転生孤児ウマ娘の奮闘記 (しょうわ56)
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第1話 孤児ウマ娘、合格する

 

 

「……受かっちゃった」

 

いま俺は、目の前の掲示板に張り出されている番号一覧と、

手元の受験票に記載されている番号とを見比べて、呆然と呟いた。

 

「………」

 

待て待て、早合点するな。

見間違いということもある。もう1度確かめてみよう。

 

「……ある」

 

しかし何度となく見返してみても、そこには間違いなく、

俺の受験番号が掲載されていた。合格である。

 

「おめでとう、リアンちゃん」

 

「院長先生……」

 

そんな俺の様子を見て、一緒に発表を見に来てくれていた

施設の院長先生が、優しく声をかけてくれる。

 

思わずそちらへ顔を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 

『トレセン学園入学試験 合格発表』

 

傍らに掲げられている看板には、大きく、そう書かれていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、この春から、俺も念願のトレセン学園生だ。

 

何が何だかわからないと思うが、安心してくれ。

俺もまだよくわかってない。

 

あ、いや、本当のことなんだから怒らないでくれ。

 

そもそもの話、なぜいま俺がこうしているのかというと、

気が付くと幼女になっていて、しかもウマ耳としっぽがついていた、というわけだ。

 

あれれー? おかしいぞー?

俺は順風満帆だとまではいかないが、普通で平凡な人生を送っていたはず。

 

もしかしてこれは、近頃流行りの異世界転生ものなのでは?

いち社会人として忙しい傍ら、ネットでSSなどを読みふけっていたおかげで、

何とかそんな可能性にたどり着けたのはいいものの。

 

俺、死んだ記憶とか、死に瀕した覚えとか一切ないんですよね?

 

事故に遭ったり、重病だったということもない。

本当に普通に生活して、明日も仕事だと思いながら床に就いた結果がこれだよ!

 

マジでどういうことなの……

 

ちなみに、こういう話ではよくある、神様に会ったりということもなかった。

よって、チートだのなんだのというのもないから、少しがっかりしたのは秘密。

 

というわけで(2回目)、今の俺はウマ娘であり、

文字通り2回目の人生を送っているというわけである。

 

ウマ娘名は『ファミーユリアン』。

 

ファミー・ユリアンじゃないぞ。

ファミーユ・リアンだ。

 

フランス語で「家族の絆」という意味なんだそうだ。

生まれてすぐに捨てられ、孤児院で育った身としては、やけに皮肉めいた命名だと思ったが、

今では逆に好ましく思えてきて気に入っている。

 

「ウマ娘を育てる自信がない」

 

実にふざけた理由だと思わないか?

 

着の身着のままで捨てられていた俺に、唯一、何か親の手掛かりになりそうなものとして

残されていたのが、そんな文言が殴り書きされた紙切れだった。

 

ウマ娘だろうが何だろうが、育てる覚悟と勇気がないなら、

子供なんて作るんじゃねーよ。だいたいなあ、近頃の若――げふんげふん。

 

まあ昔のことはいい。

大事なのはこれからだ。

 

トレセン学園への入学も決まったことだし、気分も新たに生きていきまっしょい!

 

 

コンコン

 

 

「リアンちゃん、準備はできた?」

 

「あ、院長先生」

 

ノック音に振り返ると、部屋の入口に、孤児院の院長が微笑みを浮かべて立っていた。

 

トレセン学園は全寮制の学校だ。

明日その引っ越しだから、荷物の整理をしていたんだった。

考え事していたせいで、あまり進んでいない。

 

だけど家具なんかはほぼすべてが孤児院のものだし、

私物といえば文房具の類と、服が何着かという程度のものでしかない。

小さなバッグひとつに収まるくらいだから、大差はないか。

 

「貴女がうちに来て12年、本当、時がたつのは早いものね」

 

「そうですね」

 

感慨深そうに言う院長。

相変わらず、俺を見つめてくる視線は優しい。

 

「今更こんなことを言うのもなんだけど、

 貴女が出て行ってしまうのは、正直痛いのだけれど」

 

苦笑する院長。

 

いろいろお手伝いしてましたからな。

ほら、俺ってウマ娘だから、ご多分の例に漏れず、

普通の人間よりはパワーがあるわけで。

 

人手不足はこういう施設では定番のこと。

幼いながら、俺が男手をカバーして、いろいろ奮闘していたというわけ。

そういう意味では、明日以降、大丈夫かな?

 

「立派に育ってくれてうれしいわ。

 トレセン学園の試験を勧めて本当に良かった。

 貴方は手のかからない良い子だし、きっと成功するから」

 

院長の言うとおり、トレセン学園を受験したのは院長に強く勧められたからで、

俺自身はトレセン学園に進む気なんて全然なかった。

 

受験するのも無料というわけではないし、なにより……

 

「えーあー、こんなナリで立派ということもないですけどね~」

 

褒められて嬉しい反面恥ずかしいので、そんなことを言ってみる。

 

134センチ。

今の俺の身長だ。

 

同年代の子と比較してもかなり小さいし、

あのニシノフラワーちゃんが確か135センチだったはず。

彼女は飛び級しているので、実際にはまだ小学生。

 

そんなフラワーちゃんよりも小さくて、ウマ娘としてはパワーもないであろう俺が、

厳しい勝負の世界で通用するとは到底思えなかった。

 

だから受験は考えなかったんだけど、院長にそれはもう強く強く推されてしまってね。

まあウマ娘なんだからと、記念受験のつもりで臨んでみたら、あらびっくり。

 

合格基準ってどうなってるんだろ?

 

生涯未勝利だったハルウララが入学できているくらいだから、

意外と緩かったりするんだろうか? でもエリートだって記述も見たし、謎だ。

 

「……ごめんなさい。

 あまりいいものを食べさせてあげられなかったから」

 

俺がそう言うと、院長は悲しそうに視線を伏せてしまった。

 

あ、ああいや違うんです!

決してそういう意味じゃなくてですね!

 

単なる照れ隠しというか、茶目っ気というか……

はい、元成人男性が見せるような態度じゃなかった。

猛省します。

 

「んんっ……見ていてください。

 今に大活躍して、ここにもいっぱい寄付してあげますから」

 

「ふふ、怪我だけには気を付けてね。応援してるから」

 

冗談だったと気づいてもらえただろうか。

茶化すような俺の発言に、院長は微笑んでくれた。

 

いや、こっちのことは冗談ではなくて、いっぱい勝っていっぱい稼いで、

この孤児院にも寄付できるくらいには活躍したいと思っている。

 

孤児院を出る=自立した、というように見なされる決まりなので、

もうこの施設には戻れない。

だから自分の食い扶持くらいは稼げないと、進退窮まる状況になってしまう。

 

勝てはしなくても、入着できれば賞金は出るだろうから、

最悪それくらいは頑張らなくてはならない。

 

とりあえず、トレセン学園に入学できる。

 

学園の公式情報が謎だらけだからよくわからないけど、

中高一貫みたいだから、最低6年間は衣食住に困らなくて済む。

 

6年。その6年の間に、なんとか……

 

リアル競馬の世界(主に馬券という意味で)を多少なりとも知っている身としては、

非常に高いハードルであろうことは想像に難くない。

 

未勝利で終わる馬が世の大半である中を、こんな中途半端な存在である俺が、

生き抜いていけるのだろうか?

 

「どうかした?」

 

「いえ……なんでもないです」

 

「そう?」

 

いかんいかん、今からそんな弱気でどうする!

 

とにかく頑張るしかないのだ。

ダメならダメで、そのときはそのとき。

どうにかなるなる。

 

「それより、何か用だったんじゃないんですか?」

 

「あ、そうそう、忘れてた。貴女に贈り物があって来たのよ」

 

「贈り物?」

 

「はい、これ」

 

院長はそう言って、きれいにラッピングされた

10センチ四方ほどの小箱を取り出し、俺に手渡した。

はてなマークでいっぱいになる俺。

 

「ほら、貴女の誕生日、4月24日でしょ?

 入学後になってしまうから、いま渡しておこうって思ったの。

 私と、施設のみんなからよ」

 

「あ……」

 

この孤児院の門前に捨てられていたのが、13年前の4月24日。

それが今の俺の誕生日ということになっているが、本当に生まれた日は、

実の両親が名乗り出てこない限りはわからない。

 

でも今となってはどうでもいい。むしろ、こちらから願い下げだ。

 

「贈り物……誕生日……」

 

俺にとってはどうでもいい日だが、

施設のみんなにとっては、そうじゃなかったらしい。

 

いや、何も今年が初めてというわけじゃない。

決して裕福というわけじゃないのに、施設にいる子供に対しては、

毎年、何かしらのお祝いは催していた。

 

だけど今年は、トレセン学園に入学、すなわち入寮してしまうので、

祝ってもらうことはないだろうと思い込んでいた。

 

それが、こんな形で……反則だろ?

 

「っ……」

 

急に込み上げてきた何かを急いで引っ込め、服の袖で目をぬぐう。

そんな俺の様子を、院長は変わらずの微笑で見つめている。

 

「開けていいですか?」

 

「もちろん、どうぞ」

 

「……これは、髪飾り、いや、耳飾りですか?」

 

「正解」

 

小箱から出てきたのは、何かの植物の葉を模したであろう飾り物だった。

先がトゲトゲなのが特徴的で、赤い木の実がアクセントでついている。

 

なるほど、ウマ娘たちはみんな、耳に飾りをつけているな。

右耳につけているのがモチーフが牡馬、左耳が牝馬だったか。

 

今まではつけていなかった、というか元男なだけあって

オシャレ関係には疎い、というか興味がないので、

記念品としてもプレゼントとしてもちょうどよかったというわけだな。

 

「セイヨウヒイラギ。花言葉は『domestic happiness』。

 家庭の幸せ、という意味なの。

 貴女にはいろいろな意味で幸せに恵まれてほしいから、ね」

 

「そう、ですか」

 

家庭の幸せ、ねぇ……

 

それが、家庭に入る、という意味での幸せを意図してのことなら、

たぶん生涯にわたって縁がないと思いますよ。

確かに女だけど、こうして前世の、男としての意識が残っている時点でお察しです。

 

でもまあ、気持ちはありがたくいただいておきますし、素直にうれしい。

 

「ありがとうございます、大切にします」

 

「つけてあげる」

 

「はい。あ、右耳にお願いします」

 

元、男性ですのでね、基本は外しません。

 

「……うん、似合うわよ。かわいい」

 

「そうですかね?」

 

壁にかかっている鏡で確かめてみる。

 

院長はそう言ってくれるが、うーん、どうなんだろ?

黄色がかった栗色の髪に、植物の緑は映えるとは思うけど、

やっぱりこういうものには疎いからよくわからん。

 

「リアンちゃん」

 

「はい」

 

「元気でね」

 

「院長も、お元気で。みんなにもよろしくお伝えください」

 

 

 

 

 

こうして俺は、長年過ごした孤児院を出て、トレセン学園へと入学したのだった。

 

 

 

 

 

 




主人公近影

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第2話 孤児ウマ娘、入寮する

 

 

 

さあさあ、やってまいりましたよトレセン学園!

入学式を明日に控え、今日これから入寮するのだ。

 

ここに来たのはこれで3回目。

入試のとき、合格発表のとき、そして今このとき。

 

校舎には試験で入ったが、寮に入るのは今日が初めてだ。

関係者しか入れないので当たり前である。

 

トレセン学園には、美浦、栗東と2つの寮があるが、

俺はどちらに入ることになるのだろうか。

 

モデル馬がいるのなら、現役時代に所属したトレセンのほうになるんだろうが、

俺に関してはそうもいかない。

なんせモチーフなんていない、転生者の魂が入っただけのただのモブですから。

 

外見に関しても、鏡で自分の姿を見るたびに、ああモブだな~って思いますもの。

今の服装も相まって、傍から見たら、『ザ・モブ』といった感じなんだ。

まあ腐ってもウマ娘なだけあって、かわいいとは思いますけどね。

 

うーん、時間的にはかなり早く来ちゃったけど、大丈夫かな?

とりあえず聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

結論、美浦寮でした。

 

時間が早かったせいで、まだ誰も来てなかったよ。

案内してくれた寮長ウマ娘さんに

「一番乗りだよ、気合入ってるね」ってからかわれちゃった。

 

それと同時に、「荷物それだけ?」ともね。

 

小さい肩掛けカバンひとつだけだったからさ。

ほら、俺って私物極端に少ないから、これでもだいぶ余裕があるのよ。

荷物事前に送ったりもしてなかったから、驚いたんだろうね。

 

「こりゃストイックでハングリー精神の塊みたいなウマ娘が来たねぇ」

 

荷物これで全部ですなんて言ったら、さらに苦笑度合いが深まっていた。

 

いやいや、全然そんなことはありませんよ。

むしろそういうアレじゃ、俺なんて下から数えたほうが、いや、

ダントツでシンガリかもしれない。

 

……改めて、こんなところでやっていけるのか不安になってきたぞ。

 

いや、いやいや、まだ入寮しただけだぞ。

最初からそんなんでどうする。がんばれ俺!

院長にいっぱい寄付するって約束しただろ!

 

「……荷物整理しよ」

 

自分で自分を落ち着かせるようにそう言いつつ、カバンを床に下ろす。

そして、部屋を一通り見まわした。

 

「おー、アニメで見たまんまだ」

 

マヤノが爆睡してたり、スズカが左回りしてたそのまんまの部屋。

ここはウマ娘の世界なんだと再認識する。

 

えーと、家具一式が部屋の両側にあるけど、どっちを使えばいいかな?

早い者勝ちでいいのか? ルームメイトが来るまで待つべき?

 

しかしいつ頃来るのかわからんしな……

特に俺は早く来すぎてしまった感があるので、最悪、

数時間待たされるという事態も考えられる。

 

寮長さん曰く、整理がついたら、寮内や学園内を見学していいとのことなので、

早く終わらせて、施設見学へと繰り出したい。

 

よし、ここは先乗りした特権ということで、勝手に決めさせてもらいます。

窓に向かって右側の家具ちゃんたち、君たちに決めた!

 

というか、ルームメイトって誰なんだろうな?

というより、どの世代になるのか、というほうが正しいか。

 

出来れば、突出したコのいない、平均的な世代だと嬉しい。

 

史上最高だと名高い98年クラシックの黄金世代や、

オペ・ドトウなどの覇王世代なんかだと、俺なんかの出番なんてナッシングだ。

 

でも寮長がヒシアマ姐さんじゃなかったから、少なくとも最近の世代ではないのか。

だとすれば、まだ実装されていない世代ってこと?

 

なら俺にもワンチャンある?

 

まあ元より、重賞戦線で活躍できるなんて思っちゃいないけどね。

オープンに上がれればめっけもの、条件戦でも入着できれば御の字。

 

ああそんなことより、まずは1勝できるかが運命の分かれ道だよなあ。

勝てないと、退学や転校なんてことになりそうだしねぇ。

むしろそうなりそうな可能性のほうが高いんだよなあ。

 

「……はぁ」

 

自ずとため息が出てしまう。

やめやめ、考えれば考えるほどドツボにはまる。

 

嫌なことなんて考えないで、今は目の前のことに集中しよう。

 

 

コンコン

 

 

「ん?」

 

カバンから荷物を取り出そうとしたところで、部屋のドアがノックされた。

 

誰だ?

知り合いなんて皆無だから、普通に考えたら寮長さんだろうか。

何か伝え忘れたことでもあるのかな?

 

「はい?」

 

『ルームメイトのご到着だよ。開けてもらってもいいかな?』

 

ドアの前まで行って声をかけると、寮長さんのそんな声が返ってきた。

予想は正しかったようだ。

 

俺も随分と早い時間だったが、ルームメイトの子も同様だったらしい。

こりゃ大真面目で律儀なタイプだな。

とりあえず意思疎通に困難はなさそうでホッとする。

 

自慢じゃないが、これでも俺は陽キャではないんだ。

どちらかといえばコミュ障だと思ってるんで、

付き合いやすいタイプだと大変ありがたいですぞ。

 

「はい、どうぞ」

 

……な~んて、心に隙を作ったのが大間違いだった。

なんせドアを開けた先に立っていたのが――

 

「シンボリルドルフという。今日からよろしく頼む」

 

「………」

 

後世において有名な、伝説の七冠バだったのだから。

 

 

 

 

アイエエエ!

 

皇帝!? 皇帝ナンデ!?

 

 

 

 

実際に声には出さなかった俺を褒めてほしい。

それくらいの衝撃と驚愕度合いだった。

 

「ファミーユちゃん?」

 

「……あ、ああいえ、なんでも」

 

何秒間か固まっていたのだろう。

寮長さんの声で我に返らされた。

 

と、とにかく、名乗られたのだから名乗り返さないと。

ええと……

 

「ド、ドーモ、シンボリ=ルドルフ=サン。ファミーユリアンです」

 

思わずどもってしまい、手を合わせて拝んでしまった。

……まだショック状態から抜け出せていないようだ。

 

「君は何をしているのかな?」

 

「ふふ、面白そうな子で安心したよ」

 

2人には思いっきり失笑されてしまった。

うぅ、恥ずかしい……

 

「中に入ってもいいかな?」

 

「ああはい、どうぞ……」

 

「失礼するよ」

 

皇帝陛下は、許可を得ると、俺の横を通り過ぎて

颯爽と部屋の中へと入っていった。

 

「わかっているとは思うけど、仲良くね」

 

「承知してます」

 

「じゃ、よろしく~」

 

寮長さんと手を振って別れ、ドアを閉める。

 

ふ~やれやれ。

まさか皇帝陛下がルームメイトになるとは思わなかった。

 

しかしこれで、この時空が、アニメ時点ではないことが判明した。

ルドルフが会長になる前、それも入学時となると、かなり昔のことか。

 

ゲームに登場しているウマ娘でいうと、

すでに在学中なのは、マルゼン姉さんとシービーくらいか。

2人ともデビュー前の可能性も。

 

そうすると大半が未入学ということになるわけで、あれ、これ、

もしかしなくても世代的には空白期ということ?

 

もちろんクラシックや王道路線はノーチャンス。主に皇帝陛下のせいで。

短距離も……あ、ダメだ。マイルにはピロウイナー先輩おるやん。

スプリンターはどうだったかな。ちょっと覚えてない。路線整備前?

 

なんにせよ、まずは1勝できたらの話だけどな。

そもそも俺の適性ってどこなのよ、って話にもなる。

 

他のウマ娘たちって、自分の適性距離とか脚質とかって、どうやって知るのだろう?

 

「そんなところに突っ立ってどうしたんだ?

 こっちに来て話そう」

 

「あ、うん……」

 

考え込んでいると、奥からそんな声がかかった。

 

一瞬で立場が入れ替わっている。

まあしょうがない。俺なんか、ごまんといる中のモブ中のモブ娘。

相手は七冠を制する皇帝陛下なのだ。

 

同列に考えるのは、おこがましいというものだ。

 

「改めて、シンボリルドルフだ。

 ルームメイトとして、お互い切磋琢磨していこう。よろしく頼むよ」

 

「ファミーユリアンです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

再び自己紹介しあって、見つめ合う。

 

こうしてみると、やはりというか、顔立ちが少し幼いな。

原作前だから当然なんだが、それでも荘厳とした凛々しさと、

溢れ出るオーラというか、カリスマ性が感じられる。

 

さすが僕らの皇帝陛下だ。

あれほど慕われることになるのも、実際に対面してよくわかった。

 

「とりあえず荷物を整理しようか」

 

「そうだね。あ、机とかタンス、どっち使う?」

 

「どちらでも構わないが」

 

「じゃあ私こっち使おうと思うんだけど」

 

「では私はこちらだな」

 

家具の選択はすんなり決まった。

当初の予定通り、俺が向かって右側、ルドルフが左側。

 

しばらく荷物の整理。

というか、俺の荷物は少ないので、ものの数分で終わってしまったが。

 

「君の荷物はそれだけなのか?」

 

「そうだよ」

 

「そうなのか」

 

手持ち無沙汰となって、ベッドに突っ伏した俺。

まだ整理中のルドルフがそんな声をかけてきた。

 

ルドルフは大きなトランクケースを持参してきている。

今日からここが生活の拠点になるわけだから、普通はそれくらいの量になるよな。

 

怪訝そうな雰囲気になっているのが伝わってくるけど、

大丈夫だ皇帝陛下。君は間違ってない。

 

「私なんてこれでも減らすのに苦慮したんだ。

 断捨離でもしたのか? やりくり上手なのは羨ましいな」

 

「あーうん、そうじゃないんだ。

 もともと私物なんてほとんど持ってなかったから」

 

「私物がない?」

 

「うん。持ってきたのは勉強道具と、服が数着くらい」

 

「………」

 

俺がこう言うと、押し黙ってしまった皇帝陛下。

 

ジッと見ているのも悪いかと思って視線を外してたんだけど、

どうしたんだと思って目を向けてみたら

 

「……少し、込み入ったことを聞いてもいいか」

 

「う、うん」

 

ものすごく怖いお顔をしていらっしゃった。

飛び起きて正座の体勢になってしまった俺は正しいと思う。

 

美人が怒ると、ものすごく怖いよね。

 

「出会ったばかりでこんなことを聞くのもどうかと思うが、

 少々懸念が浮かんだんでね、許してほしい」

 

「な、なにかな……?」

 

「その、私物がないというのは、買い与えてもらえなかった、

 ということなのだろうか?」

 

……はい? 何を言っているんですかねぇ、この皇帝陛下は。

 

「もしそういうことなら、同じウマ娘として見過ごすわけにはいかない。

 相応の機関に連絡して、相応の対応を……」

 

「ま、待って待って!」

 

1人で勝手に突っ走りそうな陛下を、慌てて制止する。

 

もしかしてこの人、俺が虐待かなんかされたと思ってる?

ちょい待ち。確かに恵まれた環境でなかったことは事実だけど、

しっかりと育ててもらいましたから! 誤解です!

 

「虐待じゃないから! 生まれが孤児で、施設で育ったってだけ」

 

「……なに? 本当か?」

 

「本当だよ。もし本当に虐待されてたなら、

 こうやってトレセン学園に入ることもできてないでしょ?

 受験するのだってタダじゃないんだしさ」

 

「確かに……」

 

俺がそう説明すると、ルドルフは口元に手を当て、何かを考え始めた。

 

わざわざ余計にお金のかかるようなことはしないでしょ?

虐待するようなクソ親なら、なおのことそう。

むしろウマ娘であることをいいことに、違法なことに手を染めそうじゃないかい?

 

それこそ、普通の人間ではできないような過酷な労働とか、闇レースとかさ?

 

「生まれてすぐに孤児院の前に捨てられてたみたいでね。

 今朝までそこで生活してたんだ」

 

「そうなのか……。しかしそれでもスルーはできない案件だな。

 ウマ娘を捨てる親がいるとは思いたくない」

 

難しい顔をしたまま、低い声で呟くルドルフ。

 

そりゃ俺だってそう思いたいさ。

でも現実にそうなってしまったんだから、認めるしかない。

捨てた理由を言うとまた揉めそうだから、それは黙っておこう。

 

「……すまない。早とちりしたようだ」

 

「いいよいいよ」

 

数秒して、ルドルフは申し訳なさそうに謝ってきた。

いやいやそんな、頭下げるようなことでもないでしょ。

 

「他人のプライバシーに土足で踏み込むような真似をしてしまった。

 どうか許してほしい」

 

「だからいいってば。私のことを心配してくれたんでしょ?

 うれしかったし、それで十分だよ」

 

「君は優しいな。だがそれでは、私の気が済まないんだ」

 

ええい、この頑固者め。

本人がいいっていうんだからいいってんだよ。

 

「何かお詫びを……そうだ、何か欲しいものはないか?

 これでも名門と云われる生まれなんだ。可能な限り力になろう」

 

「ええ……」

 

名門って、シンボリ家ですか。

いやいや、何もそこまで……

そこまで言われちゃうと、こっちが恐縮しちゃうよ。

 

「ええと、今は特にないかな?」

 

「そうか……」

 

俺が断ると、目に見えて落ち込んでしまう皇帝陛下。

耳も力なく垂れさがってしまい、まさに『ションボリ』ルドルフ。

 

これは、何か頼まないと後に引くパティーンだ。

まったく厄介な……

物で解決するのもあまりよくないと思うし、あー、何かないか……

 

「えと、じゃあこうしよう」

 

「ああ、何をすればいい!?」

 

復活早いっすね、陛下。

しっぽピーン。耳も、今までのが嘘みたいに伸び上がっていますよ。

 

「私、出身が出身だから、今までウマ娘に詳しい人がいなかったこともあって、

 自分のことを含めて『ウマ娘』がよくわかってないんだよね。

 だから何かあったら、相談とかに乗ってもらってもいいかな?」

 

「もちろんだ。私でいいのなら、相談でも何でもしてくれ」

 

「じゃ、そういうことで。よろしくね、『ルドルフ』」

 

「……!! ああ、任せてくれ!」

 

なんか、やけに陛下の目が輝いてるんですけど?

本当に、言ったこと以外にはやってもらわなくていいからね?

 

「その……」

 

「? なに?」

 

と思ったら、またなんかモジモジして、言いにくそうにしだした。

はいはい、今度は何ですかね?

 

「私も、君のことを、呼び捨てにしてもいいだろうか?」

 

「なんだそんなこと。お好きにどうぞ。

 私も勝手に呼んじゃったしね。友達同士で遠慮なんかしないしない」

 

「友達……友達。うん、そうだな。友達同士で遠慮なんかしないな!」

 

「……?」

 

またやけにテンション上がってる。

ルドルフってこんな奴だったっけ?

 

「では改めて、よろしく頼む、『リアン』」

 

「こちらこそよろしく、ルドルフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺たちは無事に入学式を終え、晴れて学園生となったのである。



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第3話 孤児ウマ娘、出走する

 

 

クラスのイカれたメンバーを紹介するぜ!

 

まずは、後に朝日杯を制するハーディービジョン。

わがままで気の強い典型的なじゃじゃ馬。

 

2人目、サクラ軍団の大器と名高いサクラトウコウ。

スピード自慢らしいのだが、しょっちゅう足を気にしている。心配。

 

3人目、ルドルフのダービーで2着に突っ込むことになる、スズマッハ。

心身ともにタフなナイスガイ(娘)。

 

4人目は、マッハとは幼馴染らしいスズパレード。

のちの宝塚記念馬は、小さなことにもこだわる繊細なタイプ。

 

5人目、降着制度の産みの親ニシノライデン。

気は優しいが力持ち。その力強さが時には仇となることも……?

 

6人目、均整の取れたプロポーション、末はスーパーモデルか、ワカオライデン。

同じライデンだけど、ニシノさんとは関係ないらしい。

 

7人目、伝説的な曾祖母を持ち、桜花賞を勝つダイアナソロン。

そんな良血を鼻にかけない良い子。

 

8人目、オークスを制し、武豊の初めてを奪った女(笑)、トウカイローマン。

12歳にしておっとり熟女っぽい雰囲気を漂わせるやべーやつ。

 

9人目、皇帝のクラシックにおける最大のライバル、ビゼンニシキ。

実はまだ話せてない。他の子ともあんまりしゃべってない。孤高な天才?

 

そして、栄えある大トリはもちろんこの子、我らが皇帝陛下シンボリルドルフ!

前人未到の七冠を制した名バが見据える先は、フランスかアメリカか?

 

 

 

……ふぅ。なんか紹介するだけで疲れたぜ。

 

この世代の有名であろう子たち(モデル馬)をざっと書き出してみた。

一言ずつだけれども、こっちの世界の子の雑感を述べてみた。

 

そんなに知識があるわけじゃないし、こっちの子たちの印象も、

親しくなった子ばかりじゃないので、俺の所感を書いただけだ。

必ずしも合っているわけではないことを了承してほしい。

 

ルドルフが飛びぬけているのはもちろんだが、意外にもこの世代、

他に混合G1を勝っているのは、宝塚を取ったスズパレードだけなんだよな。

 

世代のレベル云々は単純に比較できるものじゃないし、

皇帝陛下の三冠について悲観的なことを言うつもりも全くないが、

本当に意外だと思う。

 

1個上にシービーとピロウイナー、1個下にミホシンザンとかサクラユタカオーがいるし、

さらに下にはダイナガリバー、ニッポーテイオー、メジロラモーヌと目白押しな状態なのだ。

その影に埋もれてしまっているというのが本当に惜しい。

 

ますます俺の出る幕なんてないと思えてくるな。

気が滅入るわ~。

 

「何を書いているんだ?」

 

かけられた声に反応した見上げると、そこには我らが皇帝陛下。

彼女は不思議そうな顔で、こちらをのぞき込んでいる。

 

「あ、や、ただの落書き」

 

そう言いつつ、慌てて机上のノートを閉じた。

 

詳しい中身までは見られてないよな?

のちに〇〇を制する、なんてのを見られたら、

お前どんな予言者だよってなるから、見られてたらまずいんだが……

 

「そうか? それにしては随分と真剣な様子だったが?」

 

「いやあ、はは、まあいいじゃない」

 

「そうか」

 

どうやら中身までは見られていなかったようだ。

完全には納得してないみたいだけどね。

 

俺がクラスで割かしうまくやれているのも、ルドルフの貢献が大だと思う。

もし彼女がいなかったら、ジェネレーションギャップと元男性の意識が邪魔をして、

下手したら孤立していたんじゃなかろうか。

 

ルドルフの人の上に立つ才気というのは早くも発揮されていて、

早くもクラス中から慕われているのだ。(約1名を除く)

 

そんなルドルフが親しくしているルームメイトということで、

みんなが俺にも話しかけてくれるのだ。

 

ついででもおまけでもいいから、ボッチになるよりは百万倍いい。

 

「それより、何か用?」

 

「用というか、次は移動教室だぞ。もうみんな行ってしまった」

 

「え? あ……」

 

周りを見てみると、ルドルフの言うとおり、教室内にはもう誰もいなかった。

うわ、やべっ。完全に忘れてた。

 

「ごめん、ありがと」

 

「これくらいわけないさ。一緒に行こう」

 

「うん」

 

慌てて支度を整え、ルドルフと一緒に教室を出る。

こんな感じで、彼女には仲良くしてもらい、割と助けられているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアンはもう決めたのか?」

 

「え、何を?」

 

入学式から1週間ほど経過した、ある日の夜。

入浴を終えて部屋に戻ってきたところで、ルドルフからそんなことを聞かれた。

 

突然のことで見当がつかず、首を傾げてしまう俺。

 

「今日、トレーニング前に教官から言われたじゃないか。

 来週1回目の選抜レースがあるから、各自出走するレースを決めておけと」

 

「そういえば」

 

そんなことを言っていた。

 

いわば実力テストのようなものだな。

ここで力を発揮してトレーナーの目に留まれば、契約、訓練、デビューの運びとなる。

 

といっても、今回は入学直後のそれなので、

いきなりそこまでの流れになるのは稀らしいけれども。

 

個人によって『本格化』の時期には大きなずれが生じるらしいし、

選抜レースは毎月あるようなので、出走するしないは個人の裁量とのこと。

ただし、1回目の今回は全員出走が義務付けられている。

 

能力というよりは、顔見せと個々人による

自己の適性の確認という意味が大きいのだろう。

 

「で、どうするんだ?」

 

「うーん、どうしよう……」

 

ルドルフの問いに、即答はできなかった。

実は、割と真面目に迷っている。

 

選抜レースは距離、バ場別に行われる。適性による差が大きいからだ。

人間にも向き不向きがあるように、ウマ娘にもそれは存在する。

短距離で強い子が長距離でも強いとは限らないし、逆であることがほとんど。

 

でもごく稀に、どんな距離、バ場でも強いオールラウンダー的なバケモノがいる。

 

往年ではスプリントから長距離、芝でもダートでも勝ったタケシバオー。

近年では芝ダート不問、地方でも海外でも勝利したアグネスデジタルなんかがそうだ。

 

逆に、その距離でしかダメ、なんて極端な例もある。

要は千差万別だから、なるべくその子の適性に合った場を設けましょうね、ということ。

 

「条件は何だっけ?」

 

「芝は1200、1600、2000のみっつ。ダートは1200と1600だな」

 

「う~ん……」

 

基本中の基本の根幹距離である。

これだけあれば、ほとんどのウマ娘の適性に合致するのだろう。

 

だが、俺はどうなのだ?

前にも話したが、自分の適性って、どうやって見極めてるの?

 

「あのさ、根本的なこと聞いてもいい?」

 

「もちろん。相談に乗ると約束したからな。何でも聞いてくれ」

 

ちょうどよい機会だ。

他のウマ娘はどうしているのか、皇帝陛下に聞いてみよう。

 

「自分の適性って、どうやったらわかるの?」

 

「え?」

 

「……え?」

 

俺の質問は、本当に意外なものだったのだろう。

ルドルフの表情は、こいつ何を言っているんだ、と言っている。

言葉にしていなくてもわかる。

 

「何かおかしなこと聞いちゃった?」

 

「いや……そうだな。君の境遇を考えると、無理のないことかもしれない」

 

「……」

 

ルドルフは少し考えると、言葉を選ぶようにして、気まずそうにそう言った。

どうやら本当に、おかしなことを聞いてしまったようだった。

 

「いいか? そもそも私たちウマ娘には、

 『ウマソウル』なるものが宿っていると考えられている。

 ウマソウルのおかげで私たちは、人間にはないパワーと走力がある、と」

 

「……うん」

 

そこまでは理解できる。

公式がどういう設定になっているのか、詳しいことまではわからないが、

そういうことのようだ、というのは色々漁っているうちに知った。

 

「ウマ娘はウマソウルを持って生まれてくる。

 その子の能力は、ウマソウルがすべてと言っていい。

 だから、適性もウマソウルに依るものが大きいし、自ずとわかるものなんだ」

 

「自ずと……? どういうふうに?」

 

「なんというかな……ある日、ふと、自分とはこういうものだ、

 と理解するというか、わかるという感じなのだが」

 

「………」

 

「すまない。私もこれに関しては、教えてくれた先生の受け売りだし、

 自分ではこういう感じだったとしか言えないんだ。申し訳ない」

 

「いや、謝らなくてもいいよ」

 

ルドルフの説明から推測するに、ウマ娘であれば、労せずわかる、ということなのかな?

ゲームではよくあるステータス画面を開くようなもの、とか。

 

あーくそっ、俺にもゲーム版みたいな機能つけてくれよ!

おまけにスキルも欲しいぞ!

ルドルフ、君の固有スキルなんか、競争する上では極めて優秀じゃないか。

 

因子継承させてくれぇ! うまぴょいしようぜ!(錯乱)

 

「察するに、リアン。君は自分の適性が分からないのか?」

 

「ご明察。まったくもってわからないんだなこれが」

 

「バ場も、距離も、脚質も?」

 

「うん。まるっと全部」

 

「……そうなのか」

 

さしもの皇帝陛下も、二の句が継げないようだった。

そりゃそうだよな。自分でもおかしいと思うもん。

 

つくづくイレギュラーな存在だよなあ、俺って。

 

「参考までに、ルドルフの適性、聞かせてもらってもいい?」

 

「ああ。芝、中長距離、先行、差し、といったところだ」

 

ルドルフの適性を聞いてみたが、史実ともゲームとも合致する。

双方からかけ離れた世界線、というわけでもなさそうだ。

 

となると、やっぱり、宿っているのが転生者の魂というのが問題なんだな!(泣)

 

「じゃあ芝2000に出るの?」

 

「そのつもりなんだが、ありがたいことに既にあるトレーナーから

 話をいただいていてね。彼女の意向で、マイルになるかもしれない」

 

「へえ、うらやましいなあ」

 

「……すまない」

 

「なんで謝るのよ」

 

これは単純に羨ましい。

 

ルドルフほどのウマ娘なら、レース前からスカウトの話があってもおかしくないか。

『彼女』と言うからには、その彼女とは“おハナさん”なのかな?

さすがのご慧眼、といったところか。ここはアニメ時空である可能性?

 

そういえばあんまり聞かないけど、史実の皇帝は、

デビュー前の評判はいかほどだったのだろうか。

 

今のルドルフの話も、史実での1000mのデビュー戦で騎手が

『マイルの競馬を教えた』ってコメントしたことに基づくのかな。

 

「あー、一通り出てみるしかないのかな~」

 

「一通りって、まさか全部に出走するつもりなのか?

 1日で5レースだぞ!? 合計したら7600mにもなる!」

 

計算早いな。さすが優等生。

いっぺんに走るわけじゃないじゃないし、

ウマ娘の身体能力なら大丈夫かなって。

 

「だって、適性計るには、実際に走ってみるしかないじゃん?

 もしかして、ひとつしか出ちゃいけないとかって決まりがある?」

 

「いや、そんな決まりはなかったと思うが……」

 

唖然とするルドルフ。

俺だってそんなことしたくないけど、今後のためにはそうするしかない。

早いうちにわかっていたほうが絶対にいいはずだもん。

 

「大丈夫。これでスカウトされようなんて全然思ってないし、

 全部本気で走るなんて真似しないから」

 

「……怪我だけはしないでくれよ。

 少しでも違和感を覚えたら、すぐに棄権してくれ」

 

「わかってるわかってる」

 

「本当に頼むぞ……」

 

心配性だなあ、感覚を確かめるだけなんだし、

人間だって、大会じゃ1日に何レースか走ったりするでしょ。

大丈夫、大丈夫。

 

……な~んて甘く考えていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1回選抜レース当日。

 

数人のトレーナーたちが、早くもトラックコースの客席部分に集まって、

今年度の新入生たちについて話していた。

 

「今年は何といってもシンボリルドルフだろう」

 

「ああ、1人だけ抜けているな」

 

「三冠を狙える、いや、確実にそうなるな」

 

やはり話題の中心はシンボリルドルフである。

 

名家出身で、一目見ただけでわかるほどの能力を備えている。

大本命も大本命だった。

だが、だからこそ、という話もあった。

 

「しかし、彼女はリギルさんが持っていくんだろう?」

 

「すでに話がついているという噂も」

 

「さすがナンバーワンチーム。実績も手も1番か」

 

すでにスカウト済み、という話。

よって、話題は2番手以降へと移っていく。

 

「その次となると……」

 

「ビゼンニシキ、ダイアナソロン、ハーディービジョン、サクラトウコウ、

 といったところかな?」

 

「う~む、やはりルドルフと比べてしまうと……」

 

手元の資料を見やりつつ、彼らの表情が渋る。

明確な差を感じてしまった。

 

「スズパレード、トウカイローマンくらいになると、さらにもう1枚落ちるか」

 

「三冠はルドルフで決まりだが、ティアラ路線はわからんぞ」

 

「今年はそっち方面の発掘が醍醐味となるか」

 

「……ん?」

 

とここで、資料を見ていた1人のトレーナーが、あることに気づいた。

 

「どうした?」

 

「いや、この子なんだが」

 

「……ほお、全レースにエントリーしているのか」

 

「全レースに? 珍しいな」

 

全部で5条件あるレース、すべてにエントリーしている生徒がいる。

普通は多くても2つまでなので、目に留まったのだった。

 

「名前は、ファミーユリアン。聞いたことないな」

 

「どんな子なんだ?」

 

「……なんだ、全レースエントリーというからどんな体力自慢かと思ったら、

 真逆のすごい小柄でほっそりした子じゃないか」

 

「体力保つのか、この子?」

 

「わからんな。自信があるのか、はたまた冷やかしなのか」

 

資料に載っているデータによれば、とてもとても、

全レースすべてをまともに走り切れそうには見えない。

 

どう捉えたものかと、歴戦のトレーナーたちも唸るしかなかった。

 

「とりあえず、お手並み拝見といくか」

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝9時。

第1レース、芝1200m戦開始。

 

スプリント適性を持つ子が多いのか、千二では各条件中

最多の4組のレースが組まれている。

俺はそのうちの3組目の出走になる。

 

「はーい。芝1200m、第3組に出走する子たちは、招集所に向かってくださーい」

 

あっという間に自分の出番だ。

 

全力で勝負するつもりはないので、あえて他のレースは見ずに

離れたところで待機していた俺。

 

招集の声に立ち上がり、少し身体を動かしてから向かうとしますかね。

 

「リアン」

 

「おや、ルドルフ」

 

すると、ルドルフがやってきて声をかけてきた。

その表情は少し陰っている。

 

こいつ、まだ心配しているのか。しょうがないやつだ。

 

「がんばれ」

 

どんな言葉をかけてくれるのかと期待していたら、

月並みな、それも一言だけだった。

 

思わずガックリ来そうになるが、

気負わせないようにとの、陛下なりの気づかいなのだろう。

全力を出さないってことも話してあるしな。

 

「おー、武者震いがするのう!」

 

「なんだそれは」

 

「いってくる~」

 

苦笑するルドルフに見送られ、レースに向かう。

 

招集所では、ゼッケンとエントリーリストが合っているかの確認が行われ、

すぐさまゲートインとなった。

 

おお、さすがに、この狭いゲートの中に入ると緊張するな。

適性の確認とはいえ、出遅れには注意しないと。

 

「かんりょ~」

 

態勢完了の声がかかる。発走準備、よし。

 

 

ガシャンッ

 

 

「っ……!」

 

ゲートが開くのと同時に、俺は駆け出した。

 

 

 

 

 




仮想勝負服

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第4話 孤児ウマ娘、現実を知る

 

 

 

 

「……うぁ~」

 

選抜レースを終え、寮の部屋へと戻ってきたその足で、

自分のベッドへと倒れこんだ。

 

結果云々の話はとりあえず置いておくとして、

やはりというか、1日で何レースも走るのは、相当堪えたみたい。

 

もう全身バッキバキで、倒れこんでしまったが最後、

ちょっと今は起き上がれそうにない。

明日は確実に筋肉痛や……

 

え? 結果を聞かせろって?

わかったようるさいなあ……人の黒歴史をそんなに聞きたいか!

 

……そうだよ黒歴史確定だよ!

 

ではお待ちかねの結果を言ってやろう。

出走した全レース最下位ですよ。それもダントツのな!

 

1番酷かったのが、最初に走った芝のスプリント戦。

 

スタートはうまく決まったものの、徐々に離されていく一方で、

果ては緊張からか出遅れた子にまであっという間にかわされてしまった。

 

全力出さないとか言ったけど、しまいにゃムキになって

なんとか差を詰めようとしたものの、直線を向いたときには、もう先頭は遥か彼方。

ひとつ上の順位の子からも1秒以上離された、大惨敗もいいところだった。

 

リアル競馬なら、タイムオーバーで出走停止食らってる。

 

あれだね、一発で短距離適性ないってわかっちゃったね。

だからダートの千二には出なかったよ。棄権した。

 

それでも4レースには出たわけだが、どれも最下位なのは変わらなかった。

脚質もいろいろ試してみようと思ってたけど、そんなレベルじゃない。

そもそもスプリント戦は逃げようと思ってたくらいだからな。

 

追走すら困難って、ホントどういうことなの……

唯一と言ってもいい収穫は、ダートよりは芝のほうが走りやすかったってことくらいかな。

 

もちろんトレーナーたちからの声掛けなんてものはなかったよ。

まあそれは仕方ない。弱者は見向きもされない、厳しい世界なのだから。

 

「……はぁ」

 

ため息しか出てこない。

 

なんか思った以上に、他の子たちとの力の差が大きいみたいだ。

ウマソウルの有無というのは、ここまで違ってくるのか……

 

本当にやれやれだぜ。

これは相当に無茶をしないと、あっという間に退学処分になりそうな予感。

 

詳しいことはよくわからないが、ほんと洒落にならない。

 

よし、明日から本気出す。

いや、決して今日までが本気じゃなかったというわけじゃないけれども。

 

せめて掲示板内を争えるくらいにはならないと、

トレセン学園に通っている意味すらなくなってしまう。

 

「………」

 

目を閉じると、猛烈な睡魔が襲い掛かってきた。

脳裏に浮かんでくるのは、孤児院を出たときの風景。

 

まるで普通に通学するときに送り出すかのごとく、

「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた院長と、職員さんたち。

俺よりも年長の子も年下の子も、レースは必ず見に行く、と言ってくれた。

 

レース、出られるかな……デビューまで行けるかな……

 

はぁ……

 

先は……なが、く……

 

……けわし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアン? 帰っているのか?」

 

私、シンボリルドルフは、寮の自室へと帰ってきた。

 

ルームメイトはもう帰っているだろうか。

予め話を受けていたスカウトの件で、トレーナーに呼ばれて

いろいろと話をしていたため、少し遅くなってしまった。

 

「……リアン? いるなら返事を……寝ているのか」

 

靴はあったから、すでに帰っているものとして声をかける。

室内へと入りながら見回すと、彼女の姿はベッドにあった。

 

我がルームメイト、ファミーユリアンは、

制服姿のまま、うつ伏せで寝入っている。

 

「さすがに疲れたみたいだな」

 

1日で複数のレースに出る、なんて無茶をするからだ。

理由を聞いて理解はしたが、だからといって納得できるものではない。

 

最初に聞いた時も耳を疑ったが、今でも信じられない。

普通はレースを絞って出走する。多くても2つまでだろう。

 

それが彼女は、今日4つものレースを走った。

当初は5レースすべてにエントリーしていたが、さすがに思うところがあったらしく、

ダートのスプリント戦だけは回避したそうだ。

 

選抜レースは、何も今日だけというわけではない。

今日がダメでも次、そこでダメでも次というように、

自分を鍛えながら挑戦していけばいい。

 

いったい何が、彼女をそこまで突き動かしたのだろうな?

 

「……ふふ」

 

自然と笑みが漏れてしまった。

 

突拍子もないことをしでかすのは、彼女の癖、なんだろうか?

思えばリアンと初めて会ったときも、驚かされたものだったな。

 

 

 

 

 

『ド、ドーモ、シンボリ=ルドルフ=サン。ファミーユリアンです』

 

ドアが開いて現れた、明るめの栗毛の小柄なウマ娘は、

なんと手を合わせて私を拝みながら自己紹介した。

 

初対面の相手に、なんて反応を見せるんだ。

思わず呆気に取られてしまったが、次の瞬間には、笑いが込み上げてきた。

 

『ふふ、面白そうな子で安心したよ』

 

寮長さんも一緒に笑っていたな。

ああ、何か一瞬で、いろいろと考えていたことが吹き飛んでしまったよ。

 

ルームメイトはどんな子だろうか。

上手くやっていけるのだろうか。

学園生活に馴染めるだろうか。強くなれるのだろうか。

 

その時点で頭の中の大半を占めていた負の感情が一気に消え去り、

温かいものが心の中に流れ込んできた。そんな感じだった。

 

その後、部屋に入ってもう1度自己紹介しあって、

荷物を整理しながら彼女と少しずつ話をした。

 

その折、どうしても気になることが出てきてしまうのだ。

 

私の荷物がまだ幾分も整理し終わらないというのに、

リアンはとっくに終えて、ベッドで横になっている様子。

 

聞けば整理がものすごく速かったというわけではなく、荷物が少ないらしい。

 

『もともと私物なんてほとんど持ってなかったから』

 

『持ってきたのは勉強道具と、服が数着くらい』

 

瞬間、私の中でものすごい疑念と懸念が浮かび上がり、

自分でも、全身の毛が逆立つのが分かった。

 

彼女の発言は、それくらいの危ういものだった。

 

とどのつまり、少ないというのは、親に買ってもらえなかった、

ということに他ならないのではないのか。

彼女自身が欲しくても、与えてもらえないような状況だった。

 

私たちくらいの年頃において、私物がこんなに少ないのはあり得ない。

色々なことに興味があって当然だろう。

 

人気アニメのキャラクターグッズ然り、

オシャレな服や、アクセサリーや、その他諸々……

 

改めて考えてみれば、彼女の体格は、小学校の中学年以下かと

思わされるくらいに小さく、細い。

 

あのとき着ていた服の下が七分丈なので、膝下が見えているのだが、

本当にウマ娘なのかと思えるほどの細さだ。

 

私は年齢の割に大きいほうだから、余計にそう思えるのかもしれないが……

 

考えれば考えるほど、あるひとつの結論が見えてくる。

即ち……

 

『虐待じゃないから!』

 

そんな私の思考を、彼女の悲鳴に近い声が引き留めてくれた。

 

彼女曰く、生まれて間もなく捨てられて、孤児院で育ったとのこと。

世の中のご多分に漏れず、その施設も裕福ではなかったので、

贅沢とは程遠い生活を送ってきたと。

 

『もし本当に虐待されてたなら、

 こうやってトレセン学園に入ることもできてないでしょ?

 受験するのだってタダじゃないんだしさ』

 

彼女の言葉は、非常に的を射ていた。

 

確かに言われてみればその通りで、もし本当にそうだったのなら、

あの日あの場に、彼女がいるはずもなかった。

 

完全に私の早とちり。

恥ずかしさと共に、猛烈な申し訳なさが湧いてくる。

 

 

すべてのウマ娘を幸せにする

 

 

私の秘かな、大それた夢だ。

なまじそんな思いがあるがゆえに、完全に掛かってしまったらしい。

私もまだまだ未熟である。

 

いきなりこんな身近に、この夢の実現に際して、

問題になる子と出会うことになるとは、全然思っていなかったんだ。

 

本当に、出会って間もない相手にするような質問と態度ではなかった。

お詫びに、何か欲しいものはないかと聞いてみたのだが、

今は特にないと断られてしまった。

 

むぅ、本当にそうなのか?

 

さっきも言ったとおり、私たちの年代では、

むしろあれもこれも欲しいという状態なのではないかと思ったのだが。

 

……ダメだな、また空回りだ。

 

『何かあったら、相談とかに乗ってもらってもいいかな?』

 

すると、彼女のほうからこんな提案がなされた。

もちろんOKだ!

 

ウマ娘のことが分かる人が周りにいなかったというのは、地味に辛い。

幸い、私は名家と呼ばれる生まれで、人も知識も相応にある環境で育った。

 

だから彼女の心情まではわからないが、

自分のことが理解されないということがどれだけ辛いことなのか、

それくらいはわかるつもりだ。

 

私にできることであれば、なんでも……

いや、シンボリ家の総力を挙げて、最善を尽くすと誓おう!

 

そう決意したところで、彼女から、盛大な爆弾が投下されたのだ。

 

『よろしくね、「ルドルフ」』

 

彼女は……リアンは、笑顔でそう言った。

私のことを、ルドルフ、と自然に呼び捨てた。

 

こんなことは、もしかすると、いや、記憶の限り、初めてかもしれない。

 

もちろん、親や兄、先生などから呼び捨てにされたことは、何度もある。

しかし同年代、それも長く付き合うことになるであろう人物から

そう呼ばれたのは、間違いなく初めてだった。

 

私がウマ娘であり、なによりシンボリ家の一員であるということは、

周囲の人間たちを思いのほか委縮させるらしい。

公の場では主に「お嬢さん」、良くて「ルドルフさん」だ。

 

それは幼いうちであっても同様らしく、周りの子供たちは、

遠慮というか敬遠して近づいてこないか、話しても一言二言だけ、

という状態が続いてきた。

 

いつしか私自身もそんな環境に慣れてしまい、なんとも思わなくなっていた。

そんな状況が……このとき、彼女によって、打破されたのだ。

 

それも、こんな望ましい形で!

 

『ああ、任せてくれ!!』

 

後になって思い返してみると、このときの私の声は、

自分でも驚くほど弾んでいた。

彼女にどう思われたのは不明だが、彼女はやさしく微笑むだけだった。

 

先ほどの件、さっそく明日にでも実家に伝えるとしよう。

呼び捨て合えるような『友達』ができたと知れば、

両親も兄も妹も、他の人たちも間違いなく協力してくれる。

 

こうなると……そうだな。

久しく忘れていた、もうひとつのささやかな願望も、叶えさせてもらえるだろうか。

 

少し迷ったが、ダメもとでお願いしてみることにした。

 

『私も、君のことを、呼び捨てにしてもいいだろうか?』

 

勇気を出して行なった提案に、彼女は、相変わらずの笑顔で

 

『友達同士で遠慮なんかしないしない』

 

こう、言うんだからな……

 

わかっているのか?

あのときの私にとっては、それは最高の殺し文句だぞ?

 

うん、そうだな。友達同士で遠慮なんかしないな!

 

『では改めて、よろしく頼む、リアン』

 

『こちらこそよろしく、ルドルフ』

 

こうして、友人同士で親しく呼び捨てしあう、という普通で当然な行為を、

私は齢12にして、人生で初めて経験したのだった。

 

 

 

 

……おっと、思わず考え込んでしまった。

リアンは……まだ寝ているな。

 

このまま寝かせておいてやりたいが、そうもいかない。

仕方ない、起こそう。

 

「リア……涙?」

 

寝ているリアンに近づいて声をかけようとしたところで、気付いてしまった。

彼女の目元には光るものが浮かんでおり、枕に向かって流れた跡があることに。

 

「よほど悔しかったんだな」

 

そうだ、仮にもウマ娘たるもの、競争して勝つことが本望。

あのような結果で、悔しく思わないはずがない。

 

私のレース前に顔を合わせたときには、笑って私の激励をしてくれたが、

カラ元気だったかな。申し訳ないことをさせてしまった。

 

それはそうと、入浴と食事の時間の関係もある。

良心は痛むが、起こさなければ。

 

「リアン、リアン。起きろ」

 

「……んぅ……ん……?」

 

声をかけ、肩に触れて軽く揺する。

すると気が付いてくれたようで、目がうっすらと開いた。

 

「起きたか」

 

「………」

 

「ああ、寝るな。眠いのはわかるが、せめて着替えてからにしろ。

 制服がしわだらけになってしまう」

 

しかし、いまだに眠気のほうが勝っているようで、再び目が閉じてしまった。

 

「起きろー」

 

「……やー」

 

「………」

 

幼児のような反応に、心ならずも、吹き出すのを堪えるのに苦労した。

 

なんだそれは。狙ってやってるのだとしたら卑怯だぞ。

無意識なんだとしたら、余計にたちが悪い。

 

「リアン」

 

「やー……ねるぅ……」

 

気を取り直して声をかけるが、またしてもこんな反応だ。

 

リアンは普段から大人びていて、子供じみた思考や行動とは無縁だと思っていた。

それがどうだ。今の彼女は、まさしく年相応、いや、より幼さを感じさせる。

 

「ふふ」

 

思わず笑みが漏れてしまった。

 

学園内や外では、絶対に見せないであろう、完全にプライベートな姿。

それを見ることができるのはルームメイトの特権だな。

彼女の新たな一面が垣間見えた、貴重なシーン。

 

貸しひとつ、ということでどうだろう?

 

「いいから起きろ。着替えて風呂だ。それから食事」

 

「……んぅ」

 

ここでリアンは、ようやく身体を起こした。

女の子座りで、眠そうに両手で目を擦っている。

 

まだ寝ぼけているな。

しょうがない。乗り掛かった船だ、面倒を見切ってやろうとも。

 

「着替えは?」

 

「……たんす」

 

「私が開けてもいいのか? では失礼するぞ」

 

自分から動く気配がないので、私が替えの服を取りに行く。

他人のタンスの引き出しを開けるのは気が引けるが、仕方なかろう。

 

「……本当に少ないな」

 

引き出しを開けてみて、改めて思う。

 

1段目、何も入っていない。

2段目、下着類。すぐにそっと閉じた。

 

3段目、入ってはいるが、ぱっと見て2着ほど確認できるだけで、

半分以上のスペースは使われることがなく、がらんとしている。

 

そういえば、リアンは寮に帰ってきても制服か、ジャージ姿でいることが多い。

私服姿を見たのは、最初に会ったときくらい、だろうか。

 

事情があるのはわかるが、ちょっと少なすぎやしないか。

夏冬で1着ずつあるとしても、それ以外の物が全然ないんだぞ?

 

少ないを通り越して、異常であった。

 

「リアン、何を着るんだ?」

 

「んー……ジャージ……?」

 

なぜ疑問形なんだ?

ジャージというと、学園指定のやつか?

 

上3段目までにはない。さらに下か?

当たりだ。もうひとつ下の段に、きれいに畳まれて入っていた。

 

「ほら」

 

「………」

 

「リアン?」

 

ジャージを手に取って持って行ったのだが、

リアンはベッドの上に女の子座りしたまま、ぼ~っとこちらを見上げている。

 

まさか、着替えまで手伝えと?

 

……ええい、最後まで面倒みると決めたではないか。

行くところまで行ってやる!

 

「ほら、バンザイして」

 

「ん~」

 

……ああ、すべて着替えさせてやったさ。

 

さすがに下着1枚になったときには、目を逸らさせてもらったが。

リアン、君、まだ上は着けていないんだな……

 

……コホン。

 

それはさて置き、ここまで服を持っていないとは思わなかった。

2日も雨が続いたら、着るものがなくなってしまうぞ。

24時間、制服かジャージで過ごすつもりなのか? それは問題だな。

 

「……ルドルフ?」

 

「目が覚めたか?」

 

ここにきてようやく、リアンの意識が覚醒したようだ。

今までのは無意識の寝ぼけた状態だったんだな。そうだと思ったよ。

 

「おかえり。あー、私、寝ちゃってた?」

 

「そうだな。疲れたんだろう」

 

「あー、うん、そうかも……って、なんで私、着替えてんの?」

 

「覚えてないのか」

 

覚えていないほうが幸せな気がするな。

言っても信じないだろうし、あれは私だけの脳裏に留めておこう。

特権、特権だ。ふふふ。

 

「話は変わるが、リアン、君の生まれは今月か?」

 

「うん、一応24日ってことになってる」

 

「24日か」

 

よし、ギリギリだがまだ間に合う。

いきなり渡しても困惑されるだけだろうから、大義名分として申し分ない。

グッドタイミングだったな。

 

「よく今月だってわかったね?」

 

「ウマ娘の生まれは、なぜか上半期に集中しているからな。

 外れたらしらみつぶし大会になるところだったぞ」

 

「なにそれ」

 

おかしそうにけらけら笑っているリアン。

上手く誕生日を聞き出せた。あとは……

 

「あ、言い忘れてた。選抜レースの1着おめでとう」

 

「ああ、ありがとう」

 

「圧勝だったね。もう契約してきたの?」

 

「とりあえずは仮契約、というところだ。

 入学してすぐでは体裁が悪いとのことで、折を見て、ということだな」

 

「ふーん。いいなあ」

 

リアンは私の勝利を、自然に祝福してくれた。

あの涙を思い出して、若干居心地が悪い。

 

ダメだ、そんな風に考えることこそ、彼女に対して失礼だ。

こちらも自然に、普通にするんだ。

 

「リアン」

 

「うん?」

 

「お互い、がんばろうな」

 

「……うん、がんばろう」

 

 

 

 

 

 

レースに勝ち、トレーナーとの契約も目途が立って、

おまけに、普段は見ることもできない、友人の珍しい姿も拝めた。

 

当時はそんな自覚なんてなかったが、こうして振り返るに、

このときの私は、やはり少し浮かれていたのかもしれない。

 

……そう。

 

私は、私の言葉に対してリアンの表情が、

わずかばかり曇ったことに気付けなかった。

 

気付けていたら、また違った結果を導けていたのかもしれないと思うと……

 

私は……

 

 

 

 

 

 



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第5話 孤児ウマ娘、着せ替え人形と化す

 

 

 

そ~っと、そ~っと……

 

えー、現在、早朝4時でございます。

ルームメイト殿を起こさないように慎重に起き出して着替え、

寮の外へと出てきた。

 

完璧超人に見える皇帝陛下も、実は朝が弱い。

彼女の唯一と言ってもいい弱点だ。

知識として知ってはいたが、事実なんだと確認した。

 

実際、目覚ましを何個も用意していたので、朝弱いのと聞いたら、

恥ずかしそうに頷いていた。

 

流れの中で、そうなんだ、じゃあ俺が起こしてあげようかと言ってみたら、

飛び上がらんばかりの勢いで喜んでいたな。

俺は別に朝弱くないし、目覚ましかけておけば問題なく起きられるから。

 

それからというものの、俺の1日は、ルームメイト殿を起こすことから始まる。

なので、今日も普段の起床時間である7時よりは前に戻って、

シャワーを浴びて、身支度を整えてからルドルフを起こさなければならない。

 

確か、この秘密を知っているのはエアグルーヴだけだったはず。

まだ彼女のいない状況では、肉親以外では俺だけというわけだ。

ルームメイト特権というわけだな。悪くない。

 

「それじゃ、始めますか」

 

この時期この時間では、外はまだ完全に真っ暗だ。

肌寒さも感じつつ、軽く体操から行こう。

 

そう。早朝のランニングだ。

 

選抜レースで痛感した実力不足。

これを補うには、学園での通常のトレーニングでは足りないと判断し、

自主的にトレーニングを追加することにした。

 

具体的に言うと、こうやって朝の早い時間に走って、スタミナを鍛える。

 

スプリント適性は皆無だとわからされたから、

だったらスタミナをつければ、長距離のレースならもっと戦えるんじゃないの、

という理屈である。

 

かのミホノブルボンを鍛え上げて強くした調教師曰はく、

『スピードは天性のものだが、スタミナは鍛えれば身につく』だそうで、

実際に、短距離気質だったブルボンを二冠に加え、菊花賞2着にまで育てたんだから、

その理論は正しかったということなのだろう。

 

もちろん、そんなハードトレーニングに耐えたブルボンの頑強さがあってこそだが。

 

俺にそれができるか?

いや、やらねばならない。

やらなければ、トレセン学園にいられなくなる。

 

放課後も、通常のメニューにプラスして、学園の坂路を

多く使わせてもらえないか交渉するつもりだ。

 

ブルボンも、他厩舎の馬が登坂を3回で終えるところを、

4回5回とやっていたという話。

 

継続できれば、俺のほうが一足早く、

『坂路の申し子』と呼ばれることになるかもしれないね?

 

正直、いきなりトレーニング強度を上げるのは不安しかない。

 

ならばいくらかでも知識をつけてからにしようかとも思ったんだけど、

悠長にそんな勉強している時間的猶予はないと判断した。

 

選抜レースであの体たらくだと、いつ処分が下ってもおかしくないもん。

一朝一夕の知識でどうにかなるとも思えないしな。

 

「よし」

 

準備運動もそこそこに、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんだで、自らハードトレーニングを課して数日。

 

「リアン?」

 

「……え?」

 

「手が止まっているぞ。どうした?」

 

朝食の席で、向かいに座っているルドルフから声がかかった。

遺憾ながら、声をかけられていなければ、

彼女から注視されていることにすら気付けていなかった。

 

「な、なんでもない」

 

「そうか?」

 

慌てて誤魔化すが、誤魔化しきれたものではない。

現にルドルフの表情は険しかった。

 

「君はいつも少食だが、この数日、それ以上に減っている。

 しかも、なんだかやつれていないか? 頬がこけて見える」

 

「………」

 

事実だけに反論できない。

 

もともと男性としても、食事量はそこまで多くなかった俺。

転生してウマ娘となってからもそれは同様、いや、ウマ娘であるからこそ、

量の少なさは際立ってしまうようである。

 

オグリやスぺといった怪物はまた別物だが、

目の前の皇帝陛下もそれなりに食う。

 

現に、彼女の前のテーブル上には、並の人間なら、

2、3人前というメニューが並べられていた。

 

「だ……ダイエット、というのはどうだろう?」

 

「笑えない冗談だな。君の体形で必要だとは思えない。

 むしろもっと食べて大きくするべきだろう」

 

「デスヨネー」

 

苦し紛れの言い訳も通用しない。

紛れるどころか、さらに悪化した。

 

ああ、そうだよ。

無茶なトレーニングが祟って、いろんな弊害が出てきてしまったんだよ。

 

まずはこうしてルドルフに咎められているように、食事面に関してだ。

通常なら、運動量が増えれば、比例して食事量も増えると思うだろう?

でも疲れのほうが先に出てしまって、食欲がいまいち湧いてこないのだ。

 

この身体、運動すると体重に直で効いてくるらしく、

小学校の体育でちょっと走った後でも、1キロ2キロは平気で減っていたからな。

カロリー変換効率が良いというのか、逆に燃費が悪いというべきか。

 

だから、食事量が減るとなれば、当然連動して体重も減る。

俺みたいな小柄な体躯での数キロは、それはもう目立つだろう。

 

第2の問題は、寝不足だ。

 

早朝にトレーニング時間を作る、睡眠時間を削る、寝不足という3連コンボ。

そのうえ疲労はどんどん蓄積される。まさに悪循環の見本市。

 

本当に、ここまでダイレクトに響いてくるとは思わなかったよ。

俺の身体はここまで脆かったのか。

 

ウマ娘の肉体というものを、過信しすぎた。

それとも単純に、未成熟だからということだろうか。

 

社会人になりたての頃は、一徹二徹くらい屁でもなかったが、

若すぎる肉体というのも考え物だ。

 

「リアン、何か隠しているだろう?

 放課後に通常のメニューに加えて、坂路を走っていることは聞いているが」

 

「……」

 

幸い、早朝トレーニングに関しては、皇帝陛下にまだバレていない。

陛下の朝が弱いことに感謝である。

 

放課後のことは、ほかのウマ娘たちの目もあるし、隠し立ては不可能。

ルドルフ自身はもうチーム所属になったも同然で、練習も

チームのほうで行っているようなので、自身で直接確かめたわけではないのだろう。

 

「頼むから、無理だけはやめてくれ。

 私からの切実なお願いだ」

 

「……うん」

 

とりあえず頷いてはおいたが、厳しい表情から、

一転して心配げな顔になった彼女を直視できない。

 

ごめん、それは約束できないよ。

その『無理』を押し通せなければ、俺はここを去らねばならないのだから。

 

「ところで」

 

「……?」

 

彼女の声色が、今の今までとは打って変わって、不自然なくらいに明るくなった。

伏せていた視線が、つられて上がってしまう。

 

「今日の放課後は、トレーニングを早めに切り上げて、

 部屋に戻ってきてくれないか?」

 

「へ? な、なんで?」

 

「そう警戒するな。悪いことというわけじゃない」

 

「………」

 

ルドルフはそう言うが、ここまでの流れで、警戒するなというのが無理だ。

微笑みを浮かべているのも気になってしまう。

 

第一、おまえだって練習があるだろう?

 

「私も今日は早めに上がらせてもらう約束なんだ。

 だから、頼むよ」

 

「……わかったよ」

 

外堀は既に埋まっていた件。

ああもう、わかったよ。早く帰ればいいんだろ、帰れば。

 

仕方ない、今日は坂路を1本だけにするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ナニコレ」

 

で、放課後。

トレーニングを早めに終わらせて、帰宅した俺の第一声がこれだ。

 

「待っていたぞ!」

 

ルドルフは俺よりも先に帰っており、満面の笑みで出迎えた。

室内に所狭しと並べられた、大量の衣服と共に。

 

「さあ始めようか!」

 

「いや、ちょ、待っ……いったい何を!?」

 

いったい何が始まるんです?

大惨事大戦だ!(爆)

 

……少なくとも、俺にとっては本当に大惨事だったよ。

 

なんせね……

 

ルドルフが持ってきたという大量の服、彼女が言うには彼女のおさがりらしいが、

それをとっかえひっかえ俺にあてがっては、次々と着せていくんだからな。

 

あまりの事態に、俺は呆然と突っ立っていることしかできなかったよ……

 

「これも似合うな!」

 

「……あのさ」

 

「なんだ?」

 

「どこからこんなに持ってきたの? というか、なんなの?」

 

スーパーハイテンション状態のルドルフに、どうにか尋ねることができた。

 

ゴスロリ系とか、かわいいものばかりが目立つのは、君の趣味かね?

君が好んでこんな服ばかり着るとは思えないが。

ゲーム中の私服も地味目のものだったし。

 

「もちろん実家からさ。

 実家に連絡して、適当に見繕って送ってもらった」

 

「こんなに服持ってたの……」

 

「中には1度も着ていない服すらあるぞ。

 もらいものばかりだから、捨てるのは忍びなくてな」

 

なーる、そういうことですか。

忍びないのも事実だろうけど、好みじゃないのもあるな絶対。

 

「で、どうだ、感想は?」

 

「どうだと言われても……というか、本当に何なの?」

 

「鈍いな。この前、君の誕生日を聞いただろう?」

 

「誕生日? ……あ」

 

「私からのプレゼントだ。このまえ見てしまったが、

 手持ちの服があまりに少なそうなんでな。

 勝手ながら用意させてもらった。お古もあるのは許してくれ」

 

「あー……」

 

ここでようやく、聞きたかった答えが返ってきた。

 

そういえばそうだったな。

このバカ騒ぎの原因は、そうか、4月24日、今日か……

 

それでもって、服、というわけね。

 

この前のことって、あれだよな?

俺が寝ぼけてルドルフに着替えまでさせてもらった、ってやつ。

そうか、タンスの中身まで見ちゃったか。そりゃそうだよな。

 

あれだけ空きスペースがあれば心配にもなる。

恥部を見られて恥ずかしいというより、逆に、

お目汚ししてしまって申し訳ないって思えてくる。

 

「なんだかあんまりうれしそうじゃないな」

 

「あ、いや、祝ってもらえるのはうれしいよ、もちろん」

 

俺の反応が薄いもので、再びションボリルドルフが降臨しかかった。

違う、そうじゃないんだよ。なんというか、な……

 

「ええと、ほら、孤児だって話、したでしょ?

 今でこそ4月24日が誕生日だってことになってるけど、戸籍上そうだってだけで、

 本当に生まれた日ってわけじゃないからさ」

 

「……そうなのか」

 

「うん。孤児院の前に捨てられてて、拾われた日がそうだっていうだけ。

 だから、自分の誕生日っていう実感が、昔からなくてね」

 

加えて、中身が転生者な分、余計にそうだ。

まさしく自分のものだという気がしない。

 

「……ありがた迷惑だったか」

 

ああ、俺の不徳のせいで、結局ションボリルドルフになってしまわれた……

 

だからいま言ったとおり、祝ってくれるのはうれしいし、

気持ちが大事だからそんなに落ち込まないでおくれよ~!

 

「すまない。また私の独り相撲だったようだ……」

 

「いやいや! 謝ることなんてないし、

 さっきも言ったけどうれしいよ。うれしいから!」

 

「そうか? ならいいんだが……」

 

必死に取り成して、機嫌は何とか直ったようだ。

消えていた表情が戻り、しなだれていた耳もしゃんと立った。

 

ああもう面倒くさいやつ。

皇帝陛下がこんなに感情の起伏が激しいとは思ってなかったよ。

 

そういえば、史実のあなたは気性難で有名でしたね。

『ライオン』なんてあだ名付けられてたの、知ってますよ。

 

「では、ぜひ貰ってくれ。着てくれたほうが服も喜ぶと思う」

 

「はいはい、いただきますよー。ありがとね」

 

「どういたしまして」

 

ここまで言われて、拒否するほうがどうかしている。

というか、断れるわけがない。

 

決して、自分の趣味に合わない服を、

誕生日プレゼントにかこつけて押し付けたなんて思わないから、安心しろ。

 

しかし皇帝陛下のあの嬉しそうなお顔ったら。

落ち込ませかけておいてなんだが、こっちまでほっこりしてくるよ。

彼女としては、丸く収まってめでたしめでたし、という感じか。

 

問題があるとすれば、俺の趣味にも合わないってこと、それと……

 

「ねえルドルフ。ちなみに、この服たち……何歳のときのもの?」

 

「確か、8歳か9歳くらいのだったかな」

 

「………」

 

やっぱり、俺の身体は小さすぎるってことだな!(泣)

 

こう見えましても、俺は本日、13歳になったのです(大泣)

 

 

 

 

 



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第6話 孤児ウマ娘、絶望する

 

 

 

5月の大型連休明け。

 

疲れや睡眠不足と戦いながらも、どうにかハードワークをこなす日々。

連休中はルドルフが実家に帰っていたので、

これ幸いとばかり、より厳しい鍛錬を自分に課した。

 

実馬のブルボンは、1日に多いと5本も坂路を駆け上がったという。

ならば、俺はそれ以上の本数をこなさないと、

少なくともブルボン以上の実績は残せそうにない。

 

がんばった。がんばったんだけど……

さすがに5本は無理だった。3本で足が死んだ。

4本目なんてとてもとても……

 

なんて自分で止めるまでもなく、3本目が終わった段階で、

そこらへんで見ていたトレーナーの1人に、もうやめろと制止されたよ。

 

無関係の人に止めなきゃいけないと思われるほどヘロヘロだったかな……

確かにその日は、寮に戻ることさえ苦痛だった。

 

苦痛と言えば、運動量を増やしたので、食事量も増やさねばならず、

こちらも苦痛と言えば苦痛である。

食べたい、食べなきゃとは思うんだけど、身体が受け付けてくれないんよ。

 

無理に食べると、決まって気持ち悪くなって、最悪おえってしちゃうし。

 

おかげで、思うようにトレーニングはできないわ、

そのくせ疲労は溜まる一方だわ、体重は増えるどころか減ってばかりで……

 

本当、オグリやスぺなんかの大食い自慢が羨ましいよ。

あれだけのトレーニングをして、どこに太る要素があるんだと問い詰めたい。

 

 

 

 

 

今日も放課後が訪れた。来て、しまった。

 

近頃は、トレーニングに行くのがつらい。怖い。

いくらがんばっても報われないのではないか、

きつい思いをするだけ無駄なのではないか。

 

そんな思考が、気を抜くとすぐに出てきてしまう。

 

アプリみたいに、自分の能力が数字でわかるんなら、

成長できていることを自覚できて大助かりなんだけどなあ。

 

……な~んて馬鹿なこと考えてないで、トレーニング行こ。

 

終業後、考え事をしていたせいで、教室内の人影は既にまばら。

完全に出遅れてしまった。俺も早く行かなければ。

 

そう思い、自席から立ち上がろうとしたときだった。

 

「ファミーユリアンさん、いらっしゃいますか?」

 

教室の前のドアから、緑色のスーツを着込んだ、1人の女性が現れた。

 

あ、あれは、理事長秘書の駿川たづな!?

なぜうちの教室に? しかも、いま俺を呼んだか?

 

「ファミーユリアンは、私ですが……」

 

「よかった、いらっしゃいましたか」

 

おそるおそる、手を上げつつ名乗り出た。

 

教室に残っているほかの生徒たちが、なにやらヒソヒソ話をしている中、

彼女は俺を認めると、笑みを浮かべならゆっくりと歩み寄ってきた。

 

な、なんだこの、言いようのない巨大なプレッシャーは!?

これが泣く子も黙るという(嘘)、理事長秘書だというのか。

 

伊達に『緑の〇魔』と揶揄されていないな(汗)

 

「ファミーユリアンさん」

 

「は、はい」

 

「理事長がお呼びです」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

な、なんだ、何事だというんだ……

ただの一介なウマ娘の俺に、理事長のような偉い人が、どんな用がある?

 

落ち着け……落ち着いてよく考えろ。

 

俺、何かやらかしちゃった?

全然そんな覚えなんてないんだけど……

 

でも普通に考えて、理事長や学園長が生徒を呼び出すなんて、

不祥事や悪い話以外にないよなあ?

 

ま、まさか、退学とか!?

 

い、いや、そんな、それこそまさか。

俺まだ何も……

 

何もしてなかったわ……

 

ここまで来ると逆にそれが悪いレベル?

選抜レースでの成績が悪すぎて、トレセン学園にはふさわしくないって思われた?

 

『中央を無礼(なめ)るなよ』ってことかい?

 

マジで? マジか……マジかぁ……

 

入学してわずか1ヶ月でこんな仕打ち、あんまりだ。

たったのひと月で何を示せというんだ?

そりゃ、速い子は最初から速いだろうけど、中には晩成タイプの子もいるかもしれない。

 

それを、こんな早い段階で足切りしちゃうのか?

だったら合格させなければいいのに。

 

院長になんて言い訳すれば……

いやそれより、明日からどこに住めばいいの?

ホームレス一直線? そんなの……

 

「着きましたよ」

 

「!!」

 

色々なことが浮かんでは消えてを繰り返しているうちに、

たづなさんの案内は終わり、理事長室のドアの前。

 

「理事長、ファミーユリアンさんをお連れしました」

 

『入りたまえ』

 

たづなさんがノックして声をかけると、中からそんな声が返ってきた。

 

アプリでよく聞いた声。

どうやら毎回ガチャで現れてほしい、あのちんまい理事長は健在らしい。

 

「歓迎ッ! さあ、かけてくれたまえ」

 

「し、失礼します……」

 

室内に入ると、予想通り、あの理事長が扇子を広げつつ、笑顔で迎えてくれた。

 

どうやら怒っているという雰囲気ではなく、少しホッとしたが、

まったくもって油断はできない。

 

「さて、君を呼んだのは――」

 

「あのっ!」

 

「――っ?」

 

だから、先手を打つことにした。

 

「ここを追い出されたら私、他に行く当てがないんです!

 だから退学だけは……退学だけは何卒ッ……!

 次のレースでは必ず結果を出しますので!」

 

俺にできることは、もうこれしかなかった。

お涙ちょうだい作戦。情に訴える道しかないのだ。

 

もう決定事項なら覆るとは思えないが、せめてもの情けを……

 

「今はまだ底辺も底辺かもしれませんが、次の……

 次のレースでは、必ず成長した姿をお見せします!

 ですので退学だけは――ッ!」

 

「ファミーユリアンさん落ち着いて!」

 

掛かってしまった俺を、たづなさんが慌てて制止する。

思わず立ち上がりかけてしまったので、彼女の手が俺の肩にかかった。

 

……すごい力だった。

 

「そういう話ではありませんから!

 誤解させてしまったのなら謝ります」

 

「……退学じゃ、ない?」

 

「はい。ごめんなさい、はじめに説明するべきでしたね」

 

「………」

 

誤解? 早とちり?

……はは、なんだ。俺もルドルフのこと言えないじゃないか。

 

落ち着いた途端、全身から嫌な汗が噴き出してきた。

 

「どうぞ」

 

「す、すいません」

 

察してくれたたづなさんから差し出されたハンカチ。

恐縮して顔をぬぐう。すごく良い匂いがした。

 

でも、退学ではないとすると、いったい何の話なんだ?

 

「疑問ッ! 行く当てがないとは?」

 

「理事長。この子は孤児院の出身なので……」

 

「そうか、そうだったな」

 

まあ知らないはずはないよな。

入試の際には書類審査もあるはずだ。

 

「理事長、本題に入りましょう」

 

「む、そうだな」

 

理事長はたづなさんとの会話を終えると、

改めてこちらへ向き直り、俺をまっすぐ見据えながらこう言った。

 

「先日、とあるトレーナーから報告があった。

 新入生の1人のウマ娘が、無茶なトレーニングをしていると」

 

「……」

 

……あの人か。

告げ口するとはやってくれる。

 

いやまあ、俺の身を案じてのことだとはわかるけどさ。

 

「確かめてみると、君であることが分かった。

 懸念ッ! 君はなぜそのような無茶を続けるのか?

 このままでは故障するのは必定と、彼は言っていたぞ」

 

なぜ……と言われても……

強くなるため、としか……

 

「御覧の通り、私は小柄です。パワーもない。

 だからこそ、いっぱいトレーニングして、力をつけなければ。

 そう考えるのは不自然でしょうか」

 

「それで身体を壊しては、元の木阿弥ではないか?」

 

「………」

 

現時点では精いっぱいの回答も、理事長に一刀両断されてしまった。

 

……じゃあどうしろと?

このまま弱いままでいろってんですか?

 

トレーニング内容の助言を求めようにも、通常の教官では高が知れている。

かといって専門家のトレーナーも、契約してもらえない限りは口出しできない。

 

どうしろってんだよ!? 詰んでるじゃないか!

 

「まあまあ理事長、いきなりでファミーユリアンさんも

 困惑しているでしょうし、その辺で」

 

「む、そうだな。少々高圧的だったか」

 

「………」

 

俺のボルテージが再び上がっていくことに気づいたのか、

再びたづなさんから制止が入って、理事長も矛を引っ込めた。

 

俺としては、爆発する機会が失われて、肩透かしを食らった気分なり。

やり場のなくなったこの思い、どうしたらいい?

 

ここで暴れたところで、立場をより悪くするだけだと思うけど。

それこそ退学処分だな。ワラエナイ。

 

「いいですかファミーユリアンさん。大前提として、

 トレセン学園は教育機関という側面も持っています。

 ですので、レースで結果が出ないからといって、

 即座に退学になるようなことはありませんから、安心してください」

 

「……そうなんですか?」

 

「ええ。中には本格化の遅い子もいますし、その点は大丈夫です」

 

「本格化……」

 

それだ、そこがよくわからんのよ。

 

ウマ娘には、急激に身体や能力が成長する、所謂『本格化』と

呼ばれる現象が起こるらしいのだが、個人差がひどく大きいらしいのだ。

 

それこそニシノフラワーのように飛び級するような子もいるし、

十代後半でようやくという、大器晩成型もいると聞く。

 

他の連中はもう来ているのだろうか?

 

「基本的に、本格化を迎えてからデビューという運びになります。

 ですから何も心配することはありませんよ。

 私の所見ですが、あなたはまだ本格化していないようですし」

 

「………」

 

人間でいう、第二次性徴と同じ感覚なのかなあ?

 

だとすると、ゲーム上で小柄なままデビューを迎えるウマ娘、

例えばアグネスデジタルとか、タマモクロスとかはどうなんだろう?

 

本格化してあの体躯なのか?

それとも、まだ私は変身を残している、という状態なのか?

 

あるいは、身体の成長と競争能力には、関係がないのか?

 

うーん、謎だ。

公式が言及しているわけではないはずなので、深く考えるだけ無駄かな?

 

「なので、今はまだ無理をするときではありません。

 しっかりと学力を整え、基礎体力の向上を目指してください」

 

「……はい」

 

そうなるのかあ。基礎トレーニングなあ。

あくまで通常メニューの範囲内で、と言うのだな?

 

「ですが、ゆめゆめ油断はなさらないように。

 お分かりだとは思いますが、ここは勝負の世界です」

 

「………」

 

「自分の限界を悟ったり、違う道を模索したりして、

 学園から去っていく子たちは少なからずいます。

 あなたがそうならないことを、理事長も私も、心から願っています」

 

「同意ッ! がんばれ若人よ!」

 

理事長はご自分も若いんじゃないんでしたっけ?

まあいいや。

 

たづなさんのおかげで、当面の危機は去った。

最後に釘を刺すことも忘れない、大変ありがたかったよ。

 

俺は来た時とは打って変わって、実にすっきりさっぱりして、

2人に対して頭を下げて理事長室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアンッ!」

 

「え……うわ」

 

部屋から出たところで、なんとルドルフに出くわした。

いや、出くわしたでは済まない。飛びつかれた。

 

「理事長に呼び出されたと聞いた。無事か!?」

 

俺の両肩を掴んで、揺さぶる勢いで尋ねてくるルドルフ。

 

無事かって、なにその聞き方。

理事長は凶悪なモンスターか何かなのか?

そこまで焦ることかよ。

 

「この通り、何もないよ。少しお話しただけ」

 

「そ、そうか」

 

俺の言葉にルドルフはあからさまにホッとして、

胸を撫で下ろした様子で大きく息を吐きだした。

 

というかおまえ、トレーニングはどうしたんだ?

 

「リアンが呼び出されたと聞いて、いてもたってもいられず……」

 

おいおい、これがあの皇帝陛下の姿か?

恥ずかしそうにモジモジする様子は、年頃の乙女そのものじゃないか。

 

はっきり言おう。かわいい。

普段の凛とした姿もいいが、年相応というのも良きものよ。

 

それにしても耳がお早いことで。

 

教室には他の子もいたから、そこから広まったんだろうな。

すでに全校中の噂になっているかもしれない。

 

はぁ、やれやれだ。

校内放送がかからなかったのは、まだ幸いかもな。

放送されていたら、校内にいる全員の耳に入っていたことになる。

 

「はいはい、わかったから、早くトレーニングに戻りなさい。

 先輩たちにちゃんと謝るんだよ?」

 

「む、それくらい言われずともわかっている。だいたい――」

 

「はいはい、行った行った」

 

「ちょ……また後でな!」

 

強引にルドルフを押して、練習へ戻らせる。

 

こっちもやれやれだ。

 

俺の心配をしてくれるのはうれしいし、助かることもあるけど、

おまえは七冠を制するウマ娘なんだ。

ただのモブたる俺とは違う。悲しいことだけどな。

 

俺なんかに時間を浪費するな。自分のために使え。

 

……なんてな。柄にもなくかっこつけてみた。

キャラが違うのは重々承知してるから、苦情やツッコミは受け付けません。

あしからず。

 

さてそれじゃ、今日はもう寮に戻って休むとしましょう。

 

無茶をする必要はないとわかったので、

まずは、身体を早く万全な状態に戻さないとな。

 

 

……パキッ

 

 

 

「え?」

 

歩き出そうとして、右足を前へと出した瞬間、

そんな嫌な音が、その右足から聞こえたような気がした。

 

 

 

 




Q.秋川やよい嬢は、ルドルフ入学当時から理事長なの?

A.

            /)
           ///)
          /,.=゙''"/
   /     i f ,.r='"-‐'つ____   こまけぇこたぁいいんだよ!!
  /      /   _,.-‐'~/⌒  ⌒\
    /   ,i   ,二ニ⊃( ●). (●)\
   /    ノ    il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \
      ,イ「ト、  ,!,!|     |r┬-|     |
     / iトヾヽ_/ィ"\      `ー'´     /


実際のところ、公式で言及してくれないので不明としか……


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第7話 孤児ウマ娘、泣く

 

 

 

「……ふぅ」

 

「いい感じね、ルドルフ」

 

「トレーナー」

 

追切を1本終えたルドルフは、クールダウンのために

戻ってきたところを、担当トレーナーに出迎えられた。

 

「この調子なら、デビューもすぐに迎えられそうね」

 

「恐れ入ります。しかし、まだまだ鍛えなければ」

 

彼女の言葉にルドルフは謙遜したが、

トレーナーとしては、紛うことなき本心だった。

 

今すぐデビューしたとしても、必ず勝てる。

それも普通に勝つだけではなく、圧勝できるのではないか。

彼女の中には、それだけ確固たるものが既にある。

 

とはいえ、メイクデビューが始まるのは6月から。

 

それに、能力としては抜けていても、他の部分はそうもいかない。

レースに関する知識や心構えなど覚えることは多岐にわたる。

ウイニングライブの歌詞やダンスも、完璧に仕上げねばならない。

 

これだけの逸材を、中途半端な状態でレースに臨ませてはいけない。

デビュー戦に関しては、また改めて協議することになるだろう。

 

 

「ねえねえ、聞いた?」

 

「何を?」

 

 

「……?」

 

そんな彼女たちの側を、トレーニングの合間の移動だろうか、

数人のジャージ姿の生徒たちが談笑しながら通り過ぎていく。

 

普段なら何の気なしに聞き流すところだったが、

この時のルドルフの耳には、なぜだか自然に入ってきてしまったのだ。

 

「さっき救急車が来てたんだって」

 

「へえ。学園に救急車とは珍しいね」

 

「誰か怪我しちゃったのかな? それとも急病人?」

 

「気になるなあ。他人事じゃないし、ウマスタに上がってないかな?」

 

明日は我が身だ。

そのうちの1人が携帯を取り出し、何やら操作し始める。

目当ての情報はすぐに見つかったようだった。

 

「あった。んー、なんか怪我人みたいね。足になんかしてたって。

 でもトレーニング中ってわけじゃないみたい。制服だったって目撃者が」

 

「うわあかわいそう」

 

「トレーニング中じゃないって、運悪すぎ。どんな子?」

 

「そこまでは……あ、小柄な栗毛の子って呟きが」

 

世は情報化社会。

ちょっとしたことでも、少し探せば手がかりがすぐ見つかる。

それは学園内という、ちょっとした箱庭の中でも有効なようである。

 

(小柄な栗毛の子……?)

 

聞こえてきた情報に、ルドルフは訝しんだ。

ピンポイントで該当する人物に、心当たりがあったからだ。

 

(……まさかな)

 

だが、降って湧いた疑念を直ちに否定する。

 

同じ特徴を持つ子など、他にもたくさんいる。

何せここはトレセン学園。総数2千を超えるウマ娘がいるのだ。

 

(その子にとっては不幸だが、軽傷であることを祈ろう)

 

だとしても、すべてのウマ娘の幸福を願うルドルフにしてみれば、

到底看過できることではなく、せめてこれくらいは、と心の中で祈りを捧げる。

 

できることなら、すぐにでも確認しに行きたいところだが、

今はトレーニング中だ。

それも、つい先ほどにいったん抜け出してしまっている。

 

これ以上のわがままは許されない。

 

(そうだ。私はついさっき彼女と会ったばかりじゃないか。

 ということは別人だな)

 

重大な事実を思い出し、安心した。

その短い時間の間に何かがあった、とは考えなかった。

 

「ルドルフ。次のトレーニングだけど」

 

「あ、はい」

 

ルドルフは促されるまま、トレーニングへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「骨折です」

 

医者の手痛い言葉が、俺に突き刺さった。

 

「過激なトレーニングでも続けましたか?」

 

「……はい」

 

力なく頷くことしかできない俺。

 

第一感は、やっちまったなー。

次に感じたことは、競争生命終わり?

 

重度の骨折で、その後の選手生命を絶たれたウマ娘はごまんといる。

中には、レース中に故障発生で、本当の生命のほうにまで及んだ子すらいたという。

思い出される、某ゲームでの突然の故障発生、予後不良の画面。

 

そして襲ってくるは、猛烈な後悔と焦燥感だ。

 

「程度は? 重いんでしょうか?」

 

付き添いで、一緒に救急車に乗ってきてくれたたづなさんが尋ねる。

 

痛みの元凶は、右足の脛、中ほどだった。

すぐさまニーソを下ろして確かめてみると、

見る間に赤黒く変色、そして腫れあがっていくのがわかった。

 

急激に強くなっていく痛みと焦りで冷や汗がダラダラ出てくるし、

動けないしで固まっていると、たづなさんが理事長室から出てきてくれた。

 

彼女はすぐに状況を察知すると、迅速に対応してくれたというわけだ。

救急車はちょっと大げさすぎじゃないと思ったが、

この深刻そうな雰囲気からすると、正解だったのかもしれない。

 

骨を折ったのは、前世を含めて初めての経験。

捻挫くらいなら何回かあるが、その比ではない。

 

「現時点では詳しいことまでは言えませんが、

 決して軽くはありません」

 

「そう、ですか」

 

「………」

 

たづなさんの声にも張りがない。

俺は俯くことしかできない。

 

「ただ、見た目が酷い割には、骨折の程度自体はそこまで重くないです。

 わりと早期の治癒が望めるかもしれないですね」

 

確かに、患部は非常にグロテスクなことになっているからな。

元の足の2倍の太さになったんじゃないかってくらい、パンパンに腫れちゃったし。

 

「その……復帰には、いかほど……?」

 

「私の経験から言わせてもらえれば、患部の固定に1ヶ月。

 その後のリハビリ期間も含めると、2ヶ月くらいは見てください」

 

「に、かげつ……」

 

何とか出せた震え声での質問に、医者はこう答えた。

 

2ヶ月で割と早め、なのか……

先ほどの医者の発言に、わずかばかりの希望が持てたと思ったが、

やはり世の中そうそう甘くはないようだ。

 

ただでさえ皆と比べて圧倒的に弱い俺に、2ヶ月の遅れは致命的だろう。

苦労して復帰したとしても、その後、競技を続ける意味があるのかどうか。

 

骨折してしまった時点でそうだと言えるのかもしれないが、

自分も周囲も、早々に諦めをつけたほうがいいんじゃないだろうか……

 

「ファミーユリアンさん」

 

「……!」

 

膝上で握られた俺の手の上に、たづなさんの手が重ねられた。

ハッとして気付けば、たづなさんはいつのまにか膝を折っていて、

同じ目線の高さから俺を見据え、首を振った。

 

「結論を出すには早すぎますよ。

 少なくとも、今この場で出すものではありません」

 

「……そう、ですね」

 

いかんな……

怪我したショックで、いつにも増して弱気になっている。

これでは治り具合にも影響するだろう。

 

俺は正真正銘の13歳というわけではなく、

転生者の魂が入ったウマ娘なのだから、

ちょっとやそっとのことでへこたれてはいかん。

 

治療、リハビリ、がんばります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨折箇所をギプスでがちがちに固められて、

入院するほどの重傷でもないということで、松葉杖を渡されて。

たづなさんが呼んでくれたタクシーに乗り、学園へと帰ってきた。

 

けっこう時間がかかってしまったので、あたりはもう薄暗くなっている。

 

「お一人で部屋まで戻れますか?」

 

「はい、大丈夫だと思います」

 

心配そうに尋ねるたづなさん。

病院で練習もしたから、大丈夫でしょ。

 

あ、ひとつ思い出した。

 

放課後にいきなり理事長に呼び出されて、そのまま行ったので、

カバンとか荷物を教室に残したままだった。

 

どうしよう?

宿題とかはなかったはずだが、一応、取りに行ったほうがいいよな?

 

「あ、えっと、駿川さん……」

 

「たづな、で構いませんよ」

 

名字で呼んだら、微笑みながらそう申し出てくれた。

ああ、天使のような笑顔だ。

 

「では、たづなさん。ああ、私のこともリアンかファミーユと」

 

「承知しました。で、どうしました?」

 

「その、荷物、教室に置いたままでして」

 

「ああ、そうでしたね。では私が行ってきます。

 昼間に座っていたあの席ですよね?」

 

「え、いいんですか?」

 

「頼れるときは大人を頼ってください」

 

「ありがとうございます。ではお願いします」

 

「はい。あとで持って行きますね」

 

にっこり笑顔で頷くたづなさん。

 

天使やでぇこの人……

誰だ!? 緑色の悪〇とか抜かした奴は!

 

「ああそれと、言いにくいんですが、今日の治療費とタクシー代……」

 

お恥ずかしい話だが、手持ちが全くと言っていいほどない。

本当に子どもの小遣い程度の現金しかないのだ。

 

当然のごとく払いきれたものではない金額だ。

今日のところはたづなさんが持ってくれたからいいものの、

どうしてもというなら、院長に掛け合うという道しか残されていない。

 

はあ、やれやれだな。

あれだけ心配してくれてたのに、どのツラ下げて、

怪我したから治療費払ってください、なんて言ったらいいんだ。

 

「しばらく待っていただけませんか。必ずお支払いはしますので」

 

「ご心配には及びませんよ」

 

だが俺の葛藤をよそに、たづなさんはなお笑顔で、こう言った。

 

「レース場および学園内での傷病等は、公傷制度の対象となります。

 よって、治療費などの金銭や交渉事は学園の負担です」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうなんです。

 なので、あなたは怪我を治すことだけ考えてくれればいいんですよ」

 

ま、マジか、知らんかった。

これは本当にありがたい。

 

たづなさんの微笑み、マジ聖母!

それこそ手を合わせて拝み倒したいくらいだ。

 

「では、お荷物を取りに行ってきますね。

 気を付けてお部屋まで戻ってください」

 

「はい、ありがとうございました」

 

校舎のほうへ向かっていくたづなさんを、頭を下げて見送った。

 

 

 

 

 

とりあえず、寮の部屋の前まで来た。

 

松葉杖の扱いなど、全然大したことないと思っていたが甘かった。

これ、かなりしんどい。慣れるまでは大変そうだ。

 

そうだ、大変そうといえば……

 

「ルドルフどうしよ」

 

ルームメイト殿に、どう説明しようか。

 

こんな時間だ、さすがにもう帰ってるよな。

たとえ今日顔を合わせずとも、明日の朝には必然的に話すことにはなるわけで、

ギプスに松葉杖な姿を見て何とも思わないはずはない。

 

「……怒り出しそうだな」

 

すべてのウマ娘を幸せに、なんて夢を抱いている奴だ。

 

今の俺はウマ娘。

当然、奴の言う『すべて』の中には、俺も含まれていると思うわけで。

しかも、あいつは俺のことを、なぜだか気にかけてくれている。

 

ルームメイトだから。友達だから。

さも当然の行為のように思えるが、

なんだかそれ以上のものを感じるときがあるんだよな……

 

まあそれはいい。構ってもらえないよりは何倍もマシだ。

今はそれよりも、なんて言って納得してもらうかだ。

 

あいつの忠告を無視して、過度のトレーニングを続けた結果、骨折しました。

 

……うん、やばい。

マジの大マジにキレられそう。

 

虐待疑惑で勘違いされたときの、鬼の形相が思い出される。

 

「覚悟決めるか……」

 

しかし説明しないわけにもいかず、かといって逃げるわけにもいかない。

誠意をもって説明し、謝れば許してくれるだろ。たぶん……

 

ビンタの一発くらいは覚悟しておこうか。

ウマ娘のパワーでやられると、恐ろしいことになりそうで怖い。

 

「す~、は~」

 

深呼吸をひとつ。

心を落ち着かせてから、部屋のドアをノックした。

 

『リアンか?』

 

「うん、私」

 

『いま開ける』

 

すると、ただちに反応があった。

 

この分だと、俺の帰りを待っていた節があるな。

それもドアのすぐ前で。つくづく申し訳ない。

 

「リアン、遅かったな。何をし、て……」

 

鍵が開く音がし、ドアが開いて、ルドルフが現れる。

そして、俺の姿を見て固まった。

 

「な、なんだそれは……どうしたんだ……?」

 

「えっと……」

 

彼女の両目が見開かれ、驚愕に染まる。

罪悪感でいっぱいになりながら、俺はどうにか声を絞り出した。

 

「骨折、しちゃいました」

 

「………」

 

「……ルドルフ?」

 

「………」

 

皇帝様の反応がない。

 

ど、どうした!?

何か言ってくれないと、こっちとしても反応に困るわけなんだが……

 

「っ……」

 

「ちょおっ!?」

 

と思ったら、糸を切られた操り人形のように、その場にへたり込んでしまう。

 

そういう反応は予期していなかった。

てっきり、怒鳴るか詰問してくるかの二択かと思ったのに。

 

「し、しっかり!」

 

「あ、ああ……すまない、力が抜けてしまった……」

 

「ルドルフ……」

 

どうやら驚きのあまり、全身から脱力してしまったらしい。

 

そこまでショックを受けることか……

とはいえ、俺が文句をつけられる立場ではない。

 

「とりあえず、中へ入ろう。立っているのもつらいだろう?」

 

「う、うん」

 

ルドルフは何度か首を振り、意を決するように自力で立ち上がると、

俺を介助するようにゆっくりと室内へ。

 

靴を脱がせてくれたのは地味にうれしかった。

片足をつけない状態だと、こんななんでもないことが非常にきつい。

 

お互い、それぞれのベッドに腰を掛け、向かい合う。

 

「トレーニング中にな、他の娘たちが話をしているのを聞いたんだ」

 

意外なことに、口火を切ったのは彼女のほうからで、

それも、直接は関係のない話から始まった。

 

「救急車が来た、栗毛の子が運ばれた、とな」

 

さすがウマ娘たちだ、耳聡い。

そりゃ学園に救急車が乗り付ければ、騒ぎにもなるか。

 

「まさか、とは思ったが、本当に君だとは思わなかったよ」

 

「……ごめん」

 

そう言って力なく笑うルドルフ。

彼女を直視できず、どう返していいかもわからなかったので、

謝ることしかできない俺。

 

「勝手に君ではないと思い込んで安心していた。

 自分のバ鹿さ加減が嫌になる」

 

「………」

 

いや……そこまで自分を責めることないやん。

おまえには全く責任ないんやで?

 

なんでそんなに落ち込んでるんですかねぇ。

 

「重いのか?」

 

「そこまで重くはないけど、軽くもないって……

 医者の話では、復帰に2ヶ月くらいかかるって」

 

「……そうか」

 

自分で言っていて、改めて悲しくなってきた。

なんだか無性に泣きたくなってくる。

 

「ごめん……無理するなって、言ってくれたのに」

 

「もういい。過ぎたことは仕方ない。

 私も驚いたが、悔いるよりも、未来を信じよう」

 

「……ごめん……ごめん、ね……」

 

「リアン!」

 

「っ……」

 

あかん、嗚咽が込み上げてきた。

もう止まらない。

 

「もういい。いいんだ」

 

「ルドルフぅ……!」

 

俺が泣き始めてしまったところで、ルドルフが立ち上がって歩み寄り、

なんと正面から抱きしめてくれた。

そして、赤子をあやすように慰めてくれる。

 

中身が転生者、それもおっさんの身空としては、

中学生に抱きしめられて号泣しているというのは、

非常に滑稽で情けない姿である。

 

しかしどうにも、感情というか、本能には逆らえないらしい。

 

“ウマ娘”にとって、走れない、競争できないというのは、

思いのほか堪えるようだった。

 

肉体が幼いというのもある。

 

健全な精神は、健全な肉体に宿ると申しまして。

肉体につられて精神もロリ化しているんじゃないかと思うときが、

それなりに存在していて……

 

まあとにかく、俺が泣き止むまで、ルドルフはずっとそうしていてくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

どれぐらいの時間がたっただろうか。

 

「ルドルフ、離して」

 

落ち着いた俺は、そう申し出た。

 

「もういいのか?」

 

「うん」

 

「わかった」

 

ゆっくりと離れるルドルフ。

少し名残惜しそうな気配を感じるのは気のせいか?

 

「ごめん、服汚しちゃった」

 

「これくらいわけないさ。君の痛みに比べればな」

 

俺の涙やら鼻水やらで、ルドルフの服の前面はぐしょぐしょだ。

だが、笑みを見せてそう言ってのけるルドルフ。

 

やだ、何このイケメン……

俺が本当に牝馬だったら、発情しちゃうね。

 

「痛みはないのか?」

 

「今は平気。痛み止め打ってもらった」

 

「そうか」

 

あの瞬間は、冷や汗ぶわってなるくらいだったからな。

動けなかったし、たづなさんが出てきてくれてなかったら、

どうなっていたことやら。

 

そういえば、たづなさんといえば、頼んでおいた荷物はどうしたんだろう?

相応に時間は経っているはずだけど……

 

 

(後で確認したら、部屋のドアの前に伝言メモと共に置いてありました。

 『お邪魔虫は早々に退散します』って……

 どうやら気を利かせてくれたらしい。感謝しかない)

 

 

「はぁ~。なんか泣いたらすっきりしちゃった」

 

「何よりだ。諦めるつもりはないんだろう?」

 

「もちろん」

 

当然、復帰を目指すさ。復帰できないほどの重傷ってわけじゃないんだし、

ここで諦めたら不完全燃焼だし、いろいろな人に申し訳が立たない。

 

「骨がくっつくまでは安静にして。リハビリどうするかな?」

 

「そのことなんだがな、リアン。ひとつ提案がある」

 

「提案? なに?」

 

「ほかでもない」

 

そう言って、ルドルフは不敵に笑う。

 

なんだ? 何を考えている?

厄介なことじゃなければいいんだが……

 

「ここはひとつ、我が家の力を頼ってみる気はないか?」

 

「うん?」

 

我が家?

 

なにそれ?

 

 

 




拾うシンボリ家、あり?


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第8話 孤児ウマ娘、名門のお世話になる

 

「ファミーユリアンさん、災難だったね」

 

「痛そう……大丈夫?」

 

「何かできることがあったら言ってね」

 

怪我した翌日、松葉杖をついた俺に、

クラスメイト達は過剰なくらい優しかった。

 

こうしてみんな声をかけてくれるし、移動教室の際は

荷物を持ってくれるし、何かと世話を焼いてくれる。

 

ウマ娘は基本的に善性だというが、大いに実感できたわけである。

みんな良い子たちやでぇ……おっちゃん泣いちゃう。

 

「リアン」

 

まあその中でも筆頭なのが、我らが皇帝陛下なわけでして。

 

「昼は食堂に行くだろう?」

 

「うん、そのつもり」

 

「なら一緒に行こう。昨日の件で話があるんだ」

 

「わかった」

 

わざわざ申し合せなくても、

だいたいは彼女と一緒に昼食摂ってるんだけどね。

 

昨日の件、というと……

ルドルフが自ら申し出てくれた件だな。

 

正直に言って、乗らない手はない。

これ以上ないくらいの好条件を示してくれている。

俺なんかが行っていいのかと思ってしまうくらいだ。

 

というか、昨日の今日で、もう話をつけてきたのか。

 

贔屓されているんじゃないかと、周りから妬まれやしないかと、

実は内心ヒヤヒヤしている。

 

で、あっという間に昼休みになった。

 

ルドルフに支えてもらいつつ食堂に移動して、空いている席に着く。

着席する際に、椅子を引いてもらっちゃったりして、

執事やメイドのような役割をさせてしまって、さすがに申し訳なさが浮かんでくるぜ。

 

「私が取ってこよう。何がいい?」

 

「ありがと。じゃあ、今日は日替わりにする」

 

「わかった、行ってくる」

 

しかも、俺の分を先に取ってきてくれるという。

 

なんかもう優しすぎない?

みんなといいルドルフといい、なんでこうも優しいのかねぇ。

自分の不甲斐なさばかりが目立って、嫌になってくるレベルですらある。

 

自己嫌悪に落ちかけていれば、ルドルフが戻ってきた。

 

「おまたせだ」

 

「全然待ってないよ」

 

「では先に食べていてくれ」

 

「いや、待ってるよ。一緒に食べながら話そ」

 

「すまない、手早く行ってくる」

 

せめて、揃うのを待ってあげるくらいはしてあげなければね。

しばらく待つと、ルドルフは何品も大盛りにして戻ってきた。

 

「いつも思うが、君はそれで足りているのか?」

 

「うん、多いくらいだよ」

 

ここのは、普通のメニューでもウマ娘仕様の特別製なんだ。

だから、なんでもなくても食べきるのは割と苦労する。

 

「「いただきます」」

 

お互い軽く手を合わせてから、食事を開始。

 

「早速だが、昨日の件だ」

 

「うん」

 

食べ始めてすぐに、ルドルフが切り出してきた。

 

「話はついたよ。なんなら今日からでも利用できる」

 

「そうなんだ。非常にありがたくはあるんだけどさ」

 

「不都合があるか? あるなら言ってくれ。

 最善を尽くすように取り計らってもらうからな」

 

「いや、そうじゃなくてね……」

 

むしろ、“ソッチ”方面に行っているのが逆に怖いんですよ。

本当ただのモブ娘たる俺が、そこまでしてもらっていいのかと。

 

「本当に、私なんかが行ってもいいの?」

 

「もちろんだ。友達の力になりたいんだと打ち明けたら、

 うちの両親も施設の人も、是非にと言ってくれた」

 

「そう、なんだ」

 

あはは、それは参っちゃうな。

苦笑するしかないな、あはは(汗)

 

ルドルフ、わかっているかな?

 

底辺オブ底辺の出身たる俺にとっては、

そういう上流階級の世界は、あんまり関わりたくないものなんだよ?

 

しかしまあ、純粋な厚意から言ってくれてるんだろうし、

力になりたいっていうのも本心なんだろうしなあ。

 

ルドルフにとって、シンボリの娘や、将来就くであろう生徒会長という

肩書など度外視して付き合ってくれる存在というのは、貴重なんだろうね。

 

実際、生徒会メンバーや後輩たちにすごく慕われてはいたけど、

対等な関係というとマルゼン姉さんくらいのものだったろう。

 

アプリ版でダジャレに染まっているのも、

皆から親しみを持ってもらいたいという思いからだったと記憶。

現に、今はそんなこと言わないしな。

 

「で、どうする? いつからにしようか?」

 

「うーん、でもそこって、リハビリ施設なんだよね?

 今のうちから行っても、あんまり意味ないんじゃないかな?」

 

そう。ルドルフが紹介してくれたところというのは、

国内でも有数なスポーツ医学の権威で、

怪我や病気等からの復帰を目指すアスリートたちのための総合研究所だ。

 

ウマ娘も対象ということで、シンボリ家もたびたびお世話になっているという。

 

そんなところにルドルフの口利きで、彼女の両親に話が行って、

施設側も二つ返事でOKしてくれた、というのが現時点。

 

俺が恐れ多く思う理由は、

そんな超一流の施設を俺なんかが使っていいのかというのがひとつ。

 

もうひとつは、相応の利用料がかかるであろうに、

今回はご厚意もご厚意で、無料で使っていいとの話だからである。

 

本当に、俺なんかに投資してもらっても、何の見返りも用意できませんよ?

逆に元本割れが保証されますよ?

それでもいいの? あ、いいんですか……

 

アッハイ、ワカリマシタ。

 

そんなわけで話はとんとん拍子に進み、

こうして最初に伺う日取りを決める段取りまで来ているのであった。

 

「いや、リハビリだけじゃないぞ。

 故障中の食事や過ごし方も指導してもらえるから、意味はあると思う」

 

「そっか」

 

「それに、私の祖母は長く活躍したウマ娘なんだが、

 祖母がたいした故障もせずに現役をまっとうできたのは、

 そこの力が大きかったとよく聞かされた。

 だから効果のほどは保証する。大船に乗ったつもりでいてくれていい」

 

「へえ」

 

ルドルフの祖母……誰だっけ?

リアルのほうなら、母父、祖父に当たる、確か有名な馬がいたはずなんだが……

ダメだ、競馬にわかの知識では思い出せない。

 

「えーと、じゃあ、今度の週末に、まず行ってみようかな?」

 

「週末だな? わかった、手配しておくよ」

 

「よろしくお願いします」

 

「うん」

 

満足そうに頷くルドルフ。

 

彼女が言った『手配』という言葉の範疇が、

俺の想定をはるかに超えるものだということが、後日明らかになる。

 

 

 

 

 

週末の朝。学園は休み。

なのに、どうして制服に着替えているかと言えば、

これからお出かけするからである。

 

そう、ルドルフが掛け合ってくれた施設に、今から向かう。

 

かといって俺はお出かけ用の服なんか持ってないから、

こういうとき学生は便利だね。制服があれば事足りるんだから。

 

「リアン、支度はできているか?」

 

「うん」

 

携帯片手に尋ねてきたルドルフに、頷いて見せる。

つい今しがたかかってきた電話に出て、なにやら話していたが?

 

「では寮の正面へ。はい、お願いします」

 

ルドルフはそう言って、電話を切った。

 

「じゃあ行こうか」

 

2人連れ立って部屋を出て、寮の玄関へ。

すると、すぐ外に、やけに立派な黒い車が停まっている。

 

あれは……く、黒塗りのリムジン!? 実在していたのか!

 

どうしてあんなものが……URAのお偉いさんでも来ているのか?

視察ってやつかな? こんな朝早くからご苦労なこって。

 

「リアン? どうした? こっちだ」

 

「え……?」

 

ところがルドルフは躊躇なく、リムジンに向かっていく。

どういうこと?

 

「おはようございます、お嬢様」

 

「ご苦労様です」

 

「………」

 

車の側で待機していた執事の格好をした男性が、

ルドルフに歩み寄って一礼する。ルドルフも慣れた様子でそう返した。

呆然と見守るしかない俺。

 

そうか……『名門』という言葉の意味を忘れていたよ。

 

普通にいいとこのお嬢様なんだよな、あいつ。

そりゃリムジンの1台や2台、電話一本で呼び出せるし、

当然運転手付きというわけだ。

 

本当に、ただのモブ娘たる俺が友達付き合いできていることが不思議なんだ。

 

「友人のファミーユリアンです」

 

「はじめまして、ファミーユリアン様」

 

「あ、ど、どうも、ファミーユリアンと言います」

 

ルドルフから紹介されて、恭しく俺にも頭を下げる執事の人。

『こういう』世界の人間なんだなあ、さすがは皇帝陛下。

 

「ではどうぞ、お乗りください」

 

執事の人がドアを開けてくれる。

リムジンでの送迎とか、浮世離れしすぎてて、逆に、

今現在体験しているというのに実感が湧いてこない。

 

乗り込もうとして、ハタと気づいた。

あ、靴の裏とが汚れてないか? 汚すのは申し訳ない……

 

「大丈夫でございますよ」

 

そんな俺の様子に気づいたのか、執事の人は、

笑顔でやさしくそう言ってくれた。

 

そうは言いますがね、なんだか恐れ多くて……

車に乗り込むだけなのに、人生(転生後)で1番緊張した。

 

内部も広く、豪華。

普通車の中だというのが信じられないほどだ。

 

「狭くて済まないが、少し我慢してくれ」

 

「いやいや」

 

隣に乗ってきたルドルフは、普通な様子で言うけれども、

これで狭いというなら、世の車の大半はアリの巣も同然ということに。

すぐさま否定したが、どれだけブルジョワやねん。

 

というか、あれ……?

 

「ルドルフも行くの?」

 

「変なことを聞くな? 当然じゃないか」

 

「アッハイ」

 

何か問題でも?と首を傾げるルドルフ。

 

いやまあ君の紹介だし、ついてきてもらっても一向にかまわないし、

初めての場所だから一緒に来てもらえるのは心強い。

でもそういうことは、前もって言っておいてもらえたらうれしいかな~?

 

突然だとびっくりするじゃん。

 

そういえばルドルフも制服だったな。

わかっていて然るべきだった。

 

「お嬢様、出します」

 

「お願いします」

 

ほどなく出発し、目的の施設へ向かう。

はてさて、どのようなところなのやら。

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、ルドルフ」

 

「え」

 

ところが、施設に着いて、車から降りてみて第2のドッキリだ。

これはルドルフも知らなかったみたいで、顔が驚愕に染まっている。

 

彼女の視線の先には、ナイスミドルというには早すぎる、

30歳前後という感じの美男美女がいる。

 

「父様、母様」

 

え、彼らがルドルフのご両親?

なるほど、お二人あってのルドルフというのがよくわかる。

美男美女のカップルだ。

 

「どうしてここに?」

 

「なに、久しぶりに顔を見たくなってな」

 

「あなたときたら、滅多に帰ってきてくれないんだもの」

 

「トレーニングで忙しいんです。

 電話やメールはしているではないですか。

 それに久しぶりとは言いますが、連休明けに帰ったでしょう」

 

「それでもだよ」

 

「親というのはそういうものなんです」

 

「……そうですか」

 

にっこにこ顔のご両親とは別に、嵌められたという感じで

目を吊り上げて、不機嫌そうなルドルフ。

 

ああ、安心した。

皇帝陛下も、親の前ではただ1人の女の子なんだな。

ゲームでは見られない姿を見られて、得した気分だ。

 

「で、彼女が?」

 

「はい」

 

感動の再会もそこそこに、3人の視線がこっちへ向いた。

いかん、ご挨拶ご挨拶……

 

「はじめまして、ファミーユリアンと申します。このたびはまことに――」

 

「ああ、堅苦しいことは抜きにしよう。プライベートだからね」

 

「……え、あ、はあ、はい」

 

きちんとした挨拶をせねばと張り切ったのだが、途中で遮られてしまった。

なんだよ~と思わなくもなかったが、笑顔で言われちゃ何も言えない。

 

「学園でのルドルフの様子はどうかな?」

 

「とても優秀なので、こちらとしても助かっています。

 みんなすごく頼りにしていますよ」

 

「そうかそうか」

 

「安心したわ」

 

「……本人の前で本人の話はしないでほしいな」

 

お二人の表情はとても暖かい。

プラス俺の生暖かい視線という3人分が一気に集中して、

ルドルフは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「コホン。父様、母様も、リアンは足を怪我しているんです。

 施設の方も待っているでしょうし、早く行かせてください」

 

「おう、そうだな」

 

「あら、ごめんなさい。そうね、立ち話はつらいわよね」

 

わざとらしく咳払いし、ルドルフが逆に意味ありげな視線を送ってくる。

 

俺をダシにして逃げたな?

立ち話でも一向に構わなかったけど、まあそういうことにしておきましょうか。

 

「リアン、行くぞ」

 

「あ、うん」

 

「お二人はどうされるんです?」

 

「仕事があるからいったん離れるが、また来るよ」

 

「何時ごろまでの予定?」

 

「寮の門限があるので、夕方、そうですね、5時前くらいでしょうか」

 

ご両親、週末まで仕事とはお忙しそうだな。

そんな折に、一目だけとわかっていても娘に会いに来たのか。

 

「じゃあその頃にまた来るよ」

 

「ファミーユリアンさん、お大事にね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

お二人はそう言って、軽やかな足取りで去っていった。

 

良いご両親やでぇ。

名門の金持ちでハンサムで美人で人柄も良いって、非の打ち所がないってもんだ。

 

「良いご両親だね」

 

「そうか? いつまでたっても子離れできない親だぞ。

 仕事が忙しいというならなおさら悪い。まったく」

 

だからついつい、そんな言葉が漏れてしまう。

ルドルフは口ではそう言うが、目元は笑っていた。

 

「……っと、すまない」

 

「なんで謝るの?」

 

「……そうだな、なんでかな」

 

「うん」

 

急に表情が曇ったからなんだと思ったら、俺のことを気にしたか。

とことん良いやつだ。そんなのどうでもいいのにね。

 

「私は何もわからないから、案内してくれる?

 ルドルフは来たことあるんでしょ?」

 

「ああ、こっちだ」

 

松葉杖をついているから、今はできないけれども、

可能ならば、俺の手を引いていきそうな、そんな気配のルドルフさんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夕方。

 

ここでの話や指導は、とても参考になった。

食事療法なんかは、今すぐにでも実践したい。

少しでも早く治して復帰して、トレーニングを再開したいからね。

 

一応、来週に再検査して、全治とかの診断が正式に下る予定。

 

梅雨が明ける前までには復帰したいなあ。

夏には合宿があるようだし、それまでには万全の態勢を整えておかないと。

 

時刻は4時過ぎか。

予定よりは少し早いが、そろそろお暇させていただきますかね。

 

「やあ」

 

「父様、母様」

 

外に出たところで、ルドルフのご両親が再び現れた。

俺たちが出てくるのを待っている節があるので、

タイミングを計っていたようだ。

 

いかん、待たせてしまったかな?

 

「ルドルフ、ひとつお願いがあるんだが」

 

「なんです?」

 

「これを、ここの所長に持っていってくれないか。

 大事な書類なんだ」

 

「大事なものならご自分で……んん、わかりました。行ってきます。

 リアン、少し待っていてくれ」

 

「うん」

 

お父様はそう言って、ルドルフに1通の茶封筒を差し出す。

渋るルドルフだったが、わがままなところを俺に見られたくないとでも思ったか、

受け取って施設の中へ戻っていった。

 

この場には、俺とご両親だけが残される。

 

「ファミーユリアン君、ちょうどいい機会だ。そこで話さないか」

 

そう言って、研究所の広大な庭にある東屋を示すお父様。

……なるほど、そういう意図か。

 

「わかりました」

 

こうなると俺に拒否権はない。

東屋へと移動し、備え付けられている椅子へと腰を下ろした。

 

「話と言っても、簡単なことだから安心してくれ」

 

「はあ」

 

「聞きたいのはひとつだ。ルドルフの様子はどうかね?」

 

「どう、と言われましても……」

 

先ほどお会いしたときにお答えした通りなんですがね。

チラリとお母さまを窺うと、彼女は微笑みを浮かべて見守っていた。

 

「本当に頼りになります。完璧すぎて怖いくらいです」

 

「完璧、か。私たちが心配しているのは、まさにそこなんだ」

 

「?」

 

完璧なのが心配? どういうこと?

親としては、子供が完璧なのは安心なんじゃないのか?

 

「自慢するようで悪いが、あの子が優秀なのは私たちも認めている。

 本人も、周りが期待していることはわかっているだろう。

 だからこそ心配でね。いつか、周囲の過度な期待に壊れてしまうんじゃないかと」

 

「……」

 

まあ、そう言われればわからなくもないな。

 

俺は人の親になったことはないから、親の気持ちはわからないが、

人の心配をする気持ちくらいはわかるつもりだ。

 

期待というのは、裏を返せば、失望、落胆へと繋がる。

結果が出ているうちはいいが、いざ失敗したとなったとき、

果たして本人がそれを受け止められるか。

 

それまで挫折を経験していないだけに、ショックは大きいだろう。

 

だけど、心配ご無用!

あいつはシンボリルドルフ。

 

無敗で三冠を達成し、前人未到の七冠を制する皇帝陛下だ。

もちろんプレッシャーはあるだろうけど、そんなものに負けるほどやわじゃない。

 

前世の史実やゲーム上だけの話ではなく、こうして実際に

ともに生活してみて、実感できたこともである。

 

「大丈夫ですよ」

 

だから俺は、自信を持って言い切れる。

 

「ルドルフは、ルドルフですから。

 今にきっと、誰にも成しえなかったことを達成すると思いますよ」

 

「そうかね」

 

「お友達にそこまで言ってもらえるなんて、あの子は果報者ね」

 

笑みを浮かべるご両親。

前世カンニングで申し訳ないが、心配ないのは事実だからね。

 

「実はね、あの子……」

 

「おい母さん、その話は」

 

「いいではありませんか。内緒にしておけば済みます」

 

「仕方ないな。というわけで、あの子には内密に頼むよ」

 

おや、お母様、内緒のお話ですか。

雰囲気からして、口止めされてるっぽいが?

俺もお口にチャックしないといけない話のようだ。

 

「あの子、電話やメールはしているって言っていたでしょう?

 何の話をしてくれると思います?」

 

いたずらっぽく微笑むお母様。

 

「ほとんど、あなたのことなんですよ、ファミーユリアンさん」

 

「え……」

 

「あの子がこんなことをしていた、何を話してくれた、

 今日は一緒にあんなことをした、とね。それはもう、楽しそうに」

 

「………」

 

あ、あいつ、何を話してくれちゃってんの!?

俺のプライベート筒抜けやんけ!

 

「不快に思わせてしまったのならごめんなさい。

 でもね、あの子にとってはそれくらい、あなたは大事なお友達なの」

 

「君も薄々、感じているかもしれないが……」

 

ここで、ご両親の表情に影が差した。

 

「生まれと境遇のせいで、親しい友人と呼べる間柄の人物は

 極めて少ない。いないと言ってもいいかもしれない。

 本人はあのような性格だからそんな様子は見せないが、

 内心はとても寂しいと思うんだよ」

 

「だから、ファミーユリアンさん。出来る限りで構わないから、

 あの子と仲良くしてあげてほしいの。

 親ばかだと思われても仕方ないけれど、私たちにできるのはこれくらいだから」

 

まあね、娘を心配する親心はわかる。

介入したくないのも本心だけど、手助けしてあげたいのも本心。

概ね想像していた通りの状況だってことね。

 

「何せ初めてのことだから、多少過激なことをしちゃっても、

 許してあげてちょうだい。まだ適切な距離感が掴めないのね」

 

「そうですよね。この前、服をたくさん持ってきたのは驚きました」

 

「あれね……」

 

苦笑するお母様。

どうやらあちら側でも、あれはやりすぎと思われたようだ。

 

「せめて2、3着くらいに絞ったらと言ったんだけれど」

 

「まあ、ただでいただけたから万々歳なんですけどね」

 

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

お互い苦笑するしかない。

そうだよ、2、3着くらいでよかったんだよ。

それをあんなに……

 

おかげでタンスが一気にパンパンやでぇ。

 

「お気に召してもらえたかしら?」

 

「はい。外出するときは着させていただきます」

 

「それならよかったわ」

 

実際問題、そういう機会でもないと着る気にはならないけどさ。

正直、あんなひらひらかわいい系の服、自分じゃ絶対選ばん。

 

「ファミーユリアン君」

 

と、和やかな気配で俺たちの話を聞いていた

お父様の表情がまた変わり、真剣なものになった。

 

「失礼ながら、君のことを調べさせてもらった。

 孤児院の出身だそうだね?」

 

「はい」

 

まあ、名門の両親としては当然の行為だと思う。

愛娘と親しくなったのがどういう人物か、気にはなるだろう。

どこのウマの骨かと。

 

「そのことを含めての提案なんだがね。

 今後、我がシンボリ家は、君の全面バックアップを約束する」

 

「へっ……? ばっくあっぷ?」

 

「ああ。トレーニングからプライベートなことまで、全部だ。

 金銭面も心配しなくていい」

 

「………」

 

ちょ、ちょい待ち……

あまりに突然で、しかもスケールがでかすぎて、何が何やら……

 

「もちろん打算がないわけではないよ?

 君を手助けしたほうが、我が家の発展に繋がると判断したまでだ。

 今日の様子からしてみて、君を気に入ったことも事実だけどね」

 

「その代わりと言っては何だけど、あの子のこと、お願いね」

 

……なるほど、ご両親の心中が少し読めた。

 

つまり、俺の心象と体調を良くして頑張ってもらう。

俺が好調であれば、親友でルームメイトのルドルフの調子も比例して上がって、

大活躍が見込めるだろうと、そういう魂胆なんだな?

 

これ、俺が断れる余地ある?

すでにここまでしてもらっちゃってるわけだしさ。

 

破格の好条件だし、もとよりルドルフとは上手くやっていくつもりだから、

断るつもりなんて最初からないけどね。

 

それにしてもご両親の戦略よ。

 

いつから考えてたんだろうな?

もしかして、今日仕事だというのは嘘で、ハナから仕組まれてたんじゃないか?

そんな疑念さえ浮かんできてしまう。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「おお、物怖じせずに即決できるその胆力、すばらしい。

 ますます気に入ったよ。わはは」

 

「ルドルフは非常に良い友人を作ってくれましたわね」

 

普通の13歳の子供に、1人でこんな決断できますかね?

保護者も呼んで話し合いたいところだ。

 

あ、今の俺にはいなかった。

 

「では、これを渡しておこう」

 

お父様はそう言って、カード状のものを差し出してきた。

 

「今後、支払いはそれで済ませるといい。大体のところで使えるはずだから。

 無くさないようにはしてくれよ」

 

え、まさかこれって、クレジットカード?

そんな大事なもの渡しちゃっていいんですか?

 

全面バックアップって本当だよ。

シンボリ家おそるべし。ヒェッ……

 

おそるおそる、まるで神様からいただくかのごとく、

それはもう丁重に受け取らせていただきました。

 

「どこに行ったかと思えばこんなところに」

 

「おおルドルフ、戻ったか」

 

と、ここでルドルフが戻ってきた。

どうやら少々お冠なご様子。

 

「リアンは足を怪我しているんですよ。

 わずかな距離とはいえ、歩かせるような真似をさせないでください」

 

「すまんすまん」

 

「あなたを待っている間、話をしていたのよ。

 立ち話もなんだから、ね?」

 

「まったく」

 

自分がパシられたことより、俺のほうにだったのかよ。

ホントにもうこいつは、『多少』では済まないと思います。

 

文句をこぼしつつも行われる、親子の他愛のないじゃれあいを見ながら、

俺は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの車中。

 

「父様母様と、何を話してたんだ?」

 

ルドルフがこう尋ねてきた。

 

「ん~、気になる?」

 

「まあな。嫌なことを言われなかったか?」

 

「いや全然。ちょっと世間話しただけ」

 

「そうか、ならいいんだ」

 

安心した様子のルドルフ。

 

噓は言ってないよ?

それよりもずっと重いことは決まっちゃいましたけどね。

 

「ねえルドルフ」

 

「なんだ?」

 

「家族って、いいよね」

 

「……ああ」

 

俺の言葉に、ルドルフは複雑そうな表情を見せつつも、頷いてくれた。

 

 




捏造両親設定。
親の前ではこんなルドルフだと嬉しい。


PC壊れました。
今は何とか動いてますが、映らなくなりどうなるかわかりません。
次回更新は未定とさせていただきます。


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第9話 孤児ウマ娘、完治する

 

 

 

 

5月末。

もう何度目かの通院の日。

 

「ふむ」

 

「……」

 

医者がレントゲン写真を見ている。

無論、俺の右足のものだ。

 

もう痛みは感じられなくなって数日過ぎている。

ワンチャン、完治した可能性もあるんじゃね?

 

期待して、ドキドキしながら医者の次の言葉を待つ。

 

「骨はくっつきましたね。ギプス取りましょうか」

 

「本当ですか!」

 

「ええ」

 

やった! これはうれしい。

当初の見込みが、固定だけで1ヶ月だったから、

かなり治りが早い。1週間以上早いか。

 

これもルドルフが紹介してくれた、あの研究所のおかげかな。

 

とはいえ、喜んでばかりもいられない。

骨はくっついたが、もちろん即復帰というわけにはいかず、

まずはリハビリに励まなければならない。

 

研究所の本領発揮だ。

帰ったら、またルドルフに相談だな。

 

そんなわけで3週間ぶりに、松葉杖なしでの歩行。

筋力がだいぶ落ちているので、気を付けるようにと言われたとおり、

なんか自分の足のような感覚じゃなくてビックリ。

 

いただいたカードをありがたく使わせてもらい、タクシーで寮へ帰宅。

なんせ手持ちの現金がないんでね、こういうときだけはしょうがない。

 

「そうか、おめでとう」

 

しばらくしてルドルフもトレーニングから帰ってきて、

ギプスが外れたことを伝えると、彼女は自分のことのように喜んでくれた。

 

「研究所へも伝えておこう。

 で、入念なリハビリプログラムを組んでもらうんだ」

 

「うん」

 

その点も俺にはよくわからんから、ルドルフと研究所に丸投げです。

俺は、組んでもらったメニューを黙々とこなすのみ。

 

「だがそういうことは、もっと早く連絡してほしいな。

 もう少し早ければ、今日中に伝えられたんだ」

 

時計を見やりつつ、ルドルフが言う。

確かに、今日の通常の営業時間はもう終わっている時間だ。

 

「今日伝わっていれば、来週の頭には、

 メニューが組みあがって出来ていたかもしれないぞ。

 あそこの仕事は迅速で確実だからな」

 

「そう言われても、どうやって?」

 

「すぐに電話くらい……そうだ、君は携帯を持っていなかったな」

 

「うん、とてもじゃないけど買えないし」

 

そうなんだよ。俺は携帯を持っていない。

俺の境遇をちょっと考えてもらえればわかるだろ?

買える金も、利用料を払う金もないんだ。

 

思い出されるな。入学したての頃、携帯やアプリ関連の話で

クラスメイト達が盛り上がっている中、輪に入れず恐縮していたのを。

 

気を遣って話しかけてくれる子もいたが、

「あー私、携帯持ってないんだよね」って言うのがつらかった。

向こうも、『あ……ご、ごめんね』ってなって、気まずくなるし。

 

地獄の時間やったでぇ……

 

「もう買えるじゃないか。父から、援助を始めると聞いたぞ」

 

しかし、シンボリ家の援助が得られた今、その言い訳は通用しない。

 

でも渡されたカード、病院に行く際のタクシー代と病院代には

使わせてもらっていたが、それ以外ではまだ1度も使ってないんだよね。

 

基本、トレセン学園にいれば生活費はかからないし、

やはりなんだか恐れ多くてさあ。

 

怪我の治療費はあとで学園が清算してくれるって話だし、

お金が戻ってきたら、この分はシンボリ家にお返しするつもりでいる。

レシートちゃんと保管しておかなきゃ。

 

「あのさ、金銭面とかの援助受けている子って、

 ほかにも結構いたりするの?」

 

「例がないわけじゃない。

 優秀なウマ娘に対する援助金というか、そういう補助制度はあるぞ」

 

「そうなんだ」

 

「または君みたいに、個人的な関係で協力しているところもあるんじゃないか。

 スポンサーと言えばいいのかな」

 

「なるほど」

 

なんとか育英会とか、そういう感じなのかな?

でもそういうのって、いまルドルフが言ったみたいに、

優秀なことが前提だよね?

 

やはり、俺なんかが無償で貰っていいお金じゃないよなあ……

むぅ、まずます使いづらい。

 

「ふむ、明日は土曜だし、ちょうどいい機会だ。

 快気祝いということで、街に出ないか」

 

ルドルフは俺の葛藤をよそに、少し考えてこう言い出した。

 

「え、街に?」

 

「ああ。この際だ、必要なものはすべて揃えてしまおう」

 

「必要なもの?」

 

「いま言ったように、連絡用に携帯と、靴なんかの練習道具だな。

 失礼を承知で言わせてもらうが、君の練習環境は控えめに言っても悪い。

 例えば君が履いているトレーニングシューズ、もうボロボロだっただろう」

 

そうなんだよな。使い古しもいいところだった。

 

ウマ娘の強大な脚力に晒される靴は、はっきり言って消耗品である。

早いと月単位で履き潰してしまう子もいるとかって話だ。

 

俺はそこまでじゃないけど、安いものでもないので、

おいそれとは手を出せない。

高級高機能品ともなれば、万は軽く超えていくものだから。

 

しかし、ルドルフ、他人の足元までよく見てるね。

レースで勝つには、そういう洞察力や観察眼も必要なんだろうな。

 

「形から入ることも、時には大切だ」

 

「うーん、そっかぁ」

 

そう言われても、以前の俺には高嶺の花もいいところなんだよ?

今の靴とかだって、たぶん施設の人とか、だいぶ無理して買ってくれたものだと思う。

 

「あとは、蹄鉄とか、トレーニングウェアも一式――」

 

「ええと……」

 

またもや『掛かって』しまった皇帝陛下。

1人であれやこれやと考えては、あーでもないこーでもないと

うんうん唸っている。

 

息を入れるタイミングがあればいいんですが?

 

普段は冷静沈着を地で行くのがルドルフなのに、

どうしてこうなってしまうんだろう?

 

俺は困惑しつつ、ついていくのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後11時。

 

リアンはもう寝てしまったようだ。

ケガもあって久々の外出だと言っていたから、疲れてしまったかな?

 

暗い部屋、私もベッドの中にいるが、

手にしている携帯端末の明かりが、私の手元だけをぼんやりと照らしている。

 

 

 ファミーユリアン

 090-〇〇〇〇-●●●●

 

 

「ふふ……」

 

画面に表示されている情報に、私は思わず笑みを漏らしてしまった。

いわゆる『お友達』の番号が登録されたのは、リアンのものが初めてだ。

 

もちろん家族や、重要連絡先の番号はとうに登録されているが、

こうしてみると、一段と感慨深いものがある。

 

もっと早くに勧めてみるべきだった。

とはいえ、リアンには普通ではない事情があるし、

これまで携帯を持っていなかったことも致し方ない。

 

だが、これでリアンとはいつでも、即座に連絡を取り合うことができる。

無料通話アプリも入れてもらったので、その気になれば24時間でも。

 

「ふふ……」

 

楽しいな、ああ、楽しい。

こんなに楽しいのはいつ以来だろう。

 

想像するだけでこんなに楽しいのなら、

実際に携帯で話してみたときは、また格別だろうな。

早く試してみたいものだ。

 

今日のお出かけも楽しかった。

 

まずは、先日に私がプレゼントした服を、リアンが自発的に着てくれたことがうれしい。

余所行きの服がほかにないから、私の柄じゃないけど仕方なく、

なんて気恥ずかしそうに言い訳していた。

 

だが君もウマ娘なのだから、似合わないということはない。

実際すごくかわいかったんだ。もっと自信を持っていい。

 

街に出て最初に携帯ショップに行って、端末を2人で選んだ。

 

最低限の安物でいいと言って、お年寄り用のものを選ぼうとするのを、

全力で止めた。それはない。ないぞリアン。

少なくとも、10代の若者が選ぶようなものでは、断じてない。

 

結局は説得の甲斐もあって、2世代型落ちの機種で落ち着き、

料金プランも、1番安いものになった。

 

あんまり負担をかけるのも嫌だから、などと言っていたが、

父様は負担だなんて思っていないと思うぞ。

思っているのなら、最初から援助なんて申し出ないはずだからな。

 

本当に君というやつは、他人思いの優しい子だ。

それはそれで美徳だが、もう少し自分のことを考えても、罰は当たらないと思う。

 

君はもっとわがままであるべきだな、うん。

我の強いウマ娘が多い中での、稀有な存在。

そんなやさしさが、レースでの厳しい状況で足枷にならないといいのだが。

 

しかし父様がリアンを気に入ってくれて、本当に良かった。

 

実は、私が話を持って行った段階で、大筋のことは決まっていた。

研究所の利用はゴーサインだったが、その先、

今後の援助まで行うかについては、その時点では決めかねていたとのことだった。

 

実際に顔を合わせてみて決める、との判断だったらしい。

そうなると、研究所にわざわざ来ていたのも納得だ。

対面できる機会を窺っていたんだな。名門の当主は伊達ではない。

 

そのあとに行ったデパートでは、練習用の靴選び。

 

ここでも安いものをだなんて言うから、思い切って最高級品を勧めてやった。

嫌味で言ったのではなく、本当におすすめだから言ったんだ。

 

安物買いの銭失いというだろう?

 

それに、君は故障明けなんだ。

下手に安いものを使って身体に合わず、状態を悪化させたり、

さらなる故障を誘発するのはまずい。

 

リアンは値札の数字を見て目を丸くしていた。

軽くて丈夫な良いものの相場はこんなものだ、覚えておけ。

保証も付くし、もし早くにダメになった場合も安心だぞ。

 

その後、2人でファミレスに入って昼食を摂った。

 

ここで食べたニンジンハンバーグの味、私は一生忘れないだろう。

なにせ、親友と初めてのお出かけで、一緒に食べた食事だ。

忘れるわけがないし、絶対に忘れないと言い切れる。

 

君は相変わらずの小食だったな。

それもウマ娘用のメニューではなく、通常のランチセットだった。

いつも次の食事までそれで持つのかと不安になる。

 

そんなことでは大きく強くなれないぞ。

栄養をより多く取らなければならない時期でもあるんだし、

多少無理をしてでも食べるべきだと思う。

 

そう伝えたら、顔を引きつらせつつ、善処すると言っていた。

うん、ぜひそうしてくれ。

女の子にとって複雑かもしれないが、ウマ娘としては必須も同然だぞ。

 

午後からは、リアンの希望で、ゲームセンターで遊んだ。

リアンが自ら進んで意見を出してくるのは珍しいから、当然承知したさ。

 

とはいえ私は、恥ずかしながらゲーセンに行くのは初めてで、リアンに頼りきりだった。

普段とは逆だったな。新鮮で面白かった。

 

私が何回もやって1個も取れなかったクレーンゲーム、

リアンは1度に何個も取ったりして、経験の差を見せつけられた。

 

今も枕元には、リアンが取ってくれたぬいぐるみが置いてある。

 

しかし彼女、お金がないという割には遊び慣れている様子だったが、

不思議なこともあったものだな。

 

ふとそんな疑問を口にしたら、リアンは口ごもって

「ぜんせ……アプリでも……ごにょごにょ」なんて呟いていた。

詳しい単語まではよく聞き取れなかったが、まあ彼女にも事情がある。

 

人当たりの良いリアンのことだから、羽振りの良い友人でもいたんだろう。

 

「ふう」

 

今日の振り返りはここまでにしておくか。

もうけっこうな時間だ。明日も学校だし、寝るとしよう。

 

携帯をスリープモードにし、カバーを閉じて脇に置く。

 

「……さて」

 

思考を切り替え、自分自身のことだ。

来週から6月になる。

 

トレーナーによれば、来週あたりから、

私のデビュー戦について詳細に検討するとのお達しだ。

 

おそらくは夏の早い段階での中距離戦になると思う。

 

早いデビューは早熟バのイメージが付きまとうが、

それで終わる気など毛頭ないし、トレーナーも私も勝利を確信している。

 

レース場が決まれば、展開などもイメージできる自信はある。

やれる、大丈夫だ。

 

リアンを励まし、焚きつけている手前、無様な姿は見せられない。

 

「おやすみ、リアン」

 

先ほども、直接伝えた言葉をもう1度呟いて、私は目を閉じた。

自分でも驚くくらいの、スムーズな寝入りだった。

 

 

 

 

 




ルドルフの愛が重くなってきた(汗)



PC直りました。
更新再開します。


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第10話 孤児ウマ娘、名門に招かれる

 

トレセン学園では、夏は毎年恒例の合宿がある。

 

俺はてっきり、全生徒が参加するものだと思ってたんだけど、

実はあれ、チーム所属のウマ娘だけの行事なんだってさ。

 

練習場と宿の手配なんかもチーム単位で行われるから、

学園側は計画と決済を承認するだけで、基本的にノータッチなんだと。

それに、新入生はもともと対象外なんだそうだ。

 

考えてみれば、アプリでも、ジュニア級では合宿はなかったな。

なので、俺は参加できない。

 

くそ、行くつもりでリハビリ頑張ってたのに、くそっ。

 

まあだからといって、リハビリを手抜きするなんて真似はしない。

一刻も早く復帰する気持ちに変わりはないからね。

 

そんな感じで一生懸命リハビリに励んだ結果、

6月の最終週を迎える前にはプログラムを完遂し、医師と研究所の人からも、

通常トレーニングに復帰してOKとのお墨付きをいただいた。

 

いよっし!

夏前に復帰するという目標を達成できたぜ。

 

幸か不幸か、怪我以前よりも脚が一回り太くなった気がする。

専門家の指導ってすごいんだな。

これでトレーナーが付いたりしたら、どうなるんだろうか。

 

少しは戦えるようになったかな?

いや、こんなんで上位に食い込めるほど甘くはない。

引き続き頑張らなければ。

 

「私からも報告がある」

 

復帰をルドルフに伝えたら、何よりだと喜んでくれた後、

真剣な表情でこう言うんだ。

 

「デビュー戦が決まった」

 

「どこで?」

 

「7月4週、新潟レース場での芝2000メートル、メイクデビューだ」

 

「新潟か……」

 

確か史実でも、ルドルフは新潟デビューだったな。

距離は1000だったはず。そこはアプリ版準拠というわけか。

 

「ちょっと遠いな」

 

近くだったら応援に行くんだけどなあ。

夏場は、主要4場での開催がないからね。

どうしても地方でのレースになってしまう。

 

出走する本人とトレーナーなどの関係者の旅費はURA持ちだが、

赤の他人はそうもいかない。

友達です、ルームメイトです、なんて理由は通用しないのだ。

 

「応援には行けないけど、頑張ってね」

 

「ああ、任せてくれ。気持ちだけで十分さ」

 

月並みな俺の言葉に、ルドルフは力強く頷いてくれた。

 

「ところで、リアンは夏休みはどうするんだ?」

 

「夏休み?」

 

唐突なルドルフからの質問。

 

トレセン学園にも、一般の学校と同じ夏休みがある。

これを利用してチームは合宿を行うわけだが、

他のウマ娘たちは、各々違う過ごし方をする。

 

実家に帰省する者や、学園に残って自主トレーニングに励む者、

はたまたバイトに精を出す者など、実に様々。

 

「うーん、特に何もないけど?」

 

粛々とトレーニングするだけだと思うよ。

あ、強いて言えば、1回くらいは出身の孤児院に顔を出すのもいいかな。

交通費を気にしなくてもよくなったわけだし。

 

そろそろ近況報告を兼ねて、様子を見に行ってみたい。

 

「そうか。なら、こうしないか?」

 

「何かあるの?」

 

「ああ」

 

なんだろ?

何かあるのかな?

 

「8月は私も実家に帰省するんだが、一緒に来ないか?」

 

「え、それって……シンボリ家に、ってこと?」

 

「うん。施設も一通りは揃っているから、

 学園にいるのと変わらないトレーニングができると思う。

 相応の知識を持つ者もいるから、むしろリアンにとっては、うちのほうがいい」

 

「え、えっと……」

 

なんかまた、急にすごい話が降って来たな。

ルドルフの実家に招待された?

 

「それ、ご両親は……」

 

「無論承知している。

 ほかに予定がなければ、ぜひに、とのことだ」

 

「えと……」

 

当然のように、外堀は埋められていた。

庇護を受けている身としては、断れるはずのない話だこれ。

 

……なんかこんなのばっかりだな。

立場が弱すぎる俺。モブの悲しいところよ。

 

「8月、一日からってことだよね?」

 

「ああ。学園に戻るのは30日とか、そのあたりになる」

 

「わかった、お世話になります。よろしくお伝えしておいて」

 

「了解だ」

 

うれしそうに頷くルドルフ。

 

ほかの予定もないし、そっちのほうがみっちりトレーニングできるというなら、

乗らない手はないよね。恐縮ではあるが、俺もうれしい。

 

ルドルフの実家か。

はてさて、どんなところなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフのデビュー戦当日。

 

彼女の実戦はほかのウマ娘たちの中でも注目の的らしく、

テレビがあるカフェテリアには、大勢の人だかりができていた。

かくいう俺もその中の1人。

 

中に入っていく勇気はないので、1番外から、親友の戦いを見守ることにする。

 

新潟3R、天候曇り、出走は10人。

シンボリルドルフ、6枠6番、当然の1番人気。

 

あいにくの不良バ場だが、彼女の実力をもってすれば、何の問題もないはずだ。

 

……スタート。

 

ルドルフはすんなり好位につけると、道中は難なく追走し、

4コーナーを回ってもしばらく仕掛けず、新潟の長い直線、半ばでスパート。

あっけなく先頭に出ると、後続に2バ身半差をつけて快勝した。

 

着差以上の強さを感じさせる、圧勝と言ってもいい出来だった。

 

 

 

 

 

「デビュー勝利、おめでとう。いえーい」

 

「ああ、ありがとう」

 

その日の夜、部屋に帰ってきたルドルフをハイタッチで出迎えた。

彼女も嬉しそうに手を合わせてくれる。

 

「疲れてるでしょ? 

 マッサージでもしましょうか、オープンバさま」

 

「変な小芝居はよせ」

 

冗談めかして手をもみもみしつつ、そう申し出る。

ルドルフは笑っていた。

 

「オープンといっても、デビュー戦を勝っただけだ。

 この時期は勝てば誰でもそうなる。偉くもなんともないぞ」

 

「それでも私にとっては、雲の上の存在なわけですよ」

 

「だから芝居はよせ」

 

へへーっ、と頭を下げて拝んでやる。

俺はそんな1勝すらできるか怪しい存在だからね、しょうがないね。

 

その1勝が何よりも重いのですよ。

 

「まったく他人事みたいに。いつかは君も経験することだぞ」

 

「私のデビューはまだ当分先だよ」

 

来年以降になるのは間違いない。

少なくとも、ルドルフよりも1年は遅れそう。

 

「なにはともあれ、おめでとう」

 

「さっきも聞いたぞ」

 

「お祝いは何回言ってもいいでしょ。

 ご祝儀のおこぼれ期待してまーす」

 

「こいつ、そっちが本命か」

 

「バレたか。はは」

 

「わかるさ。ふふふ」

 

いつもの俺たちな感じ。

俺も、勝てるといいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてそれでは、シンボリ家にお邪魔する前に、

俺のほうの用事も済ませてしまいましょ。

 

電車とバスを乗り継いで、入学前まで過ごしていた孤児院へやってきた。

今日行くという連絡はしておいたので、誰もいないということはないはずだ。

 

その連絡が孤児院を出て以来、最初の連絡だったことは秘密。

 

だって、余計な心配とかかけたくないじゃん?

実際に怪我しちゃったわけだしさあ。

怪我のことは知らないと思うけど、知らせないほうがいいだろうな、やっぱり。

 

あくまで順調に過ごしているということだけ伝えて、

今後の見込みに軽く触れる程度でいいだろう、うん。

 

「リアンちゃん?」

 

「ファッ!?」

 

「入口の前で何してるの?」

 

「い、院長先生……」

 

これは不覚。

何を話すか考えているうちに、奇襲を受けてしまった。

しかも背後から。

 

なんで外にいるんですか、院長。

 

「不意打ちとは卑怯ですよ」

 

「ふふ、ごめんなさい。

 扉の前でぶつぶつ言っているのが見えたものだから、ついね。

 裏口から出て回ってきちゃいました」

 

まったく、心臓に悪いったら。

貴女は気配を消せるんですか? ウマ娘の聴覚にも引っかからないとは。

 

「さあ、中にどうぞ。みんな待ってるわ」

 

「はい、お邪魔します」

 

「リアンちゃん、違うでしょう?」

 

「え?」

 

「ここはあなたの『家』なんだから、他に言うべき言葉があるでしょう?」

 

「……」

 

……またそうやって不意打ちをかましてくるだもんなあ。

しかも今度のは、心へのダイレクトアタックだ。たまらないよ。

 

ああ、そうですね。言ってやりますとも。

 

「『ただいま』、院長先生」

 

「『おかえりなさい』、リアンちゃん」

 

そう言って微笑む院長に、後光が差して見える。

 

込み上げてきた熱いものをどうにか堪えつつ、

俺は3ヶ月ぶりに、『我が家』へと戻った。

 

ちなみに、何か隠してることない?って聞かれて冷や汗が出た。

 

仮でも代行でも親権者だ。

そりゃあ連絡行きますよねって話。

 

そんなことに微塵も気づかなった俺に幸あれ(切実

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すでにお決まりと化した感のあるリムジンに送られて、

俺たちは千葉県にあるシンボリ家へとやってきた。

 

現実でも、千葉にシンボリ牧場があるんだよな。

北海道にもあるみたいだが、詳しいことまではわからない。

牧場を複数持ってるとか、さすがは名門だ。

 

「ほぇ~」

 

その入り口で、俺は大口を開けて間抜けな声を上げるしかない状況である。

 

「でっか」

 

だって、邸宅の建物だけで、どこの体育館ですかってくらいの規模だよ?

その上、敷地内には牧場と、トレーニング用のコースがあるってんだから……

 

まさにブルジョワの極み。あるところにはあるんだねぇ。

 

「やあ、よく来たね」

 

「いらっしゃい、ファミーユリアンさん。

 自分の家だと思ってくつろいでくれて構いませんよ」

 

「こんにちは。お世話になります」

 

玄関でルドルフのご両親が出迎えてくれた。

 

あの研究所以来で、顔を合わせるのは2回目だけど、

なんかお二人とも、すごいフレンドリーな空気を纏っていらっしゃる。

 

いやあ、俺そんな気に入られるようなことしましたかね?

最初のときも友好的だったけど、それ以上になってる気がしますよ。

 

隣を見れば、ルドルフもにこにこと笑みを浮かべているし、

また何か要らぬことを吹き込んだんじゃなかろうな?

 

無駄に期待値とかハードルを上げられても、応えきれないことは明白なんですが?

 

「足の調子はどうかね?」

 

「あ、はい、もうすっかり。前より好調なくらいで」

 

「そうかそうか」

 

本当に、研究所の施設を使わせていただいたおかげです。

 

適切なリハビリメニュー、的確なトレーニングプログラム、アドバイス。

その点は感謝してもしきれたものではない。

 

個人ごとの指導をしてもらえるというのが、これほどありがたいことだとは。

専属トレーナーとかが付くような子は、もっと恩恵すごいんだろうな。

 

「夜は盛大に歓迎パーティーを催しますからね。

 楽しみにしておいてちょうだいな」

 

「パ、パーティーですか」

 

「腕によりをかけて豪勢なディナーを用意しますから、たくさん食べてね」

 

「は、はい」

 

パーティーって、おいおい……

 

まさかドレスコードあったりしないよね?

普通のホームパーティーってことだよね?

 

……否定しきれん。

ドレスとか一式も用意されていそうで怖い。

 

「ではまた後で会おう。ルドルフ、部屋へ案内して差し上げなさい」

 

「はい。リアン、行こう」

 

「うん」

 

ご両親といったん別れ、ルドルフとお屋敷の2階へ。

 

内装もさすがに豪華だった。

迂闊にものに触れられたものではない。

 

あの壺とか絵とか、無造作に飾られてあるけど、

いったいおいくら万円なのか、庶民たる俺には想像もつかない。

万が一にでも壊そうものなら、人生から再起不能(リタイア)することは必定。

 

ここに1ヶ月ほど滞在するわけだから、気を付けなければ。

 

「ここだ。どうぞ中へ」

 

「失礼しまーす。……うわ、すご」

 

1歩入ってみて、途端にわかるものすごさ。

一流ホテルのスイート並みの部屋だぞ。なんぞこれ。

 

「ここって、VIP用の部屋だったりするの……?」

 

「VIPというわけじゃない、来客用の普通の部屋だな」

 

「普通、なんだ。そうなんだ……」

 

普通の客間だとよ。これが? 普通?

『普通』ってなんだ?

 

「部屋にあるものは好きに使ってくれて構わない。

 何か不自由があれば、内線電話で申し付けてくれ。

 使用人の部署に直通するから、すぐに対応してくれる」

 

「う、うん」

 

使用人、いるんだ。

やはりいるところにはいるんだな、そういう人。

そうか、運転手の人も執事さんだったな。

 

「じゃあ私も自分の部屋へ行ってくる。

 荷物を置いたら電話するから、外のコースに出てみないか?

 案内を兼ねて、軽く走ってみようと思うんだが」

 

「わかった」

 

「それじゃ、少し待っていてくれ」

 

自分の部屋へ向かうルドルフを見送って、ドアを閉める。

それから改めて、室内を見回してみた。

 

十分な大きさのベッドは、キングサイズ。

もちろん寝心地抜群そうなふかふかの布団と枕だ。

 

自分で料理する人用なのか、コンロとシンクがある。

 

その傍らには、1人用のとかではない大きな冷蔵庫。

中を確認してみたら、水やらお茶やらスポーツドリンクやらがたんまり。

これも自由に飲んでいいのか? 後でルドルフに聞いてみよう。

 

リビングスペースには、豪華そうなソファーとテーブル。

壁には50インチはありそうな大きさの壁掛けテレビ。

 

こっちはなんだ?

……うわ、トイレとシャワー完備かよ。本当にホテルじゃん。

 

前世の出張時にだって、これほどのホテルになんか泊まったことないぞ。

至れり尽くせりで怖くなってくる。

 

「はあ~」

 

溜息しか出ない。えらいところに来てしまった。

こんなところに1ヶ月か。

逆の意味で精神持つかな、俺。

 

そうこうしているうちにルドルフから電話がかかってきたので、

ジャージに着替えて、コースへ出てみることにする。

 

「ふわ~」

 

そこでまた、カルチャーショックですよ。

 

「芝にダートに、こっちは……すご、ウッドチップじゃん」

 

立派なトラックコースが鎮座しておられました。

それも、芝、ダート、ウッドチップと綺麗に整備されている。

学園のものと比べても遜色ない。

 

もしかして、坂路もあったりする?

 

「さすがに坂路はないな」

 

聞いてみたら、坂路はないとのこと。

少し残念と思ってしまう感覚が、すでに名門に毒されている証拠だ。

 

「では今日は軽く、ジョギング程度でな。

 とりあえず1周してみるか」

 

「ん、了解」

 

ルドルフはデビュー戦を戦ったばかりだし、

初日からいきなり全開というわけにもいかんからんあ。

 

軽めのメニューから徐々に慣らしていくとしますか。

 

 

 

こうして、シンボリ家での真夏の日々がスタートした。

 

 

 

 



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第11話 孤児ウマ娘、出会う

 

 

 

シンボリ家2日目。

今日もトレーニングコースに出てきて、準備運動を終えたころに

 

「今日はタイムを計ろうか」

 

ルドルフがこう言い出した。

 

「構わないけど、どうして?」

 

「最初にまずタイムを計って、最終日にも同様に測定する。

 すると、自分がどれだけ成長できたかがわかるだろう?

 タイムだけがすべてと言うわけじゃないが、目安にはなる」

 

「なるほど」

 

時計が出れば1番わかりやすいもんな。

 

学園でのトレーニングで、ラップ計測をしたことはあるが、

本格的にタイムを計るのは初めてかも。

 

「レースに近い環境ということで、芝5ハロンでいこう」

 

「了解」

 

「もちろん無理のない範囲でな。わかっているとは思うが」

 

「わかってるよ。ちょっと過保護過ぎない?」

 

「君には前科があるからな」

 

ギクリ……

ルドルフからジト目で睨まれてしまった。

 

「心配しすぎるくらいがちょうどいいと判断した。反論は?」

 

「ありません」

 

「よろしい」

 

本当にね、あのときはもうね、色々と追い込まれてたんですよ……

もうあんな真似はしないから大丈夫。はい、絶対です。

 

「じゃあ計ろうか。どっちから行く?」

 

「あ、私からでいい?」

 

「わかった」

 

ルドルフから先にやらせてしまうと、

タイムが良すぎたときにへこんでしまいそうだからね。

 

それじゃ、某ゲーム風に言えば『芝 単走 一杯』、

いっちょやってみっか!

 

 

結果……

 

 

「71秒だ」

 

「……うわー」

 

その数字を聞いて、いまだ息が整っていない中でも、

声が漏れてしまった。もちろん悪いほうの意味で。

 

遅い、遅すぎる。

 

距離やバ場状態、ペースにもよるが、1000m通過がだいたい60秒くらいのはずだ。

それよりも10秒以上も遅いようでは、選抜レースで

集団についていけなかったのも納得というものである。

 

もちろん手動測定だから誤差はあるし、バ場の差はあるにせよ大差は出ない。

全力疾走でもないが、9割くらいの力は出したつもりだ。

 

それで、このタイム。

 

復帰後、少しは良くなったかと思っていたんだけど……

それとも、良くはなってこれなのか?

 

「あくまで基準のひとつに過ぎない。

 君は故障明けでもあるんだし、これから上げていけばいいさ」

 

「うん……」

 

ルドルフの優しさが、逆に痛い。

困惑気味に頷くことしかできなかった。

 

「次は私だな。測定を頼むぞ」

 

「おっけ」

 

ストップウォッチを受け取って、スタート地点へ向かうルドルフを見送る。

 

さて、彼女の結果は……

 

 

 

「……63秒」

 

「まずまずだな」

 

「……」

 

さすがに早い。しかも全体的に流し気味でこれだ。

おまけに、走り終えた直後だというのに、呼吸がほぼ乱れていない。

 

やっぱり物が違うんだという現実を思い知らされる。

 

まあね、世代のトップどころか、日本競馬史上でも最高峰の1人なんだ。

俺なんかと比べるのが間違っているというもんだ。

 

悔しくなんかないもんね。……くすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、シンボリ家、夕餉の時間にて。

 

「本当、リアンさんが来てくれて楽しいわ」

 

唐突に、お母様がこんなことを言い出した。

 

食事の席、少しお酒が入っていることもあってか、

彼女の舌は良く回った。

 

「リアンさんかわいいし、よく気が付くし、話も面白いし。

 いつもいてくれたらいいのに」

 

「そうだな。娘が1人増えたみたいで、私もうれしいよ」

 

「でしょう?」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

お父様のほうも奥さんに追随するものだから、俺は相槌を打つしかない。

 

それまでも、適当に話に合わせていただけなんだが、

どこにそれほど楽しくさせる要素があったのか、俺にはわからなかった。

 

「いっそのこと、うちの子になっちゃう?」

 

「え?」

 

「おお、ナイスアイデアだな。それがいい」

 

「あなたもそう思います?」

 

「ああ」

 

「………」

 

え……えええええええええええ!!!?

 

なにそれ?

まさか、本気で言っているわけじゃないですよね?

酒の勢いでの言葉ですよね!?

 

「親権は、今どなたがお持ちなのかしら?」

 

「普通に考えると孤児院の関係者だろうな。

 ふむ、明日、顧問の弁護士に相談してみようか」

 

「それがようございますわね」

 

「リアン君も、考えてみてくれないかね?」

 

「え、ええと……」

 

親権? 弁護士? 相談?

マジか。マジなのか~~~!?

 

「私は歓迎するぞ」

 

困ってルドルフに視線を向けると、ヤツはこんなふうにのたまいやがった。

それも大真面目な顔でだ。

 

即断即決のシンボリ家、怖い……

 

末はシンボリファミーユ? または、ファミーユシンボリ?

俺としては、呼ばれ慣れてる『リアン』のほうを残したい気もする。

 

シンボリリアン……なんか語感も字面も悪いな。

そもそも改名ってできるのか?

 

ってそうじゃなくて!

誰かお二人を止めてくれ!

 

「父様、母様も、そこまでです」

 

ここでようやく、ルドルフが止めに入ってくれた。

 

「リアンが困っていますよ。将来的にそうなるとしても、

 学生であるうちは、競技に専念させてあげてください」

 

おいこら、待てや。

止めてくれるのはいいんだけど、決定事項みたいに言わんといて。

 

「おお、そうだな」

 

「ごめんなさい、ちょっと先走りすぎちゃったわね」

 

お二人もまんざらじゃなさそうだし……

この話、どこまで行っちゃうの?

 

「とりあえず、頭の片隅にでも残しておいてくれないかね」

 

「私たちは大歓迎だから。なんだったら、今すぐでも構わないくらい」

 

「あ、はい……」

 

少なくとも、思い付きで終わらないということだけはわかりました。

 

そりゃね、孤児にとって、養子にもらわれていく、

それも先方が名家の資産家となれば、これ以上ないというくらいの

ドリームズカムトゥルーなんだけどさあ。

 

ここまで旨い話となると、何か裏があるのではと勘ぐってしまうよ。

この人たちに限ってそれはないとは思うが、ね。

 

はあ~、また悩みの種がひとつ増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼下がり。

 

「リアン、休憩にしよう」

 

「うん」

 

今日も今日とて、真夏の日差しの中をトレーニング。

汗をぬぐいつつ、日陰に入って水分を補給する。

 

いくらウマ娘と言えども、適切な熱中症対策をしないと、ぶっ倒れてしまう。

今日も暑いし、こまめに休憩しないとね。

 

「おいっ、そこのおまえ!」

 

「え?」

 

急にかけられた声に反応して振り返ると、そこには

 

「おまえが噂に聞いたルドルフのご学友ってやつか!」

 

1人のウマ娘のガキンチョがいた。

いや、どちら様?

 

「私より小さいくせに生意気だ。気に入らねえ、私と勝負しろ!」

 

「はい?」

 

ガキンチョといっても、俺より背は高いが。

それよりも、本当に誰? しかも勝負って何さ?

 

「こらっ、初対面で失礼だぞ」

 

慌ててルドルフが間に入る。

知り合いなのか?

 

「申し訳ないリアン。

 この子はシリウスシンボリといって、親戚の子で幼馴染なんだ」

 

あー、そうか、そういえばいたねえ。

同じシンボリなんだから、世代も近いし、そりゃ出てくるか。

 

おっぱいのついたイケメン来た。

まだガキンチョだから、ぺったんだけど(他人様のことは言えない

 

「ほら、自己紹介するんだ」

 

「ふんっ、やなこった」

 

「シリウス!」

 

ルドルフの言葉に反抗するシリウス。

 

あーあ、相変わらずの、というか小さいころからじゃじゃ馬なのね。

アプリではサポカ持ってなかったから、詳しくは知らないけど。

 

「それより、おまえ! 勝負するよな!?」

 

「え、嫌だけど」

 

「なんでだよ!?」

 

シリウスの提案を即行でお断り。

というかさ、いきなり来て、なんでそれが当たり前みたいなこと言ってるの?

 

「ウマ娘のくせに、勝負しないってのか!」

 

「あなたが何者なのか知らないし、なにより私にメリットがないじゃん」

 

「ぐぬぬ……」

 

悔しそうに唸るシリウス。

 

ここだけ見ると、ただのクソガキなんだが。

それがあんな、ルドルフとは違った方向のカリスマを発揮するようになるんだから、

ひとの成長というのは不思議なものだ。

 

「ごめんね、名乗りもしない失礼な奴とは、

 話もするなっておばあちゃんが言ってたの。もう行っていい?」

 

「……ウス」

 

「うん?」

 

「シリウスシンボリだ! よく覚えておけ!」

 

やけくそ気味に自己紹介するシリウス。

 

他に何か言うことないのかね?

よくある不良もののモブヤンキーみたいなことになってるぞ。

 

隣じゃ、ルドルフがなんかびっくりしてるし。

 

「名乗ったんだから、勝負しろよな!」

 

「え、だから嫌だけど」

 

「~~~っ、なんでだよっ!?」

 

悔しそうに地団駄を踏むシリウス。

理由ならいま言ったでしょ? ボケるには早すぎますよシリウスさん。

 

「じゃあ私に勝てたら、何でも言うことを聞いてやる。

 それでいいだろ!?」

 

「だからメリットないし。

 あなたにしてもらいたいことなんて何もないから」

 

「ぐぬぬ……!」

 

俺がここまで言ったところで、とうとう痺れを切らしたか

 

「もういい! 今に見てろよっ!」

 

見事な捨て台詞を残して、走って行ってしまった。

おお、速い。さすが未来のダービーウマ娘だねぇ。

 

「なんだったの?」

 

「あはは……あれでかわいいところもあるんだが」

 

苦笑しているルドルフ。

かわいい? あれが? 冗談だろ。

 

「それより、驚いたよ」

 

「何に?」

 

「シリウスに名乗らせたことが、さ。

 ああいう子だから、絶対に素直には従わないんだ。

 私に言われても名乗らなかっただろう?」

 

典型的なわがまま娘だーね。

自分の思い通りにいかないと、癇癪起こすタイプ。

 

要は、まだ子供ってことだ。

 

「そのあとも見事だったな。

 ああも上手くシリウスを退散させるとは思わなかったよ」

 

「小さい子の相手は慣れてるからね」

 

「そうなのか。

 いや、自分よりも背の高い相手を小さい子扱いなのも驚きだ」

 

孤児院じゃ、小さい子の世話もやってたからさ。

ああいう場合いちいち腹を立ててたらキリがないのよ。

 

ルドルフ、苦笑してる場合じゃないっしょ。

あいつの情操教育どうなってんの?

 

「シリウスも、来年にはトレセン学園に入る予定だ。

 その折はよろしく頼むよ」

 

「え、やだ」

 

「そう言わずに、頼むよ」

 

ごめん、ルドルフのお願いでも、それだけは聞けないな。

あいつが改心して、落ち着いてくれるのなら、そのとき考えましょう。

 

大丈夫? 面接で落ちたりしない?

 

「ところで、おばあちゃんが云々というのは、本当なのか?」

 

「出まかせに決まってるでしょ。だいたい私……ごめん」

 

「……いや、私こそすまなかった」

 

自分で言っておいて、ルドルフのほうも途中でまずいと思ったんだろう。

俺も言葉を切ってしまうくらいに、

表情と耳のテンションが落ちていくのがわかったから。

 

「はいはい、この話はもうやめ。トレーニング再開しましょ」

 

「そうだな」

 

相変わらず、気にしすぎなんだよおまえは。

もう少し気楽に生きても、神様は許してくれるよ。

 

転生したときにも出てきてくれなかったから、

俺はこれっぽっちも信じちゃいないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日して。

その日もいつものようにトレーニングしていたら

 

「そこのあなた」

 

「……はい?」

 

再び、いきなり声をかけられた。

また子供かって最初は思ったが、子供の声ではなかった。

 

声のしたほうへ振り向くと、そこには、高級そうな出で立ちで、

それでいてやらしさは感じさせない、いかにもな服装をしたナイスマダムが立っている。

 

「初めて見る顔ね。新しく入ったシンボリの関係者?」

 

「あ、ええと、私ファミーユリアンと申しまして……」

 

牧場か、あるいはシンボリの中の人か。

部外者だと思われてしまってはまずいので、慌てて名乗ろうとする。

 

「リアンッ!」

 

すると、そこへ、相当に慌てた様子でルドルフが駆け込んできた。

彼女がここまで焦る姿というのも珍しい。

 

ルドルフは俺たちの前までやってくると、呼吸と姿勢を正し、

マダムへ向かって開口一番、こう言った。

 

「お婆様」

 

え、おばあさま?

この人がルドルフの祖母?

 

なるほど、よくよく見てみれば、しっぽがある。

耳は帽子に隠れているのか、見えなかった。

 

「お久しぶりです。帰国されたのですね」

 

「つい先ほどね」

 

にこやかに応対する2人。

帰国ってことは、海外に行っていたのか。

 

「聞けば、ルドルフが滞在してるっていうじゃない。

 あなたの成長ぶりが見たくて、空港から直接来ちゃったわ」

 

なるほど、成田から近いからね。

帰国した直後っていうのは本当みたいだ。

 

「デビュー戦、勝ったそうね。おめでとう」

 

「ありがとうございます。

 一時の勝利に驕らず、これからも精進します」

 

「よろしい」

 

ルドルフらしい言葉。

満足そうに笑みを浮かべて頷くお婆様。

 

彼女の視線が、再び俺を捉える。

 

「ところで、そちらは? お友達?」

 

「はい、紹介します。彼女はファミーユリアン。

 私の学友にして学園でのルームメイトです」

 

「はじめまして、ファミーユリアンと申します。

 ルドルフさんには大変お世話になっておりまして、

 こうして一緒にトレーニングをさせていただいてます」

 

「そう」

 

ルドルフの言葉に合わせて、すかさず自己紹介する。

礼儀正しい人のようだから、失礼のないようしっかりと。

 

「リアン、紹介するよ」

 

今度は、お婆様の紹介をしてくれるようだ。

 

研究所の時も話に出てきた、息の長い活躍をしたというウマ娘。

現実世界でもそういう馬がいたはずだが、名前が思い出せなかった。

 

「私の祖母の、スピードシンボリだ。

 こう見えても、昔は大活躍したウマ娘だったんだ。

 年度代表ウマ娘になったこともあるんだぞ」

 

「昔は、って言わないでちょうだい。

 それじゃ大昔の人みたいじゃない」

 

スピードシンボリ!

そうだ、そうだよ。なんで忘れてたんだ?

顕彰馬にも選出されている超名馬じゃないか。

 

「スピードシンボリです。『スーちゃん』って呼んでね」

 

「は、はあ」

 

にっこり微笑んで言うお婆様だが、

そんな大先輩を愛称で呼ぶなんて真似、とてもとても……

 

笑う姿はとても若々しいし、長く活躍したというのはわかる気がする。

 

「ごめんなさい、ファミーユリアンさん」

 

「はい?」

 

とか思っていたら、突然謝られた。

何事?

 

「私最初、小学生かと思っちゃったの。

 だからどこかの子供が迷い込んだのかと思っちゃって。

 ルドルフの同級生だったなんてね」

 

「ああ……」

 

それはしょうがない。

現に、小学生であるシリウスシンボリより小さいんだしな。

 

「で、よく見たらウマ娘だったから、声をかけさせてもらったわ。

 ちょっと前から、少しあなたの走りを見させてもらってたの」

 

「そうなんですか」

 

見られてたのか、全然気づかなかった。

 

「間違えちゃったお詫びに、ひとつ良いことというか、

 気付いたことを教えてあげましょうね」

 

「良いこと?」

 

さて、なんだろう?

伝説と言ってもいい人だから、期待しちゃうよ?

 

 

 

そんな軽い気持ちでいたことが、逆に失礼に思えてしまうくらい、

俺にとっては、その後の競争人生を左右する大きな一言になるって、

誰が想像できただろうか。

 

 

 

 



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第12話 孤児ウマ娘、ターニングポイントを迎える

 

 

 

 

 

「あなた、どうしてあんな不自然な走り方してるの?」

 

「……え?」

 

小首を傾げながら、お婆様は疑問を口にした。

 

そんな仕草は見た目の若々しさもあって、非常にかわいらしい。

ってそうじゃなくて、不自然?

 

「不自然、ですか?」

 

「そう。なんていうかな、ウマ娘には、

 各々に合った走り方というものがあるはずなんだけど」

 

「はあ」

 

まあ、それはそうだろう。

ウマ娘に限らず、人間だって当てはまると思う。

中には、すごく個性的な人だっているはずだ。

 

「あなたの場合はね、それがひときわ強く出ているように見える。

 だから身体に合ってなくて、スタミナの消費がより激しいし、

 スピードが出ないし、負担も大きい。思い当たる節あるでしょう?」

 

「……はい」

 

残念ながら、ありまくりです。

 

スピードがないことは選抜レースの件で実証済みだし、

スタミナのことも、俺がハードなトレーニングで

スタミナをつけようとしたことからもお分かりだと思う。

 

そして、実際に故障してしまった。

なにこのひと、言ってることめっちゃ正しいやん。

 

さすがのご慧眼というわけか。

でも……原因がわかりません。

 

試しに、ルドルフにわかる?とばかりに視線を向けてみたら、

すまんわからん、とばかりに首を振られてしまった。

 

このひとには、原因まで特定できているのだろうか?

 

「すいません、恥を忍んでお尋ねします。

 その不自然さは、何が原因なんでしょうか?」

 

「ん~、不自然というのはわかるんだけど、詳しいことまではね。

 私の感覚的なものなのかもしれないし、ちょっと言葉にするのは難しいわ」

 

「そう、ですか」

 

詳細まではわからないか。

でも、他人の内部のことまで、そこまでわかるだけでもたいしたものだ。

指導者的な立場にでもいたことがあるんだろうか。

 

お婆様はそこまで言うと、俺たちのことはそっちのけで、

唸りながら何やら考え始めてしまった。

 

「お婆様は、うちの牧場でトレーニング教室を開いていたこともあるんだ。

 割と好評だったみたいだから、そういう目を持っているのかもしれないな」

 

「へえ」

 

そうなんだ。

現役引退後に、そういう道があることはいいな。

 

「海外に行っていたのも、トレーニング全般を勉強しに行っていたからなんだ。

 私としては、今からでも遅くはないから、

 中央のトレーナー試験を受けてみたらいいと思うんだがな」

 

「そうなんだ、すごいね」

 

「ああ。現にリアンの問題に私は気づけなかった。

 ぜひとも正式に指導者になるべきだと思うし、なってほしい」

 

中央のトレーナー試験は一説によると、東大よりも難しいと聞く。

だけど、リアル競馬の調教師の多くは、中年になって以降の

開業がほとんどであることを鑑みると、案外あり得ない話ではないのかもしれない。

 

ウマ娘世界では、若いトレーナーもそれなりにいるようだけどね。

アプリ版の主人公トレが、まさしくそれだし。

 

「……そうだ!」

 

「!?」

 

「どうしたんですか、お婆様」

 

ルドルフと話していたら、お婆様が突然に声を張り上げた。

 

「何か上手い例えがないか考えていたんだけど、思いついたわ」

 

「本当ですか!」

 

「で、どういう?」

 

「『人間』よ!」

 

「「にんげん?」」

 

お婆様が思いついたという例え方。

その答えに、俺とルドルフの声が重なった。

 

「ファミーユリアンさん、あなたの走り方はね、人間みたいなの。

 普通の人間が、普通に陸上の選手をやっているような、そんな走り方」

 

「普通の……」

 

「対して、ウマ娘のそれは全く違うわ。

 パワーもスピードも全然違うんだから当然よね。わかるでしょ?」

 

「はい」

 

「だから、ウマ娘たるあなたには合っていない。そういうことよ」

 

「………」

 

「なるほど……確かに言われてみれば、そうかもしれない」

 

あまりのことに、俺は二の句を告げない。

一方のルドルフには理解できたのか、何かを考えながら頷いている。

 

人間の走り方、か……

 

身体はウマ娘でも、中身が人間(転生)だから、

純然たるウマ娘の走りができてないってこと?

 

しかし、ウマ娘の走りって、どういうものなんだ?

ルドルフを見ていても、人間との違いなんて分からないぞ。

 

どこがどう違うってんだ?

そして、どうやったらそんな走り方ができるんだ?

 

「教えてください!」

 

俺は思わず、叫んでいた。

 

「何をどうすれば、『ウマ娘』の走り方ができるんですか!?」

 

「それが分かれば苦労しないわね」

 

対するお婆様の言葉は、非常にドライである。

表情を変えずにさらりと言った。

 

「未勝利で終わる子が格段に減ることは、間違いないわ。

 レース界に革命が起こるわよ」

 

「……ですよね」

 

ま、そりゃそうだ。仰られることはごもっとも。

そんな簡単に速く走れる方法がわかるんなら、みんなやってるもんな。

 

はあ~、期待した分だけ失望も大きいっていうか、

完全な逆恨みだなこりゃ。結局は自力で見つけるしかないってことかあ。

 

「お婆様、それだけではあんまりです。

 せめて何かヒントをひとつくらい」

 

「ヒント?」

 

「ないんですか?」

 

「ん~」

 

同情してくれたルドルフが、何とかしてあげてと食い下がる。

伝説のウマ娘も孫には甘いのか、再び考え始めた。

 

「そうね、ひとつ言えるんだとしたら……」

 

「したら?」

 

「常識には囚われるな、ってことかしらね。

 きれいなフォーム、イコール、最速なフォーム、ってわけじゃないし。

 教科書通りの走りがその子にとって最適かと言えば、

 必ずしもそうとは言い切れないでしょ」

 

「常識外の……?」

 

「最速か、最適か……」

 

つまり、学園で教わっているような、

理想的といわれるフォームは捨てろってことだな?

 

今までの俺は、教えてくれる人がいなかったために、

学園で教わったことを反復し、身に着けることだけに励んできた。

 

それが必ずしも正しいわけじゃないってなると、

完全に生まれ変わるつもりで、新しくやり直すしかない。

 

少し、いや、かなりの勇気がいるな。

それこそすべてをかなぐり捨てるという覚悟が必要だ。

 

「……る」

 

「リアン?」

 

「やってやる!」

 

どのみち、このままでは多くの才媛の前に埋もれてしまうのは確実なんだ。

だったら、少しでもある可能性に、俺は賭ける。

 

「やってやりますよ。私だけのウマ娘のフォームを、見つけてみせます!」

 

「ふふ、良い心意気ね。気に入ったわ」

 

俺の気迫に、ルドルフはびっくりして目を丸くし、

お婆様は、満足げに笑う。

 

この日から、出口の見えない試行錯誤が始まった。

 

 

 

 

 

とはいえ、やはり、そう簡単に見つかるわけもなく。

 

「……っふぎゃ!」

 

「リアン!」

 

変な走り方をして転んでしまい、ルドルフがすっ飛んでくることも。

うぅ、ぺっぺっ、ウッドチップの木片が口に入ってしまった。

 

「大丈夫か!?」

 

「いたた……うん、平気」

 

ルドルフに手を引かれ、立ち上がって汚れを払う。

 

こいつの過保護も大概だ。

俺なんかに構っている暇などなかろうに。

 

「ルドルフ、私のことはいいから、自分のトレーニングして」

 

「しかし……」

 

「課題、渡されてるんでしょ?」

 

「……ああ」

 

チーム所属のルドルフは、夏休み中のメニューを、

彼女のトレーナーから課されている。

 

本来なら他人の世話をしている余裕などないはずで、

俺も、彼女の足を引っ張りたくはない。

 

「お願い」

 

「……わかった」

 

だから、断ったら怒るという空気で、言った。

 

「くれぐれも、無茶はしないでくれよ」

 

「うん」

 

若干、ためらうようなしぐさを見せたルドルフだったが、

迷いを振り切るように承諾し、自分のメニューへと戻っていった。

 

心配してくれるのはうれしいが、正直過剰だから。

 

それもこれも俺が弱いがため。

彼女に余計な心労をかけないためにも、

ここでしっかりと、自分の走りとやらを身に付けなければ。

 

「よし」

 

決意も新たに、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメだ」

 

あれから1週間。

 

トレーニングでくたくたになった体を、

あてがわれた部屋のベッドへ倒れこませる。

 

一向に上手くいっている気がしない。

そもそもの正解が分からないんだから、暗闇の中を行くようなものだけどさ。

 

あまりの入れ込みように、ルドルフから、

明日はトレーニング禁止令が出されてしまった。

 

心身ともに疲れているのは事実だし、このままだと二の舞を演じかねないから、

言われたとおりに明日は1日休養しようと思う。

 

走らなくていいというのは、残念に思うのと同時に、なんだかホッとする。

そんなことを感じていたら、急速に眠くなってきた。

 

「おやすみぃ……」

 

寝入る直前、そんなことを呟いた気がしたが、定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日。

 

「え、並走?」

 

「ああ」

 

ルドルフから、トレーニングパートナーに指名された。

 

なんでも、メニューの中に並走して調子を整えるものがあるんだそうだ。

他に相手もいないし、ぜひに、ということである。

 

「私でよければ。でも、相手にならないんじゃないかな」

 

「勝負するわけじゃないよ。あくまでトレーニングだ」

 

「じゃあ、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

というわけで、今日は並走です。

ウッドチップコース、7F合わせウマ。

 

……スタート。

 

最初こそ並走できていたが、徐々に離され、2バ身ほどの差がついてしまう。

これでもルドルフにかなり気を遣われての格好だ。

彼女が本気で走ったら、この程度の差では済まないだろう。

 

はは、これじゃ並走じゃなくて、ただ先導されてるだけだな……

 

走っている最中だというのに、自嘲気味に笑ってしまう俺。

惨めと言うほかはない。他にいないとはいえ、なんだってこんな提案をするかな?

 

また逆恨み的な発想が出てきてしまう。

 

「………」

 

「っ……」

 

恨めしく思いながらルドルフのほうを見ると、

彼女も横目でこちらを窺っていることに気が付いた。

 

ルドルフの目は、強く、こちらに何かを促すようなもので。

まるで、「私についてこい」とでも言いたげな、とても優しげでもあった。

 

……いいよ、わかったよ。

おまえというやつは、どこまでいっても甘ちゃんなやつだ。

 

ここでがんばらなくて、いつがんばる。

親友に追いついて見せなくて、何が男だ(女ですけど)

 

「……っあああああああああ!!!」

 

食らいつこうとして、必死に上体を倒す。

 

加速と言えば前傾姿勢だろ?

常識外? そんなもの気にするな。お婆様も言っていたじゃないか。

 

そうだ、行けぇーっ!!

 

「っ……! リアン……?」

 

「こなくそぉー!」

 

「……ふ」

 

するとゆっくりとではあるが差が詰まり、ゴール直前でルドルフに並んだ。

ようやく並走状態を実現することができて、よくは見えなかったが、

隣のルドルフが微笑みかけてくれたような気がする。

 

「やった………あっ……」

 

「リアンッ!?」

 

だけど、ゴール板を駆け抜けて気が緩んだ瞬間、バランスを崩し派手に転んでしまった。

かなり前傾して走っていたから、ひとつ間違えば自ずとそうなる。

 

二度三度と回転して、ようやく止まった時には、仰向けに大の字で倒れていた。

 

「ああ……空がきれいだ……」

 

自然と、真夏の青い空が目に入ってくる。

夏らしい、もくもくの入道雲も一緒だ。

 

不思議とこの時は、疲れや転んだ痛みなんかより、充足感でいっぱいだった。

転んだの何回目だ? もう覚えてないや。

 

「その様子だと、大丈夫みたいだな?」

 

「うん」

 

気付けば、すぐ脇にルドルフがしゃがみこんでいた。

彼女は、仕方ないなといった様子で苦笑している。

 

「いい勝負だった」

 

「勝負じゃないって言ったじゃん」

 

「そうだな。でも、いい勝負だった」

 

「あっそ」

 

「ああ」

 

その笑みが、満足げなものに変わる。

よかった。こんな俺でも、彼女に一時でも幸福を与えることができたか。

頑張った甲斐があるってもんだ。

 

ああ、本当に、空がきれいだなあ。

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

「か~、染みるぅ~っ……」

 

「我慢してくれ」

 

風呂上がりに、今日の転倒で新しくできてしまった擦り傷に、

ルドルフに消毒液を塗ってもらっている。

風呂でもあちこち染みてしまって大変なんだよ……

 

お婆様に指摘されて以来、毎日の日課のようになってしまった光景だ。

 

「今日の走りは良かったぞ。

 あれを末脚として安定して発揮できれば、勝負になる」

 

「あの一瞬だけじゃなあ……」

 

一瞬だけ鋭い末脚を出せたとしても、使いどころが難しい。

それに、レースは最後の直線だけじゃないんだ。

 

少なくとも、末脚の届く範囲にいないといけないじゃないか。

追走すら厳しい俺には難題だな。

 

シンガリから直線だけでの差しきりなんて、

ただでさえそうそうあることじゃないのに。

 

「一瞬じゃない。残り何メートルあったと思ってるんだ?」

 

「え……?」

 

俺はてっきり、残り100とか、長くても200とかの世界だと思ってたんだけど、

どうやら、俺とルドルフの間には、大きな認識の違いがあるらしい。

 

「君が加速を始めた地点が、『6』のハロン棒を通過したあたりだ。

 つまり、君は600メートルのロングスパートをしたんだよ」

 

「……ウソでしょ?」

 

「自分で気づいていなかったのか」

 

消毒の手を止めて、苦笑するルドルフ。

 

「コーナリング中だったのも覚えてないのか?」

 

「……うん」

 

どうやら直線に入るかなり手前から、俺は末脚を繰り出していたらしい。

 

いかん、あのときの俺はルドルフの姿しか見ていなくて、

周りの状況なんかまるで見えていなかった。

そんなに距離が残っていたなんて思ってなかったぞ。

 

もはやスズカさんのお約束と化した感のあるセリフを、

俺が言う羽目になろうとは。

 

「切れ味、持久力ともに、かなりのものだったぞ。

 思わず私も、負けまいとして力が入ってしまったくらいだ。

 それでも追いついてきたんだから、一級品の末脚じゃないか」

 

「……」

 

「私がデビュー戦で戦った相手も、失礼だがあれほどじゃなかったな」

 

「……本当に?」

 

「嘘をついてどうする」

 

「……」

 

「アレが君本来の、ウマ娘としての走り方なんじゃないか?」

 

「そ、そうなのかな……」

 

「私はそう思う」

 

「………」

 

「良かったな、リアン」

 

「……うん」

 

いまだ、実感は湧いてこないけど……

ルドルフほどのウマ娘が言うんだから、そうなんだろう。

 

偶然とはいえ、必死なあまり、実現できてしまったと?

 

「………」

 

「顔がにやけているぞ」

 

「に、にやけてない」

 

「ふふ」

 

「はは」

 

ルドルフが笑っている。

俺も、おそらくは笑っている。

 

 

 

暗闇しか見えなかった未来に、一筋の、いや、

大きな光明が差した出来事だった。

 

 

 

 




ゆで理論リスペクト


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第13話 孤児ウマ娘、夏を超えて

 

8月29日。

明日、学園に帰るので、実質シンボリ家での最終日。

 

今日は、シンボリ家でのトレーニングの集大成として、

再びタイム計測をする予定だ。

 

さて、どれくらいタイムを縮められるかな?

 

タイム短縮のカギは、先日発見した、俺のウマ娘としての走り方、

例の超前傾走法の完成度合いにかかっている。

 

あれから何度も試してみたが、あのときみたいな感じになることが、

1度もないんだよね……

 

それでもアベレージ的なスピードは上がっている気はするけど、

ルドルフに追いついたあの感触は、ついにこのトレーニング中には現れてくれなかった。

 

あれが完成形ではないだろうし、今後、

必ず発現できるように完成度を高めていかねばならない。

 

「では行くぞ。用意はいいか?」

 

「いつでも」

 

ストップウォッチを手に、ルドルフが聞いてくる。

もちろん準備は整っているので、頷きを返した。

 

「位置について、よーい」

 

「……」

 

「……どん」

 

「っ!」

 

ルドルフの合図でスタートした。

 

この前と同じ、芝5Fの単走追切。

序盤はゆっくり入って、勝負所、そう、

残り600の地点でブースター点火、例の走り方に移行する。

 

スムーズに移れればいいが……

 

下手を打つと、絶対に前へとつんのめってしまう。

ここ数日は転ぶこともなくなってきたが、それでも怖さはある。

スピードの追及は、恐怖心との戦いでもあるのだ。

 

そうこうしているうちにコーナーへ差し掛かり、

内側へ身体を倒して抜けていく。

 

『6』のハロン棒が近づいてきた。

 

ウマ娘が出せる速度は、時速60キロ以上だという。

瞬間的には70キロを超えるとも。

まさに車に乗っているのと変わらない感覚。

 

実際に60キロを生身で感じるとしたら、やはり

スピード感よりも恐怖が先に来るかもしれない。

 

だが、そこはやはりウマ娘。

恐怖よりも疾走感、そして、楽しさが前面に押し出てくる。

 

残り600を通過。

 

……よし!

 

「っしゃああああああ!」

 

上体を思い切り前に倒し、イメージするのは超加速する自分。

目に入ってくるものが、スローモーションになる……

 

 

 

 

 

「……はあ……はあ……」

 

ゴール後、両手を膝について、肩で大きく呼吸。

 

出し切った。アレが発揮できたのかどうかは正直微妙だが、

今の自分が持っているものは全部出せた気がする。

 

「リアン!」

 

小走りに駆け寄ってくるルドルフ。

 

「……結果は?」

 

どうにか息を整えつつ、ルドルフに尋ねた。

 

まだ回復しきらず、顔を上げられない。

よって、彼女の表情を確かめられないので、

言葉にしてくれるまでわからなかった。

 

「やったな、68秒だ」

 

「ろくじゅうはち……」

 

「この短期間で3秒も縮まったぞ。やるじゃないか」

 

「……そう、なのかな」

 

数字だけ聞くと、あんまり成果を上げたとは思えない。

だが、ルドルフの声は明るかった。

 

実際問題、どうなのかな?

 

改めて考えて、レースでの3秒となると、かなり大きく思える。

リアル競馬なら、1秒差で6馬身とかだったような気がするから、

3秒なら18馬身差、距離にすると40m以上だ。

 

そう言われると大きいな、うん、おっきい。

 

もし、あの選抜レース時にこの走りが出来ていたとしたら、

掲示板に載るぐらいまでは行けただろうか?

 

……やめよう。

タラレバの話をしてもしょうがない。

あのときはあのとき、今は今だ。

 

何はともあれ、1ヶ月前の自分よりは確実に速くなっているのだ。

素直に喜ぼうじゃないか。

成果が何もないよりは、遥かにマシなのだから。

 

「成長を実感できたか?」

 

「……うん」

 

たぶん今の俺の顔は、自分で想像している以上に、にやけているんだと思う。

ルドルフもわかってるんだと思うけど、茶化したりはしてこない。感謝。

 

「次は私だ。今日は本気で行くぞ」

 

「ほどほどにね」

 

そんな俺に触発されたのか、一転して真剣モードに突入の皇帝陛下。

もちろん、俺の言葉は聞き入れてもらえなかった。

 

 

 

「60秒って……」

 

本物のレースペースと変わらんやんけ!

ええい、シンボリの皇帝陛下はバケモノか!

 

……バケモノだったわ(滝汗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寂しくなるわねぇ」

 

シンボリ家を離れる朝。

見送りに出てきてくれたお母様が、名残惜しそうに言った。

 

「おいおい。何も今生の別れというわけじゃないんだぞ」

 

「そうですけど……」

 

お父様にそう言われても落ち着かないのか、

ふらふらと視線を彷徨わせたのち、ついには目元を覆って俯いてしまった。

 

おいおいおい、そこまでなんですかい。

そこまでされると、うれしいを通り越して引きますぜ。

 

本当に、俺の何が、この人たちの琴線に触れたんだろうなあ。

 

なんか実の娘であるルドルフよりも、総じて扱いが良い気がするんですけど?

あの、ルドルフさん、気を悪くしないでくださいね?

 

横目でチラリと確かめた限りでは、気分を害してはいないようで安心した。

 

「リアンさん!」

 

「は、はい」

 

と、不意に顔を上げたお母様。

涙目で俺を見つめ、両手で俺の手を取った。

 

「またいつでも来てね。待ってるから」

 

「はい」

 

「遠慮はなしよ。ここはもう、あなたの“家”なんだから」

 

「………」

 

今世の俺に対するクリティカルヒット。

どうやらその手の類の言葉には、抵抗力がマイナスのようである。

 

ついこの間、同じようなことを院長に言われたばかりだというのに、

瞬く間に込み上げてくる何かをこらえきれない。

 

「……ふえっ」

 

「あ、あらあら」

 

これには逆にお母様のほうが面食らってしまったらしく、

一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに正面から抱き締めてくれた。

 

「仕方のない子ね。よしよし」

 

「っ……」

 

ぐずる俺を、やさしく慰めてくれるお母様。

自分で言うのもなんだが、そんな様子は、本当の母親みたいで。

 

誤解のないように言っておくが、家庭の愛に飢えているというわけではないよ?

確かに今世では親のいない子だけど、前世ではきちんと両親おりました。

 

虐待されたとかネグレクトされたというわけでもない。

普通に愛されて育ったんです、はい。

それがどうしてこんな……ぐすっ……

 

ロリ化した精神のせいだな。きっとそうだ。

 

「すいません、お手数おかけしました……」

 

「いいのいいの」

 

数分後、落ち着いた俺は、お母様にペコペコ頭を下げている。

 

恥ずかしくて死にそう……

ルドルフとお父様の生暖かい視線も、傍から見るには良い画なのかもしれんが、

当事者になってみると耐えられないくらいだ。

 

今の学園にスーパークリークがいなくてよかった。

真っ先に目をつけられて、甘やかされ放題だっただろう。

 

「甘えてくれたほうが嬉しいわ。おかわりする?」

 

「いえ、もう、大丈夫です……」

 

「ふふふ、残念」

 

友達の母親に甘やかされるって、どういう状況だよ。

 

本当にもう、勘弁してください。

服の袖で涙をぬぐって、綺麗さっぱり忘れたい。

 

「あなたにはまた会いたいわね。いえ、会える気がする」

 

おや、いつのまにか1人増えてる。

 

「スピードシンボリさん」

 

「スーちゃん」

 

「え?」

 

「スーちゃん、って呼んでって言ったわよね?」

 

「……」

 

気付かぬ間にやってきていたスピードシンボリさんは、

俺の言葉に、口を尖らせながら言う。

 

あれ、本気だったんかい。

 

「ほら、呼んでみて」

 

「ええ……?」

 

よ、呼ばなきゃダメ?

だから人生としても、ウマ娘としても大先輩のあなたを、

そんな呼び方はできませんって。

 

「諦めろ。こうなるとお婆様は頑固だぞ」

 

「ごめんなさいね、聞き分けのない老人で」

 

「そこ、聞こえてるわよ」

 

助けを求めたお二方も、力になってはくれなかった。

しょうがない、あとで怒らないでくださいよ?

 

「す……スーちゃん」

 

「はーい♪」

 

「………」

 

この人は……伝説のウマ娘とは、とても思えんな。

 

威厳も何もあったもんじゃない。

子供のようなはじける笑顔は、とてもかわいらしいけど。

 

「会えそうというか、会うわ。

 都合がつけば、またトレーニング見てあげられるし」

 

「え、それは、ぜひお願いします」

 

「了解よ。じゃ、あなたの番号教えてくれる?」

 

というわけで、スーちゃん(もう諦めた)と連絡先を交換。

このひとの眼力は確かだし、また何か重大なアドバイスをくれるかも。

 

期待してないと言ったら大ウソになる。

 

「それじゃ、失礼します」

 

挨拶もそこそこに、車へ乗り込んだ。

もちろん例のリムジンですよ。

 

「ルドルフ」

 

「はい」

 

俺の後から乗り込もうとしたルドルフに、お母様から声がかかった。

 

振り返るルドルフ。

2人の視線が、しばし交わった。

 

「しっかりね」

 

「わかってます。シンボリの名に恥じぬ走りをお約束します」

 

「ええ、がんばって」

 

ルドルフの言葉に、お母様は少しだけ寂しそうな表情を見せたが、

すぐに持ち直して激励した。

 

名門の親子というのも複雑だよね。

 

お母様のほうも、本当はもっと世話を焼きたいのではないか。

ルドルフはルドルフで、まだまだ甘えたいのではないか。

 

年齢にしては成熟してるっぽいルドルフだから、

そんな様子は微塵も見せないけどね。

お母様もそんな我が子のことがよくわかるから、深入りはしない。

 

……はっ!?

もしかしてお母様、そんな鬱憤を俺で晴らしてらっしゃる?

 

う、う~ん、なんか俺としても複雑な気持ちになってきたぞ。

まあお互いそれで上手く行くのなら、それでいいか。

 

「気を付けていってらっしゃい」

 

「「いってきます」」

 

俺とルドルフ2人して、お決まりのセリフを口にして。

 

そんなわけで、俺たちはシンボリ家を後にし、

トレセン学園への帰路へと着いたのだった。

 

 

 

 

余談だが、その日の夜に、いきなりスーちゃんから電話が来たので驚いてしまった。

要件は、『今度の週末どう?』ということである。

 

無論、トレーニングのお誘いだ。

一杯やらない?みたいな軽いノリで言われたので、さらにビックリ。

 

いやさあ、誘ってもらえるのはうれしんだけど、突然過ぎない?

それに、今度の週末ってんなら、別れる前にも誘えたでしょ?

 

はあ~っ、何と言いますか。

 

やっぱり伝説というからには、一癖も二癖もあるんだな。

勉強になりました。

 

 

 

 




仮想固有スキル

『Liens familiaux』
残り600m地点で発動
超前傾走法によって加速力と速度が上がる



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第14話 孤児ウマ娘、秋の日々

 

 

 

10月になった。

暑さももうすっかり身を潜めてきた頃。

 

天高く馬肥ゆる秋、とはよく言ったもので、

空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。

 

そうそう、聞いてくれよ。

 

ここにきて俺にもそんな効果が出たのか、

体重がようやっと1キロ増えたんだ。

 

たったの1キロだけど、減るのがもっぱらだったので、

安定して増量したのはいつ以来だろうかと、ちょっと感動した。

数日続けてその数字だったから、一時的というわけではないのは確認済み。

 

いや、気候のせいというより、ようやく食事面の効果が出始めたのかな?

 

リハビリ中に研究所で教えてもらった食事療法から始まって、

シンボリ家にお邪魔したときは、お抱えの栄養士さんが監修しているという

メニューを出されているし、栄養面での改善が始まってくれたか?

 

量に関しても、少しずつではあるが、食べられるようになってきた。

それでもやっと、ウマ娘の標準の半分といったところか。

 

でも、身長のほうは相変わらず伸びないけどね……

もしやこのまま伸びないのでは、という懸念が最近増している。

 

本格化は……俺の本格化はまだか!?

 

「リアン」

 

内心で葛藤していると、ルドルフから声がかかった。

 

おや、おかえり。

チームに所属してない俺のほうが、帰りはたいてい早い。

なので、こうしてお迎えするのがもっぱらである。

 

「私の2戦目が決まったぞ」

 

開口一番、ドヤ顔で報告してくるルドルフ。

 

夏のローカル開催で2戦目を使わず、じっくり調整していた彼女。

アプリのシナリオと同様だ。

 

「東京のサウジアラビアロイヤルカップだ」

 

「それって、重賞だよね?」

 

「ああ、G3だな」

 

「いきなり重賞か~」

 

もちろん知ってましたけどね。

そこは初めて聞かされたふりをしておきます。

 

史実のルドルフも、夏の2歳ステークスには目もくれず、

このレースの前身であるいちょう特別を使ってるんだよね。

で、今度はマイルで2400の競馬をしてくれって云われたんだっけ?

 

皇帝にまつわる有名なエピソードのひとつだな。

 

「さすが期待のホープは違うねぇ。

 ここを勝って、12月の朝日杯に挑むって寸法ですな?」

 

「朝日杯は使わないぞ」

 

はい、これも知ってました。

なぜかって? 史実でもアプリでも走らないからね。

無論ゲーム上では、任意で出走は可能だけど。

 

「ちなみに、ジュベナイルにもホープフルにも行かない」

 

「どうして? もったいない」

 

年末に最近できた、中距離の2歳王者決定戦にも出ないという。

こっちも半ば予想出来ていたが、当然の反応を装って聞いてみる。

 

「来年のクラシックを見据えて、そのほうがいいという結論になったんだ。

 今はまだレースよりも、鍛錬と調整に時間をかけたほうがいい、とな」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

正直な話、マイル戦にルドルフを使うのはお勧めできない。

 

継承でマイル適性を上げてやれば解決するんだが、

それができなかった当時は、毎回のように

無敗の三冠を達成させてやれなくて、投げかけたよ。

 

適性上げないと普通に負けるからな、あれ。

Bならともかく、C以下のレースが目標に入っているのは、なかなかの鬼畜仕様だと思う。

 

「だから3戦目は、来春の弥生賞になると思う」

 

「皐月賞のトライアルだね」

 

「ああ。万全な態勢でクラシックに挑むつもりだ」

 

自信たっぷりな顔で頷くルドルフ。

まあ俺も負けるとは思いませんわ。

 

弥生賞では史実通りに、ライバルのビゼンニシキと

初対決ということになるのかな? 楽しみだね。

 

ビゼンニシキちゃんは相変わらず、誰ともつるまずに一匹狼を貫いている。

かわいいんだけど、ちょっと性格に難ありだなあ。

 

「がんばってね。……っと、ごめん、着信だ」

 

「ああ」

 

ここで、俺の携帯が着信音を奏でた。

 

アプリの音で予想できるが、案の定である。

だが、内容はいつもの予想と違った。

 

「誰からだ、と聞いてもいいかな? 予想はついているが」

 

「うん。スーちゃん」

 

「……やはりか」

 

俺がそう言うと、ルドルフは苦笑を浮かべる。

なぜかって? 内容まで彼女も知っているからだよ。

 

スーちゃんからの連絡以外に、俺の携帯が鳴ることなんてないからね。

ほかにあるとすれば、目の前の皇帝陛下からの直電くらいだし。

 

「今週末は急用が入ったから、なしだって」

 

「あの人もいろいろと忙しい人だからな」

 

あの夏の一件以来、俺の面倒を見てくれるようになったスピードシンボリさん、

改めスーちゃん。なお愛称に関してはとっくに諦めた。

 

ルドルフが言っているように、これまで毎週のように練習を見てくれていた。

 

それはシンボリ家のトラックだったり、別の運動公園だったり、

はたまた彼女自身がトレセン学園に出向いてくれたりして、

場所は一定しなかったが、会わない週はなかったくらいだ。

 

シンボリ家だった場合は、金曜の終業後にお迎えの車が来てシンボリ家に向かい、

お泊りで土日練習して、日曜の夕方に学園へ帰るというミニ合宿状態。

 

ルドルフのご両親も喜んでくれたし、俺も良い環境で練習出来て素晴らしかった。

が、今週末はその恩恵に預かれないようだ。

 

「日本にいることのほうが珍しかったくらいだ」

 

「へえ」

 

「それほど、君に入れ込んでいるということだな」

 

「……プレッシャーかけないでくれる?」

 

「すまない」

 

またおまえは、そういう爆弾を平然と投げてくるんじゃない。

しかも笑いながら言うとか、大概だぞ。

 

だから俺は単なるモブの1人に過ぎないというのに、

誰もかれも過剰な期待をかけやがって……

 

後で吠え面かくなよ!(もちろん大負けするという意味で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はルドルフの2戦目、サウジアラビアロイヤルカップの日。

東京レース場へ応援に来ている。

 

こっちの世界で競馬場、もとい、レース場へ来るのはこれが初めてだ。

 

とはいえ、チーム関係者でもない限りは、

施設内部への立ち入りはできないので、一般客に交じっての観戦だ。

 

さてこちらのルドルフは、マイルでの走りはどうかな?

ゲームのクソ仕様ならともかく、実際に走って負けるのは万にひとつもなさそう。

 

ってそんなこと言ってて、秋の天皇賞では伏兵に差されちゃったんですけどね。

でも現段階ではそんなこともあるまい。

 

2枠4番シンボリルドルフ、当然の1番人気。

 

発走時刻になり、各ウマ娘が続々とゲートイン。

ルドルフもゆっくりと入り、各バ揃ったスタート。

 

ルドルフはすんなり先団につけると、

4コーナーを回ったところで徐々に進出を開始。

 

残り100の地点であっけなく先頭を捉え、

そのまま1と4分の3バ身をつけて勝利した。

 

 

 

シービーのような派手さ豪快さはないが、

ルドルフの横綱相撲みたいな手堅い勝ち方も、俺は好きだよ。

 

たとえ世間が敵に回ろうとも、俺はおまえの味方だからな。

 

重賞を勝ち、ウイニングライブで歌って踊るルドルフを見ながら、

俺はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第44回菊花賞が、まもなく発走を迎える。

 

今年の注目は、なんといっても春に二冠を制したミスターシービーが、

シンザン以来19年ぶり、史上3人目の三冠の栄誉を手にするか、に尽きる。

 

シービー自身の端正な容姿と、派手な勝ち方から相当な人気もあって、

世間には大々的な報じられ方をしていた。

 

史実でのこのころの様子はわからないが、

ウマ娘のレースに熱狂する人々というのは、

前世での世界とは違うんだということを実感させてくれる。

 

さて、人気なのはトレセン学園内でも同様で、

テレビの前には大勢の生徒及び関係者たちでごった返している。

 

ルドルフと一緒に見にやってきたまでは良かったが、

これじゃ見るに見れないね~と、どこか別の場所か

スマホのストリーミングにしようかと思っていたら

 

「あら、ルドルフじゃない」

 

「マルゼンスキーか」

 

なんと集団の中から、マルゼン姉さんがひょっこりと顔を出した。

2人は顔見知りのようで、気さくに言葉を交わす。

 

マルゼンのほうが年上のはずなんだが、タメ口なんだよな。

まあこのあたり、公式で学年とかの概念が発表されているわけではないので、

とやかく言うほうが野暮ってもんだろう。

 

「菊花賞を見に来たんでしょ? こっちにいらっしゃいな」

 

マルゼン姉さんはそう言って、集団の中へと誘う。

 

「ありがたいが待て。この子も一緒にいいか?」

 

「え?」

 

「あら、その子は?」

 

そう言って俺の肩に手を置くルドルフ。

姉さんの視線が俺へ向く。

 

「友人でルームメイトのファミーユリアンだ。

 リアン、こちらはマルゼンスキー。名前くらいは聞いたことあるんじゃないか」

 

「あ、うん」

 

そりゃあもうよ~くご存じですよ。

 

抜群の能力を持ちながら、当時の規定でクラシックに出走できなかった、

悲運のスーパーカー、マルゼンスキー。

 

ダービーの時に、主戦騎手が『大外枠でいい、賞金もいらない、

他馬の邪魔もしないから出させてくれ』って懇願した話は有名だな。

 

有馬記念でTTGとの対決が実現していたら、どうなっていただろうか。

 

「はーい、マルゼンスキーよ。えーと、ファミーユリアンちゃん?」

 

「リアンでいいですよ」

 

「じゃあリアンちゃん。よろしくね~」

 

俺にもフレンドリーに接してくれるマルゼン姉さん。

思わぬところで超大物と知り合ってしまった。

 

「ふたり一緒にいらっしゃい。特等席よ」

 

そう言うマルゼン姉さんが示したのは、テレビの真ん前の席だった。

すでに彼女の威光は轟いているらしく、周りが察して場所を空けたのだ。

 

え、えーと、いいのかな、これ?

