義を貫いてきたのは対策を取らせないため。だとするのならば夏休み前までになにかしらの行動を起こして後顧の憂いを断つ、或いは学校の出方を窺う、生徒の実力を見るなどの行いをしてくる確率が高い」

「そこまでして何を知りたいの、そのCクラスのリーダーは」

「あくまでこれは予想でしかないが、恐らくは退学に関連する事項なのではないかと思っている。現在発覚している条件は……」

「①成績不振、②イジメ、③犯罪行為の3つでしょ?」

「その通り。それに追加される条件がまだあるのか、そしてもし実際にその3つのうちのいずれかが起こった場合学校や生徒はどう動くのか。それを知りたいのだろう」

「その場合だと何かやるなら②か③に該当するような事?」

「そうなるな」

 

 成績不振は個人の問題なので、どうこうすることは難しい。イジメ問題と言うが程度にも差があるし、学校側が何をそう定義しているのかは謎だ。イジメと喧嘩の線引きは?という問題や、犯罪行為とは違うんかい。と言う問題もある。例えば人の物を隠すのは代表的ないじめ行為だが、普通に犯罪だ。私のような違法性に満ちた人間に言われるのはこの学校も癪だろうけれど、その辺の線引きがあいまいな気がする。

 

 だからこそ突くならばそこだろう。窃盗はよほど上手くやらないと捕まる。常習犯なのに捕まってなかった彼女はかなり才能がある。金銭関連はポイントの移動のせいでバレる。とすれば暴力沙汰が1番現実的だろうか。

 

「恐らく暴力沙汰か何かが起こると思っている。しかし、自分達で起こしてしまえばセルフダメージになるだけで意味がない。他の戦力を削りつつ、目的を達成しようとするだろうな。ここでクイズだ。狙うなら、どこにする?」

「……Aはあんまり乗って来ないだろうし、Bも一之瀬の統制が効いてるし、消去法でD?」

「そうだ。思考力の足りない人間は総じて暴力的な上に短気な傾向にある。我慢できないのさ。9割方狙われるのはDだろう。ただし勿論Bの可能性もある。遠交近攻の原理に乗っ取ればこの2クラスを攻撃するのがCの最善だ。もっとも、Cのリーダーがこの原理に乗っ取らず我々を狙ってくる可能性も、わずかだがある。だからこそ、気付いたことがあればすぐに教えてくれ。Aの場合、狙われる確率が一番高いのは君だ」

「は?なんで私が……」

「坂柳派だとあのサディストの気があるお嬢が部下ファンネルで殴ってくる。葛城派だと男が多いし葛城本人が強い。私は男かつ知恵が回る上に、強さも未知数。しかし、君は私の部下だが常に一緒じゃない。運動神経は良いがあくまで女子の中では、だ。友達もほとんどいない。実に狙いやすい。更に悪い事に真澄さんの場合、暴力沙汰ではなく性犯罪になりかねない。写真や動画で脅して口封じの可能性もある。だからこそ気を付けてくれ」

 

 彼女はぶるっと身を震わせた。あまりよくない想像をしてしまったのだろう。と、危険性を滔々と語ったがそうなる可能性は実は少ない。彼女は思考が自分が被害者になる可能性でいっぱいだから気付いていないが、もし彼女を狙ってもCクラスのリーダーの目的は達せられない。ただ、ゼロではないのはスパイを作りたい場合が考えられるからだ。

 

「私が一緒なら守れるが、そうじゃないと厳しいからな。用心してくれ」

「なに、守ってくれるわけ?」

「当然だろう?」

 

 大事なのはいざという時に頼れる存在だと思わせる事。自分自身にかなりの災厄が降りかかる可能性に気付かせ、その恐怖をあおり、それで空いた心の隙に入り込む。やってることが完全に詐欺師だった。

 

「分かってくれたのならば問題ない。まぁ、君に被害が及ぶ可能性は少ないよ。そうならないようにするのも私の仕事だ」

「任せて良い訳?」

「勿論だ」

「……あっそ」

 

 そっぽを向いて頬杖をつきながら彼女はそう言った。それを微笑ましいような感じを出しているはずの顔で見つめる。彼女は私がこういう思考をしながら顔を作っているのも知っているのだろう。それをどう思っているのか。少し気になった。アイスコーヒーを飲んだ彼女が何かを思い出したように口を開く。

 

「そう言えばさ、ちょっと気になったんだけど」

「ほう?」

「私たちの寮って基本郵便物は来ないけど、たまに来るでしょ?」

「ああ、そうだな。郵便受けもあるし」

「で、そこに届けるのって管理人の仕事になってるじゃない」

「そう言えばそうだったな。滅多に郵便なんて来ないから忘れてたけど。それがどうした」

「前、変な人を見かけたのを思い出した。管理人じゃないんだけど、郵便受けの前をうろうろしてた。誰かのを探してるみたいな感じ。それで多分発見したっぽくて、何かを投函してキョロキョロしながら出ていった」

「へぇ?なるほど」

「それがそいつの写真」

 

 彼女の携帯には、少し離れた木陰から寮のエントランスを撮影した写真が数枚あった。男が確かに郵便受けの前をうろうろしている。その後、玄関から出てくる姿もばっちり撮影されていた。少し遠くからの撮影だが、顔は一応見える。時刻は深夜。コンビニにでも行った帰りだったのだろう。

 

「どこの部屋に入れたのか分かるか?」

「流石にそれは遠すぎて分からなかった」

「そうか……少し調べてみる。写真を送って貰えるか」

「了解」

 

 これをもとに少し調べてみるか。なにかいい情報が得られるかもしれない。それをもとに何か出来れば良いのだが。

 

「話戻るけど一応聞きたいんだけど」

「なんだ」

「アンタの予想しているその事件が起こる場所って、どこ?」

「人目にも監視カメラの目にも付かない場所。恐らく事が起こるのは校舎裏か……特別棟だ」

 

 

______________________

 

<報告>

 

特に現状問題なし。中間考査も好成績であったため、信頼度は依然高いままである。1つあるとすれば、この学校の犯罪行為などに対する基準は一見厳しいように見えてその実曖昧模糊だと言う事である。具体的な処罰内容や、処罰に値する行為の規定がなされていない。イジメは許さないと言いつつその定義をしない辺りが実に日本の学校と言えるだろう。

 

 

<要求>

 

以下の写真の人物を特定されたし。本校内にいる職員店員の誰かである可能性が高い。

 

 

<返答>

 

すぐに特定できた。山岸順平、32歳。指定校推薦で入学した東京中央大学を卒業するも、無駄に拗らせた学歴コンプレックスとプライドのせいで就職に難航。数年のフリーター生活を経て大手家電量販店である東亜電機に販売員として就職。現在は高度育成高等学校内の店舗にて勤務中。趣味はアイドルに入れ込んでいる模様。女性関係で学生時代から幾度かトラブルを起こしており、ストーカー行為を働いていた事もあるとの報告が入っている。被害妄想癖を始めとする妄想を拗らせることが多かった模様

 

 

<RE.返答>

 

素早い情報提供感謝する。



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閑話 1.5章

この話は章末の短編集です。原作で言うところの小数点付き巻だと思って頂ければ。大分前に募集したアンケートで票の多かった人物視点で書いてきます。投票は締め切る気はないのでまだの方は暇だったらば是非お願いします。

真澄さん得票率圧倒的一位の47%で変な声が出ました。こんなに真澄さんに容量割いてる二次も珍しいのではないかと書いてて思っていた今日この頃です。


<秘密だらけの教導者 side 神室真澄>

 

 

 

 優しい人間。知的な人間。人格者。諸葛孔明を指して人はそう言う。Aクラスにおいて、アイツを悪く言う人間はいないだろう。それは坂柳や葛城といった派閥のトップもそれに従う構成員も同じ。両陣営が引き込むべく戦争を続けている。

 

 このクラスの指導権を得るための戦いである両陣営の冷戦は、一方で諸葛孔明を得るための戦いであると言っても過言ではない。今後のクラス対抗戦を勝ち抜くのにあの男無しは厳しいとは誰もが持っている共通見解だ。坂柳は自分のフィジカル面の弱さから、葛城は搦手に弱い自覚から。それぞれが陣営に引き込もうとしている。

 

 その勧誘の手は私の方にも及ぶことがしばしば。本人を落とせないなら搦手からとでも思ったのだろう。葛城派はそこまででもないが、坂柳の部下の男子の何人かはよく勧誘してくる。特に橋本辺りがうるさい。すげなく断っているのにも拘わらず声をかけられる神経には呆れつつも驚かない訳でもないけれど。それを把握はしているだろうに断れともどうしろとも指示されることはついぞ無かった。その理由はいまいちわからない。

 

 とは言え、そんな誘いに乗れる訳もない。その理由は目の前で平然とした顔をしている。この男に弱みを握られ、家族の命もどうなるか分からない。そんな事実が私をどうあっても裏切るという方向に持って行かせない。だが最近は思っている。果たして裏切りを考える必要はあるのだろうか、と。脅されたのは最初だけ。今は微塵もそれに触れる事は無い。嫌味でもあまり触れてこなくなった。実際に私はあれ以降万引きはしてないし、真っ当に人生を過ごしている。それでも罪を犯したのは消えることの無い事実。それに苛まれるほどやわではないけれど、弱みを握っている人間はそれを相手に仄めかしたりしたくならないものなのだろうか。

 

 加えて、今は十分に良い暮らしをしている。私は少なくとも必要とされているし、気にもかけられている。クラス内でも独特な地位を築けている。何一つ悲しむべきことなどないこの状況で、果たして彼を裏切るのは得策なのだろうか。それは否であると、結論を出した時点で考える。これってストックホルム症候群の一種なのではないかと。同時にそれがどうした?という思いも湧き上がる。別に良いじゃないか。そうであったとして、なんの不利益があるのだろうか。

 

「どうした?私の顔に何か?」 

 

 そう考えながら顔を見据えていると小首をかしげながら彼は問う。人目のあるところでは一人称は余所行きだ。時刻は午後三時。私たちはテスト終わりに連れ出した喫茶店にいた。

 

「別に、何でも」

「ああそう。何か付いているのかと思った」

 

 疑問がありそうな表情を浮かべていた顔に不自然さはない。けれど、秘密を知っていればその表情はかなりの計算と意識によって造られていると分かる。彼の表情は不思議そうな顔をするべきだと思って出来た顔なのだ。とてもそうとは見えないが、言葉を信じるなら彼は今紅茶に反射するであろう顔も見えていないのだろう。別に気持ち悪いとも思わなかったし蔑む感情も出なかった。ただ勿体ないと思った。自分の顔を認識できないのは不便だろうし、そしてその顔のアドバンテージを意識して使えないのはもったいない。多分自覚すればもっとモテていただろうにと感じてしまう。

 

 イケメンランキング第3位。1位でもおかしくはないが、少し変わった見た目がトップを取るのを妨害したのだろう。180センチ前後の高身長にシュッとした中性的な目鼻立ち。夜色の目に青みがかった黒髪。そして目を引く腰くらいまでの長さと後頭部に刺さっている長い簪が2本。瑠璃色と紫色の装飾が付いている。中国の若い宦官みたいな雰囲気を感じる出で立ちはかなり目立ちながらもしっかりと板についていた。

 

 多くの女性はこの顔で迫られて悪い気はしないだろう。事実、この前喫茶店での会談の時、一之瀬帆波はかなり赤くなっていた。好印象を持たれやすい顔であるのは疑いようのない事だ。それこそ、クラス内での地位も必然と高まる。ビジュアルはカリスマの要素の一つとして非常に重要だ。目立つ格好である事やイケメンや美人であることは色んな場面で優位に働く。

 

 そんなビジュアルに加え頭の良さも一級品と来れば狙う人間も多いだろうとは簡単に予測がつく。既にCクラスが今後起こすであろう行動に関しての推測も出来ていた。私が聞いてもとても説得力があるように思えた。

 

「ねぇ、アンタにとって仲間って何?」

「突然アバウトな質問をしてきてどうしたんだ?哲学にハマるお年頃か?」

「そんなんじゃないけど。アンタってAクラスのクラスメイトの事どう思ってるのかとか、ちょっと気になって」

「仲間、ねぇ……。この学校における仲間、もしくはそれに近い存在なら……」

 

 彼は人差し指をゆっくり上に持ち上げ、私を指し示す。ピンと張られた白磁のような白い指が私の鼻の頭へ伸びていた。

 

「キミだね」

「私以外は?」

「う~ん、いないんじゃないか?」

「は?え?Aクラスのクラスメイトは?」

「彼ら?彼らはただの観察対象だ。ある種の道具と言い換えてもいいかもしれない。もしくは実験動物か。私にとって別に彼ら1人1人の人格などどうでも良い。必要であるからその趣味嗜好や人間性を覚えて尊重するように努力しているだけで、他の誰かでも一向に構わない。そんな相手の事を仲間とは呼ばないだろう?」

「坂柳とかですら?」

「彼女か……まぁ身体的な弱さのある人間がそれを補おうとして勉学に走ったタイプだろう?弱さを言い訳にしなかったのは褒めるべきだが、それ以外は特に。優秀だが、人格面では恐らく私よりも問題児だ。身体的な弱さがあの嗜虐性を加速させているのだろうな。簡単に言えばコンプレックスの裏返しだ。どうだ、そう聞くと凡庸な、もっと言えばメンタル面で奥底に弱さがあると思えないか?」

「だからそんなに怖くないってわけ?」

「脅威であるのは事実だろう。少なくともこの学校内においては。とは言え脅威を正しく認識すれば過度に恐れる必要はない。それに、世間に出れば彼女の脅威は半減する。私の生きていた世界では無力ですらある」

 

 容赦なくこき下ろしていく語りを私は冷静に聞いている。彼のこういう二面性はよく見ている。優しくも、人格者でもない。冷酷非道だ。それでいてどういう訳か人間味がある。そこがムカつくところでもあるけれど、それに救われてもいた。機械に仕え続けるなどまっぴらごめんだ。

 

 意外と根底では負けず嫌いで、皮肉が多く、イケメンを嫌いながら自身がそれであり、面倒なことは実は好きではない。実はねばつく食材がそんなに好きではなく、数学もそんなに好きではない。世間の常識を知っていても体験したことが無く意外と好奇心はある。クラスの中のように聖人君子ではない面も私はよく知っていた。この学校で私だけが、それを知っていた。

 

「私は仲間なんだ」

「少なくとも私はそう思って過ごしてきたけれどね?最初はどうあれ、私は真澄さんを信頼しているよ。ちゃんと、本心から」

 

 そう言うと彼はニコリと笑った。

 

「仲間だと思っているからこそ、色々任せるし手助けもする。当然何かあれば守りもする。私のために働いてもらう代わりにキミの欲求を満たせるようにもする。当然だろう?そしてもう一つ見返りと言っては何だが、将来この学校をAクラスで卒業できなくても神室真澄という人材を多くの人間が欲するような学力が身に付くように教えもする」

「そう言って、役に立たないなら容赦なく切り捨てるんじゃないの?」

「役に立たないの定義にもよるな。どうあれ、部下なら使いこなして見せなくては、と思っている。真澄さんが死なない、もしくは植物状態にならない限りは使いこなしてみせるよ。そうなったらそうなったで墓参りとかお見舞いはするから安心してくれ」

 

 何をもって安心すればいいのかはさっぱり分からなかった。

 

「じゃあもし私の退学とアンタの利益が天秤にかけられたらどうするわけ?」

 

 聞きながら答えは分かっていた。きっと今までは口で色々言っているけれど、最後はどうなるのか。彼はきっと1人じゃない。裏に何人もの繋がりがあって、それは今でも生きている。この外部から閉ざされた学校にあっても彼だけは特別だ。私は一番関わりが薄くて、何も知らない。だからどんなに美辞麗句を並べても最後は……。

 

 分かっていても聞きたかった。安心したかった。

 

「そうだな……そんな風にならないようにするのが大前提だが、もしそうなってしまったのなら私の利益は後で回収できるから優先すべきことではない」

「アンタ自身の退学なら?」

「私は外でも食べていけるから、真澄さんを優先する。当然だろう?守るとはそう言う事だし、私は部下を見捨てて自分だけ生き残る気はない。これまでもそうしてきたし、これからもそうする」

 

 真剣な口調と顔でそう言ってくる。望んでいた答え。それが本当かどうかなど分かりはしない。ただ、嘘を言っているようにはどうしても思えなかった。思いたくないだけだったのかもしれない。

 

「月並みなセリフだが、私を信じてくれ」

「あっそ。ならまぁ、これからもよろしく。一応信じてあげるから」

「随分と上からな返答だな。だがそれで良い。へこへこしている真澄さんはすんごい違和感を感じるからな。改めてともに頑張って行こうじゃないか」 

 

 楽しそうな声で返事が返された。私だけがこうして秘密を知っている。私だけが誰も知らない裏を知っている。私だけが2人きりの中で直接勉強を教えられている。私だけが…………。明らかに彼の中でその他のクラスメイトなどと十把一絡げにされず特別な扱いを受けているのは分かっていた。そして今それを改めて認識させられる。

 

 その立場を失いたくないと思うくらいには絆されている現実から目を背けた。そうしないと、なにか心のダムが決壊してしまうような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天才の条件 side 坂柳有栖>

 

 

 

 

 三顧の礼。それは有名な逸話。故事成語のひとつで目上の人が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすることを指す。中国で劉備玄徳が諸葛亮孔明を迎える際に三度訪ねたとする故事が由来になっている。それをまさか自分がやる事になるなど、想定もしていなかった。

 

 

 

 

 諸葛孔明(もろくずよしあき)。今もっとも警戒すべき相手。そんな隣人は今日も私の隣にすまし顔で座っている。男女ともに人気の高い顔を惜しげもなく晒し、そこにいた。計算高い男であることはもうとっくの昔に見抜いているつもりだ。人間は、手に入れるのに時間がかかったものほど重宝したがる傾向にある。それを得るのにかけた労力を取り返したいからだ。三顧の礼とはとどのつまりそういう目的もあったのではないかと睨んでいる。

 

 孔明は劉備に仕える事を内心で決めていた。しかし、来ないかと誘われて「はい喜んで!」となっては凡百の名士と変わらない。であれば差別化が必要だ。既に天下に名の知れていた劉玄徳に特別視されるには、自分を麾下に加えるのに労力を払わせる必要があった。勿論、危険な策だ。来ないならばそれで良いと思って勧誘をやめる可能性もある。そうなったらそうなったでその程度の人間と見切りをつける算段だった。私は三顧の礼をそう捉えた。

 

 だからこそ私に劉備と同じことをせよと催促してくる彼のやり方は正しいと思えた。そしてそれをやるだけの価値を彼はもっている。

 

 普通の男であるはずがない。Aクラスで雌雄を決するべき相手がいるのだとしたら彼だろう。葛城派では相手にならない。だが彼はそれを望まない。いや、意図してそうしないと言うべきなのだろうか。テストの点数はあくまで学校が定めた指標に過ぎないけれど、それでも1つの指標になるそれで私と同じ点数。迅速な行動力と回転の速い頭。運動能力も十分ある事は骨格からうかがえる。歩幅が一定であることや反射神経の速さからそれ相応の実力があるのも分かる。だが、それはあくまでも一側面に過ぎないし、私が真に警戒しているところではない。

 

 真に警戒しているのはその教導力。簡単に言えば教える能力だった。私は天才だ。上に立てる者は少ないと思っている。運動能力はこの不自由な身体のせいで皆無だけれど、頭脳面では右に出るものなどいないだろうと。ただ、それは自己完結するものでしかないという事を始めて認識させられた。

 

 私の記憶力、思考力はもしかしたら彼を上回っているかもしれない。けれど、私はそれを彼以上に上手に教えることは出来ない。人には生まれ持った才能があると思っている私からすれば、それは彼が持っている才能なのだとは理解できるけれど、衝撃ではあった。知識は自己完結だ。自分が知っている。それだけ。教えるべき相手も、環境も無かった。では、もしそういう機会があったとして、練習を積んでいたら?それでも私は勝てないような気がしてならなかった。それを認めるのはひどく不快だった。

 

 私は自分1人で天才になる事は出来る。彼は自分自身も才能があり、それを使って人を強化できる。結果、彼は私が10だと仮定した場合8~9くらいの能力の人間を量産できる。それは厄介極まりない能力だ。一体どのような人生を送ればあんな風になるのか。皆目見当もつかないとはこのことだった。だからこそ面白いのかもしれない。この退屈しかないと思っていた空間で、面白さを見出すのには十分な相手だった。もしかしたら相手も同じことを思っているのか、それとも……。

 

「諸葛君、少し良いですか?」

「何でしょうか」

 

 彼は無表情で読んでいた本から顔を上げる。文字を覚える能力があると最初に会った時に言っていた。それは彼の教える能力からしたらおまけみたいなものかもしれないが、普通の人からすれば随分便利なのだろう。いつもいつも読んでいる本が違うのは、覚えてしまったから何回も同じものを読まないからかもしれない。

 

「貴方は天才とはなんだと思いますか?」

 

 私は生まれついたものだと思っている。だけれど世界には天才は人工的に作れると信じている組織もあった。彼はなんと答えるのだろうか。私やガラス越しの彼とはまた違った形の天才は。

 

「難しい問いですね。一朝一夕で答えを出すのは難しいですし、価値観によっても変わるでしょう。学問上の天才、と言う認識で宜しいですか?」

「構いません」

「そうですか。それでも難しいことに変わりはありません。ですがもし1つこの場で即答できることがあるとするのであれば私も貴女も天才では無いという事でしょうか」

 

 ピキっと私の仮面がひび割れる音がした。怒りと苛立ちの方面で。

 

「……どうしてそう思うのでしょうか?」

「だって貴女も私も無から有を産み出せないじゃないですか。1から10までを知っていても、0から1を産み出せない。だから私は天才ではないと思います。天才とは0から1を創造できる人間でしょうから。勿論、巨人の肩に乗りながらではありますが……例えば私も、恐らく貴女も相対性理論は知っている。その元となった考え方も。ですが、相対性理論を知らない状態だったとして、元となった考え方を知っていたからと言って我々にそれを導けたでしょうか」

「……やってみない事には分からないと思います」

「じゃあ一緒にミレニアム懸賞問題解きます?元になった理論や必要な知識だけなら私たちは持っているでしょうから」

「…………」

「そう言う事なんですよ。私たちは、と言うか坂柳さんは学問において私よりも多くの事を知っているかもしれません。けれど、知っているだけです。そこから何かを産めない以上、貴女も私も学問上において天才とは言えないでしょう。他の観点でどうかは知りませんけど。ご納得いただけました?」

「ええ、ええ。大変有意義なお話でした」

「それは良かった」

 

 そう言うと彼は本に視線を戻そうとし、神室さんが登校してきた事に気付くと顔に感情を浮かべて席を立った。若干ウザがられながらも絡んでいる。それを見ながら、私はかなり心がかき乱されているのを認識していた。あんなイラっとしたのは久しぶりだ。けれど、言いくるめられた気がする。天才でないと言われたのなど初めてだった。

 

 良いだろう。貴方が私には0から1を産み出せないというのなら産み出してみせようじゃないか。そうすれば、彼も私を認めるだろう。図らずも彼が出した三顧の礼の条件である結果を出すに該当する。どういう風にすればそうなるのかはまだ思いついていないが、何としてでも参った、貴女は天才だと言わせてみせる。学校に感じていた退屈さなどマッハの速度でどこかへ放り投げた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<龍と蛇 side 綾小路清隆>

 

 

 

 

 意外な光景だった。あの堀北が何1つ言い返せないでいる。図書館で起こった須藤と堀北の口論は意外な形で幕を閉じていた。Aクラスの中でもトップに立つ実力者。諸葛孔明。蜀漢の天才軍師と同じ名前とはいささか驚いたが、俺の名字の綾小路ともどっこいどっこいかもしれない。

 

 櫛田から情報は得ていたが実物を見るとまた違った印象を抱く。同時に警戒心も抱く。この男が俺の父親からの妨害工作である可能性はゼロではないからだ。注意深く観察するが、櫛田から俺の名前を告げられても全く気にする様子は無く、一瞥しただけだった。興味を持たれていない……或いはそれすらも演技かもしれない。だが、もしこの男がホワイトルーム関係者ならまったく俺個人、もっと言えばDクラスにすら接触してこなかったのには違和感を感じる。特に櫛田は他クラスにチャンネルが広い。その櫛田とも関わりが薄いというのは俺を退学させたいなら違和感を感じる作戦だ。

 

 

 警戒を解いてもいいかもしれない。クラス間抗争ではAクラスを目指す堀北とは対立することは確定だが、俺はそれに興味はない。平和な生活を送れればそれで十分だ。

 

 堀北は口が悪い。それでいて優秀なのでタチが悪いが、この学校において堀北よりも少なくとも優秀とされているのが諸葛なのは事実だ。それがクラス分けに表れていることをDクラスは思い知っている。向上心が無いと罵倒された諸葛は夏目漱石の『こころ』を引用して皮肉っている。どうやら知力は堀北と同様、或いはそれ以上のようだ。煽るだけ煽って帰るのかと思えば、意外な行動に出た。

 

 それは堀北の教え方の否定。だが言っていることは間違っていない。しかし、Dクラスの赤点候補者に正しい、もっと言えば効率的な勉強法を教える事は利敵行為になりかねない。歯牙にもかけないからこそこういう行動がとれるのか。それとも善意か。煽りの延長線上でヒートアップしてつい口走った可能性もある。この男の本心が読み取れない。

 

 そんな俺の内心を他所に、諸葛は赤点候補者の3バカを諭して帰って行った。少しは思うことがあったようで須藤も池も黙っている。堀北の空気は重いが、それでも何か心境に変化があったような雰囲気は感じた。櫛田が諸葛を追いかけていく。謝罪かお礼をしに行ったのだろう。両方かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 あれからやり方を変えた堀北のおかげと多少は堪えた3人の努力により、テスト範囲の変更にも対応できた。それでも不安要素はあったが、櫛田が聞いたという諸葛の言葉は俺にとって大きなヒントになった。

「退学を回避する方法は存在している」という言葉の意味を考え、過去問に辿り着く。諸葛は櫛田にお礼の意味を込めてこう言ったそうだ。ならば、それを信じるなら過去問作戦が正解なのだろう。

 

 目立ちたくないので櫛田をカモフラージュに使い、過去問をテストの前日にばらまく。そこそこの値段だったが必要経費だと思って諦めた。退学者が出たらもっとかかるはずだろうから、結局は得だ。

 

 そして迎えたテスト返却の日。俺たちDクラスは、誰1人の赤点もなく、無事に最初の関門を通過し終えたのだった。

 

 

 

 あの男はAクラスを裏切りたいのか、それとも別の目的があるのか。もしくは何もないのか。本当に本家本物の諸葛孔明に匹敵するか上回るような天才なのか。それともただの名前負けなのか。まだわからない。だが、いずれ明らかになるだろう。あの男が龍なのか、ただの蛇なのか。

 

 それでもいつか、教育論に関しては一家言あるであろうあの男に聞いてみたいと思う。ホワイトルームの教育の是非について。恐らく、笑いながらこき下ろすのではないか。そうあってくれれば面白いと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<風の街 side 神室真澄>

 

 

 

 

 私は美術部に所属している。所属しているからと言って熱心な部員な訳でもなく、特に何も無い日に顔を出して適当に時間を過ごす空間だ。真面目な部員もいない訳ではないけれど、そんなに多くはない。私の絵心は……どうなのだろうか。共働きの親で、構ってくれる事など幼少期の頃からほとんどなかった。それ故に一人っ子の私は退屈を持て余し、絵を良く描いていた。集中すれば時間はあっという間に立つし、暇つぶしにも寂しさを紛らわすのにも丁度良かった。

 

 いい思い出ばかりでもないのが残念ではあるが。今となっては昔の事。小学生の際にコンクールで賞をもらったことがある。当然親はそれを見に来たこともないし興味もない様子だった。事実、私がそれを報告してもほぼ無反応で終わったと記憶している。そのお題は夏休みの思い出だった。

 

 私の小学生時代の夏休みは家から1歩も出ない日々だった。ずっと絵を描くか、本を読むか、テレビを見るか。例に洩れず両親はいない。クーラーの効いた部屋で1日を終える。友達もいない私の、ありふれた日常だった。しかし困ったことに宿題はある。それが思い出の絵を描くというものだった。困ったことに、旅行も花火もプールも何一つしていない。悩んだ私は嘘っぱちの思い出をでっちあげ、絵を描いた。

 

 そんな嘘八百が金賞を取った時に感じた違和感と言うか苦しさは今でも覚えている。あれは何だったのか、その答えは未だに出ていない。罪悪感何だろうか。考えれば考えるほどそうでは無い気がする。他の子は私より下手でも楽しそうな思い出が描かれていた。私のは技巧があるだけで空虚だった。他の子は授業参観の時の親が絵を見て褒めたりしながら楽しそうにしていた。私にそんなものは無かった。私は、思い出が欲しかった。

 

 あの時の絵はまだ捨てられず持っている。空疎な絵を捨てられずにいられるのは、後悔なのか懺悔なのか。何もわからない。追憶に浸りながら筆を動かした。

 

 

「上手いもんだな」

 

 ふいに声をかけられる。振り返れば、私の絵をじっと見つめる彼がいた。

 

「なに、なんか用?」

「いや、どんな絵を描いてるのか気になって。神室さんに用があって……と言ったら一発で入れた。ちょろいもんだな。ああ、そうそう、美術の先生が言っていたぞ。もっとちゃんとやれば賞だって狙えるのにって。部活にもっと来て欲しいともな」

「別に……そういう目的でやってるわけじゃないし。趣味みたいなものだから」

「そうか。ま、それはキミの自由だからな。私も特に言う事は無い」

 

 そう言うと彼は顔をカンバスに近付ける。後頭部に簪で束ねられた長い髪から漏れたおくれ毛がはらりと私の肩にかかる。柑橘系の匂いがした。

 

 描いていた絵は風景画。クロアチアとギリシャとイタリアの街を参考に描いた。路地の一部を切り取って、空をメインに据えている。絵の下の方に地中海風の家とその屋上、はためく洗濯物、オレンジ色のレンガの屋根瓦。空には大きな入道雲。そんな絵だった。

 

「これ、もう出来上がり?」

「まぁ一応。後は私の名前を入れて終わりだけど」

「そうなのか。絵に関しては疎くてね。技法と画家と作品の知識はあるんだが、本格的にやったことが無いからなんとも分からないんだ。とは言え、良し悪しは判断できるつもりだけれど……個人的にはかなり好きな部類だ。透き通るような空の透明感とか。建築物が少ししかないのも想像の余地があっていいと思う。洗濯物と言う生活感あふれる小物が物語性を出しているな。素人目だけども」

「そんな詳しく批評されても困るんだけど。ま、絵なんて個人の好み次第だし、どう思うかも好きにすれば良いんじゃない?だからこの学校じゃ技能は授業に無い訳だし」

「そういうもんなのかね」

 

 美術史しか教わらないのは苦痛だった。音楽史も一緒に芸術というくくりでまとめている辺り学校の芸術教科への捉え方が良くわかる。週一でやるのだが、あまり好きではない時間だった。もしこの学校に物申せるのならそこを改善して欲しい。

 

「これ、完成した後はどうするんだ?」

「さぁ?特に決めてないけど」

「そうなのか。じゃあ、私にくれない?」

「……は?」

「いや、その絵が欲しいのだが」

「本気で言ってるの?」

「勿論、お金が欲しいなら払うけど」

「いや、別にいらないけど……素人の絵を欲しがるなんて変なの」

 

 絵の下の方に小さく名前を入れて作品を完成させる。

 

「はい、これでいいでしょ?」

「ありがとう。人からものを貰う機会はあまりなくてね。素直に嬉しいものだ」

 

 そう言うと彼は美術部の顧問に額縁は無いか聞きに行った。結果、使っていない私物があったらしく、それを貰って戻ってくる。

 

「私の部屋に飾っておくとしよう。タイトルは?」

「……風の街、とか?」

「センスあるな。まさかこういうところに才能があったとは、人はどんなところに長所があるか分からないものだ。これは大切にさせてもらうよ」

 

 部屋に行くたびに私は自分の描いた絵が割と良い感じの額縁に収まって高々と飾られているのを見る羽目になる。恥ずかしさはあるものの、どういう訳か嫌な気持ちにはならなかった。

 

 やはり、彼は怖い人間だ。私の欲しかったものを的確に与える。私は褒めて欲しかったのだ。両親に上手だねと言われたかった。今までの15年間で貰えなかったモノ。それはたった数ヶ月で満たされ始めていた。

 

 

 

 

 

「この絵が好きだ」と彼は心底嬉しそうな顔で言った。その顔も造られたものなのだろうか。私には、どうしてもこの時の顔は本心からの笑顔に見えた。それを見てもう少し、部活に顔を出そうと決める。さて、次の題材はどうしようか。また、見て欲しいと思っている自分がいた。




これで1章は終わりです。次回からは原作2巻の内容に入っていきます。


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2章・この世の大事件の歴史とは、全て犯罪史である
15.陽炎の中


原作二巻の内容に入りました……が、二巻は一巻よりやる事がマジでないのであまり話数は多くないと思われます。よろしくご承知おき下さい。


これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である

 

マルクス『共産党宣言』

 

 

―――――――――――――――――――――――――

<遠き地の、誰かの独白>

 

 寒さだけが身体を支配する。標高3000メートルをゆうに超えたこの大地で、今、自分の世界が変わろうとしていた。自分達を支配していたモノ達はもういない。正確には、ほぼ全てが骸となって、雪と氷と岩の大地にその屍と血を晒している。数少ない生き残り、奴らの最後の1人は両手両足に釘を打ちこまれ、壁に磔にされている。その有様を4000人の仲間と共に、自分はそれを酷く冷淡な目で見つめていた。

 

「世界は我々を裏切った。平等も、自由も、此の地には存在しない。我々は罪を犯したのか……断じて否である!ただ、生まれ落ちただけでこの地に閉じ込められ、我々は人としての扱いを受けてこなかった。ひたすらに、国家のために奉仕する機械として、家畜以下の暮らしを強いられてきたのである!その諸悪の源がここで哀れにも許しを乞うている、さぁ、諸君、決めるのは君達だ。この汚らわしい存在をどうしたい?」

 

 殺せ、そういう声がどこかから響いた。そしてそれは合唱のように伝播する。それを見て、前に立つ彼は笑った。ひどく酷薄な笑みで。ひどく美しい笑みで。それを信じて、我々は今まで彼に付いてきたのだから。

 

「よろしい、それが諸君の総意であり、極めて嬉しい事であるが、私の心と同じである。さて、そういう訳だが何か申し開きはあるか?」

「ま、待ってくれ、頼む、助けてくれないか!何でもする、そうだ、こんな反乱を起こして貴様らとて無事では済まされんぞ!私の一族は中央にいる。自由と尊厳を与える!だから……!」

「助けてくれと?」

「そ、そうだ……!」

 

 これが自分達を押さえつけていた者の姿なのだろうか。昨日まで、理不尽を強いてきたこの機関の長なのだろうか。でっぷり太ったブタのような身体が小刻みに震えている。痛みに悶え、苦痛にあえぐ姿がどこか滑稽だった。

 

「ははは、面白い冗談だった。では、さようなら。地獄で会おう」

「貴様!あれだけ目をかけてやって、可愛がってやったと言うのに!」

「ああ、忘れてはいないさ。屈辱と苦痛に満ちたこれまでの全てを。お前に尊厳も、何もかも破壊され、奪われ、この身すら犯された悲しみと痛みを、な。報いの時なのだよ。全ての犠牲は全てこの時のために。全ての苦難も今、この時のために」

「いやだ、いやだ!儂は死にたくない!」

 

 叫ぶ汚物を無視して、彼は再び台に立つ。青みがかった長い黒髪が太陽の光に照らされる。我々を守るために、あの男に捧げられたその美しい顔が銀世界に反射する。

 

「今ここに、忍従の時は終わった。銃口を向けるがいい」

 

 誰1人としてためらうことなく、一斉に銃口が磔に向けられた。

 

「この銃声こそが、自由への序曲である。さぁ、解放のメロディーを!!」

 

 無数の銃声が天地を揺らした。蜂の巣になった、物言わぬ肉塊を彼は踏みつける。黒い軍靴が血で染まり、黒いマントが翻る。

 

「諸君、これまで良く私と共にきてくれた。その感謝を、未来永劫忘れる事は無いだろう。秦嶺山脈の奥地より、我々の復讐は始まる。五星紅旗を引きずり下ろすその日まで、それは終わる事は無いだろう。例え一時的に奴らに(おもね)るとしても、心は決して折れる事は無い。中原を覇する、その日までだ!」

 

 誰もが一心不乱に叫ぶ。自由を得た狼たちの悲しき遠吠えは、いつまでも空を駆け巡った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 もう7月になってしまい、世間はすっかり夏だ。この臨海部にある学校は海からのもわっとした空気のせいでかなり暑い。人工でも良いので砂浜があればもう少し違ったかもしれないが、そんなものは無く。孤島状態なのでどうしようもない。

 

 テストは終わり、Aクラスは少し穏やかな雰囲気が流れている。そして、今日はいつもの月初め恒例イベントの日だった。だが今日はいつもと少し様子が違う。起きれば既に支給されているはずのモノが振り込まれていない。一瞬5月のDクラスが思い出されるが、一瞬で0になるようなことは何もしていない。ともすれば何かのミスだろう。そう思い説明を待ってみれば、そうでは無かった。

 

「少しトラブルがあり、1年生のポイント支給が遅れている。トラブルが解消され次第ポイントは問題なく振り込まれるはずだからそれまで待ってほしい」

 

 そう言いながら先生が発表した今月のポイントは

 

A:1054

B:720

C:620

D:87

 

 となっていた。トラブルの正体がその日に明かされる事は無かったが、翌日にはあっさりと公開された。

 

「昨日のトラブルについての報告だ。端的に言えば、CクラスとDクラスの間でもめ事が起こった。それについて双方の主張に食い違いが発生していたためポイント配布を見送っていたが、少なくともA並びにBクラスは関与していないと分かったために両クラスにのみ先行してポイントを配布することになった。君達には不便を強いて申し訳ない。また、この件に関して何か目撃した者がいれば、来週の火曜日に審議会を行うので申し出て欲しい。以上だ」

 

 先生の報告はこれで終わりだった。やはりCクラスが仕掛けたのだろう。全て予想通りと言う訳だ。しかし、これでは詳細な情報が入らない。ここで前に置いた布石が生きてきた。生徒会役員が我がクラス内にも存在しているではないか。しかも、彼は私に恩義がある。

 

 と、言う訳で別に隠す話でも無いだろうから教室で尋ねる。

 

「葛城君、差し支えなければ先ほどの件の詳細を教えて頂きたい」

「ああ、分かった。まず訴えを起こしたのはCクラスの小宮、近藤、石崎だ。Dクラスの須藤という生徒に一方的に殴られたと主張している。しかし、須藤は自分から仕掛けたのではなくCクラスの生徒から呼び出されたのだと主張している。端的に言えば正当防衛だと言っている」

「それなら喧嘩両成敗でも良いのでは?双方に多少の罰を与えて終わりでしょうに」

「いや、それがそうもいかない事情がある」

「と言うと?」

「Cクラスの3人は腕や顔、脚にそれなりの怪我を負っている。対して須藤は無傷だ」

「無傷と言うのはこれまた何とも……しかし、その情報もう少し早く教えて頂きたかったですね。その方が皆さんのためになったかもしれません。貴方しかこのクラスで生徒会経由の情報を提供できる人物はいない訳ですし」

「すまなかった、俺も昨日の放課後に聞いたばかりだった」

「それならば仕方ないですね」

 

 言外に伝えた情報のアドバンテージを活かせというメッセージは伝わったらしい。彼の持っている能力は残念ながら坂柳には劣るだろう。ならばそれ以外のところで実績を稼ぐべきだ。そうすることで勢力均衡を保つ事が出来るかもしれない。

 

 この話はクラスの全員の耳にも入っている。その後どうするかは彼ら次第だが、ここで特に積極的に動くべき理由はない。我々は安全圏にいるし、藪蛇はクラスとしては避けるべきだ。

 

「情報提供ありがとうございます。まぁ善良なる市民として何か情報があれば提供するのが正しき行いでしょう。それ以外はいらぬちょっかいをかける必要はありませんね」

「ああ。俺もそうした方が良いと思っている。――同じ話題ついでに1つ聞きたいが、諸葛はどちらが正しいと考える?」

「正しい、と言われても何とも言えませんね。証拠も少ないですし、双方から聞いてみない事には。しかし、法に則って考えるならばCクラスに分はあるでしょう。傷害事件である以上、Dクラスの正当防衛は通りません。通っても過剰防衛とみなされ、やはり罰の対象です。正当防衛とは法学においても難しい部類の存在ですから」

「やはりそうなるか」

「ええ。どちらが挑発したにしろ、暴行を加え怪我をさせた時点で負けですよ。ところで事件現場は何処です?」

「特別棟の3階だ」

「ありがとうございます」

 

 特別棟。なるほど、何か事件を起こすにはおあつらえ向きの会場だ。しかしである。須藤の起こした行動はれっきとした傷害事件に他ならない。であれば、その事件の捜査にどうして警察を用いないのか。この国において恐らく一般の犯罪捜査に最も長けているのは警察であることは疑いの余地などない。であれば、この一件とて彼らに任せれば解決するのではないだろうか。

 

 にも拘らずこの学校は審議を行うという。それも、教員ではなく生徒会が。生徒会とは即ち生徒の代表組織である。そんな彼らは当然捜査のプロフェッショナルでも何でもない。であるのに審議をするというのだ。検察も弁護人もいない上に裁判官は素人。それで人の人生決まってしまうのでは何とも報われない話である。

 

 事情はどうあれ、今回は恐らく須藤が殴ったので間違いないだろう。だが今後はそうでは無い可能性もある。自分で腕を折ったりすれば容易に人をハメて退学に追い込める。バレなければ犯罪ではないの精神で行動する存在がいた場合、司法を頼らない現行制度では問題が多すぎる。この学校はまともではない。それは前々から感じてはいたが、それでもまだマシな部分はあると思っていた。だが今はどうだ。眉を顰めるしかない現状。それを誰も変えようとしていない。いや、疑問すら抱かないのか。一体外でどんな生活を送ってきたのか。頭の痛い話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……。あと埃くさい」

 

 真澄さんの悲痛な声が響く。しかし、それを無視して階段を上る。確かに彼女の言うように、特別棟の廊下は地獄のような暑さだった。砂漠とはまた違った暑さ……その原因は恐らく日本特有の湿度だろう。カツカツと階段を進んだ先にお目当ての場所はあった。

 

「ここが現場か」

「はぁ……こんなところに来て何する気。不干渉が方針だったんじゃないの?」

「クラスとしては、な。個人としてどうするかは別問題だ」

「だったら1人でやって欲しかったんだけど」

「まぁそう言うな。探偵ものは大体2人組だろ?探偵の調査には助手が付きものなのだ」

「なにそれ……シャーロックホームズにでもなったつもり?アンタはどう頑張ってもモリアーティー教授だと思うけど」

「酷い言い草だ。しかし、犯罪界のナポレオンという異名は悪くないね」

 

 特に何も無い普通の廊下だ。4月の時点で来た時と全く変化が無い。まるで事件など起きていないかのようだ。

 

「何かあった?」

「いや、何もない」

「意味ないじゃない!」

「監視カメラは相変わらずコンセントだけ、か」

 

 彼女の文句を再び無視して確認を進める。暑さが身体を包んでくる。思考をクリアにするため、扇を開いた。

 

「それにしたって不用心ね」

「何がだ?」

「ここ、理科室のある階でしょ?薬品とかだってある訳だし、監視カメラが無いっていうのは不用心に過ぎるでしょ。それを言ったら特別棟全体がそうなんだけど」

「予算をケチったのかもしれないな。もしくは、理科室内にはあるから良いと思ったのか。いずれにしても性善説で成り立っているのは違和感を覚えるが……何か思惑があるのかもしれない」

「何でも良いけど、早く終わらせてくんない?暑くってしょうがないんだけど」

「ああ、つまりそう言う事か」

「なにか分かったわけ?」

「ここが犯行に使われた理由だ」

「理由って、監視カメラが無いからじゃないの?」

「勿論、それもあるだろう。だがそれなら屋外にだって幾つもある。体育館裏も無い。校舎裏もな。であればだ。わざわざこんな不便なところに呼び出す必要はないんだ。そこで大事になるのがこの気温だ。キミは暑い環境だとどう思う?」

「早く帰りたい」

「だろう?呼び出された須藤もそう思ったはずだ。他のことへの苛立ちもあったかもしれない。そして暑い中だと思考が鈍り、イライラしやすくなる。そう言う経験は無いか?現に今だって」

「……確かに」

「そこへ少々呼び出し時刻から遅れて行く」

「なんで?」

「巌流島」

「ああ、わざと遅れて行って苛立ちを加速させるってことね」

「その通り。元々暴力性の強い人物にこれだけすればあっさりと挑発に乗るだろう。そうすれば勝ちだ」

 

 特定の人間を嵌めるには最高の環境だろう。証拠が残らず、理性を崩しやすい。実にイージーな任務だ。現場検証は終わった。あまり長居していては私はともかく彼女の理性が吹っ飛びかねない上に熱中症のリスクもある。

 

「見るべきものは見た。さて、帰るとするか」

「やっと終わった……」 

 

 ため息を吐く彼女を宥めつつ、戻ろうとしたその時、廊下の端でキラリと何かが反射した。普段人のいるような場所ではないこの棟の、更に人のいかなそうな廊下の端。見てみれば長い1本の髪の毛。あまり掃除もされていないであろうその場所にはうっすらと埃が積もっている。しかし、埃がない場所もある。丁度、人の足の大きさくらいの場所だけは。比較的最近に誰かがここに来た。恐らくはこの髪の主が。

 

 しかし、この髪の主、恐らくは女性だろうが、その女性が今回の事件と何らかの関係があるかは分からない。それ以外の目的で、その日では無い日に来ていた可能性もあるしそちらの方が大きい。

 

「ちょっと、何してんの?早く帰りたいんだけど」

「ああ、すまないな。今行く」

「勘弁してよね」

 

 髪の毛を元の場所に戻し、踵を返してこの暑さに満ちた空間を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、一向に事態は進展していないと葛城は報告する。彼の報告を、クラスメイトは何か見世物を見るような感覚で聞いている。対岸の火事という印象なのだろう。良く燃えている町は見てる分には綺麗なので、仕方ない。

 

「今回はクラスは動かさない、そういう方針で良いのですね?」

「はい。特に利益は無いでしょう」

 

 坂柳は確認を込めて聞いてくる。昨日クラスとしては何も動かないという方針になったにも拘わらず変なことをすると評判を傷つけるのは向こうだ。なので一応確証を得るべく聞いてきたのだろう。

 

「諸葛君は何かするのではないですか?今までの事を鑑みても、座視しているようには見えませんが」

「何か利がありそうならば動きますとも。対岸の火事には上空から燃料を投下した方が綺麗に燃えてくれますからね」

「良い性格だと思います」

「お互い様でしょう」

 

 これっぽっちも眼が笑っていない人同士のにこやかな対談の席だった。この席はいつもそんな感じの空気が流れている。そしてそんな空気をぶち壊すように、来客者がやって来る。どうやらDクラスは目撃者探しに舵を切ったらしい。Aに来るかは迷ったのだろうが、Bに聞き込みをしている姿を先日数人が目撃している。そこで成果があまりなかったため、こちらにも足を延ばしたのだろう。そしてDクラスは己が持つ対人関係に関しては最強格の兵器を投入してきた。

 

「突然ごめんなさい!もう知ってると思うんですけど、須藤君とCクラスの3人の喧嘩について何か知っている人はいませんか?どんなことでも良いんです、知っていたら教えてください!」

 

 櫛田桔梗と言う生徒の強みはその圧倒的な対人力。そしてパーソナルスペースを詰める事の上手さだろう。多くの人間はパーソナルスペースに踏み込まれると拒絶反応を起こす。起こさないのは家族や恋人、親友などだろう。だが、彼女はその境界を突破する才能を持っている。現に、Aクラスにいる普段Dなどを見下している層も馬鹿にする雰囲気はない。それどころか、積極的に絡みに行こうとしている男子が多い。女子も穏やかに対応している。

 

 周りに集まった人に対処しながら、彼女は私の存在を見つけたようだ。先日の考査の際にDクラスから大量の退学者を出すと困るためテコ入れをするべく過去問のヒントを与えた。そして彼女はそれに気付いたのだろう。故にDクラスは赤点を出さなかった。彼女が最も頼れると認識しているAクラスの人間は現状私である可能性が高い。そしてその予想は真実だった。

 

「あ、孔明先生も何か見なかったかな……?」

「いえ、残念ながら。私は事件当日の当該時刻、真澄さんとスーパーにいました。チンゲン菜が安いか高いかで揉めていた記憶があります」

「もしかして、付き合ってるとか?」

「いえ、別に」

「そ、そうなんだ。知恵を借りれたり……しないよね?」

「貸すことは出来ますが特に有効なアドバイスはありませんね。強いて言えば早く被害者意識を捨てた方が良いというだけです」

「被害者の意識を捨てる?」

「ええ。残念ながら今回の1件が受理されてしまったのは須藤君に大きな原因があります」

「それは、どういうことかな?」

「彼の問題行動はこれまでにも幾つか確認されてきました。当然、それは担任等を通じて学校に報告されます。学校は彼を暴力的で問題行動の多い要注意人物だと認識してきました。そこに今回の事件です。片や怪我を負った3人、片や無傷の問題児。仮にCクラスが先に殴ったとしても、傷を負ったのは彼らですから突然の行動に驚き反撃できなかったと思われても仕方ないですね」

「じゃあ、須藤君が悪いって事になっちゃうね……」

「強いて言うのならばどっちも悪いのでは?それでも須藤君が現状学校側から睨まれているのは事実でしょう。裁く側も人間です。物的証拠がないとなれば状況証拠で判断するしかない。そうなったときに心証が悪いのはどっちでしょうか」

「須藤君、だね」

「その通り。そうですね……仮にそこにいる真澄さんをCクラスが訴えたとしましょう。受理される確率はかなり低いでしょうね。勿論彼女が米軍特殊部隊並の戦闘能力を有している可能性は否定できませんが、普通に考えて大の男3人を女性が1人でボコボコにするのは不可能です。また別のパターンで言えば彼らが私を訴えたとしても訴えは通りにくいでしょう。普段の行動が品行方正であるように努めている私の場合、担任が庇うでしょうしクラスメイトの皆さんも色んな証言をしてくれるかもしれません」

 

 視線を話を聞いている彼らに投げかければ「そうなったら任せとけ」「勿論庇うよ!」「孔明先生がそんな事しないだろうし」と言った声が聞こえてくる。

 

「これを機に、須藤君の態度を改めるように勧めては?従来の態度では審議会でも心証は著しく悪いかと。とまぁこんなところです。大したことは言っていませんが」

「ううん、アドバイスありがとう!他のみんなも、何か知っていることがあったらあとでコッソリでも良いから教えて欲しいな!ちゃんとお礼もするから。それじゃあお騒がせしました!」

 

 これ以上は有効な情報を入手できないと判断したのか、彼女は撤退していった。最後の最後まで愛想を振りまくのを忘れていない。そして匿名でも情報提供して欲しいという話をして〆る辺りが計算されていると感じる。

 

「良かったんですか?あんなアドバイスをしてしまって」

「誰でも言えそうなことを言って恩を売る。これが情報商材の常套手段ですから」

「本当に良い性格ですね。しかし、櫛田さん……あのコミュニケーション能力に加えそこまで学力も低くないのに何故Dクラスなのでしょうか」

「さぁ……そればかりは私にも何とも。歌舞伎町で覇権取れそうなコミュニケーション能力なんですけどね。一見瑕疵はなさそうな存在ですが……得てしてそう言う存在こそ裏があるものです」

 

 『貴女のように』。口パクでそう言ったのを坂柳はしっかり解読したようで、いつにも増していい笑顔で睨んできた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

<報告>

 

依然として大きな異常は無し。

 

 

<要求>

 

先日調査した人物の身辺状況について知りたい

 

 

<返答>

 

両親は共に既に死去。兄弟姉妹は確認できず、親戚との繋がりも非常に稀薄。恋人・友人も無し。有り体に言えば、いなくなっても誰も困らない存在である。ストーカー行為に走りやすく、被害妄想の激しい人物は予想の範疇を越える行動を起こす危険性あり。注意されたし

 

 

<Re.返答>

 

了解した。引き続き警戒する。



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16.嘘には嘘を

電気屋関連の設定が一部変化しているので、ストーカーの行動も変化しています。悪しからず。また、時系列的にはこの話の前までに櫛田・綾小路・佐倉による電気屋行きイベントが発生しています。


彼女のことを愛している。それは、すべての始まりなのだ。

 

『F・スコット・フィッツジェラルド』

―――――――――――――――――

 

「なんだこれ。気色悪いなぁ」 

 

 暴力事件の発生から数日経ったある日の放課後のこと。いつも通りに部屋にての秘密会合だ。

 

 この学校で密かに、だが着実に進行していたもう一つの事件に進展があった。今見ているのは投函されていた手紙。先日明らかになった不審者に関する情報。それに関連して、深夜にまたコンビニ詣でをしようとしていた真澄さんが再度不審者を発見した。その際にまたしても投函してたので今度は郵便受けを確認して抜き取ってきたという。

 

 私信を開封するのはマズいが、良い感じに彼女の隣の郵便受けだったらしくカメラからは死角になってるそうだ。元々カメラには敏感なはず。信じて良いだろう。それに、凡そ送られた本人が喜んでいる訳ない。その証拠に、パーソナルデータが明らかになったこの不審者には学校内に関係者がいない。過去の数少ない交友関係を漁っても、この学校の生徒は出てこなかった。十中八九ストーカーだろう。余罪も前科もあるようだし、間違いない。

 

 そしてその手紙を見ているのだが、相当に気持ち悪い。吐き気を催す邪悪だ。これは決して自分1人の感想ではなく、最初の数行読んで盗み出してきた彼女はリタイアした。

 

「これは何をどう取り繕ってもストーカーだろうな」

「むしろそれ以外だったらなんなのよ……。ちょっと鳥肌出てきた」

「今までグロテスクなものは多く見てきたが、それとは別方向に精神に来るな……」

「これ、どうすんの?」

「そのまま、と言う訳にはいかないだろう。被害者は赤の他人だが、いつ標的が変わるかもわからん。加えて、こういう精神的に不安定な人物は突拍子もない行動を起こしかねない。危険分子は排除しなくてはいけないだろう。その為と言っては何だが、情報は既に入手している」

「相変わらず早いわね。ふ~ん、電気屋か……。一気に行きたくなくなった」

「まぁそう言うな」

 

 彼女は思いっきり顔をしかめている。この学校に付随している店の中に電気屋はこの店しかない。同じ女性として被害者に同情できる部分もあるのだろう。嫌になるのも納得は出来た。

 

「それで、何か分かった?相手とか」

「ああ。それも抜かりはない」

 

 用意していた写真をテーブルの上に出す。写っているのは恵まれたプロポーションを持つ女性。いわゆるグラビアアイドルというやつだ。少年誌等の表紙に載っているのを見たことがある。個人的な興味は皆無だが。

 

「これって……なに?アンタの趣味嗜好を公開してるわけ?」

「違う。そんな訳ないだろう。この写真に写っているのが今回の被害者だ」

「でもこんなビジュアルの子見たことないけど?流石にこのレベルがいれば話題にもなるでしょ。ウチのクラスの男子だって、いっちょ前に恋愛願望はあるみたいだし。アンタを除いては」

「後半はともかく、前半は良い指摘だ。当然、アイドル活動をするくらいなのだから一般的に言ってよいビジュアルをしているのは間違いない。にも拘らず話題に出ないのはなぜか。答えは自分を偽っているから……或いはこっちの写真の方が偽りなのかもしれんがな」

「変装、ってこと?」

「そこまで大袈裟ではないかもしれないがな。そしてこの人物の本名も分かった。芸名は雫、本名佐倉愛理。1年Dクラスの生徒だ。部屋番号から管理人に聞けばあっさりと教えてくれた」

「……待って、1つおかしい」

「何がだ?」

「この写真のがその佐倉って生徒なのは正しいと仮定するのは疑問はないけど、どうしてそれをストーカーは知っていて、もっと言えばそれを知っていたとしても普通は分からない住所までバレてるわけ?」

 

 実に良い質問だった。それは確かに謎ではあった。(やや問題を抱えているにしろ)普通の電気屋の販売員がアイドルの本名やこの学校での住所を知る事は難しいだろう。普通ならば。

 

「私もそう思った。なので色々見ていたんだが、まず此処にいると知られた最初の原因は恐らくこれだろう。かなり最近の写真だ。彼女のブログから拝借してきた」 

 

 そこにはポーズをとっている画像。だが注目すべきはそこではない。真に見るべきは背景だった。

 

「この背景って……」

「ああ。この学校の寮の室内だ。このストーカーは当然の如くブログにへばりついて更新を待っていた。そうしたら念願のその写真の背景に見知った部屋の内装があったんだろう。そうとは知らない彼女はこれからの新生活に期待してか、4月の早々に写真を投稿した」

「寮の内装を知っていた理由は?」

「管理人によると、我々が入寮する前に東亜電気によって新入生用の部屋にある冷蔵庫や洗濯機などの家電製品の動作チェックが一律で行われている。当然160人分のチェックは時間がかかる。人手として駆り出されていたんだろう」

 

 電球やブレーカー、IHなども調べられているそうだ。この学校の電化製品のほぼ全てをあの電気屋が担っている。絶対この学校、或いはその創設者にして運営者である国家とのつながりがあるんだろうとは思われる。元々そっち系の贈収賄できな臭い話も存在していた。真っ白とは言えない。それはどこの企業も同じかもしれないが。

 

「何も知らない被害者は恐らく電気屋を訪れた。ストーカーは変装を見抜いてしまった。まぁ熱心なファンならまともな人間でもそういう事が可能だと聞く。そして被害者最大の不幸は、電気屋が顧客リストを持っていたことだろう。それも我々生徒のパーソナルデータの載った、な」

 

 この言葉に彼女は眉をひそめる。そんなこと知らないと言いたげだ。実際把握している生徒などいないだろう。

 

「顧客リストって何?私、あの電気屋に行ったことないけど」

「入学時に顧客リストに自動的に入るように設定されているんだろう。氏名、住所、連絡先、メールアドレス、購入履歴。これが全部入ってる。勿論、備え付けの家電の状態をチェックする目的もある。ついでに言えば、本社の会員システムとこの学校の端末システムを一部リンクさせているな。そうして売上形態や需要を調べている営業利益的な側面もあるはずだ」

「で、それをどうやって知ったわけ?」

「良くないマーケットにそのままセットで流れていた」

 

 もっと黒い想像をすれば色々出てくるがここでそれを考えるのは止めておく。それは今回の主目的ではないからだ。我々は別に電気屋の内実を暴きたい訳ではない。とは言え、あまり気分の良い物ではないだろうな。勝手にリスト化されているのは。だから生徒側には隠していたんだろう。

 

 つい先日、北朝鮮かどこかのサイバー攻撃であの会社のシステムが一時ダウンしてた。同時に顧客情報が流れていた。その中にこの学校の生徒のものを発見したので偶然リスト化していることが分かったのだ。

 

「かくして哀れ被害者の住所本名はまるわかり。流出したリストには顔写真もセットで載っていた。大方学校が個人データをそのまま送ったんだろう。何してんだろうな、どっちも」

「うわぁ……」

「ただ、1日後に見たら無くなっていたので恐らく学校側も気付いて手を回したんだろうさ。遅いけど」

「じゃあ今この被害者はメールと手紙の波状攻撃に合ってるってこと?」

「恐らくは」

「で、どうするの?」

 

 それが一番の問題だった。ストーカーが被害者の個人情報を知った経緯も推理できたし、その被害者含めて人物像も予測できた。では、ここまで知った後、これからどうするのか。それが問題だった。

 

 この一件我々に何も関連のない事案をどうやったら利益に繋げられるか。そう考えた時に大事なのは誰が利をくれるかだ。ストーカーは何もくれないだろう。被害者もそこまで大きなことは出来ない。では、どこが利益をくれそうか。答えはすぐ出た。学校と企業だ。

 

 事件が表沙汰になればかなり問題になるだろう。今教育現場での事件に世間は敏感に反応する。さらにそれが創設当時世論を激しく騒がせたこの学校内で起きたものだったら?この学校は不審な男の本性を見抜かずに店員として採用してしまった、どうしようもない学校だというレッテルを貼られる。例えそうでなくてもそうみられる。マスコミもこぞって叩くだろう。政府が血税を投じた学校で不祥事。実に美味しいネタだ。電気屋も不祥事でダメージを受けるだろう。

 

 だからこそ事が起こっても内々で処理するしかないのだ。であれば、事が起きた時にそれを目撃していれば。口止め料が支払われるのは当然の話だ。脅せる材料が存在するような状況を作ってしまったことを恨むがいい。こちとら倫理観のない人間だ。恐喝だろうと詐欺だろうと抵抗感など存在しない。

 

 だが、まだ弱い。もっと大事件に、直接的な事件に発展しなくてはいけない。とは言え、諸々の状況を鑑みるに、今月中には何か起こりそうではあるが。ストーカーの行動も文面もエスカレートしている。その先に何があるのか。想像は容易い。

 

「しばらく待つ」

「ここまでしておいて?」

「現状ではこの男に法の裁きを与えるには弱い。クビにはなるかもしれんがな。事件が起きない限り、日本の警察は動かない。特にストーカー関連では対応が後手後手になっている。テレビでよくやっているだろう?」

「それはそうだけど……」

 

 彼女は歯切れの悪い答えを返す。同じ女性として座視しているには知り過ぎてしまった。告発できるかもしれないのにしない。それがもどかしいのだろうとは簡単に推察できる。

 

「安心しろ。放置する訳じゃない。ちゃんと対策は打つさ」

「……ならまぁ、信じるけど」

「ああ。そうしてくれると助かる。真澄さんも気を付けてくれ。深夜のコンビニ詣では構わないが、出くわした際にこのストーカーが何をしてくるか分かったもんじゃない。いわゆる推し変でもされたら、次はキミが対象だ」

 

 ゾッとするような状況を想像したのか、身震いして彼女は頷いた。こう言えば私が彼女を慮っているように聞こえるだろう。キチンと対策はするとも。自分が利益を得られるような形になるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日は例の暴行事件の話し合いだった。その更に翌日。我がクラスには都合の良い事に生徒会役員がいる。例の件がどういう顛末を辿ったか、それを聞くのは容易だった。

 

「では、葛城君。Dクラスは完全無罪を主張したと?」

「ああそうだ。CもDも一歩も譲らず、議論は平行線。また審議会は開かれるがそこでも平行線のままの場合は現状のデータをもとに退学も視野に入れた措置を取るという事になった」

「流石に完全無罪は無理でしょう……。3人を殴打した。その事実は変わらない筈です。例え仕組まれた結末だったにしても、日本の司法では手を出したほうが負けでは?それに暴行だけと暴行+傷害では罪の重さだって違うでしょうに。妥協案を受け入れない理由はDクラス側に何かあるんですか?」

「須藤はバスケ部のレギュラーだ。それを外されるのは問題なのだろう」

「何か無罪を主張することができる証拠でも出たんですか?」

「同じDクラスの佐倉と言う生徒が偶然撮っていた写真に4人が殴り合っている現場が写されていた。もっとも、どちらが先に手を出したのかは分からなかったが」

 

 証拠が出たことも驚きだ。そう言えば、この前現場に行った際に隅っこに落ちていた髪の毛は、ネットで見た写真の髪の毛の色と近かった。ここで佐倉という名が出てくるとは。世間は意外と狭いのかもしれない。

 

「しかしそんな証拠があったとしても完全無罪など実質不可能ですがね……」

 

 では、そんな不利な条件でなぜDクラスは戦おうとしているのか。正攻法でDが勝つのは無理だろう。この事件がCの仕組んだものであるのは分かっている。とは言え、証拠もない。であれば平行線のままだ。彼らの勝利条件は須藤に処分が何も下されない事。逆に言えば妥協案であっても何らかの罰を受け入れれば敗北だ。だとするならば。 

 

「なるほど、彼らの勝利条件は処分が下されないことでしたか」

「どういう意味だ?」

「Dクラスにとっての勝利は審議会で無罪放免を勝ち取る事でもCクラスを論破することでもありません。無論そうなれば良いでしょうが、事はそう簡単には運ばない。彼らの勝利条件は処分が下されない事。であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!」

「逆転の発想ですよ。存在しない事件はどんな名判事も裁けません」

「Cクラスに訴えを取り下げさせるという事か。だが、どうやって……」

「幾つか方法はありますが、まずはご自分で考えてみて下さい。まぁそう遠くないうちに結果が出るとは思いますけども」

 

 必死に頭を働かせている葛城。良い事だ。こうやって発想の幅を広げていってくれ。保守的であるのは悪い事ではない。ただ、攻撃的な思考をする者や搦手を突く者の思考回路を知らないというのはよろしくない。それらを理解して対策を行ったうえで、保守的な政策をとるべきだろう。成長しない限り、彼に勝利はない。さて、どこまで均衡を保てるか。夏が勝負なのは明らかだった。

 

 暴行罪は親告罪ではないはずなのだが、それでも訴えを取り下げれば無かったことに出来るという事でもある。日本の学校は隠蔽体質とはよく言われるが、そもそもこの学校はそのシステムからして隠蔽体質であったのだ。今更であるかもしれない。それにしたって異常としか言えないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「買い物をして欲しい?」 

「うん、お願いできないかな?」

 

 その日の放課後、電気屋に件の人物の顔でも拝みに行こうと思っていた矢先に呼び出され、こうして話をする羽目になった。断る事も出来たが、話も聞かずに断るのも愚かしいと思い、呼び出しに応じたが……買い物の要求とは。確かに金はある。凡そDクラスの為のものを買えという事だろう。

 

 眼前には3人。一之瀬とDクラスの堀北、そして綾小路という男子生徒。彼とは会話はしていないが、図書館で会っているため面識はある。BとDが組んでいるのは知っていた。恐らくDクラス側は最初一之瀬にお願いをした。だが、一之瀬は考えた。私に金を使わせようと。Dが金欠なのは周知の事実だ。これに金を貸してもいつ返ってくるか分かったものではない。現状個人で一番金を持っている彼女の知り合いは私だったのだろう。

 

「Dクラスのために身銭を切れと?それで私に一体何の利益があると言うんですか」

「逆に言えば利益があれば協力してくれるという事でいいかしら?」

 

 食い気味に堀北は言う。

 

「……利益があるのなら、まぁ良いでしょう。Aクラスとしては今回の件に不介入の方針でしたが個人では別ですからね。それで、貴女は私に何を差し出せるんです」

「次の夏休み。ここでクラスポイントに関する何かがあるのはほぼ確定的なのは理解しているかしら」

「ええ」

「その時にDクラスはAクラスに対し不干渉を取る。これが今私たちの出せる最大限のものよ」

「攻撃をしないと?」

「そう考えて貰って構わないわ」

「当然ポイントは返して貰えるんでしょうね」

「時間はかかるだろうが必ず返す」

 

 手を貸して金が返って来ないなんてのは下手な冗談だ。不干渉云々はその上で手を貸す際のリターン。返済がリターンになりえる事などない。当然の事だからだ。言外にそう告げれば、綾小路が返す。

 

「貴方方Dクラスは4月に素行不良の末全ポイントを喪失し、あまつさえ今もこうしてクラス内の統率を執れずにアタフタしている。そんなクラスが我々の敵になると?」

「確かにDクラスの生徒は成績ではAに及ばない者が多数よ。けれど、それでも唯一無二の物を持っている者がいる。成績だけが実力ではない、そうでしょう?」

「――驚いた。貴女からそんな言葉が出てくるとは」

 

 図書館での彼女とは別人のような発言だ。この1カ月弱で彼女の心境に何か変化があったのかもしれない。

 

「Dクラスが完全無罪を主張しているのは知っています。しかしそれは事実上不可能。そこで一計を案じた末に貴方たちが私に購入を要求したいのは監視カメラですね?」

「!……見抜かれていたのね」

「初歩的な推理です。不可能とほぼ同義の無罪を勝ち取るために必要なのは審議会での勝利ではなく、事件そのものを消滅させてしまう事。そうすればいかな生徒会であろうとも手出しは出来ない。事件を無くすには訴えを取り下げさせる必要がある。そのためには監視カメラが実はあったという体で原告3名を誘いだし、その場で取り下げさせるのが手っ取り早いでしょう。あそこは暑い。思考力も低下するというものです。そこに軽く挑発も含めた恫喝をすれば脳内はパンク。彼らの方から折れるでしょう。目には目を、歯には歯を。そして嘘には嘘を。1つ1つ考えていけば辿り着く理論です」

 

 沈黙が場を支配する。この場で彼らが最も困る状況とは、私がこれをCクラスに告げ口することだろう。彼らはこんな事を企んでいた。注意されたし。ついでに教えてやったんだから金寄越せ。こう言う事も出来る。だが、それをする必要はないだろう。今回のCの標的がDだっただけで、今後もそうなるとは限らない。現状一番攻撃的な彼らの次の標的は我々かもしれないのだから。今一応僅かに存在しているBとの関係を閉ざすのは得策ではないだろう。

 

 内輪もめの真っ最中であるAクラスは他所の勢力と同盟するフェーズにいない。外交パイプを握れるチャンスだった。

 

「この案は誰が?」

「堀北だ」

 

 綾小路が答える。なるほど。生徒会長の血縁なのだろう。優秀な血筋のようだ。

 

「宜しい。分かりました。要求を受け入れましょう」

「そう……助かるわ」

「ただし、その為には条件があります」

「契約書、だよね?」

「その通り。中々に私の事を理解して下さっているようでありがたいですよ、一之瀬さん」

 

 契約内容はそこそこ値の張る監視カメラを私の代金で購入する。その代わり、Dクラスは夏休みに行われる特別試験において、私の許可なくAクラスを攻撃できない。なお、この試験が複数回の場合は1回目だけを対象とする。また、代金分のポイントは今年度中に満額返済する。こういう条件だ。契約不履行の場合は被った損害×2倍を払わないといけない。

 

「契約完了。しかし、これでAクラスへの道は一歩遠ざかりましたが、よろしいのですか、堀北さん?」

「良くはないわ。けれど、今は内を固めるのが先決。そう思っただけよ」

「内憂を排除し外患に挑む。安内攘外というヤツですか。常套手段ですね。手堅いですが良い選択です。Cクラスへの恫喝にはお三方に加え私も参加しましょう。そうすることで、より圧力を加えられるはずです。A、B、Dの3クラスが敵だと勝手に誤解してくれるでしょう。私は、名前も顔も割れてしまっているようですし」

「それは構わないけれど、契約内容は増やさないわよ」

「ええ、それで結構。これは私の興味本位ですから」

「今回は神室さんに話を入れなくていいの?」

「リスキーな側面の強い案件ですからね。今回はお休みです」

 

 一之瀬が何故聞いてきたのかはいまいちわからない。彼女がいてもいなくてもそう変わりないとは思うのだが。腹心とも言うべき存在がいないことに疑問を抱いたのかもしれない。  

 

「心配せずとも彼女がCクラスに漏らす……などという事はありませんので。契約不履行になってしまいます。実行はいつ?」

「明日にでもやるつもりよ」

「了解しました。例の場所におびき出す算段はついていますか?」

「櫛田がやってくれるそうだ」

「それならば心配なさそうですね。1度は彼らの目論見を成功させたあの場所ですが、今は我々にとって有利な場所となりました。兵法三十六計調虎離山――とでも言えばそれっぽいでしょうか?」

 

 堀北と綾小路は無言のまま。一之瀬は曖昧な笑みを浮かべた。

 

 

――――――――――――――――――――――

<報告>

 

例の男の愛は加速中。いずれ法を超えるだろうと思われる

 

 

<要求>

 

調査内容に進展は?

 

 

<返答>

 

東亜電気の4代目取締役社長と高度育成高等学校建設当時の内閣総理大臣が同郷である。また、同校建設時のショッピングモール建設に際し、大規模な裏談合があった模様。その一社と思われる。

 

現状東亜電気は大手家電生産メーカーのMATUGAMIの商品をメインで扱っているが、その会社は先日上海の企業が買収している。圧力をかけるならばこのルートが妥当であると具申する




予定では後2話でこの章は終わりです……。大分短くて申し訳ないです。審議会の分とかが無いので原作に比べるとどうしても内容が減ってしまいますね。

先日、お気に入り登録が2000人を突破しました。また、沢山の高評価も頂いております。拙作を登録していただいた皆様、評価していただいた皆様、誠にありがとうございます。感想を書いて下さっている方々も、励みになっております。今後も、ご期待に沿えるような作品造りを頑張って参りますので、よろしくお願いいたします。


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17.天知る地知る

いかなる犯罪の源泉も、若干の思慮分別の欠如、理性の錯誤、情熱の爆発的な力である。 

 

『ホッブス ・政治哲学論』

――――――――――――――――――――

 

 翌日の午後3時半。うだるような暑さの特別棟に4人の男女がいる。手筈通りならば、此の地にもうすぐ待ち人がやって来る。ほどなくして不平不満を漏らしながらも階段を昇ってくる声が3つ。櫛田からのメールに胸を弾ませてきたのだろう。ここで疑問を持たない辺りが彼らの問題点だ。

 

 冷静に考えればそこまで接点のない人間がいきなり事件のあった現場に呼び出すだろうか。しかも1人ではなく3人まとめて。告白?デートの誘い?冗談じゃない。十中八九罠だろう。

 

 楽しそうに幻想を語る彼らの期待は、しかし綾小路を階段の上に発見したことで打ち砕かれた。

 

「……どういう事だ。なんでお前がここにいる」

 

 いの一番の威圧感を出しながら声をあげたのが石崎という男らしい。らしいと言うのは一之瀬から写真を見せられたことで初めて知ったからである。堀北の話では審議会では随分と殊勝な態度だったらしいが、その面影は今はない。

 

「櫛田なら来ないぞ。アレは嘘だ。オレが彼女に頼んで嘘のメールを送らせた」

「何の真似だ」

「こうでもしないとお前らは無視するだろう?話し合いがしたかったんだよ」

「話し合い?……ハッ、いいか、俺たちは須藤に呼び出されて殴られた。それが真実だ。何をする気か知らねぇが、大人しく諦めろ。じゃあな」

 

 踵を返し去ろうとする3人に向かって鋭い一声が放たれる。

 

「良いのかしら。もしもあなた達がここを離れたら、一生後悔することになるわよ」

「何なんだよ、お前ら」

「行くぞ、気にするな」

「あれは何かしら」

「ンだよ……あっ!」

 

 堀北を無視して帰ろうとした3人の視線を誘導するように彼女は言葉を切った。それにつられ、彼らの視線は一点に集中する。そこには本来彼らの記憶の中では何もないはずだった場所に、今ではしっかりと監視カメラが赤いランプを灯していた。顔に露骨な動揺が走る。まるで監視カメラがあっては都合が悪いかのように。

 

「どうしたのかしら、そんなに動揺して」

「監視、カメラ……!?」

「この特別棟には理科室があって、劇物とされる薬品が沢山置かれているわ。カメラがあって当然でしょ」

「どうして…………いや、待てよ。もし監視カメラの映像が残ってるんだとしたら、お前らは何もしなくても無実を証明できるんじゃないのか。わざわざ俺たちに教えなくてもいいはずだ」

「この事件が起こった時点で、双方が痛みを負う事は確定しているんだ。事情はどうあれ、須藤はお前たちを殴った。その事実は変えられない」

 

 綾小路の言葉通り。須藤は罪を犯した。それが誘導されたものであったとしても、殴ったことに変わりはない。通常の手段であれば無罪放免になる確率は限りなく低いだろう。

 

「なら、お前たちだってカメラの映像は困るんじゃないのか」

「確かに須藤は処罰を免れないだろうな。だけど、お前たちは最悪、退学だぞ。悪質な嘘で学校中を巻き込んだんだ。そうなって当然だろ」

「そんな……」

 

 さて、ここまでは台本通り。ここからも引き続き私の描いた台本通りに進んで行ってほしいものだ。まずここまでで綾小路と堀北が彼らを追い詰める。そこに次の一手を。

 

「まぁまぁそう悲観することはないかな。まだ今なら引き返せる道もある事だし」

「い、一之瀬……?なんでお前がここにいる。Bクラスは今回何の関係もないはずだろ」

「う~んクラスとしてはそうだね。でも私の仕事はそれだけじゃないから」

 

 気温に反比例するかのように彼らの顔は青くなっていく。別に生徒会の仕事云々とは一言も言っていないのだが、一之瀬が生徒会にいるのは有名な話だ。当然彼らも知っている。勝手に生徒会の仕事と判断しただろう。もっと言ってしまえば、会長の指示であり、今回の件の真相を生徒会は知っているのではないか、とまで想像を働かせたのかもしれない。

 

 暑さゆえに思考力は奪われていく。そうなると負の思考はスパイラルを起こす。嘘は言っていない。彼らが勝手に解釈しただけなのだ。

 

「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしくなかった?」

「あ?」

「どうして須藤君はすぐに処罰されなかったと思う?どうして君たちの怪我っていう物的証拠があるにも拘わらず処分が遅れてると思う?どうして審議会なんて面倒なものが開かれたと思う?素行不良で知られてる須藤君を処罰すれば早いのに」

「それは……」

 

 畳み掛けるように一之瀬は問いかける。どんどんと彼らに接近しながら。冷静な思考力を奪った後は考えさせるな。それが出した指示である。次々と出される質問に彼らの脳は答えようとしてしまっている。ダメ押しとばかりに彼らのすぐ横で囁く。

 

「答えは簡単。全部分かってるけど、私たちだけで解決できるか。その問題解決能力を試していたんだよ」

「もう……おしまいだ!」

 

 小宮が崩れ落ちる。近藤も頭を抱え込む。

 

「だから引き返せる道はある、って言ってるんだけどなぁ~」

「なん、だと」

「今回の事件を解決する方法。それはたった1つだ。お前たちが訴えを取り下げればその時点で事件は存在しないことになる。存在しない事件を、誰も裁くことは出来ない」

「そうすれば、あなた達も私たちも痛みを負わずに済む。これは最後のチャンスよ。退学か、取り下げか。あなた達に選べるのはこのどちらかだけよ」

 

 ケラケラと笑う一之瀬に続くように綾小路と堀北が強権的に提案を叩きつける。これは予想より早く折れるか、私の出番も無いかもしれない。そう思ったが、石崎だけは最後の抵抗を続けた。

 

「…………だがお前たちの話には証拠がない。最悪こっちだって玉砕特攻すれば!」

「証拠ならありますよ」

 

 仕方ない。本来のシナリオ通り、私が登場するしかないかと思い、今まで隠れていた場所からゆっくりと歩き出す。

 

「お前は……諸葛!Aクラスがなんで……BやDならともかく、お前たちには一切関わってないはずだ!それに証拠なんてどこにある!!」

「質問が多いですねぇ。要点を得ない質問をする人間ほど、試験の点数が低い傾向にあります。何故なら自分の考えをまとめられないから」

「さっさと答えろ!」

 

 悲痛そうな声で彼は言う。四面楚歌……ではないが、四方を包囲されているのは違いない。

 

「Aクラスは中立ですよ。しかし、個人がどうするかは個人の自由です。今回は個人的友誼によって参戦しました。そして証拠ですが……それは私の推理です。私の推理は一之瀬さんの仰った事と同内容を導きました」

「そんなもの、証拠になるかよ」

「おや、お忘れですか?私が何を以て私の渾名を手に入れたのか。何を以て学年にその名を知られたのか」

「Sシステムを、見抜いたから……。そういう事か、今回も学校の思惑を見抜いて……!」

「その通り」

 

 ちゃんと考えれば滅茶苦茶な理論だ。前回合っていても今回合っているとは限らない。けれども、他の誰も導き出していなかった段階つまりは入学初日に全容とは行かずとも大半を解明した私によって救われた生徒は一定数いる。それはCにもいるだろう。全く分からないリーダー情報だが、そういった生活面の細々は漏れてくる。真澄さんが聞いたCクラスの女子の会話から分かった事も多い。

 

 そして、その私の行った大きい功績により、彼らは私の発言に真実性を見出してしまう。どんな無茶な暴論でも、私が見抜いたと言えば真実に聞こえてしまう。この状況ならば、尚更。何を言うかではない。誰が言うのか。それに人は案外左右されてしまうものだ。

 

「はぁ、はぁ……。1本電話をさせてくれ」

 

 石崎は心を折りかけながら携帯を取り出す。これも想定済み。彼らは所詮は駒に過ぎない。王は別にいる。彼ら自身では決定できない。だから許可を取ろうとするだろう。だがそんな隙は与えない。

 

「1人では何も決められないのかしら、惨めね」

 

 堀北が携帯を取り上げる。取り返そうとしたのを避けて、彼女は私の方へ携帯を投げる。これも決めていたこと。連絡を取ろうとした場合、3人の近くにいてかつ武道の心得のあるという堀北がそれを取り上げ、画面を消さずに私に投げる。そういう契約だった。放られた携帯をキャッチすれば画面には1人の名前が表示されている。

 

「ほぅ、君たちの黒幕は龍園と言うのですか。龍園(りゅうえん)でしょうか、それとも龍園(たつぞの)?下の名前は……(かける)(しょう)か。最近の子は読みづらいですね」

「返せ!」

「殴りますか、私を。このギャラリーの前で?良いですよ。私は無抵抗でそれを受け入れましょう」

 

 彼の振り上げた拳が空中で静止する。

 

「でも……良いんでしょうか。私は生憎とAクラス内に友人が多いんですよ。もしかしたら、Aクラスの生徒が恩義のある私のために総力を挙げて殴りかかってくるかもしれませんよ。坂柳さんも葛城君も、これを口実にCクラスを攻撃し、外交的成果とするために全力を出すかもしれません。後者はともかく……前者の小娘は意外と面倒ですよ?」

「くっ……!わかった……取り下げる……取り下げれば良いんだろ!」

「よろしい」

 

 崩れ落ちるように石崎は膝を着く。

 

「最初からお前の掌の上か?」

「さぁ、どうでしょう?反省はこの後たっぷりとどうぞ。では一之瀬さん。後は手筈通りに」

「はいは~い。じゃ、今すぐに生徒会室に向かおうか。大丈夫、会長への取り成しは私がしてあげるから」

 

 3人を挟むようにして我々は移動を開始する。少しでも変な素振りを見せればすぐに動けるように警戒しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室にて彼らは訴えを取り下げ、晴れてこの事件は無かったことになった。これですべてが完了である。事態の収束を見届けると堀北はさっさと帰ってしまった。

 

「彼女はいつもああなんですかね?」

「ああ。平常運転だな」

「ふむ。これから苦労しそうだ。いや、それ故にDクラスなのかもしれませんが」

「今回の件は助かった。ポイントは契約通り必ず返す」

「まぁ気長に待つとしますよ」

 

 すっかり夕方になって空は茜色だ。着いてきていた一之瀬はスッキリしたような顔でベンチに座った。

 

「あ~スッキリした。Cクラスには色々ちょっかい出されてきたからね。諸葛君のシナリオ通りになって、かなり爽快だったよ」

「それは良かったです」

 

 ふぅ~と彼女はため息を吐き、腕を伸ばした。

 

「でも、諸葛君が手ごわいのは知ってたけど、綾小路君たちがCクラスに上がってきたらこれまた手ごわいライバルになりそうだね」

「そんな日がもし来たら、な」

「堀北さんがBクラスだったら、私たちはすぐにAクラスだったかも」

「かもな」

 

 綾小路は当たり障りのない回答をしていく。確かに、これでDクラスにも逸材はいる事が分かった。堀北は性格に難ありと言えども、それはウチのクラスの坂柳も同じ。むしろ堀北の方がマシかもしれないが……それはさておき彼女も十分脅威になるだろう。私は別にどのクラスでも構わないと言えば構わないが、好き好んで下に行きたい訳ではない。

 

 解散の雰囲気になった時に綾小路の電話が鳴る。

 

「佐倉……?」

 

 画面を見た時の彼の呟きに反応してしまう。佐倉。その名は今水面下で発生している事件の被害者の名だった。電話口からはまるで手で口を押えられているかのような曇った声。そして携帯が床に落ちる音。それだけが響いて、切れた。

 

 一瞬時が止まり、1つの判断に辿り着く。遂に事が起こったのだ、と。綾小路は走り出す。間違いない、彼も彼女が受けている被害を知っていた。続いて私も走り出す。

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」

 

 一之瀬が突然走り出した我々を理由も知らないだろうに追いかけてくる。しかし、この綾小路という男、見かけによらずかなり足が速い。とは言え、こちらも雪山やら四国の野山やらで走ってきた身。速度では負けるつもりはない。

 

「佐倉さんという事は、例のストーカーですか?電気屋の」

「ああ……そうだ……どうしてそれを?」

 

 全力疾走で走りながら話しかければ、息を区切りながら彼は答えた。なおも疾走中である。一之瀬は後ろからなんとか追いついていた。彼女が陸上部だったのは既に仕入れた情報だ。相変わらず遅々として不登校の理由は明らかになっていないが、それ以外は大分手に入って来ていた。

 

「偶然私の友人が外出した際にストーカーがポストに手紙を投函している姿を目撃しましてね。その部屋番号から佐倉さんの名前が分かり、色々調べてストーカーの所在が分かったんですよ。この学校の施設の人間なんて限られてますから。早々に動こうと思っていたんですが、まさかこうも動きが早いとは。私としたことが遅きに失しました。それで彼女は今どこに?」

「ショッピングモールの、電気屋裏の、搬入口だ」

「了解!」

 

 用意してきた理由を答えれば彼は納得したようだった。別に不自然さは何処にもないのだから信じざるを得ないだろう。彼女の位置は恐らく携帯の位置情報から。連絡先を交換している人間同士は位置を確認できる。私は切っているが、そうでなければ分かるはずだ。今回はそれが功を奏したのだろう。学校のガバガバ個人情報システムもたまには役に立つ。そう思いながら携帯を取り出し電話をかける。お目当ての人物はワンコールで出た。

 

「真澄さん、今どこに?」

「は?」

「例の件で緊急事態です。至急回答を」

「ショッピングモールだけど」

「それは好都合。直ちに電気屋の搬入口へ行ってください。恐らく最悪の事態一歩手前です。映像で記録を残してください。接触は絶対にしないように、気付かれてはいけません。後数分で到着します。警察も呼んで結構!貴女なら出来ますね!?」

「分かった、すぐ行く!」

「ええ、信じていますよ」

 

 最後の私の言葉が終わるのを待たずに電話は切れる。それと同時に走り出す足音が聞こえた。彼女は彼女なりの正義感を持って走り出したのだろう。

 

「これで大丈夫のはずです。急ぎましょう。最悪を防ぐために」

「ああ」

「綾小路君は精神的におかしい人間が刃物を振り回している状況に遭遇したことは?」

「いや、無いが」

「そうですか。お気を付けを。こういう行為をする人間は、どこかしらネジが吹っ飛んでいるものですから。刃物を持っている可能性もありますからね」

「あ、ああ……よく走りながら平然と喋れるな」

「慣れてますので!」

 

 そう告げてまた加速した。いいタイミングで事が起きてくれたと歓喜しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気屋の裏の搬入口。その狭い通路では1人の中肉中背の男が気持ち悪い台詞を吐きながら女子生徒に覆いかぶさっている。恐怖と怒りと色んな感情にぐちゃぐちゃにになりながら彼女は男を見る。その敵意に一瞬ひるみ、男は激昂した。

 

「そんな目で僕を見るなぁぁ!!」

 

 ガシッと両手首を抑える。脚での必死の抵抗も、彼にとってすればスパイスだった。悲鳴も抵抗の声も。

 

「いい今から、ぼ僕が本当の愛を教えてあげるよ……。そうすれば、ししし、雫ちゃんもわ、分かってく、くくくれるはずだよ……」

 

 吐息がかかるくらいまで顔を近づけて、歪んだ愛を囁く男。その魔の手は彼女の胸に延ばされる。凶行に及ばれるのは確実。それに彼女が絶望しかけた時。

 

 カシャリとシャッター音がした。それは彼女にとっては女神の福音のように思えただろう。そして同時にストーカー男にとっては有罪を告げる断罪の鐘の音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家電量販店の店員が女子高生に乱暴。明日はテレビで、一躍有名人だな」

「ち、違う!これはっ!」

「何が違うんです?証拠はバッチリ撮影済みですが」

 

 綾小路が携帯片手に冷徹に告げる。否定するストーカーを追い詰めるべく、私が続けた。私の言葉に応えるように、我々の背後からここまでの流れを撮影していた真澄さんがカメラのレンズを向けながらチラリと顔を覗かせる。しかも近くには監視カメラも複数。証拠はバッチリだ。

 

「未成年に性的暴行未遂ですか?これまでのストーキング行為もセットですからね。どう頑張っても刑事告発されて失職。家族の家までマスコミが押し寄せ、実名付きで報道。卒業アルバムまで晒されるんですかね。一躍有名人ですね、東亜電気社員、山岸順平さん?」

「あんた、人生終わったな」

 

 綾小路が肩を掴む。通路の反対側には立ちはだかるように一之瀬が立っている。サイレンの音もする。被害者の佐倉は隙をついて男の側から脱出し、今は真澄さんが保護している。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 

 諦めたように項垂れていた男がいきなり叫び綾小路を突き飛ばす。不意を突かれてやや後退した彼を振り払い、男が忍ばせていたナイフを出す。やはりと言うべきか、被害者に決死の抵抗をされた際にはそれで脅すつもりだったのだろう。場に一気に緊張感が走る。ナイフというのはかなり危ない凶器だ。しかも素人が使っているほど動きが読めない。本職の軍人ですらどこの国の者であっても危険視する。

 

「ち、近づくな!それ以上寄ったら刺すぞぉ!」

 

 四方八方にそれを振り回しながら男は目で一之瀬に狙いを定めたようだった。実に的確だ。こういう時にそう言う判断は出来るのが腹立たしい。一番弱いのは明らかに彼女である。死人が出る前に片付けないといけない。一瞬だけ、視線が再度一之瀬に向く。その隙を狙って一気に間を詰めた。

 

 こちらを視界に捉えたようだが、私に言わせれば遅い。足でナイフを持った手ごと横に蹴飛ばす。男の手首が派手に曲がり、ナイフが弾き飛ばされた。続けざまに簪を抜き放ち首元に当てる。

 

「動くな。これ以上抵抗すると指の骨を全部折った後に目をくり抜いて東京湾に沈めるぞ」

 

 激痛に悶えながら首筋からスーッと流れ出した血を認識したのか、男は小さく悲鳴を上げて気を失った。その股間からは液体が漏れ出している。何をどう考えても失禁していた。思わず飛びのいてその場を離れる。

 

「うわっ!汚いなぁ……人間性も行動も言動も汚いとか救いようがないですね」

「お前、凄いな……」

「田舎には突進してくる猪という名の害獣やらがいますので。荒事には多少慣れています。私に言わせれば、猪やら熊の方が恐ろしいですね」

「そ、そうなのか……」

 

 綾小路が少し引き気味に見ている。それはさておき、警察が来たようだ。一之瀬と真澄さんが応対している。気絶しているまますぐに連行されていった。事情聴取のために我々も同行を求められている。被害者の佐倉は警察から別日を提案されていたが、気丈にも今日応じるようだ。

 

「これで佐倉の件は一件落着か」

「一件落着?何を言っているんですか綾小路君」

「?」

 

 何を言っているんだ?と言いたげな彼の空気を感じながら私は冷静に、淡々と答える。いつも通り、少しだけ上がった口角によって作りだされる人当たりの良さそうな顔をしながら。

 

「むしろここからが本番ですよ」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

<報告>

 

ストーカーは逮捕された。ひとまずのイレギュラー要素は排除したと言っていいだろう。

 

<要求>

 

東亜電気の内部資料を送られたし。ついでに関係各所に根回しを。賠償請求問題になる可能性もあるが、その際支払いを拒むようなら提示しないといけない。早急に求む。

 

<返信>

 

承知した




次回で2巻の内容はおしまいになります。そうなるといよいよ一つの山場たる無人島試験に突入することになります。よう実の原作の中でもかなりの完成度を誇るストーリーですので、気合入れて参りたいと思います。どうぞ応援よろしくお願いします!


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18.金策

次回の閑話・2.5章で2巻の内容は終わりになります。


人々はお金で貴いものは買えないという。そういう決まり文句こそ、貧乏を経験したことのない何よりの証拠だ。

 

『ジョージ・ギッシング』

―――――――――――――――――――

 

 

 ストーカーはしっかりとお縄に付いた。これにて本来であれば事件終了一件落着めでたしめでたしとなるだろう。幸い人的損害も出ておらず、終了するはずだった。しかし、そうなってもらっては困る。起こった事態は最大限利用しなくてはいけない。

 

 そうでなくても今回の一件を学校側が完全に黙殺することは不可能だ。学校の敷地内で起こった事であり、当然管理監督責任が問われることになる。たまたま被害者に起こった被害が少なく、彼女は怪我も性的暴行も受けることなく学生生活を続けられているが最悪の場合もありえた。

 

 そしてそれを目撃し、事態に対処してしまった我々を野放しにすることなど出来ようはずもない。いずれにしろ、学年団から何らかの接触はあると踏んでいた。しかしそれでは遅いし出来る事も限られている。なので責任者に直接交渉を要求するのが手っ取り早いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ座って下さいな。東亜電気高度育成高等学校支店の支店長殿と、東亜電気株式会社の取締役社長殿」

「「……」」

 

 次の日、呼び出した東亜電気の社長と支店長が学校内にある店のバックヤードにいる。支店長は顔面蒼白。社長は腕組みをしている。盗聴器や録音機の類は無い事を確認してる。

 

「単刀直入に言いましょう。お宅の社員が逮捕されたことは知っていますね?」

「ああ、だがそれがどうした。既に解雇している」

「なるほど、ですがそれでは済まないでしょう。制度を悪用したストーカー行為、生徒の承諾なしでの顧客リスト作成、今回の一件だけでこんなものが明らかになってしまった。しかも大規模なサイバー攻撃で個人情報が流出しているそうじゃないですか。表向きは流通に被害と言っているようですが、隠蔽、どこまでできますかね?」

「貴様、ガキの分際で脅しているのか!」

「社長、あなたがワンマンでここまで引っ張ってきた功績は認めます。ですが、些か手を汚し過ぎましたね」

 

 持ってきた書類を突き付ける。手に取った社長は一瞬で顔が青くなる。手はわなわなと震え、先ほどまで威勢の良い言葉を吐いていた唇は今や紫だ。

 

「あなたはよくご存じですよねぇ。この学校創設当時の談合に参加し、総理と文科大臣に多額の賄賂を贈っていたんですから。『政府運営の学校で談合か!』『総理と社長の黒いつながり』『噂の社長の子供は都内女子大で贅沢三昧の社長令嬢』などなど、マスコミの好きそうなネタです」

「どこで、これを……!」

「そんなことはどうでも宜しいのですよ。今大事なのはこの事態を受けてあなた方が何をするかですよ。謝罪は当然としても諸々黙っていて欲しいのならば、ね?」

「金を払えという事か……!」

「それが一番正しいとあなたが思っているのならばそうなさるとよろしいかと。もっとも、他に方法など無いかもしれませんが」

「こんな、こんな……!」

「これらの名刺、ご存知ですか?」

 

 現実を受け止めきれないのか、怒りと悔しさで歯ぎしりしている社長に更に爆弾を投下する。上海に代表される工場群。そこの経営者たちのものだった。

 

「工場から品物が来ないと困りますよね」

「止めるというのか!そんなこと出来るはずが」

「中国は共産主義国家ですよ?難癖付けて止めるなど幾らでも出来ます」

「……」

「しゃ、社長……」

「…………分かった。払おう。幾らだ」

「被害者には100、口止めはそれぞれ50」

「仕方ない。それでこの資料がマスコミにばらまかれるのを阻止できるのならば安いものだ」

「流石はワンマン経営者。ものわかりが良くて助かりますよ。ああ、そうだ。これは自分達から学校に払いたいとお願いしてくださいね。断られても、受け入れられるまで粘って下さい。でないと契約履行とは認めず、データを電子の海と週刊誌に流します」

 

 こんな事態になってもう出世は望めないだろうと悲観している支店長と唇を出血するほど噛み締めている社長。

 

「それではよろしくお願いしますね」

 

 部屋を出た直後に机を殴りつける鈍い音がした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東亜電気が片付いた翌日。先生からアナウンスがあった。

 

「それでは今日のSHRを終わる。良い週末を。それと、諸葛と神室。この二名は話がある。この後職員室に来るように」

 

 事前に送っておいた交渉に向こう側が反応した。これによって呼び出されたのだろう。逆にそれ以外に呼び出される理由が見当たらない。

 

「アンタ、何したの」

「この前の件についてだろう」

「ああ、あの……。証拠映像を警察に渡す前に焼き増しして渡せって言われたから渡したけど、変な事に使ってないわよね?」

「勿論だとも。我々に利益になることにしか使っていない」

「なら良いけど」

「さぁ行くぞ。金のなる木がお待ちだ」

 

 怪訝そうな顔の彼女を伴って職員室に赴く。そこには事件の関係者が揃っている。私と共に犯人確保に動いた綾小路。取り押さえに協力した一之瀬、そして被害者である佐倉。

 

「来たか。これで全員だな」

「あの、私たちどこに……」

 

 不安そうな声で佐倉は言う。それを安心させるように真嶋先生は続けた。

 

「なに、心配する事は無い。この前の一件で少し話があるだけだ。君たちの不利になるようなことは何一つないと思って貰って構わない。さ、理事長が待っている。行くぞ」

 

 ある程度面子から理由を想像していた彼らであったはずだが、理事長というこの学校の最高責任者の名を聞いて驚いている様子だった。正確には綾小路は眉を上げただけだったが。彼のポーカーフェイスには驚かされる。世が世なら組んでラスベガスで大儲けしたい。

 

 分厚い重厚な扉。この先がこの学校の支配者の部屋である。先生が扉をノックすれば中から男性の声がする。坂柳理事長。我がクラスメイト・坂柳有栖の父親にして、この学校の二代目理事長だ。初代は彼の父親、即ち坂柳有栖の祖父である。

 

「どうぞ」

「失礼します。生徒たちをお呼びしました」

「ありがとうございます。ここからは彼らと話をします。真嶋先生はご苦労様でした。もう、職務に戻っていただいて大丈夫です」

「わかりました」

 

 先生が我々に入室を促す。広い部屋には穏和な顔の初老の男性が椅子に座っていた。戸惑っている彼らに入るように勧め、私が先頭を切って入室した。

 

「ここにお呼び下さったということは、お手紙はお読みくださったという事でよろしいでしょうか」

「ええ、勿論です。随分と心の籠ったお手紙でしたので」

「汗顔の至りであります」

「さぁ、どうぞ、お座り下さい」

 

 大きなソファーに座る。佐倉がお誕生日席とでも言えばいいのだろうか、1人用のものに。そして綾小路がその反対の1人用の席に。私と一之瀬と真澄さんは大きめの物にそれぞれ座った。

 

「さて、何故お呼び立てしたのかは皆さん分かっていると思います。しかし、改めて説明をする必要があるでしょう。ですがその前にまず……佐倉さん」

「は、はいっ!」

「この度は大変申し訳ありませんでした。我々の不手際でこのような事態を招いてしまったこと、陳謝するしかありません。寮の手紙など、気付けるところは多くありましたし、アイドル活動をしている旨の把握をしていたにも拘わらずストーカー行為に関するところまで配慮が及んでいなかったのは我々の完全なる失態です。どうか、許して頂きたい」

 

 この時点で私はこの理事長に対し有能という判断を下した。例えポーズであっても、生徒に対ししっかりと頭を45度以上に下げて謝っているのだから。凡そ人間というものは、特にまだ若い高校生であれば理事長という普段全く接点のない権威ある人物が深々と謝罪をしていた場合、強く出れなくなる傾向にある。佐倉もその例に漏れることなくどうしたらいいのか分からないようだ。

 

「佐倉さん、理事長先生の謝罪を受け取るならばそう表明した方が良いかと」

「あ、はい。あ、あの……顔を上げて下さい」

「ありがとうございます」

 

 理事長はスッと頭を上げ、自らも席に着く。

 

「さて……ここからは現実的な話に移らなくてはいけません。まず、ストーカー行為を行っていた犯人ですが、罪を自供しましたのでこれより警察によって然るべき手段が取られるでしょう。判決がどうなるかは分かりかねますが、少なくともこの学校には2度と入れないので安心してください」

 

 露骨に佐倉は胸を撫でおろす。2度と会いたくはないだろうし、当然の手段だ。

 

「本来被害者である佐倉さんや勇気ある行動をとった皆さんにこのような話をするのは大変心苦しいのですが、どうか、この件に関しては他言無用でお願いしたいのです。知っている生徒もいるかもしれませんが、この学校創設には大変な資金や時間が投入されています。また、当時の世間からの反応も芳しいものではありませんでした。しかしなんとか経営を軌道に乗せている最中でこのような事態が発覚した場合、私1人の首で済めば良いのですが……最悪この学校そのものの存続にも関係します。また、卒業生にもいらぬ迷惑をかけてしまうでしょう……。卒業生に温情を与えると思って1つ、お願いを聞いてはもらえないでしょうか」

「理事長、お気持ちは痛いほど分かります。しかし、我々も、特に佐倉さんは被害者です。どうかお願いします、はい分かりましたでは済まないとは思いませんか?」

「和解金を払え、という事でしょうか?」

「いえ、そうは言っていません。あくまでも私は済まないとは思いませんか?と問うているだけですから。理事長がそれにどう答えを出しその結果どう動くかはご自身の自由です」

 

 微笑み合いながら視線が交錯する。彼とて払わないで済むならそうしたかっただろう。謝罪して終わりになれば最良。そう考えていたはずだ。更に言えば佐倉を呼び出して謝罪して、後の我々には適当に担任を経由して多少の金を渡せばいいだろうと。しかし、事前の手紙でも事態を知らせた上で私は映像を持っていると書いた。その映像をどうするとは一言も書いていない。脅しなど一切使わず、あくまでも純然たる事実だけを書いた。

 

「あの、でも私は……」

「佐倉さん、貴女が受けた行為は許されざる行為です。当然、犯人が全て悪いのですが、学校側に責任が無い訳ではありません。もし理事長が和解金を支払うと仰るのならば貴女の受けた苦痛や恐怖に対する正当な権利なのです。また、そうしなくては理事長側の、引いては学校側の責任の取り方が宙ぶらりんになってしまう。学校側がしっかりけじめをつけるためにも必要なのですよ」

「そういうことなら……まぁ……」

「これが外に漏れる事はありません。私たちだけが知っていることですから。そうですよね?」

 

 理事長に尋ねれば、彼は頷く。元より、外に漏らせるはずなど無いのだが。

 

「学校側は和解金をお支払いする用意があります。受け取られますか?」

 

 彼はここで揉めて事態を長引かせるよりも、さっさと手打ちをすることを選んだようだ。そして同時に彼は良い大人であることも同時に選択した。あくまでも責任を取るべく行動している人物としての印象を与えたかったのだ。

 

「……はい」

 

 か細く、しかししっかりと佐倉は意思を主張した。気付けば此処にいる面子の中で先ほどから話しているのは私と理事長と彼女だけだ。綾小路は相変わらずの無表情で事態の推移を見守っているし、一之瀬は目を白黒させている。真澄さんは我関せずだ。

 

「分かりました。まず、佐倉さん以外の皆さんには言い方にやや難はありますが、口止め料として20万ポイントをお支払いします。また、被害者である佐倉さんにはこちらから和解金として25万ポイント年度内に2回、合計で50万ポイントをお支払いします。また、通常ポイントは卒業した場合全額返金していただくことになりますが佐倉さんの場合は別名義を作って頂き、そこに残金があった場合現金化して卒業時にお渡しすることになります」

「5、50万……!」

 

 20万か。まぁ直接の関係は薄い学校側から引き出すにはこの辺が限界だろう。これ以上欲張るべきではない。佐倉も一之瀬も驚いているが特に拒否する気はないようだ。お金はあっても困るわけではない。先立つ物はしっかり持っておいた方が良いのだから。

 

「しかし、この学校は些か退学に関するハードルが他校と比べて低くなっていますね。ですから、そうなると和解金をお支払いする前に佐倉さんがこの学校を去らざるを得ない状況になってしまう事もあるのでは?何らかの配慮が必要ではありませんかね」

「…………その主張は正しいと認めざるを得ないようですね。分かりました。誠意を示す必要があるのも事実です。金銭的なモノだけでなく、ね。この学校の不手際で起こった事ですので、この学校内での特権としましょう。特別に退学処分を一回取り消せる権利を付与しましょう。佐倉さんだけの権利で譲渡等は不可能となりますが、今後3年間いつでも使用可能とします。万が一経営陣が交代しても、それは変わらないものとしましょう」

 

 これは大きく出たものだ。ここまでずっと無表情の綾小路ですら少し顔の筋肉が動いている。今後退()()()()()()()()()()()()が行われないとも限らない。その際にこれは強い武器になる。自分が指名されればそれを回避できるし、身代わりになって退学処分を食らい、それを無効化することで学校に残りつつ試験は成功とすることも可能だろう。

 

「これはこの場にいる者だけの秘密になります。学年団の先生方にも他言無用ですが、よろしいですね?」

「契約書を書きましょう。それで理事長も安心して頂けるはずです」

 

 要点をまとめた契約書を書く。契約書自体は手書きでも問題はない。理事長がサインし、残りの面子もそれぞれの反応を見せながら書いていく。綾小路はスラスラと、一之瀬はおずおずと、真澄さんはもうどうにでもなれと言わんばかりに、そして私もサッと。最後に佐倉が署名して契約は完了した。

 

「最後になりますが、東亜電気の方からも和解金と口止め料が来ています。これも別途に振り込むことになるでしょう。こちらはポイント化してお渡ししますが、全員卒業後に現金として引き落とし可能です。金額は佐倉さんが100万、その他が50万になっています」

 

 この件だけで佐倉は150万、その他の我々も70万を得た。これはかなりの額になる。Aクラスのポイント約7か月分。やはり不祥事からは搾り取れる。私の判断は正しかった。これで良いアドバンテージになっただろう。 

 

「どうも長々とお時間を取らせてしまいました。こちらからは以上になりますが、他に何かありますか?」

「いえ、私は特にありません。他の皆さんは……無いようです」

 

 全員が首を横に振る。異様な空気のまま、今回の会談は終了したのだった。

 

「分かりました。最後になりますが、今回の件は振込完了次第終了とさせて頂きます。そして、佐倉さん、改めて申し訳ありませんでした。夏休みにバカンスも計画しています。どうかこれからは楽しい学校生活を送られることを願っています」

「は、はい……。ありがとうございます……」

「それと諸葛君。少し話したいことがあります。もし歓談することがあるのであれば部屋の前で済ませた後、もう一度入室してください」

「承知しました。失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員で部屋の外に出る。夏らしいムッとした空気はなく、冷房の効いた涼しい廊下だ。季節感のない学校である。季節を表すのは外の照り付ける陽光だけだった。一之瀬はやっと呼吸をし始めたようだった。今までずっと肩の力が入りまくっていたので、それが解けたのだろう。

 

 それぞれに解散となる。一之瀬はクラスに戻った。なんだかんだ警察に通報したり録画したりと活躍した真澄さんと佐倉は少し関係性が出来たようで連れだって歩いて行った。なお、私は佐倉からは事件当日に何度も何度もペコペコ頭を下げられている。

 

「なぁ、諸葛」

「はい、何でしょう」

「お前は……()()()()()()()()()()()()()

「いいえ、特に何も読んではいませんが。ストーカーに関して知ったのは真澄さん経由の偶然です。調べ方も原始的なもの。動こうとした矢先に事件が発生してしまいましたので些か私が黒幕のようになってしまっていますが、断じて私は何もしておりません。もし計画していたのなら綾小路君たちに関与させないようにさせますからね。その方がポイントも名声も独り占めできるとは思いませんか?それに、犯人に聞けば分かりますが私が彼に接触したのはあの時が最初で最後です」

「ポイントを得る事を思いついたのは?」

「ナイフを弾き飛ばした後です。貧乏なもので。つい金の匂いがすると思考が意地汚くなってしまうんです。ご不快でしたら申し訳ない」

「いや別に不快では無いんだが……そうか。変なことを疑って済まなかった」

「いえいえお気になさらず。疑われても仕方のない状況になってしまってますから」

 

 余計なことで疑われたくはない。私はまだこの学校を去る気は全くないのだから。

 

「どうぞ、良い週末を」

「……ああ」

 

 彼は去って行った。私はてっきり堀北がDクラスの首魁なのだと思っていた。だがどうも違う可能性もある。カメラを仕掛ける戦略。あれの発案者を問うた時、堀北だと答えたのは綾小路だった。何故堀北は自分だと言わなかった?審議会に出ている時点でDクラスの中でも中心なのはバレている。今更能力を隠す必要など無かったはずだ。

 

 では、言わなかったのではなく言えなかったのではないか。何故なら考案者は自分では無いのだから。そしてその堀北の代わりに答えたのは誰か。綾小路だ。しかも即答だった。嘘を即答する。隠したい事実があるからそうしたのではないか。全て推測に過ぎない。だが、そう考えるとつじつまが合うような気がする。

 

 だとするのならば、あの案を考えたのは堀北ではなく綾小路清隆という事になる。いずれにしろ、警戒が必要なことは間違いないだろう。去り行く彼の背中を見つめながら思考した。その背中が完全に見えなくなり、私はもう一度理事長室の扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「私をもう一度呼び出して、何か御用件ですか、理事長」

「まずは娘が世話になっているようだね」

「ええ、大変有意義な時間を過ごさせてもらっています」

「そうかい」

「ええ」

 

 まぁ座りなさいとまたしても促される。今度は紅茶が出てきた。

 

「東亜電気を動かしたのは君かい?」

「何のことでしょうか」

「まぁ言う訳ない、か。しかし、交渉は恐れ入った。第三者の善良な味方を装って善意から来ているような発言でその実自分の目的を達成する。鳳教授にそっくりだ」

「鳳教授?」

(おおとり)統元(むねもと)教授だよ」

「鳳統元は確かに私の父ですが……それが何か?そもそも理事長とはなんの関わりがあると言うのですか」

 

 確かに私は鳳統元と諸葛桜綾(ようりん)の子だ。だが、生前の父の口から坂柳なんて名前は聞いたことがない。遺品の中にも無かったように思う。警戒する私に微笑みかけながら理事長は続けた。

 

「おや、知らないのかい。この高度育成高等学校の根幹を成す理論を構築したのは鳳教授、即ち君の父親だよ」




〈現状収支〉

・収入→140万2400ポイント(6月分の9万7000pp+7月分の10万5400pp+過去問売却代金30万pp+生徒会勧誘成功報酬20万pp+口止め料70万pp)

・支出→17万6000ポイント(過去問代10万pp+カメラ系の代金7万pp+食費6000pp)
    食費は2人分を折半。テスト前勉強会以来夕食は同じものを食べている。

・現状保有ポイント→140万3400ポイント(既に所持の17万7000pp+収入ー支出)


6月分のcp情報が無いんですけど多分増える機会が無かったので5月から据え置きと考えています。違ったら情報下さい。


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閑話 2.5章

またまた章末の短編集です。なお、アニメにおけるプール回は、アニメの話の順番通り無人島試験前に置いています。つまり、この話です。


<ヒーロー side 神室真澄>

 

 

 

 

「こ、今回は本当にありがとうございました……」

 

 ストーカー撃退事件のすぐ後。理事長室からの帰りに私と佐倉さんはお茶を飲んでいた。もう何回も聞いたお礼をもう一度言われる。

 

「別に良いわよ。そもそも、私は大したことしてないし」

「そんな事ないです。神室さんがきっかけで諸葛君が動いてくれたって聞きましたし、通報とかもしてくれたって……」

「誰がそれを?」

「諸葛君が言ってました。聞いちゃダメだったですか?」

「いや別にダメって事は無いけれど。私は感謝されるような人じゃないわよ」

「でも、神室さんは優しいと思います。あの時も、腰が抜けてた私をスッと引っ張り出して連れ出した後、上着をかけて背中の後ろに居させてくれたじゃないですか」

 

 小さくため息を吐く。大量のポイントが手に入った事は素直に喜ばしい事だったけれど、自分がまるでヒーローかのように扱われるのは些か性に合わなかった。感謝されるたびに私はそんな良い人ではないという思いが胸の中をざわめかせる。

 

 ストーカーが許せなかった。それは実際にその通りだ。私はストーカーを許すことができず、歯切れの悪い答えを返したり、通報と現場の撮影を命じられた時柄にもなく走ったりした。正義感なのだろうか?私は所詮犯罪者。正義感を抱くことが滑稽に思えてならない。

 

「佐倉さん、さ」

「は、はい」

「これから気を付けた方が良いわよ」

「それは……どういう?」

 

 少し呆れてしまう。あれだけのことがあったのにいまいち危機感を抱いていない。この学校では危機感を持たない人間は食い物だ。同時に成長しない人間、弱い人間から淘汰されていく。善性は信じない方がおそらく有利だし、庇を貸して母屋を取られるなんてことも日常茶飯事のはずだ。

 

「150万ポイントって大金なのよ。感覚が麻痺してるかもしれないけど、そもそもバイトをしていない普通の高校生にとってすれば10万、いえ1万でも大金よ?日本の非正規雇用労働者の平均年収が170万くらい。人によっては年収である金額と同等を持っている。それだけならまだしも、貴女はDクラスよ?」

「あ……」

「気付いた?もし露見したらどうやってそんな金を手に入れたってなるでしょうね」

 

 彼女は目立つのが嫌いなのは分かる。彼に見せて貰ったアイドル姿の写真はお世辞抜きでも美人と言っていい顔だった。本来は大きなアドバンテージになるもの。しかし、彼女はそれを覆い隠している。理由は目立ちたくない以外に考えられない。

 

 確かに優れた容姿を持つ事の弊害も存在している。やっかみや妬みに晒されることもあるだろうし、男子の視線を浴びる事にもなるだろう。Dクラスの男子の品性にあまり期待は出来ない以上、仕方のないことかもしれない。

 

 だからではないけれど、彼女は今回の一件が知れ渡るのを恐れている。悲劇のヒロインにはなりたくないはずだ。女子は、男子の思っている以上に同性に厳しいのだから。Dクラスの女子の人間性は分からないけれど、良いとは思えない。

 

「で、でもポイントは見られないようにすることも出来ますし、私はそんな贅沢とかする気は無いですから……」

「それは良い事ね。急に羽振りがいいなんておかしいもの。でもそれだけじゃないわよ。退学にならない権利、なんて、心のどこかで退学に怯えている層には喉から手が出るほど欲しいはずよ。貴女のクラスは多そうね。そういう人」

 

 坂柳や彼のような相当自信のある人間には必要ないものだろう。けれど、そうでない一般人からすれば保険はあればあるほど嬉しいもの。

 

「今後なにがあるか分からないけど、貴女のその切り札。どうでもいい定期テストとかで切らなくても良いように勉強することね」

「忠告、してくれてるんですか?」

「ま、一応ね」

「でも……良いんですか?神室さんはAクラスだから……」

「裏切りになるんじゃないかって?良いわよ別に。誰からも咎められる事は無いでしょうし、そもそもあの男も好き勝手やってるんだから。私がダメな筋合いは無いでしょう」

「そうなんですか」

「そうよ。私はAクラスで天下御免の諸葛派(2名)よ?それくらいどうってことないわ。それに、なんかあったら全責任を押し付けられる相手もいるし。こき使ってるんだし、それくらいはして欲しいものね」

「好きなんですか?諸葛君のこと」

 

 思わずお茶を噴き出しそうになった。何を言ってるんだろうか、この子は。大人しそうな見た目に反して会話のキャッチボールでは途中でデッドボールを投げてくるタイプらしい。

 

「別に。貴女も止めておくのが吉ね。あんなのと一緒にいたらいつか死にそうだし。……ああ、貴女の王子様は別にいるようね。なら大丈夫か」

 

 顔が真っ赤になっている。図星、という他無いだろう。この反応は。ますます今後の彼女が心配になってくる。

 

「とにかく、気をつけなさいよ。悪意は弱そうに見える相手を狙ってくるものなんだから。助けた相手が退学とか、夢見が悪くなりそうだし」

「ありがとうございます。……やっぱり優しいですね、神室さんは」

「はぁ……そんなんじゃないわよ……」

 

 感謝を述べられて、褒められるのには慣れていない。そんなキラキラした目を向けられるべき相手じゃない。そもそも私は、私たちは純粋な動機から助けたわけでもない。いや、私は一応ストーカーを捕まえる事が目的だったけれど、彼の方はどう考えてもそうじゃない。

 

 仕組んでいた……訳ではないと思う。でも、彼にとって今回の件は金策の手段だったのだろう。彼にとっては佐倉さんが被害者であったことは別にどうだっていいはずだ。他の誰かでも同様の行動をとっていただろう。そういう人間なのは流石に分かっている。それを別に嫌だとかは思わないけれど。

 

 もし私が被害者だったのならば、金策とかを考えずに動いてくれたのだろうか。そんな訳ないだろうな、と自嘲した。そんな考えを抱く自分に嫌気がさし、嬉しそうに自らの王子様について語る彼女を生暖かい目で見守る事で、誤魔化すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

<軍師の脳 side 綾小路清隆>

 

 

 

 

 諸葛孔明はホワイトルームの人間ではない。そう確信できたのは佐倉のおかげかもしれない。ストーカーの件を知っていたのは不審に思ったが、説明は十分に納得できるものだった。だが個人的に注目したのはそこではない。その走行スピードだ。これでこの男はオレの今までの人生とは無関係だったと確信できる。

 

 ホワイトルーム。あの狂ったような白い空間の中で、オレは常にトップだった。それは勉学は勿論のこと、その他の分野においてでも。そしてその他の――名前も顔もよく覚えていない存在である――ホワイトルーム生でオレに届いた者はいなかった。いたとしたら流石に覚えている。

 

 で、あるのならばああして全力疾走しているオレに平然と着いてこれる、それどころか特に呼吸を乱すでもなく電話で会話できる存在は確実にあの空間にいなかった。それだけに興味が湧く。どうやったらああなるのだろうか、と。

 

 そしてもう一つ。あのナイフを前にしての動き。あれは普通の人間の行動ではない。オレ自身、動くことは出来なかった。にも拘わらずあいつは間合いとタイミングを至極冷静に測って、ノータイムで行動した。格闘技経験があるので、勿論戦闘をしたことはある。相手を倒そうという意思を向けられたこともある。中には憎しみも混じっていた。しかし、殺意を向けられた事は無い。オレを絶対に殺してやる。そういう意思を向けられるのは初めての経験だった。

 

 だが。あの男はオレすら戸惑ったストーカーの狂った殺意をまるでそよ風を浴びているかのように受け流した。そして一之瀬にストーカーの意識が向いたほんの一瞬。その隙をついて殺意を出すことなく近付き、長い脚でナイフを吹き飛ばした。瞬きをする間に簪が抜かれ、苦悶するストーカーの首元に突き付けられている。鮮やかすぎるほどに鮮やかだった。そう、どう考えても手練れとしか思えない洗練された動き。

 

 田舎には野生の動物が多いという説明だった。そんな中で一瞬だけ、こんな考えが浮かぶ。諸葛孔明は人を殺したことがあるのではないか。

 

 しかしこれは脳内で即座に否定した。まさかそんな輩が普通にこの政府運営の学校に入れる訳ないだろうと。身辺調査だってされているのかもしれない。ただでさえ日本の警察は優秀だ。あの男の言う通り、野生動物の相手をしていたのだろう。これだって十分非現実的なのかもしれないが、少なくともオレの置かれていた環境よりかは現実的に思えた。

 

 その後の流れは驚くほど早く、そしてオレはどういう訳か70万ポイントという大金を得た。それもこれもほぼ全て諸葛が動いた結果だろう。黒幕なのかもしれないと勘繰り、はったりをかましたが特に動揺することもなく筋の通った返答をされた。或いはオレがこう問うのも計算ずくか。少なくとも須藤の件で断片的な情報でオレと同じ結論に辿り着いた頭脳を舐めてはいけないだろう。謎に包まれたAクラス。その頭脳と目される軍師。孔明の名に恥じぬと言っても良いと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

<罠 side 龍園翔>

 

 

 この学校のシステムの把握。主に退学に関すること。学校はどんな罪にどんな罰を下すのか。それを知りたかった。だからこそ、底辺のDクラス。入学早々一か月でポイントを全て使い切った愚かな奴ら。しかも、暴力的な奴まで存在している。カモでしかない。そう思った。

 

 実際、計画は上手く行った。須藤をハメ、学校に訴えた。Dが粘ってきたのは予想外だったが、元々の狙いは学校の反応を知る事。それなら長引いた際にどう裁定するのかも知れる。それに、どう頑張っても石崎たちは退学にはならない。この退屈な日本社会において、怪我の有無はそれだけ大きな影響を持っている。そのはずだった。

 

「龍園、悪い報告だ。石崎君たちが訴えを取り下げた」

「…………なんだと?」

 

 坂上からそう言われたとき予想外のことに一瞬思考が止まった。この先の展開は幾つも予想していたが、石崎たちが自分から訴えを取り下げるという訳の分からない事態は予想外だったからだ。幸いにして失うものは無い。だが、これまでの計画が台無しだ。苛立ちと怒りを抱きながら、勝手に動いた馬鹿どもを呼び出した。

 

 

 

 

 

「俺の許可なく、訴えを取り下げた奴は誰だ」

「さ、3人で……」

「アルベルト」

 

 俺の命令で3人が殴られていく。

 

「底辺を脱落させて学校の反応を見るつもりが台無しだ、無能ども。これくらいの痛みは当然だよなぁ」

「あ、ぁぁぁ」

「お前らをハメたヤツの名前を教えろ」

 

 怯えながら石崎が答える。

 

「で、Dクラスの、堀北って女と、それにくっ付いてきた綾小路ってやつと、一之瀬と」

「堀北?そいつがメインか。確か審議会にもいたなぁ。一之瀬と手を組んだのか。雑魚のDクラスにしては頭が回るみたいだな」

「り、龍園さん、それだけじゃなくて後もう1人います。確かによく喋ってたのは堀北と、一之瀬でしたけど、多分仕組んだのはアイツです」

「誰だ」

「Aクラスの諸葛孔明です」

「へぇ……諸葛」

 

 Aクラス。お勉強だけしてるような連中の巣窟で、葛城のようなつまらない奴の集まりだと思ってきたが、どうやらその予想は変える必要がありそうだ。こんな大掛かりな罠を張って、諸葛のやりたかったことは何だ。そう考えた時に、俺の存在の把握ではないかと思いついた。Dクラスは顔の売れてる奴が多い。一之瀬も有名だ。ならCクラスのリーダーがどういう人間か把握するために喧嘩を売ってきたのではないかと想像が付く。

 

 廊下で見たことがある。サイドテールの女と一緒にいた、胡散臭い笑顔のいけ好かない長髪男だ。アイツが俺の敵か。

 

「ククク……良いだろう、売られた喧嘩は買おうじゃねぇか」

 

 だがまずはDだ。次にB。そうやって戦略的に落としていく。首を洗って待っているといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<実験体 side 鳳統元・回想>

 

 

 

 

 世間は愚か者に満ちている。進化し続ける社会に着いていけない落伍者がどういう訳かこの国の権威として君臨している。私はそれを正さなければならないと思った。愛国心からではない。日本がどうなろうと知った事ではない。だが、自分を天才と勘違いした馬鹿が我が物顔で支配者を気取っているのが気に食わなかった、ただそれだけだ。

 

 だが彼らが悪な訳ではない。彼らを産み出した原点は何か。教科書の問題を解き、機械的な人間に育て、右に習えの社会のための訓練場でしかない学校教育にこそ真の問題が潜んでいる。足りない足りない足りない足りない!何もかもが足りない。競争が無い。正確にはあんなものを競争と思い込んでいるだけだ。受験が競争?笑わせる。問題を解くことだけを競ってなんになる。与えられなければ問題を解けない人間の末路が今の世界ではないのか。

 

 競争が必要だ。不平等が必要だ。そうして競い合い、貶め合い、戦えばいい。そうやって生き残ったものだけが真に支配者たれる。だが法は私を縛る。出来れば死すらも取り入れた教育を施すべきなのだろうが……それは出来そうもない。そして今日もこうして私の話を感情論で否定する学会の権威どもに飽き飽きしている。

 

「で、あるからして、社会の縮図を再現し早期段階での徹底教育、それも通常の教育ではなく思考力、真に生きた思考力を鍛える教育をすべきなのです。その為には、それの前段階として幼少期からの刷り込みこそが第一だ。画一した教育を与え、それをクリアした者にのみ次の段階の社会性教育を行う。これこそが新時代の教育なのです!」

「人権侵害だ!」

「親元での教育を否定するのか!」

「諸外国からも、国民からも理解される事は無いぞ!」

「人権は足かせでしかありません。そのような者に縛られていては日本は落ちていくだけでしょう。中国の追い上げ、君臨し続ける米国、東南アジアやインド、アフリカだって我々を待ってはくれない。次のステージへ進まねば待っているのは破滅です」

「鳳教授、貴方の言いたいことは納得は出来ないが理解はできる部分はあります。どうかお答え願いたい。貴方はさきほど基準をクリアした者にのみと言いました。では、クリアできなかった者はどうなるのでしょうか」

「クリア出来ないならば仕方ありません。その個人が脱落した段階で教育を終了し最下層は肉体労働他に回せばいいのです。介護職でも結構。他にも脱落時の段階で区分けをし、能力に見合った仕事に就かせればいい。一部の正しい教育を受けた真のエリートが経済や社会を動かせば良いのです」

 

 誰も言葉を発さない。狂ってる、と誰かが言った。そして誰もが会場を後にする。凡人に理解されたいとは思わない。だが、彼らの協力を得ねば何も出来ないのは事実。舌打ちしながら会場を見渡せば1人だけ動かない男がいる。私とそいつ以外誰もいなくなった会場で、彼は大きく拍手をした。

 

「鳳教授、貴方の理論は興味深い。勿論、実験せねばならない部分はあるだろうが、それでもやる価値はある。場を与えたい。協力者はいる。子供を集めれば良いのか」

「もし本当に私の理論に共鳴したのならばその通りだ。子供を集める。年齢は自我が出る前。そうだな、2~3歳がよろしい。出自は問わない。その方がサンプリングが上手く行くだろう」

「分かった。場所も用意しよう。場所に関して注文は?」

「窓はいらない。色も単色で十分だ。余計な情報を遮断し、完全に孤立した状態で実験しなくては意味がない。思想も取り入れさせてはいけない。出来れば白が良いだろう」

「それも良いだろう。人工的天才の量産について。良い論文だ。だが、計画名には些か長いな」

「ホワイトルーム。ホワイトルーム計画はどうだ。一見すれば何をしているのか分からない。これも大事な事だろう。……そうだ、お前は誰だ。どこかの大学の教授ではなさそうだな。今まで学会で見た事が無い」

「ホワイトルーム……良い名前だ。そして私の名を名乗り忘れたな。綾小路という。どうぞよろしく、教授」

 

 愚か者の集まりの中にもまだ多少見る目のある人間は残っていた。実験の果てに何があるかは分からない。だが、きっと私の理論は正しいと証明してみせる。何年かかろうともだ。これが、悪魔と手を組んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<夏の香り side 諸葛孔明>

 

 

 

「予想外に暑いな」

 

 夏休みも始まり、その最初の方の日。もう間もなく豪華客船でのバカンスとやらが始まる。その前の数日に、私は学校の屋外プールにいた。この学校にはプールが複数あり、水泳部の練習や授業で使うもの、屋外のレジャープール、市民体育館みたいな室内型プールの3つだ。その内の2つ目。夏の期間である6月から9月までの間だけ限定で空いているレジャープールにいる。最も、遊んでいるわけではない。募集されていた監視員のバイトだ。

 

 学生バイト。ほとんど学内には存在しないが、ごくたまに発生する。条件も結構厳しく、担任の認可と一定以上の成績が必要になる。成績下位者は勉強しろというお達しだろう。主に夏と秋と春の休みの期間にのみ開かれる施設での労働がメインだ。学校側も常にやっているわけではない施設に人件費を割きたくないのだろう。なお、時給は東京都の最低賃金と同じだ。

 

 このプールの仕事は監視員。危険行為やトラブルの監視がメインになる。機材面のトラブルが起きた際の臨時の対応も仕事だ。9時から17時までの8時間。途中に休みが1時間。施設に臨時で出店している出店の食べ物に割引が付いていたりする。

 

 良い金策の手段だと思い、2人分申し込んだら受理された。「と、いう訳でバイトをしましょう」と告げればすんごい嫌そうな顔をされたが何だかんだで彼女も真面目に働いている。

 

 夏休みという事もあり、結構な数の人がいる。ビーチバレーに興じる者、流れるプールで流される者、走る者……。

 

「そこ、走らないで下さい!」

 

 メガホン片手に声をかけるのは何度目だろうか。いい加減飽きてくる。この熱気と夏休み特有の空気感が人のタガを外すのだろう。ボーっと眺めていると眠くなってくる。目を閉じて数秒で冷たいものが首筋に当てられた。

 

「寝んな。あんたが勝手に申し込んだからこうやって働いてるのに、誘った本人が飽きないで欲しいんだけど。後、お昼買ってきたわよ」

「ああ、ありがとう」

「その似合ってないアロハシャツ以外に何か無かったわけ?」

「一応下は水着だ」

「そういう事を言ってるわけじゃないんだけど」

 

 恰好はいざという時に泳げる服を指定されている。なお、このバイトの条件に泳げること、とも書かれていたが、真澄さんは運動神経は高いので問題ない。そんな彼女は学校指定のスク水ではなく、シンプルなビキニタイプの水着を着ている。一応周りの雰囲気に合わせたのだそうだ。 

 

「それにしても、凄い人。私、プールなんて始めて来たから」

「あぁ……誘ってくれる友達がいなかったんだな……」

「うるさいわね……アンタだってないでしょ?」

「川でなら泳いだことあるけど。勿論友人と」

「チッ」

「舌打ちとはひどいな。何かあったか?」

「特に。いちゃついてるカップルがいてむかっ腹がたっただけだから」

「そうですか。心配して損した」

 

 向こうに見えるコートではバレーをしている上級生。その中心にいる金髪の青年。あれが南雲雅だ。さんざん裏で悪口を言いまくって挙句の果てには利用して申し訳ないと髪の毛の断面積くらいは思うが、正直品行方正じゃないお前が悪いと思っている。さっき見回りをしているときに流れ弾が転がってきたので打ち返したら爽やか(に見える)笑顔を向けてきてゾッとした。

 

「そこ、走らない!」

 

 同じようなセリフを繰り返して疲れている。

 

「何買って来た?」

「焼きそば。あとコーラ」

「定番だな」

「良いでしょ、文句言わない」

「文句は言ってないさ」

 

 焼きそばを啜りながら、ぼんやりとプール監視台の上で周りを眺めていると視界の端で光る物がある。そちらに視線をやれば、遠くで男子生徒が旗を振っている。あそこは備品保管庫か。『タスケモトム』と手旗信号で伝令している。何の助けだ?よく分からない。

 

「どうしたの?」

「いや……大したことでは無いんだが」

 

 その数分後、アロハシャツの胸ポケットに入れていた携帯が振動する。更衣室前でAクラスとCクラスのトラブル発生と書いてある。同様のものが彼女のところにも来たらしい。それと同時に手旗信号が再度振られる。内容は『シュウイヲヒキツケロ』。あの手旗信号はどうやら更衣室前のトラブル関連だと推測が付いた。面倒なことになったと思い、向かおうとした時に事は起きた。

 

 飛び込み台の上。そこに堀北が立っている。それを見て何かがあると判断した生徒が続々と集まってきた。坂柳とその仲間たち。そしてCクラスの面々。中心にいるロン毛が龍園だろう。十分に人が集まったところで、嫌々にも見えるが彼女は話し出した。

 

「まず初めに言っておくわ。私たちは1年のDクラス。不良品と言われる生徒の集まりよ。問題児ばかりだし、わきが甘くて他クラスの策略にもあっさり嵌ってしまう。そこのCクラス!この前はくだらないちょっかいをかけてくれたわね。でも、今となっては感謝しているわ。おかげで理解できた。この問題児クラスで上を目指す難しさがね。でも、AからDのクラスは表面的な成績や運動能力で分けられているわけじゃない。ならば、落ちこぼれのDでもAに上がれるはず。Aを目指せるはず。私たちは、Aを目指す!」

 

 感動的な演説の末に歓声が起こる。涙を流しているのはDの生徒だろうか。上級生でも下のクラスの人間と思われる人は羨ましそうに見ている。明らかに陽動である彼女の演説だが、何を隠すためのものなのかは流石に情報が足りなくて分からなかった。ただ、更衣室前でのトラブルと関連するように行われた行動であるから、更衣室と何か関係のあることを隠したかった可能性は高いと思われる。

 

 ただし、その証拠がない以上どうしようもない。

 

「何、急に演説を始めるなんて、おかしくなったの?」

「そう言ってやるな。夏のせいでハイになってるんだろう」

「アンタも大分酷いんだけど」

「そうか?それはともかく、職責は果たさなくてはね」

「職責?」

「そうだ。――そこ!飛び込み台を演台に使わないで下さい!」

 

 空気を読まない行動だが、これが私の仕事だ。穴があったら入りたい。そんな顔をしながら、堀北はプールに飛び込んだ。しかし、これでDクラスは実質的に全クラスに宣戦布告をしたことになる。夏に行われる試験。ここからやっとこの学校の真の姿が露わになるのだろう。面倒ではある。だが、一方で面白くなってきた。湿気に混じる塩素と海の匂いが夏の香りとなって鼻に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<夏の香り・IF>

 

もし、諸葛孔明が更衣室のトラブルの際にすぐに直行したら。そんな世界線のお話。

 

 

 

 

 

 AクラスとCクラスが揉めている。そんな連絡が入り、私は真澄さんに後を任せ急行した。確かに坂柳と龍園だろうと思われる生徒が睨み合っている。その中にいた石崎は露骨に目を背けた。その2組の間には何故か須藤。そして生徒会長までいる。

 

「どういう状況ですか。まったく。夏休みだからと言ってハイになって暴れるのは小学生までにしてください……」

 

 ふと、清掃中の看板が目につく。

 

「おかしいですね。清掃は朝と営業終了後。こんな時間にやっているはずが無いんですけど……」

 

 そこで何かが繋がりかける。さきほどの手旗信号。そしてここでのもめ事。そんなタイミングで真澄さんから電話が来る。 

 

「どうしました」

「なんか飛び込み台で仁王立ちしてるのがいるんだけど。今にも演説を始めそうな気配で」

「名前は」

「多分堀北鈴音だと思う」

「堀北?」

 

 私の言葉に生徒会長と龍園が反応する。同時に私は全てが繋がった。明らかに堀北の行動は陽動。しかも揉めているという情報が入ってからほぼ同時に行われた。であれば、本命はここ。本来やっているはずのない清掃の看板。女子更衣室。推理は出来た。

 

「坂柳さん」

「はい、何でしょうか」

「ちょっと着いてきてもらえますか?」

「構いませんが……何処へです?」

「なに、そう遠くはありませんよ。すぐそこですから」

 

 私が指を指したのは女子更衣室。それを見た須藤が青ざめた顔で止めようとしてくる。

 

「おい、待てって!」

「黙れ、殺すぞ。私はここの監視員として雇われている。職務を全うする義務がある」

 

 彼は殺意を込めた視線に固まる。坂柳も何かを察したのか、黙って後に付いてきた。怪訝そうな顔をしている生徒会長にも着いてきてもらう。でないと私がただの変態だ。

 

「誰かいますか!」

 

 問いかけるも返事は無い。

 

「おかしいですね。清掃中なら清掃員の方がいるはずですが」

「坂柳さんの仰る通り。会長、申し訳ないですが、不審者がいる可能性があります。探してください。坂柳さんは私が人のロッカーを開けていない証明をして頂ければ」

「分かりました」

 

 会長は無言で歩き出す。さて、恐らく下手人はカメラか何か仕掛けているはず。一望できる場所はここだけだと目星をつけて凝視すれば通気口のところにカメラを発見した。同時に生徒会長が暴れる生徒の首根っこを掴んで連行してくる。その手にはドライバー。 

 

 奪い取って開ければ、中にはやはりと言うべきかカメラが存在していた。

 

「坂柳さん」

「な、何でしょう」

「一応中身を確認して頂きたい」

「分かりました……怒っていますか?」

「ええ。かなり。私はねぇ、別に犯罪に否定的な訳では無いんですよ。ですが個人的に許せないものが2つありまして。1つは麻薬。もう1つが性犯罪なんです。ええ、そうですとも。性犯罪者は死刑で良いと思ってます」

「そ、そうですか……ああ、はい。バッチリ盗撮されています。これは……一之瀬さんや櫛田さんでしょうか。他にも大勢……あ」

「どうしましたか」

「非常に言いにくいですが……神室さんのもあります」

「ああ、そうですか」

 

 引き攣る頬を抑えながら両腕を生徒会長に羽交い絞めにされ、項垂れる犯人の元に行き、その目をのぞき込む。

 

「他にも下手人はいるはずだ。吐け」

「俺は、仲間を売らないっ!」

「良いだろう。いずれにしろ、芋づる式で発覚するさ。しかし、罪を認めない姿勢は腹立たしい。よくも可愛い私の部下を盗撮なんぞしてくれたな。判決、死刑」

 

 思いっきり股間を蹴飛ばす。悶絶したまま動かなくなった犯人と眼光が見開かれているであろう私を見ながらドン引きしている坂柳。

 

「見なかったことにしておこう。坂柳もそれで良いな」

 

 生徒会長がぼそりとそう言う。坂柳ががくがくと凄い勢いで首を上下に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから凄まじいことになるのだが、それはまた別のお話。




次回から第3章、つまりは無人島試験編に移っていきます。

ここで小話と言うか最近思ったことを1つ。拙作でやはりキーワードなのは三国志の有名人物諸葛亮孔明です。そこで、よう実の登場人物を三国志に当てはめられないかと考えた結果何となくですが当てはめられそうな感じがありました。

<Aクラス>

坂柳…曹操。葛城は袁紹。何となくのイメージで選びました。革新派の曹操と保守派の袁紹って感じの対立が何となく見える気がします。最後に曹操が勝つ辺りも何となくそれっぽいかも。ほかのメンバーはあんまり思いつきませんでした……。


<Bクラス>

一之瀬…演義の劉備。神崎君は徐庶、もしくは馬良って感じがあります。黄権でもいいかも。なお、関羽も張飛も趙雲も馬超も黄忠も孔明龐統もいない模様。ああ、黄忠は星ノ宮先生かも。


<Cクラス>

龍園……董卓。董卓って史実だと結構武闘派の暴君です。カリスマもあったよう。知的な面もあり、時機をうかがう目もありました。他のCクラスだと、金田が李儒でしょうかね。石崎が華雄かな?椎名は不明ですが……董卓の本拠地で有名な洛陽・長安らへんにいた知将だと司馬懿でしょうか。もしくは賈詡かもしれませんけど。


<Dクラス>

一応魏・蜀と来たんで残りは呉なんですけど、そんな感じでも無いんですよね。平田は孫権っぽいですけど。豪族の調整ばっかりしている辺りとか意外と暴力性があるとか。幸村が張昭で須藤は呂蒙かな?堀北は陸遜って感じでも周瑜って感じでもない気がするんですが、誰か良い人いませんかね。

綾小路?アイツは知力マックスの呂布です。


まぁ勝手なイメージの妄想垂れ流しなので、三国志好きって兄貴姉貴がいましたら感想とかでこのキャラはこの人では?みたいなのを書いて下さるとうれしいです。


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3章・われに自由を与えよ、しからずんば死を与えよ
19.地獄の門


今回より原作第3巻の内容に入っていきます。


荒れ狂う自由の海には波がつきものである

 

『トーマス・ジェファーソン』

――――――――――――――――

 

 

<遠き地の老人の独白>

 

 豪華に彩られた室内。高価な調度品が並べられている。その中の1つであった壺が銃声と共に割れた。発砲者、すなわち目の前の青年、我が孫が睨みつけてくる。さもありなん、この青年にとって、儂は憎むべき相手だ。憎しみの波動をひしひしと感じるが、政争に長く携わってきた身からすればそよ風だった。それが例え軍人のものであろうとも。

 

「どうした。最近のキレやすい若者とやらか?」

「黙れおいぼれ。貴様、立場が分かっているのだろうな」

「ああ、分かっているとも。お前の大事な大事な祖父だろう?」

「もう耄碌したのか。老人ホームの予約は済んだか?諸葛玄龍」

「……お前こそ分かっておらんようだな。儂は貴様の恩人ぞ?中央に反旗を翻し、4千人を率いて決起。突如として秦嶺山脈の太白山にある核弾頭発射基地を占拠。450発の核弾頭をカードに儂らを脅してきた反逆者であるお前たちがこうして独立部隊として振る舞えるのはひとえに儂の軍閥が匿ったからであった故と知れ」

「人をあんなところに放り込んでおいてよく言う。病床で死出の旅に出る娘に、我が子を頼むと言われ、ああ分かったと了承した祖父を見て安心していたら次の日に地獄へ連れていかれた私の気持ちが貴様に分かるか」

「だが、そうしなければお前は何者でもなかった。ただの諸葛孔明。それだけであっただろう?だが、今のお前は力も知恵もある。今は黙って儂に従え。なに、いずれ儂は死ぬ。そうなれば全てはお前の物だ。地位も名声も、な。その時は全てくれてやる」

「……」

「それまでは黙って駒でいるが良い。それで、日本行きは了承してくれるな?」

「……」

「お前の父親、鳳統元はまだ生きておる。四国の山奥の鳳家の屋敷でひっそりとな。そこに転がり込め。その後しばらく後にまた指令を与える」

「それまでは自由と?」

「ああ、儂からかわいい孫へのプレゼントだ。休暇を楽しむが良い」

「良いだろう。貴様の目的は知らんが、今は従ってやる」

「それでいい。行け」

「ああ。早く死に顔を拝ませてくれ」

 

 吐き捨てるように言うと孫は部屋を出ていった。去り際に儂の頭上の照明を撃ち抜くことも忘れずに。破片を避けながら、手元のファイルを手に取る。『高度育成高等学校詳細』と書かれた紙束。まだ謎に包まれた場所だ。どうやっても工作員が潜入できない。どれだけ優秀な人間を留学の形で送っても弾かれる。

 

 かくなる上はと利用することにしたのが孫だった。数年前から日本に送り、経歴を偽造する。入試の前にいきなり送るからダメなのだろう。身分の何もかも徹底的に隠し、鳳統元の子として送ればいい。優秀な人材を調べさせ、コネを作り、秘密のベールを暴き、奴の入学の翌年以降からどんどん送り込めるようにする。それが目的だ。日本は仮想敵国。工作は当然のこと。

 

 孔明は自分の軍閥の切り札だ。元々優秀だった娘の遺伝子と日本の天才の遺伝子のハイブリッド。どうにか上手く利用したかったが、それだけでは不安だったが、何かを察した娘が日本にそのまま居ついてしまい手を出せなかった。しかし、どういう訳か帰って来た。ならば良しとばかりに娘から奪い取り、育成機関に放り込んだ。地獄、と形容するのでさえ憚られる施設。しかし、そこで生き残ったのであれば儲けものと放り込んでみれば大当たり。賭けには勝ったと言えるだろう。

 

 その後の展開はやや予想外だったが……軍の全てとは戦えない。部下をそっくりそのまま迎え入れる事を条件で奴の配下ごと取り込めた。

 

「さて、どうでるかな。日本の国営学校ともあれば多少は骨のある奴もおろうて。少しは楽しめると良いがなぁ」

 

 カカカと笑う。ガラス片の舞う部屋で、隻眼の老人が哄笑していた。

 

 

 

 

 その後、予想外にも後で構わないと思っていた指令を与えるその前に義理の息子たる鳳統元が死に、孫が勝手に高度育成高等学校への願書を出していたこと、そして合格していたことには驚かされたが、さして問題は無かった。上京する奴を大阪の総領事館で捕まえ、命令を下した。奴の部下も乗り気。面白いものが見れると良いが、と思いつつ。

 

 笑いながら孫の名が書かれた書類を見る。もうすぐだ。もうすぐ、あの脂ぎった小太りの男を全人代のトップから引きずりおろせるとほくそ笑みながら。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「うみだーー」 

 

 一見するとまるで海を見たことに感動するような言葉だ。その声に全く感動の要素が籠っていない事を除けば。

 

「もう少し声に感動を含めたらどうなんだ」

「は?なんのリアクションも無いのが面白くないって言うから仕方なくやったのになにそれ」

「もう少しピュアな感情を期待していたんだよ。どうせ初めてなんだろう?海に来るのは」

「それは……そうだけど」

「まぁ何をどう頑張っても島で楽しいバカンスとはいかないだろう。今を精々楽しむことさ。ところで真澄さんは今日の夕食に何かご注文は?」

「洋食は飽きたから中華が良い」

「了解」

 

 夏休み。予告通り、我々は海上にて優雅な客船旅行を楽しんでいた。日本で唯一大型客船を所有している帝国郵船の船を貸し切っての旅行だ。レストランから劇場、映画館、図書館、ショップ、高級スパなど様々な施設がある。ラウンジやバー、カラオケなども完備。まさに至れり尽くせりの環境。この学校の行事である点を除けばおよそ最高級の環境と言えるだろう。

 

 個人でこの船に乗ろうと思えば、オフシーズンでも数十万は軽く消し飛んでいく。()()()()()()()予定によれば、まずは最初の1週間で島にあるペンションに宿泊、もう1週間は船内にて宿泊となっている。午前5時に叩き起こされ、バスに乗せられると東京湾に向かい、船が出た。割とゆっくりめに航海しており、既に1日が経過している。恐らく目的地は小笠原諸島周辺海域と思われる。

 

 そして……この船にぴったり寄り添うように航行するのは2隻の巡視船。海上保安庁のものだろう。その上船尾にはヘリコプターもある。かなり安全面に気を遣っているのがわかる。最近小笠原諸島沖にはよく中国船籍の船が出現するため、それの警戒も兼ねているのだろう。

 

 国有島を調べれば大体どの島かは察しが付く。小笠原諸島周辺海域と念のため九州沖・沖縄周辺の海域もしらみつぶしに調べた結果、幾つか候補が絞れた。その中で、この進路と航路日程だと向かう島は恐らく1つに絞れる。春鳥島と言うらしいが、そんなものはどうでも良い。発見方法は衛星写真を見ればいい。普通の衛星写真ではなく日本ではない国の人工衛星によって撮影されたものだ。植栽が明らかに人工的なものが幾つもある島を見つければいいのだ。例えば、一般的に育てられているトウモロコシは畑状に群生しない。詰めが甘い。地理はある程度分かっているが、それでも一応現物は見ておきたい。何を要求されるか分からないからだ。

 

 無人島で出来る事なんて限られているので、なんとなく想像はつくが取り敢えずそれは明日に取っておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 普段は節約生活をしている身でも、今回ばかりは好きな物を食べれる。何を食べても請求をされることが無い。本来Aクラスに節約生活をする必要は少ない。勿論、それ相応の豪遊をすることも可能だ。しかし、いつそのポイントが自分の身を守ってくれるかがわからない以上、むやみやたらに浪費は出来ない。その結果、Dクラスのような節約をしている。結局、自炊の方が安い事も多いし、食材は2人分まとめて買ってしまった方が効率がいい。

 

 私は7月のテストの際も、今回は全く同じ問題ではないにしても参考にはなるだろうと過去問・解答解説・類似問題集を配布している。そして同時に真澄さんとの楽しいマンツーマン授業も継続していた。これはテストの時だけではないのだが。その時に食事も済ませてしまった方が効率的という事で普段から食べている。

 

「あまり食べ過ぎると太るぞ……イタッ!」

 

 通常なら口にしないであろう高級中華料理店の肉まんをバクバク――この場合はもっきゅもっきゅが正しい擬音語かもしれないが――しながら食べている彼女にそう指摘すれば思いっきり足を蹴られた。脛に当たって痛い。

 

「だが実際問題、食べ過ぎて動けないなんて事態にはなるなよ。ペンションなんて無いだろうからな」

「分かってるわよ……だからちゃんとセーブしてるから」

「……その量で?」

 

 積み重なった皿が量を物語っている。確かに中華料理はドンと大きな皿で出てくる訳ではない。にしたってであるが。

 

「アンタこそ、結構よく食べるのね。普段全然食べないし、あんまり食に興味ないのかと思ってたけど」

「そんな事は無い。私だって美食は嫌いじゃないさ……さて、招かれざる客が来たようだ。隠れているつもりかもしれないが、早急に止める事を勧めよう」

 

 カツカツと靴音が鳴り、個室の扉が開けられる。そこにいたのは茶髪のロン毛とガタイの良い黒人。そして先日会った石崎。目が合うと石崎は露骨に目を逸らした。

 

「女連れで食事とは良いご身分だな」

「そんなつもりは無いのですけれどね。わざわざそれだけのことを言いに来たのですか、龍園クン」

「一々癪に障るヤツだ。だがまぁ今は良い。お前が何を企んでいるのかは知らねぇが、お前が粉かけてるDとBは俺が潰す。お前はその涼しそうな顔のまま、大人しく待ってろ」

「近場から潰す。遠交近攻ですね。最も、全方位敵対外交なのは頂けませんが、その2クラスに関してはどうぞお好きに。それは私の関知するところではありませんから。それよりも、あまり派手に動きすぎるとウチのクラスの面倒な人間が動き始めてしまうかもしれませんよ」

「坂柳か?アイツも最後の方に潰す。だが、俺の最終目標はアイツじゃない」

「へぇ、では、葛城君ですか」

「ククク……!お前、分かってて言ってるな?あんなのは問題外だ。ルールを守ってるだけのいい子ちゃんには俺は倒せない。お前みたいな何考えてるのか分からない癖に実力だけはある奴が一番厄介だ」

「それはそれは随分と高く買われましたね。光栄な事です」

 

 宣戦布告と捉えても良いだろう。もっとも、直接的なモノではなくいずれはお前も潰すという未来における宣戦布告だろうが。

 

「いつか吠え面かかせてやるから楽しみに待ってろ」

「そんな日が来ない方が私は嬉しいのですけれどね。ほら、私は平和主義者ですから」

「フン、抜かしやがれ。おい、行くぞ」

「は、はい……」

 

 言いたいことだけ言って去って行く龍園の後を金魚の糞のように2人が付いて行く。一度顔を拝んでおこうの精神だったのかもしれない。いずれにしても、こうして接点が出来た。もっとも、これは既定路線。いずれは遅かれ早かれこのような形になる未来だった。そもそも、DとCの争いに介入した時点で分かり切っていたことだったが。ともあれ、今回の彼の狙いは引き続きDとBだという事が分かった。ブラフの可能性はあるが、現時点で敵対する理由があるのはこの2クラスだし、現実的に考えても追い越す予定のクラスと追い抜かれる可能性のあるクラスを相手にするのは当然だ。

 

 それに、Bは一之瀬帆波の穏健派が中心で、Dは粒はいるようだが如何せんその個性派メンバーを統括できるカリスマがいない。生徒のアベレージも低いDが1番狙いやすいのも納得だ。

 

「アイツ、何しに来たわけ」

「宣戦布告だろう。全方位敵対外交で行くつもりかもしれないな。実に暴力的思考だ。しかし、悪い事ではない。自軍戦力が強大ならば、踏みつぶすのも悪くは無いだろう」

「こっちからは何かする?」

「いや、しばらくは様子見で行こう。DとBを生贄に、今回の試験であの男がとる手段から人間性や方針を割り出せるはずだ」

「Dをまず狙ってるってわざわざ宣言しておいてブラフの可能性は?」

「あるにはある。とは言え、第一目標という事は無いはずだ。信用は出来ないがな」

「ふ~ん、確かに絶対信用しちゃいけないタイプって感じはしたけど。分かりやすく不審なのはありがたいけどね。アンタみたいに一見善人風な奴が1番怖いってことをここに来てよく思い知らされたから」

「食べるのか話すのかどっちかにした方が良いぞ」

 

 先ほど龍園と話してる間も全く空気を読まずに食事していた。ある意味では大物なのかもしれない。若干龍園も気にしないようにしていた節がある。気を取られて余計な事をしないようにしたのだろう。

 

「まぁ今回の旅行で唯一の救いというか、ラッキーなことがあるとすれば面倒なチビがいない事だな」

「アンタ、坂柳のこと実は嫌いでしょ」

「嫌いではない。好きではないだけだ」

「同義語じゃないの、それ……」

「さぁな。…………やっぱりお前太るぞ、それ以上食べると……イタッ!」

 

 もう一度足に鋭い痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生徒の皆さま、おはようございます。間もなく、島が見えて参ります。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。しばらくの間、非常に意義ある景色をご覧になって頂けるでしょう』

 

 そんな奇妙なアナウンスと共に目を覚ます。デッキに上がれば水平線の彼方に島が見える。私物の大航海時代さながらな遠眼鏡で確認すれば、前に衛星で確認した島と同じであることがわかる。

 

「見よ、あれが新天地だ、とでも言うべきか」

「なにそれ、コロンブスの真似?」

「まぁそんなところだ」

 

 大きなあくびをかみ殺しながら、真澄さんは目を擦りつつやって来た。髪はまだ結んでいないようで、珍しくストレート。あれだけ昨日食べたのに全く体型が変わっていないのはマジックなんだろうか。

 

 どんどん人が外に出てくる。デッキの上は徐々に混みあってきた。そうすると場所の取り合いなんかも起きてくる。案の定船首でもめ事が起こっている声がする。勿論他クラスのことならば放置しておくが、よりにもよって自クラスともなれば放置という訳にもいかないだろう。

 

「テメェ、何しやがる!」

 

 須藤の怒声が聞こえた。肩を突き飛ばされた哀れな生徒は綾小路。つくづく災難に巻き込まれる体質のようだ。

 

「ちょっと行ってくる」

「はいはい。私は部屋に戻ってるから」

 

 もう一度大きなあくびをして彼女は戻っていった。居丈高に威張る同級生を咎めに行かねばならない。バカンス気分で浮かれているのか知らないが、顔は完全に時代劇の悪役だ。

 

「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力至上主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしていろ。こっちはAクラス様なんだよ!」

「何だと!」

 

 無駄に敵を作る事に意味など無いということに気付かず、しかも全方位敵対外交を取っているわけでもないにも拘らず敵を増やす。現にDだけでなくCやBの生徒も顔をしかめている者が多い。最悪Aクラス相手に包囲網が形成されかねない。止めるのが最善だと思えた。

 

「そこまでにしなさい」

「え、あ、こ、孔明先生……」

「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。日本国憲法第11条の条文です。人権とは世界の民衆が血を流しながら獲得してきた権利です。軽々しく扱うのはやめる事を強く推奨します。そして、無駄に敵を作り、憎悪をかき集める事は賢い選択とは言えませんね。他人を貶めることで自己の優位性を示すのではなく、自己研鑽に努める事です。驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如しと言うでしょう?」

「す、すみませんでした……」

「謝る相手が違うっ!」

「くっ……わ、悪かった」

 

 それだけ言うと彼は走り去ってしまう。しょうもない話だ。特権に胡坐をかき、他人を見下す。そういう人間は革命が起きた時にいの一番に復讐対象となってしまうだろう。自分達がいつまでも上にいられると思っている愚か者に未来は無い。少なくとも、Dクラスにだって上に上がる機会もある。それを成せる能力のある者もいるだろう。馬鹿にして知ろうとしないのは敗北への第一歩だ。それはそれとして、礼節を重んじない輩は嫌いだ。

 

「Dクラスの皆さま、級友が誠に申し訳ございませんでした。彼に代わって改めて謝罪させて頂きます。彼にはしっかり言って聞かせますので、どうか寛大なお許しを願います」

「お、おう……」

 

 須藤は思いのほか腰の低い私に戸惑っているようだった。彼の中のAクラスの印象が少し良くなれば御の字である。

 

「綾小路君もお怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」

「場をお騒がせしてしまいました。私も戻ると致します。どうぞ、引き続き観覧をお楽しみください」

 

 頭を下げてその場を後にする。後方からはAクラスにも良い奴はいるのかもしれないみたいな話が聞こえてくる。仲裁は成功と言っていいだろう。島の把握はもう済んだ。どこに何があるかは衛星写真と合わせて完全に把握できている。後はフィールドワークが出来れば完璧だろう。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸致します。生徒の皆様は三十分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合して下さい。またしばらく御手洗に行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいて下さい。繰り返します──』

 

 アナウンスが響く。どうやら常ならざる戦いの幕はもうすぐ開けようとしているらしい。天国のような生活をさせておいてからの地獄行きとは運営陣もなかなかに性格が悪い。どう動くかで今後に大きな影響を与える事は分かり切っている。取り敢えず、普段の方針を遵守する方針で行くことにはなっている。なるべく中立的に。それが出来れば良いのだが、と小さく嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船を降り、整列させられた状態で待機を命じられている。日差しは強く照り付けてくる。先生もジャージで立っており、なおかつ職員がバタバタと走り回って何かを準備しているようだ。学生証端末は没収され、厳しい身体検査が行われる。凄まじく厳戒だ。

 

 前に立った我らが担任、真嶋先生がマイクを持って立つ。

 

「今日、この場所に無事に着けたことをまずは嬉しく思う。しかしその一方で、一名ではあるが病欠で居ないことは残念でならない」

 

 その病欠は我らのクラスの坂柳だ。どうもドクターストップが出てしまったらしい。そして、話している先生の口調や周りの教職員の雰囲気から敏い生徒は異常を察し始めていた。小さく広がる動揺の波紋を打ち切るように地獄の門は開かれる。

 

「それではこれより──本年度最初の特別試験を行う」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

高度育成高等学校第1回特別試験報告

 

 

 

<内容>

 

無人島にて1週間のサバイバル生活を送る。テーマは自由。文字通りであり、何をしようと基本は咎められない。遊ぶも良し、探索するも良し、寝て過ごすも良し。期間は開始日の正午から1週間後の正午まで。

 

 

<所持品>

 

筆記用具、着替えなどの衣服。並びに処方箋を診断されているものは医薬品。

 

 

<支給品>

 

・腕時計……外した場合はペナルティ。位置情報の把握や生命に危険があった場合の対応用。

・8人用テント……2つ。壊れた場合は後述の特別ポイントで購入する必要あり。

・懐中電灯……2つ。電池は無制限。

・マッチ……1箱。無くなった場合は購入。

・歯ブラシ……1人当たり1つ

・日焼け止め……無限。

・生理用品……女性限定かつ無限

・試験マニュアル兼カタログ……1冊

・簡易トイレセット……1クラス当たり1セット。必要なビニール袋は無制限。

 

 

<ルール>

 

・常識の範囲内での自由行動が可能

・A〜Dクラス、全てのクラスに特別ポイントを300支給する。このポイントを消費することで、マニュアル記載の道具類や食材を購入することが出来る。

・未使用の特別ポイントはそのまま9月以降のクラスポイントに加算される。

・各クラスはベースキャンプを定め、そこにて生活する。担任教師も近くにてテントを張る。

・毎日午前8時、午後8時に点呼を行う。

・海に近付く際は必ず報告してから行くこと。また、非常時は海上保安庁職員の指示に速やかに従うこと。

 

 

<ルール・マイナス面>

 

・体調不良並びに重傷者はリタイア可能。その場合1人につきマイナス30ポイント。

・リタイアはベースキャンプ(試験開始時、並びに終了時の集合場所。大きなテントあり)に行く。

・環境汚染はマイナス20ポイント。

・点呼時不在の場合は1人につきマイナス5ポイント。

・他クラスへの暴力、略奪、器物破損などを行った場合は失格。行為者のプライベートポイントを没収。

 

 

<追加要素Ⅰ>

 

・リーダーを必ず選出する。

・島内にある『スポット』を占有することができる。占有した場合、他クラスの使用を禁じる権利がある。

・スポット占有時間は8時間。更新しない場合、期限が切れ、権利は消失する。

・スポット1回占有につき、1ポイントを加算。ただし、試験中は使用不可。

・スポット占有には専用の『キーカード』を必要とし、前述のリーダーのみが使用可能。

・他クラスのスポットを許可なく使用した場合、マイナス50ポイントのペナルティ。

・スポット占有上限は無し。

・リーダーは正当な理由なくして変更不可能。

 

 

<追加要素Ⅱ>

 

 

・最終日の朝の点呼時に他クラスのリーダーの氏名を当てる権利を付与。

・正解の場合、1クラスにつき50ポイント。言い当てられた場合はスポット占有によるポイントを喪失し、50ポイントのペナルティ。

・言い当てる事に失敗した場合はこちらも50ポイント。

・権利の行使は任意かつリーダーのみ可能。

 

 

<追加要素Ⅲ>

 

 

・■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■、■■■■■■■■■。

 

 

 

<所感>

 

本国の場合、南沙諸島で実行可能と愚考する。また、普段以上に死角が多く、安全面にやや疑問を感じざるを得ない。肝心なところで性善説頼りな辺りが犯罪が身近に存在していない日本らしいと言えるかもしれない。




試験には一部オリジナル要素を加えてみました。具体的には伏字のところですね。追加された理由とその内容は次回以降でしっかり書くのでお楽しみに。とはいってもそんなに大したものではありませんが。


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20.総大将

借りて支払うつもりのないものは、契約条件に気を配らない。

 

『ドン・キホーテ』

―――――――――――――――

 

 日差しの降り注ぐ南の島。我々159名は優雅な客船生活から放り出され、無人島での生活を強いられることになった。漏れ出た不満は抑え込まれ、否応なしに動くことを強いられる。細々としたルールが話され、解散宣言がなされる。

 

「ルール説明は以上だ。これからは各クラスの担任が窓口になる。質問等があればそこで聞くように」

 

 先生はそのままAクラスのところにやって来ると、腕時計を配り始める。この手の監視装置にいい思い出は無いが、外すとペナルティと言われてはしょうがない。その後にトイレの説明を始めた。被災時の時に使う簡易トイレ。これには男女問わずに閉口している者が多い。

 

「これからお前たちは自由だ。ベースキャンプが決まったら報告してくれ。その近くにテントを構える。また、リーダーが決まったら報告をすること。その際にリーダーの名前が刻印されたキーカードを支給する。期限は今日の夜の点呼までだ。もし決めきれないようならこちらでランダムに決めることになる。今の段階で質問のある者は?」

「先生、質問よろしいでしょうか」

「良いぞ」

 

 周りのクラスの生徒がこちらの話を聞いていない事を視線の隅で確認して、質問を行う。

 

「ありがとうございます。リタイアの理由などは適当でも良いのでしょうか」

「リーダー以外の生徒は正直それでも構わない。ただし、リーダーは正当な理由なくしてはリタイア出来ない」

「なるほど。ポイントにマイナスの域はありますか?」

「いや、存在しない。0になればそれから何をしようともポイントマイナスのペナルティはない」

「では、もう1つだけ。偶然手慰みに作っていたキーカードもどきを他クラスが勝手に本物と誤解した場合はどうなりますか?」

「……特に罪に問われる事は無いだろう」

「分かりました。ありがとうございます」

「この段階で他に質問のある者はいるか?いないようならば始めてくれ」

 

 本格的な開始宣言がなされる。この試験においてまず指導者の存在は欠かせないだろう。それが=リーダーであるかは別として、指揮系統のない組織は危険である。そして、その点有利なのはBとCだ。彼らはそれぞれ一之瀬のカリスマと龍園の暴力的統治に従うことになるだろう。

 

 反面Dクラスはバラバラ。しかし、彼らも上手く協力することができればある意味一番民主的な生活が可能かもしれない。トラブルも多そうだが、乗り越えられればいい成長になるだろう。と考えると一番危険なのがAクラスだろうか。政治的内戦状態の中、片方が不在。ともすれば必然的にもう片方が音頭を取りやすくなる。そうなると坂柳派は面白くないだろう。

 

 だが、誰が主導権を握るかうんぬんよりもまず拠点を決める必要がある。この炎天下の中で話し合いをしても何の成果も無いだろうからだ。それに、まず自分の拠点を決めてから作戦行動を行うのは基本中の基本である。出来れば雨風をしのげるところ。それは同時に太陽を防ぐことにもつながる。日焼けもそうだが、暑さは天敵だ。熱中症などにも気を付ける必要が出てしまう。そう考えれば行き先は1つだった。

 

「リーダー決めも大事ですが、まずは移動しませんか。こんな暑い中で話していても疲れるだけでしょう。葛城君、目星はついていますね?」

「あぁ。先ほど船上からスポットと思われる場所を見つけている。山の中腹に洞窟があった。拠点としては最適だと思う」

「では早急に移動しましょう」

 

 私の発案に葛城を巻き込む。このまま均衡を保っていて欲しい私としては葛城にここで失敗されても困るのだ。サポートしていくしかないだろう。しかし表立ってやり過ぎると反対派の反発を買う。あくまでも中立的に。それが第一だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 15~20分ほど歩けば、森が開け山肌が露出する。そこに洞窟の入り口があった。支給されている懐中電灯をつけ、中を確認する。表からは分からないが、かなり広い。大きな部屋と呼ぶべき場所が3つ。一番奥にある下り坂を下れば細い地下水脈が流れていた。小さい隙間もあるので、空気は流れている。焚火などをしても、一酸化炭素中毒になる事は無いだろう。水を確保できたのは大きい事だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そして真ん中にスポットマシーン。ここにカードをかざすことで占有が出来るという寸法だ。リーダーになるかはともかく、この試験を指揮できる存在は3人。まずは葛城派の首魁・葛城康平。そして坂柳のいない今、坂柳派のナンバー2である橋本正義。集団に溶け込むのが上手く、能力も高い男だ。やや軽薄なところはあるが、それでも坂柳の右腕である事に変わりは無いだろう。そして3人目が私・諸葛孔明。葛城も橋本も反対派がいるのに対し、現状人望ではこの2人を凌駕していると自負している。自然と我々3人の中から選ぶ空気になった。

 

「さて、この状況下。指揮官不在ではどんな優秀なクラスであろうとも瓦解してしまうでしょう。司令塔は必須。どうしますか?」

「俺はリーダーっていう器じゃねぇな。カードに名前書くだけならまだしもよ。7日間俺を除いて38人を導けって言うのは無理があると思ってるぜ」

 

 坂柳不在の中、下手なことは出来ない。万が一やらかした場合、今後彼の被る災難は想像するにあまりある。彼は賢い男だ。それに、ここで葛城に指導者をやらせて失敗に追い込み、追い落とすことも可能だ。方法は簡単。他クラスのスポットをわざと誤使用すれば良い。それだけであっという間にポイントは無くなるだろうからだ。

 

「……俺は諸葛に任せるべきだと思っている」

「へぇ?そりゃどういう風の吹き回しだ、葛城。ウチの姫さんがいない今、お前がやるもんだとばかり思っていたが」

「俺も出来る事ならばこの手で、という思いはある。橋本、お前も謙遜しているが出来ない訳では無いだろう。だが、どちらが主導権を握っても、必ず不満を持つ者が出る。今回の試験は他クラスとの差を開くためには重要だ。そこでいがみ合い、結果が振るわないという事態になるくらいならば個人的なことは捨てるべきと考えた」

「……そうか。それなら異存はないぜ。ここまで聞いてどうなんだ?孔明センセ」

 

 もし2人のうちどちらかが指揮することになったとしても上手くまとめる自信はあった。しかし、こうなることも勿論予想している。そして出来ない訳がない。とは言え、ガツガツ行くのは彼らの求める諸葛孔明のキャラクターに合わない。あくまでも向こうから推挙してくるようであれば引き受ける。そのつもりであり、そして今そうなっていた。

 

「分かりました。ここで断るのも角が立つというもの。不肖この諸葛孔明、指揮を執らせて頂きたく思います」

 

 洞窟内に大きな拍手が起こる。対立している派閥だってずっとバチバチしていたいのは少数派だ。それ故に、私の指示に従えば少なくとも対立とかは特になく、平和に暮らせる。そう思っている者も多かった。人は楽な方に流される。そして彼らも楽な道である平穏を求め、私を推戴したのだった。

 

「私の基本方針は1つ。皆さんが無事に試験を終了できることです。勿論、ポイントにおいて他クラスに勝つ事。これも重要でしょう。しかし、この通常と異なる空間では何が起こるか分かりません。ですので、安全と無事を最優先します。もし敗れるとも、まだまだリベンジの時は残されているのですから。そのことにどうかご理解いただきたい。その上で、少なくとも無様な敗北とはならない結果をお約束しましょう」

 

 女子の中の何人かがホッとした表情を見せる。少なくともポイント温存のために無理を強いられる可能性は少ないと思ったのだろう。実際、そうする気は無い。

 

「さて、指揮を任された後ではありますが、皆さんに問います。この試験の方向性についてです。選択肢は3つ。1つ目は真面目に節約しながら暮らすというものです。この際、他クラスのリーダー当てなどの一定のリスクを伴う行為は行いません。極めて堅実で、手堅い方法でしょう。幸い、この洞窟の入り口は1つ。ビニールシート等で被えば中は見えません。続いて2つ目は、1つ目と違い他クラスのリーダー当てなどの行為も積極的に行う方法です。勿論、リスクも伴いますがリターンも大きいでしょう。3つ目は試験の放棄です。ポイントを全て吐き出し数日遊興を行い、飽きたらリタイアする。その場合、私は少なくとも島に残ってリーダー当てなどを行いますが、皆さんは船内でバカンスです。1番楽な方法でしょう」

 

 どれにしますか、との問いに各々考え込んでいる。楽な方法に心惹かれる者も多いだろうが、別にそれならそれで構わない。私が1人で暴れまわる事が可能ならば、それはむしろ好都合だ。

 

「自分の意見は固まりましたか?私は皆さんの自主性を重んじているのでその決定に従い、皆さんの望む方法に従って策を立てるまでです。どうぞ、好きな物をお選びください。では、目を閉じて。……よろしいですか?まず1つ目が良い方」

 

 10人弱くらいがこれを選択した。悪くない選択肢だ。閉じこもっているだけに思えるかもしれないが、これが選ばれた場合は他クラスがつぶし合うように仕向けるつもりだったので問題ない。

 

「次に2つ目が良い方」

 

 今度は30人が手を挙げる。やはりこれが1番ベストと思ったのだろう。遊び惚けてリタイアはAクラスのプライドが許さなかったらしい。

 

「最後に3つ目」

 

 一応聞く。まぁいないと思ったが……と苦笑していたらピンと真澄さんだけ手を挙げてる。かなり真面目な顔で目を閉じているので冗談なのか判別がつかない。どうせ他に誰もいないだろうから手を挙げたのではないだろうか。もしくは、全部私に丸投げした方が上手く行くと考えているのかもしれない。どっちにしろ後で尋問だ。

 

「下ろしてください。ありがとうございました。目を開けて下さって結構です。結果、2つ目の方策が選択されました。反対の方もいるかもしれませんが、皆さんでお決めになった事ですので、普段の主義主張を横に置き、協力し合って難局を乗り越えましょう。この孔明、微力ながら皆さんのために粉骨砕身するつもりです」

 

 また拍手が起こる。優雅に一礼して次の話題に移る。

 

「今回の試験、ある程度のポイント消費は必要経費でしょう。まぁ半分ほど残ればベストですね。後は他クラスのリーダー当てを行う事がやはり大事になるはずです。試験における重要事項の基本骨子はこんなところでしょうか。何かご質問のある方は?」

「リーダーは結局誰がやるんだ?」

「ああ、橋本君、それについてですが……私がやります」

 

 若干のざわめきが起きる。それは通常では悪手に近い選択だからだ。

 

「でも……孔明先生、それだとすぐバレちゃうんじゃないかな」

「そうだぜ、葛城にしろ孔明先生にしろ、有名人をリーダーにするのはリスクが高いと思うが」

 

 次々と疑問が噴出してくる。良い事だ。リーダーの言う事に思考停止して従っているわけではない。疑問はちゃんと口に出して聞いておく。そうすることで集団の雰囲気も作業効率も上がる。疑問や質問を口にできるという事はそれだけ風通しが良い事の証左になるからだ。

 

「勿論、その可能性は高いでしょう。すぐに露見してしまうかもしれません。ですが、ご安心ください。既に敗北しないための道筋は見えています」

 

 むしろ露見してくれた方が助かる。どう頑張っても最終日の朝までは指名できないのだから。むしろどんどんバレてくれ。

 

「ま、良いんじゃないか。孔明センセがそこまで言うんだ。さぞ自信があるんだろう。信じて任せてみようぜ」

 

 橋本の言葉で空気が変わる。確かにそうかも……という声も聞こえ始めた。

 

「ああ、そうそう。1つ言い忘れていましたが個人的な契約の都合上、DクラスはAクラスを攻撃できません。先の暴力事件の際に恩を売っておいた甲斐があったという物です。ですので、BとCの動きに注意を払って参りましょう。ただ、このことは内密に。よろしいですね?」

 

 今度クラス内に走ったのは衝撃。暴力事件と今回の試験を結び付けて有利に立ち回れるようにしようと考えが及んだ人間はこの中にはいないようだ。先見性はクラスポイントシステムを看破した時から変わらず健在という事が示せたのなら万々歳。

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしていると先生がやって来る。

 

「テントを運ぶ場所はここで良いのか」

「ええ、ここにお願いします」

「分かった。運営に伝えておく。リーダーは決まったか?」

「はい。僭越ながら私が務めさせて頂きます」

「そうか。後でキーカードを渡す。取りに来てくれ」

 

 先生は少し意外そうな顔をしながら了承の返事を返した。ついでに先生に言わなければならないことがあるので、一緒に済ませてしまおう。

 

「先生、少しよろしいですか」

「構わないが、どうした」

「皆さんもどうかお聞きください。では、先生、本題の前に1つお答えいただきたい。先ほど、全体でのルール説明の際に欠席者についてのお話をされていましたよね。何と仰いましたか?」

「欠席者についてか?『特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスはマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりになっている。その為Aクラスのポイントから30を引く。』……とこう言ったはずだ」

「それはマニュアルでそういう台本になっているのですか?」

「ああ。そうだが」

「その台本は運営が作成したものですか?」

「それもその通りだ」

 

 だからどうしたんだ、という空気が蔓延している。私の質問は一見すると何の意味もない物に見える。まるで言われたことを忘れてしまったかのようにも想えるかもしれない。

 

「ペナルティ……なるほどペナルティですか。真澄さん、ペナルティを和訳すると?」

「なんで私に振るのよ……罰って意味だけど?」

「そう、その通りです。罰。ドストエフスキーの小説に代表されるようにしばしば罪と罰はセットで扱われます。罰が下されるのには、それを受ける原因となった(ギルティ)が存在しているはずですよね?確かに、体調不良は罪だと言えるかもしれません。例えば、入試本番にて体調不良で試験が受けられなくてもそれは本人の責任ですし、自己管理が劣っていたと言えてしまうかもしれません。では、坂柳さんは何の罪を犯したのでしょうか。彼女が欠席している理由はドクターストップによるもの。しかもそれは今日昨日に始まったものではなく生まれ持った疾患です。にも拘らず何の配慮も見せず普通の体調不良者と同じくくりでペナルティ、すなわち罰という単語を使う。そしてAクラスにそれを課す。まるでその疾患が罪だと言わんばかりに。これは立派な差別ではありませんか?彼女が何の罪を犯したのでしょう。産まれてきた事が罪だと?私は、彼女と生活を共にするクラスメイトとして学校側の認識を問わなくてはいけないと考えています」

「……ルールはあらかじめ定められていたものだ。容易に変更は出来ない。また、1人を特別扱いは出来ないだろう。条件は平等でなくてはいけない。Aクラスだけ不参加者がいるにも拘わらずノーペナルティは無理だ」

「先生、そもそも配慮を怠っている時点で平等ではありませんよ。例えば目が見えない方のために点字ブロックを作る。車椅子の方のためにスロープやエレベーターを設置する。これは特別扱いなのでしょうか。決してそうでは無いはずです。これらはこの世界に存在しているハンディキャップを抱えた方も健常者と同じように生活を営めるようにするための配慮です。これをしてやっと平等と辛うじて言う事が出来るでしょう。その配慮が全く見られないとは思いませんか」

「お前も分かっているように、ここは実力至上主義だ。それもまた……」

「実力であると?ですが、ここは教育機関です。幾ら実力至上主義を謳っていても、教育機関であるこの学校はそういった配慮を行う事を必要としているのではありませんか?高校はそのルールに従って行動している生徒を守る義務があるはずです。彼女は何のルール違反も犯していません。そもそも、この試験があると分かっていて、何の対策もせず、入学させたのは学校側ではありませんか。試験の際に参加できないと分かっているのならば、それの代替となるような手段を用意しておくべきではありませんか?それが真の平等というものでしょう。と言うのに、それを放棄し、我々を無人島に放り出し、クラスメイトを差別する。こんな状況を許していいのでしょうか?」

 

 全体に問いかければ確かに問題かもしれない、という声が散見される。人道的配慮やら障碍者差別云々は世間の目を恐れる事には外の学校と変わりのないこの学校の弱い点でもあるはずだ。幾ら実力至上主義を謳っていても、逃れられないものは存在する。ポリコレとかがそのいい例だ。今の時代、そういう平等性やらの部分は凄く厳しくなっている。問題にされてはたまらないのだろう。先生が返答に詰まっている。そして、坂柳派が尊敬の目を向けているのに若干笑いそうになる。別にこんな事言わなくても良いのだが、個人的な趣味だ。

 

「……」

「確かに坂柳さんは強い方です。ですので、多少色々あっても問題ないかもしれません。しかし、今後も同じような生徒が入学してこないとは限りませんよね。しかしその時の生徒は坂柳さんほど強くないかもしれません。もしかしたらイジメの原因になってしまうかもしれません。学校側の無配慮によって起こらなくてもいいはずのことが起こってしまうかもしれない。そういう可能性を持っているとしっかり考慮するべきだったのではありませんか?」

「その言い分は間違っていないと認めよう。その上でお前は何を希望する」

「1番良いのは彼女が参加できるよう学校側が手を尽くす事でしたが、今となってはもう遅いので仕方ありません。ですので、代替の試験を用意するくらいでしょうか。創造性を問われる自由度の高い試験でも出してみれば良いかと。どうせストックくらいあるでしょうから」

「……分かった。運営と話してくる。結果が出るまでは少し時間がかかるだろうから、その間は別の事をしているように」

「ありがとうございます。先生ならば、そうして下さると信じていました」

 

 元々先生も不本意だったところはあるのだろう。運営側も、理事長の娘だから特別扱いしていると思われたくないあまりにやり過ぎたと言ったところだろう。ここはきっちり抗議して謝罪とペナルティの撤回をさせる。それが目的だった。正直坂柳がどうこうというのは心底どうでも良いが、利用できるのなら利用してしまった方が好都合だ。甘んじて可哀想な人になって貰おう。

 

 先生は洞窟を後にして、本部のある場所へと向かっていった。

 

「すみません、やや時間を取り過ぎました。これより皆さんをいくつかのグループに分けます。呼ばれた方は協力して島の探索を行ってきてください。恐らく、食料などが確保できる場所が存在しているはずですので」

 

 こちらで勝手に割り振ったメンバーを島の各地に派遣していく。大体2~4人のグループだ。両派閥を一緒に行動させることで相互監視になるだろう。ついでに交流してこい、というのが狙いだ。ただし、数人はここに残し、運営から運ばれてくるだろうテントの設営や基本的な生活環境の整備を行う事にする。分業体制こそ、人類の産み出した効率的な作業のための叡智だ。

 

 

 

 

 

「らしくないわね。あんな演説して、先生まで巻き込むなんて」

 

 クラスメイトを方々へ派遣した後、テントが運ばれる。それの設営をしている時、真澄さんはそう言った。洞窟内に残った面子は少ない。その面々も今は作業に集中していてこちらの会話を聞いている者はいない。彼女は私の代役として女子側の統括役になってもらう必要があるだろう。幸い、寝るときの空間くらいは分けられるだろうから、男子の入れない場所を作りトラブルを未然に防ぐ目的がある。しかし、そうはいっても代表者は必要だろうから、その役目を担ってもらう事になる。心底嫌そうだったが渋々引き受けてくれた。

 

「ペナルティを減らすために動いただけだ」

「そう?私には個人的な感情からの行動に見えたけど」

「そういう側面がある事は否定しない。坂柳のようなプライドの高い人物が嫌いな事は何だと思う?」

「……馬鹿にされること?」

「惜しいな。正解は憐れまれることだ。可哀想な人と思われることに屈辱を感じるだろう。だから、日頃の意趣返しということで可哀想な人になって貰った。ついでに学校を仮想敵にすることも目的だったがな」

「仮想敵……意味は分かるけどそれ必要なの?」

「必要だとも。共通の敵を持てば集団は団結するだろう?特別試験の存在はみんな事前に分かっていた。でもこんな風に無人島でサバイバルだと予測していた者は少数だ。予測出来ていたとしても喜んでいる者はいない。当然学校に無意識であっても悪感情を抱く。その燻ってる火にガソリンを撒きたかったのさ。現に坂柳派は自分の敬愛する指導者を貶した運営に敵意を持っている。葛城派だっていい気はしないだろうし、ここで余計なことを言うと自分が差別主義者のレッテルを貼られかねない。どっちみち良い事づくめだ」

「う~わ。じゃあもしうまく行ったらのんびり学校で優雅な夏休みをしている坂柳はいきなり個別試験に放り込まれるってわけ?」

「その通り。うーん、その時の感情を想像すると楽しいものがあるな」

「最低ね」

 

 言葉はきついが、彼女の目は呆れたように笑っている。どうも坂柳に微妙な苦手意識のある真澄さんからすれば少しスッとする思いなのかもしれない。

 

「孔明先生!ちょっと良いか?なんか外にヤバそうなのが来てて、葛城か諸葛を出せって言ってるんだが……」

 

 外に出て薪拾いを頼んでいたグループから伝令が来た。恐らく龍園だろう。BとDに確実に敵視されている以上、例えこの前ハメられた相手だとしてもAを頼らざるを得なかったのだろう。

 

「分かりました。すぐ行きます。真澄さんは待機で」

「了解」

 

 頑張れーとやる気のない返事をしながら彼女は手をひらひら振って見送ってきた。ずっと薄暗い洞窟にいたので、外に出ると眩しい。そこには傲岸不遜な顔をした龍園が立っていた。

 

「へぇ、お前が出てくるのか。葛城はどうした」

「彼は今探索中です」

「何……?あいつ、とんだチキンだなぁ。折角坂柳派を潰すチャンスだったのによ」

「彼の行動が英断か否か。それは結果だけが証明してくれるでしょう。尤も、定められた結果は勝利だけ。私が指揮を執るのです。当然の事でしょう」

「そうかよ。まぁそんな事はどうでも良い。俺には俺の目的がある」

「聞くだけ聞きましょうか」

 

 一切謙ることなく彼はこちらを見下しながら交渉内容を口にした。

 

「Aクラスと取引がしたい。Cクラスの物資をお前たちに提供する。ついでにBとDのリーダー情報もくれてやる。その代わりにお前たちは2万プライベートポイントを卒業まで毎月支払い続ける。どうだ?悪くない条件だとは思わないか」

「……」

「どうだ?今ならお前が坂柳派も葛城派も取り込んで一頭体制を作れるチャンスだ。それは分かってるだろう?どういう訳か葛城はお前に指揮権を譲った。坂柳はいない。坂柳派はその指導者がいなければ後は……なぁ?お前の能力なら鞍替えさせることも出来るだろうよ。乗るなら今だぜ」

 

 私の沈黙を思案、もしくは迷いと見たのか、龍園は誘い文句を述べてくる。確かに彼の言っているような事が不可能では無いのも事実。しかし、答えは交渉内容を聞いた時点から決まっている。なので、私はいい笑顔で答えてあげる事にした。

 

「お断りします」



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21.勝ち方

新巻読んでて遅くなりました。ごめんなさい。


心というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ。地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ。

 

『失楽園』

―――――――――――――――――

 

「お断りします」

 

 そう告げた時の龍園の顔は中々に滑稽なものだった。どうやら断られるとは思っていなかったらしい。今まで私が両派閥の間でフラフラしてきたのはどうやらこういうときに一気に差すためだと思われていたようだ。実際はまったくもってそんな事は無い。単に指揮を執る気が無いからやっていなかっただけだ。私の目的はここを無事卒業する事と、学校についての監視。クラスを勝利させることではない。これでもしDクラス配属とかならばやる気も出たかもしれないが……。Aクラスは元々私が何もしなくても勝利するだろう。

 

 そうでなくても受ける理由は無い。物資の横流しとリーダー当ての報酬を考えれば一見するとお得に見える。だが永続的というのは良くない。卒業までの3年間、Cクラスにポイントを搾り取られ続ける状況は避けるべきだ。毎月一定額引かれるのはかなりのストレスになるだろうし、いざという時にこれのスリップダメージのせいで動けない可能性もある。未来に何があるか分からない以上、マイナスに働く可能性はきちんと考慮しておくべきなのは当然と言える。

 

 そもそも法論を持って来れば無効に出来そうな話だが。それに、我が祖国には99年間租借とかいう訳分からんものを押し付けられた記憶がある。永続的に権利を与えるのは嫌いなのだ。

 

「まぁもし物資をくれると言うのであれば使ってあげるのもやぶさかではありませんが」

「ハッ、そんな条件呑めるかよ」

「そもそも、貴方は交渉をしに来たのでしょう?私は、いわばお客のようなもの。反対に、貴方は私に対して物資の代わりにppを渡し続けるという契約を結ばせなくてはいけないセールスマンのようなものです。セールスマンがいきなり高圧的に迫って来て契約したいと思いますかね。私は思いませんが」

 

 それに、彼らは弱点を抱えている。

 

「Aクラスと直接事を構えなかったことは評価しましょう。とは言え、貴方は敵を作り過ぎた。BもDも貴方とは組まない。それに、我々だって先の暴力事件の仕掛け人が誰であるかを知っていますので」

「おいおい、証拠でもあるのかよ」

「いいえ。ですが、疑われた時点で負けです」

 

 心象という物は大事だ。もしそれが悪い状態でも契約したいのであれば、そうせざるを得ない状況に相手を追い込まなくてはいけない。

 

「まぁ悪い事は言いません。どうやって他クラスの情報を盗む気かは知りませんが、頑張って試験を真っ当にクリアすることですね。もしこれ以上何か無いのでしたら、早々にお引き取りを」

「……ああ、分かった。今は退いてやる」

 

 特に悔しそうな顔をするでもなく、龍園はあっさりと引き下がる。これ以上やっても成果が得られない事を悟ったのだろう。その判断の速さは素直に認めるべきところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟内に戻れば、テントの組み立てをしていたクラスメイト達が不安そうな顔をしている。Aクラス内にも勿論腕の立つ者はいるだろうが、それでも普通の生徒も多い。

 

「どうだった?」

「大したことではありませんよ。契約を持ちかけてきましたが、明らかに我々に損な内容の上に、態度も尊大。まともに取り合うに値しない内容でしたから」

 

 そう言えば納得してくれる。Cクラスは全体的にあまり良い噂を聞かない。Dクラスは単に成績の低さから馬鹿にされている感はあるが、Cはまたちょっと別種の扱いを受けている。トップがアレなので、割と粗暴な人の多いクラスなのだろう。とは言え、Dに配属されるほどでは無かった……もしくはより問題のある人がいたのでCになった可能性もある。

 

 さて、テントの設営は終わったようだが、1つ問題がある。8人用のテントだが、当然数が足りない。2つしか支給されていないので、強引に押し込んだとしても20人が限界だろう。体格の良い者ではそれだと入らない場合がある。ただし、ここは屋外ではない。いや、正確には屋外なのだが、疑似的な屋内になっている。雨風も日光も気にする必要はない。ともすれば、女子だけ押し込んでおけば良いような気もする。

 

 

 

 

 

「設置、終わったけど。この後どうすんの?」

「取り敢えず偵察組の帰還を待つ。そっからは諸々の物資を購入する」

「食事は……現地調達?」

「上空からの映像でトウモロコシなどが植わっているのは事前に確認した。それを回収する」

「抜かりないわね。私は結局何をしてれば良いの?」

「特に何も。Aクラスの女子は理知的な人が多い。そうそう問題も起きないだろう。一応監督だけしてくれればいい。それと、女子内にいる両派閥のメンバーに不審な動きがないかどうかの監視を」

「分かった。……一応Cクラスが何しにきたのか知りたいんだけど」

「物資と他クラスのリーダー情報の代わりに我々から毎月一定額のppを貰うという契約だった。しかし、今後何があるのか分からない状態の中、毎月一定額が引かれていくのはマイナスが多い。物資があると楽にはなるだろうが、一時の快楽の引き換えにしては失うものが多すぎる。だから断った」

「ふ~ん。でも、それで終わりって事は無いと思うんだけど」

「まぁそれはそうだろう。だが、今は39人を無事に試験終了まで導く土台作りが先だ」

 

 そうこうしているうちに、偵察組がぞくぞくと帰還してくる。その情報を組み合わせ、地図に書き込んでいくとこの島の全貌が明らかになってきた。スポットはここを含めて全部で16。便宜上、これらにA~Pまでの番号を振っていく。自分達のいるこの洞窟がAなのは言うまでもない。

 

 全員の帰還を確認して、一度集合してもらう。

 

「まずは偵察ありがとうございました。これより、必要な物資に関しての話をしましょう。まずはトイレ。これは必須であると考えます。公衆衛生の観点からも、ストレス面の観点からも。先ほども言ったようにある程度の損失は受け入れるべきですから。また、同じ点からシャワー室も必要でしょう。なにか反対意見のある方は?」 

 

 特にいない。性別に拘わらず、被災用のトイレは嫌だと思うのが先進国で長年生きてきた人間の感情という物だろう。産まれた頃から水洗トイレの人間にはキツイ物があるはずだ。私に言わせればあるだけマシなのだが。これでマイナス25ポイント。トイレが20ポイントでシャワー室が5ポイントらしい。

 

「分かりました。この後注文しておきます。設置場所は入り口のすぐ横に置いておくので。では次に、テントは2つしかありません。8人用とありますが、まぁ女子ならば10人くらいは入るでしょう。ここは雨風のしのげる場所ですので、テントが無くてもまぁ何とかはなると思いますが、誰が使用しますか?」

 

 様々な意見が飛び出る。男子と女子に1つずつという意見。もしくは女子に譲ってしまうという意見等々。追加で購入した方が良いとする者もいるし、雨風がしのげる洞窟内なので、ある程度は我慢すべきだとする者もいる。幸い洞窟内に部屋は3つある。今いるのは一番大きい、入り口から真っすぐ進んだ部屋。その両脇に部屋がある。入り口にビニールシートで遮蔽を作れば、疑似的な扉になるだろう。異性の目を気にする必要も無くなるはずだ。

 

 なんにせよ誰かがバシッとこうすると決めていることの多い我がクラスでは活発な意見交流の場は少ない。大体身内で固まってしまうのだが、今はそうも言っていられないのだろう。なので、ちゃんと話し合えている。そこら辺理性的で助かる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「仕切りは作るだろうが、女子に譲った方が良いのではないか」という葛城の意見が通ったようだ。なるべくストレスフリーな状態にした方が良いのは事実。女子はどうしても体力的なものや性別の違いで必要な事が出てくる。ともすれば、しっかりここは譲った方が良いとの判断だったのだろう。

 

 それに、女子側も権利を主張するだけではない冷静さがある。家事面では男子を上回っていることも多い。協力することが何より必要な事だろう。

 

「それでは、2つのテントが今置かれている入り口から見て右側の部屋を女子の部屋にしましょう。後でビニールシートを貰ってくるので工作をお願いします。後、男子諸君もちゃんと寝床に関しては考えてあるのでご安心を。簡易トイレ用のビニール袋は無限に貰えるらしいので、大量発注すればいいと考えています。これを使えば、地面にそのまま寝る痛みはかなり軽減されるので。その上、膨らませて布でくるめば枕にもなりえるでしょう。結構大きな袋だったので、出来るはずです」

 

 最大の目的である雨風を凌ぐ、は既に達成されているので、特に文句も出ない。段ボールがあると楽だったんだがな。いや、待て。支給品を運んできた段ボールが大量にあったはず。あれの行き先がゴミ箱なら回収できるかもしれない。後で聞いてみよう。

 

「では、最後に。肝心な今日の食糧ですが、先ほどの探索で幾つか畑を見つけて下さった方々がいるようなので、回収してきていただきたい。それ以外にも、食せる果実などが多くありますので。ただし、キノコは回収しないように。これは志願制にしたいと思いますので、行って下さる方はいますか?」

 

 男子数名が手を挙げる。

 

「分かりました。地図をお渡し致します。また、念のため懐中電灯も。暗くなる前に戻って来て下さい。ビニール袋は未使用の簡易トイレの物を使えば楽でしょう。もし必要ならば好きなように。残った方は取り敢えず焚き火用の木の枝を拾ったりとやる事はあります。協力して動いていきましょう。その間私はスポット占有をしてきますので、何かありましたら真澄さんに指示を仰いでくださいね。では、解散です!」

 

 パンと手を叩けば一斉に人が動き出す。真澄さんの抗議の目が凄かったが、無視して行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夏の森は鬱蒼としている。その中を駆けていく。スポットの場所は既に地図で把握した。近場から順番に。別に誰かに見られたところで大して気にする必要はないのだ。その点において、こちらはすたこらと動くことができる。他クラスは恐らく占有時は複数人で動いて誤魔化す作戦に出るはずなので、優位性がある。

 

「あれか……」

 

 森の中に不自然極まりない装置。これはどういう仕組みで動いているのだろうか。試しに見つけた物の近くの地面を削ってみるが、特に何もでない。恐らく地中深くにケーブルが繋がっているのだろう。と、言う事は電源装置がどこかにあるのか?流石に電池式という事は無いだろうから。

 

 近場の4つの占有が完了する。現在時刻は午後4時25分。8時間で切れると言っていたから、次は深夜か。それは問題ない。深夜でも動けるように私がこうしてリーダーをやっているのだから。

 

 これ、もし仮にどこかのクラスがベースキャンプに定めている場所の占有権が夜中に切れるのを見計らって占有出来たりしないのだろうか。そうすると1クラス全員がこの場合Aクラスのスポットを許可なく使用しているとしてマイナス50を与えられる。と、考えたがそんなヘマは犯さないだろう。多分。

 

 5つ目を占有し、6つ目に到達した時点での時刻は午後4時35分。そこを占有しようとした時に人気を感じる。視界内にいないという事はまだ向こうも恐らくこちらを視認できていない。もしスポット占有のために来ている別クラスだったら確認できるのではないか。そう考え、木の上にサッと上る。しっかりとした木なので、上の方にいても落ちる事は無いだろう。

 

 息を殺すのは慣れている。数分後、聞いたことのある声が聞こえてきた。Bクラスの面々である。なるほど、この近くに井戸のスポットがあるという話をしていた。そしてそこにBクラスがいるのを先ほど遠くから偵察組が確認している。ベースキャンプ設置が終わったのでスポット占有に動き始めた、という事か。

 

 Cクラスは海岸にベースキャンプを張っている。ここもスポットの1つだ。Dは……よくわからなかったようだ。途中でDクラスの偵察隊と思しきグループと接触したが、ベースキャンプの位置は定まっていなかったと思われる、という報告を受けている。

 

「あ、ここかぁ。これで2つ目だね……。ベースキャンプ作りに思った以上に時間かけちゃったかなぁ」

「いや、そんな事は無いだろう。しっかりと意思疎通をした上で土台造りから堅実に。俺たちBクラスらしい作戦だ。得意なことを活かしてやれば良いさ」

「だねぇ。今回の試験だと、Dクラスは簡易的な同盟があるし、Cクラスに注意かなぁ」

「Aは坂柳がいない以上、葛城が率いるのが普通か。ならば、そう問題行動はしないだろうし、奇抜な作戦も取らないだろう。ただ……」

「うん。諸葛君が参謀役を引き受けちゃうと苦しいかなぁ。坂柳さんについてる子たちも葛城君についてる子たちも、どっちからも人望あるもんなぁ。ちょっと反則気味だよ」

「それを言うなら一之瀬、お前だってそうじゃないか」

「う~んそうだと良いんだけどね」

 

 一之瀬と神崎。その後ろには女子数名。これがBクラスの主力部隊だろうか。今のところ私の存在に誰も気付いていない。これでバレたら私の立場が無いので正直安心した。特殊軍人舐めるな、と言ったところか。

 

 周囲を警戒して、誰もいない事を確認した彼らはスポットの周りに立った。

 

「じゃあ、千尋ちゃん、お願いできるかな」

「はい、分かりました」

 

 千尋、と呼ばれた女子生徒がカードをかざす。これでBクラスのリーダーは判明した。そのまま会話を続ける彼らが十分に離れ、声も気配も感じ取れなくなったところで地面に降りる。

 

 もしかしたらこちらの存在に気付いてブラフとして占有したフリをしている可能性もあったが、特にそんな事は無く装置にはしっかりとBクラスと書かれていた。まずは1人。しかし最終日まで油断は出来ない。リーダーだってリタイア可能なのだから。

 

 さて、温厚な彼らを騙すのは心苦しいが、ちょっと先回りするとしよう。再び山野を駆け、偶然出会った風を装うのだ。あと、これ現状の私は普通にBクラスのスポットを無断使用している。バレるとマズい。彼らの歩みは決して早くは無いのですぐに出会えた。

 

「おや。一之瀬さんと神崎君。貴方がたもスポット占有ですか?」

「あ、諸葛君。今はスポット探しかなぁ。まだ占有とかそういうのは出来そうにないよ。ベースキャンプも途中だしね」

「そうですか。クラスを率いるのは大変でしょうからね。心中お察しします」

 

 コイツ、サラッと嘘を吐いたな。確かにそうだと言ってしまうとこの中の数名からリーダーがいる事が当てられてしまう。確率論の話になってしまうだろうが、少なくとも40分の1よりははるかに当てられる可能性は高い。苦肉の策だろう。

 

「”も”ってことはAクラスはスポット占有をしてるのかな?」

「ええ。既にベースキャンプを含めて6つ」

「うひゃー早いねぇ」

「そろそろ戻ろうと思っていたんですけどね」

「うん?」

 

 ここで一之瀬と神崎は私の発言に違和感を覚えたらしい。

 

「すまない、諸葛。答えにくいようなら言わなくても構わないが、Aクラスのリーダーはお前なのか?」

「ええ、はい。そうですよ?それがどうかしましたか?」

 

 事も無げに言う私に、その場にいたBクラスの面々全員の顔が凍る。誰もが秘匿する情報をあっさりと言う。それに驚愕しているのだろう。

 

「も、諸葛君!大丈夫?暑さで疲れちゃったの?ちゃんと休んだ方が良いよ!」

「いえ、心身に特に不調はありませんが。どうしましたか急に」

「だって、リーダー情報を教えるなんて……!」

「諸葛、あまり心臓に良くない。一之瀬を揶揄うのもほどほどにしておいてくれ」

「別に揶揄ってなどいませんけどね。ほら」

 

 見せたのはYOSHIAKI MOROKUZUと書かれたキーカード。今度こそ彼らの目の玉は眼孔から零れ落ちそうになっていく。

 

「おや、もうこんな時間。あまり遅くなると暗くなってしまいますからね。皆さまも十分にお気をつけて。それでは」

 

 混乱状態の彼らを放置してその場を後にする。これで良い。キーカードを見せたことで彼らの中で私がAクラスのリーダーという事実が印象付けられたのなら問題ない。これも嘘なのか、それとも本当に私がリーダーなのか。彼らはそれに思考を費やすだろう。良い試験妨害になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟に戻れば、注文していたトイレ、シャワー室、大量のビニール袋などが到着していた。トイレとシャワー室は洞窟の外に置かれている。ビニールシートで入り口から中が見えないようになっていた。この辺は全て終わったのだろう。後は食糧さえ確保できていれば、今夜と明日の飯は大丈夫だ。

 

「ただいま戻りました」

 

 お帰りなさーいという声があっちこっちから聞こえる。中央の集合場所の端っこにはうずたかく薪となる枝が積まれている。食料も回収できたようで行っていた面々が戻ってきている。私の声を聞きつけて、真澄さんが奥からやって来る。ちょっと疲れた顔をしていた。

 

「やっと戻ってきたわね……」

「どうなった?」

「一応基本準備は終わったわよ。ビニール袋の工作も終わったし。食料と燃料も確保した」

「その食料は?」 

「地下水が流れてたでしょ。あそこで冷やしてる。冷蔵庫が無いから、その代わりに」

「なるほど。素晴らしい判断だ。じゃ、後は環境整備と細々とした物の購入だな」

 

 そこへ今までいなかった先生が戻って来るのが見えた。先生は洞窟の外に大型のテントを構えている。中に入れば?と勧めたのだがそれは断られてしまった。教員の監視がない方が自由度も上がるからだろうか。それとも、依怙贔屓の防止か。前者だと修学旅行で消灯時間を過ぎているのに起きていても見逃してくれる先生みたいな感じがする。もっとも、私の修学旅行は10人しかいない近所でやる団体旅行みたいなもんだったが。

 

「失礼するぞ。大分整っているようだな。丁度いい。諸葛、全員集合させてくれるか?」

「点呼にはまだ早いはずですが」

「ああ。だが、先ほどの件で進展があった」

「分かりました。全員、集合してください」

 

 作業していたり、休んだりしていた全員がゾロゾロと集合する。

 

「先ほど諸葛から訴えがあった坂柳についての報告だ。学校側の運営に君達から抗議が来たことなどを話し、公平性についても議論した結果、追加ルールが出来た。今から発表する。追加ルールは『不参加の生徒には学校にて試験を課す。それに合格した場合、ペナルティをなくす。』というものだ。これより坂柳は学校で用意した試験をしてもらう。それを彼女がクリア出来たら、Aクラスに与えられていたペナルティは取り消されるだろう」

 

 学校側も問題になる事を恐れたのだろう。随分と弱腰な対応を取ってくれた。しかし、これで坂柳の分のマイナスが消えるだろう。まさか運動系の試験は出ないだろうし、とんでもないものではないのならクリアしてくるだろう。もしこれでクリアできなければ彼女の評判や指示に関わるし、そもそもプライドが許さないはずだ。精々頑張ってもらおう。嫌がらせは成功である。

 

 そしてこれはクラスにもいい影響を及ぼしていた。学校側を動かせたことで自分達にもそれなりに力がある事を認識したのだろう。どうしてもルールを制定する側とそれに従わなくてはいけない側で力関係はあるが、ここは独裁国家ではない。それなりにやりようはあるという物だ。

 

「先生、わざわざありがとうございました。皆さん、後は坂柳さんを信じて待っていましょう。しかし、これで無様な結果を晒しては折角1人で頑張って下さった坂柳さんにも申し訳が立ちません。負けないよう頑張っていきましょう!」

「「「おお────!」」」

 

 叫び声が聞こえる。空気はいい具合になっている。

 

「とは言え、皆さんが体調不良になっては元も子もありません。そこはお互いに気を配っていきましょう。食料調達はご苦労様でした。これより調理、その後タイミングを見て就寝とします。調理器具を購入しましょう。後は寝ている間の環境整備として扇風機2台の購入。そして有事の際の連絡手段としてトランシーバー。最後にカメラを購入してひとまずの物品購入は終わりにしたいと思います。また何か必要なものがありましたら相談して下さい」

「カメラなんて何に使うんだ?」

「ああ、町田君、ありがとうございます。すっかり言い忘れていました。明日以降ですが、食料調達は午前中に済ませておきましょう。その後ですが……遊んで来て良いですよ。皆さん、学校指定の物ではありますが、水着持って来てますよね。ここに上陸する時の説明はペンションに泊まりながらビーチで遊ぶという物でしたので、水着を着替えセットに入れるよう学校側から指示があったはずですし。カメラはその為の道具です。思い出作りですよ、思い出作り」

 

 ざわざわとした声が広がる。

 

「確かに、切り詰めて我慢することも大事です。一見邪道かもしれませんし、真面目に取り組んでいないように思えるかもしれません。しかし、そればかりでは窮屈でしょう。精魂疲れてしまう人もいるかもしれません。どうせこんな環境に放り出されてしまったのです。精一杯楽しんだ方が得だと思いませんか?やらされている、よりも進んでやっている、の方が気持ちも楽でしょう。購入した物品も一応全員が価値を共有できるモノだけを選んでいるつもりですので、誰かだけに不利益とはならないよう配慮しているつもりです。贅沢は出来ませんが、これくらいならね。皆さんは、最初の話し合いで坂柳さんが言っていたように努力して得た権利を守るために戦っているのだと認識しています。ですがあくまでも私たちは学生。遊ぶことも大事ですし、何より……」

 

 そこで一回言葉を区切る。そうした方が全員の集中がこちらに向く。

 

「他のクラスが死にそうな顔してやってる中、努力しつつも楽しそうにして、最後に勝ってるのが一番カッコいいと思いませんか?私は出来るだけ皆さんが楽しめるように心を配るつもりです。イベントも考えていますよ。出来る限り楽しみませんか?」

 

 とどめとばかりに少し微笑んでおく。さぞ私がみんなのためを思って行動してる人間に見える事だろう。クラスが勝てるように策を練りながら自分達の楽しみにも配慮してイベントとかを作ってくれている。そんな素晴らしい人間に見えているはずだ。何しろ、そういう風な事をしたり、言ったりしてもおかしくない人として振舞って来たのだから。感動した風な顔の人もいれば、ニヤッと笑っている人もいる。純粋に楽しみそうな顔の人も。最後のが大多数だ。

 

 先生もどこか満足そうな顔で話を聞いている。

 

「では、皆さん。何か反対の方はいますか?」

 

 当然誰も手を挙げない。

 

「それでは皆さん、ご唱和ください。ファイト~!」

「「「おお────!」」」

 

 もう一度大きく洞窟内に声が響いた。私の顔は今、優しそうに微笑んでいるはずだ。真澄さんが罪悪感を覚えるように目を逸らしたのだけが気になった。

 

 

 

―――――――――――――――――

高度育成高等学校第1回特別試験

 

<追加要素Ⅲ>

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■、■■■■■■■■■。

 

↓開示

 

不参加の生徒には学校にて試験を課す。それに合格した場合、ペナルティをなくす。

 

 

―――――――――――――――――

 

Aクラス支給ポイント:270ポイント(坂柳の30ポイントはまだどうなるか不明)

 

Aクラス消費ポイント:20ポイント(トイレ)、5ポイント(シャワー室)、5ポイント(調理器具一式。鍋、包丁、皿、ピーラーなど)、10ポイント(扇風機×2)、5ポイント(トランシーバー。2組1セット)、3ポイント(防水カメラ)、2ポイント(ビニールシート)

 

Aクラス残存ポイント:220ポイント(坂柳の分を除く)




よくよう実二次創作界隈で言われるのが『無人島試験で終わる作品が多い』だと個人的に思ってます。まぁ理由は色々あるんでしょうけれども……。

気付いたら2800人くらいの方に登録して頂いて、おったまげました。今まで書いてきた作品の中で1番の出世作(こういう言い方があるのかは分かりませんが)です。本当にありがとうございます。これからも面白いと思って頂ける作品を書けるよう努めて参りますので、よろしくお願いします。感想は常に受け付けておりますので、お気軽にどうぞ。返信も(すぐとは言えませんが……)しますので!

作中も夏ですが、現世も夏になってきました。水分補給等こまめにして、冷房つけて体調にはくれぐれもお気をつけ下さい。


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22.喰らえ


【挿絵表示】


洞窟内見取り図


偉大な思想は胃袋から生れる。

 

『ヴォーヴナルグ・省察と格言』

――――――――――――――

 

 無人島生活1日目の夜が更けていく。食事を終えてしまえば、今日は動き回ったクラスメイトはすぐに寝る用意を始めた。洞窟内は元々水がある事も起因してかひんやりとしている。そこに扇風機も回っているので、そこまで不快感を覚える環境ではないはずだ。やや湿度は高いが、気温の低さでそれが緩和されている。

 

 中央の部屋の灯りを消すと、かなり真っ暗になる。しかし、仄かな光が差し込むため、意外と周りは見えていた。スポット占有の期限が切れるのは2日目の深夜0時過ぎ。その後は2日目の午前8時半頃だ。それまでは寝ることができる。男子、女子でそれぞれ洞窟の部屋を分け、仕切りも使っているが、私はそこではなく入り口付近の通路に座っている。

 

 寝ると言ってもごく短いものの連続だ。キリンが近いかもしれない。誰か接近する気配があれば起きることができる。どんな場所でも寝られる、そしてその中でも警戒を怠らない。そういう生活が長かったために染みついた悲しい習性だ。とは言え、することが無いのは結構疲れる。

 

 ぼんやりと虚空を眺めながら色々考えていると時間が近づいた。後回しでも良い洞窟のスポット占有ではなく、外のものから始めていく。凡そどのクラスもスポットの位置は把握しているとみて良いだろう。現在占有している洞窟含め6つのスポットを守りながら、増やさず減らさずの方針でいいと考えている。そもそも本命はこっちではないのだから。

 

 更新は1日目の16時、2日目の0時・8時・16時、3日目の0時・8時・16時、4日目の0時・8時・16時、5日目の0時・8時・16時、6日目の0時・8時・16時、7日目の0時・8時の計18回。大体の時間だがこれくらいの計算で良いだろう。スポット1回占有につき、1ポイントを加算なので、18回×6ポイントで理論値では108ポイント確保できることになっている。まぁリーダーを当てられるとこれは全て無に帰すわけだが。それに、深夜も動き回るのは他の生徒ではできないだろうから、実質的にほぼ空想の値になっているはずなのだ。学校側の認識では、だが。

 

 さて、そろそろ時間だと立ち上がり、夜の森を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が白み始め、夜が明けていく。洞窟内の温度も少しだけ上がり始めた午前7時半頃。夢の世界に旅立っていたAクラスの全員が物音によって叩き起こされた。そもそも後30分もしないうちに点呼である。揃っていないと容赦なくマイナスされるため、これは必要な処置であった。まぁ一応腕時計に目覚まし設定があるのだが……誰もそれをしていなかったのである。

 

 何か叩かれる金属音で眠い目を擦りながらあくびをした彼らが目を覚まし、ぞろぞろと外に出てきて目にしたのは彼らの先生と呼ぶ同級生がフライパンとお玉を叩きながら立っている姿だった。

 

 

 

 

 

 

 深夜のスポット占有が終わった後に、一度洞窟に戻ってそのスポット占有を行い、そして再度外に出た。昨日中に人海戦術を用いて島を調べたのだが、まだ調べきれていない場所もある。その場所の探索を行い、地図の空白を埋めるためだった。ぶっちゃけ暇だったのである。その結果、まだ見つかっていなかった畑を見つけた。トウモロコシ畑やナス・ピーマン・トマト・キュウリは既に見つかっていたが、今回あったのはスイカ畑。後で回収することにする。

 

 その後歩いていると、海沿いに古い家屋。恐らくは昔島民がいた頃の名残。苔むした神社のようなものもある。太平洋戦争で硫黄島と並ぶ激戦地になったこの島には、戦前には島民が細々と漁業などで生計を立てていたそうだ。あの洞窟は恐らく、戦争時に皇軍の指揮所になっていた場所だろう。

 

 野菜はある程度確保できるし、魚も海で獲れるだろう。とは言え、肉や卵が無いのは辛いところだ。と思っていれば、また違う施設を発見する。大きな柵で囲まれたその中には……結構な量の鶏がいた。鶏である。家畜である鶏がこんな無人の島で大量に自然生息できるとは思えない。恐らく本土からこの試験用に持って来られたのだろう。栄養不足になられても困るだろうし。肉にもなるし、めんどりは卵も獲れる。取り敢えず6時頃になるまで待ってみたら、卵を産み始めたので、人数分確保して袋に入れてから洞窟に戻った。まぁ他クラスと分け合っても十分な数いたので大丈夫だろう。

 

 その後戻り、コンロをフル稼働して、朝早起きだった先生に調味料一式(無制限・油、醤油、味噌、塩、砂糖、酢など)を交換して貰った。5ポイントも取られたがまぁ使用制限のストレスが無いだけマシか。後は炭水化物があれば完璧なのだが、米は結構いいお値段している。その辺は追々相談するとして、朝飯はこれで勘弁してもらうとしましょう。

 

 用意が終わり始めたので、使っていない鍋とお玉を叩きながら起こし始める。眠そうな顔をしながらクラスメイト達が起きてきた。

 

「はい、おはようございます。もうすぐ点呼ですがその前にちゃちゃっとご飯を食べてしまってください。尤も、パンも米もありませんけども。……どうしました皆さん?」

「いや、どうしたって、アンタ……。ご飯作ってたの?」

「ええ、まぁはい。真澄さん髪の毛跳ねてますよ」 

「うっさい。それはそうと、いや、普通にビックリするでしょ」

 

 誰もが首を縦に振っている。そんなに驚くことなのだろうか。

 

「これは習性みたいなものなので気にしないでください。実家では私が食事作っていましたから」

「それなら良いけど……いや良くないわね。ちゃんと寝てる?」

「一応」

「倒れないでちょうだいよ、全く……」

「さて、私の事はどうでも良いので早く食べてしまいましょう。冷めると美味しくないですからね」

 

 眠そうな顔をしていた面々がスッとその眠気が覚めた顔になり真剣な目つきで食べ始めた。野菜炒めと目玉焼きである。パンが欲しい。米でも可。

 

「目玉焼き何かける?」

「俺は塩」

「私は醤油」

「いや、ソース以外あり得ないだろ」

「ケチャップ派は異端ですか……?」

「ケチャップは論外」

「いや、醤油の方がおかしいだろ」

「なんだと?」

「やるかコラ?」

 

 くだらない会話が繰り広げられている。派閥間で固まって食べるみたいな事もなく、割と協力的なので助かっている。最も相互監視はするような環境を作ってはいるが。

 

「「「孔明先生はどれだと思う!?」」」

「目玉焼きって何かかけるんですか?」

「「「……」」」

「アンタ……」

 

 真澄さんの憐れむ顔がちょっとムカついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、全員いるようだな。まだ序盤だからこそ余裕があるかもしれないが、後半に行くにつれてどんどん体力的にも厳しくなるかもしれない。気を付けるように。また、繰り返しになるが海に近付く際は教員もしくは職員に必ず申し出てから行くようにしてくれ。では解散」

 

 先生のありがたいお言葉を貰い、定例点呼を終えるとまたスポット更新のお時間だ。その前に午前中の行動を指示しておく。

 

「では今から午前中の行動を指示します。まず今からクラスを3つのグループに分けます。それぞれA~Cと名付けますので、割り振られた班の人と一緒に行動してください。まずA班ですが、志願制です。釣りの上手い自信のある人は手を挙げて下さい」

 

 チラホラと手が挙がる。男子に多いようだが、女子も数人。

 

「分かりました。では、今挙げて頂いた方々はA班です。これより釣竿を貸しますので、これで釣ってきてください。先生への報告は忘れずに。後、魚は洞窟内の水場で冷やすようにお願いします」

 

 釣竿・網のセット×5を渡す。1セットにつき1ポイントだ。元よりリーダー当てを含め、200前後のポイントになることを想定している。これくらいの出費は問題ないはずだ。ここは橋本に任せておく。危険な行動はしないだろう。一応葛城派もいるので、単独で変な事は出来ない。

 

「次にB班のメンバーは食料採取に行ってきて下さい。地図はお渡しします。そこに畑が書いてあります。私が夜中に歩いて足した分もあるので、そこも回収してきて下さい。他クラスと遭遇した場合は穏便に。1人にトランシーバーを渡すので、連絡用に使ってください。私が片方を持ちます。ではメンバーを読み上げます……」

 

 両派閥の男子中心に上手く編成してある。ここは葛城に任せておけば問題ないだろう。力仕事の苦手な女子や一部の男子には別の仕事だ。

 

「以上です。では残りのメンバーは洗濯をしてください。主に下着がメインですので、しっかり時間を分けてやるように。干す場所はそれぞれの部屋の中で。扇風機を当てておけば早く乾くでしょう。仕切りも忘れずに。体操服の場合は外で干して下さい。いずれもツタをロープ代わりにすれば上手く行くかと。では、それぞれお願いします。わたしはスポット更新に行ってきますので」

 

 洗濯組には真澄さんを残し、不測の事態に備える。これで完璧なはずだ。動き出しを見ているが、両派閥ともちゃんと話し合って動いている。顔つきが真面目なので大丈夫だと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 スポット更新自体は流れ作業なのですぐに終わる。特にすることも無いのでそのまま洞窟に戻れば、ひらひらと外に洗濯物が揺れている。中に入れば、男子の部屋には下着がぶら下がっていることを確認した。

 

 坂を下り、水源に行けば、足湯のように涼みつつ話に興じる女性陣。男子陣はそれを眺めながら話していた。真澄さんもちゃんと他の女子と話せているようで少し安心する。あんなにツンツンしててボッチだったのに成長したね……と娘の成長を見守る親のような感覚に陥っていた。まぁ彼女の親は彼女の成長をあまり喜んでいるように見えなかったが。あくまで書類上は、ではあるけれども。

 

「皆さん、こちらにいましたか。洗濯物、随分お早いですね」

「あ~お帰りなさぁい」

「お疲れ様~」 

 

 女性陣に声をかけられ、男性陣は軽く手を挙げて私の声に応えた。

 

「まぁ~孔明先生1人に頑張らせるのもアレだし~ねぇ?」

「そうそう。女子として負けられないものはあるもんね」

「だよねぇ神室ちゃん?」

「私は別に……」

「ええ~そんなこと言ってぇ~?」

「ちょっ!」

 

 上手くコミュニケーションがとれている……のだろうか。多分そうだと思う事にした。

 

「ま、女子の言ってることもそうだし、お前に頼り切ってばっかじゃダメだってみんな朝思ったんだろうぜ。俺もだけどな。だから頑張ってるんだよ」

「竹本君……」

「おいおい、泣くなよ」

「いえ、少し感動してしまいまして。私が皆さんが団結するお役にたてたのならば喜ばしい事です」 

「ま、俺たちとしても坂柳さんのこと気にしてくれてたのは嬉しいしな」

「勿論ですとも。クラスメイトの1人であるのですから、当然です」

 

 何を白々しいと言いたげなジト目で真澄さんが見てくるが全力でスルーする。さて、他の班の様子でも見ていくか。と、その前に。

 

「はい、チーズ」

 

 くっ付いてる女子たちに向けて1枚。男子陣に向けても1枚。写真を撮っておく。こういう気を抜く要素も大事だろう。

 

「少し出かけてきますね。後はよろしくお願いします」

「「「は~い、いってらっしゃーい」」」

「……さ~て孔明先生もいなくなったし、好きな人吐いてもらうわよ~神室ちゃ~ん」

「え、は、ちょっ!待って……!」

 

 後ろから楽し気な声が聞こえる。彼女たちなりに満喫しているのならば問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 まず向かったのは魚釣り組。網で掬ったり、竿で釣ったりしている。

 

「どうですか、橋本君。釣れ具合の方は」

「まぁボチボチだぜ。捌けば全員分にはなるさ。夕飯用か?」

「はい。その予定です。今日の昼食は恐らく向こうからやって来るでしょう」

「カモがネギしょってくるのか?」

「まぁそんなところです」

「ほ~ん。ま、孔明センセの言う事だ。多分そうなるんだろうから信頼はしてるけどよ」

 

 橋本正義。集団に溶け込むのが上手く、能力も高い。坂柳派ではあるが、坂柳に忠誠を誓ってるわけでは無いだろう。恐らく、寝返るのに躊躇はしない男だ。長年の勘がそう言っている。使える間は良いのだが、絶対的な信頼はおいてはいけないタイプ。私はそう判断している。だが、今回の試験では特に動きはない。

 

「坂柳さんから何か、言われてきましたか」

「……」

 

 彼は視線で周りを窺う。他の釣り組はみんな聞いていない。それを確認した後口を開いた。

 

「あぁ、ウチの姫さんからはちゃんと命令が出されてるぜ」

「ほぅ、流石ですね」

「とは言っても曖昧なものだけどよ。葛城が仕切るなら背け。お前が仕切るなら何もするな、だそうだ」

「ははは、随分と警戒されたものですね。光栄と思えば良いのでしょうか」

「さぁな。でも、昨日の演説は面白かったぜ。姫さんも涼しい冷房効いた部屋でのんびりできると思ったらいきなりお呼び出しでぶぅたれてるかもな」

「おやおや、坂柳さんともあろう人がそこまでなるでしょうか」

「ま、あくまで憶測だけどよ。それはそうと俺も1つ聞いて良いか?」

「何でしょうか」

「どうして神室なんだ?アイツ以外にも人はいるだろうに。鬼頭とかだって武闘派だし、俺だって別に能力的に劣ってるとは思わない。側近にするなら他の奴だっているだろうに」

「そうですねぇ……どうしてでしょうかねぇ……?」

「おいおい、俺が聞いたんだけどな。あれか?側近にするなら美人の方が良いとかそういう理由か?」

「そうだ、と言ったらどう思います?」

「気が合う、と思うな」

「では、そういう事にしておきましょう。実際、真澄さんは美人ですよ」

「やっぱり食えないヤツだぜ、孔明センセ」

 

 遠くで大きな魚が吊り上げられたようだ。遠目で見る限り鯛の仲間に見える。丁度いい、あれを中心に集合写真を撮ってしまうか。その前に個人の物を。

 

「お写真、撮りますね」

「お、カッコよく撮ってくれよ」

 

 橋本をカメラに収め、シャッターを切る。その後釣り組の集合写真を撮ったり、鯛を釣った奴の写真をゲットした魚とセットで撮ったりした。

 

 

 

 

 

 

 

 その後はトランシーバーで連絡を取り、野菜組の元に向かう。葛城や先ほど話に出た鬼頭もここにいる。スイカ畑にいたのをパシャパシャ撮って、引き続きお願いして洞窟に戻ってきた。戻って一息吐こうとした時に入り口から声がする。

 

「誰かいるかしら」

 

 声から堀北であると分かった。だが気配は2人分。恐らく綾小路だろう。あの2人は一緒に動くことが多いように思える。例の暴力事件の時もそうだったように。外に出れば案の定想定通りの2人がいる。

 

「なにかご用ですか、堀北さん」

「少し話したいことがあるのよ。それと、中を見せて貰ってもいいかしら」

「ええ、構いませんよ。さしたるおもてなしは出来ませんが、それでもよろしければ」

「元々期待していないから問題ないわ」

 

 お前、そういう余計な一言が嫌われる原因になるんだぞ、と心の中で忠告しながら中に入れる。正直あまり見せてはいけないものは無い。扇風機は男女の部屋の中。仕切りで見えない。食器類は坂を下りた水場なので中央の部屋からは見えない。私のトランシーバーとカメラも見えないところにある。何を買ったのか、何ポイント残っているのかは判別できないだろう。外のシャワー室とトイレは分かるだろうが。

 

「昨日突如追加されたルールは貴方の仕業ね?」 

「ええ、まぁ。クラスメイトが不当な差別を受けている。それを見逃せるわけが無かったので」

「そう。まぁそれは良いわ。こちらに糾弾できる言い分は無いし、糾弾したら私たちが人でなし扱いされてAクラス全員から敵として見られるだけでしょうし」

「賢明な判断かと。それで、今回は偵察だけですか」

「ええ。どの道、私たちはAクラスを攻撃できない。それなら、中を見るくらいいいでしょう?」

「まぁ、それはそうですが。どうです、Dクラスは。順調ですか」

「…………他クラスと比較できないからわからないわね」

 

 その長い沈黙が順調でないことを物語っていた。

 

「そう言えば、AクラスにCクラスの生徒は来ているかしら」

「Cクラス?いいえ、今現在はいませんが。昨日龍園君が謎の取引をしないかと持ち掛けてきただけです。勿論、すぐさまお断りしましたけれどね」

「そう。なら良いわ。昨日、森の中で伊吹さんというCクラスの生徒を保護したわ。Cクラス内で暴行を受けて脱出してきたという体ね。それが本当かどうかはわからないけれど、Cクラスが真っ当な戦略でない事だけは、一応忠告しておくわ」

「ええ、ありがとうございます。Cクラスに関しては、我々の利害は一致していますから。あの危険なクラスは、下にいてもらうに越した事は無いでしょう」

 

 話しているうちに、外に出ていた組が帰って来た。一瞬堀北たちを見て怪訝そうな顔をするものの、大抵は私と話しているという事実に気付き、何らかの理由があるのだろうと思ってスルーしていく。下の水場で冷やすのが一番衛生的に良いので、どんどんと下へ運び込まれていく。

 

 さて、大抵の生徒はスルーすると言ったのには理由があり、中にはスルー出来ない者もいるようで……。

 

「おい、諸葛!」

「……あまり大きな声を出さないで貰えますか、響くので。それで、なんです、戸塚君」

「何ですかって、お前!せっかく隠してたのになんでDの奴らを中に入れてるんだよ!」

「別に問題ないでしょう。そもそも彼らは我々を攻撃できないんですから」

 

 正確には攻撃できないことになっているだが。先日結んだ契約にはこう記されている。

『Ⅰ、私、堀北鈴音(以下甲)は諸葛孔明(以下乙)に対し、監視カメラ(7万ポイント)の購入を依頼する。

Ⅱ、その代価として甲は乙の許可なく夏季休暇中に行われる試験においてAクラスを攻撃することは出来ない。また、甲は前述の事項に対してクラス全員を説得する義務を負う。

Ⅲ、前述の試験における条項は、仮に試験が複数回行われた場合1回目のみを対象とする。

Ⅳ、甲は乙に対し、費用を今年中に返済する。

Ⅴ、契約不履行の場合は、被った損害の2倍の金額を払う。』

 

 ここに、説得した後に失敗した場合のペナルティは書いてない。仮に堀北がクラスメイトを説得し、失敗したとする。その後、DクラスがAクラスのリーダーを当てた。その場合は堀北が攻撃していないし、クラスメイトの説得をするという義務は果たしたことになっている。説得する義務はあっても、その結果成功させろという義務は無い。これは堀北がリーダーだと有効だが、そうでない場合には効力は低下する。

 

 これは私の仕込んだ罠だ。どうなっても良いようにしてある。もし真面目に攻撃しないのであればそれで良し。もし堀北以外が攻撃するようなことがあれば、その時はそいつを騙して失敗させればいい。最初はそういう認識だった。そしてここに来てそれは正しかったことを確信した。攻撃してこないのであればそれで良し。もしこの微かに存在している穴を突いて攻撃してくるのであれば失敗させればいい。そうすれば向こうは50ポイントの損失だ。

 

 それはさておき、この厄介な葛城派のナンバーツー(腰巾着)をどうにかしなくてはいけない。

 

「Dクラスに対してもこれくらいの誠意はあっても良いとは思いませんか?」

「はっ!不良品に払う誠意なんて無いな」

「あぁ、そうですか。その点、私とあなたとは見解を異にしているようですね。すみません、お2人とも。彼の言説はともかく、そろそろ我々もクラス単位での行動を開始するので、申し訳ないですが……」

「そうね。目的は果たしたわ。行くわよ、綾小路君」

「ああ、そうしよう」

「またいつでもお越しください。夜は止めて欲しいですけどね」

 

 出ていく2人を外まで送る。

 

「彼にはきつく言い聞かせておきますので、どうかお気をつけて」

「最後に1ついいかしら」

「何でしょう」

「Aクラスのリーダーは貴方?」

「ええ、その通りです。ほら、キーカードはここに」

「っ!……私たちは攻撃できない。だから見せてくれた。そう解釈して良いわね?」

「はい」

「けれど、良いのかしら。これを他クラスに売るのは契約違反ではないはずよ」

「おおっと確かにそうですね。しかしまぁ、この情報にはなんの価値もないはずですが」

「なんですって?それはどういう……」

「それではごきげんよう。Have a nice day~」

 

 そう言いながら手を振り、釈然としない顔の堀北と相変わらず無表情な綾小路を強引に帰らせる。どうせ一之瀬も知っている情報だ。龍園にはこの後バレるだろうし、問題ない。全て順調だ。

 

 

 

 

 

 室内に戻れば、戸塚と真澄さんが何ゆえか争っている。ちょっと事態を飲み込めないので、しばらく見守る事にした。

 

「あのさぁ、Dクラスを内心見下すのは別に好きにすれば良いけど、それを本人たちの前で言うのはどうなの?」

「はぁ?実際不良品なんだから別にいいだろ。あいつらへの評価は俺たちが勝手に言い出したわけじゃなくて学校側がそう決めたんだからよ」

「この学校が決めた基準でしかない枠組みで人を測るの、止めたら?龍園だってCクラスだけど、実際私たちも含めて脅威だとは認識してる。それにさぁ、百歩譲ってそれで良いとして、もしアイツが堀北とかと交渉中だったらどうするの?もしかしたらクラスにとっていい交渉だったかもしれないのに、アンタのせいで機嫌損ねて不成立とかだったらどうする訳?大好きな葛城君に泣きつくの?可哀想ね、葛城君も。アンタの尻拭いとかやらされて」

「お前だって諸葛の能力を笠に着てるだけじゃないか!」

「だから?」

「……は?」

「だから?そんなのみんな知ってるでしょ。私よりアイツの方が優秀だってのは明らかじゃない。だけど、少なくともアンタよりは信頼されてるから。じゃなきゃ任せない。もし仮にアンタが信用されてるなら大事な仕事だって任されるはずでしょ。でも実際任されてるのは橋本君か葛城君じゃない」

「なんだとっ!」

 

 真澄さんが強い。感情的になっている戸塚に対し、至極冷静な顔と声で対応している。そこはかとなく面倒だなぁという顔をしているのもポイント高い。あしらっている感があって強者っぽいからだ。どうも女子を味方につけているらしく、派閥を超えてあんまり良くない感情が戸塚に向けられ始めている。そろそろ潮時だろう。

 

「両者そこまで!身内で相争っても何も良い事はありません。謝れとは言いませんが、お互いにもう少し言葉に気を付けるように。分かりましたか?」

「は~い」

「……チッ!分かったよ」

 

 余裕そうな真澄さんに対し、戸塚は余裕がない。

 

「戸塚君。私に従うのにあまり納得できないのは分かります。しかし、今はこうすることが敬愛する葛城君のためになると思ってどうか堪えて頂きたい。それにですが、臣下を以て王を測る定規とすることもあります。君の行動が、君を側に置いている葛城君の評判を傷つけかねないという事を留意しておいてくださいね」

 

 特にそれに返事をすることなく彼は去って行く。小さくため息を漏らした。何がいけなかったのかと言えばそれはもう私がリーダーをやっていることだろう。もっと言えばリーダーは私だとしても仕切っているのが私であることだろう。事実、リーダーと実際の指揮者は同じである必要はない。難儀なものだと思い、もう一度ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魚組も戻って来て、全員揃う。そのタイミングを見計らってなのか偶然なのか(恐らく後者であろうけれども、)来訪者が来る。そう、待ち望んでいたお昼ご飯である。彼の行動原理から考え、示威行動をするだろうとは予測が付いていた。そしてそれは早い段階であろうとも。恐らく彼の取る戦略は私の考えた3つのうちの最後の1つなのだろうから。

 

 ポテトチップスとコーラという凡そ無人島には相応しくない食べ物を持ちながら彼らは煽りにやって来た。

 

「よう、Aクラスのガリ勉ども。どうせギスギスしてるんだろ……いや、そうでもねぇなぁ……」

「とは言え、どうせろくでもないもん食ってるんだろ」

「そ、そうだそうだ。龍園さんからの伝言だぜ。お前ら、こんなバカみたいな暮らしが嫌になったら俺たちCクラスの所に来てみろよ!」

 

 ムッとした顔で彼らを見るクラスメイト。その代表として、私は彼らに問う。

 

「なるほど。では、龍園君はCクラスのところに行けば飲み食い出来ると言ったんですね?」

「あ、あぁそうだぞ」

「そうですか。もう帰ってよろしいですよ。伝言は確かに受け取りましたので、あなたがたの王様に怒られる事は無いでしょうから」

「そ、そうかよ。じゃあな!」

 

 捨て台詞を吐いて彼らは去って行く。それをいいカモが来たと思いながら見送った。洞窟内に戻れば、葛城がやって来る。

 

「諸葛、今のCクラスの発言、どうする気だ」

「ええ。丁度いい機会です。渡りに船とでも申しましょうか」

「なに?どうする気だ」

「今からお昼ご飯ですね?」

「お昼ご飯……?そういう事か……。まぁ良いだろう。利用できるものは利用していくべきだろうしな」

 

 彼の納得も得られたところで私は全員に向かって言う。

 

「聞きましたね、皆さん。彼らは言いました。Cクラスのところに行けば飲み食い出来ると。では、お言葉に甘える事にします。この際プライドは捨て、遊び、そして食べましょう。これより、全員でCクラスのところへ移動します。敵の金で、敵の糧食を喰らい尽くしてやろうではありませんか。ポイントの余すところなく、ね」

 

―――――――――――――――――

 

Aクラス2日目開始時所持ポイント:220ポイント(坂柳は以下略)

 

Aクラス現状消費ポイント:5ポイント(調味料一式・無制限・油、醤油、味噌、塩、砂糖、酢など)、5ポイント(釣竿・網のセット×5)

 

Aクラス2日目現状所持ポイント:210ポイント




私は塩派です。


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23.カウンター

<裏設定・孔明と各クラスリーダーとの相性>

〈Aクラス〉

坂柳……30%。かなり違う思想なので根本的に相性が悪い。
葛城……55%。普通。坂柳さんがいない場合なら搦手に強い参謀役になるだろう。

〈Bクラス〉

一之瀬……40%。実はそんなに良くない。犠牲を看過できないところは一致しているが、それ以外は微妙。

〈Cクラス〉

龍園……85%。奇抜な作戦が得意だがガバも多い龍園のいい補佐役になれる。ただそうなるとCクラス無双が始まりかねない。

〈Dクラス〉

堀北……90%。実はかなり相性がいい。成長型主人公の気質のある堀北さんは教え甲斐のある生徒なので、1学期の終わりにはスーパーアルティメット覚醒堀北になっている可能性がある。


破ぁ!!

 

『2ちゃんねるコピペ』

――――――――――――――――――――

 

 試験開始から2日目。我々Aクラスはさしたるトラブルもなく順調に試験を進めていた。そしてそんな我々を祝福するように、昼食が向こうからやって来たのである。こうなる事はある程度予想が付いていた。龍園の戦略は恐らく私が最初にクラスメイトに選ばせた3つの選択肢のウチの最後のもの。即ち全員リタイアし、リーダーだけが残って他クラスのリーダー当てを行うというものだ。

 

 だとするならば、Cクラスは試験を放棄したと思わせる必要がある。要するに警戒させない訳だ。その為には、『我々は試験を放棄してますよ~』と思わせないといけない。なので、ああして部下を使って煽りに来たわけだ。偵察に来させるために。だが馬鹿め、我々は利用できるものは利用し尽くすの精神でいる。

 

 哀れな龍園クン。彼には古今東西で通じるこの言葉を送りましょう。『他人の金で食う飯は美味い』。

 

 そして、取り敢えずはAクラスの人員を森に潜ませ、私と付き添いの真澄さんが2人で偵察に来た風を装い、彼らに接触する。Cクラスのいる浜辺へ行けば、仮設トイレにシャワー室、バーベキューセット、日光対策のターフやパラソル、スナック菓子、ドリンク、水上バイクなど何でもある。遠くでは海保の巡視船が彼らを見張っていた。海辺に居るからだろう。万が一の事故に備えているものと思われる。

 

「凄いわね、これ」

「確かに、絵面だけ見るとかなり楽しそうだ。今からCクラスに移住したいな、コレは」

 

 Cクラスの現状は理解していても、見てみるとまた違った呆れとも羨ましさとも言えない感情が湧き上がってくる。まぁでもこの後龍園は恐らく大変だろうし、同情する。砂浜を踏みしめれば、Cクラスの男子がギョッとしたようにこちらを見て、どこかへ走る。不正利用と言われても嫌なので、しばらく待っていればその男子生徒は戻ってきた。

 

「あ、あの、龍園さんが呼んでます……」

「そうですか。ありがとう」

「は、はい、それでは……」

 

 おずおずと彼は去っていった。恐怖政治とは大変そうだ。する方も、される方も。

 

「よう、お前らか。よく来たなぁ。さっき、鈴音も来てたぜ」

「おやまぁ、Dクラスもですか。その割には姿が見えませんが。まぁ大方あなたを罵倒して帰って行ったんでしょうけれども」

「ククク、よく分かってるじゃねぇか。あの真面目ちゃんには俺のような思考は出来ない。つまり」

「敵では無いと」

「ああ、そうだ。一之瀬も葛城も、真面目に試験をクリアすることしか考えちゃいねぇだろうなぁ。だから器も知れてる。敵じゃねぇ」

「そうかもしれませんね。ところで、先ほどあなたの部下が我々の元を訪れたのですが、その際に言っていたことは本当ですか?」

「あん?俺を疑ってるのか?見てみろよ、こんなに遊び惚けてるってのに今更1人2人増えたところで問題なんかねぇな」

「ポイントはまだ残っているんです?」

「まぁな。だが、それも今日までだ。今日で全部使い切る。あとはリタイアだ。学校の決めた試験なんか真面目にやってられっかよ」

「そうですか。それは良かった」

「なんだと?」

 

 急ににっこり笑いだした私に龍園は訝しむような目線を向けている。真澄さんはチラチラと焼いている肉の方に目線が行っている。大丈夫かな、この人。なんか最近の彼女、面白い人になってきている。

 

「皆さん期待していたので」

「皆さん……?おい、待て、まさか」

「確認が取れましたよ、皆さん!徳の高い龍園君は我々にもこの楽園を共に享受する権利をくれるようです!」

 

 少しギョッとした龍園。それを知ってか知らずか、森の中からぞろぞろとAクラスの面々が姿を現す。そのメンバーは当然派閥も関係ない。葛城もいれば、橋本もいる。男女関係なく、全員がここにいた。なお、洞窟は締め切っている上に、盗難すれば窃盗になるので誰も入らない。入られたら警察沙汰にすればいい。そういうコンセプトで来ている。先生のテントも目の前にあるのに、犯行をする馬鹿もいないだろう。

 

「お前!これが狙いか。プライドの欠片もねぇみたいだな。Aクラスも落ちたもんだ」

「プライドなど犬にでも食わせておけばよろしいんですよ。使えるものは何でも使う。それが正しい行動です。それに、まさか拒否したりしませんよねぇ。偉大で寛大な龍園クン」

「チッ!仕方ねぇ、好きにしろ」

「はーい、ありがとうございます。あと、好きにしろという事なので、我々の分の食料も注文しますね。重ね重ねありがとうございます!」

 

 彼は面子的に受けざるを得ない。そうでないとすんごくダサい奴と言う不名誉な称号が学年中にばらまかれる。それは、Cクラスの統治にも影響が出るだろう。なお、好きにしていい、と言う発言はカメラの録画機能を密かに使い録音してある。便利なものだ。

 

 苦い青汁を100杯くらい飲んだような顔をしている龍園を無視して、私ものんびり遊ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 カシャ、カシャとカメラでクラスメイトの様子を撮影していく。学校の水着よりももっと良いデザインの水着も注文できるという事で、女子はそれを借りている。1回借りるとそのまま最終日まで持っていられるらしい。お昼時という事もあり、バーベキューに興じる生徒も多い。龍園はもう諦めたようでパラソルの下のチェアで寝ている。食材調達班はCクラスの金で大量の米とジャガイモや玉ねぎなどの夏野菜ではない物を注文し、せっせと持ち帰っている。好きにしていいと言われたので好きにしている結果だ。

 

 真澄さんはCクラスの男子から肉を奪い取っている。Cクラスの男子連中はガラの悪いのが多いのだが、まったく物怖じしていないどころか逆にCの男子がタジタジになっている。随分たくましくなったものだ。まぁ十中八九、Cクラスの男子よりもヤバい私といるからだろうけれども。さて、折角なので私も食べるとしよう。

 

「これ食べて良い?」

「良いけど、こっちは私のゾーンだから」

「いや、Cクラスの人たちのゾーンでは?」

「別に良いわよね?」

 

 圧力をかけられたCクラスのボーイズはコクコクと頷いている。怖いな、Aクラス……。女子でもあの圧力かよ……。みたいな声が聞こえるが、もっきゅもっきゅと食べている身には聞こえないようだ。都合のいい耳だと半分呆れる。そんなこんなで飯を食べ、海で遊び、菓子とジュースも注文しまくり、たまに男子がセコセコと貰った物資を持ち帰り、時間が過ぎていった。

 

 午後4時近くなる。そろそろスポット占有の時間だ。そのため、Aクラスの面々に撤収の号令をかける。最後まで出来る限りCクラスの金で物を貰い、ほとんどの生徒がトンずらしていった。残りは真澄さん、私や葛城など数名になったので、龍園に挨拶に行く。別名煽りとも言う。坂柳派はみんな帰ってしまった。

 

「どうも本日はお世話になりました。おかげさまで物資ももらえましたし、皆さんもハッピーです。同盟も契約も無いのに御親切にして頂き助かりました。本当にありがとうございました」

「……そうか。二度と来んな」

 

 やつれた声で吐き捨てる龍園。哀れなり。そんな事を思っていると、森の中からCクラスと思しき男子生徒がやって来る。おかっぱと言うかキノコヘアと言うかな髪型に眼鏡をかけている男子だ。

 

「なんですか……これは……」

 

 そんなことを呟いている。彼に気付いた龍園は声をかけた。

 

「おう、金田か、ご苦労だったな」

「こ、これは一体!?どうしてAクラスが……」

「どうした?何か問題か?俺たちは元々試験を放棄してる。それならAの連中がいたって良いだろう?」

「しかし……。自分は元々この作戦には反対です。しかも放棄だけならまだしも敵に塩を送るような行為をするなど!」

「お前、随分偉そうな口を利くじゃねぇか」

 

 龍園は彼の下にゆっくりと歩み寄る。金田と呼ばれた男子は少し後ずさるが、それを意に介さないように龍園は勢いよく彼を殴った。眼鏡が吹っ飛び、苦悶の声を上げた彼が砂浜に横たわる。

 

 なるほど、そういう事かと読めた。大根役者な演技もここまで来れば立派だ。なのでここは彼の思惑に乗ってあげよう。そうすることでかなりの手間が省ける。

 

「龍園君、これは些か座視できない行為ですね」

「どうしたってんだ?そんな怖い顔して。俺が何か問題行動でもしたか?」

「クラスメイトへの暴力は確かにマイナスにはなりません。しかし、だったらやっていいのかと言われればノーでしょう。伊吹さんという生徒を殴ったのもあなたで正解だったようですね」

「あぁ、伊吹か。アイツも俺に反抗的だったからな。灸をすえてやっただけだ。そうカッカするなよ」

「そうですか……大丈夫ですか」

 

 龍園を一旦無視し、金田の元へ近寄り手を差し伸べる。

 

「あ、ありがとうございます」

「金田君、でしたね。これ以上ここにいては更なる暴力を受ける可能性もあるでしょう。荷物をまとめてリタイアする……いえそれも危険ですね。だとしたら試験の間はどこか別のところにいる事をお勧めします。そうだ、もしよろしければ我々と来ますか?」

「で、ですが、自分はCクラスの人間です……」

「暴君に立ち向かった勇気へのリターンのようなものです。彼にはほとほと呆れていますので。よろしいですよね、龍園君」

「ああ、好きにすると良い」

「だ、そうです。洞窟は分かりますね?あそこに我々はいます。クラスメイト説得のために私たちは先に戻りますので、後でいらして下さい」

「わ、分かりました。ありがとうございます、諸葛氏」

 

 さて、これで大丈夫だろう。彼は確実にスパイだ。そして暴力を振るったことで誰かが止めに入る事を期待していたのだろう。そして、もしそうでなくても彼をわざと逃がし、Aクラスに助けを求めさせる算段だったはずだ。

 

 そんな事は百も承知だ。だからこそ荷物をまとめる時間を作った。龍園の寝ているチェアの近くにある机にトランシーバーがあるのが分かった。それは恐らくDにいる伊吹という生徒、そしてこの感じだとBにもいるであろう誰かの分もあるはずだ。だがトランシーバーは2台で1セット。という事は、もう1個あって然るべきだ。それを金田に持たせ、どこかに埋めておく戦略だろう。リーダー当てのためのスパイと言うところだな。

 

「龍園君、我々は去りますが、彼が洞窟に来た際に今よりも外傷がひどい場合、あなたを容赦なく警察に突き出しますのでそのつもりで」

 

 一応警告をして善人っぽいふるまいを残しつつ、残存メンバーで撤収した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「諸葛、敢えて口を挟まなかったが、これも作戦の内という事で良いのか」

 

 洞窟への帰り道、誰も尾行してない事を確認した後に葛城が聞いてくる。真澄さんはまだ何か食べているが一応聞いてはいるように思える。

 

「ええ、勿論。Cクラスの策は兵法三十六計が第三十四計、その名も苦肉計です。それは一瞬で分かりましたので、後はそれを利用してこちらの優位に立つことが最善でしょう」

「しかし、自分から招き入れる事は無かったのではないか?」

「結末はあまり変わらなかったかもしれませんが、出来れば龍園君の警戒を解きたかったという側面があります。これで私を愚かだと思ってくれれば幸いですけれどね。ま、そう上手くいかずとも問題は無いでしょう。大事なのは彼、即ち金田君が我々の元にいて、スパイ活動をしてくれること。それだけなのですから」

「そうか。ならば何も言うまい」

「そうだ。葛城君。君にお願いがあります」

「なんだ、出来る事なら何でもしよう」

「ありがとうございます。橋本君を警戒してください。出来れば1人にしないように」

「なに?橋本は確かに坂柳派だが、今のところ真面目に動いているように見えるが」

「はい。一見すると。それに坂柳さんからは私が指揮を執る場合、何もしないように指示が出ているようです。しかし、それはあくまでも橋本君自身の口から出た言葉。私は信用していません。そして彼はAクラス発足当時積極的に他クラス、特にBやCと交流を持っていました。その中には龍園君も含まれているでしょう」

「裏切るかもしれない、という事か」

「ええ。ですので、密かに見張っておいてください。出来れば君だけで。他の方の演技にはあまり期待できないものですから」

「手厳しいな。だが分かった。警戒しておこう」

「ええ。よろしくお願いします。彼を1人にしないように、ね」

 

 これでまた1つ、不穏分子を潰せた。

 

「ねぇ、苦肉の計ってなに」

 

 と、思っていたら私のカッコつけた発言の中身を実は理解していなかった真澄さんが声をかけてきた。流石に持っていたお菓子は食べ終わったらしい。これで太らないのおかしくない?クラスの女子に殺されるぞ。

 

「苦肉計とは人間というものは自分を傷つけることはない、と思い込む心理を利用して敵を騙す計略のことです。日本では苦肉の策とも言いますね」

 

 三国志では赤壁の戦いで使用されたものが有名だ。もっとも、これは史実ではなく演義なのだが。中身は黄蓋が周瑜に献じた偽計である。

 

 荊州から脱出した劉備一行は呉の孫権を頼る。渋る呉の臣下は諸葛亮が論破し、悩む孫権は魯粛が説得。周瑜も己の妻である小橋を曹操が嫁に欲しているという孔明の嘘だか本当だか分からない情報を信じ、開戦を決意した。

 

 赤壁に布陣した劉・孫連合軍に対し、曹操軍は3倍という兵数。周瑜配下の黄蓋はこの劣勢を前に有力な対抗案を出せないとして司令官である周瑜を罵倒した。これを咎めた周瑜は兵卒の面前で黄蓋を下半身鞭打ちの刑に処する。なお、この鞭とは今のような革製の物ではなくただの棍棒だ。なんとか呉の諸将の説得で周瑜の勘気が収まり、黄蓋は一命をとりとめる。しかし、これにより重傷を負った黄蓋は、敵である曹操軍に投降を申し出る。

 

 一連の出来事は間者が報告していたため、曹操はこれを受け入れて一旦自軍へ招く。しかし黄蓋の書面を見て策を看破し、「私を苦肉の計で騙そうというのか」と言うが、孫権軍の使者である闞沢が曹操を丸め込んで黄蓋の投降を成功させる。これと同時進行で周瑜は大軍を有する曹操を相手にするには火計しかないと判断し、計略を使いて荊州水軍の要である蔡瑁・張允を謀殺した。更に曹操の策によって偽りの降伏をしてきた蔡瑁の従弟の蔡中・蔡和を利用し、偽情報を曹操軍に流させる。これにより、有力な水軍指揮官がいなくなってしまった。

 

 加えて慣れない船に酔い、病人の続出していた曹操軍は龐統の唱える連環の計にあっさり引っかかり、船を鎖で固定してしまう。その後、諸葛亮孔明(私のオリジナル)が東南の風を吹かせ、偽装投降に成功した黄蓋は曹操軍に放火することに成功し、曹操軍は壊滅。こうして劉備・孫権連合軍は曹操軍の撃退に成功した。

 

 というものだ。元々は春秋戦国時代に鄭の武公が胡(異民族)を討つに先立って娘を嫁がせ、胡の討伐を進言した関其思を殺して胡を油断させたことや、前漢初め、斉への使者である酈食其が同盟を結んだ後に韓信が斉を攻撃して、酈食其が斉で烹殺されたことに由来している。

 

 苦肉計したという事は私は東南の風を吹かせないといけないのか?南西からの風ならもうすぐ来るだろうけれど。私の見立てではこの試験の最終日かその前日は雨だ。

 

 私の歴史解説をうんうんと頷いている葛城。もしかしたらこういうのが好きなのかもしれない。まぁ男の子は大体好きだろうさ、戦国時代と三国志は。そして分かったような分かっていないような顔をしている真澄さん。多分興味が無いのだと思われる。少し苦笑してしまった。

 

 

 

 

 

 

 洞窟に戻り、『今からCクラスの生徒が1人来るが、寛大な心で受け入れてあげて欲しい。彼はCクラスの暴君に逆らう勇気ある生徒だが、船に戻すのも危険なためここで人道上の問題として保護したい』と、そう言って説得した。機嫌の良い彼らは特に抵抗することもなくあっさり受け入れた。中にはこれも作戦だろうと気付いている者もいる。それならそれで問題は無い。そういう人は計略だと意識して金田を誘導したりしてくれるだろう。アシストに期待という事だ。

 

 そしてちゃちゃっとスポット占有を済ませて戻れば、金田が来ており、中に迎え入れられていた。先生への報告は済ませたらしい。夕飯の支度を始めたクラスメイト達に積極的に手伝いを申し出てイメージを稼いでいる。良い労働力だ。こき使おう。

 

 夕飯は女子が作る事が多い。そして私もそこに入っている。昔年齢詐称してホテルのレストランで働いていた事もあるので大人数の食事準備などお手の物だ。米も最終日まで毎食使っても問題ない量を強奪して……頂いてきた。ありがたい事だ。

 

 今日の夕食はワカメの味噌汁、ごはん、焼き魚と刺身。あと卵焼き。ザ・和食だ。食べれるだけ感謝して欲しい。楽しかった思い出話をしながら夜が更けていく。シャワーも済ませたら、すぐにみんな倒れるように寝てしまった。遊びまくって疲れていたのだろう。

 

 そして私は昨夜と同じように夜まで起きてスポット占有に行く。だが今日はその前に1つやりたいことがあった。昨日浮かんだ質問をしたかったのだ。

 

「先生、今お時間よろしいでしょうか」

「ああ、構わないぞ」

 

 夜だが先生は普通に起きていた。大きいテントの中には小型冷房もある。羨ましいことだ。だからスーツ姿なんだろうが。

 

「諸葛……生徒のバイタルチェックをしているが、ちゃんと寝てるか?」

「ええ、多少は寝ていますよ。それに、私は72時間くらいなら不眠でも動けますので、寝られるだけご褒美みたいなものですよ」

「そうか。だがまぁ、体調には気を付けるように」

「お気遣いありがとうございます。それで、本題なのですが質問よろしいでしょうか」

「なんだ」

「坂柳さんはどうなってます?」

「今試験を続行中らしい。もう間もなく終了するそうだ。試験内容はこちらにも知らされていないが……」

「なるほど。では坂柳さんは今回はいないようですけれども一般の不参加者と同じ扱いではなく、便宜上この夏季特別試験1回目に参加していたという事になる、という事でよろしいでしょうか」

「ああ、そうなるだろう。坂柳は参加扱いだ」

 

 それが分かったので、私は質問したかった本題を聞く。それを聞いた先生は複雑そうな顔をしていた。

 

「確かに理論上は可能だ。しかし、それをしてもスポット占有は行えないぞ。代理人も認められないし、連絡を取る事も出来ない。キーカードが貰えるだけだ」

「なるほど。ですがあくまでも可能ではある、ルールには抵触しないと考えて良いのでしょうか」

「ああ、その認識で構わない」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 それだけ聞くと先生の元を後にし、夜の森へ駆けて行った。計略が成功する道筋はもう見えている。坂柳の件は学校側が思ったよりも弱腰だったことに救われた。もう間もなく30ポイントが追加されるだろう。罠は複数張っておく方がいい。計画の成功を確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目も同じような生活スタイルだ。朝は私が叩き起こし、飯を食わせる。その後は点呼。そしてスポット占有と食事調達組が動き出し、洗濯組が留まる。今日の午後も自由時間になっているので、各々したいことをしに行くのだろう。私は今日は洞窟内で寝る。先生に言ったように3日くらいなら余裕だが、そうは言っても寝れた方が良い事に変わりはない。なので、洞窟内に残った。

 

「お前は行かなくていいのか」

 

 2人だけになった空間に真澄さんが残っている。彼女も女子に誘われていたが、今日は断ったらしい。なお、金田は男子グループが連れて行った。彼もすっかり馴染んでいるように見える。スパイ君には精々罪悪感を抱いてもらおう。戸塚なんかは密かに突っかかってきたが、真澄さんに幾度となく撃退されている。何故葛城は彼を側近にしているのだろう。分からない。

 

「別に行っても良いけど、そうしたらアンタはここに1人でしょ」

「まぁ、そうなるな」

「そうなると何があるか分かったもんじゃないから。残って見張りをしといてあげる」

「そうか。ま、それは助かるがな」

 

 彼女はゆっくりと私の隣に腰を下ろした。

 

「それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない。今回の作戦」

「作戦……そうだなぁ。良いだろう。だがその前に聞いておきたい。お前はどこまで読んでいる。想像で構わないから言ってみろ」

「アンタがリタイアしようとしているのは知ってる」

「ほう?そこまで見抜けていれば上々。この試験はリーダー当てが実質鍵となる。普通は300ポイントを使い切るなんて事は無い。そして大体その残ったポイントは同じくらいになる。だからこそ、+αを積めるかが重要だ。そしてそのリーダー当てに関する諸々のルールの中に、正当な理由があればリーダーだってリタイアできると書いてある。つまり、このリーダー当て自体を無効化したければ全クラスが最終日の点呼の数分前にリーダーをリタイアさせればいい。だがこれだけでは80点だな」

「80点……。だったらリタイアしたふりをして、点呼の分のポイントを犠牲にしつつ他クラスにはリタイアしたと嘘を吐いて潜伏するとか?偽のキーカードを作るのは大丈夫かどうか、最初に聞いてたし」

「おお、90点。と言うかそれはやる。そしてその時の偽のリーダーはお前だ」

「まぁそうなるでしょうね。それで、残りの10点分はどこが足りないの?」

「う~んそれはその時になったら分かるさ」

「あっそ。またいつものヤツね。今はまだ語る時ではない、みたいなのでしょ」

「そうそう」

「アンタ、やっぱりホームズ好きでしょ」

「嫌いではないね。昔読んだきりだけれど、流石推理小説の金字塔と言われるだけの事はあると思ったな。自分がホームズやモリアーティー教授ならどうするか、とか考えたものだ。懐かしい」

「その場合、私はワトソンかモラン大佐って感じ?」

 

 なるほど、確かにそうなる訳だ。ここの学校内だけでの人間関係に置き換えればそうなるだろう。もっとも、私にはちゃんとした本来の副官がいる訳だが。

 

「多分、アンタはもっと優秀な部下がいるんだろうけど、少なくとも今は私がバディみたいなもんでしょ?違う?」

「いや、違わないな……そろそろ寝て良いか?」

「ああ、そうだったわね。好きにすれば?」

「そうさせてもらうさ」

 

 お休みなさい、といつもより優しい声が聞こえて、眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 少し寝たことで元気になった。完全回復である。寝た時刻は午後1時頃。起きたのは3時半頃だった。私が起きた時には真澄さんは隣でクークーと寝息を立てていた。これでは残っていた意味があんまり無いなぁと苦笑しつつ、ジャージを羽織らせる。暑い南国でもこの洞窟内はひんやりしている。風邪などひかれては計画に支障が出てしまうし、部下の体調を気遣うのは当然だ。

 

 少し待って、ボチボチ何人か帰って来たのを見てスポット占有に出かけた。そして肝心の夜である。今日はちゃんとイベントを用意している。恐らく雨であろう6日目以外の3、4、5日目の夜にはそれぞれイベントを用意して、気を紛らわしてもらう作戦だ。

 

 夕食も終わった夜の洞窟の灯りが全て消され、蝋燭(5本セット・1ポイント)の灯りがゆらゆら灯っている。中央の部屋に集まったクラスメイト達は何が始まるのだろうという顔だ。寝たい人は寝て良いと言ったのだけれど、見逃さないようにしたいらしい。

 

「皆さん、3日目の生活お疲れさまでした。我々は学校に騙されこんなクソ暑い南国の島に放り出された挙句サバイバルを強いられている訳ですが、よく考えれば今は夏です。夏と言えば……?」

「海!」

「花火!」

「スイカ割り!」

「そう、怪談ですね」

「「「????」」」

 

 思い思いの夏っぽい行事を口にするクラスメイト達をちょっと無視して言葉を続ける。

 

「と言う訳で、納涼大怪談大会を開始しま~す!いえ~い」

「「「……」」」

「さて、怖い話が苦手な人は避ける事をお勧めします。心臓の弱い方も一応ご注意を。……大丈夫ですね?では始めます。まずは私から。これは私の住んでいた家の話です」

「ちょちょちょ」

「なんですか真澄さん」

「え、いや、アンタ、事故物件に住んでたの?」

「ええ、はい。四国のド田舎、森に埋もれた道のそのずっと奥、空き家ばっかりになってしまった集落の最後の一軒である和風の屋敷。それが我が家です。色々ホラー要素には事欠かない家でしたね。懐かしい」

「そ、そう……」

「では、話を続けますね。あれは私が15歳の時……」

 

 

 

 

 

 

「と言う訳で開かずの間を開けてしまった私の大叔母は結局見つからなかったのです」

 

 ここまで約1時間。ずっとベラベラ喋っていた訳だが、誰1人目を離すことなく聞いていた。そんなに面白かったのだろうか。ガタガタ震えている人も結構いるのが気になるところだが。こういうのが平気そうな顔の人たちも心なしか青ざめている。

 

「な、なぁ……今までの話って全部作り話……だよな?」

「いいえ、橋本君。残念ながら全て実話です。私も作り話だったら良かったんですけどねぇ」

「……」

「さて、最後にとっておきを。今ここでこうして過ごしているこの島ですが、実は太平洋戦争当時は激戦地でした。この洞窟は旧軍の指揮所だった場所でしょう。米軍に接収された後に返還され、それからはずっと日本領みたいですけど……例に漏れずここでも出るんでしょうね。軍人の亡霊が。ほら、例えばアレみたいに」

 

 指さした方向には皆がいない間に木の棒で作った人間ぽい案山子。暗くして吊り下げている紐を隠し、お尻で踏んでいた。今それを離したので案山子は自立し、暗闇に佇む霊みたいになってしまった。

 

「「「「ギャーーーー!!!」」」」

 

 文字通りの悲鳴が響き渡る。何事かと先生が駆けつけてきてしまった。

 

「どうした、大丈夫か!」

「ああ、先生。ご心配なく。怪談で少し怖がらせ過ぎてしまいまして」

「そ、そうか……。ほどほどにな……」

「すみません、つい調子に乗ってしまいました。大丈夫ですよ、今のところ深夜に毎日起きていますが、特に何も見かけませんから。さて、単調な毎日だとつまらないと思い企画しましたが、どうでしたか?面白かったならば幸いですね」

 

 反応を見る限り怖かったけど面白かったという声が大きいので良しとしよう。どんなに成績が良くても怖いものは怖いという人間の本能には逆らえないのだ。私はビビってる人の反応を見て面白かったので楽しかったが。

 

「怖すぎるだろ……」「心臓に悪い……」「寿命が縮まった」等々話しながら彼らは床についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、誰もが寝静まった洞窟。私はいつものように起きている。さて、私の話した怪談会での話は凡そ真実。だが、1つ嘘を吐いた。「ここに来てから何も見かけていないので大丈夫」と言ったが、これは嘘である。

 

「だって言えないよなぁ、流石に」

 

 風の音に混じって微かに聞こえる人の足音。それも1人ではなく複数人。毎回姿は見えないが、決まってこの洞窟の前で止まる。まるで、この前で整列しているかのように。

 

 試験は4日目へと突入していく。明日で半分が終わりだ。そう考えながら気を紛らわす。そして「そう言えば」と、呟き思い出す。

 

 もうすぐ8月15日だった。

 

――――――――――――――――

 

Aクラス2日目開始時所持ポイント:220ポイント(坂柳は以下略)

 

Aクラス現状消費ポイント:1ポイント(蝋燭、5本1セット)

 

Aクラス2日目現状所持ポイント:219ポイント




今回の冒頭の名言はふざけました。すみません……。反省はしてます。後悔は無いです。

アニメ2期、遂に始まりましたねぇ!軽井沢さん可愛いのと、真鍋が想像以上にキャラデザが良かったのに驚いています。椎名さんや南雲パイセンも声付きになりますし、楽しみですね。OPも色々言われてますが、私は好きです。個人的にはOPよりもEDにおける伊吹さんの謎ポーズが気になる……。

惑星にしたのは面白かったですね。人数の変更を上手く活かしていたので次以降にも期待ですね。干支にしなかったのは海外勢への配慮もあるんでしょうか。

あと、アニメを見た方ならわかると思うんですけれども、真嶋先生が試験日程を説明する際、『Day1』などと海図上に表示されたシーンがあったと思います。その点戦の位置関係的に伊豆諸島沖を航行していたので、必然的に無人島試験は小笠原諸島で行われたことが発覚し、勝手に唱えていた無人島小笠原諸島沖説がほぼ公式になって喜んでいます。


……後、堀北さん胸部装甲拡充しました?


