聖剣使いは忌避される (名無しのタラコ)
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絶望の中の一筋の希望
1話
副産物だとしても、ニブルヘイムの方で指摘された事を頭に入れ、頑張っていきます。
鈍い音が路地裏に響く。地面にうずくまる少年と、それを囲んで蹴る少年達が、薄暗い月明かりに照らされる。
歯を食い縛り、必死に耐える少年の姿が滑稽だったのか、暴行を加えていた少年達はケタケタと笑い出す。
「黒髪が、なんでいるんだよ、死ねよ!」「クソ黒髪がよぉ!」「敗戦ヤロウは死んどけよ!」
そう叫んだ少年の蹴りが急所に入ったのか、強く咳き込み、血の混じった胃液を吐き出す。
「お、おい、コイツ血ぃ吐いたぞ」
これ以上は危ない、と判断した少年が踵を返すと、つられて他の少年達も後を追う。
「今日はここら辺にしといてやるよ。クソ黒髪」
「うぅ、覚えてろ……クソ野郎共ぉ!」
精一杯、黒い瞳に憎しみの炎を燃やし、睨み付けるも、楽しそうに雑談しながら遠ざかってゆく少年達には、毛ほどの恐怖にすらならないだろう。
完全に少年達の姿が消えてから、黒髪の少年は壁に手を付き、よろよろと立ち上がる。傷まみれになった体に鞭を打ち、荒い息を吐き出しながら月明かりに照らされた道を歩く。
いつも通りの日常だ。少年はそう思う。絶えず暴行を加えられ、罵られ、まるでゴミでも見るような目で見られる。変わらない毎日は、奴隷のように辛く、厳しい物だ。
黒髪ーーガルド帝国の者のみが得られる、嗜好の特権、とまでつい一昔までは思われていた。
だが、剣を手足のように使い、魔法を息をするように振るう暴君でも、不死身ではなかった。死因は毒殺。たったその二文字で終戦を終えた世界は、呆気ないほど簡単に戦争を手放したのだった。
ーーただし、ガルド帝国で生まれた、黒髪の人間に対する圧倒的差別を残してーー
◇◇
ここ、グロンガルズ王国は、広大な自然と、豊かな資源を有し、かの大戦でも圧倒的な力をガルド帝国に対して見せつけた。
終戦の記念とし、数多の国と共に魔法学園都市イルシャナを設立した。他国からの学生も去ることながら、地元ーーグロンガルズからの入学者も少なくはない。それ故、高い競争率と狭き門を携え、ここに入学できれば、将来の心配はない、とも言われる程の高度なカリキュラムと、魔法学を身につけるのだ。
春の香りがまだ残る頃、一人の少年が、大きな木の根に腰を降ろし、革表紙の厚い本を読んでいた。
「クソッ、まだ痛え……手加減位しろっつーの」
真っ赤に腫れた頬を摩りながら、そう呟く。ボサボサになった短い黒髪。そして、黒い瞳。正真正銘、ガルド帝国で生まれたのだと分かる。
昨日の傷がまだ痛い、そんな事を思いながら、空に向かって枝葉を伸ばす木から立ち上がる。
「そろそろ、来る頃か……?」
そう呟いた所で、丁度よく目当ての人物が此方に走りながら手を振っている。
所々跳ねた青い髪。黄金色の瞳には涙を浮かべ、息も絶え絶えの様子だ。
「おぉーい! 今まで何処で油売ってたんだよ、探すの大変なんだぜ」
ぜえぜえと荒い息を吐き出しながら、汗で濡れた髪をかきあげ、詰め寄る。
すらりとした顔立ちに黄金色の瞳が似合う。万人受けする見た目だが、俺のような差別の対象となる者と付き合うため、あまり好かれてはいない。
「俺が何処で何をしようが俺の勝手だろ、ハンス・ロード君?」
チャラチャラとした性格の、たった一人の友人に、冷たく言い放つ。友人ことハンス・ロードは、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「んなこと言ったってよぉ、オマエが来なきゃ、俺が怒られるんだよ、ショウ・イブキ君?」
絶対的であった見方である母から貰ったその名は、いまや自分自信がもっとも嫌うものとなってしまった。