 

もう来年のクラシック最有力として名高いルドルフはともかく、

俺なんかが姉さんの威を借りるような真似して、妬まれやしないか?

 

「行こう、リアン」

 

「う、うん」

 

ルドルフに促され、ビクビクしながら、姉さんの示してくれた席へ。

周囲の視線が気になる。うぅ、居心地悪いなあ。

 

『第44回菊花賞、発走です。さあゲートが開いた』

 

そうこうしているうちに、レースが始まった。

 

1000m通過が59から60秒という、長距離にしては早めのペースの中、

シービーは定位置とも言える最後方につける。

 

昔から何回も見たなあ、このレース。

だってすげえんだもん。

 

淀の坂はゆっくり上って、ゆっくり下る。

このセオリーを二重に破って勝っちまうんだからさ。

それも長距離戦で、しかも三冠がかかったレースってのもまたすごい。

 

向こう正面へ出て、シービーはまだシンガリ。

 

『坂の上りでシービー行った!』

 

そう、ここからだ。

どんだけのロングスパートだと。

 

俺の例の走法なんて、比べるのもおこがましい。

ライスシャワーの2回目の春天のロングスパートも見事だったが、

シービーほどのインパクトはないと思う。

 

『これが三冠街道か、ミスターシービー』

 

大歓声が上がる。

 

それはそうだ。目の前でこんなレース見せられたら、

俺でも絶叫する自信がある。

 

4コーナーではすでに先頭。

 

『大地が弾んでミスターシービー!』

 

『史上に残る三冠の脚! 史上に残るこれが三冠の脚だっ!』

 

『19年ぶりの三冠! ダービーに続いてものすごいレースをしました!』

 

結果は、史実通りにシービーが制し、クラシック三冠を達成。

史上3人目となる三冠ウマ娘の称号を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

ううわああああっ――ッ!!!

 

 

 

 

 

こちらでも一瞬だけ静まり返った後、

大歓声やら拍手やらで、鼓膜が破れるかと思ったくらいだ。

 

来年、ルドルフも同じことをやるのか。

 

「………」

 

当の本人は、食い入るようにテレビを見つめて無言。

だが手元を見てみると、彼女の手は、固く握りしめられている。

 

どうしても意識せざるを得ないだろう。

今の彼女の胸中や、いかに?

 

 

 

 



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第15話 孤児ウマ娘、冬から春の様子

 

 

 

季節は秋が終わり、冬になった。

年末と言えば、レース界も毎年恒例の総決算を迎える。

 

まずは、阪神ジュベナイルフィリーズの結果から。

こちらは、史実で桜花賞馬のダイアナソロンが制し、世代最初のG1バになった。

史実ではまだ牡馬が出られた時代だから、参考にはならない。

 

続いて、ルドルフが不在の朝日杯とホープフル。

 

朝日杯は史実通りにハーディービジョンが勝利。

こっちも史実にはないホープフルステークスは、皇帝のライバル・ビゼンニシキが圧勝した。

 

原作では手の届かなかったG1の勲章を手にした彼女は、何を思う?

もう少し、周りと交流してくれてもいいんじゃないかな。

 

勝ちウマ娘インタビューでも、相槌くらいしか喋らなくて、

インタビュアーさん困ってたよ。

ウイニングライブでは見事なダンスを披露してたけど。

 

シービーが回避した有記念では、シービーと同世代のリードホーユーが戴冠。

2着にも同期のテュデナムキングが突っ込んで、

カツラギエース、ピロウイナーと並び、シービー世代の強さが際立つ結果となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年が明けた。

 

年越しの瞬間は、1人寂しく過ごしてましたよ。

というか、寮の部屋で普通に寝てた。

 

ルドルフ?

あいつは実家に帰ってるよ。

 

え? 俺は呼ばれなかったのかって?

 

もちろん呼ばれた。

でも、今回ばかりは遠慮させてもらった。

 

他の親族とかも全国から集まるらしいし、

スーちゃん合宿のおかげで、結構な頻度でお邪魔してるものだから、

正月くらいは本当の家族で水入らずさせてやりたかった。

 

たいそう不満そうな顔してたけど、そう伝えたらわかってくれたのか、

最後は笑って頷いてくれた。

 

とか思っていたんだけど、連日のようにアプリに連絡が届く届く。

ルドルフ自身だけではなく、お父様やお母様、

果てはスーちゃんを含んだ全員で写した記念写真みたいなのまで送ってくる始末。

 

冬休みの課題を早めに済まそうと思って机に向かってたんだけど、

数時間おき、早いと10分おきとかに携帯が鳴るものだから、

集中なんてできたものじゃなかったよ。まったくもう。

 

しまいにゃ電源切った。

 

で、新学期。

重要なのは、ここでクラス替えが行われたことだ。

 

これは所謂『クラシック登録』に関係することで、

トレセン学園のクラスには、A組、B組、C組の3つが存在している。

 

その中のC組に所属している生徒だけが、クラシック競争に出走できる関係で、

クラシック級に上がったところで、改めてクラス分けが行われるというわけだ。

 

ルドルフをはじめとして、現時点でオープンバになっている面々は、C組。

俺なんかの未デビュー、未勝利の連中は、A組。

他のメンツはB組といったようになる。

以後、オープンに上がった段階で、C組に転籍となるシステム。

 

よって、ルドルフと俺は、クラスが別々になってしまった。

これにも彼女は残念がっていたが、致し方ない。

一緒になるには俺がオープンに上がるしかないわけで、現状では不可能である。

 

中には、年明けデビューでクラシックを制した猛者もいることにはいるが、

今の俺にそれを求められても困ってしまう。

 

まあクラスが変わっても、ルームメイトであることは変わらない。

引き続きよろしく頼むよ、親友。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、2月の頭。

俺はもとより、ルドルフですら思いもしなかったニュースが、

唐突に舞い込むことになる。

 

それは、1時間目が終わった後の、休み時間のことだった。

 

「リアンッ!」

 

突然、ルドルフが教室に飛び込んできた。

 

おま、どうした、そんなに血相を変えて。

違うクラスなんだから、一応は遠慮したらどうだ?

 

「これを見ろ!」

 

そう言って、ルドルフから1枚の紙を渡される。

 

「これは?」

 

「いいから読め! それでわかる」

 

「わかったよ」

 

こいつがここまで慌てているというのも珍しい。

いったいなんだというんだ?

 

えー、なになに?

トレセン学園、トレーナー試験新規合格者一覧?

 

ほう? 今年度のトレーナー試験の結果発表か。

こんなものをなぜルドルフが持ってきたのかは不明だが、

読めと言うんだら、中身まで確認しよう。

 

リストに載っている名前を、1人ずつ確認していく。

 

「……ん?」

 

その中に、気になるというか、1人だけ目立つ人物がいることに気づいた。

気づいて、しまった。

 

「ルドルフ、これ……」

 

「偽物だとしたら、我がシンボリ家は、経歴詐称で訴え出ねばならなくなるな。

 むしろ、よくぞ堂々とその名を名乗ったと褒めてやるべきかな?」

 

「……だよねぇ」

 

もう1度、視線を紙に落として確認する。

間違いなく、その名前が記載されていた。

 

「『スピードシンボリ』……」

 

はい、そうです。

スーちゃんこと、伝説のウマ娘スピードシンボリその人の名が、

そこには記されていたのだ。

 

1人だけカタカナの表記なものだから、目立ってしょうがない。

 

「ルドルフは――」

 

「知っていたら、こんなことしていない」

 

「だよねぇ」

 

聞きたかったことを先回りして言われてしまった。

もちろん俺も知らなかったから、2人して苦笑を浮かべる。

 

あの人、家族にも内緒で受験してたのかよ。

勉強しているというのは聞いてたけど、本格的にやってたのか。

 

というか、なんで今なんだ?

トレーナーになるというなら、現役を退いてすぐになりそうなものだが。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

ここで、2時間目が始まるチャイムが鳴ってしまった。

 

「時間か。私は自分の教室に戻る。また後で話そう」

 

「うん」

 

そう言って、戻っていくルドルフを見送る。

 

スーちゃんがトレーナーに……

ということは、当然トレセン学園に常駐することになる。

 

学園内でも指導してもらえるかな?

あわよくば、契約とかしてもらえちゃったり?

 

いや、期待するのはやめておこう。ぬか喜びするのは嫌だからな。

どこかぶっ飛んでるところもある人だから、彼女なりの事情があるのだろう。

 

ああ、でもそうすると、あのミニ合宿はもう終わりか。

トレーナーになったのなら、他の子の面倒を見ている暇なんてないはずだ。

 

合格をお祝いして、快く送り出してあげるのが、俺にできる唯一の……

って、俺なんかが言えたことではないな。

 

スーちゃんのトレーナー人生がうまくいくことを、祈るだけにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手配された会見場は、あらゆるメディアの記者たちでごった返していた。

このあと会見を開く彼女の、往年の、そして現在でも人気が高いことを示している。

 

午後1時、事前に発表された開始の時刻。

 

――ザワザワッ……!

 

記者たちからざわめきが漏れる中、スーツ姿の彼女は時間通りに現れ、

さすが名門出という優雅な動作で歩き、颯爽と用意された席へと着いた。

そして、1度、会見場を広く見渡すような仕草を見せてから、マイクを手にした。

 

それだけで、ざわついていた場内が一瞬で静まり返る。

 

「このたびはお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。

 すでに皆様にお配りした資料にてご存知のことかと思いますが、

 私スピードシンボリは、トレセン学園のトレーナー試験に合格したことを、

 ご報告させていただきます」

 

たくさんのフラッシュがきらめく。

そう、これは彼女の、トレーナー試験合格報告記者会見である。

 

「つきましては、この春からトレーナーに転身することになりますので、

 現役時代を含めまして、たくさんの応援とご愛顧を感謝するとともに、

 これからも引き続き、ご声援を賜りたく存ずるところでございます。

 以上です」

 

「ではこれより、質疑応答に移ります」

 

いったんスピードシンボリがマイクを置き、

司会の手によって、質疑応答の時間へと移された。

 

「スピードシンボリさん! どうして今なんでしょうか?

 現役を引退してすぐにトレーナーを目指さなかった理由は?」

 

「端的に申しまして、当時はそれほど意欲がなかったからです。

 時がたち、年を取ったことによって、広がる世界もある。

 そういうことです」

 

「どういうトレーナーを目指しますか?」

 

「担当と二人三脚で歩めるトレーナーです。

 まあこの通り私は老いぼれですので、

 文字通り並走しろとか言われても困ってしまいますけど」

 

「シンボリ家といえば、現在、お孫さんがトレセン学園に在学中ですね。

 成績も良好ですでに重賞で勝利しています。

 今後、お孫さんを担当するということはありますか?」

 

「彼女には彼女のトレーナーが付いています。

 私からとやかく言うつもりはありませんし、できません」

 

「すいません、先ほどの質問に関することなのですが、

 先ほど仰った、広がった世界について、もう少し詳しくお願いできませんか」

 

ここまで淡々と、ときには笑いを誘いつつ答えていたスピードシンボリだが、

この質問には、答えを出すのに少し時間を要した。

 

「あの、答えにくければ……」

 

「いえ、そうですね」

 

空気を読んだ記者のほうが質問を取り下げかけるが、

スピードシンボリは軽く手を上げてそれを制する。

 

「率直に申し上げれば、そばで見てあげたい、

 共に頂点を目指したいと思える子ができた、ということです」

 

おおっ、歓声が上がる。

彼女ほどの人物が、それほど言う相手とは誰なのか。

 

「それは、お孫さんではないのですか?」

 

「違います。彼女はとても優秀ですので、

 わざわざ私が出ていかなくても大丈夫でしょう」

 

「すでにトレセン学園に在学中の生徒ですか? それとも別の?」

 

「前にトレーニング教室を開いていましたよね。

 そのときに見ていた子でしょうか?」

 

「申し訳ありませんが、相手方のプライベートにも関わりますので、

 ここでお答えすることは控えさせていただきます」

 

相手の正体については、毅然と情報提供を拒否する。

自分のことだけではないので、当然の反応だった。

 

「では相手の子は、承知済みということですね?」

 

「いえ、これは私が勝手に思っていることですので、

 現時点では彼女とは関係のないことです」

 

「その子とは別の子を担当することもある、と?」

 

「可能性の否定はしません。状況次第ですね」

 

ヒートアップした記者たちの質問はその後も続き、

スピードシンボリは怯むことなく、ひとつひとつに丁寧に答えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みのカフェテリア。

設置されているテレビにて、スーちゃんの記者会見が生中継されている。

 

当然、彼女の存在を知らないウマ娘はなく、

今ここで食事をとっている子たち全員の視線が、テレビに釘付けだった。

 

それは、俺とルドルフも例外ではなく……

 

「リアン、言われているぞ。良かったな」

 

笑みを浮かべながら、小声で言うルドルフ。

 

いや……待って。

確かに言葉の取りようでは、俺のためにトレーナーになった、

と聴き取れなくもない。ないけどさ!

 

「私とは、限らない、でしょ?」

 

周りを気にしつつ、動揺も隠し切れない中で、

ルドルフに顔を寄せて、俺も小声で言った。

 

「君以外にいるか」

 

ルドルフにしては珍しく、茶化すような視線と口調だ。

 

「確かにお婆様は他の子を見ていたこともあるが、

 最近では君だけだ。しかも、毎週のように呼び出すくらい熱心に、だ」

 

「……」

 

「孫の私が言うんだ、保証する」

 

「………」

 

はっきり言おう、そんな保証は要らん。

 

でも、まあ……あれほどの人に認められたというなら、悪い気はしない。

トレーナー問題も解決しそうで大歓迎。

 

しかし……

 

肝心の、俺のほうの実力が伴わないのではなあ。

俺だけが非難されるならまだしも、矛先がスーちゃんに向くこともあるだろうしさあ。

 

伝説のウマ娘がトレーナーになって最初に担当する子が、

鳴かず飛ばずで未勝利に終わりました、なんてことになったらもう……

 

うぅ、想像したくもない。

なんか、プレッシャーが大きくなっただけの気がする……

 

本当に、シンボリ家の人たちって、俺に対する特効持ってるんじゃない?

こうもピンポイントに、的確に突いてくるなんてさあ。

 

「おめでとう、リアン」

 

「早すぎる」

 

「そうだな。前祝いということにしておいてくれ」

 

「……」

 

まだスーちゃんの言っている子というのが、俺だと確定したわけじゃないし。

学園でも俺のことをスカウトしてくれるのかはわからないし。

 

ルドルフの言動にはとりあえず目をつむるとして、

何はともあれ、スーちゃんに連絡はしておこう。

 

「なんて送るんだ?」

 

「とりまお祝いと、隠してて騙し討ちされたって愚痴と、

 今後について話したいから落ち着いたら連絡してほしいってこと」

 

携帯を取り出してアプリを開き、文字を打ち始めると、

ルドルフがおもしろそうに聞いてくる。

 

「ほどほどにな」

 

そう言うルドルフは、本当にうれしそうだった。

 

 

 

 



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第16話 孤児ウマ娘、弥生賞を観戦する

 

 

 

スーちゃんの言い分は、以下のとおりである。

 

 

・合否が不明だし、合格したら伝えようと思っていた

 

・たとえ合格しても、受験した時点ではトレーナーになるとは限らなかった

 

・トレーナーになれたとしても、1年間は見習いで契約はできない

 

・見習いが明け、晴れて正式にトレーナーになれた暁には、

 堂々とスカウトをしに行くつもりだった

 

・隠し立てしていたつもりはない。聞かれなかったから言わなかっただけ

 

 

なんというか、もうね……子供かと。

特に5番目に関しては、100%擁護のしようのない言い訳だ。

家族に対しても内緒だったというんだからな。

 

ホントに、いつの間に受験してたんだよ。

 

ありえなかったと思うけど、たとえば、

隠し通せたままだったとして、その間に俺が他のトレーナーと

契約しちゃってたら、どうするつもりだったんだ?

 

あの会見の後の放課後に電話が来たから、散々愚痴ったあとに

その疑問をぶつけてみたら、

『そのときは、運命だと思ってあきらめるしかないわね~』だって。

 

合格も辞退していただろうって言うんだよ。

どこまで自分勝手なんだと問い詰めたい。実際にしてやったさ。

笑ってごまかされるだけで、まるで応えてなかった様子だけど。

 

……で、俺をスカウトするつもりだっていうのも判明したわけ。

 

1年は待たされるわけだけど、実力も足りてないからちょうどいい。

来年、スーちゃんが正規のトレーナーとして認められて、

俺も相応の力を身につけられていたら、契約を結びましょうってことになった。

 

それも、今のところ他の子を見る予定はないってことみたいなんだよ。

つまり、専属契約ってことだ。

 

モブの身としては、過分すぎる待遇だよな。

 

現状では、俺のほうが追い付けない可能性のほうが大きいので、

より一層精進しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ朝晩は冷え込み、春の到来が待ち遠しい3月初旬。

ルドルフが3戦目を迎えた。

 

報知杯弥生賞。

現実世界の現在はディープインパクト記念という副題になっているこのレース、

言わずと知れた皐月賞のトライアルで、3着以内には優先出走権が与えられる。

 

ここをステップに選んだのは、ルドルフだけではなかった。

 

暮れのホープフルステークスを圧勝したビゼンニシキ。

彼女もまたここを叩き台とし、皐月賞へと向かうローテを組んだ。

 

かくして今年のクラシック戦線は、本番の前に

トップ2と目される大物が直接対決することになり、大いに盛り上がっている。

 

レース前夜、寮の自室にて。

 

「寝なくていいの? 明日レースでしょ」

 

俺はルドルフに、努めて自然体で声をかけた。

 

時刻は22時。

そこまで遅いというわけではないが、早く寝たほうがいいんじゃないか?

 

「……ん、ああ」

 

ルドルフは、机に向かって何かを考えているようだった。

机上には何も出ていないので、イメージトレーニングでもしてたのかな。

俺の声に反応して、顔をこちらに向けた。

 

「もうこんな時間か。気づかなかった」

 

「もしかして、緊張してる?」

 

「そんなことは……ある、かも、しれない」

 

彼女の顔は、驚くことに強張って見えた。

歯切れの悪いところからしてみても、事実のようだ。

 

有力との初対決で、ナイーブになったか?

こいつでも、そんなふうになるんだな。

 

「はは、自分でもわからない。私はどうしてしまったんだ」

 

よく見ると、細かく震えている。

これは重症だ。

 

どうしたものか……

いつもは俺が励まされてばっかりだし、勇気づけて上げられればいいんだが。

 

そうだ。

 

「ルドルフ、こっち向いて」

 

「……? ぁ……」

 

そっとルドルフに近づいて、こちらに振り向いたところを、

彼女の顔を自分の胸に押し付けるようにして抱き締めた。

 

座っている状態で助かった。

立っていたら、身長の関係で、物理的に不可能だったから。

 

「……リアン」

 

「私が泣いたときも、

 ルドルフにこうしてもらって落ち着いたから。どう?」

 

「ああ……」

 

抱き締めたときに小さく声を上げたルドルフ。

抵抗されるかもという予想も少しあったが、彼女は身じろぎひとつせず、

おとなしく抱かれたままになっている。

 

心が不安定なとき、人肌の温かさはよく効く。

経験者が言うんだから間違いない。

 

あ、クッション性には期待しないでくれ。

俺には君たちみたいな()()()ものはついてないんだ。

硬かったらごめんね。

 

「明日は私も応援に行くからね。一般席になっちゃうけど」

 

「十分だ。君が来てくれていると思うだけで心強い」

 

「そこまで言ってもらえれば、応援冥利に尽きるよ。

 月並みなことしか言えないけど、がんばってね。ニシキに負けるな」

 

「ああ、負けないさ」

 

さて、そろそろ落ち着いてきたかな?

離れようかと思い始めたころに

 

「リアン」

 

ルドルフのほうから呼びかけられた。

 

先ほどまでの震え声じゃないから、

落ち着いたとは思うけど、なんだ?

 

「ついでと言っては何だが、ひとつお願いがあるんだ」

 

「強欲なやつめ。はいはいなんですか」

 

「こうして部屋で2人のときだけで構わないから、

 私のことを『ルナ』と呼んでもらえないか」

 

「るな?」

 

「ああ。私の幼名なんだ。

 前髪に三日月形の白い毛があるだろう?」

 

ああ、聞いたことあるな。

元馬の流星が元ネタだっけか。

 

「ウマ娘名が決まるまでは、そう呼ばれていたんだ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「……いいかな?」

 

「いいよ。でも、必ず勝つこと」

 

「ああ、約束する」

 

ルドルフはそう言って、身体を離した。

 

その表情は、精気と覇気に満ちている。

大丈夫そうだな。

 

「じゃあ、1度呼んでもらってもいいかな?」

 

「いま? ……んんっ。ルナ、がんばれ」

 

「今の私にとって、これほどの応援は他にない。

 ああ、明日は絶対に勝ってみせるよ」

 

改めて言うとなると恥ずかしいのだが、期待の眼差しに射抜かれて、諦めて実行。

ルナと呼んであげると、目に見えて耳としっぽが立ち上がり、

頬が紅潮してくるのが見て取れる。

 

逆に掛かりすぎてない?

だ、大丈夫かいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

G2レース、それもクラシック前の一戦としては、

異例の大観客でごった返す中山レース場。

 

どうやら入場制限がかけられるほどだそうで、

俺も入れないのではと焦ったが、トレセン学園の生徒には優先権があるようだ。

制服ということで、学生証を見せたら入れてもらえた。

 

こりゃスーパーG2とか云われることになりそう。

スズカVSエルコンVSグラスの、あの伝説の毎日王冠のように。

 

今日の1番人気はビゼンニシキ。

年末のあの走りを見せられたら、そりゃ人気するよな。

 

一方のルドルフは2番人気に甘んじた。

ニシキに比べると、今のあいつは実績で劣るからな、仕方ない。

 

『………』

 

パドックに出てきたビゼンニシキは、

いつもと変わらぬ無表情のまま、上着を脱いで周りを見渡すと、

何事もなかったかのように戻っていく。

 

ポーズくらい決めて見せろよ。相変わらず愛想ないな。

少しくらいは、ファンの皆さんに応えてあげようと思わないのかね。

1番人気なんだぞ。

 

『っ……』

 

一方のルドルフは、毎度の右腕を突き出した後、

腕組みをするポーズを披露する。

 

うん、大丈夫そうだな。程よく気合が乗っていい感じだ。

 

そうこうしているうちに発走時刻を迎え、各ウマ娘が続々とゲートイン。

特に問題はなく、レースはスタートした。

 

過去と同様にすっと前目につけるルドルフ。

ビゼンニシキは、そんなルドルフをマークするように直後に位置。

1000m通過は61秒から62秒。やや遅めの平均ペース。

 

3コーナーから4コーナーにかけて、徐々にルドルフが進出を開始すると、

同じようにニシキもついていき、直線に向く。

 

中山の直線は短いぞ!

 

思わずそんなフレーズが聞こえてきそうな展開。

 

直線に入ったところで前にいた2人を呆気なくかわし、

先頭に躍り出るルドルフ。ニシキはなおもついていく。

 

残り100。

 

完全に2人が抜け出した。

しかしその2人の間の差は詰まらない。むしろ開く。

 

ゴールしたときには、その差は1バ身4分の3まで開いていた。

初の直接対決は、ルドルフの完勝である。

 

史実での結果を知っていたとはいえ、

実際に観戦するのは、さすがに手に汗握った。

 

気づけば、周りのほかの観客と同じように声を上げ、

ガッツポーズをとっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「G2ウマ娘様のご帰還だ~」

 

「前にも言ったが、小芝居は要らない。普通にしてくれ」

 

部屋に帰ってきたルドルフを、盛大に出迎えた。

俺としては、最大限の敬意を払ったつもりなんだけど、

ご本人様には不評だった。大変不本意である。

 

「クラシック前哨戦を制したご気分はどうですか?」

 

「ん、まあ、あくまで本番は次だ。次も頑張らないとな」

 

「おー、がんばれ」

 

「ああ」

 

ぶっきらぼうな言い方のほうが、今のルドルフには受けがいいらしい。

優しい微笑みを見せてくれた。

 

「ところで、ルドルフ――」

 

「……」

 

「――あら?」

 

と、名前を呼んだところで、上機嫌そうだった表情が一変し、

謎の鉄仮面へと変化してしまった。

 

な、なにその反応。なんで急に不機嫌?

 

「……のか」

 

「え?」

 

「約束を破るのか、リアン」

 

「え、ええと……?」

 

「部屋で2人のときは、ルナと呼んでくれる約束だろう」

 

「あ……あー」

 

そういえば、そんな約束したね。

でも、そんな一瞬で表情変えることないじゃない。

ビックリしちゃったよ。

 

「私は勝ったんだぞ? なのに、なぜだ?」

 

「ご、ごめん、完全に忘れ……もとい。

 勝ったのが嬉しくて浮かれてたんだよ。だから怒らないで……」

 

「……はぁ、もういい」

 

手を合わせて謝ると、ルドルフは大きく息を吐きだした。

表情も、やれやれという感じに変わっている。

 

「私も、君がそういうタイプだということを忘れていたよ」

 

「いや、だからごめんって……」

 

「いきなりだったから戸惑うのも当然だろう。

 そうだろう? ファミーユリアンさん?」

 

「うぅ……あーもー! どうしたら許してくれるの!?」

 

ルドルフの反撃に、俺はもう低頭平身、謝るしかない。

すると、くすっという笑い声が漏れた。

 

「冗談だ。頭を上げてくれ、リアン」

 

おそるおそる頭を上げると、ルドルフはやはり苦笑していた。

 

ど、どこからどこまでが冗談だったんだ?

ホントこのひと、“そうなる”と威圧感すごいから、

冗談が冗談だと取り切れないのよ……

 

「だが、約束のことは本当だぞ。

 ルナと言って祝福してくれるのを期待していたというのに、

 見事に空振りさせられたよ」

 

「う……それはもう、ごめん。

 ついうっかりしちゃって、次からは気を付ける」

 

「無理をする必要はないんだぞ?」

 

「いや、無理じゃないから」

 

「そうか? ならぜひ頼む」

 

「了解」

 

ふう、肝が冷えたぜ。

 

しかしこうなると、室内と外とで、両方気を付けないといけないな。

外でうっかりルナ呼びしないようにしないと。

 

 

 

 

 

入浴後のまったりタイム。

 

お互い寝間着姿でベッドに横になりつつ、

レース中とかレース後の話を一通り聞いた後、

不意に話が途切れた、そんなとき。

 

「リアンは、レースには出ないのか?」

 

ルドルフ、いや、ルナから質問が飛んできた。

 

「レースって、選抜レース?」

 

「ああ」

 

「いやあ、まだ早いんじゃないかなぁ」

 

選抜レースなあ。

毎月やっているのは知っているが、まだその水準に達してないんじゃないか?

下手に出て、またドンケツになるのは嫌だし(本音)。

 

「あの走りができれば、いい線行くんじゃないかと思うぞ」

 

「うーん……出せれば、ね」

 

お恥ずかしい話だが、実のところ、あれをモノにできたとは言い難い。

そう、まだ完成どころか、不発に終わることのほうが多いんだ。

 

出せれば確実にスピードは上がるし、タイムも縮まるんだけど、

出せなかったときのリスクのほうが、残念ながら現状では大きい。

 

あのとき勢いとはいえ、理事長には次のレースでは結果を出すと言ってしまった手前、

少なくとも掲示板くらいには入らないと、示しがつかないのではないか。

 

「一応、レースの出走は任意とはいえ、

 あまり出ないのも印象が悪くなるぞ」

 

「そうだよねぇ」

 

確か、アグネスタキオンのシナリオか何かでそんな話が出るんだっけ?

研究に没頭しすぎてレースに出ず、危うく退学になりかけたって。

 

「来月のレースに出てみてはどうだ?

 新入生も入ってくるから、今の自分の立ち位置がわかるはずだ」

 

「……わかった、出てみる」

 

悩んだ末、出走を決断した。

 

苦汁を飲まされたあのレースからちょうど1年。

スーちゃんと出会い、自分の走りとやらに目覚めかけてから半年。

さすがに1年に1回くらいは出走しないとまずい気がする。

 

ルド……ルナの言うとおり、今の自分の力を計るには良い機会だ。

良い結果が出てくれればいいんだが。

 

「たとえ負けても、成長したことが分かれば、

 ルナの皐月賞にも勢いをつけられるよね?」

 

「ああ、この上ない活力になる」

 

例年通りなら、年度1回目の選抜レースの直後に、皐月賞が来るはずだ。

結果を出して、良い形でルナにバトンタッチしたい。

 

「ふあ……」

 

ここで、ルナが大きなあくびを漏らした。

 

「あ、ごめん。疲れてるよね。今日はもう寝よう?」

 

「ああ、すまないな。そうさせてもらうよ」

 

気が利かなくて申し訳ない。

疲れが残っては大変だ。次こそが大切な大一番だからな。

 

「じゃあ電気消すよ」

 

「ああ、頼む」

 

立ち上がって照明を消し、再びベッドへもぐりこむ。

 

「おやすみ、ルナ」

 

「おやすみ、リアン」

 

お互いに挨拶しあってから、目を閉じる。

今日は良い気分で眠りにつけそうだ。

 

 

 

 



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第17話 孤児ウマ娘、選抜レースにて

新年度の幕開けである。

新入生も入ってきたので、気分も新たに頑張っていきましょうかね。

 

「おい」

 

まあ我々A組の面々にとっては、何も変わり映えしないので、

各々はそれぞれに粛々と己を鍛えるのみ。

 

「おいっ」

 

さて、このあと入学式と入れ替わりで始業式があって、

そのあとは新入生の歓迎セレモニーにも出なきゃいけない。

 

いつも思うが、式典類などはもっと短く、簡素化できないものかね?

けじめは大事だと思うし、なくすなとは言わないけど、

別に大勢1か所に集まる必要なんてないんじゃないかと思う。

 

それこそオンライン開催とかでいいんじゃないかな?

 

「……いい加減にしろ」

 

え? さっきから話しかけてきてるやつがいるだろって?

あーうん、わかってるよ。わざと無視してただけだから安心して。

 

なぜかって?

そりゃあんた、新年度が始まって早々に、

見たくない顔が現れたら誰だってそうなるでしょ?

 

「下手に出てりゃ付け上がりやがって。何様のつもりだ?」

 

「先輩に対して不遜な態度をとっている、そういう君こそ何様だろうね?」

 

「まさか、覚えていないとは言わないよな?」

 

「どちら様だったっけ?」

 

「っ……」

 

「冗談だよ」

 

さすがに覚えてないは禁句だったか。

もともとのつり目がさらに吊り上がって、怒りを露わにしている。

 

ここで怒鳴らないあたり、この半年余りで少しは成長したってことかな?

 

「久しぶり、シリウス」

 

「ふん、最初からそう言えばいいんだ」

 

俺がそう言うと、シリウスシンボリはふっと表情を緩めた。

前言撤回。偉そうなところはちっとも変わってない。

 

「相変わらず、ルドルフの腰巾着してるのか?」

 

「うん、仲良くしてもらってるよ」

 

「ちっ、少しは悪びれろよ。そういう気持ちはないのか?」

 

「この世界、図太いところがないとやっていけなくてね。

 言わなくてもわかってるだろうけどさ」

 

「はっ、余計なお世話だ」

 

笑顔で言ってやったら、気に食わない反応だったらしく、

シリウスは再び顔を歪めた。

 

おーおー、綺麗なお顔が台無しですよ。

そんな難しい顔してたら後輩にも慕われなくなるぞ。気をつけな。

 

「ところで、何か用? 私これから始業式なんだけど」

 

「懐かしい顔を見かけたから声をかけただけだ。他意はない」

 

「あっそ。あんたもオリエンテーションあるでしょ、行かなくてもいいの?」

 

「だるいな。サボるか」

 

おいこら、入学して早々サボるんじゃない。

おまえ個人だけの問題じゃなくて、おまえも『シンボリ』なんだからな。

 

家の評判を落とすようなことだけはしてくれるなよ?

 

「冗談だ。最初くらいはおとなしくしておいてやるよ」

 

わずかでもギョッとしてしまったのが悪かったか、

シリウスはここで初めて満足そうな笑みを見せ、

そう言いながら去っていった。

 

にゃろう……

最後の最後で一杯食わされた。次はこうはいかんぞ。

 

しかし、『懐かしい顔』ねぇ。

あいつなりに、何かしらの感情は持ってくれてるのかねぇ。

面倒くさいだけだが。

 

あ、俺も行かなきゃ。

 

「やあリアン」

 

講堂内部に行くと、俺を見つけたルドルフが歩み寄ってくる。

クラスが別になっちゃったから、こういう行事の際も別行動になっちゃったんだよな。

 

半ば習慣化していたから、寂しいと思わなくもない。

 

「さっきぶりだね」

 

「ああ」

 

こうして顔を合わせるのは、登校したとき以来になる。

言って、1時間くらいしかたってないけどね。

 

「シリウスには会ったか?」

 

「うん、そこで会ったよ」

 

「そうか、会えたか」

 

「あいつがどうかした?」

 

「いやなに」

 

なんだかうれしそうなルドルフ。

あいつのことだから、俺と会う前にルドルフにも会ってたのか?

 

「ほかの子には目もくれず、誰か()()()()()を捜している様子だったからね。

 私とも目は合ったが、すぐに逸らされてしまったよ」

 

「え……」

 

なんだよそれ。

もしかしなくてもあいつ、俺が来るのを待ってたっていうのか?

 

たまたまじゃなかったのかよ。

うわあめんどくさ……

 

「改めて、よろしく頼むよ、リアン」

 

「やだ」

 

「そう言わずに」

 

「やだ」

 

「頼むよ」

 

前と同じく即答する俺。

やさしげな笑みを浮かべて、それでも促してくるルドルフ。

 

しつこいシンボリは嫌われるぞ、ルドルフにシリウス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年度の1回目の選抜レースの日。

 

出走するのは新入生が中心だが、上級生もいないわけじゃない。

今回は俺もそのうちの1人だ。

 

俺が出走するのは、芝の中距離2000m戦。

スプリント戦はあの1戦でほとほと懲りたんで、もう二度と出ない。

頼まれても出てやるもんか。

 

ちょっとでも長いところなら、あれ以上の走りはできるでしょ。

ルドルフと並走できた実力を見せてやる!(競争できた、とは言わない)

 

調整も順調に来ている。

 

トレセン学園に着任したスーちゃんによれば、あの夏よりも

心身ともにひとまわりたくましくなったわねとのことだ。

 

ちなみに、見習いトレーナーと未契約の生徒が直接話すのは

あまりよろしくないとのことで、もっぱらメッセや電話での会話だけどね。

 

彼女の言うとおり、今年度の健康診断で、身長で3センチ、体重で2キロ増えていた。

 

ニシノフラワーちゃんを抜いた!(少なくとも2年超の遅れ)

もちろん小躍りして喜んださ。体重はともかく、身長がうれしい。

早く140センチを越えたいところだ。

 

診断前にそのことを見抜いたスーちゃんの眼力は、さすがの一言である。

それでも平均には遠く及ばないから、まだまだ精進しなければ。

 

スーちゃんといえば、会見で見てあげたい子ができたとバラしたせいで、

その子とは誰だと特定しようという動きが、一部のマスコミで展開された。

 

プライバシーの侵害になること、それにシンボリ家が動いたのかどうかはわからないが、

すぐに下火となって、やがて沈静化した。

 

ホント短期間で収まってくれてよかったよ。

その間は、どこから情報が洩れるかわからないから、

お互い連絡するのも控えましょうってことになってたんでね。

 

なんか芸能人にもでもなったような気分だった。

まあウマ娘自体、アイドルという側面もあるから、間違ってはいないのかな。

 

さて、話を選抜レースに戻そう。

 

ざっとエントリーリストを見てみたところ、

スクラムダイナ、シリウスシンボリ、スダホーク、タカラスチール、

ミホシンザン、サクラユタカオー、エルプス、クシロキングといった面々を確認。

 

俺が知っている名前だとこれくらい。

やはり歴史は繰り返すのか。

 

注目はやはりミホシンザンのようだ。

一般人でも知っているような偉大な五冠バの娘ということで、前評判もかなり高い。

今年の1番バは間違いなくこの子。

 

中距離でかち合わなければいいなと思ってたところ、なんとミホシンザンはマイル戦へ出走。

ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、ある意味、

彼女よりも一緒に走りたくない子と一緒の組に入ってしまった。

 

「胸を借りるよ。なあ先輩殿?」

 

「……よろしく」

 

シリウスシンボリ、である。

一応腐ってもシンボリのご令嬢ということで、2番手グループの評価は受けているようだ。

 

なぜか得意満面の笑顔でそう告げてきたので、

俺は表情に出さないようにそう返すのが精いっぱいだった。

 

よりによって、あいつと一緒か。

なんか嫌な予感がする。変なことが起きなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

出走するレース直前。

 

招集所に向かうときに、遠目だが、トレーナー席から

こちらを眺めていたスーちゃんと目が合った。

 

(いってきます)

 

(ええ、がんばって)

 

サッカー代表もびっくりのアイコンタクトを交わして、いざレースへ。

もらったゼッケンを装着して、心を落ち着――

 

「無様なレースだけはしてくれるなよ」

 

「………」

 

「ちっ、無視かよ」

 

――かせようとしたけど、こいつのせいで無理だった。

集中していると見せかけて、無反応を通す。

 

まったくこいつは、他人様に迷惑かけるのだけはやめんかい。

 

ところで、シリウス以外で一緒に走るメンバーに、クラスメイトがいた。

ニシノライデンちゃんだ。

 

G1こそ取っていないが、そこそこ名の知れた馬だったと思うんだけど、

まだスカウト受けてなかったんだ。意外といえば意外。

晩成馬だったっけ?

 

それはともかく、レースだ。

各バ、順調にゲート入りを済ませ、スタートを待つ。

 

ほんの数秒が、永遠とも思われるくらいに長く、あたりは静寂の世界……

 

 

――ガシャン

 

 

ゲートが開いて、スタート!

 

直後にまず考えたのは、集団についていけるとかということ。

追走できるかどうかで、その後の展開が大きく変わる。

 

ついていけなかったらどうしようかと思ったが、ごく自然に、

大外の枠順だったこともあって、好位の外側に取りつくことができた。

 

体躯の小さい俺が、内側で包まれてしまうと、抜け出すのが非常に困難になってしまう。

枠順を見た時から想像していた、最良のシナリオと言っていい。

 

いける……いけるぞ!

 

最低でも、1年前のレースとは全く違う。

これなら大差負けということもないはずだ。

 

「っ……」

 

夏からのトレーニングが実を結んだということか。

うれしくなって、つい口元が緩んでしまう。

 

「ふふ」

 

「……!」

 

そんな慢心を諫めてくれたのが、真後ろから聞こえてきた不敵な笑い声だ。

おそるおそる、後ろを確認すると、奴がいた。

 

「さあ、ここからどう動くんだ、先輩?」

 

「………」

 

まるで俺をマークするかの如く、シリウスシンボリ。

ゾクリと、殺気のようなものまで感じられる始末である。

 

にゃろう、刺客にでもなったつもりか?

生憎だが、それはおまえに見合った二つ名じゃないんだよ。

毛色も違うんだぜ? 似合わないからやめておけ。

 

「私を楽しませて見せろ!」

 

「……」

 

走りながらなのに、よく口が回るやつだ。

レースのほうに集中せんかい。

 

1000mを通過。

 

体感では、遅くも早くもない、と思う。

このあたりの感覚というのがいまだによくわからない。

 

騎手なんかは、このへんのペース判断が的確な人ほど勝てると云うな。

まさに勝敗に直結する要素と言えよう。

 

レース自体は、1人抜けて逃げている子がいるが、

2番手集団がそのままその他多数というダンゴ状態。

 

勝負の第4コーナーが近づくにつれて、位置取り争いが熾烈になってくる。

 

まだまだ……

俺の勝負は、残り600のハロン棒を過ぎてからだ。

 

そこでうまく、あの走りへ切り替えることができれば……

 

『6』のハロン棒が見えてくる。

同時にコーナーへと入り、身体を内側へと傾けつつ、準備を整える。

 

残り600を通過。

 

……ここだ!

心のスイッチを入れ、ラストスパートに――

 

 

ドンッ

 

 

――えっ?

 

その瞬間、俺はコース内側から何かに強く押された。

 

何か、ではないな。

俺のすぐ内側にいた子が、大きく外側によれたのだ。

そのあおりを食って接触し、俺も外へと弾き飛ばされる格好になる。

 

「っく……!」

 

その瞬間までは、何が起きたのかをだいたい理解はできた。

実際の競馬でもよくあることだ。

 

だから対処もできた。

右へと切り込んでいくカーブだから、外へと膨らまないように、

左足を外へ出して踏ん張ろうとする。

 

「……あっ」

 

だが、最高速へ向けて加速しようとした瞬間の出来事で、

支えようと思って、左足1本で支え切れるものではなかった。

 

刹那、俺の身体は自身の意思とは全く正反対の、外ラチへ向かって飛んでいく。

 

「リアンッ!」

 

誰のものかわからない叫び声が聞こえ、

ものすごい衝撃が加わったこと、までは自覚がある。

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

気が付けば、俺はコース上に仰向けに倒れていた。

青い空に加え、視界の片隅に外ラチが見えるから、

本当にコース外側いっぱいのほうまで吹っ飛んだようだった。

 

「………」

 

考えられたのはそこまで。

遠巻きに誰かが叫んでいる声をかすかに聞きながら、俺は意識を失った。

 

 

 




やっちまったZE
いろいろ思われるかと思いますが、いつか糧になると信じて……

参考にした馬も、デビュー前とは限りませんが、2回骨折してます。
それでも復帰して、八大競争を制してますから、
諦めなければきっと勝てるさ!


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第18話 孤児ウマ娘、「知らない天井だ」を味わう

 

 

 

 

「……ぅ?」

 

意識が覚醒した。

 

ゆっくり目を開けると、まず感じたのがまぶしさ。

慣れていくに従って、徐々に周りの景色が目に入ってくる。

 

「……知らない天井だ」

 

知っている天井ではなかった。

いやマジな話で、見覚えはない。

 

ついで左右を見てみると、どうやらここは病院の一室らしい。

 

「そういえば、選抜レースで……」

 

内から押されて、転びそうになったのは覚えているが、

その先の記憶が存在しない。

 

普通に考えればあのまま転倒して、怪我なりなんなりして

病院に担ぎ込まれたと、そんなところだろう。

 

となれば、怪我の程度はどれぐらいだろうか。

 

搬送されたくらいだから重いのか?

自分の体の具合を順番に確かめていく。

 

右手、動く。左手、腕に多少の痛みはあるが動く。

右足、動く。左足……ん?

 

「……んん?」

 

……動かない。

というか……

 

「なんじゃこりゃ」

 

リアルで声が出た。

顔を上げて視線を向けてみると、天井から足が吊られているではないか。

自由が利かないわけだ。

 

「……また骨折か」

 

こういう状態、よくあるパターンだと骨が折れてるよね?

それも、かなり重度の。

 

「デビュー前に2回の骨折なんてなあ」

 

1回目は右足。2回目は左足?

 

両足を、なんてなあ……

これはもう普通に、競技者として再起不能のレベルでは?

 

詳しい状態は医者に聞かなきゃわからないけど、少なくとも軽くはない。

前回の右足より重いことは確定である。

 

あのトウカイテイオーでさえ、泣いて逃げ出すかもしれない。

 

「はぁ……どうすっかねぇ」

 

自分の状態が確認できたところで、大きく息を吐きだした。

 

冷静なように見えるだろうが、内心はドキドキ、心臓バクバクよ?

転生者でなければ発狂モノだろうさ。

夢潰えるというのは、まさにこういう状況のことを指すんだと思う。

 

「あ、気が付きました?」

 

しばらくボ~ッとしていたら、病室のドアを開けて看護師さんが姿を見せた。

彼女は俺の様子をてきぱきと確認すると、ナースコールで医者を呼ぶ。

 

「どういう怪我ですか?」

 

少ししてやってきた医者に、俺は単刀直入に尋ねた。

 

「全身の打撲に、裂傷が何ヶ所か。左足、ここが1番重いのはわかるね?

 かなり重くて足首に近い部分だったから、手術でプレートを入れて固定してある」

 

「手術……」

 

思ったより重傷だった。

意識がないうちに手術までされていたとは。

 

思わず、吊られている左足に視線が行ってしまう。

あそこにプレートとボルトが入ってるのかあ

 

そう言われても実感なんて浮かんでこないな。

 

「全治は、全治はどれくらいですか?」

 

「何とも言えない。半年か、1年か」

 

「いちねん……」

 

おいおい、マジかよ。

本当に再起不能レベルの大けがってこと?

 

「復帰はできますか? また前のように走れるようになりますか?」

 

「……ああ、できるさ。諦めなければね」

 

「そうですか」

 

アニメでのスズカばりの質問をする俺。

 

いま一瞬ためらったな?

俺わかっちゃった。マヤノ並みの直感力。

ダメってことだな?

 

ふうん……患者にすぐに悟られるようじゃ、医者として失格じゃね?

 

その後も、看護師の話じゃ医者と普通に話していたらしいが、

俺自身はまったく覚えていなかった。

平然としていたようでも、やっぱりショックは大きかったんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

消灯時間になって、俺は身体をベッドに投げ出した。

いや、最初から寝ているけれども、気持ち的な問題ね。

 

あのあと、学園のほうに連絡が行ったんだろう。

クラスメイトやたづなさん、果ては理事長までもがお見舞いに来てくれて、賑やかだった。

 

ニシノライデンが土下座する勢いで謝ってきたが、どういうことなんだろ?

彼女は帰るまで終始、頭を下げっぱなしだった。

 

そうそう、シリウスの姿もあったよ。

輪の中には入らずに、1番後ろからチラ見する程度ではあったけどね。

人込み越しに目が合ったら、何も言わずに帰っちゃった。

 

俺に直接ぶつかって来た子もいた。

 

正直どんな子だったのかなんて覚えてないけど、

青ざめた顔して今にも泣きそうな声で謝ってきたから、

レーシングアクシデントだ気にするなって言ってあげた。

 

すると、結局こらえきれずに泣き出しちゃったんだけど、

何度も頭を下げて、友人だと思われる子に支えられながら帰っていった。

 

「ルドルフ、どうしたんだろ?」

 

だがそんな中、ルドルフの姿だけがなかった。

シリウスも来ていたくらいなんだから、まさか知らないということもないだろう。

レース自体も見ていたはずだし。

 

「メールも着信も、通知もないし」

 

持ってきてもらった携帯にも、彼女からのメッセージは届いていない。

こちらから送ってもみたが、いまだに既読すらつかないのだ。

 

今までのあいつなら、授業中ででも、俺が目を覚ましたと聞いたら

飛んで来てくれてそうなのに。なんて考えるのは、さすがに自惚れが過ぎるか。

 

でも本当にどうした?

ここまで連絡がつかないのは初めてだぞ。

いつもはうるさいくらいに送ってくるのに。

 

「……寝るか」

 

とりあえずは諦めて、寝ようとするが、無理だった。

聞いた話では、丸1日眠ったままだったそうで、そりゃ眠くならないよね。

 

「はあ……」

 

ため息しか出ない。

 

さっきまではよかったな。

お見舞いのみんながいて、騒がしいながらも楽しかった。

 

個室なこともあって、1人になると途端に静かで、悲しい雰囲気になる。

 

「っ……」

 

いかん、また感情が……

 

抑え……っく……

 

だから……

 

ウマ、むす……は、厄介……

 

………

 

「……ふえええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選抜レースで接触転倒事故発生。

事故の概要はこうだ。

 

第4コーナーの手前で、内から2人目にいたニシノライデンの進路が詰まった。

このままでは勝負所で包まれると感じた彼女は、持ち前のパワーを生かして

強引に進路をこじ開ける作戦に出る。

 

左斜め前方への進路を確保しようと、加速するのと同時に外側へ舵を切った。

 

同期生が次々にデビューして勝っていく。

そんな中、自分にはまだスカウトすら来ない。彼女の心中には焦りが生まれる。

 

今レースには必勝を期して臨んでおり、掛かった彼女の視界には前方しか入っておらず、

横と後方に対する注意が疎かであった。

 

あおりを食ったのがライデンのすぐ外側にいた子で、急激な進路変更に

驚いた彼女は、咄嗟に過剰とも思えるほどの回避行動を取ってしまい、

そのさらに外側にいたファミーユリアンと接触。

 

体勢を崩しかけたがどうにか持ち直し、着外だがゴールしている。

 

リアンも持ちこたえようとしたが彼女は支えきれず、左側から転倒。

ちょうど直線に向けて加速していくところということもあって、

スピードが乗った状態でのアクシデントというのがまずかった。

 

走ってきた勢いそのままに、遠心力も乗ってコースを横断し、

外ラチ付近にまで転がるという大事故になってしまう。

 

その一報は瞬く間に学園内を駆け巡ったが、無論、

反応するのは当事者たちが1番早い。

 

特に劇的だったのは、目前でアクシデントが起きた、シリウスシンボリである。

 

「リアンッ!」

 

彼女は、すぐ目の前でファミーユリアンが外側へ吹き飛ばされたのを見た。

一歩間違えたら、巻き込まれていたのは自分だった。直後にいたのが自分なのだ。

にもかかわらず、彼女はすぐさま行動に出る。

 

「っちい!」

 

シリウスシンボリは、自分もレース中であることを忘れ、

芝が剥げてしまうくらいの急ブレーキをかけて止まると、

即座に踵を返してリアンの救護に向かった。

 

「大丈夫か!? くそ、気ィ失ってる!」

 

倒れているリアンのそばにしゃがみ込み、状態を確認して叫ぶ。

 

「救急車だっ、早くしろ!」

 

 

 

 

 

トレーナー席

 

「あれはまずいぞ」

 

「ああ、危ない倒れ方したな」

 

「選抜レースで事故なんて……」

 

総じて難しい顔をしているトレーナー陣。

女性トレーナーの中には、悲鳴を上げ、顔を覆ってしまう者もいたくらいだ。

 

「リアンちゃんっ……!」

 

トレーナーになったばかりのスピードシンボリは、

今すぐにでも駆け出して助けに行きたい衝動を、どうにか抑え込んでいた。

 

(ここで私が真っ先に駆け寄ったら、関係があると認めてしまうようなもの。

 我慢……今は我慢しなきゃ……!)

 

今ではすっかり鳴りは潜めたが、いつまた、例の人物を特定しようという動きが

再燃するかもわからない中、ヒントを与えるような行動は厳に慎むべき。

スカウトするとなれば普通にバレるだろうが、今はまだ早い。早すぎる。

 

リアンにとっても、自分にとっても、良くないことになるのは明らか。

なので迂闊な真似はできなかった。

 

(……私は信じてるわ。あなたを育てるって夢、決して諦めないからね……!)

 

固く握りしめられた彼女の両拳からは、真っ赤な血がしたたり落ちていた。

 

 

 

 

 

観客席

 

「……リアンが」

 

レースを観戦していたルドルフは、これが現実だと信じられなかった。

 

第4コーナーで、唯一無二の親友が吹き飛んだ。

今は、見るも無残な格好で、ターフ上に倒れている。

 

「………」

 

両眼を見開き、4コーナーのほうを見つめたまま、微動だにしない。

 

事故が起きた。

誰が巻き込まれた? 親友であるリアンが。

 

このレースはなんだ? 選抜レース。

リアンはなぜこのレースに出た? 出る必要はあったか?

……否。いずれは出なければならないが、今日この日、

このレースである必要はなかった。

 

では、なぜだ?

 

レースに出なければ、事故に巻き込まれることもなかったはず。

不必要なレースに出たのは、なぜだ?

 

「私が……勧めたから……?」

 

……そうだ。

確かにあのとき、あまり乗り気ではなかったリアンに、

必須でないレースに出走するよう提案説得したのは、自分だった。

 

「……私の、せいか?」

 

極端な結論に達してしまったルドルフは、愕然として、目の前が真っ暗になる感覚に襲われる。

倒れているリアンが、動く様子を全く見せないことも、ルドルフの心理にマイナスの負荷をかけた。

 

「わたしの……」

 

呆然と呟くルドルフ。

 

騒然としている観客席から、彼女の姿はいつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選抜レース翌日の夜

 

「……わたしのせいだ」

 

ルドルフは、授業にもトレーニングにも出ず、寮の自室で引きこもっていた。

あのあと、自室までどのように行動したのか、全く覚えていなかった。

 

部屋の電気もつけず、昨日から飲み食いもせず、一睡もしていない。

ルームメイトのベッドにもたれかかって、ただひたすら、

壊れたレコーダーのように、同じ文言を呟き続けるだけ。

 

「わたしの――」

 

 

ガチャリ

 

 

「――」

 

「邪魔するぞ」

 

もう何度目だかわからない言葉を吐いた時、部屋のドアが開く音が響き、

実際にドアが開いて廊下の光が差し込んでくる。

 

「……シリウスか」

 

ドアを背にして腰を下ろしている状態だったが、声で分かった。

 

「鍵がかかっていたはずだが」

 

「おまえの担任と寮長に頼まれた。

 いけないよなあ、優等生ともあろうものが無断欠席しちゃあ。

 様子を見て来いとよ。ったく、なんで私なんだ。電話くらい出ろ」

 

「……そうか」

 

シリウスの声に反応はするものの、体は全く動かさない。

自嘲気味の声が漏れるだけだ。

 

「ついでだ、伝えておいてやるよ。リアンが目を覚ましたってよ」

 

「!! リアンが……」

 

ここで初めて、ルドルフがぴくっと体を震わせた。

 

「放課後に、私もほかの連中に混ざって見舞いに行ってきた。

 案外元気そうだったぞ。頭に包帯、顔には大きな絆創膏で、左足は吊られてたがな」

 

「吊られ……骨折、ということか?」

 

「だそうだよ。詳しくは知らん」

 

「………」

 

「とにかく、無断欠席だけはやめろ。駆り出される私の身にもなれ。

 それと、別におまえがどうなろうとどうでもいいが……

 リアンに心配をかけさせるな。今のあいつはそれどころじゃないんだ」

 

「………」

 

「言うことは言ったし、あとはおまえ次第だ。

 ったく、柄でもない世話焼いちまった。じゃあな」

 

それだけ言って、扉が閉まる音とともに、差し込んでいた光が消える。

室内は再び暗闇に支配された。

 

 

 

 

 

「………」

 

時刻は、すでに深夜と言ってもいい時間帯。

シリウスが去った後も、ルドルフは動こうとしない。

 

先ほどまでと違う点は、呪詛のような呟きがなくなったことぐらいである。

 

「リアン……」

 

不意のつぶやき。

 

「私は――」

 

 

ピロン♪

 

 

「――」

 

ほぼ同時に、脇に放り出したままの携帯端末が、この場には不釣り合いに軽快な着メロを奏でた。

スリープが解除され、暗闇にほのかな明かりが浮かび上がる。

 

それまでは、電話だろうがメールだろうが、いくら鳴っても

一向に反応を見せなかったルドルフだが、このときだけは違った。

 

「……リアンから」

 

見ようと思って見たわけではない。

少し視線を落としたら、たまたま目に入ってしまっただけ。

 

だが、画面に表示されたその名前に、ルドルフの身体は動いた。

携帯を手に取り、メッセージを開いてみる。

 

 

『さみしいよ』

 

 

たったの一言だけ、それだけのメッセージ。

 

 

ピロン♪

 

 

ピロン♪

 

 

さらには、立て続けに2件。

 

 

『るなに、あいたい』

『こえがききたい』

 

 

「リアンッ……!」

 

無変換なのが、逆にルドルフの心を捉えた。

リアンの心境が、手に取るように分かったからだ。

 

重傷を負って、病室に1人きりであろう彼女。

 

しっかり者のようで実は泣き虫の彼女のことだから、今も泣いているに違いない。

そんな姿が即座に浮かんだ。そして、全身に血の気が戻ってくる感覚。

 

他ならぬ親友の頼みを、いま聞いてやらないでどうする?

 

「待ってろ、いま行く!」

 

いてもいられなくなったルドルフは、

自責の念など構わずに、そのまま飛び出していった。

 

 

 

 




GW最終日につき特別更新!


ルドルフを曇らせたかった、などと供述しており――
なお、実際に足を吊られる状況があるのかはわかりません。


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第19話 孤児ウマ娘、皇帝の決意に触れる

 

 

 

 

まもなく日付が変わるという時刻。

 

ひとしきり泣いて自我を取り戻した俺は、

あふれた涙を袖で拭い、枕元の携帯を手に取った。

 

「……やっぱり見てないか」

 

ルドルフの反応がないか確かめてみたが、新着のメッセージはない。

それどころか、やはり既読のサインすらついていなかった。

 

どうする?

 

ここまでとなると、また新たに送っても、見てくれる可能性は低かろう。

それでも、一縷の望みをかけて、もう1度送ってみるべきか?

 

「携帯すら見られないって、あいつ何してんの?」

 

当然の疑問。

 

そこまで忙しいことなんてある?

次の週末に皐月賞を控えているとはいえ、携帯を見ることはできるはずだ。

返信する余裕はないとしても、メッセージを開くくらいは……

 

もしかして、現実の騎手たちと同じように、数日前から調整ルームに入って、

外部との連絡は一切が遮断されるみたいなことになってるとか?

携帯も手元に置いておけない状況?

 

いや……いやいや、そんな制度あるなんて聞いてないし、

前走まではそんなことなかったし。

なによりあいつ自身から何も聞かされてないし、やっぱり何もわからない。

 

「……暇だし、もう1度だけ送ってみよう」

 

することもないし、眠気もない。

こんな時間だから返信は期待しないが、もう1回だけ送ってみることにする。

これで反応がなければ、諦めてまた明日だ。

 

少しでも早く連絡してほしいから、一目見てインパクト与えられるのがいいな。

いや、こういうときは、逆にシンプルなほうが受けるかな?

 

よし、ど真ん中ストレートで行くか。

 

「さみしい、と。ルナに会いたい……あっ、間違えて変換しないで送っちゃったよ。

 まあいいか。声が聞きたい、と。これも無変換でいいや」

 

誤操作で3通に分かれ、無変換となってしまったこのメッセージ。

さて、ルドルフには届いただろうか。

 

携帯が彼女の手元にないというなら、全くの無駄になってしまうわけだが……

 

「お、既読ついた。え、なに、はやっ」

 

なんと、超速の反応で既読が付いた。

 

今までの無反応はなんだったの?

あ、今まで外出してて、いま部屋に帰ってきたとかなのかな?

で、着替えるのより早く携帯を取り出してみたら、という感じ?

 

というか、数日後にレース、それも大事なクラシック初戦だというのに、

こんな夜中までなにやってるんだあいつは。これは説教のひとつもしてやらねばなるまい。

 

「とりあえずあいつの件は安心できたとして……

 俺のほうは何も安心できないんだよなあ」

 

久しぶりに、一人称で『俺』が出てしまった。

 

実際問題、手術するほどの骨折ってどうなんだろうな?

まだ詳しい説明は受けてないし、直後の診断とのちの診断では変わることもあるから、

何とも言えないのは、前の骨折の時と同様に納得してる。

 

でも、復帰できるかできないかの二択で、モチベーションが大きく変わる。

 

復帰できるというなら、キングヘイローではないが、泥水をすすってでも這い上がる覚悟はある。

逆に、競技者生命が絶たれるというなら、すっぱり諦めるというのも手だ。

 

期待してくれているスーちゃんや、シンボリの人たちには申し訳ないが、

もともとの期待値が高くない上に、これ以上の迷惑をかけるのもまた申し訳ない。

 

そのときはそのとき。

諦めて施設に帰って、院長に頭下げてバイトでもさせてもらって、

当面の資金ができたら、再度の引っ越しということで行こう。

 

さすがに13歳でホームレスは嫌だよ。

 

「……大丈夫。アニメではスズカも復帰できたんだ」

 

現実では助からないほどのケガだったスズカも、時間はかかったが競技に復帰した。

その後の様子を見ても、普通にレースに出ているようだし、きっと大丈夫さ。

 

……大丈夫、大丈夫……

 

ともすれば、真っ黒な方向に落ちて行きそうな思考を、

無理やりにでも修正して自分を納得させる。

 

そうでもしなきゃ、やってられない。

 

 

――コンコン

 

 

「……ん?」

 

そんな折だった。

病室のドアが、ノックされたような音を立てたのは。

 

だ、誰だ? こんな時間に回診なんてあるわけないし、

看護師さんの見回りか? でもそれならノックなんてする?

 

「………」

 

まさか……まさかだよ?

まさかとは思うけど、この病院、“出ちゃったり”する、わけ?

 

や、やめてくれよ。今の俺は動けないんだから!

いや、仮に幽霊だったとしたら、物理的な接触はできないし同じだとは思うけど、

精神的な状態がががが……!

 

 

ピロン♪

 

 

「……ぁ」

 

と、携帯が新着メッセージを告げる音を立てた。

ドアのほうを気にしつつ、おそるおそる携帯を手に取って確かめてみる。

 

「ルドルフから?」

 

すると、メッセージはルドルフからだった。

中身を見てみると

 

『入ってもいいだろうか?』

 

……とのこと。

 

………。

ひょっとして……?

 

「『今、病室の前にいるの?』」

 

 

『ああ』

 

 

あ、あいつ、寮抜け出して何やってんだよ!?

昼間は来なかったくせして、こんな時間に来るとか、頭おかしい。

 

と、とにかく、このままでは色々とまずいな。

中には入ってもらおう。

 

 

『入ってもいいよ。でも静かにね』

 

 

『感謝する』

 

 

許可を出すと、すぐに謝意を伝える返信が来た。

少しして、スライド式のドアがゆっくりと滑り、彼女のシルエットが露わになる。

 

「ルドルフ……」

 

「夜遅くにすまない」

 

間違いなくルドルフその人だった。大きく肩で息をしている。

彼女は室内に入ってドアを静かに閉めると、ベッド脇まで歩み寄ってきた。

 

非常識な真夜中の見舞客の来訪だ。

 

「とりあえず座って」

 

「ああ、失礼するよ」

 

枕元の椅子を勧めると、呼吸を整えたルドルフはそう言って腰を下ろした。

 

「……」

 

「……」

 

しばらく、お互いに無言。

さあて、なんて言ってあげましょうかね?

 

言いたいことは色々あるけど、まあまずは感謝かな。

 

「お見舞いありがとね。時間はともかく」

 

「申し訳ない……」

 

これにはルドルフも恐縮するしかないようだ。

本当にね、なんでみんなと一緒に来なかったんだ。

 

「その……言いにくいんだが、今まで、その……部屋で塞ぎ込んでいて、な……」

 

首を振ったりため息をついて見せたり、散々ためらった様子を見せた後、

言いにくそうに告白するルドルフ。

 

はあ? なんだよそれ?

 

「君がケガをしたのは、私のせいなのではないかと……」

 

「なんでさ」

 

「ほら、選抜レースに出るように勧めたのは、私じゃないか。

 君は最初乗り気じゃなかった。だから、私が勧めなければ出走しなかった。

 すなわち、事故に遭うこともなかったのでは、と……」

 

「バッ――!」

 

馬鹿野郎! と怒鳴りかけたところで、慌てて口を抑えた。

 

こんな時間だし、大声で周りに迷惑をかけるわけにはいかない。

それに、ルドルフがここにいることも、バレてはまずいだろう。

 

「事故に遭う遭わないなんて誰にも分からないでしょ。

 そんなタラレバ言い出したらキリがないじゃん」

 

「それは、そうだが……」

 

「も~、普段はすごく賢くて冷静なくせに、

 こういうときだけおバカになっちゃうのはなんでかな?」

 

「申し訳ない……」

 

「もういいってば」

 

大まかだが状況は理解した。

 

俺がケガしたのは自分のせいだと思い込んで、

我を忘れて塞ぎ込んでいたから昼間は来られなかったし、

携帯も全く見ていなかったってことね?

 

はあ~っ、まったくやれやれだぜ。

理解すればするほど理解できない。

なんでそうも自分のせいにしたがるんだ?

 

「でも、こうして来てくれたってことは、吹っ切れたってこと?」

 

「……正直、わからない。だが、来てみてよかった。

 すっきりしたことは確かだし、リアンの顔を見たら安心した」

 

俺は皇帝陛下の精神安定剤か何かですか?

まったくもう、しょうがないやつだ。

 

「というか、よく病院と病室わかったね?

 メッセ見てからずいぶん早かったけど、走って来たわけ?」

 

「ああ、恥を忍んでシリウスに聞いた。寮を飛び出したところで、

 君が運ばれた病院がどこなのかわからないことに気づいてね。

 そのあとは全力で走って来たよ」

 

そうだろうなあ。

塞ぎ込んでて、電話やメールにも気づいてなかったくらいだし。

 

って、こら。

ウマ娘が道路で全力疾走するのは禁じられてるだろ。

バレたら謹慎どころじゃ済まないぞ。大丈夫か?

 

そうか、最初息を切らしていたのはそのせいか。

 

「さっきの君からのメッセージに気づいていなければ、

 私はもう駄目だったかもしれない。偶然とはいえ僥倖だった」

 

大げさな……と思ったが、先ほどの告白を聞く限り、そうでもなさそうだ。

送っておいてよかったな。

 

「あ、ライトつけてくれる? 私もルナの顔よく見たい」

 

枕元の電気のスイッチ、手を伸ばせば届くが、

同時に体も少しひねらなくてはいけないので、少しつらい。

 

「今……なんて?」

 

「え? いやライトつけてって」

 

「違う。私の名前を……」

 

「ああ、寮の部屋じゃないけど、2人だけだからいいでしょ」

 

「……そうだな」

 

なんでそんな意外そうな顔してんのよ?

要は、他に誰もいない状況ならいいってことでしょ。

 

「あんなことがあってなお、ルナと呼んでくれるのか……」

 

「だからルナのせいじゃないって。いいからライトつけてよ」

 

「……ああ、わかった。これか?」

 

「そう。ありがと」

 

暗かった病室に、明かりが灯る。

個室だし、これくらいなら見回りの看護師さんも見逃してくれるっしょ。

 

「……ひどい顔してるなあ」

 

光に浮かび上がったルドルフの顔は、それはもう酷いものだった。

 

憔悴していた、というのが一目でわかる。

瞼は腫れているし、目元にはクマがあって、頬もこけたような……

相当な状態だったようだ。

 

「君こそ」

 

「まあね」

 

左頬には大きな絆創膏が貼られてるし、頭から出血でもしたのか包帯巻かれてるし、

ほかにも擦り傷やら何やら。全身傷だらけよ。

身体自体は動かせるけど、そこかしこから悲鳴が上がってくるんだ。

 

やはりあの事故は相当の衝撃だったことが受け取れる。

 

時速60キロの事故なんだから、もう交通事故と同じだよね。

そりゃ一歩間違えば死にますわ。

 

自分では記憶がないからわからないんだけど、

左半身にケガが多いのは、左側からバランスを崩して転んだからだとか。

その中でも1番酷いのが、左足の骨折ということだ。

 

このあたりの説明を、ルドルフは神妙な顔つきで聞いていた。

 

「重い……のだろうな。様子から察するに」

 

「うん。昼間に医者から、半年から1年って言われたよ」

 

「1年……」

 

単語の重みを噛み締めるように、ルドルフは重い口調で反復した。

 

「お婆様は、何か言っていたか?」

 

「うん。お大事にって。それと、真っ先に駆けつけてあげられなくてごめんねって」

 

「そうか……」

 

スーちゃんの立場を鑑みれば、それも致し方ないことだ。

 

お見舞いにも来てなかったけど、現時点で契約もしていない、

いち個人のもとに行っていたことが知られれば、またマスコミが騒ぎ出すだろうしね。

 

メッセージをくれたことだけで十分だよ。

 

すいません未来の俺のトレーナーさん。

予定よりもだいぶ遅れてしまいそうですが、必ず治して復帰しますので、

もう少しお待ちいただければ幸いです。

 

「というか、私よりもあなたのことでしょ、今は。

 調整大丈夫なの? もう週末に皐月賞だよ?」

 

「……ああ」

 

俺の言葉に、ルドルフは少し考えてから頷いた。

 

「なに、まだ数日ある。大丈夫さ」

 

「本当に? これで私のせいで負けたなんて言われたら、嫌だよ?」

 

「言わないさ。体調管理は自己責任だ」

 

いや、おまえ自身にじゃなくてさ。

マスコミとか、世間様とか、その他諸々に。

 

「……なあ、リアン」

 

「なに?」

 

ルドルフは、再び少し考えてから、真剣な表情になった。

そして、俺の目を見つめながら言う。

 

「もし……もし私が、誰にも真似できないようなレースで皐月賞を勝ったら、

 私のことを許してもらえるだろうか?」

 

「許すって、さっき――」

 

「誰が何と言おうと、責任の一端は私にもある。

 だから頼む。私にも何か背負わせてくれ。

 リアンだけに苦しい思いをさせるのでは、私の気が済まないんだ」

 

「………」

 

許すも許さないもあるか。

それに、さっきもその話をしたのに、なおも蒸し返してくるルドルフ。

途中で言葉を遮られてしまうくらい、今のこいつは掛かっている。

 

「リアン」

 

「……わかったよ。それで気が晴れるんなら、好きにして」

 

「ああ、好きにさせてもらうよ」

 

ここで俺が断って、ルドルフのやる気が2段階下がったとかになるのが1番困る。

アプリでも、レース当週の行動後にやる気下がるイベント起きるの、マジでやめれ。

 

仕方なく承諾したら、耳も尻尾もぴんぴんになりやがった。

この一瞬で、間違いなく絶好調になったよ。

今の今まで絶不調だったのにな。何段階飛ばしやがった。

 

満足そうな顔がまぶしいこと。

 

「でも、誰にも真似できない勝ち方って?」

 

「それは当日までのお楽しみだ」

 

そう言って、不敵に笑うルドルフ。

 

勝つには勝つんだろうが、勝ち方、ねぇ。

史実では、どうしても先輩三冠馬のシービーと比べられてしまって、

強いのにどこか貧乏くじを引いてしまった感のある皇帝様。

 

この気合の入りようだと、今度という今度は、

強烈なインパクトを与えることができるかな?

 

「さて、長居するのも悪いし、私はこれで失礼させてもらうよ」

 

「寮抜け出してきたんでしょ。見つかったらどうするの?」

 

「さてね、そのときはそのときさ。罰掃除でもさせてもらおうかな」

 

無事に部屋まで戻れるといいねぇ。

 

寮長の匙加減だと思うが、結構えげつないこともさせるみたいだからなあ。

みつからないことを祈ってます。

 

「じゃあ、おやすみ、リアン」

 

「おやすみ。ありがと、ルナ」

 

「ああ」

 

笑顔で頷いて、ルドルフは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた皐月賞当日。

入院中の俺は、当然応援に行けないので、病室でテレビ観戦です。

 

1人で見るものだと思っていたら

 

「リアンちゃん、お水ここに置いておくわね」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

なぜか、ルドルフのお母様がやってきている。

昼頃にはお父様も来てくれて、見舞ってくれた。

 

もう中山レース場に着いているかな?

 

「あのぉ、いまさらなんですけど……」

 

「なにかしら?」

 

「お母様は、レース場に行かなくてよろしいので?」

 

愛娘の一世一代の晴れ舞台ですよ? 現地で見てあげなくていいんですか?

こんなところでモブ娘の世話を焼いている場合ではないと思うのですが。

 

「あっちはお父さんが行ったから大丈夫よ」

 

ベッド脇の丸椅子に腰かけて、にこにこ笑みを浮かべるお母様。

はあ、そうですか……いいのかなあ?

 

「それに、あなたはもう私たちの“娘”も同然なの。

 もう1人の娘の世話をしてあげるのは当然でしょう?」

 

「………」

 

またそういうこと言う……

だからやめてくださいって。心の奥底の琴線がブレイクしちゃう!

 

「照れなくてもいいのに」

 

「……照れてません」

 

「うふふ、かわいいわね」

 

「……」

 

まったくもう……

あーもー、まだ4月だというのに暑いね!

 

「ダービーでは、一緒に応援に行きましょうね」

 

「そう、ですね、はい、是非」

 

日本ダービー、およそ1ヶ月半後か。

その頃には退院できてればいいな。退院は無理でも、外出許可ぐらいは出るかな?

 

競馬の祭典くらい、生で観戦したいものだ。

 

さて、レースだレース。

ルドルフのやつ、いったいどんなレースを見せてくれるつもりなんだろうか?

 

実は結構楽しみだ。

早く発走時間にならないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日の1番人気は堂々と、シンボリルドルフです!』

 

会場の案内に従ってパドックへと入り、自慢の勝負服を初お披露目する。

 

同期の中では、ハーディーやニシキなどはすでに披露済み。

私は遅いほうになるだろうか。

 

ただ、勝負服を着られないまま引退する子のほうが圧倒的に多いわけで、

こうして着られることには感謝をしなければならない。

 

今日はG1、クラシックの初戦皐月賞だ。

前走までとは訳が違う。

 

いつも以上に気合が入るのはもちろんのことだが、

今日の私はそれ以上に気合を入れる必要がある。

もちろん親友であるリアンのためだ。

 

あんな大言を吐いてしまった手前、生半可なレースは見せられない。

そして、私のわがままを許してくれたトレーナーにも、申し訳が立たなくなる。

 

皐月賞では、いつもの作戦ではなく特別な走り方をしたいと、そう申し出たら当然反対された。

普通に走れば勝てる、わざわざリスクを冒す必要はないとも言われた。

 

だが、それではダメだ。

 

優しいリアンのことだから、またこちらの負担になりたくないとか言い出すに決まっている。

そんな彼女を、言い方は悪いが黙らせるためには、普通の勝ち方ではダメなんだ。

 

先日も、私がそう申し出ていなければ、

あの場で『その言葉』を口に出していてもおかしくはない雰囲気だった。

無理やり私の話題にしておいて正解だったと思う。

 

ケガを私のせいにしてくれていれば、1番手っ取り早かったと思うが、

そうしないのがリアンの良さであり、優しさなんだ。

 

つくづく、私は友人に恵まれた。

 

ちょうどいいところで私のレースがあってくれたものだ。

おかげで私もレースに集中できるし、リアンも少しは気が紛れてくれるだろう。

 

本バ場入場となり、返しウマで鮮やかな緑のターフの上を走りながら、考える。

 

さて、どうしてくれようか……

最も速いウマ娘が勝つ皐月賞。そう、最も()()

深く考えるまでもない、至極単純なことだ。

 

リアン、私の『誰にも真似のできない走り』、よく見ていてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第44回皐月賞、態勢完了。スタートしました!』

 

いよいよ皐月賞がスタートした。

俺が走っているわけでもないのに、否応にも緊張してくる。

 

『10番シンボリルドルフ好スタート、ポーンと飛び出しました』

 

『ここから控えるか? いや控えない。そのまま行く!?

 なんとシンボリルドルフ、前走までとは違って逃げに打って出た!』

 

『しかもグングン引き離していくぞ!? これは大逃げだ!』

 

悲鳴に近い実況と共に、現地場内のどよめきすら聞こえてくる。

 

好位抜け出しという脚質の子が、いきなり逃げたら驚くだろうさ。

それは俺も同じ。お母様も口元に手を当てている。

 

……やってくれたな。サイレンススズカ並みの大逃げ。

それがおまえの選択か、ルドルフ。

 

 

『向こう正面を向いて先頭は依然シンボリルドルフ。

 後続は10バ身以上離れた。縦長の展開です』

 

『1000mを、いま通過。……58秒台!? これは早い、大丈夫か!?』

 

『掛かっているのかもしれません。どこかで息を入れられればいいのですが!』

 

 

いよいよもって悲鳴が実況に交じって飛び込んでくる。

 

俺は前世の史実、スズカの大逃げを知っているから冷静でいられるだけであって、

その存在を確認できない人々からしてみれば、自殺行為のように見えるのではないか。

 

 

――っぎゅ

 

 

……お?

 

気づけば、俺の手にお母様の手が重ねられ、握られている。

どうやらお母様は無意識の行動のようで、視線はテレビ画面に釘付けだった。

 

大丈夫、ルドルフは勝ちますよ。

現時点では誰にも真似できないような勝ち方、でね。

 

俺からも反対の手を重ねて、レース後半を見守る。

 

 

『600を過ぎて、ルドルフのリードはまだ10バ身以上あるぞ!

 これはどうなんだ? セーフティーリードか!?』

 

『シンボリルドルフだけが4コーナーを回って直線に入った。

 2番手にはビゼンニシキが上がった』

 

『中山の直線は短い! ルドルフの脚色は衰えないぞ! これはもう決まりか!?』

 

『後続は大きく離れた! 後ろからはな~んにも来ない!

 シンボリルドルフ、圧巻の大逃げで圧勝! ゴールインッ!』

 

『2着はビゼンニシキが確保。3着オンロードカルメンが追い込んだ模様』

 

『勝ち時計は……な、なんと1分59秒4、1分59秒4です! 皐月賞レコード!

 レコードを2秒以上縮めて2分を初めて切りました! なんという時計だ!』

 

 

掲示板には着順がすんなりと上がり、2着との着差欄には『大差』が表示された。

そして、レコードという赤い文字。

 

「……」

 

「……」

 

レースが終わっても、俺とお母様はお互い、しばらく無言でテレビを見つめていた。

ようやく我に返ることができたのは、結果が画面に表示された時。

 

 1着 シンボリルドルフ

 

この表示を見て初めて、愛娘の、親友の勝利を実感できたのだと思う。

 

「勝った、のよね。あの子が、G1を、皐月賞を勝った」

 

「はい、勝ちましたね。それも、とんでもないレース、とんでもない時計で」

 

大逃げで大差勝ちというレース内容しかり。

レコードを2秒以上縮めたというタイムもまたしかり。

 

皐月賞で2分を切ったのって、確かブライアンが最初じゃなかったか?

この時代では、もしかすると日本レコードなのかもしれない。

 

そう言うと、いかに破格のタイムだったかがおわかりいただけるはずだ。

10年くらい後のことになるからな。

言わば、時代を10年以上も先取りしちゃったわけだ、あいつは。

 

「………」

 

「……お母様? あ……」

 

お母様が黙っちゃったからどうしたのかと思ったら、

両目から大粒の涙をこぼしながら泣いていた。

思わず声に詰まり、俺の胸にも、熱いものが込み上げてくる。

 

「……勝った……あの子が、勝ってくれたわ……」

 

「ええ……ええ……勝ってくれましたね……」

 

こうして俺ももらい泣き。

 

抱き合って2人してわんわん泣き始めたものだから、

泣き声に気づいた看護師さんが飛んでくるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

第44回皐月賞 結果

 

1着 10 シンボリルドルフ  1分59秒4

2着 3   ビゼンニシキ    2分1秒3 大差

3着 18 オンロードカルメン 2分2秒0 4バ身

 

 

 




皐月賞レコード(84年当時)
76年 トウショウボーイ 2分1秒6

参考
94年 ナリタブライアン 1分59秒0
17年 アルアイン    1分57秒8
21年 エフフォーリア  2分0秒6

芝2000m日本レコード(84年当時)
トウショウボーイ 1分58秒9


馬場状態やペースなどもありますが、現在でも2分を切ることは簡単ではない様子


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第20話 孤児ウマ娘、競馬の祭典で盛り上がる


「ルドルフは自在性も多様性も持っている。その気になればテンからの大逃げも、
 最後方からのゴボウ抜きも出来るんだ」 岡部幸雄



 

 

 

『シンボリルドルフさん、皐月賞制覇おめでとうございます』

 

『ありがとうございます』

 

テレビでは、勝利者インタビューの模様が映し出されている。

マイクを差し出された勝負服姿のルドルフは、堂々と答えていた。

 

『レースを振り返っていただきたいのですが、

 あの大逃げは当初からの作戦だったんですか?』

 

『いえ、当初は前走同様の作戦を考えていました』

 

『ということは、直前になって変更したと?』

 

『はい。こう言うと他のウマ娘に失礼かもしれませんが、

 普通に勝つだけではいけない理由が出来てしまったものですから』

 

『普通ではいけない? その理由は、お聞きしても?』

 

『ええ。先日、私の友人が不幸な事故により怪我をしてしまい、

 今も病院にいます。彼女を励ますためにも、少々どころじゃない

 派手なパフォーマンスをする必要があった、というわけです。

 私事で申し訳ありません』

 

『なるほど、友情の絆が成した業というわけですね。

 その甲斐あってか素晴らしいレコードを叩き出したわけですが、

 これについてはいかがですか?』

 

『時計は副産物にすぎません。ですが、光栄には思います』

 

『次走は当然ダービーとなりますね?』

 

『はい』

 

『今日のパフォーマンスから見ますに、二冠はおろか、

 去年のミスターシービーに続いての三冠が期待されますが、

 いかがでしょうか?』

 

『期待は重々承知しています。応えられるよう頑張ります』

 

『以上、シンボリルドルフさんでした。ありがとうございました』

 

『こちらこそ』

 

インタビュアーが礼を言ってインタビューは終わり、一礼したルドルフ。

 

カメラが寄ったところで、一本指を差し出すポーズを取ってみせる。

明らかに三冠を意識した姿勢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言われちゃったわね、リアンちゃん」

 

「ですねぇ」

 

テレビでのインタビューを見つつ、苦笑しながらお母様が言う。

俺も同じように笑いながら頷くしかない。

 

当然のことながら、ルドルフが言っていた()()()()()()()とは俺のことだ。

入院している俺を励ますために、あんな大逃げをしたと、全国放送で宣言した。

……宣言、されてしまった。

 

あんにゃろう、今度来たらとっちめてやる。

心に秘めたるものがあるのはわかっていたが、

全国へ向けて言い触らさなくてもいいじゃないか。

 

また過熱報道合戦みたいなことにならなきゃいいけど。

 

「あんまり驚いたようには見えないわね?」

 

いえ、お母様。

俺もレース中は内心冷や冷やモノでしたよ。

 

直線向いた途端に、ツインターボ師匠よろしく逆噴射しないかと。

 

「そういえばレース中も私と違って落ち着いていたし、リアンちゃん、

 もしかしてあの子に何か言われていたの?」

 

「はい。誰にも真似できないような勝ち方をする、と」

 

「そう。テレビで言っていた通り、あの子らしい励まし方だわ」

 

「ですねぇ」

 

まあ、そこまで決心するのにひと悶着あったんですがね。

それは言わぬが花というやつかな。

 

しかし、これでルドルフも晴れてG1バの仲間入り。

 

ますます俺なんかの手の届かないところに行っちゃったわけだ。

これでこの先、2つ3つと勲章を増やしていくとどうなっちゃうんだろうな?

 

三冠どころか、七冠ウマ娘の友達が、こんな冴えない、

骨を折ってばっかりのモブ娘で、世間から何か言われたりやしないか。

 

……ええい、やめやめ。

そんなことはルドルフと知り合った最初から分かっていたことだ。

 

俺から離れていくことを奴が望むとも思えないし、

彼女から絶交でもされない限りは、『友達』でいさせてもらおう。

 

とりあえずは、お祝いのメッセージでも入れておくか。

 

皐月賞制覇おめでとう。

思っていた以上のレースだったよ。

度肝を抜かれて素直に脱帽です。

 

それと、インタビューで話したことについて言いたいことがあるから、

首を洗って待ってなさい。いいね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、ダービーまでの間にあったレース界の出来事について、

軽く触れておく。

 

春の天皇賞では、モンテファスト先輩が勝利。

彼女は姉も天皇賞を制しており、見事な姉妹制覇となった。

 

当時は存在しないNHKマイルカップ。

 

主な出走メンバーは、朝日杯勝ちのハーディービジョン。

ジュニア級のG2京王杯を勝っているサクラトウコウ。

そして、意外なことにビゼンニシキ。

 

皐月賞で大差で敗れて心折れてこっちに回ったのかと思ったんだが、

なんと彼女はマイルカップ後にダービーにも出走するという、

かのマツ〇ニ調教師もびっくりのローテで挑むことを表明する。

 

肝心のレースだが、ハーディーとの壮絶な叩き合いの末、ビゼンニシキが勝利した。

なんか息も絶え絶えな様子で、インタビューでもいつも以上に無口だったが、

大丈夫なんだろうか?

 

ダービーの前週のオークスでは、やはり史実通りにトウカイローマンが勝った。

勝利者インタビューでは無難に答えていたが、

汗だくで頬を紅潮させている様子は妙に艶めかしく、

俺の中での『やべーやつ』認知度はもう1段上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダービー2日前の金曜日、夕方。

 

「やあ」

 

ルドルフがお見舞いにやってきた。

2日後に決戦を控えているとは思えないほどの、穏やかな表情で。

 

「来なくていいって言ったのに」

 

「随分なご挨拶だな。失礼するよ」

 

俺がそう言うとルドルフは苦笑して見せ、

お構いなしに枕もとの丸椅子に腰を下ろした。

 

「だって、ダービーだよ? こんなことしてる場合じゃないでしょ」

 

メッセージでもさんざん言ったんだ。

でもこいつは聞く耳を持たなかった。

 

関係者が誰もが1度は夢見るダービー制覇。

それがまさしく手に届くところにあるというのに、

ここで調整失敗なんぞと言われたら俺の立つ瀬がない。

 

「だからこそ、だよ。ダービーの前に、君の顔が見たかった」

 

「……真顔で言わないでよ」

 

また、そういうことを平然と言う。

ナチュラルたらし、それもシンボリ家の固有スキル、

ファミーユリアンへの特効ダメージを発揮しないでくれ。

 

くさいセリフ禁止!と叫びたい。

 

「今度は普通でいいからね?」

 

「ああ。私もあんな冒険は1度で十分だな」

 

よかった。ダービーで大逃げなんて真似をする気はないようだ。

普通にやれば普通に勝てるんだから、変なことをしないのが常道。

 

変なものを背負って負けたとか、世間様に叩かれたくないし(本音)

ほら、皐月賞のときのあれで、少なくともそんな友人がいることはバレてるわけだし。

なにより俺の精神的ダメージががが。

 

あの大逃げでも、何かダメージが残っていないか心配したんだけど、

杞憂に終わってくれて何よりだった。

 

「当日は、君も観戦に来てくれるんだろう?」

 

「うん。外泊許可下りたからね」

 

2度目の骨折から1ヶ月半。俺はいまだに入院中の身だ。

経過は比較的順調であり、まもなく退院という運びになる予定だけど、

具体的な日取りは決まっていない。

 

よって、観戦しに行くには、外出か外泊の許可がいるわけだが、

シンボリ家が後押ししてくれたこともあって、外泊許可が下りた。

 

明日の朝、いつもの車で迎えに来てくれて、寮には行かず、シンボリ家で一泊。

日曜の昼頃にレース場へ向かい、レースを見て、夜になる前には病院に戻る予定だ。

 

「やっぱり月並みなことしか言えないけど、

 がんばってね。無敗の二冠、期待してるから」

 

「ああ、その言葉で百人力だよ。絶対に勝ってみせる」

 

不敵に頷いて見せるルドルフ。

絶対があると言われた皇帝陛下が、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第51回東京優駿、当日。

 

シンボリ家の面々と共に、東京レース場にやってきた。

恐れ多くも、お父様に車椅子を押してもらっての入場になった。

 

一般客は前売りの入場券がないと中にすら入れないという状況の中、

VIP用の入口から極秘に場内へ。

もちろん一般向け入場券は完売しており、盛況な様子だ。

 

それだけでも驚いたんだけど、入り口で迎えてくれたURAの職員さんに

案内されたのは、スタンド上階にある貴賓席である。

 

さすがシンボリ家、名門だということを思い知らされた。

 

「ふおおお……」

 

外のバルコニーに出てみると、ものすごい光景に、

年頃の乙女には似つかわしくない声が漏れてしまった。

 

鮮やかな緑が映える広大なターフ、巨大な電光掲示板、

眼下の一般席にはごった返す人の群れ、etc、etc……

 

前世でも、1度でいいからダービーデイに生観戦したいと思っていたが、

こんな形で実現するとは思っていなかったよ。

 

「リアンちゃん、あくまでまだ入院中の身なんだから、

 あんまりはしゃぎすぎてはだめよ?」

 

「あ、はい、すいません」

 

「ふふ、気持ちはわからないでもないけどね」

 

「私なども、こんな年になってもなお、ダービーの日は心躍るものがある。

 リアン君、気にしないでくれたまえ。

 もちろん身体に負担をかけない範囲で頼むよ」

 

もっと覗き込もうとして、思わず片足で立ち上がろうとしてしまったら、

お母様からやさしくではあるが窘められてしまった。

慌てて振り返ると、お母様は微笑んで、お父様も苦笑していた。

 

年甲斐もなくハッスルしてしまうところだった。

これだから幼ウマ娘の精神は……

 

ウマ娘としては、日本一の大レースを前にして、

本能的に興奮しているというのもあるんだろうね。

そんな舞台に立てるのは18人だけの、非常に狭い門なのだから。

 

ひとつ前のレースが終わり、いよいよダービーの発走が近づいた。

電光掲示板に、直前の人気が表示される。

 

当然ルドルフが1番人気なんだが……

 

「支持率91.0%……!?」

 

「まさかダービーでこんな数字を見ることになるとは」

 

驚愕の声を上げる俺。

お父様ですら、困惑した声を漏らしている。

 

9割越えの支持なんて聞いたことないぞ。

2番人気のビゼンニシキでさえ、5%にも満たないんだから、

そのすごさがお分かりいただけると思う。

 

どこまですごいんだ、シンボリルドルフ!

さすがに皐月賞での大逃げ爆速レコードのインパクトが強すぎたか。

 

でも今回は逃げないし、時計には期待できないが、

正直、負けるところは完全に想像できない。

それこそレース中に故障でも発生しない限りは。

 

……フラグになりそうで怖いが、大丈夫だ。

なにせあいつはシンボリルドルフ、絶対があるウマ娘なのだから。

 

 

 

 

 

本バ場入場を経て、高らかにファンファーレと手拍子が鳴り響き、

ついに迎えた発走の時。

 

東京2400のスタート地点は正面スタンドの前、まさしく目と鼻の先だ。

それでも遠目だから細かい表情までは確認できないが、

パドックから通してあいつは落ち着いているように見える。

 

まさに隙はない。

 

各ウマ娘がゲートイン。

態勢完了。一瞬の静寂……

 

スタート!

 

1コーナーを回ってルドルフは先団の後ろ、8番手につける。

ライバルのビゼンニシキは、その1バ身前方の7番手。

 

弥生賞とは前後が入れ替わってのほぼ同じ態勢。

これは3コーナー過ぎまで続く。

 

4コーナーが近づいて、ビゼンニシキが外から進出していく。

遅れてルドルフも上がっていく。

 

直線に向いて、ビゼンニシキが先頭に並びかけるが、そこから伸びない。

距離の壁か、あるいは過酷なローテのための疲労か、バ群に沈んだ。

 

ルドルフは直線で外へと持ち出すと、一気に弾ける。

 

 

 

『ルドルフ、並ばない。一気にかわして先頭!』

 

『その差は広がる一方だ! ルドルフ強いっ、強すぎる!』

 

『シンボリルドルフ、デビューから5連勝、無敗で二冠達成!』

 

『皐月賞に続き、ダービーでもレコードを更新です!』

 

 

 

誰よりも早く、ゴール板を駆け抜けたルドルフ。

後続には、残り400mだけで5バ身もの差をつけていた。

 

ウィニングランを終えスタンド前に戻った彼女は、

観客席に向かって、2本指を高々と掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース後の口取式には、なぜだか俺も参加させられて、

記念撮影に一緒に収まってしまった。

 

え? いや、なんで俺まで?

車椅子だからご迷惑では……だなんて言い訳はまるで通用しなかった。

お母様の「貴女はもう我が家の一員なのよ?」という一言で撃沈です。

 

本当にね……それを言い出されたら、もうあきまへんがな。

抵抗力ゼロを通り越してマイナスなので、逆らうだけ無駄というもの。

 

やっぱりもう将来的には、『シンボリリアン』になるしかないようです。

 

ルドルフ自身も喜んでくれて、勧められるままに

彼女の右隣というナイスポジションで収まってやりましたとも。

もちろん反対側にはご両親ですよ。

 

 

「ボクは、シンボリルドルフさんみたいな、

 強くてかっこいいウマ娘になりますっ!」

 

 

……おや?

 

先に引き上げていったルドルフを追いかけて歩いて(俺は車椅子だけど)いたら、

なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきたぞ?

 

「君の名前を聞いてもいいかい?」

 

「ト、トウカイテイオーですっ」

 

おお、これは……

アニメ2期での冒頭、ルドルフとテイオー出会いのシーンじゃないか。

 

ロリテイオーかわいいなあ。

 

というかここ、マジで関係者しか入れない場所なんだけど、

どうやって忍び込んできたんだ?

 

ルドルフとテイオーのやり取りを見て、周りの大人たちも和んでるし、

まあいいのかね。おかげで俺が声をかける余地など全くなかったけど。

 

ということは、何年後かわからないけど、テイオーが入学してくるんだな。

楽しみなような、厄介なような……

 

俺はテイオーからどういう扱いを受けるんだろうね?

というか、その頃まで学園にいられるのかな?

 

 

 




豆知識

単勝元返し
直近での有名どころは2005年菊花賞 ディープインパクト 支持率79.03%
G1級レースでの単勝元返しは65年天皇賞秋 シンザン以来

クラシック史上最高の単勝支持率 63年菊花賞 メイズイ 83.2%
G1史上最高 57年天皇賞秋 ハクチカラ 85.9%
ダービー史上最高 ディープインパクト 73.4%

作者調べ(間違っていたらごめんなさい


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第21話 孤児ウマ娘、三冠ウマ娘に挟まれる

 

 

 

そんなこんなで、ダービーの翌週、6月の頭に無事に退院。

休学していた学園にも復学して、例の研究所でリハビリに励む日々だ。

 

約1年ぶり2回目の松葉杖生活も、もう慣れたものだよ。

機会がなければ一生慣れたくはないものだと思うけどさ。

 

ここで復学初日の様子を話したいと思う。

 

 

 

 

 

「ほんっ……とーに、ごめんなさいっ!」

 

朝、教室に入った俺をまず出迎えたのは、ニシノライデン嬢の後頭部だった。

いや、比喩でも何でもなく、頭の後ろ部分が目に飛び込んできたんだよ。

 

だって彼女、90度以上に腰を曲げて、大きく頭を下げる状態なんだから。

 

「ちょっとライデン! 段取り無視するな!」

 

「そうだよ! まずはクラッカー鳴らして、

 全員でお祝いする予定だったでしょ!」

 

「そう言われても、最初に謝らなきゃ気が済まなかったんだよ~!」

 

「うわあっ」

 

「ちょっ、あんた他より力強いんだから暴れないで!」

 

謝っているライデンちゃんに、他のクラスメイト達が予定と違うと騒いで、

駆け寄って取り押さえにかかると、ライデンちゃんはそれを振り払い、

それでも俺に謝ろうとして身体を揺すっている。

 

うん、これなんてカオス?

 

復学してきた俺になんかしてくれるつもりだったみたいなのは、なんとなくわかった。

よくよく教室内を見渡してみれば、黒板に大きく

『ファミーユリアンさん、退院&復学おめでとう!』と書かれている。

 

みんなの優しさが身に染みる。

本当にウマ娘は良い子たちばかりやでぇ……

 

とはいえ、このままでは収拾がつかない。

当事者本人がやるのも筋違いだろうが、ここは俺から申し出るしかないようだ。

 

何を隠そうこのクラスのまとめ役、委員長はこの俺なんだからな。

今の今まで言ってなかったけど、年明けのクラス替えの時、

それまで委員長を務めていたルドルフが異動になったんで、

それならと、ルドルフと一緒になって色々やっていた俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

自分で言うのもなんだが、転生しただけあって、他の子より精神年齢が上だし、

この通りみんな個性が強くて自分の主張をしたがる子ばかりなので、

割と適任なんじゃないかと思っている。みんな受け入れてくれたし。

 

というわけで、今はこの場を収めなければ。

 

「あのー、何が何だかわからないけど、とりあえず落ち着いて。

 あんまり騒ぐと他のクラスの迷惑になるし、先生が来ちゃうよ」

 

「それもそうね」

 

「ライデンが約束破るから~」

 

「本当にもう、色々な意味でごめんなさい~!」

 

だから騒ぐなと言うとろうに。

特にライデン、おまえだおまえ。

 

「ライデンさん、謝罪ならお見舞いの時にも聞いたよ。

 もういいから頭上げて、ね?」

 

「うぅ、100%わたしのせいなのに、怒るどころか

 笑顔で許してくれるなんて……」

 

「はいはい、もう気にしてないからこの件はこれでおしまい。

 はい、握手握手」

 

涙ぐんでいるライデンちゃんと握手して、無理やり終わらせる。

いま言ったようにお見舞いに来てくれた時にも謝ってくれてたし、

そもそも、彼女を責める気持ちなんか全然ないし。

 

「ファミーユリアンさん、やさし~」

 

「マジ聖人。聖女」

 

「ライデンは反省ね。いろいろな意味で、いろいろ」

 

はい、外野も煽らない。

これだから若い女子パワーは侮れない。

おじさんはついていくだけで精一杯ですよ。

 

「ところで、用意したクラッカー、どうする?」

 

「せっかくだから鳴らしちゃう?」

 

「爆竹もあるよっ」

 

爆竹娘はどこから用意したっ!

本当に先生が来ちゃって大事になるから、マジでやめれ。

 

俺がいない間、先生たちは苦労しただろうなあ。

 

 

 

 

 

昼休み。

 

毎度のように、ルドルフからの介護(汗)を受けながら

食堂まで移動してお食事タイムです。

 

「選抜レースの映像が見たい?」

 

「うん」

 

食べながら、ルドルフにそんな相談をしてみた。

 

だってさ、ライデンちゃんがあそこまで謝らなきゃって思ってるってことは、

相当なことをしでかしたってことでしょ?

謝られても、俺自身がどういう事故だったかを把握できてないから、

全然実感がなかったんだよ。淡白だったのにはそういう理由もある。

 

なので、実際の映像を見て、確認してみるしかないでしょ。

 

「どこかに残ってないかな?」

 

「記録用のものがあるとは思うが……おすすめはしないぞ」

 

眉をひそめて良い顔はしないルドルフ。

 

まあそうだろうなとは思う。

俺も、何が悲しくて、自分が事故った映像を見なきゃならんのだと思うし。

 

でも、ライデンちゃんの誠意に応えるためには、必要なことだろう。

2回もあそこまで謝ってくれてるんだから、俺としても向き合わないと。

 

「どうしてもと言うなら、止めはしないが……どうしてだ?」

 

ルドルフも疑問ももっともなので、ライデンちゃんのことを説明する。

 

「そうか、ニシノライデンがな。

 今朝、騒がしかったのはそのせいか。何事かと思っていたよ」

 

やっぱり、他のクラスにも筒抜けだったか。

クラッカー止めておいて正解だった。

 

「正直、彼女の責任は大きい。学園側も事態を重く見て、

 謹慎と出走停止の処分を下したくらいだからな」

 

「え、そうなんだ」

 

ライデンちゃん、処分食らってたのか。

なるほど、掛かり気味になっていたのも納得だ。

 

「出走停止はもう明けたの?」

 

「ああ。1ヶ月だったからな。今月からは出走できるはずだ」

 

「そう、よかった」

 

いまだに俺と同じクラスということは、

同じようにまだ勝利を挙げられていないということだ。

 

そんな折に、スカウトされる大きなチャンスである選抜レースに出走できないことは、

下手をすれば将来の可能性を削いでしまう結果にもなりかねない。

たった1回でも影響はなくはないだろうが、最低限で済んだのは幸いだった。

 

「………」

 

「? どうかした?」

 

「いや……」

 

そんなことを考えていたら、ルドルフが訝しげな眼付きで俺を見ている。

首を傾げると、ルドルフは少し言い淀んだ。

 

「相変わらず、君は優しいなと思っただけだ」

 

「?? ところで、どこに行けば映像見せてもらえるかな?」

 

「そうだな、まずは生徒会に行って相談かな?

 それから学園側との交渉ということになるんじゃないか?」

 

「そっか」

 

よくわからなかったが、質問にはちゃんと答えてくれた。

 

生徒会かあ。

なんだか敷居が高そうで今まで近づきすらしなかったが、

今回ばかりはそうもいかなそうである。

 

「じゃあ放課後にでも行ってみるよ。ありがとね」

 

「待てリアン。私も行こう」

 

「え? なんで?」

 

「その、言っては何だが、私もあれ以来、レースを見るのが少し怖くてな……

 特に4コーナーになると、心が落ち着かないんだ」

 

え、マジで?

大丈夫? トラウマになってない?

 

「だから、気持ちを吹っ切る意味でも、というわけだ。

 君と一緒にあのレースを見られれば、今後は大丈夫な気がする」

 

ルドルフもあのレースは見ていたはずだから、気持ちはわからないでもない。

親友が事故る様を生で、それも近くで見たとしたら……

 

弱弱しい笑みを見せながら言うルドルフに、俺は頷いて見せた。

 

「わかった、一緒に行こう。でも練習は?」

 

「トレーナーに言って、今日は休ませてもらう。

 ダメなら遅れていくさ」

 

「調整に支障出ちゃわない?」

 

「秋までレースには出ないんだ。問題ないさ」

 

それもそうか。

次走は9月のセントライト記念ですもんね。

 

「じゃ、一緒に行きましょ」

 

「ああ」

 

俺がそう言うと、ルドルフは笑顔を弾けさせた。

 

 

 

 

 

というわけで、放課後。

ルドルフもめでたく休みが取れたというので、2人で生徒会室の前へとやってきた。

 

生徒会というと、アニメでのルドルフのイメージしかないなあ。

エアグルーヴやナリブがいて、超多忙で厳格な感じ。

 

この時代はどうなんだろうか?

 

「いきなり来ちゃったけど、大丈夫かな?」

 

「生徒の要望に応えるのが生徒会の役目だ。

 少なくとも邪険にはされないさ」

 

「そうだよね」

 

アポとか必要だったらどうしよう?

でも、生徒会長(予定)が言うんだから、大丈夫だよね。

 

「それじゃ――」

 

ノックしようと、ドアの前へ向かおうとしたところで

 

 

――ガチャリ

 

「しっつれいしました~」

 

 

「――!」

 

ドアが開いて、中から誰かが出てきた。

いや、誰かじゃないな。

 

いま日本で、1番有名なウマ娘だと言っても過言ではない。

 

「ミスターシービー先輩……」

 

「おや?」

 

思わず口に出てしまったその名前。

その声に反応して、シービー先輩の視線が俺を捉えた。

 

「おやおやおや?」

 

先輩は渋い顔をしていたが、俺を見るなり、表情を緩ませる。

そしてドアを閉めると、こちらへ歩み寄ってきた。

 

「いったいどうしたんだい、その痛々しい姿は?」

 

「あ、えっと、ちょっと骨を折ってしまいまして」

 

「そっかー。アタシも骨じゃないけど、足元悪いから気持ちはわかるよ」

 

俺の話を聞いて、腕を組んでうんうんと頷く先輩。

史実のシービーも、蹄かなんかを悪くして、三冠以降は有馬も出られず、

翌年の秋まで休養してたんだっけな。

 

「お大事にね~。ファミーユリアンちゃん」

 

「はい、ありがとうござ――え? 私の名前……」

 

えっと、初対面だよね?

なんで俺の名前、というか顔を知ってるんだ?

 

「ルドルフのお友達として有名だからね」

 

「そうなんですか」

 

「そうなんですよ。ね~、ルドルフ~?」

 

そう言って、今度はルドルフのほうへ視線を向ける先輩。

一方のルドルフは、若干ではあるが、顔を険しくしていた。

 

「なんで君がここにいるのかな、シービー」

 

「なんでって、生徒会に呼ばれたからに決まってるよ」

 

「ほう、何か悪さでもしでかしたのかな?」

 

「さあ? ただ、まだレースには出られないのかって聞かれはしたね」

 

「そうか」

 

なんか、2人の間で火花が散ってそうな雰囲気なんですが?

今のうちから、三冠バ同士(予定)でライバル意識でもあるのか?

 

ルドルフってシービーにもわりとフランクな接し方してたと思うんだけど、

知り合いだったんだろうか? 年上のはずなのに呼び捨てだしな。

 

「そういうルドルフはどうなのさ?」

 

「私はリアンの付き添いだ」

 

「相変わらず仲良しさんだね~」

 

「何か言いたいことでも?」

 

「いやいや。結構なことだと思うよ。じゃ、そういうわけで……

 しっつれいしま~っす♪」

 

「ちょっ」

 

ルドルフとこんなやり取りをしていた先輩は、そう言うや否や、

たったいま出てきたばかりだというのに、ドアを開けて生徒会室の中へリターン。

 

ルドルフも俺も、止める間もなかった。

 

「ミスターシービー? つい今しがた出ていったと思いましたが?」

 

「今度はアタシのほうの用ができたから、また来たよ♪」

 

「そうですか」

 

そ~っと中を覗いてみると、シービー先輩は向こう側、

執務机についている茶色い長い髪のウマ娘と話している。

 

「おや、来客ですか?」

 

「!」

 

やべ、覗いてるのバレた。逃げるか?

いや、そもそも生徒会に話があって来たんじゃないか、逃げてどうする。

 

「あの~私、ちょっと相談があって来たんですけれども……」

 

「付き添いですが、私も構いませんでしょうか?」

 

ドアから顔だけ覗かせて、様子を窺ってみる。

ルドルフは俺の後ろから、堂々と姿を見せて言い放った。

 

こういうところ性格出るよなあ。

さすがルドルフは物怖じしない。尊敬する。

 

「あなたたちは……よろしい、お入りなさい」

 

許可は下りたが、どうなるかわからないので、

おそるおそるゆっくりと室内へと入っていく。

 

「ふふ、そう怯えずとも、とって食べたりはしませんよ」

 

そんな俺の様子がおかしかったのか、奥の彼女はおもしろそうに笑う。

 

「適当に座ってください。テン、彼女たちにお茶を」

 

「副会長にお茶汲みさせるな。グラスにやらせろ」

 

「はいはい、私がやりますよ」

 

……うお、他にも人がいたのか。全然気が付かなかった。

 

えっと、奥の彼女に『テン』って呼ばれてたのが、栗毛の短い髪の人だな。

前髪の流星が見事で、腕組みしている姿は、どことなく雰囲気がナリブに似ている。

 

そして、テンって人から話を振られた『グラス』って人が、

黒髪ロングの落ち着いた雰囲気だが、すごい大柄な人だ。180くらいありそう。

お胸もアケボノクラスだ。

 

「リアン、座らせてもらおう」

 

「あ、うん」

 

ルドルフに促され、室内中央にある応接セットのソファーに腰を下ろす。

 

「アタシも~♪」

 

「ぇ……」

 

このソファー、3人座っても余裕があるくらいの大きさがあるのだが、

なんとシービー先輩も俺のすぐ横に座ってきた。

図らずも俺は、現役三冠バと、三冠バ(予定)にサンドイッチされる格好。

 

2人合わせれば、史実のG1合計11勝というとんでもないことに。

 

なんだこの構図は……

というか、先輩は何がしたいんだ? さっぱりわからん。

 

「粗茶ですが」

 

「あ、どうも」

 

グラスさんが、俺たちの前に人数分のお茶を置く。

そして、反対側にも3人分。

 

奥にいた彼女と、栗毛の人、グラスさんも、

奥の人を中心にして対面のソファーに並んで腰かけた。

 

「まずは自己紹介から始めましょうか。

 私はトウショウボーイ。生徒会長を務めております」

 

ふおおお……『天馬』キター!!!

 

なんということでしょう。

ルドルフの先代の会長が誰だったのか、ウマ娘ファンなら誰しもが気になると思うが、

この世界線ではお助けボーイがその任に当たっていたようだ。

 

思わず歓声が上がりかけて、我慢するのが大変だったぜ。

ということは、会長から『テン』と呼ばれた彼女と、

『グラス』って呼ばれた彼女は、もしかしなくても……

 

「副会長をやっている、テンポイントだ」

 

「グリーングラスと申します。書記をやらせていただいてます」

 

やっぱりそうか。

『TTG』時代を形成した3頭が、先代の生徒会だったんだな。

 

『流星の貴公子』と『緑の刺客』かあ。

 

ダブル三冠バに加えて、いち時代を築いた超一流ばっかりや……

俺、とんでもなく浮いてない? 少なくとも、俺の心は浮きまくってます。

 

「ご用件は?」

 

「あ、は、はい。私、ファミーユリアンと言いまして……」

 

天馬様から直接尋ねられて、ドキッとしてどもってしまう俺。

い、いかん落ち着け。聞かれただけで動揺してどうする。

中身の小心ぶりがモロバレですな(汗)

 

「ミスターシービーでーす♪」

 

あろうことか、このタイミングで自己紹介するシービー先輩。

いや、全員知ってますって。なんでわざわざ言ったし。

 

「なぜ君まで自己紹介する必要がある」

 

「自己紹介から始めるって会長さんが言ったから。

 ルドルフはしないの?」

 

「……シンボリルドルフです。リアンの付き添いで来ました」

 

思わず突っ込んだルドルフに、さも当然のごとく、真顔で言う先輩。

これにはルドルフも呆気に取られたようで、

相手にしていられないとばかりに、諦めた様子でそう言った。

 

「話が進まん。ファミーユリアンとやら、早く用件を言え」

 

「は、はい」

 

テンポイント副会長から促されてしまった。

やれやれという感じから察するに、生徒会の皆様も、

シービー先輩の奇行には手を焼いているようだな。

 

「私は4月の選抜レース、2000m戦に出たんですが、

 そのレースで事故に遭い、この通り骨折してしまいました」

 

「聞き及んでいます。大変だったそうですね。

 学園としても生徒会としても、これは由々しき事態ですので、

 再発防止に努めていくことをお約束いたします」

 

「で、何が言いたい? 文句でも言いに来たってわけか?」

 

「あ、いえ、そうではなくてですね」

 

会長さんは物腰が柔らかく丁寧で、品もあってすごくやさしそうなんだけど、

副会長は貴公子なんて二つ名とは裏腹に、荒っぽい印象でちょっと怖い。

 

「そのレースの映像をまだ見ていなくて、

 残っているのなら見せてもらえないかと思い、

 こうして相談に伺った次第です」

 

「自分が事故に遭ったレースの映像を?」

 

「はい。実は……」

 

やっぱり自分の事故映像を見たいというのは変なのかな?

会長さんにも、副会長にも首を傾げられてしまった。

 

ライデンちゃんの件を説明する。

 

「そうですか、ニシノライデンさんが」

 

「はい。なので、自分でも確認したいんです。

 どういうレースで、どういう事故だったのかを」

 

「……」

 

「映像があるなら、どこにあるのかお教え願えませんか。

 それと可能なら、学園側との交渉もお願いしても?」

 

「わかりました」

 

会長さんはそう言って頷くと、立ち上がった。

そして、自分の執務机へと向かい、机上にあるパソコンを操作し始める。

 

「あの……?」

 

「映像はここにあります」

 

「え?」

 

何してるんでという俺の声に、会長さんは作業の手は止めずに言う。

 

「生徒の個人データの管理も生徒会の仕事のひとつですので、

 選抜レースの映像もすべて記録してあります。

 のちのちのトレーニングで必要になることもありますからね」

 

「本当ですか。見せていただくことはできますか?」

 

「もちろん。グラス、そっちのタブレットに映像データを送りますから、

 受け取り次第、見せてあげてください」

 

「了解です。……どうぞ」

 

いつのまにかグラスさんがタブレットを持っていて、

しばらくしてデータの受信が終わったのか、プレイヤーで再生して見せてくれた。

 

「………」

 

食い入るように、レース映像を見つめる俺たち。

ルドルフは昼休みでの発言通り、少しつらそうにしていた。

 

途中、意識してなのかはわからないが、手を俺の手に重ねてきて少し驚いた。

お母様と同じアクションだーね。さすが母娘。

大丈夫だとの思いを込めて、俺からも重ねてあげた。

 

さてレースだが、4コーナー手前までは、どこにでありそうな普通な展開。

しかし、残り600のハロン棒を通過した直後に、異変は生じた。

 

内側にいたライデンちゃんが強引に進路を切り開こうとして、外側へと動いた。

急な動きだったので、見るものが見れば、いや、これは立派な斜行。

 

すぐ外側にいた子が、これに驚いて大きな回避行動をとり、

さらに外にいた俺と接触。バランスを崩した俺は、立て直せずにそのまま左側へと転倒する。

 

「うわあ……」

 

反射的に声が出てしまった。

自分のことながら、よく骨折程度で済んだなっていうくらいの吹っ飛び方だった。

外ラチ近くまで行ってるもんな。何メートル飛ばされてんだよ……

 

正直に言う。予想してた以上だったわ。

 

そりゃライデンちゃん、あれくらい必死に謝ってくるわ。

直接ぶつかった子が、お見舞いに来てくれた時に泣いちゃったのも納得。

 

俺が逆の立場だったら、自責の念で退学すら考えるくらいだもの。

まさに交通事故レベルの大事故だった。

 

「リアン、大丈夫か?」

 

「うん、なんとかね。ちょっと想像してた以上だったけど。

 ルドルフこそ大丈夫?」

 

「……ああ、私も何とかな」

 

やはりつらそうではあるが、目は逸らさないで見られたようだし、

本人もこう言ってるから大丈夫だろう。

 

途中、重ねられてた手に力が入ってたのは、内緒にしておいてあげるよ。

もちろん俺が事故った瞬間のことね。

 

「確認はできましたか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「礼には及びませんよ」

 

尋ねてきた会長さんに頭を下げると、会長さんは微笑んでくれた。

が、その表情はすぐに引き締まる。

 

「先ほども申しましたが、この事故は私たちとしても痛恨の極みです。

 謹んでお見舞い申し上げるのと共に、再発防止を誓います。

 だからこそ、ニシノライデンさんにも処分を下したのです」

 

「その割には、甘めの処分だったけどな」

 

「禁忌を犯してしまったとはいえ、あの子にも将来があります。

 その芽を摘んでしまうわけにはいきません」

 

「わかってるよ。愚痴ってみただけだ」

 

「テンのそういうところ、私は好きですよ」

 

「よせよ、おまえに好かれてもうれしくない」

 

「ふふ、素直におなりなさいな?」

 

「よせと言ってるだろ!」

 

なんか、会長と副会長の間で口論?が始まってしまった。

いいんですか、という視線をグラスさんに送ると

 

「いいんですよ」

 

にっこり笑顔で肯定される。

 

「あの2人はいつもあんな感じです。放っておきましょう」

 

……さいですか。

まあ誰よりも2人を知るであろう貴女が言うなら、そうなんでしょうね。

 

「さあて、用も済んだし、アタシはお先に失礼するね~」

 

隣のシービー先輩はそう言って立ち上がると、

ん~っと伸びをしてから、部屋から出ていった。

 

あのひと足が悪いんだよな?

そう思わせないくらい軽そうな足取りだったのは気のせいか?

 

そういえば『用ができた』って言ってたけど、どういう意味だったんだろう?

特に何もしないで帰っちゃったぞ?

あそこで俺たちが出会ったのは偶然だし、全然わからん。

 

なんにせよ、目的は果たせたしよかった。

会長さんも、何かあったら頼ってきなさいって言ってくれたし。

 

とにかく、早く怪我を治さないとね。

話はそれからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん、あの子がルドルフの()()()()()かあ。

 ……楽しくなりそう♪」

 

 

 




シービーのキャラもよくわからない……
こんなんでいいのかな(汗)

先代生徒会はTTGにしました。

シンザンは年代が離れすぎてるし、娘が入学している関係で出せない。
となると他に候補が……
ちょこちょことはいるけど、なかなか3人大物が揃わない。

となればTTGっしょ!
こんな流れで決まりました。


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第22話 孤児ウマ娘、夏のエンカウント祭り

 

 

 

 

7月になった。

 

俺は相変わらずリハビリ三昧の日々を送っている。

ようやくギプスが取れて、通常の歩行ができるようになったくらい。

前回の骨折とは比較にならないくらい、時間がかかっている。

 

まあそりゃそうか。

前は入院もなかったし、手術もしなかった。

 

研究所の人の見立てでは、リハビリだけでも

今年いっぱいくらいはかかりそうとのことである。

 

現段階でこの状況だと、通常メニューへの復帰が、早くて来年の頭。

それ以降の見通しは、現状では正直わからない。

完治したところで、以前と同じように全力疾走できるのかという疑問もある。

 

医者からも研究所からも、焦りは禁物、ゆっくり確実にやっていこう、

との言葉をいただいている。

 

俺としても、実年齢通りの子供じゃないんだから、

ありがたいお言葉に従って、粛々とリハビリに励むのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ私は合宿に行ってくる」

 

毎年恒例の合宿の時期となった。

寮の部屋で、荷物を詰めたボストンバッグを肩から下げ、ルドルフが言う。

 

「私が不在の間、くれぐれも無理はしないでくれよ」

 

「はいはい、信用ないなあ」

 

前科の件は、いまだに許してもらえないらしい。

本当に心配そうな顔になっているのが、つくづく申し訳なく感じる。

 

もう普通に歩く分には問題ないし、リハビリにも、

いつものようにシンボリ家の人がついてくれるから大丈夫だよ。

 

ルドルフのことだから、合宿中、その人を通じて監視されそうだ。

 

マジのマジで無理はしませんから、ご心配なく。

それよりも、自身の三冠のほうを大切にしてください。大マジで。

 

「じゃあいってくる」

 

「いってらっしゃい。がんばってきてね」

 

「ああ」

 

ルドルフを送り出して、お迎えの時間まではまだ少しある。

 

ん~、どうするか。

今日は足の調子もよさそうだし、ちょっとその辺の散歩でもしてくるかな。

まだ朝だから、外もそれほど暑くないだろ。

 

よし、行くか。

 

 

 

 

 

「……あぢぃ」

 

失敗した。いや、マジで。

東京の夏の暑さを舐めていた。何この暑さ、普通に死ねる。

まだ7時台だというのに、この暑さは何だ?

 

考えてみれば、トレセン学園は東京でも内陸部にある。

都心よりも暑いかもしれない。

 

とりあえず、どこかの木陰ででも一休みしよう。

ちょうどよく、三女神像の近くで、日陰になっているベンチを発見、

そこで休むことにした。

 

「……また失敗した」

 

重ねてポカをした。

腰を下ろす前に、自販機ででも飲み物を確保してくるべきだった。

喉が渇いてしょうがない。

 

座ったばかりで立ち上がるのは億劫だが、仕方ない。

ついでだからカフェテリアまで行って、少し涼んでから部屋に帰ろう。

 

「ファミーユちゃん♪」

 

「……え?」

 

立ち上がろうとしたところで、声がかけられた。

俺のことを前半の名前でちゃん呼びするのは、現状ではこの人だけだ。

 

「シービー先輩?」

 

「おっはよ~」

 

「おはようございます」

 

シービー先輩は笑みを浮かべながら、こちらへ歩み寄ってくる。

……汗だくで。

 

「あの、汗びっしょりですけど、何をされているんです?」

 

「さんぽ♪」

 

「……そうですか」

 

ひとコマ漫画のように、雨の中をずぶ濡れで散歩するような人だ。

汗だくで散歩していても不思議はない、のか?

 

「ちょうどいいところに見つけたよ。

 アタシもご相伴に預からせていただいてもよろしいかな?

 もちろんタダでとは言わないよ。これでどうだっ」

 

シービー先輩はそう言いつつ、スポーツドリンクのペットボトルを

両手に1本ずつ、合計2本を差し出した。

 

「場所を提供してくれたら、1本分けて進ぜよう。どうかな?」

 

「いや、何も私の所有物じゃないんで、別に……」

 

このベンチは学園のもの、いわば公共物なわけだ。

座りたければ好きに座ればいいのでは? 1人用というわけでもない。

 

「いらない?」

 

「……要りますけど」

 

「じゃあはい、どーぞ」

 

「……いただきます。ありがとうございます」

 

「んっ。じゃあ失礼して」

 

まるでタイミングを計ったかのような偶然。

しかし本能には逆らえず、俺は先輩から1本を受け取って、

先輩は俺の隣に座って、早速キャップを開ける。

 

「っぷは~。この一杯のために生きてるねぇ」

 

おじさん臭いです、先輩。

せっかくもらったんだし、俺も飲むとするか。

 

冷たくておいしい。

どうやらすぐ近くで買ってきたもののようだ。

 

「シービー先輩は合宿じゃないんですか?

 ルドルフはさっき出発していきましたよ」

 

「あー、アタシはさあ、ほら、足が悪いから」

 

「はあ」

 

なんだろ、参加辞退でもしたんかな?

そんなに悪いのか。

 

「リハビリ中なもの同士、仲良くしようよ」

 

「はあ」

 

にっこり微笑む先輩だが、その笑みには、なんだか含むものを感じる。

まさかとは思うが、サボりじゃないですよね?

 

復帰する気ないのか?

秋のシーズンにはまだ時間があるとはいえ、そろそろ本腰入れないと、

本当に間に合わなくなっちまうぞ。

 

「ところで、最近よく会うよねぇ」

 

「はあ、そうですね」

 

よく言う。

 

このまえ生徒会室で会う前までは、接点なんか全然なかったのに、

あれ以降はちょくちょく顔を合わせているんだ。

会うというよりは、気付けば視界の中にいる、という感じかな。

 

そのたびに先輩は、笑顔でこちらに手を振ってくる程度で、

具体的な接触という感じではないけど、意図的だとしか思えない。

 

「ファミーユちゃんはさ」

 

「なんです?」

 

「レースって何だと思う?」

 

「はい?」

 

唐突に何だ?

まさに、どうした急に、だぞ。

 

「ファミーユちゃんはまだデビューしてないからわからないだろうけど、

 あの大観衆の前で走って、1着になれたときは、それはもううれしいよ。

 ウマ娘に生まれて良かった~、って思うよ」

 

「はあ」

 

「でもね、その一方で、アタシってなんだろう、

 ウマ娘って何だろうって思うんだ。マスコミとかメディアに、

 勝手に期待されて、タブーだのなんだの騒がれて」

 

「………」

 

「そんなの、勝手に作られたものに過ぎないのにね」

 

そう言って笑う先輩は、少し寂しそうに見えた。

 

『タブーは人が作るものにすぎない』

 

……なんてキャッチフレーズがあったなあ。

何かと話題には事欠かない馬だったみたいだし、

常人には及びもしないような考え方をしているのかもしれない。

 

「ウマ娘は何のために走るのか。

 ファミーユちゃんはどう思う?」

 

「急に聞かれても……でも、ひとつだけ言えることがあります」

 

「ほほう、何かな? 聞かせて」

 

まあなんにせよ、俺には小難しいことなどわからんよ。

先輩が何を考えているのかもわからん。

 

俺が走る理由はただひとつ。

 

「私は、()()()()のために、走るってことです」

 

「自分、自身……」

 

文字通り、未来の生活がかかってますんでね。

ここで活躍できなければ、頭下げて孤児院に戻って、

肉体労働に精を出すしかない。

 

「ええと、それって、要はお金ってことかな?」

 

「早い話がそうですね。先輩がご存知かどうかわかりませんけど、

 私は最初から親がいない子なので、割と切羽詰まっているんですよ」

 

「……っぷ」

 

俺の答えに、先輩はしばらく呆気に取られたような顔をしていたが、

やがて小さく噴き出して笑い出した。

 

「あっはは、なにそれ。普通は建前でも、

 誰かのために~とか言うところじゃないの?」

 

「生憎と、そんな高尚な感情は、

 どこぞの誰かさんのおなかの中に忘れてきたようですね」

 

「えぐいことをサラッと言ったね」

 

「そうですかね?」

 

誇りやプライドなんかじゃ、おまんまは食べられないのです。

背に腹は代えられないのです。

 

生まれてすぐの我が子を捨てた、血が繋がるだけの、

冷徹な“他人”のことなんて知りませんね。

 

「ふふっ、思った通りの面白い子だなあ君は」

 

「お眼鏡に適いましたか?」

 

「うん、合格♪」

 

「よかったです」

 

結局、シービーさんは何が言いたかったのかね?

転生前から思っていたけど、こうして実際に話してみても、

よくわからない人という印象しかない。

 

「さってそれじゃ、アタシは行くね~。

 トレーニングしなきゃトレーニング~♪」

 

立ち上がって去っていく先輩を、黙って見送った。

 

……あれ? 足が悪いのでは?

やっぱりよくわからない人だった。

 

 

 

 

 

カフェテリアにやってきた。

というのも、空になったペットボトルを捨てるためだ。

 

こういうリサイクルには早くもうるさいのよね、トレセン学園。

1番近いゴミ箱のある場所がここだった。

きちんと分別して捨てないとね。

 

「あら、リアンちゃんじゃない」

 

「マルゼン先輩」

 

すると、中から出てきたマルゼン姉さんと鉢合わせ。

 

「これから朝ごはん?」

 

「いえ、これを捨てに」

 

そう言って、手にしているペットボトルを示す。

朝食はもうさっき、ルドルフが出かける前に済ませました。

 

「足の調子はどう? 何かあったらすぐにお姉さんに言ってね」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 

相変わらずの気さくなお姉さんだ。

このひと何年学園にいるんだなんて疑問は、危険なので口にしてはいけない。

 

「先輩こそどうしてここに? ルドルフはもう出発しましたよ?」

 

ルドルフと同じチームだったはず。

マルゼン姉さんも合宿に不参加なのか?

 

「あたしはタッちゃんで直接行くから、時間はまだ大丈夫なのよ」

 

「そうなんですか」

 

タッちゃんって、何かと思ったら、姉さんの愛車か。

カウンタックだったかな。えらい車乗ってるよねしかし。

 

普通にウン千万クラスだと思うんですけど、どうやって買ったんだ?

父親のおさがりなんて説もあったが、いずれにせよ、さすが超一流は違うね。

 

ちなみに、『たっちゃん』という音だけ聞くと、どうしても

タ〇チを思い浮かべてしまう俺は間違いなくおっさん。

マルゼン姉さんは「甲子園に連れて行って」とか言わない、たぶん。

 

「じゃああたしは行くわね。リアンちゃんは?」

 

「私は少し涼んでいきます」

 

「それじゃ、また会いましょ」

 

手を振って姉さんと別れ、カフェテリアの中へ。

せっかくだから、お茶でも飲んできますか。

 

 

 

 

 

「……やっべ、のんびりしすぎた」

 

お茶を頼んでまったりしていたら、いつのまにやら

お迎えの来る時間が間近に迫っている。

 

早く部屋に戻って支度せねばならない。……が。

 

「走れないんだよなあ」

 

通常歩行には問題ないが、走ることはいまだに禁じられている。

ジョギング程度の軽い走行も禁止。

こんなところで禁を破って、予定に狂いを生じさせてはまずい。

 

致し方なし。

運転手さんには悪いが、少し待ってもらおう。

 

幸い携帯は持ってきてるし、運転手さんの番号も教えてもらってあるので、

少し遅れていくことを伝え……あら?

 

「新着メッセージがある。……げ、シリウスじゃんか」

 

携帯を取り出してみたら、シリウスからのメッセージが来ていた。

 

『リアンどこだ? 至急連絡しろ』

 

相変わらず俺様な文面である。

 

なんであいつが俺の居所を気にしてるんだ?

疑問に思わないでもなかったが、特に何も考えずに返信した。

 

『カフェテリア』

 

『わかった、すぐ行くから待ってろ』

 

超速で既読がついて、返信もあった。

は? すぐ来るって? なに、どういうこと?

 

いや、待っていられないって。

部屋に戻って出かける支度しなきゃいけないんだから。

 

立ち上がってカップを片付け、カフェテリアから出ようとする。

 

「リアンッ!」

 

「うわ」

 

そしたら、カフェテリアから出る前に、シリウスが飛び込んできた。

はやっ、もうやって来たのかよ。

 

「捜したぞ。何してるんだ」

 

「なにって……え、なにこれ?」

 

なんで俺、シリウスに捜されてるの?

訳が分からない。

 

「早く来い。リハビリに行くんだろ」

 

「そうだけど、なんであんたが?」

 

「いいから早くしろ。車はもう着いてるんだぞ」

 

「だから説明を――うひゃあっ!?」

 

恥ずかしながら変な声が出てしまった。

なぜかって、シリウスにいきなりお姫様抱っこをされてしまったから。

 

「走るぞ」

 

「待っ――ひぃやぁあああ!」

 

そしてそのまま走り出すシリウス。

俺は情けなくも、悲鳴を上げるしかなかったのである。

 

夏休み中だから、普段よりも少ないとはいえ、他のウマ娘たちの姿もあった。

そんな彼女たちから黄色い歓声が上がるのが、なんとなく聞こえた。

 

「ちょっ……待っ……待てやこらあっ!」

 

「うるさいな、舌を嚙んじまうぞ」

 

「……はあ、はあ」

 

振動に揺られつつも思い切り叫ぶと、シリウスは止まってはくれなったが、

少しスピードを落としてくれた。

 

「とりあえず説明して。どういうことなの?」

 

「ルドルフから合宿に行ってる間、おまえの世話を頼まれた。

 部屋に行ってみたがいなかった。

 で、携帯に連絡したらカフェテリアにいるというから、行った」

 

うん、見事な今北産業ありがとう。

 

ルドルフから頼まれたって? あんにゃろ、そこまで心配か。

いやそれはいいとしても、あのシリウスが、ルドルフの言うことを聞いた、だと?

 

「ったく、なんで私が。ルドルフのやつ、今に見てろよ」

 

悔しそうに言うシリウス。

何が何やらわからないが、今回は素直に従っているようだ。

 

「というか、なんで部屋にいないんだよ。

 もうお迎えの時間だろうが」

 

「それはその……ちょっと散歩に出たら、思いのほか時間が……」

 

「っちい、めんどくせえなもう」

 

「……」

 

それについては申し訳ない。

ギロリとシリウスから睨まれてしまったこともあって、少したじろいでしまった。

 

お姫様抱っこされているので、至近距離から見上げる格好なシリウスの顔。

本当にこいつイケメンだよなあ。性格は残念だけど。

 

「なんだ? 私の顔に何かついているか?」

 

「……いや、なんでも。こんな格好が恥ずかしいだけ」

 

「好きでやってるんじゃないからな。急いでいるから仕方なくだ」

 

「わかってるよ」

 

不意に目が合ってしまい、慌てて視線を逸らした。

別に深い意味はない。断じてない。

 

「1回部屋に戻るんだろ? 手ぶらだしな」

 

「うん、お願い」

 

「ったく、世話の焼ける」

 

「ごめんね、心配かけて」

 

「詫びる気があるなら、1秒でも早く治せ」

 

「うん、そうする」

 

「ったく」

 

「……」

 

「軽すぎるぞ。もっとメシ食え」

 

「努力はしてる」

 

「ったくよぉ」

 

「………」

 

こうして俺は、ぶつぶつ文句を垂れる様子を眺めながら、

シリウスに部屋まで運んでもらった。

格好はあれだが、案外悪くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でございました。また明朝参ります」

 

「お疲れ様でした。お気をつけて」

 

午後5時半。

寮の前まで送ってもらって、運転手の人にお礼を言って別れる。

 

「……はぁぁ」

 

自ずと漏れる大きなため息。なんかどっと疲れが来てしまった。

 

今日はなんだか朝から大物と遭遇してばかりだし、

今日のリハビリはまた一段と厳しかったなあ。

 

心身ともに限界という感じ。

早く部屋に戻ってゆっくりしたい。

 

「こんばんは、リアンさん」

 

「あ、どうも」

 

ここで声をかけられたので振り返ると、いつもの緑スーツ姿のたづなさん。

隣には、なんと理事長もいる。

 

「リハビリからのお帰りですか?」

 

「はい。お二人も今日はお帰りですか? お疲れ様です」

 

「ありがとうございます」

 

「定時! 幸せな響きだな」

 

理事長、それ、世にごまんとあるブラック企業の経営者に言ってあげてください。

きっと多くの人が感謝してくれますよ。

 

「リハビリ大変そうですね」

 

「そうですね。でも、復帰するためには頑張らないと」

 

「無理はしないでくださいね」

 

「不撓! 諦めなければ道は開ける」

 

「はい」

 

2人の言葉に頷いて見せる。

元より諦めるつもりなんてありませんからね。

何が何でも復帰してみせますよ。トウカイテイオーみたいに。

 

「では私たちはこれで。おやすみなさい」

 

「お疲れ様でした」

 

頭を下げて、退勤していく2人を見送る。

 

ビックリした。

ここであの2人に会うとは思わなかったよ。

 

なんだこれ? 今日は罰ゲームか何か?

これ以上誰かと出会わないように、さっさと部屋に戻るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってなことがあったんだよー」

 

『はは、そうか』

 

風呂あがり、部屋でベッドに横になってまったりしていたら、

ルドルフから電話が来たので、だべっている最中だ。

 

今日あったことを愚痴ると、ルドルフは苦笑気味に相槌を打ってくれた。

 

朝にルドルフと別れてから、シービー先輩に会って、

それからマルゼン姉さん、シリウス。

 

リハビリを終えて疲れて帰ってきてみたら、

とどめとばかりにたづなさんと理事長が登場だ。

特に苦手意識があるとかじゃないけど、不意だと心臓に悪い。

 

今日の俺は呪われていたとしか思えないよ。

 

プラス、生徒会メンバーとかとも会っていたとしたら、

ダブル役満を通り越してグランドスラム達成だったぜ。

 

「というか、なんでシリウスに世話なんか頼んだんだよ~。

 シリウスもシリウスで、どうして今回は言うこと聞いてるの」

 

『すまない、どうしても心配になってしまってな。

 シリウスについては、そうだな、もう時効だろう。話してしまおうか』

 

え、なに?

もしかして、シリウスの弱みか何か握ったわけ?

それは俺もぜひ聞きたいね。

 

『君が選抜レースで事故に遭った際、最初に救護に向かったのがシリウスなんだ』

 

「え……」

 

な、なにそれ? あいつ、俺と一緒に走ってたじゃん?

そんなことできるわけが……

 

『そう、君が目の前で転倒したから、急ブレーキをかけて止まって、

 わざわざ引き返していったそうなんだ。私もショックで気が動転してしまったから、

 直接は見ていないというか覚えていないんだが』

 

「そう、なんだ……」

 

いま明かされた、衝撃の事実。

俺自身も気を失ってしまったから、もちろん覚えていない。

 

わざわざ止まって引き返したということは、当然ゴールはしていないだろう。

競争中止という結果になったはずだ。

 

生徒会でレースを見たときは、事故シーンを見て満足してしまい、

そのあとは見ていなかったから気付いていなかった。

 

あいつ、自分のレースを放棄してまで、俺を助けに来てくれたのか。

 

『あの子はあの子で、いいところもあるんだよ。

 普段はあの通りだから誤解されがちだが、君にもわかってほしい』

 

「……うん」

 

これは、少し、いやかなり、見方が変わるなあ。

明日からは、ちょっぴり、ほんの少しだけ優しくしてあげようかな?

 

『このことをリアンにばらすと脅したら、大人しく聞いてくれたというわけだ。

 そんなわけで、シリウスには内緒でお願いする』

 

「わかってる」

 

こんなこと、あいつに言えるわけないでしょ。

言われるまでもなかった。こっちのほうが恥ずかしくなってしまうわ。

 

今日のお姫様抱っこの件もあるし、しばらくは、

あいつの顔をまともに見られないかもしれない。

 

 

 

 




20話を超えてなおデビューどころか、故障リハビリ中のウマ娘小説があるらしい


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第23話 孤児ウマ娘、三冠を見届ける

 

 

 

 

季節は夏を超えて、秋を迎えた。

9月も中ごろに入ると、30度を超えることもまれになり、

過ごしやすくなってきた今日この頃。

 

ルドルフが夏明けの初戦を迎えた。

中山レース場でのセントライト記念。

 

日曜日が開催日なので、毎週日曜はリハビリの休養日でもある。

よって、大手を振って応援に行けるというわけだ。

 

例によって負けるとは全く思わないけど、

夕べもルドルフに応援に行くって言ったら、皇帝陛下は

大いに喜んでいたので、これくらいならお安い御用でさ。

 

ここでちょっとしたドッキリを仕込んでやった。

 

かなり早い時間からパドックに張り付いて、

正面の最前列に陣取ってやったのさ。

 

出てきた瞬間に笑顔で手を振ってやったら、あいつ、どんな顔したと思う?

 

目を丸くして硬直したんだ。吹き出しそうになったぜ。

でも即座に我を取り戻して、いつもの姿に戻ったのはさすがの一言。

 

肝心のレース自体も貫禄の圧勝で、三冠に向けて視界ヨシ!

 

 

 

レース後、帰路の電車の車内で、ルドルフからメッセージが届いた。

 

『粋な応援をしてくれたお返しをしないとな(#^ω^)ピキピキ』

 

 

……。

 

………。

 

お、お手柔らかにお願いします……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月度の選抜レースの日。

 

選抜レースの開催日は、基本的に授業はない。

自習するか、自主的にトレーニングするか、休養するかになる。

トラックコースは使えないから、トレーニングは坂路かプールだ。

 

まだ復帰できていない俺は、必然的に勉強か休むかの二択になるわけだ。

 

レースを見るという手もなくはない。

実際に、レースを見に行った月もある。

だけど今回は何となく気が乗らなかったので、図書室に行って、

適当に勉強しながら過ごしていた。もうすぐ2学期の中間テストもあるしな。

 

午後3時を過ぎ、そろそろいいかなと思って、手を止めて帰り支度を済ませる。

 

もう最終レースも終わっている時間だ。

選抜レース終了後は、終業していいことになっている。

 

寮に直帰しても構わないけど、一応は教室に顔を出しておくかな?

ほら、俺ってクラス委員長だし、誰かいたら声掛けくらいしておかないとさ。

 

もしかしたら、今日のレースでスカウトされた、って子がいるかもしれない。

だったらぜひとも祝福してあげないとね。

いろいろ優しくしてもらっているので、俺もみんなに優しくしてあげたいところ。

 

そう思って自分のクラスへと足を向ける。

 

選抜レースがあるたびに、クラスからぽつぽつとスカウトされていき、

転籍に伴って1人、また1人と人数が減っていく。

即ち、勝利を挙げることができたというわけだ。

 

非常に喜ばしいことではあるが、一方で非常に複雑でもある。

 

自分はいったいいつまで、A組に留まり続けるのだろうか。

はたして、B組に上がれる日は来るのか?

 

そう考えると、心にどす黒いものが満ちてくる。

 

「……やめやめ」

 

暗い気持ちを振り払うため、わざと声に出して、首を振った。

 

なにも俺だけがそんな思いを抱えているわけじゃない。

A組は全員そうだと思う。

みんながみんな、そんな恐怖と日々戦い、抗い続けているのだ。

 

さて、誰かいるかな?

 

「おい~――」

 

「あっ、ファミーユリアンさんっ!」

 

「――っすう!?」

 

教室に入りながら声を掛けたら、誰かが目の前に立ちはだかって、

思わずぶつかりそうになってしまった。

 

ったく、誰だよ、いきなり人の目の前に飛び出してくるのは。

 

「聞いて聞いて! 私っ、いの一番にあなたに報告したくて、

 あなたが来るのを待ってたんですよっ!」

 

「ら、ライデンさん?」

 

「はいっ、ニシノライデンですっ」

 

誰かと思えば、ニシノライデンちゃんだった。

見れば体操服姿のままで、随分と浮かれているようだが、何か……

 

あ、なるほど、これは……

 

「スカウトされた?」

 

「はいっ!」

 

「そっか、よかったね、おめでとう」

 

「ありがとうございますっ!」

 

先んじて言ってあげると、ライデンちゃんは満面の笑みで頷いた。

 

ついにスカウトされたか。

今の今までされてなかったのが、むしろおかしかったんだよなあ。

 

「ライデン、自分のレースが終わってスカウトの話を受けてから、

 ずっとリアンさんを待ってたんだよ」

 

「そわそわそわそわしながらね~」

 

「着替えもしないで、まだかなまだかな~って首を長くしながらさ」

 

「おまえはキリン娘かっての」

 

「え、それは悪いことしちゃったな」

 

ライデンちゃんと一緒に教室にいた連中から、

これまでの様子が語られた。

 

ずっと図書館に籠りっぱなしだったからなあ。

せめて距離別のすべての組が終わるタイミングくらいでは、

様子を見に来てみるべきだったか。

 

「いいのいいの。私が勝手に待ってただけだから」

 

笑顔を崩さずに言うライデンちゃん。

良い顔だ。

 

あんなことがあったけど、彼女には引き続き頑張ってもらいたい。

原作では取れなかったG1にも、手が届くくらいになってほしいね。

 

「とりあえず、シャワーを浴びて着替えておいで。

 待ってるから、話はそれからでもできるよ」

 

「うん、そうします。それじゃねっ」

 

足早に去っていく彼女を、他のみんなと同じく微笑ましく見守る。

 

よかったよかった。

未勝利で終わるような子じゃないんだからさ。

 

だけどそういう、思い立ったが即行動、みたいな短絡思考は、

絶対に直したほうがいいと思うよ。

じゃないとまた斜行しちゃうよ。がんばれ。

 

 

 

翌月には早くもデビュー戦を迎えたライデンちゃんは、見事に初戦で勝利。

もともと地力はあるんだ。2人吹っ飛ばすくらいにはね(汗)

別に今でも何とも思ってないよ? 皮肉っぽいこと言っちゃったけどさ。

 

みんなと一緒に祝福してあげたら、

ライデンちゃんわんわん泣いちゃって、もう収拾がつかなかったな。

 

 

そうして彼女もA組から去っていき、また1人クラスの人数が減った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第45回菊花賞。

 

 

なるか、2年連続三冠!

 

無敗で三冠達成すれば史上初!

 

死角なし! 注目は勝ち時計!

 

 

京都へと向かうバスの車中にて、暇潰しに読んでみたスポーツ新聞、

そのどれもが1面にて大々的に報じている。

 

いずれもがルドルフの三冠達成を確実と見て書かれており、

中には、勝つのは当然として、タイムに注目しているものもあるくらいだ。

皐月、ダービーがレコード勝ちだったんで、菊花でも、というのだろう。

 

無敗で三冠に続き、三冠すべてでレコードと来れば、

それはもう前代未聞どころの騒ぎじゃないだろう。

ディープクラスでも連続でレコードなんて真似は出来てないんだからな。

 

きっと未来永劫、語り続けられていく伝説になる。

 

車内そこかしこから、ウマ娘たちの浮かれた声が聞こえてくる。

みんなにも新聞やら雑誌やらが配られたので、

同じ記事やらを呼んで興奮したり、語り合ったりしているんだろう。

 

そもそもどうしてこんなバス移動しているのかと言うと、

2年連続三冠かという今後2度とないかもしれない事態に、

気を良くした学園側が急遽、大型バスを貸し切り、応援ツアーを組んでくれたのだ。

 

もちろん生徒は無料、引率はたづなさん。

なかなかに太っ腹だが、あの理事長が奮発して、ポケットマネーから出してくれたのかも?

 

日曜の朝に出発、現地にてレースを観戦後、

とんぼ返りで夜に学園着という超弾丸ツアーだけどね。

 

明日は絶対身体バッキバキになってそう。

 

俺に関しては、当初はシンボリ家のほうで一緒に行こうと誘ってくれてたんだけど、

せっかく学園側が用意してくれたんだからということで、こちらに参加した。

 

環境から行けば、新幹線移動(それもグリーン車)だろう

シンボリ家の人たちと一緒のほうが良かっただろうが、こうして学園のみんなと

わいわいしながら行って帰ってくるのも悪くはなかろう。

 

新幹線のグリーン車なんて乗ったことないから、少々惜しいけど。

それはまあ、来年の春の天皇賞の時もお声はかかりそうだし、そのときにとっておこう。

 

ちなみに、来週の天皇賞に回ったニシキちゃんと、

スワンステークスに出走予定のハーディーちゃんは、

このツアーには参加していない。

 

レースがあるんだから、調整優先ということでね。

本人は残念がっていたけど、しょうがない。

ニシキはわからないけど。だって相変わらず人と喋ろうとしないんだもん。

 

 

 

 

 

さて、肝心のレースである。

曇天でやや薄暗い京都レース場、バ場は稍重。

 

スタンドの一角に陣取った、我がトレセン学園応援団の声援、

もちろん一般ファンたちの大声援も送られて、ゲート入りは順調に進み、スタート。

 

ルドルフはいつもより後ろ目、中団の後方寄りに位置して、

2週目の3コーナー、坂の登りまではそのまま。

 

下りから進出を開始して、4コーナーでは先行した子たちが外へと膨れる中を、

1人だけ内を突いて堂々と3番手まで進出。

このあたりレースセンス抜群だよなあ、あいつは。

 

先頭に出たあとはもう毎度のごとく、突き放す一方である。

最後に外から1人、すごい勢いで突っ込んできたが、時すでに遅し。

 

 

『赤い大輪が薄曇りの京都に大きく咲いた!』

 

『我が国ウマ娘レース史上、不滅の大記録が達成されました!!』

 

 

日本ウマ娘史上初、無敗の三冠、成る。

ゴールの瞬間の大歓声は、一生忘れられないだろう。

 

勝ち時計は、3分3秒4。

 

思わず「阪神関係ない」とツッコミを入れたくなる数字、

まあそれはいいとして、稍重のコンディションを考えれば、

破格のスーパーレコードのおまけつきだ。

 

無敗で三冠のうえ、三冠すべてでレコード勝ちという、まさに金字塔である。

 

ウィニングランを終え、スタンド前まで戻ってきたルドルフは、

大声援に応えるように軽く手を振った後、3本指を天高く掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日も授業があるため、長居はできない。

レースが終わってすぐの、ウイニングライブも見られない

ホントにとんぼ返りだが、来てよかった。

 

遠隔地でのレースの場合、日曜午後のレースのウイニングライブの参加者は、

疲労とコンディションを考慮して、現地での宿泊が許されている。

月曜午前の授業は公休扱い。

 

よって、ルドルフに会えるのは、早くて明日の昼頃だ。

 

とりあえずメッセでお祝いのメッセージを入れておきつつ、

バスに揺られて学園まで帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜、放課後。

 

いま俺は、一足先に寮の部屋へと帰宅して、

本日の主役、いや今や、ウマ娘界の主役と化した親友の帰りを待っている。

 

手には、俺の退院祝いの際に使われることのなかったクラッカー。

まだとってあるというので、ひとつ譲ってもらってきた。

もうさんざん祝福されただろうが、もう1回だけ付き合っておくんなまし。

 

待つことしばし。

 

「帰ったぞ」

 

無敗の三冠バとなった皇帝陛下が、満面の笑みを浮かべてご帰宅だ。

すかさずクラッカーを鳴ら――

 

「おめで……あれっ?」

 

――なかった。

 

「ちょっ、シケってるじゃんこれ!」

 

やられた……

くそっ、肝心なところで粗悪品を掴まされたっ!

 

確かめておくべきだった。

何か月もたってれば、そりゃそうだよなあ。

 

「ふふふ」

 

「はは……」

 

そんな様子をおかしかったか、さらなる笑みを零すルドルフ。

俺も苦笑するしかない。

 

「やってくれるって信じてたよ。

 もう聞き飽きただろうけど、おめでとう」

 

「ああ。………」

 

「どうしたの? 疲れてる?」

 

俺から祝福されたルドルフは、頷いた後に、目を閉じて固まってしまった。

やっぱりいろいろと疲れがあるのかな、と思ったら

 

「いや。リアン、君から祝ってもらえるのが1番だと予想していたが、

 やはりその通りだったと、喜びを噛み締めていただけだよ」

 

思わずこっちが赤くなってしまいそうなセリフを吐く。

 

またそういうことを、皇帝陛下はさらりと言うんだからなあ。

臭いセリフは禁止だと言わなかったか?

 

とりあえず上がってもらって、というのも変だな。

こいつにとっても、ここは自室なんだから。

 

荷物を置いて、ベッドに腰かけたのを見届けた後、俺もベッドに腰を下ろした。

 

「取っちゃったねぇ三冠」

 

「ああ、取ってしまったな」

 

俺の声に、ルドルフは感慨深げに頷いた。

そして、驕りや浮かれとは正反対の、引き締まった表情に変わる。

 

「この先のほうが大変かもしれない」

 

「だよねぇ」

 

世間の目は、自ずと一層厳しくなるだろう。

自分へも厳しい皇帝陛下のことだから、心配は要らないだろうが……

 

「でも、ここでは、私の前くらいでは気を抜いていいよ。

 そうでもしないとルナちゃんの神経張りつめて壊れちゃう」

 

「む、ルナと呼んでくれるのはうれしいが、

 そういう使い方をされるのは不本意だぞ」

 

「わ、ルナちゃんが怒った。怖いこわ~い」

 

「リアン」

 

「ふふ」

 

「ははは」

 

茶化す俺も、冗談だと見抜いたルドルフも一緒に笑う。

 

そうそう、こういう他愛のないことでも何でもいいから、

ストレス溜めないで発散させてくださいな。

 

「この先のローテは?」

 

「ジャパンカップ、有記念だと思う。

 来年は、何か問題がなければ大阪杯、天皇賞、宝塚だろうな」

 

当然、王道路線に行くか。

 

史実では、中1週という厳しい間隔と、

体調を崩したせいで初黒星を喫することとなる、鬼門のジャパンカップ。

 

三冠馬同士の初対決という世紀の一戦、

これを制したのは三冠馬でも海外馬でもなかったというのが、

またドラマチックではないか。

 

「来週の天皇賞には、シービーが出る。

 普通にやれば勝ってくるだろうから、また気合を入れねばな」

 

「四冠VS三冠になるかあ。盛り上がるだろうなあ」

 

先の毎日王冠でほぼ1年ぶりに復帰したシービー先輩。

2着に敗れはしたが、健在ぶりを見せるには十分な末脚だった。

あの分なら、史実通りに勝つだろう。

 

両者ともに実力人気を兼ね備えた超大物だから、

当日のレース場の熱気はどれほどになるか、想像もつかない。

 

入場制限がかかるのは確実。

俺も応援に行くつもりだが、最悪、トレセン学園の生徒でも入れないかもしれない。

大人しくテレビ観戦が吉だろうか?

 

「シービーだけじゃない。

 宝塚を勝ったカツラギエース先輩も侮れない」

 

「だよねえ」

 

去年の有を獲ったリードホーユーに、G1で何度も入着のテュデナムキングに、

カツラギに、短距離路線にはピロウイナー。

本当に、シービー世代もバケモノぞろいだぜぇ。

 

「いずれにせよ、私は自分のベストを尽くすだけだ」

 

そう言うルドルフに、慢心などは欠片すら見られない。

 

はたしてルドルフは、ここで史実を超えて早くも四冠となるのか?

すでに超えてるじゃんという気はしないでもないから、

きっと期待に応えてくれるはず。G1をいくつ勝ってくれるか、今後の焦点はそこだな。

 

がんばれルナちゃん!

 

 

 



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第24話 孤児ウマ娘、取材される

 

 

 

俺はと言えば、相変わらずリハビリの日々。

 

復帰が見通せないとモチベを維持するのも大変だが、

そこは精神的に思春期の子供ではないので、なんとかやっている。

 

あのスズカだって、秋天で故障して、

トレーニングに復帰できたのは翌年の夏の合宿前だった。

同等の怪我だったと仮定すれば、同じくらいの期間は見ておかねばいけない。

 

すなわち、8~12か月ということになる。

当初に医者が言っていた見込みも、間違いではなかったということだ。

俺の場合は、やはり年明けに復帰できれば御の字というところ。

 

そんな折の10月下旬。

摩訶不思議な話が舞い込んできた。

 

 

 

 

 

放課後になり、今日もリハビリに向かおうと下校する支度をしていると

 

「申し訳ありません。ファミーユリアンさんはいらっしゃいますか?」

 

にわかに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

誰だと思って、声のした前扉のほうを見てみると、

長い黒髪の、大柄な人物が教室内を覗いている。

 

なんと、TTGの一角にして生徒会の書記、グリーングラスさんではないか。

 

「ああ、いらっしゃいますね。失礼しますよ」

 

彼女は俺の姿を認めると、ひとこと断ってから室内に入り、

俺のほうへと向かってくる。

教室内に残っているほかの生徒たちから、黄色い声やら何やらが上がった。

 

やはり有名人なんだな。

時代を築いて、生徒会の役員やってりゃ当然か。

 

「突然ですみません」

 

「いえ。なんでしょうか?」

 

「少しお話がありまして。生徒会室までご同行願えませんか」

 

「今からですか?」

 

「はい」

 

俺の質問を、グラスさんは笑顔で肯定した。

それはちょっと困ったな。

 

「何かご予定が?」

 

「リハビリに行く予定です。ええと、時間かかりそうですかね?」

 

「そうですね。少々込み入ったことになりそうです。

 ああ、決して悪い話ではありませんので、ご安心ください」

 

察したグラスさんが尋ねてきて、予定があることを伝える。

たった1日でも休むと、取り戻すのに時間がかかりそうなんだよなあ。

 

「会長がどうしても今日中にと仰っているものですから、

 どうにかお願いできませんか? この通りです」

 

「え、あ、いやそんな、頭なんか下げないでください!」

 

いち時代を築いた超一流ウマ娘のあなたが、

モブたる俺なんかに頭下げたりしちゃいけませんよ。

ほら、クラスメイト達がヒソヒソ話しているじゃないですか。

 

「わかりました。今日のリハビリは休ませてもらいます」

 

「申し訳ありません」

 

しょうがないなあ、もう。

電話して、急用ができたからって言って、今日は休ませてもらうしかない。

生徒会に逆らうと後が怖いし。

 

「ちょっと待ってください。連絡と支度をしますから」

 

「では私は、廊下で待っていますね」

 

そう言って、教室から出ていくグラスさん。

 

その動きは少しの無駄もなく洗練されていて、それだけで人々を魅了するもの。

現に、俺をはじめとして、クラスメイト達も彼女の姿に見とれた。

 

高身長でスタイルも抜群だから、スーパーモデルみたいだよね。

っと、いかん、待たせちゃ悪い。手早く支度して、電話もしないと。

 

 

 

 

 

というわけで、グラスさんに連れられて、生徒会室へ。

 

「わざわざご足労いただいて、申し訳ありませんね」

 

こちらも笑顔の会長さんに迎えられた。

 

いつものように、というかこれで2回目だが、

ソファーに座るように勧められて、腰を下ろす。

そういえば前回は退院した直後だったから、まだギプスしてたんだったな。

 

「ご先方様も、なるべく早く返事をいただきたいと仰っていますもので、

 無理強いさせてしまったのならごめんなさい」

 

先方様がいらっしゃる案件?

なんだろうな? 俺には心当たりなんてないけど。

 

「グラス、お茶を」

 

「はい」

 

会長はグラスさんにお茶を頼むと、自身の執務机から

俺の対面へと移ってきて、優雅な動作で腰を下ろした。

 

今日は副会長、テンポイントはいないみたいだ。

あのひと少し怖いから、失礼だけど、そのほうがいいっちゃいい。

エアグルーヴとは違う意味で、本当の意味で怖いんだよなあ。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

少し待ってグラスさんが淹れてくれたお茶が到着。

俺も会長も、一口ずつ飲む。

美味。いい茶葉使ってるんだろうなあ。

 

前回は緊張して、お茶の味を楽しむ余裕などなかった。

 

「早速ですが、本題に入りたいと思います」

 

「はい」

 

「ファミーユリアンさん。あなたに、取材の申し込みが来ています」

 

「……え?」

 

会長の口から出たそれは、まったく予期しないもので。

思わず聞き返してしまったくらいだ。

 

「取材? 私に?」

 

「ええ。地元のケーブルテレビ局ですが、

 トレセン学園とは長年の付き合いがあるところでして、

 ウマ娘専門の番組があるところなんですよ」

 

「はあ……」

 

そう言われても、申し訳ないが全然知らないし。

 

そもそもなんで俺なの?

どうせ取材するなら、もっと活躍しているウマ娘のほうがいいんじゃ?

 

「その番組がこのほど、故障から復帰を目指すウマ娘に焦点を当てる、

 という企画をしているようで、学園および生徒会に取材の申し入れがありました」

 

俺の疑問を察したのか、会長は先んじてそう述べた。

なるほど、事情は理解した。しかし……

 

「まだデビューもしていない私よりも、相応しい子がいると思います」

 

「ご自分に厳しいですね。

 もう少し、ご自分のことを評価してあげてもいいのでは?」

 

「はあ」

 

そんなこと言われてもなあ。

実際問題、故障を抱えているのは俺だけじゃない。

取材されるに相応しい、もっと話題性に富んだ子がいるはずなのだ。

 

「今回の企画は、そういう著名なウマ娘ではなく、

 あなたが言われたとおりに、未デビューか未勝利の子が対象だと伺ってます」

 

「………」

 

いやにピンポイントな企画だなおい。

何か裏があるんじゃないか?

 

「レース界の華々しい一面だけではなく、言っては悪いですが、

 最下層の、たったひとつの勝利を目指して足搔き、

 もがくウマ娘の実態を取材したいとの申し出でしてね」

 

裏どころか、火の玉ストレートのド真ん中だったでござる。

むしろ飾り建てしないところが好感持てるな、そのテレビ局。

 

「そこで白羽の矢が立ったのが、あなたというわけです」

 

「……その言葉通りに捉えるなら、確かに、私はぴったりですね」

 

「でしょう? んんっ、失礼」

 

苦笑しながら頷いた会長。俺がド底辺だと認めたも同然だから、

慌てて謝ってくれたけど、自分でも最下層だと思うから別にいいですよ。

 

「で、どうでしょうか。学園側の了承は取れていますので、

 あとは、私たち生徒会と、あなたご本人が許可するだけです」

 

「生徒会としてはどうなんですか?」

 

「結構なことだと思っています。()()()()世界があるということも、

 世間様に知っていただくには良い機会だと判断しました」

 

「……」

 

生徒会がいいって言うなら、俺が断れないよなあ。

まあ明確なデメリットがあるってわけじゃないし……

 

会長が言うとおり、勝利を重ねて華々しく活躍してるウマ娘だけじゃなくて、

その裏では、勝てなくて思い悩んでいる子もいるんだってこと、

ライトな層の人に知ってもらうのは有意義だろう。

 

「わかりました。取材お受けします」

 

「ありがとうございます。詳細はまた後日に」

 

「はい」

 

そんなわけで、俺は、地元のテレビ局の取材を受けることになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月最初の週末。

 

まずはネットを通してメールなどを介して、何回か打ち合わせして。

今日、生徒会室で会長さんたち立会いの下、テレビ局の人たちと顔合わせだ。

 

「このたびは私共の取材を受けていただき、ありがとうございます」

 

そう言って、どうやらこの企画のチーフらしき女性が、

にこやかな笑みを浮かべて名刺を渡してきた。

 

「私、府中ケーブルテレビの乙名史と申します」

 

「はい、乙名史さん……おとなし?」

 

なんか聞いたことあるぞ……

そうだ! アプリに出てくる記者のキャラの名前が『乙名史』じゃなかったか。

血縁者だったりするのか?

 

「何か?」

 

「いえ……つかぬことをお伺いしますが、

 お身内に雑誌記者をされている方とかいませんか?」

 

「いないですね。娘はまだ子供ですし、両親も普通の会社員です」

 

「そうですか。いえ、失礼しました」

 

その『娘』というのが、のちの乙名史記者だという可能性?

この字のおとなしさんは珍しい苗字だしなあ。

 

「では早速ですが、インタビューを始めさせていただいても?」

 

「はい」

 

「まずはプロフィールからお伺いします。カメラ回して」

 

まあそれは今はどうでもいいことだ。

取材に集中しないとね。

 

「ファミーユリアンさんは孤児だと伺っていますが、

 ウマ娘の孤児というのは非常に珍しく思います」

 

「でしょうね」

 

明らかに普通の人間より能力高いのにね。

人間よりも育てるメリット、大いにありそうなのに。

 

「どういう経緯だったのかは、ご理解されていますか?」

 

「孤児院の前に捨てられていたそうです。

 ウマ娘を育てる自信がない、というメモと共に」

 

「……ごめんなさい。いきなり失礼な質問をしてしまいました」

 

「いえ、構いませんよ」

 

「ありがとうございます。人間の屑ですね。

 できた子供がウマ娘だったからって捨てるなんて……」

 

いい人だな、このひと。

初対面の子供の話を鵜吞みにして、本気で怒ってくれる人なんてそうそういないよ。

 

「孤児院では、どのような生活を?」

 

「年下の子の面倒を見たり、大人の手助けをしたり、ですね」

 

「では、レース界に入る準備をしていたというわけでは?」

 

「はい、まったく。体力づくりとかもしてません。

 できる環境ではなかった、と言うほうが正しいのかもしれませんけど」

 

「トレセン学園を目指していたというわけでもないんですね。

 それで受験しようと思ったきっかけは、なんだったんですか?」

 

「孤児院の院長に言われまして。ウマ娘なんだから、と。

 で、急に受験票を渡されて、受けてきなさいと」

 

「それはまた……」

 

本当にいきなりだったんで、びっくりなんてものじゃなかったよ。

いつのまに手続きしていたのやら。

 

「ダメ元で臨んだら、あらびっくり」

 

「優秀な成績だったんですね」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

少なくとも、実技のほうで良い点が取れたとは全く思えない。

かといって、学科のほうがどうだったかと言えば、どうかなあ。

転生者だから、その点は有利と言ってもいいかもだけど、う~ん。

 

「それでは、トレセン学園入学後についてお聞きします」

 

 

 

 

 

そんな感じで、インタビューは進んでいき……

 

 

 

 

 

「現在、2度目の骨折から復帰を目指してリハビリ中、というわけですね」

 

「はい」

 

「リハビリの状況はいかがですか?」

 

「順調、かどうかはわかりませんが、

 ほぼプログラム通りに来ていますので、それに近いかと」

 

「復帰はいつごろになりそうですか?」

 

「明確には決めていません。年明けくらいには、と思っていますが」

 

「デビュー前の骨折、それも2回ともなれば、失礼ながら

 レースの道を諦めても不思議ではないと思いますが、どう思われますか?」

 

「そうですね、その通りだと思います」

 

「ですが、あなたは諦めていない。

 復帰を目指す原動力は何なんでしょうか」

 

「原動力……なんでしょうね」

 

精神が成人男性の俺でも、モチベの維持には苦労させられているんだ。

文字通りに思春期女子の精神だったら、とっくに壊れていてもおかしくない。

 

「こんな私でも、期待してくれている人がいる、からでしょうか」

 

「大変恐縮ですが、その人というのをお聞きしても?」

 

「レースに出走するときは必ず応援に行くと言ってくれた

 孤児院の人たちですね。お世辞にも裕福とは言えない環境なので、

 私も活躍して、賞金を寄付すると約束してしまいましたし」

 

「素敵な約束ですね。ほかには?」

 

「ほかに……う~ん」

 

孤児院の次となると、シンボリ家の人々が思い浮かぶが、

これは黙っておいたほうがいいだろうな。

現時点では明かしていい情報じゃない。

 

「クラスメイトとか、ルームメイトですかね。

 退院して復学したときも、盛大に祝ってくれましたから」

 

「友情、というわけですね。素敵です」

 

素敵を連発してるけど、俺としては、今のあなたの顔のほうが素敵だと思うな。

 

このひと、ウマ娘の番組やってるだけあって、ウマ娘のこと大好きだわ。

一挙手一投足に、好き好きオーラが滲み出てる。

俺に対しても非常に丁寧だし、失礼だと思われる質問の後には謝ってくれるし。

 

少なくとも、世間的に云われる『マスゴミ』連中とは、一線を画す存在だ。

 

「あとは、世の中の恵まれない人たちのためにもがんばります。

 私が活躍することで、少しでも希望を持ってもらえたらいいですね」

 

「す、素晴らしいですっ!

 お若いのに、なんて素晴らしいお考え……感服しました!」

 

「いえいえ」

 

興奮すると、“娘”のほうの乙名史さんの仕草になるな。

さすがは親子というところだろうか。

親子というのは、あくまで俺の仮定に過ぎないけど。

 

「ありがとうございました。以上で、インタビューは終了になります。

 お疲れ様でした」

 

「映像音声チェック入りま~す」

 

「みなさんもお疲れ様でした」

 

乙名史さんの言葉でインタビューは終了。

スタッフさんは撮れた画と音のチェックに入り、俺も頭を下げた。

 

「このあとは、リハビリ施設へ移動するんでしたよね?」

 

「はい」

 

取材だからといって、リハビリを休むわけにはいかない。

そう伝えたら、リハビリの様子も取材させてもらえないかとのことで、

一緒に移動することになっている。

 

「今日は私たちの車でお送りします」

 

「お願いします」

 

 

 

 

移動の車中にて。

 

「普段はどのように移動を? 電車で?」

 

「あ、は、はい、そうですね」

 

痛いところを突かれてしまった。

 

シンボリとの関係を明かせない今、送り迎えしてもらってるとは言えない。

とっさに肯定するのに苦労して、どもってしまった。

 

「今はギプスも取れて歩けてますからいいものの、

 松葉杖では苦労されたでしょう」

 

「そうですね……でも、慣れましたよ」

 

「お強いですねぇ」

 

ごめんなさい、嘘つきました。

運転手付きの送り迎えなんて、口が裂けても言えないな(汗)。

 

 

 

 

 

研究所に到着。

 

「では、リハビリの様子を撮影させていただきますね」

 

「はい、どうぞ」

 

苦しんでる顔とかあんまり映してもらいたくないけど、そうもいかない。

底辺の様子を取材するというなら、そんな表情こそ見てもらわないとね。

 

 

 

 

 

 

リハビリ後、帰りの車中。

乙名史さんが舌を巻いて唸っている。

 

「普段は穏やかなファミーユリアンさんですが、

 あのような表情もなさるんですね。驚きました」

 

「お見苦しいものを」

 

「いえいえとんでもない! 等身大のファミーユリアンさんを

 取材させていただけて、うれしい限りです」

 

「そう言っていただけると」

 

俺のほうも、取材が入っているからといって、あくまで普段通り、

特別なことは何もないって思ってたんだけど、やっぱりどこかで力が入っていたみたい。

理学療法士の人に、無理はしないようにって言われちゃったよ。

 

で、学園に帰還。

これにて一連の取材は終了、解散となる。

 

「本日はどうもありがとうございました。

 放送日はまだわかりませんが、決まりましたらお知らせします」

 

お知らせしてもらっても、寮では見られないからなあ。

最近ルドルフがテレビを買ってきて自室にも置いたけど、

ケーブルテレビは無理だよなあ。

 

何かのメディアに焼いてもらえない?

SDカードとかなら、スマホでも見られるか?

 

「ファミーユリアンさん!」

 

「は、はい?」

 

そんなことを考えていたら、乙名史さんに呼ばれて両手を取られた。

な、なんですか?

 

「私、あなたに惚れました!」

 

「!?」

 

ホワッツ!?

い、いきなり何を仰っているんですかねぇ!

 

「今日1日取材させていただいて、私つくづく思ったんです。

 中学生とは思えない落ち着きと度胸、物怖じのしなさ。

 かと思えば、年相応に笑ったりしてくれるあどけなさ。

 そして、リハビリ中に見せた、あの鬼が宿ったかというほどの表情。

 この子はきっと大成するって」

 

「……」

 

「可能な限り、今後、あなたを取材させていただきたく思います。

 構いませんか!?」

 

「え、ええと……」

 

と、とりあえず、恋愛という意味でというわけじゃないわけね。

そりゃそうか。娘がいるって話だったし。

で、あくまでも取材対象として、ジャーナリズムに火が付きましたってこと?

 

「上の人の許可とかは……」

 

「大丈夫、私が責任をもって説得して見せます!

 お願いします、今後も、そしてデビュー戦も密着させてくださいっ!」

 

「そ、そうですか」

 

ま、まあ、そこまで言うなら……いいかな?

デビューできるかはまだ不明だけど。

 

「わかりました。学園がいいというなら、いいですよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「じゃあ、デビューが決まり次第、連絡するということで」

 

「はい、お待ちしてます!」

 

 

 

 

 

そんなわけで、俺のデビュー戦の予約もされました。

 

俺なんかでいいのかねぇ……

あとで他の子のほうがよかったなんて言わないでくださいよ。

言われたら……泣いちゃう。

 

ちなみに後日、乙名史さんから放送された番組の評判について、メールが来た。

おそるおそる開いて、『好評でした』の一言を目にした瞬間、

身体中の力が抜けてしまったのは、ルドルフにも言えない秘密。

 

 

 




この母親にしてあの娘あり。……かもしれない


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第25話 孤児ウマ娘、世紀の一戦で胸躍る

 

 

 

 

クラシック路線以外のレースも、ここで軽く触れておこうか。

 

ティアラ3冠目の秋華賞は、ダイアナソロンちゃんが

オークスバ・トウカイローマンとの激闘を制して、

2冠目を手に入れる。

 

次のエリザベス女王杯では、ローマンが逆にやり返し、

今年のティアラ戦線は、2人で仲良く

2冠ずつを分け合う結果になった。

 

相変わらず色気むんむんのインタビュー(身体のほうの成長もしたものだから、

余計に色気アップ)をかまし、もはや目の毒である。

 

シービー先輩が久しぶりのG1出走となった秋の天皇賞。

その先輩が他バをまとめて差し切って、史実通りの四冠を達成する。

 

マイルチャンピオンシップは、ここも史実通り、

ニホンピロウイナー先輩が完勝。

 

天皇賞で2着に終わったニシキちゃんと、ハーディーちゃんも出走したが、

2人とも着外に敗れている。

 

ニシキちゃんはレース後、現役引退を表明。

同時にトレセン学園からも離れて、田舎へ引っ込むことを発表した。

引退会見では、小声ながらもしっかり喋り、最後の花道を飾った。

 

短い現役生活だったけど、原作では手に入らなかった

G1の勲章を2つも手にできたんだから、相応に満足だったんじゃないかな。

現に、会見での表情も晴れ晴れしてたしね。

 

ルドルフと一緒に彼女の会見をテレビで見ていたが、

ルドルフは一言「彼女の分まで頑張らないとな」と呟いただけだった。

 

そして、11月4週に入ると、世間は間もなく迎える『世紀の一戦』に釘付け。

 

 

『勝つのは四冠バか、それとも三冠バか、あるいは……

 世紀の一戦を見逃すな。11月25日、ジャパンカップ』

 

 

なんてフレーズのテレビCMも流れ出し、

三冠バ同士の対決ムード一色となっている。

 

当の本人たちは

 

「ん~? べーつにぃ?」

 

「相手が誰だろうと、ベストを尽くすだけだ」

 

なんて言って、周囲の期待なんてどこ吹く風だけどね~。

 

特にルドルフ、弥生賞前の様子とは大違いだ。

強敵を前にして震えていたあいつは、もういない。

 

 

 

 

 

週半ばの木曜日、放課後のカフェテリア。

 

今日は最初からリハビリの予定はない。

逆に頑張りすぎということで、無理やり挟まれた休養日である。

 

自分としては、全然焦ってるつもりなんてないんだけどね。

周囲からするとそうでもないらしい。

 

そんなわけで、購買で買ってきた雑誌を読みながらお茶でもしようと、

カフェテリアにやってきたわけだが……

 

「お、ファミーユちゃん。はろ~♪」

 

厄介な相手に捕まってしまった。

俺に対する呼称でお分かりだろうが、シービー先輩である。

 

「ここ、空いてるよ。どーぞどーぞ♪」

 

「……失礼します」

 

いや、他にも空いてるから他の席で、とは言えない。

先輩が誘うままに、相席の正面の席へお邪魔する。

 

「おや、その雑誌、君も買ったんだ」

 

「はい。私も、ということは?」

 

「じゃーん」

 

そう言って、先輩が差し出して見せたのは、俺と同じ雑誌だった。

お察しの通り、ウマ娘専門誌。

表紙を先輩とルドルフのドアップが飾っている、ジャパンカップ特集号である。

 

「先輩も、こういうの読むんですね?」

 

正直、意外だった。

世間の評判なんて気にしない人だと思っていたけど?

 

「んーまあ今回はね、ちょっと気になったから買ってみた」

 

海外の全然知らないウマ娘とかも来るし、まあ気持ちはわかる。

俺もそれが気になったから買ったんだ。なんせ知識がないから。

 

「で、どうです? 収穫はありました?」

 

「まだ見てないんだ。だからファミーユちゃん呼んだんだよ」

 

「なるほど、一緒に分析してほしいというわけですね?」

 

「そういうこと~♪ 報酬は弾むよ。

 カフェテリア特製大盛りプリンでどうだっ」

 

まったく現金な人だな。

 

よく見たら、テーブル上に3つも確保しているじゃないか。

もっとよくよく見たら、大人気で品薄必須な、

生クリームやら何やらがたっぷり盛られたジャンボな特別製だこれ!

 

もはやプリンと言わずパフェ。

そんなもので俺が……クマー!?

 

年頃の女の子の例に漏れず、甘いものにつられて呆気なく陥落。

これじゃマックちゃんのこと悪く言えないな。パクパクですわ!

 

「ほほぉ、そういうことなら、私も混ぜてもらえないかな」

 

「っ……ルドルフ!?」

 

なんと、ここでルドルフも登場。

初対決を目前に控え、2人の三冠バの接触に、周りも少しざわついている。

 

ここでスズカさん、渾身の一言をどうぞ。

 

 

『ウソでしょ。また巻き込まれてる……』

 

 

ええ、今の俺も全く同じ心境です、はい。

どうしてこう、俺の周りは平穏とは無縁なんだろうな(汗)

 

「トレーニングは?」

 

「追切はきのう済ませたから、あとは自分で調整だ。

 というわけでシービー、私もご相伴に預からせてもらうよ」

 

「別に構わないよ」

 

いいのか、先輩。いや、プリンの件じゃなくてね?

戦う相手と一緒に戦況分析って、いいのかなあ。

 

そんなわけで、まるで謀ったかのように

プリンがちょうど3人に行き渡ったところで、分析スタート。

 

「リアン、今年の海外勢はどんな感じだ?」

 

「ええと、北米勢はアメリカ2人、カナダが1人。ヨーロッパ勢は、

 イギリス、ドイツ、イタリア、フランスから1人ずつ。

 それと、オセアニア勢が、オーストラリア2人、ニュージー1人が招待されてるね」

 

「ファミーユちゃん、その中で1番の大物は誰かな?」

 

「ええと、ドイツのバーデン大賞勝ちで、凱旋門5着、BCターフ4着の

 オーストラリア代表のストロベリーロードですかね?

 いや、アメリカの芝G1勝ってるウインっていうのもいますね」

 

「リアン、他に注意が必要そうなのはいるか?」

 

「ええと……去年も来てて好走したフランスのエスプリデュノール?

 凱旋門でも4着で好調みたいだし、一発はありそうかな?

 あとは、G2までしか実績ないけど、11戦9勝のイギリスのベッドタイムも侮れないかも」

 

「ファミーユちゃん、展開はどうなりそう?」

 

「ええと……」

 

ちょっと待って2人とも。

なんで揃いも揃って、俺にばっかり質問してくるんですかね?

しかも競り合うかのように交互にさ。

 

なんだこの状況。

 

見る人が見れば、三冠ウマ娘に構われて羨ましくも思えるだろうが、

俺からしてみれば、罰ゲーム以外の何物でもないんですけど~?

 

「先輩は展開がどうなろうと、いつも最後方でしょう」

 

「もち♪ それがアタシの生きる道~ってね」

 

悪びれることもなく、さらっと言ってのけるシービー先輩。

その清々しいまでの潔さが人気の理由の一端なんだろうね。

 

「展開は……海外勢は正直わかりませんけど、

 逃げるのはカツラギエース先輩、でしょうかね」

 

「だろうな」

 

俺の予想に、ルドルフが頷いた。

 

「ペース的にはどうだ?」

 

「うーん……競り合う子がいなければ、少なくとも早くはならなそう。

 楽に逃がすと、捕まえきれないかもしれないよ?

 単騎逃げになったら要注意、早めに追いかけたほうがいいかも」

 

「そうか、気を付けよう」

 

「……」

 

史実知識を交えて説明すると、ルドルフは続けて頷く。

シービー先輩は無言だった。

先の毎日王冠では、実際に逃げ切られてしまったことを思い出しているのだろうか。

 

もしこのルドルフが負けるとしたら、史実通りのここが最初じゃないかと思っている。

三冠での勝ちっぷりからして、すでに史実からは大きく逸脱してしまっているので、

どんなことになるのか、想像もつかないけどさ。

 

まあ史実とは、レース間隔もルドルフの体調面でも違うし、

同じようなことにはならないはずだが、はたしてどうだろうか。

 

「というかこれくらいなら、2人とも、

 それぞれのトレーナーと一緒にやってるんじゃ?」

 

「やってはいるが、何回やっても無駄じゃない。

 復習になるし、思わぬところで新しい発見があるかもしれないからな」

 

「そうそう。いつもと違うメンツでやるのが楽しいんだよ」

 

ブリーフィングは、各々のトレーナーとしっかりやっているはずだ。

なのに、俺なんかの意見を聞きたがるのはなんなのか。

 

そんなことを伝えると、2人揃って、無駄じゃない、楽しいと言うんだ。

わからん。まったくわからん。

 

「それより私は、雑誌の記事をざっと読んだだけで、

 そこまでの判断ができるリアンのほうがすごいと思うな」

 

「そうだよファミーユちゃん。ほとんど覚えてないけど、

 トレーナーも同じようなこと言ってたような気がする」

 

いや先輩、そこは覚えておきましょうよ。

あなたのトレーナーさんが聞いたら泣きますよ?

 

「なんにせよ、良いレースをしよう、シービー」

 

「もちろん、受けて立つよ、ルドルフ」

 

そう言って、お互い見つめ合い、頷き合う三冠バの両者。

この光景を間近も間近な特等席で見られているあたり、俺は幸せ者なんだろうなと思ったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース当日、11月25日。

奇しくもこの日は、気象庁から木枯らし1号が吹いたことが発表され、

終始北風の強い1日だった。

 

例によって、シンボリ家から今日も一緒に観戦しないかと誘っていただいたけど、

海外からVIPクラスがたくさん来てるらしいし、

午前中の早い時間の段階で入場規制がかかるような酷い状況になるらしいので、

今回も遠慮しておいた。

 

その代わり、有記念は一緒に行きましょうねって、

お母様から念を押されてしまったけどな。

 

というわけで、自室でテレビ観戦です。

 

パドックでの様子は、2人ともいつもと変わらない。

強いて言えば、シービー先輩のほうが若干強張っているように見えたって程度。

現地は、あの先輩でも緊張するんだっていうほどの、異様な雰囲気ってことだ。

 

レース直前の支持率が発表されて、現地の観客からどよめきが漏れる。

 

 

 シンボリルドルフ  35.0%

 ミスターシービー  35.0%

 

 

2人が全くの同率で1番人気を分け合う。

以下、ベッドタイム、マジェスティーズプリンス、ウインといった海外勢が続き、

カツラギ先輩は7番人気に留まった。

 

さて、発走時刻が迫る。

 

 

『四冠対三冠、はたしてどちらが強いのか。

 世紀の一戦の幕がいま上がる。第4回ジャパンカップ、スタートぉ!』

 

 

レースは予想したとおり、人気馬同士は牽制し合い、ペースは上がらない。

カツラギエースが2番手に10バ身の差をつけて逃げるという展開となる。

 

恐れていた展開になってしまった。

ルドルフ、これは早く行かないとまずいぞ。

 

と、3コーナーに差し掛かったところで、さすがにまずいと判断した各自が

追い上げを開始するも、そのさらに外側から大まくりをかけたウマ娘がいる。

 

 

『ミスターシービー、外を回って上がっていく!

 これはまるで三冠を決めた、京都の坂を登った時を彷彿させる動きだ!

 三冠ロードの再来か!?』

 

『続けてルドルフも動いた! 並んで上がっていく!』

 

 

そして、その動きに反応したのか、ルドルフも一緒に上がっていく。

他の子たちはその2人にすらついていけない。

 

4コーナーを回る時には、先頭カツラギエース。

5バ身後方に、ルドルフとシービー。

そのさらに5バ身後方にその他集団という展開。

 

 

『カツラギ逃げる! 3バ身のリードで坂を登る!

 シービーとルドルフ、並んで必死に追う! さあ徐々に詰まってきた!』

 

 

坂を登って残り200メートルの攻防。

実況が伝えるようにその差は徐々に詰まり、100メートル時点で1バ身。

50メートルで完全に3人が並んだ。

 

 

『並んだ並んだ! 三つ巴の壮絶な叩き合いになった!

 さあ勝つのは誰だっ! 四冠か、三冠か、はたまたグランプリウマ娘の意地かっ!』

 

『大接戦ドゴーン! これはわかりませんっ!』

 

 

そのまま3人はもつれあうようにしてゴール板を通過。

4着以下を7バ身置き去りにした。

 

「………」

 

なんという、なんというレース。

まさに手に汗握る大接戦だった。

見ている俺のほうが、大量の汗をかいている有様。

 

「……わからん」

 

テレビでは、ゴールした瞬間のスローリプレイを何度も流しているが、

何回見てもわからない。差なんてない。

 

長い長い写真判定。

これはもしかして、同着もありうるかと思い始めたころ、

ついに結果が発表された。

 

 

 1着 1 ミスターシービー  2:26.3

 1着 10 カツラギエース    同

 1着 12 シンボリルドルフ   同

 

 

なん、だって……?

同着もあるとは思ったが、3人同着?

 

これは……なんという結末。

驚いたが、最良の結果じゃないか。

3人とも勝者。3人そろって優勝だ、それでいいじゃないか。

 

テレビでは、3人がそれぞれ驚き、苦笑し、笑いあっている様子が映し出される。

そして3人は、揃って並んで手を繋いで、その手を掲げた。

 

こうして、日本勢の悲願だったジャパンカップの初制覇は、

3人同時優勝という前代未聞の事態をもって達成された。

 

ウイニングライブでは、3人ともが1着のソロパートを並んで歌って踊ったそうである。

 

 

 

 




同着という最終兵器をここで使ってしまった……


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第26話 孤児ウマ娘、地元の人気者になる

 

 

 

ジャパンカップ後の出来事だ。

 

「ファミーユちゃん、はろ~」

 

シービー先輩から呼び出されたので、

何事かと思いつつ、指定された時間にカフェテリアに行ってみると、

先輩は既に待っていて、俺の姿を認めると、笑顔で手を振ってくる。

 

「すいません、お待たせしました」

 

「呼び出したのはアタシのほうだからね、気にしないで。

 あ、どうぞ座って。何か飲む? お姉さんの奢りだぞ♪」

 

「では失礼します」

 

先輩は上機嫌のようで、飲み物を奢ってくれた。

いや奢りと言いつつ、カフェテリアでの飲食は基本無料です。

 

相変わらずの自由人である。

呼び出され方にも驚いちまったぜ。

 

普通に声かけられて、何時にどこどこで、と言われたんだと思うだろ?

違うんだなこれが。

 

なんと、下駄箱に手紙が入ってたんだよ。

そう、どこぞの告白シチュエーションにあるようなパターンだ。

しかも、すごいファンシーな封筒だったから、マジか、って一瞬焦ったわ。

 

裏返して差出人を確認した瞬間、ああ……って悟りましたけどね。

わざとあんなかわいいもの使ったな。人が悪いにもほどがある。

 

「で、お話って何ですか?」

 

「ファミーユちゃんにお礼が言いたくてね」

 

「お礼?」

 

はて? 先輩に感謝されるような謂れがあっただろうか?

心当たりが思いつかず、小首を傾げてしまう。

 

「ジャパンカップのことさ」

 

ジャパンカップ? ますますわからない。

3人同着優勝という、事実は小説より奇なりを地で行った

歴史的レースに関して、何か俺がしたか?

 

「ほら、事前にここでレースの検討したでしょ。ルドルフも一緒にさ」

 

「ああ、はい、しましたね」

 

「あのときの君の言葉がなかったら、アタシは惨敗してたよ」

 

「またまたご謙遜を」

 

「謙遜じゃないよ」

 

何のことかと思ったら、ルドルフも交えて行なった検討会のことだった。

 

いや、謙遜も甚だしくない?

史上数人しかいない三冠バで、シンザン以来の五冠を達成した貴女が、

いったい何を言っているんですかね?

 

「『カツラギの単騎逃げになった場合、早めに追いかけないと、追いつけない』、

 君はそう言っていたよね?」

 

「はあ、言いましたけど」

 

「あの言葉があったから、アタシは3コーナーから無我夢中で追いかけることができた。

 あの言葉がなかったら、後方のまま、何も出来ずに終わっていたんじゃないかな」

 

「……」

 

まあ確かに、史実のことを考えると、間違っているとも思えない。

カツラギのスローペースの逃げにまんまと嵌められて、後方から動けずに大敗したからさ。

 

しかしだからといって、俺のおかげと考えるのは、少し短絡的すぎないか?

 

「もっとも、3コーナーからおまけもくっついてきちゃったけどね」

 

ルドルフのことだな。

あいつも3コーナーまでは、何か呪縛にでもかかってんのかってくらい、

動きが鈍かったし、外から先輩に抜かれかけて、ようやく吹っ切れて一緒に行った感じだった。

 

「だからファミーユちゃんには感謝してるんだよ。

 君のおかげで、シンザン大先輩に並ぶことができた。

 ありがとう、お礼を言うよ」

 

「そんな、頭なんか下げないでください」

 

いつにも増して神妙で真摯な態度の先輩に、俺のほうが戸惑ってしまう。

頭下げられたって、どうしていいかわからなくなるでしょ。

 

「レース展開なんてそのときになってみないとわかりませんし、

 レース中は先輩が自分で考えて動かれた結果です。

 確かに一助にはなったのかもしれませんけど、そんな頭下げられるほどのことじゃないです」

 

「相変わらず君は優しいなあ」

 

頭を上げた先輩は、照れ臭そうに苦笑していた。

自分でも、柄じゃないと思っているんだろう。

 

「そう言われると思ったから、感謝の印として、お礼の品を持ってきたよ」

 

「いやそんな、お礼なんて受け取れませんって。

 物だというならなおさらです」

 

「たいしたものじゃないから。受け取ってくれないと泣いちゃうゾ♪」

 

うぐ、ここでそんな真似でもされたら、俺は明日の朝日は拝めないかもしれない。

もちろん冗談めかして言ってることはわかるんだけど、

この人の場合、本気でやってしまう可能性があるから怖いんよなあ。

 

「わかりました。それでお気が済むなら、受け取ります」

 

「よかった。はいじゃあこれ、どーぞ」

 

「いただきます」

 

そう言って、先輩から差し出された茶封筒を受け取った。

 

中身は何だろう?

軽いし、紙類かな。商品券とかか?

肩叩き券なんて出てきたら笑えるな。

 

「じゃあアタシは先に行くね。また会いましょ」

 

先輩はそう言って、笑顔で手を振りながら去っていった。

 

はてさて、封筒の中身は何じゃらほい?

先輩がカフェテリアから出て行ったところで、

封筒を開封して確かめてみることにする。

 

「……っ!!!? これは……」

 

中から出てきたものを視認して、俺は慌てて周囲を確認し、

中身をすぐに封筒の中へと戻した。

 

……それほどのものだった。

充分気を付けていたつもりだけど、正直、あの人を見くびっていたよ。

 

そして、行儀が悪いとは思いつつも、上体をテーブルの上に突っ伏した。

 

「……小切手って」

 

紙類なのは間違いなかった。商品券とは格が違ったけど。

金額は未記入だが、ご丁寧に、『お好きな金額をどーぞ♪』なんてメモ書きも一緒だ。

もちろん押印サイン済みで、今すぐにでも換金可能。

 

な~にが、たいしたものじゃない、だよ。

 

そりゃ五冠を制したあの人からしてみれば

はした金……いやあの人のことだから、お金には興味ないのかも?

今までの賞金が全部入っているのかもしれない。

 

1億とか書いて出しても、平気で「いいよいいよ♪」って言うんだろうなあ。

ますます頭が痛くなってくる。

 

すぐに追いかけて突き返したいところだったが、

俺は未だに走ることを禁じられている身。

それに走れたとしても、本気で走る三冠バに追いつけるとは思えない。

 

あの人のことだから、絶対本気で逃げる。

むしろ、そういう展開を望んですらいそうである。

 

「あの人に話しちゃったのが運の尽きかぁ」

 

前に、先輩に『自分(お金)のために走る』って言ってしまったことがあった。

それを覚えていて、今回こんなお礼を渡すに至ったのか?

 

お金にがめついやつだと思われているのだとしたら、ちょっとへこむなあ。

 

「とにかく、絶対に使わないぞこれは。

 とりあえず預かるだけ。預かるだけ……」

 

そう自分に言い聞かせて再起動を図り、上体を起こした。

軽い紙切れのはずのものが、なんだか鉄の塊以上の重みになっている気さえする。

 

フリーダムな人って、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ふとした用事で、学園近くの商店街に行ったときの話。

 

 

 

商店街に行くのなんて久しぶりだ。

購買では売っていないものを切らしていたことに気づいて、

慌てて買いに出てきたというわけだ。

 

「毎度あり! おや、嬢ちゃん?」

 

「はい?」

 

目的の物を買って、会計を済ませたとき、

なぜだか店のおっちゃんから呼び止められた。

 

「もしかして、ファミーユリアンちゃんかい?」

 

「へっ? そ、そうですけど?」

 

「やっぱりそうかい!」

 

なんで、こんな町のおっちゃんが俺の顔と名前を知ってるんだ?

すでにレースに出て活躍してるウマ娘なら、まだわかるが……

 

おっちゃんは俺の正体を知ると、

喜色満面の笑みを浮かべて、まくし立ててくる。

 

「テレビ見たぜ。こんなちっこい子が怪我しても諦めずに、

 かわいい顔を台無しにしてまでリハビリに励んでる姿を見て、

 一発でファンになっちまった!」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

「なにより孤児院出身だってのに泣けるじゃねえの!

 俺は孤児じゃねえけど貧乏庶民だから、そんな嬢ちゃんが

 名門のエリートたちをバリバリ打ち負かしてくれるのを期待してるぜ!」

 

戸惑っていると、おっちゃんが求めるまでもなく説明してくれた。

 

あの番組を見てくれたのか。

ケーブル局とはいえ、テレビの力は大きいな。

 

トレセン学園の近くということもあるか。

ウマ娘に対する理解度というか、親近感が一層あるんだろう。

他のウマ娘もちょくちょく顔を出してるみたいだしな。

 

商店街といえばナイスネイチャが浮かぶ。

 

でも、すいません、後半のエリート云々というのは、

俺もその名門にお世話になってる1人なんです、ごめんなさい。

 

「握手してもらってもいいかな? あ、サインもしてくれよ!」

 

「いいですよ」

 

「へへっ、サンキューな!」

 

それくらいならお安い御用だ。

未デビューの俺のサインなんか、何の価値もないと思いますけどね。

 

承諾すると、おっちゃんは自分の服で手をぬぐった後、

恥ずかしそうに手を差し出してくる。その手を、やさしく握ってあげた。

 

「仲間内で自慢できるぜ。いや、俺だけこんな良い思いをするのも悪いな。

 嬢ちゃん! ちょっと時間あるかい?」

 

「はあ、大丈夫ですけど」

 

今日は休日で、他の予定も特にない。

待てというなら待ってもいいけど、どうするんだ?

 

「ありがとよ! それじゃ、ちょっと待っててくれ」

 

俺がそう言うと、おっちゃんは急いで奥へと引っ込んでしまった。

昔ながらの商店兼家屋という作りで、奥は居住スペースだろう。

 

「あらあら、本当にファミーユリアンちゃんだわ!」

 

少しして、おっちゃんの奥さんであろうおばさんが、

驚きつつも顔をほころばせながら出てきた。

 

「うちで買い物してくれたの? まあまあ、ありがとう。

 よく来てくれてるのかしら?」

 

「ええと、まあ、たまにです」

 

申し訳ありません、このお店に来たの、今日が初めてです。

なんか素直に言い出せる雰囲気ではなく、つい嘘をついてしまった。

 

「えっと、奥さんも私のことをご存知なので?」

 

「それはもう。商店街のみんな知っていると思うわよ。

 あの番組みんな見てるから。この商店街に限っては、視聴率100%ね」

 

「そうなんですか」

 

100%って、誇張もあるんだろうけどすごいな。

あのとき撮影に来てたスタッフの人が言ってたけど、うちは地元密着ですから、

って言葉、間違いではないようだ。

 

「今も主人が、知り合いに片っ端から電話かけてるの。

 みんなファミーユリアンちゃんに会いたいだろうから、

 今に人が押し寄せてくるわよ」

 

「え……」

 

ま、マジで?

というかおっちゃん、何やってんの!?

 

いやそれより、みんな俺に会いたいって、まさかそんなことあるわけが……

俺なんてただのモブ、それもデビューすらしてない身なのに。

 

「あ、ごめんなさい、こんなところで待たせちゃって。

 あの人も気が利かないわねぇ。奥でお茶でもどうぞ」

 

「え、ええと、では、いただきます」

 

なんかとんでもないことになりそうだが、

断れるような状況でもなく、お邪魔することになってしまった。

 

そして、10分もすると……

 

「うおお、本物だ!」

 

「本当にファミーユリアンちゃんがいる!」

 

「トレセン学園の制服もいいけど、私服もかわいいわね!」

 

「生で見られるとは、長生きはするものじゃのう」

 

老若男女問わず、本当に人の群れが押し寄せてきた。

ざっと見ても30人以上、下手すると50人はいる。

 

このお店の前は、ちょっとした人だかりができてしまった。

そして、その人だかりに何事かと足を止めた人々がまた集まり、

あの番組の視聴者だとさらに輪の中へ加わっていき、ますます増える。

 

「はいはい、押さないで、押さないでー!」

 

「並んで1人ずつですよ~! ファミーユリアンちゃんは逃げませんから」

 

いつのまにやら、お店の夫妻が人員整理を始めている始末。

 

俺は逃げないって何? 1人ずつ? え? 何かファンサしないといけない空気?

まだデビューもしてないってのに、この状況、まったくの想定外です。

 

「じゃあファミーユリアンちゃん、お願いね」

 

「は、はあ」

 

そのあと俺は、集まった人1人ずつと、個別に応対する羽目になった。

なんだこれは? アイドルの握手会じゃないんだぞ。

 

みんながみんな、ファンになりました、応援します、って言ってくれたのはうれしかったけど、

全員と握手するのは本当に疲れた。あ、握力が……

 

世のアイドルたちは、こんな数じゃ済まない相手と握手してるんだろうなあ。

アイドルの子ってすげえなあと思ったりもした。

 

「では最後に、ファミーユリアンちゃんから一言!」

 

ええ……

このうえ何か喋らないといけないの?

 

いい加減にして帰りたかったが、大勢から歓声と拍手が起きてしまい、

やはり無視して帰れるどころの騒ぎではなくなってしまった。

 

「ええと……」

 

みんながみんな、俺のことを見ている。

レース以外でこんなに緊張することになろうとは、夢にも思わなかったぜ。

 

「あの、私のことを応援してくださるのは、うれしいですし感謝します。

 でも正直、デビューもまだで、故障中の私の何がそんなに良かったのかがわからなくて、

 その、ええと……」

 

「がんばれリアンちゃん!」

 

「そうだっ! そういうところがいいんだぞー!」

 

「境遇からしてもう泣けるっ!」

 

「怪我に負けるな!」

 

「みなさん……」

 

言葉に詰まってしまったら、大勢から励ましの声が轟いた。

思わず目頭が熱くなる。

 

「っ……」

 

両目から溢れ出かけたものをどうにか堪えて、みんなに向かって言った。

 

「必ず復帰して、勝ってみせます。見ていてください」

 

「うおおおお!」

 

「ファイトだ!」

 

「がんばってね~!」

 

再びの大歓声。

もはや収拾不可能だこれ。

 

「商店街を挙げて応援に行くからよ。レースに出る際は教えてくれよ?」

 

おっちゃんがそう言って、歯を見せながらサムズアップしてくる。

かっこいいけど、歯が黄ばんでるのはマイナスです。

 

こうして俺には、孤児院のみんな以外にも、応援してくれるファンができた、みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、商店街での一幕について、生徒会から呼び出しを食らった。

どこからか報告が行ったんだと思う。

 

会長曰はく、

 

「ああいうイベントを開く際には、事前に申請していただかないと困ります」

 

……だって。

 

いや、イベントじゃないんです。

ただ買い物に行っただけで、突発的なことだったんです、って言っても、

最初は聞き入れてもらえなかった。理不尽すぎる。

 

最終的には、あのお店のおっちゃんとも連絡を取って、

誤解は解けたからよかったものの、商店街への出入り禁止になるところだったよ。

 

もっとも出禁にはならずとも、あそこまで素性がばれてると、

買い物どころか、普通に出歩くだけでも騒ぎになっちゃいそうで……

 

滅多には行かないけど、どうしたものかと思案中なのです。

 

 

 




ネイチャのお株を奪ってしまうか?
いや、逆に考えるんだ。
リアンの下地があったからこそ、ネイチャが受け入れられたんだと。


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第27話 孤児ウマ娘、サンタ娘になる

 

 

 

 

この年末に行われる第29回有記念は、早くも3強ムード。

3強とは言うまでもなく、ミスターシービー、カツラギエース、

シンボリルドルフの3人である。

 

特に前走のジャパンカップでは、この3強で歴史的な3人同着優勝なんて、

信じられない奇跡を演じてしまったものだから、世間では

その再演をしてほしいなんて要望がちらほら、盛り上がり方が半端ない。

 

史実では、単枠指定制度があった当時において、

3頭がそろって単枠に指定されたそうな。

この3頭で単勝支持率が90%を超えるだろうと見られていたんだって。

 

有馬記念において3強対決が明確にされるのは、

第19回(ハイセイコー・タケホープ・タニノチカラ)、

第22回(トウショウボーイ・テンポイント・グリーングラス)以来、

3回目となる。

 

ファン投票の結果は、1位は史実通りシービー先輩。

僅差でルドルフが続き、3位がカツラギ先輩という史実通りになった。

 

これでまたルドルフがシービー先輩に、「人気では君のほうが上だった」

なんてぼやくことになるんだろうか。

 

そんな有記念を目前に控え、学園内もどことなく

ピリピリムードが漂うようになってきた中、俺はまた生徒会に呼び出された。

 

 

 

 

 

なんか最近、生徒会に呼ばれるの多くない?

俺は何もしてないんだけどなあ? おかしいなあ?

 

首を傾げつつ、生徒会室のドアをノックした。

 

「ファミーユリアンです」

 

『どうぞ』

 

声をかけると、中からお許しが出た。

この声はグリーングラスさんだな。

 

「失礼します」

 

ドアを開け、声をかけつつ中に入る。

 

「ご苦労様。かけてください」

 

「はい」

 

正面の執務机には、いつものようにトウショウボーイ会長が席についている。

その脇にはテンポイント副会長がおり、グリーングラス書記は入ってすぐのところで

俺を迎え入れてくれて、目が合うと微笑んでくれた。

 

「グラス、お茶を」

 

「かしこまりました」

 

これも毎度のように、会長がグラスさんにお茶の用意を頼んで、

こちらのソファーへと移ってくる。

 

さて、今回の用とは何だろうね?

 

「今日来てもらったのは、あなたに頼みたいことがあるからです」

 

お茶が揃ったところで、会長がそう切り出した。

 

「地元の商店街より、依頼というか要請が来ていましてね」

 

「私にですか?」

 

「ええ、あなたに」

 

にっこり笑顔で、俺の問いに頷く会長。

 

地元の商店街というと、この前のあそこか。

うん、なんか嫌な予感しかしないけど、外れてほしいな?

 

……無理だろうな?(諦め)

 

「25日にクリスマスイベントを行うそうなんですが、

 それに出演してほしいそうですよ」

 

「イベント……?」

 

「企画書を拝見するに、トークショーやプレゼント抽選会、

 特売会などが行われるようですね」

 

会長から、その企画書とやらが渡された。

ざっと見るに会長の言うとおりのようだが、こんな直前になって出演依頼?

というかなんで俺なの?

 

取ってつけたように『ファミーユリアンちゃん出演予定!』

なんて書いてあるけど、これ絶対あとから付け足しただろ?

しかも、この間のことがあって、これ幸いとばかりにさあ。

 

「承諾しようと思いますが、構いませんね?」

 

「え、いやいや……私でいいんですか?」

 

どうせ呼ぶんなら、もっと有名な子のほうが良くない?

そのほうが人呼べるし盛り上がるよ?

 

「望まれているのは貴女ですよ」

 

「……」

 

そう伝えたら、ぐうの音も出ないくらいに黙らされてしまった。

 

どうせ、あの店のおっちゃんとかが中心になって決めたんだろう。

あの人たち、客向けじゃなくて、絶対自分たち向けでキャスティングしただろ!

そうに違いない。

 

「まあいいじゃないか。聞いたぞ、

 そこらのアイドル顔負けの人気だったそうじゃないか」

 

「あ、あれはですね……」

 

この間のひと悶着のことがあって、副会長がおかしそうに笑う。

 

咄嗟に反論しようとしたが、次の言葉が出てこない。

それどころか、気恥ずかしさからか、全身に熱が生じる始末。

 

「照れるな照れるな。人気があるのはいいことだ」

 

なおも笑う副会長。

怖そうな人だけど、朗らかに笑うとかわいい人だな。

ってそうじゃなくて、今は俺のことだよ。

 

「25日って、まだ学校ありますけど」

 

「イベントは夕刻からだそうなので、25日は午前中に終業式があるだけですから、

 午後からは空きますよね? 充分に間に合うでしょう?」

 

「……そうですね」

 

「では、よろしくお願いします。ファンサービスは重要ですから。

 学園の地元ということもありますし、くれぐれもよしなに頼みますよ」

 

「……はい~」

 

苦し紛れの質問は、余裕綽々で返される。

 

こうして、レースとは全く関係のないところで、

俺のイベント初出演が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月23日、有記念当日。

 

ジャパンカップのときに約束させられてしまったので、

今日はシンボリ家の皆様と一緒にレース観戦です。

 

というわけで、いつものリムジンで中山レース場へと移動。

これまたいつものように、VIP待遇で貴賓席に案内される。

 

毎度のごとく、入場制限がかけられてごった返している場内をしり目に、

涼しい顔で入っていけるのはいいんだけど、なんだか申し訳なくてね。

こういうのはダービー以来だけど、慣れる気はしないし、慣れてはいけないと思う。

 

「リアンちゃん、あの子は何か言っていた? 調子は良さそう?」

 

「前走同様の仕上がりだ、と。聞いてないんですか?」

 

「こういうの、親からとやかく言うのもあれじゃない?」

 

「レース直前は、連絡を取るのを控えているんだ。

 余計なプレッシャーを与えないようにね」

 

「そうなんですか」

 

ここにきて知った驚愕の事実。

お父様お母様も気を遣ってるんだな。

 

「リアン君は、このレースをどう見るね?」

 

「そうですね、3強対決なのは明らかですが……」

 

「ですが?」

 

「カツラギ先輩の逃げ次第で、すべてが決まります」

 

お父様の質問に、少し考えてからこう答えた。

 

「ほう、その心は?」

 

「単騎逃げでスローペースなら、ジャパンカップの再現。

 誰かが鈴をつけに行くとしたら、まったく違った展開になると思います」

 

史実では、その鈴つけ役をルドルフ自らが買って出た格好なんだよな。

逃げるカツラギを単騎2番手に上がって追いかけて、マークする格好。

 

絶対雪辱するんだという、陣営の気迫が感じられた。

カツラギの引退が決まっていたから、余計に力が入っていたんだろう。

勝ち逃げは許さない、と。

 

こっちのカツラギ先輩も、有でもってトゥインクルシリーズを卒業し、

ドリームシリーズへの移行を発表している。

 

シービー先輩はどうするんだろう。

今のところは音沙汰なしだが、来年もこのまま走るんだろうか?