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24.Why done it

<需要不明の裏設定・Dクラス所属だった場合の生徒との相性>

平田……50%。裏の顔さえ出さなければ孔明は良い人なので一応クラス運営は出来るでしょう。

櫛田……0%。何でかって?櫛田さんが有能な人を好きになるとでも?圧倒的な劣等感を抱かされる存在なので櫛田さんからかなりのヘイトを浴びます。孔明からはそんなに悪感情を抱かないのですが。

綾小路……60%。思想が違うので微妙。とは言え、彼に退学して欲しい訳ではない孔明なので、味方にはなってくれるでしょう。あと、初期状態の綾小路に声をかけるので綾小路視点では友人扱いです。

堀北……90%。教え甲斐のある有能な生徒は大歓迎。

山内……30%。やる気のない生徒に教える気は無い。

軽井沢……85%。寄生先で孔明が選ばれる可能性が高い。

高円寺……??%。分からない。マジで分からない。お互いに不干渉。

その他の生徒……75%~90%。鍛えがいのある生徒たち。磨けば光ると思っているので、一年生の終了時には素の学力が一番高いのがDになっている可能性あり。


あれがデネブ、アルタイル、ベガ 君の指さす夏の大三角

 

『君の知らない物語』

――――――――――――――――――――――

 

 さて、4日目が来た。我々Aクラスは新しい仲間(スパイ)を迎え入れての生活をスタートさせる。とは言え、やる事自体はあまり変わらない。私は朝のスポット占有。その後の朝食作り。そうしたら後は食料確保組が出発し、洗濯組が仕事。お昼になればCクラスのお金で交換しまくったおかげで大量にある食材を使い食事。その後の午後は自由。午後4時ごろに私はスポット占有に出かける。

 

 特に代わり映えのしない日だ。だが、スポット占有に出かけた帰りにCクラスの状況を一応確認しておこうと思い海岸へ行く。案の定もぬけの殻だった。海にはビーチボールが所在なさげに転がっている。

 

 作戦通り、Cクラスのメンバーは全員船に戻ったらしい。ポイントを(我々Aクラスのせいもありつつ)使い切ったのだから、いくらリタイアしてもマイナスは無い。その上で少数だけ残ってリーダー情報を集めれば理論上は150ポイントが手に入る。加えてA、B、Dのスポット占有によって得られるボーナスポイントを無くし、マイナス50ポイントのマイナスを押し付けられる。当然、Cクラスもボーナスポイントを持っているだろうから、場合によっては一位も夢ではないという事だ。我がクラスのポイント使用は少ないが、確かに全クラスから当てられればかなりキツイ。尤も、そうならないようにしているのだが。

 

 次にやる事は定まった。Cクラスのリーダー当てである。私の知る限りではCクラスの人間は確定で2人島にいる。ウチのクラスにいる金田とDクラスにいる伊吹と言う生徒だ。だが私の勘が正しければ、もう2人いる。1人の場所は恐らく場所はBクラス。そして龍園もどこかにいるはずだ。彼が誰かにリーダーを任せるタイプには見えない。潜伏場所を今夜探すとしよう。

 

 だがその前に予想は確定させておくべきだろう。行くべき場所はBクラスだ。

 

 Bクラスのベースキャンプの近くに行けば、和気あいあいとした感じの光景が繰り広げられている。一之瀬主導の元、順調に進んでいるようだ。間もなく夕食時なのでクラスメイトがほとんど集まっていると踏んでいる。そして目視で人数を数えれば、41人いる。ビンゴだ。

 

 その中でも積極的に働いている男性生徒がいる。小田君、とBクラスの面々には呼ばれているようだが、やはりBクラスの人間の対応に違和感を感じる。同じクラスにしてはよそよそしい。彼がCクラスの人間で間違いないだろう。

 

 まだ顔は一致していないが、この学年の名簿には目を通してある。一度見た文章は忘れないという特技があるので、思い出すのは容易だ。Cクラスの名簿を頭の中で思い出せば、ヒットする名前があった。小田拓海。間違いない、彼がCクラスの人間だ。他に小田という名字の人間はこの学年にいないのだから。

 

 これで私の想像の裏付けは取れた。もうここに長居している意味は無いだろう。スッと気取られぬように気配を殺し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「あのですねぇ、私の言った事、忘れました?」

 

 夕食前。女子などの調理組が料理中に私は冷たい声でそう問いかけていた。なお、今日の夕飯はカレーらしい。ルーはCクラス産である。ありがたい事だ。ジャガイモや玉ねぎもCクラス産である。有機農家・龍園翔みたいなのを想像し軽く笑ってしまった。まぁそれは良い。今はこの事態の収拾である。

 

 相手は坂柳派の男子である。彼の罪は1つ。Dクラスの人間から地図を盗んできたという事だ。正確には奪い取ったというところだろうか。そこにはDクラスが占領している分のスポット情報などが書いてある。しかし、一見有用なそれも、私がどのスポットをどこのクラスが占有しているか全て知っているため、無意味と化す。

 

「私は言ったはずですよね?他クラスと、事を起こさないように、穏便にと。違いますか?」

「……違わない、です」

「では、何故これは貴方の手元にあるのでしょう」

「それは……Dクラスの情報が少しでも手に入ればと思って」

「それで強盗していては意味も無いでしょう。誰から奪い取ったんですか、これ」

「確か……綾小路とか言う陰キャっぽい奴から」

「ご迷惑をかけておいて陰キャっぽいとは何と言う言い草。良いですか、一歩間違えればルール違反で大きな失点を被っていたのは私たちですよ!」

「それくらいにしてやってくれ」

 

 説教の途中ではあったが葛城が割り込んできた。しかし、ナイスタイミングである。このまま私がグチグチ言ってても良いのだが、ここは彼にしっかり存在感を出してもらおう。坂柳派でも庇う姿勢を見せれば寛容さがアピールできる。そして良くも悪くもこの試験で存在感を増した私に意見できるという意味でも勢力拡大に一歩役立つだろう。

 

「クラスの役に立ちたいという一心だったのだろう。方法に問題はあったが、その心意気までは責めないでやってくれ」

「しかしですね、ここで示しはつけないと後々に響きますよ」

「もう十分に反省してるだろう、そうだな」

「あ、あぁ……」

「はぁ~~まぁ良いです。もう、やってしまったものは仕方ないので。許しましょう。明日私が返しに行ってきますので、よく反省してください。それで不問にします。坂柳さんにも黙っておいてあげますから」

「あ、ありがとうございます」

「もう行っていいですよ」

 

 ペコペコ頭を下げて彼は手伝いに行く。余計なことをしてくれたと思ったが大手を振ってDクラスの偵察に行けるいい機会だ。起きてしまったものは仕方ない。これをいかに最大限活かすかがポイントだ。

 

「葛城君、仲裁ありがとうございます」 

「いや、大したことではない。気にするな」

「今後ともよろしくお願いします」

「ああ、勿論だ」

 

 出来たよ~という声が聞こえる。確かにいい匂いが漂ってきた。食事面では我々が一番キャンプっぽい事をしているような気がする。少なくとも栄養食に頼っているよりかは百倍マシだろう。

 

「なんか余りそうだね」

「男子が沢山食べるから良いんじゃない?」

「先生でも呼んで来れば解決じゃね?」

「あ、それ良いね!」

 

 確かに先生の飯はあんまり美味しくなさそうなカロリーメイトなどを食べていた。結構きついのは先生も同じかもしれない。

 

「私が呼んできましょうか?」

「お願いしまーす!」

 

 配膳担当の女子からお願いされ、洞窟を後にして先生の元へ向かった。先生は引き続き入り口のすぐ近くにテントを張っている。この時間にいるかは分からなかったが、普通にいたようだ。

 

「先生、よろしいですか?」

「ああ、諸葛か。どうした」

「ご飯、食べません?」

「どういう意味だ?」

「そのままですよ。今夜はカレーらしいんですけど、大分沢山作ってしまったようなので、是非とも先生にも消費にご協力いただけたらなぁと」

「だがしかし……」

「先生がクラスの手助けをするのは禁止されていますけど、先生にご飯を作るのは禁止されてないですよね?これは手助けでは無いので問題ないと思いますが。公平性と言う部分でも、慕う担任の先生に生徒たちが善意で、という事で何とかなるでしょうし」

「……そうだな、折角のお誘いであれば断るのも悪いだろう。行かせてもらう」

「ありがとうございます。皆さんも喜ぶでしょう」

 

 軽く荷物をまとめた先生はテントを後にする。鍵もかかるようだ。良い仕組みになっている。

 

「諸葛、昨日言っていた質問の内容、そのまま決行する気か?」

「ええ、そのつもりです」

「だが、昨日言い忘れた欠点も見つかったぞ。お前も気付いているかもしれないが、リーダー指名は自クラスのリーダーが行う。しかし、本土と連絡は取れない」

「ええ。ですがマニュアルにはこう書いてありました。『カタログ以外にもポイントで購入できるものはある』と。先生、リーダー指名を行う権利は幾らですか?」

「……本当のリーダー以外が他クラスのリーダーを指名する権利、と言う意味だな?」

「その通りです」

「そうだな……。その場合だと……30ポイントはするだろう」

「では、それを購入させて下さい」

「良いだろう。だが、誰に付与する」

「神室真澄さんに」

「神室だな。分かった。あとで引き落としておく」

「お願いします」

 

 そうこうしているうちに洞窟までたどり着いた。

 

「皆さん、先生を連れてきましたよ」

「ありがと~!」

「夕食を頂く前にお前たちに報告がある。点呼の時に言おうと思っていたが、坂柳の試験が終了した。無事クリアしたそうだ。その為、Aクラスには30ポイントが追加で付与され、他クラス同様300ポイントでのスタートと同義になる」

 

 口々に喜びの声が上がる。これで坂柳の面子も一応確保できただろう。それに、嫌がらせも成功し、ポイントも手に入った。良い事づくめだ。まぁまだ一仕事してもらうのだが。

 

「ほら~喜ぶの分かるけど、冷めないうちに食べて!」

「先生、これが先生の分です。どうぞ!」

「ああ、頂こう」

 

 調理班の女子たちから先生にもカレーの入った皿が渡される。それを口に運ぶのを調理班の面々はソワソワしながら見守っていた。

 

「どう、ですか?」

「うむ、美味しいぞ」

「「「やった~」」」

 

 舌の肥えている大人に美味しいと言って貰えたので安心しているのだろう。私も口をつけるが、確かにこれは美味い。Cクラスの金で買ったものだと思うともっと美味しい。今頃龍園は何を食べてるんだろうな。蛇か?そう考えると美味しさがどんどん上がっていく気がする。

 

 私がそんな最低すぎる感想を抱いている中、先生は生徒たちに囲まれている。普段あまり交流することのない堅物の担任だが、まぁこういう交流も悪くないだろう。これだって、キャンプというか課外学習の醍醐味である気がする。普段は見れない先生の意外な一面が見える、と言うのも。一番楽していたのはCクラスだが、一番充実しているのはAクラスと言う自信があった。

 

 

 

 

 

 

 結構な量を食べていった先生のおかげか、男子高校生の食欲のおかげか、鍋はすっかり空っぽになった。調理班の子たちが嬉しそうにしている。先生は、自分の分はしっかり片付けると礼を言って去っていった。

 

 そして片付けも終わると皆何かを期待するようにこちらを見ている。勿論、イベントはしっかり用意していますとも。

 

「え~、それでは皆さん、お揃いという事で。本日のイベントを始めましょう」

「「「「イエ~イ!」」」」

「こほん。では今日のイベントですが、外に出ます。普段夜は皆さんこの洞窟の中に基本いるので、外にはトイレくらいしか出ないと思います。ですが、折角人家のない無人島に来たのですから、それっぽい体験はした方が良いかなと」

「き、肝試しじゃないですよね?」

「やりたいですか?」

「結構です!」

「おや、残念。さて、話を戻しますが、一応危ないので最後方には葛城君が懐中電灯を持っていて下さい。そんなに長くは移動しませんけど。私が先導しますので2列に適当に並んで付いてきて下さい。ではレッツゴー!」

 

 ゾロゾロと夜道を歩いていく。一応足元に注意するように呼び掛けておき、安全面を確保。洞窟のある山の中腹から少し上がったところに開けた草原がある。そんなに広い訳ではないが、40人が過ごすには十分だ。

 

 最後方がやって来たのを確認し、灯りを消すように指示する。しかし、真っ暗闇にはならない。それもそのはず。しっかり空には星が出ているからだ。

 

「それではご覧下さい。都会にいると全く分かりませんが、これが天然のプラネタリウムです!」

 

 空を指させば一斉に視線が夜空に向かう。宝石箱をひっくり返したような満天の星空が輝いている。「すげぇ……」と誰かがこぼした。天の川もくっきりと見える。ド田舎に住んでいた身からすれば大して珍しくも無いのだが、ここにいるのは殆ど都会育ち。夜空を見上げても辛うじて一等星が見えるか見えないかくらいの感じだったはずだ。

 

「じゃあちょっと解説でもやりましょうか。え~まずあそこにあるでっかい星がデネブです。そこからスーッと移動してあの辺にあるのがアルタイルですね。三角形を作っている最後の一個ベガはあっちです」

 

 夏の空は冬に比べれば水蒸気の関係で星が見えにくいが、それでも今日はよく見えている。明日の天気は多分曇りっぽい晴れだろうと思われるので今日のうちにやってしまいたかった。

 

 プラネタリウムの解説員みたいな感じで説明していくと、皆の視線が移動して行ってるのが分かり面白い。

 

「怖いくらい綺麗ね」

 

 隣にいた真澄さんはそう言う。視線は天の川に注がれている。

 

「パレットと絵筆が欲しいくらい」

「吸い込まれそう、と思えてくるだろ?」

「そうね……私の画力じゃこの綺麗すぎるからこそ怖い、みたいな感じは表現できないかも。ゴッホが星月夜を書いた時の気持ちが少しだけ分かる気がする」

「それは精進あるのみだなぁ。ま、その感性は大事にした方がいいね」

「こんな空……初めて見た」

 

 彼女の目は感動していると共に画家の目になっている。次の作品は期待できるかもしれない。

 

「なんか、夏の大三角みたいな歌無かった?」

「あ~なんだっけ」

「アニメのなんかで使われてた気がする」

「『君の知らない物語』ですね?」

「あ~それ。金田君、詳しいね」

「アニメ・『化物語』のエンディングでしたね。作者はあの名曲ボカロソング『メルト』の作者と同じです。懐かしいですねぇ」

 

 金田はどうやらアニメ好きのようだ。私も一応知ってるのだが。

 

「私、その歌知らないんだけど。アンタ知ってる?」

 

 真澄さんは意外とアニメとかは見ないタイプなのかもしれない。私は日本の習俗を学ぶために有名どころは一通り見た。表現力や画力、アニソンに至るまで名作にはその理由があった。規制をかけてる本国は何してるんだろうと複雑な気持ちになったのを覚えている。

 

「まぁ一応。え~、『あれがデネブ、アルタイル、ベガ』 君は指さす夏の大三角 覚えて空を見る。ってやつですよね?」

 

 全員の目線がこちらに集中する。いきなり視線を向けられてちょっとビビってしまった。そりゃ急にそうされたら誰でも驚く。

 

「アンタ……歌上手いわね」

「まぁ、苦手では無いですよ」

「フルで聞かせて!」

「聞きてぇ!」

「「「孔明!孔明!」」」

 

 謎のコールが起こる。本来はこうする予定では無かったのだが、期待されたのならば断わるのも野暮だろう。

 

 それに、本国時代に嫌と言うほど練習させられた覚えがある。あのクソみたいな組織だったが、個人の個性を徹底的に伸ばすという点ではとても優れていたと思う。まぁそれでも酷い場所だったが。私は統率者たるように育てられたが、こういう芸術面の技能もやらされた。美術より音楽に適性があったのでそっちを重点的にだが。

 

「では、ご期待にお応えして。行きます」

 

 アカペラなのでリズムが取りずらいが、それくらいなら何とかなる。息を吸い込んで、歌い始めた。

 

 

 

 

「~夜を越えて 遠い思い出の君が 指をさす 無邪気な声で」

 

 歌い終われば拍手が起きる。泣いてる人もいるのは流石にちょっと予想外だったが、中学時代の失恋の悲しみを思い出したり、アニメの感動を思い出したり人によって様々だった。あの葛城が涙ぐんでいるのはギョッとしたが。何でもこの歌の主人公の気持ちに共感させられたらしい。

 

「「「「アンコール!アンコール!」」」」

 

 響くアンコールの声。その後、喉が枯れるまで星空ライブをやらされた。まぁ、クラスメイトが楽しかったのならそれで良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5日目。折り返しも終わり、残すところ今日を入れて後3日。最終日は半日だけなので、実質後2.5日だ。モーニングルーティンは変わらない。だが、今日は点呼の後、スポット占有を済ませた後に行く場所がある。昨日我がクラスメイトが奪ってきた地図を綾小路に返し、その上で偵察を行うという仕事だ。恐らくDのリーダーは堀北だと思っているが……違う可能性もある。一応チェックしておきたい。

 

 森の中を抜けていくと、川がある。その上流の方がDクラスのスポットなのは知っていた。その為、川を遡って歩いていく。昨日の夜に龍園を発見した。地べたに寝転んでいる姿は少し可哀想でもあったが、まぁ自分で選んだ道だ。好きにすればいい。これで島に残っているCクラスのメンバーは龍園、金田、小田、伊吹の4名になる。誰がリーダーかは最終日までにリタイアした人間を考えれば分かるだろう。

 

 川に沿って歩いていれば開けた場所に出た。ここからはDクラスの占有地。勝手に使用して怒られたくはない。なので、声をかけることにした。

 

「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」

 

 全く反応がない。おかしいと思いながら占有地の中を進む。すると、向こうの方から声がしているのに気が付いた。どうやら集合しているらしい……がどうにもただ事ではなさそうだ。剣呑な雰囲気が漂っている上に男子と女子で真っ二つだ。

 

 どうしたものかと思ったが、これは正直私の知った話ではない。Dクラスに何か問題が起きていたとしても、それは私の用事とは無関係な話だ。さっさと渡すものを渡して帰ろう。

 

「男子は信用できない!このまま同じ空間なんて……絶対無理……!」

「でも、男女が離れて生活するのはちょっと問題じゃないかな……。試験はもう少しで終わる。だからこそ、僕たちは仲間なんだから信じあい、協力し合わないと」

「……それはそうだけど。でも下着泥棒と一緒の場所なんて耐えられない!」

 

 あそこで宥めているのが恐らくDクラスの中心人物の一人、平田洋介だろう。あのギャルっぽい金髪の子は誰だろうか。名前と顔が一致していない弊害が出ている。ともあれ、状況は察した。下着泥棒が出て、男子が疑われているという事だ。周りを見渡せば興味なさそうにしている堀北と……女子がもう一人。あれがCクラスの伊吹だろう。さて、用事をとっとと済ませるか。

 

「すみません」

 

 Dクラスの面々の視線が一斉に背後にいた私に突き刺さった。

 

「お話し中申し訳ありません。先日、私のクラスメイトがこちらのクラスの方にご迷惑をおかけしてしまったという事ですので、謝罪に参った次第でございます。綾小路君はいらっしゃいますか?」

「ねぇ、話してるの、分からない?」

「ですから、しっかり断った上でお声かけしたんですけれどね」

 

 ショートヘアの気の強そうな女子が食ってかかるが、それに櫛田が耳打ちをしている。

 

「え、じゃああの人が孔明先生?ウソ……!」

「お初にお目にかかります。Aクラス所属、諸葛孔明と申します。Dクラスの方々におかれましては以後、お見知りおきを」

「そ、そう……。ゴメンね、いきなり怒鳴って。綾小路君、行ってあげたら?」

「……ああ」

 

 気の強そうだった子は急に声がしぼみ、チラチラこちらを見ながら謝ってきた。何が作用したのかよくわからないが、取り敢えず綾小路を借りれるならそれで良いだろう。近くの森の中へ行く。

 

「先日、うちのクラスの者が貴方の所持品を持っていってしまったこと、深くお詫び申し上げます。一応現物は返却させて頂きます。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。当人も深く反省させましたので、どうか私の顔に免じてお許しいただければと思います」

「いや……別にそこまでではないからな。返してくれるならそれで良い」

「ありがとうございます。何か、お困りですか?」

「軽井沢の下着が盗まれたとかでな。今朝からあの調子だ」

「持ち物検査でもすれば良いのでは?」

「それはもうした。結果、どこからも出てこなかった」

「対象は男子だけですか?」

「そうだ」

「なるほど……綾小路君的にはこの事件、どう見ます?」

「オレの意見か?大したものはないが」

「それでも構いませんよ」

「そうだな……男子が犯人にしてはお粗末すぎる。盗みたければ機会はいくらでもあったし、隠す場所だっていくらでもある」

「同感ですね。貴方は犯人じゃないでしょう?」

「ああ」

「でも疑われている」

「ああ」

「ところで話は変わりますがDクラスのリーダーは堀北さんですか?」

「……どうだろうな」

 

 ビンゴ。まぁそうだろうなぁと思ってカマをかけたが正解のようだ。目の動きを見れば分かる。ほんの一瞬、堀北の方を向いた。だが、一つ疑問が残る。

 

 私は先日の暴力事件を解決に導いたのは堀北ではなくこの眼前にいる無表情な男だと思っている。もし、そうだとしたら、どうしてバレるような真似をした?答えはバレて欲しいから。正確には今この段階ではバレても全く問題ないから。つまり彼の戦略もリーダーリタイア。これによってリーダー当てを防ごうという算段だろう。だから私の思考を誘導しようとわざとトラップに引っかかった。

 

 勿論、これは私の思い過ごしの可能性もある。堀北の体調が悪いのは見れば分かったが、とは言え、最終日まで持たないほどとは言えない。どちらにしろ確認が必要だろう。明日は張り込みだな。

 

「すみませんね、急に変な事聞いて」

「いや、これもクラスのためだろう。気にするな」

「しかし……うるさいですねぇ」

 

 まだキンキンとした声で女子と男子が争っている。まぁどうでも良い事だ。綾小路を連れてまた争いのど真ん中に戻った。

 

「それでは私は失礼します。お忙しい中失礼しました」

「ああ、うん。気を付けて」

 

 平田に言葉をかけられる。なるほど、彼はモテそうな善人感が漂っている。同時に平和主義者の側面も見えたが。こういう揉め事には弱いタイプだろう。Dクラスの面々に頭を下げ、その場を後にした。

 

 収穫は大いにあった。Dクラス。やはりただの落ちこぼれの集まりではないようだ。

 

 

 

 

 

 クラスに戻れば、いつものルーティン通りに皆が行動している。そんな中私はCクラスの金で買ったプラバンと持ってきた筆記具で工作をしていた。偽装キーカード制作である。

 

「何してんの」

「作ってワクワクってやつですよ」

「その番組、結構前に終わったわよ」

「……え?」

「え、じゃなくて」

 

 情報をアップデートできていないことにちょっとショックを受けながら、工作をする。そうだ、と思い真澄さんにDクラスの状況を話した。

 

「ふーん、下着泥棒ね」

「さて、真澄さん。誰が犯人だと思いますか」

「誰って言われてもね。容疑者は5パターンでしょ」

「続けて」

「1つのパターン目は男子が犯人。2つ目のパターンは女子で、その軽井沢って子に恨みを抱いている人が犯人。3つ目は嫌いな男子がいて、そいつに罪を擦り付けたい軽井沢って子の自作自演。4つ目は伊吹っていうCクラスの子が犯人。5つ目はそれ以外」

「ふむ。良いじゃないですか、ワトソン君」

「5つ目はもう分からないから飛ばすけど、それ以外は正直絞れなくない?」

「こういった犯人が分からない場合、大事なのは Who done it(誰がやったのか)では無くて Why done it(何故やったのか)です。そうすればおのずと答えは見えてきますよ」

「何故……軽井沢が嫌いとか性欲とか?でも最初の動機でも最後の動機でもやろうと思えばいつでも出来たわけだし、何も今日やる必要はない。それに、Dクラスが負けたら被害を被るのは自分も一緒な訳だし、お粗末すぎる……。だとすると、被害を受けず、男子でもないから疑われにくくて『Dクラスの混乱を望んでいる』が動機になる……犯人は伊吹って子?」

「パーフェクト。ほぼ99%彼女だと踏んでいる。素晴らしいねぇ、良い推理だよ」

「はいはい。高育のホームズさんに褒められたのなら光栄です」

 

 しかし、思考回路がしっかりしてきている。始めに比べればかなり成長していると言えるだろう。これならばより有能な部下になってくれること間違いないだろう。その分、裏切られないように繋ぎとめておく必要がある訳だが。

 

「そうだ。明日はいよいよ私がいなくなる。偽装リーダー、よろしく頼むぞ。ついでに今から打ち合わせをする。覚えて必ず実行してくれ」

「分かった」

「まず……」

 

 

 

 全部の内容を話終わると彼女は苦い顔をしていた。

 

「それ、ホントに上手くいくの?」

「私を信じろ。これでどれだけ他クラスが巧妙に動いても必ず看破できる」

「……分かった。任せておいて」

「頼んだぞ、相棒」

「はいはい」

 

 パンと片手でハイタッチする。これで万全だ。丁度偽装キーカードも出来上がった。本物と見まごう形になっている。抜かりはない。スパイである金田もクラスに上手く溶け込みつつ、様子を窺っている。私に言わせれば、学生としては上手い方だが本職には到底かなわない。そしてこちらがその本職なのだ。

 

 

 

 

 

 

 その後、5日目は何事もなく終了した。やはり順調だ。物事が順調だと気分がいいが、それでも油断はしない。好事魔多し、とも言うからだ。

 

「それでは今日のイベント、Cクラスの金でかっぱらってきた花火で花火大会をしまーす!」

「「「「イエーイ!!」」」」

 

 色とりどりの火薬が宙を舞う。良い感じに洞窟の水もあるし、蝋燭も残りがある。線香花火に火をつけて精霊流しでも歌おうとしたらすぐ消えてしまった。ムッとしてどこのメーカーだよと思い、裏を見たら中国製と書いてある。何と言うか、こう、複雑な気持ちだった。最後には金田撮影で先生も入れた集合写真の撮影も行い、無事に6日目を迎えるのだった。




今回の最初の言葉はまぁ名言では無いですけど、結構巷でも有名な一節だと思います。語感と言いなんかこう忘れられない気がします。

ホワイトルームでも歌は教えるようで、綾小路君も上手いです。採点では100点を出せるでしょう。ただし、人を感動させることは出来ません。感情が籠ってないですからね。

反対に孔明は感情を良く知っていますし、人間っぽさは明らかにホワイトルーム生よりあるので、正確性は99点ですが歌手デビューできるのはこっち、みたいな感じをイメージしてます。

なんとかアニメに追いつきたいので今週中に無人島編は終わらせる予定です。後2〜3話かな?と思っています。
 
最後になりますが3000人近くの方に登録していただき、驚きつつも感涙にむせび泣いております。どうぞ、今後とも宜しくお願いします!


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25.最終作戦

最も多くの人間を喜ばせたものが、最も大きく栄える

 

『徳川家康』

――――――――――――――――――――

 

 そして運命の6日目を迎えた。この日の行動で全てが決まる。まずはいつも通り深夜のスポット占有。そして朝を迎えるのだが……この時の行動パターンをいつもと変える。ここからは私の演技の腕の見せ所だ。

 

 深夜のスポット占有の際に、軽く雨が降っていた。今日明日には雨だと思ってはいたが割と早かったようだ。そして私はしっかりと雨に打たれている。これは好都合だ。

 

 まずは普段通りに朝ご飯を作る。そして叩き起こす。それまでは普段と同じ。ここからが勝負だ。まず、普段は何も装備せずに食事を作っているが、今日はタオルでマスクを作ってそれを装備する。そして時折咳をしておく。心配されても大丈夫で通し、朝飯を抜く。これで完璧。あとは真澄さんの演技に期待だ。

 

「ゲホゲホ……さて、今日が実質的な最終日です。昨日の深夜、雨が降りました。恐らく今日の午後からは雨です。なので、午前中の探索はほどほどにしておきましょう。午後は一応室内で出来る事を用意していますので、そちらを行ってください。では、ゲホッ!……お願いします……」

「孔明先生、大丈夫……?」

「そうだぞ、ゆっくり休んでいてくれ」

「いや、しかしそういう訳には……!」

「はいはい。コイツの面倒は私が見ておくから、皆は言われた通りにしない?」

「そうだな。取り敢えず、諸葛のことは神室に任せておこう」

 

 私が食い下がる素振りを見せれば真澄さんのアシストが入った。何かを察した葛城のサポートもあり、自然と休める状態になる。午前の食糧確保組、と言ってももう半分フルーツゲットと魚釣りに終始している感じだが、彼らが出かける。洗濯組も、今日はもう洗うものは特に無いので、外に出て貰った。

 

 その後、全速力で朝のスポット占有を済ませてしまう。そうして洞窟に戻れば、まだ誰も帰ってきていない。当然と言えば当然だが、好都合な事だった。これでもう一回打ち合わせが出来る。

 

「よくやってくれた。これからは手筈通りに行くぞ」 

「分かってる。まず、アンタが熱を出して、咳も酷いっていう状態になる。それで、リタイアするって皆に宣言する。その後、私が偽のリーダーになる。指揮は私と葛城が執る。で良いんでしょ?」

「その通りだ。大事なのはこの時、私はまだリーダーだという事。午後と深夜のスポット占有までは私はこの島に残る。リタイア時には真澄さんと私で先生のところへ行くという名目で外に出る。そうすればリタイアを疑う者はいないだろう。金田も騙せる」

「それで夜まで島に潜伏して、金田とB、Dに潜んでるCクラスの生徒のリタイアを見届ける。そうしたらアンタが私に各クラスのリーダー指名の指示を書いた紙を深夜に渡して、リタイア。この時に本当のリーダーを指名する。これでOK?」

「ああ、その通りだ。お前の演技とアシストにかかっている部分も大きい。くれぐれも頼んだぞ」

「分かってる。午後4時のスポット占有の時、ここはしないんでしょ?」

「ああ。その通りだ。だが、深夜の時はしようと思ってる」

「分かった。取り敢えず、アンタはここで寝てな」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、睡眠して時間を過ごす。なに、風邪気味の演技など容易い。やろうと思えば自分で肩を外したりもできる。それに、実際に熱があるか測るための体温計は無く、触る役を真澄さんにやらせればいい。そうすれば誰も私を疑わないだろう。なにせ私はこれまで多くの信頼を積み上げてきた。それの成果を見せるときである。

 

 時間はすぐに経過し、正午近くなりクラスメイトが戻ってくる。その時私はビニール袋を枕にして、ジャージを掛け布団代わりにし、寝ているふりをしていた。額には水で濡らしたタオルを設置。どう見ても病人だ。

 

「体温が高い。多分、38度近いと思う。ほとんど不眠不休で働いてたから無理はないと思うけど……これ以上は危険かもしれない。リタイアさせてあげて欲しいんだけど」

「……俺としては賛成だ。諸葛はここまで良く戦ってくれた。坂柳の分が相殺されてしまうが、元々は存在しなかったモノを諸葛が交渉で引き出してくれたものだ。ポイントには十分な余裕がある。これまでの働きに感謝こそすれ、リタイアを責めるのは筋違いだろう」

「俺も良いと思うぜ。誰だってこういう事はあるからな」

 

 真澄さんの嘆願に対し、すぐに葛城が頷いた。それに追随するように橋本も続く。あまり葛城が出張ると主導権を握られかねないと思ったのだろう。だが私にしてみればナイスアシストだ。これにより、2大派閥の巨頭と、最小派閥ながらもここまで試験を導いてきた私の側近がリタイアを許可したことになる。これに表立って反対すれば自分が悪者だ。そうなりたい者はいないだろう。

 

「そういう訳だから、運営のところに一緒に行くよ」

「……申し訳ありません、皆さん。出来れば、こんなところで終わりたくなど無いのですが……ゲホッ!ゲホッ!」

「気にすんなよ!」

「船でゆっくり休めよな!」

「後の事は任せてね」

「皆さん……ありがとうございます。午後は、Cクラスのポイントで貰ったプラバンで昨日のうちにトランプを作っておきましたので、それを使ってください。あと、スイカ割り用に、そこら辺で冷やしていますので、そちらを……ゲホッ!」

「はいはい。分かったから。早く行くわよ」

「後の事は葛城君と橋本君、それから真澄さんにお任せします……皆さん、彼らの指示を守ってくれぐれも軽率には動かないように……それでは……ゲホッ!」

 

 何も知らないクラスメイトに見送られながら、真澄さんを伴ってヨタヨタと洞窟を後にした。若干罪悪感があるが、これも勝つための戦略。暫く歩くと、雨がポツリポツリと降り始めてきた。

 

「真澄さん、ここまでで結構。これから私は潜伏します。どうかよろしく」

「了解」

「期待してますよ」

「ま、それなりにね」

 

 頑張って、と言い残し、彼女は手をヒラヒラ振りながら洞窟に向かって戻って行った。さて、ここからである。まずは森の中で午後4時まで待機し、スポット占有を行う。この際洞窟内の物は物理的に出来ないので諦める。

 

 

 そしてそれが済んでから移動した。龍園がリタイアしていないのは知っている。金田が行動を起こすとしたら今夜だろう。それも恐らく深夜。朝起きたらもぬけの殻……という寸法だろう。そして恐らくDクラスも今日の夜の点呼を終えた段階くらいで堀北がリタイアするはずだ。リタイアするためには船のすぐ近くにある運営のテントに行かねばならない。必ずそこを通る。つまり、そこを見張れば誰がリタイアしたのか分かるという事だ。そして、それを見張るための良い場所がある。

 

 

 

 

 それは海である。誰もいない無人の小屋。管理用の資材などを置くためか、それとも昔の島民の残滓か。その辺は分からないが、海辺にあるその小屋で持ってきた荷物を開く。中には水着。これに着替え、服や装飾品(時計以外)を一式そこに置いた。ここは誰も来ない場所。だからこそ、隠れ家にしたりするには最適だ。龍園はここから見て島の反対側にいる。まず間違いなくここへは来ない。

 

「さて、行きますか」

 

 そう呟いて徐々に波の高くなる海へ飛び込んだ。黒い海水がうねっているが、まぁこれくらいならどうとでもなる。泳いでいけば、運営のテントを監視できる岩場に着く。ここで潜伏していれば、その内現れるだろう。一般人なら気の遠くなるような時間に感じるかもしれないが、待つのは得意だ。息を殺しながらその時間を待った。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 諸葛孔明が去った後の洞窟内はあまりいい雰囲気と言う訳では無かった。とは言え、ここで揉めたりしてはこれまで頑張ってきた孔明先生の意思が無駄になる。流石にそれは恩知らずにもほどがある。そう思ったAクラスの生徒たちは最後にやろうと企画してくれていたイベントであるスイカ割りをしたりして、思い思いに楽しんでいた。

 

 しかし、万事順調とは流石にいかない訳で。ここにも揉め事の火種が発生しつつあった。原因は簡単。元々そんなに仲の良くない、と言うより今回の試験方針をめぐって争っていた神室真澄と戸塚弥彦の論戦だった。葛城を差し置いて指示を出していることの多い神室に対し、戸塚が突っかかった事が全ての始まりである。

 

「なぁ、お前、何で葛城さんより偉そうに命令してるんだよ」

「は?いや、アイツに頼まれたからだけど。それともなに、ご不満でもある訳?それに偉そうにしてたつもりは無いんだけど。気に障ったならごめんなさいね」

「そういう態度だよ。そもそも諸葛の腰巾着の癖して」

「それはあなたも同じじゃないの?ブーメラン、刺さってるわよ」

「そもそも、その諸葛だって結局リタイアして、口先だけじゃないか。そんな奴の配下にいるお前が信用できると思うのか?」

 

 この時クラスメイト達はプチっと神室真澄の中で何かがキレる音が聞こえた。いや、正確には聞こえるはずも無いのだが、集団で幻聴に陥っていた。無言で戸塚に近付いた神室の繰り出したグーパンチが横っ面にヒットする。続いて追撃をかまそうとしている彼女を、流石にヤバいと思った橋本が止めに入った。

 

「ちょっと、離して!」

「ここまでにしとけ、な。気持ちはわかるけどよ。ここで大事になったら孔明センセの意思も無駄になっちまう。それを、お前がやるっていうのはダメだろう?」

「……そうね、ごめんなさい」

 

 制止され大人しくなる神室。見事に不意打ちを食らい吹っ飛んだ戸塚だが、ほとんどのクラスメイトは「神室さん、グーでいったな」「グーパンチだよ、怖いなぁ。怒らせないようにしよ」「神室ちゃん、メッチャキレてるじゃん」「そりゃそうだよなぁ……孔明先生馬鹿にされたらそりゃ怒るだろうに……」と言った感想を抱いており、特に被害者を心配している様子が無い。

 

 なお、教員しか知らない事だが、神室真澄の運動能力はあの堀北と同じ位である。流石に武道経験で差が出るが、同じくらい高度な身体能力を活かして振るわれたパンチは可愛らしいものでは到底なかった。神室としては今までも今も身を挺して頑張っている相手に何をどういう思考回路をしていたらあんなことが言えるのか。お前が一体どんな貢献をしたんだよ。という思いで一杯であり、それ故に凶行に及んでいた。

 

「お前……!お前、これは暴力行為だぞ」

「戸塚、その辺で止めとけ」

 

 ここで葛城派の男子、町田が止めに入った。葛城自体はどう処理するかを考えつつ、趨勢を見ている。

 

「今のはどう考えてもお前が悪い。確かに葛城さんが指揮を執れなくてお前の中で不満が溜まっていたのは理解してる。だけど、それを神室さんにぶつけるのは違うだろ。それに、お前だって諸葛の恩恵を受けてたじゃないか。俺たちは少なくともこの試験中は派閥とかを気にせず、多分他クラスよりも圧倒的にいい思い出を作れた。違うか?」

「それは……」

「戸塚、素直に謝れ。お前が先生に報告するのは勝手だが、少なくとも俺はその時戸塚が勝手に転んだだけだと証言する。俺を嘘つきにさせないでくれ」

「葛城さん……」

 

 戸塚は最後に頼みの綱である葛城に頼った。ここで戸塚をかばうか否かで今後の趨勢が大きく変わる。それを理解している葛城は組んでいた腕をほどき、戸塚に向き合って言った。

 

「弥彦、素直に謝るんだ」

「え……」

「暴力に及んだ神室に問題があるのは事実だ。だがその発端はお前にある。謝罪すべきがどっちか、それは一目瞭然だろう」

「…………すみませんでした」

「ま、私も殴って悪かったわよ。私のことは嫌いでも良いけど、仕事はしてよね。それじゃ、この件は終わりでお願い。皆もそれでいい?」

 

 神室の問いかけに周囲は頷き解散の雰囲気になる。ここで戸塚を叱れたのは、葛城にとっては大きな事だった。時には厳しくするのも優しさであるという事を、葛城は孔明を見て感じ取っていたのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 待つ事数時間が経過する。時刻は時計を見れば午後7時58分頃。遠くに人影が見えた。岩場を降り、潜水態勢に移行。その後、夜の真っ暗な海に紛れ、視認できる距離まで近づく。そこには堀北を抱えた綾小路がいた。その顔はいつも通り、無表情なまま。堀北の様子から見るにかなり高熱が出ているようだ。

 

 運営陣もバタバタと動き回り、堀北は担架に乗せられ船へ戻って行った。綾小路がキーカードを受け取っているのが見えるが、誰がリーダーかは流石に分からない。それに、リーダーをランダムで決めてもらうように学校側に頼んでいたら、推理は困難だ。ともあれ、Dクラスのリーダーを指名してはいけないという事が分かった。

 

 どんどん風と波が強くなる。綾小路も流石にこんな環境にいるとは思わないだろうし、そもそも海に視線を向けすらもしなかった。気付かれた気配は皆無。であれば問題ない。彼の姿が完全に森に消えるのを待って、また岩場に戻った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 Aクラスの諸葛の契約を断られた俺は、作戦を切り替えた。元々はプライベートポイントを継続的に手に入れる目的だったが、それは出来ない。とすれば、リーダー当てに全てをかけるしかない。そしてその為にまず初日に伊吹と小田を使ってそれぞれD、Bに潜入させた。

 

 その後、諸葛率いるAクラスに乞食されるという予想外の事態もあったが、その時に金田を送り込むことに成功した。あとは豪遊し、適当なタイミングでクラスの奴らを船に戻す。ポイントは0になっていたから、当然その分のペナルティは受けない。

 

 そして俺は1人、島に潜伏した。それから今日まで待った。6日目の深夜。キャンプを抜けだした伊吹や金田、小田と合流する。トランシーバーを持たせ、それぞれのベースキャンプの近くに埋めさせていたから合流は簡単だった。伊吹は途中で脱走を咎める鈴音に捕まったらしいが、撃退できたと言っている。それなら問題ないだろう。鈴音は真面目ないい子ちゃんタイプだ。その上孤立型。誰にも頼れず終わるだろう。

 

「Bクラスのリーダーは白波千尋です」

「確かなのか」

「確認は出来ました」

「ならそれでいい。所詮、雑魚は雑魚だな。それで金田、Aはどうだ」

「はい、Aクラスのリーダーは諸葛氏でした」

「でした?」

「はい。本日の正午頃、体調不良という事で諸葛氏がリタイアしました。今のリーダーは神室真澄と言う生徒です」

「そうか」

 

 そこで俺は疑問を抱いた。あの諸葛が何もせずにリタイアするか、という事だ。当然答えは否だろう。

 

「おい金田。その神室とかいう女がスポット占有をする瞬間は見たか?」

「いえ……確かにそう言えば、諸葛氏はいつも皆の前で堂々とスポット占有をしていました。確か、午後の4時にいつもしていたのですが、それを神室氏はしていませんでした」

「キーカードは?」

「彼女のポケットからチラッと覗くのが確認できました。名前しか見えませんでしたが、MASUMIと書いてあったので間違いないかと」

「諸葛がリタイアするところは誰か見たか?」

「いえ、その神室氏が付き添いに行っただけで……」

「見てねぇ、そうだな?」

「はい」

「教師は何か言っていたか?」

「いえ、特には」

 

 なるほど、それなら合点がいく。あの不気味ないけ好かない奴の思惑が読めた。諸葛はリタイアしていない。リタイアしているように見せかけて、この島のどこかに潜伏しているはずだ。金田がスパイであることを見抜いていたからこそ、それを利用しようと目論んだ。そして神室を指名させてポイントを削ぐつもりだ。

 

 誰もリタイアの瞬間を見ていない上に教師からの言及も無いのは流石に不自然だ。それに、昨日まではピンピンしていたと金田は言っている。十中八九それで間違いない。神室真澄は偽のリーダーだ。大方キーカードも偽物だろう。Cクラスの金でAクラスが乞食していた時の履歴にプラバンがあった。何に使うのかと思っていたが間違いない。これに使うためだ。

 

 つまり、Aクラスのリーダーは諸葛孔明。これで決定だ。

 

「お前たち、ご苦労だった。リタイアして良いぞ」

「ありがとうございます」

「し、失礼します」

「……フン」

 

 三者三様の反応で帰っていく。これで俺たちCクラスは150ポイントを得て、ボーナスポイントも合わせれば180近い。反対にA、B、Dはボーナスポイント無効の上に50ポイントは確実にマイナスだ。どのクラスも大体150~200くらい残っているはずだから、これで完全勝利とまでは行かなくても最下位は無いだろう。

 

 あのすかした諸葛の顔に衝撃が刻まれるのを想像して、俺はほくそ笑んだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 担任である茶柱に退学云々で脅されたオレは仕方なくこの試験を乗り越える方策を考えた。最初はスポット占有を地道にやる事を考えていたが、Aクラスに偵察に行ったときに考えを改めた。

 

 あの諸葛がこうもあっさりとキーカードを見せてきたのには理由があると思っている。勿論、Dクラスとの契約があると思って油断している可能性はあった。しかし、あの契約をもう一度見直せばあれはDクラスではなく堀北個人と諸葛との契約になっている。という事は、堀北がAクラスのリーダー指名を行えば契約違反だが、そうでないなら問題は無い。説得義務はあったがそれに関する正否に関しては契約にない。

 

 それならばと思い、まずはBクラスを探る事にした。Bとの協力関係は役に立つかとも考えたが、実際Bクラスが今まであまり役に立ったためしはない。それに、組むならばAクラスだ。Aクラスは一見最大の敵のようだが、だからこそその手法を学び上手く利用することができる。諸葛孔明が今回のように試験を率いるならば、それこそしばらくは協力関係を築けるはずだ。諸葛はどういう訳かDに好意的だからという理由もあるし、堀北を成長させるにはああいうのが近くにいた方がいい。それに、AにとってDは一番敵対の可能性が遠い。すなわち脅威ではないと思われているはずだ。だが、オレの進退もかかっている以上、手は抜けない。出来る事なら全クラスを攻撃したかった。

 

 そう思いBに偵察に行った。その時にリーダーを探したが、それはすぐに分かった。あの一之瀬に告白した相手、白波千尋という生徒だ。平静を装っていたが、一之瀬や他の生徒に比べ明らかにオレや堀北への警戒心が強く見えた。それに動揺と焦りも。バレないように必死になっていることが、かえって裏目に出ていた。

 

 そして伊吹がスパイなのは分かっていた。龍園のところへ偵察に行ったときに、龍園の側にあったトランシーバーと同じものがDクラスのベースキャンプの近く、俺たちが伊吹を発見した木の根元に埋まっていた。つまり、同時に龍園も島に残っていることを意味する。

 

 なので、堀北の体調が限界になるのを見計らって、山内を誘導。山内が好意を向けている佐倉のアドレスを教える事を交換条件に、堀北を汚させ、水場へ移動させ、伊吹がキーカードを確認するタイミングを作った。その後わざとマニュアルを燃やし、火事騒ぎを演出。それに乗じて伊吹が脱出するよう仕向けた。

 

 そして堀北を誘導して伊吹を追わせ、体力の限界になるようにした。倒れた堀北を背負い、移動。そしてリタイアさせる。砂浜に着けば、教員が気付いて近寄ってきた。

 

「ここへの立ち入りは禁止だ。失格になるぞ」

「急患です。彼女は熱を出して今は意識を喪失しています。すぐに休ませてあげて下さい」

 

 教員は堀北を一瞥して、担架を持って来させる。

 

「彼女はリタイアという事で良いんだな」

「それで問題ないです。ただ、1つ確認させてください。今はまだ8時前ですので彼女の点呼は無効ですよね?」

「……確かに。ギリギリそうなるな。だがお前はアウトだぞ」

「分かっています。それともう1つ、リーダーの交代をお願いします」

「分かった。誰にする」

「綾小路清隆でお願いします」

「良いだろう」

 

 すぐにキーカードが作られ、渡される。

 

「それではオレはこれで試験に戻ります。彼女をよろしくお願いします」

 

 この場に留まる訳にも行かないので、ぐしょぐしょの格好のままキャンプへ戻る。これでDクラスは堀北のリタイアで30ポイント、オレの点呼不在で5ポイントを失った。

 

 帰り道でAクラスについて考える。Aクラスが取っている戦略の可能性は3つ。1つは敢えてそのまま諸葛がリーダーを務めて心理の穴を突く。2つ目は諸葛もリタイアして誰か別の生徒にリーダーを託す。3つ目は龍園対策で1回リタイアしたフリをしてスパイを騙し、実はリタイアしていないというものだ。龍園がAにスパイを送り込んでいない訳がない。だとすれば、諸葛はそれを逆に利用した可能性もある。

 

 だがどれも確証が持てない。何1つ証拠も無いのでは、迂闊な指名は避けるべきだろう。この選択肢を幾つも作り、迷わせ、結果的に指名を避けさせるのは諸葛の戦略と見てまず間違いない。考えれば考えるほど思考の坩堝にハマるように出来ている。

 

 

 

 

 オレは今まで「最後にオレが勝っていればそれでいい」と考えてきた。堀北も、櫛田も平田もそれ以外も、その為の道具でしかないと。だが今回の一件と言い、諸葛を見ていて思わされる。オレにとっての「勝利条件」とは何かを。結果が全てで、過程などどうでもいい。あらゆる犠牲を払ってでも自分が勝つ。それがホワイトルームの教えだったし、オレが今まで10数年実行してきた事だった。

 

 だが諸葛はどうだ。何一つ犠牲を出さず、勝利しようとしている。恐らく今回の試験の勝者はAクラスになるだろう。龍園では諸葛の戦略を見抜けない。多くを導き、教導し、勝利する。過程も結果も同時に得ようとしている。

 

 ホワイトルームから、あの男―オレの父親から逃れるためにここに来た。あそこでの教育を否定したいとも思っている。にも拘らずオレのしてきた事はあそこでの模倣、延長に過ぎない。もし本当に否定したいのならば、あの男のやり方では無く、もっと違う方法での勝利が必要なのではないか。そう思わずにはいられない。

 

 堀北に仲間が必要だと、そう言った。道具ではない、真の仲間が必要なのは、オレなのかもしれない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 深夜、またしても運営のテントに人がやって来る。岩場から降り、もう一度接近した。顔はすぐに確認できた。金田がいる。そして小田も。もう1人いる女子、あれが伊吹だろう。全員Cクラスのスパイだ。彼らは教員と何かを話した後、船に戻る小型船に乗っていく。その中に龍園の姿は無い。

 

 島に残っていたCクラスの人間はスパイの3人と龍園の計4人だと調べはついている。その為、この時点でCのリーダーはやはり龍園であると分かる。早速服を置いていた小屋に戻り、着替える。そのままぬかるんだ夜の森を疾走する。不快ではあるが、ベトナムのジャングルとかよりは百倍マシだ。

 

 最後のスポット占有を済ませ、洞窟へ辿り着く。全員スヤスヤと寝ている。そこのスポット占有も行い、真澄さんのテントのチャックを開け、寝ている彼女の横に置いてある服の上にリーダーをメモした紙を置いた。

 

 Bクラス、白波千尋。Cクラス、龍園翔。Dクラス、指名禁止。これが出した指示である。これの通りに明日の朝に書いてくれれば完璧だ。そして私は万が一のためにリタイアをしておく。これで完璧だろう。作戦は後最後の1フェーズを以て終了する。

 

 それを済ませるため、私は今度は陸上から運営のテントに向かった。風がかなり吹いている中、私の姿を視認した教員がやって来た。

 

「どうした」

「体調不良です。リタイアしたいのですが」

「分かった。……お前はリーダーか。リーダーがリタイアする場合は次のリーダーを指名できる。もししないのならばランダムだ。誰を指名する?」

 

 そして、私は作戦の最終段階として、リタイア後のリーダーを指名する。

 

「坂柳有栖さんでお願いします」




Aクラス6日目開始時所持ポイント:219ポイント(5日目に坂柳試験成功で+30ポイント。その後、リーダー指名権を神室真澄に付与で−30ポイント)

Aクラス6日目消費ポイント:30ポイント(諸葛孔明リタイア)、5ポイント(諸葛孔明6日目午後の点呼不在ペナルティ)

Aクラス最終保持ポイント:184ポイント

Aクラス試験ボーナスポイント(スポット占有):1日目の16時、2日目の0時・8時・16時、3日目の0時・8時・16時、4日目の0時・8時・16時、5日目の0時・8時・16時、6日目の0時・8時・16時(洞窟以外)、7日目の0時。計:全6か所×17回ー6日目16時の洞窟分=101ポイント

Aクラスリーダー当て成功時の理論上獲得ポイント:100ポイント

Aクラス理論値最大ポイント:385ポイント


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26.ようこそ孔明のいる教室へ

常識とは、18歳までの間に身に着けた偏見の事である

 

『アルバート・アインシュタイン』

―――――――――――――――――――――――

 

 目を覚ませば、そこは船の天井だった。特に誰にも遮られる訳ではないが、普段通りに起きる。スポット占有のために寝てるんだか起きてるんだかわからない状態で6日間、夜を過ごしたことを考えると、やはり天国と形容しても構わないだろう。少なくとも、命の危険も風雨も無い。室温も自由に調整可能だ。

 

「さてさて、どうなるかな」

 

 私の作戦は凡そ瑕疵など無いはずだ。とは言え、完璧であると言い切る事は出来ない。どこかに綻びがある可能性はある。それを疑わなければ軍人としては失格だろう。指揮官としても。可能性を考慮せず、己の見たいモノだけを見る人間の末路は語る必要もないだろう。

 

 時計を見れば午前8時。発表は正午だ。それまでの暇なこの時間に朝食を済ませてしまおう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 アイツのいない朝が来た。腕時計には目覚まし機能が付いている。アイツが今までずっと朝起こしていたのでそれを使う必要はなかったけれど、今日は私の物をセットして7時には起きる事にした。私の目覚まし音でゾロゾロと皆起き出してくる。Cクラスからのスパイだと皆知っている金田は、予想通り朝になるといなかった。ま、これは誰でも分かる事だろう。

 

「あ、そうか。孔明先生いないのか」

「あ~朝ごはん作らないとね……」

 

 調理班の女子たちがあくびをしながら言っている。食事に困らなかった、それどころかバリエーションに富んでいたという一点においても、彼の貢献度の高さを物語っていた。衣食住、この3つの要素をしっかり確保しないと試験どころではない。このうち、衣は皆持っているので問題ない。だけれど、食と住環境。これを整えられるかも、試験のテーマの1つであると言えるかもしれない。そして彼は……正確には葛城も気付いていたようだけれどこの島の洞窟を見つけ、ここを拠点とした。その結果、雨風や暑さを心配する必要は減った。

 

 地下水によって水はゲットし、探索で食材も手に入った。円滑でスピード感のある采配。これがAクラスの試験を楽にした最大の要因だ。その上で娯楽まで用意されている。とすれば、不満など起きるはずもない。1週間のサバイバル試験は、あっという間に青春の思い出、1週間の楽しいキャンプへと様変わりした。それに少し試験要素が付いているだけで、ほとんどのクラスメイトはリーダー当ての事なんて考えていない。

 

 呑気なものだ、と思う。やろうと思えば葛城も坂柳も下して、彼がこのクラスのリーダーになる事も出来るというのに。それをしないでいるのは単に彼の趣味嗜好によるもの。そうでなければ、少なくとも葛城派は吸収されているだろうし、坂柳派だって今よりもずっと数が少ないだろう。

 

 まぁ良い。大勢の派閥のトップにいるよりも、こそこそ動いている方がアイツらしいと思うから。私は天下御免の諸葛派(2名)。それで良いと思う。むしろ、そっちの方が良い、のかもしれない。

 

 

 

 

 

「点呼終了。38名、全員いるな。試験終了の前に、これより、他クラスのリーダーの指名を行う。神室、これに名前を書け」

「はい、ありがとうございます」

 

 先生から渡された紙を見る。少しだけ手が震えた。もし、見抜かれていたら。もし、失敗していたら。もし、私の演技に不備があったら。もし、もし、もし……色んな悪い想像が頭の中を駆け巡る。そこで、1回深呼吸してマイナスな思考を頭から追い払った。

 

 アイツの作戦が失敗なんてあり得ない。あれほど緻密に出来ていたんだ。私はアイツの、諸葛孔明の能力が坂柳や龍園なんかよりもずっと上だって信じてる。だから大丈夫。私は上手くやった。アイツの判断は間違っていない。自信を持とう。アイツの信じた私を信じて。

 

 昨晩の間に渡された紙を見て、名前を書く。Bクラス、白波千尋。Cクラス、龍園翔。Dクラス、不指名。これが指示だった。その通りに紙に書き記す。

 

「これで良いんだな」

「はい、問題ありません」

「分かった。これより一切の訂正を認めない。リーダー指名は終了した。これから、撤収作業に入ってもらう。今日の正午に、最初に説明を行った浜辺に集合だ。それまでに備品の片づけを行ってくれ。学校から受け取った物の内、最初からの支給品は返却してもらう。それ以外は自由だ」

「先生、食材はどうしますか?」

「まだ使える物は船に持っていけばそこで料理に使う。自分で食べたければ持っていなさい。スイカとかだな」

 

 フライパンとかは貰えるらしい。結構良い物だったので是非とも奪い取りたいのだけれど。まぁそれは後にしよう。取り敢えず、撤収作業だ。私の仕事はまだ終わってなどいないのだから。

 

「それでは解散」

「じゃあ、片付けするわよ。葛城君も指示をお願い。手分けして片付けましょう」

「ああ。立つ鳥跡を濁さず、になるように協力してやって行こう」

 

 後は結果を待つだけ。心臓が高鳴るのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午。太陽がまぶしく照り付ける砂場に集合させられる。いや、船の上でも良いじゃないかと思ったが仕方ない。さっきからチラチラと視線を感じるのは仕方ないだろう。Aクラスだけ段ボールに食材を詰めてる人、スイカを抱えてる人、鍋持ってる人、カメラを首から下げている私みたいなのが沢山いるのだから。明らかにキャンプか林間学校を終えた生徒である。どことなく重苦しい雰囲気の他クラスに比べて、Aクラスだけ凄い楽しそうにしている。日焼けしている生徒も多く、遊んでいたのがまるわかり。しかも話の内容は楽しそうな思い出ばかり。近くのBクラスの顔が少し引き攣っている。

 

 そんな中、辺りを見回した先生が、全体の前に立った。

 

「全員揃ったな。では、現時刻を以て特別試験の終了を宣言する」

「おい、勝手に終わらせてるんじゃねぇよ」

 

 低い声が響いた。誰もがその声の主の方へ顔を向ける。そこには無精ひげを生やし、ヨレヨレのジャージを羽織った龍園がいた。どよめく群衆の中、私は密かに心の中で大歓喜していた。だって、アイツの言う通りだったから。この島に残っているCクラスの人間は龍園しかいない。だとしたら必然的に龍園がリーダーだ。この時点で少なくとも1つは当たっていたことを示している。

 

「俺以外にも隠れている奴はいるはずだぜ。出て来いよ、軍師気取り」

 

 衆人の凝視の中、龍園は高らかに言った。他のクラスからすればそれは何かを見抜いていたような、畏怖すべき姿に見えたのかもしれない。その証拠に、BクラスやDクラスには怯えている子もいる。だけれど、Aクラスの面々は笑いをこらえるのに必死だ。いない人を探しているのが滑稽だったから。

 

「誰を探しているの?」

「あ?なんだお前。あぁ、あのすかした男の腰巾着の女か。お前の主はどこだって言ってんだよ」

「ああ、アイツ?あそこよ」

 

 私は指を船に向ける。その時の龍園の顔は忘れられない。

 

「なん、だと」

「アイツはリタイアしてるわよ?それ以外に誰か探してるなら、場所を教えましょうか」

「嵌められた、のか。Aのリーダーはお前か」

「いいえ。それも違うわね。私はリーダーじゃないわ」

 

 その言葉にクラスメイトからもざわめきが起こる。確かに、私が偽のリーダーであることを知っているのは少ない。敵を騙すにはまず味方から。それを忠実に実行していた。

 

「ご苦労様、龍園君。あなたのそれを、人は骨折り損のくたびれ儲けと言うけれど……まぁ健闘は称えるべきでしょうね」

 

 私だってそんなに強い訳じゃない。けれど、ここでこいつは手を出せない。精一杯の虚勢を張って煽る。龍園の顔が歪むのが分かる。それは私への怒りではなく、自分への悔しさのようにも思えた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 正午近くなる。そろそろかと思い、私は船の後部デッキへ向かう。そこからなら、音声も聞こえるし様子も窺えるからだ。

 

 今回の試験、さして難しいものではない。クラスが足を引っ張らなければの話だが。私がこの作戦を思いついたのはルールを読んだ時。あの時点でリーダーを交代する戦術の基本骨子は出来上がっていた。私がリタイアしたと見せかけて島に残り、真澄さんを偽装キーカードと共に偽のリーダーに仕立て上げる。まぁここは葛城でも良かったが、より信用のおける人間を選んだ。

 

 私が指揮を執れば両派閥は協力し合わないといけない状況になる。この非常時に争われてはたまらない。だから3つの選択肢を与えた。恐らく無難な2つ目を取るものが多いだろうと確信していたからだ。人は両極端な選択肢を提示するとその真ん中にあるものを選びがちである。それを利用した。さも皆の意見を聞くように見せて、誘導していたのはこちらだ。

 

 後は上手くガス抜きをする必要があった。ずっと試験試験試験では頭も疲れる。遊んだり楽しんだりして試験のことを忘れ、ちょっと不便の多いキャンプみたいな感じに仕立て上げた。見事、それも成功し、Aクラスは恐らく一番青春しているクラスになっているだろう。

 

 坂柳について抗議したのは偽装リーダー作戦における真リーダーにするためだ。あとは勿論、ポイント確保、坂柳派の慰撫、嫌がらせである。一石二鳥どころか一石四鳥になっている。勿論、私がリタイアした後のリーダーをランダムにすることも考えた。しかし、ランダムとは言え候補は38分の1。ラッキーパンチがあるかもしれない。だから思考の埒外から攻める事にした。

 

 抗議すれば学校は絶対に折れる自信はあった。いくら実力至上主義を謳っていても所詮は国立高校。世間体には弱い。差別云々を言ううるさい相手には折れた方が楽だ。だからこそ、学校は折れ、坂柳のみに別の試験が行われることになったのだ。クレームは声の大きい方が勝つ。それを利用したに過ぎない。日本の社会が差別にうるさくなっていることも大きくこの作戦を後押ししてくれた。

 

 そして坂柳はしっかり試験をやるだろうと思っていたし、そうなった。なぜなら、そうしないことをアイツのプライドは許さないだろう。可哀想な存在に格下げさせ、坂柳を貶めたことは向こうも気付いているだろう。だからこそ、これ以上可哀想な存在になって大なり小なり見下されるのを看過できるほど、彼女のプライドは低くないのだと読み切っていた。結果、彼女のプライドは私の思う高さと同じだった。

 

 坂柳をリーダーに出来るのは成績処理の関係だ。この無人島試験の成績は第1回特別試験として処理される。参加していないとそこが空欄になるだけだ。しかし、坂柳は代替の試験に参加した。と、いう事は坂柳は第1回特別試験に参加していた、と言う風に処理されるはずだ。これは指定感染症などで追試になった時と同じだろう。追試の生徒は、試験当日に受けた生徒と同じように成績が処理される。学校の仕組みからして、参加扱いになるのは分かっていた。と言うかそうしないと代替の試験を受けた意味がない。

 

 無人島というくくりで見れば彼女は不参加だ。しかし、彼女の成果はポイントとしてAクラスに加えられる。つまり、この試験に影響を与える。イコール参加しているという事になる。この試験はこの島と学校という2つの場所で同時展開していた、ということだ。

 

 無論、坂柳が代替の試験を得てクリアすればAクラスに30ポイントが入る、と言うのは他クラスにも通知されている。その試験を坂柳がクリアしたという事も。だが普通はそこで終わる。「へぇ~」となって終了だ。Aクラスがポイントを得た。それで思考を止める者が大半だろう。

 

 代替の試験を受けた=第1回特別試験”には”参加していることになる=リーダーに出来る。そういう図式に辿り着ける者がいるだろうか。いないと踏んで作戦決行したわけなのでいると困るのだが。いつ誰がこの島にいる者しかリーダーに出来ないと言ったのだろう。この試験に参加していない者をリーダーに出来ない。それは常識だし言わずもがなだ。しかし、代替の試験を受けたという事は試験に参加している。それにどうして思考が至らないのか。学校は公平性を重んじている。ここにいることが公平である条件ではない。試験に参加していることが公平性の条件だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 思考を働かせていると、遂に結果が発表されるらしい。拡声器を使っていない生徒の声が聞こえないが、龍園が現れて動揺しているようだ。それに対し、真澄さんがメッチャ煽っている動きをしていた。どうやら龍園は私が島にいると思っていたらしい。まぁ真澄さんを指名しなかったところは褒めるべきだろう。

 

「ではこれより、特別試験の順位を発表する。最下位は――Cクラス、0ポイント」

 

 なるほど。我々に当てられ、なおかつAクラスのリーダー当てに失敗した。例えBとDのリーダー当てに成功していたとしてもそれだけで全部帳消しだ。マイナスは持ち越されないので、もしかしたらDにも当てられていた可能性はあるが。

 

「続いて第3位、Bクラス――40ポイント」

 

 うーん、Bは随分と苦境に立たされてしまったようだ。恐らくこの感じ、全クラスに指名されてしまっただろう。あのクラスは積極的攻勢に出ていなかった。恐らくリーダー当てはスルーして、防御に徹しようとしたが、良い食い物になってしまったようだ。まぁそれをした私が言える台詞ではないが。

 

「2位はDクラス――225ポイント」

 

 Dクラス方面から歓声が沸く。リタイアした者もおり、かつ結構内部に問題を抱えていたようであったが、この結果。そりゃあ喜びたくもなるだろう。とは言え、大半は喜ぶ資格もないと思うのだが。頑張っていた一部の人間ならともかく、下着の件で争っていたりした連中にこの勝利は甘美な毒になるかもしれない。

 

「そして1位は……」

 

 一瞬だけ先生が硬直したように見える。そう、残ったクラスはたった1つ。その点数は当初与えられた300ポイントを遥かに上回る。スポット占有込みでのポイントだけでも圧倒的1位の285ポイント。それに加えリーダー当てのポイントが足されれば、敗北はあり得ない。

 

「Aクラス――385ポイント」

 

 浜辺が沈黙した。その後にAクラスの領域から大歓声。それを見つめるしかない他クラス。

 

 これが勝利だ。私が求めていた物。今まで求められてきた物。そして私がもたらし続けた物。完膚なきまでに圧倒的な差を以て何1つ犠牲にすることなく、勝利する。これが私の戦術、私の戦略。

 

 私が勝つだけなら容易い。だがそれでは本質的なところに意味は無い。勝利の定義もあやふやだ。人は1人では生きてはいけない。だからこそ、集団で勝利する事が必要だ。もし、それが難しいのであればそうできるように導けばいい。教えればいい。人は必ず成長できる。どんな人間でも必ずその能力を引き上げる方法は存在している。どんな絶望の中でも、きっと輝くモノは手に入れられるはずだ。

 

 そうして全てを導くことが私の目的。そう、その為に私は生きている。ここでの日々は本来の目的の合間に与えられた余暇に過ぎない。全ては私が13億を支配する、その日のために。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 砂浜は異様な空気に包まれていた。圧倒的勝利。1位と2位の差は100ポイント以上。明らかにAクラスの1人勝ちだった。歓声を上げ喜ぶAクラスと対象に、他のどのクラスの者たちも、異質なものを見る目で彼らを見ていた。いや、彼らではない。その背後にいる男を見ていた。この試験を導いたのが、この場にいない男であることを彼らは嫌と言うほど思い知らされていた。

 

 そう言えば、と比較的冷静な者は思い出す。4月の中頃にSシステムを看破した男がいた。そう言えば、と暴力事件に深くかかわった者は思い出す。あの時あの男は何をしていたのか。

 

 綾小路清隆は目を閉じた。このままでは勝ち目はない。Dクラスにしてはよくやった方だと言えるだろう。しかし、それを遥かに上回る結果を出されてしまった。これは実質的な自身の敗北だったからだ。1人で勝利は不可能。堀北に言った言葉を再度彼は反芻した。その言葉は、自分自身にも刺さっていた。このまま裏方に徹しているだけでは勝利は不可能に近いだろう。どうにかする必要がある。そうしないと、己の担任に退学させられる可能性がある。そうなれば、昔に逆戻りだ。プランの修正。ホワイトルームの誇る天才は、それを迫られていた。

 

 龍園翔は唇を噛み締めた。完全に掌の上で遊ばれていた。これを見抜けなかったのは誰の責任か。間違いなく自分の責任だった。これに関して配下を責める事は出来ない。作戦を立てたのも、遂行させたのも自分だった。だからこそ高揚感がある。一之瀬や葛城では自分に勝てない。坂柳は身体面でどう逆立ちしても自分に勝てない。だが、身体面でもそうでなくても自分が戦うべき人間、挑むべき人間を見つけた高揚感だった。鈴音など最早眼中から消えかけていた。勿論、Dクラスを完膚なきまでに潰してから上を目指す方針に変わりはない。しかし、その中でも超えるべき壁は見えた。

 

 一之瀬帆波は心中でため息を吐いた。龍園の敗北はある種の自滅。しかし、Bクラスの敗北は完全なミスだったからだ。白波千尋は彼女なりに頑張っていた。それでも、結果としてこれではどうしようもない。Aクラスが突き放し、Dクラスが追い上げる。まだ自分達はBで居られるだろう。守っているだけでは勝てない。団結力は随一の自信があったが、諸葛孔明のせいでAクラスの団結度が上がっている。この後葛城が指揮を執るとなると分からないが、少なくとも諸葛孔明が指揮を執ると団結出来る事が証明されてしまった。追い上げるのは厳しいかもしれない。彼女の岐路が残酷に選択を迫っていた。

 

 葛城康平は腕組みをした。目の前ではガッツポーズを小さくしている神室真澄の姿がある。彼女が頑張っていたのは事実なので、微笑ましい光景ですらあった。それを見ながらも彼は思っていた。果たして自分はこの試験で何を出来たのだろうかと。そしてもし、この試験で指揮を執っていた場合、このような結果をもたらせたのだろうかと。諸葛孔明の取る作戦や方法論を学ぶために彼をリーダーに推挙した。結果分かったのは隔絶した実力の差だった。自分も前よりはマシになっている。しかし、まだ足りない。彼の中に1つの選択肢が明滅していた。「葛城派のトップを交代し、諸葛孔明を据える」という選択肢が。

 

 堀北鈴音はベッドの上でテレビで結果発表の中継を見ながら唖然としていた。自分はリタイアし、リーダーは知られた。どうしようもない失態。仲間はおらず、コミュニケーションは絶望的。その上、下着泥棒騒ぎでは火に油を注ぐだけで何の解決にもなっていなかった。正直、今回の試験は敗北したと思っていた。しかし、結果は予想外の2位。それもかなりのポイントを得ていた。そして……Aクラス。目指すべき頂。それはあまりにも高い事を知った。これは絶望と言う感情であると彼女は自己分析した。これでは兄に認められるという自分の夢は遥か彼方にあるように思えた。

 

 それでも彼女は絶望して何もかも投げ出すほどやわな人間では無かった。目標値は見えた。諸葛孔明。あの男が超えるべき頂なのだろう。どう考えてもこのAクラスの勝利は彼の力によるものだ。自分の上位互換。そう思わされる。能力があり、人柄もあり、コミュニケーションも上手く、ルールの穴だって突ける。真面目なだけでは勝てはしない。ここはそういう場所なのだと再認識する。彼に勝てずして、兄に認められようか。いや、そんな事があるはずがない。幸い、綾小路清隆によって自身の足りないところは突き付けられていた。ならばどうするべきか。その答えは簡単だろう。孤独な少女の目に、闘志の炎が燃え上がった。

 

 

 

 

 

 砂浜にいる者たちが思い思いの感想を抱いている時に突如、東南より生暖かい突風が吹く。誰もが髪や目を押さえた。そして目を開けた彼らの眼前にある船。その後部デッキ。そこに全ての仕掛け人が立っていた。青みがかった髪は後ろで束ねられ、風に揺れている。キラキラと太陽光に反射する簪が後頭部に2本刺さっている。着ているのは制服だが、その上にはどこか中華風を思わせる上着を羽織っていた。顔は逆光で見えない。

 

 遥か頭上より自分達を見下ろす男に、彼らは1つの光景を幻視した。太古の戦場。俯瞰するようにそれを眺め、掌の上で操る古の大軍師。日本において様々なカルチャーに取り入れられた蜀漢の誇る偉大な宰相。その姓は諸葛、名は亮。字は孔明。それと同じ名を持つ彼は、悠然とそこに立っていた。

 

 彼の腹心の神室真澄だけが、その姿に向かってサムズアップを突き出した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 結果は凡そ私の予想通りだった。Cは何も成果がなく、Dは大きく伸びたがまだまだ先は遠い。0ポイントだったのがかなり響いている。Bクラスは何とか地位は守ったが、これから苦境になるだろう。しかし、拍子抜けする結果であった。もしかしたら、どこか1つくらい当ててくるかもしれない、と思っていたのだが。

 

 なぜ疑わない。なぜ可能性を見出さない。ヒントは十分あったのに。とは言え、それを問うのは酷だろうか。人は信じたいものしか信じない。見たいものしか見ない。無意識に排除してしまう。無意識に思考を固めてしまう。常識とか言う偏見に。この島にいる者しかリーダーになれないという偏見に。この島にいる者の中からリーダーを探そうという固定観念に。

 

 ああ、確かに我が祖父の言うようにここは休暇だ。ルールの中でしか戦えない箱庭。現実社会を模倣しているようで仕切れていない偽物の楽園。貧困も、犯罪も存在しない。ルールの中、常識の中でしかない。悲しいかな、これが法治国家の限界、民主主義国家の限界なのかもしれない。だから、ルールの範囲外で戦ってきた者に騙される。そう、私のような者に。

 

 

 

 

 

 

 

 試験は終了し、皆が船に戻ってくる。最初に戻ってきたAクラスを、私は甲板で出迎えた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。え、あの、どうしました?うわぁぁぁ!」

 

 私の姿を見つけると猛ダッシュしてきた面々に後ずさりをしていると突撃され、揉みくちゃにされる。「ほら、持ち上げろ!」とか言う声が聞こえ、身体が横にされ胴上げされる。もし私が殺されるとしたらこの無防備な今だろう。人生初の体験だが、結構酔うので2度目は遠慮したいところだ。

 

「ありがとう。クラスを代表して、謝辞を述べたい」

 

 葛城が群衆を分け、私の元へやって来てそう言う。彼も、この試験で得るものはあったはずだ。坂柳は強敵だが倒せない相手ではない。これを機に頑張って欲しいものだ。

 

「いいえ、私だけでは何もできませんでしたよ。皆さん1人1人の協力あっての結果です。こちらこそありがとうございました」

「マジですごかったよな!」

「見たか、あの龍園の顔!」

「ありがとう!孔明先生」

「全部全部孔明の罠かよ~流石だわぁ~」

「ははは。まぁそうはしゃがずに。私が出たのです、勝利は確実でしたからね。後はいかに皆さんを楽しませるか。無事に試験を終わらせられるかでした」

「だから最初安全と無事を最優先って言ってたのか……」

「なるほどなぁ……」

「さて、皆さんに聞かねばなりませんね。この7日間楽しかったですか?」

「「「「はい!」」」」

「よろしい。ならば、私の作戦は以上を以て完璧に終了しました。まぁ航海日程的に後もう1回くらい試験はありそうですけど、それまでは楽しんでいきましょう」

「「「「…………え?」」」」

 

 マジで、と言う顔を浮かべているクラスメイト。それを後からやって来たクラスの人たちが遠巻きに見ている。だが1人だけ、こちらに寄って来ていた。龍園である。

 

「おい」

「はい、どうしましたか、龍園君」

「泣き言は言わねぇ。負け犬の遠吠えは嫌いだ。だが1つだけ教えろ。お前らのリーダーは誰だ」

「ああ、その事ですか。私たちのリーダーは坂柳さんですよ」

「坂柳、だと……?そういう事か、あの時ルールが追加された。参加扱いになるって事かよ」

「その通りです」

「まぁ良い。今回の試験では間違いなくお前が強かった。だが、次もそうだとは限らねぇ。次は俺が勝つ。精々今の勝利に酔っていろ」

「ええ。それを楽しみにしていますよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながら龍園は去っていく。宣戦布告とは恐れ入ったものだ。しかし、なおも闘志を失わないのは褒めるべきところだろう。彼もまた、実力者には違いないという事だ。

 

 興奮冷めやらぬクラスメイトに断り、柱にもたれかかっている疲れた顔の我が配下の元へ行く。今回の試験では彼女に随分と助けられた。そのアシストと活躍が無ければ勝利は難しかっただろう。これが団体戦の力だ。

 

「真澄さん。貴女に随分と助けられました。ありがとうございます」

「ホント、凄い疲れた。もう2度とやりたくないレベル」

「う~ん、多分次回以降もお願いすると思いますけど」

「……ま、仕方ないわね。その時はその時で手伝ってあげるから」

「はい。よろしくお願いしますね」

「今夜はバイキング行きたい。食べまくってやる」

「太りますよ……痛っ!」

「行くわよ。席確保しないと飢えた他のクラスの奴らにとられかねないから」

「はいはい。そんなに急がなくても。それじゃあ、皆さん、私は行きますので。どうかごゆっくりお過ごしください!」

 

 引っ張られながらもクラスメイトに手を振ってレストランに向かう。さて、次の試験までの間はしばし、羽を伸ばすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ葛城。孔明センセを諸葛孔明に例えるなら神室ちゃんは誰だ?」

「ふむ。難しい質問だな。孔明の腹心だと馬謖が真っ先に出るが……」

「あの斬られた奴か?」

「そうだ。だが、流石にそれは失礼だろう。姜維……と言う感じでは無いな。だとすれば……黄月英だろうか」

「悪い、聞いておいてアレなんだが俺そんなに三国志に詳しくないんだわ。誰だそれ」

「諸葛孔明の細君だ。もっとも月英という名は通り名だが」

「女房役か。良いチョイスだな」

「……それはどうも」

 

 2人の去った後のクラスでは、葛城と橋本によるそんな会話が繰り広げられていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

高度育成高等学校第1回特別試験報告

 

<試験結果>

 

Aクラス残存ポイント(スポット占有込み):285ポイント

Aクラスリーダー当て・攻撃:100ポイント(Bクラス→正解、Cクラス→正解、Dクラス→不指名)

Aクラスリーダー当て・防御:損失無し(防御成功)

Aクラス最終獲得ポイント:385ポイント

Aクラスリーダー:諸葛孔明→坂柳有栖

 

Bクラス残存ポイント(スポット占有込み):190ポイント+α(スポット占有分は不明)

Bクラスリーダー当て・攻撃:0ポイント(全クラス指名せず)

Bクラスリーダー当て・防御:-150ポイント(A、C、Dから指名される)、スポット占有ポイント喪失

Bクラス最終獲得ポイント:40ポイント

Bクラスリーダー:白波千尋

 

Cクラス残存ポイント(スポット占有込み):26ポイント

Cクラスリーダー当て攻撃:-50ポイント(Aクラス→不正解、Bクラス→正解、Dクラス→不正解)

Cクラスリーダー当て・防御:-100ポイント(A、Dからの指名)、スポット占有ポイント喪失

Cクラス最終獲得ポイント:0ポイント(マイナスの持ち込みは無いため)

Cクラスリーダー:龍園翔

 

Dクラス残存ポイント(スポット占有込み):125ポイント

Dクラスリーダー当て・攻撃:100ポイント(Aクラス→不指名、Bクラス→正解、Cクラス→正解)

Dクラスリーダー当て・防御:損失無し(防御成功)

Dクラス最終獲得ポイント:225ポイント

Dクラスリーダー:堀北鈴音→綾小路清隆

 

 

結果

 

1位:Aクラス

2位:Dクラス

3位:Bクラス

4位:Cクラス

 

 

第1回特別試験結果を受けての暫定cp

 

Aクラス:1439

Bクラス:743

Cクラス:502

Dクラス:312




ちなみに、第三者視点で書いた各クラスの主要人物の心情。あそこが大きく龍園・堀北と葛城・一之瀬に分類されていました。これは実は前々回に書いた各クラスのリーダーとの相性と相関していたりします。相性の普通~ちょい悪い人たちは頂きを前に尻込みしており、相性のいい人たちはリベンジマッチを願っている、みたいな感じですね。

アニメ2話、面白いですね。作画がちょっと不安ですけど……。最後の綾小路の台詞とか、凄いうおぉぉ!ってなりました。

さて、これにて今章は終了です。多くのよう実二次創作で山場となる無人島試験。原作越えは無理ですが、せめて他作品に見劣りしないくらいに面白く書けていたら幸いです。次回以降はいくつかの閑話を挟んで船上試験に移行します。やっとアニメに追いつけそう……!


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閑話 3.5章

またまた章末の短編集です。他の夏休みのストーリーは閑話の4.5章に書くつもりです。


<坂柳有栖の受難>

 

 

 

 8月の朝。夏休みに入った私ですが、いつも通りの朝を迎えます。数日前から1年生の私以外は全員バカンスという名の試験へ連れていかれました。船で南の島のバカンスに行くという話でしたが、まず間違いなく島にあると学校が言うペンションはありません。無人島にでも放り出されてサバイバル、と言うのが今回の試験でしょうか。恐らく期間は1週間。その後もう一度船上で試験がありそうな日程ですが、私には一切関係ありません。ただ、2週間ほど帰ってこないようなので、それまで私は1人で色々こなさないといけません。これまでは派閥の子たちに助けて貰っていたのですが、いないとなるとそれはそれで不便です。

 

 今回の試験を見越して、派閥の中でも優秀な橋本君には指令を出しておきました。葛城派を潰したいところですが、なかなかそれも出来そうにありません。現在の勢力図は五分五分。2人を除いた38名がどちらかの派閥に属しています。なので早く潰してしまいたいのですが……葛城派に失態が無い以上どうしようもないところがあります。

 

 ですので、今回の指示はこうしました。「葛城派が指揮を執るなら裏切っても構わない。その代わり、諸葛君が指揮を執るのならば裏切らないように」と、こういうものです。葛城君が指揮を執るのならば、彼の事です。堅実かつ非常につまらない作戦に打って出るでしょう。最悪、自滅もあり得ます。しかし、諸葛君相手に裏切りをするのはマズいです。彼は私や葛城君と同等、或いはそれ以上の超党派的人望を得ています。これを攻撃することは、私がクラスののけ者になる事を意味します。最悪、彼の一党独裁が始まるでしょう。それはもっと悪いと、私の退学を意味します。

 

 彼は嘯きます。己はリーダーに向いていないのだと。それを私は嘘だと思っています。彼の神室さんに見せた人心掌握は確かなものがありました。最初は嫌々だった彼女も、今や自らの意思で信頼を置き、従っています。明らかに人を率いる経験がないと出来ない動きでした。

 

 私がクラスを率いるという事をあきらめざるを得ないような環境に置かれているのかもしれません。少なくとも、諸葛君がいる以上、葛城派の失脚は望めないでしょう。ああ、残念な事です。とは言え、まだどうなるかは分かりません。もしかしたら、諸葛君の影響力を削ごうとするべく葛城君が指揮を執る可能性も残されていますから。

 

 朝の支度を終え、今日はどうしたものかと思っていると、ピリリと携帯が鳴りました。表示されている番号は初めから登録されていた学校の物です。お互いに用事など無いはずなので、生存確認かと思い電話に出ました。

 

「もしもし、坂柳です」

「坂柳有栖、今動ける状態にあるか?」

「はい。何かご用事ですか?」

「今日の正午、1年Aクラスの教室に来なさい」

「はぁ……分かりましたが……何をするんですか?」

「その時説明する。ともかく、来るように」

 

 それだけ言うと電話は切れました。全く失礼な事だと思います。一方的に呼びつけるとは。しかし、逆らうとどんなペナルティがあるのか分かったものではありません。なので、渋々ではありますが行くことにしました。私は脚が悪いのであまり移動するのは好きではありません。なので、出来れば行きたくは無いのですが……。

 

 何故呼ばれたのか。夏の特別試験に参加できないことへの代わりの何かでしょうか。成績処理の関係上、一応ピンピンしている私に何もさせず終了とは考えにくいからです。多分プリントなどの課題をやらされて終了でしょう。面倒極まりないと思いながら、部屋を出る支度をしました。

 

 

 

 

 

 

 正午。冷房の効いた教室に、私はポツンと座っています。時間になると教員の方が入ってきました。

 

「時間通りだな。ではこれより、特別試験を始める!」

「!?」

「今現在、お前のクラスメイト達は学校所有の無人島にて、特別試験を行っている。しかし、その際のルール設定において、こちら側に不手際があった。本来病欠の人間にはその数だけペナルティをクラスに与える事になっていた。しかし、Aクラスから坂柳は病欠ではなくドクターストップであり、元々ある疾患を抱えた生徒に対する配慮が何ら見られない。これは差別的行為であるとの主張があった。これにより学校側が協議した結果、お前に代替の試験を課し、それに合格すればクラスに与えられていたペナルティを取り消すことになった」

「……そうですか」

 

 これは葛城君が指揮を執っていませんね。明らかに彼の取る戦略では無いです。高らかに笑っている長髪の男子の顔が浮かびました。踏んでやりたい気分です。これは明らかに私を差別されてしまった可哀想な人に貶める行為でしょう。善意でやってるわけがありません。

 

 引き攣る頬を抑える事にしました。取り敢えず、試験を受けないといけません。これでクリアできないというのは論外です。今後の私の立ち位置は一層低くなるでしょう。要介護者認定され、クラスメイトに介護されながら3年間を送るなどまっぴらごめんです。1人でやる試験など何も面白くありません。競う相手、叩ける相手がいない試験など面白みに欠けます。しかし、やらざるを得ないのでやります。

 

「試験のテーマは”自由”だ。期限は3日後の正午。この試験、全てが自由だ。与える課題は『この学校で行う特別試験の内容』だ。ルールやペナルティ、そして報酬。これらを自由に考え、その成果物を提出してもらう。何か質問はあるか?」

 

 自由。なるほど、これが今1年生が無人島でやっている試験の内容なのでしょう。サバイバルとは自由とも相性のいい試験です。そして私にも同テーマの内容を出してくるとは。捻りがないのでしょうか。面白くない運営です。ともあれ、中身はそこそこ興味の引かれる内容でした。私がゲームマスターになる、と考えれば分かりやすいでしょうね。

 

「いいえ、特には」

「そうか。では、解散だ」

「それと、1つお願いがあるのですが」

「なんだ」

「今クラスメイトの方々が受けている試験のルールを知りたいのです」

「分かった。あとでお前のメールアドレスに送信しておこう」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 さて、この試験ですが、何もしません。しなくてもクリアできる道筋があります。私だって別にずっと暇と言う訳ではないのです。具体的にはチェスの練習をしたりです。これを暇と言う人は文化的活動を理解できない可哀想な人でしょう。正直どうやっても私に大してメリットのない試験なので、最低限義務だけ果たそうという思いが最大です。

 

 午後にはメールに無人島での試験の詳細が送られてきました。なるほど、300ポイントが配られるはずでしたが、私のせいで30ポイントが削られていた。それの補填のための策だったのでしょう。自由度の高さはかなりのものがあると思います。遊び惚けてもいいでしょうし、切り詰めてもいい。しかし、切り詰めすぎるとクラスの反発を招きかねない。それに、このリーダー当てと言う要素がかなりの曲者になると言えそうです。

 

 防御7、攻撃3くらいの比重の試験だと判断しました。それに、このルールを見る限りリーダーのリタイアは正当な理由、恐らく体調不良などがあれば可能です。で、あるのならば最終日にリーダーをリタイアさせるだけで凡そ防御は出来るでしょう。もっとも、その戦略も見抜かれていたら終わりですが、ランダム指名も出来るようなので、よほどの幸運に恵まれない限り交代後のリーダーを当てる事は出来ないと思われます。

 

 諸葛君が指揮を執っているのならばこれに気付かない筈はありません。それに至るまで、どう切り抜けるのかに注目でしょう。それに、他クラスにも優秀な人間はいます。龍園君や一之瀬さん等々。彼らに諸葛君が敗れるとは思えませんが……とは言え何が起こるかなど分からないのが怖いところ。Dクラスにもまだまだ伏兵がいる可能性もありますので、結果報告を楽しみに待ちましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで3日が経ちました。

 

「それではお前の特別試験を終了する。提出してもらおうか」

「はい」

「?成果物はどうした」

「ありません」

「何?」

「この試験は全てが自由だと説明されていました。ですので、課題をやらない自由も正解の1つであるはずですが」

「……なるほど。良いだろう。試験は合格とする」

 

 屁理屈と言われれば屁理屈かもしれませんが、そういうのも正解の1つのはずです。無人島での試験でも、豪遊して試験を放棄し、船に戻るのも正解のはずですから。……あり得ない話ではあるのですが、全クラスそうしたら学校はどうする気なんでしょうか。

 

 その3日後の夜。橋本君より電話がかかってきました。

 

「もしもし」 

「あぁ、出た。試験が終わりましたんで、ご報告をと思いまして」

「今日、終わったんですか?」

「いえ、終わったのは昨日です」

「……何故今日報告を?」

「色々してたら忘れていまして」

 

 ヘラヘラ笑っている顔が浮かんできて神経に障りました。まぁしかし、クラスメイトとの交流も大事な事です。坂柳派の印象を悪くするくらいなら、報告くらい後回しでも良いでしょう。

 

「それで、どうなりましたか?」

「ルールは把握している感じですか」

「ええ」

「え~まず結果だけ言いますと、大勝です。Aクラスは385ポイント。2位のDクラスの225ポイントと100ポイント以上差をつけての圧勝でした。3位のBクラスは40ポイント、最下位のCクラスは0ポイントです」

「…………さんびゃくはちじゅうご?」

「はい。385です」

「…………」

 

 私の予想では、いかに諸葛君指揮とは言え、彼1人で出来る事には限界があるはず。リーダー当てをしないという選択肢は取らないだろうとは思っていましたが、それでも250前後だと思っていました。残存ポイントが150程度、スポット占有が20前後、リーダー当てで2クラスくらいは行けるでしょうから100ポイント。どんなに頑張っても270が限界のはずだと思っているのですが。

 

「彼の戦略について、聞かせて下さい」

「分かりました。洞窟をベースキャンプに定めて住環境をクリアした後、まず、葛城が指揮を諸葛に譲るという提案をし、俺もそれを受けました。その後、ガン籠り作戦か攻守をバランスよくやるか、リーダー以外のリタイアかを選ばせました」

 

 それは真ん中を選ばせるための作戦に決まっています。両極端な選択肢を掲示し、常識的な思考の多いAクラスの面々にそれを選ばせたかったのでしょう。

 

「その後は食材を調達しつつ、環境を整備。不満が出ないように抑えていました。2日目には龍園の配下が煽りに来たのを利用し、Aクラス全員で押しかけて奴らのポイントで食料などを大量奪取。ここでCクラスの金田が暴力を振るわれていたので救出していました」

「なるほど、龍園君はスパイを送り込む作戦に出たわけですね」

「はい。尤も諸葛はそれを利用していましたが」

 

 龍園君はリーダーである自分とスパイ以外をリタイアさせ、島に潜伏する作戦を取ったのでしょう。理論値では150ポイント+αのスポット占有分を手に入れられるので悪くはない選択です。

 

「3日目の夜は怪談大会で盛り上がりました。いやぁ怖かったです。俺はホラーとか大丈夫だと思ってたんですが、諸葛の語りがとにかく上手くて。妙にリアルなのも恐怖を誘いましたね」

「……楽しそうですね」

「Aクラスが多分1番楽しんでたと思いますね。イベントごとも盛りだくさんでカメラで写真も撮りまくってましたし、派閥を超えての協力までしてたので、俺も何もできませんでした。と言うか、あそこであの空気を壊せる奴はいません」

「そうですか。では続きを」

「え~どこまで話しましたっけ?ああ、そうだ、4日目だ。その日は天体観測兼諸葛孔明星空ライブでした。すんげぇ上手かったです」

「……」

「5日目は花火でしたね。6日目には遂に諸葛も動いて、リタイアしました。今朝聞いた話では、リタイアするためにまずはクラスを騙し、同時に金田も騙して洞窟を去る。けれど、リタイアせずに島に潜伏し、他クラスにもいたCのスパイが全員いなくなるのを確認し、またDのリーダーがリタイアするのも確認してリタイアしたという事です。その間の偽のリーダーは神室でした。龍園はそのトラップに引っかかり、諸葛がリタイアせず潜伏していると判断して指名を誤ったようです」

「真のリーダーは誰にしたんですか?」

「曰く『せっかく参加してもらったんですし、坂柳さんにも花を持たせるつもりで~』だそうで」

「私を指名したと」

「そういう事ですね」

 

 なるほど、確かに私は第1回特別試験には参加していることになってます。そうでなければ代替の試験を受けた意味がありません。リーダーになる権利を付与できるというのも納得です。ただし、私はリーダー指名もスポット占有も出来ません。ですので、リーダー指名はポイントで権利を購入し、私の代理で誰かに書かせたのでしょう。恐らくそれは神室さんですね。彼が大役を他に任せるとは思えません。

 

 これでは確かに見抜けないでしょう。何1つルール違反を犯すことなく、クラスを派閥を超えて団結させ纏め上げ、衣食住は完璧で和気藹々とした生活を送らせ、おまけに娯楽までしっかり提供している。凡そ考え得る限り最良の中の最良とも言える結果です。他クラスが試験をしてる中で、Aクラスだけキャンプに行った帰りみたいな空気感になっているのが容易に想像出来ました。

 

「ちなみにどこのクラスのリーダーを当てたのですか?」

「BとCだそうです。385ポイントの内訳は、最初の300からの残存が184。リーダー当てで100、残りはスポット占有で101だそうです」

「101……101!?」

「はい。なかなかぶっ飛んだ数字だそうで。教師陣も困惑していました。理論上のほぼ最大値だそうです」

「でしょうね……」

「ああ、今打ち上げしてるんですけど、諸葛に代わりますか?熱唱中なので後少し待って欲しいんですけど」

「打ち上げですか」

「はい。Aクラス全員で船内のカラオケに。さっき唐突に思い出したんで今廊下で電話してます」

「それで背後が騒がしかったんですね。分かりました。代わって下さい」

「了解です」

 

 しばらくすると、電話の主が変更されました。

 

「はいはい。ハローハロー、ミス坂柳!お元気ですか?」

「……酔ってますか?」

「いいえ。別に酔ってはいませんけどね。それで、どうしましたか。私からのサプライズは楽しんで頂けました?」

「1人でやる特別試験とは実に退屈でした」

「そうでしたかぁ~残念です。まぁ私の作戦には役立ってくれたので感謝していますよ。何かクラスメイトに伝える事があれば聞きますけど」

「……もう、良いです。何も無いので……切りますね」

「は~い、それではお大事に~」

 

 名状しがたい敗北感が私を包みます。何でしょう、このとてつもない敗北感は。やるせない感情になります。無理はない事でしょう。私がもし仮にこの試験に参加していたとしても、いや実際書類上は参加した扱いなんですけれども、ここまでの成果を残せないでしょう。もし仮に結果が同じだったとしても、ここまで完璧な過程をたどる事は出来ないでしょう。この試験において彼が取ったクラスに対する行動は完璧な理想像そのものでした。

 

 団結させ、楽しむ。強者の態度ですらあります。控えめに言ってムカつきます。普通の女子高生ではないと自負していますが、今だけは普通の女子高生のような感想を抱いてしまいました。携帯を見ていると色々感情が出てくるので怒りに任せて枕に投げつけます。ポフンと跳ね返って私の大丈夫な方の脚に当たりました。痛いです。

 

 涙目になって悶えていると、メールが届きます。差出人は諸葛孔明。イラっとしながらメールを開きました。

 

『追伸:私、俗に言う見える人なんですよね。あの島、旧軍の英霊の方々が一杯いましたし、廃れた神社にはヤバそうな感じの気配がありました。それでなんですけど、貴女のお部屋、風水的に良くない位置にあるので気付いてないだけで色々あるかもです。夏はそういう時期ですので。それではGood Night!』

 

 ピチャンと水道から水滴が垂れました。この寮は今私以外いません。2年生や3年生は別の棟です。流石の私も心霊系にはどうしようもありません。いるという証明は出来ていませんが、いないという証明も出来ていません。否定は出来ない訳です。

 

「……ウソですよね??」

 

 豆電球をつけて寝る事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双①、参謀出仕編・IFルートCクラス>

 

 

 

「このクラスは今から俺が仕切る。文句のある奴はかかって来い」 

 

 4月の中頃、クラスを仕切るのだと男は言った。教卓に座りながら、ロン毛の男がニヤニヤと笑う。それに挑みかかった男子生徒が何人もいたが、それを難なく彼、龍園翔は破って行った。まるで不良の番長だ。とんでもないところに来てしまった。本国からの情報だと有数の進学校。しかも国立のはずなのだが、どうしてこんなヤバいのがいるのか。

 

「お前は来ないのか?」

 

 龍園は冷淡な目で見つめていた私にも声をかけてきた。

 

「それをして何の意味があると言うのですか?」

「ああ?」

「私になんの利益も無いでしょう。それをすることに」

「はっ!腰抜けかよ」

「……」

 

 興味がない顔をしながら椅子から立つ。女子の中には怯えた顔をしている子も多い。そりゃあそうだ。いきなりこんな不良漫画みたいな事をし始めたのだから。教壇の前を通って教室を出ようとする。龍園はニヤニヤしながら小馬鹿にした笑いを浮かべている。女子の誰かは私が止めてくれると期待したのだろう。ため息が聞こえた。龍園が視線を逸らした。その瞬間に詰め寄り、彼の手首を掴むと宙で1回転させた。

 

 バタン!と大きな音が鳴り、教室が静まりかえる。先ほどまで偉そうにしていた龍園は、何が起きたか分からないという顔で地べたに寝そべっていた。手をパンパンとはたいて笑いかけてあげる。

 

「いついかなる時も、油断大敵ですよ。貴方は強そうですが、そういう弱点もある。その内、足元掬われるかもしれませんね。取り敢えず、暴力沙汰はここではこれ以上しないことをお勧めします。監視カメラの意味を理解することですね」

「面白れぇ。お前、俺の下につけ」

「ほう?敗れてなお命令口調とは、大したものですね」

「この学校はどう考えても普通の学校じゃねぇ。お前なら気付いてるだろう」

「……」

「この学年に英傑がいるとすればお前と俺だけだ。手を組めば最強だと思わないか?」

 

 三国志で曹操が劉備に言った話だ。そう言えば、三国志は好きみたいな話を私がした。その後、最近の龍園は漫画版だが三国志を読んでいた。参謀に誘う人材に目星をつけ、それに接近する術を考えていたのだろう。先ほどの挑発も人間性と実力の確認をするためだと推察できる。

 

「分かりました。条件が3つ。それを守れるのならば、貴方の配下になりましょう」

「聞こう」

「1つはクラスメイトに暴力を振るわない事。2つ目は私の言う事に必ず耳を貸す事。3つ目は慢心をやめる事。これが出来るのならば従いましょう」

「出来ないなら、どうなる?」

「貴方を退学に追い込みます」

「……良いだろう。契約してやろうじゃねぇか」

 

 契約書が交わされ、それを手にした龍園は笑う。

 

「俺は1回で孔明を勧誘できたわけだ」

「そうなりますね。貴方の将来がどうなるかはさておき、少なくとも契約を守る間は私が貴方の軍師となりましょう。よろしくどうぞ、我が玄徳殿」

「はっ、俺はあんな聖人君子じゃねぇよ」

「史実の劉備は無頼漢や任侠の輩の親分でした。貴方そっくりじゃないですか」

 

 そんな事はどうでもいい。取り敢えず契約してしまったからには、調べ上げたことを放出せざるを得ないだろう。

 

「ではこれよりこの学校が秘匿しているSシステムの詳細について発表します。異論反論は受け付けません。質問は最後までお待ちを。帰宅は禁止、部活は休みなさい。それではこれより、Cクラスの下克上を始めます。よろしいですね?」

「ああ、好きにしろ。おい!お前ら、コイツの言う事は俺の言う事と同じだ。逆らったらどうなるか、分かるだろうな」

 

 水を得た魚みたいになっている龍園を眺めながら、これはこれで悪くない生活かもしれないと思う。私は、我が劉備を探していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

<アルティメット堀北①、Dクラスの教導者編・IFルートDクラス>

 

 

「お前たちは本当に愚かだな」

 

 我らが担任・茶柱はそう言った。私は知っていたとも。この結末を。Sシステムの詳細など半月もすれば看破できた。だが、このクラスはほぼ学級崩壊寸前だった。私は真面目に授業を受けてきたが、それは単に自分は真面目だったというアリバイ作りである。

 

 こんな終わった状況なのもきょうび珍しいだろう。しかもこれが国立校の現状なのだから驚きだ。遅刻欠席は当たり前。居眠り、私語、携帯いじりにゲームに読書(漫画)。ポイントは大量に浪費し、男子は女子の胸囲ランキングなどという素晴らしく低俗なものの作成に明け暮れている。

 

 加えて返却された小テストも酷い有り様だ。中学レベルの内容で10点を切るなど、なかなか見ない阿呆である。私は問題なく100点を確保しているので問題ない。優秀な人間はいる。だが幸村や堀北は点数は良くても運動神経や人間性に難がある。ギャルグループは言わずもがな。この時点でここは不良品の置き場、掃き溜めなのだと分からされる。

 

 だが一部そうでない者もいた。平田や櫛田は少なくとも善良そうに見える。それを不思議に思ったのならばやることは調べること一択だ。そうすればあれよあれよと零れ落ちてくる。笑いが止まらないとはこのことだった。このクラスは先生の言う通り、クズばかり。私が配置されたのは、恐らく国籍の問題だろうと推察できる。同級生にそんなに成績は悪くないのにここにいる中国出身の生徒を発見したので多分合っているはずだ。

 

 何故分かっていて放置したのか。決まっている。人は痛みを覚えなければ変われない。正確には変わるのに時間がかかる。だから1回インパクトを与えたかったのだ。0ポイントという衝撃。史上最底辺らしい。笑えてくる。

 

 放課後。あの絶望的な状況の後、平田はクラスで話し合いを持とうとする。だが、それに聞く耳を持たない連中もいる。さてさて、このままでも良いのだが、私の中である感情が蠢いた。この状況、改善してAクラスに持っていこう。そして、全員志望校に受からせてみたい。中学時代の経験の再演がここでも出来るのか。それを試してみる気になった。その為には、このまとまりに欠けたクラスをどうにか統治しないといけない。

 

 平田が疑問を浮かべた顔でこちらを見てくるのを無視して私は教卓に腰掛けた。そして勢いよくそれを叩く。バンっ!と言う音と共に、全てが止まった。教室を出ようとした堀北や須藤すら、固まっている。

 

「座っていただけます?」

 

 最大限の殺気を込めて言う。堀北は青い顔をしながら座った。綾小路もそれを見て、空気を読むことを選択する。日頃ニコニコしている私の顔に、女子生徒が後ずさった。

 

「おい、なんでてめぇにそんな指図を!」

「聞いていませんでしたか、高校の推薦を暴力沙汰のせいで取り消された須藤君。貴方にも分かるようにもう一度言いましょう。座って下さい」

「……」

 

 ヘナヘナと腰が抜けたようになりながら彼は大人しく席に戻った。

 

「さ~て、このクラスは先生の言うように揃いも揃って問題児ばかり。勉強だけしか出来ないヤツ。運動だけしか出来ないヤツ。そのどっちも出来ないヤツ。どっちも出来るけれど脛に傷を持っていたり、人間性に問題のあるヤツ。しょうも無いですねぇ。本当に、最底辺です」

「ふざけんな!」

「なんでお前にそこまで言われなきゃいけないんだよ!」

「お前もDクラスにいる時点で同じだろ!」

「そうよ!」

 

 あちらこちらから不満の声が上がる。あの自由人の高円寺は足を机の上に乗っけてはいるが一応聞いてはいるようだ。

 

「ええ、確かに私にも何らかの理由があってこんな掃き溜めに送られたのでしょう。しかし、私がこの1か月間、何らかの問題を起こしましたか?品行方正に過ごし、少なくとも私の人格面に疑問を持つ者はおらず、点数は満点。運動面でもそれ相応の結果を示しました。ですが、他の人はどうですか。何か1つでも、私に勝ってから言って頂こう」

「「「「……」」」」

「そんなカスみたいな皆さんですが、これよりAクラスを目指して貰います」

「「「……は?」」」

「聞こえませんでしたか?耳鼻科に行けよ。Aクラスを目指してもらうと言ったんです。あぁ、安心してください。私が勉強のできないしょうもない皆さんのためにしっかり教えますので。実績はちゃんとありますのでご安心を。最底辺の学力の中学生を9人、最上位の学校へ送りましたので。最高で灘です。必ず皆さんを志望校に合格し、世間で優秀と評価される学力にして差し上げましょう」

 

 Aクラスでなければ特権はない。それを知らされていて生徒たち。その中でも特権を求めていた層は今の言葉に揺れ始めた。

 

「待って欲しい、そんな急に言っても混乱するだけだと思うんだ」

「その優しさで今度は上手くいくと思ってるんですか、平田君。眠ったままの友人との別れは済ませましたか?」

「え……」

「暴行を受けたくないならもっと大人しくしていれば良いんですよ。それなのに威張っているからとんでもない目に遭うのでは?ねぇ軽井沢さん」

「ヒッ……!」

「ちょっと、諸葛君、いくらなんでもこれはやり過ぎだよ!」

「そのキャラクター、疲れそうですね。もうブログはやられていないんですか?櫛田さん」

「…………は?」

「おお怖い怖い。流石は学級崩壊の元凶・堕天使クシダエルですね。堀北さんがそんなに嫌いなら殺してしまえばいいのに。ま、堀北さんもそんな性格だといつまで経ってもお兄さんの下位互換ですよ。孤高と孤独は違うんですけどね」

「……」

「ああ、松下さん。私が何とかしてAに上げますので、ちゃんと実力を出してもらって構いませんので」

「へぇ?」

「私は何故、Dクラスの生徒がDクラスたるかの理由を全て知っています。努々、変な気は起こさぬように」

「お、お前はどうなんだよ!お前だって、理由があるんだろ!」

「ええ。その通りですよ、山内君。君が女子にモテない理由を私は無限に列挙できますが、今はその言葉に応えましょう。勿論、私がここにいる理由は推察しています。しかし、それを教えるとでも?自分にとって有利な秘密は黙っているから価値があるんですよ。さて、今日はこんなところにしましょうか。あの役に立たなそうな担任に代わって、皆さんを指導する用意をしないといけませんので」

 

 0ポイントが分かった時よりも阿鼻叫喚に包まれている教室を一瞥し、鼻で笑いながら私はそこを去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の屋上。私はそこで友人と2人、立っていた。

 

「あれはお前の作戦なのか」

「ええ。全て一度ぶっ壊す必要がありました。虚飾にまみれた状態ではろくなことになりません。ここから立て直す方が早いと判断しました」

「そうか……。お前は、オレがここにいる理由も知っているのか?」

「ええ。ホワイトルーム、でしたっけ?言わない方が良いと思ったので言いませんでしたが」

「そうか。助かった」

「いいえ。ですが、このまま安穏とはしていられませんよ」

「どういう意味だ?」

「あんな頭おかしい施設を運営していた男が、脱走者である君をみすみす見逃すと思いますか?必ず取り返しに来るでしょう」

「それは……確かにあり得る話だ」

「ですが、心配はご無用。担任が君を脅そうとも、私は君の味方ですから。堀北さんを隠れ蓑にしようとしていたみたいですが、それをせずとも私が隠れ蓑になりましょう。それと、実力を少しずつ出していってください」

「どうしてだ?」

「私が教えれば必ずこのクラスのアベレージは上昇します。その中でもとりわけ地頭が優秀だったとすれば、平穏な学生生活に支障は無いでしょう」

「恩に着る……だが1つ教えてくれ。どうしてオレを助ける」

「??友人を助ける事に、何か問題でも?当然の事でしょう」

「そうか……ありがとう」

「どういたしまして。ああ、それと、これを読んでおいてください」

「なんだ、これは?」

「友達を作る方法100という本と、私が作った平凡な学生はこうするんだという社会常識マニュアルです。これで少しはマシになるでしょう」

「!……助かった」

「では、これからも良き友人として、お願いしますね。清隆君」

「ああ。孔明」

 

 彼は今までの経歴的に非常に同情の余地があった。境遇をつい重ねてしまう。そうでなくても、彼は人間として問題な行動をしていなかったし、Dクラスの中では友人としたい存在だった。例え彼の事情を知らなくても友人を続けただろう。それに、友人になったのは事情を知る前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のクラスの雰囲気は重苦しいというか最早半分地獄だ。高円寺は我関せず。堀北は半分抜け殻みたいになっているし、平田は苦しそうな顔だ。3バカ連中はガタガタ震えながら座っている。軽井沢は目を泳がせ、櫛田は裏の自分を隠そうともしない。わが友は無表情。いつも通りだ。

 

 放課後。それでも誰も席を立たない。少しは昨日のが効いたらしい。憎しみや恐怖、好奇や歓喜。色んな視線を受けながら私は教壇に立ち、口を開いた。

 

「始めるとしましょうか。Dクラスと言う、底辺に振り分けられた皆さんの逆襲です。諸君、ようこそ実力至上主義の教室へ。これより、授業を始めます」




IFの②があるかは不明です。

なお、Dクラスルートだと普通に綾小路君と友人をやっているので、彼が矢面に立つ事は無く、従って茶柱先生からも脅されず、当初の望み通り平穏な学生生活を送ったまま卒業できます。多分、彼女の1人くらいは自力で作れるでしょう。厄介な幼馴染み(一方的なストーカー予備軍のロリ)や月城オジサンは孔明が相手してくれますからね。

まだ堀北覚醒はしてませんが、これから死ぬほど教導を受けて覚醒に至ります。まだ前座ですけどね。こんな未来もあったんだよ、と言う没になったプロットを再利用したお話でした。あくまでも没!ですからね?完成度はお察しなので、そこら辺はお願いします。

次回からは皆さんお待ちかね(?)のアニメと同時系列の船上試験です。少し日は開くと思いますが、お楽しみに!


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4章・神はサイコロを振らない
27.12個の星


期間が開くと言ったな。あれは嘘だ!

前回のIFルートが凄い好評でビックリしてますが、連載は多分しないです。その代わり、閑話か章末に独立した話として②や③が投稿されるかもしれません。


物事には必ず理由がある

 

『ドラマ・ガリレオ』

―――――――――――――――――――――――

 

 

<暗殺者の独白>

 

 誰も声を上げない。そこには、死のみが存在していた。山奥。反政府独立運動を掲げる義友軍の指揮所。数時間前まで血気盛んな勇者たちの集う地だったこの場所は、今や死体の置き捨て場と化していた。

 

 床に倒れ動かない躯。その中央に男はいた。その年にしては長身な身体。青みがかった長い髪。手には黒い拳銃。数十人が1人によって鎮圧された。この作戦は表に出る事は無く、彼らは事故死で処理されるだろう。大方、ガス爆発で。

 

「ばけ……ものめ!」

 

 まだ息のあったものが苦し紛れにそう叫ぶ。その絶叫を見ながら、男は引き金を引いた。何発も、何発も。

 

「ふ、ふはは、ははははは」

 

 狂ったように笑う。暫くそうしていた。ふと、男は顔をあげる。そこにはひび割れた鏡がある。その鏡面には残酷に笑い続ける男の顔が映されていた。まるで死を楽しむように。まるで、殺戮を喜ぶように。

 

「違う」

 

 小さく男は言った。

 

「違う違う違う!私は、こんな人間じゃない!私はッ!」

 

 死を愉しむような人間じゃない筈だったのに。そこに映っていたのは、死体の山よりも見たくない、自分の愉悦に嗤う姿だった。

 

「あぁ、ああああ!」

 

 男はその美麗な顔をかきむしる。次に顔をあげた時、その鏡の顔に当たる部分には、白い靄がかかっていた。見たくない現実を、覆い隠すように。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 島の試験の終了。それは元々保証されていたはずのバカンスを楽しめる時間でもあった。映画、舞台、カラオケ、プール等々。様々な施設が使い放題だ。多くあるレストランもその例に漏れない。普段の学生生活ではポイントの使用を考え、あまり外食は出来ない。それこそ、よっぽどの大金を抱えていない限り不可能だろう。

 

 しかし、私は油断する気は無い。この航海日程を見る限り、まだまだ試験はありそうだからだ。前回が屋外でやるタイプならば、今回は屋内で頭脳的なものをやるのだろう。私としては、こっちの方が楽で助かるのだが。試験終了から3日経っている。そろそろではないかと睨んでいるが、まだその兆しはない。

 

「……よく食べるな」

「お腹空いたから。何か文句ある」

「いや、別に」

 

 試験があるよ、と伝えてあるがそれに対する気負いを一切感じさせず、真澄さんはご飯を食べている。今日はお昼のビュッフェ。スイーツ多めだ。コイツ、こんな食う感じの人だったのか。普段の生活ではあまり贅沢なものを食べているわけではないので、ここぞとばかりに食べているらしい。

 

「そもそも、私は今まで手料理なんてほとんど食べてないの。手料理って言うか、誰かの作ったご飯か」

「共働きだからか」

「そう。小さい頃はレンチンだった。ある程度の年齢になると自分で作るかコンビニで買ってきてた。ま、面倒だからほとんどコンビニだったけど」

「それでそのスタイル維持してるのバグだろ……」

「アンタも似たようなもんでしょ」

「いや、私はちゃんと……そうでもないな」

「ほら」

 

 作れるのはそういう風に教えられたから。しかも、何を考えたのか香港のホテルで年齢詐称して働かされたことがある。面倒だったなぁ、あの時間。フランス料理とか家庭じゃ作らないと言うのに。とは言え、料理何ぞ科学の実験と大して変わらない。覚えてしまえばだれでも出来るだろう。レシピを読んでいれば、という条件付きだが。

 

「だから食べれるときに食べてるの。無人島じゃ普通だったでしょ」

「ああ、そう言えばそうか。てっきり他の女子の前だからお淑やかにしてるのかと思ってた」

「そんな事しないわよ、面倒だし」

「それはそれでどうなんだ……」

 

 会話は不意にキーンという甲高い音で遮られる。学校側から与えられた携帯の機能。マナーモードでも強制的に鳴り響くメールの通知。これは行事の変更などがあった時にしか使われない。他の学校からのメールは普通に送信されてくるので、格別重要なものの時だけ使用される機能なのだろう。

 

 そして、それとほぼ同時に船内アナウンスが入る。無人島のときと同じだ。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメッセージを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れのないようお願い致します。繰り返します──』

 

 メールをチェックしないことには始まらないようだ。箸をおき、携帯を開く。咳ばらいをして、気にせず食べようとしてる真澄さんを制止する。若干恨みの籠った目線を送りながら、彼女もメールを開いた。

 

『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合してください。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに2階201号室に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませた上、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越しください』

 

「20時40分とは随分と遅い時間だな」

「20時40分?私は違うんだけど」

「ちょっと見せてくれ」

 

 渡された携帯を見る。文面はほぼ同じだが、時間と部屋が違う。

 

「なるほど。前回はクラス一丸となって臨むタイプだったが、今回は小さなグループに分けられるタイプか」

「グループ?その中で競い合うって事?」

「いや、恐らく違う。他クラスも同じように幾つかの小グループに分けられ、それが4クラス分ドッキングして1つの大きなグループを構成し、その中で競うものだろう。取り敢えず、この部屋に行くしかない。それまでは何も分からないのだからな」

「私の方が先だし、先に聞いたルールを送ろうか?」

「頼んだ」

「了解」

 

 ピリリと電話がかかってくる。相手は葛城。今回の試験における方針を話し合いたいのだろう。食事中に電話はマナー違反な気もするが、相方が気にしていなそうなので、出る事にした。

 

「もしもし」

「すまないな。メールは見たか?」

「ええ、勿論。そちらは何時のどこです?」

「20時40分の201だ」

「おや、同じですね。今回もよろしくお願いします」

「ああ。それで、クラスメイトから現在指示を乞われている。相談するのがベストだと思ったのだが、お前はどう思う」

「取り敢えず、試験はいつもルールが多く、複雑です。ですので、それを一言一句漏らさぬように覚えることを優先させてください」

「分かった。俺もまずはそこから始めるべきだと思っていた。どうも今回は人によってグループが違うようだからな」

「はい。それも肝になるでしょう。全てのグループの説明が終わり次第、どこかに集合でよろしいのではないかと」

「分かった。クラスのグループチャットに場所を書き込んでおく」

「了解しました」

 

 電話を切る。さて、試験が終わって油断しているところに次の試験とはなかなかに性格が悪い。だが、私に言わせればあからさますぎた。この試験、どう乗り切るかはそのルールにかかっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 20時30分。夕食を済ませ、2階へ向かう。10分前行動くらいはしなくてはいけない。既に集合していたのか、そこには葛城がいる。後は女子2名。西川亮子と矢野小春だ。いずれもAクラスでは成績上位に位置している。

 

「どうも、私が最後のようですね。しかし……結構人がいますね。恐らく偵察に来ている者でしょうけれど」

「ああ、しかしここにいる面子が皆同じ組だとすると……大分苦労することになりそうだ」

 

 Bクラスの神崎、そしてDの堀北や平田、櫛田がいる。一応ルールには目を通したので、彼らと組むことになるのはわかっている。まずは挨拶だろう。

 

「どうも、お久しぶりです。今回もお手柔らかにお願いしますね、神崎君」

「……あぁ。だが、それはこちらがむしろ言いたい台詞だ。Dには同盟を破棄され、かなり悲惨な点数だったからな」

「まぁそれは私の関知するところでは無いので」

「それはわかっている。ただの愚痴だ。俺たちは少し、守りに徹しすぎた」

「あまり、白波さんを責めないであげて下さいね。私が言える言葉ではないですけど」

「それは勿論だ。それに、一之瀬がそれを許さないだろう」

「確かに」

 

 神崎と話していると堀北にガン見されている。何かしたのだろうか。いや、前回の試験で何かしたのは事実なのだが、そんな目を見開いてみなくても良いじゃないか。

 

「どうかしましたか、堀北さん」

「いえ……なんでもないわ」

「ああ、そうですか……」

 

 いや、そんな事ないだろうと思うが突っ込むのも面倒だ。次々フロアに人が集まる中、一際存在感を放つ人物が現れた。

 

「クク。1人を除いて随分と雑魚どもが群れてるじゃねえか。足りない脳みそ使って作戦会議か?俺も見学させてくれよ」

「お前もこの時間なのか」

「はっ、だったらどうした。」「それに、1人を除いてとはどういう意味だ」

「ここにいるのは殆ど雑魚だろうよ。お前も含めてな、葛城。俺に敵うやつはいねぇ。コイツを除いては、な。流石の俺も、コイツを雑魚呼ばわりはしねぇよ。コイツは雑魚じゃねぇ。俺の倒すべき敵だ」

 

 露骨に相手にされていない様子に葛城はムッとする。龍園の目は葛城と会話しながらも猛禽のような気配をまといながら、私を見ている。顔をしかめた葛城は、腕を組みながら龍園を挑発した。

 

「この組は学力の高い生徒が集められていると思っていたが、お前とそのクラスメイトを見る限りそうではないかもしれないな」

「学力だぁ? くっだらねぇな。そんなもんに何の価値がある」

「それこそ残念な発言だ。学業の出来不出来は将来を左右する最も大切な要素だ。日本が学歴社会であることを知らないのか?」

「まぁ、学力に価値を見出すか否かは本人の送る生活環境によるでしょうね。しかし、価値がないとまでは言いきれないでしょう。人類全体で見た時に、学力は無いよりあるに越した事は無いでしょうしね」

「クク。お前がそう言うならそうなのかもな」

 

 徹底的に葛城を煽りたいのか、龍園は葛城の発言を小馬鹿にしつつも私の発言には素直に賛同した。それを理解している葛城の頭に青筋が立っている。

 

「まぁまぁそう怒らずに。そろそろ時間ですよ、行きましょう」

「……あぁ」

 

 鼻で嗤う龍園を尻目に、我々は指示された部屋の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「既に他の者から試験の内容は聞いているかもしれないがこの説明を行うことは義務付けられている。黙って聞きなさい。質問の有無を問うた時以外は、質問もしないように。尤も、答えられるかは分からないがね」

 

 用意されていた教室にはCクラスの担任・坂上先生がいた。どうやら他クラスの先生が説明を行うらしい。密室の中で公平性を保つためだろう。自クラスの教師では自クラスに有利な話をしかねないからだ。

 

「今回の特別試験では一年全員を星座になぞらえた12のグループに分け、そのグループ内で試験を行う。このグループは1つのクラスの人員のみで構成されるのではなく、各クラスから3人もしくは4人を集めて作られる試験になっている。問われるのは『シンキング能力』だ」

 

 シンキング、つまり考える力だ。そして、この辺の説明は既に聞いている。とは言え、新しい気付きがあるかもしれないので、聞き逃すことは出来ない。

 

「社会人に求められる基礎力には大きく分けて3つの種類がある。1つ目はアクション。2つ目はシンキング。3つ目はチームワーク。それらが備わった者が初めて優秀な大人になる資格を得るわけだ。先の無人島試験は3つ目のチームワークに比重が置かれた試験だった。だが、今回はシンキング。考え抜く力が必要な試験となる」

 

 団体戦であった前回に比べ、今回は小規模な団体戦と形容するのが相応しいかもしれない。アクションならば先んじるのはCクラスだろう。シンキングはAの領域だ。チームワークはBが得意としているだろう。Dは……全部欠けている気がする。全体としての団結が無いので行動が遅く、思考もバラバラ。前途多難そうだ。

 

「君たちの配属されるグループは『乙女座』。これがそのメンバーのリストになっている。この用紙は退室時に返却させるので必要ならこの場で覚えていくことを勧める」

 

 葉書サイズの小さな紙が渡される。そこにはグループ名とその所属メンバーが全クラス分書いてあった。

 

Aクラス:葛城康平・西川亮子・諸葛孔明・矢野小春

 

Bクラス:安藤紗代・神崎隆二・津辺仁美

 

Cクラス:小田拓海・鈴木英俊・園田正志・龍園翔

 

Dクラス:櫛田桔梗・平田洋介・堀北鈴音

 

 いずれも各クラスで中心的な存在の人物だろう。中心的というより高成績なのかもしれないが。と言うより、高成績な人物が総じてクラスの中心と考えて良いのかもしれない。気になる事としては、一之瀬がいないことだろうか。アイツはどこのグループに放り込まれてるんだろうか。これが各担任の作為によるものだとしたら、Bクラスの星乃宮先生がどこかここ以外に注視しているグループがあるという事になる。

 

「今回の試験では大前提としてAからDまでのクラスの関係性を一度無視することが肝要だろう。それが試験をクリアするための鍵になってくる。つまり、君たちにはこれからAクラスとしてではなく乙女座グループとして行動してもらうことになるというわけだ。試験の結果もグループ毎に設定されているので、そのつもりでいたまえ」

 

 とは言え、他のグループを無視するわけにはいかないだろう。真澄さんもいるのだし。

 

「特別試験の各グループにおける結果は4通りのみになっている。例外は存在せず、必ず4つのいずれかの結果になるよう作られている。分かりやすく理解してもらうために結果を記したプリントも用意してあるが、これに関しても持ち出しや撮影は禁止されている。この場でしっかりと確認しておくようにしなさい」

 

 

 

〈夏季グループ別特別試験説明〉

 

本試験では各グループに割り当てられた『優待者』を基点とした課題となる。定められた方法で学校に解答することで、4つの結果のうち1つを必ず得ることになる。

 

 

・試験開始当日午前8時に一斉にメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。

・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)。

・1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

・話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。

・試験の解答は試験終了後、午後9時30分〜午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

・解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。

・優待者にはメールにて答えを送る権利が無い。

・自身が配属されたグループ以外への解答は全て無効とする。

・試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 これが基本となるルールだ。これをしっかり理解しないと話にならない。優待者、というのがやはり鍵だ。話し合いとかどうでもいい。いや、よくは無いかもしれないが、必ずそれ以外にも優待者を特定できる方法があるはずだ。

 

 次の内容は4つの定められた結果についてだ。これが今後のクラスの状況を左右する。まぁよっぽどのことがない限り、大負けはしないだろうが。

 

 

 

・結果1

 

 グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、グループ全員にプライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)

 

 

・結果2

 

 優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

 

「この試験の肝が『優待者』の存在なのは明白だろう。グループには必ず優待者が1人だけ存在している。つまり優待者の名前が試験の答えでもあるというわけだ。その答えを全員で共有し、結果1で試験を終了した場合、グループの全員が50万プライベートポイントを受け取ることができる。さらに優待者には結果1に導いた褒賞として倍の100万ポイントが支給される手筈となっている。そして結果2は、優待者だと学校に知らされた者が試験終了時までその正体を悟られなかった場合に適用される。黙秘、あるいは虚偽によって試験を乗り切れば、優待者に選ばれた者のみ50万ポイントを受け取ることができるという事だ。ここまでで質問は?」

 

 先生はチラリと見まわしたが、流石のAクラス。理解できていない生徒はいないようだ。

 

「では続けよう。では続いて残りの結果について説明を行う。各自手元のプリントを裏返すように」

 

以下の2つの結果に関してのみ、試験中24時間いつでも解答を受け付けるものとする。また試験終了後30分間も同じく解答を受け付けるが、どちらの時間帯でも間違えばペナルティが発生する。

 

 

 

・結果3

 

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得ると同時に正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。

 

 

・結果4

 

 優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

 結果1と2だけなら優待者が有利なだけの試験となる。だがしかし、追加の2つのルールにより、裏切り者が出るのは必定だ。見抜いてしまえば、それで良いのだから。自クラスでさえなければそれでいい。他に必要な資格はない。優待者は大変そうだ。少なくとも、自クラス以外の人間を全員騙さないといけないのだから。

 

 私が優待者ならばまだいい。絶対に見抜かれない自信がある。むしろ見抜かれたら私の面子に関わるので勘弁してほしい。私と言うか、母国の面子にも関わるのだ。しかし、他の生徒だとこうはいかないだろう。ぼろを出すことがないと信じたいが、そうもいかないかもしれない。

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する決まりになっている。つまり優待者や解答者の名前は公表しない。また、望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わない」

 

 匿名性。なるほど、Cクラスには存在しなそうな概念だ。この試験、まず自クラスの優待者を特定できたクラスが先んじる。有利なのはBとC。前者はクラスメイトが進んで情報を差し出すだろう。後者は強制的に開示だ。Aは微妙だが、私が出せと言えば出すだろうな。Dは……頑張れ。

 

「ここまでで理解したかね?3つ目と4つ目の結果は他の2つとは異なるものになっている。グループ内でよく話し合って、どの結果を選ぶかよく考えて決めるように。最後にだが、君たちは明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かいたまえ。当日は部屋の前にそれぞれグループ名の書かれたプレートが掛けられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行うようにすること。また、室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていない。トイレなどは先に済ませてから行け。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出ろ」

 

 自己紹介の時点で問題が多そうだ。今から見えている未来だな。

 

「それからグループ内の優待者は学校側が公平性を期し厳正に調整している。優待者に選ばれた、もしくは選ばれなかったに拘らず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止とする。この点をしっかりと認識しておきなさい。以上で試験の説明は終了とする」

 

 メールは大きな証拠になるだろう。改変できないのはキツイな。コピーも封じられてしまった。偽のキーカードとか作ってた私への対策か?これ。まぁ良い。だが優待者には法則がある事は分かった。

 

 根拠は公平性と厳正な調整という言葉だ。別にそんなのしなくてもいいはずだ。例えば「乙女座グループの優待者はAクラスにいること」と決めたらその後は4人の中から誰を選んでも良いはず。しかし、そうなってはいないという事だ。つまり、何らかの基準に基づいて、優待者を決めているという事になる。

 

 そしてその法則性はクラスに関係なく適応されている、いやクラスの枠を超えて適応されているのか。だから最初の方にクラスの枠組みを無視して云々と言っていた訳だ。この学校の試験にしても教師にしても、迂遠な言い方をする。だがそれでいて、言葉には必ず意味がある。であるのならば、この言葉だって意味がキチンとあるはずなのだ。

 

 グループメンバーの名簿を見る。この中に書かれている面子内で何らかの法則性が働いている。それは他のグループも同じ。公平性の観点から見てウチのクラスの優待者は3人か。

 

 部屋を出てからも思考を続ける。物事には必ず一定の規則に則った法則性があるのだ。その規則、基準と言い換えてもいいかもしれない。それのヒントはきっと、このグループ名。もし何も基準がないなら数字やアルファベット、50音やいろはにほへとでも良いはずなのだ。ではないという事は、理由があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葛城の呼びかけに応え、Aクラスの全員が大きな会議室に集められた。流石の坂柳派もしっかり参加している。それに、前回の試験の影響でお互いの悪感情は少し減っているだろう。一部を除いては、と戸塚を見ながら思う。アイツホントにどうにかならないのかなぁ。ウチの真澄さんが顔見るたびに露骨に嫌そうな顔してるので困ってるんだが。

 

「皆、遅い時間だが集まって貰って感謝する。まず、もし疑問点があるならば共有しておきたい。何かある者はいるか?」

 

 誰も手を挙げる事がない。こういうときアベレージの高い集団は便利だ。低い集団だといちいち説明する手間がかかる。馬鹿に説明するのは骨が折れるし、まず馬鹿は話を聞いていない。

 

「それでだ、この試験における方針を定めたい。その前に、諸葛。お前の所感を聞いておきたい」

「私の?」

「ああ。前回の試験でもお前の活躍は大変大きいものだった。その慧眼を使いたい」

「分かりました。まず1番避けるべきであり、そして多く起こる可能性があるのは結果4でしょう。見抜こうとして失敗し、自爆。これが恐れるべきことであり、何も対策を練らないと多い事例でしょうね」

「ああ。だが、Aクラスはポイントを多く持っている者が多い。クラスポイントにダメージが行くが自身にダメージがないため、下位クラスではリスク度外視で動く者もいるだろうが、ここにはいないだろう。元より、諸葛の稼いだポイントを無駄に出来る者もいないだろうしな」

「だと良いのですけどね」

 

 まぁ性善説ではあるが、多分やらないだろう。彼の言った通り、私の功績を私利私欲で無にする=私に睨まれるを意味する。坂柳派の場合、もしそうなってしまった生徒がいたら速攻で切り捨てそうだ。

 

「俺としては結果1が理想だと思っている。これを目指せれば諸葛の成果を無駄にせず、守り通せる」

「だけどよ、それはAクラスだから許される方針じゃないのか?他クラスからしたら、アイツらの視点だと孔明センセのせいで大きく開けられた差を詰めないといけない。絶対受け入れてはくれないだろうぜ」

「……確かにそれも一理あるだろう。だが、そもそも対話をしなければいい話ではないか?そうすれば見抜く術は失われるだろう」

「だんまりって事か?まぁ禁止されてはいないがよ」

「いや、それは難しいかもしれませんね」

「どういう意味だろうか」

「優待者には必ず法則性があります。もしそれが他クラスに見抜かれた場合、全滅もあり得ます」

「その根拠は?」

「厳正な調整という言葉。裏返せばランダムではないと言う意味です。それに、クラスの垣根を超えてと言う言葉も、各グループにそれぞれ同じ法則がクラス関係ないグループの人員全員に適応され、それを基準に優待者が決まっているという意味でしょう」

 

 橋本は唸り、葛城も考え込む。法則性を元に優待者を導かれた場合、そのクラスの1人勝ちだ。だが、やはり何も手段が無い訳でもない。

 

 山羊座、射手座、蠍座、天秤座、乙女座、獅子座、蟹座、双子座、牡牛座、牡羊座、魚座、水瓶座。これが今回のグループ分けに使われてる星座。これ以外にも無限に星座はあるのに、敢えてこの12個を選んだことが大きなヒントになっているだろう。

 

「兎にも角にも優待者を見抜かないといけません。ですので、今から皆さんにやって欲しいことがあります。これは方針の如何に拘わらず非常に重要な事ですし、むしろ方針を決定する為に必要な事とも言えるでしょう。それと言うのは、自分の所属しているグループのメンバーを全クラス分余すことなく書いて欲しいのです。そしてそれを私に下さい」

「それは構わないと思うが、何をする気だ?」

 

 葛城が訝し気な顔をしながら私に問う。クラス全員の視線が私に向けられた。この手の物事には必ず法則性があり、理由がある。ならば、人の手で作られたそれを看破するのは不可能ではあるまい。視線を一身に浴びながら私は告げた。

 

「優待者が発表される前に、優待者を当てにいきます」




原作通りでは無いです。実は私は船上試験と敢えていつも言っていました。その訳がこれですね。

こうした理由は簡単。だって干支だと一発で看破しちゃいそうなので。中国人に中国由来の概念を与えたらだめですよね、そりゃ。

作中では出てこない裏設定ですが、無人島試験で300ポイントとかいう訳分からん点数出したヤバいのがいるので仕方なく元々干支だったのをこれに変えたという設定があったり。難化させたっていう訳ですね。


やっとアニメのところまで入れました。ちなみに今作がアニメだと、あのOPのスマホくるくるしてるシーンが孔明に差し変わると勝手に妄想してます。具体的には前半部分で真っ黒い背景に多数の英文と公式と漢文が浮かび、それをバックに孔明が暗黒の中にある光に手を伸ばすみたいな感じに。後半は手を伸ばしたところから彼の姿勢が変わり、真澄さんと背中合わせになってるシーンになるんじゃないかなぁと。二次創作作者あるある、『自分の作品がアニメだったらを考える』のコーナーでした。

なお、私は2期のEDの階段は高い位置ほど現在の実力を表していると考察してるんですけどどうなんですかね。


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28.ゾディアック

戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず。

 

『武田信玄』

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「優待者が発表される前に、優待者を当てにいきます」

 

 とまぁ大言を吐いたわけだが、これで当てられないと私の沽券にかかわる。不可能であるとは思っていないが、タイムリミットがあるのが非常に面倒だ。これさえ無ければもう少し余裕をもって色々出来たのだが。

 

 現在時刻は22時。明日の朝8時に優待者はメールにてそれを知らされることになっている。つまり、制限時間は10時間。この間に何としてでも法則性を見つけなくてはいけない。恐らく結構遅くまで起きている、なんなら徹夜になるだろう。そんなゴソゴソ夜中までやっているのも同室の人に申し訳ないので、今は誰もいない船内の図書館に居た。こんなところを利用している物好きはいるんだろうか。

 

 ふわぁ~と大きなあくびが聞こえる。帰っていいと言ったのだが、付き合うと言って真澄さんは一緒に来ていた。話している間に何かヒントが見つかる可能性もあるので、別に悪い事ではないのだが。

 

「で、何か糸口はあるわけ?」

「無い訳ではない。このグループ名、これが糸口だ」

「理由は?」

「もし何の意味もないなら数字やアルファベットで良いだろう。にも拘らずわざわざ面倒な星座にしている。これで意味がないとしたらもうそれはお手上げだからな」

「じゃ、その星座に意味があるって事か……。でもなんでこの12個?星座ってもっとあるでしょ」

「ああ。国際天文学連合によれば現在公式登録されているのは88個だ。その中から12個、ともすればこれはサインだな」

「サイン?あの有名人の名前書く奴?」

「違う。サインは占星術の用語だ。西洋占星術などにおいて、黄道帯を黄経で12等分したそれぞれの領域を指す。黄道帯は、天球上の黄道を中心とした、惑星が運行する帯状の領域の事だな。宮と呼ばれていて、正確には星座では無いんだが……。とは言えこの12個の星座と関連性があるのはこのサインくらいしかないだろう」

「やっぱりこの12個が順番を示してるって事でしょ?」

「そういうことになるだろうな。何とかしてこの12個に数字を当てはめないといけない。とは言え……サインと対応できそうなものはたくさんあってだな。例えばサインの基点は白羊宮、簡単に言えば牡羊座で始まるわけだが、それ以外にも二十七宿やらエレメントやら惑星やら身体部位やらととにかく色んなものと関連している」

「誕生日って事もあるんじゃない?星座ってよくそれと絡めるでしょ、占いとかで」

「あぁ……そっちもあるのか。グループ名の星座と対応する誕生日の人が優待者の可能性もあるな」

「洗い出してみる?Aクラス分の連絡先はあるし、そこに誕生日も書いてあるから」

「仕方ない。やってみるか」

 

 手分けして1つ1つのグループのを当たってみる。他にも何人か連絡先を持っている他クラスの人間の分を合わせて確認していった。

 

「あーダメだ、早速被ってる。山羊で被りがある」

「こっちも水瓶で被ってる。違うみたいね」

「そう簡単にはいかない、か」

 

 これが違うとなると、やはり数詞的要素を当てはめないといけない。サインに順番的なものがあるとするならば白羊宮(牡羊座)を基点にしたやつくらいなものだが。黄経の360度を12に分けたものだ。というか今更だが誕生日説はやはり無い。誕生日は太陽がそこの領域を通過する期間を元に当てはめているのだろうが、その期間はトロピカル方式とサイデリアル方式の2種類がある。どっちが正しいと言う訳でもない以上、どちらかを採用すると言うのならそれ相応の根拠を示さないといけない。もしくはヒントを。

 

 記憶の中に何か違和感やヒントが無いかを探る。あの時見せられたルールの書いた紙。そこには12個のグループ名も並んでいた。上から順番に山羊座、射手座、蠍座、天秤座、乙女座、獅子座、蟹座、双子座、牡牛座、牡羊座、魚座、水瓶座。

 

 そこで思う。なぜこの順番なんだ?牡羊座を基点にするならば牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座にしないといけないはずだ。にも拘らずこの順番ではない。偶然か?それとも適当に並べただけ?いや、必ず意味はある。こういう物には法則性があると決まっている。さもないと公平性やらを唱えている学校の理念と一致しない。

 

 表示されている星座の順番に意味があるはずだ。山羊座、磨羯宮、ラテン語ではCapricorn、膝を表し、自我を意味する。性質は活動、性別は女性、崇禎暦書によれば十二辰は子。……十二辰?

 

 ピンと頭の中で線が繋がった音がした。十二辰は天上の方角を表したもの。地上の方角である干支と同じ。射手座は丑、蠍座は寅、天秤座は卯、乙女座は辰、獅子座は巳、蟹座は午、双子座は未、牡牛座は申、牡羊座は酉、魚座は戌、水瓶座は亥。見事に順番通りだ。まず間違いない。これだ。これが正解のはず。

 

「解けた」 

「!?……マジで?」

「ああ、大マジだとも。これはルール説明の時にグループ名が書かれた順番にヒントがあったのさ」

「順番?山羊座、射手座、蠍座、天秤座、乙女座、獅子座、蟹座、双子座、牡牛座、牡羊座、魚座、水瓶座ってやつ?」

「そう。本来サインの基点は牡羊座だ。そこから書き始めないといけない。にも拘らずそうなっていない。これは十二辰、天上を12の方角で割ったものと対応する順番だ。そしてその十二辰は十二支と同じ。つまり……」

「この星座の順番はイコールで十二支の順番と同じって事?」

「そうだ。だから数字に直す事も出来る。子は時刻だと最初に当たる0時を指しているだろう?この場合は1だが始まりという意味では同じだろう」

「ああ、古文のヤツね。丑三つ時とかの」

「その通り。さて、これで星座の順番の意味が分かったわけだが、今度はその数字がどう使われているのかを探らないといけない」

「うーわ、まだあるのか。面倒ね。出席番号順とかなら分かりやすいのに」

「ウチの学校にはどういう訳か存在していない概念だしな。席順も出席番号に沿ったものではないし、そもそも出席番号だとクラスの垣根を超えたことにならない」

「それもそうね」

 

Aクラス:葛城康平・西川亮子・諸葛孔明・矢野小春

 

Bクラス:安藤紗代・神崎隆二・津辺仁美

 

Cクラス:小田拓海・鈴木英俊・園田正志・龍園翔

 

Dクラス:櫛田桔梗・平田洋介・堀北鈴音

 

 与えられたグループのメンバーリストを見る。このメンバーをどうにかして順番に入れ替えないといけない。単純に考えるなら、Aクラスの最初に書いてある葛城が1番目。だから乙女座の場合5番目、Bクラスの安藤が優待者になる。

 

 それだと簡単すぎる。クラスの優待者を把握できる人間、例えば一之瀬や龍園が見たらすぐ気付いてしまう。例えば龍園の場合、蟹座・双子座・牡牛座とCクラスの人間が並んでいたら、その前3つがBで後ろ3つがDだと予想するだろう。もしBかDにCのスパイでも居た場合は、それを裏付けてしまう。いるとすればDだろうけども。

 

 それに、7番目である蟹座グループはこの理論だとCクラスが優待者だが、Aクラスが3名、Bクラスが4名いるため7番目の生徒はBになってしまう。よって違うだろう。

 

 何か条件があるはずなんだ。このメンバーの中で優待者を特定するための条件が。そしてそれは何らかの順番になっていて、乙女座グループの場合、5番目だ。

 

「うーん、これは難しい。灰色の脳細胞もお手上げだ」

「ま、仕方ないんじゃない?そんな簡単に当てられるようには出来てないでしょ」

「それはそうなんだがな……」

 

 何かが頭の中で警報を鳴らしている。そこに答えがあると、長年の経験がそう叫んでいるのだ。先ほどの真澄さんの言葉も頭の中で明滅している。「出席番号順」。彼女はそう言った。そうだ、出席番号。これがヒントになる?カチカチと時計の針が動く音がする。はまりかけているパズル。もうすぐで答えが見えそうだった。

 

 そうだ。出席番号。これに関して連想していく。私はいつだったか、真澄さんにそんな話を……そう、出会った時だ。銃で脅して部屋に入れた時、私は彼女を脅迫した。彼女の親族や家族を使って。その時私は何て言った。彼女の従弟の個人情報の中で。……『千葉は誕生日順なのか』と言ったんだ。裏を返せば他はそうではないから言った。珍しかったから。他の県の出席番号は私の知る限り大抵―――――名前順。

 

「見えた」

「ホントに?」

「ああ。真澄さんのおかげだ、ありがとう」

「??」

「出席番号順、あれは間違いじゃなかった。いや、正確にはこの学校に存在しないものだから違うんだが、答えとなるのはその決め方だったんだ。だから出席番号順という言葉が大きなヒントになった。真澄さんの学校はどうやって決まってた?」

「五十音順だけど……?」

「そう。五十音順。今回もそれなんだよ。クラスの垣根を超えるって言うのはそういう意味だ。しかも、ご丁寧にグループメンバーリストは名前順になってるじゃないか。五十音順に名前を並べ替える。そうすると、各クラス均等に優待者が配置されているはずだ。調べるぞ」

「分かった」

 

 私は前のグループから。真澄さんは後ろのグループから。クラス関係なく五十音順にする。そして、星座に対応する十二辰に対応する数字を入れていく。作業が終わった後は確認だ。赤ペンで丸を付けた人間が均等に各クラスに居るか。1つの例外も無いか。

 

 そして――何1つ例外なく、全てのグループにこの法則が当てはまった。各クラス均等に優待者がいる。法則性に当てはまらないグループは無い。何度も何度も確認して、不備がない事が分かった。これが正解だ。

 

「予想終了だ。不備はない。よって、優待者全12名は全てほぼ99%特定完了した」

「お疲れ様。流石ね」

「いや、普通に思考の坩堝に入りかけていた。助かったよ、やはり、ホームズにしろモリアーティーにしろ、1人では動けない。頼れる相棒が必要という訳だ」

「ま、今回の私は何気なく名探偵コナンで言うところのヒントを言う人になってたわけだけど」

「それだって大事なことさ」

 

 ふぅと溜息を吐く。分かってしまえば簡単なものだった。しかし、ほぼノーヒントの状態でここまで持っていくのは面倒極まりない事だ。出来ないとは言わないが、人生には出来る事と出来ないことの間に出来るけどやりたくない事が無数に存在している。これはその1つと言えるだろう。自クラスだけでも優待者が発表されていたのならばもっと楽だっただろうけれど、生憎それでは少し遅い。

 

「で、当てたはいいけどこの後どうするの?」 

「正解かどうかの確認は8時に出来る。だが、それを待たずしてやることがある」

「なに?脅迫とか?」

「驚いた。ほぼ正解だ。なんでわかった?」

「情報を持ってる優位性をどう活かすかって言ったら、自分だけ秘匿するか、それを元に相手を脅すか、公開して試験を破綻させるかのどれかでしょ。1番今回に使えそうなのが2番目だから、それかなって。それに、大勝するなら相手を動揺させつつ出方を見れる上に下手な行動を牽制出来る2番目が最適でしょ」

「Excellent」

「どうも」

「7時くらいにAクラスの全員を叩き起こす。そして答え合わせをしつつ、他クラスの優待者の連絡先を知る。誰か1人くらい知ってる奴がいるだろ。そうしたら、そいつらに匿名で『お前が優待者だ』って送り付ける。7時59分に、な」

「そうすれば、送り主は不明だけど少なくとも誰かが優待者発表前に優待者を見抜いてたって証明になる。そうなると各クラスは対応を余儀なくされるって事ね」

「その通りだ」

「はー性格悪い。まぁでも、それで勝てるなら良いか」

「そういうこと。さぁて、明日に向けて寝るとしますか。いや、もう今日だな」

 

 いつの間にか日付が変わっていた。おやすみ~とあくびをして去っていく真澄さんを見送る。今回は大分助けられた。無意識にだろうが何だろうが、ヒントをもらえたことに変わりはない。それに、随分と思考力も育っている。これは選んで正解の部下だ。素晴らしい。誇らしい気持ちになってくる。

 

 だがしかし、1つだけ言っていないことがある。このまま大勝は危険だ。勝ちすぎても良くない。かと言ってボロ負けもいかん。勝ちすぎると全てが敵になる。最悪、Aクラスを潰してからその後の事を考えようと言ってB・C・Dが包囲網を組んでくる可能性もある。そうなると危険だ。Cがなりふり構わなくなると、Aクラス内にも少なからず被害が出るだろう。まずやられるのは間違いなく真澄さんだ。

 

 私は武力が未知数。だが、真澄さんの武力はどこまで行っても限界がある。それは流石に見抜かれているだろう。私にほぼ死角はない。Cクラスの全員が殴りかかって来ても勝てるだろう。だが、彼女だけは私の唯一のウィークポイントだ。そこを狙われるとマズい。ボロ負けした結果、無敵の人になられては困る。ただでさえこの学校は閉塞的でストレスの溜まり易い空間だ。多感な時期の人間がその閉塞感の中でストレスを貯め続けると、いつか爆発する危険がある。それは避けねばならない。

 

 Cは知らん。暴力がある限り龍園は負けないだろう。問題はBとDだ。元々ガタガタでそれ以外にも問題を抱えているDだが、ここで決定的な敗戦になると崩壊しかねない。それに、Bもだ。一之瀬の求心力が下がり、空中分解してしまうかもしれない。そもそも私の目的は高度育成高等学校の内部調査と生徒の実力把握。後者はなるべく最大値の物をという指令だ。なので退学者は避けたいのだが……。

 

 あと、もしB~Dクラスが戦意を喪失した場合、坂柳が発狂してしまいそうだ。流石にそれは可哀想になってくる。それに、学校側も問題視するかもしれない。上手く調整が必要だろう。他クラスが崩壊しない程度に甘い汁を吸わせる必要がある。なかなか厄介な事だが、どうにかすると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 7時半。先日の会議室にAクラスの生徒が揃っていた。ロの字型に作られた机の一番目立つところ。議長席に私は座っている。斜め後ろには秘書みたいな雰囲気を醸し出している真澄さん。橋本が右側の私に一番近い位置、葛城がその向かい側だ。誰もが少し緊張した面持ちでいる。

 

「おはようございます。今日は試験日となりました。皆さん、よく眠れたでしょうか。そして私は、優待者をほぼ99%特定することに成功しました。まだ確定ではありません。学校から発表されるまで、完全な特定とは言えません。しかし、法則性から見て間違いないでしょう」

 

 ざわざわとざわめきが起こる。自クラスの優待者というサンプルケースがあれば、当てられる生徒もいるかもしれない。だが、それもない状態なのでクラスメイトからは半信半疑に思われてたようだ。

 

「今から各グループの優待者を発表します。書いた紙はこの場で回収しますので、よく覚えておいてください。赤い丸が付いている人がそれです」

 

 全グル―プ分のメンバーリストと優待者の書いた紙を渡す。

 

「それを元に、これより匿名で他クラスの優待者宛てにメールを送ります。連絡先を知っている人は教えてください」

 

 続々と連絡先が集まってきた。何とか全員分確保できたようだ。これで誰も連絡先を知らない人間が優待者だった場合、非常に苦労することになっていた。櫛田や一之瀬のように多くの連絡先を知っていることもアドバンテージとなるのだろう。

 

「その上で、これからの試験方針に提案があります。今回は下位クラスにも多少甘い汁を吸わせる結果にしましょう」

「どうしてだ。勝てるならばそれに越した事は無いだろう。話し合いなどせずに、一気に優待者を送信してしまえば、今日中に試験が終了するぞ」

「ええ。それも1つの正解でしょう。しかしそうなると、Aクラスは圧倒的首位。今後の試験では全クラスから敵視されるでしょうね。これは少々厄介だとは思いませんか?龍園君などは手段を益々選ばなくなるでしょうし、危険です」

「……包囲網を組まれる、という事か」

「はい。葛城君が指揮するにしろ、坂柳さんがやるにしろ、あまり良い事とは思えません。龍園君の事です。葛城君や私はともかく坂柳さんなど絶好の狙い目ですね。ああ、勿論暴力的な意味で、ですが」

 

 私の本心は坂柳などどうでもいい。龍園にボコされようが知った事ではない。本音は真澄さんの保護が第1目標だ。だが、多くを納得させるためには嘘も方便である。『坂柳がやられるなら別に良いじゃないか……葛城さんには有利だ』と周りに聞こえない声で唇を動かしている者もいるようだが。お前はさぁ……私ですらこうやって取り繕ってるのに。

 

「それは看過できない事態だな」

「ええ、葛城君の仰る通り。Aクラスは高い壁だけれども、頑張れば越えられない事も無いかも、という距離感が1番安全では無いかと。戦いは五分の勝利をもって上とする、という言葉もありますから」

「では、先ほどのメール作戦はあくまで牽制か?」

「そうなりますね」

「第1回のディスカッションでは様子見で行く。優待者の情報を持っているのだから、その優待者の様子を窺いながら周りに合わせる方針で行くのが最善だと思うが。その後、グループの様子を報告してもらい、再度どの程度他クラスにポイントを与えるか作戦を練る。これが最善だと思うが」

「私は元よりそのつもりです」

「橋本、お前はどう思う」

「まぁそれで良いんじゃねぇのか?一気に決めるのも爽快だけどよ。一応観察してみねぇと、万が一孔明センセの見抜きが違った場合に対応できないだろ」

「まさしくその通り。では皆さん、どうですかね。何かご意見のある方は?」

「話し合いの主導権は握った方が良いのか?」

「グループにお任せしますが……町田君のところには一之瀬さんがいるので、少し難しいかもしれません。その場合は、取り敢えず、様子見で」 

「分かった」

「他に何かある方は?」

 

 特に誰も手を挙げない。方針については徹底させられるだろう。両派閥の代表者の賛同と私の提言。逆らえるなら逆らって欲しいくらいだ。

 

「では、よろしくお願いします。間もなく8時ですので、私の予想の証明のために此処に残っていただければと思います」

 

 それまでの間は思い思いに会話をしている。主導権を取りに行くのか、それとも黙ってみているか。各々のグループのメンバーによってその方針は変わるだろう。私はその間メールを作成している。

 

 時間が7時59分になった瞬間に匿名で一斉送信した。発信元は学校でないと特定できない。その1分後、全員の携帯が鳴る。急いで確認した。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの1人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。乙女座グループの方は2階乙女座の部屋に集合して下さい』

 

「わっ!」

 

 驚嘆の声が聞こえる。その生徒は私が優待者だと予想したAクラスの人間。手を震わせながらそのメールの文面を見せてくる。そこには優待者であることを示す文面が書かれていた。他の2名も同じ。この試験は公平性を重視している。他クラスの優待者も同じ条件で公平に選ばれている。よって、私の予想は完全に正しかったことになる。

 

 様々な感情の目線が私を見る。それに応えるように、私は薄く笑いながら言った。

 

「証明完了」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は12時58分。私はパソコンを小脇に抱えながら指示された部屋の前にいる。あと2分で試験が始まる。葛城達には先に行ってもらった。恐らく大抵の人間は10分くらい前に着いているだろうと思われる。敢えて少し遅めに行くことで、余計な追及を避ける狙いがある。葛城達には上手く誤魔化してくれるように頼んだ。彼らは優秀だ。それくらいの事は出来るだろう。真澄さんは大丈夫だろうか。少し心配になるが、彼女は優待者ではない。なので、そう悪い事にはならないはずだ。

 

 12時59分。ドアを開け放つ。既に私以外のメンバーは集合していた。テーブルは中華テーブルのように円形の形をしている。そこに座っているメンバーからは、色んな思惑の籠った目線を感じる。それを一身に浴びながら、私は空いている席に座った。隣は葛城。もう反対側の隣は堀北だった。私が座り、脚を組んだところでアナウンスが鳴り響く。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 簡素なアナウンス。多くは語らないという事か。誰もが様子を窺う。そりゃそうだ。初対面の者もいるし、状況も相手の人柄も良く分からない中では誰も話し始めない。だからこそ率先することに意味がある。

 

「では、自己紹介を始めましょうか。私はご存じの方も多そうですが一応。諸葛孔明と申します。初めての方はよろしくどうぞ」

「Aクラス、葛城康平だ」

「西川亮子です」

「矢野小春です、よろしくお願いします」

 

 Aクラスが先手を取ったが、その後にすぐBクラスも続く。Cクラスも一応やるべきことはやった方が良いと判断したのか、名乗りはした。最後にDクラス。これで一応の義務は果たしたことになる。この後は何をするにしても自由だ。

 

「どんな結果を目指すとかそんな事よりも先にまず聞かねぇといけないことがあるよなぁ」

「そうね。非常に業腹だけれども、今はあなたに同意するわ、龍園君」

「あの怪メールを送り付けたのはお前か?諸葛」

「怪メール?あぁ、あの妙なメールですか。私のところにも、クラスの方から相談が来ましたよ。私としては、君の仕業だと疑っていたんですけどね、龍園君」

 

 私の予想が正しければ、このグループの優待者は櫛田だ。彼女の様子は特段おかしなところは無い。しっかりメールは届いているはずなので、もし本当に優待者ならばたいした度胸だ。もしくは演技力が優れているのか。

 

「惚けるのもいい加減にしろよ」

「そんなつもりは無いのですけれどね。それに、君と共に詰問してくる堀北さんが実は……という可能性だってあるのでは?」

「鈴音は真面目ちゃんだ。そんなことができる器じゃねぇ」

「しかし、現に君は無人島試験においてDクラスにもリーダーを特定されたそうじゃないですか」

 

 ポイントの内訳は既に細かく公表されていた。

 

「あぁ、そうだ。だが、少なくともコイツじゃねぇのは事実だ。Dの中にも俺を嵌めたヤツがいる。だけどよ、明らかに怪しいのはお前のはずだぜ」

「ふ~む、困りましたね。どうしたものか」

「まぁまぁ、証拠も無い事で言い争っても仕方ないんじゃないかな」

 

 見かねた平田が仲裁に入る。この男はこういうタイプなのだろう。クラスの中心には立てるが、決定権は持たせない方が良いタイプの人間だ。

 

「チッ、いつか化けの皮剥がしてやるよ」

「そう言われましてもね」

「この際この件は一旦横に置きましょう。私たちのするべきことはこの試験をどうするのか。これを決める事よ。そして、私たちDクラスは結果3を狙っているわ。勿論、私たちが裏切る形で」

「そうだろうな。裏切りは得意だろう?」

 

 神崎が堀北に嫌味を言う。確かにBは前回の試験で全クラスから叩かれていた。それでもポイントが残っていたのは凄い事だと素直に思うが、彼らの中では当然腹の虫は治まらないだろう。

 

 しかし、いきなり裏切りますと宣言するとは大きく出たな。龍園ですら、軽く驚いている。とは言え、裏切るにはそれ相応の根拠が必要だ。

 

「結果3を狙うのは良いですが、全クラスの優待者を当てる事が、貴女に出来るんですか?」

「ええ、勿論よ。私たちは既に、全クラスの優待者の情報を持っているもの」

 

 次は私が目を見開く番だった。




なんでこんな無理矢理な当てはめを学校がしてるかって?そりゃあ急ピッチで作ったからです。12で割るのをもう決めていた上にそれを元にメンバーを決めていたので、もしこっからいじると各クラス均等に優待者がいなくなってしまう場合が発生したため、メンバーも変更しないといけなくなり、そのメンバーや優待者も今更作り直す時間がなく、仕方ないので干支に対応しているものを持ってきたわけですね。全部孔明とか言う奴が原因です。





おまけ

<その頃の坂柳>

 あのメールが諸葛君より送られてから、どういう訳かお風呂で気配を感じたり、テレビが砂嵐になっていたり、電気が勝手に消えたりします。金縛りも経験しました。助けて下さい、誰か……。早く帰って来て……。


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29.7時59分

感想欄で堀北さんへの信用が無さ過ぎて爆笑してました。

あ、そうだ(唐突)。私、19歳になりました。家族に誕生日を忘れかけられたので誰か祝ってください……。


凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ

 

『孫子』

――――――――――――――――――――――――

 

 第1回目グループディスカッションが始まる数時間前。午前7時30分、カラオケルーム。Aクラスが大会議室にて諸葛孔明主導で会議を行っている中、Dクラスの面々はここに集合していた。先の試験で2位。トイレ紛争に始まり、下着泥棒やらマニュアル炎上(これは綾小路の自作自演であるが)などの多数ある問題を辛くも(ほぼ綾小路と少し堀北・平田・櫛田のおかげで)乗り越えたDクラスは、予想外の結末に歓喜していた。

 

 綾小路の作戦により、今回の仕掛け人は堀北であることになっている。クラスを早々に自分も含めて団結させないといけないと感じた綾小路は堀北をクラスの代表にすることを選んだのである。少なくともBやCを出し抜いたことは彼らにとって大きな自尊心になっていたし、Aクラスの超有名人・諸葛孔明がDクラスのリーダー指名を回避したというのも、1位では無いものの強者に1本取ったような気分にさせていた。

 

 そんなこんなでほぼ最下層を彷徨っていた堀北の人望は急激に上がりつつある。それは綾小路の意思に乗せられているとはいえ、堀北本人にとっても歓迎すべきことだった。使える物はなんでも使わないと諸葛を出し抜けないと分かっているからである。高くなった人望故に、Dクラスの面々は素直に招集に応じたのだった。高円寺を除いてではあるが。

 

 朝っぱらから呼び出したにも拘わらず応じてくれたことに謝意を述べつつ、堀北は話を始めた。

 

「まずは集まってくれてありがとう、と言わせてもらうわ。その上で、早速本題に入らせてもらいたいの。今回の試験についてよ。前回の試験、この結果についてどう思っているかしら」

「どうってそりゃあねぇ……」

「まぁ俺たちにしては頑張ったんじゃねぇの?」

「そうそう。結局、どこのクラスもうちらのリーダーを当てられなかったしね」

 

 口々にDクラスの面々は言う。半分くらいは特に頑張ったと言えるほどの功績は無いのだが。

 

「ええ、そうね。この結果は5月に0ポイントを叩き出したクラスとしてはよくやったと思う。でも、私は満足できていない。これではAクラスに上がるには、到底足りないもの。……けれどこれは私の個人的な願望。それに付き合わせるのは忍びないと考えていたわ。Aクラスというのは高すぎる頂き。そして、それを目指すのは並大抵のことではない。その前にCクラスやBクラスといった難敵が立ち塞がっている上に、それを上手く乗り越えたとしても、その先に待っているのは平均学力が最も高く、その中でも突出した英傑が率いるクラスだもの」

 

 この言葉にDクラスの空気は重くなる。事実、第2回目のこの試験が無かった場合でも、Dクラスの獲得ポイントを合わせたクラスポイントはCにすら届かない。Aクラスに至ってはDの4倍以上のポイントを持っているのだから。

 

「それでも私はこのクラスがAになれると信じている。学校の意図を考えれば、その思いが尚更強まった。考えても見ましょう。私たちは、何かしらの問題があってこのクラスに配属された。けれど、多くいた受験生の中にはきっと、私たちより瑕疵のない人間がいたはず。にも拘わらず私たちが合格した。だからこそ言える。学校は、逆転を起こせる人間をここに配属した。このクラスには、そのポテンシャルがある!」

 

 ここで1度堀北は言葉を区切り、全体を見渡した。

 

「ただ、私にAを目指すよう強制することは出来ない。そうであっても私に協力してくれる人は、ここに残って欲しい。どんな目的でも構わないわ。ポイントが欲しい、将来のため、見返してやりたい……理由なんて極論何でも構わない。それでもAを目指したいと思ってくれたなら、残って欲しい」

 

 彼らは落ちこぼれが多かった。問題があって配属された生徒よりも、純粋に実力のない生徒の方が多数派だ。そんな彼らも、先の試験で少しだけ希望が見えた。だからこそ、この言葉は響いていた。そして、人は自分で決めた道だと、それがどんなに厳しいものであっても受け入れてしまうという習性がある。自分で決めた道だから、と苦難を正当化する。だから、彼女は自分の意思で選ばせた。その演説の後ろに、綾小路のアドバイスがある事は言うまでもない。

 

 最初に堀北に少なからず思いを寄せている須藤が賛成した。それに池や山内が続く。流れが堀北側にあると読んだ櫛田がそれに乗っかった。平田は元より賛成派に近い。去る者はいない。大勢は決したのだった。

 

「……ありがとう」

 

 こうしてDクラスは全員の賛同によって優待者を把握する方針に舵を切った。そうすることがAへの近道であると説明されたからである。そして運命の7時59分。諸葛孔明による怪メールが天秤座グループの軽井沢、乙女座グループの櫛田、蟹座グループの南の元へ送られてくる。その直後、学校からの正式なメールが全員に送られてきた。

 

 望む望まないに拘わらず優待者になってしまった3人は、その2つのメールを堀北に見せた。

 

「これは……7時59分。という事は、学校が発表する前?発表する前に優待者を当てていた人物がいた、という事ね」

「え、それヤバいんじゃない?」

 

 軽井沢の反応は瞬く間に伝播した。誰も考えもしなかった。優待者は学校から発表されるのを待つ。それが彼らの『常識』だったのだから。冷静に綾小路は思考する。こんな常識破りをやる、しかもサンプルケース無しというぶっ飛んだ賭けに出れるのは現在それが出来る余裕と智謀を持つ人物。諸葛孔明だと結論づけた。ざわめくクラスで綾小路は口を開く。彼自身の発言権も、一定以上に上げる必要があると思っていたからだ。

 

「堀北、そこまで慌てる必要は無いんじゃないか」

「どうしてかしら。私たちは優待者を当てられているのよ?」

「逆に考えろ。この送り主が速攻で決める気なら、既に試験は終了している。つまり、まだ交渉の余地があるという事だ。それに、これで1つはっきりしたことがある」

「どういうこと?」

「優待者を当てるための法則性が存在しているという事だ。当てずっぽうで3人とも的中はあり得ない。少なくとも、発表される前に当てるに至れる思考の道筋があると言える」

「そういうこと……」

「この送り主とは違い、俺たちにはサンプルケースもある。学校は各クラスの公平性を謳っていた。全クラス・全グループにおいて条件は同じはずだ」

 

 綾小路の発言に、クラスが静まる。今まで目立たない生徒だった彼の思わぬ発言に注目が集まっていた。堀北のある種のブレーンとも言えるし、助言役ともいえる。彼らから見た綾小路の姿はそんなものだった。

 

「……あなたに法則性が見抜ける?」

「何とかしよう。もしディスカッションまでに終われば良いが、もし無理ならそれまでブラフを張るなどして耐えてくれ。お前のところには、あの男がいるからな」

「ええ、そうね。どうにかするわ」

 

 ホワイトルームは与えられた問題に最適解を導くように育てる組織と言える。そこにあった問題は全て正解が存在していたともいえるだろう。そのため、この種の正解がある問題においては綾小路の方が優れていると言えよう。なんならサンプルケースのおまけ付きである。反対に諸葛孔明は正解のない政治や軍事において真の意味での高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することを出来る人間に育てられたと言えるだろう。器用貧乏から貧乏を取ればそれはもう変人なのだが。

 

「聞いてちょうだい。確かに先んじられたのは事実。けれど、まだ負けたわけではないわ。ここからは各グループにしか任せることは出来ないけれど、一応の方針を示しておくつもりよ。取り敢えずは、1度解散して、何も知らないフリをしましょう。決して先走って裏切らないようにお願いするわ」

 

 無人島試験の立役者(という事になっている)人物からの激励に、もう1度やる気を取り戻りたクラスメイト達。かくしてかりそめの団結を見せつつ、獅子身中の虫を抱えながらDクラスは初回のディスカッションへと駒を進めることになる。この間、綾小路は必死に解読にいそしんでいた。とは言え、解けてもすぐに教える気はない。大勝してCに上がれたとしても今のDクラスにそれを維持する能力がないと考えているからだ。彼の計画では、今年度中にCに上がれば御の字である。

 

 

 

 

 

 

 

 ついで堀北は招集を無視した高円寺の元を訪れていた。

 

「見つけたわよ、高円寺君」

「おや、堀北ガール。どうしたのかね?」

「あなた、招集を無視したわね?」

「ふぅむ、私は生憎と所用があったのだよ」

「まぁそれは良いわ。あなた、優待者じゃなかったわね。ついでに言っておくと、あなたのいる牡牛座グループに、Dクラスの優待者はいないわ」

「ほぅ?」

「あなた、この試験をクリアする自信はある?」

「クリアの定義にもよるがねぇ」

「裏切る、という意味で捉えて貰って構わないわ」

「あぁ、それなら容易い事だろう。この試験は、嘘つきを見分けるゲームなのだろうからね」

「そう。では、行けると思ったらそうしてもらって構わないわ」

「私の独断専行を許すのかね?」

「そうよ。今は少しでも勝ち点が欲しい。あなただって、メリットのある話でしょう?」

「元よりそうするつもりだったがね」

「なら、頼んだわ」

 

 去り行く堀北の背中を、高円寺は興味深そうに見る。

 

「堀北ガール。この私が1つ、助言をしてあげようじゃないか」

「何かしら」

「本質が違うものを目指すのは徒労だという事さ」

「……それはどういう意味?」

「さもなくば、ミスター諸葛には勝てないだろうね、フハハハハハ」

 

 不遜に笑いながら、彼は泳ぎに行ってしまった。その姿を見ながら、彼の言葉をなんとか解釈するべく、堀北は頭を動かしていた。

 

 

 

 

 堀北鈴音がまだ未覚醒であるとは言え、潜在的な先導者(リーダー)なのだとしたら、諸葛孔明は教導者(ティーチャー)なのである。その差を、まだ彼女は知らない。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 7時59分。この時刻はCクラスにとってもまた、大きな転換点を迎える時間だった。自クラスの優待者を把握するために全クラスメイトを集合させていた龍園にとって、送られてきた怪メールは衝撃的なものだった。だが、同時にこれの送り主にはすぐに検討が付いた。一気に決めに行かないという事は、それなりに余裕があるクラスの人間だと推理したのだ。つまり、送り主はAクラス。坂柳が未参加の現状、諸葛孔明以外に居るはずもないと判断している。

 

 どうするべきか、恐る恐る指示を待っているCクラスの生徒。その不安げな眼差しを無視するように龍園は笑った。これで1つの確証が得られたからである。そして、それを証明できるであろう人材も、彼の元に既にいた。

 

「おい、慌てるな」

「で、でも龍園さん……」

「聞いてねぇのか石崎。慌てるな。これを送った奴は俺たちに重大なヒントをくれたのさ」

「ヒント、ですか?」

「あぁ。こいつは優待者の発表前に優待者を当てた頭のおかしい奴だ。だが、勘で当ててねぇなら、当てるための方法があったはずだ。この試験の優待者。これには何らかの法則性がある」

 

 龍園の理論はまさにその通りであり、また筋道も立っているので生徒たちも納得の表情であった。しかし、このままでは一方的に送り主とその人物が所属する集団が有利なだけ。自分達もその法則性を当てないといけない。

 

「こいつを解かないことには、この頭のおかしい送り主には勝てねぇ。お前なら解明できるだろ?なぁ、ひより」

 

 龍園翔も一目置くその人物は、ため息を吐いた。

 

「お前が争いごとが嫌いなのは知ってる。だが、これはクラスのための事だ。やらねぇとどうなるか。分かるよな?」

「…………はい。分かりました」

「いい返事だ」

 

 Cクラスもまた、法則性の解明に動き出したのだった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「ええ、勿論よ。私たちは既に、全クラスの優待者の情報を持っているもの」

 

 この言葉が堀北の口から出てくるとは予想だにしていなかった。その為、私は目を見開く。堀北鈴音。冷静そうに見えて意外と短気な直情型でしかないと思っていたが、まさかブラフを使い始めるとは。ウソの苦手そうな顔で良くもまぁ。正直感心してしまった。

 

 場の空気も驚きというよりかは困惑している。あの龍園が眉をひそめているくらいだ。神崎は微妙な顔。櫛田は顔が笑顔で凍ってる。葛城もあきれ顔だ。

 

「なにかしら」

「いやぁ、その理論だとあの怪メールを送ったのは堀北さんたちDクラスという事になりますが?」

「いいえ。それは違うわ」

「いや、その理屈はおかしいでしょう。優待者を全クラス分見抜いたと言っておきながら、あのメールは送っていない。どう考えても信じられる内容ではないと自分で言ってて分かりませんかね。貴女はもっと優秀な人だと思っていたんですが」

「信じて貰えようともらえまいとさして支障はないけれど、一応言っておくと私たちではないわ。今となってはむしろ、メールの送り主に感謝したいくらいよ」

「その心は?」

「それを言う義務はないわね」

「話になりませんね」

 

 これはブラフ。しかも出来が悪い。とは言え、1つ引っかかる。どうしてこんな分の悪い賭けに出た。もし本当に優待者情報を把握している?だとするならどうして直に勝負を決めに行かないのか。確信が持てないだけ?仮にDの優待者を全員当てられたとしても他の全クラスの優待者を当てれば300クラスポイントは手に入る。

 

 そうすれば、場合にもよるが例えばCがDの優待者を当てていない場合、Dクラスは612クラスポイントとなり、晴れてCクラスとなれる可能性もある。というか、普通に黙っていればいいはずなんだがな。何が狙いなのかいまいち読み切れない。狙いがない?時間稼ぎの可能性もあるか。他に誰か優秀な人間がいて、そいつが優待者を当てるべく必死に解いている可能性もある。

 

 感謝したいという文言。つまり、あのメールによって得るものがあった、という事なのだろう。ここで気付く。しまった、あのメールのせいで優待者が発表される前に当てられる=何らかの思考の筋道、つまり法則性があると全クラスに教えてしまったことになっている。やらかした。流石に、この学校の生徒を舐め過ぎたと言えるかもしれない。これは私のミスだ。腹立たしい事だが、認めざるを得ない。ともあれ、この場を何とかしないといけない。

 

 元々、今回の試験で私が目指しているのは現状維持。というよりは、無得点であっても無失点で終わる結果だ。私が無人島で稼いだ分からマイナスはされたくない。まぁされたとしても150ポイント。そうそう入れ替わる事など無いと思うが……何が起こるか分からないのが怖い。今回の試験で勝たせるべきは……Dクラス。そうすればCの、もっと言えば龍園の矛先はDへ向かう。Aを倒せてもまだまだBも強敵だからだ。彼の恐怖政治には結果が必要だ。独裁が肯定されるのは成果の出ている時だけである。逆に言えば、成果を出し続けていれば独裁も容認される。

 

 様子見作戦、変更。仕方ない。非常に業腹だが、やるしかないだろう。少なくとも、失点を取り戻せるくらいには点数を稼がないといけない。現在Cクラスはサンプルケースが自クラスだけで戦っている状況のはずだ。これならまだどうにかなる。少なくとも、このグループは終わらせないといけない。クラスの代表格が一堂に会している状況では談合も出来やしない。

 

 堀北の真意が分からず困惑している空気の中、私は葛城にチャットを送る。

 

『作戦変更です。私のミスでした、申し訳ない』

『どういう事だ』

『メールのせいで優待者に法則性があるとほぼ全クラスが気付いてしまいました。変なヒントになってしまったようです。穴があったら入りたいですね』

『分かった。誰にでもミスはある。それに、現状まだ他クラスは自クラスというサンプルケースだけで解読しているはずだ。それなら付け入る隙もあるだろう』

『ええ。ですので、取り敢えずこのグループは終わらせましょう。そうしないと我々が自由に動けませんから』

『だが、それだとお前がメールの送り主だとばらすことになるぞ。構わないのか?』

『もう半分バレていますし、むしろそれを利用する策も思いつきましたので』

『そうか、それなら俺に言う事は無い』

『ありがとうございます』

 

 第1回のディスカッションも間もなく終了する。その時だった。

 

『牡牛座グループの試験が終了いたしました。牡牛座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

 急にこんなアナウンスが入る。全グループのメンバーリストを思い出す。あのグループの優待者はBクラス。いや、しかし誰が当てた。堀北が心なしか喜色を浮かべている。つまりDクラスの勝利。メンバーリストのDクラスには……あぁ、コイツか。高円寺六助。大財閥のお坊ちゃん。自由人だが能力は高いと噂の人間だ。なるほど、自由人だからこそ行けるタイミングで行くように指示したな。

 

 緊張感が漂う。ここで堀北が口を開く。

 

「今のは私たちDクラスの攻撃よ。これで分かって貰えたかしら。私たちが全クラスの優待者を把握していると」

「お前の目的はなんだ、鈴音」

「結果3を目指す。それ以外にないわ。ただし、単独での勝利は難しい。元々どこかのクラスと組むことは考えていたの。とは言え、ブラフだと思われていてはしょうがないから、こうして攻撃を行ったのよ」

 

 これは絶好の機会が巡ってきた。この際、Dクラスの情報が真実かどうかなどどうでも良い。だが、大事なのはこの後どうするかだ。メールを送信する。試験の運営当てにだ。優待者名は、櫛田桔梗。

 

『乙女座グループの試験が終了いたしました。乙女座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

「Dクラスがその気なら、私もやらざるを得ませんね。ええ、皆さんの予想は全て正解です。あのメールの送り主は私です。さて、その上で私たちの方針をお話しましょう。私たちの目的は談合です。元より、結果1や2を目指すのは難しい試験。ですので、談合で決着をつけたい。しかし、全クラスとするのは無理です。なので、どこか1クラスになりますね。さぁて、自分を売り込みに来るのはどこですか?早くしないと、次のグループも指名させて頂きます。期限はそうですねぇ、次のディスカッションまでとしましょうか」 

 

『以上で1回目のグループディスカッションを終了します』

 

 微笑んだ私の背後で、終了を告げるアナウンスが流れた。その後は各クラス、一度方針を話しあうために解散していく。さて、ここからが正念場だ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 夕刻、船内下層部。船員しか基本来ないような裏の裏で、密談は行われていた。片方はCクラスの王・龍園翔。もう片方の陣営は複数人。いずれも坂柳派と呼ばれる人物たちだった。

 

「へぇ、Aクラスってのも、一枚岩じゃねぇんだなぁ」

「ああ。今は葛城と諸葛が実質二大巨頭で仕切っているが、本来のリーダーに相応しいのは坂柳さんだ。それにも拘わらず、あの男、特に諸葛は坂柳さんを蔑ろにしている!」

「だが、坂柳は前回の試験、欠席だったが重大な役割を果たしていた。それは蔑ろとは言えないはずだが?」

「いや、俺は聞いたんだ。諸葛が神室と坂柳さんを馬鹿にする内容を話しているのを。それはこの船内でも同じだ。証拠が欲しいか?後で糾弾するために録音してある。それに、俺たちが協力しているように見えるのも全部諸葛のせいだ。アイツが逆らったらどうなるかと脅しをかけてきているんだ!」

「音声は良い。別に俺は坂柳がどう扱われてようと知った事じゃねぇ。しかし、良い思いをしておきながらこうして裏切るとは、つくづく最低な野郎だな」

「利用できるものは何でも利用する。お前だってそうだろう。それに、これは俺たちにとっては正義なんだ。坂柳さんの指示でもある。流石に諸葛たちに手柄を与えすぎたってな」

「そうかよ。それで、お前らが俺を呼び出したわけは何だ」

「今回の試験でのAクラスの優待者は全員葛城派だ。だから、葛城派の失態と加えてメール作戦とか言う訳分からない事を始めた諸葛の失態を作りたい。その上で、龍園、お前には……」

「優待者を指名して欲しい、って訳か」

「その通りだ。出来れば早い方が良い。早々に見抜かれた方が失態が大きいからな。それに、諸葛はこの後Dクラスと交渉してCを落とそうとしている。その時にDとAでお互いに攻撃し合ってトントンにしようとしているんだ。CクラスとBのさっき指名された牡牛座グループの分を向こうの取り分にするって言ってな」

「いいぜ、契約してやろう。それで、Aクラスの優待者は誰だ」

 

 男たちは紙を見せる。そこには3名の名前。龍園はある程度信じた。両派閥の対立構造は有名であったし、前回の試験こそ上手くやっているように見えたが、それは諸葛が自分のように影で押さえつけていただけであると判断したからだ。また、諸葛孔明の戦略が本当なら、Cクラスはかなり危機的状況にいる。椎名ひよりの解読作業は難航中だ。サンプルケースが少なすぎると文句を言っている。

 

 裏に坂柳がいるにしても、敵対者を蹴落とすために一時的とはいえ自クラスに被害が出るのも承諾するというのは坂柳らしい戦略だと思ったのだ。どの道、自クラスに損は無い。

 

「こいつらが優待者である証拠は?」

「勿論ある。これだ」

「これは……ボイスレコーダーか」

 

 中から音声が流れる。Aクラスの会議の様子だった。そこでは確かに優待者3人に名指しで指示を行う諸葛孔明の声が録音されている。完全にクラスメイトの団結を信じている声だった。聞こえてくる他の声も、まさに会議の様子と言うに相応しい雰囲気である。

 

 龍園には優待者の法則がまだわかっていない。しかし、これでサンプルケースが増えた。椎名ひよりに任せている法則性当てもこれでやりやすくなるだろうと思っている。BとDの優待者を当てるためにだ。

 

「良いぜ。じゃあAクラスを終わらせてやろうじゃないか。分け前はどうする」

「優待者当てで貰えるクラスポイントはそのままお前たちCクラスで良い。ただし、プライベートポイントの方をくれ。全部とは言わない。10万でもあるだけマシだ。それであの男たちが蹴落とせるなら十分だ」

「分かった。契約は完了だ。どうなっても恨むなよ」

「ああ、分かってる」

「他クラスの優待者や法則性は知らないのか?」

「それは教えてくれなかった。その判断だけは諸葛本人がするつもりなんだろう。それに、アイツは基本神室以外を信用していない。前回の試験の戦略も、俺たちの誰にも話してなかった」

「肝心なところだけ自分でやるのか。いかにもって感じだ」

 

 龍園がスマホを操作した。クラスの人間に指名させているのである。数分後、アナウンスが響いた。

 

『牡羊座グループの試験が終了いたしました。牡羊座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『射手座グループの試験が終了いたしました。射手座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『水瓶座グループの試験が終了いたしました。水瓶座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

試験開始初日、第1回グループディスカッション終了後、残存グループ、後7つ。

現状残りグループにおける優待者数:Aクラス……0人

                 Bクラス……2人

                 Cクラス……3人

                 Dクラス……2人




<おまけ・その頃の坂柳>

「なるほど、優待者を当てる試験……。それで先んじて優待者を当てに行くとは大胆な戦法を取りましたね」

 今は昼。怪現象は少し治まっています。思考が大丈夫な今のうちに橋本君に電話をし、試験の詳細を聞きました。

「それでは引き続き頑張って……」
「あの、すいません。1つ良いですか?」
「何でしょう」
「テレビつけてます?聞き取りにくいんで次から消して貰っても良いですか?」
「……」

 あれ、おかしいですね。部屋の四方に塩を盛ればそれでいいとネットに……。とにかく誤魔化して橋本君との通話を切りました。私の眼前には真っ暗なテレビ画面。当然、つけてなどいません。

「…………どうしろと?」

 泣きたくなりました。


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30.掌

沢山お祝いしてくれて嬉しいです!ありがとうございました!!


過ちて、改めざる。これを過ちと言う

 

『論語』

―――――――――――――――――――――

 

 

 第1回グループディスカッション後、夕食時。私はラーメンを啜っていた。

 

「女子連れてさ、来るところがラーメン屋ってのもどうかと思うわね」

「いや、メッチャカロリー高そうなの食べてる人に言われたくはないねぇ!」

 

 凄い食べてる人に言われたくないと心底思う。私は醤油なのだが、真澄さんはとんこつラーメンに加えて餃子と半チャーハンもついている。杏仁豆腐も頼んでた。もうダメかもしれない。こいつは一体どこを目指しているんだ。大食い選手権にでも出る気なのだろうか。何処に消えていくのかも分からない食品たちを吸い込み終わった後、彼女はやっと真面目モードに入った。

 

「それで、いつまでそのミスしちゃいましたって言う演技してるわけ」

「う~ん、演技では無いんだがなぁ。事実、優待者に法則があると気付くとは思ってなかった。Dにしろ、Cにしろ、優秀な人材がいるようだ。衝撃でその対応に奔走するのかと思いきや、意外と冷静に対応されて少し驚いたさ」

「敵の過小評価なんて、らしくないわね」

「そう、かもなぁ」

 

 私はこの国に来て2年と半年近く。大分温くなっているのかもしれない。昔なら、あんな見落としはしなかったはずなのに。情けない話だ。確かに、リカバリーは出来た。万が一、他クラスも優待者に法則がある事を見抜いていた場合の作戦だって用意してあった。しかし、ガックリ来ることには変わりがない。

 

 思い返してみれば、昔は1人で作戦立案はしてなかった。これまで1人でも支障がなかったが、やはりこういうところでガバが出る。疲れているだけかもしれないが。やれやれ、こんな調子では笑われてしまう。少し驕っていたのだろうか。しっかり立て直さないといけない。

 

 お粗末だよ、お粗末。はっきり言ってしょうもない。この仕事、辞めたら?と言われても文句は言えないだろう。とは言え、今回はリカバリーできたはずだし、死人も出ないからまだマシか。と、ここまで考えて気付いた。なるほど、死人が出る可能性が限りなくゼロだからこそあんなミスをするのか。油断してはいないつもりだったが気付かない間に油断していたようだ。情けない話。

 

「ま、どんな完璧な人間でもミスはするでしょ。それに、リカバリーできてるならそれでいいじゃない。まぁでも今回のは私でもよくよく考えれば気付く程度の物だったけど」

「リカバリー策を発動しないのが最善だからな。そう考えれば、落第点だ」

「これに関しては、私も同罪だからあんまり気にしないでくれると助かるんだけど。夜中だったせいで作戦の穴を指摘できなかった。それは相方としてどうなのか?って私の中でもう1人の私がグチグチうるさいからさ。それに、次回どうにかすればいいし。で、この後どうするの?」

「……よしっ!もうミスらないと決めたから、建設的な話をしよう。これからは談合のはじまりだ。恐らく試験は今日中に終わる」

「大きく出たのね。今度こそ大丈夫なんでしょうね?」

「勿論。過ちて改めないほど、私は愚かではないつもりだ」

 

 取り敢えず、だ。Aクラス分の優待者はどうにかなる。その為の布石は既に打っている。時間帯で言えばもうすぐだ。第2回のディスカッションが始まる前にけりをつけたいところだった。

 

『牡羊座グループの試験が終了いたしました。牡羊座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『射手座グループの試験が終了いたしました。射手座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『水瓶座グループの試験が終了いたしました。水瓶座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

 3つの連絡が相次いで鳴り響く。この3つは全てAクラスの人間が優待者のグループだった。龍園の仕業で間違いないだろう。龍園はまだ他クラスの優待者の特定を出来ていない。そう踏んだ末の作戦だったが成功して良かった。もし失敗したらしたでまた別の方法は幾つも用意してあるが、今回は運が良いようだ。

 

「今の、何したの?」

「点数調整。Aクラスが±0で終わるようにしただけだ」

 

 私がやったのは龍園のしたことと大して変わらない。自クラスに揉め事があるように見せかけ、上手く誘導することだ。派閥争いは知っている人には知っている話だし、坂柳の性格だって龍園には見抜かれているだろう。それならば利用できると考えた。坂柳派だってクラスのためには動いてくれる。私が頼めば2つ返事で了承してくれた。敢えて橋本を使わないのは、感情論に走る感じが彼に無いからだ。無意識のうちに感情で動く馬鹿の暴発だろうと龍園に見下して欲しかったのだ。

 

 それだけでなく、私の作戦(偽物)の中でCクラスが標的になっていると言わせる。これは別に嘘では無いので彼は信じるだろう。実際、契約が上手くいかなければDと組んでどうにか調整する気だった。

 

 それに、渡したリーダー情報の内、1人が偽物、2人が本物だ。敢えて1人の偽物を混ぜたのはCクラスのサンプルケース収拾を妨害するため。法則性を導き出そうにも意図的に混ぜた不正解がサンプルケースにあると計算が狂うだろう。無視して進むかもしれないが、普通はもしこの法則性が違ったら……となる。特に、龍園のような独裁者の家臣ならば尚更だろう。

 

 これで櫛田の分と結果4になった1グループ分の加算+100に対し、正答である分の損失-100がこれを相殺する。つまり、±0の状態と言う訳だ。Aクラスの点数はこれ以下には絶対にならない。何故なら、こちらからは絶対に優待者を指名しないからだ。なので、結果4になる事は無い。1と2では被害は無いし、もう当てられる優待者も存在しないのだから。

 

 手元の携帯に、綾小路よりの連絡が入る。至急話し合いたいとの事だ。予想通り、Dが先んじてきた。万が一Bが先んじてきた場合には、そういうときのための対応も用意してあったが、今回は使わなくて大丈夫だろう。Dからの連絡が入ったため、葛城に連絡し、Bクラスとの交渉に入ってもらう。タイミングは、丁度Dとの交渉が終わった頃。ここならば、Bクラスは対話に応じざるを得ない。そうでないと残るのは、大敗のみだ。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 Dクラスの動きはかなり早かった。どうにかして決着をつけたい。その重圧は綾小路が解けるのかどうかにかかっていた。そして、その綾小路だが、グループにおける一之瀬の話を適当に聞き流しながら優待者の法則性の解読には成功していた。

 

 だが、彼としては今C以上に上がるのはあまり望ましくない。そして、話し合いをしようとしたその矢先にAクラスが優待者だと思われる3グループが終了してしまう。残されているのはBクラス・2グループ。Cクラス・3グループ。そしてDクラス・2グループだ。ここで諸葛孔明の言う談合に参加することである程度は勝ち過ぎを阻止できる。彼はこう考えている。その為、堀北をAクラスと話し合う方向へもっていくのが最善の行動であった。

 

 デッキの机に向き合いながら、綾小路と堀北は今後の相談をする。

 

「ここで少しでもAクラスの点数を削いで、なおかつ私たちの得点にしておきたかったけれど、仕方ないわね。綾小路君、解けたの?」

「あぁ、一応な」

「それは上々ね。それでは早速報告しましょう」

「いや、待て」

「なに?まさか確証が持てないとか言うんじゃないでしょうね」

「それは大丈夫だ。だが、妙だと思わないか?」

「どういう事?」

「Aクラスだ。諸葛の事だ。自クラスが当てられる可能性は百も承知だろう。失点を取り戻したければ、後2グループ報告しないといけない。しかし、その動きは無い」

「これも彼の策略だと言うの?」

「そう考えるのが、自然じゃないのか。諸葛は談合を受けると言っていた。俺たちにも優待者の法則性が分かっているという大きなカードがあるんだ。一度、交渉に行くべきだろう。協力関係を結べれば、Aクラスの作戦も見えてくるかもしれない」

 

 これは堀北にとっては大事な事だった。諸葛孔明の作戦を読み取り、自分にも活かす。そうして思考の幅を広げなければ、今後勝つのは不可能だと分かっているからだ。

 

「今は忍従の時だ」

「分かっているわ」

 

 堀北が連絡先を知らないため、綾小路が櫛田経由で聞き出した諸葛孔明の連絡先にメールを送る。すぐに返信は返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を済ませていない2人をラーメン屋に呼び出した諸葛孔明は神室真澄を従えて、彼らを迎え入れた。警戒心を露わにしている堀北と対照的に、綾小路は相変わらずの無表情。対する諸葛は薄い笑いをずっと浮かべたまま。神室は心底興味のなさそうな体を装っている。

 

「いらっしゃると思っていましたよ」

「単刀直入に言うわ。私たちは協力関係を結べると思っているの」

「ほぅ?では、何を材料に私たちと交渉しますか」

「私たちも全クラスの優待者を知っている。これで十分じゃないかしら。下位クラスの点数を調整したいAクラスと思惑が一致しているはずよ。それに、ここで交渉を成立させないと優待者当ては早い者勝ちになってしまう。それは、あなたの避けたいところだと予想しているけれど」

 

 確かに、それは諸葛にとって避けるべき事態だった。このままDクラスが大勝しても構わないが、そうなるとBやCがどうなるか分からない。目的はDを勝たせる、と言うよりはCの矛先をDに向けるというものだ。Dを勝たせるのは結果に過ぎない。そうなる可能性もあると言うだけだ。あくまでも大事なのはヘイトコントロールと言う目的。自分の部下を守るために行う、これのみである。

 

 また、これでBクラスなどが戦意を喪失し、クラス間競争から離脱されるのも彼的には好ましくないことだった。緩やかな衰退である現状維持と言う敗北の方がBクラスにはまだ受け入れられるだろうと思っている。

 

「分かりました。良いでしょう。優待者の法則の確認も含めて、共有していきましょうか」

「その前に1つ良いかしら」

「何でしょう?」

「さっきの放送、Aクラスの優待者が当てられていたようだけれど、それをみすみす見逃したの?Cクラスが優待者の法則を当てたにしては違和感があるわ。何故、Aクラスだけ狙い撃ちで他クラスは手を出さないのか。それがもしあなたの策略だったのなら、教えてくれると助かるわね。何しろ、協力関係を築くのだもの」

「……分かりました。良いでしょう」

 

 紙ナプキンにボールペンを走らせながら諸葛は話し始めた。

 

「先ほどの放送はAクラスが±0で終われるようにするための作戦でした」

「何故そんな事を?」

「隴を得て、蜀を望まず。この言葉はそちらもご存じでしょう?それに、私たちは無人島で十分な成果を出したからね。さて、話を戻しましょう。私はAクラスの2大派閥の片方である坂柳派を利用しました。彼らに頼み、私や葛城君への恨みから暴発行動を起こしたように見せかけたのです。そして、龍園君に偽の情報1グループ分と、正しい情報を2グループ分を与えました。そして龍園君はまだ優待者の法則を見破れていなかった」

「何故そう言い切れるのかしら」

「龍園なら、見抜いた瞬間に指名するだろうからな」

「綾小路君の仰る通り。ですので、サンプルケースの欲しかった龍園君は誘いに乗りました。その結果がこれです。結果、Aクラスは櫛田さんの分と龍園君が間違えた結果4のグループ分で100ポイント。龍園君が正解した分で-100ポイント。丁度±0、と言う結果になりました。私たちは指名をしない方針ですので、これ以上マイナスになる事はありません」

「そういう仕組みだったのね……」

「はい。これで目的は達成されました。次にDクラスですが、今回は100ポイントプラスで我慢して頂きたい」

「それは……どういう計算の結果出された数字なの?」

 

 諸葛は紙を裏返し、説明を続ける。

 

「まず、DクラスはBクラスの牡羊座以外の全グループを指名して頂きたい。そうすると、Bクラスは合計で-150ポイント。反対にDクラスは+100ポイントです。その上で更にCクラスの2グループ分を指名して頂く。そうすると、Cクラスは先ほどのAクラス分を差し引いても-50ポイント。Dクラスは先ほどのものに更に+100ポイントです。その後、Bクラスに乙女座以外のグループ分を指名され、-100ポイント。残ったCクラスの1グループ分をBが指名して終了です」

 

 図式化するとこうなる。

 

①第1回グループディスカッション時

 

Aクラス:50(乙女座指名)

Bクラス:-50(牡牛座被指名)

Cクラス:0

Dクラス:0(牡牛座指名+50・乙女座被指名-50)

 

 

➁Aクラス試験終了時

 

Aクラス:0(龍園が水瓶座不正解で+50・龍園が牡羊座、射手座正解で-100)

Bクラス:-50

Cクラス:50(水瓶座不正解-50・牡羊座、射手座正解+100)

Dクラス:0

 

 

③Dクラスが行動すると

 

Aクラス:0

Bクラス:-150(山羊座、魚座被指名で-100)

Cクラス:-50(蠍座、獅子座被指名で-100)

Dクラス:200(山羊座、魚座、蠍座、獅子座指名で+200)

 

 

④その後Bクラスが行動すると

 

Aクラス:0

Bクラス:0(蟹座、天秤座、双子座指名で+150)

Cクラス:-100(双子座被指名で-50)

Dクラス:100ポイント(蟹座、天秤座被指名で-100)

 

 となるわけである。文字通り、Dクラスの1人勝ちであった。AとBは現状維持に終始し、Cは損害を被っている。その中で唯一Dだけがプラスを積み重ねていた。これを勝利と呼ばずして何と呼ぼうか。勿論、各グループの指名につき付与される50万のPPもあるので、一概には敗北といえないクラスもあるが、それでも今後に大きく関わるであろうクラスポイントとの間に価値の差はある。

 

「どうしてCクラスの指名を1グループ分Bクラスに譲る必要性があるのかしら」

「ああ、それですか。Bクラスに損害を与えないためです」

「損害を与えない?」

「あなた方は裏切り者だ。これ以上Bクラスに損害を与え続けると、温厚な一之瀬さんも激怒しながら立ち塞がってくる可能性もありますよ。彼女、人気ですからね。少なくとも、貴女より。生徒会にもいますし、Dクラスにとってはやりづらい敵となるはずですので。ま、龍園君と一之瀬さんを同時に相手するのは厳しいだろうという私からの優しさですよ。現状維持という名の衰退の方が、損害を被った末の敗北より受け入れてくれるでしょうしね。さて、どうしますか?私が示した案通りに動いて頂けると助かるのですが」

「あなたの案通りに動かなかった場合、何か問題は?」

「特に。ただ、私からの心証が著しく下がります」

「……それは後々の問題が多そうね」

「堀北さん。この提案で貴女に、貴女たちに損害は無いんです。それに、計算しましたか?この結果ならDクラスはCに上がれることに」

「!……そうね。綾小路君はどう思うかしら」

 

 綾小路は考えた。完全にこれは掌の上。それもヘイトコントロールの類をされている。間違いなくCクラスの目を自分達に向けさせるためのモノであると。これは堀北との差が如実に表れた結果でもあったし、また綾小路の初動が遅かったせいでもあった。諸葛孔明は最難関の敵。それに挑むには堀北のスキルはまだまだ不足している。と判断せざるを得なかった。それに比べれば、龍園はまだ何とかなるだろう。龍園を相手にすることで、奇策に対処する業を学ぶ。そうすれば、上位互換のような存在である諸葛の策略にも対処できる可能性が上がる。

 

 それに、自身の進退もかかっている。クラスをあげれば、少しの間だがあの担任も満足するだろう。退学になるのは非常にマズい彼からすれば、ここで成果を出して少しでも担任の慰めにしたかった。事実、あの第1回ディスカッションの後に呼び出されている。Aクラスのあまりに早い対応に危機感を覚えたらしい。

 

 Cに上がるには、Dクラスの質的にはまだまだ早い。しかし、それによって揉まれる事でもう一度落ちたとしても、今度はこういう形ではなく自分たちの力で上に行けるはずだと綾小路は考えた。その思考の結果出した返事は了承のそれである。作戦を変更し、一度Cへ上がる事を容認する事にしたのだ。

 

「オレは受けるべきだと思うぞ。来月からのプライベートポイント増加は士気の向上にもつながるだろうしな」

「……そうね。それなら……分かったわ。この話に乗りましょう」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 堀北は携帯を操作する。そして数分後、アナウンスが鳴り響いた。

 

『山羊座グループの試験が終了いたしました。山羊座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『魚座グループの試験が終了いたしました。魚座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『蠍座グループの試験が終了いたしました。蠍座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『獅子座グループの試験が終了いたしました。獅子座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

「これにてDクラスの勝利はほぼ確定しました。おめでとうございます」

「……今回は乗せられてあげるけれど、次からはこうは行かないわよ」

「それはそれは。楽しみにしておりますよ」

 

 完全に上手く操られている。そういう自覚を持ちながら、堀北は綾小路を伴って店を出た。質が違いすぎる。それだけが彼女の心中を支配していた。兄はすさまじい才能を持っている。その兄と互角に渡り合えるであろう諸葛孔明に、自分が敵う訳がなかった。まだ自分は何者でもないのだから。

 

「悲観することは無い」

「綾小路君?」

「今回の件で、Dクラスはより動かしやすくなるだろうからな。勝利と言うのは、それが本当はどのようにしてもたらされたのかに拘わらず、それが見えない大衆にとっては甘美なものだからな。今度から龍園との戦いになる。自信はあるか?」

「正直、あるとは言えないわ。それでも、諸葛君に勝つのに龍園君に負けているようでは話にならないでしょう」

 

 高い目標があるからこそ、目の前のハードルは越えないといけない。それはそうだろう、しかし……高いハードルを見ているばかりに、目の前のハードルの高さと自分の跳べる高さを見誤っていないか?と綾小路は冷淡に堀北を見ていた。次の試験、一度堀北には龍園に痛めつけられる必要がある。そうすることで、彼女の覚醒への道は拓けると、綾小路は確信していた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『山羊座グループの試験が終了いたしました。山羊座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『魚座グループの試験が終了いたしました。魚座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『蠍座グループの試験が終了いたしました。蠍座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『獅子座グループの試験が終了いたしました。獅子座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

 この4つのアナウンスに驚愕したのはBクラスだった。Cクラスも慌てているには慌てているが、肝心の椎名ひよりは、諸葛孔明の紛れ込ませたダミーの優待者のせいである程度掴みかけていた優待者の法則が無に帰したため、困惑しながらも再度解読しようとしていた。しかし、どうやっても上手く行かないので現状停滞状態である。

 

 さて、それはさておきBクラス。真っ先に優待者を高円寺によって当てられるのは、彼らにとっては非常に大きな損害だった。元々Bクラスの作戦は、議論を停滞させ、最終日に携帯の入れ替え機能を使って自クラスを守りつつ、他クラスには全員で見せ合って結果1を目指そう!と呼びかけるというものだった。つまり、最終日まで発動しない息の長いものである。これ自体は悪くなかった。しかし、如何せん相手が悪かった。

 

 7時59分のメールで雲行きの怪しさを感じながらも、取り敢えず様子見を選択したことが正解とは呼びにくい選択肢だったと言えよう。

 

 Bクラスの現在の状態は-150ポイント。全優待者を当てられている状態だった。このままでは待つのは敗北。前回の試験でも思うように結果を残せなかったBクラスとしては、敗北は看過できないことだった。そんな混乱の最中、Bクラスと交渉をするべく葛城がやって来るのだった。一之瀬は明らかに諸葛孔明のシナリオ通りだと思いながらも、拒むことは出来ない。拒んだ先に待つ未来は、考えるまでも無いからだ。

 

「それで、葛城君は何の用かな?」

「ふむ。大方予想はついていると思うが、Bクラスに対し交渉に来た」

「交渉……か。それで、私たちにどうして欲しいの?」

「Dクラスの優待者残り2名とCクラスの優待者残り1名を指名して欲しい。そうすることでBクラスは失点をカバーできるはずだ」

「確かにそうだね。AクラスはDクラスと手を結んだのなら、どうしてCクラスの分を残しておいたの?そこも指名してしまえばDクラスはもっとポイントが手に入る。勿論、Aクラスが指名してもね」

「それを知ってどうする。聞いたところでどうにもなるまい。Bクラスには、どの道選べる選択肢は少ないはずだが」

「うん。だけど、相手の思惑も分からないまま誘いには乗れないしね」

「それも一理あるか。今回、Aクラスの狙いはヘイトコントロールだ。具体的にはCクラスのヘイトの行き先をコントロールしたかった」

「それでDクラスが勝てるようにしたって言う事?」

「その通りだ。Bクラスに交渉に来ているのは、この一環だ。Cクラスの最後の1グループ分、そしてDクラスの分を指名してもらう事で、Cクラスにポイントが入る事を防ぐのがこの交渉の目的となっている」

「そっか。そうすればCクラスは大きな損害を被る。1人勝ちしているDクラスにその分のヘイトが向くっていう訳だね。それに、Bクラスは優待者が当てられちゃった分を取り返して、取り敢えず±0に持っていける」

「受けない理由は無いはずだが」

 

 一之瀬帆波は考えた。ここで受けないと、待っているのはAクラスの更なるポイント加算か、Dクラスの怒涛の追い上げ。これをどうにかしないといけないのは事実。ここからポイントを+に持っていくことは不可能。だとするのならば、少なくともマイナスの状態になっている今よりも、±0で現状維持を優先した方が良い。それ以外にクラスを守る術は無かった。勿論、あまりいい気分ではない。全部掌の上、と言う奴だった。しかし、それでももうどうしようもないところがある。

 

「……分かったよ。その提案、受けるね」

「賢明な判断だ。これが優待者のリストだ。残存グループのものを指名してくれ」

「これが偽物って事は無いかな?Dクラスと結託して、結果4にさせようとしている、みたいなことになると困るなぁ」

「それを心配するのは尤もだ。だからこそ、契約書も持ってきている」

 

 葛城から渡された契約書には、もしDとCの優待者が異なって居た場合、Aクラスはそのミスによって損なわれた分のポイントを補填する。といった内容が書かれている。これを結ばないといけない理由は、Bクラスが優待者の法則を掴んでいないからだ。先ほどのDクラスは優待者の法則を掴んでいた。そのため、お互いに嵌められる心配がなかった。一之瀬はそれに指名し、自クラスの生徒に指示を出した。

 

 

『蟹座グループの試験が終了いたしました。蟹座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『天秤座グループの試験が終了いたしました。天秤座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

『双子座グループの試験が終了いたしました。双子座グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

「はぁ……全部諸葛君の掌の上、か……。う~ん、厳しいなぁ」

 

 一之瀬の深いため息と共に、全グループの試験が終了した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 会議室。最後のグループの終了後、Aクラスはここに再び集まっていた。発表されるであろう結果を待つために。誰もが固唾をのんで見守る中、一斉に学校より通知が来る。

 

 

<第2回特別試験・結果>

 

山羊座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

射手座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

蠍座 ──裏切り者の正解により結果3とする。

 

天秤座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

乙女座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

獅子座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

蟹座 ──裏切り者の正解により結果3とする。

 

双子座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

牡牛座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

牡羊座──裏切り者の正解により結果3とする。

 

魚座 ──裏切り者の正解により結果3とする。

 

水瓶座──裏切り者の不正解により結果4とする。

 

 

Aクラス:0クラスポイント、100万pp

 

Bクラス:0クラスポイント、150万pp

 

Cクラス:-100クラスポイント、100万pp

 

Dクラス:100クラスポイント、250万pp

 

 

<試験後暫定クラスポイント>

 

Aクラス:1439

Bクラス:743

Cクラス:402

Dクラス:412

 

よって、このまま8月にクラスポイント変動がない場合、9月1日よりCクラスはDクラスに、DクラスはCクラスとなる。

 

 

 

 

 試験は1日で終了したことになる。その背後に私がいたのは言うまでもない。葛城も、坂柳派も良くやってくれた。これによって、Aクラスは作戦目標である勝ち過ぎず負け過ぎないの究極である現状維持に成功した。そもそも前回の試験で勝っていたのだから、現状維持も大した問題ではない。逆に、積み重ねるべきだったとこで出来なかったBクラスの現状維持は、彼らからすれば大きな問題だろう。同じ現状維持でも置かれている状況によって、最善な策なのか緩やかな下り坂なのかが変わってくる。

 

「お疲れさまでした。これによって、龍園君の視線はDクラス……失敬、旧Dクラスに向けられるでしょう。ほぼ倍の点数をつけているBクラスとの差は大きいですし、しばらくは安泰。全て作戦通りとはいきませんでしたが、作戦目標は達せられたと思っていいでしょう。ご協力ありがとうございました」

 

 頭を下げてお礼を言う。拍手が飛んできた。その拍手の中には、面倒な試験が1日で終了したことへの喜びも混じっているだろう。また、私が全クラスを上手く動かして状況を作り上げたことへの称賛もあるかもしれない。いずれにしろ、これで私の信頼度は揺るがない。問題のない結果に終わった。

 

 第2回目のディスカッションが無くなったので、クラスメイト達は会議室を出て思い思いの行動をとる。寝る人、遊ぶ人、様々だろう。私も最後に会議室の電気を消して部屋を出た。

 

「真澄さんもディスカッションお疲れ様。頑張ってたって他の生徒から聞いたぞ。他クラスに会話の主導権を与えないように司会役をやってたそうじゃないか」

「……何のことだか」

「照れなくてもいいのに。まぁ、これで試験は終わりだ。残りの期間は、のんびりしようじゃないか。帰ったら忙しいだろうし」

「何かあるの?」

「う~ん、どうも坂柳さんが怪奇現象に見舞われているらしくて」

「はぁ?怪奇現象?」

「ま、それは今はどうでも良いか。この後夜食でも食べようと思ってるんだが……」

「行く!」

「はいはい」

 

 本土の坂柳が少し気がかりだが、残りの期間を楽しむ事にした。これくらいの休暇は許されてしかるべきだろう。




これにて船上試験編は終了。閑話を挟んで4章・体育祭編に突入します。


<おまけ・その頃の坂柳>

 もうダメです。心霊現象は日に日に増しています。なんだか人型の影も見えるような気がしますし、日中でも誰かに覗かれているような気がします。買い物に行った際に、私が通った後、一度閉まったはずの寮のエントランスにある自動ドアが狂ったように開け閉めしたりもしていました。こうなったのも全部あのメールのせいです。取り敢えず、その元凶に電話をすることにしました。

「ハローハローミス坂柳?どうしましたか?」

 陽気な声がイラつきますが、今は頼るしかありません。私の身に起きている現象を全て漏らすところなく語りました。すると、電話向こうの気配が少し変わった感覚がありました。

「おかしいですね」

 ひどく冷静でかつ険しい声で彼は言いました。電話に出た際のそれとはまったく違います。

「貴女の部屋が風水的に微妙なのはそうですが、家具の配置でどうとでもなる程度のはずですけどね。間違ってもそんな心霊現象のデパートみたいなことにはなりません。今部屋に何かしてますか?」
「一応盛り塩を部屋の四隅に……」
「四隅!?今すぐ止めなさい!」
「え、いやでも」
「大方ネットでも見ましたね?盛り塩には確かに結界を作る機能があります。軽度の不浄を寄せ付けません。しかし、四隅に置くと中にいるモノも出られなくなります」
「……え」
「せめてやるにしても玄関だけにして下さい。後、私が帰るまでに私の声がしても開けないように」
「そ、それはどういう……」
「貴女は今、現状の問題解決能力が私にしかないと思っていますね?私が来たらドアを開けるでしょう?」
「はい」
「強力な怪異は、外から影響を及ぼせても中には入れません。招かれない限りは。見分ける方法は、同じ言葉を2回繰り返せない事が多いので『もしもし』とか言わせてください。言えなければ……わかりますね?」
「は、はい……」
「取り敢えず、その塩をどうにかしてください。もうすぐ戻りますので、それまで耐えられなそうなら避難を。いいですね?」
「は、はい……」

 ため息を吐きながら電話を切りました。流石に迷信にもほどがあるでしょう。文化を否定はしませんが、そんな馬鹿な、と思い盛り塩を見に行くと。

 ……真っ黒になってました。拝啓、お父様。私は死ぬのかもしれません。


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閑話 4.5章

え~前回の予告でもう1話あると書いたんですが、諸事情(よく考えたら特に話の内容が無かった上に原作でも結果発表したらすぐに4巻は終わってる)のため閑話にします。

坂柳さんの特別試験(真)の期間も今回でおしまい。邪な作者によって泣かされた坂柳さんに熱いものを覚えた紳士の皆さまには残念なお報せかもしれません。まぁいつかリターンがあるかもしれませんけど。


<汝の運命・神室真澄>

 

 

 占い、というものがある。これは古今東西千差万別あるけれど、人の心の内や運勢や未来……とにかく直接観察することのできないものについて判断・予言することを指している。そして、学生というのは良くそれにハマるものだ。それ故、私もこうして来ている。

 

 無人島と船上での試験を終え、懐に余裕のある私たちはケヤキモールに来ていた。ここにいるという良く当たる占い師に会うために。理由としてはさして大したものではない。元々クラスメイトの女子からその存在を知らされて、行ってくることを勧められたのが始まりだった。あれよあれよと話は進み、2人1組でないと出来ないという情報を得たところで、「孔明先生と行ってきなよ!」という強い押しに負けた。

 

 アイツはアイツで割と乗り気だったのが腹立たしいが、とは言え興味がないと言えばウソになる。そんなこんなで夏休みのど真ん中、私たちは長い列に並んでいた。

 

「坂柳、随分しおらしくなっていた」

「マジで?あの坂柳が?」

「これは良い機会かもしれない。今度適当に壺でも売ってみるか……。あっさり騙されそうだ」

「捕まらない?」

「新興宗教が生き延びているんだから大丈夫さ。ま、冗談だがな。実際にやってみろ、警察の前に学校から怒られる。それは面倒だからな。霊感商法は風当たりが強いのが特徴だ」

「いや、当たり前でしょ」

「そうか?結局、その人にとって有益かどうかなんだよ。大半の占いだって、究極言えば霊感商法の一種だろう?大体誰にでも当てはまることを言う。そうして何となくそんな気分にする。私も良くやる手口だ。共感を与えたいときなどに、な」

「へ~、例えば?」

「そうだなぁ。例えば、『貴女は幼少期に辛い思い出がありますね……』と言う。そうすると、人は実際に辛い思い出がある無しに拘わらず思い出そうとするだろう?そんなことあったかな、と。もし明確に覚えている場合は、なおさら『ああ、あれか!』となる。大体人なんて幼少期に何かしらあるんだから、それっぽい事でも自分の中で勝手に解釈する」

「じゃあアンタは占い否定派?」

「いや、別にそういう訳ではない。たま~に本物がいるからな。スピリチュアルな世界、心霊世界、呪術に魔法。ありもしないと皆が思ってる。思ってるだけで、実際にないのか、誰も証明していないだろう?世の中っていうのは、意外と広いものなんだ」

 

 1時間半近く待たされた。これ、ディズニーのアトラクションと同じでカップルの篩なんじゃないかと思ってしまった。長い時間待つことで、人はどうしてもイライラしたりする。そう言う時、本性が出たりするのもよくある話だ。それ故、ディズニーは別れるという俗説があるんだと思っている。まぁ私は行ったことないけれど。

 

 案内されて中に入ると、薄暗い照明が灯っている。そのせいか、いかにもといった雰囲気だ。何に使うのか分からない分厚い本、それっぽく置かれている水晶玉。そしてフードを被った占い師とおぼしき老婆が腰掛けている。

 

「文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経にスッタニパータか……やるな……」

 

 なにがやるのはかよくわからないが、彼は後ろにある本に見覚えがあるらしい。そう言えば、占星術や卜占に詳しかった記憶があった。

 

「お掛けください」

 

 促されるままに席に座ったら差し出されたのはカードリーダー。これに料金を払うらしい。もう少し雰囲気はどうにかならないものかと思ってしまった。

 

「学業、仕事、恋愛、お好きなものをどうぞ」

 

 そんなに興味があったわけでは無いので、基本のプランでお願いする。基本プランと言っても5000ポイント近く持っていかれるので、結構な出費になるだろう。そもそも、あまり無駄遣いの出来ない空間なので、5000ポイントでも大金だ。というか、本来は5000円は学生にとってすればかなりの額だ。良くない良くない。ここにいると金銭感覚がおかしくなる。

 

「ではまず……そちらのお嬢さんから。お名前は?」

「神室真澄です」

「私の占いは相手の顔、手、そして心を見る。その中で貴女が見られたくないものも見えることがあるが?」

「問題ありません」

「まず手相……健康は問題なし。大病も無いだろう。大怪我も無い。守護者がありと出ておる。金運もさして問題なし。平凡ではあるが、苦労はせんだろう。学業は精進あるのみだが、教師運は最上じゃ。問題なかろう。望む進路が叶う」

「なるほど」

 

 どうなんだろうか。確かに当たっているようにも見える。教師運というのは真嶋先生の事でもあるだろうし、隣で占い師の手つきや目つきを観察しているコイツにも当てはまると思う。真嶋先生は比較的いい先生だと思うし、コイツの指導力は本物だ。それに守護者というのは……他に考えられないだろう。

 

 え、私の人生コイツに依存してるの?そう思うと少し困惑するしかなかった。

 

「最後に恋愛……ほぅ、回り道長し。されど、最終的には位人臣を極めるような未来があるだろう。まぁありていに言えば玉の輿じゃな。それと、絵を能くしておるな。望むものを描けば、結果が伴うだろう」

「そ、そうですか……。ありがとうございます」

 

 玉の輿?え、私社長夫人とかなのだろうか。困惑しかない。私に当てはまるような事はそんなに言われなかった。むしろ、これからの人生や私の知らないことについての話が多かったように思われる。特に、誰でも当てはまるような内容では無い事を言われた。つまり、これはこれからの未来で起こる……ということ?

 

 私が目を白黒させていると、彼の番がやって来る。

 

「ほぅ?健康、金運、学業全てさして問題なし。金運は山谷あるだろうが、それでも凡そ高い水準を保つと出ておる。幼少期から今に至るまで、苦労の多い生活だったようだが、お主の性質がそれを上書きして相殺する、もっと言えば更に良い方向になるようにしておる。絶望の中でも希望を捨てぬ者の持つ手だ。これは強いだろう」

「恋愛運はどうです?私、結婚できますかね」

「出来る」

「それは良かった」

「珍しい手相を見せてもらった。礼と言っては何だが、これもやって進ぜよう」

 

 占い師が並べたのは裏返されたカード。数は22枚。有名なタロットカードというやつだろう。表と裏で意味が違ったりするそうだ。と言っても、私はそんなに詳しくはない。ファンタジーとかでたまに出てくるから知っている程度だ。彼は少し思案した後、スッと1枚引いた。

 

「これは……なるほど。やはりこうなるか」

「21番の正位置ですか。本当ならば、幸運な事です」

「壁は多いだろうが、必ず栄達へ辿り着けるだろう」

「どうもありがとうございました」

 

 お礼を言って外に出る。照明が暗かったせいで、一瞬眩しかった。

 

「珍しい。あれは本物だな」

「あぁ、さっき言ってたやつ?」

「久々に出会った。日本の、こんな都市部にいるとはな」

「それにしても、結婚願望なんてあったんだ」

「そりゃあるさ。私の願いは平和で幸福な日常なんだから」

「なにそれ。普通にあるもんじゃない?」

「う~ん、日常の定義にもよるけれどね。少なくとも、ここや中学時代のような時間が、私にとっては日常なのさ」

「ここの生活が日常はちょっと嫌だけど」

「君にとってはそうかもしれないな。……21番、か」

「さっきのカード、どんなヤツだったの?」

「タロットカード大アルカナの21番。カード名『世界』。その正位置だから――意味は完璧、成就、完成、永遠不滅。そして……約束された成功」

「それなら良いじゃない」

「あーまぁうん、そうだな」

 

 どうにもこうにも歯切れが悪く彼は言う。少しだけ考えてみた。彼の望みは平和で幸福な日常。それでもタロットカードは成功を謳っている。幸福な日常は成功とは言い難いだろう。つまり、彼の望む結末と、彼にとっての成功は別物なのかもしれない。もし、平和と幸福な日常とは違うものが成功なのだとしたら……きっとそれは私では想像もつかない非日常なのだろう。

 

 その時、私は何をしているのだろうか。今のように、しているのだろうか。少しだけ悲しそうな横顔を見て、そう思う。だが、考えても仕方のない事だろう。先のことはどうやっても分からない。取り敢えず、今はアドバイスに従って美術部として作品を作る事にした。

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双②、弁護士編・IFルートCクラス>

 

 

 

「はぁ~使えない」

 

 放課後の学校に呆れ気味の声が響いた。龍園はあまりいい気分では無いが、約束通り、己の軍師の話を聞いていた。

 

「はっきり言ってガバガバ。何です、この酷い作戦要綱。再提出以前の問題ですね」

「何が悪い」

「全部」

「……」

「なんです、この特別棟に呼び出す作戦。ひどすぎる。怪しさ満点じゃないですか。こういう時は自分が被害者になるようにしないといけないんです。特に怪しくはない状況で。それなのに……石崎君はいりません。むしろ邪魔」

「そこまで言わなくても……」

「ああ、すいません。石崎君の存在が邪魔なんじゃないです。この計画ではいらないんです。だってバスケ部の話で呼び出したのに、バスケ部以外がいるのは不自然でしょう?にも拘らず用心棒って。いつの時代ですか」

「じゃあ、お前ならどうする。言っておくが、須藤を嵌める計画自体は中止しない。軍師なら主の望む行動が出来るようにしろ。過程は任せる」

「……あのですね、軍師は時には諫め、主君の行動を中止させるのも仕事なんですけどね。まぁ良いです。そこまでやりたいなら仕方ありません。では、まず近藤君と小宮君は今後品行方正に振舞ってください。呼び出す理由も変更です。調子乗ってるとかヤンキーみたいな言いがかりは止めて、もっと素行を改めるように注意する方向に。あくまで正論で怒らせ、暴力を振るわれましょう。あと、必ず病院に行って診断書を貰うようにします。これで少しはマシでしょう。場所はむしろ、他人に見られていた方が良い。台本は用意します。それを暗記するように。これでどうですか?」

「あ、あぁ、それで行こう」

 

 龍園はすらすらと悪辣な事を言い始めた配下にドン引きしているが、そもそも自分も同じ穴の狢だとは思っていない。そう言うところである。

 

「あと、龍園君。君、私の課題やってます?」

「あぁ?学力なんか不要だろ」

「愚か者。学力は基本です。王が馬鹿とかどうしようもありません。仮にも王を名乗るなら、それ相応の知識と教養を身につけて下さい。さもないと舐められますよ」

「……」

「今後の人生、全てに逆張りして生きていくつもりですか?地頭は悪くないのですぐに伸びるでしょう。そもそもあなたのその隠しきれない粗暴さが椎名さんのような優秀な人材の登用を妨げる要因では無いんですかね。良いからつべこべ言わずにとっととやりなさい」

「チッ!やれば良いんだろ、やれば」

「まったく。私の気分はどちらかというと孔明より君主の育成しているマーリンですよ……。龐統役がいないと結構キツイので、早く椎名さんを出仕させてください」

「……」

「返事!」

「分かったからデカい声出すな」

「ならばよろしい」

 

 龍園が丸め込まれている姿に、石崎たちは戦慄と恐怖を覚えながら諸葛孔明を見た。厳しい上に口も悪く龍園に接しているが、そこにはしっかり敬意がある。そうでないとため口になっているだろう。自分の主として仰いでいるからこそ、彼は龍園に厳しく当たるのだった。

 

 

 

 

 

 その後、近藤・小宮のバスケ部組は須藤を人目のある場所に敢えて呼び出し、日頃の素行を注意。須藤の素行の悪さが、バスケ部全体にも悪影響を及ぼしている。チームプレイなのに、キツイ言葉を吐いていると連携に支障が生まれる。相手を思いやって欲しいなど、割と正論をぶちかまし、なおかつその中にチクチクと煽りを入れたことによって激昂させることに成功。胸倉を掴まれてもなお「そういうところだぞ」と冷静に言い続けて怒りを煽り、遂には暴行に及ばせたのだった。

 

 その後、状況の判断と処分の審議を行う会がCクラスの訴えによって起こされる。被害者と加害者に加え、Dクラスからは堀北と綾小路。Cクラスからは諸葛が出ている。がしかし、Dにとってすれば白昼堂々の行為。カメラには会話は残っていないが、先に胸倉を掴む須藤と、無抵抗のCクラスの顔が映っている。しかも生徒会長の手元には病院の診断書、須藤の素行調査の結果、そして中学時代の起こした問題についての資料が揃っていた。全部諸葛孔明が揃えたものである。年齢詐称の結果ではあるものの、一応中国の司法試験を突破している身。それくらいは余裕である。

 

 圧倒的不利の中、どうあがいてもDクラスが勝てるはずもなく。堀北学も唸る弁論の結果、見事Cクラスの完全勝利を勝ち取ってきたのであった。

 

「よくやった。これでDの馬鹿どもも少しは肝が冷えただろうさ。須藤はさぞかし大変だろうなぁ、笑えるぜ」

「学力ではそこまで差は無いですけどね」

「……水を差すなよ」

「慢心を止めただけです。驕る事の無いように。次の試験、勝ちに行きますよ」

「あぁ、無人島だろ。サバイバルは得意だぜ」

「それは結構な事です」

 

 悪い笑顔を浮かべる龍園。冷静な顔でそれを見つめている諸葛。見た目は広域指定暴力団龍園組のツートップであった。

 

 

 

 

 

 そしてその後。

 

「貴女が揉め事を好いていないのはこれまでのお付き合いで知っています。しかし、私がいなければ龍園君はもっと悪い方向に流れてしまうかもしれません。ルールの中で争う必要があります。ここに在籍している以上、争いは避けられない。それでも、どうにかまともな方向に持っていくことは出来ます。私がいればいいのですが、常に一緒にいる訳にも行きません。金田君は伸びしろはあるのですが、まだ龐統役にはなれません。いつか馬良や法正のようになって欲しいのですが……。それはさておき、私には、そしてCクラスには、貴女の力が必要です。このクラスを、よりよい方向に導くために。どうか、お力を貸していただけませんか」

「……やはり私には、龍園君を好きになれそうにはありません。ですが、諸葛君の事は信頼しています。あなたが頑張って龍園君を軌道修正している事も。これまで沢山お話させてもらったので、人柄も少しはわかっているつもりです。お役に立てるか分かりませんが、2つの条件を呑んでくれるのでしたら、お力をお貸しします」

「その条件とは?」

「1つは私の趣味に割く時間とポイントを確保して下さる事」

「分かりました。お約束しましょう」

「そしてもう1つは、龍園君ではなく諸葛君に出仕するという事です」

「……それはつまり?」

「あなたの副官役、という事でしたら、やぶさかではないという事ですね」

 

 少しだけニコッと笑った少女に、諸葛はスッと頭を下げる。

 

「光栄な話です。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 かくして、劉備に仕える孔明の元に龐統が仕えるという良く分からない状況になりながらも、Cクラス最強格の人員を迎え入れ、彼らは無人島試験の訪れを待つのであった。

 

 

 

 

 

<アルティメット堀北②、理想の教師編・IFルートDクラス>

 

 

 

 緊張をDクラスが包んでいた。地獄のような5月1日から数週間。月末に近いこの日。中間テストの結果返却の日であった。Dクラスはこの間地獄のような授業を受けていた。恐らく、多くの生徒が人生で1番勉強しただろう。堀北や幸村のような優秀な生徒は、追加課題を出されていたため休む暇もない。100点取れるんですか?を口癖に、諸葛孔明はその確かな指導力で以て生徒1人1人に合った指導をしていた。綾小路と高円寺というやらなくてもいい生徒2名を除き37人分。これを全部用意していたのである。しかも内容は別々。

 

 これは、4月の間中におおよその原型を作り、月末の小テストを見て実力を知った後に追加で修正し、印刷されたテキストである。取り敢えず、目下の試験を乗り切ることを目的としていた。とは言え、最初の中間テスト。そこまで中学と差はない。過去問を既に入手している諸葛は、それを元に必要レベルを逆算。過去問本体を一切使う気は無いが、参考文献扱いしていた。他クラスが頑張って探した試験の突破法もこの程度の扱いである。

 

 鬼のような学習期間を経て、これでもし点数が微妙だとどうなるか。Dクラスの生徒は粛々とその時を待った。そして、茶柱先生が入室する。その顔は何とも言えないものだった。

 

「あーお前たち。まずは良くやったと言おう。退学者は無し。そしてお待ちかねの結果はこれだ」

 

 ザっと公開される5教科10科目分の結果。全教科最低点――英語・須藤健・68点。最高点――多数の科目・多数の人・100点。

 

 過去問を一切使わないでこの結果である。正直言って異常な数値。職員室が騒然としていたのは言うまでもない。だが生徒たちの顔は堅いままだ。喜色を見せる様子は無い。そんな中、諸葛孔明はスッと立ち上がり、教壇に立つ。

 

「邪魔です」

「あ、ああ、すまない……」

 

 先生を一言で退かすと、じっと結果の書かれた表を見る。数分後、生徒の方向に向き直った。その顔に笑顔はない。が、よくよく観察すると機嫌がいいのが分かる。余裕のある綾小路はそれに気付いていた。

 

「全員、この後返却される自身の解答用紙を提出しなさい。結果について講評を述べると……やればできるじゃないか。良くやった。今はそう言っておきましょう」

 

 そこらかしこから歓声が聞こえ、ガッツポーズをしている生徒も多い。ホッとしている者や、緊迫のあまり魂の抜けかかっている者もいた。ここまでの期間でも褒められることはあったが、それでも厳しい事の方が多かった。そんな後でのこの言葉は彼らの心にも響いたのだ。彼らの多くは親からも先生からも見捨てられた出来損ない。勉学で褒められた事などほぼない。だからこそ、刺さるのだ。茶柱先生に言われてもあまり刺さらない言葉も、自分達を1カ月近く辛抱強く教え続けた人間の言葉なら刺さる。

 

「ですが、この結果で満足しないように。あくまでも初回のテスト。簡単に出来ています。次もこういう結果になるように。そして、範囲の決まった定期テストごとき、100点を取れて当たり前の意識になるように。これからも指導はしますので、変わらない努力をしましょう。良いですか、人生100年時代。3年なんてあっという間です。今やらないでいつやるのか。今だけです。勉強してれば褒められるのは。なので、やりましょうね。勿論、私もお手伝いをしますので。返事は?」

「「「「はいっ!!」」」」

 

 運動部もかくやの返事が返ってくる。茶柱先生は最早所在なさげに端っこに立っているだけの存在になっていた。満足そうに生徒たちを見渡した諸葛は次の話題を話す。

 

「今日から進路面談を始めます。自身の希望進路を考えて指定の時間に来るように。その際に6月分の課題を渡します」

 

 戸惑っている生徒たちに向かい、彼はそう言い放つ。茶柱先生はいつの間にか職員室に戻っていた。

 

 

 

 

 

 軽井沢恵は怯えながら席についていた。眼前には恐怖の対象が莫大な量の紙束と共にいる。4月の間は気さくなイケメンだった彼は、今や鬼より怖い教師と化していた。それでも、自分が出来るようになっている自覚が持てるだけマシなのだが。かつてのいじめっ子達よりは、何倍もマシだった。

 

「それでは面談を始めましょう」

「……はい」

「軽井沢さんの前回の結果がこれですね。最底辺近かった初回の小テストに比べればかなりの進歩です。さて、これからの将来に関して希望はありますか?」

「大学は、行きたいかなって、思ってます」

「なるほど。希望大学・学部などは?」

「それは……まだ無いです」

「分かりました。そうですね……1つお勧めの進路と言いますか貴女に向いてそうなものをご用意しました。これです」

「これ……school lawyer?学校の……俳優?」

「それはactorです」

「あ、そっか……。lawは法律だから、裁判官?」

「惜しいですね。弁護士です。特に学校内の問題を中心にした事件を解決する仕事です。内容は主に保護者トラブル、教師間や生徒と教師間でのパワハラ・セクハラ。そして――イジメ問題」

「イジメ……」

「軽井沢さん。貴女は痛みを誰よりも知っている。被害者の無念、その辛さ、惨めさ。そして加害者の卑劣な手段も、なにもかも。知り尽くしているからこそ、貴女向きの仕事ではないかと思いました。まぁあくまでも私の考えで、ですが」

 

 彼女は考えた。軽井沢恵は誰かに寄生して生きていく人間だった。しかし、それが良いとは自分でも思っていない。こんな風になってしまったのは過去の人生が原因だ。もし、この仕事に就いたなら。多くの子供たちを助けられるだろう。その中で、過去の泣いているだけだった自分も、救済できるような気がした。自分を縛り付けるお腹の傷への思いが少しでも消えるのならば。彼女はそう思わずにはいられなかった。

 

「これ、目指すなら、どうしたら良いの?」

「そうですね。まずは弁護士資格を取るべく、司法試験――日本でも最難関クラスの試験を受ける必要があります。この試験は選りすぐりの優秀な受験者が受けて合格率は30%強。非常に難しいです。勿論、その前に法学部に入らないといけませんが。ただし、不可能ではありません。今からなら、問題なく合格できるでしょう」

「絶対、行けるの?」

「貴女の頑張り次第ですが、貴女がしっかりやるのなら、必ず」

「分かった。頑張る。だから、教えてください」

「良いでしょう。貴女の目指すべき志望校はここです」

 

 出されたパンフレット。そこには、誰もが知っている大学の、一番有名なシンボルが映っている。赤い門と特徴的な造形の講堂。かつて多くの才人・賢人を輩出した日本最難関の学府。東京大学文科一類。これが彼女の受験先に決定した瞬間だった。併願に慶應と中央の法学部という私立でも最難関の法学部も用意してある。

 

「大丈夫。この短期間ですら貴女の成績はしっかり伸びている。下地がない分苦労もありますが、やるべきことをやれば必ず伸びます。大学受験はそういう試験ですので。これが今後の課題です。指示は全て書いてあるので、その通りにやって下さい」

「分かった」

「質問があれば、気軽に。もし進路等で相談があれば、また今後いつでも受け付けます。それでは次の方を呼んできてください」

「ありがとうございました」

 

 彼女は夢を抱き、部屋を後にした。これまでの人生は惨めだった。だから、ここから変わるんだ。変われるんだ。そういう夢を抱きながら。希望に満ちた目をしていた。

 

 彼は夢を笑わない。どれほどフワフワしたものでも。どれほど遠い目標でも。医者だろうが、プロのスポーツ選手だろうが、政治家だろうが、官僚だろうが。承認欲求の高い少女にはニュースキャスターや女優などの芸能界を。お洒落好きにはファッション業界。噂好きには記者。パソコンオタクにはゲームクリエイター。父親に反発する夢のなかった真っ白な青年にはその教育を否定するために、そして親の影響力を排除するために、この学校での教師の道を。それぞれに合った進路を提示する。勿論、決めるのは彼らだ。しかし、今まで何もなかった未来の青写真を描けるだけで、彼らにとっては大事な事だった。人から与えられた夢だって、抱き続ければ本物なのだから。そういう理念の元、基礎学力をつけた後にその人物の目指したい未来を目指せるようなカリキュラムが設定されていた。

 

 どんな夢でも絶対に嗤う事は無い。必ずそれに導いて見せる。見捨てられた最底辺。そう学校にまで嘲笑われている彼らに、希望を見せる。それこそが彼がかつてからやっていたこと。絶望の中にも、希望はある。そう謳い続けるのだ。

 

「堀北さん、貴女はイギリスとアメリカ、どちらが好きですか?」

「特に好みなどは無いのだけれど。もし、強いて言えば……イギリス?」

「そうですか。では、貴女のお兄さんを超えるために、まず進路はオックスフォードに設定しましょう。この学校内では生徒会長を目指しましょうね。そうすれば、少なくとも一角の人物にはなれるはずですよ?」

「でも、それは貴方の力を借りただけで……」

「人は1人では強くなれません。足りないならば、教えを乞うて強くなればいい。そうやって人類は進歩してきたのです。先人に倣い、教導者に倣いながら」

 

 そして、孤独な少女は誰かの力を借りることを覚えた。

 

 

 

 

 

<坂柳有栖の受難Ⅱ>

 

 地獄のような日も今日で終わりです。私は歓喜していました。この最悪な状況からも脱せるからです。今日はクルーズに出ていた1年生の帰還する日。同時に心霊現象の解決できる能力を持った人物が返ってくる日でもあります。1週間ほど生きた心地がありませんでしたが、それも今日でさようならだと思うと心も晴れやかです。

 

 ピンポーンとインターホンが鳴りました。ついに来た!と思い腰を浮かせ、ある言葉を思い出します。「私が来ても安易に開けるな。招かれない限り、相手は入れない」と、彼はそう言っていました。ハッと時間を見ます。帰還予定時刻は午後3時。今はまだ……午前中です。しかし、もしかしたら予定が早まったのかもしれない。そう思い、一応扉越しに対応することにしました。

 

「すみません、開けて下さいますか?」

 

 聞き覚えのある声です。しかし、疑うと違和感しか感じなくなってきました。

 

「諸葛君ですか?」

「ええ、そうです。解決に来ました」

「すみません。ですが、諸葛君であることを証明させて下さい」

「困りましたね。どうすれば良いですか?」

「私の言う事を復唱してください。『もしもし』」

「……」

「どうしましたか?」

「チッ!」

 

 大きな舌打ちの声が聞こえます。同時に、扉が激しく揺れます。この世のものではないような声も、外から聞こえてきました。明らかにそこにいるのは生きている人間ではありません。私は悲鳴を上げるのを我慢しながら必死に部屋に戻り、布団の中に包まりました。数分揺れていましたが、その後静かになります。しかし、私は布団から出られず、震えていました。

 

 数時間後、携帯を確認すると午後3時半ごろになっていました。確かに、先ほどから生徒の声が聞こえます。ガチャ!と扉が開く音がしました。思わずヒッと声をあげてしまいます。しかし、今度はちゃんと存在感のある声でした。鍵も閉められる音がします。恐る恐る顔を出すと、諸葛君(本物)の姿がありました。

 

「あぁ、まだ生きてましたか。良かった」

「え、あ、どうやって」

「真澄さんに頼んで、彼女名義で管理人さんに合鍵を貰いました。これがそれです」

「さ、さっき、諸葛君の偽物が」

「ん?あぁ、やっぱりですか。古典的ですが、よくある手口ですね。さて、問題を解決しましょう。部屋を拝見しましたが、風水的によろしくは無いです。ですが、こんな怪奇現象を引き起こすほどではありません。明らかに原因は他にあります。心当たりは?」

「特には……」

「そうですか。では、ここ最近何か変な事はありますか?この夏に入る前でも良いです」

「あまり体調が良くない日が多くなりました。休むほどではないにしても……。そのせいで念のため今回も欠席しました」

「それはいつから?」

「4月ごろです」

「なるほど。その間に寺社仏閣へ行きましたか?」

「行ってません」

「では、何か貰いものでもしましたか?」

「貰いもの……。そう言えば……少し待ってください」

 

 貰いものという言葉には私の記憶に反応がありました。クローゼットの奥にしまっていたものがあります。

 

「これです」

「これは……ペンダント?」

「はい。中学生時代の友人からもらいました。この学校へ行くと分かった時に餞別という事で」

「あなた、お友達いたんですね。てっきりお友達という名の召使いかと」

「お世話になる事は多かったですが、普通の関係だったはずです……」

「ま、踏んだ象は踏まれたアリの事を覚えていないものです。あぁぁ!明らかにこれですね。原因は」

 

 彼はペンダントの宝石部分をパカッと開けました。そんなギミックがあったとは知りませんでした。くれた時にも何も言われなかったのに、確かにそこには空間が存在しています。どす黒い色で何か文様が書かれていました。

 

「これは血ですね」

「血」

「はい。血文字です。この文様は東洋呪術の種類の1つ。これ自体は問題ないのですが、血で書きそれを相手に持たせ、そこへ向かって念を送ると呪術が発生します。つまり、これは座標なんです。呪いの行き先を示す地図アプリの目的地ピンみたいなものですね。体調不良はこれのせいで間違いありません。じわじわと弱らせるタイプでしょう。毎日飛んでくる呪いにこの閉鎖された学校に溜まった怨念や恨み、憎しみ、負の感情が巻き込まれ、肥大化していったのでしょう」

「でも、どうして急に夏休みになって……」

「あーそれは多分、貴女がこういう存在を知覚してしまったからでしょう。ないと信じたいと思いながら、あるのではないかと疑った行動を取ってしまった。今までは考えもしなかったため、チャンネルが閉じていましたが、開いてしまいましたので」

「……それ、諸葛君のメールのせいでは?」

「あれはあくまでもアドバイスのつもりだったんですがね」

 

 絶対ウソです。橋本君曰く、怪談話をしていたそうなので、間違いなく嫌がらせでしょう。しかし、それが分かったとしてもどうしようもありません。私はここで彼に頼るしかないのです。悲しい上に屈辱を感じますが、もう仕方のない事なのです。

 

「まぁこれはこうすれば……はい消えました。これで終わりです」

 

 彼は油性ペンで血文字を塗りつぶしました。呆気なく呪いの解除は終わってしまいました。

 

「えぇ……」

「あくまでもこれは座標。元々の効力もお呪い程度にしかありません。これで座標は消失。問題なくなりました。しかし……」

「しかし?」

「貴女を狙う怪異は別物です」

「あれは、何なんですか?どうして私を……」

「明確な名前はありません。貴女を狙うのは器が欲しいから。あの存在は不安定です。意思を持っていますが、形がない。ですので、器を探していました。器にはなるべくヒトに近いもの、人間の身体が最上です。本来はもっと違う者を狙うのですが、生憎ここには貴女しかいなかったので、標的となりましたね。――おいでなすったようです」

 

 ドンドンと玄関のドアが鳴らされます。彼はズンズンとそれに近付いていきます。私は怯えながらもその背中に隠れつつ玄関へ向かいました。

 

「ちょっと、開けて欲しいんだけど」

 

 神室さんの声がします。手を伸ばしてドアを開けようとした私の手を、彼はピシャリと叩きました。

 

「油断しないように。真澄さんですか?」

「そう。暑いんだけど。用事終わった?」

「はい、もうじき片が付きます。終わったら何か食べますか?坂柳さんのおごりでドーナツでも。前5個くらい食べてましたし、好きでしょう?」

「はぁ?私、そんなに食べないんだけど」

「はい、ダウト。真澄さんはそんなこと言いません。食べる!と目を輝かせて言います」

「……」

 

 扉の向こうは沈黙しています。彼は黙って懐から紙を取り出しました。人型に切られたそれは、式神のようです。そこには私の名前が書いてありました。「髪を1本拝借」と言って彼は私の髪を引っ張り、その人形の首に結び付けます。そして思い切り叫びました。

 

「お入りあれ!」

 

 バンッ!という轟音と共に扉が開き、黒い影が躍り上がります。私は腰を抜かしてへたりこんでいました。見ているだけで恐怖心が増してきます。気持ち悪さと恐怖とが混ざり合い、涙が流れ出しました。風が一気に私の部屋に流れ込んできました。彼の長い髪はそれによってバサバサと揺れています。

 

「汝の器はこれである!」

 

 突き付けた人形に黒い影が吸い込まれていきます。完全に吸い込まれた時、思いっきり彼はそれを踏みつけ、意味の分からない中国語を唱えています。数分後、蠢いていた人形も大人しくなりました。

 

「これで器に閉じ込めました。後はこちらで処分しておきます」

「い、今のは……?」

「こいつは怨念の塊。思念の集まりです。器を探していましたが、仕方なく貴女を選んだだけであり、より空虚な方に寄せられていきました。貴女に入ると貴女という自我と戦わないといけませんからね。だから、貴女を脅かし、恐怖で無防備にさせようとしていたんですよ。ともあれ、これで心霊現象は解決しました。暫くは大丈夫でしょう」

「ありがとうございました……」

 

 パンパンと埃を払い、彼は帰り支度を始めました。少しだけ冷静になった私は、1つ疑問が浮かびました。

 

「あの、さっき呪いは解除したと言いましたけど、まだ呪ってる相手は呪いを発してるんですよね」

「ええ。よっぽど深い恨みみたいですね。坂柳さん、貴女何したんです?普通はこんなお呪い程度で大それた効果にはなりませんよ」

「呪ってる相手はどうなるんですか」

「坂柳さんがお出かけしました。家を出て数分後、携帯を見たらその行きたかった先が潰れてしまっていたことを偶然知りました。もう他に行きたい場所はありません。どうしますか?」

「帰ります」

「そうですよね。呪いも同じです。行き先の座標が消え、行き場を失ったので帰ってきます。貴女を殺さんとしていた強い怨念が、他の恨みも拾って肥大化しながら」

「そ、それじゃあ、あのペンダントを送った私の友人は……」

「さぁ、それは知った事ではありません。お呪い程度と言いましたが、お呪いも呪いも原点は同じです。そもそも違いなどさしてありません。良く言うでしょう?人を呪わば穴二つってね」

 

 どうぞ素行にはお気をつけになって。そう言い残して彼は去って行きました。ちゃっかりお礼を要求するのを忘れずに。まぁそれは良いです。もし呪いに気付かなければ、数年後に死んでいたかもしれませんし。この年になるまで、非合理性の塊だと思って心霊現象やスピリチュアルな世界の事は興味も持ちませんでしたし、知りもしませんでした。しかし、実際にないと証明できないどころか、あると私自身の身を以て証明する羽目になりました。これからの人生、苦労しそうです。

 

 

 

 

 ですが、実のところ私は人を呪わば穴二つをまだ信じられずにいました。しかしそれは数日後、強制的に信じさせられることになります。お昼のニュース番組を適当につけたときに流れたニュースのせいでした。

 

『続いてのニュースです。先日、東京都世田谷区の公園で遺体で発見された女性は、同区に住む16歳の高校生、水森愛奈さんのものであると警察の身元確認の結果判明しました。水森さんは数日前、自宅にいるときに突如失踪。行方が分からなくなっていました。警察は、遺体には強い鈍器で殴られたような跡が全身にあり、また野犬に噛まれたような傷が顔を中心にあった事から、きわめて強い遺恨によるものと見て、捜査を進めています』

 

 それを見て、気付きます。彼はあのペンダントと怨念の籠った人形を持っていきました。処分したかは見ていません。祓えるということは、呪う方法も知っているという事。それに、心霊でなくても恨みを買い続けると、いつ報復されるか分からないと思い知りました。私の身体では、さしたる抵抗も出来ず害されるでしょう。恨みは、買わない方が得なのかもしれません。それに呪いはあるのです。だって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニュースで放送されていたのは、私にペンダントを送った人物の死でしたから。 




次回からは体育祭編。とは言え、そんなに話長くない気がします。入学後と無人島編が長すぎるんじゃ……!


<Cクラスルートの裏話>

隣の席設定の椎名さんが優秀と見抜いた孔明は小説『1984』を原文で読むという行為を行い、あまり他人に興味のなかった椎名さんを「!?」とさせて向こうから話しかけるように仕向けました。その上で当然のように把握してるミステリー小説の知識でパーフェクトコミュニケーションを取り、オタクじみた知識にも対応。好感度を凄まじく上げています。龍園君を裏切らない理由は、ごねながらも最後にはちゃんと諫言を聞き入れる君主は貴重だからですね。

ただ、今後は無茶な龍園の作戦をなんとかしつつ、椎名さんに失望されない戦略に仕上げるという苦難が待ってます。それができると王・龍園翔、作戦参謀・椎名ひより、前線指揮官・諸葛孔明、後方支援・金田悟、精鋭兵・Cクラス生徒という図式が出来て強いです。



<Dクラスルートの裏話>

堀北さんがアメリカを選ぶとマサチューセッツ工科大学かハーバード大学になってました。行かせる気満々です。



<原作のネタバレ注意!>

そろそろいいかなぁと思って原作最新刊の所感書きます。

龍園、やっぱお前最高だよ!和装メイド、分かってるじゃないか。あと、先生が29歳なのに似合ってて草生えましたよ。

それはそうと、八神君……。君どうしてくれるんだよぉぉ!もっと強キャラだと思って諸葛孔明VS八神拓也のガチ戦闘シーンとか用意してたんですけどぉ!脳内プロットの大幅修正を迫られた回でした。二年生編も色々考えてはいるんですけどねぇ。まだまだ先が見えないのが二次創作作者泣かせですねぇ……。


では次回、体育祭編でまたお会いしましょう!


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5章・重要なのは、勝つために準備する意欲である
31.禅譲


体育祭編スタートです。私は小学校~高校までずっと2学期制だったんですが、全国的にはどうなんですかね。学園ものにおけるこの辺の設定、作者の実体験が元になっている気がします。

今話にもリクエストがあったおまけを書いてみました。余裕があるとおまけに色々書いたりもするかも?


我が子不才にして、帝王の器にあらざりし時、丞相自ら蜀の帝となりて、万民治めるべし

 

『三國志・劉備』

―――――――――――――――――――――――――

 

<ある死人の独白>

 

 病床にて、女は憂いていた。己の将来ではない。それはもう定まっている。病死。多くを手にかけてきた自分が死ぬことはさして問題ではない。誰かに殺されるでもなく、己の内から湧いて出た存在である癌で死ぬとは、皮肉なことだと思っていた。彼女が憂いるのはただ1人、己が息子の事であった。

 

 

 

 

 野望に生きる父に駒として扱われ、吹雪の山で育ち、世界中を飛び回ってきた。ある時、日本の異端児の元に潜入するように父親から命令され、男のいる京都大学へ赴いた。そこで学生として潜り込み、助手を務め、最後には20年以上年の離れた男の元で住み込みの助手となった。

 

 風変わりな人間だった。人間味が薄い、と言い換えられるかもしれない。万民を見下してたが、それは憐れみからくる見下しだったと今になってみれば思う。どこに惹かれたのか、本国の指令を半ば無視し、男の子を孕んだ。鳳の姓を持つ男の子。名は、父親である男、自分の監視対象であり夫でもあるその男がその時読んでいた本の中に出てくる人物から名付けられた。ある意味では幸せだったのだ。

 

 しかし、それは数年で壊れる。夫から逃げろと言われた。白い部屋(ホワイトルーム)という組織があり、そこでは人工の天才を作ろうとしていた。夫は私たちの息子を供出するように求められた。だが、夫は後悔していた。己の理論は間違っていたのだと。感情を無視した教育は不幸しか生まない。万能の天才の創造は不可能であり、天才とは無から有を生み出せる人間であるはずなのに、あそこで生まれる人間は恐らく与えられた解答に満点を出すだけの装置にしかならないのだと。そして、私は離婚して親権を取り本国へ帰った体にして日本を後にした。

 

 父は私を許した。だが、援助はしなかった。苦しい生活で痩せたが、それでもまぁそこそこの幸福があった。裏切りの罰か、人殺しが幸せを望んだ代償か。私は癌を患った。もう治らないと言われた。私のことは良い。もうすぐ死ぬ運命だ。それは受け入れた。それでも息子の事だけは心配だった。孔明。優しくて聡明な我が子。もうすぐ6つになる、かわいい子。

 

 だから、冷酷で残忍な父に後を託した。利用価値がある間は、絶対に殺しはしない。見捨てもしない。そういう男だと、誰よりも分かっているから。けれど、きっともう平凡な暮らしを送らせてあげることは出来ないだろう。それだけが悔しい。

 

 

 

 

 死の床で、女は涙を流した。大陸一と言われた美貌も、もうそこにはない。痩せこけた母親の哀しい最期があるだけだった。

 

「お母様?」

 

 小さな息子が呼びかける。彼はまだ、死を知らない。きっと治ると思っている。痩せた手でその頬に触れる。

 

「これを……」

 

 渡したのは、いつも自分が付けていた2本の簪。さして高いものではない。多くの血を吸っている、護身用の道具。それでも、彼女が渡せる最期の遺産だった。

 

「いつか、あなたが愛せる人に、渡しなさい」

「愛せる、人?」

「そうよ……。あなたが愛せて、あなたを愛してくれる人に……。約束ね」

「うん、分かった」

 

 息子は頷いた。その母子のやり取りを、つまらないものを見るように父は眺めている。軍に生き、策謀に生きた父に、団欒はつまらないものなのだろう。

 

「どうか、この子をお願いします」

「まぁ、死なぬようにはしてやるでな。安心して逝くがいい」

 

 どう考えても守ってくれる人ではないし、そんな顔でもない。それでももう、彼以外に頼める人もいない。

 

「さぁ行くぞ。あまり長居しては身体に障るだろう」

「またね、お母様!」

 

 無邪気な顔で息子が去って行く。行かないで、と言いたかった。1人にしないでと言いたかった。さらばだ、我が娘。父は最後にそう言い残して病室を去った。

 

「ごめんなさい……守ってあげられなくて……。どうか、いつの日か、幸せになって……!」

 

 涙が流れ落ちた。その雫が床に落ちた時、彼女は力尽きた。諸葛桜綾(しょかつようりん)、享年28。そして彼女の産み落とした才子は、やがてその名を轟かす存在になる。幸せになれるかは、その本人もまだ分からない。彼の長い髪にはまだ2本の簪が揺れている。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 波瀾万丈だった夏休みが終わり、学校は2学期がスタートした。夏の試験の結果により、CクラスとDクラスが入れ替わるなどの出来事はあったものの、Aクラスには特に被害はなく、むしろB以下との差を突き放し首位をキープしていた。少しだけ肌の焼けた生徒の散見される中、新学期はスタートしようとしていたのだ。

 

「この間の件は助かった」

「いえいえ、友人の困りごと。助けるのは当然です」

「だがしかし、本当に礼は良いのか?」

「さしてもらうような事はしておりませんので」

「恩に着る」

 

 葛城からお礼を言われる。というのも、数日前は葛城本人と彼の双子の妹の誕生日であった訳だ。だがしかし、この学校内にいる以上接触は出来ない。つまり、誕生日プレゼントを送る事も出来ないという事だ。これには葛城も衝撃を受けていた。流石に荷物を一方的に送るくらいは出来ると思って入学したようだ。

 

 堀北会長に相談するも、大していい案をもらえず、むしろ校則違反をするのは生徒会としてよろしくないと咎められてしまった。にっちもさっちもいかなくなった彼は、私に相談してきたのだった。まぁ先に結末を言えば、普通に送れた。方法は簡単。私には外部への連絡手段がある……がそちらではなく、電気屋を使えばいい。あそこはもう半分ウチの傀儡と化している。

 

 手元の携帯に表示されたニュースサイトには『東亜電気、上海家電に買収。経営陣はほぼ刷新するも、社長は続投』と書かれていた。元々あった買収話が進んだだけ。世間はそう認知してくれているだろう。これで、いい足がかりが出来たものだ。という訳で、私には何も損害はなかった。恩を売る程度にしておくことで、私への感謝の念を忘れないようにしてもらえれば大丈夫だろう。

 

 礼を言い彼は席に戻る。我が隣人にしてこの夏ほぼ部屋に引きこもりであった心霊少女坂柳は私を見ると少しビクッとしている。人形は捨ててない。中身が零れたら、真っ先に彼女の元へ復讐に向かうだろう。暫くは大切に保管しておくつもりだ。

 

 まぁそれとは別に、嫌がらせも兼ねて夏休みの楽しい思い出を保存した写真をクラスのグループチャットに流しておいた。先生にも渡してある。この学校に卒アルがあるのかは不明だが、あった場合使えそうだ。なければ勝手に作ればいいのだし。その時は集合写真に丸抜きの坂柳を貼り付ければ完璧だ。

 

 さて、そんな事は大事ではなく、今日の午後からの授業は、2時間連続でホームルームというスケジュールになっているのだ。明らかに何かある、と思って調べれば普通にホームページの年間スケジュールに載っていた。体育祭である。真嶋先生が教室に入ってくるなり軽く出欠確認を行い、それから淡々と説明を開始した。

 

「今日から改めて授業が始まった。だが2学期は9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育祭に向け体育の授業が増え、変則的な日課になる。新たな時間割を配るためしっかりと保管しておきなさい。それと同時に体育祭に関するプリントも配る。前の生徒から順番に後ろに回すように」

 

 体育祭という言葉に反応は様々だ。喜ぶ者、落ち込む者、面倒そうな者、興味のない者。

 

「また、学校のHPでもプリント同様に詳細が公開されている。必要だと思うなら確認してみるといい。では、順を追って説明していくぞ。すでに目を通して気づいた者もいるだろうと思う。今回の体育祭は全学年を2つの組に分けて勝負する方式を採用している。お前たちAクラスは赤組に配属が決まった。そしてDクラスも同様に赤組として戦うことになっている。この体育祭の間はDクラスが味方というわけだ」

 

 Dクラス、龍園のところか……。この前の試験で2度も罠に嵌めたわけだが、今回はちゃんと協力してくれるのだろうか。とは言え、彼は最低でももう1度Cに上がる必要がある。そうしなければ、彼の求心力はどんどん低下してしまうだろう。船上試験で思い出したが、私は櫛田を当てた50万ポイントを何も言わずに持っているのだが、誰も指摘してこない。不気味なんだが……。言われない間は持っていよう。

 

「何よりも先に体育祭がもたらす結果について教えておこう。それを知っているかどうかで、体育祭への意欲や取り組み方も少しだけ変わってくるはずだ」

 

 

 

 

 

<体育祭におけるルール及び組分け>

 

・全学年を赤組と白組の2組に分ける対戦方式の体育祭。

・内訳は赤組がAクラスとDクラス。白組がBクラスとCクラスで構成される。

 

 

<全員参加競技の点数配分>

 

・結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられ、5位以下はそこから更に1点ずつ下がっていく。

・団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。

 

 

<推薦参加競技の点数配分>

 

・結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられ、5位以下はそこから更に2点ずつ下がっていく。

・最終競技のリレーのみ上記の3倍の点数が与えられる。

 

 

<赤組対白組の結果が与える影響>

 

・全学年の総合点で負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。

 

 

<学年別順位が与える影響>

 

・各学年、総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

・総合点で2位を取ったクラスのクラスポイントは変動しない。

・総合点で3位を取ったクラスはクラスポイントが50引かれる。

・総合点で4位を取ったクラスはクラスポイントが100引かれる。

 

 

 

 

「簡単な話、手を抜くのは推奨されない。負けた組が受けるペナルティは決して軽いものではないぞ」

 

 先生はそう言うが、はっきり言ってさして問題はない。この試験で点数を増やすのは難しいかもしれないが、そもそもBとの間に差があり過ぎてここで最大限のマイナスを食らっても普通に生き残れるだろう。Aは1479。Bは743。これで逆転されるのが難しい。

 

 ただ、例え所属している赤組が勝ったとしてもプラスが無いのは露骨にやる気に関わっていた。前回と前々回の試験があまりにもプラスになる余地が多すぎたために、今回のマイナスにならないだけ、というのが良いことに聞こえないのだろう。だが、現実世界では損害を被らないと言うだけで儲けもの、という状況は往々にして存在する。

 

 それに、3年Aクラスは堀北会長が、2年Aクラスには2年生を掌握している南雲がいる。3年は分からないが、少なくとも2年はAが負けないように八百長するはずだ。ならまぁ、組として敗北は無いかもしれない。

 

「これだけだとマイナスの面が強いように見えるかもしれないがこの体育祭ではクラスポイントの変動の他に、活躍した生徒には個人報酬が与えられる手筈となっている」

 

 

 

 

<個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)>

 

・各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える。

 

・各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える。

 

・各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える。

 

(いずれの場合も点数を選んだ場合、他人への付与は出来ない)

 

・各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイントのペナルティが科せられる。

 

(所持するポイントが1000未満の場合は筆記試験でマイナス1点となる)

 

 

<反則事項について>

 

・各競技のルールを熟読の上遵守すること。違反した者は失格同様の扱いを受ける。

 

・悪質な物については退学処分にする場合有り。それまでの獲得点数の剥奪も検討される。

 

 

<最優秀生徒報酬>

 

・全競技で最も高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与する。

 

 

<学年別最優秀生徒報酬>

 

・全競技で最も高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与する。

 

・全競技終了後、学年内で点数の集計をし下位10名にペナルティを科す。

 →ペナルティの内容は各学年ごとに異なる場合があるため担任教師に確認すること。

 

 

 勉強が苦手な生徒のいないAクラスには、点数が足されてもさしたる恩恵ではない。それに、私にとってすればもっと恩恵ではない。ポイントもそう多くはないし、はっきり言って微妙だ。

 

「最後のペナルティの内容だが、お前たち1年に科せられるのは次回筆記試験におけるテストの減点だ。総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けることになる。どのような方法で減点を適用するかは筆記試験が近づいた時に改めて説明するため、この場ではその質問には答えることが出来ない。また、下位10名の発表も同様に、筆記試験説明の際に通告する段取りになっている。坂柳には申し訳ないが受け入れて欲しい」

「はい。分かりました」

 

 いや普通に参加できないと分かっている生徒を入学させたのに以下略である。人権意識の低い学校だ。そんな事多分世界有数で人権意識の無い国の生まれに言われたくないと思うが。

 

「体育祭で行われる種目の詳細は全てプリントに記載されている通りだ。変更する予定は一切ない」

 

 

<全員参加種目>

 

①100メートル走

②ハードル競走

③棒倒し(男子限定)

④玉入れ(女子限定)

⑤男女別綱引き

⑥障害物競走

⑦二人三脚

⑧騎馬戦

⑨200メートル走

 

 

<推薦参加種目>

 

⑩借り物競争

⑪四方綱引き

⑫男女混合二人三脚

⑬3学年合同1200メートルリレー

 

 

 多いなぁ。体力のない生徒が絶望した顔をしているのが目に浮かぶ。実際、嘆息の声が聞こえた。走ってばっかりな気がする。面倒極まりない。あと、パン食い競争が無いのは何故だ。あれはいいものだったのに。

 

「競技数の多さが目立つかもしれないが、その代わりに応援合戦やダンス、組体操などの種目は一切存在しない。体育祭はあくまでも体力、運動神経を競い合うものというのが学校側の意向だ」

 

 じゃあ1日でやるなや。そう思ってしまう。応援団って青春の1ページだと漫画で読んだのだが。あれだろ、学ラン着るやつだろ?なんで無いんだ。私の中学は人数が少なすぎて出来なかったので、今度こそ日本のスクールカルチャーに触れられると思っていたのに。後、ダンスも見たかった。結構得意なのに。

 

「また、ここに参加表と呼ばれる物があるが、これはお前たちで話し合って全ての種目に記入を終えた上、担任である私に提出してもらう物になっている。このような方式を取っている学校は他にないと思われるので、間違いが起きないよう心に留めておくように。体育祭当日に行われる競技の全て、何組目に誰が走るかまでお前たち自身で決めろ。提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間。締め切り以降は如何なる理由があろうとも入れ替えることは許されない。もしも提出期限を過ぎた場合はランダムに振り分けられることになるから気をつけることだ」

「当日の欠席者はどうなるのでしょうか。特に団体戦などは?」

「『全員参加』が必須の競技で必要最低限の人数を下回る形で欠員が出た場合は続行不能とみなし失格だ。パートナー選びは慎重にすることを勧める。とは言え、救済措置もある。花形種目の『推薦競技』に関しては代役を立てられる。ただし、特別な条件下とポイントを支払う事が条件だ」

「代役に必要なポイントは?」

「各競技につき10万となっている」

 

 意図していなくても怪我を負ってしまう事はある。どんな時も、こういう肉体系は上手く運ばないことが多い。ポイントはあって損はしないだろう。尤も、Aクラスはかなり高額ポイント保有者が多い。なら問題ないだろう。出し渋る額ではない。

 

 女子は坂柳の分、初めからハンデがあると見るべきだろう。騎馬は1騎減るし、二人三脚も必然的にもう1人だれか失格になってしまう生徒が存在する。2回走れるようにすればいいのではないだろうか。普通の学校はそうしていると思うのだが。とは言え、一応偶数人数で揃っているうちに比べて上級生はクラスの人数がかなり少なかったりする。その分大変そうだ。

 

「これ以上質問がないようなら説明は終了とする。残りの時間が20分ほどあるが、好きに使うといい。次の時間は第一体育館に移動したのち、各クラス他学年との顔合わせを行う予定になっている。くれぐれも時間に遅れないようにしろ」

 

 

 

 

 

 

 さて、自由時間である。しかし、勝手に騒ぎださないのがこのクラスでありがたいと思うところの1つだ。もしDクラスとかだったら今頃私は何をしているんだろうか。民度の高さに感謝する。とは言え、全てが万事問題なしとは言えない。というのも、このクラスには派閥がある。そして、夏休みでそれは解消しなかった。正確には、わだかまりは大分消えたが主導権争い自体は決着していないのである。クラスの内38人が坂柳か葛城に従っているのはそのままだ。残りの2名は自分自身と真澄さんである。すんごいやる気なさそうな人筆頭が真澄さんだが、実は彼女の運動神経はAクラス女子だとトップクラスに入る。

 

 哀れ、私に従うことになった彼女は朝にランニング等の運動を継続的にさせられ、夕方~夜にはみっちり講習が入っているというかなりのハードスケジュールを生きている。最近ではもう慣れたらしい。人間の適応力は恐ろしいものだ。中学時代にはバスケ部と陸上部からスカウトが来たというその実力はまだ健在だろう。実際、無人島でも割と動き回っていた時もあったが、普通そうな顔だった。

 

 真澄さんがいくら食べても太らないメカニズムはさておき、クラスでは誰が行くかの一種の膠着状態が発生していた。一般生徒に行く度胸は無い。坂柳は今回は指揮は諦めているようだ。さもありなん。この試験では正直ほぼ役に立たない。応援係と練習時の計測委員でもやってくれ。あまりにも無言の状況に、葛城が立ち上がった。

 

「皆で1つ話すべきことがあると思う。体育祭の前にだ。これまで俺たちは2つ、正確には3つに分かれていた。不肖この俺に付いてきてくれる者。坂柳に付いて行く者。そして諸葛と神室の2名。この体制は今のところ瑕疵もなく機能しているように見える。だが、今後はどうだろうか。先の船上試験で俺は奇しくも他クラスのリーダー格と同じグループにいた。そこで見たのは、Bは一之瀬が、C……いや今のDは龍園が、そして今のCは堀北が仕切っている姿だった。このまま分裂状態である事は、Aクラスのために良くないと思う。坂柳、俺はお前の意見を聞きたい」

「……私にどうしろと?私がやると言ったのならばそれに従ってくれるのですか?」

「それは話し合い次第だろう」

「では逆に聞きますが、葛城君自体の考えはどうなんですか?私に聞く前に自身の考えをしっかり述べるべきだと思います」

「俺としては……諸葛にこの地位を譲る事も考えている」

「か、葛城さん!?」

「弥彦、今は少し静かにしてくれ」

 

 クラスはざわめく。葛城派の幾人かは何となく察していたようだ。坂柳派にも混乱が広がっている。坂柳も苦虫を噛み潰したような顔になっている。なんだ、私がリーダーは不満か?後で人形解放してやろうか。

 

「もし引き受けてくれるならば、俺は潔く退こう。神室にナンバーツーを譲るのも問題ない。俺は3番手以下で構わないと思っている」

「!?」

 

 嫌だ、と真澄さんの顔に書いてある。何とかしろ、と目で訴えてきているが、今は状況を見守ろう。

 

「もし……そうなったとしたら……私は彼の軍門に降るしかないでしょう」

「坂柳さん!?」

「事実、彼はBクラスとの差を大きく引き離し、夏季の試験をほぼ全て作戦通りに終わらせました。結果、Dは船上試験で1人勝ちを収めヘイトを買い、Cとなりました。龍園君はそれに夢中ですし、一之瀬さんに負ける要因はありません。私がどうこう言うことは出来無いでしょう。個人的な恩義もあるので、あまり強気にも出れません。私では成し得ない結果を出されてしまった以上、現状で何をしようとも上回ることは出来ませんので」

 

 確かに、現状彼女の成果はほぼない。なので、こう考えるのも分かるのだが、少し妙だ。こんなにあっさり闘争から身を退くものだろうか。もしかしたら、クラスの統治という面倒事を捨て裏で好き勝手にやる方を選んだのかもしれない。そうなった場合、他クラスの情勢にちょっかいをかけて面倒になる気しかしない。どうにかしてクラスには縛り付けておく必要があるだろう。

 

「そうか。概ね意見は一致しているようだな。だが、流石に2人だけの言葉で決める訳にはいかないだろう。もし、諸葛がこのクラスの指揮を執るとなった場合、それに従ってもいいという者は手を挙げてくれ。勿論、今は個人の心情に従ってくれて構わない。誰も咎めはしない」

 

 スッと幾つもの手が上がる。派閥も思想も超えたAクラスの人員が全員手を挙げていた。葛城の意思を尊重することを選んだ戸塚は渋々。坂柳派は戸惑いを感じながらも、それでも悪くはないというように。真澄さんはもしそうなっても本音では構わないのだろう。それとも、私の器に疑問を持っていないのか。ピンと手を高く挙げている。

 

「俺たちの意見はこうだ。どう思うか、聞かせてくれないか」

 

 クラス中39人から視線を向けられる。誰もが私が次に何を言うかを待っている。事実、ここでどうするかで全てが変わるだろう。これはある種の禅譲だ。実力差を知ってしまった人間と何も出来なかった人間の諦めの末に行われる禅譲。私という帝を仰ぐための儀式だ。

 

 しかし、古の言葉に曰く、禅譲は1回目で受けてはいけない。それに、トップに立つと今よりも苦労するだろう。癖の強い人員を上手く統治しないといけない。そんな事をするくらいならば、今のように比較的自由な地位にいた方がマシだ。とは言え、断るのも角が立つ。

 

「なるほど。お気持ちは分かりました。ですが、1つだけ私から問わせて頂きたい。果たして統一意思の元に動けることが強さなのでしょうか?確かに、下位クラスは全てそうやって統治されています。しかし、果たして本当にそれが唯一無二の正解なのでしょうか。ここで、下位クラスの状態を考えてみましょう。Bクラスは一之瀬さんというカリスマに治められています。民主制に近いようにも見えますが、実態は神権政治に近い。一之瀬さんという神、もしくはその代理人である巫女を崇めているような状態です。一之瀬さんの言葉は神の言葉。そう言う感じですね。邪馬台国に近いでしょう。そしてCクラス。堀北さんの統治はまだ十分ではありません。幾つも不安要素がある上に力を持った個人が多い部族連合に近い形です。最後にDクラス。龍園君の統治は暴力による絶対王政だ。革命の兆しは未だありません」

 

 ここまでで他クラスの状況を列挙していく。クラスメイトはいきなり社会科の授業みたいなのが始まった事に疑問を浮かべている顔だ。歩きながらゆっくりと教壇に立つ。

 

「彼らは何故、統一した意思によって動こうとするのか。それはそうしないと上に上がれないからです。実力不足だからです。では、我がクラスがそれに立ち向かうのに、同じ方法を使う必要があるのでしょうか。我々は初期値が圧倒的に上なのに。しかしまぁ、葛城君の懸念も尤もでもあります。代表がいないと契約も結べませんし、非常時の決定権も宙ぶらりんだ。それは良くないでしょうね。なので私は大統領制に近いものを提案します」

「大統領制?」

「ええ。折角推戴してくださった皆さんの意思を無下には出来ません。なので、私が大統領兼議会の議長を務めます。しかし、方針自体は私の一存では決まりません。議会、即ち皆さんの意思によって戦略は左右されるでしょう。坂柳さんと葛城君は2大政党の党首とでもお考え下さい。私はどこの政党にも所属していないのに大統領してる奇妙な人物ですが、民意の採択における公平性を考えれば中立派・中道路線の方が良いと思われます。そして、いざという時は大統領の緊急事態権限を使えばいい。いかがでしょうか」

 

 クラスの代表になってしまっても、責任の所在を分散させられる状態を作った。この体制を維持できれば、民意によって動くと言うある種の縛りが出来る。ここが限界だろう。坂柳と葛城の地位をある程度残しつつ、派閥の持つ力を矮小化させる。グループのような存在に落とすことで、クラス内での覇権争いと言う不安要素はある程度払拭できる。

 

「後、言い忘れましたがちゃんと選挙制度もありますよ。各学期の初日にこうして選べばいい。誰も立候補がいなければ続投。もし問題があればそこで引きずり下ろすか、全会の3分の2の賛成でリコールも可能。こんな感じです。我々は現状1年生最強。その余裕があるからこそできる、アメリカ式です。ご存じですか?世界最強はアメリカなんですよ」

 

 パチパチと拍手が起き始める。少しずつそれは伝播し、最終的にはクラスメイト全員が拍手をしている。全会一致で賛成と見て良いだろう。

 

「賛成多数で私の案は可決、と見てよろしいでしょうか?」

「「「「はいッ!」」」」

「分かりました。不肖諸葛孔明、皆さんの意思により2学期におけるこのクラスの代表を務めさせて頂きます。不満質問疑問意見等々ありましたら、いつでもお気軽にどうぞ。ああ、そうだ。1つだけ私の権限で人事をしてもよろしいですか?議会には書記が必要ですので……引き受けて頂けますかね、真澄さん?」

「地の果てまでも、喜んで」

「ありがとうございます。ではまずはこの体育祭、勝ちに行きましょう。勿論、無人島同様安全に楽しく、ね?」

 

 新生Aクラスは動き出す。ある程度はこうなる予想は出来ていた。葛城が冷静に自身を分析し、坂柳もそれをした場合禅譲が尤も合理的であると判断することは。血の一滴も流さず、誰も犠牲にせず、全ての意思によってトップを勝ち取る。これが最もスマートなやり方ではないだろうか。誰も強制していない。彼らは自ら私を選んだ。我が祖国ではほぼ形骸化している民主主義によって。これに4月頃から考えていた私が地位を確保するための方策が実を結んだ瞬間だった。

 

 同時に体育祭における坂柳の役目が写真撮影係になった瞬間でもあった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

<報告>

 

Aクラスの主導権、民主的に確保に成功。

 

 

<要求>

 

いい加減一之瀬帆波の件は終わったか?また、夏季特別試験の報告は既に送った。確認されたし。

 

 

<返信>

 

夏の間に突き止めた。添付ファイルを送る。また、報告は了承している。お疲れ様でございました。




図書館に民俗学・心霊・除霊・悪魔祓い・風水などの本が大量に注文されたそうですね。図書館の主(椎名さん)が困惑しているようです。誰が頼んだんでしょうか。


<おまけ・感想欄で希望があったDクラスIFルートにおける軽井沢さんの将来>

あの懐かしい学校を卒業してもう10年以上になる。私は昔の自分では想像もできない姿をしている。東大合格なんて、中学時代の私に言ったら鼻で嗤われるだろう。両親の号泣姿を見て嬉しかったし、地元の奴らの唖然とした顔にスカッとした。彼の教えは大学に入った後も役に立った。そして法学部を卒業し、法科大学院へ行き、司法試験にストレートで合格した。

金色だった髪は黒に戻した。それでも私の価値は変わらないから。今まで何十件もの依頼を受けて、本とかも書いたりした。これでも結構話題になった。いじめは犯罪だ。この意識を植え付ける事が私の使命だと信じている。

 今回の案件では落書きや悪口、悪い噂の拡散、物隠しが多いようだ。時々箒等で叩かれることもあるそうで、事実青いあざがある。

「娘をよろしくお願いします」
「分かりました。私は絶対に○○ちゃんの味方だよ。だからお姉さんに教えて欲しいの。○○ちゃんは、どうしたい?○○ちゃんのお願いの通りになるように頑張るから、教えて?」
「お友達はいるの……でも、嫌がらせしてくる子もいるの……。だから、嫌がらせしてくる子とは会いたくないの」
「そっか。分かったよ。お話してくれてありがとう」

 子供にだって意思はある。それをまず第一にしないといけない。その上で、お母さんは怒り心頭だ。損害賠償を求めている。この子の要望だと、賠償に相手の転校措置とつけるのが妥当か。ただし、学校は非協力的。でも、この程度なら何度もやって来た。

「○○ちゃんは、その子たちがいないなら学校は好き?」
「学校は好きだよ!」
「そっか。じゃあ、○○ちゃんが楽しく学校に行けるように頑張るね!」
「軽井沢先生、どうかどうかお願いします」
「お任せください。最大限、努力させていただきます」

 お母さんは何度も何度も頭を下げて帰って行った。バイバイと手を振る娘さん。依頼人が帰った後、にこやかだった顔を引っ込める。まずは情報収集から。必ず解決してみせる。それが私のプライド。失敗しない弁護士・軽井沢恵。それが私の異名だ。

 被害者を少しでも助けて、私みたいな子を作らないようにしたい。そうすればいつか、私の背中を見てくれた子が私みたいな道を選んでくれるはずだから。孔明先生、私は貴方みたいに誰かを導けていますか?彼みたいになれるまで、私は止まらない。

 記憶の中の、幼い私が優しく笑った気がした。


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32.堕天使

ここで各クラスリーダーの犯罪歴について詳しく見てみましょうか。

Dクラス:龍園翔……暴行罪・恐喝罪・脅迫罪・傷害罪・決闘罪など。中学時代から不良なので、こんなものでしょう。他にもあるかもしれませんが、主だったものだとこの程度ですかね。一般の不良ですが、不良のやることは大体何らかの罪です。真っ当に生きたいですね。

Cクラス:堀北鈴音……傷害罪(未遂も)。皆さんお忘れかもしれませんが、綾小路君にコンパスを刺してます。居眠りしかけていた彼も悪いですが、これは確かにDクラス配属も納得の行動。体育祭編ではシャーペンで脅してます。生徒会長にはこの辺だけはせめてちゃんと注意して欲しかった。

Bクラス:一之瀬帆波……言わずと知れた窃盗罪。ただし、彼女の場合店側が不問にしてくれたので前科前歴はありません。経歴的にはまっさらです。そのせいで孔明の愉快な仲間たちが情報集めに苦労しました。当時の事情を知ってる人も殆どだんまりだったので、人徳の高さが伺えます。本人も罪の自覚と反省があるので一番マシかも。ホンマ徳の高いお方。

Aクラス:諸葛孔明……殺人罪以下多数。軍人のお仕事は問題ないですが、育ての組織へのクーデターで担当官殺害など。後、軍事基地を不法占拠して核弾頭を口実に中央政府を恐喝してます。こんなんでも、恐喝で国防予算が大幅に増えたので軍の支持は高い。罪の意識はありますが、理性でそれを割り切っているヤバい奴です。

えぇ……。


二頭の虎の間に肉を投げ込めば、即ち虎は戦いを始むる。さすれば二虎いずれか死に至るまで戦い、勝ちし方も手負い故、狩るは容易きかな

 

『三國志・荀彧』

――――――――――――――――――

 

 

 2時間目のHRは全学年による顔合わせだ。場所は体育館。その場には総勢約400名にも及ぶ生徒と教師が集まっていた。その全員が紅白のどちらかに分かれている。生徒が床に座ると同時、何人かの上級生たちが前へと出てきた。赤組全員の視線が集まる中、3年生と思しき男子生徒が代表して話し始める。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を執ることになった」

 

 普通に堀北会長がやると思っていたのだが、そうでは無いようだ。単に役割分担なのか、なにか別の狙いがあるのか。もしくはAクラスは複数の有力者が完全に手を取り合っている合議制なのかもしれない。向こうの情報は知らないが。

 

「1年生には先に一つだけアドバイスしておく。一部の連中は余計なことだと言うかもしれないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。体育祭での経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろう。だがそのどれもが学校での生き残りを懸けた重要な戦いになる」

 

 生き残り、か。殺し合いでもするんだろうか。当然そんな事は無いと分かっているのだが、ここで使われる『生き残り』という言葉と、私の過去にある『生き残り』という言葉に、激しい温度差を感じてしまう。我々の中での生き残りとは文字通りの意味だった訳で。それを言ってもどうしようもない事だとは分かっているけれど、心中で愚痴るくらいは許されても良いだろう。

 

「今はまだ実感も無ければやる気も無いかもしれない。だがやる以上は勝ちに行く、その気持を強くもて。それだけは全員が共通の認識として持っておけ」

 

 それは大事な事だろう。今回の試験、運動だけ出来るヤツの集まった強化クラスではないのだからして、大事なのは参加表だ。これに尽きるだろう。各生徒の体力や能力を測定し、どれくらいなのかを把握したい。これは軍でも当然ある事だ。体重・身長・運動能力……どれも大事なことだ。自分達の参加表は絶対に漏らしてはいけないし、他クラスの参加表を少しでも把握出来たら有利に立てる。

 

 パターンは大きく3つ。

 

Ⅰ、他クラスが優秀な生徒を出す時。この場合は、ギリギリ勝てる優秀な生徒を出して接戦に持ち込むか、または運動苦手な生徒を出してそのレースを捨てることが優先されるだろう。強い相手に立ち向かえないのなら、他で少しでも点数を稼ぐべく捨てるところも必要だ。

 

Ⅱ、他が普通の生徒を出す時。これは普通に優秀な生徒を出して勝てばいい。もしかしたら普通同士で鍔迫り合いして上手くいけば勝てるかも?という状況になってしまうかもしれないが、一番臨機応変に出来るパターンだ。

 

Ⅲ、他が運動苦手な生徒を出す時。これは一番シンプルに普通の生徒を出して勝てば問題ない。身体能力はある程度調整されているはずだ。突出して高い生徒も数名いるが、大体ばらけている。高い生徒の多いクラスは、その分だけ低い生徒も集められている。まぁ今回は特別試験とは言われていない。そう重く考える必要もないかもしれない。船貸し切って予算が尽きたか?