嫌悪感が顔に出ていたのだろうか、ハンスは苦笑し、俺の腕をぐい、と引っ張る。
「行こうぜ、俺までペナルティ貰う羽目になっちまうからな」
「オマエだけで行けばいいだろ、俺なんかに構ってねーでよ。そしたら、オマエだって……」
「はーいストップ! 確かに、だ、オマエに構ってなきゃ今頃は、可愛いフィアンセといちゃこら出来てたかもしれねえ。でもな、おんなじ人同士で、戦争も終わったのにまだ争ってるなんて、おかしいじゃねえか」
だからだよ、とハンスは続ける。
「小さな一歩が、やがては大きな一歩に繋がる、誰かがそう言ってたじゃねーか、な?」
子供を叱る親のような慈愛に満ちた瞳が、俺を写す。顔を背けると、ハンスはニコニコと笑いながら
「んじゃま、行くか。鬼ばーさんこと学園長に見つかってもまずいし」
そのままずるずると引きずられながら、こうして俺の一日は、変わらずスタートするのだった。
◇◇
カッカッと音を立てながら、黒板に文字が生まれてゆく。教壇に立ち、黒板に一心不乱に教師が文字を書き連ねる中、俺は一人ウトウトしていた。昨日は痛みでまともに眠れなかったし、なにより学園、しいては授業が大嫌いな俺にとっては、地獄でしかない。そして、後ろの連中の陰口が加わればなおのことだ。
「あーあ、なんでアイツが来てるんだか」「本当、死ねばいいのにね」「馬鹿なりに頑張ってるんじゃない? でも学年最下位だよね」「馬鹿なんだから仕方ないでしょ。あんなのに金使うなら他の人入れればいいのにね」「ゴミに使うお金なんかないもんね」
クスクスと笑われながら、それに耐えつつ筆入れに手を入れる。
「痛……っ!」
慌てて手を引っ込めると、長い針が半ばまで食い込んでいた。
抜けば抜けばで血が出てしまう。ズキズキとする痛みに顔をしかめる。
毎日の、地獄のような授業は着々と消化されていくのであった。
ストレスにしかならない授業が終わり、生徒達はぞろぞろと帰路に付く。かくいう俺は、年季の入った扉の前で、ノックをする直前だったりする。
生徒会長ーー学園中でも名の知れたイツは、全生徒から絶大な支持を得ているそうだ。
ノックを二回すると、中からくぐもった声でどうぞ、と聞こえた。ドアノブを捻り、中へと入る。
「ようこそ、ショウ・イブキ君。此処に来るのは何回目か、数えてみたまえ」
広い部屋には、年季の入った本棚にクローゼットが。代々の生徒会長達が使ってきたであろう机に肘を付き、いたずらっ娘のように微笑む少女こそ、絶大な支持を得ている現生徒会長である。クリーム色の髪を腰まで伸ばし、青い瞳がキラキラと光っている。容姿端麗文武両道、完璧超人の二科生ーー
「クレア・ハーベスト、私の名前ぐらいは分かるだろう?」
心を見透かしたような回答に一瞬怯みながらも
「ああ、知ってる。十中八九反省文だろ? さっさとよこしてくれ」
と言うと、やれやれと言わんばかりに溜め息を吐かれる。
「そういうときは、君も名を名乗るなりなんなりすべき、と私は思うわけだがね」
「俺の名前は知ってるんだろ? なら名乗る必要はない。それだけだ」
「噂通り、陰気で喧嘩腰な子だね、君は。ま、いいよ、反省文だが、追加で五枚、計十枚書いて貰うよ。ああ、そうだ、このまま授業態度が悪ければ、夏休みは全て補習となるそうだ、気を付けたまえよ、ショウ君」
手渡された紙の束を引ったくるようにし、そそくさとドアを目指す。クレア・ハーベストは止める気は無いのか、無言だ。その方がこちらとしても都合がいいのは確かだ。
木製のドアを閉めたとき、偶然見えたら表情は、ひどく、沈んだ顔をしていた。
割りと重すぎた主人公でしたかね。アドバイスなりなんなりまってます。
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2話