 

「シービー君はどう出るだろうね?」

 

「あの人は何が起ころうとも我関せずでしょう」

 

今回も大まくりするのか、はたまた最後の直線に賭けるのか。

何度も言うようだが中山の直線は短いので、後者の可能性は低そうだけど。

 

「ある意味、シービー先輩の位置取りがカギでしょうね」

 

「なるほど。いやいや、ルドルフが言っていたように、

 大した分析力だ。なあ?」

 

「その通りですわね。あの子が称賛していたのも頷けますわ」

 

あいつ……またご両親に報告していたのか。

俺のプライバシーはどこ? ここ?

どうせ尾ひれが付きまくっているに決まってる。

 

これくらい、普通のファンなら普通に予想できると思うけどなあ。

史実の知識云々じゃなくてさ。

 

それこそあの『どうした急に』のコンビなら、

もっと熱く、いろいろと語ってくれそうだ。

 

さて、そろそろ本バ場入場だな。

レースのほうに集中しましょうかね。

 

 

 

 

思った通り、スタートからカツラギ先輩が逃げる。

ところがジャパンカップの再現とはならず、ルドルフが史実通りに2番手で追う。

 

意外だったのがシービー先輩で、いつもの最後方ではなく、

やや前方の中団の後ろあたりという位置取りになった。

 

向こう正面に入り、ルドルフがじわじわとカツラギ先輩との差を詰めていく。

3コーナーでは1バ身というところまでくっついた。

 

対するシービー先輩も上がっていったが、インコースを突いたせいか、

3コーナーで前に詰まってしまい、身動きが取れなくなってしまう。

 

そんな状況で、第29回有記念は佳境を迎えた。

 

最後の直線、ルドルフは肉薄していたカツラギ先輩をあっさりとかわして

先頭に立つと、あとは毎度のように突き放すだけ。

カツラギ先輩も決して足が上がったというわけでもないのに、

直線だけで5バ身差をつけ、レコードタイムで圧勝した。

 

シービー先輩に続いて、ルドルフもシンザン大先輩に並ぶ五冠目。

クラシック級での五冠制覇は史上初の快挙である。

しかも、ここまででいまだ無敗なのだから恐れ入る。

 

逃げ粘ったカツラギ先輩が2着。

 

シービー先輩は直線を向いたところでようやく前が開いて、さすがの末脚で追い込んだが、

カツラギ先輩から1バ身1/2の3着までというのが精いっぱいだった。

しかし4着とは大きく差が開いたので、3強の実力が垣間見える結果だ。

 

いやあ本当に、この調子だと、G1何個勝つことになるんだろうね?

 

来年の春天、ジャパンカップ、有は確定として、それで史実越えの八冠。

宝塚はアクシデントで回避したから不確実、大阪杯も新G1だからわからんとして、

秋天でも油断しなければ勝つだろうから、九冠は硬いか?

 

無敗も継続してるし、すさまじいの一言に尽きる。

まさに不世出の皇帝陛下だ。

 

 

 

 

 

第29回有記念 結果

 

1着 シンボリルドルフ  2:32.8 レコード

2着 カツラギエース    5

3着 ミスターシービー  11/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

も終わったことだし、これで無事に年も越せますね~。

 

……って、わかってるよ。

わかってますから、そうせっつかないでもらえますか。

 

例の商店街イベントの件ですね。

こっちが俺にとっての有記念だと思うことにします。

そうでもしなきゃやってられん。

 

「やあリアンちゃん、よく来てくれたね!」

 

「引き受けてくれてありがとうね!」

 

イベントの実行委員会、要するにあのお店へと向かうと、

おっちゃんおばちゃんの夫妻が満面の笑みで迎えてくれた。

 

実行委員長、という腕章を身につけて。

やっぱりあんたが委員長だったか。

 

「今日の段取りはこういう感じで……」

 

さっそく書類を渡されて、イベントの打ち合わせをする。

抽選会とか特売会とかはいいんだけどさ……

 

今日、商店街で1000円以上の買い物をしてくれたお客さんには、

1000円ごとに抽選券を1枚配布する。

特売ってのは要は安売りしますってことでしょ?

 

でも、トークショーってのがさ……

何を話せばいいのさ?

 

「適当に話を振るから、あとは流れで」

 

聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。

 

流れって何だ流れって。

どこぞの八百長みたいな物言いしおってからに。

ああもう、どうなっても知らないからな!

 

「じゃあリアンちゃん、ちょっと早いけど、これに着替えてくれる?」

 

「え……」

 

そう言って、おばちゃんが差し出した服。

それは……

 

 

 

 

 

商店街の一角に特設されたステージ。

といっても、ただの空き地に足場を盛って、一段高くしただけの簡易なもの。

その壇上に、いま俺はいる。

 

「本日のスペシャルゲスト、トレセン学園のファミーユリアンさんでーす!」

 

「ど、どうもこんにちは、こんばんは?」

 

おっちゃんの紹介で、ぺこりと一礼する。

いや、司会もあんたがやるんかい。

 

「ファミーユリアンさんは知る人ぞ知る、我が商店街では知らないやつなどいない。

 そうだよなみんな!?」

 

「おおーっ!」

 

「待ってましたー!」

 

「サンタコスかわいいわよ~!」

 

おっちゃんの声に、集まった人たちが反応して声を上げる。

幸い客足は結構……

 

いやこれ集まってるの、みんな商店街の人じゃない?

どれだけお客さん側の人がいるのか……

いやいやそれより、自分たちの店はどうした!? 空けてていいのか?

 

「先に言われちゃったけど、サンタの格好かわいいよ!」

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

おばちゃんに渡された服というのが、これ、サンタのコスプレ衣装だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

帽子だけがトナカイという変な衣装だけど。

 

別にコスプレすることに関しては、そこまで抵抗はなかった。

勝負服なんてもっときわどい格好する子もいるしな。

ブルマの体操服とか、水着で走るよりは幾分かマシだと思うよ。

 

ただね……

胸元とか腕とか、露出している部分が結構あるんだ。

時期的なものと野外ということもあって、寒いんだよ!

 

コスプレ衣装とか基本的に薄着だし、風を遮るものが何もない屋外ステージ。

うぅ、震えそうだ……

 

「リアンちゃんは、うちの商店街使ってくれてるのかな?」

 

「まあ、たまに。学園の購買で買えないものとかは買いに来ます」

 

「この前、俺の店で買い物してくれたんだよね。

 どうだみんな、羨ましいだろ!」

 

「ぶーぶー!」

 

「おまえのところだけずるいぞ!」

 

「リアンちゃん、私のお店にも来てちょうだいっ!」

 

こらおっちゃん、観客煽るな。

客席からはブーイングの嵐。なんかもう、私的な席と化してないか?

 

「リアンちゃんの近況を聞かせてもらってもいいかな?」

 

「はい。まあ、あの番組を見てもらえた方ならご存知かと思いますが、

 今の私は故障リハビリ中でして、復帰を目指しているところです」

 

「そう、あの番組! みんな見たよな!?

 見てないモグリはいないよなあっ!?」

 

「おおっ!」

 

「見たぜ!」

 

「かわいかった! 泣いた! 惚れたっ!」

 

おっちゃんの問いかけに反応して、客席から声が上がる上がる。

やっぱりみんな見てくれたみたいだ。

 

「リアンちゃん、俺たちリアンちゃんのファンクラブ作ろうと思うんだけど、

 公認してもらえない?」

 

「うえっ? ファンクラブ?」

 

予期していなかった事態に、素っ頓狂な声が出てしまった。

こんな一介なモブ娘にファンクラブ? 冗談だろ?

 

「入会資格は、とにかくリアンちゃんを応援すること、それのみよ!

 みんな、ファンクラブが出来たら入ってくれるだろ!?」

 

「おおおお!」

 

「初回入会特典として、今ならリアンちゃんの直筆サイン入り

 会員証をプレゼントするぜっ!」

 

「うおおおっ!?」

 

「直筆!」

 

「マジで? 欲しいっ!」

 

ちょっ……俺なにも聞いてませんけど!?

直筆サイン入りとか、マジでいま決めてますよね? 勢いで言ってますよね!?

 

「いいよね、リアンちゃん?」

 

「は、はあ」

 

「いよーし、リアンちゃんの許可は出たぞ。喜べみんな!」

 

「おおおっ!」

 

「やるな○○屋の旦那っ!」

 

「俺は入会するぞ!」

 

「私もっ!」

 

ははは、これもう撤回するの不可能だな。

あはは、笑うしかないな。アハハ。

 

「じゃあめでたくファンクラブ設立が決まったところで――」

 

 

 

そんな感じで、トークショーが始まってしばらくして……

 

 

 

「……ぶっ!?」

 

俺は、()()()()()に気づき、思わず吹き出してしまった。

 

というのも……

客席の最前列に、見知った顔がいたのだ。それも2人。

 

「リアンちゃん? どうかした?」

 

「いえその、お客さんの中に、知り合いがいることに気が付きましてね」

 

「リアンちゃんの知り合い?」

 

「おじさん、このトークショー、飛び入り参加ってありですか?」

 

「知り合いって、もしかしてウマ娘かい?

 もちろんあり、大ありだよ! 盛り上がってくれるなら何でもいいさ!」

 

「そうですか。というわけで、そこの2人!」

 

許可もいただけたことだし、何の障害もないな。

顔を見せたことが運の尽きだと思って、少々付き合ってもらうぜぇお二方。

死なば諸共じゃ!

 

俺も変なテンションになってきているようだが、気にしない。

ビシッと指をさして、2人に対して言い放つ。

 

「今すぐ上がってきなさいっ!」

 

俺がそう言うと、1人は一瞬だけビックリしたが、やれやれという感じで動き出す。

そしてもう1人は、最初からのニコニコ笑顔を崩そうともせず、我先にという感じで、

颯爽と壇上へと上がってきた。

 

「見つかってしまったか」

 

「ファミーユちゃん目聡いな~」

 

隠れる気なんか微塵もなく、堂々と最前列にいたくせに、どの口が言うか。

というか、この人ごみの中で、よく身バレせずに前まで来られたもんだ。

2人とも私服姿だから、気付かれなかったのかな?

 

「り、リアンちゃん? もしかしてこの2人……」

 

「ええ、そうです」

 

司会のおっちゃんが、ステージに上がってきた人物を見て動揺し始める。

さすがにこの2人を前にしたらそうなるよな。

 

「お、おい、あれって……」

 

「まさか!?」

 

「うそ、ホントに?」

 

客席もざわつき始めた。

うん、当然の反応だ。いまダメ押ししてあげるから待っててね。

 

「紹介します。史上3人目の三冠ウマ娘にして、

 先日のジャパンカップでシンザンの五冠に並んだ、ミスターシービー先輩です」

 

「はーいどうも~、ミスターシービーでーす」

 

 

『うわああああっ!!!?』

 

 

笑顔で手を振る先輩に対して、悲鳴とも絶叫ともつかない大歓声が沸き起こる。

やっぱり人気という点では、この人のものは一線を画すよなあ。

 

「そしてこちらは、4人目の三冠ウマ娘で、いまだ無敗のまま

 有で五冠を達成した、シンボリルドルフさんです」

 

「どうもみなさん、こんばんは。ご紹介に預かりましたシンボリルドルフです。

 その節は応援ありがとうございました」

 

 

『うおおおおおおっ!!!?』

 

 

ルドルフにも、先輩に勝るとも劣らない大歓声だ。

喜べルドルフ、少なくともここでは、シービー先輩に負けてないぞ。

 

「リアンちゃん……このお二人とお友達なの……?」

 

「ええ、仲良くさせていただいてます」

 

「……すご」

 

おっちゃんの短くも的確な一言。

考えてみれば、すごい人たちと繋がり持ってるよなあ俺って。

 

「その、お二人も、トークショーに参加していただけると……?」

 

「お望みとあらば」

 

「いいよ~」

 

「……」

 

おっちゃんは、2人の言葉に、一瞬だけぽか~んとした後

 

「誰かっ! マイク! マイクあと2本持ってきてっ!」

 

そう、絶叫した。

 

 

 

30分の予定だったトークショーは、予定を大幅に超えて

2時間に及んで大盛況、そのあとのプレゼント抽選会にも2人は参加。

 

当選者へのプレゼンターも務めてくれて、

より一層のクリスマスプレゼントとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イベント終了後、寮への帰り道。

暗い夜道を3人並んで歩く。

 

「ごめんね、レース直後で疲れてるだろうに。

 シービー先輩も、すいませんでした」

 

「なに、構わないさ。見つかったら出て行くつもりではいたんだ」

 

「ルドルフに説得されちゃってね~」

 

2人は2日前にレース、それも年末の大一番を走ったばかりだ。

勢いで壇上に呼んでしまったが、改めて罪悪感が浮かんでくる。

 

本当、2人の心の広さには頭が下がるよ。

 

「ファンサービスは大事だからな」

 

「エースも連れていくつもりだったんだよ。

 でも文字通り逃げられちゃってね~」

 

「そうなんですか」

 

さすがの逃げ足カツラギエース。

 

この上カツラギ先輩まで揃っていたら、どうなっていたことやら。

とてもじゃないが、街の商店街が行うイベントどころの騒ぎじゃなくなる。

 

「でも安心したよ」

 

「ルドルフ?」

 

「リアンにもファンがついてくれたんだな。

 ファンクラブができるそうじゃないか、おめでとう」

 

「や、あれは、そのぉ……あの人たちが勝手に言ってるだけで……」

 

「だけどファミーユちゃん、公認しちゃったよね?」

 

「……そうですね」

 

確かにシービー先輩の言う通り。

まんまと言質を取られてしまった。

 

間違いなく、今後も何か言ってくるだろうなあ。

差し当たっては、会員証の直筆サインか。

 

……サインの練習しとこ。

 

「よかったな、リアン」

 

「……うん」

 

ルドルフの優しげなが微笑みを直視できなくて、思わずそっぽを向いてしまった。

なんか気恥ずかしさでいっぱいだ。

 

「ファミーユちゃん、お金以外にも走る理由ができたね?」

 

「いえ先輩、あれは物の例えで言っただけで、

 私は決してお金にがめついとか、そういうわけではなく……」

 

「あはは、わかってるわかってる♪」

 

「……痛いです。背中バンバン叩くのやめてください」

 

「ファンは大事にしないとね」

 

「……はい」

 

ファンの期待を盛大に受けている人が言うと、一味も二味も違うね。

 

まったくどいつもこいつも……

いまだデビューもできず、リハビリ中のモブ娘なんかには重すぎるよ。

 

とりあえず、早く復帰しないとな。

決意を新たにしたクリスマスの夜だった。

 

 

 



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第28話 孤児ウマ娘、SNSでバズる

 

 

 

『なんで教えてくれなかったんですか!?

 ほかの予定をキャンセルしてでも、絶対取材に行ったのに!』

 

 

 

それは年も押し迫ったころにかかってきた、

乙名史氏からの1本の電話から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘について語るスレ Part****

 

 

:うお、ルドルフとシービーじゃん!

 

:何この神イベント

 

:どこのイベント?

 

:トレセン学園近くの商店街らしい

 

:五冠ウマ娘2人とか、いち商店街ってレベルじゃねーぞ!

 

:いいやん、ギャラなんぼなん?

 

:それほど裕福な商店街なのか?

 

:飛び入り参加っぽいというか飛び入りだから、

 ギャラはないんじゃね?

 

:サンタコスしてる子だれ?

 ちっこくてかわいい

 

:ルドルフやシービーと仲良さそうだな

 

:しっぽがある、ということはウマ娘か

 

:知らない子ですね

 

:トレセン学園の生徒?

 

:デビュー前かな?

 

:ルドルフとシービーを一声で壇上に上がらせるって、

 相当の仲じゃないとできないよね?

 事前に打ち合わせしてたのかもしれないけど

 

:ただの商店街にそんな権力も財力もあるわけない

 

:何者だ、この子

 

:地元民のワイ参上

 答えて進ぜよう

 

:地元民キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:知っているのか雷電!?

 

:この子はファミーユリアンちゃんといって、

 地元じゃ一種のアイドル的な存在だよ

 

:ほお、ファミーユリアンちゃんというのか

 

:ウマ娘自体がアイドル的なものなんじゃないの?

 

:地元でだけ有名というのも変な話だな

 

:何がきっかけでそれだけ知られるようになったのか?

 

:教えてエロい人! いや地元民さん!

 

:地元のCATV局があるんだが、そこの番組で彼女が特集されたんだよ

 地元じゃ普及率高いから、相応の人数が見たと思われる

 ワイも見た

 

:ケーブル局とはいえテレビに出たのか

 

:なんで? 知名度のある子が特集されるのならわかるけど

 

:よくわからんな

 

:そのときの特集が『知られざるレースの世界、ウマ娘の栄光と挫折』

 というタイトルでね、言っちゃなんだが、底辺にいる子が対象だったんだ

 

:あー

 

:確かに、勝者がいれば敗者もいるわな

 

:G1に出てる子は、上澄み中の上澄みだって聞いた

 

:G1どころか、オープンに上がるだけでも十分上澄みよ

 

:ぶっちゃけ、ひとつでも勝てれば御の字だよね

 

:数々の栄光の前には、その何倍もの数の未勝利で、

 人知れず引退していく娘たちがいるのだ……

 

:しかもファミーユリアンちゃんは、デビュー前にもかかわらず、

 2回も足を骨折している

 

:Oh……

 

:骨折……よりによって足、それも2回……

 

:これはもうダメかもわからんね

 

:普通に諦めても不思議じゃない

 

:そのリハビリ中の様子も流されたんだけど、それがまたすごいのなんの

 胸が締め付けられるって程度じゃなかったな

 なんというか、鬼気迫るって感じで

 

:足の骨折じゃあなあ

 

:そりゃ必死にもなるか

 

:そのうえリアンちゃんの生い立ちがまたすごくてね

 生まれてすぐに捨てられて、孤児院育ちだって言うんだ

 

:Oh……

 

:なにその人生ハードモード

 

:重いってレベルじゃねーぞ!

 

:賞金をその孤児院に寄付できるくらい活躍したいですって言ってた

 世の中の恵まれない人のためにがんばるとも

 

:泣ける

 

:ぐう聖

 

:良い子じゃないか

 

:精神力すごいな

 

:鋼メンタル

 

:身体もちっこくて不利だろうに

 

:なるほど、そういうところが地元民に受けたのか

 

:地元なだけあってトレセン学園とも繋がりありそうだしな

 もしかすると、前々から知り合いだったのかもしれん

 

:地元商店街の一押し?

 

:地元イベにはうってつけの存在だったわけか

 

:現にトークショー、ルドルフシービー登場前でも盛り上がってたしな

 

:というわけで、みんな!

 みんなもファミーユリアンちゃんを応援しよう!

 ファンクラブもできるよ!

 今なら初回入会特典付きだ!

 詳しくは商店街のホームページへ行ってみてくれ!

 

 https://www.***********

 

:どさくさに紛れて勧誘してて草

 

:本当に募集してて芝3200

 

:なによりこの地元民が虜になっていたか

 

:その番組見たいな

 

:どこかに落ちてない?

 

:動画サイトに上げてくれ

 

:悪いが、法律に引っかかることはNG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわあ」

 

乙名史氏に紹介してもらったネット上での掲示板を読んで、

俺は思わずそんな声を漏らしてしまった。

 

いや、俺のことがネットで話題になってるなんて、普通に気付かんよ。

 

デビュー前のモブのことなんて、誰が気にする?

乙名史さんに教えてもらわなければ、俺もスルーしていたところだ。

 

というか、スルーしたかった。

 

事の始まりは、乙名史さんからかかってきた電話だ。

俺が出た地元商店街でのイベント、そのトークショーの様子を、

言わば秘密裏に撮影した動画がSNSにアップされたらしく、

例の掲示板にもアドレスが貼られていた。

 

ルドルフとシービー先輩という、今やウマ娘界のスーパースターとなった2人が出ているという噂が巡り巡って、その動画の再生数がうなぎ上りだという。

トレンド1位にもなったとかって話だ。

 

そのついでとして、一緒に舞台に立っていた俺にも、

流れ矢が当たってしまったという感じになっている。

 

そりゃね、俺としても、ルドルフとシービー先輩が出ているイベントなら

見たいって思うほどだし、世間様ではそれ以上だろう。

 

でも、俺まで注目されるのは納得いかん。

 

ちっこくてかわいい?

ちっこいは余計だよ、でもありがとう。

 

コスチューム似合ってる?

ああうん、素直にうれしいよ、ありがとう。

 

ぐう聖だって?

いやいや中身はしがないおっさんです、でもありがとう(照れ)

 

 

~♪~♪

 

 

と、今の今まで掲示板を見ていた携帯が、可憐な着メロを奏でた。

 

いま流行りのポップ曲とか洋楽なんてことはない、

最初から入っていた着信音だよ。

 

「また乙名史さんからか」

 

つい先ほどまで話していたばかりだというのに、

相手は再び乙名史さんだった。

 

デビュー戦の予約をされているということがあって、

連絡先を交換していたんだ。

 

といっても、さっきの電話が取材後の最初の連絡だったから、

だいぶ久しぶりだし、ちょっとビックリしてしまったよ。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、リアンさん?』

 

「はい」

 

電話に出ると、いつもの乙名史さんの声が聞こえてきた。

さっきまでは興奮した様子だったからな、少しは落ち着いたか。

 

『掲示板は読んでくれました?』

 

「見ました。なんというか、すごいですね」

 

『すごいどころじゃないです。他にも何本かスレが立ってますし、

 例の動画も、色々なところに拡散されてます』

 

「なんとまあ、好き者が多いですね」

 

『他人事じゃないですよ。リアンさんも含まれてるんですから』

 

わかってますよ。

だから()()()ですねって言ったんです。

 

まったく、俺に注目するなんて物好きな連中は、

あの商店街の人たちで十分だというのに。

 

『そこで、リアンさんにご相談というか、お願いがあるんですが』

 

「なんでしょうか」

 

『うちで放送したあの特集の動画を、

 動画サイトに上げようと思うんですが、構わないでしょうか』

 

「あの特集を?」

 

『ええ。ほら、掲示板内の意見にもあったでしょう?

 あの番組見たいな、どこかで見られないかって』

 

「ああ」

 

確かに、何人かが興味を持っていたな。

 

でも小さなケーブルテレビの番組だから、

オンデマンドとかもないし無理じゃないかと、

あの続きで彼らは結論付けていた。

 

『実は、この機会にうちもネット上に公式チャンネルを立ち上げよう、

 という話になりまして、手始めに、ウマ娘関連の番組を上げようと思ってます。

 うちの1番の強みですし、そこらの有料チャンネルにも負けない自負もあります』

 

「随分と手際が良いですね」

 

あの局のウマ娘への入れ込み度は確かだし、

なにより番組関係者の乙名史さんの情熱が半端ない。

 

しかし……

 

俺たちが出演したイベントの動画がバズったタイミングでのこの話。

どう考えても、狙っていたとしか思えないが?

 

「もしかして、前々から準備してましたか?」

 

『ええまあ、話自体は前からあったんですが、今回の件で強引にねじ込みました。

 というか、今の今まで上司とお話してました』

 

乙名史さんの掛かり気味は、今に始まったことではないしな。

決まりたてホヤホヤというわけか。

絶好の機会になってしまったわけだな。

 

『一発目は、もちろんあなたの特集動画ですよ、リアンさん』

 

「いやあ、もっと他にあるんじゃないですか?」

 

『何を仰いますか!

 このタイミングで出さずして、いつ出すというんです!』

 

俺がデビューしたときとか?

いや、いつになるかわからんからダメか。

 

『いいですか、リアンさん』

 

「わかりました。どうぞお使いください」

 

『ありがとうございますっ!』

 

俺が承知すると、嬉々として声を荒げる乙名史さん。

本当にもう、この人には敵わんな。

 

『さあて忙しくなりますよ! 今夜は徹夜です!』

 

ほ、ほどほどにお願いしますよ?

身体壊されたりしたら、泣いちゃいますから。

 

『あ、そうそう。リアンさんっ!』

 

「は、はい?」

 

怒鳴られたというほどの大声。

今度は何だ?

 

『またあのようなイベント出演の話がありましたら、

 絶対私にも教えてくださいね! 何を差し置いてでも取材に行きます』

 

「わ、わかりました。そのようにします」

 

『絶対、絶対ですよ。約束ですからね!』

 

「は、はい……」

 

『それでは、また。おやすみなさいっ!』

 

 

プツッ

 

 

「………」

 

言いたいことだけ言って切りやがった。

なんて自分に正直な女なんだ。

 

はあ、やれやれ。

この騒動、はたしてどこまで広がるのやら。

 

 

 

 

 

府中ケーブルテレビの行動は思いのほか素早く、

この翌日には有名某動画サイトに公式チャンネルを開設。

ウマ娘専門番組を何本かアップした。

 

もちろん俺を特集した動画も上げられた。

しかも、ディレクターズカット版とかいう、

本放送とは違うバージョンらしい。

 

すると、その動画もまたバズった。

1日もしないうちに10万再生を達成し、「……ウソでしょ」と呟いたもんだ。

 

俺自身は皆の反応が怖くて見ていない。

わざとらしいとか、あざといとかってコメントで溢れてたらどうしよう……

 

やっぱり怖すぎて見る気になれない。

エゴサする芸能人とかって、どういうメンタルしてるんだ。

俺には絶対無理、できないよ。

 

商店街からも連絡があって、商店街のホームページが落ちたんだって。

掲示板にアドレス晒されちゃったから、

アクセスが急激に増えて耐えられなかったんだろうなあ。

 

各方面に影響大。

どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファミーユリアンちゃんについて語るスレ Part001

 

ここはウマ娘ファミーユリアンちゃんについて語り合うスレです。

ちっこくてかわいい、怪我にも負けない彼女を純粋に応援しましょう!

批判や中傷は他所でどうぞ。

 

 府中ケーブルテレビ

 ウマ娘専門チャンネル リアンちゃん特集

 https://www.umatube.com/**********

 

 

:立てた

 

:グッジョブ

 

:b

 

:動画見てきた

 本当にちっこくてかわいい

 

:インタビュー中とリハビリ中の顔、まるで別人だな

 

:鬼が宿るとはこのことか

 

:ほんと普段は穏やかそうなのに

 

:ハンドル握ると変わるタイプ?

 

:違うけど似てる

 

:俺はわかる

 レースになるとなりふり構わないと見た

 

:リアンちゃんはそんなことしない

 

:そのギャップがいいのですよ

 いいぞもっとやれ

 

:ケーブルテレビなのに、全国ネット並みの仕事だな

 

:ほかの番組も見たけど、ローカルなのが惜しい

 内容も情報量も半端ない全国放送してほしい

 

:ケーブル局に無茶を言いなさる

 

:そのためのインターネットですよ

 

:こうしてチャンネル作ってくれたから、これからにも期待

 

:この子って中学生?

 

:トレセン学園の生徒だからそうじゃね?

 

:高校生には見えん

 

:中学生にも……おっと誰か来たようだ

 

:例のイベント動画から来たが、この子って、

 ルドルフやシービーとの関係何なんだろうな?

 動画見る限り、随分と親しそうだったけど

 

:どちらかの同級生とかじゃね?

 

:シービーのこと先輩って呼んでたよ

 

:ということは、ルドルフと同級か

 友達なのかな?

 

:方や歴史に並び、新たな歴史をこれから作る五冠バ

 方や破天荒だが皆を魅了する豪脚と美貌の持ち主の五冠バ

 方や……

 

:貴様、何が言いたい?

 

:日本語を読めない輩がいますね

 

:改めて言う

 ここは純粋に応援するスレだ

 

:いきなり殺伐としてて草

 

:なに、すぐに慣れるさ

 

:皆、嵐はスルーな

 

:この子って、デビューまだなんだよね?

 

:デビュー前に故障してリハビリ中

 

:取材されたのって11月みたいだから、今はもう復帰してるんかな?

 インタビューじゃ年明けくらいにはって言ってるけど

 

:まだ年明けてないじゃん

 

:まあゆっくり待とうや

 俺はデビュー戦には応援しに行くって決めてる

 

:俺も

 

:わいも投票する

 

:これから復帰して、夏か秋ごろにデビューかな?

 

:本放送では流れてないシーンあって俺氏歓喜

 

:え? どのシーン?

 

:インタビュー終了後のシーンとかなかったぞ

 もしかしてノーカットなのか?

 

:なんと

 

:スタッフにも丁寧に頭下げてるのいいね

 性格よさそうだ

 

:はにかんだ様子が可愛い

 

:レース勝てなくても引く手数多になりそうだな

 

:この局のキャスターになったりしてな

 

:普通にかわいいしな

 ウマ娘の全体レベルが高すぎるだけよ

 

:なんなら俺が貰ってやる

 

:ロリコンは帰って、どうぞ

 

:府中ケーブルテレビは、これからも動画上げるらしい

 ウマ娘関係も順次追加していくってよ

 

:おお、それはうれしい

 

:CS専門チャンネル並みだから絶対見る

 

:わい道民、感激の極み

 

:試される大地からご苦労様です

 

:荒尾民参上

 

:笠松から

 

:か、川崎……(ボソッ

 

:琉球民もおるで

 

:地方レース場民が多くて芝

 

:川崎民は直接見られる手段ありそうだが

 

:デビュー前から全国区ってすごくね?

 

:肝心の実力はどうなんだろうな

 

:現段階じゃ何とも言えんな

 まったくの無名だったんだし

 

:体格からすると厳しそうだが、がんばってほしい

 

:ルドルフと同級なら、もうデビューしてもおかしくないが

 

:むしろしてないのがおかしくね?

 

:怪我のせいだろ

 

:まだ本格化してないんだよ

 デビューまだなのもそのせい、本格化後に期待

 

:個人差大きいからな

 

:体格から考えるに、いま出ても無理そう

 

:ゆっくり大きくなってくれりゃええ

 

:親のような気持ちになってて草千里

 

:孤児のリアンちゃんに親という単語は禁句だろ

 

:マジですまんかった

 

 

 以下、雑談に終始

 

 



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第29話 孤児ウマ娘、2度目の復帰

 

 

 

年が明けて間もなく、復帰OKのゴーサインが出た。

 

この日をどんなに待ったことか。

辛いリハビリに耐えた甲斐があるってもんだ。

2回もすることになるとは思わなかったが。

 

というわけで放課後、ジャージに着替えて、トラックコースへと出てきた。

二度と故障しないように、入念に準備運動を行う。

 

「……?」

 

その途中、なんだか視線を感じた。

それも1人2人というものではなく、大勢に見られている感覚。

 

「……うわ」

 

振り返ってみてビックリ仰天。

なんと、一団になってこちらを遠巻きに見ている人たちがいるではないか。

しかも、ただの人だかりというわけではなかった。

 

「会長、副会長に、グラスさんに、ちょっ、なんで理事長とたづなさんまで!?」

 

学園のお偉いさん方が大集合だ。

理事長と目が合ってしまって、理事長はいつものように何かが書かれた

扇子を開いて掲げて見せたが、この距離ではさすがにわからない。

 

会長は微笑みを浮かべ、副会長は腕組みしつつ仁王立ち、

グラスさんは会長同様の笑顔、たづなさんも穏やかな表情に見える。

 

……なんか監視されてるみたいで嫌だな。

みんな心配してくれてるんだというのはわかるけど、こういうのは……

 

まあいい。いきなり激しくトレーニングするわけにもいかないし、

今日は軽く、感触を確かめるだけ。

 

気にはなるけど、なるべく気にしないようにしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついにこの日を迎えましたね」

 

生徒会長、トウショウボーイがしみじみと言った。

その視線の先には、準備運動をしている小柄な栗毛のウマ娘がいる。

 

「わざわざ見に来る必要があるか?」

 

「生徒会としても、あの子の行く末には注目しています。

 事故の件然り、世間様の注目然り、もちろん私個人としても然りです」

 

「はいはい、そうかよ」

 

テンポイント副会長が呆れたように聞くが、

会長は視線はそのままで、用意された原稿を読むようにしてさらりと答えた。

そんな2人のやり取りを、グリーングラス書記が一歩控えた位置から見守っている。

 

「それに、皆さん同じお考えのようですしね?」

 

「同意!」

 

「はい」

 

会長の問いかけに、理事長とたづなが頷いた。

 

「復帰できて何よりだ」

 

「リアンさんの、最近の注目ぶりは目覚ましいですからね」

 

目を細める2人。

 

地元商店街でのイベントの様子を映した動画がSNSにアップされたことから

始まった一連の展開は、学園としても喜ばしいことであった。

 

もちろん商店街からは感謝する言葉が届いていたし、

今後ともよろしくお願いしたいとの意向も伝えられている。

府中ケーブルテレビからも同様だった。

 

地元から理解が得られるのは何よりである。

 

世間の注目が増せば、学園、引いてはウマ娘レース界全体にとっても良いこと尽くし。

SNSでの情報発信をもっと増やそうかという話も出ているくらいだ。

 

「公式ウマッター、ウマスタグラムでも始めてみるか」

 

「いいお考えですね。では最初のつぶやきは、

 リアンさんの復帰を伝えるもので決定ですね」

 

「了承っ!」

 

その第一弾が、この場で早くも決定したようだ。

 

「すいません、遅れました」

 

「ファミーユちゃんもう走っちゃった?」

 

「やっほーみんな。そこで2人と会ってね」

 

「ルドルフさん、シービーさん、マルゼンスキーさん、お疲れ様です」

 

と、ここで、制服姿のルドルフとシービー、マルゼンスキーもやってきた。

この3人も、リアンの復帰に関しては気にしていたのだろう。

 

「ちょうど準備運動が終わったところのようですよ」

 

「よかった間に合った~」

 

シービーの問いかけにトウショウボーイが振り返りつつ答えた。

会長が言ったように、皆の視線の先では、リアンが今まさに走り出そうとしている。

 

『………』

 

全員が固唾を飲んだ瞬間。

 

リアンは最初こそ、恐る恐るといった様子でゆっくりと駆け出したが、

徐々にスピードを上げていく。

 

といっても、もちろん全速というわけではなく、15-15にも及ばない

ジョギング程度という速度で、ゆっくりとコースを走り始めた。

 

「特に問題はないようですね」

 

「今のところはな」

 

ホッとしたように一息つく会長。

一方の副会長は、安心しつつも締めるところは締める。

 

「ルドルフ」

 

「はい」

 

「おまえはあいつと同室だったな。

 アイシングとマッサージは欠かさないように言っておけ」

 

「承知しました」

 

ルームメイトのルドルフに言伝を頼む。

ルドルフは当然ですとばかりに頷いた。

 

「ルドルフに頼まずに、自分で伝えればいいのに」

 

「うるさい。私が出しゃばるようなことでもないだろ」

 

「相変わらず素直じゃないんだから」

 

「うるさいぞ持ち込みスーパーカー」

 

「あ、それは禁句よ。失礼しちゃうわね」

 

これをマルゼンスキーが茶化し、テンポイントはぶっきらぼうにそっぽを向く。

いつものことだと、周りは微笑ましく見守っている。

 

「お、ファミーユちゃん戻ってきた」

 

シービーの声に、全員の視線が一斉にそちらへ向く。

リアンがコースを1周して戻ってきたところだった。

 

彼女はゴール板のところまで来るといったん立ち止まり、

自分の身体の具合を確かめるようにして2度3度と頷くと、

2周目に入っていった。

 

「おい、止めなくていいのか?」

 

「大丈夫でしょう。メニューは渡されているはずですから」

 

テンポイントの問いに答えたのはルドルフ。

リハビリ施設から、復帰後のメニューの面倒も見てもらっていると話す。

 

「なら安心ですね」

 

「しかし油断はできません。リアンには前科がありますし」

 

「最初の骨折の件ですね」

 

「はい」

 

会長がそう言うと、ルドルフは眉間にしわを寄せて頷いた。

理事長とたづなも、その通りだとばかりに首肯している。

 

どうやらルドルフは、前科について、やはり一生許すつもりはなさそうだ。

リアンが聞いたらげんなりしそうである。

 

「リハビリ中も、たびたびオーバーワークになりかけたようです。

 私も気にしておきますし、皆さんも何かありましたら、

 お手数ですが声をかけてあげてくださいませんか」

 

「難儀なことですね」

 

「一生懸命なのは結構だがな」

 

「でも、それがファミーユちゃんのいいところでしょ?」

 

ルドルフの言葉に全員が苦笑したところで、

シービーの問いには、皆が皆と顔を見合わせて頷いた。

 

 

 

 

 

 

トレセン学園公式

 

  ウマッター始めました。

  いろいろな情報をお伝えしていきたいと思います。

  よろしくお願いします!

 

 

トレセン学園公式

 

  ファミーユリアンさん、本日無事にトレーニングに復帰しました!

  みなさん応援してあげてください!

 

  動画添付

 

 

 

 

 

 

ファミーユリアンちゃんについて語るスレ Part001

 

ここはウマ娘ファミーユリアンちゃんについて語り合うスレです。

ちっこくてかわいい、怪我にも負けない彼女を純粋に応援しましょう!

批判や中傷は他所でどうぞ。

 

 府中ケーブルテレビ

 ウマ娘専門チャンネル リアンちゃん特集

 https://www.youtube.com/**********

 

 

:おい、トレセン学園がウマッター始めたぞ。

 見てみろ、朗報だ!

 

 https://umatter.com/*********

 

:リアンちゃん復帰キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:リアンちゃんが走ってる!

 

:めでたい!

 

:燃料投下乙です

 

:いきなり過疎ってたからありがたい

 

:俺はいくら過疎ろうが毎日チェックしてる

 

:俺も俺も

 

:見てるなら書き込んで

 

:年明けくらいって言ってたから、予定通りなんだな

 安心した

 

:しかしトレセン学園もここで公式アカウント持つとはな

 

:調べたらウマスタにも作ってるじゃん

 いろいろと便乗してんな

 

:ネタを提供してくれるのはいいことだ

 

:んだんだ。特に地方民にとっては大変ありがたい

 

:ゆっくり走ってるけど、こんなもの?

 

:そりゃいきなり全力出すわけにはいかんだろ

 

:これは今年中のデビューに期待していいかな?

 

:本格化次第だな

 

:本格化っていつ来るの?

 

:わからん

 

:個人差が大きい

 10代前半で来る子もいれば、後半でようやくという子もいる

 

:要は人間の第二次性徴のようなものよ

 

:リアンちゃんはあの体格だと後者っぽいな

 

:まあ気長に待とう。俺は待つ

 

:いつまででも待ってるから、がんばれリアンちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ~っ」

 

自室にて、携帯をスリープ状態にして机上に置く。

そして、長い溜息をついた。つかざるを得なかった。

 

乙名史さんに教えてもらった掲示板を覗いて見てたんだが、

公式ウマッターとか始まってるのね。

それはいいんだけど、その一発目のつぶやきが俺のことってどうなのよ?

 

それで過疎ってたスレも加速しちゃってるし、

ウマスタにも上がってるらしいし、公式の俺推しがものすごい。

 

トレーニング中の動画なんて、いつの間に撮ってたんだよ。

あの場にいたたづなさんあたりか? 勘弁してくれよ……

 

プレッシャーになるだけだっつーの。

あんなお偉いさんたちが大勢揃ってさあ。

 

何周か走って戻ってみれば、ルドルフにシービー先輩にマルゼン姉さんまで加わってるし。

おまけに、最後にはシリウスまでやってきて、ひとこえ吠えていった始末だ。

 

な~にが『早く私のところまで来い』だよ。

そりゃおまえはもう勝ち上がって、今年のクラシックの有力候補だから

良い気になってるんだろうけど、こっちはおまえと絡む気なんか皆無だっての。

 

商店街からも、想像してた以上にファンクラブの申し込みが来てて、

サーバは落ちるわ処理は追いつかないわで、悲鳴のような連絡が来ている。

 

俺に泣きつかれても、どうにもならんわ!

 

そもそもホームページがあったことにびっくりだよ。

この件がなければ知らなかったわ。

 

サインならしてやるから、せめて運営くらいは自分たちでしっかりやってくれ。

自分たちで言い出したことなんだから。

 

まったくもう、どいつもこいつも……

 

「はあ……」

 

「ため息をつくと、幸せが逃げるぞ」

 

2回目の溜息が出たところで、ルドルフが風呂から戻ってきた。

 

「私の幸せはどこ……?」

 

「何を言ってるんだ」

 

俺の言葉に、苦笑するルドルフ。

そのまま側まで寄ってきて、まじめな顔になって俺のほうを覗き込んでくる。

 

「身体は大丈夫か? 足は?」

 

相変わらずの過保護状態。

これはもう変わらないんだろうね。

 

「大丈夫だよ。痛みもないし、なんともない」

 

「本当か? 見せてみろ」

 

「ちょ……」

 

止める間もなく、ルドルフは俺の足元にしゃがみ込むと、

左足のズボンをまくり上げた。

 

「……」

 

そして、瞬間、眉をひそめた。

 

くるぶしの上5センチくらいのところに、手術の痕がまだ残っている。

俺自身はもう慣れてしまったが、見慣れてないとそりゃ驚くよな。

 

「見て気持ちのいいものじゃないでしょ」

 

「いや……すまない。そういうつもりじゃないんだ」

 

これはレースに出るときは、最低でもハイソックスを履かないとだめだね。

そこまで映らないかもしれないけど、念には念をだ。

お茶の間の皆様に見せるようなものではない。

 

「ちょっと触るぞ。いいか?」

 

「ん」

 

「………」

 

謝ったルドルフは、足首から始まって、脛、ふくらはぎと、

ゆっくりと触れ、少し筋肉を揉み解す。

 

それがくすぐったくて、声を漏らさないように我慢するのに苦労した。

 

「筋肉も張ってないし、大丈夫みたいだな」

 

「だからそう言ってるでしょ」

 

「いや、君の言葉は信用できないからな」

 

「またそれ? いい加減に許してよ」

 

「いいやダメだ。リハビリ中にも何度か注意されたと聞いている」

 

「それは……」

 

自分では全然そんな風には思わないんだよ。

でもそれが、周りの人に言わせると、やりすぎ、

無理しすぎだ、ということになるらしい。

 

「本当に君というやつは、仕方のないやつだな」

 

「……ごめん」

 

「ふふ」

 

「はは」

 

しゃがみ込んだままこちらを見上げるルドルフは、

しょうもないとばかりに苦笑している。

笑い事ではないが、俺もつられて笑ってしまった。

 

「さて」

 

「っ……」

 

すっくと立ち上がったルドルフ。

その勢いで、ふわっと良い香りが漂ってきてドキッとする。

これは、シャンプーの匂いかな。

 

「どうした?」

 

「……いや、なんでも」

 

「そうか」

 

これは、()()()()()()でハッとさせられたのか、それとも、

それとは正反対の意味のほうなのか、判断に迷うな……

 

“その気”がないとは思いたいけど、本能のほうではどうなっているのかわからんし……

でもやっぱり、仮に恋愛するとなれば、男よりは女なんだよなあ……

というか男なんて――

 

「どこまでのメニューをもらってるんだ?」

 

「とりあえず、体力回復用のプログラムだね」

 

ルドルフから質問されたので、邪な考えはきれいさっぱり捨て去って、

思考を切り替える。

 

「3ヶ月先までの基本的なことは決まってる。

 その先は、状況次第でまた相談かな?」

 

研究所からもらっているメニューのことを思い出し、伝えた。

 

「3ヶ月というと、ちょうど新年度から新メニューというわけだな」

 

「そうなるかな」

 

「レースに出られるのはその先か。お婆様は何と言っている?」

 

「じっくり、私が万全になるまで待つって。

 それまでは今お世話になってるチームのサブトレーナーで頑張るってさ」

 

「そうか、なら安心だな」

 

来月いっぱいで見習いという肩書が外れ、3月からは

正式なトレーナーとして活動できるはずのスーちゃん。

 

何が何でも最初に契約するのは俺と決めているらしく、

それまでは独立したり、専属では見ないと言っている。

非常に申し訳ない話だが、同時に非常にありがたくもある。

 

正直、今年中のレース出走は厳しいんじゃないかと踏んでいる。

体力をイチから戻さないといけないことが第一の関門。

 

最初の選抜レースでの惨状と、事故に遭った2回目の選抜レースでは、

途中までは追走できていたことを鑑みるに、

まともにレースができる能力が備わるのに、最低1年はかかると見るべきだ。

 

例の走法も、ただでさえ未完成だったところに、長期のブランクで、

またあの走りができるかわからないのがふたつめ。

 

本格化のことがみっつめの問題。

肉体のほうも徐々に成長してきてはいるものの、微々たるもので、

まだまだ本格化と呼べる段階に至る気配がない。

 

ならば最初から、レース復帰は来年と見込んで、

そのつもりで腰を据えてじっくりとトレーニングに励んだほうがいいんじゃないかと思う。

 

幸いスーちゃんは待つと言ってくれているし、

それまでレースに出なくても、学園側もそこまでは許してくれるだろう。

 

むしろ、俺自身がそれまで待てるかどうかのほうが不安だ。

焦れて、急いて、またオーバーワークだと怒られるのが容易に想像できる。

 

努めて自制せねば。

 

「ルナのローテは、大阪杯からの春三冠だっけ?」

 

「そのつもりだ」

 

当然そうなるよな。

上半期のうちに史実越えの八冠になる可能性が大なわけか。

 

「シービーも出てくるだろうし、楽には勝てないと思う。

 気合を入れて臨まないといけないな」

 

「まあまあ、今から気合を入れてたら、いくらなんでも持たないよ。

 リラックスリラックス」

 

「む、そうだな。……なあリアン」

 

「なに?」

 

と、ここでルドルフの表情に影が差した。

なんだ? 何か悩み事でもあるのか?

 

「これはまだ未決定だし、実現するかどうかもわからない話だ。

 だからリアンも、時が来るまでは内密にしておいてほしい」

 

「わかった。ルナがいいって言うまでは誰にも言わないよ」

 

「ありがとう」

 

俺が承諾すると、ルドルフはふっと表情を緩めて礼を言った。

そこまで話すのに勇気がいることなのか。

 

「実は、春の成績次第で、凱旋門賞に挑戦するプランがある」

 

「おおっ」

 

言わずと知れた世界最高峰のレース、凱旋門賞。

史実でも1度は計画されたことだ。俺も興奮して声が出た。

 

「成績次第か、春を3連勝できたらってこと?」

 

「そうなるな」

 

「ルナならきっとできるよ。シービー先輩には悪いけど」

 

「ああ、私も負けるつもりはない」

 

言い切ったルドルフ。

だがここで、再び表情が落ち込み、顔を伏せてしまった。

 

「そこで相談があるんだリアン。

 もし、もしだ。もしそうなったら、そのときは……」

 

「そのときは?」

 

「……いや、いい」

 

「へ?」

 

「今はまだやめておく」

 

顔を上げたルドルフの口から出たのは、

自分から言い出したのに、相談を否定する言葉だった。

 

おいおい、そこまで言っておいてやめるのかよ。

気になるなあ。そのときは、なんなんだ?

 

「大阪杯と天皇賞を勝てたら、また改めてその時に話すよ」

 

「まあ、ルナがそれでいいなら、いいけどさ」

 

「ああ、すまない」

 

申し訳なさそうに言うルドルフの顔は、いつもの表情に戻っている。

結局、何の相談なのかはわからずじまいか。

 

「それよりリアン。今日は早く休んだほうがいいんじゃないか?

 今は大丈夫そうでも、ダメージがあるかもしれない」

 

「ああ、うん、そうだね」

 

筋肉痛とかはあるかもなあ。

勘弁してほしいところだが、最初の1週間はつらいかもしれない。

 

「横になってくれ。少しマッサージしよう」

 

「え、い、いいよそんなの」

 

五冠バ様にそんな真似をさせるわけには……

しかも、こんな底辺モブ相手になんて……

 

「リアン」

 

「……はい」

 

ルドルフの圧力に屈した俺は、言われるがまま、

自分のベッドに横になった。

 

……皇帝陛下。

 

こういうときに威圧感を発揮するのはやめてください。

それを発動させるのはレース中だけにしてください。

 

まったくもう……

 

あ。マッサージは普通に気持ちよかったです。

 

 

 

 



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第30話 孤児ウマ娘、悩む

 

 

 

 

「むーん」

 

先ほどから机に向かっている俺。

ペンを握りながらノートと睨めっこしつつ、

自然とそんな声が出てしまう。

 

宿題に難航しているというわけではない。

仮にも成人からの転生者が、中学程度の問題で

ひいこら言っていたら情けないというもの。

 

それはもうとっくに済ませた。

でも高校に上がったらわからんね。

より専門的になるし、すでに記憶の彼方だ。

 

まあそれはいいとして、いま何に困っているかというと……

 

「さっきから何を唸ってるんだ?」

 

後ろからルドルフが声をかけてきた。

振り返ると、彼女も同じように机に向かっていたところで、

顔だけこちらを向けている状況。

 

「あ、ごめん、邪魔しちゃった?」

 

「いや、うるさいというわけではないよ」

 

そう言ったルドルフは立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。

 

「宿題か?」

 

「ううん、それはもう終わった」

 

「成績上位の君のことだから、大丈夫だろうとは思ったが。

 ……? 自分の名前を書いているのか?」

 

「うん」

 

隣に立って、背もたれに手をかけつつ机上のノートを覗き込んだルドルフが、

不思議そうに尋ねてくる。俺は頷いた。

 

様々な書体の『ファミーユリアン』という文字が並んでいるから、

何事かと思ったんだろう。

 

ちょうどいい、ルドルフに相談してみるか。

 

ファンに求められる機会とか多そうだし、

実際に何度もしているだろうから、具体的なアドバイスをもらえるかも。

 

「ほら、ファンクラブの件で」

 

「ああ」

 

そう答えたら、ルドルフは合点がいったとばかりに頷いた。

 

「会員証に直筆のサイン、という話だったか」

 

「うん。その練習」

 

恥ずかしながら、というか、

ほとんどの人がサインの練習なんかしたことないんじゃない?

 

芸能人とかスポーツ選手というならわかるが、

一般人が改めてサインを求められる場面なんてそうそうなかろう。

せいぜいがカードを使ったときの署名くらいなものじゃないか。

 

それも普通に名前を書くだけだと思うし。

こうやって字体を崩したり、オシャレに、なんてことは考えないだろう?

 

「普通に名前を書くんじゃだめなのか?」

 

「そこはほら、せっかく書くんだから、洒落たものにしたいかなって。

 ファンの人もそういうのを期待してるだろうし」

 

「なるほど」

 

ちなみに商店街のほうから聞こえてくる話では、

とりあえず初回設定の応募者全員に、直筆サイン入りの会員証を、ということらしい。

 

当初は先着100人に限定したそうなんだが、

例の動画の影響があって、それをはるかに超える人数が殺到したそうで、

断腸の思いで300人のところで締め切ったそうだ。

 

というわけで、俺は300人分の会員証にサインしなければならない。

実物が出来上がってくるのはまだ先のようなので、

今からその日が来るのが恐ろしい。腱鞘炎になったりしないよな?

 

ファンクラブの会員自体は、随時募集中とのことである。

 

「ルナはどんなサインしてるの?」

 

「私か? 私は普通にアルファベットで書いているだけだ」

 

「ちょっと書いてみて」

 

参考までに、ちょっと書いてもらおう。

ペンを渡すと、ルドルフは本当に普通に、サッと書いてしまった。

 

『Symboli Rudolf』と。

 

「ふーん」

 

「普通だろう?」

 

本人が言うように、特にこれと言ったことはない、普通のアルファベット。

しかし、なんだろう?

普通のはずなのに、それ以上のものを感じるのは気のせいか?

 

字の上手さ綺麗さはもちろん、神々しささえ感じられるよう。

 

こんな何気ない書き込みも、ファンからしたら垂涎の一品だろうな。

オークションにかけたら、いったいどれほどの値が付くだろうか。

 

……な~んて、邪なことは置いておいてだ。

 

「ルナはアルファベットか。私もそっちのほうがいいかな?」

 

試しに書いたものの中には、当然アルファベットのものもある。

他にも、平仮名、片仮名も書いた。

変わり種としては、例えば『ファミーユりあん』みたいな力技もある。

 

 

『Famille Lien』

 

 

ルドルフに倣って、俺もアルファベットで書いてみた。

 

元がフランス語だからか、なんかしっくり来ないんよなあ。

まあこれは慣れていないだけかもしれないし、

激しく今更だけど、慣れなきゃいけないことでもあるか。

 

「いっそどこぞのアイドルみたいに、平仮名で思いっきり丸文字にして、

 後ろにハートマークでもつけてみようか?」

 

「それはさすがに」

 

「だよねぇ」

 

そう言うと、思い切り苦笑するルドルフ。

うん、自分で言っておいてなんだが、それはない。

キャラとしてもイメージとしても100%違うだろう。

 

「どうしたらいいと思う?」

 

「そうだな……」

 

俺がそう聞くと、ルドルフは少し考えて。

 

「なんでもいいんじゃないか」

 

こんな、全然参考にならないことを言い出した。

 

ちょっとルドルフさん?

親友が悩んでいるというのに、なんでもいいはあんまりじゃありません?

 

「なんでもって……」

 

「ファンの方たちにしてみれば、書いてあることじゃなくて、

 リアンが書いた、ということのほうが重要なはずだ。違うか?」

 

「まあ、違わないと思う、けど……」

 

「なら、字面や内容には拘らずに、

 リアンの気持ちを素直に書いてあげればいいと思うぞ」

 

「私の、気持ち……」

 

「リアンは、ファンの方がついてくれることはうれしいか?」

 

「うん、まあ、うれしいし、ありがたいかな」

 

「なら、大丈夫だ。私もサインを求められたときは、

 応援への感謝と、これからもがんばるぞ、これに浮かれて慢心はしない、

 という思いで書いている。その気持ちがあれば大丈夫さ」

 

「……うん」

 

さすが実力、人気共に史上屈指の人が言うと違うわ。

説得力がありありですもん。

 

ファンへの感謝と、これからの抱負と、自分への戒めかあ。

 

「わかった、ありがと。ちょっと考えてみる」

 

「なに、たいしたことはしてないさ」

 

ルドルフはそう言って微笑むと、自分の机へ戻る。

 

考えてみれば、一介のモブ娘がこんなことで悩めることも、一種の贅沢だ。

すでにモブ娘の範疇に収まらなくなってきているんじゃなかろうか、

という思いもしないではないが、そこは一貫してモブ娘の立場を主張する所存。

 

さて、どうしようかな?

 

 

 

考えた結果、やはりルドルフと同様のアルファベットを選択し、

少し崩した筆記体ということで決定した。

 

筆記体でのサインは初めてだけど、練習したら、

片仮名よりも書きやすくなって芝が生えた。

普段に記名するときもこれで行きたいくらい。

 

よし、これで、こちらの準備は万端。

会員証の山よ、いつでもかかってきなさい!

 

 

 

 

 

後日、本当に()と化した会員証と対面することになる……

300枚は伊達ではなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月も間近に控えたというこの時期。

 

まずい……

非常にまずい事態に陥っていることに、今更ながら気付いてしまった。

というのも……

 

「ルドルフの誕生日って、いつだっけ?」

 

ということである。

 

ここにきてようやく、俺は親友の誕生日を、1回も祝っていないことに気付いた。

俺の誕生日は、あんなに盛大に祝ってもらっておいて、

俺のほうからはスルーもいいところだったことに、改めて気付いてしまったのだ。

 

知り合って間もなくというときに、プレゼントされた大量の衣服。

今もほとんどがタンスの肥やしになっているが、

数少ない外出の機会には、進んでそれを着ていくことにしている。

 

他に外出着を持っていないし、なにより、着るとルドルフが喜んでくれるから。

 

去年は俺が入院していたから、病室でのささやかなお祝いだったけど、

ケーキを買ってきてくれて、お母様と一緒に食べた。

今までで1番の味だったと、今でも覚えている。

 

ここまでのことをしてもらっておいて、何も出来ずにいられようか。

いや、いられない!

 

「……もう過ぎちゃってたらどうしよ」

 

気付いた瞬間、今年こそはお祝いしようと決意したのだが、

間もなく3月になろうかという今この時、

すでに過ぎてしまっているという可能性も大いにありうる。

 

いつだかにルドルフが言っていたように、ウマ娘の誕生日は、

総じて上半期に集中している。これは元となった競走馬が

そういった時期に生まれるのがほとんどであるためだと思われる。

 

だから早ければ年明け早々だし、遅ければ6月生まれということもある。

ルドルフが3月以降の生まれであることを祈るしかない。

 

「とりあえず、誕生日を調べるところからか」

 

最大の問題は、俺が日にちを知らないということである。

くそ、前世ではネットで検索かければ一発なのに、こういう時は困るな。

 

本人には聞けないし、ここはストレートに、お身内に聞くのが最善だ。

 

「……もしもし? はい、リアンです。突然すいません。

 不躾で恐縮なのですが、少々お尋ねしたいことが……

 はい、はい、え? え、ええ、私は元気です。それより……」

 

電話したのは、ルドルフのお母様。

聞きたいことを聞くよりも先に、俺の調子や近況を聞かれて焦ったよ。

 

『ルドルフの誕生日?』

 

「はい。今更なんですが、去年もおととしも、

 私のほうからは何もしていなかったことに気付きまして」

 

『そういうこと。3月13日よ』

 

俺が尋ねると、お母様は少しだけ、やさしげな笑い声を漏らしてから答えてくれた。

まだ2週間くらいあるな、ホッとした。

 

ついでと言っては何だが、ルドルフの好みも聞いてしまおうか。

 

「恥を忍んで重ねてお尋ねしますが、ルドルフは何をもらったら喜ぶでしょうか。

 心当たりのものはありますか?」

 

『うーん、そうねぇ……』

 

お母様は少し考えて

 

『あなたからの贈り物だったら、あの子はなんだって喜んでくれるわ』

 

なんて、何の参考にもならないことを申された。

 

……あの娘にしてこの母ありか。

少し前にも同じようなやり取りをした覚えがあるぞ。

 

『あなたから、というのが大事なのよ。がんばってね』

 

はあ、そうですか……

そういうのが1番困るんですけどねぇ。

 

俺は電話を切ってもしばらくは、脱力して動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフの好物って何だろう?

 

そう考えたときに最初に浮かんだのが、

実馬が好きだったというリンゴ。

こちらのルドルフも、デザートにアップルパイを選ぶくらいには好きだ。

 

バースデイケーキにはアップルケーキで決まりとして、

プレゼントにケーキだけでは味気ない。

 

他に何かないかと考えたんだが……

 

考えてみれば、あいつはいいとこのお嬢様なわけだ。

しかも、今やレース界の頂点として君臨している。

物欲というのもあまり聞かない。

そもそもあいつ、欲しいものとかあるのか?

 

はい、詰みました。

本当にどうしようか……

 

「リアンちゃん?」

 

「……マルゼン先輩?」

 

「下向きながらぶつぶつ言っちゃって、どうしたの?

 ちゃんと前見て歩かないと危ないわよ」

 

と、考え事をしながら歩いていたら、危うく人とぶつかりそうになってしまった。

それがマルゼン姉さんで二重の驚き。

 

「何か悩み事かしら? お姉さんに話してごらんなさい?」

 

「……実は」

 

藁にもすがる思いだったので、周りにルドルフの気配がないことを確認して、

思い切ってマルゼン姉さんに相談してみることにした。

 

「そっか、ルドルフの誕生日か」

 

「はい。去年は盛大にスルーしてしまったので、今年は、と思いまして」

 

「それで、何をプレゼントするかで悩んでる?」

 

「はい……。良いものがとんと浮かんでこなくて。

 マルゼン先輩は、去年はどうしたんですか?」

 

「あたし? 普通にケーキあげておめでとう、で終わりだったわね」

 

そうか、マルゼン姉さんくらいになれば、それくらいで済むのか。

物品で悩まないでいいのは羨ましい。

 

「あなたからであれば、何でも喜んでくれるんじゃない?」

 

それ、お母様にも言われました。

言われましたけど、やっぱりそれが1番困るんです。

 

「う~んと、そうだ、ルドルフって、チェスが好きじゃない?」

 

「チェス、ですか? 将棋のヨーロッパ版みたいな?」

 

「そう。付き合って何回かやったことあるけど、腕前も相当なものよ」

 

「チェス……」

 

そうだ、思い出した。これ公式情報だ。

どこかに載っていたような気がする。

俺の前では披露したことないから、すっかり忘れてたよ。

 

「関連のものを探してみたらどう?」

 

「わかりました、その線で探してみます。ありがとうございます」

 

「お礼を言われるほどのことじゃないわよ。

 悩める後輩ちゃんを助けるのは、先輩の役目だしね」

 

そう言って、お茶目にウィンクして見せるマルゼン姉さん、マジお姉さん。

本当に助かった。

今度商店街に行く用事があるから、そのときに探してみよう。

 

 

 

 

 

そんなわけで、商店街へゴー。

追加でサインしてもらいたいものがあるっていうから、

まずはそっちの用件を済ませてしまわないと。

 

騒ぎになるのはこりごりなので、多少のカモフラージュ(帽子とかマスク)をして

小走りに駆け抜け、商店街の管理事務所へ一直線。

 

なんか人が増えている気がするのは、ファンクラブ管理要員で人を雇ったからだとか。

そりゃコンピューターとかそういう方面での知識のある人が必要だよな。

 

でもよくピンポイントで雇えたなと思ったら、その人も俺の動画見た人だったというオチ。

渡りに船だと思って応募したんだって。すんごい偶然もあったものだよね。

聞いたところによると、待遇もそれほど悪くはないらしい。

 

むしろ、俺と直接話すことができて、すごく感激してた。

とある会社のチーフエンジニアだったそうだが、人間関係で悩んでたそうだ。

給料はいくらか下がったけど、それを補って余りあるほど楽しいって。

転職してよかったって。

 

なんだかこそばゆい。

 

「こんにちは、リアンです」

 

「おお、リアンちゃん、待ってたよ」

 

そんなことを思いつつ入っていくと、いつものおっちゃんが出迎えてくれる。

この前、300枚の会員証にサインした場所もここ。

 

あなたファンクラブができてから、いっつもここにいるような気がしますけど、

自分のお店はいいんですか? あ、奥さん任せですか? そうですか。

 

「それで、追加でサインって何ですか?」

 

「これだよ」

 

「これって、会員証?」

 

おっちゃんが差し出してきたのは、さんざん見た会員証。

クレジットカード状のもので、表には会員番号、氏名が記載されており、

なんと個人の顔写真まで貼付されているという本格的なものだ。

 

一見すると学生証みたいな一品。

 

なんでも商店街の中に、そういうものを扱っているお店もあるんだとかで、

そこに頼んで作ってもらったそうだ。

 

そして裏面には、こう言うと恥ずかしいが、俺の写真。

制服姿のブロマイドみたいなものだ。これも専用で撮られた。

 

勝負服があれば、それを着たのが良かったんだろうけどね。

デビュー前の身で用意するのは不可能というもの。

 

勝負服って、どの段階で作るんだろうね?

オープンに上がったら、G1に出ることもあるかもってことで作るのかしら?

でも格上挑戦することもあるだろうしなあ。

 

まあ底辺モブの俺には、雲の上の話だよ。

 

それより、会員証の発行は郵送でしたらしいし、個人情報保護とか大丈夫か、

と不安に思わないでもない。

情報流出事件とか起こさないでくださいよ。頼むから。

 

「まだあったんですか? ってこれ、おじさん個人のじゃないですか」

 

「おうよ。俺と女房のだぜぇ」

 

渡された2枚をよくよく見てみたら、おっちゃんと奥さんのものだった。

 

輝く会員番号000と001は、この2人で占められている。

職権乱用だと声高に叫びたい。

 

「悪いんだけど、俺たちのものには、〇〇さんへって名前入りで頼む。

 このまえ言うの忘れちゃってさあ、女房にも散々どやされちまったんだ。

 こういう役得があってもいいだろ、なあ!?」

 

「はあ」

 

なあ、って言われてもなあ。

まあ別にいいけど、私欲にまみれすぎて逆にあっぱれだわ。

 

「わかりました」

 

「おおっ、恩に着るぜっ!」

 

実際、ファンクラブの件は全部言い出しっぺのおっちゃんのおかげだし、

これくらいならサービスサービス。

一筆するくらいで喜んでくれるなら安いものよ。

 

ちなみに、300枚にサインした次の日は、さすがに手が痛かった。

 

「○○さんへ、と。はい、できましたよ」

 

「おおお、すばらしいっ!」

 

サインしたものを手渡すと、小躍りして喜ぶおっちゃん。

まあ、悪い気はしない。

 

「じゃあ、私はこれで行きますね。買い物しないといけないんで」

 

「おうよ、ありがとよ。店に寄って女房にも顔見せてってくれな」

 

「はい、そうします」

 

「買い物って、うちの商店街で? 何か入用かい?」

 

「ええと……」

 

イチから探すのも骨が折れるから、ダメもとで相談してみようかと思って

聞いてみたら、これがビンゴ。

 

「そういうものなら、いい店があるぜ」

 

「本当ですか?」

 

そうして店を紹介してもらい、さっそく行ってみる。

幸いよさげな一品も無事に見つかった。

 

俺の手持ちの現金でも買える値段で一安心。

こんなことでシンボリ家のカード使うんじゃ元の木阿弥だしさ。

 

よかったよかった。

あとは当日まで、ルドルフに見つからないように、どこに隠しておくかだな。

 

 

 

 

 

3月13日、ルドルフの誕生日当日。

 

何食わぬ顔で一緒に登校し、授業に出てトレーニングを終え、

商店街のケーキ屋さんで頼んでおいたアップルケーキを購入し、帰宅。

準備をして、トレーニングで遅く帰ってくるルドルフを待つ。

 

「ただいま」

 

午後5時半。ルドルフが帰ってきた。

すかさず計画を実行に移す。

 

「おかえり~」

 

 

パンッ

 

 

「な、なんだ?」

 

迎えるのと同時に、調達してきたクラッカーを鳴らした。

いつぞやの二の舞にならないよう、新しく買ってきたものだ。

 

「誕生日おめでと~」

 

「たん、じょうび……?」

 

「3月13日、ルナの14歳の誕生日だよ。おめでとう」

 

「……そう、か。私の誕生日……そうだったな」

 

呆気に取られたルドルフの顔が、みるみる喜色に染まっていく。

さながら幼い少女のよう。だがこれで終わりじゃないぜ。

 

間髪を入れずに、プレゼント攻撃だ。

 

「はい、これプレゼント」

 

「私に? あ、開けてもいいか?」

 

「どうぞどうぞ。ケーキもあるよ」

 

「……これは、チェス盤と、駒だな」

 

誕生日用にラッピングされた包みを、微妙に震えながらも丁寧に開けていくルドルフ。

出てきたのは、折り畳み式のチェス盤と駒のセット。

 

まあ安物だよ。いいものはそれこそ青天井らしいし。

でも、これを選んだ理由があるんだ。

 

「チェスが好きだって聞いたからさ。それ、駒が磁力でくっつくやつだから、

 移動中の車内とかでも安心して使えるよ。

 遠征の時とか、良かったら暇潰しにでも使ってみて」

 

遠征の時の乗り物の中とかって、すごく暇だと思うんだよね。

寝るって手もあるが、それが1番だとも限らないし、使ってくれたらうれしい。

 

「………」

 

「……ルナ?」

 

「っ……」

 

「ちょおっ!?」

 

喜色満面の笑顔だったのが、瞬く間に目を潤ませていくではないか。

ついには大粒の涙が数滴流れた。

 

泣くほどうれしかったのか!?

 

「な、泣かないでよ。気に入らなかったのかと思うでしょ」

 

「す……すまない。あまりにうれしくて、

 どうしていいかわからなくなってしまった」

 

服の袖で涙をぬぐうルドルフ。

 

「本当に気に入らなかったわけじゃないよね?」

 

「そんなわけないじゃないか。誕生日のプレゼント、

 それもリアンが選んだくれたものだぞ。絶対ありえないな」

 

「そ、そう。ならよかった」

 

涙の止まったルドルフが力説してくる。

喜んでくれたんならいいんだけど、妙に力が入っているようで、

なんか怖いよ皇帝陛下。

 

「リアンが誕生日を祝ってくれて、私を気遣ったプレゼントまでくれた。

 ああ、なんだか夢のようだ。こんなことは初めてだよ」

 

「は、初めて? ウソでしょ?」

 

「もちろん家族には毎年祝ってもらっているし、厳密に言えば違う。

 だが、()()からここまで祝ってもらったのは初めてなんだ」

 

「そう……」

 

「ああ。だからとてもうれしい」

 

そう言って、ルドルフは再び笑みを浮かべた。

 

家族以外からのお祝いが初めてだって、何気に重い告白だな。

祝ってもらったこと自体はあるんだろうけど、それはきっと上辺だけ、

形だけのものだったんだろう。シンボリのお嬢様としての。

 

そう考えると、ルドルフも結構不憫な幼少期だったんだろうか。

それを幼くして悟れるくらい、賢かったという見方もできるな。

 

「あ、去年はごめんね。知らなくて」

 

「そんなことはどうでもいいさ。ああ、今日は人生最良の日だ」

 

そ、そこまで言う?

ダービー勝った日とか、三冠達成した日よりも上?

ウソだろオイ。

 

「さっそく次の遠征、大阪杯の時から活用させてもらうよ」

 

「うん」

 

大阪杯、天皇賞、宝塚と関西3連戦になるからな。

大いに使ってやってくれ。

去年のことも気にしていないようでよかった。

 

「ところで、君の前では話したことはなかったはずだが、どこで?」

 

「チェスのこと? マルゼン先輩から聞いた」

 

「マルゼンスキーか」

 

納得したように頷くルドルフ。

姉さんも、何回か一緒にやったって言ってたしな。

 

「じゃあこれからは、君とも対局できるな」

 

「え、私、駒の名前がなんとかわかるくらいの知識しかないけど?」

 

「大丈夫、懇切丁寧に教えてあげよう」

 

「う、うん。よろしくお願いします」

 

「楽しみだ。ふふ、ふふふ」

 

「………」

 

ルドルフは、チェス盤の箱を抱き締めながら、幸せそうに笑っている。

やっぱりちょっと怖いよ……

 

 

 

翌日、お母様から1通のメールが。

 

『上手くやったわね、おめでとう。そして、ありがとう。

 2人の母より愛をこめて』

 

早速、定例のご報告がなされた模様。

2行目の文章は要りましたかね?(照)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

:商店街のホームページ見ろ

 ファンクラブのページとブログが追加されてるぞ

 

:本当だ

 

:ここもフットワークが良いな

 

 

 

 

:直筆サイン付きの会員証、300名までか

 

:ここの住人で300人に入れた人いる?

 

:俺はだめだった

 

:重すぎる

 

:何回も試したけど、繋がらなかったよ

 

:登録を受け付けました

 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:おお

 

:おめ

 

:ちな会員番号297番だった

 画像添付

 

:滑り込みセーフだな。おめ

 

:ああ、締切……

 

:時間切れかあ

 

:直筆サイン入りの会員証欲しかったなあ

 

:以降も会員の募集は続けるみたいだから、

 興味のある人はぜひ入会を。登録だけなら無料だぞ

 

 

 

 

 

:会員証の直筆サインの話、本当だった!

 

:写真うp助かる

 

:マジでリアンちゃん書いてくれてる!

 

:隣の山www

 

:あれ会員証が積みあがってるのかw

 

:300枚はさすがに壮観だな

 

:厚み結構あるのか

 

:というか、縦に全部積み上げるなよw

 

:ネタにしてるな

 

:わかっててやってるなw

 

:崩れる崩れるwww

 

:ジェンガできそう

 

:わい297番。手元に来るのがマジで楽しみ

 

:いいなあ

 

:羨ましい

 

:届いたら報告頼む

 

 




30話にしてデビューの影も形もなし
なお、まだまだ時間がかかる模様

相変わらずルドルフの愛は重馬場


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第31話 孤児ウマ娘、巻き込まれる

 

 

 

 

ルドルフの誕生日を祝った直後のこと。

 

『リアン、ちょっと付き合え』

 

なんてメッセージが、突然シリウスから送られてきた。

 

何の脈絡もない、その一言だけ。

付き合えというんだから、どこかで落ち合うとかすると思うんだが、

時間も場所も何も書かれていない。

 

どうしろというのだ?

だいたい、あいつに付き合う気なんてな――

 

「リアン」

 

「っ……!!!?」

 

いきなり背後の至近からかけられた声に、心臓が止まるかと思った。

慌てて振り返ると、そこにはシリウスがいる。

 

こいつ、いつの間に、どこから現れやがった?

 

「付き合え」

 

「……」

 

シリウスは振り向いた俺に顔を近づけ、迫ってきた。

いや、近い近い。後ずさりする俺。

 

「付き合うよな?」

 

「………ぁ」

 

なおも迫るシリウス。後退する俺。

ついには壁際まで追い込まれてしまい、背中が廊下の壁に当たる感触。

 

 

バンッ

 

 

「私に付き合え」

 

「………」

 

そこでシリウスが、右手を伸ばして俺の顔の左側の壁に手を突いて、

俺の顔を覗き込んでくる。いわゆる『壁ドン』という体勢だ。

 

な、何この状況?

なんでシリウスに壁ドンされてんの!?

 

「リアン」

 

「……?」

 

シリウスの端正な顔立ちを見つめているうちに、あることに気付いた。

 

わりと感情が顔に出るタイプではあるが、今のこいつは機嫌が悪い。

それも、相当に悪い。

明らかに()()があったという顔をしている。

 

こういう顔は、孤児院にいたころによく目にした。

年少のガキどもが、不満をぶちまけたいときにしていた表情にそっくり。

 

……なるほど、憂さ晴らしに“付き合え”ってことだな?

1周回って冷静になった俺は、シリウスに問い返す。

 

「何か嫌なことでもあった?」

 

「……ふん」

 

バツが悪そうに目を逸らすシリウス。

ビンゴか、こいつも大概ガキだな。

 

「わかったから、どいて」

 

「……」

 

そう言うと、シリウスは俺から離れて背中を向け、

すたすたと歩き始めてしまった。

 

「ちょっ、どこへ?」

 

「……」

 

今度の問いには答えてもらえず、ただ振り向き気味の視線を送ってくるだけ。

 

黙ってついて来いってことか。

やれやれわかったよ。どこへ連れて行ってくれるんだい?

 

 

 

 

 

シリウスについていくと、校舎の一角にある、

談話室と書かれた小部屋の扉を開けて、中へと入っていってしまった。

 

おいおい、勝手に使っていいのかよ?

こういうのは事前に申請して、許可をもらっ――

 

「入れ」

 

「はいはい」

 

中から顔を覗かせたシリウスが、有無を言わせず促してくる。

仕方ない、入りましょうとも。

 

中に入ると、3畳くらいの小部屋で、正面には大きな窓。

採光性も抜群で、室内は照明をつけなくても、十分な明るさを保っている。

部屋の真ん中にはスチール製の机があって、向かい合う形で1脚ずつ椅子がある。

 

ガチャリ

 

「……!」

 

背後から鍵を閉める音。

シリウスが後ろ手で扉の鍵を閉めたのだ。

 

一瞬だけドキッとしたが、まさか襲われるということもあるまい。

すぐに落ち着いて、むしろ、誰にも聞かれたくないような話かと悟った。

 

まったく、やれやれだぜ。

 

「座れ」

 

「はいよ」

 

促されるまま、椅子に腰かける。

シリウスも反対側に座り、必然的に向かい合う形となった。

 

「で?」

 

「………」

 

もう面倒なので、俺のほうから切り出した。

シリウスは口をへの字にして、相変わらずの不機嫌そのもの。

 

「トレーナーを変える」

 

「……は?」

 

「もう付き合いきれん。ほとほと愛想が尽きた」

 

「………」

 

そんな彼女の口から出たのは、予想だにしない言葉だった。

 

い、いやいや、急すぎて全然思考が追い付いてこない。

トレーナーを変える? どういうこっちゃねん。

 

何はともあれ頭痛がしてきた。

これ絶対厄介事だよね? はぁ……

 

「とりあえず話は聞くから、きちんと順序立てて話してくれない?」

 

「……」

 

こめかみを抑えつつ、諦めて話を聞く態勢へと移行。

散々渋りつつも、シリウスが話した内容を要約すると、こうなる。

 

シリウスはジュニア級を4戦2勝で終えた。

重賞の東京ジュニアSを制しているものの、敗れた2戦は1位入線も斜行で失格、

出遅れて追い込み届かずの2着と、いずれも問題のあるレースだった。

 

そこで彼女のトレーナーは、そんなシリウスの悪癖を矯正しようと乗り出す。

荒いレースではなく、もっと綺麗でスマートなレースをしようと。

 

年明けくらいからそんな指導が行われ、たびたびお小言をもらっていたらしい。

だが、典型的な俺様タイプのシリウスが、素直に従うはずもなく。

 

その時点でもう嫌気が差していたそうだが、今朝、決定的な一言が。

 

『同じシンボリなんだから、()()()()みたいに利口になれ』

 

ああ、うん、それはあかん。

こいつに言ってはいけない言葉だ。

 

どういうわけかはわからんが、ルドルフのこと毛嫌いしてるんだよな。

俺はサポカ持ってなかったし、俺がやってた時点で

実装もされてなかったから、理由まではよくわからんが、

ルドルフと比較されてしまったことでシリウスの堪忍袋の緒は切れる。

 

その後はもう売り言葉に買い言葉状態になり、ヒートアップしたシリウスは

トレーナーの胸倉を掴み上げ(!?)、投げ捨てて(!!?)部屋から出てきたという。

 

だ、大丈夫かそれ。

やっちゃいけない一線超えてしまってないか、それ?

 

トレーナーに殴りかかった時点で、退学は確実。

下手すると豚箱行きだ。

 

大げさに誇張された表現だったと思いたい。

 

「いま考えれば、最初から気に入らなかったんだ。

 レースに出るには契約しないといけないというから仕方なく……

 リアン、聞いてるか?」

 

「聞いてる。聞いてるよ」

 

「もっと早く変えるべきだった。なぜ今まで我慢していたのか」

 

「……」

 

出てくるのは愚痴ばかり。

 

どうでもいいけど、足は閉じなさい。

愚痴を零すうちにだんだんと体勢のほうにも態度が表れてきて、

机越しにも大股開きなのが目に入ってくる。

 

白い太ももがまぶしい。

 

おまえもさ、仮にもうら若き乙女なんだから、他に誰もいないからといって、

恥じらいをなくしちゃいかんと思うのですよ。

 

え、俺?

もちろんそういうのはとっくに身に着けてますよ。

孤児院でさんざん言われましたからね。

 

もっとも、服の趣味だけは変えられなくて、

いっつも男児向けみたいなのばっかり選んで着てたから、小学生時分には

口の悪いガキどもから「男女(おとこおんな)」なんて罵られたこともありますよ、ええ。

 

間違ってないから腹は立たなかったし、相手にもしなかったけども。

 

「今すぐ契約を切ってやる。明日にでも三行半だ」

 

「待ちなさい」

 

事情は分かった。

とりあえず俺にできるのは、理性的に諭すことだけ。

聞いてもらえるかどうかはわからんがね。

 

「おまえも私の敵か?」

 

「そうじゃない。けど、よく考えなさい」

 

「ああ?」

 

あんな糞トレーナーの肩を持つのかと、シリウスの視線が鋭くなる。

ここで怯んではいかん。

 

「あんた、クラシックを棒に振るつもり?」

 

「クラシック?」

 

「いい? トゥインクルシリーズに出走するには、

 トレーナーとの契約が必要なの。それはわかってるよね?」

 

「……ああ」

 

「ここで契約を切るとして、次のトレーナーの当てはあるわけ?

 もう皐月賞まで1ヶ月もないよ? その間に上手く、速攻で見つかるといいね」

 

「………」

 

さすがにクラシックを逃すつもりはないと見える。

 

さっき自分でも言ってたし、忘れていたわけではないと思うが、

シリウスの動きが止まった。

虚を衝かれたという感じで、少しの間、視線が彷徨う。

 

「ふんっ、見つければいいだけの話だ」

 

当てはないか。まあそうだろうな。

強がるシリウスだが、その虚勢はいつまでもつかな?

 

「今回のことは、表向きにはともかく、間違いなく学園上層に広まるよ。

 レースでの悪癖があるのに加えて、そんな暴力娘を引き受けてくれるトレーナー、

 ホイホイと現れてくれるかな?」

 

「………」

 

おや、もう店じまいですかシリウスさん?

目に見えて耳が垂れ下がっていった。

 

いくら強がっても、身体は正直。

本能には逆らえんのだ。

 

「ねえシリウス。あんただって、クラシックの栄冠は欲しいでしょ?」

 

「……」

 

「だったら、トレーナーの言うことに100%従えとは言わないから、

 少なくとも春シーズンが終わるまでは今のトレーナーのところにいなさい。

 そこまでやって、それでも我慢できなかったら変えればいいよ」

 

「……」

 

「夏を挟むから、今よりは状況は良くなるはずさ。

 人の噂も七十五日ってね。悪いことは言わないから、そのほうがいいと思う」

 

「……今さら戻れるか」

 

覚悟が揺らいだな。いや、覚悟なんて元からなかったか?

勢いだけで言っていた可能性が大。

 

やれやれだ。

ライデンちゃんじゃないけど、行動する前にもっと考えなさい。

 

「素直に謝ろ。私も一緒に謝ってあげるから。

 始末書くらい書かされるかもだけど、

 ちゃんと誠意を持って謝れば許してくれるよ」

 

「………」

 

「トレーナーの言うことなんて、はいはいって適当に流してればいいんだよ。

 レースで勝てれば、多少のことには目をつむってくれるって。

 もちろん斜行とかはもってのほかだけど」

 

ここに被害者がいますからね。

当事者の言葉は何よりも重いはずだ。

 

「っ……」

 

斜行という単語に、ピクッと反応したシリウス。

おまえの目の前で起きたことだぞ。

 

そう考えると、なんで斜行なんかやらかしたかな~?

おまえもライデンちゃんと同じで、レースになると周りが見えなくなるタイプか?

 

そんなことはないと思うけどな~?

 

「シリウス」

 

「……っち」

 

盛大に舌打ちするシリウス。

 

まあ勘気は収まったかな。

話せばわからん奴ではないんだ。

 

ただちょっと気難しいというか、面倒くさいだけ……

自分で言っておいてなんだが、関わりたくないなと改めて思ってしまった。

 

「行くぞ」

 

「どこへ?」

 

「……わかってて言ってるな?」

 

「もちろん」

 

頭を掻きむしりながら立ち上がったシリウス。

わざとらしく聞いてみたら、睨まれてしまった。

 

「リアン」

 

「はいはいごめんごめん。行きましょ」

 

「……ああ」

 

そんなわけで俺も立ち上がって、シリウスの背中をポンポンと叩き、

一緒に彼女のトレーナーのもとへと向かう。

 

本当にもう、頭の下げ損だよ。まったくもう。

 

繰り返し言うけど、おまえもシンボリ家の一員なんだから、

家に傷をつけることだけはしてくれるなよな。頼むから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の顛末はというと、彼女のトレーナーのほうも、

後になって思い返すとまずいことを言ってしまったと感じていたようで、

不承不承ではあるがシリウスが謝ると、向こうからも謝罪してくれた。

 

幸い物品等の被害はなく、トレーナーにも怪我はなかったとのことで、

また、学園にも報告していないので、お互いこれで水に流そうとなった。

 

これで元さやだ。

 

もちろんシリウスを謝らせるのには苦労したよ。

俺のほうが先にペコペコ頭を下げてたからな。

そんな俺の姿に少しは思うところがあったと信じたい。

 

話はまとまったんで、シリウスは早々に帰した。

この期に及んで心変わりしたり、変なこと言わないとも限らんからね。

 

あいつ、去り際に「借りだなんて思わないからな」なんて

ほざいていきやがったが、俺も貸しだなんて思ってないから安心しろ。

むしろ借りパクしていいから、もう俺のところに来ないでください。

 

「君は、ファミーユリアンさん、だったね?」

 

「そうです」

 

「君にも迷惑をかけたようだ。すまなかったね」

 

「いえ、悪いのはシリウスです。

 私に謝っていただく必要はありませんよ」

 

「……あの子に、君の十分の一でもいいから、謙虚さがあればなあ」

 

トレーナーさん、俺にまで謝ってきたから、逆に恐縮しちゃったよ。

 

なんてことはない、普通の中年男性だ。

頭には白いものが混ざり始めている。

シリウスに苦労させられているせい、ではないと思いたい。

 

「君は、あの子とは親しいのかね?」

 

「親しいというか、ちょっとした顔見知りという程度ですよ」

 

「そうかね? それ以上の関係のように見えたが……

 あの子が人の言うことを聞くところ、初めて見た気がするよ」

 

あなたの言うとおり、俺が頭を下げさせたようなものですからね。

本人はどう思っていることやら。

周囲の心配をよそに、どこ吹く風かもしれない。

 

そういえばシリウスと初めて会ったときに、ルドルフもそんなこと言ってたな。

あいつはそこまで言うこと聞かないのか……

 

まあ少し脅しておいたから、しばらくは大人しいと思いますよ。

 

ダービーが終わったらわかりませんけど。

俺もそこまでは責任持てませんです。

 

「シリウスも、G1のひとつやふたつは勝てる力はあるんだ」

 

「ですね、素質はありますから」

 

史実のダービー馬ですしね。

国内にいれば、もうひとつくらいは、G1も勝てたんじゃないか。

 

「君がうちのチームに入ってくれれば、

 力量も精神的にも安定してくれそうで安心なんだがなあ。

 そうだ。聞けば、確か君はまだ未契約だったね?

 どうだい? うちに入ってくれないか?」

 

「え……」

 

うーむ、そう来ますか。

 

スカウトしてもらえるのはうれしいが、

純粋に実力を評価してもらってのことじゃないし、

シリウスの安定剤役なんてまっぴらごめんだ。

 

それに、もう売約済みですからね。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

 

「だよなあ。いきなりで失礼した、忘れてくれ」

 

「はい」

 

向こうも受け入れてもらえるとは思っていなかったようで、

断るとすんなり引いてくれた。一応言ってみた、という感じか。

 

「それじゃ、これで失礼します」

 

「ああ、面倒かけたね」

 

もう1度頭を下げて、トレーナー室を後にする。

やさしくゆっくりと扉を閉めて、大きく息を吐き出した。

 

「本当に、なんで俺がこんな役回りになってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の騒動、これで終わったと思ったんだが、

そうは問屋が卸さなかった。

 

どこから漏れたんだかわからないが、シンボリ家の耳にも入ったようで、

その日のうちにお父様から電話がかかってきた。

 

『申し訳ない、シリウスが迷惑かけたようだね』

 

「いえ、穏便に済みましたから。お気になさらないでください」

 

『君の気持ちはうれしいが、さすがにそれだけで済ませるわけにもいかない。

 あの子には私からも言っておくよ。次はない、とね』

 

確かに、一歩間違えば暴力事件だもんなあ。

 

トレセン学園、シンボリ家、そしてウマ娘レース界、

いずれにとっても、良いことなどひとつもない。

 

下手したら、トレセン学園と名門一家の闇とかって触れ込みで、

マスコミとか一部のうるさい連中とかが騒ぎかねないからなあ。

 

『それにしても、君が側にいてくれて本当に良かった。

 いなかったらと思うと背筋が凍るよ』

 

「買い被りすぎですよ。

 私なんて、ちょっと言って謝らせただけに過ぎません」

 

『その「ちょっと」があの子には通じないから、困っているのだよ。

 本当にリアン君様々だ』

 

そこまで褒められると、逆に怖くなってしまいますよ。

たいしたことしてませんって。本当ですよ?

 

『厳しく言っておくが、また何かあったときは、

 心苦しいのだがお願いしてもいいかね?

 本音を言うと今すぐにでも飛んでいきたいくらいなのだが、そうもいかん』

 

「はい、もちろんです。私にできることなら全力でやりますよ」

 

『つくづく申し訳ない。この恩は生涯忘れないよ。

 いずれ何らかの形で必ず報いよう』

 

「いえ、そんな。私のほうこそ、もうすでに返しきれないくらいの

 ご恩をいただいているのに、これ以上を望んだら罰が当たってしまいます」

 

『リアン君、謙虚さは日本人の美徳だが、

 それが過ぎると逆効果になることもあるから、気を付けたまえよ』

 

「はあ」

 

俺も本音を言っているだけなんだがなあ。

底辺モブ娘としては、破格も破格な環境にいるって、

心の底から思ってますもん。

 

でも、お父様が言うことも正しいのは事実。

ここは俺のほうこそ素直に受け取っておくべきか。

 

「わかりました。楽しみに待ってます」

 

『うむ。では、これで。おやすみ』

 

「おやすみなさい。……ふぅ」

 

電話を切って、再び大きく息を吐く。

そして振り返れば

 

「すまなかった」

 

大きく頭を下げるルドルフがいる。

シンボリ家に話が行けば、こいつが知っているのも当然。

 

「ここまでの揉め事を起こすとは思わなかった。

 謝って済むことではないが、リアンの気が済むまで頭を下げよう」

 

「いやいや、ルナがそこまでする必要は……」

 

「いや、ある。私も少々甘やかしすぎた。

 もっと厳しく接するべきだったのかもしれない」

 

こいつはもう、本当にもう……

俺が事故に遭ったときのことといい、思い込んだら一直線みたいなところがある。

私生活ではなんでそうも愚直なのよ。

 

こっちでもレースみたいに、スマートに振舞って見せてくれ。頼むから。

 

「ルナもレースが近いんだから、そっちに集中してよ」

 

「しかし……」

 

「いいから! はいもう終わり、終了っ!」

 

「……すまない」

 

強引にでも話を終わらせないと、どこまで長引くか分かったものではない。

まったく、勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

:わい297番、会員証届いた!

 

:おお

 

:うp

 

:画像も貼らずに(ry

 

:ほい

 表

 https://www.*******

 

 裏

 https://www.*******

 

:ふおおおお、いいなあ

 

:うwらwめwんwww

 

:なんだこれは、たまげたなあ

 

:ブロマイドかよw

 

:直筆サイン!

 

:すごいかっこかわいい

 

:わい297番、家宝にする!

 

:家宝www

 

:草

 

 

 




シリウスの転厩騒動、こういう形にしてみた
実装時にはどういう話になるのやら
シリウスが手を出すはずがない、という方には申し訳ない


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第32話 孤児ウマ娘、じゃじゃ馬に付き合う

 

 

 

ルドルフは大阪杯を圧勝した。

右手のパーに左手で指を一本加えるポーズが画になること。

 

これで史上最多の六冠となり、いよいよ史実越えが現実味。

 

当の本人はいたって冷静、かつ意欲的なので、

間違いなく史実を超えてくれると思う。

 

一方で心配なのがシービー先輩だ。

 

大阪杯には先輩も出走していたが、終始後方のまま、

まったくいいところなく敗れてしまった。

デビュー以来、初の大敗である。

 

遠征から帰ってきた先輩は、いつもと変わらない様子で

飄々としていたけど、心中はどうだろうか。

あの通りの掴みどころのない人だから、外からじゃ全くわからん。

 

史実を踏まえると、衰えということもあるかもしれない。

とりあえず次の天皇賞にも出るみたいだが、どうなることやら。

 

俺としては、一喜一憂する結果となる大阪杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあさあ、新年度ですよ、新年度。

それでは毎年恒例(?)の、新入生ちゃんチェックから参りましょうか。

 

ダイナガリバー、ダイナコスモス、メジロラモーヌ、ニッポーテイオー、

フェートノーザン、メジロデュレン、ダイナアクトレス、フレッシュボイス……

 

はい、初代牝馬三冠馬来ました。

ちらっと見たけど、ものすごい美人さん。さすがアルダンの姉。

いや逆か。ラモーヌの妹だからの姉妹揃っての美少女か。

 

マイル、中距離、長距離、ティアラ路線、ダートに至るまでスキがない、

多士済々の世代キタコレ。

 

デビューを来年にして正解だったね。

この世代を相手にして勝てるイメージが全然湧かないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皐月賞を目前に控えたある日。

 

「トレーニング中にすまない。

 ファミーユリアンさん、ちょっと話をいいだろうか」

 

トレーニングの合間に、そんな声がかけられてビックリ。

まさかスカウトかと思って、驚愕しつつ目を向けたら、またびっくり。

 

「シリウスのトレーナーさん?」

 

「よかった、覚えててもらえたか」

 

「そりゃ忘れませんよ」

 

そこにいたのは、シリウスのトレーナーさんだった。

一応言っておくと、チームシリウスの、ではなく、

シリウスシンボリのトレーナーさん、という意味だからね。

 

あんなことがあって、忘れるというほうが不可能というもの。

彼はホッとしたように笑みを浮かべている。

 

……どことなく疲れているように見えるのは間違いじゃないと思う。

頭の白いものもなんだか増えたような……

 

「またあいつが何かしましたか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。まあ、無関係というわけでもないんだが」

 

真っ先に浮かんだのは、シリウスがまた何かやらかしたという可能性。

幸い違ったようだが、申し訳なさそうに苦笑している様子からすると、

厄介事ということに違いはないらしい。

 

まったく、やれやれだぜ。

 

「わかりました、お話を伺いましょう」

 

「すまない、助かるよ」

 

となれば、話は早いほうがいい。

トレーナー室で、ということになり、移動する。

 

お父様と約束してしまった手前、問題が表面化する前に収めなければ。

 

というか、あいつもあいつだ。

この前のことがあって、その舌の根もまだ乾かないうちに、どういうことだってばよ?

厳しいお説教食らったんじゃないのかね?

 

あのあと、数日は目に見えて沈んでいたから、堪えてないことはないはずなんだがなあ。

 

「何か飲むかい? トレーニング中だっただろう?

 水分補給を怠ってはいけないよ。ポ〇リでいいかな?」

 

「恐縮です、いただきます」

 

彼のトレーナー室へと移動し、スポーツドリンクを出してもらった。

一口二口と手を付けてから、本題に入りましょうか。

 

「それで、何のお話です?」

 

「来週の皐月賞なんだが、シリウスも出走予定だ」

 

「はい」

 

シリウスはあの後、わざわざ阪神に遠征してまで

トライアルの若葉ステークスを使い、勝利している。

何が何でもクラシックを獲るという、あいつなりの意気込みだったのかもしれない。

 

これで今年のクラシックは、スプリングステークスを制したミホシンザン、

同2着でジュニアチャンピオンのスクラムダイナ、

弥生賞バのスダホークと合わせ4強と見積もられている。

 

で、何が問題なんですかね?

 

「回避させようと思うんだ」

 

「えっ」

 

その一言に、思わず声が漏れてしまった。

回避? なぜ?

 

「やはりそういう反応になるね」

 

「えっと、理由を聞いてもいいですか?」

 

「疲労、というか、それから来る脚部不安だな」

 

「脚部不安……」

 

思い出した。史実のシリウスシンボリも、皐月賞は回避してたっけ。

転厩騒動のせいだとか、疲労だとか云われてたけど、

こっちのシリウスも運命には逆らえないといった感じなのか。

 

「本人にはそのことは?」

 

「もちろん伝えたよ。だが、あの通りの子だからね。

 即、突っぱねられた」

 

「でしょうね」

 

ああ、その光景が目に浮かぶようだ。

 

勢いで言ったにせよ、トレーナー変更を思いとどまってまで

勝利を欲したクラシックだ。出る気は満々だろう。

拒否する返事をしただけでも、儲けものという気がする。

 

この前までのあいつなら、無言で立ち去るか、

前回の騒動みたいにキレ散らかして、実力行使に出ていたかもしれない。

そういう意味では、わずかばかりでも成長したのかな。

 

……なるほどね。

リアンわかっちゃった!(我ながらキモい

 

「で、私に説得してほしいと?」

 

「ああ。お願いできないだろうか」

 

「わかりました」

 

「……私が言うのもなんだが、よいのかね?

 少なくとも、二つ返事で即答してもらえるようなことではないと思うんだが」

 

俺が速攻で承諾すると、心底意外だったのか、

彼は困惑するというより、訝しむ様子を見せる。

 

「トレーナーのあなたがそこまで言うからには、ひどい状態なんですよね?」

 

「そうだね。日常生活に支障が出るほどじゃないが、

 このまま放置すれば深刻になる可能性が高いと思っている」

 

「故障に繋がるかもしれませんね?」

 

「ああ、それは間違いない」

 

「となれば、私も黙ってはいられません」

 

「申し訳ない」

 

「いえ、構いませんよ」

 

この前の騒動の時点で俺のことを知っていたトレーナーさんだ。

俺の故障歴を知らないはずはない。

 

詳しく言わなくても、俺の意図を察してくれたことに感謝。

余計なことを言わずに、一言謝るだけだったことにも大感謝。

 

シリウスと衝突したっていうから、厳しい人なのかと思ってたけど、

普通にウマ娘思いの優しいトレーナーさんじゃないか。

 

この前は半ば手切れを勧めてしまったが、

それが最善なのかわからなくなってきた。

 

ともかく、俺のやることはただひとつ。

 

「では、さっそく行ってきます」

 

「ああ、助かる。お願いするよ」

 

そう言って、トレーナー室を後にした。

 

あんにゃろう、気持ちはわからないでもないが、

おまえみたいな我がまま娘の面倒を見てくれてるトレーナーさんを、

これ以上困らせるんじゃないよ。

 

脚部不安を発症しているのは紛れもない事実。

史実では最後は骨折しての引退だったっけ?

やっぱり丈夫ではないんかなあ。

 

それに、いま実際に目の前で故障しそうだというときに、

故障の辛さを何より知る身としては、放置などできようはずもなく。

 

さーて、あのじゃじゃ馬はどこかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけた」

 

あちこちを散々探し回った挙句、やつの姿を発見したのは、

もう日没近くになってからだった。

なんてことはない、校舎の屋上にシリウスはいた。

 

「リアンか。どうした?」

 

「どうした、じゃないよ」

 

シリウスは屋上の柵にもたれかかり、沈もうとしている夕陽を見ていた。

俺の声に気付いて反応するものの、振り返りはしない。

 

逆光でまぶしい中を、その背中に近づいていく。

 

「またトレーナーさんを困らせてるんだって?」

 

「……っち、あの野郎、告げ口しやがったな」

 

俺がすぐ後ろまで来ても、シリウスは体勢を変えることはなく、

幾分かの間の後、盛大に舌打ちを漏らした。

 

「おまえも皐月に出るなって言うのか?」

 

「うん」

 

「……少しは否定しやがれ」

 

俺がやってきた理由を察したか、質問にあっけなく頷いてやると、

逆に毒気を抜かれたようで、驚くくらいに拍子抜けする声が返ってきた。

 

本人的にも、やはり悔しさはあるようだな。

認めたくない、でも認めなくてはならない。

 

こういうときは、本人の話を聞いて受け止めてやって、

不平不満をできるだけ吐き出させてやることが重要だと思う。

孤児院でガキンチョの相手をしているうちに学んできたことだ。

 

要は、感情で納得できない部分を排除してやるために、

その感情をなくしてやる、和らげてやればいい。

 

あるいは、改めてダメだっていうことを悟らせてやる。

これができれば1番だが、なかなかに難しい。

特に、精神的に幼いとなれば、なおさらである。

 

「隣いいかい?」

 

「好きにしろ」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

「……」

 

許可をもらって、シリウスの隣に立って、並んで柵にもたれかかる。

夕陽がきれいだ。

 

「……」

 

「……」

 

「………」

 

「………」

 

しばらくお互いに無言だった。

3分、5分。

 

「何が不満?」

 

意を決して、俺のほうから切り出す。

 

「トレーナーさんにわかるくらいだから、

 自分でもわかってるんでしょ?」

 

「……そんなことはない。私は走れる」

 

強情な奴だ。あくまで認めないか。

では別方面から行こう。

 

「わかった。じゃあ皐月に出るとしよう。

 そこで100%の力を発揮できるっていう自信はあるかな?」

 

「……」

 

「あるなら出走すればいいよ。

 でも、ほんのわずかでも不安があるというなら、やめたほうがいいと思う。

 自分を騙すことになるし、なによりレースを見に来てくれるお客さんや、

 中継を見てくれる全国のファンの皆さんに失礼だと思わない?」

 

ファンに失礼だというのは本当にそう。

万全の状態じゃないのに出走するのは、ファンに対しても、

レースそのものに対しても冒涜する行為じゃないか。

 

リアル競馬は動物が相手だから、仕方のない部分が大いにあって、

ある程度はファンのほうもわかっているだろう。

 

しかしウマ娘レースは違う。

言葉が通じないというわけでもなく、自分の意思があるのだから、

力を発揮できないことがわかるのなら、回避するのが自然じゃないか。

 

ギャンブルではないにせよ、投票してくれるファンがいるんだから。

 

「おまえはそれでいいのか?」

 

「え?」

 

「生涯でたった1度の舞台だぞ。それを、ファンだのなんだの、

 他人のことを考えて、そんなことでいいのか?」

 

「ファンあってのレースだよ。軽視しちゃダメ」

 

「そうじゃねえっ!」

 

ここでシリウスが激昂した。

やべえ言葉選び間違えたと思わないでもないが、

焦っても何にもならない。努めて冷静に、だ。

 

「一生に1度きりのレースだぞ。そんなくだらない理由で諦められるか!」

 

「くだらなくはないよ。仮に走って1着になれたとしても、

 その後に影響するというなら、重要なことでしょ」

 

「その後、だと? 故障でもするってのか?」

 

「それも、競争生命に関わる、ってなったら?」

 

「………」

 

さすがに怒っていても、引退を迫られるほどの故障と聞けば、

聞く耳を持たないというわけでもないようだ。

 

「故障しないかもしれねえだろ」

 

「うん、しないかもね。でも、それは誰にもわからない。

 ここで問題です。そんな予期せぬ故障に2度も見舞われた不幸なウマ娘がいます。

 2回目は入院手術するほどの大怪我でした。それは誰でしょうか?」

 

「おまえ……」

 

「正解! 私です」

 

「………」

 

真面目に言って茶化せるようなことではないが、だからこそ、

シリウスにもわかってもらいたい。故障の恐ろしさを。

 

「……違う、そういう意味で言ったんじゃない。

 おまえ、何が言いたい?」

 

「幸い私は復帰できて走れているけど、次もそうだとは限らない。

 もちろんもう故障するつもりなんてないけど、それは誰にだって当てはまるでしょ。

 故障したくて走ってる子なんて絶対にいないさ」

 

「……」

 

「故障しても休めばいいって考えてるなら、安直を通り越して愚か者だよ。

 復帰できても、元通りになる保証なんてないんだからさ」

 

「そんな風に考えちゃいねえよ。だが……」

 

「一か八か? いや、そんな大博打に出るような場面じゃないと思うよ」

 

「……」

 

話をしているうちにだいぶ勘気も収まってきたようだな。

もう一押しっていうところか。

 

「私が事故ったときに、率先して駆けつけてくれたあんたなら、

 故障することのリスクの大きさ、わかってくれるよね?」

 

「わかるが……おまえ、それ、誰から聞いた?」

 

「え? あ、あー……誰だったかな……」

 

目に見えて、シリウスの目の色が変わった。

やばい。今度は明確に地雷を踏み抜いてしまったようだ。

 

「誰ってこともなく、噂ってくらいだったかも……」

 

「……そうかよ」

 

もちろんルドルフから聞いたってことは内緒にしておく。

あいつの名前を出したが最後、絶対収拾つかなくなる。

 

シリウスにとっては、俺には触れられてほしくないことなんだろうな。

もしくは、黒歴史的な?

 

目撃者は多数いるはずだから、無理はないはず。

でも苦し紛れのウソだってことに違いはないから、

どれだけ納得してもらえたのかはわからないが、それ以上の追及を受けることはなかった。

 

「ともかくっ! 百歩譲ってダービーならありかもね。

 他のすべてをかなぐり捨ててでも勝ちに行くかもしれない」

 

「……」

 

「そのダービーも控えてるんだし、ここは自重するのが賢明じゃないかな?

 この悔しさをダービーにぶつけてやればいいよ」

 

「………」

 

露骨な話題逸らしに、シリウスからは大いに睨まれてしまったが、

この勢いで突っ走るしかない。

 

現実のダービー馬がダービーを勝てない、

ましてや出られないなんてことになったら、歴史の修正力(謎)が出てくるぞ。

 

「わかった、皐月はやめる」

 

「うんうん、それがいいよ。ここで無理して身体壊すのが1番ダメ。

 わかってもらえてお姉さんうれしいよ」

 

「はっ、そのナリで何がお姉さんだ。寝言は寝て言え」

 

俺の下手な説得が功を奏して、シリウスは頷いてくれた。

それが第一なので、失礼な言動にも、忌々しい上からの頭ぐりぐり攻撃にも、

今は目をつむろうじゃないか(逆に偉そう)

 

……痛い。つむじを押すのはやめい。

 

「だが、私だけ譲歩するってんじゃ、割に合わないよなあ?」

 

「……ぇ」

 

何かを企むかのようにニヤリと微笑むシリウス。

いや、譲歩って、おまえの身体が悪いせいなんだから、そういう問題じゃ――

 

「リアン、おまえも何か形を示せ。じゃないと納得できねえな」

 

「えー……」

 

なんでそういう結論に……

おまえはいっつもそうだよなあ。無茶を言いやがるぜ。

 

調子が戻って何よりだが、こっちはもっと鳴りを潜めていて欲しかったな。

 

「……はぁ。何がお望みで?」

 

「さすがリアン。話が早くて助かるぜ」

 

しかし、せっかく説得に成功したのに、

ここで一蹴して臍を曲げ、意見を変えられるのも困る。

結局はこういう展開になるのか。つくづく巻き込まれ体質の俺よ。

 

俺が頷いたことで、得意満面の笑みになるシリウスである。

 

「皐月は諦めるが、ダービーには必ず勝つ。

 だからそうなったら、私の言うことをひとつ聞いてもらう。いいな?」

 

「……無茶なことは言わないでよ?」

 

「さてどうかな。くくく」

 

「………」

 

この悪い笑顔。

ルックスも最高だから、悪役令嬢役とか似合いそうだ。

 

それはともかくとして……

無茶なこと言いやがったら、お父様に言いつけるからな!

本当に勘弁しておくれ。

 

 

 

説得に成功したことをトレーナーさんに告げると、盛大に感謝された。

さすがに無報酬というわけにもいかないってなって、今度、

食事を奢ってもらえることになったけど、それで釣り合っているかと言われると……

 

それに、担当でもない子と一緒に食事に行ったなんてことが公になったら、

それはそれで問題になりそうな気がしないでもない。

購買でデザートか何かくらいに済ませておいたほうがいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダービー後

トレーナー室

 

「ほらよっ」

 

「うわっ」

 

シリウスから呼び出され、無造作に投げてよこされた一品。

何を隠そう、正真正銘の、()()()駿()()()()()()()()である。

 

「危な……受け取り損ねたらどうするの!」

 

「はん、そんな形だけのものなんざどうでもいい。

 なんならおまえにくれてやるさ」

 

「はあっ?」

 

レース界にいるものなら誰もが憧れ、1度は手にすることを夢見る

大変貴重なものだというのに、落として壊しでもしたらどうするんだ!

 

……そう。

シリウスは見事史実通りに、ダービーを勝って見せた。

 

皐月賞を制したミホシンザンが、これも史実通りに怪我で回避したこともあり、

1番人気に推されたシリウスは、田んぼ状態のぐちゃぐちゃバ場をものともせずに、

泥だらけの真っ黒になりつつも勝利。右手を上げて咆哮した。

 

有言実行と言えば聞こえはいいが、要はこいつの我がままが発端である。

なんか素直に祝福する気にはなれなかった。

 

何はともあれ……これがダービーのトロフィーかあ。

綺麗だし、でっかいなあ。重いなあ。

 

日本ウマ娘レース界の歴史が、これに詰まっていると言っても過言じゃない。

そんなものが今、俺の手にある。

 

実際の重量以上の思いを感じるのは、気のせいではないはずだ。

 

「………」

 

改めてそう考えると、震えてしまうね。

実際このとき、腕と膝が笑っていたかもしれない。

 

「これで文句はねえよな?」

 

「ないね」

 

実際に勝たれちゃ、文句のつけようがない。

トレーナーさんもホクホク顔で、うんうんと頷いている。

 

「それよりリアン、約束、忘れてないよな?」

 

「あー……」

 

「期待して待っていろ。はっはっは!」

 

「………」

 

盛大なドヤ顔を浮かべて、高笑いしつつ去っていったシリウス。

俺は呆然と見送ることしかできない。

 

「約束?」

 

「あー、いえ、たいしたことではないですよ。

 ……お気になさらないでください」

 

「とてもそうは見えないが……」

 

トレーナーさんに苦笑されてしまった。

 

交換条件を課されてしまっているのですよ。

本当、たいしたことでないといいね……

 

「ファミーユリアンさん、前回といい今回といい、大変世話になった。

 おかげで私も念願のダービートレーナーになれた。

 言葉にできないくらい感謝しているよ。ありがとう」

 

「そんな、頭を上げてください。

 あなたとシリウスの実力があってこその偉業です。私のしたことなんて

 些細なことに過ぎません。遅くなりましたが、おめでとうございます」

 

「本当にありがとうっ……!」

 

握手を求められ、何度も頭を下げられて。

なんなら賞金を……なんて話になりかけたので、全力でお断りした。

 

浮かれてるなあ。

まあダービー勝てたら辞めてもいいなんて、本気で言う人がいる世界だ。

無理もないことなのかもしれない。

 

でも魅力的ではあるけど、お金に困っているわけじゃないし、

自分で稼がないと意味ないからね。

 

まったくシービー先輩といい、このトレーナーさんといい、

俺のことを何だと思ってるんだ。ぷんぷんですよ。

 

「というか、これ、どうしましょう?」

 

「……どうしようね」

 

シリウスから押し付けられたトロフィー。

これの処理のほうが今は問題だ。

 

重ねてシリウスにメッセを送ってみても、「おまえにやる」の一点張り。

取り付く島もないとは、こういうことか。

 

まさか俺が持って帰るわけにもいかないし、

進退窮まったので、とりあえずトレーナーさんに押し付け返し、

当面はトレーナー室に飾られることになった。

 

まったくもう、なんでこんなことでまで悩まねばならんのだ。

 

やっぱりあいつが絡むとロクなことにはならない。

改めてそう実感したこの2ヶ月だった。

 

 

 

 

 

 

 

メール着信

 

スーちゃん

『浮気者゚(゚´ω`゚)゚。ピー』

『私を捨てるのね?』

 

 

……なんでやねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

:ファンクラブのブログに、リアンちゃんのメッセージが!

 

:わざわざ紙に書いてくれたのか

 

:ウェブ上の文章だけでもいいだろうに、律儀だねえ

 

:性格出てるね。もちろん良いほうに

 

:リアンちゃん、字すっごいきれい

 

:最後のサイン、297番さんの会員証のやつと一緒だ

 ちょっと感動した

 

:俺いまそっち見られないから、だれかこっちに書いてくれない?

 

:はいよ

 

 

 ファンの皆様へ

 

 お世話になっております。

 さて、私のデビューにつきまして、この場を借りてご報告申し上げます。

 

 トレーニングの状況、本格化の具合など、総合的に検討いたしました結果、

 本年度のデビューは諦め、来年度でのデビューを目指し、

 今後のトレーニングに励んでいく所存でございます。

 

 私のデビューを待ち望んでいただいている皆様方には大変申し訳ありませんが、

 もうしばらくのご辛抱をお願いいたします。

 

 **年4月 FamilleLien

 

 

:㌧クス。来年かあ

 

:状態良くないんかなあ。心配だ

 

:どっちかというと本格化を待ってるんじゃないかな?

 

:しかし丁寧な文章だよね

 誰かも言ってたけど字もきれいだし、中学生とは思えんわ

 

:まったくだよ

 辛抱って、自分が1番もどかしいだろうにさあ

 

:本当リアンちゃん良い子だわ

 

:俺はいつまででも待つよ

 

:わいも

 

 

 




引き続きシリウス回。
グダグダな説得ですが、自分でも何を言ってるのかわからなかった(汗)
さすがにシリウストレーナーの虫が良すぎる気がしないでもない…
そこはご都合主義ということでお願いします。


今更ですが、彼女がパドックで見せてくれる舞、結構好きです。
回し蹴りネタだろというのを見て噴いた。

ルドルフの天皇賞は次回にて。


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第33話 孤児ウマ娘、お願いされる

 

 

 

 

今は京都への移動中で、新幹線の車内です。

 

グリーン車なんて、前世を通して初めて乗ったぞ。

うれしさとか楽しさとかを通り越して、恐れ多いとすら感じてしまう庶民のサガ。

もちろん快適さはバッチリです。

 

菊花賞のときのバス移動とは雲泥の差があるぜ。

 

「リアンちゃん、おなかすいてない?

 あ、飲み物のほうがいいかしら?」

 

「あ、いえ……」

 

「じゃあアイスクリームでも頼みましょうか。

 バニラでいい?」

 

「あ、はい……」

 

「すいませーん」

 

このように、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるお母様もいらっしゃいますし。

本当に実子かという扱いで、照れるというか、こちらもまことに恐れ多い。

 

見ろ、通路を挟んで反対側に座っているお父様も苦笑しているじゃないか。

 

これって傍から見ると、本当の親子のように見えるのだろうか。

なんというか少々複雑。

年齢の割に、より幼い子供のような扱いをされているような感覚も覚えてさらに複雑。

 

さて、なぜ移動中かといえば、ルドルフの天皇賞を応援するためである。

 

大阪杯の時も声はかけてもらったんだが、トレーニングにかこつけて

断ってしまったので、今度はさすがに断れず、お供することになったわけだ。

 

「ルドルフの調子、聞いてもいい?」

 

お母様に車内販売で買ってもらった、やたら硬いと聞く新幹線のアイス。

評判通りの硬さに悪戦苦闘していると、そんな質問が飛んできた。

 

親子間で直接は聞けないと前に言っていたからな。

 

「絶好調だそうです。生涯一の出来らしいですよ」

 

「まあ、それはよかったわ」

 

俺の答えを聞いて、ホッとしたように微笑むお母様。

向こうで新聞を広げているお父様も、しっかり聞き耳を立てていたようで、

ふっと表情が緩んだのを見逃さなかったよ。

 

実際、史実と年齢的なことから鑑みて、今が全盛期と言っていいんじゃないかな。

繰り返しの言葉になってしまうけど、負けることは万に一つもないだろう。

 

記念のときみたいに、シービー先輩のことは聞かれなかった。

 

これは、その有と大阪杯ですでに勝負付けは済んだとのことなのか、

別の思惑があったのかは、俺にはわからない。

だが、我が子の調子の良さを純粋に喜ぶ親の姿だと、俺は思った。

 

 

 

 

 

さあレースだ。

 

毎度のようにルドルフは好位につけ、シービー先輩は後方へ。

2周目の3コーナーでまたしても、菊花賞のような大まくり戦法に出た先輩。

4回目の対決にして初めて、先輩がルドルフの前に出た。

 

そのままシービー先輩が先頭で4コーナーを回り、

ルドルフはその後ろにぴたりと着けて直線に向く。

 

ああこれは……と思った。

 

予想通り、ルドルフは力強い末脚を発揮して先頭に出ると、そのまま突き放す。

先輩はスタミナ切れを起こしたか、ずるずると後退していく。

 

結果、ルドルフは2着に2バ身半差をつけて快勝、史実に並ぶ七冠目を手にした。

 

一方のシービー先輩は、直線で他バ全員にかわされ、なんと最下位でゴール。

史実以上の大惨敗だった。

すわ故障かと焦ったが、特に変わった様子もなく、

自分の足で引き揚げていったので、大丈夫かな。

 

最後は歩くような入線だったので、隣でお父様とお母様が抱き合って喜ぶ中、

俺は2人とルドルフには申し訳ないけど、手放しで喜べる気分じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レース後。

表彰式とウイニングライブも終わり、帰り支度をしていたら

 

「ファミーユリアンさんですね?

 シンボリ家のご一同がお待ちです」

 

と言って、URAの人が呼びに来た。

 

帰りの新幹線の時間があるんだが、大丈夫か?

あの人たちのことだから、考えてないことはないと思うけど……

最悪、最終でも乗れれば明日の学校には行けるから、まあいいか。

 

もちろん門限には間に合わないので、あとで寮長に連絡しとかないと。

 

わざわざ家族で待ってるって何だろうな?

とか思いつつ、案内されたのは、ルドルフの控室だった。

 

「入っちゃっていいんですか?」

 

「ええ、どうぞ。ファミーユリアンさんが来られました」

 

「ご苦労様です。リアンちゃん、さあ入って」

 

URAの人はそう言って中へと声をかける。

すると、ドアが開いてお母様が姿を見せ、入るように促された。

 

「失礼します」

 

「ああ、リアン。おつかれだ」

 

「ルドルフこそお疲れ様」

 

控室ってこういう風になってるのか~。

後学のために、少々中を観察させてもらいつつ中へと入ると、

ルドルフは勝負服姿のままで椅子に腰かけていた。

 

俺の姿を認めると声をかけてきたので、俺からも労う。

 

「天皇賞制覇おめでとう」

 

「ありがとう。1番人気に相応しい走りだったかな?」

 

「それはもちろん。強かったよ」

 

「それならよかった」

 

そう言って微笑むルドルフには、若干の疲労の色は見えるものの、

覇気そのものは微塵も失われていない。

 

慢心や奢りといった気配も全くない。

普段と変わらない、いつものシンボリルドルフ、皇帝陛下がそこにいた。

 

早くも史実と並ぶ七冠を制したうえに、

この記録はどこまでも伸びていきそうで安心した。

 

「リアンも座ってくれ。相談したいことがあるんだ」

 

「わかったよ。あ、すいません」

 

ルドルフがそう言うので承諾すると、お母様が椅子を用意してくれた。

まったくもって恐縮である。

 

ルドルフと向かい合う形で座ったところで、相談って何だろうか?

お父様お母様も、なんか異様なくらいニコニコ顔なのが気にはなるが……

 

「相談というのは、他でもない。

 前に、大阪杯と天皇賞を勝てたら君に相談すると言っておいたことだ」

 

「あ、あー、あれ」

 

何かと思えば、あれのことか。

なるほど、その通りに勝てたので、約束通りに言いますってことだな。

 

「そのとき同時に、この後の宝塚記念も勝てたら、

 海外に挑戦するということも言っておいたと思う」

 

「うん、凱旋門賞に行くんでしょ?」

 

「ああ」

 

力強く頷いて見せるルドルフ。

この分なら宝塚も余裕で勝つだろうから、実現するだろうな(慢心)

 

「この先が肝心の相談事なんだが……」

 

「うん」

 

「もし私が宝塚も勝って、海外遠征が決まったら、その際は……」

 

「うん、その際は?」

 

「………」

 

「?」

 

どうしたルドルフ、なぜそこで言い淀む?

そこまで言い出しづらいことなのか?

 

「ルドルフっ」

 

「……は、はいっ」

 

ここでお母様から励ますような声が飛び、

ルドルフはビクッと身体を震わせて返事をした。

隣のお父様はと言えば、「あちゃ~」とでも言いたげな顔をしている。

 

お二人は内容を知っているな、これは。

むしろ、そっちから焚きつけてないか?

 

「リアンっ」

 

「はい」

 

事もあろうに、ルドルフは迷った上で正面突破だと決めたようで、

俺を正面から見据えて、あの強い意志のこもった顔で言うんだ。

 

まるで()()()()でもするかのよう。

 

これではこっちまで力が入ってしまうというもの。

思わず居住まいを正してしまったほどだ。

 

「私の海外遠征に、その、つい……ついて、きてもらえないだろうか……」

 

しかしそんな決意も徐々に萎んでいってしまったらしく、

どもった挙句に、その声はだんだんと小さくなっていき、

最後は蚊の鳴くような音量になってしまった。

 

「えっと、それって、一緒に海外に行ってほしいってことだよね?」

 

「ああ……お願いできないだろうか。

 もちろんリアンのことも最大限考慮する。

 向こうでの宿やトレーニングも、すべてこちらで手配する」

 

これは所謂『帯同馬』というやつだな?

 

環境が変わることでの影響を最小限にするために、

普段一緒にいる馬や仲良しを連れて行くってやつ。

 

ウマ娘だから、馬の場合よりは影響小さいだろうけど、

それでも打てる策は打っておいたほうがいいとの判断だろうか。

 

ルドルフの意思? それとも、ご両親の提案かな?

いずれにせよ、俺の返事はもう決まっている。

 

「君が望むのならば、最高級の環境を用意しようっ」

 

あー、ルドルフ、いつものように掛かってますね、はい。

ふんすっ、っていう絵に描いたような鼻息が聞こえてきそうだよ。

 

その誘い文句で引っかかるやつは、現金な奴と軽い女だけだってば。

何度も言いますが、俺は金にうるさくはありませんので、ええ(鋼の意思)

 

「どう、だろうか……私と一緒に来てもらえないか……」

 

「うん、いいよ」

 

「っ……そ、そんな簡単に返事を……いいのか?」

 

「いいに決まってるでしょ」

 

「………」

 

速攻で了承する返事をし、にこっと微笑んで見せたら、

ルドルフは呆気に取られたかのように固まってしまった。

 

それを見たお母様はくすくすと笑い出し、お父様は苦笑度合いを強める。

 

「ほら、私の言ったとおりになったでしょう?

 リアンちゃんならきっと受け入れてくれるって」

 

「……」

 

「もう、自分と自分のお友達のことじゃないの。

 リアンちゃんをもっと信じてあげなさいな。ねえリアンちゃん?」

 

「そうですね。水臭いですよ」

 

「り、リアンまで……」

 

お母様の言葉に追随すると、ルドルフはさらに打ちのめされたようで、

呆然と呟きながら、信じられないものを見たかのような視線を俺に向ける。

 

おいこら、その目はさすがに失礼だろ?

 

「海外、海外だぞ? 国内の遠征とはわけが違うんだ」

 

「うん。だから、海外旅行できてラッキー、みたいな感覚?

 さすがにデビューがまだじゃ向こうのレースには出られないだろうし、

 観光気分でお付き合いしますよってことで」

 

「………」

 

「凱旋門賞ってことは、フランス、パリだよね?

 海外旅行って初めてだな、今からすっごい楽しみ!」

 

無論、前世から通してって意味でな。

自慢じゃないが、何泊もする長期の旅行なんて、修学旅行くらいしか経験がない。

 

そこ、寂しい人生だったんだなとか言うな!

金もそこまでなかったし、何より興味がそんなになかったんだよ。

 

その点ウマ娘レース界は、遠征と称して全国に行けるからいいよね。

北は北海道から南は九州まで、出走できるレースさえあれば、公費で旅行し放題。

最高じゃないか。

 

勝たないといけないプレッシャーが付いて回ることと、

疲労が増して故障するリスクが上がることさえ除けばね。

 

「あ、パスポート取らなきゃいけないよね?

 服とかも新調しなきゃダメかなあ?」

 

向こうのレース場って格式高いみたいだし、

ドレスコードとかあったりするのかもしれない。

 

「安心してリアンちゃん。

 そういうことは私たちが責任を持って全部やるわ。だからあなたはただ、

 ルドルフとちょっと長めの旅行に行くって思ってくれればそれでいいの」

 

「わかりました、お任せします」

 

「ええ、任せておいて♪」

 

「ちょ、ちょっと……ちょっと待ってくれ……」

 

俺とお母様のやり取りが、自分の意思とは無関係なところで、

勝手にどんどん進んでいくものだから、さしものルドルフも混乱しているようだ。

 

普段は絶対に見せないような困惑顔を、これでもかというくらいに晒している。

ファンには絶対に見せられない姿だな。

 

「ほらルドルフ、いい加減にシャキッとしなさい。

 そんなんじゃ了承してくれたリアンちゃんに失礼でしょ」

 

「は、はい……。リアン、本当にいいんだな?」

 

「うん。一緒にフランスに行こう。

 そして、凱旋門賞を勝つんだ。いいね?」

 

「………」

 

「ルドルフ?」

 

「リアンッ!」

 

「うわっ」

 

黙りこくったと思ったら、急に抱き着かれた。

それも力強く情熱的に。

 

ちょ、ちょっと苦しいんだが?

 

「私は……本当に……素晴らしい友人に恵まれた」

 

「ルドルフ」

 

「今ここに、私は誓う。必ず凱旋門賞に勝利して、

 皆の期待に応えて見せると。日本ウマ娘の実力を、海外に見せつけると」

 

「うんうん、がんばってね」

 

「ああ……!」

 

どうやら感極まってしまったらしい。

ポンポンと背中を叩いてなだめてやる。

 

まったく、本番でこんな掛かり方したら怒るからな?

 

おまえの決意はわかったから、離してくれないか?

ちょ、ちょっと本格的に苦しくなってきたんですけど……

 

「改めて、ありがとうリアン。君は最高の親友だ」

 

「けほ……どうもね」

 

ここでルドルフから離れてくれて助かった。

締め落とされるかと思ったぜ。

 

ルドルフの笑顔のまぶしいこと。

マジのマジで凱旋門勝てるって思ってんだろうなあ。

俺もそれにマジで期待したい。

 

日本競馬界、ウマ娘界の長年の悲願だ。

数多の名馬が挑んでは夢潰えていったこのレース。

日本馬どころか、欧州調教馬以外の優勝は皆無。

 

はたしてルドルフは、そんな大目標を達成することができるだろうか。

今年の勝ち馬って何だったかな?

 

まさか80年代はおろか、史上最強とも称されるダンシングブレーヴか?

細かい年まで覚えてないのが悔やまれる。

重なっていないことを祈るしかない。

 

「ではリアン君。ルドルフのトレーナーさんとも相談して、

 日程などの詳しいことが決まり次第、また知らせるよ」

 

「はい、お願いします」

 

「私からも礼を言わせてくれ。娘の願いを聞き遂げてくれて本当にありがとう。

 君は我がシンボリ家にとって、もはや欠かすことのできない重要な一員なんだ。

 ありがとう、ありがとう」

 

「い、いえそんな……頭を上げてくださいお願いですから」

 

日本を代表する名門のご当主様が、

俺みたいな一介なモブウマ娘に頭なんか下げちゃいけませんって……

隣では、さっきまで笑ってたお母様が、なぜだか涙ぐんで一緒に頭下げてるし。

 

本当にね、家族の幸せってこういうことなのかって、このときは思ったよ。

 

お世辞抜きで、このルドルフなら凱旋門賞にも勝てる。

本気でそう感じた。

 

 

 



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第34話 孤児ウマ娘、アクシデントに戸惑う

 

 

 

 

「やっほーファミーユちゃん、おまたせ~」

 

天皇賞が終わった後の週末。

俺は再びシービー先輩から呼び出されていた。

 

といっても、俺は先輩から『学園外で2人だけで会って話がしたい』って言われただけで、

場所のセッティングから時間まで、全部俺が手配したんだけどね。

 

そういうのは普通、誘う側がするものなんじゃないかと思うが、

もうこの人には何も言うまい。

それに、下手に任せて、変なところに連れられても困るし。

 

というわけで、誰にも見つからない、バレないような場所探し。

 

もちろんそんな当てなどないので、破れかぶれで

商店街のおっちゃんに相談してみたところ、「任せておけ!」ってなって、

紹介してもらったのがこのお店ってわけ。

 

商店街の一角にある小料理店だが、個室が完備されており、

俺は時間前に先乗りして、その個室で先輩が来るのを待っていたというわけだ。

 

裏口から秘密裏に中へ入れる素敵仕様。

密会するにはもってこいだね。

 

「あ、おつかれさまです」

 

「待たせちゃったかな~?」

 

「いえ、まだ時間前ですから」

 

約束した時間よりもだいぶ早く現れた私服姿のシービー先輩。

なんかでっかい紙袋を持ってきているのが気になるな。

 

「じゃあお話しするね」

 

「はい」

 

お茶を出してもらい、お互い一口ずつ飲んだところで、

先輩のほうから話を切り出した。

 

「引退しようと思うんだ」

 

「!! ……そうですか」

 

先輩の口から出たのは、衝撃の一言。

いや、確かに衝撃ではあったが、予期できない言葉ではなかった。

 

「やはり足元が?」

 

「それもあるけど、ルドルフについていけなくなっちゃったからな~。

 おまけに、やる気もあんまり湧いてこなくなっちゃったし」

 

「……」

 

また足元が悪化したのかと思ったが、衰えというのは隠せないもんな。

誰にでも等しく訪れるものだが、こうして実際に目の当たりにすると、

とても切ないものを感じる。

 

体力とモチベーションの低下。どちらも致命的だ。

 

「他の誰かには言いました?」

 

「君が最初だよ」

 

「……なぜ私に?」

 

「うーん」

 

今度の質問に対する返答は、正真正銘の衝撃だった。

 

そんな大事な決断を最初に打ち明けるのが、どうして俺なんだ?

家族とかトレーナーさんとか、他にもいっぱいいるでしょうに。

 

「なんていうかな、君に最初に言うのがいいと思ったんだよ。

 君にはお世話になったからね。ジャパンカップも勝たせてもらっちゃったし」

 

「だからあれは……」

 

少し考えて出された答えに、俺も言葉に窮してしまった。

 

まだそんな風に考えてくれてたのか。

そう思うと、なんだか胸が締め付けられてきて、

二の句が継げなくなってしまったのだ。

 

俯いてしまった俺を見て、先輩はくすっと笑った。

 

「相変わらずだね君は。そんな君だからこそ、

 アタシも最初に言わなきゃって思ったんだと思うよ」

 

「先輩……」

 

微笑むシービー先輩。

笑顔だけど、その微笑みはとても寂しそうで。

 

……いかんな、俺のほうの涙腺が決壊しそうだ。

 

「そ・こ・で! 君に餞別を贈ろうと思ってね」

 

「え……」

 

そう言って、先輩は持参してきた紙袋を机上に置いた。

 

なんだって? 餞別?

マジで? うれしいっ!

 

……なんて思うかボケぇッ!

申し訳なさと恐れ多さのほうが勝ってしまうわ。

 

「じゃーんっ。アタシの履いてた靴と蹄鉄、君にあげる。

 もういらないからね」

 

先輩が袋から取り出したのは、まさに先輩が言ったとおりの品物。

お世辞にも綺麗とは言えない状態だが、それだけ愛用していたってことで、

年季と想いが詰まった一品ということになる。

 

「三冠と天皇賞、ジャパンカップはこれで獲ったんだ。

 G1用のお気に入り。少し汚れてるのは勘弁してね~」

 

「……」

 

「いま思うと、有から靴を新調したのは良くなかったんだな~。

 五冠を達成して心機一転って思ったんだけど、途端に勝てなくなっちゃった」

 

「………」

 

黙ってしまった俺をよそに、先輩は淡々と語り続ける。

そんな様子が、逆に痛々しくて。

 

「そんなわけで、君にあげる。匂い嗅ぐも舐めるも君の自由さ」

 

「そ、そんなことしませんっ!」

 

「本当にぃ~?」

 

「しませんって……」

 

ニヤぁ、と意地の悪い笑みを俺に向けてくる先輩。

どんな変態だと思われてるんだ。

 

「おっかしいな? アタシが得た情報によると、

 世の中の人は、女の子の靴とか靴下が大好きだって聞いたんだけど」

 

どこから得た情報なんだ、それは。

 

その手の人がいるのは確かだと思うが、極めてマイノリティだと思います。

それに、そういう人は男性なんじゃないかと思う。

なんで現世ウマ娘の俺に言ったんですかね?

 

ソッチ方面の欲望はもはや湧いてこないというか、

元から持っていませんから。

 

そういや、アプリのレジェンドレースの報酬も靴だったっけ。

良からぬ妄想をしていた連中もいるとかいないとか。

 

「とにかく、そんな大事なもの、受け取れません」

 

「受け取ってくれないなら、捨てちゃおうかな」

 

「え……」

 

「それでどこの誰ともわからない人に拾われて、ペロペロされちゃんだ」

 

「……()()()からは離れてください」

 

ふざけるのは大概にしてほしい。

こっちは真面目に話してるんだ。

 

「ファミーユちゃん」

 

「はい」

 

すると、俺が少し怒気を含んだことに気付いたのか、

先輩も雰囲気を変えた。やっと真剣になってくれたようだ。

 

「君にだからこそ、あげるんだよ。

 ほかの人にはこんなこと言わないよ」

 

「……」

 

「この意味、わからない君じゃないよね?」

 

「……わかりますけど、わからないです」

 

先輩の気持ちはとてもうれしい。

わかるからこそ、俺なんかが受け取っていいものじゃない。

 

こういうものは、もっと立派で、大きな志のある、

五冠ウマ娘ミスターシービーの後継者たりえる人物に――

 

「ファミーユちゃん」

 

「ぁ……」

 

「受け取って?」

 

「……わかりました」

 

先輩は腰を上げて身を乗り出し、俺を見据え、俺の手を取って握りながら言う。

ついには俺のほうが根負けしてしまった。

 

だって、相手はあのミスターシービーだぞ?

バッチリ見つめられて、両手で手をがっしりと握られて、

これで断れるやつがいるなら会ってみたい。

 

「そっかそっか、よかった~」

 

「まったく……強引な人だ」

 

「我が道を往く。それがこのアタシ、ミスターシービーさ」

 

靴やらを紙袋と一緒に俺に押し付け、満足そうに言う先輩。

あの豪脚がもう見られないと思うと、やっぱり寂しい。

 

 

 

翌日、ミスターシービー引退のニュースが、世間を大いに賑わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、明日はいよいよ宝塚記念だ。

ルドルフが凱旋門へ向かう壮行レース。

 

遠征プランは先立ってすでに発表されており、

シービー先輩の引退によって、ルドルフに敵うライバルはもういないと見なされ、

世間的には、もうフランスへ行くのは決定事項みたいになっていて、

皆の関心は、凱旋門賞自体の展望へと移っている。

 

聞いたところによると、今年の欧州戦線は、

去年の同レースを制したサガス、コロネーションカップを勝ち、

日本ではサクラローレルの父として有名だったレインボウクエストらの争いとのこと。

 

懸念だったダンシングブレーヴの存在だが、

どうやら来年以降の登場のようだ。

 

ルドルフには悪いが、一安心した。

あいつ的には、より強いやつと戦いたいという思いもあるんじゃないかと思うが、

史上最強とも名高いやつが相手じゃ、アウェーということもあって正直、ねぇ。

 

なんにせよ、まずは明日のレースで勝つことだ。

調子も引き続き良いってことだし、まあ普通にやれば負けはしな――

 

 

プルルル♪

 

 

……電話?

シンボリのお母様からだ。なんだろう?

 

明日も一緒に新幹線で応援に行くことになってるから、その確認かな?

 

「もしもし、リアンで――」

 

『リアンちゃんっ、大変なのっ!』

 

「……ど、どうしました!?」

 

電話に出るなり、俺の言葉を遮ってまで、お母様の大声が響いてきた。

彼女がここまで大慌てするのも珍しい。

 

『ルドルフが……』

 

「……!」

 

 

 

 

 

シンボリルドルフ、出走取り消し。

 

これは夜の番組で大々的に報道された。

テレビで流されるニュースを、俺は歯ぎしりする思いで見つめている。

 

くそ……まずった……

そうだよ、『これ』があったじゃないか……

 

史実のルドルフも、レース前日になって、宝塚記念の出走を取り消している。

原因は、阪神競馬場の杜撰な芝の張替えによって芝が剝がれ、

ダートが剥き出しになった部分であわや落馬かという転倒をしたこと、という話だ。

 

体調不良を察した調教師と、牧場側の対立とかもあったらしい。

 

知らないわけじゃなかったが、忘れていた。

いや、忘れていたじゃ済まされない話だ。

 

せめて一言伝えておくべきだったか。

阪神レース場の芝に気をつけろって。

 

なんでお前そんなこと知ってんの、ってなことになるのは明白だが、

言い訳なんざ後からどうにでもなる。

 

阪神の芝状態良くないらしいよ、ところどころ剥げてるらしいよってさ。

クラスメイトが話してるのを聞いたとか、どうだろう?

 

ルドルフ自身の身体こそが1番だったのに。

 

畜生……時すでに遅し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、リアン』

 

21時ごろ、ルドルフから電話がかかってきた。

容態が心配でずっともやもやしていたから、速攻で出た。

 

『すまない。私の不注意で怪我をしてしまった』

 

思ったよりも声は明るかった。

が、それで安心はできない。

 

「私こそ、ごめん……」

 

『なんで君が謝るんだ?』

 

「あーうん、いや……なんでだろうね……」

 

『私に聞かれても困るぞ』

 

申し訳なさから思わず謝ってしまい、

電話するのもつらいであろうルドルフに苦笑させてしまった。

つくづく不肖な親友で申し訳ない。

 

「それで、怪我の具合はどうなの?」

 

『軽く捻った程度だ。世間で言われているほど重くはないんだ。

 多少の痛みはあるが普通に歩ける』

 

「そう……」

 

現役引退か、なんて報道も一部でされてたけど、

どう見ても大げさすぎるよね?

本人がこう言うんだから、本当にそうなんだろう。

 

とりあえず、重くはなくて安心、安心か?

俺は相槌を打つことしかできない。

 

『ただ、これで、海外遠征に影響が出るのは間違いない。

 こちらから頼み込んでおきながら、君には申し訳ないが……』

 

「あ、いや、私のことなんて全然気にしなくていいよ。

 今は自分のこと、怪我を治すことだけ考えて?」

 

『ああ、すまないな』

 

そう言うルドルフは、本当に申し訳なさそうで、

声を聞いているだけで、こちらまでつらくなってくる。

 

特に、誰にも言えない負い目があるだけに、俺にはなおさら効いた。

 

ルドルフの体調に比べれば、俺の初海外なんて事情は月とスッポン。

比べることすらおこがましいんだから、マジで気にしなくていいさ。

……惜しいなんて思ってないよ。本当だよ!?

 

予定では、8月の頭に渡欧して、9月に前哨戦を使い、

本番へと臨む計画だった。

 

前哨戦はどこに使うか決まってはいなかったが、

同距離同レース場のフォワ賞が有力だった。

愛チャンピオンステークスやバーデン大賞という線も考えられた。

 

しかし、これで少なくとも、8月の渡欧は無理だろう。

前哨戦を使うチャンスも失われたと言っていい。

 

それでも強行して遠征してぶっつけ本番で臨むか、

あくまで中止するかはこれから検討されるだろうが、

おそらくは……中止だろうな、と思う。

 

くそっ、こういうところでは史実に忠実でなくてもいいのに……

シリウスの脚部不安の件といい、つくづく運命というのは残酷なものだ。

 

「とにかく、気をつけて帰ってきてね。

 移動で悪化させたなんてことになったら目も当てられないよ」

 

『ああ、明日の朝には発つから、昼前には帰れる。帰ったらまた話そう。

 いろいろと話したい。ほかならぬリアンと、話をしたい』

 

「うん、待ってる。いっぱい話そう」

 

『ああ、頼む。それじゃ』

 

「うん、おやすみ。……はあ~っ」

 

電話を切った途端、大きなため息が出てしまう。

 

あいつ、努めて冷静を装っていたが、内心はぐちゃぐちゃだったんじゃないか?

テンション高めっぽかったのがその証拠。

わざと意識して、俺に心配かけさせまいとしてたんじゃないの。

 

俺と話したいって言っていたのも本心だと思う。

電話で話せないこともあるだろうし、顔を合わせてしっかりと、ってことだろう。

 

「話、しっかり聞いてやらなくちゃな」

 

愚痴っぽい、というか、全編にわたって愚痴大会になるんじゃないか。

俺はそれをきちんと受け止めてやらねばならない。

 

あいつが弱みを見せられる相手なんて、そうそういないと思うし、

それだけでも非常に光栄なことなのだから。

 

 

 

 

翌日の午後、めっちゃ話を聞いた。

……夜までかかった。

 

普段から不満とか鬱憤とか、色々と溜まってたんだと思う。

あいつの立場上、表立って口にすることなんてできないだろうし、

性格からしても、人前で弱音を吐くなんてことは絶対にしない。

 

シリウスと同じような膨れっ面してたんで、失礼ながら、

血縁ってごまかせないんだなって、何度も笑いそうになっちまったよ。

 

幸い、吐き出し終わったときには、すっきりした顔していたし、

最悪の事態だけは避けられたと思いたい。

 

ストレスのはけ口でもいいから、あいつの役に立てたのならよかった。

 

 

 

 

 

後日、ルドルフの海外遠征の中止が正式に発表された。

 

 

 



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第35話 孤児ウマ娘、勝負する

 

 

 

 

『話がある。トレーナー室まで来い』

 

夏休みの直前、シリウスからそんなメッセージが飛んできた。

 

本当に前置きも何もなく、突然来るから困る。

俺もトレーニングがあるんだっつーの。

せめて午前中とかに連絡貰えませんかね?

 

『来い』

 

……はいはい、わかったよ。

ったく、既読スルーされるとでも思ったんだろうが、

2、3分くらいは、返信する時間をいただけませんかねぇ。

 

仕方なく、着替えるためにロッカー室に向かうところだったのを、

目的地をシリウスのトレーナーさんの部屋へと変える。

 

またスーちゃんから浮気メール来ないだろうな?

 

「ファミーユリアンです」

 

『入れ』

 

部屋の前まで行き、ドアをノックして声をかけると、

中からシリウスの声が返ってきた。

 

こら、部屋の主はおまえじゃないだろう。

なんでおまえが返事すんねんと思いつつ、ドアを開けて中へ。

 

「……トレーナーさんは?」

 

「今はいない」

 

すると、真ん中にシリウスが立っているだけで、トレーナーさんの姿がない。

余計に悪い状況だった。まさか勝手に使ってるわけじゃないよな?

 

さすがにそれはないと思いたい。

トレーナーさんが不在なら、鍵はかかっているはずだし。

 

「さてリアン、あの件だ」

 

「……」

 

あの件、あの件ね……

ドヤ顔で言うシリウスを、ジト目で睨んでやる。

 

「ははっ、そんな顔するなよ」

 

それでもまるで応えた様子のないシリウス。

むしろ喜んでいる感じすらする。

 

そうだよな、おまえはそういうやつだよ。

 

「それで、私は何をすればいいわけ?」

 

「私と勝負しろ」

 

「勝負?」

 

単刀直入に尋ねると、意外な答えが返ってきた。

何の勝負だというんだ?

 

「初めて会った時のこと、忘れたとは言わせねえぞ」

 

「……」

 

なるほど、そういうことか……

 

初めてシリウスと会った2年前の夏、こいつは顔を合わせるなり、

私と勝負しろと喚いた。

あまりに失礼な態度だったんで、もちろん一蹴してやったわけなんだが。

 

「それまで私はたくさん勝負してきた。

 勝負しろと言えば、断る奴なんていなかったんだ。

 もちろん負けたこともなかった」

 

典型的なお山の大将だったわけね~。

純粋な力勝負なのはいくつあったのか。

接待プレイされたレースもあったんじゃないの?

 

シンボリの名声というのは、想像以上に大きいと思うわけよ。

ウマ娘界隈に関係が深いところほどそうだろう。

 

そりゃこんな唯我独尊な奴に育つわけだな。

無論シリウスに力がないわけではなく、

実際才能はダービーを勝てるほどにはあるんだから、さらに困る。

 

本当、ルドルフとは正反対に育ったんだなあと強く感じた。

まさにシンボリの陰と陽だ。

 

それが年を置かずして誕生し、2年続けてダービーを制したんだから、

事実というのは小説よりも奇なり、だよなあ。

 

「今回は断らないよな? もっとも、断らせないが」

 

「いいけどさ……」

 

いや、もっと困らせられるようなことなんじゃないかと思ってたから、

正直拍子抜けしてしまった。

そんなことでいいの、ってすら思う。

 

「けど、なんだ?」

 

そういう気持ちが顔に出てしまったんだろう。

シリウスの眉間にしわが寄った。

 

「そんなことでいいのかなって。ほら、考えても見なさいって」

 

「ああ?」

 

「私と勝負したいって気持ちは痛いくらいによくわかったよ。

 でも、私はまだデビューもしていなくて、しかも故障明けだよ。

 対するあんたは現役のダービーウマ娘」

 

「……」

 

「もう正直に言っちゃっていい?

 勝負するまでもなく、あんたの圧勝だと思うんだけど」

 

「……っち」

 

そう言うと、シリウスは大いに不満そうに、盛大に舌を打った。

そして、露骨に顔を歪めて言う。

 

「そういうことじゃねえんだよ!」

 

言うのと同時に、近くにあったテーブルに掌を打ち付けた。

バンッ、と大きな音が響く。

 

あわわ……お、怒らせてしまった。

テーブル大丈夫か? 壊れてない?

 

備品破壊はまずいですよ!

しかもトレーナーさんが不在な時に!

 

「わ、わかった。勝負する、勝負はするから、落ち着いて」

 

「……最初からそう言えばいいんだ。余計な言葉は要らねえ」

 

「ご、ごめん」

 

「……ふんっ」

 

慌ててなだめにかかると、まだ不満げではあったが、怒りを鎮めてくれた。

 

やれやれ、焦ったぜ。俺が怒らせちゃってどうするんだと。

シンボリのお父様に土下座しなくちゃいけないところだった。

 

「それで、いつ、どこで?」

 

まさか、今すぐとは言わないよな?

相応の準備ってものが必要だと思うわけなんですが。

 

「おまえも、夏休みはシンボリ家に来るんだろ?」

 

「うん、話はいただいてるし、そのつもりだけど」

 

今年は、学園に入学した年と同じように、シンボリ家にお呼ばれしている。

8月は丸々合宿ということになる予定だ。

 

同じようにルドルフも、故障した影響でチームの合宿には参加せずに、

実家で怪我のリハビリとトレーニングをするという話である。

 

そういや、史実ではルドルフの海外遠征の帯同馬に選ばれ、

結局ルドルフのほうは中止になって、単身海外に渡ることになったシリウス。

 

この世界では、そもそもシリウス自身には遠征の話は出なかった。

よって引き続き国内に留まり、秋はセントライト記念から始動して、

菊花賞、ジャパンカップ、有と、

去年のルドルフと同じ路線を歩む予定だそうだ。

 

ジャパンカップではシンボリ同士の対決が見られそう。

せいぜい胸を借りてこいや。

全力で掛かって負けて、喚き散らすさまが目に浮かぶようだ。

 

「なら、シンボリ家のコースで、帰る前日にするぞ」

 

決行日は実家キャンプの最終日か。

気が逸ってるのは明白だから、初日にやるぞ!とでも言い出すかと思ったが。

 

「猶予をやるよ」

 

そんな俺の思考を呼んだのか、シリウスはニヤリと微笑むと、

得意げに言うのだ。

 

「私も鬼じゃないんでね。

 身体を作る時間くらいは与えてやろうじゃないか」

 

「そいつはどーも」

 

その時間で最低限の身体づくりはしろってことね。

……たったの1ヶ月弱でどうしろと?

急仕上げもいいところだ。しかも、俺は故障明けなんですよ?

 

もう少し優しくしてくれてもいいんでない?

 

「わかっているとは思うが、無様なレースだけは許さんからな」

 

「……努力はするよ」

 

「せいぜい頑張るがいい。失望させてくれるなよ」

 

シリウスはそう言って、手をひらひらさせながら部屋から出て行った。

 

にゃろう……約束したのをいいことに、好き勝手言いやがって。

まだ1度もまともにレースしたことのない身に、何を期待してるんだ。

 

「……スーちゃんに相談しなきゃ」

 

とてもじゃないが、俺個人だけではどうにもならん。

 

未契約で相談するのはどうかと思うが、背に腹は代えられない。

簡単なものでも構わないから、メニュー作ってくれないかな?

 

 

 

 

 

その日のうちにスーちゃんに相談したら、

身内から出た錆だから協力する、当日そっちには行けないけど、

なるべく早くメニュー作って送るって言ってくれた。

 

大変ありがたい。

 

また、スーちゃん経由で伝わったのだろう。

ルドルフがたいそう心配してきた。

 

「勝負するのはいいが、君の身体のほうは大丈夫なのか?」

 

「まあ大丈夫でしょ。トレーニングに復帰して半年以上たつけど、

 特に問題なくここまで来てるし。

 レースをまともに走れるかどうかは、ひとまず度外視だけど」

 

「そうか。無理だけはしないでくれよ。

 シリウスの我がままより、君の身体のほうが大事だ」

 

通常運転の過保護でございます。

俺のほうが大事って断言してくれるのはうれしいが、

同時にこっぱずかしいねこれ。

 

「心配と言えば、ルナのほうは大丈夫?」

 

「ああ、もう大丈夫だ」

 

俺の問いに、ルドルフはしっかりと頷いて見せた。

 

「痛みもないし、ぼちぼち通常のトレーニングに復帰できる。

 念のために合宿は辞退させてもらったが、

 リアンと一緒にトレーニングしても問題ないよ」

 

「そう。言葉を返すようだけど、ルナこそ無理しないでね」

 

「ミイラ取りがミイラになってしまっては格好つかないからな。

 十分に気を付けるし、君も気を付けるように」

 

「はいはい」

 

そう言って、怪我した足を曲げたり捻ったりして見せるルドルフ。

どうやら本当に問題ないようだ。

俺に釘をさしてくるのも忘れない、本当に心配症なやつだ。

 

「それにしてもシリウスは、いつのまに君とそんな約束をしていたんだ」

 

「いやあまあ、皐月賞を断念させるときに、

 ちょっとひと悶着ありましてねえ」

 

「自分の自己管理不足が蒔いた種なのに、

 まったく、リアンの優しさに付けこむなんてね」

 

「まあまあ、おかげでダービーは勝ってくれたんだし、まあいいじゃない。

 シンボリ家は2年連続でダービー獲ったんだよ。すごいじゃないか」

 

「ダービーの件は君の言う通りなんだが、そう聞くと素直に喜べないぞ。

 ……リアンも、確かにシリウスを頼むとは言ったが、

 あまりに度が過ぎたら、突き放してくれて構わないんだからな?

 もともとこちらの問題なのだから、責任はこちらで持つ」

 

さすがに少々お冠な様子のルドルフ。

以前の俺なら、即答で「うん」って言って、実際にそうしてたんだろうけど

 

「ああ、まあ、いいじゃない、うん」

 

「……ほどほどにな」

 

現状では、言葉を濁すしかないのである。

 

ここまで関わっちゃうと、逆に関わらないほうが違和感あるというか。

見事に奴の術中に嵌まっちゃったかな~、なんて気がしないでもない。

 

ルドルフの責任を感じているような、それでもどこかうれしそうな、

微妙な表情がすごく印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月。

もう何度目だかわからない、千葉のシンボリ家へのご訪問だ。

 

「やあリアン君。調子はどうかね?」

 

()()()()()()()、リアンちゃん」

 

お父様お母様が、笑顔でそろってお出迎え。

お母様から自然におかえりと言われ、少しウルっと来てしまったのは内緒。

 

シリウスは一緒じゃないのかって?

あいつはチームの合宿に行ってるよ。

 

自チームの合宿に参加して、数日早く上がらせてもらって、

こっちの最終日前日に合流するそうだ。

 

合宿で疲れるだろうに、前日移動、即レースであいつも大丈夫なのかね?

脚部不安を発症してる前歴があるんだし、あいつのほうこそ心配されるべきじゃね?

 

なんにせよ、俺は自分のトレーニングをこなすだけだ。

 

スーちゃんが渾身のメニューを作り上げてくれたし、

今キャンプでは、ルドルフが並走などのトレーニングに

全面協力してくれることになっている。

 

やはり恐れ多くて1度は断ったんだけど、シリウスの迷惑料、

そして自身は天皇賞にぶっつけで臨むことになろうから、

時間的にまだ余裕があるとのことで、強引に押し込まれてしまった。

 

海外遠征のこともある、とか言われて頭を下げられる勢いじゃ、

断るに断れないじゃん?

 

まあ正直、ルドルフと一緒にトレーニングできるのは、非常にありがたい。

現役七冠バと鍛錬できるなんて、普通は頼んでもそうそう実現しないよ。

 

がんばらないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

8月28日夕刻、シリウスが現れた。

自信ありげなドヤ顔を引っ提げて。

 

「焼けてるなあ」

 

「それだけトレーニングを積んだんだろうな」

 

「うん」

 

シリウスの顔が日焼けしている。

ルドルフも感心するほど、相当気合を入れて合宿を過ごしたようだ。

 

「リアン」

 

「また実力付けたみたいだね?」

 

「当然だ」

 

合宿前とは、明らかに様子が違った。

体つきも一層がっちりして筋肉が付いたのがわかるし、

なにより表情が精悍になった。

 

これはミホシンザンちゃん、彼女も故障明けになるし、

そうとう頑張らないと菊花賞危ういかもよ?

 

シリウスは確かフランスの長距離G1で入着していたはずだし、

3000の距離も問題ないはずだから。

 

「おまえのほうはどうなんだ?」

 

「少なくとも、できる限りのことはしたと思うよ」

 

「ほお、大した自信だな。楽しみにさせてもらおうか」

 

シリウスが歩み寄ってきて、意味ありげな視線と言葉を向けてくる。

ここで舐められるわけにもいかないので、精一杯強がった。

 

すると、この時点では満足のいく回答だったのか、

シリウスは俺の頭をひと小突きして、さっさと歩いて行ってしまった。

 

俺のほうが年上なんだけどな?

あいつが人を舐めた態度をとるのは毎度のことだが……

 

まったく、お姉さんぶってるのはどっちだと叫びたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、シリウスとの真剣勝負だ。

 

「勝負は芝2000m。先着したほうを勝ちとする。

 言うまでもないが、正々堂々と頼む。異論は?」

 

「ないよ」

 

「ないぜ」

 

「結構」

 

審判役のルドルフから説明を聞いて、スタート地点へ。

その移動の最中、シリウスは良くしゃべった。

 

「この日をどんなに待ち望んだか。

 一日千秋の思いで待ち焦がれたぜ」

 

「どうしてそこまで私にこだわるんだか……

 あの日、私に拒否されたのがそんなに悔しかったの?」

 

「悔しいなんてもんじゃねえな。

 なんせレースに誘って初めて断られたんだ。

 驚きを通り越して信じられなかったぜ」

 

まさか本当に、忖度されまくってたとでもいうのか?

ご愁傷さまだな。同情はしないが。

 

「そのあと譲歩しても一蹴されちまったしな。

 あの場じゃ頭に血が上ってすぐに帰っちまったが、即刻後悔する羽目になったぞ。

 なんだあいつ、いつか必ず勝負して見返してやる。そう思った」

 

うわあめんどくせえ……本当にめんどくさいやつだった。

自分の失礼な態度は棚に上げて、それはもう逆恨みじゃんかよ。

 

予想はできたが、本当だったとなると余計に質が悪い。

 

ここまで来ちゃったから勝負はしてやるけど、これっきりにしてくれよ?

勝っても負けても恨みっこなしでお願い。

 

変に粘着してきたら、それこそお父様に言いつけて、絶交だからな。

 

「だから、リアン。手は抜くなよ?

 抜いたら手を出すどころじゃ済まなくなるからな」

 

「安心して。現役ダービーバ相手に手を抜けるほど、

 私は強くないし速くも偉くもないから。

 いま出せる全力で勝負することを、三女神様に誓ってあげる」

 

「はっ、良い覚悟だ。私も全力で行くぜ」

 

ここまで喋って、あとはお互いに無言。

勝負がスタートするまで、それは続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーっ……はーっ……」

 

レース後、ゴールした直後に限界を迎えた俺は、

大きく肩で息をしつつ、腰を曲げて膝に手をつく。

ついには力尽きて、そのまま膝を折って正座の体勢になってしまった。

 

「はあ、はあ……負けた~あ……!」

 

結果は、2バ身差でシリウスの勝ち。

 

まあわかりきってたことだよ。

今の俺とあいつとじゃ、基本的な実力差がありすぎるもん。

むしろ、よくここまで食らいつけたと褒めてもらいたいくらいだ。

 

もちろん悔しさなんてものはない。

 

それよりも、2000mを走り切れたことが嬉しいかな。

これほどの距離をレーシングペースで全力疾走したのは、復帰後初めてだから。

 

あれだけ言ったんだから、シリウスが手を抜いたということはなかろう。

そんな彼女についていくことはできたんだ。

2バ身差というくらいなら、善戦したと言えるんじゃないか?

 

なんというか、うん……

かなりうれしくね? いや、すごくうれしい。

 

「リアンっ!」

 

座り込んでしまった俺を見て、異常発生とでも思ったか、

レースを見守っていたルドルフが慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「どうした、大丈夫か!?」

 

「……大丈夫。ちょっと……はあ……疲れただけ……」

 

「そうか、驚かせないでくれ」

 

ホッと胸を撫で下ろした様子のルドルフ。

 

言われてみれば紛らわしかったかも。すまんかった。

そこまで考える余裕はなかったのよ。

 

「立てるか?」

 

「うん。……っと。ありがと」

 

「なに」

 

ルドルフに手を取ってもらって、立ち上がった。

軽く足の状態を確認してみるが、疲労による重さはあるものの、

他に異常は感じられない。大丈夫そうだ。

 

ようやく息も整ってきた。

 

「………」

 

「シリウス……」

 

そんな折、折り返してきたシリウスが、無言で近づいてくる。

無表情で、顔からは感情が読み取れない。

 

あいつは多少息が荒いものの、俺みたいに大きく乱れてはいないな。

さすがに現役ダービーウマ娘は違う。

 

「勝利おめでとう。完敗です」

 

「……ふん」

 

俺のほうから祝福してやると、こそばゆかったのか、

軽く目を逸らして鼻息を漏らす。

 

「……」

 

「シリウス……? わぷっ」

 

「………」

 

さらに歩み寄ってきたシリウスは、俺の目の前に立った。

何をするつもりかと思ったら、頭の上に手を乗せてきたのである。

そして、ぽんぽんと2度3度、やさしく撫でたんだ。

 

「まあ、なんだ……」

 

さらには、こんなお言葉が。

 

「この距離で私にここまでついてこられたのは、現状おまえだけだ。

 だから、なんだ……褒めてやるよ。よくここまで持ち直したな」

 

「シリウス……」

 

確かに、若葉ステークスでもダービーでも、もっと差をつけた圧勝だったけどさ。

 

あのシリウスが、他人を認め、褒めた、だと……?

衝撃的すぎて、思わず顔を上げたら、やつとバッチリ目が合ってしまって、

さらにビックリすることになってしまった。

 

だって、あいつ、すんごいやさしい、労わるような目をしてたんだもん。

 

「……じゃあな、学園でまた会おう」

 

そう言って、踵を返すシリウス。

 

「え? 今日泊まっていかないの?」

 

「馴れ合いは御免なんでね」

 

俺たちが学園に帰るのは明日だ。

だから、シリウスも今日はシンボリ家に泊まって、

俺たちと一緒に帰るものだと思っていた。

 

……そうか、シンボリ本家だけど、あいつの生まれはここじゃないんだっけ。

親戚の子だってルドルフは言ってたな。

 

詳しいことはわからないけど、落ち着かないということもあるのかもしれない。

……好意的に見れば、の話だが。

 

「むーん、相変わらず素直じゃないやつ」

 

「ふふ、あんなことを言ってしまって、気恥ずかしくなってしまったのさ」

 

「そんなものかね」

 

自分で言って照れるくらいなら、言わなきゃいいのに、

なんて思ってしまう俺も、充分ひねくれてるな。

言われた俺も驚いたが、もしかすると、あいつ自身が1番驚いちゃったのかもね。

 

去っていくシリウスの背中を見ながら、そんなことを思った。

ともかく満足はしてもらった、ってことでいいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやはや、どうなることかと思ったが)

 

クールダウンしているリアンを見守りつつ、ルドルフは小さく息を吐き出した。

 

話を聞いた時には、またシリウスが無茶を言い出した、

故障明けのリアンにとっては厳しすぎるのではないかと思ったが、

とりあえず無事に終わってくれてよかった。

 

(シリウスも満足したようだし、リアンも完走できたし、

 結果オーライというやつかな。それにしても……)

 

手にしている時計に視線を落とす。

2人には知らせていなかったが、秘かにタイムを計っていたのだ。

 

(2分1秒7……)

 

シリウスが出したタイム。

並走トレーニングとして見るなら、かなり早い時計だ。

彼女が本気で走ったのは間違いない。

 

2バ身遅れたリアンは、これよりもコンマ3から4秒くらいだと思われるから、

2分2秒0程度のタイムで2000mを走破したことになる。

自身がデビュー戦で記録した時計が、2分3秒4だ。

 

もちろん本当のレースとは違うし、バ場も違う。

この通りに走れるとは限らないが、これを考えると……

 

(……ふふ、リアン、君はやはり()()だよ。

 一時的にとはいえ私を本気にさせたんだからね、そうこなくては)

 

ルドルフもまた満足そうに、笑みを見せるのだった。

 

 

 



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第36話 孤児ウマ娘、秋シーズンの話

 

 

 

「ああっ!?」

 

凄味を効かせたシリウスの声と視線が突き刺さってくる。

『あ』に濁点が付いていそうな勢いだ。

 

ここはシリウスのトレーナーさんの部屋。

 

もうここに来るのも慣れっこになってしまった。

でも相変わらずトレーナーさんは不在だし、

シリウスのやつが私用で勝手に使ってるんじゃないの説が濃厚。

 

「ルドルフの時は見に行ったくせに、

 私の時に見に来ないとはどういう了見だ?」

 

「いや、あのときは学園でツアー組んでくれたから行っただけで」

 

なんのことかと言えば、菊花賞の話である。

 

去年のルドルフが三冠達成した際には、学園が観戦バスツアーを主催してくれたので、

それに便乗して京都レース場まで見に行った。

 

今年は学園側に動きはないので(それが例年通り、通常のことなのだが)、

レースを見に行くとなれば、自費かつ、相応の手続きを踏まないといけない。

日帰りでも寮の門限に間に合わない可能性が高いからね。

 

「……っち、ここでもあいつが出てくるか。

 つくづく面倒な奴だ」

 

いや、面倒なのはおまえだよ。

そもそも、なんで俺が京都に行くことを前提にしてやがる。

 

はい、そうです。

俺が応援に来ないことを知ったシリウスが、駄々こねてるんです。

 

「なら、私がカネを出せばいいんだな?」

 

「はあ?」

 

「カネならある。

 日帰りと言わず、一流ホテルのスイートを取ってやろう」

 

「い、いやいやいや!」

 

そりゃダービーを勝ったんだから、お金ならあるでしょうよ。

でも、そういう問題じゃないんだ。

思わず本気で拒否する声が出てしまったよ。

 

トライアルのセントライト記念も勝ったからって、完全に調子乗ってるな。

世間もミホシンザンとの一騎打ちムードだ。

 

ちなみにそのミホシンザンちゃんは、復帰戦に神戸新聞杯を選び、

出走したもののまだ本調子ではないのか、5着に敗れている。

 

よって、わずかながらも、シリウス優勢と見るのが大勢だった。

 

「おまえ、まさかとは思うが……」

 

「な、なに?」

 

シリウスの凄味がさらに増した。

気圧されそうになるが、ここで負けるわけにはいかず、

身体は後ずさったものの、目線だけは外さない。

 

「私の応援に行くのが嫌というわけじゃないよな?」

 

「そうじゃない。そうじゃないけど、

 いろいろな事情で断念せざるを得ないという状況でしてね……」

 

関東圏のレースであれば、頼まれれば応援に行くのもやぶさかではないよ?

ただ、遠方や地方へとなると、なかなか「行きます」とは言えないのだ。

 

相手がルドルフであってもそれは同じだ。

たまたまシンボリ家が、()()()()手を回してくれているから行けていただけなのだ。

なんならルドルフの関東圏レースでも、現地まで行ってないときもあったから。

 

「……ふん、そういうことにしておいてやる」

 

俺がそう言うと、シリウスは一応は納得したようだが、

訝しげな目つきと、威圧的な雰囲気は継続している。

 

「だが後悔するぞ。私が勝つところを生で見られないんだからな」

 

「はいはいそうですねダービーバ様」

 

「っち、絶対後悔させてやるからな。見てろ」

 

そろそろ本気で、ことあるごとに俺を呼びだすの、

やめてもらえないかな?

 

それと、すぐに舌打ちする癖、それも直したほうがいいぞ。

 

 

 

 

 

「……ウソでしょ? 勝っちゃった」

 

菊花賞当日、ルドルフと一緒にテレビ観戦したんだが、

シリウスが完勝と言っていい内容で勝利を収め、1番人気に応えた。

 

ミホシンザンはどうした?

 

「シリウスが勝ったことはうれしいが、

 私もミホシンザンのほうが心配だな」

 

「だよね」

 

そんなことを呟くと、ルドルフが同意してくる。

 

直線半ばまではシリウスに食らいついていたのに、

そこから電池切れでも起こしたかのようにズルズルと後退していった。

ゴールはしたようだが、あの分じゃ、下から数えたほうが早くないか?

 

のちに春天も制するんだから、スタミナの問題というわけでもなかろうに。

まさか……?

 

「心配だな」

 

「……うん」

 

 

 

悪い予感というのは当たるものだ。

 

翌日、ミホシンザン陣営はレース中での骨折を発表した。

前回の故障個所と同じ部位であり、今度は重傷で、

復帰まで半年以上を要するだろうとのことである。

 

変なところで史実と変わってしまった。

これは、この先も予断は許さない、ということなんだろうか?

 

 

 

遠征から戻ってきたシリウスが、以前にも増して面倒になったことも、

ここに付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の天皇賞の出バ表が確定した。

 

8枠17番、シンボリルドルフ。

大外の枠に入ってしまった。

史実で敗れた際も大外枠だった記憶がある。

 

そして、ルドルフにとって最も大きな懸念材料である、

史実での勝ち馬、3枠5番、ギャロップダイナ。

 

実況をして「あっと驚く」と言わしめた存在だ。

13番人気の超伏兵。

いまだ自己条件での格上挑戦だから、気持ちはわかる。

 

先週のミホシンザンの件もあって、今度は良い意味で歴史が変わる、

すなわち、ルドルフの勝利という未来を期待したい。

 

が、半年ぶりのレースというのは、やはり一抹の不安は残る。

軽傷だったとはいえ、怪我明けの復帰戦というのも同様だ。

 

最近こそ、環境の変化や技術の進歩などで、

トライアルや前哨戦を用いずに、目標のレースへぶっつけで挑戦して

結果を出す例も増えてきているものの、

そこはやはり元おじさんとしては、しっかり叩いて本番に臨んでもらいたいものである。

 

そして、つい先日、見ちゃったんだよね。

こんな場面を。

 

 

 

「そうか、君も天皇賞に出るのか」

 

「はい。まだ条件クラスの身ですけど、フルゲートにならなそうで、

 出られるチャンスがあるなら出て勉強してきなさいってトレーナーさんが」

 

「結構! 挑戦してこそ成功がある。がんばってくれたまえ!」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 

学園の廊下で、たまたま、理事長が誰かと話している場面に遭遇した。

 

相手が誰かはわからなかったけど、天皇賞に出る、

条件クラス、勝機が薄いと見られている、などの条件から、

俺はあの子がギャロップダイナちゃんなのではないかと導き出した。

 

何を隠そう、原作でのギャロップダイナの父馬は……げふんげふん。

 

これ、勝利フラグじゃないよね?

ということがあったから、改めて、俺は危惧しちゃってるわけだ。

 

 

 

 

 

結論から言おう。

 

ルドルフは全く危なげなく勝利し、いよいよ史実越えの八冠目を得た。

天皇賞の春秋連覇は、勝ち抜け制が廃止されてから初めてのこと。

しかも、1分58秒5という日本レコードのおまけつき。

 

G1勝利数もそうだが、あいつ、『史上初』って冠いくつ持ってんの?

 

やはりすごすぎる。

俺が心配するだけ無駄だったということだな。

 

 

 

「祝、八冠! いえーい」

 

夜、部屋に帰ってきたルドルフを、そんな声とともに、

用意しておいたミニくす玉を割って、盛大に出迎えた。

 

「ありがとう」

 

ルドルフは、いつものように涼しい顔でそれに応えた。

彼女の視線が、俺が手にしているミニくす玉に注がれる。

 

「そんなものまで。どこで用意したんだ?」

 

「商店街の人に頼んで、作ってもらった」

 

「わざわざ頼んだのか。やれやれ、しょうがないな」

 

そして、苦笑するルドルフ。

こんなことを言いつつも、すごくうれしそうなことを見逃す俺じゃないよ。

 

現に、尻尾はぶんぶん振られてるからね。

天下の八冠皇帝陛下様も、本能には逆らえないのだ。

 

「『八冠おめでとう!』……か。

 もし負けていたらどうするつもりだったんだ?」

 

くす玉から出てきた紙には、ルドルフが今言ったとおりの文言が書かれている。

 

「負ける? 万にひとつもそんなことはないと思ってたけど」

 

……ウソだ。

さすがに1万回やったら、1回くらいは負ける結末もあるんじゃないかと思っていた。

史実みたいにね。まったくの杞憂だったわけだが。

 

「そのときは、ジャパンカップの時に持ち越しだったかな?」

 

「はは、そうか。作り直したりはしてくれないのかな?」

 

「中の紙の言葉くらいは変えてたかもね?」

 

ふふふ、ははは、とお互い笑い合う。

 

こういうしょうもないことを、何気なく言い合える時間が好き。

願わくば、ジャパンカップでも、有記念でも、そして……

 

来年あるであろう海外遠征でも、同じように笑えればいいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続くジャパンカップでも、ルドルフは国内外の並み居る強豪を

まとめて捻じ伏せて、JC初の連覇、九冠制覇を同時に達成。

 

しかも、いまだに無敗が続いている。

まさに無敵の絶対君主。

皇帝陛下が君臨する時代は、まだまだ終わらなさそうだ。

 

そして迎える有記念。

レース前の平日に、こんなひと悶着があったんだ。

 

昼休みのこと。

 

「リアン、おまえは私とルドルフ、どっちが勝つと思う?」

 

いつものようにルドルフと昼食を摂っていたら、

急にシリウスがやってきて、そんなことを尋ねてきた。

 

ジャパンカップの時にシリウスが出てこなくて、

不思議に思った人もいるだろうが、こいつは走らなかったんだよ。

出走登録の前に、菊花賞の疲れが抜け切れてないからって回避を表明した。

 

ちなみに、今度は俺が諭す必要はなかったから安心して。

 

ダービー後も、あのトレーナーさんの下でやっているし、

なんだかんだでそれなりにはやっているみたいだ。

もちろん、何かにつけて文句や愚痴は言ってくるけどね。

 

トレーナーさんのほうも、ダービー勝てたことで満足したのか、

はたまた諦めたのかは不明だけど、シリウスの好きなようにやらせてるって話。

 

だから今度の有が、シンボリ同士の初対決になる。

世間でもそこに注目しており、同門の直接対決だと銘を打つところもあった。

 

「無論、私が勝たせてもらうがな」

 

「待てシリウス。それは聞き捨てならないな」

 

得意げに言うシリウスに、なんとルドルフが乗った。

乗って、しまった。

 

リアルに「はあっ?」ってなったよ。

おまえそこで乗っちゃうのかよって。

 

「私も負ける気はない。勝って無敗のまま、十冠を獲る」

 

「なら、無敗の皇帝サマに初めて土をつけるのが私ということだな」

 

「言うじゃないか。受けて立とう」

 

「はっ、余裕の上から目線、気に入らねえ。

 その自信と鼻っ柱、真っ正面から叩き折ってやるよ」

 

 

「………」

 

気付けば、いつのまにやら周りには人だかりができている。

突然始まった言い争いに、どちらかと言えば、一触即発という危惧よりも、

興味津々という感じだからよかったと言えばよかったが。

 

その輪の中にいる俺の身にもなってくれ、頼むから。

 

「「で、リアン」」

 

2人の視線が、改めて俺に向いた。

 

「君はどちらの味方かな?」

「おまえはどっちの味方だ?」

 

「……」

 

答えられるかっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()のルドルフ、日本のシリウスを突き離す!』

 

 

 

結局は、テレビでの実況の通り、シリウスが逆にわからされたんですけどね。

4バ身差で圧勝して、まだまだ私の治世は終わらないと宣言した。

 

このレースには元クラスメイトのニシノライデンちゃんも出走して、

シリウスに次ぐ3着に入った。

 

彼女の自力からすれば驚くほどの結果ではないと思うけど、

スカウトがなかなか来なくてやきもきしていたころを知っている身としては、

大いに祝福してあげたいのと同時に、いつか俺も、

という思いを、改めて強く思うようになった一戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月25日、夕刻。

 

そう……俺にとっての有記念が、再び始まる……

 

 

 

「はーい、みなさんこんばんは!

 トレセン学園所属のウマ娘、ファミーユリアンです!」

 

去年と同じようにサンタのコスプレをして、壇上にてマイクを握る。

 

地元の商店街から、クリスマスイベントの出演依頼が再度舞い込んだ。

ファンクラブなどの件で大変お世話になっており、

学園や生徒会からもぜひにとお願いされては、断れるはずもなく。

 

また以前、乙名史さんに言われたように、今回は事前に伝えておいたので、

今日はケーブルテレビの取材が入っている。

放送はもちろんテレビのほうが先だが、ネットの公式チャンネルでも配信するそうだ。

 

今もニコニコ顔の乙名史さんが、舞台袖からこちらを見つめている。

 

「今年も、ウマ娘レースを応援してくださってありがとうございました!

 この場を借りて御礼申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いいたします」

 

まずは、型通りの挨拶をこなしてからの。

というか、今年は何で、俺がメインMCみたいになってんの?

おっちゃんはどうした? え? 裏に徹する? そうですか……

 

「では早速イベントを始めていきます。まずは、

 本日のゲストの紹介です。ミスターシービー先輩です、どうぞ!」

 

「どうも~、ミスターシービーで~す♪」

 

去年に引き続き、シービー先輩がゲスト出演を引き受けてくれた。

 

もちろん交渉したのは俺だよ。

どうしてもって頼まれちゃったんだね。

 

客席からの大歓声と拍手で迎えられて、先輩は所定の席へと着く。

 

「先輩、今年も出演していただいてありがとうございます。

 しかもノーギャラです。重ねてありがとうございます」

 

「いいよいいよ。引退して暇だからね。

 こういう面白いことには喜んで参加させていただくよ」

 

「そう言っていただけると助かります。

 商店街の懐的にも大変助かります」

 

「あははっ。もうだいぶ稼いだから、お金はもういいかな?」

 

さすが五冠バ様の言うことは違うねえ。

客席も笑いに包まれた。よし、掴みはOK。

 

ええと、次のコーナーは何だっけ?

 

「ドリームリーグにも参加しないから、ほんっとうに暇なんだ~」

 

「……え?」

 

手にしている台本を確認しようとしたら、先輩から爆弾発言ががが。

唐突に、しかも、こんな場でなんてことを……

 

「ドリームトロフィー、走らないんですか……?」

 

「うん。足悪いからね」

 

「あ……そ、そうなんですか……」

 

「だから、来年どうしようかって考え中。

 とりあえずは勉強しようかな。あ、アタシ勉強嫌いだった」

 

「……」

 

俺はてっきり、ドリームトロフィーへ移行すると思ってたから、

マジのマジで衝撃を受けて固まってた。

トゥインクルシリーズだけじゃなくて、本当の意味での現役引退だったとは……

 

先輩の勉強嫌い発言を受けて、客席は笑ってるけど、

とてもじゃないけど笑えるような状況じゃないと思うんだけど……?

 

「リアンちゃん、リアンちゃん!」

 

「……はっ!?」

 

「進行して! 進行!」

 

裏からおっちゃんの声が飛んでくるまで、俺は我を忘れていた。

や、やばいやばい。イベント進めなきゃ!

 

「え、ええと……で、では、最初のコーナーに参ります!」

 

 

 

 

 

「あ、ルドルフだ。やっほー♪」

 

「え……!?」

 

イベントも中盤に差し掛かったころ、これまた去年と同様に、

シービー先輩が客席にルドルフがいるのを発見した。

 

おまえ、またかよ!

 

「やあ。去年に引き続いて、お邪魔させてもらうよ。いいかな?」

 

促されるまでもなく、ステージに上がってきたルドルフが言う。

 

悪いわけが……

あ、おっちゃんが全身でOKサインを出してる。

 

ですよね~。

 

「改めまして……無敗の十冠ウマ娘、シンボリルドルフさんです!」

 

「シンボリルドルフです。お世話になります」

 

大盛り上がりになる観客席。

 

本当にこういうドッキリはやめてくれ。

マジで去年と一緒で、話は通してないからね?

 

商店街も、そこまで予算がないっていうんで、

引退してギャラが抑えられそうなシービー先輩だけ呼ぶって言ってたんだから。

ギャラの交渉もできればしてほしいってね。

 

そのうえルドルフを呼ぶだなんて真似、できるわけがないってわかるでしょ?

 

「えと、それじゃあ、ここからは、ルドルフにも参加してもらって、

 イベントを進めていきます」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「よろしく~」

 

大慌てで新しく席を用意しているスタッフさんたちをしり目に、

気を取り直して、進行に専念しなければ。

 

 

 

 

こうして、地元商店街のクリスマスイベントは、

去年に続いての大盛況で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(公式チャンネルにて、イベント動画公開後)

 

:クリスマスイベント動画キテルー!

 

:神イベント再来

 

:いや、神商店街だ

 

:いいぞもっとやれ

 

:シービーとルドルフ、去年に続いての揃い踏み

 

:リアンちゃんの司会良いね

 

:おっさんよりも1億倍マシ

 

:これは本当に、引退後は業界入りしそうだ

 

:ノーギャラwww

 

:リアンちゃんぶっちゃけてんな

 

:いつにも増してテンション高くないか、リアンちゃんw

 

:そりゃ商店街はこんなおいしい話ないだろうよ

 

:リアンちゃんを推して大正解だよなあ

 

:シービー、ドリームリーグに参加しない宣言

 

:え、マジで?

 

:えー残念

 

:足悪いんじゃ仕方ないか

 

:リアンちゃんマジで困惑してない?

 

:初めて聞いたっぽいな。固まっちゃってる

 

:そら(憧れの先輩がもう走らないと聞けば)そう(固まる)よ

 

:リアンちゃんもシービーも人の子。はっきりわかんだね

 

:ウマ娘やぞ

 

:ウマ娘も人の子や

 

 

 



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第37話 孤児ウマ娘、目の当たりにする

 

 

 

 

年が明けた。

 

ルドルフから見ると、明け5歳のシーズンということになろうから、

史実に換算すると1986年ということだろうか。

 

この年、ルドルフは春先にアメリカ遠征に臨み、故障し、引退という流れになる。

 

果たしてこの世界ではどうなるか。

史実通りに遠征するのか、はたまた……

 

今のところ俺は何も聞いていないので、まったくわからない。

 

遠征、それも海外ともなれば、早い段階で計画されていそうではある。

去年、凱旋門挑戦の話が出たときみたいにね。

 

それがいまだに聞こえてこないということは、

少なくとも上半期には予定されていないんじゃないかという気がしている。

 

去年と同じローテで国内戦を走り、夏に渡欧、

という同様のパターンなのではないかと邪推している真っ最中だ。

もうすでに史実とはかけ離れたので、これくらい妄想してもいいよね?

 

ここまで来たら、ジャパンカップと有に続いて、大阪杯と天皇賞も連覇してもらって、

ついでに宝塚も勝ってもらって、無敗のまま国内王道完全制覇を目指してもらおう。

 

そうすればG1勝利数は13にも達する。

もはや前人未到を通り越して、今後、到達不可能じゃないの?

ぜひともやり切ってもらいたいね。

 

そして、俺自身も勝負の年となる。

 

いよいよもってデビューすると決めた年だ。

相変わらず成長具合は心許ないけど、これ以上は学園も待ってはくれまい。

義務教育も終わるわけだし、中等部卒業の段階で最後通告が来る可能性もある。

 

まずは4月の選抜レースで結果を出し、晴れてスーちゃんのスカウトを受ける、

という結果になるように頑張りたい。

せめて複勝圏くらいには入らないと、俺もスーちゃんも疑いの目の嵐になるだろう。

 

いや、俺だけならまだいいが、スーちゃんが批判されるのだけは避けたい。

あの人の眼力は確かなんだからさ。

 

とにかく頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、元日のうちに、地元の神社へと初詣でにやってきた。

困った時の神頼みではないが、少しでも良い方向に向かえれば、と思ってね。

 

「うわーすごい人」

 

「さすがに元日は混むな」

 

ルドルフを誘って、一緒にやってきたわけだが、

ルドルフが言うとおり、元日に初詣でというのは少々無理があったか。

 

それほど有名というわけじゃない神社なんだが、この人出。

正直予想外です。

 

あ、ルドルフはこの年始は帰省しないそうだ。

クリスマスの後、何日かは実家に戻っていたけど、

大みそかには寮に戻ってきてた。

 

なにやら家族会議的なものも行われたそうなので、

そこで今後のこと、海外遠征についても話し合われたんじゃないかな?

 

で、折を見て発表、ということになるんだと予想。

なぜか俺もお呼ばれしそうな気配だったので、先手を打って用があると言っておきました。

もちろん特別用事なんてなかったですけど、何か?

 

「しかし、耳はまだしも、尻尾を中に入れていると窮屈だな」

 

少し不快そうに言うルドルフ。

 

俺もこいつも、耳は帽子で隠し、尻尾もズボンの中にしまっている。

こんな場所で正体がばれてしまっては、目も当てられない事態になっちゃうからね。

俺はともかくルドルフはやばい。なので変装は万全である。

 

「我慢して。バレたら大変なことになっちゃう」

 

「ああ、わかっているさ。ちょっと愚痴ってみただけだ」

 

俺がそう言うと、ルドルフは意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

確信犯だな、こいつ。

そんなに俺に構ってもらいたいのか。

 

お参りする列に並んで、待つことしばし。

ようやく俺たちの番がやってきた。

 

充分にご縁があるように15円を賽銭箱に投げ入れ、お願いする。

 

『遠縁』という語呂合わせが悪いことから、十円玉は使わず、

五円玉を3枚。俺は昔(前世)からずっとこれ。

 

贅沢言いませんから、選抜レースで好結果を出せて、

誰のお眼鏡にも適うような形でスカウトを受けられて、

怪我無く無事にデビューを迎えられて、あわよくば勝てますように!

 

……十分贅沢だという総ツッコミをもらいそうだな(汗)

 

だけど、今の俺の望みはこれですべてだ。

ウマ娘なら誰でも願うようなことばかりだから、これくらいはいいだろう?

 

「随分長いこと願っていたな。何をお願いしたんだ?」

 

行列から外れて歩いている間に、ルドルフがそう尋ねてきた。

こらこら、人に願い事を言ったら叶わないというでしょ。

 

でもまあルドルフになら言ってもいいかな?

少なくともバ鹿にはされないはず。

後押しすらしてくれるかもしれない。そういうやつだ。

 

「一言で言っちゃうと、良い結果を出せますように、って」

 

「そうか」

 

教えると、ルドルフはやさしげに微笑んで。

 

「リアンなら叶うさ」

 

「うん」

 

短くそう言うだけだったが、いろいろな気持ちを受け取ったような気がした。

だから俺も頷くだけに留めておく。

 

「せっかくだから、絵を納めてく?」

 

「ああ、そうしようか」

 

社殿で売っている絵が目に入り、そう提案したら

ルドルフも乗ってきたので、揃って並んで購入。

 

さて、なんて書いて奉納しようか。

隣を見ると、ルドルフも何やら考えている様子。

 

こいつの場合は、すでにあらかたの望みは叶ってるんだろうしなあ。

さらに望むようなこととかあるんだろうか。

そうか、『凱旋門制覇』とかかな? それなら納得だ。

 

……よし、決めた。

ここはシンプルに、俺も1番望んでいることを書くとしよう。

 

『勝利』……と。

 

油性ペンで書いて、所定の場所に奉納する。

見れば、ルドルフもほぼ同じタイミングで絵をかけていた。

 

「見てもいい?」

 

「ああ」

 

今度は俺のほうから、内容を見てもいいか聞いてみる。

先ほどの願い事のこともあってか、あっけなく許可してくれた。

 

 

『すべてのウマ娘に幸福を』

 

 

これは……強烈なのが来たな。

軽い気持ちで聞いてしまったのがバ鹿だった。

 

そうだよ、こいつにはこれがあったんだ。

 

考えてみれば、人前で表明するのはこれが初めてか?

俺が知る限りでは、今までなかったと思う。

 

しかも、トレセン学園シンボリルドルフと、記名までしっかり成されている。

 

「構わないさ。見られて困るような夢を、

 神様が叶えてくれるとも思えないしね」

 

不特定多数に見られてしまってもいいのかという思いでいると、

先んじてルドルフに言われてしまった。

 

「中には、大それた夢だと言う人もいるかもしれない。

 だが、私も自分の信念を曲げるつもりなどない。

 幸い個人としては成功を収められた。

 今後は皆のための力になれたらいいな、と思っているんだ」

 

「そっか」

 

俺は事前情報があるからそれほどじゃないけど、

何も知らない人からしてみたら、本当に大それたことだと思うんじゃない?

いち個人にそんなことできるものじゃない、と言うだろう。

 

しかし、それで諦めるほど、この皇帝陛下は弱くない。

むしろ歓迎して、喜んで困難へと立ち向かっていくに違いなかった。

 

「君はなんて書いたんだ?」

 

「勝利」

 

「うん、いいじゃないか。

 シンプルイズザベスト、これ以上ない祈願だな」

 

「ちょっとバ鹿にしてない?」

 

「するわけないさ。すべてのウマ娘の中には、

 当然、君も含まれているんだぞ」

 

逆にこっちからふざけて尋ねると、真顔でそう言い切られてしまった。

 

だいぶ前に、内心で考えたことを全肯定されてしまいましたね。

まったくやれやれだぜ。さすがは我らの皇帝陛下だ。

 

「お互い、夢に向かって精進していこう」

 

「うん」

 

そうして、2人で拳を突き合わせる。

 

真剣は真剣だが、どこかふざけ気味だった俺とは違って、

このときすでに、ルドルフは一大決心していたのだと、

あとになって思い知らされることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期になって早々のこと。

ルドルフの2年連続の年度代表ウマ娘決定の報を受けて、

まあ他にいないよね~とホクホクしていたら

 

「ファミーユリアンさん、いらっしゃいますか?」

 

放課後、グリーングラスさんがやってきた。

またしても生徒会からのお呼び出し。

 

俺、何もやってませんよ?

クリスマスのイベントはしっかりこなしましたし、

テレビ放映もネット配信も好調みたいなんですけど?

 

呼び出される覚えなんか、これっぽっちもないんですが……

 

「会長がお呼びです」

 

「はい」

 

無論、断れるわけもなく、素直に生徒会室へ向かいます。

 

何度となく見られた光景なので、もうクラスメイト達も慣れっこである。

笑顔で手を振って送り出してくれる。

中には、グラス書記に間近で会えると言って、喜んでる連中さえいるほどだ。

 

「ああ、リアン、お疲れ様だ」

 

「ルドルフ?」

 

生徒会室に入ると、生徒会メンバーがいるのはもちろんのことなのだが、

なぜだかルドルフの姿もあった。

 

何でルドルフが?

 

「今日のお話は、ルドルフさんにも大いに関係があるからです」

 

「関係?」

 

「お待ちなさいグラス。その先は私が話します」

 

「はい会長」

 

グラスさんがそう言うと、奥の会長が、席に着いたまま言う。

会長の言に従って、グラスさんが向かって右奥、

会長の左手側へと移動した。反対には、腕組みしている副会長もいる。

 

そして、視線をソファーに移したら……

 

「……ピロウイナー先輩?」

 

なんと、マイルの皇帝様がいらっしゃる。

確かピロウイナー先輩も去年限りで引退して、

ドリームリーグへ移ることになっているはず。

 

「彼女にも関わることなので、来ていただきました」

 

「そういうこと」

 

会長の言葉に続いて、ピロウイナー先輩が言う。

ご多分の例に漏れず、彼女もまた美人さんである。

 

「君とは初めてだね。気安く『ピロ先輩』って呼んでくれて構わないよ」

 

「はじめまして、ファミーユリアンです」

 

「うん。まあ、すぐに呼び方が変わっちゃうだろうけどね」

 

……? 呼び方が変わる?

どういうこと?

 

「さてそれでは、本題に入りましょうか。

 今日皆さんにお集まりいただいたのは、他でもありません」

 

首を傾げていると、会長が立ち上がった。

座っていたピロ先輩も立ち上がり、役員側の3人と、

俺たち3人が向かい合う構図となる。

 

いつも思うけど、この中に俺が混ざってるの、間違ってない?

居合わせてるだけで胃が痛くなる思いだよ。まったく……

 

「再来月の3月をもって、私たち3人は学園を卒業します。

 同時に現生徒会役員も退任ということになります」

 

え……卒業? 退任?

マジで?

 

「ちなみに、こいつは良家のお坊と結婚が決まっている。

 寿卒業というわけだな」

 

「テン、話の腰を折らないように」

 

「はん、せいぜい幸せになるがいいさ」

 

「茶化さないでください。でも、ありがとうございます」

 

いつもの調子の2人の掛け合い。

そうか、トウショウも原作的には名馬がいっぱいの名家っぽいから、

そういうことになるんだな。

 

「話を戻しますと、よって早急に、私たちの後任を決めねばなりません。

 そこで白羽の矢を立てたのが、あなたたちです」

 

はあ? 待って……マジのマジで待って……

 

今の役員たちが卒業に伴って退任するから、後任を決める。わかる。

なのでルドルフとピロ先輩が呼ばれた。わかる。

この2人以上に相応しい人材なんて、今の学園にはいないよ。

 

俺まで呼ばれた。……わからない。

こんな実績皆無なモブに、生徒会役員をやれって!?

 

「トレセン学園の生徒会は指名制です。

 役員と後任の任命には、現会長に全権があります」

 

「……」

 

「現会長、私トウショウボーイは、次期会長にシンボリルドルフ、

 副会長にニホンピロウイナーを指名し、ここに承認します。

 テンポイント副会長、グリーングラス書記、異論はありますか?」

 

「ない」

 

「ありません」

 

「結構」

 

突然のこと過ぎて頭が真っ白だが、そんな俺のことなど差し置いて、

話はどんどん進んでいく。

 

「シンボリルドルフ、ニホンピロウイナー、両名はいかがですか?」

 

「身に余る大役を仰せつかり、大変光栄に思います。

 謹んでお受けいたします」

 

「右に同じく。職務に全力で当たることを誓います」

 

「よろしい」

 

ルドルフとピロ先輩が頭を下げ、恭しく了承すると、

会長は満足そうに頷いて笑みを見せた。

 

これは……もしかしなくても、生徒会の代替わりの瞬間を見ているのか、俺は。

なんという貴重な場面。なんという僥倖。

皇帝と呼ばれるコンビの生徒会かあ。うん、しっくり来るね。

 

だがちょっと待て。

 

ルドルフとピロ先輩が呼ばれた理由がわかり、実際に任命された。

でも、俺まで呼ばれた理由はまだわからない。

会長から出た名前は2人だけで、俺のことは出てきていないのだ。

 

このあと俺にも指名が入るのだろうか?

 

いや、いやいや、ありえんだろうそれは。

2人だって、生徒会を任せるのに相応しい功績を挙げたからこその指名であって、

デビューもまだの俺なんかが入る余地などない。

 

なにより、他の生徒たちが納得しないだろう。

それほどの地位と名誉があるのだ、トレセン学園の生徒会には。

 

「ファミーユリアンさん」

 

「はっ、はい!」

 

会長から呼ばれ、返事の声が裏返ってしまいそうになった。

 

本当に俺を役員にするつもりなのか……?

会長副会長と来たからには、グラスさんポジの書記あたり?

 

「あなたには、次期生徒会の任命式に出ていただいて、

 立会と証人をしていただきたいと思っています。構いませんか?」

 

「立会と証人……?」

 

「ええ。任命式での宣誓の際の見届け人としての役割の立会と、

 宣誓の内容を証明する人物が必要なのです。

 証人は、のちに宣誓と異なる言動行動があった場合において、

 学園に対して役員の更迭を要請できる、強い権限を持ちます」

 

「……」

 

「なので、非常に重要な役目になります。

 それを、あなたにお願いしたいのです」

 

予想してた役員の指名じゃなかったけど、なんか一層重要そうなんですけど?

なんでよりによって俺なのかな……

 

「ちなみに、私たちの際の立会及び証人は、タニノチカラさんでした」

 

タニノチカラ……聞いたことはあるな。

確か2度の骨折にもめげずに、2回目は予後不良を宣告されるも、

諦めずにがんばって、八大競争も制した名馬だ。

 

骨折2回……ウソみたいに俺と被るじゃないか。

これも運命か、わかりましたよ。

 

「どうでしょう、引き受けていただけますか?」

 

「私でよろしければ、喜んで」

 

「ありがとうございます。これで後顧の憂いはありませんね」

 

ひとつ大きく息を吐いてから、会長の目を見据えて、

しっかりと頷いて見せた。

 

うれしそうに頷き返す会長。

副会長とグラスさんも、ホッとしたような表情を見せている。

 

「しかし引き受けておいてなんですが、本当に私でいいんですか?

 普通こういうのは、関係のない第三者がなるものでは……?」

 

強い権限を持つからこそ、関係があると取り込まれる、

あるいは同情して告発できない可能性が出てくるのではなかろうか。

 

自分で言うのも何だが、俺はルドルフとはずぶずぶの関係だ。

親友という間柄もそうだし、なにより、シンボリ家との縁が深すぎる。

 

庇護を受けている立場なんだし、

脅迫されて口出しできない、なんてことも、考えられなくはないのだ。

 

「お気持ちはわかります」

 

俺の疑問の声に、会長はこう答えた。

 

「ですがだからこそ、あなたなら大丈夫だと考えました。

 お二人は、『親友』なのでしょう?」

 

「はい。唯一無二の大親友ですね」

 

はっきり頷いて見せると、ルドルフもピクリと反応を示していた。

真横にいるから表情はわからないし、どういう意味だったのかは想像するしかない。

でも、断言した俺に対する好意からだったと思いたい。

 

「ふふ、そこまではっきり言われてしまうと妬けてしまいますね。

 私たちはどうでしょうか、テン? グラス?」

 

「答える必要性を感じないな」

 

「同じく。黙秘権を行使します」

 

「あらら」

 

つーん、と突き放して見せる副会長とグラスさんだが、

会長は満足そうに笑っている。

こっちの3人も、3人でしかわからないことがあるのだろう。

 

「そういうわけです。期待していますよ」

 

会長に対して、俺たち3人は深々と頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙ってるなんてひどいよ」

 

「いや、すまなかった」

 

その日は時間的な関係で、トレーニングを軽めのメニューで終え、

一緒に寮の部屋へ帰った俺たち。

開口一番で俺が不満を口にすると、ルドルフは苦笑した。

 

実は、年末の段階で打診はあったそうだ。

それを受けてのシンボリ家での家族会議だったそうなんだが、

俺にはずっと黙っていたことになる。

 

「各所との調整が済むまでは、表に出せない話だったんだ」

 

「わかるけどさ」

 

「それに君はそう言うが、帰省に付き合ってくれていれば、

 その時点で君にも伝わっていたはずなんだが」

 

「う……」

 

言われてみればそうだった。

でもさあ、家族会議に部外者の俺が出るわけにも……

 

って言うと、おまえはもう家族の一員だ、って反論されるに決まっている。

だからこれ以上の抵抗は全くの無駄だった。

 

「はいはいそうですね、私が悪うござんした」

 

あっけなく敗北を認めて荷物を置き、着替えにかかる。

 

「いや、悪いついでに、もうひとつ話さなきゃいけないことがあるんだ」

 

「え?」

 

制服の上着を脱ぎかけたところで、ルドルフから衝撃的な告白が!

 

 

 

「えええええええええええええ!!!!?」

 

 

 

思わず大声が出てしまった。

これまでの生涯で一番だったかもしれない。

 

「引退する? 本気!?」

 

「ああ。正しく言えば、トゥインクルシリーズからの引退、だな。

 これからはドリームリーグで走ることになる」

 

「………」

 

あまりのことに言葉が出てこない。

 

そりゃさ、史実では引退する年だというのはわかっていたよ。

だけど、こっちのルドルフはそんな気配なんてなかったし、

なんかますます強くなっているような気さえしていたし……

 

なんだろう、まったく現実味がない。

 

「もちろん走ることをやめるつもりはないし、ドリームリーグでも全力を尽くす。

 だが少しずつ、人生の主眼を私個人から、『全体』へと移していこうと思うんだ。

 生徒会のほうも激務だと聞くしな」

 

「……もしかして、初詣でのとき絵に書いてたのって」

 

「ああ、そういうことだ」

 

「そっか……」

 

あのときから、もう決意は固まっていたってことか。

 

確かに、あれやこれやでの描写を見る限り、すごい忙しそうだよなあ生徒会。

現役のまま両立しようというのは厳しいだろう。

 

残念だ。非常に残念だというほかはない。

でも、本人がそう決めたからには、それを応援してやらないでどうする。

俺たちは親友なんだ。

 

「わかった。ルナのことだから、きっとできるよ。応援する」

 

「ああ、すまない。ありがとう。

 リアンには、こちらの一方的な都合で振り回してしまって、非常に申し訳なく思っている。

 海外遠征のこともある。きっと期待してくれていたのだろうな」

 

「ルナ……」

 

そう言うルドルフの瞳は揺れていた。

今にも涙が零れていきそうだ。

 

そうだよな、ルドルフ自身にも悔しさがないはずはなかった。

ルドルフも、シンボリも、俺も、日本中が期待していたに違いない。

全盛での引退は、ある意味、それを裏切ることになるわけだから。

 

そうか、その踏ん切りをつけるための家族会議だったのかもな。

むしろこっちのほうが、主たる議題だったか。

 

……改めて、ついていかなくてよかったと思う。

 

「大丈夫、きっと大丈夫。みんなもわかってくれるよ」

 

「……すまない……ありがとう、ありがとう……」

 

俺もなんだか居た堪れなくなってきて、一気に駆け寄ってルドルフに抱き着いた。

ルドルフのほうも抱き返してきて、しばらくは小さく、嗚咽する声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてシンボリルドルフは、14戦全勝、G1合計10勝という前代未聞、

おそらくは今後到達不可能ではないかという成績を残して、

大いに惜しまれつつトゥインクルシリーズを卒業した。

 

 

URA新記録

平地最多連勝 14

重賞13連勝

G1 10連勝

G1勝利数 10

 

競争成績

レース名 格 着 タイム

新バ     1 2:03.4

サウジC  Ⅲ 1 1:35.9

弥生賞  Ⅱ 1 2:01.7

皐月賞  Ⅰ 1 1:59.4R

ダービー Ⅰ 1 2:25.0R

セント記 Ⅱ 1 2:13.4R

菊花賞  Ⅰ 1 3:03.4R

JC    Ⅰ 1 2:26.3

記念 Ⅰ 1 2:32.8R

大阪杯  Ⅰ 1 1:59.3

天皇賞春 Ⅰ 1 3:20.4

宝塚記念 Ⅰ 出走取消

天皇賞秋 Ⅰ 1 1:58.5R

JC    Ⅰ 1 2:28.8

記念 Ⅰ 1 2:33.1

 

 

 




トレセン学園がいつからあるのかは不明ですが、
戦前からあるのなら、私的な妄想生徒会はこうなる

初代
会長  セントライト
副会長 クリフジ

2代目
会長  シンザン
副会長 ハクチカラ

3代目
会長  タケシバオー
副会長 トウメイ

4代目
会長  ハイセイコー
副会長 タケホープ

5代目
会長  トウショウボーイ  ←今ここ
副会長 テンポイント
書記  グリーングラス

6代目
会長  シンボリルドルフ  ←次期
副会長 ニホンピロウイナー

7代目
会長  シンボリルドルフ(留任?)
副会長 エアグルーヴ
副会長 ナリタブライアン


現実的に見ると、URAという組織的にも戦後の開校が妥当だと思うので、
シンザンが初代だと考えるのがいいでしょうかね

ちなみに指名制や立会云々は、公式では全くないので誤解なきよう。


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第38話 孤児ウマ娘、『サクラ』咲く?

 

 

 

TTGが卒業し、ルドルフたちの新生徒会が発足。

4月になると、新年度になるとともに、俺も高等部へと進学した。

 

デビューはおろか、ロクにレースにも出ないまま、

主にリハビリ生活で中学時代を過ごすとは思わなかったな。

トレセン学園に入学してる時点で、すでに望外だったと言えばそうなんだけど。

 

さあそれでは、年度冒頭の毎年恒例、新入生ちゃんチェックと参りましょうか。

今年度入ってきた有望株たちをまとめてみると……

 

筆頭はクラシック二冠のサクラスターオーかな。

「菊の季節に桜が満開!」の菊花賞の実況は有名だ。

 

スターオー……有馬記念……うっ、頭が……

あれは悲しい事故だったね。

この世界ではああならないことを願うしかない。

 

続いてダービー馬のメリーナイス、二冠牝馬マックスビューティ、

牝馬三冠を阻止したタレンティドガール、悲劇のマティリアル、

名ステイヤーのスルーオダイナ、といったところか。

 

あれ? 何かメンツが足りなくない?

と思ったらそうだった。

 

本来ならこの世代に当たるはずの、タマモクロス、イナリワン、

ゴールドシチーの名前がない。

 

イナリは大井出身だから、途中で編入してくるのかもしれないが、

タマとシチーがいないのはどうしてだ?

 

気になったんで、会長になったルドルフに頼み込み、

全新入生の正式な名簿を見せてもらった(持つべきものは権力者の友達だね)が、

やはり見当たらなかった。

 

去年までは、その世代にモデル馬がいる子たちは揃って入学してきていたが、

今年になって、その法則が通用しないという事態に。

 

その3頭の共通点はと洗い出していくと、

3人ともゲーム上に登場しているという点が浮かんでくる。

 

もしかして、ゲームに出ている子たちはまた何か別の、謎な法則性が働いている?

でもシービーはルドルフの1個上という史実通りだったしなあ。

 

うーん、わからん……

 

まあ同世代のタマとシチーは、ゲーム上では先輩後輩みたいだし、

考えること自体が無駄なのかもしれん。

 

ここからは、史実知識があまり役に立たないってことなのかも?

本格的にifの世界に突入するってことかい?

 

それはともかく、今年度は俺にとっても勝負の年。

まずは選抜レースだ。調整はここまで順調なので、あとはレースで結果を出すしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

新年度が始まって数日後。

 

選抜レースへの最終調整が佳境を迎える中で、放課後、

今日もトレーニングへ向かおうかと教室を出たところ、いきなり誰かに呼び止められた。

 

振り返ると、長い黒髪の女の子がいる。

 

「ファミーユリアン先輩ですよね?」

 

「そうだけど、君は? はじめましてだよね?」

 

「あ、はい、突然ですいません」

 

俺がそう言うと、彼女はぺこりと頭を下げた。

両側にひと房ずつ出ているサイドテールがぴょこんと跳ねる。

俺より頭ひとつ分は高いから、160センチくらいはあるかな。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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そして、おっぱい。

制服の上からでもわかる、豊満な胸部装甲が印象的である。

 

耳も結構大きいな。

ライスやアヤベに続く、耳デカ属のウマ娘だ。

 

「申し遅れました。わたし、新入生のサクラスターオーと申します!」

 

お、おう……君がスターオーちゃんですか。

 

まさか今年の1番バが、向こうから声をかけてくるとは思わなかったよ。

いったいどういうつもりなんだろうね?

 

「わたし、ファミーユリアン先輩に憧れて、トレセン学園に入ろうと思ったんです。

 こうしてお会いできてすごいうれしいです!」

 

「え、そ、そうなの?」

 

「はい! ネットに上がってる動画とか、全部見ました」

 

「そうなんだ……」

 

スターオーちゃんは、目をキラキラ輝かせて熱く語る。

サクラ軍団特有の、花柄の瞳が特徴的……って、そうだよ。

 

君、『サクラ』なんでしょ?

そこは同門の先輩に憧れて~とか、テイオーみたくルドルフを見て~、

とかって話ではないのかい?

 

「リハビリしてるときの動画とかすごかったです。

 怪我しても絶対あきらめないって姿、わたしも見習わなきゃって思って」

 

「お、おう」

 

力説し始めるスターオーちゃん。

なぜこうも俺にこだわるのか、その理由も直後に判明する。

 

「わたし実は、生まれつき足がちょっと曲がっていまして……

 小さい頃からずっとコンプレックスだったんです。

 幸い普通にしている分には影響はなくて、走る時も、

 徐々に違和感はなくなってきたんですけど、ずっと気にしてました」

 

そうなのか。これ、実馬のエピソードなんかな?

スターオーと言えば有馬での故障ばかり気にしてて、

他のことは正直よくわからん。

 

「身体も強くはなかったので、たまたま先輩の動画を見つけて、

 リハビリに励む先輩の姿を見ていたら、私も頑張るぞって思えたんです。

 それからはいっぱいトレーニングできて、

 こうしてトレセン学園に入ることができました。

 重ねてお礼を言います。ありがとうございますっ!」

 

「ああ、うん……希望を持ってもらえたのなら私もうれしいよ」

 

「はいっ!」

 

感謝してもらえるのはうれしいし、俺のリハビリ姿が励みになってくれたんなら、

大いに本望だし大歓迎だけど、君さ、ちょっと場所を選ぼうか?