 

「全学年が関わっての種目は最後の1200メートルリレーのみ。それ以外は全て学年別種目ばかりだ。今から各学年で集まり方針について好きに話し合ってくれ」 

 

 ぞろぞろと集団移動が始まる。なら最初から学年単位で良いじゃないかと思ってしまうが、まぁそこは堪えよう。他学年からの視線もチラホラ感じる。夏休みの試験結果が公表されているのかもしれないな。生徒会辺りは知っていそうだし、そこから情報が流れているのかもしれない。

 

「どうも、今回はよろしくお願いしますね?」

「ハッ!こっちはお願いすることなんかねぇなぁ」

「おや。それでは話し合いはしないと?」

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところで、お前らが信じるとは思えない。結局端から腹の探り合いになるだけだろ? だったら時間の無駄だ。それに、俺らが勝つ戦略はもう見えている」

「とは言え、協力が必要な競技もあると思いますが。騎馬戦等ではどうするつもりですかね」

「その時はお前の指示にある程度は従ってやるさ。作戦計画を前日までに出せ。そうしたら多少はその通りに動いてやる。お前ならいけるだろう?軍師野郎。騎馬戦なんて、軍師の本業じゃねぇか」

「まぁその通りですね。分かりました。そう言う事でよろしくお願いします」

 

 龍園はニヤニヤしながらこちらに接近してきて、私の耳元で囁く。

 

「鈴音は俺が潰す。お前らは手出しするなよ?そうしなけりゃ、こっちも特に何もしないでやるからよ」

「承りました」

「ククク、物わかりの良い奴だな。行くぞ!」

 

 薄笑いを浮かべた龍園は、Dクラスの生徒全員を率いて歩き出す。統率力では一番高いかもしれない。これは堀北たちは大変そうだ。とは言え、これも私が作りだした状況。下の方で仲良く足を引っ張り合っていてくれれば幸いだ。ま、さしずめ二虎競食の計と言うべきか。いずれにせよ、こちらにさして害はないだろう。むしろそうでなくては得点調整をした意味がない。

 

「さて、私たちも戻りましょう!」

 

 話し合いなどせずに1年生の赤組は終了してしまった。遠くを見れば、BとCが一応話し合いをしているようだ。一之瀬と堀北の姿が見える。神崎と綾小路もいるようだ。Bクラスにも男女ともに運動神経のいい生徒がいると評判になっている。確か……柴田颯という名前だった。

 

「よう、お前が1年のAのリーダーか?」

 

 声に振り返ればあまり会いたくない人がいた。2年Aクラスの長にして、2年全体を仕切る生徒会副会長・南雲雅。雅という名に謝れと言っても文句は出ないと思われる金髪をしたチャラい先輩だ。昔の担当官に似ているから嫌いだ。とは言え、そんなのを表に出す訳にはいかない。あくまでもにこやかに。

 

「お初にお目にかかります、諸葛孔明と申します。南雲先輩におかれましては」

「あぁ、その長ったらしい挨拶は良いぜ。気楽に行こう」

「おや、そうですか。感謝いたします」

「1年のAは割れてると聞いていたが……お前がまとめたのか?てっきり坂柳辺りが勝つと思っていたが」

「さぁ、何とも。まとめたと言えばそうですし、そうでないとも言えそうです。あくまでも私は民意によって選ばれた代表者にすぎませんので。引きずり降ろされる確率も十分にあります。両派にとって都合のいい存在だっただけ、という見方も出来るでしょう」

「へぇ?」

 

 値踏みするような目でこちらを見てくる。人間誰でも生理的に受け付けない相手というのは存在する。それはむしろ普通のことだ。私がたまたま彼だっただけである。早くどっか行ってくれないかと思いながら、その視線に耐えた。

 

「私の顔に何か?」

「いや、堀北先輩の言っていた傑物とやらがどんなものかと思っただけだ」

「そのように優れた人物であるつもりは無いのですけれどね」

「まぁ良い。お互いAの王だ。せいぜいよろしくやろうぜ」

「こちらこそ、2年生をまとめ上げた皇帝に、ご指導ご鞭撻いただけるとあれば光栄です」

「皇帝?なんだそりゃ」

「各クラスのリーダーを仮に王とするならば、王をまとめ上げた人間は皇帝では?」

「ハハハ、見え透いた世辞だが俺は心が広いからな。受け取っておくとしよう」

「おやまぁ、そんなつもりは無いのですが」

「土俵に上がってきたら相手してやる。それまでは、チマチマとクラス間闘争を続けるといいさ。だが、早く終わらせておくと何かと得だぞ?」

 

 そう言い残すと奴は去って行った。途中から罵詈雑言を吐きながらどっか行って欲しいなぁと思っていたので勝手にいなくなってくれて清々した。過去の嫌な思い出が一気に蘇ってくる。まぁ彼が何か私に悪事を働いたわけではないので、その点は申し訳ないと思うのだが人格的にもあまり好きになれる人物ではない。それでも、クラス間闘争をさっさと抜け出し、BからAに上がりそれをキープしている傑物なのは間違いないのがうざったい。実力のあるリスキーな人物は面倒だ。

 

 しかし、この学校の目的からすると将来の日本で活躍する人材を育成する、のはずだ。つまり、彼が将来の日本を率いる……。我が祖国大勝利か、これ?日本の未来は暗いな……。他人事ながら可哀想にと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 週に1度設けられる2時間のHRは好きにして構わないというお達しが出ている。遠慮なく好きにさせてもらうが、まず集団が動くにあたってやるべきことはいつだって決まっている。方針の確定だ。この体育祭には大きく分けて2つのクリア方法がある。それ以外はあまりない。邪道や裏技が通じにくく、正道――つまりは純粋な運動能力+少しの作戦で勝負に出るべき場面だ。勿論、ラフプレーをする方法もあるにはあるが……やる人間の負担がかなり大きいのであまりお勧めは出来ないだろう。バレた場合の面倒さもかなりある。まかり間違って障害でも負われてしまうと問答無用で退学だろう。それは勘弁だ。

 

「さて、それでは話し合いを始めましょう」 

 

 教壇の上に立ち、話を始める。私は選出された代表者。それ故、民意に逆らう事はし難い上に強権的な行動は出来ない。それはメリットでもあるしデメリットでもある。個人的には強権的に振舞えれば楽なのだが、一般人相手にやる事ではないだろう。真澄さんは黒板の前にスタンバイしている。

 

「推薦競技に関しても全員参加の競技に関しても今回取れる主だった方法は2つ。まず1つは万事において能力を元に出場表を決める方式。能力が高い人間が勝てるように調整する、ある意味でもっとも実力主義的なやり方と言えるでしょう。ただし、その分運動の不得手な生徒の皆さんの勝利は遠のいてしまう確率が高い方法でもあります。そしてもう1つは全ての生徒に機会を均等に与える方式です。勝率は微妙ですが、団結という意味ならばこちらが圧倒的に上回るのは一目瞭然ですね」

 

 とは言え、そもそも運動の不得手な生徒はやってくれるなら任せる、という生徒が多い。そうそう機会均等を求めてこないだろう。ポイントマイナスはあまりいい気はしなくても、そこまで懐が痛まないのがAクラスの良いところだ。今月のポイントは14万3900。ぶっちぎりで貰っているので、むしろ使いどころに困っている生徒の方が多い有り様だ。

 

「他に何か案はありますか?」

 

 まぁ他にやりようがない訳ではない。折衷案もある。しかし、これはあんまりいい結果にならないだろう。今後はこうして私がある程度案を提示する。各派閥はそれを受けて何か追加案や修正案があれば出す。その結果、第3、第4の案が生まれる事もあるだろう。そして最後に選び取る。そういう風になるはずだ。

 

「無いようでしたらば決を採りましょう。1つ目・能力主義を採用したい方……はい。次に2つ目・機会均等を採用したい方……はい、ありがとうございます」

 

 1つ目が割と大人数。運動が苦手だけれど勉強が出来る生徒は、もう端から面倒なので出来る勢に任せてしまいたいという意思が見える。点数はカバーできるし、ポイントには余裕があるからだ。目くじらを立てるほどのマイナスにはならないと踏んでいる。出来る勢は活躍の場があればデメリットはないだろう。

 

 2つ目はやはりポイント減少などのマイナスを嫌がる層だ。これに関してはまぁ仕方がない。貰えるはずのものが貰えないのは嫌だという人間は一定数いる。それは決して間違いではないだろう。

 

「分かりました。多数決では1つ目の方針・実力主義を採用することになりました。勿論、反対の方もいらっしゃいましたが、決まった以上はそれに従って頂きます。それが、民主主義の大前提とするルールですので。ただし、もしどうしても不満だという方は個別に仰ってください。本番でポイント没収措置になってしまった場合、私の方で補填します」

 

 軽い動揺が走る。これで理解はしていても納得はしていない層が揺れた。流石にリーダーに私財を投じてまで損失を補填しろ、という面の皮の厚い人間はこのクラスにはいないのだ。いないと踏んでこう言っているのだから当然なのだが。私としてはむしろそういう面の皮の厚い人間を求めているところはあるのだけれど。後、ここの全員少なからず私に恩義がある。それ故、罪悪感に苛まれるはずだ。これは凄い役に立つ。私の意に逆らう事に勝手に罪の意識を感じてくれるのだから。

 

「特別試験だなんだと言われて辟易しているかもしれませんが、私の基本方針は無人島から変わりません。楽しく、安全に。あくまで我々は学生。それを忘れずに青春という思い出の輝く1ページを作っていきましょう。その片手間で勝利を得れば万事問題ない。そうでしょう?個人的な意見ですが、青春とは、全力投球の結果得られるものだと思っています。勉強、部活、友人関係、バイト……恋愛も?」

 

 ここで軽い笑いが起きる。

 

「ですので、今回もやるからには全力で行きましょう。勿論、私も言いだしっぺとして他の方の分も推薦競技に全部出ますのでご安心を」

「「「え……?」」」

 

 かくして、私が元々体育会系だとある程度察していた真澄さんを除き誰も信じていなかったAクラスは、勝利を目指して邁進を始めた。何で文化系と思われていたのだろうと考えて、分かった。プールの授業はマンホールに潜った後だったので欠席し、無人島ではそもそも人前で脱いでいない。しかも基本学校でも私服でも長袖を着ている。身体のラインが出ない服、例えば中華風の服や和服が多いので衆人から見えているのは白い手首だけ。あぁ……なるほど……。少しだけガックリ来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体能力というのは一朝一夕では向上しない。それこそ、かなりの努力をしたとしても結構な時間を要する。それは覆しようのない事実だ。しかし、では何もできないのかと言えばそれもまた違う。例えばリレーのバトン渡し、二人三脚の息合わせ、障害物競走や騎馬戦などなどこういうところでの技術面は磨けばマシになる事も多い。純粋な走力ともなるとなかなか難しいところはあるが、こういう小手先の技が通じる種目ではしっかりと練習しないといけない。騎馬戦なんてやった事ないのだが、まぁ何とかなるだろう。頑張って動画を参考にした。ようは経験値だ。経験値があるのと無いのとでは最終的に差が出る。

 

「平均的だ……」

 

 我がAクラスの運動神経は総じて平均的だ。凄くできない生徒は少ないが、凄くできる生徒も少ない。出来る勢には真澄さんの他、鬼頭や橋本がいる。葛城も悪い方ではないな。女子が微妙なのが何とも言えないが、他クラスの状況にもよる。しかし、下位クラスほど運動できる勢がいるようだ。総合力でカバーしていくしかないだろう。

 

 我が校は本来春に全国的にやるはずの体力テストをやっていないので、今更やる羽目になっている。長座体前屈とかはやってないが、それでも面倒だ。文科省仕事しろ。国営だからって好きにやらせるなよ。

 

「走れー」

 

 私の声でAクラスの男子が走り始める。次に女子。もう面倒なので一斉に走らせた。先頭から逆算すれば大体のタイムが見えてくる。男子で早いのはやはり鬼頭か。女子は真澄さんの一強。流石陸上部から誘われただけの事はある。データを手元の端末に打ち込んで走者の順番や推薦競技に出す人を決めていく。坂柳はボッチで教室放置は流石に気が引けたので一応来てもらっている。カメラを手渡し、困惑している彼女に写真係だから練習しておいてと言った時の顔はしばらく忘れられないだろう。

 

「諸葛」

「どうしましたか、鬼頭君」

「お前と勝負がしたい。推薦競技に出ると言っていたが、走力を示さないと実力順に反してしまうからな」

「なるほど、男子で暫定1位の君と戦えば、その証明になると。確かに、今までずっと計測係ばかりしていましたからね」

 

 自分の実力は自分で知っているので、つい忘れていた。走る時にしろ何の競技にしろ、当日は装飾品を外さないといけない。多分私向けに作られたルールだろう。簪振り回しているのが普通に危ない。なので、学校の言い分は尤もだ。逆らう気はない。なので、リボンに付け替えて縛る。なお、このリボンだって立派な武器だ。リボンに水分を含ませれば鞭代わりになるし、縛ったり窒息させたりできる。銃もナイフも何もない状態でも周りの物で対人戦を行うのが元々の戦闘スタイルだ。

 

「真澄さん、これちょっと持っててください」

「はいはい……重っ!」

「ついでにスタート係りもよろしく」

「了解。……位置について、よーいドン!」

 

 そして勝負は割と一瞬で着いた。こんなところで負けたらマズいので、良かったと思う。男子100mは元々すぐ終わる競技としても有名だ。大体10秒くらいで決着がつく。私は陸上選手では無いので流石に世界記録は出せないし、ボルトには勝てない。私の亡き母は国家代表レベルで凄い早かったらしいが、私が物心ついた時には既に体調を崩すことが多かったので全力疾走をしたのを見たのは1回きり。ひったくりをとっ捕まえていた時のことだ。

 

「大丈夫ですか、鬼頭君」

「ああ……速いな。元陸上部か?」

「いえ、中学時代は剣道部でした。尤も、幽霊部員でしたけれど」

 

 髪を払う私に敬意の籠った目線を向けてくるクラスメイトに向かって私は言う。

 

「言ったでしょう?私は速いんです」

「バリバリ根に持ってるじゃん」

 

 真澄さんのジト目が刺さった。どうでも良いところで舐められるのは嫌いなので仕方ない。私は元来、結構負けず嫌いなのだ。戦略的に必要なら容赦なくその性質を封印するけれど、敗北というものは好きじゃない。そう言い訳して、ジト目から視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 ある程度計測が終われば、後はメンバーを選定し、体育祭までの練習期間を考えてメニューを割り振り、時間調整を行った。騎馬戦なんかは予行演習を行い、リレーのバトンパスもやってもらう。特に推薦競技に出ない人はそのまま走る訓練だ。やるのとやらないのとでは多少違うし、まだ1ヶ月弱あるのでそれだけあれば少しは体力がつくだろう。また、推薦競技のうち借り物競争だけはメンバーに極端に数値の遅い人も加えた。これはかなり運の左右するレースなので、脚の遅い面子にも救いがあるからである。とは言え、それで定員が満員にはならないので残りは普通に足が速い組である。

 

 私の二人三脚の相手は鬼頭だ。速い者同士で組んだ方が良いということでそうなった。数回の練習でかなりのハイペースが出せるようになったのでこれは問題ない。もう1つの方、男女混合二人三脚が問題だったが、ここは安定感重視で真澄さんとペアになる。

 

「取り敢えずまず1人で走って貰えるか?」

「分かった」

 

 普通にランニングしている様子を観察する。脚の動き、手の振り方、スピード、呼吸、ペース……。彼女の走りを脳内で再現する。それに合わせて身体を動かせば、少なくとも足を引っ張る事は無いだろう。速さで言えば彼女の方が遅いので、私がそれに合わせるのが道理だった。

 

「なるほど」

「ジロジロ見て何か分かったわけ?これ、私じゃないとセクハラになるわよ」

「他の人を何でジロジロ見ないといけないんだ。そんなことしてる暇はないが」

「……あっそう。紐、結ぶわよ」

「ああ」

 

 せーので走り出す。彼女のペースは既に把握しているため、合わせるのは容易い。いつものサイドテールもポニーテールにフォームチェンジしているなぁ、等々くだらない事を把握する余裕もあるくらいには問題なかった。二人三脚なんて産まれて初めてやったが、結構気を遣う競技だという事が分かる。この競技は脚を動かすペースと最初に踏み出す脚、後は姿勢に気を付けることが大事だが……我々はそのあたりの打ち合わせをさっさとクリアしている。

 

 結果、かなりのスピードで走る事が出来た。これならば、本番も問題ないだろう。

 

「すんごいピッタリ合わさってて怖いんだけど」

「相性が良いって事では?」

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 別に嘘は言っていない。私が彼女の走りをトレースしているのは事実だが、それ以外にも素の相性が悪いとここまでスムーズには行かないだろう。なので、間違いではない。挙動不審になっている姿に首を傾げつつ、次の練習に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習も全て順調に進み、凡そ問題ないと言えるレベルまで水準が上がった。50mでへばっていた運動苦手勢も少しはまともになってきた。フォームの改善と日頃の地道な努力で直せる事も多い。元々努力できる人間の集まりがAクラスだ。そのアベレージの高さが良い感じに作用している。坂柳は諦めたように動いている被写体の撮影技術向上に努めていた。顔が死んでいたが、それは流石に知らん。この前飛んでいる鳥を撮っていたが、デジカメのわりに凄い上手かった。流石は優秀な人間。やると決めれば一定以上の水準にはなるようだ。

 

 そろそろ出走表をしっかり決めないといけない。推薦競技で出る面子はもう決まっているので良かったが、それ以外はまだ決めていなかった。理由は幾つかあり、他クラスへの情報漏洩を恐れたこと。万が一にも坂柳に動かれては困る。死んだ魚のような目で写真を撮っている姿が仮面でないとは言い切れない。それに、橋本も龍園にパイプがある。それに、Dクラスからのリサーチがかなり鬱陶しいレベルで付きまとっている。龍園とは組では同じだが、各クラス単位では普通に敵だ。こういう時にあんまり警戒しなくていいBクラスはある意味で1番真っ当だ。一之瀬みたいなのが未来の日本を背負うべきだろう。人心軽視の堀北、暴君龍園、明らかな問題児坂柳辺りに任せると崩壊しそうでならない。

 

 だが私にも1つ運のいい事があった。まさか、向こうから情報が舞い込んでくるとは思いもしない。龍園は鈴音、つまりは堀北を潰すと言った。つまり、Cクラスの動きに合わせた対応をしてくるという事。その発言には少しの違和感があった。どうすれば潰すとまで言い切れるのだろうか。どうやったらCの出走表に合わせた対応を取れるのか、という事だ。その答えは今、完全に明白になった。

 

 裏切り者。クラスに害なす獅子身中の虫。己にも被害が出るのを鑑みずに、利益を求める存在。それがCクラスにもいたという事。それを知れただけで大きい。そしてその正体も向こうから明かしてくれた。堀北体制は盤石でないとは知っていた。しかし、まさかここまで脆い泥船だとは。

 

「しかし、驚きましたね。貴女がCクラスの裏切り者とは。人気者の櫛田さん」

「……」

「ですが、これを私に渡して良いのですか?Dクラスにも同じものを渡しているでしょうに」

「龍園だけじゃ、確実に堀北を倒せるか不安がある。今のCは強くなってるのは事実だし、実際無人島だと龍園を出し抜いていたでしょう」

「ええ、確かに。それは事実ですね。二枚舌外交とは恐れ入りました。私にこれの受け取りを拒む動機はありません」

 

 彼女、少し見誤っているのだが大丈夫だろうか。よっぽど堀北を追い落としたいのだろうが、これはある種の背信行為だ。勿論、龍園への。Cの出走表だけでなく、それを元に堀北を倒す方法を考えるであろう龍園の思考もこの出走表から読み取れる。Bは無理にしても、Aクラスはこれで実質的に下位2クラス分の出走表を入手したことになる。

 

「しかし、龍園君との契約……とまではいきませんが、口約束にしろ言ってしまったんですがよろしいんですか?私はDがCを潰すのに手出ししないと、こう言ってしまったもので。ここで龍園君と無駄な諍いは起こしたくないんです」

「それでも良い。龍園が万が一しくじっても堀北を潰せる存在が欲しかった。基本は龍園任せでそれを参考程度に使ってくれれば一番ベストだし、諸葛君なら龍園の逆鱗に引っかからない程度に調整出来るでしょう?」

「まぁそれくらいは容易い事ですが……。最後に1つだけお聞かせください。どうしてこれを?」

「堀北を退学にさせたいから。それだけ。もし、これからも協力してくれるなら、情報を流しても構わない。今のCは力を伸ばしている。脅威は早いうちに潰したいでしょ」

「それはまぁ、その通りですね。分かりました。協力しましょう。ついでと言っては何ですが、最後に1つだけ。堀北さんのブレーンであり、先の船上試験で優待者の法則を私のヒントありとは言え当てた人がいるはずです。誰ですか?」

「綾小路。知ってるでしょ?堀北の腰巾着」

「ああ、彼ですか。なるほど、助かりました。では、今後ともよろしく」

「こっちこそ、約束守ってよね」

「ええ」

 

 去り行く彼女の背中を見ながら思う。誰が約束何ぞ守るか。彼女は焦りのあまり、何もかも欠けている。保険をかけていないし、私と契約書も交わしていない。情報を絞るだけ絞って、後はさようならするに最も適した人材だ。

 

 二枚舌外交をやるには、まだまだスキルが不足していると言わざるを得ない。それとも、よっぽど堀北を退学にさせたい理由があるのか。あるとしたらそれは何だ。秘密を知られているとかか?この裏の顔だ、その線が濃厚だな。少し、調べるとしよう。

 

 Aクラスの男子連中までもが天使と謳った彼女の本来の顔はこういうものだったとはな。いや、どちらも彼女と言うべきか。ある意味で一番人間らしいとも言えるかもしれない。この私相手に裏の人格を隠しきっていた点と、心中どうであれ周囲にそれを悟らせることなく過ごせていた点はかなり評価している。この能力普通に凄いのではないだろうか。これでも情報将校なのだが、全く気付かなかった。うちの組織に欲しい人材だ。凄腕の諜報員になれる逸材だと思う。

 

 しかし、この表は本物なのだろうか。私が船上試験で龍園にしたように、偽物の可能性もある。それも考えつつ、どちらでも対応可能なようにしておこう。もし綾小路が真に実力者ならば、櫛田の裏切りに気付いていないわけがない。大方堀北を伸ばすために放置しているのだろう。ハードルとして櫛田&龍園を置いた形か。私ならそうする。で、あればあまり手を出さないのが吉だ。下で潰し合っていてくれた方が助かるのだから。そう思いながら、私は自クラスの出走表を作り始めた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<報告>

 

Cクラス内に裏切り者あり。我がクラスの運動神経は総じて平均的。

 

 

<要求>

 

堀北鈴音と櫛田桔梗の関係性を知りたい。過去を探れ。

 

 

<返信>

 

了解した。貴殿も、自軍内から獅子身中の虫を出さぬように気を付けられよ

 

 

<Re.返信>

 

余計なお世話だ。もし見つかれば粛清するだけの事である。




南雲パイセンは、孔明が一方的に嫌っているだけで、マジで孔明には何もしてないです。ある意味では可哀想かも。能力値的には凄く相性良いはずなんですけどね。性格がなぁ……。

なお、パイセンが声をかけてきたのは1年生の始めに生徒会に勧誘された孔明の観察です。もし実力者なら、来年以降の楽しみが出来るので機嫌が良くなります。今回はこのパターン。もし実力者でないと、堀北先輩の認めた相手がこんな奴の筈がない!それ相応の実力を示せ!という厄介オタクの反応を示します。面倒ですね。


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33.水色桔梗

Aクラスって、裏切り者も須藤みたいにどっか行ってしまう人もいない上に、坂柳は今何もできないので特にすることがないんですよね。なので、競技をダイジェストでお送りしているみたいになっていますが、お許しを。最大の見せ場、最後のリレーは多分次回です。すぐ更新されると思うので、今回はこれくらいで勘弁してください。


敵は本能寺にあり

 

『明智光秀』

―――――――――――――――――――――

 

 校長の話は長いもの。それは日本全国どこでも同じなのかもしれない。同じような内容を何回も繰り返されると飽きてくる。理事長は傑物であるにも拘らず、校長は凡庸なようだ。

 

 月日が経つのは早いもので、もう10月になった。この間色々あったが……まぁそれはさておき今は体育祭である。中学時代の体育祭は存在しなかった。と言うか人数が少なすぎて出来なかった。こんな大人数でやるのは初めてなので、地味に楽しんでいる。少しくらいは良いだろう、こういう楽しみがあったとしても。

 

 全校生徒の行進に嫌な記憶が蘇りながら、開会宣言を聞いた。見物客もいるようで、彼らは敷地内で働く従業員だ。どうせお客もいないのだから見物しようという魂胆らしい。見ている分には結構面白いのだろう。

 

 一方の教職員は笑顔一つ見せず、黙々と仕事をしている。医療関係者まで連れてきたらしい。本気度がうかがえる。ゴール付近には結果判定用のカメラが設置されており、誤審や曖昧な結論を絶対に許さない構えとなっていた。競馬のゴール前カメラみたいになっているので、多分これの考案者は競馬好きだろう。私はそんなに造詣が深い訳ではないのだが、香港競馬場が祖国にはあるので一応知識はある。こんなしっかりしてるなら、3学年合同1200メートルリレーの賭博が出来そうだ。

 

 挨拶の終了後、さっさと競技が開始される。走る順番は途中休憩を挟むまでの間は1年男子から始まり3年女子で終わり、その後は逆からという並びになっている。こちらにはCクラスの出走表と、それを元に龍園の思考を読み取ったDクラスの予想出走表も存在している。Dの生徒の運動神経は詳細なデータこそないものの、部活所属の生徒などから情報は得られる。逆に、Bクラスの分は判明していないので、ここは完全にどうなるか分からない。一応一之瀬の戦略をトレースしてみたが、流石に交流が少なすぎて思考回路までは分からない。

 

 さて、第1レース。櫛田からの情報で須藤が最初なのは分かっていた。なので、無難に遅い生徒を配置してある。古の教えに曰く、上に下を、中に上を、下に中を当てれば必ず優勢勝ちできるのだ。1年生男子は全部で10レースある。第1レース終了後20秒もしないうちに次のレースが始まった。私の出番は最後。それまでは観戦役に徹せる。

 

 客席の良い位置に陣取った坂柳の手元でカメラがフル稼働している。目つきがもう半分プロのカメラマンだ。天職なのかもしれない。だとしたら感謝して欲しいものだ。男子では須藤を皮切りに、Bだと神崎や柴田、Cは平田、Dは龍園と山田が1位。出走調整を行った結果、上手くフィットした我々は葛城、橋本、鬼頭の3人が1位だ。私も負ける訳もなく安定感を保って1位。それ以外のAクラスの生徒も概ね健闘している。一応気を配っていた綾小路は2位。運動神経はそこまでなのか、或いは手を抜いたか。

 

 他学年が終わるとすぐに女子がスタートした。男子諸君は鼻の下を長くしているが、多分バレていると思うので逆効果だろう。止めておけばいいものを。

 

「真澄さん頑張れー」

 

 一応ちゃんと応援してあげる。クラスに与えられたスペースの最前列で応援しようとしたらそこの主(坂柳)に「邪魔だ、どけ」と言われてしまった。職人の手つきをしている。何だこれ、怖い。未練を残した写真家の霊にでも憑りつかれたのだろうか。

 

 なお、真澄さんは上位を取ればとるほど明日の晩御飯が豪華になるシステムになっている。今夜は打ち上げがあるという事なので、料理はお休み。楽で助かる。元々運動神経では女子の上位に入る彼女はあっさりと勝利。無言のドヤ顔とvサインを突き付けてきた。

 

 最終レースは堀北や伊吹と言った生徒がいる。伊吹は堀北と無人島で格闘したと聞いているので、運動神経は良いのだろう。真っ先に捨てるコースとして選択し、坂柳をぶち込んでおいた。その為、枠が1つ空く形になる。今後もこういう走る系の種目では情報を元に危なそうな種目に坂柳を入れて誤魔化している。

 

 最初の種目を終え、結果が表示される。赤組がやや優勢の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2種目めはハードル走。由緒正しき陸上競技だ。この種目は、100m走とは違いただ足が速ければ勝てるというものではない。ハードルを倒せば0.5秒、ハードルに触れただけでも0.3秒がゴールしたタイムに加算されてしまう。非常に面倒な種目だ。全部倒すと敗北がほぼ確定する。まぁ昔アトランタオリンピックで全部ハードルを倒して金メダルを獲得した凄い人もいるのだが。

 

 とは言え、これもそこそこ練習した競技なので、Aクラスは概ね好走している。1位を取る人間も先ほどとほとんど変わらない。そんな中でやはり、1つ気になる事と言えば、女子の最終レース。あそこは死のレースと化している。堀北に加え、Dクラスからは木下・矢島という走力のある生徒が出場していた。陸上部のクラスメイトに話を聞くと、どちらも女子ではかなりの実力者らしい。現に、先の100m走ではそれぞれ1位を取っていた。

 

 つまり私の読みが当たった事になる。龍園の性格上、堀北を徹底的に叩くつもりなのは明白だった。それ故、堀北の走る場面で必ず実力者を当ててくるだろうと考えるのは容易い事。こうして読みは当たり、狙い撃ちにされているという訳だ。

 

 スタートするが、やはり現役陸上部、走力が高い。かなりのスピードだ。堀北も食らいついているが、それでも厳しいものがある。これは大変だろうと他人事ながらに思ってしまう。こうまで狙い撃ちされているというのは気分のいいものではないだろうし、勝てる実力がない訳ではないにも拘らず勝てないのは堀北の心情的にかなりストレスのはずだ。

 

 しかし、1つ厄介なのはこうまで不自然だと裏切り者がクラス内にいると流石のCクラスにも露見する可能性が高いという事だ。いざという時はトカゲのしっぽ切りで知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだが、それでも余計な負担は増えて欲しくない。肩で息をしながら唇を噛む堀北と、それをにこやかな顔で見る櫛田の顔。それを見ながらこう思った。

 

 各クラスの雰囲気を覗き見るが、Cはあまりいい雰囲気ではない。龍園と、後は上手く偽装しているが我々のせいで思ったように事が運んでいないからだろう。しかも、自由人の高円寺は不参加を決め込んだようだ。須藤がそれに怒り狂っているのが確認できる。他方のDクラスはまぁ普通。龍園が偉そうにしている以外は普通のクラスだ。統率はとれている。Bクラスはいつも通り和気藹々。楽しそうで何よりだ。しっかりまとまっている辺り、あの王道を行く団結力は見習いたいものがある。

 

 そして我らがAクラスだが、写真家殿(坂柳有栖)がおかしくなっている以外はいたって正常。応援もしっかりしているし、仲良くしているようだ。もう少し尾を引くと思っていた派閥争いも、私を神輿に担ぎ上げる事で少しずつ解消されている。良い傾向にあるな。

 

 折角こんなところで仕事をしているのだ。監視の目もないし、楽しく過ごせるほうがいいに決まっている。どうせ数年後にはまた本国へ帰還だ。それまでに、思い出を残したいと思うのは間違いではないだろう。

 

「なんかC狙われてない?」

「良く気付いたな」

「陸部2人を同じレースに入れるメリットなんて大してないでしょ。仮に堀北を潰したいとしても1人いれば十分のはずだし」

「その通り。あれはまさしく堀北を狙い撃つ龍園の策略だろうな。そして、我々もそれを上手く利用する」

「どういうこと?」

「裏切り者だよ。Cクラスには裏切り者がいる。その人物は龍園と私を天秤にかけ、二枚舌外交を展開した。その結果、我々は現状有利に立ち回っている。龍園の思考も、Cの情報があれば読み取れるだろう?」

「……それ、聞いてないんだけど」

「裏切り者の接触がつい先日だったからな。言う時間がなかった」

「忘れてただけじゃないの?そういうの、ちゃんと共有してくれないと困るんだけど」

 

 確かに、すぐに連絡することは出来た。だが、私の中での優先順位がその出走表を元に自クラスの出走表を作る事だった。それが終わったのが大分深夜だったので伝える事が出来ず、その後も色々あり、今に至る。ムスッとした顔の真澄さんはそっぽを向いたままだ。

 

「それとも、私はそんなに信用できない?」

「いや、そんな事は無いさ。単純に時間の噛み合わせの問題だ。どこかのタイミングで伝えようとは思っていた。決して忘れていた訳じゃない。信頼しているからこそ、後回しにしても大丈夫だと思ったんだ」

「ふ~ん。……なら許す」

「それはどうも」

「で、その裏切り者は誰なの?」

「……balloon flower(桔梗)

「風船の花?花の名前……あぁ、そう言う事」

 

 彼女の視線はスッと櫛田の方を向く。今ので分かってくれて助かった。

 

「大胆な事するわね。個人でAクラス行きでも狙ってるの?」

「いや、恨みの深い人物がいるようでね。是非とも退学にしたいんだそうだ。そして、偶然にもその人物が龍園の標的と一致していた」

「うわぁ……堀北も可哀想に。内憂外患ね」

「全くその通り」

「それにしても花言葉通りの人間性にはならないのね」

「うん?花言葉ね……。なるほど、確かにその通りかもしれないな」

 

 桔梗の花言葉は幾つかある。本やサイトによってまちまちではあるが、おおむね共通している物もある。「永遠の愛」、「変わらぬ愛」、「気品」、そして「誠実」。最後の物とは全くかけ離れていると言っていいだろう。親の名づけによる願い通りに、子供は育たないものだ。

 

「だが、あの花の名は裏切り者にはピッタリじゃないか」

「どういう意味?」

「1582年。燃え盛る本能寺を囲んでいた者の旗印、知ってるか?」

「水色、桔梗!」

「そう言う事さ」

 

 謀反者にはピッタリの花かもしれない。そして、その通りの末路を辿るなら……彼女の未来は暗澹としているだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏切り者がいるとはつゆ知らぬであろうCクラスが反対側の陣地で怪気炎を上げている。須藤が中心になっているようだ。BとCの連合。それ相応にコミュニケーションの取れるクラス同士なので、連携もしているだろう。対する我々は前日に方針の打ち合わせをしただけで後は臨機応変に、と言うなんとも言えない体たらくだ。それもこれも龍園が悪い。ただし、彼も指示には従ってくれる分だけマシだろう。

 

 本日初の団体戦。棒倒しだ。昔から防衛大学校、ひいてはかつての帝国軍学校で行われていた由緒ある競技だそうで。参加するのは男子のみで40人と40人の真っ向勝負。対する相手の指揮官……というか中心には須藤がいるようだ。高円寺もいないし、いまいちパッとしないCクラスの戦果に対するフラストレーションは相当なものと見える。龍園が楽しそうな顔をしていた。

 

「前にも言ったが、棒倒しと綱引き、騎馬戦はこの軍師野郎の言う事に従え。コイツの言葉は俺の言葉だ。逆らった奴は俺が潰す」

 

 Dクラスの面々に龍園が命令を下す。全くブレの無い整列をしているので、その恐怖も大したものだ。まだ統率力は健在らしい。軍隊のように並んでいるので、私も昔の調子が戻ってきた。軍隊の指揮は私の専門。その腕、披露するとしよう。

 

「Dクラス、押し出しなさい。点ではなく、面で。龍園君は須藤君対策に。山田君も同様。Aクラス、先日指定した通りの行動を」

「聞いてたなお前ら!スクラムで行く」

 

 龍園の指示で一瞬で面が出来上がった。笛が鳴る。凄い勢いで突撃してくる須藤を龍園と山田が防いでいる。ハーフの身体能力はこの学校内でも特殊だろう。あれに勝つにはなかなか普通の人間では難しい。龍園が煽り、山田が抑える。コンビネーションの力で須藤を押さえつけていた。その他のDクラスの面子による面での押し込みで、敵陣はなかなか前に進めない。それでも突破してきた精鋭には、橋本や鬼頭などのAクラスの精鋭が相手に行く。

 

 私はここで守り役だ。戦況が膠着してくる。接近する人間はいない。第2次戦力を投入した。棒の周りで2重のサークルを作り、守っていたAクラスの人員のうち、外側を投入する。そこの大将は葛城だ。彼もそこそこの運動神経を持っているし、身体も大きいので突破力がある。攻めあぐねていた敵陣は追加戦力により突破され、数分後に笛が鳴り第1試合が終わった。

 

 

 

 

 続く第2試合。王手をかけた状態であるこちらは一気呵成に攻め立てる……としても良いのだが、それではあまり芸がない。その為、面を入れ替える。今度はAクラスが面となるのだ。笛が鳴りスタートすると、案の定Aクラスでは防御力が足りない。龍園の命令により必死感のあったDクラスとは違って、Aクラスにそこまでの必死さはない。あまり怪我をしたくないと思っているのが大半だ。組み合ったまま、じりじりと後退してくる。

 

「今です、左右展開!」

 

 組み合っていたAクラスの面がスッと横にずれた。戦場中央に大きな穴がぽっかり空いたことになる。敵軍は急に力の行き場を失い、倒れる者も出た。

 

「中央突破!」

 

 中央の空白地帯を一気にDクラスが突撃していく。先頭の龍園は、それはそれは楽しそうな顔をしていた。陣形は、中央に槍を穿ったような形となる。敵軍も制止を試みるが、態勢の立て直しが終わっていない。混乱が生まれている間が最大の攻撃機会だ。

 

「両翼包囲!」

 

 Dクラスの突破した面子が背後に周り、Aクラスと共に敵軍を挟み撃ちにして乱戦状態になる。

 

「──ってぇなくそが!反則だろうが!」

 

 須藤の叫び声が聞こえる。乱戦を作って欲しいという願いを龍園から受けていた。別に願いを聞いてやる義理は無かったが、従わないとそれはそれで面倒そうだ。それに、出来ないならばいざ知らず。この程度、造作もない。櫛田のおかげと言っては何だが、Cクラスの能力は大体知れている。

 

 包囲に参加しない一部のDクラスの面々が棒を倒し、試合は終了。私は自陣の棒の近くから1歩も動かず完全勝利と相成った。計略通りに進んだと言っていいだろう。勝因は、第1試合では向こうの最大戦力である須藤の封じ込めに成功した事、その他神崎や柴田、平田などと言った生徒にはマークを付けていた。綾小路にも一応。第2試合では個の能力を活かせない乱戦にしたことだ。これにより、龍園のような手段を選ばない人間が強さを見せる形となった。

 

「助かったぜ、お前のおかげで須藤を煽れた」

「随分とあっさり引っかかったものですね。君から須藤君を封じたいと言われた際には、そんなに簡単に引っかかるものかと思いましたが。夏休み前にあのような事があった以上、流石に君の口撃には耐えると踏んでいたのですが」

「クズは何があってもクズってことだ。アイツの本質は何も変わっちゃいねぇ。じきに、へそを曲げていなくなるだろうよ。そうすりゃ、俺もお前も万々歳だ。違うか?」

「ま、その通りですけれどね」

「お前は必ず俺が倒す。アイツらはその前菜だ。お前には何回も嵌められて心底ムカつくが、その能力は認めてるからな」

「それは光栄……なんでしょうかね?」

「ハッ!いつかそのスカした面を真っ赤にさせてやるよ」

「私には自クラスを守る義務がありますので、その時は容赦できませんよ」

「ククク、そいつは良いな。ぜひそうしてくれ」

 

 龍園は高笑いしながら去る。鮮やかな動きで作戦勝ちした赤組に大いに沸き上がっている会場。我々は勝者として優雅にその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 棒倒しにおける2・3年生の出番が終わり、続く女子の玉入れ。これも邪な男子諸君の注目の的になっていたが、そんな事はどうでも良い。1年生で注目すべきは白組だった。一之瀬中心に上手くまとまっている。堀北もここは素直に一之瀬に従う事を選んだようだ。運動神経の良い女子に玉が集中し、それをまとめて投げている。それ以外の生徒は球拾い。これは玉入れの効率のいい勝ち方だ。

 

 対する赤組は、一応同じ戦略を指示したのでAクラスは動けているが、Dとの連携が上手く行かない。練習してないのだから当たり前だ。大体全部龍園が悪い。だが、もし仮にしっかり練習していてもなかなか勝利は難しいと思わせる連携力が白組にはあった。何回も練習を重ねてきたであろう跡が見える。

 

 結果は白組の勝利。王道を己の柱とする生徒に王道な勝ち方を決められたと言えよう。流石は一之瀬。王道をやらせれば恐らくかなり強敵になるだろう。流石にBクラスのトップにいるだけの事はある。

 

 正直に言えば、かなり羨ましい事だ。私は彼女の過去を知っている。その過ちも、それを悔いていることも。それの後悔は人によって違うだろうし、容易に比べることは出来ない。それでも彼女は私に比べればずっとずっと光のある場所を歩んできた。王道を生きてきた。それで良いと思っている。龍園にはカモられ易いやり方だし、実際私もそれを利用して欺いてきた。だが、本来あるべきなのはああいう姿だ。未来の日本を担わせるなら、あれにいい補佐役が付けば完璧だろう。

 

 邪道しかできなかった私。光の当たらない場所にいた私。万引きよりもずっと重い十字架を背負っている。だからこそ、羨ましい。光のある場所を歩ける、あの姿が。もし、龍園や堀北がお互いに足を引っ張り合い泥船に乗ったまま沈んでいくのならば、最後に残るのはAとB。その時は私と彼女の一騎打ちだろう。坂柳が仮に指揮を執っていたら、彼女の秘密を何としてでも探り出し、心を折り、イジメ抜き、弄ぶだろう。だが、私にそのつもりは無い。

 

 もし、彼女が最後に私の敵対者になるのであれば。その時も王道を持って私を打倒さんと欲するならば。こちらも王道を以てお相手したいものだ。例えそれが私の性に合わないのだとしても、小細工なしで挑まれてみたい。だが、光と闇が争ったのならば。物語の筋書きでは最後に勝つのは光だ。だとするのならば……まぁそれでも良いのかもしれない。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 男子の綱引きは特に問題ないまま終了となる。元々、Dクラスには力自慢が多いので大して問題はない。陣形も最初はバラバラにして敢えて勝ちを譲り、2回目で弓なりになって一気に決着をつけた。「負けたら死刑」という北朝鮮もビックリの文言にDクラスは一層力が入ったのか、3回目では結構競り合っていたものの、僅差で勝利に成功する。次のためにさっさと場を後にするAクラスに対して、龍園は執拗に須藤やCクラスの男子を煽っている。激昂した須藤が掴みかかるが、平田に抑えられている。Cクラスは前途多難のようだ。

 

 次の女子だが、ここもやはり一之瀬の采配が光る結果になり、白組の勝利となる。さっきから団体戦だと男子は赤、女子は白の勝ちと言う結果だ。リーダーの性別も関係あるのかもしれない。現に、AとDは男が指揮しており、BとCは一応女子がトップだ。Cは須藤が臨時でいるようだが……本来の采配者は堀北だ。堀北も先の2回の特別試験での結果を上手く使っているようで、Cクラスの女子を一応まとめている。人望値では一之瀬や私には及ばないにしても、まずまずの様子だ。なにか、心境に変化でもあったのかもしれない。

 

 真澄さんが何とも言えない表情になっていたので、後でフォローしておく必要があるだろう。

 

 

 

 

 その後はすぐに障害物走だ。だからパンはどこに行った、パンは。日本の体育祭では釣り下がっているアンパンをぴょんぴょんしながら取るというなかなか狂った競技があると聞いていたのにこれである。せめてここに入っているかと期待したが、残念ながら平均台と網潜り、そして頭陀袋を履いて飛び跳ねるというこれまた結構狂った絵面の競技しかない。面白くない学校だ。

 

 今度は第2レースだ。共に走る注目すべき人物には綾小路が存在している。これまでの結果から見るに、彼は個人種目では常に2位だ。1位でない辺りになにか拘りがあるのかもしれない。

 

「どうですか、そちらのクラスは」

「まずまず……と言いたいところだがな」

「あぁ、なるほど」

 

 チラリと最終レースを見る綾小路。そこには苛立っている須藤がいた。同じレースの柴田なんかは少し引いている。あれを相手にするCクラスの面々は大変そうだ。平田なんかがフォローをやっているのだろうが、同情を禁じ得ない。それでも恐らくどうにかするつもりなのだろう。私はこの綾小路がCクラスのブレーンだとほぼ確信している。先の櫛田の証言で、それは確信に近付いた。だが、真の黒幕がいて、それすらもカモフラージュの可能性だってある。

 

 とは言え、真の黒幕がいるにしろいないにしろ、裏切り者がいることくらい既に予測がついているだろう。それを敢えて放置している……ように見えるのは堀北を成長させるための踏み台にするつもりだからだろうか。その際、恐らく最後に櫛田は排除される。危険因子を減らすのは戦略としては当然の事だからだ。

 

「大変そうですねぇ」

「ああ。だから、ここではなるべく勝っておきたい」

「その心は?」

「須藤の制裁を食らうのは御免だからな」

「しかし、いきなり勝利宣言とは驚きました。私、これでも結構足は速い方なんですけどね」

「別に舐めているつもりは無いぞ」

「それは分かっていますとも」

 

 本心はどうだかわからない。もし力をセーブしているのだとしたら、私は勝てる相手と認識されている可能性はある。だが、彼に私も力を少しばかり抜いている、という発想はあるのだろうか。もし無いのならば、その時が命取りとなるだろう。

 

「負けるつもりはあまりないが……お手柔らかに頼む」

「ええ、こちらこそ」

 

 笛が鳴らされた。最初は50mほど走る。ここはスタートしたばかりなのでそう簡単に差はつかない。最初の差がつくのは平均台。どうしても通常の足場でないと普通の人間は速度が落ちる。しかし、こちらはこれでも山育ち。秦嶺山脈と四国山地がホームグラウンド。足場の悪い場所での全力疾走など慣れている。やれと言われれば綱渡りの綱の上でも走ってみせよう。

 

 綾小路はすぐ後ろについている。これでもそこそこしっかり走っていると言うのに、追いつけるとは驚きだ。彼の評価を上方修正する。運動神経はかなりのものがあるようだ。平均台の上で加速するという行為を平然とやって来るとは。こちらがしたため、それを真似て追いつこうという算段なのだろう。とは言え、こちらにも軍人としてのプライドと言うものがある。

 

 続くは網潜り。匍匐前進がここでの最適解。流石の綾小路もやや減速する。しかし私は減速しない。当たり前だ。匍匐前進は軍人の基礎中の基礎。これで遅れを取ってどうするという話だ。特殊部隊にずっといる身をあまり舐めないで貰おう。そう簡単に勝ちが貰えると思っているのなら大間違いだ。

 

 最後の頭陀袋に辿り着く。これではさほど差はつかない。勝負は最後の直線に持ち越される。すぐ後ろからは接近する気配。逃げ切りなら得意技。一気に加速する。

 

「負けんなー!根性見せろー!」

 

 真澄さんのドスの効いた声での声援が耳に入る。こんな風に応援されるのも、体育祭の醍醐味なのかもしれない。走っていて応援された事などこれまで無かった。応援が力になる、というのは往年のスーパー戦隊のよくある台詞だが、意外とそれもフィクションではないと学べた。それも、ここでの収穫と言えるかもしれない。なんとかクラスを浮上させようと奮闘していると思しき綾小路には申し訳ないが、私には勝利を信じている部下がいる。負ける訳には、断じていかない。

 

 ゴールテープを切り、乱れていた髪を払う。普段は簪でバッチリ止めているので分からないが、ただのリボンだと結構不便なものだ。

 

「勝者、1年Aクラス」

 

 判定が告げられる。綾小路は特に顔に大きく表情を作る事は無かったが、少しだけ片眉をあげた。この結果は彼にとって意外性のあるものだったらしい。舐められていたと分かり少しムッとする。お互い息を切らすほど走っていないのでまだ余力はあるのだが。

 

「佐倉の時も思ったが、やはり速いな。障害物ならいけると思ったんだが」

「これでも私は速い方なんです。それに、応援してくれる人もいますし、負けられない理由と言うんですかね。私もあまり今まで抱いたことの無い感情ですが、そういうのがありましたので」

「そうか……。これが仲間がいるということか……」

 

 綾小路が心を知った人形みたいな台詞を言っている。そういうお年頃なのだろうか。孤高を気取っていたら友達いなくなったというオチか?現に、Cクラスからはあまり声援が聞こえなかった。可哀想に。

 

 移動しながら話しているうちに須藤と柴田と言う二大走者によるデッドヒートが終わり、女子のレースが始まった。注目すべきレースはただ1つ。真澄さんは勝てるって分かっているので問題ない。彼女ではなく、木下と矢島、そして堀北が走るレースだ。この組み合わせが、龍園の仕込みであることは言うまでもない。

 

 ここまであまり良い展開でなかった堀北は、その運動神経を活かして現役陸上部に食らいつく。陸上部と言っても平均台で疾走したり、匍匐前進をする部活ではない。そういうところで差はつく。現に、堀北は2位だ。前にもあと少しで届きそうである。諦めない良い根性をしている。育成したくなる気持ちも分からないでもない。きっと、良い生徒になるだろう。

 

 だが、その表情はやや走りにくそうだ。後方にいる木下の口元が僅かに動いている。読唇をすれば、堀北と連呼している。走りながら名前を呼べるとか、彼女も結構な逸材だと思い勝手に感嘆していた。速度を落とした堀北と密接した木下。そんな至近距離で走っていれば接触するのも道理だろう。もし仕込みでなければの話だが。そして転倒する。

 

 事故に見舞われた2人はそのまま次々と後続に追い抜かれ、堀北はなんとか走り切ったが7位、木下は続行不可能ということで最下位に終わった。ここに中くらいの走力を持つAクラスの女子を配置して置いて良かった。結果、2位になっているしあの転倒した2人の側を走っていた。どう転んでも介入は可能だ。

 

「裏切り者は見つかりましたか」

 

 私の問いに綾小路は沈黙する。

 

「流石にここまで露骨ではね。龍園君の常日頃の発言もありますし、それくらいはわかります」

「……見当はついている。だが、確信に至れていない」

「教えましょうか?」

「それをしてAクラスになんのメリットがある」

「龍園君と争うのは面倒なので」

「……分かった。対価に何を支払えばいい」

「次の特別試験、この体育祭の結果がどうであれ龍園君のクラスを攻撃してください」

「了解した。契約しよう」

 

 自分のクラスのところにある携帯端末で契約する。ペンタブ機能もあるので、サインも出来る。本人によるものであることを証明できれば、電子サインにも法的な効力がある。

 

「私に出走表を渡してきた人物がいます。名前を櫛田桔梗と言います」

「櫛田か……。おおよそ予想通りだが、確信が得られた」

「そうですか。それは良かったです」

 

 裏切り者は討伐される。彼女の天王山は、いつになるのだろうか。




光秀は色んな解釈をされてきましたが、麒麟が来るは面白かったですね。コロナが無ければもっといい作品になったと今でも思ってます。

2期5話の予告を見ましたが、木下さんと思しき足を痛めてる子が出てましたね。キャラデザが割と好みドストライクに入ってて困ってます。



<プチ解説>

綾小路君ですが、今作では図書館の一件で堀北さんが方針転換したので櫛田を探す必要がなく、その為乳揉み事件が発生していません。その為、櫛田さんの裏の顔を知らず、船上試験でも裏切る暇もなく乙女座グループの試験は終了し、龍園にも会えず、裏切りの証拠は殆どありませんでした。しかし、僅かな糸口から洞察した綾小路君は流石と言えるでしょう。とは言え、確信には至っていませんでした。


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34.一着至上主義

私の高校に体育祭はありませんでした。記憶はほぼ中学時代のものですね。書いてて懐かしくなりました。私は身長が高いので騎馬戦だと大将騎の一番前の支えでした。結構恥ずかしかったです。


1番人気はいらない。1着が欲しい。

 

『大西直宏』

―――――――――――――――――――――――

 

 綾小路に裏切り者の情報を売りつけたすぐ後にまたしても競技は続く。今度は二人三脚。だがこんなものは普通に走るだけで取れる。問題なく1位を確保した。元々狙っていなかったが、全競技に出る関係上で学年別最優秀生徒報酬は貰える可能性も見えてきた。危ないライバルはこれまで個人走では1位を取り、先ほどの棒倒しなどでも同じ組にいる龍園くらいだろうか。橋本や鬼頭も個人戦では1位だし、まだまだ油断はできないところだ。

 

 10分間の休憩を挟んだのちは、目玉の1つである騎馬戦だ。今度は女子からのスタートとなる。競技順は逆転し3年から。騎馬戦のルールは男女共に同じで時間制限方式になっている。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた仲間騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。これはまぁ普通の騎馬戦だろう。この学校の体育祭のルール自体は凡そ平凡なものになっている。

 

 点数の割り振りは1つの騎馬あたり50点だ。各クラス1騎馬だけ存在する大将騎は100点。これは生き残ってもハチマキを奪っても入る点数であり、文字通り一騎当千と言えよう。騎馬は4人1組で各クラス4騎選出されることになっている。つまり、坂柳がいてもいなくても関係ない。これは実質的に有利と言えた。8騎対8騎の勝負となるだろう。もう少し多い方が見栄えがする気がするが。

 

 坂柳+運動の特に苦手な女子3名を補欠にしている。身長や体重を考慮して騎馬を作っている。女子の体重はデータのために必要と主張したが、真澄さんに蹴っ飛ばされて結局彼女が編成を考えた結果になっている。これは配慮が足りなかったかもしれない。ここまで負けっぱなしの女子だが、今回は勝てるかどうか。

 

 

 

 

 

 笛が鳴る。真澄さんのいる騎馬は大将ではない。大将までそもそも行かせない作戦を採っている。DとAの大将騎は相互に守り合って防衛体制をとった。Dクラスの騎馬の残り3騎が一斉にCクラスの堀北の元へと突撃する。防衛に行こうとした残存部隊はAクラスが処理する形だ。それでも通常のやり方ではあまり効果はない。

 

「挟みこんで!」

 

 大声で檄を飛ばしている真澄さんの声が響き渡る。彼女たちの選んだ戦略は突破力のあるDクラスに堀北を襲わせ、残りの自分達は常に複数で1騎当たるように対処することだ。CとBの騎馬は堀北を守るという目標がある。その為の行動をとる。それ故、襲うのは簡単だ。素早く連携の取れた動きでBクラスを翻弄していく。

 

 とは言え流石の一之瀬だ。上手く対応して捌き切っている。軽井沢が乱戦となりかけていたDクラスVS堀北に割り込んで立て直した。各騎馬が互いに争い合う乱戦状態に突入した。こうなると、大将騎も勝利を目指して突撃している白組の方が有利に思われたが……Bの大将であった一之瀬がやられる。同時に堀北も。今まで後方待機の間、完全にいない者となっていたこちらの大将騎がスッと後ろに回り込んだ形になっている。

 

 目の前に集中せざるを得なくなると、どうしてもそれ以外のところの視野が狭くなる。人としては当然の事だが、それを上手く利用した作戦と言えよう。一之瀬はギリギリで気付きかけていたが、タッチの差で遅かった。逆包囲を食らいかけていた真澄さんはBクラスを2騎撃破している。

 

「敵将、討ち取ったり!」

 

 なんか戦国武将モードに入ってしまった真澄さんだが、それに呼応するようにAとDの女性陣が歓声を上げている。今まで負けっぱなしだったのでここで良いところ見せたかったのだろう。秋風に髪がたなびいているので、さながら本物の武将みたいになっている。日本はなんでもかんでも女性化するのが得意なので、その中に出てくるキャラクターみたいだ。

 

 しかし、勝ったのは分かったから敵のハチマキを首級みたいに見せつけてくるのを止めようか。勇ましい感じの彼女は格好の被写体のようで、カメラが先ほどから連射モードで起動している。

 

 

 

 

 女子の勝利に勢いづいた赤組集団が速やかに騎馬を作る。大将騎は私のところと龍園のところ。オーソドックスな組み合わせだ。うちの主力は何と言っても鬼頭だろう。龍園のところは武闘派が多いので、全体的に精鋭騎兵になっている。なんというか荒い雰囲気と言い蒙古騎馬軍団みたいになっているのだが。雰囲気が完全に北方異民族である。

 

 対する白組は荒ぶっている須藤がいるが、果たして赤兎馬のようになれるのかどうなのか。彼の髪は赤いし、共通点がない訳でもない。だが赤兎馬の乗り手はいずれも良い末路とは言えないだろう。呂布も関羽も刑死した。どちらも本人たちに原因があったにせよ、ジンクスとしてはあまりよくない。

 

「これまでの戦いでこの軍師野郎の言う事の正しさは十分分かったな!普段は敵だが、今はコイツの言う事を聞けば勝てる。お前ら、死力を尽くしてコイツの策を実現させろ!」

「「「はいっ!」」」

 

 龍園は引き続き私の指示に従ってくれるようだ。事実、団体戦で男子は2度の勝利を掴んでいる。Dクラスの士気はかなり高い。さて、そんな信頼に応えるべく策は練ったわけだが、ここでさっきの再演をしても警戒されているだろう。敢えての戦略が重要になってくる。笛が鳴り響き、合戦がスタートした。

 

「陣形展開」

 

 私の合図と共に龍園を守るように展開していた我々7騎が道を開けるようにして左右にズレる。会場も敵軍も混乱しているようだ。

 

「では龍園君、頼みましたよ」

「あぁ、挑発なら任せておけ」

 

 前に進み出た龍園が高らかに叫ぶ。

 

「よぉ須藤!さっきの棒倒しの時は間違えて踏んじまって悪かったなぁ!」

「なんだと!なんのつもりか知らねぇが、今からぶっ潰してやる」

「足の分際で偉そうだなぁ。雑兵ごときが武将に勝てるとでも思ってんのか?弱い頭だ。流石はクラス最弱の頭脳だな」

「落ち着いて、須藤君。彼らの罠だ」

「……分かってるぜ」

「おお!突撃してこねぇのか。猪武者に、我慢って言う理性があったとはな。素直に感心したぜ、須藤。これは謝ってやらねえといけないかもしれないなぁ。すまんすまん」

「いい加減黙れや、ぶっ潰すぞ!」

「さっきから潰すしか言えねぇのか?語彙の貧弱なヤツだ。母親の胎に知性を置き忘れたか?」

「かかって来いやぁ!」

 

 と言いながら須藤が開け放たれている道を通って突撃してくる。舌戦で相手を挑発する。古来よりやって来た手法だ。我が先祖はそれで王朗を憤死させたことになっている。絶対ウソだと思うが、現にこうして効果があるとあながち嘘とも言えないかもしれない。

 

「前線は動きました。全軍、前へ」

 

 さて、武辺者が突撃してきたので相手は龍園に任せ、こちらは前線を引き受けてくれたDクラスを中心に吶喊していく。Dクラスが中心なのは勿論理由がある。彼らのハチマキを掴もうとした騎馬の手がスルっと滑った。その隙に別の騎馬がハチマキを奪い取る。須藤(上に乗っているのは平田)VS龍園(下で須藤を相手しているのは山田)の組み合わせでも同じような事態が起きている。

 

 やった!と思った瞬間に思いもよらない展開になると人は一瞬硬直する。それを見逃す手はない。連携技で奪い取っていける。先ほどの綱引きや棒倒しでDとの連携もそこそこ出来るようになってきた。平田が2度目に手を滑らせた隙に龍園が奪い取る。

 

 かくしてBとCは惨敗を喫するのだった。

 

「おい!ふざけんなよ、お前らなんかしただろう。ハチマキになんか塗り込みやがって、反則だぞ!」

「今日の試合は女子も見てるからなぁ。気合入れようとワックスつけ過ぎた色ボケどもが多かったようだな。それがどうした?」

「んだと!」

 

 須藤は吠えているが、別に違反ではない。審判がさっさとどけと睨んでいる。これで白組が訴え出ても勝てはしないだろう。証拠と言えるものはほぼ土煙に塗れているし、ワックスを髪に塗るのは禁止されていない。これを龍園から提案されたときはどうしたもんかと思ったが、別にAクラスの評判が下がるわけではないのでそのまま使う事にした。武闘派の多い彼らが突撃役に向いていると思った、とでも言えばいいだろう。

 

 事実、須藤の矛先は龍園に向いており、総指揮官だった私は眼中にない。それはそれでどうなんだと思うが。龍園は大層満足そうな顔をしている。これで彼の望みは殆ど果たされただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 午前中最後は200m走。最後に走るのか……と萎えた顔も多い。同時に、推薦競技に出ない者は午後は応援だけしていればいい楽な時間に突入する。最後だし全力で!という人もいるはずだ。

 

 さて、散々な目に遭っているCクラスだが、須藤の姿は見えない。さっき揉めている姿が確認できたので恐らく何かあってへそを曲げたのだと思われる。堀北も先のレースは欠席していたようだ。彼女の脚を見る限り、捻挫している。今日は少なくとも走れる状態ではない。むしろ、ここまで良く頑張ったと言うべきだろう。

 

「お前のおかげで好調だぜ」

「それはどうも。別に君のためではないんですけどね」

「それにしても、鈴音の奴は謝罪にも来ねぇとはなぁ」

 

 1個後ろのレースを走る龍園がそう嘯く。

 

「あれはどちらが悪いとは言い難い事故でしたからね。それとも、何か証拠でもあるので?」

「無いわけじゃあねぇ。だが、今ここで言う訳にも行かねぇな。ただよぉ、状況証拠から見てもCクラスの陰謀だとは言えるぜ?現にウチの主力の木下はもう今日はなにも出来ねぇ。実力も堀北より上。退場させる理由ならこれで十分だろ」

「その辺は先生に主張なさってください。それと、あたかも私が君の企てに加わってるかのように言うのは止めて下さいね。まるで私も悪いみたいじゃないですか」

「ククク、そいつはすまなかったな」

「そう言えば、木下さんは大丈夫ですか?折れている感じはしませんでしたが、かなり捻っているようでしたが」

「さぁな。俺も病状までは詳しく知らねぇよ。しっかし意外だな、お前がアイツを気にするとは」

「流石にあんな派手に転ばれては気になりますとも。お大事にとお伝えください」

「憧れの諸葛クンに言われたとあれば、アイツも喜びそうだ。……ちょっと話盛ってやればこりゃ、ポイント減額できるか?」

 

 ブツブツ楽しそうにしている龍園。私は軍病院で研修してるので母国内だと医療行為が出来る。尤も専門は内科なので整形外科ではないのだが。龍園の策略でわざと転ばせたのは確定だろうが、彼もなかなか無茶をする。もし再起不能になっていたらどうする気だったのだろうか。運が悪いと堀北と木下の両名が骨折、最悪歩けなくなってしまったりする。そうでなくても陸部の方に支障が出る可能性もある。

 

 私だったら絶対やらない戦略だ。彼のクラスだったとしてもやらせないだろう。もしどうしてもそうしないといけないならばコントロールできる自分でやるしかない。戦略として選択肢に上げない訳ではないが、こんなものやらないに越したことはないだろうと思う戦略だ。少なくとも、もっとスマートに勝つ方が良いというもの。現に、我々Aクラスはそうしているのだから。

 

 

 

 

 

 やっとの事で昼休憩に入る。推薦競技に出ない人はここで体育祭が実質終了。後は応援だけになるのだ。どこかホッとした顔の人もいれば、まだまだ気が抜けないという顔の人もいる。教室以外ならば食べる場所は好きなようにしていいと言われている。今日のためにわざわざ外部から高級弁当を取り寄せているので、何か事情のある生徒以外は大体それを食べている。

 

 クラスごとに集まって食べる集団もあれば、個人個人で仲間になっているグループもある。上級生と関わる生徒も多い。我がクラスは折角テントがあるのでその下で車座になって食べている。椅子はパイプ椅子が元々人数分置かれているので問題ない。この中で唯一運動をしていない坂柳だが、割としっかり写真家業務に取り組んでいたようでかなり疲弊している。そのため、結構しっかり食べようとしていた。

 

「はい、これ」

「ありがと」

 

 真澄さんに手渡したのは風呂敷に包まれた重箱。こんなもの使う機会があるのか分からないと思いながらもド田舎の幽霊屋敷な実家から持ってきた年代物だ。推薦競技に多く出てもらう代わりにお弁当を作って欲しいと言われ、それを交換条件に指定されてしまったので仕方ない。朝4時半に起きて仕込みをする羽目になった。感謝して欲しいものだが。

 

「「「おぉ~」」」

 

 彼女の周りに集まっていた女性陣から感嘆の声が上がる。褒められると鼻が高いものだ。仕事の一環でホテルの厨房にいたこともある。料理は上位と言って差し支えない実力だと自負している。これくらい、さしたることではない。時間はかかるが、難易度自体はそこまででもない。

 

「どう?」

「おいひい」

 

 もぐもぐしながらサムズアップを突き付けてくる。その間も凄い勢いで箸が動いているので、好評のようだ。これで士気が上がって能力を十全に発揮してくれるのならば言う事は無い。午後も頑張って走ってもらうとしよう。さて、真澄さんだけ盛り上がってても仕方がない。軍団の士気を高めるためなら私財を投げ打つのがいい指揮官と言われている。ま、今から配るモノは傀儡になった電気屋経由で輸送してきただけなのだが。

 

「ところでアイスあるんですけど、食べます?全員分ありますよ」

 

 マジで!?という顔になったAクラスの面々。ハーゲンダッツが詰まったクーラーボックスを弁当販売のところに頼んで一緒に冷やして貰っていた。狂喜乱舞しながら食べているAクラス。他クラスが羨ましそうな顔で見ていたのが印象的だった。こういうところで差を見せて、内部の士気を上げ外部の士気を下げる。地道な事かもしれないが、重要なことでもあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなお昼休憩も終わり、真澄さんはあれだけ食べたはずなのに軽快な身のこなしで動いている。いったいどこに消えているのか。人体の不思議である。さて、推薦競技1種目目は借り物競争。出場するのは各クラス6人ずつ。1レースの参加人数は4人。クラスから1人ずつ出しての少数競技になっている。運も絡むので、確実に勝てる私を除いては運動がそこまででもない生徒を選んでおいた。流石に全敗は厳しいので、私を入れている。

 

 ただの噂かもしれないが、お題に「フライパン」や「置き時計」だったり、物じゃなく「親友」や「好きな人」などもあるという話を聞く。なんだそれは、と思ってしまった。パン食い競争はなかったが、これも若干イってるジャパニーズカルチャーなので良しとしよう。私は最終レースを走ることになっている。

 

 前のレースを見ているとなかなか右往左往していて面白い。思わぬ番狂わせがあったりする。しかも、推薦競技に出ない3年Aクラスの先輩(自称アナウンサー志望)がご丁寧に実況役までしている始末。元々はこんな予定は無かったそうなのだが、盛り上げるために買って出たのだそうだ。それは良いのだが、お題の中身を発表させられている。実際会場は大盛り上がりなので成功してはいるのだが、変なお題だと大変そうだ。

 

 現に、凄い速さでお題のあるところまでたどり着いた綾小路はフリーズして何回も引き直している。可哀想に。Aクラスもなかなか苦戦していたり、逆にあっさりお題を持って行けたりしていた。中には親友とかを引いて連れて行った生徒もいる。それはそれで結構盛り上がっていた。そんな中の私だがお題までは余裕で辿り着く。

 

 お題は選び放題。だが迷っていては時間をロスするだけだ。スッと1枚引き抜いた。

 

『1番信頼できる人』

 

 …………好きな人よりマシか。一瞬悩むが、引き直しは30秒のロス。であればここでわざわざ引き直す必要性はない。勝てる戦を放棄するのは愚の骨頂だ。勢いよく踵を返し、走り出す。目指すは我がクラスのテントただ1つ。写真係がいきなりこっちに迫ってきている私に驚いて奥へ引っ込んでしまった。そんなにビビらなくても。

 

 脚組んだまま前列に座っている真澄さんを発見する。後ろにいた生徒は簡単なお題だったらしく、既に目星をつけている風だった。

 

「悪いが来てくれ」

「は?私?」

「そ、君」

「ちょっと待って」

「う~んあんまり待つ時間はないな。という事で失礼して」

 

 手を引き立ち上がらせるとそのまま太ももと背中に手を当てて抱きかかえる。これが1番効率的だ。彼女も走るのは速いが、食後だし私が運んだ方が速い。

 

「な、なにして!」

「舌噛むぞ」

「は、はい」

 

 そのままトップスピードでゴールする。勿論順位は1位。すぐに2位の生徒もゴールしてきたので、結構危ないところだった。

 

「もう、お嫁に行けない……」

「そんなに落ち込まなくてもいいと思うんですけどね」

『さぁ、1年生の借り物競争1着でゴールしたのはAクラスの最強軍師と名高き諸葛孔明!まさかまさかの行動ですが、見事1位です。ではお題を発表してください!』

 

 羞恥心で死にそうになっている真澄さんを他所に、実況がマイクを突き出してくる。なかなか空気の読めない実況だ。

 

「1番信頼できる人です」

『おおっとぉ!ここで出ました、かなりの高難易度お題。好きな人と並ぶ我が校借り物競争名物の人間関係破壊カードです!過去にこれでヒビの入った人間関係は数知れず。その数は思い切って告白の材料にしてフラれる伝説を作った好きな人お題と同程度です!が、見事クリアしてみせました。大きな拍手を!』

 

 若干イラっとする実況だが、それでも話は上手い。周りを巻き込む力にも長けているし、流石3年Aクラスと言うべきだろうか。その層の厚さはなかなかのもののようだ。黄色い歓声が飛び交う中、それに笑顔で応えながらクラスのテントに戻った。

 

「やった、やった、やりました!今世紀最大のスクープです。写真家坂柳有栖の最大のスクープが……あ、違う私は写真家じゃない……うぅぅ何でこんな目に……」

 

 魂を乗っ取られかけたみたいになっている坂柳のカメラには、私が真澄さんを抱きかかえて走っている写真が高解像度でバッチリ映っていた。……なるほど、確かに冷静になって見てみるとなかなかに恥ずかしいものがある。

 

「ばかばかばかばか!なんてことしてくれてるのよ!これから廊下歩けないじゃない……どう生活すんのよ。ただでさえアンタと一緒にいると目立つのに……。顔の暴力を自覚しろ!」

「すみませんね。あれが1番速かったものだから」

「そういう問題じゃないわよ……。あれ、私じゃないと大問題よ?そこら辺分かってる?」

「いや、お題が『1番信頼できる人』なんだから君以外の女子のところへ行かないだろ」

「ちがーう!」

「?」

「もういいわよ、諦めたわ。ちゃんと埋め合わせはして頂戴ね」

「分かってるさ」

 

 埋め合わせをしろと要求してくる割には妙に機嫌の良い彼女にまたしても付き合わされることが確定した日だった。まぁこれは私が微妙に配慮の足りない行動をしたからであるためそこまで文句はない。クラスが結果的には勝てたのだから良いじゃないかと言いたくなるが、言うと絶対もっと面倒なので言わない。経験則だが、こういうのは秘するが花なのだ。

 

 

 

 

 次は四方綱引き。別名十字綱引きとも言う。これは4クラスが一斉に綱を引き合うという一風変わった競技になっている。ジャパニーズカルチャーなのだろうか。流石に知らない。地面には縄の交差点を中心とした円が描かれており、そのうちの4分の1が1クラスあたりの移動可能な範囲だ。2対2のチーム戦がかなり起きやすい仕組みになっている。

 

 くじ引きの結果、運よく最初はDと組めたのでそのまま引っ張る。須藤を欠いたCクラスでは止められず、敗退。2戦目ではCと組むことになった。ここでは何としてでも勝利の欲しいCクラスが奮闘。私もいつになく引っ張ったのでなんとか引きずり込めた。3戦目はまたしてもDクラス。1戦目と結果は変わらない。その為最終的な結果はA、D、C、Bの順番となった。ここでの勝ちは半ば捨てていたのか、龍園の歓喜の顔が見える。一方の一之瀬は悔し気。須藤もおらず堀北もいなくなってしまったCクラスは取り敢えずまぁまぁだから良しという顔だ。

 

 3つ目の男女混合二人三脚は真澄さんとのペアで練習通りのスピードを出して圧勝。ハイタッチする結果になる。そして競技はいよいよ最終戦。クラス対抗1200mリレーの時間となった。ここでは各クラスの走り自慢が集まる。厳しい戦いになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタート地点にずらりと横並びになる12人の生徒たち。12レーンもあるわけないので、スタート直後はかなり混戦になるのは必至だ。最内は1年Dクラス。有利とされる位置に居る。この時期の1年間の差は結構あるので、1年生への配慮だろう。そうでもしないと3年の圧勝になってしまう事も考えられる。

 

 第1レースはかなり重要だ。復帰してきた様子の須藤。Bクラスでも有力者の神崎。Cには龍園自らが御出走だ。Aクラスは悩んだ末に鬼頭を振り分けた。厳しい戦いになるかもしれないが、なんとかして欲しい。中段につけてくれれば勝機はある。このリレーの合間に20分くらいの休憩が挟まっており、指定場所に並んでいる出走者を把握した実況は、各クラスにその名前とエピソードを聞いて回るというかなりの仕事をこなしていた。何がそこまで彼を突き動かすのかはわからないが、そのおかげか注目選手の名前が読み上げられていく。

 

『さぁそして最後を飾るアンカー!ここにもそうそうたる顔ぶれです。まずは我らが3年Aクラス、堀北学。生徒会長として勝利を飾れるか。粛々と勝利を目指すとコメントしておりました。さぁ2年生からはこの男!野心家副会長南雲雅!その名の通り、優雅な走りを見せられるか!』

 

 会長は前を見据えたままだが、南雲は周りに手を振って愛想を振りまいている。

 

『1年生も負けていませんよ~まずはBクラス!サッカー部の韋駄天・柴田颯!これまでの個人走では全て1位を獲得するサッカー部きってのエースです。そしてもう1人。先ほどベストなコンビネーションで本校始まって以来の記録で男女混合二人三脚を走り抜けた諸葛孔明!頼れる相棒も第3走者で出走しております!』

 

 自クラスから湧いた歓声に応える。パシャパシャとフラッシュが焚かれていた。

 

『さぁ準備の方が完了したようです。本年度の体育祭を締めくくるメインレース・クラス対抗1200mリレー……今、スタートしました!横一線並んだ綺麗なスタート。さぁ誰がハナに立つのか。おおっと、行ったのは1年Cクラス須藤健、バスケ部の新エースであります!』

 

 須藤が爆発的に前に飛び出していった。逃げを打ってアドバンテージを稼ぐつもりなのだろう。鬼頭は現在4番手。まぁまぁの位置だ。このままキープしてくれたらの話だが。須藤の次はこれまたCクラスではトップクラスに速い平田。ここまでは差は殆ど詰められていない。うちのクラスはある程度キープしている。

 

『さぁリードを保ったまま平田洋介、3番手にバトンを繋ぎました。3番手はCクラスの水泳少女小野寺かや乃。しかし男子相手は厳しいか、後ろから2年Aと3年Aが迫る!今先頭が交代します』

 

 真澄さんにバトンが渡るがなかなか状況は厳しい。なんとか5番手をキープしている。多分これまでの半年ほどで初めて見るレベルで真剣な顔をしたまま次走にバトンを繋いだ。走り終わった後はぜーぜーと苦しそうに息をしている。他の走者がほぼ男子だった中で抜かされずにキープした時点でも褒めるべきだ。後でしっかり労おう。

 

 レースの展開は1年生には厳しいものになっている。2年と3年のAクラスが先頭争いをしていたが、ここで3年Aクラスのバトンミス。体育祭にハプニングはつきものだし、どれほど練習していてもこういう事はある。しかし、その数秒が陸上競技では厳しい。4番手を走っていた女子生徒は顔面蒼白だ。その隙を見逃す2年Aクラスではない。あっという間に先頭に踊り出た。1年Bクラスだけが現状3番手に食らいついている。うちのクラスは第5走者の橋本になったが順位は6番手。すぐ後ろには櫛田がいる。彼も頑張っているが、抜かすのは難しそうだ。

 

「この勝負は俺たちの勝ちッスね、堀北会長。出来れば接戦で走りたかったですよ」

 

 半笑いの南雲が言う。彼の所属する2年Aクラスはトップで独走している。2位の3年Aクラスとはそこそこの差がある。次点の1年Bクラスはそこから更に後方。そのすぐ後ろは混戦状態だ。辛うじて橋本が順位をキープしている。

 

「総合点でもウチが勝ちそうですし、新時代の幕開けって感じですかねー」

「本当に変える気か?この学校を」

「今までの生徒会は面白みが無さ過ぎたんですよ。伝統を守る事に固執しすぎたんです。口では厳しいくせに救済措置を忘れない。ろくに退学者も出ない甘いルール。もうそんなのは不要でしょう。だから俺は新しいルールを作るだけです。究極の実力至上主義の学校をネ」

 

 止めてくれないかなぁ。退学者続出は困る。この学校にいる面子の実力を把握し、将来中央政府をこいつらが率いるときになったらその趣味嗜好や能力を知る事が私のメインの目的なんだから。勘弁してくれ。それに、クラスの統率も面倒になる。

 

「それを止める者も、いるかもしれないぞ」

 

 堀北会長はチラリと綾小路と私を見る。南雲もそれにつられるように私たちを一瞥した。会長は話を振ってくる。

 

「お前はどうだ。諸葛」

「……さぁて。具体的にどうなるか、見てみないことには」

「お前が俺に勝てるのか?」

「それも分かりませんね」

「少なくとも、ここでは俺の勝利だがな」

 

 レースの様子を見る。橋本の位置と南雲の走力を計算すると……まぁ何とかなるか。決して無理な距離じゃない。

 

「南雲先輩は競馬はご覧になられますか?」

「知識としては知ってるが、見たことはねぇな」

「そうですか。競馬では差しや先行が多いんです。だからこそ、その他が人気になりやすい。追い込み馬もそのケースに当てはまる存在でしてね。現に、この国の人気のある三冠馬の内2頭は追い込みだそうで」

「へぇ?つまりお前が追い付いて見せると。そう言いたい訳か?」

「そう言ったつもりなんですけれどね」

「はっ!……お前に追いつけるかよ」

「本気で逃げる事をお勧めしますよ」

「吠えたな」

 

 南雲はゆっくりと歩き出す。バトンを受け取る助走に入ったのだ。バトンが南雲に渡る。そのままかなりのスピードで飛ばし始めた。すぐにBクラスのアンカー、柴田にもバトンが渡る。目をランランと輝かせた柴田が駆け出した。橋本がバトンを渡す体勢に入る。こちらも助走を始めた。

 

 一瞬だけクラスの方へ目をやる。坂柳がシャッターチャンスを逃すまいとカメラを構えている。葛城は腕を組んで見守っている。他のクラスメイトの不安そうな顔。そして既に走り終わった勇者たちの中でへたりこんでいる真澄さんと目が合う。「勝って」と確かに彼女の口はそう動いていた。

 

 先頭の南雲との距離を測る。行ける。問題ない。この程度、さしたる障害ではない。生憎と、ヘラヘラ笑いながら後輩を舐め腐ってるような奴に負ける訳には行かない。私には、勝利を信じている人がいる。こんなところで負けたら本国の部下になんて言い訳をすればいい。それに、今の右腕にだって合わせる顔がない。

 

「すまねぇ!」

 

 叫びながら橋本がバトンを渡す。受け取って、数年ぶりの全速力で前へ駆け出す。ついでに彼に労いも込めて返事をする。

 

「問題なし!」

 

 先頭、現在位置、第2コーナー。間もなく向こう正面。中華人民共和国人民解放軍陸軍特殊作戦旅団・白帝会総司令長官兼特任少将・諸葛孔明、参る。

 

 

 

 

 

 

『さぁ先頭は2年Aクラス南雲雅。圧倒的走力でこのまま押し切るか!2番手は1年Bクラス柴田颯。1年の意地を見せて食らいつく!先頭集団は間もなく第2コーナーから向こう正面に入ります。先頭変わらず……おおっとここで驚異の追い上げ、凄い足だ!5番手から一気に3番手に踊り出たのは1年Aクラス諸葛孔明!その差は数馬身!』

 

 ついに馬身と言い始めたぞあの実況。絶対お前競馬を参考にしながら実況してるだろ。そんな事を思う。これまでの暗澹たる人生でここまで高揚感に満ちながら走った事があっただろうか。秦嶺山脈の大地で走ってきたときはいつも何かに追われていた。四国山地で走っていた時は孤独だった。今は追いつくべき先がいる。いつも先頭の景色しか見たことが無かったもので、後ろからの景色は新鮮だ。

 

 なるほど、追いかける側とはこういう気持ちなのか。先頭2名が見えた。最後のコーナーに差し掛かっている。十分抜かせる距離だ。南雲が一瞬だけこちらを見る。驚愕の顔をしながら加速を始めた。だが、相手が速いならその2倍の速度で走れば追いつける。相手が加速したのなら、こちらも加速すれば良いだけの事。2年Aクラスの歓声が焦りと悲鳴に変わる。1年Bクラスの声が大きくなる。我がクラスの声も聞こえる。私の勝利を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 申し訳ないが、南雲雅。私から逃げ切れた者はこれまでの人生――ただの1人もいない。

 

 

 

 

 

 

『蒼い髪をたなびかせ、翼を広げるように1年Aクラスの蒼い貴公子が疾走する!』

 

 貴公子は止めて欲しい。流星も音速もアレだし、超高速の方は早期引退じゃないか。

 

『3番手から2番手!先頭まで届くか!届くか!届くか!届いた!届いた!先頭南雲雅、その横並んで諸葛孔明!一騎打ちに……ならない!一騎打ちにはならない!まさに衝撃の走り!先頭突き抜けて、ゴーールイン!』

 

 髪を払う。秋の空の下、大歓声が包んでいた。だがレースはまだ終わっていない。

 

『先頭でも波乱、そして中段でも波乱!3年Aクラス堀北学と1年Cクラス綾小路清隆が一騎打ち!最後のコーナー回って、おっとしかしここで転倒。それでも両名止まりません!最後の直線に入った。堀北が僅かにリード!堀北が僅かにリード!外からもう1度綾小路も差し返す!外から差し返す!大接戦でゴーール!見事なレースを見せました。今年のレースは大波乱です!1年生がトップ3に2クラス。そして片方は優勝!まさに1年生の意地を見せた形になりました。更には中段でも名勝負。これは凄い展開となりました。ここだけダービーか世界陸上かと思われる走り。いいものを見て卒業できそうです』

 

 総括が行われている中、クラスはと言うとかなりの狂乱状態にあった。抱き合っている生徒もいる。葛城は腕を組みながら感慨深げに頷いている。坂柳はカメラの画面を満足そうに見ている。いい仕事が出来たのだろう。仲間の走者を見れば、鬼頭は冷静そうだが心なしか嬉しそうにしている。橋本は二ッと笑っている。真澄さんは飛び跳ねていた。

 

 面白い事になっている仲間たちを見ながら、私は肩で息をしている南雲に声をかける。

 

「どうでしたか?2番手の景色は」 

「最悪だ。だが、それでこそ倒し甲斐がある」

「そうですか」

「堀北会長が卒業されたら、俺が相手をしてやる。逃げるなよ」

「私の知らない言葉ですね」

「認めてやる。今は、お前が強い」

 

 獰猛な笑みで南雲は手を突き出す。その手は左手。なるほど、そう言う事か。コイツは嫌いだが、これを受けるくらいの事はしてあげるべきだと思う。その手を左手で受けた。お互いを嫌い合ってる宣戦布告の握手。

 

 秋風の下で、もう1度大歓声が巻き起こった。




なんかウマ娘風になってしまった。私がかなりハマってるからだと思います。要所要所にネタをばらまいてしまいましたし。

体育祭編は次回で終わりだと思います。


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35.僕たちは、1人では強くなれない

今話で体育祭編は終了。なんというかあっという間でしたね。これでアニメも追い越せたでしょう。次回は閑話。それを挟んでペーパーシャッフル編ですね。原作での大人気ヒロイン、椎名さん初登場回です。今作ではもう少しだけですが出てますね。まぁあまり目立ってませんが。ただ、裏切り者もいないし、学力も高いAクラスだとすぐ終わってしまうかもしれませんね……。


信頼なくして友情はない、誠実さなくして信頼はない。

 

『サミュエル・ジョンソン』

―――――――――――――――――――

 

 結果が発表される。生徒全員が電光掲示板に目を向けた。カウントを始めた掲示板の数字が増えていく。全13種目の結果、勝利したのは……。

 

『勝者赤組』の文字が表示された。まぁ正直見えていた結果である。八百長し放題な2年Aクラス、団体戦ではほぼ完勝状態の1年Aクラス。全ての点数がいい3年Aクラス。これらを有しておいて負けるというのはよっぽどの事態だろう。次いで、各クラスの点数が発表される。

 

1位 1年Aクラス

2位 1年Bクラス

3位 1年Dクラス

4位 1年Cクラス

 

 Bクラスは龍園が堀北に夢中な間隙を縫って個人競技で上手く点数を稼いだ。女子では騎馬戦以外勝っていたし、推薦競技でも悪くない成績だったのでムラのあるDに僅差勝利だった。これによりcpの量も変動する。白組は-100されるので、一部クラスは大分悲惨なことになりそうだ。

 

Aクラス……+50(1位であり赤組なので負債無し)

Bクラス……-100(2位だが、白組の分の負債)

Cクラス……-200(最下位兼白組の負債)

Dクラス……-50(赤組なので負債は無しだが3位)

 

 これを受けて最終的なポイントは

 

Aクラス:1439

Bクラス:743

Cクラス:402

Dクラス:412

 

 

Aクラス:1489

Bクラス:643

Cクラス:362

Dクラス:202

 

 となるため、またしても龍園クラスがCに再浮上する結果となった。また、Bクラスもやや後退。堀北率いるCクラスは再びDへと転落する結果となる。勝利組にいて、なおかつ1位になる事が唯一のプラスになる方法だったが、我々は見事達成している訳だ。Bクラスは素の能力では上の方だったが、やはり白組だったのが響いた形になっている。

 

 現在我々は圧勝中。Bクラスに2倍の差をつけている。これで負ける事はそうそうないだろう。万が一大敗を喫しても、簡単には逆転できない点差になっている。どこまでやれるかは未確定なところのあった体育祭だが、最上の形を勝ち取れたと言えよう。

 

「それでは最後に各学年の最優秀選手を発表する」 

 

 さて、ここからは個人の計算だ。私の出場競技は全部。私個人が走った競技は全て1位だし、最後のリレーも優勝。という事は、貰えたと思って良いだろう。電光掲示板には『1年最優秀賞はAクラス・諸葛孔明』と書かれている。個人の点数的にはコンスタントに1位2位を取り続けてたBクラスの柴田もかなり惜しいところだった。私がいなければ彼が取っていたに違いない。その本人は悔しそうだが、どこか晴れ晴れとした顔なので性格的には好青年なのだろう。

 

 ポイントは個人競技で1位×5回なので2万5000ppとなる。ここに最優秀選手の賞金1万を足すと、3万5000ppが今回の収入だ。う~んしょっぱい。だが、クラスは盛り上がっているので良しとしよう。櫛田の裏切りがあったとは言え、各競技で奮闘したのは彼らなのだから。写真係もまぁ、頑張っていたと言えよう。

 

 解散指示が出される。この後はもう好きにして構わない。教室に戻ってもいいし、寮へ戻っても構わない。元々今日はどういう結果になるにしろ、打ち上げをやることになっている。全40名で店を予約中だ。時間は午後6時から。まだまだ十分時間はある。真澄さんから回収した重箱を1回洗ってしまいたい。だが、その前にクラスのまとめをしないといけないだろう。

 

「皆さん、よくやって下さいました。結果は最上と言えるでしょう。各々死力を尽くして戦ってくれたことの結果だと思っています。皆さんと戦えて光栄でした」

 

 歓声と拍手が起きる。

 

「今晩は楽しむとして……最後に写真でも撮りましょう。坂柳さんも入れて。では、少し並んでください」

 

 隊列を整えて、先生も引っ張ってくる。Aクラスの勝利に先生の顔もどこか嬉しそうだ。しっかり団結して勝利を勝ち取っていることに喜びを感じているのだろう。通りかかった先輩にお願いして、集合写真を撮ってもらう。また1つ、思い出が出来た。

 

 そして解散指示が出る。だが、私には1つ気になる事があった。坂柳の動向である。写真家に専念していた彼女だが、リレーの後から様子がおかしい。どこか興奮した様子でCクラスの様子を見ている。隠しているつもりでも、あまり自分を気にしている人間がいない中なので視線がどうしても普段より色濃く見える。その先は綾小路に向いているように思えた。

 

 解散指示が出た後すぐに、自グループの女子に何事か頼みごとをしている。予定変更だ。重箱の洗浄は後でやろう。この後アイツが何をする気か分からない以上、警戒するに越した事は無い。万が一今の地位を落とされると私は非常に不安定な地位に置かれてしまう。これは避けねばなるまい。綾小路の走りに惚れたとかいう単純な行動なら良いのだが、そうでない場合が非常に困る。尾行することにしよう。相手が他の誰かならいざ知らず、綾小路なのも気がかりだ。

 

 それはそうと、龍園の方はどうなったのだろうか。綾小路に情報を売った事は悪いと思っているが、櫛田にこれ以上関わるのは危険だ。悪く思わないで欲しい。

 

 色んな所に思いを飛ばしながら、周りを取り囲んでいるクラスメイトの対応をした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 人のいない学校の廊下。夕暮れにそまるそこを、険しい顔で堀北は歩いていた。須藤に名前呼びを許可するなど色々あったが、彼女にとって重要なのはそこではない。今回の敗戦、自分にも原因があったのは明白だ。須藤を抑えきれず、作戦を盗まれた。その結果、再びDクラスに落ちる失態をしでかしたのだから。しかし、Aクラスが圧倒的であったおかげで堀北を責める生徒はいなかった。まぁ諸葛君相手だし仕方ないよねと言う空気に助けられたと言えよう。

 

 ただ、周りはどうであれ堀北本人はこれは明確な敗戦であるし、自分の視野の狭さや実力不足が招いたことだと思っていた。普段はやる気のない綾小路も今回は頑張って2位を何回も獲得していたし、色々アドバイスもしてくれていた。しかしそれを無為にしたのは自分だった。後悔しない訳がない。ただ1つ良い事があったとすれば、須藤を仲間に出来たことだろう。

 

 

 

 

 体育祭の昼休憩の際、堀北は保健室に呼び出された。そこで待ち構えていたのはDクラスの自称王・龍園と、同じクラスの生徒である木下。不遜な態度で椅子に腰掛ける龍園と違い、木下はベッドで横になっていた。その脚には湿布が貼られており痛々しい。

 

 彼女は障害物競走で転倒した時の怪我が痛むと主張した。その恨み言をぶつけるだけに留まらず、2人は堀北がわざと木下を転倒させたのだと言う。勿論、言いがかりだ。事実、木下がわざと転倒したのである。しかし証拠はない。

 

 だが、自らの潔癖を信じる堀北はこれをきっぱりと否定した。そんな思惑はこれっぽっちもなかったのだから当然だ。その程度の罪悪感や圧力で屈するほど堀北は弱い人間ではないし、普通に向こうが悪いと思っているので罪悪感など抱きようがない。

 

 ただ、ここで問題が発生する。競技の最中、堀北がチラチラと後ろを振り返っていた事実が映像に残されていたのだ。これは近くを走っていたAクラスの生徒からも証言が出ている。彼女は堀北や木下の後ろを走っていたため、堀北が振り返る姿を目撃していた。

 

 その様子は木下に接触するためにタイミングを窺っているように見えなくもない。だがあれは木下に何回も名前を呼ばれたのが原因だ。堀北はそう主張するも、「もしそうなら勝ちたい気持ちが先行してしまっただけだ、ルール違反ではない」と言い、堀北が悪いという意見を向こうは一切曲げることはなかった。悪意の証明が出来ない以上、どれほど怪しくても被害の大きい木下の方が有利だ。

 

 木下は(龍園が盛りに盛りまくった)内心憧れの目で見ている孔明が自分を心配しているという話を聞かされ、やる気満々になっていた。いつになく、名演技が光っている。激しく堀北を詰り、自らの陸上部としての選手生命が終わったらどう責任を取るんだと叫ぶ姿に頼んだ龍園もやや引いていた。なお、その憧れは神室にご飯を渡している頃である。

 

 抵抗する堀北だったが、生徒会で審議と言われた瞬間に一気に闘志が冷めていった。兄である学に裁かれる。迷惑をかける。それだけは彼女の絶対に嫌な事であった。そんなことになるくらいなら、謂れのない罪でも被った方がマシ。そう思ったのである。

 

 その一心から、最終的に100万ポイントの賠償を払った上で土下座をするということで話は纏まった。完全にヤクザの手法にハマっている。それは堀北も薄々気づいているが、どうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、逃げずにやって来たようだな鈴音」

 

 空き教室には今回の当事者龍園、そして仲介役の櫛田がいた。彼女に場所を指定され、堀北はやって来たのだ。

 

「ここで逃げ出したら、私は救いようもない人間になるもの。出向きもするわ」

「いい心掛けだ。前よりも魅力的な女になったな」

 

 その褒め言葉を受けて、嫌そうな顔をする堀北。嬉しいはずがない。

 

「でもあなたとの話の前に……いい加減茶番は終わりにしない?櫛田さん」

「え?茶番?一体どういうことかな?」

 

 櫛田は小首をかしげる。多くの男子が恋するその仕草も、堀北からすれば欺瞞にしか見えなかった。

 

「この場に立ち会っていい人を気取るのも良いけれど、それが目的じゃあないでしょう?今回の体育祭。貴女が情報を漏らした。だから龍園君は事を上手く運べた。違和感を拭い切れなかったのよ。私の言った事、違うかしら?」

「……やだなぁ、そんな話、誰に聞いたの?平田君?それとも綾小路君?」

「いいえ、教えてくれたのはその2人ではないわ。それにこれは、私自身が感じていたことでもあるの。あくまで疑いだったけれど、教えられて証拠も出揃ったわ。今この場には彼以外誰もいない。いい加減向き合うべきじゃないかしら」

「向き合うって……何に、かな?」

「私は最初、バスで高円寺君に席を譲るよう説得している貴女を見かけた。正直に言えばあの時は貴女のことが分からなかったの。でも、すぐに思い出したわ」

 

 今まで敢えて言わなかったのは、必要が無かったから。しかし、今はそうでは無い。 

 

「櫛田桔梗さん。あなたのような生徒が、私の中学にいたってことをね」

 

 笑顔とは、本来攻撃的な表情である。そんな言葉を堀北は思い出す。櫛田はまさに、攻撃的と形容するに相応しい顔をしていた。 

 

「すぐに思い出しもするよね。私は色々……『問題児』だったもんね」

「その表現は正しくないんじゃないかしら。あなたは問題児なんかじゃない。今のクラスでのあなたのように、誰からも信頼される生徒だった。でも──」

「やめてもらっていいかな。それ以上昔の話をするのは」

「……そうね。今更過去のことを語っても意味がないわね」

「話が繋がったならもう分かるよね。私がどうしたいと思っているのか」

「ええ。もういい加減気づいたわ。あなたが私をこの学校から追い出したいと考えていることは。でもそれは、あなたにとっても大きなリスクじゃないかしら。私が真実を暴露すれば、今の地位は失うことになるんじゃないの?」

「私と堀北さん。どっちが人間として信用されているかは明白だし、リスクヘッジってやつだね」

「けれど暴露されればあなたは困ることにならない?たとえ私の話を誰一人信じなかったとしても疑念は残る。少なくとも同じ中学だったことは否定できない材料だもの」

「そうだね。でも、万が一あんたが私のことを誰かに話したら、その時は徹底的にあんたを追い詰めてやる。それこそ、あんたが敬愛するお兄さんを巻き込んでね」

 

 少しだけ身をこわばらせる堀北。だが、彼女にはカウンターが存在していた。綾小路が用意してくれた情報である。諸葛と取引をした綾小路は同時に諸葛が櫛田が裏切り者だという情報を話したと櫛田に対して告げる許可を取り付けた。諸葛孔明側も櫛田とこれ以上関わるのはリスクであるし、今後Dクラスに落ちる堀北たちは龍園と死闘を繰り広げるであろうことから切り捨てるべきだと判断した。

 

 この学校において、自クラスにスパイがいるというのは非常にマズい状況であるし、逆に他クラスからすれば本来は非常に有益な存在であるはずだ。それをあっさり切り捨てたのには理由があり、1つは櫛田が1人であることだった。スパイは複数いればいるほどこの学校では良い。数が多ければ特定も難しいし、集団が瓦解する可能性もある。だが櫛田は1人。しかも、感情で動いている。加えて綾小路や堀北は優秀だ。こんな状況下で櫛田を利用することは、それを通して逆に利用されかねない。諸葛孔明はそう踏んだ。

 

 もっと言ってしまえば、櫛田にその程度の価値しかないと思っているのである。

 

「貴女にそれが出来るのかしら。そもそも、私のことなんて無視すればいいじゃない。私が人と関わらないことも、余計なことに首を突っ込まないことも知っているでしょう?」

「今はね。でも、この先の保証はどこにもない。私が私であるためには、過去を知る人は全部いなくなってもらわないと困るんだよね」

「そう。それなら精々頑張る事ね。相手は複数いるわ。私もそう。そこの龍園君だってそう。それに……頼みにしている悪魔の片方はもう頼れないかもしれないわよ?」

「……は?」

 

 固まった櫛田を見て龍園はゲラゲラと笑い出した。

 

「残念だったな、櫛田。お前はもういらねぇってよ」

「どういうこと!?」

「切り捨てられたんだよ。どうせお前の事だ、諸葛と二股欠けてたんだろ?それで情報を渡した。アイツはそれを得てまんまと高得点を叩き出し、終わればお前はもう用済みだから鈴音に売った。ククク、食えないヤツだぜ」

「そんな……裏切ったってこと?」

「お前には言われたくねぇだろうな。それに、お前がアイツと契約したとして、その証拠はあるのか?」

 

 そこで櫛田は初めて自分が口約束だけで動いていたことに気が付いた。勿論、口約束も有効になる場合がある。しかしそれは証拠が無くてはいけない。音声証拠など何もない櫛田に、諸葛孔明を訴えることは出来ない。どうせ挑んでも勝てないのはわかりきっている。泣き寝入りするしかない状況だった。

 

 同時に龍園も櫛田を切る事を考えていた。諸葛が捨てたという事は、つまり危険と言う事。必要があり有益なら彼は切る事はしなかったはずである。しかし現実はそうでは無い。と言う事はこれ以上櫛田を使うのは龍園としても避けるべきだと判断したのだ。

 

「ま、少なくとも諸葛はお前より鈴音の方が有能だと思ったって事だろうよ」

 

 この言葉によって櫛田の目に憎悪の炎が灯る。その理不尽な怒りの対象は堀北だった。

 

「この話は一旦置いておいて話を済ませましょう。ポイントと土下座だったわね。あなた達の望みは」

「先に断っておくが、木下とお前の接触は完全に事故だ。そこには他意も悪意もない。世の中もそうだろ。事故をすりゃ示談話の一つや二つ出てくる。そんなもんだ」

「そうね。証拠はないもの。私が加害者になるのは明白ね。でも、その上で言い切っておくわ。今回の事件はあなたが仕組んだことだって。あなたが木下さんに命令して私を転倒させた。そう確信している」

「被害妄想だな」

「妄想でも構わないわ。だからせめて聞かせてくれないかしら。あなたがこの体育祭で、一体どんな罠を仕掛けたのか」

「せっかく土下座するんだ。お前の妄想がどんなものか想像するならこうだろうな」

 

 楽しそうに笑いながら、龍園は語り出す。

 

「俺は体育祭が始まる前、櫛田にCクラスの参加表を全て入手させた。そして適材適所の人材をぶつけた上で、Cクラスを潰すことだけに全てを注いだ」

「それが理解できないわ。私やCクラスを無視していれば、もっと上の成績を取れた可能性はあったんじゃないかしら。少なくとも、私にエース級を2人も当てる必要はなかった。しかもその内の1人は怪我でリタイア。とても釣り合っているようには思えないわね」

「お前を潰す。それだけで十分ってことだ。総合点で勝つことなんざ端から興味なかったからな」

「でもあなたの作戦は運に頼ったものだったわ。良かったわね。木下さんに私を転倒させるように命令して実行させた時、2つの偶然に救われて。私が続行不可能な怪我を負ったこと、木下さんが自分から転んで大怪我したこと、どちらも狙って出来るようなことじゃないもの」

「確かにお前の怪我の度合いは偶然の産物だ。狙って怪我をさせるとなるとどうしても露骨になる。下手に接触すれば痛い目を見るのは木下の方だ。だから俺は木下に1つのことを徹底的に練習させた。相手と接触し自然に転倒するように見せる練習をな」

 

 それが出来るのが彼の強みだった。諸葛孔明ですら、そこまでの強制力はない。一之瀬や堀北は言うまでもない。他に出来る存在がいるとすれば南雲ぐらいなものだろう。

 

「それから木下の怪我だが……あれが偶然なわけあるかよ」

「えっ……」

「あいつは確かに転んだ。だが当然、大怪我なんぞ簡単には出来ない。だから痛がる素振りだけさせて体育祭からドロップアウトさせた。あとは簡単だ。治療を受ける前に俺があいつに直接傷を負わせてやったのさ。──こうやってな」

 

 言いながら、龍園は思い切り床を踏みつけた。バン、という音が廊下に響き渡る。あの蹴りを脚に直接受けるなど、想像するだけで痛々しい。容易な怪我では収まらないだろう。

 

「あなたが傷つけた……?彼女を……?」

「50万分け前をやるって言ったら承諾したぜ?金の力ってのは恐ろしいよなぁ」

 

 流暢に話す龍園。しかし堀北にも秘策があった。

 

「そんなことを問われるまま、ペラペラと喋ってもよかったのかしら」

「なに?」

「私が今の話を録音していたとしたらどうするつもり?」

 

 堀北は懐から携帯を取り出す。そこには録音中の画面が表示されていた。

 

「今思いついたハッタリだろ?」

「最後の賭けとして誘導くらいするわ。思いの外話してくれて正直驚いているけれど」

 

『俺は体育祭が始まる前、櫛田にDクラスの──』と言う龍園の声が流れ出てくる。

 

「あなたが私を訴える、あるいはポイントと土下座を要求するのなら、私はこの証拠を持って戦うわ。そうなれば困るのはどちらかしら?」

「鈴音……お前……」

「私としても事を荒立てたくはない。だから今回はこれで──」

「クク、ク……ハハハハハ!」

 

 肩を震わせていた龍園は、唐突に大きく笑い声を上げ始める。どこまでも人を嘲るような、そんな声色。堀北は眉を顰める。決定的証拠を出されて、なおも笑うとはどういう神経なのか。

 

「本当に楽しませてくれる女だな、お前は。俺は最初に言っただろ。あくまでも今のは架空の話。被害妄想に付き合っただけだ。お前が脳内で勝手に作り上げた物語を、俺が想像しただけだってな」

「だとしても、その想像が本当かどうか確かめる術はあるのかしら。あなたが妄想や想像だと告げた部分だけ削除して、音声を加工することだって出来るのよ?」

「もしそうなれば、俺は元のオリジナルを提供するだけだ。問題なんて起きねえよ」

 

 龍園は不敵に笑いながら、ポケットから携帯を取り出す。

 

「こいつが何か分かるか?一部始終を録音──いや、撮影している動画だ」

 

 音声以上に確実な証拠は、最初から龍園の手の中に収まっていた。

 

「認めるか鈴音。お前の完敗だって現実をよ」

 

 全て読まれていた。その事実が堀北のプライドをへし折る。何をどうしても、自分が有利になれる要素を見出せないでいた。

 

「プライドを捨てて土下座して見せろよ、鈴音。お前は甘ちゃんすぎるんだ。そんなザマでAを目指そうなんざ、軍師野郎が聞いたら腹抱えて笑い出すだろうぜ」

「……分かったわ」

 

 死刑宣告を受けた堀北は、ゆっくりと膝を折る。

 

「私は、負けを認め──」

 

 と、その時である。ピロン──と、その場に似つかわしくない音がすぐ近くから聞こえてきた。堀北は顔を上げた。そこには、険しい顔で龍園が自分の携帯を覗き込んでいた。

 

『いいかお前ら。Cクラスの堀北鈴音を罠に嵌め、潰すにはどうすればいいか、その策を授けてやる。面白いものを見せてやるよ』

 

 その声は龍園のものだった。先ほど堀北にも聞かせた作戦の内容を、事細かに説明している。

 

『障害物競走でお前は鈴音と走って接触しろ。何でもいいから転倒するんだ。あとは俺が怪我を負わせてあいつから金をぶん取ってやる』

 

 恐らくクラス内で交わされたと思われる会話。しかし堀北に理解できたのはそこまで。櫛田にも堀北にも今一つ事態が呑み込めないでいた。

 

「……どういうことなのかな、龍園君。その音声は何?」

「……なるほど、なるほどなるほど。なるほどなぁ」

 

 愉快そうに、愉悦を顔に浮かべ、彼は笑う。獰猛な目には、一層益々戦意が宿っていた。 

 

「クク、面白いじゃねえか。これがどういうことか分かるか?裏切り者はCクラスにもいるってことだ。そしてそいつは、陰でお前らだけじゃなく、俺も手のひらで転がしたってことだ。櫛田の裏切りも、鈴音が俺の前に敗れることも、全て計算していたってことさ。ククク、ハハハハ!面白ぇ!面白ぇなオイ!!お前の裏で糸を引いてやがる奴は最高だぜ!」

 

 傑作だと言わんばかりに、龍園は髪をかきあげつつ腹の底から笑い声を上げる。

 

「利用されたんだよ。裏切り者がいて、俺たちに参加者リストの情報を流すことも計算してやがった。何もかも読んでやがったんだ。軍師野郎じゃねぇな。アイツならもっと上手くやる」

「裏切り行為を、最初から想定してた……?誰がそんなこと出来るっていうわけ?もしかして綾小路君?あの足の速さは知らなかったし……」

「まぁ奴も候補の一人だけどな。決めつけはしねぇ。こんな録音を用意できる奴が、そう簡単に尻尾を出すかは別だ。鈴音も綾小路も、場合によっては平田をも動かす奴がいるかもな。それをこれからじっくり探し出すんだよ。鈴音からポイントと土下座を引き出すことには失敗したが、収穫があっただけよかったとするか」

 

 堀北にはその正体が綾小路であるとは推測が付いている。しかし、敢えて言う必要などないため黙っている。或いは、諸葛孔明はこれすらも読んでいた?龍園すら嵌めた策を立てれる人間がCクラスにいると知っていたから、櫛田を切ったのか。堀北は戦慄するばかりだった。

 

「今回はこれで終わりだ。このメールの差出人も、これ以上は追及して来ないだろうさ」

「それでいいの?もしその録音を元に脅されたら?」

「学校に出すつもりならもっと後で出す。俺らが訴えた後の方が効果的だからな。土下座こそさせそこなかったが、俺としては目的の半分は達成できた。上出来だ。それよりも、今後を心配するべきなのはお前だぜ」

「は?」

「あの軍師野郎が録音もせずにてめぇと会話してると思うか?勿論、口約束の部分はカットされてるだろうけどよ。下手するとアイツに都合のいい部分だけ切り取られて、お前の正体まで全部バラされるぞ。俺はダメージなんざないが、お前はどうだろうな。お前の影響力は確かにあるが、1年がどっちを信じるか見ものだな。少なくともAクラスはアイツを信じるだろうよ」

「そんな……」

 

 カラカラと笑いながら、龍園は教室を後にした。それに続くように顔面蒼白で櫛田も走り去る。残された堀北は無力さを感じながら、ただ佇むことしかできなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 一之瀬帆波は無力感に苛まれながら、生徒会室にいた。書類関係で少しばかり用事があったのである。彼女の心中を悩ませるのは自クラスの事だった。今日の体育祭。今回は行けると思った。沢山練習を重ねてきたはずだし、地の力だって十分あったはずだった。DとCは抗争中であるから、その間を突けばAクラスにだって勝機はあるはず。そう睨んでいたのだが……蓋を開ければ敗北。壁の高さを思い知らされるだけの結果になった。

 

「はぁ……」

 

 どうしたら良いのだろう。何が足りないのだろう。そんな思いがため息となり形になる。

 

「どうしたんだ、そんな顔して」

 

 声をかけられ顔を上げればそこにいたのは副会長の南雲だった。

 

「南雲先輩……」

「そんな顔してたら美人が台無しだぜ。諸葛に負けたのが悔しいか?」

「それは……はい。何が足りないのかなぁって」

「気持ちはよくわかる。俺も今日、アイツに負けたからな。言い訳のしようがない完敗だ。だが次は勝つ。必ずな。そう思って努力すりゃ、道は拓けるぜ」

 

 一之瀬は南雲に警戒するように堀北学からも諸葛孔明からも言われていた。実際警戒していたのだが、働いてみると軽薄なところはあるが話で聴くよりもずっと親切で明るい人間であるように思えていた。それも南雲の戦略なのだが、警戒心は薄まっていたのである。その上でここに来て共感できる悔しさ。けれどため息を吐くだけの自分と違い、南雲は再戦を見越している。このファイト精神がAに上がらしめた要因ではないか、そう思っていた。

 

「俺と手を組まないか」

「え……?」

「現状最もAを倒せる可能性のあるのはお前らだ。考えても見ろ、CとDじゃ点差がデカすぎる。不可能とは言わないが、かなり厳しいだろうな。それに比べお前らは良くやっている。あの諸葛相手に抑えきったと言うべきだろうぜ。だからこそ俺と組めば、上を目指せる。2年を使って全力でバックアップしてやれる」

「そんな事が……」

 

 と言ったが一之瀬は南雲が2年を仕切っているのを知っている。無理な話ではないことはすぐに分かった。

 

「ポイントとかは特に要求しねぇ。それも大事な武器だ。諸葛を引きずり下ろすのに使え」

「私は……」

「このチャンス、無駄にするやつに上に行く資格はないぞ。お前を信じているクラスメイトのためにも、決断しろ。断っても恨んだりはしない。しっかり考えろ」

「……」

「だがな、並大抵のことじゃあアイツには勝てないぞ。アイツにもしかしたら色々俺の悪い噂を吹き込まれたかもな。勿論嘘もあるが、全部嘘だとは言えない。だが当然だろう?俺だってクラスを導くためには汚い事もしないといけなかった。それによ、アイツがお前に俺の噂を話す目的、考えたことはあるか?」

「目的、ですか?」

「ああ。アイツはな、警戒してるんだよ。BからAに上がった俺と、お前が手を組むのを。だからこそ妨害した」

 

 確かにそうかもしれないと彼女は思ってしまった。現に、忠告した彼によって既にBクラスは何度も痛い目に遭っている。

 

「もし俺と組みたければ1つだけ教えろ」

「何でしょうか?」

「お前は成績優秀、素行優良、運動神経も問題ない。じゃあ何でBに配属された。その理由があるはずだ。それを言え。信頼し合うにはそうするしかないだろう?秘密を打ち明けるのが、何より信頼の証だ。お前が言ってくれれば、俺もお前を信頼できる」

「でも……」

 

 一之瀬の頭で孔明の顔がチラつく。だが、背に腹は代えられなかった。誰にも話さず抱えて生きようと思った過去。でも、人の信用を失ったからこそ、人を信用しないといけない。それに、彼を利用しなくてはAクラスに対して勝機なんてない。

 

「分かりました……」

 

 一之瀬帆波は全てを口にした。自らの『過ち』を。俯く彼女を見つめる南雲の目が、細く弧を描いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 閉会式のすぐ後、綾小路は1人の女子生徒に呼び出されていた。話があるらしい。しかしその時は具体的な内容は伝えられず、5時に玄関前で待つとだけ言い残して彼女は足早に去ってしまった。異性からの呼び出し。まず最初に思い浮かぶのは告白だ。事実、クラスメイトからもそう揶揄された。けれど少女からそのような気配は感じ取れなかった。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 約束通り玄関に赴くと、件の少女が仏頂面で待ち構えていた。早速要件を聞き出す。

 

「ついてきて下さい」

「ついてって、どこにだ?」

「特別棟です」

 

 説明もなしに歩き出した少女の背中を少し遅れて追い掛ける。綾小路の記憶では、彼女は確か1年Aクラスの生徒だったはずだ。ただ、顔を見ただけで名前は知らない。何故そのような人物がどうして自分なんかを呼び出したのか。いくつかの推測は浮かぶものの、どうも確信が得られずにいた。

 

 やがて、2人は特別棟の3階へと辿り着く。校舎内では数少ない、監視カメラの設置されていないエリアだ。かつて須藤の暴力事件のあった場所でもある。綾小路からすれば少し懐かしさを感じる場所だった。

 

「一体なんだ──」

「少しここで待っていて下さい」

 

 綾小路をその場に待機させ、1人歩き出す少女。彼女は振り返ることなく廊下を進み、角に差し掛かったところで小さく呟いた。

 

「ご要望には応えました。もうよろしいですか?」

「はい、ありがとうございました、山村さん」

 

 静かに曲がり角の向こうへと姿を消す少女。それと入れ替わるようにして、1人の人物が姿を現した。綾小路も彼女のことは知っている。1年Aクラスの──坂柳という名の女子生徒だ。

 

「あんたがオレを?」

 

 綾小路が問い掛けるが、坂柳はすぐには答えなかった。無言のまま見つめ合う両者。夕日に照らされる校舎の中、2人だけがいた。

 

「最後のリレーは大注目を浴びていましたね。綾小路清隆君」

 

 何かと思えばそんな事かと綾小路は思った。

 

「あー悪い。ちょっと先に一通だけメールを送ってもいいか?待っている人がいるんだ」

「どうぞ」

 

 

 

 

 これが龍園宛てのメールである。船上試験。そこでは諸葛孔明が暴れたせいでろくにディスカッションの無かった自グループだが、そこにいる軽井沢と真鍋が揉めていた。そこで綾小路は仲間を増やすべく仲介に入る。1度は真鍋を退かせ、軽井沢に態度を改めるよう促すも、一蹴される。それは想定内だった彼は、試験が終わっても何度も突っかかる真鍋に辟易している軽井沢に何度も何度もしっかり懇切丁寧に話をした。

 

 ついにしびれを切らして軽井沢を呼び出し、暴力を振るう真鍋一行。それを尾行していた綾小路は割って入り真鍋たちを脅迫。スパイに仕立て上げる事に成功した。逃げ去る真鍋を見て、軽井沢は自分のために何度も注意をしてくれたことを思い出し、綾小路に罪悪感を抱いた。

 

 それを理解している彼は、代わりと言っては何だがと言い、Aクラス行きに協力して欲しいと要請。自分は親が権力者であり虐待を受けていた。警察も動いてくれず、ここに逃げ込んできたが圧力がかかり退学になってしまうかもしれないし、卒業したらまた逆戻りの可能性がある。だからAクラスで卒業し、親の息のかからない場所へ行きたい。そう話した。暴力を受けたなどの話をすれば、いじめを受けていた軽井沢は共感。おのずから協力を申し出たのだった。

 

 事実、そこまで突拍子もない嘘ではないため、信ぴょう性があった。妙に感情が無い理由も、虐待の結果心を殺し続けたからだと軽井沢は勝手に過去の自分と重ねて推理する。それに、親の息のかからない云々は綾小路の本心でもあった。かくして、綾小路は至極真っ当な手段で軽井沢恵を仲間に引き入れる事に成功する。女子の中でも影響力のある彼女を仲間に出来たのは大きい事だった。

 

 諸葛孔明に勝つには仲間を増やさないといけない。そして、その仲間を強化しないといけない。難しい課題だったが、綾小路にとっては新鮮でもあった。オレたちは1人では強くなれない。真の強さとは、集団で戦える事だ。綾小路はそう考えていた。

 

 

 

 それはさておき、メールを送ると言っても嫌な顔一つせず、笑顔のまま頷く坂柳。それにやや不気味さを感じながら綾小路は送信した。

 

「……それで、お前でいいのか?オレを呼び出したのは」

「はい」

 

 改めて投げ掛けられた問いに、今度は即答する。

 

「それで、何の用だ?出来れば早く本題を切り出してほしいんだけどな。これから平田や軽井沢と飯に行く約束なんだ」

「あなたの走りを見ていてあることを思い出したんです。その時の衝撃を共有したいと思ってつい呼び出してしまいました。まるで告白の前触れみたいですよね」

「何のことだかさっぱりだ」

 

 カツン、カツン、と杖をつきながら、坂柳は綾小路の隣へと並んだ。

 

「お久しぶりです綾小路君。8年と243日ぶりですね」

「冗談だろ。オレはお前なんて知らない」

「ふふ、そうでしょうね。私だけが一方的に知っていますから」

「……ストーカーか?」

「違います!」

「いや……そういうのをストーカーって言うんだぞ。用がないなら帰らせてもらう」

 

 そう言うと綾小路は踵を返して歩き始めた。

 

「ホワイトルーム」

 

 背後からの声に無意識に、足を止めてしまう。それは綾小路が抱える中で最大の秘密。さしもの彼も、なぜ、どうして、という疑惑が広がっていく。予想外の不意打ちに少しだけ動揺していた。少しだけ、と言うあたりが傑物の証でもある。

 

「嫌なものですよね。相手だけが持つ情報に振り回されるというのは」

「……お前は……」

「懐かしい再会を果たしたのですから、挨拶をしないわけにもいかないと思ったんです」

 

 綾小路にその記憶はない。過去に記憶を喪失したという事実も存在しない。この少女、坂柳と会ったのはこの学校が初めてのはずだ。その事実に間違いはない。

 

「無理もありません。あなたは私を知りませんから。でも、私はあなたを知っている。これも不思議な縁、なんでしょうね。このような場所であなたに再会するなんて。正直言って、二度とお会いすることは無いと思っていましたから。しかし、これで謎が解けました。今までのDクラスの行動。その裏で糸を引いていた人物はあなただったのですね」

「何のことだか。うちには何人か参謀がいるからな」

「参謀とは、堀北鈴音さんのことですか? それとも平田洋介くん? どちらにせよ、あなたの存在が出てきた以上、誰がいても関係はありませんけどね」 

 

 頬を赤くしながら、坂柳は言う。

 

「安心してください。あなたのことは一先ず、誰にも言うつもりはありませんから」

「話せば楽になるんじゃないのか?」

「邪魔されたくありませんし。偽りの天才を葬る役目は私にこそ相応しい」

 

 カツン、という細く高い杖の音が廊下に響いた。

 

「今の私に、少しだけですが楽しみが出来ました」

 

 そんな坂柳の姿を見ながら、冷淡な目で綾小路は口を開いた。

 

「1つだけ、言っても良いか」

「何でしょうか?」

「お前に――――オレは葬れない」

「――――なんですって?」

 

 坂柳の目つきがキッと厳しくなる。少女の物とは思えないほど低い声が響いた。

 

「お前にはオレを倒す資格もない。クラスを率いる事すらできなかった、今のお前にはな」

「……」

「オレを葬れるかもしれない存在は何人かいる。堀北だってそうだし、龍園やお前でも可能性はゼロではないだろう。だが、現時点で全てを以てオレを倒せる可能性がある存在は1人だけだ。それが誰だか、お前も良く知っているだろう」

「諸葛……孔明」

 

 軽く綾小路は頷く。彼から見れば、坂柳は明らかに運動能力で自分に勝てない。その点、諸葛孔明にはそこでも勝ち目がある。障害物競走。あれは勝てると踏んだ。力を出し切ってはいないが、それでも行けるだろう。しかし、敗北した。勝てると思って敗北するなど、彼にしてみれば初の事だった。

 

「オレ達は必ずAに上がる。その時相手するのは、お前じゃあないだろうな」

「達?」

「ああ。諸葛が教えてくれた。真の強さとは何なのか。それは、自分だけが強くなるのではなく集団を強くして勝ちあがる。それこそが真の勝利だという事をな」

 

 言うだけ言って綾小路は今度こそ踵を返す。細杖の少女に、彼はもう興味が無かった。歯牙にもかけない。眼中にすらない。何故なら彼女は脅威になりえないから。ピリリと彼の携帯が鳴る。掛けてきたのは平田だった。

 

「もしもし、平田か。ああ、問題ない。大した用事じゃなかった。ああ。すぐ行く」

 

 電話をしながら歩き去る綾小路。相手にすらされなかった少女は、静かに膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それを両名に気付かれることなく盗み聞きしていた男がここに1人。諸葛孔明その人である。坂柳の闘志を無駄に焚きつけたんじゃないかと綾小路にイラっとしながらも、聞き逃せない単語をしっかり耳にしていた。

 

 坂柳も綾小路もいなくなってから彼は急ぎ自室に戻り重箱を洗うと緊急回線を開く。

 

「どうされましたか、閣下」

「中央軍事委員会連合参謀部情報局へ繋げ。緊急だ」

「了解しました」

 

 打ち上げまでの時間はまだまだ残っている。ホワイトルーム。明らかにそこに何かがある。歴戦の勘でそう気が付いた男は、これに気付いていて秘匿した、或いは気付いてすらいなかったのどちらかである軍情報局を問いただすべく、回線を開いたのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

<現状収支>

 

・収入→78万4300ポイント(8月分の10万5400pp+9月分の14万3900pp+船上試験での50万pp+体育祭の3万5000pp)

 

・支出→1万ポイント(食費1万pp)ちょっと贅沢した事もあり、少し高め。

 

・現状保有ポイント→217万7700ポイント(既に所持の140万3400pp+収入ー支出)




<諸葛孔明誕生秘話>

多くの方に読んで頂き、高評価を頂いておりますこと、感謝申し上げます。この結果を得られたのは、よう実という大人気コンテンツのお力がある事は疑う余地もありませんが、少なからず私の作り上げた諸葛孔明というキャラクターに魅力を感じて頂けたという事でもあると思っております。ですので、少しばかり彼の誕生までの制作裏話でも書こうと思います。

元々彼は私の別名キャラクターがモデルです。性格や能力は殆ど変わりません。私が小学校6年生~中学2年生くらいまでの間に作り上げた物語の設定で出てくる人物です。結局文章にすることは無かったものの、大学ノート数冊分の設定を練った作品の主人公でした。

その物語では中国を舞台に暗躍する部隊の話がメインでした。リコリス・リコイルの中華版でもっとダークな世界にしたような作品(という脳内設定)でしたね。ガンアクション・カーアクション・ミリタリー・政治・人間模様など何でもありの内容です。当時はまだパソコンもスマホも持っていなかったので発表は出来ませんでした。それから数年、まさか部屋の大整理で出てきたそのノートから、こうしてキャラが出てくるとは思いもよりませんでした。

お部屋に眠っている黒歴史ノート、探してみてはいかがですか?(愉悦顔)


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閑話 5.5章

私、実は教員志望なので、この学校の教師には思うところが結構あるんですよね。その思いをDクラス編にぶつけてみました。


<忠臣・神室真澄>

 

 

 人生ってなんだろう。それに明確な答えを出せる人はきっといない。当然、私も無理だ。だが、生きる理由を見つけるのは、人生とはなんぞと考え続けるよりは楽だった。私の今までの人生。それを振り返ってもあまりいい思い出がない。悪い思い出も少ない。要するに、平坦でつまらなくて陳腐で変化に乏しい人生だった訳だ。それがいいと言う人もいるだろう。けれど、私は嫌だった。

 

 だから罪に手を染めた。スリルを味わいたかった。そしてそれと同時に、捕まれば私なんかいてもいなくても変わらないという顔をしている両親の目が少しでもこちらに向くんじゃないかと思った。今となって考えれば、何て浅はかな考え。罪を犯すことに酔いしれていた。そしてそれを未来に後悔することになるとはつゆ知らずに。

 

 咎人が果たして側にいて良いのだろうか。罪を犯した穢れた手で、私は今日も彼の忠臣面をする。少し後ろからくっついて行ったり、時に相棒のような顔をして、隣にいる。坂柳も葛城も、龍園や一之瀬すらも手玉に取り、上級生すら相手取る逸材の隣に私は相応しいのだろうか。否だと自分で答えを出すのに、長考はいらない。

 

 けれど、あの時あそこで罪を犯さなければ、私は彼に出会えなかった。こうして今のような生活を過ごすことは出来なかった。狂おしい矛盾。やらなければよかったという後悔と、やってよかったという思い。その背反する感情が常にあって、どうしようもないことに後者の方が強かった。私はどうしたら良いのだろう。そう思いながら、今日も彼の隣を歩く。

 

 

 

 

 彼はきっと、どこかここではない場所にきっと多くの仲間……家臣?がいる。それは確定的だ。明らかに多くの人を率いたことのある態度や言動をしている。それに、部屋にある多くの謎の箱や銃器。バイオリンケースがあったかと思えば、ケヤキモールじゃ売ってないパソコンもある。溢れんばかりの本に壁に飾ってあるのは恐らく剣。変な部屋だと思う。それに、どう考えても真っ当な出自の人間ではないだろう。

 

 色んな秘密を抱えている。そして、そのほとんどは誰にも明かされていない。それは当然だ。秘密は知られていないからこそ秘密なのだから。でもそんな中では私は少しだけだけれどもその秘密を打ち明けられている方だと思っている。それが優越感を生み出す。私は信頼されているのだ。そこら辺の一般生徒とは違う。そう思わされる。

 

 最近になってごちゃっとした部屋に増えた私の絵。デカデカと額縁まで用意して飾られている。見るたび見るたび気恥ずかしくなる代物だが、彼は褒めるだけだ。私は褒められたことがほとんどない。ほぼないと言い換えても良いだろう。何なら記憶にない。だから、ずっと欲していた。ずっと1回で良いから誉めて欲しかった。1回で良いから、私の方を向いて欲しかった。そんな家族に求めてやまなかったけれど、結局今の今まで手に入らなかった『それ』を、彼はいとも容易く私にくれる。

 

 これは劇薬だ。承認欲求とその他にも色々混じった感情が一気に私の中を満たす。私の心を染めていく。もう戻れない場所へ踏み出していると、そう思うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 この3年間が勝負だ。彼が今までの仲間と築いてきた記憶はきっとかなり強固なもののはず。だから私は何とかしてそれを上書きしないといけない。幸い、この学校は隔離されている。外的要因はほぼ考えなくていい。そして彼は私以外に側近を増やすつもりは無い。ならば最大のチャンスなのは言うまでもない。この学校を卒業しても、彼の下で働くことが出来るように。少しでも印象を深く植え付けるために、私は今日も忠誠を誓う。例えどんな結末を迎えようともこの身朽ちるまで。だから、葛城の禅譲の時に言った「地の果てまでも、喜んで」という台詞は大げさでも誇張でもない。本心だ。

 

 空っぽだった私の生きがいと理由。それをくれた人のために、私は生きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 どんな秘密でも絶対に拒んだりしない。だからいつの日か―――――その秘密を教えてね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ハッピーバースデー・諸葛孔明>

 

 

 

 間もなく体育祭を控えた10月、その初日。普段通りに学校へ行こうとしたら止められた。何でも登校時間ギリギリに行って欲しいらしい。特に断る理由も無いのに加えて他ならぬ真澄さんの頼みとあっては仕方ない、と思いながら登校時間のギリギリに教室へ行った。

 

 数歩後ろを歩いている彼女はどうも今朝から何事かを隠している雰囲気がある。その気配からまぁそんな悪い事ではないだろうと察しはついているものの、気にならないと言えば嘘になる。何か私はしでかしたのだろうか。やや不安になってきた。朝の賑やかな廊下を歩き、自クラスの前へと着く。中には38人分の気配がある。遅い時間に来る人も今日は珍しく早く登校しているようだ。

 

「おはようございます」 

 

 扉を開け挨拶をして中へ入ろうとした瞬間、パーン!と言う音が複数眼前で鳴らされる。思わず昔の癖で発砲でもされたのかと思い咄嗟に避けてしまった。火薬と煙の匂いが目の前に広がる。私の肩にかかっているのは紙屑、正確にはカラーのしわしわした紐のような紙だ。これにより、私に向けられていたのはクラッカーだった事が分かる。焦った。いきなり銃撃戦かと思ってしまった。染みついた癖は抜けきらないものだと痛感する。

 

 その直後、背後からもクラッカーが鳴らされた。振り返れば、ニヤッとした顔の真澄さんが立っていた。

 

「ハッピーバースデー」

 

 そういう彼女の声に続くように、教室中のクラスメイトが一斉に声を発した。

 

「「「「ハッピーバースデー!」」」」

 

 一瞬困惑してしまったが、日付を確認して思い出す。今日は10月1日。奇しくも我が祖国の建国記念日と同じである私の誕生日だ。今までほとんど祝われたためしがなかったのに加え、自分自身も半ばどうでも良いと思っていた節があるのですっかり忘れてしまっていた。頭の中にあるのは次の体育祭のことくらいである。

 

「どうもありがとうございます。久しぶりに祝われたもので……結構嬉しいものですね」

 

 嬉しかったのはうそ偽りない事であるため、素直にお礼を言う。お世話になったお礼と称してプレゼントをもらったりした。ワチャワチャしていると先生がやって来たが、クラッカーの残骸などには眉を顰めたものの、状況を理解した後は「授業までには片付けるようにな」とだけ言い残してHRを終わらせる。生活面でポイントが引かれる事は無いだろう。理解のある先生で助かった。

 

 文房具やらカタログやら図書券やらギフトカードやらプリペイドカードやらとにかく何が欲しいかよくわからないから無難そうなものを買ってきたと皆が言う。思えば、誕生日プレゼントをもらったのはまだ母が存命中だけだ。それからの人生で私は一般的な欲しいモノをあまり考えてこなかった。体育祭用に水色のリボンも貰えたので、これは早速当日につける事にしよう。貰ったものは使わないと意味が無い。私はそう思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで一日お祝いされて上機嫌のまま自室に戻る。他クラスでも交流のある人からは声をかけられた。まぁ主にBクラスが多いのだが。クラス間闘争で結構色々やって来たのにも拘わらず私生活面では特に気にすることもなく接してくれる一之瀬さんは普通にいい人だと思う。過去に色々あったとは言え……それでも現在の姿で十分相殺されているだろう。

 

 夕食時、目の前に座った真澄さんが中座し、自分の部屋から何か持ってきた。持っていたのは2つの箱。片方はシンプルなもの。もう片方はケヤキモールに入っている結構有名なケーキ屋のパッケージが描かれた箱。どちらも冷蔵庫で冷やされていたようで、冷たい空気を出している。

 

「これ、私からの誕生日プレゼント。好きな方を選びなさい。こっちはちゃんとしたプロが作った美味しいケーキ。もう1つはアンタに料理作って貰ってるくせに、自分でも出来るんじゃないかと思ったバカな女が作った味もしょぼいし見た目も不格好なケーキと言えるかも微妙な代物。どっちがいい?」

「これ、どっちにしろ2人分あるのか?」

「そうよ」

「なら良かった。じゃあ、どっちも貰おう」

「……え?」

「こっちのケーキ屋の方は私のためにわざわざ買いに行ってくれたもの。手作りの方は忙しい中私のためにわざわざレシピを調べて、材料買って、試行錯誤しながら作ってくれたもの。どっちも私にとってすれば、自分のために行動してくれたものだから、選ぶなんて事はしないさ」

「…………そう。好きにすれば」

 

 彼女は頬杖を突いたまま、そっぽを向いてしまった。怒っているわけではないことは見れば分かる。それに、足がパタパタと動いている。心なしか口角も上がっているように見える。手作りの方の箱を開ければ、確かに少し不格好な形のケーキ。それでも素人がやったと考えれば十分な出来に見えた。

 

 食べてみる。十分食べられる味だし、むしろ悪くない。彼女の考える理想が高すぎるだけな気がした。

 

「十分美味しいけど?」

「……味覚壊れた?」

「う~ん、本心なんだがな。それに、こういうのはただそのものの味だけじゃないんだ。気持ちが大事。料理ってそういうものだろう?だからこそ私は、自分を祝ってくれている気持ちも含めて美味しいと思った。OK?」

 

 知り合いの料理人が言っていた。世間一般に価値のあるとされている高級料理よりも、自分の子供や恋人などの大切な人が真剣に作った料理の方が、時として美味しいと思えることがあると。味が良いだけなら、この国の食品産業は世界トップクラスで優秀だ。美味しいものが安く手に入る。けれど、そこに果たして作り手の思いはあるのだろうか。そう考えた時、少しだけ色あせる気がする。

 

「意外ね。アンタがそんな風に思ってるなんて」

「冷血漢か何かだと思っていたのか?感性は普通だと思ってるんだけどな」

「まぁでも……ありがと」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 ニヘラっと少しだけ笑って、彼女もケーキを口に放り込んだ。 

 

 

 

 

 

<蝙蝠・橋本正義>

 

 

 ミスった。素直にそう思わざるを得ない。俺は人生における選択をここで初めて間違えたと言える。それに、我ながらガックリ来ていた。

 

 俺は自分をよく知っている。自分の能力や出来る事、そしてそれをどう使うべきか、同年代の奴らよりは把握してると思っている。同時に、俺自身は何か集団を率いるのには向いていない。俺は集団の構成員が良いところだろう。そして、俺は強くない。弱いとも思わないが、少なくとも強いとは言えない。だからこそ、強者にコバンザメのようにくっついて生き残る。だが、それは忠誠心からじゃない。当然リスクヘッジだってしている。別の強者とコネクションを持ち、ある程度有能だと思われる立ち位置にいる。そして、自分の主に何かあればスッとそこから離れる。そう言う生き方だ。泥船で心中なんてゴメンだからな。だがそれ自体は悪い事だとは思わない。昔から弱小勢力なんてのはそんなもんだ。

 

 5月にクラス間闘争が発表されたとき、とんでもないところに来てしまったと思ったものだ。皆少しはそう思っただろう。実際は諸葛孔明というヤバい男によってシステムの大半は知らされていたが、それでもやはり正式発表とあればビビるのは無理もない。

 

 そんな中で出鼻をくじかれたウチの姫……坂柳有栖が唇を噛んでいたのを知っているのは俺だけだろう。いや、実際にそうしていた訳じゃあないが、雰囲気がな。何か裏がある、とまでは姫さんも読み切っていた。だがその詳細は迫れなかった。ここで大きく差が出た。それでもリカバリーは速かったが……諸葛をクラス内の上位地位に置かないという選択肢はとれるはずもなかった。

 

 だからこそ、あそこで姫さんも、そして俺も選択肢をミスった。あそこでアイツを前に立たせてはいけなかった。いや、俺の場合はそもそも最初に諸葛を選ばなかった時点でミスをしていた。姫さんの方が強く見えた。事実、最初の頃の諸葛は顔と頭は良いが、カリスマと言う感じではなかった。明らかに姫さんの方が強そうだったのだ。まぁ結局それは欺瞞だったが。そして、諸葛が選んだのも俺では無かった。神室真澄。俺自身はそこまで興味のない女子だった。顔は良いが、とっつきにくい。だが、アイツはどういう手段を使ってか配下に加えた。そこから暫く進展はなかったが、その間も諸葛は両派閥の間を上手く立ち回り、派閥の構成員や中道寄りの生徒個人個人から着実な信頼を得ていた。

 

 姫さんがしたもう1つのミスは、やはり無人島試験だ。あそこで諸葛の妨害をしなかったことが決定打になった。今になって思えば、しても無駄だったように感じる。多分バレていたし、姫さんはそれで糾弾されただろう。動けるという時点で、大きなアドバンテージを向こうは抱えていた。それに、無人島では葛城がしっかり俺の事を監視していた。その油断のなさも傑物と言うに相応しいだろう。

 

 俺はここで悟った。遅かれ早かれ姫さんは負ける。しかし、諸葛は自派閥を強化する気はないように見えた。今更取り入れないだろう。最初は嫌々そうだった神室も、今じゃすっかり心酔している。陳腐な言い方だが、絆があるように思えた。だから俺は船上試験でも協力し、体育祭でもしっかり動いた。心証を少しでも良くするために。そして体育祭を経て、諸葛の地盤は一層固まった。一応選挙制度が残っているとして、1回や2回負けたくらいじゃもう引きずり下ろせないだろう。

 

「姫さん、もう諦めましょうや」

 

 体育祭から数日後のカラオケボックス。最早凋落寸前の坂柳派の主力が集まった会で俺はそう進言した。

 

「諦める?どういう意味ですか」

「そのまんまですよ。姫さんの能力は落ちてない。でも、もう無理ですって。孔明センセを引きずり下ろすのは不可能です。これ以上何か仕掛けたら、こっちが悪者ですよ」

「……」

「……」

 

 鬼頭は無言だが、賛成と言いたげな顔をしている。コイツも体育祭でただのもやしじゃないと認識した結果、ある程度諸葛に信頼を置いている。もう1人の死んだ魚の目をした山村ちゃんは、無表情にジュースを啜っている。しかし雰囲気的には俺たちと同じと思って良いだろう。

 

「確かに、今までは不幸にして何もできませんでした」

「今まで?これから何かするんで?」

「特別試験以外にもクラスに貢献することは出来ます。そうすることで実績を稼ぎ、3学期に一気に台頭します」

「いや、それ言うのは簡単ですけど出来るんで?」

「出来ます。これを見て下さい」

「これは……」

 

 そこに表示されていた連絡先には南雲雅と書かれている。生徒会の副会長、そして次期会長だ。確かに、コイツと組めば勝ちの目はありそうだ。だがどうしてかあまり良い予感がしない。罠くさい。長年の危機をかぎ分ける鼻がそう言っていた。鬼頭も若干迷っているようだし、山村ちゃんは半分見捨て始めた。

 

「有力な情報を手に入れました。これを使ってBクラスを崩壊させ、Aクラスの地位を盤石化し、惰弱で他クラスに甘い諸葛政権を倒します。散々コケにしてくれたんです、どうしてくれましょうかね。ふふふ……」

 

 どうも何か怒っているようだ。嫌なことがあったのか、何なのか。いずれにしてもそろそろ潮時だ。

 

「まぁ手伝いはしますよ、ここまで来てしまった以上ね。ただ、あんまり俺らが睨まれないようにして下さいね?」

 

 この計画が失敗したら、俺は即座にしっぽ切りをしよう。諸葛にすり寄ればまだ生き残る機会は残っている。捕らぬ狸の皮算用。そんな言葉の似合う表情をした姫さんを見て思った。

 

 俺は鳥なき島の蝙蝠。強者の間を今回だって渡り切ってみせる。

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双③、2人は名軍師編・IFルートCクラス>

 

 

 無人島試験。これははっきり言ってCクラスの大勝で終わった。島に解放されて早々に諸葛孔明はダッシュで洞窟と言う住環境においておそらく最上の場所を確保。その後はリーダーとなったものの指示は龍園に任せるというスタンスを取った。龍園は当初全員リタイアする作戦を考えていたが、このままなら普通にポイントを残せそうな事を確信。基本指示を孔明に委任する方針を取った。

 

 これにより、Aクラスルート(正史)のAクラスと同じくらいのポイントを獲得したCクラスは一気に警戒対象に踊り出る。この間、龍園の影響もあれどしっかりと団結して試験に挑んでいたため、Cクラス内での空気も問題ない感じになっていた。性格面に問題を抱えた生徒も目を光らせている者が複数いる状態では大人しくせざるを得ない。 

 

 そして、孔明もしっかりと龍園を立てる行動をしていた。彼はあくまでも龍園の臣下である。そう自認している。その為肝心なところでの許可を龍園に求める事で、宰相として振舞いつつも王を尊重する姿勢を見せ、支配体制を盤石にしていた。実力者である孔明が従うのに、どうしてそれよりも弱者である自分達が逆らえようか。クラスメイトの中にはそういう考えが広まっていた。体制に揺らぎはない。

 

 

 

 

 そんなこんなで迎えた船上試験。星座に分けられた生徒たち。この試験の詳細を把握しきった後、龍園は孔明ともう1人の知者・椎名ひより、そして己の配下の石崎とアルベルトと金田、そして伊吹を呼び出していた。

 

「この試験には突破口があります」

「ククク、流石だな。話せ」

「はい。まず先生方の話を聞く以上、公平性をやはり重視していると言えるでしょう。その上で、クラスの垣根を超えるという話。優待者には間違いなく法則性が存在しており、それに則って公平に分割していると見るのが妥当です。各クラス3人の優待者が何らかの法則性のもと存在している。これで間違いはないかと。もしそうでないのならば、厳正な調査も必要ありません」

「うん?どういう事だ?」

 

 石崎は頭をひねっている。どうして優待者が法則性に則って存在していないなら厳正な調査がいらないという理論になるのか納得できていないのだ。

 

「石崎君。例えばこのグループの優待者はCクラス、と決めて後はその中からランダムで選ぶ、と言う事も可能です。ですがそうは言っていませんでしたよね?厳正な調査をしているという事は、それが必要な理由がある、つまり法則性があるのではないかと孔明君は推測したんです」

 

 椎名ひよりの説明に納得したという顔を見せる石崎。彼女は争いを好む龍園に出仕するのを拒んでいたが、己の友誼と向けられた信頼に応えるため諸葛孔明に出仕している。こうしてクラスの様々なところで参謀役としてその働きを見せつけていた。

 

「優待者の特定、出来るのか?」

「今すぐにでも」

「サンプルケースは無いが、やれるんだな」

「はい」

「分かった。お前に任せる。出来たら真っ先に教えろ。良いな」

「勿論ですとも」

 

 龍園は諸葛孔明を信頼している。その能力は遺憾なく発揮されているし、己のために行動しているのは疑いようがない。造反の気配もない。部下は王より優れていてもいい。それを使いこなすのが王の務めだ。最近龍園はそう思い始めていた。孔明が優秀ならば、それが最も輝ける場所において使う。そうすることが恐らく己の利益になる最も速い道なのだと、気付いたのだ。これは間違いなく王に必要な素質だった。十全でなくても天下を取った者はいる。劉邦だってそうだ。無頼の輩・任侠の親分が大帝国の高祖になった。それに、劉備だって天下ではないがむしろ売りから皇帝にはなった。彼らは皆人の意見をよく聞いて、そして適材適所に配置した。

 

 

 

 そして学校側が必死に作った暗号ともいえる優待者の法則は僅か1時間足らずで突破された。諸葛孔明と椎名ひよりはディスカッションの様にして会話をしながら選択肢を削り、最終的に正解に辿り着いた。脅威のスピードである。才人×才人の頭脳力の勝利であった。

 

「よし、解けた以上はもう恐れる事はありません。こちらには圧倒的な情報量があります。これにより他クラスを翻弄することも容易でしょう」

「具体的な戦略としては?」

「まず他クラスの優待者当てに個別のメールを優待者の発表前に送り、揺さぶりをかけます」

「……いえ、それには少し反対です。孔明君の言う通り、情報量で圧倒することは出来ますが、優待者宛てのメールを送る事は優待者に法則があるという事を他クラスに教える結果になってしまいます」

「…………なるほど。確かにそれもそうか。ありがとうございます」

「大したことではありませんから」

 

 孔明は素直に戦略の見直しを試みる。代替案はすぐに提示された。

 

「よし。では、一気に行ってしまいましょう」

「包囲を組まれる恐れがありますが」

「狙われているのは事実でしょうから、もう遅いのではないかと。龍園君はあっちゃこっちゃに喧嘩を売ってきますから」

「それは……確かにそうかもしれませんね」

 

 椎名ひよりはクスッと笑う。龍園があちらこちらに火を吹いている映像が脳内再生されたのと、孔明のあっちゃこっちゃと言う言い方が面白かったからだ。

 

「そうです、折角図書室で作業をしたんです。もう少しここにいませんか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 孔明は己の配下の機嫌を取るようにそう言う。彼自身も読書は嫌いではない。その場にいながらにして現在過去未来を旅できる装置が本であると思っているからだ。南海の夜は更け行くが、図書室から灯りが消える事は無かった。

 

 

 

 その後龍園は情報を元に全クラスの優待者を指名。一気にBクラスに踊り出る事となる。その背後に孔明とひよりの2人がいたことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

<アルティメット堀北③、怒れる教導者編・IFルートDクラス>

 

 

 高度育成高等学校・職員室。ここには国営のこの学校で働くに相応しいと選ばれた教職員が集っている。クラス担任達は生徒たちと同様に、或いはそれ以上の思いを以てAクラス行きを希望している。ボーナスが出るのだが、それはあくまでもそんなに重要な事ではない。やはり、そこには箔付けが存在しているのだった。

 

 その職員室はやや困惑と動揺が蔓延していた。5月早々0ポイントと言う前代未聞の数値を叩き出した1年Dクラス。素行不良に学業不振。揃いも揃って問題児ばかり。退学者の1人でも出るのではないかと思っていた教員たちの期待はあっさりと裏切られることになる。

 

 平均点は8割越え。最低点でも70点弱。そんな結果に終わった。一応今回の試験は毎年同じと言う過去問救済制度がある。だが、今回のDクラスが過去問を使っていないのは一目瞭然だった。使っているのなら、全員満点も可能だからである。それをしなかった。事実、茶柱が尋ねても誰1人過去問を使っていなかった。

 

 つまりは実力。完全な実力で1年Dクラスはここまでの僅かな期間で実力をつけたことになる。集団カンニングでもしたのかと思うくらいの出来事であった。そして、そんな中茶柱は1人ほくそ笑んでいた。

 

 かつての叶わなかった夢。自身がAクラスに行けなかった雪辱を晴らす機会を窺っていた。今回の試験発表をするのが楽しみだった。それに加え、今回のDクラスは逸材が多い。綾小路清隆に諸葛孔明。この2人に加え、堀北、櫛田、平田、高円寺などポテンシャルの高い生徒も多い。これならば。そう夢想するのも無理はない事であった。

 

 

 

 困惑満ちる放課後の職員室にノックの音が鳴らされる。男性とも女性ともつかない綺麗な声が「失礼します」と告げた。茶柱がこの短期間でDクラスを底上げしたと睨んでいる生徒、諸葛孔明である。扉を開けた彼は、他の教員に目もくれず真っすぐ茶柱の元へ向かった。彼は普段は穏和で礼儀正しい人間だが、どこか様子がおかしい。彼を教えている教科担任の1人はそう思った。

 

 茶柱のデスクの前に立った彼は冷厳な目でやや浮かれ気味の彼女を見下ろした。そこには穏和さも優しさもなく、軽蔑と怒りが籠っていた。

 

「楽しそうだな」

 

 職員室がざわつく。明らかに教師に対する態度ではない。真嶋や星乃宮も顔を思わず上げる。坂上教諭だけは、龍園のせいでため口にも慣れてしまっていたため反応しなかった。余談ではあるが、彼だけ同期ではないせいでこの前も飲み会に誘われなかった。可哀想である。

 

「生徒を苦しませておいて自分は1人浮かれ気分。いい気なもんだな」

「何が言いたい」

「テスト範囲の件だ。それ以外にないだろう。あの場は矛を収めたが、納得したなどと誰も言っていないのだが?」

「お前の口調に対する注意は山ほどあるが、ひとまずは流そう。テスト範囲の件は私が伝え忘れた。それだけだ。以後気を付けると言ったはずだが?」

「……はぁ~つっかえないなぁ。なに、そんな事も忘れてんの?お前、よく教師できんな。いや、それ以前に社会人として失格だろ。忘れっぽいなら手の甲にも書くか手帳でも作れよ、常識じゃないのか?忘れました、ごめんなさいで済むのは相手が立場の弱いガキだからか?会社でやってみろよ、死ぬほど上司とかクライアントの信用失うぞ」

「……」

「だんまりですか、そうですか。まぁ良いです。アンタが元々我々を妨害するというか、ちょっかいかけるつもりで試験範囲の変更を渡さなかったのは分かってるので。変に言い訳されてもムカつくだけなんで、言わなくてもいいです。謝罪とかもいりません」 

「では、何をしに来た?自分の評判を下げに来たのか?」

「いいえ?別にそんな意味のない事はしませんよ。私も暇じゃない。単刀直入に言いますね。今後、何もしないでください」

「なんだと?」

「いや、国語1ですか?そのままですよ。あぁ、勘違いしないで。授業と特別試験の連絡はしっかりしてくださいね。それもサボるなら、校長と理事長相手にアンタの免職嘆願書をDクラス全員で書くから、そのつもりで」

「それが通るとでも?」

「ポイントで買えない物はない。そうでしょう?辞めさせられないにしてもせめて担任持ってない先生に変えて貰いますよ」

 

 事実、ポイントで買えないものは無い。普通はそんなことする必要もないし、前例も無いが、一応存在だけはしている制度だった。トレードも可能である。バラバラな諸葛孔明の口調が、彼の怒りによる若干の情緒不安定さを表しているようだった。

 

「黙っていてくれる、かつしっかり仕事はしてくれるなら、私がクラスをAに上げてやる。だから黙ってろ。簡単な話でしょう?」

「最底辺からAを目指す?……本気で言っているのか」

「私の辞書に不可能という言葉は存在しますが、使う機会は無いでしょう」

「本気、と言う事か……」

 

 はぁ、と心底呆れたような顔で彼はため息を吐く。

 

「はっきり言ってしまえば、この学校の教員は大体クソですよ」

「聞き捨てならない言葉だな」

 

 事実、職員室が剣呑な雰囲気になる。

 

「この学校、実力至上主義なのはわかりましたよ。ですが、元来学校って実力を伸ばすための場所じゃないんですか?入って来た時のスペックで勝負させてどうすんだよって話です。百歩譲ってそれは良いとしても、せめて教師がもっと生徒を導くべきだろ。それもDクラスみたいな連中なら」

「……」

「教師が教えてあげなくて誰が間違いを教えるんですかね?答えてくれます?」

「社会に出れば注意されることも叱責されることも無くなる」

「物忘れしても許されてるアンタみたいにな」

「……実力至上主義を謳う以上、教師の介入は許されない。あくまでも生徒の実力で成長しなければならない。生活態度や性格もそうだ」

「社会ではそうでしょうね。でも、彼らは未成年だ。まだ子供です。私も含めてね。何か勘違いしているのかもしれませんが、ここは学校です。どう取り繕ってもその事実は変わらない。学校とは学び鍛える場だ。同時に未成年を導く場所でもあります。社会の演習になるように小さな箱庭を用意するのも大いに結構。色んな人を集めて縮図化するのも大いに結構。でも、見捨てるのは違うでしょう」

「見捨てる?」

「教師が生徒を放置してる状況を、見捨てている以外のなんと形容するのです?職務放棄とかですかね。いくら最底辺でも、それを放置して良い訳がない。入学させたなら、どれだけ実力至上主義でもしっかり生きていけるようにするのがアンタの仕事じゃないのか?」

「Dクラスは問題だらけのクズが集まる場所だ。そんな奴らを、更生できるとでも?」

 

 バン!と大きな音が響く。机を彼の手が思い切り叩いた。もう片方の手は茶柱の胸倉を掴んでいる。その目には怒りだけが満ちていた。誰かが止めに入らねばならない状況。しかし、誰も動けないでいた。彼の言っていた話が、彼らを動かすのを躊躇させていた。

 

「確かにアイツらはどうしようもない。脛に傷持つ奴、勉強のできない奴、運動神経が絶望的な奴、どっちも出来ない奴、性格が終わってる奴……そんなのばっかりだ。だが、教師がそれを言ってどうする!教師が生徒を諦めてどうする!」

「なん、だと……?」

「あいつらの話を聞いたのか?俺は聞いた。色んなヤツがいたさ。家庭環境で勉強できないヤツがいた。学校のせいで勉強が出来ないヤツがいた。歪んだ教えのせいで性格がねじ曲がってしまったヤツがいた。お前がクズと呼んだヤツらの声に、過去に、お前は耳を傾けたのか?知ろうとしたのか!?」

 

 鋭い声がガラスを震わせる。誰も、息すらできなかった。濃密な殺意と敵意が、職員室を満たす。どっぷりと首元まで、水につかっているような感覚。それが教職員たちを支配した。

 

「どうしようもないかもしれない。それでも、まだアイツらには未来がある。まだ変えられる。人間関係で、家族関係で、勉強で、運動で、いろんなことで見捨てられ、馬鹿にされ、追いやられた奴らを教師が拾い上げないで、誰が拾い上げるんだ!誰が、最後のセーフティーネットになってやれるんだ!?この学歴社会と言いながらもうそれだけでは生きていけない社会の中で、スタートラインでもある学歴を手に入れさせないで、どうするんだ。これからの社会で生きていけるよう、性格を改善させないで誰がさせるんだ!実力至上主義を謳うなら、教師も全力でその実力を以て生徒を導けよ!!」

「お前なら……導けるのか?Dクラスを」

「ああ。絶対に成し遂げてやる。私の教え子で第一志望に受からなかった奴はいない。学歴なんかスタートラインだ。だが、アイツらは今のままじゃあそのスタートラインにすら立てない。だから俺がスタートラインに立たせてやる。そして、その後1着でゴールできる走り方を教えてやる。そうしたら実際に走るのはアイツらだ。俺は、それを観客席から見守る」

「イバラの道だぞ」

「道があるんだろ?歩けよ。事実、今回は高得点だったんだろ?」

 

 茶柱が返事をするまでもなかった。彼女がついさっきまで上機嫌だった理由など察しがつくからだ。

 

「アイツらは俺を教師と呼んだ。教えを乞うと言った。なら俺はそれに応えないといけない。その信頼に報いないといけない。どれだけ周りがアイツらを馬鹿にしようと、蔑もうと、虐げようとだ。おれはアイツらの教師だ。なら、教師が生徒を諦めるなんて出来ない!」

 

 彼はスーツの胸倉を掴んでいた手を離す。茶柱は勢いよく椅子に戻された。

 

「さっき言った通りだ。普通にやれ。それ以外は全部こちらで引き受ける。お前はただ、座っていろ。何も期待しない。何も求めない。だが、もし変わる気があるなら、態度と行動で示せ」

「もし、変わらないなら?」

「だったらせめて、頑張ろうとしている者の邪魔をするな!」

 

 足でドアを蹴り開け、彼はさっさと職員室を後にする。誰も動けなかった。声を発することも出来なかった。色んな生徒を見てきたベテランの教師でさえも、そうだ。実力者は何人もいた。暴力的な生徒だって同様だ。それでも動けない怖さを彼は持っていた。そして、その言葉には心が入っていた。だからこそ教師たちは自戒するしかなかった。己は果たして教師と名乗れる姿をしているのか、と。

 

「実力至上主義を謳うなら、教師も全力でその実力を以て生徒を導けよ!!」という叫びが、いつまでも彼らの頭の中で木霊していた。




やめて!諸葛孔明の策略と活躍で、綾小路清隆が人間味と真の強さに目覚めたら、何もかも失った挙句死体蹴りまでされた坂柳の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで坂柳さん!あんたが今ここで倒れたら、大好きなお父様との約束はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、孔明に勝てる(かもしれない)んだから!

次章、「坂柳死す」。デュエルスタンバイ!


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6章・愚か者は自分を賢いと思い、賢いものは自分が馬鹿だと知っている
36.革命家


ペーパーシャッフル編です。ただ、Aクラスは殆どすることがありませんね。また短い章になりそうです。


政治、すなわち手段としての権力と強制力に関係する人間は、悪魔の力と契約を結ぶものである。

 

『マックス・ウェーバー』

――――――――――――――――――――――――――

 

<暗闘>

 

 

「緊急のお呼び出しにも拘わらずご参集頂き感謝申し上げます」

 

 中央軍事委員会連合参謀部情報局。人民解放軍の情報部とも言うべき組織。アメリカならばCIA、イギリスならばMI6に例える事が出来るであろう。厳密にはここの所属では無い物の、同じ情報機関の頭の要請に、応じない訳にはいかなかった。それに、今の時代はリモートでの会話が可能である。パソコン1台あれば会議は容易だった。

 

「諸葛少将、手短に」 

 

 退役間近の局長が言う。上将(大将相当官)を務めるベテランの老人だった。半世紀近く年の離れた者同士の会話だ。

 

「実はつい先ほど、少しばかり気になる情報を入手しました」

「お前の管轄、日本のか?」

「はい。私の記憶が正しければ、李上将閣下には私の赴任前に日本に関するお持ちの情報を頂いたと記憶しておりますが」

「その通りだ。不備でもあったのか」

「その中には国内に存在する宗教結社、秘密組織、左翼ゲリラ、右翼団体等数々の組織・結社についても記録されていました。ただ、今回そこに載っていなかった組織らしきものを発見致しました。その名はホワイトルーム。名前しか分かりませんが、確かに存在しておりかつ国民には内密の機関であると思われます」

「儂は知らんな。おい、林中将。貴官が日本担当の責任者であったはずだ。掴んでいなかったのか」

「…………」

 

 林と呼ばれた小太りの男は画面越しでも分かる青白い顔をしている。

 

「林閣下、失礼ながら……貴官の身辺調査をさせて頂きました」

「な、何の権利があって!」

「我々は粛清機関の役割も持っている。お忘れか?」

「いや、忘れてはいないが……私は潔白だ」

「いくつもの地点を経由して、日本から毎年かなりの高額が振り込まれているようですね。暫く泳がせて置こうと思っていましたが、この際はっきりさせてしまいましょう」

「し、知らん。知らんぞ!」

「綾小路という名に聞き覚えは?」

「誰だそいつは!」

 

 叫んではいるが、明らかに動揺している。名前を出した瞬間にその動揺はもっと激しくなった。

 

「そうですか。お話頂けないとは残念です。上将閣下、如何しますか」

「疑わしきは、罰せよ」

「承知しました。林中将、地獄でお会いしましょう」

 

 プツンと林の通信が切れる。画面には李上将と諸葛孔明だけが残っていた。

 

「後でヤツの資料は調べさせよう。処分はしていないだろうからな。大方、握りつぶしているのだろう。部下から聞き出せばいい」

「分かりました。早急にお願いします」

「勿論だ」

 

 通信は途切れ、諸葛孔明は精神を切り替えて体育祭の打ち上げへと向かう。彼が旧友と飲み食いしている最中、中国国内で急発進しようとした車が爆発炎上する事件が発生した。白昼堂々の事故でありながら、目撃者も報道も無く、翌日の新聞の人事欄で小さく中央軍事委員会連合参謀部情報局の人事異動があった事のみが発表された。13億人の大国は、今日も平和に動いている。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 演説と言うのはえてして退屈なものだ。喋っている方は楽しいのかもしれないが、聞いている方は暇である。それが、興味のない内容なら尚更。軍人と言うのは指導者様の演説をジッと不動の姿勢で聴かねばならない。あれはかなり苦痛だ。1つだけ良い事があるとすれば、大体ああいう演説会や閲兵式を狙ってテロしようとする集団を叩く仕事をしていたから並んでいる一般兵士のような事は殆どしたことがないという事のみ。

 

 体育祭も問題なく終わった10月中頃。生徒会関連のイベントが発生していた。この前、葛城から連絡があり、どうも同じ堀北派として動いていた一之瀬の様子がおかしいと言われた。南雲に嵌められたのか、本人が選んだのかは分からないが、十中八九前者だと思っている。しかし、このタイミングは非常にいい時期だ。上手くやったと思う。

 

 契約は堀北会長の指示に従う代わりに生徒会入りをするというものだった。この契約は堀北会長がいなくなってしまった以上、実質的に効力を失う。万が一離反した際のペナルティが解任だったが、このタイミングでなら堀北会長は既に人事権を喪失している。解任はさせられない。あの時したもう1つの方、過去問の契約はまだ生きているが、それには違反していない。こちらから彼女にアクションは起こせない。暫くは泳がせておくしかないだろう。

 

 それに、南雲と手を組むほど追い詰めさせたのはこちらに原因がある。少しやり過ぎたようだ。反省する必要はあるだろう。

 

「それでは、堀北生徒会長より最後のお言葉を賜りたいと思います」

「約2年、生徒会を率いて来られたことを誇りに思うと同時に感謝します。ありがとうございました」

 

 短すぎる言葉を言い、足音すら立てずに戻って行った。そして、生徒会メンバーの名前が発表されていく。中には我らが葛城の姿もあった。Aクラスからの偵察兵である。頑張って絶対思想の合わない南雲と仲良くして欲しい。彼ならそつなく立ち回れるだろう。

 

「堀北生徒会長、今までお疲れ様でした。それではここで、新しく生徒会長に就任する2年Aクラス南雲雅君より、お言葉を頂戴いたします」

「2年Aクラスの南雲です。堀北生徒会長、本日まで厳しくも温かいご指導のほど、誠にありがとうございました。歴代でも屈指のリーダーシップを発揮した最高の生徒会長にお供できたことを光栄に思うと共に、敬意を表したいと思います」

 

 本心はどうであれ、しっかりとするべき儀礼行為はした方が良い。そういうのを大切にしないと、思わぬところで足をすくわれる。TPOというやつだ。

 

「改めまして自己紹介させて頂きます。南雲雅です。この度、高度育成高等学校の生徒会長に就任させて頂くことになりました。どうぞこれからよろしくお願い致します」

 

 詐欺師は礼儀正しい。これも世界の鉄則だ。何故かと言われれば簡単な話で、信頼を得ないといけないからだ。相手の懐に入り込んで騙すには、まずは外面が良くないといけない。暴力的だったりアホそうな相手の話に一般人は乗らない。

 

「早速ではありますが、まず始めに、私は生徒会の任期と任命、総選挙のあり方を変更することを公約します。堀北前生徒会長が、例年12月に行われていた総選挙を10月に変えられたことは1つの試みだったと思います。早い段階で次の世代に移れるようにした配慮は一定の効果を生み出しました。そこで新しい生徒会は新たなステップへと踏み出す時期と判断し、生徒会長及び生徒会役員はその任期を在学中無期限とし、卒業まで継続できるように変えていきます」

 

 共産党じゃん。これ、ウチの党じゃないか。在任期間無期限とかまさにそれだろ。独裁者のテンプレート。祖国は好きだし、私は漢民族のアイデンティティを持っている自覚はあるが、党は死ぬほど嫌いである。あの忌まわしき我が祖父が共産党だからだ。

 

「同時に総選挙の制度と規定人数の制限を撤廃し、生徒会役員を常に受けいれられる体制を作り上げて参ります。つまり優秀かつ必要な人材はいつでも、そして何人でも生徒会のメンバーとして活動できるようにしていきます。万が一、任期中不適格だと判断された人材がいれば、会議にて多数決を行い、それをもって除名する規約も作ります」

 

 一見良い事を言っているように見えるが、問題は最後の不適格云々のところだ。ただ、攻略法はある。多数決なら会長を放り出すことも制度上は可能と言う事だ。まぁなかなか厳しいだろうが……。自分の意に沿わない人間を排除できるんだぞと脅せる仕組みになっている。逆にイエスマンは必死に取り入ろうとするだろう。

 

「これを手始めとし、ここに集まっている生徒、先生方、そして前生徒会長の率いた生徒会の皆さんに宣言させて頂きます。私はこれからの学校作りとして……まずは歴代の生徒会が守ってきた、こうあるべきという学校の姿を全て壊していくつもりです!」

 

 伝統が伝統である理由を理解していないのがまるわかり。面倒なことになった。壊すのは誰でも出来るが、建設するのは難しい。それを理解しているのだろうか。

 

「本来なら、今すぐにでも私の考える新体制として動き出したいところなんですが、残念ながらそうもいきません。新米生徒会長には色々としがらみも多いもので」

 

 堀北会長留年して、ずっとしがらみでいてくれないだろうか。思わずそう思ってしまう。絶対来年以降狙い撃ちされるのウチのクラスじゃないか。嫌だなぁ。坂柳に面倒な部分だけ全部押し付けたい。

 

「近々、大革命を起こすことを約束します。実力ある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に。この学校を真の実力至上主義の学校に変えていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 最初のは良いと思う。例えば、堀北(妹)はコミュニケーション能力に多大な問題を抱えている訳だが、あれが改善されたら一角の人物にはなるだろう。そうなった時、結局卒業まで他の生徒に足を引っ張られ続けました、と言うのはやや可哀想である。スタート地点がDクラスでも、内省し改めてもなおそうしない、もしくは出来ない多数のせいでどうにも出来ないのは問題を指摘できるポイントだろう。

 

 例えば、現実社会でも転職という手段があるように、2000万ポイント以外にも何らかの方法(現実社会での入社面接など)を経れば上に行けるようにしても良いとは思う。と言うか、転職には2000万もいらない。

 

 もしくは、クラスで人事評価をつけてそれを元にポイントを決めるとかだろうか。そうすればもっと努力する生徒は増えるだろうし、クラスのせいで割を食っている人間が報われるかもしれない。連帯責任と言ってしまえばそうなのだが、現実社会ではその泥船から抜け出す事が出来る。ここではそれが容易に出来ない。

 

 ただ、実力のない人が下に集められているだけでは絶対に破綻する。なんだろう、スラムツーリズムかなんかだろうか。人間は自分より下の人がいると安心する。その性質を使い、差別階層を作って社会を維持することは可能だ。倫理的問題が山ほどあるが、出来無いわけではない。共産主義は嫌いだが、その平等性は評価している私には認められない思想だ。

 

 クラスで団結できるところに利点がある。集団行動を学び、色んな能力を結集して勝つ。集団で勝つとは単に数の暴力で押し切る事ではない。こういう個性を集めて1つの大きな武器にすることだ。だから私の配下は個性の塊みたいなのが多い訳だし、今の環境下でも龍園のように支配はせずにかなり自由にしている。合議制にしているのも色んな意見を出して多角的に判断するためだ。

 

 

 

 冷めた目で壇上の自称革命家を見る。これを革命家と呼ぶのは革命家に失礼か。レーニンやゲバラに謝った方が良いかもしれない。2年生は歓声をあげている。教祖の勝利宣言に酔ってる信者のようだ。これが日本の最高峰……?中華の未来は明るいと報告しておくとしよう。

 

「最後に1つ、主に下級生に向けた伝達があります。先ほども言ったように、これからの生徒会の目標は真の実力至上主義です。その中で、勿論色々な意見が出るでしょう。反対意見を持っていたとしても、生徒会は実力者の入会を歓迎します。大いに激論を交わそうではありませんか。それに年齢は関係ありません。どうぞ、いつでもかかって来て下さい。以上です」

 

 彼の目は完全に冷めた目の私をガン見している。迷惑だなぁ。私に生徒会入りの意思はない。誰がアイツの下で働くものか。せめて雇い主くらいは選ばせて欲しい。今はAクラスが私の雇い主だ。

 

 体育祭で闘志に火を付けてしまったのかもしれない。本当に面倒なことになってしまった。少しばかりあそこで勝利したことを悔やんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、彼が改革を叫んだところで一朝一夕で何かが変わるわけではない。いつも通り流れにそって日常は進行し、定期テストが行われた。ここでは多少の順位変動が起こる。普段は中くらいの生徒も、体育祭での得点によって上に上がっていたりした。特に点数を必要としない生徒はポイントに換算している。

 

 私の成績なんてどうでも良い。基本ずっと1番上にいるんだから。坂柳も同率だが、残念なことにテストでは100点までしか測れない。自分の事よりも大事なのは教えている生徒の事だ。書かれている名前の中から神室真澄を探す。上から10番目に入っていた。確かに体育祭ではかなりの競技で1位をかっさらっていたのでそういう結果にもなるだろうとは思っていたが、それでも素の点数が低くては90点以上でないと入れないトップテンにはランクインできない。順調に成績が伸びているようで助かった。最初は最下位の方をうろうろしていたのだから。そして悲しき不名誉な最下位は戸塚。彼はなぁ……うん。見下しているCクラスやDクラスの生徒の1部に負けていることを反省した方が良い。堀北の方が頭は良いぞ。

 

「平均点においてもAクラスは安定の学年トップだ。慢心することなく勉強を続けているようで何より。これからも精進するように」

 

 先生のありがたいお言葉である。先生だってそういうところで競い合っていたりするのだろうから、自クラスが問題ない状況なのはありがたいのだろう。

 

「さて、既に各教科の先生方から繰り返し聞かされているだろうが、来週期末テストへ向けて10科目の問題が出される小テストを実施する」

 

 テストの次にまたテスト。何回もやるのは疲れる。またカリキュラムを組んで教えないといけない。まぁもっと凄い勢いで真澄さんの成績を伸ばす方法もあるのだが、それをやるほど緊急性がないので今はゆっくりやっている。それに、英語や国語(特に日本語力)は大学以降でも通じるものを教えてるつもりだ。最終的には海外大学でも平然と過ごせるような感じになって貰いたい。日本の英語はリーディング中心なので、それ以外も教えているためかなり時間がかかる。

 

「この小テストは全100問の100点満点。内容は全て中学3年レベルの問題で成績には一切影響しない。0点だろうと100点だろうと取って構わない。と言ってそのまま受け取る者はもういないだろうがな。その小テストの結果に基づき、クラス内の誰かと2人1組のペアを作り、そして次の期末試験はそのペアが一蓮托生で挑むことになる」

 

 ルールとしては、

 

・試験は5教科10科目の各100点満点、各科目50問の合計500問、1000点満点。

 

・各科目でペア同士の点数を合計して、60点未満なら赤点となり2人とも退学。

 

・総合点もペアで合計して、学校が設定したボーダーを下回れば赤点となり2人とも退学。ボーダーは例年だいたい900点前後。

 

 1人当たりの必要点数は45点か。まぁそれなら普通に突破できるだろう。例年退学者が出るそうだが、このクラスの最低点の戸塚ですら60点前後をキープしている。いわんやそれより上位者をやだ。ペーパーシャッフルと呼ばれる試験名である事も発表される。今のところシャッフル要素は無いが、きっとまだ発表されていない部分にその名前の由来があるはずだ。

 

「では、残る説明事項について話す。日程は期末試験は1日5科目で2日に分けて行われる。科目の順番もまた後日発表となる。ただし、勿論科目順に左右されないように勉強する事が肝心だ。万が一、体調不良で欠席する場合は、学校側が欠席の正当性を問い、やむを得ない事情が確認できた場合には、過去の試験から概算された見込み点が与えられる。がしかし休むに該当しない理由であった場合、欠席した試験はすべて0点扱いとなるので注意するように。なので、体調管理に気をつけることだ」

 

 相方が100点を取りまくってくれれば生き残れるだろうが、そうでないと厳しいだろうな。

 

「ペアの決定方法は小テストの後に発表する。そしてこの試験の神髄はここからだ。期末試験では出題される問題をお前達が作成し、その問題を他の3クラスのどれかに割り当てる……つまりどれか1クラスに対して攻撃を仕掛けてもらう。お前達と相手のクラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスから50ポイントを得るというルールになっている」

 

 お、来たぞ私の時代。よし、では早速東大入試の過去問から引っ張ってくるとしよう。

 

「また、直接対決になった場合は1度に100ポイント移動する。また滅多に無いとは思うが、総合点が同じの場合ポイントは変動しない。さらに、提出された問題は我々教員が公平かつ厳正に審査する。指導要領を超えていたりよほど引っ掛けが悪質な問題等はその都度修正が指示され、そのチェックを繰り返すことによって問題文と解答を完成させていくことになる」

 

 言ってくれるじゃないか。私が指導範囲内でクッソ難しい問題を作れないとでも?選択肢を長くしたりするなど、対応は幾らでも出来る。簡単な単語しか使っていないのに難しい英語のテストだってこの世界には存在しているのだから。

 

「問題を作る際の方法には特に制限は存在しない。他クラスや他学年の生徒を頼ろうが教師に相談しようがネットを参考にしようが、全てお前達の自由となっている。万が一問題作成が間に合わなかった場合学校側が用意することになるが、難易度がかなり低めになるだろう。そして肝心の相手クラスがどこなのかだが、お前達が攻撃したいクラスを私に報告し、その際別のクラスと希望が被った場合は代表者を呼び出してくじ引きを行う」  

 

 ここだけ随分と古典的なやり方になった。

 

「逆に指名が被らなければそのまま確定し、そのクラスに問題を出題する。どのクラスを指名するかは小テストの前日に聞くので、慎重に考えて決めるように。質問がなければ説明を終了する」

 

 そしてその日の授業は終了し、放課後に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大手を振って何か試験の際に前に出れるのは案外楽なものだ。こういう立場になってから気付く。一々推戴を待っているのは手間がかかる。こうして何も言わずとも私が指揮を執るのが当たり前になっている環境と言うのはかなり楽なのだ。反発する声も無い。坂柳がやや不安だが、現状出来る事など何もないに等しい。暫く泳がせておいて、決定的なところで捕まえれば良いだろう。

 

「ペアの組み合わせは大方予想が付きます。恐らく、小テストの1番上と1番下がペア、のように上の人と下の人が組み合わさって行くのでしょうね。でなければ、例年もっと退学者が出ていてもおかしくはありませんから。尤も、このクラスにボーダーを下回ってしまうような生徒が存在するとは思えませんが。それでもどうしても不安という生徒は相談に来てください。2名限定ですが、小テストで0点を取って貰います。そうすると、私か坂柳さん辺りがペアになるので、問題なくクリアできるでしょう」

 

 そんな奴いないと思うが、まぁ一応そういう措置もあるよ~とちらつかせることで安心感を与える。誰だって大丈夫と思っていても退学は怖いものだ。小さな不安でも、取り除いておくことがパフォーマンスを向上させることに繋がる。

 

「問題はどこのクラスを攻撃するかという事です。選択肢は3つ。では、意見を募りましょうか。はい、葛城君」

「俺はDクラスを攻撃するべきだと提案する。Dクラスにも成績優秀な生徒は存在しているが、その大半はやはりお世辞にも成績上位者とは言えない。攻撃するならば最も安全な相手だと言えるだろう。平均点的にはさして差のないBクラスはこちらを攻撃する可能性が高いと言える。ならば、下位クラスを狙って最悪の場合でも±0に抑えるべきだと思うが」

「なるほど。確実な勝利を目指すのであれば、最適解と言えるでしょう。では他に何か……はい、坂柳さん」

「私はBクラスの攻撃を主張します。Cクラスの龍園君はDクラスにご執心。Dクラスも目下の敵はCクラスである以上、下位2クラスは相争うのは見えています。で、あればこそ上を目指して攻撃してくるであろうBクラスを叩き、一気に100ポイントを得る。これが至上では無いでしょうか」

「リスクはありますが、その分得るリターンも多い作戦ですね。他に何かアイデアは?……無いようですね。分かりました、では多数決と行きましょう」

「それで問題ないのか?諸葛の考えもあるだろう」

「う~ん葛城君の言うように私の考えはあるんですが、今回は私は別にどこのクラスを攻撃しても構わないと思っています。それに、このクラスはどこのクラスに攻撃されても問題ない学力帯にいると考えていますので、極論何でも良いんです。皆さんの意見に従いますよ。では、多数決と参りましょう」

 

 決を採った結果としては、39人中Bクラスを攻撃が20人、Dクラスが19人。僅差でBクラスとなった。不安要素は消しておきたいのと、一気に点数を突き放したいという気持ち、さらにはCとDが不俱戴天なのは有名な話だ。下は下で足を引っ張り合ってくれと思っている生徒の多い事を意味する。

 

 こういう結果にはなったものの、葛城としてはそれならそれで良いようだ。あくまでもリスクを考えての提案であったのだろう。攻撃的な作戦立案は坂柳に任せ、自分は保守的な作戦立案に徹する。意見を複数出すことに意味があると言うこの制度の本質をしっかり理解してくれていると思って良いだろう。

 

「では今回の試験ではBクラスを指名することになりました。ただし、勿論予想が外れ、被ってしまう可能性は存在しています。その際は抽選で勝てる事を祈っておいてください。これからの皆さんの身の振り方ですが、今日はこのまま帰っていただいて構いません。明日以降はまた別途ご連絡します。また、特定の方にテスト問題のサンプル集めのために問題回答の御協力をお願いすることになるかと思います。具体的には今回の定期テストでトップテンに入っていた方になるかと。お忙しい中ではあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 全く申し訳ないとは思っていないが、頭を下げた。これで問題は無い。後は自分で問題を作ればいいのだ。問題を作り、サンプルとして優秀な人間に解かせ、難易度を測る。難しすぎるなら簡単にするなどの措置が必要だろう。

 

 元より私の仕事はなるべくこの学年の全員の実力を把握すること。これまでは主にAクラスと他クラスのリーダー格の実力調査に傾けてきたが、これからは次のフェーズに入る。なので、出来るだけ退学して欲しくない。この学校には優秀でない人間も一定数いる。どうしてもっと優秀だったはずの受験生を振り落とし、そうでない生徒を入れたのか。その基準は何なのか。それを知りたいのだ。なので、Bクラスから退学者を出すつもりは無い。半分くらいは普通の問題にしてあげようじゃないか。

 

 ただ、南雲陣営に寝返った事への皮肉くらいは込めてあげよう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「それで、私にどうして欲しいんですかねぇ、櫛田さん」

 

 体育祭が終わった後、龍園と組んで堀北を嵌めようとしていた櫛田だったが、あっさりとその罠をDクラスの、恐らく十中八九間違いなく綾小路に看破され、逆に醜態をさらす結果になった。確かに私が彼女を綾小路に売ったのは事実だが、ちゃんと契約していなかった方が悪いと思う。なので、私に罪悪感は一切ない。

 

「諸葛君のせいで……!」

「私のせい?元はと言えば、貴女の迂闊な行動のせいでは?Dクラスの何名かは、貴女が裏切り者であることに薄々感づいていましたよ。私に聞いたのは、最後の確認のためですよ」

「もうこの際それはどうでも良いの!誰にも言ってないでしょうね!?」

「何をです?」

「全部よ!」

 

 ヒステリックに彼女は叫ぶ。そんなに体面が大事なのか。承認欲求を満たすために良い人を演じているのだろう。それには敬意を表するが、この醜態を見るとそれも消えそうだ。

 

「言っていませんよ。必要性を感じなかったので。遅かれ早かれ、貴女のそれは暴露されるでしょうからね」

「そんな……」

「堀北さんは貴女を追い出す気は無いようですね」

「……は?」

「退学させる気があるのなら、貴女の本性や裏切りの事実、過去の出来事を全部洗いざらい話すでしょう。証拠もある今なら、容易だ。でもそれをしていないという事は、彼女は貴女を必要としている」

「……」

「諦めたらいかがですか」

「諦める?そんな事、出来る訳!」

「先ほども言ったように堀北さんは黙っていてくれると思いますよ。恐らく墓場まで。しかし、滑稽な話ですね。承認欲求に踊らされる貴女の真の理解者は、うわべだけしか見ていない他の誰でもなく、貴女が蛇蝎の如く忌み嫌っている堀北さんだなんて」

「うるさい!」

「ご忠告申し上げておきますがね。早くどうにかした方が良いですよ。でないと、全てを失うことになるでしょう」

「あんたの言う事なんてもう信じないから」

「そうですか」

「誰にも言うんじゃないわよ」

「先ほども言いました。今はそうする時ではありませんし、そうする理由もない」

「……絶対いつか退学させてやる」

「頑張って下さいね」 

 

 荒々しく彼女は去って行った。Dクラスは内憂外患。大いに大変だろうが、これをどう御するかで今後が変わって来るだろう。綾小路と堀北のお手並み拝見と行こうじゃないか。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

<要求>

 

ホワイトルームに関する情報は入ったか?

 

<返答>

 

現状人員を大幅増員して調査中。林元中将の秘匿していた情報も入ったが詳しい所在地や構成員までは不明。ただし、綾小路清隆に一切の公的機関利用歴並びに受診歴がないため、その存在はほぼ確定的。引き続き大至急で調査を続ける。




<テストです。皆さんも解いてみて下さいね?なお、ガバガバなので間違ってたらごめんなさい>

以下の英文を読み、空所に入る正しい選択肢を4つの内から1つ選び、記号で答えなさい。

Yoshiaki promised to go shopping with Masumi. However, having stayed up late the night before, he was late for the appointment.

Masumi:「You are 30 minutes late (1) your appointment. I think you have something to say to me.」

Yoshiaki:「Sorry」

Masumi:「You should be thankful (2) I was your rendezvous.」

Yoshiaki:「Please don't be so angry. It doesn't mean that I have forgotten my promise to you.」

Masumi:「This time I forgive you.」

Yoshiaki:「Thank you!」

Masumi:「Come to think of it, what's the difference between a promise and a contract? Contracts are something we do a lot in this school, but I don't think we see them all that often around us.」

Yoshiaki:「No, it's not. (3), let's say you and I get married.」

Masumi:「!?!?What are you talking about!?」

Yoshiaki:「It's just for example. Marriage is also a contract. A marriage certificate can be described as a contract, although people may not be aware of it.」

Masumi:「Hence we have to pay alimony when we cheat.」

Yoshiaki:「That's right. I think there are many differences between a promise and a contract. The easiest way to explain the difference among them would be the difference in severity.」

Masumi:「What do you mean (4) severity?」

Yoshiaki:「Promises are often not legally binding even if broken. But contracts often involve the law. That's just my opinion.」

Masumi:「Surprisingly vague.」

Yoshiaki:「It's hard to explain (5) detail. Even if there are any differences, they are both important. If you want people to think you are a respectable person, you should keep your contract.」


(1) a; for b; on c; to d; at
(2) a; what b; which c; that d; as
(3) a; If that's the case b; For example c; Even so d; At the same time
(4) a; in b; to c; by d; that
(5) a; to b; on c; at d; in


諸葛孔明作で実際にBクラス向けに作られた英語の問題の最後の大問がこれです。一之瀬さんは(特に最後の台詞を読んで)顔面蒼白だったそうですけど、何ででしょうね?答えは次回!


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37.夢

前回の答えは……a/c/b/c/dが正解です。

<解説>

(1)は、真澄さんが「遅れてるんだけど?」と言ってるシーンです。30分という数字と何なら上の序文に大ヒントがあると言うね。late forで『遅れる』という意味になります。中学生でも上手くやれば解けます。

(2)は、真澄さんが意訳すると「私が待ち合わせ相手で良かったわね?」と言っています。thankful thatで『(…ということを)感謝して』という意味になります。

(3)は、真澄さんが「身近に契約ってあんまり無くない?(意訳)」と言ったのに対し、「そんな事ない」と返し、その後に結婚の話が例示されています。そして、驚いている真澄さんに「たとえ話だよ」と言うシーンで、「It's just for example.」と言っているので、『例えば』という意味のFor exampleが正解です。

(4)は、真澄さんがseverityってどういう意味?と聞いているシーンです。What do you mean by...?で『~って何?』や『~ってどういう意味?』というニュアンスの慣用表現になります。

(5)は、孔明が契約と約束の違いについて簡単な考えを述べ、それに対し真澄さんが「結構曖昧なのね」と言ったので、「詳しく説明すると大変」と述べたシーンです。in detailで『詳細に』という意味の副詞になります。

<ポイント>

最後の(5)がラストの台詞にあるのは、最後の台詞をしっかり読ませるため。空所補充は単語などの知識と、前後の文から意味を推測してあっている前置詞などを入れるのが大事になります。ただし、あまりにも遠いと関係ないので読まない可能性がありますのでね。

あと、最後の台詞。意訳すると「もし立派な人だと思われたいのならば、あなたは契約を守るべきだ」という意味になります。ただし、文的にはここの人称代名詞はweの方が相応しい。何故ならここでは真澄さんと孔明の会話であり、youだと真澄さんを指してしまいます。真澄さんは時間を守っている方なので、守っている人に遅刻した人が契約を守るべきというのも変な話。つまり、このyouが指すのは……?頭の良い人だから気付ける皮肉でした。


勉強の苦しみは一瞬であるが、勉強しなかった後悔は一生続く

 

『ハーバード大学』

―――――――――――――――――――――――――

 

 小テストが実施される。問題自体は凄く簡単だ。それもそのはず、中学範囲なのだから。決して中学範囲を馬鹿にする意図はない。中学の基礎が出来ていないと、高校の勉強は基本全く意味をなさないと思って良いだろう。勉強とはピラミッド。基礎が脆ければ、上にいくら積み上げても崩れてしまう。

 

 とは言え、そんな基礎が無い人間が果たしてAクラスにいられるかというと否である。故に、このテストは普通に解けて当然なのだが……なのだが……満点じゃない人が結構いるのは何なんですかね。こ~れは少し問題だ。勿論、ケアレスミスは仕方ない。人間だれしもミスはある。ただ、明らかにケアレスミスではないよねと言う点数の人もいる。ガックリきてしまった。

 

 クラスの指名は一切被る事は無かった。Bクラスは直球勝負でAクラスを指名し、こちらもまた指名し返した。Dクラスは櫛田という裏切り者を抱えながらもCクラスを指名。当然のようにCクラスもDクラスを指名し、争うことになる。

 

 今回の小テストで1つ良かったことがあるとすれば、真澄さんは満点だった。良し、これで良し。中学の基礎が脆くなりかかっていたのに春ごろに気付けたため、そこを重点的にやってきた甲斐があった。基礎は完璧になっている。専属講師をしているのだからその分はしっかりとって貰わないと困る。正直、金をメッチャ貰ってるのにろくな仕事してない予備校とかに比べれば大分いい仕事しているつもりだ。

 

 そして私のペアは当然のように戸塚である。いまいちやる気が起きないのは何故だろう。可愛そうなのでそれは言わないであげる事にした。でも事実は事実なのだ。

 

 

 

 

 

 難易度調整と問題の順番などを考えるために、プレテストを作った。最初なのである程度難しくしてある。当社比で10段階中10を最高とすると7くらいにした。難易度としては私立トップ大学、もしくは国立のトップ大学レベル。満点取れれば今すぐ東大受験と言うレベルだ。Aクラスでどれだけとれるのか。それを知りたかった。もし、これで散々な結果だった場合、難易度を大幅に下げないといけない。問題構成はもうほとんど決まっているので、後は本当に難易度だけなのだ。

 

 しかし、1問2点と配点が決まっているのが面倒くさい。記述式の回答が出しにくくなっている。例えば、単語や用語は書かせられるが、世界史の記述や英語の和訳問題はかなり出しにくい。まぁ1問2点でも容赦なく出題はするが、例えば200文字で記述せよとかを出せないので辛い。これが許可されるならば、日本史や世界史は1問25点×4題で全て記述式って言う問題形式にしていたのに。

 

 嫌がらせなんて幾らでも出来る。しかも、怒られない範囲で。例えば、選択肢の文を長くすればいい。現に、現代文の選択肢は凄い長くしてある。それに難易度だってそうだ。簡単な問題ではなくすんごい難しい問題を最初と最後に持ってくる。すると、どっちから解いても難しく、時間をロスさせられる。簡単な単語だけれど覚えていないだろうところを突いたり、資料集の隅っこから引っ張り出してくるなんてことも容易だ。

 

 英文法の方は結構色々あるが、読解の方は全部長文だけにしてある。しかも、出典は小説や私の作った適当な論文。内容は国際政治学や中国史。私の専門分野だ。小説を多く使用しているのは、論説文だとテクニックを使ってあっという間に解けてしまう方法があるからだ。小説はそれが使用できない。ほぼ全部読まないといけない。内容は『風と共に去りぬ』や『1984』など。そんなに難しくはないと思うのだが、どうだろう。英語の名言を使用して、意訳力や日本語力を求めたりだってできる。当然問題文は全て英語にしてある。センター試験リスペクトだ。

 

 数学も証明のプロセスを選ばせたりしているが、まぁこれは序の口。結構時間のかかる上に計算のプロセスが難しい計算問題をひたすらほぼ羅列している。それで問題の大半は埋まり、最後のページは文章題。これだってそんなに簡単な問題ではないつもりだ。

 

 それ以外にも現実のテストで使われている各種ギミックを多用して、とにかく時間がかかる上に難しい。そして引っかかりやすい問題にしてある。ただし、落ち着いて解法テクニックを用いれば終わらないという事は無い。点数もギリギリラインを超えられるようにはしているつもりだ。ただ、このギリギリはあくまでも個人の感想なのでプレテストが必要なのである。

 

 まぁでも、科挙よりは簡単でしょう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 生徒会室。そこにあったかつての質実剛健な雰囲気は一掃され、新体制に相応しいかはともかくとしておきつつ、南雲雅の手によるレイアウトになっていた。

 

「攻略の目途はついたか?」

「ペアの法則はわかりました。でも、問題作成は……」

「あぁ、気持ちはわかるぜ。腐ってもAクラスだ。学力レベルはどうしてもBクラスより高くなっている。少しの差だが、その差が今は恨めしい。そうだろう?」

「……はい」

 

 一之瀬帆波は協力を仰いだ南雲によってこうして呼び出されていた。彼女の顔は暗い。クラスのために手を結んだとは言え、それは大いなる裏切りだ。そして、彼女は自分自身の過去から真っ当でいようと思った。だからこそ後ろめたさがある。クラスの為と大義名分を打ってはいるが、それでも隠しきれるものでは無かった。しかし個人的な感傷とクラスの行く末は関係のない事。諸葛孔明を倒すには、なんであれ使わねばならない。それは、無常なる事実だった。

 

「まぁ任せておけ。今回の問題、2年生の優秀な奴らを集めて作らせている」

「それは……」

「問題は無いはずだぜ?説明の時に言われただろう。問題作成の方法は問わないってな。だから上級生に作らせるのだって問題ないはずだ」

「そう、ですね。ありがとうございます」

「気にするな。俺も諸葛は潰したい。その為の布石だ。今回退学者は出なくても、Bクラスに敗北したとなればアイツの求心力も下がるだろうからな。まだ時間はかかるが、提出期限までには余裕をもって作成できる。出来次第お前のアドレスに送信するから、それを提出しろ。良いな?」

「分かりました」

「必要なら教えるのが上手い奴も貸してやる。勝ちに行け。それと、もう1つやって貰いたい事がある」

「何でしょうか……?」

「諸葛と俺は接点が少ない。それは情報が少ないという事も意味する。方法も量も問わないが、諸葛を観察しろ。些細な事でも良い。情報があれば教えろ」

「偵察、という事でしょうか」

「言葉はこの際どうでも良いが、まぁそう言う風に言う事も出来るだろうな」

 

 一之瀬は一瞬だけ逡巡したものの、力なく頷いた。満足そうに頷き返し、南雲は一之瀬を退出させる。契約破りに偵察行為。明確な敵対行動だが、それでも南雲は諸葛孔明が一之瀬帆波を退学にさせる事は無いだろうと踏んでいる。その理由としては、やる気ならもうしているだろうと思っているからだ。南雲は傲慢だが、相手の実力は認めている。堀北前会長しかり、そして孔明しかりだ。

 

 故に、やろうと思えば初期段階で一之瀬の信頼を得てから依存状態にさせ、肝心な局面で手ひどく裏切り絶望させ追い詰める事も、彼女の隠している秘密を自ら教えるように仕向け、それを暴露することも孔明には可能だと考えている。そして、幸か不幸かそれは事実だった。南雲の恐れるのはAとBの合併である。BクラスがAクラス行きを放棄して、優雅な学生生活に舵を切り、なおかつ一之瀬の孔明に対する感情が一定値を超えて万が一にも恋人関係などになられた日には南雲にとっては悪夢である。AとBを同君連合下に置かれては、さしもの南雲もやりづらい。1年Dは代表者はあまりはっきりしておらず、Cの龍園は絶対に南雲とは相いれない。だからこそ、一之瀬を孔明から分離させる必要があった。

 

 だが、ここまでしてもあくまでも彼の本命は堀北学前生徒会長。彼を倒すのが至上命題である。敵わないかもしれないのは分かっているが、それでも挑みたかった。そして今Aクラス近辺に少しずつ介入しているのは1年の中に駒を作る目的と来年諸葛孔明と全面対決をすることになった際への布石の目的がある。

 

 その為に坂柳と言う不穏分子を動かした。南雲は実際に坂柳と相対し、面倒な相手だと実感した。だが、今の彼女は彼ですら倒せそうな存在であった。最早派閥は見る影もない。優秀な頭脳という自尊心だけで動いているような姿には、いっそ憐れみすら覚えた。そして坂柳に一之瀬を攻撃して退学させられれば復権もあり得ると囁き、一之瀬の隠している罪を教えた。だがまだ時ではないと言うのも忘れない。噂と言うのは徐々に徐々に浸透させていかなければ意味がない。まずはなんでもいいからちょっかいをかける。年が明けた頃が頃合いだろうと南雲は思っている。

 

 坂柳が一之瀬を退学に追い込めるとは思ってない。よしんば追い詰められたとしても、諸葛孔明の妨害が入るだろうと思っている。それは南雲も望むところだった。諸葛孔明の取る手段、思考回路の一端でも垣間見れれば幸運だし、そうでなくても坂柳という全学年にとってのブラックボックスを潰せる。一之瀬を退学させる意思は諸葛には無いだろうから、確実に妨害はされるはずだ。こうしてAとBを対立させ、組めないようにする。坂柳はきっと方針から逸脱した行動によって諸葛に激怒されるだろう。もしかしたら退学に追い込まれるかもしれない。

 

 それならそれでも構わないと彼は思っている。サシでやり合いたいと言う思いがある。それに余計な茶々を入れかねない存在など、不快でしかないのだ。尤も、諸葛は自分と堀北学との対立にはさして興味は無さそう、というよりは学年やクラスの方にかかり切りだと、南雲視点ではそう見えている。

 

 一之瀬がダメージを受け、坂柳も行動不能になったのならば、その時1年で自分の相手になるのは諸葛だけだ。龍園では格が違い過ぎる。諸葛とも、自分とも。

 

「政敵排除の援護射撃だ。ありがたく利用しろよ、後輩?」

 

 自分の闘争欲のために嗤う彼は、早速Bクラスに与える問題作成の進捗に発破をかけるべく部下に連絡をした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 プレテストの返却をするべく、教壇に立ったのだが何と言うか、微妙な感想しか出てこない。うちのクラスのトップ10でこれなのか。

 

「それでは、返却します。ご協力ありがとうございました。え~総合点1位、坂柳さん。点数は10科目×50点満点で500点中、428点です。続いて、個人得点トップは数学!山村さん、50点。怖いです。私のテストで満点取られて凄い今自尊心が壊れそうなんですけど、簡単でした?」

「そんなに」

「良かった。簡単って言われたらハートブレイクでした」

 

 軽く笑いが起きる。そんな簡単にお前の心は砕けないだろ、と真澄さんは言いたげだ。そんな彼女の点数はテストを受けた私を除く9人中6位。まぁ良いだろう。 

 

「全科目平均は38点。まぁまぁでしょう。とは言え、40は超えると思ってたので難易度調整をします。提出はもう少しお待ちください。さて、それではAクラスの皆さんにはこれから授業します。トップ10でこれではちょっと不安が残りますので。Bクラスは優秀ですからね」

「そんなに警戒する必要あるのかよ」

「一之瀬さんは君よりは少なくとも優秀ですよ、戸塚君。人の振り見て我が振り直しましょうね」

「……」 

 

 不満そうな顔つきだ。これ、面倒だなぁ。腐った林檎では無いが、やる気のない生徒がいると雰囲気が悪くなったり空気が弛緩したりする。それは困るのだ。

 

「分かりました。いきなりやるのもアレなので、最初に少しガイダンスでもしましょうか。大学行きたい人、挙手!」

 

 いきなりの問いかけに少し固まるが、やがて少しずつ手が上がる。結局全員が大学へは進学を希望しているようだった。坂柳が行く必要があるのかは分からないが、天才になりたいのであればそうすると良いと思う。結局アインシュタインだってそれまでの物理学を知らなければ相対性理論なんて思いつかなかっただろう。大学はそういうある1本の分野に絞って各々が未来を作るための場所だ。

 

「そうですか。まぁ、良いと思います。次に、行くなら一般的に高学歴とされている学校へ行きたい人!」

 

 こちらも多くの人間が手を挙げる。まぁそうだろう。そうでないならここにはいないはずだ。どうせなら上に。そう考えている生徒が多いだろう。それは悪い事ではない。だが、その意味はしっかり考える必要がある。どうして、上を目指すべきなのか。

 

「じゃあ、どうして上の大学に行きたいんですか?別に名前さえ書けば入れるような大学なんてどこにでもあります。いい大学に入って、いい会社に就職して、そうすれば一生安泰?そんな時代はもう終わりました。残念ながらこの国は長い長い下り坂の真ん中にいます。かつてのいい会社は最早ほぼ全てブラック企業と呼ばれる会社になり下がりつつある上に、給金も下がっている。税金は上がる。保障は減る。年金なんてこの世代、いくら貰えるでしょうね。もう無いかもしれません」

 

 カツカツと床を鳴らしながら私は教壇を歩く。

 

「今更ながら言いますが私はこの学校の特権制度なんてさして意味の無い物だと思っています。希望の学校に入学、希望の就職先へ就職。大いに結構。ただし、その後どうなるかは学校の知った事では無いですからね。退学になってしまったり、リストラされてしまったり。或いは倒産してしまったり。あり得る未来だと思いませんか?だからこそ勉強するんですよ。究極的な話、最低限やって後は一部の出来る人のおこぼれを貰ってAクラスで卒業し、何の役にも立たないしょうもない人間にならないために」

 

 結局、この学校の実力至上主義にも問題はある。Aクラスですらそうだ。例えば、戸塚は点数がAクラスで最も低い。その上、現状特に何か目立って努力している訳でも、部活動をしている訳でもない。それでも、ここに配属されたために私の恩恵を被っている。彼は、このまま普通にやって行けば私がミスしない限りAクラスで卒業して、好きな大学へ行くだろう。勝手にそうなってくれる分には構わないが、その後何もできない人間になられても困る。仮にも私にこうして教わっているのに、そんなしょうもない人材を送り出したとあっては私が恥ずかしい。

 

「夢もなく、特に目指したいものもないならとにかく勉強した方がよろしい。自分の窓を広げ、社会に出た時に視野を広く持つために。世間には龍園君など比べ物にならない邪悪さで、皆さんを騙そうとする連中がゴロゴロしています。間違った知識は、さも正しいかのように電子の海を独り歩きしている。それに惑わされないために、自分への投資のためにやるんです」

 

 私は私のために学んでいる。学んでいたし、これからもそうするだろう。

 

「学歴はスタートラインです。もし、皆さんがよりよい暮らしをしたいのであれば、学歴なんてあって当たり前の社会になりました。子供の数は減り、大学も淘汰されていくでしょう。その中で、どうやって自分を個性化していくか。どうやって生きがいを見つけるか。その為のスタートラインが学歴です。だから、あって当たり前。学歴+αで在学中に何をしたかが求められています。その結果、高い学歴に胡坐をかき遊び呆けた結果、上の大学でも就職できない人がいる。逆にしっかりやった結果、下の大学でも就職できる人もいる。でも、これはそれぞれのレアケースです。特異な値は参考にならないんですよ」

 

 ただやみくもに高学歴を求めたって、結局その先につながらない。受かるために勉強するのは大いに結構だが、その先を考えていなければ、受験勉強は出来るけど……という学生になるだけだ。

 

「大学受験は当たり前度を測定するテストです。定期テストだってそう。当たり前のことを当たり前にやれば受かる。やらなければ受からない。ただそれだけ。奇跡なんて必要ない。まして天才である必要はありません!むしろ、この中に天才は1人もいない!それは私も含めてそうです」

 

 天才なんていない。そんな言葉に、空気が少し凍る。坂柳が自らを天才と自負しているのはそこそこ知れている話だし、知らなくても何となく察しのつく空気感を出している。ただ、私に言わせればそれは天才ではない。

 

「0から1を作る。それが私の思う天才の条件です。アインシュタインは物理学に新たな世界を持ち込みました。マルクスは経済学を根底から覆しました。ナイチンゲールは様々なデータをもとに、医療界に新しい概念を創造した。芸術家や科学者にはそう言う人物は多い。当然、無から有を生み出しているわけではなく、ここでいう0から1とは巨人の肩に乗りながら、それを使って誰も成し得なかったことをするという意味です。勿論、違うという意見もあるでしょう。それはそれで大いに結構。その理論をしっかり論理的に説明できるのであれば、私も傾聴しましょう」

 

 この中に、今は普通でも、もしかしたら何かをなす人間がいるかもしれない。狂気を踏み越えて、一歩先へ進める人間が。そう言う人物こそ、真に天才と呼ぶべきだと私は思っている。それが例え地道な研究の成果だっていい。ひらめきだけが天才を天才たらしめているわけではないのだから。地道な研究や実験の末に辿り着いた地平が未知の物であったのならば、それも総じて天才と呼ぶべきだ。

 

「最早天才に率いられる世界は終わりました。この世界は、誰でもこんな小さな金属の板で容易に変える事が出来る。アラブの春は1本の動画から始まりました。インターネットは現実社会を凌駕しつつある。グローバリズムは後10年以内に戦争、紛争、天災、飢餓、或いは疫病など、何らかの原因で縮小を迎えると思いますが……それでも消滅はしないでしょう。その中で生き残るには、学びを続けるしかありません。この行き先不透明な世界で、生きていくにはね」

 

 学習を止めた時に、その人の成長は終わる。それ以上ないと、自分の上限を自分の狭い視野で決めつけて勝手に諦める。万能は、究極の1には敵わない。

 

「さぁてお話はこれくらいにしてやりますか。入学した先で何をするかグローバリズムの終焉とかはまた今度話をしましょう。時間があれば、ですが。では行きますよ、私を含めて凡人でしかない皆さん。せめて、秀才にはなりましょう」

 

 雰囲気は凄い真面目なものになっている。これならば集中して取り組んでくれるだろうし、寝るなんて事は無いだろう。

 

「ああ、そうだ。天才になんてそうそうなれませんが、努力の天才になら誰でもなる資格を持っています。それだけはお忘れ無きように。では、授業を始めます。皆さんがこのテストだけではなくその先でも優秀であれるようにするために、ね」

 

 39人の視線が私に注がれる。気合は十分だ。これならば良い環境で行える。環境というのは勉強において、かなり重要な位置を占める。やる気、効率、環境。この3つが私の考える勉強に必要な3大要素だ。ノートを開く音、シャーペンの芯を出す音が響く。それを聞きながら黒板を向き、チョークを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、疲れた顔でクラスメイトは教室を後にした。こってり絞られたからだろう。彼らは優秀だが、まだまだ自分達で自負しているほど優秀ではない。成長の余地など無限に残されている。この調子で行けば、肝心の本番までには問題なく点数が取れるようになっているだろう。今日の授業と今までの感じを見るに、それぞれの出来るところ出来ないところが見えるようになった。

 

 これにより、一気に指導は楽になる。理解度は手の動かし方を見れば分かる。集中力はその人の仕草を見れば読み取れる。そうそう難しい事ではない。訓練すれば誰でも出来るだろう。とは言え簡単には手に入らないので、先生方は苦労しているのだろうが。

 

 学習の最初は詰込みだと私は信じている。基礎が無いのに応用は出来ない。単語を知らないから英語が出来ないように、数式を知らないから問題が解けないように。最初は覚える事から始まる。覚えたものを詰め込み、応用していく。テストとは全て応用可能性の問題だ。習ったことをどこまで忘れずに引き出しから引っ張り出すか。それが勝負だ。はっきり言って、近年のアクティブラーニングはあまり好きではない。あれは、十分な前提知識を詰め込んでいる前提でやるべきだし、そう言うのは大学に行ってやれば良い。

 

「お疲れ様」

「別に、私はそんなに疲れてないけど」

 

 !?っという顔でまだクラス内に残ってる生徒たちが一斉に何か恐ろしいものを見るような目で真澄さんを見始める。当の本人は確かに集中力は持続していたし、出来も良かった。現在も涼しい顔をしている。

 

「いつものに比べれば大分緩くしたでしょ」

「そりゃ、そんないきなり最初から飛ばしたらみんな死んじゃうからな」

「それはそうかも。とは言えいきなりこれは厳しいと思うわよ。まさか100点取らせる気?」

「いやいや。流石に時間が足りない。もっと時間があるのならば、満点を全員に取らせることも出来無いわけではないけれど……そんな事したくない。疲れるから。相手の平均点は結構ギリギリになるように試験を作っている以上、それをそこそこ上回るようにしていれば勝てるのさ」

 

 鞄を掴み、教室を後にする。ここで終わりではなく、彼女はこの後も夜の部が残っている。今日のカリキュラムはしっかりやるつもりだ。そこを妥協するつもりは無い。最終的に、彼女がどの進路を選んでも必ず実現できるようにさせたい。そのためには学校の勉強だけでは足りない。もっと色んな知識を体系的に詰め込んでもらう必要がある。だから、テストになど絶対出ない美術史とかも教えている。

 

 すっかり暗くなってしまった廊下。他クラスも勉強会をあちらこちらでしているようだ。教室でしているところもあれば、図書室でしているところもあるだろう。

 

「アンタは何のために勉強してるの?大学行くため?」

「いや、違うな。私は私の夢のために学んでいる」

「夢?」

「そうだ。……叶えるべきかは分からないが」

「ふ~ん」

「私は99点で良いのさ。その代わり、全ステータスを99にする必要がある。代わりに100以上の数値は別の誰かが取ってくれる。私はそういう人たちの力を借りて、成したいことを成す。勿論私にだって100を超えているものも存在している訳だけど」

「勉強とか?」

「残念ながらなぁ……私より出来る奴がいるんだよ」

 

 副官である。アイツの脳内はどうなっているのだろうか。正直私にすら理解が及ばない。単純な頭の良さなら向こうが上回るだろう。教える能力やその他の数値の結果、彼女は私の副官として指示に従い、今日も本国で代理人を務めいている。ただ、コミュニケーション能力は微妙だし、隻眼なので戦闘では不利だ。

 

「バイオリンは世界でトップクラスの自信はある。後、他にも幾つか」

「弾けるの!?」

「なんなら私の一番得意とするところだぞ」

 

 他国に入る時は大体25歳のプロバイオリニストという肩書だった。バイオリンケースは色々便利なのだ。具体的には銃火器を入れて持ち歩くのに。というか、部屋にあるんだから弾けるに決まってるだろうに。弾けないのに置いている意味もない。飾りならもっと違う物があるのだから。

 

「それだけあれば十分でしょ」

「さぁて。あって困る事は無いが、無くて困る事はある。私に求められているのは適材適所を配置する能力と、状況判断能力だ。それが1番必要なものだったから」

「それが今こうしてクラスを率いるのに役立ってるって訳ね」

「そうかもしれないな」

「ま、私はアンタの夢、応援してあげるわよ」

「中身も聞いてないのにか?どんなものか知らないのに?」

「邪悪なものじゃないでしょ?私はそこら辺は信頼している。アンタは誰かを不幸にすることは容易に出来るけど、その怖さを知ってると思うから。もし容赦なくやるなら、一之瀬も堀北も櫛田も坂柳も皆今頃この学校にいないだろうし」

「……どうだろうな」

「そういう良く分からない優しさというか、特別試験の時限定だけどルール内で勝負しようとしている姿勢、私は好き。出会いは最悪だったわけだけど、結局のところアレのおかげで今の私がいるわけだし?あのまま腐ってただろう私は今こうして普通に暮らしてる。そして、夢だってできた。だから、きっとアンタの夢だって叶うべきものなんだと思う」

「私利私欲に塗れているし、個人的な感情の産物なんだがな」

「良いじゃない、夢なんてそんなもんでしょう?」

 

 中央政府の打倒。国家転覆。祖国の民主化と自由化。それが私の成すべき事で、私の夢だ。その為の手段はもう幾つも取っている。多大な犠牲の末にだが、軍は既にほぼこちら側だ。財界にも、政界にも色んな所に種を蒔いている。それももうすぐ芽吹くだろう。そうすれば、数年の混乱と不況の後に、世界は新たな世紀を目撃するはずだ。

 

 これは多くの白骨と血の海の上に成り立っている、呪われた夢だ。それでも、私はいつの日か必ず。そうしなければならないと誓った。そしてそれを信じている者たちがいる。彼女は私の夢は叶うべきだと言った。もし、私のこの隠された全てを知ってもなお、そう言ってくれるのだろうか。そんな訳ないだろうと自嘲する。

 

 

 

 

 だが、どうしてだろう。言い続けていて欲しい自分がいた。




<今回は古文だぜ☆これが最も簡単なレベル。どれだけ頑張っても6点満点なんですけどね>

以下の文章を読んで、問いに答えなさい。


さて、土御門より東ざまに率て出だし参らせ給ふに、晴明が家の前を渡らせ給へば、自らの声にて、手をおびたたしくはたはたと打ちて、

「帝おりさせ給ふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。参りて奏せむ。車に装束疾うせよ」

と言ふ声聞かせ給ひけむ、さりともあはれには思し召しけむかし。

「かつがつ、式神一人内裏に参れ」と申しければ、目には見えぬものの、戸を押し開けて、御後ろをや見参らせけむ、「ただ今、これより過ぎさせおはしますめり」といらへけりとかや。

その家、土御門町口なれば、御道なりけり。花山寺におはしまし着きて、御髪おろさせ給ひて後にぞ、粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、必ず参り侍らむ」と申し給ひければ、「朕をば謀るなりけり」とてこそ泣かせ給ひけれ。あはれに悲しきことなりな。

日ごろ、「よく御弟子にて候はむ」と契りて、すかし申し給ひけむがおそろしさよ。

東三条殿は、「もしさることやし給ふ」とあやふさに、さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、御送りに添へられたりけれ。京のほどは隠れて、堤のわたりよりぞうち出で参りける。寺などにては、「もし、おして人などやなし奉る」とて、一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞ守り申しける。

『大鏡・花山院の出家』

※晴明……安倍晴明。平安時代の陰陽師
※栗田殿……藤原道兼
※帝……花山天皇
※式神……陰陽師の使う使い魔。目には見えない。
※東三条殿……藤原兼家。栗田殿の父親。

問1:大鏡は平安時代後期から室町時代前期までに成立した「鏡物」と呼ばれる歴史書の内の1つである。その中でも代表的な4つを総称して四鏡と言うが、その書かれた順番を正しく並べたものを以下の選択肢、A~Dの中から1つ選び、記号で答えなさい。

A;今鏡→大鏡→増鏡→水鏡
B;増鏡→今鏡→大鏡→東鑑
C;大鏡→今鏡→水鏡→増鏡
D;大鏡→今鏡→東鑑→増鏡

問2:文中にて「あはれに悲しきことなりな」と言っているのは誰の感想か。以下のA~Dの選択肢の内から1つ選び、記号で答えなさい。

A;作者
B;藤原道兼
C;花山天皇
D;藤原兼家

問3:以下の選択肢、A~Dの内、文章の内容を正しく表している物を1つ選び、記号で答えなさい。

A;安倍晴明は自宅の前を通った天皇の乗っている車を目撃し、天皇の意思が出家に無い事に気付いた。その為晴明は式神を宮中に派遣し、出家を思いとどまらせようとした。

B;兼家は道兼と天皇が一緒に出家してしまっては大変だと思い、源氏の武者を寺へ送った。寺では僧侶たちが出家の意思のない道兼までおも出家させようとしており、源氏の武者たちはその僧侶たちを脅して出家を中止させた。

C;天皇は出家させられてしまったことで、騙されたと気付き泣いたが、その後道兼に復讐するべく源氏の武者に命じて戻ってきた道兼を寺にて襲わせようとした。

D;道兼は自らも出家することで天皇への忠義を示すと言って巧みに連れ出し、出家を強行した。だが、道兼本人に出家の意思は無く、父親に最後に出家前の姿を見せると言って退出し、騙したまま戻って来る事は無かった。


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38.悪人たち

前回の答えはC、A、Dです。

問1は文学史問題。大鏡、今鏡、水鏡、増鏡の順です。『だいこんみずまし』で覚えられます。吾妻(東)鏡はひっかけで良く出てくる選択肢ですが、四鏡には入っていません。

問2は超簡単。主語を問う問題でしたが、文脈的に見て作者以外ないでしょう。

問3は内容一致問題。違うところを削って行けば簡単だったかもしれません。教科書にも載っている有名文ですから、分かった方も多いかもしれませんね。藤原道兼が約束を破って天皇を騙したと言うストーリーです。誰向けにこの文章を採用したかは……言わなくても分かるでしょう。


人間には裏切ってやろうとたくらんだ裏切りより、心弱きがゆえの裏切りのほうが多いのだ

 

『ラ・ロシュフコー』

――――――――――――――――――――――

 

「威勢のいい言葉を吐いた割には、あっさりと根をあげたものですね」

 

 目の前の少女を見下ろしながら、私は冷淡に告げる。午後の空き教室。彼女はそこで私を憎悪の籠った眼で見上げていた。横では涼しい顔で真澄さんがお茶を飲んでいる。

 

「それとも、私を退学させる方法でも見つかりましたか?」

「へぇ……そんな事言ったんだ」

 

 急に教室内の空気が絶対零度になったので何事かと思えば、真澄さんは笑いながら櫛田桔梗――私をここへ呼び出した張本人を見ていた。口元は笑っているが、目は全く笑っていない。櫛田の顔も若干怯えている。

 

「話を戻しますが、何の用ですか?私も暇ではないんですよ」

「……りなのよ」

「はい?」

「もう、無理なのよ!どうしようもないに決まってるでしょ!龍園には切られて、Aクラスのトップに秘密を握られて、堀北と綾小路まで相手にしないといけないんだから、どうしようも無いじゃない!」

「それを私に言われても困ります」

「聞きしに勝る本性ね」

 

 真澄さんは冷静に批評し、またお茶を啜った。凍らない物質も凍らせられそうな瞳は、今はもう治まっている。

 

「元凶なんだから何とかしなさいよ!」

「なんとも破綻した論理だ。それに、元はと言えば貴女が悪いのでは?」

「それは……」

「四面楚歌と言っても過言ではない状況で、どうにかまだ懐柔できそうな私のところへ来たって訳ですか」

「仕方ないでしょ。Aクラス、ガード堅すぎ」

「貴女に漏らしても何1つ良い事なんて無いですからねぇ。クラス中から敵視され、速攻で追い出されかねない賭けなのにどうして乗る人がいるでしょうか?」

 

 正論を叩きつけられ、彼女の顔は歪む。クラスメイトが天使と評した顔も、今は悪鬼も慄く顔だ。緩い声音も、今は低くおどろおどろしい。とは言え、恐れるほど怖いなどという事は全くない。所詮は、ただの怒っている子供だ。

 

「くだらないですねぇ。前も言ったでしょう?堀北さんは絶対に言わないって」

「信用なんて、出来る訳ないでしょ!」

「そうでしょうか。彼女は言いませんよ。性格的にも、戦略的にも」

「……どういう意味?」

「言う相手がいないのが性格的な方。そして戦略的に考えればすぐわかる事です。彼女はAクラスを目指している。途方もない千里の道ですが、歩み出してない人よりはマシですね。それはさておき、彼女の目指すべき頂に貴女は不可欠だ。貴女はこれまでその仮面の人格で、クラスをまとめ上げる事に貢献してきた。頭脳も多くのDクラスの生徒に比べれば上だ。そんな存在を切り捨てられるほど、彼女は人材面で余裕がない」

「それでも秘密を知ってるんだよ。我慢ならないじゃない」

 

 彼女の秘密は私も全て知っている。真実を言いふらすことで、クラスを崩壊に追い込んだこと。それが彼女の抱える最大の秘密だ。この裏の顔はそれに付随するものに過ぎない。本質はそこには無いのだ。

 

 秘密は黙っているからこそ秘密だ。恐らく漏らしたであろう一之瀬などを見ていれば分かる。じきに彼女は南雲の傀儡だろう。もう少し懐柔しておくべきだったか。それに、真澄さんだって一之瀬より上のレベルの罪を隠している。常習犯と初犯では明らかに初犯の方が罪が軽い。

 

 それに、私だって脛に疵というレベルの話ではない。人殺しなど、恐らく最も隠さなくてはいけない罪だ。ただ救いがあるとすれば、凡そそのほとんどは命令によるものだという事。つまりは仕事だ。尤もクーデターに関しては言い訳の仕様も無いが。

 

「なにそれ、子供(ガキ)じゃん」

「は?」

「だってそうでしょ。我慢できないって、子供の言い訳でももう少しマシってレベルじゃない?」

 

 何も言い返せないまま、彼女は黙りこくる。戦略的な視点もなく、詰めも甘い。それ故に彼女は綾小路に敗北し、私に裏切られ、龍園に見捨てられた。

 

「前にも言いましたが、滑稽な事です。貴女の本質を知りながら、なおそれでも貴女を引き入れようと孤軍奮闘しているのがよりにもよって堀北さんだとは。貴女は、自身のために堀北さんを利用するべきだ。追い出すのでは無くね」

「……」

「彼女と契約でも交わせば良いのでは?Aクラス行きに全面協力する代わりに、誰にも秘密を洩らさない。綾小路君とも同様のものを交わせばいい。破れば莫大な違約金か、退学を要求する。そうすれば堀北さんはすぐに乗って来るでしょうね。絶対に自分が破らないであろう条件で、貴女が味方になるんだから」

 

 どうしようもないのは本人だって分かっていることだったはずだ。もうこのままでは破滅しかないと。堀北が彼女を諦めた瞬間に、待っているのは退学。どこかのタイミングで確実に追い出される。そうなってしまってはおしまいだ。折角ここまでやって来た努力が台無しになってしまう。揺れている。今、確実に揺れている。

 

「貴女が道を選べる機会は今だけです。今を逃せば、もう選択権はない。堀北さんと呉越同舟するか、破滅を待つか。2つに1つ。それを決めるのは、貴女です」

「手を組むか、破滅か……」

「綾小路君に売ったのをすこ~しばかり申し訳なくは思っているので、お望み通り何とかする術をお教えしました。この後どうするかまでは、面倒見きれませんがね。大人になる時が来たんですよ。嫌いな相手でも利用して、自分が勝利するために動く。その為なら何でもする。それが大人というものです。駄々こねている間は、子供のままですよ。人生100年時代に、たったその3%でしかない学生生活のためにすべてを棒に振ると言うのは賢い選択とは言えないでしょうね」

「龍園はどうすれば良い訳?アンタだっている」

「龍園君は言っても誰も信じてくれないので言わないでしょう。信用という点で、龍園君の価値は最安値です。そして私ですが……まぁ今は言いませんとも。少なくとも生徒にはね」

「なら!」

「もし私が漏らしたとしても、貴女はこう言えばいい。『嘘だよ』ってね。ちょっとしおらしく泣いてみるのも良いでしょう。真実なんて、嘘だって言えば大体消えてしまうものなんですよ。貴女の信用度が高いほど、皆嘘だと思ってくれる。人は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない」

 

 数分間、彼女は黙り込んだ。部屋には、お茶を啜る音だけが響く。真澄さんは口を挟まず、このやり取りを冷静に見守っていた。櫛田の勘定に真澄さんが入っていないのは、私が言わない限り彼女が漏らす事は無いと思っているからだろう。

 

 おもむろに立ち上がり、彼女は教室を後にしようとする。

 

「呉越同舟、か。アンタを追い落とすためなら、堀北とだって結んでやる」

「そうですか。頑張って下さいね。ああ、そうそう。もし、堀北さんと和解できなそうなら、殴り合いでもすると良いと思います」

「は……?」

「夕焼けの土手で殴り合うのが日本の流儀では?」

「漫画の読み過ぎでしょ」

 

 そう半笑いで言うと、彼女は空き教室を飛び出した。冗談のつもりは無かったのだが。思いの丈でもぶつけ合いながら殴り合えば、少しは拗れていたものも解決しそうだと思う。彼らに必要なのは話し合いだ。相手を理解しようとする、そして尊重しようという心情。それが無いからこんな風に拗れまくっている。

 

 走り去る足音が完全に聞こえなくなった段階で、真澄さんは口を開いた。

 

「絶対申し訳なさとか微塵も感じてないでしょ」

「良くお分かりで」

「それくらい分かるって。まぁ櫛田は騙されてたけど……でもどうしてアドバイスしたわけ?そのまま破滅させた方がDクラスの戦力削減になると思うけど」

「そうするのは容易いが、今Dクラスに、引いては堀北さんに諦められても困る。Dクラスには龍園君の相手をしてもらう役目があるからな。櫛田に去られる訳にはいかない。なるべく退学者は少ない方が良いだろう?それに、Aクラスの人員に余裕で卒業できたと思われては困る。驕った人材など、作るわけにはいかない。限界ギリギリまで挑んでくる相手は必要なのさ」

「クラス間闘争を終わらせる気はないってことね」

「その通り。終わらせる事など容易だ。しかし、する気は微塵もない。それが私の仕事だ」

「そうだったわね。とは言え、櫛田はそんなに簡単に堀北と手を組むとは思えないけど」

「いいや、彼女はそうする。八方塞がりの中で唯一見えた希望を捨てるほど、愚か者ではないだろうからな。溺れる者は藁をもつかむ。良くできた言葉だ。周りの良く見えなくなっている女に、差し出された蜘蛛の糸が堀北との協力なのだから」

 

 彼女1人にクラスを崩壊されられるような中学生たちはもう少し己の行いを反省した方が良いだろう。内緒だけどね?ではないのだ。内緒なら、誰にも言ってはいけない。弱みは絶対に見せてはいけない。誰かの悪口など、言ってはいけない。道義的な問題からでは無く、そんなどうでも良い事で自分の信頼や人脈を失いかねないからだ。

 

 私がクラスメイトの悪口を言っていたと仮に櫛田が言っても、誰も信じないだろう。それは、時々突っかかってくる戸塚や、明らかに敵対勢力に近い坂柳でも私が普通に接しているからだ。内心何回言っても他クラスを見下そうとする戸塚にはイラつくし、坂柳のあの周りの事など考えないある種の自己中心的思想は嫌いだ。しかし、それを表には出さない。それが私の武器なのだから。

 

 1人に秘密を集めてはいけない。いつだって情報を制する者が世界を制する。良い教訓を、彼女は与えてくれているだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「改めて2年間お疲れさまでした、と申し上げておきましょう」

「世辞は良い。本題に入れ」

 

 カフェの席で私の前に向き合うのは先の生徒会長。今は既に引退したが、この学校内で大きな権力を持っている存在。3年Aクラス代表・堀北学だ。話があると呼び出したのはこちらだ。確かに、世間話をして長引かせるのは良くないだろう。

 

「おっと、これは失礼。それでは本題を。一之瀬さんが裏切りました」

「……そうか」

「これは私のミスです。申し訳ありません。少々Bクラスにダメージを与えすぎたようです。その結果、勝つために手段を選んでいられなくなってしまった一之瀬さんは契約破りを犯してでも南雲会長と組んだのでしょう」

「南雲を倒す意思は変わらない、そう思って良いのか」

「はい。というよりも、仮に私にそう言った意思が無くても彼は勝手につっかかってきますからね。通り魔と言いますか、当たり屋と言いますか……一方的に敵視されているようなので。それならば、こちらが妨害に動いても何の問題も無いでしょう」

「アレはそういう男だ。能力は確かだが」

「それは認めざるを得ませんね。今の2年生で対抗馬になれそうな存在は?」

「いない訳ではない。だが、本人にやる気がない。生徒会では桐山が孤軍奮闘しているが……いざ卒業が見えてきた3年になれば分からないだろうな」

「大義より実利。まぁ合理的な選択肢でしょうね。ウチの葛城君もその桐山先輩と合力して色々動いているようですが、どこまでやれるか」

「葛城か。思考は堅いが、能力は確かだった」

「それは本人に言ってあげて下さいね。しかし、仰る事は事実だ。敵もいない今、彼も生徒会での行動に集中できるでしょう」

「Aクラスは派閥があると聞いていたが、見事纏め上げたようだな」

 

 彼は少し感嘆するような声で言って、メガネをくいっと上げた。

 

「厄介な相手には何もさせない。それが1番手っ取り早いですからね。思えば、無人島試験と船上試験。私にしてみれば天佑神助でした。どうあってもクラスの面子と一緒に長い間行動しなくてはいけないですからね。信頼値を稼ぐにはもってこいです」

「随分と楽しんでいたようだな。学校側も困惑していたぞ」

「そうでしょうねぇ。トラブルの1つでも起きるのが普通なのに、まとまっているどころかサマーキャンプしているんですから。ですが折角学校の金で無人島で好き勝手出来るなら、楽しんだ方が勝ちです。悲観的な状況でも希望を見出す人間が、最後に勝てるんですから」

「俺の方針とは異なるが、それも選択肢としては劣らないものだとは思う」

「それはどうも。さて、本題も戻りましょうか。私は向こうが宣戦布告してきた以上、しっかりと応対するつもりです。その為に、1つ教えて頂きたい事があります」

「なんだ」

「3年B、C、Dの3クラス、それぞれのリーダー格の情報をお教え下さい。名前と連絡先、簡単な能力だけで結構です」

「それは構わないが……何をするつもりだ」

「彼の売りは資金力と支配力です。前者は特に有効でしょうねぇ。今現在、そこまでクラスポイントに大差のない3年生ならば。1年生ではちょっとやそっとの差ではどうにも出来ないでしょうけれど」

「まさか、買収するのか?」

「私が彼なら、3年Bクラスを買収しますね。もし学年を超えた試験があったならそれはとても有効な武器として機能するでしょう」

 

 これまで特別試験は全て学年内で完結していた。だが、それがもし他学年も絡むものがあったとしたら。南雲は言った。この学校を真の実力主義にすると。そして彼の目的は堀北学を倒すこと。体育祭のような場合でもない限り、学年の違いから直接対決は難しい。だがもしそれが可能な機会があったとすれば。可能性がゼロではないのならば、考えておくことは必要なはずだ。

 

 それだけで終われば良いのだが。彼の思考をトレースして考えれば、将を射んとする者はまず馬を射よを地でやる可能性もあるが……それは流石にまだ分からない以上どうしようもない。あくまで現段階で想定されうる状況で最も悪いのがこの買収の可能性だ。

 

「向こうがやる気なら、こちらも遠慮する気はありません。私1人ならともかく、私にはクラスメイトを守る義務と部下を必ず卒業させる義務がありますので」

「……そうか」

「彼に一定の信頼を置いているのは理解しますが、それも止めた方が良いでしょう。彼はあらゆる手を使って、貴方を貶めに来るはずですので。その信頼が仇になる可能性が高いかと」

 

 彼は瞑目していた。南雲について、思いを巡らせているのだろう。彼は南雲を警戒しつつ、一定数の信頼と評価を置いていた。現に、これまでの生徒会活動では南雲は彼の命令には素直だったと葛城から証言を得ている。それも、全ての伏線だったとしたら。相手を騙すためにまずは信頼を得る。それは常とう手段だ。悪意と殺意の中で生きてきた人間は、騙す術も、信頼を得る方法も心得ている。そして、相手が自分を完全に排除するのを躊躇うように仕向ける方法も。南雲の悪意も、見て取れるようだった。

 

「連絡先の交換もお願いしますね」

「良いだろう」

「今後何かありましたら連絡を取り合って協力していきましょう。我々の利害は一致しているのですから」

 

 私の連絡先一覧に堀北学が登録される。

 

「そう言えば先輩。これは非常に個人的な興味なのですが、先輩は何をしにここへ?」

「それを聞いてどうする」

「いえ、特に理由は無いのですが。何処へでも進学できたでしょうし、お金に困っていた素振りもない。それならばどうしてだろうと思ったまでです」

「……改めて聞かれれば、特に理由はない」

「へぇ?」

「意外に思うかもしれないが、それが真実だ。漫然と優秀な人間を目指してきたが、その終着駅は決めていなかった。事を荒立てない人生、用意された課題だけをやって来た。秀才にはなれても、天才には成れない。それが俺と言う人間だ。『見本であること』『手本であること』、『模範』、それらを信じて疑わなかった。南雲の姿を見ていると、それも些か問題があったと言わざるを得ないが」

「……私はそうは思いませんけれどね」

「ほう?」

「確かに、何かを切り開いているのは彼です。しかし、その最中で彼は多くの犠牲を生む。結果、作りだした物も自分のためだけの物。それが正しい訳もないし、それがまかり通って良い訳もない。世間一般のためになるのは、明らかに貴方の方でしょう。『見本』、『手本』、『模範』大いに結構ではないですか。最後に勝つのは、そういう存在なのでしょうから。悪はいつだって、打倒されるためにあるんですよ。むしろ、そうでなくてはいけない。まかり間違ってもあんな存在を日本のリーダーなどにしてはいけないのです」

「俺は正義の味方などでは無いのだがな」

「私だってそうです。実際問題、私は南雲雅を嫌悪しながらも、その姿勢は非常に近しい。泥を啜っても、どんな手を使っても、倒すべき相手を葬るために、あらゆる手段を取る。それは甚だ腹立たしいですが、彼と似ています」

 

 だがそれでも、私は自分の行いが、もっと大勢を幸せに出来るはずだと信じている。その為に、私は歩んできたのだし、これからもそうするだろう。しかし、自分が正義などと言うつもりは微塵もない。そして、自分が善だと言うつもりも。私はまごう事なき悪だ。だからこそ、私は善に打倒されなくてはいけない。そうであって欲しい、とすら心のどこかで思っている。勿論、部下のためにも本国で負ける訳にはいかない。でも、負けても誰も死なないここでなら、正義に殺されるのも悪くないかもしれない。

 

 ただ1つそれに問題があるとすれば……私が敗北するということは自動的に真澄さんも敗北するという事だ。だがまぁ、それはどうにかなるだろう。そうなりそうな寸前に、彼女をこちらから切り離せばいい。そうすれば、傷つかないで済むはずだ。

 

「夢がないのも悪い事ではないと思います。今この時点で将来のビジョンを明確に描けている人が果たして何人いるでしょうか。そういうものは、大学に入って、広い世界を見て、色々なことを学んでから決めればいいものだと思っていますので」

「では、お前は何のためにここに来た」

「普通の生活をしたかったから……かもしれません」

 

 仕事だと言うのはある。だが、断る事も究極的には出来た。それでも私はこの国で過ごしている。それは、あの山の基地から少しの間だけでも離れていたかったからかもしれない。

 

「普通、か。この学校はそれとは程遠いように思うが……まぁそれは人それぞれだろう」

「ご理解頂きありがとうございます。他の人から見れば苦痛だったかもしれない無人島も、客船も、体育祭も、全て私にとっては大切な思い出なのです。煌めくような、そんな時間だったのです」

「では、それがこれからも続くことを先輩として祈っておくとしよう」

「これで恋人でもいれば完璧なんですけどね」

「女性なら側にいると思うが」

 

 彼がチラリと視線をやった先には微妙に変装しきれていない姿が見える。着いてきているのは知っていたが、実際に姿を見ると少しばかり苦笑してしまった。

 

「彼女は先輩にとっての橘先輩と同じようなものですよ」

「橘?」

「……先輩はもう少し自分を大切にしてくれる人の事を見た方が良いですね」

「む、それはどういう……」

「心から信頼できる存在は大事ですよ。孤独と孤高は違うものですが、どちらも人間生活としてはあまり良いものではないでしょうからね」

「敢えて作ってこなかったつもりだが、特に不自由はしていないぞ」

「それは今までたまたまそうだっただけかもしれませんよ。私たちは、1人では強くなれない。私はそう思っています」

「なるほど、それならば南雲の思想とは合わないな」

「ええ。実力がないのは事実かもしれませんが、それを使えるように持っていかなかった方に責任があります。不要な人間などいません。どんな人にだって、必ず適材適所はあるはず。私はそう、信じています」

「お前が3年生でなくて良かった。もしそうだったら、今頃AクラスはB以下に落ちていただろう。もしくは、俺はリーダーでは無かっただろうな」

「身に余るお言葉ですね」

「諸葛孔明。やはり生徒会に入る気は無いか?俺の推薦ならば南雲も無下には出来ないだろうし、そもそもアイツもそれを望んでいる」

「カウント2です。後1回、勧誘してくださいね」

「では、卒業前にもう1度言うとしよう」

「楽しみに待っています」

 

 彼は席を立つ。

 

「……最後に1つだけ。愚妹はお前から見てどう見える」

「現在未熟、将来有望」

「なるほど」

「裏切り者の櫛田さんを切り捨てなかったのは大きな選択でした。仲間と共に前に進もうとしている。それは大きく評価するべきでしょう。最後の最後、3年生の最後に私の前に立ち塞がるのは彼女であるような気がします」

「一之瀬や龍園、綾小路では無く、か」

「天下の英雄、数多あれどと言う奴です」

「そうか。お前にとってあれは倒すべき相手だろうが、もし才能があると思うのなら出来れば見守ってやって欲しい」

「善処しましょう。しかし、安心しました。完璧超人かと思っていましたが、案外家族思いなところもあるようですね」

「今まで何もできなかった挙句接し方を盛大に間違えた人間なりの罪滅ぼしだ」

 

 店を出れば、もうすっかり暗くなっている。

 

「では、以後よろしくお願い致します」

「こちらこそ」

 

 手を結ぶ。ここに3年Aクラスと1年Aクラスの同盟関係が成立した。これにより、大きな後ろ盾を得たことになる。それは対南雲戦だけの物であろうとも、かなり大きなものだ。学校内に厳然たる権力と影響力を持っている前会長を味方につけられたのは大戦果と言って差し支えない。これで、Bクラスと繋がっている南雲の牽制にもなるだろうし、出鼻を挫くことも出来るだろう。

 

「お前の出身も知りたいものだな」

「う~ん、それは禁則事項です」

「……何かの台詞か?不勉強ですまない」

「いえ……すみません、何でも無いです。お願いですからそれ以上言及しないで是非とも忘れて下さい……!」

「そ、そうか」

 

 言ったネタが通じないのは存外心に来る。おかしいなぁ、日本の国民的超人気大ヒット作と中学時代の友人が言っていたし、本国の資料にも有名な名作と書いてあったんだが。相手も若干困惑しているし、少しガクッと来てしまった。

 

 

 

 

 

 ため息を吐きながら、先輩を見送り、背後でそそくさと去ろうとしている人の首根っこを掴む。

 

「やぁ、こんにちは」

「あ、あはは。さようなら」

「真澄さん」

「……はい」

「バレてないと思いました?普通にすぐ気付きましたよ」

「えぇ……」

「君の顔ぐらいすぐわかります。同席したいならそう言えばいいのに。まぁ良い。盗み聞きの罰として、課題を増やすから」

「そんな……!」

「飯抜きとどっちがいい」

「課題やります……」

「素直でよろしい」

 

 変装技術にはまだまだ難ありと思いながら、彼女を引っ張り自室へ戻った。 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「これは……どうなんだ」

「どうとは?何か問題でもあるのでしょうか?」

 

 放課後の職員室で、私は真嶋先生を前に問答をしていた。提出した問題の多くは大体そのまま通過した。社会に関しても教科書には載っているものにしているし、国語だって上手く調整した。理系科目も真澄さんを実験台にして難易度調整をおこなっているので、退学者は出ないだろう。とは言え、甘くしているわけではない。そもそも、全問解き終わらない人もいるだろう。

 

「問題文も英語と言うのは……」

「大学入試は英語ですよ。それに平易な単語しか使っていません」

「選択肢の文章も些か長いように思うが」

「それも大学受験リスペクトです。今から練習しておいて損は無いでしょうから」

 

 真嶋先生は唸っている。他のテスト問題を見せた時も唸っていた。

 

「先生、そもそも受からせるためのテストでは無いですから。私は徹頭徹尾大学受験を意識したテストを作成しています。それは、大学受験で行われている一般入試の試験内容がこの国で最も公平性に満ちており、かつ洗練されたものだからです。当然モデルにした大学試験と同じように、落とすためのテストになっていますが、いずれはそれを受ける可能性があるのですから、今のうちに慣れておくべきだと思います」

「……」

「所々にサービス問題も用意しています。40点を下回るような事は無いかと思いますが」

「……分かった。受理しよう」

「ありがとうございます」

 

 後はこれがテスト当日に配布されるのを待つだけだ。

 

「しかし、リスニング問題を用意してきたのは今年が初めてだぞ」

「私の美声です。ありがたく聞いて欲しいものですね」

「一応聞いたが、内容的にもセンター試験レベルに抑えたようだな」

「あれより難しいと、流石にこの時期では解けませんから」

「教師より教師らしい。よし、ご苦労だった。これは確かに受け取った」

「よろしくお願いします」

 

 一礼し、退室しようとする。その時にガラガラと職員室の扉が開かれる。目の前にはストロベリーブロンドの少女が封筒を持って立っている。心なしかその顔は暗く、封筒を握る手も力が籠っている。私を視認した瞬間に、暗い顔が青くなった。

 

「こんにちは」

「う、うん……」

 

 ぎこちなく挨拶を返し、私の横をすり抜けようとする。

 

「2年生の力作、楽しみにしていますね」

 

 すれ違いざまに呟いた私の言葉に、彼女は一瞬だけ静止し、そしてまた担任の星乃宮先生の元へと歩き出した。今にも崩れそうな足取りで。




<世界史の世界へようこそ>

問1:以下の文章を読み、()内に当てはまる単語を書きなさい。漢字で習ったものは必ず漢字で表記すること。また、(6)のみ完答で2点。


中世社会は契約によって成り立っていた。ローマ帝国の崩壊以後、その遺産を継承したゲルマン人諸国家の支配者層は封建制を作り上げた。これはゲルマン諸部族によって行われていた従士制とローマ帝国内の制度に由来する(1)が元になっている。この封建制の中で登場した国王、聖俗諸侯、騎士などの大小の有力者は、封建的主従関係を結び、双方が義務を負った。これらの繋がりは、欧州ゲルマン社会を脅かす存在の増加と共に強化されていくことになる。

さて、そのゲルマン人だが、彼らはバルト海沿岸を故郷としていた。しかし、4世紀半ばにフン人の移動に圧迫され、ローマ帝国内に侵入することになる。結果としてイタリアでは西ローマ帝国はゲルマン人傭兵隊長であった(2)によって滅亡の憂き目にあう。一方で全欧州に散ったゲルマン人はローマ亡きあとの豊かな大地に次々と建国。中でもその一派であるフランク人が覇権を握ることになる。

フランク人は5世紀末に(3)朝の(4)によって統合される。この国家の強みは正統派キリスト教であったアタナシウス派に回収していることであった。これが後のカール戴冠につながる。フランク王国の王、ピピンの子であったカールは、イタリアに遠征し(5)を滅ぼし、またザクセン人を服属させる。アヴァ―ル人の撃退、イベリア遠征などの数々の軍功を成したカールは西欧のほぼ大半を収めることになる。

最終的にカールの死後(6)両条約によって分裂するフランク王国だが、彼の築いた国家はフランス、イタリア、ドイツの原型を形作り、今日の欧州国家に大きな影響を与えているのは明らかだろう。彼の行った諸制度も今後の中世社会に多大な影響を与え、その中でもイギリスの修道士・アルクインに代表される知識人を集めた通称(7)は文化振興に大きな役得を果たしている。

また、ゲルマン系民族の進出は海を越え、ゲルマン系一派のザクセン人の襲来とケルト人の王によるそれの撃退を描いた物語は、後に『アーサー王物語』として語り継がれることになった。


問2:アーサー王物語に関連し、中世には多くの吟遊詩人などによって語られる物語が誕生した。その中で、龍殺しのジークフリートの非業の死と、ブルグント王国の国王の妹でその妻のクリームヒルトの復讐劇を描いた作品の名前は何か、答えなさい。

問3:フランク王国は今日のEU(欧州連合)の元となったEC(欧州共同体)の最初の加盟国(仏・西独・伊・蘭・白・盧)の領域とほぼ一致する。欧州合一の元祖にはカールのフランク王国があると言ってよいだろう。それに関連して、EUの旧本部のビル名にも使用されていたカールの別名を答えなさい。


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39.願望

<前回の解答>

問1 
(1)恩貸地制
(2)オドアケル
(3)メロヴィング
(4)クローヴィス
(5)ランゴバルド王国
(6)ヴェルダン・メルセン
(7)カロリング(朝)・ルネサンス

問2……ニーベルンゲンの歌。某世界を救う英霊のゲームのおかげで知っている方も多いのではないでしょうか。ジークフリートとクリームヒルトは出典がここです。ラインの黄金伝説もこの作品から来てますね。なお、アインツベルンの資金源はこの呪われた黄金だそうで……。

問3……シャルルマーニュ。戦艦の名前にもなっています。シャルルマーニュ十二勇士と言えば有名かも?ローランやアストルフォ、ブラダマンテ、ロジェロなどが仲間です。タタールの王、マンドリカルドもここが出典です。月の聖杯戦争に出ていたので、知っている方もいるかもしれませんね。

なお、全部教科書に載っているレベルです。問1は特に世界史選択受験生は必須で覚えないといけないゾ☆


「自分は役立っている」と実感するのに、相手から感謝されることや、ほめられることは不要である。貢献感は「自己満足」でいいのだ。

 

『アドラー』

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

「Dクラスの人は私を呼び出す趣味でもあるんでしょうか」

 

 櫛田に空き教室で詰め寄られた数日後。テストを間もなくに控えたある日。放課後にこの前の部屋に来て欲しいと携帯にメールが入った。差出人は堀北鈴音。私は彼女に連絡先を教えたつもりは無いが、櫛田から聞いたのかもしれない。

 

 クラスメイトには作成した模擬テストを全員で受けるように指示を出して、一旦教室を抜けてきた。変な動きをしようものなら、目を光らせている真澄さんが対処してくれるはずだ。私も安心してこちらに来れるというもの。

 

 空き教室には櫛田と堀北、そして綾小路がいる。やはりと言うべきか、Dクラスを率いていく逸材たちだった。平田がいないのは意外だが、彼は彼でやるべきことがあるのかもしれない。

 

「私も暇ではないのですけれどね」

「それについては申し訳なく思っているわ。それでも、どうしても聞きたいことがあったの」

「はて、何でしょうか」

「あなたは何故、櫛田さんを私たちに協力するよう説得したの?その訳を聞かせて欲しい」

「何故、と来ましたか。しかし、どうしてそんな事が知りたいのです?貴女からしてみれば、どうにもこうにもし難かった人材が向こうからやって来た。これで櫛田さんを利用しつつ上に上がれる。万々歳じゃないですか」

「ええ。状況だけ見ればそうね。けれどそれがあなたに仕組まれたものだとするならば、話は別よ。誰かの作り上げた状況の中にいて、なおかつ自分にとって有利な状況になりつつあるならそれは警戒するべき。そうではないかしら」

「同意しますね」

「であれば、是非教えて欲しいものね」

 

 堀北は腕を組みながら私を見つめる。綾小路はいつも通りの顔で、状況を見つめていた。櫛田は不気味なくらい黙っている。その笑顔も、怒り狂った表情も今は無い。ただ、無があるだけだ。

 

「では、答えましょう。しかしその前に、私の質問にも答えて頂きたい。結局、あなた方2人は彼女の事をどこまで聞いたんですか?」

「ほぼ……全てよ」

「なるほど。では、彼女が中学生時代に愚かで凡俗なクラスメイトからの評価などという路傍の石より価値のないものに踊らされた挙句、パシリのような行いをして、ストレスを溜めこみよりにもよって電子の海という不特定多数に閲覧され将来的に自分を大きく苦しめる可能性のある世界に全黒歴史を投下し、それが案の定露見すると攻め立てられ保身のために文春砲もかくやの情報暴露を行いクラスを崩壊に追い込んだという何ともつまらない話を聞いたわけですね」

「……あなた、どこでそれを」

「調べれば幾らでも出てきますよ。インターネットは良いですねぇ。便利な時代になりました」

「外部との接触は禁じられているはずよ」

「ええ。ですから、私が調べたわけではありませんよ」

「それは、どういう」

「答えは人に聞く前にまず自分で考えて下さいね。誓って、校則違反はしていませんし、仮にしていても貴女にそれを証明する手段はない。録音なんてしていないでしょうし、通話状態でも無いようですしね」

 

 図星だったのか、堀北の顔が少し険しくなる。事実、私は別に違反はしてないという風に言い訳できる状況を作っている。たまたま櫛田の話を懇意にしていたモールの店員にしてしまい、興味を持った店員が色々外で調べ、それを私に教えてくれたというただ構図だ。これならば、私は何もしていない。会話しただけだ。櫛田の言ったように、生徒には漏らしていない。それにどの道櫛田は泣き寝入りするしかない。どう転んでも私の敗北はあり得ない。

 

「随分と言ってくれるね」

「事実でしょう?結局、貴女の人生は承認欲求に踊らされているだけじゃないですか。何て言うんでしょうね、こういうの。麻薬中毒者でしょうか。阿片窟に溜まってる中毒者と同じですよ。薬をキメる。気持ちが良くなる。切れると不安になったり快感が忘れられなくなる。そして薬を買う。やがて薬のために判断力を失い、その為だけに生きるようになる。この麻薬を承認欲求に変えたら同じでは?」

「……」

「まぁ承認欲求については否定しません。努力する上で大事なものであることは事実ですし、別に悪いことではありません。教育の観点でも、褒めるのは大事な事です。しかし、やり過ぎは何事も毒になる」

「あんたに私の気持ちなんて分からないでしょうね。大抵の事は出来たけれど、途中からどれも2番手以下に甘んじる羽目になった私が唯一すがれるのが他人に優しくすることだけだった。何でも出来て、人生完璧に行ってそうな奴に訳知り顔で説教されたくない!」

「では貴女に分かるんですか?常に100%を求められ、それが出来て当たり前と思われ、例え100%を達成しても120%、140%と求められ続ける人間の事が。屈辱と恥辱の中で泥を啜りながらも前に進むしかなかった私の気持ちが。分からないでしょう?だからこの手の話は無益なんですよ。どうやったって平行線で終わってしまう」

 

 綾小路は少しだけ、共感したような雰囲気を示している。彼のいた組織の全貌は未だつかめないが、彼ももしかしたら私と同じような環境にいたのかもしれない。だとしたら、少しは分かり合えそうな気がした。

 

「つまらない人生ですね」

「どうしてあんたなんかに論評されないといけないのよ」

「ただの感想ですよ。それを言う権利くらいあるでしょう?それに、貴女自身がつまらない過去だと思っているのでは?」

 

 彼女は無言だ。だが、その無言が何より私の言葉が事実であることを肯定している。

 

「一生そうやってどうでも良い多数からの評価だけを求めて生きていってください。薄っぺらくてつまらなそうですが、それはあくまでも私の感想、私の価値観なので、貴女からしたら価値のあるものなのかもしれませんね。だとしたら申し訳ありません」

 

 薄く笑いながらの謝罪に彼女は苛立ったように地面を踏みしめた。埃が夕暮れの教室に舞う。

 

「そうやっていればいつか、貴女が本当に欲しかった人からの承認が貰えるかもしれませんからね」

「は……?」

「疑問だったんですよ。ただの性格でそこまで捻じれるのかが。貴女にはもっと根本的に何か承認欲求をかきたてる原因があったんじゃないかって。ねぇ、堀北さん。不思議な話だと思いませんか?」

「何が、かしら」

「ヒントその1。櫛田さんは学級崩壊を起こす引き金となった」

「……?」

「ヒントその2。櫛田さんが学級崩壊を引き起こした際、彼女はブログに個人情報をアップロードしていた。しかも知っている人なら特定できるような程度の匿名性で。ヒントその3。櫛田さんは他人の個人情報をばらまいた挙句、誹謗中傷をした。ヒントその4。櫛田さんの行いは完全に社会倫理的に問題行為だ。ヒントその5。にも拘らず櫛田さんの両親が動いた形跡がない。ヒントその6。櫛田さんの件で学校から呼び出しがあった時に……」

「なるほど」

「おや、綾小路君、分かりましたか?彼女が本当に承認を求めている相手。あくまで予測ですが、最も可能性の高いその存在の名は?」

「親、だろう?」

「その通りです。堀北さん、もっと推理力を付けましょうね。それはさておき、これが私の推理です。櫛田さんが本当に求めていて与えられなかったのは、櫛田さんの両親からの承認だった。興味がないのではない。貴女の両親は、言ってしまえばある種のネグレクトだったからでは?」

「……」

「離婚されてないという話を聞きました。それどころか、仲睦まじい夫婦だそうで。あれだけの事件があったのに。学校側が隠蔽したようですが、それでも他のクラスから話は漏れるでしょう。訴えられる可能性もあった。にも拘らず貴女の親は動いた形跡が無いようですね。卒業前だったため許されたものの、本来はとんでもない事態になりかねなかった。それなのにです。先程の堀北さんの問いに答えると、この情報は私の懇意にしているモールの職員が調べてきました。暇だったんでしょうね」

「……」

「貴女の親は、親になり切れてない子供だったんじゃないですか?いつまでも新婚気分。子供よりも互いを優先してしまう、そんな歪んだ家庭。私はそう推理しました。貴女の存在を認知はしている。食事や睡眠は与えている。暴力などはない。それでも貴女は家族というより、彼らからすればお荷物だった。違いますか?」

「……素直に言うと思う?」

「おっと、それもそうですね。まぁ、ただ1つ貴女を庇える点があるとすれば、貴女のクラスは貴女が暴露した方が良いレベルでヤバいってことくらいでしょうか」

 

 堀北も綾小路も、彼女が暴露したという話は知っていた。しかし、実際に何を言ったのかは知らなかったようだ。ブログは閉鎖されていたが、そこは流石電子の海。奥深くに眠っていた。それを見て、かつ部下からの報告書を見れば、恐るべき実態が書かれていた。あれを見た時は思わず戦慄したものだ。というか、人に言うなよ……という内容も多かった。

 

 詳しくは知らない両名は顔に疑問符を浮かべている。櫛田は察したようで乾いた笑いを浮かべていた。

 

「井上匠、某48人のアイドル握手会場にて乱闘騒ぎを起こし出禁。その後もストーカーまがいの行為を行う。江口実、万引き常習犯。遠山愛菜、パパ活。坂上紀里香、暴露された時点で妊娠3ヶ月。相手は同級生の雪永鉄平。長倉一郎、陰湿ないじめ行為を行う。なお、父親は会社でパワハラ、母親はママ友を虐め、弟もクラス内で嫌がらせをしていた。野口萌、学校の教師と不倫中。個人的にヤバそうと思ったものを挙げただけでこんなに。まだまだ小さいのを含めるともっと沢山あるみたいですね。どうです、堀北さん。母校が犯罪者と問題児の巣窟だった気分は」

「……最悪ね。筆舌に尽くし難いわ」

 

 綾小路ですらドン引きしている。気持ちは凄い分かる。堀北はどうせ中学校では一人だったのだろうが、それでも思い出はあるだろう。母校がこれと聞いて、愕然としている。

 

 この後の情報も多数入っているのだが……それはまぁ今回の大筋とは関係ないだろう。出禁少年は無事親に閉じ込められ、万引き犯は余罪が全部バレ逮捕。パパ活少女は性病で病院通いかつ親に勘当される。妊娠少女はなんとか出産するも虐待。これだけは流石に報告を受けた時点で見逃せなかったので保護するように動くよう指示した。その結果、虐待で書類送検。子供は無事我が母国の子供のいない夫婦の養子に入った。イジメ家族は一家離散。息子2人は引きこもり、父親は降格、母親は精神疾患で入院。不倫少女も大問題になったようだ。相手の教師はクビ。彼女も厳しい寮あり学校にぶち込まれた。

 

「だからと言って個人情報を勝手にネットに掲載した挙句誹謗中傷していい理由にはなりませんが……その後の結末を見る限り、いずれこうなっていそうではありますがね。これが日本の進学校ですか。末恐ろしいですねぇ。私のド田舎中学の秘密なんて、裏山にエロ本隠してるとかその程度でしたから尚更。都会は怖いなぁ」

 

 冗談めかして言ってみるが、誰も笑わない。そりゃそうだと思いつつ、話を戻した。エロ本隠してたやつが灘行ったんだから世の中は分からない。頭いいならモテると思ったようだ。……あそこは男子校だと言い忘れていたが、大丈夫だろうか。

 

「さて、随分と話が逸れてしまいましたね、申し訳ない。聞きたかった事は聞けたので満足です。ですからお答えしましょう。何故櫛田さんを説得したのか、についてでしたね。答えは簡単。Dクラスにまとまって欲しかったからです。内憂外患のどちらかを取り除くなら、内憂の方が楽ですからね。外とはどうあっても争わないといけないのがこの学校ですから。獅子身中の虫を益虫に出来るなら、万々歳では?」

「何のために、私たちをまとめさせるの?」

「Cクラスの、もっと言えば龍園君の相手をしてもらうためですよ」

「だろうな」

 

 綾小路がここで口を開く。

 

「綾小路君、あなた分かっていたの?」

「何となくだがな。諸葛は櫛田の情報を売る時も条件としてCクラスを相手するように求めてきた。だから諸葛の狙いはオレたちにCの相手をさせることなんじゃないかと予測していた」

「そんな取引が……聞いてないわよ」

「今言った」

「綾小路君、あなたねぇ。……まぁ今は良いわ。CクラスとDクラスを争わせる。それがあなたの狙いなのね、諸葛君」

「その通りです」

「下位クラスどうしで足を引っ張り合わせ、その隙に自分達はBクラスを蹴落としながらいれば楽だからかしら」

「そういう思惑がないとは言いません。しかし、本質的にはもっと違います。ほら、Cクラスって一部を除いて大体暴力的で柄が悪いでしょう?私の部下は武道の心得が無いので襲われたらひとたまりもないんですよ。だから龍園君たちの視線をDクラスの皆さんに向けて貰いたいのです。ヘイトコントロールってやつですかね。ちょっと違うかな?」

「私たちが利用できるから、という事ね。けれど意外ね。あなたがクラスメイト達を守るなんて。失礼だけれど……もっと利己的だと思っていたわ」

「達?あぁ、失敬失敬。勘違いさせてしまいましたね。私の指す部下はクラスメイトではありません。真澄さんただ1人です」

 

 誰も何も話さない。堀北は唖然としたような顔で私を見つめている。その瞳に写る感情は驚愕か、それ以外か。何れにしろ、私という虚像を見たようだ。私は、多くから求められている諸葛孔明という人間を演じているに過ぎない。だが、最早それが自分になってしまった。過去の自分、無垢だったころの自分がどんなだったかなど思い出すのは不可能だ。

 

 それでも私は構わないと思っている。多くが私にかくあれかしと望んだのならば私がそれに応えれば良い話だ。それは私のやりたいことであり、するべきことだ。ストレスなど感じる事も無い。仮面をかぶっているという点では同じでも、櫛田と私の決定的な差はここだろう。彼女は快のために、私は特にそういう理由は無く、そうしている。人が誰しもそうしているように。

 

「最低な人」

「貴女に言われるとは心外ですね、櫛田さん。クラスを裏切った人が言う台詞ではないと思いますが。しかし結果的にはそれが貴女を前に進ませることになったのかもしれませんけれど。途中で折れて貰っては困るので1つだけアドバイスをしましょうか。比べるべきは周りではありません。本質的に比べるべきは、昨日の自分です。それより少しでも前に進む。それが人が人生で行うべき行為ではないかと私は思っています」

「やっぱりウザい。説教くさいし、同学年の癖に腹立つ。絶対その場所から引きずり降ろしてやるから」

「出来ると良いですね」

「その為にわざわざ堀北とでも手を組んだのに、降ろせないなら意味ない。絶対諦めないから」

 

 目つきは変わっている。ただ盲目的に憎悪に突き動かされ感情的に行動していた時の様子は鳴りを潜めている。未だに憎悪は変わっていない。怒りも憎しみもまだ消えてはいない。それでも前を向くようになった。過去から逃れることは出来なくても、それと共に生きていくことは出来る。

 

 本質的なところでずっと彼女は過去を生きていた。あの日、全てが露見した日から彼女の時間は止まっていた。成長も無く、進歩もなく、ただ怒りと憎しみを抱え、その捌け口を探していた。それがたまたま堀北だっただけの事。もし違う人物でも同じような方法を取っていただろう。

 

 成功と言って良いだろう。これで櫛田の問題はある程度片付いた。火種が消えたことで、Dクラスは安心してCとの戦いに専念できる。龍園がこちらにちょっかいを出す余裕が無いように拘束していて欲しいものだ。いや、どう転んでも拘束することになる。今のままなら挑み続けるから。もし逆転したら今度は龍園が挑み始めるだろうから。Aクラスにちょっかいをかけても上には行けない。龍園ならば目の前の敵を排除することを優先するだろう。

 

「話したいことは以上ですか?」

「ええ。聞きたいことは聞いたわ」

「それではご健闘を祈っていますよ」

「……せいぜい足元を掬われないように気を付ける事ね」

 

 堀北も勉強会の教師役があるのだろう。足早に去って行った。綾小路もそれに続く。最後に教室を出ようとした櫛田に向かって私は言葉を投げかけた。途中であきらめたり投げ出して楽な方へ走らないようにさせるための言葉を。

 

「良い目をするようになりましたね。過去に生きていた状態からようやく脱せたという訳ですか。そっちの方がよっぽど人間らしい。ようこそ、現在へ。私を追い出せるように頑張って下さいね」

「チッ!!」

 

 思いっきり凄い舌打ちをしながら彼女は去って行った。それでも闘志が燃えている。暫くはしっかりクラスのために奉公するだろう。綾小路と堀北という監視役兼共犯者みたいな存在がいるので、これまでのように裏切ったりは出来ないはずだ。

 

 Dクラスへの布石は撒いた。Cクラスの龍園は必死にDクラスの参謀役を探そうとしているだろう。それに時間がかかればかかるほど良い。その間は少なくともこちらには来ないからだ。Bクラスとつるんでいる2年生に注力できるようになる。クラス間闘争の楽な逃げ方は他クラス同士で足の引っ張り合いをさせ、団結を阻止し、その間全力で戦力差を引き離すことだ。こうすればどうあっても勝てるようになる。

 

 ほぼ99%が計画通りに進行している。このままいけばしばらくは安泰。3年生向けの外交戦に注力できるはずだ。埃の舞う教室を後にする。西日だけが変わらず教室内を照らしていた。廊下に出れば、少しだけ寒くなってきた空気が肺を刺激する。少しばかり機嫌がいい。時計を見れば、模擬テスト終了まで後数分。何事も無かったかのように戻って解説を始める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上で一区切りにします。一旦休憩入りましょうか」

 

 空き教室の一件から数日後。テスト前の最後の追い込みという事もあって、クラスメイトは必死だ。今回のテストではどんな問題が出てくるか分かったもんじゃない。なので万が一が無いようにするためには必死になってやるしかない。3年と同盟を組んだことがここでも生きてきて、彼らがペーパーシャッフルをした際に出された問題を貰う事も出来た。当時の3年Bクラスが作成した問題のため、当然難しい。なお、坂柳には3年から貰ったとは言っていない。南雲と繋がっている奴に同盟の情報など渡せるものか。模擬テストやこれによって大分強化されている自信はある。どう頑張ってもBクラスがウチのクラスから退学者を出すのは不可能だろう。

 

「何か話でもしましょうかね」

 

 グデーッとして疲れている死屍累々を見ながら提案する。こうやってブレイクタイムを入れないと集中力が続かない。ずっと机に向かっているのは極一部の変人を除いて大変難しいものだ。

 

「Cクラスの男子が2年生と付き合い始めた話とかします?」

「あ~それ聞いた~」

「結婚するって息巻いてるらしいね」

「弓道部の奴だろ?」

 

 がやがやと話し始める。こういう恋バナというかゴシップは学生ならなおの事大好物だろう。現に食いつきが良い。まぁ興味なさそうな人もいるが。

 

「あぁ、結婚したいと言ってるのは知りませんでした」

「孔明先生、それ結構前に出たネタだよ」

「情報遅くない?」

 

 その手の話の仕入れ先が真澄さんしかない上に、彼女はあまりそういう話をしない。なのでどうしても遅くなってしまう。

 

「う~ん悲しいなぁ。結婚願望ある人、挙手!……挙げにくいか。誰もいないんですね。困ったな、話が展開できない」

 

 おどけたように肩をすくめれば、笑いが起きる。

 

「今から考えるのは難しいかもしれませんが、人生の中での大事なイベントなので人生設計する時にはしっかり考えた方が良いとは思いますよ?少子高齢化を食い止めるべく頑張って下さいね。でも社会制度がなぁ……。まぁまずは相手を探すところからですけどね。私のところに嫁いでくれる人は誰かいませんかね」

「「「!?」」」

「どうしました?」

「え、結婚願望あったんだ」

「いや、ありますよ?普通に。私だってねぇ、幸せな家庭生活くらい送ってみたいと思ってるんです」

 

 あ……という感じの空気が漂った。そう言えば、私の両親が既に死去している話はしていた。どうも気を遣わせてしまったらしい。実際はそんなに気にしてはいないのだが、そういう経験をした生徒は少ないはずなので、どういう顔をしたらいいのか分からないという感じだろうか。

 

「さて、話はこれくらいにして再開しますよ。私の話はこの辺で良いでしょう」

「「「ええ~~」」」

「しのごの言わずにやる!」

「「「は~い」」」

 

 口では気だるげでも一度ペンを持って問題をやったり話を聞き始めた時は真面目なので助かる。切り替えが上手いというのも、学習上大事なことだ。そして切り替えが得意な人は勉強もできる事が多い。自己を律せるのは大事なことだ。

 

 

 

 明日はいよいよ本番なのでかなり遅くまで授業をやり、今日は解散となった。軒並み高得点を取れるだろうと踏んでいる。むしろそうなってくれないと困る。こんなところ、しかも学力という我々が最もアドバンテージを持っている状況で敗北などするわけにはいかない。しないように万全を期してきたつもりだ。

 

 教室内では結構な人数が教え合ったり質問しあったりしている。健全な勉強環境だ。逃げようとした坂柳も他の生徒に捕まってこき使われている。普段あんまり役に立っていないのでこういう時くらいは仕事をしてもらおう。コイツは南雲と繋がっているが、しばらくは泳がせておくことにしている。

 

 南雲と繋がっているという情報源は橋本だ。見切りをつけたのか、情報提供をすることで私に協力する姿勢を見せている。彼は能力もあるし、諫めたうえでの坂柳の行動だったらしいので大義名分も立つだろう。信頼は出来無いが、その能力は信用はしても良いはずだ。

 

「お疲れ」

 

 信頼も出来る方の部下が話しかけてくる。彼女もしっかり頑張っていた。まだ他人に教えられるほどではないし、もっと言語能力や説明能力を高めてもらう必要があるが、それでも初期に比べれば格段な進化だと思う。順当に成長しているので、将来も安泰だ。進学したい学校は特に無いと言っていたので現段階ではあるが幾つかピックアップしている。

 

 正直日本の大学でも良いのだが、出来れば海外に挑戦して欲しいと思っている。日本の大学には日本の大学の良さがあると思うのだが、入った後に実りのある生活をしている学生が多いとはあまり言えない。英語力を鍛えるならば海外に行った方が良いのは確実だろうし、イギリスかアメリカで考えている。個人的にはイギリスの方が良いように思うが、その辺は本人の好みだろう。

 

 また、彼女は芸術系に造詣があるので、今後部活等で描いた作品が成果を出したのならば芸大を目指すのもアリだと思っている。それはそれでまた別の勉強が必要になるが、しっかり努力できるようになっている今の感じから見るにそんなに心配してはいない。

 

「そちらも、よく頑張っていたな。後は結果を出すだけだ」

「それを言わないで。こっちも結構戦々恐々って感じなんだから。アンタみたいにいつでも余裕綽々じゃないの」

「私だって余裕綽々ではないさ。いつだって緊張感をもってテストには挑んでいるつもりだ。つまらないミスなんてしたくないからな」

「慢心しないのは良いんじゃない?人間味ないけど」

「失礼な。私はしっかり人間だ」

「そう?」

「そうだとも。現に私より頭の良い人はいる。もしくはいた」

「へぇ~。誰?」

「私の知り合いと母親」

「お母さん、か」

「私も詳しく知っているわけではないけれど。世界トップクラスに優秀だったらしい。らしいというのは人から聞いた話だからそう言うしかない訳だが」

「どんな人だったの」

「どんな……か。言われると困るが。写真ならあるぞ。随分前のだけれど」

「見たいかも」

 

 彼女は珍しく興味津々と言った様子で私の顔を見た。その目には期待の炎がランランと灯っている。何かをお願いされるのは珍しかったので、教室内とは言え別に見せても良いだろうと思い携帯を開いた。画像フォルダの中に転送した写真が入っている。残っているクラスメイト達はどこか興味ありげに耳だけ傾けているのが気配で分かる。とは言え、知られても不都合はないだろう。

 

「はい、これ。私がまだ3歳くらいの時だから……丁度24歳とかか」

「…………マジ?え、これは怖い」

「何が」

「ちょっと顔良すぎない?」

「さぁ、自分の親なのでその辺はなんとも」

 

 母親に似ているとは言われることはあるが、自分では分からない。それを思い出した彼女は少しだけ気まずそうな顔をした。隣からチラッとのぞき込んでいた坂柳の顔は死にそうになっている。「負けました……この顔にはどうやっても勝てない……」と生気のない顔で呟いているのが普通に怖い。

 

「ちょっと暫く夢に出てきそう」

「そんなに……?」

「それはそうと、Bクラスには勝てそうなの?」

「ああ。勿論。これで負ける事は無いだろう。平均点は凡そ50点前後になるように設定してある。ボーダーには届くかはギリギリだな」

「作戦通りって訳ね」

「そう言う事だ」

 

 確認した彼女は私の耳に口を寄せて囁く。

 

「一之瀬に契約破りのペナルティは無いの?」

「無い。そうすればそうするほど、勝手に向こうが罪悪感を抱いてくれるだろうからな」

 

 約束破ってお咎めなしってのはどうかと思うけど、と言いながら彼女は口をとがらせる。耳がぞわっとして変な扉が開きかけたので今後は勘弁してほしい。ASMRが流行る理由が少し分かった気がした。 




<今回は英語表現。簡単な英文和訳です>

問:以下の英文を日本語に直しなさい。なお、辞書の使用を認めます。

(1)
This last one at least, if words are to have any precise meaning, we must confess to be unbeautiful, or ugly.