気に食わないキャラの性格、そして世界観に設定。どれもこれも穴だらけだったので、書き直します。手にとって(?)頂いた方には、もう一度、真・ニブルヘイムちゃんも読んでいただけると嬉しいです。
「やっと終わった……」
机の上に置かれた原稿用紙には、長々と同じような事が書き連なれていた。とはいえ、これで終わりだ。
短いようで長い一日も終わりを告げ、外はすっかり月が顔を出す夜の世界となっている。
外出は控えよう。昨日みたいなゴロツキと出くわさない保証は何処にもない。椅子に背を預け、染みのついた天井をぼーっと見つめる。
脳内を駆け巡るのは、同級生の侮蔑の眼差しと痛ましい暴力、そして、どうしてここに来てしまったのかという自分自身の愚かさに対する怒り。差別なんて、遠い何処かの話だ。そう思っていた自分を酷く愚かに思えた。戦争は終わった?終わっちゃいない、いまも何処かで繰り返されているんだ。
「何考えてんだ、俺。アホみてえじゃねえかよ」
愚かで馬鹿で、そして滑稽な自分を鼻で笑いながら、日課となった夜の風呂ーー決して覗きではないーーへ足を運んだ。
くたびれた靴を履き、備え付けの本棚やクローゼットを撫でてから、ドアをくぐるのだった。
◇◇
「そういやぁ……明日は魔法学の実習じゃねぇか」
魔法学園の名に相応しく科目には魔法学なるものがある。
精霊の力を借りこの世に奇跡を顕現させる。それが魔法だ。
一科生の俺達は、魔法を使った簡単な的当てを基本に授業を進めて行く。それと付け加えて座学も行う。
しかし、精霊に好かれない……と言うべきか俺には魔法が一切使えない。下級の火猫すら使役できないのだ。
生徒会長ことクレア・ハーベストは上級の飛竜精霊を使役すると聞いたことがある。風紀委員会管轄の治安維持部隊の会長(隊長?)は、何匹もの獣精霊を従えているらしい。
「羨ましいなぁおい。俺も欲しいなぁ……精霊」
ちなみに、と言うべきか、ハンスの精霊は人の言語を理解する魚だった。
名をアルルとか言ったっけ。
◇◇
ここの風呂は、全学年の男子生徒、および女子生徒が使う……大浴場とでも言おうか。
男子のカドゥール寮。女子のアーイリフ寮。その中間地点あたりに大浴場はある。
最初に断っておくが、決して混浴などではない。男子は男子。女子は女子、というふうに別れている。
夕暮れ時にここに来れば、瞬く間にボコボコニタコ殴りにされるに決まっている。
視界の端をひらひらとした何かが横切る。何かと思い見てみると、逆三角形をした布地ーーいわゆるショーツだ。
「ぶふぅっ?!」
タグには、丁寧な字でクレアと書かれている。可愛らしいくまが、お尻の部分にプリントされ、瞳がうるうると潤んでいる。
あの会長も、こんなの履くのか……。
ショーツを投げ捨て、大浴場の扉の中に飛び込む。こんな場面を見られたら、あらぬ疑いをかけられそのまま強制退学間違いなしだ。
乱暴に体を洗い、出てきた頃には、くまのショーツはどこにもなかった。
ブラックブレットを貯め録りしたのを見ましたが、 ヒルコさん強くね?原作でも大概チートじみてたけどさ……。
原作多としては、延珠ちゃんがどうなるかは見逃せませんな。
あ、エスロジ見てきます。それではノシ
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3話
どことなく引っ込んでた部分があるので、ハードに暴力を……。
不愉快な気分になるお方もおるでしょうが、ご了承ください。
翌日、俺は
早朝ということもあり、開いている店は僅かだが、仕方ない。
そう考えていると、後頭部に鈍い痛みが走る。
「よう、黒髪、またあったな?」
振り向き様に鼻っ面に拳が炸裂する。無様に吹き飛ぶ。
がっしりとした体つきの男が二名。ここらじゃもはや定番となったゴロツキことジョニーとケビン兄弟だ。兄弟だから、というべきか、髪の毛の色やら顔つき、さらには言動までもがそっくりだ。