 

ほら、ここは人目のある廊下だし?

ああほら、周りの子たちが何事かと目を丸くしちゃってるからさ。

いやそこ、ヒソヒソ話しないで!

 

「えっと、スターオーちゃん、でいいかな?」

 

「もちろんです」

 

「場所を変えようか。長くなりそうだし」

 

「あ、す、すいません。お手数おかけします」

 

もう1度、ぺこっと頭を下げるスターオーちゃん。

素直な良い子っぽい。

 

というわけで、彼女を連れてカフェテリアへと移動です。

今日のトレーニングは諦めよう。これは話が長くなりそうだ。

こうも熱く語ってくれる子を突き放すわけにもいかん。

 

もうだいたい仕上がってるし、1日くらい平気だろう、うん。

まだ1週間くらいあるしな。

 

「はいどうぞ。ニンジンジュースでよかったかな?」

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

向かい合わせの席に座る。

 

……改めて見てみると、綺麗な子だ。

ウマ娘なんだからみんなかわいいんだけど、ひときわ目立つ容姿と言える。

リアルにどこぞのトップアイドルなんじゃないかってくらい。

 

さすが二冠馬の魂を受け継いでるなって思えるよ。

 

「で、私が憧れなんだっけ?

 うれしくはあるけど、面と向かって言われると恥ずかしいなあ。

 まだ実績も何もあったわけじゃないんだし」

 

「そんなことないですよ。少なくともわたしにとっては、

 ファミーユリアン先輩は、誰よりも素晴らしい先輩なんです」

 

「そう、ありがと」

 

なんというか、その、普通に照れる。

頭を搔くことしかできないや。

 

「それと、呼ぶとき『リアン』でいいよ。

 ファミーユリアンだと微妙に長いでしょ?

 他の人も、リアンかファミーユって呼ぶからさ」

 

「わかりました、リアン先輩」

 

笑顔で頷くスターオーちゃん。

やっぱり素直な良い子じゃないか。素晴らしいのは君だ。

 

「ネットの動画全部見たって本当?」

 

「本当です。一時期は食い漁るように見てました」

 

「マジか」

 

全部って言いきれるのはすごいな。

切り抜きとかMADとか含めたら、相当な数があると思うんだけど。

俺やファンクラブでさえ、全部は把握しきれていない。

 

それだけ時間と労力かけたってことか。

……すごくないこの子?

 

「他に憧れた人とかはいないの? 同じサクラの人とかは?」

 

「うーん、強いて挙げれば、

 小さい頃に指導してもらったサクラショウリさんでしょうか」

 

ええと、ダービー馬だったっけか。

史実の父馬だったな。

 

考えてみたら、この時期って、サクラにそこまでの活躍馬っていない?

バクシンはもうちょいあとだし、ローレルに至ってはもっと後だしなあ。

そういえばサクラって、シンボリやメジロほどは、結びつき強くないんだっけ?

 

「でもそういう意味では、長く母親代わりに面倒を見てもらった、

 スターロッチさんのほうが印象深いですね。

 母の親戚筋の方で、とても良くしていただいたので」

 

「母親代わり?」

 

「はい。まだ小さかったころに、母とは死別してますから。

 おぼろげに覚えているくらいで、顔も写真でしかわかりません」

 

お、おおう、重い過去を平然と……

身体的なハンデを克服した件といい、この子メンタルも半端ないな。

 

スターロツチ(発音はスターロッチ)かあ。

3歳牝馬で唯一、有馬を制している馬だよな。

子孫に活躍馬が多数いることでも知られる、まさに名牝だ。

 

「ごめん」

 

「いえいえ。孤児のリアン先輩に比べれば、わたしなんてまだ恵まれてますよ。

 特に不自由することもなく育ててもらいましたから」

 

そうか、実の親がいない、という点では同じなのか、俺たちは。

彼女が俺に憧れを抱いたというのも、もしかしたら、それも加味されているのかも。

俺もなんか急に親近感が湧いてきたぞ。

 

暗い話を笑顔で話してのけ、こっちの失礼を笑って許してくれるその姿、

なんて愛い奴じゃ。これは、かわいがってあげなきゃいかん。

 

「選抜レース頑張ってね」

 

「はい。リアン先輩も出られるんですよね?

 お互い頑張りましょう」

 

「2000m戦には出てこないでね?」

 

「コテンパンにして差し上げます、と申し上げたいですがご安心を。

 まずはマイルで考えてますので」

 

そのあとも、スターオーちゃんとは色々と話をして、

出会って間もないけど、すごく仲良くなれた気がする。

こんな軽口を言い合えるくらいの仲にはなったよ。

 

お互いの健闘を祈って、握手して別れた。

外は既に暗くなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、年度1回目の選抜レースですよ。

 

俺が出走するのは、2000mの第3組。

組み合わせに恵まれて、特に目立つ子のいない組に入った。

 

しかも大外の枠順だ。

内で包まれたくない俺にとっては、最良と言っていい。

 

不運続きだったけど、少しは運も巡って来たか?

この調子で2年前の悪夢も振り払ってしまいたい。

 

数日前の健康診断で、身長がやっと140センチ台に届いたことが判明した。

タマやデジたんなど、同じくらいの小さいウマ娘は他にもいるから、

俺もようやくにして、彼女たちと戦える最低限のステージに上がれたってことかな?

 

ますます気持ちが昂ってくる。

 

そんな俺の心境を知ってか知らずか、夕べ、

スーちゃんからメールが届いたことを思い出した。

 

『気負わず、自然体で』

 

一言だけだったから、思わず、誤送信なんじゃないかと疑っちゃったよ。

続きがあるんじゃないかとね。

結局、しばらく待ってみてもそれ以外には送られてこずに、

スーちゃんらしいと逆に納得してしまった。

 

……そうだったそうだった。変に気負うと、また変なことが起きるんだよ。

余計なことは考えずに、レースだけに集中、集中!

 

「第3組に出走する子は、集合してくださーい」

 

招集がかかってゲートイン。

いざ出陣だ。

 

 

――ガッシャン

 

 

ゲートが開くのと同時に飛び出した。

よし、上手く出られた。

 

加速していくのと共に、右側、内ラチ側の様子を確かめる。

 

……おろ? 意外とついてくる子がいない?

それとも、みんなスタート失敗しちゃった?

 

まあなんでもいいか。

とにかく包まれたくないから、行けるならこのまま行ってしまおう。

 

単独先頭で1000mを通過。

 

うん、良い感じだ。

上手く単騎で逃げられた場合は、現状では62~3秒くらいで行ければ理想だと思っていた。

まさにそのくらいのペースになっていると思う。

 

最近はもっぱら、レースを想定して、一定のペースで走ることを練習してたからね。

だいたいの感触は身体で覚えたっていうものだ。

 

まだまだ足も軽いし、スタミナも十分残っている。

これはもしかして、行ける? どうなんだ?

 

正直自分のことだけで精一杯で、後ろのことを気にしている余裕なんて全然ない。

だから、後続がどうなっているかなんて、まるでわからなかった。

 

なんにせよ、残り600まではこのまま……

 

600mを通過。

 

……よし、ゴーサインだ!

 

身体を右に傾けて4コーナーに向かって駆け抜けていく。

直線に入った。

 

あとはもう全力で、力の限り走るだけ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

ゴール板を通過して、しばらく走ったところで徐々に速度を落とし、

立ち止まって膝に手をついて、肩で大きく息をする。

 

ど……どうなった……?

 

無我夢中で走ってたんで、600を過ぎてからの記憶が全くない。

なので、勝ったのか負けたのか、

逃げ切れたのか差されたのか、それすらもわからなかった。

 

「えーと、12番ファミーユリアンさん」

 

「は、はい」

 

呼吸が整い始めたところで、係員のお姉さんが走り寄ってきて、声をかけられた。

 

実際の競馬では、レース後は、騎手が騎乗馬を誘導して所定の位置、

着順のところへ馬を着けて、下馬して鞍などを外し、後検量という流れになるんだが、

ウマ娘レースの場合は、係員がやってきて着順を告げられる。

 

今の俺みたいに、レースに集中しすぎたり、

接戦になって自分でも着順がわからないといった場合があるためと思われる。

 

ウマ娘である場合がほとんどなので、引退後の受け皿という面もあるんだろう。

場合によっては、遠くまで走らないといけないときもあるだろうし。

 

さて……何着だと言い渡されるのだろうか。

 

「おめでとう、1着ですよ」

 

「……はい?」

 

「見事な逃げ切り勝利でした。がんばりましたね」

 

「………」

 

勝っ……た? 俺が? 1着?

……マジですか。マジですかーーーーー!!!

 

おなじみ3着~でもなく、着外でもなく、1着ですと!?

………うわお。

 

「さあ、こちらへどうぞ」

 

「は、はい」

 

お姉さんに連れられて戻る間も、信じられない思いでいっぱいだった。

 

まさか……まさかまさかの1着!

しかもさらに驚くことに、5バ身もの差をつけての勝利だと聞かされた。

 

「影をも踏ませぬ逃げ切りとはああいうのを言うんですね」

……って、べた褒めされてしまったよ。

 

マジか。マジかぁ……

いや、うれしくないわけがない。ないんだけど……

 

あまりに衝撃的すぎて、実感が湧いてこなかった。

くそっ、ウマ娘人生での初勝利なのに、勝った瞬間のことを覚えていないなんて……

 

ルドルフに頼んで、あとで絶対映像見せてもらおう。

 

メディアにも焼かせてもらって、永久保存版にするんだ。

学園内の選抜レースと言えど、勝ったというのは非常に名誉なこと。

のちのちの話の種にもなろうものだよ。

 

返す返す、記憶がないのは惜しまれる。

 

招集所へと戻って、レース後の申し合わせをして、結果が確定。

俺の勝利が正式に認定された。

 

 

 第1回選抜レース

 2000m第3組

 1着 ファミーユリアン  2:02.9  着差 5バ身

 通過順位 1 - 1 - 1 - 1

 前半1000m 62.5  3F 35.1 4F 47.8

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たぞ」

 

「……え?」

 

招集所から出て、着替えに行こうとすると、

数人の人だかりがこちらに向かってくる。

 

瞬く間に彼らに囲まれてしまった。

 

「ファミーユリアン君、勝利おめでとう!」

 

「見事な逃げ切りだったね。ちょっと話を聞いてもらえないか?」

 

「私と一緒に、来年のクラシックを目指しましょう。

 あなたなら夢で終わらない、いいえ、終わらせないから!」

 

「……えぇ?」

 

なぁにこれぇ……?

もしかしなくても俺、スカウトされてる?

 

すげえな、ひとつ勝っただけでこんなに声がかかるものなのか。

実力の世界だと言ってしまえばそれまでだが、なんか釈然としない。

喜びよりも、世の中の世知辛さを感じてしまった。

 

ちょうど3年前のあの日、1人寂しく寮に帰った道のりが、昨日のことのように思い出される。

疲労で身体が鉛のようだったし、惨めなんてものじゃなかった。

 

みんなゲンキンなもんだ。

 

こちとら、故障歴2回、それも何よりも大事な両足を折っている、

よわよわモブ娘ですけど、それでもいいのん?

 

「君をスカウトさせてくれ」

 

「いやいや、ぜひともうちのチームに。

 僕は逃げウマ娘の育成には自信があるんだ!」

 

「いいえ、私のチームへお願い!

 うちにはカツラギエースがいるから、彼女と一緒に

 トレーニングできるのがうちの強みよ」

 

「え、ええと……」

 

数人のトレーナーと思しき人たちに囲まれ、戸惑ってしまう。

 

むむ、カツラギがいるのはちょっとだけ興味深いな。

あれだけの逃げウマ娘だ、話を聞いてみたい気はする。

 

それに、なんだかんだ言ったけど、

G1ウマ娘を育てたトレーナーから声がかかるのは、すごくうれしいじゃないか。

 

は、話を聞くだけならいいかな~?

 

「お疲れ様です皆さん」

 

などと思ってしまう中、()()は、遅れてやってきた。

 

「ですけど残念ながら、その子には私が最初に目をつけていました。

 横取りはやめていただけませんか」

 

「ス、スピードシンボリ女史」

 

名家の出身らしく、凛とした完全な『外向け』モードのスーちゃん。

数人の歴戦トレーナーを前にしてなお、その威厳を失わない姿は、

俺でも思わず「か、かっこいい……(トゥンク)」ってしてしまいそうなほどだ。

 

現に、他のトレーナーさんたち、明らかに狼狽してるからな。

 

「さ、最初からって……?」

 

「少なくとも、あなたたちが声をかけるずっと前から、です」

 

「あ、もしかして、合格会見の時に言っていたのって――」

 

「ご想像にお任せします。さて……」

 

女性トレーナーをニッコリ笑顔で黙らせて、その視線が俺へと向く。

そして歩み寄ってきて、右手を差し出してきた。

 

「スカウト、受けていただけるかしら?」

 

「喜んで」

 

俺はがっしりと、その手を両手で取った。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで契約完了よ」

 

あのあと、スーちゃんのトレーナー室へと移動し、

条件を色々と確認して、契約書にサイン。

これでめでたく、スピードシンボリ師と、専属担当契約が成立した。

 

契約といっても、基本は根本的なことばかり。

何か不都合があれば、その都度見直しましょうという曖昧なもの。

 

普通なら許されないだろうが、その点、俺は心配していない。

なんせ『シンボリ』だもの。

 

彼らがそこまでするメリットなんかないし、なにより、

家族だとまで言ってくれた人たちのことを、信頼しないわけにはいかない。

 

「ありがとうございます。

 改めまして、よろしくお願いします、トレーナー」

 

「こちらこそよろしく、リアンちゃん。

 堅苦しいのは嫌いだから、今まで通り『スーちゃん』でお願いね」

 

「わかりました」

 

頭を下げると、笑って言うスーちゃん。

先ほどの有無を言わせぬ鬼の笑顔とは段違い。

 

「でも、ちょっと焦りましたよ。

 なんで最初にスカウトに来てくれなかったんですか」

 

そう、俺のことを買ってくれているのなら、誰よりも早く、

それこそ招集所の前で出待ちしていた、ってなってもおかしくない。

 

おかげで、カツラギのことで、心がちょっと揺らいでしまったじゃないか。

いや、100%俺が悪いんですけど。

 

「ごめんなさいね」

 

俺の冗談めいた軽口にも、スーちゃんは笑っていた。

 

「あなたの走りが想像してた以上で、

 ちょっと感動して動けなかったのよ」

 

「感動って、そこまでですか」

 

動けないほどの感動とは?

 

「考えてもみなさいな。自分の目を付けた子が、

 5バ身もの差をつけて圧勝してくれたのよ。

 そりゃあ勝ってくれたらいいなあとは思っていたけど、

 負けた子をスカウトしにいこうっていうのとは訳が違うわ」

 

「そんなものですか」

 

「そうよ。むしろプレッシャーを感じてしまったわ。

 これほどの才能のある子を、私が潰してしまうわけにはいかないって」

 

「……」

 

そっちのほうが大きかったせいだってこともある?

いや、いやいや、俺にそこまでの才能なんて……

自惚れるのも大概にしないと。反省。

 

「最初にあなたを見たときは、なんてバランスの悪い、

 でたらめな走り方する子だなって驚いたけど」

 

あのときはねぇ……

 

思えば、スーちゃんと出会えたっていうのは、凄まじい幸運だったんだな。

会えてなかったらと思うとゾッとするよ。

きっと今でも、掲示板すら厳しい状態だったに違いない。

 

いや、学園にいることすらできていなかったかも。

 

「本当に、よくここまで成長してくれた……」

 

「……」

 

あさってのほうを見つめて、遠い目になっているスーちゃん。

俺のほうまでしんみりしてしまう。

 

「とはいえ、これが終着点ではないわ。

 より一層鍛えていくから、そのつもりでいなさい」

 

「はい、お願いします!」

 

この日から、本当の意味での、競技人生が始まったんだ。

 

 

 

 

俺との契約が発表されると、周りは予想通り、再び騒がしくなった。

でも、スーちゃんとシンボリ家、それに乙名史さんが徹底的に俺を守ってくれたおかげで、

マスコミの過度の報道合戦に巻き込まれることはなく、普通にトレーニングできた。

 

その点でも、俺はたくさん感謝しなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったな、リアン」

 

少し離れた位置から、リアンが出走したレースを見届けたルドルフは、

誰に向けたものというわけでもなく、声を漏らした。

 

シリウスとの勝負を見たときから、これくらいのことはできるだろうと踏んでいた。

なので特別な驚きほどのものはないが、客観的に確認できたことは大きい。

 

「……ここからだ」

 

そして、一人心地に2度3度と頷く。

 

区別をつけるというのもあまりよい気はしないが、

今この時が、いわば『新生』ファミーユリアンの出発点だ。

いずれこの日が、伝説の幕開けと云われるようになる日がきっと来る。

 

そう、信じて。

 

「さて、仕事に戻らなければ」

 

無理を言って生徒会から抜けてきていた。

授業がない日も、生徒会の仕事はてんこ盛りだ。

今も副会長のピロウイナーたちは忙しくしていることだろう。

 

理想を追うような暇もない状態だが、それを言っても仕方がない。

まさに自分で選んだ道なのだ。

()()()()ように、地道に一つずつこなしていくしかなかろう。

 

「だがその前に……」

 

レースの記録映像を、リアン用にメディアに焼いておくとしようか。

なにせ自分の事故ですら自ら見に行くような親友なのだ。

勝利したレースを見逃すとは、とても思えなかった。

 

「ふふ、喜ぶ顔と驚く顔、どちらが先に出るかな?」

 

その時の様子を想像しながら、ルドルフは生徒会室へと戻っていった。

 

 

 

 




スーちゃん「普通に出遅れたわ(汗)」


満を持してスターオー登場。
アプリにも実装オナシャス!

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第39話 孤児ウマ娘、ついにデビューする

 

 

 

 

「ひとつお願いがあるんですが」

 

スーちゃんと契約し、気分も新たにトレーニングすること数日。

俺は思い切って、ひとつ要求をしてみた。

 

「なにかしら?」

 

「私のデビュー戦に関してです」

 

「デビュー戦? 何か希望があるの?」

 

「はい。構いませんか?」

 

「もちろん構わないわ。その都度相談しましょうって決めたでしょ?」

 

無茶なことを言い出すかもしれないのに、

スーちゃんは笑ってそう言ってくれた。

 

「で、どんなこと?」

 

「できれば、関東圏の開催でお願いしたいな~、と」

 

決して遠征したくないとか、地方が嫌とかじゃないよ。

ちょっと思うところがあってですね。

 

「中山か東京でってこと? 理由を聞いてもいい?」

 

「はい。その、出身の孤児院の人たちが、私が出るレースには

 応援しに来てくれるみたいで、先日、

 契約することを伝えたときにも、必ず行くって言われてしまいまして」

 

「良い人たちじゃない。なるほど、その人たちのためにね?」

 

「ええ。デビューを散々待たせてしまった挙句に、

 遠くまで来てくださいって言うのはすごく心苦しいので」

 

交通費の問題もある。

招待客というわけじゃないから、当然自腹だ。

 

何人で来るつもりなのかはわからないけど、あの人たちのことだから、

総出で来てくれるに違いないんだ。

 

近場でも痛い出費にはなるだろうけど、ならば、

可能な限り近いところにしてあげたい。

 

シンボリ家に泣きついたらいいと思うかもしれないが、

こんなことでまで彼らに頼るわけにはいかんだろ?

院長もきっと恐縮してしまうと思う。

 

「わかったわ。優しい子ね、あなたは」

 

「ありがとうございます」

 

「そうすると……9月の中山か、10月の東京開催が直近か」

 

頷いたスーちゃんは少し考えて、そのように言う。

特に反対することもなく受け入れてもらえた。感謝しかない。

 

「了解よ。そのつもりでトレーニングしましょう」

 

「はい」

 

恩が何重にも重なっちゃって、俺はもうスーちゃんに足を向けて寝られないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、スーちゃんの下でトレーニングに励んだ。

 

夏場はもちろん、シンボリ家で合宿。

他のジュニア級の子が合宿できない中、これは美味しい。

他の子に差をつける、もしくは追いつくビッグチャンス。

 

ここぞとばかりに滅茶苦茶トレーニングした。

 

スーちゃんに課されたメニューも無事に完遂。

最後に行なったタイムアタックでも自己ベストを更新でき、

大きな手応えと自信を持って、学園に戻ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアンちゃん、あなたのデビュー戦、決めたわよ」

 

新学期になって早々に、スーちゃんからそう聞かされた。

さて、中山か東京か、どっちになったのかな?

 

「10月5日、4回東京2日目第5レース、芝2000mよ」

 

「5日……。わかりました」

 

カレンダーを確認しつつ、考える。

希望通りなので、もちろん文句なんてない。

 

「デビューまで残り1ヶ月。総仕上げと行きましょうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

『リアン先輩、わたしのデビュー戦決まりました』

 

奇しくも俺のデビュー戦が決まった同じ日に、

スターオーちゃんからも同様の報告が、夜になって電話で成された。

 

『10月4日のマイルのメイクデビュー戦です!』

 

「10月4日? こりゃ驚いた。私のデビュー戦の前日じゃない」

 

『え、そうなんですか?』

 

「うん。私は5日の第5レースでデビューだよ」

 

『わあ、何か運命的なものを感じますね!』

 

「びっくりだね」

 

本当に驚きだよ。

同じ日に決まったこともそうだし、2日続けてになるとか、

スターオーちゃんの言うとおり、恣意的なものさえ感じてしまう。

 

『じゃあわたしが一足先に、デビュー勝利、もらっちゃいますね』

 

「本当にぃ? 自信たっぷりなのはいいけど、マイル戦で大丈夫?

 選抜レースのときみたいにならなきゃいいね~?」

 

『あ、あれはですね……』

 

俺が茶化し気味にそう言うと、スターオーちゃんは言葉に詰まった。

 

というのもこの子、選抜レースではまさかの2着だったんだ。

早めに抜け出したところを大外から差されての敗戦だったが、

菊花賞を制していることから察するに、距離不足だったのでは、と踏んでいる。

 

史実でも、デビュー戦は負けてたんだっけ?

ウマ娘のゲーム的に言えば、マイル適性は『C』だった、みたいな感じ。

ルドルフでさえ厳しい時があるんだから、そりゃあねぇ。

 

でも負けてなおスカウトされたところからすると、それだけ実力は評価されたんだろう。

後から聞いた話では、やはり“サクラ”と縁のあるトレーナーさんだという。

 

『もうっ、意地悪言わないでください先輩!』

 

「ごめんごめん。6日の月曜日に、2人で祝勝会しようよ」

 

『はい、ぜひやりましょう!』

 

 

 

 

 

 

そのあとも世間話などをして、電話を切った。

 

「サクラスターオーか?」

 

「っ!」

 

切った途端、背後からかけられた声に、ビクッと震えてしまった。

 

慌てて振り返ると、いつの間にか帰宅したのか、

制服姿のルドルフが、こちらに背を向けた状態で椅子に座っている。

 

「あ、か、帰ってたんだ。おかえり」

 

「ああ、ただいま」

 

「……な、なんか機嫌悪い?」

 

「別に、普段通りだが」

 

「そ、そう」

 

口ではそう言うが、絶対にウソだ。

今のルドルフからは、私、不機嫌ですオーラが立ち上っている。

 

「ええと、ああ、電話うるさかったよね? ごめんね」

 

「いや、気にすることはない。私はついさっき帰って来たばかりだ。

 生徒会での仕事を終えて、な」

 

「い、忙しそうだね?」

 

「ああ。ピロウイナー先輩がいるとはいえ、やはりもう少し人手は欲しいな」

 

「そ、そうなんだ」

 

後ろ姿のまま、微動だにしないルドルフ。

 

非常に気まずい。

帰宅に気付かず、出迎えなかったことを怒ってるのか?

それとも、こんな時間まで帰れなかったストレスか?

 

「それより、電話の相手はサクラスターオーだったのか?」

 

「あ、うん、そう。そうだ、聞いて聞いて。

 今日、私のデビュー戦が決まったんだ。10月5日」

 

「ほう、そうか。よかったな」

 

ピクッとルドルフの耳が動いた。

お、少し持ち直してくれた?

 

「それがね、スターオーちゃんも今日決まったんだって。

 で、なんと私の前の日、4日だって言うんだよ。

 これはもう運命だなって話し……て、て……」

 

「………」

 

いったんは緩和した不機嫌オーラが、また噴き出してきた。

それも、先ほどまでとは比べ物にならないくらい強い。

 

まずい……何か地雷を踏んでしまったようだ。

 

「リアン」

 

「は、はい」

 

相変わらずこちらを見ようともせずに、ルドルフは言った。

 

「君の交友が広がるのは結構なことだし、関係も良好なのは良いことだ」

 

「……」

 

「……それだけだ」

 

それも、ぶっきらぼうに、不満げな様子で。

 

こいつ、もしかして……

スターオーちゃんに嫉妬してやがるな?

 

そ、そうかそうか。そういうことか!

くくく、かわいいやつめ♪

 

「何がおかしい」

 

「いやいや、ごめんごめん」

 

すべてを理解した俺が噴き出してしまうと、ルドルフはなおも不満そうに言う。

立ち上がった俺は、彼女にそっと近づいて……

 

「ル~ナちゃんっ♪」

 

「っ……!?」

 

背後から首元に腕を回し、ルドルフへと抱き着いた。

適度?なボディタッチは女子の特権だ。

 

「リ、リア……何を! からかうのはやめてくれ」

 

「からかってるんじゃないよ。

 生徒会長として遅くまで頑張ってる皇帝陛下を、労ってあげてるんだよ」

 

「労い?」

 

「嫌だった?」

 

「……嫌じゃない」

 

俺の腕にルドルフからも手を重ねて、ぎゅっと掴んでくる。

こういうところはわかりやすいやつで助かった。

 

胸があれば「当ててんのよ」って出来るんだけど、

いまだにぺったんこだからなあ。申し訳ない。

 

「本当にお疲れ様、生徒会長」

 

「……ルナと呼んでくれ」

 

「はいはい、注文の多い皇帝陛下ですね」

 

「……ルナだ」

 

「はいはい、ルナちゃんルナちゃん」

 

「ルナ、だけでいい。ちゃんはいらない」

 

「はいはい、わかりました」

 

まるで幼い駄々っ子のよう。

他の生徒には絶対に見せられないな。

 

「全てのウマ娘のために頑張ってるんだもんね。ルナは偉い。ありがとね」

 

「ああ……」

 

ルドルフの身体から力が抜け、弛緩した。

完全にリラックスしている様子が確認できる。

 

トゥインクルシリーズを諦めてまでの、生徒会長だもんな。

せめて今くらいは、心を休めてくれ。

 

俺たちはしばらく、ルドルフがいいと言うまで、こうして抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎて……

 

10月4日、昼すぎ。

 

『リアン先輩! わたし勝ちました!』

 

レースを終えたばかりのスターオーちゃんから、

喜びの電話がかかってきた。

 

「うん、テレビで見てたよ。おめでとう」

 

『ありがとうございますっ!』

 

見事な勝利だった。

二冠馬にとっては、この程度は屁でもなかろうが、

そこはやはり勝利というのは何よりもうれしいもの。

 

たったひとつの勝利を渇望するこの身として、

はしゃぎたくなる気持ちは大いにわかった。

 

『次は先輩の番ですね。祝勝会の準備しておきます!』

 

「うん、ほどほどによろしく」

 

『はいっ!』

 

弾みに弾むスターオーちゃんの声を聴きながら、俺は努めて冷静を装う。

……いよいよ明日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

……眠れないっ!

 

時刻は深夜。

 

明日に備えて早く休もうと、早々に床に就いたのは良かったものの、

眠りに落ちる気配が全くない。むしろ、眼が冴えてしまっている。

 

くそっ、遠足前の小学生かよ。

平然としていたつもりが、やはり緊張、興奮しているらしい。

中身成人男性が聞いて呆れる事態だ。

 

睡眠不足でレースだなんて冗談じゃないぞ。

一睡もできなかったというのだけは勘弁してもらいたい。

1時間でも30分でもいいから、ちょっとでも寝ないと……

 

もう何度目かの寝返りを打つ。

壁側からルドルフのベッド側へと身体が向いた、そのとき

 

「眠れないのか?」

 

「――!!」

 

心臓が止まりそうなくらい驚いた。

目を開けると、目の前に、ベッド脇に膝をついたルドルフの姿がある。

 

「び、びっくりした……」

 

「すまない。何度も寝返りしていたようだから、気になってな。

 眠れないんだな?」

 

「……うん」

 

「そうか」

 

どうやら筒抜けだったようだ。

この分じゃルドルフも寝不足にしてしまうな。

不甲斐ないルームメイトで申し訳ない。

 

「失礼するよ」

 

「え、ちょ……」

 

言うや否や、ルドルフは人のベッドにもぐりこんできて、

横向きで俺のことをぎゅっと抱き締めてきた。

 

あっという間に、ルドルフの良い匂いと温かなぬくもりに包まれる。

 

「こういうときは人肌が1番だ。

 私では力不足かもしれないが、そこは我慢してほしい」

 

「……そんなことない」

 

「そうか。ならよかった」

 

「………」

 

不思議なもので、ものの数分もしないうちに、睡魔が襲ってきた。

ああ、本当に、適度なボディタッチの効果は抜群だぁ……

 

この前とは立場が正反対。

はは、何やってるんだかなあ、俺たちは。

 

「おやすみ、リアン」

 

寝入る直前、そんなやさしげな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフのおかげで、目覚めは快調。

俺のほうが早く起きてしまったのはいつもの通りで、

抱き締められたままだったから、そのまま起こしてあげた。

 

「おはよう、ルナ」

 

「……おはようリアン。よく眠れたか?」

 

「うん、ありがとね」

 

「どういたしまして」

 

普段は少し寝ぼけることもあるルドルフだが、

さすがにこの至近距離で起こされては、すぐに目が覚めたようだった。

恥ずかしそうにして、寝起きだというのに頬を紅潮させていたのが可愛かった。

 

睡眠時間的にはいつもよりも短かったのかもしれないが、

それを補って余りある。

 

待ちに待ったデビュー戦、当日の始まりだ。

 

「おはようございますっ!」

 

支度を整えて寮を出ると、そこには、乙名史さんをはじめとする、

府中ケーブルテレビの撮影クルーの皆さんの姿が。

 

事前に取り決めておいた通り、今日も取材を受ける。

 

「今日も1日密着させていただきます。よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ」

 

お互いに頭を下げて、レース場へ移動。

とはいえ東京レース場なので、すぐ近くだ。

 

「いよいよですね。調子はいかがですか?」

 

「おかげさまで仕上がってます。いい感じですよ」

 

「それはよかったです」

 

乙名史さんと話しながら歩き、レース場へ到着。

関係者専用の入口から中へと入り、控室へと通される。

 

東京の控室はこんな感じか。

京都の控室は前に入ったことがあるが、備品的には変わらない気がするけど、

なんかもうちょっと広かったような……?

 

ああそうか、あれはG1だったし、ルドルフ用だったから、

新馬や条件戦に出る子とは、また違う部屋なのかもしれないな。

 

その後は、室内で軽く運動したり、体操したり、

はたまた早い時間のレースをモニター越しに眺めたりして過ごし、

パドックへと向かう時間になった。

 

「じゃあ、いってきます」

 

「ご武運を、と言うと物騒すぎますかね」

 

「いえ、お気持ちは十分伝わりました。

 ありがとうございます、がんばってきます」

 

「いってらっしゃい!」

 

クルーの皆さんに見送られて、いざ出陣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前10時

東京レース場正門前駅 改札前

 

「さあ、着きましたよ」

 

「院長先生、今日ここで、リアンねーちゃんが走るの?」

 

「そうよ」

 

小学校低学年くらいの女の子の手を引いた、孤児院の院長の姿があった。

彼女たちの後ろにも、数人の子供と、施設の職員たちが続いている。

リアンが想像していた通り、彼らは施設の人員総出で、彼女の応援へとやって来たのだ。

 

「リアンねーちゃん、勝てるかな?」

 

「さあ、勝負は時の運とも云うし、わからないわ。

 でも、全力は出してくれるはずよ。

 だから私たちも、全力で応援しましょうね」

 

「うん!」

 

「いっぱい応援する!」

 

声を張り上げる子供たちに、院長をはじめ、大人たちは目を細める。

 

リアンは率先して年下の子の面倒を見ていたので、

子供たちは彼女によく懐いていた。

なので、こうなることはわかっていたが、予想通り過ぎて笑ってしまうくらいである。

 

「リアンって人、強いの?」

 

「さあな、実際に走ってるところなんて、ほとんど見たことねーし」

 

一方で、リアンが施設を出たあとに孤児院にやってきた子や、

年上の子たちは、懐疑的な見方をしていた。

 

「あんなチビ、通用しねーよ」

 

「こら、そんなこと言うんじゃありません」

 

「へいへい」

 

ひとつ年上のこの男子などは、憎まれ口を叩いたところを、

院長に窘められる始末だった。

 

「失礼、ファミーユリアンの関係者の皆さんとお見受けしました」

 

「え? あ、はい、そうですが」

 

「あああ、あ、あんた、まさかっ!」

 

そんな一団に近づいて、声をかける人物。

院長が応対したところで、例の男子がその正体に気付いた。

 

「シンボ――」

 

「騒ぎになってしまいますから、今はご内密に」

 

「は、はい……」

 

少年の驚いている様子からおわかりだろうが、ルドルフである。

彼の口元に一本指を差し出し、笑顔で黙らせた。

 

実は彼女、リアンには内緒で、関係者がやってくるルートと時間を調べ上げ、

自ら出迎える作戦を企図していたのだ。

 

もちろん変装しているから、その正体に気付いたこの少年、

かなりのウマ娘ファンだと思われる。

ルドルフのニッコリ笑顔に撃沈し、真っ赤になっていた。

 

「ええと、私たちに何か?」

 

「今日は私が、皆さんをご案内します。よろしいですか?」

 

「いえそんな、わざわざお手を煩わせるわけには……

 見たところあなたもウマ娘なんでしょう? お忙しいのでは?」

 

一方の院長は、レースについて詳しくない。

ルドルフのことも知らなかった。

 

「これもトレセン学園生徒会の仕事ですので、ご心配なく」

 

「はあ」

 

大ウソだった。

さすがに完全な私用で生徒会を動かすわけにはいかない。

なので、1人で待っていたのである。

 

「ではこちらへ」

 

「すいません」

 

ルドルフは孤児院の一団を先導して、レース場の正門へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『12番、ファミーユリアン。1番人気です』

 

係員の指示に従って、裏からパドックへと登場する。

上着を脱いで、付け焼刃で練習したポーズを取った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

……って、ちょっと待って?

今1番人気とか聞こえたんだけど?

 

 

『ネット動画などで話題の彼女ですね。

 故障もあって遅れましたが、ようやくのデビュー戦を迎えました』

 

『もちろん私もイチオシのウマ娘!

 動画の再生数はかなりのものですから、1番人気にも納得ですね』

 

 

場内の解説放送が聞こえてくる。

 

え? マジで? なんで1番人気なのぉおおお!!?

こんなモブ娘が1番人気になるなんて、世も末じゃあああ!!!

 

全く想定していなかった事態に、パニックになりかけたところで

 

 

「リアンねーちゃん!」

 

 

「――!」

 

大勢の観客に交じって、聞き覚えのある声が聞こえた。

我に返って声の出所を探すと……いた!

 

「がんばれー!」

 

あれは、孤児院で俺に1番懐いていてくれた子だ。

隣に院長も、他の子も、おお、あの憎まれ口ばっかりだった野郎もいるじゃないか。

やっぱり揃って応援に来てくれたんだな。

 

はは、なんだよ。いつぞやの俺みたいに、正面の最前列に陣取りやがって。

 

 

「リアンちゃーん!」

 

 

続けて、野太い声援が飛んできた。

 

 

「我ら、リアンちゃんファンクラブ一同なりっ!」

 

「ファイトだーリアンちゃーんっ!」

 

 

孤児院のみんなからそう離れていない位置に、これまた見覚えのある人たちの姿が。

 

ん? おお、すげぇ……

今まで気づいてなかったけど、でかでかと横断幕まで掲げられてる。

 

『絆の力でどこまでも! ファミーユリアン』

 

……だってさ。

 

絆の力、か。もちろん俺の名前から取ったんだろうな。

なかなか気の利いたことしてくれるじゃないか。

 

感謝のしるしに、手でも振り返しておくかな?

 

 

『温かい声援が飛んでいますね。ですがパドックで大声はいけません』

 

『係員も飛んでいきましたね』

 

 

場内放送が言っているように、パドックでの大声は禁止行為だ。

すぐさま係員が向かっていって、両者に注意が与えられている。

 

孤児院のほうは子供がしたことだからまだ許せるだろうが、

特にファンクラブの面々がペコペコ頭を下げている様子は、ここからでもよくわかった。

 

まったく、やってくれるぜ。

これくらいでは注意だけで済むと思うけど、出禁にならないように気をつけな。

 

なんにせよ、彼らのおかげで、緊張や気負いといったものからは完全に解放された。

曲がりなりにも緊張はしてたんだけど、全部吹っ飛んだよ。

 

みんなありがとう! いってくるぜ!

 

 

 

 

 

「リアンちゃん」

 

「スーちゃん」

 

本バ場に向かう地下バ道の途中で、スーちゃんに出くわした。

 

「うん、良い顔してる」

 

「はい」

 

「いってらっしゃい」

 

「いってきます!」

 

励ます言葉をかけるわけでもなく、彼女は一言そう言っただけ。

ごちゃごちゃ言われるよりはよほどいい。

さすがスーちゃんは元々こちら側で走っていただけあって、よくわかっている。

 

スーちゃんにもトレーナーとしての初勝利、届けられたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ発走時刻となった。

ファンファーレが鳴り響き、ゲート入りが始まる。

 

俺は大外枠だから、枠入りは1番最後。

待たされている間は、どうしても色々と考えてしまう。

 

トレセン学園の入学から3年半か。長かったな。

2回も骨折してしまって、リハビリ辛かったな。

 

だけどそんな俺でも、ようやくレースの舞台に立てた。

今まで支えてきてくれた人のためにも、無様な姿だけは見せられない。

せめて掲示板、いや、一桁着順かな……

 

はは、我ながら情けない目標だ。

自分の小心ぶりが嫌になるね。

 

さてレースの作戦だが……

 

これはもう出たとこ勝負で行くしかない。

スタートが決まれば、先の選抜レースのように逃げてしまうのが1番の手。

何度も言うようで悪いが、内側で包まれるのだけは避けたいから。

 

東京、芝2000m、大外、メジロマックイーン……うっ、頭が……

 

トリッキーなコースだから、マックイーンの大斜行がどうしても浮かんできてしまうが、

2000mのコースも改修されて、当時よりは大外の不利も小さいはず。

この世界線では改修後の東京コースだよな? そうだよな?

 

それに偶然にも、選抜レースの時と同じ枠番だ。

これを吉兆と捉えずとしてなんとする。

 

このレースも同じように運べばいいだけだ。

あとは相手次第。

 

「12番、入って」

 

「はい」

 

係の人の指示に従い、出走12人の最後にゲートイン。

 

ひとつ大きく息を吐いて……

さあ、来いやあ!

 

 

――ガッシャン

 

 

「っしゃあ!」

 

ゲートが開くのと同時に飛び出した。

いよっし、スタート決まった。

 

このまま単騎逃げを決められればいいけど……誰も来ない?

ツいてるぞ! 理想的だ!

 

このまま……このまま……

 

1000mを通過。

 

いい感じ、いい感じ。

選抜レースよりも若干早いかもしれないけど、大差はない。

余力も十分ある。

 

ひょっとして……いける?

 

4コーナーを回り切る手前、残り600のハロン棒を通過。

 

さあさあ、俺の身体よ、ウマ娘としての肉体よ。

俺の()()に反応しろ。応えて見せろぉおおおお!!!

 

瞬間、自分の中でかちりとスイッチが入った感触。

 

その途端に、観客の歓声はもちろんのこと、

風切り音や自分の足音まで、すべての音が消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東京5レース、態勢完了。……スタートしました。

 12番ファミーユリアン、絶好のスタートを決めてハナを切ります』

 

『先頭はファミーユリアン。3バ身ほど離れて2番手は――』

 

 

「すごいすごい! リアンねーちゃん先頭だよ!」

 

「まだ途中だから」

 

ルドルフの計らいで、ゴール板前の最前列という絶好の位置に陣取った、

孤児院一行とファンクラブ一同。

 

ターフビジョンに映し出される映像に子供たちは大はしゃぎするが、

大人たちは気が気ではなかった。

 

願わくばこのまま先頭でゴールを。全員がそう祈る。

院長などは、胸の前で手を組んで祈りを捧げている。

 

 

『1000mをいま通過。61秒半ばから後半です』

 

『このクラスとしてはやや早めのペースでしょうか。

 ですがそれほど影響はないと思われます』

 

『ファミーユリアン、大欅を通過。リードを保って4コーナーへ向かいます』

 

 

「すごいすごい!」

 

「リアンねーちゃん! がんばれー!」

 

「このまま、このまま……」

 

 

『さあ直線に入った。ファミーユリアン依然先頭。

 リードはやや広がって4バ身から5バ身』

 

『っ、この走り方は……!? 異常なほどの前傾姿勢!

 これで大丈夫なのか!? 後続は追ってこられるか!』

 

『400を通過。ファミーユリアン突き離す! 差が広がる!

 離れていく一方だ。これはもう決まりか!?』

 

『後続は大きく離れた! これはもう完全なセーフティリード!

 しかしファミーユリアンさらに伸びる!? 恐ろしい末脚!

 逃げウマ娘の脚か、これが!?』

 

『ファミーユリアン、大楽勝の逃げ切りでゴールイン!

 2着は……5番ギガフォーム、今ようやく入線です。

 これはどれだけ差がつきましたでしょうか。

 目視では、とてもじゃありませんがお伝え出来ません』

 

 

「やったー!」

 

「リアンねーちゃんが勝った~!」

 

「リアンちゃん……!」

 

実況が伝えたとおり、レースはリアンの大圧勝で終わった。

孤児院の面々は、彼女の勝利を純粋に喜んだが、関係者たちはにわかに色めき立つ。

 

それは、掲示板に表示された、赤いレコードという文字と、

着差欄に示された、『大差』の意味についてである。

 

 

『勝ちタイムは……い、1分59秒4!? これは……故障ではありませんよね?

 ……失礼しました。1分59秒4、1分59秒4のレコードタイムでの決着となりました。

 上がり3ハロンは33秒8、4ハロンは45秒8です』

 

『ジュニアクラス、2000mで2分を切ったのは彼女が最初です。

 恐ろしい数字が出ました。なんという時計でしょうか』

 

『2着とはどれくらい離れましたかね……3秒くらいはあるんじゃないでしょうか……』

 

『もしかすると、それ以上かもしれません。

 いやはや、とにかく恐ろしいレースを見ました』

 

 

プロである実況アナウンサーをも、一瞬機械の故障を疑い、

言葉を失ってしまうほどだったレース。

 

のちほどURAが発表した詳細なデータを見て、

彼らはさらなる衝撃に見舞われることになる。

 

 

 

 

東京 第5R メイクデビュー 芝2000m 良

 1着 12 ファミーユリアン 1:59.4 ジュニア日本レコード




参考レース
21年4回東京2日第5R 芝2000m メイクデビュー
テラフォーミング 牡2 55.0 鮫島 2:04.4
13.2 - 12.8 - 12.8 - 12.6 - 12.8 - 12.7 - 13.2 - 11.6 - 11.0 - 11.7
4F 47.5 - 3F 34.3

現2歳レコード
1:58.5 ウィズグレイス 2021年11月28日 東京(晴・良)

タイム的には間違っていないと思いますが(2019年11月サトノフラッグ1分59秒5)、
最初に2分を切ったのがいつの誰なのか、追いきれませんでした。
なので、もしかすると87年以前に2歳で2分を切った馬がいるかもしれません。
時代的に可能性は低いでしょうけど……
ご存じの方がいらっしゃれば教えてください。


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第40話 孤児ウマ娘、早くも試練が訪れる

 

 

 

 

……あ、あれ?

 

気付いたらゴールはとっくに過ぎており、それどころか、

1コーナーをはるかに通り越し、2コーナー近くにまで来てしまった。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

ようやく立ち止まって、呼吸を整える。

 

これ500mくらい余計に走ってないか?

しかも、またゴールした瞬間のこと覚えてないし……

 

勝ったのか負けたのか、皆目見当がつかない。

とりあえずスタンド前まで戻るか……

 

ぼちぼち呼吸が落ち着き始めたところで、ゆっくりと走り出した。

スタンドが近づくにつれて、観客の声が大きくなってくる。

 

なんかG1でもないのに、やけに歓声でかくない?

新馬戦でここまで声が上がるもの?

それに、なんか直接俺に向かって声かけてない?

手を振ってくれてる人もいるし……

 

人が多いのは、このあと午後のメインでは注目の毎日王冠があるからわかるんだが、

俺が注目されているというのがわからない。

 

どういうこと?

あ、先頭で逃げたから、テレビ馬的なお疲れさんという意味か?

 

「リアンちゃーんっ!」

 

「……あ」

 

ゴール板の前まで来たところで、他の歓声に交じって、聞き覚えのある声に気付いた。

そちらに視線を向けると、客席最前列に、ファンクラブと孤児院の面々が陣取っている。

 

ちゃっかり特等席を確保してやんの。

彼らが満足してくれるレースができていればいいんだが……

 

「リアンねーちゃん、すごかったよ~!」

 

「強かった~!」

 

「かっこよかった!」

 

「さんざん弱気なこと言って、実は内心結構自信があったんじゃないの~?

 いやーおじさんたちすっかり騙されちゃったよ~。

 とにかくおめでとうリアンちゃん! みんな喜んでるよ!」

 

「……え?」

 

外ラチ一杯にまで駆け寄っていくと、子供たちをはじめとして、

ファンクラブの人たちからもお祝いの言葉がもたらされた。

 

訳が分からずに首を傾げてしまう。

 

「まさかリアンちゃん気付いてない? 掲示板見て、掲示板っ!」

 

そんな俺の様子を不審に思ったおっちゃんから、こんな指示が飛んだ。

何が何やらわからないが、言われるままに振り返り、掲示板に視線を送る。

 

すると……

 

1着欄に表示されているのは、12という数字。

着差は大差。タイムは1分59秒4。そして赤く浮かぶレコードの文字。

 

12番……俺? 俺だよな?

思わず自分の胸に視線を送り、ゼッケンの番号を確認してしまった。

 

確かに12番だ。と、いうことは……?

 

「……私、勝った?」

 

「そうだよ! リアンちゃんが勝ったんだよ!」

 

「………」

 

「リアンちゃん?」

 

「っ……」

 

そのあとはもう、言葉にはならなかった。

 

勝ったという衝撃と驚きがすごすぎて、

先ほどとはまた違う意味で、記憶に残っていない。

 

聞いた話では、係員の人が着順を伝えに来るまで、掲示板を見つめたまま

立ち尽くして、声も上げずにはらはらと涙を流していたんだって。

 

そして、引き上げた先の地下バ道で出迎えてくれたスーちゃんに抱き着いて、

今度こそ泣き崩れてしまったそうだ。

 

……これは黒歴史確定だな。

 

取材が入っていたこともあって、泣き姿が全国に流れることになるわけで。

URAの人たちにも謝らなきゃいけない。

なかなか泣き止まずに、口どり式とウイニングライブの時間遅らせてしまったから。

 

特に怒られはしなかったし、むしろ温かい視線ばっかりだったけど、

穴があったら入ってしまいたいとは、まさにああいう状況のことを言うんだろうね。

 

あ、ウイニングライブは無難にやらせていただきました。

歌も踊りも平均以下の俺に、それを期待してはいけない。

 

で、ライブ後に

 

「リアンちゃん、おめでとう」

 

「おめでとーリアンねーちゃん!」

 

「院長……みんな……」

 

控室に、孤児院のみんなが来てくれた。

子供たちが抱き着いてくる。

それを受け止めながら、ここでまた涙腺崩壊、大号泣してしまった。

 

「仕方のない子ね。勝ったのに泣いたらダメじゃない」

 

そう言う院長の目にも、大粒の光るものが見えますが?

 

しまいには院長も、子供たちごと抱き締めてきて、

みんなでわんわん泣いてしまった。

 

ああ、本当に……

諦めないでよかったなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌、月曜日の放課後。

 

「スターオーちゃん」

 

「リアン先輩」

 

「「デビュー勝利おめでと~!」」

 

約束通り、俺たちはカフェテリアに集まって、

ニンジンジュースで乾杯である。

 

今日明日はレース直後ということで、休養日にしてくれたんで、

思う存分騒ぐことができるというものだ。

 

まさかこうして勝利を、それも後輩と2人で祝うことのできる日が来るなんて、

いったい誰が想像できただろうか。

スターオーちゃんはともかく、少なくとも俺自身は全く思っていなかった。

 

「いや~、お互い勝ててよかったねぇ」

 

「それは普通の勝利だった私への当てつけですか?」

 

ところが俺がそう言うと、スターオーちゃんは頬を膨らませる。

 

「なんですか、逃げて大差勝ちって何ですか。

 しかも、ジュニアレコードって何ですか」

 

「いやー、ははは。私もあそこまでの勝ち方ができるなんて微塵も……」

 

「全っ然説得力ないです!」

 

なおも不満そうに頬を膨らませるスターオーちゃん。

 

本当の本当だから許して。

勝てるかどうかも怪しい、掲示板すら厳しいかもってすら思ってたんだから。

 

「でもやっぱりリアン先輩はすごかったんですね。

 悔しいですけど、今のわたしじゃあんな走りはできません」

 

「自分が1番驚いてる」

 

万が一に勝ってしまうとしても、レコードまで出しちゃうとはね。

これでしばらくは、URAの記録に俺の名前が残るわけだ。

……なんだか猛烈に恥ずかしい。

 

「先輩、泣いてましたね」

 

「忘れてくれると嬉しいな」

 

「あんなの忘れられません。美しい涙、美しい光景でした」

 

「……ですかぁ」

 

仕返しとばかりに、意地が悪い微笑みを浮かべるスターオーちゃん。

 

あれほどの醜態は、もう二度と起こさないぞ、うん。

出来ることなら昨日に舞い戻って、やり直したいくらいなんだから。

 

それと、取材してた乙名史さんのほうも大変だったようだ。

俺の涙を見てもらい泣きしちゃって、その後は仕事にならなかったとかなんとか。

 

寮にまで戻ってきて、解散するときにまだぐずってたからなあ。

彼女のことも含めて、密着動画がどういう出来になるのか、かなり不安だ。

 

「スターオーちゃん次走は?」

 

「昨日の今日ですから、まだ決まってません」

 

「私も」

 

次走を聞いてみたが、まだ未定とのこと。

 

史実でどうだったか覚えてないが、もしかすると、

条件戦を挟んだり直行で朝日杯という可能性もあるかな?

もしくは暮れのホープフルか。

 

約束されたのちのクラシック二冠ウマ娘様は、どういう選択をしますかね。

 

俺のほうはどうなるかな?

スーちゃんと相談だな。

 

「楽しくやっているところを悪いが、邪魔させてもらうよ。

 すぐいなくなるから許してくれ」

 

「ルドルフ?」

 

「あっ、せ、生徒会長!」

 

「そのままでいいよ」

 

と、ここで予期せぬ乱入者が。なんとルドルフがフラッとやってきて、

驚いたスターオーちゃんが立ち上がりかけるが、それを笑顔で制した。

 

「2人とも、デビュー戦勝利おめでとう。

 リアンとその友人には、ぜひとも直接お祝いをしなければと思い、

 声をかけさせてもらった」

 

「いやいや、恐縮ですな」

 

「ありがとうございます会長」

 

周りも、突然のルドルフ登場に少しざわついている。

すでにそれほどの『絶対君主』、『生徒会長』としての威厳が出ているんだな。

 

「そういえば院長から聞いたけど、わざわざ駅で出迎えて、

 レース場を案内してくれたんだって? ありがとね」

 

「たいしたことはしてないさ」

 

これも後から知ったことだけど、夜になってかかってきた院長からの電話で、

『ルドルフさんという方にお礼しておいて』って言われて、はあっ?ってなった。

 

ルドルフって、シンボリルドルフ? 特徴を聞いたらまさに彼女で、

何があったのと聞いてみたところ、なんと一同を駅で出迎えてくれた上に、

場内を案内までしてくれたっていうじゃないか。

 

パドックや客席の最前列に陣取れていたのは、そういう理由があったのかと納得したよ。

そりゃ皇帝陛下のご威光の前には、誰も逆らえないよねぇ。

 

タイミング的なものとかその他諸々とかあって、今の今までお礼を言えていなかった。

ちょうどいい機会になってくれたな。

 

「2人に、私からのささやかなお祝いを贈ろう。受け取ってくれ」

 

「お待たせしました」

 

ルドルフがそう言ったところ、カフェテリアの職員さんが

待ってましたと現れて、テーブルに何品かの豪華なデザートを並べていった。

 

「ルドルフ、これは?」

 

「わあ美味しそうです」

 

「パティシエさんに無理を言ってお願いしておいた特注の品だ。

 疲労には糖分が1番だ。

 私にできることはこれくらいしかないのでな、ぜひ味わってくれ」

 

「ありがと、いただくよ」

 

「会長、本当にありがとうございます」

 

「では私はこれで。邪魔したな」

 

俺たちの感謝の声にルドルフは頷いて、颯爽と去っていった。

 

くそぉ、やることがいちいちかっこいいなあいつ。

さすがは皇帝陛下だ。そこに痺れる憧れる!

 

「ビックリしました。まさか会長が来てお祝いしてくれるなんて」

 

「私も驚いたよ」

 

忙しいだろうになあ。

わざわざ時間を割いて会いに来て、しかも特注品を用意してもらえるとは、

感無量だよ。良い親友を持ったね、うん。

 

「先輩は会長とルームメイトなんですよね?

 普段の会長ってどういう人なんですか?」

 

「気になる?」

 

「はい、とっても!」

 

目を輝かせて聞いてくるスターオーちゃん。

 

やっぱりみんなの憧れなんだなあ。でも残念でした。

プライベートのあいつ、ルナちゃんは俺だけのもので~す(独占欲)。

 

「どうしよっかなあ?」

 

「え~、意地悪しないで教えてくださいよぉ」

 

 

そのあとも、俺はスターオーちゃんと楽しい時間を過ごした。

 

 

 

しかし、好事魔多し、とはよく言ったものだ。

 

数日後にスターオーちゃんは故障が判明(骨膜炎だそうだ)し、

休養を余儀なくされてしまう。

トレーニングに復帰できたのは、年末も年末だった。

 

 

 

 

 

ちなみに、ルドルフをはじめとするシンボリ家の反応だけど、

当日ルドルフは、帰宅した俺を歓喜の力強いハグでお出迎え。

褒め殺しかというほどのべた褒めの嵐で、こちらが戸惑ってしまうほどだったよ。

 

「期待通りの走りだった。次も期待しているよ」

 

……だってさ。

 

だからよぉ皇帝陛下。

そういう無言の圧と変わらないプレッシャー与えてくるの、

やめてくださいって言ってるのがわからんか!

 

お父様からもお祝いの電話がかかってきて、

うちからも何か贈ろうとか、盛大にパーティーしようとか言い出して困ってしまった。

 

そういうのは、せめてオープンに上がってからにしましょうとかって、

適当に理由をつけて丁重にお断りしました。

 

気持ちはうれしいけど、さすがに大げさすぎるよ……

所用があったらしくて生観戦はできなかったみたいだけど、

もしそうなったらどうなってしまうことやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日。

 

「さて、リアンちゃん」

 

短い休養が明け、トレーナー室に顔を出した俺を、

満面笑みという状態のスーちゃんが出迎えてくれた。

 

「改めて、新戦勝利おめでとう。身体に異常はない?」

 

「はい、翌日はさすがにちょっと疲れがありましたけど、もう大丈夫です」

 

「そう、よかったわ。何かあったらすぐに言ってね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

ルドルフと同様に、スーちゃんは事あるごとに

俺の身体の状態を確認してくる。

 

シンボリ家の人たちはみんなそうだ。

前科のことを永遠に許してもらえないのは変わらない。

いや、心配してもらえるのはありがたいけどね。

 

「スーちゃんも、トレーナーとしての初勝利、おめでとうございます」

 

「ありがとう。まあ私のことなんておまけよ」

 

そう言って苦笑するスーちゃん。

 

口どり式では、俺たちと並んで初勝利のお祝いをしてもらっていた。

そのときのはにかんだ笑顔が印象に残っている。

 

名門の娘だろうと、かつての名ウマ娘だろうと、

うれしいものはうれしいよな。当然のことだ。

 

「今日は、そのデビュー戦の反省会というか、振り返りをしましょう」

 

「わかりました」

 

「といっても、特に悪い点なんかなかったんだけどね。

 ぶっちぎりのレコード勝ちを収めてくれたんだから」

 

そう手放しで褒められると、改めて照れるなあ。

 

本当に俺なんかがやったとは思えない、ド派手なパフォーマンス過ぎた。

ジュニアレコードなんて、本当の本当に驚きだったよ。

 

「そこで、これよ」

 

そう言って、スーちゃんから1枚の紙を渡された。

なにやら、いくつかの数字が記載されているが……

 

「これは?」

 

「1番上が、今回あなたが記録したハロンタイムよ」

 

なるほど、記録面を見てみようというわけか。

どれどれ?

 

 

 4回東京2日 第5R メイクデビュー 芝2000m

 

 12.8 - 12.1 - 12.1 - 12.2 - 12.4 - 12.0 - 12.0 - 11.6 - 11.2 - 11.0  1:59.4

 1000m 61.6 4F 45.8 - 3F 33.8

 通過順位 1 - 1 - 1  2着との着差 3.5秒

 

 

「……ぬぅ」

 

当然、細かい数字の意味などは分からないから、謎な声が出てしまう。

それでもまず目についたのは、2着との3.5秒差かな。

 

うん、3.5秒ってやばくね?

自分で言うのもなんだが、これがものすごいというのだけはわかった。

タイムオーバー出ちゃったかな? だとしたら申し訳ない。

 

「どう?」

 

「と、言われましても」

 

「じゃあ、参考にと持ってきた、その下のデータも見てちょうだい」

 

「下……」

 

 

 第44回皐月賞

 

 12.5 - 11.2 - 11.3 - 11.7 - 12.0 - 12.5 - 12.4 - 11.6 - 11.8 - 12.4   1:59.4

 1000m 58.7 4F 48.2 - 3F 35.8

 通過順位 1 - 1 - 1 - 1  2着との着差 1.9秒

 

 

「皐月賞? 44回ってことは……」

 

「そう、ルドルフが勝った時のものよ」

 

やっぱりそうか。

ふむぅ、ルドルフが残した記録、それもあの大逃げの時のか。

 

「偶然だろうけど、まったく同じタイムよね」

 

「本当だ」

 

すげぇ、こんなことあるのか。

共に1分59秒4、言われてみればその通り。

 

「でも内容は全くの別物よ。わかる?」

 

「ええと……?」

 

別物、それも全くの?

わからん、どういうことですか?

 

「レース場やバ場状態の違いということ以外でですか?」

 

「もちろん」

 

「うーん……」

 

中山と東京というレース場の違い。

開催最終週と開幕週というバ場の違い。

これ以外に何かあるのか?

 

「わかりません」

 

「じゃあ第1ヒント。前半のペースを比べてみなさい」

 

正直に言うと、ヒントをくれた。

前半のペース?

 

俺が61秒6、ルドルフが58秒7。

 

「なるほど、全然違いますね。3秒も違う」

 

「そう。あなたのがクラスとしてはやや早めの平均ペースだったのに対して、

 ルドルフのはG1でも明らかなハイペースでしょ。

 同じ逃げという展開でも、内容は別物よ」

 

そりゃあれだけ大逃げしたら、ハイペースにもなるよな。

実際、実況はかなり驚いていたわけだし。

 

「第2ヒント。上がりのタイムはどうかしら?」

 

「上がり……?」

 

2つ目のヒントを得て、上がりタイムに着目してみる。

 

俺、4F 45.8 - 3F 33.8。

ルドルフ、4F 48.2 - 3F 35.8

 

「……おおう」

 

「違うでしょ?」

 

「はい。こっちも2秒以上の差があります」

 

なんということでしょう。

上がりのタイムだけで見ると、俺は2秒以上もルドルフより早く走ったのか。

 

ルドルフのは最後に急坂のある中山だけに単純比較はできないが、

これは自信になる数字だなあ。

 

「何を言いたいのかというと、あなたの場合は、極端に言えば

 前半ゆっくりで最後上げる。ルドルフの場合は、前半飛ばして粘れるだけ粘る。

 つまりは、まったく逆のレース展開を見せたというわけね」

 

「は~……」

 

スーちゃんさすがのご慧眼、さすがのレース分析。

こんなの、競馬にわかには言われなきゃ気付けないよ。

 

「だからこそ、あなたの特異性が目立つわけよ」

 

「特異性?」

 

またわからないことを言い出したぞ?

今度は何だ?

 

「ルドルフのラップを見てごらんなさい。

 無理に大逃げしたから仕方のない面もあるんだけど、

 数字が一定していないでしょ」

 

「確かに」

 

「対するあなたは、ほぼ正確にラップを刻んでいるわ。

 練習の成果が出ているとも言えるわね」

 

指定されたタイム通りに走るという練習しましたね。

そのおかげか、前半のペースもほぼ想定通りだった。

 

「加えて、大逃げのルドルフでさえ、途中でペースを落として息を入れているのに、

 リアンちゃんはそれすらしていない淀みのないペースを作ったのよ。

 一応、5ハロン目にほんの僅かとはいえ、息を入れたと言えなくもない数字だけど」

 

「はあ」

 

「そして最大の特徴は、上がりで最後まで加速し続けているってことよ。

 こんなことされたら、後続はもうお手上げだわ。

 もっとも、逃げウマに33秒台の末脚で上がられてしまったら、

 もうその時点で打つ手なんかないんだけど」

 

「そうですね……」

 

確かに俺の上がり、最後のひとハロンが全体でも1番早いタイムだ。

対するルドルフは逆に、ゴールに近づくほど落ちている。

 

「逃げて、『差す』。そう、まさにそんな感じ。逃げウマ娘の理想だわ」

 

「逃げて、差す……」

 

サイレンススズカもそんなこと言われてたっけな。

サラブレッドの理想形だというのも、聞いたことがある。

 

「直線でのあの走り方、あれはあなたが考えたの?」

 

「はい。スーちゃんに不自然だって言われたので、

 私に見合った走り方があるんじゃないかとずっと考えてて、

 半ば本気のルドルフに追いついたこともあるんです」

 

「なるほど、そういうことか。逆に不自然なほどの前傾姿勢だったから、

 なんだったのかと思っていたのよ。

 そう言われてみれば、選抜レースの時にもあんな感じだったかしら?」

 

「黙っていてすいません。まだ未完成というか、

 練習は続けているんですが、まだ1回も、

 完全に出し切れたという感覚がないものでして……」

 

「謝ることはないわ。むしろ秘密を話してくれてお礼を言いたいくらいよ。

 でも、そうか。あなた本来の走り方……あれが、ね」

 

「……」

 

視線を俯き加減にして、何かを考えるスーちゃん。

本当、アレが安定して発揮できれば、こんなに苦労しないと思うんだ。

 

スーちゃんの言いようからするに、選抜レースの時も出せてはいたのかな?

 

「あの、スーちゃんから見て、あの走り方はどうですか?」

 

「ん? 速く走れるのなら、それに越したことはないと思うけれど、

 身体への負担はどうなの? あれを使うとしんどいということはないの?」

 

「いえ、これといっては……

 ああ、強いて挙げるとすれば、選抜レースの時も今回も、

 ゴール前後の記憶が残っていないってことですかね」

 

「ん~、レースに集中しすぎて、他のことに頭が回らない、ってことかしらね?

 まあ実害がないのなら、今後も使っていけばいいんじゃない?」

 

「わかりました」

 

スーちゃんのお墨付きは得た。

身体に負担のかからない範囲で、今後も完成度を高めていこう。

 

「ただし、ちょっとでも違和感や何やらを覚えたら、すぐに言うのよ?」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

俺としても、故障はもうこりごりなのでね。

もしそうなったら、直ちに報告しますよ。

 

「じゃあここからは、次走の話」

 

話は変わって、次走のことになるようだ。

 

「リアンちゃんの現状を考えると、今はまだ間隔を詰めて、

 レースを走る時期じゃないと思うの。どうかしら?」

 

「はい、同意します」

 

デビューできたとはいえ、本格化はまだまだ先だろうし。

故障歴があるし、短期間でレースを重ねるというのは避けたくなろう。

自分でもそう思う。

 

「とりあえず考えているのは、同じ芝2000の葉牡丹賞ね」

 

「葉牡丹賞……12月中山開催ですね」

 

「そう、中山最終開催の開幕週」

 

約2か月後か。

レース間隔の相場というのがよくわからんが、そんなものなのかな?

 

「そこを使って、勝てたらまた考えましょう。

 ホープフルという選択肢も出てくるわけだしね」

 

「ホープフルステークス……G1……」

 

この俺が、G1に?

……やべぇ、考えただけで身体が震える。

 

ま、まあ可能性の話だし、葉牡丹賞を勝てたらのことだしな?

そうそうまぐれは続かないっしょ。

 

「なら、葉牡丹賞に登録しておくわね」

 

「お願いします」

 

「勝負服のことも考えておかないといけないわね。

 何か希望はある?」

 

「いえ全然。考えたことすらありませんよ」

 

「あれは特別製だし、発注してすぐにできるってものでもないから、

 けっこう前から用意しておかないと間に合わなくなるわよ。

 葉牡丹賞の後から作るとなると、間違いなく間に合わないわ」

 

「はあ……」

 

そう言われましても。

 

ひとつ勝てるかどうかって悩んでいた身で、

G1に出たらどうするかなんてこと、考えるわけがありませんって。

出られるか自体もまだわからないんだし。

 

「最悪、私のお古でも使う? あなたがそれでいいのなら、だけど」

 

「スーちゃんの勝負服ですか?」

 

「大丈夫、思い出の品だし大事なものだから、

 しっかり手入れしつつ残してあるわ」

 

「あ、じゃあそれでいいです」

 

「本当変わってるわねぇリアンちゃんは。

 普通のウマ娘なら、あーでもないこーでもないって揉めるものよ?」

 

いや、着られるだけでめっけもの、って思いますので、

よほど変なものでなければそれでいいです。

というか、それほど大切なものを、俺に譲っちゃっていいんですかね?

 

「ちなみにどういうやつですか?」

 

「和服ベースよ。今度持ってきましょうか。

 さすがにそのままというわけにはいかないし、

 採寸して、あなたに合うように仕立て直しましょう」

 

「はい、お願いします」

 

和服ベースというなら、露出が激しいということもなかろう。

というか、水着じゃなければいいですよ。

さすがに真冬に水着は、正気の沙汰じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

木曜日の放課後。

 

「ふおおおっ……!」

 

いま俺は銀行に来ています。

レースの賞金が振り込まれたとURAから通知が来たので、確かめに来ました。

 

で、記帳した通帳に記されている金額を見て、

おおよそ年頃の乙女があげるようなものじゃない声を出してしまっています。

 

だって、すごい金額だよ?

人によっては、年収以上になるお金だよ?

 

それをたった1回勝つだけで得られるんだから、すごい世界だよな。

まあその勝つことがすごく大変なわけだが。

 

「いち学生が持っていい金額じゃないなこれ……」

 

まさに一攫千金。

重賞でも勝つと、もうひとつ桁が上がるんだから、マジで桁の違う話だ。

 

さてこのお金を、孤児院の寄付口座に振り込まねば。

今の口座は、院を出るときに作った俺個人のものなので、

まずはお金を移さなければ話にならない。

 

確か、10万円以上の振り込みって出来ないんだっけ?

ATMで同じ手続きを何回もやるのは面倒だし、

他のお客さんの邪魔になっちゃうから、窓口に行くか。

 

「あの、すいません。口座からちょっと高額の振込をしたいのですが」

 

「かしこまりました。こちらの用紙に必要事項をご記入のうえ、

 そちらの番号札を取ってお待ちください」

 

「はい」

 

そんなわけで、さすがに金額が金額だったから、

理由の提示や身分証を求められたりしたけど、振込自体はできた。

 

なんかひとつ、肩の荷が下りた感じがする。

これで恩のひとつくらいは返せたかな?

 

俺は心が幾分か軽くなったのを感じながら、銀行を後にした。

 

 

 

数日後。

 

『もしもし、リアンちゃん?』

 

「はい、リアンです」

 

院長から電話がかかってきた。

なんだか少し慌てている声色だが、どうしたんだろうか?

 

『うちの寄付用の銀行口座に、すごい金額の振り込みがあって、

 振込人の名前を見たらリアンちゃんだったんだけど、これ本当にリアンちゃん?』

 

「あ、はい、私です」

 

『やっぱり……』

 

俺が肯定すると、院長は呆れたような声を上げた。

……あれ? なんか思っていた反応と違う?

 

『リアンちゃん、私、気になったから少し調べてみたんだけど、

 この金額って、この前あなたが勝ったレースの賞金ほぼ全額じゃないの?』

 

「ほぼというか、全額ですね。入った金額そのまま振り込んだんで。

 あ、もちろん、手数料とかは引かれていると思いますが」

 

『……はぁぁ』

 

素直に事実を言っただけなのに、ため息をつかれてしまった。

な、なぜに? ホワイ?

 

『リアンちゃん、どうしてこんなことしたの?』

 

「どうしてって、約束したじゃないですか、賞金寄付するって」

 

『本気だったのね……』

 

呆れた感がますます強くなった院長の声。

まさか、冗談だと思われてた?

 

『あのねリアンちゃん。寄付してくれたことは当然うれしいんだけど、

 無理してまで寄付してくれることはないんだからね?

 あなたにも生活があるだろうし、将来のための貯えが必要でしょう?』

 

「いえあの、無理はしてないです」

 

『本当に? 寄付っていってもせいぜいが数万円くらいだと思っていたから、

 あまりの金額にみんな驚いてしまって……』

 

呆れや驚きを通り越して、院長は泣き出しそうになってしまっている。

冗談だと思われていたのも不本意だが、泣かれてしまうのはもっと不本意だ。

な、なんとかしないと!

 

「い、いえその、今はお金には本当に困ってないですから。

 最初くらいは見栄を張らせてください。

 もっと活躍して、もっともっと稼いで見せますから」

 

『リアンちゃん……ありがとうね』

 

トレセン学園にいれば生活費はタダだし、シンボリ家の後援もあるし。

 

しかし、俺の言葉に息を飲んだことがわかってしまった。

完全に涙声になってしまう院長。

 

慰めるつもりが、逆に裏目ってしまった。どうして?

 

「と、とにかく、寄付ですからね、遠慮しないで使ってくださいよ?

 みんなで美味しいものでも食べて、栄養つけてください」

 

『ありがとう……ありがとうリアンちゃん。ありがとうね……』

 

「院長……」

 

ついには泣き出してしまう院長。

最後には、俺のほうにまで飛び火してくる始末だ。

 

2人してお互いに、電話口で涙し合うという、

訳の分からない構図になる一幕だった。

 

どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中間を順調に過ごし、12月。

中山開催が始まり、俺も2戦目を迎える。

 

ちなみに今回も1番人気。

それも、前走のレコード勝ちが効いているのか、

支持率80%越えの圧倒的人気だそうだ。

 

8割超えてるとかマジかよ……

 

支持してくれるのはうれしいけど、これは正直過剰人気だってばよ。

ふ、震えてくるわ。

いや、これは武者震いだ。そうに違いない……(汗)

 

冷や冷やしつつパドックでのお披露目をこなし、

本バ場に出て、待機所に入った直後、それは起こった。

 

 

ピカッ! ゴロゴロゴロッ……!!

 

 

突如として稲光が走り、雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってきたのだ。

 

パドックの時から雲行きが怪しいとは思っていたが、

ここで雷雨になるとは……それも季節外れの豪雨である。

 

今日は12月としては記録的なくらいに暖かいが、

上空には寒気があるので、午後は大気が不安定とは予報で言ってたけどさあ。

あと1時間、いやもう30分待ってくれればよかったのにぃ。

 

待機所の屋根を打つ雨の音がすごく大きい。

せっかくの開幕週、綺麗な芝が、この雨で悪化するのは避けられない。

 

うへぇ、こんなんじゃ泥んこのぐちゃぐちゃになっちゃうんじゃない?

シリウスのときのダービーみたいにさあ。

 

もちろん経験がないわけじゃないけど、やっぱり汚れるのは嫌なもの。

それに、濡れた芝で滑ることもあるから、余計な気を遣う。

 

「……気にしてもしょうがない、か」

 

みんな同じ条件なわけだしな。

両頬をパンパンと両手で叩き、気合を入れ直す。

 

そうこうしているうちに発走時刻が迫った。

幸い、待っている間に雷雲は瞬く間に通り過ぎていき、雨も上がった。

 

招集がかかり、ゲートの前へと向かう。

 

さあて、鬼が出るか、蛇が出るか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(トレーナー契約を受けて)

 

:リアンちゃんトレーナーと契約できたのか!

 

:めでたい!

 

:それも、専属でスピードシンボリだと!?

 

:まさか、合格会見の時に言ってた、そばで見てあげたい子って……

 

:それな

 

:俺も真っ先にそれ思い出して震えたわ

 

:確定だろこれ

 

:あの頃から目を付けてたってこと?

 

:いや、育ててみたいからトレーナーになったわけで、

 もっと前から知ってたんだろ

 

:かつての名ウマ娘の目に留まったのがリアンちゃんだとはなあ

 

:しかしどうやって知り合ったんだか気になる

 スピードシンボリって、引退してからはトレセン学園と関わりないよね?

 

:ルドルフと仲良いから、それ繋がりか?

 

:可能性としてはアリだけど弱くない?

 

:わからんぞ

 案外、シンボリのお屋敷に遊びに行った時に偶然知り合ったとかかもしれん

 それくらいの仲の良さはあるだろ

 なんせあの皇帝陛下を呼び捨てにできるくらいだからな

 

:呼び捨てってどこソース?

 

:おまえモグリか?

 去年のクリスマスイベント動画見て来いよ

 

:飛び入りで来たルドルフがステージに上がってきて、紹介した後に

 「ルドルフにも参加してもらって」って言ってるね

 

:ごく自然な感じだったから、普段からそう呼んでるんだろう

 

:見たはずなのに忘れてた。㌧クス

 

:でもちょっと会ったくらいでトレーナー目指すほど入れ込んだりするだろうか

 

:つまり、一目で実力があると見られるほどだということだな?

 

:あんた冴えてるな

 

:だとしたら、ますます期待しちゃうじゃん!

 

:そんな短期間で合格できるもんなのか

 

:中央のトレーナー試験は東大並みやぞ

 

:まあ前々から準備はしてたんだろうな

 いつでも受験できる態勢にはあったんだろうよ

 

:で、リアンちゃんが引き金を引いた、と

 

:それほどなのか、リアンちゃんの才能は

 

:公式ブログにリアンちゃんの声明来てる

 

 皆様にご報告です。

 このたび選抜レースにて好成績を収めた結果、

 スピードシンボリ師と専属担当契約を結ぶこととなりました。

 デビューを目指してより一層精進してまいりますので、

 引き続きのご声援をお願いいたします。  〇〇年4月 FamilleLien

 

:相変わらずの丁寧な文章だあ

 

:おめでとうリアンちゃん!

 

:デビュー待ってるよ!

 

 

 

(デビュー戦決定)

 

:公式にデビュー戦報告来てるぞ!

 

 長らくお待たせいたしました。私のデビュー戦ですが、

 10月東京開催の2日目、第5Rの2000mメイクデビューに決まりました。

 体調と調子を整えて、精一杯頑張ります!  〇〇年9月 FamilleLien

 

:ついにか

 

:意外と早かったな

 

:本格化したんか?

 

:近況の写真見るとそんな感じはしないけど、

 本人とトレーナーがゴーサイン出したんならいいんだろ

 

:少なくとも背格好はあんま変わってない

 

:能力がどうか

 

:東京なら応援行くぜ!

 

:俺も!

 

:俺たちの手で、リアンちゃんを1番人気にしようぜ!

 

:ファンクラブも同じこと言ってて草

 

:商店街で明日から当日まで応援キャンペーンするってよ

 なんと全品1割引きだ

 

:www

 

:ホントここの商店街はフットワーク良いな

 

 

 

(デビュー戦、リアルタイム視聴組の反応)

 

:いよいよだな

 

:ああ……長かったな

 

:本人のように言ってて草生えますよ

 

:まあいいじゃないか

 

:んだ、俺たち全員同じ気持ちだよ

 

:わかってはいたけど、こうして混じると本当にちっちゃいなあ

 

:いまだにまともにレースできるのか不安だ

 

:黒ストprpr

 

:変態ペロリストだ、囲め!

 

:黒だから余計にほっそりして見える

 

:子供の応援する声聞こえたぞ

 

:ちょw

 

:おっさんどもwww

 

:ファンクラブ自重しろwww

 

:係員ご苦労様です

 

:大声はあかんが、いっぱい応援来てるんやな

 

:そりゃ動員かかってるだろ

 

:あの人だかりだ、一般ファンも結構行ってるっぽいな

 

:じゃなきゃ1番人気にはならんよ

 

:さあ発走

 

:頼むよ、無事に走り切ってくれ

 

:リアンちゃん絶好のスタート!

 

:スタート上手いな

 

:単騎逃げだ、いいぞ

 

:61秒から2秒、気持ち早いか?

 

:これくらいなら許容範囲だ

 

:4角先頭、さあここからだ。がんばれリアンちゃん!

 

:す、すごい前傾姿勢!?

 

:リアンちゃん伸びる!

 

:逃げてどうしてそんなに伸びるんだ……

 

:すげえ、誰も追いつけない

 

:リアンちゃん歓喜のゴールッ!

 

:やったああああああああああああああああ

 

:うおおおおおおおおおおおおおおお

 

:ああああああああああああああああああああ

 

:おめでとおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

:い、1分59秒4だとぉ!?

 

:上がり33秒8wwwジュニアレコードwww

 

:そりゃ大差にもなりますわ

 

:リアンちゃん、実はすごい強かった?

 

:おいおい、まだ走ってるぞ

 

:ゴールに気付いてないってことないよね?

 

:やっと止まったけど、2コーナーまで行ってるし

 

:アレだけ走って、走り足りなかったのか?

 

:ゴール前のあの人たち関係者かな? 何か話してる?

 

:ファンクラブじゃない?

 

:わあ、リアンちゃん泣いちゃった!

 

:号泣www

 

:マジで気付いてなかったぽいな

 

:教えてもらったのか

 

:ここまでの苦労を思えば、そりゃ泣きたくなるわな

 

:リハビリに耐えてよく頑張った、感動した!

 

:次も応援するぞ!

 

 

 

(レース後、夜)

 

:いやあすごかったな

 

:今後も期待できるな

 

:他の子には悪いが、ウマ娘レースで今年1番の衝撃だったかもしれん

 

:わいも

 

:いきなり2分切ってくるって相当だよな?

 

:ルドルフの皐月賞と同タイムやぞ?

 

:マジじゃん

 

:もうひとつ驚くべき情報を挙げると、

 シービーの秋天勝ったタイムが1分59秒3だ

 わかるな? 俺の言わんとしていることが

 

:うおお……

 

:すでにG1で通用するレベルということか

 

:リアンちゃんはもちろんすごいけど、

 それを見抜いたスピードシンボリもすごくね?

 

:それな

 

:名選手名監督にあらず、の良い反例やな

 

:再度の故障だけが怖い。マジで気を付けてねリアンちゃん

 

:フラグ立てんな

 

:おいおいマジで勘弁しろ

 

:ファンクラブホームページ更新

 ブログにも、トロフィー掲げた写真が来てる

 

:写真だけというのがまた……

 

:良い笑顔だ

 

:リアンちゃんの笑顔は世界を救う

 

:URAからデータ取ってきた

 

 4回東京2日 第5R メイクデビュー芝2000m

 12.8 - 12.1 - 12.1 - 12.2 - 12.4 - 12.0 - 12.0 - 11.6 - 11.2 - 11.0  1:59.4

 1000m 61.6 4F 45.8 - 3F 33.8

 通過順位 1 - 1 - 1

 

:綺麗なラップタイムだこと

 

:ほとんど息も入れずにあの上がり……

 

:最強じゃね?

 

:あのペース、あの上がりで逃げ切れるんなら、

 本当すぐにG1出ても勝てる

 

:いや、次はさすがにマークされるだろうし、こうはいかないぞ

 

:次は楽に逃げさせてはくれないだろうね

 

:そこで真価が問われるわけか

 

:なんにせよ、今宵は祝杯を挙げようぞ。

 続け皆の衆!

 

:すまん、すでにとっておきを開けている

 

:(´・ω・`)

 

:同志がおって草

 

:おう、俺ももう出来上がってるぜ!

 

:遅かったな。ささ、一杯やれよ

 

:ブログ更新来ちゃ

 

 勝ったどぉおおおおお!!!ヽ(゚∀゚)ノ うぇ──────ぃ♪

 

:草www

 

:これは芝3000m

 

:さらに更新

 

 失礼しました。思わずパッションの赴くまま……

 皆様たくさんの応援ありがとうございました。

 おかげさまで勝つことができました。

 しかもジュニアレコードでの大差勝ち、自分でもびっくりしております。

 次もがんばるぞい!  〇〇年10月 FamilleLien

 

:パッションと来たかw

 

:すぐに謝ってるの草w

 

:そこまで硬くならなくてもいいのよw

 

:リアンちゃん面白いな

 

:そうだ、次も頑張ってくれ。

 関東圏ならまた応援に行くからな!

 

:わいも!

 

:関西にも来てくれよ~

 

:この時期で関西遠征はよほどじゃないと

 

:最悪、菊花賞までお預けかもよ

 

:最悪も何も、上手くいっても普通なら最速で菊花賞じゃね?

 もちろん本人がそうしたいってんなら別だけど

 

:生で見られるのは1年後か……

 

:おう、関東こいや

 

:無理(´・ω・`)

 

 




40話到達。
ご愛読ありがとうございます!

色々と書きたいことを詰め込んだら、過去最大の量に。
14000文字って……


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「密着取材第2弾! 実録デビュー戦」

 

 

 

『ウマ娘ファンのみなさんこんにちは。

 今週も府中ケーブルテレビがお送りする、

 週刊ウマ娘放送局のお時間がやってまいりました』

 

毎度おなじみの、番組冒頭でのあいさつ。

女性キャスターがぺこりと頭を下げる。

 

なお、本放送の翌日にはネットチャンネルにもアップされ、

毎回最低でも数十万再生を記録する、超人気コンテンツと化している。

当然、同局の看板番組だ。

 

『さて先週の開催では、秋のG1シリーズの前哨戦として

 注目の毎日王冠と京都大賞典が行われました。結果は――』

 

通常のメニュー通りに番組が進行していく。

そうして番組開始から10分が経過したころ

 

『特集です』

 

ときどき行われる特集企画のコーナーに移る。

今回の特集は、番組としても、非常に力が入っていた。

なにせ……

 

『この番組をご覧の皆様なら、もう既にご存知ですよね?

 はいそうです! 2年近く密着してまいりましたファミーユリアンさんが、

 先日の日曜日、ついにデビュー戦を迎えました』

 

前回取材時の写真が、画面いっぱいに表示される。

はにかんだ笑顔。

 

『もちろん我々はそのデビュー戦にも密着しております。

 結果も皆さまはご存知でしょうが、デビュー戦の裏で何があったのか、

 余すことなくお伝えいたします』

 

数日前に終了し確定しているレースなので、

調べようと思えばいつでも可能だし、なによりキャスターが言ったとおり、

この番組の視聴者ならば改めて言われるまでもないことである。

 

しかし彼らにとって重要なのは、レースの結果よりも、

他の局やネットニュースなどではわからない情報が得られることであった。

 

『それではご覧ください。

 あ、ハンカチやティッシュを用意しておくことをお勧めいたします。

 映像どうぞ……』

 

意味深な表情と発言を残して、映像が特集へと切り替わる。

 

キャスターのこの発言の真意は、この映像を見たものならば、

全員が理解することになるだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月5日、午前8時。

 

「おはようございますっ!」

 

「おはようございます」

 

トレセン学園の寮から出てきた、1人のウマ娘。

ファミーユリアンさんです。

我々取材陣の声にも、気さくに対応してもらえました。

 

今日この後、東京レース場の第5レースにて、

念願のデビュー戦を迎えます。

 

「いよいよですね。調子はいかがですか?」

 

「おかげさまで仕上がってます。いい感じですよ」

 

レース場へと移動しながらも、会話に応じていただけました。

数時間後に決戦を控えるとは思えないくらい、穏やかです。

 

彼女がトレセン学園に入学して3年半。

多くのウマ娘が半年から2年ほどの間にデビューする中、

なぜ彼女はこれほどの時間がかかってしまったのでしょうか。

 

本格化の具合という件もありますが、ファミーユリアンさんの場合、

故障の影響が大きいのです。

 

入学直後、そして一昨年の4月、2度の骨折に見舞われてしまいました。

それも、ウマ娘の命とも言える足を、両方とも。

今もまだ、彼女の左足にはボルトが入ったままです。

 

我々が彼女と出会ったのは、そんな手術をするほどの重傷だった、

2回目の骨折から復帰を目指してリハビリ中という時期でした。

密着特集の第1弾としてお送りしてご好評いただいたので、

まだ記憶に残っているという方もおられることでしょう。

 

つらいリハビリ、イチからやり直しとなったトレーニングにも

耐え抜いた彼女は、今日、デビューします。

 

 

 

 

 

(場面切り替え、東京レース場、控室)

 

控室に入ったファミーユリアンさんは、招集がかかる時間まで、

軽く身体を動かしたり、モニターで他のレースを見ながら過ごします。

 

「おー、この子、強いですね」

 

「あー掛かっちゃった」

 

「惜しい! あと一歩」

 

どこか他人事のように呟きを漏らすファミーユリアンさん。

とてもとても、このあと、今後の人生を賭ける決戦が控えているとは思えません。

 

そして、パドックへと向かう時間が来ました。

 

「じゃあ、いってきます」

 

「ご武運を、と言うと物騒すぎますかね」

 

「いえ、お気持ちは十分伝わりました。

 ありがとうございます、がんばってきます」

 

「いってらっしゃい!」

 

我々の少々芝居がかった激励の声にも、ファミーユリアンさんは

笑顔で答え、部屋から出て行きました。

 

少なくとも私たちにとっては、まさに『出陣!』という感じでした。

 

 

 

 

 

東京レース場第5レース、メイクデビュー芝2000m。

 

いよいよ発走です。

ファミーユリアンさんは1番人気に推されました。

その人気ぶりが窺えます。

 

 

 

(レース映像をノーカットで流す)

 

 

 

まさに待ち望んだ瞬間です!

ファミーユリアンさん、見事に逃げきって勝利しました!

それも、パッと見では着差がわからないほどの圧勝です!

 

……ですが彼女、ゴールした後も走り続けています。

あ、ようやく止まりました。第2コーナーまで行ってしまいました。

 

 

 

(ゴール後の映像を流しつつ、後取材の本人音声が挿入される)

 

――ゴール後もしばらく走り続けていましたが?

 

『ええと、恥ずかしながら、直線向いた後の記憶がまるでなくて……

 気が付いたら第2コーナーまで走っていました』

 

――それほど集中していたということですね?

 

『そうだといいんですが……(苦笑)』

 

 

 

どうやら本人的にも、想定外の出来事だったようです。

 

スタンド前まで戻ってきました。

重賞レースかと思うほどのすごい大歓声です。

あ、ファミーユリアンさん、客席前まで走って行って、

一部の観客の人と何やら話していますね。

 

 

 

――あれは何を話されたんですか?

 

『重ねて恥ずかしいんですけれども、私あの時まで、

 自分が勝ったという現実をまるで認識できていなくて……

 あそこで教えてもらって初めて分かったんです』

 

――彼らはファンクラブの方ですか?

 

『そうですね。あと、出身の孤児院の人たちもいました』

 

――そのときの心境はいかがでしたか?

 

『……いま思い出しても、ちょっと言葉にできません。

 信じられなくて、頭が真っ白になってしまって……』

 

 

 

そのあと掲示板を確認して、泣き出してしまったファミーユリアンさん。

係員が来るまでその場から動けませんでした。

この後付け音声のための取材をした時の、

苦虫を噛み潰したかのような表情が印象的です。

 

 

 

(地下バ道、出迎えるスピードシンボリ)

 

トレーナーであるスピードシンボリさんに迎えられます。

 

「おめでとうリアンちゃん」

 

「っ……!」

 

「あらあら」

 

いまだ完全には泣き止んでいないファミーユリアンさんでしたが、

トレーナーの出迎えを受けて、再び感極まってしまったのでしょう。

抱き着いて今度こそ号泣です。

 

スピードシンボリトレーナーのほうも、担当バということを抜きにして、

まるで本当の孫をあやすかのような対応です。

両者の絆の深さが窺えますね。

 

結局落ち着くのにはしばらく時間を要して、

口どり式とウイニングライブの予定が少し遅れました。

 

彼女のこれまでの苦労を思えば、それくらいの遅延は何のそのでしょう。

事実、URAや周りの人たちの反応は非常に温かいものでした。

 

よかったですね、ファミーユリアンさん。おめでとう!

 

 

 

(ライブ後、控室)

 

ウイニングライブが終わりました。

ファミーユリアンさん、綺麗でしたね。

このときばかりは笑顔が輝いていました。

 

「リアンちゃん、おめでとう」

 

「おめでとーリアンねーちゃん!」

 

「院長……みんな……」

 

応援に来ていた孤児院の皆さんがやってきました。

歓喜の笑みを浮かべた子供たちがファミーユリアンさんに抱き着きます。

すると、ファミーユリアンさんはまたもや大号泣です。

 

このような光景を見て、何も思わない、思えない人間がおりましょうか。

かく言う私も、もらい泣きしてしまいまして……

こうして編集している最中でも涙腺が緩んできます。

 

「仕方のない子ね。勝ったのに泣いたらダメじゃない」

 

そう言いつつ、自らも泣きながら子供たちごと抱き締めたのが、

孤児院の院長先生だそうです。

大変お世話になった方だと仰っていました。

 

非常に美しい光景ですね。これ以上の形容はできません。

 

 

 

以上が、我々が密着したファミーユリアンさんのデビュー戦の一部始終になります。

 

以前より彼女のファンであったという方、

デビュー戦を見てファンになったという方にも、

ご満足いただける内容になったと自負しております。

 

願わくば、ファミーユリアンさんの未来に幸多からんことを。

 

 

 

(ブログにアップされたトロフィーを掲げた写真で映像終わり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……はい。ファミーユリアンさんのデビュー戦特集でした』

 

映像がスタジオへと切り替わる。

 

『いやー、本当によかったですねぇファミーユリアンさん。

 何度見てもうるっと来てしまいます』

 

キャスターの目には、光るものが滲んでいた。

普通に見ても心に刺さるのに、思い入れがあればなおさらだろう。

 

『ジュニアレコードでの大圧勝劇、痺れましたね。

 次走の情報はまだ伝わっていませんが、どこへ出走しようとも、

 大注目の存在であることは変わりません。

 ですよね、解説の○○さん?』

 

『そうですね。ジュニア級の2000mで2分を切ったのは彼女が初めてです。

 あれだけの着差ですし、ポテンシャルは相当のものを秘めていると思います』

 

『これは一躍、来年のクラシック主役候補の登場、なんてことにも?』

 

『ん~、どうでしょう。まだ時期尚早という気もしますが』

 

キャスターの気の早すぎる質問に、

解説者も苦笑を浮かべる。

いくらなんでも、という心情だろうか。

 

『何はともあれ、このまま順調に成長していってほしいですね』

 

『ファミーユリアンさんは故障に泣かされただけに、

 本当にそう願ってやみません』

 

ファン一同たっての願いだろう。

無事に成長して、クラシックに臨んでくれと。

 

『府中ケーブルテレビは、これからも可能な限り、

 ファミーユリアンさんを追い続けます。

 以上、特集のコーナーでした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(デビュー戦密着動画公開後の反応)

 

:府中ケーブルテレビGJ!

 

:控室の中にまで入れてるんか、すげぇ

 

:なあ、これ……泣けるんやが

 

:俺も泣いた

 

:。・゚・(ノД`。)・゚・。うわぁぁん

 

:リアンちゃんがゴール後に掲示板見て泣いてるのを見て泣き、

 引き上げてトレーナーに抱き着いて泣いてるのを見て泣き、

 ウイニングライブ後に孤児院の人たちと抱き合って泣いてるのを見て泣く

 3度泣いた俺に隙は無い

 

:泣いてばっかりで草

 まあ俺もだけど

 

:苦労したよな……報われてよかったな……

 

:もらい泣きしないやつは人間じゃない

 

:相変わらずの良い仕事

 

:きのう今日で編集したのか、すごいな

 

:それもそうだけど、この短い時間でさらに取材して、

 リアンちゃんの生声アテレコしてるのものすごい

 

:応じてるリアンちゃんもすごいな、疲れてるだろうに

 

:他局には真似できんな

 

:以前からの関係の深さがなせる業か

 

:子供たちかわいいな

 

:孤児院の子か

 

:そうか、パドックで聞こえたのはこの子たちの声か

 

:リアンちゃん慕われてんなあ

 

:院の手伝いして、年下の子の世話もしてたっていうから、

 そりゃ慕われるよ。姉みたいなもんだろ

 

:院長もすげぇ良い人そうだ

 

:そうでもなきゃ孤児院なんて……

 

:こんなかわいい子たちの身寄りがないなんてな

 

:なんなら保護者に立候補してもいいのよ?

 

:さすがにそれは

 

:何の関係もないやつがいきなり名乗り出ても難しいだろう

 

:そこまでしなくても少額でもいいから、寄付したればええねん

 わいはもうしたで、ささやかやけどな

 

:少しでもそう思う人が増えてくれれば、

 リアンちゃん的にはリアルレースよりも大勝利じゃね

 

:そういうのも取材受けてる理由だろうしな

 恩返ししたいって公言してるんだし

 

:どこから寄付できるの?

 

:直接じゃないけど、その手の団体とかはいくらでも

 

:詳しくはwebで

 

:ここがweb定期

 

:これで少しは恩返しできたのかな?

 

:充分だと思う

 

:大半が未勝利で引退していくことを考えれば、

 ひとつ勝っただけでも十分すぎるだろ

 

:弱者の励みにもなるな

 2度の大怪我でも諦めずに努力すればってことをまさに見せつけたんだ

 

:はい、ここにも励まされた人間がいますよ

 

:おー、がんばれよ

 

:まずは明日、家から出てみたいと思います

 

:そこからか……

 

:まあ、がんばれ(汗)

 

:はい、明日から本気出します

 

:嫌な予感しかしない……

 

:なんにせよがんばれよ(遠い目)

 

:府中ケーブルテレビは、これからもファミーユリアンさんを追い続けます

 だってさ

 

:密着続けるのか、ええやん

 

:なんなら引退後も囲っちゃえ

 

:前に誰かが言ってた、キャスター就任が現実味を帯びてきたな

 

:ケーブル局になんてもったいない!

 

:全国、いや、ネットチャンネルあるから変わらんか

 

:次走も期待してるよ!

 

:それはリアンちゃんに? 府中CATVに?

 

:無論、両方!

 

 




ドキュメント風の映像が皆さまの脳裏に浮かんでいるとよいのですが


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第41話 孤児ウマ娘、一難去ってまた一難?

 

 

 

『中山第9レース葉牡丹賞は、バ場状態「稍重」にて施行いたします』

 

 

発走時刻寸前で、場内アナウンスがバ場の悪化を告げた。

短時間だったとはいえ、あれほどの豪雨でそうならないわけはない。

 

「院長先生、リアンねーちゃん大丈夫かな?」

 

「さあ……」

 

今日もリアンの応援に来ている孤児院一行。

前回と同様に、ゴール板前でファンクラブの面々と一緒に陣取っている。

 

子供たちの疑問に、レースに詳しくない院長は首を傾げるしかない。

 

「それにしても、念のため、傘を持ってきておいてよかったわね」

 

「うん」

 

「なかったら今ごろ大変だったね~」

 

雷雨予報が出ていたので、一応にと用意しておいて助かった。

 

周りには、傘がなくてずぶ濡れになっている人たちが大勢いる。

もし用意してきていなかったら、当然着替えもないし、帰りの電車に乗れないところだった。

 

「それにしても、あんな大雨の中でも走らなきゃいけないなんて、

 ウマ娘の子たちはみんな大変ね」

 

今さらながらのことを口にする院長。

幸い雨自体こそ止んでくれたが、足元はそうもいかない。

 

(どうか何事もなく、レースが終わりますように)

 

院長はひそかに、心中でそう祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

招集がかかって、ゲートへと向かう。

 

一歩ごとに、ぐちゃ、ぐちゃ、と足元から音がする。

これで稍重ってウソだろ? 絶対『重』以上はあるって。

 

トレーニングでバ場状態不良の芝も走ったことはあるけど、

ここまで酷いのもそうそうなかったよ?

 

はあ、やれやれだ。

 

こりゃレース後、泥んこになってるのは避けられないだろうなあ。

服は専門業者が回収してクリーニングしてくれるからいいんだが、

靴とか蹄鉄とか洗うのすごい面倒なんよ。今から気が滅入ってしまう。

 

せめてその被害を最小限にとどめるためにも、

今日も先頭で逃げるのがよさそうだ。

 

バ場が悪化すれば差しも届きにくいし、前目にいるのが圧倒的に有利。

うん、逃げよう、そうしよう。

 

スーちゃんからは、状況次第で自分で考えてレースしなさいって言われているので、

自由に作戦を決められるのは大変助かっている。

 

葉牡丹賞、14人立て。

 

今日も俺の枠番は12番。

前走同様の逃げ切り勝利といきたいもんだね。

で、『12』を俺のラッキーナンバーにするんだ。

 

それじゃ12番ファミーユリアン、いっきま~す!

 

 

――ガシャンッ

 

 

「よしっ……おあっ!!?」

 

今日も、ゲートが開くのと同時に反応できたのはいいものの、

その一歩目に魔物が潜んでいた。

 

俺はスタートの時、左足を前に、右足を引いて構えるんだが、

前の左足がずるっと大きく滑ってしまった。

 

転倒するというところまで行かなかったが、手痛い出遅れには違いない。

 

「……くっそ!」

 

すぐに体勢を立て直して飛び出したが、

他に出遅れた子はいないらしく、あえなく最後方。

 

前に出なきゃいけないレースで、よりよって1番後ろからとはなあ。

 

だからって諦めるのは早すぎる。

なんせ俺は、2度の骨折からも復帰した――

 

「――ぷわあっ!? 泥っ……っく!」

 

とりあえずバ群の後ろに付けようとしたが、

前の子が跳ね上げた泥やら禿げた芝やらが飛んできて、とてもとても敵わなかった。

 

なんせ目を開けてすらいられないほどなんだからな。

こんなんじゃレースにならん。

 

現実の馬たちは普通に馬群になるけど、よく平気だよな。

中には、『水かきが付いている』なんて云われるほどの道悪巧者すらいる。

 

騎手たちはゴーグル着けてるからまだいいだろうけどさ。

道悪が苦手な馬って、足元だけじゃなくて、こういうのも理由だったりするんだろうか。

 

「畜生ッ……!」

 

自分の失態を大いに嘆きつつ、

俺は1コーナーで大きく外側を回らされることになった。

 

 

 

 

 

 

『葉牡丹賞、スタートし……おっと、ファミーユリアン滑ったか。

 1番人気ファミーユリアン、最後方からになります』

 

『前走では逃げてジュニアレコードを叩き出しましたが、

 これは痛恨の出遅れ。巻き返せるでしょうか』

 

目の前の光景と場内実況に、観客たちからは悲鳴が上がった。

もちろんそれは、孤児院一行とファンクラブ一同も同じ。

 

「ああっ!?」

 

「リアンねーちゃん!」

 

「やっちまったぁ!?」

 

「なんてこと……」

 

「くそぉ、雨のバカヤロー!」

 

にわかに、阿鼻叫喚の図と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

『向こう正面に入って先頭は4番。7番、2番と続きます。ファミーユリアン依然最後方』

 

『3コーナーを回ってバ群が徐々に詰まります』

 

『まもなく4コーナー、多くがバ場の悪化を嫌って外に行った。

 おっと、その中で1人だけ内を突く。ファミーユリアンだ!

 ファミーユリアンなんと、最後方から一瞬で3番手まで上がりました!』

 

早くも歓声が沸く中山レース場。

 

勝負どころの4コーナーで、少しでもバ場の良いところを求め、

ほとんどのウマ娘が外側へと膨らんだのに対して、

ファミーユリアンだけは最内へ突っ込み、

距離を稼いで一気に逃げた2人の真後ろへと着いた。

 

まさにコース取りの妙であった。

 

「リアンちゃん巧いっ!」

 

「よぉし来た!」

 

「ここから前みたいにぶっちぎれー!」

 

一同の興奮も、クライマックスへと達したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3コーナーも最後方の大外を回らされた。

 

いかん……

このままでは非常にまずい。掲示板すら届かない。

 

なんとか起死回生の手を打たないと、ただコースを1周しただけになってしまう。

とはいえ、内に入れば泥んこ爆弾の集中攻撃を受けるだけだ。

 

それに、進路が開くとは限らないしな。

むしろ詰まってしまう可能性のほうが高い。

 

どうすれば……

 

600を通過。

 

4コーナーが近い。

中山の直線は短い。

ここからさらに外を回るのは、距離ロスがでかすぎる。

 

色々なことが脳裏に浮かんでは消えていく。

もう時間も距離もない。

 

「……っしゃあ決めた!」

 

この期に及んでは一か八か、インへ突っ込むしかなかろうて。

勝利を狙うにはそれしかない。

 

ひとつ勝ったからには、貪欲に勝利を目指してもいいよな?

どのみち失うものなんて何もないんだ。

だったら少しでも勝てるチャンスがある道を選ぶべき。

 

ウジウジ悩んだって始まらないし、こうなったら大博打じゃあ!

 

条件戦で使うのもどうかとは思うがしょうがない。

ファミーユリアン一世一代の大勝負、見とけよ見とけよー!

 

「おらぁぁあああ!!」

 

意を決した俺は、進路をインコースへと向けるとともに、

上体を大きく前へと倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファミーユリアン前に迫る! かわして抜けた抜けた!』

 

『差が広がる! 1バ身、2バ身! 坂も道悪も、アクシデントもなんのその!』

 

『ファミーユリアン、今ゴールイン!

 断然の1番人気に応えました、ファミーユリアンですっ!』

 

 

――うわぁぁあああああ!!!

 

 

メインレース、それも重賞かと思うほどの大歓声が上がった。

同じように、孤児院とファンクラブ一同からも歓喜の声。

 

「リアンちゃんやったぁああ!!」

 

「連勝じゃあああ!!」

 

「リアンねーちゃん強いっ!」

 

「リアンちゃん……」

 

彼らの声もまた、大歓声の一翼を担うことになったのだった。

 

 

 

中山 第9R 葉牡丹賞 芝2000m 稍重

 1着 12 ファミーユリアン  2:05.3

 2着 4 メイジンカドマツ    2.1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度という今度は、勝ったという感触があった。

内にいた2人をかわしてゴールできたんだ。勝っただろ?

 

「……ふぉおお」

 

勝利の実感って、こんなにうれしいものなんだな……

逆の意味で震えてきてしまった。

思わず立ち止まって、息を整えることすら忘れるくらいだもの。

 

1コーナーからゴール方向を振り返れば、観客の大歓声が聞こえる。

それがまた拍車をかけてくるんだ。

 

これは……癖になるな。

いつぞやにシービー先輩が言っていたことも、ようやくわかった。

 

『先頭の景色』とは、こういうものなのか?

スズカパイセンの言うことも、今では理解できる。……かもしれない。

 

「……うはぁ、どろどろ」

 

そして気付けば、服も腕も足も、みんな泥まみれ。

この分では、顔も頭もそうだろう。

 

まっくろくろすけ出ておいで? ここにいるぞ!(謎

 

こんな状態でテレビに映ってるとか恥ずかしいな。

でもまあ、これもまた勝利の勲章か。

 

軽く走って正面スタンド前へと戻る。

さらに大きく膨れる歓声。

 

そうだ。前走では泣いちゃってそれどころじゃなかったから、

手を振り返すくらいはやっておこうかな?

 

 

わああああ!!!

 

 

ますます歓声が大きくなってしまった。

うれしいけど、なんでこんなに人気あるのか、まったくわからんなあ。

 

そうこうしているうちに係員が呼びに来て、無事に1着を確認。

 

タオルも渡してくれて、とりあえず顔だけぬぐって、

改めて観客の皆さんに手を振り返してから、地下バ道へと引き上げた。

 

 

 

「リアンちゃんっ!」

 

「あ、スーちゃん」

 

すると、いの1番にスーちゃんのお出迎え。

大慌てな様子で駆け寄ってくる。

 

ああそうか、怒られるかな、これは。

あんな盛大に滑って出遅れかましてくれたら、そりゃ怒るよなあ。

 

よし、ここは一発とぼけておこう。

 

「え、えへへ……ミスターシービーしちゃいました。

 ちょっと滑ってしまっ――」

 

「そんなことはどうでもいいわっ!」

 

「――へっ? わぷっ」

 

照れ隠しに頭を掻く仕草でもしておけば完璧。

……と思ったんだが、なんとスーちゃんに、

駆け寄られた勢いそのままに抱き締められてしまった。

 

「あ、あの? 汚れますよ?」

 

「足は? 足はなんともないの!? 捻ったりしてない?」

 

重ねて言うが、今の俺は全身泥まみれ。

そんな俺を抱き締めては、スーちゃんの高そうなスーツも汚れてしまう。

しかし彼女は、そんなことには構わず、俺の肩を掴んで真顔で聞いてくる。

 

「え、はい。なんともないです」

 

「……よかった」

 

「……」

 

俺がそう答えると、スーちゃんは大きく息を吐き出し、

再び俺をがばっと抱き締めた。

 

「本当にもう……この子は心配ばかりかけて」

 

「……すいません」

 

「もういいわ。無事ならそれでいい」

 

「……はい。すいませんでした」

 

……そうか。滑った時に怪我してないか、心配してくれたのか。

 

重ね重ね申し訳ない。

ふざけてないで、まずは謝らなければならなかったな。

本当に申し訳ない。

 

スーちゃんのぬくもりと優しさに包まれて、なんだかジーンと来た。

 

「念のため、あとで医務室に行って診てもらいましょう」

 

「いえ、大丈夫じゃないかと」

 

「いいえ、診てもらいます。いいわね?」

 

「アッハイ」

 

圧力のある笑顔に、問答無用で黙らされた。

 

さすがの威圧感。

かつての名ウマ娘にして、あのルドルフの祖母だというのが、

大いに納得できる一幕であった。

 

そうして、レース確定後に医務室に行って診てもらったが、

現時点では特に異常は見られないとの診断だった。

 

みんな安心してたし、俺もそう。よかったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただい――」

 

「リアンッ!」

 

「――まっ!?」

 

何事ッ!?

帰宅してドアを開けた途端、飛び出てきたルドルフに抱き着かれてしまった。

 

「足は! 足は大丈夫かっ!?」

 

あの祖母にして、この孫あり、か。

まったく同じ反応で、思わず少し噴き出してしまったよ。

 

「大丈夫。一応、医務室でも診てもらってきたけど、

 なんともないよ。平気平気」

 

「そ、そうか。それならいいんだ……」

 

俺が笑って見せると、ルドルフはあからさまにホッとした様子を見せた後、

照れ臭そうにそっぽを向いた。

 

いやあもう、心配かけっぱなしですいませんねぇ。

全部、雨が降ったくらいで滑ってしまった俺が悪いんです。

周りのみんなは悪くありません。

 

「中に入ってもいいかな?」

 

「あ、ああ、すまない。疲れているだろう?

 ゆっくり休んでくれ」

 

「うん」

 

「荷物を持とう」

 

「ありがと」

 

ルドルフのほうこそ、生徒会の仕事で疲れているだろうに、

荷物を運んでもらってしまった。

 

本当ならこんな時間にはまだ帰れていないから、無理言って帰らせてもらったんだろうな。

つくづく申し訳ない。あとでピロウイナー副会長にも詫びを入れておこう。

 

「改めて、2勝目おめでとう、リアン」

 

「ありがとう。本当にもう、ひとつ勝てただけでも御の字なのに、

 ふたつも勝てるなんて思ってなかった。夢の中にいるみたい」

 

「これは夢じゃないぞ、現実だ。

 それに、私は前から、君はこれくらいはやるだろうと思っていたよ」

 

お互いベッドに腰かけて話し出す。

 

本当にぃ?

意地悪言うわけじゃないけど、俺が勝ったからそう言っているわけじゃないよね?

 

「自惚れるわけじゃないが、本気の私に追いつけたウマ娘なんてそういない。

 その数少ない子が、リアン、君なんだ」

 

あの夏の並走トレーニングのことか。

 

確かに、超前傾走法を最初に発揮したとき、ルドルフに追いつけはしたけど。

あれ、マジのマジで本気出してたの?

 

そりゃ、トゥインクルシリーズを無敗で駆け抜けたルドルフだから、

追いつけた子なんて、JCで競ったシービー先輩くらいなものだが……

 

「本音を言えば、G1のひとつくらい楽に勝ってもらわないと、

 私の尊厳も地に落ちてしまうから、もっとがんばってもらいたいんだが」

 

「えーなにそれ」

 

「冗談だ」

 

おいおい、どっちなんだよ。

でもまあ確かに、それくらいの実力は示さないと、

ルドルフの親友は大っぴらに名乗れないよなあ。

 

がんばりますかあ。

 

「差し当たっては、暮れのホープフルか?」

 

「うーん、まだ未定」

 

「そうか」

 

未定だけど、出ない可能性のほうが高いな。

いや、ほぼ出ないと言っていいかもしれない。

 

今日もヒヤッとしてしまったし、ひと月のうちに2回もレースをする体力が、

いまだ本格化を迎えてくれないこの身体には、厳しいんじゃないかな。

 

ちょっと足を滑らしたくらいでこの心配のされようだし、

スーちゃんもホープフルもありうるみたいなことは前に言ってたけど、

本心はあまり乗り気じゃないと思う。

 

「何はともあれ、これでオープン昇格だな。C組に転籍だぞ。

 もしかすると、また私と同じクラスになるかもしれないな」

 

「うん、そうなったらうれしいな」

 

「ああ、大歓迎しよう」

 

10月の初勝利で、すでにB組には移っているが、さらにC組へと移籍だ。

A組を離れるときに、入学以来一緒のクラスだった連中からは、

送別会という名の大騒ぎで、盛大に送り出してもらったことを思い出す。

 

今回は在籍した期間が短いから、そこまでのことにはならないと思うけど、

きっと笑って送り出してくれるに違いない。

だって、笑っちゃうくらいにみんな、良い子たちなんだもの。

 

同期入学の子たちももう高校生だし、A組の彼女たちは今後どうするんだろうなあ。

チャンスが潰えない限りは挑戦し続けるんだろうけど、その気力がいつまで持つのか。

 

すでに大半の子が勝つか、諦めるかしてA組から去っている。

いまだA組にいる子は、両手で事足りるくらいしかいない。

 

がらんとした教室と彼女たちのことを思うと、胸が締め付けられる。

1人でも多くの子の夢が叶うことを願うしかない。

 

……な~んてな。

 

ちょっと前までは、俺自身がそう思われる対象だったってのに、

ホント勝負の世界というのは厳しいものだ。

俺がそんなことを考えること自体が、彼女たちに対して失礼なのかもな。

 

「父様も、リアンに直接お祝いを言いたいと言っていたぞ。

 あとで電話があるんじゃないかな」

 

「そっか、わかった」

 

初勝利の時も、帰宅して即、タイミングを図ったかのように着信してビックリしたよ。

それはもういっぱいお祝いしてもらった。

 

生憎と、どうしても外せない用事と重なってしまって、

生観戦はできなかったけど、って逆に謝られすらしてしまった。

 

いやいや逆です。こんなモブ娘の、たかが新バや条件戦になんて、

名門のご当主様が見に来ないでくださいって、こっちがお願いしたいくらいだ。

 

 ~♪~♪

 

ここで、俺の携帯から軽快な着メロが発せられた。

 

「ほら来た」

 

したり顔で言うルドルフ。

俺はバッグから携帯を取り出しつつ、思わず室内を見回してしまう。

 

本当に良いタイミングなことで。

この部屋、実は隠しカメラとか仕掛けられてたりしないよな?

 

確認するまでもなく、携帯の画面に示された番号は、お父様のものだった。

 

「もしもし、リアンです」

 

『やあリアン君、葉牡丹賞勝利おめでとう。身体はなんともないかね?』

 

「ありがとうございます。ご心配おかけしてすみません、大丈夫です」

 

『それは重畳だ』

 

二言目には心配だからなあ。

シンボリ家の人たちは、同じ行動原則でもあるんかいな。

 

『母さんも自分で確認したいそうだから、ちょっと替わるよ』

 

「あ、はい、わかりました」

 

『リアンちゃん? 足は大丈夫?』

 

「はい、大丈夫です。本当に申し訳ないです」

 

『いえいえ、それならいいの。

 すごいレースだったわね、おめでとう』

 

お母様に至っては、初っ端からそうだった。

お祝いより先に心配って、俺はどれだけ過保護にされてんだって話よ。

来るなとは思ってたけど、その上を行かれてしまったわ。

 

『それだけ言いたかったの。お父さんに替わるわね』

 

「はい」

 

お母様からはそれだけだった。

電話口には再びお父様が出る。

 

『さてリアン君、だいぶ遅れてしまったが、初勝利のお祝いの件だ』

 

「どうなりましたか?」

 

先ほど述べたメイクデビュー勝利の時に話した件で、

お父様が何かお祝いを考えておくと言っていたのだ。

 

オープンに上がったらとかわしていたけど、実際に上がってしまったので、

もはや断れる状況にない。諦めて受け入れる。

 

『少し早いがクリスマスも兼ねて、とりあえずは記念のクオカードを300枚ほど作ったから、

 ファンクラブのほうに送っておいた。確かそのくらいの人数だったね?』

 

「えっと、私のサイン入りの会員証を持ってる人数なら、そうですね」

 

ってか、クオカード? 300枚?

さらっとすごいこと言ってないかこのお方。

 

『おや、しまった、もっと多かったのかね』

 

「ええと、初期の限定メンバーが300人で、そのあとも増え続けてます」

 

『そうかね。では今回の記念カードはもっと作るとしようか。

 差し当たって1000枚くらいで足りそうかね?』

 

「えっと……はい、充分です」

 

『わかった、ではそうしよう』

 

「……」

 

しかも、“今回は”とかさらに言い出しましたよ。

1000枚だって? 桁が大きすぎて、答えに窮してしまったじゃないか。

 

ファンクラブの合計人数はそれよりも多いけど、

正確に言うと全員分作ろうとか言い出しかねないので、やめておいた。

 

うん、あとはもう、商店街のおっちゃんに投げつけよう。

そうだ、それがいい。向こうでよい活用法を考えてくれるだろう。

なんか考えることすら疲れちゃったよ……

 

もちろん費用はシンボリ家持ちなんだろうね。

これもあってか、俺は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

スターオーちゃんからも、お祝い電話がかかってきた。

 

『リアン先輩、葉牡丹賞見てました!

 出遅れたのに、それもバ場が悪くて勝っちゃうなんてすごいです』

 

「ありがと」

 

テンション高め、声も高めのスターオーちゃん。

 

ちょ、どうどう、抑えて抑えて。

無理に立ち上がったりしてないよね?

怪我した足に負担かかっちゃうぞ。

 

『そうだ、足は大丈夫ですか? 怪我してませんか?』

 

「大丈夫だよ」

 

『よかったです。……先輩に先越されちゃいましたね』

 

「スターオーちゃん、わかってるとは思うけど、焦りは禁物だよ?

 骨を2回折った先輩からのありがた~いアドバイスだ」

 

『ふふ、わかってます』

 

そんな彼女の声が急に低くなったので、念を入れて忠告しておく。

俺の気持ちは伝わったらしく、スターオーちゃんはおかしそうに笑ってくれた。

 

『私もこういうのには慣れてますから大丈夫です。

 最近は調子が良かったので、ちょっと張り切りすぎちゃいましたね』

 

そういえば、もともと身体は強くないって言ってたもんな。

 

君こそ、くれぐれも気をつけてな。

俺がもう1回故障したところで、歴史には大した影響なんてないと思うけど、

スターオーちゃんが消えたりしたら、どんな修正力が働くかわからん。

 

『それに、もうすぐ復帰できる見込みなんです。

 2月くらいにはレースにも出られそうですよ』

 

「そっか、よかった。クラシックには間に合うね」

 

『はい。皐月賞、一緒に走りたいです』

 

「皐月賞、ねぇ」

 

いやいや、俺なんかがとんでもない。

君がクラシック制覇するところを、テレビででも眺めてますよ。

 

『G1出走も先輩のほうが早そうですね。

 ホープフル、出るんでしょう?』

 

「いや、たぶん出ないと思うよ。相談はまだだけど」

 

『そうなんですか? どうして? チャンスだと思いますよ?

 メリーナイスさんとホクトヘリオスさんは朝日杯ですし、

 他にこれといった有力な人は出てこないと思います』

 

さすが同世代に詳しいな。

でも今は無理できないんだ。

 

「今はまだ、間隔詰めてレース走る気はないからさ。

 勝負服も作ってないし」

 

『そうですか、残念です。先輩なら勝てそうなのになあ』

 

心底残念そうなスターオーちゃん。

 

だから俺はただのモブなんですってば。

過度な期待はしないでくださいってばぁ(困惑)。

 

スターオーちゃん、後輩だからって、

いつもいつも先輩を立てなくたっていいんだからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(次走発表)

 

:葉牡丹賞か

 

:まあ妥当なところでない?

 

:同じ芝2000か

 

:順調なステップですね

 

:これを勝てれば、ホープフルもワンチャン?

 

:ワンチャンどころか、出てくれば有力じゃね?

 

:うん、出てくれば俺は本命にする

 

:あのタイムを見て、本命にしないやつがいるか?

 

:他のメイクデビューと3秒、いや4秒違うもんな

 

:改めてデビュー戦のすごさを実感してる

 

:前にも出てたけど、ルドルフの皐月と同タイム

 シービーの秋天ですら1分59秒3だからな

 わずかコンマ1の差でしかない

 

:あのシービーと接戦になるんだ

 ジュニア級の小娘どもじゃ文字通り影すら踏めんよ

 

:まあ勝ってからの話だな

 

:こうやって皆とわいわい語り合うのが楽しいんだ

 

 

 

 

(葉牡丹賞、リアルタイム視聴組の反応)

 

:さあさあ2戦目ですよ!

 

:直前の大雨がどう出るか

 

:小柄なだけに、パワーのいるバ場は向かないだろうから、

 一抹の不安はある

 

:いったれリアンちゃん!

 

:道悪なんてぶっ飛ばせ!

 

:よっしゃ好反応! って、あああああ!

 

:げえええええ!!!

 

:ぎゃあああ滑ったぁ!

 

:出遅れ……

 

:よく転ばなかったな。でもこれは痛いぞ

 

:大外回らされてる

 

:かなりの距離ロスだ。これはダメかも……

 

:諦めるな!

 

:そうだ! リアンちゃんは2度の骨折にも諦めなかったんだぞ。

 俺たちが先に諦めてどうする!

 

:デビュー戦、1人だけ2400m戦やってたことを忘れるな

 外回らされるくらいなんだ

 

:4角やっぱりみんな外へ行くか。

 って、3番手? どこから来た!?

 

:( ゚д゚)

 

:ワープした!?

 

:いええええええええええええ!

 

:2勝目フーッ!

 

:キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:すげぇ、すげえよリアンちゃん!

 

:初戦もすごかったが、今日のほうがすごくないか

 

:出遅れて最後方からワープして勝つとか

 

:リアンちゃん、超能力者だった?

 

:逃げだけじゃないって証明したな

 

:そりゃあ『逃げて差す』ですしおすし

 

:あの末脚なら、後ろからでも差し切れるってわけか

 

:この道悪で差し切れるのって相当よ

 

:だな。3倍マシでもいいかもしれん

 

:道悪も苦にしないのか

 

:死角が減っていいね

 

:リアンちゃん真っ黒

 

:ひでぇ汚れだ。洗濯して落ちるのかあれ

 

:それだけバ場酷かったってことだな

 

:イン突いたのが英断だったってこともな

 

:なんにせよ、この2戦を見た限りでは、怪物級のパフォーマンスだ

 来年のクラシックが楽しみになった

 

 

 

(レース後、夜)

 

:おい皆、これ……

 

 快勝のファミーユリアン、レース後医務室へ。故障か?

 https://www.umamusumenews.com/********

 

:え? マジで?

 

:そんな、ウソだと言ってよリアンちゃん!

 

:口どり式にも出てたじゃないか!

 そんな素振り微塵もなかったぞ!?

 

:ま、まあ待てみんな、落ち着け。落ち着いて素数を数えるんだ。

 まだ1社が報じただけ……って、各社一斉に来てる!?

 

:医務室へ行ったのは確かっぽいな……

 

:いやあああ!

 

:3度目の故障とか

 

:\(^o^)/オワタ

 

 

 

:公式ブログきた!

 

 お騒がせしてしまっているようで申し訳ございません。

 医務室へ行ったのは事実ですが、念のために診てもらっただけであり、

 現時点では自覚症状はありませんし、異常も見受けられない、との診断でした。

 さすがに疲れは感じますが、元気はいっぱいです!

 次もがんばるぞい!   〇〇年12月 FamilleLien

 

 ひと安心!

 

:よかったー!

 

:何事もなくて何より

 

:マジで更新乙

 

:反応早くて助かる

 

:よぉし、皐月賞の本命は決まった!

 

:┐(´∀`)┌ヤレヤレだぜ。本当に良かった

 

:くれぐれも身体労わってねリアンちゃん

 

 

 

(ファンクラブ、クリスマスプレゼント企画発表)

 

:ファンクラブでクリスマスプレゼント!?

 

:初期メン300人に、初勝利記念クオカード配布、だと!?

 

:しかも会員証と同様、リアンちゃんの直筆サイン入りだって!

 

:なんてこった

 

:俺は今まで、ここまで他人を羨ましいと思ったことはない

 

:ホシィ……

 

:おい297番! 297番はいないのか!?

 

:わい297番、呼んだか?

 

:生きていたかワレェ!

 

:最近見ないからどうしたのかと思ってたよ

 

:すまんかった。ずっと忙しくてな。ROMってた

 

:297番さん、この企画の通知とか来てます?

 

:メールで来てたぞ

 これまでのご愛顧と応援のお礼とクリスマスプレゼントを兼ねて、

 ささやかですがお返しをいたします、って文面だった

 

:くぅ~っ、いいなあ

 

:届いたら画像うpしてくれな

 

:一般会員には何かないのかぁ!

 

:と思ったら続報来てるじゃん

 

 なお追加企画として、葉牡丹賞勝利を祝しまして、

 初期メンバー300名に今回と同様、葉牡丹賞仕様の直筆サイン入りクオカードをプレゼント。

 ほか会員様700名にもプレゼントしちゃいます。応募者多数の場合は抽選となります。

 

 だってよ! やったなみんな!

 

:入っててよかったファンクラブ!

 

:抽選か……

 

:全員応募するとは限らんが、絶対抽選になるだろ

 

:いま会員何人いるのよ?

 

:6000人超えてる

 

:結構当たりそう?

 

:7/60か。高いと見るか低いと見るか

 

:欲しいやつは今からでも遅くはない、入会するんだ

 応募条件は12月末時点での登録会員様、だからな

 

:こんなことして、リアンちゃん大丈夫?

 寄付するお金なくなっちゃわない?

 

:このくらいではなくならんだろ

 

:下世話な話はやめるんだ

 

 

 




ファンクラブ会員数=本作のお気に入り登録件数
ご入会ありがとうございます!(ぇ



道悪な皐月賞  → ミスターシービー
出遅れな皐月賞 → ディープインパクト
後方からのレース → 上記両馬

結論
どちらも超怪物

ファミーユリアン → ???


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第42話 孤児ウマ娘、消耗する?

 

 

 

「……?」

 

夜中、ふとした違和感に気付いて目が覚める。

枕元に置いているスマホで時刻を確認したら、

午前1時を回ったところだった。

 

当然、室内は真っ暗。

季節柄、少しひんやりしている。

ルドルフは静かに寝息を立てていた。

 

生徒会の仕事で疲れているであろう彼女を起こさないように、

俺はそっと上体を起こして、布団をまくり上げた。

 

気になった違和感の正体。

 

「……左足?」

 

それは左足、それも手術した付近から感じられてくる。

パジャマのズボンもまくって、手を伸ばして軽く触れてみた。

 

……特にどうというわけじゃない。

痛みがあるというわけでもない。

ただ、なんというか、上手く言葉にはできない()()()がある。

 

「………」

 

レース直後の、レース場医務室の診断では何事もなかったが、

今になって何らかの症状が出てきたということなのか?

 

場所が場所だけに、なんだか恐ろしくなってきてしまった。

急速に目が冴えてくる。

ごくりと息を飲んで、心臓の鼓動が速くなる。

 

なんだこれ? 骨折の再発? それとも、何か別の故障?

 

いや、骨折にしろ他の故障にしろ、痛みがないのはおかしいよな……

本当なんだよこれ……

 

「……スーちゃんに相談しなきゃ」

 

とにかく誰かに相談したい衝動に駆られ、こんな時間に失礼だとは思ったが、

メッセを入れるくらいならいいかと、携帯を手に取って送信した。

 

気になることがあるので、朝イチで相談しに行ってもいいですか、と。

 

すると、秒で返信が来た。

はやっ。こんな時間まで起きてたのか。仕事かな?

 

今の俺には僥倖だった。

 

お疲れ様です。

余計に仕事を増やしてしまうようで申し訳ないですが、

ちょっと気になってしまってしょうがないので……

 

『眠れないの? レースの興奮が残っているのかしら?』

 

『いえ、そういうわけではなく』

 

『じゃあどうしたの?

 疲れてるでしょ、早く寝ないとだめよ』

 

『言いにくいんですが、左足の違和感で目が覚めました』

 

ここまでやり取りしたところで、スーちゃんの返信が止まった。

それまではものの数秒で返されてきていたのに、だ。

 

……彼女の動揺ぶりが手に取るようにわかる。

本当、心配ばっかりかけて申し訳ないです。

 

でも、こればっかりは、俺自身の意思でどうにかなるものでもなく……

 

『痛みは?』

 

2分ほど待って、一言だけの返信が来た。

 

『痛くはないです。ただ、なんというか、

 ジンジンするというか疼くというか、変な違和感があるんです』

 

『わかったわ。鍵は開けておくから、登校前においで。

 何時くらいになりそう?』

 

『朝ご飯を食べたらすぐに行きますから、7時半くらいでしょうか』

 

『了解。とりあえず寝なさい。夜更かしはお肌にも毒よ』

 

『はい、寝ます。こんな時間にすいませんでした。

 おやすみなさい』

 

『おやすみ』

 

一連のやり取りを終えて、携帯をスリープにする。

そして、横になって布団をかぶった。

 

気を遣って言ってくれたであろう軽口にも、まるで反応できなかった。

今の俺には、それくらい余裕がない。

 

「……寝られるかな?」

 

誰に聞かれるわけでもない、小声でのつぶやき。

 

違和感は相変わらず続いている。

それが気になることもあるし、不安は大きくなっていくばかり。

 

レースの疲れは間違いなくあるはずで、身体のほうも睡眠を欲しているはず。

なのに、寝られない。寝付けない。

 

「………」

 

そんなもどかしい時間が、朝まで続いた。

 

 

 

 

 

朝。食事を済ませたその足で、

もはや通い慣れたスーちゃんのトレーナー室へ向かう。

食欲だけは普通にあったのは幸いだった。

 

「おはよう、リアンちゃん」

 

「おはようございます」

 

スーちゃんは昨夜の言葉通りに、鍵を開けて待っていてくれた。

朝早くから申し訳ない。

 

「結局寝られなかったみたいね。クマできてるわよ」

 

「あ、はい……」

 

「おいで。そのままじゃまずいから、お化粧してあげる」

 

「すいません……」

 

俺を座らせたスーちゃんは、お化粧セットを取り出すと、

パパっと俺の目元をメイクしてくれた。

 

化粧なんてやったことないから、正直言って助かります。

実は、起き出して鏡を見た瞬間に、どうしようこれ、って思ってたんだ。

ルドルフにもすごいクマだなって驚かれてしまった。

 

というか、スーちゃんこそ寝てないんじゃないの?

 

あんな時間まで起きてて、今も早く起きて部屋を開けてくれている。

下手すりゃ徹夜だったってこともあるな。

つくづく本当に申し訳ないです。頭を下げることしかできませんが。

 

「それで、左足ね?」

 

「はい」

 

「今も違和感は続いてる?」

 

「はい。痛みもなく、特に問題はないんですけど……」

 

「ここまで歩いてこられているわけだしね」

 

そうなんだ。歩行にも問題はない。

走るとわからないが、少なくとも、日常に影響はなさそう。

 

「他に何か問題は? 体調はどう?」

 

「やっぱり疲れはありますが、前回と同じくらいです」

 

「そう。アレだけの悪路だったから、反動が出てもおかしくはないけれど……

 ちょっと足見せてくれる?」

 

「はい」

 

「そう、こっちに乗せちゃって」

 

靴とニーソを脱いで、対面に座るスーちゃんの

膝の上に預けるようにして左足を差し出した。

 

「ちょっと触るわよ? 何かあったら言って?」

 

「はい」

 

「………」

 

しばらくの間、スーちゃんは真剣なまなざしで、

いまだ手術痕が残る左足首の上から、脛あたりまでを順番に触っていく。

 

「痛くない?」

 

「大丈夫です」

 

「特に腫れてもいないようだけど……少し熱があるかしらね……」

 

「………」

 

患部が熱を持っている。

それって、良くないってことですよね?

 

「何かの前触れ、ってことでしょうか」

 

「医者じゃないから詳しくはわからないけど……」

 

「……」

 

「とりあえず湿布を貼って冷やして、

 その違和感が消えるまで運動は禁止。いいわね?」

 

「わかりました」

 

当然そうなりますよね。

俺も、ここで無理してまた骨折なんてことは、御免被る。

同じ箇所だなんてことになったら、今度こそ致命傷だ。

 

「今日は学校お休みして、病院と研究所に行って診てもらいましょう」

 

「はい」

 

こうなっては、スーちゃんに従うしかない。

それこそ精密検査でもして、異常がないことを確認してもらわなければ、

俺も精神的に落ち着けないし。

 

特に何事もなく、感覚の問題ってことで済めばいいんだけど……

 

 

 

 

 

病院でレントゲンを撮り、医者の話を聞いて、

研究所にも行って、リハビリを担当してもらったスタッフさんにも、

レントゲン写真を見せて意見を述べてもらった。

 

結論から言うと、医学的な見地からは、やはり異常なし。

骨もしっかりくっついているし、埋め込まれたボルトやプレートにも問題はない。

むしろ前より太く強くなってるんじゃないのって言われたよ。

 

医者と研究所、両者の共通の見解としては、

骨折後の後遺症の一種ではないか、とのことだった。

 

骨折が完治し、リハビリを完璧に終えても、人によっては、

痛みが残ったり、このような症状が出ることもあるんだってさ。

 

でも、これまではそんなことなかったのに、今になって発症するなんてことある?

 

骨折からは2年半以上、リハビリを終えてからも1年半以上たってるし、

前回のレース後はこんなことなかったんだよ?

 

「それに関しては、道悪が想像した以上に堪えた、ってことかしらね?」

 

当然の疑問だったので口にすると、スーちゃんが呟くようにして答えてくれた。

 

付け加えると、滑って出遅れて、想定通りのレースが出来なかったこともある?

イン突きして無茶な追い上げした反動ってこともあるんだろうか。

それとも、滑った際にやっぱり何かしらの悪影響があったか。

 

現状の許容量以上の負荷がかかっちゃったかなぁ?

 

「走り自体に影響はないようだったけれど、

 身体のほうにはダメージが残ってしまったのかもしれないわ。

 トレーニングとレースは別物だし」

 

「……」

 

「逆に言えば、それくらいしか理由が考えられない」

 

スーちゃんの言葉に、研究所の人も、消極的にではあるが同意した。

 

ああもう、完全に自分のせいじゃん。

このやり場のない思い、どこに向けたらいいんだろう?

 

じゃあ何かい? 俺は良バ場専用機ってことかい?

 

雨が降るかどうかなんてそのときになってみないとわからないし、

雨だからといって、その場で出走取消だなんてことできないしさあ。

雨が降ったら、意図的にセーブして走るしかない?

 

この先、バ場が悪化しないことを祈れってこと?

そんなあ……

 

どうやら俺は出走する毎回ごとに、てるてるぼうずを作るしかないようです。

 

 

 

 

 

 

昼過ぎ、普段よりもだいぶ早い帰宅である。

 

研究所のスタッフも、スーちゃんの考えに全面的に同意して、

向こう1週間はトレーニングをしないで様子を見ようということになった。

症状が完全になくなればいいが、それはそのときになってみなければわからない。

 

最悪、寛解と増悪を繰り返すこともあるそうだ。

これもどうなるかは、その都度判断するしかないんだって。

 

「……はぁぁ」

 

考えるだけでため息が出てしまうが、今から落ち込んでいても仕方がない。

良くなってくれることを祈るとしよう。

 

部屋に戻り、制服姿のままベッドに腰を下ろすと、

携帯に着信のサインが点灯していることに気付いた。

 

病院と研究所で、マナーモードにしてたままだから、気付かなかったのか。

どれどれ?

 

 

 新着メッセージが3通あります

 

 

まずは1通目。ルドルフから。

午前8時39分受信。

 

『始業時間になっても来なかったと聞いたから、何事かと思ったよ。

 仔細はお婆様から聞いている。お大事に。くれぐれも無理はしないよう頼む』

 

朝、ルドルフとは一緒に部屋を出たが、朝食を摂った後は

そのまま生徒会室に行くというので、そこで別れたきりだった。

どうやらスーちゃんから連絡が行っていたようだな。

 

時間からして、始業のHRのあと、1時間目との間の時間に送って来たらしい。

 

簡潔な文面だが、これは相当にやきもきしていたに違いない。

症状をしっかり伝えていなかったこともあるし、

あとで土下座する勢いできちんと説明しなきゃいけないだろうな。

 

いつもの釘をさしてくるのも忘れていない。

 

『いま帰宅した。診断結果は異状なしだけど、後遺症の一種じゃないかって話。

 とりあえず当面は運動禁止だって。残念』

 

返信はこんな感じ。

 

続いて2通目。スターオーちゃんからか。

午前10時35分受信。

 

『リアン先輩、今日はお休みしたって聞きました。

 レースの疲れですか? 体調お悪いんでしょうか?

 心配です、お返事待ってます』

 

相変わらずの良い子や。というか、耳聡いね。

学年もクラスも違うのに、どこから聞いたんだか。

どうやらスターオーちゃんの周囲には、よく鼻の利く情報通がいるようだ。

 

この受信時間だと、中休みにでも情報を仕入れたんかな。

俺としては、自分のことは当然だけど、君の故障のことも心配です。

 

『帰宅なう。足の違和感で一応念のために病院行って検査してもらってきた。

 結果は異状なしだけど、ちょっと問題があってしばらく運動は禁止だって。

 体調のほうは問題ないよ、大丈夫』

 

数日の間はいいだろうけど、それ以降もトレーニングしてないってことが

知られたら、あの子のことだから猛烈に心配するだろうからね。

先手を打って、明かしてもいい情報は明かしてしまおう。

 

それでも心配はするだろうが、先にカウンター入れておくか。

 

『スターオーちゃんこそ心配です。

 人の振り見て我が振り直せ』

 

これでよし。

 

最後に3通目。……シリウスじゃんか。

あいつも俺の欠席聞いたのか?

 

午前10時36分受信。スターオーちゃんとほぼ同時刻。

 

『皆勤賞消えたな』

 

……うっせいやい。

わざわざそんなこと、メッセで入れてくるんじゃない!

そもそも入院休学してるんだから、すでに消えてるっての。

 

でもなんか悔しいから、このまま既読スルーしてやる。

ざまあみろ。

 

 

 ピロン♪

 

 

と、ここで新たに着信音が。

げえっ、シリウス!?

 

『帰って来たなら連絡よこせ』

 

あいつ……エスパーか!?

なんで俺の帰宅が分かった?

 

そうか、スーちゃんから連絡されたって可能性があるな。

最初もルドルフと同様だったのかもしれない。

 

ってかあいつ、授業中のはずだろ。まだ昼休みには早い。

どうやって送ってき……さては、どこかでサボってやがるな?

 

 

 ピロン♪

 

 

『優等生サマが既読スルーは感心しないな』

 

うっせい!

ああもうわかったよ。返信してやりゃいいんだろ!?

 

『サボリ魔の言うことは聞きません』

 

 

 ピロン♪

 

 

『誰がサボりだ。教室にはちゃんといるぞ』

 

『授業中に携帯弄ってるってこと? 引くわ』

 

 

 ピロン♪

 

 

『褒めるな、照れるぜ』

 

やかましいわ。誰が褒めたか。

授業は真面目に受けやがれ。

 

もういい、あとは無視だ無視!

 

はあ~っ、やれやれだ。

脱力してベッドに横になる。

 

「……ふあ」

 

そういえば、夕べはほとんど寝てないことに気が付いた。

あくびが出るのとともに、睡魔が襲ってくる。

 

昼食まだだから腹も減ってるけど、今は睡眠欲のほうが上だ。

着替えてもないけど、いいや、寝てしまおう。

 

「……zzz」

 

俺は瞬時に、眠りへと落ちて行った。

 

 

 

数日後、今回の事態は脚部不安発症として、世間に発表される。

同時に、今後の予定やローテについても、白紙とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、本日からC組の一員となる、ファミーユリアンさんだ」

 

今日から俺もC組に転籍。

喜ばしいことに、またルドルフと同じクラスになれた。

そのルドルフの紹介で、みんなの前に立っている。

 

「といっても見知った顔が大半だろうから、心配は無用だな」

 

「そうだね」

 

お互いにくすっと笑い合う。

入学時は同じクラスだった面々が多いしね。

 

教室内を見渡してみると、まず目についたのがニシノライデンちゃん。

彼女はこちらに、満面の笑みを浮かべて手を振ってきているので、

俺からも振り返してあげた。

 

あとは、ティアラ路線で鎬を削った両バ、ソロンちゃんとやべーやつローマンもいるし、

マッハとパレードの幼馴染コンビとも目が合った。

 

ビゼンニシキとハーディーちゃんもいれば完璧だったんだがなあ。

2人とも引退して田舎に帰ってしまった。

 

「でも一応は自己紹介を。こほん、ファミーユリアンです。

 改めましてみなさん、よろしくお願いします」

 

「よろしく~」

 

「こちらこそ~」

 

頭を下げた俺に対し、温かな声と拍手が送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(ファミーユリアン、脚部不安)

 

:あああああ

 

 ファミーユリアン脚部不安、今後は白紙

 https://www.umamusumenews.com/********

 

:恐れていたことが起きてしまった……

 

:やっぱり足元弱いのねリアンちゃん……

 

:あのほっそい体と足だしなあ

 

:まあこればっかりは、な

 優れたスピードは諸刃の剣なのよ

 

:故障したってわけじゃないのよね?

 クラシックには間に合う?

 

:わからん

 

:シービーだって三冠後、脚部不安だって言って

 1年近く休んでたしなあ

 

:俺の大本命が……

 

:デビューまで1年以上待ったんだ

 俺はいくらでも待てる

 

:そうだ、焦らないで治してくれ

 

:復帰できる頃には、本格化も始まってるかな?

 

:そうなるのが理想やな。がんばれ!

 

 

 

(クリスマス企画のクオカード届く)

 

:わい297番、クオカード届いたで

 

:おお、来たのか

 

:297番よ、画像はどうした?

 

:ちょっと待ってな

 

:はよ

 

:wktk

 

:おまたせ

 

 デビュー戦

 https://www.*******

 

 葉牡丹賞

 https://www.*******

 

:うおおお、かっこいい!

 

:やはりゴールした瞬間の写真か

 

:葉牡丹賞の真っ黒具合よ

 

:勝利の勲章だぜ

 

:ちょっと待って?

 ずっと500円券だと思ってたけど、よく見たらこれ5000円じゃない?

 

:マジだ

 

:両方そうじゃん

 

:297番さん?

 

:わい297番、そうだよ。

 俺もそう思ってたからびっくりした

 

:すげぇ、リアンちゃん太っ腹だな

 

:太っ腹ってレベルじゃねーぞ!

 

:改めて、欲しかったなあ

 いや、絶対使わないし使えないけど

 

:初期メン以外の当選通知って来てるん?

 

:まだだな

 

:「当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます」

 だから、当選者にはそのうち送られてくるんじゃね?

 

:スレ民に当たったかな?

 ちなみにみんな応募したの?

 

:もちろん

 

:欲しいからファンクラブ登録しちゃったぜ

 

:なんかキテルー!?

 https://www.*******

 

:うおおおお!?

 

:いいなあ

 

:やったな、おめでとう

 

:297番さんじゃないけど、家宝にするよ

 ありがとう!

 

 

 




上げて落とすのは常套手段……(ぇ


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第43話 孤児ウマ娘、クラシックへの道

 

 

 

結局、謎の違和感は1週間が過ぎ、2週間たっても、

完全に消えてくれることはなかった。

 

日によって強弱はあるし、徐々に小さくなる傾向にはあると思うんだが、

やっぱりゼロという日はなかったんだ。

これは、長く付き合っていかなければいけないものだと感じ始めている。

 

とりあえず年内いっぱいは完全休養して、

年明けから様子を見つつ、トレーニングを再開する予定。

 

商店街の今年のクリスマスイベントだけど、

イベント自体は今年も開催されたが、俺に出演オファーは来なかった。

 

休養中に他イベントに出るわけにはいかないよねという、

おっちゃんをはじめとする人たちの配慮である。

 

俺としては、別に痛いわけじゃないから出てもよかったんだけど、

さすがにそれはできない、下手すりゃバッシングの嵐だよということで、

そりゃそうかと納得してる。

 

こっちの配慮も大変ありがたい。

来年は、レースが被らないようだったら必ず出ます。

応援の恩もありますから、なんでもやっちゃいますよ!(ん?

 

この時期に行われる大レースなんて有くらいだし、

他のレースだったらずらせばいいだけなので、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

……甘かった。

 

年明けからトレーニングを再開したところまでは良かったが、

再開して3日目の夜に、また足の違和感で夜中に目が覚めるという事態が発生。

即スーちゃんに相談したところ、休養がさらに1ヶ月、大幅に伸びてしまった。

 

スレでも言われてたけど、ほぼほぼ1年間、

脚部不安で休養してたシービー先輩という前例があるだけに、

納得して同意したわけなんだが、そこはやはり悔しさはある。

 

まったく、上手くいかないもんだねぇ。

骨折の影響がこうも長引くとは思っていなかったよ。

もう十分待ったと思うんだけど、また我慢を強いられることになるなんてねぇ。

 

普通のウマ娘だったら、ここで大いに焦るなり

自暴自棄になったりするやつもいるんだろうが、そこは普通ではない俺のこと。

もともと失うものなど何もないし、ひとつも勝てないのではと思っていたところに、

どういうわけかポンポンとふたつも勝てたんだ。これ以上は望むべくもない。

 

デビューも伸びに伸びたんだし、復帰がさらに伸びようが構うまい。

幸い、掲示板を覗いた限りでは、復帰を待ってくれる人が大半で安心した。

 

中には、クラシックでの大本命に推そうと思っている人もいるようで、

それには驚かされたけどね。

 

ふと気づいてみれば、トレーニングやリハビリ以外で、

特に何もすることがないという日々は初めてか?

こうして手持ち無沙汰になってみると、時間が過ぎるのが長く感じてつらい。

 

暇だから、図書室で読書でもするかね。

せっかくだし、トレーニング論とか実践編とか、

役に立ちそうな分野を漁ってみるか。

 

兎にも角にも、気長にやっていきまっしょい。

 

 

 

 

 

2月。

 

スターオーちゃんが復帰戦を迎えた。

東京1800の条件戦。

残念ながら5着に敗れてしまったが、本人は手ごたえを感じていたようだ。

 

次走は格上挑戦で弥生賞とのこと。

 

 

 

 

 

3月。

 

『リアン先輩! わたし勝てました!』

 

弥生賞のレース後、スターオーちゃんから電話が来た。

弾んだ声が聞こえてくる。

 

『6番人気で勝てるなんて思ってませんでした』

 

「朝日杯2着のホクトヘリオス、共同通信杯を制した子にも勝ったんだから、

 すごいじゃない。一躍クラシックの大本命だね」

 

『そ、そうですかね……』

 

俺が褒めちぎると、スターオーちゃんは照れ臭そうに言葉を濁した。

現時点では明らかな格上に勝てたんだから、誇っていいと思うよ。

 

「あとは、しっかり身体をケアして、無事に本番を迎えないとね」

 

『はい、今度は気を付けます』

 

うむ、気を付けてくれたまえ。

これで皐月賞に出られないなんてことになったら、

今後の歴史がどう転ぶかわからん。

 

すでにタマやゴールドシチーがいない時点で、どうなるかわからんのだけど。

 

『その……先輩は、やっぱり無理そう、ですか?』

 

「そうだねぇ」

 

『………』

 

おそるおそる尋ねてきたスターオーちゃんは、

俺の気のない返事を聞いて押し黙ってしまった。

 

「やっと少し強めのトレーニングを始められたくらいなんだよ。

 賞金も足りないし、皐月には到底間に合わないよ」

 

『ですよね……』

 

1月いっぱいまで休養していた俺。

2月からは少しずつトレーニングを始めているが、

足の状態を見つつだから、本格的トレにはだいぶ及ばない状態。

 

それに何より、皐月賞に出るには賞金が足りない。

 

出るにはどこかのトライアルに出走して、勝つか、

優先出走権をもぎ取る必要がある。

今の俺では、どちらも叶いそうにない。

 

『やっと、先輩と同じレースに出られると思ったんですが……』

 

「スターオーちゃん……」

 

『ごめんなさい、無理を言いました。先輩もつらいですよね』

 

いや、史実をひっくるめて考えるに、君のほうが大変だよ。

俺のことなんか気遣わなくていいから、自分のことだけ考えてくれ。

 

本当ルドルフといいスターオーちゃんといい、

どうしてこんなに俺なんかのことを気にかけてくれるんだか。

 

『ダービーで待ってます』

 

「大きく出たなこの野郎」

 

『えへへ』

 

なんて言ってくるかと思えば、日本一の舞台だとぉ?

 

そりゃ、G2勝ったんだから、もう余裕でダービーまでは出走可能だよな。

オープンに上がったのは俺のほうが先だったけど、もはや君のほうが格上。

 

こんな言動も当然だと思って許してあげようじゃないか。

俺は心が広いんだ(謎の上から目線

 

しかし底辺モブ娘が、いわば世代の最上位を決めるダービーに、なんてねぇ……

ふたつ勝てたこと以上に、信じられないことだよなあ。

 

「ダービーかあ」

 

『それなら間に合いますよね?』

 

「時間的には間に合うだろうけど、

 やっぱりどこかでは勝ち負けしないといけないわけなんだけど?」

 

『先輩なら勝てるって、信じてます』

 

こいつ、迷いもなく断言しやがったな。

 

状況は皐月の場合と同じだ。

どこかトライアルに出て、勝つか優先出走権を得なければならない。

 

まだ2ヶ月くらいあるから、足がいま以上に悪くなりさえしなければ、

時間的にはまだ間に合う。能力的には、ハテナ、だが。

 

スターオーちゃん、俺のことそこまで信じてくれてるのか。

 

………。

 

やってやろうじゃねえかよ!

 

某野球の上手い芸人(違)(引退、悲)を想起させるようなセリフで恐縮だが、

今の心境はまさにその言葉通りなんだ。

 

まったく、人のことを乗せるのがうまい子だ。

今度のは、某宇宙の帝王様みたいなノリで頼む。

 

「かわいい後輩の信頼には、応えてあげないとね」

 

『リアン先輩?』

 

「皐月賞ウマ娘になったスターオーちゃんも、その他大勢も、

 みんなまとめて薙ぎ払ってやるから、覚悟してなさい」

 

『先輩……はいっ、わかりましたっ!

 皐月賞、きっと勝って見せますから、先輩もがんばってくださいね!』

 

うれしそうな声で頷きおってからに。

この期待を裏切るわけにはいかないよな。

 

俺は、自分の目の色が、明らかに変わったことを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、放課後。

トレーナー室に顔を出した俺は、スーちゃんにさっそくこう伝えた。

 

「青葉賞に出る?」

 

「はい。当面の目標を青葉賞にします」

 

G2青葉賞。

2着までにダービーの優先出走権が与えられるレースだ。

 

他のダービートライアルとしては、プリンシパルステークスがあるが、

こちらは勝たなければならない。

少しでも可能性の大きいほうに賭けて、青葉賞に決めた。

 

京都新聞杯という手もあったが、ここで初めての遠征ではリスクが大きいと判断した。

連対できたとしても、100%出走できるとは限らないしな。

 

「これまではこっちから聞いてもはぐらかしていたのに、

 どういう風の吹きまわしかしら?」

 

苦笑しているスーちゃん。

今までは当の俺が煮え切らなかったから、当然の反応だよな。

 

足の良し悪しで強いトレーニングができなかったりして、

どこか上の空、心がなあなあになっていた俺は、今の今まで明確な目標を定めていなかった。

 

いずれ足が良くなればいい、どこかで復帰できればいいや、なんて思っていた。

ましてや、ダービーに出走するなんてことは微塵も考えていなかった。

 

そんな楽観思考が、きのうのスターオーちゃんの雄姿と励ましで変わったんだ。

 

「スターオーちゃんに煽られてしまいまして」

 

「弥生賞、勝ったんだったわね。そういうことか」

 

「はい」

 

ますますスーちゃんの苦笑度合いが強くなる。

故障してばかりの上に気分屋の、扱いにくい担当ウマ娘で、本当申し訳ないです。

 

「つきましては、そのための計画的なトレーニングメニューをお願いしたく」

 

「頭なんか下げないで。私はあなたのトレーナーなんだから、

 あなたの要望に応えて、叶えて見せるのが仕事よ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って笑って見せるスーちゃん、マジ大物の人格者。

どこまで行っても俺は、彼女に足を向けて寝られない。

 

「といっても、あなたの足の状態次第なんだけど?」

 

「たぶん、大丈夫です。根拠はないですけど、大丈夫です」

 

「それで大丈夫じゃなかったら、大変なことになるんだけど……

 まあわかったわ。そのつもりでプログラムを組みましょう」

 

「お願いします」

 

やっぱり苦笑しているスーちゃん。

 

俺自身としても、何の確証もないけど、大丈夫な気がするんですよ。

ほら、病は気からって云うじゃん? 同じようなもんだよきっと。

 

要は気の持ちよう、モチベーション次第ってな。

よし、いっちょやってみっか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月。

 

『サクラスターオーが皐月賞を制しました!』

 

スプリングステークスを制したマティリアルが1番人気に推される中、

2番人気に支持されたスターオーちゃんは道中後方を進み、

第3コーナーから進出、直線を向いてから末脚を発揮し、見事優勝した。

 

勝ち時計は2分1秒9。

これは史実では、ルドルフとトウショウボーイに次ぐ数字だったかな?

この世界でもたぶんそうだと思う。

 

2着は後方から追い込んだマティリアル。

史実ではゴールドシチーが突っ込むんだが、やはり不在。

 

いつ出てくるんだろうな、彼女たちは?

アプリ中ではタマのほうが先輩のようだから、

出てくるならタマモクロスのほうが先か?

 

 

 

レース後。

 

そろそろかなと思って、スマホを机上に置いて待っていると

 

prrr♪

 

図ったかのように着信音が鳴った。

そ~ら来なすった。

 

「もしもし?」

 

『ダービーで会いましょうっ!』

 

第一声がそれかい。

説明しなくてもわかるだろうが、スターオーちゃんからだ。

 

『わたしは約束守りましたよ。次は先輩の番ですからね?』

 

「わかってる。調整は順調だよ」

 

『よかったです。今度はわたしが応援しないといけませんね』

 

自分で言っておいてなんだが、やっぱり精神面って大きんだなって思う。

 

あれだけよく出てた左足の違和感が、青葉賞に出ると決めて以降は、

まったくと言っていいほど出てないんだからな。

ふたつ勝って満足しきっちゃってた部分もあるんだろうな。

 

本当なら俺みたいな存在こそ、ひとつひとつの勝利にこそ慢心せず、

ストイック精神を発揮してがんばっていかないといけないのに。

 

「スターオーちゃん、それよりも」

 

『はい?』

 

「お祝いを言わせてほしいな。皐月賞制覇おめでとう」

 

『あ……は、はい、ありがとうございます!』

 

話の始まりがあれだったから、ここまでお祝いが言えずじまい。

いちいち断らないといけないくらい、スターオーちゃん掛かってる。

 

「桜をあしらった着物風の勝負服も綺麗だったね。よく似合ってたよ」

 

『……ぐすっ』

 

「ど、どうしたの?」

 

元気な声でお礼を言ったスターオーちゃんだったが、

次に聞こえてきたのは、電話口で涙ぐんだ声。

 

『す……すいません。先輩にお祝いしてもらったら、急に込み上げてきて……』

 

ああ今、涙ぬぐってるんだなってわかってしまうくらいだ。

ここにきて実感が湧いてきたんだろうか。

 

『あのひ弱で、足が曲がってて、ロクにトレーニングもできなかったわたしが、

 G1を、それもクラシックの皐月賞を勝てただなんて……夢のようです……』

 

ああ……気持ちはよくわかる。

細かい事情は違えども、境遇が悪いというところは同じだからな、俺たちは。

俺もデビュー戦で、勝ちを自覚した直後に泣いてしまったことを思い出す。

 

「……夢じゃないよ」

 

思わずもらい泣きしてしまいそうになったところをぐっと堪え、

俺は努めて冷静に声をかけた。

 

「これは現実、君が皐月賞を勝ったのは紛れもない事実なんだ。

 それに、まだこれで終わりじゃないでしょ? 夢には続きがあるんだよ」

 

『夢の……続き……?』

 

「あれれ? ダービーで会おうって言ったのは、どこの誰だったかな?」

 

『……わたしです』

 

俺が問い返すと、スターオーちゃんも冷静になれたようだ。

ハッとしたように我に返ったのか、もう声は通常のものだった。

 

「じゃあ改めて約束しよう」

 

『はい』

 

「ダービーで会いましょう」

 

『はいっ、必ずっ!』

 

俺たちは再度、最高峰の舞台での再会を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、5月。

ダービーが施行される月。開催日は31日だ。

 

その前に俺は、前提条件をクリアせねばならない。

 

2日のG2青葉賞。

このレースで2着以内に入れなければ、除外は確実。

スターオーちゃんとの約束は果たせない。

 

なんとしてでも勝ち負けしなければ。

 

『13番、ファミーユリアン、3番人気です』

 

当日、案内に従って、パドックに入場。

 

今日は3番人気か。

重賞初挑戦の上に、故障休養明け、半年ぶりの実戦にしては、

妙に評価高くありません?

 

『2000mのジュニアレコードを持つ彼女ですが、2400での走りはどうでしょうか』

 

『ほぼすべての子が未経験の距離ですから、何とも言えませんが、

 終始、外、外を回らされた葉牡丹賞を勝ってますから、問題はなさそうです。

 私はそれよりも、脚部不安を発症して、中間が順調でなかったことが気になりますね』

 

ほら、解説者もああ言ってる。

 

毎回異様に俺の評価が高いのは、ファンクラブやら何やらが、

裏で何か画策しているのでは、と勘ぐってしまうくらいだ。

 

ほら、今日もあそこでいつもの横断幕掲げてる。

ああやっぱり、今日も院長たち来てるな。

 

府中なら1番近いから安く済むけど、毎回無理しなくていいんですよ?

 

手を振ってあげたら、子供たちが手を振り返すのと同時に、

ぴょんぴょん飛び跳ねているのが見えて、実に微笑ましくてほっこりした。

 

最初は大声出して怒られちゃったからね。

ちゃんと学習してる。偉いぞ。

 

……うむ、平常心。

いつも通り、トレーニング通りに行こう。

 

「大丈夫、トレーニング通りにやれば勝てるわ」

 

地下バ道で会ったスーちゃんも、こう言ってるし。

うむ、がんばってきまする。

 

 

 

発走時刻。係員の誘導に従ってゲートイン。

今日も大外の枠だから、1番最後になった。

 

緊張の一瞬……

 

――ガッシャン!

 

スタート。

 

よしっ、今日も良いスタートが切れた。

思わず、早くもガッツポーズしそうになったのを堪えて、加速していく。

 

俺の作戦は、今日も『逃げ』。

 

というか、後方からのレースなんて考えたくもないね。

なぜかって? 詰まったり押し出されたりしたくないからだよ。

選抜レースでの悪夢も蘇るしな。

 

先頭にいれば、その心配は全くない。至極単純な考え方だ。

 

後方待機勢の心境ってどうなんだろうな?

絶対にバ群を捌けるという自信があるんだろうか。

それとも逆に、こじ開けてでも行ってやるという気概か。

 

俺には無理だ。

まあそれはさておき。

 

1人くっついてきた子がいて、さすがに単騎逃げという状況にはなっていないが、

ペース自体は想定した範囲内に収まっている、と思う。

 

スーちゃんとのトレーニングでさんざん覚え込まされたからね、

例え目をつむって走ったって、想定通りのタイム、ラップを刻める自信はあるんだぜ。

 

おおよそ1000mを通過。

 

実感60秒くらい。

うむ、まさに想定したとおりのペースだ。

 

展開は、相変わらずくっついてきている子がいるけど、

そんなことは関係ない。

俺は俺で、自分のペースを貫くだけよ。

 

第3コーナー。

 

カーブに入ったので、チラリと後方を横目で見てみたら、

随分と縦長だなあおい。

そんなに早いペースというわけじゃないのに、どういうわけだ?

 

スタミナ切れて逃げ潰れるとでも思ってるのか?

みんな実戦では初距離だというのに、悠長なこった。

 

まあ甘く見てもらえるなら、俺にとっては都合が良いけどな。

競り掛けてこられないのは正直助かった。

 

第4コーナーに入る。

残り600のハロン棒を通過。

 

よっしゃ、ここからが俺の本領発揮だ。

超前傾走法ちゃんよ、今日もしっかり頼むぜ!

 

 

 

 

 

『ファミーユリアン先頭で直線に向いた。2番手は1バ身差で4番』

 

『ここからの伸び足が真骨頂のファミーユリアン、距離が400伸びても大丈夫か?

 ……さあ伸びる、後続を引き離しにかかる! 4番はずるずる後退』

 

『坂を上がって、ファミーユリアン、リードは3バ身。

 2番手には8番が上がってきた。差を詰められるか?』

 

『しかし逆に広がっていく! ファミーユリアン今日も伸びた!

 驚異の末脚、逃げて差す! 今日も炸裂だ!』

 

『ファミーユリアン、悠々と逃げ切って今ゴールインッ!

 久々も、故障明けも、距離延長もすべて問題ありませんでした。

 サクラスターオーへ堂々と挑戦状を叩きつけましたっ!』

 

 

 

 

 

「やった~っ!」

 

「リアンねーちゃん強すぎるっ!」

 

「無傷の3連勝!」

 

「おいおいこりゃ本当に、ダービー獲っちまうんじゃねえの!?」

 

「夢はでっかくだあ! リアンちゃんおめでとうっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……勝った。

勝ったぜスターオーちゃん。見ててくれたか?

 

あの子のことだから、絶対見てるよな?

下手すると、スタンドにいるという可能性すらある。

 

さあ、状況は整ったぜ。

あとは、当日にレース場(ここ)で会うだけだ。

 

楽しみだな。

 

 

 

 

 

G2 青葉賞 結果

 

1着 13 ファミーユリアン  2:25.3

2着  8 キョウカイシップ   4.1/2

 

12.4-11.7-12.2-12.0-12.0-12.2-12.8-12.7-12.4-11.8-11.4-11.7  2:25.3

   1000m 60.3 4F 47.3 - 3F 34.9

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(青葉賞出走表明)

 

:ニュース見たか!?

 

 ファミーユリアン、青葉賞へ

 https://www.umamusumenews.com/********

 

:おお、復帰したのか

 

:ダービー目指すんだな、まあ当然か

 

:足治ったんか?

 

:トレーニングできてるなら大丈夫なんだろう

 

:こいつは期待

 

:ダービー出るには、2着以内に入らないとだめだよな

 

:そうだね、賞金足りない

 

:オープン維持するためにも連対必須

 

:5月2日か、待ち遠しい

 

:よーし、当日は府中に行くぞ!

 続け皆の衆!

 

:すまん、土日は仕事なんだ

 

:地方民のワイ、断腸の思いで断念

 

:(´・ω・`)

 

 

 

 

 




落としてまた上げる(意味深


87年の青葉賞(当時はオープン特別)は12頭立て。
よって、リアンの出走によって犠牲になったウマ娘はいません。
強いて挙げれば、史実の勝ち馬のチョウカイフリート君かな?
でも今の基準なら2着でもダービー出られるから、許してちょんまげ(雑


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第44話 底辺モブ娘、最高の舞台へ(前編)

 

 

 

 

それは、ダービー本番16日前の、5月15日のことだった。

 

俺の青葉賞後の経過も非常に順調で、足に違和感が出ることもなく、

これなら最終調整にも身が入る、そう思っていたころ。

 

『ぐすっ……っ……ごめんなさい、先輩……』

 

夜、泣きながらスターオーちゃんが電話してきたんだ。

彼女は激しく嗚咽しており、当初は、言葉を聞き取るにも苦労したほど。

 

『ダービー……出られなく、なりました……』

 

スターオーちゃんの涙声を聞いた瞬間、嫌な予感はしていた。

ああやっぱり、運命は彼女にも牙を剥いたのか、と。

 

思わず舌打ちしそうになったのを、どうにか我慢した。

 

『今朝起きたら、歩けないくらい足が痛くて……ぐすっ……

 慌ててトレ……っ……トレーナーさんに言って、一緒に病院行ったら……

 両脚の繋靭帯炎です……全治4ヶ月の重傷だって……』

 

「4ヶ月……」

 

あのメジロマックイーンも引退に追い込まれた、

競走馬にとっては、屈腱炎と並ぶ難病の繋靭帯炎。

 

この時期から4ヶ月では、菊花賞も怪しい。

史実では復帰して勝利したとはいえ、当時は現在と違い、

施行時期が11月初旬と、2,3週間ほど遅いのだ。

 

なので最低でも、それくらいの前倒しは必要になってくる。

 

しかし今朝起きたらって、そんな急激に症状出るものなのか。

怖すぎる。

 

自分の違和感がそういう重病じゃなくてよかっただなんて、

わずかながらでも脳裏をよぎってしまった。

かわいい後輩をそんな目で見るだなんて最低だぞ。自重せよ俺。

 

『ごめんなさい……ごめんなさいっ……』

 

「スターオーちゃん……」

 

泣いたままひたすら謝るスターオーちゃんに、なんて声をかけたらいい?

下手な励ましはかえって酷だろう。かといって、他に言葉があるか?

 

……いや、俺のほうが諦めてしまってどうする。

先日は逆に、俺が彼女から勇気をもらったんだ。

今度は俺が、スターオーちゃんに元気をあげるんだ。

 

「まだだよ。同じことの繰り返しになっちゃうけど、

 まだ夢は終わってないよ、スターオーちゃん」

 

『……え?』

 

「ダービーでは一緒に走れなくなったけど、まだ菊花賞がある。

 菊花賞こそ一緒に走ろう、スターオーちゃん」

 

『リアン先輩……』

 

「可能性がゼロってわけじゃないよね?」

 

『……はい、頑張って早く治せれば……でも……』

 

「スターオーちゃん」

 

『はい』

 

俺の真剣な声に、いつしかスターオーちゃんは泣き止んで、

彼女の声も通常のものに近づいた。

 

「ダービー、君のために勝って見せるから、菊花賞で一緒に走ろう。

 皐月賞ウマ娘と、ダービーウマ娘のどちらが強いのか、

 クラシック最後の一冠で勝負と行こうじゃないか。

 『1番強いウマ娘が勝つ』菊花賞で、白黒つけよう」

 

『………』

 

「いいね?」

 

『わかりました。……ふふっ』

 

しっかりと頷いてくれた後、笑みを漏らしたスターオーちゃん。

何かおかしなところがあったか、と若干戸惑っていると

 

『この前の先輩のお言葉、そっくりそのまま返して差し上げます。

 大きく出ましたね。ダービーを勝って見せるから、ですか?』

 

「あー、うん」

 

見事なカウンターを返されてしまった。

今泣いた烏がもう笑う、ってか。

 

そう言われてみれば、この間とは立場が正反対で、

言ってることも全くの逆だわなあ。

これには俺も苦笑するしかない。

 

そういえば、と思い出した。

 

ダービー直前、入院中の俺を見舞ってくれたルドルフ。

あのときの彼女の心境を、少し理解できた気がする。

今の俺みたいに、こうやって自然に、自然な想いを口にしていただけなんだろうな。

 

「身の程知らずだったかな?」

 

『いいえ。信じていいですか、リアン先輩を?』

 

「もちろん。だから君も、私を信じて、治療に専念してね」

 

『はい、信じて、がんばります』

 

今度もしっかり頷いてくれたスターオーちゃん。

 

そうだ、怪我の治療、リハビリといえば、

とっておきのところを俺は知っているじゃないか。

 

スターオーちゃんにも紹介してあげようか?

ただ、『サクラ』の彼女が利用してもいいものなのか、

そして、無断というわけにもいくまい。

 

ルドルフとお父様にお願いしてみよう。

 

 

 

 

 

「ルナ、帰ってきて早々で悪いんだけど、相談というかお願いがあるんだ」

 

さっそく俺は、その日も通常の下校時刻からは

だいぶ遅れて帰宅してきたルドルフに、相談を持ち掛けた。

 

「君からとは珍しいな。なんだい?」

 

カバンを机に置いたルドルフは、気軽に応じてくれる。

生徒会の仕事で疲れているだろうに、悪いね。

 

「スターオーちゃんのことなんだけど」

 

「……ああ、私も聞いている。繋靭帯炎だそうだな、残念だ」

 

「うん」

 

さすが生徒会長、耳がおよろしいことで。

ならば話は早い。

 

「私がリハビリに通ってた研究所、スターオーちゃんに紹介してもいいかな?」

 

「なんだ、そんなことか。いいよ」

 

てっきり難しい顔をされるのかと思っていたが、

実にあっけなく了承してもらえた。

 

「あそこは別にシンボリ専用の施設というわけじゃない。

 うちも懇意にはさせてもらっているが、あくまで使わせていただいている、

 という立場だからね。怪我や病気に苦しむアスリートがいるなら、

 喜んで力になってくれるさ。他にも困っている子がいたら、

 積極的に勧めてもらって構わないぞ」

 

「そっか、わかった」

 

俺の心中を察したのか、笑顔で説明してくれるルドルフ。

 

考えてみたらそうだったな。

確かに、シンボリ家以外お断りってわけじゃなかったわ。

どっぷりシンボリに浸かっているから、そう思い込んでたぜ。

 

「でも一応、お父様には伝えておくね」

 

「ああ、頼む。あとで除け者にされたと言って拗ねられては困るからな」

 

「なにそれ」

 

「いや、そういう人なんだ。格好つけておいて、いざ蚊帳の外となると

 途端に拗ねる。実の娘が言うんだから間違いない」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

あれほどの立派な人物でも、そういうところがあるんだな。

困ったものだと腕を組んで頷くルドルフの姿は、真に迫っていた。

 

「じゃあ早速……」

 

携帯を取り出し、お父様のプライベートナンバーへ電話をかける。

すると、まるで待っていたかのごとく、2コール目が終わる前に繋がった。

 

出るの早いなあ。

 

「あ、お疲れ様です。夜分にすいません、リアンです。

 はい、はい、私の体調は今のところ問題ないです。はい、ありがとうございます。

 それで、お電話差し上げた用件なのですが、私の友人の――」

 

「………」

 

ルドルフがそうだったように、事情を説明すると、

お父様もあっさりと、施設の使用を認めてくれた。

 

むしろ、私の許可など要らない、

レース界のためにも、もっと周りに広めてくれって言ってたよ。

研究所の実力は確かなんだし、スターオーちゃんに限らず、

機会があったら積極的に勧めていくとしよう。

 

ルドルフは俺がお父様と話している様子を、優しげな顔で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月28日木曜日。

今日はURAの本部で、ダービーの枠順抽選会、および公式記者会見がある。

よって俺も、午後の授業は公休扱いでやってきた。

 

「これより、第54回東京優駿競争の、枠順抽選会を開催します」

 

司会者の案内によって、抽選会が始まった。

 

「まずは、残念ながら故障によって参加することの叶わなかった

 皐月賞ウマ娘、サクラスターオー嬢にお見舞いを申し上げますと共に、

 早期のご回復をお祈りいたします」

 

これは素晴らしい配慮だな。スターオーちゃんも喜ぶだろう。

誰の提案かはわからないが、グッジョブだ。

 

「それでは、本日の抽選参加者をご紹介いたしましょう。

 栄えある日本ダービー出走18名、まずはこの子、皐月賞2着の――」

 

ずらっと並んだ出走者たち、優先出走権を持つ上位の子から紹介されていき、

青葉賞勝ちの俺は、皐月賞4着の子の次、

回避者が出た関係もあって、4番目に紹介された。

 

「G2青葉賞の覇者、芝2000mのジュニアレコード保持者でもある、

 ファミーユリアンさん」

 

司会者の声とともに一歩前に出て、深々と一礼する。

マスコミ関係から一斉にフラッシュを浴びせられて、眩しいなんてものじゃなかった。

さすがはG1、それも日本ダービーだ。注目度が違う。

 

一応、こういったレース前のセレモニー出席は初めてだけど、

不思議と緊張はしてなかった。まあ、レース以外で緊張してどうするんだって話。

スターオーちゃんのことを思うと、それどころじゃないってのもあるけどさ。

 

優先出走権を持つ子の紹介が終わると、

次は収得賞金順に紹介されていく。

 

「昨年のジュニアチャンピオン、メリーナイスさん」

 

その筆頭、最大のライバルになりそうな、史実の勝ち馬の化身メリーナイス嬢。

史実通り皐月賞7着からの巻き返しになるのか?

 

「毎日杯と前哨戦の京都新聞杯を制した、タイコベータさん」

 

皐月賞には出てないが、ここまで重賞2勝の強豪タイコベータ嬢。

この辺になると全然わからないけど、元ネタはいるのかな?

 

出走する全員の紹介が終わったところで、抽選に移る。

 

「ハイパーファントム、8枠17番!」

 

「パナレント、8枠18番!」

 

抽選順は出走権順なので、次が俺の番。

 

「ファミーユリアンさん、引いてください」

 

「はい」

 

司会者の案内で、抽選箱が置かれている前まで出て行き、

中に手を突っ込んでくじを選ぶ。

 

さて、何番になるかな?

別にどこでもいいけど、できれば今回は大外じゃなくて、内のほうがいいな?

 

ん~? これだっ!

 

「……1番です」

 

「ファミーユリアン、1枠1番!」

 

やったぜ。

確認した瞬間、心の中で盛大にガッツポーズ。

秘かに1番狙っていた枠順だ、最高だね。

 

レース前に運を使っちゃったと思わないでもないが、

ダービーは『最も運の良い馬が勝つ』と云われているレースだ。

幸先ヨシだ、いいじゃないか。

 

しかし、捨てられて孤児院育ちの俺が『最も運が良い』ねぇ。

皮肉もいいところだ。だがそれがいい。

スターオーちゃんも抗えなかった運命に、俺は逆らってやるから見とけよ~。

 

「メリーナイス、4枠8番!」

 

メリーナイスちゃんは8番枠か。

警戒しておかないといけないな。

 

全員分の抽選が終わり、出走表が確定。

その後、上位人気が予想されるメンツが残っての、記者会見となった。

 

メンバーは、皐月賞2着マティリアル、同3着ハイパーファントム、

同4着パナレント、賞金順1位メリーナイス、重賞2勝のタイコベータ。

そして、俺の6人。

 

そう、俺も選ばれちゃったんだな。コレガワカラナイ。

しかも、席順がマティリアルちゃんの隣という、2番手ポジションだ。

 

よし、この席順考えたやつ、あとで屋上ね?

久々にキレちまったよ。

 

「それでは、日本ダービー、事前記者会見を始めます」

 

そうこうしているうちに会見が始まった。

変なこと喋らないよう気を付けないとな。

 

「マティリアルさんにお聞きします。

 皐月賞では追い込み届かずの2着でしたが、今回は舞台が

 直線の長い東京レース場に移ります。この点はいかがですか?」

 

「はい、私にとっては間違いなく有利になると思いますし、

 そうしなければいけないと思います」

 

記者からの質問に、淡々と答えるマティリアルちゃん。

思えばこの子も、原作では悲惨な最期を迎えたわけなんだが、

こっちではどうなるんだろうな?

 

それに、原作ではシンボリ牧場生まれなんだけど、

ここまでこれといった接点がない。

ウマ娘世界では、シンボリとの関係は薄れているのだろうか。

 

「皐月賞からの400m距離延長はどうでしょう?」

 

「スタミナ練習は積んできました。大丈夫だと思います」

 

史実を知っていると、まあ切ないね。

最終的にマイル路線に活路を見出そうとするんだからさ。

 

「ファミーユリアンさん」

 

「……え、あ、はい」

 

……マズった。

マティリアルちゃんのこと考えてたら、

記者の質問に反応するのが少し遅れてしまった。

 

慌てて机上のマイクを取ろうとしたから、危うくお手玉しそうになったよ。

……切り取り動画とか作られそうで嫌だな。

 

いや、1番人気が想定されるマティリアルちゃんへの質問少なすぎィ!

こんなに早く出番が来るなんて思わないって。

 

「今回の出走メンバー中、2400mの勝利経験があるのはあなただけになります。

 しかも同じコースです。この点はいかがでしょうか?」

 

「同じ条件で勝てているというのは、何よりの自信になります。

 自信を持って臨めます」

 

ふうん、そうなのか。

俺以外に2400勝ってる子いないんだ。ふーん。

 

「先ほどの枠順抽選の際、1番枠を引かれた瞬間に、

 口元が緩まれたように感じたんですが、

 これは望まれていた枠番だと考えてよろしいですか?」

 

「ええと、そうですか? 自分では特になんとも。

 外よりは内側のほうがいいなと思っていたくらいです」

 

鋭い記者さんだな。よく見てるねぇ。

内心ドキッとさせられたよ。

 

「トライアルの青葉賞では見事な逃げ切り勝利だったわけですが、

 今回も作戦は逃げで行かれますか?」

 

「はい、逃げます」

 

どう答えようか少し迷ったが、思い切って逃げ宣言することにした。

小さなどよめきと共に、カメラのフラッシュが多くたかれる。

 

下手に誤魔化すよりは、正直に言っちゃって、

他の子に対する牽制になればいいと思ってさ。

 

「ダービーでの逃げ切りというと、6年前、

 第48回のカツトップエースが最後です。その前は第42回のカブラヤオーと、

 やはり少し時間が空いてます。正直分が悪いと思いますが?」

 

手元の資料を見つつ、そんな質問をしてくる記者さん。

おお、よく調べてあるな。

俺が逃げると想定して、いろいろと調べてきたんだろうな。

 

そうか、ひとつ前の質問も、このための質問だったか。

 

なるほどねぇ。

この時代だと、ブルボンも、アイネスフウジンも、

サニーブライアンも未登場だからな。

 

そもそもダービーでの逃げ切り勝利という例自体が、数少ないということか。

現実でもサニブ以来出てないんだし。

 

「先人がどうであれ、私は私の走りをするだけです」

 

俺がそう答えると、再びまばゆいフラッシュに包まれた。

大口叩いたと思われちゃったかな?

 

「青葉賞出走組からは、

 いまだダービー勝利者が出ていないということはどうですか?

 意識はされていますか?」

 

「そうなんですか? そうだったかも……?」

 

そう言われてみれば、2着はいたような気がするが、

勝った奴はいなかったかも……

 

クリスエスとかゼンノロブロイとかそうだっけ?

 

小首を傾げて少し考えていたら、

皆が息を飲んで俺の答えを待っていることに気付いてしまった。

 

思わず俺まで息を飲まされちゃったよ。

さて、どう答えたものかね。

 

「……ジンクスを破れるように頑張ります」

 

何とか答えをひねり出すと、おおっ、という歓声。

そして、三度目のフラッシュの嵐。

 

フューチャリング・サトノダイヤモンド。

 

いや、ダイヤちゃん、ステイ。

君の出番にはまだ30年近くあるから。

 

というか、俺への質問多くない?

ほら、他の子も控えてるんだし、マティリアルちゃんにももっと質問してあげてよ。

 

「ファミーユリアンさんは、ここまで3戦というキャリアで、

 ダービーが4戦目ということになりますが、4戦以下でダービーを制したウマ娘は、

 URA発足以前にまで遡らないといません。ご存知でしたか?」

 

「知りませんでした」

 

また俺かよぉ。

他の子に質問してくれって~。

 

「勝利すれば、URA史上最少キャリアでのダービー制覇となりますね?」

 

「そうですね、としかお答えできませんが?」

 

「そ、そうですか」

 

俺の回答に、面食らった様子の記者さん。

どんな答えを期待してたんだよ。

 

最少キャリアねぇ。それがどうした?

強いやつはキャリア浅くたって強いと思う。

 

ダービーの最少キャリアといえば、『和製ラムタラ』と呼ばれたフサイチコンコルド。

『音速の末脚が炸裂するぅ!』って実況が印象深い。

 

「ファミーユリアンさん、――」

 

「――」

 

 

 

その後も、質問は俺へと集中し、マティリアルちゃんをはじめとして、

他の子への質問はわずかでしかなかった。気の毒なくらいだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌、29日の金曜日。

 

放課後、今日はスターオーちゃんが例の研究所へ向かう前に

時間を取れるというので、久しぶりに直接顔を合わすことになった。

 

電話やメッセでは何度もやり取りしていたけど、

ダービー前に会える最後の機会ということで、

スターオーちゃんのほうから話を持ち掛けてきてのことだ。

 

俺もダービーを走る前に会いたいと思っていたので、ちょうどよかった。

 

ルドルフのやつも、入院中の俺にわざわざ会いに来たことを思い出すな。

……なんか順調に、あいつと同じ道を歩んでいるような気がしないでもない。

 

あいつと同じなら、同じようにダービーを圧勝できると、そう思うことにする。

 

「リアン先輩」

 

先にカフェに着いて待っていたら、スターオーちゃんの声が。

目を向けると、松葉杖をついた彼女の姿がある。

 

「遅れてすいません」

 

「まだ時間前だし大丈夫だよ。はい、ここ座って」

 

「ありがとうございます」

 

立ち上がって、対面の椅子を引いて座らせてあげる。

膝を曲げる際に、スターオーちゃんは少し眉間にしわを寄せた。

 

当初は歩くのもつらいって言ってたくらいだから、

少しは良くなってくれたのかな?

 

「大事なレースの前に、お時間取らせてしまってすいません」

 

「いや、私のほうこそ、リハビリ前に申し訳ない」

 

「ふふ、じゃあお互いさまということで」

 

「そうだね」

 

微笑みを浮かべるスターオーちゃんにホッとする。

 

この笑顔が曇らないように、ダービー頑張らないとな。

改めて気合が入った。会えてよかったよ。

 

……ますます当時のルドルフの気持ちがよく分かった。

実際に対面して話すっていうのは大事だね。

 

「それにしても、あの研究所は素晴らしい施設ですね」

 

「骨折2回の先輩からのお墨付きは確かだったかな?」

 

「はい。十分に」

 

「そっか、よかった」

 

「うふふ。先輩、そのフレーズ何回目ですか? お気に入りです?」

 

「そうかも」

 

茶化してそう言うと、スターオーちゃんはさらに笑ってくれた。

いや本当、何回言ってんだって話よ。

 

「あそこのお風呂、わざわざ遠くの温泉から運んできているんですってね。

 怪我によく効くそうですし、力入ってますよね」

 

「そうだってね。私もお世話になったよ」

 

山梨のほうの温泉らしい。武田信玄が湯治に使ったとかなんとか。

毎日トラックでお湯を運んできてるんだってよ。コスト掛かってるよね。

 

話題は昨日の公式記者会見のことへ。

 

「先輩の記者会見、中継見てましたよ。

 マイク落としそうになったでしょう?」

 

「あれはねぇ……私に来るのはもっと後だと思ってたんだよ。

 まったく予期してないところに急に来たから焦っちゃってさあ」

 

バレバレだったでござる。

まあ、そうなるな。

 

「というか、みんな私に質問しすぎ。

 もっと他の子に聞いてよって正直思ったよ」

 

「そうですね、多かったですよね」

 

「答えに困ることもいっぱい聞いてくるしさあ。

 どうしろと……っとと、ごめん、愚痴るつもりじゃなかったんだ」

 

「ふふ、いいですよ。わたしでいいなら聞いてあげます」

 

いや、そんなに時間取れないでしょ?

本題に入ろうか。

 

「スターオーちゃん」

 

「はい」

 

改めてスターオーちゃんを見つめながら言うと、

彼女も正面から俺を見据えてきた。

 

「勝つから、見ててね」

 

「はい。現地には行けませんけど、すべてを見届けます。

 リアン先輩、勝ってくださいね。期待してますから」

 

「任せて」

 

いよっし、闘魂注入完了。

スターオーちゃんの笑顔が何よりの燃料だぜ。

先輩は頑張ってくるから、君も治療とリハビリ頑張ってな!

 

本当に、レース前に会えてよかった。

 

 

ダービー出バ表

 

【挿絵表示】

 

 

 




ダイヤちゃん「ジンクスと聞いて(ガタッ」


青葉賞からは未だにダービー馬が出てません。
オープン時代に青葉賞を経た面子としてはレオダーバンやステージチャンプがおり、
重賞昇格後も本文中で触れたようにクリスエスやロブロイなどの2着が最高位。

フェノーメノなんかの後のG1馬も出てますが、ダービー自体にはなぜか勝てませんね。
むしろ、ハイアーゲーム、ウインバリアシオン、ペルーサといったような
実力はあれどもなかなか勝ちきれないといった馬の印象が強い。



出馬表はかなりいい加減ですので突っ込まないでください。
お気に入り登録7000件ありがとうございます!


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第45話 底辺モブ娘、最高の舞台へ(後編)

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(青葉賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:ダービー出るには連対が必要

 しかし半年ぶりの実戦、脚部不安明け、初距離

 ここで連対できないとオープンから降格濃厚

 正念場だなリアンちゃん

 

:3番人気か、正直過剰じゃね?

 

:そうかな? 俺は妥当だと思うよ

 

:久しぶりでも落ち着いてるな、良い感じだ

 

:がんばってくれ、ダービーでリアンちゃん見たい!

 

:さて発走だ

 

:良いスタート!

 

:リアンちゃんスタート上手いよね

 

:前走は滑って出遅れたけど、反応自体は良かったからな

 

:スタート◎

 

:1人くっついてきてるな

 

:単騎にはならなかったか

 

:さあ直線

 

:引き離せ!

 

:引き離した!

 

:つええ

 

:相変わらずの伸び脚

 

:逃げて差す!

 

:初戦でも思ったけど、逃げウマ娘の末脚じゃないよなあ

 

:大・圧・勝!

 

:3連勝でG2制覇だ! ダービーも出られる!

 

:タイムwww2分25秒3www

 

:この距離を逃げて上がり34秒9www

 

:大草原ですわ

 

:ファーwwwルドルフのダービーレコードにコンマ3www

 

:信じられるか? この子の足、2回折れてるんだぜ?

 

:しかも、プレートとボルト入ってる

 

:これはひょっとして、ひょっとする?

 

:いや、こりゃ本番で1番人気確定じゃね?

 

:何を言うか、俺の大本命はもうとっくに決まってるぜ

 

 

 

(ダービー前記者会見中継)

 

:1番の強敵はマティリアルか?

 

:たぶん

 

:席次にも表れてるな

 

:あっ

 

:マイクwww

 

:リアンちゃん、何事もなかったかのように答えてるけど、

 マイク落としそうになっただろw

 

:内心は冷や汗ダラダラかな

 

:ポーカーフェイスw

 

:2400勝ってるのリアンちゃんだけなのか

 

:嘘だ、絶対1番枠狙ってた

 

:1番とは言わずとも、内側は狙ってただろうな

 

:堂々の逃げ宣言!

 

:逃げ切りってそんなに少ないんか

 

:現状、ダービー逃げ切ったのは9人しかおらん

 50年以上の歴史でたった9人だけや

 

:データ班調査乙

 予想以上に少なかった

 

:ちなみに名前挙げてもらうことはできる?

 

:URA発足以前からも含めると、ワカタカ、フレーモア、オートキツ、

 ダイゴホマレ、メイズイ、キーストン、タニノハローモア、そして

 会見でも名前が出たカブラヤオーとカツトップエース。以上9人や

 

:サンクス

 

:悲報、青葉賞組ダービー未勝利

 

:げえ、マジか

 

:連対もない

 

:言うてまだ歴史の浅いレースやしな

 

:リアンちゃん困惑しとる

 

:なんやこの記者、要らん事言うなや

 

:まあお仕事だし仕方ない

 

:よう言うた! それでこそ男や

 

:女の子やぞ

 

:ウマ娘やぞ

 

:真面目な話、破ってこそのジンクス

 期待してるぜリアンちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダービー前夜。

例のごとく、早めに寝ようと布団へ入ろうとしたら

 

 ~♪

 

携帯が着信を奏でた。

こんな時間に誰だと思ったら、シリウスからのメッセだった。

 

相変わらず空気読まない俺様だなあと思いつつ、開封する。

 

『私に肩を並べられるかな?』

 

内容まで俺様だった。

あいつなりの不器用な励ましだってのはわかるけどさ。

 

とはいえ、あいつは曲がりなりにもダービー、菊花賞の二冠バ。

そして、去年の天皇賞も制しているから、競争成績ではG1・3勝の明らかな超格上。

例えダービーを勝てたところで、肩を並べられるとは思えんのだが。

 

まあ少なくとも、『ダービーウマ娘』って同じ肩書は名乗れるか。

 

既読スルーはさすがにかわいそうだな。

返信、『首を洗って待ってなさい』。

 

その返信はすぐに来た。

 

『良い度胸だ。心配して損したぜ』

 

ふん、余計なお世話だっつーの。おまえは宝塚出るんだろ。

他人にちょっかい出してないで、最近勝ててないんだし、そっちの調整優先しろ。

 

「電気消すぞ?」

 

「あ、お願い。ありがと」

 

シリウスのある意味いつも通りな行動で、良い感じにリラックスできたところで、

気を遣ってくれたルドルフが部屋の明かりを消してくれた。

 

「おやすみ、リアン」

 

「おやすみ、ルナ」

 

暗くなって、ルドルフが布団に入るのを見届け――

 

「リアン、今日も添い寝しようか?」

 

「――ぶっ!?」

 

ルドルフからの突然の提案に、噴き出してしまった。

こいつ、急に何てこと言いやがる。

 

「げほっ……だ、大丈夫、だと思う、今日は」

 

「そうか、ならいいんだ」

 

ルドルフの声が優しい。決してからかっているというわけじゃなく、

こいつも気を遣ってくれてるんだろうな。

 

突然すぎて断ってしまったが……惜しいことしたかな。

ルドルフのぬくもりと匂いは、精神的に効く。

 

「改めて、おやすみ」

 

「おやすみぃ」

 

再びあいさつを交わして、横になった。

……うん、大丈夫だ。変な昂りも興奮もない。

気持ちよく寝られそうだ。

 

その予想は正しく、翌朝、決戦の朝の目覚めも爽快だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1番ファミーユリアン、僅差ですが2番人気です』

 

パドックに出て行くと、さっそくアナウンスで今日の人気が伝えられた。

 

日本一の舞台で2番人気になるなんてね。

もちろん悔しさなんかないよ。むしろ上出来すぎて驚きしかない。

 

そうそう、今日が俺の勝負服の初お披露目だな。

さあみんな、存分に見てくれ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

スーちゃんから譲ってもらった大事な勝負服。

さすがにそのままというわけには、サイズ的にも、

残念ながらデザイン的にも行かなかった。

 

上はほぼそのまま流用し、俺の身体に合うように直してもらった。

元が首元と肩が丸出しで寒そうだったんで、

小さな赤いリボンをワンポイントにしたケープを着用。

 

下は全面的に作り直した。

 

というのも、スーちゃん仕様ではロングの袴だったんだけど、

俺としては、走るのに長い裾はどうしても気になってしまってね。

本人の意向が最優先だっていうスーちゃんにお許しをもらって、

上と合うような様相の和風ミニスカートを新調した。

 

帯は流用して、黒ニーソと靴もそのまま。

いや、スーちゃんがどうなのかわからないけど、

いくら何でも下駄じゃ走れないってば。

 

そういや、スケート靴なんて猛者もいたな。

あれ実装時には絶対変更されるだろ。 *変更されました

 

『本日初披露の勝負服は、担当トレーナーである

 スピードシンボリ師より譲られた物だそうです』

 

『そうですか、なるほど、道理で見覚えがあるはずですよ』

 

解説者の人、何年前からレース見てるんだ?

スーちゃんの現役時代を知ってる?

 

『ダービーの舞台でも堂々としていますね。

 わずか4戦目とは思えません。期待できそうです』

 

アナウンスをさらりと流しつつ、客席を見渡すと……あった。

 

いつものファンクラブの横断幕。

何も変わっていないが、今日はいつにも増して大きく、輝いて見える。

 

G1出走者には、URAの計らいで、家族などを特別に招待できる権利がある。

入場料や現地までの交通費が無料になるほか、貴賓席での観戦など、様々な特典が付くんだ。

 

もちろん俺も利用しない手はない。

だが、ご存知の通り俺には家族はいないので、

必然的に、招待するなら孤児院の人たちになる。

 

ちょっと人数多くなりそうなんですが大丈夫ですかって、

URAと孤児院側に相談してみたところ、院長と子供たちはこの招待枠で

入場してもらうことになり、他の職員さんたちは、

特別な入場枠を設けてもらって、応援に来てもらうことになった。

 

一般客は入場制限がかかるわけだから、入れるだけでもというわけ。

貴賓席と一般席では月とスッポンだし、人がごった返すわけだから、

職員さんたちには少し申し訳ないが、これで勘弁してください。

 

彼らもこの中にいるのかな? ちょっと見つけるのは無理そうだ。

院長たちも、この人だかりでは、貴賓席から動けないかもしれない。

 

横断幕があるってことは、ファンクラブの人たちも来ているってことだよな。

最低でも、入場の抽選に当たった人がいるってことで、

そして、わざわざ見にきてくれたということになる。

 

大変ありがたく思う。

 

彼らの期待に応えるためにも、そして何より、

スターオーちゃんを裏切らないよう、必勝を期したい。

今日だけは何が何でも勝つ。

 

よーし気合も闘志も十分だ。

みんな、見ててくれよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1番人気、マティリアル。

2番人気、ファミーユリアン。

3番人気、タイコベータ。

4番人気、メリーナイス。

 

発走直前の人気である。

1、2番人気の差はごくわずかで、皐月賞でも1番人気を背負った

人気者と僅差というのは、人々のリアンへの期待の表れと言えよう。

 

『さあ第54回日本ダービー、発走時刻が迫りました。

 この晴れやかな青空と緑のターフをご覧ください。

 今年のダービーは最高のコンディションで行われます』

 

場内の熱気をよそに、実況の冷静なアナウンスが響く。

観客たちの視線は、正面スタンド前にて、

ゲート入りの招集を待っている18人のウマ娘たちに釘付けだった。

 

『皐月賞ウマ娘サクラスターオーが故障で不在の中、

 1番人気に推されたのは皐月賞2着のマティリアル。

 スターオーがいないときに負けるわけにはいかないでしょう。

 その豪脚が炸裂することに期待です』

 

『彼女に次ぐ2番人気は、青葉賞を勝って本番に臨むファミーユリアン。

 同舞台を見事に逃げきって、有力候補に名乗りを挙げました。

 わずか4戦目にして栄光を手にするのでしょうか。

 堂々の逃げ宣言をしていますが、はたして?』

 

『3番人気は――』

 

その一方で、とある貴賓室の中の一室では、

18人の中でも、ただ1人のみにしか注目していない一団がいる。

 

おわかりであろう。

リアンに招待された、かの孤児院の一行だ。

 

「今日リアンねーちゃんが出るレースって、

 日本で1番なんだよね?」

 

「そうよ。ダービーっていって、日本最高のレースなのよ」

 

「そんなレースに出てるリアンねーちゃん、すげーよな!」

 

「うん、すごい!」

 

「前もぶっちぎりで勝ってくれたし、今日もぶっちぎりだよ!」

 

「ああ!」

 

「………」

 

子供たちにも、これが日本最高峰のレースだとわかっているようだ。

バルコニーに身を乗り出して興奮している様子を、院長は目を細めて見守っている。

 

(リアンちゃん)

 

院長の視線が、スタンド前のターフ上、ゲート後方にて、

準備運動をしているリアンの姿を捉える。

 

(絶対成功するって信じていたけど、まさかここまで……)

 

公言してはいたが、レース素人の自分でも知っているくらいの、

大レースも大レースに出走するまでになってくれるとは、正直思っていなかった。

勝利を挙げてくれただけでも大感激なのに、G1、それも最高の舞台に立ってくれるとは。

 

しかも、こうして招待までされてしまうとは、うれしい悲鳴とはこのことか。

 

(……いやだわ。まだ発走前だっていうのに、視界が……)

 

スタンド上階からでは、ただでさえ小柄なリアンがより小さくしか見えない。

だが、今だけはそれ以上に大きく見えた。

 

思わず涙腺が緩んでしまい、子供たちに気付かれぬよう、

そっとハンカチを取り出して目元をぬぐった。

 

(私たちのことは気にせず、最高の舞台を楽しんでらっしゃい)

 

気を取り直し、改めて応援の念を送る院長だった。

 

 

 ~♪~♪

 

 

発走時刻を迎え、ファンファーレが鳴り出すとともに、観客が手拍子を送る。

G1ではおなじみとなった毎度の光景。

 

1枠1番のリアンは真っ先にゲートへ収まった。

他バも順調に収まっていき、特に問題もなく、態勢は整う。

 

『全ウマ娘ゲートに収まりました。

 2400m先にある栄光を手にするのは果たしてどの子か。

 第54回日本ダービー、……スタートしました!

 さすが選ばれし優駿18人、きれいなスタートです、出遅れはありません』

 

さすが最高の舞台に集いし精鋭18人。

全員が揃ったスタートを切った。

 

『その中でも1番ファミーユリアン好スタート。

 逃げ宣言の通りハナを切ります。

 続いてトチノローラー、タイコベータで1コーナーを回ります』

 

逃げ宣言が功を奏したか、ハナ争いでリアンに絡んでいく子はいなかった。

バラけた状態で全バが1コーナーを駆け抜ける。

 

『2コーナーから向こう正面、2バ身のリードでファミーユリアン、

 敢然と先頭を行きます。2番手も変わらず7番トチノローラー追走』

 

『淡々と流れます第54回日本ダービーです』

 

『1番人気マティリアルは12、3番手の後方に位置しています』

 

『大欅を過ぎて差がやや詰まったか。トチノローラーが1バ身ほどに接近。

 3番手はタイコベータです。以降はバラけました。縦長になっています』

 

向こう正面に入り、全体が落ち着いた。

2番手を走るトチノローラーが徐々に差を詰めて、差はほとんどなくなって3コーナーに入る。

 

『4コーナーへ向かうファミーユリアン、依然先頭だが、

 トチノローラーぴったりついた。手ごたえはどうなんだ?

 今日もここから伸びるのかファミーユリアン? 青葉賞の再現なるか!?』

 

『さあ直線を向いた! 来た来たぁ、ファミーユリアンいつもの前傾走法!

 2番手以下を引き離しにかかる! 伸びるぞ、さらに伸びる!』

 

直線に入り、リアンがすでに認知されつつある前傾走法に移行した。

目に見えて伸びているのが分かり、後続との差が開いていく。

 

『残り200m! ファミーユリアンもはや独走!

 2番手にはメリーナイスが上がってきたが、これはもはや届きそうにない。

 その後ろはさらに離れた』

 

『差が開いた開いた! 5バ身、6バ身、まだ開く!

 ファミーユリアン大きく逃げた。どこまで逃げれば気が済むんだ!?』

 

リアンが1人だけ坂を駆け上がったころに、2番手にメリーナイスが浮上。

しかし時すでに遅く、すでに先頭との差は絶望的だった。

3番手以降は、メリーナイスからさらに数バ身は離れている。

 

『ファミーユリアン、他バをまったく寄せ付けずに圧勝でゴールインっ!

 青葉賞に続いて、2400mを悠々と逃げ切って見せました。

 2400逃げ切るとはこういうことだ、ファミーユリアンです!』

 

もちろん大勢は変わらず、リアンが逃げ切って優勝。

遅れて2番手はメリーナイスが入り、3着とはさらに6バ身の差が付いた。

 

『勝ち時計は2分24秒7、2分24秒7です。

 あの皇帝シンボリルドルフが記録したダービーレコードをコンマ3秒縮めました。

 さらには第1回ジャパンカップでドイツのメアジードーツが作った、

 2400mの日本レコードをもまとめて更新しています。恐ろしいウマ娘です!』

 

『上がり3ハロンは34秒4、4ハロンは46秒7。

 孤児院出身のウマ娘が、最高の栄誉を掴み取りましたぁっ!!』

 

大歓声が上がる観客席。

 

ゴールした瞬間、掲示板に番号とタイムが表示された瞬間、

レコードという赤い文字が示された瞬間、それぞれのタイミングでの声が重なって、

まるで声のウェーブでも来ているかのよう。

 

『タイムも驚きですが、ご覧ください。着差なんと9バ身!

 これは、ええと、すいません少々お待ちを……いま番組で調べて……

 判明しました。これはダービー史上最大着差です。第10回セントライト、

 第22回オートキツの8バ身を抜いて、ダービーでの最大着差となります』

 

『そしてファミーユリアン、わずか4戦目でダービー制覇。

 URA発足以降では最少キャリアでの優勝です。

 いまレース界の常識が覆されました。なんということでしょうか』

 

『おまけに、青葉賞出走組としては、初のダービー制覇です。

 ファミーユリアンのダービーは、まさに記録づくめの勝利となりました!』

 

ダービーレコード、日本レコード、ダービー史上最大着差、最少キャリアでの優勝。

おまけに、青葉賞から初のダービーウマ娘の誕生。

これでもかというくらいに新記録が付いて回る、歴史的な勝利となった。

 

『ファミーユリアンがスタンド前に戻ってきました。

 右手を掲げています。この大歓声、手を振って応えています。

 ファミーユリアンです!』

 

スタンド前に戻ってきたリアンは、観客からの大歓声に迎えられる。

手を振って応えていたリアンは、客席に向かってぺこりと大きく頭を下げた。

 

「リ・ア・ン! リ・ア・ン!」

 

「……リ・ア・ン! リ・ア・ン!」

 

「リ・ア・ン! リ・ア・ンっ!!」

 

それを受けて、誰が始めたか、とあるところからリアンコールが始まった。

たちまちのうちに大人数に飛び火していき

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

ついには、観衆全体を巻き込む大合唱となってしまう。

さすがに戸惑っていたリアンだが、両手を振ってしばらく観客に応えた後、

迎えに来た係員に連れられて、地下バ道へと下がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ビックリした。

 

なんでここでリアンコールが起きちゃうんだよ。

ダービーで勝てたことよりも、そっちのほうが驚きだわ。

 

中野元騎手も、アイネスフウジンも目を丸くしていると思う。

 

それにしても、勝つ気は満々だったが、本当に勝ってしまったな。

実感なんて全然ない。

むしろ、これが現実なのか、夢の中なのか、判断できないくらいふわふわしてる。

 

……え? ふわふわと聞いて?

いや、アヤベさんの出番もまだまだですんで、座っててください。

 

「リアンちゃんっ!」

 

「あ……」

 

地下バ道に引き上げてきて、ちょっと落ち着けるかと思ったところで、

スーちゃんがすごい勢いでこっちに駆け寄ってくる。

現役時代かと見間違うほどの俊足だった。

 

「おめでとうっ!」

 

「むぎゅっ」

 

と思ったら、勢いそのままに抱き着かれて、情熱的に抱き締められた。

 

「ダービーよ! ダービーで勝ったのよ私たち!」

 

「そ、そうですね」

 

「やったわね! あははっ!」

 

そして、2度3度と振り回される。

普段クールなスーちゃんがこんなに喜びを爆発させて、はしゃぐなんてなあ。

やっぱりダービーは特別なんだと思わされる。

 

スーちゃんは大レースこそ勝って、年度代表ウマ娘にもなっているけど、

ダービーは勝てなかったからね。

トレーナーになったからには、どこかで今度こそダービーを、と思っていたのだろう。

 

でも、自身の孫娘が勝ったときよりも喜んでない?

 

「ダービー制覇! うふふふ!」

 

「あ、あの、うれしいのはわかりましたから、

 そろそろ放してもらえると……映ってますよ」

 

「はっ!? ご、ごめんね。おほほほ……」

 

俺から言われて、ようやく我に返ったのか、俺を放したスーちゃん。

周りをマスコミ関係に囲まれて、写真や映像をバッチリ撮られていることにも気づいたのか、

慌てて取り繕い始めるが時すでに遅し。

 

大丈夫だよスーちゃん。

名門出身のお嬢で、どこか固くてとっつきにくいってイメージが先行してると思うけど、

今の姿を見てもらえれば、ファンの人にも本当の人柄をわかってもらえるよ。

 

よかったねスーちゃん!(他人事

 

「勝利ウマ娘インタビュー、よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

レースが確定したところで、メインの放送局からインタビューの依頼が来た。

軽く身だしなみを整えて、カメラの前へ。

 

その途中、関係者の中に、何か言いたそうにちょろちょろしている

乙名史さんを見つけたので、目が合った瞬間にウインクしてあげた。

 

“またあとでね”

 

引き続き密着取材は受けてるんだからさ。

あとで必ず機会はありますし、作りますから。

 

すると意図が伝わったのか、安堵した顔で頷いてくれた。

 

「えー放送席放送席、見事レコードでダービーを制しました、

 ファミーユリアンさんにお越しいただきました。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

勝利インタビューを受けるのもこれが初めてだ。

あ、この人どこかで見たことある。

と思ったら、お台場局の某有名アナウンサーさんだった。

 

「良いスタートから先頭に立ちました。道中はいかがでしたか?」

 

「はい、想定したとおりに走れました」

 

「逃げ宣言をされていた通りの展開となりましたが、

 ご自身で想定されていたものと変わりありませんでしたか?」

 

「そうですね」

 

「後ろに1人ついてきていましたが、意識はされましたか?」

 

「いえ、特には。自分のレースをするだけだと思っていたので」

 

「直線を向いてからは、前走同様、圧巻の走りでしたね」

 

「ありがとうございます。がんばりました」

 

「2分24秒7のダービーレコードにして日本レコード、

 ダービー史上最大着差の9バ身という結果に対しては、いかがでしょう?」

 

「はい、あの~……一生懸命走った結果ですので、単純にうれしいです、はい」

 

レコードだの最大着差だの言われても、他に答えようがない。

終わったばかりで、実感もあんまりないしさ。

 

きっともうちょっと時間がたったときに、

レース史上に残る大偉業を成し遂げたんだよって言われて、

ふおおお、って悶えることになるんだと思います。

 

「この勝利を、誰に1番伝えたいですか?」

 

「ええと、孤児院のみんなに。というか見に来ているので、

 みんなもう知ってると思います」

 

「なんてお伝えしますか?」

 

「ん~、月並みですが、やりました勝ちました! と言うと思います」

 

「記録づくめで聞きたいことが山ほどあるんですが、

 申し訳ありません、時間の関係で最後に――」

 

「すいません最後というなら、私から一言いいですか」

 

「え、あ、はい、どうぞ」

 

最後という単語を聞いて、強引に話の主導権を奪った。

レース前から、勝ったらインタビューを受けるだろうから、

そのときにどうしても言いたいことがあるって思ってたんだ。

 

テレビ側で聞きたいこともあるんだってわかりますけど、

こっちもこれだけは譲れないんで、申し訳ないですけど許してください。

 

あとでなら、もっと取材受けますから。

 

「サクラスターオーさんへ」

 

「……!」

 

スターオーちゃんの名前を出した瞬間、

周りの人たちすべてが、ギョッとしたのを感じた。

それでも構わず、言いたいことをカメラの向こうへ言う。

 

「見ててくれましたか? 約束守りましたよ。

 だからあなたも約束守ってくださいね」

 

またしても皐月賞のときのルドルフと同じことしてるな~と思いつつ、

いや、実名出しちゃってる分、俺のほうがタチ悪いわな。

 

パッションの赴くまま、勝ったハイテンションそのままに、

俺はカメラに向かって拳を突き出した。

 

「秋に京都で会いましょう!」

 

俺たちの関係を知らない人たちがどう受け止めたのかはわからないけど、

俺にははっきりと、『はい、必ず!』って頷くスターオーちゃんが見えた。

 

 

 

第54回 東京優駿 結果

 

1着  1 ファミーユリアン  2:24.7R

2着  8 メリーナイス      9

3着  2 レイニースワン     6

 

12.3-11.5-12.2-12.1-12.0-12.6-12.6-12.7-12.3-11.7-11.3-11.4 2:24.7

1000m通過60.1 1000~2000m 61.9

2000m通過2:02.0

4F 46.7 - 3F 34.4




ダービーウマ娘リアン爆誕!