(2)
These musicians are not conscious of conventional instrumental technique until the later stage of learning, if at all.

こんな感じで英語表現のテストは辞書使用可能な問題で構成されています。Bクラスへの恩情問題なので、簡単ですね!



孔明の母親のイメージはAtlach=Nachaというゲームの比良坂初音というキャラクターをイメージしてます。そっくりって訳では無いですが、創造する際のキャラメイク時にはこの子を参考にしました。大体こんな感じって思って頂ければ。

次回で今章も終わりです。次章は……7巻でAクラスにあまり動きがないので、かなり短いかも。ただし、例のあの男が出てきます。


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40.トリプルスコア

少しご指摘を頂いたところがあったのでちょっと今後考えていたストーリーを軌道修正しました。まぁ大半の方にはあまり関係のない話なのでお気になさらず。


罪は消極的なものではなく、積極的なものである。

 

『キェルケゴール』

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 テスト当日を迎える。やはり普段の試験とは違うせいか、緊張感があった。普段の試験でも無いわけでは無いのだが、それが一層増している。相手が生徒というのは不確定要素として大きい。Bクラスがどんな問題を出すかは分からないが、2年生が作っている部分が大きいだろう。ともすれば、それ相応の難しさになっている可能性は否定できないどころかかなり大きい。

 

 だが、いくら2年生の優秀な集団と言っても問題を出すプロな訳ではない。大学受験等の問題を分析したりもしていないはずだ。それならばこちらに利がある。やってきた年季が違うのだ。これで負けたら切腹ものだろう。憤死してしまいそうだ。それは王朗の役目なのだが。

 

 だが私にも不安はある。それはBクラスの問題がどうかではなく、Bクラス用に作った問題に不備がないかどうかだ。やはり人の目を通していてもミスはあったりする。それがない事を祈るばかりだ。私のプライド的にも嫌だし、流石にテストを受ける生徒に申し訳ないと思う。作問者はしっかり責任を持たなくてはいけない。本当は解説もしっかりするべきなのだが……。受けさせっぱなしではあまり意味がない。

 

 テストは受けた後解説等で自己分析をして初めてしっかりとした効力を発揮すると思っているし、大学受験までのテストはそれで良いと思う。だから本当は学生に作らせるのはどうかと思うが……まぁそこは目を瞑るとしよう。

 

 予鈴が鳴った。先生が入ってくる。

 

「筆記用具以外は全て鞄に仕舞い、鞄は椅子の下にチャックを閉じた状態で置くように。常日頃言っているように不正行為は発見し次第即退学。1時限目は世界史だ。体調不良等あればその場ですぐに申し出るように。また、開始後すぐに印刷等に不備が無いかを確認してくれ。では配布する。表紙の注意事項をよく読むように」

 

 冊子が回され、すぐにチャイムが鳴る。一斉に紙が開く音が鳴り響いた。このバサッという音が結構好きだったりするのだが、流石に共感者は少ないかもしれない。

 

 問題にサッと目を通す。確かに出来は悪くない。だがこれならば……平均点は70点前後になるだろうか。もしかしたら割るかもしれない。流石に2年生、難しいものを作ってくる。しかし解けない訳ではない。後、問題の雰囲気がガラッと変わるところがあるのだが、それはBクラス側が付け足したのだろうか。あまり作問者の意図にそぐわないところに設問があったりする。

 

 ただ、最初っから自分達で作ったであろうところは良く練られていると思う。素直にそこは感心した。尤も中国史を前面に持ってきたのは失敗だったかもしれない。中国史は漢字などの初歩的なところから似たような人名や国名など間違えやすい問題範囲だ。それでいて頻出。世界史が苦手な人が嫌いな分野だったりする。

 

 その点こちらもしっかり対策はしていた。ペンが止まっている気配は感じない。勿論私は中国史が一番得意と言ってもいいくらいだ。負ける事は無いだろう。解き進めながらそう確信した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「始めっ!」

 

 先生の合図で英語の問題を開いて一之瀬は少しだけホッとしていた。問題作成をするのはあの諸葛孔明。しかも葛城や坂柳も加わっている可能性もある。葛城の優秀さは同じ役員として働いて良く知っていたし、坂柳も目立った動きは無いが優秀という評判は聞いている。事実、テストの度に掲示される各クラスの順位ではいつもこの3人が上位にいる。だが、今回のテストはそこまで目立って理不尽な問題はない。ここまで数教科分解いたが難しいし時間はかかるが一応常識の範囲内で収まっていた。とは言え自信がない問題も多いのだが……。

 

 それを抜きにしたってAクラスは優秀だ。生半可な手段では対処できないだろうと彼女は思っている。それ故、出来る事はなんでもした。幸い、2年生が全面協力だった。南雲がプライベートポイントで釣ったA~Dの優秀な成績の生徒がBクラス用に講習をし、またテスト問題の8割近くを作成していた。

 

 教える人数が沢山いたので、ほぼ個別指導のような事が出来たのは強かったと彼女は分析している。事実、一之瀬の推論通りBクラスの学力は元々高かったのもあるがかなり伸びていた。2年生の面目躍如というべきだろう。南雲も勉学が出来る。なので彼自身も教鞭をとって彼の得意科目ではあったが教えていた。

 

 頭がいい=教える能力が高いという訳では無いが、論理的思考力や言語力が高いのは事実。流石に諸葛孔明と並ぶわけでは無いがしっかり優秀な南雲は教える能力もちゃんと備わっていた。

 

 罪悪感はあった。それは今も日増しに高まっている。あの契約を知っているのは一之瀬と神崎の2人だけ。神崎は一之瀬に反対したが、他にAクラスに勝つ案を出せなかった彼は渋々2年生との同盟に賛成したのだった。だがそれがしっかり見抜かれていたことが職員室に問題を出しに行った際に判明してしまう。

 

 罪悪感やその他の色んな感情で崩れ落ちそうになりながらもなんとか体裁を保てた。クラスのために。その言葉だけが細い蜘蛛の糸となって彼女を支えている。

 

 英語の問題は相当な難易度だった。それこそ、自分達が受けたこの学校の入試なんて比較にならない。大学入試に近いような難易度で形成されているが、単語自体は難しくなかったりする。ただし文構造で差を付けてきたり、設問を解くのに時間がかかったりする構成になっている。一之瀬も時間配分をしつつ解いたのだが、思ったよりも時間が押していた。最後まで解けるかどうか怪しい。そう思い急ぎながらペンを進め、目を動かす。焦りは禁物だが、刻々と進む時計の針が一之瀬を、いやBクラスの全員の焦りを生んでいた。

 

 残り時間は5分。やっとこさ最後の問題に辿り着く。序文から見て行くと空欄補充だった。これなら間に合うかもしれない。単純な知識問題に近いため、付近の文脈を見つつ解くのがオーソドックスな解法だ。だからそのテクニックを使えばいい、最後の最後で易しめで助かった。そう胸を撫でおろしつつ、彼女の目は最後の文章を捉えた。惚気みたいな文章の、その最後に。

 

『It's hard to explain (5) detail. Even if there are any differences, they are both important. If you want people to think you are a respectable person, you should keep your contract.』

 

 顔面蒼白とはこのことだった。一之瀬は優秀である。それこそ、孔明がいなければ入試成績もトップ層だった程に。ペーパーテストにおいては堀北にすら勝っている。坂柳と同格だろう。それ故に、読めてしまった。この文章が。それも、かなりスムーズに。

 

 テストに集中することで忘れかけていた罪悪感が一気に襲ってくる。これが自分に宛てた警告なのは一目瞭然だった。2年生と組んだことがバレていること自体は職員室の一件で分かっていた。しかし何の行動もしてこない。それに、契約書を読めば彼との約束自体は厳密に言えば終わっている。

 

 過去問を買う代わりの生徒会入りだった。自分達はポイントを払い、向こうは生徒会入りを斡旋した。それで契約は満了している。破ったのは堀北元会長との契約。しかし、その元会長からも何もない。怯えていたが、結局今日まであの職員室での言葉だけだったことに彼女はホッとしてしまっていた。

 

 そこに突き付けられた警告。さながら心情的には喉元にナイフを突きたてられるようなものだった。動揺で手が震えて手汗が出る。問題自体は気合で解いたものの精神状態は既にガタガタだった。

 

 結局自分は何も変われていなかった。罪を犯して、それで今度こそと思っていたのに、甘言に流されてまた罪を犯した。そう思い、自分の救いようの無さに絶望しながら、彼女はそれでもクラスのために次のテスト以降もペンを走らせるのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 テストが終わり、数日後。採点結果が出そろった。自作のテストは不備なく遂行されたようだ。これで何か問題があったらとても恥ずかしいところだった。

 

「さて、これより前回の特別試験の結果を発表する。まずはこれが平均点だ」

 

 ザっと黒板に張られたのは各テストの平均点と総合の平均点。Aクラスは最高で85。最低でも72。まずまずの結果と言えるだろう。それらすべてを合わせた平均点は79。大分苦戦を強いられていると言っていいかもしれない。大分強化したつもりであったし、事実それは現れていたのだがそれでも80を割るとは。大体85くらいになるだろうと思っていたのだが少し予想を下回ってしまった。

 

 やはり、たかだか数週間では難しいものがある。それに、個々人の苦手分野なども違う。それを一気にやるのは難しい。あまり強権的な方法も使えないのがネックだった。これが龍園とかなら「やれ」と一言言うだけで彼らは死に物狂いで勉強するだろう。勉強はできる集団だが、だからと言って全員がやる気があるかと言われれば即答できない面もある。

 

 他のクラスに目をやれば、まずBクラスが総合平均で70。これは大いに驚いた。行っても精々60くらいが限界だと思っていたし、事実平均点は50点台になるように問題を作成した。にも拘らず+20点も予想を上回っている。南雲ら2年生の力を借りたのだろうが、それでもこの点数は向こうを褒めなくてはいけない。敵ながら見事と言う奴だ。

 

 CとDの争いはDクラスが勝っている。かなり競ってはいるが、勝ちは勝ち。結果が全てだった。これにより、またクラスの順位にも変動が起きた。

 

Aクラス:1489

Bクラス:643

Cクラス(龍園):362

Dクラス(堀北):202

 

 

Aクラス:1589

Bクラス:543

Cクラス(堀北):302

Dクラス(龍園):262

 

 となる。まぁ安泰だろう。これ、どうやってもしばらく負けるビジョンが見えない。ここからジャイアントキリングというのは難しいと思われる。他クラスが寄ってたかって袋叩きにしたとしても、負けないくらいには点数が開いている。クラスポイント1000とはそれほどの差だ。2年生と違い、真っ当な手段と真っ当な結果でしっかり結果を出しているので文句を言われる筋合いはない。

 

 一之瀬と堀北との間も狭まっている。堀北クラスは今年の終わりくらいまでにはBへ行けるのではないだろうか。龍園との共存は御免だが、それ以外ならまだどうにでもなる。

 

「次いで、今回のテストでの総合成績優秀者を発表する。該当者は励むように。また、そうでない生徒もここに入れることを目指して精進することを勧める。それでは以上だ」

 

<成績優秀者一覧>

 

1位:坂柳有栖(1000点満点)

1位:諸葛孔明(同上)

3位:堀北鈴音(985点)

4位:葛城康平(980点)

4位:幸村輝彦(同上)

6位:高円寺六助(975点)

7位:椎名ひより(972点)

8位:一之瀬帆波(968点)

9位:的場信二(960点)

10位:山村美紀(959点)

10位:綾小路清隆(同上)

14位:神室真澄(948点)

 

 ヨシッ!と思わず小さくガッツポーズだ。私の点数などどうでも良い。どうせ満点だ。というか自分で解いていて間違えたと思しき場所を発見できなかったので問題ない。学生の作ったテストでこの私が満点を取れないとなると本国の士気にも関わる。 

 

 それよりも自分が心血を注いできた教え子がこの結構そうそうたるメンバーにあと少しで食い込めそうなのが嬉しいところだ。Aクラス内でも私&坂柳、葛城、的場、山村に次いで5番目の点数だ。これは本当に褒めないといけない。生徒の成長がみられるという点でやはりテストは良いものだ。最初の方はAクラスでも底辺を彷徨っていたのに……成長に泣けてきた。素直に嬉しいものである。

 

 嬉しさのあまり思考を放棄しそうになっていたが、他に分析する点としては綾小路が点数をしっかりとっている。もう仮面のほとんどは剥がれていると見て良いだろう。今年中にはクラスの首魁へ踊り出るはずだ。幸村輝彦という生徒も優秀だが、彼は運動面がからっきしと聞いている。とは言え、戦力としてはウチの運動0のお嬢様に比べればひょっとすると高いまである。

 

 椎名ひよりについての情報は少ないが、後で男子連中にでも聞こう。この前与太話の中で図書館にいる妖精として名前が挙がっていたことを記憶しているからだ。接触はいずれ避けられないはず。彼女が龍園の懐刀の可能性が高い。

 

 どうでも良いのだが、私と坂柳の名前がいつもこの順なのは何となく心情的に私が下位にいるような気がして嫌になる時がある。五十音順だと諸葛(もろくず)は最後の方なので仕方ない。私より後ろとなると和田さんや渡辺さんなどのワ行かモだと諸星さんとかしかいない。本当の読み方である諸葛(しょかつ)に戻したとしても坂柳の後なのは忌々しい。

 

 日本語風に諸葛(もろくず)と言っているのであって、本来は中国語読みのままだ。諸葛(しょかつ)と読むのが正しい。我が先祖・漢の忠武候・丞相諸葛亮孔明より62世の後胤にして正当なる後継者が私だ。尤も、女系なので何とも言えないが、それ以外に直系がほぼいないので問題なく名乗れる。私に漢を興す気は無いが……四川の地より中原へ出ようとしているので千数百年ぶりの北伐と言えるかもしれない。

 

 それはさておき、先生は紙を置いてそのまま去って行く。安心している感じが見受けられるので、自クラスが下位になる可能性がほぼ消えたことに安堵しているのだろう。しかし油断は禁物だ。大勝している時こそ、一番危ないもの。下手なことしてクラスポイントを失ってはどうしようもない。

 

 折角手に入れた政権だ。譲り渡すのは業腹だ。それ故、なるべく維持できるようにしていかなくてはいけない。しかし、トリプルスコアに近い点数差を付けてしまった以上、敵視されることは避けられない。加えて他クラスとの同盟も望めないだろう。現状1年Aクラスは同盟相手に3年Aクラス。敵対者に2年生・1年Bクラス・1年Cクラス・1年Dクラスを抱えている。一見包囲されているように見えるが、王者は窮地の中から覇道を敷くもの。曹操しかり、信長しかりだ。

 

 小細工を使う必要性は薄い。このまま真っ当に勝ち続ける事が、我々に今後要求されていることだ。

 

「皆さん、お疲れさまでした。今回の戦いも無事勝利する事が出来ました。皆さんの努力の賜物でしょう。しかしBクラスも健闘を見せています。最後の最後、それこそ卒業するその時まで油断することの無きようにお願いします。早速Bクラスの問題を元に解説を作成しましたので、間違えた問題の復習をしておきましょう」

「「「えぇぇ~」」」

「……文句を言わずにやる!受けっぱなしのテストなんて何の意味もないんですよ。まったく。とまぁ注意喚起はこれくらいにして――打ち上げします?」

「「「「します!」」」」

「おぉ……凄い熱意。何なら私が教鞭取っていた時よりやる気あるじゃないですか。へこむなぁ」

 

 軽い笑い。まぁ皆集中して頑張っていたのは事実だ。それもしっかり認めないといけない。信賞必罰は古来より軍の……ここは軍では無いが集団統率の要だ。人心を掴み、士気を高めるには褒賞や対価が必要だ。誰も彼も忠誠心だけで年中無休で働いてくれるわけではない。それに、そういう人間にもしっかり対価を払わないと忠誠心が無くなってしまうかもしれない。

 

「じゃあ、行くとしましょうか。学校に怒られない程度に騒ぐとしましょう!」

 

 行き先は全員が入りそうな施設という事でカラオケになった。学生と言えばカラオケかボウリングをしてるイメージがある。後ゲーセン。後者はまだ未経験なので今度行ってみよう。やり方が良く分からないので、真澄さんが付いてきてくれるならの話だが。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 結果発表後のDクラス、いや間もなくCクラスになる事が確定しているこのクラスでは、少しばかり変革が起きていた。理由は幾つもある。綾小路がここで高得点を取ったため、いよいよクラス内でも役立つ人物、優秀な人物として認定されつつあった。それに早くからつるんでいた堀北に先見の明があったという流説が流れ、本人のあずかり知らぬところで株が上がるという事態が起きていたが、これは無論綾小路の指示を受けた軽井沢の仕事である。

 

 そして、櫛田も(本心はどうであれ)堀北に追随する姿勢を見せた。平田に反対意志は無い。こうして、長い時間をかけながらも(高円寺を除き)クラスは一頭指導者体制を固めたのだった。とは言え、龍園のような独裁でも、一之瀬のような盤石な政権でもない。いわば連立政権。色んな思惑の入り混じった個性が集まり、堀北の旗のもとに何とか連合しているような状態だった。

 

 実際堀北が動かせる人員は少ない。軽井沢グループは綾小路が裏で動かしているし、綾小路グループは言わずもがな。忠実な手下と言えば須藤だが、彼はやや頭脳が足りない。優秀な部下は櫛田くらいしかいないのが皮肉な事だった。例えるならば室町幕府だろうか。もしくは反董卓連合軍。

 

 放課後。実質的にクラスを牛耳るのは堀北と綾小路である。櫛田も加え、今回の反省会もどきが開かれていた。

 

「今回の試験、どう見るかしら」

「どうもこうも無いだろう。Cクラスに上がれる。まずはそれを喜ぶべきだ」

「けれどBクラスとの差も200以上。Aクラスに至っては……考えたくもない数字差ね」

「これ、ホントにAクラスに上がれるんでしょうね?」

 

 櫛田としてはそうでないと堀北を追い出せない。なので現状のままでは問題だった。それ故出た疑問である。

 

「不可能では無いだろう」

「本気?」

「あぁ。俺たちはまだ1年生だ。これから機会はある。今絶対的王者だったとしても今後どうなるかは分からない」

「それは、そうだけど……」

 

 綾小路としてもこのままではよろしくない。独走されてはどうやっても追いつけない。自分だけならともかく、クラス全体となるとなかなかに難しい課題だった。それ故に綾小路としては面白いと感じているが。

 

「学力でも結局ツートップには敵わないのね。出来れば今回の試験、Bクラスに勝って欲しかったけれど……」

「そうなって欲しかったのなら、協力するべきだったな」

「けれどあなたはそれについて何も言わなかったじゃない」

「あぁ。だがそうしなければいけなかったのは事実だろう?リーダーというのはそういうものだ。ただ指示していれば良い訳じゃない。部下に委任するなら、そういう指示をするべきだった。Aを落としながら龍園に勝つ策は無いのかとな。お前は自分で抱え込み過ぎだ。そして、指示出来ないとそれは全てお前の責任になる。成功すれば英雄。失敗すれば戦犯。そういうものだ」

「それは……」

「1人で抱え込めば、最後は史実の諸葛亮みたいに過労死するぞ」

「……」

 

 綾小路、というよりホワイトルーム自体は歴史教育にそこまで力を入れていなかった。しかし、諸葛孔明を相手にするにあたって、何かヒントでも無いかと思い綾小路は三国志を読むことになった。その際に図書館の主(椎名ひより)に絡まれることになったのだが……。それは今は良いだろう。

 

「あのウザい奴、なんか弱点とか無いの?」

「弱点なんてあれば苦労しないでしょう」

「そういうところだよ、堀北さん。こういうのは答えじゃなくて共感を求めてるの。だから女子から嫌われやすいんだよ。分かった?」

「……善処するわ」

「その言い方もウザいから止めなよ」

「えぇ、そうさせてもらうわね……」

 

 対人スキルはどう逆立ちしても櫛田には敵わない。なので、堀北も素直に従わざるを得なかった。その間にも綾小路は櫛田の発言を元に思考を深めている。

 

「弱点、か」

「綾小路君、何か思いついたのかしら?」

「弱点、では無いかもしれないが諸葛の方針らしきものは見えた気がしてな。諸葛は退学者を出さないようにしているのかもしれない。自クラスだけでなく、他クラスでも」

「それは……どうしてそう言えるのかしら」

「Bクラスの受けた問題を見せてもらった。ザっと目を通したが、Bクラスならば大体40~50点は取れるような問題になっていた。残りの50点分は相当難しかったが、それでも理不尽な訳じゃなかった。諸葛なら、Bクラスの全員が全く点数を取れないような試験にして大量に退学者を出すことも出来たわけだ。なのにしなかった。これまでの試験でも退学者は出ていない。やろうと思えばできる人物がそうしないのには、それ相応の理由があるんじゃないのかと思ったわけだ」

「どうなのかしらね。流石にそんな事は……」

「う~ん、縛りプレイ?」

「しば?あの、櫛田さん。それは何かしら」

「え~堀北さん知らないのぉ~?」

 

 ここぞとばかりに煽ってくる櫛田。意趣返しである。というより、こういう時しか挑発できないだが。

 

「綾小路君は知ってるよね?」

「いや、俺も知らない。悪いが教えてくれないか」

「えぇ……。まぁいいや。世間常識ダメダメな2人に教えると、縛りプレイはゲームの攻略法だよ。ゲームをする時、慣れていたり何回もやったことあると面白くなくなったりするから、それを避けるためにある条件を自分に課す。例えば、あの武器は強すぎるから使わないとか、この攻略法はしない、とか」

「ゲームを楽しむための方法、という事ね」

「まとめるとそうなるかな。まぁもし本当にAクラスがこういう縛りプレイをしてるんだとしたら相当舐められてるけど」

「そんな非合理的な事するかしら」

「さぁ?でも龍園君とかを見ていると何となくあり得そうかなって。リーダー=合理的って訳じゃないだろうし」

 

 前途多難ね……と堀北がため息を吐いた。綾小路も密かに同意したくなりながらも次の作戦を考えている。櫛田は堀北が苦しんでいることに悦びを感じるのでもっと困って欲しいという思いとAクラスに上がれないのは困るという思い、2つの相反する思いに悩んでいた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「確かに私は騒ごうとは言いました。言いましたよ?しかしながらこういうのは想定外な訳で……」

 

 カラオケボックスはもうコンサート会場と化している。フラストレーションを発散するために各々が歌っているわけだが会が進むにつれて段々とカラオケバトルのような様相を呈している。それは別に良かった。良かったのだが、私はカラオケに来る前に真澄さんに呼び出され、楽器を持ってくるように要求された。

 

 普通に意味が分からなかったのだが、ギターとかを持ってくる例は良くあるらしい。それに、彼女自身も演奏を聴きたいという事であり、そういうものなのかと思いながらバイオリンケースを持って店に着いた時に気付いた。彼女、友達いなかったじゃん。一人カラオケしかしたことないって前言ってたじゃん、と。すっかり騙されたと気付いたわけだが、今更帰るのも面倒なのでそのまま過ごす事にした。

 

 そして現在は決勝戦。

 

「イエ~イ、盛り上がってるかぁ!?」

「「「フォ~!!」」」

 

 雰囲気がおかしくなってるボックス内は最高潮の盛り上がりを見せている。MCはこういう時にすぐ動く出来る男橋本。彼は私と坂柳の二重スパイを務めているが未だに坂柳に見抜かれる気配のない有能だ。生来こういう盛り上げや雰囲気作りは得意と言っていたので、正にそれがいかんなく発揮されているだろう。

 

「いよいよ決勝戦!ここまで数多の屍を乗り越えてやって来た猛者だ!殿堂入りの孔明センセは演奏役をやっているので、これでAクラスの歌うまが決まるぞぉ!まずは先攻赤コーナー、ハスキーも低音も魅せる、既に女子の多くを虜にしている魅惑の音域、神室真澄!」

「「「キャ~!!」」」

 

 真澄さんが困っている。カッコいい系の歌を歌っていたせいで大分カッコいい感じになってしまい、女子受けが素晴らしく良い。友達、出来たんだな。良かった良かった。

 

「続いて青コーナー!ここまで音程の正確さで押し通してきたが、その声質のおかげで男子の脳を溶かし始めている坂柳有栖!」

「なんか私の紹介だけ私情が入ってませんか?」

「いえ、全然そんな事ないですよ。俺がそんなことするわけ無いじゃないですかぁ」

 

 笑っているが、絶対私情が入っている。坂柳は上手いんだが、心肺機能の問題で激しい歌が歌えないのでどうしても限られることになる。点数はそれでもとれているのでそこは素直に凄いとは思うが。今の採点が激ムズ採点という容易に100点が出ない仕組みを使っているらしい。それで90点台後半なので、普通の一般人としてカラオケに行くならば十分だろう。

 

「負けられない女の戦い!いざ開幕ッ!」

 

 そういう訳で開幕の合図がされてしまった。選曲はボーカロイド。そんなに詳しくは無いが、代表的な曲で助かった。イントロから飛ばしてくるが、これくらいなら余裕で弾ける。会場のボルテージはマックスだ。本来ギターのところをバイオリンでやってるので結構疲れる。

 

「刃渡り数センチの不信感が 挙句の果て静脈を刺しちゃって 病弱な愛が飛び出すもんで レスポールさえも凶器に変えてしまいました~」

 

 マイク持つと人格が変わるのか、パフォーマンスが良い。惜しむらくはこの学校には文化祭がないという事だ。日本の文化祭は凄く面白いという話を聞いているので密かに楽しみではあったが、やはりと言うべきか存在しない。関係者だけでも良いから招いてやってくれないものだろうか。

 

 焼きそば焼いたりメイド喫茶をしたり劇を演じたりすると聞いている。場合によってはバンド演奏もあるのだとか。修学旅行も無いし、その辺もっと何とかして欲しい。

 

 曲は佳境に入っている。目の前の端末に表示した楽譜を目で追いながら、指を動かしていた。これ、一番面倒なの私ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後坂柳に僅差で負けて機嫌の悪かった真澄さんを宥めつつ、数時間後に解散した。どっと疲れたが、これまでの人生で多く感じてきた疲労感よりはずっと心地よい。ド田舎暮らしも悪くは無かったが、都会での暮らしもそう悪くはない。ここが都会なのかはさておく必要があるだろうけれども。

 

 そんな余韻に浸る間もなく、次々と報告が舞い込んでくる。最重要と題されたメッセージにはこう書かれていた。『ホワイトルーム、再稼働間近』と。




次回以降はすぐに7巻の内容に入ります。閑話を書くほどネタが無かったんじゃ……。まぁ尤もその7巻の内容もそんなには無いんですけどね。


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7章・過去よりも大きな夢を持て
41.父と子


ここから原作第7巻に突入します。短いです。本番は8巻以降だから……許して……!


人間はすべて誤ったものなり、

ただ過ちを固守するは愚者なり。

 

『キケロ』

―――――――――――――――――――――――

 

<密談>

 

「結局のところだ。現状どこまで把握しきれている」

「完璧、とは言い難い状況です」

 

 長髪の青年は画面越しで己の副官と対峙していた。隻眼の目が青年を射抜く。かつての夏季オリンピックを対象とした大規模テロ事件を未然に防いだ代償に、その左目は永遠に機能を喪失した。義眼を入れる事は無く、そのまま黒い眼帯が覆っている。夏侯惇にでもあやかっているのか、と青年――諸葛孔明は思ったものだった。

 

「そうか。仕方あるまい。妨害も多いのだろう?」

「はい。幸い犠牲者は出ていませんが……」

 

 ここ数日、国内で起こっている自動車事故の多くはそれが原因だった。

 

「どうも公安まで出張ってきているようで」

「敵も大分本気だな。それだけの権力がある、という事か」

「実質的なシャドウキャビネットに近いものかと予測しております。これまで、国内反革命分子の存在によって巧妙に秘匿されてきたため、現在各情報局は大慌てになっています。粛清の結果、少しずつ明らかになっているようですが」

「台湾はどうだ」

「向こうの同志とも連絡を取りましたが、詳しくは知らないという事でした」

「分かった。引き続き調査を進めろ。上から何を言われるか知らんが、全て私の命令で押し通せ。どうせ中央は強くは出てこれない」

「了解しました。現状の資料は送付したものになります」

 

 孔明は送られた資料の画面に目を通す。ブルーライトの光が暗い部屋を満たしていた。

 

「大それた組織だ」

「はい。その印象は私どもも抱くところであります。それと……言いにくいのですが資料にも書いたように、この組織の建設には閣下の御父上が関与しているとの事です。閣下の側にも何か資料があるのではないかと愚考するところでありますが」

「その可能性は大いにあるだろう。探しておく」

「御実家に人を差し向けますか?」

「……いや、止めておけ。あそこは魔窟だ」

「魔窟とは?」

「生きて帰れるか分かったもんじゃない。それに、凡そ本や資料らしきものは全て持ち出した。床下も天井裏も全て探している。求める物は何もないだろう」

「了解!」

 

 資料を眺めていた孔明の目は、一点で止まる。そこを暫く読んでいた彼は、口角を上げた。

 

「この綾小路清隆をここへ送り込んだ後解雇され焼身自殺した執事だが、息子がいるな」

「はい。私立高校に合格したようですが謎の理由で取り消され、他の学校も全て取り消されたと。まるで我が国のような有り様。本当に日本の話なのかと疑いました」

「平和主義の国家の内実がそうとは限らんさ。ともあれこの息子だが……いないよりはいる方が良いだろう」

「保護せよと?しかし、これは職域に反する可能性が。もしくは我々の件が露見する可能性もありますが。見張られていない、とは考えにくい事です」

「そこは上手く目をくらませてやるのが腕の見せ所でないか。違うかね?」

「いえ、その通りであります」

「我々の属する軍の名はなんだ」

「人民解放軍でありますが……?」

「そう。人民解放軍だ。困窮し、圧政と理不尽に苦しむ人民を()()してやらねばならない。そうだろう」

「はっ!早速手配致します」

「頼んだぞ。手札は多い方が良い」

 

 敵対する気がないならまだいい。そう思っていたが、父親が関与していたと聞き、孔明の心境は変化していた。関与していた、つまり途中で抜けたのは何らかの不備があったからだ。そうでなければあの傲慢な父親が途中で物事を放棄するわけがない。彼はそう考える。で、あればその不完全だらけな施設でまともな人生を送れなかった子供たちに対する責任の一端は自分にもあるのだろうと捉えていた。

 

「父親の贖罪、か……」

「はい?」

「いや、何でもない。引き続き励んでくれ」

「了解しました!諸葛閣下、万歳!」

 

 通信は切れる。暗い部屋の中で、青年が1人、ため息を吐いていた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 12月も暮れていく。もうすぐ長くて短かった1年が終わろうとしていると思うと、少しばかり寂しさがある。残された期間は後2年と少し。再来年の冬にどんな気持ちでここにいるのか、もしくはそもそもここに在籍したままでいられるのか。まだそれは分からない。来年の事を言えば鬼が笑うとも言う。まだ残っている日々を過ごすことが肝要なのかもしれない。

 

 先のペーパーシャッフルにおいてBクラスに勝利した以上、最早安泰と言っても良いだろう。大きな負けをしても、それが致命傷にはならない程度には差を開いているつもりである。これでも他クラスは諦めていないというのだから恐れ入る。敢闘精神は認めるが、それは時に現実を見ないことにもつながる。まだ2年ある。ただ、たかが2年しかないと見る事も出来るはずだ。

 

 他クラスがどうなろうと知った事では無いが、高みの見物というのは私のするべきことと相性が良かったりする。能力測定するのに自分が危うい立場にいてはそんな事おちおちしていられない。攻撃されない高いところから見下ろしているのが楽ではあるのだ。

 

 内部にいる反乱分子はほぼいないに等しい。私を直接攻撃することはもう内部からは不可能だからだ。後は功績を積み上げてその量と質で勝負するしかない。尤も、そんな機会を与えるつもりは無いが。相手のやれることが絞られている場合は多少追い詰めても問題ない。考える方向性は大分読みやすくなっている。それに、橋本という内通者も存在している。彼が正しく情報を伝えないデメリットを理解していないとは思えないので、もたらしてくる情報の信ぴょう性に疑う余地はほぼないだろう。

 

 一之瀬の牽制は前回のペーパーシャッフルで終わりだ。ある種の意趣返しのようなものだったので、長くやるつもりは無い。それに、南雲が一之瀬坂柳の両方と繋がっているのなら、そこから一之瀬の過去が漏れている可能性が高い。南雲が一之瀬のような善人がBな理由を聞いておかない訳もないだろう。ともすれば、後は坂柳が勝手にやってくれるはずだ。放置するわけでは無いが、精神性も能力の1つ。試練として見守っておくとしよう。

 

 夕食時。一旦箸を置いた真澄さんは話を切りだした。

 

「アンタは聞いた?Cクラスの話」

 

 Cクラスとは、今は堀北や綾小路が所属しているクラスだ。かつてのCだった龍園は既にDに落ちている。262という悲しいクラスポイントと共にだ。最早最初の5月時点で持っていたポイント数の方が多いという段階まで落ちた。いや、それはどのクラスも同じか。唯一例外がAクラスなだけで、他は皆Aクラスに吸い取られるようにクラスポイントを下げている。

 

「Cの話とは?」

「なんか、Dの連中に付きまとわれてるって」

「ほう、その話をどこで?」

「女子がちょこちょこ話していたのを聞いたの。龍園は何を探ってるわけ?」

「体育祭……いや、それ以前の無人島、もっと言えば暴力事件。あの時から龍園はいまいち成果を残せていない。その理由は当然標的としたCクラスが上手くそれを回避したり逆にカウンターを仕掛けているからだが……その黒幕、もっと言えば指揮者を探しているのだろう。狙い撃ちするために」

「指揮者?堀北とかじゃないって事?」

「少なくとも龍園の中ではそう言う事になっている」

「全然違くてただの龍園の妄想って可能性もあるわけか」

「それはそれで愉快な光景だし、事実その可能性もあった。だが、実際には龍園の予想は当たっている。影で堀北を動かしている存在がいる」

「へぇ。誰?」

「綾小路だ」

「綾小路……?誰だっけ、それ」

「堀北の後ろに良くいる目の死んでる奴だ」

「う~ん……あぁ、あの覇気のない男子か。でも、あんなのが黒幕ってなかなかに信じがたいんだけど」

「人畜無害そうなやつが一番危ないとも言うだろう。能ある鷹は爪を隠すってやつだ。隠し過ぎて今から挽回はなかなかに厳しいかもしれないが」

「アンタが言うと説得力があるわね。そうでしょう?人畜無害そうな顔してる危険人物さん」

「ま、その通りかもしれんな」

 

 龍園もある程度確信しているのだろう。だが、まだ信じるに足るだけの情報を集めきれてない。だからこそ、配下を用いて人海戦術で吊りだそうとしている。多分、今後もっと過激な手に及ぶだろう。その瞬間を捉えれば龍園を退学させることも可能だろうが……それはやはり私の目的に反する。

 

 綾小路も周りにうろつく蠅は厄介だと思うはずだ。目障りではあるからな。それに部下がいないわけがない。流石にここまで1人とは思えないので、誰かしらと組んでいるはずだ。櫛田ではない、他の誰かと。

 

 綾小路に関する行動の情報は少ない。最近ではグループのようなものを組んで行動しているのを見かけた覚えがあるが。それ以外だと、船上試験の時のグループ分けくらいしかない。あの時、町田が何か問題が起きていたと報告していた。

 

 確か……Cクラス、当時はDクラスだった軽井沢とDクラス、当時のCクラスだった真鍋という生徒が揉めていたという話だったか。それを綾小路が仲介していたそうだ。だとするならば、この軽井沢か?少し短絡的かもしれないが、他よりは可能性があるだろう。

 

 坂柳ならばここでAクラスの生徒を動員して見張らせることも出来ただろうが、生憎私の政権はそういう強権的な政治体制の元に成り立っていない。命じる事が出来るのは真澄さんくらいなもの。探らせることは出来ない。それに、私以外がやると気付かれそうだ。

 

「今後その綾小路とどう接していくかは決めてるんでしょ。教えて頂戴」

「今のところは静観を決め込むつもりだ。Cクラスは目下の脅威になりえないし、個人戦でどうにかなる事が少ないのがこの学校だ。南雲体制で少しは変わるかもしれないが……彼らの倒すべき敵は下から来る龍園と上にいる一之瀬だ。当分は影響がないだろう。彼が裏のリーダーだと気付いていない風に装ってくれ」

「演技しろって事ね」

「そうだ。箸にも棒にも引っかからない人畜無害なモブAとでも思っておけばいい。意識してそうすると逆に不自然だから、無意識に行えるように頑張れよ」

「そんな無茶な……」

「なるべくだ。出来る範囲で良い。知っているとバレたら……まぁそれはそれでやりようはある」

「そう。ま、頑張ってみますけど」

 

 綾小路の戦略はまだ完全には読み切れていないが、個人でAに来る気が無いのであれば、やれることは限られている。一之瀬を蹴飛ばしてBへ上がる事だ。それが彼の目指すべき戦略だ。面倒な龍園をDに封じて、その相手を上にいる一之瀬にさせる。そうすれば、綾小路たちは我々Aクラスに集中できる。

 

「今後、龍園・綾小路関連で動きがある可能性が高い。なかなかおびき出せないと分かれば、龍園も手段を選ばなくなるだろう。何か動きがあればすぐ教えてくれ」

「りょーかい」

 

 あまり関わりの薄い事であろうとも情報を得ることは大事だ。それに、他クラスと接する機会が少ない以上、断面を見る事でその人物の理解につながり、戦略を作りやすくなる。思考を読むという事だ。思考を読むというのは何も難しい話ではない。相手の人格や取れる選択肢、その他色んなものを総合し絞っていく。そういう機械的、ある種コンピューターのプログラム的な思考の動きの事を指すのだ。

 

 さて、どう出るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、良いかい?」

 

 ある日の午後。廊下にて40代の男性が私に話しかけた。彼はただの人物ではない。坂柳理事長。それが彼だ。この学校の実質的な長でもある。そんな人物が、往来で話しかけてくる。彼とはストーカー事件の際に話している。しかし、それ以来接触は無かった。

 

「今、少し良いかな。来てもらいたいところがあるんだ」

「構いませんが。どれくらいで終わりますか?」

「あまり確証は出来無いけれど、そう長くは取らせない。会って欲しい人がいる。君の御父上の知り合いだ」

「よろしいので?外部との接触は禁じられているはずですが」

「私が許可したんだ。文句は言わせないさ」

「ならば行きましょう」

 

 彼の後ろにくっついていく。どうせ行き先は理事長室だ。理由はわかっている。今日、綾小路の父親、即ちホワイトルームの責任者たる人間が来ている。今朝がた部下が緊急連絡で知らせてきた。通信傍受で何とか盗み出してきた情報だという。事実、昼頃に確認すればこの学校の駐車場に見慣れない高級車があった。運転手はいたが、それ以外には存在していない。あれ、爆弾とか仕掛けやすそうな車だ。やらないけれど。

 

 部下たちの決死の努力で徐々に秘密のベールははがされてきている。じきに丸裸になるだろう。時間の問題だ。流石に人員も資金力も違い過ぎる。これで負けたら大恥だったが、その心配も無いだろう。

 

 備えはしておいた。まだ完全に情報は掴めていないが、用意してある手札でどこまでやれるかが腕の見せ所だろう。ついでに言えば、ホワイトルーム側の感情を知る事も出来るはずだ。私を裏切り者の子として扱いたいのか、それとも興味など無いのか。私としては後者であって欲しいものだが。

 

「私を呼び出したのは綾小路案件ですか」

「やはり、知っていたのかい」

「ええ、まぁ。一応は聞き及んでいました。この学校に在籍している綾小路がそれと同一人物かどうかの確証を得るのには大分時間がかかりましたが。私に会いたいというのは先方の希望ですか」

「いや、これは僕の独断さ。綾小路先生が、というより君にメリットがあると思ってね」

「メリット、というのは?」

「綾小路先生が君をどう思っているのか、鳳教授をどう思っているのか、実のところ僕も良く知らない。だけれど、何の感情もない、という事は無いはずだ。知っている君にだから言うけれど、先生は綾小路君を退学させようとしている。しかし、ここにいる以上、僕の守るべき生徒だ。同時に君にもちょっかいをかけてくる可能性はある。だからこそ、情報を少しでも持ってもらうために呼んだんだ。君ならば防げるかもしれないけれど、もし先方が何かしてくるならば、どこから攻撃されているかくらいは知る権利があると思うからね」

「ご配慮感謝します」

「教授にはお世話になった。私は教授のゼミにいたんだよ。その恩返し、ではないけれど筋は通さないといけないからね。……さぁ着いた。少しだけ待っていてくれるかい」

「分かりました」

 

 理事長はノックをすると中へ入って行った。会話はうっすらだが聞こえる。低い声がする。あれが綾小路の父親だろう。綾小路の感情の籠っていない声も聞こえる。

 

 理事長の言うように、退学を要求している。だが、高校は義務教育ではない。それに、学費も国費だ。である以上、綾小路の父親が親権を振りかざしたところで無意味であることは多分分かっていると思う。なかなかに強引なロジックで理事長を説き伏せようとしているが、あっさりと躱されてしまう。果たして本当に彼は息子をここから追おうとしているのだろうか。

 

 同時にとんでもない情報が聞こえてくる。受験が正しく機能していないという事だ。秘密裏に学校への推薦がされている?という事は、我が母校からも出ていたという事か。もしくは理事長の独断で入れたのか。部下の情報によれば、綾小路は中学に通ってない。であれば推薦なぞ出るはずもない。確かに入学できる存在では無かった。それを受からせたのはやはり、理事長の独断だろう。

 

 なんだこの不正入試システム。これは酷い。面接も試験もカムフラージュ?我が国の入試ですらそこまで酷くは無いぞ。全体主義国家に負けてる民主主義国家の運営する学校の存在意義とは何なのだろう。だからDクラスに配属されるような、本来もっといい人材がいるであろうに入れた謎な生徒たちがいるのだ。これは知らなかった。情報も徹底的に秘匿されていたし、まさかそんなことになっているとは思いもしなかったので調べもしなかった。

 

 全部録音中なので万が一の際は日本のマスコミと世界のインターネットにこれをばらまいて逃げるとしよう。

 

 万が一の際の決意を固めていると、話は終わりに差し掛かっている。綾小路の退学を自分の意思がない限りはさせないと断固拒否した。権力に屈しないのはいい点だ。入試制度はクソだけれど。

 

 理事長は綾小路を特別扱いはしないと言っているが、本当か?自分の娘の配属先について、胸に手を当て神に誓って特別扱いがないと言えるか?言えないと思うのだが……。確かに彼女の身体において、彼女に罪は無い。それは事実だ。しかしながら、この学校が実力至上主義を謳うならばそれもしっかり加味しないといけない。それに、アイツ中学で何しでかしたかしっかりこっちは知ってるんだからな。恨まれて当然の人生だ。そりゃ呪われるというものだ。

 

 正直、Dとまでは行かないがBやCでもおかしくないと思われる。あの変人だらけの初期Dクラスをまとめられるかは……無理そう。多分、我が強すぎる連中なので死ぬ。Cだと龍園にボコられて終わりだろうし、Bだと多分人望値で一之瀬に勝てない。あ、これAじゃないと詰みか。もし仮にDだと憤死してそうだが。

 

 というか、アイツの目指してるの独裁国家じゃないか。間違ってもこの国を率いさせたらダメな奴だろ。私とはどうあっても相容れない。これでも民主主義を目指しているし、そういう制度を作っているつもりだ。じゃなきゃ面倒なシステムをわざわざ導入しない。母国でも現状の制度を利用して上に行けばいいだけなのだから、わざわざ制度ごと破壊しようとなどしない。

 

 この学校のクラス分け、かなり恣意性があると言わざるを得ないだろう。

 

「話は終わったようだな。これで失礼する」

 

 綾小路の父親と思われる声が言う。

 

「いえ、少しだけ待っていただきたいのです」

「なんだ?」

「恐らく、先生がお会いになりたい人を呼んでいますので」

「……なんだと?」

「入って来たまえ」

「失礼します」

 

 呼びかけに応え、私は扉を開けた。傲岸そうでありながら、魂に不屈を持っている。そう感じさせる風貌だった。なるほど、確かに偉人の素質はある。性格に致命的な問題点を抱えているが、それでも傑物と呼ばないのは目が曇っているのを自白するのと同義だと思わせる顔つき、存在感であった。

 

 そんな男が一瞬怪訝そうな顔をする。そして、私の目を見て動揺を見せた。綾小路も少し驚いたような顔をしている。そんな顔も出来るようになったのかと思うと感慨深い。前にここで話した時は表情など無いに等しかったのに。

 

「お前は……いや、まさか……」

「どうも、お初にお目にかかります。私の名前は諸葛孔明。旧姓は鳳。よろしくお見知りおき下さいませ」

 

 男は所在なさげに手を震わせている。空中を視線と行き場を無くした手が彷徨い、そして彼はもう一度腰を下ろした。明らかな動揺が見て取れる。

 

「鳳、統元は……そうか、死んだのだったな」

「はい。昨年に死去しました」

「そうか、そうだったな。あぁ、そうだ……。お前が跡取りか」

「そういうことになりますかね」

「統元から話は聞いているのだな」

「ええ」

「ならば聞かせろ。息子ならばわかるはずだ。何故統元は俺を裏切った」

「裏切ってなどはいないでしょう」

「なに?」

「見捨てたのだと思います」

「どうしてだ。ホワイトルームは完璧なはずだ。確かに、まだ成功と辛うじて言えそうな存在は清隆しかいない。それでも、実験とはそういうもののはずだ。まだ数例もないのに成功不成功など、分かるはずがない!何より、ホワイトルーム理論は統元自身の発案だぞ!」

「それはそうでしょうね。確かに、実験は数回では分からない。ですが、鳥のように人類は腕を動かしても飛べないように、成否の明らかな実験も存在します」

「鳥の例とホワイトルームが同じだと?」

「あくまでも私の見解ですが、父に大志はありませんでした。あったのは自身を認めさせるという欲求と、自分の考えたことが正しいのか実験し、知りたいという欲。ただそれだけでしょう。その過程でホワイトルームを構想した。しかし、その中のどこかの過程で私にも貴方にも分からない父だけが気付いた不備を見つけてしまった。だから見捨てたのでしょう。もう、貴方に用は無くなったから」

「そう、か……」

 

 少しばかり打ちひしがれているように見える。この野望に生きていそうな男もかつては理想に燃え、私の父を同志と信じた日があったのだろうか。

 

「ただ、父はこう言っていました。感情の無い機械に、天才になる目は無い、と」

「感情?そんなものが必要なものか」

「さぁ。それはわかりません。しかし、父は感情という数値化できない領域においてホワイトルームの不備を見つけたのかもしれません。もしくは、凡人にも分かるよう最大限咀嚼した言葉がそれなのかもしれませんけれど」

「……」

 

 男は黙って下を向いた。綾小路や坂柳理事長ですら、見たことの無い姿だったのだろう。この男に感情というものがない訳ない。自分でいらないと否定したものに今一番振り回されているのもこの男という事実は私には皮肉に見えた。

 

 次に顔を上げた時にはもう普通の顔になっていた。しかし、どことなく覇気が薄くなったような気がする。

 

「なるほど……孔明と言ったな。お前の影響か。清隆が変化したのは」

「どうなんでしょうね。その辺どうです?」

「当然だ。オレは諸葛を見て、考えを改めるに至った。お前の教育には無い物を、諸葛は持っている。お前の下に戻っても意味がない。それも、オレが退学を拒む理由になっている。友人もその一環だ」

「先ほども言ったが、人間のなりそこないのような感情しかないお前に友人だと?」

「友人はいるんじゃないですかね。私は少なくとも、綾小路君が友人と行動しているのを見ていますが」

「どうだかな。ただ共にいることがイコールで友人であるわけではない。駒として、利用しようとしているだけでは無いか?」

「そこまでは知りませんが、利用しても構わないのでは?利用しあって良い感じの関係になる。それが友人でしょう。それに、本人たちが友人だと思っていれば友人なんです。そこに第三者がそれは偽物だ、と口を挟む余地など無いように思われますがね。友達のいなそうな思考回路ですね」

「ほざけ」

「これは失敬」

 

 友達いなそう。寂しい人生を送っているな。野望を達成できても、空虚感しか残らなそうな人生だ。それに気付くこともなさそうだが。まぁそれは個人の生き方なので別に勝手にしてもらえばいいが、友人の多さでは私はこの偉そうな父の元同盟者に勝てる自信がある。……大丈夫だよな。向こうがゼロでこっちには真澄さんがいるから……。真澄さんは友人なのか……?友人だと思っててくださいお願いします。

 

「良く回る口だ。父親そっくりだ」

「どうも」

「坂柳」

「はい、何でしょうか」

「先ほどくだらない学校と言ったが訂正しよう。この男を入れただけでもくだらなくは無い」

「ありがとうございます」

「諸葛孔明、単刀直入に言う。ここを退学して、我々と共に働く気は無いか」

「ありがたいお誘いですが、生憎とここを追い出された後には新宿の高架下で過ごすという仕事がありまして」

「ふざけたことを。どこまでも俺には与しない、という訳か」

「父が見つけてしまった不備が直っているとは考えにくいので。それに加わっても、父が目指した以上の成果は得られないでしょう。そんな徒労に人生を賭けたくないので。どうしてもと言うなら、諸葛亮を引っ張り出す方法はご存じでしょう?」

「三顧の礼、だと?俺がたかだが15、6の若造に?」

「年で判断する。年功序列の日本人らしいですね」

 

 鋭い眼光が私を射抜く。だが、この程度何も恐れる事は無い。この男は私に直接的手段を講じる事が出来ない。武器の類は持っていないようだし、当然だ。反面、私は簪を抜ける。その点で精神的に優越している。それにこの程度の視線、潜ってきた死線に比べればそよ風のようなもの。人生経験で負ける気は無い。

 

「……良いだろう。お前は後回しだが、必ず手に入れてやる。父親は俺を捨てたが、お前を手に入れれば意趣返しも出来るだろう。それに、無能ではないようだからな」

「来年以降、ホワイトルームから刺客でも送りますか?」

「そうせざるを得ないかもしれんな。無駄な手間だが仕方あるまい」

「では、来年度をお待ち申し上げておりますよ。綾小路君と共に」

「オレは待っていないんだがな」

「今度こそ失礼させてもらう」

 

 綾小路の答えを冷徹な目で見ながら、男は立ち上がった。最早用事は無くなったのだろう。

 

「見送らせて頂きます」

「不要だ」

「親を語るなら、何度でも足を運ぼうとは思わないのか?」

「無駄なことは極力したくない。お前の意思が曲がらないなら、1度きりで十分だ」

 

 挑発した綾小路をいなし、そう吐き捨てた。事実、綾小路に退学の意思は見られない。ならばその説得は無駄な事ではあるだろう。

 

「……最後に1つだけ。諸葛孔明、鳳統元の墓はどこだ」

「墓、ですか?であれば、少しお待ちくださいね」

 

 理事長の机の上にあった電話用のメモ用紙を拝借し、そこに住所を書く。

 

「ここです」

「そうか」

「無駄なことは嫌いなのでは?」

「何が無駄かは、俺が決める事だ」

「凡そ人間らしい趣味嗜好の無い父でしたが、ワインが好きでしたよ」

「……分かった」

 

 そう言うとバタンとドアを閉め、男は去って行った。これで来年の時局はある程度見えてきた。これに合わせた対応が必要だろう。坂柳理事長がいる限り綾小路とついでに私も身柄は安泰だろうし、またホワイトルームの生徒が入れる可能性も少なくなる。

 

 であれば、まず間違いなく坂柳理事長を引きずり下ろす妨害が入るだろう。それへの対応も必要になってくるかもしれない。いずれにしても、何としてでも来年度の新入生に1人はこちらの勢力の人間を入れないといけない。その人数は多ければ多いほど良い。母校から後輩が来てくれるかは分からないが……。そう言えば、この前の資料に書いてあった死んだ執事の息子。あれには幼馴染がいたような。羨ましい、爆発しろと思っていたのだが……使えるかもしれない。

 

 何はともあれ。状況をまだ完全には把握していない感じで戸惑っている綾小路と話をすることが先決だろう。




<高度育成高等学校・1学年Aクラス担任 総評>

12月1日時点 クラスポイント

1589

【夏休みまで】
リーダー格に2人、その仲介役に1人という三頭体制で隙の無い布陣を見せていました。早くにSシステムのルールに気付き対策を行う事で優位に立ちながらも油断せず慢心の無いスタートだったと思います。

【無人島試験】
諸葛孔明筆頭に自クラス独力での勝利でしたが、他クラスの利用やルールの裏を突いた戦略など多くの点で光るものがありました。また、クラス内でもグループの垣根を超えて協力しあい、近年稀に見る満足度を持って試験を終了していました。

【船上試験】
結果としては±0だったものの、プライベートポイントを取る事で戦略を確立していました。また、動きも非常に積極的であり、将来性を感じさせる行動を生徒1人1人が取っていました。

【体育祭】
運動を苦手とする生徒も存在する中、リーダー中心にまとまって行動できていました。声掛けをしあうことで雰囲気づくりをし、楽しみながら勝ちに行く、という目標を達成していたように思われます。龍園翔を筆頭とするDクラスとも協力する事が出来ていました。

【ペーパーシャッフル】
学力的にも大幅に成長した姿を見せてくれました。基本に忠実ではありますが、上位にいながらも努力を辞めない姿勢は評価に値すると思われます。また、非常に民主的なシステムを構築しており、ポテンシャルの高さを改めて感じさせられました。


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42.パーティー

天下における真の英雄は余と君のみだ

 

『三國志演義・曹操』

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「茶柱先生とのお話は済みましたか」

「ああ。時間を取らせたな」

「いえ、大した時間ではありませんから」

 

 綾小路の父親との対面を経て、我々はお互いに話をする必要性を認めた。その為、こうして会合をしている。そう言った話し合いを秘密裏にやりたい場合、この学校には適した場所が多い。

 

 だが話をする前に綾小路側から担任である茶柱先生と話をしたいからそちらを優先して良いかと聞かれた。拒否する理由も無いので好きにして欲しいと伝えたが、その話し合いが終わったようだ。

 

「綾小路君、君は本当はクラスを率いるつもりも、もっと言うのであれば目立つつもりもなかった。違いますか?」

「その認識で正しい。オレは普通の学生生活を送りたかった。尤も、この学校の日常は外では凡そ非日常だろうがな」

「無論です。日本中の学校がこんなだったらたまったものではありません。さて、話を戻しますが、そんな中でも君がクラスのために戦略を立てたのは茶柱先生が絡んでいると読んでいますが、如何でしょう」

「流石だな」

「野望を抱いている人には、隠しきれない気配があります。これでも無為に16年生きてきたわけではありませんからね。人を見る目は、そこそこ以上にあるつもりです」

「諸葛の言う通り、オレは5月になって早々茶柱先生から脅しを受けた。察しはついていると思うが、あの父親関連の脅しだ。後はお前の想像する通りだろう」

「教師が生徒を脅す、ですか。私としてはあまり愉快な事ではありませんね。たとえそれが他クラスであったとしても。君には何の罪も存在していないのですから。教職ともあろうものが……」

 

 自分の担任がそうでなくてつくづく良かったと思う。私がAクラスなのもあるかもしれないが。自分の生徒を脅すような教師を教師と認めるのは非常に腹立たしい。教員免許はただの免許ではない。誰かの人生を背負うためのモノだという自覚がないのか。思わず舌打ちをしてしまった。

 

「しかし、どうして茶柱……先生はそこまでAクラスに拘るのでしょうね。何かご存じですか?」

「詳しくは知らない。ただ、ここの卒業生とは聞いているが」

「なるほど……では彼女はまだ、ここに囚われているのかもしれませんね」

「と言うと?」

「彼女が在籍していた頃からクラス間闘争は存在していたのでしょう。そして、彼女は最後までAクラスにはなれなかった。きっと、凄く惜しいところまで行ったんじゃないでしょうかね。でなくばそこまでの執着は持たないでしょうから。時間がきっと、学生時代のままで止まっているのですよ。何と愚かな……こんな狭い世界の中だけに囚われるなんて。やはりここには問題が多い。こんな狭い箱庭を、我々はまるで世界の全てであるかのように錯覚している。いや、学校がそうさせているのかもしれませんね」

「外部との接触を断ち、より人間関係を固定化させて視野を学校内だけに狭める、という事か」

「その通りです。疑似的な社会を再現しようと試みている。退学とは実質死刑に近い。だから皆がそれを避けるようにさせている。実際には、ここを追われても生きる道など幾らでもあると言うのに。それなのにここを追われることが人生の破滅であるかのように煽っている。そうは思いませんか?事実ここで実力不足と判断された生徒が実際に世間で通用しないかと言われれば別でしょう。特別試験などでは、優秀な生徒も退学になる可能性があるわけですからね」

「確かに、多くの生徒にとってはそうだろうな……」

 

 綾小路は軽く嘆息する。彼からすればここを追われれば戻るのはホワイトルームとか言う施設だけ。それ以外に行き場は無い。最後の砦がここだった。でも、きっとそれは彼以外にもいるのではないか。居場所の無い者、ひどい扱いを受けてきた者。そんな人の最後のセーフティーネットがここである可能性は十分にあり得た。

 

「さて、肝心な話に入りましょうか。私たちは協力できる余地がある。そう思うのですが、如何でしょうか」

「同意する。1人で戦うのは非効率的だ。目的を同じくする者がいて利害関係が一致しているのならば共闘するべきだろう」

「賢明なご判断感謝します。では、すり合わせていきましょうか」

「ああ」

「まず、情報の共有。これは普段の事は結構ですのでホワイトルームやそれに関連すること。これをしっかり共有しましょう。特に来年度以降は必須になるはずです。誰が味方で誰が敵なのか。それを見極める必要がありますし、共に狙われている者同士手を取り合った方が良い。3人寄れば文殊の知恵とも言います。我々は2人ですけどね」

「分かった。情報があったらすぐに共有することにしよう」

「そして互いに危機に瀕したら救援する。また、何らかの作戦を思いついたら共有し実行する際は協力する。相互安全保障条約のような形でいかがでしょう。ただし、普段は無関係を装うというのでいかがですかね」

「問題ない。オレとしては味方がいる以上に心強い事は無い。その上、諸葛ならばホワイトルームからの刺客にやられる可能性も少ないだろうし、襲撃されても対応できるだろうからな」

「そこはご信頼頂いて構いませんよ。私はこの件に関してはクソ親父……失敬父親の贖罪も兼ねて綾小路君の味方です。違約時には自主退学、そして契約期間は明確にホワイトルームの脅威が去ったと双方が合意した時。それでよろしいでしょうか」

「構わないぞ」

「特別試験に関しては……どうします?」

「オレは普通と同じ、つまり特にここにおいては遠慮をしない方向で良いと思っている。自学年で完結するならなおのことな」

「分かりました。では契約書を書きましょう。信頼というのは目に見えた方が良いですから」

「そうだな。オレも父親には現在進行形で困らされている。感情面で共感してる。契約の件も承知した。サインしよう」

「後で作成した紙を送りますので印刷してサインしておいてください。私がサインし次第、共同で証人に提出しましょう。証人は……理事長でも使いますか」

「理事長は味方なのか?オレはお前のクラスで理事長の娘の坂柳に狙われているんだが」

「なんですって?あの小娘、よりにもよって面倒な……」

 

 思いっきり悪態を吐いた私に綾小路はそこまで言わんでも……という顔をしている。

 

「ま、まぁ理事長は味方じゃないですかね。少なくとも敵ではない。証人としては機能すると思います」

「分かった。ならばそれで行こう」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

 

 握手をして、まだ前段階ではあるが契約はある程度完了した。この後、契約書を書いて提出すれば契約は完了だ。厄介な問題にはある程度対応できるようにはなるはずだ。そしてこちらは綾小路には分からない場外戦闘をやるつもりでいる。まずは死んだという執事の息子で現在困窮中の青年を()()する。その後は幼馴染を引き込めれば万々歳だ。

 

「めでたく契約が半ば完了したわけですが、坂柳さんの件についてお聞きしても?」

「アレは体育祭が終わった後だったな。お前のクラスの女子に呼び出されて付いて行った先の特別棟に坂柳がいた。そこで8年と243日ぶりという言葉を吐かれた。誓って言うが、オレに坂柳と会った記憶は無い」

「怖っ!ストーカーの発言じゃないですか……。怖いなぁ。我がクラスからストーカー加害者が出るとは嘆かわしい。坂柳さんに代わって謝罪いたします」

「普通に少し不気味だった。しかも一方的に自分だけが知っていると言っていたな」

「ギルティィィィ!!どう考えても有罪じゃないか!何てことしてるんだよ……」

「何か宣戦布告のような事をしていたが、まさかと思うがお前の指示ではないよな」

「あれが私の指示を聞くタイプに見えますか?」

「なるほど。愚かな質問だった。忘れてくれ」

「勘弁してくださいね全く。あんな部下願い下げです。全く……誰彼構わず喧嘩を売りまくるから呪われるんですよ。分かりました。我々における唯一の不安要素である坂柳はAクラスリーダーの責任で以て処分しておきます。暫くかかるでしょうが、出来る限り手出し無用でお願いします」

「了解した。なるべく早めで頼む」

「今年度中にはどうにかします。あんな爆弾を次年度に持ち込むなど冗談じゃない」

 

 結局、彼女と私は不俱戴天。共に並び立つことは出来無いのだ。もし私が今の地位から降りれば待ってましたとばかりに復讐が始まるだろう。葛城など最早眼中に無くなり、私……いやまずは真澄さんが真っ先に此処を追われる。そうして私を痛めつけ、苦しませ、屈服させて支配するだろう。駒として扱い私の尊厳を傷つけて欲望を満たすと見ている。

 

 正直、彼女に出来る程度の尊厳破壊など、とうの昔に経験している。何処までも平和な国に生きてきたお嬢様には絶対想像もつかない人権などない世界にいたのだから当たり前だろう。とは言え私1人ならばともかく部下がいる以上、それに巻き込ませるわけにはいかない。私には真澄さんを使っている以上、彼女を無事に卒業させる義務がある。

 

 坂柳は支配。私は教導。この2つには隔絶したものがあると思っている。どちらもある種の傲慢さがないと出来ない事だろう。結局、誰かを導くというのは必然的に上下関係を発生させる傲慢なシステムであり思考だからだ。だがしかし、私は後者でありたいと思っている。少なくとも、そちらの方が幸福になれる人間の数が多いと思っているからだ。この学校においては、それが顕著であるとも思っている。

 

「あの坂柳の事です。このままなにもしないでいられるほどおとなしい存在ではありません。必ず、行動を起こすはずです。それを以て叩きます」

「派閥があったと聞いていたが、現状はどうなんだ」

「もうほぼ存在しません。仲良しグループくらいなものでしょう。坂柳派の数少ない人間の1人は既にこちらとの二重スパイを始めました。抜かりはありません」

「崩壊寸前のようだな。それならばオレが手助けすることも無いだろう。クラスポイント獲得に邁進できる訳だ」

「なおも、Aクラスを目指しますか」

「ああ。オレはそうすると決めた。堀北も、須藤も、他の奴らも少しずつ成長してきているからな」

「我々との差はかなりのものですが?」

「絶望の中でも希望を見出せないという事は無いはずだ。不可能でない以上、挑戦するまでだろう」

「……なるほど。それは大変素晴らしい。私も同じ考えです。どんな暗闇の中でも、進み続ければきっと闇の晴れる場所があるはずですからね」

 

 そうだとも。きっと希望の大地はあって、そこに行くことは出来るはずだ。人ですら無かった我々が、人になれたように。

 

「だが意外だな。お前が坂柳にそこまで悪感情を見せるとは。オレの勝手な思い込みかもしれないが、お前はあまり他人に悪感情を抱かないタイプだと思っていたが」

「そんな事ありませんよ。私は聖人君子ではありません。好きな人も、嫌いな人もいます。普通の人間ですからね?……人を無闇に傷つけても何の得も無いんですよ。むしろ友好的に接して、力を最大限活かせるようにして、自分の意思で共に戦って貰った方が良い。誰かを害するのは最終手段なんです」

「恐怖による支配は最終的にその恐怖が薄れると瓦解する、という事か」

「その通り。それに、自分の意思で戦ってる人って言うのは戦意が高く、そしてしっかり戦いますからね」

 

 無論、この学校にいる人間を皆殺しにせよと言われれば言葉通りに実行できるだろう。これは別に真澄さん風に言うならイキっている訳ではなく、まごう事なき事実だ。だからこそ、力を行使できる能力があるからこそ、その扱いには慎重にならざるを得ない。殺せば一発なのに、とか頭の中では思っていてもそれを声に出したり実行したりは決してしない。思考実験だからこそできる事なのだ。

 

 平和に戦ってこそ、私の腕も磨かれるというもの。優雅に華麗に。それがきっと、勝利する以外にも大事なことだ。だからこそ、今まで思い通りになる人しか近くにいなかった温室育ちのお嬢に負けてたまるか。子供のような無邪気さで遊んでいい時代はもう終わりだ。我々は大人にならなくてはいけない。夢からは覚める時だ。自分に都合のいい箱庭(ワンダーランド)にいた少女(アリス)の最後は目覚めが必要なのだから。物語がそうであったように。

 

「オレはそろそろ行こうと思う」

「長話してしまいましたね。では健闘を祈っています」

「お互いにな。……そうだ、最後に聞きたいんだが良いか」

「何でしょう」

「女子へのプレゼントは何がいいと思う。1年生に名高き孔明先生にお知恵を拝借したい」

「えぇ……」

「他に頼れそうな人がいない。頼む」

「……関係性は?」

「友人……では無いな。協力者、か?」

「あ、ダメだこれ。名前は?」

「軽井沢だ」

「軽井沢さん……お宅のクラスの金髪ポニーテールの子ですよね?」

「それで合ってる」

「う~ん、あの手の子かぁ。難しいですねぇ……」

 

 ギャルっぽい見た目なのでそっち方面が良いのかもしれないし、意外と趣味は全然違う方向かもしれない。これは難題だぞ。特別試験の方がよほど簡単だ。全然知らない女子へ送るプレゼントを考える。これはかなりの難しい問題と言えそうだ。 

 

 指輪……は結婚するときに送るヤツだし却下。私に送る相手はいない。クソ。まぁ良い。次だ次。ネックレスとかか?いや、それもそれで少し高価すぎるか。ぬいぐるみは好みが分からない。コスメは肌に合うか分からないし、口紅は「貴女にキスしたい」という意味になると真澄さんが読んでいた雑誌に書いてあった。知らんよそんなの。ホワイトデーのお返しといい、日本人は物に意味を持たせ過ぎだ。後、書いてあることが情報源によって違うのも何とかしてくれ。

 

「髪留め……とかですかね?すいませんあんまり相手の好みが分からないので具体的なアドバイスが出来ませんが。まぁ後は無難に好きそうなお菓子を送ればいいと思いますよ」

「助かった。恩に着る」

「い、いえ……」

 

 心底感謝した様子で綾小路はいそいそとケヤキモールへ行ったが、これ、大丈夫だろうか。もし何かマズかったら軽井沢さんに申し訳ない。大丈夫じゃなかったらごめんなさい。先に頭の中でイマジナリー軽井沢さんに謝っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬休みが近付いている。少し浮足立った雰囲気が教室を満たしていた。さもありなんと思う。ペーパーシャッフルは終わり、特に後顧の憂いなく休みに入れるのだから。お正月もあるので、イベントごとに盛り上がる気持ちは理解できた。私の場合は新年ではなく春節の方が重要なのだが、日本ではなじみのないイベントなのかあまり取り上げてくれない。爆竹を買っておくとしようか。

 

「クリパ参加希望は早めにお願いしまーす!」

「2名追加でよろしく」

「は~い。孔明先生と神室さんね。OKです!」

 

 どこのクラスにもこういうイベント好きはいるもので。放課後の教室ではメンバーリストの作成をしている。予約に必要なんだろう。交流することは大事な事なので、クラスの統率者として顔を出さない訳にはいかない。

 

「私、まだ何も言ってないんだけど」

「来ないのか?イタリアンらしいぞ」

「……行く」

「じゃあ問題ないだろう?」

 

 食べ物に釣られたのがまるわかりの沈黙だった。元々することないと言っていたのだから暇人だったのだろう。勿論しっかりマンツーマン冬期講習は用意しているが、流石にクリスマスと正月くらいはお休みにするつもりでいる。受験生でも無いのだから少しくらいはのんびりしたって良いだろうと判断した。

 

 メニュー表を早速眺めている気の早い真澄さんと話していると、携帯にメールが入る。差出人は橋本。メッセージには『龍園とCクラスの抗争。メンバーは高円寺、綾小路、堀北など。姫さんが介入し始めている。休憩スペース』と書かれている。龍園がしびれを切らしてCクラスの黒幕を探し始めているのだろう。直接的な介入まで始めたという事は、我慢の限界に来たのか、軽いジャブなのか。もしくは高円寺が黒幕ではないと確信するための手段なのか。何れかだろう。どっちにしろ、綾小路が龍園の追い求める存在であると知っている私から見れば少し滑稽な動きだった。

 

 綾小路からSOSは来ていないし、何らかの介入は本来しなくてもいい案件だが、そこに首を突っ込んでいる存在がいる。坂柳は私と綾小路が繋がっていることも、親世代の因縁がある事も知らない。知っている情報はホワイトルーム関連だけ。でなければ自分と綾小路の関係に介入するなと警告するはずだ。綾小路の話を聞く限り、坂柳は彼を一方的にライバル視している。そして同時に自分だけが秘密、つまりは綾小路の実力を知っていたいという欲望も持っていると見るべきだ。

 

 龍園が多くの前で彼女の隠したい事実に気付かないよう妨害しに来たという事だろう。無視も出来るが、坂柳関連に対処しないと綾小路の不信を買う可能性がある。であれば、一応様子は見に行っておいた方が良いだろう。もし万が一問題が発生したら対応しないといけないのもある。

 

「ちょっと問題が発生した。少し出る」 

「どこ行くの?付いてく」

「……いや、君は来ない方が良い。何があるか分かったもんじゃない。相手は龍園だ。どんな手段に出るか分からない。他の面子は自衛できるが、君はそうじゃないだろう?」

 

 坂柳?橋本と鬼頭が何とかするだろう。私は助ける気は無い。自業自得だからだ。

 

「でも!」

「今日は卵の特売日だ。買ってきてくれ」

「……」

「信頼していない訳じゃない。ただ、心配なんだ。分かってくれ」

「……分かった。行ってくる」

「ああ。頼んだ」

 

 さて、クラスの代表として、坂柳が勝手な事を言わないか監視しに行きますか。宣戦布告とか調子に乗ってされたらたまったものではない。

 

 

 

 

 

 

 私が到着したころにはこの奇妙なパーティーはなかなかの盛り上がりを見せていた。高円寺は龍園たちを全員倒せるという発言をしている。彼については謎が多いものの、基本自由にしているのであまり優先度は高くなかったが、実力はあると見ている。なので、この発言も嘘やはったりでは無いのだろう。

 

「どうやら私が君の言う黒幕だという誤解は解けたようだねぇ。おや、もう1人追加のギャラリーも来たようだ」

 

 気配を消していたつもりは無いが、察知能力は凄まじいものがある。なかなか見抜けるものではないと思っていたが……高円寺の警戒レベルを上げる事にした。もしかしたら綾小路と同等ないしそれ以上の可能性もある。ともすれば私にとっても脅威だ。暴力的では無い事が救いか。

 

 堀北は私の登場にはあまり動じなかった。後ろには須藤もいる。綾小路はいつも通り。視線は1度交わったが、普段は没交渉の契約だ。特に互いに反応はしない。Dクラスの面子としては龍園の他に石崎たちがいる。Aクラスは坂柳と橋本、鬼頭がいる。坂柳派最後の面子だ。山村は呼ばれなかったらしい。まぁここにいても戦力外だろう。

 

「おやまぁ大した洞察力ですね」

「チッ面倒なのが来た」

「招かれざる客のようですが、ご心配なく。今回は龍園君の邪魔をするつもりで来たのではありません。クラスを預かる者として、クラスメイトが何とも不気味な集会に参加していると道行く人に聞いたものでして。であれば、一応様子見という訳ですよ。それと、こうしてご挨拶するのは初めてですね。私、姓は諸葛名は孔明。以後よろしくお願い致しますよ、高円寺君」

「ふむ。礼には礼を以て返さねばねぇ。私は高円寺六助だ。こちらこそ、君とは1度話してみたかったものさ、ミスター諸葛」

「これは光栄なお言葉。それはまたの機会にでもゆっくりと。今はそれどころでは無いようですから」

「あぁ、そうするとしようじゃないか」

 

 龍園は一応話終わるのを待っていたようだ。意外と律儀な奴である。坂柳は若干キツイ目線で睨んできている。舌打ちでもしそうな雰囲気だ。

 

「話は終わったか?最後に俺の質問に答えてもらおうか。お前らのクラスの背後にいるのは誰だ」

「それに答えてあげても良いが……」

「少し、よろしいですか?」

 

 龍園の問いかけに答えようとした高円寺を遮るように坂柳はベンチに座りながら口を挟んだ。

 

「面白いお話をされていますね。Cクラス内にDクラスを邪魔する存在がいるとか。ドラゴンボーイさんが探しているという噂は聞き及んでいましたが、本当の事なのですか?」

「黙ってろと言ったはずだ、坂柳。次その呼び方をしたら殺す」

「ふふっ。気に入りませんでしたか?素敵なネーミングだと思いますけど。すみません。どうも私の理解の及ばない事が起こっているようでしたので、つい」

 

 またそうやって挑発する。龍園が本気で殺しに来たらどうするつもりなんだろうか。学習しないヤツだ。私への対抗心で頭がいっぱいなんだろうか。夏の一件で少しは反省したと思っていたのだが、私の思い違いだったようだな。

 

「それは理解できない側の知力の問題なのでは……?」

「クハハハハ!言われてるぞ坂柳?」

「……」

 

 青筋立てている坂柳は一瞬憎悪の籠った目線でボソッと漏らした私を見てくる。これでも少しは君のために言ったというのに。案の定龍園の怒りは少し鎮静化している。龍園を馬鹿にされて苛立っていた石崎たちもだ。

 

「ゴホン!ともかくあなたは自分のプランが何者かに見抜かれ敗れてしまった。それだけの事ではありませんか。他クラスの邪魔をするのは不思議な事ではありませんよね?生憎我がクラスはそのような方針はあまり取っていませんが……。正体を隠すのも立派な戦略です。こうして無関係の生徒を詰問するような事をするべきなのでしょうか。見苦しいと思いますが」

 

 私の読み通り、坂柳は綾小路の事を秘匿したいと思っている。だから高円寺を遮り、龍園を挑発している。

 

「俺の計画がXのせいで狂ったのは認める。だが問題はそこじゃない。裏でコソコソ動いている奴を表舞台に引っ張り出すための行動だ」

「恐喝まがいの仕草も、戦略の内だと?」

「そうだ。必要なら暴力も辞さない。俺は俺のやり方で楽しむだけだ」

「だとすれば見苦しい上に無能であると宣言しているようなものではありませんか?」

「少なくとも見苦しい上に無能なのは俺じゃなく、お前じゃないのか?」

「なんですって?」

「俺はクラスの王としてここにいる。鈴音やCの奴らも大なり小なりクラスの運営に関連しているだろうよ。Bはいねぇが、Aの代表はそこで代表みたいな顔してしゃしゃり出てきているお前じゃねぇだろ。諸葛が言うならともかくリーダーにすらなれなかった負け犬に、無能だの見苦しいだの言われる筋合いはねぇなぁ!間抜けな坂柳さんよぉ、自分が上手くいかない鬱憤を俺で晴らすのは止めて欲しいもんだな」

「……聞き捨てなりませんね。ドラゴンボーイさん風情が私に――――」

 

 キレ気味にそう発言した坂柳の言葉が終わる前に龍園は素早く坂柳へ距離を詰める。やりたいことはわかった。今動けば助けられるが……まぁ良いだろう。鬼頭と橋本がいて何もしないという事はあり得ない。放置して良いはずだ。瞬時に判断し、動かないことにする。

 

 強烈な蹴りに割り込んだ橋本が吹っ飛ばされる。あれは痛そうだ。かなり本気の蹴りだったと見える。コンクリートの地面の上で悶絶している橋本。急所じゃなかっただけまだましだったと思うべきだろう。鬼頭も流石に見過ごせず、手袋に手をかけながら戦闘態勢に入った。

 

「もう1度呼んだら殺すと言ったはずだぜ?」

「いい加減にしなさい。今のあなたの行動は大問題よ」

 

 堀北が静止に入る。が、坂柳はそれを無視して橋本に話しかけた。

 

「今、何か問題行動がありましたか?橋本君」

「いえ……自分が勝手に転んだだけです」

 

 強がりつつも痛そうな橋本に手を差し出し、助け起こす。

 

「大丈夫ですか?折れてないと良いのですけど。触った感じは大丈夫そうですが、後で湿布を貼っておきましょう」

「助かるぜ……」

「君の主はああ言ってますがどうしますか?もし訴えるのならばどうにかしますが。あくまで決定権は私にありますので」

「……いや、俺が転んだだけだからな。龍園は悪くないさ」

「君がそれで良いのなら構いませんが。異常があったらすぐ病院へ。私も診察は久しぶりなので如何せんどうもね」

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 一連のやり取りを見ていた高円寺がつまらなそうな顔をしている。これまでの茶番劇は彼のお気に召さなかったらしい。

 

「退屈な顔ぶれだねぇ。現状、私に届きそうなのがミスター諸葛しかいないとは。嘆かわしい」

「龍園君に引き続きあなたまでもですか、高円寺君。私を挑発したいのでしたらお好きにして頂いて結構ですが、根拠は示して欲しいものですね」

 

 堀北は「なんて人たちなの……」と呆れ、動揺してしまっている。変なところで彼女は常識的だ。いや、我々が異常なだけか。坂柳はあっちこっちに苛立っていて大変そうだ。後で精神鎮静薬でも処方するべきかもしれない。医師免許がこんなところで役に立つとは思いもしなかったが、これも人助けだろう。心臓発作で死ぬ前に助けないといけない。

 

「私の発言が気に入らないのかい、リトルガール。事実を言ったまでさ。根拠など示す必要もない。私がそう思った。それで十分なのだからねぇ」

「ククク、リトルガールか。なかなかどうしていいネーミングセンスじゃねぇか」 

 

 龍園は心底楽しそうにしている。鼻で嗤いながら坂柳を見下した。

 

「高円寺君、あなた英語の使い方を間違えていますよ?私は幼女ではありません」

「ふっふっふ。それを決めるのは君ではなく私なのだよ。間違った用法ではないさ。君がガールないしレディと呼ぶに相応しい年齢と体型になれば、そう呼ばせて貰うだけだからねぇ」

「それこそ誤りですよ。用法としてはリトルガールは小学生の女の子にしか使わない言葉です。この世界はあなたの好き勝手が許されるように出来ている訳ではありません」

 

 う~んブーメラン。

 

「常識に捉われないのが私の流儀さ」

「実際坂柳の発言はどうなんだ。なぁ孔明先生よぉ?」

 

 龍園はとことん坂柳をイジメたいようだ。鬱憤が溜まっているのだろう。少しばかり同情する。それはそうと、質問には答えるべきだろう。あくまでも私は英語の解説をしているだけなのだから。

 

「事実10歳くらいまでの女子をリトルガールと呼ぶようですね。ただし、上限が決められておらず、未婚であるのならばガールと呼べるため、後は使用者の感覚によるものでしょう。辞書を引けば少女と和訳されていますので、テスト等で少女と呼ばれる年代に使用しても誤答とはならないと思われます。また日本語の辞書において少女とはふつう7歳前後から18歳前後までの、成年に達しない女子を指しますし児童福祉法第四条の三でも同様に言われています。一概に間違い、とは言えないというのが質問の回答でしょうか」

「クハハハハ!ア~ッハッハッ!」

 

 龍園は笑い過ぎて過呼吸を起こしそうになっている。堀北がドン引きした目で見ていた。残念でもないし当然だろう。

 

「笑い転げてるのは好きにしてくれればいいが、私は用があるのでそろそろ失礼するよ」

「待ってください、せめて発言の訂正を」

「君がAクラスを率いるようになったのならば訂正を検討してあげようじゃないか。それはつまりミスター諸葛が敗北したことを意味しているのだからねぇ。もう良いだろう、ドラゴンボーイ」

「……ああ、もう良いぜ。お前は今日片付けておいてよかった。行け」

 

 龍園も高円寺と接する時だけ少しげんなりしている。さしもの彼も非常識という武器を持っている高円寺の相手は疲れるようだ。

 

「ああ、そうだ。堀北ガール」

「わ、私?何かしら」

「私は今後もクラスに関わる気はほぼ無いが、もしミスター諸葛と戦えそうな時があるのならば呼びたまえ。その時は力を貸してあげようじゃないか」

「!?……期待しておくわね」

「そうするといいさ。では諸君、シーユー」

 

 嵐のように去って行く。多くを引っ掻き回せるだけで彼は既に力がある。どんな方法であれ場を支配できるのは強い。龍園は怒り心頭の坂柳を無視するようにCクラスに話しかけた。

 

「もうお前らにも用はねぇ。好きにしな」

「龍園君、あなたの行動は常軌を逸しているわ、理解に苦しむわね」

「だったら俺の行動は正しいって事だな。俺は今日で大分候補を絞り込んだ。お前の背後にいるのが誰なのか。黒幕っぽく見える奴が本当にそうなのか」

「あなたが何を言っても聞く耳は無いわね。付き合わされるだけ時間の無駄だもの。それよりも今後、クラスメイトに近付くのは止めてもらっていいかしら」

「それは俺の自由だな。だが安心しろ。もうすぐ終わる。それになぁ鈴音。俺は何も違反していないぜ」

 

 ルールを意に介さない人間がそれを盾に使う。一見矛盾しているようだが、実は正しい。法を破る者は、法を熟知していないといけない。何が良くて、何がダメなのか。それを知ってから動くのが真の脱法者だ。

 

「フィナーレ、楽しみにしている。軍師野郎、お前もだ。俺は絶対に諦めない。必ずお前を引きずり下ろしてやるぜ」

「お好きにどうぞ」

「張り合いのない奴だ。だからこそ、その顔に驚愕を浮かべさせてやりたくなる」

 

 ニヤッと笑いながら龍園は結局坂柳を見向きもせず、去って行った。どう見てもブチギレている坂柳とその可哀想な取り巻きを放置してCクラスの面子は帰り支度を始めた。綾小路は龍園の中で全ての準備が整ったことを察したのだろう。これは龍園の遠回しな宣戦布告だ。事態は動くだろうが……後は綾小路に任せるべき案件だろう。

 

「では橋本君、お大事に。鬼頭君もあまり無茶はしないで下さいね。南雲会長の方針がどうであれ、身体は大事な資本ですので」

 

 橋本は軽く手を上げ、鬼頭は頭を下げる。坂柳派の崩壊は近そうだ。

 

「坂柳さんもあまり挑発しないように。今度人形案件になっても私は助けませんよ」

 

 急に顔を蒼くした坂柳を見て、そんなに怯えるならやらなければいいのにと思う。が、これはもう生来の気質なのでどうしようもないのだろう。ベンチで膝を抱えて震えているリトルガールを置き捨てて、私もCクラスの面子と共にこの場を去る事にした。

 

「そう言えば須藤君、さっき鬼が左手にいる漫画の話をしていましたが、アレ読んでたんですか?」

「あ?あぁ、そうだぜ」

「結構ホラーな回もありましたよね、アレ」

「なんだ、諸葛も読んでたのかよ。お前はそう言うの読まないタイプかと思ってたぜ」

「いえいえ、意外と漫画やアニメは見てる方ですので。ワンピースとかも読んでますよ」

「マジかよ!」

「大マジです。……綾小路君、話に入れなくて寂しいのはわかりますがその顔は止めて下さいね。今度貸してあげますから。全巻持ってますので」

「本当か?助かる……」

「ところで推しは誰です?私はゆきめさんも割と好きですが、いずなさんも結構いいなと思ってました」

「分かるぜ!」

「なるほど、こういう感じの漫画なのか。勉強になるな」

「これがAクラスリーダー……嘘でしょう……」

 

 話がはずんでいる我々男子の後ろでガックリしている堀北が印象的だった。この後漫画の話をしていたら遅くなり、卵を買いに行かせた真澄さんの雷が落ちることになるとはこの時思いもしていなかった。




アニメを追い越してしまいました。多分2期はこの巻(7巻)の内容で終わりだと思うので3期放送は2023年だそうなので、恐らくそれまでには原作1年生編の多くが終わると思います。最低でもクラス内投票までは行けるかと。そこまでのシナリオはもう出来てるので後は書くだけなんですよね。乞うご期待!

後、沢山の高評価ありがとうございます。この度気付けばお気に入り登録が4000を超えていました。本当に感謝です。感想もいつもありがとうございます!返信できていないものもありますが、しっかり全部読んでます。今後ともどしどし頂ければと思います!


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43.悪魔の囁き

この章はここでおしまい。次回は冬休みの間の話をまとめて閑話とし、次の章へ行きます。メタい話、林間学校編結構大変です。色々細かいですからね。労力的には無人島編並みかと。まぁ2年生編の無人島回よりはマシなんですが。今からビビってます。そんなこんなで気長にお待ちあれ。


人に欺かれるのではけっしてない、自分で己れを欺くのである。

 

『ゲーテ』

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 12月22日。この日は終業式である。明日から冬休みとあり、真面目なAクラスも最高潮に浮足立っている。この冬休みに特別試験が無い事は日程的にも明らかであるため、安心して過ごせるのだろう。クリスマスに正月。盛り上がる要素には事欠かない。先生もそれを理解しているのだろう。

 

「以上でホームルームを終了とする。冬休み中も当校の生徒、そしてAクラスとしての自覚を持ち節度を守って過ごすように」

 

 というありがたいお言葉と共に今年最後のHRは幕を閉じた。思えば長かったものだ。4月の最初にSシステムが発表され歓喜に湧いていた時間が懐かしい。あの頃とはクラス内の人間関係も、立ち位置も大きく変わった。

 

 葛城はリーダーでは無くなったが今なお影響力は強い。それに、生徒会で南雲と戦えるようにはなっている。彼自身も色々思うところがあり、成長してきているのだろう。思考回路も多少は柔軟になって来たようだ。元々能力はあるのだし、保守派思想が悪い訳では無いのでそのまま伸ばせば一角の人物にはなれるだろうと見ている。私のクラス運営にも非常に協力的だ。

 

 対照的に非協力的な方の筆頭坂柳はもうかつての面影はない。派閥はほぼ消えている上に辛うじて残った忠臣も忠臣の皮をかぶっただけになっている。彼女は先日の会合でもミスを犯した。あの時、吹き飛ばされた橋本を彼女は庇うべきだった。

 

 恐怖と実利、そして能力によって支えられた政権は忠誠を生みづらい。利益無く動いてくれる存在など貴重だ。だからこそ、そういう存在を作るようにしないといけないのだ。せめて今いるメンバーだけでも維持し、人望をなんとか作りだし、結束を生む。そうしないと勝ち目は0.1から0になる。それに、蝙蝠のような動きをしているとはいえ義理を通してはいる橋本を厚遇しないのは愚策だ。

 

 状況判断が出来てないと言わざるを得ない。これまでは上手くいった。だから次もきっとそうなる。それは甘い見通しとしか言えない。普段だったらばもう少しまともに動けたかもしれないが、視野狭窄に陥っており、苛立ちや惨めさでそれが加速する負のスパイラルになっている状態だろう。でなければあそこまで冷静さを欠いたりはしない。

 

 およそ今までの人生で人の風下に立っていないからこその経験の欠如、感情処理の幼さが致命的に作用している。悲しい事だ。どんな大帝国も肥大化するうちに根元が腐り、取るに足らない虫によって崩れ落ちると言うのに。クラス内でも最早頭の良くて顔は良いけど若干危ない上に身体の弱い可哀想な子という認識になっている。戸塚が誇っているのはそれはそれで苛立つが、旧葛城派としては溜飲が下がる思いなのだろう。葛城自体は静観を決め込んでいるが、この場合はそれで正しい。

 

 最早地位的には葛城の相手にもならないのだから。いわんや龍園や綾小路をやである。一之瀬よりも重要度は下がるだろう。彼女にとっては業腹だろうが、私としては一之瀬の方が警戒に値すると思っている。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、どうもどうも。わざわざ寒い中御足労いただきまして誠にありがとうございます~」

 

 へこへこしながら私の前にやって来た客人に着席を促した。凄まじく胡散臭いものを見る目で見つつも、相手は渋々と言った様相で席に座る。携帯で呼び出したのが数日前。最初は返信も無く無視されたが、少しばかり最近の学校内の情勢を匂わせる言葉を入れると返答がきた。

 

「本当にありがたい話です。3年生ともあればお忙しいでしょうに」

「その忙しい中呼び出したのはそちらの方じゃない?」

「全くその通りです、これは申し訳ない。お初になりますね。私、姓は諸葛名は孔明。以後、お見知りおきを」

「私はあなたとはお見知りおきするつもりは無いんだけどな」

「そんなつれない事は仰らず。残りの期間は短いですが、仲良くやらせて頂きたいと思ってるんですよ。3年Cクラス代表、綾瀬夏さん」

 

 真冬に呼び出したのは3年Cクラスのリーダー。彼女の連絡先はこの前の元会長との同盟締結時に貰っていた。それを使って呼び出したのである。

 

 目的は単純。3年Aクラスの他に与しやすそうな相手を探した結果、それがCクラスだった。3年生はクラス間のポイント差が1年や2年ほど開いていない。もうなんかおかしなことになっている1年AとBの差や、2年生の格差に比べれば圧倒的に差が少ない。3年のAとBの差は約300。十分に巻き返せる位置だ。そしてBとCの間は約150ほど。それより下のDとCだと約100。どれも逆転が可能だ。

 

 私の見立てでは、恐らく次の学期に後2回は特別試験がある。その2つを上手く使えば十分打倒堀北学、打倒Aクラスも可能なラインだった。それだからこそ、3年生はどこのクラスもその大小はあれど闘志が存在している。それを見逃す南雲では無いだろう。残りの時間の少なさは、人を焦らせるには十分すぎる要素だからだ。

 

 南雲は心のどこかで堀北学には勝てないと思っている節がある。それでも挑むのは感心な事だが、勝てないならば少しでも鼻を明かしてやりたい。そう思っていても不思議ではない。金ならある奴だ。それを餌に3年生のA以外の全クラスに取引を迫っていても不思議はない。というより、私が彼の立場ならそうするだろう。それ以外に介入の方法もあまり無いのだから。それの確認と、もしそうならばCクラスをこちらに引き込むことで南雲の戦略を秘密裏に崩壊させる目的がある。

 

 BではAとの契約に背信してしまう。流石に利敵行為はマズい。一応話は通しているが、Bには難色を示された。その上でDではなくCにしたのは微妙なラインだったからだ。勝てそうで勝てない。そんな戦いが多かったと堀北学からは聞いている。最後に近いチャンスに多くを賭けているはずだ。逆にDでは些かAまでの道が遠すぎる。せめて少しでも上に、と思っている層が多いだろう。上がれてもCが精一杯だろうと思っていることだろう。こちらに乗ってくれるとは思えなかった。

 

 Cクラスは上に届きそうで届かず、下からは虎視眈々と狙われるという非常に大変な場所にいる。そこにはつけこめると判断したのだ。

 

「誰から聞いたの?私は少なくとも貴方と接点は無かったはず」

「そこは秘密です。さる筋からとしか」

「全く信用できないんだけど。それで、何の用?」

「単刀直入にお伺いします。南雲雅から接触がありましたね?次の試験では自分達に味方するようにと」

「なんの話?何故生徒会長が3年生に介入してくるのか意味が分からないんだけど」

「なるほど、そう来ますか。ではそんな事実はないと」

「訳が分からない事を言われても知らない、分からないとしか言えないな」

「そうですか。すみませんね。お手数をおかけしました」

 

 そんな訳ないだろうと言うのは調べがついている。協力者もいるのだ。案外南雲の足元もそこまで盤石ではない。それに、既に堀北学が問い詰めたDクラスがゲロっている。

 

「……使えないなぁ。利用価値もないとみなされてるのか、この負け犬め」

 

 聞こえるか聞こえないかのラインでボソッと呟いた言葉に当たり前だが反応する。怒りの表情が浮かんでいた。

 

「呼び出しておいて失礼じゃない?」

「なんの事ですか?」

「いや、バッチリ聞こえていたからね」

「ああ、すみませんね。……でも事実じゃないですかぁ。先輩にはぁ、利用価値がないと思われてるってのは」

「は?どういう意味よ」

「BとDは契約を交わしていたのに、先輩だけハブられてるんですね。可哀想に。これまでの試験でいつも惜しいところ止まり。だから初期Bクラスだったのにそこからも転落して今はCクラスで卒業を待とうとしてるんでしょう?」

「私を怒らせたいならその目論見には成功してるよ。ただし、もし仮に生徒会長と契約していたとして、そんな見え見えの誘導に乗っかると思う?」

「う~ん乗ってこないかぁ」

「悪いけど、流石にそれには乗らないな。伊達に2年先に産まれてる訳じゃないんだよね」

 

 これで乗って来られたらむしろそっちの方が信用が置けない。では、別の方向からアプローチを仕掛けていこうじゃないか。

 

「先輩、王に必要な事って何だと思います?」

「なに、いきなり。帰っていい?時間の無駄だったからさ」

「少しくらい答えて下さっても良いじゃないですか。それとも、何も分からないんですか?」

「そんなに怒らせたい?……はぁ。カリスマ性とか?」

「それもいらない訳ではないですし、ある方が良いですね。でも違います。必要なのは勝利です」

「勝利……?」

「王に敗北は許されない。民は王を信頼し、生命財産をゆだね、税を納める。だからこそ、王は勝たねばならない。どんな困難な状況下でも、最後には勝っていないといけない。どうです、必死こいて働いた金を持っていったのに戦争に大敗して帰ってくる王様。腹立たしいですよねぇ。裏切られたとは思いませんか?」

「まぁ、確かにそう思うかもしれないけど」

「おやおや、例え話の意味を理解されていないようだ」

「は?」

「皆の信望を得て、プライベートポイントも集めてるそうですねぇ。で、それが有効に使われてるんです?1年の時からリーダーをしてるそうですけど、何人も退学してるそうですねぇ。可哀想だなぁ。たとえ自分がここを追われても、最後には先輩の勝利を信じて去った人もいただろうに。貴女はただの負け犬じゃない。Dという格下いじめで何とか勢力を維持してるだけの権力に取りつかれた背信者、裏切り者、断頭台行き確定の王ですよ」

「そ、それは……」

 

 王の条件は私の思想とは違う。だが、ここでは嘘も方便だし言葉は使いようだ。時に信条と反することでも言わないといけないことがある。人を説得する為ならば尚更だ。

 

 しかし、事前に3年生のこれまでの顛末を聞いておいてよかった。堀北学だけでなく、橘元書記にも協力を仰ぎ、色んな視点からのエピソードを聞いた。Cクラスは元々Bクラスだったこと、一度はDまで転落してしまったこと、這い上がる過程で多くの仲間が犠牲になった事。リーダーの綾瀬はそれでもリーダーで居続けた。それはカリスマ性も少しはあったのだろうが、後は本人の義務感だろう。

 

 あれだけ犠牲を出したんだ、敗北は出来ない。そんな思いが思考を強張らせ、視野を狭くし、焦りを生み、そして負ける。その繰り返しだったのだろうと断片を聞く限りで推測できた。真面目だからこそ、気負ってしまう。非情でないからこそ、自分の罪だと思ってしまう。

 

 クラスの勝利のためにと自ら生贄になった生徒もいるとまで聞いている。だからこそそこを突いた。お前は裏切り者だと。彼女が自分の中で隠してきた自責の念が今、噴き出そうとしている。無視も、反論も出来ない。何故ならそれは事実だからだ。そしてそれを気にしている様子を見せていないという事は、何も感じていないタイプか、ストレスを隠しているタイプと思われる。堀北学の話から前者ではないと見抜けたので、申し訳ないが心をかき乱してもらう。

 

「な、何を言って。私はクラスのために頑張って来てる。裏切ってなんかいない!」

「本当に?心の底からそう思ってるんですか?勝てない女王様、その玉座はどんな座り心地です」

「私は……私は……」

「私は?なんです?この期に及んで言い訳ですか。貴女に全てを託した人も、怒りで震えているでしょうね」

「あなたに、生温い環境の1年生に何が分かるのよ!」

「分かりたくも無いですね、負け犬の遠吠えなど。それに私は今のところここに入ってから負けたことが無いので。聞いたことくらいあるでしょう?今の1年生のクラスポイント差の情報を」

「私だって頑張ってきたのよ、なのに……」

「こっちを向いて話せ」

 

 テーブルを挟んで対面に座っている彼女に一気に顔を近づける。下を向いて俯いていた顔を手で強引に上を向けさせる。

 

「それでも王だというのなら、堂々としているべきでしょう。例え最後まで敗者であっても私は間違っていないと貫き通す覚悟が必要だ。じゃなければ、散って言った仲間が報われない。間違いだなんて、言ってはいけない。まして頑張ってきたからとか言って自分を守ってもいけない。事実を事実として受け止めなければ、この先も貴女は同じ失敗を繰り返す」

「私、私は……」

「私の目を見て話して」

 

 震えている目が私の瞳を捉える。焦点の合わなかった瞳が私の眼球に吸い寄せられているのが分かった。気丈だった姿は無い。誰も突いてこなかったところを突かれた。ずっと自覚していたことと向き合わされた。逆に、3年生でここを突いていく人がいなかったのか。もしくは気付いていたが倫理観を優先して見逃したのか。後者なら大分民度の良い学年だ。

 

 どこかに視線をずらすことは許さない。動揺している自分を相手が察知しているという事実を理解させる。そうすることで、どんどん防波堤は揺らいでいく。人は至近距離で見つめられると逸らしたくなる。それを許されないのは本能に逆らう行為だ。だからこそ精神的な穴が出来る。

 

「80日。それが貴女に与えられた最後のチャンスだ。どうです?手を組みませんか。私たちと手を組めば、Bクラスまでは上げて差し上げましょう」

「Aじゃ、無いの?」

「そこは自分でやらねば。そうでなければ勝ったとは言えないのでは?」

「……」

「良いんですかねぇ。金でつられて、唯々諾々と2年生の傲慢な男に従わされて。ずっとこれまで努力してきたものをあざ笑うように、あの男の遊びのために顎と札束で使われて。プライドも、何もかも売った惨めな存在が、今のAクラス以外の3年生ですよ。そんな勝利に何の意味があるんですかね。でも、貴女は違う」

「え……」

「貴女は違う。貴女はまだ南雲に従わなくても戦える。そうやって戦わなくてはいけない理由がある。プライドを捨ててはいけない。貴女は3年生だ。あんな小僧に負けて良いんですか。退学した仲間はそんな貴女を許してくれるでしょうか。今です。今なんですよ。最後の機会は」

 

 耳元で私は囁く。手を取り、思考を集中させないようにして、その隙に言葉を叩き込む。似たような言い回しで何度も強調して。大事なところだけを印象付けるように。

 

「貴女は何の為に此処に来たんですか」

 

 片手間に調べさせた彼女の経歴。それを最後にたたきつける。確固たる意志があってここにいる人ほど、この言葉は効く。葛城や一之瀬がそうだったように。虚ろになっている目からは涙が零れている。半開きだった口から、途切れるように言葉が紡がれ始めた。

 

「私は……父子家庭で……でもあんまりお給料が高くないから……せめて大学に行くお金と高校のお金はどうにかしたくて……それで……」

「私も母を亡くしました。7歳の時です」

「え……」

「形見など、ほとんどありませんでした。私の目的も同じです。私も学費のために此処に来ました。自分の夢を叶えるために」

「夢……私の、夢……」

「先輩にも、あったはずだ。この3年間の荒波で忘れてしまっていたけれど、どこかに秘めていたものが。お父様と、何か約束したんじゃないですか」

「あ、あぁぁぁ」

「まだ間に合う。私たちはきっと、分かり合える」

 

 色んな感情が一気に迸ったのだろう。遂にはテーブルに突っ伏して泣き始めた。冷静さはとうの昔に失われている。家庭環境は知っていた。過去も、近所の評判も知っていた。そしてその夢も。だからこそ、父親との約束云々が刺さると思ったのだ。そして案の定である。ここまで突き崩せば十分だろう。

 

 申し訳ない事をしているとは思っている。過去をほじくり返して、聞きたくないだろう事を言い、強制的に現実と向き合わせた。言い訳をすると、こうすることで少しはいい方向に向かうんじゃないかとは思っている。流石に利用するだけ利用して放置では寝覚めが悪い。少しばかり手を貸すことも必要だと思っている。

 

 5分以上泣き続けたが、やっと涙をひっこめた。顔はもうぐちゃぐちゃだが。

 

「虚勢を張っていた時よりいい顔になりましたよ。戦う人の顔だ。戦場へようこそ」

「……吹っ切れた。南雲に話を持ち掛けられたのは事実。次の試験でB~Dの合同でAクラスを陥れる契約になっていたの」

「どんな試験かはご存じですか?」

「どこかに出かけるとは聞いているけど……それ以外は知らないな。ただ、無人島的な何かだと思っている」

「詳しい契約内容は?」

「どんな試験内容だろうと3クラスで協力してAクラス、もっと言えば橘茜を陥れる。そういう作戦だった。勿論無理そうなら別の誰かに標的を変えて構わないとは言われてるけど。退学も視野に入れた作戦を採っていいって。もし私たちから退学者が出れば2000万ポイントを貰えることになっているから」

「1番乗り気だったのは?」

「Bかな。石倉や猪狩はかなり前のめりになっていた。Dもそこそこ。Bは積年の恨みがあるからね。何としてでも堀北に一泡吹かせたいんでしょ」

「なるほど。これ、漏らして良いんですか?」

「漏らすことを想定されてない、が答えかな。南雲も3年と1年で繋がりを確認できてないみたいだし。どうせAとも繋がってるんでしょ?だからそれっぽい事を言ってBまでしか上げられない言い訳をした。違う?」

「これは一本取られましたな。その通りです」

 

 少しばかり甘く見ていたようだ。見抜けるところはしっかり見抜いている。

 

「それでもいいや。金で動くよりはずっといい。ただし、あなたの指図も受けない。私はただ、何もしないという事をするだけ」

「と、言いますと?」

「南雲との契約は努力義務に近い形になっている。契約内容が実行出来ない試験内容かもしれないからね。出来ると判断したら実行することとなってるけど、実行できなかった場合のペナルティが無い。判断基準は私たちに委ねられている。不覚的要素が強すぎる契約が裏目に出てるって感じだね。私が出来無そうだったと言えばそれで完結してしまうから」

「では、中立政策を貫くと?」

「Bを陥れるように動くと思う。元々そのつもりだったし。A以外のクラスを攻撃したらダメとも言われてないからね。最悪、Aとでも同盟を結ぶよ。Bが落とせれば万々歳だからさ。悪いけど、あなたとの同盟は結べないな。南雲を切るなら、あなたも切らないと道理が通らない」

「分かりました。残念ですが諦めるとしましょう」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 ふぅ、と彼女はため息を吐いた。同盟にならないのは想定していたパターンに入っている。外の部下を使い調べさせた彼女の過去、そして堀北学らから聞いた人物評。それらを総合すれば、道理を通すタイプだとはすぐわかった。だから、こういう結末になる事も予想は出来る物だった。最上では無いが、次善くらいではある。

 

 元々プライドも芯もしっかりあるタイプであり、それがたまたま揺らいでいただけの事。ならば揺さぶり尽くして元に戻せばいい。荒療治だったが概ね成功と言って良いだろうな。精神的に普通だったらば、南雲の提案は蹴っていただろう。勝ち方に拘るタイプは一見視野が狭いように見えるが、覚醒して化ける事もある。それに、仕えるならそっちの方が良いはずだ。芯がある人間の方が信頼できる。

 

「どうも、この度は色々御無礼を働きました。誠に申し訳ございません」

「あー、良いよ。私も少し目が覚めたし。やるべきことも見えてきたし。残された時間、有意義に使わないとなぁ」

「お役に立てたのならば幸いですが、それはそれとして謝罪はさせていただきます」

「うん、まぁ、グサッと来たし正直メッチャムカついたけど正論も多かったし。それに、そっちはそっちで南雲に絡まれてるんでしょ?体育祭がやっぱ原因?」

「恐らくは」

「ま、その為に利用できるものはしたかったんだろうし気持ちは分かるから謝罪は受け取る」

「ありがとうございます」

「協力はそこまでしないけど、もし南雲から何か接触があったら教えてあげるくらいはしてもいいかな。代わりにそっちも少しは何か対価を出してくれるならの話だけど」

「分かりました。記憶にとどめておきます。契約をお願いしても?」

「良いよ」

 

 用意していた契約書の内、このパターンだった場合のものを出す。彼女は少しだけ目を見開いてから苦笑いをした。

 

「1年の蒼い貴公子は伊達じゃないか。流石に用意周到だね」

「お褒めに預かり光栄です」

「内容は確認した。サインするから」

 

 そう言うと、彼女はペンでサラサラと名前を書いた。これでCクラスは私視点で敵対から武装中立へと関係が変化する。これだけでも大きい事だった。

 

「それじゃ、もう行くね。戦略見直さないといけないから」

「本日はありがとうございました」

「ん」

 

 携帯でクラスメイトに電話しつつ、足早に彼女は去って行く。何だかんだでしたたかだし優秀だ。それに諦めも悪い。芯もある。どれだけ敗北続きでも、3年Cクラスが未だに彼女をリーダーと仰ぎ続ける理由が何となく理解できた気がする。

 

 それはそうとして、私も連絡する必要がある。押した連絡先は数回のコールの内に応答した。

 

「もしもし、堀北先輩ですか」

「そうだ」

「今、お時間よろしいでしょうか」

「構わないぞ」

「ありがとうございます。早速ですが予定通り3年Cクラスの懐柔に成功しました。やはりと言いますか、南雲会長と密約を結んでいたようです。説得により契約の網目をかいくぐり、武装中立に変更してBクラスを狙いに行くようです。南雲会長も存外に詰めが甘いと言いますか、慢心していると言いますか」

「慢心しながら勝つのは奴らしい。こちらも引き続きDクラスには圧力とポイントで揺さぶりをかけている。Bは直接対決でどうにかする方法を考えている最中だ」

「なるほど。そちらはお任せしてよろしいですか?」

「無論だ。元々3年生の問題だからな。なるべく自分達でどうにかしてしまいたい」

「承知しました。それと……最後に1つだけ。南雲会長の狙いが判明しました」

「その口ぶりから察するに俺……ではないのか?」

「確かに対決は望んでいるのでしょう。それは今もなお変わっていないと思います。しかし、それとは別の目標のために3年生に金をバラまいたのです。その対象は先輩の最も信頼する相手。腹心とも呼べる存在」

「まさか」

「そのまさか。狙いは橘先輩です」

「……あり得ん。南雲は……過激ではあるがあくまでも俺との戦いを所望しているはずだ。勝負ごとに関しては、筋を通していると思っていたのだが」

「その信頼を裏切ってでも、貴方と戦いたい。そういう意思の表れではないでしょうか」

「…………」

「受け入れたくない現実かもしれませんが……」

「分かっている。分かってはいる。だが、やはりそれでも少し堪えるな」

「どう、されるおつもりですか?」

「どうもこうも無い。目論見が分かったならばそれに合わせて対応するだけだ。橘は大事なクラスメイトだ。必ず守り抜く」

「そう仰ると思っていました。同盟相手として微力ながら最大限お力添えします。今後もこまめに情報共有をして、姦計から逃れていきましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 

 電話は切れた。少しはショックだったのだろう。あまり感情を見せない堀北学だが、それでも南雲にも一定数の信頼を置いていたのだろう、それが裏切られたとあれば動揺するのもやむなしと言ったところだろうか。

 

 同時にピリリとメールが入る。何処からかと思えば電気屋から。頼んでいた商品が届いたらしい。受け取りに行かないといけない。クリスマスまではもうすぐだ。プレゼントというものを買ったのは人生でも数えるほどしかないが、中でもクリスマスプレゼントというのは初めてだ。どういう反応をされるのかは分からないが少しは喜ばれることを祈るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。綾小路からメッセージが来た。Dクラスとの問題に終止符が打てたらしい。めでたい事だ。これで彼らは上に向かって邁進できる。翌日にはDクラス内で政変が起こり、龍園が失脚したという噂が飛び交っていた。噂とは出回るのが早いものだ。特に閉鎖空間の学校生活では大いなる娯楽として扱われるのだろう。

 

 明確な脅威は消えた。龍園は大人しくなっただろうし、残された面子に今までのような運営は出来ない。あれはあくまで龍園の個人的実力によって成り立っていたクラスだ。石崎にそこまでの能力は無い。であれば今までのような強引な戦術はとらないと確信できる。これで大きな目的が達成できた。龍園に恨みは無いが、真澄さんを守るためには致し方ない行動だったと思って欲しい。

 

 今回の綾小路の話が真実ならば、龍園たちは綾小路(彼ら視点ではまだ黒幕X)と繋がっていると突き止めた軽井沢を過去をネタに屋上へ呼び出して、暴行を加えたらしい。それ見たことか。私の懸念は当たっていたと言えよう。真犯人を引っ張り出すためとは言え、龍園は軽井沢を嬲っている。その場には山田アルベルトや石崎、伊吹もいたという。皆武闘派で知られている存在だ。軽井沢では抵抗できなかっただろうし、彼女よりは身体能力が高いとは言え真澄さんでも無理だろう。

 

 結果的に全員綾小路に叩きのめされたとはいえ、どんな事をするか分かったものでは無かった。部下を守るべく、これまでずっと色々やって来たが遂に実を結んだ。少しは心休まるだろう。後は今回判明した南雲の狙いになっている橘茜のような存在に真澄さんがなってしまわないように、南雲対策に時間を割ける。2000万ポイントだ。2000万ポイントがいる。

 

 南雲が何もしなくても、ホワイトルーム関連は大人しくしててくれないだろう。どうも最近永田町と霞が関で怪しい動きがあると聞く。綾小路の父親が動いた可能性が高い。坂柳理事長の地位も危なくなる可能性が高くなってきた。ともすれば、そこの後釜にはホワイトルーム関係者が入るだろう。そうなった時。綾小路を退学させ私を入手するためにどんな手を使ってくるか分かったものではない。私は本国へ逃げられるが、その余波で真澄さんを被害に合わせるわけにはいかない。彼女を守るために、ポイントが必要だ。

 

 3年Aクラスに恩を売れば、彼らはイージーに卒業できるだろう。Aクラス卒業が確定した段階で彼らからポイントを貰い、補填する。そうすればどうにかなる可能性が出てきた。最悪、南雲の足でも舐めればいい。プライドも尊厳も捨てるのは慣れている。それで彼女が守れるなら、安いものだろう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

<現状(12月末)収支>

 

・収入→44万6700pp(10月分の14万3900pp+11月分の14万3900pp+12月分の15万8900pp)

 

・支出→2万pp(最近は、孔明が調理してくれるのと日頃の授業してくれているお礼ということで、真澄さんが食費を8割方出している)

 

・現状保有ポイント→262万4400ポイント(既に所持の217万7700ポイント+収入-支出)

 

・Aクラスこれまでの総収入額→109万5400ポイント

 

・Aクラス平均所持ポイント(異常値の孔明を除く)→約50万ポイント

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

<To.諸葛閣下>

 

松雄栄一郎の保護に成功。本国へ護送する。また、七瀬翼との接触にも成功。概ね良好な関係を築けている。ただ……。

 

<返答>

 

報告は簡潔にせよ。何か問題でも発生したか?

 

<Re.返答>

 

護送の際に複数の車に追われ、カーチェイスとなった結果、閣下のアストンマーティンDB5がお亡くなりになりました。

 

<RE.Re.返答>

 

…………え?ウソでしょ?ウソだといえ、おい!




感想返信は今度やります!もうちょっとお待ちあれ!

アンケートがあるので良ければ答えて頂ければなと思います。次回以降の閑話の内容に関してですね。お願いします。


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閑話 7.5章

色々とご意見ありがとうございました!多くのご意見を頂きましたが、やはり圧倒的に読みたいという方が多いという事で、断片ではありますが少しだけ可能性の世界を公開したいと思います。ちゃんとした話で読みたい!という方もいらっしゃいましたが、その辺は私自身4本同時連載は無理だと思っているので、私が宝くじを当てて労働する必要性が消滅するか、もしくはこの作品が連載終了したら書きたいと思います。

てなわけで今回はしっかりIFルートの話も用意してます!


<プレゼント・フォー・ユー side諸葛孔明>

 

 12月25日。私は非常に不機嫌だった。理由は簡単である。愛車がぶっ壊れた。発狂するかと思った。結構な値段だったのを競り落としたと言うのに。ただ壊れただけだったらまだマシだった。修理すればいいのだから。しかしながら爆発四散したと言われてはもうどうしようもない。

 

 唯一救いがあるとすれば、人命の損失は無かったことだろう。人命は何物にも代えがたい。私の車一台で部下が助かるなら安い買い物だ。それはそれとして悲しいしイラっとするが。卒業したら買いなおすことを検討しよう。

 

 しかしいつまでも不機嫌な顔をしている訳にはいかなかったので、心中は不機嫌ではありながらもクラス内のクリパではにこやかに過ごしていた。これくらいの演技は余裕で出来るが精神的に疲れるものがある。

 

 虚空を眺めながら亡き車との思い出に浸っているとチャイムが鳴ったのでドアを開ける。

 

「おはよう」

「……あぁ」

「何?二日酔い?」

「違うわ!……まぁ上がれ」

 

 真澄さんは箱を持って登場である。彼女に合鍵を渡していないのはここが機密性の高い場所であることが原因だ。彼女を信頼していないのではなく、彼女の持つ合鍵が盗まれるリスクを心配している。だからこそ面倒ではあっても合鍵を作らせていないのだった。彼女は少し不満そうだったが……まぁ説得したら頷いたので良いだろう。

 

「ちょっとショックな事があってな」

「どうしたの?」

「……車が壊れた」

「あっそう」

「いや、聞いておいて興味ないのか」

「興味持ったら危なそうな話だったからスルーする事にしたの」

「賢明な判断だが少しイラつくな」

「まぁまぁそう言わないで。これでも食べて機嫌直しな。ほら、ケーキ買ってきたから。メリークリスマス!ってやつでしょ」

「君、そう言うのやるタイプだったのか」

「今までやった事なかったからここではね」

「あ……」

 

 忘れていたが彼女はかぎっ子だ。しかもいつも家にいるタイプの。クリスマスに何かを祝われていた記憶は無いのだろう。勿論、ケーキを家族で食べた記憶も。それを考えれば同情の余地はあった。私も似たようなものなので、どうしても親近感はある。気持ちを汲んで、椅子に座る事にした。

 

「結構美味しいな」

「昨日の帰りに売れ残ってるのを買ってきたけど、味は良いわね」

「味は?一緒に食ってる奴が問題だと?」

「そう言うのじゃないから。……なんかとげとげしいけど、そんなに高かったの?」

「あぁ、すまんな。外だと普通にしてるつもりなんだが。どうもここだと自然体になりそうになる」

 

 ついつい自然体を出してしまっていた。本国と同じように振舞わないように気を付けていたのだが、精神面の揺らぎはなかなかコントロールが難しいものがある。それか、もしかしたら安心感を得られる人間と一緒だからかもしれない。

 

「ま、そっちの方が良いんじゃない」

 

 私のあまり褒められた態度ではない対応をされていたにも拘わらず、彼女はどこか嬉しそうにしている。良くわからんヤツだ。

 

「値段はなぁ……これくらいだ」

 

 指で2を示す。

 

「……2000万?」

「桁が1個足りない」

「あ、それは落ち込むわね。もっと落ち込んでても良いわよ」

「それはそれでなんか嫌な励まし方だな」

 

 けらけら笑っているが、桁を聞いた時に少し冷や汗かいていたのを私はしっかり見ている。良い感じに庶民的なのは良い事だろう。この学校で、しかもAクラスとなると毎月10万以上、今では15万以上相当の金銭と同等の価値を持つポイントが手に入る。そうなると必然的に金銭感覚が狂う生徒も出てくる。

 

 私がキツく無駄遣いをしないように言っているため、そこまで大盤振る舞いをしている生徒はいないようだが、それでも5万7万と使っている生徒もいる。そこら辺は流石に自由意思に委ねられている部分なので私も強くは言えない。アルバイトもせずにその金銭感覚は大分おかしくなっているだろう。金銭とは労働の対価によって得る物だ。ウチのクラスの場合、私の労働が多いのだが……。防衛大学でもないのだから、勉強してるだけで金が貰えるのは社会学習としてあまり良い環境でないような気もする。

 

 私の給料は大体年収だと特別手当などついて日本円で2000万円程。正直これでも大分上がった方なのだ。元々人民解放軍は給料が安めだったので、上げろと核弾頭を人質に中央政府を恐喝した結果、大幅アップした。国家予算の割く割合が増えた結果士気も上がっているので感謝して欲しい。とは言え、それだけでは車とかは買えないので別の資金源があるにはあるのだが。

 

 それはともかく、真澄さんの金銭感覚はこの数か月間全然変化していない。ごくごく庶民的だ。スーパーで10円の差で悩むくらいには庶民的だ。無駄な高額出費も全くしてない。服とかは実家から持ってきた私服だけで回しているそうだし、コスメ系はかなり安いので済ませている。質素倹約を絵に描いた存在だ。画材の高さにいつも頭を悩ませている。ペンタブが欲しいと度々ぼやいていた。そんな訳で。

 

「ケーキも食べたので、君にプレゼントがありま~す。孔明サンタからのありがたいものだぞ~」

「え……え?」

「はい、これ。まぁ開けてみな」 

 

 彼女はこちらの想定よりも凄く戸惑いながらラッピング包装を丁寧に開けていった。中から出てきた箱に目を丸くしている。作戦成功、といえるだろう。普段からこんな平和な作戦が多かったら私の車も壊れなかっただろうに。私も女王陛下のスパイが良かった。

 

「これ、ペンタブ?しかも35万くらいするヤツじゃん!え、え、くれるの?返さないわよ」

「いや、返されても困るんだが。私は使わないし」

「えっと……ありがとう」

「ま、大事に使ってくれ」

「うん、そうする」

 

 これ自体は私の外の口座から引き落としたのでちゃんと私の自費で買った贈り物だ。普段行動を共にしている部下への贈り物としてはまぁそこそこの物を選んだつもりだったのだが、気に入って貰えたなら何より。自分で選定した甲斐があったというものだ。問題があるとすれば、これのせいで彼女の迫っている誕生日に贈るもののアイデアが尽きたという事である。また考えておくとしよう。……思いついてくれよ、未来の自分。

 

 彼女は箱に入ったままのプレゼントを謎に抱きしめている。そんなに良かったのだろうか。貰ったのももしかしたら初めてだったのかもしれない。だとしたら、その初めてがこんな男からで申し訳ない気がする。もっと好きになった人からとかの方が良かっただろうに。結婚式には呼んで欲しいが……無理かなぁ。

 

「抱きしめても何も出ないぞ」

「分かってる。ちょっと、感慨に浸りたいだけだから」

「ま、別に良いけどさ。私は皿を片付けるから」

「……そう言えばさ」

「どうした?」

「最近、一人称変わらないわね」

「あ~、そう言えばそうかもしれないな」

 

 冬の冷たい水が手にしみる。これくらいならお湯にしなくても良いだろうと思っていたが、思ったよりも冷たかった。

 

「なんか、理由とかあるの?」

「元々私の一人称は不安定なんだ。そもそも母語じゃないし。……あ」

「!?アンタ、外国人?」

「…………誰にも言うなよ?」

「言わない」

 

 ポロっと言ってしまった。機密はどうなってんだ機密は!と思ったが正直どこ出身かを言ったところで問題はない気がしてきた。それに、彼女は私に逆らえない理由がある。であれば問題ないか。Cクラスには中国出身の生徒もいるようだし、彼女になら言ってもいいと思えた。

 

「私は中国は四川省成都の育ちだ。産まれは日本だけど。絶対言うなよ?信用して言ってるんだからな」

「わ、分かってる」

「ならいい。君を信じるとしよう。まぁそれで話を戻すとだ。日本は平和だろう?だから戦闘用モードというもののために一人称をわざと変えて精神の意識変革を図っていた訳だ」

「どうして変える必要があったわけ?」

「詳しくは言えないが……そう望まれたからかな。強い私でいる事、カリスマ性を持っていること。それを望まれ、そういう風な自分になってきた。でも君はそれを望まなかっただろう?だから言うなれば君のせい、かもしれないな」

「私が、望んだ?」

「気付いていなかったのか?君は、私が『私』と呼ぶことを望んでいた。同時に『俺』と呼ぶのを嫌がっていた。顔に出ていたよ。僅かだけど、少しだけな。何だかんだで暴力性の発露を嫌っていたのだろうと思っていたが」

「そう……なんか、ゴメン」

「いや、謝る事ではないさ。部下の望む姿になる事が私の夢、存在意義のようなものだからな。彼らの望む事が、私の望みだ」

「……」

 

 守るものが増えて随分と弱くなったもんだと思う。それで良いとも思っている。臆病さとは、同時に強さでもあるからだ。ここは平和だ。そして私はそれを望んでいる。平和の象徴は他ならぬ彼女であり、だからこそその意に沿わない事を避けようとしたのだろう。

 

 しみったれた話になってしまった。あんまり深入りさせては今後、彼女が真っ当な生活に戻れなくなってしまう。そのまま綺麗……ではないか万引き犯だし。でも私たちよりはずっと綺麗な、日の当たる場所にいる。そのまま、そこに居続けてくれればいいと、切に願っているのだから。話を変えるとしよう。少々強引だが、このままよりいいはずだ。

 

「さ、湿っぽい話は終わり。クリスマス~年末年始くらいはのんびりしようじゃないか。私オススメアニメの上映会をするんだけど、見る?」

「…………」

「真澄さん?」

「え、あ、あぁうん。見る」

「よ~しじゃあ決定!」

「何見せる気?」

「私の独断と偏見と主観でお送りする日本が誇るアニメナンバーワン!美と感動の世界へようこそ。というコンセプトで紹介するのはこちら!『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で~す。メッチャ泣けるから。私はもう見るたび泣いてる」

「えぇ……」

「あ、今想像できないって顔しただろ。絶対泣けるから。泣けなかったら私がスペシャルメニューを作ってもいいさ。自腹でな!」

「そこまで言うなら見るけど」

「よしよし」

 

 かかったな。私の最推しに狂うといい。配信サイトでたまたま見て、ボロ泣きした結果わざわざ日本からDVD(特装版)を取り寄せた逸品だ。劇場版も当然持っている。良いよねぇ元軍人もの。共感できる部分もあったし、凄い刺さっている作品だった。私は案外泣ける系が好きなのかもしれない。ドラマだと南極大陸とか?映画はタイタニック。

 

 なお、見せた結果の反応は……

 

第1話~第3話→「綺麗なアニメ……。確かに面白そうだけど」

第4話→「良い感じじゃん」

第5話→「そうか、軍人か……」

第6話→「私が描きたかった星空がこれ!」

第7話→「私のお父さんは、私が死んだらこんな風に泣いてくれるのかな……」

第8話~第9話→「少佐……」

第10話~第11話「う、ううう……うわぁぁ(声にならない嗚咽と号泣)」

第12話~第13話「あ、あ、あ……(感動と尊死で言葉になっていない)」

 

 といった感じだった。私の想像の倍くらい泣いていた。何回も見ているが、やっぱり泣けてくる。いいよね、日本のアニメ。私は中国人だが、正直世界トップクラスを走っていると思う。ウチの国は早くそっち方面に金を投資しろと思っているのだが、当局は規制を強めてる。クソがよ。ボロボロ泣いた彼女は視聴後抜け殻みたいになっている。見始めてからもう既に5時間半くらい経っていた。

 

「OVAと劇場版×2もあるけど……?」

見ます……!

 

 震え声で言われたのでDVDをセットした。布教成功!とこういう時は言うのだったかな。ともかく、信者を増やすことには成功した。語れる人が増えたのが私にとってのクリスマスプレゼントだったのかもしれないと思いながら、再生ボタンを押すのだった。

 

 

 

 

 

<逃亡劇 side松雄栄一郎>

 

 

 絶望は割と自分のすぐそばにいる。それを思い知ったのは、今年の春だった。合格通知は確かに来ていた。しかし、取り消し。訳が分からなかった。慌てて問い合わせるもミスがあったの1点張り。私立高校は諦めて公立に切り替えた。そこも合格通知が来たのに、また取り消し。謝罪もなく、何の理由説明もなく、取り消された。

 

 解答をミスしたわけがない。何回も見直しをしたし、問題用紙にメモした自分の回答は、高校が公表したものと全く同じだった。明らかに合格点以上を出している。にも拘わらず、行き先はどこにもなかった。そして、父親からそうなってしまった原因を聞かされた。正直恨まなかったといえば嘘になる。恨み、憎み、絶望し、どうにか前を向こうとした時には……もうすべてが遅かった。

 

 生活苦は続いた。アルバイト先ですら、確保が難しかった。コンビニのバイトなど、正直年中募集がかかっているような場所ですら落ちた。なんとか日雇いの仕事を確保したけれど、それだって体力を消耗する。頑張ろうという心は、日に日にやつれていった。少しずつ、その努力しようという感情が自分を追い詰めていった。辛うじて生き永らえていたのは父親がいたこと、そして自分を慕う幼馴染がいたからというのが大きい。だが、その生きる理由であった父親も裏切った元雇い主に謝罪すると言って出ていった後、焼死体になって帰ってきた。

 

 年は暮れに近付き、体力と精神力が削れていく。ボロい安アパートの一室で、毎日死ぬことばかり考えていた。そんなある日。平日の昼間、誰も訪ねてくるはずのない時間にチャイムが鳴らされた。宅配便なんて来るはずもない。滞納しがちな家賃の催促かと思い、無視しようとした。だが、ドンドンドンと五月蠅いくらいにドアが叩かれる。あまりのしつこさに根負けし、扉を開いた。

 

「いるんじゃないですか。無視しないで下さいよ」

「貴女は……?」

 

 そこには銀色の髪をたなびかせ、左目に白い龍があしらわれた眼帯をした少女が酷薄な笑みを浮かべて立っていた。

 

「ガスメーター回ってるんでいない訳ないと思っていたんですよねぇ。さっさと開けて下さいよ全く」

「なんで初対面でそんなことを言われなくてはいけないんだ」

「それを説明しても良いですが、少しここでは場所が悪い。ついてきて下さい」

 

 何の説明も無しに彼女は腕を引っ張り部屋から連れ出した。アパートの外にはこんなボロ屋の集まる下町には似つかわしくない高級車が止まっている。

 

「どうぞお座り下さいな」

「あ、あぁ……」

 

 バタンとドアが閉められ、彼女はふーっとため息を吐いた。

 

「あの部屋の内部は盗聴されていますからねぇ。玄関ではギリギリ音声が入らない範囲なので、出てきてもらいました。さて、貴方が松雄栄一郎さんで間違いないですね?」

「そうだが」

「ふむ。では閣下の仰っていたのは貴方か。何でこの私が日本くんだりまで来る羽目に……」

「はい?」

「いえ、こちらの話。では単刀直入に言いましょう。このままでは貴方が日本で暮らしていくのは難しいのは理解していますか」

「……ホワイトルームだろう?僕の父親がそこの権力者に逆らった。だから僕がこうしてその罰を受けている」

「その通り。状況理解の手間が省けました。我々は貴方を保護しようとしています。貴方の同意があるなしに拘わらず作戦は実行されますが、同意があった方がやりやすいのでこうして説明しています。我々と来れば貴方の就学や就職は保証しましょう。尤も、数年単位で日本へは戻れませんが」

「一体、貴女、いや貴女たちは何なんですか!?いきなりそんな事を……」

「名乗るのは貴方が私たちと手を組んでからです。私たちは、正確には私たちの神より偉大にして三皇五帝よりも高貴なる司令官閣下がではありますが、ホワイトルームと敵対関係にあります。貴方の身柄、同時に貴方に深くかかわっている方の身柄の安全を保障しましょう」

「翼は巻き込めない!」

「ご安心を。彼女はこの国に残って貰いますから。その間の安全は我々が責任を持って保証します」

「……信じて、良いんだな」

「信じるか否かはどうぞご勝手に。ただし、このままただ待っていても何も変化しないと思いますがね」

「…………分かった。同意する。もし僕の情報や発言、証言が必要なら協力する。どうか、助けて欲しい」

「物わかりの良い方で助かります。私は中華人民共和国人民解放軍陸軍特殊作戦旅団・白帝会にて副指令を務めています、黄雹華と申します。階級は大校、こちらで言えば上級大佐みたいなものですかね。以後お見知りおきを」

 

 契約した人間を前に微笑む悪魔のような顔で、彼女は薄く笑った。そして、その日から逃亡のための手順が整っていった。部屋に僅かに残った私物や私服をかき集める。結果的にリュックサック1つに入り切る量しか残っていなかった。両親との写真を1枚だけ入れる。残りは翼が預かってくれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼とは、黄さんの奢りで久々に行けたファミレスで話せた。場所は言えないが、遠くへ行くことなど、大事なことは全部つたえる事が出来た。最初は戸惑いながら聞いていた彼女も、最後には僕を応援してくれた。随分と久しぶりに食べたファミレスの味が極上のレストランのメニューのように感じた。意外だったのは、明らかに冷たそうな顔をしている大佐(僕が勝手にこう呼ぶことにした)は僕たちのやり取りに口を挟む事は無かった。正直退屈だったのだろうとは思うが、じっと聞いていてくれた。案外良い人なのかもしれないと思ったのだった。

 

 その日はすぐに来た。真夜中、アパートの前に数台の車が止まる。

 

「貴方は私と共にこの車で行きます。途中で妨害が予想されるので、複数ダミー車を用意しています。あれですよ、ハリーポッターでもあったでしょ、こんなシーン」

「は、はぁ……」

「さ、お乗りください」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 他の車にいる人にも頭を下げる。皆サムズアップや頷きで返してくれた。人民解放軍と言うと日本ではいいイメージを持たれていないが、その中にいる1人1人は普通の人なのかもしれない。

 

「待ってください!」

 

 発進しようとした時、白い息を吐きながら、翼が走ってきた。後ろには護衛役として彼女についていることになった軍の人もいる。護衛役の人は、翼の学校に転入生として入り、高校へも付いて行くらしい。「正直当たりですよ、あの仕事。七瀬さんは高育に行くと言っていましたし。私だって閣下の側にいたいのに……。」と大佐はぼやいていた。

 

「栄一郎君……どうか、お元気で」

「あぁ。翼もな」

「……」

「……」

「それじゃあ、さようなら」

「七瀬さん」

 

 僕が翼の別れの言葉に返事を返そうとした時、運転席の大佐はそれを遮って翼に声をかけた。

 

「こういう時はね、さようならよりまた今度と言うんですよ。再会出来るように、ね」

「……!はい。ありがとうございます。栄一郎君また今度!」

「元気でやっていてくれ。また会おう!」

 

 翼の目には光るものがあった。ずっと一緒にいてくれた存在のありがたみが良くわかる。死のうとしていたのがいかに愚かだったかも。僕は生きなくてはいけない。僕のために泣いてくれる彼女のためにも。努力が報われないのはおかしいと泣いてくれた、彼女のためにも。

 

 車の窓から見えなくなるまで、彼女はずっと手を振っていた。

 

「青春ですねぇ。些か血なまぐさいですが。大切にした方が良いですよ」

「分かってます。僕なんかに憧れてくれる勿体ない幼馴染です」

「ならば結構。無事に送り届けてくれ、よろしく頼むと土下座で言われたのです。さしもの私も少し奴らにはお冠でしてね」

「軍人さんはもっと冷静にやってると思ってました」

「感情的でも任務遂行に支障をきたさないから、我々は優秀なんですよ。女の子の涙は何にも勝るというのが私の勝手な信条です」

「それはまた随分と男らしいと言いますか」

「どうも。さ、飛ばしますよ。さっさと到着してしまいたい」

「どこへ行くんですか?」

「港を目指します。貨物船が来ているので、それに乗って上海を目指します。そこからは飛行機ですね」

 

 大佐はアクセルを踏み、凄いスピードですっ飛ばす。車のオーディオからはずっとどこかのラジオが流れていた。首都高に入るが、そこで大佐の視線はキッと厳しくなる。

 

「どうしましたか」

「妙ですね。こんなにガラガラの筈が無いのですが。先ほどから車一台ともすれ違わない」

「……これ、見て下さい!」

 

 マップを携帯で表示すれば、そこには高速道路規制中の文字があった。工事をしていることになっているが、工事の様子などどこにもない。明らかに虚偽の規制だった。

 

「これは……今朝の確認ではこんなのは無いはずでしたが。ここまでしますか。大層な仕掛けですね。さぁおいでになったようですね。しっかり座っていて下さい」

 

 バックミラーには黒い車が10台ほど後ろからピッタリ付いてきている。同時にアクセルが踏まれ、急加速を始めた。大佐はボタンを押し、レバーを引っ張る。トランクがガコン、と音を立てて開いた。

 

「さぁぶっ放しますよ!」

 

 ダダダダダと凄まじい音と共に銃弾が射出されている。それをものともせずに後続車は一気に車間を詰めてきた。まるで007のようなギミックと共に攻撃が続行されるが、相手の車もそれを弾いている。緊張感のある状況であったけれど、昔見たスパイ映画の主人公のようで少しだけ興奮してしまった。

 

「ちっ!流石に防弾仕様ですか。まぁ良いです。逃げ切ったら我々の勝ちですからね!」

 

 ガーガーピーと音が鳴り、通信が入る。

 

「姉御、A車に5台付いてきてます」

「B車は3台!」

「C車、現在東名道方面を目指していますが5台です」

「D車、京葉道を目指していますが3台が追走!」

「姉御は止めなさい!各車、自己判断で自由射撃を許可します。好きにやってしまいなさい!」

「「「「了解!」」」」

「大丈夫なんですか?」

「どうせ向こうも公には出来ません。なら、精々好き勝手にやらせてもらいますよ」

 

 横に黒い車が数台やって来る。車間を詰めてきた。半ば包囲するような形を取られてしまうが、大佐は平然とした顔で窓を開ける。車に搭載しているであろう拡声器で呼びかけがされた。

 

「止まれ!」

「止まれと言われて止まるバカが何処にいる!」

 

 静止を叫ぶ車に逆幅寄せしつつ、大佐は運転しながら拳銃をぶっ放した。銃弾は相手の窓ガラスを突き破り、夜の灯りでも確かに分かる赤い血が飛び散る。止まれと叫んだであろう男がゆっくりと横に倒れた。続けざまにもう一発と放たれた弾丸は先ほど開けた穴をまるで針に糸を通すように通り抜けて運転手に当たる。途端にスリップを起こした車は後続車を巻き込んで横転炎上した。

 

「脆い窓ガラスだこと。正面装甲だけ厚くしても無意味なんですよ」

 

 硝煙をまといながら大佐は呟く。追いかけてくる車はまだ3台ほどいる。残りは全部さっきの炎上で吹っ飛んだらしい。流石に警戒したのか、後続車は少し車間距離を開ける。詰めようとすると機関銃の弾幕がトランクから射出されその都度妨害していた。

 

 その間にも車は最大速度を出したまま料金所を突っ切り港のエリアに入る。多くのコンテナや倉庫が立ち並んでいる迷宮のような場所を疾走していた。その時である。ものすごい爆発が突如車の横で起こった。

 

「バズーカぶっ放すとはね。これはいよいよマズいですね。ここまで本気とは些か想定外。しかしまぁ対処は可能です。いいですか、これから一回引き離した後停車します。その間に急いで飛び降りて下さい」

「その後は!?」

「車は遠隔操作に切り替えます。あの攻撃では流石に持たない。車を囮にしますのでその隙に逃げます。ともかく私の指示に従って!」

「わ、分かりました」

 

 一旦後続車を引き離し、道のど真ん中で停車し降車する。同時に大佐は咥えていた自分の鞄の中から機械を取り出し操作を開始した。さっきまで乗っていた車が動き出し、追いついてきた追手の車に向かって突進していった。慌てたようにバズーカ2発目が撃たれ、車は爆発四散した。だが、至近距離での発砲だったため、巻き込まれて爆発している。

 

 それを横目に、大佐に米俵のように抱えられ運搬される。非常事態ではあるけれど、女の子に運ばれているのはかなり恥ずかしかった。とは言え、そんな事を言っていられる状況じゃない。舌を噛みそうになるのを必死にこらえて、リュックを落とさないようにしながら大人しく運ばれる事にした。

 

 夜のふ頭を走り、停泊中の大型タンカーのタラップを駆け上がる。出てきた船員は、こちらの姿を確認すると中へ引っ込む。数十秒後、船が動き出した。

 

「すみませんね、スマートさには欠けていますが何とか脱出成功です。敵の本気度を甘く見ていました。精々街中で撃ち合うくらいしかできないと思っていたのですが……失敗ですね。まさか高速を封鎖してくるとは。なかなか閣下のようにスマートにはいかないものです」

「他の仲間の方は……?」

「それぞれ所定の場所に落ち延びるようになっています。車は消耗品ですのでご安心を。こんな任務で死ぬような者たちではありませんから」

 

 夜の港が燃えている。明らかにもう、戻れない場所に来てしまったという思いが今更ながらにこみあげてきた。

 

「日本にしばしの別れです。何か言いたいことは?」

「……クソったれ!」

「よろしい。では中へ引っ込みましょう。これからの事についてご説明させていただきます。後、申し訳ないのですが私は閣下へお車を破壊する羽目になったと連絡して説教を受けないといけないので、しばしお待ちください。では艦橋へ行きましょう」

「……はい」

 

 カツンカツンと音を立て、先導するように大佐は歩いていく。何でもないようにしている様子からするに、これまでも修羅場をくぐってきた事がうかがえた。彼らはそこまでして、何のために僕を保護するのだろう。果たして、そこまでの価値はあるのだろうか。今は分からない。だが、事実としてあるのは彼らのおかげで僕は今もこうして未来への希望を失わずにいられる。

 

 何としてでも生き残ってみせると決めたのだ。例え、異国の軍隊の力を借りようとも。

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双④、Fateまたの名をDestiny編・IFルートCクラス>

 

 

 体育祭、ペーパーシャッフル、あらゆる試験で龍園とそのクラスは勝利を続けている。快進撃としか言いようのないこの有様に、多くのクラスが畏怖を抱いている。次やられるのは自分かもしれない。そう思いながら。既にDクラスとの差は圧倒的。かつてのBクラスは今やCクラスになり下がった。Aクラスとの差も後僅か。彼らが勢力争いに固執している隙を突いた専制国家である我がクラスの勝利であった。

 

 坂柳が辛うじて勝利し、なんとか体制の立て直しに急いでいるがなかなか上手く行っていない。一之瀬はもがいているが上に行く手段が現状見つからないのが事実だ。龍園を王と仰ぎ、そこに私が仕え、その私に椎名が仕えている現状はかなり上手くクラスを回している。金田も最近ではしっかりと成長を見せており、我がクラスの法正枠くらいにはなれそうな雰囲気を見せていた。

 

 元より武闘派は多いので、そこに学力が合わされば最強格である。龍園の暴力性は存在しているものの最近では見せる機会は減りつつある。船上で真鍋たちが揉めるという事態は発生したが、龍園による『お話』と私の説得によって事なきを得た。今無駄なところで隙を見せる訳にはいかないのだ。カリスマを見せられるようになってきた龍園の姿に水を差したくはない。

 

 しかし、進撃を続ける我がクラスを見張るような動きが最近出始めている。顕著なのがAクラス。多くの人員がクラスの主要メンバー、龍園、石崎、伊吹、椎名、金田、アルベルトなどを見張っている。勿論私も。放置しても良さそうだったが、この見張っている間は坂柳の監視がこの尾行要員たちに行き届いていない隙でもある。これは有効活用できるのではないだろうか。そう考えるのは自然な事だった。相手のスパイを寝返らせるのも調略の基本である。

 

 人気のない道を歩いていく。馬鹿正直についてくるとは、尾行の仕方がお粗末と言わざるを得ない。では、少し試してみるとしよう。急にスタスタと歩き始める。速度の急上昇に尾行者は焦ったのか、走って追いかけてきた。曲がり角を曲がり、そのまま待機する。慌てたように曲がり角へ差し掛かり、こちらに気付いた相手の手を掴み壁へ押しやった。

 

「尾行は初めてかい?お嬢さん。大分バレバレだねぇ」

「離せッ!離して!」

「誰が捕まえた獲物を逃がすかよ。さてさて、お嬢さん、お名前をお聞きしようか」

「……」

「まぁ言わないならこれで見るさ」

「なっ!どうやって携帯を!」

「簡単だよ。ちょっと拝借させて貰ったのさ。さてお名前は……ほぅ神室真澄というのか。坂柳の犬という訳だな」

「……」

 

 不貞腐れたようにそっぽを向いている彼女の顔をグイと動かして正面を向くようにする。その目が私の目と合った。気丈に振舞っているが、目の中には若干の怯えが見て取れる。

 

「良いじゃないか。なかなかどうして好みの顔だ」

「なに……する気?」

「君の想像のような事はしないさ。私はあくまでも紳士的なのでね」

「龍園の手下が良く言うわね」

「手下ではない。軍師だ。そこをお間違え無きように」

 

 椎名は有能だが運動神経があまりよろしくないし、素直に動いてくれるかは分からない。丁度部下が欲しかったところだ。移籍させるのも悪くないかもしれない。私が言えば、龍園も頷いてくれる可能性は高い。船上試験で葛城は龍園に騙され契約を結ばされている。それを条件に付きつければ頷くかもしれない。

 

「こうして運命的な出会いを果たした訳です。これから仲良くやりましょうよ」 

「最悪な運命(Fate)ね」

「私にとっては運命(Destiny)ですけどね」

 

 2人の出会いは凡そロマンティックの欠片もないものであった。

 

 

 

 

 

 

<アルティメット堀北④、夢の守り人編・IFルートDクラス>

 

 

 夏は勝利と共に終わった。無人島では全クラスのリーダー当てに成功し、スポットも多く占有した結果300ポイント以上の得点を以て終了となった。次の船上試験でも優待者の法則性の特定を発表前に開始。見事成功し、龍園を騙して間違った優待者を報告させることに成功。龍園は結果4を3つ生み出すこととなり、それが終わった瞬間に残った全グループの優待者を指名し、600クラスポイントをゲットすることが出来た。

 

 結果としては350ポイントの無人島と結果3が9グル―プ+結果4が3グループでそれぞれ50ポイントずつ我々に入って来ているため総計600ポイントの船上試験を合わせる事で950ポイントとなる。これにテスト終わりに配布された元々の92ポイントを足した結果、1042ポイントとなった。理論上の最大値を叩き出せば勝てるという一般論的に言えばばかげている行為が可能なのは、清隆と私が共に手を携えているからに他ならないだろう。

 

 彼の協力が無ければ、ここまで一気に駆け上がる事は出来なかったと言っても良い。堀北も良くやっていた。リーダー交代を見抜けたのは素直に素晴らしいと褒めるしかないだろう。遅まきではあったが、法則性にも自力で半ば気付いていた。統率も出来るようになっている。立派な成長だった。例え私が指導したとしても努力したのは彼女。それを馬鹿には出来ない。彼女の兄貴も「前よりもずっと立派になった。良い教師に出会ったな」と頷きながら褒めていた。

 

 そして同時に、これは無人島と船上試験での大敗により1000ポイントを下回ってしまったAクラスを超えて首位になったのである。つまり、1年Dクラスは入学から半年を待たずして、史上初のAクラス行きを達成したのであった。

 

「Aクラス諸君、おめでとう」

 

 9月に入った直後、茶柱先生はそう言って教壇に立った。彼女も少しずつ変わりつつある。Dクラスの有り様を見て、希望を見出せたのかもしれない。

 

 無人島ではDクラスはしっかり協力してまとまっていた。途中トラブルも存在したが、それも乗り越えている。一番危うかった下着窃盗事件も池が犯人に仕立て上げられそうになっていたが、清隆と相談し私の所に有ったことにした。そして、被害者だった軽井沢の「私、諸葛君を信じるよ」の一言で解散となり伊吹の当ては外れることになる。この時も、女子たちはあくまで冷静に男子の荷物調査を依頼していた。自分達の荷物には無かったことも開示していたため、男子も素直に応じる事が出来ていたのである。これは成長を感じるところだった。

 

 グループが細分化していた入学当初とは違い、今では女子は堀北を中心にまとまっている。壮絶な殴り合いをした櫛田は、堀北と協力することで、かつての地位を回復しつつあった。それに、佐倉や王と言った控えめな生徒からすればしっかりフォローしてくれる櫛田の存在は、例えその正体が何であれありがたいものだったのである。なお、男子内には毒舌系女子に対する萌えブームが外村を中心に巻き起こっていた。流石に怖い。聞けば、クールに罵倒の堀北派と、笑顔で罵倒の櫛田派に分かれているらしい。訳が分からないよ。

 

 だがそれはともかく。大分初期に比べればまともになった陣営。これならばクラスとしても戦える領域に入っているだろう。勉学面は言わずもがなだ。茶柱先生も協力してくれるようになっている。これは良い傾向だ。

 

「これからも一層励むように。また、何か問題があれば相談してくれ。以上だ」

 

 先生はそれだけ言うと教室から去って行った。職員会議があったようで、クラスに担任教師が肩入れする事が少しは許可されたようだ。あくまでも勉学面や運動面、特別試験でのアドバイスであり、流石に試験の漏洩などは許可されていない。当たり前ではあるが。その結果、どこのクラスも先生が力添えを始めたようだ。勉強も先生の力添えがあるとありがたい。茶柱先生は日本史、もっと言えば社会科担当だがかつてここで学んでいたようにそれ以外も出来る。

 

 その道のプロがしっかりやればなかなかの成果になる物で、今では社会科は任せてしまっている。そちらの方が効率が良いだろうからだ。先生を見送り、私は壇上に立つ。

 

「ここまで良くやった。協力なくば、こうしてAクラスとして、此処にいる事も無かっただろう。そして、私がAクラス行きを急いだのには訳がある。分かるか?」

「追われる方が追うより楽だから、かしら?」

「その通りだ、堀北。まさに彼女の言った通り。上に下にを気にしている下位クラスよりも、取り敢えずクラス間闘争で下だけ見ていればいいAクラスの方が楽に決まっている。地位を守り、このAクラスを固持するような戦略をとればいいのだからな。そしてそれだけではない。この学校のくだらないクラス間闘争から君たちを解放するためだ」

「解放……?」

 

 多くの生徒が疑問符を浮かべている。

 

「確かに君たちは努力している。だがまだ足りない。勉学に上は無い。そして君たちはまだまだ素の実力は不足している。愚かにも内部分裂の末にBに落ちた元Aクラスには劣っている。だからこそ、研鑽を積んでもらい、もっと上への力を溜めて欲しいのだが……正直特別試験やクラス間闘争に頭を割くのはその邪魔だ。そんなことしてる暇があったら問題を1つでも解き、単語を1つでも覚える。それが君たちに、この先の将来において必要な力だ」

 

 クラスを見回す。5月とは違い、皆しっかり聞いている。高円寺も、最近では足を机から降ろすようになった。

 

「Aクラスは確かに望む就職や大学入学が保証されている。だが、入った後にどうするかは君たち次第だ。就職しても首を切られたり、万年平社員かもしれない。入学しても、単位を落としたり、授業についていけないかもしれない。それでは何の意味もない。そして、受験をくぐる事にも大事な意味があると思っている。私がここで指導する以上、例え君たちが卒業前にAクラスであったとしても問答無用で受験を受けてもらうつもりでいる。それが、きっとこの先の未来に役立つだろうからだ。それに、推薦を蹴って一般で入る方が少しカッコいい気がするが……どうだ?」

 

 クスクスと笑い声が出る。良い傾向だ。委縮していてはしょうがない。最初は主導権確保のために強権的になったが、基本は民主制の方が好きだ。

 

「私がここで指揮する以上、Aクラスは必ず固持してみせる。特別試験だろうが何だろうが、必ず勝って見せる。退学者など、一切出させない。その代わり、君たちは必死に勉強しろ。もし、本当に余裕があるのならば私と共に敵を討ち果たそう。ただし、その資格があるかは私が決める。今のところは……清隆と堀北、後は高円寺くらいだろう。だからそれ以外の諸君はただ、自分の夢と将来を見つめていろ。そして努力しろ。クラス間闘争だの特別試験だの下らないものには気を取られるな。努力の天才になれ。何においても突出した才能がある必要はない。他は普通かそれより少し上程度でも、自分の持つ武器だけは誰にも負けないように磨け。夢は諦めるな!それが諸君の課題だ。だからそれ以外は私に任せて、私を信じて付いてこい!」

「「「はいっ!」」」

「よろしい。では、早速発表された体育祭について始めよう。君たちは基礎体力の向上に努めつつ、各競技の練習だ。ペア競技などは運動成績を見て決める」

 

 必ず彼らを望む進路へ導いてみせるとも。それが私の仕事だ。他の奴らがちょっかいを出すのならば、それを全て排除して進むのみ。彼らのために必要なカリキュラムにクラス間闘争は存在していない。そんなものにかまけている暇はない。ただ邁進させるのみだ。自分のために、未来のために。

 

 クラスは解散指示を出し、堀北と清隆を呼ぶ。

 

「龍園、坂柳は間違いなくちょっかいを出してくる。これに対する対策会議を始めよう。あらゆる想定をして、あらゆる事態に対処するぞ。案を出してくれ」

 

 私の言葉に我が友にして生徒たる2人は力強く頷いた。

 

 

 

 

<Bad End side……>

 

 

「母親が癌で急死していたのでね。私もまぁ可能性はあったわけだが。随分と不幸な事だ。末期がんとはな……これも因果か」

 

 高度育成高等学校には付属の病院がある。そこの病室で外の海を眺めながら、コイツは呟いた。3年生になり、夏も終わり、Aクラスでの卒業まで後半年を切ったと言うのに、神様は残酷だった。夏の特別試験で突如倒れた彼は、ヘリコプターで搬送された。そこで判明したのは、癌。それもかなり末期の。延命治療をすれば卒業できるかもしれなかったが、彼はそれを拒んだ。

 

 学校には来なくなった。ずっと病室にいる。クラスメイトは毎日のようにお見舞いに行っていたが、それで君たちの学業が疎かになってはいけないと言い、彼は来ないように厳命した。特別試験は意味をなさなくなった。龍園は攻撃を止めた。死体を蹴る趣味はないと言いながら。綾小路も進撃を止めた。堀北も、彼のいないAクラスに勝っても意味などないと言い切った。一之瀬も、攻撃の意思を持たなかった。

 

 驚くほど穏やかな時間が流れていく。教師陣の面持ちも日に日に暗くなり、同時に彼の顔色も段々と悪くなっていった。そして、3年目のクリスマスに、私はある決意をした。

 

「今日は、元気そうね」

「……まぁな。もうすぐ死ぬのかと思うと気が滅入る。あんなに殺したのに、私は生きたいと願っている」

「……」

「最期くらいは、平和に死ねるのがせめてもの救いかな……」

「ねぇ、アンタ、結婚願望あるって言ってたよね」

「なんだ、真澄さん。藪から棒に」

「なってあげるよ、私が。ここにサインして」

「これは……」

 

 差し出したのは白い紙。ほとんど全て記入済みになっているその紙の右上には『婚姻届』と書かれていた。

 

「……は?」

「私もアンタも18。まだ民法は改正されてないでしょ」

「いや、どうして君が」

「好きだからに決まってるでしょ。嫌いな奴と、結婚なんかしたくない」

「私はもうすぐ死に逝く身だぞ。それに、校則では」

「理事長から許可は降りてる」

「同情ならいらない」

「同情なんかじゃない」

「……」

「私、これまでずっとアンタのために働いてたでしょ。そのお礼をしないといけないってずっと前に言ってたよね。そのお礼の代わりにここにサインして。良いから!」

「……分かった。君がそれを望むなら」

 

 弱々しく震える手で彼の名前が書かれる。小さい声で彼は言った。

 

「ありがとう」

 

 昔はあんなに張りのあった声は、もうか細い。一瞬涙が漏れそうになるが、グッと堪えて笑いかけた。

 

「よろしくお願いいたしますね、旦那様」

 

 彼が息を引き取ったのは、その一月後だった。たった数週間の夫婦生活。その終焉はあっさりと訪れてしまった。遺骨の一部は彼の部下が引き取り、本国へ持ち帰るらしい。そして遺族の中でももっとも彼に続柄の近い私が喪主をすることになった。

 

 Aクラスの皆が泣いていた。他のクラスの参列者も泣いていた。龍園は勝ち逃げされたことを悔しそうに。櫛田や堀北、一之瀬は彼のおかげで前を見れた部分が少なからずあったから、その恩を返す前に死んだことを悔やむように。綾小路は何か大事なものを喪失したように。泣いていた。

 

 私は泣けなかった。どこか現実感が薄かったから。病室に行けば、あの顔であの声で今もそこにいる気がしたから。

 

 葬儀が終わり、私は1人海を眺めている。吹き続けてくる潮風がどうしようもなく私の寂しさを煽る。

 

「あぁ、ああああ……!!」

 

 堰を切ったように涙があふれだす。こんなことになるのだったら、もっと前から動くんだった。もっと前から、私の気持ちは出来上がっていたのに!後悔してももう何もかもが遅かった。愛した人はこの世界にはいない。左手の薬指に嵌った指輪が、鈍く銀色の輝きを放っていた。彼の指輪は焼かれた後に私が回収した。そのまま仏壇に置いている。

 

 死にたくなるほど辛い。それでも、私は生きなければならない。彼の遺志を継いで、その夢の完成を見届けるまでは。それに……私はもう、1人の身体では無いのだから。卒業まで後3ヶ月弱。なんとか制服のまま卒業できそうだ。その後は……配偶者だったので彼の遺産が大量に入って来ている。それがあれば子供1人くらいは育てられるはずだ。

 

 いつか言わなくてはいけない。貴方のお父さんは、凄い人だったのよ、と。涙を拭い、私は前を向いた。曇天の少し荒れた海を見ながら、決意を固めて。

 

 

 

 

 

 

 

 ……10数年後。

 

 高度育成高等学校1年Aクラスの席に、1人の少女が座っている。たまたまその学年で再びAクラスを担当していた教師――その名を真嶋と言う――は驚きと懐かしさと、少しの悲しみを以てその少女を見つめていた。

 

 彼女の名を、諸葛明華と言う。




IFルートDクラス編で取った戦略は、実は正史(Aクラスルート)とあまり変わっていません。無人島はほぼ同じですし、船上試験では包囲度外視で龍園を騙し(正史と同じ)、D以外の全グループを指名(ここが正史との差)でAへ上げました。ね?ぶっ壊れでしょう?だから没にしたんですよ……。

私は曇らせバッドエンドが好きなんですが、書いてると辛いので読み専です。時々バッドエンドにしたい誘惑にかられますが、基本は我慢してます。

次回は林間学校編。それが終わると皆さんお楽しみ(?)なクラス内投票編です。腕が鳴るぜ。

前回の話で、孔明が車運転してるのに誰も違和感を覚えてなくて草でした。え?今更だろ?それはそう。


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8章・コミュニケーションにおいては、どちらも対等な関係であるべきである
44.冬の山にて


何とか形になりました。次回は多分遅い……と思います。気分が乗った&時間がある時に書いているので正確には分からないですが……。


常に一番になろうとしている時は、人の話を聞いていない。これがコミュニケーションを台無しにする

 

『グルーチョ・マルクス』

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 楽しい冬休みは終わった。愛車が燃えたけれど、私は元気です。元気なんです。元気という事にしよう。まぁそれはさておき、年越しは割と楽しかった。色々テレビも充実していたし、おせちを食べたりもした。2人しかいないのに作り過ぎた感はあったが、余りは全部真澄さんの胃袋に吸われていったので問題ない。

 

 3学期が始まって早速したことはクラス内選挙である。私は約束を守る人間。なので公約通りに選挙を実施した。と言っても他に名乗り出る存在もいないので不戦勝で終了したわけだが。これで残りの3か月間も私が指揮を執れることが確定した。

 

 その後、荷物をまとめるように指示をされる。その数日後全学年が一斉に移動を開始した。12台のバスに乗り込み、出発すると説明されている。教師陣は、最初は五十音順で座らせようとしていたが山道を行くという話だったので乗り物酔いしやすい人の配置を優先させるように変更した。その後バスの席決めという修学旅行あるあるをやって、今に至る。

 

 男女も分けようとしていた学校に抵抗した私はクラスの男子からある種のヒーローのような目線を向けられた。女子は苦笑していたが、嫌がっていた感じは無いので良いだろう。

 

 現在、バスはどことも知れぬ山道――まぁ普通に長野県方面に行ってるので信越辺りが目的地なのだろうが――を走っている。十中八九特別試験であろうとは察しがついているのか、皆特に緊張している様子がない。負けても問題ない位置に居る以上、そこまで不安にはならないか。それに彼らにも私の庇護のもととは言え、勝ってきた自信がある。

 

「見慣れた顔が隣かぁ……」

「何?不満なわけ?」

「いや、別にそうじゃないが。偶には違う女子とも話そうと思っていたのだけれど」

「残念でした。アンタの隣、私以外いなかったわよ」

「は!?え、私嫌われてんの?」

「さぁどうでしょう」

「いや、どうでしょうじゃなくて、え、嘘だろ」

「少し、静かにしたまえ」

 

 トンネルを抜けた先で先生が立ち上がり、添乗員よろしくマイクを持った。観光案内でもしてくれるのだろうか。勿論そんな訳ないだろうけれど。というよりさっきの真澄さんの言葉がチクチク刺さって気になる。

 

「これから君たちも薄々察しがついているとは思うが、特別試験の説明を行う。傾注するように」

 

 資料をさっさと配りながら話が始まった。

 

「資料は行き渡ったな。……では始める。あと1時間もしないうちに我々はとある山中の林間学校へ到着する。部活に所属している生徒を除けば、普段の学校生活では上級生と触れ合う機会は少ないだろうが、今回の特別試験は学年の垣根を超えての集団行動を7泊8日の日程で行う。特別試験の名称は『混合合宿』というが……まぁ君たちに言わせれば名称はあまり興味がないだろう。一定期間学校外での生活となるが、流石に無人島ほど厳しいものではない。水も食料も、勿論寝床もしっかり用意されている」

 

 流石に年度内に数回もあの規模の訓練……ではなく試験は出来ないか。外での生活は慣れているので別に苦では無かったが。

 

 資料をパラパラとめくって脳内に叩き込む。部屋の写真や大浴場、食堂などが載っている。旅のしおりみたいで楽しい。特別試験についての文言もあるが、砂漠に放り出されるよりは全然楽なのでむしろ追加スパイスと化している。こういうイベントは個人的に好むところである。

 

「なお、資料は下車時に回収される。それまでに目を通しておきなさい。また、説明が早く終われば終わるほど、残された()()も大きくなると思って欲しい。今回の合宿は諸君の精神面での成長を目的としている。社会で生きていく上で必要なことを始め、普段関わらない人間とも友好的な関係を築けるかを各自それを学んでいくこととなる」

 

 コミュニケーション能力、大事なことだ。……真澄さん大丈夫かな?最近では女子の友達もいるようだが、元々はあまりコミュニケーション能力は高くないので心配だ。私は自信がある分野と言っても過言ではない。相手の求める事を推察して動けば、大体は嫌われない。簡単な事だ。

 

「目的地に辿り着き次第男女別に分かれ、お前達には学年全体で話し合い6つの小グループを作ってもらう。なお詳しい内容は5ページに記載しているので、しっかりと目を通しておくように」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<人数規定>

 

・1つのグループを形成する上で、その人数には上限と下限が定められている。その人数は学年及び男女を分けた総人数より算出される。

 

同一学年の生徒が、

 

①60人以上の場合……8人から13人

➁70人以上の場合……9人から14人

③80人以上の場合……10人から15人

 

 

・最低でも『2クラス以上の混合』が必須である。どのクラスから何人ずつ集まっても構わないが、絶対ルールとしてクラス構成は2以上が必要である。そして、グループ結成は話し合いにより満場一致の、反対者のいないものでなければならない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 我々の場合は退学者がいないので80人以上の場合となる。1グループに最低10人か。結構な大所帯になる気がする。問題なのは他クラスと組んでの物であること。体育祭の時以来だが、あの時は龍園とだけ協力すればよかった。しかし、今回は全然知らない誰かと共に過ごさねばならない。人によってはそのストレスは結構なものになるのではないか。

 

「特別試験の結果は林間学校最終日に行われるテストによって決められる。内容は資料に記載してあるのでチェックしておけ」

 

 道徳、精神鍛錬、規律、主体性の4つを試験するらしい。……道徳?私に無いものだ。チラリと隣を見れば目があった。同じことを考えてるらしい。思えば道徳の無い2人組だ。普通に酷いコンビである。

 

「6つの小グループは一心同体で、いかなる理由であっても脱退及びメンバーの入れ替えは不可能だ。もし仮に途中リタイアする生徒が出れば、グループ全員でその穴埋めを行い1週間を乗り切らなければならない。小グループは今回の試験期間限定の臨時のグループだが、様々なことで共同生活をすることになるだろう。授業を一緒に受けるだけではない。炊事、洗濯、清掃、入浴、就寝。すべてがそのグループとして行動する。当然、連帯責任も伴う」

 

 まぁ要するに軍の訓練学校みたいなもんだろう。問題ない。

 

「そして、1年生の中で6つの小グループを作り終えたら、同じく6つの小グループを作った上級生と合流し、最終的に1~3年からなる6つの大グループが出来上がるというシステムだ」

 

 コミュニケーション能力を重視すると謳うだけあり、かなりコミュニケーションが大事な要素になってくるのは疑う余地も無いだろう。この学校の特別試験は微妙にピントがズレていると思ってはいたが、今回は割としっかりしているように思う。大事なことだけれどあまり積極的には磨きにくい技能を磨ける場所を用意しようというのだから。こういうのは強制的にやらざるを得ない状況にした方がかえって良かったりもする。

 

「肝心の試験結果は、大グループのメンバー全員の『平均点』で評価される。そして1~3位の大グループには生徒全員にプライベートポイントが支給され、クラスポイントが与えられる。逆に4位~最下位になった場合はペナルティを課されるが、詳しい内容は資料に記載してある。見ればわかると思うがあながち少数精鋭がいいとも限らない訳だ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<ポイント表>

 

1位…各員にそれぞれpp1万、cp3

2位…各員にそれぞれpp5000、cp2

3位…各員にそれぞれpp3000、cp1

4位…各員からpp-5000、cp-2

5位…各員からpp-1万、cp-3

6位…各員からpp-2万、cp-5

 

・仮にポイントがマイナスになる場合、累積赤字として記録される

 

<報酬倍率>

 

小グループごとに計算。

 

2クラス構成……1.0倍

3クラス構成……2.0倍

4クラス構成……3.0倍

 

09人構成……0.9倍

10人構成……1.0倍

11人構成……1.1倍

12人構成……1.2倍

13人構成……1.3倍

14人構成……1.4倍

15人構成……1.5倍

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「見てわかるように、報酬が最大となる理想値は『4クラス構成』『15人構成』を両方満たした上で、その小グループで自クラスが最大人数となる12人にすることだが……ただし、順位が低かった場合のマイナスも同じく報酬倍率によって変動するので注意が必要になってくる」

 

 計算が面倒な試験だ。これを計算しつつ何とかしないといけないのは控えめに言って面倒すぎる。12人を同じクラスかつ他クラスから1人ずつで構成された小グループが、1位になった場合の168ポイントが理論上の最高の数値となるだろう。これを目指すのはなかなか難しいだろうから現実的なラインで妥協するべきだろう。多少マイナスになってもあまり痛くは無い。

 

「また、最下位になった大グループにはペナルティとして退学措置が取られる。しかし退学になるのは最下位かつ学校側の用意したボーダーラインを、小グループの平均が下回ってしまった場合に限る。そしてボーダーを下回った場合、小グループの『責任者』は退学となる。ちなみに責任者は予め小グループ内で話し合って選任してもらう事になる。また退学になった責任者は、グループ内の人物1人を連帯責任として退学を命じることができる。わざと赤点を取ったり試験をボイコットしたりなど、平均点のボーダーを下回った原因の一因であると学校側から認められた生徒のみに限るがな」

 

 あ、南雲はこれを知っていたのか?大グループが最下位、かつ小グループが平均割れにするには、小グループの中に足を引っ張る存在が複数必要だ。かつリーダーを南雲の息のかかった人物にすれば罠の出来上がりとなる。

 

 まずは橘茜を孤立させる。これは簡単だ。資料によればグループ分けは男女別。堀北学は介入できない。誘導してしまえばいいだけの話。この誘導のやり方なんぞは無限にある。その場その場での適応力も問われるが、それが出来ないほど愚かだったら3年の終わりまでは生き残れない。そして従来の堀北学なら女子を守るべく責任者にはさせなかっただろう。責任者は圧倒的にリスキーだからだ。グループ全員が言う事を聞かなければ簡単に最下位になって退学になってしまう。

 

 しかし、仮に責任者にさせなくてももし3年B~Dの全てのクラスが南雲の支配下だったら。どうあがいても橘茜は退学だ。イジメに近い行為を受けても証拠も無い。それによって集中力や気力を削ぎ、能力を落とし、ボーダーを割らせる。更には責任者には別のクラスの人間、恐らくBクラスの生徒がなり、最後には足を引っ張ったとして退学させる。こういう方程式だろう。

 

 Bクラスの責任者は南雲の金で救済される。この密約でBクラスは契約に乗った。まだCとDが自分達の側だと信じているだろう。そして、それを前提に行動するはずだ。

 

 だがそうはいかない。3年Dクラスは屈した。Cは交渉の結果Bを引きずり下ろすべく動いてくれる。まずAクラスの女子を1人でグループに入れない。そしてCとDの人数配分にも気を配る。これが必要だろう。

 

 後はまぁ3年生に任せるしかないが、よっぽどのことがない限りBクラスも動けなくなり、これで勝てるはずだ。幸運なことにCの指導者である綾瀬は女子。私と話した人間がいるのは心強い。どうしても命令では伝言ゲーム的な要素のせいで正しく意図が伝わらない可能性もあるからだ。Aクラスも堀北学からの指令で動くだろうし、まぁそうそう問題は発生しないはず。

 

 Bクラスが南雲に接触しないように他クラスで見張ればいい。破れかぶれで小グループにいるBクラスの面子が全員足を引っ張ろうとしても、他が優秀ならば相殺してしまう。

 

「責任者を務める生徒のクラスのグループ報酬はさらに2倍されると言うメリットもある。慎重にリスクとリターンを考える事だ。そしてもう一つ重要なことだが、退学者を出してしまったクラスには相応のペナルティが課される。内容は常に変化するが、今回の試験では退学者1人につきクラスポイントが100ポイント減少することになる。救済にはいつも通り300クラスポイントと2000万ポイントが必要だ」

 

 これであくどい手段を規制しているつもりらしいが、金ならふんだんにある南雲には通用しない戦略だ。彼はクラスポイントが下がってでもAクラスを引きずり下ろしたい勢力はいっぱいおり、それらは金で釣れると思っているだろうから。実際はもうその引きずりたい勢力の3分の2はこちら側な訳だが。

 

「説明は以上だ。目的地までもうあと1時間ほどだが、この時間をどう使うのかは自由だ。先程言った通り資料は到着後に回収する。それから携帯電話は1週間使用禁止、同じく後ほど回収する。私物の持ち込みは食料品を除いて持ち込み自由だ」

 

 これからはクラスの方針を定めつつ、3年生と連携しないといけない。携帯が使える間にやれることをしておく必要がありそうだ。しかし携帯没収は面倒くさい。連絡を取るのがかなり難しくなった。なんとか工夫してやっていくほかないだろう。

 

 注意すべきは南雲の犬、坂柳がいること。真澄さんへの諸々と3年生への連絡はすべてバス内でかつメールでやる必要がある。坂柳がいなければ電話もできたのだが。

 

 

 

 

 

 マイクを貸して貰い、指示を出す準備をする。と言っても他クラスがどう動くかはまだ未知数なところが多い。龍園が失脚したのは事実のようなので、より一層戦略が読めなくなった。コミュ力の低い綾小路は恐らく自分がこの試験でほぼ役に立たないと自覚しているだろう。勿論やるべきことはそつなくこなせるだろうが。まぁしかし、勝つための戦略を打ってくる可能性も高い。なかなか判断が難しいところだ。だが大事なのは無事にやり過ごすこと。勝ちに行くのはついでだ。

 

「では皆さん、これより作戦説明に……と行きたいのですが今回は女子に関しては私が監督できません。思う通りに進まない事も多いでしょうから、女子に関しては別の方に指示をお願いすることになるでしょう。主にグループ分けに関して、ではありますが」

「私に、やらせては頂けないでしょうか」

 

 心中に屈辱を隠しながら、坂柳が手を挙げる。そうだろうなぁ、としか言いようがない。そうするしか選択肢が無いだろう。このままフェードアウトすると言う最悪の展開を防ぐためにも、そうするしかないのだ。

 

「……大丈夫ですね?」

「問題ありません」

「では、一切をお任せします。くれぐれも、あまり過激な事はしないように」

「……分かっています」

 

 私は釘を刺したからな。ただ、まぁ彼女の能力値自体はかなり高いものがある。なのでまとめ役をやらせること自体はそう悪い事ではない。問題はどこまで南雲派とつるんでいるのかと言うこと。橋本の連絡ではそれとなく聞き出したところ特に今回の特別試験に関しては坂柳は何もしていなかったらしい。という事は完全に駒として放置されていると見るべきか、橋本達にも伝えなかったと見るべきか。そのどちらかであるのは確定だ。小グループは別にどうなってもまぁ何とかなる。だが大グループが肝心だ。

 

 真澄さんに味方が誰かは伝えている。後者だったとしても対応は可能だろう。後は彼女を信じてどうにかするしかない。大グループ形成の際は3年生に頑張ってもらうとしよう。坂柳が何かを言おうとしても奥の手必殺の年功序列を持ち出せばいい。伝家の宝刀ではあるが、1年生には効果があるのは間違いないのだから。

 

 戦略はある程度固まった。メールも送りまくっているし、真澄さんへ伝達事項も全て伝えた。後は他クラスの動きを見るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯を没収されバスから降りれば寒い風が吹き寄せてくる。雪山に囲まれている森の中にその宿泊所はあった。物語ではこういう閉鎖空間で殺人事件や怪奇現象が発生すると相場が決まっている。そのどちらも無い事を祈っていよう。

 

 本棟と別棟に分かれており、前者を男子が、後者を女子が使用するという事だ。また、その2つへの行き来は禁止されており、男女が交流する場は1日1時間だけの昼食時だと言い渡された。男子諸君は露骨にがっかりしている。そこまでか……?と思いつつも、そういう要素とは別であるが不便ではあると思わざるを得ない。戦略上もあまり歓迎できない規則だ。

 

 男子の戦略は降りて、男女が別々になってから話すつもりだ。何故ならバス内だと坂柳がいるから。南雲に筒抜けになってはたまったものではない。そう思っていると、葛城が寄ってくる。

 

「諸葛、提案があるのだが良いか」

「どうしましたか、葛城君」

「今回のグループ分けだが、強引に守りに入る事を提案する」

「と言いますと」

「まず、14人Aクラスだけで固まったグループを作る。そこに1人だけ受け付けると言い、しかもどんな成績でも巻き添え退学にはさせないと約束する。そうすればどこのクラスも成績不安の人間を送りたいと思うだろう。退学の可能性のある生徒はこぞって志願する。もしくはしたいと思う。それを押しとどめるのは神崎や龍園のいないDクラス、それに平田などでは難しいだろう」

「逆に反Aクラス連合を組まれる可能性がありますが?」

「それならそれで構わないだろう。積極的に音頭をとれる龍園はいないに等しい。そんな状況でなし崩しにトップが妥協して組んだとしても下まで意志の共有は出来ない。裏切ったり抜け駆けしないか猜疑心を捨てきれず、まともに足並みを揃えることは難しくなるだろうし、ましてやこれまでいがみ合ってきたクラス同士だ。放っておいても勝手に反発し合うだろう」

「なるほど、そこまで考えているのであればよろしい。今回の指揮は君が執って下さい。任せます。ただし、責任者もやる事。よろしいですね?」

「俺に任せるので構わないのか?」

「ええ。ただし、残った6人に関してはメンバーを私に指定させてください。他クラスと組ませることで成長を促進させたい生徒がいます」

「分かった。元々譲ってもらっている身だ、とやかくは言えない」

 

 攻撃的な保守が出来るようになっている。この戦略はかなりいいものだし、リスクについても考えられている。元々今回の試験でポイントを無理に稼ぐことを考えていなかったのでこの保守的な戦略は大いに評価したい。私も似たような事をして安全に終わらせる気でいた。

 

 学校側の準備が出来たようで、壇上に立った先生から指示が下される。

 

「ではこれより小グループを組むための場と時間を設ける。学年別で話し合い全部で6つのグループを作るように。大グループの作成は午後8時から行うことになっている。ちなみにだが、大小問わずグループの作成において、我々学校側が関知することは一切無いと補足しておく」

 

 これを合図に各クラスがまとまる動きを見せた。我がクラスも私を中心にまとまりを見せる。

 

「まず、先ほど葛城君が大変いい提案をしてくれました。それを採用することとし、今回の試験に関しては彼に任せる事にします。皆さん、しっかり指示に従ってください。それではお願いします」

「ああ。今回諸葛に指揮権を移譲して貰った。早速指示を出す。まずはこれから名前を呼ぶメンバーで1つに固まってくれ。その他はまたその時話す」

 

 14人の集団が出来上がり、その動きに他クラスが注目する中、葛城は大きな声を出した。

 

「見ての通り俺達Aクラスは、この14人で1つの小グループを組む。どこかのクラスからあと1人加わればグループの規定を満たすので、加入希望者を募集する!だがそれだけでは不満も出るだろう。これより5分だけ時間を設ける。その際に此処に加入した生徒は何があっても道連れの退学にさせないと誓おう。無論、故意に点数を下げない場合においてのみではあるが。そしてそれ以外の6人はどんな配置になっても文句は言わない方針だ」

 

 ざわめきが場を支配する。その間、突っかかってくる者もいるが葛城は全てドンと構えて無視していた。次第に流れはAクラスの主張に従った方が良いというものに変わっていく。それはそうだ。誰だって退学したくはない。そこに現れた安全圏。ここへ入りたいと主張する者も多いだろう。CとDは元々の生徒層に不安があるため、一層その傾向が強いように思えた。

 

 Aクラスが民主制なのは知られている話だ。なので、私以外が指揮を執っていたとしても不思議には思われない。しかも葛城は事実上のナンバーツーである。であれば不自然さは無いだろう。最終的には神崎、平田、金田の話し合いで希望者を募り、1人だけ抽選でこちらへ来ることになる。

 

 じゃんけんの結果、Cクラスの山内という生徒がこちらに加入することになった。私は良く知らない相手だが、まぁここに来るのを希望したという事はさして成績が良くないのだろう。1つ言う事があるとすれば、挨拶くらいはしようか。こうしてまず1つ出来上がる。私はこの14人の中で葛城に任せっきりでのんびりできる。6人の方に行っても良かったが、一応目的を持って6人には加わらなかった。

 

「これで残った我々が好きにグループを作れるわけですが……彼等のようなグループの組み方はせず、4クラス複合を提案します」

「奴等の提案を飲んだ以上そうするべきだろうな」

「勝ちに行くなら必要なことだね。それには反対しないよ」

 

 金田の提案に神崎と平田は同意している。綾小路は顔が半分死んでいた。いや、いつも死んでいるのだがいつも以上に死んでいる。あまりこういうコミュ力が問われる試験はしたくないのだろう。それに、彼個人の心情を除いても、彼はCクラスの男子から殆ど戦力として見られていないことも知っている。だからこそ、あまりこういう場でイニシアティブをとれない。まず何より退学させないこと、しないことが大事なのがCクラスにとっては大事なことになる。その為にはAクラスの方針に意を唱えない事を選んだのだと推測できた。

 

 それに、綾小路に関してはまだそこまで多くの生徒に知られているわけではない。この場での主導権は握りにくいものがある。

 

「12人を自クラスから出し、残りに3人にそれぞれ埋め込んでいくという形でどうでしょう」

「分かった」

「1回それで組んでみようか。問題があればすぐに解散して修正すればいい話だからね」

 

 3クラスの首脳は話し合い、一旦グループ分けが行われる。そして、一応の仮と言う形でグループ番号1~4まで出来上がった。グループ1はAクラスが14人でCクラスが1人、責任者は葛城。グループ2はBクラスが12人でその他から1人ずつ、責任者は神崎。グループ3はCクラスが12人でその他から1人ずつ、責任者は平田。グループ4はDクラスが12人でその他から1人ずつ、責任者は金田。残りは20人。その内訳はAが3人、BとDが6人、Cが5人だ。この余り物たちで2つグループを組むことになる。

 

 問題は龍園をどこに入れるかであり、それで凄い揉めていた。これ、結構本人のメンタル的に厳しいものがあるのでは……と思う。まぁ龍園がそんな程度でへこたれるような人間には見えないが。揉めに揉めたが引き受けてくれるグループが現れたため、龍園は引き取られていった。何だろう、修学旅行とかで嫌われている生徒が最後までたらい回しにされるアレに見える。

 

 Aクラスからの残りには戸塚と橋本がいる。後1人は純粋にコミュ力に問題があっただけ。別に能力が低い訳ではない。戸塚&橋本コンビ以外のAクラス14人に入れなかった面子4人は皆同じ条件で残している。それは何か。答えはコミュ力向上である。

 

 この試験で学校側が重んじるのは勿論コミュニケーション能力、そしてその向上だ。折角機会があるのだし、それを活かさない手は無いだろう。コミュ力の低い生徒には荒療治にはなるがこうして他クラスが圧倒的多数の空間に放り込んで鍛えてもらおう。他クラスを利用して自クラス生徒の能力向上を図っている訳だ。無論、Aクラス内で平均的な生徒なので成績面で問題など起こさない。退学になるべき対象とはならない。ここでAクラスから退学者を出して私に恨まれるリスクを背負う者はいないし、まずAクラスの生徒は責任者にならないので神崎、平田、金田の誰かが退学になる必要がある。

 

 それを救済するポイントはどこのクラスも持っていないはずだ。リスクに対してリターンが無いに等しい。やる訳ないだろうと言うのが私の計算である。

 

 それに、ここで出来た人間関係が今後役に立つかもしれない。葛城が14人で固まる事を提案した段階で、4クラス複合グループが出来る事はある程度予想できた。それが1番他クラスにしてみれば合理的な選択だからである。なので、こうして6人の選別を行った。そして最後に戸塚と橋本がセットで余るのも目に見えていた。戸塚は葛城派が健在だったころに散々他クラスを見下して回っている。評判がいいはずもない。橋本は坂柳の手下というイメージが強いため、同じく警戒されている。なので、選ばれないだろうと踏んでいた。そして現にそうなっている。

 

 なのでいっそのことコンビになってもらい、橋本に戸塚の改善を任せようという狙いがある。そうしないと戸塚がいつまで経っても変化しない。それでは困るのだ。退学はされたくないが、足を引っ張って貰っても困る。同じ足を引っ張る存在でも坂柳はまだ頭脳面で優秀だ。坂柳から頭脳を取り、運動を平均値になるように少し足したのが戸塚である。う~ん微妙。Aクラスではあるが、勉強でも他クラスの優秀ないし中堅の生徒に後れを取っている。困ったものだ。最近は大人しいが……。

 

 そうこうしているうちに、残った3人の内1人が引き取られていき、戸塚&橋本コンビが見事に残った。最後に彼らと組んだのは綾小路である。他にも高円寺や幸村という成績優秀者のいる面子だ。Dクラスのメンバーだと龍園の元側近である石崎と山田がいる。Bクラスは特筆すべき生徒がいない。B以外は結構目立つ面子だろう。

 

 この綾小路たちがいるグループのメリットは少数精鋭である事。何だかんだそこそこの連中が集まっている上に綾小路もいるので勝ちに行くならこの態勢が一番いい。しかも、Cクラスは3人いるので報酬もAやDより多く確保できる。大グループ次第ではAクラス14人で固めたウチよりも高い報酬が手に入る。責任者は幸村がやるようだし、勝てればCの報酬は更に増えるのだ。これはこれでいい戦略だろう。

 

 

 

 

 

 こうして全グループが出来上がった。教員へ報告が終わったタイミングで近付いてくる人影が1つ。

 

「意外に早くグループが作り終わったな。ちょうど時間もあるし、これからすぐに大グループも作らないか?」

 

 金髪は良く目立つ。こうしてイニシアティブをとれるのは1人しかいない。南雲だ。しっかし面倒なのがやって来た。これの相手が今回の本命。顔を見ると少しげんなりした気分になってくる。無性にため息を吐きたくなった。




女子の方については次回以降です!

またまたアンケート申し訳ございません!今回は書きかたのスタイルについてです。ご意見を頂き、迷っている部分があるので、多数決的な決め方をしたいと思います。よろしくお願いします。


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45.一騎打ち

アンケート回答ありがとうございます!現状ユニットの長さとしては『普通だが今のままでいい』が最も多く、次点で『長いけど今のままでいい』が多かったため、今のまま(と言っても作者の基準で切っているのですが)にしたいと思います。長い!と言う意見の方も一定数いらっしゃるのは確認できましたので、読みやすい文章作成を心掛けてまいります!

よう実二次創作の総合評価順でベスト15以内に入る事が出来ました。応援してくださっている皆さま、感想や評価を下さる皆さま、ありがとうございます!

あとがきでふざけました。先に謝っておきます。ごめんなさい。反省はしてます。後悔はしてません。


人生の戦いはすべて、僕たちに何かを教えてくれる、敗北でさえもそうなのだ。

 

『パウロ・コエーリョ』

――――――――――――――――――――――――――――

 

「意外に早くグループが作り終わったな。ちょうど時間もあるし、これからすぐに大グループも作らないか?」

 

 南雲がやって来る。という事は、上級生も既にグループ結成を終了させているという事が分かった。流石というか、早い。

 

「偶然にも全学年がグループを作り終えたんだ。学校側の配慮を半ば無視する形にはなるが、その方が効率が良いだろう?」

 

 確かにそれは事実だ。教師サイドはこの動きが想定外だったようで、あわただしく動いている。もしかしたら女子の方は難航しているのかもしれないが、それを知る術はない。生徒会長からの提案を断れる生徒はほぼいない。南雲の視線がチラリとこちらを見たが、またすぐに前を向いた。

 

「構いませんよね。堀北先輩」

「ああ。こちらもその方が都合がいい」

「どうスかね。ドラフト制みたいなので決めるのも面白くありませんか。1年生の小グループの代表者6人でじゃんけんして指名順を決める。勝った順に2年と3年の小グループを指名して行けば、大グループの完成です。公平かつ短時間で決まりますよ」

「1年生の持つ情報は少ない。公平性に欠けていると思われる」

「公平に決める事なんて不可能です。結局持っている情報量には差があるんですから。1年はどうだ。何か意見があるなら言ってくれ」

 

 1年と言いながらコチラをガン見するのは止めて欲しい。確かにこの学校ではAクラスの代表=学年の代表格とみなされる傾向がある。Bのリーダー一之瀬とCのリーダー堀北がいない上にDのリーダーは今までほとんど表舞台にはいなかった金田。確かにクラス全体を統括する存在は私しか存在していないことになる。意見を言わなくても良いが言いなりになるのも癪だ。少しだけ意見を言おう。

 

「よろしいでしょうか。確かに私たち1年生には先輩方の情報が不足しています。ですのでせめて自グループを構成するメンバーのクラスを明かしていただけると助かります。クラスで差別するつもりはありませんが、能力値の平均を考えれば参考値くらいにはなるかと思いますので」

「それくらいなら構わないのではないか?」

「そうスね。良いぜ、お前の言う通り、クラスくらいは明かしてやるさ」

 

 案外素直に南雲は頷いた。私の場合も3年生は大体どこの誰だか分かるが、2年生はまだ分からない人も多い。顔とクラスくらいは一致させたい。それに他のグループが判断する助けにもなるだろう。1年生全体の利益にもなる事であり、また生徒会長と普通に交渉しているという点で私の姿勢を1年生に示すことも出来る。

 

 その後、各グループの責任者によって自グループにいるメンバーのクラスと名前が紹介されていく。やはり人気なのは堀北学率いるグループや3年のAクラス、Bクラスの多いグループだろう。逆に南雲のグループはCやDの生徒が多い印象を受けた。

 

「じゃあ俺たちは待っているから好きにしてくれ」

 

 南雲の指示の後、小グループの代表者、ウチの場合は葛城が出ていく。結果的に勝利した。指名権第1位。実質選び放題である。と言うかこれ、確率論的に堀北学の率いる3年生の小グループと南雲率いる2年生の小グループが指名の結果同じ大グループになるとかもあり得はするのか。そんな事になったら少し面白そうだと思った。

 

「3年の堀北先輩のグループでお願いします」

 

 葛城は順当に堀北学を指名する。妥当でありかつありがたい判断だ。これで我々2人が共にいてもおかしくない状況になった。順繰りに指名は進んでいき、最終的に南雲のグループは綾小路がいるグループが指名した。ウチのグループも2年生の中から選び取り、大グループが構成される。

 

「堀北先輩。偶然にも別々の大グループになったことですし、ここは一つ勝負をしませんか」

 

 南雲の言葉に堀北学は厳しい視線を向ける。さもありなん、と言った感じだ。周囲の3年生はクラスを問わずにため息も漏れ聞こえてくる。白々しいぞBクラス。Bクラスはさておき、Aクラスの藤巻が前に出てきた。彼は体育祭でも仕切っていたし、ウチで言う葛城のポジションにいる生徒なのかもしれない。

 

「南雲。これで何度目だ、いい加減にしろ」

「何度目とはどういうことでしょうか?藤巻先輩」

「お前がそうやって堀北に勝負を挑む事にこれまで口出しをする事は無かった。だが今回は1年生も含めた大規模な特別試験だ。お前個人の玩具にするような行為を認められない」

「どうしてっスかね。この学校では1年も3年もありませんよ。誰が誰に対して宣戦布告することもおかしな話じゃないでしょ。ルールにも禁じられていない」

「基本的なモラルの話をしている。書かれていなくてもやっていいことと悪い事がある。当然の事だ」

「俺はそうは思いませんけどね。むしろ同じ学年の争いだけを望んでいる先輩たちこそ、在校生の伸びしろを阻害する邪魔者じゃないですかね?」

「生徒会長になったからと言ってなんでも許されると思ったら大間違いだ。越権行為を自覚しろ」

「そう思うなら自覚させて下さいよ。()()3年Aクラスのナンバーツーっスよね」 

 

 露骨についで扱いをしながら南雲はポケットに手を突っ込む。

 

「南雲、俺はこれまでお前の要望に首を縦に振らなかった。……何故だかわかるか?」 

「そうッスねぇ。友人たちは俺に負けるのが怖いからじゃないか?と言うんですが、流石にそれはないでしょう。堀北先輩は俺が見てきた人間の中でも最も優れた人だ。負けることを恐れたりしないし、そもそも負けるなんて思っちゃいない」

 

 愚かな発言だ。負けると思ってない指揮官などいらない。敗北時に何の想定もしていませんでしたで許されるのは小部隊の指揮官までだ。大部隊を率いる者でそんな奴がいたら更迭ものだ。負けを考えないのは想像力と判断力の欠如を露呈しているようなものである。

 

「単純に藤巻先輩と同じ。無益な争いを望まないからッスよね」

「お前の好む争いは他人を巻き込みすぎる」

「それがこの学校のやり方であり、醍醐味でもあると思うんですが……。まぁ見解の相違ですね。何にせよ、俺は体育祭のリレーでなら、逃げ場のない勝負が出来ると思ったんですが、惜しくも実現しませんでした。こっちは欲求不満のままなんですよ」

 

 敵は出来るだけ少なく。戦況は複雑にさせない。これが勝利への道なはずなんだが。と言うかお前は私に負けただろ。あれをしっかり見つめなおせよ。堀北学より先に年下である私に負けたことをどうにかしろよ。まぁでももうすぐいなくなる相手が優先なのかもしれないが。

 

「2年と3年で勝負することに意味のある試験だとは思わない」

「そうでしょうね。先輩はそういう人だ。だけど俺は、あくまでも元生徒会長と現生徒会長の個人的な戦いを希望してるだけです。あなたはもうすぐ卒業していなくなってしまう。その前にあなたを超えることが出来たのかどうか、それを試したいんスよ」

「何をもって勝負とするつもりだ」

 

 他の3年生は驚いている。ただし、これは既定路線。南雲の戦略が堀北学と勝負すると銘打って裏で橘茜を退学させることであるとは調べがついている。だからこそここで南雲の話に乗って貰っている。自分に南雲を引き付ける事で他の生徒を守ろうとしているのだと、南雲に思わせるために。

 

「どちらがより多く生徒を退学させられるか、というのはどうでしょうか?」

 

 それをやると、雪山合宿殺人事件がスタートする確率が上がるのだが。南雲が万が一殺された場合の被疑者候補はメッチャ多そうだ。両手の指で足りるだろうか。

 

「冗談はよせ」

「面白いと思うんですけど、今回はやめておきましょう。真面目に提案させてもらうなら、どちらのグループがより高い平均点を取れるか。シンプルですが分かりやすいかと」

「なるほど。それならば受けても構わない」

「ありがとうございます。先輩なら引き受けてくれると思ってましたよ」

「ただし、あくまでも俺とおまえの個人的な戦いだ。他を巻き込むな」

「巻き込むな、ですか。しかし特別試験の方法からしても、相手グループの足を引っ張るよう仕向けるのはひとつの作戦だと思うんですが」

「それは試験の本質とは程遠い。あくまでもグループでの結束力を問われるもの。間違っても相手グループの隙を突き、撹乱していくものではない。俺の言った条件が飲めないのなら、この話を受ける気はない」

「勝つために堀北先輩の駒を攻撃する方法はなし、ということですね。それでいいスよ」

「こちらのグループに限らずだ。他の生徒を転がすようなやり方は認めない。おまえが何かしらに関与したと判明した時点でこの勝負は無効とする」

「さすが先輩。見逃してはもらえませんね。堀北先輩のグループ以外に協力を求めて、攻撃を仕掛けさせる、という手も考えていたんですが……」

「当然認められない」

「分かりました。勝負を熱望してるのは俺だけのようですし、ある程度の条件は飲みます。あくまでも正々堂々、どちらがよりグループの結束力とやらで高い点数を取るか。その勝負をしましょう。先に言っておきますが、勝った負けたにペナルティを設ける必要はありませんよね?あくまでもプライドを賭けた戦いということで」

 

 プライドすら賭けるつもりは無いと言う姿勢を見せるためか、堀北学は無言のまま返答しなかった。ともあれ、これで大グループは結成され、次のフェーズに移ろうとしている。各部屋への移動だ。

 

 だがその前にクソ面倒な堀北学の厄介オタクが声をかけてくる。放っておいてくれ。私は責任者では無いんだ。

 

「よう、諸葛。お前は責任者じゃ無いのか?怖じ気づいたか」

「私が責任者をやるのは容易ですが、それで他のクラスメイトの成長を奪ってしまうのは些か問題だと思いまして」

「勝ちに行くのを放棄したか?それとも特別試験を舐めているのか。葛城は優秀だ。それは認める。事実、生徒会内じゃ公然と俺に意見するが、有能だから切るに切れない。だが俺には勝てない」

「どうでしょうか。舐めているつもりはありませんよ。私はどこかの利己主義者とは違って自分1人の利益ではなくクラス全体の利益、そして所属する皆さん1人1人の利益と成長を重視しているので」

「ほぉ~そんな自己中な奴がいるのか。お目にかかりたいもんだな」

「洗面所に行かれるとお会いになれると思います」

「ハッ!言うじゃないか。まぁ良い。今回は責任者じゃないなら動くな。あくまでもこれは俺と堀北先輩の勝負だ」

「ええ。火中の栗を拾うほど暇ではありませんので。のんびり見物させて貰いますよ」

「それでいい。堀北先輩が卒業されたら次はお前だ。それまでに精々俺のやり方を学んでおくんだな」

 

 高笑いしながら去って行った。かっけぇみたいな目で見ている2年生諸君は本当にそれで良いのだろうか。何がカッコよかったのか私には分からない。ひやひやしたぞ、と葛城に軽く咎められる。そういえば彼が一番奴と対峙しているのだった。申し訳ない事をしてしまったかもしれない。少しは反省することにしよう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<女たちの戦いⅠ>

 

 

 男子たちが割とスムーズにグループを決定している一方で、女子勢はかなりの苦戦を強いられていた。2年生は割とスムーズだったが、1年生と3年生は相当に揉めている。理由は幾つかあるが、1年生は坂柳が原因。3年生はBとCの対立が原因であった。

 

 ここで存在感を示したい坂柳は、南雲から貰った一之瀬の情報を有効に使う盤面を整えるべくまず前座として一之瀬への反抗を始めた。坂柳VS一之瀬と言う大きな流れにストップをかけられる存在である堀北は静観を決め込んでいる。Dクラスには女子の中心として椎名がいるが、彼女もまた平和主義的思想から静観していた。 

 

「私が信用できないって言う根拠を示して欲しいな」

「ですから先ほどから申し上げているように不正蓄財の噂が絶えません。自クラスのメンバーをそのような存在に任せられるとでも?」

「それは事実無根だよ。言いがかりは止めてくれない?と言うより、これって坂柳さん自身の意見?それとも諸葛君の意見?」

「彼は関係ありません!」

 

 坂柳は声を荒げて言う。一之瀬としてはごく自然な確認のつもりだったが、ここまでキレられることに少しギョッとしていた。同時に幾人かの生徒は悟る。坂柳は背後に諸葛孔明がいてそれによって自分は動いているのだ、と言う風に思われるのが嫌なのだと。埒が明かないと判断した一之瀬は質問対象を神室真澄に変更する。

 

「神室さん、その辺はどうなのかな?」

「はぁ……。どうして私に聞くの」

「ごめんね。でも、神室さんが1番諸葛君に近いだろうから」

「よくわかってるわね。……じゃなくて。一応アイツのために言い訳するとさっきから坂柳さんが言ってることは何も言ってなかったわよ。心中でどう思ってるかまでは知らないけど。ま、でも信用できないと思われるような心当たりがあるんじゃない?」

「それは……」

 

 長引く言い争いで疲れていたためか迂闊だったと一之瀬は後悔する。あの契約、自分が破ったアレを諸葛孔明の側近たる彼女が知らない道理は無いのだから。沈黙してしまった彼女に勝ち誇った顔の坂柳。そこへやっと一之瀬のとっての救世主が現れた。

 

「そこまでにしないかしら」

 

 静観を決め込んでいた堀北ではあったがこの争いがかなり長いためしびれを切らした。正直全然関係ないAとBの事情で自クラスが待たされるのが不快だったというのも彼女の心情として存在している。櫛田もやっと終わるのかとどこか呆れ気味だった。

 

「貴女たちの言っていることはどちらも根拠に欠けているわ。坂柳さんの方は不正の証拠がない。逆に一之瀬さんもやってないと言う証拠がない。どちらも証拠不足で堂々巡りよ。正直私たちもこれ以上待たされるのには無益さを感じているわ。もっと生産性のある活動に移った方が良いと思うのだけれど」

「……仕方ありません。ここは堀北さんの顔を立てて引いてあげる事にしましょう」

「納得はいかないけど、仕方ないかな」

 

 何とか言い争いが終わった事に安堵した空気が流れる。そしてやっとこさっとこグループ分けが始まった。坂柳はここで退学者を出す訳にはいかない。Aクラス9人×2のグループを構成し、男子とほぼ同じような戦略を取ってくる。だが、先ほどから主張していることを崩さず、Bクラスを迎え入れない方針を示した。

 

 とは言えアベレージの高いAクラスのグループは人気があったため、CクラスとDクラスは一之瀬に一定数の申し訳なさを感じながらも能力に心配のある生徒をそこへ送り込んだ。一之瀬は仕方ないのでAクラスのほぼいないグループを作る。ただし、Aクラスからも2人余りが出てしまう。その面子の行き先が問題であったが、一之瀬はそれを引き受ける事にした。坂柳への当てつけも込めながら。

 

 神室真澄は、一之瀬への返答以外は事態を静観しつつ、状況把握に努めていた。諸葛孔明と接触できる時間は少ない。簡潔かつ明瞭に報告する必要があった。あまりにもマズい方向に進めば止めようと思ったが、そんな事も無く終わる。なお、坂柳は諸葛孔明の目であり耳である神室を自グループに入れるのを嫌ったため、グループは別々だ。神室自身も介護は御免だと思ってるので凄くネガティブなウィンウィンであった。

 

 

 

 

 

 

<女たちの戦いⅡ>

 

 

「成功時の報酬を考えればこれが一番合理的なんだよ。4クラス合同で組むことが出来ればもらえるポイント数が増加する。ここで妥協できないのはどこのクラスでも同じじゃない?4クラスで組むためにはAクラスの要求だって受け入れざるを得ないでしょう」

「それは……!そうだけれど!」

 

 契約を忘れたのか、と言う目で3年Bクラスの猪狩はCクラスの綾瀬を睨む。

 

 南雲が自分の信頼を裏切る事にショックを隠し切れなかった堀北学ではあったが、座してなすが儘にされるのを見過ごすわけにはいかない。まずはここ、小グループ分けでAクラスの生徒を1人で組ませないことに注力させる事にした。

 

 橘茜を孤立させるには彼女をAクラスが1人しかいない小グループに入れる必要がある。何故ならば、彼女への妨害行為をするには証拠がない状態にしなくてはいけないからである。与えられている室内までは監視カメラは入れない。そこで何があろうと、証拠が出せなければただの妄言だ。しかし、Aクラスの人間が2人いたら。庇い合うだろうしそもそも妨害をしている最中に教師を呼ばれ、現行犯でお縄になってしまう確率がある。

 

 だとすれば迂闊に手は出せない。自分達も退学のリスクがある以上、一定数真面目にやらざるを得ないだろう。それ故にAクラスは各小グループに所属する自クラス構成員の数を2人以上にすることを条件に持ち出してきた。そして間接的な味方であるCクラスは4クラスで組めば報酬が増えると提案。Dクラスもこれに飛びついたフリをしている。

 

 今回の小グループ作成の肝は、小グループは単独のクラスでは作成出来ないという点にある。A、C、Dの3クラスで連携が取れてしまうと最終的にここがネックになりBクラスは譲歩せざるをえない。何故ならばこの3クラスだけで固まってBクラスを排除したうえでグループを形成することも不可能では無いからだ。そうなるとBクラスの女子全員の進退が危うい。

 

「猪狩、もう譲歩しないとBクラスは小グループを作れないかもしれないよ?」

 

 Bクラス内からも不安視する声が出ている。小グループが出来無ければ、もっと言えばBクラスだけ参加できなければどうなるか?答えは明白だ。この試験に参加できない。無人島における坂柳のような事情の無い不参加。即ち、それは退学をも示唆しうる事例だ。どんなペナルティがあるのか分かったものではない。

 

「先生!もしここでBクラスが小グループに加わっていない状態でグループ登録をするとどうなりますか?」

「……退学です」

 

 猪狩がもし粘った場合に備えてバス内で孔明より伝達された事項を綾瀬は教師に問うた。帰ってきた答えにBクラスは阿鼻叫喚となる。これまでの時間の内に、3年生の小グループはほぼ出来上がっていた。元々満員の20人いるクラスはAしかない。Aクラス女子が20人、Bクラスが17人、Cクラスが16人、Dクラスが15人。合計68人。同一学年の生徒が60人~69人の場合、小グループに必要な人数は8人~13人。68人からBの人数を引けば51人。これを最低人数の値である8人で割れば6.375。8人以上の条件を満たしつつ、6個の小グループを作れる。

 

 これはつまり、Bクラスなどいなくても成り立つことを示していた。

 

「分かった分かった。Bクラスがそこまで譲歩したくないなら心苦しいけど、私たち3クラスは合同でBクラスの締め出しにかからせてもらうからね」

「そんな事……!」

 

 しかし猪狩も馬鹿ではない。説明されたことを忘れてはいなかった。『教師は一切介入しない』。この文言がある限り、どうしようもないのである。Bクラスからごそっと17人いなくなればどのクラスも万々歳だ。CとDは目の上のたん瘤が消える。Aも厄介な下にいたのを消せる。不幸なのはBクラスだけである。元より通常状態で退学者を出してもペナルティが発生する。クラスポイントが17人の退学者が出た後に残るのか。答えはノーである。当然南雲も2000万×17人の救済ポイントなど出せない。

 

「さ、皆、さっさと報告に行こう!」

「待って、待って!」

「お願い、私を入れて!」

「手持ちのポイント全部出すから!」

「その子より私の方が多いわ!私を入れて!」

 

 綾瀬の号令に呼応するように、Bクラスの女子は我先にとどこかのグループに入れて貰えるように交渉を始めた。最悪Aクラスで卒業出来ずとも、卒業はしたい。こんなあと数か月で卒業と言う時期なのに、退学など誰もしたくなかった。めいめいにクラスメイトを押しのけながら交渉をしようと試みている。少しでもいい条件を提示しようと必死だ。クラスを裏切る事も示唆している生徒までいる。このままでは暴動になってもおかしくなかった。そこそこに団結を保ってきたBクラスの面影は最早ない。この後退学を免れたとしても再起は不可能だろう。

 

 この光景を綾瀬はドン引きしながら見ていた。諸葛孔明に提案されたいくつかの作戦の内、これを承認して使用したのは自分である。しかし、ここまで効果てきめんとは思いもよらなかった。橘茜は困惑している。堀北学から自分の身が危ないとは知らされていたが、どうもそんな気配はない。むしろヤバいのはBクラスの方である。堀北学が助けてくれたのか。それとも別の誰かが……?彼女の思考はそれで支配されていた。どうも堀北学っぽくない戦術であると3年間苦楽を共にしてきた勘が囁いていたのである。

 

「な……こんな……」

「助けて欲しい?欲しいよね。じゃあ、吐いてもらうか」

「な、何を……?」

「南雲から金を貰える契約をして、橘さんを妨害するつもりだったってね」

「それはCもDも同じはず……!……あ」

「事実だって認めたね。全員聞いてたし、言い逃れは出来ないなぁ」

「裏切ったのね!」

「裏切った?まぁうん、見方によってはそうかもなぁ。でもプライド捨てて2年生に這いつくばるのは御免だったしね。ま、表返ったってことかな。それより今、自分の置かれてる立場を理解しようか。このままじゃ皆退学。嫌でしょ?」

「それは……」

 

 躊躇する猪狩にBクラスから罵声が飛ぶ。

 

「さっさと謝ってよ!」

「南雲なんかに頼ったのが間違いだったのよ!」

「わ、私は反対したわ!」

「よく言うわよ、いの一番に賛成してたじゃない!」

「全部猪狩さんの責任よ!」

 

 Bクラスの転落は決まったも同然だ。この有様ではもう立ち直れない。そう確信した綾瀬は交渉に移る事にした。ここからは誰からの指示でもない、自分の意思である。

 

「猪狩さん、全部認めてこれから言う事に従うなら受け入れてあげるよ」 

「……分かった」

「分かった?立場を理解してね。人にものを頼むときの大事な7文字の言葉、知ってるよね?」

「おねがい、します!」

「よろしい。じゃ、条件を言うよ」

 

 突き付けたのは4つ。1つ、南雲との契約を全て認める事。2つ、これに協力しない事。3つ、南雲と接触する機会があったら計画は順調であると虚偽の報告をする事。4つ、この試験で平均点を割る点数を故意に取らない事。故意かどうかはA、C、Dの代表が決める。これを守り、契約するなら受け入れてあげるという内容だった。

 

 非常に屈辱的。しかし、受け入れなければ未来は無い。持ってきた荷物の中に筆記具とルーズリーフは誰でも入っている。綾瀬は自分のそれを使用し、サラサラと事項と名前を書いていく。そこにAクラスの代表格の女子として橘が署名した。橘は堀北学の腰巾着と他クラスからは言われることもあるが、Aクラス内ではしっかりと女子のまとめ役をすることも多い存在だ。ドジをする時もあるが基本優秀な生徒である。

 

 Dクラスの女子の代表も署名し、Bクラスの全員がこれに強制的に署名せざるを得ない状況になっていた。Bクラスは最早猪狩を女子の代表と認めていなかったのである。こうして何とかBクラスの女子生徒はグループに入る事が出来た。正確にはグループに『は』入る事が出来た。クラスの空中分解という今抱えるには大きすぎる火種を残しながらではあるが。

 

 これでもし南雲がなおも橘を陥れたい場合、2年生に相当低い点数を取らせないといけない。それをしたとしても退学まで追い込むのは難しいと予想できた。加えて、この後諸葛孔明の指示を受けている神室真澄によって誘導されたそこそこ優秀なグループが橘のいるグループと組んだ。これによりほぼ南雲の計画は始まる前に頓挫したことになるのだった。

 

 綾瀬はこの一連の流れを仕組んだ人物が味方であったことに安堵し、あの時呼び出しに応じて正解であったと胸を撫で下ろす。撫でる胸が無い事に若干苛立ちながら。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 用意された部屋は結構古めかしかった。しかし、古めかしいと汚いは違う。汚さはどこにもなく、シックで落ち着いた雰囲気だった。クオリティーとしてはかなり高い方に入るだろう。これは良い。少なくとも住環境が無人島より100倍マシだ。葛城を先頭にゾロゾロと部屋に入る。2段ベッドが8台、16人分ある。我々は15人。余った場所は荷物置きにでもしておけばいいだろう。

 

「俺、上の段良いか~?」 

 

 お気楽な口調でCクラスからの客人は言いつつ、早速上を占拠しようとしている。このほぼAクラスしかいないアウェー空間でそれが出来るのは素直に評価しよう。

 

「待って下さいね、それは話し合って決めるものです。リーダーであり責任者は葛城君。彼の指示なく勝手な行動は慎んでください」

「え~固い事言うなよ。モテねぇぞ」

 

 お前よりはモテるよ!と叫びたくなるが呑み込んだ。ここで変なことを言って問題になっても面倒だ。

 

「諸葛の言う通りだ。Cクラスではどうだったか分からない。しかし悪いが、ここでは俺たちのルールに従って貰う」

「チェッ、けちけちすんなよなぁ」

 

 と言ったもののそれ以上抗議する気は無く、上が良い人が順に上を確保することで落ち着いた。私は下の方が良い。コンセントが下の方にしかないので、ドライヤーやヘアアイロンを割と長時間使いたい私には下の方が良いのだ。長い髪の弊害は髪を乾かすのに時間がかかるという事。

 

 武器であり遺品である簪を常に持っているために長くしているが、母の遺言通りに愛せる人が出来たら渡してしまい、髪を切ってしまいたい。誰かいないものだろうか。

 

「取り敢えず自己紹介をするべきだろう。まずは山内から頼めるか?」

「良いぜ!俺は山内春樹。小学生の時は卓球で全国に、中学時代は野球部でエースで背番号は4番だった。けどインターハイで怪我をして今はリハビリ中だ。よろしくう」

「……」

 

 葛城が困った顔をしている。どうしたものか考えているのだろう。インターハイのハイはハイスクールのハイであるはずだが。英語のInter-High School Championshipsから来ている名称だったはず。後、何で全国まで行ったのに野球に転向したんだよ。更には中学3年で仮に怪我したとして、滅茶苦茶いい動きで上の段を確保しに行っていたが、まだリハビリ中なのか?

 

「インターハイって高校では……?」

「おいおいマジレスすんなよ~」

「えぇ……これって私が悪いんですかね?」

 

 隣にいた的場に聞く。彼も顔を若干引き攣らせながら「いや、悪くない……」と答えてくれた。いずれにしても、厄介な客人であるのは間違いない。どうでも良いところで運を使いやがって。能力は期待できない。志願してじゃんけんするくらいだ。期待などする方が馬鹿を見る。せめて少しは協力的であって欲しいと切に願いながら、林間学校はスタートしたのだった。




<おまけ>

もし一之瀬が心労のあまり現実逃避をするべく見ていた動画サイトで某フランス在住の元掲示板運営者に出会ってしまったら……?


「ですから先ほどから申し上げているように不正蓄財の噂が絶えません。自クラスのメンバーをそのような存在に任せられるとでも?」」
「それって証拠がないなら坂柳さんの感想だよね?それともなんかそういうデータあるの?」
「はい?」
「いや、だからデータとかあるのかなって。簡単な質問だよね。はいかいいえで答えて欲しいな」
「えっと……一之瀬さん?」
「Can you speak Japanese? Please reply」
「……」
「それにさ、坂柳さん。噂話ってあくまで噂でしょ?真っ赤な嘘かもしれないのにそれを信じて人を糾弾して良いの?嘘を嘘と見抜けないでリーダーやるのは難しいんじゃないかなって私は思うよ。少なくとも私は証拠も無しに疑ったりしない。なんだろう、嘘かホントかも分からない話を信じて私を陥れるの止めてもらっていいかな」
「……すみませんでした」

 一連のやり取りを見ていた神室真澄は困惑と共に呟いた。

「……なんだこれ」
――――――――――――――――――――――――――
高育にひ〇ゆき氏がいたら厄介そう。


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46.高貴さは義務を強制する

いつも感想等ありがとうございます!


モラルある政治家は、国にとってなにが最善かをモラルを踏まえて考える。モラルを説く政治家は、自分の政治のためにモラルを利用しようとする。

 

『カント・永遠平和のために』

―――――――――――――――――――――――――――

 

 初日の食事時。これはグループ分けが行われた後に存在する男女が交流できる最初の機会であった。この時間、普通の生徒にとってはある種のボーナスタイムなのかもしれない。そうでない者はここでも気を抜けない。情報収集や学年を超えた交流。これらを行う必要があるからだ。

 

 堀北学とは同じ大グループなので交流はいつでもできる上にさして不自然ではない。だがそれ以外の協力者とは接すると自然ではないと思われる可能性が存在している。その唯一の例外が私の部下、即ち真澄さんである。彼女と私はセットで考えられていると葛城も言っていた。であれば、共にいても不自然ではないだろう。

 

 これを鑑みて、3年の協力者たる綾瀬には何かあった場合は真澄さんに話を通すように伝えておいた。ここで組ませれば伝達も容易になるだろう。これだけの人数がごった返している中だ。合流も容易ではないと思っていたが存外にもスピーディーに合流する事が出来た。

 

「よく見つけられたな」

「その顔と髪は目立ってるわよ。身長高くて、髪の長い装飾品付いてる男子を見つけるなんて、そんなに難しい事じゃないし」

「そうか。ま、私としては助かる。今後も真澄さんが発見してくれ。その方が効率的だ」

「了解」

「それで、首尾は」

 

 周りを見渡したが、聞き耳を立てている生徒はいない。私にしてみればこの手の観察はお手の物だ。街中で平然と会話することも出来る。逆に、それを尾行している者や盗み聞きしようとしている者がいれば、すぐに気配で分かる。長年鍛え上げた探知能力が大丈夫であると告げていた。

 

「上々」

「3年は作戦の内何を選んだ?」

「プランB」

「ほう?なるほど。随分と過激なものを……。それで結果はどうなった」

「Bは崩壊寸前だって。人間関係が徹底的に破壊されてたって苦笑いしながら綾瀬先輩は言ってたわよ」

「だろうな。この時期の退学など、特に3年生なら死んでも嫌だろう。何としてでも生き残ろうとするはずだ。どうせもうすぐ終わる人間関係。後少しだけなら、裏切ってももう2度と会わないかもしれない。そんな心理が容易に他人を蹴落とす方へと走らせる。人は存外、自分自身の事しか考えていないものだからな」

「えげつない事するわね」

「自分から地雷原に飛び込んできたのは向こうの方だ。人を撃とうとしておいて、自分が撃たれるのは嫌と言うのは通じない道理だろう?」

「それはそうだけど。橘先輩は問題なく普通のグループを組めたみたいね。仲間のAクラスの生徒ももう1人いるみたいだし、退学にはならないでしょう」

「そうか。であれば問題ない。これで作戦は概ね完了だ。後はほころびが出ないかだけ見張れば完璧だろうさ」

 

 事実、ここから南雲が巻き返すにはもう寝返っているCとDを再度自分の味方につける必要がある。そもそも寝返られたことに気付いているのかも謎だ。気付いていないのだとしたら、もうどうしようもない。彼の心境としては堀北学がどんな顔をするのか楽しみでしょうがないと言ったところか。私が損得を考えて、今回の試験では彼に牽制された内容に従って介入しないと考えているのだろう。

 

 だがしかし、実際は南雲の牽制より前に動いていたのだからして、私は彼の言ったことを守りながら彼の妨害をしていることになる。とは言え、彼に私を咎めるべき正当な理由は無い。私は彼の牽制を受ける前にお膳立てをしただけ。後実際に行動するのは堀北学や綾瀬の仕事だ。

 

「そちらの小グループはどうだ。上手く行きそうか」

「ま、退学にはならないでしょ。上に行けるかは分からないけど……まぁ精々頑張るって感じね。責任者になったし」

「そうか。……責任者!?」

「そんなに驚くこと?」

「いや……別に良いんだが……大丈夫なのか?万が一の場合は退学のリスクもあるんだぞ」

「大丈夫でしょ。大グループは橘先輩と同じところだし、別にそんな成績の悪い子の集まりじゃないから。面子も上位入賞目指してやる気ある人が多いから何とかなると思ってる」

 

 自分なりに考えて動いて欲しいと思って敢えて彼女自身の見の振り方には指示をせず放り出したが、しっかりと出来ているようだ。責任者になるとは驚きだったが、上位に入れたのならばポイント面ではかなり+になるのではないだろうか。-に入ると目も当てられないが……。これくらいは信じて見守る方がきっと後々のためになるはずと思う事にした。

 

「なら良い。生き残る事を第一に考えてくれ。あぁ、聞き忘れていたが坂柳はどうだった」

「盛んにBクラス、特に一之瀬が信用できないって騒いでた」

「それ以外の反応は?」

「Aクラスの女子は『なんだコイツ』って眼で見てた。CやDも同じ」

「だろうなぁ。一之瀬は学年内で相当な信用を得ている。約束を守り、律儀で優しいとな。ま、生徒会関連の契約は普通に破っている訳だが」

「じゃあ、信用に値しないと思ってるの?」

「追い詰められた時の対応は案外普通の人間、保身に走る臆病さを持っていたのだったと少し失望しただけだ。信用度で言えば坂柳なんかよりも何倍も上。……0に何を掛けても0か。ともあれ、他の奴らよりは信用できるというのは間違いない。Bクラスの女子は相当お怒りだっただろうな」

「ガチギレしてた。ま、残念でもないし当然だけど。アンタ、メッチャ恨まれてるわよ」

「あ~しまったなぁ。まぁそうなるよなぁ」

「坂柳の後ろにアンタがいると思われてる。一応否定はしたし、坂柳がムキになって否定してたけど、それでもね。一之瀬は私を信じたっぽいけど、疑い深い子は私と坂柳とアンタが組んでいて、全て演技なんじゃないかって探ってる」

「全然違うんだがまぁ、黒幕に見えるのか……」

「違和感ないからじゃない?ま、それにBクラスとしてもプライドがあるだろうからさ」

「プライド?」

「落ち目でもうほとんど誰からも警戒されてない坂柳に敬愛する一之瀬を貶されて、貶められてるって考えるより全校が動向を注目するアンタが裏で糸を引いてる、それに攻撃されているって考えた方がBクラスの面子も保てるからじゃないかって思うのよ。アンタが実際に裏にいるかは関係なく、そうだって信じたいから疑ってる……みたいな?」

「なるほど」

 

 一之瀬の事だから強く言い返さずに終わったのだろう。名誉を傷つけられ、あらぬ疑いをかけられているクラスのリーダーは憤慨するでも敵意を露わにするでもなく流してしまった。でも自分は怒りを抱いている。やり場のない感情を坂柳に向けても惨めになるだけだ。坂柳など、そこらのBクラスの生徒より価値が低いとみなされつつあるのだから。だからこそ私を恨む。私が背後にいると思えば、強敵が背後で糸を引いていると思えば、少しは怒りを向けても自己を正当化できるから。悪逆非道にして陰険な私を攻撃すれば一之瀬のためと称して自分の怒りをぶつける事が正義に見えるから。

 

 真澄さんの読みはなかなかに深く、同時に真理を突いている部分があるのではないかと思わせる言葉だった。

 

「Bクラスの生徒は善人で平凡な市民なのだろうな。それが良い悪いは置いておいて、だからこそ反応も読みやすい。龍園や個々人が何をしでかすか、或いは言い出すか分からないCクラスの生徒よりよっぽどありがたい」

「あぁ、そう言えばアンタの小グループはどんななの?」

「Aが14人。そこに1人だけCがいる。コイツがなぁ……」

「そんなヤバいの?」

「……あまり人の悪口は言いたくないが、どうも不真面目な感じが漂う。成績不良の者が送り込まれているのでさもありなんと言った感じだが……ただ成績不良なのと性格面に問題があるのとはまた別問題だ。それに言動が若干ムカつく」

「そっちの責任者は誰?」

「葛城だ」

「うわ~可哀想に。ま、でもクラスの事は基本アンタに任せてるんだし、たまにはいいとこ見せないとね。それはそれとして私ならそんな面倒な人なんて引き受けたくないけど」

「私だって嫌だとも。だが、これが一番堅実かつ合理的な判断だ」

「なら仕方ない、か。まぁお互い頑張るしかないわね」

「まったくだ」

 

 先が思いやられる。だがまぁ一週間ほどの我慢だ。それくらいなら余裕で耐えられる。どうにかしてボーダーを割らず、かつ出来れば高得点を狙いに行きたい。あの山内とか言う生徒をどうにかしないと、面倒になる。全く当てにならない自己紹介だったのでそれは無視しつつ、見た感じ体力は普通そうだ。なら後はそれ以外の課題についてだろう。ここをテコ入れしないとどうにも出来ない。

 

 ため息を吐いている私を、真澄さんはおかしそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪のチラつく山の中にいる。大きな施設。ここが数ある反政府武装勢力の内の1つ、その根拠地。そこにいた多くの構成員は皆物言わぬ骸となり果てていた。最後の一人、ここのリーダーと思わしき人物を前に、私は銃を向けている。

 

「どうして……どうしてだ!お前たちも同じだろう!我ら民族と同じように、お前たちだって中央政府によって苦しめられてきたはずじゃないか!」

「……」

「俺たちはきっと分かり合えるはずだ……なぁ、そうだろう!一緒にやろうじゃないか。俺たちが街中でテロを繰り返す。それをお前たちが見逃す。そうすれば治安維持の出来ない政府に民衆の不満も高まるはずだ。そうなれば、打倒の糸口だって、きっと!」

「そうか」

「!分かってくれるか?だったらその銃を下ろしてくれ。同志をやられたのは憎らしいが、目的のためなら尊い犠牲だったと皆分かってくれるはずだ。さぁ、頼む!」

 

 私は男に向かって引き金を引く。銃声が木霊して、断末魔を残しながら男は血を吹き、崩れ落ちた。

 

「なぜ……だ……」

「生憎だが、中央政府に恨みはあっても一般市民に恨みはない。罪なき国民に向ける銃は無いのだ。尤も、聞こえているかは怪しいが」

「う……ぁ……」

 

 憎悪の籠った眼で這いながら私を見上げる男に向かい、私はもう一度銃口を向け―――――――

 

 

 

 

 

 

「……嫌な夢を見たものだ」

 

 冬の山と結びついた記憶は幾つもある。中でもこれとは。夢とは一説によれば記憶の整理だともいう。もしくは、今抱えている問題を解決するための方法を記憶の中から探しているのだとも。今抱えている問題……南雲か山内か。いずれにしてもあんな記憶を使ってどう解決すると言うのか。最後の手段を使う事は、この国では無いだろう。この国の、少なくともここでは。だってそんな事をした日には……。

 

 『近寄るな、殺人鬼!』私の脳裏に、こう叫ぶ彼女の声が聞こえた。……どうして、こんな声が聞こえたのか。聞きたくないと思ったからなのか。もしかしたら色んな疲れや先ほどの悪い夢見のせいなのかもしれない。好き好んで引き金を引いているわけではない。そうだとしても、やった事は変わらない。こんなことが露見した日には、彼女は私から去って行くだろう。

 

 いや、いずれそうなるのは確定だ。ここを卒業したらもう、会う事は無いだろう。それがきっと、彼女のためになる事だ。寂しい事だが……寂しい?何故私はそんな事を。視線をずらし、時計を見ればまだ5時。起床時間は6時だが、もう2度寝をしても寝られないだろう。

 

「はぁ……」

 

 何度目か分からないため息を吐き、寝静まる部屋をそっと後にして、外に出る。雪がまばらに積もっている山肌は茶色と白のわびしいコントラストを呈していた。鳥の声が少しだけする。空を見上げればうっすらと白み始めていた。吐く息は白く、空へと消えていく。

 

 誰もいないだろうと思っていたが、人の気配がする。振り向けば、遠くから金髪の男が走って来るのが見えた。金髪自体が少ないが、あのガタイからすぐにわかる。高円寺だ。どうやら早くから起きて走っているようである。元気なことだ。

 

「やぁやぁ、君も朝からトレーニングかい、ミスター諸葛」

「いえ、私はちょっと早く目が覚めたので外の空気を吸いに。それにしてもお元気ですね。どんなカリキュラムがあるかも分からないのに」

「私の体力は桁違い。ノープロブレムなのさ。それに、同室の生徒は誰も注意しないからねぇ。好きにさせてもらうのさ」

「なるほど。ルーティーンを崩す方が却ってよろしくないかもしれませんから、まぁそれは人それぞれでしょう」

「そうだとも。それに、君も私と同じように出来るのではないのかい?」

「さぁ、どうでしょうか。仮にも敵クラスですからね。手の内は明かしたくありません。凡人相手ならまだしも、貴方は強敵でしょうから」

「妥当な戦略だねぇミスター」

「前々から少し気になっていたのですが、どうして他の生徒はボーイやガールなのに、私だけミスターなのです?」

「当たり前の事だとも。ボーイやガールは知っての通り子供、ないし未成年を指すものだろう?未成年なのは当たり前として、私がこう呼んでいるのは敬意に値する者がいないからさ。私が至上なのを前提とすれば、他の生徒は皆アダルトである私と比すると内面や能力はボーイやガールだろう?尤も、そのボーイやガールに更に劣るリトルな存在もいるわけだがねぇ。これと逆に、私に匹敵する存在には無論敬意を払いミスターないしミス・ミセスと呼ぶのさ」

「私はその対象だと?」

「そうでないと言う者は目が腐っていると言わざるを得ないと思うがね」

「高評価どうもありがとうございます。しかし、綾小路君は貴方と比べても遜色ない実力者だと思いますが?」

「そうだろうねぇ。だが、正体を隠すと言う行為をしている時点でナンセンス!強者は強者として君臨するのが相応しいのだからして、彼の行動はナンセンスさ」

「手厳しい評価ですね」

 

 だが筋は通っている。それに、人の性質をよく見ている。私を認めたのはいつの段階だろうか。恐らくは無人島であると考えている。それまではそこまで大きく目立つ動きはしていない。クラスに関わっていなかった高円寺と接触する機会も無かった。

 

 高円寺家の御令息である彼はなかなかに謎が多い。財閥に喧嘩を売るのは非生産的なので彼に関してはノータッチで終わらせている。この前、クリスマス前に起こったあの集まり。あそこで高円寺は堀北に対し私となら戦ってもいいと言っていた。当然、堀北はそれを基軸に戦略を立てるだろう。高円寺と言う男は自分で言ったことは守るタイプの人間だ。綾小路もいたのだし、利用しない手はないと考えているはずだ。どこまで本気なのかは分からないが……。

 

「私と戦いたいのですか?」

「機会があったのならば。欲を言えばこの箱庭ではなくもっと広い世界で戦いたいが、今は特別試験とやらで我慢しておこうと思っているところだよ」

「そうですか。肉弾戦でもご希望ですか?」

「それも悪くないが止めておこう。優雅さに欠けるからね」

「同意しましょう。人類が霊長たりえる理由であったこの頭脳を使ったもので戦う方が平和ですし何より文明的だ」

 

 肉弾戦など面倒で困る。暴力的な事に訴えずに済むならそれに越した事は無い。もし私がこの辺に躊躇しないならば、坂柳や南雲などは今頃病院送りだ。

 

「そう言えば君は孔明ティーチャーと呼ばれていると小耳に挟んだが」

「ええまぁ。光栄な話です。若輩の身ですが先生などと呼ばれることもありますね」

「ふむ。であれば、この私の指導も出来るのかね?」

「……それに何のメリットが?」

「いや、私のただの興味本位さ。果たして皆がティーチャーと呼ぶ才能、その実態がどんなものなのか。この目で見たくなったのだよ」

「そうですか。貴方の指導するべきところ……実力はあれど、高貴さに欠けるとかでしょうか」

「ほう?」

「高貴である事を望むならばnoblesse obligeを実践されてはいかがでしょうか。この言葉の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律の社会心理です。貴族、ないし社会的身分の高い存在であらんと欲するならば、『社会の模範となるように振る舞うべき』でしょう」

「では、私にクラスメイトと協力しろ、と言う事かね?」

「それがこの学校と言う社会では模範なのですから、そうなるでしょうね」

「非合理だねぇ」

「見栄も張れない栄華などご免だ、と言うのが高貴な世界の普遍的理念でしょう。合理だけでは済まない感情の世界なのですから。高貴を自称するなら、それに見合った行動が求められるのも事実。ま、ここであまり皆に合わせすぎるとかえって自分が堕ちる事になりそうですから程々で良いとは思いますがね」

「なるほどなるほど。大変結構だよ。やはり君はミスターだ。私に一考に値する言説を言ってのけたのだからねぇ。ただ協力を求める堀北ガールよりよっぽど私の心に響いたさ」

「ならば良いのですけどね。私としては貴方にはそのまま自由人でいてくれた方がありがたいですけれども」

「ハハハハ、それは私が決める事だとも」

「その通りですけれどね」

「おや、そろそろ時間だ。それでは私は失礼するよ、アデュー!」

「ええ。さようなら」

 

 優雅に歩きながら高円寺は去って行く。なかなかに癖の強い人間だった。しかしこうして話すという滅多にない出来事を経る事で何となく彼の人間性などが見えてきた。これは大きな収穫だ。一見自由奔放に見えて、彼はしっかりと自分の中の信条に従いつつ損得も見つつで動いている。それを少しでも読む事が出来れば、彼の予測の難しい行動も予測が立てられるようになるかもしれない。

 

 そろそろ6時が近付いてきた。寝起きの髪のままここに来てしまったが流石にそれを放置はよろしくない。私も部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻れば、誰も目覚めることなく爆睡中だった。何だかんだで疲れているんだろう。寝られるときに寝てしまった方が良い。あまり音を立てないように寝癖が少し付いている髪を鏡で見ながら直していく。前髪が大分長くなってしまった。ピンで止めても良いが、あまりおでこを出したくない。なので、今度切らないと。髪用のハサミは流石に持ってきていない。今週くらいは大丈夫だろう。

 

 そうこうしていると、軽快な音楽が流れてくる。軍学校みたいだ。朝の起床ラッパが鳴るのはどこの国でも同じだろう。とは言え流石にここは軍ではない。皆う~んと唸りながら眠そうな目を擦りつつ起き上がる。中にはしばらく布団の上でボーっと座ってる奴もいる。気持ちはわかるとも。寝起きは脳が死んでいる。

 

 その中でも葛城はいち早く覚醒していた。流石と言うべきか行動がキッチリとしている。かけ布団をしっかり畳んでいるのは高評価。起きない生徒は叩き起こさないといけない。

 

「おはようございま~す。おはようございます!お~い、起きろぉ!朝ですよぉ」

「う、う~ん……うわぁぁぁ!」

「なんですか急に大声出して」

「いや、あ、良かった。貞子かと思った」

「酷いなぁ。私ですよ私。髪下ろしてるからそう見えるだけですって」

「いや、孔明先生がいつもの感じじゃないの見たの初めてだから……」

「ああ~そう言えばそうかもですねぇ」

 

 無人島ではいつも通りだったし、船上でも同室の人よりも早く起きて遅く寝ていた。強いて言えば体育祭くらいだろうか。

 

「ほら、さっさと起きてしまいましょう。ペナルティがあるかも分からないですし。私も髪セットできていないんですから」

「お、おう」

 

 全員起床して着替え終わる。私もセット完了。ちょっと髪を濡らしたり、ヘアアイロンしたりと長い髪の維持は面倒だし時間がかかる。明日からも私はちょっと早めに起きる必要がありそうだ。普段は自分のペースで良いが、ここではそうもいかない。しかしこれも林間学校や修学旅行の醍醐味だろう。やる事がほとんど毎日同じなのを除けば楽しい時間になるはずだ。

 

「皆揃ったな。……山内、布団は畳むべきだ」

「えー、そんなのやれって言われてたっけ?」

「言われていないことはやらなくていい、と言うのが既に間違いだ。我々がいない間、部屋をチェックされ生活態度も密かな採点対象になっている可能性を考えないのか?」

「そんなの考えすぎだろ」

「そうやって諸葛が気付き、Aクラスに伝え、そこから4月の後半に各クラスに伝わったはずのクラスポイントシステムを考え過ぎと一蹴した結果が0ポイントでは無いのか?」

「それは……」

「ともかく、キッチリしておいて困る事は無い。逆は無限にあるがな」

「……分かった」

 

 葛城の先導で大グループごとに指定された教室へ向かう。堀北学などの3年生やその他の2年生に挨拶をして、着席した。ほどなくして担当教師がやって来る。そこで今後の予定を説明された。なんでもまず点呼をし、その後掃除をする。そして更に朝夕に座禅をしないといけないらしい。う~ん禅寺か?修行僧になった気分だ。いや、まぁ大した手間ではないけれど。宗教的な修行と言うのはしたことが無いので、その疑似体験と思えば面白いかもしれない。

 

 案内されたのは敷き詰められた畳の部屋。何かの道場みたいな場所だった。い草の香りが漂ってくる。悪くない場所だ。今は無人の幽霊屋敷と化している実家を思い出す。あそこは和風建築だったので畳張りだった。畳のヘリを踏まない、敷居を踏まないくらいの基礎事項は常識として覚えておきたいものだ。Aクラスはその辺大丈夫そうだが……またお前か山内。イラっとしたがこれは親が教育していなかったり今まで畳や和室に縁のない環境にいたならば仕方ない。

 

「畳のヘリを踏むな」

「なんでだよ」

「そういうマナーになっている。ここではそう言ったこともテストされるはずだ」

 

 注意をする葛城を、担当講師と思しき初老の男性は軽く笑顔を浮かべつつ見ていた。葛城の予想通り、減点されかねないものだったようだ。

 

 ここでは歩く時だけでなく立っている時も左右どちらかで握り拳を作り、それを反対の手で包み込み、鳩尾の高さに持っていく叉手(しゃしゅ)をしないといけない。と言うかこれウチの国の文化じゃないか。いやまぁ仏教系のものは大体中国発祥だから良いのだけど。

 

 また、座禅の説明を受けた。これが精神統一や瞑想のためのモノであることは有名だろう。禅宗はこの座禅に重きを置いている。よく、何も考えないと言うがこれは間違いであり、正確にはイメージが大事だ。私は林間学校に来たはずなのになんでこんな宗教の事を考えているのだろうか。共産国家は無宗教です。

 

 十牛図とか久しぶりに聞いた単語だ。これはイメージのための方法を書いた絵で、わが国北宋時代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵が考案したものだ。残存する図は少ないが、日本の相国寺とかにあったはず。ハイデガーにも影響を与えたと言われており、京極夏彦の小説にもこれを題材にしたのがあったのを思い出した。

 

 今まで瞑想などしたことなかったが、やってみるとこれはこれでなかなかに面白いものである。

 

 

 

 

 それが終われば朝食だ。あまり量が無いが、しっかりと栄養バランスは考えられた一汁三菜で構成されている。明日からは全てグループ内で作らないといけないらしい。面倒だが食材もレシピも用意されている通りの物を作ればいいのだから楽だ。メニューを考えるのが一番大変だと個人的には思っている。私は毎回同じでも耐えられるが、真澄さんがな……。あんまり同じだと微妙な顔するからいつも割と被らないようにしている。

 

 無人島の時に比べれば大分楽なのは言うまでもない。分担も話し合って決めろと言われたが、残り朝食を作る回数は明日から最終日までの6回。1学年が2回ずつやれば終わる計算だ。それは上級生も当然承知しているので、平等に分担することで決まる。初回、つまり明日は1年生からやる事になった。この辺は葛城がしっかり上級生とコミュニケーションを取っている。

 

 堀北学は責任者では無いが、責任者をやっている生徒と並んで3年生をまとめる役を担っている。葛城と1年仕事をしてきているので、相性的にも悪くは無いしコミュニケーションも容易だ。元々2人とも真面目なタイプなので、そりが合わないという事も無いようである。これならば送り込んだ私の顔も立つと言うもの。一之瀬は私の面子を潰したが、葛城にはそうなって欲しくないものだ。

 

 雨天の際はラッキーだったと思うことで話はまとまり、食事が始まる。この後にもカリキュラムは詰まっている。しっかり食事をしておくことも肝要だろう。

 

 

 

 

 

<女たちの戦い(?)Ⅲ>

 

 朝食は自分達で、と言われたときの反応は男女ともに大差は無い。一般的な偏見で、女子は料理洗濯等の家庭科に分類される行為が得意と思われがちだ。無論、専業主婦などはプロともいえるだろう。しかし、ここにいるのは高校生。得意と言える生徒が多いわけではない。むしろ今まであまりやってこなかったという方が多い。

 

 ポイントの少ない下位クラスは自炊を強いられることもあるが、上のクラス、特に諸葛孔明のおかげで毎月15万近くが振り込まれるAクラスは自炊の必要は特に無かった。考えてみれば、光熱費や家賃、通信費などが全て無料、医療費等もかからない状態で毎月フリーに使えるお金が15万。しかもまだ15、6歳の子供なのにである。東京都の時給が1000円強なのを考えてもバイトをすれば一体どれだけ働かなくてはいけないのか。

 

 そんな額を使えるのだから、いくらAクラスが節約をするよう言われているとは言え、炊事くらいはしなくても余裕なのも妥当であった。しかしここに来てそれが仇となる。余り女子でも料理が出来る人がいないグループに意図せずなってしまった上に更に責任者でもある神室真澄はその問題に直面していた。

 

「どうする……?」

「う~ん」

「まぁ、見よう見まねでやるしかないか……」

 

 同学年の女性陣はあまり役に立たない。出来る事なら楽をしたかったが仕方ないと諦め、神室は指示を出す事にした。

 

「レシピは書いてあるからそれ通りにやれば出来るはず。難しいのは私がやるから」

「神室さん、出来るの……?」

「ま、少しはね。朝は作ってるから」

 

 これに同じ小グループを組んでいる他クラスの女子はホッとしたような顔になる。なお、Aクラスの女子は――

 

「ねぇ、昼と夜は?」

「昼は買ってるか、たまにお弁当だけど。夜はアイツが作ってるから……」

「アイツって誰?」

「あんた普通に考えなさいよ、孔明先生よ」

「あ~そっか。じゃあ昼のお弁当も?」

「そうに決まってるじゃない」

 

 などと遠慮なく神室を質問攻めにしていた。その後彼女たちは結構しつこい事にイラっとした神室によって、割と余裕がありそうだから仕事を増やすと宣告され悲鳴を上げることになる。




やっと計算終わりました。ルール表と電卓を睨めっこしながらこの章最終話の結果発表時に起こるクラスポイントを計算していたのでこの話の投稿が送れたわけですが、先日なんとか終わったぜ。

途中で人数やクラス数で発生する計算は1~3までと気付き、やり直す羽目になりました……。どうりでおかしいと思ったわけです。最初の計算だとクラスによってはcp-200超えとかになってましたからね。

これで憂いは無くなったので普通に書けるようになりました。私の本番は次巻とその次ですからね。この2つを書くために始めたと言っても過言では無いですからね。気合を入れて書くつもりですのでこうご期待!