痛みに悶える俺の胸ぐらを掴み、同じ高さまで持ち上げる。首がしまり、息が出来ない。ばたばたと暴れると、鳩尾に痛みが。
「ぐぅっ!」
「はっ、わざわざ殺られにくるとは、お前らマゾヒストってやつか? ああ?」
右の頬が熱くなった。次は左だと言わんばかりに拳を高らかに振り上げる。
鈍い音を響かせながら、地面に放物線を描きながら倒れ伏す。
「ははぁっ! アニキ、温いぜ」
海老のように丸まった背中に、助走をつけたであろう蹴りを放つ。
「ーー!!」
肺の中の息が強制的に放出される。体中を駆け巡る熱に耐え、ゆっくりと立ち上がる。足はがくがくと震え、鼻からはおびただしい量の血が溢れ出す。
ふらふらと覚束ないステップの最中にもう一度鼻っ面に拳が炸裂した。
「うわ、黒髪の血が付いちまったぜ」
「速く洗わなきゃ汚れちまうなぁ! ヒャッヒャヒャ!」
大の字になった腹に足を置き、テンポ良く踏みつける。酸素が吐き出され、目の前が霞む。
「あ、コイツ死ぬんじゃね?」
「死んだら死んだでガルド帝国の残党狩りでボーナス貰えるかもだぜ」
ケタケタと笑い、蹴られ、殴られ、ささくれの多い壁に押し当てられる。
ぼやけた目で見ても分かる、侮蔑と嘲りの視線。行き交う大人や子供、さらには老婆ですらその視線を向けてくる。
ああ、クソが。俺はまともに生きることすらできないのか。
血を流しすぎたのだろうか、手足の感覚が無くなるのをきっかけに、俺の意識は闇に沈んだ。
◇◇
扇状に広がる銀髪を眺めながら、ゆっくりと少女は立ち上がる。人形のような顔には一切の表情がない。
肉でできた廊下、骨でできた壁。天井には細い糸に繋がった丸い球がぶら下がっている。
異形の世界に通常の体を持った少女が歩く。まるで歓喜するかのように肉が震える。
「落ちた鳥が一匹、うまいのかまずいのか」
しわがれた所々聞き取りにくい声。おおよそ少女の小さな体躯からでは想像も出来ないぐらいに声だけが老け込んでいる。
◇◇
目の前で、ふらふらと危なっかしげに木刀を振るう少年が、少女に話しかけていた。
「なんでみぃちゃんは強いの?」
「強い?おとーさんの方が強いよ」
赤い髪の少女はくすくすと笑う。笑われたのが癪なのか、少年は真っ赤になりながら言い返す。
「それなら、お師匠さまも強いじゃん」
ひらひらと桜が目の前を舞い落ち、少年は素振りをやめ、しばしそれを見つめる。庭の桜が散ったのか、そう思い至った。
すると、縁側からじゃりじゃりと小石を踏んづけながら白髪の老人があらわれ、少年の頭に拳骨を落とす。うずくまる少年に指を差し、けらけらと笑う少女にも拳骨を落とし、老人は縁側へと戻って行った。
「お師匠さまは怖いね」
「だね」
目尻に涙を浮かべ、何がおかしいのか二人で声を上げて笑う。
黒髪の少年は、もう一度木刀を持ち上げ、振り下ろした。
図書館に通う毎日になりそうだ……。ハードだぜぇ
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蠢く影とアブソリュート
4話
薬品の香りが部屋を埋め尽くす。棚に整頓された薬品の瓶がところせましと並んでいる。
白いシーツの上で、一人の少年が眠っている。黒い髪をした少年だ。
痛ましい傷はガーゼで隠され、傷だらけの頬は元に戻り、血の気が通っている。
少年はゆっくりと瞼を持ち上げ、まだ眠そうなひとみで辺りを見回した後、急いだ様子で立ち上がる。
「いってぇ……」
背中に走る激痛に顔をしかめながらも、スプリングが音を立てるベッドから降り、カーテンを開く。外はすっかり暗くなっていた。自分が気絶してから何時間、はたまた何日たったのだろうか。
そんな些細な疑問に答える者は、ここにはいない。