メリーナイス
「ファミーユリアン被害者の会を立ち上げたいと思います。
 とりあえずキョウカイシップさん(青葉賞2着)を勧誘します」


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第46話 孤児ウマ娘、激闘終えて

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(ダービー・リアルタイム視聴組の反応)

 

:いよいよダービー発走だな

 

:リアンちゃん頑張れ!

 

:ここの住人は、もちろんリアンちゃんに投票したんだろうな?

 

:当たり前田のクラッカー

 

:古いwww俺も投票したけど

 

:ネタがわかるおまえも同類さ

 

:現地にいる俺に隙は無い

 

:現地ウラヤマシス

 

:よくここに書き込めるな。ごった返しているだろうに

 

:勝負服ええやん

 

:名前的に和風要素ないけど、似合ってるな

 

:スピードシンボリから贈られたんだってよ

 おさがりと言うと言葉が悪いが、それだけ期待されてるってことだ

 

:若かりし頃のスピードシンボリ氏の写真、拾ってきた

 

 https://www.********

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:有能スレ民に感謝

 

:2番目はどういう写真だこれ

 

:ローアングラー歓喜

 

:3つめは天皇賞勝ったときのか

 

:どこに落ちてたんだ? ありがとん

 

:ポーズも同じやんけ!

 

 比較画像

 https://www.********

【挿絵表示】

 

 

:マジで同じだw

 

:指導入ったかw

 

:よく拾ってこれたな。サンクス

 

:下は違うんだな。袴からミニスカになってる

 

:そこは現代っ子の感性だろう 

 

:さて、逃げ宣言してはいるが、上手く逃げられるか

 

:変に絡んでいくやつが出なけりゃいいが

 

:絶対逃げなきゃいけないタイプでもないし、大丈夫だろう

 ……と楽観してる。大丈夫だよな?

 

:3勝中2勝が逃げ切りなんですがそれは

 

:まあ大丈夫だろう、うん(根拠なし

 

:くそっ、1番人気には届かなかったか

 

:会員何やってんの、弾幕薄いよ!

 

:1番人気には何の意味もない。狙うは1着のみだ

 

:その通り、勝てばよかろうなのだ

 

:ファンファーレキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:すごい歓声

 

:好スタートからのダッシュ! 決まった!

 

:単独先頭で1コーナー。これはもらったな

 

:同舞台の同距離逃げ切ってるリアンちゃんなら問題あるまい

 

:良い逃げっぷりだ

 

:ん? 2番手と詰まってきた?

 

:4コーナー手前でぴったり付かれちゃったぞ

 

:バテたわけじゃないよな?

 

:引き付けたんだと信じたい

 

:超前傾キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:つwよwいw

 

:離す離すw

 

:勝ったどぉおお!!!

 

:リアンちゃんやったー!

 

:おめえええええ!!!

 

:今日は祭りじゃあああああ!

 

:これもう2400じゃ敵いないんじゃないかなってレベル

 

:9バ身www2分24秒7wwwファーwww

 

:「2400逃げ切るとはこういうことだ」

 カッコイイ!!

 

:1着2着が9バ身、2着3着が6バ身

 圧倒的ではないか、我がリアンちゃんは

 

:2着のメリーナイスが不憫すぎる

 例年なら圧勝だったのになあ

 

:勝負の世界ってのはそんなもんよ

 

:リアンコールwww

 

:すげぇ、こんなの初めて

 

:ファーwwwリアンちゃん、小物(小柄)界の超大物www

 

:今回のリアンちゃんが作った新記録まとめ

 

 ・ダービー史上最大着差(9バ身)

 ・芝2400m日本レコード&ダービーレコード

 ・最少キャリアでのダービー制覇(4戦目)

 ・青葉賞組からのダービー初制覇

 

 えーと、以上でおk?

 

:おk

 

:改めて見ると異常で草

 

:以上で異常、とな?

 

:審議拒否

 

:ここまで新記録が重なることってある?

 

:リアンちゃんが勝ってくれたのはもちろんうれしいけど、

 他陣営はもっと考えなきゃいかんな

 少なくとも、単独先頭で直線向かれたら勝てないぞ

 

:とはいえ、ダービーの大舞台で逃げるというのも勇気がいるだろうよ

 

:リアンちゃんが負ける要素が、今のところ見当たらない

 それこそ玉砕覚悟で逃げたやつが複数出て超ハイペースに巻き込まれるか、

 葉牡丹賞のときみたいにアクシデントで出遅れるか、これくらいじゃないか

 

:アクシデントはともかく、早くなりそうだと思ったら、

 リアンちゃん2番手3番手で控えるんじゃないかな?

 

:んだんだ、普段の落ち着いた様子に加えて正確にラップ刻める冷静さがあるから、

 少なくとも共倒れということはないと思うべさ

 

:葉牡丹賞では、出遅れても最内突っ込んで勝ったしな

 判断力と洞察力も文句なし

 

:プラス直前大雨の泥んこバ場も経験克服済み

 

:ますます死角ないやん

 

:アレは特殊すぎて参考にならん

 でもクラシック級では1人抜けた存在だと思う

 

:あとは、夏の間に誰か力をつけてくるか、だな

 

:なんにせよ、リアンちゃんおめでとうっ!

 

:おうよ、心の底から祝福するぜ!

 

:孤児院から日本一かあ。どこかで何かが壊れる音したな

 

:エリート涙目

 

:スピードシンボリさんwww

 

:勝った本人よりも大喜びで草

 

:お堅いイメージだったけど、こういうところもあるんだな

 

:現役の時はダービー勝てなかったからね、しょうがないね

 

:いまさら取り繕っても遅いぞ女史w

 

:現役全く知らんけど、スピードシンボリも好きになったわ

 

:というより勝った直後なのにリアンちゃん落ち着きすぎやろ

 

:それも普通のレースならまだしもダービーだからな

 

:達観した子やわあ

 そりゃダービーも圧勝するよ

 

:すげえ落ち着いたインタビューだ

 

:この年でここまでしっかりと受け答えできるのもすごいな

 

:まあ事前イベでも質問の嵐を乗り切ったしな

 

:サクラスターオーに言及!

 

:なんやなんや、宣戦布告かいな?

 

:いや、約束ってことだから、事前にスターオーと話してたんだろ?

 

:交流あるのか?

 同じ学校通ってるんだから、面識くらいはあるかもだが

 

:前に何かの取材で、仲の良い後輩って言ってたような

 

:スターオーも、皐月賞後に憧れの先輩ですって言ってる

 身体が弱くて走れなかった時期があって、リアンちゃんの動画見て、

 励みになってたそうだ

 

:先輩後輩のライバル関係、いいね

 

:あのリハビリ動画か?

 実際に力になってた子がいたのか

 

:それがトレセン学園入って、同じクラシックを争うなんて、

 もう運命やん

 

:三冠目で皐月賞ウマ娘とダービーウマ娘の決戦だ

 

:「秋に京都で会いましょう!」

 俺も京都に行くぜ! 今から有休申請だしとく。

 続け皆の衆!

 

:ごめん、地方民にはやっぱ無理

 

:(´・ω・`)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピピピピピ♪

 

 

「……んぁ?」

 

携帯のアラームで目が覚めた。

枕元の携帯を探して手にし、手動でアラームを止める。

 

「……なんか全然寝た気がしない」

 

まあ、そりゃそうか。

 

なんせ夕べは、いくつもの新記録を出してしまったせいで、

ウイニングライブの後もテレビにラジオに雑誌に新聞にと取材のオンパレードで、

寮に帰ってこられたのは22時を回っていたからなあ。

 

オリンピックとかでメダルを取った選手に取材が殺到して、

夜遅くになってもテレビなんかに出ずっぱりってことあるだろう?

あれと同じような感じ。

 

おかげで、院長たちともあんまり話せなかったし、

乙名史さんの取材もあんまり受けられなかった。

 

結局寝床に入れたのは日付が変わってからで、

興奮冷めやらぬ状態だったのか、なかなか寝付けなかったしさあ。

 

もちろん同室のルドルフにも色々と気を遣わせちゃって、

寝たのも俺と同じか、俺よりも遅いくらいだろうから、

普段から朝に弱いあいつが起きているわけ――

 

「おはよう、リアン」

 

――ファッ!?

あのルドルフが、俺より早く起きているだと?

 

「おはよ。自分で起きたんだ?」

 

「ああ。今日くらいは、君に頼らず起きようと思ってね」

 

「悪いね、気を遣わせちゃって」

 

「なに。普段が君に頼りきりだからな」

 

そう言って微笑むルドルフ。

 

トゥインクルシリーズから退いたあとも、朝起こすのは俺の役目だったからな。

レースがなくても生徒会の仕事で疲れているだろうからさ。

 

「それより、身体に異常はないか?」

 

「ん~……」

 

ルドルフから聞かれて、布団の中で身体をもぞもぞと動かしてみる。

んむ~、さすがに疲れは残ってるかなあ。

 

「とりあえず異常はなさそう。疲れはあるけど」

 

「そうか。少し足をマッサージしよう。

 うつ伏せになってくれ」

 

「え? や、いいよいいよ。学校もあるし、

 天下の皇帝様にそんなことさせるわけには――」

 

「さあ早く」

 

「……はい」

 

というわけで、10分くらい、ルドルフに足を揉んでもらいました。

 

だからルドルフおまえさあ。

レースで使う機会が減ったからって、俺に威圧感使うのやめてって言ったでしょ!

こんなプライベートな場面で使ってどうするのよ……

 

まったくもう、ぷんすか!

あ、マッサージは大変気持ちようございました。

 

 

 

 

 

「いよっ、ダービーウマ娘っ!」

 

教室に入ると、どこからともかく、そんな声が飛んできた。

ハッとして教室内を見回すと、みんな笑顔で、声援と拍手を送ってくれている。

 

「おめでとうっ、ファミーユリアンさん!」

 

「ライデンさん……」

 

そして、真っ先に俺のところまで来て、俺の手を取り、

笑顔で祝福してくれたのがニシノライデンちゃんだった。

 

「私、のちのダービーウマ娘を吹っ飛ばしちゃったんだって、

 自慢してもいいかなっ?」

 

「え……」

 

「こらっライデン! 調子に乗るな!」

 

「また斜行しても知らないぞ!」

 

「えへへ。とにかく、おめでとうファミーユリアンさん!」

 

「うん、ありがと」

 

本気とも冗談とも取れないライデンちゃんの発言に、

クラス中からブーイングが飛ぶ。

そんな声にライデンちゃんは照れ臭そうに笑うと、自席へと戻っていった。

 

ブラックジョークってレベルじゃねえぞ、ライデンちゃん。

一瞬心臓が止まるかと思っちゃった。

 

自虐するのも程ほどにな?

 

「みんなも、ありがとね」

 

「いいってことよ!」

 

「貴女が苦労してるのはみんな知ってるからね」

 

「少しでも報われてくれたらいいなって、みんな思ってたよ」

 

「みんな……」

 

……なんだろう、クラスメイト達の思いが重い。

いや、洒落じゃなくて、本当にね?

 

苦労してるのは俺だけじゃないってのに、そこまで言ってくれるなんてなあ。

比較的恵まれた子の多いC組とはいえ、勝負の世界で、

ここまで他人を思ってくれることが、どんなに尊く、つらいことか。

 

「………っ」

 

そう思ったら、急に目頭が熱くなって、どうにもならなくなった。

我ながら恥ずかしいが、目元を抑えて泣き出してしまう。

 

「あ、あ~、リアンさん泣かないで」

 

「何か悪いこと言っちゃったかな!?」

 

「いやそうじゃないでしょ。……そうじゃないよね?」

 

俺の反応に焦った子たちが慌てだす。

違う、そうじゃないんだ。純粋にうれしかっただけなんだよ。

 

本当にもう、ウマ娘たちは良い子ばかりで……

 

「リアンは実は泣き虫だからな、みんな安心してくれ。

 みんなの気持ちが嬉しかっただけだろう?」

 

「……うん……うんっ……」

 

「よかったあ」

 

ルドルフの声にぐずりながらも頷くと、周りの子は安心したようだ。

しかし、俺自身の気持ちは全く収まらない。

 

「リアンも、泣いてないで席に着こう」

 

「……むりぃ。ひっく……」

 

「やれやれ、仕方ないな」

 

これでもかというくらいの泣き顔をルドルフに晒すと、

ルドルフは苦笑して俺を抱き締め、背中をポンポンと撫でてくれる。

 

「ほら、良い子だから泣き止むんだ」

 

「……うぅ」

 

 

「てぇてぇ……」

 

「リア×ルドかと思ってたけど、ルド×リアもありかも」

 

「身長差からしたらそっちよね~」

 

 

なんか一部からは妖しげな声も聞こえてくるが、

号泣状態の俺にそんなことを気にしている余裕などない。

 

結局、先生がやってくるまでに、気持ちが落ち着くことはなかった。

 

虐めでもあったのかと慌てる先生に、

そんな先生の様子に誤解ですと大慌てになるクラスメイト達。

もはや収拾つかんかった。

 

 

その日はスターオーちゃんとは会えなかったけど、

昨夜のうちにメッセはもらっているから問題ない。

 

内容? 普通にお祝いと、

私も京都に行くから待っててくださいってことだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パ、パーティー、ですか」

 

『ああ。ダービー勝利を祝して、盛大に祝勝会をしようと思うんだ。

 今度の土曜日は空いているかね?』

 

「平気、ですけど……」

 

『そうか、よかった。では土曜の夜は空けておいてくれたまえ。

 学園には申請しておくから心配ないよ』

 

「は、はい」

 

驚きの電話をかけてきたのは、もちろんお父様だ。

何でもこの週末に、俺のダービー勝利を祝して、パーティーを開くんだと。

 

もちろん、やってもらえるのはうれしいけど、その規模が問題で。

 

「あの、ちなみに、お宅でのホームパーティー、ということですよね?」

 

『はは、冗談だろう? すでに都内の有名ホテルを押さえてあるよ。

 財界人も相応に招待しなければね』

 

「そ、そうですか」

 

『ああ、そういうことか。なに、心配は要らない。

 今回のダービー勝利は君だけではなく、うちの母も関わっているからね。

 君を厚遇していたとしても、うちとの関係は公にはならんだろう』

 

「は、はあ」

 

今のところ、俺にシンボリ家がスポンサーとして付いているというのは、

門外不出のトップシークレットである。

 

確かにお父様が仰る通り、スーちゃんがトレーナーとして手にした最初のG1で、

しかもダービーだから、彼女の担当である俺が出席したとしても不思議ではない。

勝ったのは俺だし、むしろスーちゃんと並んで主賓ということになるだろう。

 

だけど、お父様、そうじゃない。そうじゃないんだ……

 

都内の有名ホテルで、財界人を招いて、盛大に祝勝パーティー?

どんな罰ゲームですか?

 

『ではそういうことだから、よろしく頼むよ』

 

「は、はい、わかりました。……ふぅ」

 

電話が切れるとともに、大きなため息が漏れた。

 

恐れていた事態になってしまった。

名門と付き合っていくうえで1番厄介なのが、こういう『社交場』への出席だ。

これまでは成績が伴わなかったから、たいした話もなかったけど……

 

ダービーを勝ってしまった以上は、もはや避けられない。

わかってる。わかっちゃいるけど、根が庶民も庶民な身の上では、

戦々恐々としてしまうのもわかってもらえるだろう?

 

何を言われ、何を求められることやら。正直怖い。

ああ見えて、ルドルフも色々と『お付き合い』してきたんだろうなあ。

 

もうホテル押さえてるってことだし、絶対断れない。

はあ~、どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜、夜。

 

昼過ぎごろにお迎えが来て、大変お世話になっているいつものリムジンで、

ルドルフと一緒に会場となる某一流ホテルへと移動。

ルナちゃんがいてくれるのは心強いけど、いまだ不安がぬぐえない。

 

大丈夫かな……

 

「お待ちしておりました。さあさ、お召し物を変えましょう。

 こちらへどうぞ」

 

「え?」

 

控室へ通されるなり、用意されているという服への着替えを促された。

 

ええと、学園の制服じゃだめですか?

……はい、ダメですよね。はい、わかりました。

 

「きっとお似合いになりますよ」

 

「だといいですね……」

 

はてさて、どんな服を着させられるのやら……

 

 

 

 

 

「ただいまより、ファミーユリアン、第54回東京優駿祝勝会を行います」

 

司会者によって、会が始められる。

立食形式の会場内は、すでに招待客で満員のようだった。

 

こんな中を、こんな格好で出て行かなけれならなんのか。

もう不安で不安でしょうがない。ここでも正直逃げたいよ。

 

「何を不安がってるの。よく似合ってるじゃない」

 

一緒に登場していく予定のスーちゃんが隣にいて、

こう言ってくれてるけど、本当ですかねぇ?

 

ちなみにスーちゃんはさすがに場慣れして落ち着いたものだ。

俺とは対照的な漆黒のドレスが良くお似合いです。

まだまだ現役で通じるんじゃないっていうくらい。

 

「こんなの初めてなんですから、緊張するに決まってます」

 

「そう? 私は最初の時も気にならなかったわね」

 

そりゃ生まれが違いますからねぇ。

あなたは生粋のお嬢様、俺は庶民の中でも底辺ですので。

 

「それでは、本日の主役お二方に登場していただきましょう。

 ファミーユリアンさん、スピードシンボリさん、どうぞー!」

 

「行くわよ」

 

「はい」

 

司会者と、スーちゃんからも促されて、舞台袖から登場していく。

大きな拍手が沸き起こった。

 

舞台中央に立って一礼し、会場内を見回す。

うーむ、すごい人。みんながみんな相応に立場のある人たちなんだろうから、

壮観ではある。あるけど、やっぱり場違い感は否めなかった。

 

「第54代ダービーウマ娘、ファミーユリアンさんです」

 

「ご紹介に預かりました、ファミーユリアンです。

 今回の勝利はひとえに、トレーナーをはじめとする皆様に支えられての

 ものだと思っております。どうもありがとうございました」

 

紹介されて一言挨拶すると、拍手が一層大きくなった。

 

「ファミーユリアンさんの専属トレーナーにして、

 ダービートレーナーのスピードシンボリさんです」

 

「トレーナーのスピードシンボリです。

 リアンさんはああ言ってますが、彼女の実力があってこその勝利です。

 私はおまけに過ぎません。リアンさんこそ褒めてあげてください」

 

続いて堂々と挨拶するスーちゃん。

いや、持ち上げてくれるのはうれしいけど、

この場では恥ずかしいだけだからやめてください。

 

「お二方に、花束の贈呈です」

 

「おめでとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

俺とスーちゃんの双方に、花束が渡された。

俺にはピンクの、スーちゃんには赤を主体にしたもの。

 

「写真撮影をされる方、前へどうぞ!」

 

マスコミ関係者もいるのか、ごっついカメラを持った人たちが前へと出てきて、

パシャパシャと撮影される。相変わらずフラッシュがまぶしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

これが明日の新聞に載ったりするんだろうか?

うへえ、勘弁してくれよ……

 

レース中や直後の写真ならともかく、こういうのはなあ。

端的に言って、恥ずかしい。

 

「本会主催のシンボリ家ご当主様より、ご挨拶をいただきます」

 

司会者がそう言うと、正装したお父様が舞台へと上がってきて、

マイクを渡されて挨拶を始める。

 

「おかげさまを持ちまして、我がシンボリ家は、

 ここ5年で3人ものダービーウマ娘を輩出することとなり――」

 

お父様のご立派なご挨拶。

 

ここ5年で3人? ルドルフに、シリウスだろ?

もう1人は? もしかして俺?

しっかりシンボリ家にカウントされている俺ェ……

 

これ関係ばらしてるも同然じゃないの?

迂闊なこと言っちゃっていいのかなあ?

 

まあスーちゃんの教え子だから、関係あるっちゃああるんだけれども、

身内に含んでいいものなのかどうかは、俺っち、かなり疑問。

 

「……でありますから、今後ともファミーユリアンさんとシンボリ家を

 よろしくお願いいたします。舌足らずな面も多々ございますが、

 以上で私の挨拶といたします。ありがとうございました」

 

再びの拍手の中を、お父様が舞台から降りていく。

途中で、俺に軽くウインクをしていったお茶目な人だ。

 

今まさにシンボリの絶頂期、と言っていいんだろうな。

 

「それでは本日のご来賓の方々をご紹介いたします。

 ○○新聞社取締役○○様、○○銀行○○支店長○○様、○○出版スポーツ部部長○○様――」

 

続けて来賓の紹介に移ったんだが、まああれよあれよと。

新聞社だの、銀行だの出版社だの。

それも、取締役やら店長やら部長やら、幹部クラスがごろごろ来ていて、

改めてシンボリ家の影響力の大きさを思い知らされた。

 

乙名史さんたちも呼べればよかったんだけどなあ。

さすがに俺の一存で来賓までは決められない。

 

取材だって言えば許可してもらえたかな?

一部のマスコミは入っているみたいだし。

 

こうしてしばらくは舞台の中央に立たされて、

いろんな人の話を聞かされる格好で時間は進んでいき、ようやく解放されたのは、

開会から1時間以上も過ぎたころだった。

 

 

 

 

 

 

「はあ~っ、やっと解放された。やっとごはん食べられる」

 

「おつかれさまだ」

 

ルドルフと合流し、並んで、用意された豪華な食事に手を付ける。

せめておなか一杯食べないと割に合わん。

 

「さんざん待たされたからおなかペコペコだよ」

 

「はは、私もだ。よく食べて英気を養ってくれ」

 

「うん、そうする」

 

とはいえ、俺の小さな胃袋じゃ高が知れてるけどね。

だいぶ改善したとはいえ、ウマ娘の標準からすると、まだまだ小食の部類に入る。

 

お、アレ美味そう。……うむ、美味。

 

「それにしても、勝ったら勝ったで大変なんだなあ」

 

「そうだろう? 楽なことばかりじゃないぞ、勝っても」

 

「うん、いま身をもって体感してる」

 

ルドルフが言うと説得力が違うなあ。

現在進行形で体感していることもあって、2倍以上の実感がある。

 

思えばこいつは、こんなんじゃ比較にならないくらい、

社交界にも引っ張り出されてたんだろうなあ。

 

俺らと同じように、綺麗に着飾ったルドルフ。

まさにテレビや新聞の中の世界といった感じで、

実感しているとはいえ、どこか別世界という感じもしているのが本音だ。

 

「リアンがダービーを勝ってくれて、私も自分のことのようにうれしかった。

 君と苦楽を共にしてきたという自負もあったから、余計にね」

 

「うん、ありがと。ルームメイトがルドルフで、本当に良かったよ。

 ルドルフじゃなかったら、どこか途中で諦めちゃってたかもしれない」

 

「お互い様だ。私もリアンのおかげで救われたことがたくさんある」

 

そう言って、微笑み合う。

 

本当に、いろんなことがあったよなあ。

様々なことが走馬灯のように浮かんでは、鮮明に思い出される。

 

あ、いや、別に死ぬわけじゃないし、引退するわけでもないから安心して。

勘違いさせるような言葉使って申し訳ない。

 

「ドレス、よく似合っているぞ」

 

「そうかなぁ? 子にも衣裳ってことでしょ?」

 

「いや、お世辞でも何でもなく、似合ってる。

 君もウマ娘だっていうことを自覚したほうがいいな」

 

あれ、誉め言葉じゃないって知ってるか?

言うときはTPOをちゃんと弁えようね?

 

ルドルフは苦笑してるけど、だから俺は単なるモb――

 

なんて、とてもじゃないけど言えなくなってしまった。

なんせダービーウマ娘だもんな。

これでモブだったら、モブの定義が壊れてしまう。

 

「この先もレースは続くし、まだまだがんばるから、

 これからもよろしくね、親友」

 

「ああ、私からもよろしくだ、親友」

 

食事の手を止めて、右手を差し出すと、

ルドルフもにっこり笑って手を差し出し、力強く握り返してくれた。

 

 

 




「馬」子にも衣裳?
うま、ってなんですか?(すっとぼけ


スーちゃんの画像に関連して、動画を上げてみました。
躍らせてみたら、想像以上にかわいくてピッタシでした。
よろしければ以下のURLからご覧になってみてください。
https://youtube.com/shorts/_WcBqvpNi7c?feature=share
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41379528


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第47話 孤児ウマ娘、大きくなる

 

 

 

7月。

 

ダービーウマ娘として迎える夏休みを前にして、

出身の孤児院に里帰りしてみることにした。

 

学園に入学した年に1度帰ったきりだったし、

G1を、それもダービーなんて勝ってしまった手前、

この先は外出するのがもっと大変になってしまいそうだし、

院長にも1回帰ってらっしゃいって言われたこともある。

 

よって、夏休みの合宿前の土曜日に、“帰省”することにしたのだ。

 

電車とバスを乗り継いで、孤児院へ。

途中、子供たちへのお土産に、お菓子とおもちゃをたんまりと買い込んだら、

かなりの大荷物になってしまって一苦労。

 

他にも、思うところがあってわりかし大きな荷物を持ってきているし、

真面目にタクシー使えばよかったかと後悔し始めてる。

 

それに、ただでさえクソ暑い中を、

正体がばれないように変装しているものだから、汗だくである。

 

帽子はまだしも(もちろん普通の人間用の帽子で、耳を隠している)、

尻尾をズボンの中に入れるというのは、相当暑苦しい。

 

前世的には、なくて当然だったものがあるという、不思議な感覚。

最初のころは違和感バリバリだったが、逆にもうあるのが自然になっているのだから、

慣れというのは恐ろしいものだよね。

 

というわけで、孤児院に到着。

だいたいの時間は伝えてあるので、待ってくれているはずだ。

 

「おかえりなさい、リアンちゃん」

 

「ただいまです」

 

呼び鈴を鳴らすと、すぐに院長が扉を開けてくれる。

自然に『おかえり』と言われてしまったので、こっちもただいまと言うしかなくなった。

気恥ずかしいとかいう以前の問題だった。

 

「暑かったでしょう。ささ、中に入って」

 

「はい。あ、これお土産です。子供たちにあげてください」

 

「まあ、わざわざありがとね」

 

山のような荷物を差し出して、一緒に出迎えてくれた職員さんに渡す。

足りなくはないよな? 一応、人数分は買ってきたはずだけど。

 

「少し大きくなった?」

 

「どうですかね? 4月に測ったときは、143でしたけど」

 

「リアンねーちゃんっ!」

 

「っと」

 

中に入ると、その子供たちからも早速のお出迎えだ。

数人が駆け寄ってきて、抱き着いてくる。

 

「ダービー、すごかったよ!」

 

「つよかったね!」

 

「応援ありがとね」

 

「えへへ♪」

 

頭を撫でてあげると、へにゃっと微笑んでくれる。

かわいい。天使。

 

「こらこら、気持ちはわかるけど、こんなところじゃなんだから、

 暑いんだし早くお部屋へ行きましょう」

 

「はーい」

 

院長の言葉に従って、子供たちは我先にと駆け出していく。

俺に1番懐いている子だけは離れてくれなくて、そのまま歩いていくことになり、

院長も俺も苦笑するしかなかった。

 

「……おおっ」

 

そして、リビングルーム的な大部屋に入った瞬間、思わず声を上げてしまった。

というのも

 

「綺麗になってる!」

 

部屋が、新築物件かと思わされるくらいに、綺麗になっていたからだ。

壁紙は新しくなってるし、フローリングの床もピカピカ、

置かれているテーブルや椅子、サイドボードなどの家具類も新調されている。

 

最後に来たときは、俺がいたときと変わらずボロかったのに、

これはいったい?

 

「ふふ、驚いた?」

 

目を丸くしている俺に、院長が微笑みながら言ってくる。

 

()()()()からまとまったお金を寄付してもらえたから、

 思い切って、リフォームしたのよ」

 

「そうなんですか」

 

子供たちがいる手前、生々しい話は避けて院長が説明する。

 

無論、彼女が言う親切な方とは俺のことだ。

2戦目の賞金もそのまま寄付したから、かなりの金額であることは間違いない。

 

ありがたく思いすぎてしまったり、もったいないと思ったりで、

下手すると使ってくれないかもという危惧もあったんだが、

どうやら杞憂に終わってくれたみたいだ。

 

「キッチンも新しくしたの。見る?」

 

「見ます見ます!」

 

ほお、あの昭和の、それも中期頃のなんじゃないかと思うくらいの

ボロさと汚さだったキッチンも直したんですか? どれどれ?

 

「お~」

 

再び声が出た。

だって本当に見違えたんだもん。

 

すげぇ、食洗器と乾燥機もあるじゃないか。おおっ、オーブンまで。

逆に職員さんたちのほうが貧乏性に陥っていそうな環境だったが、

結構豪快にお金を使ってもらえたようだ。

 

大いに本望である。結構結構。

 

「子供たちのお部屋にもね、エアコンを完備できたの」

 

おおお、リビングにしかなかったエアコンが、各部屋にも。

 

これで寝苦しい熱帯夜ともおさらばだね。

本当に、扇風機だけで凌ぐのはきつかったな。

この夏は快適に過ごせますね。

 

「それもこれも、すべては()()()()のおかげよ。

 感謝してもしきれないわ」

 

「本当にそうですね。今後もあるかもしれませんよ」

 

「あら、リアンちゃんにそんなことがなんでわかるのかしら?」

 

「さあ、なんででしょうか」

 

青葉賞とダービーの賞金もありますのでね。

それこそ、前までとは桁が1個2個違うんだ。

 

「ありがたくはあるんだけど、でもね、リアンちゃん」

 

「なんです?」

 

「うちはもう十分だから、その方には、

 違うところにも目を向けてほしいなと思うの」

 

「違うところ?」

 

「ええ。貧しいところは他にもごまんとあるでしょう。

 その方には他にもできることがたくさんあるでしょうし、

 援助してもらっておいて生意気なことを言うようだけれど、

 うちだけに拘ってもらいたくはないの」

 

「他に、できること……」

 

確かに院長の言うとおり、お金がなくてひいこら言っている人たちは

他にも大勢いるだろうし、困っている施設も多くあろう。

 

他にもできること、なあ。

それはもちろん、お金の問題だけではない、ということですよね?

 

……難しいなあ。

メディアに露出の多いレース界だし、人気もあるし、

それもG1勝ちウマ娘ともなれば、その発信力は大きいか。

 

でも下手こくと炎上案件になりかねないしなあ。

難しい。実に難しい……

 

「わかりました。考えてみます」

 

「あらあら、どうしてリアンちゃんが考えるのかしら?」

 

「あ……そ、そうですね、何を言ってるんだか。すいません」

 

あぶね、せっかくのお芝居が台無しになることだった。

慌てて謝ると、院長は仕方のない子ねとばかりに苦笑している。

その笑みの裏側には、確かな期待があるようだ。

 

敵わないなあ、院長には。

トレセン学園受験の件といい、俺この人に一生頭が上がんない。

 

……あれ? 考えてみれば俺って、

周りにそういう人ばっかりじゃない?

 

どんだけ助けられてきてんだよ、俺ってば(汗)

 

「ねーちゃんねーちゃん!」

 

「院長先生も、むずかしいお話はもう終わった?」

 

「こっち来て遊ぼうぜ~」

 

ここで、俺たちの様子にしびれを切らした子供たちが騒ぎ始めた。

いけねぇ、子供たちほったらかしだったな。

 

「あーはいはい、いま行くよ~」

 

「リアンちゃんが買ってきてくれたお菓子があるから、

 一緒にお話ししながら食べましょうね」

 

「本当? やった~」

 

「喜ぶ前に、お礼を言いなさい?」

 

「リアンねーちゃん、ありがとうっ!」

 

「はいはい、どういたしまして」

 

やっぱり子供たちは天使だ。

かわいい笑顔を見ているだけで癒される。

気力もフルチャージされました。

 

合宿に向けた意気込みがマックスになったのはもちろんのこと、

今後の人生についても考えさせられる、実に意義深い帰省になった。

 

「それと、みんなにというか、ここで預かってほしいものがありまして」

 

「まあ、なにかしら?」

 

「これです」

 

そう言って、子供たち用とは別に持ってきていた荷物を開封。

 

「じゃん」

 

「これって、トロフィー?」

 

「はい、ダービーの優勝トロフィーです」

 

「まあ……」

 

「すっげー!」

 

「金ぴか!」

 

「かっこいい!」

 

出てきた代物に、院長は目を丸くして言葉を失い、

子供たちは総じて目を輝かせた。

 

「手元に置いておいてもしょうがないんで、

 ここで保管しておいてもらえないかと思いまして」

 

「構わないけど、いいの?

 こういうのは自分の手元に残しておきたいんじゃないの?」

 

「いえ、残しても意味はありませんから。

 押し付けてしまうようで悪いんですけれども」

 

「とんでもない。リアンちゃんの努力の結晶だもの。

 ここはリアンちゃんの家なんだし、喜んで引き受けさせていただくわ」

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

「ええ」

 

院長にトロフィーを手渡す。

おそるおそる、まるで神々しいものでも受け取ったかの如くな院長の姿に、

少しジーンとしてしまった。

 

シリウスが勝った時にフライングで手にしたことのあるダービーのトロフィーだけど、

こうして自分が勝ち取ったものだと思うと、また違った感慨があるね。

 

「みんなの励みになるわ。

 1番目に着くところに飾っておきましょうね」

 

なんだか恥ずかしいけど、預かってもらう立場だから何も言えない。

祭壇に飾って拝みでもしそうな雰囲気である。

 

いや、それだけはやめてほしいかな~って。

 

それと、院長はああ言ってたけど、この孤児院に対する寄付はやめないよ。

前みたいな大金というわけではなく、少額でもいいから毎月送る。

 

レースで活躍できなきゃすべては水の泡だから、いっそう頑張らないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月。

例によって、千葉のシンボリ牧場での合宿だ。

 

「合宿を始める前に、おさらいよ」

 

「はい」

 

コースへ出る前に、スーちゃんと合宿目的の確認。

 

「今合宿1番の目標は、菊花賞に向けてのスタミナ鍛錬よ」

 

「3000mを走り切れるスタミナ、ですね」

 

「そう。言うまでもなく菊花賞は長丁場よ。

 余裕で走り切れるくらいのスタミナをつけることが、まず第一」

 

ダービーの2400とは、比べるまでもない長距離。

まずは完走できるスタミナがないと話にならない。

 

「第二には、これまでもやってきているけど、

 一定のペースを保って走る練習と、菊花賞を勝つために、

 1度息を入れて再加速するという走り方の習得よ」

 

「再加速」

 

「そう。どうもあなたは、これまでのレースと記録を見る限り、

 一定のペースで淡々と走るのは得意だけど、

 ペースを変化させることは不得意、というか慣れていない感じがあるのよね」

 

確かに、一定のペースで走るってことは得意だ。

練習を始めてすぐにできるようになったしな。

 

前世で、単純作業の繰り返し、なんて仕事してたからかな?

 

「菊花賞を逃げ切るのは、単純な一辺倒のペースでは到底不可能よ。

 逃げて菊花賞を勝ったウマ娘って、最新がいつの誰だかわかる?」

 

「いえ、わかりません」

 

「第20回のハククラマよ」

 

「ハク、クラマ?」

 

第20回っていつだ?

それに、その名前にも覚えはない。

 

「まあ知らなくても無理ないわね。

 私よりも年上で、同門の出だから、当時はお世話になったものだわ」

 

「そうなんですか」

 

スーちゃんよりも上の世代なのか。それも同門の出?

言われてみれば、セイウンスカイが勝った時に、なんか話に出てたような?

 

「それだけ難しいってことですね?」

 

「そう。普通に逃げただけでは勝つのは至難の業なの。

 まああなたが逃げるとは限らないし、逃げ以外の戦法を取ることも

 ありえるだろうけど、逃げる可能性が高いわよね?」

 

「そうですね。現時点では、1番走りやすいです」

 

前にも言ったかもしれないが、後方からのレースなど御免なのでね。

これも何度も言うけど、バ群に揉まれたくないし、進路が詰まるのは最悪なので。

脚を余らせるのってイヤだよね。

 

「そんな走り方ができる子なんて、滅多にいないんだけど、

 あなたにはできるって信じてるわ」

 

そんな子がホイホイ出てきたら、商売あがったりだな。

強い逃げウマというだけで貴重なのに。

 

「というわけで、ペースをコントロールする練習をします」

 

「はい」

 

ペースをコントロールねえ。

いったいどんな練習をするんだろうか。

 

「第三には、次走のセントライト記念への調整。

 これは最後の1週間くらいになるから、

 今は頭の片隅にでも入れておいてくれればいいわ」

 

「わかりました」

 

「以上よ。始めましょうか。まずは軽く走り込み」

 

「はいっ!」

 

何はともあれ、俺はスーちゃんを完全に信用しているので、

言われたことを忠実にこなしていくだけだ。

 

さあ、がんばろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月29日、合宿最終日。

 

「リアンちゃん、お疲れ様」

 

「お疲れ様でした」

 

最終日恒例のタイムアタックを、無事に記録更新して終えて、

所定のメニューをすべて完了した。ミッションコンプリート!

 

スーちゃんが重視してたペースをコントロールするっていうのも、

とりあえず形にはなったかなという気はする。

3000mの長距離を逃げ切るのに必要なことは、わかった感じだ。

 

要は、逃げウマっていうのは、どうしても他バの目標にされてしまうから、

それを把握したうえで、あえて逆手に取ってやろうってことだな。

 

結構えげつないことをやろうとしてるけど、だからこそ効果は大きい。

あとは、実戦で上手く発揮できるかどうかだ。

 

「ところでリアンちゃん。私、気付いたんだけど」

 

「はい、なんですか?」

 

と、スーちゃんが小首を傾げつつ、こちらを凝視してくる。

なんだ? 何かまずったことでも?

 

「あなた、大きくなってない?」

 

「はい?」

 

「身体よ。身長と、おっぱい」

 

「……はい?」

 

何を言われるかと思ったら、お、おっぱい!?

問い返すのに時間がかかり、思わず頭を下げて、自分の胸を見つめてしまう。

 

今はレースに出るときのような体操服1枚で、

タイムアタックした後だから、汗でびったりと張り付いている状態。

なので、服の上からでも体型が一目でわかる。

 

……わずかではあるが、膨らんでいるように見えるな?

 

「ちょっとこっち来て、私の前に立ってみて」

 

「は、はい」

 

「……やっぱり」

 

スーちゃんの目の前に立ってみると、彼女は2度3度と頷いた。

 

「大きくなってるわよ。前は私の肩くらいまでしかなかったのに、

 今は頭のてっぺんが顎くらいになってる」

 

「確かに……」

 

前は、見上げないとスーちゃんと目を合わせられなかったのが、

今は、軽く上目遣いするくらいで合うようになっている。

 

「そう言われてみれば、服がきつくなった気がするような……?」

 

それで余計に、おっぱいの件がモロバレになったというわけ?

ぱっつんぱっつんなのん?

 

戸惑っている俺に対して、スーちゃんは優しく微笑んだ。

 

「本格化、始まったかしらね」

 

「本格化……」

 

そう、か……そうなのか?

待ちに待った本格化が、ようやく来てくれたってことなのか!?

 

「………」

 

やばい、うれしすぎて言葉が出てこない。

それどころか、身体が震えてくる始末。

 

「ダービーであの強さだったのに、さらに本格化しちゃったら、

 どれだけ強くなってくれるのかしらね?」

 

「……さ、さあ?」

 

「ふふ、よかったわね」

 

「……はい」

 

「あとでちょっと身長測ってみましょうか。

 確か、ルドルフが小さいころに使ってた、壁にかけるタイプのがあったはずよ」

 

「お願いします」

 

というわけで、急遽、倉庫に眠っているという代物を引っ張り出してもらって、

身長を測ってもらった。結果……

 

「150……うん、151か152センチってところね。

 正確には、精密な機械使ってみないとわからないけど」

 

「150センチ超えた!」

 

まだ小柄な部類ではあるけど、大台を超えた感はある。

しかも、本格化したというなら、まだ伸びてくれるはずだ。

 

それにしても、この1ヶ月やそこらで10センチ近く伸びたことになるな。

そういえば、このまえ会った院長も、そんなようなことを言ってたような?

あのときからすでに予兆は出ていたんだろうか。

 

他人から指摘されないと気づけないくらい、急激だったんかねぇ。

 

「おめでとう、リアンちゃん。もっと大きくなってね」

 

「ありがとうございます。

 まだまだ大きくなりますよ。見ていてください」

 

何事かと目を丸くしていたお母様も、

測定に付き合って見守っていてくれて、祝福してくれた。

 

「というわけで、予定変更ね」

 

「え?」

 

「明日は学園に帰る予定だったけど、1日買い物に回さないと」

 

「買い物?」

 

「だってあなた、服がきつくなってるんでしょう?

 下着から何やら、まとめて買い直さないとだめでしょう」

 

「……ですね」

 

スーちゃんの言うとおりである。

既にきついのだから、この先、このまま着続けるのは不可能だろう。

 

今の今まで気づかなかった俺は、大間抜けだな。

レースとトレーニングに集中しすぎて、自身の肉体の成長なんて、

まるで頭に入っていなかった。

 

本格化が全然来なかったんで、忘れてたんだよ。

 

「ブラも買わないとね」

 

「え?」

 

「胸も大きくなってきたんでしょう? ダメよ~ちゃんと着けないと。

 形が崩れちゃうし、なにより、擦れて痛いわよ?」

 

「……」

 

意地悪そうに言うお母様。

 

それは……正直言って経験ないので、

経験豊富な()()()()()にお任せします、はい……

 

 

 

ちなみに、学園に戻ってルドルフに会った瞬間、

「背、伸びたな?」って言われて驚いたよ。

 

さすがは我らが皇帝陛下、その観察眼、洞察力は健在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『菊花賞トライアル、G2セントライト記念、パドックです』

 

『1番人気はもちろんこの子、圧倒的な強さでダービーを制しました、

 ファミーユリアンです。現時点で支持率80%を超えています。

 さあどうでしょうか?』

 

『いやあ驚きました。見違えましたね。

 夏を超えてかなり成長したようです。今まさに本格化といったところでしょう』

 

解説者はやはりよく見ている。

 

金曜日に学園の保健室に行って測ってもらったら、154センチまで伸びていた。

やっと人並みの範疇に入ってきたかな?

 

背が伸びてくれることはもちろんいいし、うれしいんだけど、誤算がひとつ。

服を総替えしなければならなくなったことからもお分かりいただけると思うが、

勝負服の問題が出てきてしまったんだ。

 

結構ぴっちりした服なので、もう着られなくなってしまった。

試しにと着てみようとしたら、腕を通したところで、あ、これあかん、

ってわかってしまったよ。何より胸周りが……ゴホン。

 

そんなわけで、全面作り直しが決定。

あの勝負服は、たった1度、それもダービーだけの幻となってしまった。

もったいないがしょうがない。

 

スーちゃんから譲り受けた大切なものだし、大事に保管することにします。

 

さてレースだけど、できたらペースコントロールを試してみたいが、

さすがに一筋縄ではいかんだろうな。

そもそも距離自体が違うんだし、仮にここでできても、本番ではわからないし。

 

余計なことは考えずに、ひと叩きのステップとして挑むとしましょうか。

 

そして今回からは、レース用の靴を新調した。

これまでは市販のやつを使ってきたんだけどさ。

 

実はダービーの祝勝パーティーの際に、大手のメーカーの人を紹介されて、

一般向けのランニングシューズ開発するのと同時に、それを基に練習用の靴も提供。

さらにはオリジナルモデルのレーシングシューズを作りませんかという話になった。

大変ありがたいお話なので快諾し、作ってもらえることになったんだけども。

 

俺の足に合った実用性はもちろんのこと、ひとつ要望を入れさせてもらった。

それは、シービー先輩から譲られた靴に、デザインを寄せること。

 

ここらで先輩から選ばれてしまったことを俺的にも認めて、

形にして示しておこうかと思ってさ。

自分で言うのもなんだけど、偉大な五冠バの後継者足り得るようにってね。

 

メーカー側は俺の意を良く汲んでくれて、少なくとも外観は先輩のものそっくりになった。

シービーモデルとして売り出しても全く問題はない逸品。

 

でも機能的にはもちろんのこと、俺の足にジャストフィットする優れものだ。

もちろん合宿を通して履き潰すほど慣らしたので、問題のないことは証明済み。

 

G1でもないのに、勝負服クラスのを使うのはどうかとも思ったんだけど、

決意表明は早いほうがいいかと思ってさ。

今後も、レースの格とかは関係なく、この靴を使っていくつもり。

 

靴と共に、気分も新たにしてまいりましょうか!

 

 

『セントライト記念、態勢完了。スタートしました』

 

 

うむ、今日も出足の反応ヨシ!

スターオーちゃんに、「どうしてそんなに良いスタート切れるんですか?」って

聞かれたことがあるんだけど、上手く説明できなかった。

 

なんていうかな、ゲートの開く瞬間がなんとなくわかるというか、

自分の中でよしってなったタイミングと、ゲートのタイミングがぴったり合うんだ。

感性だとしか言いようがない。

スターオーちゃんに大いに睨まれてしまったことは、言わなくてもわかるよな?

 

さていつものようにハナを切っていこうと――ん?

 

 

『ファミーユリアン好スタートですが、

 そのファミーユリアンをかわして2人が行った』

 

 

外から2人が、すごいスピードで先頭に立ってそのまま逃げて行った。

現実なら、出ムチを何発もくれている勢い。

 

ひえー、飛ばしてるなあ、あいつら。

あんなんで最後まで持つのかね?

とてもそうは思えないが……ははーん?

 

さては連中、玉砕覚悟で俺を潰しにかかってきたな?

菊花賞に先立って試してみようってか? だがそんな策には引っかからないぜ。

 

スズカパイセンみたいに、先頭だけに固執するってわけではないしな。

要は、前が詰まらないような位置にいられれば、それでいいんだ。

 

どうぞお好きに逃げてくだせぇ。

 

 

『ファミーユリアン、控えた3番手で1コーナーを回ります』

 

『中山の外回りコースへ』

 

『3バ身ほど離れてファミーユリアン単独3番手』

 

 

ん~、前2人は結構速いペースなんじゃないかこれ?

俺くらいの位置でも、平均よりは早いと思う。

 

 

『ダービー2着のメリーナイスは6番手。前は依然2人が逃げている』

 

『3コーナー、態勢は変わりません。ファミーユリアン3番手のまま』

 

『600のハロン棒を通過』

 

 

前の2人は、もうかなりきつそうだ。

一方の俺は、長距離の練習を散々こなしたし、

無理はしてないので余力は十分。

 

さあ行こうか!

 

 

『ファミーユリアン動いた! 前2人にあっという間に迫る』

 

『並んで、いや並ばない! 一瞬で置き去りだ!』

 

 

直線に入る手前で、前にいる2人をあっさりパス。

お約束でその2人は「むりぃ~」って叫んでたよ。

 

 

『直線に向いてファミーユリアン突き離す! いつもの単走になった。

 2番手にはメリーナイス上がってきたが、差は詰まりません!』

 

『残り100! ファミーユリアン単独で坂を駆け上がる!』

 

『ファミーユリアン、無傷の5連勝でゴールイン! 5バ身差メリーナイス2着!』

 

『夏を超えてさらに逞しくなりました。これは菊花賞が楽しみです。

 ファミーユリアンですっ!』

 

 

ゴール後、すぐに減速して振り返り、観客の歓声に手を振って応える。

 

いえーい、孤児院のみんな見てる~?

また勝っちゃったぜいえーいっ。

 

すみません、調子に乗りました。

慢心いくない。反省。

 

さあてスターオーちゃん、一足先に京都で待ってるよ!

 

 

 

G2 セントライト記念 結果

 

1着 ファミーユリアン  2:12.9R

2着 メリーナイス      5

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

 

(セントライト記念・リアルタイム視聴組の反応)

 

:リアンちゃんでっかくなってね?

 

:背、伸びてるな

 

:解説も言ってるけど、本格化来たか

 

:やっとか、良かったなあ

 

:おっぱいも……いや、やめておこう

 

:賢明な判断だ

 

:このスレの説明文、どうするよ?

 

:ああ。『ちっこくてかわいい』の部分な?

 

:普通に『かわいい』でよくね?

 

:強くてかわいい、を推す

 

:まあそこは次スレ立てる奴に任せよう

 

:毎度の好スタートだが、なんだあの2人

 

:無理やり行った感じだが、もしや?

 

:ああ、リアンちゃん潰しに来たんだろうな

 

:恐れていた展開だけど、すんなり控えたね

 

:さすが冷静だ

 

:ハイペースの3番手、理想的じゃないか

 

:あっというまにかわした!

 

:そりゃアレだけ無理に逃げればタレるよ

 

:圧勝!

 

:デビュー以来の連勝を5に伸ばす

 

:さすがのレコードタイム

 

:しれっとレコード出すなあ

 

:番手のレースも問題なくこなして、ますます死角なくなった

 

:強いなあリアンちゃん

 

:近年でも稀に見る逃げウマ娘じゃね?

 

:ダービーと同じ1着2着か

 

:差は詰まってるが、トライアルだし、

 リアンちゃんもまだ100%ではなかろうし

 

:この差は永遠にこれ以上詰まらない気がする

 

:あとは3000もつかやな

 

:菊花賞マジで楽しみだな!

 

:俺、ひとつすごいことに気付いたかもしれない

 

:ん?

 

:どうした急に

 

:何事だ?

 

:リアンちゃんが履いてる靴、新しくなってるんだけどさ

 

:目聡いな

 

:さすがコアなファンは目の付け所が違うね

 

:シャープでしょ?

 

:で、それがどうした?

 

:シービーが履いてたやつとそっくりなんだ

 色合いはちょっと違うけど、そのものと言ってもいいかもしれない

 

:よく気付くなそんなこと

 

:ホントに? 誰か比較してくれ

 

:急造で悪いし、画質も悪くて済まんが

 https://www.********

 

【挿絵表示】

 

 

:ん~、確かに言われてみれば

 

:そうとも言えなくはない、か

 

:すごい手作り感w

 

:がんばったなw

 

:でもそうだったとして、

 なんでリアンちゃんがシービーの靴を?

 

:さあ

 

:何か思うところがあったのかもな

 

:外野には見当もつかんが、きっと深い理由があるんだろう

 

 

 

(後日談)

 

:リアンちゃんモデルの靴が発売だって

 

:ほう

 

:メーカーのサイトに開発裏話が載ってるな

 事の経緯が詳しく書いてあるぞ

 

:リアンちゃん、シービーから靴譲られてたのか

 

:だからシービーに似た靴はいてたのか

 

:道理で。納得したよ

 

:さすがの仲の良さ

 

:前のレースのとき気づいた人いたよね?

 

:気付いたやつすげえな

 

:シービーの想いも受け継いで走る、か

 

:部屋の机の上に飾ってるって、

 リアンちゃんの思い入れも相当だなこりゃ

 

:そりゃそうだろ

 

:あのシービーからわざわざ直接譲られたんだろ?

 その意味が分からないリアンちゃんじゃあるまいて

 

:よっしゃーリアンちゃんモデルの靴買うで

 勝ったうえでますます応援しちゃる!

 

:俺も

 

:その靴はいて応援に行こうぜ

 

:ファンクラブの必須装備になったりして

 

:菊花賞の見どころが増えた

 

 




メリーナイス
「ファミーユリアン被害者の会、会員募集中です」



靴は似ているってことにしておいてください(土下座)


ハククラマってシンボリ牧場の生産なんですね。
あまりの偶然にびっくりしました。
あと、メジロアサマ、サクラショウリ、ツルマルツヨシもシンボリ牧場産だそうです。

サクラショウリとサクラスターオーは父子。
つまり、リアンとスターオーは、最初から縁があったんだよ!

Ω ΩΩ< な、なんだってー!!


スーちゃんダンシング動画第2弾!
https://youtube.com/shorts/GuhPmHorF1c
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41446654


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「伝えられないこと」

 

 

 

 

リアンがダービーを制して、少しした頃。

 

「あの子が有名になれば、あるかもしれないとは思っていたけれど……」

 

「……本当に来てしまいましたね」

 

その出身の孤児院では、職員たちが全員集まり、

テーブルの上に置かれた1通の手紙を前にして、頭を抱えていた。

緊急の職員会議中の一幕。

 

というのも、手紙の内容が内容だったからだ。

箇条書きにして表すとこうなる。

 

 

 ・17年前に貴院にお預けしたウマ娘の子は、自分たちの子である

 ・当時は貧しく、泣く泣く手放したが、今では反省している

 ・幸い今は人並みの生活は送れているので、良ければ引き取りたい

 ・必要であれば、DNA鑑定などの検査にも応じる

 

 

以上である。

電話番号も記載されており、なるべく早く連絡してほしいと書かれていた。

 

「どうしますか、院長?」

 

「連絡しますか?」

 

「………」

 

職員たちの視線が院長に集中する。

院長は肘をついて顔の前で手を組んだ姿勢のまま、微動だにしない。

 

「私は反対です」

 

1人の職員が、毅然と言い放った。

 

「自分たちの勝手な都合で、子供を捨てたり迎えようとしたりする人ですよ。

 きっと今回も、リアンちゃんがダービーに勝ったからに決まってます」

 

「そうです。仮にリアンちゃんが無名のままだったら、

 名乗り出てこなかったと思います」

 

「『お預けした』だの『手放した』だの、リアンちゃんはモノではありません」

 

「人並みの生活は送れているって言いますけど、怪しいものです」

 

「下手すると、リアンちゃんの賞金目当て、なんて可能性すらありますよ」

 

すると、出るわ出るわで、堰を切ったかの如く全員がコンタクトを取ることに反対する。

こういう仕事をしているだけあり、皆が皆、懐疑的な見方であった。

 

ウマ娘レースの賞金は、人気が高いこともあって、かなりの高額だ。

リアンのようにG1で勝利することができれば、

それこそ一般人が一生かかっても手にすることができないような金額を1度に得られる。

 

現実に、リアンがそうなった直後に接触してきたということを鑑みるに、

大いに下心があるであろうことは、容易に想像できた。

 

「……私もそう思うわ。けれど」

 

ようやく口を開いた院長は、職員たちに頷いて見せた。

しかし、全面同意というわけにはいかない。

 

「本当に実のご両親だったとしたら、無視するわけにもいかないわ」

 

「……」

 

院長の言葉に、今度は職員たちが黙ってしまう。

下手にこじれて、裁判などという事態になってはたまらない。

 

孤児院としても、そしてきっとリアンにとっても、

望まない結果になるであろう可能性が大なのだ。

 

「では、どうするんですか?」

 

「DNA鑑定するといっても、リアンちゃんにはなんと……?」

 

「……」

 

悩んだ末、院長はこう結論付けた。

 

「とりあえず連絡はしましょう。そのうえで、

 ご先方が検査を望まれるのであれば、こちらも対応します」

 

 

 

その結果、“先方”は検査を望み、DNA鑑定を行うこととなる。

当然リアン側でもサンプルの採取が必要になるため、院長は一計を案じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

7月末の土曜日。

里帰りということで申し出て、特に問題なく、リアンは孤児院に“帰って”きた。

 

何も知らないリアンは、自らの寄付によって、

設備や家具が新しくなった様子に驚き、喜び、

子供たちとも無邪気に遊んで、終始ご機嫌だった。

 

肝心なのはここからである。

どうにかして、“先方”の存在を知らせず、DNA鑑定するという事実を伝えずに、

サンプルを採取せねばならない。

 

詳しく伝えられるのが1番なのだろうが、問題は、リアン自身の感情だ。

 

もし、リアンが産みの親のことを良く思っておらず、

再会、ましてや親権者の変更など望んでいない場合、

快く応じてくれないであろうことは明らか。

 

(十中八九、そうでしょうけどね……)

 

孤児院にいたころや、その後の伝え聞く言動や態度から察するに、

そちらの可能性のほうが圧倒的に高い。

 

競技生活のこともある。余計な心労をかけて、

そちらに影響が出ることは、断固として避けねばならない。

 

(ごめんね、リアンちゃん。今は我慢してちょうだい)

 

院長は断腸の思いで、考えていた計画を実行に移した。

 

「は~、子供の相手は疲れる~」

 

子供たちが勉強の時間ということでそれぞれの部屋へ引っ込むと、

リアンはそう言って、椅子に座りながらも伸びをするように仰け反った。

もちろんそうは言いつつも、声と顔は笑っている。

 

「ごめんね、いろいろ買ってきてもらった上に、

 遊び相手までさせてしまって」

 

「いいんですよ。たまにしか帰れないんですから、

 これくらいさせてくださいよ」

 

「ありがとね」

 

カラカラと笑うリアン。

心の奥ではずきりと痛むものを感じつつも、院長は万感の思いで礼を言う。

そして、意を決してこう申し出た。

 

「あら、髪が乱れちゃってるわね。

 ちょっと待ってて、いま梳いてあげるから」

 

「あ、すいません」

 

この日のために用意しておいた新品のブラシを持ち出し、

リアンの背後に回って、丁寧に髪を梳いていく。

わざわざ新品にしたのは、もちろん毛髪をサンプルとして回収するためだ。

 

「せっかくだし、昔みたいに尻尾も整えてあげましょうか」

 

「え、悪いですよ」

 

「いいのよ。それにあなたのことだから、

 ロクに手入れもしてないんでしょう?」

 

「バレましたか」

 

「バレバレです。ダメよちゃんとお手入れしないと。

 せっかく綺麗な毛並みなのに傷んじゃうわよ」

 

「わかってはいるんですが、面倒で……」

 

「しょうのない子ねぇ。ささ、ソファーに横になって」

 

「はい」

 

申し訳なさそうに苦笑し、ソファにうつぶせになったリアン。

その尻尾も、念入りに梳いた。

 

「普段はどうしてるの?」

 

「えっとー、たまに、ルドルフにやってもらったりとか……」

 

「まあ、あのルドルフさんにさせてるの? いいご身分だこと」

 

「はは……」

 

院長でも、今となってはルドルフのすごさがわかる。

伝説になるであろう無敗の十冠ウマ娘に毛繕いさせているなど、

後にも先にもリアンだけだろう。

 

からかうように言うと、リアンは引きつった笑みを漏らした。

 

「どう? 気持ちいい?」

 

「はい~、気持ちいいですぅ……」

 

「……」

 

気持ちよさそうに目を細めている様子は、幼少時とまるで変わらない。

そんな様子にも、院長は複雑な思いを抱かずにはいられなかった。

 

 

 

こうして得られた毛髪と尻尾の毛のほかに、

リアンが口をつけた食器類やティッシュなどをサンプルとして、検査機関に提出する。

 

結果は……限りなく黒、という判定であった。

 

孤児院側としては、これと先方の存在をリアンに伝えるかで大いに悩み、

実際には伝えられないまま、時間だけが過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月。

 

DNA鑑定の結果が出たにもかかわらず、一向に次の段階へ

進もうとしない孤児院側に業を煮やしたのか、先方は次の手に出た。

 

なんと、トレセン学園にも同様の手紙を送りつけたのだ。

もちろん学園側は困惑した。

 

「……ううむ」

 

内容を確認した理事長は、唸るような声を上げる。

 

「いかがいたしますか、理事長?」

 

「難解。即答できるようなことではない」

 

「ですよね」

 

おそるおそる尋ねるたづな。

この場で明確な答えを見出せるものではなかった。

 

「本来、部外者なこちらにまで押し付けてきたことからすると……」

 

「はい。下手をすると、マスコミまで巻き込んで、

 大騒動にまで発展する恐れがあります」

 

「……一大事だ」

 

「はい」

 

理事長の幼げな顔が歪む。

 

「今が1番重要な時期だというのに……」

 

「ウマ娘界にとっても、学園にとっても、当然、

 ファミーユリアンさんにとっても、ですね」

 

「うむ……」

 

ミスターシービー、そしてシンボリルドルフと、

大スターであった両人を立て続けに失ったトゥインクルシリーズ。

 

そんな折に、不遇な生い立ちでありながら、

ダービーを圧倒的なパフォーマンスで制してみせたリアンは、

次世代のスター候補ナンバーワンだ。

 

動画等での知名度から、すでにその座に収まったと言っても

過言ではないかもしれない。

 

このような彼女自身に非がないスキャンダラスな話によって、

輝きを失わせてしまうわけにはいかないのである。

 

新たなスター誕生にレース界が沸くか、

それとも不当な事件によって衰退を招くか、重大な岐路となりうる。

放置はできない。学園としても、対応はしなければなるまい。

 

向こうがマスコミへ『リーク』する前に、何か手を打たなければ。

 

「ファミーユリアン君は、このことを知っているのか?」

 

「彼女とその周辺からは何も聞こえてこないので、

 おそらくは知らないものと思われますが、

 至急、出身の孤児院に確認を取ります」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「では早速」

 

「ああ――」

 

 

「お取込み中のところ失礼します」

 

 

「――っな!」

 

「ル……ルドルフさん!?」

 

言うや否や、確認を取りに部屋を出て行こうとしたところで、

思わぬ人物が室内へと入ってきた。

 

たづながビックリして漏らした通り、ルドルフだった。

 

「失礼かとは思いましたが、ノックしても返事がなかったもので、

 勝手に入らせていただきました。そうしたら、

 聞き捨てならない単語が聞こえてきましたもので。

 無礼はお詫びいたします」

 

「……そうか。不問」

 

「ありがとうございます」

 

無断で理事長室に入ったことを詫びるルドルフ。

理事長は軽く息を吐いた後、これを許した。

 

「それで、何事でしょうか。我が親友の名前が出ていたようでしたが」

 

「ルドルフさん。これは極めてプライベートなことですので……」

 

「……いや、待てたづな」

 

ルドルフは許されたところで、先ほどまでの話の内容に突っ込んでいくが、

たづなが遠回しに遠慮するよう申し出る中、理事長はそのたづなを止める。

 

「確かファミーユリアン君は、シンボリ家の援助を受けていたな?」

 

「その通りです。我が家が全面的にバックアップしております」

 

「重畳! ならば話は早い」

 

そしてルドルフに確認を求め、答えを得ると、大きく頷く。

 

「たづな、私は、シンボリ家にも

 1枚噛んでもらったほうがいいと思うが、どうだ?」

 

「……そうですね。そうなると仰られるとおり、

 これはシンボリ家にも無関係という話ではありません」

 

考えてみれば、シンボリ家にも大いに関係のあることであった。

仮にも庇護下にある彼女に危害が及ぶなんてことになれば、

あの名門一家が黙っていられるわけがないではないか。

 

たづなの返答を聞いて、理事長は再びうむっと頷いた。

 

「ルドルフ君。出来れば至急、

 御父上にご相談申し上げたいことがあるのだが」

 

「承りましょう」

 

ルドルフにしてみても、理事長たちがそれほど慌てる事態になっているのを、

見過ごすわけにはいかず。ましてやそれが、親友のこととなればなおさら。

二つ返事で承諾する。

 

「実は――」

 

 

 

話を聞いたルドルフは、その場で父親に電話し、緊急事態を伝える。

そして、理事長自らから事の次第を聞いたシンボリ家は、即座に動いた。

 

 

 

 

 

「なあ、リアン」

 

まだ夏の暑さが残るある日の夜、お互いにくつろいでいる時間。

『確認』のため、ルドルフはリアンに質問を投げかけた。

 

「今さらで、不躾なことを聞くようで悪いんだが」

 

「うん、なに?」

 

親友の心の傷を抉るようなことで良い気はしない。

しかしこれは今後のために必要なことであるため、

ルドルフは心を鬼にして、あえて尋ねた。

 

「もしだ。もし、実のご両親が見つかったとしたら、

 リアンはうれしいか? 会いたいと思うか?」

 

「ん~? 実の両親?」

 

首を傾げるリアン。

前置きの通りなんで今さらとでも思ったか、疑問には感じたようだが、

特に問い返すことはなく、素直に答えた。

 

「うーん、うれしいどころか逆に嫌だなあ。

 向こうが会いたいって言っても断固拒否するよ。

 ルナが言ったとおり、『今さら』っていうのがすべてだね」

 

眉間にしわを寄せつつ答えるリアン。

本心であろうことは疑いようがない。

 

「今となっては親だなんて思わないし、正直思いたくない。

 血の繋がりがあるってだけの赤の他人だよ」

 

「そうか」

 

「まあもうそんなこともないでしょ。考えるだけ無駄だね」

 

「そうだな。いや悪かった。忘れてくれ」

 

「うん」

 

そう言って謝罪するルドルフだったが、リアンは気にする素振りも見せず、

それまで見ていたテレビに再び視線を移した。

 

(……よし。リアンの意思は確認した。問題なしだ)

 

ポケットの中に忍ばせたボイスレコーダーのスイッチを切りながら、

心の中でガッツポーズをしたルドルフは、

翌朝、大手を振って父親へと報告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月。

 

「すべての処理、完了いたしました」

 

「そうか、ご苦労だったね」

 

シンボリ家当主、すなわちルドルフの父は、

自邸の私室において、顧問弁護士から報告を受けていた。

 

「菊花賞前に終わってくれて何よりだよ。

 気をつけてはいたが、あの子の耳に入れるわけにはいかなかったからね。

 いつもながら迅速で確実な仕事ぶりだ。助かるよ」

 

「恐れ入ります」

 

恭しく頭を下げる弁護士。

複雑になりそうだった問題を、たったの1ヶ月で処理して見せた手腕は、

実に卓越していた。伊達に名門の顧問をしていない。

 

「シンボリの名前を出した途端、向こうは及び腰になりましたからな。

 あとはこちらの思惑通りに進みました」

 

「うむ」

 

結論から言うと、“先方”は要求を取り下げた。

 

というのも、秘かに調査した結果、

向こうの夫婦は多額の借金を抱えていることが判明したためだ。

 

リアンが獲得した賞金目当てであることは明らかだった。

それだけでも法的に拒否する理由としては十分だったが、

念を入れて、ルドルフに確認してもらった点が生きてくる。

 

「ルドルフにも酷なことをさせてしまったな。

 だがそのおかげで、確実な証言を得ることができた」

 

親権の協議をする際に、子供が15歳以上の場合は、

子供自身の意思が最大限尊重される。

本人が拒否するというなら、裁判所もそれを認めることだろう。

 

なにより、今の今まで放棄していた親権を、

自らの都合で返せというのは、あまりに虫の良すぎる話である。

 

これらの証拠を突き付けた結果、ご先方様は、

かの名門が出てきたということもあって恐れ慄き、

なすすべなく白旗を掲げたのである。

 

さらには今後一切リアンに関わらないということを認めさせ、

一筆書かせることにも成功した。

 

こちらの完全勝利だった。

 

「ご褒美でもあげねばならないかな?」

 

「お嬢様も、もうそのようなお年ではありますまい」

 

「そうだな、やめておくか」

 

「それがよろしいかと。お言葉だけで十分かと思います」

 

「うむ」

 

苦笑する弁護士につられて、ルドルフ父も苦笑する。

レース界を極めた愛娘には、余計なお世話だったか。

 

「これでリアン君を、いつでも迎えることができるな」

 

「その気になれば、明日にでも、

 手続きを始めることは可能ですが?」

 

「いや、急いではいないよ。

 リアン君が現役でいる限りは、これ以上は進めないつもりだ。

 余計な波風を立てることもないだろう。

 それに、何よりリアン君本人にまだ話してないからね」

 

「でありますな」

 

事を急いて話してしまい、要らぬ心労をかけて

調子を崩させてしまうことが1番怖い。

ならばこのまま、時が来るのを待つのが最善だろう。

 

「リアン君がこれからどのような成績を残してくれるのか、

 期待しながら待とうじゃないか。なあ?」

 

「はい」

 

2人は満足げに笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という次第になりましてございます」

 

「そうですか」

 

シンボリ家の顧問弁護士は、孤児院にも報告に向かい、

院長を前にして詳細を話していた。

 

「ですので心配ご無用ですぞ」

 

「ありがとうございました。なんてお礼を申し上げたらよいか……」

 

「なに、報酬は契約先より十分に頂いておりますので、

 お気になさらず。では私はこれで失礼いたします」

 

「本当にありがとうございました」

 

そう言って立ち上がる弁護士。

院長たちは深々と頭を下げて見送った。

 

「良かったですね、院長」

 

「ええ……」

 

声をかけてきた職員に、院長は大きく息を吐き出して答えた。

 

「一時は、どうなることか思ったけれど……」

 

「これで解決ですね」

 

「それにしても、あのシンボリが出てくるとは思いませんでした」

 

ある職員の感想は、全員共通のものだろう。

 

リアンがレースに出るまではあまり知らなかったが、調べてみると、

ウマ娘界では有数の名家であることがわかった。

そんな名門一家が、たかがいち孤児院と1人のウマ娘のためになぜ、と。

 

急に弁護士が訪ねてきたときは何事かと思ったが、

すべてが良い方向に動いてくれて、本当に良かった。

 

「リアンちゃんとルドルフさんがお友達だから?」

 

「でも友達だからって、プライベートにそこまで踏み込む?」

 

「うーん、どうなんだろう……」

 

「………」

 

あーだこーだと騒ぐ職員たちをしり目に、院長だけは引き続き深いため息をつく。

 

今回、自分たちは何もできなかった。

こちらからリアンに迷惑をかけないためにも、

もっと対策しておかないといけないのかもしれない。

 

(とりあえず、うちでも顧問弁護士とか作るべきかしら?)

 

幸い、リアンが定期的に寄付してくれるおかげで、

それくらいの余裕はできた。

 

(私たちも頑張らなきゃ、うん)

 

決意を新たにする院長。

 

 

 

こうして、本人の与り知らないところで問題は発生し、

周囲の尽力によって本人が一切を知らないまま、無事に解決を見たのであった。

 

 

 




暗黒面の一部に触れてみた。

無論、DNA鑑定云々はこちらの妄想です。
ウマ娘と普通の人間とで一致するのかは不明です。


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第48話 孤児ウマ娘、淀の坂で加速する

 

 

 

時間は少し戻って、9月の頭。

2学期の始業式の日。

 

「リアン先輩!」

 

大声で俺を呼ぶ声がしたから、振り返ったその先には、

松葉杖なしで立っているスターオーちゃんの姿がある。

 

彼女は俺が気付いたことを確認すると、こちらに向けて駆け出した。

 

「おはようございますっ」

 

小走りに俺の元までやってきて、さわやかに挨拶してくれる。

俺のほうまで気分が良くなってくるよ。

 

「おはよう。もう走って大丈夫なの?」

 

「はい。ご心配おかけしましたが、もう大丈夫です。

 これから菊花賞に向けて仕上げますので、待っていてください」

 

様子から察するに、ウソというわけではないようだ。

走っても問題なさそうだし、なにより表情が明るい。

 

貰ったメッセによると、スターオーちゃんは夏休み中、

施設に泊まり込んで、連日、1日中治療とリハビリに励んでいたんだって。

前に話した温泉のお湯に浸かりっぱなしだった日もあるって言ってたな。

 

「治ったんだ?」

 

「100%とは言えませんけど、気をつければ問題ないレベルまでは来ました。

 これもすべては研究所の皆さんと、紹介してくれた先輩のおかげです。

 先輩、改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」

 

「いやいや、私なんて。君が言ったとおりに、

 君と研究所のスタッフさんが努力した結果だよ」

 

「それでも、です。先輩への恩は計り知れません」

 

スターオーちゃんはそう言うけど、やっぱり本人たちの努力があってこそだから。

俺がしたことなんて些細も些細、雀の涙程度のものだよ。

 

「なので、きっちりたっぷり、菊花賞でお返ししますね!」

 

「程ほどでよろしく」

 

「はい。全力で勝負させていただきます!」

 

いや、だから程ほどにしてちょうだい。

菊の季節に桜を咲かせるわけにはいかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第48回菊花賞、枠順抽選会

 

ダービーの時と同様、枠順抽選会と事前セレモニーに出席する。

ダービーウマ娘として、筆頭候補としての登場である。

 

「ダービーウマ娘、ファミーユリアンさん」

 

「14番です」

 

「ファミーユリアン、7枠14番!」

 

最初にくじを引いて14番枠か。

京都3000のスタート地点は3コーナーから近いから、出来れば内枠が欲しかったんだけど、

まあ仕方ない。これでベストを尽くすしかないだろう。

 

「メリーナイス、8枠18番!」

 

「サクラスターオー、5枠9番!」

 

メリーナイスは大外枠、スターオーちゃんは真ん中の枠に入った。

こうして出走18人の枠順が確定。

 

続けて、記者を交えての質疑応答が始まる。

 

登壇者は、ダービー2着セントライト2着のメリーナイス、

皐月賞ウマ娘のスターオーちゃん、3度目の正直なるかのマティリアル、

夏の上がりウマ娘でトライアルの神戸新聞杯を制したレオリュウセイ、

加えて俺の5人だ。

 

ダービー前セレモニーの悪夢が蘇る。

これ俺はもちろんのこと、他の子、特にマティリアルちゃんなんか、

下手するとトラウマモノなんじゃないの?

 

酷なことされてると思うけど、平気なのかしら?

今度も俺にばっかり集中して、全然質問されなかったらどうするんだろう?

 

まあ他人の心配なんかしている場合じゃないんですけどね。

 

「ファミーユリアンさん、前走のセントライト記念では

 3番手に控える形になりましたが、本番ではどうされますか? 逃げますか?」

 

「はい、逃げます」

 

言い切った瞬間、どよめきが上がるのと同時に、多くのフラッシュがたかれる。

声はともかく、フラッシュはやめてもらいたいね。眩しくてしょうがない。

 

「3000の長距離を承知の上で逃げると?」

 

「逃げます」

 

「競り合う子が来たらどうしますか?」

 

「今度は譲りません」

 

おおっ、と歓声が上がった。もちろんフラッシュも。

ここまで言うとは思っていなかったんだろう。

 

スーちゃんに教わった走り方をするには、逃げないとだめだからね。仕方ないね。

長丁場ということもあって、これで他に逃げようと思う子が出ないことを祈る。

 

「3000mを逃げ切れる自信があると?」

 

「なければ言いません」

 

3度目の歓声とフラッシュ。

答えるよりもこっちの反応のほうが嫌になってきたな。

 

「ダービー勝利後の勝ちウマ娘インタビューで」

 

「……!」

 

び、ビックリした。

次に指名されて質問してきたの、乙名史さんじゃないか。

来てたのか彼女。今回は取材で入れたんだな。

 

「サクラスターオーさんについて発言されていましたね?」

 

「そうですね」

 

しかも意味深な視線を向けてきてたから、余計に驚いてしまった。

さて、質問はスターオーちゃんについてか。

 

「約束と仰られていましたが、

 事前にスターオーさんと何かお話しされていたんですか?」

 

関係者たちの顔色が少し変わったのが分かった。

 

というのも、以前の取材で、スターオーちゃんとは仲の良い先輩後輩だと

いうことを公言していたものの、ダービー前の『約束』の内容については、

俺もスターオーちゃんも揃って口をつぐんでいたからだ。

 

もちろん乙名史さんたちにも喋ってない。

それ以前に、彼女からはその件は聞かれてないからね。

 

他社なんかも、喉から手が出るほど欲しかった情報に違いない。

 

ん~。どうしようかな?

プライベートな約束を、ここでバラしてしまっていいのかという気もあるし、

乙名史さんの質問には答えてあげたいという気持ちもある。

 

スターオーちゃんがいいと言えばいいかな?

そう思って、反対側の1番向こうに座っているスターオーちゃんへ、

身を乗り出して視線を向けてみた。

 

すると、彼女のほうも同じように考えてくれていたのか、

同様にこちらへ顔を向けて、「お任せします」とばかりに目を合わせて頷いてくれた。

 

スターオーちゃんに感謝し、軽く頷いて、マイクを手に取った。

 

「実は彼女が皐月賞を勝った後に、一緒にダービーを走ろうと約束していたんです。

 しかしご承知の通り私はその時点では除外確実でしたから、

 トライアルで頑張る必要があったわけですが、青葉賞を勝ち、

 ダービー出走が決まりました。心の底から安心しましたよ」

 

そう考えると、青葉賞を勝ち、ダービーを勝てたのは、

全部スターオーちゃんのおかげというわけだな。

そもそも青葉賞に出ようと思ったきっかけも彼女だし。

 

俺のほうこそ、スターオーちゃんに感謝しないといけない立場なわけだ。

 

「ところがその後、スターオーさんには故障が判明して、

 ダービーの回避が決まってしまいました。そこで改めて2人で話をして、

 もう1度約束をしたというわけです」

 

「そ、その改めてした約束というのは?」

 

乙名史さんをはじめとして、周りの人間たちも、

総じて前のめりになっているのが、1段高いステージにいるからよくわかる。

 

まあ焦るなって。いま教えてあげるからさ。

 

「『秋に京都で会おう』です」

 

うるさいくらいのシャッター音が響き、

目を開けているのがつらいくらいのフラッシュの嵐。

 

「そ、それは、つまり……?」

 

「こうしてスターオーさんと京都で会えることになった。

 約束は果たされたというわけです」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

最後の答えは、記者さんたちが望んだものとは違ったかもしれないが、

一言一句しっかり答えてあげる義務はないよね。

 

ね~、スターオーちゃん?

再度視線を送ると、彼女はにっこりと微笑んでくれた。

 

「サクラスターオーさん!」

 

記者たちの熱は、続けてスターオーちゃんへと飛び火する。

 

「いまファミーユリアンさんが仰られたことは事実ですか?」

 

「はい、事実です」

 

記者の質問にも頷いて見せるスターオーちゃん。

事実ですかって、聞き方酷いなあ。俺の話、信じてないんかい。

あの記者どこのやつだ?

 

朝〇? あっ、ふーん……(察し)

 

「故障してダービーを諦めざるを得なくなり、酷く落ち込んでいたわたしを、

 リアン先輩はやさしく諭してくれました。まだ終わっていない、

 秋に菊花賞があるじゃないか、と」

 

あ、そこまで言っちゃうんだ?

別にいいけど、いいけどさ……

 

な~んか私生活まで明らかにしなきゃいけないみたいで、嫌じゃない?

 

「以来、わたしはその言葉を励みに治療とリハビリに専念して、

 無事にトレーニングへ復帰し、菊花賞に間に合わせることができました。

 リハビリの施設も先輩に紹介していただいて、すごく助かりました。

 なので先輩には大変感謝しています」

 

スターオーちゃんにカメラが向けられているのはもちろんのこと、

俺のほうにまで向いているのはなんでかな~?

話しているのはスターオーちゃんなんだから、そっちを撮るのが筋じゃないかな~?

 

……なんかもう、どんな顔していいんだかわかんない。

たぶん明日のスポーツ面には、俺の引きつった笑顔の写真が載るんじゃないかな?

 

「同時に、今度こそ先輩と一緒のレースに出られるので、

 今はレースがすごく楽しみなんです。

 リアン先輩、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

スターオーちゃんからの挑戦状に、俺からもそう返した。

マイクは持たずにね。これもう個人間のやり取りだからいいでしょ?

 

最前列にいた記者くらいには聞こえたかな?

 

どこかからか『すっ、素晴らしいですっ!』なんて

聞き覚えがありそうな声が聞こえてきたが、気のせいだと思いたい。

 

俺たちの間に挟まる格好だった3人には、大変申し訳なかった。

さすがに気が引けたんで、後でスターオーちゃんと一緒に謝りに行ったら、

あなたたちの仲の良さは知ってるから気にしてない、って苦笑されちゃったよ。

 

つくづく申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日、移動の新幹線車中にて。

 

「わたし、関西へ行くのって初めてなんです」

 

隣の席でスターオーちゃんがはしゃいでいる。

 

通常、同じレースに出走する者同士が隣り合わせになることはない。

同じ列車、同じ車両になることはあっても、相席はない。

 

真剣勝負を前にしての両者の感情に配慮したものだ。

 

なのにこれはどういうことかといえば、

もともとURAから支給されたのは各々のトレーナーとの隣合わせ指定券だったんだ。

 

東京駅まで連れ立って一緒に行ったんだけど、

せっかくだから自由席に変えて隣り合わせで行きましょうよとの

スターオーちゃんの提案に乗って、トレーナーさんたちも了承した結果というわけだ。

 

今もきっと、ひとつ後ろの席で、スーちゃんと

スターオーちゃんのトレーナーさんは苦笑しているだろうな。

 

運よく自由席も空いていて助かった。

車内では寝るくらいしかすることないし、だったら

スターオーちゃんと楽しくおしゃべりしながら行くほうが絶対いい。

 

条件戦に出走する子は、早い時間帯のレースは別として、

当日、直前に電車移動なんて普通にあることだから、それに比べれば雲泥の差。

G1出走ともなれば、URAも相応に待遇してくれる。

 

前日移動で、宿泊手当も出してくれるのはとてもありがたい。

この世界、景気良いよなあ。

 

「先輩は行ったことあるんですよね?」

 

「うん、ルドルフの菊花賞と天皇賞応援しに行ったときにね。

 京都レース場にも入ったよ。お客さんとしてだけど」

 

「いいなあ。また学園でそういった企画してくれませんかねぇ」

 

よほどのことがないと無理だろうね。

また2年連続で三冠バが出るとかじゃないと。

 

「あ、あのっ」

 

「はい?」

 

そんな話をしていると、通路側から声がかかった。

視線を向けると、若い男性が焦りつつも、必死に自分を律しようとしている様子。

 

あ、これは……

 

「シーッ」

 

「あ、はい」

 

一目でファンの人だってわかった。

ここは自由席だけど、たとえ指定席だって、通りすがりの人に

こうして正体がばれることは普通にありうるわけだ。

 

だから先手を打って、とりあえず大声はまずいって伝える。

男性はどうにか落ち着いてくれたようだった。

 

「サインしましょうか? 書けるものあります?」

 

「あ、こ、この手帳にお願いします」

 

「わかりました。何かご希望はありますか?」

 

「じゃあ、日付と、○○さんへってお願いできますか?」

 

「はい」

 

男性が差し出してきた手帳の空いたページにサインする。

リクエスト通りに日付と名前もさらさら~っと。

 

「これでいいですか?」

 

「あ、ありがとうございます。あの、菊花賞頑張ってください。

 僕も京都に応援に行く最中なんです」

 

「ご期待に沿えるよう頑張りますね」

 

「きょ、恐縮です。うおお、握手してもらっちゃった……」

 

そう言いつつ右手を差し出すと、彼は自分の服で手を擦ってから、

おずおずと手を差し出してきたので、それを取って両手で包み込む。

だいぶ感動しているようで、瞬く間に顔が紅潮していった。

 

「じゃ、じゃあこれで。がんばってください!」

 

手を離すと、彼は随分と興奮した様子で、足早に自分の席へと向かっていった。

ファンの人の応援ほどうれしいものはないね。

特に、直接言ってもらえるのは格別だよ。

 

商店街の件で経験済みだけど、何回あってもいいものだ。

 

「あの人、すごくうれしそうでしたね」

 

「そうだね」

 

「隣にはわたしもいるんだけどなあ」

 

少し羨ましそうに言うスターオーちゃん。

そうだよ、皐月賞ウマ娘もすぐ隣、窓側の席にいたんだぞ。

スターオーちゃんには見向きもしなかったな。気づいてなかったのか?

 

「さすがの人気ですね先輩。

 わたしもあれくらい、すぐに気付いてもらえるようになりたいなあ」

 

隣にいたのがスターオーちゃんだと知ったら、彼、きっと後悔するぞ。

ダブルでサイン貰えるチャンスだったのに、って。

 

G1、それもクラシックの皐月賞を勝ってるんだから、

ウマ娘ファンなら知らないはずはないと思うんだけどな。

まあ興奮し過ぎて我を忘れてたみたいな状態だったようだし、

多少は致し方ないか。

 

「菊花賞で先輩に勝って、知名度でも先輩に勝ちますね」

 

「おう、その意気だ」

 

「えへへ、生意気言ってすみません」

 

そんなことないって。

史実の二冠馬に対して、そんな恐れ多いこと言えませんよ。

 

「あ、先輩先輩! 富士山があんなに大きく見えますよ!」

 

「ほんとだねぇ」

 

こんなちょっとした出来事がありつつ、新幹線はさすがの速さで順調に進み。

 

静岡に入ったあたりから、車窓から大きく見える富士山に、スターオーちゃんは大興奮。

俺はここまで大きくじゃないけど、普通に見える地域出身(前世)だから、

あんまり理解できない感覚だけどな。

 

「あっ海!」

 

「海だねぇ」

 

その後も、事あるごとに大はしゃぎするスターオーちゃん。

 

子供か、君は。ああ、まだ中学生だったわ。

そりゃはしゃいじゃうよねえと納得。

少なくとも、退屈はしない道中でしたわ、ええ。

 

 

 

孤児院のみんなだけど、さすがに京都へ来てもらうのに日帰りでは忍びないので、

今回はURAの招待は辞退して、自費で招いてあげることにした。

すでに夕べに現地入りして、今日は朝から京都観光をしているはず。

 

ちょっとした旅行だけど、楽しんでくれてればいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊花賞当日、パドック

 

ダービーのみの着用となってしまった幻の勝負服に代わり、

新調した勝負服のご披露だ。

 

さあ、とくと見よ!

 

 

『ダービーウマ娘の登場です。1番人気14番ファミーユリアン。

 背が伸びたことで、着られなくなってしまったとのことで、

 本日は新勝負服のお披露目となりますが……』

 

『ほお、これはこれは、また随分とイメージを変えてきましたね』

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 

『手元の資料によりますと、今回は自身の名前のフランス語から、

 帽子とスカートはフランスの民族衣装っぽくデザインした、とのことです』

 

『なるほど、アルザス地方っぽくですね』

 

 

解説が説明してくれたとおりである。

関係者向けに、内密にということで配布した資料というものがありましてね。

 

今度は、名前の由来がフランスなので、向こうっぽくしてみたというわけ。

あくまで『ぽく』ね。

 

なので頭に付けてる黒いヘッドドレスは、完全に装飾品。

パドックでのお披露目時のみの着用で、走るときは外すよ。

なぜかって? こんなん邪魔でしかないじゃないか。

 

空気抵抗が増してスピードに影響しそうだし、

風圧でどこかに飛んでいってしまいそうだ。

 

スイーピーの帽子? 知らない子ですね(遠い目)

あれ機械仕掛けらしいし、外れない仕組みもあるんだよきっと。

 

ともかく和から洋への180度方針転換なので、何か言われないかと、

ちょっとビクビクしている。

 

 

『2番人気は、ダービー2着のメリーナイスです』

 

『前走のセントライト記念でも、ファミーユリアンの2着に敗れていますが、

 差は縮めましたし、3度目の正直といきたいところですね』

 

 

『3番人気はマティリアルです。

 春は期待に応えられませんでしたが、今回はどうでしょうか』

 

『人気ではありますが、どうですかね、厳しそうですかね』

 

 

『この評価には大いに不満か、

 皐月賞ウマ娘サクラスターオーは9番人気です』

 

『実力は確かですが、やはり故障明けなのと、急仕上げなのが気になりますね。

 3000の長距離を走り切れるのかどうか。

 ここは好走というところまでじゃないでしょうか』

 

 

スターオーちゃん9番人気って、不人気過ぎない?

史実でも、故障明け半年ぶりでそんなに人気落としてたのか?

 

レース場に入ってからは会ってないけど、

彼女これは内心燃え上ってそうだなあ。

某競馬ゲームみたいに史実補正掛かりそうだし、やはり要注意だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発走直前。

ゲートの手前で時刻を待つ。

 

スーちゃん直伝のペースをコントロールする走り、上手くいくかどうか。

まずは単騎逃げに持ち込めるかどうかが第一関門。

そして、絡まれないことが第二関門となる。

 

会見であれだけ言ったし、俺に絡んできたやつの、セントライト記念での

玉砕ぶりを見ているだろうから、逃げられないなんてことにはならないと思うが……

 

まあ四の五の言っても始まらない。

なるようにしかならないから、出たとこ勝負で行こう。

 

いつもそんな調子だろうって?

そうだよ。そんな細かく考えられるタイプに見えないだろ?

その通りなんだよなあ。反論しないしするつもりもない。

 

発走時刻となり、ファンファーレが鳴り響いて、ゲート入りが始まる。

特に問題なく進み、全員が収まった。

 

 

『第48回菊花賞、全員ゲートに収まりました。態勢完了』

 

 

ガッシャン

 

 

よっしゃー出陣。

まずは飛ばしていくぜぇ!

 

 

『スタートしました! 綺麗なスタートです、全員揃いました。

 1周目、第3コーナーの坂に向かいます』

 

『ファミーユリアンやはり行った。ぐんぐん行って早くも4、5バ身のリード』

 

『メリーナイスも好スタートで外から3番手を窺う勢い』

 

 

ほどほどに加速しつつ坂を下り、4コーナーから直線へ。

コーナリング中に横目で確認したが、突っついてくる子はいないみたいだ。

牽制した甲斐があったな。しめしめ。

 

 

『1周目の直線コースに入りました。大歓声が上がります』

 

『ファミーユリアン堂々と先頭を行きます。リードは5バ身。

 メリーナイス3番手。サクラスターオーは中団あたりにいます。

 マティリアルはさらに後方に位置』

 

 

ゴール板付近で1000mを通過。

……体感で60秒くらい。よし、目標クリア。

 

勝負はここから。ここからペースを……落とす!

 

 

『1コーナーを回ってファミーユリアンの一人旅は続きます。

 いや、差が詰まってきた。2番手6番接近、3バ身、2バ身まで接近』

 

『2コーナーから向こう正面に入りました。しかしそれ以上には詰まらない。

 むしろまた開いたか? 3バ身4バ身程度まで開いた。

 態勢は変わらず、縦長の展開になっています』

 

 

いいぞいいぞ。直線だから確認はできないが、

1度近づいた足音が離れて行った。

俺自身のペースはそこまで変えていないので、狙い通りだ。

 

ここらでレース距離のちょうど半分あたり。

まだ半分もあると思うか、もう半分来た、と思うべきか。

 

なんにせよ、余力はまだまだ十分。

2回目の坂に向かって力を溜めないとな。

 

 

『ファミーユリアン先頭のまま坂を登ります。

 高低差4.5mある、京都の難所と云われている第3コーナーの坂です。

 各バどのように登り、どのように下っていきますか』

 

 

再加速、そう、ここから再加速しなければならない。

そんな時に下り坂があるのだから、利用しない手はないよねということで、

シービー先輩よろしく、タブーを犯してみようかね?

 

残り600までは坂を使って加速。

そこから先は、超前傾走法ちゃんに聞いてくれ。

 

さあ行くぞぉお!!

 

 

『……! ファミーユリアン下りで行った! 後続を引き離しにかかる!』

 

『差が開く! 後ろはどうするんだ? 行ってしまうぞ!?

 メリーナイスも動いた。2番手に上がる。

 サクラスターオーも上がってきた。メリーナイスに並びかける!』

 

『600を通過。4コーナーへ向かうファミーユリアン、後続は追いきれない!

 ファミーユリアン先頭で植え込みを通過、直線へ向いた。

 開いた開いた! 差が開いた! 京都でも「逃げて差す」は炸裂するのか!?』

 

『逃げた逃げた逃げた! ファミーユリアン逃げ切りか、逃げ切るのか!?

 ハククラマ以来の逃げ切り濃厚!』

 

『サクラスターオー、メリーナイスを振り切って2番手も遥か後方だ!』

 

『逃げ切った逃げ切った! ファミーユリアン逃げ切ったぁ!』

 

『タケホープ、シリウスシンボリに続いて、

 史上3人目のダービーと菊花賞の二冠達成!』

 

『勝ち時計は……うわあ! 3分3秒2、3分3秒2、レコード!

 ルドルフの時計をコンマ2秒上回って、ダービーに続いてのレコード勝利です!』

 

 

……ぜぇ……ぜぇ……

 

さ、さすがに疲れた……

ゴール板を過ぎたところですぐに減速して足を止め、

膝に手をついて呼吸を整える。

 

これまでで1番疲れたが、やり切った感も1番ある。

肩で大きく息をしつつ掲示板を見上げると、1着欄に燦然と輝く14という数字。

そして、我ながら誇らしく見えるレコードという赤い文字。

 

「リアン先輩」

 

しばらくそうやって息を整えていると、横から聞き慣れた声が。

言うまでもなくスターオーちゃんだった。

 

「おめでとうございます。強かったですね」

 

「ありが――ゲホッゲホッ!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「だいじょうぶ……けほ」

 

祝福してくれた彼女にお礼を言おうとしたら、息が詰まってむせてしまった。

スターオーちゃんのほうが先に呼吸戻ってるって、さすがの心肺機能だな。

故障明けとは思えない。早めに動いておいて正解だったかもしれん。

 

それにしても、スーちゃんの作戦の見事なことよ。

 

前半いつも通りいくと見せて、中盤ごっそりペースを落とし、

後ろの目をごまかしておいて、再加速して引き離すというペースコントロール。

 

特に、1度近づいた2番手がまた離れて行ったのが大成功。

あそこで追いついちゃったから、自分たちのほうがオーバーペースなんじゃないかと

錯覚させ、向こうのペースこそ狂わせるのがこの作戦の1番の肝だ。

 

まさに天晴れ! 天下一品だよ。

 

「本当に強かったです。付け焼刃のトレーニングじゃ敵いませんでした。

 もう少し時間があったら、なんていうのは言い訳ですね」

 

さらりと言うスターオーちゃんだが、

その顔には、隠しきれない悔しさが滲んでいる。

 

史実では、その“もう少しの時間”があったわけだしなあ。

季節外れの桜が咲くことがなくなってしまったわけだし、

彼女の表情も合わせて、少々複雑な気持ちになってしまう。

 

「でもやられっぱなしじゃいませんからね。必ずリベンジしますから」

 

「うん」

 

「それではお先に失礼します。ライブで会いましょう」

 

「うん、おつかれ」

 

スターオーちゃんはぺこりと頭を下げて、引き上げていった。

よかった、最後には笑みを浮かべてくれた。

 

じゃあ、俺も引き上げるとしますかね。

ちょっとまだ走れそうにないから、時間がかかって申し訳ないけど、

歩いて戻らせてもらいましょうか。

 

……やばいなあ、身体の重さが半端ない。

こんなのは、1日で何レースも走った、最初の選抜レースのあと以来だ。

これが長距離戦か……

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

スタンド前まで来たところで、ダービーに続いてのリアンコールが発生。

まさか、これがもう1回起こるとは……

 

うれしいんだけど、どうしていいかわからなくなるから困るんだよなあ。

とりあえず手を振っておくくらいしかできない。

 

係員が呼びに来るまで、俺は大観衆の声に応え続けた。

 

 

 

第48回 菊花賞 結果

 

1着 14 ファミーユリアン  3:03.2R

2着  9 サクラスターオー    8

 

 




エイシンテンペスト
「被害者の会に入会します」

(リアンが入ったせいで除外、史実で6枠14番だった馬。
 ちなみに最低人気でした)



ラップタイムはこんなもの
他2頭のタイムも参考に置いておきますね

セイウンスカイ
13.3-11.5-11.7-11.7-11.4-12.1-13.1-13.5-12.7-12.9-12.3-11.9-11.6-11.5-12.0 3:03.2
59.6 64.3 59.3
2:03.9 3F 35.1

タイトルホルダー
12.5-11.1-11.5-12.1-12.8-12.6-12.8-14.3-13.1-12.6-12.4-11.7-11.5-11.4-12.2 3:04.6
60.0 65.4 59.2
2:05.4 3F 35.1

ファミーユリアン
12.5-11.6-12.0-12.0-11.9-13.0-13.2-12.8-13.0-12.6-12.3-11.9-11.4-11.5-11.4 3:03.2
60.0 64.6 58.6
2:04.7 3F 34.3
4F 46.2



史実のダービー菊花賞の二冠はタケホープしかいない不思議



頭のアレに関して、没案がいくつか
せっかくですので上げておきますね

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個人的には3番目が良かったんですが、
ウマミミと一緒に設定できなかったんですよね
泣く泣く没になりました


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第49話 孤児ウマ娘、二つ名が付く

 

 

 

 

『第48回菊花賞は、1番人気ファミーユリアンが逃げ切って優勝。

 ダービーに続いて、シンボリルドルフのレコードを更新しての二冠となり、

 同時にデビュー以来の連勝を6に伸ばした。

 

 今にして思えば、事前の記者会見時からして勝負はついていた。

 穏やかな彼女があれほど強く「逃げ」を意識させる勝気な発言をしたのは、

 周りに対する意思表示だったのだ。私に絡んでくるな、という。

 もちろん逃げ切れる絶対の自信がなければあんなことは言えない。

 かくしてレースは彼女の思惑通り、彼女の単騎逃げという展開になったわけだ。

 

 さて肝心のレース内容だが、先に書いた通りファミーユリアンが

 圧倒的な差をつけて逃げ切った。菊花賞の逃げ切りはハククラマ以来久しぶりのこと。

 このままいくと、我が国ウマ娘レース史上に残る逃げウマになるかもしれない。

 根拠を示そう。

 

 60.0 - 64.6 - 58.6

 

 これは1000mごとのラップタイムだ。3分3秒2というレース自体の

 レコードもさることながら、この緩急をつけたラップがまたえげつない。

 

 前半は、長距離ということを考えると速い流れになる。

 ここで後続にハイペースという印象を植え付けてからの、

 中盤ごっそりとペースを落とし、しっかりと脚を溜めた。

 

 細かくハロンタイムを見てみると、ファミーユリアンは最初の1000mを

 飛ばした後、6ハロン目に13.0秒と1秒以上タイムを落としている。

 当然、後続との差が詰まった。ここで後続が競り掛けて行かずに自重したとき、

 私はファミーユリアンの勝利を確信した。

 

 前走のセントライト記念で、彼女を差し置いて逃げた2人が、オーバーペースに陥って

 最下位とブービーに沈んだということも大きかったのだろう。

 ファミーユリアンよりも前に行く、あるいはついていくと、自分のほうが先にバテる。

 そんな心理が働いてしまったのではないか。

 長距離ということもあって、前走以上のプレッシャーがかかったに違いない。

 

 あとは、ミスターシービーがやったように、下り坂を利用して加速して差を広げ、

 いつもの前傾走法でさらに差を広げて圧勝した。

 

 他バの思考をも利用したその手腕は、はっきり言って脱帽するしかない。

 キャリアわずか6戦目にしてこれだ。末恐ろしい。

 

 無理に逃げれば、自分のほうが先に潰れてしまう。

 かといって、逃げさせれば周りを惑わす必殺のペースで悠々と逃げ、

 上がりでは必ず34秒台以上の脚を使うのだ。

 番手からでも確実に差せることはセントライト記念で証明済み。

 打つ手なしとはこのことか。

 

 今ごろ他のウマ娘たちの陣営は、頭を悩ませていることだろう。

 はたしてファミーユリアンを止められる子は出てくるか。

 現時点で、私にはその方策は思いつかない。

 

 彼女が普通に自らの実力を発揮できれば、普通に勝てるのではないか。

 あの皇帝陛下ですら追いつけないのではないか。

 

 自らが作り出すそんな「幻惑」で、どこまでも逃げて行ってほしい。

 次走はジャパンカップか、有記念か。どちらにせよ楽しみである。

 デビュー以来の連勝が続いていくことを期待したい。

 

 皐月賞ウマ娘サクラスターオーが中団から追い上げて2着。

 彼女も決定的に劣るというわけではない。故障明けながら、最大限の力を発揮した。

 例年なら二冠を手にできていた可能性は高い。

 だが悲しいかな、今年のクラシックにはそれ以上の英傑がいた』

 

 

――とあるウマ娘レース評論家の菊花賞回顧より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

:それにしても菊花賞すごかったよな

 

:メリーナイスもサクラスターオーも目じゃなかった

 

:これで今年のクラシック級最優秀賞は頂きだ

 

:まあ確定だろうね

 

:それどころか、年度代表すらあるぞ

 今年はまだ他にG1複数勝ったやつがいないからな

 

:絶好のチャンスやん

 

:次走がわからんからまだ何とも言えんが、

 G1で勝てば文句なし、負けても入着できれば濃厚だろうね

 

:このまま年内出走できなくても確率高いと思う

 ダービーと菊花賞の勝ちっぷりがすごすぎる

 

:そうじゃなくても、クラシック二冠の価値は高いしな

 前例もある

 逃げダービーウマ娘の先輩、カブラヤオーとかもそうだ

 

:https://www.umamusumenews.com/*******

 みんな、この菊花賞回顧見たか?

 素晴らしいこと書いてくれてるぞ

 

:さすが評論家

 

:真っ当なこと言ってるオカシイナー?

 

:まあ適当なこと言うやつばかりだからな

 

:この人のは、比較的いつもまとも

 

:幻惑の逃げウマ娘ファミーユリアン!

 

:普通に逃げてるように見えて、そんな裏があったとは

 

:1コーナー過ぎて急に詰まったからなんだとは思ったけど、

 そこで駆け引きしてたんだな

 

:はぇ~そこまで考えて走っとるんか

 

:1000mごとに4秒5秒と変えられちゃ、そりゃ後ろはたまらんよなあ

 

:すげえなリアンちゃん

 

:ファンクラブで早速公認してて草

 

:マジじゃないかw

 

:動くの早いw

 

:ブログ更新

 リアンちゃん「光栄です」

 

:賄賂貰ってないだろうなこの人www

 

:よぉし本人の公認も得たところで、この二つ名を広めていこう!

 

:幻惑!

 

:幻惑!

 

:いよっ、幻惑のウマ娘っ!

 

 

 

:リアンちゃんが勝ってくれて、

 落ち着いた今だからこそ言うけどさ

 

:うん?

 

:どうした?

 

:実は俺、応援しに京都まで行ってたんだけどさ

 行きの新幹線の車内で、リアンちゃんに会ったんだよね

 

:なんだと?

 

:ファッ!?

 

:マジかよ

 

:なんて羨ましいやつ

 

:見かけたってだけじゃないの?

 そりゃ京都でレースなんだし、移動するでしょ

 

:いや、きちんと対面して話して、サインしてもらって、

 握手までしてもらっちゃったよ

 

:有罪

 

:ギルティ

 

:死刑

 

:誰か! この裏切者をつまみ出せ!

 

:妄想乙

 

:証拠を出せ

 

:そう言われると思ったから覚悟はしてた

 証拠のサイン画像うpする

 

 https://www.*********

 

:うおおお日付入ってるし!

 

:マジもんだ、すげえ

 

:詳しく話せ。聞いてやる(興味津々

 

:なぜ今の今まで黙ってた?

 

:詳しくも何も、たまたま通りかかったときにリアンちゃんに気付いてさ

 思い切って声かけたら、彼女のほうから率先して対応してくれたんだ

 俺、リアンちゃんだって舞い上がっちゃってたから、

 思わず大声上げそうになっちゃって、恐れ多くもシーってされちゃったよ

 

 今まで黙ってたのは、みんなの反応がやっぱり怖かったのと、

 リアンちゃんが勝ってくれたのを方々の反応で実感できたから

 負けてたら俺の胸の内にしまっておくつもりだった

 

:くぅ~っ、いいなあ

 

:俺もリアンちゃんと面と向かって話したいぜ

 

:すげぇ緊張したよ。声をかけたのはいいけど、

 何を言おうか迷ってるうちに、リアンちゃんから「サインしましょうか」だもん

 

:リアンちゃんすごい優しい

 

:神対応じゃないか

 

:さらには、何か希望はありますか、って

 だから日付と俺の名前を入れてもらったんだ

 

:至れり尽くせりだな

 

:気遣いの達人

 

:ほんとリアンちゃん尊すぎる

 

:レース直前でピリついてるだろうになあ

 そういう気配はなかったん?

 

:いや全然。動画で見たとおりのすごい穏やかな感じだった

 

:ほほう

 

:オンオフの切り替えがうまいんだろうな

 

:レースのときだけ本当に気合入る感じか

 

:そのあとは、菊花賞がんばってって伝えるのが精いっぱいだったよ

 一生の思い出になりそうだ

 

:そうか、よかったな

 言い残すことはそれだけか?(死刑執行

 

:ま、待って。もうひとつあった

 

:あるなら早く言え

 

:3秒間だけ待ってやる

 

:さ、3秒じゃ何も言えないよ

 えっと、握手してもらった手、洗ってません!

 

:………

 

:えんがちょ

 

:(ベタ過ぎて)なんも言えねぇ

 

:良い子のみんなは、外から帰ったら手を洗うんだぞ

 お兄さんとの約束だ

 

:も、もうひとつだけ……

 リアンちゃん、なんで自由席に座ってたんだろう?

 ガクリ

 

:さて、裏切者は粛清された

 

:これで平和が保たれる

 

:自由席? 移動って指定席じゃないのか

 

:案外ケチだなURA

 

:いや、関係者も揃って移動するから、指定席のはずだぞ

 

:自由席だと座れない恐れもあるからな

 URAもそこまで鬼じゃない

 

:じゃあ、なんでだ?

 

:さあ?

 

:ファンと交流したいリアンちゃんの気まぐれだったりして

 

:リアンちゃんに試されてるぞ、おまえら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウマ娘ファンのみなさんこんにちは。今週も府中ケーブルテレビがお送りする、

 週刊ウマ娘放送局のお時間がやってまいりました』

 

キャスターの女性が一礼し、番組冒頭恒例の挨拶を述べる。

 

『先週は今年のクラシック最後の一冠、菊花賞が行われました。

 結果はもうみなさんご存知の通り、ファミーユリアンさんが圧勝も圧勝。

 ダービーに続いてのレコード勝利となり、見事二冠を達成しました』

 

にこにこ顔で伝えるキャスター。

それもそのはず、なにせこの局は――

 

『彼女のデビュー前から追い続けてきている我が番組といたしましても、

 非常に鼻が高いところですね!』

 

他の誰よりも、どこよりも()()について詳しい、親しいという自負があった。

出されるテロップも喜びで震えている。

 

『今週も、解説の○○さんにお付き合いいただきます。

 ○○さん、よろしくお願いいたします』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

キャスターから話が振られ、解説者の女性が映って頭を下げる。

 

『○○さんは、菊花賞をどう見ましたか?』

 

『すごい、の一言に尽きますね。ダービーもすごいレースでしたが、

 それ以上でした。今後は彼女の天下となるかもしれません』

 

『おお、最上級の評価ですね。その心は?』

 

『まずはその逃げっぷりですね。

 逃げて菊花賞を制したのが、実に久しぶりの出来事だったこと』

 

『ハククラマさん以来ですものね。ちょっと最近ファンになったという方には、

 馴染みのない名前というか、初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか』

 

『私も、こういう仕事をするようになってから初めて目にしました』

 

プロの解説者でもこう言うのだから、

一般のファンには、まさしく初見という状態だった人が多かろう。

 

『ファミーユリアンさんの逃げといえば、逃げウマらしからぬ

 伸びる末脚を使うことで有名で、「逃げて差す」とも云われてますね。

 そういう意味でのすごいということですか?』

 

『もちろんそうなんですが、今回に限っては違います。

 いや、今回もそのような脚を使ってますから、違ってはいないんですが』

 

思わず苦笑する解説者。

言いたいことがたくさんあって、取捨選択することに苦慮している。

 

『これをご覧ください』

 

そう言って、手元の机上にフリップを差し出す。

手書きというところが、低予算のケーブル局というところを物語っている。

 

『細かい数字が並んでいますね。これはなんですか?』

 

『ファミーユリアンさんが菊花賞で記録したハロンタイムです。

 端っこには、1000mごとのラップも書き出してあります』

 

『最初の1000m60秒というのは、長距離戦にしてはハイペースですよね?』

 

『はい。これが後々重要になります』

 

『次の1000mは、一転して65秒近くもかかっているんですか』

 

『ええ。長距離ではない通常のレースでも極端なほどのスローペースです。

 ハイペースから急にスローに落とされたら、どう思いますか?』

 

『あれ?って思いますよね?

 速いのか遅いのか、判断に迷うんじゃないでしょうか』

 

『まさにその通りで、現実にそうなっていました。

 ここで実際のレース映像をご覧ください』

 

ここで、菊花賞の映像が流される。

場面は、1周目の直線から1コーナーへ入ったあたり。

 

『後続にご注目ください。1コーナーを回って、どうなりますか?』

 

『先頭を行くファミーユリアンさんとの差が一気に詰まりましたね』

 

『ここでファミーユリアンさんが、それまで12秒フラット前後だったラップを、

 13秒台にまで落としました。その影響で差が詰まったわけですね』

 

『なるほど。ですがその先、また開いていきますね?』

 

『ファミーユリアンさんにつられて、後続もペースを落とした結果です。

 ハイペースだと思って走っていたのに、

 急に差が詰まってしまったので、自分がオーバーペースなのでは、

 という疑心暗鬼が生まれてしまったんです。

 まさにこれがファミーユリアンさんの狙いでした』

 

『狙いというと?』

 

『後続に速いのか遅いのかの判断を迷わせることです。

 ペースを正しく認識することは勝敗に直結しますのでね』

 

『で、ファミーユリアンさんの目論見通りになったと』

 

『その通り。レースと記録を見てもらえればお分かりになると思いますが、

 その後もファミーユリアンさんは細かくペースを変動させてます。

 これでは後続は判断も何もあったものじゃありません。

 ついていっていいのか、あるいは自重したほうがいいのか、と悩んだ挙句……』

 

『後続は後者を選択してしまった、というわけですか』

 

『選択したというか、そうせざるを得なくなったというか。

 ここで1人でも、思い切ってファミーユリアンさんに競り掛けていく子が

 出ていたら、まったく違う展開、結果になっていたと思いますね』

 

唸るように言う解説者。

あくまで結果論ですが、と釘をさすことも忘れない。

 

『興味のある方は、URAのサイトに行ってみてください。

 レース結果に詳しく載っています』

 

『6ハロン目からのラップが13.0、13.2、12.8、13.0、12.6……

 見れば見るほど、まさに周りを惑わす、可変式のリードペースですねぇ』

 

『どなたかがすでに仰られてましたが、

 「幻惑」という単語が相応しいと私も思います』

 

『ですよねぇ。本人とファンクラブがすでに公認したと』

 

『相変わらず素早い対応で感心します』

 

朗らかに笑う両者。

その情報を仕入れているあたり、この2人も対応が早い。

 

『あとはもう、ファミーユリアンさんの独壇場でした。

 下り坂を利用して加速して、一方的に差を広げるだけ。

 サクラスターオーさんも久しぶりで頑張りましたが、

 今回だけを見る限りでは、力の差を見せつけられる結果となりました』

 

『あの皇帝シンボリルドルフさんの時計を上回る、

 レコードタイムについてはいかがですか?』

 

『ダービーに続いて、最初から最後まで自分で動いて作ったレコードですから、

 ルドルフさんの記録をどうこう言うつもりはありませんが、

 一層の価値があるものと思います。ましてや長距離戦ですからね。

 スピードと、何より並外れたスタミナがなければ作れません』

 

『ファミーユリアンさんはこれで、6戦中4戦でレコードですね』

 

『そのうち2戦、2400と3000で日本レコードですからね。

 まったく末恐ろしいですよ。彼女の天下、しばらく続くと思いますよ』

 

『なるほど~。ではここで、

 ファミーユリアンさんの勝利インタビューを見てみましょう』

 

映像が、勝利ウマ娘インタビューへと切り替わった。

レース直後の、やや髪の乱れた姿が大写しとなる。

 

『菊花賞を制しましたファミーユリアンさんです。

 二冠達成おめでとうございます』

 

『ありがとうございます』

 

さすがに汗だくで、幾分か疲労の色も見せるリアンは、

インタビュアーに言葉だけではなく、頭を下げることでも謝意を伝えた。

 

『宣言通りの逃げとなりました』

 

『そうですね。狙っていた通りの展開に持ち込めたと思います』

 

『道中はいかがでしたか? 最初ある程度離して逃げて、

 いったん近づいた後続がまた離れましたが』

 

『ええ、はい……足音が近づいてきたときは少し焦りましたが、

 すぐに離れてくれたので、安心しました』

 

『あとはお決まりの一人旅でしたね?』

 

『ええ、まあ……よかったです、はい』

 

少し言葉を選ぶようにして答えるリアン。

余計なことは言わないようにと考えているようだ。

 

『ゴールした瞬間のお気持ちは?』

 

『……疲れた、と』

 

さすがに長距離の逃げ切りは相当に堪えたようだ。

勝利の喜びよりも真っ先に出る気持ちがそれとは。

苦笑しながら言うさまは、視聴者に彼女の謙虚さをさらに印象付けるだろう。

 

『また「リアンコール」が起きましたね?』

 

『うれしいですが、同時に反応に困ります』

 

苦笑度合いを強めて言うリアン。

正直な反応に、インタビュアーも周りも思わず同様に苦笑してしまった。

 

『二冠を達成したことで、今年のURA賞、

 最優秀クラシック級ウマ娘のタイトルは手中に収めましたね?』

 

『ええと、まあ、いただけるのであれば光栄です。

 いま言われて初めて意識したので、正直実感も何もありませんが』

 

『今後についてはどうでしょう?

 ジャパンカップに向かうなんてことは?』

 

『何も決まっていないので……

 状態次第で、トレーナーとも相談して決めることになると思います』

 

少し困り顔で答えるリアン。

本当に何も決まっていないのだということを窺わせる。

 

『では最後に、ファンの皆さんに対して一言』

 

『え~……』

 

その要求が1番困るとでも言いたげに、

マイクを向けられて数秒は沈黙した後

 

『応援ありがとうございました。

 今後もファンの皆様のご声援に応えられるよう努力しますので、

 またよろしくお願いいたします』

 

『二冠を達成したファミーユリアンさんでした』

 

定型とも思える文言を流れるように言いきって、

最後にもう1度ぺこりと頭を下げた。

 

『はい、ファミーユリアンさんの勝利インタビューでした。

 どうですか、○○さん?』

 

『いやあ、彼女の謙虚さが表れてますよね』

 

『二冠を獲ったんだから、もう少し勝ち誇ってもいいのでは、

 なんて思っちゃいますよね~』

 

『そうですね。ゴールした瞬間の感想なんて、もっと他にあるだろって。

 でもそれが彼女の人柄なんでしょうね』

 

映像がスタジオへと戻り、キャスターと解説者が和やかに談笑する。

 

このあとも解説を含めた話は続き、1時間番組のうち、

3分の2以上の時間が菊花賞と、独自に取材したという

ファミーユリアン関連のことで占められていた。

 

 




ここでオリジナル二つ名を取得
名付け親は、とあるレース評論家の方です


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第50話 孤児ウマ娘、グランプリに挑む

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

:残念なお知らせ

 

 ファミーユリアンJC回避

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 スピードシンボリ師は、担当する今年の二冠ウマ娘ファミーユリアンの次走について、

 ジャパンカップには出走させないと表明した。

 菊花賞後の疲労が抜けきらず、状態が思ったよりも良くないためとしている。

 なお今後は、有記念に向けて調整するとのこと。

 

:あー残念

 

:激走だったからなあ。まあ仕方ない

 

:幻惑ペースの代償かね

 

:身体強くないんだし、大事をとるのは当然

 有でがんばってくれ

 

:そうだな、有で3つめのG1&7連勝だ

 

:しかし寂しいジャパンカップになりそうだ

 

:リアンちゃん回避、スターオー回避、メリーナイス回避

 ティアラ勢みんな回避

 これでクラシック級の有力バはみんな回避だ

 

:とはいえシニア級っつってもなあ

 

:今年は海外勢に蹂躙される悪寒

 

 

 

(ジャパンカップ当日)

 

:上位6番人気まで海外バとか草生えますよ

 

:『鉄の女』が1番人気なのはしょうがないとしても、

 もう少し何とかならんかったか国内勢は

 

:春天・ミホシンザン→引退

 宝塚・スズパレード→故障中、回避

 秋天・ニッポーテイオー→適性距離外、回避

 

 王道路線のG1勝ちウマがこれだもの

 そりゃメンバー揃わないわ

 

:他のめぼしいところだと、シリウスシンボリくらいか

 こいつも今年は勝ててないし、そもそも回避だし

 

:国内組のG1バがトウカイローマンしかいない……

 

:今年の日本総大将・レジェンドクイーン7番人気

 主な勝ち鞍セントライト記念

 

:寂しい……寂しすぎる……

 

:唯一の国際招待G1がこんなことでいいのか

 

:リアンちゃんが出られてたらなあ

 

:それは言わないお約束

 

:結局海外勢のワンツーか

 

:だから言わんこっちゃない

 

:ダイナアクトレス頑張ったな、3着か

 

:つーか、ダイナアクトレス以外、上位みんな海外勢じゃね?

 

:9着まで海外勢だな

 

:\(^o^)/オワタ

 

:まさに壊滅……

 

:もともと期待値低いしこんなものよ

 

:ダイナ以外の日本バ最先着が、10着のレイニースワンだ

 

:リアンちゃんのダービーで3着だったレイニースワンか

 

:人気からして完全にフロックだと思ってたけど、

 思ったより実力あったんだな

 

:つまり、レイニーの15バ身先にリアンちゃんが……?

 

:本格化してるから20バ身は先に行っているだろう

 

:どういう計算???

 

:ダービーで、1着リアンちゃんから

 2着メリーナイスまでが9バ身、

 3着レイニースワンまでが15バ身だっただろ

 

:そういうことか

 

:今回の勝ちウマからレイニーまで何バ身差なのよ?

 

:1.1秒差だから、5から6バ身といったところか

 仮にもっと詰まって10バ身だったとしても楽勝だな

 ……自分で調べてて溜息出たわ

 

:つくづく残念だ……

 

:もう何も言うな。虚しくなるだけだ

 

:(有に)切り替えていく

 

 

 

(有記念ファン投票結果発表)

 

:1位 219806 ファミーユリアン

 2位 102564 ニッポーテイオー

 3位  86343 マックスビューティ

 4位  65912 サクラスターオー

 5位  49138 ダイナアクトレス

 6位  44506 シリウスシンボリ

 7位  38511 クシロキング

 8位  36919 レジェンドクイーン

 9位  34850 メリーナイス

 10位 29277 スダホーク

 

 以上の10人が優先出走権獲得

 

:リアンちゃん堂々の1位!

 

:2位にダブルスコア以上とか

 

:圧倒的じゃないか、我がリアンちゃんは

 

:それは負けフラグだからやめんか

 

:20万票越えは初めてじゃね?

 

:覚えている限りではそうだな

 

:さすがだリアンちゃん

 

:そのうちの1票が俺

 

:ワイも入っとるで

 

:俺も俺も

 

:ここの住人で入れてないやつなんかおらんやろ

 

:ニッポー以外は出走しそうやな

 

:JCとは打って変わって面子揃いそうや

 

:もうジャパンカップのことは言ってやるな

 

:そうだよ、もう忘れよう

 

:うん

 

:素直かw

 

:それだけ残念過ぎたってことだな

 

:JC抜きにして楽しみすぎる

 

:何はともあれ、リアンちゃん頑張れ!

 

 

 

:さりげに公式ホームページのプロフィール更新されてるな

 

:本当だ

 

:いつのまに?

 

:身長体重とスリーサイズ更新されてるやん

 

:身長 156cm

 体重  成長中

 B   79

 W   54

 H   77

 

 11月時点だそうな

 

:おしりより胸のが大きいのかリアンちゃん

 イイ……

 

:おまえの性癖は置いておいてだ

 

:この頃流行りの女の子♪

 

:おしりの小さな女の子~♪

 

:急に歌うなw

 

:こっちを向いてよハニー♪

 

:だってなんだか

 

:だってだってなんだもん

 

:仲良いなおまえらw

 

:相変わらず腰ほっそいなあ

 抱き締めたら折れちゃいそうだ

 

:お前が抱き締めることなんて一生ないから安心汁

 

:さっきから辛辣w

 

:前の数字覚えてる人いる?

 

:身長 143cm

 体重 ほぼ変わらず

 B   70

 W   52

 H   72

 

 今年の4月時点ってなってた

 

:サンクス

 

:半年余りで13センチも伸びたのか

 

:いや、ダービーではあんまり変わってなかったから、

 夏以降だと思うよ

 

:実質4ヶ月くらいってことか

 

:まだ成長中ってことは、もっと伸びるのか

 

:前が小さすぎたんだよなあ

 

:それでダービー圧勝したんだからな

 

:ウマ娘の本格化すげえなあ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファン投票1位になってしまった。

ジャパンカップを回避した分、ファンの期待が過剰になっている気がしないでもない。

 

まあね、そのジャパンカップが非常に悲しい結果だったんで、

気持ちはわからないでもない。

 

俺も出ようと思えば出られたんだけどさ。

 

100%の状態にはならなそうだったし、お世辞にも足元強いとは言えないし、

無理はしないでおきましょうってスーちゃんが言うからさ。

長距離レコード駆けに加えて、あのペースコントロールは

想像以上にダメージ食らうみたい。

 

には、万全にして臨む所存でございますよ。

 

で、ここでひとつ問題が。

そう。地元商店街のクリスマスイベントの件だ。

 

たぶん今年も俺へ出演依頼してくれるつもりだったんだと思うけど、

事実上不可能になってしまったと思う。今年は日程が悪い。

 

の開催日が27日なんだ。

 

いつぞやのルドルフとシービー先輩のように、

レース後なら出演しても問題はないだろうが、

レース前、それもわずか数日前という段階で、他のイベントに出るわけにはいかんだろう。

 

しかし、日頃から応援してくれてる地元ファンの方たちのために何かしたい。

去年は故障もあって何もできなかった分、少しでもお返ししたい。

 

何かできることがないか考えたところ、事前に動画を撮って、

ビデオメッセージという形で出演させていただこうかということになった。

 

「えー、商店街の皆様、ならびにイベントに来ていただいているお客様方、

 ファミーユリアンです。いつも応援ありがとうございます」

 

というわけで、学園と生徒会には了解を取り、

商店街のおっちゃんとも話して、現在動画撮影の真っ最中です。

 

「有記念を2日後に控えていることもあり、

 そちらへ行けなくてごめんなさい。

 こういう形でのイベント出演になりますこと、お許しいただければ幸いです」

 

本当にね、本音は2日前だろうが何だろうが、

現地へ行って、生でお客さんたちの前で話したいのよ。

でもこういう立場になってしまった以上、それは許されないのでね。

 

「ちなみにこの動画、撮影をサクラスターオーさんに手伝ってもらってます。

 スターオーちゃん、一言どうぞ」

 

「はい」

 

スマホを構えて撮影してくれているスターオーちゃん。

 

最初はルドルフに頼もうかと思ったんだけど、

学園独自でのクリスマス企画とかもあって、生徒会は大忙し。

 

なので1人で撮影することになるかってスターオーちゃんの前で口を滑らせたら、

だったら私がお手伝いしますよって言ってくれたのだ。

 

「みなさんこんにちは、サクラスターオーです。

 尊敬するリアン先輩のお手伝いが出来て光栄です。

 張り切って撮影させていただきますよ~」

 

スマホをくるっと回転させて自分のほうへ向け、笑顔で挨拶するスターオーちゃん。

 

声だけ入れるのかと思ったんだけど、自分も映すとはたまげたなあ。

そこまでするとは思ってなかったよ。

しかも、こっぱずかしいことをさらりと言いやがった。

 

さすがは彼女もウマ娘、自己アピールする場は逃さない。

超至近距離での撮影になって、これは彼女のファンも大喜び間違いなしだ。

思わぬ付加価値が付いた格好。

 

もちろん言うだけ言うと、スターオーちゃんは撮影する向きをこちらへ戻した。

 

「リアン先輩、お返しします」

 

「うん。えっとそれじゃあ、まずは有記念への意気込みから語ろうかな。

 おかげさまでファン投票1位に選んでいただきました。ありがとうございます。

 幸い調整は順調ですので、皆様のご期待に応えられると思います」

 

2位に大差をつけての選出だからなあ。

無様な姿は見せられない。

 

「『勝利』というクリスマスプレゼントをお贈りできますよう、

 ベストを尽くすことをお約束します。

 まあ最大のライバルが、動画撮ってるスターオーちゃんになりそうですけども」

 

「はい。今度は負けませんよ。リベンジです」

 

俺がそう言うと、話に乗ってくるスターオーちゃん。

動画に声が入ることを気にしてないというか、ノリノリだね君。

まあそのほうが盛り上がってくれそうでいいけどさ。

 

「というわけで、有記念のお話でした。

 次は――」

 

 

 

そんな形で、動画を撮って商店街に送った。

今年も俺の出演は諦めていたそうで、おっちゃんたちは大喜び。

どうせなら秘密にして、サプライズ企画にしてやろうって張り切ってた。

 

そうだ。一応はイベント出演という形になるから、

乙名史さんにも言っておいたほうがいいかな。

 

『ずるいっ』

 

「へっ?」

 

『ずるいですっ!』

 

彼女と連絡を取ると、事態を知った彼女が発した言葉がこれだ。

 

『動画出演というだけならまだしも、サクラスターオーさんとの共演ですよ?

 なんて羨――地元商店街だけの企画にしておくのはもったいないです!』

 

「は、はあ」

 

『というわけで、うちのチャンネル用にも動画撮ってください!』

 

な、なんて厚かましい要求なんだ。

さすが乙名史女史。自分に正直なところは全く変わらない。

 

『衣装もこちらで用意しますから、

 お願いしますっ!』

 

「わ、わかりました」

 

まあね、ここまで人気が出てくれたのは、彼女が最初に目をつけてくれたおかげ。

これくらいの無茶ぶりには応えてあげるのが筋ってもんだろう。

 

そんなわけで、乙名史さんの圧力に屈した俺は、

スターオーちゃんに頭を下げ、もう1本、同じような内容の動画を撮ることになった。

 

今度は、用意してもらったサンタ衣装を着ての撮影。

 

府中CATVは、25日夜に予告なしでネットチャンネルへアップロード。

ノーカットで素の素材そのままを流すという荒業で、俺たちの度肝を抜いた。

 

不意を衝かれたネット民やレースファンの間でたちまちのうちに話題となり、

直前ということもあって、再生数でも同様に度肝を抜かれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木曜日、G1恒例の枠順抽選会。

ファン投票の順位順に抽選が進んでいく。

 

「……3番です」

 

「ファミーユリアン、2枠3番!」

 

よーし、内枠を引けたぞ。

ベストはやっぱり1番枠だったけど、文句はない結果だ。

 

しかしこの面子だと、2番人気は誰になるのだろうか?

待機列の自分の位置に戻りながら、考える。

 

決して自惚れているというわけじゃないけど、人気投票からすると、

俺が1番人気になるんだろう、うん。いまだに慣れないけど。

 

そうすると、2番人気は?

 

JC日本バ最先着のダイナアクトレス?

史実の1番人気ウマソウルを受け継ぐスターオーちゃん?

ティアラ二冠を達成したマックスビューティ?

 

「マックスビューティ、8枠15番!」

 

「サクラスターオー、3枠6番!」

 

「ダイナアクトレス、3枠5番!」

 

うーん、誰もが決め手に欠けるな……

 

ダイナアクトレスは前走好走とはいえG1勝ちがないし、

史実のスターオーは二冠を制した余勢を買われてのことだろうし、

マックスビューティはティアラ勢以外との対戦が初めてになる。

積極的に買いたいと思わせる要素が足りない。

 

でもまあ実績からすると、皐月に加え菊花賞2着もあるスターオーちゃんになるのかな?

加えて彼女に関して言えば、やはり故障が心配だ。

さすがにウマ娘だから、予後不良なんて事態にはならないと思うが……

 

そこまで考えたところで

 

 

――ゾクリ

 

 

「っ……!」

 

考え事をしていても明確にわかるくらい、誰かの視線と殺気を感じた。

慌ててその元をたどってみると

 

「……」

 

……シリウスがいた。

 

「あの、シリウスシンボリさん?」

 

「……」

 

シリウスは、抽選箱に手を突っ込んだ体勢のまま、

振り返ってこちらを見ている。いや、俺を睨みつけていると言うのが正しいな。

 

「ええと、後も控えているので、早く引いていただけると……」

 

「……ああ」

 

奴は俺が気付いたことを確認すると、ニヤリと小さく微笑んだ。

そして司会者に促され、顔を戻してようやくクジを引く。

 

「16番だ」

 

「シリウスシンボリ、8枠16番!」

 

大外16番枠を引いたシリウス。

結果を伝えて列へと戻ることになるのだが、人気投票順に並んでいるわけだから、

どうしても俺の前を通り過ぎることになる。

 

その際に

 

「真剣勝負だ、いいな」

 

「っ……」

 

俺にだけ聞こえるような小さな声で、そう呟いていった。

その表情は、いつになく真顔だった。

 

……なるほどね。

実戦では、これが初対決ということになるんだな。

すっかり忘れていたが、あいつにとっては、待ち望んでいた実戦での勝負ということか。

 

考えてみれば、去年の春の天皇賞を制して以来、1年半以上勝利のないシリウス。

世間では、ピークを過ぎたという見方が大勢を占めている中、

本人自身はそんなものはどこ吹く風で、気ままにレースに出ては、

好走と凡走を繰り返している。

 

これまでのあいつの俺に対する態度や様子を見ている限り、

ある意味、俺に執着していることは明々白々。

手を抜いたら承知しないぞという注意だったか、あるいは……

 

レースを目前にして、勝負以外のことを考えていた俺への警告としたか。

 

「……ありがとね」

 

小さく呟く俺。

隣にいるマックスビューティちゃんには聞かれてしまい、

首を傾げられてしまったかもしれないが、気にしない。

 

そうだよな。レース、それも1年の締めくくりの大一番を前にして、

勝負以外のことを考えるのは、ありとあらゆる関係者に対して失礼だよな。

あいつに諭される羽目になるとは、いつぞやの逆だな。まったくお笑いだ。

 

いいぜ、わかったよシリウス。

ガチの真剣勝負と行こうじゃないか。

勝っても負けても、恨みっこなしだからな?

 

今回ばかりは、あいつに感謝するしかないようだ。

 

何事もなかったかのように自分の位置へと戻り、

腕組みをしているシリウスに対して、心の中で静かに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー・その2

 

 

:府中CATVのクリスマス動画見た?

 

:見た見た! てぇてぇが過ぎる

 

:スターオーも良いキャラしてるよな

 ちゃっかり自分も映り込んでやんの

 

:2人ともサンタ衣装似合いすぎ

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

:赤はもちろんいいが青もいいな

 

:勝負服ではあんまり拝めないリアンちゃんの太もも……

 

:(・∀・)イイ!!

 

:いいぞもっとやれ(エ〇目線はちょっと)

 

:本音と建前が逆になってますよ

 

:しかし本当に仲良しなんだな

 

:普通は、決戦を前にして仲良く動画なんか撮らないよな

 

:この2人、菊花賞の会見の時も、

 意味ありげに視線を交わしてたよな?

 

:キマシ?

 

:ここにキマシタワーを建てよう

 

:スレ違いです

 

:まあいいじゃないか。

 仲が良いことに越したことはない

 

:調子も良さそうで何より何より

 

:公ではライバル、私では先輩後輩以前に親友以上の関係ってか

 

:親友というか、気が合うんだろうね

 うまく言えないけど、それ以上の絆を感じるよ

 

:ウマ娘だけに、ウマが合うってか?

 ……ん? UMAってなんだ?

 

:さあ?

 

:未確認生物?

 

:何はともあれ最高のクリスマスプレゼントだったぜリアンちゃん。

 有もがんばってくれ!

 

:勝って文句なしの年度代表ウマ娘だ!

 

 




リアンを3番枠にした理由は、史実で逃げたレジェンドテイオーが3番枠だったから。
言うまでもなく、作中ではレジェンドクイーンちゃんです。


皆様良いお年を!


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第51話 孤児ウマ娘、「ライバル」と激走する

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 

 

 

 

「え? 明日、応援しに来てくれるの?」

 

「ああ」

 

俺が問い返すと、ルドルフは笑顔で頷いた。

 

記念の前夜。

寮の自室で、就寝前にルドルフと話していたところ、

明日は中山まで応援しに来てくれるとのこと。

 

いや、現地まで来てくれるのは、何も初めてというわけじゃない。

デビュー戦の時もそうだったし、だいたいレース場まで来てくれていた。

 

しかし、それは大抵の場合がトレセン学園生徒会長の公務としてで、

そちらのほうで忙しく、当日に現場で会うことはできていなかった。

 

それが今回は、無理やり時間を作って、控室まで陣中見舞いしてくれるという。

 

「クリスマス会も終わって、手が空いたんでね。

 これまでは直接応援しに行けなくて申し訳なかった」

 

「いやいや」

 

申し訳なさそうに謝るルドルフに、俺のほうが恐縮してしまう。

 

きっと今回も忙しい中を、無理に無理を重ねた結果なんじゃないか。

本当に、俺のほうこそ申し訳ない。

 

「父様と母様も、明日は見に行くそうだよ」

 

「そっかあ」

 

シンボリのお父様とお母様は、デビュー戦の時こそ現地観戦したいと言っていたが、

外せない用事という話で叶わなかった。

以降、特に何も言わなくなったので、安心していたところだったのだが。

 

なんでかって?

そりゃあのお二人が生で見ているなんてことになったら、

ただでさえ緊張する中を、余計な力が入ってしまいそうでしょ?

 

「『愛娘』のレースを現地で直接見たいと常々言っていたからな。

 ようやく夢が叶うって喜んでいたよ」

 

「……そっかぁ」

 

相変わらず、お父様お母様も愛が重たい件について。

()()かあ。ため息しか出ない。やれやれだぜ。

 

俺よりも、もっと関係の深い関係者がもう1人出ているんですけどねぇ。

 

「大丈夫だ。シリウスも出るんだから、

 世間はそちらの応援に来たんだと思ってくれるさ」

 

俺のため息の理由を察して、ルドルフがその関係者のことを言ってくるが、

違うんだ、そうじゃないんだよ。

 

確かに、シンボリとの関係が公になることは大いに困るが、

それ以上に、プレッシャーになるんだってことわかってますかね?

 

「……がんばらないとね」

 

「ああ、期待しているぞ」

 

目の前の皇帝陛下、あなたの言動も大概ですぞ。

いっそレース後まで秘密にしておいてくれたらよかったのに。

ホントそういうとこやぞ、陛下。

 

まったく、やれやれだ。

 

お二人に無様な姿をお見せするわけにはいかない。

けど睡眠不足にならないといいな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは第32回有記念、パドックに参ります。

 ファン投票によって選ばれた優駿16人をご紹介いたしましょう!』

 

『グランプリの栄えある1番人気は、もちろんこの子、

 無敗記録継続中の6戦6勝、2枠3番ファミーユリアンです』

 

係の案内に従って出て行って、いつものようにポーズを取る。

 

やっぱり1番人気なんだなあ。

いまだに信じられないよ。年末の大一番で、俺が1番人気だなんて。

 

『圧倒的な強さで今年のクラシック二冠を制しました。

 今日も必殺の「幻惑」、そして逃げて差すが見られますでしょうか。

 解説の○○さん、いかがですか?』

 

『程よく気合が乗っていて良い感じですね。

 仕上がっていると見ていいかと思います』

 

『ジャパンカップを回避した影響はなさそうですか?』

 

『そうですね。万全を期しての回避ということでしたし、

 調整は順調だったようですので、問題はないんじゃないでしょうか』

 

またジャパンカップの話をしてる……

 

もういい加減許してやれよ。

あれが今年のURAができる精一杯だったんだ。仕方なかったんだ。

惨憺たる結果を招いてしまった当事者の1人なだけに、複雑だけど。

 

なんてことを考えつつ、出番を終えて引っ込む。

 

『2番人気は、皐月賞ウマ娘サクラスターオーです。

 前走菊花賞では、ファミーユリアンから離された2着。

 彼女はどうですか?』

 

『これは、ものすごい仕上がりです。120%と言えるかもしれません』

 

『陣営からも、これまでで最高の出来、というコメントが出ていますね。

 ファミーユリアンへ雪辱する気は満々といったところでしょうか』

 

『まさにそんな感じですね。

 展開がはまれば、一発あるかもしれませんよ』

 

2番人気はやはりスターオーちゃんか。

 

解説が言っているように、今回の彼女、最高の仕上がりみたいなんだよね。

故障も癒えて、充分にトレーニングを積めた結果だって。

本人は至っていつものペースだったけど、内には秘めたるものを隠していそうで怖い。

 

菊花賞の時のような展開を想定しているが、どうだろうか。

解説が言う『一発』とは?

 

……まあいい。

スターオーちゃんがどう出てこようが、俺は俺の走りをするだけだ。

 

『13番人気、トウカイローマンです』

 

奇遇なことに、元クラスメイトにして現クラスメイトでもある、

オークスバ・ローマンの姿もあった。JCからの転戦である。

ルドルフの同期デビューなので、長い現役生活を送っている。

 

そんな彼女もこれがラストラン。

もはや完熟の域に達したお色気を見られなくなる世の中のオジサマ方は、

さぞかし残念がっていることだろう。

 

レース後は、ルドルフも含めて、何かやろうってことになっている。

それも含めて、がんばらなきゃいけないよね。

 

うし、行ってくるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『発走直前の人気が発表されました』

 

場内実況が、発走直前の人気投票の結果を伝える。

同時に、ターフビジョンにも大写しとなった。

 

『1番人気は、他を圧倒する支持を集めてファミーユリアンです。

 2番人気はサクラスターオー。以下、ダイナアクトレス、

 マックスビューティ、メリーナイスと続きます』

 

それだけで、リアンの勝利を期待する面々が歓声を上げている。

観客席は足の踏み場もないほどにごった返している状況。

 

そんな中、ゴール板前の特等席に、いつものメンツの姿があった。

ファミーユリアンファンクラブ一同である。

 

「いやールドルフちゃん、毎度毎度ありがとね!

 君のおかげで、こうやって毎回ゴール前に陣取れるよ」

 

「いえ、たいしたことではありませんよ」

 

ファミーユリアンファンクラブの会長、通称『おっちゃん』。

隣にいるルドルフと親しげに話している。

 

リアン本人がブログ等でそのように呼称していたことから、

ファンの間ではすでに定着したものである。

 

クリスマスイベントでの飛び入り参加で知り合った2人は、

リアンのことなどを語り合っているうちに意気投合し、

いつのまにやら仲良くなっていた。

 

連絡先も交換しているので、ルドルフのプライベートナンバーを知る、

唯一の一般人ということになるのかもしれない。

 

ルドルフの手引きによって、関東圏の開催では、

ゴール前に集団で陣取ることができているというわけである。

今回はその輪の中に、ルドルフ自身も加わっていた。

 

ちなみに孤児院御一行は、今回は招待客として、貴賓席からの観戦だ。

 

「リアンちゃんは、何か言っていたかい?」

 

「特には何も。ですが皆さんお分かりのことかと思いますが、

 リアンは特別表に出すタイプではありませんからね」

 

「だな。静かに燃えるというか、内に秘めるタイプだよな」

 

「それで痛い目に遭ったこともあるんですけどね」

 

本人ともどもね、と内心で苦笑するルドルフ。

つくづくあの件は痛かったなと思い返す。

 

しかしあれがなければ、自分の両親と知り合う機会もなかった。

無論、シンボリ家で援助を、なんて話もなかったことになるわけで、

あくまで結果論だが、よかったということになるんだろうか。

 

(今となっては、考えるだけ無駄ということだな)

 

内心が少し顔に出て、口角が少し上がってしまったところで、

ルドルフはそう結論付けた。

 

「先ほど控室に行って様子を見てきましたが、

 いつもと変わらない調子のようでした。期待できますよ」

 

「そうか、何よりだな。

 ライバルになるのは、やっぱりスターオーちゃんかな?」

 

「だと思います。パドックを見ましたが、

 究極とすら思えるくらい最高の仕上がりなのは間違いありません。

 急場しのぎだった前走よりは立ち向かえるでしょうね」

 

「やっぱりそうか。菊花賞のリベンジ狙ってんだな」

 

「ええ。普段から仲が良い分、余計にでしょうね」

 

おっちゃんの問いに頷くルドルフ。

誰がどう見ても、今回のスターオーは究極だった。

 

「動画で見たけど、2人は普段からあんな感じなのかい?」

 

「こっちが妬けてしまうくらい仲良しですよ。

 学年を超えて、暇さえあれば一緒にいるような間柄ですね」

 

「はっは、そうかいそうかい。

 お友達と仲が良くて安心だ。おっちゃん感激!」

 

何時しかのことを思い出して、再び苦笑するルドルフ。

私も若かったなと思うシンボリルドルフ、16歳である。

 

「しっかしそんな彼女たちのプライベートな姿、じかに見てえよなあ」

 

「あなたは十分リアンのプライベートに関わっているでしょう」

 

「違いねえ」

 

ファンクラブの会長なのだし、普段からちょくちょく

顔を合わせている人物から出てくるセリフではなかった。

ルドルフのツッコミに、おっちゃんは頭を掻く。

 

「ですが感謝祭の時ならば大歓迎です。お待ちしていますよ」

 

「そうだよなあ。なまじ近いと、出不精になっていけねえや」

 

すかさず、ルドルフは営業スマイルに切り替える。

ファンがトレセン学園内に入れる、唯一の機会だろう。

 

すぐ近くの商店街に居を構えているのだから、

行こうと思えばすぐに行けるはずだが、そうならないのは逆に近さゆえか。

 

「おっと、そろそろ発走だな。おらーリアンちゃんファンクラブ一同!

 一層気合入れて応援すっぞ!」

 

「お~!」

 

「羽目は外しすぎないように」

 

会員に檄を飛ばすおっちゃんを見て、

目を細めつつ釘をさすルドルフだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山2500mのスタート地点。

発走を待つウマ娘の中に、当然、彼女の姿もある。

 

(……私は6番人気か)

 

一昨年のクラシック二冠バ、シリウスシンボリ。

翌年の春の天皇賞も制して、G1を3勝している。

これは現役の中では最多だ。

 

(はっ、落ちたもんだ。あいつの眼中になかったのも当然か)

 

自嘲気味に笑うシリウス。

最近は勝利を挙げられていないため、人気が落ちるのは仕方ない。

だが、ある特定の人物にだけは、覚えていてもらいたかった。

 

実戦ではないとはいえ、1対1の勝負をした仲だというのに、

眼中にもないというのはあまりに薄情ではないか?

 

(思わず声をかけちまったが、正解だったな)

 

枠順抽選会の際。

()()の意識があまりに違うことに向いていたので、いてもたってもいられず、

すれ違う際に声をかけてしまったが、かけておいてよかった。

 

以降の彼女は、まるで違う生き物になったかのように、

それ以前の目つきとはまるで異なるものに変わっていたのだから。

 

(私の期待に応えてくれよ。……いや違うな。

 私こそがあいつの決意に応えてやる番か。ふっ、やってやるぜ!)

 

遠巻きに聞こえてきたファンファーレをBGMに、

シリウスは颯爽とゲートへと向かった。

 

 

 

 

 

(リアン先輩……)

 

サクラスターオーが見つめる先には、発走に備えて、

準備運動をしているリアンの姿がある。

 

この夏から秋にかけて、身体的にも大きく成長した、入学前からの憧れの先輩。

それだけではなく、いつも親身になって接してくれて、

故障した際には、リハビリ施設まで紹介してくれた、優しく大恩のある先輩。

 

(きっと先輩はわたしのこと、かわいい後輩だって思ってくれてる。

 でももう、それだけじゃ嫌なんです)

 

リアンの優しさに甘えてしまっていたことも多い。

もちろん優しくされるのもいいが、正直どっぷり浸かってしまいたいが、

それだけでは満足できない自分がいることにも気づいてしまった。

 

(前走では負けちゃいましたけど、今度は先輩に勝って、

 先輩にわたしのこと『ライバル』だって、認めてもらうんだ)

 

菊花賞での敗北が、鮮明に思い出される。

絶対的に思えた、遥かかなた前方のあの姿。

あの背中に追いつきたい、追い越したい。

 

幸い、今日の自分は最高に調子が良い。

絶好調でもまだ足りない。生涯最高のコンディションだ。

 

いける。いや、やってみせる。

 

(改めて勝負です、リアン先輩っ!)

 

G1競争のファンファーレが、

サクラスターオーの闘志に火をつけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ファンファーレ後、ゲート入りは順調に進んで、

あっという間に全員がゲートへと収まった。

 

一瞬の静寂が訪れる。

 

『第32回有馬記念、スタートしました! まずまず揃ったスタート。

 大きな出遅れはありません。ファミーユリアン、ハナを切ります』

 

いつもの反応の良さで、当然のようにリアンが先頭を行く。

そして早くもここで異常発生。

 

『おっとメリーナイス転倒しました!』

 

何かに躓いたのか、メリーナイスが発走直後に転んでしまった。

無論バランスを保てるはずもなく、横倒しになってしまう。

 

史実でもスタート直後に落馬というアクシデントに見舞われたが、

それに沿ってしまった格好だ。

観客からは、大きなどよめきとわずかな悲鳴が漏れた。

 

『大丈夫でしょうか? 怪我がなければいいですが、レースは続行されます』

 

『ファミーユリアン早くも2バ身のリード。2番手レジェンドクイーン、

 1バ身離れて3番手ミスブレンディ、さらに1バ身で昨年の覇者ダイナガリバー、

 そしてダイナアクトレスのダイナ勢が続きます』

 

アクシデントの有無にかかわらずレースは続く。

リアンの後方は後続が等間隔で並んだ。早くも縦長になりそうな気配。

 

『2番人気サクラスターオーは後方、12、3番手くらいの内々を追走しています』

 

『1周目、ファミーユリアン先頭で直線に入ります。隊列落ち着きました。

 2バ身差でレジェンドクイーン、さらに1バ身でダイナ2人、

 シリウスシンボリ続いて5番手、少し離れてトウカイローマン6番手、

 タレンティドガール、スダホーク、ジェイムスユウ、このあたり固まっています』

 

『客席からは大歓声が上がる。後方勢、サクラスターオーは変わらず12、3番手。

 直後にメジロデュレンが付けます。カトリウイング、マックスビューティ並んでいます。

 クシロキング最後方追走』

 

『前から後ろまで10バ身くらい。3番手以降は密集した態勢になった』

 

当初は縦長になるかと思われた展開だったが、

1コーナーに差し掛かるころになって、バ群がぎゅっと固まった。

実況はこれを、リアンの『罠』だと捉える。

 

『再びファミーユリアンの「幻惑」炸裂か? ペースはどうなんだ?』

 

しかし、実況がペースを判断できないあたり、すでにリアンの術中だった。

彼でさえこうだから、実際に走っている後続たちは、もっとそうだろう。

 

事実、このときの1000m通過は64.5秒。

G1、それも有記念ほどの大レースにしては、超弩級のスロー。

3000m級の長距離戦でも遅い、言うならば新戦クラスのペースだった。

 

しかし、そう感じさせないほどのイメージが、すでに先行していたのだ。

即ち、リアンの逃げ=ハイペースという、一種の刷り込み現象。

 

(……良い感じだ)

 

実際に、先頭を快走中のリアンは、内心でほくそ笑んでいた。

 

(今度はみんな必要以上に警戒してくるだろうから、

 なんだったら今回は最初から超スローに落としてみようかって、

 スーちゃんが言ってたけど……)

 

前走の菊花賞の、前半飛ばして中盤落とす、という印象が強烈過ぎたがために、

だったら最初からスローペースにしたら、周りが勝手に勘違いしてくれるのではないか。

 

――その通りになった。

 

(スーちゃん恐るべし)

 

私の担当トレーナーの眼力、戦術眼すごすぎ?

尊敬を通り越して、恐ろしさすら感じるほどである。

 

一応プランBとして、無理に逃げる子がいそうなら番手で控えるパターン。

プランCとして、それでも構わず一緒に逃げるパターンを想定していたが、

このまま当初の予定通りに進められる。

 

これならプランAのまま、後半にペースを上げられそうだ。

 

()()()()()、やってやるぜ!)

 

前半抑えて、後半爆発させる。

後方待機勢が考えていそうな青写真を、彼女は今、実現させようとしていた。

 

(……遅すぎやしねぇか)

 

(ペースが遅い)

 

一方で、その目論見に気付きかけた子が2人ほどいた。

 

リアンから3バ身ほど後方の6番手で1コーナーを回ったシリウスシンボリと、

そこからさらに3バ身ほど後ろの内に控えるサクラスターオーだ。

 

(なんで誰も競り掛けて行かねえんだ?

 ちいっ、消極的な奴らばっかりで参るな)

 

(リアン先輩、相変わらずレースが()()……)

 

両者はそれぞれに展開について考え、それぞれに感想を覚えるが、

結局のところ、思いつくところは同じであった。

 

(リアンのやつが動くまでは、このままだな)

 

(先輩が動くまでは、このまま待機です。

 見逃しませんよ、リアン先輩!)

 

 

 

 

 

レースは、残り1000m地点へと差し掛かる。

 

(……よし!)

 

最初に動いたのは、やはりリアンだった。

1000mのハロン棒を通過した直後、ペースを上げる。

 

『!? ファミーユリアン早くも動いたか? 後ろとの差が広がっていく!

 後続は反応できないか? 3バ身、4バ身と開いた!』

 

突然の加速、それもこんなに早くと思ったのか、

2番手以降の子たちは咄嗟に反応できなかった。

あっという間にリアンとの差が開いていく。

 

(動きやがったな!?)

 

(っ……ついていくなら、今しかないっ!)

 

そんな中で、待ってましたとばかり、同様に動いたのもまたこの2人。

 

『シリウスシンボリも動いた。加速してファミーユリアンを追う。

 そしてサクラスターオー、バ群を縫って上がってきた! 単独3番手に浮上!』

 

『3コーナーに入って、先頭ファミーユリアン。2番手2バ身差でシリウスシンボリ。

 並んでサクラスターオー。その後方は5バ身以上開いた。

 3人が完全に抜け出しました。勝負はこの3人に絞られたか!?』

 

ファミーユリアンを追う2人が、ここで内、外に並んだ。

 

(引っ込んでろ小娘!)

 

(リアン先輩に勝つのは、わたしです!)

 

レース中なので目こそ合わせないが、すでに火花バチバチの両者。

リアンに挑む前に、おまえこそ先に沈めてやると言わんばかりに、

激しく競り合いながら前を追った。

 

(……おかしい)

 

一方で、4コーナーへと向かう最中、ここまで順調に来ていたリアンに誤算が生じる。

 

(いったん離れた足音がまた大きくなった。

 それも複数だ。どういう………っ!!?)

 

予定では、すでに後続の足音など聞こえないくらいに引き離しているはずだった。

しかし、いまだ聞こえてくるのはどういうわけだ?

それも1人のものではなく、最低でも2人以上のものだ。

 

疑問が生じ、思わず後方を確認したリアンの目に飛び込んできたのは、

信じられない光景だった。

 

「うおおおおっ!!」

 

「やああああっ!!」

 

怒涛の勢いで追い上げてきている2人の姿。

 

(シリウス! スターオーちゃん!?)

 

その必死の形相に、寒気すら感じられてしまう始末だ。

 

 

『ファミーユリアン思わず後方を確認した。振り返ったぞ!

 どうなんだ? 予定の行動なのか? 初めて見せる仕草です!』

 

 

「っく……!?」

 

残り600のハロン棒を過ぎ、いつもならここで超前傾走法に切り替えるところであるが、

想定外の事態で焦ってしまったか、心のスイッチを上手く押せなかった。

 

(まずい、これじゃ差し切られる……!)

 

焦れば焦るほどうまくいかない。

向こうも必死なのはわかるが、こちらのほうがよっぽど必死だった。

 

「くそっ……!」

 

歯を食いしばり、力を振り絞って脚色を維持する。

 

そんな状況下で、レースは佳境を迎え、

中山の直線310mの攻防へと入った。

 

『ファミーユリアン必死に逃げるが、いつもの伸びが見られない!

 どうしたファミーユリアン? ファミーユリアン、ピンチか!』

 

『並んだ! 3人が完全に並んで直線へと向いた!

 内からファミーユリアン、真ん中シリウスシンボリ、外サクラスターオー!』

 

『三つ巴の叩き合い! かのジャパンカップの3人同着優勝を思い起こさせる戦いだ!』

 

観客から、歓声とも悲鳴とも取れる大音声が沸き起こる。

そんなことは、わざわざ実況に言われずとも、まだまだ記憶に新しいところ。

 

『さあ抜け出すのは誰だ!? 最後の坂、

 年末のグランプリを制するのは誰だ!?』

 

3人共に全く譲らず、ゴール前の急坂へ。

と、ここで最初の脱落者が。

 

(……っち、ここまでか)

 

決して諦めたというわけではない。

わけではないが、もはや身体がついていかない。

さしものシリウスも、ここまで使った脚で限界だった。

 

「……認めてやるよ。おまえは、強い」

 

負けを認めつつ、シリウスは満足そうに笑みを浮かべた。

それと同時に、隊列から遅れて離れていく。

 

「大きくなりやがって……」

 

離れていく背中に向かって放たれた呟きは、

はたして物理的にか、それとも精神的なものか。

誰にも聞かれることはなかった。

 

『シリウスシンボリいっぱいになったか! 坂で遅れた!』

 

『ファミーユリアンとサクラスターオー、

 身体をぴったり合わせて必死に追う! 最後は人気両者の争い!』

 

ゴール寸前。粘るリアン、もがくスターオー。

シリウスが後退して空いたスペースも、お互いに体を寄せて埋め、

タイマンの叩き合いになる。

 

最後は2人とも完全に足が上がる勢いで、それでもなお争うが……

 

『内か、外か!? わずかに外かぁー!?

 2人並んでゴールインッ!!』

 

『どうでしょう……ほんのわずかに外、

 サクラスターオーが出たかのように見えましたが……』

 

もつれあうようにゴール板を通過したが、若干、外側のほうが有利に見えた。

ターフビジョンに、スローで大映しになるゴールの瞬間。

大きなどよめきと共に、落胆のため息がその場を支配した。

 

『ああこれは、わずかに出てますね……。サクラスターオー勝ちました!

 菊花賞の雪辱成る! 暮れの中山に桜が満開ですっ!

 季節外れ、真冬の中山で、皐月に咲いた桜が再びまんか~いっ!』

 

『そしてファミーユリアンの連勝ついにストップゥ!

 止めたのはクラシックを争ったサクラスターオーとなりましたぁ!

 有記念の歴史の中に、「サクラ」の名が初めて刻まれます!』

 

『大きく離されましたが、転倒したメリーナイスもゴールしました。

 全員完走です』

 

サクラスターオー勝利、ファミーユリアン敗北の現実がまだまだ受け止めきられない中、

転倒しつつも起き上がって最後まで走り切ったメリーナイスに、

観客たちからは大きな声援と拍手が送られていた。

 

 

 

 

第32回有記念 結果

 

1着  6 サクラスターオー  2:33.3

2着  3 ファミーユリアン   アタマ

3着 16 シリウスシンボリ    2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

ゴール板を通過後、すぐに足を止めた。

肩で大きく息をしながら、ターフビジョンで再生されている映像を見ている。

 

ゴールした瞬間にはわからなかったが、改めて見てみると、これは……負けてるな。

最後の一瞬、スターオーちゃんがぐいっと伸びたところがゴール。

 

……いや、違うな。

俺のほうが、最後の最後で失速してしまったんだ。

失速というか、根負けというか。

 

今回はそれだけ、スターオーちゃんの執念が強かったということだろう。

こういうところで日頃の行いというか、性根の差が出るんだろうな。

 

超前傾走法が不発に終わったのがでかすぎる。

いざ発動というタイミングで、予想外に真後ろにつかれてて焦りすぎてしまった。

反省するべき点と言えば、真っ先にそこ。

 

何はともあれ、スターオーちゃんが故障しなくてよかった。

それに比べれば、1度の敗北くらい――

 

「リアン先輩……」

 

「スターオーちゃん……」

 

ここでかけられた声に振り向いてみると、

なんだか困り顔というか、浮かない表情をしているスターオーちゃんがいた。

 

おいおい、なんて顔をしてるんだ。

勝者がそんな顔をしてたらいけないぞ。

 

「おめでとう、負けました」

 

「あ……」

 

菊花賞の時は彼女から認めてくれたから、今度は俺から言わないとな。

笑い掛けつつ、右手を差し出した。

 

「は、はいっ、ありがとうございましたっ!」

 

するとスターオーちゃんは、大慌てで両手で俺の手を取るのと同時に、

ぺこりと頭を下げた。

勝ったんだから、もう少し勝ち誇ってもいいんじゃないかな?

 

「ほら、お客さんに応えてあげなきゃ」

 

「で、でも今日はみなさん、先輩の勝利を望んでいたんでしょうし、

 わたしなんかが出しゃばっていったりしたら……」

 

確かに彼女の言うとおり、圧倒的な1番人気だったから、

俺の応援をしてくれてた人が1番多いのは事実だろう。

だからといって、スターオーちゃんの勝利を祝福してくれないわけがない。

 

大丈夫、アニメ2期みたいなライスシャワー状態にはならないよ。

いや、俺がさせない。

 

「ほら」

 

「ぁ……」

 

彼女が取っていた手を逆に取り返して、彼女の右手を高く掲げさせた。

すると……

 

 

『うわああああっ!!!』

 

 

客席から大歓声が飛んできた。

スターオーちゃんの表情がみるみるほぐれていく。

 

「行っといで」

 

「はい、行ってきます! 先輩、また後でっ!」

 

俺にそう言うと、弾ける笑顔でスタンド前に向かって駆けていくスターオーちゃん。

2500mレースをした後だとは、とても思えない軽い足取りだった。

 

「………」

 

さてそれじゃ、敗者は潔く去るとしますか。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

ウイニングライブの前に、いったん控室に戻った。

息を吐きつつ、椅子へと腰掛ける。

 

スーちゃんは俺を出迎えるのもそこそこにして、二言目には控室へ直行するように指示。

初めての敗戦で、ナーバスになってるとか思わせちゃったかな?

 

あはは、気を遣わせちゃって申し訳ない。

つくづく不肖の担当で、すいませんねぇ。

 

その様子もマスコミにはバッチリ撮られてたけど、

後で色々聞かれそうだな。覚悟しておかないと。

 

「負けちゃいましたね」

 

「リアンちゃん」

 

「あそこで真後ろまで迫られてるとは思いませんでした。

 焦ってしまって、いつもの走り方ができませんでした」

 

「リアンちゃん……」

 

「あはは、情けないですね。ちょっと突つかれただけでああなるなんて」

 

「もういいわ、少し黙りなさい」

 

「え? あ――」

 

そこまで愚痴ったところで、いつのまにやら正面までやってきたスーちゃん。

座ったままの俺を、自らの胸へと押し付けるようにして抱き締めた。

 

「貴女の悪い癖よ。そうやって自分を押し殺そうとするの」

 

「……そう見えますか?」

 

「ええ。悔しいときは悔しいって言っていいのよ。

 泣きたいときは泣いたっていいの」

 

「………」

 

「負けて悔しくない?」

 

「……悔しいです」

 

「そうでしょう」

 

そりゃね、イエスかノーかで言えば、当然イエスになるよ。

でもだからって、感情を爆発させても、良いことなんて何も――

 

「安心したわ。逆にここで悔しくないだなんて言われたら、

 あなたの正気を疑ってしまうもの」

 

「……」

 

「大丈夫。その気持ちがある限り、あなたはまだ戦える。

 まだまだ走れる。たった1度の敗戦が何よ。

 スターオーさんともまた戦って勝たないとね。

 決してこれっきりというわけじゃないんだから、大丈夫よ」

 

モチーフ馬が顕彰入りしているスーちゃんだけど、

他の顕彰馬に比べて、敗戦が多くて顕彰馬には相応しくない、

なんて声も一部にはあるのも事実。

 

そんなスーちゃんにこんなことを言われてしまうと、

否が応でも、心にダイレクトアタックになってしまうじゃないですか。

 

ああ、あかんわ……

ほら、こういうところがウマ娘としての本能に忠実で……

 

……もうあかん。

 

「……ふええええ」

 

「よしよし」

 

言うまでもなく涙腺崩壊してしまう俺。

俺の頭を抱き寄せたまま、やさしくあやしくしてくれるスーちゃん。

 

このあとウイニングライブがあるんだから、

早く気持ちの整理をつけなきゃいけないのに、そう思えば思うほど、

とめどなく涙が溢れてきてしまう。

 

負けて悔し涙を流す日が来るなんてなあ。

ド底辺だのモブだのとわめていていたころが懐かしい。

 

「ふええええっ」

 

「よしよし」

 

 

 

結局、ライブの時間ぎりぎりまで、俺はスーちゃんに抱き締められていた。

 

 

 




スターオーが故障しなかった有馬の世界線。
その運命力には主人公といえども逆らえない……


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第52話 孤児ウマ娘、皇帝に倣う

 

 

 

 

『ウマ娘ファンのみなさんこんにちは。今週も府中ケーブルテレビがお送りする、

 週刊ウマ娘放送局のお時間がやってまいりました』

 

毎度おなじみ、府中ケーブルテレビによるウマ娘専門番組。

いつものように、キャスターの女性が一礼して挨拶を述べる。

 

『今年最後の放送になります。皆様、今年1年ありがとうございました』

 

いつもと違う点と言えば、今年最後の回ということ。

記念後だから、自然とそうなる。

 

『はい、有記念、終わってしまいましたねぇ。

 いやーファミーユリアンさん惜しかった。

 サクラスターオーさん強かったですねぇ』

 

悔しそうに言うキャスター。

リアン推しを隠さない番組なので、当然の反応である。

 

『さて今週も、解説の○○さんにお付き合いいただきます。

 ○○さん、よろしくお願いいたします』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

キャスターから話が振られ、解説者の女性が映って頭を下げる。

 

『では早速、○○さんに有記念の解説をしていただきましょう。

 ○○さん、どうでしたか?』

 

『もちろん勝ったスターオーさんは強かったんですが、それ以上に、

 ファミーユリアンさんの「負けてなお強し」という印象があります』

 

『ほうほう、その心は?』

 

『なんと言っても、“逃げ粘った”、これに尽きます。

 並みの逃げウマならば、4コーナー手前で捉まって終わっていましたね』

 

『前走まではここで引き離していたところなんですが、

 今回はそうなりませんでしたね。なんででしょうか?』

 

『そうですね、いくつか考えられますが、1番大きいのは、

 前半が超スローの流れで、他の子にも余力が十分あった、ということですかね』

 

『えーと、1000mの入りが64.5秒ですね。うーん、確かにこれは遅い』

 

『G1では極端なスローペースです。参考までに、

 菊花賞でファミーユリアンさんが逃げたペースは60秒ジャストです』

 

『有よりも距離の長い菊花賞よりもペースが遅かったと』

 

『はい。普通は、遅い流れほど前へ行っている子のほうが有利になるんですが、

 今回はシリウスシンボリさんとサクラスターオーさんにも早めに動かれてしまって、

 よい目標になってしまいました。

 それに当初の位置取りの分、最後の末脚の差が出ましたね』

 

結果論ですがと前置きし、スローを選択したことが間違いだったのでは、

と指摘する解説者。

 

『とはいえ、ファミーユリアンさんも35.0で上がっているわけですし、

 超ロングスパートしてますからね。粘れたのが不思議なくらいです』

 

『スターオーさんの上がりが34.8、シリウスさんが35.2。

 レース自体の上がりが34.9ですからねぇ。

 ファミーユリアンさんは最後の最後でかわされましたけど、

 シリウスさんは逆に競り落としてますからねぇ』

 

『ええ、根性を見せてくれました。本当に良く粘りましたね』

 

『他の子たちは、みんなそれよりも遅いですからねぇ』

 

『1番強いレースをしたのは、間違いなくファミーユリアンさんです。

 再度申し上げますが、普通の逃げウマでは、ここまではいけません』

 

解説者の言葉に、キャスターの女性もうんうんと頷く。

 

『3着のシリウスさんとは2バ身差で、その後ろとはさらに6バ身ですから、

 いかにこの3人が強かったかですね』

 

『はい。上位3人がレベルの違う走りをしました』

 

『これは来年も期待できますね?』

 

『もちろん。サクラスターオーさんとファミーユリアンさんは

 クラシック同期ですし、シリウスさんも現役続行を表明しています。

 来年も私たちを楽しませてくれると思います。

 この先のレース界を引っ張っていく存在でしょうね』

 

解説の彼女は、そう言って回顧を締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(有記念リアルタイム視聴組の反応)

 

:リアンちゃん単騎逃げ来た!

 

:これで勝つる!

 

:いや、これやけに遅くね?

 

:遅いな、バ群詰まってる

 

:すごい窮屈そうやな

 

:リアンちゃんスローペースの逃げ!?

 

:溜め逃げだぁ

 

:今までにない展開

 

:残り1000で行ったーっ!?

 

:なにィ!?

 

:おいおい早すぎないか

 

:しかし後続付いていけな……いや来てる!

 

:シリウスとスターオー!

 

:完全に3人が抜け出した

 

:3人の叩き合いだ

 

:ルドルフ・カツラギ・シービーのJCの再現!

 

:いけーリアンちゃん!

 

:がんばれええええええええ!!

 

:競り落とせ!

 

:シリウス撃墜!

 

:スターオーも落ちろぉおおお!!

 

:落ちろカトンボ!

 

:あああああああああああ

 

:いやああああああああああ

 

:うわあああああああああああああ

 

:ダメか……

 

:負けたぁ

 

:アタマ差……

 

:うわああ悔しぃぃいいいい!!!

 

:連勝ストップ……

 

:大きいアタマ差になったな

 

:でもよく粘ったよ

 サクラスターオーもよく頑張った。おめでとう

 

:2人の仲が良いだけに複雑だな

 

:リアンちゃん、スターオーの腕を掲げさせて勝利を称える

 

:さすがだリアンちゃん

 

:決着してすぐに、そうそうできることじゃない

 しかも負けてるんだからな

 

:スターオーなんで最初喜んでなかったん?

 

:リアンちゃんに遠慮したんじゃない?

 先輩なんだし

 

:勝負なんだから、遠慮することなんかないのにね

 

:だからリアンちゃんが真っ先に称えただろ

 

:リアンちゃんになんか言われて満面笑みになったの草

 

:きっと祝福されたんだろう

 ある意味正直だよな

 

:ウッキウキでスタンド前に走って行ったな

 

:これ年度代表どうなる?

 

:ううむ

 

:リアンちゃんとスターオーに絞られたことは間違いないが……

 

:G1勝利数だと同じなんだよな

 

:俺はやっぱりリアンちゃんだと思う

 クラシックの圧倒的な強さは段違いだもん

 

:クラシック二冠+有2着 VS 皐月賞+有記念

 ファイッ!

 

:負けたとはいえアタマ差の接戦だしな

 

:ポイント制ならリアンちゃん

 

:そうだな、総合的に見てリアンちゃんだな

 

:しかし完全に世代交代したな

 JCでわかってはいたが

 

:だからJCのことは……

 

:こうなるとJCスキップが痛いな

 ダイナアクトレスを物差しにすると、確実に勝ててたと思うし

 

:まあタラレバ言ってもしょうがない

 

:人事は尽くした、あとは天命を待つのみ

 

:何はともあれ来年も楽しみだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく今年が終わる。

N〇Kの大みそか恒例の番組をぼんやり眺めながら、俺はこの1年を振り返った。

 

脚の謎の違和感から始まって、だらだらしているうちにスターオーちゃんに感化され、

励まされてクラシックを目指し、実際にダービーに出走して、なんと勝ってしまった。

夏には思い切りトレーニングして、スーちゃん直伝のペースコントロールを覚え、

それを駆使して菊花賞も制覇、二冠を達成した。

 

年末には有にも出て、スターオーちゃんの2着に惜敗。

 

……ふぅ。なんとも目まぐるしい1年だった。

G1、それもクラシックを勝ってしまって、世界が180度変わったなあ。

まるで突然、異世界にでも放り込まれてしまったかのような感じ。

 

いや、ウマ娘になってる時点で、異世界感バリバリなんですけどね。

 

今や俺は、ウマ娘レース界の看板として、スターオーちゃんと並んで、

来年以降をリードしていく双璧だと見られているようだ。

 

俺が俺じゃないみたいだよ、まったく。

 

「どうした、ため息ばかりついて」

 

向かいのベッドにいるルドルフが、笑みを浮かべながら声をかけてきた。

 

さすがに冬休み、三が日くらいは生徒会の仕事もない。

ゆっくりできそうだと嬉しそうに言っていた。

 

「ん? ああ、なんか激動の1年だったなって思ってさ」

 

「そうか。だがこの程度で音を上げていては、

 この先やっていけないぞ」

 

「そうなんだよねぇ」

 

来年以降は、マークもより厳しくなるだろうし、

みたいな体たらくを晒していては、

後輩たちにあっという間に追い抜かれてしまうに違いない。

 

スターオーちゃんにも失望されてしまうだろう。

彼女とは、仲の良い先輩後輩、友人というだけではなく、

切磋琢磨して競い合う良いライバルでありたいものだ。

 

「今や君は、全ウマ娘が羨み、目標とする存在なんだ。

 大変だとは思うが、よろしく頼むぞ」

 

「ああ、うん、善処はしますよ~」

 

「気のない返事だが、まあいい。

 君がそういう性格だというのは、散々思い知らされているからな」

 

そう言って苦笑するルドルフ。

 

無敵の皇帝陛下として君臨した彼女の口から言われると、

それはもう説得力が抜群でございますことですよ?

かつてはルドルフが、その役割を全部受け持ってたんだからなあ。

 

正式にバトンを渡されてしまったと考えるべきか。

そういえば、と自分の机に視線を移すと、シービー先輩から譲られた、

靴と蹄鉄が目に入ってくる。

 

もちろんあのあとすぐに、両方とも綺麗に洗濯掃除して、

以降も手入れは欠かさずに大事に飾っているさ。

これに似たレース用の靴も作ってもらったし。

 

シービー先輩からも、直々に後継者に指名されたようなものだよなあ。

まったく、歴史に名を残す超名バが揃いも揃って、よくもまあ、

こんな底辺もいいところのモブ娘に思いを託せたものだ。

 

……はい、わかってますから、もう何も言わないでいいですよ。

おまえみたいなモブがいるかってことでしょ?

二冠を制するモブって何さ。モブの法則が乱れる!

 

モブ娘(当時)ということにしておいて。

お願いだから。

 

「そういえばさ、私、ちょっと考えていることがあって、

 でも私だけじゃよくわからないから、誰かに相談したいんだけどさ」

 

気恥ずかしくなったので話題を変える。

以前から、頭の片隅でちょこちょこ考えていたことだ。

 

「お父様に持ちかけてみたいんだけど、今はちょっと、

 正直話しかけづらくてさあ」

 

「ああ……」

 

俺がそう言うと、ルドルフも困ったものだとばかりに、

眉間にしわを寄せる。

 

「まさか、負けた本人以上に気にして、落ち込むとは思わなかったよ」

 

記念に、中山レース場まで応援に来てくれていたお父様とお母様。

今まで応援に来られていなくて、いざ生観戦した途端に俺が負けてしまったので、

自分たちは疫病神なのではないかと気にしてしまい、塞ぎ込んでしまっているというのだ。

 

全然そんな風に考えてなんていないのに、必要以上に気に病んでしまって、

もう現地に応援しには行かないとすら言っているらしい。

 

実の娘であるルドルフ経由の情報だから、間違いはない。

だからこそルドルフも渋い顔をしているんだしな。

 

「あの人たちも困ったものだ。

 そんなことを気にしてもしょうがないというのに」

 

「ねぇ?」

 

来ると緊張するのは確かだけど、来てくれないのは、

それはそれで寂しい。我がままの極みだけどそれが本心。

 

気にしていると言えば、スーちゃんもスーちゃんで、

スローに落とさせたのは自分の指示だから、敗因があるとすれば私にあると取材陣に語り、

責任を感じてしまっているようだった。

 

いや、敗因はいつも通りに走れなかった俺の未熟さゆえです。

いつもようにスイッチを入れられてさえいれば、少なくとも、

もう少しは走れていたはずだから。

 

責める気も押し付ける気も全くないんで、また気軽にアドバイスしてください。

よろしくお願いします。

 

「私でよければ話を聞くぞ。

 私では力不足かもしれないが」

 

「そんなことないよ」

 

ルドルフで力不足では、他の誰にも言えなくなっちゃうな。

もちろん厚意に甘えさせてもらうとしますか。

 

「私も、ルナみたいにしてみようかと思ってさ」

 

「私みたいに? どういうことだ?」

 

かいつまんで説明すると、ルドルフが個人から全体へと視点を変えたように、

俺も自分のことばかりじゃなくて、もっと他人の、

言ってしまえば社会全体のためになるようなことをしてみたい。

 

特に俺は孤児院の出身なので、その方面に力を入れていきたい。

そう、ルドルフに伝えた。

 

いつしかに院長に言われてから、秘かに考え続けてきたことだ。

 

「そんな感じ」

 

「なるほど、君らしい」

 

説明を聞いたルドルフは、褒め称えるわけでも、

馬鹿にするわけでもなく、ただそれだけ感想を漏らした。

 

「どうかな?」

 

「ああ、とても良いと思うぞ。

 名実ともにウマ娘のトップに立った君が行動するなら、

 世間に対する影響力も大きいだろう。

 私みたいに引退後ではなく、現役の内ならなおさらだと思う」

 

「そっか」

 

ルドルフのお墨付きを得た。

しっかし、『ウマ娘のトップ』っておまえ、恥ずかしいことこの上ないなおい。

その称号はまだ早いんじゃないかな~?

 

「でも、具体的にどうするってのがまだ全然なんだよ。

 だからお父様に相談したかったんだけど」

 

その手の知識が全然ないからなあ。

お父様ならいろいろ知ってそうだから、相談したかったんだが。

 

「そういうことなら、

 君のところの院長先生に相談したらいいんじゃないか?」

 

「院長に?」

 

「ああ。彼女ならその道の専門家だろう?

 少なくとも私たちよりは内情に詳しいはずだ」

 

「そっか、それは盲点だったな」

 

確かにルドルフの言う通り。

灯台下暗しとは、まさにこのこと。

 

でもなあ……

その院長に言われて考え始めたことだからなあ。

彼女に相談するというのはお門違いな気がする。

 

さあてどうするかな?

 

「……あ、除夜の鐘が」

 

「明けたな」

 

そうこうしているうちに年が明け、正月を迎えた。

新しい1年の幕開けだ。

 

「明けましておめでとう。今年もよろしく、ルナ」

 

「ああ、私こそよろしく頼む、リアン」

 

俺たちはにっこり笑顔で、新年最初の挨拶を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年が明けて早々、俺は孤児院へとやってきた。

もちろんルドルフと話した件について、具体的なことを相談するためだ。

 

「明けましておめでとうございます、院長」

 

「おめでとうリアンちゃん。今年もよろしくね」

 

「こちらこそお願いします」

 

挨拶もそこそこに、中へと通される。

話は事前に通してあるので、今日は他の関係者の人も来てくれているはずだ。

 

「リアンねーちゃん! あけましておめでとー!」

 

「おうみんな、おめでと~」

 

中に入ると、さっそく子供たちに囲まれてしまった。

元気いっぱいな笑顔ばかりで、相変わらず癒される。

 

「はいこれ、お年玉」

 

「やったー!」

 

「ありがとうリアンねーちゃん!」

 

そして、1人ずつお年玉を手渡すと、笑顔がさらに爆発した。

ああ、癒される。

 

「ねーちゃんたちは大事なお話があるから、ちょっと静かにしててね。

 また後で遊ぼう」

 

「はーい」

 

そう言うと、ホクホク顔でそれぞれの部屋のほうへ戻っていった。

子供たちの笑顔はいいね。

 

「ありがとねリアンちゃん。わざわざ来てもらった上にお年玉まで」

 

「これくらいわけないですよ。

 それに、私のほうから相談に乗っていただくわけですからね」

 

「でもリアンちゃんもまだ学生の身の上だし、

 私たちとしては肩身が狭くて……申し訳ないのよ」

 

「気にしないでください。好きでやってることですし、

 今だからこそ言えることですけど、お金ならありますから」

 

「リアンちゃん、本当にありがとね」

 

「いえいえ」

 

今までの賞金、ほとんど手つかずで残ってますから。

あるところにはあるんだの典型。ホント世の中は不公平だ。

 

「こちら、公益財団法人の方」

 

「はじめまして、ファミーユリアンです。

 わざわざお越しいただきましてありがとうございます」

 

「こちらこそお会いできて光栄です」

 

応接間で待っていたのは、人のよさそうな30代くらいの女性だった。

お互いに挨拶して名乗り合い、握手を交わす。

 

院長に、ルドルフにしたようなことと同じような話を持ち掛けてみたところ、

そういうことなら、と紹介してもらったわけだ。

ルドルフの言っていたことがドンピシャだったわけである。

 

「このたびは、うちの法人にて基金を創設していただけるとのことで」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

詳しく言うと、ルドルフが言っていた『現役のうち』という単語がヒントだった。

要は、他のスポーツ選手たちがやっているような慈善活動を、

俺も始めてみようと思ったわけだ。

 

例えば、野球選手がヒットを打ったらとか、サッカー選手がゴールを決めたら、とか、

そういう類の寄付とか慈善活動とかあるじゃん?

二番煎じもいいところだけど、同じことを俺もやってみようと思いついたわけ。

 

で、いろいろ調べてみた結果、そういった『基金』を個人で創るのには、

運営や管理の面で色々と問題があるらしく、院長にも相談してみた末に、

税制上でも優遇が受けられるので、ここの法人様にお任せしてみては、

という結論に至ったのである。

 

「では、わたくしどものマイ基金制度を利用して、

 『ファミーユリアン基金』を設立、恵まれない人たちのために

 活用するということでよろしいですね?」

 

「はい。名称がちょっと恥ずかしいですけど」

 

「とんでもない。ファミーユリアンさんのお名前を冠したほうが、

 注目もされますし、協力していただける方が増えますよ」

 

「だと、いいんですけどね」

 

言うまでもなく、基金設立の目的は、俺の活動の根幹と言っていい弱者救済。

今までは俺個人と、出身の孤児院だけに限られていたが、

この機会に基金を創設して、広く世の中全体を見渡してみようというわけだ。

 

事故や災害で親を喪った子供たちのために。

病気や、やむを得ない理由で経済的に苦しむ人たちのために。

 

原資は無論、今まで稼いだ賞金と、これから稼ぐであろう賞金。

 

もちろん無限に出てくるわけではないので、ますます負けられなくなった。

それと共に、走る理由が増えたというわけだ。

 

俺が走って、賞金を稼ぐことができる限り、

この基金はずっと続いていくということになる。

 

また、法人のほうで金銭面での運用もしてくれるそうなので、

そこで利益が出れば半永久的に存続することも可能。

ぜひそうなってほしいものである。

 

手続きすればすぐにでも運用に入れるというので、その場で即決。

財団法人の人は、丁寧な説明に終始して、うれしそうに帰っていった。

 

「それにしてもリアンちゃん、思い切ったわね。

 いくらお金があるといっても、なかなか決断できるものではないわ」

 

法人の人が帰った後、院長が言う。

 

「とはいえ、賞金の3割を基金に回すなんて、

 思い切りが良すぎる気もするけれど、本当に大丈夫?」

 

えらい心配げな顔だな。

そんな不安になるような要素あります?

 

「税金で半分持ってかれて、そのうえ3割も寄付なんてしたら、

 あなたの手元には2割くらいしか残らないのよ?」

 

う……改めて言われると、確かに少々心許ない気もする。

だけど、大丈夫さ。要は勝ち続ければいいんだから。

 

例えば賞金1億のレースで勝てれば、2千万は自分のものになる。

遊んで暮らすというには程遠いが、そんな豪奢な生活をする気なんてないし、

それくらいの収入があれば普通に暮らしていく分には十分だろう。

 

きっと大丈夫! ……たぶん。

 

「他に使い道もありませんし、だったら、

 社会のために役立てるのがいいですよね」

 

お金は回ってなんぼの世界。ただ持っているだけじゃ意味がない。

なら、持っている人が相応に使わないとね。

 

「リアンちゃん……本当に立派になって……」

 

思わず涙ぐんで、ハンカチを取り出し目元にあてる院長。

やめてください。そういうことされると、俺も涙腺が死ぬ。

 

「とにかく、これまで以上に頑張って走って稼ぎますから、

 見ていてください。それで、できれば、応援をお願いします」

 

「もちろんよ。子供たちともども、最大限応援するわ」

 

俺の言葉に、院長はニッコリ笑顔で頷いてくれた。

 

よし、モチベはマックス。

子供たちの笑顔で十分癒されたし、とりあえずは

今年の初戦に向けてがんばっていきまっしょい!

 

ちなみにローテは、日経賞、天皇賞、宝塚を予定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういった基金や慈善活動は、知名度が何よりモノを言う。

支援したくても、その存在を知らなければ何もできない。

 

というわけで、動画を撮って公開し、広く支援者を募ることにした。

 

「はい、みなさんこんにちは。ファミーユリアンです。

 今日はみなさんに、重要なお知らせがあって、動画を撮っています」

 

「撮影はわたし、サクラスターオーでお送りします」

 

「……です、はい」

 

今日も今日とて、スターオーちゃんが協力してくれている。

そしてスマホを構えつつ、相変わらず出しゃばる彼女。

まあ動画が目立ってくれてみんなに周知されるのが第一だから、まあいいか。

 

スターオーちゃんだけでなく、最初に俺が相談したルドルフから話が広がったらしく、

そのルドルフやピロ先輩、シービー先輩、マルゼン姉さんをはじめとして、

卒業したTTGの先輩方、果ては理事長までもが動画に出演してくれた。

 

編集が大変だったぜ。

いや俺がじゃなくて、ファンクラブの人が全部やってくれたんだけどね。

 

「――というわけで、広くご支援をいただける方を募集します。

 詳細は、ファンクラブのホームページに載せますので、

 ぜひご覧になってみてください。皆様のご支援、お待ちしております」

 

「わたしも協力します。有記念の賞金、全部寄付しますよ!」

 

「いやいや……」

 

の賞金全部って、おいおい。

冗談だよね? まさか本気じゃないよね?

 

 

 

……後日、基金の残高には、衝撃の金額が!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー・その2

 

 

(ファミーユリアン基金設立について)

 

:リアンちゃんが基金創設だって!

 

:なんと

 

:そうか、リアンちゃん孤児だもんなあ

 

:カネ持っててもなかなかできることじゃない

 

:それをいち学生がやっているという

 

:リアンちゃんがまだ高校生だという事実

 

:俺たちっていったい……

 

:考えるな、感じろ

 

:何を?

 

:もちろんリアンちゃんの志をだ!

 

:賞金の3割とな? 大丈夫か?

 

:税金で半分消え、3割も寄付するとなると、2割しか残らんぞ

 

:基金の創設者が身を切らないと格好がつかないもんな

 

:創設してる時点で身銭切ってるんですがそれは

 

:なーに、これからも勝ち続けてくれるから心配ないさ

 

:しかし基金の設立報告紹介動画が豪華すぎる

 

:スターオーに始まって、ルドルフ、ピロウイナー、

 シービー、マルゼン、TTG……

 

:トレセン学園の理事長まで出てるやんけ

 

:リアンちゃんの人脈よ

 

:凄まじいの一言に尽きるな

 

:スターオー有の全額寄付するってマジか?

 

:あの子ならやりかねん

 

:いや、さすがにリアンちゃん止めるやろ

 

:どうだろうな

 

:あの子、一種の崇拝みたいな感情持ってない?

 

:ただの先輩じゃないことだけは確か

 

:俺、少ないけど寄付してくる

 

:おれも

 

:わいも

 

:ちょっとパチンコ行ってくる

 

:俺は競艇に

 

:明日オートの開催あったかな……

 

:待ておまえら、それは不毛の道だ

 

:汚い金を崇高な目的に寄付するのはちょっと……

 

:ない袖は振れないんだ。仕方ないんだ……

 

:カネにキレイも汚いもあるかい!




トップ層にとってはシーズンオフになりますので、
レースとは直接関係のない話が増えますが、
こういうこともリアンの活動の根幹たるところですので、
どうぞお付き合いくださいませ。


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第53話 孤児ウマ娘、授賞式とチャリティに出る

 

 

 

 

URA賞ウマ娘部門 記者投票結果

 

年度代表ウマ娘

1 ファミーユリアン  256

2 サクラスターオー   30

3 ニッポーテイオー   9

4 ミホシンザン     1

 

最優秀クラシック級ウマ娘

1 ファミーユリアン  289

2 サクラスターオー   7

 

 

 

 

 

 

年度代表ウマ娘に選ばれました。

クラシック級とのダブル受賞で、競争と同じく二冠達成です。

 

どっちもスターオーちゃんから奪ってしまった形で、なんだか非常に申し訳ない。

ちなみにそのスターオーちゃんだが、有記念の勝利が評価され、

実績面では俺と甲乙つけがたい結果であり、2度の故障からの復帰もあって、

特別賞が贈られるとのこと。よかったね。

 

というわけで、URAから授賞式の開催案内と出席願いが届いた。

無論出席します。行ってくるぜ!

 

 

 

 

 

 

「栄えある年度代表ウマ娘は、この娘、ファミーユリアンさんです!」

 

司会者の紹介によって、舞台袖から出て行く。

万来の歓声と拍手によって出迎えられ、少し恥ずかしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

肩出しのピンク色のドレスという格好もまた気恥ずかしい。

正式なパーティーだから、着飾るのは当然といえども、

何もここまで派手な格好をすることはないのでは、と思う。

 

まったく、ダービーの時のシンボリのパーティーといい、

上流階級では破廉恥な格好(偏見)をするのが常識だとでもいうのか。

まったくもう。

 

「年度代表ウマ娘受賞おめでとうございます!

 今のお気持ちはいかがでしょうか?」

 

「ありがとうございます。率直にうれしいです。

 サクラスターオーさんにまくられたかも? と思ってましたので」

 

インタビュアーさんの質問にそう答えつつ、同じく受賞者で、

脇に控えているスターオーちゃんにチラリと視線を送る。

彼女は、そんなことありませんよ~とでも言いたげに、

笑顔で手を振ってくれた。

 

「昨年を振り返ってみて、どう思われますか?」

 

「出来すぎでした。まさかここまでの結果を残せるなんて、

 微塵も思っていなかったので」

 

本当に、ちょうど1年前とは雲泥の差だよ。

 

原因不明の脚部不安から始まって、スターオーちゃんに煽り煽られ、

あれよこれよと言っているうちにダービー制覇。からの二冠達成、だもんな。

 

去年の今頃は、こんな場に立てるなんて、これっぽっちも考えてなかった。

 

「今年はどのような1年にしたいですか?」

 

「引き続き結果を残せれば、と思います。

 まあ何はともあれ、1年間ケガ無く走り切りたいですね。

 故障の怖さは誰よりも思い知らされてますから」

 

結果を残すことも、レースに出走し、走り切れなくては始まらない。

故障なんて悪夢は、1度経験すれば十分だ。

それを2回もやってしまったんだから、もうおかわりは要らんですよ。

 

健康面には十分気を付けて、そのうえで結果を残せれば言うことはない。

 

「あ、それと、私事ながらお知らせがひとつ。

 よろしいでしょうか?」

 

「はい、どうぞ」

 

許可を取って、ひとつ大事な告知をする。

この場でというのは失礼かという気もしたんだけど、

利用できそうな場面は利用しないとね。

 

「すでにこの旨をお伝えする動画を出したので、

 ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、私ファミーユリアンはこの度、

 世の中の恵まれない人たちのために活動していく決意をし、

 そのための基金を立ち上げました。

 ご賛同いただける方を随時募集しております」

 

この機会のために作ってもらった隠し持っていたポスターを、

こちらを映しているカメラに向けて広げて見せる。

今や走る理由の第一が、自分のためよりも、こっちの目的になってるからね。

何より賞金を稼がないといけないし。

 

「詳しくは、私のホームページもしくは、こちらの公益財団法人様の

 サイトをご覧ください。1人でも多くの方のご参加を、心よりお待ちしております。

 それと、もうひとつ」

 

ひとつと言いながら、()()()告知していくスタイル。

 

「その手のイベント等があれば、喜んで出演させていただきますので、

 オファーをお待ちしております。私のホームページまでお寄せください」

 

この手の話は、世間の周知度、認知度が1番だ。

そもそも知ってもらわなければ、寄付も何もあったものではないからな。

 

もちろん学園と生徒会には話を通してある。

ここで発言をすることも了解済みだ。

勝手に話してしまって、問題になるのはまずいからね。

 

たくさんのオファー待ってます。

なんでも……はしませんが、なるべく頑張ります。

 

「以上です。お耳汚し失礼いたしました」

 

カメラに向かって頭を下げ、告知は終了。

お時間取らせてしまって申し訳ない。

 

 

パチパチパチ

 

 

すると、どこからともなく……ではなく、率先してスターオーちゃんが拍手をしてくれた。

つれて、同席しているウマ娘たち、そして会場にいる人たちが総じて手を打ち始め、

ついには満場一致の拍手喝采となってしまった。

 

「っ……」

 

思わず目頭が熱くなってしまうが、落涙だけは寸でのところでこらえた。

こんなところで涙を見せるわけにはいかない。

 

……な~んて、すでに何回もそんな姿を晒している身で言うことじゃないな(汗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、こちらからイベントの逆オファーをかけたわけなんだが、

なんと50件を超える案件が殺到してきてしまい、

とてもじゃないが捌き切れたものじゃない状況になってしまった。

 

せっかくオファーしていただけたんだから、なるべく応えたいとは思うものの、

どう見ても物理的に不可能だ。

基本は学生だから普段は勉学があるし、トレーニングだって疎かにはできない。

 

だからイベントを入れるなら必然的に学園が休みの週末になるわけだけど、

そのどちらにも予定を入れることは生徒会(主にルドルフ)とスーちゃんが猛反対した。

 

それでは過密スケジュール過ぎて、君の身体が持たないというんだ。

確かに言われるとおり丈夫ではない(むしろ虚弱?)し、身体を壊しては元もない。

 

協議の結果、イベント出演するのはレース間隔が開くとき(1月2月とか夏とか)に限り、

イベントは土曜日に行い、日曜日は完全休養日にするということで落ち着いた。

 

俺のわがままで方々に気を遣わせちゃって、本当にすいませんねぇ……

その代わり、出るイベントはきっちりしっかりこなさせていただきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月13日、土曜日。

イベント1発目は、やはりというかなんというか……

 

「はいそれでは、『とある商店街のバレンタイン』イベントを始めていきます!」

 

三角巾と割烹着を身に着けた俺がそう宣言すると、

特設キッチンセットの周りに集まっているお客さんたちが一斉に歓声を上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

とある、なんて名ばかりで、実際はトレセン学園の地元商店街です、はい。

イベント名称がそういうのなんだもの。しょうがないじゃない。

どこかで不幸な人がなんか叫んでそうだけど、気にしない気にしない。

 

今までのお礼と時期的なこともあって、猛烈に売り込んできた商店街に、まずは恩返し。

こうやって自前でキッチンセット作るくらいだし、それなら応えてあげようと思ってね。

俺のイベントの出発点は、なによりこの商店街だしさ。

 

何をするかは、俺の格好とセットからお分かりだと思うが、

公開でバレンタインの手作りチョコを作って、プレゼントしちゃおうということである。

 

しかしまあ、イベントのためにセットはおろか、割烹着と和服まで用意するとは、

相変わらずこの商店街のイベント班はアグレッシブすぎる。

西洋的なイベントに割烹着というのも、なんともミスマッチだしなあ。

 

まあ、もはやバレンタインは日本独自のイベントと化しているし、

細かいところに突っ込むのは野暮ってものか。

 

「インターネットでご覧の皆様もこんにちは、ファミーユリアンです。

 不慣れですけど、今日は一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」

 

もちろん乙名史さんたちが取材に入っている。

ネットチャンネルで生放送しているようだ。

 

俺のチョコなんて誰が欲しがるんだと思っていたら、

限定300人の観覧席には希望者がひしめきあって大抽選になったらしいし、

ネットの生放送には、放送前にもかかわらず、数百人が待機していたらしい。

 

本当、物好きな連中の多いこと多いこと。

そんな方たちのおかげで助かってます。毎度ありがとうございます。

 

「割烹着かわいい? 和服似合ってる? ありがとうございます。

 用意されていたものを着ただけなんですが、お気に召していただけたのなら何よりです」

 

テーブルの脇にはPCが用意されていて、生放送に流れるコメントが読める。

多くの視聴者様にご好評のようで一安心。

 

「なぜ割烹着? さあ、私にもわかりません。

 エプロンするだけかと思ってたんですが……え? あ、はい。

 情報が入りました。これ、おっちゃんの奥さんの私物だそうです」

 

奥さんが普段使ってるものだったというオチ。

あのひと和装することあるんだ?

 

「若かりし日のもの? ご本人が『あら~見立て通りピッタリ!』って喜んでる?

 はあ、それはよかったです」

 

奥さん、若い頃はスマートだったんだな。

まあ和服は帯で調節できるから、ある程度は融通利くとはいえ、

今現在は……げふんげふん。

 

「おさがりで良ければプレゼントする? は、はあ、わかりました。

 その話はイベントが終わったらしましょう」

 

いきなりプレゼントと言われても。

いやそれより、イベント進行しないと。

 

「えー、では早速、バレンタインチョコを手作りしていきたいと思います。

 とはいえ私、普段料理なんて全くしないので、上手くいかなくてもご容赦ください」

 

料理経験がゼロというわけではない(前世含めて)が、

簡単も簡単な自炊くらいしかしたことないし、こっちに来てからは、

孤児院時代にちょっとした手伝いをしたくらいだ。

 

華麗なテクニックとか包丁さばきを期待されても困ってしまうので、そこは勘弁してほしい。

もっとも、手作りチョコにそこまでの技術が必要なのかはわからないけど。

 

「最初に、市販のチョコを刻んでいきます。

 えー解説によりますと、角から斜めに包丁を入れて……」

 

手元に用意されている解説メモを読みながら、

何の変哲もない普通に板チョコを包丁で刻んでいく。

 

「大まかに切ったら、それを何度も細かく刻む、と。

 包丁の先端を片手で抑え、そこを軸にして動かしながら刻むのがポイント。

 ふむふむ……」

 

やりながらこんなことを言うのもなんだが、こんな地味な作業を見てみんなは面白いのか?

楽しく見てもらえていればいいんだが……

まあこれもお仕事だし、自分で引き受けたことだから、全力でやりますけどね。

 

「刻み終わったら湯煎します。ふたつのボウルを用意しまして……

 はい、ここにありますね。少し大きさの違うやつです。

 大きいほうにお湯を入れます。50から55度のお湯を使いましょう。

 えーと、絶対に沸騰したお湯を使ってはいけません?

 チョコレートに熱が入りすぎ、風味が飛んでしまいます、ですって。

 へえそうなんですか、勉強になりました」

 

熱いお湯のほうが早く溶けていいんじゃないかと思っていたが、

そうじゃないんだな。簡単そうに見えて奥が深い。

 

「お~溶けてきて溶けてきた。ドロドロです」

 

少し待つと、刻んだチョコが溶けて、ドロドロの液体状になった。

さあ型に入れて冷やすのかと思いきや、そうじゃないようだ。

 

「固める前に、『テンパリング』という作業が必要です? なにそれ?

 テンパリングとは、なめらかでつややかな仕上がりにする作業です。

 ココアパウダーを使うことで固めたときに型から外しやすくなります。

 ……だそうですよ皆さん」

 

もうひと手間、というやつかな、知らんけど。

本当に奥が深い。

 

「テンパリングで1番重要なのは温度管理です。

 溶かしたチョコを40度程度にし、湯煎したボウルの水を10から15度の冷水に替え、

 ゴムベラで混ぜながら冷やしてチョコを30度程度に下げ、

 チョコの重量の3%ほどのココアパウダーを加えてかき混ぜます。

 ……ふうん? よくわからないけどやってみましょうか。

 チョコの重さ計ってませんけど、大丈夫ですか? あ、はい、用意済みと。

 優秀なスタッフさんたちで助かりますね。ありがとうございます」

 

スタッフさんから材料を受け取って、冷やして加えてかき混ぜて。

これで下準備が完了。

 

「では型に入れて……言い忘れてましたが、今回は3人分作ります。

 ご観覧の皆様にプレゼントするとのことでしたが」

 

そう言うと、お客さんたちは大いに盛り上がった。

300人の中から3人か。ちょうど百分の一の狭き門。

 

「冷蔵庫に入れて1時間待ちます。はい、入れました。

 ちゃんと出来上がるのでしょうか。楽しみですが不安もありますね。

 失敗していたらどうしましょう。まあそのときはそのとき。

 何か別のプレゼントを考えます、はい」

 

むむ、誰ですか、今そのほうが面白いとか撮れ高になるとか言った人。

確かにそのほうが画としては良いのかもしれないけど、それは外から見た図であって、

中の人としては、無難に普通に終わってほしいのが本音なのですよ?

 

「急に暇になってしまいましたね。ええと、台本には『トーク等で場を繋ぐ』

 としか書かれていません。どうしろと?

 え~それじゃあ、困ったときの質疑応答でもしますか。

 生放送のほうでも、ここにPCありますので、コメントしていただければ適当に拾います」

 

行き当たりばったりな台本にもほどがある。

おっちゃんらしいっちゃあらしいんだけどさあ。

もう少し計画性というものをだな……

 

「あ、えっちな質問はだめですよ。永久追放しますのでそのつもりで」

 

取って付けたように言うと、コメント欄は阿鼻叫喚となった。

好きだねぇ君たち。嫌いじゃないけどTPOを弁えよう。

脇に控えている乙名史さんは、俺の声に応えるようにして親指を立てている。

お願いします乙名史さん。

 

「彼氏はいますか? いません。いるはずないじゃないですか。

 好きな男性のタイプ? うーん、人間としては誠実な人が好きです。

 年上は何歳までOKですか? 別に素敵な人なら年齢は問いません。

 ……というか、なんですかこれは。恋愛関係の質問ばかりなんですけど?」

 

流れるのは色恋に関連したコメントばかり。

これだから男は。まあ俺も元男だから、気持ちはわかるんだけどさあ。

 

その後も、色々なコメントを拾っては答えてを繰り返し、

頃合いかという時間になってきた。

 

「そろそろ50分になりますね。じゃあ私の初めての手作りチョコの

 実験台になっていただける方を決めましょう。

 ……『モルモット君の出番だ!』、ですか? モルモット君?」

 

某、発光するトレーナー君のことなんて知らんなあ?

実験台ということなら合っているんだけれども。

はい、某超光速粒子の名を冠するウマ娘の出番もまだです。座ってなさい。

 

「決め方は……リアンちゃんにお任せ? はいはいわかりました」

 

そう言いつつおっちゃんの顔色を窺うと、俺次第だって。

どうせそんなことだろうと思ってました。

 

「では、そうですね、手っ取り早くジャンケン大会でもしますか。

 唐突ですが、観客のみなさん全員スタンダップ! 私に負けた人は座ってくださいね。

 3人に絞られるまで続けます。1回戦始めますよ~。じゃーんけーん、ぽんっ」

 

そうしてジャンケン大会が始まり、対戦を繰り返すことしばし。

ついに栄光(?)の3名様が決定した。

そのお三方には、こちらまで来ていただいて、一緒にチョコの出来を確認しましょう。

 

「おお、ちゃんと固まってますね、成功です!

 まあ味は保証しませんけど」

 

とりあえず見た目はきちんと出来上がっていた。

定番も定番なハート形のチョコ。

型から外して箱に入れ、これも用意されていた素材で綺麗にラッピングして、お三方へ。

 

「ジャンケン勝ち抜きおめでとうございます。

 よろしければ、SNSなんかでご感想を教えてくださいね。

 ハッシュタグファミーユリアンFCで呟いていただければ、

 すぐにお返事しますから」

 

お一人ずつ丁寧に手渡して、握手。

すると、その中の1人が

 

「一生食べないで宝物にします!」

 

なんて発言。

いやあんた、気持ちはわかるけど、一応生ものの食品ですから。

会場大爆笑。コメントでも草の嵐。

 

「いやチョコなんだから食べて」

 

思わず普段の調子で本音が出てしまったよ。

 

なんだかんだで、イベントは盛況のまま閉幕。

見てくれた人すべてに感謝を。

 

そしてよろしければ、関連団体どこでもいいので、覗いていってね。

さらに気が向いたら、少額でもいいので、寄付をよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月20日、ユ〇セフのチャリティーオークションイベントに出演。

 

なんと、まさかまさかの国連機関からの依頼ですよ。

地元商店街からの大飛躍。商店街には失礼だけど、まさに月とスッポン。

もちろん二つ返事でOKしました。

 

用意してもらっていたシャツにサインを入れたものと、

履き潰しても捨てられなかった靴、身体が成長して着られなくなったジャージなど、

持参した数点にもサインを入れて出品した。

 

……ブ〇セラとか言ったやつ、あとで屋上な?

使用済みには違いないけど、きちんと洗濯してあるやつだから。

確かにそういう需要もあるのかもしれないけど、言わぬが華だからな!

 

おかげさまで完売御礼、相応の金額が付いた。

もちろん全額を寄付した。

 

 

 

 

 

 

 

 

2月27日。

 

今日はイベントといってもちょっと毛色が違って、

トレセン学園地元の府中市役所を表敬訪問。

 

市長さんにもお会いして、児童福祉面への予算拡充をお願いした。

その足で市内の関連施設を何ヶ所か回り、子供たちと戯れる。

 

そんな子供たちの中に、1人、ウマ娘の子がいた。

鹿毛のポニーテールのかわいい子。

あのロリテイオーを一回り大きくしたような感じだ。

 

しかし痛々しいことに、右腕を白い布で吊っている。

気になったので声をかけてみると、転んで骨折したのだという。

骨が真っ二つになるほど重度のもので、ボルトを入れて固定してあるそうだ。

 

ボルトと聞いて、俺と一緒じゃんって、勝手ながら親近感を持った。

 

「ねえ君、走るの好き?」

 

「好き。でも、また転ぶのが怖い。痛いの嫌だ……」

 

ふむぅ、なるほど。

真っ二つになるほどの骨折だから、よほどのスピードでコケちゃったんだな。

子供特有のありがちなことで、制御できないほどで走っちゃったか。

 

でもまだ足じゃないだけマシだぞ。

ここに両足折ってるお姉ちゃんがいるからね。

それも同時にじゃなくてそれぞれ1回ずつだ。

 

……これもはや、立派な殺し文句だな。

スターオーちゃんもそれらしいこと言ってたっけ。

苦笑するしかない。どうやら本格的に気に入っているようだ。

 

何はともあれ、そんな俺でもこうやって走って、結果をも出せて、

大勢の人に支持してもらってるんだから大丈夫大丈夫。

 

「実はね、お姉ちゃんも骨折してるんだ。それも足を、2回」

 

「2回!? 痛くなかった?」

 

「そりゃね。でもこうやってまた走れてるんだ。

 骨折しちゃったのは残念だけど、君の場合は腕なんだから、

 諦めずに頑張れば大丈夫だよ」

 

「そうかな? トレセン学園に行けば、またお姉さんに会える?」

 

「会える会える。今度はトレセン学園で会おうね」

 

「うん、わたしがんばる!」

 

指切りして、トレセン学園での再会を約束する。

 

よしよし、いい子いい子。

頭を撫でてあげると、うれしそうに目を細めてくれる。

 

その後、母親が海外出身のハーフということまで話してくれた。

言われてみれば、白人っぽい顔立ちしてたな。

 

彼女とは、改めて再会を約束し、手を振って別れた。

 

いけね、名前聞くの忘れちゃった。

まあいいか。きっと何年後かに再会はするし、

そのときはきっと、彼女のほうから名乗ってくれるさ。

 

 

 

 

 

「ファミーユちゃん、ありがとねっ」

 

「は?」

 

イベントを終えて学園に戻ると、早々にシービー先輩と出くわし、

なぜだか満面の笑みでお礼を言われた。

まったく心当たりがなくて、目が丸くなってしまう。

 

「えっと、私何かしましたっけ?」

 

「それが、アタシにもわからないんだ」

 

「……??」

 

どういうこと?