とは言え、最近英語の勉強も兼ねてHoi4のmod翻訳とかもしてるので次回はまたちょっと遅いかも……。


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47.努力と妄想

この巻と言えばよくお風呂シーンが取り上げられますよね。くっだらないなぁ(笑)と思いながら、そんなやり取りをしてみたかった。修学旅行、行きたかったなぁ……。あぁでもオーストラリアに大浴場は無いか……。でも行きたかった。行ける方楽しんで下さいね。行けなかった世代の怨嗟も背負いつつ……(笑)


どんなことにも教訓はある。君がそれを見つけられるかどうかだ。

 

『ルイス・キャロル』

―――――――――――――――――――――――――――

 

 1日目の午後はマラソンをやらされた。まだ初日だから大した事は無いが、これ苦手な人は結構きついと思う。他の授業も色々あるが、大半が『社会性』に重きを置いた内容になっているのは明白だ。冬山での疾走などお手の物ではあるけれど、他の面子にも気を配らなくてはならない。

 

 自称スポーツの天才君は普通の体力だった。いやもうちょっと行けるのかと思っていた。ホラを吹くにしても多少は運動神経に自信があるからこその発言なのかと……。ただよく考えてみれば体育祭でもさして目立っていなかったし、まぁ良くも悪くも普通程度なのだと思う。

 

 夕食はサッサと食べてしまい、空いている時間を見てスッとお風呂に入ってしまいたい。髪を乾かすのに時間がかかるのもあるが、私はあまり他人とお風呂に入るのが好きではない。温泉は好きなのだが、大浴場は苦手だ。

 

 歩いていると廊下に人だかりができている。何事かと思い覗いてみれば、坂柳が尻餅をついていた。

 

「悪い悪い。大丈夫か?」

「ええ……心配いりません」

 

 誰がぶつかったんだ、流石に前を見て歩こうかと思って相手を見れば山内じゃん。君か……。いいや、知らん。もうどうにでもなれ。坂柳は差し出された手を取らず、転がった杖を掴んで壁を使いつつ自力で立ち上がった。痛々しい光景である。山内は流石に良心が残っているのか、申し訳なさそう、と言うよりは所在なさげな顔をしている。

 

「じゃあ、行くけど?」

「ええ。どうぞお気になさらず」

 

 笑ってるけど目が全く笑ってない。

 

「いやさ、坂柳ちゃんって可愛いけどさ、どんくさいよな」

 

 あ、ふ~ん。そういう余計な事を言うから。ほら見てみろ。お前の背中を見つめる坂柳の顔に憎悪の炎が灯ってるぞ。今、彼女はクラス内で立場を失いかけているためにかなり余裕がない。この前聞いた話によると一方的に感情を抱いていた綾小路にも袖にされ、怒り心頭だろう。そんなときに屈辱を味わうことになれば……その原因の排除に動いても不思議ではない。

 

 腐っても彼女は優秀だ。私や綾小路などならともかく、山内くらいならすぐに陥れる事が出来るだろう。まぁ私は止める気は無い。もう成長の見込みがほぼない生徒の実力を知ってもどうしようもないからだ。しかし、理事長はあれのどこに将来性を見出したのだろう。もっと良い人はいたはずなんだが。後、推薦した中学は何を考えている。もっと優秀な人を、せめて性格面ではもっとまともな人を選んで欲しかったと切実に思う。……坂柳理事長への殺意が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 木曜に始まった合宿も早3日目。今は土曜日だ。今日は朝食を作らねばならない。他の小グループも作成している様子が見受けられた。上級生との決定により、初回の朝食は我々が作ることになっている。山内は不満たらたらな顔で目覚めてきた。皆眠いのは同じだがポジティブに行こうとしてる中1人だけネガティブオーラをまき散らしていると非常に迷惑なので止めて欲しい。

 

「眠いし寒ぃ!なんで俺らが料理なんてしないといけねぇんだよ……」 

「試験だ、諦めてやるぞ。文句を言うより、受け入れてしまった方が精神的にも楽になるはずだ」

「でもよぉ、男が料理なんかしなくても良いだろう~?」

 

 葛城は疲れた顔をしている。一事が万事この調子だ。大体いつもこうして不満を漏らしている。気持ちはわからんでも無いが、言わないのが社会性では無いのかと思ってしまう。皆我慢しているから、と言うのは同調圧力だし、時にはしっかり不満を言う事も大事だ。しかし、今は言ってもどうにもならない上にむしろマイナス面の方が大きい。

 

 ただ、料理できないと言う生徒はAクラスにも結構いる。

 

「葛城君、ここはお任せください。得意分野ですから」

「そうだな。無人島でも活躍していたし、頼んだ」

「はい、お任せを。さぁ皆さん。ほら、ぼ~っとしてないでやりましょう。やり方は小学生でもわかるレベルで書いてあるんですから。分担すればすぐ終わります。私が見ているので、取り敢えずレシピを読みながらやって下さい。今時男性も料理できないといけませんよ。どうするんです、奥さんと共働きだったら。先に帰っている癖に遅くに帰宅した奥さんにご飯まだ~とかほざくクソ亭主になりたくないなら今のうちにやりましょう。じゃないと離婚ですよ離婚」

「「「は~い」」」

 

 ま、やるしかないよねと言う顔で各々動き始めた。こういう時自分で気付き考え行動できる勢はありがたい。分担もスムーズに分けててきぱきと動き始めた。私は何か問題が無いかの監視をしている。葛城が割と器用に野菜を剥いていた。

 

「上手ですね」

「妹が入院しがちなのは言っただろう。両親が見舞いで不在な事も多くてな。自炊は基本だった」

「流石です」

 

 なんか戸塚みたいな事を言ってしまったが、家族のためにしっかりと自分で出来る努力をしているのは尊敬に値する。妹さんの病名は葛城について調べた際に一緒に出てきたが、そこまで悪いものでは無かった。治るかは微妙だが、それでも命に別状が!と言う事態になるようなものではない。医療費はかかるが……。

 

「う~ん、卵焼きムズそう……」

「まぁ取り敢えずやってみて下さい。横で指示しますから」

「頼んます」

「液は出来ましたか?」

「レシピの通りに入れたけど」

「どれどれ、あ、これ甘くない奴か」

「孔明先生甘い派?」

「私はどっちでも良いんですが、真澄さんが甘いのじゃないと嫌って言うので仕方なく。それはさておきマヨネーズぶち込みますか」

「マヨ?」

「冷めてもフワッとなるんです。これくらいかな。こんなもんで良いでしょう」

 

 この辺は見れば大体の分量はわかる。そこまで正確じゃなくても良いだろう。

 

「はい、まず小さな容器にサラダ油を入れて、キッチンペーパーを浸しておいてくださいな。そしたら油を卵焼き器になじませて……そう。で、中火です。微かに煙が出たら1/3の量の卵液を流し入れて下さい」

「…………そろそろか?」

「そうですね。投入!オッケ―です。気泡ができたら菜箸で潰してください。半熟状になったら奥から手前に巻きますよ。その時に卵を菜箸で巻くとダメです。卵焼き器を下45度から上45度に持ち上げるイメージで、弧を描くように動かすのがコツです」

「こ、こう?」

「はい上手。巻き終わったら奥にずらして、キッチンペーパーで空いた部分に油を塗り、巻いた卵を持ち上げて下にも塗って下さい。後は何回か繰り返せば完成です」

「お、おぉぉ、出来てる……」

「君がやったんですから当たり前でしょうに。良い感じですね。十分合格点ですよ」

「ありがとうございます!」

「いいえ、どういたしまして」

「孔明先生次こっち見てくれないか?」

「はいはい、ただいま」

 

 あちらこちらの様子を見たり指示しながら苦戦しつつも頑張っているAクラス男子諸君の調理を監督していった。まぁ皆良い感じに出来ている。やはり葛城が上手い。これで男子諸君の尊敬を集めていた。葛城は普通にいいやつなので、社会に出たら結構人気が出そうなタイプである。大学とかでも友人が多そうだ。

 

 その後上級生がやって来て、大グループで食事となる。堀北学筆頭に上級生からも良くできていると好評だったので作成者たちは満足げな顔をしていた。やはり、自分の作った飯を旨いと言って食べてくれる存在は料理において大事な原動力になる。レシピに書いてある事だけが全てではない。食事は文化であるのだからして、当然心理的な面も大事なのだ。

 

 私の場合は毎晩毎晩バクバク食べてる人がいるので非常に作り甲斐があるのだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな日々を送りつつ判明した試験内容は4つ。

 

①禅……座禅を開始するまでの作法から、座禅中の体勢などを採点する。作法そのものの間違いや警策で叩かれたら減点となるだろう。

➁駅伝……小グループ単位で全18kmを走る。合計タイムがそのまま順位かスコアになって計算されるはずだ。1人あたり1.2km以上走ることになっている。

③スピーチ……授業内で言われてた採点基準は『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』とのことだ。話すのはこの学校に入ってからの学びなど。Aクラスの生徒は問題ないだろうが、山内はこちらが用意した原稿を暗記させて言わせる方が良い。そうしないとむしろダメかもしれない。

④筆記試験……3学年合同で受けてる授業から出題される。出る事項は既に示されているので出そうな範囲を予測して徹底的に覚えさせる必要がある。主に山内に。内容は普段とは違い、倫理や宗教に関することや文化史が多い。美術系もあったので真澄さんがお昼の時に凄い生き生きとしていた。

 

 まぁ他にも『食事』だの『清掃』だのあるが、基本はこの4つであるはずだと葛城なんかとも意見が一致している。真っ当にグループの結束力を高めつつカバーしあう戦略を取る王道な戦略を葛城は選択している。難しいようではあるが、山内だけに注意すればいいのでむしろそこまででもないかもしれない。

 

 ……真澄さんは大丈夫だろうか。大丈夫だと言われたがやはり不安がある。とは言え、この前の食事時に見かけた際にはグループの生徒全員で固まってコミュニケーションを取っていたので何だかんだ上手くやっているのかもしれない。

 

 他の女子からの報告もちょくちょく聞くが、一之瀬に拾われた2人は充実しているそうだ。坂柳が勝手に騒いでいるだけで元々Aクラスの女子に一之瀬への敵意は無い。そのまま一之瀬に従うように指示した。一方の坂柳と一緒のところはなかなか苦戦しているようだ。結果が悪かったらごめんなさいと言っていたので大体坂柳が悪いから大丈夫だろうと励ましておいた。

 

 男子は頑張ってコミュニケーションをしているそうだ。強制的に他クラスと話さないといけない環境に行ったために少し疲れているようだったが、それでも頑張ると言っていたのでその言葉に期待したい。橋本のグループはなかなか大変そうだが、幸村と綾小路が必死に引っ張っているそうだ。高円寺も少し協力的になったそうで、掃除などにもしっかり参加するようになったと言う。

 

 戸塚に関して聞けばまだ時間がかかりそうだが少しは改善の兆しアリとの報だった。橋本の観察眼は確かだ。信用して良いだろう。ここで私に嘘を吐くメリットなど存在しないのだから。

 

 

 

 

 ゴーっと鳴り響く音が室内に木霊している。この合宿では入浴時間は結構多めに取られており、その中ならいつでも行っていい仕組みになっている。ほとんど人のいない時間帯と言うのが存在するので、さっさとその時間に行くことにしていた。終わった後にドライヤーで乾かすのに凄い時間がかかるため、他の男子に迷惑だし、そもそもあまり他人と入りたくない。

 

 皆大体決まった時間に行って決まった時間に戻ってくるのだが、3日目の夜である今日は大分遅かった。何をしてるのか、何かトラブルでもあったのかと思っていれば、ワイワイと戻ってきた。

 

「随分と遅かったですが、何かありましたか?」

「いやぁ~いろいろな」

「そそ。負けられない戦いってヤツっすよ」

「?」

「風呂でやる男の戦いって言ったら1つっしょ」

「あぁ……なるほど……。いい年して何やってるんですか全く……」

「まぁまぁそう言わずに」

「そうそう。猥談恋バナ枕投げが3大修学旅行&林間学校の楽しみだからなぁ」

「ま、楽しかったなら良いですけど」

 

 あんまり私は好きではないけれど、生徒たちが楽しいならそれで良いだろう。誰かが被害に合っている訳では無いのなら、それで良いと思う。ま、私は絶対参加しないけど。そこから始まる恋バナ擬きに苦笑しつつ、見守る事にした。……エロい面ばかり見てるからモテないんだよ、山内。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

<女たちの戦い④>

 

 

 神室真澄にとって今回の試験は重要なものだった。いや、無論全ての試験は(通常の定期テストであっても)重要ではあるのだが、特に特別試験は取り分け重要である。加えて、今回は男女別。普段は諸葛孔明の戦略に従った行動をすれば良いが、今回は自分で考えて行動する必要がある。

 

 加えて、本来ここで指針を示すべき坂柳は何をトチ狂ったのか一之瀬に攻撃をするという事態に出始めた。これは流石のAクラスの女子も困惑を隠しきれなかった。このせいでBクラスの生徒と会うと露骨に睨まれたり聞こえるように嫌味を言われたり、散々だった。

 

 一之瀬は止めているものの、流石に彼女のいないところまでは統制が効かない。肩身の狭い思いを強いられている生徒もいる。勿論、皆一之瀬を攻撃するのを座視していた訳ではない。孔明はそこまで攻撃策を取らない事は流石に皆もう気付いている。無人島が精々だろう。あれも、妨害を仕掛けるのではなくあくまでもルールの範囲内で正攻法を多く使いつつ(龍園に集ったりはしたものの)概ね真っ当に生活していた。

 

 船上でも体育祭でもペーパーシャッフルでも勝ちに行けるところは普通に勝ちつつ、龍園のように全方位敵対外交をするでもなく割と平穏に生きてきた。それ故にAクラスの女子は、男子も含めてだが、あまり攻撃することに意味を見出せないでいた。だって今のままでも良いのだから。

 

 そう坂柳に提言した生徒もいたが、見せしめと言わんばかりにほぼBクラスで構成されたグループに送りこまれてしまった。一之瀬のおかげでフォローされているとは言え、やはり罪悪感は感じる。謂れのない中傷をされ、それでも坂柳と同じAクラスである自分達に優しくしてくれる一之瀬を貶す思考にはどうしてもなれないのだった。

 

 皆少し精神的に疲れているそんな中割とメンタルの強い神室は普通に生活している。自グル―プにいるのはAが9人、Cが3人、Dも3人、合計15人。これでBがいたら大変だったと思いながら、孔明がいないなりに立派に責任者を全うしようとしていた。

 

 

 

 

 

「これでやり方合ってる?」

「大丈夫、そのまま続けて。そこ、危ない!指切るところだったから気を付けて。包丁使うときは集中する。鍋どう?OKならそのまま!」

 

 自身もせわしなく手を動かしながら神室真澄は指示を飛ばしている。分担から何から生徒で決めないといけない。サラッと1年生に押し付けようとしていた2年生を詰問して平等にやるように交渉したりと結構忙しく働いているのである。

 

「神室さん上手だねぇ~」

「そ、そう?まだまだだから」

「えぇ~、神室さんでまだまだとか、私どうなっちゃうの……」

「学校戻ったら少しだけでも始めてみたら?男子は手作りで落ちるから」

「え、あ、うん!」

 

 誰が誰を好きとかは見ていれば分かる。前期は少しギスギスしていた部分もあったが、夏を超えて割とぽわぽわしているAクラス内では恋の芽吹きも始まっている。しっかり同性同士以外でも話すようにと色々孔明が手配している事も原因であった。教師に交渉してグループでの授業を増やして貰ったりし、交流の機会を設けている。

 

「ど、どうかな……」

「いいと思うよ」

「そっか……!」

 

 神室が重視しているのはある程度相手の事を理解しているAクラスの女子よりも、6人いる他クラスの女子の方であった。彼女たちの協力が得られなくては勝てるものも勝てない。それは他の8人のAクラスも理解している。その為、しっかりコミュニケーションをとるべく明るく話しかけ、努めて笑顔でいる事を決めていた。ポジティブ思考で過ごしたほうが室内の空気も明るくなり、話も進む。

 

 神室のイメージする理想的な指導者像はわかりきった事である。あちらこちらに気を配り、親身に相談に乗り、しっかり反応や共感をする。それが大事だと言う事を、この1年間彼女は学び取っていた。1番近くで見てきたと自負する彼女はその見てきた事を自分に落とし込んで応用している。そう言う事を惜しまずやって来た結果が葛城に禅譲を選ばせ、坂柳を完封してクラスを掌握するという結果だと、彼女が最もよくわかっている。

 

「皆、お疲れ様。今日も1日頑張って行きましょう!」

「「「おー!」」」

 

 試験も今日で4日目。彼女の小グループは順調に成果を出している。南雲の指示か、同じ大グループにいる橘を落とすべく必死に妨害しようとしている2年生を妨害して釘を指す仕事もしていた。1年生に負けて煽られるのは流石に2年生としても嫌なのだ。その自尊心を煽り、妨害よりも真っ当な努力で1年生にデカい顔をさせないという方向へ意識を向けさせている。

 

 ヤバい奴の隣で去年を生き抜き、何なら最初に銃口突き付けられた彼女に怖いものは無い。2年生相手に真顔で詰め寄り泣きそうにさせていた。

 

 

 

 

 さて、男子と女子の試験内容であるが、それ自体はさして変わらない。数少ない違いと言えばマラソンの距離が半分であることだろう。男子は全員で18キロ。女子は9キロである。しかし、そうはいっても結構キツイと言うのが女子勢の本音であった。

 

「キャッ!」

 

 授業の中で走らされている神室の小グループであったが、冬の山道で足を滑らせてしまった生徒が出た。滑りそうな道をコースにすんなよ、と心の中で学校に毒づきつつ、神室はそのCクラスの生徒に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「う、うん……」

「はい、掴まって。立てそう?ゆっくりで良いからね」

「はい……」

 

 転んでいた子の傷口を確認する。そこまで大きなけがでは無いが、少し血が出ていた。それ以外の部分、足首や脛などに異常が無いかを確認しつつ、近くの教員に水を要求する。清潔な水を渡され、それで傷口を洗い流した。染みて痛そうな顔をしていたが、これが適切な処置なので仕方ない。乾かさない方が良いと医師免許持ちの上司(孔明)が語っていたのを覚えていたため、余り乾かさず持っていた絆創膏を貼る。

 

「歩ける?」

「だ、大丈夫……!」

「そう?無理しないでね。ダメそうならすぐ言う事」

「はい」

「じゃあ、皆行こうか」

 

 普段はあまり表情豊かとは言えない神室であるが、今回ばかりはしっかり顔を作っている。”あの”有名な孔明率いるAクラスが多くて怖いなぁ……と思いながら入って来たCクラスの少女は、優しくしてくれる上にしっかり面倒を見てくれ、かつこうしてテキパキと冷静に処置してくれる神室に謎の感動を覚えていた。

 

 堀北は優秀だが、優しいかと言われれば微妙である。そんな比較に加えて神室自身元々顔もスタイルもかなり良い。キリッとした表情で、冷静で、でも時々しっかり普通の表情を見せてくれる存在はAクラス女子内でもかなり評判が良かった。そして今回の件でそれが他クラスにも広まりつつある。諸葛孔明が全幅の信頼を置いていると名高いAクラスのナンバーツー。「さぁ、後ちょっと頑張ろう!」と先頭で先導する彼女の背中を、Cクラスの少女はほわぁ……と言う憧れの目で見ていた。

 

 

 

 

「はいはい、止まらない!ゆっくり歩くよ」

 

 神室の指示で膝に手を付いて止まろうとしていたグループの女子たちが顔を上げ、ゆっくりと歩き始めた。急に止まるとよろしくない。心臓に負担がかかるからである。それを彼女はしっかりと把握しているため、疲れているであろうけれども負担を減らすために促しているのであった。

 

 このグループの女子の体力は普通。一番いいのは神室で間違いない。運動が出来るのは体育祭でも知られているため、彼女の指示なら正しいだろうとグループの生徒も思い従っている。

 

「皆、お疲れ様!」

 

 へばっている女子も多いが、Aクラスの生徒には負けてられないという自負がある。何とか元気に返事をしていた。他クラスの生徒も負けじと声を張る。空元気でも出したほうがいい事もあるのだ。この後は自由時間だけれど、神室には成績優秀者の1人としてテストに関することを考えないといけないと言う仕事が待っている。

 

 何だかんだで彼女の学年成績は160人いてトップ15に入っている。上位10%以内には大体いるので、かなり高得点者だった。最初はAクラスでも最下位に近かったのだが、教える事に関してはトップクラスの人間が1人にほぼ全リソースを割いているのだから当然の話ではあった。その教師――つまりは孔明と彼女の次の目標はトップ10入り。だが、そこには当然教師役である孔明を筆頭に成績だけは良い坂柳、葛城やCのリーダー堀北、Bのリーダー一之瀬、その他にも椎名や高円寺、幸村などかなり有名人が並んでいる。これを蹴落とすのは至難の業に思えたが孔明はやる気だった。それに逆らう理由もなく神室は冬休み中も頑張って課題をこなしていたのである。

 

「ま、アイツの顔を潰さないくらいには頑張らないとね」

 

 その呟きを聞き逃さなかったAクラス女子は、ニヤつきながら神室の事を眺めていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 試験は5日目に突入した。ここに来てやっとテスト関連の準備が終わった。正直、Aクラスだけなら何も心配してない。普通に高得点を取って来るだろうし、問題は無いはずだ。だが、ウチのグループには小グループ内、いや学年で見てもワーストクラスに出来ない生徒がいる。それのためにわざわざ私と葛城とで時間を取り、他のAクラス生徒にも手伝って貰い当日のやらせること、覚えさせる事リストが出来た。

 

「はい、これ」

「なんだこれ」

「君には試験日、これに従って動いてもらいます。また、覚えるべき事も書いておきました。試験での注意点、そして筆記テストの予想問題と対策。パソコンが無いので苦労しましたが、これを使えばどんな成績の人間でも平均は取れるでしょう」

「なんで俺がそんなの使わないといけないんだ」 

「はっきりと申し上げれば君の成績が学年ワーストクラスだからです」

 

 夜の部屋。そこで私は冷淡に彼に告げる。他の生徒は皆様子を見守っていた。葛城も今は黙っていてくれるように頼んでいる。一応山内のためを考えて嫌々であるが作ってあげたつもりだ。個人的な感情、心情はどうあれ、これに関しては私情は一切挟んでいない。それくらいの精神力はあるつもりだ。

 

 懇切丁寧に作ったつもりではあるが、山内は不満を隠そうとしない。むしろ私よりも他の生徒が苛立ちを覚えているようだった。

 

「そんな事言う事ないだろ~」

「事実ですから。それ以外にどう言えと?」

「大丈夫だって、心配性かよ。俺は本気を出せばこんな試験ちゃちゃっと」

「そうですか。では、本気を出してください。今、すぐに」

「え、は?」

「今がその時です。君の認識はどうであれ、我々はこの試験には、いえこの試験にもしっかり持ちうる全力を以て望むつもりです。本気を出せばチョロいんですよね。では、最大多数の幸福を説いた哲学者は?」

「……?」

「先生が強調していたんですけどね。授業の時何してたんですか?寝てたんですか?それともお得意の妄想をしていたんですか?」

「は?妄想ってなんだよ、俺がおかしい奴みたいじゃん」

「自分の実力を正しく認識せず、夢想に走り、本気を出せばとありもしない本気を当てにしている時点で妄想では?後、ついでに言いますが私と真澄さんがお昼を食べている時にウザがらみしつつ彼女の胸ばかり見るのはやめた方が良いですよ」

「なんでお前にそんな事言われないといけないんだよっ!」

「それは私が君よりも優秀で、この試験を突破する方法を知っており、かつこのグループの多くから信頼を得ているからです」

「……」

 

 確かに、優秀でない人は無条件に従うべきかと言えば否である。しかし、今回は協力しないといけない試験だ。優秀な人間の指示に従った方が効率がいいし、何より合理的だ。故に従うべきなのである。もし、自分が足を引っ張っているという自覚があるのであればの話だが。

 

「まさかと思いますが、此処にいる誰よりも本気(笑)の自分の方が上だし、とか思ってませんよね。それははっきり言って妄想ですらない。そこまで行くと病気です。君の心を当てましょうか?ウザいなぁコイツ。早く終われよ、でしょう?」

「な、なんで」

「顔に書いてあります」

「え、え、え」

「そんな事考えてるから伸びないんですよ。自分のためになる忠告や説教も聞き流してきたんでしょう?」

「それは……」

「言い訳は結構。君の本気という経済崩壊した国の通貨よりも当てにならないもの以外に君がこの試験で足を引っ張らないようにする具体的な方法を提示できるならば私もこのマニュアルを渡しませんが、何かありますか?」

「…………」

「無いなら読みなさい。そして死ぬ気で覚えて下さい。もしムカついたという短絡的思考でボーダーを割ろうとしたら……分かりますね?」

「ど、どうなるんだよ」

「全員で赤点を取ります」

「は!?そしたら葛城も退学じゃないか!」

「生憎、こちらはもう2000万ポイントあるんですよ。それに、Bとクラスポイントの差が大きい以上、減らされても大して痛くはありません。反面君のクラスはどうですかねぇ。助けてくれる、いえ助けられるほどのポイントがあるんでしょうか。上級生に頼る事も出来ますが、それをするほどの価値を君は示せるでしょうか。平田君や綾小路君、須藤君に幸村君、色んな方面でクラスに貢献している男子たちと違って。どうですか?」

 

 彼の顔面は蒼白だ。そして当然これはハッタリである。2000万もない。クラスポイントの方は真実ではあるが。しかしながら山内にそれは分からない。一之瀬や龍園、堀北などであればウチのクラスのポイント推移から計算して2000万は無い可能性もあると結論付けられるだろう。もしくは、ここでそんな大金を使わないと確信できるかもしれない。しかし、彼にそんな頭は無い。今彼の脳内にあるのは自身の退学の可能性。そしてもう1つはAクラスは救済できるけれど自クラスは出来ないししてくれない。この2つだ。

 

「どうしますか?やりますか、やりませんか。選んでください。これが君にとっての最後のチャンスです。春の5月頃、図書室で言いましたよね。本気を出してどうにかなるのはファンタジーだけだと。変わるなら今です」

「……チッ!」

 

 彼は舌打ちしながら私の手から冊子をひったくった。ま、一応やってはくれるようなので良いだろう。これで赤点取ったら覚えていろ。そうなった場合、これに関しては坂柳と一時休戦してもいいとさえ思う。出来ないことは悪では無いが、それで出来る人に迷惑をかけるのは間違っている。最大多数の幸福とはこういうことだよ、山内クン。

 

「やる気になってくれたようで何より。勉強できた方がモテますよ」

「うるせぇよ……。神室ちゃんと寮の部屋でヤリまくってる奴に言われたくねぇよ……」

「今、なんと?」

「は、え?」

「今、何と言った」

 

 彼は言ってはならない言葉を言った。突然の空気の変化に困惑している山内をベッドの上から引きずり下ろし、壁に押し付ける。目を極限まで近付けて顔を逸らせないようにし、目を閉じないでじっと相手の黒目を見続けた。

 

「真澄さんが何だって?私を侮辱するのはお好きにどうぞ。けれど、彼女を侮辱するのは止めてもらおうか。彼女は好きでもない男に身体を許すほど、貞操観念の軽い女性ではない!断じて違う!」

 

 そうだ。目的のためにこの身すら捧げた穢れた私とは違うのだ。それを何をどう勘違いしたのか知らないが、この男は平然と彼女を馬鹿にした。それを許せるほど、私は寛容ではない。生憎と、私は自分自身が何を言われようとムカつくしイライラするが耐えられる。それでも、部下を侮辱するのは許せない。

 

 今はこの空間にほぼ身内であるAクラスしかいない。少しばかり怒っても問題は無いはずだ。

 

「う……あ……」

「私の大切な人を馬鹿にするのは止めてもらおうか」

「わ、分かった、分かった……!」

「次言ってみろ、東京湾の魚の餌にしてやるぞ!」

「諸葛、そこまでだ」

 

 私の肩を叩いて葛城が静止に入る。まぁそろそろだろうとは思っていた。むしろ平和主義的な素養のある彼が良くまぁここまで見守ってくれていたものだと思う。ありがたいと思うしかないだろう。

 

「気持ちはわかるが、問題を起こしてはいけない。そうだろう?」

「すみませんでした。皆さんも、ごめんなさい」

 

 「いいよ」や「気にすんな!」と言う励ましの声が来るのはありがたい。

 

「山内、俺としても神室は大事なクラスメイトだ。謂れの無い誹謗中傷は止めてくれ。試験であるから止めたが、ここにいる全員、気持ちは皆諸葛と同じだ」

「…………」

「すみませんでしたね山内君。お怪我はありませんか?」

「あ、あぁ……」

「なら良かった。さぁ、明日も早いですから。寝ましょう」

 

 重苦しい空気がフッと消え、皆いそいそと寝る支度を始める。怯えた目で私を見ていた山内も、よろよろとベッドに戻り、布団を被った。私も寝る事にする。思い出すだけでむかっ腹が立ってくるので、無理矢理目を閉じた。




賛否両論ありましたがアニメ終わりましたね。動いてるのを見れただけで感謝です。三期はよ。



……真澄さん全然出てこないじゃん!どうなってんだよぉぉ!!三期で綾小路を部屋に呼ぶシーンカットしたら許しません。


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48.裏切りを裏切れ

成長の為にはモデリングすべき尊敬できる先生や先輩を探し出す事が大事である。

 

『植木理恵』

――――――――――――――――――――――

 

 試験は特に問題なく最終日を迎えた。その間に特筆すべき出来事は特に無い。私が山内に不覚にもキレた翌日から私に怯えつつも一定数文句も言わずやり始めた。だがアレは更生ではない。ただ単に恐怖の対象が近くにいるから怯えているだけだ。心の底から改めようとしたならば、まずは謝罪が出てきてしかるべきだからである。

 

 36ある小グループの結果が今日明かされる。発表は午後5時頃と言う事なので、学校へ戻るころにはもう夜だ。学校め、どうせなら明日の朝帰れよ。なんでわざわざ深夜の高速道路を走るのか。意味が分からない。クソである。……山内のせいで気が立っている。アイツを見ると苛立ちがどうしても抑えられない。顔には出てないと信じよう。

 

 こういう時に真澄さんがいてくれれば諫めてくれるのだが。あまり頼り過ぎるのもいかがなものかとは思うが、やはりいないと大変だった。彼女が彼女なりにしっかり役目を果たせていると信じよう。

 

 

 

 

 試験に関してだが、1年は座禅、筆記試験、駅伝、スピーチの順番。朝食を済ませればすぐに試験だ。朝の掃除は今日は免除。時間の都合だと思われる。

 

「ではこれより座禅の試験を開始する。採点基準は2つ。道場に入ってからの作法・動作と、座禅中の乱れの有無だ。終了後は次の試験の指示があるまで各自教室で待機するように。名前の呼ばれた順に整列し試験を始める。Aクラス、葛城康平。Dクラス、石崎大地」

 

 教師側からの名前はいつもとは違う。まぁこれは予想できた範疇だ。当然共有しているので、ウチのグループは動じる事は無い。山内も嫌々ながらであるが必死に詰め込んだようで、出来るようになっている。また、筆記も覚えていることを今朝確認した。

 

 最悪故意に怪我をしてもらい、戦線離脱してもらうところだった。私にいらぬ犯罪を犯させないでくれたことには感謝しよう。彼がいて最低点よりも彼がいないことの不利益の方が小さい。これはもうどうしようもないくらい明らかだ。もっと時間があるかつ自分のクラスなら必死に指導したかもしれないが、今回はそこまでやる気は無い。

 

 堀北はアレをどうにかしないといけないのか……。堀北にもう少し優しくすることにした。流石に可哀想である。綾小路が自分を守るためにホワイトルームの魔の手に対する生贄を探していたら推薦する事にしよう。後は知らん。どうなろうと知った事ではない。真澄さんへの暴言、許すはずなど無いのだからな。綾小路がやらないなら、いつかこの手で引導を渡してやる。

 

 座禅の次の筆記試験でも、山内の回答は終了と同時に自己採点をさせたがなんとか75点だった。正直私の冊子でこれは憤慨ものだし早く切腹してくれと願うレベルなのだが仕方ない。ぎりぎり及第点と言う事にしておこう。なお、他のメンバーは皆最低90点を取っている。満点もチラホラ。であれば彼1人が低くても平均点は80後半になるはず。ならばまぁ許しても良いだろう。

 

 

 

 

 マラソンでは最終区間、つまりはアンカーを私が担当することになった。走行距離は1.2キロ。これを15人で繋いで18キロを合計で走る計算だ。体育祭に引き続き、2回目である。そして前回の相手は南雲であった訳だが、今回はもっと手強そうな相手達がいる。

 

「おっしゃぶっ潰してやるぜ!」

 

 意気揚々と叫んでいるのは須藤。その隣で優雅に佇んでいるのは高円寺だった。

 

「また会ったねぇ、ミスター」

「ええ。お久しぶり……では無いですがこんにちは。高円寺君も最終区間ですか」

「私としてはどこでも良かったのだがねぇ。警戒されているようで、最後に走ってくれと頼まれたのさ。断る道理もない」

 

 自分が退学にならないようにするための保険、と言ったところか。彼に仲間意識を期待する方が無駄だ。であれば、そう考えるのが自然だろう。まぁ彼のチームの事情など知らないが、一応橋本と戸塚もいるので気を付けてはいる。

 

「君に言われた通り、最低限の義務は果たすつもりだったが……やや気が変わったよ」

「と、言いますと?」

「少しばかり、勝負といかないかい?ミスター諸葛」

「ふむ。しかし、よーいドンでスタートとはいきませんよ。どちらかが合わせればともかく、もしこちらのグループの方が早かったとしても、私にはそれをするメリットも無い」

「それはその通りだ。しかし、君にもプライドはあるんじゃないのかい?」

「さぁて、どうでしょうか。しかしまぁ、部下が誇れるような上司でありたいとは思っていますけれどね」

「ならば受けるべきだねぇ。君の隣にいる、サーヴァントガールのためにも」

「……なるほど。ま、筋は通っていますか。よろしい。しかし、待ちませんからね」

「それにはこちらも同じ言葉を返すとも」

 

 真澄さんのため、か。高円寺が実力者であるのは有名だ。体力的にも優秀なのは皆知っている。なので、彼を倒せれば確かに私の名声は上がるだろう。果たしてそれが彼女のためになるのか、彼女がそれで喜ぶのか、全く分からないがこれが高円寺なりの理由付けなのかもしれないと思った。

 

 彼にノブレス・オブリージュをするべきと言ったが、彼の中にも色々感情はあるのだろう。自身の軽んじている存在に力を貸すのは彼の美学に反していたのかもしれない。美学と義務を両立させるための方便が私との勝負なのだとしたら、その義務を教えた私には付き合うべき理由が発生する。ならば付き合うのもやぶさかではない。

 

 それに、負ける気など毛頭ないのだから。

 

 先頭はBクラス中心のグループ。あそこは運動できる生徒が多い。次々と続き、綾小路は3番目だった。アイツ、手を抜いたな。それとも私がアンカーであることを見抜き、高円寺と勝負させるためにわざと遅く走ったのか。だとすれば大した推理力であると言わざるを得ない。その後ろは団子であり、5番手でウチのグループはバトンを回してきた。高円寺との差は僅か。

 

「これは何とも運がいい。運命は私と君の勝負を望んでいるようだ」

「そんなものがあるのかは知りませんが、無駄口叩いていると置いていきますよ」

「それは良くないねぇ。では、少しばかり本気を出すとしようか」

 

 高円寺は軽やかにスピードを上げる。なるほど、大した加速だ。陸上部にいれば今頃全国大会で入賞、或いは優勝かもしれない。オリンピックも狙えるだろう。だが、そう簡単に置き去りにされては困る。私も勝ちに行ってることには変わりないし、葛城始め多くの信頼を得てここにいる。

 

 手を抜く事など、出来るはずもない。元々短距離より長距離の方が得意なんだ。若い頃神速と謳われていたと聞く母譲りの足、とくとご覧あれ。

 

「ほぅ!」

「感嘆しているところ悪いですが、お先に失礼します」

 

 こちらも平地と同じくスピードを上げる。同じように高円寺も速度を上げた。まだどちらも本気ではない。彼には余裕が見えるし、私だってまだまだだ。

 

「やはり、私の目に狂いはない!」

「冬山は得意でして。八甲田山であろうとも完走してみせますよ」

「フハハハハ!であれば私はエベレストを走るとしよう!」 

 

 軽口を叩いた後は無言だった。1200メートルを短距離走のスパンで駆け抜ける。言葉を交わす余裕はない。こちらも本気だし、向こうも本気だ。流石に苦しくなってくる。こんなにも全速力で走ったのはいつ以来か。過酷な訓練を思い出す。

 

 額に汗が滲んできた。高円寺に目をやれば、大粒の汗を流しながら走っている。それでもまだ口元には……いや笑みが浮かんでいると思ったが口元も真一文字に結ばれ、真剣そのものだ。チラリと目が合う。何を言うでもなく、もう一段加速した。

 

 余人からすれば強者の戯れなのかもしれない。だが同時に我々からすれば死闘でもあった。この空気を分かるのは、本気で戦っている者だけ。世界にはまだまだこんな存在がいたとは。私はまだ、井の中の蛙であったのか。そう思い知らされるほど、彼は速い。

 

 経験の差だけが私が上回る事かもしれない。しかしそれは絶対的なものだ。特にこうして実力が拮抗している時は。地獄なら何度も見てきた。凍死しそうになったことさえある。それに比べれば、これくらい大した事は無い。少しだけ私の身体が前に出る。高円寺も負けじと食らいつく。

 

 ゴールが見えてきた。教師が何やら目をひん剥いてこちらを見ている。高円寺の本気など、早々見れるものでは無いのだから当然ではあるか。一瞬だけ時が止まったような感覚があり、そのままゴールテープを切った。横に置いてあるカメラがコマ送りでゴールシーンをモニターに映している。私も高円寺も荒い息をしながらそれを眺めた。

 

 ほんの僅かな差。それこそコンマ単位。ハナ差とも言うべき非常に小さい差で、私の勝利であった。

 

「ブラボー」

 

 高円寺はそう言いながら口笛を鳴らす。

 

「どうもありがとうございました」

「こちらこそ、感謝をするべきだろうねぇ。君のおかげで、この退屈な学校でも非常にエクセレントかつエキサイティングなレースが出来た。次は私が勝つだろうけれど、またやろうでは無いかね?」

「機会がありましたら、喜んで」

 

 差し出された手に応じ、握手を交わす。久方ぶりにではあるが、全力で走った。鈍っていた感覚が一気に蘇ってくるのを感じる。これは良い効果だ。下手なトレーニングよりよっぽど感覚を取り戻すのに使える。卒業前に高円寺と勝負すれば昔の感覚をフルに使えるかもしれない。個人的にも闘志が燃やせた良い勝負だった。

 

「勝ちはひとまず君に預けるとするよ、ミスター諸葛」

「返すつもりはありませんが、またいつでもどうぞ、高円寺君」

「そうさせてもらうさ。ハハハ!」

 

 高円寺は優雅に去って行く。激走した後はスピーチだ。他の生徒は死んでいるだろうなぁと予感しつつ、教師の指示に従った。

 

 結果的に、Aクラスは問題なかった。体力的にも辛かったはずだが、それでも根性はある。しっかり良い喋りが出来ていた。私も問題なく話せたと思っている。そもそも司令官の仕事の1つに演説が存在している。

 

 そんな馬鹿なと思われそうだが、真実だ。士気を上げるにはこれが手っ取り早い。演説が上手いと言うのは、司令官には重要なスキルだ。かつての乱世で舌戦が行われていたのと同じように、今でも喋りは重大な武器なのである。私は司令官を務める身なので、当然のように出来ている。……うちの組織はブラックなので指揮官も平然と前線に駆り出されるけれど。

 

 唯一の不安材料である山内は私の書いた原稿を必死に覚えさせ、読ませた。まぁそれなりの結果になったんでは無いだろうかと思う。他学年は分からないが、堀北学は大丈夫だったと言っている。2年生も彼に睨まれては真面目にやるしかないだろうし、男子に不安は無い。後は女子の結果を見るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして1日がかりの長い試験を終える。特別試験終了後、全校生徒の大半が疲労で満身創痍になる中、男女共に体育館へと集められた。いざというときはポイントで退学を回避できるよう、初日に回収された携帯は既に返却されている。平均点勝負ならかなりいい線言っていると思う。1位も狙えるのではないだろうか。少なくとも4位以下ではないと確信している。

 

 群衆の中で真澄さんを発見した。グループの女子たちに囲まれている。色々話しかけられていた。何だかんだで責任者としてしっかり任務を果たし、いい結果を残せたようである。坂柳のグループ?初めから期待していない。真澄さんに声をかけるか迷ったが、結果発表の後でも良いだろうと思いなおした。折角作った人間関係でのコミュニケーションを私が邪魔するのも良くないだろう。

 

「林間学校での8日間、生徒の皆さんお疲れ様でした。試験内容は違えど、数年に1度開催される特別試験。前回行われた特別試験よりも全体的に評価の高い年となりました。ひとえに皆さんのチームワークが良かったことが要因でしょう」

 

 貴方は誰だ、と言うべき見知らぬ初老の男性が壇上で話を始める。いや、ホントに誰だ。葛城や他の生徒も知らないと言っている。この林間学校の責任者なのはわかったが誰だよ……。この施設の管理者かもしれない。

 

「それでは、これより男子グループの総合1位を発表しますが、ここでは3年生の責任者のみを読み上げます。その大グループに属する1年生、2年生、3年生の生徒には、後日報酬としてポイントが配布されることになります」

 

 後日とはいつなのか分からないが、これまでの傾向的に1週間以内なのは間違いないだろう。

 

「ではまず総合1位――3年Cクラス、二宮倉之助くんが責任者を務めるグループが1位です」

 

 このグループはウチの大グループ、つまりは堀北学の所属するグループだった。Cクラスが責任者なのは3年生同士の交渉の結果であると聞いている。CクラスはAクラスに協力する代わりに責任者を譲ってもらい報酬を倍にする方針を取ったらしい。リスキーではあるが、A・C・Dが手を組んでいるなら妥当な戦略だ。

 

 葛城や他の生徒も安堵している。我々が1位なのだから当然だ。だが山内、お前に喜ぶ権利はあまりない。マラソン以外は我々におんぶだっこだったじゃないか。何ともやるせない気分になる。

 

「やったな諸葛」

「ええ。葛城君もお疲れさまでした」

「良い経験になった。譲ってくれたことに改めて感謝したい」

「いえいえ、こちらこそ、面倒なことを押し付けてしまって……」

 

 葛城は責任者だったため緊張もひとしおだったと思う。よく頑張ったと素直に褒めて良いくらいにはしっかりとやるべきことを果たしていた。立派なリーダーになったものだと思う。

 

 さて、これで男子の結果は全て分かった。男子だけの結果は以下の通りである。

 

 

<男子> 小数点四捨五入

 

1位:①A×14、C×1 責任者……葛城

 

A……cp140 pp各3万

C……cp5 pp1万5000

 

 

2位:⑥A×2、B×3、C×3、D×2 責任者……幸村

 

A……cp12 pp各1万5000

D……cp12 pp各1万5000

C……cp36 pp各3万

B……cp18、pp各1万5000

 

 

3位:③C×12、A×1、B×1、D×1 責任者……平田

 

A……cp5 pp各1万3500

B……cp5 pp各1万3500

D……cp5 pp各1万3500

C……cp120 pp各2万7000

 

 

4位:➁B×12、A×1、C×1、D×1 責任者……神崎

 

A……cp-2 pp各-5000

C……cp-2 pp各-5000

D……cp-2 pp各-5000

B……cp-24 pp各-5000

 

 

5位:④D×12、A×1、B×1、C×1 責任者……金田

 

A……cp-3 pp各-1万

B……cp-3 pp各-1万

C……cp-3 pp各-1万

D……cp-36 pp各-1万

 

 

6位:➄A×1、B×3、C×3、D×4 責任者……三宅

 

A……cp-5 pp各-2万

B……cp-15 pp各-2万

C……cp-15 pp各-2万

D……cp-20 pp各-2万

 

 

男子cp変動

 

A……+147

B……-19

C……+141

D……-41

 

 である。結果は上々。Aクラスは問題なく上位にいる。綾小路たちのところは2位。南雲も本命は別であるとは言え、頑張ったことには頑張ったのだろう。男子で負けたのは単に彼の実力不足である。とは言え、そのおかげか戸塚と橋本も恩恵にあずかっている。

 

「1位獲得、おめでとうございます堀北先輩、さすがですね!」

 

 この後に待ち受ける悲劇を知らず、呑気に南雲は堀北学に声をかける。あれは煽っているつもりなのだろうか。しかしながら、結果をある程度予測している上に、南雲の計画とその失敗も全て知っている堀北学は、むしろ憐れみを込めた目で南雲を見ていた。

 

「お前の負けだ、南雲」

「そうですかね。まだ結果発表は始まったばかりじゃないですか。終わったのは『男子』だけっすよ」

「いや、もう終わっている」

「……先輩?それはどういう……」

 

 南雲は堀北学を筆頭とする3年Aクラスからの可哀想なものを見る視線にたじろいでいる。それとはお構いなしに、女子の発表が始まった。

 

「それでは次に……女子の結果発表をしたいと思います。1位のグループは、3年Cクラス、綾瀬夏さんの所属するグループです」

 

 女子の中から歓声が上がる。あれは……一之瀬の率いるグループだ。女子の結果は以下の通りである。

 

 

<女子> 小数点四捨五入

 

1位:④A×2、B×10、C×3 責任者……一之瀬

 

A……cp18、pp各3万

B……cp180、pp各6万

C……cp27、pp各3万

 

 

2位:①A×9、C×3、D×3 責任者……神室(with橘) 

 

A……cp108、pp各3万

C……cp18、pp各1万5000

D……cp18、pp各1万5000

 

 

3位:➄B×2、C×5、D×5 責任者クラス……D

 

B……cp4、pp各7200

C……cp10、pp各7200

D……cp20、pp各1万4200

 

 

4位:④B×5、C×3、D×2 責任者クラス……B

 

B……cp-10、pp各-5000

C……cp-6、pp各-5000

D……cp-6、pp各-5000

 

 

5位:③B×3、C×3、D×4 責任者クラス……B

 

B……cp-9、pp各-1万

C……cp-9、pp各-1万

D……cp-12、pp各-1万

 

 

6位:➁A×9、C×3、D×3 責任者クラス……A

 

A……cp-45、pp各-2万

C……cp-15、pp各-2万

D……cp-15、pp各-2万

 

 

女子cp変動

 

A……+81

B……+165

C……+25

D……+5

 

 となる。Bクラスが固まって1位を取る事で男子のAクラスに近い方法で結果を出している。坂柳のBクラス排除戦略はここで見事に裏返っているという訳だ。Bを受け入れていればここまでの1人勝ちは許さなかっただろう。

 

 真澄さんは綾瀬ではなくCクラス女子が率いるグループを選んでいた。綾瀬とつるんでいると警戒されることを防ぐためである。真澄さんが私の部下なのは有名な話だ。なので、彼女がいらぬちょっかいをかけられるの防ぐためにこういう布陣にしてある。

 

 最下位……。これはちょっとお話ですね。勿論メンバーの生徒たちは頑張ったと思う。しかしながらねぇ、指導者にはしっかりお話をしないといけないのだ。責任者をやらされている子では勿論無い。坂柳、君だ。散々一之瀬に喧嘩を吹っ掛けておいてこのざま。得たのはBクラスからの恨み。……退学するかい?

 

 坂柳はさておき、これにてクラスポイントの変動は以下の通り。

 

cp変動総計

 

A……+228

B……+146

C……+166

D……-36

 

 結果的な各クラスのポイントは

 

A……1817

B……689

C……468

D……226

 

 になる。Bクラスはペーパーシャッフルでの失点を取り戻した形になる。協力とコミュニケーションが問われる試験では彼らにかなり分があったと見るべきだろう。Cクラスも順調だ。もしかしたら近いうちに一之瀬がCに落ちるかもしれない。

 

 堀北や櫛田のいるグループは3位のところ。それなりに頑張ったのだろう。あの堀北が集団生活とは考えにくいが、そこは櫛田がフォローしたのではないか。

 

 いや、もうそんなのはどうでも良い。大事なのは2位だ。真澄さんが2位。素晴らしい。無論上級生の活躍もあったであろうが、それでも2位だ。褒める言葉しか出てこない。語彙力を喪失しそうだが、本当に凄い事だ。

 

 ただの構成員ならまだしも、責任者としてグループをまとめつつこの結果。これならばもう坂柳なんかいなくても問題ない。女子側のリーダーを任せられる存在が欲しかったし、真澄さんがそうなってくれればいいと願っていたが、予想以上の成長である。コミュニケーションをしっかりとれていた証だろうし、たまに見かけた時には常に誰か周りに人がいた。それも自クラスだけでなく他クラスの生徒もいたのだ。しっかりコミュニケーションを取っていなければ不可能な技だろう。

 

 生徒が結果を出した時、それもこちらの予想を大きく上回る結果を出した時。これが一番嬉しい瞬間だ。これに勝るものは無い。どんな活躍ぶりだったのかは後で同じグループだった生徒から聞こう。多分本人は教えてくれないだろうからな。

 

 いや、しかし本当に……4月の頃とは凄い成長していて……あぁいけない。涙が出てきた。うれし涙は久しぶりだ。これだけでも林間学校に来た甲斐があった。他クラスの多いグループに送り込んだコミュ力に難ありの生徒も楽しそうにしていたり、周りの生徒と話しているので結果的には大成功だったと言えるだろう。クラスポイント以上に大事な、個々の成長という結果を得られたのだから。

 

 あ、泣いていて忘れていた。本当にもうどうでもよくなってすっかり忘れていたが、南雲はどうなったかと見てみればポカンとした目で前のスクリーンに映されている結果を見つめている。

 

「え……は……」

 

 3年生の勢力図は大きく変わった。大量のポイントを得たCクラスが一気にBに上がっている。Aとの差は僅か。もしかしたら卒業前の試験で逆転もあり得る。そんな差だ。私はしっかり言った通りの結果をもたらせたようだ。

 

 一方のBクラス、元Bクラスはボロボロ。女子は話をしようともしない。大きく点を落として後退した。Dクラスにも取って代わられそうな大逆転である。遠くで綾瀬が自クラスの生徒に泣きながら囲まれている。ここまで苦節3年弱。多くの犠牲がやっと実り始めたのだからさもありなんという姿だ。Cクラスの男子はこれを微笑ましい目で見ている。中には泣いている生徒もいた。

 

 Aクラスは次のライバルをB(元C)クラスに定めた目をしている。堀北学もその戦略を考えているだろう。綾瀬は決して実力の無い生徒ではない。憂いも無くなり、結果を出し、今までいまいち勝ちきれなかったのを払拭した彼女は覚醒状態だ。堀北学にとっても手強いが良い敵になるだろう。

 

「俺が……負けた……読まれていたのか……」

「南雲、俺は限界までお前を信じたかった。だが、それが出来ない情報を貰ってしまった。であれば、クラスを守るため、お前が嵌めようとした橘を守るため、俺は動いた。それだけだ」

「情報……情報?」

 

 南雲の虚ろな目がキッとこちらを睨む。

 

「お前だな、諸葛!手を出すなと言ったはずだ!」

「ええ。ですからこの試験では、正確には南雲会長が手を出すな、と仰ってからは一切の介入をしていません。それ以前には色々しましたが、生憎とその時は手を出すなと言われていなかったもので。どうぞお怨み下さいませんようにお願い致します」

「諸葛!お前!」

「もう止めなよ、雅」

 

 私に掴みかかろうとした南雲を制止するように2年生の中から声が上がる。彼女は……朝比奈なずなだったか。堀北学から貰った情報の中にあった。南雲のクラスにいて、南雲に意見できる貴重な存在だという。今回の作戦には必要なかったので接触しなかったが。

 

「自分のやろうとした悪事が見抜かれて、年下の後輩にキレてるの、すんごいダサいよ」

「……」

 

 崩れ落ちる南雲に、2年生が騒然とした雰囲気になる。状況を飲み込めない者の多い1年生はオロオロとしており、3年生はどっしり構えて事態を見守っている。……Bクラス以外は。呆然としている南雲に堀北学は話しかけた。

 

「何故俺を狙わなかった」

「それは……たとえ今回のような手を先輩に向けたとしても、あなたを退学させられるとは思わなかったから……。……思いも寄らない手で防いできそうで怖かったんです。というより、別に堀北先輩を退学にさせたいと思っているわけでもありませんし。むしろあなたが退学してしまったら、顔を合わせることも出来ない。だから……」

「そうか」

「そこで白羽の矢を立てたのが橘先輩です。側近であり一番親しい存在の彼女を消した時、どんな顔をするのか見てみたかったんですよ。なのに、それなのに……!」

「方針こそおまえと違ったが、俺はおまえを信用していた。勝負事に関しては、真っ直ぐに向き合うことの出来る男だと。違ったようだな。いや、お前が謝る必要はない。それを見抜けなかったこちらの不手際だ。この程度の男だったとは、がっかりだ、南雲」

 

 この一言で彼は完全にノックアウトされた。敗北し、策は見抜かれ、無様を晒し、尊敬はしていた先輩から罵倒される。これで折れないならもうそれは尊敬に値するレベルだ。

 

「……諸葛、1つ聞かせろ。どうして俺は負けた」

「さぁて。色々ありますからね。けれど、私は今回外交しかしていません。なので直接会長と戦ったわけでは無いんですよ。ということで私に聞くのは間違いだと思います。私からも聞いていいですか?」

「……なんだ」

「どうしてわざわざ信頼を損ねるような真似を?」

「……信頼とは経験値のようなもの、と俺は思っている。積み重なっていき、どんどん厚くなる。その究極が家族だろう?夜道で他人と出くわせば警戒するのに、それが家族だったら完全に油断する。俺はこの2年、堀北先輩に好かれてないと感じつつも、一定の信頼を得てきた。価値観こそ違えど、全て有言実行してきたからだ。先輩との関係においては指示には従い、ルールを守ってきた。とはいえ鋭い先輩のことだ、100%俺を信じていた訳ではないだろうな。しかし、仮に俺に疑いを持ったとしても、先輩が先に裏切るわけにはいかない」

「だから裏切ったと」

「そうだ。これで満足か」

「あぁ、なるほど、会長の敗因はその夜道で家族に会うと油断するメンタリティーですね」

「……は?」

「警戒しないんですか?栄達を得た者が警戒するべきは能臣と一門ですよ。中国史を見ればわかるでしょう?」

 

 私に残された家族はクソ爺ともう1人。大嫌いな従妹がいる。アイツ早く死なないかなぁとお互いに思っているくらい仲が悪い。この前も報告で独断専行していると報せが来た。白帝会のメンバーでもないし、さっさと消えて欲しい。多分向こうも同じことを思ってるので、夜道であったら殺しに来たかと警戒するだろう。

 

 少しずつ人がいなくなっていく。そろそろ移動時間だからだ。疲れた後に南雲の惨めな姿を見てもしょうがない層はいなくなっている。チラリと見ながら、2年生は去って行く。3年もいなくなった。残念そうな目をしながら堀北学も橘たちと共に行ってしまう。1年生もほとんどがいなくなった。真澄さんや綾小路、堀北など数名だけ残って、事態の推移を見守っている。

 

 立ち上がった南雲はこちらを睨みながら口を開いた。

 

「俺を嗤うか、諸葛」

「いいえ。勝敗は兵家の常。次はどうなるか分かりませんから」

「……俺がいかに実力不足で、油断していたか、よく分かった。よく思い知らされた。もう堀北先輩に勝つのは不可能だ。来年度、覚えておけ。必ず全力でお前を倒す」

「困りましたね。クラスを巻き込むのは止めて欲しいのですが」

「約束してもいいぜ。退学にさせるのはお前だけだ。他には絶対に被害を出さない。勝手に巻き込まれに来た奴は知らねぇけどな」

「であればいいでしょう。お好きにどうぞ。まぁ、結果は同じでしょうが」

「吠えたな、今度こそ勝って見せる。俺は諦めない。絶対にな」

 

 シャキッと背を伸ばし、南雲は去って行く。少しばかり重荷が取れたような顔をしながら。いや、勝手にスッキリされても困るんだがな。迷惑な話だ。これでもう少し大人しくしていてくれると助かるのだが。今回の件で求心力に揺らぎが出ているはずだ。堀北学に負けただけならまだしも、下級生に負けたというのは流石に体制を揺らがせるには十分な材料と言える。

 

「厄介なのに絡まれたわね。それも本格的に」

「……全くだ」

 

 しかし、これで色んなことの算段は付いた。後は、卒業前にポイントを少しでも分けてもらえると助かる。AクラスとCクラスに恩を売ったのは、その為でもあるのだから。2000万ポイントを貯めねばならない。私はともかく、隣で去り行く全く格好のついていない南雲の背中を微妙な目で見つめている彼女をここに残すために。

 

 僅かに残っていた綾小路たちもいなくなっている。ともあれ、今回の試験も無事勝利と共に終了となる。無人となった部屋に靴音を響かせつつ、施設を後にした。帰る時間である。さて、バス内では真澄さんの武勇伝でも聞かせてもらうとしよう。話したいという顔をしている生徒が何人もいたことだし。坂柳のグループについては……まぁ良いか。もうこれで決定的に信頼度を失った。

 

 今回の試験で、ほぼ私の介入なく自力で成果を残せた真澄さんへの求心力は上がっている。一方坂柳は辛うじて保ってきた女子の代表格という地位も完全に失っていると言って良いだろう。他クラスからも、坂柳は最早リーダー格とみられていない。これよりは真澄さんが女子を率いていくことになる。今はその輝かしい未来を祝するとしよう。使えないヤツにはこれから地獄が待っているはずだからな。

 

 そうとも。自分で招いた地獄が待っているのだ。恨まないでくれよ、坂柳。これもキミのためなのだから。私は自クラスの生徒は見捨てない。何故なら私の生徒でもあるからだ。痛い目を見ないと学習できない人間には、それを与えないといけない。理解してくれとは思わないが、行動は改善させてもらうとしよう。待っていると良い。




はい、前回の話とホントは1つだったんですが長すぎて分離させた今話でこの章は終了です。次回は閑話、その次はいよいよお楽しみその①である一之瀬編に入って行きます。乞うご期待!

感想返信は近日中にやりたい、と思ってます。思ってるだけなのでどうなるかは分かりませんが……しっかり読んでいますのでご安心を!


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閑話 8.5章

リコリコロスが激しすぎて死んでます。あのEDが頭から離れねぇ……。

まともなストーリーのネタが思いつかない癖にバッドエンドのネタだけ無限に湧いてくる私は控えめに言ってクソ野郎だと思います。


<IFルート・Aクラス もし船上試験で調整を選ばなかったら>

 

 

 失策だった。私はそう思いながら夕暮れの廊下を疾走する。時間になっても彼女が部屋にやって来なかった。彼女はこれまで遅刻した事など無い。何かあれば必ず連絡するはずだ。であればどこにいるのか。部屋かと思い呼びかけたが返事が無い。どこにいるのか、何かあったのか。位置情報は切るように言ってしまった。ただ単にいないだけならば良い。だがトラブルに巻き込まれていたとしたら。それを不安に思っていたところ、ピリリと電話が鳴った。相手は真澄さんだ。

 

「もしもし?」 

 

 呼びかけるが反応が無い。

 

「真澄さん?」

 

 すると、電話の向こうから、うめくような彼女の声と何かが人体に当たる音がする。その度に彼女の苦悶の声が響いた。事態を把握する。彼女は恐らく、何らかの方法で呼び出された。そして現在、誰かに暴行を受けている。可能性が高い人物は1人だけピックアップされた。

 

 龍園翔。アイツはそういうのを惜しまない男だ。彼女を痛めつけ、私の情報を吐かせつつ囮として呼びよせて私を叩こうという算段だろう。そういう理由で、彼女は現在拷問を受けている。全て私のせいだ。元Cクラスを叩きすぎた。彼らはポイントがほぼ残っていない最底辺の状態にある。そんな中起死回生を狙って焦っていたのであろう。だから私を直接潰す事にした。

 

 私は人目に付くところで格闘をしていない。戦闘もだ。故に、彼らの中では私は知恵はあるし運動は出来るけれど……戦闘力で言ったらそこまで、という認識のはずだ。

 

「龍園だな。今どこにいる」

「ククク……お前の愛しの姫は特別棟の屋上だ。早く来ないと死んじまうぜ?」

「……」

 

 この音声は全て録音している。逸ったな龍園。もう逃がす気は無い。無言で電話を切り、冬の学校を走った。

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に行けば、元Cクラスの連中がいる。視線を動かせば、奥の方でぐったりとしている真澄さんの姿がある。私の姿を視認すると、愕然とした顔をした。その口と鼻は布で覆われ、水が全身にまとわりついている。冬空の下、明らかに衰弱しかかっていた。顔や身体にはいくつものあざがある。骨も折れていそうだった。

 

「何をした、答えろ!」

「まぁそう焦るな。お前の部下は立派だなぁ。何1つ口を割らなかったどころか、俺に一矢報いた」

 

 龍園は手をヒラヒラとさせる。そこには大きな歯形と出血の跡があった。彼女は不用心に近付けた彼の手を噛みちぎろうとしたらしい。

 

「何が狙いだ」

「お前を潰す。それだけだ」

「なら何故彼女を巻き込んだ。私1人を呼び出せば良いだけの話じゃないか」

「そうしても良かったが、そうするとお前はのらりくらりと逃げるだろうからなぁ。確実に来させる方法を取ったまでだ。そうカッカするなよ。駒ならまた作れば良いだろう?俺と遊ぼうじゃないか。お前を倒せばAクラスは終わりだ。葛城じゃ俺には勝てない。自身のためにコイツを売った坂柳ならもっとな」

 

 真澄さんが不用心に呼び出された理由が判明した。坂柳。あの女、自分の名を使って彼女を呼び出したな。そうすることで少し油断した彼女は来てしまった。だがそれは罠で、実際は龍園と繋がっていた訳だ。今でもどこかで見ているのかもしれない。大方巧妙な話し方で呼び出したのであろう。そうでなければ、彼女は来ない。万引き事件の事がどこかで坂柳に露見したか。

 

「お前のその澄ました鼻につく顔、恐怖に染めてやるよ。所詮頭だけの男だろう?タカをくくってるんじゃねぇのか、俺たちが無茶な事はしないと」

「今ならまだ間に合う。罪を認めて自首しないか?」

「ハッ!それがそのスカした顔で言う最後の言葉かよ」

「最後?」

「お前は俺たちに叩きのめされて、ご自慢の顔も目も当てられないくらいになるんだからなぁ」

「……そうですか」

「逃げるなら今だぜ。まぁそうしたら、コイツはもっと痛めつけられるけどなぁ」

 

 龍園は真澄さんを踏みつける。声1つあげないが、彼女の表情が苦痛に歪む。

 

「1つだけ」

「なんだ?」

「その汚い足で、俺の女に触れるな下郎!」

「……言うじゃねぇか。やれ」

 

 龍園の命令で石崎と山田が拳を振り上げながら近付く。だが生憎と、そんなものに付き合っている余裕はない。回避した私が右手に持ったのは屋上に置いてあった資材用の長いロープ。一瞬だけ彼らが戸惑った間に彼らの足にそれを絡み付け、動けなくする。抵抗を試みる2人の足を踏みつけ、痛みに悶えている隙に屋上の柵に括り付けた。

 

 続いて飛んできた伊吹の蹴りは避ける。回避しながら後退し、隅っこまで追い詰められたフリをしておかれていたブルーシートを引っぺがす。いきなり視界が青で染まり固まった隙をついて彼女の顔以外をシートで簀巻きにする。抵抗しているのを横目に、首を手刀で叩き意識をブラックアウトさせた。

 

 これで残りは龍園だけ。だが、彼を相手にする気は無い。ニヤニヤ笑いながら拳を飛ばしてくる。それを全て回避した時、彼は初めて少し意外そうな顔をした。

 

「なに……?」

「お生憎様。お前の拳は止まって見える。私を倒したければ、私の従妹でも雇うのだな。アレならば、少なくとも殺す寸前までは持っていけるだろう。何はともあれ、私はお前を絶対に許さない」

 

 龍園の横をすり抜け、横たわっている無残な姿の真澄さんを抱きかかえる。

 

「なんで……助けに……」

「それは、君が私の部下であり生徒だからだ。それに、痛めつけられている大切な存在を助けるのに、さして理由などいらないだろう?」

 

 安堵したような顔で彼女は気絶する。いくら謝っても済む問題じゃない。私の失策が招いた事態だ。無人島か、船上か。どちらかで少し妥協するべきだった。そうしなかったが故に、龍園を焦らせ、坂柳の裏切りを招き、彼女の生命を危険に晒した。背中を向けている私に向かい、容赦なく龍園は殴りかかる。だがそれは予想済み。躱して足を払いのける。倒れこんだところに鳩尾を踏みつけた。

 

「グハッ!」

 

 苦悶の声と共に龍園は倒れこむ。だがまだ私を睨んでいるのは見上げた闘争精神だ。まだ戦おうとしている。しかし、もう身体が言う事を聞かないようだった。それでも何とか立ち上がる。

 

「では、さようなら」

 

 気絶している真澄さんを抱きかかえたまま、龍園の横を走り、気を失っている伊吹を踏みつけ、縛られている2人を横目に階段を駆け下りた。待て、と叫ぶ龍園の声が聞こえるが知った事ではない。彼女をとにかく病院に連れて行かねば。そして、私は言った。絶対に許さないと。だが、それは私がどうこうするのではない。3桁の電話番号を押し、通話する。

 

「もしもしこちら110番です。事件ですか、事故ですか?」

「高度育成高等学校、特別棟屋上において殺人未遂、暴行、傷害、脅迫などの事件が発生しました。加害者は現在取り押さえましたが、被害者の意識がありません。至急救急と警察を」

「分かりました、貴方のお名前を教えて下さい」

「1年Aクラス、諸葛孔明です」

「モロクズさんですね」

「はい。現在被害者を搬送しています。校門まで持っていきますので、早めにお願いします」

「分かりました。現在救急車が向かっています」

 

 やり取りをしている間も走り続けている。人目も気にせず走り、校門までたどり着いた。遠くから救急車のサイレンと、複数のパトカーのサイレンが聞こえてくる。生徒たちもここでは滅多に聞くことの無い音に何事かと様子を見に来る。中には生徒会長である南雲や恐らく連絡を貰ったであろう理事長・校長などの職員の姿もあった。

 

 救急車に真澄さんを引き渡し、私は警察を引き連れ屋上へ向かう。言っただろう、許さないと。まさかとは思うが、私がお前たちをボコボコにすることで終わりだとは思っていないだろうな。確かにこの事態を招いたのは私の失策だ。しかし、どうあっても罪は罪。君たちをボコボコにするのは私ではなく、公的権力だよ。隠蔽しようとしても無駄だ。倫理観の無いこいつらを入学させた理事長にも、ついでに坂柳にもしっかり責任は取って貰おう。そして全てを見届けた後真澄さんに謝り、私もここを去る。それが責任の取り方だ。

 

 唇を噛み締めながら、後ろに続く警官隊と共に三度校内を走った。

 

 

 

 

 

 

 

<アルティメット堀北⑤、ニセコイ編・IFルートDクラス>

 

 

 夏を超え、Aクラスと上り詰めた元Dクラス。私の下で順調に成績を伸ばしていた。最早最底辺だった頃の面影はない。どんな理由であれ、取り敢えず点数が上がっていればそれに越した事は無い。クラス内での問題はそこまでない現状、一番厄介なのは他クラスの動向だった。

 

 一之瀬のクラスは気にしなくてもいい。彼らは段々とこちらの説得に応じ始めている。即ち、上を目指すよりも現状維持をしながら自己の進路実現に向けて動く方が賢いのではないかと思い始めている生徒が多いのだ。勿論、彼らが教えを乞うべく降伏するというのであれば受け入れる準備は整っている。今やっている量が倍増するが、教師が協力的になり始めている今ならばそこまで負担なく出来るだろう。

 

 問題は2つ。坂柳のクラスと龍園のクラスだ。しっかり仕事をしている高円寺、いつも通りの感じを出しながら強い清隆に龍園は翻弄されている。Aクラスも堀北率いる女子勢に体育祭で完敗を喫していた。坂柳が動こうとしても堀北が防いでいるせいで全く手も足も出ない状況だ。そんな中、両クラスでは己のリーダーは頼りにならないと判断した層によるクーデターも囁かれている。

 

 結果、龍園は力によって再度締め付ける事が出来たようだが問題はもう片方の方である。退学者が出そうになっているという話だ。坂柳の動きを止めるべく、私のせいでこの学校に疑問を持ち始めた葛城派が自主退学によってクラスポイントを0にする事を盾に坂柳を脅し始めているという。そうなれば坂柳としても終わりだ。クラスポイントが0まで、つまりはかつての我々まで落ちたとなれば誰一人として坂柳を許す事は無いだろう。

 

 そんな中、私は屋上に呼び出されていた。今時古風な靴箱に手紙というコテコテな手法によってである。文面は屋上に来てくださいとだけ女性っぽい丸い文字で書かれていた。尤も、男が女子に書かせた可能性も否定できない。坂柳か、龍園か。どちらかの仕業で間違いないだろう。よもや本当に告白という可能性はないと踏んでいる。行かないという選択肢もあったが、ここは敢えて敵地に飛び込み、その狙いを把握したかった。

 

 屋上には長いサイドテールを棚引かせた少女が仏頂面で立っていた。それ以外に気配はない。どうやらリンチ説は消えたようだ。ここで警戒しないといけないのは性犯罪疑惑を掛けられること。チラリと横を見れば、防犯カメラに異常はない。万が一の場合に備えて録音もしてあるし、防犯カメラとは別の場所に事前にカメラも仕掛けている。

 

 そして呼び出した件の人物。私はそれに見覚えがあった。名前は神室真澄。坂柳の横にいつも侍っていた少女である。彼女が坂柳にこき使われているのを何度か見てきた。なるほど、坂柳の方が先に動いてきたかと事実を認識する。てっきり龍園の方が先かと思ったが、楔を打ち込みに来たらしい。

 

「来たんだ」

「それは勿論。私に用事とあっては断るわけにもいきませんでした。もしかしたら重要なことかもしれませんし」

「それは……そうね」

 

 彼女は私にバレていないと思っているようで、小さくため息を吐く。彼女は決して感情のないタイプの人間では無いのを何度か見かけているので知っている。なので、今回、努めて感情を出さないようにしているのはこれが本意な行動では無いからだろう。大根役者にもほどがある。嫌々やらせるのではなく部下が自発的にやってもいいと思わせるまでにしなくてはいけないのに。坂柳のカリスマもこの程度か。

 

「あ~え~っと、諸葛孔明君。好きです、付き合って下さい」

 

 そしてこう来たか。美人局、では無いが超単純な方法で仕掛けに来た。これは断ったら先ほど想定していたように性犯罪系に持っていくパターンだな。受けたら受けたでスパイとして使う気だろう。そして他クラスと付き合うという事によって私の信頼度を下げるつもりなのも見て取れる。何なら私が彼女がスパイであることに気付くことも含めて作戦なのだろう。

 

 その場合、私が逆に彼女から情報を引き出すことを考えて、偽の情報を彼女に敢えて教え、彼女が私に漏らすことで裏の裏をかくつもりなのだと推察できた。では、ここで私が取るべき行動は何か。断れば厄介だ。それに、受けてしまえば向こうがやろうとしてる戦略を見抜いた上で対抗することも出来る。繋がりが無いよりはあった方が良いのかもしれない。

 

「はい、喜んで」

 

 だから私はこの100%偽物の告白を受ける事にした。坂柳の懐を探るための手段として、彼女は非常に有効だろう。それを考えれば受ける価値はある。彼女は意外そうな顔で私を見ている。まさか受けるとは思っていなかったのだろう。ある意味では彼女も坂柳に動かされている哀れな駒なのかもしれない。

 

「どうぞよろしくお願いしますね、真澄さん」

 

 私は彼女を見据えながら、口角を上げる。優しく笑っているように見えるだろう。若干の喜色も加えておいた。これで少なくとも彼女は騙せている。坂柳もこれで騙されてくれれば楽だが、そう上手くはいかないと思う。しかし、もしかしたらがあり得るので念のため冷静に見えつつ告白に舞い上がっている青年を演じているのだ。

 

 そう言えば、と前外村に借りた漫画を思い出す。あれも偽物の関係から始まる恋だった。それはそれで面白いのかもしれない。確かにこの告白はどう考えても嘘な訳だが、折角受けたのだ、本物にしてみるのも悪くないだろう。運のいい事に、顔もかなり好みであることだ。ついでに、ちょっと面倒くさそうな感じなのも高評価。私は、ちょっとめんどいくらいが可愛いと思っている(外村に言わせれば)異端派らしいのであの漫画のメインヒロインも結構好きだったわけだが……。

 

 アンニュイな顔で少し困っている彼女を見つめる。自分から告白したという体なのにもう演技が崩れ始めている。これは人選ミスだな。他にやってくれそうな生徒もいなかったのか。坂柳の人望は最低値らしい。

 

 さて、この物語(ニセコイ)、本物にしてみますか。そう思いながら、彼女の手を取った。

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双⑤、主人(マスター)編・IFルートCクラス>

 

 

 ペーパーシャッフルにおいてAクラスを撃破した元・Cクラスは遂にAクラスへと昇り詰める事に成功した。これは学年に衝撃をもたらす。上に上がること自体は珍しい事ではない。しかし、そのスピードが問題だった。

 

 担任である坂上先生は狂喜乱舞しつつ、ここのところは常に機嫌がいい。さもありなん、Cクラスの担任にさせられ、かつ問題児の多いクラスだったにも拘らずあっという間に上に辿り着けたからである。しかも、学年の担任団の中で唯一ボッチ。鼻をあかしてやったという思いが強いのだろう。

 

 他クラスは酷い有り様だ。Dクラスは各試験で全て上に上がる芽を摘まれ、最底辺を彷徨っている。士気も崩壊寸前だそうだ。元BクラスはCクラスに落ちたがそれでも普通に生活はしているらしい。ある意味真っ当に生きている。元Aクラスはかなり揉めている。葛城に責任を押し付けていた坂柳派だが、ペーパーシャッフルの敗北でかなりダメージを負っている。

 

 元々龍園を筆頭とした我々に嵌められた葛城に問題があるという論調であったのにも拘わらず坂柳でも負けたという事実は、葛城が悪い訳では無いのでは?という論調を誘発するのに十分すぎるほどの事実だった。この為もう一度葛城派は勢力を盛り返し、クラスにまとまる兆しは無いと言う。

 

 これを受け、更なるポイントの突き放しを狙い、龍園は会議を招集した。

 

「お前らも知っての通り、Bクラス(元A)は酷い有り様だ。だが、侮りがたいのも事実。これが分裂状態にある間に何としてでも叩き潰す。呉越同舟されたら厄介だ。知恵を出せ」

「やはり能力面では坂柳さんが1歩リードしているのは事実です。彼女を叩くためには葛城派の支援をするのが妥当でしょう」

 

 私の意見に龍園は頷いた。

 

「Aクラス内の情勢に関して、もっとデータが必要だと具申します。パーソナルデータ無くして、作戦立案は難しいでしょう」

「個人について知ってどうする気だ、ひより」

「各個人について把握すれば、その趣味嗜好、思考回路を読み解くことが出来ます。そうすることで、私たちに内通する可能性のある人物、もしくは誘導することで事態をBクラスにとってより悪い方向へ持っていける可能性の高い人物を見つけ出すことが出来るかと」

「ククク、それは良いな。おい、軍師。裏切りそうなヤツの目途はあるか?」

「問題ありません。既に1人、捕まえています。沈みゆく泥船からの脱出を求める者は案外多いでしょう」

「分かった。そちらのルートから揺さぶりをかけろ。金が必要なら言え」

「はい。万事お任せください。椎名さんは引き続き、一之瀬さんの方に揺さぶりを」

「分かりました」

 

 椎名はこれまでクラスに関わっていないと思わせている。これは徹底的な秘匿で以て行われていた。無人島、船上試験、体育祭、ペーパーシャッフル。これら全てにおいて後ろにいたのは私。それが学年の触れ込みだ。

 

 椎名はクラス内で独特な地位にいる変人。図書館の主。そういう風に捉えられており、まさか私に出仕し献策をしているとは思われてもいない。その証拠に、先日行われていた元Aクラスによる見張りでも彼女の下にいた見張りはそうそうに引き上げたそうだ。

 

 坂柳は椎名は関係ないと予想したことになる。基本、会っても不自然ではない図書館以外では接触をしないようにしている。全てメールや電話のやり取りだ。それ故に、椎名は警戒を解かれている。これを利用し、一之瀬にけしかけた。 

 

 今がチャンスだ。溺れている者を棒で叩きのめす最大のチャンス。坂柳を下に落とし、一之瀬と龍園で決着をつけた方が良い。そういう方向に一之瀬を説得させている。現在かなり順調なようで、椎名の談を信じるならば一之瀬の心はかなり傾いているらしい。前代未聞の龍園と一之瀬の同盟も間近かもしれない。

 

 

 

 

 

「そういう訳だ。君にはパーソナルデータを集めてもらおうか」

「……なんで私がそんな事を」

「泥船の中にいつまでいる気かね?早く脱出する事が賢明だと思うが」

「それは……分かってるけど……具体的にクラスを移動できる訳でもないのにどうする気?」

「君が本当に裏切ってくれるなら、私たちは君を迎え入れましょう」

「そんな確証はどこにも無いじゃない。ポイ捨てされるのは嫌なのよ」

 

 神室はそう言ってこちらを軽く睨んだ。Bクラスの裏切り者は坂柳の側にいる。一番側と言っても良いだろう。全く気付かれることが無いと彼女は言っていた。どこまで信用できるかは分からない。泳がせているだけかもしれない。

 

 もしくは、坂柳の指示で裏切っているふりをしているだけという可能性もある。ただ、それでも彼女の言葉を信じるならば、現在の坂柳は自分の派閥を顧みている場合ではないようだ。ここに坂柳の問題点が出ている。今こそ最も足場を固める時期なのにも拘わらず、それが出来ていない。これでは裏切り者が出るのも当たり前だ。

 

「ポイントなら、あります」 

「そんな訳。Aクラスに上がったからって、元々のクラスポイントを考えればかき集めてもそこまでには……」

「お忘れですか?そちらのクラスからは1人当たり毎月数万のポイントが流れてくるんですよ。2000万をクラスの人数である40人で割ると50万ポイント。逆立ちすれば出てくるポイントです。1人くらいは移動させる余裕があるのですよ」

「……」

 

 目が泳ぎ始めている。これならば、かなりの確率でこちらに着くだろう。後は椎名の献策通り誘導し、坂柳が最悪のタイミングで爆発するように仕向ければいい。そして弱り切ったところでアッサリと神室に裏切られれば壊れるかもしれない。そうなれば我がクラスとしては万々歳だ。

 

「どうしますか?他にも候補はいるんですよ。難破船脱出用のチケットの代価がほんの小さな裏切りなんですよ?」

「……私は坂柳に弱みを握られてる。だから逃げられない」

「弱み、ですか」

「そうよ。私は万引き犯。それを現行犯で捕まったから坂柳に従わされてるの。そうじゃ無ければあんなのに……」

「それ、証拠はあるんですか?」

「え」

「証拠、無いじゃないですか。坂柳さんが勝手に言っているだけ。そう言えば良いじゃないですか。君が我がクラスに来た際には、それを言われたとしても逆に事実無根の誹謗中傷であるとして坂柳さんに対し訴訟を起こせばいいのです」

 

 彼女の目が一瞬だけ輝いた。ストレスの高い坂柳は部下への当たりがキツくなっているそうだ。付き人のような事をやらされている神室へも、日に日に当たりが強くなっているそうで、会う度に神室は愚痴を言っている。介護士になったつもりは無い、だそうだ。

 

「さぁ、どうしますか。私の手を取るか、取らないか。私としては前者を選んでくれると嬉しいのですが」

「どうして、私なの。橋本や鬼頭の方が優秀なのは知ってるはずでしょ」

「どうしてですかねぇ。顔が好みだった、とかでしょうか」

「……あっそう」

 

 ずっと黙って愚痴を聴いたり共感を示してきたために彼女の吐き出せなかった悩みや不満、ストレスはかなり放出している。その放出相手である私は秘密の共有者。それ故に信頼度が上がっている。これまで付き合ってきた甲斐があった。

 

「絶対、捨てないでよ」

「無論です」

「……分かった。よろしく」

「ええ、こちらこそ。我がクラスは若干野蛮人思考の生徒が多いですが、それでも基本は和気藹々としていますよ。ただ、今はまだ時ではありません。その時になるまでお待ちください。必ず、私が迎えに参ります。契約書はこれに」

 

 覚悟を決めた目をした神室真澄に、私は契約書を差し出した。どうして彼女だったのか。それに明確な理由は実はない。ただ、何となく初対面ではないような気がした。ただそれだけだった。

 

 

 

 

「クハハハハハ!お前、惚れた女のために2000万献上ってか?将来キャバ嬢とかに嵌るなよ」

「五月蠅いですね、そんなんじゃありません。これでも彼女は坂柳さんの側近。得る物も大きいでしょう」

「美人局の可能性も考えてはいるんだろうな」

「無論です。こちらの核心となる情報は何も漏らしていません」

「引き抜いて学籍がこのクラスになるまではあくまでも敵だ。気を付けろよ」

「分かっています」

「2000万を貯められたのはお前の力だ。それをどう使おうが、俺はとやかくは言わねぇ。だが、無駄になる事だけは許さねぇ。今まで以上に働いてもらうぞ」

「承知しました」

「お前を信用して、全て任せる。勝利だけを持って帰って来い。お前なら出来るだろうよ。ああ、そうだ。ついでに1つだけ。あそこでむくれてるお前の部下1号も何とかしてこい」

 

 ニヤけた顔の龍園が顎で指す向こうには、本の上部分からチラチラとこちらを見ている少女の姿。私と目が合うとサッと逸らした。

 

「刺されるなよ、軍師」

 

 無性にその笑っている顔を殴りたくなった。

 

 

 

 

 

 

<Bad End➁ side諸葛真澄>

 

 

 18で未亡人になった。私の人生はどうしてかこう上手く行かない。やっと何とかなると思った。この学校に入って、色々あって。それで私の今まで何となく生きてきた人生にもやっと光があると思った。にも拘わらず、こうなった。

 

 毎日夢に見る。会いたい人は、夢の中にしか出てきてくれない。今でもまだ、生きているような気がする。話しかけてくれる気がする。起きた時は毎日涙で枕はぐっしょりだ。こんな苦しい気持ちになるのなら、夢になんか出てきてほしくない。けれど、夢の中だけでも良いから会いたい。そんな矛盾する気持ちを、毎日抱きながら目を覚ます。

 

 左手の薬指を眺めてみれば、私が人を愛して、そして喪った事を示す鈍色のリングが銀の光を放っている。不幸の中の唯一の幸いがあるとすれば、結婚式は出来たことだろう。尤も、2人だけの、病室でのものだったけれど。彼は私のウエディングドレスを喜んだ。それで、十分だった。あの時はまだ、どこかで奇跡が起きるんじゃないかと夢見ていたから。

 

 ウエディングドレス代はクラスメイトが出してくれた。これくらいはさせてくれと言われて。彼らも、どこかで自分達を導いた私の夫の復活を望んでいたのかもしれない。結果は無常で、無敵の軍師は自分の病にだけは勝てなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 その日、私は意を決して彼に言った。

 

「結婚式がしたい」

「えぇ……」

「なんでそんな嫌そうなのよ」

「いやだって、学生だぞ?」

「だから?結婚式をしちゃいけないルールでもあるの?」

「指輪だけじゃ嫌なのか?」

「そうじゃないけど。私はアンタに私の綺麗な姿を見て欲しいの」

「……そうか。ここから動くのは難しいけど、こんな殺風景な病室で良いのなら」

 

 言質を取ったりと言わんばかりに私は駆け出し、理事長室のドアを蹴破った。

 

「……もう少し丁寧に」

「お願いがあります!」

「今度は何だね……」

 

 坂柳理事長は少し疲れた顔で言った。彼の自慢の娘は私の旦那によってへし折られ、退学させられた後見事に引き籠っているそうだ。その世話でかなり疲れているのだろう。それでも私情を持ち込まなかったのは彼も私もかなり評価している。窶れている姿は少し可哀想だったが、いついなくなるか分からない彼の方が大事だった。

 

「ウエディングドレス業者を呼んでください。大至急」

「……ポイントは」

「言い値で払います」

「呼ぶのはともかく、かなりの値段がするよ?」

「問題ありません。クラスメイトが寄付してくれました。最高品質でも大丈夫なようにと」

「……そうかい。じゃあ、早速手配しよう。明日には来るはずだ。請求は別途送るよ」

「ありがとうございます!」

「…………あぁ」

 

 理事長は深いため息を吐いて椅子に座り、私を見送った。その翌日、業者の人が来て採寸をする。レンタルで良ければすぐにと言われたので、速攻でお願いした。

 

「で、何か感想は?」

「…………」

 

 彼は言葉にならないようで口をパクパクさせていた。一流のメイクもしてもらった私は、多分数割増しで美人になっていると確信している。

 

「……綺麗だ」

「最初からそう言えばいいのに」

「馬子にも衣裳だな」

「良く聞こえなかったからもう一回お願い」

「冗談だ。本当に綺麗だとも」

 

 彼はやせ細った手で私の頬を撫でた。

 

「君には私の事なんか忘れて幸せになって欲しいのに、こんなのを見せられたら一生私の事を忘れないで欲しいと思ってしまう。こんな綺麗な姿を、他の男のために見せて欲しくない」

「安心して。他の誰かに嫁ぐ気はさらさらないから。私が愛しているのは、生涯1人だけ」

「そうか……それは嬉しいことだよ」

 

 彼は優しく微笑み、そう言った。

 

 

 

 

 

 

「……どうして」

 

 意味の無い言葉だけが口を吐いて出てくる。決意をしても、忘れられそうにない。私に出来る唯一の事は、私に宿った命を何としてでも守り抜くことだろう。そして、彼があげられなかった分の愛をあげることだろう。

 

 まだ通わないといけない。最後の数日だけれど、通わないといけない。思い出だけが蘇るけど、通わないといけない。何故なら、私が元気に卒業する事が彼の望みだったから。

 

 

 

 

 卒業式の答辞。これは生徒会長経験者、もしくはいなければAクラス代表がやることになっている。この代の生徒会長は堀北だった。けれど彼女は辞退した。自分には、ここで話すのは相応しくないと言い残して。彼が倒れて以来Aクラスの代表だった葛城もこれを辞退した。もっと相応しい人がいると。自分はただ、代理に過ぎないのだと、こう言って。

 

 壇上に登り、礼をして口を開いた。

 

「梅の香りも漂い、春の気色が近づく今日、私たち卒業生のためにこのような素晴らしい式を執り行って頂いた事、感謝の念にたえません。私たちは今日、3年間の過程を終え、この学び舎を卒業致します。思えば、3年前。この体育館で行われた入学式を、私はどこか冷たい目で見ていました。これまでの人生において、私は学校に意味を見出せていなかったからです。しかしながら、その思いは、斜に構えた感情は数ヶ月で全て取り払われました――」

 

 紙に書いてある内容からはもう、大きく逸脱している。それなのに口は勝手に動き続ける。これは私の思い出。そして、私と一緒にいた、もう1人の見た景色。彼が見た思い出。4月、銃口から始まった物語。あの時から過ごしてきた青い日々の追憶が、何もせずとも勝手に浮かんで、声に出た。

 

「最後に私事ではありますが、この卒業式を揃って迎えられなかったのは、とても哀しい事です。少しだけ、私の個人的な思い出話に付き合って頂ければと思います。それは、私の愛した人の話です。彼は、誰よりも前を向いていました。どんな時も前を向いて、歩み続けていました。そして彼は、誰よりも誰かが前に進むことを愛していました。その為の手助けに、努力と時間を惜しまなかったのです。私が思うに、彼は教師でした。その在り方が、誰かを教え導くというものだったのです。決して曲げることなく、前だけを見つめていました。私はきっと、そんな姿に惹かれたのでしょう」

 

 Aクラスの生徒が感極まったように涙を流し始めた。私の涙はもう、とっくの昔に流れ始めている。

 

「在校生の皆さん。どうか、諦めないでください。どんな苦境にも必ず希望の星は輝いているのです。絶望の中にも希望はある。これが、泥の中、雨の中でも前を見続けた人が遺した最期の言葉です。見違えるように成長した在校生の皆さんならば、きっとこの言葉の意味が理解できるのではないでしょうか」

 

 1年生、2年生にも彼に世話になった生徒は多くいた。その子たちに向けた言葉だ。きっと、彼ならばこう言っただろうから。

 

「私は本来、ここに立つべき人ではありません。もっと、相応しい人がいました。しかし、その人はもう、ここに立つことは出来無いのです。私は、せめて、ここに立つべきだった彼の代わりに、ここで言葉を述べたいと思います。彼ならばきっと、こう言ったであろうと考え、そしてそれに私自身の言葉と重ねて、2人分の言葉として、最後にこの学校と全ての出会いに最大限の感謝を。――ありがとうございました。卒業生代表、3年Aクラス、諸葛真澄」

 

 万雷の喝采が体育館に響く。進行役の静止を振り切り、その拍手はしばらくの間、止むことなく鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 荷物は全て送った。帰りのバスに乗るために、私は校門へ向かった。送別会に行く気にはなれない。少しだけ、1人になりたかった。けれど校門の前、そこには多くの人がいる。中央に高そうな車。それを囲うように凄い数の車が止まっている。

 

 整列した人だかりの中央には、銀色の髪をした隻眼の少女が立っていた。私を見ると、彼女は直立不動で敬礼をする。それに合わせるように、周りの人たちも一斉に敬礼した。彼らが、夫の部下だった人たちだと瞬時に分かった。まとっている気配が、何となく似ていたから。

 

「我らは中華人民共和国の軍隊である前に、諸葛閣下の軍隊でありました。閣下亡き今、我らはどうするべきか。答えはそう簡単には出ませんでしたが、長い討議の末、我らの方針をお伝えします。我ら白帝会は一同亡き主の御一族である配偶者、つまりは奥様に引き続き忠誠を誓いたく存じます。どうか、我らにご命令を」

 

 スッと中央の彼女は膝を着く。それに合わせるようにして、その場にいた全員が私に対して膝を着いた。その下げた頭を見ながら、私はこうなった時のために考えていた言葉を話す。

 

「顔を上げて下さい。皆さんの思いには、夫もきっと喜ぶでしょう。お願いがあります」

「なんなりと」

「夫の夢を、叶えて下さい。諸葛孔明が夢見た世界を、どうか」

「はっ!必ずや」

「よろしくお願いします」

 

 私は深々と頭を下げる。彼の見たかった世界。それを叶えることが、最後の供養になるだろう。彼曰く、この人たちはとても優秀だ。それならば、きっと彼の夢も実現できるだろう。

 

「お迎えの車はご用意させていただきました。ご実家までお送りします」

「……ありがとうございます」

 

 軽く礼をして、開かれたドアから高そうな車の後部座席に座る。

 

『愛してる。元気でな』

 

 聞きたかった声がした気がした。ハッと後ろを振り返る。けれどそこには求めていた人はおらず、ただ綻び始めている蕾を宿した桜並木があるだけだった。その奥には、青春の全てが詰まった学び舎がそびえている。

 

「……ありがとう」

 

 私の言葉は少し早い春風に消えていく。記憶の中の彼が優しく笑った気がする。髪に刺さった2本の簪がチリンと音を立てて揺れた。車が動き出し、思い出の場所がどんどんと遠ざかっていく。

 

 だから私は窓を開け、叫ぶのだ。

 

「さようなら!青春!」

 

 さようなら、私の、輝くばかりに眩しい全ての思い出。私は今日から、前を向いて生きていくんだ。彼がそうしたように。彼がそう望んだように。私と、そしてこのお腹に宿る命と、2人で。もう一度、簪がチリンと音を立てた。




なんとか9月中に投稿出来た……!これ、最後のバッドエンド以外は全部没にしたシナリオですからね!本編と性格が少し違ったりするのはこういう可能性もあった、こういう世界線だと少し変化したと思ってください。クオリティーが低いのは……うん……。

閑話のネタがないとこうやってIFルートで今後も誤魔化していくかと。次章の閑話はバレンタイン関連でネタがあるのでご安心を。

さて、いよいよ次話から1年生編最大級の見せ場その2です。(その1は3章最終話のつもりです)こうご期待!


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9章・罪を犯す人は罪の奴隷なり
49.罪人たちの狂奔


新章だぜぇ!


人は見たいものしか見ないし自分の望むものを信じたがる

 

『ユリウス・カエサル』

――――――――――――――――――――――――――

<密談Ⅱ>

 

「坂柳理事長が停職、ねぇ」

「はい、不自然なほど多くの不正の証拠が一挙に公開され、その事実調査のために停職、というのが霞が関の判断のようです」

「なるほど?不幸な事故にならない分穏健的か」

 

 青年は脚を組みながら何事かを思案するように天井を見上げる。別に恨んでもいないが、好きでもない人物だ。その進退がどうなろうと本来は知った事ではない。しかし、坂柳理事長が良くも悪くもホワイトルーム関連の抑え役をやっていたのは事実。つまり彼がいなくなるという事は後任、ないし代理に彼らの息のかかった人間が来るのは必定だったのだ。

 

「で、実際どれだけ本当だ」

「幾つかは事実でした」

「7割嘘に3割真実は鉄則だな」

「はい。それ故に完全に抗しきれず、身を隠す事にしたのでしょう」

「あの狸め、生徒思いの顔をして不正をやるとは笑える。どこも真っ黒だな」

 

 坂柳にもどこかで連絡が行くだろう。あの娘の事だ、気丈に振舞いながらもダメージは負うだろうと青年は笑っている。その様子を冷静な目で副官は画面越しに見つめていた。

 

 不正で得た金で贅沢に暮らしてきた気分はどうだと煽ろうとも思ったが、それは優雅では無いだろうと思い取りやめている。それに後ろ盾が暗いのは自身も同じだからだ。

 

「まぁ良い。後任の情報が入り次第送ってくれ」

「承知しました」

「あぁ、そうだ。この前の高速での戦闘事件、大使館から苦情が入ってるから気を付けてくれたまえ」

「申し訳ありませんでした」

「それに関連して、解放した哀れな青年はどうしている?」

「現在中国語を習得中です。来年度には表向きは平常な生活を送らせられるでしょう」

「それは良い。幼馴染の方は」

「依然動きなし」

「……我が従妹(吸血鬼)殿の動きは?」

「依然変化ありません。趣味の悪い館で()()とやらに没頭しているのでしょう」

「ハッ!早く死んで欲しいものだ。この前呪詛返しをくらいかけたぞ」

「あれほどお止めくださいと言ったはずですが?」

「そう睨むな。もうやらんさ」

 

 カラカラと青年は笑う。どうしようもない人間性の一族だ。数少ないまとも枠が自身の母親だったとは嘆かわしいと彼は自嘲する。どこか頭のねじが外れて設計された異常者の集団。それが諸葛一族の正体だった。

 

「進展があれば報告を」

「了解しました。諸葛閣下万歳!」

 

 通信は切れる。青年はパソコンの画面を別のものに切り替えた。そこには高度育成高等学校の学内掲示板が映し出される。新しく何者かによって立てられたスレッドタイトルには、一之瀬帆波の真実と書かれている。

 

「時は来れり」

 

 青年はもう一度楽しそうに笑った。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 合宿から帰還した我々であったが期末も近いのであまり呆けている訳にもいかない。それに合わせて男女ともに間もなくに控えたバレンタインに関連してソワソワしている。ピンクな感じが教室を支配していた。ケヤキモールも一面にそれを押し出している。学生がほぼ全てなこの空間においては自然なことなのかもしれない。

 

 クラスの指導者としてそれを統制する気は無い。自由恋愛、大いに結構である。他クラスとの間でも……まぁ愛に負けて情報を売るほど愚かではないと信じている。多少流れたくらいでは挽回できるが。

 

 しかしながら、今日登校すればそんな空気は鳴りを潜めていた。原因は言わずもがな、掲示板の内容だろう。曰く、『一之瀬はかつて暴力事件を起こしている』『一之瀬はかつて援助交際をしていた』『一之瀬はかつて窃盗強盗をしていた』『一之瀬には薬物の使用歴がある』等々。酷いものでは中絶疑惑や痴漢冤罪疑惑まで持ち上がっている。これが全て真実だとすると、有名どころの犯罪を全てコンプリートしていることになる。

 

 これだけしておいてあんな善人として振舞っているのは最早サイコパス……と思ったが自分もあまり人の事を言えない。性犯罪系と薬物系は無罪だが、それ以外は……あまり言い訳出来ない。

 

 それはともかく、私は、恐らく本人以外で唯一一之瀬の噂のほぼ9割以上が嘘だと断言できる人物だろう。本人以上に本人に詳しいと言ってもいいかもしれない。勿論、調べさせたからだが。ただし一点だけ本当の事がある。それは『窃盗』の部分。これに関しては事実なので、何ともいやらしい。明らかに坂柳の犯行だが、とうの本人は澄ました顔で座っている。

 

 南雲が情報を流したとみて間違いないだろう。どういうつもりかは知らないが、私にしてみれば絶好の機会がやって来たという事だ。出来の悪い生徒は困ったものだ。言っても聞かない。だがら仕方なくこうしているのだ。一之瀬には申し訳ないが、材料になって貰おう。それにしても南雲は教えるだけ教えて放置のつもりか。

 

 もしかしたら元々別の戦略だったかもしれないが、前回の試験の件で切り替えたため坂柳が不要になったのかもしれない。それを知らせていない、或いは忘れているため、そうとは知らない坂柳は哀れにも作戦を実行している可能性もある。それはそれで滑稽だが……。

 

 私の姿を視認したクラスメイトが指示を乞うように私に視線を向ける。

 

「根も葉もない噂が飛び交っているようですね。しかしながら、火中の栗を拾うのは賢い行為ではありません。禁止する権限を私は持ちませんが、積極的に広めるのは止めるのが賢明と思います」

 

 その言葉に安心した、もしくは理解を示したようで、彼らは携帯を各々のポケットや鞄にしまう。その様子をどこか憎悪の籠った眼で坂柳が見つめていた。

 

 

 

 

 

 放課後、私はクラスメイトから呼び出しを受けていた。出来れば1対1でという事だったので、真澄さんは先に帰して話を聞くことにする。これで他クラスの生徒だったら圧倒的に疑いを持ちながら行くが、相手はクラスメイト。流石にそこまでの警戒はしていない。それに、相手は旧坂柳派ですらない。ならばと呼び出しを受けたのだ。

 

「それで……どういうお話でしょうか、西川さん」

「あ~うん。その前に少し謝罪したいな」

「謝罪、ですか」

「うん。この前の合宿、最下位でごめんなさい!っていう」

「それですか。前にもお話しましたが、私は一切気にしていません。戦いでは負ける事もあれば勝つ事もある。それに、今回の試験は上級生も絡んでいるものでした。更には他クラスの生徒も。であれば、1人に責任を押し付ける、ないし謝らせるなど以ての外です。責任者として、責務を感じているかもしれませんが、切り替えて次を考えましょう。もうすぐテストも近いです」

「いや~そう言ってくれると凄いありがたいけど。やっぱり気にはなってたからね。押し付けられたとは言え、責任者は責任者だった訳だし。神室さんにも申し訳ないし」

「真澄さんは良くやってくれました。しかし、それは貴女の能力が低いという事ではありません。私は、貴女のここ1年間の努力とその成果をしっかり見ていたつもりです。無論、陸上部が好調なこともね」

「ははは、何でもお見通しかぁ~。ま、ここからが本題だしその神室さんも関係してるんだけどね」

「はい」

 

 ガラッと空気は変わり、真剣なものになる。私も襟を正して聞く態勢に入った。

 

「これは私も含めたほとんどの女子の総意なんだけれど、次の特別試験から坂柳さんを意思決定に関わらせるのを止めて欲しいの」

「……」

「あ!誤解の無いように言うけど、イジメとか省いてる訳じゃないからね。ただ、今回の試験のせいでBクラスの子からは未だに睨まれるし、CやDの子からも距離を置かれるようになっちゃってる。私だけじゃなく、他の子も」

「話には聞いていましたが、そこまでとは……」

「このままだと女子が上手くまとまらないし、人間関係にもダメージが出る。避けられ続けるのは結構キツイしね。だから、今度からは女子のリーダーには神室さんを据えて欲しい」

「真澄さんを?」

「そう。今回の試験で凄いカリスマ性だったって同じグループだった子が言ってる。他のクラスもだよ?カッコよくて優しいって。私たちAクラスの女子は、そういう人に従いたい。それに、葛城君ともそこまで険悪じゃないし、何より孔明先生の側近でしょ?近しい人の方が指揮系統も統一されるし、意志も把握しやすいと思う。だからこその提案。代表で私が言うことになったけど、皆そう思ってる。数字が必要ならアンケートを取っても良いくらい」

「……なるほど。しかし、真澄さん本人が受けるかは分かりませんよ」

「それはそうね。でも、こう言ったら絶対動いてくれる。もし女子のリーダーが坂柳さんのままだったら、私たちは特別試験をボイコットするってね」

 

 なるほど、それはかなり困った事態だ。そうなった場合、クラスはガタガタになる。無論、本当に真澄さんが断り続けるとは思っていないからこその発言だろう。だが、もし彼女らの要求が満たされなければストライキも辞さないのは本気だと思える。それくらいしてもダメージが無いくらいにはポイントには余裕があった。

 

 私にとっても悪い提案では無いのだから、何とかして真澄さんを説得しろという脅しも半分込められていると判断した。その上で、これは乗った方が良い提案だと考える。というか、乗らないデメリットが多すぎる。

 

「分かりました。精一杯説得しましょう」

「よろしくお願いいたします」

 

 話は終わったので、彼女は部活へと向かう。一方の私は真澄さんを説得しなくてはいけない。任されればしっかりこなすタイプではあるが、自発的にやる事は少なかった。今回も面倒そうな顔をするのは目に見えている。ではどうするか。まずは機嫌を良くして、その時に話を切りだそう。……今日の晩御飯は変更だな。

 

 しかし、得る物は大きい。自分の部下を使えるのは、西川の言うようにメリットが多かった。意思疎通がしやすいのが最大のメリットと言える。性別の影響と言うのは大きい。同性同士のコミュニティも存在している。影響力をそこに及ぼすのは難しいと思っていたが、もし真澄さんが女子のトップに立てればかなり影響力を間接的にではあるが浸透させられるだろう。結論、やらないメリットは無いのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスに噂の蔓延に対し安易に同調しないようにと釘を指してから数日。しかし人の口に戸は立てられぬと言うように、噂はあっという間に校内に広まった。今や全校生徒がそれを知るところになったと言っても過言では無いだろう。しかし、とうの本人からは何も申告されていないという。個人的にはこの判断には反対だ。誹謗中傷など訴え出て潰して貰えば楽だろうにと思っている。しかし、それは彼女の判断なので咎める気も注意する気も無い。そんな義理も無い。

 

 本人も意識している様子が無いように振舞っている。嫌がらせのような対応をされても動じず、毅然と対応する様に感嘆の声も上がり始めていた。これならば噂も沈静化するだろうと誰もが思ったであろう。しかしながら、事はそう単純に運ばない。少し鎮静化し、皆が学年末試験に気持ちを切り替え始めた丁度その時。消えかけていた火種にガソリンが撒かれた。

 

『一之瀬帆波は犯罪者である』

 

 こう書かれたプリントが寮のポストに投函された。ご丁寧にも全員分。前回も一之瀬にポイント不正貯蓄疑惑が上がり、こういうプリントが撒かれた。しかしあの時は一之瀬も訴え出たことにより、学校側が不正はないと断定。それによって強制的に幕を閉じたという経緯がある。

 

 しかし、今回はそうもいかない。投函者を告発すればすぐにわかってしまうだろう。だが彼女にはそう出来ない理由がある。何故ならこの文面は間違いなく真実であるからだ。警察に訴えられていないとはいえ、間違いなく彼女は罪人である。加えてこれまでの対応から訴えられる事は無いとこの投函者は確信しているのだ。

 

 本来ここまで来ると教育機関ならば動くべきであると強く思うが、この学校は生憎とその辺の倫理観が上層部までゆるキャラである。紛争地帯で育った奴が上層部にいるらしい。明らかに私の方が倫理的にまともな行動しかしていないのはどうなんだ。

 

 

 

 真澄さんはプリントを見てからどこか挙動不審だ。確かに彼女の罪と一之瀬の罪は似ている。外で常習犯だった真澄さんと1回だけの一之瀬では明らかに前者の方が罪が重い。それを考えて不安になっているのだろう。一之瀬の罪は白日の下に晒されようとしている。果たして自分は大丈夫なのか。それが不安で仕方ないのだろう。

 

「ソワソワして、どうした」

「だって……」

「罪の度合いでは、君の方が重いからな」

「それは……そうね……」

 

 俯いて彼女は言う。唇を噛み締めたその姿には、深い後悔と懺悔の感情が現れていた。

 

「反省している?」

「……してる」

「ああそう。なら良いよ。本来は私が許すことは出来ないし、店じゃないとこれを言う資格は無いんだけど、許そう」

「いや、アンタが何を言っても、事実は消えないし」

「そうだな。しかし、その証拠は消せる」

「……え?」

「君がこの校内、並びに外で行った犯罪行為は全て抹消されている。映像記録は残っていないし、売り上げ記録は改ざん済みだ。加えて損失額は補填されている。よって、どこからどう調べようとも、君から自白しない限りは罪は晒されない。大手を振って歩くと良いさ」

「なんで、そんな事」

「そうする必要があると、私が判断したからだ。それ以上でもそれ以下でもない。君は気にせず勉学に励むこと。良いね?」

「分かった。……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 これでいらぬ心配をすることも無くなっただろう。安心して過ごしてもらわねば困る。それに、万が一坂柳が真澄さんを攻撃しようとした際にこうしていれば材料がなくなる。全ては坂柳を封じるためだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、渦中の人物である一之瀬はプリントを見た時は気丈に振舞っていたが、翌日から学校を休み始めた。そして休み始めたその日、私はAクラスの自席にて、Bクラスの生徒たちに包囲されていた。

 

「手荒ですね、神崎君」

「すまないな。だがこうしないとお前に話を聞けない」

「1対1でも良かったとは思いますが……。さて、何でしょうか。他のクラスメイトもいるのです。君たちがどうしたいのかは知りませんが、早く出ていって頂きたい。仲良くお話、という状況でもないでしょうに」

「はっきりと言わせてもらう。あの手紙の件、そしてそれ以前から蔓延している噂はお前の仕業か、諸葛」

「いえ、違いますよ?」

 

 Bクラスの生徒からの視線が厳しくなる。

 

「多くの生徒が言っている。お前のクラスの橋本から話を聞いたとな」

「と言われましても。私は彼の交友関係を知りませんから」

「混合合宿でも坂柳が一之瀬を中傷していたと聞いている。お前がやらせたんじゃないのか」

「違います」

「とぼけるなよっ!」

 

 神崎はあくまでも冷静だが、他の男子はそうもいかないようだ。私の机をバンッ!と大きな音を立てて叩いた。女子の視線が私に殺意を向けてきている。

 

「なんでそんな事をしないといけないんですか。愚かしい」

「どういう意味だ?」

「正攻法で勝てているのに、何故わざわざ一之瀬さんを陥れないといけないのでしょうか。負けそうになっている、もしくは負けているならばまだしも、勝っている状況でそれをするメリットが全く存在しません。それに、私はそんな全くもって優雅でない方法で勝つ気はありません。ここは戦争の場では無いのですよ?学校の思惑に仕方なく乗ってあげているこのクラス間闘争ごときで、私がそんな労力を使う気もありませんし、スマートでない方法をする気もありません」

「では、犯人は誰だ」

「さぁ?」

「お前ッ!」

 

 Bクラスの男子は私の飄々とした態度に腹を立てている。柴田の静止を振り切って私の胸倉を掴みにかかった。別に嘘は言っていない。私がやらせた訳ではない。それにそんな意味もない。これらは全て事実だ。犯人は誰だの問いに、知らないとも知っているとも答えていない。私はただ、さぁ?と言っただけだ。その後にどんな言葉が来るのか。それはまだ言っていないので私以外知らない。彼らが勝手に誤魔化していると判断しただけだ。私は悪くない。

 

 もし彼らが「犯人は誰だか知っていて、敢えてそれを放置しているのではないか」と聞いてきたのならば「はい」と答えないといけないところだった。だがそうはなっていない。よって私は嘘つきではない。

 

 ともあれ今はこの状況を何とかしなくては。事態を静観していた真澄さんが立ち上がり、私の胸倉を掴んでいる生徒に背後からハイキックを繰り出そうとしていたので慌てて手で静止する。ここで大事にする気は無い。それにしても、この状況でも全く眼中に入れてもらっていない坂柳は最早哀れだ。彼らは、特に一之瀬と距離の近い女性陣は完全に私が悪の黒幕だと思っている。

 

「どうしましたか?首でも絞める気ですか?どうぞご自由に。もう少し上ですよ。私のことはご心配なさらず。慣れていますので」

「は……?」

「ご自由に、と言いましたがこのままだと私の心優しいクラスメイトのどなたかが貴方を通報してしまうかもしれませんよ」

 

 そこで事態に気付いたのか、彼は慌てて手を離す。

 

「おや、終わりですか。まぁ訴える気は無いので別にどうでも良いですが」

「すまない。後でキツく言っておく」

「そうですか。まぁ誰にでも過ちはありますからね。私が被害に合うだけならば別に気にはしていません。これで少しは精神的に成長できる事でしょう」

「……本題に戻っても良いだろうか」

「ですから、私は無関係です」

「せめて橋本を止めてくれ」

「無理です」

「理由は?」

「私は彼への命令権を持ちません」

「どういう意味だ。お前がここの代表なのは誰もが知っているぞ」

「ええ。しかし私はあくまでも民主制による選挙で選ばれた存在です」

「なん、だと……?」

「私はAクラスの主なのではありません。むしろ、私はクラスに隷属させられている状態と言えるでしょう。私の主は投票者であるAクラスの皆さんであり、私は彼らの望むことを成す義務があります。そして同時に上から押さえつける権力を持ちません。特別試験でかつ非常事態ならばともかく、その非常事態かの判断は議会、即ちクラスメイトの判断が必要となります。注意はしますが、あくまでもそれだけ。命令する事など出来ません。それに、それが本来の学校、引いてはクラスの在り方ではありませんか?」

「それは……」

 

 Bクラスの面々が一斉に目を逸らす。この1年間、ここにいたせいで大分常識がおかしくなっている。確かに、ここの常識ではクラスのトップ、つまりは私や一之瀬、堀北などを潰せばいいと考えがちだ。そして意思統一がされていることを前提に、トップに会談を申し込むこともある。

 

 だが、それは本来の学校ではそうそう起こりえない異常事態でもある。40人のクラスメイトが1つの意思の下に動くというのが外の世界であったら、それはなかなかに異常な状態だと誰もが判断するだろう。しかしここでは誰も疑わない。それがここの常識だから。常識という名の偏見を編み込んだマジョリティの際たる存在が彼らBクラスの生徒だろう。

 

「私はあくまでも常識的なまとめ役をしています。民主主義に基づいて。それにあまり強権的すぎるとリコールされてしまいます」

「リコール制まであるのか……」

「ええ。それが民主主義ですから」

「……分かった。時間を取らせてすまない。出来ればこれからもこの件には関わらないでくれ」

「ええ。自クラスに被害が出ない限りは、そのつもりです」

「そうか……邪魔をした。帰ろう」

 

 神崎はクラスメイトを促して帰っていく。最後までBクラスの一般生徒は私への敵意を捨てていなかった。

 

「良いのか、帰して。暴行で訴える事も出来ただろう」

「良いんです。今はね」

「今は?いつかは使う気なのか」

「そういう時が来ないことを祈っていますが」

「そうか。お前がそういう方針ならば言う事は無い。Bクラスにあの対応で良かったのかは疑問だが……」

「あまり良くないでしょうね。しかし、彼らが果たして私の言う事を信じたでしょうか。結局、彼らは頭ごなしに私が犯人、もっと言えば黒幕だと決めつけてしまっている。無論、そんな事はありません。しかし結局人は見たいものしか見ないし自分の望むものを信じたがる。そうでしょう?」

「それは真実だろうな。対応の意図はわかった。だが噂の件は俺も気になっている。どうするつもりだ。被害者は訴えない以上静観でも構わないと思っているが……犯人がこのクラスにいるとなれば問題だ」

「南雲会長の様子はどうです」

「報告はした。その上で動くべきではと進言したが、被害者の訴えが無い以上どうにもできないと却下されてしまった」

「そうでしょうね。あの男はそういう人だ。……私はクラスメイトを信じます。証拠がない以上、動けません」

「分かった。何かあったら言ってくれ。協力する。……もし仮にクラスメイトに犯人がいたと明らかになった場合はどうする」

「その時は断固とした対応を取ります。謝罪と賠償を一之瀬さんにお支払いし、その上で反省を促すでしょう」

「なぁなぁにする気が無いのならばそれで良いと俺も思う。これ以上拡大しないと良いのだがな……」

「ええ。それは本当に」

 

 葛城は良くやってくれている。生徒会では桐山という堀北派の同志がいるらしいが、2年生である以上あまり役には立っていない。そんな中でズバズバと進言する葛城は貴重な存在だそうだ。一之瀬が前そんな話をしていたのを記憶している。

 

 Bクラスとは完全に決裂していると見て良いだろう。厄介なことになった。この分の心的苦痛も後で坂柳にしっかり落とし前を付けてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、電話がかかってくる。

 

「はい、もしもし?」

「オレだ」

「あぁ、綾小路君。どうしましたか」

「単刀直入に聞きたい。アレは坂柳の仕業だな?」

「ええ。彼女とその愉快な仲間たちの仕業で間違いありません」

「証拠はあるのか?」

「問題なく、バッチリと」

「そうか。こちらとしては対応を決めかねている。一之瀬とは別にどうという関係でも無いからな。坂柳の件はオレとしても早く対処をして欲しい。退学にしろ、なんにしろな。何かして欲しい事があれば協力するが」

「そうですねぇ……。分かりました。では、噂を拡大させてください」

「拡大?一之瀬のものをか?」

「いえ」

「なるほど。他の関係ない他者の根も葉もない、もしくは微妙に真実の混じった噂を拡散し、学校側に重い腰を上げさせるのか」

「ええ。そうすれば、坂柳は動かざるを得ないでしょう。学校側が対応する前に一之瀬の心を折らなくてはいけない。そちらのクラスには対人脈に特化した兵器がいるでしょう?」

「櫛田か。分かった。協力を要請してみる。だが一之瀬の心がもっと早く折れる可能性もあるぞ」

「う~んそれは困ったなぁ。そちらは動けそうですか?」

「お前が行かないのか?」

「今この状況で私が彼女に接触したら間違いなくBクラスに袋叩きにされますよ。そうでなくても疑いが濃くなる。私はあくまでも無関係を貫こうとしているのですから」

「なんとかはしてみる。あまり期待はしないでくれよ」

「ええ。無理を言ってすみませんが、お願いします」

「坂柳を排除、ないしは無力化できるのは大きい。その為ならば多少の苦労は惜しまないさ」

「助かります」

 

 綾小路は電話を切る。これで面倒な事は何とかしてくれるだろう。そもそも、坂柳を何とかしたい度合いは私より彼の方が上のはず。少しくらいの苦労は背負ってくれると踏んでいた。一之瀬はこれで綾小路に接近するかもしれないが……まぁそれくらいは許容範囲内だ。元々他クラスにそこまで首を突っ込む気は無い。

 

 Cクラスには龍園を抑えてもらうため櫛田の件で介入したが、アレは真澄さんとついでにクラスメイトを守るための例外措置である。一之瀬が立ち直れるのならばそれで良い。流石にこれで綾小路の説得が上手く行かなかったら私が動くしかないだろう。

 

 一之瀬は事実を突きつけられ動けないでいる。頼れる人は誰もいない。もし家族がいればまた違っただろうが、ここには当然存在しない。自分1人で戦うしかないのだ。しかし、それにも限界がある。彼女はあくまでも精神性は普通か、それよりも少しだけメンタルが強いだけの女子生徒。間違っても私みたいな頭のねじが飛んでいる人間ではない。追い詰めすぎると屋上から飛び降りかねない。

 

 そうなると流石に困る。というか寝覚めが凄い悪い。別に殺したくない同窓生が死ぬのは嫌だし、悲しい。1度は犯罪に手を染めたとはいえ、まだ未来ある学生が命を絶つのを見過ごすわけにはいかないだろう。彼女が今まで逃げ続けてきたものに向き合わせる必要もあると思って敢えて坂柳を放置しているという面もあるが、流石にもし今後自殺の予兆があれば坂柳をすぐさま捕縛するつもりでいる。

 

 しかし、ここまで考えて思ったのだが、もし仮に一之瀬が本当に自殺してしまったらどうする気なんだろうか。学校は間違いなく原因究明に動き出す。そうでなくてもBクラスの生徒はいよいよもって本格的に動くだろう。ポイントを全て投げ打ってでも敬愛する存在を死に至らしめた悪人を引っ張り出そうとするはずだ。そうなると学校はどうするだろうか。隠蔽かなぁ……。

 

 でもどっかで確実に漏れる。一之瀬の遺族がなりふり構わずマスコミやインターネットに訴え出る可能性もある。訴訟されれば第三者委員会が立ち上がり、学校の実態も外に漏らされるだろう。そうなれば私も多分全力で情報を漏らすし外にいる部下に漏らさせる。当たり前だよなぁ。隠蔽がバレてこれまでの問題点が一気に噴出する。

 

 野党の追及は激しくなるだろうし、国民の目も厳しくなる。卒業生も苦境に立たされるだろう。南雲や龍園の悪事もバラされる可能性が高い。ホワイトルームも私が漏洩したら間違いなく白日の下にさらされる。いざという時は母国を用いて「弾圧を叫ぶ日本こそ人権後進国である。米英はこのような輩を自陣営に加えながら我が国を不当に非難するのか!」と言わせればいい。

 

 つまり、坂柳が一之瀬を追い詰めるとまわりまわって高育が滅びる可能性もある。滅んでも私は特に悲しくないが、真澄さんの居場所が消えるのは申し訳ない。葛城も学費が……。坂柳は間違いなく世間から大バッシングを受けるだろうし、太陽の下を歩けないだろう。ここまで考えているのだろうか。絶対考えていないだろうなぁ。

 

 出来の悪い生徒には困ったものだと頭を抱えた。




イジメ、誹謗中傷ダメ絶対。私の知り合いにこれで自殺しそうになった人がいるので止めて下さいね、本当に。あの時は何とか未然に防げましたが。もし辛い事があったら証拠を残し法テラスへ駆け込みましょう。一番良いのは訴える事ですから。


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50.End of Her Wonderland

懐かしいですね、バレンタイン。高校時代に友人達と近所のコンビニのチョコを買い占めて遊んだり、献血行って自分の血からセルフバレンタインチョコを錬成した事もありました。……何してんだろ、過去の自分。


罪なき者のみ石を投げよ

 

『「姦通の女」ヨハネによる福音書第8章3~11節』

―――――――――――――――――――――

 

 1学年の間に一之瀬の悲惨な噂が流れ、Bクラスがそれに心を痛めていたとしてもAクラスの一般生徒には何の関係もない事であった。その証左に可哀想という意見を見かけても積極的に噂を止めようとする意見は見当たらない。それをやっているのはBクラスの生徒だけであった。Aクラスでそれをやるメリットも理由もそこまでない。噂を広めない程度の良心はあってもそれ以上をする義理など無かった。

 

 そしてBクラスがお通夜な中、学生たちにとっては大きく浮かれるであろうイベントが到来する。その名はバレンタイン。一般的には女性が男性にチョコレートを贈るというイベントである。まぁ大体恋愛を絡めて行われるイベントではあるが、最近では義理や友人同士でも贈るという。

 

 製菓会社の戦略と日本古来の贈答文化(お中元など)が混ざり合った結果生まれたのはキリスト教色の少ない日本型バレンタインデーなのだろう。ホワイトデーなるものも存在しており、返礼をしないといけない。まぁ貰ったのならば返すのは常識だろうが、出費は痛いと嘆く男性諸氏も多いと聞く。

 

 本日のAクラスにおいてはこの影響でピンク色の空気が満ち足りていた。恐らく、最も何の憂いも無くこの日を謳歌しているクラスといってもいいかもしれない。それは別に良い。クラスが平和であり、こういうイベントを楽しめる余裕があるのは素晴らしい事だし、むしろ外ではこれが普通であるべきだ。特に1年生ならば。

 

「1つくらいさぁ、あってもいいと思わないか?」

「何が?本命が?」

「ちょっとくらい憧れても良いじゃないか」

「……ハッ!」

 

 部屋の台所には大量の義理で貰ったチョコの山。義理でも貰えるだけありがたい。それはそうだ。しかし、少しくらい夢を見るものなのである。だってこれでも男子高校生なのだから。男子高校生って、そういうものだろう?

 

 と思って口に出してみたが、真澄さんは鼻で嗤っている。酷い。

 

「別に本命で無くても良いけども。揃いも揃って『義理です!』とか『お世話になりました、今後ともよろしく!』とかわざわざ言う事ないだろう」

「本命は別にいるって事でしょ」

「でしょうねぇ!ま、誰が誰を好きなのかは見ていれば分かるけど」

「怖ッ!え、なに、うちのクラスの恋愛事情全部把握してんの?」

「そりゃまぁ、一応」

「う、うわぁ……」

「引かないでくれ」

 

 実際、他クラスの人と恋愛しても構わないとは思っているが、その場合は把握してないととんでもない事になりかねない。自クラス内であったとしても恋愛沙汰で人間関係が険悪になられても困る。上手く相談に乗っている過程で誘導してみたりもしている。その結果良い感じになっているカップルもいるので、感謝して欲しいくらいだ。

 

 誘導と言ってもそんなに変なことはしていないし、自分自身の魅力値を上げられるようなアドバイスをしているに過ぎない。1年間見てきたのだから良いところ悪いとこもしっかり把握している。こういうパーソナルデータは良いことに使わないと勿体ない。

 

 朝平田や同じクラスの里中が大量に恐らく本命と思しきものを貰っていたが、生憎と私にそんなものは無い。間違いなく他クラスから恐れられてるのだろう。

 

「他クラスでアンタに渡せる勇気ある子は少ないでしょ。Aクラスの謎多きリーダーともなれば、いくら顔が良くてもどんな目に遭うか分かったもんじゃないし」

「そんなこと言われても」

「まぁ良いじゃない、橘先輩と綾瀬先輩からは貰えたんでしょ?」

「お義理を、だがな。前者の本命は間違いなく堀北前会長だろうし」

「それはそうね」

 

 気付いてないのは本人だけだろう。あそこはもう、何か色々大変そうだ。

 

「……もし本命があったら付き合う気だった訳?」

「いや、現実問題としては多分振る」

「なんで?付き合ってあげればいいじゃん」

「う~ん、君が付き合ってる男が毎日授業と称して自分じゃない女子を部屋に連れ込んでいるのは許容できるか?」

「ぶっ殺す」

「でしょう?だから無理」

「なにそれ、私のせい?」

「別にそうは言ってない。君がそれを強いているのならばまだしも、これは私が好きでやっていることだ。それに、どうせ付き合っても卒業と同時にさようならはあまりにも不義理だろう?私は国に帰らないといけない」

「遠距離恋愛はダメなの?」

「色々あるんだよ、色々」

 

 誤魔化した解答に不満気な顔でこちらを見てくる。そんな顔をされても困る。実際、何の関係もない人を私の政争には巻き込めない。もしかすると死ぬ可能性すらあるのだから。無論そうならないようにするだろうけれども、それでも危険性は残る。

 

 平和な国に産まれ、平和に過ごしてきた人をそんな事に巻き込むわけにはいかない。日本であれば、少なくともその手の死の危険とは無縁でいられる可能性が極めて高いのだから。愛する人だからこそ、死んで欲しくなど無いし苦しんで欲しくなどない。

 

 つまるところ、私は愛する人を探しながら、誰も愛する事が出来ないという矛盾を孕んでいると言える。もっと矮小化してしまえば、彼女は欲しいけど作ってはいけない、という事だ。

 

 昔の歌や話で良く流行った言葉に「例え世界を敵に回しても」というような言葉がある。はっきり言ってアレは三流の台詞だ。一流ならば、世界を敵に回すような状況にさせない。もしくは巻き込ませない。これが正しい。世界というほど大きなものでは無いにしても向こうがこちらを巻き込んでくるのではなく、こちらが向こうを巻き込むなどと言う状況は最悪以外の何物でもないと私は考えるのだ。

 

「故郷に許嫁でもいるとか?」

「許嫁ねぇ……いたよ、昔」

「は!?」

「今はいない。と言うか、止めさせた。誰があんな女と結婚なんかするものか。死んでも嫌だね」

「あ……今はいないのね。あっそう。ふ~ん」

 

 目を白黒させたり顔が赤くなったり青くなったり忙しい人だ。結婚願望があるものの、誰でも良い訳では勿論ない。絶対嫌な存在だっている。一応我が祖国はいとこ婚を禁止しているものの、事実婚だと大丈夫という謎論理により結婚させられそうになっていた。と言ってももう数年前の話だ。判明したのが日本に来る数か月前だったので慌ててあの爺を説き伏せて解消させた。

 

 危うくあの頭おかしい従妹と結ばれる羽目になっていた。人生でトップテンに入るレベルで焦った瞬間だっただろう。日本人のせいで薄まっている諸葛家本流の血をもう一回濃くするためだったらしい。今時流行らない思想だと思う。

 

「ま、いいや。はいこれ」

「何、これ?」

「バレンタインプレゼント」

 

 渡されたのはラッピングされた袋。モールに入っているメーカーでこんな包装をしている店は見たことが無いので、恐らく手作りであると予想される。

 

「義理だろうと何だろうと、どうせチョコばっかり大量に貰って飽きるんだろうなぁと思ったから」

「それはどうもお気遣い頂きましてありがとうございます」

 

 確かにチョコレートばっかり食べていると段々飽きてくるものである。

 

「店のじゃないから味は保証しないけど」

「大切に頂きますとも」

「……そう、好きにすれば」

「お返しはまた今度」

「期待しないで待っとく」

 

 私以外でもお礼を言われると照れてそっぽを向いたりどっかに逃げたりちょっと照れ隠しを言うのは最早デフォルトだ。クラス内でもそう認識されているようで、女子からはそこを偶にいじられていたりする。今まであんまり友達がいないと自他ともに認める人生を送ってきた彼女にとって、今が最初の黄金期であるのかもしれない。

 

 もうすぐ2月20日だ。その日は彼女の誕生日。日頃のお礼も兼ねて、物を用意しているのでホワイトデーでは無いが一緒に返してしまおう。貰ったものにはお礼を。当然のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな(ごく一部には)楽しかったバレンタインデーの翌日。空気は打って変わって重いものになっている。それもそのはず、一之瀬のものだけであった噂は広がりを見せ、全クラスを対象としたものに変わっていた。

 

 最初はバレンタインデーの翌日に決行する、B~Dだけを流す、という2点を綾小路から連絡されていたが、先日のBクラスによる殴り込みを考えた時にこのままAクラス以外の噂が流れると単純な生徒が今度こそマジの殴り込みをしかねない。

 

 Bはともかく、CやDだと怪しい。これ以上そういった面倒を被るのは厄介だったので、Aクラスのものも流してもらう事にした。無論、綾小路からはそれで良いのかと質問を受けたが、結局この無差別フェイクニュース攻撃で大事なのは学校に重い腰を上げさせる事。もっと言えば実際に動かずとも動くぞ、という気配を坂柳が感知すること。そうすれば向こうが勝手に動き出す。この目的を達成するための道筋はAクラスに関連する噂を流したとしても見えている。問題は無かった。

 

 既に綾小路は同時並行で一之瀬の説得にかかっている。ホント、友軍だと頼りになる存在だ。利害が一致しているうちに手を組むことが出来てよかったとつくづく実感させられる。

 

 登校し、噂に関して事実無根であること、安易な噂に流されないようにすることなどを再度強く注意喚起し、私は職員室へ向かった。

 

「現状について、真嶋先生以下先生方は把握されているのでしょうか」

「一之瀬に関しては把握している。しかし、Bクラスの生徒にも伝えているように本人からの訴えが無い以上、どうしようもないというのが現状だ」

「それは昨日までですね。今朝、新しく追加されました。こちらをどうぞ」

 

 携帯の画面を見せる。多くのクラスの生徒に関して、噂が流れている。中には櫛田の持っている情報、即ち根も葉も存在しているマジ情報も混じっているのだろう。それ故に信憑性を増していく。噂とはそういうものだ。

 

 無論Aクラスも散々な謂れようである。葛城は同性愛者、坂柳は理事長の娘なので裏口入学、真澄さんはパパ活経験者、私に至っては殺人犯である。最後だけ真実なのは一瞬心臓が止まりかけた。こういう明らかにフェイクっぽいものと坂柳は裏口入学みたいな真実に近いのが混じってるのが嫌らしい。

 

 櫛田情報もそこまで良いのが無かったのか、綾小路なりに考えて作りだしたフェイクなのだろう。間違いなく坂柳のところは私怨が籠っていると見た。それはさておき、真嶋先生は画面をスクロールして顔をしかめた。

 

「これは……」

「見ての通りです。最早、被害は一之瀬さんに留まりません。クラスも個人も問わない無差別攻撃と見て良いでしょう」

「なんという事だ」

「まさにその通り。しかし、申告が無ければ動けない。そうですよね?」

「あ、あぁ……。個人的には忸怩たる思いだが、そういうルールになっている」

「では、訴えを出します。私も被害者ですからね。犯人特定よりも先に噂の吹聴を禁ずるよう措置を取って欲しいと訴え出ます。これで動けるのではありませんか?」

「確かにそれならば動くことは出来る。しかし、犯人特定をしなくて良いのか?」

「特定は時間もかかりますし、難しい。噂は不特定多数の手で拡散されますからね。大本、即ち一之瀬さんの件を見た模倣犯がうっぷん晴らしという可能性も否定できません。であれば、まず行為を禁ずる方が早いはずです。学校にはどこの学校でも存在しているじゃないですか。『風紀を乱す』という伝家の宝刀が」

「確かにそれならば禁止も出来る、か。分かった。訴えを受理し、職員会議などを行う。明日の放課後か明後日までには返事が出来るだろう」

「よろしくお願いします。こちらも全ての元凶とみられる一之瀬さんの噂の発生源が今回の無差別爆撃の犯人と仮定して捜査を進めますので。数日以内には犯人に首輪をつけてお引き渡し出来るかと」

「それを咎めることは出来無いが、くれぐれも過激な事はしないようにしてくれ」

「分かっております。先生も、お早めに。こういう悪意はどんどんと膨れあがっていくものですから」

 

 これでいい。誰もしていなかった行為をした、つまりこうして訴え出たことによって学校側は被害者、この場合は私の求めに従って噂の吹聴を禁ずるように働きかけねばならない。犯人特定よりも優先して、である。

 

 自治を強く求める学校側は元々犯人特定には消極的だ。訴えが無い以上は出来ない。その間を縫って私が坂柳に自白を引き出し学校へ突き出す。無論、引き出せるのは一之瀬の分だけだが、証拠もある以上一之瀬の件ではもう逃れられない。そうすればなし崩し的に坂柳が無差別爆撃の犯人として見られるだろう。最悪、そういう『自白』を引き出せばいいのだ。薬も拷問もせずに自白を引き出すのは我が国のお家芸である。

 

 ここには信用度も関わってくる。私のこれまでの信用度、そして理事長更迭の話は職員も当然知っている。であれば、そんな真っ黒な理事長の娘と私と。どちらを信じるだろうか。やはり人は偏見が入るものである。この際多少の賠償は払おう。全責任を坂柳に押し付けて賠償としてクラスポイントなどを払うと言った際に、他クラスの教員は担当クラスの利益のために坂柳が犯人であることで決着させるだろう。

 

 例え、もし多少証拠が不自然であっても、犯人の自白が曖昧でも。訴え出た私が納得し、そういう事にするのが自身やクラスの利益になるのならば。まさか私が坂柳を嵌めるために張り巡らせた陰謀だとは思わないだろう。そこまでの影響力が坂柳にあると最早教師すら思っていないのだから。

 

 

 

 

 そして放課後。私はHRの時間を借りてクラスメイトの前で話していた。

 

「皆さん。知っての通り、悪辣なる何者かによって根も葉もない噂が流れています。これは断固として許される行為ではありません。その為私は被害に遭った者を代表し本日真嶋先生に訴えを出しました。数日以内に噂に関しては禁止令が出され、以後は処罰の対象となるでしょう。皆さんは今後とも噂の吹聴に協力せず、正しい行動をすることを切に望みます」

 

 噂を流されていた生徒はホッとした様子を見せている。気分のいいものでは無いだろうし、さっさと終息してくれるに越した事は無いと思っているのだろう。無関係の第三者には申し訳ない事をしてしまったと思う。それも兼ねての賠償金だ。払わない訳にはいかない。尤も、私の金では無いわけだが。

 

「将来、社会に出た際、この情報化社会では数多のフェイクニュースが出回っています。あらゆる機関、国家、個人があらゆる媒体で流しています。インターネットはフェイクニュースの巣窟と言っても過言では無いでしょう。無論、デマやフェイクニュースは許されるものではありませんが、そうはいっても無くならないのは事実。正しい知識を持って理性的に、信じ込まない癖を付けていきましょう!」

「「「「はい!」」」」

 

 元気のよい返事を返すクラスメイトに対し、蒼い顔をしている坂柳が印象的だった。

 

 その晩、綾小路から一之瀬の説得に成功したとの連絡が入る。このままでは坂柳は罰を受けてしまう。一之瀬が明日登校したとしたら、それを最後のチャンスと見て仕掛けに行くだろう。恐らく時間は昼休み。ここが運命を分ける最後のポイントだった。もし、ここで己の過ちを認め、動かなかったのならば許そう。しかし、それが出来ないのならば……残念ながら裁きを受けてもらうしかないだろう。

 

 橋本からも石崎などのDクラスから問い詰められたと報告が入った。現在臨時指揮をしている椎名の静止でなんとか暴力沙汰は免れたようだが、Aクラスはあの無差別爆撃すらも自作自演とみられ、多くの生徒に敵視されている。椎名も対峙した橋本や鬼頭に軽蔑しきった視線を送っていたという。恐らく、賢い生徒は私が裏で操っていない可能性も考慮してはいるだろう。ただし、それはとても低いと思われている。椎名の向けた軽蔑は、橋本ではなくその裏にいる無実の私に向けられていると見て良い。厄介なことだ。

 

 思えば幾度となく彼女にはチャンスがあった。もしくは与えてきた。それを全て無下にしてきたのは向こうの方だ。これが最後の恩情、最後の時間である。これをどうするか。それが彼女の運命を決めるのだ。追い詰められた死刑囚。ギロチンの刃を避けたくば、私に忠誠を誓うしかない。Give me liberty, or give me death.(自由か、然らずんば死か)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。クラスは良く収まっている。昨日の演説が功を奏したようで、クラスメイトは学年末試験に向けて昼休みでも勉強に取り組んでいた。私は1つ大事な話があるので昼休みに残って欲しいと連絡していた。大事な会議をすると。そんな中、不意に坂柳が立ち上がる。遂に時は来たのだろう。朝のHRで今日の午後のHRにて、噂に関しての学校からの通達があると連絡されている。彼女にとっては都合の良いことに、今日は久しぶりに一之瀬が登校している。今しか時は無かった。

 

 残念ながら、彼女は断頭台に自ら進むことを選んだのだ。であれば、その決断をたたえながら刃を下ろすとしよう。ただし、向こうがボロを出すまでは、一之瀬の成長の結果を見るためにも様子を見守る必要がある。決定的な瞬間に、決定的なモノを突き出すのだ。

 

 会議があるのにどこかへ行く坂柳に対し不審そうな視線を向ける葛城を制し、皆には待機をお願いする。盤上の上とは知らず、企みの成功を夢見ているのだろう。橋本がくっ付いているが、彼はこちらのスパイ。電話が常につながった状態であり、中身は筒抜けだ。彼と通話状態になる電話をスピーカーにして教壇に置き、聞くように求めた。クラスメイトはペンを止め、耳を傾ける。ついでに無言でいてもらう事にした。

 

「何しにきたんだよ坂柳!」

 

 電話の向こうでは、Bクラスの柴田が詰め寄っている。坂柳も勿論容疑者の1人だ。私よりも疑われていなかったとは言え、ではあるが。何となく納得がいかない。私はそんな悪辣な事はしていないのだが。それなのにどうして信用度が坂柳よりも低いんだ。

 

「そう怒鳴らないでください柴田君。私は皆さんを救いに来ただけですよ?」

「どういうことかな坂柳さん」

 

 奥の方から一之瀬の声がする。 

 

「待てよ一之瀬、お前が相手する必要ないって!」

「そうだよ帆波ちゃん、行っちゃダメ!」

 

 精神的なものとは別に病を得ていたのは事実のようだ。なので、病み上がりにこんな危険人物の相手をさせるのを防ごうとするのは友人としてごく自然な行動だろう。

 

「まずは体調が快復されたとのことで良かったです。本当はもっと早く声を掛けたかったのですが、試験勉強に忙しかったもので。それにしても良かったです。明日の学年末試験には間に合いましたね」

「うん。ありがとう」

 

 電話口でもBクラスの敵視する視線が伝わってくる。やっとBクラスの生徒も犯人が坂柳だと気付いたようだ。

 

「救いに来たと言ったな、坂柳。諸葛の使いっ走りか?」

「いいえ、これは私の意思です。彼では出来ない事でしょうから」

「それはつまりあの噂を流したことを認める、という事か?諸葛ではなく、お前が犯人だと」

「それもノーです」

「……であれば何を以て救済と?」

 

 神崎が問い詰める。まだ私を疑っていたのか。本当に勘弁してほしい。今度こそ私が犯人ではないと分かってくれたはずだ。

 

「以前、一之瀬さんが大量のポイントを所持しているという噂が持ち上がりましたね。あのときはすぐに鎮静化していましたが」

「それがどうした。関係ないだろう」

「私の推測に過ぎないのですが……不正なく大量のポイントを保持する方法は限られているという事です。クラスメイトから定期的にポイントを回収し、集めておく。要は銀行のような役割を、一之瀬さんが担っているのではないかと判断しました」

「そんなこと、答えられるわけないだろ」

 

 当然の反応である。こんな事解答できるわけがない。

 

「ええ。別にその回答を求めている訳では無いのです。ただ――――ただもしも一之瀬さんがそのような推測通りの役割を果たしているのだとしたら……それは非常に危険なことでは無いかと思ったのです。私の言っている事は間違っていますか?一之瀬さん」

 

 少しの沈黙の後、歩き始める音がする。恐らくその主は一之瀬。綾小路の説得は見事成功したとみて良い。彼の主観ではなく、事実として。

 

「ちょっと道を開けてくれるかな」

「で、でもっ」

「大丈夫。私なら、大丈夫だから」

 

 そして立ち止まり、一之瀬は大きく息を吸った。

 

「……ごめん、みんな!」

「な、何を謝ってるんだよ一之瀬!?お前が謝る必要なんて─」

「止めないであげましょう柴田君。彼女は懺悔しようとしているんですよ」

 

 悪趣味な笑い声に、Aクラスでは眉を顰める生徒が多い。女子は明らかに舌打ちしている生徒もいる。戸塚は怨敵坂柳の失脚に歓喜を漏らしている。お前も危ないな。

 

「私は今まで1年間……ずっと隠し続けてきた事があるの。この数週間、私のことで変な噂が立っていたと思う。勿論99%は嘘。でも、その中に1つだけ本当の事がある。それは手紙に書いてあった事……私が、犯罪者だって話。それは本当の事なの」

 

 Bクラスの生徒が静まり返っていく。Aクラスも驚愕を隠せない生徒が多い。

 

「ここにいるお人好し集団は全くもって見当もついていないようなので、詳しく教えて差し上げて下さい。貴女は一体、どんな過ちを犯したのですか?」

「私は――」

 

 一之瀬は1度、喉を鳴らす。

 

「皆に黙っていたことを――今から告白します。私の隠してきた犯罪、それは……万引きをしたこと」

 

 誰もがそれに衝撃を感じただろう。さしもの葛城ですら顔が固まっている。そんな事をするようには見えない。一之瀬はそういう生徒だ。

 

「私は母子家庭で、お母さんと2つ下の妹との3人暮らし。裕福な方じゃないけど、不幸だと思ったことは一度も無かった。だから私も小学校の時は中卒で働こうと思ってたの。いずれ就職してお母さんを助けて、妹の幸せをバックアップしようと考えてたから。でもお母さんは反対した。母として、2人の娘には幸せになって欲しかったんだろうね」

 

 一之瀬は過去を話し出す。妹の幸せを願うという点では共通点のある葛城は既に涙ぐんでいる。気持ちが分かるのだろう。

 

「お金が無くても一生懸命勉強すれば特待生制度を利用できることを知った。必死に勉強して、学校でも1番になる事が出来た。でも……中学3年生のある日……お母さんは過労で倒れてしまった。妹の誕生日が近かったの。妹はこれまでプレゼントなんか貰ったことが無かった。中学1年生なんだからもっと我が儘言ってもいいはずなのに、ずっと我慢して、耐えて耐えて耐えて。そんな妹に初めて欲しいものが出来た。それは去年流行したヘアクリップ。妹の大好きな芸能人が付けてるものだった。だからそれを買うためにお母さんは無理してシフトを入れてたんだと思う」

 

 だが、それは買えず。母親は入院してしまう。当然、お金なんて吹き飛んでしまったはずだ。

 

「今でも覚えてる。病院のベッドで泣きながら謝るお母さんに、ありったけの罵声を浴びせる妹の顔を。そんな妹を私は責められなかった。姉として……何とかして妹の笑顔を取り戻さないといけない。そう思った。だから、私は妹の誕生日当日、デパートへ足を運んだ」

 

 その先に言わんとしていることを、誰もが察していた。

 

「あの時の私の感情は闇だったと思う。いいじゃない……たった1度、妹のために悪さをするくらい。大したことじゃないんだ。世の中、悪い人なんてもっといっぱいいる。そんな感情を持っていた。これまで我慢し続けてきた私たちが責められる必要なんてない。これは許される行為なんだ。そんな身勝手、我が儘な解釈。そして私は……盗んだ。……ダメだね。結局、どれだけ懺悔しても決して消える事の無い罪」

 

 彼女の苦しみは本物だったのだろう。苦しみの量や辛さを比べることほど無意味な事は無い。だから私の方が辛かったなどとは絶対に言わない。彼女には、彼女なりの辛さがあったのだろうから。彼女の言う通り。もっと悪い存在は沢山ある。そう、君の近くにも。私という名の、罪の象徴がいるのだから。

 

「私はそのヘアクリップを持ってデパートを出た。初めての万引き、初めての犯罪。それは誰にも見つからなかった。だから私は塞ぎ込んでいる妹にそれをあげた」

 

 だがつかぬ間の幸せは終わる。果たして最初に引き金を引いたのはいつだっただろうか。私は一之瀬の話を聞きながらそう思っていた。

 

「悪い事をした娘に母親が気付かない筈がないよね。秘密にしておくように言ったプレゼントを妹は身につけてお母さんのお見舞いに行った。まさか盗品だなんて思わないもんね。その時初めて、本気で怒るお母さんを見た。私をひっぱたいて、妹からプレゼントを取り上げた。お母さんに連れられて、私はお店に連れていかれた。土下座をして許しを願った。その時になってやっと私は罪の重さに気付いた。どんな言い訳をしたって犯罪が肯定される事は無いって」

 

 真澄さんは苦い顔をしている。同時にどこか苦しそうでもあった。その苦しみは彼女が背負うべき十字架だ。そして私も、血塗られた十字架を背負い、いつか来る断罪の日へと歩いている。

 

「結局お店の人は警察沙汰にはしなかった。『もう2度と、こんなことをしないように反省してください』って苦々しい顔でそう言いながら。でも騒動はすぐに広まって私は閉じこもった。半年間引き籠った。前を向けたのは、この学校を教えて貰ったから。もう一度やり直す、最後のチャンスなんじゃないかって」

 

 

 

 

 

 

 

 そこで私は電話のスピーカーをオフにして、イヤホンで私の片耳とだけ繋いでる状態にする。クラスメイトは複雑な顔で私を見ていた。何故、これを聞かせたのか。それが彼らの知りたいことであった。

 

「皆さん、これが一之瀬さんの過去でした。坂柳さんはこれが知りたかった。では、これまでの一之瀬さんは嘘なのでしょうか。他クラスでも分け隔てなく接していたあの優しさは嘘なのでしょうか。私はそうは思いません。償いのための行動であったとしても、それはきっと本当だった。罪は許されないのでしょうか。では、何のために刑罰はあるのでしょうか。そもそも彼女は法の裁きを受けていない。周りの人は、店の人も含め、裁かせないという罰を与えたのではないかと思うのです。罪の意識に苛まれ続ける。それは彼女の背負う十字架です。ですが、それを背負ってでも未来へと歩ませることが、彼女が出来て、そして周囲が望んだ罰なのでは無いでしょうか」

 

 その苦しみは大きい。私も、十字架の大きさは違えど、似たようなものを背負っている。

 

「彼女は悔いた。そして改めた。罪を憎んでも人を憎んではいけないのです。過ちを知り、そして改めた者に、どうして石を投げる事が出来るのでしょうか。彼女を真の意味で裁けるのは、法と被害者だけだと言うのに。むしろ、陰湿な中傷によって多くを巻き込み、罪と共に生きると決め、多くの人ならば逃げるであろう現実と立ち向かった彼女を陥れた存在にこそ、正しく罪は定められ罰は執行されるべきなのでは無いでしょうか!」

 

 多くの生徒が私を見つめている。その言葉に拍手が起こった。坂柳に聞こえないように小さくではあるが。多くの生徒がこちらを感激した目で見ている。

 

「私が本来ここに皆さんを呼んだのは、坂柳有栖の弾劾裁判を決行する為です。彼女は皆さんの意思の代弁者であり代表である私の指示に無い一之瀬さんへの中傷と妨害を前回の特別試験で行い、Bクラスとの関係に多大なる傷を付けました。こうして今も一之瀬さんを中傷し、Aクラスを孤立に追い込んでいます。そして、ここ一連の誹謗中傷事件の全ての容疑者は坂柳有栖その人なのです。故に、私はここでこの場を疑似法廷とし、彼女に対し行動是正勧告と従わない場合は自主退学を推奨する勧告を出すべきと判断致しました。また、今回の誹謗中傷事件の他クラス被害者に対しクラスポイント、プライベートポイントなどを用いた賠償をすることを提案します。この2つの議案に対し、意見のある方は?」

 

 誰も手を挙げない。私はクラスを見渡し、言葉を続ける。

 

「私はこの裁判をするべく被告人として彼女に参加を促しましたが、今ここにいないという事は拒否したとみなします。そのため、やむを得ず欠席裁判となりました。では決を採ります。この2案に賛成の方!」

 

 女子がスッと全員手を挙げる。その勢いにやや戸惑いながら、男子も次々と手を挙げた。

 

「結構です。当法廷は総員40名の内欠席者2名、裁判長である私こと1名を除き、参加者全37名全会一致で坂柳有栖への非難並びに行動是正勧告、そして中傷事件被害者への賠償を行う事を決議致します!」

 

 女子はせいせいしたという顔をしている。戸塚は絶頂していた。ヤバい奴である。葛城は複雑そうな顔だが、仕方あるまいという顔をしている。別に今すぐにでも退学させようという訳ではない。賠償も余裕があるからこそ認めてくれているのだろう。真澄さんは蒼い顔ながら承認していた。鬼頭と山村はもう仕方ないとばかりに諦めている。

 

 さて、そんな裁判の中、BクラスではBの生徒たちが一之瀬を口々に宥めていた。真澄さんに行くぞ、と指示を出し、葛城に取りまとめを頼む。彼ならばうまくまとめてくれるだろう。真澄さんは顔色を少しだけ戻して後ろをついてきた。イヤホンは外し、携帯も電話を切ってポケットにしまう。

 

 

 

 

 

 丁度着いたころには温かいクラスの様子を見ながら、つい先ほど自クラスから弾劾決議を出された少女が苛立っていた。自分はクラスから爪弾きで温かさを貰えていないから嫉妬しているんだろう。見苦しい。余裕のない彼女は私にも気付いていない。

 

「止めて下さい。笑わせないで貰えますか、Bクラスの皆さん」

 

 一之瀬を擁護する声を一蹴し、甲高く音を立て杖を床に叩きつけている。

 

「実に下らない茶番劇ですね。不必要な過去の詳細まで語って、同情を引いているつもりですか?どんな境遇であれ、万引きは万引き。窃盗です。同情の余地などありません。貴女は私利私欲のために盗みを働いたのです」

 

 私利私欲のために人を陥れる人が言うと説得力がある。同情の余地など無いと自分で言ったのだから、それ相応の覚悟はできているのだろう。

 

「うん、その通りだね。過去の背景は一切関係ないよ」

「貴女が『犯罪行為』を犯したのは事実です。即ち、今抱えており今後も増えるであろうポイントも、卒業間近で盗み取ってしまうのではないですか?」

「……そんな事できっこないよ、坂柳さん。もし私が全員の意向を無視してAクラスに上がるような真似をすれば、それは裏切り行為。学校も許可しないんじゃないかな」

「そうですね。貴女は賢い人ですからそういう露骨なやり方はしないかと。けれどまさに今、ここに実演しているように同情を誘うやり口で、全員のお墨付きをもらうのではないですか?」

「そう、だね。私が……どれだけ頑張っても、私の努力は全て偽善なのかもしれない。一度犯した罪は二度と消える事は無いんだよね」

 

 追い詰める坂柳は楽しそうだ。その後ろにいた橋本は私の登場に気付き、静かに頭を下げて群衆の中に消える。

 

「皆さんも分かったんじゃないでしょうか。それが、一之瀬帆波さんという生徒です。このような人をリーダーに据えている限り、あなた方Bクラスに勝ち目はありません。真に罪を悔いるならば、今ここでポイントを全て返却し、リーダーを下りるくらいはして欲しいものですね!」

「お前がそうやって一之瀬さんを陥れても私には勝てないけどな」

 

 空気が凍る、という表現が正しいだろう。まさに空気が凍った。一之瀬も、Bクラスも、群衆も、その中にいた綾小路も、皆がこちらに視線を向ける。群衆はモーゼによって割かれた海のように左右にスッと展開した。その先にいた坂柳は凍り付いた顔で私を見つめる。

 

「散々好き勝手にしてくれたな、小娘。私の堪忍袋の緒が切れるまで後少しだ。いう事を聞かない不出来な生徒には困ったものだな。そんな相手に優しくしてやるほど、私はお人好しじゃない」

 

 一之瀬は若干困惑している。坂柳だけが凍り付いたように動かなかった。

 

「犯罪者の娘は犯罪者か?蛙の子は蛙だな。全く、私の父は君の父親にして現在不正で更迭された教え子である坂柳()理事長に昔悩まされ、私は娘の君に悩まされているとは。迷惑な父子だこと。しかも元理事長、お前の意見の通りなら消えない罪を背負った犯罪者を入学させたのか?父親の教育理念を否定するほどお前に何か価値があるとは思えないが……まぁ良い。先ほどはご高説を賜り恐悦至極。では、行きましょう」

「……は?どこへ行くというのです」

「何処って、職員室ですよ?」

「な、なんで私が職員室に!一之瀬さんならともかく、どうして私が!」

「貴女が一連の一之瀬さんに対して、並びに他の生徒に対する誹謗中傷事件の容疑者だからですよ」

「何の証拠があって!」

 

 珍しく大きな声で叫ぶ坂柳。そこに録音機を突き付ける。静まり返った聴衆の前で、スイッチを入れた。

 

『ねぇ、姫さん、もう止めましょうや』

『どうしてですか?これが上手く行けばBクラスは失墜。一之瀬さんは失脚ないしは自主退学するでしょう。それに、貴方は私に逆らえない』

『でも誹謗中傷なんて……犯罪者とか堕胎とか、これ嘘だったらヤバいですよ。本当でもヤバいですけど。それに手紙を入れる時に見つかったらどうするんですか』

『大丈夫です。これまでの掲示板での書き込みでは訴え出ませんでした。私の情報源によれば、犯罪者なのは真実。彼女は必ず訴えないでしょう』

 

 ここまでは本当に言っていたこと。そしてこの後は別の作戦について橋本が訪ねた際の音声を、別撮りした橋本の質問音声の後にくっつけている。なお、先ほどの「貴方は私に逆らえない」も別の時に言っていた坂柳の音声を切り貼りして繋いでいる。これで橋本は脅されている被害者だ。

 

『他クラスの分は撒かなくて良いんですかい?カモフラージュのために』

『必要に応じてやりましょう』

 

 ここで録音機を止める。顔面蒼白で呼吸も浅くなっている彼女に近付き、私は現実を突きつける。

 

「お前の好き勝手出来る箱庭はこれで終わりだ。夢から覚め、現実と向き合う時間が来たのだよ。最後はアリスの物語らしく終わらせようじゃないか。本物のアリスは夢から覚めたけれど、偽物の有栖は今でも夢の中」

 

 血まみれの私は赤い女王に相応しいだろう。断頭台の処刑人にも、だが。

 

Off with her head!(首を刎ねよ!)

 

 焦点の合わない目で私を見上げる瞳に向かい、私は微笑みながらそう告げた。




窃盗、ダメ、絶対。クラスメイトを突き出したことがあるので分かりますが、あれは誰も幸せにならないです。絶対に止めましょうね!最近は厳しいのですぐ警察行きです。一之瀬さんみたいに許されると思わないように。

4回目のワクチンを接種したら頭痛と高熱にまた襲われました。必要と分かってるんですが、この体調不良が凄い嫌なんですよね……。

この章も多分次回か次々回で終わりです。そしたら地獄が始まります。楽しみだなぁ!


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51.逃亡者

今回も長くなってしまったので前回と分割。なので連投です。後、今回のあとがきは少し長いです。すみません。


償いの始まりは、それが必要だという感覚である。

 

『バイロン』

―――――――――――――――――――――――

 

 場は大騒ぎになった。見物人の中には噂のせいで被害を被った生徒もいる。人間関係が壊れてしまった、もしくは壊れかけている生徒もいるだろう。そういう生徒は掴みかからんばかりの勢いで坂柳を憎悪の目線で見ていた。無論Bクラスは全体が今にも人を呪い殺せそうな視線をしている。一之瀬ですら、険しい目線を向けていた。

 

 一之瀬が過去に何をしていようともそれとこれとはまた別問題。クラスのリーダーとして、一之瀬には坂柳が流した(という事になっている)無差別な噂を咎める義務がある。何故ならBクラスにも勿論被害者はいるからだ。

 

「さっきの音声はどういう事かな、坂柳さん」

「……」

「確かに私は許されない事をした。それは事実だし、否定する気も逃れる気も、もうない。でもそれとこれとは別問題だし、私が昔何をしていたとしても坂柳さんが私だけでない、他の関係ないみんなに対して誹謗中傷して良い理由にはならないんじゃないかな」

「……」

 

 坂柳は完全に沈黙している。証拠が出揃ってしまった。その優秀な頭脳は現実を見てしまった。今まで見ないようにしていた真実を、見てしまったのだ。恐らく彼女の中で私に嵌められたのはわかっている。しかし、それを証明できない。それに一之瀬に関しては事実だ。最早誰も無差別爆撃の犯人ではないと主張しても信じてはくれないだろう。

 

 一之瀬の目はかなり険しい。自分を声高に糾弾していた人物が、一転して多くの混乱を生み関係ない他者を巻き込んだ悪人と分かればそうなるのも納得だし、彼女は怒る権利がある。そもそも犯罪者ですらない(何故ならば起訴されていないし、警察すら呼ばれていない。不起訴にする云々以前の段階であるからだ)彼女に対してその過去をばらす権利は誰にも発生しない。知られない権利は最近ではよく言われるようになってきた題材だ。

 

「そもそも一之瀬さんは無罪。それに、彼女を咎める資格があるのは警察沙汰になっていない以上、店の店員だけ。それをなんの権利があって咎めている?それを誹謗中傷で明かしているお前が真の犯罪者だぞ。彼女は法的には無罪で前科も前歴も無い真人間だ。この世界は法律が犯罪者か否かを決めるものだ。違うか?」

 

 咎人は硬直した。それでも気丈なもので、辛うじて戦う意思は残っている。だから私はその勢いを削ぐ。

 

「この愚か者!」

 

 いつも穏やかに。決して怒らない。そういう風にしてきたのはいざという時の武器にするため。坂柳はどこかで私を舐めていた。この男は決して怒鳴ったりしないと。常に冷静に対話で以て応じる。故に付け入る隙があると。そんなものが幻想であると教えないといけないだろう。

 

「お前は、何という事をしてくれたんだ。これは立派な犯罪だ。それ以前に、もし、この方法で一之瀬さんを追い込んでお前が勝ったとしよう。で?そんな勝利に何の意味があると言うんだ」

「意味?そんなものはいりません。勝利する事がすべてでは無いのですか?」

「いいや、違うな。それは戦争での話だ。お前はここをどこだと思っている?ここは学校だ。かなり特殊、悪く言えば異常な空間だがそれでも教育機関だ。やっていい事と悪い事が存在している。そんなの、当たり前だろう。私がいつ、違法な手段で勝利を得た。いつ、誰かを謂れの無いもので傷つけて勝利してきた?そんな事をしなくても私は勝てる。そして、そんな事をしなくては得られない勝利などというものは、少なくとも学校においては無価値だ」

「……」

「もう一度言う。お前は戦争をしているつもりなのか?戦争ですら条約があると言うのに、お前は無法地帯で紛争でもしてる気なのか?答えろ!」

 

 この戦争ごっこをしているだけの存在に正しい戦争のやり方を教えてやりたい気分だ。生憎と、圧を出すのは得意である。誇れる訳もない特技だが、死線をくぐった回数だけならば誰よりも上だろう。そんなもので勝ったとて何の意味も無いのだが。

 

「今私がお前の腕をへし折ったとしよう。それでもお前の腕はいつかは治る。だが、心に受けた傷は簡単には治らない!何年もかかるかもしれないし、下手したら何十年もかかるかもしれない。治療する前に、自ら命を絶ってしまうかもしれない。その可能性を何故考えなかった?お前のやっていることは、溺れている犬を棒で叩く畜生そのものだ。もしくは、虫を陰湿に、好奇心のままにイジメているガキと同じだ。もしこの件で自殺者が出たらお前もこの学校も、関係ない多くの在校生、卒業生、先生や職員、関連企業の未来も終わりだよ。すぐに潰されて、お前は父親と同じ豚箱行きだ」

「……」

 

 私の声にフルフルと震えながら、彼女はそれでも私を睨みつける。

 

「お前に、誰かの命に対する責任が取れるのかよ」

「……」

「だんまりか、まぁ良いだろう。どの道お前は終わりだ」

 

 こんな正義のヒーローみたいな事を言っているのは全て目的、即ち彼女の失脚のために過ぎない。とは言え、このままさよならバイバイでは私の理念に反する。私に説教する資格があるか否かはこの際二の次だ。何故ならば、この学校での私は真っ当な人間なのだから。つまりは坂柳に説教する資格がある存在という事になる。事実はどうであっても、ここではそうなのだから問題ない。

 

 はっきり言ってしまえばこれもある種の演技だ。この件に憤りを感じているという風に演じている。そして現状を優位に進めるには、私の気迫で皆が押し黙っているこの間に、ダメ押しのための更なる行動をする必要があるのだ。一之瀬に主導権を握らせると変な方向に進みかねない。あくまでも主導権は私に。それが狙いの行動をとる。

 

「誠に、申し訳ありませんでした!」

 

 私は膝を折り、地に額を擦りつける。俗に言う土下座である。無論その対象は一之瀬だ。私は一之瀬に向かい坂柳の真横でひたすらに謝り続ける。強敵と認識していた相手がいきなり土下座してきた際に無感動でいられる人物の方が少ないだろう。

 

「この度は私のクラスメイトがこのような惨事を引き起こしてしまい、誠に申し訳ございません!クラスを代表し、彼女を止められなかったことをここに陳謝させて頂きたく思います。無論、謝って済む問題ではありません。既に無差別な噂の吹聴に関する禁止をするように先生方に求めている最中です。今後その布告が為されると思いますが、その際に彼女を庇う事なく突き出す所存であります。そして一之瀬さんが民事刑事等で訴え出る、という事であれば証拠提出並びに賠償に関して連帯責任を負い速やかに支払う所存です!」

 

 一之瀬の困惑が頭上から伝わってくる。Bクラス全体も困惑していた。見物人も先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。私は微動だにせず頭を下げ続ける。慣れたものだ。目的のためならば幾らでも頭など下げよう。

 

「また、今回被害に遭われた一之瀬さん以外の皆さまは申し出て頂ければ事実関係を調査の後学校と協議して速やかに賠償をお支払いする用意がございます。ですから、どうか!どうか、彼女の退学を要求することだけはお止めいただけないでしょうか。こんな事をお頼みできる立場ではありませんが、この諸葛孔明一生のお願いをどうかお聞きくださいますよう、伏してお頼み申し上げます!」

「あ、あの……えっと、顔を上げてくれるかな?」

「いえ、しかしながら!」

「うん、気持ちはわかったんだけど、話しにくいから……」

「そう言う事でしたら」

 

 元々そんなに長く平身低頭しているつもりは無かった。一之瀬がさっさと顔を上げるように促さない場合は、自分からそういう方に話を持っていくつもりであったのだ。

 

「一之瀬さん、彼女を訴え出ますか?どちらにしても賠償はお支払いします」

「う~ん……いいかな」

「お赦し下さるのですか!」

「うん、まぁね。これ以上やるのは……()()()だし」

 

 一之瀬の計算してか否かは分からないが、最大限のクリティカルヒットが坂柳に入った。最早吐血しそうである。今まで見下していた相手に可哀想という圧倒的な見下しを受けるという最大級の屈辱。最後の自尊心が砕け散った音がしている。

 

()()に対する憐れみの心、そして先ほどの罪と向き合う姿勢、私は感服致しました。それ故にこの者がその気高い心を不当に貶めんとしたことは許しがたい事であります。身内ではありますが、しっかりと罪を晒し罰を与えて参ります。どうか、Aクラスの関係ない生徒には敵意を向けたり、攻撃をしないで頂けると幸いです」

「関係ない人を巻き込んだら坂柳さんと一緒だからね。それはしないように強く言っておくよ」

「よろしくお願い致します」

 

 私はもう一度深々と頭を下げる。坂柳を強引に引っ張って教室の隅に撤退する。一之瀬の話がまだ終わっていないのを悟ったからだ。私たちが邪魔をしないと理解した一之瀬はもう一度教壇に立った。

 

「坂柳さんの件はともかく……言っていたことは事実だし、さっき言ったことも全部事実。それでも私は、ここで、このクラスで上を目指していきたいと思ってる。こんな厚顔無恥な私だけど――みんな、最後までついてきてくれないかな?」

 

 一瞬の沈黙を経て、大歓声が沸き起こる。

 

「ついて行くに決まってるよな!」

 

 柴田が笑顔で叫ぶ。人望の厚さが実感させられた。これまで決して目立った成果があったわけではないかもしれないが、それでも彼女は確かにこのクラスの中心、柱として存在していたのだ。与えてきた影響というのは、外からでは分からないものもあるのだろう。

 

 他クラスの生徒も拍手や声援でそれに応えていた。真澄さんは凄い複雑そうな顔で拍手をしている。ここにクラスを超えた人望を垣間見る事が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い感じにまとまってるねぇ」

 

 場がまとまったタイミングで丁度Bクラスに教師と生徒が姿を現す。教師は1年生の担任全員、つまりは真嶋先生、星之宮先生、茶柱先生、そして坂上先生である。生徒は南雲であった。場を見渡した後、南雲が口を開く。

 

「先ほど職員会議で結論が出た後、生徒会に決定が下りてきた。これは学校からの命令であると理解しろ。1年Aクラス諸葛孔明の訴えを受理し、その要望に従って本日から安易な噂の吹聴や誹謗中傷を禁止する。これに抵触した場合は罰金、停学、重い場合は退学があり得る。これは噂の内容が事実か否かに拘わらずだ。また、事実無根である噂を現時点で流されている生徒は、教師側に訴え出る事で事実調査を行い、嘘であると証明してもらう事が出来る。利用したい者は担任にまで申し出ろ。調査料は無料だ」

 

 南雲の説明に補足するように茶柱先生が続ける。

 

「学校はこれ以上噂の吹聴を望まない。社会に出て事実無根の中傷をした場合は、最悪のケースだと非常に高額な賠償金を払うことになる。以後は慎むように。中傷の大本は現在特定中だが分かり次第……」

「先生、その必要はありません」

「どういう意味だ?」

「全ての悪の根本は既に確保しています。証拠と証人もセットで」

 

 音声の入った録音機を見せる。そこに入っている音声を確認した先生たちは顔を見合わせ、学年主任の真嶋先生に対応を任せた。なんなら坂柳の担任もこの人である。可哀想に。いや、この場合は私が悪いのか。申し訳ない事をした。でも、これも教師の仕事である。頑張って欲しい。

 

 南雲はここで「あ、マズい」という顔をした。このままでは自分にも責任が飛んでくる可能性を考えたのだろう。

 

「生徒会での審議を行わせていただければと思います」

「との事だが、一之瀬はどうする」

 

 真嶋先生の問いに一之瀬は訴えをしない旨を説明する。しかし、やってしまったことは消えない。なので、ここまで来ると犯人が分かってしまった為、訴えが無くても裁かないといけない。そして坂柳にとって最悪に運の悪いことに私が訴え出ている。

 

「分かった。一之瀬の意思は尊重する。その上で現在訴え出ている諸葛に決定権が移ったがどうする?」

「私が坂柳さんを直ちに学校レベルの審議会にかける事をお願いしたく思います」

 

 南雲が眦を吊り上げて話に入って来た。

 

「生徒会は信用ならないか?」

「暴力沙汰も多少は喧嘩だからOK、だそうですね。そんなことを言っている組織を信用しろと仰るのでしょうか。ご存じ無いようでしたらお教えしますが、喧嘩は暴行罪、決闘罪、傷害罪などに該当する可能性の極めて高い犯罪行為ですよ?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしている南雲。しかし、訴え出ている私は現状一之瀬が訴えない今無敵の存在と化している。私の要求は最も配慮すべき意見になっているのだ。そして先生にそれを拒む理由は無い。

 

「では、本日の放課後に我々教師4名を交えた審議会を行う。証拠は預かっておくので指定の時刻に指定の場所に来るように」

 

 真嶋先生はそうまとめて去って行った。南雲は舌打ちしつつ帰っていく。まぁ実際彼は大丈夫だろう。彼がしたのは秘密を洩らしただけ。それにおそらく洩らしてはいけないという契約は結ばれていない。倫理的にどうなんだとは思うが、凡そ罪には問われないだろう。厳重注意はあるかもしれないが。少なくとも坂柳より重くなることも地位を解任される事も無い。

 

「真澄さん」

「なに?」

「そこの小娘を連れて教室に戻って下さい」

「りょーかい……なんかコイツ梃子でも動かないんだけど。後重っ!」

「引きずってでも連れて行って下さい。文句を言う親は今のところ逃亡中ですから」

「ほら、行くわよ!抵抗しても無駄だから!さっさと自分の足で歩けっての」

 

 坂柳は真澄さんに連行されて抜け殻のようになりながらクラスに連行されていった。それをドン引きした目で見ている一之瀬に、私は向き合う。

 

「この度はクラスメイトがご迷惑をおかけしました。重ね重ねお詫び申し上げます」

「ううん、いいの。私だって……褒められたことはしていないし」

「例の契約の件ですか?それはもう良いです。私の中ではペーパーシャッフルが終わった時点で終了していましたから。それでも貴女が気を病んでいたのならば、今ここで許します。貴女が私と彼女を許したように。あぁ、ただし、堀北前会長には謝っておいて下さいね」

「うん、むしろ、今までそれからも逃げてたからね。今度そうするつもり。それに……許すのはそんな大それたことじゃないと思うんだけどな」

「いいえ。許すのは勇気がいるのです。それこそ、憎むよりも。貴女は聖人君子になれる器を持っている」

「そんな事……」

「貴女は逃げなかった。その十字架と向き合う勇気を持っていた。もしかしたら、それを促した人がいたのかもしれません。しかし、そうだとしてもその人の言葉を聞き、その後に決めたのは貴女だ。どうか前を向いて、光の道を歩いて下さい。私には、歩けない道を」

「え……それはどういう……」

「お騒がせしました。賠償の件は追って後日連絡いたします。それでは、失礼しました!」

 

 もう一回深々と頭を下げてBクラスを後にする。背後からは再度の歓声。彼らからすれば内ゲバに助けられたとは言え、Aクラスを撤退に追い込んだのだからさもありなんという感じではある。

 

 

 

 

 

 

 

 私は一之瀬を助けたかったという訳ではない。無論、そういう意思が皆無であったかと言われればNOではあるが、善意で動いたかと言われればこれもNOだ。あくまでも都合のいい展開だったから坂柳を従えるために一之瀬を利用しただけ。彼女には申し訳ない事をしたと思っている。これは本心だ。

 

 結果的に彼女は前を向いて歩けるようになった。しかし、それはあくまでも結果論。どこかで耐えきれず心が折れて退学、ないしは自殺を選んでいた可能性だってあった。私は自分の計算の元彼女が耐えられると判断して策を練った。しかし、人の心とは最後には計算できないもの。もしかしたら私の見えないところでもっと傷付いていた可能性だってあるのだ。そんなものは分からない。

 

 つまりは私の罪業ポイントはまた1つ加算されていくのだ。罪から逃げない一之瀬を称賛したのも、私がそれを明かすことなく罪を隠したまま生き、そしてこれからも生き続けるだろうからだ。私の罪は多くに明かすことは出来ない。無論、それは私の部下にも関わってくることだからだ。

 

 いいや、それすらも逃避なのかもしれない。最も罪から逃げているのは私なのかもしれない。私は、血に汚れた手で、死を宣告し続けた口で、坂柳を糾弾している。罪の重さならば、私はずっと重いと言うのに。さも何の罪も持っていないかのように坂柳を陥れている。

 

 誰にも話せず、贖えない十字架は、一生消えることなく死ぬまでそのままなのだろう。赤い沼に足を取られながら、血を吸った服を纏い、骨に身体を刺されながら、地獄への道を歩き続けるのだ。虚飾の仮面を被り、多くの者に望まれた私を演じながら。

 

 歌うような調子で私の喉元に剣を突き付けた時の従妹の声が聞こえる。「(わたくし)が貴方を解放して差し上げましょう。生から解放されればその罪の道筋は終わり、苦痛も消えるのです。そしてその身は神へ捧げる至高の財たる芸術に姿を変え、贖罪を成せるでしょう。貴方をその混沌とした苦しみより解き放てるのは、私だけなのです」

 

 あの時、その狂いながらも冷静な瞳に、私はなんと答えたのだったか。もう忘れてしまった。ただ1つ分かるのは。――――神がおわすと言うのなら、私は地獄へ落ちるだろう。私は、許されたいのかもしれない。誰にかは、最早分からないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生死のない人形のように、罪人は椅子に座っている。微動だにせず、虚空を眺めている。その目に光は無い。心臓の音と微かな呼吸音だけが、辛うじて生きていることを示していた。このまま死体になれば好事家に売れるだろうという見た目をしている。

 

 先ほどまでこの会議室では審議のための証拠と証言の確認がされていた。橋本が証拠についての証言を行い、鬼頭などがそれに追随していた。その結果、証拠の事実性が認められる結果となる。これには坂柳が一切の反論をしなかったことが起因する。例えしたとしても無駄だっただろう。星之宮、坂上、茶柱の3名は完全に全てが坂柳の仕業であると結論付けている。真嶋先生ももう殆ど坂柳への信頼を失っていた。

 

 橋本は脅されていたと主張。その中身に関しては先生方にも教えられないという事で黙秘を貫いた。先生方はそれならば仕方ないと納得している。橋本にはかなり同情的な姿勢を取っていた。坂柳なら脅しかねないと思われているのだろう。つくづく日頃の生活態度は大事だと実感させられる。

 

 もし仮にどうしても言えと言われれば、その時はちゃんと考えてあると橋本は言っていた。尤も、それを披露する機会は無かったが。私としては少しでも秘密を自白してくれるならば嬉しかったので少し残念でもある。橋本は優秀だ。しかし、信用は出来ても信頼は出来ない。

 

 信用は過去的、信頼は未来的だ。信用は「過去の言動や実績から確かなものと信じて受け入れる事」を指す。それに対し「信頼」は、「未来の行動を信じて頼りにする」ことを指している。彼の過去の行動は信じられるが、未来に信を置くことは出来ない。かれはそういう人物だ。

 

 敵が有利と見れば裏切るだろう。今回は一度は選んだ主にお情けで付き合ってあげたというのと、自分への反省、そして私の命であったことが大きく関係し、坂柳に最後まで付き従った。逆にどんな理由であれ付き従ったのは義理堅いという印象を周囲に植え付けている。

 

 今後は葛城の次に男子では重宝する存在にはなりそうだ。しかし、葛城よりは当然信頼できないし、真澄さんと比べるのは以ての外だ。

 

 私の信頼度は真澄さん>>>越えられない壁>>>葛城>>>橋本やその他Aクラス生徒>>>戸塚>>>越えられない壁>>>坂柳の順である。越えられない壁は文字通り越えられないものを指す。戸塚は五月蠅い存在だが葛城を厚遇していれば大人しいのでその辺は少し手のかかる生徒レベルだろう。はねっかえりも多少はいた方が面白い。葛城は信頼しているものの、真澄さんよりは下だ。そりゃ年季がね。

 

 彼女はこの1年良くやってくれた。いつかはあのデータも全部削除しないといけないだろう。彼女を自由にしなくては。ただ……それはいつにするべきかが問題だ。少なくとも最終学年くらいは私に縛られない生活をして欲しい。今年では早過ぎるだろうし何より……私が嫌だ。

 

 なので私のわがままにもう少し付き合って貰い、来年度の終わりには全てを消して解き放つ。これで良いはずだ。そうしたら私から離れて彼女は自由に生活できるようになるだろう。その頃には学習面でもその他でも私はもう、いらないだろうから。

 

 橋本への事情聴取と録音機の内容について時折来る質問に無言で頷き続けるだけの坂柳を見ながらぼんやりとそんな事を考えていた。

 

「よし、これで大体の事情聴取と事実確認は終わったとみて良いだろう。そろそろ今後下す措置について考えなければならないな」

 

 真嶋先生は区切りをつけるようにそう言った。橋本は既に解放されている。真澄さんから入ったメッセージでは、教室に戻った彼はそこまでアウェーになる事も無く受け入れて貰ったようだ。なお、昼休み後に連行されて教室に戻った坂柳への視線は絶対零度だったらしい。怖いなぁ、クラスメイト。

 

 あの戸塚ですら橋本に対し「あんなのに良く今までついてたなと思ったけど、誤解してたぜ。脅されてたんだな。なら仕方ないよな!皆も許してやろうぜ」と呼び掛けていたらしい。よっぽど坂柳が消えて嬉しいのだろう。逆にそれ以外の人への優しさがにじみ出るようになっている。人は分からないものだ。

 

「俺は停学2週間とクラスポイントのマイナス、並びに学年末試験は各教科学年最低点の生徒と同じ点数という扱いが妥当であると思っている」

「真嶋先生、それは些か甘いんじゃないでしょうかねぇ」

 

 坂上先生はここぞとばかりに畳みかけに行っている。まぁ気持ちはわからんでもない。彼のクラスは今や最底辺だ。希望であった龍園も今は失脚。椎名に戦いの意思はない。平和主義では守れるものも守れんと思うのは私が軍人だからだろうが……。ともあれ坂上先生的にはここで叩きたいのだ。

 

「多くの生徒が被害に晒されたんですよ?しかもひどく身勝手な理由で。そんなものが他所の学校で許されるんでしょうかねぇ。今の時代、インターネットコンプライアンスは非常にうるさいですし、各教育機関は目を光らせています。真嶋先生はここのご出身なのでお分かりにならないかもしれませんが、普通は退学ですよ、退学。刑事事件になっていないのは単に一之瀬さんや諸葛君などの恩情でしょう。退学は彼らの意向を汲んで無しにしても、最低停学1カ月が妥当でしょうねぇ」

 

 手をろくろの様に回しながら坂上先生は言う。一之瀬はあの後星之宮先生に対し退学にはしないように訴えていた。こんなところで退学させても何の意味もないとの話だった。これには単に一之瀬の優しさ以外にも、こうすることで生き恥を晒させるという意趣返しもあるのかもしれない。

 

「私は停学3週間と監視、並びに賠償で良いのではないかと思います」

「茶柱先生、監視とは?」

「今回の件は坂柳本人のインターネットリテラシーの低さが原因です。よって、彼女のインターネット関連並びに日頃の行動に制限を設け、監視下に置くことによって今後同様の行為を行うのを止める事が出来るのではないかと」

「……なるほど。まぁそこが落としどころでしょうかねぇ」

「私も佐枝ちゃんに賛成しま~す」

「…………分かった。俺も同意しよう。次に具体的な賠償についてだが――」

 

 ここで私はピンと手を挙げる。一応発言権はあるのだ。私はどの道連帯責任で罰を受けるAクラスの責任者であり、今回訴え出た存在でもあるのだから。

 

「意見、よろしいでしょうか」

「許可する」

「ありがとうございます。私としては、まず被害者の多いBクラスに対してはクラスポイント200を賠償としてAクラスから、次点で多いCクラスとDクラスにはクラスポイント100をそれぞれに同じくAクラスから賠償としてお支払いすることを提案します。続いて、個人ですが一之瀬さんに対しては50万プライベートポイント、その他の方に関しましては10万プライベートポイントを全て坂柳さんに支払われる分のポイントから賄う事を提案します。一之瀬さんを優先に支払い、もし在学中に支払えない場合は卒業後現金で支払うと言うのでどうでしょう。また、このポイントは被害者生徒が退学、ないし卒業する場合には現金化できるというのもプラスの措置として提案したいと思います」

 

 先生たちの空気がざわつく。かなりの額を支払う事を提示しているからだ。これははっきり言って必要経費、コラテラルダメージだろう。私が誹謗中傷のような戦略を使わないと全学年、引いては全校に理解させるためにはかなり大規模な出血を容認する、もっと言えば自分から提案する必要があった。それくらい重く受け止めている、というイメージ作りである。

 

 結果的に個人への賠償はともかく、クラスポイントだけでも400は引かれる。はっきり言って異常な額ではあるだろう。だが、それで私の誠意を示せるのならば問題ない。後は被害に遭った各個人へ直接謝罪行脚をすれば完璧だろう。邪知暴虐なる坂柳のツケを健気に拭っている私の完成だ。

 

「それは……いや学校側としては構わないが、クラスとしては構わないのか」

「問題ありません。私が全権を委任されていると共に、今回の誹謗中傷事件で賠償を払う事は既にクラスで了解を取り付けています」

「先生方、どう思われますか」

 

 真嶋先生は質問の後、他の先生を見渡す。特に異論は無さそうだ。Aクラスが勝手に、かつ無抵抗でポイントを400も捨てて、加えて自クラスに最低でも100、最高で200も入るのだから文句の出ようはずがない。しかもプライベートポイントも多く入ってくる。ポイントは戦略上重要なのは卒業生たる3人は良く知っているし、坂上先生とて理解している。なのですんなりと受け入れられるだろうと言う目測は正解だった。

 

「そうだ、忘れないうちに。このままですと坂柳さんは自主退学しかねないので、それも禁止しておいてください。賠償と謝罪、贖罪も済んでいないのに逃げられてはたまりません。それと、学校全体でもう少し犯罪行為に対するリテラシー強化のための講習会でもして下さい」

「分かった。上層部と相談し、至急取り計らおう」

 

 南雲の得意技が暴力沙汰ならそれを封じればいい。その為に学校に締め付けを強くするように求めるのだ。今坂柳理事長のせいで危うくなりかかっているこの学校。余計な問題を起こしたくない学校としては何としてでも軽挙妄動を慎むようにさせるだろう。さもないと自分達の首が危うい。

 

「くれぐれも、よろしくお願いいたします」

 

 先生方に頭を下げる。坂柳は半分意識が無い。呆然としたまま、夢と現を彷徨っている。さて、半死半生の少女はいいとして、現状確認だ。クラスポイントは大きく推移した。

 

A……1817

B……689

C……468

D……226

 

 

A……1417

B……889

C……568

D……326

 

 となっている。1000以上あったBとの差は600に縮まっている。これならば今後Aクラスに悪感情を抱いた他クラスが合同で包囲網を組まないギリギリのラインだと思っている。衣を脱いだ一之瀬によってBクラスは歩み続けるだろう。他クラスも追い上げてくるはずだ。坂柳も当分は何も出来ない。これで全ての憂いは解決した。

 

 無人島の時点ではある程度計画にあった流れ。当時はもしこうなったらという想定の1つではあったが、ある程度は想定通りに進んでくれて助かった。暫くは安泰だろう。

 

 ……一之瀬は背負わなくてもいい罪を背負っていた。そも彼女は無罪だ。だが犯罪行為をしたのもまた事実。しかし彼女はしっかりそれと向き合った。その光がやはり私には眩しい。私は、どうあがいても闇の中にしかいられないのだから。

 

 会議室を出て外に行けば、寒い風が身に染みる。それは私を嗤うように激しく吹き付けた。遠くから真澄さんがやって来る。私を待っていたらしい。

 

「もう少しだけ、逃げさせてくれ」

 

 小さく呟いて、彼女の方へ歩き出した。




私は良く言われる一之瀬さんのクラス(Bクラス)がちょっとヤバい説には反対でして。というのも、まぁ一般常識的に万引きは犯罪で、そんな人について行く!って言えるのはどうなのかなと思われるかもしれませんが、考えてみて欲しいのです。

龍園みたいなヤバいのとか、坂柳みたいなヤバいのとかがウロウロしていて、気を抜くと退学。学校は自分達を守ってくれるかは分からず、暴力沙汰も生徒会公認になりつつある。そんな閉鎖空間で自分達に優しく明るく接してくれた存在がどれだけ重いのかを。

人には知られたくないことを知られない権利がありますし、もう解決している事件を蒸し返すのはおかしいだろうと。この視点で見ると、Bクラスの反応は別におかしくもなんとも無いんですよね。もう終わった事件。当事者同士で解決している。被害者であり、唯一糾弾と訴訟の出来る立場の店は不問にしてくれた。本人も凄く反省している。それなら今までの自分達にしてくれたことも加味して、受け入れてあげよう!ってなるのは不自然ではないでしょう。むしろ、友達だったらおかしな話ではないと思います。

私たちは、誰しもがBクラスの生徒になる可能性を秘めているのかもしれません。そしてそれは決して間違っているのではなく。一之瀬さんの過去はどんなものであっても、それは許されるものであって、贖いのためにもがき続けた結果作り上げたものは偽物ではないと、そう思うのです。なので、今作ではそういうプロットにしたのでした。

根本的に坂柳さんの一之瀬さんに対する中傷事件は犯罪ですから。事実だろうと名誉を傷つければ犯罪です。しかも、噂の出元が自分だとわりかしバレているので、万が一一之瀬さんが凄い理性的な人で、クラスが勝つためなら割と非道になれるタイプだと、警察の捜査が入ると思います。被害届出されると終わりですからね。いくら治外法権的な学校でも、訴えられたら負けですし。

警察の捜査が入ると、流石のAクラスは口を割らざるを得ないでしょう。南雲は多分怒られるだけで済みますが、悪意を持って悪い噂を流し、精神的苦痛云々で訴えられると坂柳さんの敗けだと思います。少なくとも訴えられた時点で、彼女的には大敗北でしょう。

もっと言えば教育機関がこれを見逃して良い訳ないんだよなぁ。そもそも実力至上主義って言いますけど、現実社会はそうでも学校はそれじゃあダメでしょうとは思います。学校は実力を成長させるための場所なんですからね。最初から完璧な人を求めてる学校は、やはり根本でホワイトルームに近い気がします。

というか、そもそも誰も突っ込まないですが、坂柳さんに一之瀬さんを糾弾する資格ってないんですよね。一之瀬さんは坂柳さんに何ら迷惑をかけていないし、犯罪行為もしていない。それに、万引きは当然許されない事実だとしても、それを糾弾できるのってお店の人だけでしょう。警察はただ事務仕事に則ってやるだけです。しかもこの件は店側の恩情で警察沙汰になっていない。つまり、この時点で解決している訳です。申告されなければ罪にでは出来ないので、彼女は罪の意識を背負っていても、法的に一之瀬さんに前科も前歴もない訳です。叱る、という側面なら、教師や親、友人でも良いかもしれませんが、やる権利はあると思います。ただし、それをしていいのは今の人間関係の中にいる人ではなく、中学時代の友人・教師だけでしょうね。中学時代の一之瀬さんの先生はもっとしっかり怒ってあげて欲しかった。

誰もここに突っ込まないのは何故なんでしょうねぇ。神崎とか行けよ、と思いましたが、流石に衝撃が大きかったか。

この回(前回もですが)は第1話執筆当時から明確に脳内に存在しているお話だったのです。少なくとも罪を悔い、贖いを続け、綾小路の説得があったにしろ最後には逃げなかった一之瀬さんと、誹謗中傷を行い多くを傷つけその罪と向き合っていない誰かさんの対比を書きたかったのでした。

長くなりましたが、これが私のこの巻に対して思った率直な感想です。ですから今回のプロットではそれを反映したシナリオにしております。お楽しみいただけたのなら幸いです。

次回は閑話。学パロ(高育の無かった一番孔明&真澄さんにとってハッピーな世界線)で送る両名が幼馴染な√も用意してますので、お楽しみに!


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閑話 9.5章

ここんところの閑話で死別エンドばっかり書いてたので、たまには幸せなIFも書こうと思います。バランス、とらねぇとなぁ! by家族にリコリコ布教成功した民

私は恋愛描写は苦手です。恋愛描写は苦手です!大事なことなので2回言いました。


<IFルート・もしも高育に行っていなかったら、幼馴染編 side孔明>

 

 

 

「お~い、起きろ~」 

 

 ピピピと目覚ましが鳴っている。カーテンがガバっと開け放たれて、差し込む陽光に強制的に起床を強いられた。目をぱちぱちしていると、目の前に顔が現れる。

 

「おはよう。ねぼすけさん」

「ん……あぁ……真澄か……」

「さっさと起きなさいよね。アンタの頼みでギリギリまで起こさないようにしてるけど、朝ご飯冷めるじゃない」

「分かってる分かってる」

 

 大あくびをして目を覚ました。赤紫に近い黒髪のポニーテールが私の前でヒラヒラと揺れていた。服装は同じ学校の女子制服。彼女の名は神室真澄。足立区にある我が家の隣室の住人。向こうは1901号室。うちは1902号室だ。出会ったのはもうかれこれ十数年前。こっちへ引っ越してきたころだから……幼稚園の頃になる。いわゆる幼馴染だ。

 

 中国人で翻訳家の母と日本人で大学教授の父親を持つ()はかれこれずっとこの縁を続けている。とは言え、最初は別に絡みも無かった。幼稚園も別々だったし、小学校でも低学年の頃はそこまででもなかった。

 

 発端はある冬の日のことになる。彼女の家は共働きだ。そしてあまり彼女に関心が無いようで、小学校1年生の頃から1人で留守番する事が多かった。母は気にしていたようだが、人様の家の事なのでそれまでは密かに気にかけるしかできなかったのだ。その日は凄く寒い日だった。そして彼女は運悪く鍵を忘れると言うミスを犯した。結果、家に入れず寒いロビーで座り込んでいるのを遊びから帰ってきた俺が発見し、ウチの中へ入るように勧めた。

 

 最初は拒んでいたが、寒さには耐えきれなかったのか、最後には手を引かれながら家の中に来た。母は驚きこそしたが、事情を聞いた結果そのまま家にいると良いと言って身体を温めるために風呂に入れ、夕食も食べさせた。その後向こうの両親が帰宅すると何やら話し始め、その結果この奇妙な関係はスタートしたのだった。

 

 母が主張したのは、もし良ければウチで面倒を見る。何かあったら責任は私が取るからというものだった。向こうの両親は普通であれば遠慮するであろうところをじゃあよろしく、とだけ言ったらしい。ゴキブリを瞬殺し、ひったくりを病院送りにしたなど、あまり滅多なことでは動じない母もこの対応には唖然としたと後でぷんすか怒りながら言っていた。

 

 彼女は俺と過ごすことを嫌がらなかった。俺も特に嫌では無かった。学校でも揶揄われることもあったが、別に気にはならない。何故か?有体に言えば可愛かったからだ。俺は聖人君子じゃあない。これでもし平凡な子だったら、もっと言い方を悪くすれば不美人であったのならば俺は嫌がったかもしれない。けれど彼女は小学生の頃から十分に美人だったのである。故に嫌がることなく受け入れ、むしろ仲良くなろうとコミュニケーションに努め、なるべく側にいて理解を示せるようにした。そこにはお世辞にも両親に可愛がられているとは思えない彼女への同情なんかも混じっていたのかもしれない。

 

 時が経つにつれ、彼女がウチの家族と過ごす時間は増えていった。最初は放課後だけ。その後朝も。そして休日も。中学の卒業時から高2になる今までの間では旅行なんかも一緒に来ている。母は自分の娘のように彼女を可愛がっている。俺が蔑ろにされている訳では無いが。父?アイツはあまり他人に興味がない。良くも悪くもだ。ただ、あまりよろしく無かった彼女の成績には興味があったようで、俺に教えるよう促した。

 

 なんでもお前には教える事に関して天賦の才があるとか何とか言っていた。偶に父自身が彼女に教える事もあった。悔しいが、父親は天才だ。教えるのも上手い。塾講師だったら今頃カリスマと言われていただろう。もう初老に入っている老人だが、それでも知性は現役だ。彼女はそれに若干の憧れを抱いている。

 

 同じ都内の名門私立校(とは言っても中はかなり緩い)に入れたのでこうして生活リズムも似てきている。向こうは美術部、こちらは生徒会だ。不束者ながら、1年の頃から会長をさせてもらっている。それでも帰りは待っていてくれるのでありがたい。

 

 一瞬で彼女との出会いを回想しながら、寝ぼけ眼で洗面所へ行き顔を洗う。サッと制服に着替えてからリビングへ向かった。父は優雅にコーヒーを飲んでいる。ムカつくキメ顔だ。母はゴミ出しに行ったのだろう。仕事は在宅なので、ほぼ家にいる時間はほぼ専業主婦と変わらない。そして彼女はちょこんと椅子に座りながら俺を待っていた。

 

「ゴメン、先食べといてくれても良かったのに」

「良いの。アンタと食べるのが大事なんだから」

「それはどうも……頂きます」

「はい、どうぞ」

「作ったの?」

「そうだけど」

「凄い上手になったな。最初はレンジに卵を入れようとしてたのに」

「……」

 

 半目で睨みながら対面から軽く足を蹴っ飛ばされた。もう……と言っているが、これは照れ隠しであると分かっている。10年くらい一緒にいれば何となくわかるものもあるというものだ。取り留めのない雑談をしながら朝食は進む。間もなく高校に入ってから2回目の文化祭を迎えようとしている。そろそろ秋の風が吹く時期だ。

 

 並べられていたのはしっかりとした和食。焼き鮭と卵焼きとご飯、そして味噌汁。母は良いところのお嬢様だったそうなので、礼儀作法にはうるさい。その為、真澄もその恩恵(?)を受けており箸の使い方は恐ろしく上手い。魚の骨の外し方がここまで上手な女子高生も珍しいのではないかと密かに思っている。

 

 ガチャっとドアが開き、母が帰ってくる。

 

「あ、そうだ真澄ちゃん。こないだ見に行ったわよ、展覧会。また最優秀賞取って、凄いわね」

「ありがとうございます」

「将来はやっぱりそっち系?」

「う~ん、まだ分からないです。何処まで通用するか分かりませんから」

「私は絶対いけると思うけどね。ねぇ、お父さんもそう思うでしょう?」

「……」

「またこの人なんも聞いてないわね。全く。話聞いてない人はどうでも良いわ。今大事なのは真澄ちゃんよ。ホント、嫁に来て欲しいくらいだわ」

「お願いされたならすぐにでも行くのですけどね」

 

 彼女はジトっと視線をこちらに向けてくる。確かに彼女は民法上はもう結婚対象年齢に入っている。しかし残念ながら俺はまだ17だ。後1年は無理である。それを分かっていての冗談だろう。母はニコニコしながら我々2人を眺めている。

 

 彼女との関係は2つある。1つは幼馴染。そしてもう1つは……彼女であるという事。告白したのは中2の冬。学区が同じだから中学までは一緒だが、高校はそうはいかないだろうと気付いたので離したくないが故に告白した。受けてもらえたのは嬉しかったが、当時はまだ中学生。そこまで大きく関係性に変化は出なかった。高校に入るとドンドンと距離は近付いていき……これ以上は野暮だろうか。

 

「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」

「お粗末さまでした」

 

 挨拶とお礼はしっかり言う事がルールだった。どんなに喧嘩していても、挨拶はする。それが人間関係を続けるルールとして定まっている。これは家族の間の掟でもあり、彼女と自分との間でも決めていたことだった。尊重しあえないカップルは破局するという記事を見て焦ったこちら側から提案したことだったのが些か格好のつかない部分ではあるが。

 

 あんまり広くはない洗面台で歯を磨き、支度を整えて部屋を出る。彼女の荷物は半ばこっちにある。本来の家には寝に帰っているような状態だ。それが良いのかは分からないが……そもそも彼女の両親も似たような状況なので誰も不都合がない。それも1つの家族の在り方ではあろうけれど、余りにも寂しい気がした。

 

 靴を履き、玄関を開ければ冷たい秋の風。

 

「寒っ!」

「そんなに引っ付かなくても」

「何?嫌なの?」

「いえ、お願いします」

「素直でよろしい」

 

 彼女はこちらの腕に自分の腕を絡めながら引っ付いてくる。繋いだままの手は仄かに温かい。俺の幸せはここにある。いつも通りの日々と、隣にいて欲しい人がいつも隣にいてくれる。それがどうしようもないくらいに幸せだった。もし、違う運命を辿っていたとしても、俺は必ず彼女に巡り合うと信じている。

 

「行ってらっしゃい」

「「行ってきます!」」

 

 母の声に見送られ、2人で声を揃えて歩き出した。今日もきっといい日になるだろうと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

<IFルート・もしも高育に行っていなかったら、幼馴染編 side真澄>

 

 

 私が彼に出会ったのは、運命の日。冬の、とても寒い日。その日の私はツイていなかった。コケたり忘れ物をしたり、色々。でも究極的にツイてなかったのは鍵を忘れたことだ。ウチの家は深夜になるまで誰も帰って来ない。マンションの廊下で思わず立ち尽くした。だがどうしようもない。親に電話をしても助けてはくれないだろう。廊下で待ってるよりはマシだろうとロビーへ行く。けれど、特に暖房があるわけでもない。寒かった。

 

 寒さで凍えながら縮こまっていると不意に声をかけられた。それがきっと運命。思い出補正もあるんだろうけれど、今思い出す彼の姿は白馬に乗った王子様みたいだった。その王子様は私に手を差し伸べて言う。

 

「大丈夫?」

「……大丈夫」

「いや、どう見ても大丈夫じゃないでしょ。鍵、忘れたとか?」

「……そう。だったら何なの?」

「ウチ、来る?」

「いい」

「そっか」

 

 そう言いながら彼は私の隣に座った。その時に彼のジャンパーを私に羽織らせる。少しだけ、暖かくなった。

 

「何してんの?」

「1人で待つより2人で待ってた方が暖かくない?」

「……別に。同情なんかいらないから。どっか行って」

「俺が勝手にここにいるだけだよ」

「……」

 

 変なヤツだと思った。私は彼の事自体は知っていた。小学生はカッコよくて足の速い子が好きになる傾向にある。彼はそれに当てはまっていた。ませた子だと付き合いたいだとか言っている、他クラスのイケメン。そして、私の隣人。多くの男女の羨望を集める、鳳孔明(おおとりよしあき)。私には縁遠い存在だった。

 

「神室、真澄さんだよね?」

「そうだけど、何で知っての。ストーカー?」

「違う違う。お隣じゃん。知ってるよ、そりゃ。それに神室さん可愛いし」

「はっ!?何言って……」

 

 私を優しそうに見つめながら彼は笑った。

 

「どう?喋ったら少し暖かくなって来ない?」

「こない!」

「そうかぁ、残念だなぁ」

 

 彼は笑いながら話を続けた。取り留めのない話。小学生の話なんて、そんなものだろう。テレビがどうとか、クラスの子がどうとか、先生がどうとか。そんな話。私は相槌を偶にうつくらいだったけれど、不思議とそこまで寒くは無かった。

 

「へっくしゅん!」

 

 大きなくしゃみを彼はする。小一時間くらい一緒に座っていた。凄い長かった時間があっという間に感じる。彼は本気で深夜まで私と待つつもりの様だった。後で思ったが、図書館とかに行けばよかったし、学校に助けを求める事も出来ただろう。けれどそこまで頭が回らなかった。彼は頭は良いのに、そういうとこは抜けてる。彼も思いつかなかったらしい。まだまだ私たちは子供だった。

 

「……家、行きたい」

「どこの?」

「アンタの!」

「お、そう?じゃ、行こうか」

 

 彼は私の手を引いて立ち上がる。とても寒いはずなのに、その片鱗すら見せないように気を遣いながら。同学年の男子なんてガキみたいと思ってた。けれど彼はそんな中では異質だった。そして、私の初恋だった。

 

 そこから彼のお義母様の助けもあり、幼馴染としての生活はスタートした。淡い初恋は恋に変わる。だけれど、そんな簡単に彼は靡かない。それに周りによってくる女の子も多い。今は良いだろう。けれど中学、高校、大学となった時にいつまでもいてくれる可能性は低いと思ってしまった。だから努力した。時に彼の両親を頼りつつ、日常の象徴として側にいるように努めた。

 

 幸運なことに、彼もそばにいてくれたわけだ。これは感謝しかない。おかげさまでボッチだった私は人並みに友人関係も作れるようになった。勉強も、運動も、そして得意だった絵も伸ばせた。誰にも見てもらえなかった私の絵は、彼の両親と彼に見てもらえるようになった。凄いと言ってくれたその言葉が、私にはどんなものよりも嬉しかった。私がずっと、実の親から欲しかったものを、彼の家族はくれたのだ。

 

 そして月日は流れる。中学2年生の冬。忘れもしない、出会ったあの日と同じ日付。その日に私は彼から告白された。凄く嬉しかった。努力が実ったのもそうだし、好きな人と公然といられるのもそう。とにかく関係が進んだことが嬉しくてたまらなかった。あまり他人に興味のないお義父様ですら認めてくれた。天にも昇る気持ちとはこのことだっただろう。

 

 幼馴染は負けヒロインとか言ったヤツ、見てるか!私は勝ちヒロインだぞ!と叫びたかったのを今でも覚えている。世の中の幼馴染は覚えておくと良い。日常の象徴として安らぎを与えつつ、それはそれとして好意を示して刺激を与える。このバランスを上手く取ると勝利√が開けるのだと。とは言え、彼はちょっと特殊な人なのであんまり参考にはならないかもしれないが……少なくともざまぁはされないだろう。多分。

 

 だがしかし。その気持ちは無くなりはしないものの新たな不安に覆われる。中学高校はまぁ良いだろう。しかしだ。大学は危うい。これに私は高校入学時に気付いた。私の志望は東京芸大。彼の志望は同じ東京でも本家本物の東大。つまりは東京大学である。大学が別。つまり他の女子を牽制出来ない。困ったことになったと思った。

 

 そして悩んだ私は解決策を思いつく。そうだ、結婚しよう。そうすれば指輪が彼の左手の薬指に嵌る。そんな男性に声をかけられる勇気のある女子は少ないし、彼自身のストッパーになるはずだ。だから私は頑張って一層励んでいるのだが、いまいち通じているのかは分からない。それでもこの気持ち、好きだという気持ちは本物。それは自分で言うのもアレだが疑いようがない真実である。

 

 隣を歩くこのクソボケ彼氏は私の意図には気付いているはずだ。だが、何も言われない。どういう真意があるのか分からない以上、聞き出せもしない。出来れば向こうから言って欲しいなぁ……という欲望があるからだ。

 

 まぁ今はそれでもいい。触れたらヤケドしてしまいそうなほど熱い幸せを感じながら、私は彼と手を繋ぎ朝の道を行く。まだ寝ているショウウィンドウはそれでも朝日を浴びてキラキラと光っていた。その中を2人だけしかいないような雰囲気で歩いていく。同じ歩幅で確実に。この幸せを噛み締めながら。

 

 もうすぐ冬が来る。私の好きな冬が。貴方と出会った冬が。貴方を好きになった冬が。ツンと冷え切った空気だからこそ、貴方の手が暖かい冬がやってくる。ぎゅっと手を握った。離したら、消えてしまいそうだったから。

 

 世界の中心で私は叫びたい。私は貴方を愛してる。そう、誰にも負けないくらいに。

 

 

 

 

 

 

<坂柳有栖の絶望>

 

 

 どこで、道を間違えたのでしょうか。

 

 どこで、私は間違えたのでしょうか。

 

 何が、私をこの結末へと導いたのでしょうか。

 

 私を声高に断罪する諸葛孔明を見て、どこか他人事のようにそう思ってしまいました。私は何がいけなかったのか。全てがいけなかったのでしょう。綾小路君に嘲笑されたあの日から、もしかしたらそれ以前から、私の歯車は確かに狂っていたのです。そう、今になって私は冷静になりました。今までの全ては悪手だったのです。

 

 チェスで言えば、負ける手を打ち続けていたようなもの。それで勝てる訳も無かったのです。天才などいない。その言葉をもっとしっかり考えていれば。私はどこかでその言葉に対し、嘲笑う気持ちを持っていたのです。だから、彼の言葉を聞く事も無かった。全てで間違え続けた末路が、今こうして哀れにも衆目の前で罪を公にされている私なのです。

 

 神室さんが私を強引に引っ張ってクラスへと連行しました。あの場にいては、最悪リンチされかねない。そんな空気すら感じ取れていたので、それは良いのです。そしてクラスで私を待っていたのは蔑みと憐れみの目線。最早誰も私を尊重しないでしょう。誰も私に敬意も、畏怖も感じないでしょう。私はこのヒエラルキーの最下層に落ちたのです。カースト制度で言えば奴隷のその下。蔑まれ汚らわしいとさえ言われる存在が、今の私でした。そんな私に葛城君が近づいてきます。

 

「俺は、お前がいつか変わってくれると思っていた」

 

 私はその言葉を認識しつつも、返事も反論も出来ません。もう、それをする気力すら無いのです。私の魂は宙を彷徨い、私を俯瞰的に見下ろしています。疑似的な幽体離脱なのかもしれません。

 

「俺は諸葛の事を見てきた。そして自分の至らなさに気付いた。自分には足りないものがある。だからこの3年間で諸葛から学び、自分の人生に活かそう。そう決めた。だからクラスのリーダーを任せた。そんな諸葛ならば、お前のことも変えてくれるんじゃないか。お前も変わるんじゃないかと信じていた。だが……それは俺の都合のいい目測でしかなかったようだな」

「……」

「教師がいかに良くても生徒がダメではどうにもならん、か。お前の思想は認められないが、もっと芯のある人間だと思っていた。そしてもっと賢い人間だと。……お前には失望したぞ、坂柳。お前をライバルと思っていた過去の自分が……今となっては恥ずかしい」

 

 彼はそう言って去って行きます。私はクラスメイトからの視線にさらされます。好意的なものは1つもなく。憐れみか、蔑みか、怒りか。いずれもマイナスなものばかり。かつて凡人と見下していた人々に、私は今見下されているのです。

 

 フラフラと椅子に座ります。誰も何も言いません。石を投げる生徒もいません。しかし、誰もが私を蔑視し、敵視しています。無言で私を見る視線が何本も突き刺さっていました。

 

「謝りもしないんだ」

 

 私に向かい、1人の女子生徒が言い放ちます。彼女は昔私の派閥にいた生徒でした。私のカリスマ性に酔っていたその彼女が、今や私を殺さんばかりの視線を投げかけています。そう言えば彼女は無差別な噂の対象になっていたのを思い出します。そして、今やその無差別爆撃が私の犯行になっていることも。

 

 その内橋本君が帰ってきます。彼も咎められるかと思いましたが、彼は私に脅されていた被害者として振舞い、クラスに温かく迎えられています。もっと早く言ってくれよ、と戸塚君が彼の肩を叩いています。そう言えばその戸塚君も噂の対象になっていました。

 

「いや、いくら事情があったにしろ、俺のやったのは裏切りだ。済まなかった!」

 

 橋本君はそう言って皆に頭を下げます。その謝罪はあっさりと受け入れられていました。その分、黙って下を向き座っている私への敵意は増していきます。ひそひそと罵倒する声が増し、それを止める者もいません。私に直接掴みかかる生徒もいました。誰も最早私を庇いはしません。諸葛孔明は未だBクラスにいます。制止できる存在であろう葛城君は見ないふりをしています。

 

 そしてもう1人の神室さんは憐れみの目で私を見つめていました。

 

「何とか言ったらどうなのよ!どうせ、散々裏では私たちを馬鹿にしてたんでしょ!」

 

 女子の1人が私の髪の気を掴み、強引に上を向かせます。憎しみに染まった目が、私を見ていました。怖くはありません。ただ、何も感じられなかったのです。怖くはないけれど、苛立ちも感じない。虚無がそこにありました。

 

「流石にそこまで」

 

 神室さんが手で制します。その後、何とも言えない目で私を見て、それから一言だけ言いました。

 

「私があなたを助けたのは別に可哀想だからじゃなくて、イジメだと思われたくないから。でもさ、今あなたがされているのって、かつてあなたがしてきた事なんじゃないの?」

「……」

 

 それに応えるべき言葉は、私にありませんでした。その通りだったからです。これは全て私がかつて誰かにやってきた事。退屈を紛らわせるために誰かの人生を幾つも破壊してきた、その代償なのかもしれません。

 

 

 

 

 

「謝罪もしてないんだってな」

 

 私への査問会議が終わった後、席を立った彼は私を見下ろして言いました。その時私は初めて生きている人間に恐怖を抱きました。その目は冷徹で、その目はまるで私を家畜か或いは実験対象、もっと言えば喋る肉塊としかとらえていないように感じたからです。無感動に、まるでなんでもない事かのように彼は私に向き合っていました。 

 

「そのプライドの高さが敗因の1つだとまだ気付かないのか?」

「……プライドなんて、誰にだってあるでしょう」

「お、やっと喋った。それはさておき、お前はプライドについて間違って捉えている。プライドなんて犬にでも食わせておけばいいんだよ。必要な時は、そんなもの捨て去ってきた。だがお前は固執した。だから負けたんだ。――プライドなんて、とっくに捨てたさ」

 

 酷薄に笑いながら彼は言いました。では、何のために?プライドが無いなら、何のために戦うのでしょうか。戦いは自分の尊厳を守るためにやるのです。だから私は常に戦い続けなくてはいけなかった。

 

「お前、争いが好きなんだろう?所謂サディストか。なら丁度いい。紛争地域にでも行ってくると良いさ。人の命がそこら辺に落ちてる石よりも安い世界を見て来れば、2度と戦いたいなんて言わなくなる。戦いとはそういうものだ。やるよりやらない方がずっといい」 

「……なら、貴方は何のために」

「いつもと同じ日々のため、未来のため、夢や希望のため……。いや、違うな。俺は明日が欲しくて戦い続けたんだ」

 

 まだ、間に合うかもしれない。そう言い残して彼は去って行きます。私は、どうすれば良いのでしょうか。何も無いのです。私を動かしていたものは全て消され、情熱も生き甲斐も無くなりました。明日が欲しい。私には、当たり前すぎて欲しいなどと望んだことの無いもの。

 

――――あぁ、戦っている次元は、私よりもっともっと上だったのか。そんな事に、今ようやく気づかされました。しかし全てはもう終わってしまったのです。退学も出来ず、私はひたすらここで生き続けるしかありません。敵意と悪意に晒されながら。きっと、今まで私がやってきた事の代償を払いながら日々を送るのです。

 

 夏休みに言われた彼の言葉が蘇ります。「人を呪わば穴二つ」と彼は言いました。呪いを悪意に変えても意味は通るでしょう。結局、私が受けた全ては私の罪の清算なのですから。終わらぬ絶望に浸されながら、私は目を閉じました。そうすれば、もしかしたら過去に返れるかもしれなかったから。もしくは……明日の来ない存在になれるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双⑥、両手の華編・IFルートCクラス>

 

 

 我らが龍園率いるAクラスは歓喜に沸いている。何故か。簡単だ。元Aクラスが崩壊したからである。坂柳は起死回生を狙いまずは一之瀬の排除へ動いた。結果は大敗。理由は至極単純で、こちらのスパイが潜り込んでいたからである。結果犯罪まがいの行為で一之瀬を排除しにかかった坂柳は学校側によりお縄となり謹慎停学を命じられている。

 

 結果坂柳派は崩壊。葛城派と責任の擦り付け合いをしている。一之瀬は辛くもクラスを守りきれたが、別に彼女がどうこうしたわけではない。全て龍園と私の策謀によってなされたことだった。そして今回のポイントは、利用したスパイの使い方である。神室真澄を利用したわけだが、我々は彼女の持った情報を確認したうえで我がクラスが使うのではなく学校へ訴えさせた。

 

 クラスにしてみれば裏切り者ではあるが、人倫的には非常に正しい行いをしたわけだ。彼女を責められる者はいない。坂柳は苦し紛れに彼女も万引き犯であると公言したが、最早坂柳の話を信じる者などいなかった。そしてそんな一躍時の人となった彼女は今、我がクラスの教壇で挨拶をしていた。

 

「本日より龍園による引き抜きで我がクラスに加入することになった神室真澄さんだ。挨拶を」

「えっと……期待に応えられるように頑張ります」

 

 クラスは歓迎ムードである。正義の人、とクラスメイトは信じている。それに厄介だった元Aクラスを崩壊に追い込んでくれたのでクラスメイトからしてもありがたい存在だった。加えて言えばこれまでの功績から龍園の行動に文句を言う者はいない。彼は暴君ではあるが暗君ではない。悪のカリスマ的存在として、宇なくクラスを統治している。

 

 この前の体育祭で運動の出来ない生徒がそれを謝ったところ、「運動が出来ないのは悪い事じゃねぇ。お前らにはお前らが役に立つ場所がある。今回は、足引っ張らない程度に頑張れば、それで良い」と言っていた。生徒の能力もしっかり把握しているようなので、龍園について行きたいと自ら言う人も増えている。何だかんだクラス単位で最初から勝利しようとしていたのも好印象なのかもしれない。

 

 休み時間になると神室は良くちょこちょこと私の側に来る。彼女の私を挟んで反対側には椎名がいて、どういう訳かニコニコしながらも謎の視線を交わし合っている。

 

 クラスの数は41人になったが、最後尾を上手く調整することで列には収まる形になった。坂上先生はウハウハである。毎日機嫌がいいため、生徒からも苦笑されていた。それはともかくやって来た彼女だが、上手く働いていた。ただし金田や椎名に比べると学力は見劣りする。なので、私の個人授業でスキルアップを図っていたのだが、随分と懐かれてしまった。それは別に良いのだが、これが原因でまた1つ問題が発生してくるのだった。

 

「私は……もういりませんか?」

 

 放課後。無人の教室で半分涙目になりながら椎名は言う。彼女は大分身長が小さい。なのでかなり私を見上げる形になるのだが、私を見上げつつ彼女は捨てないでと願うペットのように懇願していた。

 

「神室さんは運動も出来て、決して成績も悪くありません。今孔明君のおかげでその成績もぐんぐん上がっています。いずれ、私の上位互換になってしまうでしょう。そうなった時、私はもう、いりませんか?」

「いや、別にそんな事は……」

「でも、最近は彼女にかかりきりで私ともお話してくれなくなりました」

「あぁ、それは……」

 

 やるべき課題を優先していた結果、彼女に付き合うのを忘れていたのは事実だ。

 

「私が邪魔ならば、そう言ってください。孔明君がクラスのために働いているのは1()()近くで見てきたので良く知っています。もし私との時間が不要ならば、迷惑ならばそうなるのは本望ではありません。とても悲しいですが……それが皆さんのためならば……」

「椎名さ「ひよりです」……ひよりさんは邪魔などではありませんから、安心してください」

「ですが……」

 

 彼女はしょんぼりしたように下を向く。こうされると大分罪悪感が湧いてきてしまうものだ。ガラガラと扉が開け放たれて龍園が入ってくる。

 

「おい、コイツをちょっと借りていくぞ、ひより」

 

 彼女の返事を待たず、龍園は私を連れ出した。階段で龍園は私と向き合う。珍しく真剣な顔をしていた。いや、最近は真剣な顔も増えたか。

 

「お前には感謝してるぜ」

「なんですか、いきなり藪から棒に。死ぬんですか?」

「違う。だが、感謝してるのは事実だ。お前のおかげでAまで上がれた。しかも1年の間にな」

「それはどうも」

「お前に問う。お前の主は誰だ」

「貴方ですが?」

「そうだよなぁ。じゃあ、お前に命じたっていい訳だ」

「それは勿論」

「では命じる。諸葛孔明、しばらくクラスの運営から外れろ。俺がいいと言うまでな」

「……追放ですか?狡兎死して走狗烹らるという奴ですかね」

「そんな狭量な事はしねぇさ。だがこれには理由がある。お前のおかげでAまでこれた。坂柳は壊滅したし、一之瀬は伸び悩んでる。Dは論外だ。であれば今は一時的に余裕が出てるな。だからこそお前に運営から外れてもらう。勘違いするなよ、遊べと言ってるわけじゃない」

「では、何です?」

 

 はぁ、と龍園はため息を吐く。

 

「お前は優秀だ。だがその頭脳を対人関係に振り分けてない。それも特定分野だけなぁ。お前、どっかで気付いてるだろ。お前が持ってきた神室も、そしてひよりも、確実にお前に気がある」

「……はぁ。それは貴方が恋愛小説の読みすぎとかでは無いのですか?」

「違うな。これでも色んなヤツを見てきた。その手の事に詳しいかと言われればノーだが、それくらいはわかる。どうしてお前が分からないかの原因は2つだろうな。1つはお前がそっちに頭を振り分けてない。もう1つはお前が無意識下で拒否してる。俺はその拒否してる原因なんか知らないし、どうでも良い。だがこのまま優秀な軍師を人間関係で能力が発揮できない状況に置くのは得策じゃねぇ」

「……」

「だからこそお前に命じる。諸葛孔明、しばらくクラスの運営から離れて、お前の側にいる奴の事を考えてやれ。それがお前が今1番するべきことだ」

「私にはそうは思えませんが」

「これは命令だ。お前の感想は聞いてねぇ。俺は必要だと判断した。お前のためにも、クラスのためにも、あの2人のためにもな。解決したと判断出来たら、また戻してやるよ。それまでのゴタゴタは俺たちでどうにかする。だからお前は俺の命令をこなせ。良いな?」

「……了解!」

 

 もっと理不尽な命令はいっぱい聞いてきた。しかし、ここまで困惑した命令は初めてだ。龍園は一体何を言って……いや、分からないフリはよそう。私はどうするべきなのか。その答えは暫く出そうになかった。

 

「悩め、軍師。それがお前に必要なことのはずだ。だが必ず解決できると思ってるぜ。なにせ、お前は俺の軍師だからな」

 

 ククク、といつもの不気味な笑いを浮かべながら龍園は階段を上っていく。誰かのために考えるのは慣れている。自分のためでもだ。だが、こういうことについて考えろと言うのは全くの未経験である。それも見越して私の弱点を拭おうとしているのならば、彼は本物の王なのかもしれない。ふと、そう思った。私の見出した存在は思ったよりもずっと、玉座に座る価値のある人間だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

<IFルート・Aクラス もし船上試験で調整を選ばなかったら・その後>

 

 

 点滴が腕に繋がれたまま真澄さんは眠りこけている。かれこれ2日になろうとしていた。龍園たちが真澄さんを囮に私を呼びよせてから早2日。この日の間に凄まじい勢いで物事は動いていた。それよりも私は全く見舞いに来ない彼女の親に困惑している。殴られても文句は言えないと思っていたが、生きていることを確認するとお任せしますの一言だったと真嶋先生も困りながら言っていた。

 

 さて、肝心の龍園たちの処遇であるが、当然のことながら警察で事情聴取を受けた。当たり前である。警察もかなり悪質であると判断し、入念に取り調べを行ったらしい。真澄さんの衣服から龍園や他の生徒の指紋・靴の一部などが見つかり、彼女が決死の抵抗として噛んだ龍園の腕の歯形も彼女の物との一致。必死に抵抗を試みたことが伺えた。

 

 真冬に野ざらしで監禁したこと、水を掛けたこと、しかも顔に布を当てていたことは十分に殺人未遂であると判断された。ついでに言えば、彼らの発言を録音していたことも功を奏したと言えるだろう。どうなっても良いのか、などの台詞から殺意は存在していたと解釈された。警察とて人間。当然印象などは関係してくる。どうも、必死に彼女の名前を呼び、祈りながら何時間も病室で一緒にいた私に心打たれた人もいたらしい。それと反比例するように龍園たちの心証は悪くなっていった。

 

 外傷は怪我なので何とかなる。内傷も骨折が多いが、内臓系はそこまで大きな怪我ではないとの話であった。何針か縫う事にはなったようだが、顔に目立った外傷がないのがせめてもの救いかもしれない。今は疲れて眠っているだけであろうとも言われている。しかし、だからと言って安全視は出来ない。霊的には寝ている間が一番危ない。それに医学的にも術後は危険だ。

 

「……早く目覚めてくれ」

 

 公欠を貰い、病院に一日中詰めている。中華系の影響がある病院に運よく搬送されたので、融通が利く。本国の金を全力で引き出して、高級個室にしてもらっていた。部屋でただただ早く目覚める事を祈っていると、コンコンと戸が叩かれる。

 

「どうぞ」

「お邪魔するよ」

 

 初老の男性が入ってくる。顔はかなり疲れ切っていた。坂柳理事長である事が分かったが、一瞬で分からなかったのはかなり顔がやつれていたからである。

 

「彼女は、どうかな」

「……命に別条はありません。骨折等もリハビリでは治るでしょう。しかし、心的なところはわかりません」

「そうか……彼女には済まない事をした」

「理事長のせいではありませんけどね……いや、間接的には龍園たちを入学させた貴方のせいか」

「言い訳のしようもない話だ」

「されたら殴っていたところですよ。確かに今回の件は詰めを誤り、判断を誤り、龍園たちを追い詰めすぎた私が動機になってしまったのでしょう。しかし、私は何の罪も犯していない。私には、彼らを糾弾する権利があるはずだ」

「それは……その通りだね」

「理事長、貴方が最終的に入る生徒を決めているのですよね」

「そうだね。僕が、面接等の結果を見て最後に判断している」

「もし彼女が目覚めなかったら、私は貴方を許さない」

「……」

「世間は大騒ぎですね」

 

 彼がやつれている原因はそれだ。私は、警察によって龍園たちがひっ捕らえられると同時にこれまでの高育で行われた事を全てまとめたデータと、今回の顛末を全てまとめたデータを合わせ、混乱の中真澄さんの付き添いという名目で学校外へ出るとマスコミに全てをバラまいた。結果、ストップが入る前に新聞や週刊誌各社が一斉に報道。不自然な規制が入るもインターネットは止められず、高育は大炎上している。

 

 何故そんな事をしたのか。理由は簡単だ。いかな閉鎖空間とは言え、こんな犯罪者を生み出すような環境、もっと言えばこんな暴力性のある人間に何の指導もせず野放しにしている空間、もっと言えば実力至上主義の名の下に認めている空間など正しい教育機関ではない。殺人未遂事件だ。もしかしたら潰れてしまうかもしれないと思っている。けれど私はそれでもやるつもりだった。そこまで考えて、実行した。葛城や一之瀬のような苦学生には申し訳ないと思っている。もし高育が潰れるなら出来る限り支援はするつもりだ。

 

 病室のテレビを点ければお昼のワイドショーがやっている。連日連夜高育についての批判で一杯だ。理事長の顔が更に暗くなる。娘も警察で事情聴取中だ。もしかすると裁判行きかもしれない。共謀罪が成立する可能性が高いと警察は言っていた。

 

「マスコミは全て面会謝絶の名の下に断っています。貴方も早くお帰り下さい。でないと、記者がうるさい」

 

 ブラインドから外を見れば、何台かのマスコミの車が停車している。十中八九理事長をつけて来たのだろう。さっきまではいなかった。

 

「あぁ……失礼させてもらうとするよ。彼女が目覚めたら知らせて欲しい」

「善処します」

 

 理事長は去って行く。ため息を吐きながら今後のことについて考えた。もし高育が潰れた場合、真澄さんをどうにかして良い学校へ送りこまないといけない。幸い、彼女の成績なら上位私立校にも入れるだろう。彼女の個人情報は徹底的に秘匿している。マスコミは上、それこそ経営陣から凄まじい圧力がかかっているはずだ。被害者については報道するな、という。大使館には後で頭を下げておく必要がありそうだ。

 

 もし首の皮一枚で高育が残ったとしても大分制度の変革を迫られるだろう。情報公開も必要になるはずだ。その頃には私はいないだろう。彼女をこんな風にした責任は取らねばならない。私がいなければ、彼女は傷つく事は無かったのだから。兎にも角にも早く目覚めてくれ。そう祈る。

 

「う、うぅぅ……」

 

 考えていると、唸りながら彼女が目を開けた。ぼんやりとした目で私を見ている。祈りは天に通じたようだ。私は神など信じないが、今だけあらゆる神に感謝したい。

 

「何……泣いてんの……アンタ」

 

 クスクスと笑いながら彼女は言う。急いでナースコールを押した。口の中にしょっぱいものが入って来たが、何の気にもならないくらい、今は嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 脳波等に異常は無いのでこれからリハビリをしつつ、数週間で退院できるという説明を受ける。さっき途切れ途切れだったのは喉が渇いてたのと寝起きだったかららしい。今は稼働式ベッドの上で身体を起こしながら普通に起きていた。

 

「高育、無くなるかも」

「あ~、まぁ、そうかもね」

 

 ワイドショーを見て何となくの状況を察したらしい。クラスの方はもう授業どころではなく、保護者と生徒への説明会に追われているとの事。南雲会長は半狂乱だそうだ。葛城以下、クラスはなんとかまとまっているが龍園のクラスは酷いものだと言う。堀北や一之瀬も混乱の中何とかまとめていたが、外のニュースは嫌でも入ってくる。みんな身の振り方を考え始めていた。自主退学を考える生徒もいると言う。

 

 クラスの方を問いただす私の連絡に、葛城は堂々と『お前は神室の事を心配していろ。こっちは任せてくれ』と言い切っている。素直にカッコいいと思えた。

 

「もし無くならないとしても私は学校を去る。それが唯一のケジメだ」

「……やだ」

「やだって、そんな子供みたいな」

「やだ!私が嫌だって言った」

「えぇ……」

「私=被害者。アンタ=特に何も悪くはないけど勝手に責任を感じてる。つまり私の方が立場は上。OK?」

「はい……」

「私が辞めて欲しくないと思った。つまりアンタは残らないといけない。そして私が健常な日常生活を送れるようにサポートする。OK?」

「OK、です」

「よろしい。辞めるとか言わないで。何も悪くないでしょ?呼び出されてノコノコ行った間抜けは私。勝手にボコられたのも私。悪いのはボコったあいつらと坂柳。アンタは悪くない。私は私の意思で、龍園に抵抗したの。全てに責任を感じてるつもりかは知らないけど、それは傲慢よ。私たちはまだ高校生なんだから」

「……ありがとう」

「何に対するお礼かは知らないけど、どういたしまして」

 

 私は少しだけ許された気がした。全てに責任を持つのは傲慢、か。今まで私の身直にいた人間、つまりは部下のやる事は全て私の責任だった。だからこそ、そういう思考が板についていた。けれど、彼女は私の部下ではあるけれど他の者とは違う。それが彼女が私に傲慢と言って諭した原因だろう。

 

 人は、自分の行った行為への責任を持たねばならない。自分の行った行為がもたらした結果にも責任を持たねばならない。まだ高校生。そう言えばそうだった。ここでの私は陸軍の軍人ではなく、いや正確には軍人ではあるけれど、それ以上に高校生であった。高校生だから、というのは免罪符にはならないけれど、もう少し高校生らしく考えてもいい。そういう意味も込めて、彼女は敢えて強い口調で言うことで私を許そうとしたのかもしれない。その証拠に彼女はそっぽを向いている。照れている時にする仕草だ。本当に何に対するお礼か知らなかったら、そんな仕草はしない。

 

「もし、無くなっちゃったらどうする」

「……さぁな。どうしようか。私は国に帰るが、真澄さんはどこかに転校するんじゃないのか?常識的に考えて」

「国に帰ってどうするの?」

「生憎と仕事があってな」

「その仕事って、元々の予定だと後2年はやらなくていいものでしょ?」

 

 言われてみれば確かにそうとも言えるかもしれない。元々の予定では2年生と3年生の2年間は少なくともまだ日本にいる予定だった。

 

「じゃあ、休んでも良いんじゃない?」

「休む、か。ゲームして、本でも読んでとか?」

「もっと長い間。2年もあるんだよ?」

「そうだなぁ……」

 

 考え込んでいる私を彼女はジッと見つめる。病室には午後3時の冬でも温かい光が差し込んでいた。チクタクと時計が鳴る。彼女は不意に口を開いた。

 

「私、やりたいことがある」

「何?」

「世界を見たい」

「世界……?」

「そう。色んな所へ行って、色んなものを見て、色んなものを食べて、色んな人と出会って。そして絵なんかも描いたりして」

「世界旅行、か」

「そんな感じね。――そしてその最後に、アンタの国に行きたい」

「え」

「分かってるわよ。どこか違う国から来たんでしょ?何となくだけど察してたし」

「そうか……。まぁその疑問に答えるなら真実だ。私は日本人じゃない。中国人だ」

「そっか。自分の国は好き?」

「……まぁ一応は」

 

 支配者は嫌いだ。だが、そこに住んでいる人は嫌いじゃない。みんな毎日必死に生きている。文化を誇りながら、食べ物に舌鼓を打ちながら。そんな暮らしは嫌いじゃなかった。

 

「そう。なら、アンタの育った国を見たい。どんなものを見て、何を感じてきたのか、知りたい。アンタの大切にしているものを。勿論、それまでの過程も全部アンタと一緒に」

「いや、だが」

「私をこんなにした責任、取って」

 

 間違いなく第三者に聞かれたらアウトな言葉を用いて脅してくる。本気で脅している訳では無いのはわかるが、結構したたかだ。こんなだったかなと思ったが、完全に私の影響だろう。

 

「分かった分かった。何処へなりともお供しようじゃないか」

「よろしい」

 

 むふーと息をこぼしつつ笑いながら、彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 数か月後。結局あの後覆水盆に返らずという言葉通りの結末となった。与野党内部からの批判。国内外からの批判。連日連夜のデモ活動。与野党両方の支持者が珍しく一致団結した抗議運動は文部科学省の心を折るのに十分だった。多くの在校生は別の学校へ転校。AやBの生徒、並びに下位クラスの成績優秀者はそれでよかったが下位者は大変だったようだ。それでも何とか全員受け入れ先が決まったと風の噂で聞いている。

 

 葛城や一之瀬は返済無用の奨学金を出すよう指示をしておいた。彼らに罪はない以上、私が全てを破壊した責任は取らないといけない。その後は何とか平穏にやっているようだ。我が国の中央に持ち帰ったホワイトルームの情報を中央政府は大々的に発表した。その結果、またしても日本は混乱状態にある。今日も今日とてホワイトルームの施設に強制捜査に入った検察特捜部の姿がニュースで取り上げられている。

 

 日本は今、全ての既得権益への批判という点で1つになろうとしていた。変革の風が吹き荒れている。そんな中、私と彼女は成田空港のターミナルで飛行機を待っている。幸い金なら幾らでも……では無いがかなりある。2年間世界を飛び回っても余裕でお釣りがくるだろう。爺はごねていたが、部下たちが銃口を突き付けて許可をもらってきてくれた。軍上層部も今ウハウハなので休んで来いと言われている。尤も流石にノータッチとはいかないだろうが。

 

「それで?今日まで行き先を知らされてこなかったのだが、結局何処へ行くんだ」

「まずは定番のヨーロッパでしょ。そしてヨーロッパで絵描きがまず行きたい場所と言えば……そう、ルーブル!」

「あぁ、フランス。君、フランス語喋れるの?」

「ボンジュール?」

「だけかよ。まぁ良いさ。私が喋ってあげようじゃないか。その代わり離れるなよ」

「はいはい。地球の歩き方で注意事項は完璧に抑えたから」

「だと良いけど」

 

 アナウンスが入り、搭乗ゲートへの案内が始まった。これから2年間の休暇になる。

 

「何してんの、行くよ?」

「はいはい。ちょっと待ってくれ」

 

 トラブルも多そうだが、それもまた楽しめそうだ。案外こういう結末もそんなに悪くはないかもしれない。早く来いと手を振る彼女を追いかけながら、そう思った。




幼馴染編のルート分岐は『鳳教授(孔明父)が綾小路父と協力しない』になります。その後孔明&奥さんと一緒に東京の某赤門国立大学に転勤。その際に住んでいるマンションの隣の部屋がたまたま神室家だったというのがルート解法条件です。どんな運ゲーだよ。なお、諸葛桜綾(孔明母)は正史だと過労で早期発見が遅れましたが、この世界線だと普通に病院に行って完治してます。

幼馴染編だと、高3の文化祭の後夜祭でプロポーズされます。やったね、真澄さん大勝利!

次章は月城オジサンと愉快な投票回です。お楽しみに!


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10章・人が決まってウソをつくとき。それは狩りの後、戦争の最中、そして選挙の前
52.弟子と子


やっと最終試験のプロットが出来ました。後、真澄さん誕生日回を閑話に入れ忘れたので、この章の閑話でやります。


投票した者が決めるのではない。投票を数える者が全てを決めるのだ。

 

『ヨシフ・スターリン』

―――――――――――――――――――――――――

 

<異国の館にて>

 

 

 赤い。その世界はとても赤かった。壁も、床も、天井も。玄関すら濃い赤である。そんな赤い屋敷の中を1人の人間が歩いている。名を黄雹華。諸葛孔明の副官である。軍服に身を包んだ少女は、銀髪の下にある美貌を歪ませながら明らかに内装に失敗している趣味の悪い館を歩いていた。洋館の一室を前に立ち止まり、一応の礼儀と思いノックをする。

 

「どうぞ」

 

 中からは鈴のような声がした。ギィっときしむ重たい扉を開くと、そこにはまた赤い世界。その中心に目当ての人物はいた。カンバスと絵の具はまぁ普通。しかしながらそれとは別に、尋常ならざる数の……血。瓶に入った大量の血が所狭しとある。骨や脳、目、心臓、あらゆる臓器がそこには存在していた。近くには死体も転がっている。顔をしかめながら、銀色の少女は中央の赤い少女に声をかけた。 

 

「どうも」

「えぇ。お久しぶりですわね」

 

 静かな、感情を感じさせない淡白な声がする。この声を聴いていると頭が痛くなる。まるで自分を穏やかに、しかし確かに洗脳しようとしているように聞こえるからだ。その一因にはこの死臭とお香とが混じった何とも言えない空気が作用しているだろう。

 

(わたくし)の診察を受けに?……薬は後2カ月は持つはずですが。それとも、芸術に理解をお示しくださったのですか」

「違います。貴女の意思確認に参りましたのですよ、諸葛魅音(レディ・ブラッド)殿」

 

 赤い口紅に赤みがかった髪。赤を基調とし、好むからというのもその異名の理由の1つ。そしてもう1つはその趣味嗜好から。独自――と言えばかなりオブラートに包んだ言い方にはなるが――な価値観を持っている。とは言え、別に無差別殺人をするわけではない。彼女が殺すのは国家に仇為す罪人。諸葛孔明率いる白帝会が守護者に近いとすれば、彼女は処刑人である。尤も、仕事をするかはかなり気まぐれだが……。

 

 その本業は精神科医。腕は良いのだが隙を見せた患者を傀儡にしようとする悪癖があり利用者は軍人くらいなものであろう。かつてその本性を孔明にも隠していた許嫁時代、彼女は白帝会のメンタルケアのために来た。鉄の結束を打ち砕きそうな洗脳を見抜かれ死闘の末に追い出されたが、耐性のある何人かはまだ見てもらっていた。PTSDはいかに強い軍人であっても悩まされるものなのだ。

 

「意思、とは?」

「貴女、何やら対日工作をしていたようですが、何かする気なのですか」

「それを知ってどうするのです」

「ご存じのように日本には閣下がおられます。その邪魔をするようでしたら、私は排除しなくてはならない。これは閣下からのご命令です。最悪、殺せと」

「……それが可能だと?」

「不可能かはやってみないと分かりませんでしょうに」

 

 絵筆が動く。果たしてその絵は残酷なまでに美しい。人体を材料に使った絵。それが彼女の描く芸術である。そうすることで罪人の魂は神より与えられた至高の財、つまりは芸術の一部となり、罪が救われるという主張をしている。理解者はいないのだが。

 

 精神科を修めているのも脳と精神は神の領域と勝手に主張しているからであった。

 

「あの方は救えない。黄大校、貴女は私の治療で救える。けれどあの方の罪とその十字架はもう戻れないところまで行ってしまった。そしてそれをどうすることも出来ず、ただ抱え込んでいる。そして苦しんでいる。貴女はわかっておいででしょう?だから私が殺すのです。そうして救済せねば」

「……それを本人が望んでいなくても?」

「ええ、勿論」

「……狂人が。まぁ良いです。邪魔をすると言うのなら……」

「邪魔をする気はありません。ただ、私は彼を救いたいだけなのです。私だけが救えるのです。貴女ではできない。私だけが、あの方の闇も光も、()()()()()()()()も全て知っているのだから」

「……」

「私は日本へ行きます。既に、ほら」

 

 彼女が差し出したのは封筒。そこには高度育成高等学校と書いてある。黄が中を見れば、合格通知と書いてあった。

 

「本籍を日本にずらしておいた甲斐がありました。ほら、この学校では政変がありましたでしょう?その混乱で審査が甘くなっていたようで、すんなりと入れましたの」

「そこで何をする気だ」

「あの方も昔は私の診察を受けた身。一応経過観察はしなくては。救済するかはその時次第。もしかしたら万が一、億が一、少しは良好になっているかもしれませんもの」

「そうだったらどうするんです」

「その時は……大人しく過ごすとしましょう。そうなった場合に彼を変えた世界に対して、少し興味はありますので。治療法に気付けるかもしれませんから。彼の凡そ地上ではほぼ手に入らないレベルの顔と目とその他の部位が手に入らないのは残念ですが。それに貴女が命じられたのは邪魔をしようとしている場合でしょう?私はかつての医者として行くのです。少なくとも建前上は、ですが」

「……分かりました。一応その建前を呑みましょう。閣下のカルテを持ってるほぼ唯一の存在が貴女ですからね。しかし次年度には我が会からも人が入ります。おかしな動きを見せれば、部屋ごと吹き飛ばしますよ」

 

 返答はない。了承したのか否かも示さず、赤い少女はただひたすらに筆を動かした。どこか恍惚とした表情で。黄雹華には殺せなかった。彼女を殺してはいけないという命令が孔明よりも上、彼の祖父から出ているからだ。つまりは全てハッタリだった。それも恐らく見抜かれているのだろうとため息を吐く。一刻も早くこの屋敷から帰りたかった。至急、自らの主に報告しなければならない。吸血鬼が来る、と。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 私の隣の席が欠席になって半月ほどが経過した。あの審議会の日以来停学になったため坂柳はずっと寮に籠っている。弾みで死なないように監視もついているようだが、生気のない抜け殻のようになっていると報告が来ていた。食材は学校側が運んでいるので飢える事は無いようだが、ほとんど手を付けていないらしい。そろそろ何とかしないと本当にその内餓死とか飛び降り自殺をしかねないので近々様子を見にいくつもりだ。

 

 お灸をすえるべく厳しめに対応したが、何も退学させたい訳でもないし殺したい訳でもない。そこまで憎むのも疲れるので、やりたくないのだ。大人しくしていてくれればそれで構わない。

 

 さて、坂柳はテストを受けていないので学年末試験は私が単独首位になることが出来た。いっつも上に坂柳がいるのは心情的に微妙だったので、ここだけは少し嬉しい。

 

<学年末テスト成績優秀者>

 

1位:諸葛孔明  1000点

2位:葛城康平  985点

3位:一之瀬帆波 980点

4位:幸村輝彦  976点

5位:高円寺六助 960点

5位:堀北鈴音  960点

7位:綾小路清隆 955点

8位:椎名ひより 951点

9位:神室真澄  942点

10位:的場信二  930点

10位:山村美紀  930点

 

 

 いつも通りの自分の点数はどうでも良い。Aクラスが大分上位にいるが、それも今回ばかりはどうでも良い。大事なのは、トップテンに入っている真澄さんの事である。彼女はこれまで私の授業を受け、最終的に学年順位においてトップテンに入る事を目標に据えてきた。そして今回の試験でそれが見事に達成されたわけである。それより上にいるのは綾小路や堀北、椎名に一之瀬と言った各クラスの第一線級の人物ばかり。リーダーを務めている存在もいる。

 

 しかしながらそれと肩を並べるまでに成長していた。上位にいる数名とは点数も近い。決して届かない存在、越えられない壁では無いだろう。後少しでトップ5も見えてくる。そうすれば今はいないが坂柳と私との戦いになってくる。願わくば、最後の3年生の学年末試験では見事フルカウントで卒業して欲しいと考えている。ここまでよく成長したものだ。私も鼻が高い。名実共に女子のリーダーとして相応しい結果と言えるだろう。

 

 難易度は過去最高であったと先生は言った。その上で退学者が1人も出ていないのはウチの学年が初めてらしい。それは意外ではあるが、めでたい事だ。私としてもありがたい。真澄さんの点数への感激を一旦置いておけば、注目すべきは一之瀬か。直前まで坂柳にアレコレされていたにも拘わらずしっかり点数は取っている。怖いものだ。

 

 そしてもう1つ注目すべきはCクラス。今回の試験でトップ10にいる全11名の内、最多なのは5名のAクラスだが、次点で4名のCクラスがいる。勉学において最底辺と言われていた元Dクラスだが、しっかりと実力者がいる事を示していた。とは言え、これはあくまでも上位陣が出来るだけであって下位にもCクラスが多いのは事実なのだが。他のクラスでは、アベレージが上がっているBクラスが注意点だろう。飛び抜けて出来るわけでは無いが、全体的に上位にいるBはこれからも警戒していくべき相手だ。

 

「今年のAクラスの成長率、そして成績は創立から見返してもトップクラスに入っている。非常に優秀な生徒たちだ。このまま退学者を出すことなく、全員で卒業できるかもしれないと俺も思えている。今年度最後の特別試験は3月8日に行われる。各々抜かりなく準備するように。これまでの健闘に敬意を表して、今日のHRは終わりだ」

 

 真嶋先生は微笑みながら告げて、発表を終了した。学年末試験では坂柳が原因で発生した賠償金によってクラスポイントの差が縮まった。そこを各クラスは狙いに来るだろう。当然こちらは迎え撃つ側だ。どんなものが来るかは予想できないが、今はかなりいい状態である。勝率はかなり高いと見ていた。

 

 

 

 

 

 

「文科省が動いた、か」

『はい。後任が派遣されましたが、その人物は……』

「まず間違いなくホワイトルームの手先だと」

『その通りであります。報告書はそちらに』

「月城……月城?どこかで聞いた名だ」

『出身大学は京都大学。学部は教育学部。所属ゼミは鳳ゼミ。閣下の御父上の下で助教授を務めた後に文科省へ転身。キャリアを積んでいます。その為お耳にしたことがあるのかもしれません。どの段階でホワイトルームと接触したのかは分かりませんが、恐らくは閣下の御父上の紹介ではないかと。今回の代理就任は省内だと栄転扱いなようで。何しろ、省内の風説だと高育は実質坂柳家の城と言われていましたからね。権力も大きい訳ですから』

「人となりは?」

『詳しくは不明です。家族はいないようです。省内では切れ者と名高いとか』

 

 面倒なのがやって来た。微妙に詰めが甘いために不正を糾弾された坂柳理事長とは違い、そんな甘さは無いだろう。そもそも私のあのクソ親父は無能や一般人を側には置かない。坂柳理事長は元教え子だと自分で言っていたが、特段変わった扱いを受けていないのはその為だろう。父のお眼鏡に坂柳理事長はかなわなかったのだ。それに対し月城というこの男は父の下で働いている。それもそこそこ長く。途中で教授の助手として母が入って来るまでは2人でやっていたのだ。

 

 本当に面倒なのが来た。これは相当な逸材な可能性が高い。

 

「私も少し父の遺品を探してみる。何か出てくるかもしれない。引き続き動きがあれば教えてくれ」

『はっ!それと……申し上げにくいのですが、レディがそちらへ行くそうです』

「……嘘だろ」

『私もそう申し上げたいのですが、残念ながら』

「邪魔しに来たのか?」

『診察したいと言っていました』

「あんなクソ医者にかかるくらいなら狂い死にした方がマシだ。なんで殺らない」

『閣下のお爺様から命令が……。閣下は少将ですが向こうは元帥閣下ですから』

「チッ!まぁ良い。そちらは後回しだ。月城を優先してくれ」

『了解!』

 

 通信は途絶する。間違いなく近日中に仕掛けてくるだろう。綾小路を退学させることがホワイトルームの最優先課題のはずだ。恐らくは、ではあるが。綾小路の父親が何を考えているのかは見極めきれていない。退学させるのはブラフであり、それすらも利用して綾小路を育て上げようとしている可能性だってある。私に関しても手に入れるとか何とか言っていたが、それは後回しだろう。こちらは確定的である。ホワイトルームは綾小路がいないと成り立たないのに対して、私は別にいなくてもいい。優先順位の問題だ。

 

 父の遺品は大量にある。日記の類もあるし、何かヒントになる物があるかもしれない。大量に散らばっている本類の中から捜索する作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして悪夢は訪れる。

 

「──お前たちに、伝えなければならないことがある」

 

 3月2日。ひな祭りの前日に真嶋先生は酷く重苦しい顔で言った。目の下にはクマがあり、ほとんど寝ていないことが伺える。そのただならぬ状態に、生徒全員が息を呑んだ。

 

 始まった。ホワイトルームによる綾小路退学をかけた作戦が、遂に始まったのだ。多くを巻き込みながら、たった1人を陥れるつもりなのだろう。それも、無関係の生徒を巻き込んで。政治の世界ではよくある事だ。だが、それを教育機関で行う事に対して、私は納得する事は出来なかった。

 

「3月8日から始まる特別試験が、1年度における最後のものだと昨日伝えた。これを終える事で2年生への進級が完了する。試験の内容は異なれど、それが例年通りの流れ。……しかし今年は、去年までとは少しだけ状況が異なる。学年末試験を終えてもなお、本年度は1人も退学者が出ていない。この段階まで1人もいないと言うのは創立以来初だ」

「それは我々の優秀さの証左であり、褒めるべきことなのでは?」

 

 私の声に真嶋先生は頷く。

 

「その通り。これは学校側も認めているお前たちの偉業だ。無論我々教師もお前たちの多くが卒業する事を望んでいる。だが……これは我々教師の予測を超えた事態なのだが……学校側はお前達1年生から1人も退学者が出ていないことを考慮し、特別試験を追加で実施することを決定した」

 

 さしものAクラスも困惑を隠しきれず、抗議の声が飛び交う。口ぶりから見て退学者を出さんとしている学校の意図は見え見えだからだ。それを咎めるでもなく、真嶋先生は目を逸らしている。私はその姿をただ、見つめた。暫くすると少しだけ落ち着きを見せたので、先生は話し始める。皆どこかで分かっているのだ。抗議しても無くならないと。

 

「内容はいたってシンプルだ。そして退学率もクラス別に3%未満。一気に何十人もいなくなったりはしない。能力も問われない。運動や勉強も追加でする必要ない。テスト等もない。お前たちが行うのは『クラス内投票』だ」

 

 クラス内投票。言葉だけを見れば、某アイドルグループの総選挙のようにも見える。

 

「お前達は5日後にクラスメイトに対して評価を付け、自分が最も高く評価したクラスメイト、称賛に価すると思った生徒3名に対し『賞賛票』を、逆に最も低く評価したクラスメイト3名に対し『批判票』を、そして他クラスで最も評価している生徒1人に対して『賞賛票』を1票投じる。そして投票の結果獲得した賞賛票が最も多かった生徒には、特別報酬として新しく導入される新制度……『プロテクトポイント』を与える」

 

 聞いたことの無いものが現れた。プロテクト。つまりは守ると言う意味だがそこから想像されるものは何となくわかる。

 

「プロテクトポイントを所持した生徒は、犯罪行為等よほど悪質な理由でない限り、1度退学処分を受けてもそれを取り消すことができる。ただしこのポイントは他者への譲渡はできない。これの価値は言うまでもない。2000万プライベートポイントに匹敵する価値があると言えるだろう。或いはそれ以上か。尤も、退学を危惧しない生徒には無意味かもしれないが」

 

 この制度自体は別に悪いものでは無い。クラスのリーダーや重要人物にこれを持たせれば、大きな戦力になるだろう。自力でどうにか出来る私ではなく、葛城や真澄さんに持たせることが必要となってくるかもしれない。

 

「だが、そう良いことばかりではない。反対に、クラス内で最も批判票を集めた生徒には……この学校を退学してもらう。無論通常退学者を発生させた際に存在するクラスポイントへのマイナスは存在しないが、必ず退学者を出さねばならない試験となっているのは理解してもらえただろう」

 

 

 

 

<クラス内投票・試験要項>

 

5日後(3月7日)の投票日に賞賛票、批判票をそれぞれ3票ずつクラスメイトの誰かに投票し、首位にはプロテクトポイントが与えられ、最下位は退学処分となる

 

・賞賛票と批判票は互いに干渉し合い、賞賛票から批判票を引いた票数がその生徒の評価となる

・自身に投票することはできない

・同一人物へ複数回投票すること、無記入、棄権等の行為は一切不可。停学者もこの時は登校が許可される

・首位と最下位が決まるまで試験は何度でも繰り返し行われる。つまりは±0に調整は出来ない。

・他クラスの生徒にも賞賛票を1票投票する。こちらも無記入は認められない。また、このルールは前述の称賛票から批判票を引く際の称賛票に計上される

・唯一2000万ポイントで退学を免除できる。

 

 

「これが学校のやり方ですか」

「……済まない。教師陣も不本意だ。だが……どうしようもない事は世の中に沢山存在している。天災と思って受け入れて欲しい」

 

 そんな……という雰囲気が教室中を満たす。民主主義的と言えばそうだろう。だが、民主主義に批判票は存在しない。これは学校全体で行ういじめのようなものでは無いか。例え凄く優秀で、運動も出来て、本来は人当たりの良い生徒でも何かが原因でいじめられていたら間違いなくこの試験で消されてしまう。そんなもの、イジメ以外の何物でもない。学校は自分でいじめ行為を規制しておきながらその口でこんなことをしているのだ。

 

「後はお前達が話し合い、結論を出すことだ」

 

 ざわめいていた空気はやがて1つの結論に達する。彼らは気付いたのだ。退学になっても特に心の痛まない生徒が存在することに。そして今、その生徒はここにはいない。つまり何を言っても反論される事も無く、受け入れられる可能性が高い。だが誰もが悪役にはなりたくない。だからお互いに顔を探り合っている。

 

「批判票を誰に入れるかなんて決まってるだろ!」

 

 その空気をぶち壊すように、戸塚が叫ぶ。普段はあまり良い顔のされない行為だが、この時ばかりは多くのクラスメイトが彼の言わんとしていることを察し、悪役を買って出た彼に感謝の念すら感じている。

 

「クラスポイントを400も減らす原因になった坂柳一択じゃないか!その他にも色々あるかもしれないけど、それでもこれ以上に批判すべきことなんかないだろ!皆もそう思ってるよな」

 

 彼はぐるりと教室を見渡す。多くの生徒が身振り手振りでそれに同意していた。反対する者はいない。鬼頭なんかは沈痛そうな顔をしているが、では自分が退学したいかと言われれば否であろう。なおも戸塚の坂柳糾弾演説は続く。そんな中、私は試験の内容をメールしていた。相手は3年生。Aクラスの堀北学とBクラスの綾瀬だ。ため込んでいるポイントを少しでも分けてもらえないかの交渉である。

 

 前に堀北学に問うたことがある。退学者が出たらどうすると。答えは救済であった。出来るのかという問いにはイエスの回答があったので、2000万は少なくとも持っている。2人までならギリギリ行けるという話だったので、かなり余裕はある方なんだろう。綾瀬の方も1人ぐらいなら頑張ればの解答であった。

 

 そして今回の試験で2000万を払うことになるか否かはこれからの交渉にかかっている。いくら抗議しようと取り下げはしないだろう。だが、ポイントの減額交渉は出来る。Cクラスが払えないけれどAならば行ける額に下げる事が出来るかもしれない。半額とは言わずとも1500万までさげられれば御の字だ。

 

「今回の試験は確かに理不尽だけどよ、見方によってはチャンスのはずだ!クラスに害為す不要な存在をペナルティ無しで排除できるんだ!」

 

 戸塚の話は一見驕っているようで真実だ。この試験にはそういう側面もある。足を引っ張る存在を切り捨てられるという側面も。腐った林檎は他の林檎も腐らせる。朱に交われば赤くなると言うように、足を引っ張る生徒は周りを巻き込んで盛大に自爆する可能性が高い。

 

「弥彦、その辺にしておけ。お前の意見は十分に伝わっただろう。後は諸葛が決める事だ」

 

 葛城の制止で戸塚の演説は終わる。多分、今は彼がクラスに最も感謝されている瞬間だろう。なにせ、坂柳を追い出すべきという意見を自分の代わりに言ってくれたのだから。葛城の言葉により、全員の視線は私に集中する。それに応え、立ち上がって教壇に立った。

 

「これより、今回の試験の戦略を話します。今回は……特にありません」

「「「……え?」」」

「皆さんが思う称賛に値する方、もしくは批判すべき方に投票してください。もしかしたら情勢次第で他クラスに関しては指示をさせていただく可能性もありますが、ともかく自クラス内ではお好きに投票してください。その上で申し上げます。私はこのクラスに退学に相当する生徒は存在しないと考えています」

 

 困惑の視線が私を突き刺す。納得がいかないと言うように、戸塚は私を軽く睨んだ。

 

「どういう事だよ諸葛。坂柳はあんなことをしたんだぞ。俺だって被害を受けた。何1つ貢献してない上に失点を持ってきたんだ、退学でもおかしくないだろう」

「人は誰でも過ちを犯します。悔い改め、生きる道を閉ざしてはなりません。例え坂柳さんでなくても、私は同じことを言ったでしょう。私はこのクラスより、こんな理不尽な試験で退学者を出す気は微塵もありません。こんな試験で無かったとしても、私は退学者を出す気はありません。一度クラスをお預かりした以上、全員必ず卒業させると言うのが私の信念ですので」

「……確かに言い分としては立派だが、事実救済には2000万がいる。どこから捻出する気だ?申し訳ないが、クラスで坂柳の救済に資金を出す者は少数だろう」

「葛城君の言う通り。ですので皆さんのお手は煩わせません。どなたに投票し、どなたが批判票第1位になろうと私は必ず救済しますから」

 

 クラスは困惑しつつも、一応私の意見を受け入れた。彼らの中で坂柳へ批判票を入れると言うのは確定事項なのだろう。そして、女性陣は(男性陣もだが)坂柳亡き今真澄さん以外に女子をまとめられる者はいないと分かっている。だから彼女は去らない。これは戦略の問題だ。そこまで馬鹿では無いだろう。

 

 そして葛城だが、彼もまた大丈夫なはずだ。これまで多くの事でクラスに貢献している。橋本も被害者枠に入っているので無事。戸塚もうるさい奴とは思われているが坂柳を指名した兼で消えるほどではないと思われている可能性が高い。これもまた大丈夫。他は特に目立って悪い事もしていないので、人間関係に左右される。把握している限り、誰かが極端に嫌われているという事は無い。

 

 私はまぁ……指名されてしまったらそれはそれで諦めよう。2000万はあつめるが、真澄さんに放り投げて退学しても構わない。爺には文句を言われるだろうが、あの従妹とも来年度に会わなくてすむ。また以前の通りの日常が始まるだけだ。

 

「では今日は解散。戦略は他言無用でお願いします。私は少し出かけてきますので」

「ちょっと!」

「真澄さん、貴女も待機でお願いしますね」

「……分かった。後で話があるから。それと、どこ行く気?」

「分かりました、後で聞きましょう。それと、質問にお答えするのであれば今から行くのはこの試験の責任者の元です。この事態を企図した親玉に少しばかり殴り込みを。それではお先に失礼」

 

 急がないと日が無い。一刻を争う事態だ。他クラスも動き出している。3年生からの返信を見つつ、理事長室へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 理事長室など、生徒がそうそう訪れる場所ではない。だが今年度に入って確か3回目。おかしい頻度でここへ来ている。中に人の気配がある事は確認済みだ。ノックをする。

 

「どうぞ」

 

 中から声がするが、少しだけ無視する。嫌がらせというか、軽いジャブを打つためである。

 

「どうしましたか?」

「扉を開けに来ないとは偉くなったものだな、月城君」

 

 敢えて我が父の声を真似て言う。凄まじいドタバタ音と共に50代くらいの男性が扉を勢いよく開け放った。

 

「こんにちは」

「……驚きました。そろそろ君が訪ねてくるだろうとは思っていましたが、教授の声にそっくりです。心臓が止まるかと思いました。まぁ、どうぞ、入りなさい」

 

 柔和な顔をしている男は私を室内へ招き入れる。そしてソファを指さして、座るように促した。 

 

「それではお言葉に甘えまして、失礼致します」

「声真似は今後は止めて頂きたい。論文を何度も突き返された記憶が蘇りました」

「これは失礼を。しかし、突然の決定に随分と驚かされた身ですので、理事長代理にも同じ気持ちを味わって頂こうと思い、少しばかりのサプライズとさせていただきました」

「年を取ると心臓が弱くなるので、出来ればご勘弁を。……そしてまずは謝罪からでしょう。教授のご葬儀に参列できず申し訳ありませんでした」

「いえ、遠い辺境の地ですから」

 

 彼の事をどこかで見たことがあったのは父親の葬儀関連であった。綾小路の父親はともかく、月城は年賀状を送って来ていたのだ。珍しい人もいるもんだと思っていたが、父の交友関係になど全く興味がなかったので名前しか知らなかった。

 

 1度見た文字は忘れない。だが、どこで見たのかは案外忘れてしまう物だ。特にこういう手紙関連は。

 

「桜綾君も残念でした。訃報を知ったのが葬儀の後で何もできなかったのが悔やまれます」

「いえ。異国の事ですから」

「君は知らないでしょうけれども、当時桜綾君の人気は凄まじいものだったのですよ。生徒のみならず、大学の若い教職員も熱を上げていました」

「理事長代理もですか?」

「お恥ずかしながら。教授に取られたと知った時は脳が破壊されるかと思ったものです」

「そうですか」

「さて……そんな話には興味がない、という顔ですね。予め申し上げておきますが、今回の試験について、取り下げる事は出来ません。あくまでも私も中間管理職。上の意向に従わなくてはいけないのです」

「従わなくてはいけない、とはつまり代理自体は従いたくない、という事でしょうか」

「これは一本取られましたね。隠さず言うのであればそうとしか言いようがありません。私も鳳教授の下で教育を学んだ身。鳳教授と共に抜ける機会を逸し、なし崩し的にホワイトルームに従っていますがね。それに、あの方の野望はあまりに壮大で馬鹿げていて──そして恐ろしいモノですから」

「忠誠心で仕えている、という訳では無さそうですね」

「私は教授の生徒であり助教であった身として、その行く末、教授の作ったモノの末路が知りたいだけですから。教授は途中で何か、問題点のようなものに気付いたようでしたが、どこまでも凡人な私には分かりませんでしたので、それを知りたいのです。包み隠さずに言えば、知識欲となるでしょうか」

「驚きましたね。ここでの会話を私が代理の親玉に流すとは思わないのですか?」

「あの方は知っているでしょう。そして、それでも私を利用している。仕事はしますが、思想統制をしなかったのは向こうの責任です」

 

 軽く嘯く。この男は全く綾小路の父親を恐れていない。そしてこの男の目、雰囲気、話し方。いずれもかつて私が対峙してきた者と同じだ。軍のトップ、官僚機構の中枢、大物政治家。祖国で幾人もこの手の切れ者と相まみえてきた。そしてどうにかこうにか我々の行動への賛同を得ている。あの時、彼らと交渉してきたときの思い出が克明に蘇ってくる。これは難敵だ。それこそ、中華政府にも数えるほどしかいないレベルの。

 

「私は教授を尊敬しています。それは今でも変わりません。しかしながら、その息子であることを理由に君を特別扱いは出来ない」

「綾小路は特別扱いだと言うのに?無論悪い意味で、ですが」

「それはそれ、これはこれですから。君の事は私事で綾小路君の件は仕事ですので」

「それは残念」

「君はまだ子供であるという事、そして恩師の子であるという事を今は無視して交渉に当たるとしましょう。大分修羅場をくぐって来たようだ。それでも子供は子供ですが、ただの子供とするのは流石に失礼。ここにいるのは2人の交渉人。そう思って話すとしましょう」

「子供?」

「不快ですか?」

「いえ……随分と新鮮な扱いを受けたもので」

「子供は子供です。どれだけ経験を積んでも、知識があろうとも。大人が監視し、時には指導しなくてはいけない。違いますか?」

「いいえ、その通り」

「ここでは随分と勝手がまかり通っていたようですね。理事長の娘が停学になるとは。これからはその手の行為は厳しく取り締まるつもりですので」

「それは是非どうぞ」

 

 少しだけこの男の評価を上方修正した。有能なだけではない。この男は意外とこの学校に必要な存在なのかもしれない。今までいなかった、管理をするタイプの存在は。これで綾小路が絡まなければいい理事長になれると思うのだが。

 

「さて、要求を聞きましょう」

 

 月城の目が細く見開かれる。その眼光にかつての交渉相手達を思い出しながら、私は口を開いた。




月城さん、実際仕事人としてはめちゃめちゃ有能だと思います。いや、綾小路退学させられてないやんけ!と言われるかもですが、個人的には代理に綾小路を退学させる意思はなかった気がします。あくまでも本気で、ですが。その理由については謎ですが、今作では教授関連で理由付けを出来たらなと思っています。

そしてこの作品、深く絡むオリジナルキャラクターは少ないつもりですが、孔明以外だと副官ともう1人、この従妹がそれになります。出典は私の昔の黒歴史ノートより。そこだと本物の吸血鬼設定でしたが、流石にここでは抑えています。まぁ私が型月厨なので信仰心に厚くある種の剣で戦う男と聖女狂いの魔術師と女王の娘のエッセンスも混ざってますが。

ちなみに色のイメージは赤なので青の孔明と対比しており、メイン武器も彼女は剣で彼は銃。医療における専門も彼女は精神科という精神系なのに対し、彼は内科という物理系です。色んなところで対比している人になりますね。

2年生編の敵役と言えば勿論ホワイトルームの刺客と月城代理、あとは南雲です。なのですが、これだと孔明&綾小路で無双なので追加投入しました。軽いネタバレですが、所属クラスは1年Bクラスです。おや、Bには誰かいたような……。誰だっけ?(白々しい態度)

Bな理由?どうしようもないまでに低い協調性です。


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53.仕事人

不安感から交渉をしてはいけないが、交渉を恐れてもいけない

 

『ジョン・F・ケネディ』

―――――――――――――――――――――――――――

 

「私の要求はただ1つ。退学阻止にかかるコストの削減です」

「ほう」

「具体的には半額、つまりは1千万ポイントまで下げて頂きたい」

「なかなか厳しい事を言いますねぇ。これでもクラスポイントのペナルティは排除したのですが」

「たった1人を陥れるための手段を学生ですら頭おかしいと思うような理屈で実行してるのですから、それぐらいはして当然でしょう。むしろ、まだ足りないくらいだ。何なんです?退学者がいないから出させるって。教育機関として破綻してるでしょう」

 

 月城は全く目が笑っていないながら、口元に微笑を浮かべる。

 

「とは言え、本心ではないのでしょう?君の事だ。ドアインザフェイスでも使う気であろうと予測しましたが……どうですかねぇ」

「いいえ?私は本気で半額に下げろ、と交渉に来ました」

「見抜かれたのならば素直に言うのをお勧めしますよ?意固地になっても相手を頑なにするだけというのは社会の鉄則です。素直さは、時に大きな武器になる。大人からのアドバイスです」

「それはどうもご高説を賜り恐悦至極。しかしながら、あくまでも私は本心で半額を要求しています」

「困りましたねぇ、これは。試験の中止を求めないだけ、まだ大人だと言えますか」

「そんなもの、求めたとしても無駄でしょう。上も巻き込んで決まった事は覆せない。走り出した列車は止められないんですよ。停車駅は変えられるかもしれませんが、目的地はずらせない」

 

 月城は悩んでいる素振りを見せる。素振りと言ったのはその本心に悩みがないのは一目瞭然だったからだ。あくまでもポーズだけ。見抜かれていたとしてもそれを指摘することは出来ない。何故なら何とでも言い繕えてしまうからだ。私に苛立ちを与えるための作戦なのか、はたまた別の狙いがあるのか。

 

「分かりました。半額、受け入れましょう」

「随分とあっさりご承知なさりましたね」

「えぇ、私も鬼ではない。教授にお世話になった身として、これくらいの融通は許されるでしょう。それに、Aクラスの状態は私にとってはどうでも良いことなのですから。無論、教育に関しては別ですが、私の狙いの上ではどうでも良いのです」

「私としては助かりますがね」

「ただし、ただしです」

 

 条件を付ける当たり前だ。あっさり人情で引き下がるような奴を送り込んでくるとは思えなかった。案の定ここから条件付けだ。

 

「綾小路君を退学させて下さい。試験を作ったモノの、予定はズレていまして」

「予定?」

「えぇ。最初は父親の件を絡めて君のクラスの坂柳さんを()()するつもりでした。クラス内でも一定数の地位を築いているはずと思っていたのですが、まさか停学とは。これも、君が仕組んだことですか?」

「いいえまさかそんな。彼女の自業自得ですよ」

「今はそう言う事にしておきましょう。話がズレましたね。元に戻しますと、綾小路を退学させるように動いて下さるならば半額、お受けしましょう。契約しても構いません」

「……残念ながら、それは出来ません。私には先約がありましてね。綾小路と協力して、ホワイトルームの魔の手から彼を守るという契約がね。それがホワイトルームなどという狂った機関を生み出した父親の被害者に対する私なりの責務ですから」

「おやまぁますます困ったことになりました。あれも嫌だ、これも嫌だ。ともすれば駄々っ子のおねだりです。これではどうしようもない。交渉人としては失格です。君が大事なのはAクラスのクラスメイト。であれば綾小路君の事など切り捨てればいいではありませんか」

「いいえ。契約は何よりも大事。外でもそうではありませんか?利に釣られ破るような輩の末路を知らない訳ではありませんでしょう」

「全くその通り。君がここで協力すると言った場合、私は君を軽蔑しました。まぁ、時には背反契約を結ぶ事も社会ではあるのですけどね」

「重々承知の上です。それでも約束は守る。これがいつか、役に立つはずですから」

「君のその意思は尊敬に値すると個人的には思いますが、しかしながら交渉は決裂です。大人しく坂柳さん辺りを退学にさせて下さい」

 

 月城はそう言いながら、手で帰るように促す。確かに月城の言うようにここで綾小路を嵌める事は出来るかもしれない。だが、それをしても何も得る物はない。プライドなどは捨ててきた。だが、これはプライドなどというちゃっちい物の問題ではなく、信義の問題だ。

 

 それに、万が一失敗した場合のリスクが大きすぎる。綾小路はなるべく敵にするべきではない。限界まで共闘する事が絶対条件だ。そうしなければいつしか決定的な破滅を被る可能性がある。それに、彼は仮に私が幾重にも罠を張ったとしても全て突破できる能力を持っている。危険極まりない。ここで切るわけにはいかないのだ。

 

 当然父親の罪の贖罪も兼ねている。彼がせめてこの学校では学生生活を謳歌できるようにホワイトルーム関連に関しては手を結ぶ。それがせめてもの償いになると思っている。

 

「分かりました。では、交渉は終わりです。私は退学するとしましょう」

「自己犠牲ですか?今時流行りませんが」

「自己犠牲、ですか。そういう要素もなくはないですが、この学校は無くなるので問題ありません。どの道、全員退学と同じような感じになるのですから」

「穏やかではありませんね」

 

 月城は険しい目でこちらを見る。向こうは相手、つまりは私の手札の数を見誤っている。私がただで自己犠牲などするはずがない事を彼は理解していない。何故なら私の人間性を理解するのに日が足りていないから。しかし意外そうな顔をしていたのは私が少なくとも自己犠牲はしなそうな人間であることをこの短時間で見抜いていたからだろう。

 

「私は退学と同時にこれをばら撒きます。マスコミ、SNS等々、飛びつく相手は日本だけでなく、海外にもいる」

「これは……」

「この学校で今までに起こった不祥事のリストです。幾つもありますね。初期の頃はイジメも結構あったようで。だからこそ厳しくした、という事にしていたんでしょうけれど。それ以外にもこれまでの20年以上で起こった問題です。これ、普通の学校だとヤバいモノも混じっていますよね?そして今回の試験。こんなものがまかり通っている。これは学校ぐるみのイジメ誘発行為であると全世界にリークします。ホワイトルームの情報も一緒に持っていきましょうか」

「政府とあのお方がそれをさせるとでも?」

「逆に今の多極化かつグローバル化し、電脳空間の広がった世界に対応しきれていない政府にどうにか出来るとでも?代理の親玉が動くころには私は空の上ですよ」

「……ここの情報を漏らすと、莫大な違約金が発生しますよ。それはご存じでしょう?」

「1千万ですか?1億ですか?払いますよ、それくらい。それに、何も馬鹿正直に日本で発信する事は無いでしょう。私の母親はどこの出身でしたかね」

「…………」

「月城代理。私の手札はこれです。私はいつでも国外に行ける。学校へ執着などありません。国籍選択はまだですから、例え日本政府が拘束しても私が中国籍を選んだ段階で事態は一気にややこしくなる。それに、私が出国後リークしたらどうやって捕らえるんです?契約違反はあくまでも民事。刑事じゃないので中国は引き渡してくれませんよ。それに、日本政府を攻撃できる材料を持った存在を、中ソ北印等の共産圏はどう見るでしょうね?」

 

 月城は黙りこくる。この発言が果たしてどこまで信憑性があるのか。そうなったらどうなるのか。それを考えているのだろう。だが、ここで考える時間は与えない。イギリス流外交術にもある。相手に考える時間を与えず、ここぞと言う時は畳みかけろ、と。

 

「どうです?代理。こうなったら代理のクビ、危ないんじゃないですかね」

「ホワイトルームが潰えれば別の職を探しますよ」

「その前に物理的にクビと胴体がさようならしないと良いんですが」

「ご心配には及びません。身の振り方は心得ていますので。とは言え……確かに君の言う通りではあります。君のいうシナリオ通りに行動されると非常にまずい。文部科学省も法務省やら内閣府やら外務省に迷惑をかけたとあっては面子が丸つぶれ。よろしくありませんねぇ」

「私の要求を許可して頂ければ、先ほど言ったような状況にならずに済むんですよ。それに、どうせCクラスには1000万でも難しいでしょうし」

 

 事実、Cクラスに貯蓄の概念は無いようで、そこまでポイントを溜めこんでいるわけではない。半額になったとしても払えるのはAとBだけだろう。

 

「……分かりました。外交問題までは望んでいません。しかも、そんなことでホワイトルームが潰れては勿体ない。折角ここまで多くの犠牲を積み上げてきたんですからね。ただし、やはり半額は難しいとしか」

「では、出国したいと思います……と言いたいところですが、代理の顔も立てましょう。1千250万でいかがですか?」

「ここでドアインザフェイスですか。最初に見抜かせて敢えてそれを否定。そして最後に乗らざるを得ない状況に持っていくとは……。1千750万」

「1千300万」

「1千600万」

「1千350万。顔を立てるのもここが限界です」

「良いでしょう。1千350万まで減額しましょう。勿論、全クラス適応で、ですが」

「ありがとうございます。お話の分かる方で助かりました」

 

 私の要求を受けた月城ではあるが、苦々しい顔ではない。これも想定の内、という顔である。もしかするとブラフかもしれないが、半額にするくらいは考えていたのかもしれない。それをしなくてはならないようなネタを私が持ってくる事も、想定の範囲内だった可能性は大いにある。

 

「契約書は完成しました。私のサインはこれに。これで正しく執行されます。明日には全クラスに通知が行くでしょう。君もサインをお願いします」

「分かりました」

「確認できました。これで契約成立です。私は減額をする。その代わり君は今回の試験で退学せず、又情報を流さない。履行をお願いしますよ」

「こちらこそ」

 

 月城は携帯を取り出し、どこかへ連絡を始める。今の契約内容を伝えているのだろう。電話口からは真嶋先生の驚いた声が聞こえる。数分後、連絡を終えると彼は私に向き直った。

 

「やれやれ、少し舐め過ぎていましたか。どこかで油断があったのかもしれませんねぇ」

「代理、貴方は本当に綾小路を本気で、心の底から退学させる意思があるのですか?」

「何故、そんな事を?私がホワイトルームからの刺客であると知っているのならば出てこない疑問に感じますが」

「代理は非常に優秀だ。もし本気ならば、こんな投票などという不確実性の高いものには頼らないでしょう。それこそ、えん罪でもでっち上げるはずだ」

「面白い考察ですね。しかし、私は彼を退学にしようとはしていますよ」

「そこに意思は?」

「意思?仕事とは、時に己の意思とは違う事もしなくてはならないのですよ」

 

 仕事だからやっているのだ。月城の口ぶりからはまさにそんな感情が聞こえてくるようだった。

 

「私は仕事ですので綾小路君を退学させるべく動きます。しかし、同時に心中でははねのけて欲しいと思っていますよ」

「意外ですね」

「綾小路君、そして君。この似て非なる2人は教授の理論の証明者或いは、ホワイトルームが抱える教授だけが気付いた問題点を発見する糸口になるのではないかと思っています。私はただ、教授の作ったモノの行く末が見たいだけ。あの方の理想も目的も知った事ではありません。仕事だからこなすだけです。それ以上などしませんとも。滅私奉公は日本人の悪い癖ですからねぇ」

「世知辛い事で。もし私が真っ当に卒業できましたら一緒に中国へ行きませんか?貴方ならばすぐ上に行けるでしょう。共に働きたいくらいだ」

「何とも子供らしからぬ称賛ですね。それと、余り私に心を許してはいけませんよ?意思はどうあれ、綾小路君を退学させるよう動くのは事実ですから。私は仕事はきっちりこなす主義ですから。綾小路君を守るならば、必然的に君とも敵です。今後もこういった形で手を変え品を変え、攻撃するでしょう」

「その都度、火の粉を払うだけです」

「では、その様子を拝見させてもらうとしましょう」

 

 時計を見れば1時間近く話し込んでいたのが分かる。月城も腕時計を確認した。

 

「すみませんが、この後会議がありますからこの話はここで切り上げさせてもらいます」

「お時間取らせて申し訳ありませんでした」

「いえ、有意義でしたとも」

「……最後に1つだけ。私の母は、どんな人でしたか」

「教授は……」

「あ、教授は良いです。父の事は良いんです。どっちかと言うと聞きたくないです」

「それは残念。桜綾君ですか……非常に優秀な生徒でした。そして、非常に人気があり、美しい存在でした。顔や出で立ちだけでなく、内面も」

「そうですか。初恋だったりします?」

「幼少期の恋慕を子供のままごととするならば、そうかもしれません」

「何とも複雑な感情です」

「私は助教授として教授を尊敬していましたが、教授と桜綾君が結婚すると聞いた時は『ふざけんな、あの爺ぶっ殺してやる』と内心思ったものです。同僚や男子生徒と飲み明かした懐かしい思い出ですね」

「それは……まぁ……気持ちは分かります」

「子供にする話では無いですがね」

「代理が今でも独身なのは……」

「それはノーコメントとしておきましょう。さ、そろそろ時間ですので」

「おっと、失礼しました」

 

 一応礼儀として月城に頭を下げる。確かに彼は敵サイドだ。だが、個人的にはどこか憎めない心情が存在している。ドアを開け、再度礼をして去ろうとした私に、月城は呼びかけた。

 

「諸葛君」

「はい」

「君と私は敵同士。しかし、もし教授や桜綾君の話を聞きたいと思ったのならば訪ねてくると良いでしょう。その時は、立場を一度横に置き、私も応えたいと思います。それでは、健闘を祈っていますよ」

「……ありがとうございました」

 

 最後の言葉は間違いなく社交辞令だろう。だが、月城は昔を話す時だけどこか遠い目をしながら懐かし気に語る。それすらも油断させ、相手に親近感を持ってもらうための演技なのかもしれない。それを警戒しつつも、昔話を聞きたいと思っている自分がいた。

 

 それに、随分と話の通じる人間である。坂柳理事長よりも、個人的に好感が持てる。卒業したら本気で勧誘してもいいかもしれない。そんな事を考えながら暗くなった廊下を歩いた。個人的な心情はともかく、交渉は成立した。後は上級生に金の無心と行こう。何とも情けない話だが、これも私の目的のためだ。

 

 まずは手始めに、話があると言っていた真澄さんとしっかり話をすることにしよう。多分、坂柳を追い出さないことに関しての話だとは思う。彼女自身が賛成なのか反対なのか、それはまだ分からない。いずれにしても、彼女の意見を無視すると言う選択肢はない。もし退学させるべきと思っているのだったら腰を据えて説得する覚悟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真澄さんは仏頂面だった。明らかにムスッとしている。その理由は色々あるのだろうけれど……。取り敢えずは話を聞かない事には始まらない。

 