ひんやりとした風が頬を撫でる。いまだ痛む体に鞭打ちながらも、少年は暗い道を歩く。ふらふらとした足取りは、かなり危なっかしい。
「なんなんだよ、あれ……」
脳裏から離れない夢のような何かが、少年を悩ませる。
小さな少女と何かを話していた。そこまではハッキリと覚えているが、それが誰なのかは分からない。
「本当、誰か教えてくれよ……」
ぽつり、と呟かれた言葉は、闇に消えた。小さく溜め息を吐き一人寂しくとぼとぼと歩くのだった。
◇◇
翌日、いつも通りに学園へと赴き、地獄のような授業を終えた後、何故か俺は生徒会室に呼ばれた。
ノックをし、中に入る。
部屋の空気がピリピリとしているのが肌で分かる。生徒会長ことクレア・ハーベストの瞳もいつものようなキラキラとした瞳ではなく、細くつり上がっている。
「ショウ・イブキ君、君に1つばかり聞きたいことがある」
突き刺さるような視線を浴びせ、クレアは口を開く。
「君は……風紀委員会に興味はないだろうか?」
ここの風紀委員会は選りすぐりのエリート達の集団だ。何故そんな所に俺が興味を持たなければならないのだろうか。
「実に言いにくいが、魔法実技が零点ならば、入学早々留年が決まってしまうんだ。そこで、風紀委員会管轄の治安維持部隊ことアブソリュートに君を招待しようと思っている」
魔法学園だから、魔法が使えない奴を入れておいてやるほど、ここも寛大でないのか。ここを退学になったら、俺は路頭に迷う羽目になる。帰るべき家は戦火で焼け落ちた。
「今だパートナーとなる精霊もいないのならば直の事だ。なんなら、君の友人を誘ってくれても構わない」
いつのまにか俺の真横まで接近し、艶かしい吐息を耳にかけられる。ぞわぞわとした感覚が背中から這い上がり、思わず変な声が出る。
「見た目によらず可愛いな」
いたずらっ子のように微笑む、いつものクレア・ハーベストに戻ると、くすくすと笑いながら椅子に腰かけた。
「風紀委員会は競争率が高いんだろ、アブソリュートなら直の事なんじゃねえのか」
今年はかなりの奴が風紀委員会に志願していたらしいしな。ふるいにかけられて落ちるやつもかなりいるのだろう。
「つまり君は、自分の席があるかないかに興味があるわけだ。無論、ある。どれ、私も君の訓練に付き合ってやろう。最悪野良精霊をとっちめればいいんだ」
それなら最初からそうしろよーーと言いかけた所で口を閉じる。
娯楽大好きなクレアの事だ、俺がアブソリュートに入って四苦八苦するのが見たいに違いない。クソッタレが。
「君は、かなりひねくれているようだ。周りの環境ならば仕方ないが、こういう好意は素直に受け取っておくものだ。後悔するのは君だ」
的を射た正論に言葉が詰まる。よくよく考えてみればここで変な意地をはった所で困るのは自分自身だ。
ここを出れば、路頭に迷う。物ごいにはなりたくない。野垂れ死ぬのはゴメンだ。
「分かったよ、入るよ、風紀委員会にアブソリュートに」
半ばヤケクソで言い放つと、クレアはニコニコと笑いながら書類に印鑑をどん! と押したのだった。
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5話
翌日の夕方。俺はクレアに呼ばれていた。
【コ】の字方に作られた校舎の北側に位置する風紀委員会専用の校舎がある。そこには、広いグラウンドがある。
「さて、まずは召喚の儀をはじめよう。エリス、監督は君に任せた」
ジャージの上からでも分かる大きな二つの山を腕で強調しつつ、横に控える青い髪の少女を呼ぶ。
青い髪の少女は返事をするが、ショウをきつく睨み付けると、そそくさと後ろにまわった。
「早くしろ、黒髪。お前に割いてやる時間は無いんだ」
ドスの効いた声に怯む。一体こんな可愛らしい少女ーーエリス・ヴァネッサのどこにこんな声を出す喉があるのだろうか。