先輩にもわからないことが、俺にわかるわけがない。

 

「でも、アタシの中の何かが、君にお礼を言わなきゃって囁くんだよ。

 なんでかな? なんでだろうね?」

 

「私に聞かれても……」

 

先輩の中の何かって、なに?

リトルシービー先輩?

 

「とにかく、ありがとね。それじゃっ♪」

 

「あ、ちょ……」

 

言うだけ言って、止める間もなく、

陽気な笑みを浮かべながら去っていく先輩。

 

「……どういうこっちゃ」

 

なんだったんだ? 全然わからん。

久しぶりにまともに会話したかと思ったらこれか。

 

あの人がわからないのはいつものことだけど、

今回ばかりはいつも以上に首を傾げざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(年度代表ウマ娘決定)

 

:年度代表ウマ娘ゲットだぜ!

 

:思ったより差がついたな

 

:インパクトを考えれば順当だろう(ヒヤヒヤ

 

:やはり目の肥えた記者たちだったな

 

:肥えてない方が1人いらっしゃるんですが、それは……

 

:ミホシンザンに入れてるやつ、なんやねん

 

:レースを舐めているとしか思えん

 

:毎年必ずいるよな、なんでそんな票入れてんだってやつ

 

:全員名前と結果と理由を公表させろよ

 

:氏名非公表の奴いるのがおかしい

 

:それな

 

:なんや、シンザン関係者かいな?

 

:あまりに私情の入った投票した奴は、資格剝奪でいいよ

 

:永久追放もお忘れなく

 

:そもそも記者投票なのがおかC

 せめて有識者か関係者の投票にしろ

 

:それだと有識者の線引きが難しいし、

 関係者はそれこそ票が偏りかねんぞ

 

:自分のとこのやつ以外に入れるようにすりゃいい

 

:プロ野球の選手間投票みたいにすれば?

 

:とにかくクラシック級との二冠おめでとうリアンちゃん!

 今年も頑張ってね!

 

:今年も『幻惑』する走りを見たい

 

:リアンちゃんに幻惑され隊

 

:何その隊。ウラヤマケシカラン

 

:入隊受付はどこでやってますか?

 

 

 

(バレンタインイベント生放送観戦組の反応)

 

:待ってました!

 

:三角巾と割烹着似合うなあ

 

:なぜ割烹着なんだ?

 かわいいからいいけどさ

 

:おっちゃんwww

 

:欲望が滲み出てるなw

 

:滲むどころか……w

 

:だがそれがいい

 

:いいぞもっとやれ。いやお願いします

 

:いいでしょ、俺の嫁さんなんすよ

 

:は?(威圧)

 

:寝言は寝て言いたまえ

 

:リアンちゃん料理できないのか

 

:ちょっと意外だ

 

:孤児院でやってなかったのか

 

:きっとやらせてもらえなかったんだろう

 普段から色々と手伝ってるんだから、

 そんなことまでやらなくてもいいとかって言われて

 

:危なっかしい手つきw

 

:千切りとか無理なんだろうな

 

:カンペ丸読みじゃないかw

 

:だがそれがいい

 

:相変わらず喋りがうまい

 

:作業だけ見てると退屈だけど、まったく退屈しない

 

:本当業界向きだなリアンちゃん

 

:物怖じしないし頭の回転速くてアドリブも効く

 

:まさに逸材

 

:引退後はほんとに放っておかれないだろうな

 

:見てるか~府中CATV?

 

:そもそもこの配信が府中CATVのチャンネルなんですが

 

:リアンちゃんの手作りチョコかあ

 

:やべえすげえ欲しい

 

:会場のやつらいいなあ

 

:さすがにここの住人で抽選当たった奴いなかったな

 

 

 

 

:えっちなことはいけないと思います

 

:おまえらwww

 

:自重せよ

 

:ここぞとばかりに張り切るのなw

 

:BANされてしまえ

 

:彼氏いなくて安心した奴の数

 

:誠実な人かあ

 

:なんだ俺のことか

 

:言ってろ

 

:俺、還暦だけどいい?

 

:還暦の人までここ見てるのか

 

:年齢問わないって。よかったね

 

:リアンちゃんのファン層の広さよ

 

 

 

:実験台w

 

:喜んで!

 

:リアンちゃんの作ったものなら何でもいい!

 

:ジャンケン!

 

:いつもの

 

:かあ~っ俺が行ってたら絶対最後まで残れたのに!

 

:順調に減ってますね

 

:残り何人?

 

:10人ちょっといるな

 

:うお、すげえ、最後一気に決まった

 

:勝った人おめ

 

:前に連れていかれるw

 

:強制連行www

 

:リアンちゃんの手作りチョコもらえる栄誉に比べりゃ、

 顔出しなんて屁でもないべ

 

:若者、若者、おじさん

 

:おじさん恥ずかしいw

 

:なに、自分に素直なのはいいことじゃないか

 

:1番堂々としてて草

 

:ガッツポーズまでw

 

:さてチョコの出来は……

 

:おお、ちゃんとできてる

 

:ラッピングもリアンちゃん自らとは

 

:ホシィ

 

:くっ、来年こそは!

 

:おまwww

 

:おいwww

 

:ちょwww

 

:ちゃんと食えw

 

:感想教えてって言われたのにw

 

:リアンちゃん「食べて」

 マジもんのトーンだったw

 

:間違いなく素だったなw

 

:俺もあんな感じでリアンちゃんに罵られたい

 

:特殊な性癖の方は帰って、どうぞ

 

:いやー楽しかった

 

:大満足!

 

:こういうイベントなら毎週でもいいぞ

 

:さすがにそれは

 

:レースもトレーニングもあるんだし

 

:それにみんな忘れているようだが、

 リアンちゃんまだ学生だからな。

 あまり無茶を言うんじゃないぞ?

 

 



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第54話 孤児ウマ娘、切磋琢磨する

 

 

 

 

3月に入って、イベント出演期間も終わり、

日経賞へ向けて本格的なトレーニングを再開。

 

そんなんで間に合うのかっていう懸念はごもっとも。

でも大丈夫。

 

平日のトレーニングはきっちりこなしてたし、

イベントと言っても、丸1日拘束されるようなものでもなかったから、

身体自体はちょくちょく動かしてたからね。

 

むしろ良い気分転換になってたよ。

 

さて今年の初戦、日経賞に関してなんだが……

 

「えー! リアン先輩、大阪杯出ないんですか!?」

 

春のローテーションをスターオーちゃんに話したところ、

たいそう驚かれてしまった。

 

「3回目の対戦、楽しみにしてたんですよ!?」

 

いや、そんな逆ギレみたいな反応されても。

なんで俺が大阪杯出るの前提みたいに考えてたんですかね?

 

確かにこれまで1勝1敗だから、3回目ではっきりさせたいという気持ちはわかる。

だけど、こっちにも都合があるというかなんというか。

 

ということは、スターオーちゃんは大阪杯から天皇賞のローテなわけか。

 

「私以外に負けたら承知しませんからね!」

 

この先、君との対戦は何回もあるだろうし、そんなに目先の勝負に拘らなくても、

と言って何とか納得してもらった挙句に、出てきたセリフがこれだ。

 

なんか君最近、面倒というか、色々と重くなってきてないかい?

ヤンデレの素質があったのかいな(汗)

スターオーちゃんこそ、大阪杯で足をすくわれないよう気をつけてな。

 

まったくやれやれだぜと思っていた矢先に、もう1人の『面倒な奴』がやってくる。

 

 

 

「私は阪神大賞典に出るぞ」

 

そう言って、いきなり目の前に現れたシリウス。

日経賞の1週前、つまり、奴にとっては出走当週になってからの、

突然の行動だった。

 

リアルに「は?」ってなった俺に対して、シリウスはなおも言う。

 

「日経賞でも大阪杯でもよかったんだがな。

 本当の楽しみは大一番まで取っておくことにした。

 ファンにとってもそのほうがありがたいだろ。

 感謝してほしいくらいだな」

 

「………」

 

二の句が継げないというのは、あんな状況のことを言うんだろうな。

 

何が感謝しろだ。確かに、本番前に有力バ同士がかち合うのは、

あんまり好ましくないのかもしれんけど、当人が言うことではないだろと。

 

しかも、ファンを口実にしていることも何というか。

皐月賞を回避させるのに説得した際にこいつがほざいたこと覚えてる人いる?

もう言葉にすることすら億劫になってしまったよ。

 

「私がいないレースに勝ったところで何の意味もないが、

 せいぜい浮かれるこった。じゃあな、天皇賞で待ってるぜ」

 

言うだけ言って、手をひらひらさせながら去っていったシリウス。

おまえは大事なことを忘れている。

 

G1勝利数こそ、ふたつとみっつで俺のほうが劣っているものの、

俺のほうは年度代表ウマ娘というタイトルを持っているからね。

決して自惚れるわけじゃないけど、競争成績的には、すでに肩を並べてると思う。

 

それに何より、俺のほうが年上なんだ。ここ重要。

 

そろそろ敬意というか、周りに対しての接し方を考えたほうがいいんでない?

……無理か。それがシリウスが()()()()たる所以だもんな。

 

まったく、やれやれだぜ。

 

せいぜい負けて吠え面かくがいいさ。

とかなんとか思っていたら

 

 

『阪神大賞典はシリウスシンボリ!

 ほぼ2年ぶりの復活勝利をレコードで飾りました』

 

 

テレビの実況が伝えたとおり、勝っちゃったんだな。

おととしの春の天皇賞以来、丸2年ぶりの白星となった。

しかもコースレコードのおまけつき。

 

ずっと勝ててなかったのに、ここにきて勝つとか、なんなの?

喜ばしいとは思うけど、なんか釈然としない。むぅ……

 

まあとりあえず、来週の自分のレースに集中しよう。

スターオーちゃんとシリウスに言われたからというわけじゃないけど、

前哨戦で負けるわけにはいかないもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ去年の年度代表ウマ娘の登場です。

 ファミーユリアンが今年の始動戦を迎えました』

 

日経賞のパドック。

相変わらずのファンクラブによる横断幕と、

子供たちのぴょんぴょんジャンプに迎えられて、軽く気分が和む。

 

『イベント出演などが重なって、大変忙しかったと思われる彼女ですし、

 3ヶ月ぶりの出走となります。仕上がり具合はどうでしょうか?』

 

『良い意味で平行線といった感じでしょうか。

 有記念のときと変わりませんね』

 

『安心して良さそうですか?』

 

『はい、特に問題はないように思えます。

 力は発揮できそうですね』

 

解説者の人、大正解っすな。

 

8割9割くらいの出来に抑えてあるのですよ。

あくまで本番は次の天皇賞だからね。

ここでピークに持ってくなんて真似は、しないしできませんよっと。

 

さて相手関係だが、ともにクラシックを戦ったマティリアルちゃんと、

パナレントちゃんがいる。有で顔を合わせたジェイムスユウとも再戦だ。

あとわかるのは、メジロの子が1人いるくらいか。

 

少人数で、俺を含めて8人しか出てきてない。

G2でこれだけ少ないのは寂しいが、紛れが起きにくいのは歓迎だ。

 

負けられないし、負けちゃいけないってことも十二分に承知している。

のときの二の舞だけは、なんとしてでも避けなければ。

 

話は変わるが、マティリアルちゃん、まだマイルへ回らないんだな。

自分の適距離をまだ計りかねているんだろうか。

スプリングステークスを勝ってるし皐月も2着だから、

千六から二千くらいがいいんじゃないのかな?

 

俺も今でこそこうやって中長距離を走っているが、

適性がわからなかったときは大いに焦ったものだったから、気持ちはよくわかる。

その副産物が、選抜レース全種目エントリーだからな。

 

あの頃は若かったな(遠い目)

 

『当然のごとく1番人気です。それどころか現在のところ、

 支持率95%を超えております。とんでもない数字です』

 

『これはグレード制導入以降、重賞競走では史上最高の支持率になります。

 あのシンボリルドルフのダービーをも上回っています』

 

支持率95%越えとか、キ〇ガイかよ……

 

それほど相手がいないって思われてるってことだな。

変なプレッシャーがかかるなホントに。

 

とにかく、俺は俺のレースをするだけだ。

ゲート入り完了。

 

ファミーユリアン、いっきま~っす!

 

 

――ガッシャン

 

 

ゲートが開いて、タイミングよくスタートを切る。

我ながら今回も完璧。出足の良さだけは、自慢していいかもしれない。

 

今日のペースはどうするか……おろ?

1人並んできている子がいるな。

横目でチラリと見てみたら、メジロの子だった。

 

試しに少しスピードを上げてみると、同じようについてくる。並走状態。

 

……おもしろい。

そっちがその気なら、俺もその気になっちゃいますよ?

 

今後も重賞戦線で戦っていけるかどうか、ふるいにかけてあげようじゃないの!

そ~ら、ついてこられるものならついてきな。

 

偉ぶるわけでも調子に乗っちゃったわけでもないんだけど、

ここぞとばかりにウマ娘の本能が顔を出してきた。

普通ならペースを落ち着かせるあたりでも減速せず、そのまま走る。

 

どのメジロちゃんなんだかいまいちはっきりしないけど、

いいねえ。そういう負けん気の強さ、俺は好きよ。

 

でも、共倒れになることだけは勘弁な?

だから早めに引いてもらえると嬉しんだけど、無理かな?

この分じゃ無理だろうな。名門のお嬢様がこれだけ歯を食いしばってるんだ。

相当の覚悟を持って臨んできているはず。

 

まったく、やれやれだね。

 

 

 

 

 

 

『ファミーユリアンとメジロフルマー、2人が飛ばしていきます。

 後続とは5バ身以上離れた。さらに広がる勢い。3番手ジェイムスユウ追走』

 

『かなりのハイペースと思われますがどうか。これでいいのかファミーユリアン?

 メジロフルマーも決死の逃げか?』

 

『向こう正面に入ります。メジロフルマー早くもここで苦しい。口を割っている。

 やはり苦しい、離れていく。あっというまに2バ身、3バ身広がった』

 

『一方のファミーユリアン涼しい顔で逃げる! 一人旅になった』

 

『4コーナーへ向かう。もはやファミーユリアン独走状態。

 後続は遥か後方になってしまった』

 

『ファミーユリアン1人で中山の急坂を駆け上がります!』

 

『逃げる差し脚、今年も陰りなし! ファミーユリアン圧勝、ゴールインッ!

 勝ち時計2分29秒9! 2分30秒を初めて切ってまたもやレコード更新!

 2400に続いて2500でも日本レコードを樹立しました!』

 

『2着には最後方から4番が突っ込みました。

 が、大差がつきました。掲示板にもそのように挙がっております』

 

2人がハイペースで逃げる展開となり、果敢にもリアンに挑んで

途中まで競ったメジロフルマーは、完全にバテて最下位惨敗。

 

2着には最後方にいた子が追い込む形で入り、ハイペースのまま

最後まで一人旅を維持し続けたリアンの強さが際立つ結果となった。

 

 

日経賞 G2 中山 芝2500m 良

 

1着 ファミーユリアン  2:29.9R

2着 マウンテンゾーン    大差

 

通過順位 1 - 1 - 1 - 1

4F 47.2 - 3F 34.8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ふぅ。何はともあれ、勝ててよかった。

 

あのメジロの子、メジロフルマーっていったっけ?

なかなか気骨のある子だった。さすが名門の出だよ。

 

あのペースで、3コーナー過ぎまでついてこられてたのはさすが。

だけどやっぱりきつかったね。「むりぃ~っ」って声が聞こえてきそうだった。

ダントツの最下位になっちゃったみたいだけど、懲りずに頑張ってほしい。

 

それはそうと、また日本レコードを出してしまったね。

 

当初はあそこまで飛ばすつもりじゃなかったんだよ。

フルマーちゃんに付き合って、ついついペースが上がってしまった。

 

本音を言えば、有のことがあって、

溜め逃げにそこまで良い印象がなかったのがひとつの別の要因。

直接はフルマーちゃんに競り掛けられたことだけどね。

 

まあ有では4コーナー手前で早めに取りつかれてしまって、

慌ててしまったことが敗因だから、俺本来のものとも言える、

こういうレースのほうが性に合っているのかもしれないね。

 

また慌ててしまうという可能性がないわけじゃないしさ。

なるべくそうならないような気構えは持つつもりではいるけれども。

 

「お疲れ様」

 

「あ、お疲れ様です」

 

レース確定後、控室に戻ったところで、

笑顔のスーちゃんがやってきた。

 

「今日のペース、どれぐらいだったと思う?」

 

彼女は開口一番、こんなことを尋ねてきた。

 

「ん~、1000mが59秒くらいですか?」

 

「正解。まさにそんな感じだったわ」

 

うっし、俺の体内時計ちゃん調子いいね。

逃げウマにとっては必須の技能だと思う。

自分のペースがわからなくて、どうやってレースするんだってね。

 

「……」

 

「なんです?」

 

「いいえ、なんでも」

 

「そうですか」

 

そんな俺の様子を見て、意味深な笑みを浮かべているスーちゃん。

訊いても答えてくれなかった。

悪くは思ってないみたいだから、まあいいか。

 

「次の天皇賞へ向けて、またがんばらないとね」

 

「はい」

 

何度も言うが、本番は次。

 

3000m超の長距離では、こうもいかないだろう。

菊花賞の時のような策を、また練る必要があるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、お先に失礼します」

 

「ええ。気をつけて帰ってね」

 

「はい。それでは」

 

一足先に学園へと帰るリアンを見送ったスピードシンボリ。

レース後も、彼女にはトレーナーとしての業務があるので、

一緒には帰れない。

 

そして何より……

 

「……恐ろしい子」

 

リアンの前では口に出せないこともある。

 

手元のメモ用紙に目を落としながら、スピードシンボリは思わず呟いた。

その口元は明確に緩んでいる。

 

「あのハイペースでそのまま押し切るだなんて……

 一層強くなってるわね。正直、底が見えないわ」

 

メモに書かれているのは、速報値として挙がってきた日経賞のハロンタイム。

2500m戦とは思えないほどのハイペースで逃げ、一切タレることなく逃げ切って見せた。

バテていないのは、上がりタイムが物語っている。

 

それはレコードが出るし、大差にもなるよと思う。

アレだけのハイペースで逃げておきながら、一杯になることなく

34秒台で上がれるのは、驚異と言うほかにない。

 

菊花賞の時と違うのは、常にほぼ一定のペースで流れたこと。

つまり、スタートからゴールまで、まったく息を入れずに駆け抜けたことになる。

通常ならこんなことは不可能だ。ありえない。

 

一緒に逃げたメジロフルマーの惨状からも、その異常性は窺える。

途中でバテバテになってしまうのも当然だった。

 

「……でも、あの子ならありうる」

 

改めて、自分の担当するウマ娘が、普通とは違うんだということを認識させられる。

同時に、抜群の手応えと、巨大なプレッシャーも。

 

「私がしっかり手綱を握らないとね」

 

そして、決意を新たにした。

 

できるのならば、イベント出演などやめさせて、競技に専念させたい。

だがそれは、リアンのレース活動の根幹を奪ってしまうことになる。

出自と生い立ちに基づくことだから、翻意させるのは不可能だろう。

 

仮に強制的にやめさせたとしたら、

当然モチベーションには大きな影響が出るに違いなかった。

 

そうなっては本末転倒だ。

適度にイベントに出させ、適度に休ませつつ、適度にトレーニングするしかない。

 

もともと身体は強くないのだし、本格化したとはいえ、

体質までは劇的に変わることはない。

自分が適切に手綱を引いて、些細な異常も見逃さず、コントロールするしかあるまい。

 

「まったく、やれやれだわ」

 

とんでもない無理難題を言ってくれる。

しかし、やらねば、やらなくてはならない。私がやらなくて、誰がやる。

私が彼女の担当トレーナーで、彼女は私の愛バなのだから。

 

それに近い将来、本当の家族になるのが確定しているようなものなのだ。

口では愚痴を零しつつも、スピードシンボリの口角はさらに上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サクラスターオー、有に続いて連勝! G1、3勝目!

 花と同様、桜が満開! 真冬に咲いた「サクラ」が再び満開ですっ!』

 

大阪杯は、もちろんスターオーちゃんが勝利。

ティアラ二冠のマックスビューティや、メリーナイス、

ニッポーテイオーらを寄せ付けない完勝だった。

 

特に、昨年の秋の天皇賞バのニッポーに勝った意味は大きい。

これなら、俺がいないから勝てた、そんな声は出てこないだろう。

……な~んて、少し自惚れてみたり?

 

スターオーちゃん、実は長距離じゃなくて、2000m前後が1番得意なのかな?

これだけの勝ちっぷりを見ていると、そう思わざるを得なくなった。

 

宝塚と秋天が怖くなってきたぞ……

 

いや、いやいや、今からそんなんでどうする。

戦う前から恐れちゃだめだし、スターオーちゃんにも失礼だ。

 

しっかり準備して対策して、万全の態勢で勝負しないとな。

 

『先輩先輩! 勝ちましたっ!』

 

レース後しばらくして、彼女からかかってくる電話。

当然のように大興奮である。

 

「はいはい、わかったから落ち着いて。おめでとう」

 

『ありがとうございますっ!』

 

ちょっ、スターオーちゃん、鼻息荒すぎィ!

うれしいのはわかるけど、ここまで興奮しなくてもいいじゃない。

 

『また、「京都で会いましょう」ですねっ!』

 

「はいはい、楽しみだね」

 

『はいっ!』

 

春の天皇賞で、スターオーちゃんと3度目の対戦。

正直言って怖さのほうが大きいけど、どうなることやら。

 

『それはそうと、大阪のお土産に、本場のたこ焼き買って帰りますねっ!

 豚まんに「面白い恋人」に「くいだおれ太郎」に餃子に……

 いっぱい買っていきますから、一緒に食べましょうっ!』

 

そ、そんなに!?

いくらなんでも食べきれないよ!?

 

さては、俺を『太り気味』にするつもりだな!

 

……それよりスターオーちゃん。

気持ちはうれしいけど、鼻息荒いってば。

ゴォーゴォー言ってるんだってばぁ(汗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(日経賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:状態良さそうで安心した

 

:イベント出まくってたから、調整心配だったんだ

 

:余計なお世話だったな

 

:リアンちゃんさすが

 

:もちろんです、プロですから

 

:プロ競技ではない(マジレス

 

:支持率95%!?

 

:ありえねー

 

:いや、マジであり得ない数字

 

:皇帝を超えたか

 

:みんな同じ気持ちなんだな

 

:だってみんな勝負付け済んだ相手じゃん

 

:まあ普通に走れば、負ける相手ではないな

 

:こんな状態になったのも、みんなリアンちゃんを恐れて

 回避が続出したからじゃないのか

 

:なんで大阪杯行かないんだって、きっとみんな思ってる

 俺的にはどっちでもよかったけど

 

:中山記念と金鯱賞が煽りを受けたかフルゲートだった

 

:スターオーがぶっつけ大阪杯だし、そこしか受け皿がなかった

 

:先月だけど、小倉大賞典もフルだったぞ

 

:先週の阪神大賞典までフルゲートに近かったからな

 

:オープン特別に回らざるを得ない子まで出たとか出ないとか

 

:玉突き渋滞が起きている……

 

:2000から2500くらいを得意とする子にとっては、

 災厄以外の何物でもないか

 

:いいじゃないか、それくらい認められてるってことだ

 

:この時期のオープンたって、そんなに数ないだろ?

 

:マジでないな

 芝の中距離だと、小倉大賞典よりも前の

 関門橋ステークス2000mしかない

 大阪城ステークスが1800だけどかかろうじてってところだ

 

:仁川ステークス……はダートだった

 

:実際どうだったか調べてみたら、

 大阪城Sフルゲートだったわ(汗)

 除外も結構いたらしい(滝汗)

 

:oh……

 

:頭抱えてるトレーナー多そうね

 

:除外された子の選択肢

 1・ダート適性が少しでもあるならダートへ

 2・適性外のレースへ

 3・自重して時期を待つ

 4・あえてリアンちゃんに挑戦

 

 さあおまえらならどうする?

 

:過酷すぎるわ!

 

:実質1と3の二択じゃん

 

:俺は嵐が過ぎるのを待つ

 

:わいも……そうやな(遠い目)

 

:それはそうと俺の今日の興味は、リアンちゃんがどういうレースをして、

 どういう勝ち方をするか、これに尽きる

 

:有もすごかったけど、最後の直線、

 いつもの走り方がいまいちだったからな

 

:リアンちゃん、ファイト~!

 

:さあ発走!

 

:好スタート定期

 

:安心と信頼のロケットスタート。……ん? メジロ?

 

:メジロフルマー何してんねん

 

:玉砕覚悟の共倒れ狙いか?

 

:いやそれならリアンちゃん引くだろ?

 セントライト記念のときみたいに

 

:名門のお嬢がそんな戦法取るだろうか?

 

:メジロも覚悟決めてきたんだな

 

:案外、今後のための試金石と厳命されたのかもな

 

:いやいやなんでお付き合いしちゃってんのリアンちゃん!

 

:ちょっ、さすがにこのペースはまずいって

 

:掛かったか?

 

:まさか、リアンちゃんに限って……

 

:引いて!

 

:番手でいいのに!

 

:あ

 

:オイオイオイ

 

:なんでメジロが先に潰れてんねーん

 

:何事もなかったかのように一人旅のリアンちゃんよ

 

:マジで涼しい顔で草

 

:これは草も生えない

 

:1人だけ異次元

 

:日本レコード

 

:3つめの日本レコードか

 

:ホントに言葉が出てこない

 リアンちゃんマジでバケモノ

 

:なんであのペースで、最後あんなに伸びるの……

 

:上がり34秒台wwwスローでもないのにwwwファーwww

 

:笑うしかない

 

:メジロ息も絶え絶え、バテバテのダントツ最下位で入線

 

:前走で重賞勝ってるから、メジロフルマーも弱くはない

 

:そんなメジロを見事撃墜したリアンちゃん

 

:セントライト記念の二の舞だな

 

:それ以上だよ

 

:「メジロ」の意図は何だったのか

 

:個人の暴走なのか、あるいは「上」からの指示なのか

 それが問題だ

 

:ちょっと聞いてみたいな

 まあ絶対に喋らないだろうが

 

:しかし、果敢に挑んでいった勇気は称えたい

 

:ここのスレ民でも、ちょっと引いてしまうくらいのえぐい強さ

 

:ちょっとじゃないぞ

 

:うん

 

:我がアイドルながら、恐ろしい強さだ

 

:全盛期来たか?

 

:むしろこれからが全盛期かもしれん

 

:幻惑どころか、これじゃ困惑だよ

 うれしい悲鳴だけどさ

 

:誰がうまいこと言えと

 

:これでメイチの仕上げじゃないってウソだろ

 

:まだ私は変身を残している、状態か

 

:どういう勝ち方するか注目ニキ、感想をどうぞ

 

:ドン引きと満足両方がせめぎ合っている

 

:だろうな、俺もだ

 

:何はともあれ、天皇賞でスターオーと再戦だ

 

:大阪杯も注目だな

 

:現状マイル中距離王者のニッポーが出てくるからな

 

:スターオーにはニッポーにも勝ってもらって、

 晴れて現役最強決定戦と行こうぜ!

 




おばあさま
「………」

メジロフルマー
「被害者の会ってまだ入れますか?」

メリーナイス
「歓迎しますよ! 随時受付中です」




95%はさすがに盛り過ぎた……
マルゼンスキー状態で少人数でのことなのでご勘弁を……


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第55話 孤児ウマ娘、再び淀の坂で加速する

 

 

 

 

天皇賞の前に、今年の新入生の話をしておこうか。

 

『タマモクロス』

 

名簿に載っていたその名前。ついに来たかタマちゃん。

ということは、どこかでイナリも転入してくるんだろうな。

 

タマちゃんと争うことになるのは、早くて再来年か。

それまで俺が現役でいられるという保証はないけど、

今のうちから覚悟はしておこう。

 

タマが来たということは、来年はあの()()が入学してくるんだろうか?

それとも史実準拠の編入か。いずれにせよ興味は尽きない。

 

 

 

 

 

「おうおうおう、あんたがファミーユリアン先輩かいな!」

 

入学式の日の放課後、背後からそんな声がかけられた。

もう声だけで頬が緩んでしまったよ。

だってアプリやアニメで聞き慣れた、あの特徴的なダミ声だったんだから。

 

「ウチはタマモクロスっちゅうんや。よろしゅうな!」

 

振り返ると案の定の人物が、人懐こそうな笑みを浮かべて立っていた。

相変わらずちんまい。いや、俺が言えたことじゃないかもしれないけど。

でもやっぱり小さくてかわいいなあ。

 

「よろしく。ええと、タマモさん?」

 

「タマでええで! 先輩やし、仲良しはみんなそう呼んどる」

 

「そう。じゃ、今後はそう呼ぶね」

 

しかし、入学直後で、1人で先輩に声をかけられるのはすごい度胸だよな。

スターオーちゃんもそうだったけど、何か特別な理由でもあるんだろうか?

 

「で、わざわざ声をかけてきたのはなんでかな?」

 

「そうや。どうしても先輩に一言、言いたいことがあったんや」

 

気になったので聞いてみると、やはりそうだとのこと。

いったいどんな理由なのやら。

 

「ほんなら言うで」

 

「うん」

 

「……すぅ~」

 

タマちゃんはわざとらしく、大きく息を吸い込むと

 

「なんで、でかくなってしもうたんや!」

 

そう、叫んだ。

 

……はい?

どういう意味でしょうか?

 

「でかく……? 何が?」

 

「そんなんタッパに決まっとるやろ!

 ちょっと前までウチとそんな変わらん身長やったのに、

 今はそんなにでかくなってしもうてるやないかい」

 

ああ、うん、そういうことね。

今年の健康診断はまだだけど、160近くくらいにはなってるんじゃないかな。

たぶん止まってはいないと思う。

 

「ウチと同じぐらいでもダービー勝てるんやって、

 秘かに心の拠り所やったのに、どないせいっちゅうんや!

 がんばってトレセン学園には入ったけど、ウチはどうすればええんや」

 

「そんなこと言われても……」

 

まあ、うん、気持ちはわからないでもない。

ないけど、八つ当たり以外の何物でもないよね?

 

「やっぱり小は大には勝てへんのか?

 いや、そないことあらへん。あってはいけないんや」

 

「……」

 

「先輩、責任取ってや!」

 

「……どうしろと?」

 

なるほど、だからなりふり構わず声をかけてきたってわけか。

 

まあ、うん、気持ちはわかるよ?

去年前半までの俺なら、同じように悩んで、ひがんでいたかもしれない。

なので突き放すことはできず、そう尋ねるしかなかった。

 

「先輩と一緒にトレーニングさせたってや!」

 

すがるような視線と声で、タマちゃんは言ってくる。

 

「先輩と一緒に鍛えれば、

 ウチも先輩みたいに大きくなれるかもしれへんやろ?」

 

「ええ……」

 

め、滅茶苦茶だ。

確かに気持ちはわかるんだけど、だからって、なあ?

それに、それは俺の一存で決められることじゃない。

 

新入生がいきなり上級生と一緒にって、学園的にはいいんだろうか?

 

「なあ、頼むわ先輩! ウチの家貧乏で、

 レースで活躍して家族を養わなきゃいけないんや!

 小さい弟と妹もおる。頼む先輩、このとーりや!」

 

「………」

 

必死に頭を下げるタマちゃん。

 

それを言われちゃうとなあ……

まるっきり俺と被るし、出来ることなら支援してやりたい。

やりたいけど、なあ?

 

「とりあえず、落ち着いてタマちゃん。みんな見てるよ」

 

「はっ……。え、えらいすんません先輩!

 ウチ我忘れて、ついついヒートアップしてもうた」

 

俺がそう言うと、タマちゃんは慌てて頭を下げてきた。

 

「ほんまは少し冗談言うだけのつもりだったんです!

 なのに、あんな……忘れてください!」

 

「いいから落ち着いて。ね?」

 

「ぁ……」

 

ぽんぽんと、頭を優しく撫でる。

タマちゃんは一瞬だけ強張ったものの、すぐに受け入れてくれた。

 

なんてことはない。

子供相手にするようなことで申し訳ないけど、

中学に上がったばかりの子供だから問題ないよね?

 

焦るなタマちゃん。君にはまだ時間がある。

 

「気持ちはわかるよ。でも焦らないで。

 焦って無理に頑張ったって、良いことなんてひとつもないからさ。

 下手したらどこぞの誰かさんみたいに、2回も骨折して

 中学時代の大半をリハビリにあてることになるよ」

 

「……」

 

ピクッと震えるタマちゃん。

誰のことを言っているのか、わからなくはないよね?

心の拠り所だって言ってくれたから、俺のことは調べてるだろう。

 

俺だってケガの上に、本格化を1年待っての結果なんだ。

焦ったって何にもならないよ。

 

「とりあえず入学はできたんだから、まずはじっくり身体を鍛えよう。

 トレーニングはもちろんのこと、他の面でもアドバイスはできるからさ。

 なんでも気軽に聞いてきてくれて構わないよ。答えられることなら答えるから」

 

「……ええんか?」

 

「もちろん」

 

「おおきに」

 

泣きそうになっていた顔が、笑顔に変わった。

うんうん、かわいい子は笑ってなんぼだ。

 

「なんや先輩、本当のお姉さんみたいやなあ」

 

頭を撫でていると、気持ちよさそうに目を細めるタマちゃん。

 

家では弟妹たちの手前、気を張ってなきゃいけないだろうからなあ。

なんだかんだ言っても、やっぱり中学上がりたての子供なんだし、

年長者には甘えてくれて構わないのよ?

 

クリークみたいにでちゅね遊びしろなんて言わないし、

適切な距離感と節度を持ってね。

 

それくらいのことならお安い御用だ。

……なんか将来のライバルに塩を送っているような気もするが、気にしないことにする。

 

「ほなら先輩、ウチはこれで。またな!」

 

タマちゃんは笑顔でそう言い残し、元気に駆けていった。

 

 

 

翌日以降、なぜかスターオーちゃんがこれまで以上にべったりになって困った。

事あるごとに「……誰にも譲りません」って呟いてるけど、なんのことやらさっぱり。

 

ルドルフからも、「また後輩をひっかけたのか」なんてからかわれるし、

なんなんだよもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウマ娘ファンのみなさんこんにちは。週刊ウマ娘放送局、

 春の天皇賞直前増刊号のお時間がやってまいりました』

 

府中CATVの看板番組が、通常枠ではないスペシャル番組を放送した。

本放送が枠順確定後の金曜夜、ネット公開が深夜0時であった。

 

『さて今日も、解説の○○さんにお付き合いいただきます。

 ○○さん、よろしくお願いいたします』

 

『はい、よろしくお願いします』

 

いつものメンツ、いつもの展開。

 

『では早速、○○さんに天皇賞の展望をお聞きしましょう。

 ○○さん、どうですか?

 ズバリ聞いちゃいますけど、ファミーユリアンさんは勝てますか!?』

 

いきなり核心を突いたキャスター。

これには解説者も苦笑する。

 

『勝てる勝てないで言えば、勝てます』

 

『おお! その心は?』

 

『その前に、まずは情報を整理しましょう』

 

逸るキャスターを落ち着かせ、解説者は解説を始める。

 

『有力バの枠順から。3枠5番にメジロデュレンさん、4枠8番にファミーユリアンさん、

 5枠10番にサクラスターオーさん、7枠13番にメリーナイスさん、

 8枠16番にシリウスシンボリさんが入りましたね。

 上位人気が予想される面々はこんなところです』

 

番組収録は前々日投票の結果が出る前なので、こういう言い方になる。

 

『枠順に有利不利はありそうですか?』

 

『これといったものはないと思われますね。次にレース展開ですが』

 

『ファミーユリアンさんが逃げますか?』

 

『他に強い逃げウマが見当たりませんので、自ずとそうなります』

 

食い気味のキャスターからの質問に、淡々と答える解説者。

すでに慣れてしまっている雰囲気だ。

 

『セントライト記念や、前走のメジロフルマーさんを見るに、

 彼女に競り掛けていく子はいないと思います。

 前走より距離が延びますのでなおさらですね』

 

『言っちゃなんですが、自殺するようなもの?』

 

『言葉は悪いですが』

 

あいまいに頷く解説者。

ましてや最長距離のG1。自然な意見だった。

 

『有力バに後ろから行く子が多いので、

 どういうペースを選択するのかが見どころとなります』

 

『メジロデュレンさん、メリーナイスさん、そしてサクラスターオーさん。

 このあたりの子たちは中団でしょうか』

 

『そうですね。シリウスシンボリさんはそんな中団の少し前、

 先行勢の後ろあたりになるでしょう』

 

『ファミーユリアンさん、今回はどういうペースを作るでしょうか。

 早いのか、遅いのか、平均ペースか、あるいは、菊花賞の時のような

 可変式の変則ペースになるのか』

 

『こればかりは、レースが始まってみないとわかりませんね。

 ファミーユリアンさん自身もそう考えているかもしれません』

 

『ファミーユリアンさんの第一の魅力が、

 そんな自在性のある先行脚質ですもんねぇ。

 で、番手からでもレースができる。まさに「幻惑」』

 

『はい。どんな展開にも対応できます。

 スタミナも菊花賞で実証済みですので、本命という点は揺るがないでしょう』

 

『第二の魅力、逃げて差す末脚を、また見たいですねぇ』

 

解説者の言葉に、満足そうに頷くキャスター。

 

『対抗バとしては、やはりサクラスターオーさんですか?』

 

『地力からすると、そうなりますね。G1を連勝してきていますし、

 勢いもあります。有記念のときのように、

 早めに捕まえることができれば、勝機はあるでしょう』

 

『シリウスシンボリさんはどうですか。

 前走で2年ぶりの勝利、それも3000mでレコード駆けしてます。

 その2年前の勝ち星は、何を隠そう、この春の天皇賞でした』

 

『彼女も力はあるんですが、別の意味で、

 始まってみないとわからない面があるので』

 

『ムラっ気、というんですかね。

 実際、2年間は好走はすれども勝てなかったわけですし』

 

『ちょっと信頼感には欠けますね。3番手まででしょう』

 

番組はその後、関係者のコメントなどを紹介し、終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアン先輩、そんなの持ってたんですね?」

 

京都への移動中の新幹線車内。

例によって、スターオーちゃんと相席で向かうことになった。

 

席に着いたところで、荷物から音楽再生用の機械と

イヤホンを取り出して装着しようとしたら、スターオーちゃんから

そんな質問が怪訝そうに飛んできた。

 

しまった。彼女としては、菊花賞のときみたいに

わいわいおしゃべりしながら行くのを想定していたんだろう。

いきなりこっちに集中しますも同然の行動は避けるべきだったか?

 

「音楽ですか? 何を聞くんです?」

 

いや、単純に興味がありますって顔だな?

深読みし過ぎた。反省。

 

「聞いてみる?」

 

「はい。……これは?」

 

試しにイヤホンを渡して、再生させてみる。

スターオーちゃんの眉がハの字に曲がった。

 

「英語、ですか?」

 

「そう。英会話の教材」

 

よくある、聞き流すだけで英語ができるようになるというやつだ。

 

イベント出演時だったり、こうした遠征時だったりの

移動する時間や空き時間が増えたので、そこを何か有効活用できないかと思って、

方々に聞いて回ってみた結果、ルドルフから示されたのがこれだ。

 

ルドルフが言うには、『空いた時間を最大限に有効活用できる』そうで、

特に移動の時間に使うには最適だとか。

さらには、これからはグローバルな時代だから、

英会話をできるようにしておいて損はないってことなんだと。

 

さすが海外遠征まで企図したやつの言うことは違うね。

おススメの教材も教えてもらったので、思い切って購入し、

今まさに勉強中というところである。

 

まあ成果のほどはまだまだなんだけどね。

今年になって始めたばっかりだし、ようやく少しずつ、

ネイティブの人が話す英語がわずかながらも分かりかけてきたかな?

という段階だ。

 

こんな俺でも好成績を維持できているように、前世よりも

頭の出来が根本的に違うようで、そこに期待かな?

 

「英語勉強してるんですか?」

 

「うん。移動の時間で何かできることないかって相談したら、

 ルドルフからこれをお勧めされてさ。始めてみたんだ。

 あいつも最初はこれから入ったって言ってたな」

 

「へえ、会長からですか。

 ちなみに会長って、英語話せるんです?」

 

「英語は普通に。あと、フランス語とかもわかるみたいよ」

 

「えーすごい。意外でもないけど意外ですね」

 

あいつは頭も良いからなあ。

レースや生徒会で忙しいのに、学年首席で居続けるくらいには頭が良いよ。

 

というか、シンボリ家の皆様はみんな頭が良い。

お父様もお母様も一流大学の出らしいし、

スーちゃんも海外志向だっただけあって、数か国語はわかるみたい。

 

ああ見えてシリウスも、成績は何気に優秀だ。

 

「英語かあ。やっぱりこれからの時代は必須ですかねぇ」

 

「かもしれないね」

 

スターオーちゃんも将来、海外とか考えてるなら是非。

君くらいの実力があれば通用すると思うよ。

 

「わたしもやってみようかなあ……

 あ、邪魔しちゃってすいません。お返しします」

 

「うん」

 

イヤホンを返してもらって、自分の耳に付ける。

 

さて、京都までの2時間ちょっと。

英語を聞き流しつつ、居眠りでもしながらいきましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ春の天皇賞、発走が迫りました。

 最終の展開予想をお願いします。ファミーユリアンが逃げますね?』

 

発走時刻が迫り、各ウマ娘たちがゲート後方へ移動していく。

 

『間違いなく逃げますね。注目はペースです』

 

『早くなりますか?』

 

『他に有力な逃げウマがいないだけに、そこは読めませんね。

 いずれにせよファミーユリアンが単独で逃げて、

 後続勢がいつどこでどう動くか、という点に尽きるかと思います』

 

『有記念のようになれば、

 早めに捕まってしまうということもあり得ますか?』

 

『それも十分にあり得ます。逆に、誰も鈴を付けに行かず、

 そのまま差をつけて逃げ切ってしまうという展開も十二分にあります』

 

『難しい流れになりそうです。さあファンファーレ!』

 

G1のファンファーレが鳴り響いて、枠入りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタンドのほうでファンファーレが鳴っているのが、遠巻きに聞こえてくる。

内枠のほうから順番にゲート入りが始まった。

 

「リアン先輩」

 

隣の隣、10番枠のスターオーちゃんが歩み寄ってきて、声をかけてきた。

 

「改めまして、勝負です。

 今のわたしにできる精一杯をぶつけますからね」

 

「うん、望むところだよ。全力で勝負だ」

 

「はい」

 

右手をグーにして突き出すと、スターオーちゃんも同じようにして、

拳を軽く突き合わせた。そして、微笑み合う。

 

外のほうへ視線を向けると、こちらをじっと見つめていたシリウスと目が合った。

 

あいつとも2度目の実戦になるな。

前回の有では、俺もあいつも負けて

中途半端な結果になっちゃったからな。

今度こそ完全に決着を付けようじゃないか。

 

「……ふん」

 

同じようにしてあいつにも拳を向けたら、無視されてしまった。

まあ期待はしてなかったけれども、なんか反応してくれてもいいじゃないかよ~。

 

「8番、入って」

 

「はい」

 

係員の指示に従ってゲートイン。

全員が入り終えるまで少し待たされる。

 

緊張の一瞬……

 

 

――ガッシャン

 

 

よしっ!

 

ゲートが開くのと同時に、満を持してスタート。

今日も自分の中でのタイミングは完璧だった。

他の子よりもひと呼吸は早かったんじゃないか。

 

何はともあれ、日本での最長距離G1であり、

ダービーを除けば、最も権威のあるレースとも言っていい春の天皇賞。

 

みんな、俺についてこられるもんなら、ついてきてみな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『春の天皇賞、スタートしました。ファミーユリアン、いつものように好スタート。

 1人だけポーンと飛び出してぐんぐん加速していきます』

 

『2番手9番、4番が3番手につけます』

 

『ほか有力バは中団以降か。1周目坂を下ってホームストレートへ』

 

『順位を整理しましょう。ファミーユリアン単独で逃げます。

 早くも5バ身はリードを取りました。ペースはどうか』

 

『まもなく最初の1000mを迎えます。59秒3で通過しました』

 

『9番4番が続いて、メジロデュレンここにいます。

 並んでサクラスターオー、今日は前目につけています』

 

『メリーナイスは後方から。さらにもう1人、なんと16番シリウスシンボリ、

 今日は最後方からになった。これは作戦なのか?』

 

『先頭からシンガリまで、20バ身くらいか。縦長になりました』

 

1コーナーを回った段階で、スターオーとシリウスの作戦が綺麗に別れた。

 

スターオーは有の再現を狙ったか、リアンの逃げをスローになると読んで、

前半を前目につけるという決断をした。

 

一方のシリウスは、反対にハイペースの展開になるだろうと踏み、

思い切って最後方に控えるという判断である。

 

この違いがどう出るか、現段階では誰にもわからない。

 

『さあファミーユリアン飛ばしていく。後ろとは10バ身以上離れたぞ。

 早いのか、どうなんだ? このペースでいいのか、このまま行ってしまうのか?』

 

向こう正面に入って、リアンのリードはさらに広がった。

誰も追いかけようとしない。

最後方のシリウスとは、もう100メートル以上の差が付いた。

 

『京都の第3コーナー、難所の坂を登ります。

 菊花賞の再現なるかファミーユリアン。状況は極めて似てきたぞ』

 

『あとは足が、スタミナが持ちますかどうか。

 2番手10番サクラスターオー早くも上がってきた。ますます菊花賞の再現か。

 さながらリプレイを見ているかのようだ』

 

坂を登り切ったところで、スターオーが単独2番手に上がった。

そして後方でも動きがある。

 

『外からシリウスシンボリもまくって上がってきた。3番手を窺う勢い』

 

『先頭は依然ファミーユリアン、脚色は衰えないぞ! 逃げ切ってしまうのか!?』

 

リアンが差をつけた単独先頭のまま、4コーナーの植え込みを回った。

2番手スターオーとの差はまだ10バ身以上。

シリウスが単独3番手に上がり、その後ろとはまた差が開いた。

 

『さあ逃げる、ファミーユリアン逃げる!

 後ろのサクラスターオーとはまだ10バ身以上あるぞ!』

 

『スターオー迫れるか? いやスターオー伸びない!

 スターオーここまでか? 逆にシリウスシンボリ迫る! かわして2番手!』

 

直線半ばで、スターオーの脚色が明らかに鈍った。

後方から迫ったシリウスになすすべなくかわされ、3番手に落ちる。

 

『ファミーユリアン先頭! リードは5バ身から6バ身!』

 

『シリウスシンボリ猛然と追い込んだ! 一気に差が詰まる!』

 

最後の1ハロン、さしものリアンも脚色に陰りが見える。

そこを突いたシリウス。みるみるうちに差が詰まった。

 

『必死の形相ファミーユリアン粘れるか!?

 1完歩ごとに迫るシリウス、届くか? 届くのか!?

 脚色は完全にシンボリ!』

 

4バ身、3バ身、2バ身……

 

――だが届かない。

 

『しかしファミーユリアン逃げ切った! ゴールインッ!

 菊花賞に続いて京都の長丁場を制したのはファミーユリアン!』

 

シリウスもよく追い込んだが、1バ身半まで迫ったところがゴールだった。

 

『シリウスシンボリ追い込んで2着!

 離れてサクラスターオー3着入線です!』

 

シリウスから遅れること5バ身でスターオーが3着。

4着メジロデユレンとはさらに3バ身離れた。

 

『勝ち時計3分13秒2! もう1度申し上げます。勝ち時計は3分13秒2!』

 

『レコード! 従来のニチドウタローのレコードを5秒半も縮めました!

 なんということだ。菊花賞に続いてのスーパーレコード樹立ぅ!』

 

アナウンサーも思わず声が上ずってしまうほどの勝ち時計。

当然のように日本レコードをも同時に更新している。

 

これでリアンは、2400、2500、3000、3200の4つの日本レコード保持者となった。

 

『あっとファミーユリアン、ゴール直後に前のめりに倒れ込んだ。

 大丈夫か!?』

 

ところが、歓喜のゴール直後にアクシデント発生。

 

ゴールしてすぐのところで、リアンがばたりと倒れてしまった。

予期せぬ事態に、大歓声が上がってきた場内は、瞬く間に静まり返ってしまう。

 

『スターオー駆け寄った。ゴールした各バも心配そうに横を駆け抜けていきます。

 シリウスシンボリも戻ってきた。脇にしゃがみ込みます。

 何がありましたか……心配です……』

 

追い込んだ勢いそのままに、かなり遠くまで行ってしまっていたシリウスも、

事態に気付いてすぐに取って返し、リアンのすぐ脇にしゃがみ込む。

 

ゴールの瞬間には歓声を上げた観客たちだったが、

すぐに静まり返り、固唾を飲んでその様子を見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアン先輩ッ!」

 

倒れ込んで少しの間動けなかったが、スターオーちゃんの声で我に返った。

 

「リアンッ! どうした!?」

 

遅れてシリウスもやって来たみたいだ。

2人ともえらい血相変えた声色だが、そりゃそうか。

ゴール直後に倒れれば、そりゃ心配するよ。

 

とりあえず起き上がらないとな。よいしょ……っと。

 

「先輩! 大丈夫ですか!?」

 

「うん、だいじょうぶ……疲れて足がもつれちゃっただけ」

 

「……なんだ」

 

「っち、心配かけさせやがって。大丈夫ならすぐに立ちやがれ。

 紛らわしい真似するんじゃねえよ」

 

「たはは、ごめんごめん」

 

上体を起こし、正座の体勢になったところで、2人に謝った。

本当に申し訳ない。もつれた足がみんな悪いんじゃよ。

さすがにこのペースでの3200逃げ切りは、相当ダメージが来たみたいだ。

 

「怪我ではないんですよね?」

 

「うん」

 

「急病とかでもありませんよね?」

 

「平気平気。本当にただコケちゃっただけ」

 

「ふ~っ……よかったです」

 

俺の顔を覗き込むようにして、心配そうに尋ねてきたスターオーちゃん。

2回の返答を経て、ようやく安心してくれたみたいだ。

大きく息を吐き出して微笑んでくれた。

 

「立てますか?」

 

「うん。……ありがと」

 

スターオーちゃんに手を貸してもらって、立ち上がる。

一張羅の勝負服に芝やら土やらが付いてしまった。いかんいかん。

軽く払ったところで、ハタと気づいた。

 

2人がこれだけ心配しているくらいだから、お客さんたちはもっとだよな。

そっちにもお詫びをせねば。

 

観客席のほうに向かって、深く腰を折ってぺこりと頭を下げた後、

大丈夫だとアピールするために両手を挙げて振った。

 

途端に湧き上がる大歓声。

みなさん重ねて申し訳ない。でも、勝ったどー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっ、どうやら大丈夫のようです。立ち上がって手を振っています。

 いやあ心配しました』

 

『どうやら転んでしまっただけのようですね。ひと安心です』

 

再びの大歓声の中、係員に連れられ、リアンは引き上げていった。

 

「ったく、人騒がせな奴だ」

 

「そうですね」

 

見送ったシリウスとスターオー。

困ったものだとばかりに苦笑を浮かべる。

 

「しかし、今回は完敗でした」

 

「……そうだな」

 

一転して、今度は眉間にしわを寄せる2人。

 

特に、ペース判断を誤ったスターオーのほうは深刻だった。

では勝ったシリウスにも、先着を許してしまったのだから。

 

「やっぱり強いですね、リアン先輩は」

 

「そうだな」

 

「あなたにも負けてしまいましたし」

 

「ふん」

 

そう言って笑いかけるスターオーに、

シリウスはぶっきらぼうに鼻を鳴らして目を逸らした。

 

「宝塚で再びリベンジですね。もちろんあなたにも、ですよ」

 

「はっ、言ってろ」

 

リアンが引き上げていったほうを見やりながら、

決意を新たにする2人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「放送席放送席、勝利インタビューです」

 

レース確定後、恒例のインタビューを受ける。

 

「春の天皇賞を制しましたファミーユリアンさんです。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「まずは、皆さん大変心配されていることかと思います」

 

まあそう来るよな。

絶対最初に聞かれると思っていた。

 

「お身体に異常はありませんか?」

 

「はい、申し訳ありません、ご心配をおかけしました。

 足がもつれて転んでしまっただけなので、大丈夫です」

 

「それを聞いて安心しました」

 

周りのみんなが総じてホッとしている様子がわかる。

本当すみません。スーちゃんにも怒られました。

 

「ではレースを振り返っていただきたいのですが、

 スタートからゴールまで先頭を守り通しました。

 全て予定通りですか?」

 

「そうですね、概ね上手く行ったんじゃないかと思います」

 

ハイペースで逃げたのも予定通り。

前走のことがあって、挑んでくるなら喜んで受けて立つところだったんだけど、

結局は誰もついてこなかったね。

 

磨り潰してやる気満々だったんだけどなあ。

 

「3分13秒2という、大驚愕のタイムが出たことについてはどうですか?」

 

「ええと、まあ、そこまで狙っていたわけではないので。

 ですが、結果は結果として嬉しく思います」

 

「最後はシリウスシンボリさんに迫られました。

 お気付きでしたか?」

 

「来るだろうなとは思ってました。

 最後は私も足が上がってしまったので、誰かしらは、はい」

 

「1バ身2分の1凌いだところがゴールでした」

 

「はい、ええと、危ないところでしたね」

 

言われるまで気づいてなかったのは秘密。

そこまで迫られてたのか。やるなあ、あいつ。

 

スターオーちゃんと並んできているかもしれないとも思ったけど、

今回はシリウスの底力が勝ったようだね。

 

「次走は宝塚になりますか?」

 

「はい、おそらくは」

 

「宝塚でも、圧巻の逃走劇を見せてください」

 

「がんばります」

 

「ファミーユリアンさんでした。放送席どうぞ」

 

軽く頭を下げて、インタビュー終了。

 

ふう~っ、毎回そうだけど緊張する。

このあとのウイニングライブもだ。

何回やっても慣れるものじゃないよ、まったく。

 

 

 

 

第97回天皇賞 結果

 

1着  8 ファミーユリアン  3:13.2R

2着 16 シリウスシンボリ   11/2

3着 10 サクラスターオー   5

 

 




生まれも育ちも関東なもので、
関西弁がおかしくてもご容赦ください。


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第56話 孤児ウマ娘、後輩を泣かせる

 

 

 

『ウマ娘ファンのみなさんこんにちは。

 今週も府中ケーブルテレビがお送りする、

 週刊ウマ娘放送局のお時間がやってまいりました』

 

毎度おなじみの、番組冒頭でのあいさつ。

女性キャスターがぺこりと頭を下げる。

 

『それでは早速、春の天皇賞の回顧をしてまいりましょう!

 解説の○○さん、よろしくお願いします』

 

『はい、お願いします』

 

挨拶もそこそこに、今日のメインテーマに入る。

 

『結果から申し上げますと、1着ファミーユリアンさん。

 2着シリウスシンボリさん。3着サクラスターオーさんでした。

 これについては?』

 

『上位人気の3人で決着しましたね。

 順当に実力が反映された結果ではないかと思います』

 

『ファミーユリアンさんについては、後に回すとしまして。

 先にほかのお二人について聞きましょう。

 サクラスターオーさんの走りについてはいかがでしょうか?』

 

『彼女については、完全にペース判断を誤りましたね。

 おそらくは有のときのようなレースを想定していたんでしょうが、

 それとは真逆の展開になってしまいました』

 

『つまり、スローになると読んでいたと?』

 

『はい。逃げるファミーユリアンさんを早めに捕まえたかったんだと思います。

 しかし逆のハイペースになってしまい、最後は追い上げる脚が残っていませんでしたね。

 それでも3着を確保したのは地力の高さゆえです』

 

次走でも引き続き期待できます、とスターオー評を締めた。

 

『2着のシリウスシンボリさんについてはいかがでしょうか?

 最後の脚は見事でしたね』

 

『まずは、最後方に控えたのが意外でした。予想外でしたね』

 

『同感です。私もてっきり、中団の前目くらいかと。

 スターオーさんとシリウスさんの位置取りが逆じゃないかと思いましたよ』

 

『まあスターオーさんも、最後方というタイプではありませんけどね』

 

概ね同意します、という解説者。

これまで最後方から一気、というレースをしたことはなかったため、

予想できたファンがいたかと言えば大いに疑問だろう。

 

『結果としてはそれがハマりました。出走メンバー中、最速の推定34秒9

 という上がりを記録して追い込みましたが、それでも届きませんでした。

 改めてファミーユリアンさんの強さが際立つ形となっています』

 

『はいみなさんお待たせいたしました!

 それではファミーユリアンさんについてお聞きしましょう。

 ○○さん! どうでしたか!?』

 

ちょうどよく名前が出たところで、と意気込むキャスター。

意気込み過ぎて、鼻息が少しマイクに入ってしまったのはご愛敬。

 

『強かったですね。その一言に尽きます』

 

『ですよね~』

 

『これまでも強かったですが、ここに来て完成された感があります。

 彼女につきましては、「幻惑」の二つ名が示すとおり、

 緩急自在のレース運びが魅力の一つだったわけですが、

 それすらも超越してしまったんじゃないでしょうか』

 

『……と、仰りますと?』

 

なんだか触れてはいけないようなものに触れるような感じで、

おそるおそる尋ねるキャスター。

解説者のほうも、その表情は真剣そのものだった。

 

『これをご覧ください』

 

 

12.5-11.6-11.5-11.8-11.9-11.8-11.7-11.7-12.5-12.8-

12.7-12.2-11.8-11.4-11.8-13.5 3:13.2

4F 48.5 - 3F 36.7

 

 

そう言って、手元の机上にボードを差し出す解説者。

細かい数字がいくつも印字されている。

いつかのような手書きではなく、きちんと製作されたものである。

 

『それは、天皇賞のハロンタイムですね』

 

『はい。終始先頭で逃げ切ったわけですから、すべてファミーユリアンさんが

 記録した実タイムです。注目してほしいのは、8ハロン目までの数字です。

 どうですか?』

 

『スタート以外、全部11秒台のタイムなんですね。

 ハイペースだとは思っていましたが、長距離戦でこれほどまでとは……

 確か1000mが59秒3でしたよね?』

 

『その通りです。絡んでくる子もいなかったわけですから、

 普通は自分のポジションを確立できたら、そこで後半に備えて息を入れるものですけども、

 ファミーユリアンさんはそうするどころか、逆に加速していっています』

 

『うわ、本当だ……』

 

5ハロン目が11.9である。

そこから11.8、11.7、11.7とペースを上げているのだ。

 

ようやく息を入れたのは9ハロン目になってから。

レース全体の半分をとっくに過ぎている。

それも、わずかと言っていいほどのタイムでしかない。

 

『こんなチキンレースみたいなことをされては、後ろの子はたまったものではないです。

 まあ現実に、彼女に競り掛けていく子は現れなかったんですが』

 

『セントライトの時とか、前走の日経賞を見ちゃうと、なかなか……

 ついていきたくてもいけませんよねぇ』

 

『仮についていけたとしても、途中で潰されてしまうのは目に見えています』

 

頷き合う両者。

 

特に、メジロフルマーのことを鑑みるに、

リアンに()()()()()しようとする子は、今後出てこないのではないか。

 

『その前走の日経賞と、今回の天皇賞のレースぶりを見ますと、

 他の子が追随できないようなペースで逃げて、そのまま押し切るというのが、

 確立されたファミーユリアンさんのレースなのではないかと思います』

 

『……大逃げする子は過去にもいましたけど、

 それとはまた違う感じがしますね』

 

『まったく違いますね。過去のは、牽制や展開というあやがあったものですが、

 ファミーユリアンさんの高速ラップは、最初から他の子を磨り潰そうと狙ったものです。

 それを短距離ならまだしも長距離、それも春の天皇賞でやってのけてしまったんです』

 

『……なんかもう、次元が違う話になってきましたね』

 

『実際そうです。冷静に話しているように見えるでしょうが、

 私も内心は心臓がドキドキしています。

 逃げウマ娘の完成形のような子が、ついに現れたか、と』

 

話が進むうちに、最初興奮していたキャスターが落ち着き、

というより驚きのあまり引いていき、解説者のほうが逆に、

解説に熱が入るうちに興奮して、頬が紅潮していった。

 

『ですがそんなファミーユリアンさんも、

 最後は13.5と脚が止まりかけてしまってますね』

 

『これは仕方ありません。むしろよくこれで収められたなという感想です。

 並みのウマ娘ならばこれでは済まないというか、

 ゴールまでたどり着けずに途中で競争中止するレベルです。

 とてもとても、3200なんて距離を走り切れたものではないですよ』

 

『これほどまでに落ちてしまったのは初めてですし、

 ゴール後に転んでしまったくらいですから、

 彼女にしてみても、相当に堪えたんでしょうね』

 

『あれは心配しました。何事もなかったようで何よりです』

 

全国のファンが肝を冷やしたことだろう。

それくらいの殺人的ペースであり、信じられない偉業だった。

 

『あれ、ちょっと待ってください……』

 

ここでキャスターの女性が、とあることに気付いた。

あまりのことに息を飲んでいる。

 

『勝ち時計が3分13秒2で、上がりの最後が13秒5ということは……

 3000m通過の時点のタイムが3分を切ってる……!?』

 

『……気付いてしまいましたか』

 

『え、えっと、菊花賞でファミーユリアンさんが作ったレコードって、

 いくつでしたっけ?』

 

『3分3秒2です』

 

『………』

 

解説者からの答えに、あんぐりと口を開けて固まってしまうキャスター。

 

3000mで3分切り? どういうペースだそれは。

3200のレースで3000のレコードを大幅に更新するペースで逃げ、

しかも、それでいて逃げ切って勝ってしまっただと?

 

『なんかもう、言葉が出てきません』

 

『次元の違う逃げ足……まさに異次元の逃亡者。

 そう、あなたが先ほど言われた通りのレースだったと思います』

 

『「異次元の逃亡者」……ですか。なんかこう、

 自分の発言が基になったかと思うと、光栄というか恐れ多いというか……』

 

微妙に顔が強張っているように見えるキャスター。

これがきっかけで、この新たな二つ名が浸透していくことになるとは、

まだ微塵も思っていなかった。

 

『なんにせよ、これでファミーユリアンさんは9戦8勝! 2連勝です。

 この勢いで再び連勝街道を、いつまでも先頭を突っ走っていってほしいですね!』

 

『その可能性が限りなく高いでしょう。

 彼女についていけるウマ娘が現れない限りは』

 

『ありがとうございます! 以上、レース回顧のコーナーでした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(天皇賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:まさに現役最強決定戦

 

:もちろんリアンちゃんが勝つさ!

 

:頂上対決wktk

 

:スタート!

 

:いつもの

 

:もはや定番のロケット

 

:安心して見ていられるスタート

 

:それにしても早くない?

 

:59秒3!

 

:これは早い

 

:大丈夫か?

 

:3200のレースで中距離並みのペースで飛ばすウマ娘

 

:いや2000でも早いほうだろ

 

:日経賞に比べりゃこんなもの……(汗

 

:日経賞より700mも長いんですが

 

:縦長すぎる

 

:カメラ引きすぎィ!

 

:シリウス最後方か、不気味だ

 

:このまま菊花賞の再現オナシャス!

 

:スターオー上がってきた

 

:ますます菊花賞の再現ジャマイカ

 

:その菊花賞でも、ここまでは離してなかったぞ

 

:下り坂の加速えぐい

 

:あのスピードでよくインベタできるよなあ

 

:コーナリングも抜群だよね

 

:逃げろ逃げろ!

 

:あばよとっつぁ~ん

 

:ファミーユリアン改めファミーユルパン

 

:ふざけている場合ではない

 

:でもそれなら、絶対に逃げ切れるな

 

:勝負の直線

 

:スターオー伸びない!

 

:シリウス来た!

 

:ぐえーすごい伸び!

 

:うわあああ来るなああああ!!

 

:がんばれリアンちゃん!

 

:ねばれっ

 

:あと100!

 

:逃げ切り!

 

:やたああああああああああああ

 

:うおおおおおおお

 

:おめえええええええええええ!!!

 

:なんだこのタイム!?

 

:スーパーレコード!

 

:スーパーどころじゃない

 

:総合デパート並みってか

 

:5秒半も縮めるとか……

 

:しかしひやひやした

 

:最後危なかった

 

:もう50mもあったら差されてたな

 

:ん?

 

:リアンちゃん!?

 

:どうした!?

 

:倒れて動かない……

 

:なんだ……何が起きたんだ……

 

:わからん、いきなり倒れたぞ

 

:嫌な倒れ方だった

 

:前のめりだからな……

 言っちゃ悪いが、力尽きる感じがして……

 

:スターオーとシリウスが駆け寄ってるが……

 

:あ、起きた!

 

:なんか苦笑してる?

 

:転んだだけっぽい?

 

:それだけならいいけど……

 

:スターオーとかの反応見る限り、大事はなさそうだ

 

:よかった

 

:安心した

 

:こっちが心臓止まるかと思ったよ

 

:立ち上がって手を振ってる

 大丈夫そうだな

 

:変な汗出ちまった

 

:俺も両手びっしょりだよ

 

:手ならまだいいだろ

 俺なんて全身だぜ。着替えようかな

 

:んもう人が悪いなあリアンちゃん

 

:最悪の事態想定した奴

 ……はい俺です、すんません

 

:あの倒れ方見たらしゃーない

 

:過去には、レース中やレース後に、

 心臓発作起こして亡くなった子もいるからな

 

:そうなのか……知らんかった

 

:故障するよりえぐいかもしれん

 

:レースはすんなり確定

 

:勝利インタビューきた

 

:さあ本人の口から何が語られるか

 

:ふむ、顔色は悪くない

 

:疲れてそうだけど、大丈夫そうやね

 

:結論、転んだだけ

 

:足がもつれたようには見えんかったが、

 まあ本人が言うんならそうなんだろう

 

:そうならそうで、なんですぐに起き上がらなかったん?

 

:まあ疲れててすぐには動けなかったんだろ

 

:着差1バ身1/2

 これ以上の強さを感じた

 

:結果的には、2着につけた着差としては最小だけど、

 もうそんな数字では測れない強さだ

 

:あのハイラップで3200押し切られちゃあなあ

 

:その結果が5秒以上も縮めたハイパーレコードです

 

:これもう永久不滅の時計じゃないか

 

:菊花賞以上の衝撃でした

 

:これで名実ともに日本のウマ娘トップに立った

 

:祝、現役最強!

 

:いや史上最強かも

 

:あのリアンちゃんがなあ

 

:すごい感慨深い

 

:走ることすら許されてなかった頃が懐かしい

 

:もちろん次走は宝塚か

 

:そこも勝って、次は……

 

:次は?

 

:ルドルフが果たせなかった夢を、今度こそ

 

:2人の仲が良いだけに期待せずにはいられない

 

:なんか話出てたっけ?

 

:今のところは出てない

 

:俺の妄想

 

:なんだ妄想か

 

:妄想くらいしたっていいじゃない

 人間だもの

 

:近い将来、実現しそうやな

 

:実は2人の間では、すでに話し合ってたりしてな

 

:これだけの強さだ、当然、視界には入ってくるだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてザマ晒してんねん!」

 

天皇賞の遠征から帰ってきた矢先、月曜日の放課後。

俺はタマちゃんに怒鳴られている。

 

「心臓止まるかと思うたでホンマに!」

 

「ごめんごめん」

 

「このドキドキどうしてくれんねん。

 責任取ってもらわな困るわ」

 

タマちゃんの口撃が止まらない。

いやまあ心配してくれたんだってことはわかるから、

甘んじて受けなきゃいけないところなんだけれども。

 

「いろいろな人に言われたから許して」

 

そう言って、頭を掻きながら下げる。

 

スーちゃんをはじめ、いろんな人に怒られたというか、

心配されたから、もういい加減許してちょうだい。

 

目立つところでは、まずシンボリのお父様とお母様。

レースが終わって宿舎に帰るなり電話がかかってきて、

開口一番で悲鳴に近い心配のされ方をした。

 

無事で何ともないからってどうにかなだめたら、今度はルドルフからだ。

ご両親ほど取り乱してはいなかったが、多大なる心配と静かな怒りを感じた。

 

大丈夫ならすぐに立ちあがって、皆に無事な姿を見せるべきだと。

不必要に心配をかけるべきではないって。

 

確かにそうなんだけど、あのときは瞬時には立てなかったんだよ。

さすがに疲れてたみたいでさ。身体が動いてくれなかった。

自覚はないけど、もしかすると、一時的には意識が飛んでいたのかもしれない。

 

スターオーちゃんとシリウスからも、まるで安否を確認するかの如く、

寝るまで定期的にメッセが飛んできてたし、朝起きたら

1番で部屋に突撃されるし、帰りの新幹線でも介護の人みたいになってたし。

 

シービー先輩やマルゼン姉さん、果てはTTGの大先輩たちからも、

祝辞と共に心配するメールが来てた。

 

ファンクラブの人たち、特におっちゃんからも、

怒涛の勢いでメールが着信。

返信すれどもすれども、なかなか納得してもらえなかった。

 

学園に戻ってきたら、いきなり理事長室に呼び出されてお説教だ。

いや、説教という言い方はまずいな。

まずはお祝いされて、改めて体調や怪我の心配をされたというところ。

 

ファンたちの反応も、レース場にいた人たちは、口どり式の時は

素直に喜んでいいのかわからないといったなんか変な空気感を纏っていた。

ライブはいつも通りだったけど。

 

掲示板の様子も覗いてみたが、ゴール後のあの瞬間は阿鼻叫喚だったようだ。

 

中には、最悪の事態を想像してしまった人すらいた。

いやいや何もそこまでと思ったけど、レース映像を見返してみたら、

充分に考えうる倒れ方しちゃってた。

 

……重ね重ね申し訳ない(滝汗)

 

「いいや、許さへん」

 

「タマちゃん……」

 

「次は、誰もが納得するくらい、楽勝してくれな許さへんな」

 

「……」

 

「ええな?」

 

「わかったよ」

 

どんな条件出されるのかと思ったら、すごく気遣われた。

笑顔のタマちゃんが眩しい。直視できない。

すごくすごいかわいい顔なので、もっと見たいのに、だ。

 

「次はもっと楽に勝てるようにする。約束だよ」

 

「言質とったで。破ったら針千本やからな」

 

「それも勘弁」

 

ホントにいい子だよタマちゃん。

こう言っちゃなんだが、苦労してきているだけはある。

 

「しっかし、えらい時計出してしもうたな先輩」

 

「うん、自分でもびっくり」

 

「そればっかりやな先輩。自分で自分に驚いてちゃ世話ないで」

 

そうなんだけどね。

自分のことながら、自分のしたことが信じられないんだよ。

デビュー戦の時からずっとそう。

 

今でもこれは夢で、目が覚めたら病院のベッドの上で、

足つられてるんじゃないかって本気で思うときがあるんだからさ。

 

いやそもそも、()()のヒトミミ世界で、

転生前の自分の部屋なんじゃないか、とすら思ってしまう。

 

「あれやな。先輩はもっと、自分に自信を持つべきやな」

 

「それも言われるんだけどね、なかなか」

 

「今や先輩は、G1を3勝、日本レコードを4つも持っとる、

 トップ中のトップウマ娘なんやで? そのへん自覚しいや」

 

「うーん」

 

「あかん、糠に釘、暖簾に腕押しやこれ」

 

タマちゃんのジト目が痛い。

本当にそんなこと言われても、って感じしかしないのが、我ながら心苦しい。

 

「と、ところで、タマちゃんは上手くやれてる?

 無事にトレーニングできてるかな?」

 

強引に話題を変える。

こうでもしないと、延々とこの件を責められかねないからな。

 

「まあ、トレーニングという意味では、そうやな」

 

「そっか、よかった」

 

そっちの状況を尋ねると、頷いてくれたタマちゃん。

 

入学して3週間余り。

最初の選抜レースの結果は芳しくなかったみたいだけど、

本格化の具合とかもあるから、今は気にしなくていい。

 

特にタマちゃんの場合は、モデル馬が古馬になってからの覚醒型だっただけに、

今はまだ無理をせず、基礎トレーニングに精を出す時期ということだな。

 

そんなことを、自分の経験も含めて、前に言ってあった。

もちろん史実だの実馬だのなんてことは内緒のままでね。

 

「ただ、な……」

 

「どうしたの? 何か困ったことがあったら、何でも言って?」

 

「……逆や。ここでは、何も不自由せんねん」

 

俺がそう聞くと、タマちゃんは少しためらうような仕草を見せた後、

呟くようにしてそう漏らした。

 

「ここはウマ娘のための学園なんだから、

 生徒が不自由しないようにするのは当然なんじゃない?」

 

「ちゃうねん、そういうんじゃないんよ。

 別に学園に文句言うつもりはないし、実際良くしてもろうてる」

 

何も不自然なことはない。

至極当然のことなんだが、タマちゃんには違うように見えているのか?

 

「ウチの実家、貧しいってことは話したやろ?

 ウチが美味しいごはんを何の苦労もせずに食べている間にも、

 家のみんなはまっずい冷や飯を、文句の一つも言わずに食べてるんやろな」

 

「……」

 

「そう思うと、なんかこう、胸が苦しくなってきてしもうて……」

 

……思ったよりもずっと深刻な話だった。

そっかあ、そういう風に考えちゃうかあ。

 

そういえばタマちゃんの育成シナリオも、鬼かというほど過酷でしたね。

 

問題になるほど食が細い、母親が倒れる、

模擬レース中に事故に巻き込まれてトラウマを抱える、

今度は父親が倒れる、引退すら検討する

 

あれ? そう考えると、タマちゃんと俺って、重なる部分多くね?

多いというか、そのものっぽくね?

家族がいるっていうこと以外は、信じられないくらい似てね?

 

いや、家族がいるっていう分、心情的に下手すると俺よりひどくね?

これが史実に基づいてるってんだから余計にひどい。

原作者出て来い!

 

……わかりました。

 

同じような境遇の身として、このお姉さんが優しく諭してあげましょう。

100%の経験談だから、効果あること間違いなしだよ!

 

「もともとそんな食べるほうじゃないじゃないんやけど、

 ここに来てからは、一層少食になってる気がするんよ。

 おかげで、体重が減る一方でなあ」

 

「わかった、お姉さんに任せなさい」

 

「え?」

 

とりあえずは、食生活の改善からだな。

確かタマちゃんって、貧乏故の小食が続いたせいで、

多くを受け付けられない体質になっちゃってたって感じだよな。

 

まずはそこを治さないと、何より強いトレーニングに耐えられない。

となれば、どこよりも頼りになる()()()に相談するっきゃない。

 

体重が減る一方か、ますます入学当初の俺の姿と重なる。

これはもう、お姉さんが一肌脱いであげるしかないでしょ。

 

「先輩? 急に携帯出してどうしたんや?」

 

「ちょっと待っててね? いま連絡してみるから」

 

「あ、ああ」

 

スマホを取り出し、さっそく電話をかける。

善は急げってね。

 

「もしもし、あ、お世話になっております、ファミーユリアンです。

 はい、はい、ありがとうございます。毎度突然ですいません。

 はい、また紹介したい子がおりまして……はい、はい」

 

「………」

 

「タマちゃん、今度の土曜日、空いてる?」

 

「え? ええと、特に予定は入ってへんけど……」

 

「はい、大丈夫です。では午前中に伺いますね。

 はい、ありがとうございます。それでは、また」

 

「………」

 

「やったねタマちゃん。お話聞いてくれるって」

 

「いや、何もわからへん。説明せえや!」

 

研究所と電話している間、大人しく待ってくれていたタマちゃんだったが、

勝手に話が決まったのでおかんむりだ。

まあそれはそうだな。いま説明してあげるから、もうちょっと我慢して。

 

「――というところなんだけど」

 

「……」

 

「今度の土曜日に連れて行くって約束しちゃったんだけど、

 よかったかな? 他に用事があるっていうなら変えてもらうけど」

 

「いや、予定はないからええねんけど……」

 

「けど?」

 

「そないえらいとこ、ウチなんかが使ってええんか?」

 

一通り研究所について説明すると、面食らった様子のタマちゃん。

ああ、ますます、当時の俺と同じ反応で笑えてくる。

もちろん表には出せないし出せませんよ。

 

大丈夫だタマちゃん。

貧富の差や、実績の有無なんて関係ないんだ。

 

「もちろんいいんだよ。

 病気や怪我なんかで苦しんでるアスリートを手助けするのが、

 あの研究所の存在意義だしモットーだからね」

 

「いや、しかし……カネかかるんとちゃう?

 ウチそんなカネ払えへん……」

 

「うん、当然お金はかかるけど、そうだな、出世払いということでよろしく」

 

「……」

 

そう申し出ると、タマちゃんは泣きそうな顔になってしまった。

そんな気を紛らわすべく、指をグッとしながらわざと芝居がかって明るく言ってみる。

 

もちろん相手がただのモブ娘でも、同じことを申し出てるよ。

仮に賞金を稼げなくて終わっても、請求しようなんて思わないから安心して。

なにより俺自身がそういう状態だしね。

 

「先輩……ええんか?

 先輩にそこまでしてもらう理由なんて、全然ないやん……」

 

「とある先輩の受け売りだけど、

 かわいい後輩を助けるのは、お姉さんの責務なんだよ」

 

「……」

 

「だからタマちゃんは安心して研究所通って、プログラム受けて、

 一生懸命トレーニングして、レースで勝てるように頑張ればいいの」

 

「………」

 

「いいね?」

 

「先輩……ホンマおおきに。おおきになあ……」

 

「ちょっ……こんなところで泣かないで!」

 

堪えきれなくなったのか、大粒の涙を流して泣いてしまうタマちゃん。

号泣と言って差し支えない状態になってしまった。

 

カフェテリアの衆人環境だから慌てるが、時すでに遅し。

翌日、俺が後輩を言葉責めして泣かせた、という噂が学園中を駆け巡った。

 

泣かせてしまったのは事実だけど、『言葉責め』ってなんやねん。

 

その単語選びに大いに悪意を感じつつ、生徒会や学園に、

なんて言って釈明しようかを考える俺であった。

 

 




> 永久不滅の時計じゃないか

ところがどっこい
3分12秒5っていうさらなる超時計で駆け抜けた馬がいましてね
ほら、そこのお祭り娘ですよ



うちには実装直後の無料ガチャで来てくれたタマちゃん
中距離チームレースでお世話になりました(過去形


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第57話 孤児ウマ娘、雨中を疾走する

 

 

 

『天気予報のコーナーです』

 

『このところずっと雨が続いていますね。

 今後の見通しはどうでしょうか。気象予報士の○○さん?』

 

『はい。残念ながら、状況の好転は見込めません。

 この先も全国的に、いかにもな梅雨模様という天気になりそうです。

 地域によっては雨量が増えているところもあります。

 土砂災害や水害に十分警戒してください。

 詳しく見てまいりましょう。まずは西から――』

 

 

 

最終追切と木曜会見で疲れた身体を風呂で癒してきて、

何気なくつけたテレビをそこまで見たところで、おもむろに消した。

 

まったくため息しか出ない。

テレビでも言っていたが、このところ日本中でずっと雨続きだ。

時期的にしょうがないと言えばそうなんだが、こうも続くと、ねぇ?

 

しかも、今度の日曜日には上半期の総決算、宝塚記念が控えている。

もちろん俺も出走を予定しており、昨年末の有に引き続き、

ファン投票1位での選出である。ファンには感謝しかない。

 

この分では、不良バ場での開催は必至だろう。

雨に嫌な思い出がある身としては、歓迎できる状況でないのは確か。

 

しかし、あのときとは何もかも違う。

体格もそうだし、体重もそう。なにより、能力的にも成長していると思う。

なんとしてでも、あの二の舞だけは避けたいところだ。

 

そういう意味では、通常は前日移動であるところを、

今回は前々日の現地入りになったのは僥倖である。

 

阪神レース場が初コースになることを懸念して、

スーちゃんが事前に手を回していたものだが、雨のことまで見越していたのなら、

さすがのご慧眼といったところだろうか。

 

わずかな時間だけど、土曜日の開催前の朝に、

事前スクーリングと試走させてもらえることになっている。

 

宝塚、阪神コースとなると、ルドルフの直前アクシデントが思い出されるが、

そのこともあって、スーちゃんとシンボリ家が猛烈にプッシュしたとかしないとか。

 

史実では、二度と阪神には出走させないとまで言ったらしいが、

本当のところはどうだったのかわからないし、

こっちでも噂に聞いた程度だから、定かではない。

 

なんにせよ、本番前にコースを走らせてもらえるのは大変ありがたい。

授業なんかで習った基本的な特徴などは覚えているつもりだが、

知識だけの状態と、実際に経験しているのとでは雲泥の差だと思うからね。

 

さて、明日は金曜日で、下校して早々に阪神へと移動だから、

今のうちに荷物をまとめておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜、早朝6時。

 

まだお客さんが入っていない、閑散とした阪神レース場。

コースの下見をするために、スーちゃんと一緒にターフ上へ出てきた。

 

無論、今日も朝から雨。

風がないのが救いというくらい。

 

一緒にコースを歩いてくれるというスーちゃんは傘装備だけど、

これだと1周してくるころには、足元がびしゃびしゃかもしれない。

ご迷惑をおかけします。

 

俺? 俺はいつぞやのアニメでみんなが着てた、

ウマミミ付きの合羽ですよ。

 

いま履いているのは長靴だけど、1歩踏みしめるごとに、

ぐちゅっと水が染み出してくるような状態だから、普通の靴だったら

あっというまに浸水してしまうだろうな。今から気が重い。

 

「それじゃ、コースの特徴をおさらいしながら、

 歩いて1周してみましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

スーちゃんと連れ立って歩きだす。

まずは芝2200mのスタート地点へ向かう。

 

阪神コースといえば、従来のオムスビ型が思い起こされるが、

改修されて外回りコースが新設されたんだよな。

この外回りは、右回りとしては日本最大で、1周は東京よりも長いとか。

 

その分3、4コーナーも緩やかで、紛れは生じにくい。

授業で習ったことを思い出す。

 

まあ宝塚は内回りコースなんで、外回り云々は関係ないけどね。

 

「2200mのスタートは、直線の1番奥。

 そこから1コーナーまではまっすぐで、500m以上あるわ。

 余裕をもって1コーナーに入れそうね」

 

「そうですね」

 

発走地点が最初のコーナーまで近いコースは、外枠からの発走は厳しいもんな。

逃げウマにとっては特にそう。東京2000とか京都3000とかさ。

その点、阪神2200は精神的に優しいと言える。

 

スタート地点から、ゴールへ向かって歩く。

スタンドを左奥に見つつ、右から内回りコースが合流してくる。

 

「内回り使用時の最後の直線距離は、Aコースが356m。

 Bコースがちょっと伸びて359mよ。まあほとんど差はないわね」

 

いや、ハナ差アタマ差とかの接戦になったら、

その3mの差は結構大きいんじゃないですかね?

 

ちなみに、宝塚記念はBコースで行われる。

仮柵が直線部分で3m、曲線部分で4m外側に設けられるそうだ。

 

「Bコースになるとはいえ、やっぱり内側は荒れてますね。

 芝は剥げてるしボッコボコだ」

 

「それはしょうがないわね。これだけ雨続きだし」

 

見た感じ、ところどころに芝の剥げ目はあるし、

たくさんのウマ娘が全力で駆け抜けるせいで、大きな凹凸ができてしまっている。

これに足を取られてしまっては大変だ。

 

やっぱり外目に出て行くのが正解か?

 

出来たら全レース良バ場で走りたいものだが、

屋外競技である以上、天候に左右されるのは致し方ないことだ。

それも含めてのレース展開、実力の内なのだから。

 

「明日はもっと荒れるでしょうし、いつも通り、

 作戦はリアンちゃんに任せるわ」

 

「わかりました」

 

さて、どうしますかね。

 

いいところを求めて外に行くか、それとも、

あくまで経済コースを通って最短でゴールを目指すか。

 

う~む……

 

考えながらさらに直線を進むと、徐々に()()が眼前に迫ってくる。

中山ほどではないにせよ、急であることに違いはない。

 

近くからゆっくり眺めてみると、それはさながら“壁”のようだ。

 

「残り200mからゴール前の坂よ。120mで1.8mの高低差があるわ」

 

「中山はどれぐらいでしたっけ?」

 

「中山は残り180mから、110mで2.2mよ」

 

少し気になったので聞いてみたら、すぐに答えが返ってきた。

やはり中山よりは緩い。というか、中山がきついと言うべきか。

 

中山の急坂は葉牡丹賞やセントライトなどで経験しているが、

最初は滑っての出遅れで無我夢中で覚えが無し。

セントライトの時は、あんまり意識してなかったけど、苦労した感じはない。

 

ああそうだ、有記念があるじゃないか。

でもアレも競っていたから、正直そこまで覚えてないんだよな。

参考になるのがセントライトしかないじゃないか。

 

つまり、直線向いた段階で余力さえあれば、問題ないということだな。

……なんか至極当たり前なことのような気がする。

 

というか、スーちゃんさらりと答えてるけど、

レース場のデータとか全部暗記してるのか?

阪神の特徴も、何も見ずにソラで言っているしなあ。

 

「すごいですね、全部覚えてるんですか」

 

「これくらい、トレーナーならば常識よ。

 コースの特徴を熟知してなくちゃ、作戦なんか立てられないからね」

 

突っ込んでみたら、何食わぬ顔で言ってのけるスーちゃん。

 

トレーナーってすげえなあ。

さすが東大並みの試験を突破してるだけのことはある。

 

しかし、10人に聞いて全員がすんなり答えられるのかは、甚だ疑問だ。

そりゃ阪神はゴール前に坂があるなんてことは誰でも答えられるだろうけど、

スペック上の細かい数字まで覚えているなんてことはないと思うぞ。

 

ゴールを過ぎ、1コーナー2コーナーを回って、長いバックストレッチへ出る。

 

「内回りはほとんど平坦ね。残り800mから直線にかけて

 緩やかな下り勾配が続いていくわ」

 

下り勾配なのは、先行勢に有利かも。

で、調子づいて加速していっちゃって、ゴール前の急坂で足が止まるパターン、

あると思います。気を付けないといけない。

 

仮に、この前の天皇賞みたいな展開になったとき、

あの状態ではあのとき以上に足が上がってしまうと思う。

京都は直線平坦だから助かった面が大いにある。

 

……最後の最後で、シリウスかスターオーちゃんに差し切られる画が、

いま明確に脳裏に浮かんでしまった。

 

いかんいかん、そんなイメージは要らんのだ。

見事に逃げきって見せるんだから。

それに、今回は不良バ場だ。差し切りなんてそうそう決まるもんじゃない。

 

「はい、これで1周よ」

 

「ありがとうございました」

 

そうこうしているうちに、4コーナーの合流地点に辿り着き、

スクーリングはこれで終了。

 

やっぱり実地で体験できるというのはいいね。

初コースでも、物怖じせずに臨めるよ。

 

「それじゃ、ちょっと走ってきますね」

 

「あんまり時間もないし、ゆっくり1周だけね。

 それと、力を入れ過ぎて明日に疲れを残さないように」

 

「わかってます」

 

お客さんが入る前に引っ込まなきゃいけないし、長居して風邪ひいてもいけない。

普通に梅雨寒の気温だからな。まあそれを見越して着込んできてはいるけれども。

そして毎度のごとく、釘を刺されました。

 

軽く準備運動して、ジョギング程度の速度で走り出した。

スタンド前を通り過ぎる。

 

明日の午後、大勢の観客でいっぱいになった光景を、俺は先頭から見られるだろうか。

お客さんたちの大歓声を、先頭で受けられるだろうか。

 

すべては自分次第だ。

 

「……」

 

顔に当たる雨を感じながら、俺はコースを1周した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第29回宝塚記念、パドックに参りましょう』

 

『最初にご紹介するのはもちろんこの娘、2番ファミーユリアンです。

 現在支持率73%で堂々の1番人気です』

 

『春のこの2戦がものすごく強いレースをしましたからね。

 これだけの支持率になるのも当然といったところでしょう』

 

『道悪はどうでしょう?』

 

『2戦目の葉牡丹賞は、発表こそ稍重でしたが、

 実際のバ場はドロドロの状態だったようです。ですが問題なく勝ってますから、

 少なくとも不利に働くことはないのではないかと思います』

 

 

……好き勝手言ってくれるなあ。

 

何が『問題なく』だ。大ありでしょうよ。

アレだけ滑って盛大に出遅れてるんだぜ?

結果のみを見るとそう見えてしまうのか。

 

不利にはならない?

精神的には大いにマイナスだけどな!

またどこかで滑ったりしないかってヒヤヒヤしてるんだ。

 

まったく、いい気なもんだぜ。

息を吐き出しつつ奥へと引っ込む。

 

(お疲れ様です、リアン先輩)

 

(ありがと)

 

その途上、出番を待っているスターオーちゃんと目が合ったので、

軽くコンタクトを取っておいた。

 

スターオーちゃんは本当癒し。心のオアシスだーね。

同じレースを走るライバルだけど、実際に走るとき以外は、

こうやって心中を察してなだめてくれるからさ。

 

もう毎回一緒に出走してほしいくらいだよ。

 

 

『9番ニッポーテイオー、2番人気です』

 

『前走、安田記念を制して3勝目のG1となりました。

 ファミーユリアンとは初対決になります。いかがでしょうか?』

 

『勢いはあります。しかし、この距離は若干長い気もしますし、

 大阪杯で敗れているサクラスターオーを物差しにしますと、

 少々苦しいかなという感想ですね』

 

 

マイルの帝王、ニッポーテイオーか。

放送でも言っているように、彼女とは初めての対戦になる。

はたしていかがなものだろうか?

 

マイルだけでないことは、その戦績が物語っている。

秋の天皇賞を制しているし、史実ではこの宝塚で2着のはず。

逃げに近い先行脚質なのも見逃せない。強力なライバルだ。

 

 

『3番人気は、14番サクラスターオーです。

 前々走の大阪杯で1着、前走天皇賞では3着でした』

 

『しっかり仕上がってますね。前走で離された敗戦だったので

 少し人気を落としていますが、実力的には引けを取りません。

 要注意でしょう』

 

 

今しがた目が合ったスターオーちゃん。

 

いや、注意では済まん。

この距離では彼女のほうに分があるとすら思えるくらいだ。

 

のときのような先行策で来るか、

それとも思い切った後方待機で来るのか、始まってみないとわからない。

 

 

『4番人気、15番シリウスシンボリです。

 前走、春の天皇賞では、ファミーユリアンをあと一歩のところまで追い詰めました。

 今回はどうなるでしょうか』

 

『これだけの不良バ場ですから、後方一気というのは考えづらいところです。

 どういう作戦を取るのか見ものですね。

 状態としては良い意味で平行線ですね。問題ありません』

 

 

確かに、シリウスがどういう位置に陣取るかは注目だ。

ある意味、1番わからないのが奴だからな。

誰もが思いつかないような奇策に打って出てくるかもしれない。

 

田んぼ状態だったダービーを圧勝した

道悪巧者でもあるし、警戒しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『降り続く雨が、阪神レース場のターフを濡らしています。

 ここに来て雨脚が一層強まってまいりました。

 第29回宝塚記念、まもなく発走となります』

 

発走を前にして、さらに強まる雨。

実況席からは、発走地点すら霞んでしまっているくらいである。

 

『バ場状態をどう見ますか?』

 

『第7レースの同条件の1勝クラス戦ですが、2分20秒台の決着でした。

 良バ場よりも7秒近く落ちるタイムです。

 もう最悪に近いレベルだと見ます』

 

『ではそんなバ場状態を踏まえて、最終的な展開予想をお願いします』

 

『はい。ファミーユリアンが逃げます。2番手3番手に、

 ニッポーテイオーとメジロフルマーが付けるでしょう。

 以下は混戦になると思います』

 

『サクラスターオーとシリウスシンボリはどう出るでしょうか』

 

『難しいですね。前目にも後ろにも付けられる2人ですから、

 始まってみないとわからない部分が大きいです。

 正直わかりません。申し訳ない』

 

『解説者泣かせの一戦というわけですね。

 さあ、スターターが台に向かいます。宝塚記念ファンファーレ!』

 

解説者もある意味、自分の仕事を放棄してしまったところで、

時計は発走時刻を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガッシャン

 

ゲート入りはすんなり完了し、降りしきる雨の中をスタート。

加速していく中で、大粒になってきた雨が嫌でも顔に当たってくるが、

そんなことは気にしていられない。

 

2番枠スタートってことで、1コーナーまではただひたすらまっすぐ……

 

ん?

 

 

『ファミーユリアン、ハナを切りますが、メジロフルマー並びかけていく』

 

 

外から猛然とメジロフルマーが並んできて、一歩も引かない構えを見せてくる。

また君か、レースが壊れるなあ。

 

出バ表を見たときからまさかなとは思ってたけど、

そのまんまの展開とは恐れ入った。

 

日経賞でのことを忘れたとは言わないよね?

それとも、それを踏まえた上で、こうして再び挑んできたというわけかな?

 

……いいねぇ、そう来なくては。

 

自分の中に、()()がそれはもう明確に、燃料を投下していった。

思わずゾクゾクと震えてしまうくらいの感覚だった。

 

いいぜ、ついてきたければついてくるがいいさ。

でもやっぱり、共倒れだけは勘弁な!

 

 

『ファミーユリアンとメジロフルマー、お互い譲らず並んで1コーナーを回ります。

 3番手5バ身離れてニッポーテイオー続きます』

 

『日経賞の再現か? バックストレッチに入っても両者譲りません。

 ファミーユリアンとメジロフルマーが後続を大きく引き離しました』

 

『2番人気ニッポーテイオーは3番手。プレジデントシチー4番手、フリーラン5番手に続いた。

 サクラスターオーはここ、ここにいます。今日も前目に付けました』

 

『その直後にシリウスシンボリ。雨のせいでしょうか、

 人気各バが前のほうにいます』

 

『1000mをいま通過。59秒1! バ場を考えるとかなりのハイペースです』

 

 

ハイペース? そんなの関係ねぇ!

今はただ、メジロフルマーとの先頭争いを楽しみたい。

 

 

『レースは3コーナーから内回りコースへ。

 先頭は依然ファミーユリアンとメジロフルマー、大きく逃げる』

 

『3番手ニッポーテイオーとは7バ身から8バ身くらい』

 

 

前回と違って、今日のメジロは一足違うな。

日経賞ではもうこのあたりで脱落していったんだが、まだその気配はない。

むしろ、気合充分という感じでついてきている。

 

距離が短いからか? あるいはこの子、雨が得意だったりする?

あの惨敗で何か得るものがあったかな?

 

なんにせよ、こっちとしても譲れないので、行けるところまで行くだけさ。

 

さてフルマーちゃんよ、俺の()()の走りについてこられるか?

超前傾走法、行くぜぇ!

 

 

『先頭の両者、ここまで全く譲らず、勝負所の4コーナーを迎えます』

 

『ファミーユリアンここで前に出た! メジロフルマーここまでか!?』

 

 

加速して離れていく瞬間、「っ……!?」っていうフルマーちゃんの、

息を飲む音が聞こえたような気がした。

ここまでこんなハイペースで逃げて、さらにそんな加速ができるのかという悲鳴。

 

もちろんそんなことを気にしている余裕なんかないし、

確かめたわけでもないから、本当にそうだったのかはわからない。

 

しかし明らかなのは、そこからの一人旅が、直線に入ってからの大歓声が、

いつも以上に気持ち良かったということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファミーユリアン先頭、今日も逃げた逃げた逃げた!』

 

『後続はどうした? 何も来ないぞ、このバ場では何も来ない!』

 

『ようやくニッポーテイオーがメジロフルマーをかわして2番手に上がった。

 その後ろはバ群でひと固まりだ。皆もがいている!』

 

多くが泥んこバ場に苦労してごちゃごちゃしている間に、

リアンは1人、坂を駆け上がる。

 

ニッポーテイオーがメジロフルマーをやっと抜いて2番手に浮上したころ、

レースは遥か前方でもはや決していた。

 

『ファミーユリアン先頭でゴールイン! 珍しく右手を挙げました。

 雨でも、初めての仁川でもお構いなし。

 まさに異次元の逃亡者ファミーユリアンですっ!』

 

実況でも触れられたように、リアンにしては珍しく、

軽くではあるが右手でポーズを取りながら入線した。

 

『ニッポーテイオー離されて2着。メジロフルマー粘って3着!

 4着に混戦から抜け出したシリウスシンボリ。

 サクラスターオーは着外の模様。バ群に沈みました』

 

2着はそのままニッポーテイオーが入った。

逃げ粘ったメジロフルマーが3着。

最後に、さすがの重バ場巧者ぶりを見せたシリウスが4着に滑り込み。

 

バ群の中でもがいていたスターオーは終始何も出来ず、

初めての二桁着順となる10着に終わった。

 

 

 

第29回宝塚記念  結果

 

1着  2 ファミーユリアン  2:13.9 不良

2着  9 ニッポーテイオー    6

3着  7 メジロフルマー     2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……勝った。

 

なんだか自分でもよくわからないうちに高揚してしまい、

ゴールするときにガッツポーズを取ってしまった。

 

ここまでそういうことは自重してきていたから、ちょっと反省。

大丈夫かな? 傲慢な奴だと思われてないかな?

 

まあそれは置いておいて、だ。

 

ゴール後、真っ先にしたことは……

お、いたいた。

 

フルマーちゃんを探すこと。

彼女は、膝に手をついて上体を倒しながら、肩で大きく息をしていた。

 

別に文句を言うつもりはないよ。

何も問題はなく勝ったんだしね。

むしろ、感謝したいくらいだったから、こうして探したわけだ。

 

今まで経験したことのなかった、あの謎の高揚感を生んでくれたのは、

間違いなく彼女のおかげだと思うからね。

 

「メジロフルマーさん」

 

「っ……! ……何か?」

 

近づいて声を掛けたら、キッと睨まれてしまった。

 

まあ無理もないか。

俺だって、同じ状況だったらこうなるよ。

だけど、一声かけなきゃ気が済まなかった。

 

美人の鋭い視線に一瞬だけ怯みかけたが、気を取り直して、

いまだ呼吸の整わない様子の彼女に、俺はこう声をかけた。

 

「いいレースだったね。ありがとう」

 

「ありが、とう……?」

 

何を言われたのか、理解が追い付かない状況のフルマーちゃん。

盛大にハテナマークを浮かべているのがバレバレだったが、

構わずに続ける。

 

「また一緒に走れるといいな」

 

「………」

 

「それじゃ、また後で」

 

いまだ再起動できない彼女をしり目に、

ライブでの再会を約束して踵を返した。

 

ちょうど係員のお姉さんもやってきてくれたわけだしね。

 

今の段階じゃ、フルマーちゃんが何着だったのか俺にはわからない。

もちろん全体の結果もそう。

しかし、雨と不良バ場だったことを除けば、良いレースだったと言い切れる。

 

その要因の一端というか、大きな要素が、

フルマーちゃん、君の存在だったんだよ。

 

君が勇気をもって挑んできてくれなければ、これほどの満足感は得られなかった。

改めて、ありがとうフルマーちゃん。

またどこかのレースで、一緒に逃げよう!

 

 

 




メジロフルマー
「ファミーユリアンさん……(キュン」

メジロデュレン
「……私もメジロで、私もいたんだけどな」

メリーナイス
「被害者の会、会員募集中です(チラッチラッ」

メジロの脳を焼いていくスタイル


メジロフルマーのイメージ

【挿絵表示】

【挿絵表示】

片側縦ロール→お嬢感
後ろ髪の「ツンツン」→ライアンの血縁感
耳飾り「カモメ」:フルマー=フルマカモメの意



最近の阪神芝2200m不良のデータが乏しい、というか見当たらなかったので、
今回はハロンタイムや上がりなどの数字を挙げるのは避けます。
意外にもこの時期で、案外重馬場になってないんですよね、宝塚。

楽しみにしてくださっている方がいらっしゃったら申し訳ない。


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第58話 孤児ウマ娘のお悩み相談室

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(宝塚記念リアルタイム視聴組の反応)

 

:まーた雨が強くなってる

 

:リアンちゃん大丈夫かな?

 

:前の雨では滑って出遅れてるからな

 

:賢いリアンちゃんのことだから、

 今度は大丈夫でしょ

 

:きのうの朝に、事前スクーリングしたって記事出てたぞ

 

:予習も万全ってわけか

 

:しかし酷いバ場だな

 同条件の第7レース、2分20秒台だったぞ

 

:2300mのレースかな?

 

:少なくとも、普段よりも100mは長いと感じさせるような

 時計のかかる酷いバ場状態ということだな

 

:すんごいパワーが必要になってそう

 

:水かきも要るかな?

 

:ファンファーレきた

 

:枠入り順調

 

:好スタート

 

:いつもの

 

:いつもの

 

:またメジロが……

 

:メジロフルマー、お前ええかげんにせえよ

 

:とはいえレースだしなあ

 

:メジロの思惑がわからん

 日経賞であれだけコテンパンにされて、なお絡んでいくのか

 

:2人で引き離していく~

 

:59秒1!

 

:不良でこれは早すぎる

 

:言うてリアンちゃんだしなあ

 

:またメジロのほうが先にばてるぞ

 

:意外と粘ってるな

 

:後ろからは何にも来ない、再び

 

:このバ場じゃ、そりゃ伸びんわ

 

:勝利!

 

:おめええええ

 

:よかよか

 

:お疲れ様でした

 

:さすがの逃げ切り

 

:フルマー3着か、すげえ粘りだった

 

:ニッポーにはかわされたけど、がんばったな

 

:そうだよ、メジロフルマーも弱くはないんだ、弱くは

 

:改めて、日経賞での撃墜ぶりが目を見張るな

 

:珍しくガッツポーズした?

 

:したな、控えめにだけど

 

:珍しいというか、初めてじゃないか

 

:何か思うところがあったのかな?

 

:そりゃロボットじゃないんだし

 

:でもホント珍しい

 

:インタビューで何か聞けるかな?

 

:不良バ場で2分13秒9ってメチャクチャ早くないか?

 

:良バ場でも出るくらいのタイムやぞ

 

:阪神2200のレコードが2分12秒1だぞ

 1.8秒しか違わん、どういうことやねん……

 

:7秒落ちって言うてたやんか

 

:つまり本来なら、2分20秒近くて当然なわけか

 そういえば第7レースが20秒台って言ってたっけ

 

:2戦目こそ滑ったけど、

 実は重バ場得意なのかリアンちゃん

 

:というより、単にスピードの違いという気もするな

 

:良バ場ならどんなタイムが出ていたことやら

 

:あー良バ場で見たかったなあ

 

:なんにせよめでたい!

 宝塚制覇おめでとうリアンちゃん!

 

:お? メジロフルマーに歩み寄って?

 

:文句付けた?

 

:リアンちゃんそんな子じゃないでしょ

 

:笑顔じゃないか

 

:メジロのほうが困惑顔

 

:何を言ったんだか気になる

 

:インタビューで突っ込んでほしいな

 

:インタビュー始まるお

 

:Q ガッツポーズが出てましたが?

 

 A 思わず気が昂ってしまいました。申し訳ないです

 

:いやいや謝らなくてもいいのよ

 

:悪いことじゃないのに

 

:むしろ貴重なものが見られて感謝じゃけぇ

 

:本当に謙虚よのう

 

:まあそこがリアンちゃんの良いところさ

 だからこうやってファンをやってるんだ

 みんなもそうだろ?

 

:おうともさ!

 

:もちのろん!

 

 

 

:ファミーユリアン、メジロフルマーにライバル宣言

 「また一緒に逃げられるといいですね」

 https://www.hucyuucatv.com/umamusumenews/*******

 

 思わず出てしまったガッツポーズには理由があった。

 

 宝塚記念でG1・4勝目を飾ったファミーユリアンだが、

 ゴール時に小さくではあるがガッツポーズを見せた。

 常に謙虚な彼女にしては珍しい行為だったが、

 それにはレース中での出来事が深く関係していた。

 

 というのも、道中はメジロフルマーに激しく競り掛けられ、

 2人で1000m通過59秒1という、不良バ場にしては、

 異例とも言えるハイペースを刻んで逃げたのが原因だ。

 

 ファミーユリアンにとっては、メジロフルマーに絡まれるのは

 日経賞に続いて2回目。菊花賞の時は、大々的に逃げ宣言をして

 わざわざ他の逃げウマ娘を封じたくらいであるから、

 普段から温厚な彼女でも内心は腹を立てていたのかと思いきや、

 むしろ歓迎したのだという。

 

 厄介とは思いつつも面白いとすら感じたそうだ。

 ついてこられるものならついてきてみろ、との心境だったとか。

 

 だからついついテンションが上がってしまい、それに伴って

 ペースも上がり、気が昂ってのガッツポーズだったとのこと。

 実は日経賞でもそうだったんですよ、

 さすがにガッツポーズまでは出ませんでしたけど、と明かしてくれた。

 

 日経賞での日本レコードの裏には、こんな話があったわけだ。

 

 挙句には、レース後にメジロフルマーに向かって、

 「良いレースだった、ありがとう。また一緒に逃げましょう」

 と声をかけてしまったんだとか。

 

 メジロフルマーからの返答は聞かなかったそうだが、

 両者が再度顔を合わせたときの展開が気になるところだ。

 

 

:ktkr!

 

:そんなこと言ってたのか、リアンちゃん

 

:なるほど、そういうことか

 

:そりゃガッツポーズも出ちゃうよね

 

:唯一自分についてきてくれたウマ娘、かあ

 

:取材元どこかと思ったら、府中CATVやんけ

 

:さすがの取材力

 

:探したけどウマ娘ニュースには載ってないやん

 独占スクープやな

 

:これからもついていくぜ府中CATV!

 

:ウマ娘放送局にも期待

 

:これを聞いたメジロ側は何を思うか

 

:現状じゃ一方的な矢印だが、はたして?

 

:聞かなかったのか、聞けなかったのか

 

:あの困惑顔が象徴してないか?

 

:ぜひとも受けてもらって、高速逃げコンビを結成してほしい

 

:受けたらもれなく自分が死にますけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上半期の総決算、宝塚記念を無事に勝利することができた。

心配してた道悪でも、特に何事もなく終わったし良かった良かった。

 

6バ身差の圧勝ならば、タマちゃんにも怒鳴られなくて済むだろう。

大手を振って帰れそうだ。

 

あとは夏休みを待つだけだよね~と思ったら、

期末テストが残ってたよねの巻。

そういえば俺たちはまだ学生だった。学生のつらいところよ。

 

宝塚と言えば、10着に沈んだスターオーちゃんは大丈夫だろうか?

 

故障でもしちゃったかと思って焦ったが、レース後に話してみた限りでは、

少なくともレース中に何かがあったというわけではないらしい。

となると、道悪が堪えたか、考えたくはないけど、衰えか。

 

ウマ娘の全盛期は、人によっては、非常に短いこともある。

本人もすごく落ち込んじゃってたんで、あまり話せなかったこともあって、

もし後者の可能性だったらとても悲しい。

 

お互い春はこれで終わりだろうし、秋シーズン、

また一緒に走れることを願うばかりだ。

 

あ、そうそう、話しておくべきことがもうひとつあってね。

取材対応もそこそこに、宿舎に戻った俺を待っていたのは……

 

数人の白衣を着込んだ人物たちだった。

 

誰だ、何事かと思ったが、なんてことはない。

俺の身体を心配したスーちゃんが手配した、医療関係のスタッフさんだった。

よく見たら、例の研究所の人もいた。

 

さすがにこの場での診断はできないので、明日は朝イチで東京に帰って、

その足で研究所に行って診てもらうことに。

学園に戻るのはそのあとになる、とはスーちゃんの弁。

もしかしたら欠席することになるかもしれないから、すでに連絡は済ませているとのこと。

 

さすがはスーちゃん、手回しが速い。

でも事前に少しくらいは知らせておいて欲しかったかな、

なんて思うのは贅沢なんだろうな、うん。

 

前回の道悪からは脚部不安を発症しちゃったから、

念には念を入れて対応しようってことなんだろうね。

 

大変ありがたくはあるんだけど、仰々しくはしてもらいたくない、

腫物を触るような対応にはなってほしくないとも思う。

心配してもらっているのは当然わかるし、無理ないことだとも思うけど、

そこはやはり、俺だけの特別対応っていうのは気が引けてしまうわけで……

 

まあスーちゃんと相談かな?

 

スタッフさんの中には凄腕のマッサージ師さんもいて、

全身くまなくほぐしてもらいました。

 

すごくきもちよかったです、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸い、前回の道悪後のような後遺症が出ることもなく、

期末テストも好成績で終えて、本当に夏休みを待つばかりとなったころ。

 

「リアン、悪いんだが、明日の放課後、

 生徒会室まで来てもらえないか。話をしたい」

 

ルドルフが部屋に帰ってきて早々、こんなことを言い出した。

 

「ああもちろん、トレーニングが終わってからで構わない」

 

「いいけど、何の話?」

 

「相談があるんだ。詳しくは明日話すよ」

 

「わかった」

 

ルドルフから相談? なんだろうな?

 

生徒会室でということは、生徒会関係だろうか。

でも役員でもメンバーでもない俺に来るということは、

簡単な話じゃないという気もする。

 

少しの嫌な予感が頭をよぎりつつも、承諾した。

生徒会からの、それもルドルフからの頼みというなら、

断るわけにはいかないしな。

 

「ん~、夏合宿前で出走予定も特にやることもないし、

 5時前には行けると思うよ」

 

「助かる。頼んだよ」

 

調子を整える程度に軽く走るくらいだからな。

1時間もあれば余裕で終わる。

それから着替えて向かうとなれば、うん、やっぱり5時くらいか。

 

お互い頷きつつ確認して、その日はそれで終わり。

 

で、翌日、放課後。

 

「ファミーユリアンです」

 

『開いているよ』

 

「失礼します」

 

予定通りにトレーニングを終え、生徒会室のドアをノック。

返事を確認してからドアを開け、中へと入る。

 

奥の執務机にルドルフの姿を確認。

室内を見回してみたが、他の役員の姿はなかった。

 

「来たよ」

 

「ああ、わざわざすまないな」

 

一声かけると、PCに向けていた視線を外し、

こちらを見て微笑んでくれた。

 

「他の人は?」

 

「今日は私だけだ。君と話をするからな」

 

「そっか」

 

「まあ座ってくれ。今お茶を淹れる」

 

「生徒会長自ら申し訳ないね」

 

「なに、造作もないことさ」

 

自室でのやり取りのように軽く挨拶を済ませ、

応接セットのソファへと腰を下ろす。

 

しばらく待っていると、お盆に湯飲みを載せたルドルフがやってきて、

お茶を双方に置くと、ルドルフも向かいへと座った。

 

生徒会室に来るのも久しぶりだな。

一時期は、毎月のように呼ばれていた時期もあって、なんだか懐かしい。

そんなことを思いながら、お茶をすすった。

 

「で、話って何かな?」

 

「ああ、その件なんだが、日を追うごとに、

 生徒会への要望が増えてきていてな」

 

「要望?」

 

どんな要望が来ているってんだ?

それが俺に何の関係があるんだってばよ?

 

「主に中等部の子たちからなんだが、

 君に色々な悩みや相談事を聞いてほしいというんだ」

 

「……は?」

 

一瞬だけど、本気で自分の耳を疑ったよ。

マジのマジで全く予想していないことだった。

 

「なに? 悩み相談? 私に?」

 

「ああ」

 

「……どういうこと?」

 

いや、マジで意味が分からない。

どういう経緯でそんな声が集まることになったのか。

そして、相談相手がなんで、よりにもよって俺なのか。

 

「サクラスターオーやタマモクロス、と言えばわかってくれるだろう?」

 

困惑して聞き返すと、苦笑したルドルフがそう切り返してきた。

 

スターオーちゃんとタマちゃん?

えーと……もしかして……

 

「衆人環境で色々と話していれば、それは筒抜けだろうさ」

 

「……あー」

 

さらに苦笑度合いを増して言ってくるルドルフ。

 

確かに、彼女たちと色々話していたのは主にカフェテリアだった。

そこで彼女たちの悩みを聞いたり、時には励ましたり、

良い先方を紹介したりしてましたわ~。

 

周りにしっかり聞かれちゃってたのね(汗)

 

「君のことだから知らないだろうが、

 君は下級生たちからは絶大な人気だぞ。

 優しくて頼りになる素敵なお姉様、だそうだ」

 

「マジで?」

 

「ああ」

 

「……まじかぁ」

 

大マジにそんなことになってるんか……

まさかまさか、どこぞの百合ものゲームみたいな展開になってるなんて、

夢にも思ってなかった。

 

「まあ話を聞かれていたことに加えて、

 先述した2人が、いろいろと吹聴して回っているようだがな」

 

「何してくれちゃってるの……」

 

おいおいおい~、スターオーちゃんにタマちゃんや。

自分が少し良い思いをしたからって、それを言い触らすのはどうなのよ?

 

スターオーちゃんとの様子は、動画も上げちゃってるから仕方ないとしても、

タマちゃんとの一連のやり取りは一応、

あんまり大っぴらにできることじゃないと思うんだけどなあ。

 

「特にタマモクロスの威力が大きいようでね。

 彼女、新入生だった上にああいう性格だろう?

 話が広まるのは早かったし、言っては何だが、

 新入生ごときがそうなら自分も、となるのは自然だろう?」

 

「……そうだね」

 

「生徒会としても、もう無視はできないところまで来ていてね。

 これを見てくれ」

 

そう言って立ち上がり、執務机のほうから何やら段ボール箱を持ってくるルドルフ。

中にはぎっしりと紙が詰まっている。

 

「これらはすべて、君との面談を望む要望書だ。

 悪いが拒否権はないと思ってくれ」

 

「……ウソでしょ」

 

つまり、中の紙の数と同じだけ、希望者がいるという事実。

 

あまりの事態に、スズカさんお決まりのセリフを漏らすしかない。

どうしろというのよ?

 

「どうすればいいの?」

 

「生徒会として、正式に相応の場を設けるから、

 相談希望の生徒たちの話を聞いてやってほしい」

 

「わかった」

 

「すまないな」

 

半ばヤケになって尋ねると、そんな答えが返ってきた。

もう受け入れるしかない。こら、謝りつつ半笑いになるのはやめろ。

 

というわけで、今度の土曜日に、

『ファミーユリアンのお悩み相談室』が開かれることが決定した。

……自分で言うのは猛烈に恥ずかしいぞ、これ。

 

「これもトップスターの避けては通れない道だ。頼んだよ」

 

だから、笑いながら言ってくるのはやめい。

はあ、まったくやれやれだぜ。

 

夏合宿前の貴重な休日だから、いろいろ予定を入れようと思ってたのに。

たとえば? えっとー、ほら、チャリティ関連のイベントとか?

冬と夏にしかできないじゃん?

 

え? 外のことよりまず内側からだろって?

アッハイワカリマシタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマちゃんっ!」

 

「あっ」

 

翌日、登校時に運よくタマちゃんを発見。

もちろん即行で突撃した。

 

「先輩、堪忍なっ」

 

彼女のほうも状況は把握していたらしく、

逃げはせずに、先手を打って両手を合わせて謝罪してきた。

 

さては、生徒会から事情を聞かれでもしたかな。

 

「クラスの子に、先輩となに話してたんやって聞かれてもうてな?

 あまりにしつこいから、ちょこ~っと、ほんまにちょこっとやで?

 話したことを少し教えただけなんや。そしたら、あっというまに……」

 

「……はぁ、もういいよ」

 

すまなそうに謝るタマちゃんを見たら、なんだか怒る気が失せてしまった。

いや、最初から責めるつもりなんかなかったけども。

 

ただ、ほんの少し、()()させてもらうだけでね?

え? 全力全開(スターライトブレイカー)

 

何を言っているのかワカリマセンネ。

 

「それより、中等部の子たちが私のことを『お姉様』って

 言って慕ってるっていうの、本当なの?」

 

「何を言うてるんや?

 とっくのとうにわかってたんやろ?」

 

「は?」

 

「ウチが入学する前から、そうやったって話やで?」

 

「………」

 

ひとつ気になったこと確かめてみる。

そしたら、またひとつ、衝撃的な事実を認識させられてしまった。

 

「え? ウソやろ? マジで知らんかったんか?」

 

「……うん」

 

「マジか! 疎いにも程があるやろ先輩!」

 

「………」

 

だってね?

 

基本的には、ルドルフとかとしかそこまで親しくは話さないし。

みんなわかってくれると思うけど、あのルドルフの口から、

そういうことが出てくるわけがないし。

 

スターオーちゃんも、自分のことはよく話してくれるけど、

俺以外のお友達のこととか、周りのことはあんまり話してくれないから。

 

あれ? もしかして、俺って……

 

浮いてる?(滝汗)

年下の子からは、高嶺の花みたいな存在だって思われてる?

 

「先輩の経歴考えたら、そらそうなるやろ……」

 

申し訳なさそうにしていたタマちゃんが、ついには呆れだした。

 

「言うのはなんやけど、出自が出自やん?

 前から動画とかで顔は広く知られとるし、

 そんな先輩が魅せるレースでの雄姿に加えて、

 後輩にも優しいってなれば、そりゃもう憧れの的やで。

 学園のアイドルやな」

 

「そそそそれなら、もっと気軽に声かけてくれても……

 わざわざ生徒会に持っていかなくたって、直接――」

 

「アホかいな! やから憧れやって言うたやろ!?

 遠くから見てるだけでも満足なんや、女子っちゅうもんは。

 自分からは声かけにくいもんやで。相手からならともかくな」

 

動揺がもろに出て、舌が回っていない。

 

しかしタマちゃんよ、自分のことは棚に上げて、よく言うねぇ。

それも入学直後に、単独で吹っ掛けてきたのはどちらさんでしたかねぇ……

 

確かにそう言われてみれば、遠巻きに視線を感じることは時々あった。

でもそれは単に、レースとかでの露出が増えたからだと思ってたし、

いわゆる有名税みたいなものかと納得してたんだけどなあ。

 

「先輩、急に身体おっきくなったし、イベントやなんやの件で、

 前にも増して『お姉さん』感が出てきてしもうたからなあ」

 

「………」

 

「ここに来て爆発してもうたんは、そのせいやな」

 

まさかの弊害発生。

いや、好意的なものだから、害というのはさすがに傲慢か?

 

「ウチが言うのもなんやけど、ウチみたいなんと話してるのが増えたしで、

 もしかしたら自分らにもワンチャンあるかも、なんて考えたんとちゃう?」

 

「……そっかぁ」

 

しかし、女に転生して育つこと18年になるが、

いまだに乙女心っていうのはよくわからん。

 

中身が実質男の存在に、『お姉さん』感を求めるとか……意味不明だって。

 

なんかそんなゲームもあったような気がするな。

あれはどう見ても女にしか見えない『男の娘』だったけど、

学園一のお姉様ってみんなに慕われてしまうってやつ。

 

そんな状況に自分が陥るとは思ってなかった。

 

兎にも角にも、お悩み相談室するしかないってことね。

……はぁぁ、やれやれだぜ。本当にもう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日、相談室当日。

 

談話室を宛がわれたので、とりあえず最初の相談者が来るのを待っている。

今日は1日相談に乗る予定で、1人10分の持ち時間で、

昼休憩を挟んで夕方まで、出来るだけ大勢の子の話を聞く、って感じ。

 

時間が短いので、質問相談はひとつだけ。

延長はなし、満足できなくても逆恨みしない、という条件らしい。

 

それでも残念ながらあぶれてしまった子の相談は、また後日ってことになるようだ。

2回目があるの? マジかよぐえー。

 

2回で済めばいいね、とはピロウイナー副会長の弁。

マジで勘弁してくれ。

 

 

――コンコン

 

 

「はい、どうぞ」

 

「し……失礼します」

 

控えめにドアがノックされたので、返事をする。

するとゆっくり扉が開いて、1人目の相談者が現れた。

 

「ようこそ、ファミーユリアンのお悩み相談室へ」

 

「は、はい」

 

ぐわー、自分で言ってて猛烈に恥ずかしい。

だけどもう、勢いで突っ走るしかないわけよ。

 

「どうぞ座って」

 

「失礼します……」

 

着席を促して、座る様子を眺めながら、

机を挟んだ対面の相談者を改めて観察してみる。

 

大柄で、鮮やかな金髪ロングのかわいい子だ。

その見事な容姿は、モデル業でもやっていけるのでは、と思わせるほど。

スタイルも抜群によさそうである。

まだ入学してきていないゴールドシチーみたいだ。

 

それに、えっらい大人びた子だな。

年下だとは思えないくらいの雰囲気を感じる。

 

しかしその恵まれた体躯とは裏腹に、少々気弱な感じも受けた。

緊張してるせいかな?

 

「緊張しないで、って言っても無理かな」

 

「お、恐れ入ります」

 

「まずはお名前を聞かせてもらえるかな?」

 

「は、はい。中等部トウショウファルコっていいます。

 まだデビュー前です。よろしくお願いしますっ」

 

自己紹介して、ぺこっと頭を下げたこの子。

 

【挿絵表示】

 

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初っ端からネームド来ちゃったー!?

それも、つい今しがた名前を出したシチーと双璧をなす、

グッドルッキングホースじゃないか!

 

もう1人の『ファル()』が来てしまった。

あわわ、一大事だ!

 

……いかん、俺のほうが慌ててしまってはまずいな。

ここは努めて冷静に、年上の頼れるお姉さん感を前面に押し出していかないと。

 

「ファルコちゃんね、ありがとう。それで、悩み事は何かな?

 時間がないし早速聞かせてもらえるかな」

 

「はい、その……私、足の踏ん張りが効かなくてパワーが出ないみたいで。

 それに、爪が弱くてしょっちゅう割れてしまって……

 選抜レースでも成績を挙げられなくて困ってます」

 

はい、そのー、なんて言いますか~……

いきなりガチな相談来ましたねぇ!?

 

ウソでしょ……

せめて最初くらいは、もう少しマイルドなことにしてほしかったよ。

 

「ファミーユリアン先輩も、失礼ながら、

 最初は強くなかったと聞きました。

 どうやって強くなられたのか、ずっと聞いてみたくて……

 練習のコツとかあったら、ぜひ教えてくださいっ!」

 

そう言って、再び頭を下げたファルコちゃん。

 

まあ、うん。選抜レースでオール最下位取るくらいには強くなかったね。

そんな俺が言えるのは、そうだな~……

 

「足の踏ん張りが効かないんだったね?」

 

「はい」

 

「だったら、障害走とか試してみたらどうかな?」

 

「障害、ですか?」

 

「うん」

 

脚部不安で暇だった時期に読み漁ってた本に、

トレーニング論の本があったんだよね。

その中に、足元が弱いとはまた別の意味の、

『足が弱い』子に対する指導法が載ってたんだ。

 

今のファルコちゃんの悩みにも合致してると思う。

 

「それって、ハードルとか、そういう……?」

 

「そうそう。やってみたことはある?」

 

「いいえ、ないです」

 

「そっか、じゃあぜひ試してみて。

 ジャンプ力を鍛えて、特に膝下の筋力の強化を意識してみると、

 バランスが良くなるかもしれないよ」

 

「ジャンプ……膝下……」

 

俺がそう言うと、ファルコちゃんは何やら考え込み始める。

 

踏ん張りが効かないっていうのは、要はバランスが悪いってことだと思う。

ある点では力が入っても、他の点では入らないってことだから。

下肢の筋肉を鍛えれば、多少はマシになってくれるんじゃないかな~?

 

大きな筋肉である太ももやお尻に目が行きがちだけど、

脛やふくらはぎも鍛えることが重要。

特に、トレーナーが付く前の新入生が陥りやすい錯覚ではなかろうか。

 

デビュー前だというし、まだトレーナーがついてないんだろう。

教官もいるけど、それだと限界があるからね。

 

俺も最初は、坂路ばっかりやって、

バランスを悪くした末の骨折だったと思うわけよ。

もちろん疲労もあったと思うけど。

 

なんて、聞きかじりの知識を当然のことのようにして諭していくスタイル。

 

上手くアドバイスできたかな?

思い当たることが少しでもあってくれればいいんだが。

 

「わかりました、ありがとうございます!」

 

少しの間だけ考えて、顔を上げたファルコちゃん。

パアっと輝いている。

 

どうやら上手く踏ん切りがついてくれたみたいだな。

さっきまでの沈んだ表情とは大違いだ。

うん、よかったよかった。

 

「すごく参考になりました。さっそく試してみます!」

 

そう言って、ファルコちゃんは笑みを浮かべて退室していった。

笑顔の美少女というのは、それだけで存在価値があるというものだよ。

 

俺も気分が良くなった。

さあさあ、張り切って次の相談に参りましょうか。

 

 

 

 

 

午後5時。

 

「つ……疲れた……」

 

「おつかれだ」

 

ようやくにして、相談室が終了。

終わりを告げにやってきてくれたルドルフが労ってくれるが、

言葉だけじゃ非常に物足りない。

 

肉体的には疲れてないが、精神的にはものすごく疲弊した。

他人の悩みを聞くって、こんなに疲れるものなんだな……

 

今日だけで、いったい何人の相談を受けたんだか。

途中までは数えてたけど、いつしか面倒になってやめてしまった。

 

まあ俺のことはいい。

相談に来てくれた子たちの悩み事は、上手い方向へ向かってくれるだろうか。

 

「相談を終えた子たちにアンケートを取ったんだが、

 総じて好評のようだから、安心していい」

 

ルドルフがこう言うので、少しは安心した。

 

「まだ相談したい子がいるようだし、

 ぜひとも2回目をお願いしたいところだな」

 

「うげ~……ウソでしょ……」

 

「あの子たちには聞かせられないセリフに、

 見せられない姿だな」

 

机に突っ伏してしまう俺に、苦笑するルドルフ。

そんなこと言うなら、俺にも心の安らぎをくれよ~。

 

「リアン、身体を起こせ」

 

「……ん?」

 

「ほら」

 

「ん……」

 

ルドルフの言うことに従って上体を起こすと、

歩み寄ってきたルドルフに、正面から抱きすくめられた。

座っているので、胸元にすっぽりと収まる格好になる。

 

すぐに彼女のぬくもりと良い匂いに包まれて、脱力してしまう。

 

「これがご褒美では不満か?」

 

「……もう少し」

 

「仰せのままに」

 

「………」

 

なんというか、ね……

 

やっぱり心の奥底というか、本能的なところでは、

こういうものというか、母性的な接触ということに飢えているのかなと、

数々の出来事からそう思うようになった。

 

今だって、ほら、無防備な姿を晒しちゃってるし。

いつまでもこうしていたいと思ったりしてるし。

 

つくづくルームメイトがルドルフで良かったと思うよ。

部屋に戻れば、甘えたい放題だからね。

……スーパークリークの登場が少し怖い。

 

だけど、今はもう少し、この幸せを堪能させてもらうとしよう。

 

 

 

 




ルドルフママ?(違



おかげさまで本日をもちまして、
本作を投稿してちょうど1年が経ちました。

ここまでがんばってこられたのも、読者の皆様のおかげです。
引き続きよろしくお願いいたします。



2周年情報多すぎてワロスw
カツラギエース登場はうれしいけど、想定してた性格と全然違いそうでやばい。
何より社台解禁がやばい!

シービー天井でした(´・ω・`)


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第59話 孤児ウマ娘、塩対応にヘコむ

 

 

 

 

明日から恒例の夏合宿が始まる。

 

俺自身の準備はもう済んで、後は出発するだけという状況なんだが、

ひとつだけ、合宿前にやっておきたいことがあって、

そのために目的の人物をこうやって探しているわけなんだけど……

 

――お、見つけた!

 

「スターオーちゃ――」

 

「すいませんリアン先輩。

 合宿の準備で忙しいので、失礼します」

 

「あ、うん、ごめん……」

 

「ではこれで」

 

「………」

 

もちろんすぐに駆け寄って声をかけたまでは良かったんだが、

こちらが言い切る前に、体よくお断りされてしまった。

丁寧にお辞儀までされてしまっては、黙って見送るしかない。

 

もうおわかりだろうが、探していた相手とはスターオーちゃんだ。

 

宝塚記念の後、以前はあれだけ側にいようとしていた彼女が、

なぜだか俺を避けるようになっていた。

いや、避けると言うと語弊があるかな。

 

話しかけてもどこか上の空な感じで、どことなく元気がなかった。

そりゃアレだけの敗戦だし、意気消沈しててもおかしくはないと思った。

しかし、それが2日3日、果ては1週間2週間と続き、

こうして1ヶ月以上がたった今日になってみても、沈んだままなのである。

 

どうにかして元気づけてあげられないかと色々考えて、

何かデザートを奢ってあげたり、遊びに連れて行ってあげようともしたんだけど、

すべて効果がないどころか、逆につらそうにお断りされてしまう始末。

 

合宿でしばらく会えなくなるから、その前に何とかって思ったんだけれども、

はい、見事に撃沈しました。

 

「……どうしちゃったんだろうなあ」

 

自然と独り言が漏れてしまう。

 

思い切って彼女の級友に聞いてみたりもしたんだけど、

本人が言っていないのに、知っていても私たちからは言えませんと、

至極当然なことを言われてしまった。

 

もちろん彼女たちにも、

スターオーちゃんがああなってしまった理由に心当たりはないという。

 

ただ、ひとつだけ確かなのは、彼女たちの前では普通だということである。

もちろん宝塚の敗戦を気にしている素振りはあったみたいだが、

俺の前でほどのものではなく、授業も至って普通に受けているとかって話で……

 

つまり、俺にだけ、以前と比べると異様に塩対応になってしまった、

ということになってくる。

 

まずいなあ……知らないうちに、何かしちゃってたのか?

アレだけ慕ってくれてた子が、急にこんだけ冷たくなるって、

どう考えてもおかしいよなあ……

 

宝塚の前はいつも通りだったから、きっかけは宝塚だとは思うんだけれども、

そこから先が全然わからん。

先の相談室を受けてってことじゃないけど、それが乙女心に起因するというなら、

中身がおっさんの俺に察せるはずがなく、また、理解できるわけもない。

 

「……はぁ。やれやれだ、まったくもう」

 

こんな気持ちで合宿に入らなければならないとはなあ。

だから合宿前に解決させたかったんだけど、上手くいかなかった。

 

大きくため息をつきつつ、来た道を部屋へと引き返す。

……荷物の最終確認でもするかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ごめんなさい、リアン先輩)

 

足早にリアンの前から立ち去ったスターオーだったが、

廊下の角を曲がってすぐに足を止めた。

もちろん、準備だというのは口実に過ぎない。

 

(天皇賞も宝塚も完敗だった。

 今のわたしでは、リアン先輩の隣に立つことはできません)

 

直接対決だった有記念、そして大阪杯とG1を連勝して、

少しは憧れの存在に近づけたかと思っていた。

天皇賞では負けてしまったが、この間の宝塚記念では、

中距離ならあわよくば、再び勝てるのではないかと、そう思っていた。

 

負けるにしても、もう少し接戦になるのではないかと。

 

ところが、現実は残酷だった。

雨という不確定要素があったものの、完全な力負け。

憧れの背中に近づくどころか、さらに遠くなってしまった。

 

そんな“弱い”自分では、今やウマ娘レース界の頂点に立った

“強い”リアンの隣に立つ資格はない。

親しく付き合わせてもらう権利もない。

 

(この夏合宿で、なんとしてでも、鍛え直さないと……)

 

グッと拳を握り、決意を新たにする。

 

宝塚後に、リアンが何かにつけて気を遣ってくれていたのはわかっていた。

無下にはできない、甘えてしまいたいと思いつつも、

断腸の思いで却下し、すべてを断ってきた。

 

それもこれも、再度、憧れの背中に追いつき、追い越すため。

今は耐えて、耐え抜いて、身体を鍛え直して、強くならなければ。

 

(……待っていてください先輩。

 秋の天皇賞ではまた先輩に勝って、自分の中ですべて納得したうえで、

 すべて謝りますから、今は……許してください……)

 

スターオーは、すべての未練を吹っ切るようにして首を振ると、

何かを決意したかのような表情を見せるのだった。

 

 

 

そして、合宿初日。

 

「スターオー。本当に、いいんだね?」

 

「はい」

 

担当トレーナーからの質問に、

スターオーは力強く頷いて見せた。

 

「正直、おすすめはしない。というか、やめてもらいたい。

 下手をしたら、君の脚は――」

 

「トレーナーさん」

 

トレーナーの言葉を遮ったスターオー。

睨みつけるくらいの厳しい視線を浴びせかける。

 

「わたしの心は変わりません。去年の有のときのような、

 いえ、それ以上の仕上がりになれる、厳しいメニューをお願いします」

 

予め伝えていたことだが、改めて希望を口にする。

 

それくらいしなければ、リアンには勝てない。

直接そこまでは言っていないが、誰を意識しているのかは、

火を見るより明らかであった。

 

「……わかった。そうまで言うんなら、私も君のトレーナーだ。

 最善を尽くせるように努力しよう」

 

決意の硬さに、懸念を見せていたトレーナーも折れ、首を縦に振った。

しかし、心配なことに変わりはない。

 

「ただ、後悔だけはしないようにな?」

 

「……はい」

 

再び頷いたスターオーだったが、頷く前に

一瞬の間があったことを、見逃すトレーナーではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアンちゃん」

 

追切を1本終えたところで、スーちゃんからダメ出しをもらった。

 

「走りに気持ちが入ってないわよ」

 

「すいません」

 

「何かあったの? 

 あなたのこんな弱々しい走りを見たのは初めてだわ」

 

「……」

 

咄嗟に言い返すことができなかった。

 

だって、さあ……

原因があんなことだなんて、言えるわけがないし……

 

いやその前に、自分としては、

いつもと変わらない調子で走っていたつもりなんだけどね。

パッと見でわかるくらいダメだったのか?

 

「どこか具合が悪いのなら、正直に言ってちょうだい」

 

「いえ、身体が悪いわけじゃないんです」

 

「じゃあ、精神的なこと?」

 

「う……」

 

「図星か」

 

「………」

 

ものの見事に、誘導尋問に引っかかってしまった。

口の上手さでも、人生経験でも、この人に敵うわけがない。

 

「うーん、どうしたものかしら」

 

「………」

 

何やら思案し始めるスーちゃんに、俺は何も言えない。

唯一できたのは、視線を逸らすことだけだった。

 

「走るのが嫌とか、やる気がなくなった、ってわけじゃないのよね?」

 

「はい、そうじゃないです」

 

「うーん、燃え尽き症候群とも違うだろうし……」

 

「………」

 

またえらい仰々しい単語が出てきたな。

そんなものは、俺とは一生縁がないと思いますよ。

 

それは真の強者が、すべてをやりつくして、

本当にもうやることがない、っていうときに初めて陥るものですよ。

俺なんかがそんなものになるなんてとんでもない。

 

「とにかく、今日はもう上がりましょう。

 そんな気のない状態で走っても、無駄な疲労と故障を招くだけだわ」

 

「……すいません」

 

頭を下げるしかない俺。

 

こうなると、予定を変えざるを得ないだろうな。

なんとかしよう、しなきゃとは思うんだけど、思うほどドツボにはまっていく。

スターオーちゃんとのことがさっぱりしない限り、ずっとこんなんかもなあ。

 

つくづく、気ままな担当ウマ娘で申し訳ないです……

 

 

 

そんなこんだで、修正されたであろう合宿のメニューを、

どうにか終えたのはいいものの、スーちゃんは終始渋い顔のまま。

 

俺自身としても、ウマ娘人生で初めて、

『不調』という状態に陥っているのかもしれない。

 

そして案の定この状態は、学園が再開してからも収まることはなく。

むしろ、夏休みが明けてもスターオーちゃんの様子が変わらなかったから、

もっと悪化したかもしれず……

 

ついには秋初戦として設定していたオールカマー出走の時まで、

持ち直すことはなかったのである。

 

切実に、『やる気アップスイーツ』か

『カップケーキ』が欲しいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『G2オールカマーのパドックに参りましょう』

 

 

今年の秋は、オールカマーから始動して、

いわゆる王道路線を制覇することが目標となる。

 

普通なら秋シニア三冠を目指して、大いに意気上がるところなんだけども……

 

 

『今日も1番人気になっているG1・4勝バのファミーユリアンですが、

 ここに来て不調が伝えられていますね。様子はどうですか?』

 

『はい、追切での動きも今ひとつでしたが、

 今日もいまいち覇気が感じられませんね。状態も良くはないと思います』

 

 

解説の人に言われてしまったなあ。

まあ調子が良くないのは確かだ。

スーちゃんにも、「回避する?」って提案されてしまったくらいだし。

 

いや、回避する気は最初からなかった。

状態が悪いなら出るべきじゃないって言われるだろうし、

俺もそう思うけど、俺には走らなきゃいけない理由があるからさ。

 

自分で言うのもなんだけど、人気者のつらいところさあ(汗)

 

「……大丈夫?」

 

パドックから引っ込んだところで、心配そうに声をかけてきたのは、

同期入学で現在でもクラスメイトの、スズパレードちゃんだった。

 

去年の宝塚記念の勝ちウマで、

故障のため長らく療養していたが、このほど復帰戦を迎えた。

同期でいまだ現役を続けている数少ない面子の1人である。

 

他に見知った顔といえば、またもやマティリアルちゃんと一緒。

軽く会釈をする程度の仲だけど、もはや腐れ縁的なものを感じるな。

あとはマックスビューティちゃんとかもいるか。

 

「冷や汗出てるよ。なんなら出走取消したほうが……

 係の人、呼んでこようか?」

 

「いや、大丈夫……体調が悪いわけじゃないから」

 

「そう? 無理はしないでね」

 

「うん、ありがと」

 

同期のやさしさが身に染みる。

本当、心配ばっかりかけてすいません。

 

こんな段階で取り消したりしたら、暴動になりかねんよ(汗)

 

さて、レースだ。

どこまでやれるのかわからんが、とにかく、

今できることを全力でやるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『G2オールカマー出走16人、態勢整いました。スタート!』

 

出遅れ等はない、全員が綺麗なスタートを切る。

 

『いつものようにファミーユリアンが逃げます。

 2番手ミスブレンディ付けました。スズパレード3番手』

 

『ファミーユリアン、後続に3バ身のリードで1コーナーを回ります。

 メジロフルマーがいなければ悠々と一人旅だ』

 

すんなりハナを切ったリアンが、そのまま1コーナーへ。

引き合いに出されてしまったメジロフルマーは、何を思うか。

 

『2番手変わらずミスブレンディ、1バ身差スズパレード。

 地方大井から来たチャンピオンロード4番手。

 マックスビューティ続きます。カトリウイング7番手』

 

『マティリアルは最後方です。間もなく1000mにかかります』

 

『1000mを59秒3で通過。

 ファミーユリアンにしては遅いペースか』

 

オープンクラスでも、1000m60秒を切れば十分なペースなのだが、

すでにそれでは物足りないという風潮が、実況から受け取れる。

 

『態勢変わらず、ファミーユリアン依然先頭で4バ身程のリードを取っています』

 

『3コーナーから4コーナーへかかります』

 

『ファミーユリアン先頭で直線に入りました。

 2番手にファミーユリアンと同期のスズパレード上がってきた』

 

『ファミーユリアン逃げる、スズパレード追う。

 その後ろはチャンピオンロードとマックスビューティ並んでいるが、

 さらに後方から数人がいい脚だ』

 

前はリアンとスズパレードが完全に抜け出した。

チャンピオンロードとマックスビューティに伸びはなく、

まもなく後方から脚を伸ばしてきた数人に飲み込まれる。

 

『200を通過。ファミーユリアン、リードは2バ身。

 スズパレード必死に追いますが詰まりません!』

 

『2バ身のリードを保って、ファミーユリアン4連勝でゴールインッ!

 2着はスズパレードそのまま入りました。

 トレセン学園同期入学の2人でワンツーフィニッシュです』

 

残り200m地点で、2人の脚色は全く同じとなり、

詰まりも開きもせずにゴール板を通過した。

 

『勝ち時計は2分12秒0。ファミーユリアンまたもやレコード。

 ちょうど1年前に、自身がセントライト記念で記録したレコードを更新しました。

 さらにはハギノカムイオーが持つ日本レコードをもコンマ1秒更新しています』

 

リアンがセントライト記念で出したタイムは、2分12秒9。

それをコンマ9秒更新した。

おまけに、ハギノカムイオーが保持していた日本レコードをも凌駕した。

 

『不調も何のその。本番へ向けて、これで上り調子となるか!』

 

 

 

G2 オールカマー  結果  

 

1着  ファミーユリアン  2:12.0R

2着  スズパレード      2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

はぁ~、しんど……

普通に走っただけのつもりなのに、この疲労感は何だ?

これが不調の影響なのか?

 

超前傾走法も上手くいったのかよくわからんし……

 

「リアンさん」

 

「……パレードさん」

 

ゴール後、肩で息をしつつターフビジョンで映像を確認していると、

スズパレードちゃんから声がかけられた。

 

そういや、彼女は久しぶりの出走だったな。

復帰戦でこの走りなら、充分な出来なのではなかろうか。

 

「やっぱりあなたは強いわね。

 全力で追ったのに、差が全然詰まらなかったわ」

 

「復帰戦で、完調じゃなかったからじゃない?」

 

「ふふ、そういうことにしておいてあげる。

 天皇賞で見返してあげるわ」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

「じゃ、またあとで。

 ……そうそう、お節介なようだけど、ひとつだけ」

 

そう言って引き上げようとしたパレードちゃんだったが、

去り際にもう一言だけ残していった。

 

「人の心配する前に、自分の心配しなさい?」

 

「……うん」

 

「それじゃ、ライブでね」

 

手をひらひらさせつつ、去っていったパレードちゃん。

 

確かに、他人の心配してる場合なんかじゃなかったな。

はぁ、やれやれだぜ……

 

俺は頷くことしかできずに、係員が来るまで、その場から動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(オールカマー・リアルタイム視聴組の反応)

 

:リアンちゃん調子悪そう

 

:悪いとは聞いてたが、相当悪そうだな

 

:追切からして、宝塚前のと比べると一目瞭然だもん

 

:無理して出てこなくてもよかったのに

 

:それはそれで、ぶっつけ本番ってのも不安だな

 

:半年ぶりぶっつけでも実績あるリアンちゃんだから、

 俺は回避してくれたほうが良かったな

 

:休み明けでもしっかり走ってくれるタイプでもあるしな

 

:まあ外野は何とでも言える

 

:叩き一変を期待

 

:俺らはただ応援するだけよ

 

:さあスタート

 

:いつもの一人旅(久しぶり

 

:メジロフルマーがいなけりゃ気が楽だ

 

:競ってきたのあいつだけだしなあ

 

:宝塚の時のリアンちゃんの誘い、

 フルマー側から回答あったの?

 

:まだ音沙汰なし

 

:少なくとも情報が出回ってはいないな

 

:そもそも次に一緒になるのがどこかわからんし

 

:フルマーは天皇賞出るのか?

 

:次走が京都大賞典としか伝わってない

 

:レース見ろおまえらw

 

:単騎逃げで安心だからってw

 

:59秒3?

 

:普通だ

 

:普通だな

 

:平均ペースなのに驚きが出る

 

:差もついてないし、至って普通の逃げだな

 

:いつもなら、ここから広がっていくんだが……

 

:直線入っても差が広がらない?

 

:流してるのか、不調のせいか

 

:勝利

 

;しかしさらっと勝ったな

 

:もはや普通の勝利ではコメ流れなくなったなw

 

:そうか、スズパレードと同期入学なのか

 

:同期でワンツーか、すごいな

 

:あのルドルフと同世代

 

:方やこうして未だにトゥインクルシリーズでトップを張って、

 方やドリームシリーズでも無敗の皇帝陛下

 

:リアンちゃんデビューが遅れたし、

 プロフィール見ると、いまだに『成長中』ってなってるから、

 まだしばらくは衰えを気にすることもないだろうな

 

:上がシービーにカツラギ、ピロウイナーやし、

 すげえ世代が続いてるんやな

 

:普通だな。レコード?

 普通じゃなかった

 

:不調なのに完勝し、レコードを出すウマ娘がいるらしい

 

:2バ身差のレコード勝ち

 なんだろう、十分満足できる内容なのに、

 全然満足できてない

 

:奇遇だな、俺もだ

 

:俺も俺も

 

:もう普通のレコード勝ちじゃ、

 満足できない身体にさせられてしまった

 

:リアンちゃんに責任取ってもらわないとな!

 次走では前にも増した走りを期待してるよ!

 

:リアンちゃん、これでいくつレコード出したことになるのよ?

 

:日本レコード

 2200(オールカマー)

 2400(ダービー)

 2500(日経賞)

 3000(菊花賞)

 3200(春天)

 

 コースレコード

 中山2200(セントライト)

 

 ジュニアレコード

 2000(メイクデビュー)

 

 10戦9勝

 9勝中7勝でレコード更新

 

:バケモノか?

 バケモノだわ

 

:これだけレコード出したウマ娘って過去にいるの?

 

:タケシバオーが5回記録してるな

 つまり、リアンちゃんは既に新記録を出しており、

 なおも更新中というわけだ

 

:はぇ~すっご

 

:データ班乙

 リアンちゃん素晴らしい

 

:贅沢言わないから、大差のレコード勝ちがまた見たい

 

:十二分に贅沢定期

 

:大差とかレコードとか、そうそうあることじゃないんですよ

 

:もうそれが刷り込まれてしまっているんだ

 

:草

 

:天皇賞までに復調することを願う

 

:残った重賞のある主要距離は2000か

 ちょうどおあつらえ向きに秋天があるじゃないか

 

:秋天でもレコード出してもろうて、

 中距離以上の主要日本レコード制覇や!

 

 

 




不調でもレコードで完勝するスタイル
そして不穏極まりないスターオー


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第60話 孤児ウマ娘、秋天の呪いに戦慄する

 

 

10月に入って早々。

今月の選抜レースが終わって、すぐのことだった。

 

ルドルフから再び生徒会室に来てほしいと言われたので、

今度は何を言われるのかと戦々恐々しながら行ってみると……

 

「ファミーユリアン先輩、ありがとうございましたっ!」

 

「へっ……?」

 

部屋に入るなり、大声でお礼を言われた。

もちろんルドルフからというわけじゃない。

ヤツは自分の執務机に着いたまま、こっちを見つつニヤニヤしているからな。

 

お礼を言われた相手をよくよく見てみたら

 

「……トウショウファルコちゃん?」

 

「はい!」

 

この間の相談室で話を聞いたもう1人のファルコ、

トウショウファルコちゃんではないか。

 

「生徒会に無理を言って、お礼を言わせてもらいに来ました」

 

ニコニコ笑みを浮かべているファルコちゃん。

はて? 何に対しての礼だ?

 

「実は私、今回の選抜レースで1着になることが出来まして、

 スカウトも来て受けさせていただくことになりました」

 

「え、そうなんだ? おめでとう」

 

「はい! それもこれもすべてファミーユリアン先輩のおかげです。

 改めてお礼を言わせてください。ありがとうございましたっ!」

 

そう言って、深々と頭を下げるファルコちゃん。

 

いやー、もともと未勝利で終わるような器ではないんだし、

俺はほんのちょこっと、背中を押してあげただけに過ぎないよ。

聞きかじりもいいところの知識だったわけだし、努力したのは君なんだから。

 

「ちなみに、どういうアドバイスをしてもらったのかな?」

 

自席でニヤニヤしていたルドルフがこっちまで歩み寄ってきて、

笑みを浮かべたまま話に入ってきた。

 

「参考までに聞かせてもらってもいいかい?」

 

「はい会長。先輩のアドバイスに従って、練習にハードル走を加えてみたんです。

 なかなかパワーが出ないんですって相談したら、膝下の筋肉を

 意識して鍛えてみるといいよって、バランス良くなるよって言ってくれて」

 

「ほう、興味深いな。

 効果のほどは、聞くまでもないか」

 

「もう信じられないくらい覿面でした。

 始めて1ヶ月もしないうちに、自分の走りのバランスが良くなったって、

 十分すぎるほど実感できたんです!」

 

興奮気味に話すファルコちゃん。

ルドルフのニヤニヤ度合いが止まらない。

 

……横目でこっち見るのやめてくれる?

 

「タイムも格段に伸びてくれて、これならって思って

 選抜レースに出てみたら、まさかまさか勝てるなんて……うぅっ……」

 

「だ、大丈夫?」

 

「は、はい……すいません……ぐすっ……」

 

興奮するあまり、あるいは、勝利した瞬間を思い出したのか、

思わず感極まってしまったファルコちゃん。

涙でいっぱいになってしまった目元をぬぐう。

 

「ですので、ファミーユリアン先輩は私の大恩人です!

 本当に、本当にありがとうございました!」

 

「どういたしまして」

 

もう1度、ぺこっと大きく頭を下げたファルコちゃん。

成功してもらえたのならうれしいし、曲がりなりにも、

その一端を担えたというなら、これ以上の喜びはない。

 

「これに満足せずに、引き続きがんばってね」

 

「はい、もちろんです!

 デビュー戦が決まったら、お知らせしますね!」

 

素直に頷くファルコちゃん。

 

原作ではG1に手が届かなかったけど、このまま努力を続ければ、

もしや、と思わせてくれるくらいの良い笑顔だった。

 

 

 

 

 

「何事かと思ったよ」

 

「それはこちらのセリフだ」

 

ファルコちゃんが戻っていった後も生徒会室に留まり、

ルドルフと並んでソファーに腰かけ、淹れてもらったお茶をすする。

 

「彼女が喜び勇んでやってきて、

 君に会ってぜひともお礼を言いたいというのでね。

 唐突なのはすまなかった」

 

「いや、ルナの頼みなら聞くからいいんだけど。

 内容によっては嫌な顔するかもだけどね」

 

「門前払いされないだけありがたいな」

 

朗らかな笑みを浮かべながら言うルドルフ。

いやいや、俺がおまえのお願いを聞かないなんてありえないから。

シンボリ云々関係なく、親友の頼みを断れますか。

 

「詳しいことまでは聞いていなかったから、

 そこまで具体的にアドバイスしていたとは思わなかったよ。

 どこで身に着けたんだ? お婆様からか?」

 

知識の出所をルドルフはスーちゃんだと踏んだようだが、違うんだな。

 

実は彼女、理論派のように見えて考えるよりも慣れろという精神論寄りで、

こういうことだからこういうトレーニングしますよって説明はあまりしない。

菊花賞に臨む前のトレーニングのような、詳細を話してくれるほうが珍しいんだ。

 

俺も、スーちゃんのことを120%信頼しているので、

いちいち根掘り葉掘り聞き返したりもしないし。

それで今まで成果も上がってるんだから、それでいいじゃない。

 

天才にありがちな感覚的なタイプなんだろうな。

もちろん様々なトレーニング論は熟知しているだろうし、

宝塚の時にわかったように、色々なデータを溜め込んでもいる。

 

競技者として大成功し、指導者としても実績を挙げた。

つくづくすごい人だと思うよ。

 

「ほら、脚部不安で走れない時期があったじゃない?

 暇だったから、図書室でいろんな本を読んでたわけだよ」

 

「なるほど、そのときに身に着けたのか」

 

知識を得た過程を話すと、納得した様子で頷くルドルフ。

そしてこんなことを言い出す。

 

「リアンも良いトレーナーになれそうだな。

 引退後はその道を志してみるのもいいんじゃないか?」

 

「えー? 私がトレーナーに?」

 

「ウマ娘でトレーナーというのも珍しいし、

 君がお婆様に続く存在になってくれるとうれしいな」

 

何を言い出すのかと思えば……

そんなの無理に決まってるだろ?

 

「無理無理。トレーナー試験って東大並みに難しいんでしょ?

 ほんの一部のトレーニング論だけ知ってても意味ないだろうし、

 私そこまで頭良くないよ」

 

「常にベストテンに入っている身で、よく言うね」

 

「いやいや、そういうレベルの話じゃないでしょうに」

 

 

……そんな感じで、しばらく時間を忘れて、

ルドルフとの他愛のない会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度の週末が秋の天皇賞だ。

懸念だった俺の調子はどうなのかと言えば……

 

とりあえず、最悪の状態は脱したかな、という感じ。

オールカマーの時よりは良くなっていると思う、うん。

あんまり自信ないけど。

 

追切のタイムも良くなってるし、確実に良化はしてると思うんだけど……

 

スターオーちゃんは相変わらずで、ほとんど喋れてないし、

調子が上がっているという実感がまるでない。

俺ってこんなに寂しがり屋だったのかと、今更ながら自分の性格に驚くばかりだ。

 

これにはスーちゃんもお手上げ状態で、色々なことを試してくれたんだけど、

劇的に変わるというところまでには至っていない。

 

まあそもそもが一般庶民なわけだし、

プロアスリートの精神力を求められても困ってしまうわけだが。

 

そんな折、いつものように携帯で自身のスレを覗いていたら、

気になることが書かれているのに気づいてしまった。

 

「『秋の天皇賞では1番人気が勝てない』……か」

 

スレ民のデータ班によると、シービー先輩が勝つまで18連敗だったそうだ。

 

が、それも昔の話で、前述のとおりシービー先輩は勝利したし、

史実では負けたルドルフもこちらの世界では圧勝。

去年はニッポーテイオーが1番人気で快勝している。

 

18連敗のあとは3連勝なので、秋天あるある今昔物語として、

そんなジンクスなどもはや存在しないと、スレ内では盛り上がった様子。

 

今年は俺が1番人気だろうと踏んだうえで、

俺が不調なのもあって、不穏な話が出てきたのだと思われる。

 

「あんまり良い気はしないけど、まあ気にしないのが1番だな、うん」

 

気にしたら負けだ。

青葉賞のジンクスを打ち破った俺なら大丈夫。

 

……と、信じたい(十分気にしている

 

それよりも、心配なのはスターオーちゃんだ。

相変わらずな様子なのもそうだし、なにより……

 

かなりきついトレーニングを課して、自分を相当に鍛えているらしい。

前哨戦に出なかったのも、レースそっちのけで訓練していたからだとかなんとか。

 

春天、宝塚と連敗し、特に宝塚は惨敗と言っていい内容だったから、

鍛え直そうというのはわかるんだけど、必要以上に追い込んでしまってないか心配だ。

身体が強いほうじゃないから、故障の再発が怖い。

 

まあ、ジンクスの話じゃないけど、気にしすぎるのも良くない。

自身の調子が良くないだけに、他人の心配してる場合じゃないってな。

故障の話は俺にも当然当てはまるわけだし。

 

スズパレードちゃんにも言われたじゃないか。

 

そのスズパレードちゃんは、オールカマー後の具合がよろしくなく、

天皇賞は回避となってしまった。残念だ。

 

ジャパンカップで再戦しようって言っておいたよ。

 

「……っとと、いけね、時間だ」

 

ジャージに着替えて、少し時間を持て余したからネットしてたんだけど、

気付けばもうトレーニング開始時刻が迫っている。

こりゃスーちゃんがお待ちかねだぞ、急がないと。

 

「急げ~」

 

携帯をロッカーにしまってカギをかけ、小走りに駆け出す。

 

さーて、最終追切だ。

このひと追いで、また変わってくれるといいんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『秋の天皇賞、パドックです。

 出走13人、内枠から順に見てまいりましょう』

 

内側の枠番から順番に紹介されていく出走バたち。

 

『1枠1番サクラスターオー、現在2番人気です。

 かなりハードなトレーニングで仕上げてきたそうですが、どうでしょうか』

 

『相当に鍛え上げたようですね。昨年の有のときと同等か、

 もしくはそれ以上にも思えます。究極を超えた極限といった感じでしょうか』

 

陣営のコメントと同様、解説者の見立ても120%の出来ということで一致した。

スターオーの執念は実を結ぶか。

 

『3番人気、4枠5番ダイナアクトレスです』

 

『5枠8番マティリアルです』

 

間の数人の紹介を経て。

 

『さあ主役の登場です。天皇賞春秋連覇を狙います

 6枠9番ファミーユリアン、堂々の1番人気ですが、

 状態はどう見ますか。復調しているでしょうか?』

 

リアンが登場し、おなじみの横断幕もカメラにフォーカスされる。

注目されるのは、伝えられている不調が改善したのかどうか。

 

『追切の動きからもわかりますが、一時期の状態からは脱したようですね。

 しかし、まだ本調子ではないと思います。5割6割の出来でしょうね』

 

『半分強くらいの出来、と。

 当然、走りに影響は出ますよね?』

 

『もちろん。ですが彼女の地力は、まともに走れば1枚も2枚もうわ手ですから、

 これくらいの出来でも普通に勝ってしまうことは普通にあるでしょう』

 

『それこそ、前走オールカマーでは不調でありながらのレコード勝ち』

 

『ええ。ですので、1枚も2枚もうわ手と申し上げました』

 

もはや完全に別格という扱い。

不調でもレコードで駆けてしまう実力は、人々の驚愕の的となった。

 

『7枠10番、シリウスシンボリ、4番人気です。

 前走の毎日王冠のパドックでは、盛大にやらかしてしまった彼女ですが……

 今日は大人しいですね。さすがに注意されたのかもしれません』

 

『ええ、さすがに、ねぇ』

 

シリウスは前走、毎日王冠のパドックで、とんだ事件を巻き起こしていた。

 

突如として踊り出した挙句、近くにいたダイナアクトレスと

レジェンドクイーンに手足が当たり、レジェンドクイーンは鼻から出血して発走除外。

ダイナアクトレスも調子を狂わされたか、5着に敗れる結果となった。

 

レース後にトレーナーを交えて話し合ったらしいが、阿鼻叫喚の図だったらしい。

シリウス自身はどこ吹く風で2着に好走したから、余計に話がこじれたようだ。

 

それはともかくとして、出走13人のお披露目は終わり、

本バ場入場、発走へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

地下バ道の途中で、スターオーちゃんが立ち止まっている。

何をするでもなく、ただジッと佇んでいるだけ。

 

どうしたんだ、とは思ったが、その後ろ姿だけでも

なんか触れられない、触れてはいけないような何かを強く感じて、

声をかけるのも躊躇われた。

 

これまでのこともあったしな……

 

他の子たちが次々と横を通り過ぎていく中、

スターオーちゃんと俺だけが地下バ道に残される。

 

「……」

 

そうこうしているうちにスターオーちゃんが歩き出したので、

ホッとして、ある程度の距離を置いて俺も歩き出す。

 

いかんなあ……

大レースとはいえ、今まで何回もG1には出てきているのに、

俺のほうが雰囲気に飲まれてしまいそうだよ。

 

どうしたものかなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第98回天皇賞、まもなく発走を迎えます。

 展開予想をお願いします』

 

『はい。ファミーユリアンが逃げます。これは間違いありません。

 おそらくは58秒台前半、ひょっとするとそれ以上のペースで逃げるかもしれません』

 

『となると、超ハイペースは必至ですね?』

 

『そうですね。2番手にはレジェンドクイーンが付けるでしょうが、

 どれぐらい離れた2番手になるか。5バ身、いやもっとでしょうかね。

 ダイナアクトレスとサクラスターオーは中団でしょう』

 

『シリウスシンボリはどうです?』

 

『この子は読めませんねぇ。3番手も、最後方もあります。

 いずれにせよファミーユリアンが最後の直線に向いた段階で、

 どれぐらいのリードを取っているかが見ものです』

 

『彼女はそこからさらに伸びますからねぇ』

 

『ええ。最悪の状態は脱したようですし、期待しましょう』

 

『予想タイムは?』

 

『1分57秒台』

 

『57秒台!? となると、日本レコードでの決着となりますか。

 ファミーユリアン、7個目の日本レコード濃厚と申しておきましょう』

 

ここまで話したところで、満員の観客から歓声が上がる。

 

『スターターが台に向かいました。天皇賞のファンファーレです!』

 

多くの期待が寄せられる中、ファンファーレが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく発走だ。

1コーナー先のポケット地点、ゲート後方の待機所にて、招集を待つ。

 

やはり異様にドキドキしてきた。

デビュー戦のときすらこんなことはなかったのに、なんだこれ?

 

……落ち着け。落ち着くんだ俺。

何も考えず、いつも通りに走ればいいだけだ。

 

いつも通り、いつも通り――

 

「………」

 

そんな折に、ゲートを鋭い視線で見つめているスターオーちゃんの姿が、

目に入った。入って、しまった。

 

「ッ……!」

 

瞬間、言いようのない衝撃が全身を駆け巡っていった。

同時に、猛烈な不安感に襲われる。

 

だって彼女、すごい表情だよ?

今なら視線だけで猛獣をも射殺せそうだよ。

 

アニメでのスぺを目標にしたグラスなんて比じゃない。

あれどころじゃない、常軌を逸したオーラを放っている。

 

「……ぅ……」

 

声も出せない。け、気圧されてる……!?

圧倒的なプレッシャーに、冷や汗が噴き出てくる。

震えすら起こってきそう。

 

ほ、他の子たちはなんで平気なんだ?

みんな平然としてるけど……

 

どうして俺だけ――

 

「時間です。ゲート入り始めてください」

 

発送時刻を迎え、招集がかかった。

1枠1番のスターオーちゃんが真っ先にゲートへ向かう。

 

 

――ゾクゾクゾクッ……!!

 

 

「っ……」

 

文字通りの寒気に全身が震え上がった。

 

な、なんなんだよこれは……

見ちゃいけないとは思うものの、見なければとの思いに駆られる。

視線を外せない。

 

「9番、入って」

 

「……」

 

「9番?」

 

「………」

 

招集がかかっているのに、身体が動かない。

本能的にゲート入りを拒否している。

 

馬じゃないんだから、アニメでマックちゃんがゲート入りを渋っているのを見たとき、

何やってるんだとか思ったものだけど、自分が当事者になるとは……

 

「失礼、押しますよ」

 

「……ぁ……はい」

 

係の人に押されて、どうにかゲートの中へ。

セイウンスカイがやられたっけなあとか、

どこか他人事のように思いつつ、態勢の完了を待った。

 

「………」

 

待っている間に、なんか頭の中がぼ~っとしちゃって。

先ほどまでと比べれば幾分かマシにはなってきたけど、

依然強い何かに付きまとわれているような感じ。

 

あー……

早くゲート開かないかなあ……

 

 

――ガッシャン

 

 

「――っ!!!!」

 

 

しまっ――

 

 

「っく……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おやファミーユリアンどうしましたか、ゲート入りを渋っています』

 

『珍しいですねぇ。

 彼女がこんな仕草を見せるのは初めてですかね』

 

どよめきが観客たちから起こる。

いつもはすんなりゲートに収まるのに、今日に限ってなぜ?

という空気が場内を支配した。

 

これが、このあと起こる大事件の序章だったとは、誰も気づけなかった。

 

『係員に押されてファミーユリアン入りました』

 

『あとは枠入り順調です。態勢完了』

 

『第98回天皇賞、スタートし――ああっとファミーユリアン出遅れ!

 ファミーユリアン完全に出遅れてしまったぁ!』

 

スタート直後、どよめきは大きな悲鳴に変わった。

なんと圧倒的な1番人気、

それも強力な逃げウマ娘が出遅れてしまったのだから無理もない。

 

ひと呼吸遅れてスタートしたリアンだが、当然最後方となる。

 

『そしてそして先頭にはサクラスターオーが立っています!

 大きなどよめきが起こる東京レース場!』

 

そして気付けば、どういうわけか先頭にはサクラスターオーがいる。

しかも、後続をぐんぐんと引き離していくではないか。

 

『なんとなんとサクラスターオー先頭で逃げていく!?

 早くも2番手レジェンドクイーンに5バ身のリード。

 さらに広がっていきます!』

 

もはや観客たちは、驚きを通り越して困惑していた。

いまだ響き続けているどよめきが、その大きな証拠である。

 

『先頭サクラスターオー。7,8バ身離れてレジェンドクイーン2番手』

 

『3番手11番、続いてフリーラン、シリウスシンボリ5番手、

 ダイナアクトレスその後ろ、そのあと数人固まって……

 さらにその後ろ、先頭から15バ身といったところにファミーユリアン、

 最後方追走です』

 

『サクラスターオーの意表を衝く大逃げ!

 果たしてこれは作戦なのかどうか。まもなく1000mを通過』

 

『58秒2! 1000mを58秒2で通過しました。

 ハイペースで飛ばしますサクラスターオー!

 ファミーユリアンのお株を奪う走り!』

 

3コーナーに差し掛かるあたりで、観客たちもようやく事態が呑み込めてきた。

といっても、本来逃げるべきファミーユリアンが()()()におらず、

代わりに逃げているのが、脚質的に似ても似つかないスターオーだということぐらいか。

 

いまだ観客たちのざわつきが収まらない中、

レースは大欅の向こうを過ぎ、佳境へと突入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やらかした。

 

やらかした。

やらかした。

やらかした。

 

最後方を追走しつつ、脳裏に浮かんでくるのはそんな言葉ばかり。

まったく集中できてなかった。完全に意識が飛んでた。

あんな状態でスタート合わせろっていうのが土台無理な話。

 

下手すると、ゲートが開いたことにすら気付かなかったかもしれない。

 

自己判断での過度なトレーニングが祟っての骨折と並んで、

ウマ娘人生での最大級のやらかしと言っても過言ではない。

 

これはレース後、ファンの皆様に土下座でもしなけりゃいけないな……

 

なんて冗談はさて置き。

やってしまったことはもう取り返しがつかない。

ならばここからどうするか?

 

すでにレースは半分を過ぎ、動くならそろそろ動かないと、

届くものも届かなくなるだろう。

いくら直線の長い東京といえども、だ。

 

しかし、早く動けば動くほど、最後の脚色は絶対に甘くなる。

 

前の状況は、直線だったから見通せずに全くわからん。

ペースもまるで読めない。

 

……ええいっ、こうなったからには特攻で行くぞ。

レースが始まった今となっちゃ、ウジウジ考えていても仕方ない。

自分から動かなければ勝機はない。

 

となればあとは、取るべき進路をどうするか、だ。

 

大外をまくっていくか、あるいは、

開くと信じて内へ突っ込むか、ふたつにひとつ。

 

………。

 

まくったれ!

 

コーナーの緩い東京コースじゃ、内が開く可能性は低いと見た。

おまけに、今から動くんじゃ、大外からじゃないと上がっていかれない。

 

残り距離は……ちょうど800を切ったくらいか。

普段よりも少し長いが、超前傾走法ちゃんよ、よろしく頼んだぜ!

 

「おらあああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファミーユリアン動いた! 大外をまくって上がっていきます!』

 

明らかに1人だけ違う脚色で、お構いなしに外から上がっていくリアン。

あとのことは足に聞いてくれという感じだろうか。

数人のウマ娘を置き去りにしていく勢い。

 

『さあサクラスターオー先頭で直線に入った。

 リードは依然7バ身くらいある!』

 

ここで先頭のスターオーが4コーナーを回って直線へ。

後続との差は保たれたままだ。

 

『スターオー逃げる! 2番手レジェンドクイーンも必死に追う。

 中団以降の脚色はどうか? 横いっぱいに広がって400を通過。

 おっと大外からファミーユリアンすごい脚!』

 

先頭2番手の態勢が変わらない中、その他の中団勢をすっ飛ばして、

大外、バ場の中ほどから、次元の違う末脚を発揮して追い込んでくる者が1人。

 

ファミーユリアンだった。

 

『ファミーユリアン、レジェンドクイーンをかわして2番手に上がった。

 200を通過する。サクラスターオーが逃げる!

 ファミーユリアン必死に追い込む! 今までとは全く逆の展開!』

 

これまで、スターオーがリアンの前でレースをしたことはなかった。

直接対決を制した有でも、最後の最後にかわした展開なので、

この構図を見せるのは完全に初めてということになる。

 

観客たちのボルテージは、この時点で最高潮に達した。

彼らの歓声は、以後、ゴール後の()()()()までは、

実況のマイクにも地鳴りのように入り続けることになる。

 

『さあファミーユリアン届くか? 届くか!?

 スターオーまで5バ身! 残り100! 届くか? 届くのか!?』

 

残り100の時点で、両者の差はおよそ5バ身。

しかし脚色ではリアンのほうが勝っており、みるみる詰まっていく。

 

残り50。差は3バ身。

スターオーの脚は上がりかけており、勢いは完全にリアン。

しかし……

 

『サクラスターオー1バ身差逃げ切りました!

 ファミーユリアンわずかに届かず2着~!』

 

1バ身差まで迫ったところがゴールだった。

ゴール板通過後、脚色の差でリアンがスターオーをかわして前に行く。

 

『勝ち時計は1分58秒8! 上がり3ハロンは36秒5、4ハロンは48秒8。

 秋に咲いた桜! サクラスターオーやりました!』

 

時計を読み上げた直後、実況も()()を察知する。

 

『……っ! スターオー急に内にヨレた! 大丈夫かっ!?』

 

最内を走っていたスターオーが急に体勢を崩し、

内ラチにもたれかかりそうになってしまう。

 

ゴールしてすぐのアクシデントに、観客たちの声は、悲鳴に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

届か……ないっ……!

 

ゴール板通過直後に実感した。

勢いの差でスターオーちゃんの前には出たけど、それはゴール後の話。

 

……結局やらかしのせいで負けか。

まあ全部自分の責任だからしょうがない。

 

でも、脚を余しての敗戦というのは、思いのほか悔しい。

最後の最後にかわされて、という負けだった有よりも悔しいかもしれない。

 

よーしスターオーちゃん、早速で悪いが、

ジャパンカップで再戦といこう。

君もこれで決着なんて思っていな――

 

 

わあああああああっ!!!

 

 

――な、なんだ!?

 

急に聞こえてきた大音声。

しかもこれは、歓声というよりは悲鳴……

 

何かあったのか!?

急いで振り返ったその先で――

 

今まさに、体勢を崩したスターオーちゃんが内に刺さって、転びそうになっていた。

これでは内ラチに引っかかって、下手すると大転倒――

 

「!! スターオーちゃん!」

 

瞬間、身体は迷わず反応してくれた。

急ブレーキをかけて止まり、すぐさま反転して彼女のもとへ向かう。

 

かわして前に来ていたとはいえ、ゴール後すぐにスピードを緩めていたから、

彼女との距離は数バ身程度しかなかった。

今にも転倒しそうなスターオーちゃんの前に立ちはだかって、

両手を広げて彼女の身体を受け止める。

 

スターオーちゃんのスピードも完全に落ちていたので、

幸いにして、しっかりと抱き留めることができた。

 

「スターオーちゃん、しっかり! どうしたのっ!?」

 

「……リ、リアン先輩……すいません……」

 

「謝らなくていいから」

 

スターオーちゃんの額には、大量の脂汗が浮かんでいる。

声も、蚊の鳴くようなものでしかない。明らかに異変だ。

 

「あ……足が……」

 

「足?」

 

そんなスターオーちゃんが、息も絶え絶えな様子で伝えてくれた自身の異変。

 

「左足の感覚が……ありま……せん……」

 

「なんだって……」

 

感覚がない、だと……?

史実の有馬で故障したのも、左足じゃなかったか?

 

瞬時に全身の血の気が引いていった。

 

「………」

 

「スターオーちゃん? スターオーちゃん!」

 

「………」

 

目を閉じて沈黙してしまったスターオーちゃん。

ガックリと脱力して、俺へ完全に身体を預けてしまっている。

呼びかけても、揺すってみても反応がない。

 

……くっそぉ!

 

「誰かっ! 早く担架を! 誰かぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐさまレース場内の医務室に運び込まれたスターオーちゃんだが、

そこでは手に負えず、即座に救急搬送となった。

 

その後、左足繋靭帯断裂および足首の脱臼、膝関節の粉砕骨折との診断が下り、

日常生活への復帰すら困難とされ、競争能力の喪失が宣告されることになる。

 

 

 

第98回天皇賞  結果

 

1着  1 サクラスターオー  1:58.8

2着  9 ファミーユリアン    1

3着 12 レジェンドクイーン   3

 







秋天の呪いはスターオーへ……

実は、有馬でこうなる構想もあったんですよ。
でもあまりにかわいそうで、早すぎるなと思い直してやめました。
結局は同じ目に遭わせてしまったんですがね(滝汗)

秋天、1枠1番、大逃げ……うっ……(´;ω;`)ブワッ




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第61話 孤児ウマ娘、“星”に捧げるJC

いただいたコメントにはすべて目を通させていただいております。
激励の声も多くいただきました。ありがとうございます。


 

 

 

『ゴール直後の悲劇!』

 

『サクラスターオー競争能力喪失!!』

 

『あまりに大きい勝利の代償!』

 

『日常生活への復帰すら困難か!?』

 

 

翌日の各新聞の1面に吹き荒れる不穏な見出しの嵐。

どれもこれも好き勝手に書いてくれているが、事実だけに居た堪れなくなる。

自分の敗戦よりも腹立たしいことこの上ない。

 

肝心のスターオーちゃんは、もちろん即入院して手術となった。

結果的には成功し、一時は歩行すらも危ぶまれたという話だけど、

上手くいけば歩けるようにはなるって聞いた。

 

歩行不能という最悪の事態だけは回避した格好だが、競争からの引退は免れそうにない。

運命とはここまで残酷なものなのか。

 

手術後しばらく面会謝絶の状態が続いていたが、このほど解除されたと連絡があった。

もちろんすぐにも飛んでいきたいところだったけど、

こちとら学生の身で、そのうえトレーニングもある。

 

サボってでも会いに行きたい気持ちはやまやまだったが、

そこまでして行っても、逆にスターオーちゃんに心配されてしまうのではと

思いとどまり、週末まで待ってからのお見舞いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか久しぶりに会うような気がしますね、リアン先輩」

 

病室で迎えてくれたスターオーちゃんの声は、意外と明るかった。

表情も暗くはなく、サッパリしている。

 

むしろ、憑き物が落ちたかとでも言うべきか。

天皇賞までのスターオーちゃんは、何かに取り憑かれていたかのごとく。

今にして思えば、目が普通じゃなかった。

 

顔色も悪くはない。無理しているという可能性もなくはないが、

これが今の彼女なんだと自分を言い聞かせることにする。

……そうでもしないと、胸が張り裂けてしまいそうだ。

 

枕元には、勝ち取った天皇盾が置かれてある。

きっとトレーナーさんが持ってきてくれたのだろう。

 

俺も手にしたからわかる、ずっしりと重く大きな盾だけど、

今は心なしか小さく、その色つやも陰って見えるから不思議だ。

 

「あれからすごく時間がたったような、そんな気さえします」

 

そう言って微笑むスターオーちゃん。

実際に会うのはレース以来だから、数日ぶりにはなるけど、

彼女が言っているのはそういうことではないよな。

 

俺も、なんだかすごい時間がたつのが遅い1週間だった気がするよ。

 

「これお見舞いの高級ニンジン詰め合わせ。後で食べてね」

 

天皇賞前までの拒絶するような気配は消え去っていたので、

安心して声をかけることができた。

変わっていなかったらどうしようかと思ってたよ。

 

「ありがとうございます、いただきます。座ってください」

 

「うん」

 

持ってきたニンジンセットを渡して、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。

 

改めて、ベッドの上のスターオーちゃんを見てみる。

言うまでもなく、手術直後の左足は固定されているようで、

絶対安静という状態のよう。

 

()()()()の目が覚めた直後の俺の状態も相当だったが、

怪我の具合としては、俺よりもさらに数段悪いんだろうし、

なかなか心に来るものがある。

 

俺も、競技への復帰は難しいかもとは思ったけど、

スターオーちゃんほどではなかった。

 

……いかんな。少しでも気を抜くと、目頭が熱くなってしまいそうだ。

 

「まずは、謝らないといけませんね」

 

何を話したらいいかと迷っていると、彼女のほうから切り出してきた。

 

「春の天皇賞と宝塚記念での敗戦で、改めて、

 先輩との力の差を思い知らされてしまったんです。

 特に宝塚では、先輩の影すら踏めませんでした」

 

彼女にとって、初の二桁着順という大敗だった宝塚。

様子がおかしくなったのはそのあとからだから、直接のきっかけなのは間違いない。

 

「だからわたし、思ったんです。

 このままじゃ永遠に先輩には敵わない。

 先輩の隣に立っている資格すらない、って」

 

「そんなことあるわけ――」

 

「そうですよね、先輩ならそう言ってくれると思ってました」

 

資格って何だよ。

スターオーちゃんでダメなら、俺の側には誰も立てなくなっちゃうぞ。

 

思わず反論しかけるが、ニッコリ笑顔の彼女に制されてしまった。

 

「先輩の優しさに甘えてしまうのも良かった。

 ですけど、そんな甘ちゃんな自分はもう嫌だったんです。

 もうこれ以上、先輩に甘えるのはやめようって、そう思いました」

 

「……だから、距離を取ろうと?」

 

「はい」

 

「………」

 

なんて言ったらいいかな……

ちょっと極論過ぎないか、スターオーちゃんよ……

 

確かに理解はできるけど、そこまで覚悟決めなくてもいいんじゃないというか。

……いや、勝負の世界だから厳しいことは重々承知しているけれども、

交友関係を断つところまで自分を追い込む必要があったか?

 

……あったんだろうなあ。

俺なんかの思考では、到底追いつけないほどのものが。

 

「何が何でも次は先輩に勝つ。

 そう思ったからこそだったんですが……」

 

何が何でも……か。

確かにレース前のあの気迫は、鬼気迫るものがあった。

思わず身震いしてしまって、集中できずに出遅れちゃったくらいだから。

 

そういえば、スターオーちゃんが俺に憧れてくれたのも、

例のリハビリ動画をたまたま見つけてハマって、

他の動画も探し回って食い入るように見てたってことだったよな。

 

この子、これと決めると頑として譲らないというか、

思い込んだら一直線みたいなところがあるんだよなあ。

 

長所でもあるし短所でもある。

今回は全部マイナス方向へ振れてしまったかぁ。

 

「先輩には、色々と気を遣わせてしまったようですね。

 レースの結果的にも、勝てたとはいえ、この体たらくですし」

 

まあ、うん。

ことごとくお断りされてしまったからなあ。

 

「改めまして、申し訳ありませんでした。

 数々の無礼非礼、お詫び申し上げます」

 

「もういいよ。そんなことよりも大切なことがあるよ」

 

そう言って深々と頭を下げるスターオーちゃん。

ベッド上で上体を起こしている格好だから、

90度というわけにはいかないけど、今の彼女にできる最大限の謝罪だった。

 

もちろん受け入れないわけがない。

 

「やっぱり先輩は優しいですね」

 

頭を上げたスターオーちゃんは、そう言って自虐気味に笑う。

 

「トレーナーさんにも無理を強いてしまいました。

 半ば無理やりわたしのわがままに付き合わせてしまいましたからね」

 

俺も何度か顔を合わせたことがあるから、わかる。

人当たりの良いやさしそうな人だからなあ。

ぜひともと頼み込まれては、断り切れなかったんだろう。

 

彼もきっと、本心ではこんなことはしたくなかったんだと思う。

 

「契約解除しても構いませんって言ったら、逆に怒られてしまいました。

 それでは怪我したからって見捨てたみたいに言われるって。

 逆効果にしかならないし、そんなつもりもないって。

 確かにトレーナーさんの仰る通りだなって」

 

自虐度合いがさらに増していく。

 

「わたしってば、つくづくダメな子ですね。

 やることなすこと全部、悪いほうへ行っちゃって……」

 

「そんなことないよ」

 

「いいんです。自分が1番よくわかってますから」

 

一部には、故障するほどの過酷なトレーニングを強いた、

として彼を非難する声も上がっているというが、

術後のスターオーちゃん自身が即座に出したコメントで否定したことで、

世間的には落ち着きを見せている。

 

スターオーちゃん自身の希望だったことが何より。

だがそれでも、トレーナーとして、1人の大人として、

少女の暴走を止めるべきだったという批判もあるにはあった。

 

いずにせよ、一概に言い切れることではない。

無関係の外野ならばなおさらだ。

 

それはともかく、俺も君に謝らないといけないことがあったんだった。

 

「私もスターオーちゃんに謝らないとね」

 

「リアン先輩が、わたしに?」

 

「うん。出遅れちゃって、ごめんね」

 

100%の力を出し切った真剣勝負ができたかと言えば、疑問符がついてしまう。

もしかしたら、スターオーちゃんと一緒に走るレースは

あれが最後になるかもしれないと思うと、謝らずにはいられなかった。

 

「出遅れ? そう言われてみれば、

 前にいるかと思っていた先輩がいませんでしたね」

 

虚を衝かれたような感じのスターオーちゃん。

今の今まで気付いてなかったんかーい。

 

「映像は見てませんし、レース中のことは正直、そこまで覚えてなくて……

 気が付いたらゴールしていて、足に激痛が走ったと思ったら、

 先輩に抱きかかえられていて……」

 

「あ、ああいい、思い出さなくていいから」

 

「す、すいません」

 

みるみる青くなっていくスターオーちゃんの顔。

 

慌ててやめさせた。

つらい記憶を無理に思い起こすことはない。

 

「でも先輩が謝る必要はないじゃないですか。

 出遅れなんて誰にでも起こりうることですし、

 結果論になってしまいますよ」

 

「そうなんだけどね……」

 

理由が理由だけになあ。

気になっちゃって仕方なかったのよ。

 

「発走前のスターオーちゃんの様子すごかったから、

 妙に気圧されちゃってね……

 そのせいか、心が落ち着かなくなっちゃってさあ。

 いや、あくまで集中保てなかった私が悪いんだけどね」

 

「……そうだったんですね」

 

茶化すつもりで言ったんだけど、スターオーちゃんはショックを受けている様子。

いや、事実は事実なんだけど、そこまで責任感じなくても――

 

「重ね重ね、申し訳ありません」

 

再び頭を下げるスターオーちゃん。

改めて、俺のパフォーマンスにまで影響を及ぼしてしまっていたことに気付いて、

愕然としているようだった。

 

「……すべて自業自得ですね。

 先輩と一緒に逃げられる、最初で最後のチャンスを自分で潰したと」

 

「え」

 

そ、そうなの?

俺が出遅れたから、咄嗟の作戦変更で大逃げしたんじゃないのか?

 

「この際だから白状します。

 先輩と一緒に逃げて、文字通りの直接対決するつもりだったんです。

 そのために色々と鍛えたんですから」

 

そうだったのか……

 

懸念のひとつに、俺が出遅れたから大逃げに変更して、

無理がたたった結果の故障だったんじゃないかというのがあったんだが、

深読みしすぎていたようだ。

 

しかしまあ、自身の脚質を無視してまでとは。

そこまでするとはなあ。

 

「まともにぶつかっては勝てないって、思い知らされましたから。

 それに……」

 

「それに?」

 

……メジロフルマーさんが羨ましかったですし

 

「……え?」

 

いまなんて?

よく聞き取れなかった。

 

「や、やっぱりなんでもないです!」

 

「あ、うん」

 

自分で言っておいて自分で否定するスターオーちゃん。

心なしか顔が赤くなっているような気がするけど、大丈夫か?

 

「もう1度謝罪させてください。本当にすいませんでした」

 

「わかった。もういいから、これで水に流そう」

 

「はい……」

 

気を取り直したスターオーちゃんが、3度頭を下げる。

ここまでしてもらえたんだから、もうこれで手打ちにしよう。

手痛すぎる報いも受けているんだから。

 

「次のジャパンカップだけどさ」

 

「今年の凱旋門賞を勝ったトニービンさん、来るって話ですよ」

 

「そうみたいだね」

 

話が一段落したところで、重くなった空気を換えるために話題も変える。

 

ジャパンカップ最大の目玉は、今年の凱旋門賞を制したトニービン。

史実と同様にこっちでも参戦を表明していて、出走してくるのが確実だ。

 

他にも、史実の勝者アメリカのペイザバトラー、

イギリスなどでG1・2勝の強豪ムーンマッドネスなどが招待を受諾、

来日の予定である。

 

すでに来日して、ステップとして富士ステークスを使い、

勝った子すらいるのが現状だ。

 

「強敵ですけど、負けないでくださいね?」

 

「もちろん」

 

スターオーちゃんの応援に、力強く頷いて見せる。

嫌われたんじゃないってわかった以上は、これ以上の励ましはないよ。

 

「私の2回の敗戦は、どっちもスターオーちゃんだからね。

 この先これ以上、先着を許す気はないよ。ましてや君以外にはね」

 

「わたしなんかには過分なお言葉ありがとうございます。

 わたしが言うのもなんですけど、そう願っています」

 

そう言うと、わずかではあるが笑みを見せてくれた。

しかし不意にその表情に影が差す。

 

瞬間的に、これはまずいと思った。

 

「あの、リアン先――」

 

「ところでスターオーちゃん、何かしてほしいことない?」

 

「……あ、はい、そうですね……」

 

「今なら出血大サービスで何でもやっちゃうよ!」

 

無理やり遮って話を変える。

ここで彼女に主導権を渡したら、

取り返しのつかないことになりそうな気がして。

 

「ほらほら、何でも言ってごらん!」

 

「あはは……どうしようかな」

 

強引な俺の態度に困って苦笑するスターオーちゃん。

 

でもそれだけはダメだ。自分で口にしてしまったが最後、

本当に何もないもぬけの殻になってしまうよ。

 

気持ちの整理が大変だろうけど、決して諦めないで頑張ってほしい。

手前勝手だと思われようと何だろうと、切実にそう願う。

 

結局この日のこれ以降は、その目的のために奔走することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はこれで上がりね」

 

「はい」

 

ジャパンカップまでの中間トレーニング。

とはいえ期間がそこまであるわけじゃないから、

できることには限りがあると思うけど。

 

「先週までとは見違える動きね」

 

スーちゃんが驚いている。

 

「何があった、なんて聞くだけ野暮かしらね?」

 

「はあ」

 

そして、これでもかというくらい苦笑した。

 

まあ、はい。

自分でも驚くというか、非常に現金だとは思うんですけど、

やっぱりメンタル面ってのは大きいんだなあと。

 

「とにかく、今度は負けられないからね。

 これまで以上に気合入れていくわよ」

 

「はい」

 

言われるまでもない。

 

トニービンをはじめとする海外のウマ娘たち、

大和魂を見せてやるから、首洗って待っとけよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャパンカップ、レース2日前の金曜日。

 

「やあやあスターオーちゃん、調子はどうかね?」

 

「リアン先輩、いらっしゃい」

 

ダービー時のルドルフが俺を見舞ってくれた時のように、

俺は再度、スターオーちゃんのお見舞いにやってきた。

 

スターオーちゃんは笑顔で迎えてくれつつも、

少々の申し訳なさを感じさせる表情。

 

「本当に良かったんですか?

 レース直前にわざわざ来ていただかなくても」

 

「これくらいなら訳ないよ。打算がないわけじゃないし」

 

「打算?」

 

「どこぞの皇帝陛下も、ダービーの時にやってくれて、圧勝したからね。

 それにあやかろうってわけさ」

 

「へえ!」

 

首を傾げるスターオーちゃんに説明してあげると、彼女は目を輝かせた。

 

当時にして、ネットに上がっている俺関連の動画をすべて見たと豪語した彼女だ。

それくらいの事実関係は既に把握していることだろう。

 

もはや詳しく言う必要もないくらいに、俺のことをわかっている。

たぶん、ルドルフが皐月の勝利インタビューで言った友人というのも、

俺だって気付いてるんじゃないかな?

 

「そうだったんですね。先輩と会長の絆、さすがです」

 

「それほどでも。あ、座っていいかな?」

 

「どうぞどうぞ」

 

スターオーちゃんの状態は、一進一退というところか。

まずは怪我自体が良くならないと話にならないし、

リハビリ云々はまだまだ先の話だ。

 

この前のお見舞いの時に、ソレを言わせないよう仕向けた甲斐もあって、

今のところ彼女自身の口から確かな言葉が出たわけじゃないし、

今日はそんな気配もしなかった。彼女もまだ諦めてはいないということを信じたい。

 

それを信じて、ジャパンカップを走るだけだ。

そして、勝つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欧州、北米、豪州から10人のウマ娘が来日参戦し、

『四大陸決戦』とも称されし第8回ジャパンカップ。

 

枠順抽選の結果、俺は3枠5番になった。

 

他の有力バたちは、

1枠2番スズパレード、3枠6番トニービン、4枠8番シリウスシンボリ、

8枠15番ムーンマッドネス、8枠16番ペイザバトラー。

 

奇しくもトニービンとお隣さん、同じ枠に同居することに。

 

垂れ目で赤毛の縦巻きロールの可憐なお嬢さんだが、

軍服のような制服を着ていることもあって、威圧感がすごい。

さすが欧州王者という感じだ。

 

抽選後の記者会見でも、まだ10代の少女とは思えない、

冷たいくらいの威厳を発揮して、日本の記者たちをビビらせていた。

 

「1番のライバルは誰ですか?」

 

という質問に対し、トニービンは事もあろうに

 

「Vorrei dire al mio amico Moon Madness、

 non è quello che vuoi sentire?

 È il numero 5 del mio vicino」

 

と発言。

ちょっと小馬鹿にしたような鼻で笑った感じで言った。

 

イタリア語だろうから、言った瞬間は何とも思わなかったが、

翻訳を聞いて俺もカチンと来たね。

 

『友人であるムーンマッドネスと言いたいところだが、

 諸君が聞きたいのはそういうことではないだろう?

 お隣さんの5番だ』

 

一緒に来日して気心も知れている彼女だと思っているが、

日本の記者の心情を察して、わざわざ言い換えたわけだ。

 

5番、つまり俺だと。

 

名前を言わずに枠番で言ったところに、欧州王者たる自負が垣間見えるが、

そこまで言うんだったら名前出してくれよな~と思ったわけである。

 

前走2敗目を喫したとはいえ、これでも一応G1・4勝の、

今の日本では1番だという思いが芽生えていたわけで、

そんなちっぽけなプライドを刺激されたというわけで。

 

まあこの時代のあちらさんのトップとしては、

辺境の片田舎で走っているウマ娘のことなんざ、どうでもいいんだろうね。

 

というか、リップサービスで口に出すくらいなら、そっとしておいてくれ。

 

「ファミーユリアンさん!

 トニービンさんからライバル宣言がなされましたが、どうですか!?」

 

ほら、案の定飛び火してきた。

 

記者さんたち、実に嬉々としている。

待ち望んでいた返答だったんだろうな。

 

……勘弁してくれ。

レースを目前にして、余計な火種を放りこまないでくれよ。

 

というか、会見に参加している日本のウマ娘が俺だけって、どういうこと?

他5人はみんな海外勢だよ?

スターオーちゃんが出られていたら……

 

助けてシリウス!

 

……ダメだ。

裏でほくそ笑んでいる様子しか思い浮かばんかった。

 

「彼女ほどのウマ娘から見込まれているのは光栄に思います」

 

「勝てますか? 欧州王者に」

 

ここでそれを聞いてくるか。

レースを見てくれとしか言えないんだがなあ。

 

それに、負けられない理由がある。

 

「負けません。負けられない理由があります」

 

「その理由を窺っても?」

 

「今はまだ言えません。レース後にお話しします」

 

「そこをなんとか」

 

「お願いします!」

 

しつこい記者たちだな。

いつになく粘着だ。本当に勘弁してほしい。

 

すると……

 

「Vincerò e basta,solo questo le dico」

 

隣席から、そのような声が差し込まれた。

無論トニービンから発せられたものだ。

 

すぐさま翻訳されて皆に示される。

 

『勝って示す、それだけだ』

 

周囲が騒然とする中、彼女はただ無表情で佇んでいる。

 

もしかして、助け舟を出してくれた?

いや、単に記者連中がウザかっただけかもしれない。

 

自惚れるのはやめておきたいが、お礼は言っておくかな。

ええと……

 

「グラッチェ」

 

「……hh」

 

彼女は目を閉じ、小さく笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『四大陸決戦、第8回ジャパンカップ、パドックに参ります!』

 

『1番人気は我らが日本代表! 3枠5番ファミーユリアンです。

 前走、秋の天皇賞では出遅れて不覚を取りましたが、

 それでもサクラスターオーにあと一歩まで迫りました。

 さあどうでしょうか?』

 

『完全に復調したようですね。本来の出来に戻りました』

 

引き続き懸念されていた状態は、天皇賞後に大きく改善した。

むしろ以前よりも調子が良いであろうことは、

追切で出したタイムからも一目瞭然であった。

 

『おや? 懐から何かを取り出しました』

 

リアンは懐から、隠し持っていたであろうものを取り出し、

皆に示して見せている。

 

『あれは……どうやら薄桃色の細長い、布状のもののようですが……』

 

『ファミーユリアン、ヘッドドレスを外して頭に巻きつけました。

 あれはいったいなんでしょうか?』

 

『ただの鉢巻き、とは思えませんが……』

 

すべての人に対して見せつけるようにして示し終えると、

リアンはいつもの黒いヘッドドレスを外し、

桃色の細長い布状のものを、鉢巻きのようにして自身の頭に巻きつけた。

 

『情報が入りました。あれはサクラスターオーの勝負服の一部です。

 スターオーが故障した左足に巻いていたリボンだということです』

 

『なるほど、スターオーの……

 スターオーと共に走る、ということですね。

 今日は彼女のために走る、との決意表明でしょうか』

 

『なんと、なんと美しき友情でしょうか!』

 

情報が入ったところで、実況も解説も思わず唸ってしまう。

2人の関係性を知らないものなどおらず、その意味が分からないものもまたいない。

 

現に、それを聞いた観客たちも、一斉にどよめきを上げていた。

 

 

 

 

 

同時刻、入院中のスターオーは――

 

「……リアン先輩、いつのまに」

 

テレビに映し出された光景に、我が目を疑っていた。

 

無理もない。前々日に見舞いを受けたときにも、

もちろん口にしなかったし、そんなことは微塵も感じさせなかった。

 

それもそのはずで、これはリアンが彼女に内緒で用意したものであり、

スターオーのトレーナーに頼み込んで実現させたものであった。

 

「……っ」

 

彼女自身の大切な勝負服であるから、気付かないわけはない。

説明する声が聞こえてくるよりも前に気付いていた。

 

思わず熱くなった目頭をぬぐうスターオー。

そして潤んだ瞳を、再び画面上のリアンへと向けた。

 

「ご健闘を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面スタンド前の発走地点。

ゲートを前にして招集を待っている。

 

スターオーちゃんは喜んでくれたかな?

それとも、無断でそんなことするなって怒っているかな?

 

お叱りは甘んじて受けよう。

勝利に免じて許してもらうしかない。

 

勝てなかったら?

うん、それは今は考えなくてもいいかな、うん。

すべては結果が出てからだ。

 

「………」

 

それよりも、なんかめっちゃ視線を感じる……

突き刺さってきてる……

 

「………」

 

「……!」

 

その視線の主が、何を思ったか歩み寄ってきて、すぐ隣に立った。

いかん、平常心平常心……動揺を悟られては負けだ。

 

にしても、でっかいなあ。

 

横目でちらっと確認しただけだけど、頭ひとつ分はでかい。

180センチくらいはあるのではなかろうか。

俺も成長して160超えたんだけどねぇ。

 

さすがは海外ウマ娘。

これほどでっかいウマ娘に会うのは、グリーングラスさん以来だ。

 

まあアメリカから来てるのには、もっとでっかいのがいるんだけどね。

 

「Ti mostrerò quanto è grande il mondo」(世界の広さを知ることになる)

 

「……」

 

そんな彼女が何事かを呟いた。

イタリア語なんで当然わからない。

 

さあなんて返したものだろう?

それとも、ただの独り言だったとかのオチか?

 

そうだとしたら返答するのも変だしなあ。

スぺちゃんみたいに『調子に乗んな』って返すべき?

 

いや、あれはフランス語だったな。

そもそもなんて言うのか覚えてないし。

 

でもなんかニュアンス的に挑発されたような気がするから、

受けて立つ的なことを言っておこうか。

 

「I wish」

 

俺も独り言を装って英語で呟いた。

すると、トニービンは

 

「……hh」

 

記者会見のときみたいに軽く笑みを漏らしてから、

一足先にゲートへ向けて歩いて行った。

 

はたして、伝わったのか、伝わらなかったのか。

満足したのか、しなかったのか。

 

さて、ぼちぼち時間だ。

俺もゲートへ向かうとしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第8回ジャパンカップ、全ウマ娘ゲート入り完了。

 スタートしました!』

 

『前走出遅れたファミーユリアン、今回は万全の好スタート!

 いつもの調子でぐんぐん飛ばしていきます』

 

リアンが好スタートを切っただけで大歓声が上がる。

前走の出遅れがいかにショッキングだったがわかるだろう。

 

『1コーナーを回って、ファミーユリアン早くも5バ身以上のリード。

 2番手メジロデュレンが付けました。3番手フリーラン、

 イギリスバのシェイディハイツ並んでいる』

 

『向こう正面に入ってファミーユリアン飛ばす飛ばす!

 メジロデュレンとはもう既に10バ身は開いています』

 

『2番手シェイディハイツが上がった。その後ろペイザバトラー、

 マイビッグボーイ、フリーラン付けています。

 2番人気の凱旋門賞バ・トニービンは中団7、8番手くらいだ』

 

まだまだ記憶に新しい、

1ヶ月前のサクラスターオーを思い起こさせる、リアンの大逃げ。

観客たちからは再びの大歓声が上がる。

 

『まもなく1000mを通過。58秒4! これはハイペースになりました』

 

2400m戦で、2000mでも早いくらいのペース。

これはリアンにしてみても未知の領域だった。

 

『縦長になっています。カメラがこれだけ引いても、

 全員収まり切りません!』

 

3コーナーに近づいていくにつれ、隊列が長く伸びていく。

2番手シェイディハイツがこれはまずいと見たか上がっていくものの、

その差は明らかであった。

 

『快調に飛ばすファミーユリアン、リードを保ったまま直線へ。

 これはどれだけ離していますか、20バ身はあります』

 

『このまま逃げ切れるかどうか。さあ直線へ向いた』

 

『ファミーユリアン逃げる逃げる! 差は詰まらない!

 トニービンどうした!? バ群をさばいてようやく上がってきた!』

 

『いやしかしトニービン伸びない! 脚が止まった!』

 

1人リアンが坂を駆け上がったころ、

トニービンがようやくバ群から抜け出しかけたが、

そこでぱったりと脚が止まってしまった。

 

『代わってシリウスシンボリ大外から突っ込んできた!

 並んでムーンマッドネスもやってくる!

 バ場の中ほどからはペイザバトラー抜け出してくる!』

 

『しかしファミーユリアンもはやこれは安全圏だ。

 2400で負けるわけにはいきません。日本レコードホルダーの意地!』

 

200を過ぎた段階で、誰の目にも明らかなセーフティリード。

後続よりもむしろ脚色が良いのだから。

 

『ファミーユリアン堂々の逃げ切り!

 凱旋門賞バを歯牙にもかけずに逃げ切った~!』

 

レースはそのまま、リードを保ってリアンが先頭でゴール。

2着にアメリカのペイザバトラー、3着にはシリウスシンボリが入った。

 

『勝ち時計、な、なんと2分22秒2!

 春の天皇賞に続いて、とんでもないレコードが飛び出しました!』

 

『従来の自身が持つレコードを2秒半も更新です!

 これは世界レコードとの情報が飛び込んできました。

 凱旋門賞バを破っての世界レコードを樹立!』

 

『まさに日本が世界に誇れるウマ娘、ファミーユリアンですっ!』

 

場内実況をも搔き消さんばかりの大歓声。

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

そして始まるリアンコール。

 

それは、リアンがスタンド前に戻ってきて、

手を振って応えても衰えるどころか、膨れ上がるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面スタンド前に戻って、お客さんたちの声援に応えていると

 

「FamilleLien」

 

名前を呼ばれたので振り返ってみる。

なんかイントネーションが日本語と違うと思ったら、案の定で。

 

「あ、トニービンさん……」

 

トニービンがそこにいた。

 

史実では5着に敗れていたが、掲示板を見る限り、

こちらでも同じ5着だったようだな。

 

「Congratulazioni. Rendere omaggio al vincitore」

 (おめでとう。勝者には賛辞を)

 

また何事かイタリア語で言ってるけど、祝福してくれてるんだよな?

右手を差し出してきてるし、そうだよな?

 

「えっと、グラッチェ」

 

表情も柔らかいので、安心してこちらからも礼を言い、手を取った。

 

「……」

 

「……? えっと?」

 

「Sei forte. Dovresti uscire nel mondo」

 (君は強い。世界に出るべきだ)

 

「……???」

 

握手して手を離そうとしたところ、ギュッと握られて離してくれない。

不審に思って彼女のほうを見上げたら、真剣な眼差しになってまた何か言うんだ。

 

だからイタリア語じゃわからんってばよ。

せめて英語にしてもらえませんかね?

いや、英語でも聞き取れるとは限らんけども。

 

「Ah~……」

 

すると状況を察したのか、トニービンは少し考えてから

 

「You are very very strong, should go out into the world」

 

「……!」

 

こんなことを言うんだ。

 

今年初めから始めていたス〇ードラーニングの効果が出てくれたか、

非常にわかりやすい英語だったし、ゆっくり喋ってくれたから、

さすがにわかったよ。

 

「The world is waiting for you. They are sure to welcome you」

 (世界は君を待っている。きっと歓迎してくれる)

 

「あー……」

 

記者会見時の冷たい表情とは一変して、柔らかく微笑んできてくれる彼女。

今度こそ答えに困っちゃったなこれは……

 

さて、なんて答えたものだろう?

 

「I still have something to do in Japan,

 so I will go after that」

 (まだ日本でやることがあるから、それからかな)

 

将来的には、ルドルフの夢を継いで、

世界に出ることもやぶさかではないというか。

実績を挙げていけば、当然そういう声も大きくなっていくだろうしさ。

 

もちろん実力が伴ってこその話だけど、

今はまだ、そのつもりはないんだ。ごめんね。

 

「Well, waiting for you」

 (そうか、待っているよ)

 

俺の返答に、トニービンは笑顔のまま、そう答えてくれた。

そして手を離し、踵を返して引き上げようと――

 

っちょ、トニービンあんた!

 

「待っ……Wait!」

 

咄嗟にトニービンを引き留めた。

だって彼女、足を引きずってる。

 

史実でも骨折してたんだっけか、忘れてたぜ。

 

「救護班! 来てくださいっ!」

 

俺は慌てて、係の人を呼んだ。

 

 

 

第8回ジャパンカップ  結果

 

1着  5 ファミーユリアン  2:22.2R

2着 16 ペイザバトラー     8

3着  8 シリウスシンボリ    1

4着  7 マイビッグボーイ   アタマ

5着  6 トニービン      1/2

6着 15 ムーンマッドネス   クビ

 

12.9-11.1-11.5-11.4-11.5-12.4-12.4-12.2-12.1-11.8-11.4-11.5

4F46.8 1000m 58.4

3F34.7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事世界レコードでジャパンカップを制しました、

 ファミーユリアンさんにお越しいただきました。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

恒例の勝利ウマ娘インタビューを受ける。

平静を装いつつも、ダービーの時と同様に言いたいことがあったので、

実は内心ドキドキしつつの受け答えだ。

 

上手いことタイミングを見計らわないと。

 

「圧勝でした。いかがですか?」

 

「はい、前走で不甲斐ないところをお見せしてしまいましたから、

 今回ばかりは一層気合を入れて走りました」

 

出遅れの件もそうだし、言いたいことのためにも、な。

 

「世界レコードです」

 

「ええ、はい。まあ時計は二の次の話ですから」

 

ホーリックスがオグリと競って出したタイムと同じだな。

史実的には1年早いのか?

まあオグリ世代がまだ未登場なんで、もう史実なんだのは関係ないか。

 

それにしても偶然とは恐ろしい。

狙ったわけじゃないからね? 本当だよ?

 

「凱旋門賞バのトニービンさんの動向は、気になりましたか?」

 

「事前という意味なら少し。スタートしてからなら全く。

 毎回そうですが、私は私のレースをするだけですから」

 

「そのトニービンさんと、レース後、何か話していましたね?」 

 

「えっと、最初イタリア語で言われたので、全くわからなかったんですけれども。

 気を遣ってもらったのか、英語で言い換えてもらえたので少しは、はい」

 

「差し障りなければ、お聞かせ願えませんか?」

 

「ええと、世界が待ってるよって言われました」

 

「!!」

 

世界が、と言った途端、周りの目の色が変わった。

世界制覇は日本の悲願だからね、仕方ないね。

 

「あの欧州王者に認められたと、そう受け取ってよろしいですか?」

 

「さあ、それは彼女に聞いてください」

 

それは俺から言うことじゃないし、言えることじゃない。

社交辞令だって可能性もなくはないし。

 

さて、ここらがタイミングかな?