「それで、話とはなんだ」

「その前に、責任者とかには会えたの?」

「無論。そして交渉も成功させた。多少脅しも含んだが、相手はリスク回避のために私の要求を受け入れる事にしたのさ。これで退学阻止に必要なポイントは1350万ポイントまで減った」

「脅し?」

「あぁ。要求を受け入れなければわざと退学して、こんなことをしているぞと国内外に暴露すると脅した。私は二重国籍状態だからな」

「退学って……嘘でもそんな事言わないで欲しいんだけど」

「本気でする訳じゃない。それでも尚断るようだったら他の手段を取るだけさ。手札はまだまだあるからな。一番楽なものを選んだに過ぎない」

「……そう」

「そうだとも。で、話とは?」

「分かってるでしょ、坂柳の件」

 

 まぁ予想はついていた。逆にそれ以外だと何があると言うレベルである。

 

「どうしてそこまで坂柳に拘るの。今まで、坂柳は大して役に立ってない。これからも、立つかは怪しい。今の廃人状態のままで生き残らせても、何もできないと思う。1350万を集められるとしても、それはもっと他の人を助ける時に使えばいい。私の意見、間違ってる?」

「間違ってはいないさ。それでも私は彼女を助けないといけないと思っている」

「なんで?」

「それは彼女がAクラスの生徒だからだ。彼女の本心はどうであれ、私に投票した。同時に私は彼女を守る義務が発生したわけだ。クラスメイトは私に投票し、委ねる。そして私は権力を行使する代わりに、有権者を守る。それが正しい在り方だ」

「そんなの……理想論でしょ。坂柳はアンタに背いた。裏切り者。それをも庇護しないといけないの?」

「そういうものだ。それに、切るのは容易い。だが、もしかしたら今後彼女が切り札になるかもしれない。お勉強はできるんだ。いない事で不利益を被るかもしれないだろう?ペーパーシャッフルみたいな事が今後もあるかもしれない」

「それは……そうだけど……」

「ごちゃごちゃ理由をつけてはいるけれど、結局は私の下にいる生徒なのにもかかわらずろくに成長もせずにいなくなられては私のポリシーに関わると言う超個人的なことなんだけれどね」

「呆れた。そんな事のために坂柳を助けて、クラスを混乱させたの?」

「これまで彼らのために働いてきたんだ。それくらいは良いだろう?クラスメイトからポイントを徴収する気は無い。その分だけマシだと思うがね」

「はぁ……しっかたないわね!もう、好きにしなさいな。私は黙って従うから」

「それはどうも。今後君がもし退学になりそうだったら、非常大権を使ってクラスメイト全員の有り金全部出させるから安心してくれ」

「そんな価値、私に無いわよ。もっと葛城みたいな優秀な奴に使うべきでしょ」

「君は十分に優秀だ。学年でもトップ10には入っている。それに女子のリーダーだ。そして、そんな事は関係なく私が助けたいと思っている。それで十分なはずだろう?」

「……あっそ」

 

 少しは納得してくれたようだ。納得したと言うか、理解を示してくれたと言うか、呆れられてもう好きにしたらいいと突き放されたか……。まぁとにかく方針には従ってくれるようだ。

 

「納得はしてくれたか?」

「一応。批判票は入れても良いんでしょ?」

「あ、それはむしろドンドン入れてあげてくれ。そうした方が確実性が高い。1回退学になりかけたと言う風にしないと恐怖が薄れてしまう」

「でも、廃人状態だけど?」

「試験が終わり次第、そこら辺は何とかするさ」

 

 坂柳の行動原理の底にあるのは、私に勝ちたいと言う思いよりも綾小路への執着だろう。それがあるから、体育祭の後ストーカーみたいな言動をした。ホワイトルームの目的は人造の天才を作る事。逆に坂柳は天才とは生まれながらにして決まっていると思っている。この対立は彼女にとって大きいものだったのだろう。だからこそ、人造の天才と彼女が見込んだ綾小路を倒すことで理論を証明したかった。

 

 加えて言えば、ただのそういった理論云々だけで動いているとは思えない。恐らく、思春期らしい恋慕の情もあるのではないか。だが、綾小路は坂柳では私に勝てないと言い放った。それはつまり、綾小路の目が私に向いていることを意味する。自分はずっと綾小路を見ていたのに、そのお相手は全然違う、いけ好かない相手を見ている。それに狂ったとしても、分からないでもない。

 

 情が大きいほど、そして抱き続けた時間が長いほど、独占欲は増していく。私はある種の恋敵だったのだろう。ゾッとしない話だが。そしてここに坂柳を蘇らせるポイントは存在していると睨んでいる。彼女に足りないのは人の心、というか大人な精神性。これをさっさとインストールしてもらいましょう。その為にやる事は色々あるが、卒業まであと2年ある。その間に真っ当な、とまでは行かずとも誰彼構わず攻撃しない&人を見下さない精神性にはしたいものだ。勉強で教える事は殆ど無いので、そっち方面の教育をしよう。坂柳理事長がしてない事を、である。

 

 というか、坂柳理事長戻ってきてほしくないなぁ……。綾小路としては戻ってきてほしいんだろうが、私としては娘をあんな事にした報復が怖い。それに、どうも贔屓があるような気がするし、身内に会えるのも納得いかない事だ。親や仲の良い兄弟姉妹から引き離されて寂しさを覚えながらも頑張っている葛城や一之瀬のような生徒もいる。それなのに身内が働いていると言うのは何とも言えない話だ。ずっと月城で良いよ……。

 

「坂柳の事ばっか考えてないで、もっと前からいる生徒の事も忘れないで欲しいんですけど」

「あぁ、すまない」

 

 さっきまで戻りかけていた機嫌はまた少し悪くなったようで、彼女は頬を膨らませている。謝りはしたが、プイっと横を向いてしまった。なかなか難しいものである。やれやれと心中で思いながら、目の前の人の機嫌を直す作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。学校の空気は重い。それもそのはずだ。誰かが数日後にはいなくなる。それが誰だか分からない。そんな状況下で、楽しそうに出来るのは最早サイコパスである。ただ、Dクラスだけは龍園が退学になるのは既定路線のようで、そこまで張り詰めた様子は無い。最近の龍園は図書館に通い詰めているようだ。そんな様子を石崎などの数少ない龍園シンパは忸怩たる思いで見ているように見えた。

 

 さて、そんなDクラスはともかく我々のクラスである。どんよりした空気の中、朝のHRのために先生が入ってきた。

 

「今日は皆に追加連絡がある。昨日発表したクラス内投票試験のルールに変更があった。これは非常に重要な変更だ。心して聞くように。今回変更になったのは退学を取り消すのに必要なポイント数だ。この試験限定で本来2000万ポイントだったところを1350万ポイントまで減額することになった。これは諸葛が責任者と交渉した結果である。この変更を元に、戦略を練り直して欲しい」

 

 それだけ言うと出席確認をして、先生は去って行く。私が交渉したと言うのはクラス全員が知っていたことだ。だが、これで学年単位にまで広まっただろう。他クラスの諸君は恩を感じて欲しい。尤も、退学者を出したくないのはこちらの都合、もっと言えば願望なので、自分のためにやっただけに過ぎないのだが。

 

 隣のクラスから歓声が聞こえる。Bクラスは1350万ポイントを現状の所持金額でどうにかする目途がついたのだろう。よって、退学者は出ない。それが分かったが故の歓声であると思える。奴らにも私が功労者と伝えられているのだろうか。だとしたら随分とおめでたい人々である。この前まで無実の罪で私を糾弾していたのに。

 

 まぁ良いだろう。私は寛大だ。暫くは様子見をさせてもらおう。Bクラスのクラスメイトはともかく、一之瀬に関しては高く評価しているのだから。さて、隣はともかく今は自クラスだ。クラスメイトの目線は色んな感情を持って私を見ている。それを承知しながら、私は教壇に立った。

 

「先日、この試験の責任者の方と交渉し、紆余曲折の果てに減額に成功しました。これで、退学阻止がより現実的になっています。皆さんは、好きな方に投票してください。私はそれを一切規制しません。それでも私は退学することになってしまった方を救済します。その際に、皆さんからポイントを徴収するような事は一切ありませんのでご安心ください」

「では、どこからポイントを得る?」

「葛城君の疑問はごもっとも。ですがご安心ください。既に宛はあります。また、ポイントを頂ける確約も頂いています。冬頃に3年生と約定を結んだ甲斐がありました。個人契約でしたのでお知らせはしていませんでしたが。3年AクラスとBクラスは私に恩があります。それを返して貰う時が来たのです。元々は卒業間近に頂く予定でしたが、少し前倒しですね」

「それならば構わないが……」

 

 葛城は納得したようで引き下がる。他の生徒も自分に損害が出ないのを知って安心している。坂柳のためにポイントを払いたくない、という層が大多数だったのだろう。

 

「何度でも言います。私は自クラスから退学者を出す気はありません。この方針は今後一切変更しません。もし、ご不満があれば次年度の最初に行う選挙で立候補なさってください。もう一度だけ、はっきりと断言します。私がここにいる以上、必ず全員揃って卒業させます。必ずです!どうか安心して頂きたい。私は皆さんがよりよい将来を掴み、夢を叶えるお手伝いをします。だからどうか、私を信じてついてきて頂きたい!」

 

 高らかなる宣言に、誰かが拍手をする。それは全体に波及し、私を称える喝采が飛んだ。坂柳に批判票が集中するのは間違いない。だが、それを救済する方針であることは理解をしてもらえたと解釈している。そもそも使うポイントは名目上私のポイントという事になるのだし。

 

 Aクラスの支配体制はほぼ固まった。戸塚は坂柳に対して色々出来たことで溜飲が下がっているようである。その為、最近ではほぼ突っかかって来なくなった。前の方が面白かったが、今の方が楽なのは楽なのでありがたい。葛城もどちらかと言えばかなり穏健な私の姿勢に理解を示している。橋本は現状が特に自クラスに対して不利では無いので従うだろう。他の生徒も逆らう理由が存在していない。

 

 1年かけて堅実に作り上げてきたモノが今完成を迎えようとしている。さて、後は3年生に土下座しつつ恩を返せと迫る作業だ。なかなか気が滅入るが、やらねばならない。喝采を受けながらこれからの予定を組み立てた。




どなたかよう実0巻のあらすじだけでも良いんでメッセージとかで教えて下さいませんかね……。貧乏浪人生に円盤を買う余裕はないのです……。

後、私は月城代理は本気で綾小路を退学させる気は無かった説を採用してます。だって本気だったらこんな投票なんて不確実性の高い手段は取らないですし。

ちなみにですが、学年末試験において原作通り坂柳指揮官の場合、孔明は絶対自分が勝てそうなものは無いのかと聞かれた際に中国語と答えます。その結果、それが採用されます。そうすると、Cクラス側は当然みーちゃん(王さん)を出す訳ですが……Aクラスとの勝敗がかかった戦いがみーちゃんに託されると言う訳分からん展開も脳内で作ったプロットの中の1つにはありました。まぁ没なんですけど。


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54.盾

まあ、最悪の場合でも、善人ぶる偽善者のほうが、公然たる罪人よりもまし。

 

『セルバンテス、ドン・キホーテ』

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「どうぞよろしくお願いします」

「話は通してある。後はお前が自分で頼め」

 

 3年Aクラスの教室の前で、私は堀北学に深々と頭を下げる。今回、資金源として当てにしているのは3年生である。ここをクリアしないと全ての前提が崩れていく。だが、既に堀北学自身が話を通してくれているようで、後は私が頼む、という行為が大事だという話であった。それには大変同意するところである。

 

 同じ人間に対して行う行為であったとしても、直接言われるのとそうでないのとでは大きな差が生まれるのだ。これを見過ごすわけにはいかない。カツカツと歩み、3年生の教室の教壇に立った。生徒は全員こちらを見ている。

 

「本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます。改めて自己紹介をさせて頂きますと、1年Aクラスの諸葛孔明と申します。この度は、先輩方にお願いがあって参りました。今、1年生の間では特別試験が行われています。それは、クラス内で投票を行い、最も批判の多かった生徒を強制的に退学させるという誠に卑劣な試験なのです」

 

 流石にここではざわめきが起きる。当然ながら、彼らの代にそんなものは起きなかった。当たり前の反応であろう。

 

「しかし、私は私のクラスに退学になるべき生徒などいないと考えています。無論、社会に出れば誰かを切り捨てないといけない事もあるでしょう。ですが果たして学生生活においてそれは必要なのでしょうか。そんな選択を、こんな理不尽な状況で迫られることが果たして正しいのでしょうか。社会に出た際の選択は、こちらの行動で状況を変えられるかもしれない。けれど特別試験ではそれも出来ない……。それが我々の今いる状況なのです」

 

 3年Aクラスは3年生内で唯一退学者を出さずにここまでやって来たクラスだ。その自負や誇りはあるのだろう。それだけに、退学者を出さないようにと奮闘するAクラスという立ち位置は共感を得られるはずだ。3年間戦い続けてきたからこそ、今回の理不尽さも分かるはずだと踏んでいる。

 

「私が今日、こうしてお時間を頂いているのは先輩方にお願いがあるからです。どうか、私に、Aクラスにポイントを頂きたいのです!この窮地を乗り越えるには、それしかないのです……!どうか、お願い致します」

 

 頭を下げてお願いする。ここでしっかり最敬礼をしておくことが必要なことだ。恩を返して貰うのはこちらだが、恩着せがましいと反感を買う。あくまでも選択権は向こうにある事を忘れてはならない。

 

「この前の林間学校。あそこで我々Aクラスは南雲の姦計に嵌められる寸前だった。橘が標的に据えられ、そしてその企みに俺は気付かなかった。あのまま行けばまず間違いなく、橘は嵌められ、退学措置を受ける事となっていただろう。勿論、救済はする。しかし300のクラスポイントと2000万を失うのは確実だった。それを止めたのがこの諸葛だ。元Cクラスと提携を取り付け、見事南雲を完封した。その様は良く知るところだろう。ここで我々が彼にポイントを付与しても、失う可能性のあったポイントよりは圧倒的に少ない。どうか、その願いを聞いてあげて欲しい」

 

 堀北学が頭を下げる。彼なりに南雲への想い、自分に長く付き従ってくれた橘への想いが存在しているのだろう。そして、クラスメイトを守ったという私の持つ功績ゆえにこうして頭を下げてくれている。人助けはするものだ。情けは人の為ならずという事だろう。

 

「私からもお願いします。私が退学しないで済んだのは、学君と彼のおかげです。私たちはもうすぐ卒業だけど、それまでに恩を返せるのはここしかないと思うから……!」

 

 橘の援護射撃にAクラスの雰囲気が動いていく。やはり、この2人はこのクラスの中心的存在だったのだ。それ故に、こうまでも人の心が動いていく。

 

「いくら欲しいんだ、後輩」

「例え1ポイントであろうとも、頂けるならばありがたい話です」

「流石に全額は厳しい。俺たちもまだ1つ試験が残ってる。クラスの貯金からだと800万が限度だ」

「そんなにも……!ありがとうございます」

 

 このクラスの男子ナンバー2である藤巻が提示してきたのは800万。もらえるだけありがたいのは事実なのでその額については特に思うところはない。クラスの貯金と言う事は、毎月のポイントから何ポイントか徴収して銀行のようにしていたのだと推測できる。坂柳が予測していた1年Bクラスなどの戦術と同じだ。 

 

「反対の者がいれば、声を挙げてくれ」

 

 堀北学の声に誰も応える事は無い。「持ってけ泥棒!」や「頑張れよ~」という野次も飛んできた。やはり南雲を撃破したのを手伝ったというのは大きかったようだ。それに、橘を守ったという結果も、クラスメイトを大事にしていることが伺えるこのクラスからすればかなりの高評価だったのかもしれない。あの時は火の粉を払うつもりだったが、予想外にも功を奏している。

 

「いないようだな。では、こちらから送る」

「ありがとうございます!本当に何と御礼を申し上げてよいか」

「構わない。こちらもお前のおかげで多くの利益を得られた。忠告するが、今後もここまで理不尽とはいかずとも危機は訪れる。油断はするなよ……尤も、お前にはいらん忠告か」

「いえ、心に重く留めておきます」

 

 ピロンと携帯の電子音が鳴り、ポイント送付が確認できた。その額は……900万。

 

「堀北先輩、これは……」

「俺と橘の個人資金からの提供だ。そこまで多くは無いが……足しにしてくれ。個人的な礼なので、気にする事は無い」

「多くのご配慮、ありがとうございます。これを無駄にしないよう、精一杯努めて参ります」

「あぁ、励め。お前の描く未来を期待している」

「……はいっ!」

 

 堀北学から多めのポイントを受け取り、Aクラスの面々に温かく見守られながら教室を後にする。3年生は暴力的な人がいなくて助かる。今年の1年が荒れてるだけかもしれないが……。大体龍園はDクラスだろうと思うが。絶対坂柳理事長の仕業だ。あのタヌキめ。

 

 

 

 3年生への感謝と坂柳理事長への悪態を同時に心中で呟きつつ、廊下を歩く。次は……と思っていると、目的の人物が向こうからやって来た。

 

「お、来たな」

「ご無沙汰しております」

「なんか色々あったらしいね、1年生。特別試験の前とかにも」

「まぁ、少しばかり」

「どうせ一枚噛んでるでしょ?違う?」

「それはシークレットでお願いします」

「あ、絶対噛んでるなぁ~。悪い子だ。……それはさておき、ポイントだね?」

「はい」

 

 既に目的の人物、つまり3年Bクラスの綾瀬にも特別試験の話とポイントの話はしてある。

 

「堀北君のところからは借りれた?」

「幸いなことに」

「そっか。じゃ、一番恩恵を被った私たちが出さない訳にはいかないよね。面子の問題でも、道義の問題でも。元BクラスはもうすぐDまで落ちそうな有り様だし。私たちは上だけ見てればいい感じになってる。その恩恵は計り知れない。もう少しで、手が届くところに来たんだから」

「それは先輩方の努力によるものが大きいでしょう。私の力など微々たるものです」

「外交だけでクラス1つ崩壊させておいて良く言うなぁ」

「先に仕掛けたのは向こうですから」

「そうなんだけどね。さて、ポイントの話だけど、既に話は通した。ついでに承認も貰った。なけなしの500万、持っていきな」

「ありがとうございます。クラスの方々にお礼は……」

「あ~そう言うのはいらないってさ。私たちも最後の試験関連で忙しいし、それに恩を返すのは当然だって言ってねぇ。何でも、お礼を言われるような事はしていないってさ。あっさり説得できたもんだからビックリしちゃった。ホント、バカばっかり」

 

 そう言いながら彼女は笑った。バカばかりと言いながらも、その口調に嘲りはない。自嘲もない。誇らしげに笑っているだけだった。何だかんだ上手くやって来れていたのはこの人柄とクラスの色が大きいだろうと想像できる。

 

「元々どんな結果になろうと、クラスで貯めてたポイントの幾分かは1年Aクラスに寄付しようって話になってたのよ。今までいまいち勝ちきれなかった、その最後の背中を押した後輩に感謝の念を込めて、せめてもの寄贈にしようってね」

「そうだったんですか……」

「ま、ちょっと早いけど、ピンチなんでしょ?そう言ったら助けるしかないだろう!ってなって。ホントに変な奴しかいないなぁ」

 

 このクラスならば、どんな結果でも悔いなく卒業できそうな気がする。そんな風に思えた。こういったクラスにする事が私の理想である。勿論、結果は最上のものであることが望ましいが。

 

「ここからはもう、お手伝いは出来ません」

「分かってるよ。こっからは私たちだけでやる。それが、プライドってもんでしょ。確かにそっちに頼れば堀北君にも勝てるかもしれないけど、それじゃあ意味がない。折角上まで来たんだし、それを弾みに行けるとこまでやってみるよ」

「どちらかを応援することは出来ませんが、悔い無き結果になれるよう微力ながら祈っております」

「そっちも頑張りなよ。なんか、今年の1年はちょっと変だから。これからも色々あるんだと思うけど。卒業報告は楽しみに待ってるから」

「ありがとうございます」

 

 再び携帯のピロンという電子音が鳴る。500万のポイントが振り込まれたというメッセージだった。これで総計1400万。50万ものあまりが出ることになる。これはAクラスの2人からの貰いものと考えて、そのまま懐に入れておくとしよう。いつか役に立つはずだ。節約のおかげでかなりのポイントを自分でも保持している。私は坂柳のために金を払いたくなかったので3年生でほぼ全額埋められるようにした。

 

 元々Aクラスから800万、Bクラスから500万というのは堀北学と綾瀬から内諾をえている。無論詐欺と思われたくないので交渉で1350万まで減らしたことは伝えている。それで残りの50万は仕方ないので自腹を切る計算だった。だが、Aクラスの2人のおかげでいい意味で計算が狂った。これならば+の収支になる。

 

「頑張れとは言わないけど、負けるなよ~後輩クン」

 

 手をヒラヒラさせながら、綾瀬は去って行く。その背中に礼をして、私も自クラスへ向けて歩き出した。これで全ての準備は完了である。坂柳の救済は可能だ。私の中でも葛藤はある。本当に助けるべきなのか。また裏切るかもしれない。こんな思いは勿論存在している。

 

 それでも、私は私の決めたことを貫くためにこのポイントを使う。勿体ないような気もする。それでもだ。坂柳に果たして1350万ポイント分の価値があるかは分からないし、多分現状では無い。だが、それを教育できずして何が教導者か。今そんな価値がないなら、価値があるようにすればいいだけの話である。どれだけ難しくても希望はきっとあるはずだ。今までとやる事は変わらない。

 

 私は大金を手に入れた緊張は少しあった。選択肢が増えたことによる迷いも。だからこそそれを振り払うために手で頬を張る。これでいい。これで、当日迷わず坂柳を救済できるだろう。彼女のためではなく、私自身の願いのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。夕食はいつにも増して静かだった。

 

「救済のための金は全て集まった」

「……そう。迷いは無いのね?」

「あぁ。これでいい」

 

 これで良いのだ。確かに社会では切り捨てないといけない事もある。だが、それは最後の最後にやる事であるし、加えて言えばそんな状況になった原因は上にあるとも言える。例え天災による被害などの逃れられないものであろうと、トップには責任がのしかかる。

 

 私には私のために死ねと命じればそうする部下が多くいる。だからこそ、誰かを切る事の恐ろしさも、人材の大切さも知っている。将来の事云々を説く学校よりも、部下を抱える重みを知っている。そのつもりだ。失ったものは戻ってこない。ここを追われても死ぬ訳じゃないだろう。けれど、この学校においては死と同義だ。ならば、尚更そうさせるわけにはいかない。あんなのでも私のクラスメイト。私の庇護するべき対象なのだから。

 

 あの女の思想は嫌いだし、人間性はムカつくけれどそんなに悪い日々でもなかった気がする。だから、そんな理由も付け足しつつ、私は切るべきでないと判断し主体的に坂柳を救うのだ。

 

 それに、こんな教育とも呼べないもので坂柳を離脱させてなるものか。それは私の教育理念と反している。ホワイトルームがやりたいようにやるなら、こちらも応えるまでだ。坂柳と今後対決するにしても、こんなクソみたいな試験でやるのだけは御免被る。

 

「……正直迷いはある。けど、アンタが決めたことだから従うわよ」

「そうか。……ありがとう。やはり君は私の一番だ」

「はいはい。そうやって美辞麗句を言っても動きませんからね」

「そんなつもりは無いんだがな」

 

 間違いなくここでは一番の部下だ。まぁ他にいないけど。

 

 少しだけ空気が弛緩する。と同時に夕食も食べ終わったので片付けだ。日替わりで当番制なので、今日は私の担当。終わるまで彼女は基本テレビを見ている。洗っていると、ピンポーンとチャイムが鳴らされた。珍しい事だ。

 

「ちょっと出てくれないか?」

「了解」

 

 いそいそと部屋着のまま、真澄さんは玄関へ向かう。ガチャっと鍵の開く音がする。

 

「はいはい、どちら様ー?」

「頼む!お願いがある!」

 

 真澄さんがドアを開けると同時に放った声にほぼかぶさって男性の声がする。これは……Dクラスの石崎。呼吸音からしてもう2人いる。恐らく女性か?しかしマズい。玄関口ならばともかく、私の部屋は真澄さん以外に見られるとマズいものばかりだ。

 

「もう諸葛しかいないんだ!たの、む……え?なんで神室?」

「……同棲?」

「違うから!」

 

 訝し気な声を放ったのは伊吹だろう。Dクラスの生徒だ。言いたいことは予想がついた。さて、この妙な状況をどうにかしないといけない。取り敢えず、手についている泡を洗い流した。

 

 

 

 

 

 

 

 声を発していなかった3人目は椎名だった。その3人は入れて欲しいと頼んだが、それをどうにかこうにか言い訳して今は真澄さんの部屋にいる。おかげで私は部屋の整理整頓が出来ない系人間と思われたが、まぁそれは安い代償だろう。中を見られるよりはよっぽどいい。真澄さん本人は凄い嫌そうな顔をしていたが、何とか承諾してもらった。

 

 彼女の部屋は特にこれと言った特徴は無い。そもそも、彼女の生活ルーティーンからして寝に帰っているようなものだ。夜の11時くらいから朝7時くらいまでの8時間ほどしかいない。残りは学校とこっちの部屋で過ごしているのだ。程よく整理整頓された部屋に案内され、全員座らされる。家主の意向が第一だった。お茶が出され、椎名・石崎・伊吹の3人を前にして会談が始まる。石崎は椎名の顔を窺っていることから、力関係は一瞬で察せられた。

 

「まずは、一言謝罪をさせて下さい。Aクラスの皆さんには先の一件で多大なご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありませんでした。証拠も無しに犯人と決めつけるのは愚か以外の何物でも無かったと恥じ入っています。謝罪が遅くなってしまい、とても申し訳なく思っています……」

 

 椎名はぺこりと頭を下げた。石崎もバツが悪そうに続く。伊吹は関係なかったようだが、それでも頭を下げた。確かに、坂柳の噂事件(私と綾小路の自作自演)ではDクラスから詰問を受けたと橋本などから聞いている。橋本の話によれば、椎名はその際に私が真の犯人と仮定し、その証拠を探そうとしていたらしい。すっかり忘れていたが、そんな事もあった。正直、Dクラスの印象は薄かったし被害に遭った橋本も自業自得と言えば自業自得。それに私が中傷されるのは慣れているので感覚が麻痺していた。

 

「ミステリー愛好家を自称しておきながら、三流小説でもやらない行為を犯してしまうとは……慙愧の念にたえません」

「あぁ、そこまで卑下しなくとも。私は大して気にしていませんので」

「寛大な言葉、ありがとうございます」

 

 謝られて悪い気はしない。誤解が解けたなら何よりだ。だが、こうやって特に気にしてなかったDクラスに謝られると何も言いに来ないBクラスに少しイラっとしてきた。いけないいけない。こういう感情は封印するのが吉だ。

 

「それで、お話とは?」

「謝罪の後に大変身勝手だとは思うのですが……」

「龍園さんを、助けて欲しいんだ!頼む!」

 

 石崎は深々と頭を下げる。案の定予想通りの内容だった。彼らが来るとすれば他にない。

 

「何故私に?」

「他に出来そうなヤツが、思いつかなかったんだ。綾小路にも頼んでみたんだが、諸葛のところへ行けの一点張りだった」

「綾小路君……」

 

 面倒事を押し付けに来たな。彼は彼で色々あるのかもしれないが。まぁこの前の坂柳の件で協力してくれたし、これくらいは対処しよう。

 

「私に何のメリットがあるのでしょう。それに、今更龍園君の退学を阻止するのは難しい。それは理解しているのでは?敢えてお話するのならば、これまでの行いに全てが集約されるでしょう。暴君が失脚すれば、後はギロチンにかけるだけです。普段は無理でも、今回は自分の心を痛めず、被害なく王を殺せる時が来たのです。無辜の民衆は喜んで、彼を処刑台へ送るでしょう。己の保身のために。彼を切るのが無難だ。諦める事ですね」

「そんな事、出来る訳ねぇだろ!」

「では、分かりました。策を授けるだけなら出来ますよ。簡単な話です。椎名さんだって思いついているはずだ」

「な、なんだよ、それは……」

「人にものを頼むなら、口調は整えなさい。それはそれとして、簡単ですよ、他に生贄を用意すれば良いのです。その人物を陥れればいい。いるんじゃないですか?王のいなくなった場所でふんぞり返ってる人が」

「……」

「もしくは君が身を引けばいい。自分も彼も、皆助かりたいなんて都合のいい話です。それか、頑張ってポイントを集めるんですね。分かったらお帰り下さい」

 

 真澄さんは黙って事態を静観している。椎名はずっと無言で何かを考えている。伊吹は諦めモードだし、石崎は悔しそうにしているが私の意見が正論だとは分かっているようだ。突然、椎名が口を開く。

 

「メリット」

「はい?」

「メリットを提示できればいいのでしょうか?」

「それはまぁ、そうですねぇ。ただし、龍園君という厄介な存在がいなくなる事を上回るメリットを提示できるんですか?2000万ポイントを差し出されたって嫌ですよ。クラスメイトの安全に代わる武器はありませんからね」

「では龍園君がこれ以上暴力行為を実施しないならば、どうでしょうか」

「確かに、それならば私の最大の懸念事項は無くなります。正々堂々と来てくれるならば、私もそれに応えるのみ。奇策でも構いません。ただ、クラスメイトを暴力の嵐に晒したくないだけです」

 

 正確には真澄さんを、だが。それを今言う必要はない。実際、龍園でなくても退学にはなって欲しくないのだ。龍園に何の思い入れも無いが、別にクラスを率いている分には特に拒否感もない。ただ、暴力。この一点だけが私が彼らに手を貸さない理由になっている。

 

「もし、龍園君がいなくなったら、Dクラスはもう上には行けません」

「でしょうね」

「そうなると、私たちのクラスはどうするか。どこかのクラスに隷属して生きるしかありません」

「隷属?」

「ええ。ポイント献上装置でも何でもいいので生き残りを図るでしょう。そして、私はその時Bクラスに付くことを推奨します。これは、Aクラスにとっては困るのではないでしょうか。ポイントは何であれ立派な武器。それが実質Aクラスと同量がBクラスに供給されたら?それに加え、39人分の人的資源がBクラスに付け足されます。当然、私や金田君もBクラスのために尽くすでしょう。そうすれば生き残れるのですから。これは困るのではありませんか?私は、諸葛君の大まかな戦略に勢力均衡があると思っています」

「ほう?」

「勢力を拮抗させ、その間にAクラスが上に抜け出す。これが目指している戦略なのではないでしょうか。私たちは皆、その掌の上で踊らされている。どうでしょうか」

「答える訳にはいきませんね。正解にしろ、不正解にしろ」

「それは分かっています。ですがどうあれ、どこかのクラスにバランスが偏るのは望ましい事態とは言えないでは無いでしょうか」

「脅しですか」

「はい。その上でどうにかして欲しいと頼んでいます」

「棍棒外交のおつもりで?」

「私にも事情がありますから。致し方ない事態ですので。あくまでも平和的な脅しのつもりです」

 

 確かに龍園という巨頭を失ったDクラスに再浮上の目は無い。そうした時、もしBクラスを頼ったら。その時のBが一之瀬なのか堀北なのかは分からないが、隷属してくれるならばこれほどありがたい事は無いだろう。草刈り場に近くなった空中分解寸前のクラスで、果たしてどこまでやれるのか。一之瀬はともかく、堀北は間違いなく囲い込みを始める。

 

 椎名が代わりに指導者をやれば良いのでは?と思ったがそれは即座に否定された。恐らく、誰か女子生徒に彼女の妨害をする存在がいるのだ。男子でないと予想できたのは現在トップの石崎が椎名に気を遣っている以上、男子にそれ以上の影響力のある存在がない事が分かるからだ。退学という恐怖が近付き、もう勝てないという諦観がクラスを支配する。そして上層部は権力争いで動けない。そんなとき、甘い言葉で囁く存在がいれば。まず間違いなくDクラスはその存在に従属してしまう。

 

 その際にこれでも影響力のある椎名や石崎がAではなくBに付くことを主張すれば。一之瀬も拒みはしない。彼女はそういう人種だ。ともすればパワーバランスは崩れる。面倒なのは事実。下位3クラスの勢力均衡を狙っているのも事実だ。私は確かにそういう戦略を取っている。だが、それでも龍園を残すデメリットの方が大きい。

 

 龍園を抱えながら南雲と戦い、月城の相手もしつつ1年生にも気を配るのは……うん?南雲?対南雲戦略に龍園を組み込めるか?確かに彼の思想は狂気的だが、能力は高い。奇策という面では坂柳に僅かに及ばないレベルか。発想力はすさまじいものがある。行動力もだが。彼を使えれば南雲への防波堤が出来る。ついでに、来年に厄介な1年生がいれば(確定で1人はいるのだが)相手をしてくれるかもしれない。ならば残す価値はあるか。学年1つを丸々敵に回すのに、人は多い方が良い。それに、龍園の戦略から学ぶことも我がクラスメイトにだってあるはずだ。

 

「暴力を、規制できるんですね」 

「必ず。約束します。契約を破れば、私が退学になっても構いません」

「俺もだ!」

「……私も一応。負け犬になったまま残りを過ごすのは……癪に障る」

「分かりました。それに条件を2つで、私がどうにかしましょう」

「なんだ!いや、何ですか!」

「まぁそう逸らずに。1つ目は暴力行為の規制。もっと言えば、Aクラスのクラスメイトには龍園君を始めDクラスの誰も我々に暴行を加えない事。2つ目は南雲会長がAクラスやこの学年に攻撃する際は協力する事。3つ目は学年末特別試験でBクラスを攻撃することです」

 

 椎名は頷いた。石崎はそれで龍園が救えるならば……!と感激している。伊吹も異論は無いようである。

 

「では、契約を。必ずこれを履行してください。それを約束するならば、私は龍園君の救済をします。違約時の条件は自身の退学。加えて相手へのプライベートポイントの支払い。これで良いでしょう」

「龍園は言う事聞くの?このメンバーが勝手に決めたこと、って言いかねないけど」

 

 真澄さんはここで初めて口を開いて意見を述べた。その懸念はある。しかし、恐らく実行しない。何故なら……。

 

「神室さん、それはありません」

「どうして?あの龍園よ?」

「確かに可能性としてはやりかねないと思われても仕方ないと思います。しかし、彼はやらないでしょう。何故なら、この契約に違反すると私たちが自主退学し、結果クラスポイントが一気にマイナスになるからです」

「その通りだ。龍園も馬鹿じゃない。恐らくはやらないだろう」

 

 真澄さんは納得したようで引き下がる。

 

「あぁ、ついでに生贄も用意しておいてくださいね。クラス内で反感を買っていそうな人物に密かに批判票を集中させておきましょう。その方が確実だ」

「分かった。その辺は私が何とかする」

「どなたかいるんですか?」

「真鍋かな。アイツ、一々椎名に突っかかってるし。多分、残しても役に立たない」

「……」

 

 椎名は無言だ。だが、それが事実であることは石崎の分かりやすい顔からうかがえる。まぁその辺は何でもいい。

 

「本当に助かりました。ありがとございます」

「お礼は終わった後にでも。それに私は私の利益のために行動したにすぎませんから」

「それでは契約は交わされました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、頼みましたよ」

 

 3人が帰り支度を始める。契約書は交わされた。これで私は龍園の退学阻止のために動かないといけない。その手立てはもうある。南雲の盾、1年生への盾になるならばそれで十分だ。負担が減るだけでもメリット。後、個人的に龍園はそこまで嫌いじゃない。暴力的なのを除けばではあるが。体育祭で共闘した際は意外と相性が良いことを感じている。そういう個人的な面でもプラス評価も行動の理由にはなっていた。自クラスへの暴力を封じられるなら、それで良い。

 

 それに、やけくそになった民衆がとんでもない行動に出ないとも限らない。その選択肢は消しておかねば。戦略とは、相手の行動選択肢をいかに減らし、自分の望むように行動させるかにかかっている。そこで最早なりふり構わない存在というのは非常に厄介だ。本当に何をするか分からないのでは予想も出来ない。この未来を無くすために、龍園の元での一定数存在する秩序を取り戻さねばならない。

 

「失礼しました」

「最後に龍園君にお伝えください」

「何でしょうか」

「お前の中に未練は何1つ無いのか?と諸葛孔明が言っていたと。これで自主退学とかはしなくなるでしょう」

「分かりました。重ね重ねありがとうございます」

「いいえ。お気をつけて」

 

 3人は頭を下げて帰っていく。室内に戻れば出したお茶を片付けながら、真澄さんが質問を投げかけてくる。

 

「良いの?許して。拒否れば良かったのに」

「謝ったら許すさ。それがよほど許せない事で無いのならな。疑われた件は私の日頃の行いのせいだろう。甘んじて受け止めるさ。それで謝ったんだから、良いじゃないか」

「ふ~ん。龍園を盾にしようなんて、結構イカれた戦略ね」

「だが実際彼は有効な兵器になれる。利用価値は高い。秩序の無くなったDクラスに暴走されても困るからな。暴力も我がクラスへは禁じられたし。他は知らんが、ウチは安泰だ」

「ま、私は指示に従うだけだから良いけど。けど、何でBクラスを攻撃させるの?」

「お灸を据えようと思ってね。一之瀬に恨みは無いが、そのクラスメイト君たちは一向に何の音沙汰も無いからな。私をあれだけあちらこちらで悪し様に罵っておきながら。おかげで未だに風評被害を被っている。気にしないつもりでいたが、椎名に謝られると何もしてこないBクラスへ苛立ちを感じた」

「うわ、みみっちい!」

「酷い言い草だな……。面子は大事なんだよ。プライドなんていつでも捨てるべきだが、タイミングというものがある。捨てるべきでないところではプライドは捨ててはいけないからな」

 

 あと、私だけなら良いのだが真澄さんも悪し様に罵っていたのを私はしっかり知っている。

 

「でもどうやって確実に龍園を助けるの?」

「ある人を使うのさ」

 

 私はそう言い、携帯を取り出す。訝しむ目を向ける真澄さんの前で、1つの番号へ電話を掛けた。数コールの後に相手は出る。真澄さん用にスピーカーにして話し始めた。

 

「どうも、夜分遅くにすみません。一之瀬さんに少しお願いがありまして」

「何かな?出来る事なら良いんだけど……」

「えぇ。簡単なことです。クラスメイトにお願いして、全部の他クラス向け称賛票を龍園君に入れて頂きたい」

「……え?」

「出来ますよね、貴女ならば」

「それは……お願いすればやってくれるとは思うけど……でもどうして?」

「私にとってそれが利益になるからです」

「でも、それは私にもクラスにも何の利益も無いから……」

「そうですか。そう言えば、貴女個人との契約違反もそうですが、お宅のクラスメイトに随分と謂れの無い中傷を受けましてね。加えて、胸倉掴まれたりもしたわけですよ。まぁこれとそれとに何の関係性もありませんがね」

 

 電話の向こうで息を呑むのが分かる。色々思案しているのだろう。今回は待ってあげる事にした。そうすれば勝手に悪い想像を働かせてくれるだろう。訴えるとは一言も言っていない。向こうが勝手に判断しただけ。イギリス流外交術の1つだ。

 

「……分かったよ。龍園君に入れる。その代わり、訴えるのは止めて欲しいな」

「おや、そうですか。そうして頂けるのはありがたいですね。契約書のフォーマットを送るので、印刷してサインし、私のポストにでも入れておいてください。明日中でお願いします」

「うん……クラスメイトがごめんなさい」

「いえ、謝罪を頂ければ結構。それに、貴女は不在でしたからね。彼らの暴走でしょうし。では、よろしくお願いします」

 

 そう告げて電話を切る。私は特に龍園に投票しなかった場合のペナルティを提示していないが、勝手に向こうが訴えられると思って投票を選んでくれた。これは大変ありがたい。ま、一之瀬がBクラスの暴走で悪くないのは事実なのでそこは気にしていない。クラスメイトに関しては話は別だが。訴えるのはしないでおこう。それが向こうの願いならば、な。これでDクラスとの契約も履行できるという寸法だ。

 

 こういう展開を予想していたからこそ彼らとの契約を受けたのだし。

 

「アンタ、碌な死に方しないわよ……」

「う~ん、かもな」

「まぁその時は……」

「何か?」

「なんでも」

「そうか」

 

 ごにょってる真澄さんは一旦置いておいて、これである程度クラス内投票の結末は見えた。AとBは退学者無し。Dは真鍋だろう。Cが気になるが情報が皆無。……そう言えばCクラスの佐倉と真澄さんが繋がっていたなと思い出す。彼女に情報収集をお願いしてみるとしよう。今でも時々休日などに会っているようだし。そう決定し、真澄さんへ声をかけた。




最新刊の分の資金は何とか確保できました。さて、どんなになるのかな……?北海道に修学旅行という話らしいですね。皆さんは高校時代どこに行きましたかね。やっぱり京都が多いんだろうか。私は行けてないですけど……。まぁどうせ高育の修学旅行なので碌なもんじゃないだろうと予想してます。


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55.友達

誤字報告、感想いつも感謝です!感想は返信が遅かったり無くても読んではいますし脳汁出しながら感謝してるので、ぜひぜひ書いて頂ければ。お待ちしております!


そして子は人の子であるから、子に裁きを行う権威をお与えになった。

 

『ヨハネによる福音書』

―――――――――――――――――――――――

 

 Cクラスの内情を探れ。そんな滅茶苦茶とも言える命令を出してきた事に神室真澄は面倒くささを感じている。しかしながら断る、或いはサボるという考えは存在しなかった。もしカノジョが拒否すれば、諸葛孔明は別な手段で以て目的を遂行しようとするだろう。その時に頼るのは果たして綾小路か他の誰かか。他の誰かだった場合、橋本だけは嫌だと思っていた。自分の居場所を奪われるような感触を覚えたからである。

 

 かくして彼女は自身の友人を呼び出した。

 

 友人――つまりは佐倉愛理であるが――はやって来た。しかも1人で。流石にCクラス側から何らかのアクションがあると思っていたが故に少し意外だったのだ。元々クラスのリーダーが交友関係まで制限してしまうこの学校の異常さを感じている神室からすれば、これが正常な状態なのだが。

 

「来てくれてありがとう」

「は、はい……」

「ゴメンね、こんな時期に。どうかなと思ってさ。Cクラスは大変そうだし。あんまり深入りは出来ないけど、もし困ってるなら力になれるかもだし」

「ありがとうございます」

 

 佐倉はぺこりと頭を下げた。一向に取れない敬語に苦笑しつつ、神室はコーヒーを啜った。

 

「あんまり聞いちゃダメかもだけど……大丈夫?」

「私は、大丈夫そうです。まだ分からないけど……退学する人は多分、絶対出る事になりそうです」

「ちなみに……差し支えなければだけど、誰?」

「山内君です」

「山内、山内……貴女の胸を凝視してたキモいヤツ?前に相談してくれた」

「そうです、その山内君です」

「なら良いじゃない。いなくなって清々するんじゃない?そんなセクハラ野郎」

「それは……でも退学して欲しかったわけじゃないので……」

「優しいのね」

 

 佐倉は神室の言葉に苦笑をこぼす。優しい訳ではない。ただ、退学処分するほどではないと思っている。苦手ではあるけれど、それはいなくなる事を望むほどの憎悪などでは無かったのだ。

 

「貴女は、使わないの?例の優遇制度」

「それはまだその時じゃないって、綾小路君が」

「同感ね。山内を救うのに使っていいモノじゃないわ」

 

 佐倉に与えられた制度。それを使えば彼女が退学指名を受け、制度を使う事で去る者を無くせる。だが、綾小路はその戦略を取らなかった。全員を残すより、不要な存在、山内をデリートすることを選んだのだ。これは綾小路が山内に改善の目はないと見たことを意味している。

 

 それは堀北も同様だ。堀北は制度の事を知らないが、綾小路と同じ結論に辿り着いたのだ。即ち、山内を切るべきと。

 

「それにしても、思い切ったわね。貴女のところの何だっけ?平田か。ああいう手合いは誰かを指名するとかは嫌がりそうだけど」

「う、うん。実際平田君は凄い抵抗してたよ。堀北さんに全部論破されちゃってたけど……」

「堀北も容赦ないわね……。ま、ウチも似たようなもんか」

「Aクラスは……どうだったんですか?」

「誰も退学者は出さないってさ。ウチの人はもうそこだけすんごい意地になってる。だからポイントもかき集めたし、退学者はいないと思う。思うってのはまだ結果が出てないから100%とは言えないだけで、ほぼ100%出ないと見て良いかな」

「そう、なんですか。凄いですね……」

「確かに、その根性というか信念と言うかは、凄いと思うわね。……少し気になってるんだけど、いい?」

「は、はい」

「どうしてそんなに具合悪そうなの?もしかして体調不良?」

「い、いえ、元気です!」

「じゃあ、大丈夫?退学する事は無いんでしょ」

「それは……はい。ただ、堀北さんに山内君がいなければ私だったって言われて……それで……」

「あー堀北なら言うわね、そう言う事……」

 

 頭を軽く抑える神室を前に、佐倉はポツリポツリとその時の事を話し始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 Cクラスのホームルーム。そこには十人十色の思惑が渦巻いている。綾小路は友人の協力もあり退学を回避できそうであった。加えて龍園救済も諸葛孔明に押し付けて難を逃れている。だが、肝心な問題は誰を追うか。それを綾小路は堀北に一任していた。

 

 切り捨てるという非情な選択。それを出来るかどうか、もっと言えばだれをどういう基準で選ぶか。それで堀北の成長度合いと今後の方針を決められるからであった。平田などには初めから期待していない。

 

 そして悩み抜いた堀北は遂に動いた。流石の彼女も誰かの人生を滅茶苦茶にしかねない選択には躊躇した。だが、救済などしている余裕もアテもない。BクラスもAクラスも自分達のことで精一杯なのはわかりきった事実だし、上級生には分けてもらえる道理もなかった。

 

「少し、時間を貰えるかしら。特別試験に関して、話したいことがあるの」

「どうしたのかな、堀北さん」

 

 平田はここで不穏な何かを察知した。しかしすでに時は遅い。曲がりなりにもここまで何とかやって来れているのは堀北が頑張っているからという空気はCクラス内に存在している。諸葛孔明とか言う頭おかしい敵に対抗できる数少ない可能性がある存在が彼女だったからだ。逆に、一般人の知る限り自クラスに可能そうなのは彼女の他に高円寺しかいない。それは櫛田ですらも認めざるを得ない事だった。だからこそ彼女の一挙手一投足には重みがある。

 

「退学者についての話よ。ここ数日間、私も私なりに考えた。誰が残るべきで、誰が去るべきなのか。その答えは出たわ。だから今、伝えさせてもらう」

「待ってくれ、堀北さん。このクラスにそんな人はいないよ」

「そうかしら?もしかしたらそうかもしれないわね。本質的に去るべき人はいないかもしれない。だけれど、理論的に考えて頂戴。これは感情論を抜きにしないと成立できない試験よ。救済するポイントも無い。Aクラスが引き下げてくれたけれど、それでも足りない。そうなった以上、打てる手は一つよ」

「それは……」

「私はこの試験を知らされたときから大きな疑問を抱えていた。クラス内で評価しあうのに、話し合う時間すらない。これじゃあ、グループを作って票の操作をする戦いになってしまう。本当に優秀な生徒が退学させられる可能性だってあるわ。ひどく非論理的な感情論でね。こんなもの、本来は試験なんて呼べない」

「実に正論だとも。素晴らしいねぇ」

 

 高円寺が真っ先に称賛を送る。彼も退学の可能性を秘めている。論理的思考、の部分で自分は対象でないと悟った高円寺は堀北の援護をすることに決める。そうすれば自分は回避できるからだ。

 

「本来ならば全員で話し合うべき。けれど時間はない。だから、まず私が指針を示させてもらうわ。その後どうしたいかは自分で決める事。けれど、これでもクラスのために最善を考えた結果だと自負しているわ」

「そんな真似、僕は反対だ」

「貴方のその博愛主義は感服するけれど、それでは救えるものの救えない上に、救うべきものも救えないわ」

「そんな選択、間違っている」

「医療でもある事でしょう?命に優先順位をつける。助けるべき者から助けるけれど、不可能なら切り捨ててもっと助かる患者へ向かう。それが最も合理的なのよ」

 

 食い下がろうとする平田に、言論の自由はあるはずという趣旨で須藤が釘を指す。高円寺も乗っかった。綾小路はただ、黙って事態の推移を見守っている。彼は堀北が誰を選んだのかは知らない。堀北に眼差しを向けるだけだった。

 

「Cクラスで最も退学すべき人間は――山内春樹君、あなたよ」

 

 山内の顔面は固まる。

 

「な、な、何で俺が!ふざけんな!堀北、いくらお前でも言っていい事と悪い事があるだろ!」

「そうかしら。これは単純なデータと事実に基づいての思考よ。あなたが退学するべき根拠は4つ。能力の低さ、人間性、成長の無さ、協調性の無さ。これが全てよ」

「俺のどこが劣っているってんだよぉ!」

「その自己客観性の無さも足しましょう。まず1つ目。あなたの能力、つまりはテストの点数はクラスでも学年でも最低点。前回も前々回も似たような成績よ。アベレージが一番低いのはあなた。そして運動能力も平均より下。そして思考力も低い。試験の度に最後までルールの把握に時間がかかっているのはあなたね」

「だったら佐倉とかだって底辺だろ!」

「ちょっと、自分が退学しそうだからって愛理を巻き込まないでよね!」

「確かに山内君がいなければ佐倉さんを指名していたでしょうね。けれど、彼女にはあなたに無い物があるのよ」

「は……?」

「それは後で説明するわ」

 

 わめいている山内だが、誰もそれに耳を傾けていない。ここまでのやり取りでいかに堀北が理性的に思考をしているのかを流石のCクラスも察したからである。

 

「2つ目の人間性。それはこの前の噂事件の際に顕著ね。結局あれは坂柳さんの姦計だったけれど、あなたは騙された挙句私の制止を無視して多くの生徒を傷つけた。事実、篠原さんや池君、軽井沢さんからも相談を受けているわ。あなたの追及に困っているとね」

 

 各クラスの生徒の噂についても声高に叫んでいた彼を好意的に見ている人間はいなかった。

 

「これは3つ目にも絡むわね。あの時、池君はしっかりとあなたを制止していた。他にも須藤君も迷惑をかけた回数では劣らないかもしれないけれど、しっかりと更生の兆しを見せている。その証拠に、今回の学年末考査は平均くらい。大きな進歩よ。にも拘らず、あなたは女子の胸囲ランキングなる卑猥なものを作っていた時と何の進歩もしていないわね」

 

 ここでさりげなく投下された女子のヘイトを思い出させる発言。綾小路も若干内心苦笑気味である。事実、堀北の発言に女子は嫌な記憶を思い出す。あの時は他の男子もいたが、それでもそこから成長していないという言葉が憎悪をかきたてるのだ。

 

「あ、あんな噂話なんてただの笑い事だろ!」

「ふざけないでよ!私、絶対に売春なんかしてないのに……!アンタに何度も何度もしつこく付きまとわれて、挙句の果てに何を言ったのか、もう忘れたの!?思い出すだけで吐き気がするわよ!」

 

 篠原の叫びに、何となく何を言ったのか察するクラスメイト。売春と彼女の叫びから、性交渉を持ち掛けたのだと容易に誰でも想像がついた。泣き崩れる篠原。彼女は気が強く、敵も多い。だが、この時ばかりは彼女を疎む生徒も同情していた。泣く篠原を支えながら、池は最低な発言を放った友人を睨む。

 

 さしもの綾小路ですら若干篠原に申し訳なさを感じた。自分に置き換えてみればかなり最悪な話である。

 

「こうして4つ目でもある協調性の無さが表れているわね。クラスを引っ掻き回して人間関係を破壊し、誰かを考えなしに傷つける。これが協調性の無さと言わずして何と言うの」

「根暗な佐倉だって一緒だろ!」

「いいえ、違うわね。あなたがそんなにも佐倉さんを退学にさせたいようだから、彼女を切らない決定的な理由を言いましょう。彼女の友人関係よ」

「友人関係だぁ!?」

「ええ。佐倉さん、貴女、Aクラスの神室真澄さんと友人なのは事実よね?」

「は、はい……。あの、でも、私クラスの言っちゃいけない事とか漏らしてませんっ!」

「分かっているわ。これは諸葛君にも確認済みよ。クラスの様子はともかく、秘密はしっかり洩らされていないと。様子くらいなら言ったところで支障は無いもの。部活に所属している生徒なら、そういう話をする事もあるでしょうし、特段彼女がおかしい訳ではないわ」

 

 事実、堀北は諸葛孔明に佐倉の件について探りを入れに行った。その結果分かった事がこれなのである。孔明としては本当に重要な情報は手に入っていないので、そのまま素直に答えてあげたのだ。これには神室の貴重な友人の立場を尊重するという配慮が理由に存在している。

 

「話を戻すけれど、その神室さんとの友人関係は大事よ。これが実質的に最も強く、確実なAクラスとのパイプなのだから。神室さんはAクラス内でナンバー2ないし3の位置にいるのは確実。葛城君も男子だから、女子ではトップの可能性が高いわ。加えて諸葛君に最も近い存在。そんな生徒とのパイプを強く持つ存在を容易に切り捨てる訳にはいかないわ」

「そんなのコネじゃねぇか、ズルだろ!」

「いいえ。カネもコネも、立派な能力であり財産よ。少なくとも、そのどちらもない存在が言っていい言葉ではないわね。それに山内君。あなた、大分Aクラスに迷惑をかけたそうね。諸葛君を筆頭にAクラス男子一同連名で私のところに苦情が入ったわよ」

 

 諸葛孔明に睨まれる。それの危険性を多くの生徒は分かっている。連名と言う事は高い能力の持ち主が多いAクラスに敵視されることを意味している。山内の存在は疫病神と化しつつあった。

 

「高円寺、そうだよ、高円寺はどうなんだよ!」

「確かに彼に改めるべき点があるのは事実。けれど、その能力は欠点を補って余りあるわね。無人島では30ポイントを失わせたけれど、船上では私の作戦に間接的にだけれど役立ってくれた。そして密告によって50ポイントを得たわ。トータルだと20ポイントの得ね。体育祭に関しては、彼がいようといまいとほぼ結果は変わらなかったでしょう。敗戦の責任を彼に押し付けるのは間違っているわ。無罪とは言わないけれど、私よりは罪は軽い」

「ブラボー。実に理論的だよ、堀北ガール」

 

 高円寺は心中で勝利を確信している。絶対に自分が退学になる事は無い。空気を読み解き、そう判断した。そして堀北により高円寺の弁護は続く。

 

「それに高円寺君は言ったわ。諸葛君相手なら本気を出すと。事実、そうしたのよね、綾小路君?」

「あ、あぁ。林間学校ではそうだったな。高円寺は本気だった」

 

 急に振られて少し戸惑ったが、綾小路は堀北に合わせ林間学校での高円寺の走りを伝える。

 

「諸葛君に対する有効な手段を私たちは、もっと言えば上級生ですら打ち出せていない今、彼を手放すのは降伏宣言にも等しいわ。それに、高円寺君を警戒している間、諸葛君も下手な手は打って来ない。抑止力としても機能してくれるのよ。よって、高円寺君を切ることは出来ないわ」

 

 誰もが沈黙する。最早、何かを言える空気ではない。重苦しい重圧の中、堀北は口を開いた。

 

「以上が私の意見と根拠よ。意見質問反論、色々あるでしょう。勿論それは受けるわ。ただし、反論する場合は理論的にお願いするわ。感情論は、ここでは意味をなさいないのよ。それと、代案もね。代わりに退学になるべき人を指名して頂戴」

「待って欲しい、堀北さん」

「……」

「話の腰を折らないように聞いていたけれど、僕はこんなやり方間違っていると思う。仲間同士で蹴落としあうなんて、絶対に許されていい話じゃない」

「そうね。けれど、それは理想論よ」

「そうだとしても、受け入れちゃダメなんだ」

「……じゃあ代わりに聞きましょう。誰か、退学を立候補する人は?」

 

 佐倉は唯一回避できるが、綾小路に言うなと厳命されている。当然手を挙げない。山内の友人である須藤や池も無言のままだった。誰も、去りたい人間なんていない。

 

「ほらね?」

 

 堀北の問いに平田は無言を貫く。彼の致命的な弱点。それは取捨選択が出来ない事。言い換えれば、決断力の無さ。それは指揮官としては徹底的に不向きだ。諸葛孔明でなくてもそんなことは分かる。

 

「私は意見を曲げるつもりは無いわ。ここで決を採らせて欲しいの」

「そんなものに意味はないよ。当日、誰が誰に投票するかなんて完全に分からない」

「そんな事は無いわ。クラスメイトの方向性を決めるのは重要な事よ」

「ダメだ。全員に……全員が誰かを陥れるなんて、そんなこと……!」

「……話にならないわね。代案がない以上、あなたの意見はなんの価値もないわ。では、聞かせてもらおうかしら」

 

 平田を無視して堀北は挙手を促そうとする。その時であった。

 

「堀北さん!」

 

 誰がそれを予測できたであろうか。無機質な音が響く。平田の蹴り飛ばした机が無情にも前方に吹き飛び転がった。それを見ても堀北は軽く眉を上げるだけである。怯えや戸惑いは一切なかった。性差を問わない困惑の中、平田は低い声で言葉を発する。

 

「止めてくれないか」

「それがあなたの本性なのね」

「……何が言いたい?」

「このクラス、初期Dクラスに配属されたのはどこか問題のある生徒が多かった。でもあなたはその片鱗すらなかったわ。だから気になっていたのよ。それが貴方の正体ね。暴力で現状打破を図るのは結構だけれど、あなたの意見に論理性はないのよ。正解なんてない、こんな試験を乗り切る最善策を提示して頂戴。それが出来たのなら、私を殴るなりなんなり好きにすれば良いわ」

「黙れよ」

「いいえ。黙らないわ。私は――」

「堀北、ちょっと黙れよ」

 

 今までで一番冷たい言葉。空気は凍り付き、さしもの堀北も言葉を止める。

 

「僕たちに誰かを裁く権利なんてない。山内君の人間性には嫌悪感を感じる。だけれど、それを裁いていい理由にはならない」

「それは違うわ。私たちは裁くことを強制されたのよ。それが嫌なら、ここから去るしかないわね。望む望まないに係わらず、これはやらなくてはいけないのよ。恨むなら、学校かもしくは一之瀬さんや諸葛君になれなかった自分を恨むのね。彼らならば、どうにか出来るでしょうから」

「――――君の存在がいけないんじゃないのか?」

「そうね。確かに私だって彼らには劣っている。その能力の無さが今回の糾弾劇を招いたと言われれば返す言葉もないわ。けれど私は少なくとも自分は前進していると自負している。追いつけないほど遠い背中でも、歩まなければ届くどころか差は開く一方。怖いのは努力する天才。彼らはあっという間に前に進んでしまう。私に出来るのはただ前に進むだけよ。その為に努力してきたつもり。それが評価されるかは分からないけれど、どんな結果であれそれは私が招いたことだから納得するつもりよ。停滞を選ぶより、一歩でも前に進みたいと私は思っている」

 

 毅然とした意思の瞳が平田を射抜く。強い眼差しであった。覚悟の目であった。平田のまやかしの博愛とは違う。例え傷付いても進もうとする意志の光が灯っているのだ。平田は思わず気圧されてしまう。だが、すぐに調子を取り戻した。

 

「もう私の考えは伝え終わったわ。決を採る採らないに関係なく、皆は各々で私の意見について考えるでしょう。それが受け入れられるかは、私のこれまでが受け入れられるかと同義だと思っているわ。もうあなたの望む形にはどうあってもならないのよ」

「そうだね……もう賽は投げられた。それを取り消せはしない。だから僕は君の名前を書くよ、堀北さん。望まない形をクラスに作りだした君を、僕は容認しない」

「えぇ、好きにして」

 

 平田は毅然とした態度の堀北をねめつけながら、教室を後にした。それを追うようにして逃げるが如く山内も去って行く。堀北はそれらに目をやる事なく、再度クラスに呼びかけた。

 

「すべてを決めるのはあなた達1人1人。その決断が、未来を作るわ。良く考えて、その後投票して。その結果はどうであれ、私は受け入れるわ」

 

 軽く礼をして、堀北は席に戻り、荷物を回収して教室を後にする。ざわめきと話声だけが教室を満たした。そんな中、次はお前だと言わんばかりの宣告を受けた佐倉は青ざめている。そんな様子を見かね、綾小路グループは慰めに行った。綾小路はそれを無表情で見ている。そんなときに佐倉の携帯が鳴った。

 

 メールの着信が1件。差出人は神室真澄。本人も周りも戸惑う中、綾小路は一言だけアドバイスをした。行くべきである、と。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「これが、一連の流れです……」

「う~ん、コメントに困るわね」

「はい。堀北さんの言っていることは正しいと思います。山内君の問題点も、全部しっかり話せていたし……。私は、どうしたら……」

「……私はあなたを友人だと思っているわ」

「え、あ、ありがとうございます」

「その上で聴くわね。本当にどうにかしたいと思ってる?」

「それは……勿論です。このままじゃマズい、止まったままじゃいけないとは、思ってます」

「じゃあ厳しい事を言っても良いわね?もしあなたが嫌がるなら、私は耳障りの良いことを言うわ。でも、そうじゃないなら、本気でどうにかしたいなら、私も友人として本気で向き合うから。ま、言えるのはアイツの受け売りだけど」

「お、お願いします」

「そう。分かったわ」

 

 ふーっとため息を吐いた後、神室真澄は息を吸い込んだ。そして覚悟を決めたような顔をして佐倉に向き合う。

 

「あなた、このままだと次は無いわよ」

「……」

「分かってるわよね?運動は仕方ない部分もあるけれど、成績。そしてコミュニケーション能力。これが圧倒的に足を引っ張っている。それが今の問題点よ」

「うぐぅ……」

「学力は大問題ね。この学校では成績が悪いとそれだけでいつでも退学の危険性が付きまとう。それはかなりリスキーよ。そして何よりコミュニケーション能力。これがあるだけで多少の成績はカバーできるわ。けれど現状は……お世辞にも褒められないわね。オドオドした態度、はっきりしない返事、合わせようとしない目。私も友達が多い方じゃないけれど、コミュニケーションにおいては全部赤点レベル」

「ふぐっ!」

「自覚してるのに改善できないのも問題ね。私とか、クラスのグループは分かってくれても、世間はそうじゃない。いつか、向き合わないといけない時が来ていた。それが遅いか早いかの問題よ。個人的見解を言えば、早い方が痛みも少ないと思うけど。目立ちたくないって言うのは分かるわ。でも、それとコミュニケーションが出来無いは別問題。違う?」

「違くないです……」

「せっかく可愛い顔と立派なスタイルがあるんだから、活かしなさい。それは大きなあなただけの武器になる。馬鹿な男子はいるでしょうけど、少なくとも今回セクハラ系で山内が消されそうな以上、他の男子も気を使うようになるはずよ。それに、本当に大事な人だけがしっかり見てくれるなら、それで良いじゃない。あなたのグループの友達は、見た目が変わったぐらいでなにか変わるような関係なの?そんな友人なら、その程度の仲だったと思ってさっさと縁を――」

「そんな事ないです!い、いくら神室さんでも、言っていい事と悪い事が!」

 

 大きめの声で佐倉は否定する。その勢いに本人すらもびっくりしていたようであった。待ち合わせだった喫茶店は一瞬静まるが、佐倉がペコペコしているのを見て元の空気に戻る。

 

「ちゃんとムカついた?」

「え」

「言えるじゃない。それで良いのよ。そんな風に言える人たちなら、ちょっと見た目を変えたくらいじゃどうってことないでしょう?」

「あ……」

「ま、私に出来るのはここまでかな。具体的な事は詳しい人に聞いてちょうだい」 

「詳しい人?」

「あなたのグループには成績トップ10が2人もいるんだから。勉強に関しては幸村君とかにでも聞いてみなさい。あなたが本気で、かつしっかり教わりたいと思ってるなら何とかしてくれるでしょう。堀北さんだって、努力しようとしている人を嗤ったりはしないはずだし、色々してくれる可能性もある」

「コミュニケーションの方は……?」

「そっちもクラスにいるでしょ、凄いのが」

「あ、櫛田さん」

「そうよ。あの子、こういうのは断ったりしないでしょ」

 

 神室は櫛田の正体を知っているが、それでも櫛田はこの手の事を断ったりしないと分かっている。承認欲求の強い櫛田は感謝されるのが好きだ。もし佐倉のコミュニケーション能力が改善した場合、佐倉は律儀に櫛田に感謝する。それを得るためならば櫛田も動くだろうと踏んでのアドバイスだった。

 

「前にも言ったけど、助けた人が退学とか最悪だから。頑張って最後まで生き残って、卒業してよね」

「は、はい……!ありがとうございました!」

「別にそんな恐縮する事でも無いわよ。こんなアドバイス、当たり前でしょう?苦しい事でも、友達ならちゃんと言わないといけない。そう言う物だって、私は信じてる。ま、元ボッチが勝手に抱いている理想論だけど」

「そんな事ないです。カッコいいと思います」

「そう?ありがと。じゃ、あんまり遅くなるとアレだし、そろそろお開きにしましょうか。元気出たみたいで良かったわ」

 

 佐倉の顔色は来た時よりも大分よくなっている。それを確認して、神室は笑った。

 

「それじゃ、またね。お互い頑張りましょう」

「あ、あの!神室さん。1つ、聞いても良いですか?」

「なに?」

「どうして、そんなに頑張れるんですか?毎日朝走ってたり、勉強だって、こないだは凄い上にいたし……」

「どうして、か。……追いつきたいから、だと思う。今はまだ背中を追いかけてるだけだし、追いつけるかも分からないけど。いつかは隣を歩きたいじゃない?対等に、さ。だから頑張ってる。今まで頑張ってなんか来なかった人生だけど、今なら頑張れる気がするし、今頑張らないときっと私はダメになる気がするから。諦めなければ希望はある!ってドヤ顔しながら言うヤツの側にいたから感化されちゃっただけかもしれないけど」

「でも、頑張れてるのは、凄いと思います」

「何言ってるの。あなたも頑張るのよ~!」

 

 ムニっと神室は佐倉の頬をつまむ。痛いです~と言うのを無視してこねくり回した。

 

「努力の天才になら、誰でもなれるってさ。頑張ろう、お互い」

「……はい!」

「よし、いい返事。それじゃあね」

「はい、ありがとうございました!」

 

 ぺこりと頭を下げる佐倉に手を振り、我ながら決まったと思いながら神室は帰路を歩く。夕食時、「良いことあったみたいだな」と笑う諸葛孔明に対し珍しく素直に「まぁね」と返す姿があった。友人は大事だと生温かい目で見る孔明を他所に、神室はご飯をかきこんだ。




最新刊の告知を見ていて、不意に思いついたので2年生編第8巻の時系列になったら閑話・坂柳有栖の受難第2弾やります。北海道、雪山、閉鎖されたホテルとスキー場……やるしかないよなぁ!昔はホラー作品を書こうとしていた作者の渾身の回になりそう。まぁ書こうとするとどうも体調が悪くなるので止めてたんですが、坂柳さん関連だと大丈夫そうなので。


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56.2つの道

今回でこの章は終わりです。次回は閑話。そうしたら1年生編最終巻へGOです!


「いじめっ子」は「犯罪者」なのです。

 

『美輪明宏』

―――――――――――――――――――――

 

 真澄さんからの報告で、Cクラスの退学対象は山内であると判明した。まぁ、残念では無い。林間学校では散々迷惑をかけられた。あの時に改めるように注意したが、全く反省している感じも改めている気配もなかったが案の定である。そして堀北に糾弾されている最中誰も助けてくれない辺り、なんというか、人望の程度がうかがえる。

 

 そして平田に関してだが、彼の地雷は退学の部分にあったらしい。正直別に彼の責任など無いとは思うが、勝手に自責の念に苛まれているようだ。完璧人間に見える存在にも、意外な欠点というのはあるものだ。むしろ、その方が人間らしいだろう。

 

 真澄さんはそれだけしか話していないと言うが、恐らくそれは嘘だろうと思っている。山内が消えれば次に危ないのは佐倉である。その彼女を変えるべく、動いたのではないかと思っていた。多分アドバイスか何かをしたのだろう。別にそれを咎める気は無い。私に怒られると思っているのかもしれないが、そんな事で怒る気は無いので安心して欲しい。とは言え、向こうが言いたくないなら無理に言わせることでもないだろう。

 

 Cクラスは山内、Dは真鍋、BとAは退学者無し。これが今回の結末だろうと予想している。そしてこれはほぼ当たりのはずだ。勿論予想外の出来事が起こるかもしれない。警戒はしている。それに、学校側が票の集計をいじってこないとも限らない。

 

 我が国の選挙などそんなものだ。元より東側に公正な選挙など無い。票を集計する者にこそ、全権力が存在しているのだ。もし月城が本気になったのならば手段を選ばずに綾小路へ批判票が集中したという事にしてしまえばいい。綾小路に抵抗することは出来ず、退学させてしまえば月城もお役御免。どんなに学校内で紛糾しようが去った相手に対してはどうしようもない。

 

 ただ、月城はそれをしないだろう。デメリットも多いし、そもそも彼にそこまでする気は無いはずだ。彼は仕事だからやっているだけであって好き好んでやっているわけではない。適当に仕事をしたアピールをする気であろう。それが彼なりの賢い生き残り方なのかもしれないと思いつつ、投票を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日。結果発表のその日、誰もが冷静である。例え私が救済しようとしまいと、彼らの投票先は決まっていた。坂柳有栖。このクラスに多大なる迷惑をかけた彼女を追い出すことこそ彼らのやりたい事。もし追い出せずとも、クラス内の全員が彼女の味方では無いのだぞとアピールすることになる。

 

 しかし、集団を団結させるために敵を用意せよとはよく言ったものだ。見事に団結を見せている。ただ、私が彼女を救済する事に異論は無いようだった。あったとしても私と敵対する可能性を考えるとやりたくは無いのだろう。尤も、反対されたとしても何もしはしないのだが。

 

 ガラガラと扉が開き、教室内に真嶋先生が入ってくる。努めて冷静そうにしている顔だ。彼も思うところは多くあるのかもしれないが、仕事人に徹している。今日だけは本来停学中の坂柳も出席を許可されている。虚ろな目をしたまま、虚空を眺めつつ多くの生徒の敵意をその背中に受け、座っていた。話しかける人もおらず、孤独に1人きり。まぁそういう私も批判票はぶち込んでおいた。批判したいのは事実なのでしょうがない。どうせ退学にはならない。

 

「これより追加特別試験の結果を発表する。まずは上位3名。その後に最下位を発表する。第3位は38票で葛城康平。第2位は45票で神室真澄。そして第1位は……47票で諸葛孔明、お前だ」

「ありがとうございます」

「諸葛には追ってプロテクトポイントが付与される」

 

 真澄さんの得点内訳は、まず自分に投票できないので最大クラス内だと39票だが、坂柳が多分入れてないので38。そしてクラス外からだと佐倉などが入れたんだろう。林間学校でかなり彼女のグループの生徒から評判が良かったそうなので、その生徒が入れたのかもしれない。葛城は自クラス内で38。坂柳は入れてないと思われる。

 

 そして私だが、坂柳を除くと38票。これが自クラス。だとすると、残りの9票がどっかから入った。椎名、石崎、伊吹、山田辺りが入れてくれたとすると、他にも私を評価してくれていた存在がいることになる。もしかしたら綾小路辺りも入れたのかもしれない。いずれにしても、ありがたいことではある。

 

 別に私は投票を強制したわけでも何でもない。実際投票しなくてもペナルティは無い。それに、自クラスで実は入れてない生徒もいるかもしれない。その分他クラスから入った可能性はある。まぁどちらにしても、47人が私を評価してくれているのはありがたい事だ。素直に感謝しよう。

 

「続いて……最もクラスからの批判票を集めた者を発表する。分かっているとは思うが、該当者はこの後荷物をまとめて俺と一緒に職員室へ来るように。退学処分となる」

 

 誰も動じない。

 

「最下位は、批判票39票。――坂柳有栖」

 

 隣をチラリと見れば、虚ろな目には何も映していない。痛みを隠すような顔で、真嶋先生は全生徒の称賛批判票の結果を映し出した。最下位とブービーとの間は10票以上差がある。これはなかなかな結果だ。坂柳、嫌われ過ぎだろう。まぁそうなった原因は彼女自身と、私がそれを利用したからなんだが。

 

「それでは坂柳、俺と一緒に……」

「先生、少しお待ちを。彼女と話をしたいので。それくらいの猶予はありますでしょう?」

「……あぁ、構わない」

 

 クラスメイトは訝し気な顔で私を見ている。私が救済するのではないのか。そう言いたげな顔だ。確かにそうする気はある。しかし、最後に問いたいことがあった。この答え次第では追い出すことも考えている。

 

 最初はどうあっても救済する気だった。だが、色々考えて確認したいことが1つだけあった。それを確認しなくてはいけない。その回答次第では、救う価値もない、もっと言えば救えないと判断しなくてはいけない可能性もある。だからこそ、これは問わねばならないのだ。

 

「坂柳さん」

 

 虚ろな顔でも声は聞こえているようで、その真っ暗な目が私の方を向いた。席を立ち上がり、彼女の前に立って問いかける。

 

「1つだけ聞かせて頂きたい」

「…………何ですか。死刑宣告ですか」

「そうなるかもしれませんし、ならないかもしれません。ともかく問います。先の噂事件の一件、アレについてどうこう言うつもりはありません。やってしまったことは仕方ないですし、裁きも受けた。それに私は姑息とは思いましたが、怒り心頭と言う訳でも無いのですよ。だけれども1つだけ。貴女、もしあの噂に耐えかねて一之瀬さんが自殺なさったらどうする気だったんですか?」

「……え?」

「まさか思い当ってもいなかったと?」

 

 初めて彼女に感情の色が見えた。戸惑っているように見える。思考を必死に働かせ始めているのがうかがえた。

 

「それ、は……」

「もう一度聞きますね?どうする気だったんですか?」

「……分かりません」

「は?」

「分かりません。考えても、いませんでした……」

「分かりました。リスクヘッジを考えられない坂柳さんに懇切丁寧に道徳面じゃないいじめが何故問題なのかのお話をしましょう。道徳という概念を持ってなさそうな人に道徳を説いても無駄ですからね。まず一之瀬さんが追い詰められた結果、衝動的に自殺する可能性は十分にあります。相談できる人もおらず、こんな閉鎖空間ですからね。心理的にはあり得るでしょう。もしそうなると、学校は間違いなく原因究明に動き出します。そうでなくてもBクラスの生徒はいよいよもって本格的に動くでしょうね。ポイントを全て投げ打ってでも敬愛する存在を死に至らしめた悪人を引っ張り出そうとするはずです。学校は隠蔽を図るかもしれませんね。しかし絶対洩れます」

 

 この社会で隠蔽などなかなかできるものでは無い。それも国家の重大機密では無いのだから。しかもウチの祖国では無いのだし、情報統制も難しい。日本は情報関連で諸外国に後れを取っているのは有名な話だ。

 

「隠蔽してもどっかで確実に漏れるでしょうね。一之瀬さんのご遺族がなりふり構わずマスコミやインターネットに訴え出る可能性もあります。訴訟されれば第三者委員会が立ち上がり、学校の実態も外に漏らされるでしょう。だれか金目当てでリークする人もいるかもですね。元々圧倒的賛成で作られた学校じゃない。野党の追及は激しくなるでしょうし、国民の目も厳しくなる。卒業生も苦境に立たされるかもしれません。間違いなく学校や職場での目線が厳しくなるでしょうね。貴女のせいで」

 

 その人たちが真っ当であれば良いが、そうでない可能性も高い。たとえ真っ当でもそうでなくても、周りは疑念の目で見るだろう。丁度就活という時期の生徒は履歴書で落とされるかもしれない。

 

「諸外国はどう見るでしょうか。『日本こそ人権後進国である。米英はこのような輩を自陣営に加えながら我が国を不当に非難するのか!』と叫ぶかもしれません。当然自陣営の米英からの目線も厳しくなる。国営というのは有名な話です。諸外国だって当然注目するでしょう」

 

 最悪のパターンの話だ。だがあり得なくない。私が何もしなくてもこうなる可能性はある。何かすると中華圏が一斉に非難を始める。野党は大喜びだろうな。遂に大手を振って攻撃できるんだから。 

 

「坂柳さん、貴女も無関係ではいられないでしょうね。間違いなく特定されて、一生ネットの晒し者ですよ。住所氏名年齢血液型から趣味嗜好出身校まで全部ネットの海に流される。そして一生消えません。ネットは怖いですね。さて、これが貴女が一之瀬さんを追い詰めた結果起こりえる最悪の事態です。勿論、これは全てが悪い方向に進んだ場合ですが、あり得ない話ではない」

 

 可能性としては全部あり得る話だ。実際に起きている事件でも類例はある。

 

「ここからは道徳的な話も混ざりますが、それでもう一度だけ聞きますね。こうなったらどうする気だったんですか?どう責任を取るんですか?私に勝ちたいとか言うすんごいどうでも良い理由で1人の命を奪い、1つの家庭を崩壊させたかもしれない訳ですが、どう責任を取るつもりだったんですか?」

「それは……」

「何も考えていなかったんですか。呆れた話ですね。まぁ良いです。じゃあ今考えて下さい。どうしますか、もしこうなったら?」

「賠償金を、もしかしたらそれ以上の刑罰かもしれませんが……そうやって責任を――」

「責任なんて取れるはずないだろう!」

 

 私の突然の怒声に教室中が凍り付いた。真嶋先生ですら目を丸くしている。と、怒鳴ってみたわけだが、私は別にそこまで怒り心頭というわけでは勿論ない。これは完全に……とは言わないが結構演技だ。自殺まで追い込む可能性を全く考えてないのは呆れたし、責任を取れると思っているのには正直結構イラっとしている。

 

 だが怒鳴るほどではない。ではなぜするのか。そうする方がウケが良いからだ。もう一度はっきり周知しておく必要がある。ああいう坂柳がやったような手段は取らないのだと。私はあくまでもルール内で戦うのだと周りにアピールする必要がある。他クラスにこの会話が流れる事も望んでの行動だ。隣のBクラスにも聞こえているかもしれない。それならなお好都合。自クラス内で人格者諸葛孔明の地位を作り上げてきたつもりだ。それを崩す気は無い。

 

 普段怒らないでいた。ずっとずっと怒らないでいた。戸塚にイラっとしたりもしたが、ずっとにこやかにしていた。穏やかに、冷静に諭した。そんな人間が急に声を荒げたら?どんな人物でも驚くだろう。

 

「死んだらそこで終わりです。何をどうしようとも、故人は帰って来ない。死んだら、そこでおしまいなんですよ。責任なんて、取れるはずがないだろう。驕るのもいい加減にしろ。お前にそんなことが出来る訳ないんだ。いや、お前でなくても出来無いが、ただの小娘風情に出来る訳はもっとない!お勉強はできる癖に、道徳は出来無いのか?あぁ、道徳はテストがないもんな。それとも小中でその時間は寝てたのか?人の悪口を言ってはいけませんと幼稚園で習わなかったのか?その頭でどうして考えようとしなかった。都合のいいことばかり考えていたんじゃないのか?」

 

 坂柳は黙ったままだ。教室の空気も凍り付いているまま。他の生徒から見れば、私は厳しい目線で坂柳を睨んでいるように見えるだろう。

 

「まぁ良いです。1つだけ安心しましたよ。どうする気だったんですか?と聞いてどうする気も無かったとか、それが何か?とか言っていたら容赦なく追い出してやるところでした。ただの考えなしならまだ更生の余地はありますからね。先生、1350万はどこに振り込めば?」

「こちらから指定する。今送った」

「確認しました。では、入金します」

「――――こちらも指定金額の振り込みを確認した。よって、坂柳有栖の退学処分を取り消しとする。これを以て今回の追加特別試験は終わりだ。各自、解散して構わない」

 

 そう言うと先生はスッと教室を後にする。その顔には心なしか安堵の表情があった。どんなにやらかしていても、生徒が退学するのを見たくは無かったのだろう。教室はやっと元の空気に戻ろうとしている。坂柳は混乱のためか放心状態で座ったままである。それを他所に壇上へ行き、話を始めた。

 

「皆さん、試験お疲れさまでした。まずは私に多くの称賛票を入れて下さり、ありがとうございました。入れて下さった方の信頼に引き続き応えていけるよう、努力して参りたいと思います。これからも円滑なクラスの運営にご協力お願いします」

 

 深々と頭を下げる。称賛票を貰って当然、みたいな態度はよろしくない。ここでしっかりとお礼をしておくことで、私の評価は下がらなくなる。

 

「これから本格的に学年末特別試験が始まるでしょう。その時はまたご協力をお願いすると思いますが、よろしくお願い致します」

 

 先ほどとの落差に戸惑っている生徒が多いようだが、空気を読んだ真澄さんが率先して拍手をすると、葛城なども続き、クラスは拍手に包まれた。その中でもう一回頭を下げる。これで2年生の1学期も貰った。学年末で大ポカをやらかさない限り、大丈夫だと思われる。そして、私はそんな大ポカをするほど油断する気は無いので、負けはしないだろう。勝てるかも分からないが。

 

 そして運の悪いことに戦力にもなる坂柳は停学中。勉強系なら使えるのに残念だ。こっちは1人のハンデを背負いながら動かないといけない。まぁ元から最近はいないような感じだったし、大丈夫か。連携系だったら多分女子から総スカンを食らっている彼女ではキツイ。

 

 色んな感情がうごめいて、結果放心するしかなくなっている様子の坂柳を見る。この面倒な生徒を何とかして生徒指導しないといけない。ただ、呼び出しには応じないだろうし、つくづく困ったものだ。押しかけて強制的に家庭訪問と行くしかないだろう。頭が痛いが、自分で決めたことだ。必ず彼女を何とかしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、他クラスの結果だが、予想通りAとBは退学者無し。Cは山内、Dは真鍋が退学になった。CもDも阿鼻叫喚の大騒ぎだったと聞く。佐倉経由で仕入れてきた真澄さん情報によると、山内が大暴れをして堀北を襲おうとしたらしい。速攻で綾小路、高円寺、須藤のCクラス3大喧嘩強い勢に取り押さえられたようだが。

 

 平田は最後のあがきで自分に投票するように言ったらしいが、女子の誰かが庇って無意味になったらしい。そもそもこれまでの行動的に平田に入れたいと思う生徒は少ないだろう。他クラスからの称賛票も入るだろうし、無意味な行動だった。結果、廃人と化しているという。坂柳2号の誕生だ。

 

 そう言えば、その佐倉はイメチェンしたようで大分話題になっている。伊達メガネをやめて髪型を変更しただけと言えばそうだが、ポテンシャルを発揮できるようになったのはまず間違いなく真澄さんの働きかけによるものだろう。櫛田にコミュニケーションの練習をお願いしているみたい、と素っ気なさそうにしつつ内心の嬉しさを隠せない顔で真澄さんは報告していた。

 

 バレてないと思ってるみたいだがバレバレである。まぁ別に困るものでは無いし、彼女が自分で気付くまでは放っておこう。

 

 Dも大変だったようで、確かに私が坂柳を問い詰めている時金切り声が廊下に響いていた記憶がある。椎名と石崎からはお礼のメールが送られてきた。龍園は無事に退学を免れたようである。

 

 ついでに各クラスのプロテクトポイント保持者はA……私(47票)、B……一之瀬(90票)、C……堀北(40票)、D……金田(27票)である。Dは金田が色々仕切っていたようで、椎名はあくまで相談役的なポジションだったようだ。それでも龍園無くしてDクラスに勝利無しとロビー活動を頑張っていたらしいが。Cの堀北はまぁ妥当な結果だろう。平田で無いのは山内の一件で不安視されたからと見た。

 

 しかし一之瀬はぶっちぎっている。凄いとしか言いようがない。この前の万引き事件はほぼ全学年が知るところとなっているが、この人気。恐れ入った。素直に称賛するしかできない。契約はきっちり守られていたようで安心した。それはそれとして、謝罪に来なくていい理由にはならないが……ま、次の学年末特別試験で龍園のせいで痛い目に遭って貰うとしよう。それで相殺することにする。

 

 

 

 

 

 

 夜の寮を闊歩する。エレベーターがチンと音を立て、目的の階へ到着したことを告げた。開かれた扉を抜け、外の廊下を進む。目指した部屋の前で止まるとチャイムを鳴らした。

 

「お届け物です」

 

 少し曇った声で言う。こうして配達を装わなくては開けてくれないだろう。停学中の外出は厳禁なので飢え死にしないように食料は運ばれてくる。無論代金は彼女の所持金から天引きだが。少しばかり時間が経ち、ゆっくりと扉が開き……そしてすぐさま閉めようとしたので足を滑らせてそれを妨害する。

 

「そんな邪険にしなくても良いじゃありませんか。騙したことは謝ります」

「……!……!」

 

 声にならない声で頑張ってドアを閉めようとしていたが、少し抵抗して無理だと悟った彼女は諦めたようにドアを開いた。

 

「どうも」

 

 前に一度心霊騒動の際に入った事があるのでレイアウトなどは把握している。部屋の様子は個性が出るものだ。侵入者用にぐしゃぐしゃな私。シンプルな真澄さん。聞いた話では綾小路はミニマリストもかくやの家具だけ状態らしい。良く生きていけると思う。人の部屋を我が物顔で歩く私に抗議の目が飛んでくるが、何も言ってはこない。

 

 机に向かい合って座ったまま、無言の時間が続いた。先に根負けしたのか、ポツリポツリと向こうから話し始める。

 

「なにしに、来たんですか」

「面談だ。生徒面談。あとそこのベランダから飛び降りないかの確認だ」

  

 返事は無い。勝手にしゃべる事にした。

 

「そうやって黙っていても、何にもなりはしない。ずっとそのままそうやって逃げているつもりか?現実から逃避して、見ないふりをして。心を閉ざしていれば、いつの日か時間が解決してくれるのではないか。そう思っているのではないのか?」

「誰のせいで……」

「お前のせいだ。自業自得のいい見本例だろ。自分のために利己的に行動して、結果全て返ってきた。誰かを陥れようとした結果、自分が陥れられた。因果応報の具体例として辞書に載れるレベルだ。結局のところ、お前の敗因はそこにあるんだよ。今までの人生で因果応報になった事がない。自分がやってきた事は大体上手く行った。そこいらの小中にいる子供なんて馬鹿だもんなぁ。お前にしてみれば、操ったり痛めつけるのは簡単なことだっただろうさ。破滅させても大した感情も湧かなかった。道端のアリを踏んで良心を悼めるような人間はいない。お前にとって、周りの人間はアリだった」

「……」

「そうやって挫折なく生きていった結果がその幼稚な精神性だろう?」

 

 自分を見つめなおす時間は十分にあったはずだ。それでも尚認められないというのはもうどうしようもないと思っていたが、流石に自分の敗因自体は自覚しているようだ。それは助かる。話が早い。自覚している相手に敢えて言ったのはもう一度しっかり自認させるためだ。だがそれだけ言って終わりでは追い詰めるだけ。

 

「お前は綾小路に勝ちたかったのか」

「…………はい」

「ではどうやって?」

「え……?」

「どうやって、何において戦って、どんな条件が勝利になるんだ?何を目的とする。戦略目標はなんだ」

「私は、まずはチェスで勝負したいと。その後、あらゆる全てで綾小路君を上回って……」

「お前はそうして勝利して何を達成したい」

「彼に勝って、天才とは生まれつきのものあると私が証明して、ホワイトルームの理念を破壊する事です」

「ああそう。で、チェスで勝つとそうなるのか?」

「それは……」

「ホワイトルームは万能の天才を創出する機関と聞いている。だが、この多極化し複雑化した社会では知も多岐に渡る。真の万能は不可能だろう。あらゆるものを修めるという前提が不可能に近いし、仮にあらゆるものを修めていても、究極の1を磨いた人間には敵わないだろう。だが私はそれで良いと思っている」

 

 私だって万能などではない。1人では生きてはいけず、出来ない事も多い。足りない部分、出来ない部分は補いつつ、生きていかねばならない。

 

「天才となったその果て、国家を動かす存在になるのだとしたら、尚更万能でなくてもいい。必要なのは、責任を取る度胸と人の才を見抜く目。それがあれば名君たりえるだろうな。お前の戦略は最初から破綻している。全てにおいて綾小路を上回るなど無理だ。チェスで勝ったとしてもトータルで綾小路を上回った事にはならない。だがお前はトータルで勝とうとした。違うか?」

「……違いません」

「しかし、さっきも言ったようにトータルで勝つ必要が何処にある。それは果たして必要なのか?万能の天才の創出。それを破壊するには、たった1つでも勝てれば良いんだよ。その時点で万能は万能たりえない。お前はお前の出来る事を磨けばいい。それにな、お前、ホワイトルームの理念を破壊してどうする気だ」

「どうする……?その後は、私は……」

「ほら、その後のことも考えてない。フワフワした目標のためにあっちゃこっちゃに手を出したらそりゃあ自滅するさ。戦線拡大は危険だと戦史の本に書いてあるだろうに」

 

 人は確かにDNAで定められた才能があるのかもしれない。それは本人が気付かないまま終わる事もあるだろう。教育の真の目的は、その秘められた才能を伸ばすこともあるのではないかと思っている。勿論、それに逆らって自身で決めた方向へ進むならそれを応援するのも当然ではあるが。万能になんてなる必要はない。究極の1を磨けばいい。だから真澄さんは今それを頑張って磨いている。

 

「お前、綾小路のこと好きだろ」

「え、あ、は……!?」

「好きな子にちょっかいかけて嫌われてるの、小学生の馬鹿な男子ムーブだから止めた方がいいぞ」

「ななな、なにを言って……」

「無理があるぞ、その隠し方は。別にそれは否定しない。だが、その為に多くを巻き込むのは止めておくことだな。そして今の綾小路のお前への感情はかなりマイナスだ」

「うぅ……」

「だがマイナスからのスタートだからこそチャンスはある。いいか、好悪は反転する。嫌いだったからこそ、裏返れば一気に燃え上がる。一番マズいのは興味を持たれない無関心だが、今のところ関心はあるようなので安心しろ」

「ほ、本当ですか……?」

「あぁ。マイナス面での関心だが、そこは後2年でどうとでもなる。アイツは1人でも多くの味方を欲している。ホワイトルームと戦うのには必須だ。私は中立よりの味方だが、お前なら完全なる味方になれる。個人的には、ずっと孤独で機械のように生き、牢獄に閉じ込められてきた彼には幸福に生きる権利があると思っているのでな。そしてお前が綾小路と共にいたいならそれを邪魔する気は無い。味方したいなら応援だってしてやろうじゃないか」

「何のために……?」

「私のために。後、君が余計なことをしないようにするために。ただし、この道を選ぶと2度とクラスのリーダーになる道は無い。ただねぇ、個人的な感想だが、君リーダー向いてないよ。人の心分からないじゃん」

「……」

「人の心が分かっているフリは最低限しないと。そうしないから橋本に裏切られるんだ」

「橋本君……」

「彼を恨むなよ?最後まで君についてきてくれたんだ。鬼頭とかもな。それを感謝こそすれ、恨むのは筋違いだ。……さて、それはともかく選びたまえ。私の手を取り、綾小路を救うか。それとも拒絶し、孤独に生きるか。どちらを選ぼうとも、捨てなくてはいけないものはある。だが、人生はそういうものだ。時にどちらも捨てねばならない時がある。しかしだ。今は捨てても、後で拾えることもあるかもしれんがな」

 

 暗にいつかは私を蹴落とせるかもしれないぞ?と告げる。やっと目に光が戻ってきた。プライドを完全に粉々にした結果、少し身軽になったように思える。可能性を示されて未来への展望が見えてきたのだろう。

 

「一度どん底に落ちたなら後は上に上がるだけだ。今のお前そのものだな。そしてだ。私はお前が上に上がろうとするならばそれを手助けしよう。お前が綾小路を助けたいならそれに助力しよう。そもそもクラスを掌握したのだってお前があのままリーダーになるのだと自分に不利益がありそうだからだったのだし、お前に恨みはない。苦手ではあるけどもな。それはともかく、私はお前を助ける。もしお前が上を向くならば。それが私の仕事であり、責務であり、為すべきことだからだ」

 

 人は、自分の敵だと思っていた人物が味方になったり、理解を示してくれるとそれに絆される傾向にある。それも、自身に味方がいない孤立無援の状況の中で、唯一手を差し伸べ未来への展望を示してくれた人物であるとなおさらだ。先ほど彼女に語った通りの内容である。好悪は反転する。それも、一気に。そして彼女は今後も受け入れられるかと言われれば微妙だろう。クラスでは腫れ物扱いのはずだ。そこに私と真澄さんが普通に接した際、彼女の頼れる先は最早我々2人しかいなくなる。

 

 橋本はもう彼女に味方しない。鬼頭も山村も味方できない。何故なら私に再び造反しているのではないかと疑われることを避けたいから。マジョリティは私の味方だ。逆を言えば私の味方ならばマジョリティになる。であればわざわざマイノリティになりたい人はほぼいないだろう。

 

「もし上を向くと約束するなら私の手を取れ。もしそうしたならば、私はお前が今後の人生において他人の権利を侵害しない程度に幸福でいられるよう導く。そしてその望みは叶えるよう努力しよう。生徒になら、私は幾らでも尽くすとも。もし嫌なら振り払えばいい。それは自分で決める事だ」

 

 私は彼女に向かい、手を差し出す。彼女は全てを失った。そこから立ち直れるかどうかは、彼女次第。

 

「あなたは、何のために、ここに来たんですか。あなたが欲しいものは、なんですか」

 

 坂柳は恐る恐ると言った声音で私に問う。それに対する答え。どう答えるべきか。メリットデメリットは既に提示した。欲しいのは、本音だろう。彼女はその本音を、本心を、本性を、全て私に明かされた。見抜かれた。だからこそ、私の本心を欲しがっている。そうすることで、対等になりたいのだろう。それはきっと、彼女に残った僅かなプライド。

 

「ここへ来た理由は、ただの仕事だ。欲しい物はここには無い」

「卒業すれば、栄達があるのに……?」

「こんな島国の支配権など欲しくはない。私が欲しいのは帝冠だ。民衆に推戴された帝冠を以て、私が導き、支配する。その為に私は生きている。これが私の欲しいものだ。満足いく答えだったかな?」

「……あなたという人物への謎は深まりました」

「そうか。ではゆっくり考察してくれたまえ。それで、お前はどうする。私の手を取るのか、振り払うのか。私がここに来るのは今日だけ。もし手を振り払うなら、その時はもうお前の事は知らない。好きに生きると良い。幼稚に、自分から目を逸らして、都合のいい夢を見ながら、孤独に。そうやって生を無為に過ごし、死ぬといい。決めるのは全てお前だ。自分の運命は、自分で決めろ」

 

 迷いと葛藤。苦しみと屈辱。希望と絶望。色んな感情が彼女の瞳に渦巻く。数分の後、彼女はゆっくりと私の手に向かって自分の手を伸ばした。

 

「いつか、裏切るかもしれませんよ」

「一度従えた相手に裏切られたのならば、それは私の失態だ。気にする必要はない。それは私の能力不足なのだからな」

「……」

「今度学校に来たら、まずクラスメイトと一之瀬に謝れ。それから全てのやり直しが始まる。ようこそ、君が未来を切り開くための教室へ。私は歓迎しよう。君という、新しい手のかかる生徒を」

 

 私はにこりと笑い、彼女を見つめる。私の瞳を見つめた彼女は少しだけ身震いして、軽く頷いた。これで全ては完成した。Aクラスは坂柳という若干の不安要素を抱えつつ、私の支配下に入る。後は上手く誘導しよう。坂柳に首輪を付けつつ、操縦すればいい。その辺はお手の物だ。個性派を統治している経験は伊達じゃないと自負している。さて、今は新しい生徒の再出発を歓迎しよう。そう思い目を逸らす彼女にもう一度笑いかけた。




<票数内訳(神の視点)>

孔明47票……Aクラスが38票(坂柳除く)、Bクラスは無し(契約)、Cクラスは4票(堀北、綾小路、櫛田、軽井沢(軽井沢は綾小路関連で、綾小路に恋愛アドバイスを授けたのが孔明だと綾小路から聞いていたため、お礼として))、Dクラスは5票(椎名、石崎、アルベルト、伊吹、金田)

真澄さん45票……Aクラスが38票(坂柳除く)、Bクラスは無し(契約)、Cクラスは4票(佐倉、林間学校で同じグループだった女子3名)、Dクラスは3票(林間学校で同じグループだった女子3名)

みたいな感じになっています。林間学校でかなり張り切って頑張ったのが孔明に2票まで迫っている原因ですね。


最新刊、面白いですねぇ。修学旅行もそうですが、伏線とかも色々確認できましたし、山村さんと鬼頭君の設定も掘り下げられたのでありがたい……!原作がまだ未完の二次創作は設定を上手く整合させるのに苦労しますが、それもそれで楽しいものです。


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閑話 10.5章

今回のIFは設定ガバガバなので脳死で見て下さい。


<過去 side月城>

 

 

 

 京都府内某所の居酒屋チェーン。大学の多い京都市内では、居酒屋でたむろする大学生の姿は決して珍しいものでは無い。無いのだが、この会だけは些か様子が違うとバイト歴の長い店員は思った。それもそのはずである。男連中はビールを飲み干しながら意気消沈し、女性陣は苦笑している。変わった会であった。

 

「おかしいでしょぉ!!」

 

 ドン、と何杯目か自分も周りも分からなくなっているビールジョッキを机に置くと、月城京都大学教育学部鳳ゼミ助教授は言った。周りの生徒たちは同情の目を寄せている。

 

「よりにもよって、よりにもよってなんであんな……うぅぅ……」

「気持ちは分かりますよぉ!俺らだって、なぁ!」

「あぁ。悔しいぜ……」

「月城先生も元気出してください、女なら星の数ほどいますから」

「星は手に入れられても太陽を落とせないんじゃ意味ないんです!」

 

 肩を叩く生徒にクダを巻きながら月城は言う。女性陣も気持ちはわかるようで、ドンマイと言う目線を向けながらも出来る限りかかわらないようにしていた。

 

「ま、まぁ……ほら、途中で何があるか分からないのが結婚生活じゃないですか」

「君は桜綾君が不幸になれと言うんですか、それは断固として許されないっ!」

「うわぁ、めんどくさい」

 

 慰めた女子生徒はそう思いながらも、告白する前に振られても健気に相手の幸福を考えていることには好感を持てた。糸目で柔和な顔つきではあるが、かなり頭の切れる存在である月城は、大学内でもかなりもてはやされる色男である。

 

 同時に、彼が熱を上げていた中国からの留学生、諸葛桜綾も大学内ではトップレベルに人気の生徒であった。男女共にかなりの生徒が憧れを抱いている存在である。そして例にもれず、この留学生に月城もかなり入れ込んでいたのである。自分のいるゼミの助手であり、教授と並んで距離が近い。良い感じだったので行けるのではないかと密かに期待していた矢先に、あっさりと教授に取られたのである。

 

 ぶっ殺してやると心の中で思ったのは内緒の話であった。事実、月城は武闘派だ。武術の修練もかなり積んでいる。その気になれば、もう50代近い鳳教授など一捻りだろう。この鳳教授もくたびれた感じながらも大人の男性という風貌であったため、一部の生徒からは人気だったが生活力は無いし性格も決して良くないのを助教授である月城は熟知していた。学知としての尊敬と、人間性を問題視するのは別問題である。

 

 結婚の報告を聞かされた時は脳が破壊されるかと思った。彼の人生は努力の連続であり、決して天才などでは無かった彼に出来るのは青春を捧げて努力を続けることだけであった。それのみが唯一彼が出来る事だったのである。ラブレターも告白も全て断り、灰色の青春を過ごし大学へ行き、院進し、早数年。成果が出始めた矢先にこの挫折。完全に脳破壊であった。

 

「こんなのってあるんものなんですねぇ!寝取られですよ……」

「いや、寝てから言えよ」

 

 生徒のツッコミももう耳に入っていない。完全に面倒な人のムーブであったが、それでも見放されないのは普段の人望故だろう。

 

 みんなすっかり出来上がってしまったので、その日はお開きとなる。愚痴大会であったがそれでも大人の矜持と月城の奢りとなり、感謝する生徒たちに心配されながらも、月城はフラフラする足で夜の都を歩いていった。街の灯りが彼の顔を照らしている。

 

 本当はどこかで分かっていた。最初から、彼女の目が自分には向いていなかったという事になど。それも分からぬほど馬鹿ではない。月城とて、他人の心を読むのは得意であった。それ故に友人も多く、人間関係も上手く行っていた。だから、好いた存在の本命が誰であるか、そんな事は分かっていたのだ。

 

 分かっていたからと言って諦めるほど、物わかりが良くはない。そんな人間なら、これまでの人生のどこかで自分の努力を諦めていただろう。だが頑張ったから、諦めなかったからと言って変わるほど恋愛というのは単純なものでは無い。教科書にも、どの書物にも載っていない事を身を以て味わう羽目になったのだった。

 

「人生とは一生勉強、とはよく言ったもので……」

 

 酔った身体を動かしながら、橋の欄干によりかかる。見上げれば月と星が出ていた。

 

「幸せに、なって欲しいものです」

 

 悔しさと本音が入り混じった声でそう呟きながら、月城は涙を拭った。1年前の誕生日に彼女から貰ったものである。それ以来後生大事にとっておいたのだ。思い出など捨ててしまおうか。一瞬だけそんな考えが頭をよぎりながら、彼はそれをしない事にした。この思い出も、いつかきっと自分の財産になると思ったからである。

 

「帰りますか」 

 

 小さくため息を吐いて彼は家路へと赴く。後に文部科学省内で恐れられるやり手官僚の、小さな小さな弱みだった。

 

 

 

 

 

 

 そして数十年後。突然聞こえた教授の声で驚き、扉を開ければそこには1人の少年が立っていた。その顔を一目見ただけで、月城にはそれが誰だか分かる。その顔のつくりは父親。そして目と髪は母親譲り。叡智を備えた瞳は、かつて自分が焦がれた存在と同じであった。纏う雰囲気は幾分殺伐としていたが。

 

 話してみれば懐かしさを感じる。脅してでも要求を通すある種の傲慢さは父親に、手を変え品を変え願いをかなえようとする巧みさは母親によく似ている。月城はそう思わずにはいられなかった。

 

 人生足別離(さよならだけが人生だ)。これが彼の座右の銘である。恩師は死去し、愛した人も去った。かつての教え子とも会わなくなって久しい。会いたくない人ほど生き残り、会いたい人ほど会えなくなっていく。そんな人生であった。しかし、彼は今日過去と再会したと思っている。諸葛孔明。自分に縁深い彼の中に、確かに2人の魂を確認したからこそ、そう思えている。

 

 長い話し合いの末、彼は去った。まんまと要求を通されてしまったが、不思議と不快感は無い。

 

「昔話をし過ぎてしまいましたかねぇ。年は取りたくないものです」

 

 どこか懐かしむような顔で呟きながら彼は写真立てを眺める。右端には不愛想な教授が。左端には一見柔和そうな顔の自分が、そしてその中央には笑顔の女性が。それをしばらく見つめた後、月城は会議へと向かうべく部屋を出る。その胸元には、数十年前と変わらぬハンカチがあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<IF√・私の王子様・坂柳メインヒロインルート>

 

 

 某国の富豪の屋敷。ここで行われるパーティーを、入り口の近くで坂柳有栖はつまらなそうな顔をしつつ眺めていた。自分にすり寄るのは当然父親にすり寄りたい人だけ。だからといってそう言った人間の前では外面良く、礼儀正しい顔を貫いていた。けれども我慢ならないのはそういった打算よりも、自分を見る目だった。

 

 杖をつき、足を悪くしているのがバレバレなそのいでたち。どう考えても可哀想な少女でしかなかった。そしてそれが、彼女にはとてつもなくたまらないのだ。わざわざ日本からこうして海を越えて来ているのに何という屈辱か。そんな思いが彼女の中には渦巻いている。面白くない。全て、面白くない。あの山奥の白い部屋で見たモノが与えた興奮も、こうして会えないでいると募って苦しい。つまらないモノが周りを満たしていると、余計にそう思えた。

 

 世界にも影響力のある父親については尊敬しているが、パーティーには興味がない。それでもいないといけない。富裕層の贅沢な悩みだった。しかしそんな中の唯一の救いはバイオリン演奏家が異様に上手い事だ。青みがかった黒髪を1つに結んでいる男だか女だか分からない人物が今日の演奏をしていた。上手に、それでいてさりげなく。プロの技であると彼女が敬意を払うくらいには完成していた。しかし、それでも退屈が上回る。 

 

 観光できればまた別だが、この国の治安はあまりよくない。明日にはサッサと帰国だ。何やら不穏な噂もあるが断れなかったと父がぼやいていたのを彼女は覚えている。

 

「何か、面白い事は無いのでしょうか」

 

 そう呟いた次の瞬間。銃声が轟く。誰もが動きを止めたその隙を縫って、入り口から覆面の男が数名なだれ込んだ。その誰もが手に銃器を持っている。坂柳は咄嗟にその優れた記憶力で、この国の政情が不安定だったことを思い出した。そして、今日のパーティーの主催者はその政府側の人間だ。独立を目指す武装勢力に随分と狙われているらしい。そんなところに連れて行かないでくれと思ったが、仕事というのは断れないものだった。

 

 現に、日本はこの国に教育支援をする対価に資源を融通してもらっている。教育関連に一家言ある坂柳の父親が呼ばれるのも無理は無かった。そして家族も招待されたとあっては断るのは失礼にあたる。そんな配慮が今は裏目に出た。

 

 武装勢力は目標の主催者に狙いをつけ、動かないように指示する。動こうとした給仕が数名射殺された。悲鳴を上げそうになった人間を、覆面の1人が脅す。やむを得ず、主催者は彼らに投降した。猿轡をかませ、縄で縛った主催者をズタ袋に放り込み、彼らは去ろうとする。それで済めばよかったのだが、彼らの中の1人が坂柳を指して現地語で何事かを話していた。そして話が終わると、その人物は怯えて固まっている坂柳を掴み、連れ去った。縛られ口をふさがれながら、自分が人質になってしまったことを彼女は悟ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから何時間か、はたまた実はそう時間が経っていないのかも分からないが、ともかく車に揺られた先で彼女は解放された。解放されたと言っても真の意味で自由ではない。目も見えないようにされていた彼女は車から降ろされ、その後どこかを担がれ連れまわされた挙句廃ビルに放り込まれた。途中に通ったところの匂いからして下水道を使ったのは分かったが、他は分からない。主催者はガタガタ震えている。彼女も震えていた。心臓が凄く苦しい。どこかのビル内にある柱に縛り付けられ、彼女は銃口を突き付けられる。

 

「お前、人質、金、貰う。騒ぐ、殺す、OK?」

 

 片言の英語で覆面の1人が言う。銃を突き付けられて逆らえる訳もない。大粒の涙をこぼしながら、彼女は頷くしかなかった。

 

 

 

 

 それからまた数時間経ったように思えた。実際は数分なのかもしれないが、彼女にとって最早どれだけの時間が経ったのかはどうでも良いことだった。早く誰か助けに来て。そう思わずにはいられない。このままでは死ぬかもしれない。面白い事などと願った自分に罰が当たったのかもしれない。誘拐された子供が助かるケースはまれだ。返還するより殺してしまった方が良い。

 

 こんなところで死にたくない。もう何もいらないから、この先一生、起伏の無い人生でも良いから、助かりたい。ただ一心にそれだけを願った。どれだけ賢くとも、まだ10そこそこの少女にはどうしようもない。段々と心臓が苦しくなってきた。極度の緊張と恐怖で持病が悪化しているのかもしれない。けれど、この覆面達に言ってもどうしようもないのも分かっている。

 

 すべてを諦めかけたその時、窓の外にキラリと何かが光った。それから一呼吸も置かぬ間に、凄まじい音と共にガラスが割れ、そのガラスを突き破って1人の人間が入ってくる。左手にはワイヤー。右手には真っ白で古めかしい拳銃。突然のことに呆気に取られていた見張りの覆面達が次の瞬間には赤い花を咲かせていた。白い銃から轟音と共に大きな弾丸が発射され、脳天を貫いたのだ。

 

 その顔に坂柳は見覚えがあった。先ほどのパーティーの演奏者。近くで見れば男性だと何となくわかる。彼女が知る由も無いが、同年齢である。けれど身長と人生経験の差で、坂柳からは青年に見えた。彼はすぐさま坂柳を縛るロープを切り裂くと彼女を俗に言うお姫様抱っこのような形で抱え、立ち上がる。

 

「あ、あの、彼は……」

 

 思わず日本語で坂柳は話しかける。指した指先には主催者がいる。

 

「構いません。アレは関係者です。民間人である貴女は救助対象ですけれど、彼は知りませんね」

 

 流暢な日本語で応答すると彼は坂柳を抱えたまま、ビルの窓から身を乗り出し、外を見る。そして一気に飛び降りた。彼女は思わず目を瞑る。目を開ければ、既に地上についていた。彼はワイヤーを回収している。彼は廃ビルが騒がしくなっているのを横目に、さっきまでいたと思われる5階に向かい何かを投擲した。その直後凄まじい光が5階から漏れ出る。彼女は閃光弾だろうと咄嗟に感づいた。

 

 ビルが沈黙したのを確認し、彼は坂柳を抱えたまま走り出す。

 

「あ、あの……」

「黙っていてくださいね。舌を噛みますよ」

「は、はい……!」

 

 腕の中で見上げる顔は、彼女には随分と端正に見えた。心臓が高鳴っているのを感じている。それは先ほどまでの恐怖からのものとは全くの別物。安心できるような気がして、彼女は身を任せた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 30分ほど走ったにも拘らず全く息を切らさない青年に坂柳は深々と頭を下げる。連れてこられたのは日本大使館前。富豪の屋敷が首都にあったのが幸いした。

 

「貴女が無事で良かったです」

「申し訳ありません。私がこんな身体なばっかりに……」

「気にする事はありません。貴女には足が悪い代わりに出来る事があるはずです。長所を見て下さい。きっと貴女には良いところが沢山あるはずだ。お辛い事もあるでしょうけれど、その分貴女の良いところを見ようとしてくれる人もきっといるはずです。貴女は強い人だ。さっきだって、泣きわめかずに大人しくしていてくださったので助かりましたから」

「ま、またいつか会えますか?」

「さぁ、どうでしょう。会わない方が幸せかもしれませんね。それでも運命が導くなら、きっと会う事でしょう」

 

 微笑みながら、彼は少女にウインクする。こんなに胸が高鳴ったのに、もうお別れなんて嫌だ。そう思うのが顔に出ていたのか、彼は困ったように笑いながら今も着ているタキシードに刺さっていた造花の花を彼女の髪に差し込む。 

 

「泣かないで下さいね、お姫様。そろそろ私は行かなくては」

「な、名前は!名前はなんですか?」

「名乗るほどの者ではありませんよ。それでは失礼!」

 

 一瞬だけ強い風が吹き、思わず彼女は目を閉じる。そして開いた時にはもう、彼はいなかった。

 

 

 

 

 

 

A few years later……

 

 

 私はあの日以来、ずっと彼を探していました。けれど、日本中どこを探しても彼は見つからないのです。日本語が上手だった上に肌の色も日本人のようだったのでてっきり日本人だと思ったのですが、いませんでした。公安や内閣府系なのかと思い、お父様を頼って特徴をお話しても、そんな人物はいないとの事でした。国外の人ならばもう探しようがありません。もしかしたら、アジアのどこかの国の人かもしれないのです。

 

 あの日、私は本当に怖かった。死の恐怖、というのを始めて味わいました。今思い出しても、心臓がきゅっと締め付けられるほど怖いのです。時々、自分が銃で殺される夢すら見ます。あの日以来、すっかり争いごとや銃器が嫌いになってしまいました。そして、血も。その手の映画や漫画すらもう見るのも嫌になるくらいには。けれどトラウマを抱えながらも何とか生きているのはあの方が助け出してくれたからでしょう。本当に、本当に、心から感謝をしているのです。

 

 思い出補正というのは確実に入っているのでしょう。つり橋効果というのも。けれど、あの日命を懸けて私を助けてくれたのは事実です。恐らく、どこかのエージェントなのだと思います。それも、あの覆面達と敵対する。あの国の人ではないでしょう。でなくば主催者を見捨てません。

 

 ずっとお慕い申し上げ、早数年。それとは別に私も進路を決めねばならず、取り敢えず高度育成高等学校へ進むことにしました。日本にいても彼には会えない。その苦しい感情をかき消すために。

 

 

 その後ろ姿を見て、まさかと思いました。あれほど探したのに見つからなかった存在がここにいる。あの髪は忘れもしません。身長は少し延びたようですけれど、雰囲気は似通っているように見えます。早鐘を打つ心臓を抑え、彼の後ろに立ちます。

 

「すみません」

 

 彼は自分が前を塞いでいると思ったようで、すぐに道を譲りました。その際に振り返り私と目があいます。間違いない。私の記憶力の全てを注いで細胞の1つ1つまで覚える勢いで記憶に叩き込んだ風貌と全く同じ。あの日、私を救ってくれた人と同じです。しかも座席表を見れば隣。歓喜のあまり死ぬかと思いました。

 

「ああ!申し訳ないです。すぐにどきますので……」

 

 あの日と同じような丁寧な口調で、物腰で、少し変化した声で、彼は言いました。完全に確信します。間違いなく、絶対に、彼はあの日の人です。やっと見つけました。何処にいたのかはもうどうでも良いのです。大事なのはここから。ここから逃がさないという事。まずはお礼を。そしてその後はどうにかこうにか親睦を深めて。自分の顔が悪くないことに今最大限に感謝しています。

 

 この数年秘めた思いを抱え生きてきました。その相手と相まみえて、何を言うべきか。あれほど脳内シミュレーションを繰り返したのに、全く言葉は出てきません。彼は怒らせてしまったのかと怪訝そうな顔をしています。そんな顔も可愛くてカッコいいですね。

 

「ずっと前から好きでした。付き合ってください」

 

 口から飛び出たのはとんでもない言葉でした。しまったと思いますが、もう遅いです。口から出てしまった言葉は取り消せません。覆水盆に返らずですね。ただし、後悔することばかりではありません。彼はかなり戸惑っていますが、マイナスな感情は顔に見えません。しかし残念なことがあるとすれば、彼が私の事を全く覚えていない様子だという事。それだけが残念でなりませんが、思い出すパターンもまた物語としては良いでしょう。

 

 彼に貰った造花は、加工して今でも帽子につけています。彼の顔に見せつけるようにしてみましたが反応なし。やはり覚えていません。

 

「あの、えっと、どこかでお会いしましたか?」

「はい。ずっと前に」

「えぇ……」

 

 彼は凄く戸惑っていますが、走り出した列車はそう簡単には止まりません。逃がしませんよ、私の王子様。そう思いながら、私は私が最大限可愛く見えるように微笑みました。

 

 

 

 

 

<My Birthday side神室真澄>

 

 

 誕生日。それは特に意味の無い行事だと神室真澄は思っている。今までの人生でそれを祝われた記憶はほぼ無い。保育園の行事で辛うじてあったか無かったかと思う程度だった。昔は羨んでいた。友人とパーティーを開くと教室の中央で話すクラスメイトが。こんなプレゼントを貰ったと楽し気に話すクラスメイトが。

 

 だが、子供は諦める生き物である。他所は他所、ウチはウチなのだと諦観するのにそう長い時間はかからない。彼女にとって幸か不幸か、それを指摘する存在もいなかった。良く言えば孤高。悪く言えばボッチ。決してコミュニケーション能力が無いわけではないのに友人を作ろうとしていなかったので、孤独なのではなく孤高であるのが正しいのかもしれないが、そんな言葉の定義など彼女にとってはどうでも良かった。

 

 どう表現しようとも、自分の状況が変わるわけじゃない。15年間、祝われたことの無い誕生日。生まれた日だからなんだというのだろう。いつしかそう思うようになって久しい。他人のそれを祝うのを無意味とは言わないが、自分がその祝福対象となることを想像するのは難しかった。そして今年で16回目。何てことの無い冬の日で終わる。そのはずであった。

 

「あ、あの……これ!喜んでもらえるか分からないけど……」

 

 目の前でオドオドしながらも包装を差し出してくる少女に、彼女は困惑していた。自身の友人、という括りであると思っている佐倉からの贈り物である。

 

「どうしたの、これ?」

「えっと、誕生日だって、聞いたから……」

「あ、あぁ!そうね、そうだったわね」

「何がいいか分からなかったので、取り敢えず似合いそうなものを選んでみました。どうですか……?」

 

 許可を取り、包装をはがせばそこには綺麗なヘアピンがある。彼女の趣味からすれば幾分可愛らしい意匠ではあったが、それでも貰えたという事に大きな意義があった。初めて味わう感動。これが友人からの誕生日プレゼントというものなのか。妙な感動に身を震わせながら、彼女はそれをしげしげと眺めていた。

 

「どう、でしたか?」

「凄い嬉しい。選んでくれたんでしょ?ありがと。大事にするね」

「は、はい!喜んでもらえたなら良かったです」

 

 佐倉はホッとしたような顔で微笑んだ。女子同士で送り合いをしているのは見たことがある。しかし、中学までの自分が見てきたそれはもっと打算的な顔で行われていたものだった。そう彼女は記憶を振り返って思った。それだと言うのに、今の佐倉はどうか。打算のようなものは全く目に見えない。元よりそんな人間関係をあまり好まない彼女からすれば、それも大分ありがたい事であった。

 

 

 

 教室に行っても女子陣から矢継ぎ早に声をかけられる。果たしてここまで自分の出生した日が注目されることが今後あるのだろうか。人生最初で最後の快挙かもしれない。そう思えてならない。だが、同時に暗い感情も自分の中にある事を彼女は自覚している。

 

 では、彼の、諸葛孔明の側に自分がいなければ果たして他の生徒はここまで自分を見ていただろうか。佐倉はともかく……いや、佐倉ですら出会うきっかけを作ったのは他ならぬ孔明であるのだから。彼と出会わなければ、彼に従わなければ。今頃自分はどうなっていたのだろうか。坂柳と心中していた?もしくは今でもボッチのまま?起こり得なかった未来の事など、彼女には分からない。ただ、失いたくないものが出来てしまったのは事実だった。そして、それは自分の力などでは無い事も。

 

 はぁ……とどこか祝いの日には相応しくないため息を吐いて、彼女は帰路へ着く。確かに楽しかった。祝われるのは気分もいい。だけれども、良くない考えが自分の中に渦巻いて、それ故になにもかも忘れて100%楽しめるかと言われればノーだった。その孔明も今日は用事があると言ってサッサと自室へ戻ってしまっている。夕食時まで遊んでいろ、と厳命されてしまったので仕方なく彼女は海沿いのベンチに腰を下ろす。周りには誰もいない。思索に耽るならば絶好の場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は、自分の力で何かを為せたのだろうか。全て、彼の思惑の中、掌の上だったのではないか。そして、いつの日か、自分の事などいらなくなってしまう日が来るのではないか。それが彼女にとっては恐ろしい事だった。彼女はこれまでの10年以上の間、誰かに必要とされてこなかった。両親も、別に自分がいてもいなくても変わらない。そういう扱いを受けてきている。友人もいない。親族もさして親しくない。自分が必要とされている場所など無かった。

 

 だから、誰かに見て欲しかった。その為の方法は万引きという、最低かつ最悪の逃避であったけれど。見て欲しかったのだ。自分を、自分という存在がここに確かに生きていると。彼は自分を必要とした。自分を1人の人間として扱った。空気のような、誰でもない誰かではなく、神室真澄という1人の少女としてその目を見たのだ。それがあるから、自分は今でも彼に従っている。必要とされていたいから。他ならぬ、彼に。

 

 昔は誰からでも良かった。でも、1度味を知ると戻れない。快感を、嬉しさを、喜びを貰った。そして、くれたその人からじゃないと満足できなくなっていく。他の生徒から頼られることは増えた。それでも、どこかで物足りなさを感じる。麻薬みたいだと自嘲気味に思う。自分が只それに溺れているだけだと言うのに、こうやってすぐにまた責任転嫁をしようとしている。結局、自分なんて弱いままで、逃げ出したいままで、何も変わっていない。彼のためにではなく、自分のために動いている利己的なまま。そうすることに酔っている。献身的である自分に、陶酔している。

 

 いつか、きっといつの日か――それは多分卒業すると同時だろうけれど――私は必要とされなくなるのだ。1番そうして欲しくない人に、きっと言われるのだろう。あの人は面倒な人間だ。面倒な矜持を持っていて、教師たらんとすることに命を注いでいる。だからこそ、私をこうやって切り捨てるだろう、と予測を付けていた。「君はもう大丈夫だ。私から教える事は無い。卒業だ」と言う風に、彼は言うだろう。

 

 そう思うと同時に脳内のイマジナリー孔明に向かって石を投げた。想像したのが大変ムカつく物言いだったからだ。結局、彼の正体は恐らくイリーガルな存在だろう。少なくともこの国では。銃と中国出身。予測できるのはマフィア、スパイ、軍人、ヤクザ……いずれも日本ではほぼイリーガルだ。そもそも銃を持っている時点で違法である。けれどそれを告発する気は無い。 

 

 それすらも自分のため。やっぱり救えないと再度自分をあざ笑う。法を犯しているのは自分も同じなのだから、告発する権利など無い。それに、そんな事をしたいほど彼を恨む理由も無かった。もっと言えば恨んでなどいない。だからその正体が何であろうかある程度感づいていたとしても、言う気は無かった。それを言ってしまえばこの微妙な、そして自分からすれば神聖にすら思える距離感が壊れてしまいそうだったから。

 

 せめて軍人やスパイとかだとまだマシだなぁと考えている。漫画やゲームの読みすぎし過ぎかもしれないが、一応これらの職種は国家公務員である。ならば、犯罪組織の一員よりもマシには思えている。だけれどいざそうだと語られて、自分は平静でいられるのか。受け入れられるのか。到底わかるはずも無かった。だから見ないふりをすることにした。そうすれば、きっと今のままの平穏を保てるから。

 

 自分で決めているのだ。もしさようならと言われたら、一回はそれを受け入れようと。確かに自分が依存気味なのは認めているところだから。そして一回去って、自分の夢を叶えて、そしてもう一回会えばいい。その時は、きっと、さようならと言われないと思うから。

 

 自問自答などするものでは無いと思っていたが、存外役に立つと思い直し、その場を後にする。気付けばすっかり夕刻だ。腹は空っぽであると主張している。

 

「行きますかっ!」

 

 誰に言うでもなく言った彼女の声は、海に吸い込まれた。

 

 

 

 

 彼の部屋のドアの前に立つ。何をする気か知らないが……と思いつつ、ドアを開け中へ入る。もうお邪魔しますなどといわなくなって久しい。いっそのことここに住めたら楽なのに。勉強もしやすいし、と彼女は密かに思っている。廊下を進み、リビングへのドアを開けたその瞬間、思いっきりクラッカーが鳴り響いた。

 

 何事かと思い見れば、悩みの種だった自身の主が大量のクラッカーを1人で持っている。机には大量の料理と、恐らく手作りだろうホールケーキ。

 

「パッパカパ~ン!ハッピーバースデー!いえ~い」

 

 パチパチと妙なテンションで彼は楽しそうに言っている。その顔を見ていると、悩んでいるのが馬鹿らしいように感じられた。

 

「何してんの」

「何って、君の誕生日会じゃないか。16歳おめでとう!」

「そんな大袈裟に……」

「これは私の信条だけれどね、部下の誕生日は盛大に祝う事にしているんだ。だってそうだろう?十数年前の今日に君が産まれてこなかった、私は君に出会えなかったのだから。こういう事には感謝することにしている。普段なら運命など信じないが、こういう時は信じたくなるからな」

 

 Fateか、Destinyか。前に授業中に彼が解説していたのを思い出す。前者は悪い運命に。後者は良い運命に。ならこの出会いはどっちなのだろうか。考えるまでもないか、前者な訳もなし、と思って思考を中断する。折角用意してくれたのなら、楽しまなくては損だ。

 

「誕生日プレゼントなんだけど、じゃじゃーん!これです」

 

 渡されたのは大きな袋。中を開いて取り出せば、更に大きな包装。剥がしていくと、中には大きな楽器。

 

「これって……」

「ホワイトデーのお返しも兼ねていてね。前にケヤキモール行ったときにウインドウに張り付いてみていただろ、このギター」

「いや、確かにカッコいいなって思ったけど……でも私弾けないけど?」

「練習すれば?元々教えるつもりだったし。初心者用セットもくっつけておいたから。これ保証書ね。後、ついでにこれも。おまけ的な感じだな」

 

 渡された箱の表に刻印してあった社名を見て目の玉が飛び出るかと思った。楽器だけでも十分だったのに、渡されたのはシュミンケの絵の具セット。日本円だと数十万する頭おかしい値段の奴だ。間違っても誕生日で渡していいモノじゃない。確かに発色も良く、色合いも美しいので絵描きとしては最上級の素材だとは思う。でも、これはプロが使う用のものだ。私なんかが貰っていいモノじゃない。

 

「こ、こんなに……」

「ま、誕生日にかこつけて日頃の感謝ってやつだ。受け取ってくれると嬉しい」

「ありが、とう……。大事にするね」

「使ってこそだぞ?」

「それでも。……ホントに、ありがとう」

 

 高価すぎて戸惑ったけれど、嬉しいのは事実だった。良いじゃないか、神室真澄。これまでずっと貰えなかったんだし、その分だと思えば。それに送った相手の気持ちを無下にするのも良くは無いだろう。大事に使う事が何より相手のためになるはずだ。それに、私が喜んでいるのを確認して彼も笑っている。ならばそれで良い。それで良いんだ。ちょっと手が震えるけれど。

 

 こんなものを貰えるようになったのも、友達が出来たのも、誕生日を素直に楽しめるようになったにも、全部全部、この人のおかげだから。これが私への本当の贈り物。本当の、誕生日プレゼント。

 

 これからも頑張ろう。少なくとも後2年は必要とされる存在でありたいから。勉強はこれまで以上に。部活だって、精一杯。そして貰ったギターだし、これもカッコよく弾けるように練習だ。やる事は多い。今までだったらこんな詰め込まれていることに嫌気がさしていただろう。けれど今は……。

 

「さ、料理が冷める。食べてしまおう」

「分かった。頂きます」

 

 餌付けされてる気もするけれど、気のせいだろう。例えそうだとしてもだからなんだというのか。貰った多くのものからすれば、些細な問題だ。

 

「ねぇ」

「どうした?」

「この前、進路の希望が無いかって、聞いたでしょ」

「あぁ、言ったな。坂柳騒動の前に」

「それ、出来たんだけど。夢というか、何というか」

「それは素晴らしい。で、何だ?」

「笑わない?」

「人の夢を嗤うのは教導者として失格以外の何物でも無い。どんな難しい物でも、叶うように応援し導くのが義務だ」

「じゃ、じゃあ、言うけど……美大とか、行ってみたいな、なんて……思ってみたり……」

 

 彼は真剣な目で私を見つめた。そのすぐ後、ニカっと笑う。

 

「分かった。君のその夢が叶うように私が手助けしよう」

 

 至極真面目な顔で彼は言う。それにホッとしている自分がいた。否定されたらどうしよう。そう思っている部分が確かにあったからだ。この前出したコンクールの結果がそろそろ来るはず。まずはそういうところで成果を出していないと話にはならない。けれど、彼ならば頼りになる。そんな確信がどこかにあった。

 

 拝啓、私のことに特に微塵の興味も無かった両親殿。私に、夢が出来ました。あなた達は多分、興味ないと思うけれど、それでも夢が出来ました。私を産んでくれて、ありがとうございます。そのおかげで、私は私の夢に出会えたから。




IF√に出てくる国に孔明がいた理由は、独立系の組織が中国の進めるインフラ投資を妨害しているからという設定です。主催者は別に生きていても死んでも作戦に支障は無かったので放置しましたが、坂柳は民間人だったので救出したという背景があったり。無駄に気障なのは、年下だと思っているので安心させるために結構カッコつけてるからです。

なお、そのせいですんごい重たい感情を持たれ、初対面のはずなのに”ずっと前から”と言われるという恐怖体験をすることになるという。まぁ前世から好きでしたよりはマシか(思考停止)


さて、真面目な話、次回からは学年末特別試験です。その閑話が終わり次第、2年生編な訳ですが、1巻はともかくその後の無人島編はかなり長いので、それ相応の時間をいただくと思います。1巻はホワイトルームを除くとOAAの話くらいなのですぐ終わるんですけどね……。その後がね……。更新しない期間はコメ返しとかします!


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11章・もし弱い者がいれば、その人が悪いのではなく大将が励まさないことに罪がある
57.切り札


さぁ、1年生編最終章です!思えば長く来たもんです。


器用さと稽古と好きのそのうちで、好きこそものの上手なりけれ

 

『千利休』

――――――――――――――――――――――――――――

 

 学年から2人の人間が消え、158人となった1年生。重苦しい空気の下位クラスとは対照的に、上位2クラスは平常通りの空気が流れている。Bクラスとしては坂柳に消えて欲しかったのだろうが、そう思い通りにいかせてなるものか。不安要素はだいぶ残っているけれども、坂柳は一応片付いたと見ている。

 

 これからは切り札の1つとして役に立ってくれることだろう。元々知性はずば抜けて高い。それを使って貢献してもらうとしよう。クラスメイトは内心不満もありそうな顔だが、彼女が無能でないことは理解している。それ故に一応理解は示してくれているようだ。

 

 さて、そんな数日前まで苦渋の決断を迫られていた存在もいる中、無情にも学年末特別試験の連絡はやって来るのであった。

 

「――――では、これより1年度の最終試験の発表を行うが、その前に1つ連絡だ。冬休みに行われた絵画コンクールにおいて、我が校美術部より優秀成績者が出たので表彰状が来ている。文部科学大臣特別賞、1年Aクラス、神室真澄。おめでとう」

 

 拍手の中、顔を真っ赤にした真澄さんが表彰状と盾みたいなものを受け取っている。これは大変誇らしい事だ。流石私の部下。非常に優秀である。明らかに照れているのがまるわかりな表情で、あわただしく拍手に応えて礼をし、席に戻って行った。

 

 この前の誕生日で希望の進路をきいている身としては、これが第一歩になってくれればいいと切に願うばかりである。最近は部活にもしっかり顔を出しているようで、美術部の顧問からも謎にお礼を言われてしまった。当然ながら何の工作もしていない。是は完全に彼女自身の力である。

 

「なお、これは大変素晴らしい事である為、Aクラスにクラスポイントと彼女にプライベートポイントが学校側から授与される。部活動で優秀な成績をおさめた生徒には褒賞が出る。皆も励むように」

 

 先生は軽く拍手をしてから、特別試験の話をする態勢に入った。しかし、坂柳が400も持って行ってしまったクラスポイントだが、真澄さんが少しでも回復してくれたのはありがたい。坂柳が奪ったものを取り返したという事で彼女の人望も上がるだろう。

 

 さて、肝心の特別試験だが、今回は坂柳が停学期間中なので参加できない。その為、こちらのカードが1つ消えてしまっている状態だった。これは非常に迷惑な話である。後、月城が坂柳の停学前に彼女に接触していたことが分かった。

 

 接触といってもメールでだったようだが、私とホワイトルームとの繋がりも暴露されている。面倒なことをしてくれた。坂柳が暴走したのには、その辺の理由もあるのだと見当がついている。月城め……と思う私をよそに、先生は説明をする。

 

「1年間を締めくくる最後の特別試験は、これまで学んできた集大成を見せてもらう事になる。知力、体力、連携、或いは運。いずれにせよ、お前たちの持つ様々なポテンシャルを発揮する必要があるだろう。今回の試験は『選抜種目試験』。ルールに従って対決クラスを決めて行われることになっている」

 

 ペーパーシャッフルの時と同じような形だと想像がついた。DクラスはBを指名する契約になっている。BもおそらくだがDを指名するはずだ。龍園は退学しなかったが、それでもトップにはいない。ならば最も倒しやすい相手であるからだ。

 

「分かりやすくするため、これらの白いカードと黄色のカードを用いて説明していく」

 

 先生は10枚の白いカード、停学の坂柳を除いた分の黄色いカードを黒板へ貼っていく。トランプのようにカードは並べられていた。ただし、黄色いカードは1枚少ない。坂柳の分を引いても、38枚しかなかった。

 

「まずは白い方からだ。ここには、お前たちが話し合いをし、好きに決めた『種目』を全部で10個書き込んでいく。この種目は、あまりにマイナーであったりしない限りは極論何でもいい。スポーツ、テスト、ゲーム……いろいろだ。ただし、マイナー過ぎる或いは長時間かかる、設備が大掛かり過ぎるなどの種目は却下される。また、絵や音楽のように審査員を必要とするものも却下だ。あくまでもはっきり結果が出るものに限定される。また、勝敗のつけ方やルールなども決めて構わない。しかしながら引き分けは許可されない。必ず白黒つけられるようなルールが求められる」

 

 クッソマイナーな中国の遊戯とかはダメみたいだ。まぁ仕方ない。この試験では、クラスの面子の能力を把握し、かつ適切に配置しないといけない。ただこの1年見てきた私に言わせればこの程度さしたることでは無い。得意不得意は把握しているつもりだ。

 

 黒板には3つの日付が書かれていく。今後の予定だろう。

 

3/8 特別試験発表日。同日対決クラスの決定。

3/15 10種目の確定。対決クラスの10種目及びルールの発表。

3/22 試験当日

 

「そして決めてもらう種目は10種類だが、3月22日の試験当日にその内の5種目を『本命』として提出してもらう。つまり、相手のクラスの5つと自クラスの5つ、合わせて10種目で勝負をしに行くという事だ」

 

 残りの5つはブラフ。情報戦であり、相手の思考を読むことも必要な訳か。そしてこの10個の中から学校側が抽選で7つを選び出し、それで戦うという事であった。

 

「7種目の内、途中で勝敗がついたとしても最後の1種目まで争われる。クラスポイントの変動にかかわってくるからだ。つまり、勝敗が確定しようとも競い合わねばならない。10種目の受け付けは14日いっぱいが最終受付になる。これを過ぎると学校側が適当に作ったものを割り当てることになる。尤も、そんな失敗をする事は無いと思うが……念のためだ」

 

 これはサッサと決めてしまえるだろう。ルールの理解に苦しむ生徒がいない以上、この説明が終われば次の作業に移れる。明日くらいまでには決めてしまいたい。そうすれば特訓が必要ならば伸ばせるはずだ。

 

「また、同一クラス内では種目が同じものは2つ登録できない。例えるならば2点先取のサッカーを種目にしていれば、PKルールのサッカーは登録できない、という事になる。そして1度決めた種目は取り消せない。慎重に選ぶことが要求されるだろう。更に言うのであれば、原則1人1種目にしか出場できない」

 

 突出した個が無双するのを防ぎに来た、という訳か。その姿勢自体は良いモノだと思う。

 

「そしてお前達には種目以外にも『司令塔』という役割を1人用意しなければならない。司令塔は種目に直接参加できないが、大人数を束ね臨機応変な対応が求められる重要な役割だ。解けない問題を解いたりなどが出来る。その介入方法もルール内で定めて貰う事になるだろう。これになるメリットは勝利時にポイントがもらえること。デメリットはもし万が一7種目において全敗した場合のみ、退学してもらう事になる」

 

 

 

<学年末特別試験・要綱>

 

 

・各クラスは10種目を選び出す。その際、マイナー過ぎるもの、勝敗のつかないもの、時間や設備が大掛かりなものは不可。

・選んだ10種類の内、本命は5種目。残りの5種目はブラフとなる。これは3月22日に提出する。

・途中で勝敗がはっきりしても、試験は最後まで続行。

・同一クラス内で同じ種目は2つ登録できない。

・原則1人1種目まで。

・司令塔が存在し、臨機応変に対応できる。この介入方法もルール内として定められる。

・司令塔は勝てればポイントを得るが、敗北すると退学となる。

・種目、司令塔、いずれも選べなかった場合は学校側がランダムに指名する。

 

 

 

「司令塔になった生徒には今日の放課後、多目的室に集まってもらい、くじ引きで選ばれた1人にクラスを選んでもらうことになる。くじに勝った時にどのクラスを選ぶのか、クラス全員でよく相談して決めておくように。なお、肝心のクラスポイントの変動に関してであるが、1種目につき30ポイントが勝ったクラスに移動する。そして最終成績で勝利したクラスに学校側から100ポイントが与えられる」

 

 現在のクラスポイントに関しては、

 

A……1417

B……889

C……568

D……326

 

 となっている。全敗しても落ちるという事は無いと思われるが、油断はできない。勝てるに越した事は無いだろう。配られた細かいルール表にざっと目を通す。

 

 

・マイナー過ぎる種目や複雑すぎる種目、及びそのようなルール設定の制限

極めて細かなジャンルなどは不許可の可能性がある

筆記問題などを種目にする場合、学校側が問題を作成し公平性を保つ

基本ルールを逸脱し改変する行為は禁止

演奏や絵画など、美的感覚の問われる試験は公平性を確保できないので禁止

 

 

・使用できる施設に関して

 

試験当日は多目的室にて司令塔が種目進行を行う。学校内の施設は体育館、グラウンド、音楽室や理科室などは使えるが、例外はある。(他クラス・他学年の教室など)

 

 

・種目制限、時間制限に関して

同じ内容と判断される種目は各クラス1つまでしか採用できない。また、種目の消化にかかる時間が長すぎる場合や、時間制限の無い種目は採用が見送られる可能性がある

 

 

・出場人数

 

種目に参加する人数は交代要員を除き申請する10種目で全て違っていなければならない。最大人数は20人(交代要員を含む)で最少は1人。

必要参加人数が10人以上の種目は2つまでしか登録できない。また、種目の人数が同じものは設定できない。

 

 

・参加条件に関して

各生徒が出場できる種目は原則1つまでだが、クラス全員が種目に参加した場合は2回目以降の参加を許可する。

 

 

・司令塔の役割

 

司令塔は7種目全てに関与する権限を持つ。どのように関与するかは種目を決めるクラスが定め、学校側が承認して初めて採用される。

 

 

 参加人数が1人から20人と幅広い。20人必要な種目などそうそうないが、もし作れれば精鋭を二周目に持ってこれるという事か。とは言えいろんな条件も考えるとそう簡単にはいかないだろう。

 

 司令塔だが、退学の危険性がある以上、私がやるのが無難だと思われる。全敗は無いと踏んでいるが、プロテクトポイントがある利点を生かさない手は無い。やっと私らしいことができる試験がやって来たという事だろう。指揮官をやるのは日本に来て以来なので久しぶりであるが、腕が落ちたつもりはない。元より私は指揮官だ。将校として禄を食んでいる身なので、無論指揮という一点において他に劣っているつもりはない。

 

 一通りの説明を終えて、先生は教室を後にした。入れ替わるように私が壇上に立つ。

 

「試験について疑問のある方は?……いらっしゃいませんね。分かりました。それでは司令塔ですが……どなたか希望者は?」

 

 手を挙げる生徒はいない。どんな少ないリスクでも回避できるならそれに越した事は無い。そう言ったところだろう。私がやる方が確実だと多くが思っている証拠だった。それに、万が一が起こっても退学のリスクは無い。

 

「いないようですので、私が引き受けさせて頂きます。そのうえで選ぶ種目についてですが、我がクラスのアドバンテージを活用していく戦法を考えています」

「具体的には?」

「ご説明します」

 

 葛城の質問に答えるように、私は携帯内に保存してある1つの表を提示する。

 

「これはこれまでの学力試験におけるこのクラスの平均と皆さんの得点です。データを見ればわかりますが、我がクラスは圧倒的に学力において秀でている。アベレージも非常に高い。ですのでこれを活かし、本命の種目はすべて学力系で攻めたいと思います。明日、正式決定をしますので、何の教科のどんな試験なら自分が勝てそうか考えてきて下さい。それが今日の課題です」

 

 指示を出しておけば考えてくるだろう。ダミー選択肢は運動系、しかも大人数でやる系を出しておく。そうすれば、相手は一気に人数を使って二周目を出そうとしているのかもしれないと警戒してくる可能性がある。それに加え、練習を強いることも出来るかもしれないのだ。相手の選択肢を考えて動く。それが戦略の基本である。

 

 そして選べる選択肢を考えた後、望む方向へ誘導するために思考を誘導していく。それが本来の戦場での戦いだ。錯綜する情報の中で、正解を引っ張り出す、非常に難しい選択が司令官の務めである。

 

 高度な柔軟性を持って臨機応変に。これはかなり悪名高いセリフだが、戦場とは実際にはこういうものだ。そう考えると、これが出来るのは綾小路や龍園の方だろう。堀北や一ノ瀬はこの手の行動は苦手なタイプと見ている。決められたことならば完璧にこなせるのだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の多目的室。ここには普段用事などないので来ないが、どうも今回の舞台はここらしい。教室内には既に3名がいた。Bは一ノ瀬、Cは堀北、そしてDは金田だ。龍園はどうやらまだ重い腰を上げていないようである。もしかしたらそれも策略なのかもしれないが。

 

 そして向かい合わせのパソコンと共通の大きなモニター。

 

「各クラスの司令塔が集まったようだな。それでは対決するクラスを決めたいと思う。このくじを1枚ずつ引いてもらう。赤い丸がついてる生徒に選択権が与えられる」

 

 くじ引きというかなり古典的なものだ。だが問題は無い。合理的に考えて、Bはまず間違いなくDを狙う。何故ならば、今のBクラスは確実に勝ちたいからだ。確実に勝って、Aクラスを追い抜きたい。そういう思いがあるはずである。一ノ瀬は特別試験に関して私に苦手意識を持っている。それも加味すれば、ますますAクラスを避けるだろう。それに、Cはおそらく綾小路が何かを仕掛けているはずだ。

 

 でなければ、先ほど送られてきた綾小路からのメールに合点がいかない。綾小路からは果し合いを望む旨が送られてきている。狙いは何か。そう考えたときに堀北かと感づいた。綾小路は堀北に経験値を積ませようとしている。私は体のいい教科書なのだろう。負けたとしてもそれを糧にさせるために堀北を敢えて私にぶつけようとしている。あの男もなかなかあくどいことを考えるものだ。

 

「では、Aクラスから引きなさい」

 

 お言葉に甘えて、そのままくじを引く。運のいいことに、最初に私が引き当てた。これで選択権は私が保持することになる。BクラスはDクラスにどうにかしてもらう。それはすでに既定路線である。そうなるように色々してきたが、杞憂に終わってよかったと思うべきだろう。

 

「Cクラスでお願いします」

「Cクラスで構わないな?」

「はい。間違いありません」

 

 堀北がスカートの端をぎゅっと掴む。その顔には僅かな緊張が浮かんでいた。堀北はともかく、これでBとDの対戦が確定した。一ノ瀬は私と戦わずに済んだことに安堵しているように見える。その安心がいつまで続くかは分からないが。

 

「では、特別試験当日に向けてシステムの説明を行う。この多目的室では、このようにパソコンを2台使用して行う。どの種目に誰を置くのか。それをリアルタイムで選んでいくのだ」

 

 図上演習みたいだとふと思った。実力勝負なのは演習とは違う事だ。なにせ、演習だと運も絡んでくるのだから。

 

「マウスを操作し、選ぶ生徒の顔写真をドラッグし、種目の枠へドロップする。間違いや変更の際は枠外にドロップしなおせば再度選択可能だ。或いは指先タップも出来る」

「なんかテレビゲームみたいですね」

「ほんとよねー」

 

 一ノ瀬と星之宮先生は楽しそうに会話をしている。

 

「各種目ごとの生徒選択には時間制限がある。それは今カウントされている数字だ。種目に必要な人数が多いほど、選択の時間はある。1人につき大体30秒だ。選びきれないと、残りの生徒からランダムで選出されてしまうので注意が必要だ。そして試合が始まると大型モニターにはその様子が映し出される」

 

 観戦武官みたいな気分になってくる。司令塔の介入は、画面に表示されているボタンを押せば使えるようだ。また、テスト系では最後に時間を設けることができるらしい。

 

「司令塔からの指示方法は通話ではなく、チャットの文章を機械が自動で読み上げる仕組みを採用している。文字を押し、エンターキーを押せば出場者のインカムに受診される」

 

 これは不正を防ぐためだろう。囲碁や将棋、チェスなどであれば会話を使うとずっとそのまま勝負を代われる可能性もあるのだから妥当だ。尤も、文章で暗号電文を使われた場合はどうにもできないかもしれないが。

 

「インカムは1つの種目につき、1人しか身につけられない。どんなに大人数でもだ。誰につけるかは司令塔が決める。指示はルールに沿った範囲ならいつでも可能だ」

 

 パソコンの機能は色々あるようだ。できることは多い。複数の情報を同時に処理するマルチタスキングも求められているのかもしれない。

 

「以上が概要だ。何か質問は?」

 

 真島先生は全員に視線を送るが、誰も質問はしない。分からない事などないのだろう。

 

「では、本日はこれで終了とする。操作方法の再確認がしたい場合は、試験一週間前までなら職員立会いのもと、多目的室にて行える。以上だ」

 

 こうして説明は終わり、我々に解散が命じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で考える。果たしてどうすれば勝てるのか。相手の、つまり堀北の切れる最強のカードはまず間違いなく綾小路だ。綾小路をどう使うか。これがやはり一番怖い。高円寺は動かないと読んでいる。彼が動くのは彼自身が司令塔になった時か、或いは私が兵卒であり、相対することになったときくらいだろう。平田は廃人だと言うし、やはり綾小路だ。これをどうにかして無力化しないといけない。

 

 ホワイトルームは多くを詰め込んだ。だが、弱点だってある。一般的な知識しか入れてない彼は、ニッチな問題は解けないと思われる。歴史科目などは重要視してないというのが盗み出してきた内部データから読み解ける。総じて文系よりも理系を重んじているようだ。

 

 それ自体を否定はしないが、やや短絡的な思考だ。文系知は直に結果が出ない。代わりに数十年のスパンで結果を出していく。文理何れも軽んじるべきではないのだ。ともあれ、ホワイトルームの弱点は見えてきた。運動系には使わないと見ている。Cクラスはそこそこできる生徒がいるからだ。最強のカードはやはり他を切れない場所で使いたいもの。

 

「何かひらめいた?」

「糸口は見えた」

「ふ~ん。相手は堀北でしょ。大丈夫?」

「Cクラスはああ見えて能力の高い生徒も多い。堀北だけならまだしも、他がな」

「バスケは絶対入れてくるでしょうね」

「それは無論だろう。捨てる選択肢など存在しないし、それが出来るほど余裕があるとも思えない」

 

 真澄さんの読みは正しい。須藤も運動面では堀北の持つ大きなカードだ。最大限活かせるバスケで使うのはどう考えても自明の理だろう。

 

 堀北のカードは綾小路、須藤、小野寺、櫛田、平田(現状は廃人だが、綾小路が放置するわけもない)、幸村あたりか。対するこちらのカードは大きいのが4枚。真澄さん、葛城、橋本、坂柳。ただし、坂柳は参加できない。これが使えればチェスを入れられたんだが。

 

 残った3枚の内、何でもそつなくこなすのは葛城だろう。彼は万能性という意味では非常にありがたい。橋本も運動面ではかなり強い。真澄さんもそれは同じだが、彼女を運動面で使ってしまうのは惜しい気がする。何処か、もっといい種目は無いものか。

 

 そこでピンと糸が繋がる。もしかしたら、攻略の糸口を見つけたかもしれない。多くが使えず、そしてホワイトルームの知識も役立つか微妙な種目を。これが採用されれば、まず間違いなく堀北は綾小路を投入する。何でもできる綾小路だからこそ、使わざるを得ない。何故ならば他にできる生徒がいないだろうから。

 

「見つけた」 

「何を……?」

「攻略法だよ」

 

 怪訝そうな顔の真澄さんを見つめながら、私は思いついたアイデアを最大限活かす計略を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

「随分と出揃いましたね」

 

 放課後の教室。教卓を囲む人物が数人。まずは私。そして真澄さん。更には葛城。この3人が現在のクラスの運営者なのは一目瞭然だ。それゆえに、ここで出す10種目の最終決定を行うのである。既にクラスメイト達からアイデアは募っている。そしてそれをこの3人で決める承諾も貰っていた。 

 

 出てきたアイデアは実現可能そうなものに絞ると25ほどある。他クラスに聞かれてもばれないように、それぞれに番号を振って直接的な会話を避けつつも相談するというなかなか難しいことをしていた。

 

 出たのは色々ある。歴史(なぜか第二次世界大戦限定)テスト、現代文テスト、英語テスト、数学テスト、地理テスト、物理テスト、歴史(なぜか中世~近世ヨーロッパ限定)テスト等々である。面白いものだとアニメや漫画、ゲームのテストなどもあった。料理、電気機械、車の車種、競馬など完全にその生徒の趣味が見え隠れしているものもある。

 

「テスト形式の種目は司令塔の介入は少なくていいと思うのですが、どうでしょうか」

「俺は良いと思う。Aクラスの皆ならば、やってくれるだろう。ダミーはどうする」

「既に腹案が。真澄さんには話しましたので、少しお耳を拝借」

「…………なるほど。それならば相手に対策を強いることも出来るな。微妙にルールを知らなそうなものを入れていくのも悪くない選択だろう」

「だとしますと……本命テストは1番、6番、17番が良いでしょうかね。ダミーテストで22番と24番も入れておきましょう」

 

 1番は数学、6番は現代文、17番は英語である。22番は社会で24番はスポーツ史だった。流石にジャンルが細かいのは出来るのが1人とかしかいないので今回は見送りである。後、知識源がゲームなのも不安要素が残る。それに、あまりに狭いと却下される可能性があった。

 

「俺としては25番なら活躍できるかもしれないが」

 

 25番はフラッシュ暗算である。

 

「経験、あるんですか?」

「あぁ。中学生時代にやったことがある。それ相応に自信があるつもりだ」

「なるほど、では採用してもいいかもしれませんね」

「諸葛の方は大丈夫か?」

「目はいいのでご安心を」

「こっち系は一切なし?」

「ええ。真澄さんの言う通り、なしです。向こうが出して来たらそれに応える感じで良いでしょう。全てダミーとします」

 

 こっち系とは、運動系のことである。その後も細々と細部のルールを詰め、とりあえず9個は出来上がった。

 

 

<本命>

 

1『フラッシュ暗算』必要人数2人 時間30分

ルール:珠算式暗算を使って正確性と速さを競い、1位を取った生徒のクラスの勝利となる。

司令塔:任意の1問を答えることができる。

 

2『現代文テスト』必要人数4人 時間50分

ルール:現代文の問題を解き、合計点を競う。なお、問題は完全初見文章&設問とする。採点の都合上、記述式は無し。全てマークシートとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

3『英語テスト』必要人数8人 時間50分

ルール:英語の問題を解き、合計点を競う。なお、問題は完全初見文章&設問とする。また、リスニングや筆記試験は無し。全てマークシートのリーディングのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

4『数学テスト』必要人数7人 時間50分

ルール:1学年の学習範囲内で数学の問題を解き、合計点を競う。なお、問題は完全初見とする。また、記述式は無し。全てマークシートのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

 

 

<ダミー>

 

5『囲碁』必要人数3人 持ち時間1時間(切れ負け)

ルール:1対1を3局同時進行。ルールは通常の囲碁に準ずる。

司令塔:任意タイミングから持ち時間を使い最大15分だけ指示を出すことができる。

 

6『社会テスト』必要人数7人 時間50分

ルール:社会科の問題を解き、合計点を競う。なお、問題は完全初見とする。地理、歴史、政治経済、倫理等の範囲は問わない。また、記述式は無し。全てマークシートのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

7『リレー』必要人数19人 時間15分

ルール:リレーを行い、早くゴールしたクラスの勝利。

司令塔:1人だけ同じ生徒を走らせられる。

 

8『大縄跳び』必要人数20人 時間30分

ルール:2回のチャレンジで、より多く回数を飛べたクラスの勝利。

司令塔:1度だけ相手の並び順を入れ替えられる。

 

9『スポーツ史テスト』必要人数2人 時間50分

ルール:スポーツに関する歴史にまつわる問題を解き、合計点を競う。記述式は無し。全てマークシートのみとなる。同点だった場合は全員の解答時間の早かったクラスが勝利となる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

 

 とここまでは決まった。そして私はまだ最後の1つを取っておいてある。これが私の本命。私の女王(クイーン)が、相手を誘い込み、叩きのめすための殺し間。ニッチなジャンルでも無ければ、マイナーでも無い。現実社会にしっかりテストとして存在し、これを解いている受験生だって存在するのだ。であれば、学校側も文句は言えないはず。

 

 そして、堀北はここに綾小路を持ってくるしかない。おそらくこれは通常の知識では突破できないと彼女は判断するだろう。そうして自身の最強を切ってくる。ただし、これが選ばれるかは完全に運次第。だが、運を引き寄せられなくては指揮官たることは出来ない。戦場とはち密な計算をしようとも、どこかでぼろが出るもの。そんなとき、予想外の事態に際して必要なのは天運だ。それを持っているかも指揮官のとってはとても重要な事。

 

 だからこそ人事を尽くして天命を待つのだ。そして私は信じている。今までの人生不幸は数多あれど、肝心な時に運命が微笑まなかった事は無い。クーデターも、交渉も、任務も、すべて成功させてきた。必ずこれは選ばれる。そして、勝つのは私たちだ。

 

 私は10個目の種目を書く。葛城は少し驚いていたが、それでも私を信じると言って承認した。これが選ばれれば絶対に戦場に立たないといけない真澄さんは少しだけ不安そうな顔になったものの、すぐに首を縦に振った。

 

 

 

<本命、5個目>

 

10『美術史テスト』必要人数1人 時間50分

ルール:古今東西の美術に関する歴史にまつわる問題を解き、その点数を競う。なお、記述式は無し。全てマークシートのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

 これが私の選んだ答えだ。私の部下は決して負けない。これは勝負だ。私の教育と、ホワイトルームの教育。果たしてどちらが上なのかの一端を示すための。全てを捨てさせ詰め込んでも、そこに意味はない。それは真の意味での教育ではない。私の信じる教育は、最終的に生徒の伸ばしたいところ、伸ばせるところをとことん伸ばすことにある。

 

 彼女は負けない。何故ならば、非常に曖昧かつ科学的根拠に乏しいけれど、私が彼女を信じているから。理由など、それで十分なのだ。




第二次世界大戦のテストを提案した生徒と中世欧州を希望した生徒は某スウェーデンにある電子ドラッグ企業のゲームユーザーという裏設定。競馬の生徒?もちろんプリティーなダービーとウイニングなポストをしてる生徒です。

そう言えば、総合評価がついに1万を突破しました!ハーメルン内でも上位何%かには入れたんじゃないかなぁと思います。日頃応援して下さる皆さまのおかげでございます。これからも、変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願いいたします!


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58.挑戦状

あとがきにアンケートをのっけたので出来れば答えて下さると嬉しいです。私は常々作品は読者の方々のおかげで成り立っていると思っているので、出来れば要望には沿いたいと思っているのです。

それはそうと、脳内で孔明&坂柳のワクワク北海道心霊旅館探訪スペシャルのシナリオだけ出来上がっていて自分でもなんだかなぁと思っていたり。


やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 

『山本五十六』

――――――――――――――――――――――――

 

「君、暇ですよね」

「突然なんですか」

 

 私は停学中の坂柳に向かって言い放った。明らかにムッとした顔で彼女は返答する。

 

 今日は相手のクラスの種目が発表され、同時に自クラスの選んだ種目が相手に発表された日である。向こうはほぼ学力系は捨てて来ていた。ただし、英語だけはあったので自信のある生徒が多いのかもしれない。当然ダミーの選択肢である可能性もある。こちらともかぶっている部分なので、当日は捨ててくる可能性が高い。

 

 我々の提示した10種目も当然向こうに提示されたわけだが、Cクラスはそれを元にどれが本命であるかの対策を練るだろう。テスト系は覚えないといけないし、運動系は練習が必要だ。何もせずに座しているとは思えない。

 

 自クラスの種目が選ばれる確率は10分の7。決して少ない割合ではない。我がクラスの理想パターンは全部自分たちの選んだ種目が出ることだ。しかしながら、それは理想的すぎる。そこまでうまくはいかない。最悪のパターンは逆に相手の土俵で戦う事だ。これになると厳しい。

 

 テスト系は全てこちらに優位があると考えている。その上でド本命である美術史に引っ張り出せれば殺し間の完成なのだが……。堀北が美術史を捨ててくる可能性は大いにあるだろう。適当に人員を配置して、もっと危ないところに綾小路を入れてくる可能性だって十二分にあり得る。というより捨てると言う選択をとれるならば、そちらの方が正しい。

 

 とは言え、これは状況にもよるだろう。一進一退の攻防の末、とかならば温存していた綾小路をぶち込んでくる可能性があるし、逆に最序盤だと捨ててくる可能性が高い。いずれのケースにおいても、対応方法は考えなくてはいけない。綾小路が来るならば真澄さんだが、そうでなくとも確実に勝ちを拾うために彼女をここで投入するのがベストだと考えている。

 

 どんな場合でもなんとかする方法はあるが、結局は高度な柔軟性を持って臨機応変に、という事にならざるを得ない。戦争なんて準備をいくらしても思い通りにはいかないものだ。なので、出来るだけ敵の思考を誘導したい。堀北の思考を、出来ればそれに影響を与えられるであろう綾小路を誘導しておきたい。どうすれば綾小路をここへ誘導できるか。彼を使い潰し、なおかつ勝利できるだろう殺し間へと。

 

 そう考えた際の最初の発言なのである。暇そうな坂柳を使えばいい。1人で考えるよりは楽だろうし、それに加え利点もあるのだ。

 

「まぁ、することが無いのは事実です」

「であれば、頭脳労働をしていただきたい」

 

 事情を話す。我々が選んだ種目、そして相手の種目。ルールとこちらの狙い。堀北と出来れば綾小路の思考を誘導したいという事。黙って聞いていた坂柳だが、全て聞き終わるとフーっと息を吐き出した。

 

「おおよその事情は分かりました。しかし、どうして私が考えなくてはいけないんですか。そちらでも考え付くでしょう」

「確かにそれはその通り。しかし、これは君の為でもあるのだがね」

「私の?」

「そうだとも。復帰には手土産が必要だろう?何もなしで今日からまたよろしく、というのは無理だ。あまりにも都合がよすぎる。だからこそ、ここで君が献策して、それを採用した、の方が良いじゃないか。それならば多少はクラスメイトの溜飲も下がるだろう。尤も、ろくでもないものしか思いつかないならこの話は無かったことになるがね」

「それなら尚更自分で考えた方が良いような気がしますが。私のことを考えて下さるなら、自分で作った作戦を私が考えたことにした方が自己完結しているので効率が良いのでは?」

「それは構わないが、君は我慢できるのかね?そういうのに」

「……」

「そこは君、私の利益になるのであればなんでも結構、くらいは言って欲しいものだがね。まぁいい。それで、協力するのかしないのか。どっちだ?」

「……しなかった場合のリスクが大きすぎます。今度こそ追い出される可能性が高いですからね。無駄飯を食わせる余裕はないでしょうし」

「よろしい」

 

 坂柳は使えるならば便利な存在だ。いないよりはいた方が利益になる。従わずにうろちょろしていた前ならばさておき、今では使える存在になっている。クラスメイトからしたら感情的に許せない部分も多いだろうが、私からすれば戦略において自分の感情は二の次三の次だ。

 

「ですが、あなたこそ良いんですか。敗軍の将に兵を語らせては軍師孔明の名が廃るのでは?」

「勘違いされておいでのようだが、孔明は軍師ではない。諸葛亮孔明は政治家だ。同時に指揮官でもあるがな。彼の人生の大部分は政治家としての部分が強い。軍師であったのも否定はしないが、本来は指揮官や政治家タイプなんだよ。だから私がこうして配下の参謀役に立案させてもおかしくは無いのさ。私は孔明のように過労死したくないのでね」

「そうですか。……方法自体はあると思います」

「ほぅ?」

 

 彼女の言ったように、私は元々指揮官だ。いや、現在でも実際の任務はどうであれ書類上は部隊の司令官である。司令官は自ら立案することもあるが、専ら参謀の意見などを聞くことが多い。その上で自己の判断と噛み合わせて思考し、最終的に決定を下す。それが司令官の役目だ。

 

 そして今回の試験に必要なのはこの指揮官としての能力。であれば普段のような宰相ムーブではなく、指揮官として振舞うのが良いだろうと考えている。その上で必要なのは参謀だ。書記兼秘書官は既に真澄さんがいる。副司令官には葛城が。であれば必要なのは作戦参謀である。これも因果なのだろうか、私の本来の副官も銀色の髪をしている。ついでに言えば、彼女は目、坂柳は足と身体に問題を抱えているのも同じ。奇妙な偶然だった。

 

「綾小路君が、そして堀北さんが美術史の際に絶対綾小路君を充ててくるようにすれば良いのですよね?」

「その通り」

「であれば、美術史という種目がただでさえニッチなジャンルなのに加え、更なる脅威、それこそ綾小路君を差し向けるしかないと思わせるような要素を用意すればいいのではないでしょうか」

「相手は捨ててくるかもしれないぞ」

「いえ、それは無いのではないでしょうか。勉強面の団体戦になると不利なのは明らかにCクラスです。けれど、美術史ならば1対1なので個人の能力に左右される。勝ちの目は大きいわけです。加えて捨てられるほどCクラスに余裕はありません。Dクラスが万が一勝利し、Cクラスが敗北した場合、最悪クラスが逆転するかもしれないのです。堀北さんからしてみれば、捨てると言う強者の戦い方が出来るような状況ではないのではないかと」

「なるほど。一理ある。それで、その脅威というのは?」

「無人島の焼き直しです」

 

 無人島。確かあの時は、坂柳が存在していないのを存在していることにした。そしてリーダーを彼女にすることで、他クラスの思考の外を突いて勝利した。

 

「いないものを、いることにする、という事か」

「ええ。実際に種目に挑むプレイヤーが誰なのか、当日お互いが指定し終わるまで分からないのですよね?」

「ああ。そう聞いている。画面上で選び、終了すると大きなディスプレイに表示され、そこで初めて相手クラスのプレイヤーが誰なのかを知れるそうだ」

「であればCクラスは私がいるのかいないのか、分からない筈です。美術史の担当は私であることにすれば、確実な脅威として叩くべく綾小路君を持ってくるのではないでしょうか」

「発想は良い。だが、どうやって君が美術史の担当なのだと喧伝する」

「私が自分から言います。私は先の一件で間違いなく針の筵。それは事実ですし、他クラスもそう認識しているでしょう。だとしたら、バレない程度に情報を横流ししてもおかしくはないのではないでしょうか」

「あれだけされてまだやるなどおかしい、罠だと思われるかもしれんぞ」

「そこはしっかり考えがありますので」

「ふむ……」

 

 坂柳が参加するか否かを知っているのは我がクラスだけだ。この学校はポイントで何でも買える。その認識は多くが持っているだろう。だとすれば、特別試験に停学中の生徒を参加させられるようになるポイントがあったとしても変ではないと思うかもしれない。実際には違くとも、坂柳がうまくやれば堀北の思考くらいは誘導できるはずだ。

 

「分かった。とりあえずやってみろ」

「意外ですね。ポイと預けてしまうとは。私はそんなに信頼に足る行動をしてきたとは思いませんが」

「ここで裏切ったら次がないと一番理解しているのは他ならぬ君のはずだ。私は君がそこまで愚かではないと思っているが故に、こうして任せる気でいる。上手く行けば御の字だが、うまく行かずともどうにかならない訳ではない。それに、傘下に入った以上いつまでも疑い続けるのはよろしくない。生徒を信じることも大事なのでね」

「……生徒扱いですか」

「対等に扱ってほしいならもっと大人になる事ですね」

 

 ムスッとした顔であるが、坂柳は反論しなかった。さて、これでこの作戦をとりあえず坂柳に任せてみることにした。正直、彼女がどこまで出来るのかは分からない。なのでここで能力を見てみたいと思っている。上手くやれるのならば、その能力は上方修正の必要があるだろう。この前の林間学校などはいまいち本領発揮ではなかっただろうし、ここで試すのも良いだろう。実力が分からなければ使いようもないし指導しようもない。

 

 お手並み拝見と行こうと思い、任せることにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 取り敢えずやってみろ、と言われた坂柳は早速行動を開始した。まずは堀北鈴音にメッセージを送る事である。この誘いに相手が乗るか否かは一種の賭けではあったが、果たして堀北は様々な思考の末に坂柳を訪ねることにした。

 

「まずはよくお越しくださいました」

「挨拶や御託は結構よ。本題を話してちょうだい。私は今、単刀直入に言えば凄く貴女を疑っているわ。理由は言うまでも無いでしょうけれど」

「それは仕方のないことです。ですが、それでもあえて信じていただきたいのです。私がCクラスに協力したいのだと」

「……難しい話ね。貴女を信じるための材料が何一つないのだもの。一之瀬さんにしでかしたことを考えれば、到底無理な話よ」

「逆に考えて下さい。だからこそ、私はCクラスに協力したいのです。まぁもっと言ってしまえば今回の試験でAクラスに対峙するクラスに、ではありますが」

「……」

「信じてくれ、とは言いません。ですが、私の動機はお話しします。その方が信じていただける可能性があると思いますので。その動機ですが、怨恨です。私はこの手で……この手で諸葛孔明を叩き潰したい!」

 

 いきなりの大声に堀北も眉をひそめて坂柳の顔を見る。そこには演技とは思い難いような恥辱と恨み、憎しみと苦しみに満ちた顔が存在していた。堀北は演技である可能性は残しつつ、坂柳の中にある心情について読み取っていた。

 

「話の腰を折るようで悪いけれど、確かに貴女は諸葛君に断罪された。けれどそれは完全に貴女の自業自得ではないかしら」

「ええ。ですが、私はハメられたのです。私は確かに一之瀬さんの噂を流しました。しかし学年全体のモノは私ではありません。あれは諸葛君の陰謀です。私はまんまとそれに騙された。だからこそ……あの男を嵌めてやりたい」

 

 堀北は彼女の話を話半分に聞いている。特に陰謀論の辺りから、責任転嫁だろうと半ば決めつけていた。流石に諸葛孔明が陰で操っていたというのは無理があるだろうと思っている。だが、真実はどうあれ坂柳はハメられたと捉えて諸葛孔明を恨んでいる。それだけは堀北も理解するところであった。自業自得だろう、とは思っているが。

 

「私の動機はご理解いただけたでしょうか」

「理解はしたわ。話は聞く。けれど、それを信じるかはまた別問題よ」

「それで構いません。私は、何としてでもCクラスに勝ってほしいのです。その為ならば、手段など選びません」

「そう。それで、情報とは?」

「Aクラスの種目です。正式採用はフラッシュ暗算、現代文・英語・数学・美術史のテスト。ダミーは囲碁、社会・スポーツ史テスト、リレー、大縄跳びです。そして私は美術史に配属する予定だそうです。当日、美術史が採用されましたら私は少しばかり手を抜きますので、どうにかそこに強い生徒を充てて頂きたい。流石に大負けするわけにはいきませんので」

「……」

 

 堀北は考える。彼女の言っていることには正しさがありそうだったからだ。確かにAクラスならば売りである学力が存分に活用できる試験を持ってきてもおかしくはない。リレーや大縄跳びではないだろうとは分かっていた。彼らが練習の必要であるそれをしている形跡が全くないからだ。

 

 だが堀北には1つだけ引っかかるところがあった。

 

「貴女は停学中では?今回の特別試験にだって、参加できないはずよ」

「ええ。私もそう思っていましたが、諸葛君は大金を払ったそうです。この学園ではポイントで買えないものはありませんからね。『君の参加権を買ったのだよ。働かざる者食うべからずだ』と言っていました。実際に契約書も見せられましたし」

「そんな事があり得るの……?」

「私は直接契約の場を見聞きしていたわけではないので何とも。確かめる方法はありませんね……」

「それに、そんな大金どこから……。貴女を救済するのにポイントを使ったと聞いているけれど」

「そのポイントの出どころは3年生なんです。彼の財布、そしてAクラスの財布は1ミリも傷んでいません。その最大の出資者は3年Aクラスだとか何とか」

「兄さんが……?」

 

 堀北の弱みは兄だ。兄関連のことになると思考が弱まる。いろんな感情が堀北の中を駆け巡った。その中でも大きかったのは諸葛孔明への――――嫉妬。それを確認した坂柳は内心でほくそ笑みながら堀北に話しかける。

 

「ともあれ、私を秘密兵器として当日まで秘密裡にしておき、参加させるのが狙いのようです」

「確かに、貴女はテストの成績なら上位。覚えることに関しては私より上でしょうし、特にニッチなジャンルである美術史でも詰め込める、或いは教養として詳しいかもしれない。そんな貴女を1対1の種目に配置して確実に勝てるようにする。正しい戦略ね」

「ええ。私も得意な部類に入ります。本当は負けたくなどありませんが、優先順位は諸葛孔明の打倒。先ほど申し上げた他の種目の情報と併せて何としてでも勝ってください」

「でも、どうして諸葛君は貴女に教えたの?こんなのはトップシークレットでしょうに」

「私が泣いて土下座をしたからです。何でもいいからお役に立ちたい。そう土下座して泣きながら許しを乞うたのです。それにコロッと騙されました。あの人の弱点は女子です。彼はクラス内でも女子にかなり配慮をしている。その上、モテるのに浮いた話もない。それは女性に弱いからです。それを見抜ければ、相手にウンといわせるのは楽なことでした」

「それは話半分で聞いておくけれど……」

「加えて、何も話していただけないとどうすれば良いのかも分からない。ある程度概要を知ったうえでこそ働けると主張しました。心を入れ替えて、誠心誠意クラスのために尽くすとも。彼は私を信じ始めています。彼は敵には容赦がないですが、身内にはかなり甘い。神室さんを見ていれば分かると思います。退学から救済までしてやった。私にはもう何もできないだろう。そうタカをくくっています。私を見るときの彼の視線の……なんと嘲笑に満ちていたことか!」

 

 坂柳がテーブルを再び叩いた。荒々しい息に嘘の気配は見えない。

 

「そ、そう……」

「ええ。信じていただけるかは分かりませんが……」

 

 堀北の中で、確信へと天秤が傾きつつあった。諸葛孔明への怨恨。そして憎しみ。信じ込んでいる陰謀。動機は十分。本命にしている種目の情報も理論的だ。諸葛孔明が坂柳へ情報を渡した理由もある程度は筋道だっている。

 

 ここで堀北の中に欲が出た。もっと引き出せるのではないか。そう思ったのである。

 

「坂柳さん。貴女の恨みは理解したわ。その思いを確実に発露させるためにも、出来れば詳しい情報をもっとくれると助けるのだけれど。具体的にはそれぞれの種目には誰を充てるとか、Cクラスの種目のどれを本命だと彼は予想しているとか」

「すみません……。私もそこまで詳しくは教えてもらっていないのです。ある程度予想はできますが……。バスケがCの本命だろうとは私でも予測できるのですが、それ以外は何とも。お役に立てず申し訳ありません。神室さんなら知っているかもしれませんが」

「いえ、それなら仕方ないわ」

 

 堀北の信用度はこれで上がった。意外に思うかもしれないが、堀北からすれば心のどこかに果たして本当に諸葛孔明は坂柳をそこまで信用するようになったのか、という疑念があった。だからこそ、坂柳が情報を渡されていないと聞いてやはりかと思ったのである。戦力として利用価値を信用されてはいるものの、人柄としてはいまいち信用されていないと確認できたのである。

 

 堀北もバカではない。坂柳がこう動くことも諸葛の想定内ではないか、という想定はしている。だから坂柳の情報に頼り切りではない。しかし、嘘を吐くときは真実を混ぜると言う理論から考えれば(当然諸葛がそれを知らない訳がない)、坂柳の情報の多くは真実である可能性があった。種目の1つないし2つほどが嘘なのだろうと判断している。

 

 坂柳を参加させるのが嘘ではないと思った理由としては、坂柳が契約書と言ったことが大きい。坂柳を信用していない、かつ彼女の恨みも利用しているのだとしたら金をやり取りした契約書は見せないだろう。そんな事のために大金を使うほど諸葛は向こう見ずではないし龍園のようなそんな戦略はしないと堀北は踏んでいる。

 

 そして彼女の脳内に鮮烈に残されている無人島試験の記憶。これも大きかった。圧倒的大差で勝利した作戦をもう一度再現しようとしているのではないかと思い至ったのである。

 

 あの時の衝撃、種目の幾つかなど坂柳によって漏らされても平気だと思っているであろう諸葛への舐めるなという反骨心、兄関連での揺さぶり、坂柳の話術と雰囲気、そして司令塔の重圧。それら全てが少しずつではあるが、堀北の思考を削いでいた。それでもある程度冷静なのは流石といえるかもしれないが、ここは坂柳の作戦勝ちである。人を操ることに関してはボッチの堀北より一家言ある。

 

「繰り返しになりますが、美術史が選択される確率は10分の7。決して少なくありません。その際は十中八九、彼は私を使うでしょう。あまりにも負けすぎたりボイコットすると流石にバレてしまいます。私と同等、それ以上の生徒を派遣するようにお願いします」

「……分かったわ。こちらも持ち帰って検討させてもらうから」

「分かりました。どうなったかの報告は結構です。これは契約等ではなく、あくまでも私の私怨による行為ですから。それに、接触の回数は少ない方が良いですからね」

「ええ。それは同感ね」

 

 くれぐれも……と言って玄関で坂柳は頭を下げた。堀北は坂柳の部屋を後にし、自身の参謀である綾小路を呼び出した。

 

 

 

 

 

 堀北の話を聞いた綾小路は罠の可能性を大いに感じ取っていた。しかし可能性が多すぎる。どれが罠なのかと考えれば十中八九美術史が罠だろうが、それ以外の可能性も否定できない。坂柳と諸葛がグルである可能性もあるし、坂柳が本当に諸葛に気付かれず裏切っている可能性、もしくは気付かれており利用されている可能性もある。美術史の罠にしたって、坂柳をそこに置くのか否か。そもそも坂柳の参加は真実なのか。検討すべき事項が多すぎるのとは反対に、それらを確かめる方法は無かった。

 

 だが、綾小路が1つ分かったのは諸葛孔明が綾小路を美術史に引っ張り出したいと思っていることだった。

 

「私は綾小路君ならばどこへ入れても何とかなるとは思っているわ。私たちの場合、弓道なら三宅君、タイピングは外村君がいるし、バスケやテニス、そして卓球は貴方が立ち直らせた平田君、須藤君、小野寺さんなんかもいる。他にもできる生徒は多いわ。反面テスト系は微妙だけれど……」

「逆に美術史に対応できる生徒はいるか?」

「高円寺君は……今回はダメそうね。司令塔なら或いは可能性はあったかもしれないけれど、リスキー過ぎるもの。一応フラッシュ暗算とかが来たら入れようとは思っているわ。2対2ならセットで松下さんを出しておけば何とかなるかもしれないもの」

「そうだな。高円寺は期待しない方が良い」

「他だと厳しいでしょうね。確かに教養ではあるけれど、修めている生徒は少ない。貴方はどうなの?」

「オレか……。まぁ、何とかなるとは思う」

「そう。相手の思惑は分からないけれど、美術史はおそらく向こうの切り札のはずよ。それを捨てられるほど、私たちに余裕はないわ。Dクラスの動向も読めないし……」

 

 綾小路はこれを諸葛孔明からの挑戦状と見ていた。坂柳が来るにしろ何にしろ、向こうの本命は美術史。そして捨てられるほど余裕はない。彼の策か、それとも自分たちの策か。この1年の集大成として一度果たしあおうではないか。そう言っているように見えた。

 

 同時にそれは綾小路の願い、ホワイトルームの否定にもつながると思っている。熟慮の末、綾小路は死中に活を見出すことにした。

 

「分かった。向こうの本命が来たらオレが出る。坂柳が真実を語っているにしろ何にしろ、諸葛の切れる手札の中に最強があって、その人物の誇るものが美術史だったんだろう。それが坂柳なのか、葛城なのか、神室や橋本、それ以外なのかは分からないが……それでも厳しい戦いになるはずだ。他が何とかなるなら、オレが出た方が良いだろう。捨てられないのは、お前の言う通りだしな」

「……そうね」

「お前はこの1年頑張ってきた。自信を持て。それは、お前の兄だって評価せざるを得ないはずだ」

「……」

「お前の兄は言っていた。お前には心の成長が必要だと思っていたと。オレはそれは既にできていると思っている」

「あなたに言われても、意味ないわ」

「そうかもな。だが気休めにはなる。お前は確かにクラスの指導者として振舞っているが、それは堀北学とは全く違う。そうだろう?」

「それは……」

「お前がもし今でも兄の幻影を追っていたなら、堀北学に似せた統治を試みるはずだ。だがそうしなかった。それで十分だろう。一歩一歩進むしかないからな」

「……そうね」

「諸葛も言っていた。お前が一番怖いとな。一之瀬は優しすぎる。龍園はリスキー過ぎる。だが、堀北はまっとうに努力する。そして成長する。まっとうに努力して進んでくる人間が一番脅威だと言っていた。あの目は真実だったと思う」

「……そう」

「少しは気が晴れたか?」

「多少はね。多少だけれど」

 

 堀北はため息をついて、一度顔を下に向け、もう一度前を見た。

 

「ありがとう、綾小路君。何とかしてみるわ」

「そうか。オレにできることは少ない。できる限りのことはする。頑張れとは言わない。だから堀北、負けるな。諸葛にじゃない、自分に」

「ええ。そうね」

 

 堀北は力強く頷いた。綾小路は思う。堀北は凄まじい成長をしている。しかし同時に思う。まだ諸葛孔明には届かない。だが、諸葛孔明が堀北を脅威に感じているのは事実だ。だからこそ十重二十重に罠を張ろうとしているのだ、と彼は考えている。

 

 クラスの成長。個人の成長。それを促すのは存外に面白いことかもしれない。ホワイトルームでは自分は成長させられるだけだった。自分以外の他人は全ていなくなった。だが、今は違う。伸ばすべきはまず他人。だがそれによって自分も伸びる。これが諸葛のいう教育なのか、と綾小路は思う。それは彼にとって非常に心地よい物だった。

 

 勝負を受けるのは、その礼のつもりもあるのである。尤も、それを堀北にいう訳にはいかないが。どこまで戦えるのか。それが自分の成果なのだと思い、綾小路は自室を後にする堀北を見送った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 当日の朝が来る。今日は少しばかり目覚めが早かった。久々の戦闘指揮……とは少し違うかもしれないが、指揮をこういう形でとるのは久しぶりだった。今日はまず普通に教室で出席確認。その後は我々司令塔は移動となる。昼食を跨ぐことになるが、司令塔は多目的室で昼食だ。なお、携帯やパソコン、本などの持ち込みは許可されていた。テスト系科目などは受けている50分間は暇になるからである。私は春休み講習(受講者1人)の準備をしないといけないのでパソコンを持っていく。

 

 時計を見れば朝の6時半。昼食を作るかと思った矢先、チャイムが鳴る。出れば真澄さんが立っていた。

 

「おはよう」

「おはようございます。で、何用?」

「ちょっとだけ話したくってさ。中、良い?」

「構わないけれど」

 

 彼女は部屋に入るといつも通りに椅子に座った。昨日の授業はお休み。夕食後は美術史を頭に叩き込むように促して部屋に帰していた。

 

「覚えられたか」

「ばっちり。何が出てもどんとこい」

「そうか、期待してるぞ」

「任せて。それで……はい、これ」

「何だこれ?」

「お弁当。昼は多目的室で食べるんでしょ?」

「作ってくれた感じか?」

「そ。ま、一応ね。クラスメイトに色々指示して、面倒見て、私のことも色々して忙しかっただろうし、その分って感じ」

「ありがとう。後で食べさせてもらう」

「そんなに期待しないでよね」

 

 彼女は私に弁当箱を渡して、そのまま私の瞳を見つめた。

 

「どうした?」

 

 私の問いに答えず、彼女は綺麗に45度に頭を下げて最敬礼をした。

 

「1年間ありがとうございました」

「気が早い」

「ま、そうなんだけどさ。なんか……今凄く言いたい気分になったから」

「なんだそりゃ」

「分かんない」

「分からないか……なら仕方ないな」

「ついでに来年度もよろしくお願いします」

「はい、わかりました。こちらこそよろしく」

 

 彼女は1つ荷を下ろせたような顔をしている。だが、すぐにキリっとした顔になった。

 

「勝とうね」

「負けるつもりは毛頭ないな」

 

 お互いにニッと笑い顔を見合わせる。坂柳からは概ね成功と見込めるとの報が来ていた。元よりどんな戦いでも負けるつもりはない。だが、義務でもなく生死もかかっていない戦いでここまで負けたくないと思ったのは初めてかもしれなかった。信じてくれた部下の期待には応えたい。素直にそう思う。

 

 人事を尽くして天命は呼びよせるよう努めた。後は勝つだけ。我が太祖・忠武侯諸葛亮孔明よ御照覧あれ。――――我々の戦が始まる。



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59.司令官

よう実ってあんまり家族関係出てこないですよね。綾小路、坂柳、堀北、須藤、一之瀬とかは出てきたんですが、それ以外だとあんまりなぁと思ってます。個人的に、人の性格を決めるバックボーンって本人の性質の他にも家庭環境とかも大きく左右していると思うので、回想でも良いからもっと出して欲しいなぁと思います。龍園とか櫛田とか南雲とか。という疑問というか思いから拙作では勝手に真澄さんや櫛田の家庭環境を作ったり、孔明の家族面は掘り下げていたりするのです。


善く戦う者、人を致して人に致されず

 

『孫子・第六章虚実篇』

――――――――――――――――――――――――――――

 

 特別試験だからと言って気負う様子は無い。良い感じの充足感と緊張感が教室内に漂っていた。朝の出席確認を終了すると司令塔は多目的室へ移動しないといけない。その前にクラスに最後の激励をすることにしていた。

 

 司令官というのは士気を高めるのも重要な仕事である。やる気、というものはパフォーマンスにも影響するし、最後の粘りにも拘わってくる。あの人のために!というのがある軍隊は強い。そういう軍は劣勢でも諦めず、また目的意識が高いために無茶な命令にも従いやすい。だからこそ指揮官は士気を高めないといけないのだ。

 

 教壇に立てば、一年間色々あった生徒たちが私を見つめている。彼らは優秀だ。それは私が保証するところである。実際、彼らが無能であれば今頃Aクラスではなかっただろう。いかに上が良くとも、下にやる気が無ければ意味はない。そういう意味では彼らは非常に優秀だった。モラルも高い。思考も大人びている。これは軍隊としてはありがたい限りだった。

 

「本日まで、多くの負担を強いてきてしまいました。もっと上手くやれた……と慚愧の念にたえない場面も、自省すれば多くあります。それでも皆さんは私に付いてきて下さいました。これに感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

 深々と一礼する。そして顔を挙げて向かい合った。

 

「そして今、皆さんの努力の総決算をする時が来ました。敵は決して無能ではありません。それどころか、優秀ですらあります。彼ら相手の戦いを決して楽観視するべきでは無いでしょう。敵は強い。しかし、我々はもっと強い!最後に勝利するのは我々です。負ける事など考えなくてよろしい。最後まで諦めないで。そうすれば勝てる。必ずです。だから―――私を信じて、付いてこい!」

 

 一拍の後、拍手が教室中に響き渡った。

 

「勝つぞ!」

「「「「おー!」」」」 

 

 振り上げた拳に応えるように、多くの声が張られた。これはCクラスにも聞こえているであろう。Aクラスはこれまで一回もその座を譲っていない。強敵と認識されているはずである。そのクラスが士気が高くやる気満々ともなれば怖気づく生徒も出てこよう。これは示威行動でもあるのだ。士気の高さを敵軍に見せつけるのは古来よりある方法である。

 

 意気軒高。勝つには十分な気合だった。真澄さんとは特に言葉を交わさない。それはもう済ませた。後はお互いを信じるだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ仄かに寒い廊下を歩く。多目的室への道のりはそう遠くはない。軍服でも着れれば気合が入っただろうがそういう訳にもいかない。ちょっと気合を入れようと髪のセットには時間をかけてみた。ついでに少しでも雰囲気が出るだろうかと黒いロングコートを制服の上から着てみたが若干ドイツ軍みたいになってしまった。そんなに悪くないと言われたのでまぁ良いだろう。堀北に威圧感を出せればそれでいい。

 

 多目的室前には既に一之瀬と堀北がいた。女性陣は到着が速いようだ。

 

「中へは入らないので?」

「4人揃った段階で声をかけるように言われたよ」

「なるほど」

 

 精神的な優位性を得ることが無いようにだろう。空気に触れて慣れる、というのは受験でも良く言われることだ。特殊な試験である以上、相当気を使っているのだろう。堀北は緊張しているようだが、ガチガチという訳でもない。それなりに心構えはできているという事か。私の顔を見て一瞬顔を逸らそうとしたが直に前を向きなおした。

 

 反対に一之瀬はそこまで気負っている様子は無い。

 

「それは……ノートパソコン?」

「テスト形式の種目だと暇じゃないですか、解いている間。その間に少しばかり教材作成をね」

「随分と余裕なのね。私たちくらい、片手間で捻りつぶせるという事かしら」

「そう思わせて苛立たせる作戦、かもしれませんよ?まぁそんな事は無く、ただ単に時間の有効活用ですけどね」

 

 堀北に対する工作は坂柳がやってくれていた。相手に美術史を意識させただけで十分な戦果と言えるだろう。それに加えプラスで何か効果が得られれば殊勲ものだ。堀北に精神的な揺さぶりをチクチクとやり続けるのも戦略である。だがあまり変な方向に行かれても困るので程々に。

 

「一之瀬さんは随分と自然体ですが、何かコツでも?」

「いやいや、全然そんな事は無いけどな。どうなるかなんて分からないのは怖いしね。向こうだって必死に立ち向かってくるとは思うし、とてもじゃないけど油断はできない」

「なるほど、()()()()()ですか」

「あれ、変な事言ったかな?」

「いえいえ。挑戦者に挑まれる側という感じでしたので。まぁしかしそれは事実ですからね。結束力やチームワークが問われる試験ではBクラスにもかなりアドバンテージがあるでしょう。アベレージも高いクラスですからね」

「ここで簡単に負ける訳にはいかないからね」

 

 私が負け、彼らが勝った場合Aクラスも見えてくる。だからこそ一之瀬は必死なのだろう。それは心情としては非常に理解できる。ただし、決意はしつつもどこかで油断がある。慢心がある。今のDクラスなら勝てる。そう思っているときにこそ、危機は迫ってくるものだ。ピンチとは負けているときよりも勝っているときに起こりやすいのだから。

 

 肌寒い日もある中だが、空はすっかり春になっている。来年度を考えると気が重い。そろそろ遅刻か、という時間になって歩いてくる足音が微かに聞こえる。だが、どうも金田のものにしては力強い。体重が違うように感じる。という事は……と予想がついた。発破は効いたらしい。

 

「一之瀬さん。時にこういう言葉をご存じでしょうか。好事魔多し、と」

「知ってるけど……今は好事ってほどかな?」

「それは個人の主観によるでしょうね。しかし事実としてウチの愚か者の効果でBクラスは一気に点を伸ばした。そして相手のDクラスはへなちょこ。勝てそうという概算が出ている。まさに好事でしょう。しかし……孫子第一章計篇に曰く」

 

 カツカツと音がする。廊下の角を曲がって、その人物が姿を現した。誰よりもその目を見開いたのは一之瀬。続いて堀北も目を丸くする。私も足音の時点で予想はしていたとは言え、やはり目にすると驚きの感情が少し浮かんでくる。本当に蘇るとは、というものだが。

 

「兵は詭道なり、とね」

 

 私の言葉に触発されてか、龍園は口角を上げる。

 

「どうした。何を動揺している?」

 

 龍園は挑発するように一之瀬の目を見据えてそう言った。

 

「龍園君、あなた……。金田君はどうしたの?」

「この試験は司令塔無しでは始めることができない。つまり司令塔が不在になれば当然、別の誰かが代理として参加するしかない。そうだろう?無人島と似たようなものだ。あの時そこの軍師野郎にやられたことを、一之瀬で応用してみただけのことだ」

「そうだとしても考えてもいなかったよ。龍園君が出てくるなんてね」

 

 一之瀬は嘆息しながら言う。本当に考えていなかったのだろう。あの対戦相手決定の際にあった人物が司令官である。そんな無意識のバイアスを皆持っていた。そういうバイアスを攻撃するのが龍園だという事を忘れて。

 

「退学の可能性が一ミリでもある以上、お前は当日熱を出そうが怪我をしようが地を這ってでもやって来ると思っていた。そしてそうなったな」

 

 ククク、と龍園はいつもの笑い声を上げながら一之瀬を見た。それを受け彼女は一度喉を鳴らす。

 

「背水の陣、というヤツですかね。とは言えそこまでリスクも無いですが。全敗などなかなか無いことでしょうし」

「どうだろうな。あいつらは俺を追い出したいが故に試験を放棄するかもしれねぇぞ?」

「なら投票の時に君に入れているとは思いますけれどね」

 

 背水の陣というほどではないとしてもそれ相応にリスクを背負っているのは事実だ。プロテクトポイントは精神面での大きな安心材料になっていることだろう。無いともなれば万が一のことを考える必要がある。全敗だって確率論上あり得るのだから。

 

 しかし他に策があるはずだ。背水の陣は元々別の策と併用するもの。そうしないと戸次川になる。

 

「Bクラス対Dクラスの結果は後で聞くとして……そろそろ行きましょうか」

 

 私が顎で扉を指さすと龍園は鷹揚に頷き先に入る。どうやら私の手が塞がっているのを見て開けてくれたようだ。それに続く一之瀬は平常心を保とうとしているが手は固く握りしめられている。私は右手にパソコン、左手にお弁当を持ちながら部屋に入る。最後は堀北が入り、扉を閉めた。

 

 中は即席にしては立派な壁が作られており、丁度室内を半分で区切っている。防音性も高そうだ。1年生を担当する4人の教師が並んで待機している。

 

「BとDの生徒はあちらへ移動するように」

 

 真嶋先生の指示で龍園と一之瀬は隣室へと移動した。それに茶柱先生が続く。あの2人があちらの担当。つまりこちらは坂上先生と星之宮先生という事になる。5分後に開始する旨を伝えられ、席に着く。沈黙だけが場を支配していた。今更語る事もないし、そう言う間柄ではない。

 

 目の前のパソコンが起動し、Aクラスの生徒の顔が38人分表示された。当然のことながら、ポイントなど払っていないので坂柳はいない。しかしそれは相手には分からない。それこそネタをバラさない限り知る事は無いだろう。そして、画面上には提出した10種目が表示されている。

 

「特別試験の進行を担当する坂上です。早速ですが、1年度最終特別試験を始めたいと思います。各クラス、5種目を選択して決定ボタンを押すように」

 

 こちらから提出するものは既に決まっている。迷う事は無い。相手も同様であったようで、直に大型モニターに表示された。Aクラスは事前の選定通り『フラッシュ暗算』『現代文テスト』『英語テスト』『数学テスト』『美術史テスト』である。Cクラスからは『弓道』『バスケットボール』『卓球』『タイピング技能』『テニス』が選択される。見事にスポーツ系で固めてきている。タイピングが異質だが、出来る生徒がいるのだろう。

 

 ここでは敢えて坂柳に洩らさせた情報をそのままにして使った。これで堀北は坂柳の言葉への信用度を上げるはずだ。同時にそれは作戦の成功を意味する。

 

「ここからは、完全なランダム抽選を行いこちらで7種目を決定します。中央の大型モニターに結果が表示されるようになっているので、見るように」

 

 モニターを見れば画面が切り替わり、抽選中と表示される。そしてすぐに最初の種目が表示された。最初のそれは『バスケットボール』だ。必要人数は5人。時間制限は20分。ルールは通常のバスケに準じ、司令塔は任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えてもいいと言う事になっている。

 

 いきなり相手のフィールドという事になる。逆に相手からすれば絶対に落とせない。バスケが来ることは予想している。これを使わないと言うのは悪手にしかならないからだ。であれば、こちらも準備が出来る。運動神経が良い生徒はウチのクラスにだって存在しているのだから。尤も、その筆頭格の真澄さんは切り札である以上取っておかないといけない。男子の筆頭格・鬼頭は使えるだろうからここで使ってしまう。ついでに、橋本もぶち込んでおく。彼ならそつなくこなせるだろう。

 

 Aクラスの選定メンバーは『町田浩二』『鳥羽茂』『清水直樹』『鬼頭隼』『橋本正義』の5人。一応控えも用意しているが、出来ればこの面子のまま勝ってほしい。相手の選定も終わったようでメンバーが大画面に表示された。『牧田進』『南節也』『池寛治』『本堂遼太郎』『小野寺かや乃』の5名が向こうのメンバーである。須藤がいないのはまぁ、作戦だろう。テニスや卓球もある。温存しておきたいと言う考えは理解できる。

 

 とは言え、こちらも勝ちに行っている。鬼頭と橋本は言わずもがな。町田もコンスタントに色々出来るタイプだ。鳥羽は昔小学生時代に少しバスケのチームにいたと言っている。技量も問題ない事は確認済み。清水も球技は得意と自称する通り、勝てるだけの能力は持っていた。 

 

 ただし、相手も状況が悪くなれば温存を諦めるだろう。その為の保険が司令塔の介入なのだろうとは予測がついた。モニターの向こうでは手早く準備が行われ、そしてほどなくして試合が開始された。ホイッスルが鳴り響き、ボールが宙を舞う。我々に出来るのは仕合経過を見守るだけ。

 

 堀北も私も無言の中、画面の向こうでは戦いが行われている。橋本と鬼頭の連携はかなりいい。その為、向こうの牧田も動けてはいるがこちらがリードしていた。バスケが来た場合、かつ須藤がいない場合は速攻で差をつけるように指示を出しておいた。ルールの時点で怪しいとは思っていたので、万が一を予測しての行動だったが正解だったようだ。

 

 苦戦を強いられているCクラスの点差が開いていく。4分間の休憩が挟まれた。その時に堀北が軽くため息を吐く。そして須藤が投入された。

 

「苦し紛れの最終兵器は大体負けると相場が決まっていると思いますが?」

 

 私の言葉に堀北はしばし沈黙した。

 

「……並の最終兵器ならそうでしょうね」

「彼は違うと?」

「そう思っているからこそ、こうしたのよ。それの是非は結果が証明してくれるでしょう」

「大事な初戦で勝って勢いを、というのもあるのですかね。それは正解だと私は思います。戦いには勢いというものがある。それは孫子にも、他の多くの兵奉書にも書かれていることですから」

「そちらこそメンバーの入れ替えはしなくていいの?」

「ええ」

 

 最初にリードして差を開くことで何としてでも勝ちたい相手は須藤を投入すると予想できた。これは相手が選んだ種目。それで負けているのでは士気に差しさわりが出る。今後のことも考えれば温存するよりも勝ちを拾う事を選んだはずだ。平田もいることだし、運動面ではまだ大丈夫と見たのだろう。

 

 鬼頭が頑張って須藤に張り付いているが、それによって牧田が勢いを取り戻した。橋本のマークも追いついていない。確かにこれは最終兵器と言っても差し支えないだろう。みるみるうちに点数は詰められていた。しかし連携ではこちらに一日の長がある。そう簡単にはリードさせない。

 

 橋本と鬼頭が盛んに言葉で挑発をしているが、須藤は動じない。堀北によほど言いくるめられているようだ。それにしても随分と成長しているように見える。須藤が来たら集中力を落とすように指令していたが、却って無駄足になってしまったかもしれない。須藤の精神面を低く見過ぎたのは反省の余地があるだろう。

 

 今度に活かそうと思い試合を眺める。接戦。これが一番相応しいだろう。入れては入れ返されを繰り返している。一進一退の攻防戦が続いた。試合終了まで残り30秒。豪快にダンクを決めながら須藤が躍進していく。そして残り数秒のところで彼の放ったボールがゴールし、1点の差でCクラスは勝利した。

 

『おっしゃー!やったぜ鈴音!』

 

 ガッツポーズを決めながら須藤は興奮している。食い下がったが惜敗であった。しかし現役バスケ部のエースにここまで食い下がった彼らを素直に称えるべきだろう。24対23でCクラスの勝利。これが初戦の結果だった。

 

「須藤君がいても勝てるように練習してきたつもりだったのですが……やはり積み重ねた物の差でしょうか。それとも、彼個人の司令官へ向ける感情が最後のアシストしたのかもしれませんね」  

「言ったでしょう。彼は最終兵器よ。それも、戦いに勝てるね」

「確かに。これは私の見識不足でした。しかし戦いで勝って戦争に負けると言うのは古今東西良くある話ですから」

「次も勝てばいい話ね」

 

 堀北は軽い揺さぶりでは動じない。精神的に成長しているのは彼女もだったようだ。ただし戦いに勝って戦争で負けるという事例があるのは事実だ。初戦を取られたのは残念ではあるが、戦争全体の経過から見ればまだ分からない。二次大戦のアメリカだって最初に奇襲を食らったが逆襲を行った。最後に勝つのは地力の高い方だ。

 

「まさかCクラスが先勝するなんて、勝負って分かんないなぁー」

 

 星之宮先生が感心したように呟く。相手にとってこれは勝たなくてはいけない戦いだった。須藤を投入した以上、負けは許されない。その証拠に、試合中の堀北の顔は僅かに強張っていた。

 

 

 

 

 

 

 2回戦目のタイピング技能はまたしてもCクラスの選んだ種目であった。私はくじ運が悪いのかもしれないと心中でぼやく。そんなに悪いつもりは無かったのだが。学習面での優位は何をどう逆立ちしようともこちらにある。Cクラスは出来る数名が何とかしているのであり、全体のアベレージで考えればAクラスに対して勝ち目はない。それを分かっている堀北はこれを入れてきた。

 

 勉強面に左右されないモノで勝ちたい。そう考えていたのだろう。

 

「自分の得意なものがあるというのは素晴らしいことですね。Cクラスは良い生徒をお持ちのようだ。一点特化というのは時に凄まじい威力を持つものですから」

 

 堀北はあまり言葉を返しては来ない。私と会話をする気はそんなに無いようだ。教材を作っている間は良いのだが、そうでない時は無言が続くとあまり楽しいものではない。とは言え、向こうからすれば私と会話をする方がもっと楽しくないだろう。哀しいが受け入れるしかない。綾小路ならもう少し答えてくれそうだが。

 

 相手側のプレイヤーでは外村秀雄が選択された。Aクラスのプレイヤーは吉田健太。タイピング技能が相手の種目の中にあると発表された際に出来るものはいるかと問うた。その際に手を挙げたのが彼だったのである。昔からパソコンには親しんできたらしい。第二次世界大戦と中世欧州のテストを提案してきたのも彼であった。なんでそれなのかを聞いたらゲームで知識を蓄えたらしい。

 

 ゲームで、とバカにする気は毛頭ない。シミュレーションゲームなどでは知識を学べることも多いだろう。とっかかりとしても優秀だ。少し教えてもらったゲームを検索したら、電子ドラッグと出てきて不覚にも笑ってしまった記憶が蘇る。我らが中国共産党が山奥に押し込められているのを見てもっと笑ってしまった。国共内戦で国民党側をプレイしたい気持ちになって大笑いしていたら真澄さんに引かれてしまった。

 

 それはさておきだ。この種目では司令塔による介入は難しい。敢えてしない方針で行くつもりであった。その結果は――――。

 

「Cクラス外村秀雄、90点。Aクラス吉田健太、88点。Cクラスの勝利です」

 

 坂上先生は結果を告げる。僅かな差であるが、ここでも惜敗という結果に終わってしまう。それでもよく頑張った方である。相手の土俵での戦い。絶対的優位なはずの戦場でここまで肉薄できたのであればそれは素晴らしい事であると言うべきだ。吉田は肩を落としているが、後でフォローしておくとしよう。そうでなくても葛城がフォローしてくれると思っているが。

 

 なお、一般生徒はこの試合を控室で見ているらしい。Aクラスの士気が下がりそうであったら誘導するように葛城に頼んである。彼ならばしっかり役目を果たしてくれるであろう。負けているのならば次に勝つように、勝っているならば兜の緒を締めるように。葛城の能力からすれば、造作もないことのはずだ。彼は元々上に立つ素質がある。

 

 

 

 

 

 

 3回戦目はついにこちらに運が回ってきたようで英語のテストが採用された。こちらの土俵。負ける訳にはいかない。こちらのメンバーは概ね決まっているが、Cクラスは悩んでいるようだった。ここまで順調に2勝。このまま勝てるメンバーを投入するか、それとも捨てるか。どちらも取れないと言うのが最悪の選択である。中途半端に戦力を投入すれば、我々の勝ちが見えてくる。元々学力面ではこちらが有利。一気に戦力を投入しないとアベレージで押し負ける。

 

 迷いながらも堀北は選択を終わらせたようで、画面に表示される。Aクラスは『里中聡』『杉尾大』『塚地しほり』『谷原真緒』『元土肥千佳子』『福山しのぶ』『六角百恵』『中島理子』の8人。Cクラスは『平田洋介』『王美雨』『石倉賀代子』『東咲菜』『櫛田桔梗』『幸村輝彦』『西村竜子』『軽井沢恵』の8人だ。いずれもCクラスでは比較的学力の優れた生徒。軽井沢は綾小路に教えられているおかげでそこそこ伸びてきているのを確認している。それを信じての投入だろう。なんでも英語だけ重点的にやっているとか。

 

 ここで勝ちにいき、王手をかけに来たか。4種目で勝てばその時点で勝利が決まる。一気に押し切りたいのだろう。綾小路もいることだし、次の種目で綾小路を入れれば勝てる概算は上がる。次で負けてもリードはできる。故に勝ちに来た。

 

 1問だけ左右できるとは言え、大方は実力勝負。ともすれば我々の勝利は固い。それに、元の実力、つまりは入学時ならいざ知らず、私の選んだメンバーもそうでない者も英語の点数はかなりいい。前回の試験でのAクラス平均点は90点。学年ぶっちぎりであった。それでも戦力の集中投入をすれば勝てると踏んだのだろう。だが――。

 

「なるほど。勝ちに来ましたか。それは間違いではありませんね。……ところで堀北さん。私は1年間Aクラスで教壇に立つ機会が多くありました」

「……それが何か?」

「堀北さんには全く関係ありませんが、私の将来の夢は教師だったのです」

 

 坂上先生と星之宮先生までもが意外そうな顔をする。 

 

「そんなに驚かなくても。ま、諸々事情があり今は違いますが……。教師というのは当然、教える教科を選ぶわけです。坂上先生なら数学。茶柱先生なら社会科の日本史。そして私の希望はね、英語だったんですよ」

 

 さぁっと堀北の顔が青ざめる。しかしもう始まってしまった。今更メンバーの変更はできない。50分間、堀北はほぼ黙ったまま画面を見つめている。私はどうせ見ていても仕方ないので別のことをしていた。介入はするが、しなくても勝てるであろうと踏んでいる。とは言え、慢心して負けては元も子もない。ちなみに、パソコンはネットに繋がらないようにされていた。まぁ文章作成だけ出来ればいいので問題はない。

 

 50分が経過し、採点される。マークシートなのでまぐれもあるだろうとは思われるが、それに期待しているようではダメだ。機械での採点が終わり、結果が表示された。

 

「Cクラス合計660点、Aクラス718点。よってAクラスの勝利とします」

 

 いい問題が多かった。そこは国立校のプライドを感じるところである。Cクラスは平均点約83点と奮闘している方ではあるが……こちらは平均約90点。もうちょっと行けるかなと思っていたので復習が必要だろう。とは言え、勝利は勝利。大いに喜ぶべきところである。画面向こうの生徒たちが喜んでいた。風は吹き始めている。

 

 

 

 

 

 

 と思っていたのだが、4種目目は弓道。もうこれは捨てることにしていた。ウチのクラスに弓道経験者は無し。ちょっと体験で触ったことがある程度の生徒だけであった。なのでもうこれは敗退する以外に道はない。しかも相手は現役弓道部。一番嫌な種目であった。これで現状3対1。Cクラスが優勢である。王手をかけているのは向こう。次に向こうが取れば勝利は確実である。

 

 向こうに有利な種目、つまりは卓球やテニスが来た場合は全戦力をぶつけに行くつもりだった。が、私の運はそこまで悪くなかったらしい。5種目目は数学のテストであった。堀北の顔が苦悶の表情になる。勝てそうなときに決め切れないのはもどかしいのだろう。それに、先ほどCクラスの学力面でのエースは全投入してしまった。

 

 Aクラスが選んだのは『的場信二』『島崎いっけい』『森重卓郎』『司城大河』『石田優介』『山村美紀』『西川涼子』である。対するCクラスは『沖谷京介』『南伯夫』『佐藤麻耶』『篠原さつき』『井の頭心』『園田千代』『市橋瑠璃』と7名だ。

 

 これは明らかに捨てに来ている。この1つ後に賭けるつもりか。ここは貰ったと思っていいだろう。的場と山村は成績トップテンの中にいつも入っている面子であり、頭は相当に良い。山村は特に数学を得意としていたのもあり、此処に配置できるのは最高に適材適所であると自賛する。他の生徒も満遍なく出来るので、捨てに来たCクラスに負ける道理はない。

 

 結果は672点のAクラスと420点のCクラスでこちらの圧勝であった。もう少しCクラスは下かと思っていたが、彼らも彼らなりに勉強してきたのだろう。一番伸びているのは自クラスを除けばCクラスだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 依然として堀北がリードしている中での6種目目。運のいいことにフラッシュ暗算が選ばれた。これは1位を取った生徒の所属するクラスが勝利となる。相手の選択は『高円寺六助』と『松下千秋』。高円寺には警戒する必要があるが、見るからにやる気がない。司令塔が介入も出来無いだろう。松下が高円寺の代わりの本命と見て間違いなさそうだ。

 

 とは言え、堀北が果たしてフラッシュ暗算が得意なのか。そうでないなら彼女からしてみれば運が悪いと言うべきだ。尤も、凄まじく得意という可能性も無くは無いが。王手をかけられていてもそれに動じはしない。まだ戦いは終わってないのだから。これで動じるようでは、私はもうとっくの昔に骸となっていただろう。

 

 こちらは『葛城康平』と『田宮江美』を投入する。田宮はちょっとだけやったことある、という話だったので投入した。本命はあくまでも葛城。なのでルールも合計点にはしなかった。 

 

「全部で10問。後ろへ行くほど難しい問題となるが、高得点の配分になっている。同率1位が出た場合は、どちらかが間違うまで延長戦とする」 

 

 モニターに数字が出されていく。司令塔が関与できるのは1問。必然的に後ろのものになる。高円寺はもう完全に放棄しているようだ。目を閉じて腕を組んでいる。私と戦わない場合は本気を出すつもりはないらしい。林間学校の際は協力したようだが、今回は自分がいなくてもいいと判断したと見える。ついでに言えば、自分に頼っているような者に助力はしないという意思表示か。

 

 1桁、3口、5秒のタイトルが表示される。6、9、1。答えは16。誰でも解けそうだが、此処から難しくなる。松下や葛城は難なく正解していくが、高円寺は白紙。問題を見ていないのに正解していたら驚愕だ。田宮も頑張って食らいついている。奮闘はありがたいことだ。

 

 どんどん問題が難しくなる。5問目3桁6口5秒、6問目3桁8口5秒。7問目3桁12口4・5秒。8問目3桁15口3.5秒。松下も7問目までは食らいついていたが、8問目で目を回している。田宮も同様にギブアップのようだ。

 

 9問目3桁15口2・5秒。葛城は9問目までは回答したがここで力尽きたようだ。葛城は他のテスト系なら大丈夫と思い、これだけ練習してきて貰った。なのでその成果が出たのか、ここまでの回答に瑕疵はない。そのため残りの1問は私が答えることになるだろう。とは言え、諦めると言うつもりはないようで、葛城はしっかり自身の前の画面を見つめている。

 

「いやいやこんなの無理でしょ~!」

「問題の難易度が少々高すぎるようですね……」

 

 先生達も頭を抱えているようだ。私語を注意する坂上先生も星之宮先生に同調していた。先生方の声をよそに、10問目が始まる。3桁15口1・6秒。瞬時に点滅し消える数字が15回繰り返される。葛城もギブアップのようだ。他の2名も目を回している。高円寺は問題は見ていたが解答する気はないようだ。

 

 司令塔として介入を宣言し、最後の問題を回答する。これで満点だろう。堀北は唸りながら一応答えを打ち込んでいたようだった。葛城は一瞬だけ目を見開いた後、軽く頷いて答えを書き込んだ。

 

『フッフッフ。フラッシュ暗算とは中々に面白い遊びだねぇ。初めてやったよ。尤も、ミスターのいない戦いではやる気も出ないがね』

 

 高円寺は面白そうに笑い、カメラを見つめる。

 

『ミスター諸葛、聞こえているのだろう?最後の問題の答え合わせをしようじゃないか。同時に言おうじゃないか。答えは――――7619』

「7619」

 

 私と高円寺の回答が同時に発せられる。教師2名の驚嘆と堀北の深いため息。そして集計が終わり、結果が発表される。

 

「集計の結果、1位は満点のAクラス、葛城康平。よってAクラスの勝利です」

 

 坂上先生の宣言と共に、これで6戦目が終了。ここで昼食を挟み、最終戦になる。今のところ3対3で同点。次の1つで勝負が決まる。いよいよ後の無い戦いになる。綾小路を投入しない選択肢は最早堀北にはない。同時にこちらも真澄さんを起用しないといけない。とは言え、Aクラスにはまだまだ実力のある生徒がいる。どこまでやれるかは、次の種目にかかっているだろう。

 

 現代文ならば、こちらの勝利は固い。綾小路が満点でもアベレージの差で押せる。美術史なら完璧だ。逆に卓球やテニスだと危うい。真澄さんお手製弁当を食べつつ、次の種目について考えを巡らせた。誰も一言も発しない。星之宮先生は些か居心地悪そうにしていた。堀北はサンドイッチを固い顔で食べている。

 

 そして昼食も終わり、運命の最終戦が発表される。残っている種目は4つ。内半分がこちらの物で残り半分は向こうの物。最後の抽選結果が表示される。

 

 結果は――――――――

 

『美術史テスト』必要人数1人。時間50分。

ルール:古今東西の美術に関する歴史にまつわる問題を解き、その点数を競う。なお、記述式は無し。全てマークシートのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

 私は迷うことなく『神室真澄』を選ぶ。だがそれは相手には分からない。もう後がないこの状況。堀北の中では、坂柳が相手であろうとなかろうと綾小路を選ぶしかない。先ほどのフラッシュ暗算に綾小路を使えなかったのはこの美術史テストが念頭にあったから。そしてそこに坂柳が投入される可能性があったから。だが坂柳投入は完全な嘘である。そうして坂柳の存在、美術史テストの存在のために綾小路を投入できないまま引きずり、最後に堀北の運は尽きた。

 

 画面に両者が選んだ人物名が表示される。

 

「そんな……」

 

 堀北の声が響く。ここまで私に騙され綾小路を投入できず決め切れなかった。だがすぐに思い直したらしい。これで彼が勝ってくれれば……と。私は黙って見守るのみ。本当はもっと前に美術史テストが来てくれれば綾小路を投入してくれる効果が出たのだが、そこは運の問題もあったのだろう。最後の殺し間に誘導できただけでも勝ちである。堀北の心理的なハードルを設けることも出来た。その為に英語のテストでは全戦力を投入する羽目になったのだろうし。

 

 何事も思い通りには進まない。だが、最後に勝利へと導くことは出来る。真剣な顔で座っている真澄さんの姿に勝利を願った。




アンケートありがとうございます!結構上位が競ってるので見てる分には面白いです(笑)。まだの方、受け付けは閑話を書くまで続きますので投票よろしくです。

この章は多分次回で終わりかなぁと思ってます。そんなに引き延ばしてもしょうがないですしね。


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60.Aクラス

念のためにですが……クレームは受け付けません!


失敗ではない。これはうまくいかないということを確認した成功だ。

 

『エジソン』

――――――――――――――――――――――――

 

 

 綾小路と真澄さんがモニターの向こうに映し出されている。正真正銘、これが最後の戦いだ。これに勝てればAクラスの勝利。そして負ければCクラスの勝利だ。ここまで3勝3敗。互角の戦いであった以上、勝敗の最後の責任は彼女の肩にのしかかっていることになる。

 

 もし負けてしまっても責めるものはいないだろう。だが勝利に越した事は無い。負けるよりも、勝つ方がずっといいはずだ。どこまで綾小路がやれるのか。それを見るためにもこの戦いは必要だった。

 

 ホワイトルームは一生分の教育をしているという。だがはっきり言ってそれは不可能だ。全世界の知識を全て叩き込もうとするならば、一生かかっても無理だろう。この多極化する社会の中で、全てというのは不可能の代名詞である。であれば必ずどこかで切り捨てている分野が存在するはずだ。私はそれを芸術系や歴史系であると踏んだ。

 

 ホワイトルームの目的に古文書を読めることや美術品の鑑賞は無いはずである。ならば、彼女にも勝ち目はあるのではないか。これまで私が教えてきたのは勉強そのものだけではない。そのやり方、記憶のつくり方も教えてきている。それを元にして、かつ趣味の力も加われば勝てる可能性は十分にあるはずだ。

 

 開始の合図がなされて、両名がペンを動かしている。それを我々は黙って見るしかない。真澄さんの回答を見た限り、間違いは存在していない。このまま黙って見ているしかないというのは何とももどかしい限りだ。それでも信じるしかない。結局、試験を受けるのは生徒であり、教師は代わりに試験を受けてあげることは出来ない。教師役として、見守るしかないというのはいつも口惜しいものだ。

 

 生徒の勝利を、合格を、常に信じてはいる。それでもこの世界に絶対などなく。だからこそどうしても時の運、物の弾みで変わってしまう事はある。負けに不思議の負けは無いが、勝ちに不思議の勝ちはあるのだ。

 

「堀北さん」

「……何かしら」

「ありがとうございました」

「まだ終わってもいないのだけれど」

「いえ、勝利宣言とかそういうのではなく。私の心が穏やかなうちに言っておこうと思いまして。こうして戦えたのは非常に嬉しいことだと思います。どんな結果になろうと得るものはありました。Cクラスの成長を見ることができ……なりより貴女の力を知る事が出来た。例え負けたとしても、それは今後に活かせることでしょうから」

「…………私もありがたい対戦カードだったと思っているわ」

「おや、そうですか。それは光栄ですね」

「あの無人島。結果発表を私は自室で見ていた。そして、あの時の衝撃は未だに残っている。そんな相手を私はどこかで恐怖と、そして神格化に近い対象と見ていた。絶対に勝てない相手なんじゃないのかってね」

「そうでしたか」

「けれど戦って思ったわ。あなたも意外と普通の人なのね」

「それはまぁ、またなんともコメントし辛い感想ですね。私だって普通の人間ですよ?嬉しい事があれば笑い、悲しい事があれば泣き、ムカつくことがあれば怒る。そんな人間のつもりです。しかし、またどうしてそんなことを?」

「だって、今までのあなたはずっと冷静な顔をしていた。どんな勝負になろうと、どんな結果になろうと。焦っている私とは対照的にずっと落ち着いていた。けれど今……気付いている?あなた、さっきからずっと手を握ったままよ」

 

 指摘されて初めて気づいた。私はずっと手を固く握って拳を作っていた。爪が食い込んで、皮膚からは軽く血が出ている。

 

「私に話しかけておきながら、目は片時もモニターから離れていない。だから知れたわ。諸葛孔明にも余裕綽々じゃない時があるって」

「これは一本取られたかもしれませんね。参ったな。今後の試験で堀北さんの後手に回る事になりそうだ」

「いえ。そうはならないでしょうね。どんな結果でも、私は綾小路君や他の生徒に支えられている。もしそうでなかったとしても個人的な能力ではあなたに遠く及ばない」

「私だって支えられて生きていますよ。そうでなければ……此処にはいないでしょうから」

 

 気付けば試験時間は残り数分にまで迫っていた。時間というのはあっという間に過ぎてしまう。私の自由な時間も後2年。2年経ったらまた昔に戻る。もうここまでくるとこの生活はまるで胡蝶の夢なんじゃないかとすら思えてくる。だとしても、胡蝶の夢だとしてもだ。夢だからこそ全力で生きて行かなくてはいけない。夢で全力になれない奴が、現実でそうなれるだろうか?夢なんて、何でも出来る場所だと言うのに。

 

 試験終了の合図がなされ、真澄さんがペンを置く。修正できるのは1問だけ。堀北はもう分からないようなので介入はしない事にするらしい。私は一瞬だけ躊躇したが、間違いを探す。果たして相手はどれだけ間違えているのだろうか。それを考えてしまう。満点か、それとも。

 

 問題の難易度は相当高い。その証拠に、綾小路も最後の最後まで問題を睨み何度も修正していた。真澄さんも同様である。私にも分からないというか自信を持って解答できない部分がある。なかなか無い体験だった。だが1問だけ明らかなミスを発見したのでそれだけ修正する。他にも微妙なところはあるが、これでどこまで行けるのか。

 

 綾小路は間違いなく本気で来ている。だが我々だって本気だ。その証拠を見せてやりたい。事前の模擬テストではコンスタントに満点や高得点を取っていた。坂柳を実験台にもしてみたが、その坂柳よりも点は高かった。つまり現状この2人が学年において美術史というごく狭い範囲ではあるが、トップという事になる。

 

 堀北は祈りの姿勢に入った。綾小路と真澄さんは微動だにせず、結果を待っている。私は――――。どうするべきか。一瞬だけ悩んだ。そして、人生で初めて祈った事などない神に祈りを捧げる。私の名誉やクラスの勝利などもういい。ホワイトルームだってどうだっていい。だから、だから彼女のために、彼女の努力をたたえるために勝たせてくれと、心の底から祈った。

 

 そして――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Aクラス、神室真澄96点。Cクラス、綾小路清隆、98点。よって勝者、Cクラス」

 

 無情な結果は坂上先生の口から語られる。1問2点の計50問。そのテストで2点差。つまり、1問によってこの勝敗は決した事になる。実際の試験とよく似ていた。入試だって1問の差で合否が決まる事はよくある。だから、これは入試でもよくある事なんだ。そう自分に言い聞かせる。

 

 だが、それでも……。

 

「悔しいなぁ……」

 

 そんな言葉が口から不意に飛び出した。一番悔しいのは真澄さんのはずなのに。その彼女は結果を見つめ、唇を噛んだ後綾小路に向かって一礼して部屋を後にした。綾小路もそれに対して礼をしている。彼らはお互いに無言。だがそこには敬意があるように思えた。

 

 堀北は放心している。CクラスがAクラスに勝利したのだ。それはかなりの衝撃。堀北からすれば目標に勝ったという意味でも大きなものだっただろう。自分たちの土俵に引きずり込んで勝つ。それは甘い観測に過ぎなかった。私としたことが、不覚を取った。これは全て私の責任だ。敗軍の将は兵を語らずと言うが、敢えて語るなら私のミス。それに全て尽きるだろう。

 

 綾小路でも特殊な範囲なら。そう思った私はホワイトルームを些か舐め過ぎていたのかもしれない。仮にも我の父が関わった組織がそう生温いモノであるはずがないと私だって良く分かっていたはずなのに。負けた原因はいろいろ出てくる。自省の言葉も色々出てくる。

 

 だが、今やる事は感傷に浸る事じゃない。自省は結局慰めだ。言い訳をして、自分を正当化しようとしている愚かしい行為である。ここのところ負け知らずであった為に中々堪える。

 

 感情はめまぐるしく心を渦巻くが、それでもやはり一番に来るのは――――悔しい。私が負けたこともだが、何よりも彼女を勝たせてあげられなかったことが悔しい。私の責任だった。私の教え子なんだから。彼女を勝たせるのは私の責任だったはずなのに。生徒の不合格を聞くのはつらいことだと、長らく忘れていた。これは私の責任だ。

 

 彼女は努力していた。それは間違いない。決して怠けてなどいなかった。であれば、これは私の努力不足、能力不足だ。彼女に謝らないといけない。その努力を活かしきれなかったのだから。それとクラスメイトにも。私の引退も考える必要がある。勝利で以て私は指導していた。私を信じて、など言っておいてこれでは合わせる顔も無い。

 

 が、今までの人生負けていることの方が多かったじゃないかと心を立て直す。彼女にみっともない姿を見せる訳にはいかない。司令官として、敗戦処理をする責任もある。まずは今後のクラス順位に関してであるが……。

 

「坂上先生、BとDの対決はどうなりましたか」

「……」

「坂上先生?」

「あ、ああ。すみません。先ほど終わりました。結果は5対2でDクラスの勝利となっています」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 つまりクラスポイントの推移はこうなる。

 

最終特別試験前

 

A……1417

B……889

C……568

D……326

 

 

最終特別試験後

 

A……1384(7戦中3勝4敗)

B……799(7戦中2勝5敗)

C……698(7戦中4勝3敗)

D……516(7戦中5勝2敗)

 

 という感じだ。クラスの変更はない。Bクラスが負けてくれたおかげで我々は辛くも地位を守りきれた。これは先のクラス内投票の際にDクラスに肩入れした甲斐があったというべきだろう。だがそれは慰めにしかならない。敗戦は敗戦だ。

 

 確かに我が太祖・諸葛亮も敗戦は経験してる。その主・昭烈帝劉備玄徳も幾度となく敗戦してきた将軍だ。それでも最後は蜀漢を立てた。その最後は夷陵からの白帝城と秋風五丈原な訳だが。だが歴史的事実で自己を正当化する訳にはいかない。この敗走を受け止め、次回に繋げなければ。尤も、次回があればの話だが。

 

 先輩の中には綾瀬のように負け続けてもリーダーだった存在もいる。だが、私にそこまでの人望はあるのだろうか。絶対的権力などなく、民主制によって成り立つ我がクラスにおいて敗戦の原因となった指揮官は用済みの可能性だってある。そうなったら……おとなしく身を引いて葛城に任せることにしよう。彼なら出来るはずだ。

 

「以上を以て今回の最終特別試験を終了します。結果は4勝3敗でCクラスの勝利でした。おめでとうございます。Aクラスも大健闘だったでしょう」 

 

 坂上先生の言葉で試験が終了する。戦いは終わった。

 

「まさかAクラスが負けるなんてなぁ……。でも、最初から配られたカードがこれなら仕方ない、か」

「星之宮先生」

「冗談ですよ、冗談」 

 

 坂上先生の注意を受ける星之宮先生の顔は笑っていない。心の底から冗談だと言うつもりは無いようだった。

 

「カード、ですか」

「おっと、諸葛君怒っちゃった?でもしょうがないと思わない?Cクラスにはジョーカーが混ざってる。Aクラスにも強いカードがたくさん。そしてそれをもう1枚のジョーカーが率いてる。トランプにはジョーカーは2枚入ってる事もあるからね。この学校でそうであってもおかしくはないけれど……。大富豪みたいなものでしょ、結局」

「大富豪?」

「知ってるでしょ?あの3が一番弱くて、2が一番強い数字になるゲーム。先生たちもそれをやってるみたいなものだから。少なくとも私はそう思ってる。配られた手札で3年間を戦う。真嶋君のクラス、Aクラスは13とか1とかが揃ってる。中には2もいる。一方でDクラスに行くと3や4のカードが多い」

「中々興味深いご意見ですね」

「それ、褒めてないでしょ」

「ええ。まぁ。この学校が大富豪なのだとしたら、本物のそれと違う点があります。それはカードが強化されることです。極論、全部のカード、つまりは生徒を2にすることも出来る。ある特定の場面ではジョーカー級に育てることも出来る。その時点でだいぶ恵まれていますよ。そして、それをするのが先生方の仕事では?」

「……」

「それに、不平不満があるとしてもそれを生徒の前で言わないでいただきたい。同僚の先生方と飲み会の愚痴で言ってください。加えて言うのであれば、ジョーカーは最初からジョーカーだった訳ではありません。私が切り札たり得るかはさておき、先生の指しているもう1人、つまりは綾小路君ですが彼だって最初から今みたいだった訳では無いでしょう。好む好まざるはともかく、血のにじむような努力の末に今の能力を手に入れています。それを隠すのも自由、使うのも自由。みんな努力してるんですよ。それを、あたかも天才が元々与えられた能力で暴れてるみたいに言わないでいただきたい。それは綾小路君にも、彼と対峙した私にも、堀北さんや真澄さんにだって失礼でしょう。努力した成果を発揮するのを先生が牽制しないで下さい」

「そこまでです。諸葛君の意見にも賛同する部分はありますが、仕事ですので」

「すみません。些か出過ぎた真似をしました。もう帰っても?」

「構いません」

 

 坂上先生の制止で言葉を止める。ここで逆らってもいい事などないだろう。堀北の方を見れば、若干不快そうな顔で星之宮……先生を見ている。彼女は自分がカードの強い方にいると思っているだろうし、それは真実だ。だが、ジョーカー云々の話をされて不快になるのは分かる。何故なら状況に合わせ手札を動かし、最後に勝ったのは彼女の力だったからだ。もちろん綾小路を使ったのは事実だが、じゃあそれが堀北の実力ではないかというとそうでは無い。与えられた札でどう動くか。それだって立派な実力だ。

 

 戦争で手札が違うなんてことはザラだ。それでも勝たないといけない。そこに文句を言っている間は勝てるものも勝てないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多目的室を後にする。空はすっかり午後になっていた。教室に帰りたくないなぁという思いがあるが、そういう訳にもいかない。堀北は戦勝の立役者だ。誇らしく凱旋するだろう。

 

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ」

「……」

「何か?」

「次は勝ちますので、そのつもりで」

「負け惜しみかしら」

「ええ、そうです」

「次も貰うわ。そしてBクラスに上がる。そうしたら、あなたのいる場所が見えてくるから」

「待っている、とは言えませんね。そうなる前に叩き潰し、下の方で3クラスでむきゅむきゅやっていてもらいます。その間にサッサと上に抜け出してみせましょう。その戦略は変わっていませんから」

 

 だいぶいい目をするようになった。春は焦りと色々な負の感情で濁っていたように見えた目だが、今はだいぶマシになっている。私に対する勝利がその純化を加速させているのかもしれない。これで調子に乗ってくれればいいのだが、そんな都合良くはいかないだろう。握手をして別れる。廊下の陰にシルエットが見えたからだ。堀北も気付いているようだが、見ないふりをして教室へ戻ってくれた。

 

「よう」

「……」

「負けちゃったな」

「……ゴメン」

「真澄さんが謝る事じゃない。よく頑張ってくれた。私のゴリ押しで採用した種目だ」

「それでも、それでもあとちょっとだったのに……!」

「悔しいか」

「悔しい……!悔しいよ……!」

 

 彼女の目には光るものがある。私がそれに気付いたことを察したのか、彼女は拭おうとした。しかし、そうする度にもっと大粒の涙が零れ落ちている。私の罪悪感が募っていく。私がもっと上手くやれれば彼女にこんな思いをさせずに済んだのに。

 

 うぅぅ……、と声にならない嗚咽を漏らしながら、彼女は私の胸元に顔を押し付けて号泣し始めた。少しだけ戸惑うが、今は彼女も感情がぐちゃぐちゃ何だろうと思いなおす。彼女は泣いている。悔しくて、泣いている。ならまだ頑張れそうだ。まだ彼女の心は折れていない。だが今はそれを言うべきではないだろう。黙って受け入れるべきだ。それが私のなすべきこと。

 

 そう思い、私の制服に涙を付けながら泣いている彼女を慰めるように頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫か?」

「……ごめんなさい」

「良いから。制服とかは気にしないで。それより、君こそ目が真っ赤になってるから、洗うか何かしてくると良い」

 

 返事は無いが、彼女は無言で頷いた。

 

「取り敢えず教室には戻らないといけない。私にはその義務がある。君はどうする?」

「……行く」

「そうか。では、そうしよう」

 

 会話は無い。敗軍の将と敗軍の兵だ。これはもう失脚粛清コース待ったなしかもしれない。坂柳なら勝てていたんじゃないのか、とかそんな感想まで頭の中を駆け巡る。無言の行軍が続き、そしてやがて教室へと辿り着いた。扉に手をかけ、重苦しい感情を持ちつつ開く。試験は既に終了していたが、教室内には全員(停学中の坂柳を除く)が揃っている。これにはやや驚いた。

 

 私を見つめる視線を受けながら、教壇に立つ。

 

「……皆さん。申し訳ありませんでした。今回の試験、我がクラス初の敗北となります。これはひとえに私の責任という他ありません。皆さんの期待に応えられなかったこと、痛恨の極みです。しかしどうか果敢に立ち向かった方々を責めないでいただきたい。全ての責任は私にあります。恨むのであれば、私を恨んで欲しいのです。どうか、お願いします」

 

 深々と頭を下げる。謝る以外に私に出来る事は無いのだ。勝利すると約束したのだから、負けた人間は謝るべき。それは当然のことであるように思っている。

 

「……待って!この人を責めないであげて。今回全体で負けたのは、私が負けたから。他の種目は複数人だった。でも私は1人で行けると思ってやって、切り札として出て、負けた。それは私の責任。私の能力不足。責めるなら、私を責めて」

「君は努力していただろう。私の教える能力に問題があった。つまりこれは私の責任だ」

「たとえどんなに優秀な教師でも、生徒がダメだったら結果なんか出るわけないでしょ。つまり私が悪いの」

「いいや、それは違う。少なくとも今回は司令塔である私の責任だ」

「それじゃ、アンタが責任取らされるかもしれないじゃん。このクラスに必要なのは、私じゃないでしょ!」

「君がいないなら私はすぐに辞めてやるさ!」

「……両名、一度止まってもらっても構わないだろうか」

 

 謝罪をするはずだったのに、どういう訳か売り言葉に買い言葉で真澄さんと喧嘩してしまった。呆れ顔半分、苦笑半分と言った感じの顔で葛城が我々を仲裁するように立っている。

 

「その話はまた後にしてもらうとして、まずは俺たちの声を聴いてもらってもいいだろうか」

「すみませんでした。それで……どういったお話でしょう。どのような責でも負うつもりです」

「そのことだが、お前たち2人は決定的な勘違いをしている。Aクラス内にお前たちを責める者はいない。皆、今回の結果は悔しく思っているが、それを諸葛や神室に押し付けるつもりなどないぞ。我々もそこまで落ちぶれてはいないからな」

 

 葛城の言葉に多くの生徒が頷く。

 

「勝敗は兵家の常とも言うのだろう?それに、俺たちの中にも常勝Aクラスという慢心があったのかもしれない。向こうの土俵で戦う事も多かった。その中で皆懸命に役目を果たしたと思っている」

「もし神室さんを責めるとするならば、バスケで敗戦した僕たちも責められるべきだ」

 

 葛城に続くように町田が言う。鬼頭と橋本も同意見のようだ。

 

「誰のせいかって言うより、次だぜ次。絶対倒してやるぜCクラス!」

 

 戸塚の声に男女を問わずそうだそうだ、という声が上がる。かつて、2つに割れていたクラスの面影はない。すっかり1つにまとまり、そして精神的にも大きくまとまっていたようだった。これは私が失礼だったかもしれない。私を責めるかもしれないと考えること自体が、彼らに失礼な思考だったと思わざるを得ない。自省することばかりだ。

 

 だが自省は学びにつながる。私は、このクラスが私の予想などよりもずっと素晴らしい空間であることを知れた。それは今までの人生ではあまり得ることの無いモノであった。団結力なら味わったこともある。だがそれは平和ではない空間で、死と硝煙の香りがするものであった。普通……とは言い難いかもしれないが、学校での団結というものを味わえたのは私の人生における財産だ。もしかしたら、これが私の欲しかったものなのかもしれない。

 

「ありがとうございます」

「今回の敗戦は俺たちも学ぶべきところが多くあった。誰もまだ諦めてなどいないし、お前を信じている。これまで俺たちを率いてくれたことに感謝こそすれ、責めるなどしない。クラス1人1人の夢に関して真剣に考えて、どんな相談にも乗って、成績の向上だってしてくれた。俺たちに先生方以上に向き合って、夢や将来に真剣に向き合ってくれた。俺たちはその恩を返していない。だからこそ、今その座を降りてもらっては困るんだ」

「葛城君……敗軍の将にまだ兵を語れと仰せですか」

「敗軍の将だからこそ、言えることもあるだろう。今この場で聞いてしまう。来年度も諸葛がクラスを率いるのに賛成の人間は挙手してくれ」

 

 クラスの誰もが手を挙げる。葛城の言う通り、敗戦の責を問おうという者はいなかった。誰もがピンと手を張っている。もしかしたら心中では面白く思っていない者もいるのかもしれない。だが、そういう者も敢えて逆らおうとするほど私に恨みを感じている訳ではないのだろう。

 

「分かりました。皆さんの意志、信頼、そして信任、大変ありがたく思います。これを受けて引責辞任など出来そうにありません。敗軍の将ではありますが、どうか来年度も皆さんの代表として振舞う事をお許しください」

 

 下げた頭に拍手が応える。真澄さんが窓に寄りかかりながら温かい目でこちらを見ていた。

 

「そして次は必ず、堀北さんを泣かせます!」

 

 クラスをどっと笑いが包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 クラスの人から口々に慰めや次回への奮起を告げられ、あっという間に夕暮れ空になってしまっていた。随分と長く拘束されたが、彼らも多く思うところがあったのだろう。それでもまだ闘志は皆の目にあった。これならば次こそ勝利を得ることが出来るかもしれない。だが、南雲の個人主義的な政策によればもしかしたらクラスの団結より個人の能力が優先されるかもしれない。それでも出来ることはあるはずだ。もし個人主義になっても、このクラスに無能はいない。きっと大丈夫だろう。

 

 放課後の茜色に染まった教室には、私と真澄さんしかいない。

 

「ねぇ」 

「なんだ」

「私を慰めて、クラスを慰撫して……ずっと誰かの感情をどうにかするように動いてたでしょ」

「まぁな。それが私のするべきことだ」

「どうせここには私とアンタしかいないんだからさ、聞かせてよ。本音」

「本音?」

「色々あるんでしょ?鋼みたいな自制心で押さえつけているだけで、責任とか色々取っ払った感情がさ」

「まぁ……あるにはあるが」

「じゃあ出せばいいじゃない。貯めててもいいことなんてないでしょ」

「だがなぁ……」

「私、泣き顔見られたし、弱いところ見せちゃったからなぁ~。そっちの弱いところも見たいなぁ~」

「……分かった」

 

 責任とか取っ払った本音、か。そんなもの、昔は出せる場所など無かった。部下の前で弱いところは見せられない。何があろうと、理想であり続けた。しかし今は弱いところを見せるのが、本音を言うのが望まれている。ならば応えるだけだ。

 

「クッソ悔しい。なんだよ綾小路のクソ野郎!反則じゃねぇかあんなの。堀北とまとめてぶっ殺してやる!……とか?」

「なにそれ、言い慣れてない感じ丸出しじゃん」

 

 大笑いしながら彼女は言う。我ながら語彙力が小学生みたいになってしまっている自覚はある。何とも恥ずかしいものだ。しかし、意外とスッキリするものである。吹っ切れた感じはある。まだ策は残っているのだ。それにこれから幾らでも立てられるだろう。

 

 携帯が鳴ったので見てみれば、メールが二件。片方の差出人は坂柳。文面は「負けちゃったら私復活できないじゃん!」という内容が色々書いてあったが、最後の最後に「お疲れさまでした」と書いてある。何とも回りくどい奴だ。性格が悪いともいえるかもしれない。

 

 そしてもう片方は差出人不明。文面は「良い戦いでした。次戦にも期待しています」とだけ書いてある。匿名のメッセージだが、なんとなく相手は分かった。この微妙な上から目線は生徒じゃない。それに、生徒だとしたらこれを送れる人間は限られている。上級生はまだ結果を知っていないだろう。

 

 堀北は送る理由がない。綾小路もそうだ。連絡先を持っているし、文面と彼の立場もいまいち一致しない。龍園や一之瀬はありえない。前者は連絡先を持っていないし、後者はそんな事言っている場合じゃない。教師でも無いだろう。直接言えばいい。つまり候補は1人に絞られる。月城だ。彼ならば観戦していてもおかしくはない。

 

 坂柳への返信は後にすることにした。月城へは……良いだろう、しなくても。元々彼も期待してはいるまい。今日は気持ちを切り替えて別のことをすることにした。少しくらい良いだろう。こういう学生っぽいことをしても。

 

「真澄さん」

「なに?」

「これまで節約してきたのでお互いに結構ポイントは貯まってると思うのだが」

「まぁ、そうね。それで?」

「やけ食いしたい」

「プッ……アハハハハ!何それ。でも、悪くないかも。何食べるの?」

「身体に悪そうなジャンクフードをたくさん」

「お菓子も追加でOK?」

「もうこの際何でもいいさ」

「じゃ、そうしよっか。残念会ってことで」

 

 帰り道のハンバーガー屋で大量購入し、コンビニでカップ麺やらお菓子屋らジュースを購入しまくる。明日は休みだ。多少羽目を外しても問題ないだろう。そんな思いを抱きつつ、勉強も特別試験も忘れて、私たちは飲み食いして一夜を過ごした。

 

 凄まじくしょうもない行動。本国の部下に知られれば呆れられてしまうかもしれない。それでも、それでもこれが私の欲しかった平穏。欲しかった普通。疲れ切って寝てしまった真澄さんをベッドへ運び、布団をかけながらそう思う。

 

「ありがとう」

 

 ありがとう。私に、欲しかったものをくれて。眠りこけている彼女に聞こえないだろうから、敢えて今言う。感謝しながら、私は床で寝る準備を始めた。不思議な多幸感に包まれながら――――。




はい。という訳でこういう結果です。私だってねぇ、悩んだんですよ。でもね、やっぱり原作主人公の強さってのも大事ですからね……。大丈夫。既に脳内プロットでは再戦の機会を考えていますので。その時をお楽しみに!

今回で1年生編は終わりです。長らくお付き合いいただきありがとうございました。次回の閑話で一旦区切りとなります。2年生編につきましては、まだ未定です。話の大筋は出来ているつもりですが……。実際にお披露目出来るのはいつになる事やら。と言っておいて意外と早いかもしれませんけどね。気長にお待ちいただけると幸いです。

感想・メッセージお待ちの方、大変申し訳ございません。次回の閑話が終わり次第、区切りがつきますのでその時にさせていただきます!


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閑話 11.5章・前編

1年生編の最後という事で、閑話も豪華(?)な前後編スタイルです。とは言え、同じ話ではなく区切られた短編が幾つもあるのでそれを前後編大体それぞれ1万文字を目安に投稿します。また、次話(閑話 11.5章後編)では登場人物についての色々もあったりするので是非楽しんでいただければと思います。

次回は真澄さんsideやIFの坂柳ヒロイン√、そしてCクラス√をお送りします。登場人物紹介(孔明中心)もあったり。RTA風人物ステータス表示とかも予定中です。まぁこれは作者の趣味ですが……。


<卒業Ⅰ side諸葛孔明>

 

 3月24日。その日はこの学校の卒業式である。3年生は全ての過程が終了し、卒業を迎える。在校生で興味のある人は、おそらくお世話になった先輩がいる人だけであろうが、それでも節目は節目だ。

 

 注目する人もそれ相応にいたであろう3年生内の結果であるが、堀北学は何とかAクラスを守り切った。最終的にAクラスは1823ポイント、綾瀬率いるBクラスは1802ポイントであった。僅か数ポイント。大健闘の末、Bクラスは敗北したのであった。

 

 堀北学、そして綾瀬の両名から結果については個人的に報告を受けている。両方とも感謝を述べていた。私が綾瀬にした事などさしてないが、それでも感謝をしてくれるというのならありがたく受け取っておきたいものだ。

 

 他学年はそんな様相であったが、我らが1年生も最後の特別試験を終えた。結果は下馬評を大きく覆し、上位2クラスが敗北。クラス順位の変動こそ起きなかったが、それでも大きな影響を学年内に与えた。

 

私が代表するA……1384ポイント

一之瀬率いるB……799ポイント

堀北の率いるC……698ポイント

龍園の率いるD……516ポイント

 

 なのだが、ここに真澄さんが取ってきた部活のポイントが加算され、Aクラスは1404ポイントになっている。20ポイント分の成果であったと学校は判断しているのだろう。まぁ文部科学大臣特別賞だ。それくらいはあってもいいと思う。ともあれ、正しい暫定ポイントは……

 

私が代表するA……1404ポイント

一之瀬率いるB……799ポイント

堀北の率いるC……698ポイント

龍園の率いるD……516ポイント

 

 となる。やはり成長が凄まじいのはCクラスだろう。去年の5月時点では0ポイント。そこから一気に698ポイントを1年間の間で得たことになる。これは圧倒的に1位だ。我がクラスも健闘しているが+434ポイントと及ばない。警戒すべきなのは間違いないだろう。堀北などの活躍と綾小路の存在、そしてクラスメイト自体も伸びていくだろうから侮る事など出来るはずがない。

 

 そして前回の試験の敗北。この分析はしっかりした。結論から言えば、私が司令塔を務めたことが失敗だった。司令塔は真澄さんがやり、私が種目に参加することで勝てたものもある。具体的には弓道やタイピング技能だ。バスケも行けたかもしれない。いずれにしても、私自身を駒にすることが出来無かったのは反省だ。

 

 これは私の経験というか、これまでの地位が完全に影響している。誰かに使われるのはあまり好きではなく、クーデター以来ずっと誰かに指令する立場に基本いたので自分を駒に出来なかった。私が司令官に拘ったことが敗因の大きな一つと言ってもいいだろう。それを受けて、しっかり対策も考えている。

 

 坂柳が戻ってくるし、葛城もいる。真澄さんもまだまだな部分はあるが、これから成長してくれるだろう。そう考えれば今後似たような試験があった際に自分自身を駒にすることが出来る。そうすれば負ける事は無いだろうし、綾小路とも対等に戦えるはずだ。綾小路は1人しかいない。坂柳も頭脳面では綾小路に匹敵する部分はあるだろうし、葛城は流石に無理でも人望面では勝っている。司令官に必要なものは単に能力だけでは無いのだから、葛城にだって分はあるはずだ。

 

 この話は既に葛城などにはしている。当然、真澄さんにも。葛城は大いに賛成してくれた。彼も私を使えれば大きな戦力になるとは思っていたようだった。とは言え、自分が私の代わりをやるというのには些か及び腰ではあったが、説得すれば受け入れてくれた。2年生になれば一層色々なことが待ち受けているのだろう。そこで負ける訳にはいかない。Aクラスの代表という職責にかけて任務を全うしよう。無論、本来の任務もだが。

 

  

 

 

 

 

 卒業式の体育館に座りながら今後の展望を考えた。ここには全校生徒と全教職員が集まっている。普段見ない大人も列をなして卒業式を見守っていた。中には月城の姿もある。拍手をしている姿に他意は見受けられなかった。

 

 2年後、私もあの場所に立っているのだろう。立っていられると良いのだが。そんな事を考える。私の進路は決まっているとしても、せめて他の生徒の進路は自由であって欲しいと願っている。ここでの日々も、きっといつか何かの役に立つはずだ。

 

「ではこれより、3年間を戦い抜き晴れてAクラスで卒業したクラスの代表者より、答辞を述べて頂きたいと思います」

 

 進行役の教師が話す。私は当然誰が話すのかは知っている。静寂の中、その名は呼ばれた。

 

「代表、3年Aクラス、堀北学君、前へ」

 

 彼は背筋を伸ばし、堂々と前を向いて壇上へ歩みを進めた。そして在校生や関係者各位へ目線を移す。

 

「答辞。梅の香りに春の息吹を感じるこの日、我々は卒業式を迎えました――」

 

 語られていくのは卒業式への感謝や3年間を振り返っての話である。ここら辺は定型文とも言うべき形がある。しかし、雰囲気が大分丸くなっている。カミソリとまでは行かないがかなり厳しかった雰囲気は少し穏やかになっている。背負っていた荷物が降りたからだろう。

 

「私事ではありますが、生徒会の代表として昨年1年生たちに言葉を述べたことがあります。昨年この場所から見たときと比べて一目瞭然、皆さんの成長を感じることが出来ます。そしてこれから3年生となり、在校生を牽引していく立場の2年生には、この学校の規律を守った上で存分にその力を発揮していただきたいと思います」

 

 南雲へのメッセージも込められているのだろう。何だかんだ、あの2人も付き合いが長いはずだ。いろんな感情があるのだろう。

 

「この学校で学んでいることはこの先の人生において、何よりも大切な宝となり役立つものになるであろう事をここに約束します」

 

 そして改めて堀北学は在校生を見つめた。

 

「来年、そして2年後。答辞を述べる人にも、きっと理解できる瞬間が訪れるでしょう」

 

 答辞を述べるというのはイコールでAクラスで卒業することになるクラスのリーダー。2年生であれば送辞役であった南雲か。1年生だと……このままだと私か?生徒会長とかでなくても良いのであれば別に私でも出来るのだろうけれど。可能性としては龍園だってあるわけだ。龍園の答辞は面白そうなので、クラス間闘争が無ければ聞いてみたい。

 

 それはともかく、中国籍の人間に答辞を述べられる国営学校経営者の気持ちを想像すると笑ってしまいそうだ。これ、ある意味で最大級の屈辱なのではないだろうか。

 

「――――3年間、本当にありがとうございました」

 

 私の心中など当然のごとく知らない堀北学は、見事な答辞を終えた。こうして、3年生たちは旅立っていくのである。この後は3年生の退場を見送った後に退場し、教室に戻る。卒業生と全教師、さらにはその親は謝恩会に参加できるらしい。……私の時は、誰も来ないのか。悲しい。真澄さんのところも来ないだろうし、2人でおとなしくジュースでも飲んでいるか。いや、それまでに彼女とは…………。

 

 嫌なことを考えて、その想像を脳内から消去した。まだ大丈夫。まだ、その時じゃない。そうだ。だからこそ、その時は――――

 

 

――――――その時私はどうするつもりなんだ?答えの出ない問いを幾度も繰り返しながら、退場する3年生に拍手を送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

<卒業Ⅱ side諸葛孔明>

 

 

 世話になった人間に義理を通すのは礼節を考えるうえで非常に重要なのは言うまでもない。卒業式から謝恩会までは時間がある。後輩はその間に先輩と最後の別れを惜しむのだ。実際に3年生が寮からも退去するのは3月末らしいのだが、よほど親しくない限り、ここでお別れだろう。

 

 堀北学は人気だ。当たり前と言えば当たり前ではあるのだが、今日はいつも以上に柔らかい雰囲気なのも相まって話しかけに行く生徒も多い。密かに憧れていたが今まで遠巻きに見るだけだった生徒も、今日は雰囲気に背中を押されて行っているのだと推測した。

 

 私が挨拶を述べようと思い接近すると、道が割れる。そんな遠慮しなくてもいいのにと思うが、他の生徒が開けてくれた道を利用させてもらうことにした。

 

「ご卒業おめでとうございます」

「ああ。ありがとう」

「最後には勝利で終わる。実に理想的な幕引きだと思います。私の持てる最大限の賛辞を以て称賛させて下さい」

「1年生も波乱だったようだな」

「お恥ずかしながら、敗軍の将です」

「しかし、諦めてはいない。そうだろう?」

「無論。幾度敗走しようとも最後には捲土重来で勝利してみせますとも。それが私の在り方ですから」

「その在り方は気高いものだ。大事にするといい。尤も、後輩たちからすればお前と戦うのはかなり嫌だろうがな」

「誉め言葉と受け取っても?」

「勿論だ。俺の人生での経験である程度技量は直感的ではあるが判断できるつもりだ。その上で個人的な主観でお前を見るのであれば……お前は無敵では無いが、最後に勝つ事が出来る存在だろう」

 

 少しばかり私も目を開いて、彼を見つめる。堀北学という人間はそこまで特筆した家庭環境ではないと聞いている。ホワイトルームのような場所でも、私の出身のような場所でも無いはずだ。彼は努力して、努力して、その果てに今の能力を手に入れている。私と同じであると勝手に共鳴するところがあった。私も文字通り死ぬ気で努力して此処にいる。 

 

「そうなれると良いのですが」

「お前は個としても強い。それこそ、多くの分野で圧倒的な数のその他大勢に秀でているのだろう。だがそれでも完全無欠ではないように思う。それでもお前は他の者と共にいることでそれを補い、最後に勝利する。王としての素質があるタイプだ。優秀な配下を多く持ち、その上で君臨するときにこそ輝くだろう。俺はそう思っている。その上で聞かせて欲しい。お前は、その力で何をしたい」

「なにを、ですか?」

「もし学校を支配したいなら生徒会に入るなり、他クラスを叩き潰すなりすればいい。それを出来る力がお前にはある。だがそうしなかった。俺の見立てが間違っていなければ、お前はここを通過点に過ぎないと見ている。その目指す頂の先に何があるのか。それが知りたい」

「私は導きたいのです。私の守るべき全てを」

「それはこの国を、という事か?」

 

 私は無言で首を横に振る。それを見た堀北学は納得したように頷いた。

 

「なるほど。そうだろうな。お前にこの国は狭すぎる」

「光栄です」

「橘からも礼を言って欲しいと言われている。俺からも感謝したいことは多くある」

「私のために動いたにすぎません」

「それでも、結果として俺たちの役に立った。それに礼を言うのは間違いではないだろう。ささやかな礼だがこれを渡す」

「これは?」

「俺と橘の連絡先だ。何かあれば連絡しろ。俺たちも、お前の歩む道を楽しみに見ている」

「ありがとうございます」

 

 在校中は連絡できないが、それでも人脈は力だ。将来堀北学がこの国を動かすようになった場合、お互いにこの繋がりは大きな意味を持つようになるだろう。

 

「最後にとても個人的な事だが……鈴音はどうだった」

「強いですよ。敗軍の将が敢えて兵を語らせて頂くならば、真っ当に成長し、真っ当に上を見れる存在でしょう。近いうちにBクラスに上がるでしょうね。そうなれば、全面戦争です。全く手が抜けない存在になりそうで、今から震えていますよ」

「そうか……それは安心した。手を抜けなどとは口が裂けても言わないが、戦う際は全力で当たってやって欲しいとは思う」

「無論です。手を抜いて勝てるような存在では無いでしょうから」

 

 堀北学は頷き、手を差し出す。私はそれを取り、握った。別れの挨拶はこれで良い。湿っぽくなるほど我々の間には何かがあったわけではない。ただ、1つ言えることがあるとするのであれば、私も彼もお互いに認め合っていたという事だろう。

 

「さようなら、先輩」

「ああ。また会おう。それはそうと……お前に客人だぞ」

 

 堀北学は後ろを指し示す。そこには軽く手を振る綾瀬の姿があった。堀北学に一礼し、彼女の元へ歩みを進める。

 

「どうも」

「いや~、いよいよ卒業だね~」

「おめでとうございます」

「うんうん。……じゃなくてさぁ。君、何か言う事あるでしょ。少しは慰めなさいな」

「ああ。触れては申し訳ないと思い黙っていました」

 

 彼女の率いる3年Bクラスは超僅差で敗北した。最後の最後。後一歩届かず彼女は負けてしまったのだ。どうあれ結果は結果。彼女の3年間はこういう形で幕を閉じることになる。

 

「まぁそれでもね……後悔はしてないんだ」

「そうですか。てっきり恨み言の1つでも言われるかと思っていました。私に渡したポイントがあれば……とか」

「そんな事言う人はウチのクラスにいません。だってもしそうだったとしても、あげるって決めたのは自分達だし、それに恨み言を言うのは凄いダサいじゃない。負けたのは悔しい。でも、私たちは最後の最後に自分たちの力で戦った。届かないまま手を伸ばしていた星に手が届きかけた。これは絶対無駄じゃないと思ってるから。その状態になるために動いてくれた存在に言うのは感謝だけでしょう」

 

 しっかりとした目で彼女はそう言い切った。内心は分からない。それでもこういう時にこうやって言えるのだけでも素晴らしいことなのだと思う。

 

「だからありがとう。最後に後悔しない終わり方をさせてくれて」

「それも含めて天運だと私は思いますよ。運も実力の内。実力の無い人間は、運を引き寄せる権利すらもらえないことが多いですから」 

「素直じゃないなぁ。ま、それでも私とクラスメイトの感謝は伝えられた。私としては思い残す事は無いかなぁ」

 

 彼女は名残惜しそうに校舎を見上げる。もう日本の季節はだいぶおかしくなっているので桜が咲き始めていた。

 

「これから色々あると思う。途中で出会いがたくさんあるだろうし、もしかしたら卒業以外の形での別れもあるかも。でもそこで止まっちゃだめだぞ。頑張ってとは言わないから、負けるなよ後輩。私に言ったこと忘れてないでしょうね?自分もちゃんと守るんだぞ?」

「ええ、勿論です」

「じゃあ気張っていきな!」

 

 バンと背中を叩いてくる。励ましてくれているのだろう。確かに彼女は私と同じ敗軍の将である。しかし、それでも彼女のここでの人生は決して敗北などでは無かったのではないか。多くを得て、そしてかけがえのないものを手に入れた。それはむしろ、彼女の人生から見れば勝利なのではないだろうか。

 

 彼女は確かにクラスのリーダーだった。希望の光となって皆を照らし続けてきたのだろう。実直に、真面目に、努力して。報われない期間は長くても、最後の最後に運を掴めるくらいには、ずっと。だからこそクラスメイトは彼女を信じてついてきた。愛されていたのだろう。私から離れた後、多くの涙ぐんだクラスメイトに囲まれている姿を見て思う。

 

 愛されるという勝ち方があると誰かが言った。それは彼女にこそ相応しい。尊敬すべきもう1人の先輩の卒業に心からの拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、今暇か?」

「凄い帰りたくなりました」

 

 せっかく良い感じの気分に浸っていたのに嫌な顔に遭遇した。うへぇという私の露骨な顔に苦笑いしつつ、南雲は話しかけてくる。やめてくれ。帰りたい。

 

「そう言うな。今日は俺も祝いの場だからな。大人しくするさ。堀北先輩を送るのだしな」

「挨拶はもう?」

「済ませた。それでだ。この後謝恩会があるのは知っているな?」

「ええ。それが何か?」

「端的に言って人手が足りねぇ。帆波と葛城だけしか生徒会1年がいないのがここに来て裏目に出てる。他の1年は誰かさんのせいで俺を避けてるからな。その元凶に業腹だが救援要請だ。手伝って欲しい」

「えぇ~面倒くさい」

「そう言わずに頼む。お前も先輩を祝う気持ちはあるだろう?」

 

 割と真剣な顔で頼んでくる。同級生に頼めよ……とは思うが下手な奴を入れると即戦力にならないどころか邪魔だと判断してのことだろう。買われているのは別に良いのだが、こういうのは結構迷惑だ。しかし、南雲も今日ばかりはしっかりやりたいようである。それは雰囲気からも分かった。面倒ではあるが、恩を売っておくのは悪いことではない。

 

「分かりました、分かりましたよ」

「悪いな」

「で、何をすればいいんです」

「これにまとめてある。お前ならすぐ動けると思ってる。期待してるぞ」

「言い方が完全にブラック企業なんですよね。……なるほど。設営で人手が足りないと」

「ああ。この指示書通りにやってくれればいい」

「了解です。では行きましょうか」

 

 真澄さんにメールを打ちながら謝恩会の会場へと走っていく。南雲に使われるのは癪だが、今日ばかりは水に流して従うことにした。先輩の門出を祝うという名目なら、まぁそれくらいは良いだろう。真澄さんから返信が来る。『今日のご飯あるよね?』という気の抜けた返信にガクッときながら道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

<汝望まば side諸葛孔明>

 

 

 謝恩会の設営を葛城や一之瀬、他の生徒会役員などに交じって手伝った。それは良い。それは良いのだが、その後で何故か私がバイオリンを弾けることを聞きつけてきた南雲に「パーティー用の演奏とか出来るか?」と聞かれてしまった。できないというのもなんだか負けた気がして、「出来る」と言ってしまったのが運の尽き。そのままやってくれと言われてしまった。

 

 報酬はしっかり払うと言われたので引き受けたが、私を何だと思っているのか。林間学校でこっぴどくやられた鬱憤をこうして晴らしているのかもしれない。そこまで小物ではないと思いたいが……いや、小物ではあるのか?判断に困る。ただガキっぽいところがあるだけかもしれない。事実、堀北学を祝いたいという気持ちに嘘は無いようであった。

 

 あまり自分の実力と同レベルの生徒と過ごせず、フラストレーションを貯めていたところに堀北学が現れ、それがゆえに暴走気味だったと言われれば分からないでもない。それは他人を傷つけて良い理由にはならないが、同情はできる。彼は、戦える相手が欲しかったのかもしれない。何の因果か、私がその戦える相手№2になってしまった感じがある。№1は無論堀北学だ。

 

 恩を売りまくりかつ金を得るべく私は自室からバイオリンを引っ張り出して昔取った杵柄で演奏をするのであった。パーティー用の演奏は独演会ではない。演奏会でも無い。主体はゲストである。その会話を邪魔しない程度の音量、空気を壊さない選曲が求められる。場を壊さず、BGMになれる技量というのはかなりのものが要求されるし、我を出せないのは演奏者によっては辛いだろうと思う。

 

 かく言う私もそんなに好きではないが、懐かしい気持ちにはなる。世界を飛び回る時は大体放浪のバイオリニストかストリートミュージシャンでいつか売れることを目指しているギタリストを演じていた。ケースが武器を隠すのに最適であることと、都会やパーティーなどに紛れ込む迷彩として非常に機能するからである。

 

 学生服も次点で悪くない。ただし、日本以外だと微妙だったりする。やはり街中だと一番はギタリストだ。ストリートミュージシャンは都市だと大体いる。楽器背負って歩いていても不審には思われない。実際に歌ったりする場合は、上手すぎるとスカウトが来てしまう事もあるので程々にしないといけないが。それはともかく、慣れているもあるが、こういうのは得意だったりする。

 

 だが疲れはするので一度会場の外に出て休憩していた。そこにはあまり会いたいとは向こうが思ってないだろうし、私も思ってない存在がいる。とは言え、無視はよろしくない。

 

「お疲れ様です」

「う、うん……お疲れ様」

 

 先の特別試験でウチ以上に大敗を喫した一之瀬である。真面目に仕事はしていたが、それが終わるとどんよりした空気を纏っている。龍園によっぽどこっぴどくやられたのだろう。

 

「偶然ではありますが、特別試験の敗北者同士が会っているというのは中々に運命とやらも意地悪なものです」

「あ、あははは……。まぁでも……Aクラスは良いんじゃないかな。負けたって言ってもまだまだクラスポイントはあるし、負け方も接戦だった。でも私は……」

「大差で負けたと」

「聞きたくない事、言うね」

「優しい言葉をかけても、今の貴女は拒むでしょうから」

「でも、事実だからしょうがないか」

「私も敗軍の将というカテゴリーで言えば一緒ですので多くを語れる立場ではありませんが……。それでも私は次は勝ちます。その次も、そのまた次も。今回の敗戦で私も多くを学習しました。次は勝てるでしょう。戦闘では負けました。しかし、3年間という大きなスパンでの戦いでは優勢にことを進めていますから。劉邦も負け続けの人生でしたが、最後は項羽に勝ちました。私はもっとスマートに、確実な勝利を取ってみせますとも。それで、貴女は?」

「私?」

「ええ。一之瀬さん。貴女はどうするんですか?」

「どうするって言われても……このまま頑張るしかないよね」

「そうですか」

 

 まぁそれで良いと思うというか、それ以外に彼女に道はない。どうしようもないのだ。しかし何もかも捨てて逃げだしてしまったり、壊れられても困る。それは私の仕事に支障が出るのだ。私が最大の原因でない限り、彼女が不幸になろうとそんなに知った事ではないが、任務が出来無いのは困る。それに、我が従妹殿の防波堤は幾つあっても良いのだから。

 

「一之瀬さんは家族のため、そして自身の過去の清算のためにここへ入ったのですよね?」

「え、うん。そうだけど……?」

「願わくばAクラスになって、大学へ進学し、就職し、家族を助けたいと思っている」

「そう、だね」

「なるほど。では、お話をしましょう。これは貴女とは関係ない他人の話です。まず最初の話の主人公を仮にK君とします。K君には妹がいました。しかしその子は病気を抱え、入退院を繰り返していました。直ちに命に係わるものではありませんが、それでも費用は嵩みます。K君は頑張って勉強し、成績を上げ、多くの人に慕われるようになりました。その結果、K君は見事就学就職完全保障の学校へ入れたのです。そのままAクラスで卒業出来るように頑張っています。家族のために」

「それって……」

「次のお話は仮にこちらもK君としましょう。先ほどの人とは違う人です。このK君は将来ファッションデザイナーになりたいと思っていました。しかし、自身の見た目と性格からそれをまともに取り合ってくれる人はいませんでした。それでも夢を諦めきれないK君は、就学就職完全保障の学校に入って夢への道筋を整えようとしました。今では世界でも活躍できるようにクラスで英語に励みつつ夢を目指しています」

「……」

「次も……またKか。次はKさんのお話です。彼女はいわゆる鍵っ子でしたが、親は彼女に興味が無く、少々ネグレクト気味でした。放置されていたわけですね。幸い生活には困りませんでしたが、彼女は夢を見ることも無く、友達も作る事が出来ませんでした。絵を描きながら過ごす日々。何かのきっかけになればと就学就職完全保障の学校に入学しました。入学後は紆余曲折を経て友人も増え、部活も充実し、そして美大に行きたいという夢も出来ました。幸い成績も学年最上位です。賞も受賞で来ました。彼女は今日も夢を目指しています」

「…………」

「次のお話は――」

「もう、もういいよ!それって、Aクラスの子の話でしょ?」

「ええ。それで、これを聞いて何か思いましたか?」

「……」

「その人の夢が叶うと良いな、と心のどこかで思いましたね?」

「それは……うん」

「貴女がAクラスに上がってしまうと、今話した3人以外にも、多くの生徒の夢や希望が消えます。彼らは多くの事情を抱えていて、何としてでも叶えたい夢があるんです。だから諦めて下さい。そう言われて、貴女は拒否することが出来ますか?断固として、絶対に、揺らぎなく。Aクラスで勝利するという事は、極端に言えばそういう事ですからね」

「……それでも私は、Bクラスのみんなから信頼されているから。みんなの夢を叶えるためには、他の人の……」

「夢を壊すしかないと。薄情ですねぇ。でも、それ以外に答えが無いのも事実です。嫌な質問をしてしまいました。ですが、貴女なら私と同じことを思ってくれると思ったのです。私だって葛藤があります。貴女を筆頭に、多くの夢や希望を破壊して上に居続けることに。それでも私も生徒を39名抱えていますからね。彼らを無事に卒業させるのが私の責務ですので」

「そう、だよね」

 

 これを言ったのは善意でも何でもない。否が応でも戦わないといけない状況を作りだすためだ。戦わないとBクラスのクラスメイトの夢が壊れる。そう自覚してしまえば、彼女は戦わざるを得ない。逃げるという選択肢が消える。だからこうしてわざわざ意地悪な事を言いつつ、追い込んでいるのだ。

 

 同時に彼女の精神面に楔を打ち込んで、下の2クラスと潰し合うくらいの実力に落とす。そうすれば一人勝ち作戦は成功率が上がるだろう。彼女は壁であり、生贄の山羊(スケープ・ゴート)だ。同時に私の弱みや悩みを見せることで親近感を感じさせることも出来るだろう。

 

「汝望まば、他人の望みを炉にくべよ」

「え……?」

「そういう心持じゃないと、やっていけませんからね」

「そうかもね……」

「ではそろそろ戻りますね。まだ夕方は寒いですから、お早めにお帰りになった方がよろしいかと」

「う、うん。そうするね」

 

 いそいそと帰り支度をする彼女を目を細めてみる。さて、少しは戦う気になってくれただろうか。申し訳ないという気持ちはある。しかし、それでも妥協はできない。真澄さん筆頭に私のクラスの生徒たちの将来にかかわるのだから。それに、Bクラスの生徒をコントロール出来てないのは問題だ。代表を名乗るなら、ケジメはつけないといけない。

 

「あぁ、最後に1つだけ」

「?」

「貴女のクラスメイト、本当に守るべき存在ですか?」

「な、当たり前だよ!幾ら何でも、それは失礼だと思うな」

「おやまぁ失敬。ですが……私は決して爽やかな人間ではありませんので……クラス全員から犯罪者扱いされた事、忘れてはいませんからね?」

 

 訴え出るのは止めた。契約にもなっているのでそれはしない。訴えたりはしないさ。それに確かに一之瀬は契約を今度は守った。しっかり龍園を助けた。その結果その龍園にやられているので何とも言えないが。だが私は謝罪しなくていいとは一言も言っていない。 

 

 Bクラスの行動を彼女に伝えたが、それによってどうこうしろとは言っていないので脅迫ではない。勝手に終わったと思っているようだが、許すとは一言も言っていないのに何で勝手に許されたと思っているのだろう。確かに無差別爆撃事件の犯人である櫛田&綾小路を裏で操ったのは私だ。だが、Bクラスの怒りの原因である一之瀬への誹謗中傷は完全に坂柳の仕業である。私は無罪であるのに謂れのない中傷を受けた被害者なのだ。例え真実を意図的に隠していたとしても。

 

 恨みっぽいと言われればそうだろうし、しつこいと言われればそれもそうだろう。だが、こういうのは面子の問題でもあるし、しっかりケジメを付けるべきところでもある。だから私はしっかり坂柳に一之瀬とクラスメイトに謝れと言っておいたのだ。けじめをつけるために。自身に瑕疵がある状態で放置しておくのは良くない。頭くらい幾らでも下げれば良いのだ。

 

 これをなぁなぁにするのはよろしくないだろうと判断して、一之瀬に言ったのである。直接の謝罪要求などあまりしたくないが、間接的に言っても通じてない感じがしたので仕方ない。

 

「では、また次年度にお会いしましょう」

 

 そう言って青白い顔の一之瀬を置いて私は謝恩会の会場に戻る。またバイオリン弾きのお仕事だ。彼女は善人だ。だが、それですべてが免罪符になるという訳ではない。私は彼女の味方では無いのだから。来年度、Bクラスがたどる運命を何となく予想しながら弓を持った。

 

 

 

 

 

 

<あなたと見る夢 side諸葛孔明>

 

 

 春休みももうすぐ終わりだ。この時間が終わるとまた忙しくなってくる。これまでの時間、これまでの色々を振り返って感傷に浸れるのももうすぐでおしまいという事になる。寂しいようであり、嬉しいようであり。複雑だ。

 

 この1年間、多くの時間を彼女と過ごしてきたと思う。それが果たして彼女にとって良かったのか。それは未だに確証が持てない。確かに彼女はとても成長した。勉強面や運動面も無論のことだが、それだけではない。内面の、精神的な面でも彼女は成長している。そうでなければたとえ坂柳がやらかしていたとしても女子の代表に推挙はされないだろうし、最後の特別試験の後で悔し涙を見せたりはしないだろう。

 

 1年前の春。万引きを繰り返していた頃の彼女とは随分と様変わりした。それが良いことだったのか。その真なる評価を下せるのは彼女だけだ。私や外野が評することは出来る。だがそれはあくまでも外部からの評価でしかない。大事なのは、自分自身の歩みを本人がどう思っているかだ。

 

 彼女は生徒としてとても優秀だった。人間性としても、私個人の感想だが共に過ごしていてストレスにはならなかった。信頼しているつもりである。だが、彼女はどうだろう。私は彼女の弱みを持っている。だから気を遣っていたのではないだろうか。私を怒らせたりすれば、自身の秘密が漏れてしまうから。私が証拠隠滅をしたのは事実だ。だがそれを確かめる方法を彼女は持っていない。こういった理由で彼女は今まで私と共にいたのではないか。いや、最初にそうあるようにと言ったのは私だ。自分で蒔いた種ではないか。何とも愚かしい話である。

 

 ため息を吐く。私は結局迷ってばかりだ。彼女を信じる気持ちの中に、どこかで疑う気持ちが残っている。地獄の歴史を共有していない存在に、私はいつだって疑心を抱いてしまう。肝心なところで、この人は私を嵌めるための存在なのではないかと思ってしまう。それでも色々な理論武装や感情論を駆使してそのたびに違うのだと結論付けていた。

 

 しかし今回は私に原因がある。彼女を脅して、その上で従わせているのは事実なのだから。もう一度ため息を吐く。目の前には彼女についての資料の入ったデータとそれを印刷した紙。これの扱いは決めていた。少しばかり予定より早いけれど、これで良いのかもしれない。私のためにも、彼女のためにも。

 

「少しばかり大事な話がある」

「なに?」

 

 彼女は疑問符を浮かべながら席に着いた。今から私のすることは、この歪んだ関係の清算だ。その上で彼女がこのまま残ってくれるかは未知数でしかない。人の感情など、どこまで行っても自分の期待を混ぜてしか予想できないのだから。もし私がいなくても彼女はこのまま自分で努力して今の地位を守るだろう。では私は?それが分からなかった。

 

「1年間、良く働いてくれたと思う。もうすぐ次年度だ。そうなれば……新しい生活が始まる」

「そんな当たり前のこと言って、どうしたの?風邪でもひいた?」

「良いから。1年前、私は君をここで脅した」

「え……あ、あ~そんな事もあったか」

「それ以来、君はよく従ってくれていた。おかげ様で色々助かったし、現状今の位置にいられているのも君が寄与しているところが大きい。私は君を信頼してきたつもりだ。君はどうだか分からないが……ともあれ。これまでの働きには応えたいと思っている」

「何かしてくれるわけ?」

「あぁ。君にとってメリットのある事だ」

 

 そう言って、私は用意していたものを机の上に出す。そこには彼女の顔写真付きの履歴書。そして彼女の家族や親族の履歴書。そのデータ版が入ったメモリー。これで彼女に関する個人情報は全部だ。残りは本国に保管してあったが、それは全て消去するように命じてある。消去されたことも確認した。この世界に残っているデータは、この学校がおそらく持っているであろうモノ以外ではこれが全部だ。

 

「うわっ!懐かしい……。最初はギョッとしたわね、これ……」

「これが君と、その家族親族のデータだ。そして私が君にする酬いというのは……こうだ」

 

 私はライターを取り出して紙類に火をつける。たちまち紙が黒く染まり、炎と共に燃え落ちる。灰だけが机の上に溜まっていった。その上でメモリーを握りつぶす。文字通り、粉々に。これで中身のデータを抜き出すことは出来ない。そのままゴミ箱へ投げ入れる。後は焼却炉が燃やしてくれるだろう。

 

「なに……してるの?」

「御覧の通り。君のデータは全部消えた。そして、私もこれを忘れることにする。つまり端的に言えば君は自由だ」

「え……」

「君はこれから私の命令を聞く必要はない。私が君を従わせるために必要なものは今全部処分した。これから君は自由意志で動ける。尤も、クラスの決め事には従ってもらうが。ともあれこれからは私の部下でなくてもいい。その上で、ここからは私の本音というか、お願いなのだが……また来年度もこうして組んでくれると嬉しい。これは命令でも要請でも何でもない、私の個人的感情による願望だ。もし叶うのなら、この手を取って欲しい」

 

 私はそう言って、彼女に手を差し出す。ノータイムでその手は取られた。

 

「君さぁ、もう少し逡巡するとか、なんかこう、あるだろう?」

「自由とか、意味わかんないから。そうなりたいならもっと冷たい態度をとってるし、努力なんかしない。最低限しかやらない。人に散々生きる意味と夢まで与えておいて、『ハイ、さようなら』って、それは無いんじゃない?言われなくても、あんなデータなんかなくてもそのまま継続だっての。そっちから拒否しても全力で拒否し返すから。最後まで面倒見ろ!」

「あ、あぁ」

「分かったら掃除しなよ。灰が飛び散るから」

 

 ちょっとキレ気味に彼女は腕を組んで座りながら私が掃除をしているのを眺めていた。自分が思っていたよりもあっさりと、来年以降の契約継続は行われた。もうちょっと色々あると覚悟していたんだが。説得するための色々も考えていたのだが、全部使わなくて良くなった。少し拍子抜けしてしまう。

 

「私は、自分の意志でここにいるから。それだけは、忘れないで」

 

 真剣な目で彼女は私に言う。そう言われてしまったのであれば、もう信じるしかない。彼女と私を繋いでいた歪んだ鎖は私が破却した。そうした以上、此処に残るのは純粋な当人同士の意志による人間関係だ。上司部下も制度として存在していない。完全に、私と彼女の意志に委ねられていると思ってもいいだろう。

 

「分かった」

「よろしい。私に夢を見させた責任はとってもらうから」

「善処します……」

 

 夢。夢、か。彼女に夢を見させたのは確かに私なのだろう。であればその夢を叶えるまでは面倒を見なくてはいけないのも道理だ。教導者たるもの、途中で生徒を置いて去るのは不義理だろう。そう言う意味では私の行動は義が足りなかったのかもしれない。

 

 彼女の夢はきっと叶うだろう。努力し、才能を伸ばせばきっと。その時私は何をしているのか。私の血塗られた夢を、彼女は一緒に夢見てくれるのか。そこまで考えて、あり得ないと首を振る。こんなものにつき合わせる訳にはいかない。それはダメなのだ。彼女のために、それは絶対にしてはいけない事なのだ。

 

 ――――――――それでも。もし何も考えなくていいご都合主義の世界があるのだとしたら。その世界ではきっと君と夢を見られるのだろう。それは、どれだけ幸福な事なのか。春の日の中で。私は小さな夢想をしていたのだった。

 

 願わくば、君の夢が叶いますように。と祈りながら。




アンケート回答ありがとうございました。1位が同投票数でしたので、両方書きます。まぁ他にも話はありますので、それも含めて乞うご期待!今週中には公開できると良いな!感想やメッセージの返信はその後編が投稿出来次第やります。しばしお待ちを!