ふぅ、と息を吐き、足元に書かれた魔方陣に手をかざす。
「ーー来い!」
うっすらと光を放つが、何も起こらなかった。やっぱりか、と言わんばかりの溜め息をクレアは吐き、エリスに声をかける。
「エリス、ショウに武器を貸してやれ」
「んなっ?! ……分かりました」
武器?と首を傾げる俺の首を強引に後ろに向け、鬼の形相で口を開く。
「貴様に武器を貸すのは、凄まじく癪だ! クレア会長の為に貸すのだからな! 履き違えるなよ」
何処からか、エリス本人の背丈はあろうかと思う大きな剣ーークレイモアと言うのだろうかーーを俺に差し出す。
「こんなん持てねえだろ、どう考えても」
「さっさと持て、さもなくば殺す」
とりつく島もないとはこのことか。足腰に力を入れ、何だか情けない格好をしつつクレイモアの柄を握りしめる。
エリスがクレイモアを離す。俺の腕に凄まじい重量がのしかかる。
腕が千切れる寸前でエリスがクレイモアをひょい、と俺の手から奪い取る。
「ぐぅ、はぁはぁ……」
「うむ、やっぱりダメか」
滝のように汗が流れ落ちる。膝に手をつきぜぇぜぇと荒い息を吐き出す。
視界がぐらぐらと揺れる中、エリスが小さく舌打ちをする。
「ふんっ、何故私が黒髪の手伝いなどせねばならんのだ……」
「悪かったな、畜生」
そっぽを向いたエリスから視線をずらし
「んで、どうするんだ? 野良精霊を捕まえた方が早くないか?」
と言うと、クレアは
「なんだ、つまらん奴だなぁ。君の手伝いをすれば、私は合法的に仕事を休めるのだ。もう少し楽しもう」
と言って、腰に手を当てケラケラと笑う。その後も、色々な事を一通りやったものの、精霊は一匹も召喚することが出来なかった。
◇◇
生暖かい風が頬を撫でる。気持ちが悪い。まるで何者かの胃袋の中に入った気分だ。
空に輝く星も、今は雲に身を潜めている。
訓練と称したクレアの合法的なサボりに付き合ってはや数時間。太陽が沈むまで付き合わされた俺は、一人寂しく寮に向かって走っていた。勿論と言うべきか、エリスも一緒に、だ。
「気味の悪い夜だ。貴様の性だぞ、黒髪」
「へぇへぇ、悪かった悪かった」
ぐちぐちと唸るエリスに適当に返しながら、眉を潜める。
気味の悪い夜だが、動物は愚か、人っ子一人居ないとなると、何故か胸がざわざわとする。
夜ならばあのゴロツキ兄弟がここぞと言わんばかりにうろつき、悪さをしでかすはずだが……。
強く風が突き抜ける。むせかえるような異臭が鼻孔を突いた。
「気のせいか……?」
エリスの姿は、闇の向こうに消えかかっていた。急いで俺も後を追った。
◇◇
月明かりの疎らに入る路地裏に、男はひっそりと佇んでいた。
漆黒の髪をハットで覆い、顔をすっぽりと覆い隠す仮面を撫でている。
手を伸ばせば闇に届いてしまう。その闇の中から小さなうめき声が響く。
「テメェ……黒髪の分際でぇ……俺の弟に何をしたぁっ」
ドスの効いた脅し声にクスクスと笑う。
「なぁに、ちょっと遠い所に送って差し上げたんですよ」
ハットを直しながら、くるりと向きを変える。そのまま歩き出そうとした男の背後に、ひらりと影が舞い降りた。
「殺すのならば息の根を必ず止めろ、と私は言ったはずだが?」
ロングスカートを踊らせながら舞い降りた一人の少女が、男に低い声で釘を刺す。男は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、分かりましたよ、と言って闇にうずくまる男に歩み寄る。
「すみませんね、ボスには逆らえないので」
潰れたトマトのように無惨に果てた男。亡骸に唾を吐き捨て、ゆっくりと歩き出す。
「首尾はどうだ?」
「まぁまぁ、ですかねぇ?」
くるりと後ろを振り向けば、髪と同じ色の赤い大きなリボンが目を引く。ロングスカートに腰には刀をぶら下げた少女に、男は恭しく一礼する。