 

「すいません、私からお話があります。構いませんか?」

 

「あ、はい」

 

そう切り出し、了承を得た。

 

よし。すー、はー……

心の準備をしてからじゃないと、俺のほうが泣いてしまいそうだからな。

……よし。

 

「この勝利を、サクラスターオーさんに捧げます」

 

「……」

 

再び、場の空気が変わった。

先ほどとは違って、重苦しいものが下りてくるが、構わずに続けた。

 

「復帰は難しいと聞いていますが、私は必ず復帰できると信じています。

 スターオーちゃん、見てますか? 私は……」

 

……いかん。

準備はしたというのに、涙腺が崩壊しそうだ。

何かが込み上げてきて言葉に詰まってしまった。

 

必死になって堪え、視線を上げて涙が零れないようにしつつも、

どうにか最後まで言い切る。

 

「……私は、待ってます。……っ」

 

ダメだ、言い切った途端、堰が決壊してしまった。

涙がとめどなく溢れてきて、もう言葉が出てこない。

 

インタビューなど、到底続けられる状態ではなかった。

 

「すいません、ここまでで」

 

「は、はい。ファミーユリアンさんでした……」

 

察したスーちゃんが割って入ってきて、インタビューは強制終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、スターオーは……

 

「っ……リアン先輩……っ……!」

 

リアンと同様、目元を手で覆って泣き崩れていた。

テレビの番組はもうレース回顧へと移っているが、

それでも視線は外さずに、画面をきっちりと見つめたままで。

 

「はい……はいっ……きっと、復帰、っ……しますから……」

 

引退に傾いていた気持ちは、大逆転で復帰へと振り切れた。

 

「決して諦めません……きっと……必ず……!」

 

そして、最後にはそう言い切った。

 

 

 




魂の大逃げリアン、
世界レコードの圧勝でスターオーの不屈を促す


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第62話 孤児ウマ娘、掲示板で騒がれる

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(天皇賞リアルタイム視聴組の反応)

 

 

:やはりそこまでは良くなってないか

 

:最終追切で変わってくれるかと、

 一縷の望みを託してたんだが……

 

:なーに、調子悪くてもレコード勝ちしちゃうんだから、

 へーきへーき

 

:慢心はやめるんだ

 

:G1とG2を一緒に考えたらあかん

 

:というか、この不調の原因なんなんだろうな?

 

:長引いてるし心配だ

 

:でも底は抜けたみたいだし、

 あとは良くなるだけっしょ

 

:真面目な話、不調でもレコードで勝てる力あるんだからさ、

 普通に走ってくれさえすれば勝てると思うんだよ

 

:予想タイム1分57秒台とか

 

:出るか、前人未到の57秒台

 

:東京コースでそんなタイム出るとは信じられん

 

:坂あるしタフなコースだもんなあ

 

:それでもリアンちゃんならやってくれる

 

:専門家がゴーサイン出すくらいだ、確率は高い

 

:さあスタートや

 

:ちょ

 

:え?

 

:リアンちゃんがゲート入りを嫌うなんて……

 

:こんなこともあるんやな

 

:嫌な予感しかしない

 

:無事に出てくれ~

 

:何回見ても緊張の一瞬……

 

:あああああああああああ

 

:ぎええええええええ!!?

 

:うわあああああああああ

 

:ぎゃあああああああああ

 

:何やってんのぉおおおお!!!?

 

:だから言わんこっちゃないぃいいいい

 

:やっちまったぁ

 

:そして先頭にはスターオー

 

:おいおいおいィ!?

 

:スターオーの大逃げ!?

 

:これは……何が起きているんだ……?

 

:58秒2、だと?

 

:早いぞ

 

:スターオー、これは作戦なのか?

 

:掛かったって感じじゃないと思う

 

:とすると作戦なのか?

 

:あえてリアンちゃんと競るつもりだった、とか?

 

:前走前々走と完敗だったから、

 何か大胆な手を打つつもりだったのかもな

 

:こんな展開、誰が予想できたよ?

 

:まさに神のみぞ知る、だな(滝汗)

 

:リアンちゃん最後方から動いた!

 

:大まくりや!

 

:すげぇ、他の子が止まって見える

 

:ここでこれだけ脚使っちゃうと……

 

:普段から逃げて差してる子だから大丈夫(震え声)

 

:スターオー逃げる!

 

:来た! リアンちゃん来た!

 

:みるみる詰まる!

 

:いけえっ

 

:差せええ!!

 

:ぐわあああああああ

 

:いやあああああああああ

 

:くそぉ惜しい!

 

:届かなかったか……

 

:1バ身が遠かった

 

:いやしかし何百メートル脚使ってんだ

 

:葉牡丹賞の時も思ったけど、

 リアンちゃん本当は追い込みなんじゃないの?

 

:っ!!?

 

:スターオーが!

 

:ちょっ

 

:リアンちゃんナイス反応!

 

:良く受け止めた!

 

:よくぞ気付いて止めてくれた

 そうじゃなかったら、最悪内ラチに接触して大転倒だ

 

:なんてこった……

 

:なんかやばい状況

 

:ぐったりしてる……

 

:意識ないっぽい?

 

:リアンちゃんも大慌てで人呼んでるっぽいし……

 

:リアンちゃんがあんなに焦ってるの初めて見た

 

:つまり……

 

:えらいこっちゃあ!

 

:現地にいる友達から情報

 メインレースのウイニングライブ、急遽取りやめだって

 

:情報乙

 

:そりゃこんな状況でライブなんかできんわな

 

:勝者のいないライブなんて、ってなるし

 

:不満は上がってないのか?

 不可抗力だとはいえ、そういう輩はある程度いそうだが

 

:現地民参上

 その対策だかはわからんが、何か別なことするって案内あった

 メインレース投票した人はしばらくお待ちくださいって

 

:おお、さすがURAだ

 

:何するんだろうな?

 

:この雰囲気じゃ、あまり派手なことはできんだろうし

 

:30分経ったぞ

 スターオーも心配だが、ライブの代わりってのも気になる

 

:現地民、情報プリーズ

 

:まだ何も

 おっと今アナウンスだ、ちょっと待て

 

:不謹慎だが興味ある

 

:URAの案内まとめると、有志ウマ娘によるお見送り会開催

 とはいえ予想通り、状況が状況だから派手なことはできないので、

 帰る客を文字通りお見送りするだけという形らしいが

 

:まあそれくらいが精一杯か

 

:でもやってくれるだけありがたいよ

 不幸とはいえ、下手すると暴動が起きかねないもの

 

:有志って、誰が参加するのん?

 

:発表によれば、ファミーユリアン、ダイナアクトレス、

 レジェンドクイーン、マティリアル、シリウスシンボリの5人だそうだ

 

:有力どころ勢ぞろいじゃないか

 

:リアンちゃんがいれば見送ってもらうだけでも価値がある

 

:大丈夫かリアンちゃん……

 調子そこまで良くないし、友達を目の前で失ったのに

 

:スターオーが死んだような書き方するなよ

 

:これ現地民はほとんど全員参加するんじゃねえの?

 

:極端なアンチでもない限りは行くだろうな

 

:いや、アンチでも粗探ししに並ぶぞ、きっと

 

:それもうただのファンやんけ

 

 

 

:ファミーユリアン沈痛、仲良し後輩目の前で……

 「今は少しでも軽傷であることと、早期の回復を願うばかりです」

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

:リアンちゃん……

 

:そりゃそうだよな……

 

:俺たちも祈ってる

 

:スターオーの容態はまだわからんのか?

 

:救急搬送されたってことしかわからん

 

:只事じゃなかったもんな

 

:リアンちゃんと全く同感だ

 少しでも軽くあってくれることを祈るしかない

 

 

 

:サクラスターオー競争能力喪失!!

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 本日、東京レース場で行われたG1天皇賞(秋)にて勝利したものの、

 ゴール直後に故障を発生させて意識を失い、救急搬送された

 サクラスターオーだが、左足繋靭帯断裂および左足首の脱臼、

 左足膝関節の粉砕骨折と診断され、競争能力の喪失を宣告された。

 全治にかかる期間は不明で、関係者の話を総合すると、

 日常生活にすら影響があるかもしれないという。

 

:うわあああああ

 

:願い届かず、か

 

:スターオー……

 

:日常にも影響するとか……

 

:下手しなくても車椅子?

 

:\(^o^)/オワタ

 

:おい、茶化していいことじゃないぞ

 

:リアンちゃんのメンタルが心配だ

 仲良いんだし、1番近くで見てしまったんだし

 

:それでもリアンちゃんなら……

 リアンちゃんならきっと何とかしてくれる……!

 

 

 

:URA発表、異例のファンお見送り会開催はウマ娘側からの提案だった

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 秋の天皇賞で勝ったサクラスターオーが、ゴール直後に故障して

 病院に搬送されたため中止されたウイニングライブに代わり、

 開催されたファンのお見送り会は、ウマ娘側からの提案だったことが発表された。

 

 URAによると、レース確定及びライブ中止決定の直後、

 一部のウマ娘から、ライブ中止によるファンの不満を懸念する声が上がり、

 ほかに何かできないかと提案されたとのことである。

 

 当初は握手会が候補に挙がったそうだが、ファンが殺到して

 さらなる混乱が予想されたため却下となり、ファンとの直接の接触はしない

 お見送り会という形で落ち着き、URAも異例ではあるが認めた。

 

:ウマ娘たちには感謝しかない

 

:お見送りの様子映した動画も上がってるけど、

 リアンちゃんが1番声出してたな

 

:俺も見たよ

 ショックだっただろうに、来場ありがとうございました、

 また応援よろしくお願いします~って、こっちが泣きそうになった

 

:実際泣いてたやつおったで

 

:リアンちゃんとスターオー、

 セットで応援してる人多そうだしな

 

:隣にいたシリウスシンボリが仏頂面だっただけに、余計に目立ったな

 

:あいつはそういうキャラじゃない

 

:むしろ、毎日王冠でやらかした奴がなにやってんねん、と

 

:あれ〇R側でやってたから、

 わざわざそっちに回ったK王沿線民いるんじゃない?

 

:ここにいるぞ!

 

:俺のことか

 

:呼んだ?

 

:スレ民にK王民多すぎィ!

 

:なんでJ〇側やったん?

 K王の駅のほうが近いやろ?

 

:逆に近すぎて、客が殺到すると捌き切れないとかじゃない?

 

:滞留して、のっぴきならない状況になる恐れ

 

:なるほど、近さが逆に仇になったか

 

:ところで一部のウマ娘って、誰が言い出したんだろうな?

 いや決して、参加しなかったウマ娘を責めたいわけじゃない

 単純に感謝したいだけなんだ

 

:府中CATVのウマ娘サイトに行ってこい

 幸せになれること間違いなしだ

 

:!! 行ってくる!

 

:情報サンクス

 

:なんだなんだ?

 もったいぶらずにリンク貼ってよ!

 

:しょうがないにゃあ

 

 ファミーユリアン「ファンの皆様のためになればと」

 https://www.hucyuucatv.com/umamusume/news/*******

 

 秋の天皇賞後のファンお見送り会は、ファミーユリアンが

 発起人であることが当社の取材で判明した。

 本人の口から直接聞けたわけではないものの、

 ファミーユリアンと親しいシンボリルドルフ・トレセン学園生徒会長が

 一部は秘密にするという条件で情報提供してくれた。

 

 当初は握手会の提案をしたというのは既報通りで、

 URA側がファンの殺到を懸念したというのも報道通り。

 また、一部のウマ娘からは反発も出たとのこと。

 ルドルフ会長が秘密にと言ったのは、この部分である。

 個人名は出さないとの条件であった。

 

 ファミーユリアンは自らURAに申し出て、彼女主導による協議の結果、

 『有志』という形で参加するお見送り会開催に落ち着いた。

 実際に参加したのはファミーユリアン、ダイナアクトレス、

 レジェンドクイーン、マティリアル、シリウスシンボリの5人。

 他にも数名の参加希望者がいたというが、スペースなど運営警備上の都合や

 個人のスケジュールなど諸般の事情を鑑み、上記の5人のみになったという。

 

 なお、URAとトレセン学園が連名で、ライブ中止に対するお詫びと、

 サクラスターオーへのお見舞いコメントを出している。

 以下は、ファミーユリアンがお見送り会に際して出したコメントである。

 

 「ライブを楽しみにしていただいていたファンの皆様のために、

  少しでも何かできないかと考えた結果、こうなりました。

  引き続き変わらぬご声援をちょうだいできれば幸いです。

  それと、サクラスターオーさんのご回復を切に願っています」

 

:リアンちゃん尊すぎる

 

:リアンちゃんが音頭を執ったのか

 

:なんという尊みの嵐……

 

:考えてみれば、リアンちゃん既に現役では年長者だもんな

 成績からしてもそういう立場と言えばそうだけど、

 混乱する現場でその通りの行動できるのはすげえよ

 

:アクシデントの直後なだけになおさらだよな

 

:さすがのリアンちゃん、さすがの府中CATV

 

:これ府中CATVのページだけに載せとくのは惜しい

 重要なこといっぱい書いてあるし、もっと多くの人に見てもらうべきだ

 

:安心しろ、すでにいろんなスレに貼られてる

 

:拡散済みだ

 

:そうか、みんな同じ気持ちだったか

 

:ルドルフともパイプ持ってるんだな

 

:リアンちゃんと仲良いんだから、自然とそうなるでしょ

 

:おかしい……巡回ルートに入れてるし見ているはず

 俺が見たときにはそんなニュース載ってなかったぞ

 

:更新されたのついさっきみたいだからな

 

:反発したヤツ誰だよ?

 

:それ気にしちゃう?

 

:本音では気になるけど、口にしちゃあかんやつ

 

:疲れとか、予定とか、いろいろあったんだろ

 

:諸般の事情って書いてあるだろ

 

:反発といってもどの程度かにもよる

 少し意見したくらいかもしれない

 

:そこは俺らが突っ込むところじゃない

 

:野暮なこと気にする奴は皇帝にしばかれてしまえ

 

:ルドルフが内密にと言っている以上は、

 これ以上の情報は永遠に上がってこないよ

 生徒会に逆らってまでリークする阿呆がいるとは思えん

 

:ともかく、ますますリアンちゃんの魅力が研ぎ澄まされていく感じ

 

:魅力ステータスはカンストだな

 

:ぐう聖どころじゃない

 

:これからもリアンちゃんについていくぜ

 そうだろ、みんな!

 

:おうともよ

 

:拙者、今後も全力で推していく所存

 

:言うまでもないぜ!

 

 

 

 

(ジャパンカップ前)

 

 

:噂の欧州王者さんはどうなのよ?

 

:トニービンな

 

:タイムで単純比較できたらどんだけ楽か

 

:向こうの芝と日本の芝じゃ大違いやしな

 

:彼女以外には誰が来てるの?

 勝ち負けになりそう?

 

:ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアから合計10人の海外ウマ娘が参戦

 

 トニービン(伊) 凱旋門賞、ミラノ大賞典、ジョッキークラブ大賞

 ムーンマッドネス(英) 英セントレジャー、サンクルー大賞

 シェイデイハイツ(英) 英インターナショナルS

 アワーズアフター(仏) ジョケクルブ賞(仏ダービー)

 コンドル(独) アラルポカル、オイロパ賞

 マイビッグボーイ(米) バーナードバルークハンディキャップ

 ペイザバトラー(米) レッドスミスハンデキャップ (G2)

 セーラムドライブ(米) ブーゲンヴィリアH(G2)、富士ステークス(G3)

 スカイチェイス(豪) コーフィールドS、AJCシャンペインS

 ボーンクラッシャー(新) コックスプレート、コーフィールドS

 

:各地のG1バが来とるし、四大陸決戦に相応しいな

 

:無知で済まん、新、ってどこ?

 

:ニュージーランド

 

:なるほど、サンクス

 

:やはり1番の強敵はトニービンか

 

:ヨーロッパ勢と比べると、アメリカ勢は1枚落ちる感じだな

 オセアニアは正直わからん

 

:まあ芝が違うし、走ってみないとわからんところはある

 

:その点、富士ステークス叩いた勢はある程度信頼できる

 

:よし、俺は◎リアンちゃん、〇セーラムドライブで行く

 トニービンは思い切って消した!

 

:俺は外国勢総消しで、リアンちゃんとシリウスの日本バで勝負するぞ

 

 

 

 

(事前記者会見)

 

 

:トニービンの威圧感パねえ

 

:さすが本場の欧州王者

 

:王者の貫禄出てるねえ

 

:身体でかいし態度もでかい

 

:さてリアンちゃんはこいつに勝てるだろうか

 

:同枠になったのも運命感じる

 

:リアンちゃんにライバル宣言来た

 

:いやしかし喜んでいいのか?

 

:言わせた感が満載

 

:しかも、ちょっと小馬鹿にしたような感じだったよな?

 

:王者のプライドが見える見える

 

:よろしい、ならば戦争(レース)だ

 

:リアンちゃんは意に介さず、か

 

:いつも通りだ

 

:しつこい記者だな

 

:いい加減にせい

 

:お

 

:トニービン?

 

:助けてくれた?

 

:真意はわからんが、止めてくれたのは確かだ

 

:リアンちゃんもホッとしてるように見える

 

:わずかにだけど頭下げてたね

 

:トニービンの言うとおり、勝って示して見せてくれ!

 

 

 

 

 

(ジャパンカップ・リアルタイム視聴組の反応)

 

 

:スカイチェイスとアワーズアフター出走取消

 

:まあ毎度のことや

 

:海外遠征は慣れた欧米勢でも難しいんやな

 

:リアンちゃん登場!

 

:調子戻ったな

 

:この1ヶ月で何があったのかわからんが、

 調子よくなったんなら何よりだ

 

:何が、って、ねえ?(察し)

 

:そうだな、仲良し後輩の競争生命に関わる

 深刻な故障なんてなかったな!

 

:何もなかった、ヨシ!

 

:あったと言ってるも同然で草

 

:でも、そんな心意気がリアンちゃんがリアンちゃんたる所以

 

:リアンちゃんて、実は案外チョロいのでは?

 

:ん?

 

:おや?

 

:あれは?

 

:なんか頭に巻いたぞ

 

:スターオーのリボン!!!

 

:そう来たか……

 

:あかん……走る前だというのに泣きそうや……

 

:な、だから言っただろ?

 リアンちゃんたる所以はこういうところだって(号泣)

 

:なんか急に画質悪くなったんだけど?

 

:それ画質やない、セルフエコノミーや

 

:お顔も決意の表情していらっしゃる

 

:もう凱旋門だの海外だの関係ない

 今日はただただ全力でリアンちゃん応援するだけだ

 

:いつもと変わらんやん?

 だが今日は確かに違う。たった今違くなった

 

:たぶんこれ見てる全員の心が一つになった瞬間

 

 

 

:時間だ

 

:頼むから今日だけは出遅れないでくれよ?

 

:スタート!

 

:よかった、いつものリアンちゃんだ

 

:いつも通りに、いや、いつも以上に飛ばしてな~い?

 

:そりゃ気合入ってるだろうしなあ

 

:すげえペース

 

:早くも縦長だあ

 

:58秒4!?

 

:2400で2000以上のペースでかっ飛ばす

 

:オーバーペースだけが心配

 

:カメラw

 

:これだけ引いても全員入りきらないとか

 

:すんごい差で直線へ

 

:これもう勝ち確では?

 

:うん

 

:トニービン上がってくるか?

 

:上がってきた!?

 

:……が、ダメッ!

 

:ピタッと止まっちゃったな

 

:いえええええええええ

 

:うおおおおおおおおお

 

:おめええええええええ

 

:リアンちゃんやったーーーー!!!

 

:タイム!?

 

:2分22秒2!!!!?

 

:うわあこれは……

 

:世界レコードだってよ!

 

:鳥肌が……

 

:自分のレコードをさらに2秒半縮めて世界レコードとか

 

:23秒通り越して22秒台、それも前半とか

 

:もはや文字通り異次元のタイム

 

:夢のようだがこれが現実

 

:まさに異次元の逃亡者

 

:スターオー見てるか……

 

:リアンちゃんがやったぞ!

 

:あの子のことだから絶対見てる

 見てるに決まってる

 見てないはずがない

 

:お見事な三段活用ですね

 

:3度目のリアンコール

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:トニービンと何か話してるぞ

 

:イタリア語わかるんけ?

 

:さあ?

 

:インタビューで聞いてくれると嬉しい

 

:ってトニービン、怪我してたんかい!?

 

:そりゃ脚も止まるわけだ

 

:慌てて人を呼ぶリアンちゃん、再び

 

:2戦続けて同じ状況になるとは……

 

:スターオーほどではないとはいえ……

 

:肝冷やしただろうな、心の底から同情するわ

 

:トラウマものだろこれ

 

:自身も2回も骨折してるしなあ

 

:もともと故障に対して特別な感情ありそうなのにこの仕打ち

 

:原作者出て来い!

 

:これが原作定期

 

:インタビュー始まるお

 

:よかった、いつもの表情だ

 

:相変わらずさっぱりしてんのな

 

:お

 

:トニービンとの会話に触れてくれた!

 

:!!

 

:世界が!?

 

:そうか、イタリア語から英語か

 

:向こうはマルチリンガルが標準ですかそうですか

 

:そりゃ向こうは国境超えて参戦するの割と普通だろうし

 

:英語は世界共通語なんです

 

:英語わかるんだなリアンちゃん

 

:欧州王者からのお誘いだ

 

:社交辞令じゃないよね?

 

:本場の王者から認められるって、

 改めてすげえなリアンちゃん

 

:そりゃアレだけ離して、これだけのタイムで勝てばね

 

:リアンちゃんはなんて返したのかが気になる

 

:あ……

 

:スターオーに……

 

:リアンちゃん泣いちゃった……

 

:こんなの泣くしかないやん(すでに泣いている

 

:トレーナーストップ入りました

 

:ずっと我慢してたんだろうな

 そして、勝ったらこう言おうって決めてたんだろう

 

:見た目は飄々としているようでも、

 心の底には秘めたるものがあったんだな

 

:リアンちゃん本当にお疲れ様

 スターオーも早く良くなってくれ(泣きながら)

 

:スタジオも祝賀ムードから一転、みんな涙ぐんでるじゃねーか!

 もちろん俺もだ

 

:ここで泣けなきゃ、ウマ娘ファン名乗れないよ

 

:スターオーに捧げる勝利で世界へ羽ばたくのか……

 

:なにそれエモすぎる

 

:拙者、リアンちゃん大好き侍

 リアンちゃんの海外遠征と

 スターオーの早期復帰を所望いたす

 

:完全同意!

 

:まあ待て。とりあえずは有やろ

 話はそれからでも遅くはない

 

:去年勝てなかった有を勝って、

 心置きなく世界へ飛び出してもらおうや

 

 

 




期せずして量が増えて初の掲示板回に

この作中では、オグリ世代の登場が史実より遅れているので、
サッカーボーイが2000mの日本レコードを出していない状況です


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第63話 孤児ウマ娘、決意新たにグランプリに臨む

 

 

 

ジャパンカップの次の週末。

俺はまた、スターオーちゃんのお見舞いに病院へやってきた。

というのも、紹介したい人がいるとのメッセをもらったからだ。

 

すわ恋人か!? なんて焦ったりはしていない。

 

あの子のことだから、そんなことはないと思うし、

同じクラブ出身の子だとの記載があったためだ。

それだけでなんとなく察しはついた。

 

元がサクラの子といえば、『ヴィクトリー俱楽部』。

そして、スターオーの次のサクラとなれば……

 

「スターオーちゃん、いる?」

 

「あ、リアン先輩、お疲れ様です」

 

個室であるスターオーちゃんの病室を覗いて声をかけてみると、

彼女の明るい声が返ってきた。

 

「入ってもいいかな?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「それじゃ失礼しますよ~っと」

 

許可をもらって中へと入る。

ベッドの上には、ニコニコしているスターオーちゃんの姿。

そのベッドを挟んだ向かい側には、やや緊張した面持ちの子が1人。

 

おお、やはりか。

 

「お呼び立てしてしまってすみません。

 ジャパンカップ後の体調はいかがですか?」

 

「多少の疲れはあるけど、気にするほどじゃないよ。

 有記念も控えてるから、気張らないとね」

 

「そうですか。くれぐれもご自愛くださいね」

 

「うん」

 

やはりスターオーちゃんの声は明るい。

表情も朗らかだし、どこか吹っ切れたような印象。

 

ジャパンカップでの激励は無駄ではなかったか。

よしよし。

 

「2年連続ファン投票1位は間違いないでしょう」

 

「いやあお恥ずかしい限りで」

 

発表は来週だったかな?

スターオーちゃんの言うとおり、まあそうなるだろう。

元より出走する予定でメニュー組んでる。

 

「あ、どうぞ座ってください」

 

「うん」

 

勧められるままに、ベッド脇に置かれているパイプ椅子に腰を下ろす。

すると、それまで向こう側で控えていた例の子が、

スターオーちゃんに目で促されて、俺の前へとおずおずとやってくる。

 

「お、お会いできて光栄ですっ」

 

そして、ペコっと頭を下げた。

犬耳みたいな横の髪がぴょこんと揺れる。

 

「リアン先輩、紹介します。

 ヴィクトリー倶楽部の後輩、サクラチヨノオーちゃんです」

 

「サクラチヨノオーと申します。よ、よろしくお願いします!」

 

スターオーちゃんから紹介されて、再び頭を下げるチヨちゃん。

さっきから気付いてたけど、

まさか紹介される前に声に出すわけにはいかないからね。

 

トレセン入学前だからか、アプリ版よりも少し小さい印象を受けるが、

やっぱりというかなんというか、しっかり“チヨちゃん”だった。

 

「はじめまして、ファミーユリアンです」

 

「ご、ご活躍のほどはかねがね……

 うわあ、本物のファミーユリアンさんだあ……」

 

感激している様子のチヨちゃん。

ここまで喜んでもらえると、恥ずかしくもあるけど、

それ以上に嬉しくなってくるね。

 

「チヨちゃんは、来年トレセン学園に入学するんですよ」

 

「そうなんだ。じゃあ4月にまた会えるね」

 

「え、えと……まだ入学できると決まったわけでは……」

 

「大丈夫、チヨちゃんなら絶対合格するから」

 

「そ、そうですかね……」

 

スターオーちゃんからそう言われて、照れるチヨちゃん。

まあ確かに試験はこれからだし、一般的には、合格するとも限らない。

だけど、史実のダービー馬を落とすなんて真似は、絶対にしないと言い切れる。

 

「サクラチヨノオーちゃん?」

 

「は、はいっ」

 

「私も、チヨちゃんって呼んでもいいかな?」

 

「あ、はい、どうぞ呼んでくださいっ」

 

「じゃあ、チヨちゃん」

 

「はい! えへへ……」

 

ああもう、かわいいなあチヨちゃん。

このかわいさは反則だろう。

思わず抱きしめたくなっちゃうくらいだ。

 

「そうだ、スターオーちゃん、一緒に写真撮ってもいい?」

 

「写真ですか? 構いませんけど」

 

「お見舞いに行ったってブログで報告しようかと思って。

 ほら、ファンの皆さんも心配してるだろうから」

 

「そうですね、ファンの皆様には、本当に申し訳ないです」

 

俺のスレ内でも、心配する声が多数上がってたからね。

決して良い状態とは言えないけど、少しでも彼らを安心させてあげたい。

 

「顔だけ写るようにするから。いいかな?」

 

「わかりました、いいですよ」

 

「ありがと。私と一緒に自撮りするような感じで……

 じゃあ、はい、チーズ」

 

「あ、待ってください。髪ぼさぼさで恥ずかしいです……

 チヨちゃん、悪いけどブラシ取ってくれない?」

 

「私が梳かしてあげますよっ」

 

その後も俺たちは、こんなやり取りしながら和気藹々として過ごした。

実に楽しいひと時だった。

 

「チヨちゃんも入る?」

 

「え、悪いですよ」

 

「平気平気。将来のダービーウマ娘と出会いましたって、

 ファンの人たちに紹介してあげる」

 

「い、いやいやいや………」

 

だがしかし、不覚にもこの時、俺は気づいていなかったんだ。

 

チヨちゃんが登場したということは、

同世代のあの()()も、おそらくは姿を現すということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、そういえば」

 

スターオーちゃんのお見舞いで滞在すること1時間余り。

あまり長居するのも悪いということで、2人に引き留められつつも

病室を後にした時、ふと思い出した。

 

「トニービンもこの病院にいるんだっけか」

 

ジャパンカップで対戦したトニービンも、

この病院に入院しているという事実。

 

府中で故障したウマ娘は、ここに運ばれるようにでもなってるとか?

 

「どうするかな……」

 

せっかくここまで来たんだ。

真剣勝負して、声をかけてもらった仲として、顔を出しておくべき?

 

聞いたらどこの病室か教えてくれるかな?

全くの部外者だし無理か?

かなり大きな病院だし、しらみつぶしに捜して回るわけにもいかない。

 

まあ聞くだけ聞いてみるか……

 

「あ、すいません」

 

ちょうど通りかかったナースステーションで、

居合わせた看護師さんに尋ねてみることにした。

 

 

 

「あっさり教えてくれたわ」

 

実に呆気なく教えてもらえた。

プライバシーどうなってんのと思わないでもないが、

まあ時代ということで納得しておこう。

 

中にはウマ娘ファンの人もいて、俺のことも一目で見抜かれて

軽く騒ぎになってしまった。仕事に支障が出てしまったのなら申し訳ない。

 

「えーと、ここかな?」

 

教えてもらった個室の前へと到着。

なんてことはない。スターオーちゃんの部屋のすぐ近くだった。

そりゃ同じフロア・エリアに集めるだろうなと、後になって気付いた。

 

でも実際やってきたのはいいものの、なんて声を掛けたらいいのか悩むな。

 

やっほートニービンさん、怪我の具合どお~?

 

……フレンドリーすぎるわ!

顔見知りとはいえ、1度対戦しただけの相手にこんな真似は出来ん。

 

はーいトニービン、負けて怪我して入院している気分はどう?

NDK? NDK?

 

さすがに上から目線が過ぎるわ!

どうしてこんな鬼畜なイメージが浮かぶんだ俺は。

まったくやれやれだぜ……

 

「FamilleLien?」

 

「!」

 

悩んでいたら、不意に名前を呼ばれてビックリした。

 

「What are you doing?」

 (何をしているの?)

 

「ムーンマッドネスさん」

 

振り返ると、そこには『貴婦人』ことムーンマッドネスがいた。

貴族のお嬢様風の出で立ちで、二つ名にふさわしい姿だ。

 

同じくジャパンカップに参戦した彼女。

帰国せずにトニービンに付き添っているのか。

友人同士なんだっけか。さすがの仲良しだ。

 

「あー、ええと、I came to see TonyBin,

 but I don't know what to say……」

 (トニービンに会いに来たんだけど、

  なんて声を掛けたらいいのかと……)

 

「I was amazed. You should just say it normally」

 (呆れた。普通に声かけて入ればいいじゃない)

 

なんて声を掛けたらいいのか迷っていると言ったら、

普通に言って入ればいいのにって呆れられてしまった。

 

いや、その普通が難しいんですよ、『普通』が。

 

「Follow me」

 (ついてきて)

 

え? 一緒に入ってもいいの?

それは助かる。

 

「Thanks」

 

お礼を言って、扉を開けて中へと入っていった彼女へ続く。

そしたら

 

「うわっ」

 

思わず声が出てしまうくらいに驚いてしまった。

だって、部屋一面が色とりどりの花々で埋まっていたんだもの。

 

「You have the same reaction as me, it's so funny」

 (私と同じ反応で笑えるわ)

 

ムーンマッドネスにクスッと笑われてしまった。

 

彼女と同じ反応?

どうやら彼女も、俺より前に同じ洗礼を受けたようだ。

 

「Moon?」

 

「Hi Tony,you've got a guest」

 (トニー、お客様よ)

 

「Guest?」

 (客?)

 

肝心のトニービンは、ベッドの上にいた。

客と聞いて首を傾げるトニービン、その視線が俺を捉える。

 

「FamilleLien!」

 

瞬間、彼女の表情がパッと輝いた。

 

「You've come」

 (来てくれたのか)

 

「Hello, how are you feeling?」

 (こんにちは、お加減どう?)

 

「I'm better now」

 (たった今よくなったよ)

 

具合はどうかと聞いたら、いま良くなったよ、だって。

嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 

本当、記者会見の時の威圧的で冷徹なイメージとは何だったのか。

別人なのではないかという気さえしてくるよ。

 

「Please sit down」

 (座ってくれ)

 

「Thanks」

 

ベッド脇の椅子へと腰を下ろす。

その間に、気を利かせてくれたのか、ムーンマッドネスは、

花瓶を持って部屋から出て行った。

 

「How are you getting on? Everything all right?」

 (調子はどうだ? 問題ないか?)

 

「No problem」

 (うん、ないよ)

 

「That's good」

 (それはよかった)

 

お見舞いにやって来たのに、逆に心配されてしまった。

俺の故障歴とかも知ってたりするんだろうか。

そうやって微笑むと、年相応の少女に見えるから不思議だ。

 

「What's wrong with these flowers?」

 (このお花はどうしたの?)

 

「Presented by Japanese fans.

 It's disappointing that so many fans expected so much」

 (日本のファンからプレゼントされたんだ。

  こんなに期待されていたのに情けない)

 

と思ったら、不意に表情に影が。

期待されてたのに情けないって?

 

そんなことはないと思うぞ。

現にこれだけの花をプレゼントされてるんだから、

ファンたちは純粋に心配してくれるだけだって。

 

それに、凱旋門賞馬のジャパンカップの成績って、ね?

あんまり芳しくないことは良く知られて……

あ、そうか、この時代だとまだそんなことは云われてないか。

 

「What does that say about the monster

 who finished fifth despite having a broken bone?」

 (骨折したのに5着に入った化け物が何を言うのやら)

 

と、ここでムーンマッドネスが戻ってきた。

花瓶を台に置きながら、トニービンに横目で言う。

 

骨折してなお5着に入った化け物? はは、言うねぇ。

さすが友人という間柄だ。軽口が冴え渡っている。

 

「You're as harsh as ever」

 (相変わらず手厳しいな)

 

手厳しいと苦笑するトニービン。

いや割と真面目に、海外で骨折しつつもG1で入着するのは、

なかなかなことだと俺も思うよ。

 

ムーンさんは視線が物語っていたように、

半ば本気で呆れてるんじゃないかな?

 

「Well, anyway, take it easy until your injuries heal」

 (とにかく、治るまでゆっくりしてね)

 

「Ah……」

 

とにかく俺がゆっくり治してくれと言ったら、

トニービンは窓のほうを見て、見事な冬晴れの空を見上げた。

 

「Maybe it's time to forget the title of European champion

 and relax for a while」

 (欧州王者なんて肩書忘れて、しばらくゆっくりするのもいいかもしれない)

 

肩書忘れてゆっくりしたいって?

うん、それがいい。怪我してるんだからなおさらだ。

 

「FamilleLien,you're going to run in the アリマキネン?」

 (君は有記念に出るんだろう?)

 

「Yes」

 

再び俺のほうを見て、トニービンはそう聞いてくる。

記念のことまで知ってるのか。

 

「You beat Tony,if you lose,we won't accept it」

 (トニーに勝ったんだから、負けたら承知しないわよ)

 

俺が頷くと、ムーンさんが負けたら承知しないぞと口を挟んでくる。

 

「I heard you lost last year」

 (去年は負けたそうじゃない)

 

「Moon」

 

去年負けてることまで調べてるのか、たまげたなあ。

察したトニービンが窘めに入ってくれるも

 

「Don't worry, I won't lose」

 (心配ご無用、私は負けないよ)

 

自信を持ってそう言い切れる。

元より背負っているものがあるからね、負けられないね。

 

うん、スターオーちゃんが復帰するまで、俺は負けない。

 

「I see」

 (了解だ)

 

「If you know what you're doing, fine」

 (わかってるんならいいわ)

 

トニービンもムーンさんも、俺の答えに満足してくれたか、

2人とも綺麗に微笑んでくれた。

 

「That said, you can call me Tony if you like」

 (よかったら、『トニー』と呼んでもらえると嬉しい)

 

え? 愛称で呼んでいいって?

突然だったのでムーンさんの表情も確認したら、

彼女は意外そうにしつつも、仕方ないわねとばかりに苦笑していた。

 

「Then call me Lien」

 (それなら私のことも『リアン』と)

 

「All right, I'll do that」

 (わかった、そうさせてもらうよ)

 

「I can't help it, you can call me Moon too」

 (しょうがないから、私のことも『ムーン』って呼んでいいわよ)

 

そう言って微笑む“トニー”。

対抗したのか、ムーンさんもムーンって呼んでいいわよって言ってくれた。

もちろんムーンにも、リアン呼びを持ちかけて了承してもらったよ。

 

ひょんなことから、2人と友達になれてしまった。

連絡先も交換したので、彼女たちが帰国したとしても、

やり取りすることは可能である。

 

やったね?(なぜに疑問形?

 

 

 

 

 

 

リアンが帰った後のトニービンとムーン

 

 

「あなた、この短時間で随分とリアンに懐いたのね?」

 

「嫉妬か?」

 

「はぁ? 別にそんなんじゃないし!」

 

友人同士の他愛のないじゃれ合いが行われていた。

 

「だがまあ、そうだな……」

 

「へえ、認めるのね」

 

「強者は強者を認める、というやつかもしれないな」

 

「なにそれ」

 

自分で言ってちゃ世話ないわ、というムーンに、

トニービンは再び苦笑する。

 

「肩書は忘れるんじゃなかったの?」

 

「そうだったな」

 

そして、ふふっと幼い少女のように笑った。

 

「彼女は強い。

 いずれ、世界にその名を轟かせることになるだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファン投票の結果、リアンは初めて30万を超える票を得て、

2年連続で1位を獲得。

また、故障で出走できないスターオーにも10万票以上の支持が集まり、

ファンの根強い信頼と、復帰への願いが露となる。

 

 

枠順抽選の結果、3枠3番レジェンドクイーン、5枠5番にメジロフルマー、

5枠6番にマティリアル、6枠7番にシリウスシンボリ、

6枠8番にメジロデュレン、7枠9番にスズパレード、

7枠10番にファミーユリアン、という出走表になった。

 

出走12人という少人数である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから本バ場入場だ。

 

パドックで言っていたけど、俺の支持率85%で、

記念史上での最高支持率更新なんだってさ。

以前はハクチカラが記録を持っていて、76.1%だったとか。

 

十冠のときのルドルフでさえ超えられなかった記録を、

俺が抜いてしまった。なんて恐れ多いことだろう。

 

ハクチカラか……

もはや遥か彼方の遠景過ぎて、伝説上の存在とすら思えてくるよ。

 

「ファミーユリアンさん」

 

地下バ道をゆっくり歩いていると、後ろから追いついてきた、

これで3度目の顔合わせとなるメジロフルマーちゃんから話しかけられた。

 

「随分と遅れてしまいましたが、あのときのお返事、

 今しても構いませんか?」

 

京都大賞典、アルゼンチン共和国杯と、G2を連勝してきている彼女。

 

エリザベス女王杯には目もくれず、

明らかに有一本に絞ったかのようなローテであり、

明らかに史実以上の戦績を積んで臨んできている彼女。

 

あのときとはもちろん、宝塚のとき、

俺からまた一緒に逃げられたらいいって言ったことだろうな。

 

無論、拒否する理由はない。

 

「歓迎だよ」

 

「それでは、お返事申し上げます」

 

俺が頷くと、フルマーちゃんはメジロの令嬢らしく、

上品にふわりと微笑んでから、華麗にカーテシーを決めてみせる。

 

「今日も私と一緒に、逃げてくださいますか?」

 

「もちろんいいよ。私についてこられるかな?」

 

「力の限り、ご一緒させていただきます」

 

「うん」

 

「胸をお借りいたしますわ。では、ご健闘を」

 

再度頷いたら、パアっと笑顔を輝かせて、

お互いにもう1度頷き合って、彼女は先に向かっていった。

 

いいねいいね、そうこなくては。

フルマーちゃんの笑顔を見た瞬間、背筋がゾクゾクっとしたよ。

もちろん寒気じゃなくて、意気高揚したという意味でね。

 

武者震いがするのう!

 

別にSっ気があるというわけじゃないと思うけど、

あんなこと言われたら受けて立たないわけにはいかないよね。

 

ヘリオスとパーマーに先駆けての爆逃げコンビ結成か?

 

「リアンさん」

 

続けて声をかけてきたのは、同期のパレードちゃん。

彼女ともこれで3度目のレースか。

 

「あたし、これが最後のレースなの」

 

「え、引退するの?」

 

「ええ」

 

「そうなんだ」

 

そうか、また寂しくなるな。

考えてみれば、俺たちくらいの年齢になると、

もう第一線からは退くのが普通なのか。

 

他のスポーツとは、ピークの年齢が明らかに違うよね。

実際の馬がそうだから、と言われてしまえばそれまでなんだけどさ。

 

「だから悔いの残らないようなレースをするつもり。

 それだけ。お互い頑張りましょう」

 

「うん」

 

そう言って、パレードちゃんは本バ場に向かった。

 

いまや数少ない同期がまた1人。

少しだけしんみり。

 

「おい」

 

今度は誰だ?

と思ったら……げえっ、シリウス!?

 

おまえまで何かあるのか?

 

「モテモテだな」

 

「うるさい」

 

別に望んでこうなってるわけちゃうわ。

で、おまえは何が言いたい?

 

「私も今の今までは、これで最後かと思っていたんだが」

 

「え……」

 

マジで? シリウスも引退するの?

史実的にもそういう年か……

 

改めて、俺も年を取ったなと思わざるを得ない。

 

「気が変わった。来年も走る」

 

「え?」

 

「同期が引退すると聞いただけでそんな腑抜けた顔をするようじゃな。

 私が一緒に走って喝を入れてやるしかないだろ?」

 

「………」

 

「まあそういうわけだから心配するな。はっは」

 

などと、訳が分からない供述をしており……

じゃないよ! そんな顔してたのか、俺は?

 

うむむ、シリウスのやつ……

どこまでが冗談で、どこからが本当なのか、判断が付かん。

 

「……よしっ」

 

何はともあれ、今できることを全力でやりつくすのみ。

 

両手で頬を叩いて気合を入れ直して、

先に行ったシリウスに続き、俺も本バ場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第33回有記念、まもなく発走となります。

 展開はどうなりそうですか?』

 

『まずファミーユリアンが逃げるのは間違いないでしょう。

 そして気になるのは、メジロフルマーがどう出るかです』

 

『この両者が対戦するのはこれが3回目になりますが、

 前の2回、日経賞と宝塚記念では、どちらも絡んでいっていますね』

 

『その結果が、日経賞では日本レコード。

 宝塚では不良バ場とは思えないほどのタイムでした。

 今回も競っていくとしたら、日経賞以上のタイムが

 出るんじゃないでしょうかね』

 

『ファミーユリアンがまた一緒に逃げようと誘った、

 なんて情報も上がっていたくらいでしたね』

 

『その答えが今日見られますか、期待大です』

 

『3番手にはレジェンドクイーンですか』

 

『そうですね、それも間違いありません。

 その後ろにスズパレード、シリウスシンボリあたりでしょうね』

 

『2人で逃げるとなるとハイペースが予想されますが、

 ズバリ予想タイムは?』

 

『2分30秒フラット前後。先ほども言いましたが、

 日経賞以上のタイムが出てもおかしくありません』

 

『期待しましょう。さあスターターが台に向かいました。

 グランプリのG1ファンファーレが響きます』

 

枠入りは順調に進み、短時間で完了。

態勢は整った。

 

一瞬の静寂の後――

 

 

ガッシャン

 

 

『スタートしました!』

 

ゲートが開いて全員が無事にスタート。

出遅れなどのアクシデントはなかった。

 

『外からファミーユリアン行きます。やはりメジロフルマーも続いた。

 両者並んで後続を離していきます。ハイペース必至!』

 

さすがの出足の良さでリアンがハナを奪いかけたところへ、

内からフルマーが並びかけ、完全に並走状態となる。

 

『1周目の直線、ファミーユリアンとメジロフルマーが並んで飛ばします。

 3番手レジェンドクイーンとは7、8バ身の差。

 その後ろレイニースワンとメジロデュレン付けている。

 スズパレード、フリーラン内々追走。外にセイオー、ハワイアンスコール。

 真ん中にフレッシュボイスがいます。さらにはマティリアル。

 シリウスシンボリぽつんと最後方。

 前から後ろまではおよそ20バ身ほどでしょうか。

 予想されたとおり縦長の展開になっています』

 

隊列は1コーナーを過ぎ、1000mを迎える。

 

『1000m通過は58秒0!

 ジャパンカップ以上のハイペースになりました!』

 

驚きの声を上げる実況。

客席からも大きなどよめきが沸き起こった。

 

『ファミーユリアンとメジロフルマー、

 日経賞、宝塚に続いて3度目の先頭争い。

 さあどこまで付いていけるんだメジロフルマー?

 3度目の正直成るか? この秋はG2を連勝してきています。

 夏までの私と思うなよ? 敢然とファミーユリアンに挑戦します!』

 

3度目の対決とあって、実況の声にも熱が帯びる。

後続とはもう10バ身以上離れた。

 

 

 

 

 

さあて、どうするつもりなんだフルマーちゃんよ?

 

横目でチラッと確認した限りでは、

彼女はただまっすぐ前を見据えて必死の表情で走っている。

余力があるようには見えない。

 

もうすぐ残り1000mのハロン棒だ。

 

ぼちぼち……

本気出していきますかね。

 

さあさあフルマーちゃん、ここからが勝負所だぜ?

 

 

 

 

 

『残り1000mを通過。ここでファミーユリアンわずかに前に出る。

 メジロフルマーここまでか? いや、離れない、離れません!

 前には出られましたが、それ以上には離されない。なんという気迫!』

 

 

 

 

 

……ほほぉ、やるねぇフルマーちゃん。

 

そのまま離されていくのかと思ったけど、

足音を聞く限りでは、真後ろにくっついたままのようだ。

あの決意表明は伊達ではなかったか。

 

よろしい。ならば、本気中の本気を出しましょうか。

 

まもなく600のハロン棒。

超前傾走法、行くぜぇっ!!

 

 

 

 

 

『残り600。ファミーユリアンいつもの走法へ移行した。

 昨年はうまく切り替えができなかったと言っていたこの地点で、

 さらに加速! メジロフルマーついていけるか!?』

 

『やや離されましたがフルマーそれでも離れない!

 2バ身差で直線へ向いた! あと310m!

 後ろはもはや眼中にない。そのはず10バ身以上はあります!』

 

最終直線へ入った段階で、リアンとの差は2バ身。

3番手とはいまだに10バ身以上あった。

 

『2人のマッチレース! さあ行けファミーユリアン!

 負けるなメジロフルマー! 差し返せるか!?』

 

もはやどちらとも言えない実況は、力を込めて両者を応援した。

観客たちも同様のようで、大歓声を上げている。

 

『最後に待ち受ける中山の急坂!

 ああっとメジロフルマーさすがにここで一杯になったか!

 一気に失速した! 差が開く!』

 

が、さしものフルマーもついに限界。

中山の急坂で脚が止まり、リアンとの差があっという間に開いた。

 

『これが、()()が認めた王者の走りだ!

 今日もまた他バの追随など全く許さず逃げ切るぞ!

 異次元の逃亡者ファミーユリアン、圧勝ゴールインッ!』

 

リアンが先頭でゴール。

そのまま粘ってメジロフルマーが5バ身差で2着。

 

3着には後方から追い込んでシリウスが入ったが、

それ以下のウマ娘たちには触れられすらしないという異例の実況になった。

 

『勝ちタイム2分29秒4、2分29秒4が出ました! 日本レコード更新!』

 

『上がり3F35秒7、4Fは47秒9。

 宝塚に続いてのグランプリ連覇!

 ミスターシービーを抜いて史上2位のG1、6勝目です。

 ファミーユリアンですっ!!』

 

 

 

第33回有記念  結果

 

1着 10 ファミーユリアン  2:29.4R

2着  5 メジロフルマー     5

3着  7 シリウスシンボリ    5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有記念を制しましたファミーユリアンさんです。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

レース確定後、恒例の勝利インタビューを受ける。

 

最初のうちは全然慣れなかったけど、

もうそんなことは言っていられなくなってきたな。

 

「今のお気持ちをお聞かせください」

 

今の気持ち?

そうだな……やっぱり……

 

「メジロフルマーさんに感謝を伝えたいです」

 

ゴール後はすぐに話しかけようと思ったんだけど、

それよりも早く係員のお姉さんが来ちゃったんで、

話せなかったんだよね。

 

「メジロフルマーさんに? 感謝?」

 

「はい。フルマーさん、一緒に逃げてくれてありがとう。

 おかげでこんなに素晴らしいレースが出来ました、と」

 

首を傾げるインタビュアー。

 

まあ正確な情報は出回ってないから無理もない。

俺からの一方的な呼びかけだったし、答えをもらったのは

レースの発走直前だったしな。

 

でも、間違いなく正直な俺の今の気持ち。

フルマーちゃんがいてくれたから、一緒に逃げてくれたから、

こんなにも満足してる。今もまだ興奮が収まらないくらいだ。

 

彼女はついていけなくてごめん、不甲斐ないって思うかもしれないけど、

そんなことは全然ない。むしろ、もっと一緒に逃げたいね。

 

来年も、レッツ、エスケープ!

 

「えー……」

 

全然想定していない答えだったのか、

インタビュアーさんが言葉に詰まってしまった。

 

お仕事難しくしてしまって申し訳ない。

お詫びと言っては何だが、ちょこっと情報提供しましょうか。

 

「トニーとムーン、見てる? Are you watching?」

 

そう言って、カメラに向かって手を振った。

途端に慌てだす関係者たち。

 

「ま、まさか、トニービンさんとムーンマッドネスさんですか!?」

 

「ええ。この前お見舞いに行って、お友達になりました」

 

「なんと……お二方が中継を見ていると!?」

 

「たぶん見てくれていると思います。

 ムーンには、トニーに勝ったんだから、有で負けたら承知しない、

 って言われましたから」

 

「おお……」

 

「Tony、Moon、I did.

 You don't have to get angry, right?」

 (トニーとムーン、やったよ。

  これなら怒られなくて済むよね?)

 

さっきとはまた違った理由で言葉を失っているのに構わず、

続けて英語で呼びかける。

きっと見てくれていて、満足してくれてるんじゃないかな?

 

また今度、スターオーちゃんを見舞うついでと言っては失礼だけど、

2人にも会いに行こうと思う。

 

 

 

ライブ後に携帯を見てみると、2人からメッセに連絡が来てた。

 

トニーは「Congratulations, my friend!」(おめでとう友よ!)

っていう短くも思いのこもった一言。

ムーンからは、「Well, not bad」(まあ悪くはないわね)

なんてツンデレなお言葉をもらったよ。

 

もちろんスターオーちゃんやチヨちゃんからもメッセージが。

フルマーちゃんの件を含めて、うれしい限りである。

 

 

 




グーグル翻訳万歳



今回の有馬
フルマー 3F 36.7
シリウス 3F 35.8

第67回の有馬
イクイノックス 3F 35.4

このペースで逃げて上がり35.7がいかにおかしいか
タイホ君は悠々と逃げたのに37秒台で沈みましたからね
海外帰りはやはり難しいのかなあ


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「新春特別番組! 年度代表ウマ娘座談会」

 

 

 

「ウマ娘ファンの皆様、あけましておめでとうございます。

 本年もウマ娘レースと、府中ケーブルテレビ並びに、

 週刊ウマ娘放送局をどうぞよろしくお願い致します」

 

冒頭、いつものキャスターが登場し、新年の挨拶を述べる。

今日の収録は、正月特番のためのものだ。

本放送は、元日の午後7時。ネット公開は翌0時を予定している。

 

「本日は、お正月に相応しい特大企画です。

 なんと! 近年の年度代表ウマ娘お三方をお呼びしての、

 特別な座談会をお送りします!」

 

年度代表ウマ娘を1度に3人も呼ぶのは、番組史上初、

それも番組始まって以来の大物たちの出演である。

否応なしに気合も入ろうというものだった。

 

「それでは早速、特別ゲストに登場していただきましょう。

 お三方、よろしくお願いします!」

 

キャスターがそう言うと、画面左からフレームインしてくる、

晴れ着姿のウマ娘が3人。

 

「まずは、史上3人目の三冠ウマ娘にして、

 シンザン以来の五冠を手にしたミスターシービーさん!」

 

「はーいどうも~、ミスターシービーで~す♪」

 

紹介されて、白と黄色を基調とした晴れ着のシービーが、

現役時代さながらのポーズをとった。

 

「そして史上4人目の三冠、それどころか無敗のまま

 空前絶後の十冠を制した皇帝、シンボリルドルフさん!」

 

「あけましておめでとうございます、シンボリルドルフです」

 

緑をメインにした晴れ着のルドルフ、長い髪をアップにまとめている。

優雅な仕草で軽く頭を下げた。

 

「3人目は、おととしの年度代表ウマ娘に輝き、

 昨年も大活躍した異次元の逃亡者、ファミーユリアンさん!」

 

「はい、ファミーユリアンです。よろしくお願いします」

 

薄緑色の晴れ着姿のリアンも、ぺこりと頭を下げる。

リアンもまた、髪を左側で結っていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「皆さんお分かりかと思いますが、番組始まって以来の

 超大物ゲストが勢揃いで、ものすごく緊張しています私。

 うまく進行できますかどうか……」

 

緊張で早くも手に汗握っていそうなキャスター、

口も上手く回っていないようで、ところどころ呂律が怪しい。

 

「私のことはさておきまして、座談会を始めていきましょう!

 お三方、お席へどうぞ」

 

それぞれが用意された席へと着く。

キャスターと向かい合わせに、3人が隣り合って座る形だ。

 

席順は紹介された順の通りに、向かって左から

シービー、ルドルフ、リアンの順番である。

 

「えーそれでは始めます。

 改めまして、あけましておめでとうございます」

 

「まだ明けてないけどね~」

 

「ちょっ」

 

キャスターが改めて行なった挨拶に、軽口を叩くシービー。

真っ先に突っ込んだのはリアンである。

 

「シービー先輩、それ言っちゃダメなやつです!」

 

「毎度のことながら、君というやつは……」

 

正月特番なので、収録はもちろんそれ以前。

ぶっちゃけると有直後なのだが、

そんなことはお構いなしのシービー。

 

「まあまあ抑えて抑えて」

 

「「誰のせいだと……」」

 

「お二人とも落ち着いてください」

 

呆れてジト目を向けるルドルフ。

他人事のような振る舞いを見せるシービーに、リアンとルドルフはさらに呆気に取られた。

キャスターも苦笑しながらなだめに入るしかない。

 

こんな和やかな(?)雰囲気で、座談会は始まった。

最初の話題は、終わったばかりの有記念へ。

 

「まずはリアンさん、有記念お疲れさまでした。

 そしてレコード勝利おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

キャスターの言葉に礼を述べるリアン。

ぶっちゃけ、この収録は有の2日後である。

 

「レース前からもうほぼ確実でしたが、これでルドルフさん以来の、

 2年連続の年度代表ウマ娘も確定ですね」

 

「まあ、はい、いただければ光栄です」

 

「となると、2年連続じゃないのは、アタシだけになっちゃうね」

 

ここで、またもやシービーが口を挟む。

ジト目で隣を見ながら、こう続けた。

 

「誰かさんのせいで連続は取れなかったし。

 アタシだって取れてもおかしくない成績だよね~?」

 

空気を読んだ番組側が、テロップ表示を付けた。

 

『シービーさん 天皇賞(秋)、ジャパンカップ

 ルドルフさん 三冠、ジャパンカップ、有

 

王道路線のG1を2勝は、例年ならシービーの言うとおり、年度代表に値するだろう。

だがしかし、その年は三冠に加えて、クラシック級にしてG1を5勝という超怪物がいた。

 

これでは比べるべくもない。

 

「勝負の世界だからな」

 

ルドルフは厳しくこう応じた。

 

「甘いことは言っていられない。

 それに、手を抜いたら抜いたで怒るだろう?」

 

「もちろんだよ」

 

「そういう問題じゃないですって」

 

真顔で頷くシービー。

あくまで自由人を貫く彼女に、またもやリアンがツッコミを入れる。

 

「そんなこと言い出したら、先輩とルドルフは三冠ウマ娘なんですから、

 私だけ三冠取れてない仲間外れです」

 

「言われてみればそうだね。

 や~いファミーユちゃん、ぼっちぼっち~♪」

 

「……」

 

「……」

 

ここぞとばかりにふざけるシービーに、

ルドルフとリアンは顔を見合わせて苦笑するしかない。

 

「話を進めてください」

 

「あ、はい……。えー、こほん」

 

業を煮やしたルドルフは、キャスターに進行を求めた。

わざとらしく咳ばらいをひとつ。

 

「リアンさん、お身体のほうはいかがですか?」

 

「さすがに疲れてますけど大丈夫です。異常はないです」

 

「何よりです、安心しました」

 

「最近の取材のたびに思うんですが、みなさんなぜか二言目には、

 体調は大丈夫ですかって聞いてくるんですよね。なぜでしょう?」

 

「なぜって……ねえ?」

 

体調を心配されたリアンだが、少々ずれた返しをした。

思わずシービーとルドルフの反応を伺うキャスター。

もちろん2人はキャスターに同意した。

 

「ファミーユちゃん、自分の胸に聞いてみなよ」

 

「春の天皇賞、そしてサクラスターオーのこともある」

 

「はあ」

 

「えーはい。ではリアンさん、1年を振り返ってみていかがですか?」

 

2人からそう言われても、ピンと来ていない様子のリアン。

またしても空気を読んだ番組側が、話題を変えた。

 

「引き続き良い成績を収められたので満足してます。

 秋の天皇賞でやらかして、負けてしまったのが心残りと言えば心残りですね。

 つらい出来事もありましたし」

 

「サクラスターオーさんは本当に残念でした……」

 

再びテロップ表示。

『サクラスターオーさんのご回復をお祈りいたします』

 

「まだ入院中ですけど、本人は至って前向きなので、

 私も前向きに考えて待ちたいと思います」

 

「ジャパンカップでの世界レコードが激励になりましたか?」

 

「だったらうれしいですね」

 

「あれ見て感銘受けない子はいないよ。

 カフェテリアで中継見てたコ、みんな泣いてたよ」

 

「そうだな、私も涙腺が緩くなった」

 

「改めて言われると恥ずかしいので、あんまり言わないでください」

 

口々に褒められて、恥ずかしそうに視線を伏せるリアン。

特に、シービーとルドルフから言われたのが大きかった。

 

「そんな気にすることありませんよ。

 それだけの立派な行いだと思いますし、

 今やリアンさんの影響力はそれだけ大きいってことです」

 

「お恥ずかしい限りで……」

 

追い打ちとばかりにキャスターからも言われてしまい、

リアンは赤くなって縮こまってしまった。

 

「スターオーさんのリボンを鉢巻きにするというのは、

 ご自分で考えられたんですか?」

 

「ええ、はい。

 彼女のトレーナーさんに無理言って貸していただきまして」

 

「ということは、スターオーさんご本人には内緒で?」

 

「そうなりますね」

 

「はあ~っ」

 

キャスターから感嘆の息が漏れる。

もちろん良い意味で、だ。

 

「サプライズもサプライズな演出だったわけですね。

 スターオーさんはどれだけ喜んだんでしょうか」

 

「とりあえず、勝手なことをするなって怒られはしなかったので、

 安心しました」

 

「そりゃ喜びこそすれ、怒りなんてしませんよ~」

 

キャスターの言葉に、ルドルフとシービーも頷いている。

それを見て、リアンはさらに恥ずかしそうであった。

 

「そういえば、海外から来られたトニービンさんと

 ムーンマッドネスさんとは、お友達になられたそうですね?」

 

「ああ、はい。退院したそうですけど、

 まだしばらくは日本にいるそうなので、ときどき連絡は取ってます」

 

「有に関して、お二人は何か仰っていましたか?」

 

「トニーからは『That's what I'm talking about.Good job』と。

        (さすがだ、よくやった)

 ムーンは『It's aggravating, but I'll give you a pat on the back』って。

      (一応、褒めてあげる)

 一応満足して褒めてもらえたみたいです」

 

「本場ヨーロッパの超一流にそこまで言わしめるリアンさん、さすがです。

 やはり英語でやり取りされているんですね?」

 

「まあ、はい、なんとか」

 

「ファミーユちゃんやるなあ」

 

英語で海外の娘とやり取りしていると聞いて、

シービーが手放しで褒めたたえる。

 

「アタシは日本語以外さっぱりだよ。英語のテストなんかもう全然。

 ジャパンカップの時も、海外の子の言ってることはちんぷんかんぷんでさあ」

 

「君はもう少し勉強したほうがいい。

 リアンだって最初からそこまで出来ていたわけではないぞ」

 

自分が薦めた教材の件もあって、ルドルフはシービーにツッコミを入れるも、

やはりどこ吹く風のシービーは

 

「今更だね~」

 

こう言って煙に巻いた。

ルドルフとリアンは苦笑するしかない。

 

「ルドルフに薦めてもらった教材のおかげなんですよ」

 

「ほほう、そのおススメのもので勉強したんですか」

 

「ええ、移動の車内とかでずっと聞いてました」

 

「それもまた興味深い話ですが、次に参ります」

 

その教材も話に出てきたが、時間が押しているのか、

キャスターは話題を次へと進める。

 

「お三方の出会いについて伺いたいのですが」

 

「私とリアンは同級生ですので、

 入学式の前日に寮で会ったのが最初でしたね」

 

「私のほうが先に部屋に着いてて、

 ちょっと遅れてルドルフが来たんだったね」

 

「ああ」

 

キャスターがそう話を振ると、当時のことを懐かしむようにして、

ルドルフとリアンの間だけで話が始まった。

 

「私よりも先に来ている子がいるとは思わなかった」

 

「指定されてた時間よりもだいぶ早く来ちゃってたんだよ。

 ちょっと張り切りすぎちゃったかな?

 気合入ってるね~って寮長さんにも驚かれちゃったし」

 

「それに、すごい衝撃的な初対面だったから、

 今でも昨日のことのように思い出せるよ。なにせ――」

 

「あ、あっ……詳しく言うのはやめてね?」

 

「非常に興味深いお話なのですが?」

 

リアンが慌てて止めたところで、タイミングよく切り込むキャスター。

 

「2人だけの秘密です」

 

「だそうですので」

 

「残念です……」

 

居合わせてた当時の寮長は知ってるけど、と内心では思いつつ、

証言を拒否するリアン。本人がだめだというのに、ルドルフから話すわけにもいかず、

キャスターは悔しそうに感想を漏らした。

 

「シービーさんとはどうだったんですか?」

 

「ええと、言ってもいいですか先輩?」

 

「どうぞ~」

 

「ご本人の許可もいただけたので……」

 

気を取り直してシービーとの出会いを尋ねる。

リアンは本人の許可を得てから、話し始めた。

 

「最初に会ったと言えるのは、生徒会室の前で、でしたね」

 

「生徒会室の前? どういうことですか?」

 

「えーと、あれは私が退院して間もなくのころだったと思いますが、

 とある用事があって生徒会室まで行ったんですね。

 そうしたら、ちょうどシービー先輩が出てくるところだったんです」

 

「うんうん、そうだったね」

 

「そしたら、先輩のほうから声をかけてくださいました」

 

「シービーさんは、すでにリアンさんをお知りになられていた?」

 

「なぜだかそのようでしたね」

 

話の流れから、キャスターとリアンの2人から、視線を向けられたシービーは

 

「まあ、その筋では有名だったからね」

 

こう言ってお茶を濁す。

もちろん周りは納得はできない。

 

「当時も不思議に思ったんですけど、何の筋なんです?」

 

「秘密♪」

 

当然、当事者のリアンからも追及を受けたが、

ニッコリ笑顔で返答を拒否した。

これには全員が苦笑するしかない。

 

「えーとまあそんな感じで、話をしたのはそれが最初です。

 それ以降は、これまたなぜだか頻繁に顔を合わせるようになりまして、

 その後に至るというわけです」

 

「聞いたところによりますと、シービーさんが引退後、

 使っていた靴などを直接譲り受けられたとか」

 

「そうですね。恐れ多くて1度は断ったんですけどね」

 

「もう使わないからアタシが持っててもしょうがないし、

 だったらファミーユちゃん以外にいないって思ったからね」

 

「シービーさんの目が正しかったことは、

 リアンさんがその身をもって証明しましたね」

 

「うんうん、アタシも鼻が高いよ」

 

「恐縮です……」

 

「ご慧眼でしたね~」

 

後継者に指名された、という見方はキャスターからしても当然だったようで。

口々に褒められ、小さくなるリアン、再びの図。

 

 

 

(中略)

 

 

 

「シービーさんとルドルフさんといえば、カツラギエースさんを含めた伝説の、

 ジャパンカップ3人同着優勝の話を聞かないわけにはまいりません。

 お二方、いかがですか?」

 

話題は、もう二度とないであろう3人同着優勝の件へ。

 

「うーん、ルドルフ、よろしく」

 

「また君は……。当事者としましては、3人同着ともなると正直、

 勝利の喜びよりも、珍しいことと驚きが先に立ってしまいましたね」

 

シービーは拒否というかルドルフに丸投げ。

困ったルドルフはこう言って、当時の心境を説明した。

 

「長い長い写真判定の末の決着でした。

 待っている間のお気持ちはどうだったんですか?」

 

「それはもうドキドキしましたよ。

 勝てたかというよりも、負けているかもしれないという緊張感と焦燥感がね。

 貴重な経験をさせていただきました」

 

「そう言えるのはルドルフさんだからこそなのかもしれませんね」

 

のちに無敗のまま十冠を手にする皇帝陛下。

それくらいの精神力を持つからこそ、の成績だったのかもしれない。

 

「あ、思い出した」

 

「おおシービーさん、良いお話がありましたか?」

 

「うん、番組的にも良い話だよ」

 

と、シービーが唐突に声を上げ、メタ発言をする。

期待して目を輝かせるキャスターに、彼女が語ったのは

 

「レースの前に、この3人でね、ミーティングしたんだよ」

 

当時のレース前、カフェテリアでの、小さくも大きな作戦会議のこと。

*1参照

 

「この3人というと、ルドルフさんと、リアンさんも?」

 

「そうそう。ね~2人とも?」

 

「あったな」

 

「やりましたねぇ」

 

意外そうに尋ねるキャスター。同意を求められた2人は頷く。

しかしその表情は、ルドルフとリアンで対照的だった。

 

ルドルフは懐かしむ一方で、あれが大きかったとでも言いたげに何度も首肯する。

リアンはリアンで、またややこしい話が出てきたとでも思っていそうな、困惑顔。

 

「ええと、リアンさんはその時まだデビュー前ですよね?

 いえ、レース前にライバル同士が一緒に作戦会議するっていうのも、

 相当ですけど……どうして部外者のリアンさんまで?」

 

キャスターの疑問はもっともだった。

おそらくは視聴者たちも総じて思ったことだろう。

 

「えーとまあ、一言で言えば、たまたま居合わせる羽目になったというか、

 そんなつもりじゃなかったんですけど、要は成り行きです、はい」

 

「はあ……」

 

苦笑しながらリアンが説明するも、生返事するしかないキャスター。

 

「偶然そうなったとはいえ、アレがなかったら、アタシたち、

 そろって負けてただろうね。

 エースがそのまま逃げ切ってたんじゃないかな。ねえルドルフ?」

 

「そうだな」

 

「え、え? それはまたいったい……?」

 

しかも、シービーがこう言ってルドルフも同意したものだから、

キャスターの困惑は頂点に達した。

 

あの史上空前の、伝説と化している3人同着優勝が、

このミーティングがなかったら成立していなかったというのか?

 

「ファミーユちゃんの分析がまた正確でさあ。

 雑誌の記事を読んだだけで、よくそこまでわかるなあって」

 

「まったくもって感心しましたよ。

 もちろん我々も、それぞれのトレーナーと事前に話し合ってはいましたが、

 それと同等どころか、それ以上なんじゃないかと思えたくらいで」

 

「おお……リアンさん?」

 

「えーと……」

 

続けてシービーとルドルフからなされた話に対して、

キャスターから羨望と期待の眼差しと声を振られたリアンは、

これは困ったとばかりに目を泳がせる。

 

「誰でもわかるようなことを、ちょろっと言っただけですよ。

 ホントに些細なことだったんです」

 

「お礼をしたときにも言ったけどさ、全然そんなことないってば。

 全部ファミーユちゃんのおかげだよ~」

 

「そうだぞリアン。現にレースは君が言った通りの展開になったんだ。

 シービーが言うように、君の発言がなかったら、

 私たちは2人とも動くに動けずに、後方のまま沈んでいただろうさ」

 

「買い被りすぎだってば。レースは水物なんだし、

 展開なんてそのときになってみないとわからないんだし……

 思いがけず当たっちゃったってだけであって……」

 

「はあ~……」

 

リアンを褒めたたえるシービーとルドルフ。

あくまで謙遜するリアンに、キャスターはもう、

追及を諦めたかのように大きく息を吐きだすしかなかった。

 

「リアンさんも慧眼の持ち主であったと。

 それが現在でも続いていて、その卓越したペース管理能力と

 レース勘に繋がっているわけですね」

 

「ですから買い被りですってば……」

 

まとめるキャスター。

それでもリアンは謙遜し続け、困り顔のままであった。

 

 

 

(中略)

 

 

 

「お名残り惜しいところではございますが、

 お時間が近づいてまいりました」

 

収録も長時間となり、キャスターがお開きを告げた。

番組の締めに入る。

 

「最後に、それぞれに今年の抱負をお聞きしたいと思います。

 はじめにシービーさん、どうですか?」

 

「うーん、特にはないかなあ?

 強いて挙げるなら、無病息災!」

 

「そ、そうですか」

 

「元気が1番だよ!」

 

シービーの返答に、キャスターの顔が引きつった。

ルドルフとリアンも苦笑している。

 

「ルドルフさんはいかがですか?」

 

「生徒会長としての職務を、責任をもって遂行することですね。

 少しでも理想に近づけたらいいと思っています」

 

気を取り直してルドルフに尋ねると、模範的な回答が返ってきた。

だからある意味、ホッとしたのかもしれない。

 

「ドリームシリーズもあってお忙しいとは思いますが、

 トゥインクル時代からも含めていまだ無敗ですし、

 引き続き無敗記録を伸ばしていってほしいところです」

 

「最大限努力することをお約束します」

 

キャスターもついつい口が回って、ルドルフもそれに応じ力強く頷いて見せた。

 

「では締めといたしまして、リアンさん、どうぞ」

 

「はい。

 去年できなかったことをできたらな、と思ってます」

 

「というと……勝てなかったG1を勝つ、

 という意味だと捉えてよろしいですか?」

 

「そうですね、それで合ってます」

 

「去年勝っていないG1というと、大阪杯と、秋の天皇賞……」

 

そもそも出走しなかった大阪杯と、痛恨の出遅れで敗れた秋天。

リアンがまだ手にしていない王道路線のG1は、その2つのみだ。

 

「その2つを勝ったら、いまだ誰も成し遂げていない、

 シニア級王道路線の完全制覇ということに?」

 

「そうなれば最高ですね。

 待たせている人もいるので、ぜひとも達成したいところです」

 

「むむむ!?

 最後の最後に気になる情報が出てきてしまいましたが……

 残念ながらここまでです」

 

待たせている人とは誰なのか?

キャスターの言うとおりに、最後の最後で大いなる謎が残された。

 

「ミスターシービーさん、シンボリルドルフさん、ファミーユリアンさん、

 本日はどうもありがとうございました。

 本年も変わらぬご活躍をお祈りしております」

 

「「「ありがとうございました」」」

 

締めの挨拶を行い、3人が頭を下げる。

 

「来年も……あ、違った。

 今年もウマ娘をよろしくね~。ばいば~い♪」

 

手を振るシービーの笑顔と陽気な声で、番組は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(正月特番ネット配信リアルタイム視聴組の反応)

 

:皆あけおめ!

 

:ことよろ~

 

:今年もリアンちゃんを推していくぞ!

 

:待機

 

:あと10秒……

 

:番組ハジマタ

 

:晴れ着きれいだな

 

:3人とも似合ってる

 

:いつもと違う髪型いいね

 

:久しぶりに見るシービーだ

 

:シービーwww

 

:こらwww

 

:リアンちゃんのツッコミが冴え渡るw

 

:メタ発言禁止!

 

:今年の初笑いはシービーに持ってかれたw

 

:わいもw

 

:だからシービーwww

 

:やーいやーいw

 

:ぼっちリアンちゃん

 

:シービーは引退しても相変わらずだな

 

:振り回されてるルドルフというのも新鮮だ

 

:シービーのファミーユちゃん呼び、すこ

 

:俺も好き

 

:他にいないからな

 

:え、リアンちゃん?

 

:ツッコミ役までボケに回るとは、いったい?

 

:ボケてんだよね?

 ツッコミ待ってるんだよね?

 

:リアンちゃんも天然の気があるのか

 

:ほか3人のジト目が……w

 

:なんか本当にわかってないっぽいぞ

 

:鈍感力

 

:スターオー……

 

:元気らしいのはリアンちゃんがブログで発信してたけど、

 前向きになってくれてるのはうれしいな

 

:そら(世界レコードでの圧勝見せられたら)

 そう(元気にならざるを得ない)よ

 

:スターオー勝負服のリボンを頭に巻いたのが、また……

 

:トレセン学園内でもそんな雰囲気だったのか

 

:サプライズだったとは

 

:自ら演出していくスタイル

 

:うわあ、こりゃスターオーも頭焼かれるわ

 

:ただでさえ信仰していると言っていいほどだったのに、

 こんなことされたら……

 

:稀代の演出家を名乗ってもいいレベル

 

:世界の強豪とも着々と人脈を作るリアンちゃん

 

:凱旋門賞バを愛称で呼べる凄さよ

 

:日本では唯一だろうな

 

:リアンちゃんのコミュ力すごい

 

:世界の超一流に認められているという実感が

 

:誰か訳して。聞き取れんかった

 

:トニービン「さすがだ、よくやった」

 ムーンマッドネス「一応は褒めてあげるわ」

 

:トンクス

 

:きれいな発音だったのに

 

:聞き取れなかったニキは耳鼻科へゴーだ

 

:すまん、俺も無理だった

 

:わいも

 いきなりあんな綺麗な発音で英語話すとは思わなかったから、

 聞き逃しちゃったよ

 

:改めて翻訳感謝

 

:まさかのス〇ードラーニング?

 

:他にもあるし、似たり寄ったりだから断定はできん

 

:ちゃんと勉強してるんだなあ

 

:薦めたのがルドルフというのがまた

 

:こういうこと見越して始めてたのかな?

 

:ということは海外志向あり?

 

:海外遠征期待!

 

:お、出会いの話は初出?

 

:そうだな

 

:部屋でってことは、リアンちゃんとルドルフって同室なの?

 

:ルームメイトってことか

 

:ほほう、これまた有益な情報が出たな

 

:衝撃的な初対面ってなんだ?w

 

:聞きたいw

 

:残念

 

:その筋とは?

 

:まあシービーの言うことだし、真に受けてはいけない

 

:シービーの変な信頼感w

 

:うむ、その目は正しかった

 

:この話は、リアンちゃんモデルの靴売り出した時にも出てたな

 

:今や押しも押されもせぬトップウマ娘だからなあ

 

:ダービーでも片鱗は見せてくれたけど、

 ここまでになってくれるとは思ってなかったよ

 

 

 

:おお、ジャパンカップの話

 

:ぶん投げるシービーw

 

:フリーダムもいい加減にせいw

 

:ルドルフとリアンちゃんの「こいつ……」って顔w

 

:そうか、負けたかもって気持ちのほうが大きかったのか

 

:無敗記録かかってたしなあ

 

:お?

 

:おや? シービーの様子が?

 

:キャンセル……するわけない!

 

:さてどんな話が飛び出る?

 

:レース直前にライバル同士で作戦会議とか

 

:手の内さらすようなもんじゃん

 

:シービーはつくづく破天荒だな

 

:それに応じる皇帝陛下の懐の深さも見逃せない

 

:なんでリアンちゃんまで参加してたんだ?

 

:どういう経緯でそうなったのか

 

:くそっ、もっと深く聞きたいぞ!

 

:リアンちゃんどんなアドバイスしたんだ?

 

:2人がこれだけ言うくらいだから、

 相当大きなこと言ったんだろうな

 

:もどかしい……

 

:あー、俺もその場に居合わせたかった!

 

 

 

:シービーの抱負www

 

:それ抱負じゃないw

 

:一方で大真面目な皇帝陛下

 

:普通はそうだよ

 

:普通が全く通用しないウマ娘、ミスターシービー

 

:完全制覇とな?

 

:うおお、そいつはすげえ

 

:達成できたら、本当に日本ではやることなくなっちゃうな

 

:そこで海外ですよ!

 

:正直、初めて海外G1を勝つのはリアンちゃんだと思ってる

 

:それが凱旋門だったら最高だな!

 

:待たせている?

 

:誰だ? どういうことだ?

 

:おおい、聞いてくれよ!

 

:なんてこった、元日から眠れない夜になっちまう!

 

:もう日を跨いで2日ですよ

 

:とんでもない初夢が見られそうだ

 

:何はともあれ面白かった!

 

:今年も頼むぜ府中CATV!

 

:今年もリアンちゃんについていくぜ。

 そうだろみんな!

 

:もちろんですとも!

 

:みんな今年も1年よろしくな!

 

 

 

*1
第25話 孤児ウマ娘、世紀の一戦で胸躍る




おまけ 初詣のリアン

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第64話 孤児ウマ娘、地方を振興する


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詳細は活動報告をご覧ください。


 

 

 

年が明けて早々に、うれしいニュースが2つ続けてあった。

まずひとつめ。タマちゃんに関して。

 

1月の選抜レースに出走し、後方から追い込んで2着に入った。

結果、その末脚に可能性を見出したトレーナーからスカウトされたと、

戸惑いながらもうれしそうに報告が。

 

「勝ってもないのにええんかな?」とは本人の弁。

 

そこはトレーナーさんの感性だから、良いも悪いもないさ。

彼女とよく話し合った上で、受けるかどうか決めたらいい。

 

研究所の指導を受け始めて半年ほどになるけど、

体重が少しずつではあるが増え始めて、背もわずかながらも伸びたというから、

ようやく成果が出始めてきたと見ていいのかな。

 

食べられない体質も、直接確かめたわけではないが、

普段の食事の様子を垣間見るに、以前よりは食べられるようになったみたいだ。

 

大変結構。

 

受けるんだろうなと思っていたら、報告の翌日には、

相談乗ってくれておおきになっていう感謝とともに、

受けることにしたでって笑顔で言っていた。

 

デビューまであと一歩。

がんばれタマちゃん!

 

そしてふたつめは、ファルコちゃんに関して。

 

『デビュー戦決まりました!

 来月1週目、小倉の芝2000m戦に出走します』

 

っていうメッセが届いた。

 

スカウトが去年の10月で、その時点で即戦力っぽい感じだったから、

わりと時間かかったなって印象だけど、それだけじっくり調整したってことかな?

 

ぜひとも見に行かなきゃって思ったんだけど、小倉かあ……

さすがに九州は遠すぎるよ。

彼女には申し訳ないけど、テレビ観戦で許してもらおう。

 

その旨と頑張ってって伝えたら、すぐに

『十分です。最高の報告ができるよう頑張りますね!』

っていう意気込みたっぷりの返信が来た。

 

史実ではデビュー勝ちできたんだっけ?

覚えてないというか知らないや。

なんにせよ応援してるぜ。がんばれ!

 

 

 

そして、ファルコちゃんのデビュー当日。

カフェテリアのテレビで観戦。

 

評価は6番人気と決して高くはなかったが、果敢に逃げたファルコちゃん。

後続を完封して逃げ切って見せた。

バランスの悪さなんて微塵も感じさせない、力強い走りで見事なデビュー勝利。

 

さっそく祝福のメッセを送る。

 

見事な逃げ切りだったねおめでとうって送ったら、

ファルコちゃんの返信は、火の玉ストレートでこっちがビックリ。

 

『あんなもので見事な逃げ切りなどと言われては、

 憧れの人が霞んでしまいます』

 

……だってさ。はて、誰のことかな~?(すっとぼけ)

なんにせよ慢心のかけらもなく、やる気もあるのは良いことだ。

 

そして次走に関しても、驚かされることを言い出した。

 

『今は調子がすごく良いので、弥生賞に挑戦します。

 皐月賞の権利をもぎ取ってやります!』

 

なんと格上挑戦して、皐月賞を目指すと宣言。

早くも史実ブレイクだ。果たして良いやら悪いやら。

あのルックスだし、もし勝ちでもしたら、人気出るんじゃなかろうか。

 

抽選になるかもだけど、まだ時間はもう少しあるから、

しっかり準備をして臨んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡って、1月の半ばのことだった。

 

「地方振興、ですか?」

 

「うむ」

 

理事長室に呼ばれて出向いて行った俺に対して、

理事長はこんなことを言い出した。

 

「ファミーユリアン君に、地方のレースも盛り上げてほしいと、

 関係者たちから懇願されてしまったのだ」

 

「はあ」

 

「今やリアンさんの人気は、凄まじいものがありますからね。

 地方もあやかりたいのでしょう」

 

同席しているたづなさんも、このように言う。

 

まあ、話は分かる。

自分で言うのもなんだが、今や俺は、中央のトップウマ娘。

ありがたいことに、人気も相応にはある。

 

その人気に乗っかりたいというのは世の常だ。

乗るしかない、このビッグウェーブに!ってことだろう。

 

古くはハイセイコーという成功例があるものの、

中央と比べれば雲泥の差の地方レース。

オグリの笠松しかり、ウララの高知しかり、

地方所属で唯一中央のG1を制したメイセイオペラの岩手なんかもしかりだ。

 

俺の人気に乗じて、何かテコ入れして欲しいんだろうな。

 

「要請! 申し訳ないが、受けてもらえないだろうか?」

 

「わかりました」

 

「感謝!」

 

「すいません、助かります」

 

断るという選択肢は、最初からなかった。

 

俺が頷くと、理事長もたづなさんも、すまなそうに礼を言ってくる。

お二人の立場はわかるつもりだし、その筋の人たちから

頼み込まれちゃったんだろうな、というのもわかるのでね。

 

理事長が命令じゃなくて要請と口にしたのも、

その苦しい台所事情と俺への心遣いが垣間見える。

 

なにより、中央だけが良くてもだめだ。

裾野を広げてこそ、真の人気と言えるだろう。

 

特に俺はある意味人気商売であり、広く協力(寄付等)を募っているので、

地方が廃れていくのを黙って見ているわけにもいかない。

いずれはオグリやユキノなんかの、地方出身者と連携して何かできたらいいな。

 

「具体的には何をすれば?」

 

「うむ、まずは、大井レース場に行ってくれ」

 

「大井?」

 

なぜに大井?

先に出たハイセイコーの出身地で、地方の中でも1番の規模である大井。

当然、他と比べれば、相応に潤っているはず。

 

地方振興というなら、もっと別なところのほうがいいのでは?

 

「……斟酌」

 

「申し訳ありません、察してください」

 

「はあ……」

 

顔に出てしまったか、2人とも苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。

ああそう、要は、()()()パワーバランスというやつかね?

俺なんかが踏み込んでいい領域ではないようだ。

 

触らぬ神に祟りなし。

 

 

 

というわけで、俺は、来月の開催日に大井レース場に行って、

各種のイベントをこなすことになった。

 

後から聞いた話では、大井レース場関係者はそれはもう大喜びで、

 

『URA2年連続年度代表ウマ娘ファミーユリアン来場決定!!』

 

なんて銘を打って、大々的に触れ込むつもりだとかなんとか。

まあ、言いたいことはあるけど、これ以上は語るまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大井レース場イベント当日。

 

地方の開催は平日、それも昼間からというのが普通なので、

それに合わせると当然学園には出席できなくなる。

特別に公欠という扱いでのイベント出演だ。

 

「はじめまして、ファミーユリアンです」

 

「このたびは我々の要請を受け入れていただきまして、まことに――」

 

俺の姿を見るなり、出迎えの背広姿の人たちが一斉に()()の意を表し始める。

おそらくは大井のお偉いさん方なんだと思うけど……

 

あーはいはい、挨拶はそこそこにしましょうね~。

こうも露骨に機嫌を窺われると、良い気はしませんのでね~。

 

気持ちはわからないでもないけど、一介のウマ娘1人相手に、

こうも大勢で何やってるんじゃというのが本音。

 

早々に話を切り上げると、開門前に場内を一通り案内してくれるとのこと。

そこに、案内役ということで出てきたのが……

 

「イナリワンってんだ。

 今日はよろしくな、ファミーユリアンの姐御!」

 

この江戸っ子ウマ娘だった。

 

いきなりの姐御呼ばわりにも驚かされたが、

なによりイナリの登場に度肝を抜かれた。

 

そうか、ここで君が出てくるのか……

 

「こ、こら、失礼だぞ!」

 

「構いませんよ。変に遠慮されるよりは親しみやすくていいです」

 

「そ、そうですか」

 

無論、お偉いさんたちがそんな態度は何事かと怒り出すが、

俺としては、手をもみもみされるよりはよっぽどいいので。

 

「イナリさん? 今日はよろしくね」

 

「おうよ。よろしくされちゃあ仕方ねぇ。

 さっすが姐御、話が早くて助かるわ」

 

タマちゃんを彷彿させる人懐こそうな笑みを浮かべるイナリワン。

相変わらずのトランジスタグラマー。

 

「それじゃ、あたしについてきてくんな!」

 

「はいはい」

 

そんなわけで、イナリの案内で、場内を回ることになった。

 

 

 

大井には前世を通じて初めて来たので、新鮮味があって非常によかった。

さすが地方随一の規模とあって、中央と比べても遜色がないというか、

中央の下手な地方よりは良いんじゃないの、と思うこともしばしば。

 

特に、食事しながらレースを見られる席は良かったね。

レース好きなら入り浸ってしまいそうだ。

 

「そしてこれが、我らが大井自慢のダートコースでいっ!」

 

最後に連れてきてもらったのが、本バ場。

地方一、すなわち、日本一といっても過言ではないダートコース。

 

「広いね。これならめいいっぱい走れそう」

 

「中央の人に褒めてもらえるたぁ恐縮だねぇ」

 

「イナリさんはもうデビューしてるの?」

 

「12月にな。もちろん勝った」

 

「そうなんだ、おめでとう」

 

「よせやい、照れるぜ。たいしたことじゃねえって」

 

デビュー勝利済みか。

正直、地方時代のイナリのことはよく知らないというか、

ほとんどわからないと言ったほうがいいな。

 

中央に移ってからも、そこまでは詳しくない。

 

「ひとつ込み入ったことを聞いてもいい?」

 

「なんでい?」

 

「今日の案内役、どうして引き受けてくれたの?」

 

お祝いされて照れくさそうなイナリワンに、

ちょっと難しいことを聞いてみた。

 

というのも、今日の俺の訪問に際して、案内役に誰を立てるかという点で、

けっこう揉めたという話を小耳に挟んだからだ。

 

ウマ娘の聴覚を侮ってはいけない。

 

普通に場長とかお偉いさんでいいんじゃないのとか、

訪問客にそれを聞かれている時点でどうなのとも思うけどさ。

それに、失礼にはなるけど、脂ぎったおっさんとかじいさんが相手よりは、

若い女の子のほうが百万倍ましなのは事実。

 

だから不満があるとかじゃないんだけど、

イナリワンが選ばれた理由を知りたかった。

 

「引き受けたも何も、あたしから名乗り出たんだよ」

 

「へえ、そうなんだ?」

 

意外や意外、自分から志願してくれていたとは。

何か特別な理由があったとか?

 

「最初は、中央の最強が来るんだから、

 うちも最強を出さなきゃ見合わなくなるってんで、

 あたしなんかが名乗り出ても相手にされなかったろうけど、

 チャンピオンロードが辞退して流れが変わった」

 

どこかで聞いたことあるな? と思ったら、

去年のオールカマーで一緒に走っていたことを思い出す。

中央に挑戦するくらいだから、この時代の大井のトップランナーなのかな?

 

「あたしが聞いたところじゃあ、他にも辞退されまくったって話だ。

 そりゃ、あのファミーユリアンが来て、相手しなきゃならないってのは、

 結構アレなんじゃないかと思うわなあ」

 

まあ、確かにね。

今の俺でも、海外のトップウマ娘をもてなせとかって言われたら、

胃がキリキリ痛むことになるのは間違いなしだ。

 

あ、でも、トニーとムーンは別ね。

 

「でもイナリさんは受けてくれたってことは、

 重荷とは感じなかったってわけだよね?」

 

「当然」

 

俺の問いに、イナリワンはへへっと笑って答えた。

 

「あたしは逆に、こんな機会二度とないって思ったね。

 中央のトップと間近で話せるなんて、本当にもうないだろうってな」

 

「光栄だね」

 

今はまだ夢幻だろうけど、後年、年度代表にまでなる子に

ここまで言ってもらえるのは、すごくうれしい。

 

「しかも、あたしらの()を中央のトップ様に見せつけてやるには、

 絶好のチャンスだとも思った」

 

「え?」

 

ニィ、と不敵に笑うイナリワン。

なんか風向きがおかしくない?

 

「唐突だが姐御、あたしと勝負してくれねえかい?」

 

「え……」

 

勝負って……トランプとか賭け事ってわけじゃないよねぇ?

レースでってこと?

 

えええ!? ここでそうなるの?

 

思わず、遠巻きに見ている関係者一同のほうへ振り返ってしまった。

彼らは「……?」と首を傾げている。

イナリワンとプライベート感覚で過ごしたかったんで、距離を取ってもらっていたんだ。

 

一部の人は、どんな話をしてるんだ、失礼なこと言ってないかとか、

気が気でないかもしれない。

残念、また違った意味で、懸念が当たってしまったよ。

 

「純粋に、中央の当代最強と腕比べしてみたいってのがひとつ。

 今のあたしの力を測ってみたいってのがひとつ。

 んでもうひとつは、デビュー間もないあたしでもこれだけできるんだって見せて、

 地方も中央には引けを取らねえ、ってところを日本中に見せつけてやりてえんだ」

 

「………」

 

「なあ頼むよ姐御! このとーりでえっ!」

 

顔の前で手を合わせて、頭を深々と下げるイナリワン。

 

決意の直談判ってわけだな。

中央との格差を少しでも埋めたい、か。

 

「どうしました!?」

 

「何かイナリワンが粗相を!?」

 

突然イナリワンが大声をあげて何かを頼み込む仕草を見せたから、

失礼なことをして俺を怒らせてしまったかとでも思ったのか、

関係者たちが慌てて駆け寄ってくる。

 

「ああいえ、なんでもないです。

 ちょっとイナリさんから頼み事をされてしまっただけですから」

 

「頼み事、ですか?」

 

「ええ」

 

イナリワンが微動だにしないことをしり目に、

何食わぬ顔で彼らと会話。

 

「えっと、この後の予定って、どうなっていますか?」

 

「ええと、各レースの口取式でプレゼンターを務めていただくのと、

 中休みにはダイアモンドターンで、食事をしながらのトークショーがございます」

 

ダイアモンドターンって、食事しながら観戦できるスタンド席だったな。

案内されたけど、すごい素敵な空間だった。

特に夜間は、あそこから見るレースはまた格別だろうなあ。

中央にもああいうのがあってもいいんじゃない?

 

俺のスケジュール的には、問題ないのかな?

レース場と開催上はどうだろう?

 

「ひとつお願いがあるんですが」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「今日、私も走らせていただくことは可能でしょうか?」

 

「走らせて……って、はいぃっ!?」

 

そう申し出ると、関係者一同の目が、総じて点になった。

 

 

 

 

 

「感謝するぜ姐御!」

 

イナリが目を輝かせながら礼を言ってくる。

もう彼女の態度からお分かりだと思うが、模擬レースの開催が決定した。

 

距離は2000メートル。

無理を言って頼み込んで、メインレースの前のわずかな時間に組み込んでもらった。

もちろん関係者たちは大いに慌て、色めき立った。

 

まさかまさか、ファミーユリアンが大井レース場で走るとは思うまいて。

それも、G1とか重賞ではなく、相手も一線級じゃないっていうんだからな。

かなりのわがままを通してしまったことは自覚している。

大変申し訳ないけど、これっきりということで許してもらいたい。

 

参加するのは当然イナリと俺。

それと、参加を希望するほかの子たち。

 

イナリも当初は並走トレーニングのようなことを想定していたみたいだけど、

それじゃ味気ないと俺から提案して、

他にも一緒に走りたい子がいたら走ろうと言ってみた。

 

そしたら、イナリの顔がさらに、みるみるうちに喜色に染まっていって、

フルゲートにして見せらあって息巻いてた。

どうやって声をかけたのはわからないけど、言葉通りにフルゲートになる予定とのこと。

 

あ、それと、スーちゃんには確認を取ったよ。

模擬とはいえレースだし、トレーナーに無断で出走するわけにはいかないからね。

 

事情を説明したら、体調に問題がないなら構わないってことで、

了承してもらえた半面、例の前傾走法は使用禁止で、

学園に戻ったら身体を徹底的にチェックするからねとのお達しだ。

明日は研究所行きかもしれない。

 

まあトレーニングも最低限しかしてない状態だし、

これがもとで故障なんて事態になっては、誰もが損をする。

我がままの代償かな。致し方ない。

 

「それより、私、何も準備してないから、

 想像してたより走れなくても怒らないでね?」

 

「そんなことしねぇさ。

 一緒に走ってくれるだけでも十分なのに、

 そこまで望んだらバチが当たるってもんだ」

 

よし、予防線の構築完了。

準備してないのは事実だし、前傾走法を使えなくても仕方ないってことで。

 

「それと、服も持ってきてないから、貸してくれると嬉しいな。

 だめならどこかで調達してこないと」

 

「ああ、それはお偉いさんたちがなんとかするってよ」

 

「そっか、よかった」

 

トレセン学園の制服で走るわけにもいくまい。

特に靴。ローファーでは無理だな。

最悪それでも走れるけど、実力を出せないどころか、故障の可能性が上がってしまう。

 

「見てろよ姐御。一世一代の走りを見せるからなあ!」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

ウッキウキのイナリ。

他の子たちの意気も高いそうで、何よりである。

 

しかし、ダートでのレースかあ。

 

トレーニングでは走らないことはないけど、模擬とはいえ

レースで走るのは、入学して最初の選抜レース以来だな。

ダート適性はないものだと思っていたけど、どんなものなのやら。

 

「ああそれから、私、ダートでレースしたことほとんどないから、

 期待外れだったとしてもがっかりしないでね?」

 

「だから気にしないって言ってるじゃねえか。

 こまけぇこたぁいいんだよ」

 

俺の心配をよそに、豪快に笑い飛ばすイナリ。

 

6年たって何か変わったか。

ひょっとすると……?

 

それを知ることができるとすれば、案外、悪い話ではないのかもしれない。

そう思いつつ、明朗に笑うイナリを見つめた。

 

 

 

 

 

大井レース運営は、模擬レースの開催をあらゆる手段を使って周知。

 

『ファミーユリアンが大井を走る!』

 

『新進気鋭の若手たちと模擬レース!』

 

『ダート2000m、今年最初の大一番!』

 

などと大々的に報じた。

 

リアンが来場してイベントを行うので、普段よりも来場者は増えていたが、

その結果、地元の重賞レースすらない普通の日だったはずのレース場は、

G1開催日以上の盛り上がりを見せることになるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異例の模擬レース開催で、人がごった返す大井レース場。

メインはこのひとつ後のレースなのだが、もはやこれが今日のメインと化した。

 

『急遽開催されますダート2000mの模擬競争。

 なんとなんと、来場していた中央の最強ウマ娘ファミーユリアンが参戦します!

 まもなく発走です!』

 

場内実況の声もかなり熱を帯びている。

その興奮ぶりが手に取るようにわかってしまう。

 

『しかし、ファミーユリアンは初ダートになりますね。

 これについてはどう見ますか?』

 

『何とも言えませんが、芝で何度もレコードを更新している

 スピードとスタミナの持ち主ですから、よほどのことがなければ、

 ダートでも相応に走れるのではないかと思いますね』

 

『一緒に走る子たちがクラシック級の新鋭たちばかりという点も、

 ファミーユリアンにとっては御しやすいと言えますか?』

 

『そうですね、幻惑と称されるほどの老獪なレースを見せる彼女です。

 まだ経験の浅い子たちにしてみれば、いまだかつてない強敵になります。

 なすすべなく一蹴されてしまう可能性のほうが高いのではないでしょうか』

 

『地元大井としましては、少しでも健闘してくれることを祈りましょう。

 さあスターターが台に向かいました。模擬レース発走です!』

 

台に上がったスターターが旗を振り、ファンファーレが響く。

なんと以前に使われていたG1競走用のものであった。

 

すぐに気付いた観客たちのボルテージも最高潮に達し、

模擬レースだというのに、手拍子が起きるほどであった。

 

ゲート入りは順調に進み、程なくして全員が収まった。

一瞬の静寂が訪れる。

 

 

――ガッシャン

 

 

『スタートしました! 1番ファミーユリアン、

 大井でも変わらぬ好スタートを決めてハナを切ります』

 

芝のレースと変わらず、リアンがタイミングよく飛び出してハナを奪う。

1コーナーまでに3、4バ身ほどのリードを取った。

 

最近のレースぶりのように大逃げはせずに、溜め逃げに近い格好。

先行勢、中団勢、後方勢と集団がきれいに分かれる。

2番枠から出たイナリワンは、最後方につけた。

 

『向こう正面に出てもリードはさほど取りません』

 

そのままの格好で向こう正面の中ほどを通過。

 

『1000mを63秒5で通過しました。

 特別早いというペースではありません!』

 

実況の声が上ずった。

もっとハイペースになると踏んでいたのだろう。

 

『3コーナーを回って、レースは勝負所を迎えます。

 ファミーユリアン4バ身のリード』

 

『ファミーユリアン、リードを保ったまま直線へ!』

 

大井の外回りコース、最終直線386mの攻防へ。

 

『先行勢は伸びがない、苦しい!

 後方待機勢はどうか? 200を通過』

 

『ファミーユリアン変わらず先頭!』

 

先行勢からは、リアンを脅かす存在は出現しなかった。

むしろずるずると離されていく。

 

このまま決着か、という空気が場内を支配しかかったその時

 

『後方から1人追い込んできた!

 2番イナリワンだ! 凄い脚で飛んでくる!』

 

『あっという間に2番手だ!』

 

後方から追い上げて2番手に浮上した小柄なウマ娘。

イナリワンであった。

 

『ファミーユリアンに迫れるか!? 残り100!

 イナリワン優勢! 差が詰まる!』

 

『イナリワンがんばれっ!』

 

3バ身、2バ身と差が詰まっていく。

実況が思わず応援してしまうほどの鬼脚。

 

残り50mで、1バ身まで接近したところ、

両者の脚色がほぼ同じになる。

 

『しかし届かない! ファミーユリアン逃げ切ってゴールインッ!』

 

2人はその状態でゴール板を通過。

リアンの逃げ切りという決着になった。

 

『中央の最強バは大井でも、ダートでも強かった。

 ファミーユリアン見事な逃げ切り勝利です!』

 

『勝ち時計は2分6秒5。上がり3ハロンは38秒0!』

 

『後ろは離されての混戦でゴールイン!』

 

『イナリワン健闘しましたがわずかに及ばず!

 いやあ惜しかったですねぇ』

 

『あと一歩でした。よくやったと思います』

 

レースが終わったところで、労いモードに入る実況と解説。

イナリワンの健闘ぶりを称えた。

 

『それにしても、実に恐ろしきはこの時計ですよ。

 去年の帝王賞を制したチャンピオンロードが2分7秒0ですよ?』

 

単純にコンマ5上回ったという程度の話ではない、と解説者。

 

『急遽決まった模擬レースでしたからね。

 もちろんファミーユリアンはこのためのトレーニングをしてきたわけじゃないですし、

 ウォーミングアップの時間もほとんど取れなかったはずです』

 

もともとそんな予定はなかったのだから当然だ。

それに、レースごとにプレゼンターとして口取り式に出なければならない。

はたしてどれほどの準備ができたのか、甚だ疑問である。

 

そんな状態で出走したレースの、

ましてや初ダートの時計だとは、とてもとても思えなかった。

 

『しかも最後の直線では、まだまだ余裕がありそうに見えたんですよね。

 横目で後ろを確認する仕草をしたようにも見えましたし、

 間合いを計っているようにも感じました。着差はわずかですが、

 見た目以上の強さを示してくれたのではないでしょうか』

 

『ファミーユリアンここにあり、ということでしょうか』

 

『準備不足でもこれです。

 改めて彼女の凄さを実感できました』

 

『いやあ恐れ入りました。

 さすがは中央の2年連続年度代表、最強のウマ娘です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

ゴール後、イナリワンは肩で大きく息をしつつ、

悔しさでいっぱいになっていた。

 

(届かなかった……全力で追ったってぇのに……

 しかも、姐御はまだまだ全力なんてもんじゃねぇ……

 こっちを見た……それも、笑ってやがった……)

 

リアンは確かにこちらのほうを見やった。

それだけではない。その口元は微かにではあるが、笑っていたのだ。

重要なゴール前で、しかも間近まで迫られたところでのあの余裕。

 

(あれが、ファミーユリアン……中央最強のウマ娘……)

 

改めて、悔しさがふつふつと湧き上がってくる。

同時に――

 

「……上等じゃねえかっ!」

 

――メラメラと燃え上がる対抗心もまた、

小さな身体の中に芽生えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……危なかった。

 

余裕ぶっこきすぎて、最後は差されるかと思ったよ。

超前傾走法なしだとこんなものなのかな。

 

でもイナリはやっぱりさすがだね。

他の子とは一線を画したものを持ってる。

 

「すー……はー……よし」

 

軽く息を整えたところで、イナリに一声かけに行きましょうか。

彼女は……お、いたいた。

 

「イナリさん」

 

「姐御……」

 

声をかけると、俯いていた頭を上げ、こちらを見たイナリ。

……悔しさでいっぱいという顔だな。

 

「強かったね、差されるかと思ったよ」

 

「それはこっちの……いや、負けたのはこっちだ。

 今は何も言えねえ」

 

「?」

 

しかし何かを吹っ切るように頭を振ると、

すっきりした顔になってこう言うんだ。

 

「ありがとな姐御、一緒に走ってくれて。

 改めて無茶言ってすまねぇ」

 

「お礼なんて。それより、何か得られるものはあったかな?」

 

「そりゃあもう。みんなもそうだろ?」

 

そう言って、いつのまにやら集まってきていた、

一緒に走った仲間たちに向かってそう問いかけた。

 

『はい、ありがとうございました!』

 

そしたら、揃いも揃って頭を下げるものだから、恐縮するしかないってもんだ。

みんな目をキラキラさせておる。

彼女たちにも、何かを示せたんだとしたら幸い。

 

「イナリさんは、芝を走ってみるつもりはないの?」

 

「芝? なんでぇ藪から棒に……?」

 

今度はこっちから尋ねる番だな。

芝に興味はないかね?

 

「ちょっと見ただけだけど、君なら芝でも合うと思うなあ。

 今のところ、私をあそこまで追い詰めたのはシリウスだけだからね。

 春の天皇賞でシリウスは1バ身半。今日の君は1バ身だ」

 

「……」

 

「芝ならひょっとすると、差し切られたかもしれないね?」

 

「………」

 

まさにポカーンという表現が正しいイナリ。

こんなことを言われるとは、微塵も思ってなかったか。

 

「今度は芝で一緒に走ろう。

 今日以上の良いレースができるはずだから」

 

「お……おう……」

 

「それじゃ、メインレースの準備もあるしいったんこれでね。

 また後で会いましょう」

 

いまだショックから抜け出せていないのを承知で、踵を返す。

 

まあこんなことしなくても中央には来てくれると思うけど、

まかり間違って転入してこないなんて方向の史実ブレイクされるのは嫌だからさ。

念を入れて勧誘しておきました。

 

「あー忙しい忙しい」

 

「………」

 

この後すぐにメインレースが組まれているから、

レースが終わるまでに着替えて、身なりを整えておかなければならない。

口取り式に出てプレゼンターしなきゃいけないからね。

 

まったく人気者はつらいね。なんてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イナリッ!」

 

「うわっ」

 

リアンが去って行って間もなく、イナリワンは仲間たちに囲まれた。

 

「な、なんだよおめえらっ」

 

「すごいすごい! 今のって勧誘だよね?

 中央に来ないかって誘われたんだよっ!」

 

「あのファミーユリアンさんに認められたってことだよ?

 いいなあうらやましい」

 

「そ、そうかぁ……?」

 

「絶対そうだって! じゃなきゃわざわざあんなこと言わないよ」

 

「そ、そうか……」

 

地方で芝コースを持つレース場は、1ヶ所しかない。

この場ではそこを指しているわけもない。

即ち、芝=中央、という等式が成立する。

 

「……そうか」

 

仲間たちから言われて初めて、重大な発言だったことに気が付いた。

確かにあんなことを言ったからには、特別な意図があったと思うべきだ。

単なる社交辞令ではないだろう。

 

「芝……中央……」

 

先ほど芽生えた悔しさと対抗心が、

明確に目標へと変わった瞬間だった。

 

 

 




イナリを誘っちゃいましたの巻。


スーちゃん
「で、ダートでレースしてみた感想はどう?」

リアン
「思ったよりイケるな、と」

スーちゃん
「ほほう……(ひょっとして……?)」


最近10年の東京大賞典の結果

22 ウシュバテソーロ  2:05.0
21 オメガパフューム  2:04.1
20 オメガパフューム  2:06.9
19 オメガパフューム  2:04.9
18 オメガパフューム  2:05.9
17 コパノリッキー   2:04.2
16 アポロケンタッキー 2:05.8
15 サウンドトゥルー  2:03.0
14 ホッコータルマエ  2:03.0
13 ホッコータルマエ  2:06.6

オメガパフュームの4連覇が目を見張りますが、注目はタイム。
リアンはこんな彼らと比べても遜色ないタイムを、
準備不足もいいところ、それも超前傾走法を使わずに記録してしまったと。

これはドバイ行きもワンチャン?

ちなみに大井2000mのレコードは第56回東京大賞典、
スマートファルコンが記録した2分0秒4。
前半58秒9という芝並みで逃げて37秒3で上がるとかどんだけ……
大井のレコードであるとともに、いまだ日本レコードでもあります。

さすがは赤鬼、規格外ですわ。





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第65話 孤児ウマ娘、後輩の奮闘に目を見張る

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(大井レース場イベントの反応)

 

:https://www.tokyocityumamusume.com/news/******

 

 「URA2年連続年度代表ウマ娘ファミーユリアン来場!」

 

 TCU(東京シティウマ娘レース)は、URA2年連続年度代表ウマ娘に輝いた

 ファミーユリアンさんを招いてイベントを開催します。

 当日は口取式でのプレゼンターを務めるほか、トークショーなどが行われます。

 URAと連携し、地方レース振興策の一環としての栄えある第1弾で、

 我々TCUが選ばれました。

 

:マジか、リアンちゃん大井に来るんか

 

:中央の現役ウマ娘が地方のイベントに出るって異例じゃね?

 

:引退後ならともかく、現役はすげえな

 

:それもリアンちゃんだからな

 

:ぐわー、行きたいけど平日じゃないか!

 

:仕事だよ!

 

:わいも

 

:くそぉ、せめて休憩するふりして中継見るぞ

 

:サボるな定期

 

:なんにせよ、地方民には縁遠い話だ……

 

:地方振興ってんなら、本当の地方に来てくれよぉ

 

:現役のうちには厳しいだろうな

 近くの大井だからこそ実現した話だと思う

 

:当日は大井ごった返すだろうな

 

:平日じゃなければ絶対行くのになあ

 

:有休取らなきゃ!

 

:仮病使ってでも行くぞ!

 

 

 

:大井のイベント今日だったっけ?

 

:行った人はレポートよろ

 

:皆、急報だ!

 

東京シティウマ娘レース(TCU)

 @tcu_race

 緊急告知です。

 本日予定しておりますファミーユリアンさん来場イベントにつきまして、

 急遽、ご本人参加の模擬レースの開催が決定いたしました。

 TCU所属のホープたちと2000mで競います。ご期待ください!

 

 

東京シティウマ娘レース(TCU)

 @tcu_race

 模擬レース発走はメインレースの前、16時20分に決まりました。

 投票はございませんが、皆様の振るってのご来場をお待ちしております。

 通常通りのリアルタイム中継も致しますのでご安心を!

 

 

東京シティウマ娘レース(TCU)

 @tcu_race

 なお、模擬レースが組み込まれたため、メインの第11レースと

 最終第12レースの発走時刻が、それぞれ15分繰り下がりますのでご注意ください。

 第11レースが16時50分、第12レースが17時30分の発走となります。

 

:!!

 

:なんだって!? 

 

:リアンちゃん走るのか? ダートで?

 

:なんてこった

 

:何があった?

 きのうまでそんなこと言ってなかったじゃないか!

 

:急遽とのことだから、本当に今日、

 下手すると今の今で決まったのかもしれん

 

:ぐわああああ見たいいいいいいいいい!!

 でもそんな時間に仕事から離れられないいいいいい!!!

 

:今日、有休取った俺に隙はない

 

:これから大井に向かう俺、歓喜

 

:まさかリアンちゃんがダートを走るとは

 

:しかも初ダートがまさかの地方

 

:ダート適性はどうなんだろう?

 

:何とも言えん

 

:相手がホープたちってことは、少なくとも一線級ではない

 スピードの違いで圧倒しそうでもあるし、

 適性がなければそんな格下が相手でも後塵を拝しそうでもある

 

:明らかな格下に負けるところは見たくない

 でもダートを走っているところは見たくもある

 

:俺も複雑な心境だよ

 

:何も芝だけがすべてというわけじゃない

 世界にはBCやドバイ、サウジ、ペガサスというレースもあるんだから

 

:ここで適性を見せれば、凱旋門だけじゃなくて、

 ドバイ挑戦という線もワンチャン?

 

:昔のタケシバオーとかハイセイコーみたいな例もあるし、

 芝とダートの二刀流、という可能性はなきにしもあらず

 

:すべては模擬レースの結果次第だ

 

:いやそれより、急遽ってことは準備もしてないってことだろ?

 トレーニングしてなくて大丈夫なのか?

 

:100%じゃないかもしれんが、ある程度は大丈夫なんだろ

 来月からは中央でもG1戦線が始まるんだし、

 全然トレーニングしてないってこともないと思うぞ

 

:無理だけはしないでくれ頼むから

 

 

 

(まもなく模擬レース発走)

 

:現地民より報告

 リアンちゃん、準メイン10レースのプレゼンターを務めた後、

 大急ぎで着替えてアップして出てきたところ

 観客たちの声援に一礼して手を振って応える

 

:相変わらずの神対応だな

 

:こんなときぐらい自分を優先してかまわないのよ

 

:そういうところがリアンちゃんだからな

 

:一緒に走るホープとやらの中に、本当の有望株はいるのか?

 

:リアンちゃんに敵うほどのはいないんじゃない?

 

:まあそんなのがいたら、すでに話題になってるか、

 最初から中央所属になってるわな

 

:観客さすがに多いな

 

:主催者発表、15時時点での入場者7万5千人

 この前の東京大賞典時よりも多い模様

 なお大井の昼開催の入場者レコード77617人

 

:レコードに迫る数字で草

 

:こりゃ最終的には確実に越えるな

 

:リアンちゃん人気おそるべし

 

:ファンファーレ

 

:旧G1ファンファーレじゃないか!

 

:当時を知る身としてはこれだけで胸熱

 

:手拍子がw

 

:メインでもG1でもないのに手拍子とこの歓声w

 

:それどころか正規じゃない模擬レースなんすよ

 

:それも当日午前に急遽決まったやつ、な

 

:やるなTCU

 

:1枠1番発走、これは忖度されたか

 

:それはどうでもいいな

 

:スタート!

 

:ダートでも反応抜群

 

:でもいつものようには逃げていかないな

 

:リアンちゃんも手探り状態なんとちゃう?

 

:それでも悠々と一人旅だ

 

:63.5

 

:ダート、それも大井じゃ基準が分からん

 

:恐れ多くて誰も突っつけないか

 

:急募メジロフルマー

 

:ここで募集してどうするw

 

:しかも特定の個人をw

 

:直線向いた

 

:差は詰まらない、むしろ開いていく~

 

:これは圧勝パターン

 

:お、1人突っ込んできたで

 

:おお

 

:やべぇ

 

:あの子いい脚使うな

 

:実況私情入りまくりやんけ

 

:いやでも応援したくなる気持ちもわかる

 

:だが逃げ切り

 

:現実は非情である(歓喜)

 

:1バ身まで迫られたが無難に勝ったな

 

:去年の帝王賞のタイムより早いってマ?

 

:準備不足の模擬レースでこの時計なら、

 適性ないってことはないな

 

:前が有利のダート、相手が格下というのを加味しても、

 全くダメって結論にはならない

 

:手を抜くって程じゃないけど、100%でもないしな

 

:たぶん本気でトレーニングして本気で走ったら、

 もう2、3秒は平気で縮まりそうだ

 

:夢が広がりんぐ

 

:来年はドバイでリアンちゃんが見られるかも?

 

:大満足!

 

:URAもTCUも乙。リアンちゃんおつかれ!

 

:大阪杯もこの調子で頼む

 

:この分なら大阪杯も圧勝だな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大井でのイベントを終えてしばらく。

3月に入り、いよいよ今週末の開催でタマちゃんがデビューする。

 

ぜひ激励せねばと思い、最終追切を終えたタマちゃんを、

カフェテリアに誘った。

 

「先輩、おおきにな。おかげさんで無事にデビューできるわ」

 

「タマちゃんが頑張ったからだよ」

 

「そうやろー? 研究所にもぎょうさん通ったかんな~」

 

コロコロと笑っているタマちゃん。

体調と調子の良さが窺える。

 

「その意味でも、先輩には感謝せなあかんな」

 

「うん、それは結果が出てからでも遅くはないかな?」

 

「せやな。帰ってきた後に改めて、お礼しに行くわ。

 けど結果が出んかったら勘弁な」

 

「とりあえず今は、変なことは考えずに勝つことだけ意識して。

 他のことは全部後からでいいから」

 

「おおきに」

 

史実では確か、デビュー勝利はできなかったんだよな。

その後も苦労してるし、良い意味で史実ブレイクしてほしいものだ。

 

「でもわざわざ阪神まで行くんだね?」

 

タマちゃんはデビュー戦に、阪神の芝2000mを選んだ。

史実では栗東所属だから不思議じゃないんだけど、

ウマ娘ではデビューで関西まで出向くのは、俺だったら遠慮したい。

 

全員こっち(関東)にいるからな~。

普通に美浦校と栗東校とかじゃダメだったのかな?

交流が減るからダメかな?

 

でもおかげで、関西遠征が少々無理くりな感じになっている気がする。

 

「ウチ実家が大阪やから、遠征って気がせえへんのや」

 

俺の問いかけに、タマちゃんは頷きながらこう言った。

 

「むしろホームグラウンドって感じやねん。

 家族も見に来られるしな。全部関西で走りたいくらいや」

 

「そっか」

 

なるほど、そういう感覚か。

関西出身の子は、みんなそう思ってるのかな?

 

「ご家族に勝つところ、お見せできるといいね」

 

「調子はめっちゃええねん。勝ちとはいかなくても、

 入着できれば賞金も入るし、喜んでくれると思うわ」

 

「うんうん。私は行けないけど、がんばってね」

 

「気持ちだけで十分やわ。

 精一杯走ってくるから見とってな~」

 

「うん」

 

例によって、現地には行けないけど、テレビ観戦はするからね。

デビュー勝利を願ってるよ。

 

 

 

『大外からタマモクロス! 見事に差し切ってゴールインッ』

 

おお……

 

タマちゃんのデビュー戦が無事終了した。

結果はお聞きの通り、最良である。

 

後方待機からの直線一気で、他バを丸ごと差し切っての1着ゴール。

お見事。こういう史実ブレイクなら大歓迎さ。

 

早速お祝いメッセを入れておこう。

 

それにしても……

 

レースのリプレイを見ていて気が付いたんだが、

タマちゃんが最後の直線で見せたあの体勢を低くした低重心の走り方、

どこかの誰かさん(すっとぼけ)に似ているような気もするんだけど、

どうなのかな?

 

 

 

遠征から戻ってきたタマちゃんを迎えての祝勝会で、

冗談半分でそのことを指摘してみると

 

「いやー、さすがご本家さんには一発で見抜かれてしもうたか~」

 

なんて、豪快に笑い飛ばされてしまった。

 

「せやねん。先輩を参考にしてな、ちょう考えてみたんや」

 

そして、続けてこのように言う。

 

「身体小さいんは覚悟のうえで、さらに小さくなれば、

 ほんのわずかな隙間にでも割って入っていけるんとちゃうか~って、

 思い付きで始めたんやけど、別の意味で効果覿面やったわ~。

 いやあ、ホント先輩様さまやわ~」

 

「そっか」

 

史実では確かそんな低重心の走り方を会得してから、

快進撃が始まったんじゃなかったっけかな?

 

みなさん驚くなかれ、こちらのタマちゃんは最初から習得済みですよ。

これは俄然今後が楽しみになってきましたね。

 

「それにしても目を見張る末脚だったね。まるで稲妻みたいだった。

 タマちゃん芦毛だから、『白い稲妻』ってところかな?」

 

「白い稲妻? ええなそれ!」

 

史実でのニックネームを口にすると、たいそう気に入ってくれたみたいで。

 

「今度ブンヤさんに会うたら、

 そう書いてやって頼んどくわ」

 

自分から売り込んでいく気満々。

元々は史実の父馬のシービークロスの異名だったけど、

こっちでは確認できないみたいだから、タマちゃん専用だね。

 

「ご家族も喜んでたでしょ?」

 

「ほんにな~。家族で抱き合って泣いてしもうたわ」

 

あー、気持ちはよくわかる。

俺も通った道だからね。その光景が目に浮かぶようだ。

 

……想像しただけでうるっと来ちゃったのは内緒。

 

「次走はもう決まってる?」

 

「決まっとるで。来月の阪神、アザレア賞や。

 2400mのレースやな」

 

「2400? ということは……」

 

「せや。ダービー目指すで!」

 

力強くそう宣言するタマちゃん。

 

そっか~、やっぱりね。

初めて会った時からダービーのこと言ってたからなあ。

 

「青写真はもうできとる。アザレア賞も勝てたら、そん次は青葉賞や。

 そんでダービー出走を目指すんや」

 

「新バ戦、条件戦、青葉賞って私みたいなローテだね」

 

「何言うてるんや、先輩そのものやないかい」

 

茶化してみたつもりが、大まじめだったでござる。

真剣そのもののタマちゃんの表情が凛々しい。

 

「先輩と同じく、ウチも4戦目でダービー制して見せるやさかい、

 目ん玉かっぽじってよ~っく見とってな」

 

「了解」

 

こりゃマジのマジで、タマちゃんのダービー制覇、あると思います。

走法のこともあるしね。決して夢物語じゃないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマちゃんデビュー勝利の翌週。

皐月賞の登竜門、弥生賞が行われる。

こちらには一足先にデビュー戦を制したファルコちゃんが出走だ。

 

ようやくにして訪れた、直接応援することのできる機会。

張り切って現地に向かうことにしたんだけど……

 

生憎と、去年の宝塚の時以上の大雨で、水が浮くほどの不良バ場。

 

ファルコちゃん道悪はどうなのかな?

史実での戦績、申し訳ないけど全然記憶にないので、まったくわからない。

そもそもこの時期に重賞に出てるなんてこと自体が、史実ブレイクだと思うし。

 

さて、パドックだ。

 

『1番人気は、前走共同通信杯2着の5番シエルアンバーです』

 

1番人気の子は、どうにも聞き覚えがない……と思ったら、

これあれだ、仮名になってるやつだ。

 

実名は確かレインボーアンバー。

『虹』という単純な言い換えになっている。

 

こんなぐっちゃぐちゃ馬場の弥生賞を大差勝ちして、

水かきが付いているなんていわれた馬だ。

となると、こっちのレースでもかなり有力だと思わざるを得ない。

 

『3番トウショウファルコ、現在14番人気です』

 

抽選を突破して最後の出走枠に滑り込んだファルコちゃんは、16人中14番人気。

デビューしてすぐだからまあ仕方ない。

 

しかしまあ、こんな天気でもあの子の美貌が目立つこと。

 

「おい、あの子すごい綺麗だな」

 

「ああ、すっげぇかわいい」

 

「人気ないけど、応援しようかな」

 

それは周りのお客さんたちにも同様に映ったようで、

あちこちからこんな声が聞こえてきた。

うんうん、気持ちはわかるぞ野郎どもw

 

最終的には、締め切りまでのわずかな時間で11番人気まで上がって、

秘かに小さなブームを起こしていた。

 

いや、これはきっと彼女のアイドル伝説の始まりだな。

すごいのは外見だけじゃないって見せてやれ。

 

『弥生賞発走です。スタートしました』

 

そうこうしているうちに発走時刻となり、

降りしきる雨の中でレースがスタート。

 

『デビューして2戦目のトウショウファルコ、ハナを切りました。

 シエルアンバー2番手につけます』

 

デビュー戦で逃げ切り勝利だったファルコちゃんは、

今日も果敢に先頭に立ってレースをリード。

1番人気シエルアンバーが、ぴったりマークするように2番手。

 

以降は離れた集団でひと固まりだ。

 

『態勢変わらず3コーナーから4コーナー』

 

レースはそのまま淡々と流れ、最終直線へと入る。

 

『シエルアンバー、トウショウファルコをかわして先頭!』

 

『シエルアンバーが完全に抜け出した。

 トウショウファルコ粘る。その後ろは一団でかなり離れた』

 

直線に入って間もなく、シエルアンバーが先頭に立った。

加速がほかの子と明らかに違う。さすが水かき持ち。

 

後続は追いついてくるどころか、むしろ離されていく。

もう1着2着は前の2人で間違いない。

 

『シエルアンバー圧勝、ゴールイン!

 2着トウショウファルコ、2バ身差で入線しました』

 

2バ身差でファルコちゃんが2着。

掲示板にもあっさりと数字が挙がり、3着までとはなんと『大差』の表示。

 

結果だけを見れば悔しいだろうが、史実でも大差勝ちした相手に

あそこまで粘れたのは、誇っていいと思う。

デビューしたてでまだ成長が見込めるし、皐月賞も期待できるのではなかろうか。

 

「ファルコちゃん」

 

「!! ファミーユリアン先輩!」

 

引き揚げてきたファルコちゃんに声をかけると、

彼女も俺に気づいて駆け寄ってきてくれた。

 

応援に行くってことは伝えておいたのでね。

 

「惜しかったね。

 でも2戦目ということを考えたら上出来じゃないかな?」

 

「悔しいです。せっかく来ていただいたのに、

 勝つところをお見せできなくて、申し訳ありません」

 

いやいや、謝ることはないのよ。

いま言った通り状況を考えれば上々の結果だと思うしさ。

 

ファルコちゃんもウマ娘のご多分に漏れず、かなりの胆力の持ち主だ。

デビュー直後の身で、重賞勝つ気満々だったのね。

お淑やかのようでいて、なかなかに剛毅。

 

「ですがこれで権利は取れましたし、

 皐月賞では絶対リベンジします!」

 

「うんうん、その意気だ」

 

「はい!」

 

早くも気合入りまくりのファルコちゃん。

空回りしないようにだけ気を付けてね。

 

 

 




タマちゃんはダービーが目標。
ファルコは一足先にクラシックロードに乗った。

お互い史実ブレイクしてのクラシック戦線はどうなりますか。


アンケートへのご協力ありがとうございます。
遠征時期的なことと今年の日本勢の大活躍もあってか、
ドバイが優勢ですね。ちょっと考えます。


搾り出し動画
https://youtube.com/shorts/LnVXmRUX8qU?feature=share
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42110192


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第66話 孤児ウマ娘、後輩の皐月賞を見守る

 

 

 

 

「ファミーユリアンさん、申し訳ございません」

 

お話がありますと言われて、移動した先のカフェテリアで、

席について早々の開口一番で謝られた。

 

戸惑っていると、話の相手、メジロフルマーちゃんはさらに続ける。

 

「大阪杯との両睨みで調整してきたのですが、

 私は日経賞に出走することになりました。

 ですのでご一緒できません。ごめんなさい」

 

そう言って、頭を下げたフルマーちゃん。

何事かと思ったら、そういうことか。

 

別に悪く思う必要なんかないのにね?

ローテなんか個人の都合で変わるものだし、

彼女の場合は特に、家とかの事情もあるんだろう、たぶん。

 

「付け加えれば、天皇賞も私には距離が長すぎるので、

 出走しません。ご了承いただければ、と……」

 

申し訳なさそうに言うフルマーちゃん。

いやいや、全然気にしないってば。

 

フルマーちゃん、微妙な距離適性してるからなあ。

2000だと短い、3000以上だと長すぎる。

2200~2500という、クラシックディスタンス*1にピンポイントな感じ。

 

メジロ家にとって、天皇賞は最優先目標だろうに、

そう決断したのも並大抵のことではないと思う。

 

「大丈夫、了解したよ。

 全然構わないから気にしないでね」

 

「本当に申し訳ないです」

 

「いやいや。わざわざありがとね」

 

律儀な子だよ、まったく。

こちらから感謝を述べると、何度も頭を下げて、

申し訳なさそうに去っていった。

 

名家のご令嬢の面目躍如と言ったところだろうか。

 

俺との約束、そこまでこだわらなくてもいいのになあ。

むしろ彼女の重荷になってしまってないか心配だ。

 

ちなみにフルマーちゃんのこの春のローテーションは、

日経賞、目黒記念、宝塚だという話。

 

阪神レース場でまた会いましょうって言ったら、うれしそうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、後輩たちの話ばかりしてきたが、

ここからは俺自身の話。

 

今年の初戦、大阪杯が目前に迫った。

そんな折に、スターオーちゃんが退院するという知らせが届く。

 

レースも大事だが、スターオーちゃんのことも大事。

スーちゃんに頼んで、退院する日だけはトレーニングを休ませてもらい、

病院へ直行。退院に立ち会うことにする。

 

そして、大阪杯前週の土曜日。

 

「リアン先輩、レース前でお忙しいのにすみません」

 

車椅子で病院を後にしたスターオーちゃん。

 

半年近くに及んだ入院生活。

いまだ自力歩行は困難な状況だが、焦らず腐らず、

自分のペースでリハビリ頑張ってほしい。

 

今後は、学園に登校しつつも例の研究所へ通うそうだ。

 

「チヨちゃんも、トレセン学園の入学控えて忙しいでしょうに、

 来てくれてありがとうね」

 

「全然構いませんよ~」

 

申し訳なさそうに言うスターオーちゃんの車椅子を押しているのはチヨちゃんだ。

親御さん*2を差し置いて、私に押させてくださいって自ら申し出て、

その大役を任されている。

 

そんなチヨちゃんも、来週、トレセン学園に入学するんだな。

 

「スターオーちゃんの退院と、チヨちゃんの入学、

 両方同時というとあれだけど、お祝いできるように頑張るね」

 

「はい、期待してますね、先輩」

 

「きょ、恐縮です。がんばってくださいね!」

 

2人にそう言うと、スターオーちゃんはどこかからかい半分に、

チヨちゃんは真に受けて恐縮しつつも、激励してくれた。

 

スターオーちゃんが復帰するまで負けないと決めているけど、

ますます負けられないね。

 

皐月賞時のルドルフじゃないけど、

あれくらいのインパクトのある勝ち方しないと、

こりゃ2人に満足してもらえないかな?

 

 

 

 

というわけで、大阪杯である。

 

去年の宝塚以来、2度目の阪神コース。

2回目ということもそうだし、今度は良バ場なので安心安心。

 

出走メンバーはまあ代わり映えしないので、

またもや9割超の支持を得て俺が1番人気。

 

2番人気はシリウス。

相も変わらず不敵な笑みを浮かべていて不気味だ。

あいつも今年初戦になる。

 

3番人気は、年下ながら腐れ縁と化しつつあるマティリアルちゃん。

前走中山記念を制し、久しぶり勝利の余勢を駆って、というところ。

千八で再び勝てたことだし、次走以降はマイルに回るのかな?

 

さてパドックもそこそこに、本バ場に入場して発走を待つ。

 

今回残念なことに、大外も大外18番枠に入っちゃったんだよね。

これは本当に飛ばしていかないと、最悪ハナを取れない可能性もある。

 

まあほかの子がどう出るかは始まってみないとわからないし、

とりあえず全力で先頭を奪いに行きますか。

 

枠入り完了。

 

 

――ガッシャン

 

 

よしっ!

毎度のごとくタイミングばっちり!

 

 

『18番ファミーユリアン絶好のスタート!

 猛然と飛ばしていきます』

 

『17人を引き連れて、ファミーユリアン先頭で1コーナーを回ります』

 

『さあ離した離した! 向こう正面へ向いたところで

 もう8バ身くらいはあります』

 

『さらに離れていく勢い!

 これは誰もついていく気がない、いや、ついていけないか!』

 

 

後続の足音が聞こえなくなって、しばらくたつ。

まもなく1000mのハロン棒だが……

 

……通過!

体感57秒半ばから後半くらい。

 

 

『前半1000mを57秒6で通過!』

 

『いまだかつてないほどのハイペース!

 これぞファミーユリアンのレースです!』

 

『2番手以降を大きく離して3コーナーへ』

 

『しかしこの娘の真骨頂はまさにここから。

 さあ、逃げて差す末脚を見せてくれっ』

 

『4コーナーを回ってファミーユリアン、圧倒的リード!』

 

 

観客の大歓声が心地よい。

これがすべて俺1人のために上がっていると思うと、

これ以上の喜びはないとすら思えてくる。

 

だけど最後まで油断は禁物。

この急坂にも気を抜かずに、しっかり走り切りましょうか!

 

 

『後ろは完全に沈黙した。

 仁川の2000mはまさにこの娘のための独り舞台だ!』

 

『ファミーユリアン終始の独走で完全勝利!

 今年もまだまだこの娘の天下です! 今ゴールイーンッ!』

 

『勝ち時計は1分56秒9! 2000mで1分56秒台が出ました!

 ファミーユリアンまたもや日本レコード!

 なんとなんと57秒台を一気に超えて56秒台に突入です!

 これはまさにただ1人だけ、これぞ異次元!』

 

『まったくもって恐れ入りました! G1・7勝目!

 これで手に入れていない王道タイトルは秋の天皇賞のみです!』

 

 

はい、勝ちました。

現実のウイニングランよろしく、スタンド前まで戻る時間が最高に気持ちいい。

永遠に味わっていたいと思うほどだよ。

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

そして巻き起こるリアンコール。

応えるようにして両手を掲げ、観客に向かって振り続ける。

 

歓声は、係員のお姉さんに連れられて引っ込んでも、

しばらく聞こえ続けていた。

 

 

 

第33回大阪杯  結果

 

1着 18 ファミーユリアン  1:56.9R

2着 13 リクドラゴン      8

3着 12 マティリアル      1/2

 

11.5 - 11.0 - 11.5 - 11.8 - 11.8 - 12.2 - 12.1 - 11.6 - 11.5 - 11.9 1:56.9

4F 47.1

3F 35.0

 

 

 

 

G1勝利後恒例のインタビュー。

 

「大阪杯を制しましたファミーユリアンさんです。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「文句のつけようのない完璧な逃げ切りでしたね」

 

「はい、狙い通りの展開でした」

 

大外枠発走だったから、最初はちょっと勢いをつけすぎたかも。

まあだからこそのレコードだとも言える。

 

「1000m57秒6の超ハイペースも想定通りと?」

 

「想定内です」

 

体内時計ちゃんもほぼ完璧。

 

「G1・7勝目を飾るとともに、日本レコード更新も7回目です。

 いかがですか?」

 

「ええと、まあ、我ながらよくがんばってきたなと」

 

G1を7勝。史実のルドルフと同じなんだよなあ。

そう思うと感慨深い。

 

日本レコードそんなに更新してたんだ?

 

正直言って時計にはそこまでのこだわりはないから、

あんまり気にしてなかったけど、

努力の結果が数字として残ってくれるのはいいよね。

 

「先日退院したサクラスターオーさんに、

 良い報告ができそうなのでよかったなと。

 それと、今年トレセン学園に知り合いの子が入ってくるので、

 いい入学祝いにできそうで良かったです」

 

あの2人のことだから、一緒に見てくれてたかな?

今度みんなで祝勝会でもしようか。

 

「次は天皇賞ですね?」

 

「そうなります」

 

「史上初の連覇、期待してます」

 

「はい、がんばります」

 

「ファミーユリアンさんでした。

 ありがとうございました」

 

「どうもありがとうござました」

 

インタビュー終了。

 

さて、ライブの準備もあるし、

あんまりのんびりともしていられないんだが、気になることがひとつ。

インタビュー中ずっと誰かの視線を感じていた。

 

いや、誰かじゃないな。

明確に視界の中にいるんだから、正体も何もあったもんじゃない。

シリウスだ。

 

今回、掲示板も外して13着と大敗したシリウス。

 

俺の記憶が確かなら、俺と一緒に走ったレースでは、

最低でも複勝圏内には来ていたと思ったんだけど、

これでその法則も崩れてしまったか。

 

「……ふん」

 

インタビューが終わったから、奴に視線を向けてみたんだけど、

何か言うでもなく、途端に踵を返して引き上げていってしまった。

 

この結果を見るに、有のときに言っていた、

引退するつもりだったというのも、間違いではないのかなと。

あのときはまた負け惜しみかと思ったんだけどさ。

 

秋風は確実に吹いてくる。誰にも平等に。

そう考えると、少し寂しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあさあ、来たよ。来てしまったよ。

何がって?

 

まあまずは列挙しようか。

準備はいいか? 行くぞ?

 

 

 

サクラチヨノオー

メジロアルダン

ヤエノムテキ

スーパークリーク

サッカーボーイ

アラホウトク

バンブーメモリー

コスモドリーム

ダイユウサク

パッシングショット

 

 

 

……どう?

 

来ちゃったでしょ?

おなじみのメンツが大挙して入学!

それ以外にも見知った名前がちらほら。

 

そして、笠松にはきっとオグリが来てる。

 

チヨちゃんは当然として、アルダンとヤエノ、

バンブーあたりはいいだろう。

何がいいんだかはとりあえず置いておいて……

 

1番やばいのはスーパークリークだ。

シングレでは入学当初は幼い描写もあったみたいだから、

いきなりオギャられることはないと思うが、警戒はしておこう。

 

嫌な予感しかしないので、なるべくなら顔を合わせたくはない。

くわばらくわばら、だ。

 

 

 

 

 

「あっ、リアンさーん!」

 

入学式の直後、俺を呼ぶ声に振り返ってみれば、

元気な“わんこ”がこちらに駆け寄ってくる。

 

「こんにちは」

 

「おおチヨちゃん。入学おめでとう」

 

「ありがとうございます! えへへ」

 

へにゃっと微笑むチヨちゃん。

相変わらずかわいい。

思わず頭に手が伸びてしまいそうになって、さすがに自重した。

 

「いよいよだね。焦らず頑張ってね」

 

「はい、ありがとうございます、頑張りますっ!

 それではこれで。またお会いしましょうっ」

 

元気よく頷いたチヨちゃんは、ぺこりと頭を下げて、

早くも友達ができたのか、数人の輪の中に戻っていった。

 

なんとも心和むんだけど、なんだかなあ。

俺って、入学式直後に声かけられるのが、毎年恒例になってない?

 

最近の若い子は度胸があるのう……

いま思い返してみても、当時の俺にはそんな真似は無理。

 

当時のトップウマ娘、えーと、俺らの入学前年に活躍した人っていうと、

モンテプリンス先輩あたりだろうか?

……ダメだな。とてもじゃないが、入学直後に

そんな彼女に単身で声掛けに行くって、絶対無理だわ。

 

まあいいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チ、チヨノオーさんっ」

 

「はい?」

 

輪の中に戻ったチヨノオーは、入学早々できた友人たちに囲まれる。

 

「今のって、ファミーユリアンさんでしょ!?」

 

「2年連続年度代表ウマ娘の、()()っ!」

 

「レコード連発、異次元の逃亡者の、あのファミーユリアンさん!」

 

「そうですけど」

 

首を傾げるチヨノオー。

彼女には、新しい友人たちがどうしてこんなに興奮しているのか、

すぐには理解できなかった。

 

「し、知り合いなの!?」

 

「はい。ちょっと前に、とある関係で紹介していただきまして」

 

「そ、そうなんだ」

 

「随分と仲良さそうだったよね?」

 

「何回かお会いしてますし、良くしていただいてます」

 

「う、羨ましい……」

 

「あたしもファミーユリアンさんとお話してみたい……」

 

「……」

 

友人たちの反応に、思わずぽか~んとしてしまったチヨノオーだったが、

ここに来てようやくにして思い出した。

 

(そっか……仲良くさせてもらってたから忘れてたけど、

 リアンさんってスーパースターなんだよね……)

 

友人たちの反応は、まるでハリウッドスターにでも出くわしたかのよう。

所属クラブの先輩だった人のおかげで、何回も会って普通に接していたから、

それほど凄い人だという感覚が、綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていた。

 

(懐かしい。私も最初はそうだったっけ)

 

初めて会った時のことを思い出すのと同時に、

自分の初心も思い出すことができた。

 

(……スターオーさんの分も頑張らなきゃ)

 

そして、決意を新たにする。

 

「ねえ、サインお願いすることってできるかな!?」

 

「お話ししたいって頼んでみてくれない?」

 

「わかりました。今度お会いしたらお願いしてみますね」

 

「きゃー、ありがとー!」

 

「持つべきものは友達だよね!」

 

「ああほら、早く教室に戻らないとー」

 

大騒ぎする友人たち。

そんな彼女たちをなだめながら、教室への道を行くチヨノオーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式が終われば、クラシックシーズンが開幕する。

 

第49回皐月賞。

トウショウファルコちゃんが出走だ。

 

本人もすごく前向きで調子も良さそうなので、

俺も意気揚々と応援に出かけたんだけど、

当日は弥生賞の時のような大雨で、またもや不良バ場。

 

しかも、その弥生賞を制したシエルアンバーは故障で回避。

スプリングステークスを勝ったブラックナルシスは短距離向きと考えられ、

稀に見る混戦模様を呈している。

 

出走18人のうち、なにせ重賞ウイナーが5人だけ。

そのうち3人はジュニア級での実績であり、年明けは未勝利。

そりゃ混戦になるよなあ。

 

結果、押し出される格好で、それでも実績では上位の

ドクターダッシュが1番人気。とはいえ支持率は20%に満たない。

 

2番人気は、道悪実績を買われたのか、ファルコちゃんである。

3番人気は、2勝しているものの、弥生賞では3着だった子。

やはり道悪実績のある子が支持を集めているようだ。

 

クラシック1冠目という皐月賞で、重賞未勝利のうえに

デビューからわずか2ヶ月の3戦目で2番人気に推されているという時点で、

本命不在の大混戦だというのがおわかりいただけるだろう。

 

それにしても、ファルコちゃんの目立つこと目立つこと。

長身ナイスバディに、あの鮮やかな金髪だもんなあ。

遠目に見ても際立ってよく見える。

 

 

『いやー、惚れ惚れするようなバ体ですなあ。

 髪の色も相まって、こんな天気でも光輝いて見えますよ』

 

 

手袋も金色だし、勝負服にも端々に金が散りばめられている。

 

状態のほうも、解説の人がべた褒めするほどの仕上がり。

彼女の調子の良さも表している。

 

そうこうしているうちに、いつのまにやら雨はやみ、急速に雲が去って、

発走時刻を迎えるころには、すっかり晴れ間が広がっていた。

 

しかしバ場は回復せず不良のまま。

ファルコちゃんにとっては追い風か。

 

ゲート入りが始まり、滞りなく態勢完了。

 

 

『第49回皐月賞、スタートしました。

 1番トウショウファルコ好スタート。外からブラックナルシス続いていきます』

 

『1コーナーを回って、トウショウファルコ先手を取りました。

 1バ身差でブラックナルシス』

 

 

先頭2番手と同様に、3番手以降も等間隔で並んでいく。

バ群がバラけずに一団という態勢だ。

 

 

『態勢変わらず3コーナーへ向かいます』

 

 

そのままの状態で最終直線へと向かうかと思いきや、ここでアクシデント。

 

 

『おっと10番転倒しました。競争中止!』

 

 

バ群の中ほどにいた10番の子が転倒して競争を中止。

ぬかるみに足を取られでもしてしまったか。

雨はこれがあるから怖いんだ。……と経験者は語る。

 

後続はうまく避けられたようだが、はたして影響はどうか。

 

 

『先頭トウショウファルコ、ここでブラックナルシスを突き離した。

 3バ身のリードで直線へ!』

 

 

4コーナー手前でファルコちゃんがスパート。

どうやら抜群のタイミングだったようで、後続は反応が遅れた。

さらにリードを広げていく勢いで直線に入る。

 

「行けぇーファルコちゃんっ!」

 

一般客に交じっての観戦であることを忘れ、

応援に熱が入って思わず絶叫してしまった。

 

これは、それほどの大チャンス到来!

 

 

『トウショウファルコ逃げる!』

 

『大外から15番! 内からはドクターダッシュ伸びてきた!

 さらにウィニングクラブ突っ込んでくる!』

 

 

粘りこみを図るファルコちゃんに、バ場の内外から強襲者が現れる。

行けっ、逃げ切れ! もう少しっ!

 

 

『しかしトウショウファルコ!

 半バ身差、逃げ切ってゴールインっ!』

 

 

後続の猛追を半バ身凌いで、栄光のゴール。

 

よぉおおしよくやったぁ!

やったなファルコちゃんっ!

 

 

『わずか3戦目でクラシックを制覇!

 西日を受けて光り輝く金色のファルコ!

 見事な逃げ切り、トウショウファルコですっ!』

 

 

 

第49回皐月賞  結果

 

1着  1 トウショウファルコ  2:05.0 不良

2着 18 ドクターダッシュ     1/2

3着 11 ウィニングクラブ     1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝利ウマ娘インタビューです。

 皐月賞を制しましたトウショウファルコさんにお越しいただきました。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございました」

 

お決まりの口上からインタビューは始まった。

ぺこりと頭を下げるファルコ。

 

「率直なお気持ちを聞かせてください」

 

「もう……言葉にならないくらい感無量です」

 

スタートからゴールまで先頭を守り通したがゆえに、

ファルコは顔も服もほとんど汚れていなかった。

不良バ場のレースで、これは奇跡的なことである。

 

ちょうど西日が当たるようなロケーションでもあったため、

キラキラと光る髪が、まるで後光が差しているかの如し。

 

「弥生賞と同様の不良バ場になりました。

 自信はありましたか?」

 

「はい、少なからずありました。

 アンバーさんがいなければ、1番得意なのは私だと」

 

「実力も伴っていたのだと証明しましたね?」

 

「だとしたらうれしいです」

 

自信が確信に変わっての会心の笑み。

その美貌もあって、周囲を納得させるだけの説得力を醸し出している。

 

「前走同様に逃げました。作戦通りですか?」

 

「その通りです」

 

「仕掛けのタイミングも抜群でしたね?」

 

「上手く嵌まってくれました。

 我ながら会心の出来だったのではないかと思います」

 

「これで今年のクラシックは、あなたを中心に回っていくでしょう」

 

「改めてそう言われますと、すごい重圧がのしかかってきますが、

 プレッシャーを力にできるようにしたいですね」

 

受け答えも非常にしっかりしている。

大レースを勝った直後とは思えないほどの落ち着きだった。

 

「この勝利を、誰に1番伝えたいですか?」

 

「家族はもちろんのこと……」

 

それまでスムーズに返していたファルコが、ここでいったん言葉を切った。

逸る気持ちを落ち着けるように、2度3度と深呼吸してから、こう続けた。

 

「ファミーユリアンさんにお伝えしたいです」

 

「ファミーユリアンさんに? どういうことでしょう?」

 

「それはですね――」

 

「あ、申し訳ありません。時間が来てしまいました」

 

「……あ、はい」

 

ファルコが答えようとしたところで、

テレビ局側とURA側の双方とで時間が来てしまった。

全国の視聴者がなんだよと思ったことだろう。

 

「ダービーでも期待しています」

 

「がんばります」

 

「トウショウファルコさんでした。以上です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(大阪杯リアルタイム視聴組の反応)

 

:大外発走がどう出るか

 

:他に目立った逃げウマいないし大丈夫ちゃう?

 

:いたとしても、絡んでいくのはメジロフルマーだけだから

 

:そのフルマーも先週の日経賞、余裕で逃げ切ったからなあ

 

:「G2番長」*3の称号が付きそうだ

 

:G1でも好走してるんだからそれはない

 

:圧勝だったしな

 

:去年エリ女に見向きもせずにアルゼンチンに出たの草

 出てたら勝ってただろうよ

 

:有意識したんだろうな

 

:リアンちゃんにまっしぐらだなw

 

:脳を焼かれてしまったか

 

:さあスタートや

 

:いつもの

 

:いつもの

 

:安心と信頼のスタート

 

:ホント秋天はなんだったんや

 

:弘法も筆の誤りというだろ?

 

:さて前半のペースは……

 

:57秒6!

 

:はええ

 

:そりゃついていきたくてもついていけないわ

 

:いやー離れたなあ

 

:ここからさらに伸びるのがリアンちゃん

 

:強すぎる

 

:まだまだ世代交代なんかさせないぜ!

 

:1分56秒9!!

 

:一気に56秒台まで行ったか

 

:激しく今更だけど、なんなのこの娘(誉め言葉

 

:57秒台でも前人未踏*4だったのに……

 

:あれだけ飛ばして、後半も60秒切ってくるのは

 もう化け物も化け物の領域なんよ

 

:実況「これぞ異次元!」

 ほんとそれ

 

:G1勝利数もルドルフに次いでの7勝目

 

:日本ウマ娘レース史上の1位2位が同世代って、

 改めて考えるとものすごいな

 

:こりゃ今年中に、ルドルフの記録も抜くんでない?

 

:王道皆勤を宣言してるから、秋天で並んで、

 JCで11勝目を挙げて記録更新か?

 

:まあ待て、逸る気持ちはわかるが落ちつけ

 

:まずは春天と宝塚勝たなきゃ

 

:しかしライバルらしいライバルもおらんし

 

:一発あるとしたら次の天皇賞じゃないか

 去年も割とギリだったし、

 よりステイヤー適性の高い子がいたらわからんかも

 

:そんな奴いるか?

 

:去年のステイヤーズとダイヤモンドSを連勝してきた

 スルーオダイナとか?

 

:確かに長距離適性だけなら上かもな

 

:前走、阪神大賞典でも失格とはいえ

 ハナ差の2着だったし

 

:3000以上で実質3連勝の実績か

 

:とはいえシリウスシンボリのあの脚でも差せなかったんだ

 そのへんのパっと出の子に負けるとは思わんし思えん

 

:前途洋々そうで何より

 

:スターオー退院したのか、よかったな

 

:あの子にとっては、何よりの退院祝いだろう

 

:知り合いが入学? 誰だ?

 

:リアンちゃん関係者がまた増えるのか

 

:いつだかのリアンちゃんのブログに、

 スターオーのお見舞い行きましたって件で写真アップされてたけど、

 そのときに見慣れない子が写ってたことあったな

 その子か?

 

:この写真の子か?

 https://www.umablog.com/*******

 

:そうそう、この手前に写ってる子

 

:かわいい

 

:一緒にお見舞いしてるってことは、

 スターオー関連なのかしら?

 

:とするとヴィクトリー俱楽部の後輩かな?

 

:見かけの年齢的にもそれっぽい

 

:まあいずれ明らかになるだろうし、

 どんな子なのか、今から楽しみだな

 

 

 

 

 

 

(皐月賞の結果を受けて)

 

:トウショウファルコ美しい……

 

:ふつくしい……

 

:新たな逃げのスター誕生か?

 

:デビュー3戦目でこの走り、資格は十分

 

:何よりこの容姿よ

 

:スター性は抜群だな

 

:不良のレースでこれだけ汚れてないのも運命を感じる

 

:西日に金髪が映えるのう

 

:キラキラだあ

 

:リアンちゃん以外に推しができてもいいよな? な?

 

:この年でよう落ち着いとる

 

:ファッ? いまリアンちゃんって言った?

 

:リアンちゃんに感謝?

 

:なんだ?

 

:おおい

 

:ちょっ

 

:いいところで打ち切りやがって……

 

:そこは続けろよぉ

 

:この子もリアンちゃん関連なんか?

 

:そのようだな

 

:スターオーをはじめとして、後輩にも慕われるリアンちゃん

 

:くそっ、どういう関係なんだ!

 

 

 

:「ファミーユリアン先輩は私の大恩人なんです」

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 皐月賞勝利後のインタビューで、感謝を伝えたい人物に、

 家族と並んでファミーユリアンの名前を挙げたトウショウファルコ。

 肝心のインタビューがそこで打ち切られてしまったので、

 その真相は聞けずじまい。気になっていたファンも多いことだろう。

 

 突撃取材の結果、判明したことを余すことなくお伝えする。

 

 両者の出会いは去年の夏で、トレセン学園内の行事として、

 稀代の強者ファミーユリアンに悩み事や相談したいことを

 打ち明けるというイベントが開催された。

 

 その席で、なかなか結果が出ないことを相談したトウショウファルコ。

 走りのバランスが悪くパワーが出ないと聞いたファミーユリアンは、

 その場で具体的な解決策を見出してくれたという。

 

 以後アドバイス通りにトレーニングに励んだ結果、

 バランスの悪さは解消され、タイムは伸び、レースでも結果が伴うようになる。

 

 わずか3戦で弥生賞2着、皐月賞勝利と、誰もが認める結果を出したのだ。

 それまでは学内のレースでも入着が精いっぱいだったというから、

 ファミーユリアンがしたというアドバイスの正確性は疑うべくもない。

 

 「大変感謝しています」とトウショウファルコ。

 あの企画がなかったら今の私はないと断言し、大恩人とまで言い切った。

 

 どうやらファミーユリアンの才能は、走りだけではないようだ。

 

 彼女に相談したのはトウショウファルコ以外にも多数いたそうなので、

 今後の活躍バの中に、ファミーユリアンのアドバイスを受けた子が

 どれだけ出てくるのか、期待は尽きない。

 

:ほほお

 

:おほー

 

:これはすげえ

 

:リアンちゃんそんなことまでしてたのか

 

:その場でアドバイスできるのはすごいな

 しかも、大的中だって言うんだから

 

:リアンちゃんの助言がクラシックウマ娘を誕生させた!

 

:チャリティ活動といい、後輩への指導といい、

 リアンちゃんの才能多岐にわたりすぎだろ

 

:これは慕われますわ、間違いない

 

:スターオーに続いて、リアンちゃん教の信奉者が……

 

:同じ逃げウマ娘というのがまた

 

:逆だろ?

 リアンちゃんに憧れているからこそ、逃げるんだ

 

:これは、逃げ娘たちに一大派閥が形成される予感

 

:逃げウマ娘ブームが来そう

 

:逃げ志望の子が押し寄せそうだな

 

 

 

 

*1
2400m前後の所謂チャンピオンディスタンスを云う

*2
母親とは死別しているので、父親か、史実で面倒を見たスターロッチと思われる

*3
ウイポ脳

*4
史実のこの時期での2000m日本レコードはサッカーボーイの1分57秒8。56秒台突入はツジノワンダーが記録した1分56秒4で2001年




ドクタースパートさんごめんね。
そして、ウィナーズサークルさんにも先に謝っておきます。
史実ブレイクでごめんなさい。


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第67話 孤児ウマ娘、天皇賞でサプライズ

 

 

 

『春の天皇賞、発走が迫りました。

 出走します18人、展開予想をお願いします』

 

『はい。1番人気1番ファミーユリアンが逃げますね。

 絶好枠を引きましたし、万全の逃げを打ってくると思います』

 

『誰もついてはいきませんか?』

 

『いかないでしょうねぇ。ついていっては、

 自分のほうが先に潰れてしまいます。

 おそらくは単独で差をつけて逃げていくでしょう』

 

『史上初の春の天皇賞連覇*1は固そうですね』

 

発走直前の、実況と解説のやり取り。

勝ち抜け制が廃止されて以来、初めての天皇賞連覇は確実と見る。

 

『2番手に3番ダイナカーペンター、13番ミスシクレノンあたり。

 2番人気、ステイヤーズステークスとダイヤモンドステークスを

 制したスルーオダイナと、プレジデントシチーあたりも先行します』

 

『16番フリーラン、3番人気6番シリウスシンボリなどは中団でしょうか。

 15番スリーナショナル、7番マルシャドウ、後方で控えるでしょうね』

 

『ペース的には早くなりますか、やはり』

 

『ええ、ファミーユリアンのことですからね。

 菊花賞の時のような展開も考えられなくはありませんが、

 近走を考えると……』

 

解説がそこまで述べたところで、

ファンファーレが鳴り響き、ゲート入りが始まる。

各バ順調に収まって、スタート態勢は整った。

 

『初めての春の盾連覇か、それとも新星の登場か。

 第99回天皇賞、……スタートしました!』

 

『綺麗なスタートです』

 

出遅れなどはない、静かな発走。

ところが、異変はその直後に起こった。

 

『ファミーユリアン今日も好スタートでハナに――いや、下がっていく!?』

 

実況も予想だにしない事態に、声が上ずってしまった。

 

いつものようにポンと飛び出したリアンだったが、

そこから加速していくはずが、逆に抑えて後方に下がっていくではないか。

 

もしや故障発生か?

観客たちも騒然とし始めるが、どうもそうではないようだ。

 

『ファミーユリアンまさかの後方待機策!

 これは誰もが思ってもみなかった展開です!』

 

痛がる素振りや競争を中止するかの動きもなく、

平然とした顔でバ群の後ろへとついたからだ。

 

『連覇のかかるファミーユリアンは最後方からレースを進めます!

 ほかの子たちも何事かと周りを見ている様子! 皆キョロキョロしている!

 いやはやこれは驚きました。先頭にはダイナカーペンター立ちました。

 2番手は――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、春の天皇賞、最終追切前の出来事だった。

 

「リアンちゃん、追切の前にお話しましょう」

 

スーちゃんがこう言うので、トレーナー室へと移動。

 

「言うか言うまいか迷ったんだけど、

 今後のために、私の正直な気持ちを伝えておきます」

 

いつになく真剣な顔のスーちゃん。

改まちゃって、いったい何の話ですかね?

 

「今度の天皇賞での作戦だけど……」

 

「はい」

 

「いつもはあなたに任せてるんだけど、今度ばかりは、

 私から指示させてもらいます」

 

「……え?」

 

レースでの作戦の指示? 

初めてのことだったから、驚いて思わず声が出ちゃった。

 

いや、トレーナーが担当バに指示するなんて、至極当然のことだ。

何を驚く必要がある? 今までのスーちゃんが寛容だったんだ。

 

「わかりました。どういう作戦を取ればいいですか?」

 

だからすぐに落ち着けて、そう返事ができた。

菊花賞の時のような、逃げ方の詳しい指示だろうか?

 

すると、スーちゃんは表情を一層険しくする。

 

「はっきり言っておくわね」

 

「はい」

 

「いつもみたいな逃走劇は禁止。

 ましてやハイペースなんてもってのほか。いいわね?」

 

「へ?」

 

今度という今度は、心の底から仰天して、

しかも予想もしていなかった、できなかったことだから、

おマヌケな声が出てしまった。

 

逃げ禁止? ど、どういうことですか!?

 

「あなたの末脚をもってすれば、たとえ後方からでも十分勝てる。

 それが大きな理由、ふたつのうちのひとつ」

 

「……もうひとつは?」

 

「あなたの去年の春の天皇賞での走りは見事だったわ。

 間違いなく誰にも真似できないと言えるほどのね。でも」

 

「……」

 

「正直言って、あんな見る側にも、なによりあなた自身の

 心臓に悪い走りは、もうしてもらいたくないの」

 

……あれか?

ゴール直後に転んでしまって、しばらく立てなかったことを言ってるのか?

 

そりゃまあ確かに、肝を冷やすような出来事だったのは、

スターオーちゃんとシリウス、お客さんや掲示板の反応からしてわかるけど……

 

見る側だけじゃなくて、俺自身の心臓にも悪いって?

 

「あんな走り方を続けていては、確実に競争寿命を縮めるわ。

 いえそれだけならまだしも、下手をしたら、

 本当の寿命のほうにまで影響が出てしまうかもしれない*2

 

「……」

 

本当の、寿命……

当時の掲示板内でも言われていた、心臓発作云々ということが脳裏をよぎる。

 

幸い何の問題もなかったけど、すぐに動けなかったことが、

何か病的なことを引き起こしてしまう要因になるとでも?

または本当に、突発的な発作を招いてしまうとか?

 

健康なサッカー選手が、突然の心臓病とかで急逝してしまう事態もあったなあ。

そう考えると、すごく危ない橋を渡っていたような感覚に襲われる。

 

「本音を言えば、そろそろ逃げ一辺倒というところからも

 脱却したいところだし、悪いことは言わないわ。

 作戦の幅を持たせるという意味でも、今回は後方からレースしましょう」

 

「………」

 

作戦のこと以上に、大いに俺の身を案じてくれてのことだとわかった。

 

かつての選抜レースでの事故のことも踏まえて、

バ群に包まれたくないという俺の心情をも勘案したうえで、

提案してくれているんだろうな。

 

先行策や差しではなく、あえて『後方から』と明言していることだし。

 

「今後の競技生活、長い人生のためにも、お願いリアンちゃん」

 

「わかりました」

 

「……ありがとう」

 

俺が頷くと、スーちゃんはホッとした様子で一息ついて、

険しかった表情もふっと緩め、一転して優しげな顔になった。

 

なんだかすごい悪いことをしていたかのような気分にさえなってくる。

同時に、スーちゃんのやさしさをこれでもかと感じた。

 

「私としても、長距離でのあの逃げは、すごく苦しかったので」

 

「そうでしょう」

 

「では今度の天皇賞は、後方からのまくりで行きますね」

 

「ええ、そうして頂戴」

 

レース後にあれほど苦しかったレースは、他にないことも事実。

 

こうして、次走の天皇賞では、いつもの逃げではなく、

後方待機からの道中まくり作戦で戦うことが決定した。

 

しかしまあ、俺が逃げずに“後方に下がった”と知った時の周りの反応、

見ものではあるよね。一種のサプライズ的な感じだろうか。

 

そう考えると、天皇賞が楽しみになってきた。

 

フルマーちゃんのことを考えると、少し心苦しくはあるが、

『今回は』ということだったからね。

 

俺自身も苦しいと思っていた長距離ではなく、

中距離で逃げる分には禁止されなかったので、

宝塚では心置きなく一緒に逃げられると思うよ。

 

何はともあれ、天皇賞が楽しみだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『順位を整理しましょう。1周目直線に向いたところで、

 先頭は3番ダイナカーペンター、1バ身差でミホノカザン続きます』

 

『お聞きくださいこの大歓声! 歓声というよりはどよめきでしょうか。

 いまだ動揺を隠しきれない京都レース場!』

 

実況をはじめ、観客たちのショックの受けようは、

このざわついた歓声からもお分かりいただけるだろう。

 

『最初の1000mを今通過。63秒7で通過しました。

 スローペースになっています』

 

逃げると思っていた者が逃げず、最後方にいるのだから、

さすがに皆が戸惑ったのか、長距離戦にしても遅いペースになった。

牽制しあって皆動けずにいる。

 

『以降はバ群がギュッと固まってひとかたまり。

 後方から2番手に6番シリウスシンボリ。

 そしてそして3バ身離れて最後方にファミーユリアン!』

 

いつもとは真逆の位置取り。

それも、ただ1人バ群から離れての追走である。

 

『向こう正面に入っても態勢は変わりません』

 

『先頭ダイナカーペンター、2番手ミホノカザン、

 3番手ミスシクレノン上がってきた』

 

『ファミーユリアンは引き続き最後方。

 その前、昨年同様の後方待機、虎視眈々とシリウスシンボリ。

 昨年の1着2着が後方1番と2番手』

 

態勢変わらず、レースは2周目の坂へ差し掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱりみんな動きがぎこちないな。

 

うん、ごめん、俺のせいだな。

でもトレーナー命令だからね、仕方ないね。

 

レースは勝負所、2周目の3コーナーの坂へと差し掛かった。

よし、ぼちぼち行きますか。

 

ミスターシービー式(下り坂)加速装置、スイッチおーん!

 

 

「行かせるか!」

 

 

「……!」

 

加速して前にいるシリウスを抜かしかけた時、シリウスが絶叫した。

 

考えてみれば、ヤツを前に見ながらレースをするのは、

あの夏の対戦以来だな。

 

思えば遠くに来たもんだ。

こいつはダービー菊花天皇賞を制し、今や俺もG1を7勝。

なんだか遥か昔のことのように思える。

 

……な~んて感傷に浸っている場合ではないな。

 

「うおおおお!」

 

シリウスは俺と同様に加速し、ついてこようともがいている。

 

いいぞ、その調子だ。

一緒にまくろうぜ! 最後までついてこいよぉ!

あのときは2バ身及ばなかったが、今はそうじゃない。

 

おらぁああああ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファミーユリアンまたもや下り坂で動いた!

 みるみる加速して前に並びかけていく!』

 

『シリウスシンボリも一緒にまくる!

 あっというまに先頭まで迫った!』

 

『あっと11番故障発生か、競争中止!』

 

リアンとシリウスが大まくりをかけるさなか、

後方では11番が故障を発生させ、競争を中止している。

 

『先頭ダイナカーペンターで4コーナーを回った!

 しかしファミーユリアンとシリウスシンボリが大外から一気にかわす!

 2人が完全に抜けた!』

 

レースは4コーナーから直線へ。

終始先頭を守っていたダイナカーペンターを、

リアンとシリウスがあっけなくかわし、差を広げていく。

 

『ファミーユリアンとシリウスシンボリの叩き合――

 いや叩き合いにはならない。ファミーユリアン突き離した!』

 

残り200で、追いすがっていたシリウスを振り切り、

さらに差を広げていく。

 

『離した離した! ファミーユリアン後方からでもお決まりの独走状態!

 3バ身、4バ身、まだ広がっていく!』

 

『3番手はミスシクレノンとスルーオダイナの争いだが、後方のかなた!』

 

『ファミーユリアン、逃げなくても圧勝、ゴールインッ!

 G1・8勝目を飾りました!』

 

直線半ばで力尽きたシリウスを置き去りにして、

さらに伸びたリアンが5バ身差の圧勝。

3着にはスルーオダイナとの争いを制したミスシクレノンが入った。

 

『まさにイメージを一新するレース!

 これは認識を改めねばなりません!』

 

『いったいこの娘はどこまで凄いのか!?

 もはや戦法は問わないのか、ファミーユリアンです!』

 

いつもとはまた違う大歓声が木霊する中、

スタンド前に戻ってきたリアンは、いつものように手を挙げて応えていた。

 

 

 

第99回天皇賞  結果

 

1着  1 ファミーユリアン  3:16.8*3

2着  6 シリウスシンボリ    5

3着 13 ミスシクレノン    3.1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

勝ったね。

追い込みでもまあ問題なく勝てた。

 

長距離戦特有のことだったからかもだけど、

みんなが牽制しあってスローになり、

バ群が詰まってたから、やりやすかったよ。

 

去年と違って、走り終えたところでの疲労感が段違い。

やっぱり去年のアレは、いのち削ってたんだなあと再認識した。

長距離でもうあんな真似はしないと、秘かに誓う。

 

1回これを経験しちゃうと、あえてまたあれをやろうとは思えないね。

自分の健康的にも、ファンの心情的にも、これが最善なんだと思う。

 

ところで……

また競争中止した子が出ちゃったのね。

なんかここのところ多くない?

 

レース中には気付かなかったけど、ゴール後の場内実況でも触れてたし、

3コーナー過ぎのところに救急車が停まって何かしてるのが分かったから、

故障発生というのはわかってしまったよ。

 

最近レースのたびに、誰かしら故障する場面に出くわしている気がするんだが……

本当にトラウマになっちゃいそうだよ、まったくもう。

 

「……リアン」

 

「シリウス?」

 

ひとしきり観客たちの声援に応えたところで、

シリウスがこちらを見つめていることに気が付いた。

 

「やってくれたな」

 

「驚いた?」

 

「ちっ……」

 

冗談半分にそう問い返したら、悔しそうに舌打ちして、先に行ってしまった。

 

あらら、怒らせちゃったかな?

でも、前走とは違って、今の全力は出し切れたんじゃない?

去年より着差は開いちゃったけど、満足してくれていると思う。

 

 

 

 

 

 

「放送席、勝利インタビューです」

 

引き揚げていって、レースも無事に確定したところで、

毎回恒例の勝利インタビューである。

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「今の率直なお気持ちをお聞かせください」

 

「故障した子にお見舞い申し上げます」

 

絶対、聞かせてほしかった答えじゃないと思うけど、

言わずにはいられなかった。

少しでも軽いこと、復帰できることを願っている。

 

「いつもとは正反対の位置取りでしたが?」

 

「ええ、はい、まあ、あのー……」

 

言っていいものかどうか迷って、いつも以上に歯切れが悪くなってしまった。

向こうにいるスーちゃんが目に入って、頷いてくれたのを確認。

 

「今回はトレーナーの指示で走りました」

 

「トレーナーの指示であの位置取りに?」

 

周りが少しざわついた。

それを承知で、努めて冷静に答える。

 

「はい。私の末脚なら後方からでも、と言われましたので」

 

「これまでアクシデント以外で後方に下がったことはありませんでした。

 抵抗はありませんでしたか?」

 

「もちろんありました。ですが、

 トレーナーを100%信頼していますので、心配はしませんでした。

 あとは、レース中の私次第ですから」

 

「ということは、すべて想定した通りということですね?」

 

「はい、想定内です」

 

離れた最後方に陣取ったことも、まくったことも、全部ね。

 

ただひとつ、故障者が出てしまったことだけは誤算だった。

俺の関与できることじゃなかったとしても、心は痛む。

 

「今後も逃げずに、後方からということはあり得ますか?」

 

「さあ、そのときになってみないとわかりません。

 発走直前に気分次第で、ということもあるかもしれませんね」

 

そう言って煙に巻く。

 

何気に重大な質問と発言だよなあ、これ。

事前に手の内ばらすようなもんだし。

 

まあ俺といえば逃げという図式がすでに出来上がってるし、

最初からバレバレという気がしないでもないが。

 

でもこれで、少しは牽制というか、

俺が逃げないかもという可能性が入ることで、

他陣営が混乱することを期待してもいい?

 

実際、これを聞いた関係者一同の顔は、苦笑というか青ざめていた。

あ、でも、フルマーちゃんが出るときは、逃げ100%だよ。

 

「史上初の、春の天皇賞連覇です」

 

「名前が残るのは光栄に思うのと同時に、身が引き締まります」

 

史実の初の連覇はマックイーンだったか。

春秋連覇はタマちゃんだったはず。

 

2人の偉業が霞んでしまうかもな。ごめんね2人とも。

 

「これでトレーナーのスピードシンボリさんが記録した、

 重賞12勝目*4に並びました」

 

「そうなんですか? それは知りませんでした」

 

またひとつ偉大な記録に並んでしまった。

身が一層引き締まる思いである。

 

「もうひとつ上に、シンボリルドルフさんがいます」*5

 

最多記録はルドルフか。

次走でG1より一足先に、あいつと肩を並べたいところやね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(天皇賞リアルタイム視聴組の反応)

 

 

:敵はスルーオダイナか?

 

:長距離実績からするとそうなるな

 

:格では明らかに下だけど

 

:まあ慢心せず行こうや

 

:関西のファンファーレ好き

 

:よっしゃ好スタート……って、えっ?

 

:あら?

 

:うっそ

 

:なんぞこれ?

 

:???

 

:まさか故障?

 

:出遅れたわけじゃないよな???

 

:むしろスタート1番よかったやん

 

:最後方まで下がった……だと?

 

:周りもみんな驚いてるな

 

:キョロキョロしてる

 

:そらそうなるわ

 

:後方待機で来るとは

 

:誰もが予想しなかったに違いない

 

:アクシデント以外で逃げないリアンちゃんは初めてだな

 

:やはり意図的なのか?

 

:行くと思ってたのが行かなかったら、

 そりゃスローになるって

 

:リアンちゃん以外ひと塊だ

 

:最後方ぽつーんをリアンちゃんがやるとはなあ

 

:異常事態なのにスレ民みんな比較的落ち着いてるね

 

:いや、冷静を装っているだけ

 

:内心はドキドキものよ

 

:まあ追い込んでも実績あるからなあ

 

:むしろ、本質的には追い込みなんじゃないかという

 

:逃げてあの末脚なら、そうよね

 

:最初から脚を溜めるつもりで溜めたらどうなるんだ?

 

:オラ、ワクワクすっぞ!

 

:さて、どこから仕掛ける?

 

:やっぱり下り坂で行った!

 

:シリウスと並んでまくっていく!

 

:このまくりかたよ

 

:本来追い込みなんじゃないかと云われる所以よね

 

:下り坂マイスター・ファミーユリアン*6

 

:秋天のときといい、まさに大まくりや!

 

:あっというまに先頭へ

 

:並ばない

 

:あっけなく抜け出した

 

:突き離す~

 

:相変わらずつええ

 

:圧倒的な末脚

 

:圧勝!

 

:おめえええ

 

:リアンちゃんやったー!

 

:初の春天連覇フーッ!

 

:これでまたひとつ、リアンちゃんの名前が歴史に刻まれたな

 

:もう言葉も出ん

 おめでとう&おつかれ!

 

:残り200だけで5バ身突き離すとか

 

:リアンちゃんが好き? 結構

 ますます好きになりましたよ

 

:余裕の走りだ、バ力が違いますよ

 

:1番気に入ってるのは、末脚だ

 

:突然のコ〇ンドーネタやめいw*7

 

:シリウスも前走見てもう終わったかと思ってたが、

 この脚見るとまだまだやれるのか

 

:いや、もともとムラっ気だからなあ

 

:勝って安心できたところで、気になるのは、

 後方待機策が作戦だったのかどうかってところだが

 

:インタビューで聞いてくれ

 

:いや、絶対聞くやろ

 

:答えてくれるかな?

 

:サービス精神旺盛なリアンちゃんのことだ

 ファンの要望には応えてくれるはず

 

:さあ注目のインタビュー

 

:去年の疲れ切った顔とは大違いやな

 

:あ……

 

:そうだったな

 

:実にリアンちゃんらしい気遣い

 

:今更だけど俺も祈っとく

 

:さすがに言い淀むか

 

:ファッ?

 

:トレーナーからの指示?

 

:スピードシンボリさん?

 

:ということは、やはり事前に決めていたってわけか

 

:今度は、その判断をした理由が知りたいな

 

:スピードシンボリにもインタビューしてくれ~

 

:気分次第で逃げるか、追い込むか?

 

:なんという……

 

:これ、他陣営からしてみたらたまったもんじゃないな

 

:逃げても手に負えないのに、後ろに控えられたら……

 

:それも、レースが始まってみないとわからない

 

:もうすでに次走以降の駆け引きが始まっている……

 

:前が詰まるのを期待するしかなくなる

 

:いや、宝塚ではメジロフルマーとまた逃げるんとちゃうか?

 

:高速逃げコンビの言い出しっぺだもんな

 

:勝手にコンビ結成されてて草

 

:重賞12勝目なのか

 

:思えば遠くに来たもんだ

 

:青葉賞、ダービー、セントライト、菊花賞、日経賞、

 天皇賞、宝塚、オールカマー、JC、有、大阪杯、天皇賞

 確かに12勝目だ

 

:さらに上にルドルフが君臨か

 

:宝塚で並べるな

 

:まさしく日本史上のトップ2だな

 

 

 

:スピードシンボリ師「作戦変更は今後を考えて」

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 春の天皇賞連覇を達成したファミーユリアンを担当する

 スピードシンボリトレーナーは、いつもの逃げではなく、

 追い込みへと作戦を変更したことについて、各社の取材に対しこう述べた。

 

 「去年のレースは見事でした」こう前置きした上で、

 「しかし、あんなレースを続けていては、いずれ破綻してしまう」と

 スピードシンボリ師。「競技の上でも、人生においても」とまで言い切った。

 

 ファミーユリアン自身が述べていたように、彼女の末脚には絶対の自信があるからこそ、

 今後のことを考えて作戦変更を打診し、了承してもらったという。

 

 打診したのは最終追切の前だったそう。

 ファミーユリアンは大層抵抗したのかと思いきや、

 わりと素直に受け入れてもらえたそうだ。

 

 確かに去年のレース、ゴール直後に転倒してすぐに起き上がれなかったことや、

 過去にレース中やトレーニング中などに突然の発作を起こして亡くなってしまった子が

 いることも考えると、師弟ともに英断だったのかもしれない。

 

:そういうことか

 

:なるほど

 

:いや、これは記事通りの英断だわ

 

:確かにあの時は、こっちの心臓が止まるかと思ったもん

 

:そう考えられるスピードシンボリも、

 すぐに受け入れて実践できるリアンちゃんもすげえや

 

:リアンちゃんといえども、あんなレースはもう御免か

 

:素直に受け入れたってところからすると、

 本人的にも苦しかったんだろうね

 

:そういや勝利インタビューの時の表情、

 去年とは打って変わって元気そうだったな

 

:わりかしいつも平気そうだけど、去年のは本当につらそうだった

 

:心配をかけたって面もあったと思うけどな

 

:身体の負担的には、今日みたいなほうが軽いんだろうか

 

:そらなあ

 最初から最後まで全力で飛ばしますよってのと、

 前半控えて勝負所からスパート、ってのじゃ消耗が段違いじゃん?

 

:ということは、もうリアンちゃんの逃げは見られないの?

 

:それはわからん

 

:運命の女神に聞いてくれ

 

:リアンちゃんも言ってたじゃないか

 スタート直前までわかりませんって

 

:まあそれは言い過ぎにしても、

 もう2度と見られないなんてことはないと思うぞ

 

:大阪杯の後も平然としてたしな

 

:なんにせよ、無理は禁物よ

 リアンちゃんももうベテランなんだからさ

 

:んだ、故障歴もあるんだからな

 

:だからこその今回の一件

 

:年齢的にはまだまだ十分若いのに、

 年長者扱いされてしまうのがウマ娘の世界

 

:それだけ厳しいってことだな

 

:ウマ娘の全盛期、せいぜいが1年やそこらだもんなあ

 

:何年にもわたってトップに君臨し続けてるリアンちゃんや、

 一線級のまま43戦戦い抜いたスピードシンボリ*8が異常なのよ

 

:師弟揃って化け物だ

 

 

*1
かつて天皇賞は勝ち抜き制が採用されており、勝ち馬は二度と出走できなかった

*2
故障ではなく、心房細動や鼻出血などの疾病が原因で競争中止した例は多々ある。実際に命取りになったこともある

*3
これでも当時の日本レコードよりは早い。ちなみに当時のレコードはメジロティターン3分17秒9

*4
他には、オグリキャップとテイエムオペラオーがJRA重賞12勝を記録している

*5
この作中では、ルドルフは重賞13勝を挙げている

*6
スキル「決死の直滑降」はおそらく持っている。効果は少しどころではなく、作戦も限られないが

*7
映画の日本公開は86年2月

*8
史実のスピードシンボリは43戦17勝。G1級3勝、重賞級12勝




ペテン師リアン


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第68話 孤児ウマ娘、後輩たちのダービー

 

 

 

時間が前後して悪いが、大阪杯の前日の土曜日。

タマちゃんが2戦目のアザレア賞を迎えた。

 

阪神2400mなので、俺とタマちゃんは、

同時期に関西へ遠征していたわけだ。

しかし移動や宿舎で一緒になるなんてことはなかった。

 

え? スターオーちゃんとは一緒だっただろって?

彼女の場合が特別だっただけだよ。

 

普通は、遠征の車中で相席したりしないんだって。

ましてや一緒のレースに出るわけでもなく、

そもそも学年もクラスも違うんだからさ。

 

それはともかく、結果がどうだったかといえば、

またもや後方から追い込んで見事に1着。

しかも、メンバー中での最速の上がりを記録して、

2着に4バ身の差をつける圧勝だった。

 

遠征からの帰還後に、俺の大阪杯勝利と合わせて、

2人でカフェテリアにてささやかな祝勝会を開いた。

 

「おめでと~」

 

「おめでとさんや~」

 

まずはニンジンジュースで乾杯。

タマちゃんの笑顔が眩しい。

 

「しっかしまあ、先輩は相も変わらず圧勝やったなあ」

 

「タマちゃんこそ、追い込んで4バ身差の圧勝じゃない」

 

「ウチなんてまだまだや。見てみぃ」

 

そう言って、タマちゃんが見せてきたのは今朝の新聞。

 

「野球押しのけて1面でっかく先輩やで。

 『日本レコード圧勝! まさに異次元の1分56秒台突入!!』やって。

 ほんま羨ましい限りや。ウチも1面飾れるようになりたいわぁ」

 

「恐悦至極。でもね」

 

派手な見出しとともに、ゴールした瞬間の俺の写真がでかでかと載せられている。

プロ野球を差し置いての1面には、我ながら誇ってもいいかなとは思う。

 

しかし俺も負けじと、別のスポーツ紙を取り出した。

 

「タマちゃんも、小さくだけど載ってるよ。見て」

 

「え、ホンマか?」

 

「ほら、ここ。アザレア賞、4バ身差圧勝タマモクロス。

 ダービー目指す宣言、白い稲妻炸裂や! だってさ」

 

「いやー、あの記者さん、書いてくれたんやなあ」

 

しっかり取材受けているじゃないかタマちゃん。

自分で言っていたように、本当に売り込んでたんだね。

 

「切り抜いて保存しとこ。先輩、もらってもええか?」

 

「いいよ」

 

「おおきに」

 

スクラップブックでも作る気か、タマちゃんよ。

俺が差し出した新聞を、嬉しそうに受け取るのを見てほっこりする。

 

そういや、院長もそういうの作ってるって言ってたなあ。

俺が載ってる新聞とか雑誌の記事、かき集めてるとかなんとか。

そんなところにまでお金使わなくてもいいのに。

 

恥ずかしいことこの上ないので、実物は見たことない、

というか見せてこようとしても断固拒否するけど。

 

「次は青葉賞でしょ?」

 

「当然やな」

 

そう尋ねると、タマちゃんは力強く頷いて見せた。

 

「身体のほうは大丈夫?」

 

「それが、自分でも恐ろしいくらいに軽いんや。

 さすがに2戦目で疲れるんとちゃうかな~って思ってたんやけどな」

 

「そう。何よりだけど、そういう時こそ危ないから、一応気を付けてね?」

 

「わ~っとるって。身体のケアはトレーナーからも

 口酸っぱく言われとるし、研究所のチェックも入るんやから」

 

研究所も上手く機能してくれているようで何よりだ。

紹介した身としてはうれしくなるね。

 

「先輩のほうこそ大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。そこまでやわじゃないってば」

 

「2回も骨折してるくせによう言うわ」

 

それを言うなって。

あの頃は俺も若かったんだよ。よく言うじゃないか。

若さゆえの過ち、って。

 

現実に、葉牡丹賞後の脚部不安が治って以降は、

まったくと言っていいほど問題は出てきてないんだからさ。

 

最近はルドルフもシンボリ家の皆さんからも、

あんまり言われなくなってきているが、

新しく小うるさく言ってくる人物ができてしまったか(苦笑)

 

まあ心配してもらえるうちが華だよね。

 

「青葉賞は見に行くからね、がんばってよ」

 

「おう、先輩が見に来てくれるなら百人力や。

 もう勝ったも同然やな!」

 

激励すると、タマちゃんは豪快に笑い飛ばして見せた。

 

タマちゃんが青葉賞を勝って、ダービーへ。

ファルコちゃんが皐月どうなるかわからないけど、

2人揃ってダービーに出てくれれば最高だね。

 

あ、その前に、俺も天皇賞があるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ひとつ失念していた。

 

青葉賞の日程、天皇賞の前日だったのよね。

その日、俺は京都入りしているわけで。

 

つまり、現地には行けない。

開催日程を把握していなかった俺のミスで、ぬか喜びさせちゃったなあ。

 

気付いてすぐに謝罪したんだけど、勝ったら何か奢ってや、

の一言で済ませてくれたタマちゃんには大感謝。

 

というわけで、タマちゃんの青葉賞、

京都の宿舎の部屋でのテレビ観戦です。

 

『ダービートライアル、G2青葉賞、まもなく発走です』

 

画面に人気順が表示される。

 

1番人気は、オープン戦のすみれステークスで3着だった子。

タマちゃんは彼女に次ぐ2番人気に支持された。

 

『各ウマ娘、一斉にスタートしました。綺麗なスタート』

 

出遅れなどはない。

タマちゃんも普通に出て、過去2戦と同じく、後方へ。

 

レースは、1000mを61秒5で通過する淡々としたペースで進み、

タマちゃんは後方に控えたまま最後の直線に向いた。

 

『大外から6番とタマモクロス、並んで脚を伸ばす!』

 

『残り200』

 

『タマモクロス、6番を振り切ってさらに伸びる!』

 

『デビューから3連勝でダービーへ!

 タマモクロスやりました。白い稲妻タマモクロスです!』

 

そこから末脚を爆発させたタマちゃん。

一緒に伸びてきていた6番を競り落とした挙句、

さらに伸びて3バ身差の勝利である。

 

最後の1ハロンの伸びは、特筆すべきものがあった。

6番の子*1も、普通なら勝ちパターンだったと思うけどね。

タマちゃんが上回ったか。

 

これにて、皐月賞を制したファルコちゃんとの決戦が、

ダービーで実現することに。

 

逃げVS追い込みの対決かあ。

これは盛り上がりそうだなあ。

 

今度こそは直接応援しに行ってあげないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダービー前の水曜日。

 

最終追切を終えたタマちゃんとファルコちゃんをカフェテリアに呼んで、

激励する会を開くことにした。

2人は快く応じてくれて、いま向かいの席に座っている。

 

「タマちゃん、ファルコちゃん、追切お疲れ様。

 いよいよダービーだね。調子はどうかな?」

 

「おかげさまで絶好調や!」

 

「私もすこぶる快調です」

 

「それはよかった」

 

2人とも笑顔で頷いてくれる。

前走までの疲れが残ることもなく、ベストコンディションで臨めるようだ。

 

「こんな即席で悪いけど、激励会ということで来てもらいました。

 2人ともありがとね」

 

「いやいや、こっちこそおおきに」

 

「ファミーユリアン先輩にここまでしていただけるなんて、

 非常に光栄です。全力で頑張りますね」

 

ホントたいしたことできなくて悪いんだけど、

少しでも2人の力になれれば、大いに本望である。

 

ちらりと横目で周りを確かめてみると、居合わせた子たちが

固唾を飲んで見守っている節がある。

 

ダービーだけあって、やっぱりみんな注目してるんだろうな。

この2人が人気を分け合うことになるだろうし。

 

どっちが1番人気になるかな?

正直言って甲乙つけがたいと思うが、やっぱり先にG1、

クラシックを制したということで、ファルコちゃんかな?

 

僅差でタマちゃんが続くと予想。

 

改めて考えてみると、ダービーがキャリア通算4戦目というところは2人とも同じ。

3戦目で重賞制覇したという点も全く同じ。

脚質だけが、逃げと追い込みという正反対だ。

 

そんなところも盛り上がりそうな理由である。

 

「ファルコ、正々堂々勝負といこうや」

 

「望むところです、タマモクロスさん」

 

お互いの健闘を誓う2人。

普段の接点はほとんどないという彼女たちだけど、

こういうところは青春らしくていいよね。

 

握手して頷き合ったところを見守って、

俺も好勝負を期待したところで、

追切後の疲れを考慮して会は早々にお開き。

 

あとは無事に当日を迎えてくれることを祈る。

さてさて、どういったレースになるだろうね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月28日。

第56回東京優駿競争の開催日。

 

ルドルフにお願いして、俺も東京レース場へ入場する。

やはり持つべきものは権力者の友人である。

 

「君が希望すれば、私を介さずとも入れるだろうに」とはルナちゃんの弁。

わかってないなあ。それじゃあVIP扱いになっちゃうだろ。

 

一般の人と同じ目線で、同じように楽しむのがいいんだよ。

アニメ2期のキタサトコンビみたいにさ。

それに、頼ってもらえてうれしそうだったの、見逃してないよ。

 

では早速パドックへ行ってみましょうか。

……ってさすがのすごい人込み。

久しぶりに変装しての外出なんで、人を搔き分けるのが一苦労だ。

 

ウマ娘なだけに、ちょっと力加減を間違えると、大事になっちゃうからね。

 

さてパドック。

やはり1番人気はファルコちゃんだ。

 

 

『栄えあるダービーの1番人気は、

 皐月賞ウマ娘、トウショウファルコです』

 

『今日も光り輝いてますね。出来は良さそうです』

 

『二冠達成となりますか、期待大であります』

 

 

どうやら熱狂的ファンが付いたようで、

『金色の輝きトウショウファルコ』という横断幕を掲げた一団がいる。

 

あの美貌に加えてのG1勝利だからね、当然だよね。

 

 

『2番人気、新バ、特別、青葉賞と、

 怒涛の3連勝でトントン拍子に出世してきましたタマモクロスです』

 

『小柄なウマ娘ですが、それに負けじと大変鋭い末脚を繰り出します。

 人呼んで「白い稲妻」。白い稲妻がダービーを制するでしょうか』

 

 

2番人気も予想通り、僅差でタマちゃん。

ファルコちゃんに勝るとも劣らない、芦毛のロングヘアが映えてるよ。

 

 

『タマモクロスが勝てば、ファミーユリアン以来、

 2人目の青葉賞からのダービーウマ娘誕生になります』

 

『そして、芦毛初のダービーウマ娘ということにもなります』

 

『さらに言えば、年明けデビューからのダービー制覇となると、

 URA発足以前にまで遡らないといけません。*2

 URA史上、デビュー後の最短勝利記録を更新することにもなります』

 

『彼女も調子は良さそうですね。好勝負が期待できます』

 

 

お、言われてるな。

 

そうだ、青葉賞のジンクスなんて吹き飛ばしてしまえ。

俺以降はまた惨憺たる結果なんだけど、

2人目が出れば、後世でももう何も言われなくなるだろうさ。

 

しかも、芦毛初のダービーか。

史実ではウィナーズサークルがその称号を持って行ったんだが、

こっちではウィニングクラブちゃんが該当するみたい。

 

こちらから見る限りでは、2人とも落ち着いていて良い気配だ。

実力を出し切れそうで安心した。

 

はたしてファルコちゃんが皐月に続いて二冠を達成するのか、

タマちゃんが史実ブレイクして初めての芦毛ダービーウマ娘になるのか、

史実通りになるのか、はたまたまったく別の結果になるのか……

 

期待は尽きない。ドキドキものだよ。

 

それじゃ、特等席でレースを見守るために、

再び人込みを掻き分ける作業に戻りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本ダービー発走が迫りました。

 展開のまとめをお願いします』

 

『はい。まずは逃げて皐月賞を制したトウショウファルコが

 先手を取ると思います。対抗して逃げ宣言する陣営もいないですし、

 2番枠ですので、スムーズに逃げられるでしょう』

 

突発的な事態にならない限り、

トウショウファルコの逃げは固いと解説者は言う。

 

『2番人気タマモクロスも、前走までと同様に後方待機。

 3番人気ウィニングクラブと4番人気ドクターダッシュは中団でしょうか』

 

『ペースはどうなりそうですか?』

 

『無理に競っていく子が現れなければ、

 無難なペースに落ち着くんじゃないでしょうか』

 

解説者は平均ペースを示唆。

皐月賞でも極端な流れにはならなかったので、と説明する。

 

『スターターが台に向かいました。

 第56回東京優駿、日本ダービーのファンファーレです!』

 

時間を迎え、ファンファーレが盛大に生演奏される。

枠入りも順調で、特に問題なく、全員がゲートへと収まった。

 

緊張と静寂の一瞬……

 

 

――ガッシャン

 

 

『スタートしました!』

 

『外のほうで何人かがタイミングが合わなかったようですが、

 トウショウファルコ、予想通り一直線に出てハナを奪います』

 

外側のほうでややバラついたスタートになったが、

1番人気ファルコにとっては何の問題もない、快調な出だしとなった。

 

『先手を取りましたトウショウファルコ、

 2バ身のリードで1コーナーを回ります。

 美しい金髪が風にたなびきます!』

 

長い髪をたなびかせて疾走する様は、まさに“画”になる。

熱狂的なファンが付いたのも、当然という話だろう。

 

『2番手10番つきました。3番手1バ身差で18番リアルアニバーサル』

 

向こう正面に入ってペースも落ち着き、

バ群はあまりばらけず、ほぼ一団という格好になった。

 

その中でも、ファルコと同様に、定位置とも呼べる位置に陣取る芦毛が1人。

 

『2番人気タマモクロスは外を通って、最後方にいます。

 ここから再び白い稲妻を炸裂させることができますか』

 

一団なため、ぽつんというわけではないが、

付かず離れずという状態で追走しているタマモクロス。

 

『まもなく1000mを通過します。62秒2。

 これは平均というよりやや遅いくらいのペース。

 各バどのように動くでしょうか』

 

ファルコの溜め逃げという展開になり、

先頭から最後方まで10バ身ないくらいという差である。

その分、バ群は密集している。

 

『先頭トウショウファルコ、快調に逃げます。

 2バ身差変わらず10番。3番手も変わらずリアルアニバーサル追走。

 その後ろは相変わらず密集しています』

 

大方の態勢は変わらずに、レースは大欅を過ぎて佳境へ向かう。

ファルコがリードを保って4コーナーを回った。

 

『トウショウファルコ、先頭で直線へ向いた。

 後続は横いっぱいに広がった』

 

そのままの状態で最終直線へ。

 

長い直線を意識してか、ファルコは4コーナーで突き離した皐月賞とは違い、

後ろを引き付けたままウマなりで走っている。追い出しはまだまだ。

 

一方の後続勢は、密集しているだけあって進路を求めて横に広がり、

バ場の五分六分どころにまで達している。

 

『バ場の中ほどからウィニングクラブ!

 リアルアニバーサルも並んでやってくる!』

 

『そして大外からタマモクロス!

 白い稲妻が突っ込んでくるぞ!』

 

直線を向いた段階で依然最後方だったタマモクロス。

横いっぱいに広がった隙を突いて間を縫い、大外へと持ち出して差を詰める。

 

『トウショウファルコ坂を上って逃げる! 2バ身のリード!』

 

逃げるトウショウファルコも、坂を上りきったところで、

我慢に我慢を重ねた末に満を持してスパートし、懸命に逃げ切りを図った。

 

『タマモクロス2番手に上がった! さらに前を追う!』

 

タマモクロスは先行していたウィニングクラブと

リアルアニバーサルを並ぶ間もなくかわし、単独2番手となってファルコに迫る。

 

『さあタマモクロス迫った。トウショウファルコとタマモクロス、

 2人が完全に抜け出している。マッチレースの様相!』

 

残り200mの段階で、ファルコも脚を伸ばしてタマモ以外の後続を突き離した。

あとは、どちらが勝つか負けるかという勝負となる。

 

『内トウショウファルコ、外タマモクロス。2人の追い比べだ!』

 

タマモクロスは追いながら徐々に内へと進路を変更し、

ファルコに追いつくころには隣り合わせにまで迫って、

完全な叩き合いへと移行する。

 

『内か、外かっ』

 

興奮する実況、上がる大歓声。

 

『タマモクロスわずかに出たか!? わずかに外か!?』

 

『タマモクロス優勝! ゴールイーンッ!』

 

ファルコも粘りに粘ったが、最後の最後で浪速のド根性に屈した。

芦毛初のダービーウマ娘誕生の瞬間である。

 

「やった……やったでぇえええ!!!」

 

中継には、掲示板に着順が上がった瞬間の、

両手を挙げて咆哮するタマモクロスが、長々と映し出されていた。

 

 

 

第56回東京優駿  結果

 

1着 11 タマモクロス    2:28.8 

2着  2 トウショウファルコ   クビ

3着 18 リアルアニバーサル    3

 

12.5-11.9-12.5-12.7-12.6-13.3-13.2-12.8-12.5-11.8-11.3-12.0 2:28.8

1000m通過62.2 1000~2000m 63.3

2000m通過2:05.5

4F 47.6

3F 35.1

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー放送席、勝利ウマ娘インタビューです。

 芦毛初のダービーウマ娘となりましたタマモクロスさんです。

 おめでとうございます」

 

「おおきにっ!」

 

ターフビジョンに映し出されるインタビューの模様。

 

マイクを差し出されたタマちゃんは、満面の笑みでお礼を言うと、

ペコっと頭を下げた。そして

 

「ちょう貸してな」

 

「え? あ……」

 

なんと、インタビュアーさんからマイクを奪い取ってしまった。

 

「お父ちゃんお母ちゃん! チビたちぃ! 見とったかぁ!?」

 

さらには自分からカメラに迫り、

ドアップで家族に向けてそんなアピールする始末。

 

さすが関西人。ノリがいいね(汗)

俺にはあんなことはできないなあ。

 

「ダービーや! ダービー勝ったんやぁあああ!!」

 

再びの大絶叫。

ゴール前にいる俺には、ターフ上での最初の咆哮に聞こえていたので、

“再び”というわけです、はい。

 

「はあ……はあ……」

 

「もう、よろしいでしょうか?」

 

「……ぁ、えらいすんません。興奮してもうて……」

 

ひとしきり絶叫して少しは落ち着いたのか、

インタビュアーさんに言われて、謝りながらマイクを返すタマちゃん。

 

まるで、俺と初めて会ったときみたいだな。

感情が昂ぶると大噴火して、一瞬にして醒めるところは変わってないみたいだ。

 

「では改めまして……ダービー勝利おめでとうございます」

 

「おおきに」

 

「きっとご家族もお喜びだと思いますよ」

 

「そやったらうれしいなあ。ウチの家、貧乏やから、

 これでやっと楽させてやれる……うぅ、ぐすっ……」

 

今度は感極まって泣き出してしまった。

さすがタマちゃん、喜怒哀楽の激しさはウマ娘イチかもしれない?

 

「それと……ひっく……

 ファミーユリアン先輩にも感謝せなあかん……」

 

グズりつつも、なんと俺の名前を出したタマちゃん。

え? 君、何を言うつもり?

 

「ファミーユリアンさんですか?」

 

「そや……。トレセン学園入学以来、色々と良くしてもろうて、

 今のウチがあるんは、みんな先輩のおかげと言ってもええ」

 

やっと自分を律したタマちゃんは、はっきりとそう言った。

 

「先輩もきっと見てくれてるはずやから、この場を借りて

 言わせてもらいます。先輩、おおきにな。大感謝や!」

 

人懐こそうな笑みを浮かべて言うタマちゃん。

俺の名前が出たことで、周りの人たちもざわついている。

 

感謝してもらえるのはうれしいけど、要らんことまで言わんといてよタマちゃん。

この場で具体的なことまで言ったらあかんでー?

 

なんかやばそうな雰囲気になってきたんで、

正体がバレないうちに、早々に退散したほうがよさそうだ。

特にマスコミ連中に囲まれたら大変厄介。

 

というわけで、急いで学園に帰ります。

 

あ、タマちゃん。ダービー制覇おめでとう!

これでご家族ともども、少しは安心できるといいね。

 

ファルコちゃんも惜しかった!

次走以降も引き続き頑張ってくれ。

 

2人ともお疲れさんでした。

祝勝会とお疲れ様会はまた後日。

 

それじゃ、ばいばいきーん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(タマモクロスのインタビューを受けての反応)

 

 

:おいおいおい!?

 

:またリアンちゃんの名前が!?

 

:今年のクラシックどうなってんねん

 

:ファルコに続いて、タマモもリアンちゃん関係だったのか?

 

:ファルコみたいに、

 タマモクロスもリアンちゃんに相談したって口?

 

:順当に考えればそうなるな

 

:で、リアンちゃんは的確な助言したと

 

:リアンちゃんの影響力でかすぎぃ

 

:朗報? 今年のクラシック、リアンちゃんの教え子が席巻する

 

:なぜに疑問形なんだ

 

:間違いなく朗報だろう

 

:教え子というか、教師でもトレーナーでもないから、

 うーん、なんて言うのが適切なのか

 

:助言した後輩、と言うしかないな

 

:ファルコもタマモクロスも、公の場でわざわざ言うくらいだ

 彼女たちの中で相当なウェイト占めてるのは確かだな

 

:着実に勢力を増していくリアンちゃん一派

 

:記録尽くめな点もリアンちゃんに似てるな

 芦毛初、デビュー後最短日数、年明けデビューで初のダービー制覇

 

:リアンちゃんと縁があるのがホント不思議

 

:まさに繋がるべくして繋がった感

 

:今年の春二冠は、どっちも年明けデビューの子が勝ったんだな

 

:それも史上初ちゃう?

 

:ダービーのほうがいなかったんだからそうだよ

 

:リアンちゃんの凄さはわかるが、

 2人のトレーナーは何やってんねんってことにならない?

 

:トレーナー契約の前かもしれない

 

:なる

 

:不振や不安を相談 → 秘めたる才能が開花 →トレーナー契約

 こういうことか?

 

:それなら納得だ

 

:しかしリアンちゃんはいったいどこまで行くのか

 

:自身のみならず、後輩の成績すら伸ばす

 

:他人の舞台で、自然と株が上がっていくスタイル

 

:こりゃ本当に、トレーナー・ファミーユリアンありえるで

 

 

 

*1
当時はまだオープン特別で、勝ち馬は6番サーペンアップ。主な勝鞍がここだった

*2
戦前には、デビューして1か月以内にダービー制覇とかもざらにいる。クリフジが代表例




芦毛初のダービーバの栄光はタマちゃんへ。
レース自体の上がりが35秒1ですから、彼女はおそらく33秒台の末脚を使ってます。
白い稲妻とは言い得て妙。

そもそも年明けデビューのダービー馬も、96年フサイチコンコルド(1月)、
2000年アグネスフライト(2月)しかおりません。
3月デビューからの制覇は、文字通りの最短記録となります。

ファルコの逃げ、ダービー時のリアンと比較してみてください。*1
憧れの背中はまだまだ遠いようですね。

*1
12.3-11.5-12.2-12.1-12.0-12.6-12.6-12.7-12.3-11.7-11.3-11.4 2:24.7
1000m通過60.1 1000~2000m 61.9
2000m通過2:02.0
4F 46.7 - 3F 34.4



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第69話 孤児ウマ娘、上半期を締めくくる

 

 

 

宝塚記念のファン投票結果が発表された。

 

1位はトリプルスコアに近い得票数を得てリアン。

2位にトウショウファルコ、3位にタマモクロスがランクイン。

 

上位にクラシック級の2人がランクインするあたり、

シニア勢の役者不在が顕著。

特に、ダービー後あまり期間がなかったのにもかかわらず、

3位に割って入ってきたタマモクロスの人気はかなりのものだ。

 

ちなみに4位メジロフルマー、5位シリウスシンボリ、

6位はマイルに転向して安田記念を制し、

ようやくG1に手が届いたマティリアルであった。

 

上位に入ったトウショウファルコとタマモクロスだったが、

早々に、秋に備えて出走しないことを表明している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終追切前、一応スーちゃんに確認しておくかな。

 

「スーちゃん、聞いておきたいことが」

 

「なにかしら?」

 

コースに出る前に、聞いておく。

事後承諾でも許してくれるだろうけど、余計な杞憂は、

取り払えるなら取っておくに越したことはない。

 

「“今度”は、逃げてもいいですよね?」

 

「ええ、好きになさい」

 

「ありがとうございます」

 

仕方ないわね、とでも言いたげなスーちゃんだったが、

好きにしておkとの返事だった。

中距離ならこれまで通り、俺の裁量でってことで構わないのかな?

 

よし、それじゃ張り切って最終追いして、仕上げましょうかね。

 

 

 

 

「あ、あのっ、ファミーユリアンさん!」

 

コース上に出て、軽く準備運動していると、

背後から俺を呼ぶ声が。

 

「失礼で常識外れと思いましたが、それを承知でお尋ねします。

 もうそうでもしないと、心が落ち着きそうにないもので……」

 

振り返ると、ためらいがちにこちらを窺いながら、

必死に言葉を紡ぐフルマーちゃんがいた。

彼女も追切前なのか、体操服姿だ。

 

「なにかな?」

 

「大きな声では言えないのですけれども……」

 

彼女の様子から察した。

逃げるのか、逃げないのか、だな。

 

天皇賞でのレースから、今度も俺が逃げないのではと、

疑心暗鬼に陥ってしまったか。

 

うん、大丈夫だフルマーちゃん。

グッドタイミングだったね。つい今しがた確認を取ってきたばっかりだよ。

 

でもこんなこと、レース直前に当事者同士でしていい会話じゃないというか。

フルマーちゃんが言ったとおり、大きな声では言えないな。

幸い、今は周りに誰もいないし、彼女もそこを狙って声をかけてきたんだろう。

 

まあルドルフもシービー先輩もやってたからセーフです。

 

「フルマーちゃん」

 

「は、はい」

 

「心配無用、とだけ言っておくね」

 

「………」

 

そう言ってあげると、見る間にフルマーちゃんの表情が晴れていく。

そして、ぺこっと頭を下げると、笑みを浮かべながら

文字通りの飛ぶような軽い足取りで走り去っていった。

 

相変わらず礼儀正しいというか、律儀な子である。

()()逃げ沼に引きずり込んでしまった責任は、きちんと取ってあげないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

宝塚記念 主な出走ウマ娘の枠順

 

1枠2番メジロフルマー

2枠3番ファミーユリアン

2枠4番ダイナカーペンター

3枠5番フレッシュボイス

5枠9番プレジデントシチー

6枠12番シリウスシンボリ

7枠14番スルーオダイナ

 

 

 

『6番リクドラゴン出走取り消しで、15名によって争われます、

 第30回宝塚記念です。ファミーユリアンが連覇、

 そしてG1・5連勝を狙います。さらには春シニア三冠*1もかかります』

 

昨年に続き、宝塚記念の連覇。

そして、昨年のジャパンカップから続くG1の連勝を、

さらに伸ばせるか。

 

『逃げの有力娘が2番3番4番と連番で、それも内枠に揃いました。

 展開はどうなりますか?』

 

『三つ巴の逃げ対決を見たいものですが、

 さすがにダイナカーペンターは一歩引くでしょうね』

 

他の2人について行ってしまっては、

自分が先に潰れてしまうのが目に見えています、と解説者。

 

『ということは、ファミーユリアンとメジロフルマーの、

 4回目の直接対決ということになりますか?』

 

『昨年は同じ舞台で3着に敗れているメジロフルマーですが、

 日経賞、目黒記念と余裕の逃げ切りで連勝してきていますし、

 力は去年以上につけてきていると思います。

 ファミーユリアンは言わずもがなです』

 

それでも止まらないのがこの2人、という解説者。

一緒のレースに出る子が不憫ですね、とまで言った。

 

『そのファミーユリアンは、前走、春の天皇賞では

 後方待機策を採って、皆を唖然とさせましたが?』

 

『今回はメジロフルマーがいますし、

 スピードシンボリトレーナーからも、

 あれは長距離だからとの発言がありましたから、

 4回目の直接対決になるでしょう』

 

なんといってもこの2人ですからね、で締める解説者。

もうそれだけで通用してしまう空気が、すでに完成している。

 

『そうですか、期待しましょう。

 さあ上半期の総決算、宝塚記念のファンファーレです!』

 

スターターが台に上がって旗を振り、ファンファーレが盛大に響く。

ゲート入りは非常に順調で、程なくして全員が収まった。

 

阪神レース場の入場者レコードを更新した9万人の大観衆*2が、

一斉に静まり返る瞬間。

 

『スタートしました! 綺麗なスタートです』

 

お手本のような揃ったスタートとなった。

静まっていた場内が一気に騒がしくなる。

 

正面スタンド前の先行争いは

 

『さあ内枠からファミーユリアンとメジロフルマー行った』

 

大方の予想通り、リアンとフルマーが早くも一騎打ちの様相。

また、こちらも予想通り、ダイナカーペンターは自重して3番手に引いた。

2人と1人の差はあっという間に開いていく。

 

『1コーナーを並んで回る2人。4回目ともなるとお馴染みの光景。

 ダイナカーペンター5、6バ身離れて3番手追走』

 

2コーナーを超えて向こう正面に入っても、態勢に変化はない。

3番手以降を大きく引き離した。

 

『間もなく1000m。58秒1のハイペースで通過しました』

 

他の娘にとっては眼が眩むほどのハイペースでも、

私たちにとってはこれが通常運転だ、

とでも言わんばかりの()()()()()ぶり。

 

レース中盤にもかかわらず、客席からは大歓声が沸き起こる。

と、ここで異変。

 

『メジロフルマー前に出た!