私事ですが、この前尊敬しているハーメルンよう実二次創作総合評価1位の投稿者の方がお気に入り登録してくださっていると知り、失神して死にそうになりました。その後、友人から掲示板とかでたまに見かけると教えられ、見てみると確かにあって失神しそうになりました。これもそれも皆さんの応援のおかげです。頭の悪い私文浪人の語彙力ではこれ以上この感謝と喜びを表現しきれませんが、本当にありがとうございます!


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閑話 11.5章・後編

今回で正真正銘、1年生編は終わりとなります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!予告通り、今回のメインストーリーは坂柳メインヒロインルートとIFのCクラスルートの2本になります。他にも2本ありますが。

どうでも良いですが、八神と聞くと拓也じゃなくて太一が出てくる……。


<IF√・偏愛・坂柳メインヒロインルート>

 

 

「と、とりあえずお友達から初めて貰っても良いですか?申し訳ないのですが、私は貴女をよく存じ上げないので……」

 

 若干引き攣った顔で彼は言っています。あぁ、仕方ありませんね。緊張しているのかもしれません。それに、まだ入学式もしていない段階でこんなことを言うのは少しばかり性急すぎたと自分でも反省するところです。

 

 けれど、少なくともごめんなさいと言われてないという事は、脈ありという事ですね?実質告白成功と思っていいでしょう。私のこの頭脳を以て判断したこの事実に狂いはありません。まず間違いなく、彼は戸惑いの中に私への好意を抱いているはずです。多分、きっと、絶対そうです。

 

「それは将来的にお友達以上になっていただけるという事ですか?そうですね!ありがとうございます」

「いや、あの……」

「ダメ、でしょうか……」

 

 ウルウルと潤ませた目で上目遣いをします。これで落ちない男はいないと中学時代の同級生が言っていました。現に彼はうっ……となっています。これは押せば落ちますね、間違いないでしょう。

 

「わ、分かりました。それはまた、その時に……。そろそろ先生がいらっしゃいますから……」

「ありがとうございます!よろしくお願いしますね」

「あ、この人話聞いてないな……」

 

 何か言っている気がしますが、聞こえません。これで足掛かりが出来ました。ずっと恋している系はポット出の女にとられるとはよく言いますが、そういうジンクスというか鉄則は破るためにあるものです。この私に、運動を除いた不可能はありません。

 

 前の黒板で席を確認すれば、隣でした。これが運命。出席番号という訳でも、誕生日順でも無いでしょう。もし誕生日順なら、私は明らかにこの場所ではありません。加えて、名前順でも無い。どういう基準かは知りませんが、私とここで隣になると言うのはやはり何らかの非科学的な意思が存在していると見て間違いないと言えるのです。

 

 運命の赤い糸はしっかり結ばれているでしょう。結ばれてなくても結びに行くので安心してくださいね?

 

 

 

 

 

 その後の入学式は普通に終わりました。特にいう事もありません。私のここでの目的は、教室に入った瞬間に全部変わりました。元は違う目的でしたが、今の私の目指すのは☆キラキラ☆な青春です。つまり恋愛ですね。これによって青春は輝くはずです。しかし、脚に障碍を抱えた女は通常は地雷案件。こればかりはどうにもなりませんが、それを補って余りある魅力をアピールする必要があります。

 

 誰かの指示に従うのは好きではありませんが、彼ならばいいでしょう。男性は従順な子が好きというデータがあります。彼がそうかは不明ですが、まずは万人受けしそうな態度を見せ、その後好みにあった感じにすればいいでしょう。完璧です。1ミリの揺らぎも無い理論。これが天才の力ですとも。

 

 しかし、ウキウキであった私はミスを犯しました。階段というのは脚を患っている者にとって難点。普段はもっと注意して歩いているのですが、この時はフワフワした気持ちであったためにうっかりと階段を踏み外してしまいました。走馬灯のようにゆっくりと景色が流れ、私は後ろへ向かって階段の上方から落下し――

 

 ドサっ!という音と共に軽い衝撃が私の身体に走り、直に誰かの体温を感じます。恐る恐る目を開ければ、流れるような髪の中から少しばかり焦ったような顔の彼がいました。まつ毛が長いですね。カッコいいです。階段の窓から射し込む陽光を受け、彼の簪についた宝石はキラキラと輝いていました。

 

「大丈夫ですか、お嬢さん」 

「は、はい……!」

 

 お姫様抱っこのようにして抱きかかえられていたのが、地上に降ろされます。もう少しあのままでも良かったのですが、それは私の都合。彼からすれば迷惑ですし、危ないです。その為この判断は正解と言えます。

 

「ありがとう、ございました」

「いいえ。貴女に怪我が無くてよかった。何をしてらしたんですか?」

「少しばかり学校内を探索していました」

 

 そう言うと私は階段の踊り場に設置されている防犯カメラを指さします。彼は納得したように、あぁと呟きました。私と同じ目線をしていたようで、この多くの監視カメラに着目していました。流石です。しかし他に同じことに気付いている生徒はいないようです。つまり、私と彼だけ。運命ポイントが100加算されました。現在の総ポイント数は……もう分からないくらい多いです。

 

「よろしければ、同行させてくれませんか?」 

「あ~まぁ……それくらいなら……」

「お優しいですね!ありがとうございます」

 

 はい素晴らしい。これが出来る女のデートの誘い方です。どうせ来月10万ポイントなんて貰えないでしょうが、少しくらいは使ってもいいでしょう。彼がいなければ徒党を組んでどうこうしようかとも考えていましたが、万が一にも嫌われる可能性がある事をしない方が良いと判断し止めます。

 

 この後でお茶にでも誘えばザ・自然!笑いが出そうなくらい完璧ですね。監視カメラの確認作業と言うあたりが何とも色気が無いですが、実質共同作業。運命ポイントはまた100加算です。

 

「まぁ、じゃあ、行きましょうか」 

「はい、よろしくお願いします」

 

 彼と私は歩き出します。私の歩みはお世辞にも速いとは言えませんが、彼はゆっくりと待っていてくれます。優しいですね。軽率にカッコいいことをしないで欲しい。私が惚れるのはともかく、他の女が寄ってこないとも限らないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。あれから1日グルっと校内を回って色々確認しました。やはり10万ポイントは貰えなそうですが、そんな事は二の次三の次。クラスの内外ではこの前の告白劇に関して色々な人から話しかけられます。彼には申し訳ないことをしてしまったと反省し、ちゃんと謝罪しましたが気にしなくてもいいと言ってくれました。この優しさに甘えないよう精進したいですね。

 

 それもともかく、これはチャンスでもあります。他の女子を牽制し、かつ彼に迷惑をかけないようになるべくこの前のことは言わないで欲しいとお願いすれば彼への被害も減らせ、私の恋敵を減らし、周りに公認させることが出来ます。一石二鳥ならぬ一石三鳥。1つのことで多くの成果を挙げられるのが必ずしも良いとは限りませんが、悪い事でないことの方が多いのも事実。

 

 他のクラスの女子を確認しましたが、顔と性格的に脅威になりそうなのは4人でしょうか。Bクラスの一之瀬さん、Cクラスの椎名さん、Dクラスの櫛田さん辺りは怪しいですね。顔なら堀北さんもですが他とかかわる感じではないので問題ないでしょう。自クラスだと……まぁ私の勝利は固いですね。

 

 そんなことを思いつつ、彼の部屋へと向かいます。一番大事な目的は彼の忘れ物を届けに行くことですが、あわよくば部屋に上がるのが目的。そのまま料理とかも作れれば胃袋を掴むという王道が出来ます。

 

 このために数年かけて必死に中学時代、家で練習したことがありました。指が傷だらけになり、あかぎれやらもしましたがそれでも腕は上達しました。お父様は泣いて喜んでいましたので味は問題ないレベルだと自負しています。

 

 ルンルンとしながら私は彼の部屋のインターホンを鳴らしました。ガチャリとドアが開き、彼が顔を出します。

 

「どうしましたか?」

「これ、忘れていましたので」

「あぁ、わざわざすみません」

 

 そう言っている彼の後ろにある靴。見逃しませんよ、私は。彼の男物の靴の隣にもう一足、明らかに女性サイズの靴があります。泥棒猫がいるのかもしれません。これは危険です。私の中の警報が、マズいと叫んでいます。まるで運命の修正力を受けているかのような感覚。本来の正ヒロインが現れたかのような……。

 

「誰か来たわけ?」

 

 彼の後ろの廊下。そこのリビングに繋がる扉が開き、顔が覗きます。

 

「あ」

「あ」

 

 私の視線の先に居たのは神室さん。なるほど、なるほど!こういう方が好みですか。どちらかというとクール系で、つっけんどんな感じ。ツンデレ?というのが若干入っている感じですか。分かりましたとも。貴方の好みがそうだというのなら合わせましょうとも。取り敢えず髪を解けばいいのでしょうか。

 

 視線を交錯させたまま、固まり続ける私たちを見て、彼が小さくため息を吐きました。

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双⑦、文学少女編・IFルートCクラス>

 

 

 私と彼の関係性はただの友人。そのはずだったのです。しかし、それは時を経るにつれて変化していってしまいました。最初は特に何も感じていなかったのです。言い方は良くないかもしれませんが、路傍の石。街中を歩いていて、すれ違った人に何も思わない、もっと言えば数秒後に忘れている。そんな感じと言えばいいのでしょうか。私にとって、対人関係などその程度のものでした。

 

 本の中には、現実世界よりももっと広い世界が広がっている。だからこそ、私は煩雑で煩わしい現実世界よりも、空想の世界を選びました。それが例え虚構のものであったとしても、そこに物語として存在しているという事実、そしてそれに私が心を動かしたという事実は確かに存在しているのですから。

 

 文学も、小説も、決して綺麗ごとではありません。どす黒い人、欲に塗れた人、自分に都合よく生きている人。そんな醜さも、容赦なく物語は暴き出します。けれど、彼らは皆どこか真っすぐに見えました。キャラクターがブレては物語はおしまいですから、当然と言えば当然ではあります。けれど、それでも私は彼らの中にどこか一本筋があるように思えたのです。

 

 例えばダブルスタンダードなキャラクターであっても「ダブルスタンダードである」という性質に関しては一本筋が通っています。それが私には綺麗に見えました。現実世界は当然、キャラクターではありません。意思があります。だからこそ……私にはあまり好きになれませんでした。 

 

 その中でも最も嫌いだったのが暴力性のある人です。暴力に頼ってもいい事など何もないように思えたのです。人には言葉がある。それでこんなにも素晴らしいものを紡げる。にも拘らず、暴力を振るい、争い合う。それは私にとって愚かしいことのように思えました。そして私が非力であるのも関係しているのでしょうけれど、巻き込まれたくない、と強く思ったのです。

 

 小学生の時でした。クラスで喧嘩が起きたのです。私は隅っこで本を読んでいるだけの少女でしたから、興味がありませんでした。しかし勢いあまったその男子は殴り合いの中で窓を割ったのです。その時の破片が手に刺さりました。血が滲み、とても痛かったのです。その時から、より一層暴力沙汰は嫌いになりました。

 

 争わないといけないのは理解しています。この学校はそういうところであるのも、理解しています。龍園君が私の嫌うそれを得意としているのも知っています。だけれど、苦手なものを好きになれるほど、私は単純では無かったのです。

 

 

 

 

 私と彼が初めて話したのは図書館でのことです。あの頃はまだクラス間闘争というものは知らされていない4月のことでした。

 

 前々から興味を持っていました。確かに最初は路傍の石でした。しかし、ある時、彼は本を読んでいました。このクラスで読書にいそしむ生徒は私くらいしかいないと思っていたのに。タイトルは『1984』。英国の作家であるジョージ・オーウェルの名作ディストピア小説です。私も読んだことはあります。ただし、彼は英文で読んでいました。ある時は東野圭吾、ある時はエラリー・クイーン。そして極めつけにはコナン・ドイルの『緋色の研究』。おそらく初版です。話しかけようかどうか迷っていたところ、図書館のミステリーコーナーで選書をしている彼を見かけたのでした。

 

 声をかけて、話をしました。まず驚かされたのはその深い知識と教養。私の語りもずっと聞いていてくれました。私の語りは長いうえに興味がない人にはとことん興味がないジャンルです。両親も、あまり本を読む人ではありませんでした。なので私は語れる人がいなかったのです。

 

 小中学生の時も、ずっと本ばかり読んでいる私にかまってくれる子はいませんでした。話し始めて気付けば閉館時間が来ていました。その日から、私たちの交流は始まったのです。新作が出れば本屋さんへ行くのも一緒に来てくれました。

 

 友達とお出かけ、というシチュエーションは私の人生における初めての出来事でした。しかも本関連という私にとって得しかない事態です。私はかなり嬉しかったのです。それこそ、今でも夢に見るほど。

 

「彼らの人生は鮮烈だ。そして、誰かの記憶に残る。私は、そうありたいのです。何かを為して、それが誰かの記憶に残っていて欲しい。そうすれば生きた意味を後世の誰かが見出してくれるはずですから。だから私は物語を読むのです。そこにいる彼らは虚構であろうとも、その本がある限り、もしかしたら無くなっても誰かの記憶で生きるから」

 

 どうして本を読むのかと問うた私に、彼はこう答えました。西日の照らすカフェで、彼は私に微笑みながら答えてくれたのです。私はやっと自分を理解してくれる人が現れたような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 この間に龍園君主導で彼も含めつつ、色々と策謀していたようですが私とは変わらず付き合っていてくれました。しかし、私にとって少し残念だったのは彼がDクラスを陥れる計画に参加していたことです。どうして争わないといけないのか。彼に少し厳しく詰るように言ってしまった私に彼は真剣に答えてくれました。

 

「争いなんてない方が良い。ここでもそうです。私たちがおとなしくしていれば貧苦かもしれないけど、争わずには済む。けれどこんなクラスでも夢を持っている人がいるんです。上を目指したいと言っている人がいる。私は、彼らの思いを否定はできません」

「……分かっています。分かってはいるんです。でも、私は……」

「争いを無くすことは出来ないかもしれません。しかし、そのやり方をどうにかすることは出来る。私は最善ではなくても次善を目指しています」

「次善、ですか」

「ええ。龍園君は確かに椎名さんの言う通り、暴力的な人です。しかし私が配下に入る事でどうにかこうにかいい方向へクラスの行く道を、そして彼の取る道、彼自身を持っていけるのではないかと考えました。動かなければ何も変えられませんが、動けば何かが変わるかもしれないのですから」

 

 彼の言葉は私に深く刺さりました。確かに、私は自分が被害に合いたくないからと逃げていた。逃げる以外の行動をとってこなかった。私は弱さを言い訳にして逃げていただけなのかもしれません。

 

「貴女が揉め事を好いていないのはこれまでのお付き合いで知っています。しかし、私がいなければ龍園君はもっと悪い方向に流れてしまうかもしれません。ルールの中で争う必要があります。ここに在籍している以上、争いは避けられない。それでも、どうにかまともな方向に持っていくことは出来ます。私がいればいいのですが、常に一緒にいる訳にも行きません。金田君は伸びしろはあるのですが、まだ龐統役にはなれません。いつか馬良や法正のようになって欲しいのですが……。それはさておき、私には、そしてCクラスには、貴女の力が必要です。このクラスを、よりよい方向に導くために。どうか、お力を貸していただけませんか」

 

 彼は私が必要だと言い、そして手を差し伸べました。私は少しだけ迷います。これを取れば、もう平穏な日々には戻れない。策謀と争いが渦巻く中に行かなければいけない。彼と穏やかに過ごせただけでよかった時間は終わるでしょう。

 

 けれど、彼は忙しい。それは知っています。だから、私がここでこの手を取らないと彼は行ってしまう。なのだとしたら……。そう思って私は彼の手を取りました。敢えて彼の部下になるならばという条件を付けたのは、それだったのならば共にいても不自然ではないからです。これで良い。これで多少のコラテラルダメージを受ければ今まで通り彼は私を見てくれる。そう、油断していました。

 

 

 

 

 

 2学期。あの無人島を終え、地獄の体育祭を終え、私たちのクラスに新しいメンバーが来ました。それは良いとしても、彼女は……彼女は私と彼の交流の時間を減らしてしまいました。これで彼や彼女を恨むのは筋違いだと思っています。接し方は今までと同じですし、友人、という関係は守られています。それでも、私は……。

 

 心の中が痛いのです。私の知らない話を、彼女としているのをクラスの中で見るのは。今までそこにいたのは私なのに。私が、彼と話していたのに。私はこの感情につけるべき名前も見つけられず、日々募っていく痛みを抑えながら過ごしていました。

 

 その時です。龍園君が声をかけてきたのは。

 

「おい、ひより」

「なん、でしょうか……」

「ちょっと来い」

 

 龍園君は私を連れ出します。校舎裏の人気のない場所で、彼はポケットに手を入れながら話し始めました。

 

「お前、最近調子悪いだろ」

「い、いえ……そんなことは……」

「いや、明らかに浮ついている。授業中も上の空だ。本当は気付いているだろ」

「……はい」

「原因は何だ。ま、大方予想はついているがな。言うだけ言ってみろ」

 

 私は少しずつ自身の感情について話をしました。非常に要点を得ていない内容でしたし、抽象的すぎる話だったと思いますが龍園君はじっと我慢して聞いてくれました。日頃の態度とは違いましたが、案外これが彼の本来のあり方なのかもしれません。

 

「……まぁ分かった。要するにひより、お前はあいつが好きなんだろ」

「え……」

「案の定気付いて無かったな。良いか、お前はあいつが好きなんだ。まずはそれを自覚しろ」

「私が、孔明君を?」

「そうだ。そう言ってるだろ」

「で、でも……」

「あー鬱陶しい女だ。良いのか?お前、このままだと負け犬だぞ」

「負け犬」

「ああ。負け犬だ。あいつは優しいからなぁ。あいつと誰か、例えば神室との結婚式にもお前を呼ぶだろうよ。()()だからなぁ?お前は好きだった友人が結婚するのを友人席で見守っている訳だ。悔し涙を流しながらな」

「……」

「俺は恋愛沙汰は知らん。勝手にしろと思っているがな、お前ら2人が調子悪いとこっちも困る。だからさっさと告白するなり何なりしてこい」

「で、ですがいきなりそんなことをしたら迷惑では」

「面のいい女に告られて嫌な奴はいねぇよ。それとも、神室とあいつがどんどん近づくのをずっと苦しみながら見てるのか?そんな負け犬根性の奴は俺のクラスにはいらねぇ。お前も女だろう?プライドかけて、好きな男くらい落としてこい」

 

 動かなければ、何も変わらない。状況は今までそれでよくなってきたけれど、これからもそうとは限らない。龍園君に諭されて気付きました。情けないことに、私は私自身の感情にすら向き合えていなかった。

 

「行け」

「……はい。ありがとうございました!」

 

 私は走り出します。絶望的なまでに足は遅いですが、それでも。今動かなければ。この感情のうねるような大波に乗らなければ、私は一生逃げ続けるだけだと思うから。自分の思いを告げることも出来ず、負けたまま終わるなんて嫌なのです。私は彼が好きだ。一緒に居たい。彼が隠しているものも全部全部知って、私は共にいたいのです。

 

 それが何であろうと構いません。実は暴力的であったとしても、直せるはずです。罪を犯していたとしても、優しい彼がそれを心から望んでいたとは思えません。私は好きなのです。今なら断言できる。本の中の虚構と同じくらい良いものが現実にもあるんだと、そう手を引いて教えてくれたから。負けたくなんかない。負けるのは嫌だ。生まれて初めて、私は争いを肯定しました。醜く、自分本位。あれほど貫いたスタンスを裏切ってでも、私は、私は――――!

 

 

 

 

 

 

 屋上に彼を呼びました。西日が私たちを照らします。少しだけ寒くなった海風が私の心を押すように微かに吹いていました。私は、わざわざ多忙の中来てくれた彼にお礼をして、この心臓を抑えながら声を放ちます。喉の奥から、激しすぎる鼓動を作っている心臓は今にも飛び出しそうで、私の頬は熱で赤く染まっていることでしょう。

 

 恋物語のヒロインのように、或いは女主人公のように綺麗には行きません。でも逃げないと誓ったのです。息を吸い込み、私は人生で最大の緊張と共に愛を解き放ちました。

 

「好きです!私と――私と一生一緒に居て下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り去る背中を龍園は鼻で笑いながら見ている。

 

「青春してやがるな、まったく」

 

 ぞわぞわする、とぼやきながらも彼の口元は笑っていた。その目に他クラスから恐れられる剣呑さはない。

 

「さて、ひよりは戦いに行った。なら俺も戦わねぇとな」

 

 先日、新しい生徒会長である南雲から挑発を受けていた。もし俺に従わないならお前のクラスの生徒を何人か退学させてやると。それを無視して今までやって来たが、そういう訳にもいかないだろう。南雲の手は一之瀬を通じて伸びて来るはずだ。

 

「家臣が王を守るなら、王も家臣を守らなきゃなぁ。そうだろ、軍師」

 

 笑いながら王は行く。もし彼の背中に旗が翻っているのだとしたら、そこに描かれているのは日頃自分自身を例えている龍ではなく。

 

 

 

――――――劉の文字であろう。

 

 

 

 

 

 

 

<言葉 side神室真澄>

 

 

 私はかれこれ1時間ほど、ずっと本屋の棚の前に居た。ケヤキモールに入っている本屋はかなり大きい。都内にいくつかある大型書店と同じか少し小さいくらいの売り場面積だった。学生が客層の主体だけれど、色々な本を読んで欲しいという学校の思惑か、マルチなニーズに応えようという本屋側の考えかは分からないけれど、とにかく大体の本は揃えられるのだ。

 

 私はそんな大型書店の棚の前でああでもないこうでもないと唸っている。コーナーは語学書。そこには所狭しと英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、イタリア語、スペイン語、韓国語などの本が列挙されている。単語、文法、会話……等々だ。その中でも私が立っているのは中国語のコーナー。どれが良いのかと見比べて色々悩んでいる。

 

 無難にNHK辺りが出しているのを使うべきか、他にもあるけれど……みたいな悩みだ。昔の私はこんなにケチケチしてはいなかったけれど、ここでは無駄遣いはそんなにできない。この前の特別試験の残念会(?)みたいなものでやけ食いしてしまったので、少し節約したかった。

 

 じゃあ買わなければいいじゃないかという話なのだけれど、私はそれでも欲しいと思っている。ここを卒業し、大学に進めばもうしばらく会えなくなってしまう。彼は国へ戻るだろうし、私は学業に専念しないといけない。けれどそれが終われば私は自由に生きられる。どうするかは自分で決められる。その時にどうしたいか具体的なものなど何も決まっていないけれど、1つだけやりたいことがあった。それが中国へ行く、だ。

 

 彼が育った国、生きている国。そこがどんなところなのか。もちろん知識だけは知っている。けれど、知識だけじゃない生の世界を見たかった。もしかしたら私は世界を見てみたいのかもしれない。知識は彼の授業で万全に叩き込まれている。ならば今度はそれを活かして実際に見てみることをしたいんじゃないか。今はそう思っている。百聞は一見に如かずとも言うし、豊かな人生経験は創作のいい土台になるはずだから。

 

 彼は驚くだろうか。驚いてくれたら良いなぁ、とぼんやり思っている。少しだけ悩んで、私は数冊を手に取ってレジへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 私の個人情報は全て破棄されている……らしい。本当かどうかは分からないけれど、多分信じて良いだろう。彼は言いたくない事は言わないタイプだし、こういうところで嘘はつかない人だと思っている。それに、今までの状態でも私はしっかり言う事を聞いていたつもりだ。彼がデータを破棄しようとしまいと、行動を変える気はなかった。だから破棄したのは本当で、彼自身の感情によるところなのだと思っている。

 

 私を信頼しているのかと思って一瞬喜んだが、自由だのなんだの言っているのを聞いてガクッときた。その後ムカッとした。コイツは何でこう、私が嫌々従っていると思っているのか。そういう態度を出したつもりはない。それに、嫌だったら休日一緒に出かけたりしない。だから差し伸べられた手はノータイムでとった。この人がそうすることでしか私を信じてくれないなら、それに応えるしかない。

 

 もしかしたら、彼は人を信じるのが苦手なのかもしれない。賢く、物事を色々考えられ、複数の可能性を考慮できるからこそ、彼は相手の心情が根本的なところで分からない、というより相手が自分を信じていない可能性を考えてしまうのかもしれない。そう思った。だとしたら、それは凄く……可哀想というより、悲しい事だと思う。

 

 結婚願望やら青春願望はそれに裏付けされた思いなのかもしれない。人を信じるのが苦手だから。だからこそ、結婚することで信じるための条件を付けているのかもしれない。私は大概自分が面倒だと自覚しているつもりだけれど、彼は彼で案外面倒な人なのだろう。だからと言って嫌いになったりはしないけれど。

 

 私は自分の意思でここにいる。それは決して嘘でも偽りでも無い。私は私がそうしたいからしているだけだ。私は夢を見つけた。じゃあ、彼の夢は何なのだろうか。私がそれを聞いても、彼はいつも肝心なところを誤魔化す。いつの日かそれを告げてくれるのだろうか。私に、その全てを。その時私は――――。

 

 4月が来た。2年生としての1年間が始まる。きっと生半可では終わらないだろうし、また面倒ごとに幾つも巻き込まれることになるのだろう。けれど、それは面倒ではあるけれど嫌ではなかった。携帯のケースの裏側に貼ったプリクラの中に、微妙そうな顔の私と楽しそうな彼が写ってる。普通は逆だと思うのだけれど、この奇妙な感じが私たちらしいと言えばそうなのかもしれない。

 

 新学期最初の日。まだ残っている桜の花が咲いている。もう数日もすれば葉桜になってし舞うだろうけれど、まだまだ春爛漫という雰囲気が満ちていた。春休みの間に自クラス他クラスを問わず複数カップルが成立したらしく、陽気と同様に生徒も春になっている。

 

 私はというと、浮いた話などなく。春休みは大体勉強だった。とは言え、その合間を縫って密かに春休み中に練習したものの成果――と呼べるほどではないけれど――を見せようと思う。そうすれば少しは驚いてくれるはずだ。 

 

「ねぇ」

「どうした?」

我期待今年再次与您合作(今年もよろしくお願いします)

「……驚いた」

 

 目を丸くした彼は私の顔を見つめて心底驚いたように言った。

 

「サプラ~イズ」

 

 私はそう言ってみる。去年の春は私が彼に驚かされて、というか脅されて始まった。今年の春は私が驚かす番になっても悪くはないと思う。それに見逃してはいない。彼の目の中に、驚き以外に少しだけ喜びがあったように見えた。もしこの見立てが間違っていないなら、それは大成功だったことになる。私にとってはとても喜ぶべきことだ。 

 

 卒業しても、こういう関係で居られればいいのに。桜吹雪の中、そう思った。

 

 

 

 

<赤い少女と復讐鬼 side八神拓也>

 

 

 あの男を倒す。綾小路清隆を倒す。必ず、この手で。直接葬り去ることが出来る、唯一無二のチャンスが巡ってきたのだ。これまでの生涯、その全てを綾小路清隆と比べられてきた。ああなれと言われ、自分たちの個性など知らないままに。『1年前の綾小路清隆は、もっと凄かった』。この言葉に憎悪だけを燃やしている。

 

 絶望して、苦しんで、悲しみながら退学して欲しい。自分など、その程度だったのかと思いながら、死んでくれ。心からそう思っている。そのためには常識などという絵空事はかなぐり捨ててしまう方がいい。言うなれば、殺してしまうのも‥‥問題解決方法の1つだ。そうすれば、僕が1番になれる。誰もが僕を認めてくれる。

 

 バスは高度育成高等学校、僕らの戦場を目指し走っている。この先にあの男がいる。

 

 

 

 憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで

 

 

 

 

 殺したいほど憎い人間がそこにいる。あぁ、もうすぐだ。もうすぐで僕が1番になる為の手段が整う。これまでの10数年の人生が無駄じゃなかったと、必ず証明してやる。けれどいきなりどうこうすることはできない。生半可なやり方では返り討ちにあってしまう。

 

 低俗で凡庸な他の生徒と組むのは嫌だけれど、まずは自分の学年で信頼を勝ち取り、学年を通じて綾小路を退学にさせればいい。幸い、月城が理事長代理で赴任している。動きやすいはずだし、既に手は打っているはずだ。

 

 バスの中で唇を噛み締め、この収まらない憎悪を宥めた。その時だった。停車したバス停から1人の人間が乗ってくる。憎悪が一瞬どこかへ行くくらい、僕の目はその存在に引き付けられた。赤みがかった髪、真っ赤なマニキュアと口紅。髪飾りまで赤い、深紅の少女。周囲も彼女に目を奪われている。 

 

 その彼女は高度育成高等学校の制服を着ていた。しかしそれ以上に目立つのはその上に真っ白な白衣を着ていたことだ。鞄も茶色い少し大きめなものだった。その目は赤褐色のような色をし、そしてゾッとするほど空疎に思えた。彼女は目の前を見ながら、遠くを見ているのではないか。逆に遠くを見ながら目の前を見ているのではないか。判別がつかない。判断がつかない。

 

 頭が混乱する。いけない。このままでは自分の任務に支障が出る。そう思い見ないようにしようとした。だが彼女は僕の方へやってくる。

 

「隣、良い?」

「あ、はい、どうぞ」

 

 少し上ずった声で僕は答えた。彼女の声はどこか眠気を誘うような、朦朧とするような声だった。不快感は無い。安心感すら覚えた。今までの人生で味わったことの無い感覚だ。

 

 少女は前を向くのではなく、ずっと僕の方を見てくる。その意図が分からず、僕は目線を逸らそうとしたがどういう訳か逸らせない。まるで催眠術にでもかかったようにその目の奥底から、自身の眼差しを逸らすことは出来なかった。

 

「怒り、焦り、悲しみ、洗脳……憎悪?」

 

 驚愕のあまりバスの窓を突き抜けて外に飛び出るかと思った。彼女は僕の感情をまるで手に取るように読み取った。ただ、目を見るだけで。どこかで漏れる事は無かったはずだ。感情は完全に隠している。それはもう1人の刺客も保証していた。なのに、どうして。

 

「あなたは(わたくし)の患者ですね。あぁ、救済すべき者がここにも1人。ええ、必ず救いますとも。あなたはまだ、間に合うのですから」

 

 そう言いながら、怖さを感じるような色っぽいような艶めく顔で小さく笑う。その顔から、僕は目をズラすことが学校到着まで終ぞできやしなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<おまけ・キャラ設定公開>

 

氏名:諸葛孔明

誕生日:10月1日(中華人民共和国の国慶節=建国記念日)

性別:男

学力:A+

知性:A

判断力:A+

身体能力:A+

協調性:B

容姿:A

好きな物:日本文化、自国の文化

嫌いな物:共産党

好きな人のタイプ:努力する人。異性ならちょっと面倒な方が良い。

嫌いな人のタイプ:自分が恵まれていると気付かない人。思慮の足りない人。

趣味:日本文化、教材研究、アンティーク

尊敬する人:諸葛亮孔明

座右の銘:絶望の中にも希望あり

特記事項:霊視体質、性的被虐待経験、殺人者、軽度人間不信、家族希求願望

家族:父親・鳳統元(他界)、母親・諸葛桜綾(他界)、従妹・諸葛魅音、祖父・諸葛玄龍

階級:特任少将

夢:政権転覆

 

<現状(3月末)収支>

 

・収入→48万2300pp(1月分の15万8900pp+2月分の18万1700pp+3月分の14万1700pp)

・支出→8万pp(生活費など)

・現状保有ポイント→302万6700ポイント(既に所持の262万4400ポイント+収入-支出)




 前にも書きましたが、彼の根本は私の昔書いた中二病設定ノートから引っ張っています。なので、見ようによってはかなり中二病っぽいと言いますか、子供っぽい感じを与えてしまっているのかなぁとは心配していたのですが、ここまで読んでくださった方には多分受け入れて貰えていると思うので、嬉しく思っています。

 オリ主のよう実二次創作は多くありますが、こんな作品で果たして大丈夫なのかとは常々思っていました。坂柳没落だの佐倉の進化だの戸塚の覚醒だのあり、加えて月城や真澄さんにも色々設定を追加してしまいました。原作のキャラが好きという人には微妙かもしれないと毎回震えながら投稿していましたが、幸いにも好評を多くいただき安心している次第です。

 実は孔明の設定が固まったのは2章くらいの頃でした。それまでは色々と迷いながら脳内設定を引っ張り出しつつ頑張っていたのです。シナリオもある程度枠は出来ていたつもりでしたが思ったよりずれてしまったり、書く直前で迷ったりの繰り返しでした。なかなかうまく行かないものです。また、思ったよりも物語が短かったのも自分の中ではこれでよかったのかと思っています。二次創作とは言え、原作のあの長大かつ広大な物語をたった70万文字の中に収めてしまっているわけですし、章もものによっては数話で終わりになっているので駆け足になってしまっていないか心配をしながら書いていました。

 重ね重ねになりますが、ここまで読んでくださってありがとうございました。この物語はまだまだ続きますが、ひとまずここで区切りとなります。出せてない設定なども多くありますので、今後も期待して読んでいただければ幸いですし、私も多くの方に読んでいただけるよう精進する次第です。今後もふらりと後書き等で設定など公開するかもしれません。

 最後になりますが、この作品を通じて出会えた皆さまに感謝を!本当にありがとうございます。今後の拙作にも是非ご期待していただければ幸いです。それでは今度は2年生編でお会いしましょう!年生編は終わりですけど、完結ではないですからね!完結ではありません!大事な事なので2回言いました。2年生編以降も続きます!


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2-1章・人の名声は、それを得るために用いられた手段によって評価されるべきである
61.1番人気


我慢できなかったんですよ~。とは言え、2年生編は第1巻が今年の限界です。2巻~の無人島ver.2は時間がかかりすぎるのでどう頑張っても来年です本当にありがとうございました。


自分になりなさい。他の人はすでに他の人がなっているのだから

 

『オスカー・ワイルド』

―――――――――――――――――――――――――

<暗幕の中で>

 

 

「とどのつまり、友軍と呼べるのは2名と」

「はっ!その通りであります」

 

 モニターの前で長髪の男が深々とため息を吐く。外の春爛漫とは対照的に、部屋は暗く閉ざされていた。普段此処にいることの多い少女も、今日はその姿が無い。画面の向こうでは、隻眼の軍人が話していた。

 

「七瀬は結局ねじ込めたのだな?」

「はい。護衛と共にねじ込めました。坂柳理事長が身を隠し、混乱している最中でしたので割と容易に」

「なるほど。配属クラスは?」

「そこまでは。本人に聞いていただければと思います。監視役も配置しておりますので、行動に関してはご安心ください」

「外では複数人いたはずだ。誰を入れた」

「陸瑞季です」

「……アイツか。う~ん、アイツか……」

「生意気なところもありますが、体術はぴか一です。それは閣下もご存じのはず」

「やる気にムラがあるのが問題なのだ。それ以外は優秀なのだがな。ウチはこんなのばかりだ」

「今回ばかりはしっかりとやるでしょう。日本名の読みは(くが)瑞季(みずき)です」

「そうでなくては困る。呼び名は承知した。向こうにも徹底させているな?」

「無論です」

 

 男はもう一度ため息を吐いた。七瀬翼。去年色々あって保護した少女である。ホワイトルームへの武器になる可能性を秘めた存在の1人である。また、松雄栄一郎を手駒にしておくためにも必要な存在だった。それゆえに、厳重に保護しないといけない。外にいるよりもここに送ってしまった方が接触を減らせる。

 

 また、七瀬本人の強い希望によってこの高度育成高等学校へ送る事が決定していた。護衛役をねじ込むかは揉めたが、最終的には男――諸葛孔明の従妹の存在が決定打となり、ねじ込むこととなった。

 

「皆、つつがないか」

「はっ!壮健に過ごしております。ただ……」

「ただ、なんだ」

「その……党内に民国政府を攻撃すると息巻いている連中が多くなってきまして……」

「え、それは困る。軍は?」

「猛反対しています」

「だろうな。ウチの派閥はまず間違いなくやりたがらないし、他も同様だろう。現状ほぼ勝ち筋が無い。台湾に滅ばれる訳にはいかないんだ」

「強硬派の懐柔・粛清を進めている最中です」

「ならばいい。そちらに細かいところは任せる。引き続き励んでくれ」

「承知!」

 

 敬礼をして通信は切れる。諸葛孔明はしばしの沈黙の後に呟いた。

 

「晩飯作らないと」

 

 彼の精神は今、諸々の問題を抱えつつも安寧の中にあった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 年が明け、新学期が始まる。春休みの間に学校は大改装をしていた。黒板はホワイトボードに代わり、デジタル化できるようになっている。教科書も全てタブレットとなった。電子書籍の普及が目覚ましい今日、タブレットになっているのである。これは一長一短あるので必ずしも良いこととは言えない。とは言え、革新しようと努力しているのは伺えた。

 

 タブレットは生徒に1台与えられており、教室後方には高速充電可能な機器も新たに備え付けられた。万一授業中にバッテリー切れにならないよう、モバイルバッテリーまであった。持ち帰りは原則禁止だが、データは移動させられる。じゃないと持ち帰って復習できないので当然ではあるが。

 

 ポイントを使った席替えも出来るといわれたが、ウチはくじ引きで移動することを提案。それが通り、今度やる事になっている。坂柳の隣は飽きた。

 

 始業式が終了し、この後は授業が2時間分入っているがガイダンス的なものらしい。多分特別試験だ。それはさておき新学期がスタートしたわけだが、まずやる事がある。それは無論戻ってきた坂柳の処遇に関してである。教壇に立って、パンパンと軽く手を叩いた。それまでの私語は無くなり、全ての視線が私に集中する。

 

「さて、今後2年生が始まる訳ですが、我がクラスはその前にやるべき事が1つあります。入って来なさい」

 

 しょんぼりした顔で坂柳はオドオドしつつ入室してくる。途端にクラスの空気がドンと重くなった。苦々しい顔の者、露骨に蔑んだ顔をする者、他にもいい感情を浮かべてる人などいない。真澄さんも半ば呆れた顔をしていた。

 

「ほら、突っ立ってるな。やる事をやれ」

「うぅ……。この度は、私のせいでクラスポイントを大きく損ない、挙句の果てには皆様に不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げた。しかし、それで溜飲が下がれば苦労しない。ごめんですんだら警察はいらないのだ。当たり前であるが、生徒は険しい顔のままである。

 

「謝ったから許せ、というつもりは毛頭ありません。被害者には許さない権利というものが存在しています。当然、彼女を今後も許す必要はないのです。とは言え、戦力として使えるのは事実。最低限ケジメはつけるようにとこうして場を設けました」

 

 今後、彼女はかなりおとなしく過ごすことを余儀なくされる。監視するのは学校だけでなくこのクラスの全員、主に女子全員である。女性同士の監視は恐ろしいものがある。変なことをしようものなら、一発で注進が飛んでくるだろう。そうなればもうアイツはおしまいだ。それくらいは分かっているはずである。

 

「先の特別試験。敗戦してしまいましたが、彼女なりに反省の証として私の命に従って堀北さんの思考を誘導、混乱させていました。事実、堀北さんの思考を誘導するのには成功しています。これで罪が帳消しになる訳ではありませんが、反省の色を示しているという事で、一旦溜飲を下げていただき今後も知的労働でこき使っていくことを提案します」

 

 まぁ仕方ないか、という雰囲気に少しずつなっていく。彼らも分かっている。これ以上坂柳をつるし上げても自分が惨めになるだけなのだと。もう何もない少女を踏みつけても、自分が哀れにすらなることを知っている。そう言う風に彼らが思っていることを坂柳も自覚している。だからこそ、さらに惨めになったようで縮こまっていた。

 

 過去は変わらない。であればこの哀れな生き物を精々自分たちの役に立つように使うか。そういう風になってくれている。ありがたいことだ。理知的な人間の集まりというのはこういう時に大変助かる。

 

「今後、もう一度彼女が故意に損害を与えた場合は、問答無用で退学させます。それを条件に、最後の機会を与えたいと思います。どうでしょうか。反対の方は?」

 

 苦い顔の生徒もいるが、有用性も理解しているようで反対者はいない。それを見て私は軽く頷き、俯いている坂柳へデコピンをかました。

 

「あうっ!」

「なに下を向いている。寛大なクラスメイトが受け入れてくれたんだぞ。感謝の1つや2つ、したらどうなんだ」

「あ、ありがとうございます……。精一杯頑張ります……」

 

 ペコペコと頭を下げ、彼女はしょぼくれたまま席に座った。明らかに精神的に疲弊している。これまで本気で謝罪などしてこなかったのだろう。誰かに謝り、蔑まれ、哀れまれるだけでも相当なストレスを感じているのは確かだった。とは言えこれは罪の清算。頑張って欲しいものだ。もしかしたらそのうち、許される日が来るのかもしれない。

 

 今後私が積極的にこき使う事で彼女の地位が高まらないようにしつつ、溜飲を下げてもらうこととしよう。戦力としては実際有能ではあるのだ。綾小路が絡まない限りは裏切ることももうしばらくは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 坂柳の謝罪会見が終わったすぐ後に先生が入ってくる。その顔は真剣であった。

 

「全員揃っているな?これより皆に作業をしてもらう。全員、携帯を取り出し、机の上に置くように。忘れた生徒はいないな?いるとすればすぐに取りに帰ってもらうが……流石にいないか」

 

 携帯はすっかり必需品である。最早この学校では手放せないだろう。

 

「ではまず、各々学校のHPにアクセスし、新しいアプリケーションをインストールしてもらう。ちょうどこの時間からダウンロード可能だ。アプリの正式名称はOver All Abilityであるが、インストール後は『OAA』とだけ表示される。分からない者がいれば挙手を。終わったら再び机の上に携帯を戻すように」

 

 IT化の進んだ現代、アプリのインストールなど誰でもできるだろう。すんなりとインストールは終わった。

 

「このアプリは全校生徒が一斉にインストールしている。今後、高度育成高等学校で過ごす際に様々な恩恵を与えてくれるだろう。立ち上げてみなさい。学生証をカメラで読み取れば自動で初期セットアップが完了する仕組みだ」

 

 指示に従えば、カメラが学生証を認識。顔写真や学籍番号などが読み取られログインが進んだ。学生証の顔写真、もう少し良いのがあったのではないだろうかと改めて見返すと思った。

 

「このアプリは各生徒1つずつアカウントがある。今後はログインは必要なく、携帯と紐づけだ。一層取り扱いには注意しなさい。この中には全学年の個人データが入っている。2年Aクラスを押せば、自分たちの名前が五十音順に表示されるだろう。まずは自分のものを確認することを勧める」

 

 言われたとおりに押せば、確かに2年Aクラスの名前が五十音順になっている。諸葛は最後のほうなので下にスライドすれば、存在した。名前をタップするとゲームのステータスのようなものが現れた。

 

「そこに表示されているデータは1年生の終了時までの成績を基に学校が作ったお前たちの個人成績だ。自分たちのクラスだけではないぞ。他クラスは無論、全学年のものを閲覧できる。尤も、1年生は中学時代の資料を参考に、という事になるが。今後の教育に必要と判断し、採用された」

 

 多分南雲の差し金だろう。だが、これに関しては評価しても良いと思う。一見するとデータ管理化のようで嫌な人もいるかもしれないが、これは自分の弱点を客観的に見直して修正することができるチャンスだ。自分の成績が分かれば、どこを直せばいいのか、どこが優れていると見られているのか、ライバルは誰か等がわかる。

 

 個人主義的なところもあるが、メリットも大きい。称賛するべき点も多かった。

 

 画面の左上には『?』マークがある。大体こういうのは説明だと思い、そこを押せば項目ごとの詳しい説明が出てきた。

 

・学力……主に年間を通じて行われる筆記試験の点数から算出。外部試験資格検定などの成績もここに反映される。

 

・身体能力……体育の授業での評価、部活動での活躍、特別試験等から算出。ただし一概に運動神経ではなく、音楽や芸術などの能力もここに反映される。その際は大会や部活動などの結果をやはり参照する。

 

・機転思考力……友人の多さ、その立ち位置を始めとしたコミュニケーション能力、機転応用が利くかどうかなど、社会への適応力を求められ算出される。グループワークやプレゼンなどもここで評価する。部活動での交流などもここに反映される。

 

・社会貢献性……授業態度、遅刻欠席を始め、問題行動の有無、生徒会所属による学校への貢献、学校外での行動など様々な要素から算出される。

 

・総合力……上記4つの数字から導きだされる生徒の能力だが、社会貢献性は半分にして算出される。具体的には、(学力+身体能力+機転思考力+社会貢献性×0.5)÷350×100の四捨五入で計算。

 

 となっている。

 

「このOAAの数値は最大で100だが、100は存在しないようになっている。というのも、100というのは限界、つまりはその生徒にもう成長の余地はないという意味になってしまう。それは生徒の限界をこちらが勝手に測定しているという事だ。これは生徒に対しても失礼であるという理由で、事実上の最大値は99となっている」

 

 今の話を概算して、自分の数値を改めて見直した。

 

2-A 諸葛 孔明(もろくず よしあき)

 

1年次成績

学力    A+(98)

身体能力  A(94)

機転思考力 A(90)

社会貢献性 A−(88)

総合力   A(93)

 

 う~ん、正直物申したい部分はあるが、それでも概ね大体こんな感じであろうとは思われる。学力A+は現状学年で私しかいない。そもそも何らかの数値にA+がついているのは、ポチポチ触ってみた感じであると学年だと須藤の身体能力A+(96)と一之瀬の社会貢献性A+(96)しかない。各パラメータでAを貰っている生徒もそう多くはない。そう考えればかなり高評価を貰っていると見て良いのだろう。

 

 南雲には機転思考力と社会貢献性で一歩及ばないが、これは友人の多さだろう。向こうは学年全体だからな。生徒会長というのも社会貢献性に影響しているはずだ。総合値ではほぼ互角。それで我慢することにしよう。

 

「今は1年生の最後の成績のみが表示されているが、2年生になった今日からは現在進行形で評価が変動する。一挙手一投足が評価されていると思った方が良いだろう。更新は各月の初めだ。当然下がることもあり得るので数値の高かった生徒も気を抜かないように」

 

 これは大きい。今まで交流の無かった上級生やこれから入ってくる下級生の成績も分かる。また、教える上でも学力がどの程度伸びれば評価につながるのかを考えることも出来るので助かる。情報収集はしやすくなったが、同時にこちらの情報も丸裸だ。1年生の成績は中学3年生の際のものらしい。つまりは、あまり当てにならない数値もある。機転思考力なんかは人間関係が変われば大きく変化することもあるからだ。

 

 ただの便利なツールで終わらせる気は毛頭ないだろうし、今後これを活かした何かがあるはずなのは間違いない。また無人島かなぁ……。それはそうと、真澄さんだ。私の成績よりも彼女の方が重要である。

 

2ーA 神室 真澄(かむろ ますみ)

 

1年次成績

学力    A-(82)

身体能力  A(88)

機転思考力 B(69)

社会貢献性 B-(64)

総合力   B+(77)

 

 という感じになっていた。学力は最後のテストの結果が学年10位以内だったので当然と言えよう。他の上位10名以内もA-以上の評価を受けているのでここは不自然ではない。身体能力は元々運動神経は良いし、体育祭や林間学校でも活躍していた。加えて賞を獲った絵の才能もある。妥当だ。友達は学年の終わりのころにはかなり多くなっていたし、私の代わりに無人島では働いていたりもするので、そこが評価されたのだと推測できる。社会貢献性もやや低いが、最近ではしっかりしている。総合力もかなり高い。優等生と言って差し支えない成績になっている。流石、Aクラス女子のとりまとめ役だ。

 

「それから、坂柳に関してだが例外的措置として彼女の身体能力評価は学年最下位と同様の数値になっている」

 

 先生から説明がなされる。運動したくないのでしないのではなく、出来ない以上はこうするしかないのだろう。まさか0にするわけにもいかないだろうし、苦肉の策がうかがえた。話に出た坂柳など、他の主だった自クラス生徒を見てみると……

 

2-A 葛城 康平(かつらぎ こうへい)

 

1年次成績

学力    A(93)

身体能力  B(68)

機転思考力 A-(83)

社会貢献性 A(94)

総合力   A-(83)

 

 

2-A 坂柳 有栖(さかやなぎ ありす)

 

1年次成績

学力    A(94)

身体能力  D-(25)

機転思考力 C-(40)

社会貢献性 E+(16)

総合力   C(48)

 

 坂柳が哀れな事になっている。なんだよ社会貢献性16って。龍園の18より低いぞ。まぁでも考えてみれば龍園は色々やらかしているしどう考えても社会貢献性は無いが停学などは食らっていない。そう言う意味では坂柳は龍園以下の素行、という風にみられている、という事になる。酷いものだ。学力だけが異様に高いのも哀れさを誘っている。戸塚が吹き出しそうになっていたのはこのことに気付いたからかもしれない。アイツ、坂柳をいじる時だけは目ざといな。

 

 坂柳は机に突っ伏している。魂は抜けたようだ。

 

 葛城はこれまた優等生という数値だ。学力もかなり高い。身体能力や機転思考力もある。人望の高さは後者に加算されているのだろう。社会貢献性は生徒会で働いているのでかなり高い。私がいなければ彼がリーダーだろう。

 

 しかし、同点が多かった私と坂柳の学力に差があるのは何なのだろうか。もしかしたら、試験が中心とだけしか書いていないので試験以外の部分でも評価されている可能性がある。その分が差をつけたのか。ともすれば、授業をしたことや、真澄さんの成績を上げたのが私という面が学力に反映されたのかもしれない。真相は謎だが、仮説は立てられた。

 

「このアプリは成績に対する意識改革、学年に関係ない交流を促進する有効なツールとなるだろう。しかし、無論それだけでない可能性もある。総合力が一定数の数値に達してない人間に対し、ペナルティが課せられることもありえる。最悪では退学もあり得るかもしれない。これはこちらにも分からないので脅しのようになってしまうが、無い話ではないだろう。とは言え、我がクラスには総合力でE判定やD判定の生徒はいない。そこまで焦る事は無いかもしれないがな」 

 

 危ないのは坂柳である。運動神経はほぼほぼ変えられない以上、残りを何とかしないと危ない。普通に今の総合力は戸塚より下だった。

 

「お前たちの中には数値と自己評価に乖離を感じる者もいるかもしれないが、これが現状の学校からの評価だ。会社の人事評価同様、これは不服を持った場合成果で示すしかない。学校も万能ではない。成果で示せば、変わるだろう」

 

 自分の力で査定を変えられるのならばと努力する生徒も出るだろう。これまで通りでは上位陣も落ちる可能性がある。安穏とはしていられないが、個人的には目指すべき短期目標が出来たり足らない部分を補えるように行動出来たりと利点が多い。我がクラスの生徒が学校からどう捉えられているかも分かった。私の個人的評価とすり合わせ、指導の参考にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 OAA導入の話題冷めやらぬ中、2時間目に突入した。休み時間にはお互いの評価について話す姿が散見される。誰もが新しいものに興味津々であった。まぁ一部は死んでいたが。ともあれ、話してばかりもいられない。生徒の読みはすぐに的中した。

 

「では、特別試験の概要を説明する」

 

 まぁそうなるよね、という空気だ。これを予想するのは誰でもできる。

 

「これは今までの試験とは一線を画した試験となっている。それこそアプリのようにな。肝心のその内容は、新入生、つまりは1年生と2年生とがパートナーを組む筆記試験となっている。今回の試験では筆記試験とコミュニケーション能力が大きく問われる。欧米では飛び級は普通の制度だ。もしかしたら将来、この学校でも小学生のような世代が同じ教室で学ぶかもしれない。学年を超えての行動に違和感を持った生徒は、これを機会に認識を是正することを推奨する」

 

 一応日本にも文科省によれば飛び級に近い制度は存在している。大学への飛び入学であれば、高等学校に2年以上在学した者かつ大学が定める分野で特に優れた資質を有する者が、大学院への飛び入学であれば、大学に3年以上在学した者で、大学院が定める単位を優秀な成績で修得した者が飛び入学できる。とは言え、我が祖国よりは制度として確立していないのが現状かもしれない。

 

 とは言え、飛び級させることが必ずしも良いとは限らない。欧米に追い付け追い越せなのは明治維新以来の日本の悪しき風習かもしれない。まぁ我らが中国はそれすらできず清朝崩壊に至ったわけだが。

 

「今後は他学年と競う、或いは協力することも増えるだろう。今回は後者だ。イメージとしては昨年のペーパーシャッフルをイメージすれば分かりやすいだろう。今回は誰と組むかは完全に自由だ。試験期間は約2週間後の月末。それまでの期間はパートナー選別と自身の勉強に使うといい」

 

 そこで出番なのがOAAなのだろう。これを使用すれば相手の成績を確認することができる。

 

「テストは試験当日にまとめて行われる。今回は普段の5教科10科目ではなく、5教科5科目で通常2つに分けている範囲が混ざっている試験となる。例えば、国語ならば現代文と古典が一緒のテストとなっている。それで1科目100点で合計500点となる」

 

 

<特別試験・ルール>

 

1、学年別におけるクラスの勝敗

 

クラス全員の点数とパートナーの点数から導き出す平均点を競う。平均点が高い順で50、30、10、0のクラスポイントを得る。

 

 

2、個人の勝敗

 

パートナーと合わせた合計1000点で計算される。上位5組のペアに各10万pp、上位3割のペアに対して各1万ppが支給される。合計点数が500点以下の場合、2年生は退学、1年生は保持しているクラスポイントに関係なくppが3か月間振り込まれない。

 

また、意図的に問題を間違えるなどをして点数を操作、下げたと判断された生徒は学年を問わず退学とする。第三者がこれを強要した場合、強要した者のみを退学とする。

 

 

3、パートナー決定の際のルール

 

OAAを使い、希望の生徒に1日1度だけ申請をすることが可能(受諾されなかった場合、申請は24時でリセットされる)。相手が了承した場合はパートナーが決定し、以後は解除不可。なお、大病や退学などのやむを得ない事情は除くものとする。

 

パートナーが確定した両名は、その翌日の朝8時に一斉にOAA上で情報が更新され、新たな申請はできなくなる。なお、相手が誰かは明記されない。

 

ペアを決定できなかった場合、当日の朝8時にランダムで選ばれる。ただし、時間切れによって誕生したペアは総合点から5%分の点数をペナルティとして課すこととなる。なお、2年生は118名であるのに対し1年生は120名で2名余る為、余った生徒は点数を2倍にして対応する。ただし、5%のペナルティは負うものとする。

 

 

 

 OAAによって評価はまるわかり。学力判定が低ければ低いほどパートナー探しは難航するだろう。ただし、それは下位クラスの話であり、Aクラスに学力判定がCの生徒は存在しない。どんなに低くてもB-だ。これで売れ残るというのはあまり考えられる事態ではないように思う。

 

 頭のいい生徒は上を目指し、そうでない生徒も同様に保身のため、生き残るために頭のいい生徒を求める。その結果溢れてしまった生徒学力下位の生徒には厳しい現実が待っていることになるだろう。1年生はまだ人間関係も稀薄で友情なども無い。クラスメイトを助けることを考えない可能性は大だろう。我々と同じようにクラス分けをされているならば、下位クラスにも学力上位の存在はいるだろうから、そう言った生徒は自分の利益を優先することが予想できた。

 

 ルールのおかげで大量に申請が来る事は無くなったが、こちらも慎重を期さないといけない。相手と交渉の末、パートナーとなる必要が出てきた。綾小路辺りは誰がホワイトルームの生徒なのか分からず苦労しているのだろう。向こうから要請があればウチの人員を貸すことも出来る。

 

「さて、ここまで説明すれば察しがついていると思うので敢えて言わせてもらえば、この試験は学力の数値が高いほど早く売れていく。2年生で最も人気なのが誰なのかは……言うまでもないかもしれんな」

 

 先生は明らかにこちらを見ながら言った。まぁこれは自明の理だろう。学力A+と組めるとあれば1年生も多く寄ってくる可能性があった。

 

「1番人気、オッズは1倍台……」

 

 競馬やってるやつがボソッと呟いた。彼はこの前の試験でも競馬関連のテストなら勝てると言っていた。もしかしたら綾小路にも勝てたかもしれないと思えてくる。何でも擬人化?のゲームで鍛えたそうだが私にはよくわからん。先生は苦笑しつつ、彼の発言に頷いた。

 

「試験の難易度は包み隠さず言えば非常に難しい。これは去年のテストいずれと比較しても最難関だろう。とは言え、学力判定がE付近の生徒でも予習なしで150点は取れるようになっているはずだ。あくまで目安だが……」

 

学力E   150~200点

学力D   200~250点

学力C   250~300点

学力B   300~350点

学力A-  350~400点

学力A~A+ 400~450点前後

 

 真嶋先生は黒板に学力別の想定得点数値を書く。きちんと予習をすればこれくらいはとれる、という事だろう。しかし無論慢心すればこれ以下になることだってあり得る。

 

「見ての通り、学力最上位の生徒でも満点は難しくなるように作っている。この試験で90点を超えられた生徒は、何の教科であれ相当な実力を持っていると思って差し支えない。では、気を引き締めて臨むように。質問があれば別途受け付ける。以上だ」

 

 先生の表はある程度は当てにできるだろう。我がクラスは大体400点前後までを目指して頑張って欲しいものだ。真澄さんは……取り敢えず英語は90点未満くらい、それ以外は80前後をとれれば上出来かなと思う。ただ、春休みに相当タイトな復習をしているのでもう少し行けるかもしれない。先生が去ったのを確認し、私は壇上へと赴く。

 

「……うちのクラス大人気じゃないですかね、これ」

 

 私の軽く言った発言にどっと笑いがわく。事実、うちのクラスは学力B-以上で全員が占められている唯一のクラスだ。これは全学年を通して我がクラスだけである。南雲の3年Aクラスですらそこまででは無い。1年生からすれば、特に学力の低い生徒からすれば女神の集まりみたいな集団に見えるだろう。

 

「とはいえ、待ちの姿勢でいるのはよろしくないでしょう。まず軽挙妄動は慎むことをお願いします。特に上位学力……我がクラスに言えばA-以上の生徒は即答しないように。ただ、相手の学力がB以上であれば即答していただいても構いません。また、今後部活動等で接する方もいるでしょう。そこでも勧誘等をして頂ければと思います。私たちは誰かを救うためとか、誰かをカバーするためなどに動く必要はほぼないと言っていいでしょう。だからこそ、勝利を狙いに行けるのです。今回の試験、貰いに行きますよ」

「「「おおー!」」」

「先ほども言ったようにご自分で学力B以上の生徒を確保できたのであればその時点でペアを組んでいただいて結構です。報告は後でしてくださると助かります。条件を出してきた場合は別途対応を考えますので相談してください。とは言え、対話は苦手、という方もいるでしょうからそういう方も相談に来てください。こちらである程度確保しておき、対応します。ともあれ、全員がペアを組めるようにフォローはしますので、ご安心を。では解散!」

 

 こちらもテキスト作成とか色々しないといけない事は多い。それを考えるとなかなか骨が折れそうだ。真澄さんように1学期のテキストを春休み期間に作っておいてよかった。去年真澄さんに使ったテキストは1年生にも応用できるだろうから、最悪地獄の特訓で学力を上げてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。食堂でご飯を食べ終わったタイミングで真澄さんが話を切り出す。

 

「さっきアンタが言ってた学力B以上の1年生調べたわよ」

「お、優秀。何人いた?」

「Aに17人、Bに13人、Cに13人、Dに11人。合計で54人。全体の45%くらいね」

「意外といるな……」

「何か考えてる?」

「1年生を引き込めるようにするつもりだ。一之瀬も同じことをするかもしれないが、葛城を使う。生徒会役員は便利だな」

「人でも集めるの?」

「その通り。もし一之瀬が先んじるならばそれに乗っかればいい」

「でも、そう言うのって自信のある奴は来ないんじゃない?」

「通常ならそうだろうな。だが、私を名を出す。その上で煽り文句も入れておいた。ほら、来たぞ」

 

 ピンポンパンポンとチャイムが鳴り、連絡が入る。

 

『1年生の皆さんにお知らせします。繰り返します、1年生の皆さんにお知らせします。本日の放課後、4時から5時まで、体育館にて2年生との交流会を行います。主催者は2年Bクラス、一之瀬帆波が行います。また、同時刻に同じく体育館で2年Aクラス諸葛孔明による、学力相談会を行います。学力に自信のある方も是非ご参加ください。ここで行う30分のテストを受け、90点以上を獲得できた方には、プライベートポイント10万を進呈します。奮ってご参加ください』

 

 時刻の指定や場所の指定はしないで葛城に任せたが、重ねることを彼自身が選んで選択したようだ。ナイス判断である。場所を分散させると1年生の集まりが悪いだろうことが予想される。また、一之瀬と被せることで牽制球にもなるだろう。彼女の客を分捕る事が出来るかもしれない。こちらがより踏み込んだ内容にし、そして学力の高い生徒を釣るためのエサも撒いておいた。

 

「大丈夫なの?10万とか」

「問題ない。坂柳に解かせて80行かなかったテストだ。90以上をとれたら喜んで10万を渡して今後のつながりを作るべき人材だろう」

「それなら確かにそうね」

 

 お昼休みに悪だくみしているは昔を思い出す。丁度1年前もこんな感じだったか。

 

「ちょっと、昔に戻った感じがするわね。時が1年が巡って同じようなところに戻ってきたというか……そんな感じ」

「あの頃はもう少しギスギスしていたがな」

「仕方ないでしょ。そうならざるを得ない事情があったんだから」

「ま、そうだな」

「……ねぇ、1年生に」

 

 真澄さんが何かを言いかけた時である。

 

「あッ!あぁぁ!」

 

 近くで素っ頓狂な声がする。2人してそちらに顔を向ければ、金色がかった亜麻色の髪をした少女。私を見て感激したような顔をしている。その顔に顔写真だけではあるが見覚えがあった私はギョッとする。そんな私を真澄さんがキッときつい目で見ていた。少女はトレーを近くの机に置き、私のもとにやって来てスライディング土下座をかましてきた。

 

「命の恩人!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 脈絡のない言葉で頭を地面に打ち付け始めた少女を周りは奇異の目で見ている。ついでに私もいたいけな少女に土下座をさせているヤバイ奴に見られ始めた。

 

「ちょ、ちょっと」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「いや、話を聞いて、というか顔を上げて下さい。お願いですから!」

 

 遠くの方で護衛役という事で入学した私の部下がやれやれと言った顔をしている。止めるのがお前の役割だと思いながら、周囲の冷たい目線に刺され、絶対零度の怒気を放っている真澄さんを直視しないようにして少女――七瀬翼の奇行を止めさせるのだった。

 

 高度育成高等学校の2年目。始まったばかりにして前途多難である。




南雲氏は調べたところによると学力・身体能力がA、機転思考力と社会貢献性はA+らしいです。つまり最低値でも総合力は90代になりますね。多分95とかなんじゃないかと予想。怖ッ!優秀だなぁ。でも堀北兄もそれくらいはありそうですね。やはり生徒会長なだけはありますわ。

坂柳の社会貢献性が終わってるのは停学してるからです。龍園はしてないですからね。学校からすれば龍園よりダメと思われてます。機転思考力が低いのは1年生最後の針の筵状態を反映したのと、そもそも機転思考力のある奴は誹謗中傷した挙句断罪されないだろうという学校の心情を反映しています。

真澄さんの運動神経が高いのは普通に鍛えてるからという要素も大きいです。体育で活躍しているのです。描写はあんまりないですがお腹もちょっと割れてたり。真澄さんのパーソナルデータがほぼないのですが、身長とかどれくらいなんですかね。勝手に割と高身長な165cmくらいをイメージしてるんですが。


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62.夏の虫

朝3時半に起きて4時のワールドカップを見てました。ひっくり返るかと思いました。


世の中はなにかほしいと思ったら、そのためにそれなりの努力をしないといけない

 

『ドラえもん』

―――――――――――――――――――――

 

 

 何故なんだろうか。自分がまるで悪者みたいな気分になる。新学期の初日に新入生を土下座させたという事実が私に重くのしかかっていた。無論、強制したわけではない。そんな犯罪行為になるようなことをわざわざしない。それも公衆の面前で。向こうが勝手にしてきただけなのではあるが、それであったとしても私の評判に傷がついたのは事実であろう。

 

 葛城に頼んでねじ込んでもらった相談会までまだ時間はある。今日は午前中で授業は終了だ。なので昼食後は準備時間にしようとしていたのだが、大きく当てが外れた。それどころか釈明会をする羽目になった。場所は寮の部屋。何とも言えない空気の中、4人がここにいた。

 

 申し訳なさそうに縮こまっているのが七瀬翼。笑っているのを隠さない私の部下。そして明らかに機嫌が悪い真澄さん。そして自分。このメンバーである。とりあえず、人間関係の整理と紹介をしないといけないだろう。その後、個別に指示を出しておく必要がある。手駒が増えるのは良いことだが、管理も大変になる。

 

「取り敢えずだ。紹介した方が良いだろう。さっき土下座していたのは七瀬翼。クラスは1年Dクラス。私が諸事情の末に面倒を見ている後輩だ。隣が陸瑞季(くがみずき)。クラスは1年Aクラス。私の同郷の人間だ」

「……ふ~ん」

「いや、ふ~んじゃなくて。君が誰この人たちと言ったからこうして紹介してるんじゃないか」

 

 良くわからんが、取り敢えず認識はしてくれただろう。次はこの後輩2人に真澄さんを紹介しないといけない。

 

「彼女は神室真澄。我がクラスの女子を率いている。私の部下だ」

「……よろしく」

 

 ペコペコしている七瀬とは対照的に、我が部下は軽い挨拶だけしている。性格が出ている。これでよくAクラスに入れたものだ。七瀬がDなのはステータス的に疑問があったが、合格が出たのが坂柳体制下だったのだろう。それでもう取り消しが出来なくなってしまったので月城がDに入れた可能性がある。もしくは、Dにヤバイ人間がいるからカウンターとして入れたのか。

 

「さて、これで紹介は済んだだろう。その上で言うが、七瀬さん。今後はああいったことは勘弁してくれ」

「は、はい。すみません……。気が動転してしまって、つい」

「気を付けてくれ。この狭い社会では噂の出回りも早い。それで身を滅ぼしたやつもいる」

「分かりました。申し訳ありません」

「分かったならいい。で、だ。真澄さん。悪いんだがプリント印刷を頼む。後暇そうなクラスメイトをかき集めて体育館に集合させておいてくれ。坂柳は強制参加な。後は任意で構わないが、特別試験関連であるとは言っておいてくれ」

「……厄介払い?」

「違う違う。君にしか頼めないんだ。私は彼女らに今後の学校生活について色々話さないといけない」

「そうですか。じゃ、そう言う事にしとくわよ。ええ、私はどうせ邪魔者よ」

 

 フンと言いながら彼女は私からプリントを受け取ると外に出て行った。心なしか扉を閉めるときの音が大きい。機嫌が悪いのは直っていないんだろう。後でどうにかしてフォローする必要がある。

 

 もしかしたら今後自分が受ける授業に関しての不安があるのかもしれない。確かに夢を応援する云々と言っておいて後輩の面倒ばかり見ているのでは嘘つきもいいところだ。そこら辺に不安を覚えているのかもと想像する。だとしたらそれは私の不手際だ。そんな事は無いとしっかり伝えないといけない。

 

 そもそも、信用が完全にできる存在が同学年内に他にいない。葛城は優秀だが部下ではない。坂柳は信用できない。橋本も同様。鬼頭はいまいち応用性がない。山村は積極性がない。他クラスは論外だ。であれば真澄さんを頼らないというのは私にとって大きなマイナスを意味する。彼女が女子をまとめているのもあり、彼女無くして私の覇権は無かった。

 

「私、何か失礼を働いてしまったんでしょうか……」

「あー、あんまり気にしない方が良いっすよ。あれ、多分まぁ、そういう事っす」

「そういう事というのは……?」

「あ、うん、ダメだこりゃ」

 

 妙な語尾を付けている瑞季。コイツ、どこでそんなものを身につけてきた。元々あまり真面目なタイプではない。お調子者とはいかないが、頭脳派という訳ではなかった。無論、それは隊内の話であり、一般から見れば相当上にいるとは思うのだが。元気なのは良いことだが、やる気にムラがあり最低限しか仕事をしない事も多い。ただし護衛の成功率は100%なので腕は確かだと分かっている。

 

 ウチの副官もそれを分かっていて彼女を配置したのだろう。男で腕の立つ部下も多くいるが、性別が同じ方が良いという判断であることは理解できたしそれは正しい。性差というのは学校ではより大きく働くときもある。

 

「では七瀬さん。ここからはやや込み入った話をしよう。なお、この話に関連する事項を真澄さんは知らない。知らない方が良いだろう。彼女には言わないように。無論他の誰にでも他言無用ではあるがな」

「は、はい」

「君には二つの選択肢がある。このまま我々に従うか、独立独歩をするかだ。前者の場合はここにいる瑞季が君を助けるだろう。君の幼馴染の安全も保障する。しかし、後者の場合はそうもいかない。どちらを選ぶかは自由だ。後者を選んでも君が我々について話さない限り、()()()危害を加えないと約束しよう」

 

 他がどうなるかは知らないが、と暗に匂わせながら言う。ここで大事なのは自分で選んだという事実を作ることであった。自分で選んだことであれば受け入れてしまう人間は多い。彼女がその例に当てはまっているかは未知数だが、保険は作っておくに越した事は無いだろう。

 

「私は恩を仇で返すような不誠実な人間にはなりたくないと思っています。栄一郎君を助けてもらった以上、その恩を返し終わるまで協力させて下さい」

「よく言った。その義心、大変素晴らしい。信用とは大きな武器だ。大事にするといい」

「ありがとうございます」

「では早速、1年生の状態について話して欲しい」

「はい。1年生には既に学校に関するルールが説明されています。Sシステムについて、監視カメラについて、素行について等々です」

「では既に素行によってクラスポイントが変動することも知っていると?」

「その通りです。また、退学に関することも説明されました。テストで赤点を取ると退学になると。クラスポイントによって貰えるポイントが初期値の8万ポイントから変更になるとも伝えられました」

「初期値は8万なのか?」

「はい。先輩方は違うのですか?」

「我々は10万だった。なるほど、差異があるのか……」

 

 現在の3年生も先日卒業した世代も我々も皆10万だった。その代わりにシステムの情報は伏せられていた。情報開示の見返りが初期値の減少なのかもしれない。また、1年生は特別試験でのペナルティが「ポイントの配布を無くす」であった。ただでさえ上級生より少ないポイントを減らされるのは嫌だと考えることを狙っているのか。ともあれ、去年までと同じと考えるわけにはいかないだろう。

 

「クラスについてはどうだ?1年生は我々上級生よりも2日ほど早く学校がスタートしていると聞いている。ある程度基礎的な人間関係も出来上がっているだろう」

「Dクラスは実質1人のための王国と化しています。名前を宝泉和臣と言います」

「早いな。龍園みたいなものか……」

「その龍園という方は存じ上げませんが、とても暴力的な方です。その暴力性で男女ともにいう事を聞いています。心服はしていませんが、極度に暴力を恐れています。裏切り者を生み出すのは難しいと判断します」

 

 龍園との違いはシンパのあるなしか。龍園は何だかんだこの前の試験で勝利している。カリスマ性も回復しつつあるだろう。悪の魅力みたいなものを持っている龍園との差は暴力性だけなのか否かだろうか。

 

 人間関係が出来るまで泳いでもらおうと思い、入学してきてすぐにの接触を避けたのは正解だったようだ。先入観にとらわれず、観察してくれている。

 

「他にこれはと思うような人物は自クラス内にいるか?」

「頭脳や運動神経のいい方はいますが、特段凄いという人はあまりいないように思えます。尤もまだ未知数ですが」

「なるほど理解した。この後学習相談会を予定しているのだが、それに関してその宝泉とやらは何か?」

「参加はしないようにと厳命しています」

「面倒なヤツだ。分かった。では君も待機したまえ。今は我々の繋がりを秘匿しておいた方が良い。先の土下座事件は……君の性質という事で一つどうにか収めようと思うが、どうだ? 先輩にぶつかり、汁を制服にかけてしまった。驚きと混乱のあまり土下座で詫びた。これならば裏でのつながりは見えないだろうと思うが」

「私の軽率な行動の結果ですので、指示に従います」

「であれば宝泉とやらに何か言われたら今言ったような感じで弁明してくれ」

「了解しました」

 

 七瀬は使える。Dクラスの内情を探るのもそうだが、理知的な人間だ。天才肌ではないし、凄く飛びぬけているようには思わないが、思考能力はあるし言語能力も高い。説明も要領がよく、的を射ている。これは使える存在だ。松雄栄一郎を助けたら思わぬ副産物がついてきた。これこそ棚から牡丹餅というヤツだろうか。私の車が吹き飛んだ意味はあったかもしれない。

 

「瑞季を通してとなるが、協力して欲しい場合は追って連絡する。その時は頼んだ」

「はい」

「では帰って構わない。私はコイツと少しばかり話があるのでな」

「分かりました。最後になりますが、栄一郎君を助けてくれたこと、重ねて御礼申し上げます。本当にありがとうございました」

「私は私の目的のためにやったにすぎないが、それが君のためになったのならばよかった。彼は元気でやっている。何かお願いすることはあるかもしれないが、それ以外は基本自由だ。君も、ここで楽しい学校生活を過ごすといい」

「ご配慮感謝します」

 

 何度も何度も頭を下げて七瀬は退出した。真面目な性格なのだろう。坂柳をあげるから代わりに来て欲しいくらいだ。松雄栄一郎がいる限り、彼女はしっかり働いてくれるだろう。それほどの気概があるようだ。ただの幼馴染とは思えない。あそこまで慕ってくれる存在がいるとは、彼も隅に置けない。

 

 松雄栄一郎の幼馴染関連の話はともかく、今は目の前に残った部下と話をしないといけない。黒髪ショートヘアに猫のような目をした顔は本国でも結構モテていた。男女に拘わらず距離が近いので、多分勘違い男を増産することになるだろう。可哀想なことだ。今から1年生の男子の冥福を祈っておいた。

 

 彼女は姿勢を正すとピッと敬礼して私を見据える。

 

「陸瑞季、階級中尉、ただいま着任しました。江南陸家の名に恥じぬ活躍をお見せできるよう粉骨砕身の努力で以て臨む次第であります」

「よく来た。歓迎しよう。とは言えだ、そう身構える事は無い。ここは休暇みたいなものだ。生命の危機はほぼないと言っていいだろう。生活環境も安定している」

「とはいえ、常在戦場を忘れるなと副指令の姉御が……」

「ああ、いいさそこまで気にしなくて。そんな心構えでは普通の学生に見えない。いつも通りにやれ。いいな」

「はいッス」

「その喋り方はどこで?」

「閣下の漫画から」

「……そうか。まぁ好きにしろ」

 

 教育に悪影響だったかもしれない。いや、それ以前に本国の私の部屋にあった漫画読まれてるって事か?自分で買え。

 

「報告を」

「現在1年生の間で特別試験が行われているっ……います」

「もう喋り方はそれで良いから。で、それは定期試験のだろう?」

「いえ、違うっす。綾小路清隆を退学にすれば、その生徒に2000万ポイントを渡すっていうことになってるんす」

「は……?それはまぁ何とも壮大な……。参加メンバーは?まさか全員じゃないだろう?」

「はい。Aクラスはウチともう1人、天沢一夏という生徒が。Bクラスは八神拓也とその……諸葛魅音が。Cクラスは宇都宮陸と椿桜子が。Dクラスは先ほどの宝泉和臣が参加者っす」

「七瀬は外されたか」

「不気味に思われているんじゃないっすかね。誰と繋がっているのか分からない以上、どうしようもない、みたいな。入れるって決めたのは先代理事長で今の代理じゃないんすから」

 

 我が従妹殿は何が目的でそんな良くわからん目論見に参加したんだろうか。いや、呼び出されたにしても参加を拒否はできたはずだ。何か理由があるのだろうが……。そこまでは分からない。そして一つ分かった事があるとすれば、瑞季と従妹以外の全員がホワイトルーム生の可能性が存在するという事だ。

 

 クラス同士では敵だが、ホワイトルーム関連で綾小路と私は緩やかな盟友関係にある。この同盟はホワイトルームの脅威がある限り存在している。この裏試験の存在は速やかに伝えないといけないだろう。七瀬にも教えないといけない。その教えるかの判断は私がすることなので、先ほど七瀬を同席している間に瑞季が報告する事は無かったのだ。

 

「Aクラスの首魁は誰だ」

「石上京っていう生徒っす」

「石上……そいつも容疑者か。分かった。後はこちらで調べさせる。お前は引き続き七瀬の身辺警護と同時にAクラス内でも地位確立を目指せ。コミュ力ならお前の得意分野だろう?」

「お任せっすね」

「では期待するとしよう。本国とのやり取りはこちらに任せろ。いいな?」

「はいっす」

「よし、行ってよし」

「了解!……あ、そうだ。ちゃんとさっきの神室先輩と上手くコミュニケーションしておいた方が良いっすよ~。女の子は色々複雑なんですからね~」

「は?それ、どういう」

「じゃ、失礼しました!」

 

 ピュ~っと風のように去って行ってしまう。昔からああいう感じだ。明るいところに救われることもあるのだが、基本的にあんまり真面目ではないし時々人をおちょくる。コミュニケーションは得意なので、Aクラスでも上手くやれるだろう。私に対してはああいう態度だが、親愛のある人にしか見せないのもまた事実。

 

 外面はしっかり良い。名家のお嬢もかくやの所作とフレンドリーな気さくさがあるのでまさか上官に割と舐めた口を利く上に命令に文句ばっかりいうヤツとは思われていないだろう。

 

 この試験で綾小路は退学のリスクを恐れているようだが、七瀬か瑞季を使えば勝ちだ。この2人のどちらかと綾小路は組ませることにしよう。後でその旨、伝達する必要がある。だが、何だかんだ話しているうちにそろそろ時間が近付いている。ホワイトルーム関連も大事だが、まずはクラスのことを何とかする必要がある。手始めに、Bクラスの計画を乗っ取らせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館には既に多くの生徒が集まっている。金に釣られてきた学力の高い生徒、純粋に交流したい生徒、不安を解消したい生徒、様々だろう。他クラスから偵察に来ている存在もあり、Cクラスは堀北や綾小路などが見える。反面Dはいない。この機会をあまり重要視していないのは見えていた。彼らは信より利を取る。その姿勢が見える。

 

 金目当ての人は試験を受けようと待っている。そうでない生徒も腕試しという人が多かった。やはり国立の名門校に合格できたというのは大きな自信になっているらしい。その気持ちはわかる。だが、そう甘くないのも現実だ。おそらく学力だけならば外の進学校の方がこの学校の大半よりも上になるだろう。

 

 Aクラスの生徒はできる限り参加して欲しいなぁと真澄さん&葛城経由で頼んだが、ほとんどが参加してくれている。ありがたいことだ。これで色々やりやすくなる。既にある程度設営はされているので試験を受ける人を体育館に隣接している小体育館があるのでそこに誘導した。そこで30分間試験を受けてもらい、その後体育館で話をするという流れである。

 

 真澄さん主導でクラスメイトがほとんどその辺の仕事を担ってくれているので私はその間軽い指示出しに専念できた。後はBクラスの様子の観察である。彼らは学力中間~下位層、つまりはこの特別試験に不安を感じている層をターゲットにした。不安を感じている下位層を特別試験の話を前面に出さず味方につける戦略だろう。

 

 こちらはそういった不安の無い学力上位層をまず呼ぶべく金で釣った。見事にホイホイ引っかかり、多くの生徒が試験を受けるのを希望している。学力が中間層の人がどれくらいなのかを確かめるべく参加、というケースもあった。試験を受けているのは1年生の内35人ほど。Bクラスの交流会にいるのも同数くらいだ。

 

 Dクラスが誰もいないのを除けば、参加していないA~Cの1年生は10人ほどである。その中には八神や天沢、宇都宮などと言った裏特別試験の参加者が入っている。我が従妹も当然の如くいない。皆学力では最上位クラスだ。いなくてもいいと思っているのだろう。

 

 2年Cクラスはこちらを伺っている。学力上位層を狙っているのが良く伝わってきた。

 

「Bクラスは全員救済を選ぶつもりなのか」

 

 葛城はフレンドリーに1年生に話しかける一之瀬を横目に見ながら言った。その声には正気なのかどうかを疑うような声色が入っている。

 

「でしょうね」

「勝利を捨てにいったのか?こう言っては何だが、学力がDやEの生徒を拾っても何一つ良い事などないだろう。信頼は築けるかもしれないが、現時点では戦力としては期待しづらい。今後伸びる可能性はあるだろうが……それでも可能性からすればそれも低い」

 

 葛城はチラリとCクラスの面子の中にいる須藤を見た。確かに彼はOAAの成績を見る限りかなり伸びている。葛城が念頭に置くのも頷けた。ただし、あくまでもレアケースとしてみている。その判断は間違っていないだろう。

 

「この試験はいかに学力上位層と組むかが勝負だ。下位層を拾っていてはAクラスでも勝利は難しいだろう。それに、Bクラスに下位層を引き上げるための具体的な手段があるとは思えない」

「ですね。彼らがそんな技術を持っているのだとしたら、もうすでに我がクラスはBに落ちているでしょう」

「神室や戸塚を引っ張り上げたお前ならば話は別だろうが……」

「流石にこの短期間で勝利を得られるほどにまで引き上げるのは厳しいですね。中学の内容が出来ていない生徒が学力DやEに配属されるのでしょうから。最低でも半年、いえせめて2か月ほどは必要です」

 

 戸塚もなんだかんだで成長している。OAAの数値は……

 

2-A 戸塚 弥彦(とつか やひこ)

 

1年次成績

学力    B-(64)

身体能力  C+(55)

機転思考力 B(70)

社会貢献性 B-(66)

総合力   B-(63)

 

 となっている。特筆すべき事は無いがまぁ普通だろう。割と良い感じになっている。学力は伸びているし、機転思考力はこの前の坂柳糾弾の際の立ち回りから友好関係が増えたことに起因するだろう。社会貢献性は葛城にくっついて色々しているのでまぁ妥当。別に不良ではないし、特別試験を経て下位クラスを馬鹿にする発言も無くなってきた。林間学校でも成長がみられた(橋本談)らしい。これに負けてる坂柳はさぁ……もっと頑張ってくれ。

 

「今受けている試験を90点以上だと10万ポイントを進呈という話だが、大丈夫なのか?」

「ええ。無理ですから、取るの」

「そんなにか……」

「はい。相当難しくしました。あくまでも中学範囲だけですけどね。それでもやりようは幾らでもあるのです。例えば開成とか筑駒とか灘とかの問題を改題してより難しくしました。解けたら称賛ものですよ。それに、時間設定もかなり厳しくしていますから。イメージ的には私たちが1年生の4月末に受けたテストの最後の3問。あれを3割増しくらいに難しくしてそれだけで構成したみたいな感じでしょうか」

「なるほど、それは無理だろう」

「元よりポイント戦をする気はあまりないのです。何とかしてここを利用してペアを確保してしまいたい」

「Dクラスがいないようだが良いのか」

「それも織り込み済みです」

「教導に関して俺は完全に門外漢だ。専門家に任せるとしよう。……そろそろ時間だな」

「終わったら坂柳さんが回収して高速採点をしてくれることになっています。その間にお話ですね」

 

 話していると試験が終わったようでゾロゾロと1年生を引き連れて橋本が戻ってくる。アイツのコミュニケーション能力はかなりのものなので、普通に1年生を引率できるのだ。体育館に設置された椅子に受験者が座っていく。後ろでは必死に紙の束と格闘している坂柳の姿が見えた。

 

 それを見ながら、私は壇上に立って話を始める。いつの間にか、2年Bクラスやそこの交流会に参加している生徒もこちらを見始めていた。狙い通りである。元々我々が金で釣った参加者だけでなく、一之瀬の方にフラフラやって来た存在もターゲットに含まれているのだ。彼らに我々の印象を与えるための行動である。

 

「受験者の皆さん。お疲れ様でした。どうでしたでしょうか、手ごたえのほどは?」

 

 返答はない。疲れた顔をしていた。自分はトップクラスの学校に入って、そこで上位を獲得したのにこのざまか。そう言いたげな顔だ。

 

「苦戦したようですね。そういうテストですから当然ですが。元々皆さんに90点以上など取らせる気はありません」

 

「なんだそれ……」とか「ふざけんな」「時間の無駄だった」という声がチラホラ聞こえ始める。そうなるだろう。そうなってくれなければ困る。

 

「時に皆さんは既にこの学校のシステムについてご存じと思います。クラスポイントだの、特別試験だの、色々。けれどどこかで思っていたのではないですか?自分たちは上位だから大丈夫だ。或いは最低でも下位層じゃないし、普通ならやっていけるよね、などと。そうして金に釣られてまんまとやって来た考えなしが君たちです」

 

 唐突な言葉に1年生は固まっている。これはある種の洗礼だ。甘い言葉は身に染みるだろう。嬉しいだろう。優しくされたいと思うのは普通だ。或いは利益を得たいと思うのも。それで生きていけるならば楽なのだが、そこまで甘くも無いのがここだった。

 

 努力せざる者、在学するべからず。そう言うかのように幾つも幾つも罠を張り、退学への道を舗装しようとしている。油断大敵だった。特にこの学校に居たいなら。居たくないなら別に良いのだが。執着心があまりないと私みたいになる。

 

「本気で思っていたのですか?私がそんな簡単に高得点を獲れるような試験を用意してると。そんな訳ないでしょう。私はポイントを支払いたいわけないんだから。残念ながら、ここにいる皆さんでは無理でしょう。もしいたとしたら、私は土下座し靴を舐めても構いません」

 

 なんだかんだで坂柳は私と並んで学力ではツートップだ。あの坂柳が80点台のテストで90を超えられるのがいるとは思えない。ホワイトルーム生ならば分からないが、それと思しき生徒は参加していない。ならば大丈夫だろう。無論、例の裏特別試験の要綱説明に参加してない可能性はある。それだけが不安要素ではあったが、そこはそれ、採点者が有利に決まっている。最悪点数を操作すればいい。不正を訴えようにも、答案の返却や開示はしない。点数だけ開示すると最初に契約させている。

 

「金に釣られて契約書を結んだようですが、アレにもしかしたら裏があったのかもしれませんよ?ここにいる全員を、私が退学させようとしているのかも。そういう警戒をせずにここに来たのだとしたら、この先大変でしょうね。私は皆さんに退学して欲しいわけではありません。むしろ、真っ当に学校生活を歩んで欲しい。けれどここではどうしても勉強だけしていればいいという訳ではなく、かといって勉強をしないと始まらない。その現実を軽くではありますが知って欲しかった。故に私は敢えて厳しいことを突き付けたのです」

 

 高らかに謳う。身振り手振りも大きくし、注目を全て私の一挙手一投足、そして私の言葉の一つ一つに向けさせるように。

 

「学力上位の人はさらに上に。中位の人は上位に、下位の人は中位に。私に教えを乞えば、必ずそこまで引き上げてみせましょう。その証拠を提示します」

 

 私は真澄さんを壇上へ上げる。最早この体育館にいるすべての人が私を見ていた。

 

「彼女は入学当初、Aクラスでも下位層でした。学年でも真ん中くらい。おそらく今回試験を受けた諸君よりも下だったでしょう。そして私は彼女に1年間教育を施しました。その結果、1年生の最後の学年末試験での順位は9位。名だたる強豪を抑えOAAの学力はA-を記録しています」

 

 軽く衝撃が走る。本当に私の教えの成果なのか。それを疑う視線もある。しかし2年Bクラスの生徒の苦々しい顔などを見て本当と悟ったようだった。

 

「私と同じAクラスの生徒も、テスト前は私作成のテキストを行い毎回試験に挑んでいます。その他にも授業や講習を受けています。それの後に当然彼らは努力しました。その結果が学力B-未満が1人もいない現在のAクラスなのです。彼らは毎回テストの上位層をコンスタントに獲得しているのです」

 

 壇上にAクラスの生徒たちを呼び寄せる。これの真の目的は学力相談会だ。それに相応しいことをしないといけない。

 

「ここにいる我がクラスメイトたちが皆さんにアドバイスを行います。大丈夫、安心してください。ここにいるのは皆成績優秀な人だけ。坂柳さん、葛城君と言った学力A以上の生徒も多数存在しています。無論私も相談に乗りましょう。2学年学力評価最高位として」

 

 坂柳の採点が終わったようだ。1年生たちの後ろに立って、手でバツを作っている。バツ印。つまりは90点以上はいなかったという事だ。

 

「採点が終わったようです。残念ながら皆さんの中に合格者はいませんでした。しかし安心してください。まだまだ学校生活はスタートしたばかり。ここから巻き返しは誰であろうと可能です。必ず巻き返せます。我々が必ずそうさせるのです。我々は現在の学力を見ていません。我々は現在のクラスを知りません。我々が見るのは、諸君の努力の姿勢のみなのです!それがあるならば、現状最底辺であろうとも喜んで手を差し伸べましょう。もっと上を見たいという向上心こそが、我々の求めているものなのです。それの無い者はどうぞお帰り下さい。そして、数か月後に無残な姿となった自身の数値を見て嘆くと良いでしょう!」

 

 会場は高揚感と熱気に包まれつつあった。盛り上がる口調で話し、自信満々な人の話は信じられやすい。はきはきと堂々と話してる言葉は真実味がある。分かりやすい言葉で、彼らの心に訴えるように。現状ではなく、努力こそを見るのだと訴える。

 

 誰しも少しくらい現状に不満を抱いている。自分を数値化されると知って気分の良くない生徒も多くいるだろう。そのぼんやりとした不安や不満に、形を与える。これからの成長値こそが全てと謳い、方向性を示す。そして上位層にもいつか下位層に追い抜かれるかもという不安を与える。その例として真澄さんを使った。

 

「前を向くものだけを我々は歓迎し、よき友として先達として受け入れるでしょう。ようこそ高度育成高等学校へ、ようこそ実力主義の世界へ!」 

 

 拍手が私のクラスの生徒によって巻き起こる。それに釣られるように1年生が拍手を始め、奇妙な一体感が体育館内に産まれていた。気付けばBクラスと話していた生徒にも拍手をしていたり、こちらを見ている生徒もいる。

 

「ここに今回の特別試験対策用の冊子があります。欲しい方には無料で差し上げましょう。我がクラスが毎回の試験で平均点トップを走っている要因となっている冊子です。これには収録した映像なども付いています。後ろのコードから読み込んでください。努力したいけれどやり方が分からない生徒はまずこれをやってみましょう。そこの最後の方に勉強に関する指針を書いておきました。これを読めば、次回以降はある程度自分で方向性を決められるでしょう!」

 

 100ページほどある冊子が次々と配られていく。その中身を見て1年生は目を丸くしていた。最初に配ったのは試験を受けた生徒たちだけ。ただし、他の生徒も受け取れる数は用意してある。

 

「私の話は以上です。これからは最初の予告通り、Aクラスの生徒が相談に乗ります。どんなことでも結構。学力についてもそうですが、部活や特別試験、その他なんでも構いません。どんなことでも優れた知見から多くのアドバイスを貰えるでしょう。それでは、どうぞ!」

 

 1年生たちが一斉に席を立ち、Aクラスの生徒に質問を始めた。皆頭は良い。コミュニケーション能力が普通以上にあれば、一定以上のちゃんとした回答はしてくれるだろう。当然私のところや真澄さんのところ、外面は良い坂柳のところへも人は集まっていく。多くの質問や不安に答えながら周りを見れば、皆真摯に答えていた。

 

 先ほどまでBクラスの交流会にいた生徒も混じっている。そんな生徒には冊子を渡して話をしている。自信満々な顔と声で、キラキラした感じでとお願いしておいた甲斐があった。多少は盛っても良いという話もしている。学力もあり、運動神経も体育祭などで活躍。特別試験でも基本勝利で団結力もある。誕生日を祝ったり、先生とカレーを食ったり。クリパやハロウィンなんかもある。恋愛してる人もいる。まさに順風満帆な憧れに見えるはずだ。

 

 戸塚はこういう時強い。調子よく多少盛りながらも話している。太鼓持ちは機嫌を取り面白い話をしないといけない。その技能がここで活かされていた。ちょっと感動である。女子に囲まれている真澄さんもキラキラした感じで話していた。1年生の女子陣が憧れのお姉様を見ている目になっている。この会の目論見は概ね成功と言っても良かった。

 

 

 

 

 

 この日、Aクラスの生徒40人中34人が学力B-以上ないしはあとちょっとでB-なC+の生徒とペアを組むことが出来た。残りは真澄さん、私、葛城、坂柳、的場、山村。この6人は基本誰が来ても自分たちが最上位なのでD+くらいの生徒ならば十分勝機はある面子だった。

 

 加えてBクラスも15組ほどのパートナーを成立させているようである。残りの2年生は対応に追われることとなった。




脳が焼けたサッカー視聴者による特別短編

<ワールドカップ side諸葛孔明>

 チャイムが鳴らされたのは朝の4時前だった。

「……君はさぁ、時計の読めない人?」
「いいから」
「いや、なにも良くないんだが……」

 真澄さんはどうやら意外とサッカーなどは見るらしい。全然知らなかった。てっきりお料理番組とかしか見ないのかと思っていた。なんでも昔家にいるころ暇すぎてサッカーなどのスポーツの試合をよくボーっと見ていたらしい。その縁で世界大会やワールドカップなどの大会系は見るようになったそうで。

 とは言え4時に来るのは些かアレなのではなかろうか。1人で見ればいいのにと思うが、付き合ってみているのも別に悪い気分な訳ではないので良いだろう。東アジア組として日本には頑張って欲しい。祖国?予選敗退だ。

「強豪相手にどこまで行けるかな。相手は昔の優勝国だぞ?」
「昔は昔、今は今でしょ」

 コーヒーを淹れ、ソファの前の小さなテーブルに置く。真澄さんはソファに体育座りをしながらボールが飛び交うのを見ていた。

「2-1で日本ね」
「希望的観測では……?せめて1-1とかだろ」

 と思っていたのだが、普通に真澄さんの予想通りに勝った。熱狂するスタジアムと叫ぶ監督&選手。大当たりの予想に唖然とする私の前で真澄さんがドヤ顔している。彼女は朝っぱらからこの顔をするためにやって来たのだろうか。とは言えベスト16になったのはめでたいことだろう。

 朝ごはんをくれと要求してくる真澄さんに釈然としない感情を抱きながら、まぁ彼女が楽しそうならそれで良いかと思いなおしてフライパンを取り出した。




クロアチア戦も頑張れ!という事で応援も込めた短編でした。私はドイツ戦の時から日本が勝つよと言い続けて友達に笑われ、その後平謝りされ、今回も日本が勝つよと言って笑われまた平謝りされました。この謝られる快感が止まらないので次も勝って欲しいなぁと思ってます。割とサッカーと野球は好きな作者でした。


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63.刑法第二〇三条

あけおめ!ちょっと遅めのお年玉という事で投稿!お返しのお年玉(評価と感想)くれてもええんやで?……調子に乗りました、許して……!何でもしますから……!!

去年は沢山の感想・高評価ありがとうございました!いつも励みになっております。本年もよろしくお願いいたします。


暴力を憎み、政治を信用しないとなれば、残る唯一の救済策は教育だけである。

 

『ジョージ・オーウェル』

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 私が体育館で大演説を行ったその日、Aクラスの生徒40人中34人が学力B-以上ないしはあとちょっとでB-なC+の生徒とペアを組むことが出来た。これは非常に僥倖なことである。上位層から中の上と言える層のほとんどを我々は奪い取った。残りのクラスは僅かな層をめぐって熾烈な争いを行うだろう。その上、私に対する信頼、Aクラスに対する信頼も植え付けられたのではないだろうか。

 

 しかし懸念事項も存在している。七瀬の情報通り、Dクラスの生徒は誰一人として姿を現さなかった。驚きはないものの、厄介だという事に変わりはない。しかも相手は理知的というより非常に暴力的、いわば龍園強化版(暴力マシマシ)みたいな存在なのだろう。負ける負けないの話ではなく、そういう手合いが面倒だという話だ。ともあれ向こうから接触してこないのには理由があるだろうし、こちらから出向く用事もない。内情は全て筒抜けだ。

 

 そう思い、この日はこれで終わらせた。ペアは決定してしまえば解除できない。決まった生徒はしっかり勉強だけしていればいいのだから安心だろう。ホクホク顔で帰っていく自クラスの生徒。残りは自分でどうにかできる、或いは多少相手の学力が落ちても上位にいられる面子だ。少しずつやっていこう。そう思っていたが……予想外の事態に直面する。

 

「方針転換?」

 

 画面の向こうの部下は私のオウム返しに頷いた。

 

「今更どういうことだ」

「昨年度のデータを基に、内部構造の把握がある程度完了。後はアレンジでどうにもでもなる。今後は設立目的と設立関係者である坂柳一族、鬼島総理、与党の前幹事長などに関する情報収集を進めたいとの指令を閣下の御祖父様より頂いております」

「何かあったのか?」

「直江幹事長の様態がよろしからずという事で、政局に変化の兆しがあったからと推察できます」

「ここの中からでは出来ることは少ないが?」

「しかし月城常成はここの理事長代理を行っており、綾小路篤臣はここに多く接触しています。下手に外にいるよりもここの中で高度育成高等学校・ホワイトルーム等を取り巻く重要人物を観察した方が得策、という事でしょう」

「綾小路清隆に近いから、という事か。まぁ確かにその通りではあるが」

「閣下の御報告と我々の調査によってホワイトルーム・高度育成高等学校の問題点と利点は大きく見えてきました。まだ党には報告しておりません。御祖父様は、これは高度な外交的利点になると考えているようです」

「恫喝外交にはもってこいだろうな。人権問題で一気に西側諸国に優位に立てる。日米関係の悪化も可能かもしれないからなぁ。まぁ良い。向こうの事情は分かった。今後は綾小路清隆に注視しろ、ついでに月城代理にも注視しろ、という事だな?」

「はい。それ以外にも自学年以外のデータはいらないと」

「根拠は?」

「綾小路清隆という特別な存在に合わせてこの学年は構成されているだろうから、という事だそうです。尤も私の私見としては下学年も綾小路清隆専用カスタマイズの可能性を考えますが……」

「では1年生に関しては好きにしていいという事でいいな?」

「まとめるとその通りです」

「分かった。君たちは引き続き仕事を果たしなさい」

「了解!」

 

 政局は面倒だ。そもそも非人道的組織を運営し反社会的組織とつながりのある人間を抱えている民主主義国家の与党幹部とはどうなっているんだか。我が国じゃあるまいし……。とは言え、与党も票田を確保するには仕方ないのか。不動産バブルの長かったこの国では、地上げなどを行う彼らと政治家は密にもなるだろう。

 

 ともかく大事なのは綾小路清隆を観察すること、そして立場が微妙な月城をどうにかすること。そして自学年のみのデータを引き続き渡し続けることだ。1年生の分は瑞季がやる手はずになっている。つまり、1年生はどのようにしても良いという事か。ここで1つの目標を定めることにした。方針が私に都合よく転がってくれたのならば、活かさない手はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日はご苦労様」

「ホント。1年生の相手、メッチャ疲れるんだけど」

「そんなに?」

「何か目をキラキラさせてて……疲れるわよ」

「まぁまぁ。これで大まかな目的は達成できた」

 

 疲れ切った顔の真澄さんは夕食の席で疲労困憊の様相を見せている。多くの1年生が彼女の元に集まっていた。輝いて見えたのだろう。事実、彼女は結構な成績アップを果たしている。成績中堅者には希望の星だろう。

 

「今回限りのことだ。次回以降のテストは自分たちで何とかしてもらうしかないだろう」

「なら良いけど。……ちょっと気になってたんだけど、あの冊子、私たちの頃より簡単になってない?」

「あぁうん。そりゃそうだ。だってそういう風に作っているんだから」

「なんで?今回の試験、難しいんでしょ?」

「そういう話だったな。無論、今回は高得点を獲れるような設計にしてある。次回以降は知らん。そもそも我がクラスのテスト対策教材は特別製だし、君用の教材はなおのこと特別設計にしてある。学校の授業をなぞっているだけでは終わらない……というより受験に足りない」

「受験?Aクラスなのに受験するの?」

「万が一、という事がある。君はセンター試験、もうすぐ名前が変わるんだったか?まぁそれはともかく、センター試験の日程を知ってるかね?」

「1月の真ん中らへんの土日でしょ」

「その通り。では、その日3年生は何をしていた?」

「何って……学年末試験の準備でしょ」

「では私大入試本番並びに国公立入試のある2月は?」

「同じく?」

「では合格発表や手続きのある3月は?」

「特別試験本番……あ」

「気付いたか」

 

 元々冬休み明けの林間学校からおかしいとは思っていた。センター試験の日も注視してみたが、誰も出かけている様子は無いし学校で受けている様子もない。私大入試も同様。国公立も言わずもがな。つまりである。この学校、Aクラス以外は学年末試験のせいでまともに入試が出来ない。

 

「え、何それ……。でも先生は去年の春に進路相談には乗るって……」

「あぁ。浪人生の進路相談には乗ってくれるんじゃないか?」

「えぇ……」

「そもそも教科がガバガバすぎる。5教科10科目を普通の学校は全部やらない。後、化学と物理はあるが生物と地学はどこへ行った。地理と公民は?数学Ⅲはいつやるんだろう。そんな疑問を1年生の時に抱いていた。1年間で歴史を終わらせるのかと思いきやそうでは無いし、そもそもそれはカリキュラム的に無理がある。それに気付いた5月。だから毎回のテストで冊子を配り、受験レベルに進度を合致させている。君の授業は外の進学校よりも先取りのペースでかつ最高難度で進めているから絶対に志望校に受かるようになっている。全ては万が一Bクラス以下で卒業になった際の保険だ」

「そんな前から?」

「『これは必ず、将来のお役に立つはずです』と私は最初の冊子を配る際に言ったはずだ。大丈夫。私の教えの通りにやっていればBクラス以下になっても必ず受かるし、Aクラスのまま卒業しても卒業後に必ず役に立つ」

 

 真澄さんは余計に疲れた顔をした。この学校は前々から思っているように、実験室の意味合いが強い。政府の思惑は文字通り実験台なのだろう。ホワイトルームの劣化版みたいなものだ。だからこそ、周りを削ぎ落して数少ない成果物を輩出したことにしている。実際はその成果物も彼らの望みには届いていない可能性が高いが、少なくとも世間体は作れる。

 

「ともあれ、私たちは今まで通りにやっていくしかない……と言いたいところだがこのままでは今後の1年生とのコミュニケーションに障害が出る」

「障害?あぁ、宝泉のこと?」

「そう。A~Cクラスは少なくともある程度は生徒の自主性に任せている。にも拘らずDだけ異質だ。加えて宝泉は非常に暴力的であると聞く。龍園の強化版みたいなものだ。これは危険分子以外の何物でもない」

「まぁ、そりゃそうだろうけど……。でもアンタは龍園を結局退学させなかったじゃない」

「私にはなるべく同学年を退学にさせてはいけない事情がある。加えて対南雲戦線で龍園には利用価値がある。だから残した。彼自身も成長し無差別に暴行しないだろう。クラスメイトに危害が加えられる可能性は低い。だが南雲はこちらへの攻撃を宣言している。クラスメイトを巻き込まないと言っていたが私は絶対的に彼を信用していない。そして宝泉はクラスメイトに危害を加える可能性がある。クラスメイトを守るためには、潰せそうなところから叩く」

 

 本国での方針転換は大変ありがたい。話の通じなそうな暴力野郎には消えてもらわないとクラスメイトとなにより真澄さんの安全を確保できない。下手に首を突っ込まれても困る。

 

「排除する、もっと言えば退学させるってこと?」

「それも方向性の1つとして採用する。それにだ。七瀬はこちら側。Dクラスの中心はこちら側の方が良いだろう?」

「まぁ何でもいいわよ。私は言う事を聞くだけ」

「やる気がないなぁ。君を守る為でもあるんだぞ?」

「大丈夫じゃない?だって……守ってくれるんでしょ?」

 

 これは一本取られたかもしれない。少しだけ苦笑しつつ答えた。

 

「勿論」

 

 そして、事態が私にとって好ましい急展開を迎えたのは翌日のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは他クラスの様子を伺いつつ着実にペアを決めていきましょう」

「一気に昨日の段階で決定しなくてよかったのか?」

「やり過ぎるとまた敵を増やしますから。全部のパイを奪われたが故に我々を一致団結して叩き潰すよりも、残った数少ないパイを争い合う方に意識を向けさせた方が得策です。私たちをどうこうするより、自分たちのクラスの生徒をどうにかする方が優先である。指導者は皆そう思うはずです」

「なるほど。だからこそ他クラスの動きを待つのだな」

「その通り」

 

 葛城は腕を組みながら頷く。彼もまたまだペアの決まっていない人間の一人だ。しかしその成績を考えるに、一年生からもアプローチをかけられることが多いだろう。生徒会、というのもプラスに働くはずだ。Bクラスが得るはずだったコネクションなども全部持って行っている。これ以上を望むのは高望み。ある程度の所で止まっておくのがベストと考える。どの道Bクラスは積極策には出てこない。

 

 基本方針は変わらず、他クラスは団子状態にして争わせ、我々はその上で政局をかき回しながら台頭する勢力が出ないようにコントロールする。ある程度先が見えてきたと思った時である。

 

「何やってんだ!」

 

 廊下から大きな声が響いた。声から判断するに、Dクラスの石崎であると思われる。葛城が眉をひそめている。見てくると告げて廊下に出た。大体何があったのかは予想がつく。昨日、1年Dクラスはもぬけの殻だったという。加えて私の会にも来なかった。七瀬の情報を基に推論すれば、宝泉という男は自身が仕切りつつ機会をうかがっている。全く接触せずということは考えにくく、また他クラスと接触したという情報は入っていない。つまり、どこかのタイミングでインパクトを残す必要がある。

 

 その最短方法が殴り込みでは無いのか。そういう想定は、いくつかある未来予想の中の1つとして存在していた。それが実行された可能性は高い。そして綾小路退学レースみたいなのが行われている現状、彼が接触を図るのは当然Cクラスになるという寸法だ。

 

 廊下に出れば、押し倒されたような状態になっている須藤といきり立つ石崎の姿が見える。遠巻きにしている中に真澄さんがいたので話を聞くことにした。お手洗いの帰りに遭遇したのだろう。

 

「これ、今どういう状況?」

「宝泉が殴り込み。堀北と論争。先輩に対し不敬な態度に須藤がキレる。イラつく須藤に宝泉が胸を押して挑発。石崎が代わりに激怒。そして現状の状態」

「大変分かりやすくて結構」

「暴力行為って、なんのルール説明も受けてないの?でも……」

「あぁ。想定通りという事だろうさ」

 

 廊下で揉めている一団を遠巻きに眺めながら小さな声で話す。宝泉はこちらに気付いてないようで、堀北たちもそれどころではないようだ。手で動画を回すように指示する。有利になる状況を作る、或いは相手に対して優位に立つためのデータが手に入る可能性が高いからだ。相手が暴力的なのは大変結構。法治国家ではそれがどういう意味を持つのか。しっかり考えてもらおう。

 

 それにしたって非常に素晴らしい。天佑神助とはまさにこのこと。自分たちに望ましい状況がこうも簡単に転がり込んでくるとは。大方綾小路の偵察に来たのだろうけれど……それが仇となった。

 

「次から次へとゴキブリみたいに湧いてきやがったぜ」

 

 宝泉が面白そうに笑っている。隣には七瀬がいた。なるほど、ある意味参謀役、というより抑え役に回っているというのは本当のようだ。

 

「宝泉君。話し合いに来たはずです。暴力を振るうために来たのであれば私は帰ります」

「暴力だ?こっちは猫を撫でる様な気持ちで触っただけだぜ。悪かったなぁ、須藤」

 

 二年生を呼び捨て。実に挑発的だ。

 

「バカにすんのも大概にしろよ、オイ!」

 

 石崎が激怒しながら胸倉を掴むべく腕を伸ばす。その瞬間、宝泉の口角が僅か上がったような気がした。カツカツと後方より足早に近付く音がする。その足音の主は石崎に向かって声を投げかけた。

 

「死にたくなきゃ止めとけ、石崎」

 

 龍園の声だ。彼は廊下を歩いて石崎に近寄る。その時に私の横を通ったが、チラリとこちらに視線をやるだけで何も言わない。しかし目は口程に物を言う。その目は確かにお前はここでどう動く、という風に問い掛けているかの如き視線であった。しかし死にたくなければとは物騒な話。学校生活では、特に対人関係ではそうそう出てこない言葉な気がする。

 

「ど、どうして止めるんですか!?」

 

 石崎は龍園の言動に疑問を投げかける。

 

「あんたが止めるなんて、どういうつもり?」

 

 あとからやって来た伊吹も戸惑いを見せている。この手のもめ事は龍園からすれば大歓迎。嫌いなタイプではない。監視カメラがある無しに拘わらず実行するのは皆が知っていることだ。やる時は迷わず突き進むタイプだと。その行動力の高さは私もかなり評価しているつもりである。

 

「今度はお前が相手か?そこの須藤ってバカよりも弱そうだなぁ、オイ」

 

 確かに龍園は大柄ではない。とは言え、その雰囲気は決して弱者のそれではないはずだが。

 

「お前のことは良く知ってるぜ。宝泉つったら地元じゃちょっとした有名人だったからな。まさかここまでバカそうな顔をしてるとは思いもしなかったけどなぁ」

「し、知ってる奴なんですか龍園さん」

「龍園だと?」

 

 名前を聞いて宝泉の顔が変わる。そしてその顔は益々愉快そうな顔になった。大きく口を開けて大笑している。

 

「おいおいなんだよ。まさかの巡り合わせだな。お前の噂は嫌ってほど聞いたぜ、龍園」

「人の名前を覚えておくだけの知能はあるみたいだな」

 

 龍園完全復活……という感じが伝わってくるよりも、2人が知り合いとまでは行かずとも近しい地域の出身者であることが驚きだった。人の縁というものは中々に侮れない。

 

「しかしあの龍園がこんな貧弱そうな身体をしていやがったとは……意外だぜ」

「お前の方はイメージ通り脳まで筋肉で出来てそうだな」

「何度か遠征した時にぶっ殺してやるつもりだったが、会えなかったのは俺にビビってたからなんだろ?兵隊ばっかりに仕事させて逃げ回ってたのか?」

「クク、巡り合わせに救われたな、宝泉。俺と会ってたら今頃そんなデカい態度ではいられないだろうよ。運よく、未だ負け知らずってか」

「俺はてっきりしっぽ巻いて逃げまどってたとばっかり思ってたぜ。そうじゃないってんなら……今ここで白黒つけるか?」

 

 宝泉は拳をバキバキ鳴らしている。龍園を敵に回したくないと考えているという事は相応に自分の身体的な才能、或いは頭脳に自信があるという証左だ。確かに、彼のクラスはDクラス。しかしDクラス=頭脳がお粗末という訳では無いことを綾小路や堀北が証明している。龍園は脳筋と言ったがただの脳筋ではないだろう。こういう手合いは面倒だと過去の経験やデータより良く分かっている。

 

「遠征ってなんです?軍隊でも持ってたんですか?」

「不良用語でしょ。仲間でつるんで他校の代表格とかを叩きに行くの」

「あぁ、そういう」

 

 生憎日本の不良界隈には詳しくない。胸ポケットにスマホを入れて撮影中の真澄さんに小声で問いかけた。遠征と言うから軍事遠征みたいな何かなのかと思っていたが当たらずとも遠からず。というか、東京ではそんな事やってるのか……。やくざの抗争みたいなことを学生、しかも中学生がやっているのは中々治安が悪い。私の地元四川にも確かに不良みたいなのはいた。過去形なのはまぁ、一掃されたからなのだが。

 

「やめとくぜ。見返りの無い状態でゴリラとやり合うのは得策じゃねぇ。引き上げだ」

「あんた、1年に舐められたままでいいわけ?」

 

 伊吹が思わずといったような顔でそう問いかけていた。

 

「ハッ。決着なんざ幾らでもつけられるからな」

 

 龍園は動じず、静かにそう返す。以前なら強引に退いていただろうがしっかり理由説明をしているのは成長の証かもしれない。というより、奴は対南雲戦線の特攻兵器だ。無能では困る。

 

「そっちの女はお前の兵隊か?」

「ま、そんなところだ」

「はぁ?誰が?勝手にあんたの兵隊にしないで」

「女でも兵隊に使うんだな、龍園」

「そっちこそ随分と可愛げのある兵隊連れてるじゃねぇか」

「こいつは兵隊じゃねえよ。ま、そんな事はどうでも良い。遊ぼうぜ龍園」

「やらねえって言ったはずだぜ。耳でも腐ったか」

「そうかよ。だったら――」

 

 食いついてきた龍園に面白くなさそうな顔を向けていた宝泉だが、その視線がゆっくりと隣にいる伊吹に向けられる。ぬっと腕が伸び、伊吹を目指す。軽く払いのけようとした彼女の反応速度を超えるスピードで伸びた腕は彼女の首を掴んだ。

 

「ッ!?」

 

 声にならない声を出した彼女は、危険なシグナルが脳から発せられたようで必死に引きはがそうともがく。けれど鋼鉄のような腕は全くびくともしない。振り返った龍園は締め上げられた伊吹を見て軽くため息を吐いた。彼女は必死に抵抗し、手足を全力で動かしているが宝泉に動じる様子は無い。

 

「ハァッ。抜けてみろよ。それか、そこで見ているお前ら全員かかって来ても良いぜ」

 

 殺人未遂の現場はバッチリ映像に残った。何か問題行為、犯罪行為を行う可能性を考えて待っていた甲斐がある。そろそろ動かないと伊吹の顔が苦しそうになってきている。人は首を絞めてもそう簡単には死なないが、意識を失うと脳障害の恐れもある。首の骨を折るのが確実なのだが、流石に殺人をやらかす気はないだろう。だがこの挑発行動。過去の経歴。殺意アリとみなされても文句は言えない。どっちにしろ暴行罪だ。

 

 宝泉とは接触を持つ必要があった。積極的にかかわりたい相手ではないが、相手を知るには百聞は一見に如かずである。

 

「そこまでにしておくことをお勧めします。さもなくば、私は伊吹さん救出のため貴方に対し緊急措置を取らざるを得ません」

「あぁ?何だてめぇ……あぁ、お前が諸葛孔明か。写真で見たぜ。学力最高位がどんな奴かと思って実際に見て見れば、とんだ優男じゃねぇか。みょうちきりんな髪型もしてやがる。しかもいけ好かない顔だ。お前が龍園やこの女の代わりに俺と遊ぶか?」

「自己紹介が省けたようで何より。それよりも再度警告します。直ちに手を離しなさい。私も同学年の人間が凶行の犠牲になるのは見たくないのです」

「いう事聞かせたければ、実力でやってみろよ」

「そうですか。……残念です。では、お望み通り」

 

 一瞬怪訝そうな顔をした宝泉。廊下は凶器で満ちている。特に蛍光灯と窓ガラス。教室内にも色々あるが、やはりガラスは使いやすい。とは言えここで奴を殺す訳には行かない。あくまでも緊急措置として伊吹を解放させるために最低限の手段を行う必要がある。余り手の内を見せるのは得策ではないが……彼というある意味龍園よりも暴力的な人間に危機感を覚えさせないと我がクラスメイトが犠牲になりかねない。もし手を出したらヤバいという印象を植え付けて安全保障に繋げるためにはやむを得ないだろう。

 

 私がゆらりと横に倒れるような動きを見せる。彼の目線が私の動きを追うように斜めにずれる。時間はそれだけあれば十分。

 

 抜き放った簪1本を持ったまま近付き、首筋に突き付ける。この間にかかった時間は数秒。もう少し早く動ける想定だったが身体が鈍っているのか何なのか。修業しなおしかもしれない。宝泉の目が泳いでいた。何が起こったのかを認識するのに時間がかかっているようだった。確かに暴力性は一級品。しかし場数が少ない。危機を知らざる者は、想像も出来ないところから足をすくわれる。

 

「最後の警告です。手を離しなさい」

 

 宝泉の顔が青くなったり赤くなったりしている。だが最後には少しでも動けば簪の先端が首に刺さる現実を受け入れたのか、手を離した。ゲホゲホと伊吹が咳き込む。幸い首に少し跡が残ったくらいか。簪を彼の首元から離した。この行動もよろしくないが、圧倒的に宝泉に問題がある為緊急措置という事で多めに見てもらおう。その為の動画や音声なのだし。

 

「素直に交渉に応じてくれたのは感謝しますよ」

「お前は……」

「お前?先輩に対する態度がなっていませんねぇ。私の意思でここから先、君の人生はどうにでもなるのに」

「何だと?学校にでもチクるつもりか?」

「はははは」

 

 いきなり笑い出した私を不気味そうな目で宝泉は眺める。七瀬は一歩引いた位置で事態を観察しているようだった。他クラスの生徒も私を不審そうな目で見ている。確かに学校に言う。それも一つの措置だろう。とは言えだ。それは甘すぎる想定と言わざるを得ない。

 

「生徒会長は多少の喧嘩なら容認と言ってたぜ?生憎だが、お前が何をしようと……」

「生徒会長?あぁ、彼には頼りませんよ。それに、首を絞めるのが多少の喧嘩に入るという認識は一般常識と乖離していると思うのですが、どうでしょうかね。この場にその認識を持っている人間がいるのならば是非名乗り出て欲しいものですが」

 

 誰も名乗り出ない。当たり前である。

 

「この場にいるのはザっと10名ほど。しかしそのほぼ9割が君の意見に賛同していません。統計の母数が少ないですが、一般常識ではないと言っていいでしょう。それにどの道多少の喧嘩であっても暴行罪、決闘罪などに該当する可能性が非常に高いですがね。まぁそれはともかく。生徒会長なんかに頼りませんよ。君の行為は立派な犯罪なのですから、警察にご登場いただかなくては。真澄さん、通報の準備を」

「もうしてる」

 

 真澄さんはそう言うと、宝泉に向かって携帯を突き出した。そこには大きな字で110と移されている。後はダイヤルボタンを押せばかかる仕組みだ。この学校から支給される携帯は外部に繋がらない。しかし緊急通報の類は別だ。110の警察、緊急通報ではないが117の時報、118の海上用の緊急通報、火事・救急の119は繋がる。多分児相のダイヤルも繋がる……と思われる。ともあれ、NTTの3桁番号の電話は繋がるのだ。よって通報も可能ということ。

 

「君が首を絞める様子等々全て録画済みです。この後どういう判断が下されるかは分かりませんが……龍園君、君の情報を基礎にして推察すると彼は中学時代随分と荒れていたようですね」

「あぁ。そりゃもう凄いもんだぜ?噂の数々は枚挙にいとまがないと言ってもいい」

「やはり。つまりその問題行動の数々、そして当然目立っていたんでしょうねぇ。警察にバッチリ名前は覚えられてるでしょう。補導履歴とかあるんじゃないですか?そういう人間が加害者となれば……どういう判決になるのか。最悪殺意アリとみなされて殺人未遂で少年院行きですかね。そちらの……」

「七瀬、七瀬翼です」

「そうですか。その七瀬さんも証言下さいますか?」

「分かりました」

「お前ッ!」

 

 思わぬ裏切りに宝泉は大変動揺している。私はクラス間闘争はくだらないと思いつつもやるならやるで好きにすればいいと思っているのだ。しかしそこに暴力を持ち込むのは反対だ。ここは紛争地帯でも戦場でも軍隊でもない。頭脳戦で戦うならばいざ知らず、法的に問題な行為を、しかもバレる形でやるのは三流以外の何物でもない。他の生徒は感覚が麻痺しているかもしれないが、街中で人の首を絞めれば間違いなく通報される。

 

 私の態度に龍園は面白そうな目で見ている。石崎などは目を白黒し、堀北は動揺しつつも私の意見に一定の筋を見出したようだった。同じく見物している綾小路は特に感情を示さない。私の行動の推移を見守っている風だ。

 

「私の生徒に害なす危険分子には早々に退場していただきたいのです。伊吹さん、通報した際には是非証言を。男女差はこういう時強いですよ。龍園君も私も、危険な存在を排除できるとあれば喜んでお金を出しますとも。そうですよね、龍園君?」

「ククク、面白れぇ。このゴリラとやり合わないで済むってんならこんなに楽な話はねぇな。あの宝泉が何もできずに退学ってのも面白い。おい伊吹。もしこの軍師野郎がマジで通報すんなら証言してやれ」

 

 伊吹は戸惑いながら頷いた。

 

「そういう事です。私はどうも、誰かを退学にしない方針と思われているようですね。実際にその通り。ただそれは自学年だけの話。君の事は……どうでも良いのです」

 

 パチンと指を鳴らす。真澄さんがコールボタンを押した。沈黙が場を支配する。数コールもかからずに電話は繋がった。真澄さんはそのまま人気のない場所へと向かっていく。他の生徒の声が入ると電話がし辛いからだろう。この学校に警察が介入できることは佐倉のストーカー事件で発覚済み。あれがまさかここで役に立つとは。であれば、今回の件も大事に出来る可能性が高い。行きつく先は……退学だ。

 

「さて、君の敗因は3つ。1つ、この学校を治外法権と思ったこと。1つ、学校の事件に警察を呼ばないと思ったこと。1つ、説明を受けたにも拘わらず暴力行為に走った事。以上です」

「な、な……てめぇッ!」

「てめぇ、ではありません。改めまして私の名前は2年Aクラス諸葛孔明。民主的投票の結果、代表を務めております。残り短い時間ですが、どうぞお見知りおきを」

 

 私は遠くからサイレンの音がするのを聞きながら、ゆっくりと慇懃に頭を下げた。



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64.2年Aクラス領1年Dクラス

0巻の件、ご協力ありがとうございました!おかげさまで内容把握が出来そうです!登場人物の設定ですが、ある程度ぼかしていた甲斐がありました。整合性を取れるように作っていくつもりですのでよろしくお願いします。


正義は社会の秩序なり。

 

『アリストテレス』

――――――――――――――――――――――――

 

 喧騒はいよいよ大きくなる。遠くの方にサイレンの音がし始めた。殺人未遂と聞いて警察も慌ててすっ飛んできたものとみえる。真澄さんが何でも無いかのように戻ってきた。指でOKマークを作っているので任務完了と言いたいのだろう。よくやってくれた。

 

 多くが事態を正常に呑み込めていない。これがパニックになったり騒いだりするならばまだ分かる。しかしそうでは無い。彼らは分かっていないのだ。何故警察が来るのかを。逆に言えば、伊吹が首を絞められ絞殺寸前であったにも拘わらず誰もそれを警察を呼ぶべき事態と考えていなかったということが伺える。

 

 それは堀北のようなどちらかと言えば真面目サイドの人間も、勿論龍園のようなタイプの人間も、それ以外の平凡な誰かもだ。遠巻きに教室のドアの付近から眺めている生徒もそうである。確かに、警察や消防・救急への通報は勇気がいる行為かもしれない。街中ですぐ動ける人は少ないだろう。だが少なくとも、自分ではできずとも通報すべき行為とは認識できるはずだ。にも拘わらず私は何か異常なことをしたかのような目で見られている。違うのは龍園と綾小路、七瀬くらい。嘆かわしいことだ。

 

 龍園のせい、という事もあるかもしれないが、学校という法治空間にいるにも拘わらずこの学校の生徒は暴力を恐ろしいほど日常的なものとして、少なくとも目をひそめるけれど積極的にどうこうしようとは思わないようなものとして認識していることになる。これを異常と言わずして何と言うのだろうか。暴力の具現みたいな軍人に言われていることに恥を知ると良い。

 

「何をしている。何の騒ぎだ」

 

 人ごみをかき分け、スーツ姿の男性が姿を現した。どこか暗い瞳をした人間である。

 

「何事だ。説明を求める」

「その前に、貴方はどちら様でしょうか」

「1年Dクラスを担任している司馬克典だ」

「司馬……司馬?」

 

 その場にいたほとんどの人間が私の方を見る。分かっていないのは石崎や伊吹くらいか。それにしても司馬、司馬ねぇ。滅殺!

 

 ……ではない。そんな事をしてはいけない。私に流れる先祖の血が司馬一族滅すべしと叫んでいるが、我慢してもらおう。そもそも晋の司馬一族と関係ない可能性もある。あの司馬遷も別系統なのだし、全然関係ないかもしれない。とは言え、諸葛の一族に生まれたからには司馬というのは曹と同じくらい因縁のある名字なのだ。とは言え今は優先すべきことはそれではない。

 

「先生とは知らず、失礼しました。私は2年Aクラスの諸葛孔明。ただいまつい数分前に発生いたしました殺人未遂事件に際し警察を召喚している最中です。加害者はそこの宝泉君。つまりは先生のクラスの生徒になります。今後お忙しくなるかもしれませんが、正義執行のためご協力くださいますようよろしくお願いします」

「どういう……殺人未遂だと?のっぴきならない言葉だが」

 

 彼の目が見開かれ、困惑したように宝泉と私、それ以外の生徒の顔を見比べていく。とは言え私は嘘を言っていない。集団で宝泉を嵌めようとしている訳でもない。

 

「そこの野郎が言ってるのは事実だぜ、センセ。ウチの伊吹が首絞められてなぁ。何もしてねぇんだぜ?酷い話もあったもんだ。ほら、こんなになってる」

 

 龍園は強調するように伊吹の首を見せる。そこには薄っすらだが人の手で絞められたと思しき跡が存在していた。司馬……先生は絶句したまま立ちすくんでいる。彼がどういう人間であろうと、もうここまで来てしまってはどうしようもない。警察が来てしまえば取り調べが行われる。龍園は協力的だし、下にいる伊吹も協力するだろう。七瀬という証人も得ている。

 

 この学校のシステム上、クラスに退学者が出れば不利になる。だがそんな中自クラスの生徒が不利になる証言をしていれば信用されるだろう。それに宝泉は暴力でクラスを支配しようとしていた。であれば内心快く思わない生徒が多いのは容易に想像できる。しかもまだ彼は龍園と違って結果を出していない。

 

 龍園は、彼がいない時に彼らのクラスが我々3クラスに叩かれたのをクラスメイト全員が知っている。だからこそ多少強引でも私や堀北、一之瀬と戦うには仕方ないと思われている。だが宝泉は違う。まだ何も為していない。だからこそ、今のうちに叩かないといけないのだ。クラスメイトの援護射撃が無いうちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とやってくれましたねぇ」

 

 困ったような笑いをしながら月城代理は私にソファを勧める。その勧めに従って腰を下ろした。茶が目の前に出される。我々は奇妙な関係だ。元京都大学准教授で官僚でもある政治活動にも大きく関与している月城常成。彼は大学を辞任し官僚となった後綾小路の父親の活動を支援するために多くの行動をしている。中にはそれこそ血を見るモノもあった。直江ー綾小路篤臣ラインを探る記者を闇に葬ったと報告には書いてある。

 

 私は彼に奇妙な親近感を抱いていた。自分より上の者の命令で手を血に汚す。そしていずれも我が父に関係している。どうも嫌いになることは出来そうもない。私の母親の件もあることだし、彼は人間味があるように思えてならないのだ。それこそ、本来の理事長である坂柳成守よりも。

 

「正義は果たされました」

「君が正義を語りますか。いや、確かに正義ではありますが」

 

 月城は呟きながら対面に座る。

 

「君は予想しているでしょうが、私はこれまで多くのことをしてきました。それこそ汚いことも、色々と」

「……父はそれを肯定するでしょう。目的のために、手段は問わない人間ですから。でなくばホワイトルーム構想の立案をしない」

「ええ。そういう方でした。鳳教授の話はさておき、私はそれ故に此処の治安はどうなのかと思う事もありました。しかし目的、つまりは綾小路君の退学のためには致し方なく容認しようと思っていたのです。が、その矢先にこれですか」

「そちらの目的を阻害してしまったのは私が責任を負うところではありません。そもそも……本当にホワイトルームは、綾小路篤臣は綾小路清隆を退学させようとしているのでしょうか?」

「そうでなければ刺客を送らないでしょう」

「それすらも計画の一環、というのは考えすぎでしょうかね」

「面白い発想ですが、杞憂に近いものです。あり得ないと申し上げましょう」

「そうですか。そういう事にしておきましょう。さて、本題はそれではないはずです」

「ええ。その通り」

 

 彼は茶を啜る。時計が2時を告げた。真澄さんが通報者として警察の相手をし、宝泉は抵抗を試みたが警察に取り押さえられ連行されていった。伊吹は被害者として、堀北や七瀬、龍園は証人として事情聴取を受けている。今は授業中だが非常事態だ。出席扱いになっている。

 

「彼はどうなるんですか?」

「言うまでも無いでしょう。退学ですよ、退学。それ以外になす術はありません。どう取り繕ってもやりすぎでした。加えて証拠もバッチリ揃っている以上、最早介入のしようもありません。本人の経歴、態度なども加味すれば釈放で無罪放免は限りなく不可能かと」

「絶対無理とは言わないのですね」

「それはまぁ。しかし権力を使ったとしても何故あそこまでのことをして戻って来れるのか、という話になりかねません。そうなると治安の悪化が予想されます。これは望ましくない。今後の特別試験や学校の運営にも支障をきたすでしょう」

 

 あいつはあんなことをして警察まで呼ばれたけど結局これくらいは許された。殺人未遂でも許されるなら、それ以外の罪は大丈夫だろう。そう思って何かやらかす生徒がいないとも限らない。窃盗、恐喝、詐欺、強盗、住居不法侵入、強姦、盗撮等々。犯罪はこの世に溢れている。そしてこういう閉鎖空間は倫理のタガが外れやすい。

 

「私が聞きたいのは諸葛君、君の方針です。退学者は出さないで上を目指す。攻撃的でありながら最後の一線は超えない。それが君の戦略と認識していましたが。坂柳の娘を助けたのも、そういう意図あってのものでしょう?」

「それは正しいです。しかし、一部訂正するのだとしたら私は学年に退学者を出したくない。クラスはなおのとこ。しかし他学年は知った事ではありません。3年生は南雲に喧嘩を売りたくないので控えていますが、1年生はまとまりが出来る前に危険分子を排除したかった。ただそれだけです」

「宝泉君が危険分子であると見抜きましたか。随分と素早い情報網ですね。誰が情報を漏らしたのでしょうね。気になるところです」

「教えるわけにはいきませんねぇ」

「やはり七瀬さんですか?それとも君の従妹でしょうか」

 

 私は答えずにニコッと笑いかけお茶を口に含んだ。いい味。中々高級なものを使っていると見える。答える気が無いことを理解したのか、月城もそれ以上追及してくる事は無かった。だが彼は侮れない。断片的な情報だけでも与えてしまえば推理が始まるだろう。そして彼はそういうのを得意としている。

 

「私を罰しますか?」

「それをしては筋が通らない。いくら何でもそれは出来ませんしするつもりもありません。こうなってしまったのは彼の入学を許可した坂柳前理事長ですし、彼自身の問題でもありますから。人前でやったのが全ての原因です。庇い立ての余地はありません」

「そうですか。それは良かった」

「とは言え余計な仕事なのは事実。文句の1つくらいは良いだろうと呼び出しました」

「頑張って下さいね!」

「良い笑顔ですねぇ。私が教育者でなければ殺意を抱く顔です」

「ははは」

「ははは」

 

 お互いに笑っているが、相手の目はまったく笑っていない。私の目も笑っていないだろう。私たちは互いを強敵と認め、その実力を感じ合いながらも対立関係にある。だがこういうところでは協力して物事にあたる事もある。何とも言えない間柄だ。

 

 個人的には彼がホワイトルームから離れてくれるならこのまま続投して欲しいくらいではある。文部科学省の中で修学旅行や文化祭を計画している動きがあるという。これもそれも月城の方針らしい。加えてIT化も月城の発案で進められたと聞いている。教育者としては先見の明もある。腐った制度を何とか現実主義に戻せる可能性が高い。

 

 しかし障害もある。この学校のバックにいる総理大臣が厄介だが、所詮は民主主義で選ばれた政治家。我が国の党とは違う。スキャンダルが無いなら作ればいい。ウォーターゲート事件の再来と行こうではないか。そもそも、我が国がこの学校やホワイトルームの存在を元に恫喝外交をすれば退陣に追い込める可能性が高い。

 

 ともあれ、そんな障害さえクリアして綾小路篤臣も排除できれば彼はここで上手く経営してみせるだろう。世襲よりは風通しも良いはずだ。

 

 月城という男は有能だ。それこそ、かなり有能である。私が出会った能吏の中で5本の指には入るだろう。母数の多い我が祖国の中でも活躍できる人材である。ウチの組織にいるとすんごい助かる人材だ。書類仕事もそうだが、それ以外でもマルチに働いてくれると思う。卒業と同時にリクルートしよう。密かにそう決めた。

 

「ともあれ、そんな老境一歩手前の人間による釘刺しです。今後はいきなり警察は勘弁していただけると助かるのですがね」

「犯罪を目撃すればすぐ通報。国民の義務では?そもそも、そういう事言っているからイジメはなくならないし学校は閉鎖的と批判されるんですよ。もっと警察や弁護士も介入すれば良いのでは?」

「おっと正論ですねぇ。しかし正論では動けないのが大人の、官僚機構の辛いところです」

「悲しいですね。ま、そんなだからストーカーを雇ったりするんですよ」

「ストーカー?なんの話です?」

「え?」

「え?」

 

 最初は一瞬冗談で言っているのかと思ったが、顔を見る限り本気で分かってなさそうな感じがする。途端に嫌な予感がした。これは言わない方がよかったのではないかと思えてくる。でも確かに言われてみればそうだ。先のクラス内投票。Cクラスは佐倉に票を集めれば退学者を出さずに終われた。だが綾小路の戦略でそうはならなかった。

 

 ここで気付くべきだった。てっきり月城が本気になっていない、或いは綾小路篤臣は本気で退学させるつもりが無いが、試練は与えるために用意させたものだと思っていた。だが違ったのだ。月城は、ホワイトルームはある種のプロテクトポイント保持者がいるのを知らなかった。だから本当は綾小路に何の危機にもならない試験を行った。

 

「何でしょうか、それは。何の報告も受けていませんが」

「……」

「私は確かに汚い人間です。しかしここに関しては隠蔽は問題なのです。ストーカーと言いましたね。そういう人間が雇われていたというのは従業員の身辺調査の不徹底を示しています。また、被害に遭われた生徒がいるのであれば国家が運営母体ですので国家として謝罪をしなくてはいけなかった。是非とも話していただきましょうか。お話頂くまでは帰ってもらう訳には行きませんね」

「知らないで押し通すとすれば?」

「では、君のクラスの誰かを強権を使って問題があったとして退学に追い込む他ありません。まずは……かむ」

「分かりました。お話ししましょう」

「ええ。そう言ってくれると思っていましたよ。正義を果たす、諸葛君」

 

 やれやれといったところだ。一杯食わされた。私の発言を拾い、嫌味を込めつつ正義と言ってくる。実に嫌らしい。だが有能だ。今回は私の想定ミス。失敗と受け止めて次回に活かすとしよう。私自身には特にダメージは無いし、Cクラスの戦略に変化が出るくらいだろう。月城も真面目な案件として尋ねているのだし、しっかり答えて恩を売るのも悪くない選択だ。

 

 私は渋々ではあるがかいつまみつつ佐倉の件を話す。全て話終わったとき、月城はため息を吐きながら痛む頭を宥めるように目頭を押さえた。困っていると怒っているが混ざったような感情が見える。

 

「坂柳め……隠蔽体質とは思っていましたが、まさかここまでとは。報告されていない暴力事件などもあった可能性がありますね。退学になっていないけれどというレベルの。そもそも生徒会如きが退学や休学を決める権利を一時でも保有している方がおかしいのです。この学校は特殊。とは言えまだ未熟な子供が判断を下すべきではないというのに……」

「全ての代がそうだったわけではないようですがね」

「そうだとしてもです。先代の堀北君は優秀だったようですが、それでも子供に過ぎない。義務を果たしておらず、権利に守られている間は子供でしょう。例え学力や運動能力、精神力がどれほど大人を上回っていたとしても」

「……」

「それはともかくです。情報提供はありがとうございました。後で謝礼を振り込んでおきましょう」

「ありがとうございます」

「謙虚に固辞するのが美徳というものですよ?」

「貰えるものは病気と怪我と恨み以外貰っておく主義なので」

「懐かしいですねぇ。君の母親もそう言っていました。やはり君は……いえ、何でもありません。言ったことは守りましょう」

「感謝します」

 

 プロテクトポイントの扱いに関してまた変化が生じる可能性は高い。しかしだ。これによって今後生徒ではない部外者によって迷惑行為をかけられることが減るのならば大歓迎と言うべきだ。ストーカーは誰がなるか分からない。今はまだ大丈夫でもふとした拍子に今まで善良だった人が……というのはあり得る話だ。しかし、元々問題な人間はここでも問題を起こす可能性が高い。それを排除できるだけでも安全性は上がる。

 

「随分と遅くなってしまいました。もう帰っても構いません。彼の処分は明日には発表されるでしょう。この後会議も行わないといけないので」

「退学になるとどうなるんですかね」

「保護者の元に送還……が普通なのですが彼は些か特殊ですので。送還先は警察になります。取り調べで暴れたそうで、しばらくは留置所に置かれるようですから」

「そうですか。後学のために聞いてみたかったもので。まぁ私がそうなる事は無いと思いますが、知識として知っておくのは大事ですからね」

「そうならないことを祈っておりますよ、教育者として、ここを預かる者として」

「生徒一人を退学にしようとしているとは思えないお言葉、ありがとうございます。では、失礼します」

 

 お互い嫌味を言っているが、どちらも本気で舌戦をする気はない。今回の件では慰謝料も搾り取れないだろうし、お互いにラインをわきまえつつ口喧嘩をしていると言ったらいいのか。ともあれ、話し合いは終わった。相変わらず不気味な笑顔の月城に見送られ、私は理事長室を後にした。

 

 授業中ゆえに無人の廊下を歩き、自クラスの元へたどり着く。静かに後ろの扉を開けて席に着いた。Aクラスは真面目な生徒が揃っているが、今は多くの生徒の視線がチラリチラリと私を見てくる。興味津々ではあるが、授業も受けないといけない。なのでたまに余所見をするくらいでなんとか自身の好奇心を抑えていると言ったところか。実に自制心があって結構。手に付かず、でも無く私の帰還に大騒ぎになるでも無いのは民度の高さの表れであろう。

 

 

 

 

 

 

「問いただしたい事は色々あると思います。そのお気持ちは大変良く理解しているつもりです。これより説明を行いますので、まずはそれを聞いて下さい」

 

 クラスの前で私は言う。それに反抗的な視線を向ける者はいない。葛城は説明を聞く姿勢を見せ、真澄さんは肩をすくめている。彼女は全て知っているのだから妥当ではあるが。坂柳はこちらを見ているモノの、その目はアレ以来ずっと空疎だ。光はあるものの、どこか虚ろ。身から出た錆である。

 

「まず、単刀直入に事態を報告すれば1年Dクラスの宝泉和臣という生徒を警察に通報しました。容疑は首を絞める事による殺人未遂。被害者は2年Dクラスの伊吹さんです。これが大まかな事態の説明になります。では、これよりそれの理由説明をします。勿論法律違反故にという理由も存在しますが、それ以外に私たちに利益がある行動であったために実行しました。利益というのは大きく分けて3つ。1つは私たちとの、引いて言えば2学年との交渉を途絶していたDクラスの門戸開放を行えること。2つ目は1年Dクラスを傀儡に出来るという事。3つ目は非常に暴力的であり、今後特別試験などで障害になりかねない人物を排除できることです」

 

 誰かがゴクリと唾を呑んだ。

 

「詳しく説明しましょう。トップを失えば混乱します。それが暴君であればなおのこと、後継者問題が浮上します。その隙は大変ねらい目なのです。門戸開放は簡単に行えるでしょう。元々彼らは自分の意思で交渉を拒んでいたのではないのですから。そして傀儡にも出来るのです。ナンバーツーに近く、後継者争いに有力な存在と私は古い知り合いであり、向こうは私に恩義を感じています。裏切る可能性は極めて低く、その存在を使えば1年Dクラス39人を丸々傘下に加えることが出来ます。そして暴力性の高い人間を排除することで皆さんの安全を保障できます。ここまでで何か質問はありますか?」

「趣旨は理解した。だが事前説明は欲しかった」

「確かに葛城君の意見は耳の痛いものです。ここは私も反省しています。言い訳をさせていただくと、今回の計画、簡単に言えば宝泉和臣という人間を追い出すのは先ほどお話しした旧知の存在による情報提供によるところが大きいのです。非常に暴力性の高い人間という情報でした。とは言え、その彼が問題を起こす可能性は予測不可能です。そのため出来たらいいな、程度でした。非常に不確実性の高い計画だからです。しかしそんな計画を立案した直後に今回の事態が発生しました。故に報告が出来ず、こうして事後報告になってしまったのです。申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げる。民主制を謳っている以上、あまり独断専行をし過ぎると良くない。信頼を得るためならば頭など何度でも下げてやる。お前らの安全のためなんだぞ、という雰囲気は微塵も出してはいけない。

 

「単に皆さんの安全確保を優先したく、独断専行に走ってしまいました。重ね重ね申し訳ありません」

「いや、責める気はない。理由が理解できた。無闇やたらにやったわけでも無く、また向こうに殺人未遂という許しがたい行為があった上での行動ならば姦計とも言えない。状況を賢く利用した。それだけだろう。狙って引き起こしたわけでも無し、道義にも背かないと俺は思う」

 

 葛城の援護射撃を貰う。大変ありがたい。彼の好まない姦計には該当しないように配慮したつもりだ。坂柳失脚後のこのクラスにおける有力者は彼だ。真澄さんと私はほぼ同存在とこの際定義できるので、それ以外のご意見番的存在は彼しかいない。能力も申し分ないのだから、彼からの信頼は大事だ。

 

 「まぁ損して無いならいいよね」「殺人未遂とか怖いなぁ……」「そういう存在ならいる方が嫌だし、正当でしょ」という声が飛び交う。私の行動は自己弁護と葛城の援護によってクラス内で違和感なく受け入れられている。私がこれまで結果を出してきた事も功を奏しているだろう。これで学年末試験の敗北は少し取り戻せただろうか。

 

「ご理解いただきありがとうございます」

「孔明センセは今後退学者をバンバン出す方針で行くのか?」

 

 橋本が質問する。確かにそれは聞きたいと思っている人も多いだろう。結局クラス内投票を除いて去年退学者は出なかった。あれ以外だと坂柳が1番危なく、次点で龍園だった。しかしどちらも現在も生存中だ。機会は多いが敢えてやらずにいる。それが私に対する学年からの評価であった。だが今回私は明確に人1人を退学に追い込んだ。方針がどうなのかを問うのは妥当だろう。

 

「良い質問ですね。無論、なるべくここで切磋琢磨していく存在は多い方が良いと考えています。彼らにも彼らなりの事情はあるでしょうし、高校中退は可哀想ですしね。その為、正当な手段、例えば特別試験などで攻撃してくる分には退学者を出さずに行く方針はあまり変わりません。しかし暴力や恐喝などの犯罪行為を用いてくる相手には一切の容赦なく殲滅します。聡明なるクラスメイトの皆さんはそのような行為をしないと信じておりますが。信じておりますが!」

 

 坂柳の方を見ながら2回目を言うと、彼女はビクッと肩を震わせて縮こまった。未だに彼女の居場所はない。いじめられてはいないが、いないもの扱いだ。哀れんだ真澄さんだけがたまに話しかけている。

 

「そういう行為をされますと以前と同様になってしまいますので、お気を付けを。私は更生させるのも仕事と思っていますし、クラス全員で卒業したいのですが庇い立てにも限界がありますから。最後に、Dクラスを傀儡に出来た際に私たちからの支援を行う事で信頼関係を構築したいと考えています」

「具体的には?」

「特別試験の戦略や学習の指導、各種ステータス向上のためのアドバイスをこのクラスの不利にならない程度に。また、今回の試験で彼らのクラスの学力下位者に私を筆頭とする2年Aクラスのペア未決定者をあてがう事を考えています。クラス1つ丸々取り込めるならば安いと考えていますが……如何でしょうか」

 

 反対する感じは見受けられない。その証拠に反対意見も上がらない。時間を取られるデメリットはあるが、南雲が自学年にやりBクラスに行おうとしていたようなことが出来るのだ。メリットは大きいと感じているだろう。いずれは内部に食い込んでポイントを献上させたりも出来るかもしれない。

 

 南雲がやろうとしたのを妨害したのはそれが我々に大きな不利益となり、彼に大きな利益となるから。同じことを私たちがしてはいけない理由はないし、成功すれば大きな利益となるのは目に見えている。結果、反対意見なくこの後の決によって全会一致で可決されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。昇降口近くにある学校の掲示板に1つの紙が貼られていた。全員が一度その紙の前で足を止め、その後思い思いの表情やリアクションを行う。紙面には高度育成高等学校責任者として月城の名前と共に以下の文面が書かれていた。

 

『以下の者を素行不良・校則違反・犯罪行為により退学処分とする。 1年Dクラス 宝泉和臣 生徒諸君は引き続き品行方正に、日本国を牽引するに値する生徒としての活躍を期待する。以上』

 

 私の計画は完全に運のおかげでこれ以上ない形に素晴らしく完遂されたのだった。これまでの人生いろいろやって来たが、ここまで上手く事が運んだのは珍しい。宝泉がルールを理解していない、というよりも社会的倫理観が無かったことが何よりの幸いだった。龍園は人前では基本やらない理性があるが、彼には無かった。本質的に龍園の方が上であることを示唆している。

 

 おそらく龍園と宝泉がどういう形であれ戦った場合龍園が勝つ可能性が高い。宝泉は自信ありげであったが、面倒な相手でありかつ戦っても利益の無い相手は回避する。これは戦略の基本である。なので最初の時点で勝負はついていた。昨日でなくとも、いつか宝泉は致命的な問題を起こし、学校を追われていただろう。計画を考えてすぐに起こしてくれたのは私に言わせれば僥倖と言わざるを得ない。

 

 私はその足で1年生のエリアに向かう。まだ授業開始まで大分時間はあるが、Dクラスの生徒は既にその姿を見せていた。彼らには昨日の夜の時点で退学になると伝わっていたと七瀬から知らされている。そこで私は彼女に朝早めにクラスメイトを集めるように指示した。宝泉が去ることでクラスポイントが減じされている。最初はよーいドンで800クラスポイントからの始まりだったが、宝泉の退学で他クラスには差を付けられてしまった。しかも我々の代とは違いSシステムを知っているが故に品行方正にと気を付けようとした矢先である。

 

 これの対策を取ろう!という宝泉に一目置かれクラス内でもそれ相応の地位にいる七瀬からの提案となれば断る者はいないと判断した。そしてそれは正しかった。ガラガラと戸を開ければ戸惑う視線が少し。そして私の顔を見たことのある人間は恐怖の入り混じった目線を向けてくる。高い総合評価のせいか、1年生にも顔が割れているようだ。

 

「やぁ諸君。おはよう」

 

 優しく挨拶してみたが、誰一人として返事をしない。ただ、前に立って進行していた七瀬だけがゆっくりと頭を下げ、その後自席に戻った。この時に賢い人間は力関係を理解し、同時に我々の間に何らかの繋がりがあったことをも理解しているだろう。

 

「君たちは愚かだ」

 

 唐突な暴言に困惑を隠せないDクラスの生徒たち。彼らの動揺を無視して私は言葉を続ける。

 

「君たちは宝泉和臣の追放に一役買ったそうじゃないか」

「な、何の話ですか?」

「分かっているだろう?君たちは聞かれたはずだ。クラス内で彼がどういう態度を取ったのかを。そこで非常に暴力的であったとか、怖かったなどと彼を一切庇うことなく発言したと聞いている。違うかね?」

「だったら何だって言うんです。そもそも、彼を追い出すように仕向けたのは先輩のハズだ」

「誰が発言を許可したのかね、白鳥君。年長者のいう事は黙って聞きたまえ」

 

 威圧感をあくまで抑えつつ、それでいて言葉は強めに。力関係を理解させる。生殺与奪の権を私が握っているのだと彼らに勘違いさせる。それが目的だ。事実として落ち度を見せたとはいえ宝泉は、彼らにとっての恐怖の対象であった存在は反論の隙も、抵抗の暇もなく私によって駆逐されてしまった。彼らの心底に、次は自分かもしれないと思い込ませる。

 

「結構。では続けよう。確かに、彼は怖かっただろう。その気持ちは分かるとも。往来のど真ん中でいきなり衆人監視の中人を絞殺しようとする人間だ。怖くて当然だとも。だが、君たちは愚かだった。たとえ彼が言い逃れのできない事実によってここを追われるとしても、彼を庇い僅かにでもここに残留できる可能性を高めるべきであった。もし無理だと確信していたのならば構わないのだがね。この中に確信していたのは何人いる?断片的な情報の中、彼が確実に退学になると理解していた者は手を挙げたまえ」

 

 全員が目を逸らす。ここで嘘でも良いからあげておけばいいものを。交渉の何たるかを理解していない。昨日の事情聴取の時点から私はこのクラスを試験している。このクラスの中に、七瀬以上に有能で、かつ頭の切れる人間がいるのか。いるのならば戦略を変える。だがいないと今この瞬間に分かった。 

 

 私がいない前提で話を進めようとしているのを分かっていれば、主導権を取り返すために分かっていたことにすればいい。だがそれも出来ない。そして本当に分かっていた奴はいない。これは私にとっては大変良いことだ。

 

「いないようだな。だから愚かなのだよ。分かるかね?彼は確かに恐ろしいかもしれない。しかし、同時にAクラスに行くのには必要な存在だった。彼はいわば核兵器だ。恐ろしい破壊力と攻撃力、そして何より()()()になる。他クラスが君たちを攻撃しようとした際、彼の暴力を考えて躊躇するだろう。報復を恐れ、対応を考えるだろう。君たちを脅威とみなし、下手な手を打たなくなるだろう。彼には抑止力としての効果が存在していた。そして君たちは自分自身の手でそれを失う選択肢に手を貸した。愚かと言わずして何と言う?」

 

 抑止力の無い国など、どうなるか分かったものではない。永世中立国であるスイスは、その金融制度で世界中に食い込んだ。同時に国民皆兵を敷き、核シェルターを配備し、即時動員体制を整え、山岳地帯で焦土戦争を出来るようにしている。だからこそ、二次大戦の戦火を免れた。核兵器だってそうだ。抑止力として高く評価されているからこそ、核の傘という言葉が生まれる。何も持たないで平和だけ謳っている国など、草刈り場以外の何物でもない。

 

「君たちは今、この学年だけではない。全学年の全クラスから草刈り場として見られている。1年生で賢いものは動くだろう。早速開いてしまったこのクラスポイントを更に開かせ、脱落させるために。自ら贄となるべく狼の群れの真ん中に来てくれた羊諸君。それが君たちだ。だから言ったのだ。愚かだと。宝泉と同じクラスなだけの事はある。聞いているだろう?クラス分けの理由を。何らかの要素で君たちは、学校からアレと同等と思われているのだよ。そして今後はそのレッテルは加速する。君たちに付きまとう評判は……言うまでもないだろう」

「お言葉ですが!」

「また君かね」

「申し訳ないですが言わせてもらいます。それは先輩の行った行為による結果じゃないですか!僕たちはむしろ被害者です」

「ほう。では通報したことを責めるのかね?実際に通報したのは私では無いが、指示したことは認めよう。それで、君は私を責めるのかね。国民の義務に従って、犯罪行為を告発したこの私を?」

「そ、それは……」

「白鳥君。私は君の学力がAであることを知っている。君だけでなくこのクラスの全員のデータを記憶している。君がこのクラスの中でトップクラスに頭脳明晰であることを、同時に学年で見ても有数であることも知っている。だからこそ聞こう。君も分かっているのだろう?その頭脳を持つ君だからこそ、分かっているはずだ。自分の言っていることは筋が通っていない感情論だと」

「……」

「被害者なのかもしれないが、それは君らの正しさを証明はしてくれない。正しさとは法だ。宝泉和臣はそれに反した。私はそれを咎めるべく手段を取った。秩序を守るという、大義のために」

 

 全員分かってはいるのだ。宝泉が悪く、私が正しいことを。ただ受け入れたくないだけ。だからこそ敢えてこうして完膚なきまでに叩いている。厳しい現実を認識させ、理想論や希望論に逃げないように。

 

「だが、私にも同情する心はある。暴君に支配された代償がこの末路では救われない。何より、私を呼んだ七瀬さんによる必死の説得を受けた。宝泉を排除することが自クラスのためになるからこそ私が動いたのは理解できる。だけれど、せめて私に敵対の意思などなかった私たちのことを顧みてくれないか。それ以外にも様々な理論理屈で彼女は私を説得した。その熱意に私も些か思うところがある」

 

 ここで七瀬を持ち上げる。そうすることで今後のクラス統治がやりやすくなるはずだ。宝泉を退学させた恐怖の対象である私に直談判を挑み結果を持ち帰ってきた有能でクラス想いの存在として。

 

「彼女が指揮を執るという事に同意するならば、私は君たちのクラスの運営顧問として相談に乗ろう。特別試験の戦略や学習の指導、各種ステータス向上のためのアドバイス。これらを自クラスに不利にならない限り行うことを約束する。また、もしそれで成果を出せたのならば更に追加の支援も行おう。これは私1人のみならず、我がクラスの優秀なクラスメイト総出で行おうじゃないか。まず手始めに今回の試験でこのクラスの学力下位の者に私を筆頭とする2年Aクラスの優秀な人材をペアとして付けよう。それ以外の生徒のペア斡旋も喜んで行おうじゃないか」

 

 この支援に関する了解は先日クラスで得ている。1クラス丸々手に入るとなれば得るものは失うものよりも圧倒的に多いからだ。

 

「君たちが思っている以上に去年の争いは過酷だった。しかし私は1度たりとも自クラスをBクラス以下に落としていない。その実力は確かであると自負している。君たちはどん底かもしれない。だが、そこからやれる選択肢は2つ。そのまま底をはいずり生きるか、それとも上を向くか。君たちはどちらだ?何かが変わるかもしれない。何かを変えたい。何者かになりたい。そういう思いでここに来たのではないかね?もしくは将来を得たい、幸福な人生を描きたい。その為に此処にやって来たのではないか?どん底ならばもう下は無い。後は上を向き、歩くだけだ。その道は真っ直ぐ。迷う事など何もない」

 

 絶望の後に希望を見せられると人は飛びつきたくなる。混乱し、困惑し、惑っている最中に明確な答えを提示した人間に人は信頼を置きたくなる。そしてそれが有能であったり、優秀であると客観的根拠の元に認められる存在ならばなおのことだ。この人に頼れば、この人を信じれば。そういう思いになる。人は自分で決めるのを嫌がる生き物だ。出来るだけ誰かにくっついて生きていない。だからその欲望を刺激する。

 

「確かに君たちはDクラスだ。ではこれは敗北なのだろうか?君たちは敗者なのか?断じて否である。敗北者とは、歩みを止めた者を言う。まだ君たちは歩ける。ならば進めるはずだ。ここからなのだよ。ここから、全てが始まるのだ。3年後に勝者として校門を出るための第一歩は今日、この時に始まるのだ」

「で、ですがそれは……イバラの道です」

「イバラの道?道があるのだろう。ならば歩きたまえ。その足が折れるその日まで。それが実力主義という事だ。それが実力で戦うという事だ。学力だけが、運動神経だけが全てではない。たとえどんなに高度な能力を持っていても、道を誤ったり進むのを止めればそれでおしまいだ」

 

 閉鎖された空間の中、徐々にクラスが熱に包まれていくのがわかる。日がスッと差し込み始めた。私は光の反射で輝いて見えるだろう。そしてクラスの温度が上がっていく。冷静である人間はもういない。私に彼らの目は吸い寄せられている。

 

「ようこそ実力至上主義の世界へ。私は君たちを歓迎する。この戦いに身を投じる勇敢なる諸君を!この私が、諸君を導こう。勝利という名の栄光へ!」

 

 拍手が満ちる。希望と羨望と歓喜の顔が満ちている。彼らは希望を見た。勝利を見た。私という存在に、己の栄光を寄託した。私は今、彼らの鏡になっている。彼らの欲望を映す鏡に。そこに映るのは彼らの望む未来だ。彼らは私を通して自分の欲望を見ているのであろう。

 

「私は七瀬さんを信頼し、彼女の信頼する君たちを信頼する。彼女がこのクラスのこれよりの代表だ。もし君たちが彼女に背き、ここより追う事があるとすれば……その時は第2、第3の宝泉君が生まれることになるだろう」

 

 輝かしさだけではなく、恐怖も織り交ぜながら。私という存在の意向を意識しながら動く集団を作る。その傀儡王が七瀬だ。そして私は2年Aクラスを民主的に統治しつつ、1年Dクラスという傀儡政権を保持する。さながら日帝、じゃなかった大日本帝国と満州国のように。

 

 約束通り、私の在学中は勝利を得られることも多いだろう。だがその後は知らない。我らに有利になる勢力、我らに与する勢力であればどんな存在であろうとも支援しよう。援助しよう。それが、強者に与えられた権利なのだから。




宝泉君はここで出番が終了です。天沢さんの霊圧が薄いですが、この影でしっかり憧れの綾小路先輩♡と堀北さんに接触してるのでご安心を。でも絡みが無いなぁ……。結構好きな子なんで、出してあげたいんだが。2年生編の文化祭回のカラーイラストが好きです。

今章の閑話には原作0巻に対抗して諸葛家の過去話も少し入れようかなぁと計画中。まぁそれ以外にも色々とあるつもりなのでお楽しみに。


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65.レッドサイド

万国の労働者よ、団結せよ!

 

『共産党宣言』

――――――――――――――――――――――――

 

 

 植民地。それは帝国主義を象徴する代物と言えるだろう。強大な軍事力・経済力を持つ大国が中小国を支配し搾取を行い、市場を拡大させる。それは形を変え品を変え、今なお行われ続けている世界の理。そして今、この学校においても1つの植民地が発生した。いや、正確には植民地というより傀儡国か。いずれにしてもその外交権の半ばは失い、かりそめの王が私の指示の元統治を行っている。

 

 朝貢こそないものの、その姿は最早自立していないことを内外に示している。私たちの被保護対象となったDクラスは各クラスの草刈り場となる運命をかろうじて回避している。だがしかし、クラスの大多数は今は亡き宝泉の政策によって孤立しペアを決める以前の段階である。これの相手を用意しなくてはいけない。

 

 そして不気味な他3クラス。統一した意思は存在しないように見える。私が警戒すべきはBクラス。私からすれば恨むべき怨敵が居座るかのクラスこそ、最大の警戒対象であった。しかし我が従妹がペアを決めたという情報はない。1年でトップに近い学力を保有する相手に何のアプローチも存在していないというのは些か不可解な話だ。最大限の警戒が必要になるだろう。

 

 そして今、私たちは外交交渉を行おうとしていた。

 

「貴女の用件は理解していますよ、堀北さん。貴女のクラス、つまりは2年Cクラスのクラスメイトと1年Dクラスの生徒を組ませたい。そうでしょう?」

「……そうね」

「宝泉和臣が去った今、権力の空白と化した1年Dクラスを交渉相手に選んだのは賢い選択でしょう。しかし些か遅きに失したと言わざるを得ません。彼らの外交権は既にこちらが掌握しています」

「それは、つまり?」

「1年Dクラスは私たちの傘下にあるという事ですよ」

「……」

 

 交渉に来たのは堀北と綾小路。いつもの2人だ。綾小路は相変わらずの無表情でこちらを見ている。堀北の眉は上がったり下がったり忙しい。彼らは七瀬にコンタクトを取った。にも拘わらず私がいる事に疑問を抱いていた様子であったが、今のやり取りでそれは払しょくされたらしい。尤も、それ以外の悩みが生まれたようだが。

 

「これはお前の計画か?」

「計画……肯定であり否定でしょうか」

「つまりは宝泉が暴力を振るったのは完全な偶然であるが、宝泉を追ったのは計画通りであるという事か。随分と素早い動きだな」

「兵は拙速を貴ぶ。聞いたことはあるでしょう?」

「あぁ。だが早過ぎる。お前と……最初から七瀬は繋がっていた。そうでなければこのスピードはおかしい。事実、オレたち2年生と1年Dクラスは完全に没交渉だった。オレも堀北も、なんなら龍園ですら宝泉と会ったのは昨日が初めてだった。という事は宝泉についてあらかじめ情報を持っていなければあの暴力性を前提に計画を立てるのは不可能のハズだ。よって繋がりがあったと考えるのが自然であり、後釜に座った七瀬こそがお前とつながりのある存在であると仮定すれば筋が通る」

「ご慧眼、流石ですね。事実その通りですとも」

「やはりか」

「昔彼女の世話をした事がありましてね。彼女との関係の維持は()()()()()()()()()()()()()()はずですよ」

「……そうか」

 

 含みを持たせた言い方に、彼は何かを察したようであった。

 

「要するに今後1年Dクラスと交渉する際は貴方たちAクラスを通せばいい、という事で良いのかしら?」

「その認識でおおよそ間違いはありません。尤も、お分かりとは思いますが、我がクラスに不利になる交渉は不可能と考えることをお勧めします。彼らと我らは一心同体なのですから」

「貴女は……それで良いの?」

「はい。私は諸葛先輩に大恩がありますので。3年間を捧げても返しきれないものですから、喜んで指示に従います」

「そう……」

「そう悲観的な顔をするものではありませんよ?貴女との、正確には2年Cクラスとの交渉には前向きな姿勢を私は持っています。1年Dクラスの学力下位層は既に我がクラスの学力上位層とペアを組んでいますが、上位層から中位層はまだ宙ぶらりんです。こちらにいる七瀬さんを含めてね。故に2年Cクラスのペア未決定者と組ませるのはやぶさかではありません。ただし、条件は存在していますが」

「その条件とは?」

「Cクラスが現在倒すべき喫緊の相手はBクラス。ですが、優先目標を変えていただく。それが条件です」

「Dクラスにしろ、という事ね?」

「その通り。私としてはそうしていただけると助かるのでね。そちらとて悪い話では無いでしょう。Dクラスの学力上位層はまだ余っている。彼らと貴女方のクラスの……例えばそう、須藤君などに組む相手を用意できる。これは、取り敢えず生き残りたい2年生にとって大きな利点では無いでしょうか。今回の試験、大事なのは1年生との顔つなぎ。次点でその能力把握。明確な勝敗というよりも、それを得るための前哨戦的な意味合いが強いことは理解しているはず。故に大事なのは生き残ること。特に学力の低いけれど一芸に特化した生徒は。違いますか?」

「……いいえ。違わないわね」

 

 龍園は退学を阻止した代わりに一緒になって南雲と戦わないといけない。今後、学年を跨いだ試験も多くなるだろう。そうなったときに役立つ選択肢の1つとして用意した。椎名は必ず守らせると誓ったし、そもそもとして契約が存在している以上、限定された条件下ではあるが龍園は強い武器になる。しかしその強い武器が使用者にまで牙を剥き始めては困る。故に、Cクラスを当て馬にして争わせる。泥中で争い合う獅子は沈むだけ。その間に我々は上へ。基本戦略通りの行動だ。

 

「でしょう?」

「けれど、Aクラスが注意すべきなのはBクラスではないかしら」

「いいえ。あのお嬢さんはもう無理です」

「無理、とは?」

「そのままですよ。一之瀬さんは確かに人間としては非常に素晴らしく、魅力的な存在です。他校であれば、十分にその善性で以て余人を導いたでしょう。しかしここではその力は上手く活かしきれていない。攻撃はそこまで得意ではなく、受動的な面では強いのでしょうがそもそも受動的なままでは目標であるAクラスへは行きようがない。故に、彼女はもう上に上がる見込みは少ない。ここからは落ちていくだけでしょう。少なくとも何も変わらないのならば」

「随分と……冷酷な読みね。個人的には、貴方は一之瀬さんを評価していると思っていたけれど」

「人間性は評価していますよ。ウチには誰とは言いませんが比較対象がいますから、余計に高く評価できるように思えます。しかしそれがここでのリーダー適正と合致するかと言えば別問題。それの善悪是非は置いておくとしても、冷厳たる事実として横たわっているように思います。さて、Bクラスの話はこの際どうでも良い。今回とて救済に走りました。大変立派ですが、勝ちに行く態度ではありませんね。ですので先ほどの条件です。どうでしょうか?」

 

 堀北は迷っている。しかし彼女らにデメリットはそこまで多くない。事実として彼らはCクラスなのだから上を目指すDクラスが直近で相手する存在となる。どの道敵対は必定。ならばさしたる条件ではないはずだ。元々そういうつもりで提示している。こちらは相手の動き、方針をコントロールできればそれで良い。相手の方針を知っていればそれに沿った行動が出来る。

 

 CとDは互いに争わせる。Bはこちらで適宜に叩く。これで完璧な式の完成だ。これは現在のクラスが入れ替わっても適応できる。例えばCとBが入れ替わってもその時はCに落ちた一之瀬に取引を持ち掛けるだけだし、更に現在のBがDに落ちたのだとすれば龍園に話を持ち掛けるのでも良いだろう。何にせよ、向こうが断りにくい状況、断っては今後に差しさわりのある状況で方針を決定させることを条件で持ち出す。これで全て解決する話だ。

 

「分かったわ。その条件だけで良いのね?」

「ええ、勿論。多くを望む気はありませんから」

「なら呑みましょう」

「賢明な判断、感謝しますよ」

 

 契約書にさらさらと署名がなされる。1年Dクラスのペアはこちらが一任されている。故に後は堀北や綾小路と相談しつつあてがっていけばいいだろう。

 

「七瀬さん、後はお任せを。一応決定事項だけクラスに伝達してください」

「分かりました」

 

 七瀬は堀北と綾小路に頭を下げて去って行く。非常に素直に動いてくれるので助かっている。しかし彼女を利用しすぎるのも問題だ。七瀬はあくまで恩というフワッとしたもので私に従っている。これを信じすぎてはいけない。瑞季は部下だし、真澄さんは同じクラスなので裏切る可能性は非常に低いと考えている。しかし七瀬はそうでは無い。やろうと思えば松雄栄一郎などいつでも見捨てることが出来る。恋人でも夫婦でも無い。ただの幼馴染。苦痛に感じれば切れる程度の関係と私は心得ている。

 

 去って行った七瀬に関してそんな思惑を巡らせつつ、軽く話を振る。これはしないといけないと思っていた。

 

「綾小路君もペア決定には苦労しているのですか?」

「何故それを問う?」

「いえ、学力の数値はAなのにも拘わらず未だペアが決まった様子は無かったので。櫛田さんなどは速攻で決まっていたようでしたが。何でしたっけ、あの……八神君でしたか。その生徒と組んだようですし」

「その八神君と櫛田さんは知り合いだったようなのよ。中学時代の」

「中学……中学?本当に?」

 

 堀北の話に私の疑問符が浮かぶ。櫛田の中学と言えばあの終わっているクラスがあった中学だ。同時に堀北や先日卒業した彼女の兄である堀北学の母校でもある。進学校(笑)みたいな内情であったが、八神拓也という生徒もそこの出身なのだとしたら……。

 

「前に聞きそびれていましたが、例のクラスについては有名だったのですか?何クラスがそうなった、など」

「ええまぁ、友人なんていなかった私にも情報が回ってくるくらいには。クラスも当然、知っていたわね。下手したら全校中が」

「だとしたらおかしいですねぇ。どうして八神君とやらはそんなおかしいクラスの出身者に声をかけたのか」

「櫛田さんのクラスを知らなかった可能性があるわ」

「それは無いでしょう。櫛田さんの容姿や普段のふるまいからすれば学年を超えた有名人であったはず。クラスも当然知っていなければおかしい。知り合いと主張するくらいならばなおのこと。気になるところです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は敢えて綾小路の方へ視線をやりながら聞いた。堀北はペア決定のためにOAAに視線を落としており、こちらを見ていない。綾小路は私の目を見返して軽く頷いた。どうやら疑問は共有できたらしい。私のおかしな妄想ではないと理解してくれたようだ。

 

「随分と穿った見方ね」

「細かいところが気になるのが私の悪い癖でして。この癖のおかげで生き延びてきた節もありますのでご容赦を。まぁ櫛田さんの話は置いておいて、綾小路君ですよ。ペアの候補もいないんですか?」

「いや、実は1人だけ接触されている。まだ保留しているが」

「ほう」

「そう言えばオレも聞こうと思っていた。その相手なんだが、クラスは1年Bクラス。名前を諸葛魅音というんだが、お前の縁戚か?」

「今、何と」

「お前の縁戚か?」

「いやその前」

「諸葛魅音」

「……」

 

 唐突に黙りこくってしまった私に堀北も顔を上げ、綾小路は怪訝そうな顔をしている。アレはホワイトルーム生ではない。これは100%確証を持って言える。当たり前と言えば当たり前ではあるのだが。しかし日本に来てから入学までの動向は謎だ。尾行をまかれたのも相まって、ホワイトルーム運営側と接触した可能性は否めない。そうでなかったとしても綾小路退学ゲームの参加者に選ばれている。危険な存在だ。

 

 さらに言えばもっと危険な要素は山ほどあるのだが、それには説明できない部分も多い。どうしたものだろうか。

 

「で、どうするんです」

「Dクラスと組めるならわざわざ他クラスに行くメリットは少ない」

「ならばよかった。お察しの通り、アレは私の従妹です。ただし、警戒することをお勧めします。龍園君や先ごろ去った宝泉君よりもね」

「それは聞き捨てならない話ね。貴方がそんなにも警戒しているという事は、私たちにとっては強力な武器になる可能性もあるのだから」

「使いこなせればの話ですが。尤もそれを行うのはほぼ不可能と言っておきましょう。これでも長い付き合いですので。不本意ながら」

「私たちも使いこなせない武器の最低限の扱いは心得ているつもりよ」

 

 そう言えば、Cクラスには高円寺がいるのだった。確かに彼を相手にしているとなればその発言にも納得がいく。とは言え、アレは高円寺とはまた別種の異質さを持っているのだが、それを説明してやる義理はないだろう。どの道誰かに与して戦うというのが極度に苦手な人間だ。スタンドプレーというか、そもそもチームプレイという概念が存在しているのかも怪しい。

 

「出来たわよ」

「どうも。……これで構いませんね?」

「問題ないわ」

「であれば、これで承認します。後はペア申請を行ってください。そうすれば明日には登録された状態となっているでしょう」

 

 堀北の見せてきたペアの組み合わせを見て承認を下す。これを私が七瀬経由でDクラスに伝達すれば2年Cクラスの全員並びに1年Dクラスの全員がペアを決定させたことになる。2年Cクラスは既に決まっている組み合わせもそこそこに存在していたので、数の上での問題やズレは見当たらない。

 

 平均点の高さこそが今回の試験の報酬である。こう考えた際に大半が学力上位層と組んでいる我がクラス。そして一部Dクラスの下位層と組んでいるがこれも底上げが可能。勝利は固い。Bは論外、Cではそこまでは望めない。Dはそもそも余り物と組む形だ。地力の高いAクラスがものを言う。勝利もしつつ、他クラスの外交方針も決定させることができ、かつ1年生に橋頭保を獲得できた。満足しても構わない結果であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北はクラスにこの結果を伝達するべく去って行く。残されたのは私と綾小路の2名だった。

 

「新学期が始まりましたね」

「そうだな」

「どうですか、何か変化は」

「今のところは特にない」

「それは何より。さて、残ってもらったのは他でもない。情報共有のお時間です。まず1番に共有すべきこととしては、君を退学にさせるというゲームが行われています。参加者は1年生の内数人。報酬は2000万。各クラスより優秀な存在をピックアップしての参加者選定のようです。参加者は1年Aクラス・陸瑞季と天沢一夏。Bクラス・八神拓也と諸葛魅音。Cクラス・宇都宮陸と椿桜子。Dクラスは既に退学した宝泉和臣。以上が参加者でした」

「なるほど、それでお前の従妹は……。そして先ほどの八神に関する疑問もこの情報あってのものだな?」

「その通り。ですがそうご心配なさらずに。この中に裏切り者がいますので。1年Aクラス・陸瑞季。彼女は私の同郷の後輩です。まず間違いなくホワイトルーム関係者ではありませんし、この情報も彼女よりのものです」

「その後輩が既に裏切っていて虚偽の情報を渡している可能性は?」

「あり得ませんね。それをするメリットが無いですし、露見すればその末路は死あるのみです」

 

 サラッと流された私の言葉に、綾小路は強く反応した。彼の中では疑念が渦巻いているだろう。私がそもそも彼の父親と繋がっており、協力するふりを見せているだけなのかもしれないという疑念が。

 

「私はホワイトルーム運営側ではありませんよ。念のため。そもそも私があのカリキュラムを受けるのは不可能です。瑞季も同様に」

「その根拠は何だ。確かにオレはお前を知らなかった。だが整形など、人の顔形を変える方法は無限になる。年齢だって詐称可能だ」

「確かにその通り。いいでしょう、私だけ君の情報を持っているのも不公平だ。私は日本人ではありません。日本生まれではありますし、父親はれっきとした日本人でしたが私の育ちは日本ではない。故に私がホワイトルームと関係を持つのは不可能です。そもそも、理論提唱者は何故息子をその機関に入れなかったんです?答えは明快で、日本にいないからです。ホワイトルームに君が入れられた時既に両親は離婚し私は母親の元にいましたから」

「証拠は?」

「これをどうぞ」

 

 問われる可能性を想定して持っていた祖国の住民票だ。そこにはしっかりと私の名前が印字されている。なんならパスポートなんかも持っているのだが。

 

「……一応真実とは認めよう。確かにお前はホワイトルームの刺客ではないようだな」

「分かっていただけたようで何より。今後も引き続き、契約通りあの組織関連では手を結んでいきましょう。それが最も効率的で最も有益な方法のハズですから」

 

 綾小路は少し迷っているようであったが、やがて頷いた。私という存在が信用できるのかどうか。それが一度揺らいでいたのは事実のようだ。疑心暗鬼に囚われれば全てが敵に見える。無理もない話だろう。生まれてこの方ずっと閉じ込められ、その後解放されたと思ったらそれも策略の可能性があり、かつ自分を退学にさせようとして来るとんでもない連中がうようよとしているのだから。しかも本人は退学などしたくない。こんな状況で疑心暗鬼になるなというのが無理な話だ。同情の余地すらある。

 

「お前の従妹について知りたい。情報が正しいのであれば、オレを退学させるそのゲームとやらに参加しているようだし、事実オレと接触を図った。出自の疑わしい八神と共に、いやあれは八神がむしろ振り回されている感じではあったが……ともかく八神も共に行動している。何に警戒するべきなのか。その情報が無ければどうしようもない」

「……アレは天性の才能があります。人間心理に関する天性の才能が。壊れた人間、精神を病んだ人間を見た事がありますか?」

「あぁ。何度か」

「そう言えばそうでしたね。ホワイトルームのカリキュラムから脱落した者は殆どの例外なく精神を病むと。ただ、それは君の前から去った後の話では?」

「脱落した者の親が一度カウンセリングのためにオレと面会させたことがある。その者はオレに特別な感情を抱いていたようだったからな。本人の強い希望だったのだろう。だが、悪手だった。オレからすればどうでも良いことだからだ」

「なるほど。では、その――」

「女子だ」

「どうも。ではその少女が社会復帰できると君は思いますか?」

「無理だろうな」

「さらに問います。その少女を社会復帰させられる存在がいるとすれば?」

「まさか」

「そのまさかです」

 

 諸葛一族は支配に関する何らかの才能を大なり小なり持って生まれることが多い。それを活かしきれるかは本人次第だし無い場合も存在する。だが諸葛亮孔明より幾星霜、我々はその才能で以て中華に大きな影響を表に裏に保持して生きてきた。私は教育にその部分が割り振られているように感じている。才能というより特質といった方が良いかもしれないが。

 

 ではアレは何なのか。その根幹は支配。手段は治療、という名の洗脳。故に精神科医は天職だった。事実として何人もの心を病み、他の医者やカウンセラーが匙を投げた存在を治療し世に送り出した。真面目にやればそれはそれは素晴らしい存在だろう。だが時に彼女は牙を剥く。これはと思った存在を半ば洗脳じみた状態で解放する。その最もいやらしい部分は一見すると完璧に元通りになったように見えることだろう。多くの人はそれで騙される。

 

「アレは、ホワイトルームからすると喉から手が出るほど欲しい存在かもしれませんね。壊れてしまった存在を修理し、再利用できる可能性が浮上する。それが可能な存在を、私は他に知りません。天才精神科医。それが私の故国で彼女に与えられていた影の称号です」

「故国というと?」

「言いそびれていましたね。私の祖国は中華人民共和国。君のクラスの王さんと同じです」

「中国か。だからどうした、という話ではあるのだがな」

「ええまぁ、そうでしょうね。ですが中国にはその国民に強制的に情報を提供させるための法律が存在しています」

「……何が言いたい」

「ホワイトルームの情報も、求められれば私は話さないといけないという事ですよ」

「好きにすればいい。オレには関係ない話だ」

「そうでしょうか。君はここを卒業できたとして、その後どうするのですか?与えられている選択肢は少ないように見えます」

「……」

「1つは国内を逃げ回る。しかしこれは相当に難しい。2つ目は君の父親である綾小路篤臣の後を継ぐ。政治家ないしホワイトルームの管理者、或いはその両方を。3つ目は国外に逃亡する。しかし欧米などの西側陣営では国家が取引に応じてしまい、君は引き戻されてしまうかもしれない。そして4つ目。日本を含む欧米と対立する東側諸国へ逃げる。そして日本の裏事情を武器に交渉し庇護を受ける。これくらいでは無いでしょうか。君はどれを選びますか?」

 

 一番順当かつ何の危険も存在していないのは2番目だろう。一応対立派閥に駆け込むという選択肢もあるが、その対立派閥がまともに機能するかどうかは怪しいところが存在している。なにせ相手は国内にとんでもない施設を隠し持っている存在なのだからして、対立派閥内にもそれ相応に息のかかった人間が存在している可能性は否めない。

 

「東側諸国は日本に、欧米に対する対抗武器を探しています。そんなものは幾つあっても構いませんから」

「随分と政府寄りの発言だな。みーちゃんなどとは違うのか」

「フフッ」

「どうした」

「いえ、君が真顔であだ名を言うものですから少しおかしくて。それで本題は何故そんなにも政府よりなのか、という事でしたね。君は中国史には詳しいですか?」

「詳しいの定義によるが、教科書や資料集レベルは完璧のつもりだ」

「そうですか。四川軍閥、ご存じでしょうか」

「軍閥時代か?」

「その通り。戦間期の中国における現代の春秋戦国とも言える軍閥時代。蒋介石や毛沢東を始め、張作霖、閻錫山、馮玉祥、呉佩孚など多くの軍人が割拠しました。その中の1人、諸葛真。四川省を中心に重慶や貴州、湖南、青海に勢力を伸ばし国民党と共産党、日本の間を渡り歩き戦後の国共内戦では共産党に与した軍閥です」

「どこかの本に絵図で載っていた記憶がある」

「実際日本での記述などその程度でしょう。資料集にも載ってませんでしたし。そしてその諸葛真こそが私の曽祖父に当たります」

 

 これでも大きく譲歩して情報を開示したつもりだ。とは言えこれはあくまでも血縁の紹介に過ぎない。肝心の私の身分についてや生い立ちについてなどは話すつもりなどない。それをするべき相手ではないからだ。彼は協力者ではあるが同盟者ではないし信頼もしない。能力の信用はしているがそれだけだ。

 

「そんなこんなで私は政権側の人間なのですよ。綾小路君。私は君の能力を高く評価しています。君にとっては聞き慣れた言葉かもしれませんがね。卒業後、私と一緒に来たければいつでも言ってください。歓迎しますよ」

「考えておく」

「今はそれで構いません。その時になればまたお話ししましょう」

 

 情報提供への謝辞を述べ、綾小路は去って行く。先ほどから携帯が何度か光っていたので堀北辺りから呼ばれていたのだろう。去り行く背中を見つめながら私は口角を上げる。確かに私は今勧誘した。しかしその後の生活が自由とは言っていない。彼はそれに気付いていただろう。中国や()()に逃げたとしてもその後の生活は日本と変わらない。ホワイトルームより劣悪な可能性もあると。

 

 とは言え、私がついているならばそうはならないのだが……それを教える訳には行かない。だがもし本当に亡命するならば喜んで力を貸そうではないか。中華人民共和国・ソビエト連邦・インドを主軸とする上海条約機構はいつでも君を歓迎するとも。

 

 話し合いは終わった。早く戻らないと予定が押している。1年Dクラスの面倒を見るというタスクが加わり、元々あるクラスメイトの面倒を見るというタスクもある。が、足元を疎かにしてはいけない。足元とは即ち自分のホームベースであるAクラスにおいて最も信頼できる存在、つまりは真澄さんの授業である。これを疎かにしていては今後の信頼関係にひびが入り多くのことに支障が出るだろう。

 

 それに、個人的な感情ではあるが嫌われたくないと思っている自分がいる。自分の感情に左右されて動くのは望ましくないが、それが特に問題のある未来を誘発しないのであれば従って動くのも人間的であり問題ないと捉えている。なので私は私の意思に従って今後も関係を続けていくだろう。尤も、いつかは切らないといけないだろうが。それは私の意思では無いが、彼女の将来のためである。

 

 

 

 

 

 

 校舎の階段を下りていると上から足音がする。

 

「宝泉君を追い出したのがどんな人なのかと思ってみればー。予想通りの感じだねー」

 

 振り返り上を見上げる。踊り場には紅色の髪をツインテールにした少女が立っている。顔と名前は既に把握している。

 

「何か御用ですか、天沢一夏さん」

「お、私のこと知ってるんだ」

「1年生の名前と顔は頭に入っていますから。それでどうかしましたか?」

「ちぇ、そこは嘘でも惚れてるとか言えば好感度高かったんだけどな~」

「生憎と美人は毎日というほどには見慣れていますので。お仲間を追い出されたのが不都合でしたか?」

 

 私の挑発めいた発言に彼女はクイっと口角を上げる。猫のようなその顔で私をまじまじと観察していた。

 

「私と宝泉君は別に仲間じゃないですよ~、孔明センセイ」

「では、何用で?」

「う~ん、ちょっとした偵察って感じかな。もう目的は終わったし、それじゃあね」

 

 彼女は二ッと笑いながら去って行く。何がしたかったのか、額面通りに受け取るのは下策だろう。彼女も瑞季の報告にあった通り綾小路退学作戦に協力している存在であるし、ホワイトルームの関係者の可能性も高い。

 

 天沢、確かそんな名前の社長が財界にいたような。別に特異な名字では無いが、引っかかりはある。可能性は考えておくものだ。調査を命じる必要が出てきた。この学校は孤立している。外部からの接触は事実上ほぼ不可能だ。だからこそ綾小路は未だに退学していないし、月城を介さないとその為の手段も講じられなかった。

 

 つまり、ここにいる間はホワイトルーム生であろうとそれを完璧に監視する存在はいないという事。これはそのホワイトルーム生をこちらサイドに引き込める可能性を示唆している。いかに幼い頃から仕立て上げても所詮は人間。心があり考えがある以上隙は幾らでもある。最上の結果があるとするのならば、それは送り込まれた刺客を全てこちら側の逆スパイに仕立て上げる事なのだ。




『シル・ヴ・プレジデント』が笑い事じゃない系男子、諸葛孔明。大統領になったらねが全然笑えないという。


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66.改革の嚆矢

なんか勘違いしてるっぽい中傷を受けたので一応言っておきますが、私は現実の中華人民共和国の信奉者でも工作員でも何でもないですし、無論共産党員でも無いです。何らな共産主義者でも無いです。あくまでもキャラクターとして書いているだけであり、いわば現代戦FPSに悪者でたまに出てくるみたいな扱いのつもりで書いてます。と言うより、どう見たって悪役ポジじゃないですか。

後、言葉が強くて申し訳ないですが孔明が中国贔屓な訳ないでしょう……。むしろ怨敵ですよ、怨敵。反論できない所から攻撃されたので一応応戦です。言われっぱなしは腹立たしいので。関係ない方、申し訳ありません。引き続き拙作をお楽しみいただけると幸いです!


群れを飛び出しても生きていけるような人間が集団を作った時、その組織は強くなる。

 

『河上和雄』

――――――――――――――――――――――――

 

 

 低レベルだ。八神拓也は内心そう吐き捨てた。高度育成高等学校。名前に負けずさぞご立派な授業なのだろうと考えてはいた。しかし実態は違う。非常に簡単であり、眠くなるほど単純な授業だ。同じ年齢の生徒が驚くほど簡単な問題に悪戦苦闘している。これでもBクラスと上の方ではあるのだから笑わせる話だ。

 

 園児の中に大人が混じっているような錯覚さえ感じてしまう。時間の浪費にすら思えている。しかし別に暇では無かった。隣の席を観察する。おおよそ真面目な授業態度とは言えない。別に座り方や姿勢に問題があるようには見えなかった。だがそのノートにまともに回答が書かれているのを彼は見たことが無かった。

 

 諸葛魅音。2年Aクラスの首魁にして最初のオリエンテーションで月城より最も危険かつ最も才能あるホワイトルーム以外の生徒。綾小路清隆と同格。綾小路先生と共にホワイトルームを作りだした偉大な理論家の子息であることを告げられた諸葛孔明の従妹である。と、本人が名乗っていた。勿論オリエンテーションで聞いたような内容は省いてではあるが。

 

 そのノートはいつも何かの絵が描かれている。チラチラと視線をやってみれば、あまり芸術に関して審美眼がある訳でもない彼が惹きつけられるような、そんな絵が白黒で描かれている。恐るべきはこれがシャーペン1本で描かれたものという事か。巧拙くらいは芸術教育を受けていない彼でも理解できた。芸術家に見えてその装いは白衣。

 

 校則では制服以外を着てはいけないと書いてあるが制服の上に何かを着てはいけないとは書いていない。何でも教員で協議したらしいが、成績優秀でありかつ他人に迷惑をかけている訳でも無いこと、制服はボタンを閉めていないので見える事からまぁ良いだろうという事になったそうだ。くだらない、と彼は思った。そんなどうでも良いことに一々協議するなど時間の無駄だからだ。

 

 ノートには絵。しかし指名された際は即答している。教科書をほとんど見ることなく、答えているようだった。彼、八神拓也はここでやっと安堵、或いは喜びにも近い感情を抱いた。自分と同程度、少なくともこの授業に意味を感じていない存在がいたからである。

 

『綾小路清隆はもっと凄かった』

 

 呪いのようにこびり付いた何千回と言われたこの言葉。これを打破するべく自分はここにいるのだと彼は言い聞かせる。どれだけ結果を残しても。どれだけ努力しても。カリキュラム上の100点を満たしているはずなのに、彼らは120点を要求してくる。神のように崇める者もいたが、それは意味が無いと切り捨てた。自分は必ず結果を出して見せる。ホワイトルームの成功例として生きてみせる。

 

 では、何のために?その答えを彼は用意している。自分の存在意義を守るため。では、そうまでして守った存在意義に何の価値があるのか。それを彼は無意識に見ないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 無機質な部屋。そこが彼の居場所である。ホワイトルームは何もなかった。文字通り、何もない。だからこそ、その生活に慣れている。物に溢れた生活は考えもしなかった。そのため八神拓也の部屋は何もない。最低限の家具以外は置かれていない。

 

 そこのベッドに横たわる。憎悪の炎は今日も消えていない。毎日のようにその炎は赤々と、いやむしろ毒々しく彼の心に燃え盛っているのだ。これを抑えることは出来ない。彼がそうするつもりもないのは、言うまでもないだろう。

 

「綾小路清隆」

 

 その名前を口に出す。砂を噛んでいるような、泥を食べているような感覚が口の中に広がる。名前をいう度に憎しみは、怒りは、憤りは募っていく。脱落者に対する同情などない。だが監督者が与えたカリキュラムで完璧を叩きだしても理不尽にその上を見せられるのは綾小路清隆のせいであると常々感じていた。多くの脱落者がその埋まらない差に絶望し、心を折った。いつしか残ったのは憎しみを抱く自分と、崇拝するもう1人だけ。

 

 天沢一夏は役に立たない。彼女は本気で綾小路清隆を退学にしようとしないだろう。何故なら彼女はアレを崇拝しているから。やはり自分がやるしかない。そこまで考えたところでインターホンが鳴った。自分を訪ねてくる存在に彼は心当たりが無かった。何か忘れ物をして、親切に届けてくれた存在がいるのだろうか。いかに低級な頭脳を持つクラスメイトとは言え、それには感謝せねばならないと思い、彼は余所行きの顔を作る。

 

 玄関のドアを開ければそこには自分を見下ろす存在が立っていた。見下ろすと言っても精々数センチの身長差だが、思えばホワイトルームに高身長の女子はいなかった。もしかしたらその素質がある存在はいたのかもしれないが、成長期を迎える前に皆いなくなったので分からない。

 

 赤みがかった髪。赤い目。赤い唇。赤い爪。赤に染まった身体に白衣を纏った少女が立っている。その名は諸葛魅音。先ごろ宝泉和臣を追い出した諸葛孔明の従妹。何故ここにいるのか。それを彼は分からないでいた。確かに席は隣だが接点はない。忘れ物を届けてくれるようには見えなかったが。

 

 不意に彼の脳内に此処へ来るまでのバスの記憶が蘇る。あの時、彼女は何と言ったのだったか。思い出そうとする彼を遮るように彼女は口を開いた。

 

「失礼します」

 

 家主の同意を得ず、彼女は室内に入ってくる。見られてマズいものは無い。しかしいきなりの行動に八神拓也は人生初の大混乱を味わっていた。ホワイトルームにそんな訳分からない行動をする人間はいない。ある意味で常識的な存在、画一された存在しかいないのだ。非常識はホワイトルームの存在そのものを指す言葉としては有効だが、その中で育つ子供には欠如する要素だった。

 

「ちょ、ちょっと」

「……随分と物が無いですのね」

「そうでしょうか。確かに少ないかもしれませんけれど」

「八神拓也さん。貴方はミニマリストと呼ばれる性質を持っておいで?」

「いえ、そういうつもりは……特にないですが」

「そうですか」

 

 彼女は持っていたファイルを机に置き、椅子を勝手に引き出して座った。帰れというつもりであったが言ったところで聞かなそうな雰囲気を醸し出している。こうなっては面倒だが付き合うしかないかもしれないと半ば諦めた。それに、綾小路清隆退学作戦においては事情を知っている数少ない同志でもある。加えて学校での態度も相まって交流を拒みたい人物では無かったのだ。

 

「あの、何の用事ですか?」

「治療です。貴方は(わたくし)の患者。必ず救わねばならない存在、神によって私の元に運ばれ、出会う定めであった方です。最初にお会いした際、そう言ったはず」

 

 この時の彼の心情はヤバいであった。彼は高度な教育を受けている。しかしその中に宗教団体の勧誘員の断り方はなかった。そもそも彼らの受けた教育内にある宗教は主要な物しかない。即ちキリスト、仏教、イスラム、ユダヤ、儒教、ヒンドゥーなどである新興宗教などの考えは知らない。未知の価値観、未知の存在に遭遇した八神の脳内はありていに言えばバグっていた。混乱しているのである。

 

 神、神とは何ぞ?Godなのか八百万の神的なものなのか。そもそも彼女は何なのか。治療とは何か。定め?何もわからない。彼が憎悪も全て放棄して帰りたいと一瞬でも思ったのはこの時が初めてであった。何なら一応の同志である一夏に助けを求めている。

 

 そんな風に目をぐるぐるさせている彼を見つめながら、諸葛魅音は軽く頷いた。彼女の目的は混乱させること。精神状態を少しずつ脆くしていく。作られている壁を1つ1つ剥いで行く。それが彼女のしたいことであった。彼女は八神の置かれた状況と彼に眠る憎悪や承認欲求を見たうえで、どんな人生だったかも想像している。

 

 だがそれを言ってはいけない。ここでするのは交渉ではなく治療。八神拓也自身が自分で口を割り、己の半生や内面について語るようにしないといけない。全てはその為の手段であった。

 

「治療?僕に何の治療が必要なんでしょうか。僕は健康ですし、そもそも諸葛さんは医療従事者では無いはずです」

「私は精神科医ですの。正確にはカウンセラーも兼ねていると言った方が良いかもしれませんけれど。そして貴方は間違いなく病です。それは身体の面ではなく、内面。心の病を貴方は抱えている。故に貴方は健康ではありません」

「……もし本当にそうだったとしても、諸葛さんにどうこうしていただく謂れはありません」

「そちらからすればそうかもしれませんわ。けれどここで貴方を見捨てては神よりの使命に背くことになります」

「…………神」

「ええ。神です」

「……」

「貴方は患者です。私がそう決めました」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 彼は若干泣きそうだった。自分が何をしたというのだろう。何でこんな目に。そう思い始めている。けれど同級生の前で弱みを見せるのはマズいと踏みとどまり、対応を試みる。手を挙げる訳にもいかない。相手の実力は未知数だし、何より1回腕をまくったのを見たことがある。細い腕であったが筋肉はついていた。加えて剣を握った人間に特有の手をしているのを確認している。手練れであるのは分かっていた。

 

 そして色々考えた末に彼がとった戦略は諦めるであった。ここでどうこうしても向こうの気が済むまでは帰る気配がない。ならば諦めて言う事を聞いていればそのうちどうにかなるだろう。ひどく受動的ではあるが、こうするほかはないと彼は考える。そして実行することにした。

 

「……分かりました。僕が心を病んでいて、それを諸葛さんが治療するというのは千歩ほど譲って良いとしましょう。で、どうやって治すんですか。見ず知らずであり、信頼関係もない貴女が。言っておきますが、僕は貴女を信頼しませんよ。例の件で呼ばれているので能力の信用はしていますが」

「最初から無条件に人を信じているとすれば、それはそれでまた別の問題です」

「で、何をするんですか」

「会話をします。全てはそこから」

 

 そういうなり彼女はペンを持った。何かが記されている紙に文字を書き始める。そして口を開き始めた。

 

「名前は」

「……八神拓也」

「誕生日は」

「11月13日」

「血液型は」

「A型」

「年齢は」

「15歳」

「趣味は」

「……」

 

 尋問のような簡単かつ単調な質問に拍子抜けしつつ答えていると突然答えに窮する質問が出てきた。趣味。趣味は何だろう。そもそもホワイトルーム生に趣味は存在しない。強いて言えば天沢一夏には綾小路清隆を拝むという趣味があるが、アレはもう若干宗教の域なので趣味という訳でもない。対外的に示せるような趣味を彼は持っていなかった。

 

「では、貴方がここへ来た理由は」

「それは勿論、高度育成高等学校で望む進路を得るためです。他の人だってそうでしょう」

「好きな人は。いなければ尊敬している人でも」

「いる……けれど貴女に言う筋合いはないです」

「嫌いな人は」

 

 そう問われたとき、自分でも気づかないほどに彼の顔は一瞬だけ歪んだ。ひどく醜く、ひどく傷ついたように。

 

「嫌いなその人を嫌いな理由は?」

「…………」

「医者は守秘義務は守りますわ。特に患者の個人情報と診察で知りえた内容は」

「何をしても僕の上を行く。だから憎んでいる。それだけです。貴女には関係ないでしょう!もう十分では?そろそろ帰って欲しいのですが」

「良いでしょう。また来ます」

「もう二度と来ないで欲しいですが」

 

 彼女はあっさりと引き下がった。彼の予想に反して、彼女はすぐに席から立ち上がり、荷物をまとめて部屋を後にする。彼は拍子抜けしたような気分で頭を左右に振った。今まで見ていたのは悪い夢だったと思うようにして彼はベッドに倒れこんでそのまま寝た。精神にどっと疲労がのしかかり、食事をする気分では無くなっていた。もう何もないだろうと思い彼は目を閉じる。

 

 ――――翌日も来た。その翌日も。その更に翌日も。ずっと話すのはたわいのない質問だけ。時折核心に近いことを聞こうとして軽く答えて追い払う。1日目と同じような展開の繰り返しだった。八神拓也はむしろ逆にストレスを貯めていた。治療どころの話ではない。何でこんな目に。そんな思いを抱きながら寝る日々。流石に顔色が悪くなってきたのを一夏に心配されたが適当にあしらってしまった。何となく、相談したら負けのような気がしたからだ。

 

 そしてのその日も彼女は来た。もう拒む気力すら無くなり始めていた。人は予想外の異常が続くと段々とそれを正常と思うようになる。ストレスを避けるためだ。そして彼の心情も今まさにそんな様態だった。まさかそれが全てそういうシナリオ通りとは知らずに。疲れ切った彼は尋ねる。

 

「今日は何の質問ですか……」

「今日は質問ではありません。私と、従兄の話です」

 

 そう前置きして彼女は話し始めた。彼女と従兄である諸葛孔明は育った環境こそ違うものの、お互いにずっと上を向くことを義務付けられていた。それは彼でいう綾小路清隆のような目標値がいるのではなく、目指すべき到達点も分からないまま、ずっと120点を要求され続けてきた。彼女と従兄の祖父はそうして2人を育てた。そういう話を淡々と彼女は語る。

 

 もちろん肝心な部分は弾いている。自分の異常な性質、孔明の特殊過ぎる環境や経歴。それらを全て除きつつも要点だけを話す。全ては共感を得るために。彼が嫌っている人物がいて、おそらくそれはこの学校にいる。その対象におおよその見当はついていた。だからこそ綾小路清隆と接触を図った。気付いた理由は例のゲームの説明時。僅かに彼は表情を歪ませた。本当に僅か、それは殆どの人間は気付かない皮膚の下の表情筋の動き。それを察知して彼の思考を読み取ったのである。

 

 同情させる必要はない。しかし同じような境遇であったことを話すのは共感を誘う常套手段であった。連日の訪問と混乱でホワイトルーム生である――尤も彼女はそれを知らない――はずの彼ですら精神を疲弊させていた。憎しみは存外に心を疲れさせる。それも激しく毎日のように憎悪していればなおのこと。ホワイトルームのような場所ならば生きる糧になるだろうが、別にそうしなくても生きられるイージー空間に放り込まれた彼の憎しみは、存在意義を失い宙ぶらりんになっていたのである。

 

 そして彼は思ってしまった。可哀想などではなく、それは大変だろうと。彼は知っている。まだ綾小路清隆を目撃する前。彼は綾小路清隆という存在などありはせず、教官たちが作りだした架空の存在ではないかと疑っていた。その疑いは察知されすぐに訂正されることとなるが、それまでの僅かな間だが彼は思っていたのだ。もし存在しない架空の人物だったとしたら、頂などなくてずっと上を目指さないといけないのか、と。その絶望と苦しみを一瞬だけ彼は思い出した。否、思い出してしまった。それが罠だとも気付かずに。

 

「まぁ、気持ちは分かる。上り続けるだけなのは、確かに大変だ」

「貴方にも、その経験がありますか?」

「……まぁ、そんなところだ。尤も、僕の場合は越えなければならない存在が実際にあったけれど」

「それは、綾小路清隆ですか?」

 

 突然突かれた真実に彼は固まる。

 

「な……何を……」

「見ていれば分かります」

 

 その動揺は答えを示しているようなものだった。彼は激しく動揺した。見抜かれるはずなどないと思っていた。実際ほぼ全員、綾小路清隆本人すら気付けていなかった。それほどまでにその憎悪は隠せていた。諸葛魅音がおかしいだけである。この精神関連に特化した少女は彼の見えないはずの心理を見ていた。

 

「あぁ……あぁそうだ!僕が憎いのは、殺してやりたいのは綾小路清隆だ!あいつを殺す。絶望させながらここから追い出す!そうすれば僕が1番だ。僕が認められるんだ!僕が存在できるんだッ!!」

 

 見抜かれた動揺、最近のストレス、長いこと募らせ、誰にも見せられなかった憎悪。溜まった複数のよどみは、今怒鳴り声と共に放出された。この寮は壁が分厚く、怒鳴っても隣室には聞こえない。それも彼の心理的ハードルを下げていた。荒い息を吐く彼を、赤い少女は白衣のまま見つめている。その手はカルテに色々と書き込んだままであるが、その文面を一切見るとこはなく彼女の瞳は彼を見据えている。

 

「分かりました」

「は?」

「では、綾小路清隆を退学させる方法を考えましょう」

「結構だ。僕1人でやらなければ意味はない」

「確かに1人でやるのは立派ですが、周りを動かせたというのも結果的には貴方の力では無いでしょうか。そちらはもっと立派だと私は思いますの」

 

 彼女は決して八神拓也という人間を否定しない。行動を否定しない。別の選択肢を提示するだけ。それも戦略の1つ。否定するのは精神治療において悪手だ。統合失調症患者の治療でもよく言われることだが、否定すると相手はより意固地になってしまう事がある。だからこそ否定はせずに対処するのだ。

 

「今日はここまでといたしましょう」

「もう帰るのか?」

「お嫌ですか?」

 

 彼女の目が真っ直ぐに彼の瞳を見る。彼はそれに暫く魅入られつつもすぐに回復した。何故引き留めるようなことを。あんなに来ないで欲しい、さっさと帰って欲しいと思っていたのに。ほだされたのか。自問自答しながら彼は見送った。

 

 人は弱みや秘密を見せた相手を信用しようとする傾向がある。そうしないと自分が不安だからだ。信用したい。信じたい。そうでないと自分の隠したいものが明らかになってしまう。そういう心理から信じようとする。結論、人は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない。彼の理性は信用するなと叫んでいる。感情は憎悪を見せてしまった以上信じるしかないと言っている。

 

 情緒も感情もぐちゃぐちゃだ。加えて平時の学校生活でも何かと世話をしないと生きていけない雰囲気を感じている。見捨てるのも後味が悪いのと外である為世間体もあった彼は色々しているが、そのせいで振り回されてばかりだ。何が何だか分からない。ああいう人種の対応の仕方をホワイトルームは教えなかった。何も分からなくなった彼はまたベッドに倒れこんだ。もう何回目かも数えられなくなりながら。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 2年Aクラスのペア決定は終了した。大半は1年A~Cクラスの上位層と組んでおり、真澄さん、葛城、坂柳、的場、山村の5名もDクラスの学力最下位層と組んだためにペアは決定している。彼ら5名は確かに勝ちに行くには良くない選択を指せたように見えるかもしれないが、それ以外の大多数が5名の結果を上書きできる組み合わせになっている。故に問題ない。

 

 そして私だが、どこからか誘いが来ると思っていたが誰1人として来ず。1年Dクラスに関しても全員ペアを完成させていたので悲しいなぁと思いながら瑞季と組むことにした。ここは完全に勝ちに行く布陣、満点狙いの上司&部下コンビである。これで全ペアは決定し、我がクラスに関してはペア決めをいち早く終了させた。やるべきことは点数の底上げであった。

 

 これに関する授業を学年別に行わないといけない。やり方を変えたり、各人の状況や適性を考えて作らないといけないので非常に面倒ではあるが、これをやることで勝つ確率をより増やせるのであればやらない訳には行かないだろう。それは理解しているのだがやはり疲れるもので、授業後の休み時間は死体みたいになってボーっとしている時があった。

 

 そして5月1日を迎える。今回の特別試験、その結果を知る時がやってきた。先生が入室してくる。

 

「既に知っての通り、これより特別試験の結果発表を行う。こちらから前にも表示するが、手元のタブレットでも確認できるのでそちらを推奨する。では、行うぞ」

 

 画面にパッと結果が表示される。今回は変則的な5教科5科目。しかも100点満点中の10点ほどは高校範囲からも逸脱していた。ハッキリ言ってこれは定期試験としてド三流と言わざるを得ない。100点阻止問題は大いに結構。しかしそれは既存の学習範囲から出さないでどうする。高校範囲であっても学年が違うものもあった。腹立たしい。受験に全く役に立たない辺り、前に真澄さんに話した疑念は正しかったことがほぼ証明される。

 

 もうやめた。学校に勉強面で期待するのは完全に諦めよう。別種のカリキュラムを別途作成するしかない。そうでもしないとろくでもない人間を送り出すことになってしまう。習ってない問題を出してどうするんだ、馬鹿なのかと心中で罵りながら回答をした嫌な記憶が蘇る。

 

 結果は以下の通り

 

 

 

<特別試験・総合順位>

 

1位・2年Aクラス……平均790点

2位・2年Cクラス……平均700点

3位・2年Dクラス……平均685点

4位・2年Bクラス……平均673点

 

 

<5月1日時点のクラスポイント>

 

A……1434

B……799

C……728

D……526

 

 となっている。Bクラスはそろそろ崖っぷち。Aクラスは問題なし。CはもうすぐBが見えてきて、Dはさして伸びていないがまだまだ可能性はある。平均点から言えば私の授業のおかげだけとは言わないが、それも上手く作用したのか圧勝だった。学力レベルはかなり高まっている。

 

 そして個人間の順位もかなり面白いことになっている。各教科に満点が存在しており、90点台も少ない中存在感を大きく放っている。

 

 

<最高得点獲得者>

 

国語……100点 諸葛孔明

数学……100点 綾小路清隆/諸葛孔明

英語……100点 諸葛孔明

社会……100点 諸葛孔明

理科……100点 綾小路清隆/諸葛孔明

 

 

 綾小路は理数系という事で売り出すつもりなのか、理科と数学を満点獲得で締めくくった。それ以外の教科の点数も90点台を獲得しており、実力をこれから発揮していくという意味での宣戦布告に近い形と言えるかもしれない。

 

 他の生徒を見てみれば、総合点順位も面白いことになっている。

 

 

<2学年総合点順位>

 

1位……諸葛孔明      500点

2位……綾小路清隆     490点

3位……坂柳有栖      475点

4位……葛城康平      450点

5位……堀北鈴音      444点

5位……幸村輝彦      444点

6位……一之瀬帆波     435点

7位……高円寺六助     430点

8位……神室真澄      428点

9位……椎名ひより     420点   

10位……的場信二      415点

 

 今回のやっていることがしょうもないくせに問題だけはやたらと難しいハッキリ言ってろくでもない試験であったが真澄さんはよく頑張ったと思う。前回の1年生最後の試験の時より順位を1つあげている。これは目には見えにくいが着実な成果だろう。428点という事は単純計算で各教科約85点。ミスしてはいけないところをほとんど落とすことが無かったという事実を示している。最後の10点は無理ゲーと言って差し支えないが、そうでない20点分くらいも相当難しく出来ていた。そこも答えられているのは合格点と言っても過言ではない。

 

 前回の試験に主に自業自得で出れなかった坂柳はしっかり3位を確保している。でも君綾小路に勝とうとしていた割には点数全然届いてないじゃないか、と心中で思ってしまったが、まぁ良いだろう。他よりは出来ている。そもそもフィジカル面で期待が出来ないから勉強面で役に立ってくれるだろうと生かしているのだし、ちゃんと点数取ってくれないと困る。ランキング上位にいなかったらどうしてくれようかと思っていた。

 

 他の生徒も多くが高得点を確保している。そもそも赤点になると思っていた生徒などいないだろう。それにしてもいい結果だ。学力面ではやはり問題ない。後はこれを役に立たない学校のカリキュラムから受験に役立つカリキュラムへと変更を加えていくだけの作業となる。尤もそれが一番面倒くさいし、この試験の解説を作成するのもすごい大変なのだが。大学範囲とかはもう無視しよう。どうせ解けないし受験にも出ない。意味が無いのでやる必要が無いとあまり言いたくは無いが、取捨選択は肝要だ。

 

 今回の試験において上位の生徒でも問題文の意図すら理解できていない様子が見られた。だとすると、Cクラスは大変なことになっていそうだと想像がつく。綾小路は何故満点を取れたのか。その実力は本当はどうなのか。その辺の対応に追われることとなるだろう。

 

 先生は満足げな顔だ。彼は基本特別試験のたびに満足そうな顔をしている。してなかったのはクラス内投票の際だけ。学年末でも敗北から学ぶこともあるだろうと良い顔をしていた。1回の敗北で終わるようなクラスではないと思っていたからだとは思うけれど、その想いが今回間違っていなかったと証明された形になる。他クラスとも差があるし、先生としては文句なしなのだろう。

 

「非常に良い結果であったと思っている。慢心することなく次の試験に挑むように」

 

 そう言い残して先生は去って行く。非常に気分がよさそうであった。それを横目に見つつ、私は壇上に立つ。

 

「まずは今回の試験、お疲れ様でした」

 

 ねぎらいを残す。定型文に近いが、こういう定型文を怠ると良くない。

 

「さて、結果は勝利となり非常に良いことなのですが……私はこの学校のカリキュラムというか進路関連に著しい不安を覚えまして」

 

 クラスメイトの多くが疑問符を浮かべている。そもそも授業を受ける側はカリキュラムとかを気にする余裕が無いことも多い。というのも、与えられた課題に精一杯だからだ。しかし教える側はそういう訳にも行かない。坂柳の方を見つつ話を進める。素晴らしいことに彼女は教卓のド真ん前。不人気な席をくじ引きで引き当てていた。

 

 というか、カリキュラム関連で坂柳理事長に言いたいことが死ぬほどあるのだが。後お前は娘を入学させるな。もう敬意の欠片もない。こんな厄ネタを押し付けおってからにと思っている。もうこの際月城と一緒に頑張って学校改革したい。南雲はあと半年くらいで生徒会長を終えるし、そもそも奴は信用ならない。喧嘩容認とか言っている時点で終わりだ。

 

 となると次の生徒会長は現状葛城か一之瀬だが、私としては葛城になって欲しい。理由はまぁ、裏から色々出来るからだ。それはともかく、葛城は理論的な行動も出来る。私が感じている学校の問題点を話せば理性的に理解してくれる可能性が高い。後は坂柳理事長の息のかかっている訳がない月城と協力すれば上手くこのヤバイ監獄を改造できるかもしれない。

 

 というより理事長……あんた、娘を勝たせるためにこのクラスに入れたな?私がいれば勝てると思っただろ。理事長も我が父に世話になっていたようだし、その息子なら問題ないと思ってAにしたのが運の尽き。あなたの娘は今までモラルの高さに守られていただけです。後、天才を名乗るのを容認するなら大学の教育までは終了させておきましょう。

 

「取り敢えずといたしまして、ここで『先生』と呼んでいただき、かつ教鞭をとっている身としては看過できない状態なのです。あぁ、皆さんに瑕疵がある訳ではありません。これは学校の問題です。という事で……これより進路面談を実施します。対象者は全員。希望の職種と大学名を考えておいてください。日程は追ってご連絡します」 

 

 教師としては全員望む進路に行けるように最大限努力することが必要なのだ。その為には現体制では問題しかない。少なくとも現体制を作り上げた理事長には戻ってもらっては困る。綾小路には申し訳ないが、月城を続投させるための戦略を考える必要が出てきた。とりあえず最初にやる事は――――坂柳理事長の停職期間の延長だろう。具体的には後2年ほど。大丈夫ですよ、お父さん。娘はちゃんと私が更生させますので、安心してくださいね?




この章はこれで終わります。次回の閑話で更新はストップします。受験に加え無人島編はプロット構成が難しすぎるのが原因ですね。

他の方の二次創作をあまり存じ上げないのですが、2年生編まで突入しててかつ最新刊に近い方っているんですかね。後学のためにぜひ見てみたい……。


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閑話 2-1.5章・前

この章はこの閑話で以て終わりです。



<席替え side神室真澄>

 

 

「合格おめでとう」

 

 彼は優しい顔で言った。まだ寒さの残る春近き日に、そう言った。その目にはいつになく優しさがあり、口元もほころんでいる。繕った笑顔ではなく、本心からの笑顔だった。

 

「ま、まぁアンタの指導のおかげだから。ありがと」

「私はさしたることはしていない。君が頑張ったからだな。ともあれめでたいことだ。これで私もお役御免という事になる。安心して卒業できそうだ」

「…………え?」

「君にはもう、私は必要ないだろう?」

 

 彼は目を不思議そうにしながら私に問いかけてくる。イエス以外の回答を想定していないようだった。違うと答えようとしても何故だが口が上手く動かない。時がゆっくりになったような感覚を味わいながら、私の意識は暗転していった。

 

 

 

 

 

 目を開ければ桜が舞っている。卒業式のような景色。いや、ここは確かに卒業式なのかもしれない。何となく中学時代に見た景色に似ている。幾度となく見た校舎や通路が目の前の景色の中にある。でもなんで、もう卒業式は終わったはずなのに。

 

「君はこれから一人で頑張るんだ。私がもう、助けてあげることは出来ない」

 

 私の後ろから、彼の声がする。振り返れば、そこに彼はいた。この高度育成高等学校の制服ではなく、黒い軍服のような何かを来た彼が立っている。帽子を目深にかぶり、その表情をうかがい知ることは出来ない。悲しみような寂しさを感じるような声で彼は言っていた。

 

 またしても言葉が出てこない。さようならじゃなくて、待ってと言いたいのに。私を置いて行かないでと言いたかったのに。唇は動かないで、声は出ない。何で、私の声は出ないのか。失声症なんかにはなっていないはず。なのに声は出せない。彼は私の方を一瞬だけ見た。その目には悲しさがあるように思える。

 

 そして、その背中はすぐ踵を返して校門の方に向かっていく。待ってと手を伸ばした。追いかけようにも足が泥に纏わりつかれたように動かない。やっと動けたと思っても、進めど進めどその距離が縮まる事は無かった。手を伸ばしても遠くへ進んでいってしまう。校門の前には黒い車が何台も止まっていて、その中の一台に彼は乗り込んだ。私を振り返ることもなく。

 

 そのまま車は進みだした。何も出来なかった自分だけを置いて。私は花弁の散る校門前に、佇むしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 はぁ、はぁ、と荒い息を吐く。時計を見れば朝の6時。時計のアラームは高らかに朝であることを告げている。まだ春だというのに汗はびっしょりと自分の身体と衣服を濡らしている。大音量で悲鳴をあげながら起きたので隣の部屋からクレームが入るかもしれないと思って一瞬警戒したけれど、そう言えばここの防音性能はかなり高かったことを思い出す。私の叫び声は聞こえていないだろう。

 

 何であんな夢を……と思いながら毛布をどかした。ハラリと肩に髪がかかる。結んでいない髪はぐっしょりとしながら垂れていた。シャワーをしないと寝ざめが悪すぎる。走ってからにしよう。その方がきっと効率がいい。それにしたって最悪の寝覚めだ。ため息を吐きながらジャージに着替えて靴を履いた。

 

 まだ誰もいない朝の敷地内。走っているとスッキリしたりもするけれど、今日はどうしてもあの夢が頭から離れない。ほぼ毎日同じ景色を見ているせいか、ディティールが細かかったのが余計にリアリティを加速させている気がする。

 

 あれは悪夢なのだろうかと考える。いつか別れは訪れるだろう。学校という組織の特性上、それは仕方のないことだ。彼は祖国へ帰り、私は多分このまま日本に残り続けるだろう。だからあの光景はきっといつか見るモノのハズなのだ。なのにもかかわらず、どうしてかこんなにも胸がざわざわする。私はいらないと、彼は自分を指してそう言った。何となく言いそうな気がする。教師というのは教える事が無くなればお役御免だ。学校の教師は期間が決まっているけれど彼の場合はそうでは無い。しかしながらそれでも彼との期間は実質的に決まっているに等しい。つまりは卒業がイコールでこの関係の終了を意味しているのだから。

 

「はぁ……」

 

 それではまるで私が執着しているみたいだ。私はそんな風に人生を歩んでいない。親にさえ、執着などしたことがない。したところで顧みられることが無いのだから、やめてしまった方が楽だったから。それ故に誰かに執着しないし、人間関係は知り合いが最高値だった。けれどここに来て変わってしまった。友達も今ではいる。私には彼女らにどういう感情を抱いたらいいのか分からない。今まで友情なんて抱いたことが無かった。それは親で懲りていたから。親が無理なら友達とだって無理だろう。そういう風に決めつけていた。

 

 朝日が昇ってくる。まだ冷たい空気をお腹に吸い込んだ。悪すぎる夢見もさっさと忘れる事にしよう。どういう意味があったのかは分からないけれど、適当に記憶を整理していたら見ただけのハズ。だから忘れてしまえば、もう何も気にする必要なんてないのだから。

 

 

 

 

 

 

「という事で今日は席替えをします!」

 

 イエーイと盛り上がっている教室。去年1年間ずっと同じ席に座っていたので今更感はあるけれど、他の生徒はそうでもないらしい。むしろ、いままでずっと同じ席だったのは実はあまり好きではなかった様子。むしろ嫌だったみたいだ。景色が変わらないのが嫌なのか、顔ぶれが同じなのが嫌なのか。嫌というより飽きているだけかもしれない。

 

「じゃ、くじ引きをしましょう」

 

 どこからか取り出してきたボックスを教卓の上に置き、彼は高らかに宣言する。ずっと坂柳が隣だった彼はさっさと席替えしたいと前に愚痴っていた。4月の始まったばかりのこのタイミングで心機一転したいんだろうなぁとぼんやり眺めていた。ねらい目の席はどこなのか。そんな話が盛り上がっている。話を振られれば適当に返しているけれど、実際どこがいいとかはあまり希望がない。

 

 Aクラスでは寝るとかはもってのほかだし、授業中喋ったりすることも少ない。なので教卓の真ん前だろうが窓側だろうがどこでも同じ気がする。ただ、廊下側は冬に少し寒かったりするのでそれだけは難点かもしれない。それ以外は普通に大して変わらない。そう思って頬杖を突いていた。

 

 自分の番が回ってくる。席は窓側の1番後ろの角。1番人気と騒がれていた場所だった。運が良いんだか悪いんだか分からない。朝の夢見が酷かった分の不幸をここでの幸運で相殺しているんじゃないだろうか。そう思えてくる。ただ、私はこれをあんまり幸運と捉えていないので微妙な顔。周りが羨ましがったとしても私にとってはそんなに。でも軋轢は良くないのでラッキーという風に感じていると振舞う。こういうのは面倒だけれど今までほぼやってこなかっただけにいい経験なのかもしれない。

 

 外の景色は相変わらずだ。空が綺麗な青をしている。現実の美しさをどうやって超えるか。それが絵描きの命題かもしれない。

 

「はぁ……」

「良い席を分捕ってため息を吐くな、ため息を」

 

 1番後ろか……とどこか嬉しそうな顔をしながら彼が隣の席に腰を下ろした。

 

「何してんの?」

「私の結果はこの席なんだが?え、あれ?隣が私だと嫌だからっていう感じ?」

「いや、全然違うけど……」

「それは良かった。嫌われてたのかと思って焦ったじゃないか全く。まぁ、という事で今年1年よろしく」

「なにそれ、今更じゃん」

 

 そう言いながらも苦笑気味に笑ってしまう。席替えでわざわざよろしくというなんて、随分と他人行儀というか、わざとそうしているのだろうけれど少し笑ってしまった。かしこまったような顔が笑っている。

 

「元気みたいで何より。顔色がよくなかったから」

 

 彼はそれだけ言って他の生徒と話し始めている。どうやら私の顔は心配されるくらいにはあまりよくなかったらしい。どんだけ引きずってるんだろうか、と私は私の精神に自問自答しそうになった。けれどまぁ、あんな夢見だったけれど良い事は確かにあった。席の配置自体はさして幸運ではないと思っていたけれど、相殺するために訪れた運は、そっちじゃなかったみたい。

 

 騒がしくも充実した1年を予想して少しだけ楽しくなった。

 

 

 

 

 

 

<偏愛 side諸葛魅音>

 

 

 (わたくし)は知りたいのです。あの人を手に入れる方法を。

 

 

 

 

 

 地獄。それがあの場所に与えられるべき代名詞。万年雪の積もる山の中。そこにある組織こそ、諸葛家が数千年抱える情報機関の養成施設だった。毎年千人規模の人間が集められ、育てられ、世界中へ送られる。全世界の情報を知り尽くし、歴史の表で陰で幾度となくその存在を示してきた諸葛一族が生き残るためにとった戦略が情報戦を制することだった。

 

 私もそこへ送られるはずだった。まだ幼い頃、絵を描いていることだけが趣味だった私。神も信じず、何も見出せない人生。他人の心が幼い頃より読み取れる私に、世界は単調に映った。世界は綺麗ではない。人の心の澱みが本来綺麗なはずの物を汚している。魂が、精神が色で見えるのだ。そういう病気なのかもしれない。ともあれ、私は人の心が色で見える。美醜も合わせて。

 

 多くの世界は汚い色で溢れている。見るに堪えない。そういう思いに憑りつかれていた。事実、今でもそう思っている。本当に見るに堪えない醜悪さ。そしてそれは自分自身も。私は自身を綺麗と思ったことは一度もない。この世界を汚している時点で、他と変わらぬ人間なのだから。

 

 ただ1つ幸運だったのは異常ともいえるほど私が誰かの心を解き明かすのに長けていたこと。それは嫌なものをもっと見せる代わりに対処法を考えられるようにした。私は山の中に行くことを拒みはしなかった。何故なら、きっとそこでも多くの人がいるだろうけれど、全員どうせ心を開かせられるのだと確信していたから。私には小さな育った環境という名の箱庭だけがあって、その中での成功体験に酔いしれていたのだった。

 

「お前は行かんでいい。諸葛家の人間でありながら人を率いる才がない」

 

 祖父は私を見て、そう言った。自分でもそうだと思う。だからその代わりに異人の子である私の従兄(あに)様が行かされたと聞いた。だからどうしたと私は思ったけれど、両親はそうでは無かった。諸葛家の家督を継がせるべく育てたにも拘らずその期待に応えられなかった私を両親は出来損ないとみなし、屋敷の一部に監禁した。

 

 そこから数年。ずっと勉強だけはさせられていた。人を殺す技術も鍛えられてしまった。剣の才能だけを見出され、それも鍛えさせられた。絵は、遠ざけられた。いらぬものとして捨てられてしまった。悲しいとは思わなかったけれど、どうしたら彼らの心を動かして私を解放させるように仕向けられるか。それだけを考えていたような気がする。もう、忘れかけてしまった。両親の顔すら覚えていない。どうでも良いモノだったから、忘れてしまった。

 

 少しずつ、私は効率的かつ技術的、体系的に心理を動かす術を学んだ。心理学、というらしい。精神学とも。何とかして諸葛一族を率いる立場につかせたい両親は役立ちそうな技術だからと学ばせた。そして私がそれに秀でているとやっと気付くと、それをより学ばせた。それが過ちとも知らずに。

 

 

 

 

 

 1度だけ、あの山を訪れたことがある。そこは確かに地獄だった。多くの少年少女が殺し合いの練習をしていた。暴力も日常茶飯事。詰め込まれ、叩きこまれ、忠誠と洗脳の中、彼らは育てられる。そこにいる彼らの魂は皆閉ざされていた。黒く澱み、泥のようなありさまだった。綺麗さなど欠片もない。綺麗な黒などではあるはずもない。けれどその中に1人だけ輝きを失わずにいる存在がいた。誰よりも輝いて、誰よりも多くを率いて。それが目から離れる事は無かった。掃きだめの中だったからこそ、より一層鶴は美しく見えるのかもしれない。そう言い聞かせつつ、あれ以上の存在に出会えそうもないことを悲観した。

 

 

 

 

 それもいつしか記憶の片隅に置かれ、私は育った。学んだ技術とこれまで知りえた情報や経験を元に私は両親を操り始めた。それが楽への道だと思ったから。けれど彼らは愚かだったが馬鹿では無かった。操られ始めていることに気付いて、私を殺そうとした。

 

「お前は癌だ。世界の癌だ。洗脳装置のくせに、扱う我々をも洗脳しようとした。危険だ。排除しなくてはいけない」

「気持ち悪い娘だと思っていたけれど、やっぱりそうだった。殺さねば!」

 

 殺そうと首を絞めてくる両親。何故銃を使わないのか。臓器でも売り飛ばすつもりなのだろうか。効率が悪い。それにしても失敗してしまった。そもそも私が出来ることが少ない装置のような存在なのはあなた達の教育のせいなのに。私をそういう風に育てた存在のせいなのに。自分で作った機械の不良を嘆いている。自身に責任があるとも分からずに。ばかばかしい。死にたいわけではないしこんなくだらない存在に殺されたくもない。けれどまぁ、仕方ないか、と諦め半分で目を閉じた。

 

 次の瞬間、銃声が鳴り響いた。衝撃が走り、上に何かが覆いかぶさる。目を開けると私を殺そうとしていた男の身体が私の上に倒れこんでいた。顔は流れ出ている血で真っ赤に染まっている。次いでもう一回銃声が鳴った。悲鳴をあげる暇もなく、母だった女が死んだ。血に塗れた私。不覚にも綺麗な色に見えてしまった。普段はあまり好まないけれど、私には綺麗に見えた。一応肉親だった存在の骨肉だったからかもしれない。今でも、あれを超える画材には出会えていない。

 

 顔は真っ赤になっている中、私は視界を動かした。部屋の入口に、彼は立っていた。白い銃を下ろし、静かに立っている。

 

「私の名前は諸葛孔明。貴様が諸葛魅音だな。貴様の両親は諸葛一族でありながら当主の命に背いた。よってここに粛清した。貴様はどうする」

 

 残弾数を数えながら彼は言う。私はその言葉をほとんど聞いてなどいなかった。目はその姿に、色に、有り様に囚われていた。憑りつかれたように私は彼を見ていた。魂の色が、世界中に存在する金銀財宝よりも圧倒的に綺麗に見えた。万年冬な山に送られた従兄であることは何となくわかった。1度だけ見たことのあるあの地獄とも言えるような環境。そこでも折れず、曲がらず、その精神の()は一層美しくなっていた。

 

「ご随意に」

 

 彼は殺さなかった。それを後で後悔していたようだけれど、私からすれば知った事ではない。私はただひたすらに磨かれたあの()を、あの存在を欲しいと願うようになる。その為に焦って失敗した事もある。精神科医の資格を取得して地獄の記憶に悩むあの山の少年少女を治すべく行ったときがいい例だ。上手く行きそうだった。あと少しで、あの人を自発的にこちらの物に出来そうだったのに。最後の最後で功を焦ってミスを犯し、彼は私の危険に気付いて追い出した。殺されなかったのは恩情だったのかもしれない。それすら後悔しているのだから彼は甘い人だ。

 

 けれどそのおかげでチャンスが与えられた。失敗は許されない。だから実験を重ねる事にした。あの()をしている人間に会う事は無かったので仮説にすぎないが、ある仮定をした。あの()が綺麗なほど、魂の強度が強く、操られにくい。だとするならば私はまだまだ経験不足だ。だから医師の称号を手に入れ、PTSDの治療などを通して経験を積むことにした。医者の身分など、私にとっては目的のための手段に過ぎない。

 

 私にこの目を与えたのは神と仮定して、救済と銘打って、私は治療という名の経験値稼ぎを行い続けた。()が綺麗なほど、操りにくく、治療に効果があっても真っ当な効果になる。汚いほど操りやすく、効果があると私の傀儡状態になって終わる。ごくたまに()が何もない人がいる。それはもう実際に死んでいる人か心が死んでいる人、脳死の人など。

 

 ある程度経験は積めた。今度こそ成功させて見せる。だから私は彼のいる場所に向かうことにした。殺される確率が本国よりも低いのも好印象だった。今度こそ成功させる。救済だのなんだのはあくまでも大義名分に過ぎない。私の本心を隠し通り、狂っていると思わせるための手段。多分実際に狂っているのだろうとは思うけれど、ベクトルを勘違いさせるための方策。

 

 私はきっと必ずあの()を手に入れる。それに付随するもの全てを私の手元に引き寄せる。どんな場所でもきっと衰える事は無いだろうから。

 

 

 

 

 

 

 学校に通うのは初めてだ。バスに乗らないといけないらしい。白衣が注目を浴びている。鞄の中に色々詰め込んだせいで少し重かった。乗り込んで左右を見渡す。高度育成高等学校が特殊な学校と聞いていたのに全く面白くもない陳腐な()ばかり。そう思っていたけれど、1つだけ見つけた。憎悪のような色に染まった魂。あそこまで純粋無垢な憎悪は珍しい。良い実験例になるかもしれない。だから声をかけることにした。

 

「あなたは(わたくし)の患者ですね。あぁ、救済すべき者がここにも1人。ええ、必ず救いますとも。あなたはまだ、間に合うのですから」

 

 困惑している。まずは最初に印象を植え付ける事から。そこからなら幾らでも人心は動かせる。上手く行けば言った通りに救われるだろう。憎悪の魂も消えるはず。もし強度が低いと私のお人形だ。それはそれで私にとっては成功。あの人を手に入れるための駒になる。閉鎖空間では邪魔が入りにくい。上手く行く確率も上がる。彼が彼の望みである政権奪取を終えるその前に。私は成功させないといけないのだ。

 

 この憎悪の少年も利用できるはず。全てはそう――――彼を手に入れるために。これはきっと、愛なのです。私がそう決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

<両王統治①、始まり編・IFルートBクラス>

 

 

 

「今回のクラスポイントは900だよ!皆おめでとう。例年のBクラスよりも大健闘!」 

 

 教壇に立っている先生はキャピキャピとした口調で楽し気に話している。そんなにも愉快なのだろうか。Bクラスが900クラスポイントを確保したのが。確かに張り出された表によればAクラスとの差は40。けれどその40届かなかった所があるというのは事実なのに。

 

 お人好しの集団。そしておそらく最も”普通”に溢れたクラス。これが私の出した結論だ。Aはなんか内部でガタガタしてるようだし、Cは暴力的な人が多い印象。Dは動物園。という事は最も標準的に青春を謳歌しようとしているのがこのクラスだろう。それは決して悪いことではない。

 

 そして先生からAクラス云々の情報を教えられる。それは半月ほど前に私が共有している情報となんら変わりはない。改めて聞かされると不安そうな顔をしている生徒も多い。私の妄言などではなく明確な事実としてそれが定まってしまったのだから。私たちは望む進路に行けない。何らかの理由で一歩足りないと判断された存在の集まりだと突き付けられたのだから。

 

 だが私は早速この学校の進路システムに疑念を抱いている。生徒会の橘書記にクラスポイントなどの話を問うた際に聞いてみた。昨年の1月、卒業した3年生は何をしていたのか。ついでに2月も。帰ってきた答えはずっと学校にいた、であった。これで私は1つの確信を得た。この学校はAクラス以外は強制浪人だと。なにせ、受験できていないのだから当たり前と言えば当たり前だ。外部との接触が出来ない時点で、出願もままならないし試験会場に行けもしない。

 

 仕事のために来たが、1月もいれば何となく愛着もある。ここのクラスメイトは善良だ。同時に優しい。その筆頭格が一之瀬帆波。実に優秀かつ、優良な人物。にも拘らずAではないという事は、つまり何らかの不備があるという事。まごう事なき善人などではないと睨んでいるが、とは言っても何か瑕疵があるようにも見えない。過去に何かやらかしたのか。全力で調査させているが今のところ叩いても大して埃が出ない。そんな人物だ。

 

 一之瀬の話はさておき、このクラスをどういう方向にするか。これは結構な悩みどころだ。正直、この学校という箱庭の中でどうなろうとさして意味はないだろう。とは言えだ。私も色々ここまで勉学のことなどを教えたせいか『先生』などと冗談めかして言われることもある。そう言われたからにはしっかり卒業させてやりたいとも思っている。だがこんなお人好しで勝てるのか。Aクラスの坂柳とかいう危険な女には早速葛城という男を叩きたいと交渉を持ち掛けられてしまった。保留しているが、明らかにアレは危険人物。どうにかしないと、このクラスでは食われて終わりだろう。一之瀬にアレを食らうほどの策謀があるとはあまり思えないし、出来てもその選択肢を採用しなさそうな善性を感じる。

 

 そもそもなんで理事長の娘がAなんですかねぇ。あの身体能力で?障碍者差別では無いが、実力主義を謳うなら身体の状態も実力なのでは?というより、あの娘なんで監視カメラのシステムを知っている?教室の中だけならまだしも、学校中に張り巡らされてと云々言っていたが、アレが学校内を練り歩いているのを見かけたという話を聞かない。アレが学校中を練り歩いていたら誰かが気付いて、そこから派生してシステムに多くの人が気付くだろう。

 

 いつ気付いたかによるが、最初からだとするとある疑惑が持ち上がる。勿論私と同じように速攻で怪しみ始めた可能性はあるけれど、だとしたらポイント減少が多すぎる。モラルがあるのがAクラスなのだとしたら、坂柳と仲良くしている面子の授業態度があからさまに良ければこれはいかんと思って自分で修正くらいするはずだ。という事はつまり、入学前に知っていた……?父親が教えなくても、父親に取り入りたい誰かが教えた可能性はある。

 

 まぁというか潰すとか言ってる時点でお察し。裏で情報回してセルフ離間の計している奴がろくな奴のハズがない。もし先ほどの想定が事実であろうが事実でなかろうが、大きな力を持つ情報となるだろう。皆頑張って戦おうとしているのに1人だけパパの力に頼ってる人がいるぞ~!あれれおかしいなぁ?となる。信用はがた落ち。何を言っても親の権力を笠に着てイキってるガキに見えてしまうだろう。

 

 という話を一之瀬に出来たらいいんだが、彼女は多分そういうのを嫌う。困ったなぁ。そう思いながら、クラスをまとめている彼女を眺めていた。クラスメイトは全力で坂柳を叩くだろうけれど。入っている情報だと取り敢えず一之瀬はあまり裕福ではない、どちらかと言えば貧乏な家庭出身らしい。健気に頑張る母子家庭出身の少女を上級国民でパパの元裕福に暮らしてきたお嬢さまが邪魔してるんだと言えば、良くも悪くも感性が普通のクラスメイト諸君は憤慨しそうである。何かの時に使えそうだと思い、草案を練ることにした。

 

 

 

 

 放課後。クラスには3人しかいない。学級委員長を務める一之瀬。その右腕という事になった神崎。そしてその2人と向き合う私。

 

「え~と、まずはこの前はありがとね?おかげでクラスポイントも大分残して5月に入れたよ」

「お役に立ったようで何よりです」

「皆も凄い!って褒めてたし、もっと自慢げにしててもいいんじゃないかな?」

「いえ、さしたることではありませんから。それで……どういった用向きでしょうか」

「うん、そっちが大事だよね。これまで一か月過ごしてきて、諸葛君は信用できるし、きっと私より凄い人なんだと思う。だからお願い!みんなのために、Aクラスになるのを手伝って欲しいの」

 

 彼女は真剣な目で私を見て、乞い願った。そして私に向かって深々と頭を下げる。

 

「俺からも頼む。お前ならきっと、どのクラスにも勝つ事が出来る」

 

 私の沈黙を迷い、或いは拒否の理由探しと見たのか神崎も頭を下げる。私には断るつもりはなかった。しかし一之瀬の一頭体制も危険と判断している。彼女は確かに善良だ。リーダーとしては理想的。とは言え前線指揮官には向いていない。どちらかというと事務官僚に向いている。人脈作りは得意そうだし、組織にいると良い人材だけれど司令塔向きではないだろう。

 

「頭を上げて下さい。協力するのは勿論、構いません。しかしその後。それが問題です。この差ならばAを取るのは造作もない。しかしその後キープできるかは別問題です。クラスメイト1人1人が実力を上げ、正しく分業をしないと難しいでしょう。とは言え、それをどうにかする方策は私が持っているので安心していただいて構いませんが……少しだけ、一之瀬さんと話をしたいのです。お願いできますか」

「分かった。俺は外で待っていよう」

「すみませんね」

 

 神崎は快く了承し、教室を後にした。夕暮れの世界の中、私と彼女が取り残される。

 

「先ほど、私はクラスメイトの底上げと言いました。正直言って、それはAクラスでなくても可能です。むしろ、この箱庭のシステムに頼らない方法こそが将来の成功のカギとすら思っています」

「それは……卒業時にAクラスだったらのシステムを使わないってことかな?」

「その通り。むしろ、あのシステムこそが害悪。あれのせいでB~Dのクラスは通常受験すらままならない。にも拘らずその指導もされていない。教科書の進度も内容も外よりかけ離れている。これならば単純な学力だと一部の突出した生徒を除いて外部の超進学校の方が上でしょう。ここはある種の実験場なのです」

 

 その証拠とばかりに私はこの学校における多くの疑念点を説明する。主に入試制度などについて。敢えて坂柳不正入学説は省く。これはまだ使い時ではない。

 

「そっか……。うん、確かに筋は通ってるね……。私たち、騙されてたのかな」

「そもそも、謳い文句と実情が違う時点でそうですけどね」

「それもそうだよね、ニャハハ……はぁ……」

 

 彼女はがっくりと肩を落とした。

 

「その上で聞きます。貴女はなおもAクラスを目指しますか?」

「……うん。出来れば目指したいな」

「その理由は?貴女個人の欲望を聞かせて下さい。私は、それを協力の条件とします」

「やっぱりクラスの」

「私は貴女個人の、と言いました。クラスメイト云々は関係ない。貴女の心を知りたい。誰かのためじゃない、自分のための答えを言ってください」

「私は……私の家はね、あんまりお金が無いんだ。お母さんも一生懸命に働いてくれているけど、それでも私が大学や高校に行くのには足りなかった。妹もいるしね。だから、ここに入ったのは私が高校生活を送って、大学に行くため。望む進路を得られて、高校の間は学費が無料で全寮制なら大丈夫と思ったんだよ。だから私はAクラスの制度を諦められない。受験の話は確かに引っかかる。でも、普通に受験してなおかつその制度を使えば完璧じゃないかな。私は、私が大学に行くために諦められないんだ」

 

 彼女は苦しそうな顔で言う。そんなにも苦しむべき回答だろうか。決して悪くない。家族思いで夢を叶えたい。良い願いのハズだ。にも拘らず彼女は苦しそうにしている。まるで己の願いを言うのが間違っているかのように。自分にそんな資格がないとでもいうかのように。

 

 だが本心であるのは理解できた。彼女は本心の一部をさらけ出した。きっと奥底に眠っている何かを解き放たないと真の解決にはならないだろうが、それでも少しは前に進んだだろう。誰かの願いを受け続ける偶像の辛さは私がよく知っている。私も、多くの願いを自分の願いにした偶像なのだから。

 

「では、一之瀬さん。貴女がクラスをまとめて下さい。クラスメイトの底上げは私が担当します。有事の際は共同して事に当たりましょう。アラゴンとカスティーリャがそうしたように、両王による共同統治で得意なことを活かした効率的な活動が可能なはずなのですから」

「ありがとう。私ね、諸葛君がいればきっと大丈夫だと思うんだ。何の根拠もないけど……最初に私を助けてくれた時みたいにね」

 

 上級生にナンパされていたのを助けたことを言っているのだろう。確かに、私と彼女がしっかり関わり始めたのはそれが最初だ。頼られるのは悪い気分では無いが、両王と言うからにはパワーバランスは保たないといけない。とは言え、これで最初の関門はクリアだ。彼女を伴えば上手くクラスを動かせる。差し出された手を握りながら、私はそう確信していた。

 

 

 

 

 

 

<両王統治①、始まり編・IFルートBクラス・裏>

 

 

 私が彼に出会ったのは、勿論学校に来て、クラスに初めて入ったその時。どこか物憂げな目で天井を見上げていた彼の姿が目に飛び込んできた。青みがかった髪。長いまつ毛。薄い唇。白い肌。綺麗な人だと思った。カッコいい人だとも思った。漫画の中に出てきそうな人。そんな印象だった。

 

 クラスメイトの1人として連絡先を交換してでもそれからはあんまり交流も無くて。男子たちでは仲良くしているように見えたけど、あくまでもおんなじクラスメイトの1人。そういう風に思っていた。あの日までは。

 

 

 

 

 その日。買い物に出かけた私は困っていた。先ほどから先輩数人に囲まれている。俗に言う、ナンパというものなんだろう。私を誘うなんて物好きだなぁと思いながら、断る。けれど諦めてくれなくて、むしろ断れば断るほど強引に誘い出そうとしてくる。何人も男の人がいて、みんな私より身長が高くてちょっと怖い。強引に抜け出そうとしたけれど、腕を掴まれてしまった。どうすれば良いのか分からなくてパニックになりそうだった。その時。

 

「遅くなってゴメン」

 

 そんな声がした。優しそうな声で私に向かって言っている。その声の持ち主を私は知っていた。

 

「先輩方、離してあげて下さい。私の連れなので。それとも……」

 

 彼の目は巡回中の警備員さんの方へ向く。彼に言われた先輩たちはもごもごと言いながら蜘蛛の子を散らすように去って行く。私には何となくわかる。先輩たちは警備員さんよりも彼の顔を見て逃げたんだろうと。自分では勝てないと、分かってしまったから。かく言う私も自分と比べると自信を失いそうになる。

 

「大丈夫ですか?お困りのようだったので、お声掛けしました」

 

 ちょっと腰が抜けそうになっていた私に手を差し伸べて彼は言った。昔友達が見せてくれた少女漫画そっくりの展開。心の中でこんな風に私が困ったら助けてくれる人がいたら、とその時は思った。王子様願望、と言ったら良いのかもしれない。とにかく、私もそんなシチュエーションに憧れを抱いていた。女の子の多くはきっとそうなんじゃないかと思う。

 

 綺麗な目。綺麗な顔。長髪を束ねる簪が2本、キラキラと輝いている。微笑みかけているその顔は、あの時見た漫画の王子様より格好良くて。心の中の何かが、ドクンと音を立てて跳ねた気がした。




従妹の話を引っ張っても面倒というか、ある程度人物像を見せないと面白くないと思ったので今回の閑話で後悔です。異物である分、早めに指針を示したかったのもあります。まぁ何をどうフォローしても頭おかしいヤバイ奴なんですが。とは言え、かませという訳でも無くちゃんと八神とセットで見せ場とかも用意しているのでご安心を。

まぁそもそもこの話がまともじゃないのは、最初に本編のエンディング候補の中に心中エンドがあった時点でお察しですが。

前にBクラスだけifないなぁって言われたので、確かにと思って書いてみました。コンセプトとしてはAクラス=大統領(という名の皇帝)、Bクラス=共同統治者、Cクラス=軍師、Dクラス=カリスマ教師的な感じですね。Bクラス√の本領発揮はまだだいぶ先の冬辺りになる予定です。

次回以降は前回書いた通り……のつもりだったんですが、今回入れ忘れた要素があるのを投稿後に気付いたのでそれを投下します。そうしたら予告どおりになりますので、よろしくお願いいたします!