「止めろ、貴様のそれはイライラする」
吐き捨てる少女に男は少し傷ついた。ひどいなぁ、と呟きながら、闇に飲まれるように消えた。
つり上がった赤い瞳に焔を宿した少女は、赤い月を見上げる。
もうすぐだ、もうすぐ始まる。血肉が沸騰するかのような気持ちを押さえ、唇を歪める。
ちりりん、ちりりん。尻尾の鈴を鳴らし、のそのそと歩く老た猫が路地裏を見たとき、そこには誰も居なかった。
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6話
連日に及ぶ訓練(と言う名の合法的なサボり)をこなしてはや三日。 一向に精霊は召喚されず、野良精霊ですら俺を避ける始末だ。
「四十回中四十回とも、か」
驚愕に目を開き、そうクレア・ハーベストは呟いた。
「希に見る
エリスの皮肉を受け流し、ショウ・イブキはグラウンドに腰を降ろす。
雲一つない澄みきった青空に、鳥が横切る。
金曜日の今日、明日は休みだ。久しぶりにゆっくりできそうだ。なんて考えていると、クレアが名案だ、と言わんばかりに声を上げる。
「よし、明日明後日を使って合宿だ!」
大声を上げたクレアに驚いたエリスが変な声を上げるも、俺は、またか、と言わんばかりに溜め息を吐いた。
この、クレア・ハーベストという少女は、兎に角落ち着きがない。あっちだこっちだ、まるで野うさぎのようにぴょんぴょんそこらじゅうに動き回る。
「が、合宿!? 黒髪と?」
死んでもゴメンだ、と目が訴えるも、クレアは鼻歌を歌いながら何処かへとスキップしていった後だった。多分申請でも出しに行くんだろうなぁ、と思いながら立ち上がる。
「んじゃ、俺も準備してくるわ。寝坊しても起こさないからな」
服についた砂を払う。
「き、貴様を部屋に入れるなど、言語両断だ! 第一……ああ、もう!」
頭をかきむしる。この世の終わりだと言わんばかりの表情で、両肩に哀愁を背負い、とぼとぼと歩き出した。
思わず笑いが込み上げてくる。エリス・ヴァネッサは、そこまで過激な差別はしない。それでだろうか、俺は、エリスをおちょくるのが毎日の楽しみになりつつあった。
クレアの本当の狙いはこれだったのだろうか。ま、感謝してるんだけどな。
自然と顔が綻ぶ。軽い足取りで、俺は寮に戻った。
◇◇
翌日、晴天に恵まれたイルシャナ魔法学園の校門に、青年が二人、人を待っていた。
片方はハンス・ロード、もう片方はショウ・イブキだ。
「かーっ、羨ましいねぇ、あの美人二人と秘密の訓練なんてよぉ……!」
まるで、親の敵でも見るかのような視線を浴びる。
「うっせえ変態。どうせビンタ貰うのがオチなんじゃねえの?」
連日からナンパなりなんなりをやらかしてるコイツのことだ。どうせやらかすだろう。
そんなことを思っていると、遠くから声をかけられた。
「遅れてすまない、エリスがどうもゴネてな」
「さりげなく私のせいにしないでください!」
会長が寝坊したくせに! という悲鳴を無視するかのように話を進める。
「うむ、やはり来てくれたか。土日を使った短い合宿だが、存分に楽しんでくれると幸いだ。さ、行こうか」
ハンスをチラリと見て、ずんずんと進んで行くクレアを引き留める。
「ちょっとまってくれ、どこに行くんだ?」
くるりと振り向くと、そこにはキラキラと輝く瞳を称えたクレアがいた。これはまともな所には行かないな、と思う反面、楽しいところなのだろうか、という思いも出てきた。
「近場の湖があるだろう、そこに行くんだ」
「近場といってもあそこは距離があるのでは?」
エリスの意見も最もだ。何を分かりきった質問を、と言ったふうに首をふり、胸を張る。
「私の竜に乗ればあっという間だ、振り落とされるなよ?」
ぱちりとウインクをしたクレアに、俺は少しの、いいやかなりの不安を感じざる終えなかった。
まみむめもまみむめもまみむめも!