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閑話 2-1.5章・後

別にこれを読まなくても良いんですが、本編に入れるのも難しいというか何というかなので、前回入れようとしていました。でも入れ忘れたので別にここで置きたいと思います。


<生徒指導面談case1・坂柳有栖>

 

5月時・OAA

学力    A(94)

身体能力  D-(25)

機転思考力 C(48)

社会貢献性 D(30)

総合力   C(52)

 

「坂柳さん」

「……はい」

「どうですか、最近の調子は」

「皆さんの恩情の中何とかやっています……」

 

 それは何よりである。いじめられている訳では無いが、腫物扱いなのは止むを得ないと思って欲しい。そもそもとして、あの事件を起こす前から人気が無かった存在がいよいよやらかしたとあればどういう反応をされるのかというのも分かり切っているだろう。

 

 数値は少し改善した。あれから大人しくしているため、機転思考力と社会貢献性は少し上げてくれたようだ。とは言え、どう頑張っても身体能力は据え置き。芸術や音楽などもここに入るので、それで貢献するように勧めるしかないだろう。

 

「さて、進路指導ですが、そもそも貴女の進路が私は一番わからない。貴女の目標が綾小路君への勝利なのは理解しましたが、まず前提としてそれをしたいならば先の試験でより彼に近い点数を取るべきでした。理由は言わなくても分かりますね?」

「はい」

「よろしい。君は周りよりは出来が良いですが、こと学問に限っては私の授業抜きだと一之瀬さんにあっさり抜かれますよ。あの方、敵味方の区別が甘いですし先が見えない感じはありますが単体だと努力家で優秀なので。胡坐をかかずに慢心しないこと」

「そんなに早く抜かされたりは……」

「じゃあなんで新入生総代が彼女なんですか。私が蹴ったから彼女がやってるんですよ?あれは入学時の成績順です」

「……」

「はい、取り敢えず貴女は大人しく現状を確認して、出来る事からやること。目標がフワフワしているせいでいまいちわからないんですが、大学進学の意思はありますか?」

「一応、はい」

「ああそう。では、その方向で。ただ、貴女の場合やりたいことが見えていない上にどうしたいかの進路展望も見えていないのでそこを決めて下さい。ゆっくりで構いませんが、受験したい学部くらいはなるべく早めに決めることをお勧めします」

「分かりました……」

「それっぽいところだと……う~ん、取り敢えずこことかですかね。慶応大学経済学部とか」

「経済学、ですか」

「経営でも良いですが。ともあれ、父親のようになりたいなら経営や経済学の知識は必要かと思いまして。まぁ、1つの参考ですが」

「……随分と私に向き合おうとするのですね。嫌われていると思っていましたが」

「嫌いですよ?でも、私の下にいる間ならば貴女の進路は何としてでも叶えますし、貴女の事は守りますし、貴女が意見を言う権利は保持します。それが私の仕事ですから」

「そう、ですか」

「そうです。まぁいいや。取り敢えず貴女は綾小路君を抜きにした自分の将来に関して親のすねをかじる以外の主体的な何かを用意してください。話はそれからです。勉強面ではレベルアップ教材を渡すので、取り敢えず東大模試で1位を取るくらいの感じで頑張って下さい」

 

 力なく肩を落とし、彼女は帰って行った。こんなのでも一応期待はしている。父親の影響がそがれている今が最大の更生チャンスだ。これを逃せばきっとダメな方向へ進んでしまうだろう。最低限まともに生きていけるようにするのが、私の仕事なのだから。

 

 

 

 

<生徒指導面談case2・葛城康平>

 

5月時・OAA

学力    A(93)

身体能力  B(68)

機転思考力 B+(83)

社会貢献性 A(94)

総合力   A-(83)

 

「さて、葛城君ですが……ほとんど言う事はありません。課題も凄く順調にこなし、非常に真面目かつ努力家です。私はまっとうに努力できる存在を高く評価しています。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、そもそもその当たり前が出来る人が少ないわけですからね」

「まだまだ及ばないところばかりだ」

「そう謙遜なさらずに。そう言えば、生徒会選挙は半年ほど後ですがどうするんですか?会長候補は現在君と一之瀬さんと……後堀北さんが入ったんでしたか。とは言え、先に入った君と一之瀬さんの方が有利。生徒会長選挙は一騎打ちでしょうかね」

「どうだろうな。南雲会長は明言していないが……俺に重要な仕事を回すことが多くなってきた」

「おやまぁ」

 

 南雲はどういう心境の変化かは分からないが、葛城に生徒会長の座を譲りたいのかもしれない。一之瀬よりも骨のある存在を選ぼうという気になったのか。それならそれで大歓迎なのだが。

 

「さて、生徒会の話はさておき、進路の話です。何か考えはありますか?」

「恥ずかしい話だが、とにかく進学することを第一に考えていた。具体的な、と言われれば返答に困ってしまう」

「それでも構いません。夢が決まっている高校生の方が少ないですから。そうですね……君の場合は……ここなどどうでしょう」

「これは……医学部?」

「はい。Aクラスの特権を使えば、医学部の高い授業料も支払えるはずです。少なくとも、島1つ改造するよりは安い。どうでしょうかね。正義感もあり、モラルも高い。そして君の話を聞く限り、病院には思い入れがあるようですから」

「……そうだな。確かに妹の件で病院や医師には感謝してもしきれない」

「真面目に実直にこなす人にこそ、向いている職業に思います。使命感の強い君ならば一考の余地はあるかと。考えてみて下さい」

「分かった。ありがとう」

「いえいえ、これが私の仕事ですので」

 

 葛城は礼儀正しく去って行く。彼の成績は理系の方が良い傾向にある。慎重派で先走ったり適当になったりせず万事手を抜かない姿勢は病と向き合う上では大事なことだろう。理論的であるし、正義感もある。あくまでも1つの可能性として勧めてみたが、もし気に入ってくれたのならばそちらの方面で進路を調整してみよう。

 

 

 

 

<生徒指導面談case3・戸塚弥彦>

 

5月時・OAA

学力    B(73)

身体能力  C+(55)

機転思考力 B+(78)

社会貢献性 B(72)

総合力   B(69)

 

 

「大分伸びましたね」

「そ、そうか?」

「ええ」

 

 戸塚の成績は上がっている。それは去年の4月ごろと比較してもそうだし、前回の試験と比較してもそうだ。彼は真面目、というには些か不適切かもしれないが葛城に憧れているだけのことはあり、やる姿勢はある。葛城がいれば一緒にエンジンがかかってやり始めるタイプなので、セットにしておくのが吉だろう。

 

 とは言え、それを除いてもしっかり成長してAクラスの平均値に近い数字となっている。まだまだ伸びしろはあるが、それでも現状であれば悪くないと言える。慢心して下がってしまう危険性も多い生徒なのでほめ過ぎるのも良くは無いが……これくらいならば大丈夫だろう。

 

「君はそうですねぇ……これとかでしょうか。実務能力は問われますが」

「官僚と……政治家秘書?」

「そう。ま、あくまでの選択肢の1つです。興味を持ってくれたら調べればいい。もしそうでないのなら別のものを提示しますが」

「う~ん、何でこれなんだ?」

「根拠は幾つかありますが……まず私の見立てでは君は1人だとあまり強くない、実力を発揮できないタイプと見ています。これは別に貶している訳ではなく、誰かの下についた方が能力を発揮できるという事です。これは悪いことではありません。どんな状況でも能力を発揮できない存在は残念ながらある程度います。しかし君はそうでは無い。なので誰かの下で働く、何らかの命令に従う職業が良いと思いました」

「お、おう」

「2つ目に、君と葛城君の様子を見ている限り、誰かに合わせつつ相手の要望に応える能力は人よりあるのではないかと思えました。ですので、ここでしっかり勉学に励み大学では政治学などを学べば大いに役立つ人材となれるでしょう。尤も、激務ではありますが。大学は無難に東大ですかね」

「と、東大!?」

「無理だとお思いですか?大丈夫。私なら必ず入れてみせますよ。君自身の実力で」

「ちょっと、考えてみるな」

「ええ。それがよろしいかと。まだまだ時間はあります。指針を決めるのは早いに越したことはありませんが、今ならゆっくり考えても構いません。どんな進路を選んでも、対応できるだけの学力を身につけられるカリキュラムを組んでいるつもりですから」

 

 戸塚は色々頭を捻りながら帰っていく。興味を持ってもらう事、もっと言えば自分の進路に関して主体的・能動的に考えてもらう事が目的なのだ。それが出来たのならば自分の将来像に関してイメージがしやすくなる。これが進路選択の第一歩なのだから。

 

 

 

 

 

<生徒指導面談case4・橋本正義>

 

5月時・OAA

学力    B+(78)

身体能力  B+(79)

機転思考力 B(70)

社会貢献性 B(68)

総合力   B+(75)

 

 

「もう裏切りは考えていませんね?」

「いきなりキツいぜ」

「ですが、大事なことでしょう?」

 

 私は少しだけ笑いかけながら言う。彼も冗談交じりと理解しているようで肩をすくめながら応えた。蝙蝠のような生き方をしている彼は前まで私や坂柳、ある時は龍園などとも通じて何股もかけて自身の保身を図ろうとしていた。坂柳の没落時にも私に与していたことによって何とかその余波を最低限で回避。被害者としてクラス内に溶け込む事に成功した。

 

 こんなのでも優秀であるのは事実。数値に出ない能力を持っているため、何だかんだで使い勝手がよく重宝してしまいそうになる。それも彼の戦略の1つなのだろう。機を見るに敏。損切のやり方や最後まで泥船にいない、或いは泥船から移れる船を最低限用意しておく周到さもある。

 

「あれから上手くクラスには溶け込めているようですね」

「おかげさまで何とかな。孔明センセ様様だぜ」

「そうですか。それは何より。坂柳さんは自業自得ですが、君まで巻き込まれては忍びないですから」

「そう言いつつ、俺の首根っこ押さえるための作戦だったんだろ?」

「ノーコメントで。さて、お喋りはこれくらいにして、君は将来の展望など何かあるのですか?」

「いいや?今までもあんまり考えなしに決めてきたからな。こういう大きなことは」

「まぁそれも1つの生き方でしょうが、あまりお勧めは出来ませんね」

「だろうな」

「と、いう事でこちらをどうぞ」

「経済学部……銀行、経営コンサルタント、投資関連……見事に経済系だな」

「ええ。君は機を見るに敏な所があります。損切等も得意ですし、泥船を見分ける能力がある。これは非常に重要なことです。リスクを見抜ける目を持っている。今は経験によるところが大きいですが、これに知識が加わり専門的な視点から同じ能力を発揮できれば大きな力になるのではないでしょうか。あくまでの選択肢の1つではありますが、ご興味があれば是非という感じです」

「なるほどなぁ~そんな事言われたの初めてだぜ。こういうお堅い仕事は向いてないと思ってたんだが」

「イメージは確かに重要ですが、実はそのイメージはあくまでの偏見でしかない時もあります。既存のイメージにとらわれず、正しく分析し調べれば意外なところに適性が見えてくる事もありますよ」

「考えてみるわ」

「それでよろしい。また何かあればいつでも相談に来てください。学力で解決できる職業ならば、どんな所へも道筋を提示できますから」

「おう」

 

 軽く手をひらひらさせて彼は行く。彼も彼なりに色々考えていることだろう。口調は軽薄だったが、資料を見る目は真剣だった。全員分資料を用意するのも結構疲れた。大学や専門学校などの調査やデータなども載せている。それが真澄さんと自分を除き38人分。心が折れるかと思った。だがそれでもやめるわけにはいかない。気合と根性と徹夜で乗り切ったので、真剣になってもらわないと困る。まぁともあれこれで彼も少しは今後のことに思いを馳せてくれるだろう。そう願いたいところだ。

 

 

 

 

<生徒指導面談case5・鬼頭隼人>

 

5月時・OAA

学力    B(72)

身体能力  A(89)

機転思考力 C+(68)

社会貢献性 C+(60)

総合力   B(74)

 

 

「君はファッションデザイナーでしたね」

「ああ」

「変更はありませんか?」

「ない」

「であれば、そちらの資料をどうぞ。既に色々と調べられているとは思いますが1度整理してみました。デザイナーと一口に言っても色々な方向からのアプローチがあります。私も調べて知ることが多かったですね。ともあれ、この時期で既に進路を見据えているのは非常に素晴らしいことです。現在学力も向上中ですので、このまま努力を続けてください」

「分かった」

「君は決して不真面目な訳ではないので、すぐ伸びるでしょう。デザイナーと言ってもやはり教養や知識があれば発想の幅が広がることでしょうから。君に関しては進路はこんな感じであっさり終わりなのですが、何か勉強面で困っていることはありますか?」

「最近理系が少し不安だ。主に化学や物理だが」

「なるほど……確かに伸び悩んでいる印象はありますね。データとしても横ばいな状態です。基礎は出来ているようですので、後は応用でしょう。分かりました。また後日にはなりますが何らかの対策をお渡しします」

「すまない」

「いえ、早めに疑問点や不安は潰しておくのが吉ですから。分からないことがあればどんどん質問に来てください」

「頼んだ」

「任されました」

 

 鬼頭は元々やりたいことがはっきりしているタイプの生徒だ。こういう生徒はやりやすい。道筋は自分で立てているので後はそれに沿えるようにアドバイスをしたりサポートをすればいい。強面の彼だが、夢と容姿とはこの場合は関係ない。アイドルとかならばまだしも……デザイナーになるのに彼で不都合という事は無いだろう。好きなことならば努力は続きやすい。是非ともこのまま邁進して欲しいところだ。

 

 

 

<生徒指導面談case6・山村美紀>

 

5月時・OAA

 

学力    A(89)

身体能力  C (50)

機転思考力 B-(63)

社会貢献性 B-(62)

総合力   B (67)

 

 

「君は何か進路希望等はありますか?」

「……いえ」

「ふむ。では好きな事などは?」

「それも、特に……」

「なるほど」

 

 1番厄介なタイプはこういう感じだ。成績は良いので、進路選択において学力が障害となる可能性はほぼないに等しい。理解度も高く、応用も出来ている。真面目で実直に努力もしている。影が薄いのと自己評価が低いのが欠点か。決して意思がないわけではなく、それを示せない訳でもない。単純に他者との交流が少ないだけだろう。

 

 逃げるというコマンドは無い。どんな生徒でも向き合うのが使命だ。

 

「分かりました。ではまず貴女は自身に関して向き合ってみて下さい。そして何か、何でも良いのです。好きな事、物、教科等々。そう言ったことを考えてみる事から始めてみましょう。自己との対話も立派な進路のための手段です」

「……あの、そこまでしていただかなくても……。私にそこまでの価値はありませんから」

「私はそうは思いません。どんな生徒でも良いところ、輝けるところは必ずあります。価値がないと、自分で決めつけることほど悲しい事は無いと、私は思います。貴女の事情や過去に詳しくはありませんが、それでも私は貴女がもう少し、自分を好きでいても良いと思います」

「私は……影が薄いですから、そのままそれでも……」

「多分、貴女が思っている以上にまわりは貴女のことを気にしていると思いますよ」

「え?」

「何度か相談を受けています。貴女と仲良くしたいけれどどう接したらいいのか分からない、と。今度自分から話しかけてみては?多分、驚かれはするでしょうけれど、それは嫌なのではなく単にびっくりしているだけでしょう。すぐに受け入れてくれると思います。少なくとも、今のAクラスはそういうクラスだと私は思っています」

「……」

「それに、もし周りが貴女に興味がないとしても、私は貴女のことをちゃんと見ています。努力しているのも知っているつもりですし、評価もしています。貴女だって、他のクラスメイトと変わりません。私の大事な生徒です」

 

 彼女は目を泳がせながら座っていた。

 

「貴女は優秀です。進路選択は遅くても間に合う。まずは自分と向き合って、周りと向き合うようにしてみて下さい。その先に、きっと見つけられるものがあるはずです。進路について考えるのはその後でも良いでしょう。あくまでもアドバイスですが。何か困ったことがあれば私や真澄さんにいつでも相談してください。必ず、真摯に向き合います」

「……分かりました」

 

 ぺこりと頭を下げて彼女は去る。過去に何かあったのか、それとも生来の性格か。ともあれ彼女はしっかり向き合うべきものがあるはずだ。それがきっと彼女の高校生活を変えていくきっかけになるだろう。このままで良いと思っていないというのは言葉の節々や態度、視線からも判断できた。それだけでも収穫だろう。多分このAクラスで一番謎が深い存在だが、これからゆっくり向き合うことを決めた。

 

 

 

 

 

 

<諸葛一族+中華の設定年表>

 

234年……北伐中の五丈原にて諸葛亮死去

 

263年……蜀漢・滅亡。諸葛一族下野。情報組織の大元誕生

 

270年……西晋統治下の四川にて諸葛一族は劉氏一族を奉じ地下軍閥を形成

 

290年……八王の乱を煽動

 

311年……永嘉の乱にて蜀漢時より縁を通じていた異民族を中華へ引き入れる

 

312~439年……五胡十六国時代、四川における一大勢力として君臨。各種王国の背後で暗躍

 

420年……南朝・宋の武帝を成都に入城させる。以後、南朝勢力下で成都を含む四川の管理者として君臨

 

589年……南朝・陳の滅亡に際し隋と誼を通じ、陳滅亡を手引き。隋の治世でも領土を保全

 

612~614年……高句麗遠征に出陣。当時の当主・諸葛令率いる軍勢は局所的には勝利を収めるも戦局全体では敗北

 

618年……唐が建国されるといち早く李淵に臣従。早くに帰順した事もあり、引き続き成都を治める。南詔・吐蕃の抑えとして活躍

 

751年……タラス河畔の戦いに出陣。高仙芝の代わりに総大将を務め、辛勝

 

755年……安史の乱では蜀へ逃亡した玄宗皇帝を迎え入れ安禄山軍を撃破

 

875年……黄巣の乱に際し唐に反旗を翻す。五代十国に際し後蜀を建国

 

960年……北上する趙匡胤に国を明け渡し本領を安堵。宋の治世でも引き続き四川を支配

 

1044年……西夏との間に結ばれた慶暦の和約を仲介

 

1126年……南下する金軍を撃破

 

1127年……南宋が誕生すると金との西部最前線を任される。岳飛と秦檜の争いは中立派で回避。西部の総司令官がいないと軍が成り立たないため日和見を許される

 

1234年……金が滅亡するとオゴタイ=ハンと連絡を開始。内通の用意を始める

 

1273年……元軍の来襲に際し函谷関を解放。元軍の先鋒として南宋軍を連破。厓山の戦いで南宋軍を壊滅させる

 

1351年……紅巾の乱を支援。若き日の朱元璋に支援を行い、明成立を援助。明政権でも引き続き四川の支配を続行

 

1399年……靖難の変では永楽帝に味方し建文帝派を撃破

 

1631年……李自成の乱を討伐する動きを見せながらも背後で支援

 

1638年……呉三桂が山海関を解放したことを聞き撤退。逆に明に従う諸将を急襲し、来襲した女真軍に献上

 

1662年……南明亡命政権の内、永明王を捕縛し北京へ送付。これらの功により四川王に任じられる

 

1673年……呉三桂らの三藩の乱には加わらず、逆に彼らを討伐。王位を持つのは危険と判断し返上した。その後も康熙帝治世下で四川を支配

 

1724年……青海平定で先鋒を務める

 

1766年……乾隆帝指揮下のビルマ遠征で先鋒を務めビルマ軍を撃破

 

1796年……白蓮教徒の乱を鎮圧。同勢力を壊滅に追い込んだ

 

1813年……天理教徒の乱を鎮圧。同勢力を壊滅に追い込んだ

 

1820年……回教徒の乱を鎮圧

 

1840年……アヘン戦争に際し出兵するも大敗。西洋思想と軍学の必要性を痛感。洋式軍隊設営準備を開始。清朝の遅れを認識し北京に改革を上奏するも却下が相次ぐ

 

1851年……名誉挽回を期して太平天国の乱を鎮圧。南京を攻略できなかった洪秀全は自死。1年経たずして太平天国の乱は終了した

 

1856年……アロー戦争に反対するも朝廷の命により強行。善戦するも惜敗

 

1884年……清仏戦争に際し未だ清軍の改革道半ばと主張するも西太后に却下され戦場へ。善戦するも惜敗し、清朝に見切りをつける。英国に接近し四川での相互利益のある統治を目指す

 

1894年……日清戦争敗戦につき、英国政府と協力し半ば独自勢力として振舞い始める。この際討伐に来た袁世凱の北洋軍を撃破

 

1911年……幹線鉄道国有化問題に際し9月に当時19歳の若き諸葛真を盟主と仰ぐ四川軍閥が蜂起。同年10月に武昌へ進軍。同時に武昌内で蜂起が発生し諸葛軍に合流。辛亥革命が開始

 

1912年……袁世凱の大総統就任を非難。独自路線を歩み始め、更なる近代化と改革を実行。支配領域は四川、貴州、湖南、青海、甘粛、湖北に及んだ

 

1915年……袁世凱帝政に対し蜂起し北京へ進軍。連戦連敗の袁世凱軍の報を聞き、袁世凱は憤死

 

1916年……総統となった黎元洪と対立。続く馮国璋とも対立し軍閥時代の幕を開ける

 

1918年……軍閥戦争開始。英国の支援を受け、四川周辺を堅守。奉直戦争や安直戦争にも不介入

 

1926年……蒋介石の北伐に協力

 

1927年……上海クーデターに際し蒋介石と対立。四川・国民党戦争(通称四国戦争)開始

 

1931年……長引く四国戦争中、日本軍により柳条湖事件発生

 

1934年……瑞金を追われた共産党を支援。毛沢東と会談し、反蒋介石を確認。長征を援護し延安まで送り届ける

 

1937年……盧溝橋事件。国共合作に際し毛沢東や周恩来の説得により蒋介石と和平。抗日民族統一戦線に加入。同年南京が陥落すると武漢まで撤退した蒋介石を重慶まで下がらせる

 

1938年……武漢攻防戦。共産党と共に最前線で日本軍と戦い、武漢を死守

 

1940年……汪兆銘政権が誕生。配下の情報組織(白帝会の前進)を用いて同氏を暗殺

 

1941年……太平洋戦争開戦。南方へ戦力を割いた隙を狙い長江までのラインを奪回。仏領インドシナ方面に守備兵を残しつつ北上し南京を奪還

 

1943年……日本軍を撃破し黄河ラインまで浸透。南方ではインドシナ半島中部にまで戦線を拡大

 

1944年……対日和平を蒋介石に提案。連合国条約により単独講和を拒否する蒋介石を軟禁し共産党と合同で対日和平工作を開始

 

1945年4月……ドイツ降伏を聞き、満州奪還作戦を開始。関東軍を敗走に追い込み、新京条約にて日本と条件付き講和。大日本帝国は満州国の放棄、関東軍の撤兵、鴨緑江での国境線画定、遼東半島返還、賠償金、全ての中華における利権放棄、中華人民共和国の承認、代わりに国体護持の支援、台湾・澎湖諸島の領土保全、千島列島・南樺太の日領確認、不可侵条約で合意。対日和平が成功

 

1945年8月……日本対英米に全面降伏。ソ連の対日戦線布告は間に合わず、ソ連の利権は無くなる。よって北方領土は日本領。新京条約での締結内容は基本そのまま保持されたが賠償金と国体護持の支援は取り消された。また、朝鮮の独立に伴い鴨緑江で定めた国境線も変更になった。

 

1945年10月……蒋介石が軟禁されていた成都を脱出。国共内戦が開始。しかし満州や華北を抑える共産党に苦戦

 

1946年……諸葛真、共産党に加わり国共内戦に参加。蒋介石を撃破し、敗死に追い込む。対日和平で共産党・諸葛連合政権が日本領としており、太平洋戦争敗戦後も日本領だった台湾に蒋経国が逃亡し軍事占領。国民党政府として抗戦を宣言

 

1949年……中華人民共和国成立。主席・毛沢東、首相・周恩来、人民解放軍総司令官・諸葛真体制確立

 

1950年……中ソ友好同盟相互援助条約の締結を斡旋。朝鮮半島では中華人民共和国とソ連の支援を受ける朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とアメリカの支援を受ける大韓民国がにらみ合っていたが、金日成は歴戦の将である諸葛真の説得を聞き入れ朝鮮戦争を断念。38度線でのにらみあいが続き、日本は特需景気を迎えられず復興が遅れた

 

1958年……金門島砲撃を指揮。大躍進政策の失敗を予見し毛沢東を失脚に追い込む。ミャンマーで人民解放軍の援助の元クーデター発生。社会主義化

 

1959年……チベット反乱を鎮圧。当時18歳の諸葛玄龍も参加

 

1960年……フルシチョフによるスターリン批判に便乗。平和共存路線に同意

 

1962年……激化する中印国境紛争に際し大勝。同年地球の裏側でキューバ危機発生

 

1963年~65年……中印戦争。インド軍を撃破しデリーまで進軍し降伏に追い込む。同年インド人民共和国成立。カシミール地方全域が中国に割譲

 

1966年……復権を狙う毛沢東の文化大革命計画を察知し先んじて毛沢東を毒殺。劉少奇体制を確立

 

1967年……第一次水爆実験成功。同年頭打ちの見えてきた経済発展を背景に経済における自由化が開始

 

1968年……フルシチョフ失脚。ブレジネフは就任に失敗し、ソ連では集団指導体制が確立。同時に経済自由化を開始

 

1971年……国連代表権獲得(アルバニア決議)

 

1972年……ソ連に先んじて米国との融和政策を開始。ソ連との切り崩しを狙ったニクソン政権により米中共同声明発布。

 

1976年……周恩来死去。第一次天安門事件発生

 

1977年……諸葛真、死去。享年85。同年諸葛玄龍、西部軍管区総司令長官に就任。この時36歳。同年上海条約機構設立

 

1978年……日中平和友好条約締結

 

1979年……中越戦争に勝利し、ベトナムを傀儡化。ソ連、中国との協議の結果、アフガニスタン侵攻は中止

 

1981年……諸葛桜綾誕生

 

1985年……新思考外交開始。内政改革が進む

 

1989年……第二次天安門事件発生。同年東欧にて新思考社会主義革命が勃発

 

1991年……急速なソ連の改革にクーデターが発生するも鎮圧。バルト三国が独立したが、それ以外の国家はソビエト連邦の存続を決議

 

1992年……中韓国交正常化

 

1997年……香港返還

 

2003年……諸葛孔明、誕生

 

2009年……諸葛桜綾死去。享年28

 

2013年……中国、陳謹南政権成立

 

2018年……諸葛孔明、高度育成高等学校に入学

 

 

<上海条約機構加盟国・いわゆる東側国家>

 

中華人民共和国

ソビエト社会主義共和国連邦

ドイツ民主共和国(東ドイツ)

ポーランド人民共和国

チェコスロバキア人民共和国

ブルガリア人民共和国

ルーマニア人民共和国

ハンガリー人民共和国

アルバニア社会主義共和国

朝鮮民主主義人民共和国

キューバ共和国

ラオス人民民主共和国

ベトナム社会主義共和国

カンボジア民主共和国

インド人民共和国

社会主義エチオピア

モザンビーク人民共和国

ミャンマー人民民主共和国

スリランカ民主社会主義共和国

アンゴラ人民共和国

モンゴル人民共和国

ソマリア民主共和国

南イエメン共和国

バングラデシュ人民共和国

アフガニスタン民主共和国

イラク

イエメン人民民主共和国

リビア

ベナン

コンゴ人民民主共和国

ニカラグア

セーシェル

シリア

マリ

アルジェリア人民共和国

タンザニア人民共和国



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2-2章・決心する限り、奮闘する限り、必ず成功する
67.再集結


待たせたな……そんなに待ってないか。待ってないよね、うん。まぁはい。そんな訳で……復活ッ!!

色々ありましてお休みをいただいていましたが、その間にも多くのメッセージやお言葉を賜りました。支えにしていた、と言ったような言葉もいただき、私の書いたものが誰かの人生に役に立っているのかと思うと、自分の存在意義も少しは見い出せたような気がします。休んでいる間も評価や感想、お気に入り登録をして頂いた方もおり、大変嬉しく思っています。温かい言葉に涙も零れました。今後はまた再びよう実二次創作界隈の盛り上げに貢献出来ればと思っております。よろしくお願いします。

感想やメッセージ、マシュマロなどいただいた物は全て目を通しております。以前のような頻度ではないかもしれませんが、連載は続けますので感想・評価等お気軽にいただければと思っております。


優しさ、礼儀、美しさや愛や尊敬を日本が失わずにいることを世界中が切望しています 

 

『グレース・ケリー』

――――――――――――――――――――――――

<陸瑞季の独白>

 

 神様はいない。けれど、神様みたいな人はいる。私は確かにその人を知っている。その人がいることを分かっている。変化があるようで変化のない日常というものは時に残酷なものだ。自分がいつからそこにいて、どれくらいの日々をここで過ごしていたのか。それすらも私たちは知らなかった。知っているのは自身の名前だけ。それだけがあの寒い世界の中で自分を温める存在だった。

 

 だからこそ、そう、だからこそ。私たちは彼を拝むのだ。拝するのだ。当たり前だろう。地獄と形容することすら生温い世界の中から日の当たる場所に連れ出した偉大なる領袖。それを崇敬しない人がどこにいるのだろうか。

 

 来日する前に自身の上司である副司令より渡された資料には目を通した。ホワイトルーム。確かに非人道的組織であるのは間違いない。精神を病ませている時点で失敗だと本国上層部も、軍も、そして私の敬愛すべき諸葛閣下も言っていた。その辺の価値観は私にはよくわからない。ただ一つ言えることがあるとするのであれば、死の恐怖の無い空間なら、むしろどんなに羨ましいことか。地獄ともっとひどい地獄と、どちらがマシかという悪趣味な二択。世間ではこんな選択肢が脳内で提示される私を可哀想と言うのだろうか。

 

 ただ、それは御免だった。それはきっと、全員がそうだろう。私たちは地獄を生き抜いた。絶望は何度も見て、それでも導きの星に従って前を見て歩いた。その歩みを誇りには思っているのだから。例えそれが世間では不幸とされる道であったとしても。絶望を知っているからこそ、些細な日常にありがたみを感じられる。そういう生き方を出来るだけ、この手で屠った命の数々に比べればきっと幸福なのだろうから。

 

 

 凍り付いた世界にたった一つだけ輝いていた希望の炎。それを絶やさぬためならば、私は全部を捧げよう。全ては、あの日私たちに夢を見せた人の、呪われた夢が叶うために。

――――――――――――――――――――――――

 

 

 7月が来た。2年目の夏だ。もうすっかり太陽は眩しくなり、吹き付けてくる海風は生温い。海に面しているこの学校は、夏場だと去年同様猛暑だ。そもそも東京が暑い、と言うのもあるかもしれないが。そしてこの学校には実は砂浜は無い。なので、海沿いなのに湘南とか鎌倉みたいな海岸は無いのだ。某アニメで見た海沿いの青春高校メッチャ良いじゃないか!と視聴時に思った。そして同時に我が校と比べてがっくり来る。環境保全、大事ですよ。

 

 1回目の面談が終わり、何となく自身の進路に関しても意識してもらえるようになったと思う。志望大学が固まってきた生徒もいて、受験方式とかも相談が来始めていた。良い傾向だと思う。私に出来るのはあくまで選択肢の提示。だからこそ、実際にどうするかを決めるのは自分自身である。

 

 受験について考えるのは大事だ。もしAクラスで卒業が確定したとしてもどんな方式であれ、受験を戦った経験は必ず人生の役に立つはずだと私は信じている。それに、勉強しておけば万が一Aクラス卒業が無理そうでも進路を問題なく進める。優秀な生徒であれば返済不要の奨学金を貰える可能性や、大学から特待生として受け入れてもらえる可能性もある。

 

 留学希望も少数だが存在している。大体皆英語圏なのは残念と言うか何と言うか。北京大学(世界3位)とモスクワ大学(世界5位)はいつでも西側諸国からの留学生を歓迎しています。

 

 それはともかく、これまでの期間2年生は大きな動きが無かった。1年生では特別試験がもう1回行われるなど、去年よりハードなスケジュールになっている。ちゃんと本来の本分である勉強をする時間があるのだろうか。学校はカリキュラムを考え直してほしい。去年は最初が無人島だったのを考えれば1年生は大変だ。大変だ、と言っているが私も他人ごとでは無かった。なにせ、1年Dクラスの面倒を見ないといけない。

 

 とは言え、そう難しいことではないのだ。ルールも超複雑では無かったし、坂柳と葛城を動員し、私も加えた3人で戦略を固め、七瀬に伝授する。詳しい所や非常時の対応まで網羅したマニュアルを坂柳に頑張って作ってもらい、実行させた。私が作るのでも良かったのだが、一番暇なのが坂柳なのである。私は真澄さんの指導とクラスメイトの指導で忙しい。葛城は生徒会だ。無職で部活にも入っていない彼女が一番自由時間が多いのは自明の理。なんら問題のある措置とは思わない。

 

 その結果、1位では無かったものの元の地力が高い1年Aクラス相手に僅差で惜敗の2位というところまで持って行けた。宝泉のいない後でも大丈夫であることが証明できたのだ。1年生の他クラスはと言えば、BクラスはこちらもDに惜敗の3位。Cは大きく後退し、退学者まで出してしまった。しかも生徒会役員だったという。葛城が残念そうに言っていたのをよく覚えている。

 

 ともあれ、現在は概ね順風満帆。このままいければいいのだが……そうもいかないだろう。なにせもうすぐ夏休みが来る。夏を丸々1か月半近く遊ばせておくほどこの学校は優しくないと知っているのだから。

 

「暑い……」

 

 真澄さんは登校中の道でへばっている。確かに朝から随分と暑い。日本の夏は特に蒸し暑い。地球温暖化のせいだろうか。まぁまず間違いなく環境問題ガン無視の我が祖国もその一端を担っているのだが。

 

「1年、退学者出たらしいわね」

「そうだな」

「アンタか坂柳の差し金?」

「いいや。退学した波田野という生徒は品行方正で優秀だったと葛城から聞いている。少なくとも、宝泉とは違って暴力的な意味では危険じゃなかった。排除対象では、勿論ない」

「……じゃあ、AかBの誰かがそれを仕組んだってことね」

「分からんぞ?櫛田的な存在がCにいたのかもしれない」

「それもそっか……」

「まぁ今坂柳に可能性をリストアップさせてる。ああいう悪意に長けた人間は、こういうのを見抜くのも得意だろう。腐っても鯛だ。自分があの状況と条件でどう退学に追い込むかを逆算させれば右に出る者も少ないはずだ。なにせ、得意技なのだし。ともあれ、私たちは1年生よりも……」

「次の特別試験、って言いたいのね」

「その通り」

 

 彼女の言うように、今日の最後の授業は特別試験の説明になっている。また我々に面倒ごとが降りかかってくる。逃れ難い試練と照り付ける太陽が精神的にも肉体的にも我々を疲れさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「揃っているな。では、これより事前連絡の通り、特別試験の説明を行う。だがその前に、夏休みにおけるスケジュールの全体像を示しておこう。まず、今年も8月4日から11日までの7泊8日間、この客船において自由なバカンスが約束されている。船内で特別試験を行うようなことは一切ない。約束しよう。だが、それを行うにはこれから説明する特別試験を終える必要がある。場合によってそのまま試験終了後、本土へ強制送還という事もあり得るだろう」

 

 この学校の面倒な試験は大体2パターンある。退学者が出るものと、そうでないもの。今回は前者に当たる。でも今年も船を使うのか。嫌な予感しかない。もし予感通りなら、二番煎じくさいというか馬鹿の一つ覚えというか……捻りがない気もするが。

 

「開始は夏休みの開始後。そして試験内容だが『無人島サバイバル』だ」

 

 またかよ。前回と同じ島なのだろうか。それとも別の島?どちらにしても金の無駄な気もする。というより、もっと他にローコストで出来るものがあるだろ。なんだかんだであの時は大勝利と言っても差し支えない試験であったし、このクラスに嫌な思い出を抱いている人は参加していない1名を除いていないだろう。私も躍進のきっかけになった出来事ではあるし、しっかり覚えている。良い記憶が多いためか、雰囲気はそこまで暗くない。

 

「去年は見事な立ち回りを見せていたな。Aクラスとして大いに成長できた試験だったことから、お前たちの中にはいい思い出としている者もいるだろう。しかし今年はそう単純ではないかもしれないぞ。では日程から説明しよう。詳しくは資料を後で各自の端末に送る。今日中に送られなかった者は手数だが名乗り出てくれ」

 

 モニターには日程が表示された。

 

7月19日……グラウンド集合。バスで出発。港より乗船し、出航

7月20日……特別試験開始。試験の説明、物資の支給等

8月3日 ……特別試験終了。発表と褒賞支給。※8月分のppは試験結果を適用後配布

8月4日 ……終日自由行動

8月11日……帰港。学校に戻り次第各自解散

 

 終業式が16日だったはずなので、その3日後だ。試験は2週間。面倒なことこの上ない。島じゃなくてもっと違うところに行きたい。後、どう考えても夏休みは短くなります本当にありがとうございました。最悪だよ。夏休みってもっとこう、楽しいもののハズなんだ。この調子だと来年も島だぞ。

 

「夏休みは短くなってしまうが、その点は了承して欲しい。対価としてクルージングがある。代わりになるかは個人の考えによるだろうが……純粋な休みであることは確定事項なのでそれで勘弁してくれ」

 

 クルージング如きで励みになるかね。なる人にはなるのだろうが……。まぁ少しでも外に出れるというのならいいかもしれない。私個人としては客船に思い入れも楽しさもあまり見出せないというか仕事で何回も乗っている。とは言え、仕事だと楽しむことはできないので、同年代の人々と一緒にというのは楽しい体験と言っても良いか。

 

「さて、話を戻すと今年と去年の最大の違いは規模にある。今年は全学年で競い合う形になる。敵は他クラスだけではない。他学年もそうなるだろう。アドバイスをする、求める、いずれも自由だ。戦略の1つとしてくれ。基本的に平等を重んじたいところではあるが、やはり学年の差はある。そこで、それは報酬の量とペナルティの重さによって補填する。では次にルールの説明だ」

 

 画面が移り変わり、新しいスライドが出てくる。今回はルールも多くて面倒そうだ。圧倒的に去年より手が込んでいる。

 

 

<2年次夏季特別試験ルール①・グループ>

 

・最大6人までの大グループを組み、協力して試験に挑める。

・大グループは同学年内であればクラス不問。組まないことも出来る

・今日~7月16日までの約4週間、好きな相手を同学年内で2人まで選んで最大3人までの小グループを作れる

・男女割合は以下の通り

 

1『男子1人』

2『男子2人』

3『男子3人』

4『女子1人』

5『女子2人』

6『女子3人』

7『男子1人、女子2人』

 

・『男子1人、女子1人』、『男子2人、女子1人』は不可

・小グループ確定後の変更は不可

・特別試験開始後に大グループ結成が可能。パターンは基本自由

・大グループ結成条件は4人以上の大グループにおいては女子の割合が5割以上であること

 

「特別試験開始後から組む動きを見せればいいと考えるかもしれないが、賢明とは言えないだろう。条件を加味した上で利害の一致を図っていると出遅れる可能性も高い。事前に組む面子を決定しておくことが吉かもしれないな。希望通りにはいかないことも多々あるだろう。また、個人で行きたいという者は書いてあるように大グループを結成せずにソロプレイ、となるだろう」

 

 女子の割合というのは万が一の際の保険だろう。やはり、訓練の差はあるとはいえ男の方が身体的に強いことが多い。だからこそ男子が女子より多くなることを防いでいるものと思われる。いやじゃあ最初からこんな試験やるなとか、女子のソロプレイを禁止しろとか色々突っ込みどころはあるのだが、何とかお役所仕事の試験考案者が絞り出したのだろう。頭が固いというか性善説に育てたいのか性悪説に育てたいのか、よくわからん。

 

「今年は去年とは異なり、『全ての能力』が問われている。学力、体力、精神力、コミュニケーション能力、その他。自分のポテンシャルを大いに発揮できる可能性が秘められている。入魂の仲は連携がとりやすいが、総合力が低ければどうなるか。言うまでもないだろう。また、頭数の多さは大事になってくる。ソロで挑もうと考えていた者は、これを聞いたうえで検討するように」

 

 

<2年次夏季特別試験ルール②・リタイア>

 

・1人で試験に参加した場合、その人物が続行不可能になった時点で敗退

・3人でグループを結成した場合、最後の1人がリタイアするまで続行可能

・最後の1人が試験を上位でクリアした場合、報酬は途中リタイアの人員にも与えられる

 

 

 残機は多い方がいい。これはゲームの鉄則だ。リスクマネジメントの観点でも普通の人はそうした方がいいだろう。無人島は基本何があるか分からない。これがリアル無人島ならマラリアとかハブとかを考えるのだが、そうでなくても慣れない環境とストレスで体調を崩すこともあり得る。水が合わないなどもあるだろう。

 

「ここまででルールに関する質問は?……無いようだな。では次に行こう。続いては報酬に関してだ」

 

 

<2年次夏季特別試験ルール③・報酬>

 

1位グループ……300cp、100万pp、1プロテクトポイント

2位グループ……200cp、50万pp

3位グループ……100cp、25万pp

上位50%グループ(1~3位含む)……5万pp

上位70%グループ(1~3位含む)……1万pp

 

※上位3グループが得るクラスポイントは下位3グループの学年から移動される

※クラスポイントに関しては人数関係なくクラス数で均等に分配される(四捨五入)

※ppは全員同額貰える。分配等は無い。また、プロテクトポイントも同様

 

 

「見ればわかるように、例えばAクラスだけのグループが1位を取れば報酬は総取り。だが4クラスから最強の面子を集めた2学年レジェンドグループのようなものを結成すれば報酬は4等分。クラスポイントは何一つ変動しないだろう」

 

 私、綾小路、龍園、一之瀬辺りが組むのか。これだと女子が足りないからここに堀北と真澄さん辺りを入れる。これ、他学年をボコボコに出来る面子なのでは?

 

「そして※の内容だ。上位3グループに供与される600ものクラスポイントは下位3グループに沈んだ学年から均等に徴収される。例えば、3年生のグループが1~3位を総取りし、2年生が下位3グループ全てだった場合600を4等分した150がAクラスから引かれるだろう。だが注意が必要だ。上位下位が同学年だった場合はどうなるか。この際は、最下位グループに含まれたクラスは100、下位から2番目は66、3番目は33を上位に支払ってもらう。徴収額が所持額を上回った場合は学校が補填する」

 

 4クラス混合だと貰えるクラスポイントは75。最下位に万が一自クラスがいるとマイナスになる可能性もある、という事だ。

 

 

<2年次夏季特別試験ルール③・※の補足>

 

・上位の報酬は下位3グループの学年から均等徴収

・徴収額は報酬額と同じ

・上位下位が同学年の場合は、最下位は100、下位から2番目は66、3番目は33

・足りない場合は学校が補填

 

 

<2年次夏季特別試験ルール・④・ペナルティ>

 

・下位3グループからは③とその補足の通りクラスポイントを徴収

・下位5グループに属する生徒は退学

・退学取り消しには600万ppを支払う

・支払い金はグループの人数で分割可能。最大人数のグループの際は100万ppとなる

・残金の無い者がいても、残金の足りている者は自分の分を支払えば取り消し可能

・試験開始後はポイントの貸し借りは不可

 

 

「さてここまででも骨が折れる説明だったが、まだ残っている。これを見てくれ」

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅠ>

 

基本カード

 

・先行……試験開始時に使えるポイントが1.5倍

・追加……所有者の得るpp報酬を2倍

・半減……ペナルティ時に払うppを半減。所持者のみに反映

・便乗……開始時に指定したグループのpp報酬の半分を追加で得る。指定したグループと自身が合流した際は効果消滅

・保険……試験中体調不良等で失格した場合、1日だけ回復の猶予を得る(回復した場合試験再開可能)。ただし、不正による失格には非対応

 

 

特殊カード

 

・増員……所持者は7人目としてグループに存在できる。本試験開始後に効力を発揮し、男女の割合にも左右されない。当然報酬は得られる

・無効……ペナルティ時に払うppを0にする。所持者のみに反映

・試練……cp報酬を1.5倍に出来る。ただし上位30%以内に入れなかった場合グループはペナルティを受ける。増加分の報酬は徴収ではなく学校が補填する

 

 

 な~にこれ。後、増員カードダメだろ。何のための男女比だったんですかね。単純に私の理由予測が外れているだけの可能性もあるが、もし私の予測通りの理由だった場合本当に何してるのこれ案件になりかねない。ホントに、性善説に育てたいのか?それにしては特別試験を見る限り性悪説に寄っている。疑わない奴が悪い。やられる方が悪い。騙される方が悪い。確かに世界ではそうなのだが、学校でそれはどうなのかと常日頃思っていた。

 

 そして今回も疑問を抱かざるを得ない。何のための男女比だったのか。あほらしい。

 

「このカードは、試験に影響を与えるものだ。1人1枚ランダムに取得できる。配布は明日の朝。得たカードは試験開始までの間、他クラスかつ同学年に限り譲渡・トレードが可能になっている。誰が何を持っているかはOAAを見れば閲覧可能だ。1人で複数枚持っていても構わない。ただし、重複しても効果が2倍になったりはしない」

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅡ>

 

・どのカードも同学年内ではトレード可能

・クラス内でのトレードは不可

・一度所有者を変更させると再トレードは不可能

・重複に意味はない

・特殊カードは各学年に1枚しか配布されない=1つのクラスに3つが集中する可能性アリ

 

 

「以上が試験の概要だ。まだ詳しい内容、島で何をするのか、島での動き等があるが、それは試験開始の直前に発表される。また、今回の説明では暗記が困難な生徒も多いだろう。最初に言ったように今後いつでも閲覧可能だ。随時、活用して欲しい」

 

 ふへ~という息がクラス中から漏れる。黙ってずっと何かを理解しようとするのは結構骨が折れる。気を張っていたので少し緩むのも無理はない話だ。

 

「以上と行ったが、このクラスだけに適応されるルールが残っている」

 

 このクラスだけ、という時点で大体全員察しがついている。去年参加しなかった人が1名いますからね。いや、違うな。正確には無人島に行かなかっただけで成績の上では参加扱いになっているのか。私のおかげですね、感謝してください。まぁこちらも大いに利用させてもらったのでイレギュラーな存在自体はありがたい。上手くすれば利用できるからだ。頭数が1つ少ないだけで去年同様不利になるAクラス、ひいては2学年。しかも退学とかではないので、また去年みたいに私にゴネられたら困ると思ったのかもしれないな。

 

「薄々感づいているようだが、今年は坂柳にも参加して貰う」

 

 ざわっとクラスの中で軽いざわめきが生まれた。彼女を視認できる位置に座っている全員がチラリと坂柳を見る。

 

「先生、それはマズいんじゃないですか?いや坂柳が心配というか、倒れられたら後味が悪いというか……」

 

 まさかの戸塚が坂柳を案ずる発言をしている。ちょっと感動した。アイツも、人を思いやれるようになったのか。まぁ多分もう歯牙にもかける必要が無く、自身よりもヒエラルキーが下にいるからこそ発動した憐れみに近い感情ではあると思うが、それにしたって随分と成長した光景である。

 

 最近の戸塚は頑張っている。これはお世辞ではなく、本当にそう思う。真澄さんよりは伸びは悪いものの、クラスで男子ナンバーツーである葛城の足を引っ張らないようにと自戒しつつ勉学に取り組んでいた。元々コミュニケーション自体は悪くないし、植民地と化している1年Dクラス内でも慕われているようだ。自信の無い生徒からすると、持ち上げてくれる存在はありがたいらしい。確かに、太鼓持ちと言うのは持ち上げる存在が沈んでいる時に励ましたり自信を付けさせる効果もあったりする。意外な才能ではあるが、上司から気に入られやすい人材だろう。

 

 これで自身の才能もしっかり備われば出世街道間違いなしである。クラス内でも、クラス内投票時に一番言いづらい事であった坂柳の糾弾を進んで行い、旧坂柳派であった橋本を(脅されていたという虚報とセットであったとは言え)率先して受け入れる姿勢を見せている。林間合宿でも他クラスに良い影響を受けていたようだし、橋本や綾小路とセットにしたのは正解だった。

 

「……この件は、私から説明させてください」

「分かった」

 

 坂柳が手を挙げて、先生に乞うた。先生もそれを受け入れる。杖をつきながら、彼女は教壇に立った。昔よりも大分弱弱しい感じではあるが、最近は少しずつ生気が戻っている。真澄さんが根気よく構っているからかもしれない。何でも見ていられなかったと本人は主張している。

 

「皆さんには今回の試験でご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、どうか参加させてください。お願いします」

 

 深々と頭を下げる坂柳。以前では考えられなかった光景だ。

 

「いや、さっきも言ったけどよ……無理しない方がいいぞ?何があるか分かんないんだから」

「汚名返上とかはまた別の機会で良いから」

「来るんでも良いけど、船にいなよ」

「去年も何とかなったし、今年も何とかなるでしょ。多分」

「そうそう」

 

 このクラス、結構いいヤツが集まっている。去年の同じ頃は派閥だなんだでちょっとギスギスしていたのだが、1年あればきれいさっぱり取り払われたようだ。温厚な感じになっている。まぁ他クラスとの謀略を私が大体担っているので、そのせいかもしれない。

 

 ついでに、元々民度が高いので恨みを流すという技能を持っている人が多い。確かに例の誹謗中傷無差別爆撃事件で被害を被った生徒は彼女を恨んでいたが、いつまでも怒っていてもしょうがない。次からしっかりしてくれればいいや、お金も貰えたし。という風に考えているようだった。というより実際にそういう風に面談時に言われた。

 

 なので、打算が多少もありつつではあろうけれど、ここで発言している多くは純粋に坂柳の身を案じている。善意からの発言なのであった。それを理解しているのか、少しだけ彼女も泣きそうになっている。良いですか、これが人の善意ですよ。貴女を心配しているのは決して貴女を憐れんでいるからだけじゃなくて、純粋な優しさである可能性もあるのです。なので、全員が全員自分を下に見ているという全方位敵対思考は止めましょう。何回かはそう言ってきているのだが簡単に染みついた物は直らない。

 

 ある意味では彼女も被害者なのかもしれない。幼少から死の淵をさまよったり、身体の問題で上手くいかないことが多く、そこに無理解な同世代からのアレコレがあった可能性も推測できる。それは決して他人を傷つけていい理由にはならないが、同情は出来るところだ。

 

「ありがとうございます。けれど、そこを曲げてお願いします。勿論、汚名を返上したい、クラスに貢献をという思いもあります。ですがそれ以外にも2つほど理由があるんです。1つ目はこちらの残存人員の問題です。というのも、去年は私以外の皆さんは島にいかれましたが、その間私は寮に1人でした。ただこの時は2~3年生はいらっしゃいましたし、上級生の担任をしている先生方や職員の方、施設の方も多くいました。なのですが今年は全員いなくなってしまうので、私が完全に寮の中で1人なのです。職員や先生方もほとんどが同行するようなので、お店も閉まってしまうと聞きました。それだけならまだしも、万が一首都直下型地震のような大災害が発生した場合、私1人では対処不能な可能性が高いのです」

 

 言われてみればその通りだ。危機管理、安全管理の観点からすれば誰もいない寮と言うのは危ない。施設に不備があってもどうにもできない可能性があるし、体調を崩した際に助けを求めるのも難しいかもしれない。人が多くいなくなるとすれば、去年のストーカーのように不審者が出るかもしれない。地震という懸念も尤もだ。中国でも東日本大震災の様子は大きく報道された。我が地元・四川も大地震に見舞われたことがある。

 

「以上が1つ目です。そしてその……2つ目なのですが……これは非常に個人的なことなのですけど」

 

 目を泳がせながら彼女は歯切れ悪く言った。

 

「……怖いんです。1人だと。誰もいないマンションの中に1人きりはちょっと……耐えられないです」

 

 去年色々あったものね。主にオカルティックな観点で。仮に一切オカルト的なものが無かったとしても、誰もいない巨大なマンションに1人きりというのは確かに怖いかもしれない。壁が分厚いウチの寮だが、それでも生活感というか人気というものはある。それが一切存在していない。しかも2週間。なるほど、気持ちはわかる。随分と可愛らしいというか何と言うかな理由のせいか、多くがポカンと口を開けている。何となく事情を知っている真澄さんは同情顔だ。

 

「あ~でも、俺坂柳さんの気持ちわかるわ。昔兄貴と車で心霊スポットとか廃墟とか巡ったんだけど、誰もいない家とか建物って怖いんだよな。ボロボロすぎるとかえって何も感じないんだけど、妙に生活感が残ってたりするとゾッとしたわ。分かる分かる」

 

 的場が坂柳に同調するようなことを言う。援護というのかは微妙だが、想像すれば確かに結構怖い状況かもしれないという事は多くの生徒が想像がついたようだ。

 

「納得できたようだな。では、坂柳に関するルールを説明しよう」

 

 皆の精神的な成長、大人の対応が出来るようになっていることへの感慨からか、少し目を細めていた先生が後を引き取った。

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑥・坂柳>

 

・2年Aクラス坂柳有栖は『半リタイア』という形で参加する

・島を移動は出来ず、スタート地点とその周辺にて生活する

・意見を求められれば返答可能。課題への挑戦も可能

・坂柳がグループ最後になってしまった場合は問答無用でそのグループの敗退決定

・上記により、1人での行動は不可能。最低2人以上の大小どちらかのグループで行動

 

 

「グループには負担になるでしょうし、戦略面でもハンデを背負うことになってしまいご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します」

 

 どう反応するべきか戸惑うクラスメイト。そんな中、これまでほぼ唯一普通に近い形で坂柳に接していた真澄さんが声を出す。

 

「まぁ、良いんじゃない?頑張ろうとしている人に水を差すのも、なんか違う気がするし。これまでまぁ色々あったけど……違うってとこ、見せてくれるんだろうし。ね?」

「はい!勿論です」

 

 割と必死な顔で坂柳は言う。

 

「だってさ。どう、問題ない?先生」

 

 ちょっと茶化すような声で真澄さんは私に問いかけた。視線が集中する。

 

「問題ありません。確かにイレギュラー。ですが、この程度対応できず戦略が作れないとなれば私の名折れ。勝利への道を作ってみせましょう。ですので、皆さんもどうかご安心を」

 

 私の鶴の一声とも言うべき言葉に、全員が納得の表情を見せる。もしかしたらまだ彼女を許せない人もいるかもしれない。だがそれは感情論であり理性では受け入れるべきだと全員が思ってくれているという事だ。一度このクラスから半ば追放されたような状態だった坂柳を、再度迎え入れるかのように拍手が響く。

 

 おそらく彼女の人生で初めてしたのではないかというような感極まった顔で、坂柳はもう一度深く頭を下げる。2年Aクラスが、完全体となった瞬間だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

<現状(7月初頭)収支>

 

・収入→58万8600pp(4月分の13万8400pp+5月分の14万3400pp+6月分の14万3400pp+7月分14万3400pp)

 

・支出→12万pp(生活費など)

 

・現状保有ポイント→359万5300pp(既に所持の302万6700ポイント+収入-支出)




ルール難しスギィ!

え~二年生編の3巻に掲載されていた地図。これを調べました。豪華客船は飛鳥Ⅱを参考に大体5万tと仮定。その場合の埠頭は大体330mらしいので、短い埠頭を300メートルと甘めに仮定して定規で図ると縮尺は1㎜で100m換算になります。それを基にして各ブロックを測定すると縦14㎜=1400m、横18㎜=1800mですので1ブロックで2520000㎡、2.52㎢である事になります。ブロックは10×10で100。なので、挿絵に表示されている面積は2.52㎢×100で252㎢になります。

とは言え、海だけで構成されているブロックもありますので、完全海or浅瀬or岩礁の
Aの1・2・3・6・7・8・9・10、Bの1・2・10、Cの1・9、Dの1、Eの10、Fの1・10、Gの1・10、Hの1・10、Iの1・2・10、Jの1~10の面積を引きます。合計で34ブロックの85.68㎢マイナスですね。すると島の総面積はガバガバの大体でしかない数値ではありますが、166.32㎢になります。

さて、ここで日本の島(北海道・本州・四国・九州・沖縄本島を除く)のランキングを見ると1位は択捉島な訳(択捉島は日本領。良いね?)ですがこれの面積は3166㎢です。そして肝心の同程度の面積の島ですが近い数値だと長崎県の平戸島163.4km²が挙げられました。小豆島とか八丈島より上ですね。ちなみに無人島だけだと北海道の渡島大島の9.74㎢だそうです。……舞台はどこの島なんだろうね。私の計算が間違ってなければどんなに小さくても100㎢は超えているはずなので……。

つまり何が言いたいかと言うと、原作はガb(殴打)


2年生編にたどり着いている作者さんが少ないのと、2年生の無人島編が死ぬほど面倒なので、アニメの3期とかで書いたけど今度はここで筆を折る人も多そうですね……。私もそうなりそうでしたし。昔は1年生編の無人島がそうだったのですが、時代の流れを感じます。ここで書いたルールとかは加筆してないはず(原作の物をまとめただけ)なので、もし他の作者さんで当作をお読みの上で更にこの時系列まで自作の時系列を進めた方がいれば、コピーなり何なりして頂いて構いませんので……。


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感想欄では聞けないけどメッセージ送るほどでも……みたいな質問あればどうぞ。他にも作品の事、私のことなら割と何でも答えるつもりです(定型文)


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68.選択肢

二年生編10巻。私はお前を許さない。


外交官と幽霊は微笑をもつて敵を威嚇す。

 

『長谷川如是閑 「如是閑語」』

―――――――――――――――――――――――――

<現状クラスポイント>

 

A……1434(諸葛)

B……799(一之瀬)

C……728(堀北)

D……526(龍園)

―――――――――――――――――――――――――

<忘れた人用無人島特別試験ルール>

<2年次夏季特別試験ルール①・グループ>

 

・最大6人までの大グループを組み、協力して試験に挑める。

・大グループは同学年内であればクラス不問。組まないことも出来る

・今日~7月16日までの約4週間、好きな相手を同学年内で2人まで選んで最大3人までの小グループを作れる

・男女割合は以下の通り

 

1『男子1人』

2『男子2人』

3『男子3人』

4『女子1人』

5『女子2人』

6『女子3人』

7『男子1人、女子2人』

 

・『男子1人、女子1人』、『男子2人、女子1人』は不可

・小グループ確定後の変更は不可

・特別試験開始後に大グループ結成が可能。パターンは基本自由

・大グループ結成条件は4人以上の大グループにおいては女子の割合が5割以上であること

 

 

<2年次夏季特別試験ルール②・リタイア>

 

・1人で試験に参加した場合、その人物が続行不可能になった時点で敗退

・3人でグループを結成した場合、最後の1人がリタイアするまで続行可能

・最後の1人が試験を上位でクリアした場合、報酬は途中リタイアの人員にも与えられる

 

 

<2年次夏季特別試験ルール③・報酬>

 

1位グループ……300cp、100万pp、1プロテクトポイント

2位グループ……200cp、50万pp

3位グループ……100cp、25万pp

上位50%グループ(1~3位含む)……5万pp

上位70%グループ(1~3位含む)……1万pp

 

※上位3グループが得るクラスポイントは下位3グループの学年から移動される

※クラスポイントに関しては人数関係なくクラス数で均等に分配される(四捨五入)

※ppは全員同額貰える。分配等は無い。また、プロテクトポイントも同様

 

 

<2年次夏季特別試験ルール③・※の補足>

 

・上位の報酬は下位3グループの学年から均等徴収

・徴収額は報酬額と同じ

・上位下位が同学年の場合は、最下位は100、下位から2番目は66、3番目は33

・足りない場合は学校が補填

 

 

<2年次夏季特別試験ルール・④・ペナルティ>

 

・下位3グループからは③とその補足の通りクラスポイントを徴収

・下位5グループに属する生徒は退学

・退学取り消しには600万ppを支払う

・支払い金はグループの人数で分割可能。最大人数のグループの際は100万ppとなる

・残金の無い者がいても、残金の足りている者は自分の分を支払えば取り消し可能

・試験開始後はポイントの貸し借りは不可

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅠ>

 

基本カード

 

・先行……試験開始時に使えるポイントが1.5倍

・追加……所有者の得るpp報酬を2倍

・半減……ペナルティ時に払うppを半減。所持者のみに反映

・便乗……開始時に指定したグループのpp報酬の半分を追加で得る。指定したグループと自身が合流した際は効果消滅

・保険……試験中体調不良等で失格した場合、1日だけ回復の猶予を得る(回復した場合試験再開可能)。ただし、不正による失格には非対応

 

特殊カード

 

・増員……所持者は7人目としてグループに存在できる。本試験開始後に効力を発揮し、男女の割合にも左右されない。当然報酬は得られる

・無効……ペナルティ時に払うppを0にする。所持者のみに反映

・試練……cp報酬を1.5倍に出来る。ただし上位30%以内に入れなかった場合グループはペナルティを受ける。増加分の報酬は徴収ではなく学校が補填する

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅡ>

 

・どのカードも同学年内ではトレード可能

・クラス内でのトレードは不可

・一度所有者を変更させると再トレードは不可能

・重複に意味はない

・特殊カードは各学年に1枚しか配布されない=1つのクラスに3つが集中する可能性アリ

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑥・坂柳>

 

・2年Aクラス坂柳有栖は『半リタイア』という形で参加する

・島を移動は出来ず、スタート地点とその周辺にて生活する

・意見を求められれば返答可能。課題への挑戦も可能

・坂柳がグループ最後になってしまった場合は問答無用でそのグループの敗退決定

・上記により、1人での行動は不可能。最低2人以上の大小どちらかのグループで行動

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 かくして、坂柳の受け入れは決定した。しかしながらこれは序章に過ぎない。ここからどういう戦略を取っていくのかで状況は大きく変化するだろう。しかも前回の無人島では私が大きくフォロー出来た。けれども今回はそうではない。多くの場面で自力で動いてもらわないといけない部分が出てくる。また、単純に不利な要素である坂柳。これを解決する手段を上手く見つけないといけない。

 

 確かに、坂柳を本人の意思に反して置いていくことはできた。だがそれをすれば彼女からの印象は悪くなる。また、折角曲がりなりにも戦力である彼女を上手く使いこなせるようになるための手段を一つ失いかねない。それはあまり好ましい事態ではない。だからこそ両方の選択肢を天秤にかけて、参加させる方を選んだのだ。

 

 次に決めるべきは他クラスの扱いだ。則ち、こちらが独立独歩を行くのか、或いは他クラスと同盟を結ぶのかという話になる。そしてAクラスが最も恐れるべきは、他の3クラスが連合して襲ってくること。これまでの試験ではそういった可能性を排除するべく動いていた。おかげさまで、今のところそういう事態にはなっていない。これは連合を組めるような試験がほとんどなかったことも幸いしているが。

 

 現在の状況ならば、連合を組まれても問題ないとは言える。しかし、そうならないに越したことはない。わざわざリスクを取るよりも、実入りの多い選択をするのは当然の行動だ。

 

 取り敢えず、カードが配られるのを待つしかない。これが結構大きな戦略要素になって来ると踏んでいるので、あまり軽率には動けないのだ。

 

「ひとまず、カードが配られるのを待ちます。その間、多くの連絡が来るかもしれませんが、全て保留状態にするようにお願いします。どうしても緊急性の高い場合は、必ず私か真澄さんにご一報を。すぐに対処します。よろしいでしょうか」

「「「はい!」」」

「では、今回は解散です。今年は私が皆さんを先導出来ないので、去年のような楽しい環境……というわけにはいきません。大変申し訳ない限りですが、出来る限りのサポートはしますのでご安心ください。まずは……サバイバルの知識入手からしますか。我々に向いているのは、頭脳労働ですから」

 

 軽い笑いが起き、取り敢えずの話し合いは終了になる。これで軽率な行動は防げるだろう。まぁそんなことをする愚か者はもういないと信じているのだが、だからと言って念を入れないかと言われればそれはまた別の話だ。しっかり釘をさす。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になると、一斉に携帯が鳴りだす。電話、メール、その他。どんな手段を使ってもAクラスの人員を確保したいという意思の表れだろう。主にうるさくなっているのは葛城や橋本など割と交流の広い人員。とは言え、彼らのような中心人物でなくても連絡を取ろうとしている人は多い。まぁ、あくまでOAAの数値ではあるが、平均が(坂柳以外)B評価なのは普通に偉業であると思っている。

 

 そういう存在の集まった集団だ。欲しいと思うのはどこも同じだろう。何なら、私にすら勧誘のメッセージが来ている。決して数は多くないが、連絡先を交換している人間からは幾つか届いていた。とは言え、そんなにガツガツしたものではなく、あくまでもどうかな……?程度のものであるが。

 

 と思っていたら一件だけそうじゃないのがあった。

 

『俺とお前が組めば最強だ。もし組みたければ受けてやる』

 

 まるで呂布が言いそうなセリフではあるが、まんまこのままの文章が送られてきた。差出人は……龍園。どうやって連絡先を手に入れたのか、多分誰かに聞いたんだろう。椎名あたりとは交換していた覚えがある。前の投票試験の際にやり取りが必要だった関係で、あそこにいたメンバーとは交換している。椎名以外だと石崎と伊吹か。

 

 これはアレなのだろうか、新手のツンデレ?お前がどうしてもって言うなら、組んであげなくも無いんだからねッ!みたいな。全然可愛くない。むしろゾクッとした。龍園の声帯で再生してしまったからだろう。疲れてるのかもしれない。

 

 そんな話を夕食時にしたら、真澄さんには真面目に心配されてしまった。

 

「大丈夫……? ちょっと疲れてるんじゃない?」

「いや、そんなことはない、と思いたい」

「ツンデレ龍園とか誰得なこと、疲れてるか頭おかしくないと思いつかないと思うけど……あぁ、後者?」

「酷い扱いだ。それはそうと、キミの所には連絡は来たのか?」

「まぁ、数件。年明けの試験あったでしょ。あそこで同じグループ組んでた子から、一緒にどうですかって。ちゃんと保留にはしてある。そっちも、一之瀬とかから無いの?」

「一之瀬? 連絡なんかしてこないと思うぞ。多分学年で一番私の事が苦手だと思うぞ。いっつも大体Aクラス絡みでひどい目に合うか苦しんでるし。学年で協力する、みたいなアイデアも出してこないと思う。現在そんなこと言ってられる状況じゃないし、あと少しでBになれる堀北たちはまず間違いなく拒否する」

 

 もう少しで追い落とせるのだ。それこそ、今回の試験結果次第ではついにBクラスに上がれる。突き放すことができれば、後はAクラスを目指して戦うだけになる。そうなれば、堀北からすれば万々歳だろう。

 

「それもそっか」

「無能ではないしむしろ優秀ではあるんだが、殻を破れない人間だな、彼女は。だからいつまで経っても同じ戦略を繰り返す。王道しかできないから、足元を掬われる。善性の人間だから、悪意に弱い。坂柳のせいで多少は成長せざるを得なかったようだが。……そう考えると、アイツも余計なことしてくれた。あのまま弱いまま生かさず殺さずでいければ楽だったのに」

 

 私の愚痴を若干引きながら彼女は聞いている。悪人ではない、というより真澄さん自身も割と人間性は善よりだ。やっていた行動はあんまり庇えないところではあるけれど。

 

「で、そっちはどういうグループ組むの?」

「……まだ迷い中だ。というより、全体やクラスの状況を鑑みて動くしかないだろう」

「文字通り最強戦力だし、多少の不利益は無視してでも誘う価値はあるんじゃない? 龍園もそう思ったから誘ったんだろうし。ソロプレイで行く?」

「それもアリだとは思う」

 

 私の答えに、彼女は少しだけ寂しそうな顔をする。だが、ソロで活動して1位を勝ち取れば、私からすれば結構美味しい状況だ。300のクラスポイントにプロテクトポイントも手に入る。統率者として矢面に立つことも多い以上、退学を防げるに越したことはない。尤もそんなヘマをする気は毛頭ないが。どちらかと言うと、狙い撃ちされそうなのは真澄さんや葛城のようなポジションだと思っている。将を射んとする者はまず馬を射よ、と言うことだ。なお、グループで1位を取れば全員プロテクトポイントを貰えるので、Aクラスだけでグループを組んで1位になれば、クラス内にかなり残機を作れる。

 

「ふーん、そっか。また去年みたいにコンビで行けたら楽しそうだと思ってたけど、残念ね」

「と言うか、男女の1対1はルール違反だろ。あぁ、坂柳を入れると?」

「そういうこと」

「楽できるからとか思ってない?」

「う~ん、ちょっとだけ思ってる……かもしれないわね」

 

 どっちとも取れるような表情をしながら、彼女は小さく笑った。

 

「1年生はどうするの?」

「取り敢えず、向こうに相談されたら動く形にしようと思っている。何でもかんでもこっちから介護するのはあまりよろしくない。まぁ十中八九、Dクラスは相談してくるとは思うが」

 

 彼らは良い盾になる。南雲本人は、私とはサシで勝負したいと言っている。他クラスや他者は退学させない。実力勝負なのだと。それをどこまで信じるのかという問題はあるし、全部鵜吞みにするのはお人よしのすることだ。一之瀬じゃないのだから、私は常にリスクを考えて動く。Dクラスは保険だ。だが、勝たせておかないと、飴にならない。Dクラス(植民地)にいる39の生徒をどう動かすかも鍵になるだろう。

 

 また、1年Aクラスに関しては誰も把握していないこちらのスパイが存在している。彼ら彼女らがどういう行動を取ろうと、全部筒抜けだ。ちょっとズルい気もするが、あくまでもこちらの都合が良いときに使う存在である以上、我々と利益対立を起こさない限りは不干渉で行くつもりだ。もし瑞季がAクラスを勝たせたいと思うなら、そうすればいいと思っている。そこにまで手を出す気は無い。

 

 私の指示にさえ従ってくれればいいのだ。尤も、彼女を操縦できるかどうかは他のクラスメイト次第だろう。Bクラスは……まぁ、ウチの従妹殿は新しい患者(玩具)を手に入れたようだし、しばらくはそっちにかかりきりでいて欲しい。Cクラスはよく分からないが、そこまで脅威とは思えないという報告が来ている。

 

「そう言えば、八百長する?」 

「しない。リスクが高いし、リターンが少ないし。そもそも、ウチの生徒は真っ当にやって退学を心配するスペックだし」

「それもそうね」

 

 八百長というのは、人柱用意作戦ともいえる。退学するのが下位5グループならば、あらかじめ人柱を決めておけばいいという寸法だ。最初にリタイアさせるのである。とは言え、これをすると多額の金が飛んでいく上に、報酬面でも損が多い。良い戦略とは思えない。金だけ余ってて、かつ退学のリスクが多いなら話は別だが……そんなクラスはない。

 

「今年も同じ船……じゃないわよね、人数的に。美味しいお店あるかな……」

「お前そればっかだなぁ!」

 

 こっちが真面目に色々考えているときに、食い物の心配をされては何とも気が抜ける。そう言えば、去年の船でもラーメンだの中華だの色々バクバク食べていた。全く体重が増減していなかったようで、軽く恐怖を覚えた気がする。その身体のどこに吸収されているのだろうか。

 

 ちょっと気が抜けたが、それがかえって良かったのかもしれない。少々疲れていたのは事実のようだ。自分を含めて40人分の思案をしていたからだろう。弱くなってしまったものだ。昔は何日も連続で大規模作戦に従事していたというのに。とは言え、これが普通の感覚なのかもしれない。なのだとしたら今だけしか味わえないこの感覚も、得難い経験のように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。メールを開けば、学校からの通知が来ている。カードの配布だった。私の配布されたのは「追加」のカード。カード効果は所有者の得るプライベートポイント報酬を2倍にするというもの。もし1位を獲得できたならばかなりの効果を持つカードになると言えるだろう。

 

 その他では、真澄さんは「先行」、葛城は「半減」、坂柳は「保険」という感じである。なお、特殊カードの行方に関して言えば、カードを所有する生徒は7人目としてグループに存在できる「増員」はBクラスの網倉麻子、ペナルティ時に支払うプライベートポイントを0にする「無効」はウチのクラスの矢野小春、そして特別試験のクラスポイント報酬を1.5倍にする権利を得るが上位30%に入れなかった場合グループはペナルティを受ける「試練」は綾小路が手に入れた。

 

 綾小路の持つカードはリスクが高い。しかし、実力のある生徒ならばむしろプラスに働くだろう。私が欲しいくらいだ。彼はトレードには応じないだろう。クラスのために貢献する姿勢を見せている以上、譲るというのは考えにくい。「試練」のカードは勝てる自信のない生徒には渡してはいけないし、勝てる自信のある生徒にもなおのこと渡してはいけないカードになっている。

 

 いずれにしても、カードは配られた。手札が揃った以上、交渉に移らねばならない。しかし、ウチのクラスは――私がそうしたのだが――民主主義だ。どうするかの大枠の選択は、彼らに委ねる必要がある。まずは民主主義らしく、会議といこう。

 

 放課後に時間を作ってもらい、皆を集める。

 

「各クラスの動きが本格化する兆しがあります。今後Aクラス包囲網を組まれてしまった場合、事後対応は困難になります。そこで、もし組むのであればどこのクラスがいいのか。或いは独立独歩で進むべきなのか。意見を問いたいと思います」

 

 どんな選択を取るのかは、彼らに委ねられている。あまりマズイ方向であれば私が軌道修正をするが、そう言うことが必要なクラスであるとは思っていない。私としては、選ばれた選択のもとに戦術を組み立てる。よって、どういう道が選ばれたところでさして不都合はない。最初に手を挙げたのは葛城である。今や私に次いで男子では二番目の地位にいる男だ。

 

「はい、葛城君」

「俺は……珍しいと思われるかもしれないが、Dクラスと組むことを提案する」

「……それはまぁ、何とも」

 

 クラス内も若干驚いた顔をしている。彼は元々堅実な選択を好む。常識的な選択、王道の判断。そういうものに長けている。創業者向きではないが、二代目三代目としては最適な人材だと常々考えていた。だが今回提案された選択は普段とは打って変わって大分リスキーなもの。龍園と組むというのはそういう考えだ。

 

「似合わない提案とは思うが、理由はある。まず大きいのはDクラスの現在の立ち位置だ。BとCのクラスポイントが700台で拮抗する中、500ほどであるDクラスは少々出遅れている。龍園としてはこの状況を打破したいはずだ。無論、Aクラスを狙いたいだろう。しかし現状としてはまず目の前のBとCを撃破しないことには始まらない。だからこそ、まずは堅実に、目の前の敵を排除する。こういう説得を行うことは可能なはずだ」

 

 遠交近攻の考えから言ってもそれは間違いではない。Dクラスは最も脅威にならない位置にいるクラスだ。だからこそ組むことでこちらの不安要素を消し、BとCを両方撃破できる可能性を手に入れられる。挟み撃ちと言うわけだ。実によい判断と言えよう。龍園の現状を的確に分析している。ここいらで成果の欲しい彼の状況には渡りに船だろう。

 

「他にもある。Dクラスの人員の特徴だ。Dクラスは、お世辞にもあまり勉学に秀でてはいない。しかし、体力的には自信のある生徒が多い。反面我々Aクラスは頭脳面で自信のある生徒が多いだろう。組み合わせるとすれば、最適な人員だ。また、昨年の体育祭での共闘経験もある。他クラスよりは気心の分かる部分もあるのではないか」

 

 お互いにやや欠けている部分を補いあうという説明。これも良いだろう。特に、去年共闘した経験があるのは強い。なんだかんだ、龍園のクラスとはそこまで因縁がない。何度も絡まれた堀北たちCクラスや、一之瀬のBクラスとは違い、私と龍園が戦ったのは須藤冤罪事件と無人島、船上試験くらいだろうか。確かに龍園と私との間には因縁があるが、クラスで考えればそこそこ良好な関係かもしれない。

 

 龍園は含む所もあるかもしれないが、アイツが退学を免れたのは私が一之瀬をおど……説得したからだ。その際の契約で南雲対策に協力するというモノがある。これを使えばいい。学年ごとの対抗戦と言う要素も含んでいる今回の試験では、契約条項の発動に問題はないはずだ。

 

「龍園に普段から使われている彼らは、指令に素直に従うという点では4クラスでも抜きんでているように思う。坂柳や諸葛の指示にも上手く動いてくれる可能性が高い。以上が俺が提案する根拠だ」

「なるほど、ありがとうございました」

 

 堅実な彼らしからぬ作戦ではあるが、よい提案だったように思う。現に、私の元には龍園から誘いが来ている。これを受ける条件として、クラス単位で組むことを持ち出すのはそう悪い選択ではないだろう。口説き落とせる自信はあった。

 

「他に案のある方は? はい、どうぞ」

 

 次に手を挙げたのは坂柳だった。彼女は彼女でクラス内での地位を再度向上させたいと思っているだろう。少なくとも、今の状況はヒエラルキーの最下層だ。あんまりクラス内に友達がいない、ないしは全くいない存在より下である。自分でやったことのツケなので、そこは甘んじて受け入れて欲しい。ただ、努力して再度向上を狙う分には止めはしない。方法次第ではあるが、成長の証として受け入れておこう。

 

「私はBクラスを提案します」

 

 なるほど、そう来たか。

 

「お前が言うの? という感想はその通りではあるのですが、一之瀬さんと組むメリットはあります。まず、彼女も現状に焦りを持っているであろうことです。堀北さんの追い上げ、また龍園君も油断はできず、Aクラスへの道も遠い。彼女自身が思うより、堀北さん達に迫られているというのはBクラス内での心理状態に悪影響を及ぼしているはずです。なにせ、元々0ポイントまで落ちた、最悪のクラスだったのですから」

 

 人間心理の良くない部分を考えさせれば彼女は一級品だろう。褒めているつもりである。善性のある一之瀬だが、クラスメイトもそうとは言えない。なにせ、私が無差別噂爆撃の黒幕であるという根も葉もない陰謀論を信じている者が一定数存在しているのだから。また、あんなことがあった後でも割と平然とこちらに接しようとしている一之瀬に対し、Aクラスに感じている悪印象を隠さないBクラスの生徒は多い。

 

 つまり、そういう部分から坂柳は彼らの持っている決して善ではない部分に気付いたわけだ。人は見下せる存在に、無意識或いは意識的に安心感を抱く。自分がそこに堕ちることはない、と思えば安堵できる。しかしかつてはそういう対象だった元Dクラスが今や自分たちを脅かさんとしている。この現状は、果たしてBクラスの生徒にどう受け取られているのだろうか。

 

 そう考えたときに、坂柳の言説は大いに説得力を有している。意識的ではなくても、かつては下だった存在に追い落とされそうな状況に焦りを抱く者は多いだろう。意識的ならば猶更説得がしやすい。

 

「また、Bクラスは元々のスペックが高い生徒が多いです。無論、Aクラスには劣りますが、それでもCやDよりは上でしょう。それはつまり、退学のリスクを心配する生徒が少ないことを意味します。頭脳面や行動面で、持ち合わせている能力が影響を与えることは言うまでもない以上、安全策であると言えます。もっと端的に言えば、介護する必要がないということですね」

 

 介護が必要なのはお前では? と少し思ったが、顔には出さない。今は真面目な話をしているのだ。そういうことを表情に出して、印象を下げる必要はない。

 

「次に、彼女には『信頼性』があります。少なくとも、隙を見せれば噛みつく龍園君や、そもそもクラスとして一体感があるとはそこまで言えない堀北さんよりも、ずっと。契約をするという点で、これは大きなことでしょう」

 

 まぁ、一理ある。彼女は私と一之瀬の間に元々存在していた南雲対策の契約を知らない。知らない以上、そう思っても無理はないだろう。もしあそこでの契約違反がなかったら完璧だったのだが。個人的には、利益さえ見いだせれば強力な味方になってくれる分だけ龍園の方が信頼できる。

 

 昨年の体育祭でも、我々は利益対立をしていなかった。そのために共闘し、しっかりと成果を出せた。反面追い詰められて南雲に懐柔された一之瀬は……ちょっと微妙である。

 

「加えて、私のせいで失墜してしまったAクラスへの信頼をここで取り戻すことで、印象回復が行える可能性があります。共闘し、共に行動する中で信頼が生まれるのではないでしょうか。去年私がいなかった無人島試験のように」

 

 お前が言うの……? の連続ではあるが、確かにその可能性もある。と言うより、でっかいブーメランを何度も投げている彼女だが、ここではもう開き直ることにしたらしい。ここまで開き直られると、いっそ清々しい。私も若干苦笑しながら聞いている。他のクラスメイトも呆れ半分だがしっかり聞いてはいる。

 

「最後になりますが、一之瀬さんは龍園君に比べて説得が容易です。彼女は善人ですが、それ故にいくつか弱点を持っている。追い詰められたときに、フルスペックを発揮できないのが最大の弱点でしょう。後はクラスメイトを思うあまり大胆な策に出れないことも。かと言って、そんな作戦を取らなくても良い状況、戦う前から勝敗の決するという状況を作れないこと。根回しが苦手なこと。悪意のある選択肢を選べないこと。等々色々あります。特に追い詰められた際の対応が出来ないという点は自覚しているはず。これらを突けば、説得は容易です」

 

 何と悪辣な。しかしそういう所をチクチク突いて交渉を行ってきたであろう人物が言うと説得力が増していく。実際、私が一之瀬と交渉するのであれば、坂柳の言ったようなことを使うだろう。私は絶対に諦めたりはしない。どん底でも、最後の最後まで希望を見出そうとする。相手に一矢報い、噛みつけるチャンスを伺うだろう。なぜならば、それが私の生き方であり、これまで行ってきたことだからだ。

 

 どこかで諦めていたら、今の私はいない。軍の機械として、あのクソ爺の駒として消費され続けていただろう。少なくとも、今のようにクラスメイトと青春を謳歌することはできなかった。真澄さんと出会うことも無かったはずだ。……何故そこで彼女が? 自分に問うた疑問の答えを出す前に、坂柳は言葉を続ける。

 

「彼女の弱点をお話ししましたが、普通にしていれば優秀な人です。諸葛君や葛城君、神室さんなどと組んでしまえばかなりの戦力になります。また、諸葛君がいれば彼女の不得手な部分のカバーも出来るでしょう。あまり他クラスが引き受けたくないであろう私と同じグループというハンデも、彼女ならば受けてくれる可能性があります。あぁ、そうです、忘れていましたが、Bクラスの網倉さんは「増員」のカードを持っています。これを活かせば、より強力なグループを作成できます。以上がBクラスを選ぶ理由です」

 

 自分が弱点であり、ある意味ではお荷物であるという状況をしっかり理解して、それを自分でリカバリーする提案をしている。これは成長の証と見ていいだろう。自分の弱い部分をしっかり見つめることができて、かつクラス全体に利益のある提案をしている。

 

 何と言うか、今回は普段とは変わった提案だった。保守的だった葛城はリスクのある選択を、攻撃的だった坂柳は安全性の高い選択を。お互いに今までしてこなかった提案だ。これも私は成長と思っている。今までとは違う視座で、これまでの自分の取らなかった選択を出すというのは多角的にモノが見られるようになった証だ。大変喜ばしい。

 

 それに、元々この民主主義システムは二大政党制を意識している。保守的な葛城と攻撃的な坂柳がそれぞれ案を提示し、それ以外も交えつつ議論を進める。そういうシステムを目指していた。坂柳の失墜でそれは機能不全になっていたが、今ここに機能し始めたと言っていいだろう。やはり、民主主義はある程度の文明と民度と知識がないとダメなんだと再確認させられた。

 

 提案する内容の方向性が攻撃的であれ保守的であれ、違う意見が2つ出ることが大事なのだ。しっかり進歩していることに感動を覚える。

 

「他に何かある方はいますか? 意見・質問・疑問・反論など。はい、どうぞ」

「2人に質問なのですが、Cクラスを提案しない理由は何ですか?」

 

 的場が質問する。彼は実は学力ランクで上位にいる猛者である。

 

「では、まず葛城君からどうぞ」

「俺は龍園以上にリスキーと感じた。あのクラスには高円寺がいる以上、完全な共闘は期待できない。そう考えた場合、クラスが少なくとも1つの意思の元に動いてくれるDクラスの方が制御もしやすく、協力もしやすいと考える。堀北は優秀ではあるが、あそこは多頭制であるように思う。やや不安材料が多いという印象だ」

「ありがとうございます。次に坂柳さん」

「はい。私は葛城君の仰った理由に加え、元の能力面での低さを不安視しています。確かに、平田君や綾小路君、堀北さん、櫛田さんなど優秀な生徒もいます。いまだ底知れぬ高円寺君や体力面では須藤君なども。ですが、そう言った一部の生徒以外ではあまり秀でているとは言えません。今回の試験が様々な能力を問うと言っている以上、そう言った一芸に秀でた生徒にも組む利点はあると思いますが……それよりは全体的な平均値の高いBクラスの方が安全であると考えた次第です」

 

 2人の説明は的を射たものだった。確かにCクラスは一芸に秀でた者も多くいる。しかし、学力面や体力面では他クラスより劣った生徒がいまだに多い印象だ。戦略・運・実力者の努力などでBクラスを伺う位置にいるが、抜本的な改革をしないとAクラスになる、或いはAクラスになっても維持することは難しいだろう。

 

 高円寺という不安要素、全体的な総合スペックでの問題点等々。これらを加味すればあまり組みたくない相手と言うのも納得できる。個人個人で引っ張って来る分にはいいのだが……警戒されている以上堀北あたりに止められる可能性が高い。下を恐れる一之瀬、目の上のたん瘤を見ている龍園と違い、一番Aクラスを貪欲に見続けているのはCクラスの可能性すらあるのだ。

 

「両名、ありがとうございました」

 

 教壇に立つ私の後ろにあるホワイトボードには、真澄さんがこれまでの両名の主張をまとめて書き込んでいる。目茶目茶整理されていて見やすい。メリットデメリットも両名の話の中から考えだして書いてくれている。これまでずっと書記をやってくれていたので、手慣れたものだった。

 

「真澄さんもありがとう」

「どういたしまして」

 

 彼女は一歩下がって、教室の横に立つ。そして軽く手を挙げた。

 

「そう言えば、意見良い?」

「どうぞ」

「Aクラス内で全部完結っていうのもアリだとは思う。一応、選択肢としてね。あんまり私自身が賛成するわけじゃないけど、そういう選択肢も出さないわけにはいかないだろうし」

 

 そう言いながら、彼女は自分の意見を書いていく。

 

「他クラスと組んだ方が選択肢は広がるけど、やっぱり報酬の面では劣ってしまう。他にも、こちらの手の内がバレやすくなったり、裏切られる可能性もある。そう考えたときに、気心知れた人間だけで構成されたグループで行動した方が互いにやりやすい、と言うのはあると思う。坂柳の言葉を借りるなら、総合力が一番高いのはAクラスのメンバーであることは疑いようがない以上、変に他クラスの介入を許すよりも自分たちでまとまって行動することにも一定のメリットはあるんじゃない?」

 

 これも勿論選択肢としてはアリだ。手札の数が減る以上、戦略の範囲が狭くなるが、その分私の意思を反映しやすい。龍園や一之瀬などと諮って物事を決定する必要が無くなるというのはメリットになりうるだろう。とは言え、これは私はあまり好む選択肢ではない。クラスポイントの差に余裕がある以上、他クラスと分け合う形でも確実な勝利を得た方が良いという思いが、報酬の量に関するメリットを上回っているからだ。

 

「だけどやっぱりリスキーではあるし、他クラスと組んだ方が出来ることの幅は広がると思う。そのメリットデメリットの判断は、任せるしかないわね」

 

 そういうと、真澄さんは一通り意見を書いてまた元の定位置、すなわち教室の横側に戻った。取り敢えず、意見は割と出揃ったと思っていいだろう。今日中に決めて行動しないことには、恐らくグループが組まれてしまう。ここで決を採る必要がある。

 

「それでは、皆さんに問いましょう。この大きな試験で我々がどう振舞うべきか。考える時間がもう少し欲しいという方は?……いませんね。では、決を採ります!」




発売されてから少し空いたのでもういいよね、ということで、冒頭の言葉です。絶対許さねぇぞぉ!世間的にはわき役でも、ガチ推し勢はいるんだよ……うぅ……。この世界では絶対卒業させてあげるからね、真澄さん!

買って、大学帰りの電車の中で読み、リアルに泣いてました。ずっと泣いてて、マジ不審者だったと思います。それくらい思い入れがあったので……。まぁおかげでもう一回書こうと思えたのですが。

というわけで続きでございました。取り敢えずのんびりではありますが今年度中には無人島を終わらせられたら御の字……と思ってます。どうぞよろしくお願いいたします。

あと、アンケートの回答お願いします!


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69.二帝同盟

待ってくださった方が多いことに感謝感激です。頑張っていきますね!

それはそうと、森下さんのキャラが難しすぎて出せねぇ……。結構好きなタイプなんですけどね。もっと、もっと解像度をくれ……! 多分無人島か、その先の文化祭とかで出します。真田君も需要があれば。


君主に良い軍備があれば、良い同盟国に不自由することはない。

 

『ニッコロ・マキャベリ』

――――――――――――――――――――――――――――

 

 選択は行われた。ギリギリではあるが過半数で龍園との同盟案が採択される。私は別になんでも良かったので、そうなるかという印象だ。攻撃的ではあるが、どんな手段を使ってでも勝とうとするガッツがある。それが龍園の良いところである。それを理解して、手を組もうという風に思った生徒も多いのだろう。

 

 事実、彼にはある種のカリスマがある。一度どん底まで落ちても這い上がろうとしている彼に付き従う者も多い。石崎は心酔しているし、伊吹は反目しつつも実力を認めていた。平和主義者の椎名も、彼以外にクラスを上に持ち上げられる存在はいないという理由で協力している。Dクラス最後の希望の星。それが龍園翔という男だ。

 

「分かりました。皆さんの選択の結果、Dクラスとの共闘路線を取ります。早速今龍園君にコンタクトを取りました。他の案が良いと思った方もいらっしゃいますが、どうかご協力お願いします」

 

 小さく頭を下げる。ちゃんと採用されなかった意見の方にも配慮を行っておくことを忘れない。それに、一之瀬と組む案も悪いものではないのだからなおのこと配慮は必要である。坂柳は、自分の案でもちゃんと一定数賛同者がいることに安堵しているようだ。旧派閥は関係なく選択していたので、あの頃の色は完全に払拭されたと思っていいだろう。良いことだ。

 

 ここまで決まればやることは一つだ。龍園との交渉である。

 

 

 

 

 

 

 連絡を入れてすぐに龍園からの返答はあった。この前の返答をしたいから場所を指定してくれと送ったら、すぐにでも教室に来てくれと返ってきた。私のことはそれなりに重視してくれているらしい。中々、彼らしからぬ好待遇だった。

 

「ダメもとで送ってみるもんだな。まさか本当に大物が釣れるとは思わなかったぜ」

 

 龍園は目の前の教卓に腰掛ける。尊大な態度ではあるが、私を不快にさせないように気を遣っている雰囲気も感じる。

 

「それで? 俺の提案を受ける気になったか」

「ええ。しかし、交換条件が」

「分かってるぜ、お前の思惑は。坂柳の面倒もみろってんだろ」

「中らずと雖も遠からず、ですね」

「どこが違った?」

「君のDクラスと私のAクラスの同盟を行うこと。今回の試験では協力し、両者に益のある勝利を目指すこと。これが私の交換条件です。それが呑めるならば協力しましょう」

「ククク、そう来たか」

 

 龍園は笑う。彼の予想も決して間違いではない。そういう要素がないかと言われれば嘘になる。しかしそれだけではなく、私たちは同盟をしに来たのだ。彼の表情から、私の提案に対する感情は読み取れない。

 

「ウチのクラスの連中も大分喜ぶだろうな。あの諸葛と組めると来たんだ」

「それは光栄ですね」

「だが俺はそう簡単に諸手を挙げて喜んだりはしねぇ。お前が俺たちを選んだ理由には見当がついてるからな」

「ほう? お聞かせ願えますか?」

「お前らは、いや正確にはお前はいつも同じ戦略で動いている。ひよりに聞いて良かったぜ。アイツが俺の感覚だけで捉えていたお前の戦略に、明確な名前をくれた。遠交近攻、そうだろ」

 

 椎名ならばこういう言葉を知っていてもおかしくはないだろう。龍園に気付かれた、と言うより今まで誰も指摘してこなかった方がおかしいと言えばおかしいのだが。それでもこちらの戦略が見抜かれたという事実には変わりがない。

 

 何をするか分からない。これはBクラスなどで言われている私と言う人物の人物像であり、戦略感だ。しかし実際には大きく違う。基本いつも同じ思考の下で動いている。今回もしBクラスと組んでいればその原則から外れることになったが、幸か不幸か外れることはなかった。

 

 私の沈黙を肯定と受け取ったのか、龍園は話を続ける。

 

「思えば、今までもずっとそうだった。お前と初めて接触したのは須藤の事件の時だったなァ。あそこで当時のDに味方したのは、俺の人物像を把握するためと、あの時はマジで弱小だった鈴音たちが潰れないようにするためだ。夏まではクラスの位置は変化しない。お前はそう踏んでまだ目立たないことを選んだ。まずはクラス内での立ち位置を確保する。優等生で頼れる第三者、と言う位置をな」

 

 彼の分析は中々的確だった。その前に一之瀬に過去問を売りつけているが、それも自クラスを除いて一番金のある所から搾り取ったという見方も出来る。

 

「その後の無人島はお前にはラッキーだった。常識的な葛城はいたが、ぶっ飛んでる坂柳がいねぇ。そうなれば、坂柳に近い他の生徒なんざお前にとってすれば容易く誘導できる。積み重ねた成果と人望でリーダーになり、良い思いをさせて名声を不動にした。同時に俺の提案を蹴った。理由は想像する限り3つだ。1つは単純に前の須藤の一件で俺が信用できなかった。2つ目はデメリットが多すぎた。3つ目は、これが本命だろうが、遠交近攻をするための条件を達成するためにはどことも組まない選択が必要だった」

「条件、ですか」

「当たってるか?」

「さぁ。君の言葉で聞かせて欲しいものですね。今私が先んじて答えを言えば、どうとでも言い訳できますから」

「じゃあ言ってやるよ。お前が求めていたのは他クラスとの圧倒的な差だ。そして、クラス内での地位を一気にトップに押し上げるための圧倒的な成果。その両方を同時に達成するには、どことも組むわけにはいかなかった。Aクラスのポイントを一気に他クラスと引き離した上で、残りの3クラスを争わせる。そして利益を得る。遠交近攻ってのは要するにそう言うことだろ?」

 

 他者の口から語られる自分の行動と言うのは面白い。そういう風に見られていたのかという面白さもあるし、相手がどこまで見抜けているかの指標にもなる。

 

「お前はそこでも上手くやった。あの時のDクラスは敢えて見逃しただろう? あそこでDが折れるとどうしようもなくなる。折れられては困る。だから見逃した。反面、俺と一之瀬は倒した。差を生むためにな」

「では、船上試験はどう説明しますか? あそこで私たちはポイントを得られませんでした」

「得られなかったじゃねぇ、得なかったの間違いだろ。敢えてそうした。俺の目を鈴音に逸らすために。要するに、連合を組まれるのを恐れた。だから鈴音達に肩入れして、ポイントを与えた。俺たちが泥沼の争いを始めるように仕向けるために、な」

 

 ヘイト管理。一般にそう言われる行為だ。これが上手く成功したのがあの時だったと思っている。

 

「あの時は焦りましたね。珍しく下手を打ったもので、法則性の存在に気付かせてしまいました」

「薄々法則性があるだろうと勘づいてはいたけどな。お前のおかげで確信に至って、同時にお前のせいで大きく狂わされた。正確にはひよりがだがな。あれ以来微妙にアイツに頭が上がらない。思いっきり俺が騙された情報を伝えて、アイツが掴みかけていた法則性を台無しにしたからな……」

 

 珍しく龍園に反省している様子があった。椎名は嫌味を言ったりしないだろうが、折角部下が良い感じにやっていたところを自分が騙されて台無しにしたのだ。他ならぬ自分が騙された以上、どこにも文句を言えないだろうからして、自分を責めるしかないのだろう。まぁ騙したのは私なのだが。

 

「あそこでクラスが逆転した。その後どんな展開になっても、お前は次に俺たちに味方しただろうな。そして運よく体育祭はおあつらえ向きの状況だった。俺と組んでこれまでの印象を改善し、BとCを叩く。無人島以来叩き続けたBとの差はかなり広がり、CとDは僅差のまま。その後もペーパーシャッフルで一之瀬を叩いて差を広げ、上手くコントロールを続けた。誤算があるとすれば坂柳が予想外にアホだった事と盛大に自爆したことだろうが……あれすらも上手く利用して身を切り印象回復をして、かつ戦力の離脱を防いだ。今や坂柳は牙の抜かれた犬。お前の命令にワンと鳴くだけの存在だ。それでいて頭は回るから、役にも立つだろうぜ。総じてお前はクラス間の状況をコントロールし続けた。学期末で負けたのはお前も予想外だったかもしれねぇが、アレは綾小路を舐めすぎたな」

「綾小路君の実力に関して、君はどこまで?」

「詳しくは知らねぇ。だが俺は、俺と伊吹、石崎、アルベルトの4人は多少把握してる。なにせ、俺らは揃いも揃ってボコボコにやられたんだからな」

「そうでしたか」

 

 龍園失脚の真相について、私は綾小路が絡んでいるということしか知らなかった。実際どのようにして失脚したのか、その詳細はいま語られている。あそこで龍園を見捨てたのは、その暴力性が強かったからだ。遠交近攻の原則はこちらでコントロールできる相手にしか通用しない。一之瀬と堀北はどうにでも出来るが、龍園のような存在は何をしだすか分かったものではない。だから一度排除することにしたという理由がある。

 

「だからお前は今回も俺と組むことを選んだ。違うか?」

「そういう理由もあります。一番大きいのは、私の生徒たちがDクラスと組むことを選んだからですが。さて、懐かしい話を色々していただきましたが、端的に言って受けて頂けるのでしょうか?」

「もとよりそのつもりだ。お前は俺たちのことを見捨てねぇ。何故なら、自クラスの生徒も一緒に巻き添えになるからなぁ。そういう状況なら、信用できる」

「何度も君を騙した私を?」

「騙された方が悪い。俺はいつもそうやって生きてきた。その騙される対象が俺であっても同じことだ。自分の時だけ嘆くなんてダサいことはしねぇ」

 

 彼は彼なりに筋を通す。確かに、彼は裏切る隙を見つけたら裏切るだろう。だがこういう部分で言い訳したり恨み言を述べたりしない点は素直に評価するべきところだ。

 

「だが一応条件はある」

「そちらがお願いしてきたのにですか?」

「俺は元々お前だけを勧誘するつもりだったんだぜ。坂柳の面倒見てやる分、リターンを要求しても良いだろ。それに、断られたら困るのはお前らのはずだぜ?」

「一之瀬さんに話を持ち掛けるだけですよ」

「一之瀬と? 本気で組むのか? あのお人好し女はそれで言いくるめられるかもしれねぇが、感情論に支配された奴らは厄介だぜ。Bの連中、今なら俺とだって手を組むだろうよ。お前を引きずりおろす為ならな」

「そんなに、ですか?」

「あぁ、間違いないぜ。Bクラスはいつか叩いてやろうとかなり研究したからなぁ。よくよく探りを入れてる。程度に差はあれど、どことなくお前らに不信感を抱いてる。坂柳が大きいだろうがな。お前らは受け入れたようだが、坂柳が与えている心理的なマイナス要素は思ってるより大きいと思った方が良い。それこそ、俺たちの中にも坂柳がいるクラスと組むことに抵抗感を覚える奴はいるだろうぜ」

「謝罪行脚はさせたはずなんですがね」

「それで済んだら、今頃世界は平和だな」

 

 言うことにも一理あった。思ってるよりも影響が大きかったことに今更ながら苦悩している。多分正解はあの投票で切り捨てることだった。しかし、それは私の信念が許さなかった。プライドなんていくらでもドブに捨てるが、一度でもクラス内で、例えあだ名であっても教師と呼ばれた以上、譲れない部分はあった。私の生徒39人を全員そろって卒業式に出席させる。それが私の為すべきことだ。

 

 だからあそこで切らなかった。他にも色々理由はあるが。龍園が信用されにくいのと同じように、坂柳も信用されていない。それを抱える私もまた同等ということだろうか。私はそんな不誠実なことをしてきたつもりはない。契約は守っているし、約束は違えていない。基本は親切に、品行方正に振舞うようにしている。特別試験でやっていることは皆同じ穴の狢だろうに、私だけ妙に信用されないのは納得いかない感情があった。

 

「……まぁいいでしょう。呑める範囲かどうか、検討しますので取り敢えず言うだけ言ってみてください」

「保証金を出せ。本当は10人分要求したいが、5人分でいい」

「これはまた強欲な。それで、そちらは代わりに何を差し出してくれるんです。保証金がある種の人質であることは理解しました。そちらからも人質ないしは見返りがないと、クラスで袋叩きにあってしまいます」

「下位にいかなきゃ返って来る金だぜ?」

「とは言えです」

 

 ここで力関係をどうするか。先ほどからの交渉は全部そこに集約している。どちらかが上になるのか、それとも対等な同盟か。同盟と言っても国力の差で対等性には変化が生じる。お互いに面子がある。龍園からしたら自分で要求した部分ではあるが、要求はクラス全体の同盟ではなかった。そうじゃない分どこまでこちらに譲歩を迫れるか。ここで面目を保ちたいはずだ。譲歩させたという事実で戦果とする気だろう。

 

 こちらとしては組めないと困る、と言うわけでもないが、勝つための戦略を練り直さないといけない。手札の数が倍になるだけで出来ることは増える。そうでない場合と比べれば戦略の幅は広がる。龍園の話が事実なのかはさておき、Bクラスはウチのクラスが思っている以上に我々を好いていないのだろう。だとするならば、龍園とは組んでおきたい。この男の非道な手段も時には必要だ。

 

「分かった分かった。そこまで言うなら、これをくれてやる」

 

 見せられたのはBクラスの網倉に配られていたはずの「増員」のカード。今日これまでの間に買収を済ませていたらしい。確認を怠った私のミスだ。そう簡単に売買される類のものではないと思っていた。それこそ、特殊カードは特に。

 

「どうやって?」

「100万払った。後は「半減」と「保険」のカードも何枚かトレードしたな。一之瀬は安全策に奔走してる。簡単に渡したぜ。退学になる確率を減らせるなら、ってな」

「そうでしたか」

「最初は苦労したなぁ。だがやれ成長幅がないだの、もう後がないだのネチネチ責めたら音を上げた。よっぽど鈴音に迫られてるのが堪えたんだろうな」

 

 これがあれば確かに大きい。人員を1人増やせるだけと言えばだけのカードなのだが、人数がある程度ものをいう場合、一気に強大な戦力になる。これを売り払うとは、Bクラスはそこそこ追い詰められているようだ。実際、Bクラスはここの所ずっと負けている気がする。坂柳の一件だって、私が介入しなければどうなっていたことか。これは付け込める隙がありそうだ。

 

「いいでしょう。これを対価にします。ここはこちらが退いてあげますよ。坂柳さんが思ったより足を引っ張っている現状を認識できただけでも十分です」 

「決断が速くて助かる。契約は成立だな」

「えぇ。資金送付はちょっと待っててください。共有口座とかないので、取り敢えず皆から均等に徴収しないといけませんから」

「民主主義とやらの重大な欠陥だなぁ」

「強いから許されるのですよ。こういう面倒くささも」

「まぁいい。待ちはするが早めに送れ」

「それは無論ですとも」

「取り敢えず、坂柳と組ませる相手を探してるんだな?」

「一番何とかしないといけないのはそこでしょうしね」

 

 下手な相手と組んでも上手く行かない可能性が高い。一定数以上の基準をクリアしていてくれないと困るのだ。現状クラスメイトを見捨てない選択を継続しているので、ここで坂柳の扱いを悪くするわけにはいかない。あんなんでも大事な戦力なのだ。本人も今回は頑張る気になっている。ここで下手に機嫌を損ねたくない。

 

 それに、優秀ではあるので上手く組み合わせればいいチームを作れるだろう。

 

「誰を出せる」

「皆、どこに出しても恥ずかしくない戦力ではありますが、強いて言えば……葛城君、橋本君、鬼頭君、真澄さんが一番強い戦力陣でしょう。間違いなくウチのクラスの第一線です。第二陣もとなればもっと出せますが」

「いや、それでいい。坂柳と組ませるのは……俺のところからは石崎と木下を出す。そっちは神室と橋本、鬼頭、後誰か女子1人出せ。石崎と橋本は合宿で同じ組だ。意思疎通は出来る。お前の右腕は調整力がありそうだからな。坂柳相手でもどうにか出来るだろ。石崎は馬鹿だが役には立つ。使いこなせるか?」

「大丈夫でしょう。坂柳さんと真澄さんなら何とかしてくれるはずです」

「そりゃ頼もしい。学力面ではどうだ。体力では橋本と石崎でどうにでもなるだろが、坂柳と神室以外は使えるか」

「橋本君も優秀です。というか、Aクラスに学力面で心配な生徒はいません」

「そうかよ」

「ええ。で、あと一人女子ですか……」

 

 坂柳と相性が悪くない、つまりは含む所のあまりない人。女子のリストアップをしていくが、大体ダメだなぁ。西川なんかは優秀だが、坂柳を引きずりおろして真澄さんをトップにしろと直談判してきた人だ。相性がいいわけがない。となると、クラス内でも交友関係の少ない山村か、変人だが取り敢えず優秀な森下あたりになる。どっちかにしよう。

 

 学力面ではどうにでもなる。体力面で決めようと思ったが、あんまり変化がない。……もっと運動するように言った方が良いかもしれない。坂柳との関係を考えても悩む。山村が坂柳をどう思ってるのかが読めない。あんまり嫌いではないようだが……。だが森下はもっと読めない。なら山村にする方が無難か。

 

「決まりました。山村さんを出します。これで小グループを2つ作れるので、合わせて大グループにしてしまいましょう。ここで増員カードで鬼頭君辺りを投入すれば良いでしょうね」

「ああ。坂柳・神室・橋本で1つ、石崎・木下・山村で1つ、そこに「増員」で鬼頭を足して7人の大グループが組める。これだけいれば何とかなるだろ」

「まぁ凡その出来事には対応できそうですね。あぁ、それと山村さんと真澄さんの交代をお願いします」

「分かった」

 

 頭脳面は問題ない。体力面でも動けるヤツが多い。鬼頭は戦闘も出来る。私の腹心である以上狙われるリスクのある真澄さんや、一番弱い坂柳を守れるだろう。最初小グループからどうやって大グループを組むのかが分からない以上、最悪合流が遅くなることも想定している。そう考えたときに、山村を他クラスだけの所に放置するわけにもいかない。コミュニケーションが終わる。坂柳と橋本に任せる方が楽だろう。本人も周囲も。真澄さんは上手く調整できるはずだ。信じてるぞ。

 

「1位から3位まで全部取れるようなグループを作るぞ」

「アレ本気で言ってるんです?」

「あぁ」

「最強編成を組むのは構いませんが、下の方の人のことはどうするんです。主に君のクラスの」

「何のためのAクラスだ。それくらいできるだろ」

「それは無論ですが……」

 

 龍園も勝つためにはこちらにとことん頼る事にしたようだ。別にそれは構わない。正直、今回の試験でとんでもないことをしない限り退学することになるのは他クラス・他学年であると思っている。危ないのは多分3年生だ。南雲しか司令塔がいない3年は、南雲が動けなくなると詰む。そして今回は学年ごとの対抗戦と言う性質もある以上、南雲は堀北・綾小路・私・龍園・高円寺・一之瀬などなどから排除するべき対象と捉えられている。

 

 南雲による絶対王政は牙の抜かれた民衆を生み出した。そんな存在に負ける気は毛頭ない。

 

「本気でやるなら残り2つの大グループですか。ともすれば、葛城君と……戸塚君を推薦します」

「戸塚ぁ? あの葛城の腰巾着が役に立つのか?」

「最近は成長著しいですからね。元々相性がいい2人です。連携して動けるでしょう」

「なら良い。お前のクラスのことはお前が一番知ってるだろうからな。そうなれば俺はひよりを出す。だがアイツは動けない。カバー役は……伊吹だな。単純だが動ける。後は西野を入れておけばいいだろ」

「西野さん、ですか」

「あぁ。クラスじゃあ孤立気味だが、動けないわけじゃねぇ。俺に意見する度胸もある。椎名と葛城、一応戸塚で頭脳面を抑えて、西野と伊吹に動かせればいい」

「分かりました。それで行きましょう。Aの2人とDの3人で小グループとします。それで、最後の1つは?」

「ド本命だ」

「と言うと?」

「俺とお前だ」

「2人だけでずっと突破する、と言うことですか」

「そうなるな。だがお前と俺なら勝てる。そう言ったはずだ。必ず勝てる。体育祭でお前の能力の一端は垣間見た。それを踏まえての提案だ。Aの最強と、Dの最強。勝てない道理がない。違うか?」

「……良いでしょう」

「成立だな」

 

<A・D連合>

 

龍諸G……龍園翔・諸葛孔明

坂柳G……坂柳有栖・山村美紀・橋本正義

石崎G……石崎大地・木下美野理・神室真澄

鬼頭G……鬼頭隼

葛城G……葛城康平・戸塚弥彦

椎名G……椎名ひより・伊吹澪・西野武子

 

うち、坂柳G・石崎G・鬼頭Gは1つの大グループ、葛城Gと椎名Gで1つの大グループ

 

 

 その後も他のグループを詰めていく。まだどこも決まっていない状態だったので、スムーズだ。私から返事があった時点で、龍園は自クラスに誰とも組むなと厳命していたらしい。どんな展開になっても良いようにという備えだろう。用意周到なことだ。相変わらず行動と判断が速い。優秀な兵士になれるだろう。

 

 大分遅くまでかかったが、完成することができた。男女比のバランスなど、細かいルールに苦戦する羽目になったが、何とか出来上がった。これならばなんとかなるだろう。勝ちに行くためのチームと退学阻止するためのチームという感じで露骨に分かれているが、その分戦略は立てやすい。

 

 ウチのクラスの運動できない勢には、Dの運動◎勉強×な生徒を組み合わせた。逆に、Dの勉強◎運動×勢にはウチのクラスの運動できる勢を組み合わせている。足りないところを補い合いながら協力し合う。そういう取り組みが出来れば確実にそこそこの成績を残せるであろうグループ分けだった。

 

 私が少し意外だったのが、龍園はしっかりクラスメイトの状況・人間性・能力・精神性などを把握していること。人間関係の理解もかなりしているようで、決して単純なOAAだけの数値を見ているわけではないことがよく伝わってきた。一度どん底に落ちたことで、統率者としての能力が開花し始めているのかもしれない。

 

「……出来たな」

「えぇ」

「お前に思う所が何もないわけじゃねぇ。だが、勝ちに行くぞ。調子に乗ってる1年も、南雲以外大したことない3年も敵じゃねぇ。お前と俺で、潰しに行く。いいな」

「それは構いませんが、君が私に付いてこられるかどうかが心配ですね」

「うるせぇよ。お前の方こそ付いてきやがれ」

「それだけ言えるなら問題ないでしょうね」

 

 龍園はニヤリと笑う。それに合わせて私も静かにほほ笑む。どちらからか分からないが、ほぼ同時に手は差し出され、今この時だけの、しかしながら強固な同盟が結ばれた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 1年Aクラス。混沌とした1年生の中でも、見かけ上の平和を保っているクラスである。一応のトップは石上京。決して目立つタイプではなく、むしろ参謀タイプの男だ。彼が仕切っているということになっているAクラスだが、実態はそこまで強靭な政権ではない。足元に、彼からすれば味方とも敵とも取れない人間がいる。それも、不気味な態度のままで。

 

「君はこれからどうするんすか?」

 

 猫のようだ、と彼は最初思った。ショートヘアの少女はしなやかな動きをしながら彼に問う。無人島での試験が知らされてからどういう戦略を取るのか。おおよそ学年で一致して動くことになるだろうと彼は踏んでいる。おそらく退学者は3年生だ。南雲一強の状態はその他の弱体化を招く。奇しくも、2年Aクラスの首魁と同じ感想を抱いている。

 

「どう、とは?」

「言葉通りの意味っすよ~」

「それを言うなら、俺は君の方こそどうする気なのか聞きたいですね。もっと言えば、君が本当に俺たちにとっての味方なのか、ということです」

「疑ってるんすか? ひっどいなぁ。私、何かしたっすかね」

「Dクラスの七瀬。そしてそこを実質的に支配する2年Aクラスの諸葛孔明。この2人とは同郷だそうですね」

「そんなの、よくある話じゃないっすか」

「えぇそうです。ですが、君は関係が深い。警戒せざるを得ないでしょう。君が実は、あの両名のスパイなんじゃないかってことをです」

「いやいやいや」

 

 少しオーバーなくらいに否定しつつ、陸瑞季は答える。その顔に浮かんでいる笑みは、どういう感情に由来するものなのかさっぱり分からない。怒っている、誤魔化している、考え過ぎだと思っている。色々な想像は出来るが、核心に至る要素を行動から見いだせない。けれど、石上にはどこか信用できないように思えた。

 

「私、しっかり勝利に貢献してるんすけど? 前回も、前々回も」

 

 1年生は短期間に2回の特別試験があった。最初のは学年初めの2年生とペアになる試験。そして無人島に入る前にもう1つ。どちらもAクラスは勝利している。それも、この陸による少なからぬ貢献によって。

 

 石上はOAAの数値を思い出す。

 

1-A 陸 瑞季(くが みずき)

 

1年次成績

学力    A+(95)

身体能力  A+(96)

機転思考力 A-(83)

社会貢献性 B(70)

総合力   A(88)

 

 押しも押されぬ優等生だ。学力は自分と同じ。身体能力はずば抜けている。機転も効くし、友好関係も広い。その結果、自分の政権が揺らぐ原因のナンバーワンになっている。もし石上が何かをミスすれば、たちまち主導権は彼女に移譲されるだろう。そして、彼女の主張する自己の貢献度に関して、彼は何も言い返せない。

 

 だが、疑いの目を向けることを止めてはならないと思っている。彼女が敵か味方か。それを見分けるのにはまだ時間がかかる。それゆえに、石上は彼女を中間地点に置いていた。則ち、敵でも味方でもない位

置である。これは彼女を敵とするには証拠が足りないからでもあり、それよりも警戒するべき相手が何人もいるからと言うこともある。主にBクラスの八神や諸葛魅音、同じクラスの天沢など去就の読めない人物も何人もいる。

 

 尊敬する綾小路先生は言った。諸葛孔明には気をつけろと。彼の父親はかつて綾小路先生の協力者であり、その後に裏切った存在と言われた。その後、諸葛孔明の父がどうなったか、石上は知らない。だが、とにかく孔明に気を配らないわけにはいかない。だからこそこの自称同郷の同級生が本来ならば重宝できるはずなのだが、いまいち信用できないでいた。

 

「ともかく! 頼みますよ。次の試験では君の能力が絶対に必要になるんですから」

「勿論っすよ。Aクラスのクラスメイトとして、ちゃんと働くっす」

 

 ニコニコと笑いながら、彼女は言う。その裏に、自クラスのことなどどうでもいいという感情を隠しながら。彼女にとって大事なのは自分の主。と、それに命じられた護衛対象である七瀬。それ以外は割とどうでもいいし、任務に関係ない。ただし、孤立すると不都合であることはわかっているので明るく振舞っているだけだ。

 

 そうとは知らず、石上はとりあえずは丁寧な対応をする。彼はまだ、彼女への興味を捨てていない。だからこそ丁寧な応対をするのだ。その自身の興味具合で応対が変わるある種の社会性の無さも見抜かれているとは知らずに。

 

 考えを巡らせる石上を、陸瑞季は冷たい目で見降ろしていた。その口元には、見せかけの微笑を浮かべながら。




アンケートありがとうございました!実のところ、結構展開に迷っておりまして、どっちと組んでも良いかなぁと思っていたので聞いてみた次第です。読者参加型小説というヤツですね(絶対違う)。

この世界線の一之瀬さん、堀北さんに迫られている、孔明に全然勝てない、折角コネクションを作ろうとした一年生も横から掻っ攫われる、龍園に嫌らしく責められる、最初の特別試験で平均点最下位でCやDにすら負けるなど、結構散々な目に遭ってますね。だからカード売ったわけですが。

個人的な意見ですが、私は一之瀬さんは良心枠からとうに外れてると思うのですがどうなんでしょうかね。良心的な人は10巻であんな顔しねぇよぉ!

感想・高評価などいつもありがとうございます!


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70.一蓮托生

よう実のフェスタ抽選当たってるといいなぁ……。


自ら精神的に成長し、人々の成長にも協力せよ。それが人生を生きることである。

 

『レフ・トルストイ』

―――――――――――――――――――――――――

 

 龍園と同盟を締結することには成功した。既にグループ分けも完成しているので、後はこれを公開することで全ては完成する。まだどこのクラスも活発に動きを見せていない中、AとDが先行して同盟を結んだことはどういう影響を与えるのか。想像するのは難しくない。では果たしてほぼ同ポイントのBとCが手を結べるかといえば、出来れば避けたい選択肢であることは間違いないだろう。

 

 堀北からすれば構わないが、一之瀬が、もっと言えばその背後にいるBクラスが頷かない可能性がある。そうなると、彼らは孤立無援のまま戦うことになるだろう。何とかなるのは多分Cクラスの方だ。綾小路や高円寺など、化け物じみたスペックの持ち主がいる上に、堀北・平田・櫛田などは優秀だ。秀でた生徒が多い彼等ならば、なんだかんだどうにかしてしまうだろう。

 

 とはいえ、勝利するのは我々だ。向こうが一部の突出した人材で殴って来るならば、こっちは高水準化された物量で殴る。英雄を殺すのはいつだって凡人であり、一人の天才は百の凡人で叩き壊せる。ならば、勝率は十分にあるはずだ。

 

 さて、説得するべき人員はもういないのだが……出来上がったグループ分けを見せたら真澄さんが拗ねたまま私の部屋のソファに体育座りをして引きこもった。なんでこうなってしまったのか、よくわからないが取り敢えず機嫌を直してほしい。使いたい部分が占領されていると困る。梃子でも動かなそうなので、しょうがなく人間の三大欲求の1つ、すなわち食欲で釣ることにした。

 

「ご飯ですよ~。食べないの? 冷めちゃうよ~いいのかなぁ~」

「……食べる」

「お、やっと口きいてくれた」

 

 彼女は渋々といった様相で席に着いた。不機嫌そうだけれど食べるものはしっかり食べていく。随分とたくましい子になったものだと思い、思わず笑いそうになる。それがバレて脛を軽く蹴っ飛ばされた。

 

「それで、何で拗ねてたの」

「……別に。私自身の問題だから。アンタが悪いわけじゃない」

「そう言われても、気になるものは気になる。あぁ、もしかして坂柳の介護が嫌だった? それとも最初の小グループがDと一緒なのが嫌?」

「そういうのじゃない。坂柳はまぁ、もういいから。私がこうして曲がりなりにも真っ当に生活できているのなら、坂柳だって罪を犯しても許されるべきだと思うし……私は少なくとも、坂柳をいつまでも叩く権利はないと思ってるから」

「そっか。それは大事なことだな」

「ちょっと色々考えてただけ。龍園と組むんでしょ、グループ。それで2人だけで突破するってことになってる。そこがちょっとだけ……悲しかったし悔しかった」

 

 彼女は目を伏せながら言った。悲しい、そして悔しいという感情にどうして辿り着いたのか。それを考えている間に、彼女は言葉を続けた。私はまだまだ分からないことばかりだと思わされる。特に、彼女に関しては。

 

「龍園は言ったんでしょ?俺とアンタが組めば最強だって。それを肯定したから、このグループがある。そこで思った。私じゃないんだなぁって。そりゃ、龍園とはスペックが違うのは分かってる。向こうは曲がりなりにもクラスを統治して、一之瀬とかと張り合ってる。そういう実力者。だからこの選択は正しい。クラスの勝利に一番近づける選択。でも、私はちょっと悔しいし悲しい。これまでずっと、1年半一緒にやって来たから、最強なのは私となのかと心のどこかで、そう思ってたから」

 

 ゴメン、忘れて。そう言うと彼女は残りの夕飯を食べて、そのまま流しに食器を持っていく。彼女の自尊心を傷つける選択である可能性を考慮していなかったのは私のミスだろう。確かに、今までこういう時は大体コンビを組んでやってきた。今回のルールでは男女の1対1は禁止されている。ならばほかに女子を加えればいい話で、それこそ坂柳と一緒ということもあり得たわけだ。だからこそ彼女は少し傷ついて、悔しさを感じているのだろう。

 

 なんとなく読めた……ように思える。私は小さく息を吐いて、水を流しながら俯いている彼女に声をかけた。

 

「坂柳はさ、信頼がない」

「何、いきなり当たり前のこと言って」

「だからこそ君に任せたんだ。坂柳が率いる大グループの頭脳兼司令塔は坂柳だ。けれど、実際に動いて皆をまとめる存在が必要だろう? 彼女は動けないわけだし。それが君だ。Dクラスと上手く連携を取りながら、事態に適切に対処する。そしていざという時は坂柳の指示を待たずに自分で考えて臨機応変に動ける。そういう役目は、一番信頼している君にしか任せられなかった。龍園と私のグループを除けば、1位を取るために拵えた最強グループの実働隊長に出来る人なんて、他にいない」

 

 これはまごうこと無き本心だ。他に任せる気にはなれない。龍園が言うように、この坂柳率いる大グループは特殊カードまで使って組み上げた最強を目指すグループになっている。ゆえに、戦力は各クラスの色々な分野から一級品の存在を引き抜いている。それのまとめ役に、これ以上相応しい人はいない。坂柳は信頼が足りないし、人を煽る癖が抜けているのかいまいち分からないので任せることはできない。

 

「それに、君なら信頼がある。これまでAクラスの女子のリーダーとしてやってきた実績が。それに、混合合宿の時だってしっかりリーダーとしてまとめていた。そういう君が積み重ねてきたこれまでの全部を知っているからこそ、私は君に任せたんだ。最初の小グループで他のメンバーがDなのも、君なら調整して上手くやり取りできると信じているから。だからこれは私からの最大限の信頼の証と思って欲しい」

 

 ダメだろうか、と尋ねてみる。露骨に機嫌が良くなっているのが見てとれた。少々ちょろい部分が見え隠れしている彼女が心配ではあるが、機嫌が直ったのならば良いことだ。別に特別試験前だからって個人授業が消滅するわけじゃない。寝るか学校にいるか外出する以外はほとんどここにいる人の機嫌が悪いと私も落ち着かないので、これは両者にとっていい選択なのだ。

 

「そんなに言うなら……まぁ、頑張るけど」

「頼んだ。期待してる」

 

 本心からの言葉なのだ、いつもよりも何倍も伝わる事だろう。そもそも彼女に嘘を吐いたことはあんまりない。出会って間もないころはともかく、1年生の無人島の時くらいからはもう割と結構本音を言っている。隠すべき必要性を感じなかったからというのが大きい。いつしか、彼女の黒い部分を集めた証拠を破棄するに至っていた。

 

 この関係性、今まで無かった空間に居心地の良さを感じていることは疑いようのない事実だ。ふんふんと言いながら冷蔵庫のプリンを漁っている彼女をぼんやりと眺める。

 

――――私は果たして、これが終わることを許容できるのだろうか?

 

 そんな疑問は考えないことにした。なにせ今は特別試験の前。しかも今回のは今までで一番面倒くさい。ならばそれに集中するべきだ。私のために、彼女のために、そして私の生徒たちのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。AクラスとDクラスの面々に時間を作ってもらい、会議室を借りて報告を行うことにした。ついでに顔合わせである。これから特別試験までと、本番の二週間の運命共同体なのだからお互いについてしっかり知っておくことが必要だ。

 

 龍園と私はそれぞれ己のクラスメイトに関して、能力や性格などを共有しているが、他の生徒はそうではない。この学校は他のクラスよりも交流を制限せざるを得ない環境にあるせいで、一般の高校よりは少々人数が少ないにも拘わらず他クラスに関しては有名人しか知らないと言うことが多い。

 

 そこでほとんどの人の連絡先を知っている櫛田や一之瀬がどういう存在なのかが分かる。ともあれ、普段は顔を合わせない、或いは合わせてもほとんど話さない生徒もいるであろうからという配慮での交流会であった。龍園もこれには面倒そうではあったが賛同はしてくれた。メリットは理解しているのだろう。

 

 ウチのクラスとしても願っても無い話だ。私としても龍園の話の裏付けが出来る。敵を知り、己を知れば百戦危うからずというヤツだ。私は私のことを知っているつもりなので、前者を行えば少なくとも負けることはないだろう。勝てるかは分からないが、有効なピースにはなる。

 

 昔のAクラスならば下位クラスを見下していたかもしれないが、今はそんなことをする生徒などいない。これも、昨年の教育の成果だろう。成長を感じる部分は多い。ウチの生徒は真澄さん筆頭にやはり優秀だ。

 

「皆さん、ご注目ください」

 

 雑多に座り、会話している両クラスの面子を前にしながら、私は音頭を取り始めた。

 

「今回は貴重な時間をありがとうございます。まず、最初に先日行いました私と龍園君との会談について報告します。龍園君が面倒だからやれ、と言うので僭越ながら私が担当します。既にご存知とは思いますが改めて端的に申しますと、今回の特別試験に関しては我々Aクラスと龍園君率いるDクラスが同盟を結ぶことになりました」

 

 ウチのクラスにとっては決定事項が成立したことの報告となる。Dも事前に今朝龍園が伝えているはずだ。それゆえにこれはただの確認事項。全体の前でもう一度意識させたに過ぎない。

 

「これより、小グループと大グループの組み分けを発表します。今回の戦略に従って、龍園君と私で作成しました」

 

 ここでも書記役の真澄さんがポチっとプロジェクターを稼働させる。ホワイトボードには割り振られたグループが表示された。

 

「色々と思う所はあるかもしれませんが、私と彼が考えた恐らく最適解であると考えます。何か、意見のある方は?」

 

 ぐるりと周囲を見渡す。Aクラスとしてはこれは既定路線。意見があるなら何か言うだろうし、何もないからこそ手は挙がらない。だが、Dは独裁的な部分が多いためか、何か思っていても言い出せない可能性が高い。なのでせめて私がこのように温和に接しておくことで、Dクラスにも積極的な参加をして欲しいのだ。とは言え、一朝一夕には難しいかもしれない。

 

「Dクラスの皆さんも大丈夫でしょうか」

「大丈夫に決まってんだろ。俺の意見に逆らう奴はいねぇ」

「そういう言い方が良くないんです。我々は今回運命共同体である以上、配慮するのは当然じゃないですか」

「まどろっこしいやり方だな」

「文明的と言ってくださいね」

 

 お互いに別に悪意があるわけではない。龍園と会話すると、こういう言葉の応酬になる。ただの言葉のキャッチボールというより、お互いにデッドボールにならないかなぁと思いながら投げている感じだろうか。しかし、こういう会話も役に立つ部分はある。龍園がこれを許している=私にはそれだけの実力があるのだとDクラスは思ってくれる。ウチの生徒も私は龍園とも普通に交渉できるという風に見てくれる。龍園は普通の生徒からしたら怖い存在なので、それだけで株が上がる便利な装置だ。

 

「この怖い龍園君に言いにくいことがあれば、私に後で教えてください。ちゃんと対応しますからね」

 

 引き攣った笑いがDクラスの数名から出る。なんでだろうなぁ、私が怖いのかもしれない。おかしい。龍園よりも温和にやってきたつもりなのだが。

 

「ともあれ、両クラスにとってこれは益のある同盟です。我々もDクラスとの同盟を希望していましたし、龍園君側も私との同盟を模索していたようです。我々は、一之瀬さんや堀北さん率いるクラスではなく、皆さんと組みたいと考えたのです」

 

 これは彼等に向けた言葉だ。こういう風に少し自尊心を守るような言葉を使うことによって、彼らのプライドを守りながら好印象を与えることができる。Dクラスというのは、学年で最弱を意味する。それに、今のDクラスは他クラスと比べポイントを離されている。その状況でこういう言葉を使うことの効果はあるはずだ。

 

「ではこれから各グループに分かれて自己紹介とかして、実際の試験への準備を行ってください」

「その前に、だ。Dクラスの奴らに改めて言っておく。今回の試験ではコイツの言うことに従え。体育祭の時と同じだ。コイツの言葉は俺の言葉と思え。それが勝利への最適解だと俺は考えた。俺たちが一蓮托生である以上、コイツも俺たちを守るための命令を出す。だから従え。いいな?」

 

 コクコクとDクラスの生徒たちは頷いている。相変わらず上から目線で高圧的だが、少し柔らかい言い方になっているし、少しだが理由を説明するようになっている。彼には統治者としての才能があると思って良いだろう。残念なのは、彼と同じか少し低いくらいの参謀役がいないこと。

 

 金田が参謀役を担っているようだが、彼では少し力不足。椎名はやる気があるのかよくわからないし、そう考えると龍園も苦労しているのかもしれない。とは言え、龍園に物申せる存在として椎名あたりが覚醒するとこちらとしても非常に面倒なので、しばらくそのままでいてくれると助かる。

 

 ともあれ、両クラスのメンバーがそれぞれ話を始めている。前まではこういう時にイニシアティブを取ろうとしていた坂柳は、メンバーの人にペコペコ頭を下げている。随分と変わったものだ。しかし悪い変化とは思えない。

 

「さぁ、私たちもお話ししましょうか龍園君」

「気持ち悪い言い方するな」

 

 心底気持ち悪そうに龍園は言う。なんだかんだで上手くやっていけそうな気がした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 入学して数ヶ月が経ち、1年生も既に学校の在り方を理解し始めた。否応なく洗礼を受けたというのが正しいのかもしれない。なにせ、Dクラスのリーダー格になるはずだった男が早速の退学処分を食らったのである。受け入れたくなくても受け入れるしかなかった。ここはそういう場所なのだと。

 

 そして1年生も特別試験に向けて各々動き出していた。しかし、グループ結成が上手くいかない。その理由は明白であり、Dクラスが試験への協力を頑なに拒否し続けていたのだ。これには各クラスの代表陣も困惑した。すぐいなくなったとはいえ、宝泉政権ならばいざ知らず穏健派であったはずの七瀬政権になってからは比較的協力的であったからだ。

 

 ではどうするか。もう無視してしまおうという意見も出たが、Bクラスの八神が待ったをかける。今回の特別試験で大事なのは「学年別」の対抗でもあるという面。これを考えた際に、2年生と3年生に対し1年生は大きなディスアドバンテージを持っている。それを打破するには、各クラスから精鋭を集めて「僕の考えた最強の1年生グループ」を作るしかない。そういう提案をしたのだ。しかしそれは孔明の予想通り。

 

 七瀬率いるDクラスは2年Aクラスの傘下にある。勝手な行動は出来ない。今回は学年対抗の面もあるとはいえ、それでもお伺いを立てたのだ。そこで孔明が告げたのは以下の事。1つ、Dクラスは今回2年Aクラスに特段配慮せず動いて良い。2つ、Dクラスはギリギリまで同盟を渋り、相手の出方を伺うこと。それで今後の1年生全体の方針が見えるから、それは報告すること。以上である。

 

 七瀬たちの利益も考えつつ、1年生の動きを知ろうとする作戦であった。孔明は八神の考える1年生の不利さを理解している。だからこそ、Dクラスを外すという動きは取らないはずだと踏んでいた。今回1年生は勝利よりも敗北しないこと、もっと言えば退学者を出さないことを優先するだろうと。もし八神が本当にホワイトルームの刺客であるならば、綾小路清隆を排除する前段階で余計な邪魔をする勢力を排除したい。それゆえに、1年生の中でも中心人物となりイニシアティブを取りに行くはずだと踏んでいた。

 

 しかし、主導権を握るには実績がいる。だからこそこの試験を利用し、退学者を出さなかった。あわよくば上位に食い込めた。そういう作戦を立てたとして中心人物に成り上がる。そういう戦法を取るであろう。七瀬に助言した孔明の思惑はこんなところであった。そして今見事にそれは的中し、状況は彼の想像通りの部分に進んでいる。

 

 1年生の会合が行われる日、1番乗りは八神拓也。そしてすぐにCクラスの宇都宮陸が現れる。

 

「まだ八神だけのようだな」

「やぁ、宇都宮君。なんとなく君が参加するんじゃないかって思ってたよ」

「俺はリーダーという柄ではないがな。他の生徒が行きたがらない。好き好きに発言するわりに、こういった面倒ごとは嫌う傾向にあるようだ、ウチのクラスは」

「君がそれだけ頼りがいのある生徒だって分かってるからじゃないかな。今月更新されたOAAを見たけど、社会貢献性がBまで上がってたね」

 

 八神は爽やかに好青年を装いほほ笑む。宇都宮は微笑まない。目の前の存在が勝利への壁になっていることを理解しているからだ。身体能力はCの八神だが、学力・機転思考力・社会貢献性はA。諸葛孔明には及ばないにしても、十分すぎる能力値であることは間違いない。

 

「俺たちは仲間を失った。正直、その損失は計り知れない」

「僕も波田野君が退学するとは思わなかったよ。とても残念だったね」

「……あぁ」

 

 学力Aを持っていた当該生徒は非常に優秀な戦力になるはずだった。しかしペナルティー行為を行い、学校を去った。宝泉は自業自得としても、またしてもの退学に1年生は動揺していた。しかしそれも1ヵ月前の話。今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「七瀬は来るだろうか」

「多分、来ると思うよ。これはおそらく僕たちを試しているんだろうし」

「試している?」

「きっと、僕らがどうするかを伺っているんだろうね。そして一番高いタイミングで自分たちを売りつける。その見極めが出来ると思ったからこういう行動をとったんだと思う。もしくは、それが出来るブレーンがいるか、だね」

「ブレーン、か……」

 

 宇都宮は黙り込む。その脳裡には1人の男の顔が浮かんでいた。

 

「おや皆さんお揃いで。遅刻っすかね?」

 

 ニッと笑いながら近づいてくるのはAクラスの陸瑞季。宇都宮からすれば、彼女も警戒するべき人物だった。八神を超えるOAAの数値を叩き出しており、Aクラスの中でもトップ層に位置している存在だ。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「そうっすか」

「意外だな。修が来るかと思った」

 

 修とは高橋修。瑞季と同じくAクラスの生徒だ。社交的で会話が得意な、いわば1年生版一之瀬のような生徒である。

 

「あー高橋君に丸投げしようとしたら逃げられまして。悲しいですが、私に押し付けられた形になったんす。そもそもが石上君の怠慢なんすけど」

「では、後1人だけですね。七瀬さんが来なければ僕たちだけで進めてしまいましょう」

「翼さんは来るっすよ。私が来たんすから」

 

 ほらね、と瑞季が指差す方向に2人が目を向ければ、ゆっくりとこちらに近づいてくる少女。1年Dクラスの政権運営担当者である七瀬翼その人である。

 

「遅れて申し訳ありません」

「ちょうど始めようと思っていたところです」

「七瀬、始める前に1つ聞きたい。今までなぜ頑なな態度を崩さなかった」

「私たちは、他クラスの皆さんがどの程度私たちに価値を置くかを図っていました。結果的につっけんどんな態度となってしまったことは謝罪します。しかし、私たちも生き残りたいわけですから、どうかご容赦ください。宝泉君があんなことになりましたので、私たちも臆病になっているのです」

 

 すらすらと答える七瀬に、宇都宮はよくもまぁいけしゃあしゃあと……という感想を抱く。しかしこれ以上突っ込んでも模範解答しか返ってこないだろう。ここから先の追及は無意味と判断し、八神に先を促した。

 

「では、本題に入りましょう。今回の試験、生半可なことでは勝利できないと考えています。突拍子もない話に聞こえる無人島サバイバルですが、2・3年生は既に通った道。僕たちだけが不利を抱えています。それも、かなり圧倒的な。確かにハンディキャップもありますが、それで勝てるほど上級生、特に2年生は甘くないでしょう」

「3年は無視っすか?」

「はい。正直、3年生は南雲先輩一強で成り立っています。である以上、真の脅威は2年生。龍園先輩、堀北先輩、一之瀬先輩など各クラスのリーダーもそうですし、アベレージが非常に高く、最強と名高い諸葛先輩率いるAクラスは僕たち1年生全員で戦っても勝てるかどうか。だからこそ、僕らは団結する必要がある。力を合わせて最も強力なグループを作るんだ。上級生を相手にしても勝てるような、そんなチームを」

「つまり俺たちはこの試験でクラスポイントを争わない、ということか」

「学年同士での協力を難しくさせているルールだからこそ、残り時間が少ない上級生は必死だ。けれど僕たちにはまだ時間がある。敢えて捨てるという選択肢を取れるという強みがある」

 

 宇都宮は眉間に皺を寄せる。

 

「本当にそんなメリットが存在するのか。機会損失は受け入れがたい」

「だけど上級生に食い物にされたらたまったもんじゃないよ」

「……」

「最悪1位さえ取れてしまえば後は捨てても構わない。七瀬さん達Dクラスを無視するアイデアもあった。けれどそれじゃあ他学年と同じだ。他と同じことをしていては勝てない。1年生には『4人までの小グループ作成』が許されている。統一した意思を示せる機会を無駄にすることこそ、機会損失だと僕は考える。折角のハンデをドブに捨てるには、僕たちは戦力が足りないんだ」

 

 Dクラスを除けば、恐らく2年Aクラスが自分たちの不利益にならない程度に助け舟を出す。そうされてしまうと、他の1年生の勝ち目はぐんと下がる。そうなってはおしまいだ。

 

「ここにいる全員で勝ちにいかないといけない。最優先すべきは勝利。絶対に他学年に勝利させないことです」

 

 力強く宣言する八神。それを受け、3人は思い思いの表情を浮かべる。七瀬はあまり表情を変えず、ここまでは孔明の予想通りと観察している。彼女は八神がどこまで孔明の筋書き通りに動くのかを見極めたいのだ。宇都宮としてはこの提案の利点は理解しているが、だからと言って素直に受け入れられるものでもない。悩みの中である。瑞季は元来どうでもいいと思いつつ、社会性を守るために来ているだけだ。どう転んでもやるべきことは変わらないため、他者から見れば何を考えているのか分からない笑顔で微笑んでいる。

 

「八神君の趣旨は理解しました。ですが我々にもメリットを提示してほしいものですね」

「七瀬さん、今回の試験では……」

「分かっています。ですが、我々は別に他の1年生と組む必要は必ずしもありません。大人しく2年Aクラスに従っていれば、ある程度のおこぼれには預かれるでしょう。それでもかまわないと考えています。むしろ、そうなるのであれば積極的に協力し、皆さんを追い落とすことも視野に入れています」

「七瀬、お前にはプライドは無いのか!」

「そんなもの、何の役に立つのでしょうか? 私は勝利を目指しているのです。それに、この程度の提案に対してカウンターを用意できないようなら、2年生に勝利するのは難しいと思いますが」

 

 あくまでも淡々と七瀬は告げる。八神を挑発しながらも自クラスの利益を押し通す選択だ。元々彼女はそこまで我が強いタイプではないが、宝泉もいない今はこうして強気な交渉をする必要が存在していた。

 

「メリットを提示できないのあれば、こちらから要求を提示します。こちらの要求はその最強グループにDクラスから出す人事はこちらが決定権を持つこと。そしてそれ以外のグループに関しての口出しをしないことです」

「……それくらいならば許容するべき範囲でしょう」

「八神……!」

「落ち着きましょう宇都宮君。最重要優先事項はあくまでの他学年の撃破です。ここでDクラスを上手く使っていきましょう。それ以外に勝つ方法は無い。彼女の必死さも理解できるところです。何より、Dクラスが2年Aクラスの手に落ちるよりよっぽどいい」

「損切りは大事っすよ~。何も犠牲に出来ない人は何も得られないっす。捨てるべきモノ、そうじゃないモノの見極めは大事じゃないっすか?」

 

 宇都宮を煽るように言いながら、瑞季は七瀬の援護を行う。クラス分けだけはどうしようも出来ずAクラスになってしまった瑞季だが、本来は七瀬の護衛役。Dクラスにいた方が本人的には都合がいいのだ。

 

「……分かった」

「良かった。ではこれで1つまとまりました。最後にもう1個だけ団結しておくべきものがあります。報酬アイテムは揉めないように学年で微調整し、最大の効果を発揮できるように統一しましょう。下位に沈みそうなグループに能力不足の生徒を集め半減カードを持たせることも重要ですからね。よろしいですか?」

 

 全員が各々頷く。

 

「で、肝心の人選はどうする」

「僕はここにいる人なら誰が出ても構わないと思う。Bクラスだと僕以外なら……一応いるにはいるんだけど……」

 

 途端に歯切れの悪い八神に宇都宮は怪訝そうな顔をする。

 

「いるなら出せ。学年で勝利すると言ったのはお前のはずだ」

「そうなんだけどね。制御できるか不明という意味なんだ。ただ、諸葛先輩に勝つためには強いカードになると思う。ただ本当にどうなるかは分からない。申し訳ないけど、しばらく待って欲しい」

「分かった。だが早くしろ」

「勿論です」

 

 八神もやや困り顔でため息を吐く。入学して3ヵ月強。これまでの間で大分八神の精神は疲弊していた。心の中を覗き込んでくる人物にまとわりつかれているからである。その人物こそがまさに最強戦力なのだから厄介だった。なんでこんな目に、狂人の相手が僕の仕事じゃないぞ……と常に思っているが、どういう訳か離れられないでいるのだ。

 

「ともあれ、厄介なのは諸葛先輩率いるAクラスです。噂によれば、龍園先輩率いるDクラスと同盟を結んだとか。いよいよ厄介になりました。……そう言えば、陸さん」

「なんすか?」

「陸さんは確か、諸葛先輩と同郷の先輩後輩でしたよね」

「そうっすね~」

「何か弱点など、知りませんか。この際些細な情報でもいいので、攻略の糸口になればと思うのですが」

「弱点、弱点か……。う~ん……」

 

 悩みながら本気で頭を捻っている瑞季に、八神は内心で役立たずと罵声を浴びせる。それに気付いてはいるのだが、気にしないようにして瑞季は捻りだしていた。無いわけじゃないけれど、ここで言えるようなヤツにしないといけない。何も知らないというのは設定上良くない。どれにするかと悩んでいたのだ。

 

「まぁ、他人とお風呂に入るのはあんまり好きじゃないっすね」

「……そうですか」

「他にはう~ん、散財癖というか趣味にお金つぎ込む癖があるっすね。今は多分やってないっすけど。ここは節約生活なんで。大量の本とか、DVDとかCDとか、やりもしないゲームとか……まぁそういうのに。結構窮屈な幼少期だった反動でしょうねぇ……」

 

 1年生からすれば完璧であり、ミステリアスでもあり、カリスマ性を感じる存在である諸葛孔明のそんな姿はやや予想外ではあった。弱点なんて見当たらないし、弱いところは全く感じさせない。完全な姿であるように見える彼の一面というものを本当に知る人間はそういないだろう。それは望まれ、崇められる姿を取り続けている彼の仮面がそうさせているのだ。

 

「後は、アイドル? 二次でも三次でも地下でもメジャーでもOKらしいっすけど、そのCDとかが多いっすかね。なんかもうかれこれ20年弱くらい続いているアイドルゲーム? に相当入れ込んでるって話くらいしか。詳しくは知らないっすけど、担当? ってのがいるらしいっすね。なんか役に立ったっすか?」

「ま、まぁ何かの役に立つかもしれないですね、いつか」

 

 そういう情報じゃねぇんだよ!と心の中で悪態を吐きながらも表面上は冷静になり、八神は瑞季に微笑む。こうなったら従妹を名乗っている自分に治療と言いつつ色々やって来る変人に聞くしかないのか。そう思うと頭が痛くなる八神だった。その姿を見ながら、瑞季は笑っている。彼が内心でどう思っているのかも全部お見通しの身からすれば、少々愉快な気分だったのだ。

 

「ちょっと脱線しましたが、これからは詳しい人選を話し合っていきましょう。また今後も何度かこうして集まることになるとは思いますが、よろしくお願いします。最後になりますが、僕らが力を合わせれば必ず勝利の道は見えてくるはずです。まずはそこを目指しましょう!」

 

 八神は締めくくる。学年での主導権を握るレースに一歩先んじたと思いながら。七瀬は頷く。何も孔明が予想した以上のことをしない八神の評価を下方修正しながら。宇都宮は渋面で軽く首肯する。これしか選択肢がないことに憤りながら。そして陸瑞季はまたしても笑みを浮かべながら頷く。この情報をいち早く主に伝えることを決めながら。

 

 4者4様の思惑を抱えながら、大枠の一致を見て話し合いは終了した。




梅野郎氏、拗ねる真澄さんのアイデア頂きました! 感謝です!

それはそうと、2巻から脱出できない……。多分次回で2巻の内容は終わるはずです。そして閑話を挟むと、本番がやってくるわけですね。今から慄いています。

広義で日本文化の中に入っているので詳しく出てきませんでしたから、多分設定以外で初出の趣味への言及です。アイドルが好きな理由は趣味と配下にとって理想の偶像として振舞うための参考になるからですね。元々後者が主だったのに、前者が主になりつつある模様。担当が誰なのかの設定も一応あります。多分出てこないけど。


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71.振る舞い

疑いは認識より来りて、狂気へ至る病なり。

 

『ギュスターヴ・フローベール』

――――――――――――――――――――――――――

 

「なるほど、1年はそうすることにしたのか」

 

 ラーメン屋のカウンターに座りながら、龍園は口を開く。これまで、私は瑞季や七瀬から得た情報をもとに1年生の動向を彼に話していた。1年生がどう動くかは割と大事な部分だ。3年生と違い協力者がいる以上、有効活用していかないといけない。3年は南雲だけ見ておけばいいのだが、そうもいかないのが1年だ。何をするか分からん存在がいる以上、警戒するに越したことはない。

 

「俺たちに恐れをなして4クラスで同盟、か。それで勝てると思われてるなら、舐められたもんだな」

「ですが、有効な手段ではあります。こちらがまとまった以上、向こうもまとまらないことには対抗できないでしょう。こちらは単純な頭数で79人。仮に1年生が各クラスごとに挑んだ場合、79対40で数の上で負けていることになりますから」

「戦いは数、ってか?」

「烏合の衆では意味がありませんが、少なくとも我々はそうではない。でしょう?」

「それはその通りだ」

 

 ドン、と置かれたラーメンを啜りながら龍園は答える。脂の乗った豚骨だった。私は割とあっさりとした醤油系が好きなのだが、龍園はガツンと行くらしい。男子高校生らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

「まぁいい。奴らがどう動こうと、所詮は1年。お前への内通者がいる時点で負けは決まってる。お前も上手くやったもんだな、内通者を2人も確保して、その上どっちも俺たちに勝とうと思ったら欠かせない人材ときてる」

「そういう存在でなくば、リスクを冒す意味がありませんから。切り捨てられる駒を使うのは、所詮その程度の存在でしかないためにしばしば役に立たないことがあります。経験があるでしょう?」

「櫛田の事か?」

「さぁ、そこは本人の名誉のためにノーコメントで」

「ククク、そうかよ。お前も大概性格悪いな」

「君に言われるとは心外ですね。誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

 やはりというかなんというか、我々の相性はそう悪くないように思える。これまでDクラスとは何度か話し合いや戦略会議を行ってきたが、その度に上手くことを運べている。AとDでは大分雰囲気も違うため、クラスメイト同士でも上手くいくかは心配であったが、無闇に突っかかって来るタイプのチンピラは存在していないので大丈夫そうだった。基本民度の高い我がクラスは、多少なら相手に合わせるという技能も持ち合わせている。

 

 例えば椎名と葛城のように普段接点のない生徒同士でも意外とどうにかなっている。葛城も本は読むタイプであるためか話は合うようだ。戸塚も昔は存在した他クラスを見下す癖がないので、上手く話を合わせて場の空気を作っている。特に伊吹と西野は龍園が選抜したが、最初はあまり打ち解けていない様子だった。が、間に上手く仲裁して入りそれなりにはコミュニケーションを取れるようになったと思う。

 

 他にも真澄さんは良い感じの司令塔がいないDの女子を上手くまとめていた。坂柳は端っこの方で縮こまっていたが、石崎が上手くやってくれたためか多少は前に出るようになっている。元々優秀なことは事実なので、上手く使いこなせれば問題ない存在だ。このまま更生してほしい。坂柳の更生計画にこの無人島は大事だ。自分一人では生きていけないことは理解しているだろうから、その重みをしっかり分かると共に相手のことを思いやることを学んでほしいものだ。

 

 ここで一皮むければ、綾小路に勝てる未来も見えてくる……かもしれない。

 

「1年は分かった。3年はどうだ。南雲はお前にちょっかいかけたがってただろ」

「ですね。そろそろ宣戦布告でも何でもしてくると思いますよ」

「そうかよ。で、俺は巻き込まれると?」

「織り込み済みでは? それに、君がここに残っていられる理由をお忘れなく」

「忘れちゃいねぇよ。とは言え、俺はいつまであれに従えばいいんだ。言っておくがいつまでもってのはゴメンだな」

「もしそうだと言ったら?」

「ポイントでも払って取り消させる」

「なるほど。まぁ、そんなつもりはありませんよ。せいぜい、今回の試験を最後で良いと思っています」

「その心は?」

「今回の試験で南雲の心を折りに行きます。向こうから挑んでくるならば正々堂々迎え撃って、撃破するのみ」

「おぉ、怖いぜまったく」

「怖いならば私の傘下に入りますか?」

「はっ! 寝言は寝て言え」

「おや、それは残念」

 

 悪人2人で小さく含み笑いをしながら、汁を飲む。中々うまい。ラーメンは中国にもあるにはあるが、日本のそれとはまた別物だ。そもそも、日本の中華料理には日本で創作されたものが多い。

 

「それはそうと、だ。お前、あの女すげぇ食うな……」

「まぁ、はい……」

 

 私の隣にはラーメンと餃子とチャーハンの空になった皿が置かれている。その席の主である真澄さんは、私を挟んで反対側に座りながら呆れた顔でその姿を見つめる龍園を意に介さず替え玉を注文してる。

 

「奢るなんざ言わなきゃよかったぜ」

「君、我々にたかられるのはこれで2度目ですね」

「嫌なこと思い出させんな」

「アハハハハ」

 

 心底嫌そうな顔をしている龍園。去年の無人島のことを思い出したのだろう。挑発した結果、プライドガン無視のAクラス総勢39名にたかられたことは忘れたくても忘れられないはずだ。あの時の龍園の顔は中々傑作だった。今となっては懐かしい思い出である。あの頃は今よりもずっと平和だった気がする。

 

「おい、そんな食うな。誰の金だと思ってる。太るぞ」

 

 龍園の呆れた声の最後の部分にだけ反応し、真澄さんは背筋が凍りそうな視線を彼に向けている。私が言うと足を蹴っ飛ばされるだけで済むのだが、これが信頼度の違いだろうか……。さしもの龍園も冷や汗をかいている。私も結構怖い。女性に体重の話は禁忌なのだろう。ゲラゲラ笑っていたら今度は私だけ足を蹴っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 想像以上の出費にため息を吐いていた龍園を分かれ、取り敢えず買い物をするべく2人でぶらぶらと歩いている。夏の日差しがドンドン強くなっているので早く店に着いてしまいたい。

 

「胡瓜とトマトが安いな。流石、夏だ。後はピーマンとゴーヤと……」

「肉詰めが良い」

「えぇ……あぁ……まぁいいか。じゃ、今日の夜はそれで。問題は明日だ、明日」

「あと、アイス食べたい」

「ガリガリ君? パピコ?」

「ハーゲンダッツ」

「家計ってご存知かな?」

 

 週に何回か届くスーパーのチラシを見ながらやいのやいのと話す。基本は私が勝手にメニューを決めているのだが、時々こうしてリクエストが飛んでくることがある。作るのは全部私なのだが、まぁリクエストに応答すると喜んでくれるので別に悪い気はしない。話しながら歩いていると、後ろから声をかけられる。

 

「あの~~~」

 

 間延びした声。振り返れば、1人の女子生徒が立っている。この顔は見たことがあった。1年生は全員顔と名前を憶えているので当然なのだが。

 

「誰?」

 

 警戒心を露わにしながら真澄さんが鋭い声音で問いかける。その圧に押されたのか、声をかけた彼女は少しビクッとする。

 

「Cクラスの椿桜子さんですね? どうかしましたか」

「少し話したいことがあるので、お時間もらえますか?」

「……まぁいいでしょう。どこで話しますか? こんな炎天下の中で立ち話は嫌なのですが。他人に聞かれても構わないなら、ケヤキモールの噴水前ベンチとかで聞きましょう。あそこは冷房効いているので」

「分かりました。そこでお願いします」

 

 そう言うと、彼女は歩き出しながらスマホを取り出し、どこかに電話をしている。中々無神経というか大胆というか。私からの印象を良くしようという気は感じられない。そして、瑞季の情報によれば彼女は例の綾小路退学ゲームに一枚嚙んでいる。そう考えれば、それ関連の目的である可能性も大いにある。

 

「ねぇ、大丈夫なの?」

 

 歩きながら小声で真澄さんが問う。何を以て大丈夫とするかは不明だが、危ないと言うことも無いだろう。

 

「恐らくは」

 

 私の返事に取り敢えず納得したようで、真澄さんは何も言わずに歩く。少し行くと目的地に到着する。そこにはそこそこに高身長で目つきの鋭い男が待っていた。彼はCクラスの宇都宮陸。椿と同じく綾小路関連に一枚嚙んでいる存在だ。先ほど椿が電話で呼び出したのは彼だったのだろう。走って来たのか、少しだけ汗ばんでいる。

 

「ご足労おかけして申し訳ありません」

「いや、構わない。どの道我々もここの1階にあるスーパーに用があったのだから」

「それでも申し訳ないです。椿ももう少し態度を考えろ。恋人のデート中に割り込んだらいい顔されないのは当然だ」

「あー、我々は別にそういう関係ではないから。ね?」

「まぁ、そうね」

 

 宇都宮は我々2人の訂正に驚いたような顔を浮かべる。

 

「まぁ、勘違いは誰にでもあるさ。それは良いとして、君たちの要件は彼女がいても構わないかな?」

「はい、問題ありません」

「そうか。では、要件を聞こう」

「単刀直入に伺います。1年Cクラスからこの前波田野という生徒が退学しました。それに先輩が関わっていないかどうか、お聞きしたかった」

 

 てっきり綾小路関連かと思えば、まったく違う話題でこちらが驚く番だった。そう言えば、この前に真澄さんとこれに関する会話をしたのを思い出す。彼女も私が一枚噛んでいるのではないかと疑っていたが、本当に違うのですぐ否定した。信じてくれたようなのでそれは問題ないのだが、他クラス相手だとこうはいかない。相手は私を疑っている。下手すると陰謀論を唱えられてしまう。それはかなり面倒なので避けたい事態だった。

 

「関わってないって、コイツが言ったとしてアンタたちは信じる? 生憎と、そのやったやってない論争、こっちは2回目なわけ。で、1回目もしっかり否定したけど信じてはもらえなかった。そっちが疑ってるなら、もうこっちが何を言ったって黒に見えるだけじゃない?」

 

 真澄さんは腕を組みながら、宇都宮と椿の2人を交互に見ながら言う。決して怒っているという訳ではないが、面倒くさそうなのとイラっとしているのが伝わってくる。そして彼女の言うことは結構正しい。こちらが何を主張しても、信じたいことしか信じないのが人間だ。そういう相手が同学年に存在している身としては、警戒せざるを得ない。

 

「仰ることは正しいと思います。ですが、俺たちも確認したいんです」

「だから……」

「真澄さん、ちょっとステイ。君たちの意見は分かりました。だけれど、彼女が言うようにこっちが明確な証拠を提示することはできません。私はやっていない。波田野という生徒は名前とOAAの数値だけですが知っています。葛城君からも同じ生徒会だったということで話を聞いたことはあります。けれど私に彼を陥れたい理由がありません」

「そうでしょうか。先輩はDクラスを配下に置いている。そのDクラスが上に行くために邪魔な一番近い存在は、Cクラスである俺たち。だからこそ俺たちを追い落としてDクラスに飴を与えようとした。クラスポイントが100引かれたのは大きな損害ですから」

 

 宇都宮の言うことは確かに筋は通っている。結果だけ見れば、得したのはCクラス以外の3クラス。特に這い上がって来るのを恐れているBと、上に生きたいDからすればラッキーなこと。ともすれば、私と関係が深いDクラスのために私が仕組んだことであると考えても不自然ではない。

 

「なるほど、確かに私は容疑者としては大きいわけだ」

「宝泉君を速攻で追い出した先輩なら、何のためらいも無く出来るでしょうし、真面目な波田野君を罠に嵌めることだって出来るはず」

 

 椿は私を見上げながら言う。その顔からは表情がいまいち読み取れない。何を考えているのか、どういう感情で私を詰問しているのか。怒りなのか、恨みなのか、惰性なのか。よく分からないというのが私の感想だった。

 

「もし宝泉がいたなら、俺たちは宝泉を疑っていたでしょう。ですが、もう奴はいない」

「AクラスやBクラスという線は考えなかったのですかね」

「勿論考えました。当然、真っ先に両クラスに確認をしました。そして出方や反応を見て探っているところです」

「なるほど、これは警察でいう所の捜査の一環で色んな関係者に話を聞く作業であると」

「そうなります」

 

 宇都宮の顔を眺めながら、私は落としどころを考えていた。彼らの目的は分かった。この尋問で正解にたどり着けるとは彼らも思っていないだろう。だが、取り敢えずクラスメイトを大事にするという姿勢は打ち出せるし、会話した私や1年B・Aのリーダー格の性格などを掴むこともできる。そういう部分を狙っているのだとしたら、この行動は効果的ではある。私からの印象が下がるというデメリットを許容できるならばの話だが。

 

「結局、水掛け論ね。否定も糾弾もいくらでも出来るけど、お互いに証拠は出せない。違う? アンタたちがクラスメイトのことを考えていることも、クラスに関する損害の観点から、次に同じようなことが起こるのを恐れてるのも分かる。無人島なんて、今の生活よりも圧倒的に監視の目は薄いわけだしね。とは言え、あんまりにも言い続けるようだったら、こっちにも考えがある。2年Aクラス全部と戦うならまだしも、そうじゃないなら止めておいた方が無難ね。こんな確たる証拠もない状況で戦闘するんじゃ、勝ち目なんかないって分かってるでしょ」

「……」

「……宇都宮君、取り敢えずここはこれで終わろう。これ以上はもうお互いに不利益しかないと思うし」

「だが……」

「諸葛先輩だけでも厳しいのに、神室先輩まで敵に回すのはマズいよ。特別試験でもないんだから、戦ったら確実に負けるし」

「……分かった」

 

 宇都宮と椿は話し合い、取り敢えず場を収めることにしたようだ。賢明な判断だと思う。彼らは陰謀論を信じているわけではなく、やはり相手について知ることを第一目標としている節がある。宇都宮は退学させられたクラスメイトについて、それを仕組んだ黒幕を探すことに重きを置いている感じがあるが、椿はそうは思えない。だからこそ撤退の判断は椿の方が素早かった。

 

「お時間取らせて申し訳ありませんでした」

「君たちのクラスメイトを思う気持ちは理解しました。私も、クラスを預かる身としては共感する所も大きい。最後になりますが、私ではないと強調しておきます。信じるか信じないかは君たち次第ですが、信じてくれると嬉しいですね。疑われたままというのは些か気分が悪いので、私も調べるとしましょう。何か分かったらすぐに伝えます」

 

 彼らの目的が思った通りならば、私のこの回答は彼らが私を侮るに足る言葉のはずだ。彼らの真の目的が相手を知る事なら、それに気付かなかった私という風に彼らの目には見える。諸葛孔明という生徒はこの程度の会話では自分たちを見抜けなかった、と勝手に過小評価してくれる。そうなれば御の字だ。

 

 仮に違う目的だったとしても、恐らくクラスメイトの無念を晴らしたいというのは二次的・三次的な願いだろうからどっちにしても本質からズレた解釈をしているという風に映るだろう。もし本当に無念を晴らしたいなら、共感してくれた存在になる。どう転んでも私の勝利は揺るがない。

 

 宇都宮と椿は頭を下げて去っていく。私はおそらく顔に貼り付けられているであろう微笑を浮かべながら、彼らを見送った。2人の姿が小さくなってから私は口を開く。

 

「またこのパターンか。陰謀論者はBクラスだけで十分だって言うのに」

「信用無いわね。龍園と組んでるからじゃない? それか顔が悪人顔に見られてるとか」

「そんなことある? え、私の顔はそんなに悪人顔なのか?」

「私は別に……嫌いじゃないけど」

「いや、君の評価は良いんだ、君の評価は。ゴホン、ともかくだ。彼らは多分、本気で私を疑ってない。我々の出方を伺っていたのだろうな。君の同席を許可したのもそれが原因だろう。私と君が長いことコンビでやってきているって言うのは、1年生でも知ってることだ。多分、彼らが私を詰問したら君が庇うということも織り込み済みだったのだろう。そしたら君の性格とかも一端を垣間見えるわけだし」

「そういうこと……」

「まぁ、違うかもしれないが、私はそう予想した」

「でも、何で私を?」

「自分のOAAをよく見たらどうだ? 同じ2年ならともかく、学年も違う上に共闘も敵対も経験に無い1年生が他学年の生徒を測るならOAAしかない。そう考えたら、君にも接触したいだろうさ。違うかな、2年女子総合力1位の真澄さん?」

 

 事実、彼女は総合力で女子の1位を取っている。次点は一之瀬だ。Bクラスのリーダーとして今なお人望のある一之瀬を差し置いて真澄さんが1位なのも、Bクラスに嫌われている要因なのかもしれない。文句は学校側に言って欲しい。学力ではやや劣るが、身体能力で上回っているのが作用してるのだろう。社会貢献性だって悪くない。そう言えば、もうすぐ3年がいなくなる美術部の暫定部長候補らしいので、多分秋になればもっと社会貢献性は上がるだろう。秋は部活の引退シーズンだ。

 

 彼女の成長は嬉しいことだ。いまは総合力で一之瀬と数字が少ししか変わらないが、いずれは葛城のように総合力80番台まで上がってきてくれると信じている。坂柳の機転思考力と社会貢献性がどうにかなれば、Aクラスに総合力C-以下がいなくなる。最低でもB-。こうなればいよいよ他クラスに差をつけられる。その日はきっと遠くない未来に来る。生徒たちの成長が非常に楽しみだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 2年AクラスとDクラスの同盟。このコンビ結成は他クラスにも大きな衝撃を以て迎え入れられた。まだグループ作成も半ばであったBとCの両クラスは、個別に対応を強いられることになったのである。特に、素のスペックで他クラスに劣る人材が多いCクラスは苦境に立たされることになった。

 

 堀北は苦慮していた。クラスポイントに拮抗が見られる今、両者ともにあまり手を組みたい状況ではなかった。とは言え、残っている選択肢はBクラスと組むか、ソロで挑むかのどちらか。自分ではソロでも行けるかもしれないが、少なくともクラスメイトはそうではない存在が多い。悩んだ末に選び取った選択肢は消極的協力関係であった。一方のBクラス側も同じ魂胆ではあったようで、いくつかのグループはBクラスと合同で作成することが出来た。

 

 だが、それでは勝ちに繋がらない。龍園に追い付かれるのは避けるべき事態であるし、Aクラスの勝ち逃げも許されるものではない。そして堀北は、持ちうる手札の中で現状最も効果的なものをここで切ることにした。

 

「ふぅむ、つまり君はこの私に次の試験で1位を取ってこいと、そう言いたいのかね?」

 

 髪をかき上げながら、高円寺は言う。少なくとも拒まれる雰囲気ではないだろうと堀北は思った。彼は断るときはもっとバッサリ断る。

 

「その通りよ」

「だが、それは私にメリットがないねぇ。そこそこのポイントが手に入れば良い身としては、別に上位に入らなくても良いのだよ」

「確かに、あなたならそう言うでしょうね。それは理解していたわ。その上で頼んでいるの。AクラスとDクラスが同盟を組んだのは知っているわね」

「そうらしいねぇ。ミスターも中々大胆だ。だが、良い選択肢だろうねぇ。私でもそうするさ。クラスポイントの差、クラスの位置、両者の持っているカード……多くの要素が組み合っている。そして、ドラゴンボーイは使いこなせれば強力な武器になる。ならば、ミスターが使いこなせないということもないだろうから、妥当な選択肢だろう」

「そうね。だからこそ、あなたは1位を取らないといけない状況……正確には向こうが1位を狙う以上あなたも1位を狙わないといけないのよ。前にあなたが言ったこと、忘れてないわよ」

「ミスター諸葛と戦えるならば、力を貸す。確かに私はそう言ったねぇ」

「そうよ。ならば、今がその時ではないかしら?」

 

 高円寺は少しばかりの沈黙をする。だがすぐにまた堀北の方を向き、いつも通りの自信満々な態度を見せた。

 

「いいだろう、堀北ガール。私は有言実行する男だし、約束は守る男なのだよ。言った通りにミスター諸葛と戦おうじゃないか」

 

 これは堀北が喉から手が出るほどに欲していた言葉。Cクラスの文字通りの切り札。与えられた2枚のジョーカーの内の1枚。そんな彼がこれまで本気で戦うという行為を行ったことは、それこそ1回しかない。混合合宿でのマラソンにおいてが唯一だった。そこで諸葛孔明に互角に迫った高円寺の力を使わずにこの試験を勝つのは不可能。そして堀北は高円寺という男のプライドを突いた。結果的には堀北の判断は正しいものだと言えよう。

 

 無論、強い個人に頼り切り、悪く言うならおんぶにだっこな状況なのは理解している。だが使えるものは何でも使わないと、どうすることも出来ないことも分かっていた。だからこそのこの選択。そして高円寺は断らない、いや断れないということを知っていて協力を呼び掛けたのだ。

 

 クラス内で行われたこのやり取りに、Cクラスはにわかに騒然とする。これまで特別試験には非協力的であった高円寺がここで協力すると言い出したのだから当然であった。これで勝利の目が見えたと思う者もいれば、本当に協力するのか懐疑的な者もいる。だが、少なくとも高円寺では力不足と考える生徒は存在していない。これまでに見せた底知れない力の片鱗。それに触れていたCクラスの生徒は、彼の実力ならば或いは諸葛孔明にも勝てるはずだと信じていた。

 

「期待して待っているわ。もしグループに誰か欲しいのであれば……」

「いいや、それには及ばない。私は単独で勝利してみせよう」

「大丈夫なのね?」

「私に不可能は無いのだよ。さて、話は終わりかね? 待たせている人がいるので、これで失礼するよ」

 

 そう言うと、高円寺はいつも通りのマイペースでクラスを出ていく。その背中を見送りながら、堀北は少しばかりホッとしていた。一番面倒くさいタイプの人間との交渉が成立したことに対する安堵であった。これまで高円寺に協力を願って、幾度と断られてきた経緯がある。今回は初めて成功したのだった。そしてこれで確信が持てた。それは、諸葛孔明が彼の認める人材であり続けている間は、高円寺はAクラスと戦う際に有効な戦力であり続けるということ。

 

「上手くやったな」

 

 同じように高円寺の背中を見つめながら、いつも通りの無表情で綾小路が言う。

 

「えぇ、なんとかなったわ。これで彼が1位……とまではいかなくても3位以内に入ってくれれば、また情勢は変わる。AD同盟は1~3位を独占するつもりでしょうし、もしどこか1つでも食い込んでくれれば、諸葛君と龍園君の目論見は阻止できる。あわよくば、私たちの他のグループが別の所にも食い込めれば……クラスの順位もひっくり返る」

 

 絵空事ではあるが、仮に1~3位をすべて独占した場合、手に入るクラスポイントは600。Aクラスが1434、Cクラスが728である現状、もしこれでCクラスに600足されれば1434と1328。諸葛孔明の背中がかなり近くに見える。こう上手くはいかないにしても、おめおめと同盟に報酬を奪取されるよりはいい。そういう判断だった。

 

「勿論、あなたにも期待しているわよ綾小路君」

「あぁ、なるべく上位を目指して努力しよう」

 

 確実にホワイトルーム側が何かを仕掛けてくると分かっている綾小路は、警戒を解けない。確実に妨害が予想されるので、恐らく3位以内は難しいと踏んでいる。そのため、今回の試験は高円寺と同じくソロで挑むことにしていた。それでも上位を目指す気はある。

 

 綾小路が見渡せば、クラスの雰囲気は少しずつ良くなっている。まだまだ先は長いが、それでもいつかはAクラスに追い付けるかもしれない。その素養は綾小路にも感じ取れていた。

 

 軽井沢や佐倉なども努力をし始めている。最初は神室真澄のアドバイスに従った佐倉がイメチェンを果たし、その後それに触発された軽井沢が綾小路を取られまいと捨てられないように必死になって色々と自己研鑽に励み始めた。

 

「仲間と勝利する……こう言うことか、諸葛」

 

 堀北と綾小路、そしてCクラスの長い夏が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あまり良い状況ではない中でも希望を見出して進もうとしているCクラスに対し、Bクラスの状況はあまり良いものではなかった。それこそ、Cクラスよりも。しょうがないのでCクラスと消極的協力関係となり、いくつかのグループは両クラスから人員を出し合って形成したが、大多数はクラス内で完結させることになった。

 

 Bクラスは団結力がある。それが専売特許であり、他人を蹴落とさないと生きていけないこの環境では清涼剤のような役割を果たしていた。Bクラスの生徒の多くも、このクラスの姿を誇りに思っていた。しかし、今ではその団結力もAクラスに後れを取っている。無論、数値化出来るような概念ではないが、だからこそ肌で感じる空気感というものが、Bクラスの危機感を煽っていた。

 

 AとDの同盟は、努力と友情でどうにか出来る状況を超えている。不安に怯えるクラスの中で、神崎はそう結論付けていた。努力も友情も美徳だが、それで勝利を得るにはもっと違う要素が必要になる。実力があるからこそ、努力は実り友情で勝利できるのだ。ジャンプの方程式は凡人には使えない。

 

「また諸葛か……」 

「坂柳を助けたばかりか、今度は龍園と同盟。完全に俺たちを殺しに来てるだろ」

「やっぱり、坂柳さんを退学にさせるべきだったんじゃない?」

 

 あちらこちらでそういう声が聞こえる。確かに、坂柳を退学にさせる機会はあった。明確な犯罪行為を(少なくとも一之瀬に対しては)行った坂柳はどうあがいても名誉棄損。あの時に一之瀬が強く主張すれば、坂柳は退学になったことだろう。

 

 だがそれは過ぎたこと。反省するならばいざ知らず、このように過去を何度も振り返ってあの時ああすれば、と言い募るのはよろしくない状況だ。神崎は静かにそう考える。過去を何度も振り返り、他責し、そして陰謀論を求める。現状が上手くいかない原因を他者に求めていく。行きつく先はヴァイマル共和制だ。背後からの一突きならぬ諸葛からの一突き論はBクラスの中で度々登場している。

 

 一之瀬は良くやっている方である。しかし手詰まりなのもまた事実。何が足りないのかを神崎は分析する。答えはそう難しくは無かった。端的に言えば、「清濁併せ吞む」という精神が足りない。そう判断する。時には卑怯に、時には悪辣に。そうでもしないと、上に行くことはできない。防御しているばかりではダメで、時には犠牲を顧みない攻撃が必要だった。もし仮に防御するのでも、カウンターが出来ないようでは意味がない。

 

「手段を選んではいられない。選べるわけがない」

 

 神崎は小さく呟く。手段を選んで戦えるのはいつだって強者であり、自分たちはそうではない。それをクラスメイトが理解するのは、一体いつだろうか。自分に、そういう意識を目覚めさせることができるだろうか。諸葛孔明ならばこんな悩みは抱くまいと思い、表面上は和やかなクラスの中で彼は一人で自嘲した。

 

 Bクラスの夜明けは、まだ来ない。尤も、夜明けがあるのかも疑わしいが。




一応整理も兼ねて、OAAの数値一覧(7月時点)です。数値は学力/身体能力/機転思考力/社会貢献性/総合力の順です。生徒の順番は総合力順になっています。なお、同値は名前の五十音順です。メンバーはAクラスを中心に、関係の深い人物&参考値に数名という感じです。地味に何人かはOAA初出ですね。あと、当然ながら原作とは変化している人多数です。

数字とアルファベットの相関性は多分こうだろうと考えて、以下のように設定しました。以後は勝手にこれに合わせていきます。若干原作と違うかもしれませんが、まぁもう今更だよね!

A+……95~
A……85~94
A-……80~84
B+……75~79
B……65~74
B-……60~64
C+……55~59
C……46~54
C-……40~45
D+……35~39
D……30~34
D-……25~29
E+……15~24
E……~14

<3年生>
・南雲雅…………A(90)/A(92)/A+(97)/A+(96)/A(93)
・桐生叶…………B+(79)/B+(75)/B+(79)/B+(78)/B+(78)
・鬼龍院楓花……A+(96)/A+(95)/D(33)/C+(56)/B(72)


<2年生>
・諸葛孔明………A+(98)/A(94)/A(90)/A-(88)/A(93)
・葛城康平………A(93)/B(68)/A-(83)/A(94)/A-(83)
・平田洋介………B+(76)/B+(79)/B+(75)/A-(85)/B+(78)
・神室真澄………A-(82)/A(88)/B(69)/B-(64)/B+(77)
・真田康生………A(89)/C+(56)/B+(78)/B+(76)/B+(75)
・橋本正義………B+(78)/B+(79)/B(70)/B(68)/B+(75)
・一之瀬帆波……A(86)/C(54)/B(70)/A+(96)/B(74)
・鬼頭隼…………B(72)/A(89)/B(68)/B-(60)/B(74)
・櫛田桔梗………B(72)/B-(60)/A-(82)/A(88)/B(74)
・森下藍…………A-(83)/C+(59)/B+(78)/B(70)/B(73)
・堀北鈴音………A-(82)/B(71)/B-(60)/B+(80)/B(72)
・綾小路清隆……A(92)/B+(79)/C+(59)/D+(38)/B(71)
・神崎隆二………B+(77)/B(70)/B-(60)/B(71)/B(69)
・戸塚弥彦………B(73)/C+(55)/B+(78)/B(72)/B(69)
・山村美紀………A(89)/C(50)/B-(63)/B-(62)/B(67)
・須藤健…………C(54)/A+(96)/C-(42)/B-(63)/B-(63)
・金田悟…………B+(80)/D(29)/B-(64)/A-(81)/B-(61)
・龍園翔…………C+(59)/B(71)/B(70)/E+(20)/B-(60)
・幸村輝彦………A(92)/D(30)/C(51)/B-(63)/C+(58)
・姫神ユキ………B-(63)/C+(58)C+(58)/C+(57)/C+(57)
・高円寺六助……A-(80)/B+(78)/E+(24)/D-(25)/C+(56)
・椎名ひより……A(90)/D-(28)/C-(42)/B(74)/C+(56)
・坂柳有栖………A(94)/D-(25)/C(48)/D(30)/C(52)
・軽井沢恵………C(54)/C-(44)/B-(61)/C-(40)/C(51)
・佐倉愛理………C(46)/D-(25)/C+(58)/B-(60)/C-(45)
・池寛治…………E+(20)/D(34)/B-(60)/D(32)/D+(37)


<1年生>

・陸瑞季………A+(95)/A+(96)/A-(83)/B(70)/A(88)
・七瀬翼………B(74)/B+(78)/B(71)/B(66)/B(73)
・八神拓也……A(93)/C(51)/B(74)/B+(77)/B(73)
・天沢一夏……A(87)/A-(83)/D+(38)/C+(57)/B(68)
・諸葛魅音……A+(96)/A(93)/D-(28)/C(46)/B(67)
・宇都宮陸……B(72)/A(87)/C(51)/D+(39)/B(66)
・石上京………A(95)/D-(25)/B+(77)/D(31)/B-(61)
・椿桜子………C-(44)/C-(40)/D+(38)/C-(40)/C-(41)


全学年総合力1位……諸葛孔明・南雲雅
2年生総合力1位……諸葛孔明
2年生男子総合力1位……同上
2年生女子総合力1位……神室真澄
2年生学力1位……諸葛孔明
2年生身体能力1位……須藤健
2年生機転思考力1位……諸葛孔明
2年生社会貢献性1位……一之瀬帆波


なお、既卒生だと
・堀北学……A+(96)/A+(95)/A(94)/A+(98)/A+(95)
とかでしょうか?


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閑話 2-2.5章

閑話にあたって、何を書こうかめっちゃ悩みましたが、取り敢えず思いついたものを投下します。人気のCクラスifもあるよ!


<趣味 side神室真澄>

 

 特別試験のある夏休みを控えた、7月の休日のお昼前。私は部屋で鉛筆を握っていた。目の前にはカンバス。そしてその先にはかれこれ1時間半くらい座っている人の姿がある。銀色の髪をした美少女と言って差し支えない造詣は良い題材になる。そう思ってオファーしたけれど、予想外に難しい。

 

 坂柳有栖という人間の顔の造詣が思ったよりか美麗だったせいで中々いい具合に表現しきれないまま悩みつつ今に至る。私の実益を兼ねた趣味が絵を描くことだけれど、拘束時間が長いためモデルになって付き合ってくれと頼むのも結構勇気がいる。上手く描く自信はそれなりにあるけれど、かと言って人に見せるのは今でも少し気恥ずかしい。

 

「ごめん、もうちょっとで終わるから」

「お構いなく。誘いもありませんから、どうせ暇ですので……」

 

 ちょっと陰鬱そうな表情で坂柳は答えた。政争に敗れ、一介のクラスメイト以下にまで落ちぶれた彼女を誘う人は、きっと少ないことだろう。それこそ、いないと言っていいくらいのはずだ。そんな彼女に声をかけた自分が相当に変わり者だということも自覚している。

 

 終わったこと、とそう簡単に片づけることはできない気持ちはよくわかる。私自身、何も思う所がないかと言えばウソだ。それは噂云々の部分ではなく、自分と共に行動している人を貶めようとしたことに対する悪感情が大きい。

 

 本心はどうであれ、許すと決めたのだ。なら、それに従って行動することこそ最善の道だと信じている。私だって人のことをとやかく言えるような立場じゃないことくらい重々承知している。だからこそ、坂柳だって許されても良いはずだと思った。

 

「まぁ、うん。こんなものかな」

 

 割と納得のできる仕上がりになった。若干気になる所がないかと言われると微妙だけれど、それでも及第点だろう。元々人物画を練習したくて頼んだモデルだったので良い練習にはなった。

 

「どう? こんな感じなんだけど」

「お上手ですね。私は絵の知識はあっても描けはしませんから」

「そうなんだ。音楽系?」

「どちらかと言えば、そうかもしれません。ピアノは出来ます。あくまでも、人並み程度ですが」

 

 あまり練習する時間も体力も無かったので、と坂柳は言う。彼女は身体が悪い。それは現在進行形で使用している杖を見ても明らかだ。彼曰く、その幼いころの上手くいかない事ばかりだった劣等感や閉塞感が彼女の精神性に悪影響を及ぼした、らしい。それが本当かどうかは分からないけど、嘘でもないように思えた。

 

 ともあれ、坂柳は私の絵を割と気に入ったようで、しげしげと眺めている。自分の絵を描かれるという体験をした人は少ないだろうから、当然と言えば当然かもしれない。その目には好奇心が灯っていて、良くも悪くもどこか子供っぽい。精神的に少し幼い部分があるのかもしれない、と彼が言っていたのを思い出す。

 

「欲しいなら、あげるけど」

「良いんですか?」

「持っててもしょうがないしね。練習作品だからコンクール出したのよりは下手だけど、それでも良ければ」

「でしたら是非。ありがとうございます」

 

 彼女は小さく頭を下げて、大事そうにカンバスを持った。そんなに良いものでもないと思う。彼女の家庭環境ならば、もっと高級で素晴らしいものをいくらでも貰えただろう。羨ましい、と少し思う。私に与えられたのは、人間として生きていける環境だけ。愛も物も無かった。 

 

 もし彼女のような生活が出来たら、私はもっと違う人生を歩んでいたのだろうか。想像してみても、上手くイメージがわかない。それに、今までの私の人生があったからこそ出会えた存在がいる。肯定なんて出来ないことだらけの人生だけど、それだけは良かったんじゃないかと思ってる。

 

「お茶、飲む?」

「頂きます」

 

 頷いて立ち上がり、キッチンへ行く。私の部屋にはそんなに物がない。自分の部屋で過ごす時間はそんなに多くないからだ。そのせいか、最近だと彼の部屋に置かれていた荷物の何割かがこっちに侵食してきている。大半が本や漫画なので勝手に読んでいるけど。

 

 そしてその中の1つが、私のキッチンに置かれているティーセットだった。デザインなどから鑑みて、多分マイセン辺りの陶磁器だと思う。お値段はあんまり考えたくない。平然と置かれているこれを使いこなせるようにと、彼は色々教えてくれた。おかげさまというべきか、紅茶とコーヒーはそこそこ上手に淹れられるようになった。

 

「はい、どうぞ」

 

 彼女の前にカップを置く。湯気の中に紅茶の香りが混ざっていた。外は炎天下だけれど、部屋の中は涼しい。冷房の効いた部屋で熱い物を食べたり飲んだりするのは結構楽しい。冬に寒い物を食べるのも同じくらい好きだ。彼女は数口飲んだ後、少し迷ったように目を泳がせてから話し出した。

 

「神室さんは……優しいですね」

「……はぁ、私が?」

「はい」

「いや……そんなこと無いと思うけど」

 

 優しい人、というのが果たしてこの高校に本当に存在しているのかは不明だけど、多分世間一般で言う優しい人とは一之瀬みたいなのを指すんだと思う。

 

「私はご存知の通りの有様ですから、誰も私と関わろうとはしません。ですが、神室さんだけはそうではありませんでした。彼に、諸葛君に何か言われたのかもしれませんが、それでも前までとさして変わらない態度で接してくれています」

「そう? 別に何か言われたわけじゃないけど……そもそも、前までそんなに関わりなかったじゃない、私たち」

「そういう関係だったからこそ、ああなってしまった以上少なかった関係値が0になってしまうことも考えられました。でも、そうはならなかった」

 

 確かに、状況だけ見れば彼女の言うとおりだ。屍みたいになっていた坂柳に、教室の隅っこでじっと座っているだけだった彼女に話しかけていたのは、事実。でもそれが善意からなのかどうか、私にもよくわからない。ただ見ていられなかったという、そんな自己都合かつ自己本位的な感情の結果だ。彼女が話しかけられることを望んでいたのかどうかすら、よく考えないまま動いていた。

 

「だから、私は神室さんのことを優しい人だと思いました。私には……分からないことなんです。私は、弱い人を、もっと言えば弱くなってしまった人を叩くか見捨てる以外に知らない。そういう生き方しか、してきませんでした」

「じゃあ、これから変えていけばいいんじゃない。知らないことは悪いことじゃない。知ろうとしないことが悪いんだから。そうするしかないでしょ、多分」

 

 彼女の性格に問題があるのが、果たして彼女のせいだけなのだろうか。環境のせいもあるかもしれない。親のせいもあるかもしれない。少なくとも、全部個人のせいにするのは少し違う気がした。

 

「私は別に優しくないわよ。……私はこれまでずっと1人だった。小学校も、中学校も、ずっと1人。それが当たり前だと思ってたし、それでどうとも思わなかった。でもここに来て変わった。正確には変わらされたって言うべきかもしれないけど。ここには手を差し伸べてくれた人がいた」

 

 出会い方は今思い出しても最悪。その後しばらくは何でこんな目にと思ってた。だけどそこからの日々は少しずつ変わっていって、いつの間にか心地いいものになっていた。

 

「きっとそれは打算的なところによるものかもしれないけど、あの人は私を見てくれた。知らない感情を与えてくれて、知らない景色を見せてくれた。孤独だってことすら知らなかった私を、世界にはもっと沢山楽しいことがあるって教えてくれた。おかげでクラスの中にも外にも友達が出来て、大勢の前で話せるようになって、後輩から尊敬されたりもして、部活を頑張って、夢なんかも持てたりして。そんな、もしかしたら普通なのかもしれない場所に連れ出してくれた。孤独だってことすら知らなかったあの時間には戻れないし、戻りたくない。あの人は、1人だった私にそんな風に光をくれた。だから――」

 

 自分は少なくとも、ここに来たことで幸福になれた。面倒なことも多い学校だけど、ここに入れてよかったと今になれば思っている。

 

「だから、私もそんな風になれたら良いと思った。確かに良くないことをしたかもしれないけど、アンタは謝って、そして周りも許すって言った。ならそれで終わりにしないと。そうしないと、いつまでもいつまでも解決されないまま進んでいく。それはダメだと思う。1人ボッチでいる姿が、昔の自分と重なって見えて、どうしても放置できなかった。だから、私がそうされたみたいに手を差し伸べられたらいいと思ったの。アンタはあんまりよく思わないかもね。私みたいな凡人のしょうもない過去と重ねられるなんて」

「そんなことは……。それに、神室さんはもう凡人などではないです」

「いや、凡人よ私は。ともかく、そっちが気にする必要はないし、私のことを優しいなんて思う必要もない。前みたいな傍若無人なのは困るけど、自分らしくと世間的な倫理を上手く合わせながら生きていけばいいんじゃないの? 少なくとも、私はそう思う。私は自分の友達がそんな風に縮こまって生きてるのは嫌だし」

「友達……?」

「少なくとも、私は勝手にそう思ってる。そっちがどう思ってるかは、知らないけど」

 

 恥ずかしいことを言ってしまった。坂柳は何も言わないまま、紅茶の揺れる水面を見ている。その表情をうかがい知ることはできない。悪感情を抱いているようには見えないけれど、じゃあどういう感情なのかは分からなかった。

 

 彼女の高いプライドからすれば、私に対等な関係でみられるのは嫌なのかもしれない。確かに彼には負けたけど、私たちに負けたわけじゃない。でも、拒絶してこないなら関わり続けようと思う。それが正しいのかは分からないけど、何もしないよりはきっと良いはずだから。

 

 ガチャリと玄関ドアが開いて、「暑かった~」とへばった声が聞こえてくる。手を洗う音がして、リビングのドアが開かれる。彼は長い髪を揺らしながら、キッチンに食材を広げていく。

 

「今日は何?」

「冷やし中華」

「よしっ! そうめん地獄から解放された……」

「しょうがないだろ、君がガラガラで当てたんだから。まだ残ってるんだぞ、幾つか……。坂柳も食べてくか? 昼ごはん」

「ご迷惑でなければ……」

「よし、じゃあ決定。今までずっと絵描いてた?」

「そうだけど」

「休みに数時間付き合わせたんだから、今度は坂柳の趣味に真澄さんが付き合ってあげた方が良いと思うけどね」

「……確かに。何か趣味とかある?」

「チェスが趣味です」

 

 チェスなんてあんまりやったことないけど、ルール自体はある程度知ってる。多分坂柳の満足するレベルではないと思うけど、付き合うことくらいならできる。やってるうちに少しくらいは上手くなるだろうし。

 

「じゃあやってみる? 全然強くないと思うけど」

「よろしければ、お願いします」

 

 今までやる相手も特にいなかったんだと思う。関わる人もいなかったせいか、誰かと交流すること自体に喜びを感じているように見えた。チェスがよっぽど好きなのか、提案したら露骨に嬉しそうになっている。やっぱり、こういう所は子供っぽい。

 

 結構楽しそうな顔で部屋に版と駒を取りに行った彼女は、結構なスピードで戻って来る。大分元気そうだった。料理している彼は、こちらを少し伺いながら包丁を動かしている。

 

「ルールは大丈夫ですか?」

「まぁ、一応は。何かおかしかったら言って。後、遠慮しなくてていいから全力で来て」

「分かりました。先攻どうぞ」

 

 そこまで詳しくないとはいえ、チェスは先攻有利と言われているのは知っている。経験者だから譲ってくれた。初心者ではあるけど、負けるのは悔しいので出来る限り頑張ってみようと思う。と、思っていたのだけれど……。

 

「チェックメイトです」

「…………負けました」

 

 普通に勝てなかった。麺を茹でているキッチンからケラケラ笑う声が響く。

 

「初心者相手にえげつないなぁ」

「良いの。私が全力でって言ったんだから」

「その割には悔しそうだけど?」

「……」

 

 まぁ、悔しいかと言われれば悔しい。初心者なのは分かってるけど、それを言い訳にして負けるのは嫌だ。これも、私が変わったことの1つかもしれない。今までの人生は、こんなに色んなことに悔しさを感じなかった。上には上があるって知ってたから、ほどほどであれば良かった。でも今では負けたくないと思うことが増えた。それは勉強しかり、それ以外のことしかり。

 

 そんなことを思っているのもお見通しなのか、彼はニコニコと笑っている。

 

「もう1回、いい?」

「はい。何度でもどうぞ」

「言ったわね……絶対倒すから」

 

 お昼ご飯を挟んで暫くやったけれど、結局勝てないまま日が暮れる。最後の方は多少良い感じになったみたいで、坂柳にもそういう風に言われた。年季の差があるので仕方ない部分もあるけれど、やっぱり悔しい。最後に仇を討ってと頼み込んで彼に対局してもらった。坂柳が18手で詰まされて、半泣きになりながら再戦要求をする。やっぱり、坂柳が彼には中々勝てないらしい。

 

 もうすぐ特別試験。そうしたらこんな風にのんびり……とは言えないかもしれないけど、趣味に興じられはしない。この時間がまた何回もあれば良いと思って、私は唇をほころばせた。

 

 

 

 

 

<カルテⅠ side八神拓也>

 

「と、いう訳なんだ。お前にも頼みたい」

 

 2年生に対抗するため、そして綾小路清隆を退学させるため。その工作の一環として、八神は1年生のクラスを超えた団結を呼びかけた。その中には、己のクラスであるBクラスの最強戦力であろう諸葛魅音の勧誘も含まれていた。

 

 春先に彼女と出会い、八神はずっとそれからまとわりつかれていた。当初は不気味さと訳の分からなさ、全く話の通じないその存在に恐怖や混乱を隠しきれなかったが、今ではすっかり慣れたものになりつつある。異常が続けば、人間はそれを正常と思い込むようになる。そして、そうなっていくのにこの数ヶ月という時間は十分だった。

 

「……」

「そちらにメリットがないことは理解している。クラス間闘争になんか、興味がないことも。ただ、これは必要なことなんだ。僕が綾小路清隆を倒すのに。それに、駒を増やせと言ったのはお前じゃないか」

(わたくし)はただの医者ですわ。少々絵を能くするだけで、戦略戦術などには秀でていません。確かに、綾小路清隆をどうにかすることに協力は致しますが、どこまで出来るかは疑問が残ります」

「単独行動するのか?」

「元はそのつもりでした」

「元は?」

「事と次第によっては、共に動くこともやぶさかではありません。その条件を言う前に……綾小路清隆への憎悪は消えませんの?」

「あぁ。より一層燃え上がっている」

「そうですか」

 

 紅い唇と紅い爪。瞳まで真っ赤に染まった少女は、そのルビーのような目で八神を見据えた。その目には表情がない。美麗な顔は無表情なまま深紅に彩られている。血の中にあるみたいだ、と彼は思った。白い白衣に、紅い意匠はよく映える。

 

「では、綾小路清隆を倒した後の未来像については確立しましたか?」

「勿論だ。僕は最強であると証明して、そして、そして……」

 

 八神は口を閉ざす。その先はどうする?ホワイトルーム最強になったとして、その先に何が待っている。どうすればいい。何をしたらいい。今までずっと、綾小路清隆を超えることだけを目標に生きてきた。生きざるを得なかったし、そうするように求められた。褒められることも無く、称えられることも無いまま。そして当然、愛されることも無いまま。

 

 そして今回も綾小路の父親の命によってここへ来た。ただ命令されたことをするだけの機械としての役割だけを期待されて。施設の誰も、自分たちが勝てるとは信じていない。だからこそ見返したい。そして、そうすればきっと数字ではない己の事も見るようになるはずだ。そう思って、彼は今もなお憎悪を募らせている。

 

 この状況と心理状態が、諸葛魅音の想像通りであるとは片時も思っていなかった。彼女はずっと待ち続けた。彼に先ほどの質問を投げかける機会を。これまではずっとその前段階だった。非日常を日常にして、異常をそう思えなくする。自分の質問に答えるような関係を築き上げ、上手く誘導する。そのためには、多少機嫌をコントロールしたりもした。自己能力を確かめて悦に浸らせるために波田野を退学させる陰謀にも加担した。

 

 すべてはこの時のために。精神病患者の治療で大事なのは、否定しないことにある。否定ではなく緩やかな誘導を伴った肯定を行う。だからこそ今まで彼女は八神の言うことを否定してこなかった。ここでも綾小路を退学させるという目的は否定していない。単純にその後どうするかを尋ねているだけだ。

 

「僕は……僕は……どうしたいんだ?」

「未来は、見つかりませんか」

「綾小路清隆を倒す」

「えぇ」

「そうすれば僕は最強だ」

「あなたのいた世界では、そうかもしれませんね」

「そうなれば、僕は、僕はッ……!」

「愛される?」

 

 彼の耳元でとろけるような声が囁く。八神は思わず、思い切り魅音の方を振り向いた。

 

「愛されたいのではなくて?」

「愛? 馬鹿馬鹿しい、僕はそんなもののために」

「あなたは愛を欲している。そうではないかしら? 愛されたい、見て欲しい。自分だけを見て欲しい。認めて欲しい。褒めて欲しい。抱きしめて欲しい。誰から? 誰でもいい。誰でもいいから――僕を見つけて欲しい」

 

 脳が揺さぶられる。視界がグルグル周り、彼女の言葉が何度も何度も残響のように耳の中で木霊する。愛されたい。僕が? 愛とは何だ。分からない。そんなものは教わらなかった。ホワイトルームにそんな概念は無い。すべては綾小路清隆を超える。そのために自分たちはあり、これまでの人生を送って来た。なのに今、どうしてか彼女の言葉が耳から離れない。一蹴できるはずのその概念に今、囚われている。

 

「あなたが憎んでいるのは、綾小路清隆という装置。彼個人の人格や経験などはどうでもいい。もし能力が同じだけれど違う存在がそこにいたとしても、あなたはその誰かを憎んだ。違いますの?」

「……」

「私が差し上げましょう。欲しいならば、求めるものを。だから……あなたも私の欲するものをくださらない?」

「お前の、欲するもの……」

「そう。それを行ってくだされば、私はあなたに力添えしましょう。そう難しいことではありません。綾小路清隆を倒すならば、これくらいは出来なくてはという内容です」

「それは、一体……?」

「将を射んとする者はまず馬を射よ。ということで邪魔者を消してしまいたい。いかなる手段を用いてでも……この(ひと)を消してくださいませんか? そうしてくださるならば、私はあなたの欲しいものを差し上げ、したいことに助力しましょう」

 

 差し出されたのは一枚の写真。休日らしい日のケヤキモール。私服姿でアイスの棒を加えている少女。サイドテールの黒髪。隣には、簪を挿した青みがかった長髪の男。2年Aクラスの首魁の1人がそこに写っていた。

 

「何故、彼女を?」

「私の愛のためです。私は彼を手に入れたい。そのためにここへ来ましたの。ですので、彼女には消えて頂かなくてはいけないのです。平々凡々の娘風情が、至高の芸術に手を触れるなどあってはならない。あれほどまでに美しく唯一無二な()を持った存在に、こんな者は相応しくない。それに、この女では彼を救えない。最早死のみでしか救えない、彼を縛る4つの鎖は解けないでしょう」

「鎖……」

「ええ。そうですわ。私が治療を諦めざるを得なかった奥深くに潜むモノ。己の(さが)と向き合えぬ事、己の穢れと向き合えぬ事、愛を信じられぬ事、己になれぬ事。私には解けなかった。私で出来ぬことが、なぜこの者に出来るのか。私はずっと、想い続けていたというのに」

 

 恍惚の中に哀愁を込めながら、狂気の調べを謡うが如く彼女は言葉を綴った。八神には理解できない。こんな存在は知らない。いや、その片鱗は見えていた。これまでの半年近く、何度もこれに近い展開を経験した。そしてそれは、八神の心を麻痺させた。

 

 燃えるように愛を謳うその姿を美しいとすら思ってしまうほどに。彼の心は既に壊され始めていた。

 

「救えないなら殺すしかない。そうすれば、全ては私のモノになる。そうでしょう? あの瞳も、魂の()も、全て全て。だから邪魔者には消えて頂くのです」

「じゃあ、もし神室真澄がその鎖とやらを全て解除できれば諦めるのか?」

「……万が一にもないでしょう。凡人に担うには、重すぎるもの。されど、もしそのようなことがあった日には、そうですわね。大人しく身を引くとしましょう。私の愛が負けた、ということでしょうから」

 

 自分には分からない世界の話だった。だけれど、八神にとって大事なのは魅音を戦力として使用することだけ。それが叶うならば、他は取り敢えず二の次三の次だ。

 

「分かった。方々の伝手も使いながら、必ず神室真澄を消す。そうなるように行動する。そうすれば、僕たちの計画に加わってくれるんだな?」

「ええ。その通り」

「であれば、是非もない」

「それは良かった。私も嬉しいことです」

 

 少しばかり微笑みながら、魅音はこの新しい患者の様子を見る。確かに妄執の如く綾小路清隆に粘着しているのは変化していない。しかしながら、改善の兆しも見られている。そして彼の弱点も理解していた。その自信過剰と軽率さ、自己顕示欲の強さである。これをどうにかするには、一度手痛い敗戦をしないといけない。

 

 だからこその判断だった。おそらく、十中八九八神は諸葛孔明に勝てない。坂柳有栖や綾小路清隆にも勝てない事だろう。それでいい。八神が敗戦すれば、彼はその心を折られる。と言うよりは劣勢になった段階で折に行く。そうすることで八神の心を自分の手中に収め、彼を支配することができるようになる。そうなれば、己の目的達成のために役に立つだろう。八神を駒にして学年を動かし、その裏に自分がいる。そうすれば、出来ることの幅が広がる。それが狙いだった。

 

 そして最悪の場合、神室真澄に何らかの危険を与えつつ八神を切り捨てることで己の保身は出来るようになっているという仕組みだ。証拠がなければ動けないのは知っている。そして、証拠はない。八神はあくまでも道具に過ぎない。治そうとしているのも、駒とするのに綾小路への執着が邪魔だから以外に理由が存在しない。

 

 どうあれ、事態は動く。己の両親を殺した美しき姿に見惚れたその日より焦がれて幾星霜。愛はもうすぐ実る。そう考えながら、彼女は凄絶に笑った。紅い舌がチロチロと蛇のように蠢く。

 

「もうすぐ届く……私の愛」

 

 雲の影が空を覆い、太陽の陽が翳る。その暗くなった室内の中で狂気は静かに、しかれども確かに渦巻き始めていく。夏の熱気が、策謀を焦がしていった。

 

 

 

 

<ドラゴン無双⑧、2つの愛編・IFルートCクラス>

 

 夕暮れの屋上。何事か話があると言われ、呼び出された。分かってはいる。大事な話がありますと言った彼女の表情から、要件は察していた。どういう風に断れば、彼女を傷つけないかをずっと考えていた。答えは結局、今も出ないままだ。私は恋愛なんてするべきじゃない。そういう事をするのに向いている人間でもない。

 

 私は愛が良く分からない。本当に自分が相手を愛しているのかが分からない。そうでなくても私は人殺しだ。任務であったとしても、それに変わりはない。それに、己の自由の為にも大勢殺した。その結果、私が今生きている。仮に相手の想いに応えたとしても、私は国に戻らないといけない。その先に待っている危険ばかりな人生に、相手を巻き込むわけにはいかない。

 

 特に、椎名はそうだ。彼女は平和を愛している。優しく、ちょっと変わったところもあるけれど本とともに生きてる。知性があって、穏やかで。そういう人間だ。理想的な存在だ。だからこそ私のように血と硝煙に塗れた偽りだらけの男ではなくて、もっと穏やかで優しい普通の男子と幸せになって欲しい。親からの愛を知っていて、何の罪も背負うことなく、普通の人生を送って来た、そんな存在が彼女には相応しい。

 

 だから、どういう言葉遣いであれ断らなくてはいけない。そう思って待機していた。Aクラスに上がり、クラスは随分と落ち着いた。龍園もすっかり理想的な君主として君臨している。尤も、学級崩壊した元A&Dクラスに、落ちぶれているだけの元Bクラスはもはや相手にならない。これからは彼らを適度に跳ねのけながら、ポイントを貯めて、龍園に仕えることのできる人材を集めて行くだけのフェーズだろう。そこに、私はきっといらない。

 

 ガチャリ、と扉の開く音がした。振り返れば、椎名が立っている。夕陽に照らされたその顔は赤く染まり、息は荒い。きっと走って来たのだろう、肩が上下に揺れていた。

 

「すみません、呼び出しておいて遅れてしまいました。龍園君と少し、お話ししなくては行けなくて」

「いいえ。大丈夫です。それで……何かお話があると」

「はい」

 

 彼女はぎゅっと手を握りしめる。その足は僅かに震えていて、私を見る瞳もどこか揺れていた。緊張の糸が張り詰めた中、彼女はおそらく私が今までに聞いたことがないくらいハッキリと大きな声で想いを口にした。

 

「好きです!私と――私と一生一緒に居て下さい!」

 

 一生一緒に。何とも重たい言葉だ、と苦笑する。彼女はきっと愛には誠実だろう。恋愛小説を沢山読むタイプではなかったけれど、前に話していたのを覚えている。恋愛小説のような恋はフィクションであっても、少なくとも自分は真剣に恋してみたいと。愛を紡いでみたいと。そして彼女は私をその対象に選んだ。

 

 これは光栄なことだと思っている。そこまで人間関係に、そして恋愛に真剣になれる人が私をその相手に選んでくれたのだから。だけれど、私はそれを受け入れることは出来そうになかった。彼女が傷つくところは見たくない。優しく微笑みながら頁を捲るその瞳に、恐怖の色を映したくない。

 

「ひよりさん、私は……」

 

 言いかけて、次の言葉が出てこない。これまで過ごした時間は、少なくとも心地よいものだった。穏やかで、静かで、でもそこには確かに温かさがあって。僅か1年に満たない期間。だけれど私はそれに居心地の良さを感じていた。ずっとこういう時間が続けばいいと思ってた。そしてきっと彼女を振れば、あの時間はもう来ない。

 

「分かっています。孔明君が色んなものを抱えているのは。私にその全部は分かりません。ですが、いつか話してくれたらいいなと思っています」

「……おそらく、幻滅するでしょう。或いは、もう二度と顔も見たくないと思うかもしれません」

「どんな辛いモノでも、私は受け入れたいと思います。もしかしたら時間はかかるかもしれませんが、絶対にあなたを否定したりはしません。私が貰った大きな大きな物の分だけ、あなたに返したい。まして否定したりなんて……」

 

 彼女は私を見据える。いつもの穏やかな瞳ではなく、しっかりと覚悟の決まった眼をしている。思わず私がたじろぐくらいには。

 

「お返事は今でなくても構いません。孔明君が私に、自分のことを話したいと思ったらそう言ってください。それをOKのお返事として欲しいんです。私は待っています。いつまでも。それだけはどうか、忘れないでください」

 

 彼女は私の手を取る。至近距離に近づいたその相貌はいつもよりずっと不安に満ちていて、いつもよりも綺麗で、大人びて見えた。

 

「もしこの想いがご迷惑でしたら、何もしなくて結構です。その時は、あなたが幸せになれるように祈っています。ですので、もし本当に……本当にご迷惑なら、あなたのことを永遠に忘れられないであろう愚かな女のことはどうか、忘れてください」

 

 それでは。そう言って、彼女はまた走り去っていく。決して運動の得意ではないその足で、息を切らしながら。

 

 

 

 

 どれほど時間が経ったのだろう。夕陽は水平線に沈み、星が空を照らし始める。そんな時になっても私は一向に屋上から立ち去ることができないでいた。きっと彼女は傷ついただろう。私は返事を返しすらしなかった。彼女の思いやりに甘えて、それを放置した。その結果がこれだ。誰も幸せにならない、そんな結末。

 

 月が昇り始めた。ぼんやりとそれを眺める。月には嫦娥という仙女がいるという伝説を、なぜかぼんやりと思い出した。ギ―ッという音を立てて、少しサビた扉が開く音がする。こんな夜に誰だろうと振り返れば、1人の少女が立っている。

 

「どうしたんだ、こんな時間に」

「そっちこそ」

「風邪引くぞ、君も大事な戦力なんだ。休まれたら困る」

 

 私が引き抜いてきた元Aクラス崩壊の主犯格。名を神室真澄。どういう訳か、これまでずっと一緒にいたかのような感覚を覚えたのを、未だに忘れられないでいる。冷たい海風でそのサイドテールが揺れた。彼女は私の言葉に返事を返さず、私の隣でフェンス越しの海を見る。

 

「椎名に告られたんでしょ」

「……どうしてそれを?」

「本人から聞いた。どういう風に告って、どういう展開になったって。筋を通すつもりなんでしょ、変な人。黙ってしまえば、何歩だってリードできたのに、そうしなかった」

 

 波の音が風に運ばれてくる。暫くお互いに言葉を発することがなかった。どういう風に何を言えばいいのか私には分からなかったし、彼女もきっとそうだったのだろう。並んだまま、遠い暗闇を見ている。東京湾の凪いだ海は、夜のそれとは少し違う色をしていた。遠くには工業地帯やマンション群の灯りが見える。星は一等星しか瞬かない。東京の空は無機質だった。だからこそ月が映えるのかもしれない。

 

「月が、綺麗ね」

「……」

「死んでもいいとは言ってくれない、か」

「……すまない」

「いい。分かってたから。きっと答えてはくれないんだろうってことくらい、なんとなく分かってた。でも、ちょっと期待したのよね。保留にしたってことは、私にだってチャンスくらいはあるんじゃないかって。期待して、まぁ案の定こうなった。チョロい女にはお似合いの末路ってわけね」

 

 彼女は私の顔を見ようとはしない。真っ直ぐ前だけを見つめていた。

 

「真澄さん、私は……」

「いい。無理に言わなくていい。私も椎名と同じで返事したくなったら、アンタの全部を教えてくれる気になったら、返事をして。それまでは保留でいいから。一生、それでもいいから。フラれるのだけは嫌だ。絶対に。だからこっちも見ないで。その顔見たら……泣きそうになる」

 

 彼女は淡々と言おうとしながら、涙混じりの声で言う。

 

「アンタのせいよ。1人だった私を、温かい場所に連れてきたアンタのせい。もう戻れなくなっちゃった。龍園は私の恋心は守るって言った。絶対に邪魔はさせないから、お前と椎名とアンタでどうにかしろって。それで今、南雲会長と戦ってる。他のクラスメイトだってそう。ポッと出の私を受け入れた。先生だって、悩んだ時はいつでも言いなさいって。椎名だって、アドバンテージ全部捨てて、私と対等になろうとしてくれる。で、そんなこのクラスは全部アンタが創った場所。だから、アンタのせいなの。幸せで、楽しくて、こんな毎日が良いなって思わせた責任、とってよね」

 

 そう言うと彼女はくるりと背を向けて歩き出す。

 

「じゃ、お休み。また明日」

 

 彼女は扉を閉めて、去っていく。パタパタという足音が遠ざかっていく。彼女は虚勢を張っていたのだろう。きっと限界に近い中、私に思いを伝えきるために。2人は真剣だった。そしてどうしようもないくらいに優しい。こんなどうしようもない人間を好きになって、そして保留でも良いなんて、そんなことを言う。その優しさに甘えている自分が、どうしようもなく醜い存在に思えた。

 

 どうすればいいのか。私はどうするのが正解なのか。どちらを選ぶのが、或いは選ばないのが。断って傷つけたくない。保留のまま傷つけたくない。受け入れた結果、傷つけたくない。どれを選んでも、理想の未来は見えない。風がさっきよりも冷たくなる。2人の愛にすら応えられない、愚か者への罰に思えた。




<おまけ>
男女の性別が逆だったら……?の名前だけ考えてみました。もっとこんなのが良いんじゃないってのがあったら是非。元の名前のエッセンスをなるべく残しながら作ってみました。一部適当ですけど。

諸葛孔明→諸葛亮歌(あきか)(女)
神室真澄→神室(まこと)(男)
坂柳有栖→坂柳有斗(ゆうと)(男)
葛城康平→葛城康乃(やすの)(女)
綾小路清隆→綾小路清香(きよか)(女)
一之瀬帆波→一之瀬波琉(はる)(男)
龍園翔→龍園翔子(しょうこ)(女)
堀北鈴音→堀北(れい)(男)
櫛田桔梗→櫛田梗也(きょうや)(男)

南雲雅→南雲雅月(みやび)(女)
堀北学→堀北学美(まなみ)(女)
橘茜→橘(あお)(男)

次回からはいよいよ章も変わり、無人島編の本番です。心折れそうですが、頑張っていきます……。

いつも感想・高評価などなどありがとうございます!特に感想は頂く度に嬉しく思ってます。これからもどうぞよろしくお願いします!


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2-3章・In the middle of difficulty lies opportunity.
72.優しさと強さ


さて、いよいよ島です。大変だぁ……。ルール難しいんですが……。


優しさこそ、ほんとうの強さだ。

 

『ジェームズ・ディーン』

――――――――――――――――――――――――

<七瀬翼の独白>

 

 あの時の衝撃は、今でもよく覚えています。何の前触れも無く、突然告げられた急な別れ。あのありふれたファミレスの情景とBGMが、あの時ばかりはやけに不釣り合いだったことを思い出します。銀色の髪に白い龍をあしらった眼帯を付けた少女。自分と年端もそう変わらないと思しき彼女は、己を軍人と言いました。自分とは縁遠い存在であると思っていたモノは、思ったより自分の側にあったのだと知ることになります。

 

 彼は、私の頭をその温かい手で撫でてくれた。優しい微笑みは、いつだって私の心を癒してくれた。真剣な眼差しは、私の憧れだった。でも、それはいつの日にか曇って行って、何もできなかった私は、ただ励ますことしかできなかった。自分の無力さを呪いながら過ごしていた日々に、彼らは良くも悪くも変革をもたらした。

 

 彼が夢を掴めないなんてことはあってはいけない。だから、私は彼を応援することにしました。この国が、彼の努力と強さと優しさと、そしてそれ以外にもある多くの美点を認めないなら、それを認めてくれる場所で。そこで輝いてくれればいいのだと、そう思いました。

 

 だからこそ、送り出しました。さようならではなく、また今度と言って。夜の闇の中、遠くへ消えていく車。それを見送り続けた私は、いつしか涙を流していました。止まって欲しいのに、まったく止まらない。もしかしたら今生の別れになるかもしれない。そう思うと、どうしても泣かずにはいられなかった。

 

「安心してください。我々が必ず、彼を送り届けます」

 

 そう言いながら敬礼して車に乗り込んでいく陽動部隊の方々。私に出来るのは、彼らを信じることだけ。そして……せめてもの復讐。それはホワイトルームに敵対している彼らの司令官に協力して、あの組織を潰すこと。彼の夢を、栄一郎君の夢を奪ったホワイトルームを私は決して許さない。そう、これは正義の戦いなのです。これまであの組織のせいで不幸になった多くの人の想いを背負った正当な復讐なのです。

 

 泣いていた私に、そっと上着をかけてくれた瑞季さん。彼女がいれば、私の身柄は安泰だろうという話でしたが、実際安泰でした。ホワイトルームとは何の関係もない不良に絡まれた時、気付いたときには全員倒れ伏していたのでその実力はきっと折り紙付きなのでしょう。

 

 結構快活で、かつ話も合ったために護衛云々を関係なく良好な友人関係を築けたと思っています。彼女とともに、司令官に力を貸すことできっとうまくいく。そう思いました。残念ながらクラスは別々になってしまったものの、高度育成高等学校に入学。最初、ご迷惑をおかけしてしまったものの、司令官である諸葛少将……ここでは諸葛先輩も快く接してくださいました。

 

 私たちの救世主、偉大なる諸葛閣下。その使命のために命を預ける瑞季さんの気持ちはよくわかる気がします。私にとっても、栄一郎君にとっても彼は救いの神でした。ですので――えぇ、ですので。あの方がここで学生生活を送ることを助けるのは、当然の行いなのです。クラスなど二の次三の次。正義のため、大義のために私は戦っているのですから。

 

―――――――――――――――――――――――― 

 

 

「うみだーー」 

 

 一見するとまるで海を見たことが無いような声が響く。ちょっとは感動が入っているような気もしないでもない声色。あんまり表情は動いていないので、そこまで喜んでもいないんだろう。

 

「もう少し声に感動を含めたらどうなんだ。と言うか、これ去年も言ったな……」

「そうね」

「もう1年、か」

 

 あの夏休みから1年が経った。改めて時の流れの速さを実感する。もう1年だ。来年無人島があるのかは知らないが、あるとしても今回を除けば残り1回だけになる。少し名残惜しい気分にもなってきた。去年の島は結構楽しかった。特別試験というよりサマーキャンプのような雰囲気の中、約1名を除いてかなり楽しい思い出を作れたんじゃないかと思う。結果として試験も勝利して、万々歳だった。

 

 あれのおかげで私は今の地位に就く地盤を整えたし、真澄さんも支持を集めた。そう考えるとあの無人島と学校には感謝しないといけないのかもしれない。今回も小笠原諸島かと思ったが、船の航海計画を除いたところ沖縄方面に向かうことになっていた。台湾にほど近い海域にある大海島という場所だ。

 

 前回の無人島では海保の巡視船が2隻同行していたが、今回は数が増えて3隻が同行している。1隻が先行し、残りの2隻が左右両側を航行している。まず間違いなく紛争地帯に近いからだろう。ここ数十年まともな戦闘は起こっていないが、台湾沖はウチの本国と民国政府の紛争地帯である。元はと言えば、1945年に新京条約で台湾は日本領で良いと共産党+私の曾祖父が率いる四川軍閥が了承してしまったのが始まりだ。その後、国共内戦を経て日本領だった台湾を蒋経国が武装占拠してそのまま居座り今に至る。現在も日本とは反共では協力しつつも領土問題を抱えたままだ。

 

 そんなところに生徒を送るなよ! と思ったが、この学校にそういう配慮を求めるのは無理だろう。後、単純に全校生徒で特別試験をやるための会場がこの辺の海域にしかなかったのかもしれない。どっちにしたってしょうもない話だ。

 

 今日まで1月ほどではあるがDクラスとの共同作業も多く行ってきた。そしてその中には試験内でどんな課題が出るか分からないことに起因する勉強会なども存在している。これはAクラスが生き残るために取った戦略だ。本来は他クラスの強化に繋がる行動を行うのは良くない。しかし今回はDクラスと一蓮托生である都合上、強くなってもらわないと困るのだ。

 

「しかし、何がサン・ヴィーナスだ。どっちかと言うとエスポワール号だろうに」

「賭博はしてないじゃない」

「それはそうだけども。……というかキミ、どこでそれ読んだの」

「アンタが私の部屋に置きっぱなしにしてる段ボールの中に入ってたけど。人の部屋、物置みたいに使ってるんだからそれくらい良いでしょ」

「別に構わないけど、もっと色々面白いのあっただろうに」

「取り敢えず目についたのから読んでるから」

 

 あまり涼しくはない海風に吹かれながら、時計をチラリとみる。特別試験の追加説明会が間もなく行われる。場所は船の中の映画館。確かに、多くの生徒を集めつつスクリーンを使用できるという意味では結構適した場所なのかもしれない。

 

 現在は1年生が説明を受けている最中なので、入れ替わりで2年生が入ることになる。どういう席に座るかは自由らしいが、グループを組む生徒はその人間同士で組んだ方が効率的なのも事実。これまでDクラスとは綿密な交流を重ねてきたが、それでも改めて戦略を話し合う場は必要になって来る。考えることはどこも同じで、まだ時間まで少しあるが既に何人かは集まっていた。

 

「お、いたなー!」 

 

 遠くから声と共に手を振る姿。Dクラスの石崎だ。真澄さんが今回の試験において小グループを組んだ相手でもある。後ろには同じく真澄さんのグループにいる木下の姿も見えた。彼は善良な生徒とはそこまで言えない人物ではあるが、龍園に対する忠誠心は真摯なものがある。木下は去年の体育祭で龍園の計により足を意図的に負傷していたことで記憶に残っている。中々思い切ったことを了承していたので、その決断力は感服した。

 

「神室に諸葛か。俺、邪魔だったか?」

「いえ、特には」

「そりゃよかったぜ! 神室も、改めてよろしくな。今回の試験、このルール説明もだけどよ、俺たちはちょっとアレだからな。お前の頭が頼りだ!」

「俺たちって、私も含めないでよ」

「お前だって俺と大して変わんないだろ、木下。陸上ばっかで成績ギリギリなの知ってんだぞ」

「だからってここで言わなくても良いじゃない! ごめんね、神室さん。石崎君時々無神経だから」

「別に気にしてないから。それと、頼りにされてるのは嫌な気分じゃないけどそっちも頼んだわよ。まぁ、最善は尽くすけど」

「おう、任せとけ!」

 

 石崎は自信満々と言う様子だ。どこからそのポジティブさが出てくるのかは分からないが、元気なのはいいことであると思う。少なくとも、悲観的になっている間は成功率というものは著しく下がってしまう。

 

「木下さん、最近部活の方が好調らしいですね」

「えっ! 知ってるの?」

「ええ。西川さんから聞いていますよ。今回の試験でも、真澄さんをお願いしますね。坂柳さんのことも、ついでに」

「わ、分かった! 諸葛君がそう言うなら! 頑張るから、応援しててね」

「それは勿論」

 

 話しかけてもちょっと上ずった声の返事が返って来る。顔も赤いし、何か緊張しているのかもしれない。龍園と言う絶対君主と対等に話している人間なせいでそういう扱いを受けることもある。ちょっと悲しいところだ。私は人当たりはよくしているつもりなんだけれど。おかしいなぁ。正統派アイドルの真似してなるべくにこやかにするようにしてるんだが。報われない努力なのだろうか。ちょっとブルーになっていると、2人にバレないように真澄さんが思いっきり足を踏んづけてくる。痛い。

 

「Aクラスも、ありがとうな。龍園さんは多分言わないから、俺が代わりに言っとくぜ。これまで、色々教えてくれて。勉強とかな。俺さ、今中学生からやり直してるんだ。ちょっと前は小学生のやってた」

「それはまた遡りましたね」

「交流とか勉強会の時とかに言われたんだ。分からない原因探って、一番前からやり直せって。そしたらちょっと分かるようになって来た。俺だけじゃなくて、木下もうそうだし他の奴らもそうだぜ。皆言ってる。勉強、分かるとちょっと楽しいってな」

 

 少し照れるように彼は言う。木下も同意見なのか、少し恥ずかしそうにしていた。

 

「俺さ、初めてだったんだぜ。分かんねぇことは何回もあったけど、親は馬鹿だし、先生に聞いてもダメでよ。何回も聞いたら怒られて、それでもういいやめんどくせぇってなった。そっからずーっと放置してた。でも怒られなかったんだよなぁ。何回も同じようなこと聞いちまったけど、ずっと根気よく教えてくれた。出来たら喜んでくれた。なんつうか、誤解してなぁって思ってよ」

「誤解、ですか」

「Aクラスはガリ勉のつまんねぇ集団って勝手に思ってた。お高くとまって、勉強できない奴の事見下してるんだって。だけど……Aクラスって優しいんだな。少なくとも俺はそう思った。試験の時はすんげぇ怖い相手だけど、普通に話してたら優しいしな」

「出来ないことを笑わないしね」

 

 石崎の言葉に、木下が付け足す。私はAクラスの指導担当であるため、Dクラスの勉強を見る役目自体はウチのクラスの各員に丸投げしている部分があった。教えることは自分の理解度の再確認になる上に、言語化することで思考の整理にも繋がるから悪いことではないと思って推進した。結果、多くの生徒が教える側に回ってくれたように思う。無論、椎名のように必要ない生徒もいたが、Dクラスの生徒にとっては随分役に立ったようだ。

 

「授業中、坂上先生にも褒められたぜ。『君の口からわかんないです以外の言葉が出てきたことが嬉しい』ってな」

「それは良かった。考えることが大事ですからね。思考を放棄するのは楽な選択肢ですが、その先に未来はありませんので」

「でもいいのか? 俺たちが強くなると、困るのは……」

「問題ありません。これくらいで抜かれるほど、ウチの生徒は弱くありませんので」

「それもそうだな! いやぁ、壁は厚いぜ」

 

 しかし……そうか。真澄さんの成長は一番近くで見てきたからよく知っていたけれど、それ以外の生徒もしっかり成長していたんだな。他クラスの人間の言葉だ、贔屓目無しに見れる。それに、石崎は良くも悪くも取り繕うということをしない率直なタイプとみている。こういう人物からの言葉は、本当の可能性が極めて高い。

 

 確かに最初のAクラスは彼が誤解していたと語る通りの生徒が多かった。成績を鼻にかけて、他クラスを見下す。そんな生徒も多くいた。だが1年経てば人は随分と変わるらしい。石崎の言葉もだが、木下の言った「出来ないことを笑わない」と言うところが一番嬉しかった。出来ないのは悪いことじゃない。これから出来るようになればいいし、そういう努力をしていけばいい。それが一番大事なことだと思っている。

 

 優しさは強さだ。余裕のない者はそういう風に振舞えない。ウチの生徒たちの成長を他クラスの口から語られるとは思っていなかったが、嬉しい発見だった。

 

 そうこうしている間に1年生の説明が終わったようで、入れ替わりが行われている。入り口が複数あるので、一方通行にしているのは賢い選択だ。この学校はこういう部分には気が回る癖にシナ海近くに船を送るという大きめな配慮が出来ないのが一番謎かもしれない。

 

 真澄さんと石崎・木下の3人は私に別れを告げて席を取りに行く。彼女があの3人の頭脳担当なのだろう。それにしてもOAAの身体能力が高い3人が集まると全員パワー系に見える。タンク担当が石崎で頭脳担当が真澄さん、スピード担当が木下だろうか。だがウチの真澄さんだって走る速さは負けてない。今年の体育祭があるなら、勝負しているシーンも見られるかもしれない。

 

 私も席を取るが、肝心の龍園が来ない。彼は遅刻癖があるのか何なのか、いつもギリギリだ。そういう所は直した方が良いと思う。別に遅れたって偉大さアピールにはならないし、ただ時間の読めない奴扱いされるだけだ。特にこの国では。一応彼の分の席も隣に確保しておく。中々来ない彼女を待ってる男の気分だ。ただし、相手は彼女ではないので嫌になってくる。

 

「よう」

「キミはいつも時間ギリギリですね」

「間に合ってんだからいいだろ」

 

 やっと現れた龍園は、ドカッと私の隣の席に座る。確保していたというのは伝わったらしい。

 

「それで?」

「あ?」

「何も無いんですか。わざわざ席を取ってあげたのに。そういう時はありがとうって言うんですよ。どんな些細なことでもね。何も激しくお礼しろなんて言ってませんが、せめて軽くお礼を言えばいいのに」

「はっ、なんで俺がそんなことしなくちゃいけねぇんだ。王のために場所を取るのは当たり前だろ」

「私は君の同盟相手であって臣下じゃありません。対等同盟のはずですがね。それに、君主こそ礼節を上手く使いこなすものです」

「そうかよ。……ちっ、ありがとな」

「いざ言われると気持ち悪いですね。どういたしまして」

「お前が言えって言ったんだろ! 調子狂うぜ、まったく……」

 

 龍園はこめかみを抑えながら首を横に振っている。なんとなく彼のことが理解できてきた。中々どうして面白い。いじり所を間違えると大損害だが、上手くやればこういう反応をさせられる。これは新たな知見だ。龍園の特質なんて分かっても何も面白くはないが、ツンギレタイプの接し方の参考にはなるだろう。

 

「では、これより無人島における特別試験のルールを説明したいと思う」

 

 去年と同様に、ウチの担任が説明を行う。スクリーンの横で話している姿は無声映画の弁士みたいだ。

 

「無人島に滞在する期間は明日からの2週間。昨年の無人島と同様に自分たちで自由に生活を行ってもらうことが基本になる。試験期間中続行不可能な怪我や体調不良に陥る、もしくは重大なルール違反を犯した場合は容赦なくリタイアと言う形を取る。この後、一定の条件下で小グループを複数組み合わせた大グループを作成できるが、全員がリタイアした場合、そのグループは失格となり順位が確定する」

 

 そして下位5グループになると、退学だ。最悪なこのルールはポイントで防ぐことはできる。単独だと600万。3人だと1人につき200万。人数に応じて必要な額は減っていくが、支払えた人しか救済は実行されない。まぁそうそう下には行かないと思うが……一応覚えておかねばならないことだ。

 

「では次に、勝利条件を伝える。各グループには順位を決めるため、『得点』を集める戦いをしてもらう」

 

<2年次夏季特別試験ルール⑦・得点決定方法>

 

Ⅰ無人島を100に分けたエリアに一定時間毎に向かうよう指示される『基本移動』

 

・たどり着くのが早かった順に『着順報酬』として1位に10点、2位に5点、3位に3点。指定時間内にたどり着けた者には等しく1点。

・エリア告知は試験の初日と最終日は3回、それ以外の12日間は日に4回

・ゴール時間は7時~9時、9時~11時、13時~15時、15時~17時

・3回連続でスルーすると1点減少。4連続だと1度に2点、5連続だと1度に3点と回を重ねるとペナルティーが重くなる。

・ペナルティーはスルーを止めると累積値が0に戻る

・全員たどり着く必要は無い。ただし、到着ボーナスは人数分減る

・着順報酬はリタイア無しかつ全員が指定エリアに到着している場合のみ発生。最後の生徒を順位とする

・エリア指定が不可能な場所は指定されない

・1日4回のうち3回は最後に指定されたエリアを中心に前後左右2マス以内、斜めは1マス以内に再指定される

・1日1回だけは法則に当てはまらない例外となり、どこに設置されるかは不明。ただし、ランダムは連続しない。

 

 

 体力勝負になることは明白だった。移動は結構時間がかかる。龍園と私は身軽なコンビではあるが、龍園はあくまでも一般人。体力はあるが無茶させすぎると壊れてしまう。最悪私が担いで飛び回るしかないだろう。多分乗り心地は悪いと思うが。

 

 得点を集めるのも維持するのも面倒だ。着順報酬を無視することもできるが、10点は無視できる数字とも思えない。下手な移動もリスクになるし、厄介なルールだ。だが、どうやって着順を調べるのか。その説明がされ始めた。

 

「もう1つの方法に移る前に、これを見てもらいたい。試験開始から終了まで生徒にはこの腕時計を身に着けてもらう。その他に腕時計と連動するタブレットも支給されるが、その説明は後で行う」

 

 無人島に電波飛んでるってこと? 金あるなぁ。このために整備したのか何なのか知らないが、これを血税でやってると知れば支持政党に関係なく暴動が起きそうだ。もう1回日比谷が燃えかねない。

 

「この腕時計は時刻の確認だけでなく、得点を得るために必須の道具である。基本移動の得点などは全てこの腕時計を元に集計されるからだ。また、時間内に指定エリアに入るとその旨の通達が来るなどの機能もある。ただし、多少のタイムラグもあるので時間ギリギリ、或いは即座にエリア外に出ると未計測になる事があるので注意するように。得点が入ったかどうかは必ず腕時計の通知を確認してもらいたい。更に、これは装着者の体温・心拍数・血中酸素・睡眠時間・ストレスレベルなどをモニタリングできるようになっている。何らかの項目が一定ラインを超えた場合はアラームが鳴る」

 

 例としてアラーム音が鳴り響く。何だろう、そこはかとなく漂うディストピア感。実は毒針でも仕込まれてるんじゃないかと思ってしまう。私の睡眠時間だとずっと鳴り響いてそうだ。心臓止めて仮死状態、みたいなことをやると容赦なくアウトだろう。ストレス値の基準も不明だし、正直よく分からない。こちとら40度くらいまでは熱出ても動けはする。

 

「アラームは最初警告のため5秒ほどすると自動で停止する。しかし、規定を超えたままの状態が続くと10分後に再度警告アラームが鳴る。それがさらに続くと緊急アラートに切り替わる。そうなると24時間以内にスタート地点でメディカルチェックを受けてもらう。無視、或いはたどり着けなかった場合には状況次第でリタイアもあるだろう。また、この緊急アラートは手動で切らない限り鳴り続けるので、5分間停止されない場合は教職員と医療班がGPSを元に駆け付ける。なお、不正が出来ないよう特殊な工具を使用しないと取り外せない仕組みになっている。何かしらの方法で強引に外すと、自動的に得点機能をストップさせる」

 

 やっぱりディストピアじゃないか。外せないとかまんまそのパターンだ。いつから日本はそんな頭おかしい感じになってしまったのか。ウチの国ですらここまでしてないぞ。スマホを使用しないと社会生活を送れないようにしたうえで位置情報や電信監視は行ってるけど……。

 

「また、強い衝撃で物理的に破損した場合や通常使用の範囲内であっても何らかの理由で機器の一部に異常が出た場合も機能はオフになる。その際はスタート地点で交換を行ってもらう。さて、ここまで説明したところで基本移動の話に戻そう」

 

 

<⑦のⅠ、追加>

 

・腕時計内に全12通りの『テーブル』が存在する。そのテーブルごとに指定されるエリアは異なる。

・グループを組んでいる者は皆同じテーブルになる。大グループを形成した場合も、書き換えが行われる。

 

 

「次に得点を得る方法の2つ目を説明する。それは無人島の各所に設置される『課題』をこなすことで得点を得るというものだ。課題は7時~17時まで随時各所で行われる。100に分けられたエリアだが、同一エリア内に複数の課題が出ることもある」

 

 スクリーンには一例が表示された。

 

「タブレット上のみで確認できるこの赤い点に課題が設置されている。この課題の有無を示す点はいつ出るか、どこに出るか、どんな課題であるかは予測できない。出現して初めて知ることができる」

 

 

課題例①・『数学テスト』 分類:学力

参加条件……課題出現から60分以内のエントリー

参加人数……1人(グループ内から1人)、10人で締め切り

勝利条件……点数を競う(学年ごとに出題内容は違うが、同レベルに調整)

報酬……1位5点、2位3点、3位1点。入賞者には1日分の食糧支給

 

課題例②・『砲丸投げ』 分類:身体能力

参加条件……課題出現から30分以内のエントリー

参加人数……3人グループ以上、6グループで締め切り

勝利条件……3人の合計飛距離で競う

報酬……1位10点、2位5点、3位3点。参加賞として全グループは景品を1つ選択可能

 

課題例③・『釣り』 分類:その他

参加条件……課題出現から120分以内のエントリー

参加人数……2人グループ以上、8グループで締め切り

勝利条件……1時間以内に一番大きなサイズの魚を釣った生徒の勝利

報酬……1位15点

 

 

 色々表示されているが、テストの場合本当に同じレベルに調整できるのかという部分がある。問題が違えば、完全な公平性は作成できない。その辺はやはり適当と言わざるを得ないだろう。しかも最後の釣りとは何なのだろうか。これは完全な運頼りでは? 歴戦の釣り人でも丸坊主という日もある。その他じゃなくて運ゲーに分類を変更するべきではないだろうか。

 

「課題で必要とされる能力は学力4割、身体能力3割、その他3割で構成されている。その他には、細かい技術を要するものから単純な運頼りまで多岐に渡る。無論、同じ課題が複数出現することもあるし、同じ課題に複数挑戦することも可能だ。そしてこの課題は実施場所で必ず教職員が待機している。その者に受付希望を行うと、腕時計とタブレットを介してエントリーできる」

 

 こうなると、人数を2人にしたのはいい塩梅だったかもしれない。ソロでは出来る課題の数が少ないことが予想される。2人ならばそれよりは出来る課題の量が多いだろう。

 

「タブレットではどの地点でどのような課題が行われるかを確認できるが、課題の実施が終了した段階で情報は消える」

 

 課題実施の間は参加可能として表示される。つまりたどり着いてももう締め切り、ということもあり得るということだ。中々に意地の悪いルールとしか言えない。

 

「4日目から、この課題報酬の中に『グループ人数の最大数を解放』というものも行われる。1位を取れば最大上限の3人、2位で2人、3位で1人解放される。現時点で単独グループの者が6人のグループを作る場合、最低でも1位と2位を1回ずつ獲得する必要があるだろう。また、最大上限まで解放されたグループは」以後この課題に挑戦できない。なお、特殊カード『増員』の持ち主はこの課題に関係なく大グループに加われる」

 

 私と龍園のコンビには必要ないが、それ以外のAD連合必勝チームには必要になって来る。とは言え、必勝を企図して作成したのだから1位を取ることも出来るだろうと踏んでいる。

 

「課題の条件を満たし、増員を行えるようになった場合引き入れたいグループ側から腕時計の機能を使い、メインリンクを起動させる。その後、合流する別グループがペアリングを起動させ、受け入れ中の腕時計に接触させるとグループ作成だ」

 

 なんか、ポケモンみたいだ。メガシンカに近い雰囲気を感じる。この試験作った人の中にゲーマーがいる気がするのだが、気のせいだろうか。

 

「だが、グループ人数解放の課題はそう多くは用意されていない。全体で2~3割が報酬を得られるにとどまるだろう」

 

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑦・得点決定方法>

 

Ⅱ課題

 

・課題は7時~17時の間。初日は10時~、最終日は15時で終了。

・課題は学力、身体能力、その他に分類される(割合は4:3:3)

・課題出現時間と場所は予測できない。実施状況を知るには現地へ行く必要あり。

・上位入賞者は得点や報酬を貰える

 

 

「次に、月城理事長代理よりご挨拶を賜りたいと思います」

 

 この試験の立役者であろう男が姿を現す。彼と私とは奇妙な関係だ。お互いの好感度は悪くない。だが綾小路をめぐって対立している。だからと言って綾小路を退学させたいとは思わないが、もし仮に彼がいなくなれば我々は良い関係を築けるのではないかと思っている。

 

「理事長の月城です。この無人島試験ではこれまでに前例のない大規模な試験が行われます。気を引き締めて頂くことは当然ながら、学生としての自覚を忘れることの無いよう取り組むようにしてください。私からは1つだけ、皆さんに注意点を説明いたします。学校は生徒である皆さんを守る立場であるため、最大限安全と秩序の監視を行います。ですが、無人島ではすべてに監視の目は行き届きません」

 

 ならやるなよ、というツッコミをしておく。例えば、去年の場合はそれでもクラス単位で行動していたため相互監視も出来たし、助け合うことも出来た。個人に襲撃をかけるなんていう暴挙は出来なかった。だが今年は違う。ソロ勢は特に危険が生じる。

 

「特に多く発生すると思われるのが、男女の違いによる敏感な問題です。仮に性的なトラブルが発生した場合は、我々は事実確認ができ次第問答無用の退学と致します。救済も認めません。また、躊躇することなく警察へ通報し、その後は司法に委ねることになりますのでどうかお忘れなきよう」

 

 当たり前ではあるが、大事なことだ。これだけ広い、衆人環視の無い場所。何かをしでかす人間がいてもおかしくない。2年生にはいなそうだが、3年や1年は分からない。ウチの坂柳なんて襲われたら抵抗できないし、当然のルールだ。

 

「それからもう1つ。無人島での滞在が長くなればなるほど、自然とフラストレーションは溜まるものです。食糧不足や水不足、課題での疲れ、慣れない環境での疲労……。ストレッサーは多い。時には生徒間でトラブルになることもあるでしょう。その場合は、ある程度ではありますが、自力救済を行って頂きたい。ありていに言えば、自分で何とかしてくれ、ということです」

 

 自力救済とは大きく出たものだ。それには暴力沙汰や脅迫も含まれることだろう。そもそも、この言葉自体が中世日本の社会通念を指した言葉である。鎌倉から戦国にかけて、日本社会は自力救済が基本だった。襲われたら自分で何とかする。そういう社会である。

 

 動揺したような態度を見せる学校側。とは言え、間違ったことを言っているわけでもない。監視できない以上、自分でどうにかしてくれと言わざるを得ない部分がある。なら試験をやるなよと言う話に戻るのだが、それを言い始めるとキリがない。もしやるならば、という前提で考えればしょうがない部分もあるだろう。学校側の怠慢なのだから、彼を攻めるのは間違っていると思うのだが。

 

「今、撤回するように仰せつかりました。ですが、致しません。何故なら一切の揉め事なくというのは不可能だからです。トラブルは起こる。それを前提にするのは当然の考えであります。しかしながら、何でもかんでもどうにかすればいい、という訳ではありません。自力救済とは言いましたが、それはあくまでも交渉・取引・契約などによって行ってください。無論暴力沙汰や脅迫恐喝などは一切許容しません。発覚した場合は事実確認を行い、悪質な場合はただちにリタイアさせ、退学もあり得ます」

 

 何と言うか、責任をどうにかこうにか逃れようとしているようにも見える。注意したからな、やっても知らんぞという脅しでもあるだろう。龍園は若干不満そうな気配を出している。自力救済と言われた辺りでスゴイ楽しそうにしていたのに、今は仏頂面だ。

 

「以上となります。どうか、高度育成高等学校の生徒に相応しい行動をお願い致します」

 

 相応しい、ね。どういう生徒が相応しいのか知らないが、もし仮に各クラスのリーダーがそれにあたるとしたら、中々笑えてくる。龍園と私なんてどうすればいいんだ。相応しくないの権化だろう。特に表も裏も真っ黒な龍園。私の場合は裏で政敵を粛正した&真澄さんを最初に脅しただけなのでまだセーフ、ツーアウトってところだろうか。

 

「……理事長代理、ありがとうございました。では最後に生活を送るにあたって必要不可欠な物資の説明に移る。先だって、無人島限定で使用できる買い物に必要なポイントの説明を行う。個人に与えられるのは基本5000ポイント。それらを使い、ここにある一覧から自由に購入し利用できる。なお、先行カード所持者にはさらに2500ポイントが追加される」

 

 先行カードは真澄さんが持っていた。後は私の相方でもある龍園も同じカードを持っていた。つまり、我々が使用できるのは1万2500ポイント。それなりに色々買えるだろう。

 

 分厚いカタログが送られてきた。このためだけに作られたのだとしたら、やっぱり金の無駄でしかない気がする。カタログギフトみたいになっているが、そんなに楽しいモノでもない。大手メーカーから無名の会社まで色々ある。協賛という形で提供しているのだろうか。一般流通前の試験使用にも使える。癒着の匂いがする。今更ではあるが、せめてコンペか何かしたのだと思いたい。中国の企業も存在している。関係の深い会社も数社存在していた。

 

「品物は今配布しているマニュアルに全て記載されている。各自何を購入するか話し合うなり自分自身で決めるなりするといい。購入は明日の6時まで受け付けるが、試験開始後もスタート地点に用意してあるショップで追加購入も出来る。ただし、現地購入は2倍の値段になるので注意するように。また、スタート地点には無料で利用できるトイレやシャワー室、2日目以降は給水所を設置するため立ち寄った際は利用するといい。ただし、水に関してはその場で飲むこと」

 

 試験とは関係ない夜の時間などに利用するのも悪くないだろう。その他にも歯ブラシやTシャツなどの下着、アメニティ用品は配布される。簡易トイレ、虫よけスプレー、日焼け止め、生理用品なども支給だ。特に最後のは無いと女子生徒に殺されるだろう。主に先生と月城が。

 

 カタログの中には本当に色々入っていた。トランシーバーに釣り竿、食料や水。テントもある。去年より商品が増えている。去年これだけあればもっと良かったのだが。水着や浮き輪なども売っているうえに、レンタル制度もある。やはりどう過ごすかは自由、ということなのだろう。

 

 水、水かぁ。狐がいないなら飲んでも良いんだが、龍園が大丈夫かどうか。この試験、実質龍園の介護を行いながらやることになりそうだ。彼に倒れられても困るので、しっかり配慮をしないといけない。浄水器もあるにはある。とは言え、結構値段はする。4000ポイントはかなりの額だ。普通に煮沸すればいいか。何とかなるだろう。

 

 また、バックパックは大きさが多岐に渡り、1つ自由に選べるらしい。これは普通に便利だ。生ものも売っているが、これは却下。日持ちがしない。携帯食が少数あればなんとかなる……よね? 龍園と相談だ。彼がどうしたいかに委ねるべきかもしれない。実質的にどうにでもなるこっちとは違うのだから、彼の意見を優先するべきだろう。

 

 テントは1人用が1000ポイント。2~3人用は1500。これはあっても良いかもしれない。けれどこれも龍園の(以下略)となりそうだ。なお、男女で共用はダメらしい。合意の上なら良いと思うのだが、無用のトラブルを防ぐためだろう。そもそも学校側は男女の仲が深まることをあまり推奨していない。真澄さん、時々私の部屋で寝落ちしているんだが、それは良いんだろうか。そういう日はベッドが占領されるので私はソファとかで寝ている。

 

「なお、食料など各種物品の譲渡などは自由だ。当然両者の合意があっての上ではあるが、こちらから条件などは一切設けない。得たものは自由に使ってくれ」

 

 同学年ならある程度はフォローした方が良いだろう。この試験はクラス対抗でもあり学年対抗でもある。特にクラスメイトの場合は、絶対に助けないといけない。

 

「それから、お前たちには腕時計同様タブレットが支給される。これは必要不可欠だ。スタート地点の他にも課題を行っている間に充電することができる」

 

 

<2年次夏季特別試験ルール⑧・タブレット>

 

・全生徒に支給され、スタート地点と課題中に充電可能。(連続駆動は8時間ほど)

・地図を閲覧可能。指定エリアや自分の居場所も確認できる。

・課題の位置や詳細な報酬も確認できる。

・試験4日目~終了まで上位と下位の10組について、得点を確認できる。

・上位と下位10組並びに自分のグループに限り、総得点の内訳も閲覧できる。

・6日目以降、全生徒の現在位置を確認できるGPSサーチを使用できる。

・サーチの際は1回につき1点を消費する。

・試験全体に影響する問題が起こった場合、学校側からメッセージが届く場合がある。

 

 

 課題をやっている間に充電する事も出来るが、モバイルバッテリーがあった方が安全かもしれない。上位はともかく、下位の確認はありがたい。クラスを預かる身としては、しっかり状況を把握したいところだ。

 

「どのバックパックにどの程度入るか、また商品のチェックのためにサンプル品を置く。各自自由に確認するように。展示は別室にて、今から日付が変わるまでの間に行われる。そして最後に。夏場と言うこともあり気象状況が変化することも想定される。注意報・警報レベルの自然災害が予測される場合は試験を丸一日或いは数時間停止する。ただし、試験日程に変更はない。また、無いことを切に願うが国際情勢の変動に伴い、この海域に退避命令が出た際は即刻試験を中断する。更に、昨年同様海難事故の危険性を鑑み、海上保安庁の巡視船が3隻巡回している。万が一の際は指示に従うように。以上だ」

 

 真嶋先生は説明を終了させ、マイクの電源を切る。国際情勢の変動、ね。まぁ要するに台湾海峡で有事が発生したという場合だろう。だからこんなところで試験をやるなと……。とは言え、その心配は一応ない。党の中央軍事委員会でそんな話は全く出ていない上に、人民軍全体が反対姿勢を示している。もう国際情勢を戦争でどうにかする時代ではないのだ。

 

 生徒はサンプルを確認するために前に詰めかけていく。さながらセールのスーパーか年末年始のデパートのよう。あそこに今行くのは面倒だ。

 

「で、何か思う所はありますか。私は君に合わせようと思いますが」

「それでいいのか?」

「えぇ。私は基本、身一つで放り出されてもどうにか出来る自信がありますので」

「ケッ、そうかよ。真面目な話、食料は携帯食で良い。寝床は長丁場を予想するとテントくらいは欲しい。俺は去年、1人で生き延びた。今回はお前もいる以上、どうにかなるだろう」

「分かりました。では、そう言う方針で選定を行いましょうか」

 

 遠くでは石崎が大量の水を背負おうとして膝を折っている。あんなに詰め込んでも持ち運びに苦労するだけだろう。正直、そういう戦術は無理だと思う。案の定真澄さんにくだらないことしてないで、と言われている。龍園は頭痛そうな顔で石崎を見ている。何やってんだ、という感情がありありと伝わって来る。彼も苦労しているようだ。

 

 どのような展開になるかは分からない。綾小路を狙う動きもあるだろうし、不本意ながら存在している我が親族も何を行うか読み取れない。どちらも瑞季と七瀬に報告はしてもらうが、特に後者はそれも織り込み済みで動いてくるだろう。簡単ではない戦いではあるが、人死にが出なそうな部分だけは安心できる。

 

 そう、この学校で行われる全ての戦いは、私にすれば青春の1ページに過ぎない。誰も死なない作戦など、そういうものでしかないのだ。




メリークリスマス!クリぼっちの私にお恵みを……(訳:感想とか待ってます!)

3期のOP付きPV公開されましたねぇ!ワクワクしてきました。やっぱり二次創作書いてると、自分の作品が映像化してるシーンを妄想してしまいます。もし私の作品を映像化して、かつアニメ3期の時系列だと……多分混合合宿より坂柳事件の方がメインで扱われることになりそう。公開前のビジュアル公開とかで、不思議の国のアリスとタイトルに書かれた本を持ちながら、燃やそうとしてる孔明の絵とかになるんでしょうか。止められないですね、こういう想像。モチベーションにもなります。


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73.火蓋

原作未所持勢の方は大変申し訳ない。升目は全部原作に掲載されているものを参考にしています。所持勢は参照していただくと、どの辺に誰がいるのか分かるかなぁと。なお、綾小路や堀北のテーブルは原作と同じとします。変えるともう何が何だか分からなくなりそうなので……すみません!

後、詳しく読むとこの島のマスは1マス縦500m、横700mらしいんですが、どう考えても桟橋の長さや船の大きさと合致しないので、ここは私の計算した設定(67.再集結を参照)を使用します。ごめんね!


友情と恋愛は一つの根から生えた二本の植物である。ただ後者は、花をすこしばかり多くもっているにすぎない。

 

『クロプシュトック』

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 間もなく時間は7時半を迎える。後1時間もすれば接岸作業が始まるだろう。ここから2週間、非常に面倒な時間が始まるという訳だ。その最後の時間を、私はどういう訳か試験よりも面倒な人間に絡まれながら過ごす羽目になっていた。

 

「どうも、こんな朝早くから何の御用でしょうか、生徒会長?」

 

 生徒会長・南雲雅。これまであまり接触する機会は無かった。と言うのも、年を跨いでから学年を超えての戦闘が行われる機会が無かったからだ。無くて全然かまわないのだが、彼はそれを望んではいないだろう。むしろ、戦い合える機会を求めていたはずだ。自分がかつて、そうであったから。

 

 昨年度の混合合宿で彼の計略を完膚なきまで打ち砕いてからというもの、何か憑き物が落ちてしまったらしい。困ったことだ。彼は慢心しているからこそ問題の無い相手であったのだ。その慢心が無くなってしまっては困る。とは言え、生来染みついたものはそう簡単には消えないものと思っている。恐らく、付け入る隙はまだあるはずだ。

 

「私としては、なるべくのんびりとしていたかったのですが。生徒会長も随分とお暇なのですね。私に構う時間があれば、お仲間と話した方が得であると心得ますが」

「生憎と統治は進んでいる。お前に心配されずとも、勝つのは俺たちだ」

「そうですか。それで、何用です」

「果たし状、という所だ」

「……なるほど」

「俺は来年度お前を倒すと言った。覚えているな?」

「忘れたかったですけれど」

「その約束を果たしに来た。今回の試験、3年生が勝たせてもらう。お前は龍園と組む選択をしたようだが、それはこういう展開を見越してのことだろう。ならば、それに乗っからせてもらう。俺はお前を倒す。ここで、この試験で」

 

 彼の目には闘志が灯っている。これは生半可な手段ではどうにもできないだろう。取りやめるように説得するのは無理。誰かに説得させようにも、彼が人の話を聞くタイプには見えないし、それに3年生はほぼ全て彼のイエスマンだ。ノーと止められる軍師がいない。それはそれで、彼の孤独の原因なのかもしれないが。

 

「出来れば、同じ学年内でどうこうしてほしかったものです」

「残念だが、それが出来そうなやつは戦いに乗らないからな」

「そんな人材がいるにはいるのですね」

「あぁ。女版高円寺とも言うべき、Bクラスの奴だ。鬼龍院の名前くらいは聞いたことがあるだろう。そいつだ」

 

 鬼龍院、と言う名前は聞いたことがあった。学力と身体能力でA+の評価を受けながらも、機転思考力と社会貢献性が終わっているのが特徴の生徒であったように記憶している。中々尖った性能の人物であると思ったが、その彼女がどうやら南雲と対抗できる人材らしい。尤も、女版高円寺と言う言葉で協力要請は無理と悟る。無理ではないかもしれないが、時間がかかりそうなのでパスだ。

 

「その方が勝負を受けてくれないので、私はこのような目に遭っているわけですか」

「お前にとっちゃ不運かもしれないが、それも含めて実力だ。逃がす気は無い。戦ってもらうぞ」

「致し方ないでしょう。ここで貴方を倒せれば、二度と立ち上がっては来ないでしょうから。戦うこと自体は大変渋々ながら同意しますが、貴方の方も忘れていないでしょうね。被害を担うのは私だけであると。尤も、今回は道連れの龍園君もいますが……彼の事はまぁ良いでしょう。くれぐれも、私の生徒に手を出さないでいただきたい」

「あぁ。ここで嘘は吐かない」

「あまり信用は出来ませんが、一応の言質とさせていただきます」

「ちなみに、嘘だったらどうなるんだ」

 

 試すような、挑発するような目で彼は私に告げる。本気で言っているわけではなさそうだが、火遊びをする癖は抜け切れていないようだ。虎の尾を踏みに行くというか、藪をつついて蛇を出すというか、そういう部分が彼の弱さに繋がっているのだろう。どう答えたものかと思ったが、少々脅かさないと本気でやりかねない。

 

 何も答えることなく、彼に近づく。パーソナルスペースに侵入した私に、彼が抵抗を行う前にその手首を掴んで動けなくする。すぐに足を軽く踏んで、蹴りも封じる。その瞳を覗き込むようにして、なるべく相手に恐怖感を与えられる言葉を選ぶ。敢えて優しく、敢えて楽しそうに。

 

「人体は高く売れるそうですよ」

 

 微笑みながら言ったことで、多少なりとも恐怖感を覚えてくれたのか、彼は腰の力が抜けたようになり地面にへたり込んだ。そこまで怖がることも無いとは思うのだが。

 

「じょ、冗談キツイな……」

 

 全く冗談ではない。無論、試験中に何か私のクラスメイト相手に仕掛けてくる場合は全力で対応する。最終手段に出ることはほぼほぼないと思っていいだろう。だがしかし、万が一と言うこともある。特に、私のクラスには坂柳という介護対象が存在している。彼女は普通の人間なら大丈夫な攻撃でもダメージを受けてしまう可能性が高い。

 

 もっと言えば、3年生を使って人の壁を作り、その中で坂柳を軟禁することだって可能なのだ。普通の人ならば脱出も出来るだろう。過度に引き留めれば暴力沙汰として即通報だ。だが、坂柳はまずその最初に当たる逃げるための行動ができない。彼女を人質にされた場合、我々は降伏するという選択肢が出てきてしまう。しかも、彼女は基本位置から動けない。

 

 願わくば、南雲が最後の一線を踏み越えないことを願っている。何とか回復したのか、やや青い顔で彼は立ち上がっていた。

 

「と、ともあれだ。俺はお前と、ついでに龍園に挑む」

「自身がチャレンジャーであると?」

「あぁ。彼我の実力差は理解している。体育祭と合宿で見せられた。流石の俺も、そこまで自惚れてはいない。お前と俺では、お前の方がスペックは上だ。だが、俺も学習する。俺は俺の持ちうる全戦力をお前にぶつける。お前は龍園と2人だが……卑怯とは言わないな? もし望むなら、お前のクラスメイトを使っても構わないが」

「いいえ。私と貴方の因縁に私のクラスメイトを巻き込むわけにはいきませんから。それに、卑怯とは言いません。持ちうるもの全てが実力ならば、貴方の学友もまた実力の一部と言えるでしょう。貴方は学友を臣下と見ている。私は学友を生徒と見ている。その違いです。臣下は王の戦いに参陣する必要がありますが、生徒にそうする必要はありません。むしろ、巻き込んでは教師失格でしょう」

「そうか。それは良かった。俺は今回正々堂々お前に挑む。お前もそうしてくれると期待している」

「確約はしかねます」

「今はそれでいい」

 

 彼は確かに無能ではない。それは事実だ。優秀な人間には違いないだろう。だが惜しむらくは、仲間に恵まれなかった。彼のクラスメイトは、彼におんぶだっこでAに上がった者ばかり。それ以外の学年の人間も、南雲に怯える者か負け癖のついた者か。ほとんどはその2つで構成されている。数少ない優秀と言えそうな人間も、南雲の提唱する誰でもAクラスに上がれる権利を求めて、餌を待つひな鳥のようにさえずっているだけ。

 

 ある意味では可哀想な人間だ。仲間に恵まれず、配下にも恵まれず、戦う相手にも恵まれず。やっと見つけた堀北学は学年を理由に決戦を避けた。鬼龍院も同様。だからこそ、彼は今やや武者震いをしつつも楽しそうなのかもしれない。あまり良い笑顔とは言い難いが、混合合宿前に浮かべていた醜悪な笑みとは少し違う。

 

 純粋に楽しもうとしている空気が伝わった。彼に付き合わされる学年の人間には同情するが、正直に言えば知ったことではないというのも事実。彼はきっと、私に純粋に戦いを挑んでくるだろう。そうしなければ、私に言い訳の余地を与えるからだ。そういう面では、信用できるのかもしれない。

 

 とはいえ、心を許す気は無い。彼は敵だ。私は私の矜持にかけて、彼を打ち倒さなくてはならない。恐らく彼は好成績を取るだろう。尤も、退学者も恐らく3年生で構成されているだろうが。一般3年生は恐らく、全学年でも最弱だ。南雲にやられ、或いはその指示待ちだけで生きてきた。そんな人間では1年生にすら勝てないだろう。その時彼がどうするのかが、彼の真骨頂を問うているのかもしれない。

 

「それでは、挑戦者として貴方の健闘を祈りましょう。正々堂々と行くかは分かりませんが、ある程度筋は通しましょう。それでよろしいですね、南雲先輩?」

「あぁ」

 

 彼は深く頷いた。今まで彼のことはずっと生徒会長などと結構距離を置いた呼び方をしていた。しかしまぁ、今ならば先輩呼びも悪くはないだろう。そう思って少しばかり変えてみる。

 

 さてなるほど、厄介な相手だ。だが、分かりやすいと言えば分かりやすい。それに今の彼にはどこか爽やかさがある。これならば、彼の要望に応えることもやぶさかではないだろう。元より、学年対抗の側面がある以上、彼との戦いは避けては通れない。ならば、やる意味はあるだろう。

 

 龍園にはまた文句を言われそうだが、まぁ甘んじて受け入れよう。彼は学校の改革を標榜している。もしかしたら、この戦いの行方次第では彼との共存もあり得るのかもしれないのだから。苦笑しながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 時間は8時40分となる。船が着岸作業を始めた。ここからいよいよ始まる。100を超えるグループがこの試験のために組まれている。その中で5組が退学する。規模としては、月城のいうようにこれまでにないモノだろう。

 

 タラップでの待機はクラスごとになっているので、その前に今回協力関係にあるDクラスと共に集まっておく。この集団は目立つようで、他クラス・他学年からも注目されていた。その視線をひしひしと感じながら、全体の前に立つ。

 

「Aクラス並びにDクラスの皆さん、おはようございます。いよいよこの時が来ました。これまで約1ヵ月の準備期間の間、多くのご協力を頂きありがとうございました。今この場を借りて感謝します。そしてその時間は全てこの時のためにありました。これまで培った実力全てを発揮して、勝利を得に行きましょう! 私からはこんなところです。君は何かありますか?」

「俺はコイツと違ってごちゃごちゃ言わねぇ。ヘラヘラ笑ってる生徒会長も、俺らを舐めてる1年共もぶっ叩いて勝つ。それだけだ。手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」

 

 Dクラスの男子からは野太い返答が返って来る。中々染みついているようだ。軍隊じみた様相を呈しているが、これはこれでクラスのカラーなのだろう。意外とウチのクラスも慣れたようで涼しい顔をしている。Dクラスの女子もいつものことなのか、苦笑しながら眺めていた。

 

「それでは最後に……」

 

 右手で拳を握り、上に突き上げるためにひっこめる。これで何をしようとしたのか察した両クラスの生徒たちは同じようなポーズを作った。

 

「ほら、君もやるんですよ」

「なんで俺が」

「士気を下げてどうするんです。ほらほら」

「チッ!」

 

 舌打ちしながらも、嫌々ながら龍園も同じような格好になる。

 

「じゃあ行きますよ。2年A&Dクラス、ファイト―!」

「「「オー!」」」

 

 私の掛け声に続いて幾つもの手が天に突き出された。ある者は嫌々ながらもしょうがなく。ある者は少し照れ臭そうに。ある者は冷静な顔で。ある者は楽しそうに。十人十色の雰囲気を醸し出しながらも、全員が声を揃えた。普段は大人しい人も、元気溌剌とした人も関係なく、この試験への意気込みを込めていたのが分かる。青春ど真ん中と言うべき光景だった。

 

 龍園が舌を噛んで自害しそうな気迫を見せながら、クラスと共に集合場所へ向かっていく。降りる順番はAクラスから先で、最後がDクラスだ。しかし、周りの目が、特にBクラス辺りからの目がヤバい。ちょっと笑ってしまったくらいだ。Cクラスの方は割と引き気味ではあるが、何名かは羨ましそうに見ている。団結、と言う言葉と1番遠いのはあそこかもしれない。

 

 だが、綾小路と高円寺を擁している時点で油断はできない。彼らはいずれも単体だからこそ強いタイプ。それを個別に出撃させて、上位を取ってきてもらう作戦だろう。非常に単純明快だが、それが出来るだけの強さがあるということでもある。堀北の戦術は正しい。

 

「Bクラス、ちょっと怖いんだけど」

「まぁそうだろうな。彼らはほとんどの試験で我々か龍園のいずれかに敗北している。だからこそ私たちの同盟を恨んでいるのだろう。他者を恨む前に、自己研鑽をするべきとは思うが……」

「普通の人なんてそんなもんじゃないの。ここじゃあ少し、可哀想だけど」

「そうかもしれないな」

 

 真澄さんは少し憐れみの籠った眼で彼らを見つめる。我々に負けないようにと奮起しているようではあるが、結局後手後手に回った結果今に至る。Cクラスと違い、綾小路・高円寺のような戦力もいない。彼らの負けはある程度見えていた。

 

「ま、他クラスはどうでもいいか。大事なのは私たちだし」

「それはその通り」

「……私は、今回の試験はいい機会だと思ってる。今まで、アンタに頼って色んな事してきたけど、私だってやれるって見せたいし。それには、いい機会かなって」

「君は合宿でも十分よくやっていたと思うけど? 実際、君が女子のリーダーになったのだって、あれがきっかけなわけだし」

「確かにある程度は出来てたと思う。でも、あの時は頼ろうと思えばいつでも頼れたでしょ。だけど今回は違う。今回は、簡単には頼れない。けどそれでいいと思ってる。そうしないと、私は強くなれない」

「……そうか」

 

 彼女も成長しようとしている。いや、ずっと前からそうか。彼女は何だかんだ、成長することを拒みはしなかった。命じられない努力も、自分でやって来た。だからこそ今の地位にいて、今の実力を有している。彼女は優秀な生徒だった。私は自分の力で彼女を育てたというよりも、彼女自身の努力に水を与えて成長促進をしたに過ぎない。優秀な生徒に恵まれた。

 

「まぁでも? どうしようも無くなったらSOSするから、その時はよろしく」

「いつでも助けに行けるとは限らないけど?」

「それはそうだけど……でも、助けに来てくれるんでしょ?」

 

 彼女は少しだけ笑いながら、ちょっと首をかしげて私に問いかける。良い笑顔だ。去年の同じ時期、彼女はこんな笑い方をしなかっただろう。きっとこれまでの1年が彼女にとって幸せなものだったのだ。だからこそこんな笑い方が出来るようになった。それはとても素晴らしいことに思えた。

 

「2年生、移動準備だ」

 

 真嶋先生からの合図がされる。最初のスタートは全員均一で港のあるD9からになる。そこから上下左右2マス、斜め1マスが次の移動部分だ。初日と最終日はランダム移動が無いので、それを気にする必要はない。なお、1年生はハンデとして我々より先に降りている。我々には不利になるが、まぁそれくらいは許容すべき部分だろう。

 

 早速体調を崩した3年生もいるらしいし、気を付けないといけない。特に、ウチのクラスのフィジカル最弱お嬢様は。一応不安なので、坂柳にも声をかけておく。

 

「体調は大丈夫か?」

「はい、今のところすこぶる健康です」

「そうか。それは何より。動かないからと言って熱中症にならないわけじゃない。しっかり水分補給はしてくれ。君の頭脳が戦局を左右する。定期連絡は適宜入れるが、そちらに頼る部分も多いだろう」

「承知しています。出来る限り、精一杯努めます。お荷物で終わるのは……嫌ですから」

「それが聞けて何より。では期待していますよ、坂柳さん」

 

 私の口調がぞんざいなのは、他のクラスメイトより優先度と信頼度が上にいる真澄さんと、優先度と信頼度が下にいた坂柳だけだった。とは言え、そろそろ戻しても良いだろうということで他のクラスメイトと同じように丁寧語で話すことにする。その意図が伝わったのか、彼女は軽く頭を下げた。

 

 1年生が下船を完了した頃、時刻は9時を迎えて最初のアラートが鳴り響く。このデスゲーム御用達腕時計と2週間一緒というのは少々憂鬱だ。私を含めた全生徒がタブレットを取り出して場所を確認する。

 

「E8、か」

 

 D9からは斜め1マス分進んだ場所にある。真澄さんはD10。ここから1つ南に進んだ場所だ。坂柳のグループはC8。こちらも私と同じく斜め1マス進んだ場所になる。彼女のグループは坂柳だけがこのスタート地点に残留しそれ以外が移動する形になる。

 

 下船を始めながら、昨晩準備した荷物を確認する。龍園と話し合った結果、相談して決定したものだ。中身は『2人用テント』『水500㎖×6』『携帯食×20』『懐中電灯』『トランシーバー』『鍋』『ガーゼ』『ライター』『マッチ』『サバイバルナイフ』などである。他にも細々色々あるが、こんなものだろう。龍園と2人分のポイントを使えるので、割とたくさん買えた。まだ残高もあるので万が一にも備えられる。2人で分担して持つので、バックもまだ空きがある。

 

 重いものを私が持つのに難色を示していたが、彼のプライドより勝利を優先するべきなのは分かっていたようで、渋々受け入れてくれた。案外話の分かる人間である。砂浜に降り立てば、強い日差しが我々を照り付けた。

 

「暑い……」

 

 横で真澄さんが顔をしかめている。帽子の下の顔には、頑張りはするけどそれはそれとして帰りたいと書いてあった。正直なことだと笑いながらも、気持ちには頷ける。私だってこんなところに居たくない。と言うか、しっかりボウフラは殺しているんだろうか。じゃないとこんな南方だ、マラリアなどの危険性がある。それにハブがいないという確証も持てない。もっと北の島でやってくれ。歯舞とか南樺太付近に無人島あるだろ……。あそこも日本領なんだし、使えばいいと思うのだが。ソ連国境の近くは嫌なのだろうか。

 

「それじゃあ真澄さん。頑張って」

「そっちも」

 

 これ以上は言葉を交わす必要もないだろう。私たちはハイタッチをして別れた。ここでもう一度、同じことができることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 試験が開始され、同盟を組んでいる我々は各々のグループに分かれて進んでいく。私も龍園と合流し、今後の話し合いを行うことにした。

 

「で、どうします? 私が今から君を抱えて全速力で走れば、1年生より先に着けるかもしれませんけど」

「……俺の尊厳はどうなる」

「勝利の前には安い犠牲かと」

「……」

 

 これくらいのことならば容易い。重い荷物を背負いながら島を毎日全力疾走しろと言われても出来るだろう。訓練時代はこんな人の手が入った場所ではなく、真面目に未開の地で同じようなことをさせられた。本当に飢え死にするかと思ったのはあの時が最初で最後かもしれない。ともあれ、なんだかんだこれまでの経験上龍園くらいならば運ぶのは容易なのだ。

 

「それに、ほら」

 

 高円寺や綾小路のような人外組も凄い勢いでいなくなる。アレを見せられては、流石の龍園も致し方ないと思ったのかがっくりとうなだれた。

 

「もうどうにでもしてくれ……」

「では、お言葉通りに」

 

 彼を抱きかかえると、龍園の顔はもう今にも死にそうになっていた。毒蛇に噛まれてもこんな顔にはならないだろう。世にも珍しい羞恥心に震える龍園だ。これを彼のクラスメイトにばら撒けば、今後再起不能になるかもしれない。一瞬それも面白そうだと思ったが、流石にそんなことはしない。

 

「じゃ、行きますよ。舌噛むので喋らないように。それにしても君、結構軽いですね」

「うるせぇ! さっさと行け!」

 

 怒鳴る彼にケラケラと笑いながら走りだした。好奇の目を感じるが、今はそんなことを言っている場合ではない。道筋はある程度頭に入れているが、先行していた1年生も良い道案内だ。その横をスッと通り過ぎ、まったくペースを落とすことなく走る。なお、この島のマスは計算すると縦1400m、横1800mある。とすると斜めの長さは三平方の定理により2280.4mとなる。端から移動すると約2kmとなる。通常の道ならば30分ほどで着くだろう。とは言え、未舗装の森や林の中を通らなくてはいけないし、山や丘陵、池もある。2~3倍の時間がかかるのが通常とみていいはずだ。

 

 移動するのだけでも中々大変な道筋になるのは言うまでも無いだろう。この島の前史は結構複雑だ。元々は琉球王国に帰属していた島で、日本に併合された際に一緒に編入された。その後沖縄県が出来た後、日清戦争で台湾が日本領となる。その際に、沖縄から台湾への補給基地とされたのがこの島だった。大陸を包囲する形で存在する日本のシーレーン。これを守るための拠点だったのだろう。

 

 あの大きな港もその1部のはずだ。人の手によって改造された様子が見て取れるのは、この島が有人島であり元帝国海軍の基地であったことが原因だろう。あの港にも、かつては威容を誇った戦艦が停泊していたはずだ。だが太平洋戦争でこの地は激戦の末に陥落。沖縄本土攻略のために使われ、台湾との寸断に利用された。その後は米領を経て日本に返還された経緯を持つ。何故自衛隊が基地化していないのかは謎だが、台湾を刺激するのを恐れてのことなのだろうか。

 

 散見しただけでも虫が多い。いくら人の手が入っているからとは言え、自然は制限できない。我々の手で管理するのには限界があるのだ。方向感覚も狂いそうになるが、それは軍人の訓練で学んでいる。方向を知る術は幾つもあるし、道がないなら道でない部分を通ればいい。

 

「お前、ちゃんと道分かってんだろうな」

「大丈夫です。後どのくらいですか」

「割と近い」

 

 という訳で、タブレット係を憤死しそうになっている龍園に任せ、前に進んでいた。ある程度行った地点で腕時計が振動する。指定のエリアに到着したらしい。当然我々2人揃っての到着であるため、着順報酬が得られるはずだ。また到着ボーナスも2点入る。よって、幸先よく12点を確保したことになった。

 

 もういいだろうと言うことで抱えていた龍園を下ろすが、その顔は本当に嫌そうな顔をしている。得られた報酬と自分の尊厳とを天秤にかけて葛藤している顔だ。だがそれでも尊厳を切り捨てられるのが龍園の強さだと思っている。私はそういう部分に結構好感を抱いていた。

 

 他の人が見当たらないが、1年生の後輩たちは遠く後ろの方にいることだろう。途中で全部追い抜いてきた。安堵するべきは、瑞季やらウチの従妹が同じテーブルにいない事である。前者は手を抜いてくれるが、後者はそうもいかない。アイツがどのテーブルにいてどこで何をしているのか。しっかりどこかで確認する必要があった。

 

 ギャーーッ!!と遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。なんとなく八神っぽい声であった。何があったのか分からないが、ジェットコースターに乗った人のような声にも聞こえる。私と同じように運ぶ戦術を取った者がいて、恐らく彼は運ばれる側だったのだろう。ホワイトルームも形無しだ。それが出来るのは恐らく……。目を逸らしたい相手だったがそうもいかない。小さくため息を吐いた。

 

「何だ、今の」

「さぁ。虫でもいたんじゃないですかね」

「まぁいい。俺たちは今のところ1位だ。これからどうする」

「取り敢えず次に備えましょうか。後は後ろからやって来る1年生の観察もしないといけませんし」

 

 ここまでに要した時間は数十分。後輩たちはそれからまた十数分遅れてやってきた。間もなく時間は10時。龍園は素早く周囲を見渡す。彼は最初の特別試験で1年生のデータ収集を行っていた。我々がかなり先手を打ったので、そういう戦術に切り替えたようだ。そのため、彼は中々に1年生に詳しい。

 

「どうです?」

「問題ねぇ。雑魚ばかりだ。これであのゴリラがいたら違っただろうが、アイツは退学したしな。これは楽に行けそうだ」

「ゴリラ……あぁ、宝泉君ですか。あの手合いは何をするか分かりませんからね。早めに排除しないと、安全が脅かされます。君より話が通じないでしょうし」

「おいおい、野生動物と一緒にするな。俺は人間だ。こんなに話の通じる奴は他にいないだろうよ」

「どの口が仰るのやら」

「少なくとも、利益を示せば動くし、そうしなければ動かねぇ。そこは首尾一貫してるはずだ」

「去年は結構感情で動いていたようですけど?」

「綾小路にボコされて、お前を見て俺も学んださ。王たるべく動かねぇとどうしようもねぇってな。だから少なくとも今年はクラスの利益になる行動をしているつもりだ。感情論で動くアホの集まりだの、まとまりの欠けた連中だのとは違うんだよ」

「なるほど」

 

 前者は恐らくB、後者はCだろう。団結力しかないBと、それ以外は全部大体あるCの対比は残酷だった。尤も、Cにも学力不足の目立つ生徒が多いという欠点もあるのだが……逆にそれはある程度努力で補えてしまう。となれば、取り柄の無いBが失墜していくのは目に見えていた。とは言え、一之瀬を虐めすぎてはいけない。あの手合いは追いつめられると病む。前回持ち直したせいで、割と耐性が付いてしまったのも厄介だ。坂柳め、やっぱり許すの止めればよかったか?

 

 ともあれ、次一之瀬を追い詰めると世を儚むパターンではなくメンヘラ化するパターンの入るだろう。能力のあるメンヘラは一番厄介だ。それに恋愛が絡むと本当にもうどうしようもなくなる。恐らく一之瀬は綾小路に好意を抱いている。いざという時は、綾小路と軽井沢のカップルに犠牲になってもらおう。

 

「一之瀬さんを痛めつけ過ぎないように。変なスイッチが入るとおかしくなりますよ、彼女」

「メンヘラになるってか?」

「そういう事です」

「大丈夫大丈夫って言いながら籠ってそうだがな」

「あの手合いが言う大丈夫は大丈夫じゃないですし、もういいって言う言葉は全然良くないって意味なんですよ」

 

 何で彼とメンヘラ談義をしているのか分からないが、そんな話をしている間に午前10時だ。課題は14ヵ所表示されている。ここのエリア、つまりはE8にも1つ表示されている。課題名は『数学テスト』。報酬は1位が5点で2人以上のグループでエントリー可能だ。水も少し貰えるらしい。

 

「よし、これで行くぞ。いいな?」

「はい。キミ、勉強会の感じを見る限り数学が一番できていましたし問題ないでしょう。恐らく、今の君の学力はBくらいはあるはずなので」

「ならとっとと動くぞ」

「了解です」

 

 同じマスの範囲内なのでそんなに遠くは無い。今回は龍園も自分の足で行きたかったようで、私が近付くと逃げるように歩き出した。そんな姿は少し面白い。割と何とかなりそうな気がする。そんな予感を抱きながら、私は彼の後に続いて歩き出した。




この前TDLに行ったのですが、久しぶり過ぎて疲れました。孔明と真澄さんにも2人で出かけて欲しいですが、シチュエーションを作れない……。カイジみたいに1日外出券とかあっても良い気がするんですがね。南雲さん、作ってくれ!クラス移動チケットいけたんだし、いけるって!!


さて、真面目な話をすると、2023年もありがとうございました。ほとんど更新できなかったことが心残りでございます。それでも多くの方に高評価・登録をしていただきました。温かい感想も沢山いただき、毎回楽しみに読ませて頂いております。本当に感謝の極みです。1月からはいよいよ3期もスタートということで、引き続きよろしくお願い致します。万引き告白の辺りで真澄さんがしっかり出番あるはず。全国35億のファンの皆さん、楽しみ待ちましょう。それでは、良いお年を!


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