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7話
目的地に着いた俺達は、尊い一名の犠牲者を出した。
その名はエリス・ヴァネッサ。見た目とは裏腹に揺れる物に弱いらしく、文字の薄れた看板に寄りかかっている。
『ビスワ湖へようこそ!』
「おえっぷ……」
「だ、大丈夫か?」
青い顔をしたエリスの背中をさするショウは、いつでも逃げれるぞと腰を限界まで引きおっかなびっくりな様子でさすっていた。
◇◇
家族旅行で行くような宿だ。俺はそう思った。
レンガ造りの壁には蔦が、所々色が剥げた部分もある。汚い、とまでは言わないが、どちらかと言うとまぁまぁの分類に入るのではないのだろうか。
「旅費は任せてくれ、生徒会の経費から落としてきたからな」
「……それ、胸を張って言うような事ではないような……」
ふらふらのエリスの意見は黙殺された。
ロビーを通り、クレアから鍵を受け取った。
「私達は一階、君達は二階だ。荷物を置いたらここに集合だ、いいな?」
鍵をくるくると人差し指で回す。ギシギシと鳴る階段を上り、荷物を部屋に置いた。
「にしても、なんつーか、会長も自由だよなぁ」
「藪から棒だな」
ジャージに着替えたハンスが、体を解す。
「いんや、貴族オーラが凄まじかったんでな。お前ももうちょっと会長みたいに余裕を持った方がいいぜ」
皮肉かよ。確かに、と思う部分もあるが、余裕を持つための最大の障害が多数ある。
「俺は黒髪だ。それは死ぬまで変わらない。死ぬまでどーせ余裕なんて持てねえよ、きっと」
盛大に溜め息をつかれた。別に間違ったような事は言ってはいないはずだが。
クレアやエリスとつるむようになってから、これと言った物はなかったが、訓練期間がすぎれば、また、
「ま、余裕がありすぎるのもいかんが、無さすぎるのもいけねえってことだ。少し位肩の力抜けよ」
やけに上から目線のハンスに拳骨をお見舞いし、クレア達の待つロビーへと向かった。
◇◇
「今回の合宿の目的だが……まあ、なんだ、兎に角野良精霊をショウと契約させる。最悪火鼠でも構わんだろう」
学園指定のジャージに着替えたクレアが、眉を下げる。そこにすかさずショウが突っかかる。
「なぁ、クレア……会長。流石に火鼠は嫌なんだが……」
クレアの機嫌を伺うように尋ねる。クレアは、呆れた溜め息を吐いた。
「ならば自分で己に合った精霊を見つけることだな。私達は手当たり次第に捕まえて、手当たり次第に契約させる。そもそも君はそこまで贅沢を言えるのか?」
言葉に詰まる。図星だ。
やれやれと肩を落とすクレアに、同情の視線を送るハンス、眉間に皺を寄せ、親の敵でも見るような目で腕を組むエリス。酔いは覚めたのか顔色は血の気がいい。
「ならば速く探しましょう」
と、エリス。
「んま、コイツのおもりは任せといてくださいよ、クレア会長」
ショウの肩に腕を回す。ニッコリと笑うハンスから視線を反らすショウ。
「よし、私とエリスは東を、君達は西を頼む。幸いここは舗装されている。迷うことはないだろう」
くれぐれも迷うなよ?と釘を刺す。むっとしたように眉を潜めるショウに一つウィンクを送ると、エリスの手を引いて湖の方へと消えていった。
「んじゃ行くか」
「…………ああ」
すっかり不貞腐れたショウの肩をどつき、ニコニコとした笑みを振り撒きながら湖とは反対方向に進んでいった。
◇◇
クレアの言っていた通り、森はある程度人の手がついていた。申し分程度だが。
集る虫を手で払いのけ、ハンスが声を上げる。
「お、早速一匹いたじゃねえか」
木にへばりつく一匹の火蜥蜴を指差す。気分はまるで虫取をする子供だ。
「……契約できるのか?コイツ」
大きさは手のひらにすっぽりと収まる程度だ。生まれたてとまではいかないが、生まれてまだ日が経ってない。
手の中でじたばたと暴れる火蜥蜴と契約をするため、ゆっくりと精霊力を流し込む。グラウンドで見た光と同じぐらいの眩しさだ。
バチン!と光がはぜ、蜥蜴が手の中からしゅるりと逃げ出しあっという間に手の届かない木の枝の果てに消えてしまった。
コイツもダメか。何度も味わった小さな悲しみは、もう慣れてしまった。
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