 3コーナーを目前にしてメジロフルマーが先に仕掛けました!』

 

なんとフルマーから先に動いて、リアンの前へと出たのだ。

大きなどよめきが起こる阪神レース場。

 

『これは作戦なのかメジロフルマー!

 ファミーユリアンは真後ろ、ぴったり後ろにつけて3コーナーを回ります』

 

『掛かっているのかもしれません!』

 

前に出られたリアンは、慌てず騒がず、

冷静にぴったり真後ろにつけて様子を窺っている。

 

『大きく離れて3番手ダイナカーペンター変わりません。

 メジロフルマー先頭で4コーナーに向かいます!

 1バ身差ファミーユリアン続いて最後の直線へ!』

 

フルマー先頭で直線に入る。

まもなくリアンが外側から並びかけ、まさに一騎打ちとなった。

後方はようやく4コーナーを回り終えたところ。

 

『ファミーユリアンとメジロフルマー完全に並んで1対1の勝負だ!

 4度目の正直なるのかメジロフルマー!

 今度も力でねじ伏せるのかファミーユリアン!』

 

手に汗握るデッドヒート。

客席も大興奮で、実況音声が聞き取りづらいほどの大歓声が上がっている。

 

『200を通過する。まだ並んでいる!』

 

『はたして勝つのはどっちだ!? 残り100メートル!』

 

『ここでファミーユリアンわずかに前に出た!』

 

『ファミーユリアンさらに加速! 一気に突き離した!』

 

並走は残り100メートルまで続き、まるでそれが合図であったかのように、

リアンがさらにもう1段ギアを上げて、一気に突き離す。

 

『ファミーユリアン勝ちました! 2バ身差でゴールインっ!

 メジロフルマーまたしても及ばず2着~!』

 

『宝塚記念連覇達成! G1・5連勝!

 そしてそして史上初の春シニア三冠も達成しました!

 ファミーユリアンですっ!』

 

『勝ち時計2分9秒7! もはや何回目だかわかりません、

 日本レコードです。2200で2分10秒の壁を突破しました!

 この娘はいったい何度、どこまでタイムを更新すれば気が済むのか!?』

 

 

 

第30回宝塚記念  結果

 

1着  3 ファミーユリアン  2:09.7R 

2着  2 メジロフルマー     2

3着  1 ミスシクレノン     大差

 

11.8-11.6-11.5-11.6-11.6-12.2-12.4-12.0-12.1-11.6-11.3 2:09.7

4F 47.0

3F 35.0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

湧き上がるリアンコールに応えつつ、スタンド前へと戻ってきた。

 

しかしフルマーちゃんに先に前へ出られたときは、一瞬ヒヤッとしたよ。

今まさに俺から行こうとしたところで、だったもんでね。

絶好のタイミングで動かれてしまった。

 

さすがフルマーちゃん、機を見る能力も素晴らしい。

 

でも状況を理解してからは、思わずブルブルっと震えてしまったよ。

フルマーちゃんの意気込みをじかに感じられたし、

これはおもしろくなったと本気で思ったからね。

 

そこからはいつもみたいにがむしゃらに突き離す走りじゃなくて、

タイミングよく抜け出す方法に切り替えた。

行こうと思えば行けたんだけど、今日は違うなと思ってね。

 

フルマーちゃんの根性が物凄くて、残り100まで抜け出せなかったのは誤算だった。

この子どこまで粘るんだってマジで焦ったよ。

確実に強くなってるねフルマーちゃん。

 

ファルコちゃんやタマちゃんの新世代も台頭してきているし、

これは秋に向けて、俺も鍛えなおさないとダメかな?

 

なんにせよ満足感120%、納得のいくレースだった。

 

「フルマーちゃん」

 

「ファミーユリアンさん……」

 

だから、リアンコールが落ち着いたところで、

ファンへの対応もそこそこにして、フルマーちゃんのもとへ直行。

 

「ありがとうっ」

 

「え? あ……」

 

悔しそうにターフビジョンを見つめていたフルマーちゃんに声をかけ、

振り返ったところを、正面から抱き着いてしまった。

 

「最高のレースだったよ。ありがとう!」

 

「……悔しいですけど、満足していただけたのなら何よりです」

 

「うん、君は最高の“ライバル”だね」

 

「ライバル……私が……」

 

一瞬、ビクッとしていたフルマーちゃんだったけど、

すぐに大人しくなって身体を預けてくれた。

 

「………」

 

そして、何事かを考えていた様子の後に

 

「貴女の“ライバル”足り得るよう、精進いたします」

 

と、どこか吹っ切れるようにして言う。

身体を離すと、とても良い顔で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下バ道にて

先に引き上げたメジロフルマー

 

「……ファミーユリアンさんのライバルが、

 G1未勝利では格好付きませんものね」

 

ふと立ち止まり、決意を口にする。

 

「秋のローテーションが決まりましたわ。

 エリザベス女王杯……」

 

去年はスルーしたレースに出る。

そして、絶対に勝つと心に決めた。

 

「さっそくトレーナー様に相談しませんと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー放送席、勝利ウマ娘インタビューです。

 見事、宝塚記念を連覇したファミーユリアンさんです。

 おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

おなじみ勝利インタビュー。

いつも同じこと思うけど、何を言うか、本気で悩むんだよなあ。

下手すると炎上するから怖いのなんのって。

 

「今日も見事な勝利でした。

 メジロフルマーさんとの争いは想定していましたか?」

 

「もちろんそうです。

 1戦ごとに力をつけてきているようですので、強敵だろうと」

 

「前回までと違って、今日はなかなか離せませんでしたね?」

 

「そうですね、強かったです」

 

最後の直線に向いてからの粘りは、驚異的だった。

去年とは明らかに違ってたよ。

 

「道中も、メジロフルマーさんに先に前に出られました」

 

「そろそろ行こうかと思っていたところだったので、

 機先を制されちゃいましたね。ちょっと焦りました」

 

「しかしそのあとも、冷静に真後ろにつけましたね?」

 

「離されずについていけば、勝機はあると思いましたので」

 

これは本当にそう。

想定外の事態になっても、慌てないことが大切。

最初の敗戦となった有の戦訓だ。

 

「そして直線へと向くわけですが、お二人の叩き合いになりました。

 どのような心境だったんですか?」

 

「もう我慢比べだな、と。

 坂を超えてからの勝負だと思っていました」

 

「そのお言葉通りの展開になりました。

 残り100からの伸びは素晴らしかったですね」

 

「火事場のバ鹿力、とでも言いましょうか」

 

フルマーちゃんも一杯にはなってなかったけど、

余力はなさそうに見えたんでね。

奥の手は最後の最後まで見せない、なんてな。

 

こういうとき、自分だけの武器があるっていうのは非常に心強い。

 

「ゴール後に、メジロフルマーさんに抱き着いてましたね。

 何かお話しされたんですか?」

 

「ええまあ、お恥ずかしい限りで。

 良いレースができたので、喜び勇んで抱き着いちゃいました。

 お互いの健闘を称えて、という感じです」

 

今にして思うと、公衆の面前でなんてことを、と。

恥ずかしいことこの上ない。

勢いあまってのことなんで許して許して。

 

「これで宝塚連覇に加えて、春シニア三冠も達成です。

 どちらも史上初の偉業ですよ」

 

「ええと、はい、自分を褒めてあげたいと思います」

 

史上初とか、レコードだとかのコメントは必ず求められるけど、

毎回答えるのが難しくて困ってしまう。

 

もちろん目標にしているわけではあるんだが、

それ以上でも以下でもないんだからさ。

 

「秋も当然、王道を歩まれますね?」

 

「当然そうなります」

 

「期待しています」

 

「はい、がんばります。

 ぜひとも皆さんのご期待に応えたいと思います」

 

「ファミーユリアンさんでした。放送席どうぞ」

 

一礼してインタビュー終了。

いまだにレース前より後のほうが緊張するかもしれない。

ふ~、やれやれだ。

 

とにかく秋も頑張るぞい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(宝塚記念リアルタイム視聴組の反応)

 

 

:三つ巴の逃げとか

 

:俺も見てみたいが、そうはならんな

 

:ダイナに理性があるなら、ならんな

 

:その理屈だと、フルマーに理性がないみたいに思われるw

 

:毎回リアンちゃんに競っていってる時点で

 

:半ば暴走特急やな

 

:暴走特急(G2・5勝の強豪*3

 

:時代というか、相手が悪かったとしか

 

:リアンちゃんがいなけりゃ、フルマーもとっくにG1ウィナーやし

 

:さあスタート

 

:よし

 

:決まった

 

:予想通りの展開

 

:速報、ダイナカーペンターには理性があった

 

:58秒1!

 

:相変わらず早い

 

:うお、フルマーが前に!

 

:道中でフルマーに行かれるのは初めてか

 

:決死の先行策だな

 

:やるなあフルマー

 

:そりゃ負けっぱなしじゃ、プライドが許さんだろう

 

:メジロの令嬢やしな

 

:先に行かれたら負けだから、自分から行ったか

 

:しかしリアンちゃん冷静にピタッとついた

 

:並んで4コーナー!

 

:完全に一騎打ちや

 

:これは熱い

 

:うおおおおお!?

 

:粘る!

 

:リアンちゃん!?

 

:離せないぞ、大丈夫なのか!?

 

:!!

 

:ついに!?

 

:リアンちゃんやったー!

 

:おめー!

 

:ヒヤッとしたがおめでとさん!

 

:タイムもすごい!

 

:2分10秒切ってくるとは

 

:主要距離の日本レコードも制覇したんじゃないの?

 

:それは大阪杯で達成済みだ

 

:いやしかしフルマーもナニモンだよ

 

:着実に力つけてるよな

 

:4回目にして2バ身まで縮まったか

 

:バテバテのシンガリ負けから大した進歩だ

 

:坂上がってからのリアンちゃんの伸びよ

 

:そこがフルマーとの違いやな

 

:フルマーも垂れてはないから、

 それがリアンちゃんに勝てるかどうかの分かれ目なんだなあ

 

:そんな真似ができるのはリアンちゃんしかおらん

 だからこそのこの成績や

 

:祝! 初めての宝塚連覇&春シニア三冠!

 

:ウマ娘の歴史にリアンちゃんがまた1ページ刻んだな

 

:3着とは大差か

 

:今のウマ娘界の、まさにトップ2だな

 

:ナンバー2(G1未勝利)

 

:そろそろフルマーも、路線考えるべき

 

:でもそうなったらなったで、空き巣とか

 逃げたとか言われるのが目に見えてる

 

:しかしこれでG1、9勝目かあ

 ひとむかし前じゃ考えられない数字だよな

 

:ちょっと前に10勝の化け物がいるんですが

 

:あいつは例外中の例外

 

:しかもトレセン学園同期という奇跡

 

:ルームメイトという奇跡もあるぞ

 

:本格的にルドルフ越えが射程に入ったな

 

:まずは秋天で王道路線完全制覇を達成

 アンド皇帝に並んで、JCで新記録だ

 

:シニア級に敵はいないことを改めて確認

 今年のクラシック組がどうか

 

:当然のリアンコール

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:ちょっ

 

:抱き着いたー!?

 

:おほーっ

 

:キマシタワー!!

 

:フルマーも抱きしめ返してるじゃん!

 

:これが百合ってやつですか?

 

:麗しき光景……

 

:インタビューで突っ込んでくれ!

 

 

 

:リアンちゃんもそういう認識か

 

:そりゃそうだよな

 

:喜び勇んでwww

 

:普段抑えてる分、爆発すると弾けるなリアンちゃんw

 

:見てるほうとしては満足だw

 

:しかし今日は、リアンちゃん自分から叩き合いに行ったように見える

 その気になれば、いつもみたいに4コーナーで突き離せたんじゃないか?

 道中でも先に行かれちゃったしさあ

 

:それは贅沢な見方だな

 

:んだ。それだけフルマーが力つけたってことだべ

 

:ん~、なんか釈然としない

 

:まあまあ、今日もリアンちゃんが勝ってくれた

 それでいいじゃないか

 

:前走の件もあるし、常に100%というのも大変だから、

 リアンちゃん自身も考えるところがあるんだろう

 

:我々は信じて応援するのみよ

 

:しかしいきなり抱き着いたのには驚いた

 

:苦笑してたな

 

:供給助かる

 

:フルマーも満更どころか、って感じだったし

 

:次の対戦は有になっちゃうかな?

 2人とも頑張ってほしい

 

:フルマーもG1取らなきゃな

 

:エリザベスかな?

 

:もうチャンスはそこしかない

 

:なんで去年スルーした定期

 

 

 

:ハロンタイム公表されたで

 11.8-11.6-11.5-11.6-11.6-12.2-12.4-12.0-12.1-11.6-11.3

 

:完璧なラップだ

 

:どうしてこのペースで、最後バテないんだ(誉め言葉

 

:むしろ伸びてるんですがそれは

 

:逃げて差すの本領発揮

 

:本当の追い込み作戦やって、末脚に磨きがかかった気がする

 

:逃げた上にラストひとハロンで、最速タイムを叩き出すウマ娘がいるらしい

 

:何をいまさら

 

:これ見るとホントえぐい

 前半もそうだし、ラストで1番早いハロンタイムなのおかしすぎる

 

:しかも坂がある

 

:残り1ハロンのリアンちゃん

 「まだ私はもう1段ギアを残している」

 

:本当に1段? もっとあったりしない?

 

:ギアがあったとしても、上げられない子がほとんどなんだよなあ

 

:着実にギアチェンジして発揮できるリアンちゃんが異常だよなあ

 

:リアンちゃんもおかしいが、フルマーも大概おかしい

 

:フルマーも上がり35.3でまとめてるからなあ

 普通なら余裕勝ちできるよ

 

:それをやったのが日経賞と目黒記念だし

 

:現に3着とは大差だし

 

:中距離以上だと、この2人が実力トップなの間違いないよね

 

:惜しむべくは、フルマーの適性が狭いことか

 

:2200から2500までしか実績ないもんな

 

:リアンちゃんも含めてだけど、マイルも走れればなあ

 

:この上マイル制覇まで望むとな?

 

:贅沢すぎる

 

:タケシバオーはスプリントから長距離までやで

 

:リアンちゃんでも及ばない化け物

 

:はたして化け物同士の比較に意味はあるのだろうか?

 

:考えちゃいけない

 

:有では、トウショウファルコと

 タマモクロスとの対決が見られるかな?

 

:2人ともリアンちゃんとの関係が深いみたいだし、

 面白い対決になるな

 

:ルドルフVSシービーの三冠対決以来の世紀の一戦になるな

 

:もうシニア級に敵はいないから、

 クラシック勢に期待するしか

 

:もちろんリアンちゃんが勝つさ!

 

:今回実現しなかった三つ巴の逃げ対決になるか?

 

:リアンちゃんVSフルマーVSファルコか

 

:うおおお、胸が熱くなるな

 

:今から凄い楽しみ!

 

*1
2023年現在、春古馬三冠を達成した馬はいない

*2
現レコードは、97年宝塚記念時の92986人

*3
G2最多勝利馬は、6勝を挙げたバランスオブゲーム




1枠1番ミスシクレノン
「外側2人の出足が速すぎる」

2枠4番ダイナカーペンター
「自重するまでもなく置いて行かれた件」


シリウス「………」

スターオー「………」



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第70話 孤児ウマ娘、“悪魔”と邂逅する

 

 

 

宝塚記念が終わってしばらくたってから、

俺は再びスーちゃんにトレーナー室に呼ばれた。

 

わざわざ部屋に呼ぶくらいだから、また内密の話ということだろう。

はてさて、今度はいったいどういう話なのやら?

 

「ファミーユリアンです」

 

『開いてるわよ』

 

「失礼します」

 

放課後、スーちゃんのトレーナー室の前までやってきて、

ノックして声をかけると、すぐに返事があった。

もう1度声をかけてからドアを開けて中へと入る。

 

すると――

 

「やあ、リアン君」

 

「突然でごめんなさいね」

 

「――!!?」

 

なんとびっくり、シンボリのお父様とお母様がいるではないか。

これにはさすがに驚かされたよ。

 

「あ、お疲れ様です」

 

だけど、咄嗟に挨拶を返せるあたり、俺もだいぶ毒されたなと思う。

お二人と出会った当初だったら、たぶん何も言えずに立ち尽くしてたんじゃないか。

 

「スーちゃんとお話ですか? 出直してきましょうか?」

 

「いいや、それはもう終わったよ」

 

「ここからの主役はリアンちゃん、あなただから」

 

「はあ」

 

平日のこんな時間にやってきているくらいだから、

シンボリの中での話かと思ってお邪魔かと思ったんだが、

気を回しすぎたか。

 

でも、ここからの主役は俺? ますます訳が分からんな。

というか、肝心のスーちゃんはどこだ?

 

……いた。自分の席についてパソコンとにらめっこしてる。

 

「スーちゃん、来ましたよ。お話って何ですか?」

 

「ちょっと待って。もう1人来るから」

 

「もう1人?」

 

そのスーちゃんに改めて声をかけると、彼女は視線を動かさずにそう言った。

 

「せっかくだし、こちらに座って話でもしないかね?」

 

「直接会うのも久しぶりなんだし、ね?」

 

「わかりました」

 

首を傾げるしかない事態だが、お父様お母様がこう仰るので、

俺もソファーに座らせてもらって雑談し始める。

 

確かにお母様が言ったとおり、

電話とかメッセではちょくちょくやり取りしているけど、

じかに顔を合わせるのは久しぶりだったな。

 

そうして話しながら待つこと15分余り。

 

「遅れました。申し訳ありません」

 

「ルドルフ?」

 

「待たせてしまったようだね、すまない」

 

現れたのはルドルフだった。

 

「軽く顔を出して指示してくるだけのつもりだったんだが、

 思ったより時間がかかってしまったよ。失礼」

 

ルドルフはそう言って、俺の隣へと腰を下ろす。

 

そういや、今日も生徒会室に行くと言って教室から出ていったな。

こっちに来るから指示出ししていたというわけか。

 

「さてそれじゃ、揃ったことだし始めましょうか」

 

スーちゃんも自席からこっちへと移ってきて、どうやら話が始まるようだ。

数枚の紙を持っているようだけど、何かの書類かな?

 

……待てよ? 今の今まで気付いてなかったんだが……

 

対面には、スーちゃん、お父様、お母様の3人。

言わずと知れた親子関係であり、『シンボリ』の中心人物たちだ。

加えて、俺の隣には()()()()ルドルフがいる。

 

あの~、これって、もしかしなくても、家族会議ってやつですか?

でもそれだと、お母様が言ってた俺が主役ってのも変な気がするが……

 

まあとにかく、スーちゃんの話を聞こう。

 

「まずは、リアンちゃんの意思を確認するわね」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「来年も現役を続ける、と思っていいのよね?」

 

何を聞かれるかと思ったら、そんなことか。

そんなの答えは決まってますよ。

 

「もちろんです」

 

「オーケー、了解よ」

 

走れる限りは走ります。

できる限りお金を稼がないといけないのでね。

 

というか、今まででどれだけ稼いだんだろう?

全然気にしてなかったらわからない。

今度計算してみようかな?

 

それに、衰えを自覚してきたってわけでもないしね。

それどころか、健康診断で測ると、いまだに身長と体重が伸びてるんだ。

さすがに伸び幅は大幅に下がったけど、まだ成長してる。

 

できればルドルフに追いつきたいところだが、どうだろうか。

あと2センチなんだが。

 

「5年目のシーズンということになるか。本当お疲れさまだね」

 

「ルドルフの現役が実質2年半だったことを考えると、長いわね」

 

感慨深そうに言うお父様とお母様。

でもお母様、ルドルフは余力を残しての引退だったから、

計算外のことだと思いますよ。

 

「リアンちゃん17戦しか走ってないじゃない。

 まだまだ全然だわ。私は43戦走ったわよ」

 

「フィジカルモンスターの母さんと比べちゃいけない」

 

「なんですって? モンスター?」

 

「まあまあ」

 

確かに、旧3歳から7歳まで走った“スピードシンボリ”は、

比較対象としては間違っていると思えなくもない。

しかも、日本アメリカ欧州と飛び回っての43戦だ。

海外遠征黎明期ということもある。凄まじい。

 

こちらの世界のスーちゃんがどういう戦績だったのかは詳しく知らないけど、

現実とリンクしているんだろうから、それに準じているんだろう。

 

「リアンちゃん、身体には気を付けてね」

 

「ありがとうございます」

 

なだめに入ったお母様からそう言われて、小さく頭を下げる。

 

で、本題はなんですかね?

それだけを確認したいわけじゃないんでしょ?

 

「……コホン。それで、リアンちゃん」

 

「はい」

 

息子にからかわれてムキになったスーちゃんというのも珍しくて面白かった。

わざとらしく咳払いしているのは草。

 

「まだ先の話だし、正式な話というわけでもないのだけれど」

 

……随分もったいぶるな。

スパっと話してもらいたいものだが。

 

「来年のドバイミーティング*1に、あなたを招待するという話が、

 先方様のほうから内々に知らせてきているということでね」

 

「……え?」

 

なんだって? ドバイ?

ちょっと待って。いったい何の――

 

「ワールドカップでも、シーマクラシックでも、ターフでも、

 どれでも好きなレースに出て構わない*2とのことよ。

 まだ非公式だけど、これが向こうからの招待状と内諾書。

 正式なものはまた送ってくるでしょう」

 

「……」

 

そう言って、俺に見えるように机上に数枚の紙を置いて見せる。

なるほど、スーちゃんが持ってたのはこの書類か。

 

……マジで? ドバイミーティングに俺を招待?

それも、世界最高峰のどのレースにも出ていいって?

 

「もちろんURAからも内諾は得ているから、あとはあなた次第よ。

 あ、正式発表までは外に漏らさないでね」

 

「……」

 

「で、リアンちゃんはどれに出たい?

 あなたの考えを最優先にするわ」

 

「……ちょっと待ってください。

 話が急すぎて何が何だか……」

 

「まあ唐突だったのは認めるわ」

 

苦笑するスーちゃん。

正直言って混乱している。

 

何がどうなってそんな話になったんだ?

 

「実を言うと、今年の頭にもそんな話はあったそうよ」

 

「え……」

 

「でも、今年は国内に専念するって宣言しちゃってたから、

 私のところというか、URAの内部で止まってたみたい」

 

「えぇ……?」

 

今年も話はあったんかい。

まったくもって知らんかった。

 

というか、テレビ番組でちょろっと言ったことが元で

そんなことになってたなんて、思ってもみなかったよ。

 

「来年も現役を続けるというのなら、当然海外は視野に入ってるわね?」

 

「それは……はい、そうです」

 

トニーとも約束しちゃってるからな。

それに、ファンの間でも、そういう期待が高まっているのも知っている。

秋天を勝てれば、大方のタイトルはすべて手にすることにもなるんだしさ。

 

「そこで私たちが事前に集まって、いろいろ検討していたというわけ」

 

「……」

 

スーちゃんがそう言った後に、お父様お母様の表情を窺うと……

お二人とも、とても良い笑顔でいらっしゃいました。

 

そうか、そういうことだったのか……

 

「リアン君には、ルドルフの件での借りがあることだしね。

 海外に遠征するとしても、完全バックアップをさせてもらうよ」

 

「もちろん何の心配もいらないわ。

 リアンちゃんはレースだけに集中してもらえればいいからね」

 

「……はい」

 

俺のことになると、すごく乗り気になるお二人のことだからなあ。

こんなド平日の昼間から学園に来ていたのにも納得だ。

 

でもなんだかなあ……

うれしいのは確かで、大変ありがたいお話ではあるんだけれども……

素直に喜べないのは、俺がひねくれているんだろうか。

 

「それで、どれにする?」

 

「えっと、今ここで決めなきゃいけませんか?」

 

「もちろんまだ時間はあるけど、基本的な考えは聞いておきたいわね。

 トレーニングの方針もあるし」

 

「うーん……」

 

要は、芝かダートか、くらいは聞いておきたいと?

うぬぬ、悩むな。

 

普通なら実績を積んだ芝の一択なんだけど、

大井の件を含めて考えるに、実はダートもそこそこにはイケルっぽいんだよね。

周りの反応がそれを物語っている。

 

無論、大井で走れたからと言って、ドバイでも通用するとは限らないが。

 

「むーん……」

 

散々考え抜いた挙句に、俺がとった行動は

 

「……ルドルフ」

 

隣にいて、ずっと黙ったままの()()に相談することだった。

 

「ここで私に振るのか」

 

苦笑というか、なんてことを聞いてくるんだというルドルフ。

自分の海外遠征中止の件があるから、負い目だとでも思っているのかもしれない。

 

大丈夫。別に恨んじゃいないし、気にしてもないよ。

 

「主催者がどれでもいいと言ってくれているんだから、

 君が出たいレースに出ればいい。どれに出たいんだ?」

 

「……」

 

やはり普通に考えれば、実績面からシーマクラシックなのは明白。

しかし、わざわざ海外にまで出るんだから、

メインレースに挑戦してみたいという気持ちもある。

 

……悩むけど、トレーニングのことでスーちゃんに負担かけても悪いし、

何より自分のことなんだから、はっきりさせておかないといかんよな。

 

……よし!

 

「スーちゃん」

 

「決まった?」

 

「『ワールドカップ』で、お願いします」

 

「……了解よ。方々に通達しておくわ」

 

せっかくだから、俺は『世界一』を選ぶぜ!

 

()()答えた瞬間、室内の空気が瞬間的に凍った気がした。

そして間髪入れずに、猛烈な熱気を帯び始める。

それは、スーちゃんをはじめとする、みんなの表情からして明らかだった。

 

「反対しないんですね?」

 

「言ったでしょ? あなたの意向が第一だって」

 

ダートだから反対されるかも、という懸念がないとは言えなかった。

しかしスーちゃんは笑って言う。

 

「でも大井の件がなかったら、少なくとも意見はしていたかもね」

 

「ですよね」

 

俺でもそう言うわ。

初めての海外遠征で、実績も何もないコースを選ぶとは、

頭おかしいと言われても文句は言えない。

 

そう考えると、あの大井のイベントは、結構重要だったのでは?

 

大井レース場の皆さん、ありがとうございます。

普通にひどいこと考えたりしちゃってたかもしれない。ごめんなさい。

 

「私からは月並みなことしか言えないが、がんばってくれ。

 父様ではないが、最大限のサポートを約束する」

 

「うん。ありがとルドルフ」

 

さすがに私の分まで、とまでは言えないか。

だけどおまえの気持ちは十分に理解しているつもりだ。

最終的な目標に関してもね。

 

まあ、まずは国内の秋3戦をしっかり勝たないとね。

ここで負けてたんじゃ話にならない。ましてや、

何の実績もないダートの、それも世界一に挑戦しようというのだから当然だ。

 

では、タマちゃんやファルコちゃんとも戦うだろうし、

きっちりとけじめをつけて、後腐れなく海外へと飛び出したいものだ。

 

 

その後も、ドバイ遠征後の予定などについても話し合って、

世間への発表は、有終了後に行われることに決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああっ!!」

 

夏休みを目前に控えたある日。

何気なく廊下を歩いていたら、突然聞こえてきた悲鳴にビクッとした。

しかもこのお馴染みな変な声、タマちゃんじゃないか?

 

「あっ先輩! ちょうどええところに!」

 

確かにタマちゃんだった。

彼女は慌てた様子で、正面からこちらへ向かって走ってくる。

 

「ちょう助けてや!」

 

「え?」

 

若干涙目になっているタマちゃん。

何かから隠れるようにして、俺の背中へと張り付いた。

 

「えーと、何事? それと廊下を走っちゃだめだよ」

 

「そないなこと気にしてる場合じゃあらへんのや。

 捕まったが最後、ウチは……うぅ、あかん、震えが止まらん……」

 

確かにそう言うタマちゃんは、小刻みに震えている。

顔面蒼白で、何かとても恐ろしいものに遭遇したようだ。

 

「なんだっていうの?」

 

「説明するのも寒気が走るんや。じきにわかるで……」

 

「?」

 

わからん、まったくわからん。

タマちゃんがこれほど怯える存在ってなんだ?

何があった?

 

「ほら、来よったで……」

 

「ん?」

 

 

『タマちゃあ~ん?』

 

 

「っ……」

 

こ、この声は……

瞬間的に悪寒が全身を駆け抜け、冷たいものが背筋を走る。

まさか……まさか!

 

「どこに行ったんですか~?」

 

おっとりした声を響かせつつ、『奴』は、廊下の奥から現れた。

タマちゃんを追いかけていたとは思えない、ゆっくりとした動きで。

 

「あっタマちゃん、見つけました♪」

 

「ひいっ」

 

()()の青い瞳がタマちゃんを捉え、にっこりと微笑む。

“悪魔”に捕まったタマちゃんからは、再び悲鳴が上がった。

 

「も~、だめですよ。廊下を走ったら危ないですし、

 それじゃゆっくりお話もできないじゃないですか」

 

「え、ええ加減にせぇ! ウチはおまえの話なんか聞かんで!」

 

俺の服の裾をつかんでいるタマちゃんの手に、ぎゅっと力がこもる。

 

「そ、そもそもやな。ウチのほうがジブンより年上なんやで。

 年上をちゃん呼びするやつがあるかい!」

 

「え~? だって、タマちゃんはタマちゃんですし」

 

「理由になってへん!」

 

威勢良く反論するタマちゃんだが、震えはまったく収まっていない。

それどころか激しくなっていく一方で、手には一層の力がこもっていく。

 

気持ちは俺もよくわかるが、タマちゃんもいい加減にして?

俺の制服のライフがどんどん削られてるから。

 

「と、とりあえずタマちゃんは落ち着こうか。

 そちらの、ええと、『スーパークリーク』さんも」

 

「せ、せやな」

 

「あら……」

 

俺がそう言うと、タマちゃんはようやく止まってくれた。

もう一方のあちらさんも、もうみんな分かっていると思うが、

スーパークリークも俺が名前を出したことで、驚いた様子でこっちを見る。

 

「先輩、知ってたんか」

 

「まあ、名前と顔くらいはね」

 

「あらあら、とても光栄です」

 

そりゃあもう、この界隈では色々と有名ですからね。

でちゅねの悪魔だの、走る西〇屋だの、これはひどいとは思うものの、

その名の通りなんだからタチが悪い。

 

「改めまして、はじめまして、ですねファミーユリアン先輩。

 私、スーパークリークと申します」

 

そう言って、頭を下げるクリーク。

普通にしている分にはかわいいんだけどなあ、普通には、さあ。

 

「それで、どういう状況なのかな? 説明してもらいたいな」

 

「それがな、聞いてや先輩。

 ダービー勝った後、こいつになんか変に目ぇ付けられてしもうて……

 事あるごとに付き纏わられてるんや」

 

「私はタマちゃんとお話ししたいだけです」

 

「んなわけあるかい! 他にももっとあるんやろ!」

 

再び興奮してまくしたてるタマちゃんだが、俺は逆に、

()()と顔を合わせてみてからは、とても落ち着いていた。

 

確かに最初は、『げえっクリーク!?』というフレーズと共に、

頭の中ではジャーンジャーンって銅鑼の音が盛大に響き渡っていたけれども、

今はもうそんなことはなくなっていた。

 

なぜかって?

スーパークリークが、()()()()()()()()じゃなかったからだよ。

 

ウマ娘でのクリークが、その性格もさることながら、

母性の塊とかお姉さんだという雰囲気なのは、

その長身と、大変ふくよかな胸部装甲の存在が大きいと思う。

 

だが今のクリークは、この春に入学してきたばかりの子供。

身長もまだまだ大きくないし、

胸に至ってはぺったんこもいいところだった。

 

そう、『子供』なのだ。

孤児院で相手にしていたやつらと全く同じ。

 

そう考えたら、怖さや焦りなんてものは霧散して果てた。

今の俺のほうが圧倒的にお姉さんなんだということもあるしね。

 

自分で自分を“お姉さん”だとかいうの、

いまだに慣れないし、すげえ複雑だが。

 

「ほか? 他ってなんですか?」

 

「そ、それは……」

 

クリークから聞き返され、言葉に詰まるタマちゃん。

具体的には、でちゅねとか、おギャルとかですねわかります。

 

でもいかんぞタマちゃん、そこで言い淀んだら、相手の思う壺だよ。

 

「言ってみてください♪」

 

ほら、あの嬉々としたクリークの表情。

もう構いたくて構いたくてしょうがないって顔だ。

 

「うぅ……ウチはこれでも年上なんや……お姉さんなんや……」

 

俺の背中に隠れたまま、ブツブツ呟くタマちゃん。

どうやら限界が近いようだ。ここまでかな。

 

「はいはい、そこまで」

 

2人の間に割って入る。

いやまあ、物理的には最初から、間に挟まっているけど。

 

「タマちゃん、年上だって自覚あるんなら、

 年下の子とはもう少し上手くやれるようになろうね」

 

「うぅ、そないなこと言われても……」

 

キャラ的には難しいかなとは思いつつ、ちょっと厳しいことを言ってみる。

すべて真に受けないで、軽く流せるような気持ちの余裕は必要やんな。

 

信じられるか? これが今年のダービーウマ娘なんだぜ?

俺の背中にしがみついて小さくなっている様子からは、とても信じられん。

 

「クリークさんも」

 

代わって、クリークにも声をかける。

構いたいのはわかるが、無理強いしたらあかん。

 

「タマちゃんがかわいくて構いたくなるのは、私にもよくわかるよ」

 

ちょっ、という抗議の声が背中から聞こえた気がしたが、

ここはあえて無視する。かわいいのは本当だからね、仕方ないね。

 

「でもね、タマちゃんこの通り嫌がってるから。

 相手が嫌がることをしたらいけないって、教わらなかった?」

 

「むぅ……」

 

実家が託児所を経営してて、クリーク自身も親を手伝って

よく子供の相手していたみたいだから、こういう言葉はよく効くだろう。

実際、若干不満そうではあるものの、納得はしてくれたみたいだ。

 

「わかったら、タマちゃんに言うことあるでしょう?」

 

「はい。タマちゃん、ごめんなさい」

 

「わかればいいんや。……って、ちゃん呼びはやめへんのかいっ」

 

俺の背中から顔だけ出して、したり顔のタマちゃん。

 

安堵したのはわかるけど、そういうのは完全に相手の前に出てからにしようか。

ほら、俺の服の裾掴んでる手も離して、どうぞ。

 

「さっきも言いましたけど、タマちゃんはタマちゃんです」

 

先ほどと同じことを言うクリーク。

原作補正なのか、はたまたウマソウルの導きか何かか、頑として譲らない。

 

「……しし仕方あらへんな。百歩譲って、それは許したる」

 

「ありがとうございますタマちゃん♪」

 

「うぅ……」

 

結局はタマちゃんのほうが折れた。

クリークのニッコリ笑顔に、早くも気圧されている。

 

虎の威を借りてもだめか。やれやれだねぇ。

 

「ここは私がまとめておくから、タマちゃんは先に行きな」

 

「そ、そか? じゃあ頼んだで先輩。助けてくれておおきにな!」

 

このままではまたこじれそうなので、タマちゃんを先に逃がす。

これ幸いとタマちゃんは小走りに去っていった。

 

さて、残ったクリークのほうだが……

ああ言ったはいいものの、どうしたものやら。

 

ゲーム内ではタマちゃんとクリークは同級生っぽいんだよね。

でも、この世界線ではクリークが年下になってしまっている。

史実準拠というわけだ。

 

だから、こんなやり取りもゲームでは同級生同士の戯れで済むんだけど、

年齢が違うから話が余計にややこしくなっている。

 

「あの~、ファミーユリアン先輩」

 

「うん?」

 

「お手数おかけして申し訳ありませんでした」

 

そう言って頭を下げるクリーク。

さっきのこともそうだけど、すぐに自分の非を認めて謝れるのは良いことだ。

だから基本的にはとっても良い娘なんだけどねぇ。

 

態度や言動も、年齢にしては大人びている。

やはり育った環境というのが大きいんだろう。

 

同じような経験をしてきた身としては、なんとかしてやりたいところだが。

 

「うん、すぐに謝れるのは良いことだよ。

 お姉さんが褒めてあげよう。よしよし」

 

「あっ……!」

 

「お?」

 

ついつい孤児院の子供たちにしていたような感覚で、

頭に手を伸ばして撫でてしまった。

クリークはそれが嫌だったか、咄嗟の反応で飛び退く。

 

「あ、ごめんね? 嫌だった? そうだよね、もう中学生だもんね」

 

「い、いえ……」

 

いかんいかん、子供と評したとはいえ、もう中学生だ。

背伸びしたい微妙なお年頃でもある。気を付けないと。

 

「………」

 

「クリークさん?」

 

「えと、その……ファミーユリアン先輩?」

 

「うん」

 

しばらく俯き加減で押し黙っていたクリークが、

飛び退いた分以上に近づいてくると共に、上目遣いで放ってきた言葉が、これだ。

 

「も、もう1度、いいですか……?」

 

「……」

 

ぐはっ、こ、この恥ずかしそうにお願いする様は、まさにクリティカル!

 

いかん、いかんいかん! 俺はロリコンじゃない、ロリコンじゃない!

それに、近い将来、この子はバインバインになるんだ!

 

「先輩?」

 

「あ、ああうん、いいよ。いくらでも撫でてあげる」

 

「お願いします……」

 

「よしよし」

 

「………」

 

すまない、取り乱した。

 

気を取り直し、お願い通りに頭を撫でてやる。

その間、クリークは微動だにもせず、ただされるがままになっていた。

サラサラの髪の毛の感触が、こちらとしても気持ちいい。

 

「もういいかな?」

 

「……もっと」

 

「はいはい」

 

「………」

 

正直言って驚いたね。

他人を甘やかすことに情熱を注ぐであろうクリークが、

こうやって他人に甘えてくるなんてさ。

 

これが、ギャップ萌えというやつか。

 

まあいいんだけどさ。

クリークさんや、ここが衆人環境だということをお忘れでないかい?

校舎内の普通の廊下なんですけど、ここ。

 

「え~と、クリークさん?」

 

「いくらでも、って言いました」

 

「はいはい」

 

「………」

 

そう言われてしまっては、ぐうの音も出ません。

 

まあ、いいんだけどさ。

ああ、時折通りかかってく子たちの視線が痛いなあ。

 

 

*1
ドバイワールドカップミーティング。中東ドバイのメイダン競馬場にて3月下旬に行われる国際招待競走群の総称。ドバイワールドカップナイトとも呼ばれる

*2
主な競争はD2000mのワールドカップ、芝2410mのシーマクラシック、芝1800mのドバイターフ、D1200mのドバイゴールデンシャヒーン、芝直1200mのアルクオーツスプリント




リアン、悪魔を返り討ちにする

クリークは育った環境から、褒められた経験がほとんどないんじゃないか、
っていう考察をどこかで見ましてね。
忙しかった両親も、娘に手伝ってもらうのが当たり前になっていて、
いつしかそれが普通の光景になっていったと。

他人を甘やかすことで、自分が甘えられなかった欲求を満たしているんじゃないか。
褒められ慣れてないところがこうなると、呆気なく堕ちるんじゃないかと思いました(マテ



以前に実施したアンケートの結果も踏まえまして、
初めての海外遠征はドバイ、それもワールドカップのほうに決めました。
たくさんのご協力ありがとうございました。

はたして無事に向かえるでしょうか。



そしてリアンの獲得賞金額
大雑把ですが、現代基準で計算してみました

    着 賞金(万円)
新馬    1 720
葉牡丹賞 1 1070
青葉賞  1 5400
ダービー 1 20000
セントラ 1 5400
菊花賞  1 15000
有馬   2 20000
日経賞  1 6700
天皇賞春 1 22000
宝塚   1 22000
オールカ 1 6700
天皇賞秋 2 8800
JC     1 50000
有馬   1 50000
大阪杯   1 20000
天皇賞春 1 22000
宝塚    1 22000
    合計297790

すでに30億稼いでます
現実の馬たちなんて目じゃない
寄付した額も計算すると7億近くになりますね

わーお(小並感




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第71話 孤児ウマ娘、役者が揃ってきて震える

 

 

 

来年度から、地方を含めたクラシック級ダート競争体系が大改革される。

 

南関東の地区限定だった羽田盃と東京ダービーがG1に格付けされ、

URAを含めた全地区に開放。

また、ジャパンダートダービーがジャパンダートクラシックに改称の上、

開催が秋へと変更されて、クラシック級ダート三冠が創設されるそうだ。

 

ダート路線が整備されるのは良いことだ。

これで中央地方問わず、ウマ娘レースが一段と盛り上がってくれるといいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み明けの9月。

懐かしい顔がトレセン学園へとやってきた。

 

「いよぉ姐御! 久しぶりだな」

 

半年ぶりの再会、イナリワンである。

真新しいトレセン学園の制服に身を包んだ彼女、

顔を合わせるなり、相変わらずの明朗快活な挨拶をしてくれた。

 

「編入おめでとうイナリさん。

 レースの成績も連勝街道まっしぐらで何よりだよ」

 

「へへっ、あんがとな」

 

あの大井でのイベントの後、イナリは快進撃を開始。

 

破竹の勢いで連勝街道をひた走り、1冠目の羽田盃には間に合わなかったが、

南関東の頂点である東京ダービーを制覇。そのあとも、地方交流のG1、

ジャパンダートダービーをも圧勝して見せた。

 

ここでイナリは中央への挑戦を発表。

 

史実に比べるとだいぶ早いが、これ俺のせいか?

あそこで煽るようなこと言っちゃったから、

イナリのほうで対抗心とか反骨心とかが爆発しちゃったかな?(汗)

 

でも交流G1を勝ったんだから、実力的には疑うべくもない。

あとは編入試験の結果如何、というところだったんだが、

無事に突破できたようで何よりだ。

 

交流G1を制した地方の大物が中央に挑戦、

それも()()ファミーユリアンに1バ身まで

迫った存在というから、一時期はその話題で持ちきりになった。

 

改めて、大井のイベントでの模擬レースがクローズアップされる結果に。

 

「重ねて礼を言うぜ姐御。姐御があそこで一緒に走ってくれてなかったら、

 あたしはまだまだ大井で埋もれてたに違いねぇ。

 ましてや中央に挑戦するなんて思ってもみなかったはずだぜ」

 

「たいしたことはしてないよ。

 全部イナリさんが自分の力で頑張って勝ち得てきたものじゃない」

 

「それでも、だ。ありがとな姐御」

 

「どういたしまして」

 

認めないと延々とお礼を言い続けそうなので、諦めて受け入れる。

頑固者め。まあそこもイナリの良いところか。

 

「それと、そのイナリ『さん』ってのやめてくんな。

 姐御とあたしの仲じゃねえか、なんだか他人行儀でいけねぇ」

 

「そうかな?」

 

「もっと気安く呼び捨ててもらっても構わねぇぜ。

 あたしはまだまだ下っ端で、姐御はスーパースターでもあるんだしよ」

 

うーん、別に距離を置いているつもりはないんだが……

本人がそう感じているんじゃ仕方ない。

 

「じゃあ、イナリ。これでいい?」

 

「おうよ」

 

にぱっと笑みを浮かべて頷くイナリ。

ウマ娘を呼び捨てて呼ぶのは、考えてみればルドルフ以外では初めてだな。

そういう意味では貴重な存在だ。

 

「おうおうおう、噂の編入生様のご登場かいな!」

 

と、ここでまたしても変な声(失礼)の登場だ。

言うまでもなくタマちゃんである。

 

「いきなり先輩とタメ口で話しよるたぁ、大した度胸やな」

 

因縁をつけてきたというわけではない。

いつもの軽いノリで茶々を入れてきたのだ。

 

タマちゃんもその存在が気になって、様子を見に来たってわけかな?

同い年なんだし、史実では実現しなかった、

同じレースでぶつかる機会も出てくるだろうからな。

 

「誰かと思えば、ダービーウマ娘様か」

 

「そや。天下のダービーウマ娘タマモクロス様や。

 さあさあ敬わんかい!」

 

「まったくうるせえやつだ。弱い犬ほどよく吠えるっていうぜ。

 気をつけなタマ公」

 

「な、なんやて? 犬ぅ!? しかも『タマ公』やと!?

 もう1度言うてみい!」

 

「ああ、何度でも言ってやらあ!」

 

「はいはいはいはい、ブレイクブレイク」

 

「シャーッ!」

 

「フーッ!」

 

初対面だというのにこれか。

まったくやれやれだぜ。止めに入る身にもなってくれよ。

 

タマちゃん、それじゃ犬というより猫だし、

イナリはもう狐なんだかわからん。

 

いきなり気軽に話せる相手ができて、イナリにとっても

歓迎すべきことなんだろうけど、ケンカはやめてくれ。

 

「タマちゃんレース近いんだからそれくらいにしておきなさい。

 神戸新聞杯出るんでしょ?」

 

「そや。夏を超えてさらに増したウチの力、見せつけたる」

 

何とか2人をなだめ、話を変える。

 

タマちゃんは菊花賞の前哨戦、神戸新聞杯が控えている。

セントライト記念にはファルコちゃんが出走を表明しており、

菊花賞で2回目の激突となる予定だ。

 

二冠になるのか、1冠ずつを分け合う結果になるのか、乞うご期待。

 

「イナリは次走どうするの?」

 

「毎日王冠に出る予定だぜ」

 

「毎日王冠?」

 

菊花賞には向かわないのか?

史実と違って、クラシックレースに出られるチャンスなのに?

 

ダート3000m時代の東京大賞典*1勝ってるんだし、

春天も制してるんだから、距離的にも全く問題ないはずなんだが。

 

「んでもってそっから天皇賞だ。わかるよな姐御?」

 

「……」

 

意味ありげな視線と言葉を向けてくるイナリ。

ほほぉ、そう来ますか。

 

「あのときの言葉、忘れたたぁ言わせねえからな」

 

「大丈夫、覚えてるよ」

 

「よかったぜ」

 

あのとき、模擬レースゴール後に、俺がイナリに言ったこと。

 

 

『芝なら差し切られたかもしれないね』

 

 

こういう形で返ってくるとは思ってなかった。

イナリの心にそこまで突き刺さってたとはね。

 

「勝負だ、姐御。今度こそ勝って見せる」

 

「うん、受けて立つよ」

 

いいねぇ、面白くなってきたねぇ。

 

こんなこと言うと自惚れだって怒られるかもしれないけど、

正直、代わり映えしないメンツばっかりなんで、

新しい刺激が欲しかったところでもある。

 

歓迎も歓迎、大歓迎だぜ。

 

「先輩はどうするんや?

 今年もオールカマーに出るんか?」

 

「ううん、出ないよ」

 

タマちゃんからの質問には首を振る。

 

まだ秘密だけど、のちに海外遠征を控えていることもあるし、

なるべくならリスクを抑える方向で行きましょうって、スーちゃんが言うからさ。

前哨戦には出ないで、ぶっつけで本番という形になる。

 

「出ないんか。去年は春も秋もひと叩きしてたから、

 てっきり今年も出るもんだと思うてたわ」

 

確かにタマちゃんの言うとおり、去年はどっちも出てた。

しかもオールカマーは調子悪いのに強行したからなあ。

 

「まあ先輩は、間隔開いても平気やしな」

 

「そういうこと」

 

「ひと叩きしてたら、なんて言い訳はなしだぜ姐御」

 

「大丈夫大丈夫」

 

仕上げはしっかりするんでね。

それに、負ける気なんか微塵もないのだ。

 

「そういやイナリぃ。

 菊花賞来ないんは、ウチが怖いからなんやろ?」

 

「なに?」

 

「上手いこと言いよったな。

 先輩のことダシにしよってからに、良く回る舌や」

 

「聞き捨てならねぇな。いつ誰がタマ公を恐れたって?」

 

「なんや!」

 

「なんだ!」

 

ああ、また始まってしまった……

だから君たち、衆人環境で色々と騒ぎ立てるのはやめようや。

 

いくらウマソウル的に、気性難因子を受け継いでいるからってさ。

周りへの影響ってのをもう少し考えてほしい。

 

若いっていいよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月度の選抜レースが開催された。

 

今月の注目は、なんといっても『大物』という前評判のスーパークリーク。

史実の実績からすれば当然なんだけど、それを知る由もない

こちらの世界でもそれは変わらなかったようで。

 

ひと夏越して、文字通り大きく成長した彼女。

どうやら本格化を迎えたようで、レースは先行してからの抜け出しで、

後続を全く寄せ付けない圧勝だった。

 

「あ、『お姉さま』~♪」

 

レースを終えた、ジャージ姿のクリークが駆け寄ってくる。

 

呼び方がおかしいって?

そうなんだよな……どうしてこうなった?

 

「私、勝ちました~♪」

 

「おめで――むぎゅっ」

 

「ありがとうございます~♪」

 

駆け寄ってきたクリークに抱きかかえられ、

その豊満なバストに顔を埋めることになってしまう。

 

そう、()()()だ。

 

大きく成長した、とさっき言っただろ?

夏を超えたクリークは、身長が大きく伸び、

体格が一回りも二回りもでかくなった。

 

もう俺ともほとんど変わらないんじゃないか?

ゲームでのサイズに限りなく近くなったのだ。

 

それと、彼女の俺の呼び方に関して。

 

こっちの世界では、タマちゃん以上に俺に懐いてしまって、

初対面になったあの一件以来、俺のことを『お姉さま』と呼び始めてしまった。

だめですか?とあの上目遣いで懇願されては、まさか拒否するわけにもいかず。

 

一方で、タマちゃんに対する執着は薄れたというのか、

以前のような付きまといはなくなって、その分、俺のほうに来た、

という格好になっている。

 

タマちゃんからは、この件では半笑いしながら感謝された。

 

くそっ、自分は悪魔の脅威から逃れられたからって

他人事みたいに言いやがって。くそっくそっ。

 

クリークもなあ、あのままの体型だったらかわいいものだったけど、

これだけでかくなっちゃうと、意識せざるを得ない。

 

柔らかいおっぱい……くそっくそっ!

 

「それで、スカウトもされたんですよ~」

 

「そ、そう、おめでとう。で、誰を選んだの?」

 

いっぱい来たんだろうなあ、スカウト。

選り取り見取りという状況だったはずだ。

 

やっぱり実績十分なベテラントレーナーを選んだのかな?

 

「それがですね、1番かわいかった新人トレーナーさんを選びました♪」

 

「へ? し、新人?」

 

「はい。今年からの新任で、

 担当を持つのは初めてだって仰ってました♪」

 

「そ、そうなんだ」

 

なるほど、そう来たか。

アプリ版準拠のほうのシナリオで来たわけね。

 

シングレではなく、史実寄りでもなく、アプリ版か。

1番かわいがってくれそうな、じゃなくて、()()()()()()ねぇ……

 

あっ、ふーん(察し)

 

「もちろんかわいいだけじゃないんですよ。

 他の歴戦の方々に交じっても負けじと、

 一生懸命誘ってくださったので決めました」

 

「そっか。ここからが本番だよ。がんばってね」

 

「はい。いっぱいい~っぱい、甘やかしてあげちゃいます♪」

 

「……」

 

あ、これあかんやつや。

 

嫌な予感しかしないが……

とにかくがんばってくれ。主に彼女のトレーナーさん。

 

あ、そうだ。

この子も史実では骨折してたし、育成中は

なんか変なデバフついてたと思うから、一応言っておくかな。

 

「何かあったら言ってきて。トレーニング面だけじゃなくて、

 体調管理とかメンタル面でも話を聞くよ。

 すっごく頼りになる良い相談先を知ってるんだ」

 

「そうなんですか? ではそのときはお願いしますね」

 

「特に怪我と体調面には気を付けてね」

 

「ありがとうございます、お姉さま♪」

 

「………」

 

そのお姉さま呼びは、どうにかならんものか。

ますます某ゲームみたいになってきたじゃん。

 

なんにせよ、クリークさんや、そろそろ離してくれない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた毎日王冠*2

 

イナリの地方からの編入初戦だということと、

そのイナリとG1常連であるレジェンドクイーンとの対決が注目された。

 

他陣営は遠慮したのか様子見なのかはわからないが、

8人の少人数での施行である。

 

1番人気は、実績が評価されたレジェンドクイーン。

イナリは2番人気での出走。

 

レースはレジェンドクイーンが引っ張る形で進み、イナリは後方2番手。

1000m通過59秒2のやや早めの平均ペース。

 

4コーナーを回って直線に入っても、態勢に変化はなし。

が、坂を上がってからイナリが末脚を発揮し、大外から一気に突き抜ける。

後続に3バ身の差をつけて、1分46秒7の好タイムで快勝した。

 

地方から来た大物は本物だ!

 

そんな実況のフレーズが耳に残ったレース。

ものの見事に挑戦状を叩きつけられたな。

 

よろしい、受けて立ちましょう。

 

それにしても、神戸新聞杯を圧勝したタマちゃんといい、

セントライト記念を余裕で逃げ切ったファルコちゃんといい、

イナリといい、クリークといい、役者が揃ってきた感があるね。

 

ジュニア級にはクリークのほかにもチヨちゃんやアルダン、

ヤエノなんかの強豪たちがまだまだ控えている。

さらには、雌伏の時を過ごしているであろう芦毛の怪物……

 

強敵ばかりで、オラ、ワクワクすっぞ!(戦々恐々)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(イナリワン編入発表)

 

:イナリワンが中央に編入だって

 

:誰だっけ?

 

:モグリは帰って、どうぞ

 

:嘘だよ

 大井のイベントでリアンちゃんに迫った子だろ?

 

:あの末脚は見事だったな

 

:あのあと連勝を続けて、東京ダービーどころか、

 ジャパンダートダービーも勝ったんだから、実力は確か

 

:ホープだって言われてたの、本当だったんだな

 

:でも芝ではどうなの?

 

:芝は未知数やな

 走ってみなけりゃわからんで

 

:まあ芝がだめでも交流レース出ればええやん

 

:「中央で再戦でえっ!」

 大井期待の新星イナリワン、中央へ編入

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 URAは、地方大井所属のウマ娘イナリワンが、

 9月からトレセン学園へ編入し、中央へ移籍すると発表した。

 

 イナリワンは、今年の東京ダービーとJDDを勝った新鋭。

 また、2月に大井レース場で行われたイベントでの模擬レースで、

 ファミーユリアンに1バ身まで迫ったことで有名だ。

 

 その結果がフロックではなかったことを自ら証明し、

 中央へと殴り込みをかける。

 

 中央入りを目指すことになったきっかけは、

 前述の模擬レースでファミーユリアンから直接誘われたことだという。

 

 ゴール後、芝も合うだろうから今度は芝で走ろう、

 芝なら差し切られてたかも?

 と声をかけられ、意識したことがきっかけだとか。

 

 「今度は芝で勝負だ。首を洗って待ってな姐御!」

 とイナリワンは息巻く。

 

 直近での対戦はとなると、有力なのは天皇賞(秋)か。

 今からとても楽しみである。

 

:リアンちゃんのお眼鏡に適ったってわけか

 

:姐御www

 

:姐御呼ばわりwww

 

:そういう子なのかw

 

:大井だし、江戸っ子ってわけかい

 

:大井は江戸ちゃうで

 

:関西人が混じってますね

 

:なんだろ、イベントの時に仲良くなったのかなw

 

:コミュ力おばけのリアンちゃんだからな

 

:まあなんにせよ、次走が見ものだ

 芝でも好走するようなら、天皇賞でのライバルになりうる

 

:シニアにこれといったのがいないからねぇ

 

:強い子が増えてくれるのは大歓迎さ

 

:次走どこだろ?

 

:この言動だと確実に芝だろうから、

 オールカマーか毎日王冠ってところか?

 

:そうだろうな

 

:リアンちゃん狙いだから、菊花賞には行かないだろうしね

 

:そのリアンちゃん今年はぶっつけで向かうみたいだから、

 どっちも可能性あるな

 

:発表を待とう

 

 

 

 

 

(毎日王冠レース後)

 

:いやあお見逸れしやした

 

:お見事

 

:イナリワン強かったな

 

:こりゃあ本物だ

 

:さすがの末脚だった

 

:芝でも十分走れるやんけ

 

:レース同様ごぼう抜きで対抗1番手に浮上だな

 

:天皇賞での2番人気は保証された

 

:思ったより強そう

 

:いやしかしリアンちゃんの見る目の正しさよ

 

:あのときのイナリワンはまだデビューしたて

 しかも初顔合わせで、ダートしか走ったところを見てないのに、だ

 

:トウショウファルコ、タマモクロスに続いて早くも3人目かあ

 

:アドバイスしたって件とはちょっと違うけど、

 一目見ただけで適性見抜いているのはさすがだよなあ

 

:どこを見てるんだろう?

 

:それこそ素人にはわからん世界だな

 

:ますますトレーナー就任を期待しちゃう

 

:追い込み脚質なのがまた

 

:リアンちゃんと2人並んで追い込んでくるのもワンチャン?

 

:他陣営からしたら恐ろしい光景だなそれ

 

:でもリアンちゃんといえばやっぱり逃げだし、

 デビューと同じ舞台で、また逃げて大勝してほしい

 

:フルマーいないしわからんぞ

 

:フルマー、エリザベスだってね

 

:今日の京都大賞典も余裕で逃げ切ってたな

 

:順当勝ちだべ

 

:フルマーとは有で期待

 今はイナリワンだ

 

:実際、どう思うよ?

 

:リアンちゃん有利だとは思う

 

:だな。どこまで迫れるかってところだろう

 

:あの模擬レースのようにはいかんぞ

 リアンちゃん本気の逃げとなれば、あんなもんじゃないからな

 

:直線まで待ってたら届かないだろうね

 かといってまくっても、脚が続くかどうか

 

:大阪杯みたいになったら、それこそリアンちゃんの完勝だろう

 あとは時計と着差の問題

 

:贅沢言いませんから、

 またレコードでの大差勝ち見せてください、オナシャス!

 

:十分贅沢定期

 

 

 

 

*1
89年まで東京大賞典はダート3000m。3000における最後の勝ち馬がイナリワン。翌90年から2800mで、98年から2000mに短縮された

*2
史実の89年毎日王冠は、オグリキャップ、イナリワン、メジロアルダンなどが激突した名勝負




クリークの姉を名乗る(名乗ってない)転生者


イナリワン
「あたしだってダービーウマ娘でい!
 東京ダービーだけどな」

作中時期の89年は、大井でロジータが三冠達成した年ですが、
イナリの登場を遅らせたために割を食って、翌年に回ります。


先週の葵S、モズメイメイのスタートを見て、
リアンは毎回ああいう感じで飛び出ているのかなあと思った次第。
そりゃ一歩目から違うと言われますわ。


この1週間はいろいろと衝撃でした。
ありがとうナイスネイチャ安らかに……



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第72話 孤児ウマ娘、偉大な『皇帝』に並ぶ

 

 

 

 

『サクラチヨノオーが芙蓉ステークスを制しました!』

 

チヨちゃんが出走したジュニア級のオープン戦。

見事なレースぶりで勝利を収めた。

 

デビュー戦は8月の合宿中だったから、見に行けなかった。

その代わりと言ってはなんだが、今日は現地に来てます。

 

「チヨちゃん」

 

「あ、リアンさん!」

 

引き揚げてきたチヨちゃんに声をかける。

気付いた彼女はパッと顔を輝かせて、うれしそうに駆け寄ってきた。

 

やっぱりどう見てもワンコ。

しっぽがぶんぶん振られているから、余計にそう見えてしまう。

 

「おめでとう。強かったね」

 

「ありがとうございます!」

 

満面笑みを浮かべるチヨちゃんだ。

今日も3バ身の差をつけての快勝だったし、この分なら、

とりあえずは心配いらないかな?

 

「次は朝日杯かな?」

 

「まだわかりませんけど、一応その予定です。

 間にもう1戦挟むかもしれませんが」

 

「がんばってね。また応援に来るから」

 

「恐縮です。がんばりますっ!」

 

ふんすっ、と力いっぱい頷いて見せるチヨちゃん。

 

この世界では、ジュニア級最優秀賞を獲れるだろうか?

ジュベナイルとホープフルもあるからなあ。

サッカーボーイとヤエノあたりの動向次第になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第50回菊花賞

主な出走ウマ娘枠順

 

2枠3番シエルアンバー

3枠5番バンブービギン

4枠8番リアルアニバーサル

7枠13番オサイチジョージ

7枠14番ウィニングクラブ

8枠17番トウショウファルコ

8枠18番タマモクロス

 

 

 

『記念すべき50回目の菊花賞、まもなく発走となります』

 

『締め切り直前の1番人気は、ダービーウマ娘タマモクロス。

 2番人気は皐月賞ウマ娘トウショウファルコ。

 3番人気は神戸新聞杯2着のバンブービギン。

 4番人気はセントライト記念2着のオサイチジョージとなっております』

 

実績が順当に反映された人気順と言える。

以下、シエルアンバー、リアルアニバーサル、ウィニングクラブと続く。

 

『人気の2人が大外枠に入りました。

 影響はありそうですか?』

 

『ありますね。特にトウショウファルコにはつらい枠になりました。

 京都3000のスタート地点は3コーナーに近いですから、

 逃げ戦法を取る彼女にとっては、スタートにプレッシャーがかかります』

 

『ここまでの5戦では非常に良いスタートが切れています。

 今回も同様の反応が求められますね』

 

『はい。まあ1番人気のダービーでも良かったわけですから、

 重圧には負けないと信じましょう』

 

『そのダービーウマ娘のタマモクロスはいかがですか?』

 

『彼女は後方から行くタイプですから、

 包まれる可能性が低い分、逆に気楽に走れるのではないでしょうか』

 

1番人気と2番人気で、脚質の関係もあって

明暗が分かれた枠順。それがどう響いてくるか。

 

『展開はトウショウファルコが逃げますね?』

 

『そうですね。それに続くのが1番あたりでしょうか。

 シエルアンバー、リアルアニバーサル、

 オサイチジョージらも前目につけると思います。

 先ほども言いましたがタマモクロスは後方待機ですね』

 

『ペースは?』

 

『うーんどうでしょう。さほど早くならない気がします。

 1番がトウショウファルコに絡んでいくとわかりませんが』

 

と、ここでスターターが動いた。

ファンファーレが生演奏されて、各ウマ娘がゲートに入っていく。

 

『各ウマ娘、ゲート入り完了。

 1番強いのはダービーウマ娘か、それとも皐月賞ウマ娘か。

 はたまた第3のヒロイン誕生となるのか。

 第50回菊花賞、スタートしました!』

 

『揃ったスタート。外からトウショウファルコ行きます』

 

不利な外枠をもろともせず、好反応でスタートしたファルコが先手。

坂を上って下っていく。

 

『1周目坂を下りきって先頭はトウショウファルコ。

 2番手1番、3番手シエルアンバーとオサイチジョージ並んでいる。

 リアルアニバーサルとバンブービギン続きます。

 ウィニングクラブは中団前目、タマモクロスは後方の模様』

 

『直線に向いて先頭トウショウファルコ、快調に逃げています。

 2番手3バ身差で1番、オサイチジョージ早め3番手』

 

『1000mは63秒1で通過しました。

 ゆったりとした流れになっています』

 

レースはファルコの単騎逃げ、スローペースで進行。

スタンド前を通過時は大歓声が上がった。

 

『1コーナーから2コーナー、先頭はトウショウファルコ変わりません。

 1バ身差まで詰まって1番が2番手、3番手シエルアンバー追走。

 その後ろにリアルアニバーサルがいます 並んでバンブーとオサイチ。

 タマモクロスは最後方ですが、外から徐々に上がっていく』

 

『このあたりでバ群がギュッと詰まりました。密集しています。

 先頭から最後方までおよそ8バ身くらい』

 

向こう正面の中ほどあたりで、さらにペースが落ちたか、

バ群の密度が上がった。

内にいる娘たちは窮屈そうにしている。

 

『さあ勝負所。2周目の京都の坂にかかります』

 

『トウショウファルコ先頭で坂を上る。リードは1バ身』

 

『下りに入ったトウショウファルコ、ここでスパートしたか?

 2番手1番との差が3、4バ身まで開いた』

 

下りに入った段階で、ファルコがスパート。

一瞬で2番手に3バ身の差をつけて坂を下っていく。

 

『リアルアニバーサルとバンブービギン並んで2番手に上がる。

 外からタマモクロスも上がってきた。3番手を窺っている』

 

坂を下りきると、逃がさんとばかりに人気上位たちが揃って上がってきた。

 

『4コーナーを回って最後の直線。

 トウショウファルコ抜け出した。後ろとは3バ身。逃げきれるか!』

 

4コーナーを回ってファルコが単独先頭。

後続とは3バ身の差をつけた。

 

『リアルアニバーサルとバンブービギン、身体をぴったり合わせて追っている。

 その外からタマモクロス! 一気にかわして2番手!』

 

『今日も白い稲妻が炸裂か! ダービーウマ娘の末脚!』

 

内側2人の争いをよそに、外から白い稲妻が一息でかわしていった。

 

『トウショウファルコ逃げる!

 2番手タマモクロス、その差は2バ身。200を通過!』

 

抜け出したのは2人だけ。

そのどちらもがクラシックウマ娘。

 

『2人が完全に抜け出した。どちらが勝っても二冠達成だ!』

 

皐月と菊の二冠か、ダービーと菊の二冠か、という争い。

3番手とはジリジリ開いていっており、勝負はこの2人に絞られた。

 

『徐々に差が詰まる! ダービーの再現!

 残り100! 並んだ。最後の最後で叩き合い!』

 

逃げるファルコをタマモクロスが捉え、ダービーに続いての叩き合いに。

 

『内トウショウファルコ、外タマモクロス!

 まったく譲らない両者。さあどっちだ? どっちだぁー!?』

 

『これはわかりません!

 勝負は写真判定に持ち込まれます!』

 

肉眼では判別がつかない状況で両者はゴール板を通過。

 

ターフビジョンではすぐにゴールの瞬間がリプレイされるが、

スロー再生されても全くわからない。

見守る観客たちからも、歓声ともため息ともつかない声が盛大に漏れた。

 

スタンド前に戻り、肩で息をしながら、

並んでビジョンでVTRを見ながら結果を待つファルコとタマモクロス。

 

長い長い写真判定。結果は――

 

『あっ、いま掲示板に数字が上がりました。18番、

 勝ったのはタマモクロスです。ダービー菊花の二冠達成!』

 

勝利の女神は、タマモクロスへと微笑んだ。

 

『2着ハナ差でトウショウファルコ!

 ダービーに続いての悔しい敗戦になりました。

 あ、膝から崩れ落ちています!』

 

数字が上がったのを見届けて、ガッツポーズと共に雄叫びを挙げるタマモクロス。

一方、がっくりと膝を落としたトウショウファルコ。

 

枠順と同様に、僅かな差が明暗を分ける結果となった。

 

 

 

「ファルコ」

 

「タマモさん……」

 

ひとしきり喜んだ後、タマモクロスはファルコに声をかけた。

 

「ええ勝負やったな。また一緒にやろうや!」

 

「……はい。次こそは、あなたに勝ちます」

 

手を差し出し、ファルコを立ち上がらせるタマモクロス。

再戦を誓い、ファルコは次こそは勝利を、と決意を新たにする。

 

ライバル同士の美しい光景に、観客たちからは大歓声と、

十重二十重の拍手喝采が贈られた。

 

 

 

第50回菊花賞  結果

 

1着 18 タマモクロス    3:06.7 

2着 17 トウショウファルコ   ハナ

3着  5 バンブービギン     3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふ~っ」

 

菊花賞を見届けて、息を吐きながら

椅子の背もたれに深く身体を預ける。

 

もちろん現地には行けず、寮の自室でテレビ観戦だった。

カフェテリアでも良かったんだけど、落ち着いて見たかったんでね。

 

部屋にしておいて正解だったよ。

あまりのデッドヒートに、思わず声を上げそうになっちゃったくらい

興奮してしまった。

 

カフェテリアにいたら、周りの空気も合わさって、

もっと興奮して大声上げてしまっていたかも。

 

「おめでとうタマちゃん。

 ファルコちゃんは悔しいなあ。立ち直れるといいけど」

 

タマちゃんはこれで二冠達成。

なんかこっちの世界では、ダービー菊の二冠多くない?

現実ではタケホープ*1しかいないのに不思議だ。

さっそくお祝いのメッセ送っておこう。

 

そして、ファルコちゃん。

ダービーに続いて僅差で大物を取り逃してしまった。

その悔しさはいかほどだろうか。

 

結果が出た瞬間に座り込んじゃってたくらいだし、

相当悔しかったに違いない。

ガックリ来ちゃってなければいいんだが。

 

この悔しさをバネにして、さらに大きく飛躍してほしい。

 

「あれかな、俺の真似しようとしたのかな?」

 

ファルコちゃんのレースぶり、もしかして

ペースコントロールを試みたのでは、と思う。

 

中盤でバ群が一気に詰まったのがその証拠。

でもその割には、前半の入りがスローすぎた。

ハイペースで行くまでの勇気は持てなかったかな?

あるいは、スタミナにそこまで自信がなかったか?

 

おかげでそれ以降、他の子たちが付かず離れずになってしまって、

4コーナーで思ったより突き離せなかったんじゃないかなあ。

 

惜しいなあ。実に惜しい。

もう少し上手くやれば、勝っていたのはファルコちゃんだったのに。

 

まあこんな博打まがいな戦法はうまくいかなくて元々。

俺の時がハマりすぎた感があるし、そうそう上手くいくもんじゃない。*2

相手がタマちゃんっていう手練れだったこともあるし。

 

2人とも実にあっぱれ、そしてお疲れさん。

 

来週は俺の番だな。

待っとれよ~イナリ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第100回天皇賞 主な出走ウマ娘

 

2枠2番レジェンドクイーン

2枠3番ミスシクレノン

3枠4番ファミーユリアン

4枠5番マティリアル*3

5枠7番イナリワン

5枠8番フリーラン

 

 

 

先週の菊花賞が50回記念だったのに引き続き、

この天皇賞も100回目のメモリアルだ。

 

100回目のウィナーに、ぜひとも名前を刻んでおきたいところ。

去年は盛大にやらかして勝てなかったことだしね。

 

 

『圧倒的1番人気、3枠4番ファミーユリアンの登場です』

 

 

一層気合を入れて、パドックへ。

いつもの横断幕に迎えられて、心が少しほっこりする。

 

毎度のお披露目をこなして、地下バ道へ。

その途中。

 

「よぉ姐御」

 

初披露となる勝負服を着こんだ、イナリが待っていた。

 

「今度こそ姐御の本気の走り、見せてもらうぜ」

 

「いいよ。後ろからよ~く眺めてね」

 

「お生憎様、最後はあたしが前に行く算段なんで、よろしくな!」

 

「こちらこそよろしく」

 

お互いの健闘を称えて、笑顔で握手。

そしてもう1人、俺を待っていたのは……

 

「リアン」

 

「ルドルフ?」

 

制服姿のルドルフだった。

いいのかおまえ。まあ関係者と言えば関係者だけど。

 

「今日はぜひとも、直接激励したくてね」

 

「直接プレッシャーを与えに来た、の間違いじゃない?」

 

「ひどいな」

 

軽口を言って笑い合う。

もうそんなことすら超越した関係だもんな。

 

わかってるよ。

この天皇賞を勝てば、おまえに並ぶG1・10勝目になるからな。

俺としてはいつもと同じ感覚で走るだけだが、周りは違うと。

 

「期待しているよ」

 

「はいはい、がんばってきますよ」

 

「ああ」

 

ハイタッチして別れる。

 

二言三言交わしただけだけど、言葉だけじゃ測れない何か。

とてつもなく大きなものを背負わされた感じがする。

やっぱりプレッシャーを与えに来たんじゃないの?

 

まあとにかく、精一杯頑張りましょ。

 

 

 

 

 

本バ場に出てきただけで巻き起こる大歓声。

そんな中で、聞き慣れた俺を呼ぶ声に気付く。

 

「リアンちゃ~ん」

 

おっちゃんと、居並ぶファンクラブの重鎮たち。

そしてその中に、珍しい顔がある。

 

「気張れや先輩!」

 

「応援しています。がんばってください!」

 

タマちゃんとファルコちゃんじゃないか。

なんとまあ……君たちが来ていることもそうだけど、

ファンクラブの連中に交じって、ゴール前最前列にいるとはね。

 

これはぜひとも、こちらからも声をかけなければ。

そう思って、外ラチいっぱいまで駆け寄る。

 

「タマちゃんとファルコちゃんまで来てるとは思わなかったよ」

 

「驚いたやろ? ファルコと相談してな、

 いつも応援されてばっかりやったから、今度ばかりは

 ウチたちも応援しに行かなあかんってな」

 

「今回を逃したら、チャンスがないですから」

 

確かに、次のジャパンカップは国際招待だし、

雰囲気的にそうそう出しゃばれたものじゃないからな。

一念発起して来てくれたってわけか。

 

「ありがと、がんばるよ。

 また日本レコード更新してくるから見てて」

 

「大きく出たな。でもよう言うた、その意気や!」

 

「期待しています。ファイトですよ!」

 

2人の言葉に頷いて、返しウマに――

 

「リアンちゃ~ん!」

 

――行こうと思ったんだが。

 

「オレたちにも何か一言おくれ~!」

 

おっちゃん……

やれやれ仕方ない。

 

「G1・10勝目の祝勝会しましょう。

 派手にやりますから、ほかのメンバーにも声かけておいてください」

 

「お、おおっ! 任せてくれ!」

 

「それじゃ」

 

「おうよ! がんばれよー!」

 

まったくもう、大の大人たちがおねだりとは、はしたない。

本当しょうがないよね。だけど、程よく気合は乗ったかな。

 

おっちゃんたちもありがとよ。

では、いってきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『100回目という節目になります天皇賞、発走が迫りました。

 秋晴れの東京レース場、バ場状態は良で行われます』

 

『注目は、なんといっても皇帝シンボリルドルフに並ぶ、

 G1・10勝目なるかというファミーユリアンです。

 いかがですか?』

 

『アクシデントがなければ確勝という感じでしょう』

 

レースが始まる前から、勝利を確信している解説者。

世の中の雰囲気も同じで、2着争いのほうに視点が向けられている。

 

とはいえ、『絶対』はないのがレース。

現に昨年は、それが起こってしまっているのだ。

 

『死角らしい死角が見当たりません』

 

『お墨付きをいただけたところで、2着争いに目を向けましょう。

 2番人気、大井からやってきたイナリワンですが』

 

『前走、毎日王冠での走りを見れば、筆頭で間違いないです。

 どこまでファミーユリアンに迫れますか』

 

『ほかの娘たちはノーチャンス?』

 

『失礼ですが、正直、ねぇ』

 

苦笑するしかない、というレベル。

もうとっくに、リアンとは勝負付け、ランク付けが済まされてしまっている。

事実、苦笑し合うくらいしか、反応のしようがなかった。

 

『スターターが旗を振って、100回目メモリアルのファンファーレです!』

 

ファンファーレが響いて、枠入りも順調。

程なくして態勢は整った。

 

一瞬の静寂が場内を支配する。

 

『スタートしました! 全員綺麗に走り出しました』

 

『しかしその中でも1人だけ明らかに違う出足!

 ファミーユリアン、タイミングよく飛び出して早くも先頭』

 

揃ったスタート。

中でも、いつにも増して早く飛び出したのがリアンだった。

 

『レジェンドクイーン続いていきます。外のほうから10番も行った。

 ですがファミーユリアン飛ばしていく。

 もう7、8バ身のリードを取りました』

 

2コーナーをカーブして向こう正面に出るころには、

すでに相当の差がついている。

 

『さあグングン飛ばすファミーユリアン。

 後続はもうこれだけ離れた。もう10バ身以上はつきました。

 2番手レジェンドクイーン、6番上がってきて3番手』

 

早くも引き気味になっているカメラアングル。

それでも後方まで収まりきらない。

 

『1000m、どれだけのタイムを記録するでしょうか』

 

まもなく中間地点の1000mを通過する。

誰もが注目するそのタイムは……

 

『57秒4! 大阪杯を上回る自身過去最速のタイム*4

 1000mを通過しましたファミーユリアンです』

 

彼女の戦績の中でも、1番早い1000m通過になった。

満員の観客たちから早くも大歓声が上がる。

 

『後続とはもう目視ではわからないくらいの差!』

 

悲鳴に近い実況の声。

それもそのはずで、誰がどう見ても、

もう何バ身という単位が意味をなさないくらいの差がついている。

 

実際、2番手のレジェンドクイーンとは2秒以上離れた。

 

『大変な縦長になりました。後方からはイナリワン動いた。

 内を突いて上がっていきます』

 

後方に構えていたイナリワンが動いた。

内が空いていると見るや、これ幸いとばかりに上がっていく。

 

『大欅を過ぎて4コーナーへ向かいますファミーユリアン。

 これだけのリードを取っています。この段階でもう安全圏か!?』

 

ただ1人4コーナーへと入るリアン。

後続はまだ3コーナーすら曲がり終えていない。

 

『さあファミーユリアンだけが直線へ向いた。

 後続はまだまだ追いついてこない』

 

2番手とは100m以上離れている。

いや、下手をするともっと、200m近くあるかもしれない。

 

『イナリワンするっと内を突いて上がってきた。

 いつのまにやら3番手』

 

後続の争いは、レジェンドクイーンが脱落。

あのまま内を突いて上がってきたイナリワンが、さらに差を詰める。

 

『しかしファミーユリアンは遥か前方だ。

 坂を上がっても脚色はまったく衰えない!』

 

坂を駆け上がり、ゴールまで一直線。

もはや大勢は決した。

 

『絶対王者ファミーユリアン、今日も今日とて異次元の逃げ足を発揮です!

 やはり付いていけるものは誰もいなかった』

 

『ファミーユリアン圧勝も圧勝でゴールインッ!

 2着離されてイナリワン入線です!』

 

リアンが大圧勝でゴールイン。

イナリワンが離されたが2着に入った。

 

『ついにあの皇帝に並んだぞ、G1・6連勝で10勝目!

 なんというウマ娘でしょうか! もう言葉が出てきません!』

 

『勝ち時計1分56秒4! 大阪杯での日本レコードをさらに更新です!

 天皇賞春秋連覇も達成! これも初めての大記録!』

 

タイムも従来の東京コースのレコードを大幅に更新し、

自身の記録をも更新する日本レコード。

おまけに、春秋の天皇賞を同一年に連覇するという、史上初の偉業。

 

『そして同時に重賞14勝目。これも皇帝が持っていた

 重賞最多勝利記録を更新しました!』

 

『次なるターゲットはどんな記録だ!?

 恐るべきウマ娘! ファミーユリアンですっ!!』

 

 

 

第100回天皇賞(秋)  結果

 

1着  4 ファミーユリアン  1:56.4R

2着  7 イナリワン       7

 

12.4-11.2-11.1-11.3-11.4-11.9-11.9-11.8-11.6-11.8

4F 47.1

3F 35.2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが姐御の本気、かあ。

 な~にが『芝なら』だよ。おっそろしい……」

 

ゴール後、コースへ大の字に寝転んでしまったイナリワン。

乱れた呼吸を整えつつ、負けを認めた。

 

「完敗でぇ……!」

 

これだけ負けると逆にすがすがしくすらある。

 

「……だがいつか、姐御に……」

 

抜けるような高い青空を見やりつつ、

イナリワンはしばらくそのままターフ上に仰向けで過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファンへの対応も程々に、地下バ道へと戻ってきた。

 

「おめでとうリアンちゃん」

 

「……っ」

 

出迎えてくれたスーちゃんに笑顔でそう言われると、何かが込み上げてきた。

いつもと変わらないことなのに、なんぞこれ?

 

瞬間、デビュー戦でのことがフラッシュバックした。

ああ、駄目だ。またアレだ……

 

「あらあら」

 

感極まって、思わずスーちゃんに抱き着いてしまう。

 

いくら同じ距離、同じコースといっても、

同じことの繰り返しはいかんでしょ。進歩ないよね。

 

でも仕方ないんだ。本能には逆らえないんだ。

グズりつつもなんとか堪えてスーちゃんから離れると、今度は――

 

「やったな、リアン」

 

ルドルフからの追い討ち。

 

「君に並ばれたのなら本望だ。

 むしろ、さっさと超えていってくれると嬉しいな」

 

「ルドルフぅ……っ」

 

「あ、こら……やれやれ仕方ないな」

 

にっこり笑顔でこんなことを言うものだからさあ。

当のご本人様が言うもんじゃないよ。

引っ込んだかと思った何かがまた込み上げてきて……

 

ルドルフにもがばっと抱き着いてしまった。

 

「本当に仕方ないな、君は」

 

ルドルフの声がとてもやさしい。

背中をポンポンされつつ、こんなの聞かされたら我慢できなくなる。

 

ああもう、どうにでもなるがいいさ!

 

 

 

 

 

当然、この様子はマスコミにばっちり撮られていたわけで。

音声も記録されていて、ファンたちの間では、“お祭り”状態だったという。

 

そして、インタビュー時になっても到底落ち着かず、

終始グズりつつの受け答えになり、ある意味伝説と化した。

 

 

 

 

*1
クリフジも該当するが、純粋な二冠ではないのでここでは除外

*2
セイウンスカイと横山典弘がお見事だったとしか言えない

*3
史実のマティリアルは、これに先立つ京王杯AHで……

*4
サイレンススズカが記録したタイムと同じ。しかし史上最速かと言われるとそうではない。トーセンジョーダンがレコードを出した第144回に、シルポートが逃げて56秒5を記録している




あの日曜日もこうなるはずだった(´;ω;`)ブワッ


まったく関係ないですが、会見時の涙というと、
F1のシューマッハが、セナの記録に並んだ時を思い出すおっさんです(;´∀`)




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第73話 孤児ウマ娘、また巻き込まれる

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(菊花賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:リアンちゃん派閥の直接対決、第2回戦やな

 

:どっちが勝つと思う?

 

:正直逃げは厳しい

 

:実際リアンちゃんが久方ぶりの勝利だったし、

 リアンちゃん以降も壊滅だもんな

 

:それでも、それでも俺はファルコを推す!

 

:僅差2番人気だし、みんなそう思ってるよ

 

:タマモかファルコの二冠達成が9割

 長距離だけにアッと驚く伏兵誕生が1割だと思う

 

:つまり、2強以外の上位人気が勝つ確率はゼロだと

 

:パッとしないもんなそれ以外

 

:春の勢力図と全く変わってないよ

 

:さてスタートだ

 

:揃った

 

:ファルコ行く

 

:さほど早くなさそうだ

 

:63秒、スローだ

 

:上がり勝負になるとタマモ有利か

 

:ペースさらに落ちたな

 

:バ群が詰まる詰まる

 

:これは……もしやリアンちゃん戦法!?

 

:中盤落として再加速ってやつ?

 

:しかしそう言うには前半遅すぎないか

 

:後ろも離せてないし

 

:じゃあ2周目下りで行くのか?

 

:やっぱり下りで行ったよ

 

:少なくとも意識はしてるな

 

:さあ逃げ切れるか?

 

:タマモクロス来てるぞ

 

:ダービーの再現や

 

:うおおお熱い!

 

:どっちだ!?

 

:わからん

 

:肉眼じゃまったくわからんな

 

:リプレイ見ても正直……

 

:さて……

 

:長いな

 

:まさか同着とか?

 

:出た! タマモ!

 

:白い稲妻!

 

:二冠おめ!

 

:ああファルコ……

 

:膝ついてガックシ

 

:ダービーに続いて僅差だし、そりゃ悔しいよ

 

:手を差し出してファルコを立ち上がらせるタマモ

 

:ふつくしい……

 

:これぞスポーツマンシップ

 

:リアンちゃん派閥らしく、リアンちゃんと同様

 ダービー菊花の二冠になったか

 

:終わってみればシグナルだった

 

:ダービーでもリアンちゃんと同じく記録尽くめだったし

 

:で、そう言うおまいらはもちろんタマモに入れたんだろうな?

 

:あ、もちろんタマモ単独で、だぞ

 

:………

 

:さ~て、来週の天皇賞の検討しようか

 

:ツッコミ待ちかな?

 

:兎にも角にも、これで両者は

 有でリアンちゃんと対決だろう

 

:燃える展開

 

:憧れの存在で、実際に世話になった大恩人との対決とか

 

:激熱だ

 

:その前にリアンちゃんは天皇賞とJCあるから

 

 

 

 

 

(天皇賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:見どころは、イナリワンがどこまでリアンちゃんに迫れるか

 

:中央でも通用するのは前走で証明した

 

:他は正直どうでもいい(暴言)*1

 

:タマモ、ファルコ、イナリワンがリアンちゃん三銃士だな

 

:メジロフルマーも入れてあげて

 

:あいつはライバル枠だから

 

:よし、今日も調子良さそうだ

 

:お? 珍しく外ラチまで行った

 

:と思ったら、タマモとファルコ来てるじゃん

 

:ファンクラブの面々と一緒に応援か

 

:皇帝に並ぶかという一戦だし、そりゃ周りも力入るよな

 

:ルドルフも内心はどうなんだろうな?

 

:親友なんだし、誇りこそすれ怒りはしないでしょ

 

:さあスタートだ

 

:何回見ても緊張する一瞬……

 

:よし!

 

:1人だけ早すぎる

 

:もう一歩目が違うもんな

 

:スタートも異次元だ

 

:はええ

 

:離れすぎィ

 

:57秒4!?

 

:早すぎでしょ

 

:大阪杯より早いとか

 

:実況「目視ではもうわからないくらいの差」

 

:ホントわかんねえよ

 

:これは大草原

 

:早くも大楽勝ムード

 

:イナリワン上がってくるも

 

:はい終戦

 

:大圧勝フーッ!

 

:皇帝に並んだ!

 

:おめでとぉぉおおお!!!

 

:日本レコードもさらに更新!

 

:初めての春秋連覇やったー!

 

:格が違いすぎる

 

:イナリワンでも7バ身か

 

:まあ迫ったほうじゃね

 

:やっぱりあの大井での模擬レースは、

 身体できてなかったってことなんだろうな

 

:終わってみればいつも通り

 リアンちゃん王国はまだまだ続く

 

:重賞最多勝記録更新の14勝目

 

:リアンちゃんはいったいいくつURA記録を作る気なのか

 

:そりゃあ作れるだけよ

 

:何気に連対記録も継続中だよな?

 

:最多連対はシンザンだな

 デビュー以来の19戦19連対の連対率100%だ*2

 

:リアンちゃんはいま何回なの?

 

:18戦16勝2着2回の18連対

 

:ということは、その記録も夢じゃないな

 

:連対率100%も維持してるし

 

:もうすぐに更新できるじゃん

 

:有でキリよく20戦連続連対の新記録や

 

:スピードシンボリトレーナーに抱き着いて号泣

 

:久しぶりのリアンちゃんの涙

 

:ほぼ1年ぶりだ

 

:デビュー戦の時が思い出されるな

 

:俺もそう思った

 

:同じ舞台だからなあ。出来すぎてるよ

 

:もう4年たつのか……

 

:早いもんだ

 

:いかん、もらい泣きしそう

 

:ルドルフおるやん

 

:「君に並ばれたのなら本望だ。

  むしろ、さっさと超えていってくれると嬉しいな」

 

 確かに聞こえたぞ!

 聞いたなみんな!!?

 

:ルドルフにも抱き着いて、あらら

 

:大号泣だ

 

:そりゃ、親友でもある大先達から

 こんなこと言われたら感極まるってもんだよ

 

:てぇてぇ……(昇天)

 

:良い関係だなあ

 

:周知の事実ではあるけど、

 気安い関係であると再認識(昇天)

 

:やはりルド×リア

 ルド×リアは世界を救う(昇天)

 

:怒涛の昇天ラッシュで草(昇天)

 

:みんな落ち着け!

 昇っちまったら、もうリアンちゃんを見られないぞ!

 

:ルドルフにも祝福してもらえて

 よかったなあリアンちゃん(もらい泣き)

 

:これインタビューどうなるん?

 

:それどころじゃない気がする

 

:まあ落ち着くのを待つしかあるまい

 

:落ち着きませんでした

 

:終始泣きっぱなしだったなあ

 

:こんなの初めて(嬉)

 

:普段しっかりしている娘の涙は心に来る(泣)

 

:やっぱりプレッシャーだったんだろうよ

 

:重圧から解放された瞬間に、

 誰あろうルドルフ自身から祝福されたもんだから

 

:美しい涙でした

 

 

 

 

 

:ハロンタイム来た

 12.4-11.2-11.1-11.3-11.4-11.9-11.9-11.8-11.6-11.8

 4F 47.1

 3F 35.2

 

:恐ろしいペースだ……

 

:2ハロン目の加速力えぐい

 

:スタート以外11秒台並べるとか……

 

:マイル戦並みのラップだよなあ

 

:まさにマイルのスピードを中距離で維持できる

 ってところだ

 

:なんという化け物(誉め言葉)

 

:もはや形容する言葉も出てこない

 

:改めて思うが、これだけ飛ばせて

 上がり35秒そこそこでまとめられる能力よ

 

:坂で全然タイムが落ちない

 むしろ加速する

 

:下り坂スパートの件といい、上り下り関係なく

 坂を全く苦にしないのは大きな強みだ

 

:走りによほどのパワーがあるんだろう

 まあ道悪実績からもわかってたことだけど

 

:そこが1番の長所説

 

:長所多すぎて絞り切れん

 

:・抜群のスタート

 ・抜群のペース把握管理能力

 ・逃げて伸びる抜群の末脚

 ・数々のレコードを作る抜群のスピード

 ・不良バ場でも良並みのタイムで走れ、

  坂をまったく苦にしない抜群のパワー

 ・3000のレコードを上回るペースで逃げた上での

  3200を超絶レコード勝ちできる抜群のスタミナ

 

 ・基金を創設して寄付を募り自らも多額を寄付する聖人

 ・ファンサービスに熱心で、

  時には自分の都合すら犠牲にする献身性

 ・これだけの強さにもかかわらず常に謙虚

 

 まだまだあるとは思うが、

 軽く考えてもこれだけ挙がってくる

 

:経験と知識を惜しみなく提供する

 その結果誕生したのが今年のクラシックウマ娘2人*3

 

:人を見る目の確かさ

 地方のデビューしたばかりの娘の適性を見抜いて中央に誘う

 タマモとファルコの件にも繋がるな

 

:2回の骨折にも負けない不屈の精神力

 リハビリに耐えて時を待てる忍耐力

 

:1番肝心の「かわいい」が抜けてるやんけ

 

:欲望に素直ニキおっすおっす

 

:スレ説明回収乙です*4

 

:ずいぶん時間をかけたフラグ回収だなw

 

:考えれば考えるほど、良いところしか出てこないな(歓喜)

 

:むしろ欠点ってあるの?

 

:謙虚なのはいいんだが、それが見る人から見ると、

 厭味ったらしく見えるのかもしれない

 

:揚げ足取りでしかなくて草

 

:言いがかりじゃあ

 

:もう好みの問題だな

 

:何はともあれおめでとうリアンちゃん

 次は皇帝越えだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第14回エリザベス女王杯。

 

『メジロフルマー圧勝! 完全な独走でゴールインッ!

 ついにG1タイトルを手にしました!』

 

テレビには、激走後にもかかわらず

涼しい顔で観客に向けて手を振っているフルマーちゃんが映し出されている。

 

実況が言っていたように、やっとG1を勝った。

 

去年なんで出なかったんだって意見が多くて、

俺に付き合わせてしまったせいかなんて、差し出がましくも

思っちゃってたところなんで、俺もホッとできたところだ。

 

2着につけたのは大差。

今年のティアラ路線の子たちが揃って出てきたんだけど、

まったく寄せ付けなかったね。

 

ハイペースで逃げた上に、フルマーちゃん単独なら潰せると思ったのか

どうかはわからないが、競ってきた2人をレース半ばで早々に潰した挙句、

記録したタイムは、俺に続いて2200で2分10秒切りの2分9秒9。

もちろんレースレコードとコースレコードを大幅に更新した。

 

そのハイペースの恩恵を受けたのが、後方から2着に突っ込んだ最低人気の子。

サンディフェイマス……サンドピアリスだな、史実では。

確かいまだにG1では最高の単勝配当を生んだ超穴馬だったはず。*5

こっちの世界でも一世一代の激走を見せてくれた。

 

それにしてもフルマーちゃん強かった。

また強くなったんじゃないの? こりゃうかうかしてらんないねぇ。

 

インタビューでは、「これで胸を張って、()()挑戦できます」

なんて言ってたけど、誰に、なんて言うのはナンセンスだよね。

 

いいぜ、俺は逃げも隠れもしない。

……って、レースでは逃げるのが主だけどね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第9回ジャパンカップが目前に迫った。

出走予定の海外ウマ娘たちを見ていこうか。

 

 

・キャロルハウス(英)  凱旋門賞、愛チャンピオンS

・イブンベイ(英)    オイロパ賞(独)、イタリア大賞

・アサティス(英)    ジョッキークラブ大賞(伊)

・トップサンライズ(仏) ロワイヤルオーク賞

・ホークスター(米)   オークツリー招待ハンデ、セクレタリアトS

・ペイザバトラー(米)  ジャパンカップ2着

 

 

今年は6人の海外ウマ娘が来日。

比較的少数で、日本バの出走予定を合わせても12人しかいない。

世間では少数精鋭と評されているようだ。

 

そんな出走者の少ないことを紛らわせてくれているのが、

2年連続での凱旋門賞ウマ娘の参戦だろう。

また、去年の俺の2着だったペイザバトラーが再び来ていることも、

一因となっているのは想像に難くない。

 

だがちょっと待ってほしい。

最重要の娘が来ていないと思わんかね?

そう、史実の勝ち馬ホーリックスだ。

 

時期が外れたのか、はたまた存在していないのか。

まあオグリ世代の登場が遅れたので、それを考えると

順当と言えるのかどうかはわからないが、まあ深く考えるのはやめよう。

 

今日この後、事前記者会見がある。

海外娘たちと一緒に、当然俺も出席する予定なんだが、

相変わらず日本のウマ娘は俺以外にいない。

 

イナリが有に専念するって回避しちゃったからさ。

タマちゃんとファルコちゃんも出ないっていうし、寂しいなあ。

矢面に立たされる身にもなってくれよぉ。

 

また要らぬ火種をぶちこまれかねないし。

去年のトニーみたいに、やさしい子がいてくれたらいいなあ。

 

 

 

 

 

「それでは、第9回ジャパンカップ、

 事前記者会見を始めさせていただきます」

 

司会者の言葉で、会見が始まった。

呼ばれるまで袖で待機待機。

 

「当代最強ウマ娘、G1最多10勝に並んだファミーユリアンさん」

 

呼ばれて飛び出て……ではないが、

出て行ってぺこりと一礼し、所定の席に着く。

 

「今年も来ました凱旋門賞ウマ娘。

 イギリスのキャロルハウスさん」

 

「4連勝中、ヨーロッパ中距離王者、

 同じくイギリスのイブンベイさん」

 

「同じくイギリス代表アサティスさん」

 

「フランス代表トップサンライズさん」

 

「2分22秒台の持ち時計*6を引っ提げての来日です。

 アメリカから参戦のホークスターさん」

 

「昨年2着の実力者、アメリカ代表ペイザバトラーさん」

 

あとは順番に紹介されていき、出席者全員が席に着いた。

しかしまあこうして見ると、やっぱり海外娘はガタイがよろしいのう。

羨ましいこって。

 

「まずは、なんといっても世界一のレース、

 凱旋門賞を制されたキャロルハウスさんにお聞きしたいと思います。

 日本の印象はいかがですか?」

 

「I had a sunbath the other day and it was nice and warm」

 (この前ひなたぼっこしたんだけど、あったかくて気持ちよかったなあ)

 

「は、はあ、そうですか」

 

記者の質問に、どこかズレた感想を返すキャロルハウス嬢。

フランスとかと比べると、この時期の東京は暖かいんだろうか。

 

というか、聞きたいのはそういうことじゃないと思うんよ。

 

あんまりメディアに出ない不思議ちゃんらしいけど、

やっぱりよくわからんな。

このぽわぽわした空気感が、レースではどう変わるのか。

 

凱旋門賞ウマ娘の先輩としてどう思うかって、事前に

トニーに聞いてみたんだけど、対戦したことはあるらしいけど、

この1年は日本にいて、直接見てないからよくわからないってさ。

 

聞いておいてなんだが、使えないやつだ(暴言)

 

「では次に、イブンベイさんにお尋――」

 

「ニポンゴ喋れまーす! ワタクシ、セレブですので!」

 

「……は、はい」

 

次に質問されたイブンベイも、記者たちというか、会場全体の度肝を抜いた。

なんと、質問をし終える前、もちろん翻訳される前に、

自分からこう言って割り込んでいったのだ。当然日本語で。

 

自称セレブなだけあって、ムーンみたいないかにもお嬢様風のいでたちに、

両耳を出した帽子が似合ってはいる。日本語も前もって学習済みってか。

さすがイギリス娘、名誉的とはいえ今でも貴族制度の残っている国の子だ。

 

「おーっほっほ! なんなりとご質問アソバセ!」

 

「は、はあ」

 

「ジャパンカップは中距離、ワタクシは中距離で4連勝中!

 なーんも問題アリマセン! ワタクシの独壇場!

 まさに鬼に can not bow デース!」

 

「……」

 

こいつ、自己肯定感の塊だな!?

1人で勝手にペラペラしゃべるもんで、

記者さんたちのほうが絶句しちゃってるじゃないか。

 

最後のは『鬼に金棒』って言いたいのか?

 

……前言撤回。貴族の皮を被ったゴリラだ。

どこかで見たことあるな? ……カワカミかな?

 

「A noisy one. Too noisy」

 (やかましいやつじゃ。うるさくて敵わん)

 

「え? ええと、ホークスターさん?」

 

すると、この中でもひと際ガタイのでかいウマ娘、

ホークスターが嫌気が差したとばかりに、口を挟む。

 

「That's prat,shut up a little. How old are you?」

 (痴れ者が、少しは黙らんか。子供かおのれは)

 

「……What!?」

 (なんですって!?」

 

ホークスターが続けてそう言うと、イブンベイは一呼吸置いた後、

思わずガタッと椅子を鳴らして立ち上がるほどに激昂した。

 

最初になんて言ったのかは聞き取れなかったけど、

(あとからアレは英国でのスラングで、馬鹿とか無能だって意味だと知って納得。

 わざわざ英国式の単語使ってる時点で確信犯だ)

後半はさすがにからかっているんだってわかったよ。

 

日本でもいきなり年齢を尋ねるのは失礼に当たるが、

英国人に対してはもっと失礼になるんだとか。

俺にも馬鹿にしてるってわかるほどだし、イブンベイが怒ったのも当然だった。

 

「Maybe you should just go back to England

 where the weather is bad before you cause any more embarrassment」

 (これ以上の恥をさらす前に、さっさと天気の悪い英国へ帰らんかい)

 

「ぐぬぬ……!」

 

さらに天気のことを言われて、悔しがるイブンベイ。

悔しがり方が日本語になってるぞ。

 

「I hereby declare!」

 (ここに宣言しよう!)

 

そしてホークスターもまた勝手に、声高らかに宣言した。

 

「I will win. And I will set a world record」

 (勝つのは私様じゃ。そして、世界レコードを出す)

 

彼女の視線が、間にいるキャロルハウスやイブンベイたちを飛び越えて、

俺のほうに向いてきた。

視線だけではなく、指まで差してきやがった。

 

「That bitch seems to have it now,

 but I'll make sure to rewrite it.I promise」

 (今はそいつが持っているようだが、必ず塗り替えてやる。必ずじゃ)

 

……うわーい、またなんか飛び火してきたよぉ。

しかもいま俺のことビ〇チって呼びやがったな?

 

大口過ぎるうえに、口が悪いにも程があるぞ。

公式の会見で放送禁止用語使うとか、頭おかしい。

 

「Of course you'll take it, won't you?

 Hey, world record holder?」

 (もちろん受けて立つよな? なあ、世界レコードホルダーさんよぉ?)

 

ニヤリと微笑んで、そのギザ歯を見せつけてくるホークスター。

 

まったくお馬鹿さんだぜ。

逃げてレコードを出してやるから、おまえもついて来いよって言うんだろ?

そんな見え透いた挑発に乗るヤツなんて、どこに――

 

「Okay, I'll take it!」

 (わかりました、受けて立ちましょうとも!)

 

――いたぁ!?

マジかよ、うっそだろおまえ。

 

「皆様が証人デスワ!」

 

1人納得した様子で、勝手に解釈したイブンベイが、

また勝手に1人で語り始める。

 

「そうまでして勝負をお望みとあらば、このワタクシが受けて差し上げます。

 英国淑女の名に懸けて、お約束いたしますわ!

 If you are so eager to compete, I will accept the challenge.

 In the name of the English lady, I promise you!!」

 

「………」

 

「………」

 

シーンと静まり返る会場内。そりゃそんな空気になるよ。

日本語で言った後、わざわざセルフで通訳しているくらいだもんなあ。

悪態ついたのは自分を乗せるためだって、また好意的も好意的に受け取ったのか。

このポジティブモンスターは。

 

ホークスターの「ええ……?」ってなってる顔がすごく面白い。

まさに、おまえに言ったんじゃねえんだよって感じか。

 

そういや確か史実では、この2人が絡み合って超ハイペースになったんだった。

ウソでしょ? こういう形で史実を追うことになるわけ?

 

まったく冗談ではない。

そんなチキンレースになんぞ誰が付き合うか。

 

「あのっ、ファミーユリアンさんっ!」

 

「は、はい?」

 

そんな折、思い切って質問の声を上げて来た記者さんが1人。

って、乙名史さんじゃないか!

 

勇気あるな彼女。この空気の中でよくやるよ。

 

「ホークスターさんがああ仰っていますが、どうですか?

 世界レコードホルダーとして、ディフェンディングチャンピオンとして、

 受けて立つ義務があると思いませんか?」

 

「……えーと」

 

くっ、今この時に限っては余計なことを……

このままスルー出来るかと思ってたのに。

 

「どうですか!?」

 

乙名史さんはなおのこと、目を輝かせて迫ってくる。

わかった、わかりましたよ。応えてあげればいいんでしょ?

 

「元よりレースなんですから、勝負というなら受けますよ」

 

「素晴らしいです! ありがとうございますっ」

 

嬉々として頷く彼女。そしてフラッシュの嵐。

 

ああ、明日のスポーツ紙の見出しは決まりかなあ?

『世界レコード保持者ファミーユリアン、

 “世界”からの挑戦を甘んじて受ける!』とか、そんな感じ?

 

「ファミーユリアンさんからは、何かありませんか?」

 

「そうですね……」

 

このうえコメントまで求める?

まあいいか。せいぜい()()させてもらいますよっと。

 

ホークスターのほうに向きなおって、一言述べる。

 

「Let's play fair and square, Miss.Hawkster」

 (正々堂々と勝負しましょう、ホークスターさん)

 

「hhh……Hahaha!!

 It's getting interesting. Looking forward to the race!」

 (ははは、面白くなってきたのう。レースが楽しみじゃ!)

 

するとホークスターは満足そうに笑う。

 

まあ、せいぜい悦に浸っているがいいさ。

おまえが思い描いた通りの()()になるとは限らないからな(ニヤリ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー・その2

 

 

(エリザベス女王杯の結果を受けて)

 

:強いなあ

 

:フルマーもこれでようやくG1娘の仲間入りか

 

:やっと報われたな

 

:おめでとうフルマー

 

:リアンちゃん以外でレコード大差勝ちが見られるとは

 

:競ってきた2人を潰しての大差逃げ切りレコード勝ち

 まるでリアンちゃんのレースを見ているかのようだったぞ

 

:ほんとそれ

 リアンちゃん以外に敵うやつはいないな

 

:ティアラ組をまとめて負かしたし、

 これだけの差なんだから、レベルの違いは明らか

 

:生まれる時代が違えば、

 フルマーが今のリアンちゃん状態になってたのかな?

 

:わからんぞ

 リアンちゃんに出会ったからこそ、かもしれん

 

:去年の日経賞まではごく普通の逃げウマ娘だったから、

 その可能性が高いと思われ

 

:リアンちゃんとレースして覚醒しちゃったかあ

 

:現にリアンちゃんとレースするたびに着差縮めてるからなあ

 

:自分だけではなく、周りのレベルも高めていくリアンちゃんよ

 

 

 

 

 

(ジャパンカップ事前記者会見を受けて)

 

:「レース前から火花、ライバル意識むき出しの海外ウマ娘たち」

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 ジャパンカップの事前記者会見が

 出走予定の海外ウマ娘たちと、我らが日本代表

 ファミーユリアンが出席して行われた。

 

 今年も目玉は凱旋門賞を制したウマ娘、キャロルハウス。

 日本の印象を問われると、気候の良さを挙げた彼女。

 このほんわか娘がレースでどのように変わるのかが見ものだ。

 

 そして主導権を握ったのは、英国代表イブンベイだった。

 記者の質問の範疇を超えて勝手に喋りだし、

 挙句にはうるさいとなじった米国代表のホークスターと

 睨み合う、まさに一触即発の事態となった。

 

 ホークスターは、前走米国での芝2400mレースで

 2分22秒8という非常に早いタイムを叩き出して優勝。

 高速決着は望むところとあって、

 彼女の牙はファミーユリアンにも向けられた。

 

 世界レコードを必ず塗り替えてみせるとまで言い放った

 ホークスターに対し、「正々堂々と勝負」と応じたファミーユリアン。

 言うまでもなく、現世界レコード保持者は彼女だ。

 

 何よりここは日本、ホームの地。

 日本の絶対王者が海外勢を正面から迎え撃つ。

 

 はたして類稀なるタイムでの決着となるのか、

 世界レコードは本当に更新されるのか、期待大である。

 

:火花バチバチやな

 

:去年までとは立場が逆になっとる

 

:すでに世界から一目置かれているリアンちゃんよ

 

:あのリアンちゃんがそういう存在になったんだなとしみじみ

 

:そりゃ去年、凱旋門賞バを正面から打ち負かしての

 世界レコードだったからなあ

 

:俺イブンベイ好きだわw

 

:「じゃじゃウマ」って評判は本当だったw

 

:わざわざ日本語覚えてきてるの草

 

:俺もそういう姿勢嫌いじゃないよw

 

:キャロルハウスは、本当に凱旋門勝ったのかって雰囲気だったな

 

:リアンちゃんだってそうだろ?

 普段はこんなレコード連発するようには見えない

 

:そんなタイプこそ警戒しなければ

 

:人呼んで米国の暴君ホークスター、その実力やいかに?

 

:タイム的には、良い勝負になるかも

 

:それだけのタイム出せるなら、日本にも合うはずだしな

 

:でもああいう態度はいけ好かんな

 

:そういうキャラなのかもよ?

 異名からしてさ

 

:素なのかキャラ演技なのかわからんな

 

:素だったら大問題やんけ

 

:イブンベイは間違いなく素だなw

 

:あんなキャラ作ってるんだとしたら大したもんだよw

 

:逆に応援するわw

 

:とにかく好勝負を期待

 そして皇帝越えだリアンちゃん!

 

 

*1
杉本アナ乙

*2
JRA所属の連対率100%には他に、ダイワスカーレット12戦12連対、エルコンドルパサー11戦11連対、マルゼンスキー8戦8連対など

*3
言うまでもなくタマちゃんとファルコ

*4
当初のスレ最初の説明文が「ちっこくてかわいい、怪我にも負けない彼女を純粋に応援しましょう!」だった

*5
20頭中の20番人気、単勝43060円

*6
前走の米国でのG1芝2400mで2分22秒8を記録。史実では世界レコード





ホーリックス不在
健康ランド師匠は、やはりオグリと競ってナンボだと思うのです


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第74話 孤児ウマ娘、『皇帝』を超える

 

 

 

第9回ジャパンカップ 主な出走ウマ娘

 

1枠1番トップサンライズ

2枠2番ファミーユリアン

3枠3番イブンベイ

4枠4番フリーラン

5枠5番ホークスター

6枠7番フレッシュボイス

6枠8番キャロルハウス

8枠11番ペイザバトラー

8枠12番アサティス

 

 

 

『第9回ジャパンカップ、パドックです』

 

出走する日本ウマ娘6人、海外ウマ娘6人の合計12人。

 

『断然の1番人気、2枠2番ファミーユリアンです。

 これまで様々な記録を更新してきた彼女ですが、

 本日もまた複数の記録がかかっています』

 

ほとんど一本かぶりと言っていい人気で、8割を超える支持を集めている。

それもそのはずで、今日はレース史上に残る日になるだろう。

 

『まずは、今日勝ちますと、皇帝シンボリルドルフのG1・10勝を超える

 11勝目の新記録。また、連対すれば、デビュー以来の19戦連続連対*1という、

 初めての五冠ウマ娘、かの偉大な先達シンザンに並びます』

 

更新どころか、到達すら不可能ではないかと思われたルドルフのG1最多勝記録。

わずか数年で、一気に塗り替えるところまでやってきた。

そして対照的に、数十年ぶりになるかという大記録。

 

『さらには、現在ファミーユリアンは重賞での成績が16連対です。

 スピードシンボリ現トレーナーが現役競技ウマ娘時代に作った、

 重賞での17連対*2という最多記録にも並ぶことになります』

 

リアンが活躍しなければ、日の目を見なかったであろう記録だろう。

かつての偉人の足跡がこうやって顧みられ、再評価されていく。

 

『様子はいかがですか?』

 

『変わりありませんね。引き続き好調ですので、

 あとは結果を出すだけという状態です』

 

安心して見ていられるでしょう、とのお墨付きを得た。

 

ちなみに2番人気は凱旋門賞ウマ娘キャロルハウス。

3番人気はホークスター、4番人気にイブンベイという順番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下バ道にて。

 

「……っ……っ……!」

 

「……っ……っ……!」

 

後ろのほうが何やら騒がしい。

足を止めて、ちらりと視線を向けてみると……

 

ホークスターとイブンベイが、英語で何かを言い争っている。

あの2人またやってるのか。

会見であれだけやったというのによくやるよ。

 

この分だと発走まで延々と続けてそうだな。

ゲートで間に挟まれることになる、4番のフリーランちゃんが可哀そうだ。

……いや、発走してからもそうかな?

 

まあ関わるだけ無駄だし、聞いていようとも思わない。

英語なのをいいことに聞き流して、放っておいて先に行きましょうかね。

 

「FamilleLien!!」

 

なんか呼ばれたような気がするが、無視だ無視。

スタート直前の大事な時だというのに、俺を巻き込まないでくれ。

 

ずんずんと先へ進んで、本バ場へ。

大歓声に迎えられる中……

 

「リアン」

 

ゴール板前の客席から、再び俺を呼ぶ声がした。

先ほどと違うのは、聞き覚えがあったこと。

 

思わず口元が緩んで、声のしたほうへ小走りに近づいていく。

 

「Tony! Moon!」

 

ファンクラブのいつものメンバーの中に交じって、

トニーとムーンの姿があった。

天皇賞の時と似通かった状況だな。

 

見に行くとは言ってくれていたんだけど、

まさかこんなところにいるとは思わなかったぞ?

てっきりVIP席にいるものと。

 

「I'm glad you're here.

 But it's a bit of an unexpected place, isn't it?」

(来てくれてうれしいよ。でもちょっと意外な場所だね?)

 

2人に向かってそう声をかける。

 

まさかまさか、世界的な名ウマ娘である2人が、

一般ピーポーに交じって観戦しているなんて、誰も思わんぞ。

 

「私もそう思う」

 

同意してくれたトニー。

この1年で日本語も上手になった。

そんな彼女の視線がファンクラブの皆さんへと向く。

 

「だが、君のファンクラブだという彼らに会ってね。案内してくれたんだ」

 

そうなんだ。やるなおっちゃん!

俺もおっちゃんを見やると、見事にサムズアップしてくれるおっちゃん。

本当にグッジョブだ。俺からもグーしておいた。

 

「More importantly, I came all the way here for you,

 don't lose in front of us」

(それより、わざわざ来てあげたんだから、

 目の前で負けたりしないでよね)

 

相変わらずの様子でツンツンするムーン。

おまえも日本語普通に会話できるレベルにはあるくせに、

英語で話してくるあたり、やはりプライドは高い。

 

はいはいわかってるって。

 

「Do not worry. I'm going to give you a win today」

(大丈夫だってば。今日は2人に勝利を捧げるよ)

 

「Ah,just be on your guard」

(ああ、油断しないようにな)

 

「Well, I don't expect you to lose to those bitches」

(まあ、あんな連中に負けるとは思わないけどね)

 

心配無用と伝えると、トニーは釘を刺しつつも頷いてくれた。

ムーンは、本バ場に出てきても、

いまだ口論を続けている例の2人を冷ややかな目で見つつ言う。

 

……おいこら、貴婦人様がそんな単語使っちゃいけません。

君から見たイブンベイはどうなの?

やっぱりエセお嬢様とか思ってるのかな?

 

「See you later」

(じゃあまた後で)

 

「Good luck」

(健闘を祈る)

 

「If you lose, I'll make you drink a thousand needles」

(負けたら針千本飲ませるからね)

 

そう言って2人の前を後にする。

 

サウザンドニードル? 針千本ってか?

よく知ってるな。っていうか直訳ムーン怖っ。

 

真顔で言うからまた怖いんだよな~。

冗談なんだかそうじゃないんだか。

 

何はともあれ、2人の激励もあってやる気も十分。

いっちょやってみっか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第9回ジャパンカップ、全ウマ娘ゲートイン完了。

 スタートしました!』

 

ゲート入りはスムーズに完了し、全員が無事にスタートを切った。

 

『イブンベイとホークスター好スタート!

 会見時にやり合っていた2人ですが、レースでもやり合っている模様!』

 

そちらまで挑発する気のなかったと思われるホークスターと、

持ち前の自己肯定感を発揮し、勝手に勘違いして挑発に乗ったイブンベイ。

良いスタートからグングン飛ばしていく。

 

『これはハイペース必至でしょう』

 

もしかしなくても、と大方の関係者は、

こんな展開になるだろうと踏んでいた。

となると、注目のもう1人はどこだ?

 

『ファミーユリアンはどうした?』

 

『いました! ファミーユリアン最後方!

 激しい先頭争いをしり目に、1番後ろで1コーナーを回ります』

 

名前が出た瞬間に、観客たちがワーッと盛り上がる。

無論、春の天皇賞での前例があるからこその反応だ。

 

『ファミーユリアンはホークスターの挑発に乗りませんでした』

 

『2コーナーから向こう正面に出ていきます。

 さて改めて先頭から見てまいりましょう』

 

『まだ続いています。イブンベイとホークスター並んで飛ばしていく』

 

2人はお互いに一歩も譲らず、後続を引き離して逃げる。

本番のレースを走りながら、まだ口論していそうな気配である。

 

『間もなく1000m。58秒5で通過しました』

 

予想通りのハイペース。

 

昨年のリアンが58秒4だから、同じようなタイムということになる。

ホークスターが世界レコードを出すと大口を叩いたのも、

納得はできるというわけだ。

 

このままのペースで逃げ切ることができたら、の話だが。

 

『3番手7、8バ身離れて4番フリーラン。

 その後ろ凱旋門賞ウマ娘キャロルハウス続いている。

 イギリスのアサティスがいて、外にフレッシュボイス』

 

『後方にフランスのトップサンライズ。並んで雪辱を期す

 2年連続の来日ですアメリカのペイザバトラー。

 そして最後方ファミーユリアン』

 

『先頭から後ろまでおよそ20バ身といったところ』

 

先頭から離れて5、6人が2番手集団を形成。

中間には、ぽつりぽつりとほぼ等間隔でまばらに存在し、

後方待機勢が3人という隊列になった。

 

『大欅を過ぎて3コーナーにかかります。

 イブンベイとホークスター、依然やり合っている。

 どこまで続くか? 最後まで行ってしまうのか?』

 

『ファミーユリアン動いた! 外からまくっていく!』

 

『ペイザバトラーも続いた。

 昨年の1、2着が並んで上がっていく!』

 

3コーナーを過ぎてリアンが動いた。

続けてペイザバトラーも動いて、共に外を通ってまくりをかける。

 

当然、客席からは大歓声が沸き起こった。

 

『キャロルハウスも並んで上がる!』

 

さらには、2人の進出に気付いたキャロルハウスもつられたのか、

同じようにまくりを計ったのだから、場内のボルテージはマックスに。

 

『先頭はイブンベイとホークスター、直線を向いた。

 後方とは7バ身くらいある』

 

『キャロルハウス失速か! 脚が止まった! 後退していく!』

 

直線に向いて早々に、キャロルハウスの脚が止まって脱落。

外側からリアンとペイザバトラーがかわしていった。

 

『イブンベイとホークスターが坂にかかる。

 しかしイブンベイ一杯になったか、離されていく』

 

坂の途中でイブンベイもスタミナが尽きたか失速。

ホークスターが単独先頭に立つ。

 

『ホークスター逃げる!

 外からファミーユリアンとペイザバトラー、凄い脚で飛んできた!』

 

『残り200!』

 

最内で逃げ粘りを図るホークスターに、バ場の三、四分どころを通って、

リアンとペイザバトラーが一緒に猛追をかける。

 

『さあ一気にかわすか!? ホークスター万事休す!

 かわしたかわした!

 ファミーユリアンとペイザバトラー突き抜けた!』

 

残り100mで、ホークスターもついに脚色が鈍った。

その脇を両者が並ぶ間もなく駆け抜けていく。

あとはどちらが前に出るかという争いになったが

 

『ここでファミーユリアンさらに加速!

 さすがの末脚! 最後の最後まで伸びるのがファミーユリアン!』

 

春の天皇賞の再現をするかのような二段階加速。

さしものペイザバトラーもついていけず、勝負は決する。

 

『G1・11勝目だ! 皇帝を超える瞬間を刮目せよ!

 ファミーユリアン、ジャパンカップも初めての連覇! ゴールイーンッ!』

 

最終的には競ったペイザバトラーにも2バ身差をつけて、

ルドルフ越えを達成するG1・11勝目を飾った。

 

『ジャパンカップからジャパンカップへ! 丸1年続くG1ビクトリーロード!

 タイムは2分22秒4、2分22秒4です。

 惜しくもレコード更新はなりませんでしたがG1・7連勝で最多11勝目!

 まさに()()()ファミーユリアン、

 2年連続で凱旋門賞ウマ娘を降し、なおも燦然と君臨です!』

 

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

ゴール直後だというのに、たちまち始まったリアンコール。

それは瞬く間に観客全体に伝播して、東京レース場の入場人員レコード*3

更新する19万大観衆の大合唱となったのだった。

 

 

 

 

第9回ジャパンカップ記念  結果

 

1着  2 ファミーユリアン  2:22.4 

2着 15 ペイザバトラー     2

3着  5 ホークスター      3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「FamilleLien」

 

スタンド前に戻り、観客の声に応えていると、声がかけられた。

そちらへ視線を向けてみれば、ペイザバトラーではないか。

 

「It's a complete loss. I was going to win this year」

(完敗だよ。今年こそは、って思ってたんだけどね)

 

こいつに話しかけられるのは初めてだな。

去年も、同胞のホークスターが暴れてた時も、

1人静かに佇んでた記憶しかない。

 

口を開いてみれば、意外と饒舌なのか?

 

「I know it's a little presumptuous after losing twice,

 but can I try again?」

 (2回も負けておいておこがましいけど、また挑戦してもいいかな?)

 

敗戦を認め、こちらをリスペクトする笑顔。

差し出されてきた右手を握り返しつつ、こう答えた。

 

「If you have the opportunity and the motivation,

 go ahead as much as you want」

(機会とやる気があるならお好きにどうぞ)

 

「Haha,that's very bullish」

(ハハ、さすが強気だね)

 

自分でもちょっと傲慢だったかと思えるセリフだったが、

ペイザバトラーは笑って済ましてくれた。

 

「But it helps. I'd love to run with you again」

(でも助かるよ。ぜひ、また一緒に走りたいね)

 

「Yes. I'd love to see you again」

(そうだね。ぜひ、また)

 

「Yeah,see you soon」

(ああ、また会おう)

 

再会を期して手を離す。

すると、ペイザバトラーはチャーミングに2本指での敬礼と

ウィンクを残して、先に引き上げていった。

 

この分だと、来年も現役を続けるつもりなのかな?

アメリカ遠征でもすれば、彼女と再戦する機会もあるだろうか。

 

「You……!」

(てんめェ……!)

 

……ん?

 

「What do you mean? You lied to me!!」

(どういうことじゃ? 嘘ついたのか!)

 

ああ、うるさい奴が来ちゃった。

ペイザバトラーが爽やかだっただけに、余計にそう思っちゃう。

 

やれやれ、答えてやるのも億劫だけど、

答えてやらないとさらに粘着されそうだから仕方ない。

 

「I said I'd take the fight, but I never said I'd run away with you」

(勝負は受けると言ったけど、逃げる、だなんて一言も言ってないよ)

 

「……Shit! F*ck you!!」

(クソッ!)

 

おお、お下品なこって。

相手の心情も察せず、真に受けるほうが悪いのよ。

これは『レース』で、勝負なんだから。

 

まあハイペースで逃げて、あそこまで粘った根性だけは認めてやろう。

22秒台の時計は伊達ではなかったってことだな。

 

ホークスターの相手はここまでにして、一応、

こいつの意識を引き付けた格好になってくれたわけだから、

あっちの彼女にも声をかけておこうかな。

 

「イブンベイさん」

 

膝に手をついて荒い呼吸をしているイブンベイのもとに歩み寄った。

 

事前とレース中までバチバチやり合ってたから、

機嫌悪くしちゃってるかな?

 

俺が近づくと、イブンベイは俺に気付いて顔を上げた。

 

「はぁ、はぁ……やりますわね。

 あっというまに抜かされてしまいましたわ」

 

「お疲れさまです。

 これに懲りずに、また日本に来てくれると嬉しいですね」

 

「モチロンですわ!

 そしてまたあなたと対戦したいものですわね!」

 

全然気にも留めていなさそうで草生える。

こういう鋼メンタルは率直に言って羨ましい。

 

そんな彼女とも握手を交わす。

思いっきり握られて、手が少し痛かった。

 

再戦はいいけど、少しは手加減しろゴリラ(お嬢様)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最多勝記録を更新するG1・11勝目を飾られました

 ファミーユリアンさんです。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

G1勝利時恒例のインタビュー。

さて、今日はどう乗り切ろうか?

 

「親友でもあられるシンボリルドルフさんの記録を超えました。

 今のお気持ちはいかがですか?」

 

「改めて、その重みを実感しているところです」

 

G1最多勝……まさか俺がなあ。

トレセン入学時、いや、転生を自覚した時から、

こんなときがやってくるなんて、夢にも思ってなかったよ。

 

「そのほかにも、今日は様々な記録を作られています。

 シンザンさんに並ぶデビュー以来の19戦連続連対に、

 担当トレーナーであられるスピードシンボリさんが持っている、

 重賞での最多連対記録17連対にも並びました」

 

「偉大な先人たちに並べて、素直にうれしいのと同時に、

 やはりその凄さを感じていますね」

 

シンザンに、スピードシンボリ……

ウマ娘世界だけではなく、現実のほうでも必ず出てくる偉大な馬たち。

そんな彼らの記録に並んでしまった。

 

改めて思う。なんて恐れ多い。

 

向こうではスーちゃんがうんうんと頷いている。

記録とはいつか破られるもの。

俺が作ってきた記録も、いつかは誰かに抜かれていくのだろうか。

 

「ジャパンカップ連覇も初めてになります」

 

「はい、ありがとうございます。

 目標のひとつであったので、よかったです」

 

今年初めに掲げた目標だったからね。

達成できてうれしい限り。

 

「レースのほうも振り返っていただけますか。

 春の天皇賞の時のような、最後方からになりましたね。

 これは最初からそうしようと?」

 

「そうですね。今日は後ろから行くつもりでした」

 

「記者会見で、ホークスターさんから誘われていましたが」

 

「まあ、レースで勝負ですので。

 時にはこういうこともあるでしょう、ということです」

 

非情なようだがこれは勝負。

まあ、あいつの場合は、自業自得。

 

「毎度の素晴らしい末脚でした」

 

「ありがとうございます」

 

大きな武器のひとつですんでね。

他に? うーん? 正確な体内時計とか?

 

「これで、シーズン通してのシニア級王道路線完全制覇に王手です。

 また、年間無敗という記録もかかりますね?」

 

「ここまで来たら、ぜひとも達成したいところです」

 

世紀末覇王の記録に並んでみたいね。*4

高らかに歌うは……なんだろう?*5

しかもこれって、天皇賞の時の実況だったっけ?

 

「有記念では、新しい世代も出てきます」

 

「そうですね。負けないようにしないといけません」

 

タマちゃんとファルコちゃんだな。

フルマーちゃんもまた出てくるだろう。

 

「期待しています」

 

「はい、期待してください」

 

「ファミーユリアンさんでした」

 

終了の合図とともに一礼しておしまい。

 

ふう~、やれやれ。

今日もどうにか乗り切ったぞい。

 

やっぱり毎回思うけど、レースよりも緊張するのは、

何回やっても変わらないぜ。

 

さて、ライブの準備しないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ジャパンカップ・リアルタイム視聴組の反応)

 

:リアンちゃんは逃げるのか?

 

:イブンベイとホークスターが逃げ宣言してるしなあ

 

:バ鹿正直に付き合う必要はない

 

:後方待機かもしれんぞ

 

:まあ普通に考えれば、お付き合いする義務はないわな

 

:でも勝負は受けるって言っちゃったし

 

:そこは興味深いな

 義理堅いリアンちゃんはどうするんだろう?

 

:あの2人ま~たやってる

 

:イブンベイとホークスター……

 

:掛かりすぎやろ

 

:こりゃ猛烈なハイペースになるんじゃねえの?

 

:ますます付き合う必要なくなった

 

:さてどうなる?

 

:スタート!

 

:やはりあの2人が行ったか

 

:で、リアンちゃんは……

 

:後方待機だ

 

:賢い

 

:賢明な判断だと思う

 

:海外勢に義理立てする利点もないしな

 

:58秒5!

 

:やっぱり早くなった

 

:去年のリアンちゃんはどうだったっけ?

 

:58秒4

 

:うへぇ、さらに早かったのか

 

:だからこその世界レコードよ

 

:さてホークスター、どこまで行ける?

 

:離して逃げてはいるけど

 

:イブンベイもどうなんだ?

 

:俺は結構この自称セレブさんに期待してる

 

:行った! リアンちゃんまくった!

 

:ペイザバトラーも!

 

:去年の1、2着がって、これも春天と同じ展開やな

 

:ならば結果も同じ!

 

:よし、行けー!

 

:伸びる伸びる!

 

:イブンベイ終戦

 

:ああ、バテちゃったか

 

:いやしかしホークスター粘るな

 

:さすがに大言壮語するだけのことは……

 って大外2人の差し脚ががが!

 

:よっしゃあああ

 

:突き離してゴールッ!

 

:やはり最後の最後の脚はモノが違った

 

:皇帝越えのG1・11勝目!

 

:おめええええ!!

 

:さすがリアンちゃん!

 

:自分のことのようにうれしい!

 

:アンタッチャブルだった記録がついに……

 

:短いアンタッチャブルだった

 

:仕方ない

 誰がこんな短期間で、史上のトップ2が現れると思うよ

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:ペイザバトラーと何か話してるな

 

:健闘を称えて握手

 

:スポーツマンヒップにもっこり

 

:おいこらw

 

:対戦相手をしっかりリスペクトする姿勢すこ

 

:一方悪態をつくホークスター

 

:負けた上にみっともないぞ

 

:まあ米国の暴君ですしおすし

 

:お、イブンベイにも行くんか

 

:満面笑顔のイブンベイwww

 

:リアンちゃん若干引いてない?w

 

:俺やっぱこの娘好きだわw

 

 

 

 

 

:そうだよな

 

:先人たちあっての今だし

 

:リアンちゃんのおかげで、

 次々と古い記録に触れられて楽しい

 

:シンザン以来はホントすげーよ

 

:何年ぶりよっていう

 

:いや、ホークスターガン無視は英断やった

 

:珍しく非情に徹したリアンちゃん

 

:あんなん相手にしたくない気持ちもわかる

 

:王道完全制覇、年間無敗という信じられない大記録

 

:俺たちもぜひ見たい

 

:がんばってくれー

 

:新世代か

 

:白い稲妻タマモクロス、金色の輝きトウショウファルコ

 

:メジロの暴走特急も忘れちゃいかん

 

:暴走特急w

 

:名前で言ってやれw

 

:お、リアンちゃんが自ら期待してくれと言うのも珍しいな

 

:それだけ気合入ってるんだろう

 

:それだけの相手という見方もできる

 

:ファン投票リアンちゃんに入れてないやつはいないよな?

 

:もちのろん!

 

:リアンちゃん、タマモ、ファルコ、フルマー

 全員に入れたぞ、安心汁!*6

 

:今年は何票とれるかな?

 

 

 

 

*1
シンザンの戦績は19戦15勝2着4回。八大競争5勝のほか当時のオープン戦を10勝している

*2
当時はグレード制導入以前のため、「重賞級」という表記になる

*3
史実の入場人員レコードは90年ダービー時の196517人。勝ち馬はアイネスフウジン

*4
2000年テイエムオペラオーは8戦8勝、G1・5勝

*5
2001年春の天皇賞、「高らかに歌うは盾の歌」by杉本アナ。オペラオーは春・秋・春と天皇賞3連覇を達成した

*6
ファン投票は最大10頭を選ぶ方式での投票となる



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第75話 孤児ウマ娘、『集大成』のグランプリ

 

 

 

第34回有記念のファン投票結果が公表された。

 

1位はもちろんリアンで、40万近い票を集めた。

もちろん史上最多の得票数である。

 

2位タマモクロス、3位トウショウファルコ、

4位メジロフルマー、5位イナリワンと続く。

 

開催当週の木曜日、出走予定のウマ娘たちが集まって、

枠順抽選会と事前記者会見が行われる。

 

厳正なる抽選の結果、枠順は以下の通り確定した。

 

 

 

第34回有記念 出走ウマ娘

 

1枠1番トウショウファルコ

1枠2番ミスブレンディ

2枠3番ダイナカーペンター

2枠4番ファミーユリアン

3枠5番ギリギリパワー

3枠6番ドクターダッシュ

4枠7番リアルアニバーサル

4枠8番カトリウイング

5枠9番フリーラン

5枠10番ハワイアンスコール

6枠11番フレッシュボイス

6枠12番タマモクロス

7枠13番ミスシクレノン

7枠14番メジロフルマー

8枠15番イナリワン

8枠16番スルーオダイナ

 

 

 

 

 

 

「ただいまより、第34回有記念事前記者会見を始めます」

 

司会者の言葉により、会見が始まる。

 

参加者は、ファン投票の1位から5位までのウマ娘。

すなわちリアン、タマモ、ファルコ、フルマー、イナリの5人である。

それぞれが紹介されて、各人がそれぞれ所定の席へと着いた。

 

奇しくも、リアン以外の娘たちが、いずれもリアンと何らかの繋がりがあり、

親しい間柄という珍しい事態だ。

 

「それでは代表質問という形で、まずは私から尋ねさせていただきます」

 

司会者によって、最初にそれぞれへの質問がなされる。

1人目に選ばれたのは、枠順同様となるファルコだった。

 

「トウショウファルコさん。1枠1番を引かれましたね」

 

「はい。狙っていた枠番なので、百点満点です」

 

「以前からファミーユリアンさんは大恩人だと公言されていますが、

 そのファミーユリアンさんとの初対決ということになります。

 今のご心境はいかがでしょうか?」

 

「非常に高揚しています」

 

淀みなく答えていくファルコ。

自分の気持ちを確かめるように、うんうんと何度か首肯した。

 

「相手がファミーユリアンさんでも臆せず、

 自分のレースをするだけだと思っています」

 

「自分のレースをするというのは、今回も逃げる、

 という宣言だと見てよろしいでしょうか?」

 

「はい、構いません」

 

ファルコがそう答えた瞬間、カメラのシャッター音と

無数のフラッシュが乱舞する。

リアンを前にしての堂々の逃げ宣言だ。それは注目もされる。

 

「トウショウファルコさんありがとうございました。

 続きまして、メジロフルマーさんにお聞きします」

 

「どうぞ」

 

マイクを渡されたフルマーは、短くそう応じた。

 

「念願のG1タイトルを手にされてのグランプリ挑戦になります。

 レースに臨むお気持ちに変化はございますか?」

 

「何もありません。私は常に“挑戦者”ですので、

 そうあり続けるだけです」

 

何も変わらない、とフルマー。

何を()()しての挑戦かは、言うまでもない。

 

「トウショウファルコさんが逃げ宣言をなされましたが、

 メジロフルマーさんはいかがなされますか?」

 

「もちろん逃げます」

 

再びフラッシュの嵐。

配信されている画面が白く染まった。

 

「どなたが何を仰ろうとも、私は私で、()()()()()()をするだけです」

 

ファルコ、フルマー両人が同じ文言を使って『逃げ宣言』をした。

お互いを意識しての発言であることは疑いようがない。

 

「外枠に入られたということで、不利が予想されますが?」

 

「どんな枠だろうと、最善を尽くすだけです」

 

「メジロフルマーさんありがとうございました。

 続いて、タマモクロスさん」

 

「おう、どんと来いや!」

 

マイクが渡ったタマモクロスは、力強く応じて見せた。

 

「クラシック級では二冠を手にする大活躍でした。

 シニア級と対戦するのは初めてになりますが、いかがでしょう?」

 

「まあ二冠っちゅうても、ファルコとはほんの僅かな差しかなかったことやし、

 シニア級が相手になれば、もっと厳しいやろうことは承知しとる。

 やってみなわからんけど、ひとつ確かなんは、

 全力の全力を出し切らな、勝てへんってことやろな」

 

タマモクロスの視線が、右へと移動する。

彼女から見て右隣に座っているのは、ファミーユリアンだ。

 

「タマモクロスさんも、ファミーユリアンさんには

 お世話になったと公言されています。

 初めての対戦を前にしての意気込みをお聞かせください」

 

「ウチがこんな大舞台に立てることになったのも、

 家族をはじめとするいろんな人のおかげや。まずは感謝せんとあかん。

 もちろんファミーユリアン先輩も含まれとる。おおきに!」

 

さらなる質問を受けてこう述べた後に、

大声で礼を言いつつ、大袈裟なくらいの仕草で頭を下げた。

 

「ほんでも勝負となれば話は別や」

 

そして正面に向き直ると、真剣な表情で言い切った。

 

「恩やなんやのはいったん置いといて、

 全力で叩き潰したるから覚悟しとき!」

 

「十分すぎるほどの意気込み、ありがとうございます。

 次はイナリワンさんにお聞きします」

 

「おうよ」

 

イナリワンもマイクを手にすると、一言で応じる。

 

「中央へ編入しての3戦目となります。

 地方、大井時代と比べて、何か変わったことはありますか?」

 

「ん~なんだろな? これといったものはない気がするな」

 

こう言ってから少し考える。

そしてこのように付け足した。

 

「でも強いて言うなら、あたしは大井の期待を受けてるってことかな。

 自惚れるわけじゃねえが、あたしは大井を代表して中央へ来たんだ。

 最低限、無様な姿だけは見せちゃいけねえって思うようになったぜ」

 

「そんな期待を一身に受けられての初戦では、見事勝利なさいました。

 中央でも通用するということを証明なされたわけですね。

 しかし前走、秋の天皇賞ではファミーユリアンさんに完敗しました。

 逆転する秘策、何かお考えでしょうか?」

 

「策? そんなもんはねぇ」

 

リアン対策を何か考えているのか、という問いには、

真っ向から首を振った。

 

「下手な策なんか弄しても姐御には絶対通じないからな。

 正攻法で真正面からぶつかるだけよ」

 

笑みをこぼしつつこう述べる。

そしてタマモクロスがやったように、身を乗り出してリアンのほうへ向きつつ

 

「姐御! 今回も胸を借りさせてもらうぜ。よろしくな!」

 

自身の意気込みを表したのだった。

 

 

 

 

 

おーおー、みんな見事なまでにお互いを意識してるなあ。

お熱いこって。

 

タマちゃんとイナリ、わざわざこっち見てこなくてもよかろうに。

まあ2人の意気の高さはよくわかった。

 

ファルコちゃんとフルマーちゃんも、静かな受け答えではあったが、

内には秘めたる闘志が大いに見え隠れしてるし、

これは相当に熱いレースになりそうだ。覚悟しないといけない。

 

「では、ファミーユリアンさんにお尋ねします」

 

「はい」

 

代表質問のトリを飾る格好で、俺にマイクが回ってきた。

 

「皆さんから意識されていますが、どう思われますか?」

 

「そういう立場であることは自覚していますし、

 受けて立たねばいけないこともわかっています。

 今年1年を締めくくるレースですし、集大成をお見せできれば、と思います」

 

今に始まったことでもないしな。

俺は俺で、みんなが言うように、()()()()()()に徹するだけよ。

 

「先にお二人が逃げ宣言をなされましたが、

 ファミーユリアンさんはどうなさるおつもりでしょうか?」

 

「さあ、どうでしょうか。ゲートの中で決めますかね?」

 

そう返した途端、記者たちが総じてざわついた。

 

俺も逃げ宣言すると思ってたかな?

残念でした。駆け引きはもう始まっているのだよ。

フルマーちゃんには悪いが、逃げなくても許してちょんまげ。

 

いや、決してふざけているわけではないよ?

 

来年の話をすると鬼が笑うと云うけど、

海外遠征を控えている身で負けるわけにはいかないからね。

まあいつもそうではあるけど、負けないレースをするつもりだ。

 

「それはつまり、前走同様、後ろから行くかもしれないと?」

 

「当日、そのときの気分次第になりますね。

 逃げるかもしれないし、後ろに控えるかもしれない。

 ひょっとすると、好位差しなんてこともあるかもしれませんよ」

 

「は、はあ」

 

まるで想定外の返答だったのか、司会者さんも焦って固まってしまった。

記者たちのざわめきはさらに大きくなっている。

 

「とにかく全力で勝負するということに変わりはありません。

 先ほど申したように集大成として、

 今の日本を代表するウマ娘として、

 誰に見せても恥ずかしくないレースをするだけです」

 

ああは言ったけどね?

 

俺が逃げなくてもフルマーちゃんのことだからハイペースは必至。

控える作戦を取ったほうが有利なのは目に見えている。

だがしかし、俺は“ファミーユリアン”なのだ。

作戦としては逃げても、今回ばかりは、『勝負』から逃げるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日の人気は、リアン、タマモ、ファルコ、フルマー、イナリの順。

以下ダイナカーペンター、ミスシクレノン、リアルアニバーサルと続き、

8番人気までファン投票の結果とまるで同じという、珍現象となった。

 

その中でも、リアンの人気はやはり抜けており、

クラシック級の各娘たちとの初対決でも、8割を超える支持を集めた。

 

パドックでのお披露目を終えて、出走各ウマ娘が本バ場へと姿を見せる。

入場曲がかかると、超満員の観客たちから、大歓声が巻き起こった。

 

『第34回有記念、本バ場入場となります。

 出走する各ウマ娘たちを紹介してまいりましょう』

 

『1枠1番、絶好の枠を引いて今度こそ逃げ切りを図ります。

 公言してはばからないあの人に、今こそ恩を返すとき。

 黄金は今日も光り輝くか、3番人気トウショウファルコ』

 

真っ先に紹介されたファルコが、軽快に返しウマに入っていく。

そして枠番通りの順番で紹介されていく中、ひときわ大きな歓声が。

 

『今年も君臨した絶対王者、まさに王者のごとく年間無敗で、

 王道路線完全制覇(グランドスラム)を達成するのか。今日の作戦は先頭か最後方か、

 どちらでしょうか。当然の圧倒的1番人気、2枠4番ファミーユリアン』

 

リアンは紹介に合わせて軽く頭を下げてコースへと入ると、

観客たちの声援に応えて、2度3度と手を振ってから駆け出して行った。

 

『今年のクラシック二冠ウマ娘の登場です。

 年上との初対決で、世代のレベルの高さを示したい。

 その爆発的な末脚は今日も健在か。

 本日の2番人気、6枠12番、白い稲妻タマモクロス』

 

自分に気合を入れて、芝コースの上に足を踏み入れたタマモ。

「やったるで!」と叫んでいたのが、中継の映像上からでも、

口の動きではっきりとわかるくらいの気合の入り様である。

 

『王者との直接対決これで実に5回目。

 G1タイトルを獲得しての勝負で、ついに一矢報いることができますか。

 今日の私はひと味、いやふた味違うぞ。

 4番人気は7枠14番、メジロフルマー』

 

落ち着いた様子で、誰よりもゆっくりとした足取りでコースインしたフルマー。

その後も芝の感触を噛み締めるようにして歩き、しばらくしてから走り出す。

 

『地方、大井からやってきた大物は5番人気。

 中央でも通用することは既に証明した。あとはG1タイトルが欲しい。

 勝って錦を飾ることができますか。

 小さな身体に無限の闘志を秘めます、8枠15番イナリワン』

 

勢いよくバ場へと飛び出したイナリワン。

そのままの勢いで返しウマに入っていった。

 

『……以上、出走16人で争われます有記念です。

 まもなく発走です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月24日、午後3時25分。

発走時刻を迎え、にわかに薄暗くなり、雨が降り出した中山レース場。

寒さも増してきていたが、場内の熱気はそれを上回る。

 

ファンファーレが鳴り響き、ゲート入りが始まった。

 

『枠入りは非常に順調。さあ態勢整いました。

 1年の総決算グランプリ、スタートしました!

 ギリギリパワー、ダッシュがつきません下がっていきます』

 

5番のギリギリパワーがスタートに失敗し、

後方からになった以外は、ほぼ揃ったスタートになった。

 

『ファミーユリアン、一気の出足で行った!

 内からはトウショウファルコ続いていく。

 外からメジロフルマーも行った行った!

 3人によるハナ争い!』

 

まずは、いつもの出足の良さでリアンが先頭に立つ。

ダッシュ力では及ばずも、最内発走のファルコが枠番を活かして続き、

外からはメジロフルマーも加わって、3人での先頭争いとなった。

 

『ダイナカーペンター4番手。並んでリアルアニバーサルとフリーラン』

 

『タマモクロスとイナリワンは後方です』

 

激しい先頭争いとは対照的に、それ以降はさしたる争いは起こらず、

等間隔にバ群が続く展開に。

タマモとイナリは、自分の脚質通りの位置取りになる。

 

『1周目直線に入りました。

 先頭ファミーユリアン、トウショウファルコとメジロフルマーを従えて逃げます。

 4番手ダイナカーペンターとは早くも7、8バ身以上離れました』

 

リアンを頂点にして、右後ろ内にファルコ、

左後ろ外にフルマーというトライアングルが形成されている。

4番手以降との差はあっという間に開き、なおも拡大傾向。

 

『さあ1000m通過はいかほどのタイムか。57秒9!』

 

実況も思わず叫んでしまうほどの数字。

昨年(58秒0)を上回る、普通なら大暴走と断言される超々ハイペースになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいねぇ、やるねぇ。

 

今回のスタートは本気の本気で出たんだけど、

ファルコちゃんもフルマーちゃんも離されずについてきてる。

2、3バ身くらいはリードできてるかと思ったんだが。

 

まあいい。

ついてきてようがきてまいが、俺は俺のレースをするだけ。

 

さてファルコちゃん、フルマーちゃん。

ここでファミーユリアンによる、ワンポイントレッスンだよ!

 

集大成を見せると言ったね?

アレは本当だ。

 

特にファルコちゃんへは、重要なレッスンになるよ。

目の前でやってみせるのは最初で最後だろうから、よく見ておくように。

 

『ペースコントロール』ってのは、こうやるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『向こう正面に出ていきます。先頭ファミーユリアン変わりません。

 ……ここでペースが落ちたか? ダイナカーペンターとの差が詰まっていく』

 

レース中盤に差し掛かり、一目でわかるような異変が起こる。

先頭集団と4番手ダイナカーペンターとの差が、見る間に詰まった。

 

『これは!? 久々に見せるファミーユリアンの「幻惑」か!?』

 

『菊花賞以来の幻惑炸裂!』

 

『さあトウショウファルコとメジロフルマーはどうする!』

 

ここで困ったのは、差が詰まった後続勢よりも、

直後に続いているファルコとフルマーだろう。

 

リアンとの対戦経験が豊富なフルマーにしても、

途中で極端にペースを落とされる()()に遭遇したのはこれが初めて。

 

ましてやファルコにしてみれば、まだレース経験が浅いうえに、

リアンとの対決が初めてとあって、その対応が注目されるのだが――

 

『トウショウファルコそのまま前に行った!

 先頭に躍り出て離していきます!』

 

咄嗟の事態にファルコは動揺を隠せず、

リアンをかわして前に出ると、そのままのペースで引き離していく。

 

『メジロフルマーは踏みとどまった!

 ファミーユリアンの後ろにピタッとつけて3番手』

 

一方のフルマーは、突然のペース変化にも柔軟に対応し、

リアンの後ろをキープし続ける。

このあたりの対応の差は、やはりレース経験の有無からくるものであろう。

 

『4番手ダイナカーペンターとの差は3バ身くらいまで縮まった』

 

『先頭トウショウファルコ、4バ身のリードを取って

 残り1000mにかかります』

 

『タマモクロスとイナリワンは、後方並んで12、3番手あたり』

 

3コーナーを前にして、先頭はトウショウファルコ。

4バ身開いてリアン。直後にフルマー。

さらに3バ身開いてダイナカーペンターという態勢。

 

タマモクロスとイナリワンは後方の外側に位置しており、

先頭からは15、6バ身といった程度か。

 

途中でペースが緩んだせいで、2番手から最後方までは密集傾向にある。

 

『3コーナーを回って、ファミーユリアン再び動いた!』

 

一気に沸き起こる大歓声。

リアンが()()()し、ファルコとの差を詰めていく。

 

『メジロフルマーも離されない! ついていく!』

 

フルマーもここで離されては勝てないとばかり、喰らいついていく。

ダイナカーペンターには余力がなく、1周目と同様に離されていった。

 

『後方からはタマモクロスとイナリワン、並んで上がってきた!』

 

代わって浮上してきたのがタマモとイナリで、

後退していくダイナを外から呆気なくかわすと、

競り合いながら前へと迫る。

 

『600を通過!』

 

『ファミーユリアンとメジロフルマー、追い上げて

 トウショウファルコに接近! 2バ身、1バ身!』

 

『400を通過して直線へ!』

 

ファルコとリアンたちとの差はさらに詰まって、

外側から並びかけるところで直線へ突入。

 

『逃げるトウショウファルコだが、さあファミーユリアン並んだ!

 トウショウファルコ抵抗できないか? ああっと一気に後退!』

 

並ばれたところで、ファルコも必死に粘りたいところだったが、

さすがにあのペースで逃げたままでは、抵抗する力など残されているはずもなく。

あっさり前へと出られると、あとはずるずる後退していくのみとなった。

 

『ファミーユリアン先頭で坂! 1バ身差メジロフルマー!』

 

『タマモクロスとイナリワン、

 トウショウファルコをかわして3番手争いだが離れている!』

 

『残り100m!』

 

『ファミーユリアン今日ももう一伸び! さらに伸びる!

 メジロフルマーを突き離した!』

 

坂下まではフルマーも抵抗を続けたが、

坂を上がってからは、リアンの独壇場と化す。

 

ギアを上げてもう1段の加速を見せ、フルマーを突き離したところがゴール。

 

『まさに前人未踏の偉業、ここに成されり!

 年間無敗でグランドスラム達成*1です。ファミーユリアン勝ちましたぁっ!』

 

『メジロフルマーとのワンツーもこれで3回目!』

 

『3着争いはタマモクロスとイナリワン、写真判定となります』

 

写真判定の結果、3着争いはハナ差でイナリに軍配。

4着タマモ、ファルコは5着に逃げ粘って掲示板を確保した。

 

『そしてそして、我が国ウマ娘レース史上に残る大記録も、

 たったいま更新されました。シンザンが持っていた19戦連続連対を上回る、

 20戦連続連対の新記録も同時に達成しました!』

 

『20戦18勝2着2回。

 まさに歴史的快挙! 歴史に残る金字塔が打ち立てられました!』

 

『ファミーユリアン、クラシック級の挑戦者も全く寄せ付けず、

 絶対王政はまだまだ続きます。次なる戦いの舞台はいずこか!?』

 

中継映像は、もはや何度目かになるのかわからないコールに応えて、

観客に向かって手を振り続けるリアンの様子を、映し続けた。

 

 

 

第34回有記念  結果

 

1着  4 ファミーユリアン  2:30.4

2着 14 メジロフルマー     3

3着 15 イナリワン       2

4着 12 タマモクロス     ハナ

5着  1 トウショウファルコ   3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……はふぅ、勝てたね。

第一感は、ホッとしたってのが1番大きい。

 

ファンの期待に応えられたってのもそうだし、

これで胸を張って、海外へ飛び出していける。

 

さて……

 

「フルマーちゃん」

 

「ファミーユリアンさん……」

 

悔しそうに歯ぎしりしてそうなフルマーちゃん。

こっちを見る目にも、悔しさと一部、負の感情があらわになっている。

 

話しておかなきゃいけないことがあったから、

近づいて声をかけたんだけど、ちょっと難しい雰囲気。

でも話しておかないといけない。

 

「悔しいです……G1ウマ娘になれても、

 あなたに敵わなければ意味がない……」

 

「そんなことはないよ」

 

でも、少し安心した。

そこまで悔しく思ってくれているなら、“後”を任せても大丈夫だろう。

 

「フルマーちゃんは来年も走るの?」

 

「その予定ではおります」

 

「そっか」

 

よしよし、まだ引退はしないね?

ならOKだ。

 

「来年は頼んだよ」

 

「……!」

 

そう言うと、フルマーちゃんの表情が一瞬で驚きに染まる。

そして短い間隔で、意外、困惑、歓喜へと変化していった。

 

笑っちゃいけないが、百面相みたいで面白かった。

 

「こんな結果でもなおのこと、私に期待してくださるのですね」

 

何を言うかね。君だからこそ言うんだよ。

今日の結果から見ても、タマちゃんやイナリでは、まだ力不足みたいだからさ。

来年のレース界を引っ張っていくのは君だ。

 

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

「うん、よろしくね。それじゃライブで」

 

「はい」

 

笑顔で頷き合って、握手をしてフルマーちゃんとはいったんお別れ。

さて次は……

 

「ファルコちゃん」

 

「……完敗です」

 

菊花賞の時のように、膝をついてへたり込んでいるファルコちゃんのもとへ。

やはり相当に無理をしたのか、疲労の色が濃いな。

 

「突然ペースを落とされて、混乱してしまいました。

 ……それが狙い、だったんですね?」

 

「うん」

 

「……やはり、流石です」

 

表情が悔しさから納得、苦笑へと変わる。

 

いきなりの実践編で申し訳なかったけど、

俺の意図、わかってくれたかい? ならば話は早い。

 

「今後の参考にしてね」

 

「がんばります」

 

うむ、大いに頑張ってくれたまえ。

まずはフルマーちゃんを目標にしてね。

 

来年は大阪杯でぶつかったり……しないかな?

両者ともに勝ってほしい。同着じゃダメ?

 

ええと、次は――

 

「おんどれぇ、絶対ウチのが前に出とったやろ!」

 

「てやんでぇ! 機械にいちゃもん付けるってのかおめぇさんは!」

 

――……。

 

いいや、あの2人は後にしよ。

3着争いじゃなくて、次は優勝争いしてくれな。

 

ではでは、ライブの準備……って、そうだ、インタビューもあるんだったな。

 

さ~て今日はどう乗り切ろうか。

連対記録のことは絶対聞かれるだろうし、コメント考えておかないと。

 

何かシンザン関連で気の利いたことないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控室に引き上げたフルマー。

 

「来年こそは……」

 

椅子に腰かけて、再起を誓う。*2

だが、ここで

 

「……来年『は』?」

 

ゴール後にリアンからかけてもらった言葉の、

ちょっとした違和感に気付いてしまった。

 

来年も一緒に頑張ろうという意味だと理解したし、

また直接対決しようとの意思表示だと思ったのだが。

 

しかし、もしそうであるなら、来年『は』という言い方はしないはずだ。

今そう思ったように、来年“も”と言うはずなのである。

 

まるで自分はもう、()()()()()()とでも言うかのようで。

 

「……まさか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓喜に沸いたウマ娘ファンたちだったが、翌日、

衝撃的なニュースが飛び込んだ。

 

『ファミーユリアン、明日緊急会見!

 重大発表を予告、電撃引退発表か!?』

 

 

*1
グランドスラム達成は、2000年テイエムオペラオーしかいない。しかも年間無敗での快挙。世紀末覇王爆誕

*2
史実でも90年は現役続行。前半までに5戦したが未勝利に終わって引退




ダイナカーペンター(11着)
「いっぱい名前が出てうれしい。……複雑だけど」



ジュニア級戦線については、また別の機会で。

海外挑戦を知らない一同にしてみたら、
緊急会見しますと聞いたらそう思うだろうなと。



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「風雲ジュニア級戦線」

 

 

 

デイリー杯ジュニアステークス。

12月に控えるジュニア級G1の重要なステップレースのひとつだ。*1

 

今年のこのレースを制したのは、

『テンポイントの再来』との呼び声もあるサッカーボーイ。

一躍、ジュニア級の大本命とみなされる結果となる。

 

 

 

それから少しした、10月末のこと。

 

「………」

 

学園内のとある一角に設置されている自販機の前で、

ボ~ッと佇んでいるウマ娘が1人。サクラチヨノオーだ。

 

何を買おうか迷っているわけではない。

いや、何か飲もうかと思って前に立ったところまではいいものの、

そこで電池が切れたかのように動きを止めてしまった。

 

このところ次走について迷いが生じ、普段からこのような調子だった。

 

「……おや?」

 

そこへ偶然通りかかったのが、我らがファミーユリアン。

一目でただならぬ状況だと気づき、声をかける。

 

「チヨちゃん? どうしたの?」

 

「っ……!? はわっ、リ、リアンさん!?」

 

声をかけられたチヨノオーは、飛び上がらんばかりに驚いた。

声かけ自体にもそうだが、これでは、大先輩の邪魔をしてしまっている。

リアンがこの自販機を使おうとしているのでは、と考えた。

 

「あわわ、すいません! すぐにどきます!」

 

「いやいや、そうじゃないよ」

 

大慌てで場所を譲ろうとするのだが、リアンは首を振る。

 

「なんか様子がおかしかったから、どうしたのかなって」

 

「……わかっちゃいますか?」

 

「わかるよ。自販機の前には立っているけど、

 どれを買おうか選んでいるようには見えなかったからさ」

 

「………」

 

それほどまでに自分の様子はおかしかったのか。

実際、その目は虚空を見つめているのみで、

自販機に並んでいる商品には向けられていなかったのだ。

 

恥ずかしく思うのと同時に、そこまで深刻だったのか、

と改めて自覚する。

 

「良ければ話くらいは聞くよ?

 解決できるかどうかはわからないけど」

 

明らかにシュンとして俯き、耳もへにゃっと垂れてしまった

チヨノオーに対して、リアンは笑みを浮かべながら語りかけた。

 

「……ご迷惑ではないですか?」

 

「とんでもない。迷惑って思うなら声かけてないし、

 かわいい後輩を助けるのはお姉さんの義務だからね」

 

「……それでは、聞いていただいてもいいでしょうか?」

 

「もちろんオーケーだよ」

 

「で、ではお願いします!」

 

迷ったチヨノオーだったが、最終的には受け入れた。

カフェテリアへと移動して、話をすることとなる。

 

適当に空いている席に着き、飲み物を用意して、いざ相談。

 

「で、何を悩んでいたのかな?」

 

「はい、その……先日、サッカーボーイさんが勝ったじゃないですか」

 

「デイリー杯ね」

 

「はい。彼女、このあとは阪神JFに向かう予定*2だそうなんですが、

 先日の勝ち方があまりに鮮烈すぎて……」

 

後方から突き抜けての3バ身差圧勝だった。

強烈なインパクトを与える勝利であったからこそ、

ジュニア級の主役へと躍り出る結果になったのだ。

 

「このまま私が朝日杯に出て勝てたとしても、

 ジュニア級での最大目標にしてきた、最優秀賞に届かないかもしれません。

 ホープフルもありますし……」

 

チヨノオーの現状での予定は、朝日杯への直行である。*3

ジュニア級のG1が3つに増えた現状にあっては、どうしても、

すでに重賞を制しているサッカーボーイとの比較になるだろう。

 

彼女がJFを勝つのを前提とすると、自分が朝日杯を勝てたとしても、

他に重賞勝ちの勲章がある彼女に比べれば、実績で劣ってしまうのは必至である。

 

「私も前哨戦を使ったほうがいいんでしょうか?」

 

ならば自分も、本番の前に重賞を勝っておく必要がある。

そう考えて、出走するかどうかで悩んでいたのだった。

 

「うーん、難しい問題だけど」

 

悩みを打ち明けられたリアンは、そう言って

ニンジンジュースを口に運び、いったん間を置いた。

 

「チヨちゃんの状態はどうなの? 出ても問題はない?

 トレーナーさんはなんて?」

 

「私はまったく問題ないです。

 トレーナーさんは、私の意思を尊重すると」

 

「そっか。前提はクリアなわけね」

 

本人が乗り気でも、トレーナーに反対されては元も子もない。

また、体調面で問題があっては困るわけだが、そこもOKと。

 

「サッカーボーイさんのこと気にしているみたいだけど、

 だったらチヨちゃんも、他の子と比較されないくらいに

 圧勝して見せたらいいんじゃないかな?」

 

「ええっ!? い、いやいやいや私なんて!」

 

普通のウマ娘なのでそんな芸当はできません、と謙遜するチヨノオー。

すでに2勝して、約束された未来のダービーウマ娘が何を言ってるのかな、

と内心では思いつつ、リアンはさらに考える。

 

(こんなに自信を持てないタイプの子だったっけ?

 俺のアプリには実装されてなかったんだよなあ)

 

持ってなかったので詳しくはわからない、と思うリアン。

自信云々は、とんでもなくブーメランなような気がしないでもなかったが、

そういうことなら、勝って自信をつけさせてあげるしかないか。

 

(俺もスターオーちゃんに発破をかけられた結果の成果なんだよなあ。

 というか、彼女と出会ってなかったら、今の俺はない)

 

脚部不安で悶々としていた日々のことを思い出す。

スターオーのある意味過激な励ましがなければ、

その後の大活躍もなかっただろう。

 

(恩返しじゃないけど、ここはいっちょ、

 彼女の後輩を勇気づけてあげますか)

 

そう決意し、改めてチヨノオーに語り掛ける。

 

「実際使うなら、京王杯か東スポ杯*4になるね?」

 

「そうですね」

 

これから使うとなると、その二択になる。

格は両方G2で、コースも同じ東京。

距離が1400か1800かの違いだ。

 

チヨノオーなら、どちらでも大丈夫だろう。

 

「どっちにする?」

 

「え?」

 

「大丈夫、チヨちゃんなら勝てる。

 気持ちの問題だよ、やればできるって」

 

「えっと……」

 

「勝てる勝てる絶対勝てる。チヨちゃんならやれる!

 やる前から諦めてたらダメだって」

 

「………」

 

突然降臨したリアン・マツ〇カの変な励ましに混乱するチヨノオー。

訳が分からない状態であったが、そんな言葉を聞いているうちに、

なぜだかその気になっていく。

 

「自信をつけるには勝つのが1番。

 ちゃちゃっと出て、ちゃちゃっと勝ってきちゃってね。

 私も応援に行くからさ」

 

「は、はい、わかりました。勝ってきます!」

 

「うん。何はともあれ、レースを楽しめるのが大事だよ。

 他人なんか関係ない。“自分のレース”をすればいいんだからさ。

 ファイトだよチヨちゃん。もっと熱くなれよ!」

 

「はいっ。ファイ、オーッ! チヨノ、オーッ!」

 

いつのまにやら乗せられ、頷いたチヨノオー。

お馴染みのフレーズも飛び出し、彼女が選択したのは、東スポ杯への出走だった。

 

 

 

 

 

当日、チヨノオーは1番人気に推される。

 

レースは2番手追走からの鮮やかな抜け出しで、

気にしていたサッカーボーイと同じ3バ身差の快勝だった。

 

「おめでとうチヨちゃん」

 

「ありがとうございます! おかげで勝てました!」

 

レース後、出迎えたリアンに祝福され、

満面の笑みで礼を言うチヨノオー。

そこにもはや迷いはなかった。

 

「朝日杯もこの調子で行こう」

 

「はいっ!」

 

 

 

勝利を伝える新聞に、取材に応じたチヨノオーのコメントが載る。

 

『迷っていたときに相談に乗ってくれた』

 

『出走を勧めてくれた』

 

『勝てたのはリアンさんのおかげ』

 

優しい先輩のおかげで自信がつきました、

朝日杯も絶対勝って恩返しします、との言葉。

 

リアンファンからはまたもや、

トレーナー適性を称賛する声が挙がったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月、スーパークリークが阪神芝2000mにてデビュー。

圧倒的1番人気に支持されたが、直線で内にもたれて伸びきれず、

まさかの2着敗退に終わった。

 

「申し訳ありません、トレーナーさん」

 

「いやそれより身体は大丈夫なのか?」

 

「はい。私の力不足で、勝たせてあげられなくてごめんなさい」

 

「そんなことはいいんだ」

 

ルーキートレーナーであるクリークの担当。

当然、勝てば彼にとっても初勝利となるはずであったが、

お預けになってしまった。

 

「本当に身体は何ともないんだね?」

 

「大丈夫です」

 

危うく内ラチに接触しそうになるくらいもたれていたのだ。

異常発生か、故障かと疑うトレーナーの気持ちも理解できる。

きっぱりと否定したクリークは、力強く宣言した。

 

「次こそは勝ちます。見ていてください」

 

「ああ、僕もできる限りのことはする」

 

「はい、お願いします」

 

トレーナーの前ではこの通り、

気丈に振舞って見せたクリークだったが……

 

 

 

 

 

(……負けた。負けちゃった)

 

絶対の自信を持って臨んだはずが、どうしてこうなった状態。

内に刺さってしまった理由は本人もよく分かっておらず、

初出走だという極度の緊張からじゃないか、という分析を担当から聞いた。

 

(勝てるはずだったのに……!)

 

勝てるレースを落とした。

なにより、1回きりのチャンスである、

初出走初勝利というプレゼントができなかったという事実は、

クリークの心に重くのしかかる。

 

(……もしかして私は、世間の評価ほど“強くない”のでは?)

 

そしてそれは、自信の喪失へと繋がった。

 

あんなに騒がれて選抜レースを勝ったのに、

天狗になっていただけということなのか?

ああは言ったものの、もう私は勝てないのではないか?

 

「……ぁ」

 

そんな折に、クリークはとある人物の後ろ姿を発見した。

他でもない、()()()の。

 

「っ……!」

 

いてもたってもいられなくなったクリークは、

考えるよりも前に行動を起こした。即ち……

 

「お姉さまっ……!」

 

「ぐえっ!?」

 

その人物へ、背後から抱き着くこと。

半ばタックルのような格好になり、身体が逆『く』の字に

折れ曲がりそうになった相手からは、苦しげな悲鳴が漏れる。

 

「お姉さま……私……!」

 

「こ、腰が……え? ク、クリークさん……? 突然なに?」

 

「っ……」

 

説明するまでもないが、相手とはリアンであった。

抱き着くや否や、クリークは顔をリアンの背中に押し付けて、

小刻みに震え始める。

 

(……泣いてる?)

 

さすがに、こんな様子ではリアンも察した。

 

(そういえば、デビュー戦、負けちゃったんだっけか)

 

史実ではどうだったのかまでは把握しきれていないが、

菊花賞を勝つまでは、あまりよろしくない状態だったことは覚えている。

 

(あ~、しょうがないなあもう)

 

状況が状況なので、ポリポリと頭をかく。

それから意を決して、クリークへと話しかけた。

 

「クリークさん、離して」

 

「………」

 

その言葉を、クリークは見事に勘違いする。

 

(負けちゃったから、お姉さまも私を見放すんだ……)

 

自身の心が絶望に染まっていくのを感じた。

闇に落ちていく中で、そっと身体を離す。

しかし、一分の隙もなく暗黒に染まりかけたところで

 

「大丈夫」

 

「……ぁ」

 

今度は逆に、リアンに正面からから抱き締められた。

 

「今はまだ身体の成長に心が追い付いてないだけだよ。

 焦らずに頑張れば、きっと結果も出るから。

 大丈夫だよ、大丈夫」

 

「……おねえさまぁっ……!」

 

「よしよし」

 

やさしく諭されたクリークは、堪えきれずに号泣。

張りつめていたものが一気に崩壊した瞬間だった。

彼女が落ち着くまで、リアンはやさしく介抱し続ける。

 

……10分後。

 

「落ち着いた?」

 

「……はい。

 ごめんなさい、恥ずかしいところをお見せしました」

 

ようやく落ち着いたクリークは、目元を拭いながら自分から離れた。

綺麗な顔立ちが台無しになるくらいに、涙と鼻水でくちゃくちゃだ。

 

「どうぞ、使って」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ポケットからハンカチを取り出し、差し出すリアン。

クリークは恐縮しつつも受け取って、顔を拭く。

 

「きれいに洗ってお返しします」

 

「いいよいいよ気にしないで。捨てちゃっても構わないから」

 

洗濯して返すというクリークに、

リアンはこう言って取りなした。

 

「それより気にしてほしいのは、無理だけはしないでってこと。

 滅茶苦茶なトレーニングとかしないでね。

 いま無理しても身体を壊すだけだよ。私みたいにね」

 

「お姉さま……」

 

ここで恒例、必殺の文言を炸裂させる。

 

今やリアンの経歴を知らないものなどいない。

ウマ娘関係者、ウマ娘自身ならばなおさらだ。

 

リアンが入学当初に、自己判断での無理なトレーニングが祟って

骨折したという事実は、数々の出来事や取材等で自ら語っており、

すでに広く大衆に認知されている。

 

「それだけは約束して。お願いだから」

 

「わかりました」

 

「よしよし、聞き分けの良い子は好きだよ」

 

「……」

 

クリークの頭に手を伸ばし、撫でるリアン。

大人しくされるがままになるクリーク。

気持ちよさそうに目を細めた。

 

「少しでも不調や異変を感じたら、すぐにトレーナーさんに報告するんだよ。

 私でもいいからさ。そういうことならいつでも聞くから」

 

「はい、お願いします」

 

頷いたクリークの表情に、もはや暗いものはなかった。

 

 

 

その後、態勢を立て直したクリークは、

年内の最終開催日の未勝利戦を勝利。

 

ウマ娘個人、トレーナー共に初勝利を記録するのと同時に、

ホープフルステークスよりも早いタイムでの圧勝であり、

秘めたる才能の一端を見せつけることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神JFは、サッカーボーイが8バ身差の圧勝で、

前評判の正しさを証明して見せた。

 

この結果が、1度は落ち着いたチヨノオーの心を再び揺さぶる。

 

(私が勝っても、もうサッカーボーイさんで決まりなんじゃ……)

 

翌週の自分のレースが行われる前にして、

すでに最優秀賞の行方は決まったも同然。

そのように書かれた報道もあった。

 

しかし……

 

(……ううん、そんなことない。

 リアンさんが言うように、私は『私のレース』をすればいいんだ!)

 

リアンの言葉を思い出して落ち着きを取り戻し、

パンパンと自らの頬を叩いて気合を入れなおす。

 

「……よしっ。ファイ、オーッ! チヨノ、オーッ!」

 

いざ、朝日杯フューチュリティステークスへ。

 

 

 

パドックで勝負服のお披露目をし、本バ場へと入場する。

 

「チヨちゃん」

 

そんな彼女へ向けて掛けられた声。

それも2人分。

 

「リアンさん! スターオーさんも!」

 

2人の姿を確認したチヨノオーは、

即座に2人のもとへ駆け寄っていく。

外ラチを飛び越さんばかりの勢いだった。

 

「リアンさん、わざわざありがとうございます」

 

「約束したからね。応援しに行くって。

 スターオーちゃんとも連絡を取って、一緒に来たよ」

 

「スターオーさんもありがとうございます!」

 

「後輩の晴れ舞台ですもの。

 こんなナリでも、せめて現地に行くくらいはしないと」

 

車椅子に乗っているスターオー。

ここまではリアンが押してきたのだと推測された。

 

あれから1年以上が経過したが、

いまだリハビリが続いていると思われる。

故障した左足には、テーピングが施されているのが確認できた。

 

「……な~んちゃって♪」

 

「え?」

 

「ひとつサプライズですよチヨちゃん。

 景気づけに……えいっ♪」

 

「……あ」

 

スターオーはそう言って、おもむろに車椅子から立ち上がった。

誰の手も借りずに、完全な独力で。

 

「おおお……スターオーちゃん!?」

 

これはチヨノオーだけではなく、リアンにとっても驚きだったようで、

立ち上がった姿を見て固まった。

 

「さらには、こんなことも……できますよっ」

 

スターオーは続けて、その場から2歩3歩と歩いて見せ。

しまいには、腿上げ運動までして見せた。

 

「スターオーさん、歩けるようになったんですね!」

 

「腿上げまで……」

 

「黙っていてすいません」

 

喜色に染まるチヨノオー。驚愕しているリアン。

そんな2人の反応を見て、スターオーは満足だとばかりに、

いたずらっぽく笑ってみせる。

 

「実は、お医者様も驚くくらいの回復具合だそうで、

 もうこれくらいのことはできるようになりました」

 

「そうなんだ……」

 

この瞬間まで、移動には常に車椅子を使っていた。

リハビリに付き合っているわけでもないので、

立ち上がる姿や、歩いたところなども当然、目にしていない。

 

「来年早々には、トレーニングの許可も降りそうなんですよ」

 

「よかった……ぐすっ」

 

「あ、あっ、リアン先輩、

 黙っていたのは謝りますから、泣かないでください」

 

「ご、ごめん。うれしくて、つい」

 

感激のあまり、涙ぐんでしまうリアン。

逆にスターオーから慰められる始末で、慌てて目元を拭う。

どうやらサプライズになったのは、リアンのほうが大きいようだ。

 

ちなみに周りにいる観客たちも、このやり取りは

もちろん見守っていて、総じて驚き喜んだ。

 

「復帰願ってるぞ!」

 

「いつまでも待ってるからな~!」

 

「がんばれ~!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

レース前だというのに拍手が起きて、このような声が飛ぶ。

恐縮して頭を下げるスターオー。

 

「みなさんお気持ちはうれしいですけど、

 今日はチヨちゃんのレースなんですからね」

 

「そうだった。チヨちゃん、ごめんね」

 

「いえいえ、私もうれしいです。

 気持ちよくレースに臨めます」

 

それはチヨノオーの本心だった。

憧れの先輩2人の来援を受けた上に、良いニュースを目にできた。

これ以上の励ましがあるだろうか。

 

「では、いってきます!」

 

周りの客たちをも含めた歓声と拍手に送られて、

チヨノオーは返しウマに入っていった。

 

 

 

 

 

『朝日杯スタートしました!

 ダントツ1番人気サクラチヨノオー、逃げに打って出た!』

 

良いスタートから先頭に立ったチヨノオー。

リアンに影響されたからというわけでもないのだろうが、

図らずも彼女のようなスタイルになった。

 

6番と激しく競り合う展開となったが、徐々にチヨノオーが優勢となり、

4コーナーから直線に入るあたりでは、すでに突き離し始める。

 

『離した離した! サクラチヨノオー圧巻の逃げ切り!

 1番人気に応えて圧勝、ゴールインッ!』

 

そのまま3バ身4バ身と差をつけ、最終的には6バ身差で圧勝。

1分33秒4という、かつてマルゼンスキーが記録したレースレコード*5

大幅に更新するタイムでの勝利であった。

 

「やりましたー! リアンさんっ、スターオーさーんっ!

 私、勝ちました~っ!」

 

観客にはもちろんのこと、何より2人に向けて手を振るチヨノオー。

 

着差もさることながら、タイムの比較(サッカーボーイ1分34秒5)でも優位に立って、

以後の最優秀賞争いの大勢は、チヨノオーへと傾くことになる。*6

 

 

 

 

*1
史実89年デイリー杯の勝ち馬はヤマニングローバル。ダイタクヘリオス(4着)やイクノディクタス(5着)も出走していた

*2
史実のサッカーボーイは、もみじ賞(芝1600,OP)から阪神3歳Sへのローテ

*3
史実では、芙蓉特別→いちょう特別→朝日杯

*4
東京スポーツ杯2歳S。当時はオープン戦。オープン時代(府中3歳S)の勝ち馬にはマチカネタンホイザ、バブルガムフェローらがいる

*5
1分34秒4

*6
史実87年最優秀2歳牡馬の投票結果は、サッカーボーイ127票、チヨノオー15票だった




ヤエノやアルダンは、史実で年明けデビューなので、
今作でもそのようになります


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第76話 孤児ウマ娘、記者会見する

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(有記念リアルタイム視聴組の反応)

 

:最大の注目は逃げ対決やな

 

:ファルコとフルマーは確実として、

 リアンちゃんはどう出るのか

 

:逃げてくれたほうがおもしろい

 

:そして、ファルコとフルマーを叩き潰すんですね、

 わかります

 

:今度こそ三つ巴の逃げ対決を何卒

 

:ダイナも絡んでくれんかなあ

 

:四つ巴とかw

 

:ダイナには理性があるからな*1

 

:急に暗くなってきた

 

:雨降ってきたぞ

 

:まあこれくらいなら、さしたる影響はあるまい

 

:寒いし雨だし、ほんとウマ娘は大変だ

 

:屋外競技ならみんなそうだろ

 

:さあ大注目のスタートや!

 

:はたして……

 

:!!

 

:リアンちゃん行ったー!

 

:あんな言い方しておいて

 結局は行くんじゃないですかヤダー(歓喜)

 

:いいぞ俄然面白くなった

 

:外枠のフルマーはともかく、最内ファルコが前に出られんとは

 

:ファルコの逃げは高速逃げじゃないからな

 

:ダッシュ力はリアンちゃんに軍配か

 

:なんて素敵なトライアングル

 

:後輩2人を引き連れて逃げるリアンちゃん

 イイ

 

:実に画になる

 

:57秒9!?

 

:はやすぎぃ

 

:なんてペースだよ

 

:通常運転だ

 ……いや、それにしても早いな(汗)

 

:リアンちゃんなら大丈夫と信じたい

 

:お?

 

:あ

 

:幻惑キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:4番手との差が!

 

:あ

 

:あ

 

:ファルコ!?

 

:そのまま行くのかお前!?

 

:フルマーは一緒にペース落としたな

 

:前に行ったファルコ、控えたフルマー

 この差が果たしてどう出る?

 

:リアンちゃん再加速!

 

:再加速キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:菊花賞以来の、これぞ幻惑!

 

:並びかけて最後の直線だ!

 

:3人の叩き合い!?

 

:あー

 

:ああファルコ……

 

:そりゃ、あのペースで逃げたままならそうよね

 

:もう一杯一杯だったか

 

:リアンちゃん先頭!

 

:後ろはイナリとタマモだが離れてる

 

:やっぱりこの2人!

 

:最後の加速!

 

:二段階ならぬ三段階や!

 

:三段ロケットリアンちゃん!

 

:やったあああああああああ

 

:おめええええええええええ

 

:グランドスラムキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:シンザン越え!

 

:すげぇ、まさにそれしか言えない

 

:20戦20連対! 連対率100%を維持!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:リ・ア・ンっ!

 

:フライングだぞおまえらw

 

:気持ちはわかるが、現地よりも先走るのはやめいw

 

 

 

(翌日)

 

:いやしかし、見事な幻惑だったな

 

:結果的に見れば、控えたフルマーが正解だった

 

:ファルコにしてみれば、高い授業料になったな

 

:でも間近で見られたし体験できたんだし、

 これで来年また頑張ってくれれば

 

:あれで5着に粘れてるんだから、ファルコも凄いよ

 

:年間無敗でグランドスラムか

 もう日本でできることはやり尽くした感があるな

 

:まさに皇帝以上の絶対王者

 

:であればやはり、皇帝“以上”を期待してしまうな

 

:クラシック勢は当然として、

 リアンちゃんやフルマーは来年も走るんだろうか?

 

:フルマーは、その方向で、って答えてたぞ

 

:俺もそんな記事見たな

 

:なんか微妙に浮かない表情してたのが気になるけど

 

:ライブ直後の囲み取材でのことだろ?

 レースとライブでの疲れが出てたんじゃないの?

 

:で、肝心のリアンちゃんはいかに?

 

:まだ情報出てないな

 

:ファンクラブのサイトにも、府中CATVにも出てないから、

 本当にまだ挙がってきてないんだろうな

 

:大本営にないならしょうがない

 

:発表を待とう

 

:急報! ファンクラブに動き!

 

:言ってる傍からか

 

:明日16時より緊急会見、重大発表とのこと

 

:緊急会見? 重大発表?

 

:なんだ?

 

:会見開くほどの重大発表?

 

:いや、まさかとは思うけど……

 

:はは、まさかあ

 

:まさかな、まさかだよな?

 

:でも年齢を考えると……

 

:そうであったとしても驚かない

 非常に残念ではあるが……

 

:そんな……

 

:嘘だと言ってよリアンちゃん!

 

:各社も一斉に報じ出したな

 

:どこも重大発表という表現にとどめる中、

 ひとつだけ『電撃引退』なんて報じてるところがある……

 

:は?

 

:マジかよ

 

:どこ?

 

:〇〇って出版社

 

:なんだ、ゴシップ屋か

 

:専門ならまだしもゴシップかよ

 

:安心した、確証があるわけじゃないんだな

 

:ちょっと待って

 ほかも『引退』言い始めよったで!

 

:ええええええ

 

:ウマ娘ニュースにも来てしまった……

 

:本当なのか? 裏とれたのか?

 

:ああ、来るべき時が来てしまった……

 

:誰にもその時が訪れるとはいえ……

 

:まだだ! まだ府中CATVは報じてない!

 

:そうだ、ソレを報じるならまず、誰よりも親しい府中CATVのはず

 そこが来てないなら俺は信じない!

 

:だけどそう考えると、現役続行宣言した時のフルマーが、

 何とも言えない顔してたの納得できるんだよな

 レース後、リアンちゃんとなんか話してたみたいだし、

 そこで打ち明けられてたんだとしたら……

 

:俺はレース前の会見で、『集大成』って言ってたのが引っかかる

 最後だからって意味じゃないよな?

 

:今の今まで気にも留めてなかったけど、そう言われると、

 現役最後の一戦だからって意味にしか聞こえないぞ……

 

:状況証拠が次々と……

 

:ええい、すべて推測に過ぎん

 俺は本人の口から出るまで何も信じないぞ!

 

:ファンクラブ鯖落ちとるやんけ

 

:殺到しすぎィ

 

:おまえら、わかっているとは思うが、

 本当に確定するまで、要らんことしてリアンちゃんを困らせるんじゃないぞ

 いいな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記念翌日の月曜日。

世間は衝撃的なニュースに戸惑っていた。

 

『ファミーユリアン引退か!?』

 

ファンクラブのホームページにて、翌火曜日に記者会見するとの

情報が載せられたのが午前10時。

報道各社がそれを一斉に報じ出したのが10分後。

 

そして、10時半には、『引退か?』の文言が出回り始める。

テレビで字幕での速報が同40分ごろに流れ、

『ファミーユリアン明日緊急会見、電撃引退発表か』という内容。

 

ファンクラブホープページにはアクセスが殺到し、サーバーがダウン。

また、情報を求めたファンたちが同じようにこぞって閲覧に走ったか、

府中CATVのサイトも、繋がりにくい状況に陥ってしまう。

 

グランドスラム達成という歓喜に沸いたファンたちへ、

突然投げかけられた、まさに冷や水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふわ~」

 

目が覚めたら、午前11時を回っていた。

うむ、久しぶりに良く寝たね。

 

遅刻じゃないよ? もう冬休みに入っているし、

今日はトレーニングも全休だから、

久しぶりにゆっくり寝てようと思った結果がこれだ。

 

さすがに疲れてたし、下手すると夕方まで起きないかも、

なんて思ってたけど、案外自然に目が覚めるもんだね。

 

改めて室内を見てみると、ルドルフはいなかった。

今日も生徒会でのお仕事かな?

休みだというのにご苦労さんです。

 

「さて、着替えてメシでも……って、うわ!」

 

枕元に置いていたスマホを手に取って、あらビックリ。

 

「着信だらけ……全部乙名史さんじゃん」

 

10時を過ぎたころから、彼女からの着信が鬼のように来ている。

ゆっくり寝てようと思って、音もバイブも切っていたから気付かなかったのか。

 

何かあったのか?

こんなに電話かけられる覚えなんかないんだけど?

なんだってんだいったい。

 

まあとにかく腹が減った。

着替えてカフェテリアに行くか。

 

そう切り替えた瞬間、着信を告げるスマホの画面。

相手を見ると、やはりというか、乙名史さんだった。

 

やれやれ、仕方ないな。

 

「もしも──」

 

 

『なんで出てくれないんですかあっ!!!』

 

 

「──……」

 

通話ボタンを押して、お馴染みのセリフを言いかけるや否や、

轟いてきた乙名史さんの大音声。

スピーカーフォン越しなのに、思わず耳がツーンとなる。

 

やめてくれ乙名史さん。そんな大声はウマ娘に効く。

 

『やっと繋がった! リアンさんっ!?』

 

「すいません寝てました」

 

『寝てっ……!? ああもうっ、こんなときに!』

 

「……?」

 

聞こえてくるのは、焦りに焦ってどうしようもない、

そんな感じの声。だからなんなのよ?

 

『リアンさん! 引退するってウソですよね!?』

 

「……は?」

 

『引退するって報道が出てるんですけど、飛ばしですよね!?

 私何も聞いてませんよ! 嘘だと言ってください!』

 

「え? ちょ、ちょっと待ってください……?」

 

引退する? 誰が?

もしかして俺が? はああ!?

 

「い、いったいどこからそんな話に?」

 

『ファンクラブのページで、明日会見するって情報出しましたよね?』

 

「ああ、はい」

 

スーちゃんやおっちゃんたちと相談して、

来年のことに関する記者会見するっていう情報を、

最初にファンクラブで発表するってことにしてたんだっけな。

 

『重大発表を行います、って書かれていたものだから、

 みんな邪推したか早合点したかで、引退会見になるって言ってます!』

 

「……」

 

『確かにそう言われてもおかしくはないですが……

 邪推ですよね? 早合点ですよね?

 まさか他社にはもう喋ってたりするんですか?

 仮に引退するとしても、私に言う前に引退したりしないですよねぇえええ!!?』

 

「ちょっ、落ち着いてください乙名史さん!」

 

再び昂ぶっていく乙名史さん。

彼女を落ち着かせるのには大変苦労した。

 

「事実無根です。誰もそこまでは言ってません」

 

『でも会見して重大発表するんですよね?』

 

「それはそうなんですが」

 

『じゃあやっぱり引退するんですねぇっ!!?』

 

「ですから、そこまでは言ってません」

 

だから落ち着け。

とりあえず、重大発表=引退、という発想から離れようか。

 

話をまとめよう。

 

会見して重大発表するというのは事実。

しかし引退というのはマスコミの勝手な推測でしかない。

 

『本当ですね? 本当の本当に引退しないんですね!!?』

 

そう説明すると、うれしさなのか安堵なのか、

もはや涙声になっている乙名史さん。

 

『じゃあいったい何を、どういう記者会見になるんですか?』

 

この様子では、真実を伝えてあげないと、

本当に落ち着いてくれそうにない。

 

「しょうがない。明日の会見までは、

 あなたの中に留めて、絶対口外しないでくださいよ?

 実は──」

 

『──本当ですかッ!!!』

 

再びの、お耳ツーン。

 

興奮するのはわかるけど、少しは声量絞ってくれ。

ウマ娘の耳は人間よりも敏感なんだ。

 

『それは、なんとも心躍る話ですねっ!』

 

「一応念を押しますけど」

 

『わかってますって、お任せください。

 ここまで築き上げてきたリアンさんとの絆を、

 こんなことで台無しにするわけにはいきませんからね!』

 

まあ信じてますけどね。

あくまで一応です、一応。

 

『会見にはもちろん私も行きますから、

 質疑応答の際はぜひ指名してください!

 それではっ!』

 

言うだけ言ってピシャッと通話を切る乙名史さん。

相変わらず嵐のような人だ。

 

ところが、一難去ってまた一難。

話はそれだけでは終わらなかった。

 

 

 

 

 

「「「ファミーユリアン先輩っ!!!」」」

 

カフェテリアに行くと、居合わせた後輩のウマ娘たちに囲まれてしまった。

みんな総じて我慢できないという様子で、必死な表情を見せつつ尋ねてくる。

 

「引退するって本当なんですか!?」

 

「みんなそう言ってます!」

 

「ウソだと言ってくださいぃい!!」

 

中には、半べそになってしまっている子すらいる。

 

やれやれ勘弁してくれ。

マスコミに踊らされるなって良い見本だよこれ。

 

「「「先輩ぃい!!」」」

 

「ああ、はいはい、わかったら落ち着いて。ね?」

 

結局、彼女たちをなだめるのに精いっぱいで、

とてもとても食事だなんて状況ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、生徒会と学園側にも取材の申し込みが殺到し、

両者を困惑させていた。

 

「まったく、明日会見すると言っているのだから、

 それまで待っていてほしいものなんですがね」

 

「それだけファミーユリアン先輩の人気がすごいってことと、

 ウマ娘レースが社会現象化したってことですね!」

 

「まさにうれしい悲鳴ってことかなあ」

 

「………」

 

ここは生徒会室。

自分の作業をこなしつつ、他の生徒会メンバーたちの会話に聞き耳を立てるルドルフ。

彼女の耳がぴくぴくと細かく動いているのがその証拠だ。

 

「でも学園側が抑えているとはいえ、いつ何時、

 不法侵入してくる輩がいないとは限りませんよね?」

 

ひとつ心配事を口にするメンバーの1人。

マスコミの学園内への立ち入りは、学園の許可がなければ不可能で、

今は表立っては不遜な動きは出ていないが、過熱してくると、

何をしでかすのかわからないのが、マスコミという人種でもある。

 

強行侵入を図る不逞者が現れないとも限らない。

 

「そこは学園に目を光らせてもらうしかないね。

 私から改めて申し出ておくよ。それでいいかな、会長?」

 

「ああ、頼みます副会長」

 

「了解」

 

ルドルフが聞き耳を立てていることは

とっくに承知済みのピロウイナー副会長。

 

そう言ってお伺いを立てると、

案の定、ルドルフは即座に了承した。

苦笑して頷くピロウイナー。

 

「でも引退するって言われてますけど、本当なんですかね?」

 

「今まさに無敵の全盛期って感じで、惜しい気もするけど、

 ファミーユリアン先輩も結構いいお年……げふんげふん」

 

このあたりは噂好きの女学生の面目躍如。

仕事中なのに、噂話に花が咲く。

 

「引退しててもおかしくない、というか

 ほとんどすべてのコは引退しているような年だからなあ」

 

「実際、ファミーユリアン先輩より年上の人っているんです?」

 

「どうだろう? 調べてみないとわからないね。

 ただいたとしても、片手で足りるほどじゃないかな?」

 

指折り数える仕草をして見せるピロウイナー。

 

大半は、高校卒業までの年齢には引退しているのが普通。

実際、ルドルフやピロウイナーほどの実績を積んだとしても、

身体のピークやその他さまざまな事情で、引退しているケースが9割以上だろう。

 

「会長は何か聞いてないんですか?」

 

「ん? たとえ知っていたとしても、

 ここで私から話すわけにはいかないな」

 

「ですよねぇ」

 

メンバーの子からの問いを、こう言って煙に巻くルドルフ。

 

そんな質問を待っていたかのような返答であり、

彼女の口角は明確に上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスも明けた12月26日火曜日。

指定された時刻16時ちょうど。

トレセン学園内に設けられた会見場に、リアンが姿を見せた。

 

会場に入りきらないくらいに溢れた報道陣のまばゆいフラッシュの中を、

彼らに向けて一礼したリアンは、そのままゆっくり進んで用意された席へと着いた。

彼女の後ろからスピードシンボリも現れて、同じように隣の席に着く。

 

各テレビ局は、通常の番組を中断させてまで、

この模様をこぞって生中継している。

改めて、リアンとウマ娘レースの人気ぶりが分かる事態だ。

 

「本日は、お足元も悪く寒い中をお集まりいただきまして、

 まことにありがとうございます。私ファミーユリアンの、

 これ以降の活動に関する記者会見を始めさせていただきます」

 

関係者と目配せして軽く頷いた後、リアンはそう言って会見の口火を切った。

昼頃から雨が降り出した東京地方、

夕刻を迎え、暮れの寒さが一層増してきている状況だった。

 

「まずは有記念後の体調に関してですが、

 特に問題はないことを合わせてご報告させていただきます」

 

前々日に激闘を終えたばかり。

最初に、現段階では問題がないことを伝える。

 

「えーそれでは、本題に入ります。

 来年、私は……」

 

ここでリアンはひと呼吸置いて、固唾を飲んで見守っている

報道関係者たちをいったん見まわした後、こう続けた。

 

「海外に挑戦いたします」

 

瞬間、再びのシャッター音、フラッシュの嵐。

たっぷり十数秒間はそんな時間が過ぎていった。

 

「挑戦するレースとスケジュール等につきましては、

 このあと──」

 

「お、お待ちくださいッ!」

 

「……なんでしょう?」

 

少し落ち着いたところで、再び話し始めたリアンだったが、

そんな彼女の話の腰を折る事態が発生する。

ある1人の記者が、大声をあげて遮ったのだ。

 

「この記者会見は、引退を発表されるとのことだったのでは?」

 

「はて?」

 

嫌な顔ひとつせずに応じたリアンだったが、

記者の更なる言葉には、首を傾げざるを得なかった。

 

「いつ、誰がそのように言いましたか?」

 

「し、しかし、確定的に明らかだという報道が……」

 

「それはあなた方の勝手な憶測に過ぎませんわ」

 

リアンがそう問い返し、記者がそこまで言ったところで、

たまらずにスピードシンボリも口を挟む。

 

「あなた、どこの会社ですか?」

 

「〇〇ですが……」

 

「そう、覚えましたからね」

 

「………」

 

彼女の鋭い眼光に晒された記者は、さすがに委縮して黙らされる。

以降、会見中に彼が発言することはなかった。

 

なお、彼が口にした出版社は、典型的なゴシップ誌の発行元であること、

また調べれば、最初に引退発表するとの記事を書いたことがすぐにわかる。

 

「リアンちゃん、続けて頂戴」

 

「はい。えーと、どこまで言いましたっけ?

 ああそうそう、具体的な発表をするところでしたね」

 

スピードシンボリから促されたリアンは、

突発的なアクシデントに少しも動じず、先を続ける。

 

「それでは、挑戦するレースを発表いたします。

 皆様、そちらのスクリーンをご覧ください」

 

そう言って、報道陣から見て向かって右に用意されている、

壁に掛けられた白いスクリーンを指し示す。

それと同時に室内の一部の照明が落とされ、プロジェクターが始動した。

 

 

 

ドバイワールドカップ(G1)

 ドバイ メイダンレース場 ダート2000m

 

 

コロネーションカップ(G1)

 イギリス エプソムダウンズレース場 芝12F6yd

 

 

キングジョージ&クイーンエリザベスステークス(G1)

 イギリス アスコットレース場 芝11F211yd

 

 

フォワ賞(G2)

 フランス パリロンシャンレース場 芝2400m

 

 

凱旋門賞(G1)

 フランス パリロンシャンレース場 芝2400m

 

 

 

シンプルな文字だけの画面が表示される。

 

数瞬の静寂の後、報道陣の間にどよめきが広がった。

挙がっているレースが、日本でも著名なものばかりだったからだ。

 

「ご質問は後から受け付けますので、

 先にひと通りの説明をさせていただきます」

 

リアンがそう言うのと同時に、消されていた照明が再び灯される。

 

「現時点での大まかなスケジュールといたしましては、

 3月上旬にドバイへ渡り、レースに備えます。

 ドバイ後は日本には戻らずにイギリスへ渡り、調整ののちに2レースに出走。

 その後はフランスに移動し、ロンシャンでの2レースということになります」

 

おおっ、という歓声が上がった。

ただでさえ海外遠征と言うだけでも意気が上がるのに、

シーズンの途中で日本に戻らない、長期滞在という本格的なものだったからだ。

 

「ファンの皆様からの海外遠征を望む声はひしひしと感じておりましたし、

 私自身もこうして発表できて、非常に興奮しております。

 現地での調整がうまくいくかは、そのときになってみないとわかりませんが、

 海外G1制覇という日本レース界の悲願を、ぜひとも達成したいと思っております。

 ひとまず私からは以上です」

 

そこまで一気に言って、いったんマイクを置くリアン。

3度、シャッター音とフラッシュの嵐となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、質疑応答の時間に移ります」

 

「はいっ!」

 

質疑応答になってから、最初に名乗り出るのと同時に、

手を挙げてきたのは、案の定、最前列にいる乙名史さんだった。

まだ指名されたわけではないのに、すでに立ち上がってすらいる。

 

「海外遠征初戦という大事な一戦に、実績を積まれてきた芝ではなく、

 ダートを選ばれたのはどうしてなんでしょうか?

 それも、ドバイワールドカップという世界一を決める一戦に、です」

 

彼女は指名を受けると、

入念に用意してきたであろう質問を、一気に声に出した。

カンペを見ることなく、すらすらと。

 

事前に教えていたとはいえ、必死に考えてきたんだろうなあ。

 

「招待をいただきましたので、どうせ出るのなら、

 世界一の舞台で走ってみたい、ということで決めました」

 

「しかし、ダートでの実績がありません」

 

「大井でならありますよ。

 まあ、アレを実績と言っていいのかどうかわかりませんけど」

 

俺がそう答えると、乙名史さんは2度3度と首肯してから、

こう言って励ましてくれた。

 

「あなたは日本の希望です。がんばってください!」

 

「はい、もちろん」

 

俺も力強く頷いて応じる。

乙名史さんは質問を終える間際に、サムズアップまでして見せた。

 

他の記者たちもいる前で何やってるんだ。

まったく仕方のない人だよ。

 

「遠征先とレースは、どのように選ばれたのでしょうか?」

 

次の記者さんからの質問は、遠征先とレースについて。

 

これも当然の疑問だろう。

俺も様々なレースから選ぶのに苦労したんだ。

 

「イギリスを選んだのは、友人から色々と聞いていた*2のと、

 トレーナーも滞在したことのある国というのが大きいです」

 

スーちゃんも現役時代に遠征して、出走したことのある国だ。

そして引退後も、英国中心にいろいろ修行していたそうので詳しい。

 

「コロネーションカップはですね、エプソムの2400m、

 あのダービーコースを走ってみたかったというのが1番です」

 

エプソム競馬場の2400m、あの本場ザ・ダービーのコース。

海外に行くなら、1度は走ってみたいと思っていた。

坂が続く非常に過酷なコースらしいけど、どんなものか。

 

「キングジョージは言うまでもなく、世界を代表するレースの一つですし、

 憧れでもありました。ぜひとも勝ちたいレースです」

 

「その後はフランスですね?」

 

「ええ。最大目標はなんと言っても凱旋門賞ですので、

 本番の前にコースを経験しておきたいと思いまして、

 同じ条件のフォワ賞を選びました」

 

日本ウマ娘の悲願、そしてなにより、シンボリの、ルドルフの夢。

是が非でも勝ちたい1番のレース。

 

「ありがとうございます。

 私どもも応援しております。がんばってください」

 

「はい、最大限の努力をお約束します」

 

これは乙名史さんが最初にやったせいなのか、

以降の質問してきた記者さんたちが全員、

質問終わりに激励してくれるようになった。

 

何気ないことだけど、すごくうれしい。

 

「一覧には凱旋門賞までしか載ってませんでしたが、

 それ以降の予定はお決まりなんでしょうか?

 帰国してジャパンカップに参戦、なんてこともありますか?」

 

お次は、これも来るだろうなと思っていた質問。

あえて凱旋門までしか載せなかったんだからな。

 

「その先は凱旋門賞での結果次第で変わりますので、

 先ほどの一覧には載せませんでした」

 

「では逆に、凱旋門賞までは途中の結果如何にかかわらず、

 遠征を継続するということですね?」

 

「はい。突発的なアクシデントが起こらない限りは、

 凱旋門賞までは必ず出走します。

 結果が良ければ、さらにアメリカに遠征、

 というプランもあります」

 

「アメリカというと、ブリーダーズカップですね?

 どのレースに参戦する*3かもお決まりなんでしょうか?」

 

「そこはまだ決めていません。芝かダートか、

 ドバイでの結果も関わってくることです。

 まあ出るとしたら、ターフかクラシックかの二択*4になると思います」

 

考えたくはないが、ドバイの結果が悪ければ、

以降にダートに出走するなんてことには絶対にならないし、

凱旋門での結果が芳しくなければ、アメリカ行き自体がなくなる。

 

その場合は早々に帰国して、状態次第だけど、

ジャパンカップと有ということになるのかな?

 

負けて帰ってきて総大将扱いとか、想像したくないなあ。

お通夜ムード待ったなしだもんなあ。

 

いや、スターオーちゃんが復帰するまで、負けないと誓ったじゃないか。

勝つことだけを考えればいい。余計なことは一切考えるな。

 

「我々も海外で勝つところを見たいです。

 何もできませんが応援させていただきます」

 

「ありがとうございます。励みになります」

 

この記者さんも、締めで励ましてくれた。

軽く頭を下げて応じる。

 

はい、次の人。

 

「仮に勝てた場合は、帰国するのはアメリカ遠征後ということになりますか?」

 

「そうなると思います」

 

「そのままジャパンカップや有記念に参戦、

 なんてことも期待してしまうわけですが、いかがでしょうか?」

 

「状態次第ですね。良ければ出走するでしょう」

 

「そうなることを願っております」

 

「はい、できうる限りの全力を尽くします」

 

口々に励ましてくれるものだから、こちらとしても気分が良い。

初めて、やっていて楽しいと思える会見だった。

 

 

 

その後も、ひとつひとつ丁寧に質問に答えていき、

スーちゃんが滞在先とトレーニングについて説明したりもした。

 

会見終了時に立ち上がって頭を下げた時には、

満場の拍手が鳴り響いて、思わずグッと来てしまったのは内緒である。

 

 

 

 

*1
宝塚記念時、スレはその手の話で盛り上がった

*2
同国出身のムーンから聞いていたと思われる

*3
ブリーダーズカップには、説明しきれないくらいの様々な条件のレースがある

*4
メインのクラシックD2000mか、準メインのターフ芝2400m





フルマー
「……よかった(心の底から安堵)」

トニー
「ようやくか」

ムーン
「待たせてくれたわね」

シリウス
「………」



ついに海外遠征を発表。
初戦からいきなりかなりハードな舞台になりますが、大丈夫でしょうか?
なにせ相手は……


そしてついでに、ひとつ疑問をば。

ウマ娘世界の中東というか、イスラム圏ってどうなってるんでしょう?
現実に即すると、女性は肌を見せられないことになります。
ウマ娘も女性ですので、当然、勝負服とかも規制されるのでは?

………

ま、まあ細かいことはいいか!(楽観)


リアンより感謝の印です。お納めください
https://youtube.com/shorts/zg_cXQ_0-RQ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42424657


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第77話 孤児ウマ娘に脳を焼かれた者たち

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(緊急記者会見リアルタイム視聴組の反応)

 

:すげぇな、各局こぞって生中継しとるわ

 

:N〇Kまで

 

:さすがのリアンちゃん

 

:もう国民的ウマ娘なんよ

 

:テ〇東は? 〇レ東はどうなの?

 

:察しろ

 

:通常放送です

 

:いつもと変わらないテレ〇東京

 

:さすがブレないな

 

:別の意味で感心する

 

:〇レ東が臨時放送したら日本滅亡だからな

 

:時間だ

 

:来た

 

:時間に正確なリアンちゃん大好き

 

:さすがの体内時計

 

:さあ何が語られるのか

 

:俺はまだ希望を捨てちゃいない

 

:引退じゃないとしたら、何を発表するというんだ?

 

:黙って聞けおまえら

 リアンちゃんの言葉、一言一句聞き逃すわけにはいかんのだ

 

:相変わらず堂々としてるのう

 

:故障というわけではないようだな

 

:ひとまず安心

 

:ファッ!?

 

:……海外?

 

:いま海外って言ったような?

 

:海外挑戦だと!?

 

:海外キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:うおおおおおおお!!!

 

:ついに世界へ!

 

:リアルで声出ちまった

 職場でこっそり見てるのに(怒られた

 

:なんじゃこの記者

 

:スピードシンボリさんがお怒りです

 

:目力すげぇ

 

:さすが往年の名ウマ娘

 

:もうこいつ出禁だろ

 

:最初に引退報道出したの、こいつのとこだ

 

:なるほど

 

:マッチポンプにも程がある

 

:よし、出ていけ

 

:追い出されないだけありがたいと思えよ

 

:ドバイ!?

 

:ドバイ!

 

:それもワールドカップかよ

 

:真っ先にダートで世界一に挑戦とは

 

:思い切ったなあ

 

:でもそういう心意気嫌いじゃない

 

:中継見られないんだ

 ここの文字情報だけが頼りなんだ

 頼む、挑戦するレース教えてくれ

 

:心得た同志よ

 ドバイワールドカップ→コロネーションカップ→

 キングジョージ→フォワ賞→凱旋門賞

 

:恩に着る!

 長期遠征! キングジョージに凱旋門!

 

:本命は抑えた感じか

 

:コロネーションカップって???

 

:イギリスで6月にあるG1だな

 伝統のある格式高いレースだぞ

 

:そうなのか

 

:恥ずかしながら知らんかった

 

:なんでこれを選んだんだろう?

 

:このあと語られるだろう

 理由がないわけはない

 

:ドバイでもダートを選んだ理由を知りたいんご

 

 

 

:質疑応答来た!

 

:あ、乙名史さんだ

 

:府中CATVの名物記者さんw

 

:珍しい苗字の乙名史さんw

 

:リアンちゃんファンの間ではお馴染み乙名史さんw

 

:そう、それだ!

 

:なんでダートなんだ?

 

:さすがの乙名史さん、1番聞きたいことを聞いてくれた

 

:せっかくだから、私は世界一のレースを選ぶぜ!

 こういうこと?

 

:えらくシンプルだった

 

:全ウマ娘ファンの思考

 「ダートでの実績がありません」

 

:リアンちゃん

 「大井でならありますよ(キリッ」

 

:まあ、そうやな

 

:アレを実績と言っていいのやら(困惑)

 

:でもまったくゼロってわけじゃない

 

:あのときも、ドバイ挑戦や!って言ってる奴いただろ

 

:日本の希望リアンちゃん!

 

:さすが乙名史さん、いいこと言う

 

:サムズアップw

 

:そうか、ムーンマッドネス経由か

 

:友達だもんなあ

 

:スピードシンボリも出走経験あったか

 

:両人にアドバイスとか案内とか頼めるな

 

:納得の選出理由

 

:エプソムの2400m*1

 

:なるほど

 

:本場イギリスのダービーコース

 

:ダービーウマ娘としては外せなかったのか

 

:なんだかんだで、リアンちゃんもレース狂の部分あるんやね

 

:ウマ娘なら、多かれ少なかれそうだろうよ

 

:よくわからんのだが、そこまでのコースなの?

 

:日本みたいな何もかも

 綺麗に整ったレース場とコース想像してるんならたまげるぞ

 

:丘そのもの、ってコースだもんな

 

:丘???

 

:まあ1度映像を探してみることをお勧めする

 

:その後はフランス行って、ひと叩きして大本命か

 

:ロンシャンのバ場はいろいろ特殊と聞くから、

 そりゃ本番前に経験しておきたいだろうな

 

:この人も励ましていくやん

 

:良い流れだ

 

:そう、俺も気になってた

 

:凱旋門賞後の予定について

 

:凱旋門の結果次第

 

:結果が良ければアメリカ遠征も

 

:おお

 

:アメリカにも行くのか!

 

:BCターフかクラシックの二択とのこと

 

:ドバイ勝って、凱旋門勝って、BCも勝っちゃったら……

 

:それはもう世界的というか、

 全地球的名ウマ娘なんよ

 

:史上最強確定

 

:リアンちゃんなら勝てる、と思わせてくれるな

 

:勝算がある、と思わせてくれるのがリアンちゃんの凄さよ

 

:スピードに加えてパワーもあるから、

 ヨーロッパの重い芝も苦にしなさそう

 

:本当ワクワクする

 

:海外G1ウマ娘になったリアンちゃんを、

 ジャパンカップか有で見られるわけだな!

 

:俺もぜひともそうなってほしい

 

:みんな応援していくやん

 

:俺も俺も

 

:いまだかつて、こんな質疑応答があったか?

 

:みんなの意思が統一されている感

 

:一体感すげぇ

 

:まさしく日本の希望!

 

:あ、さっきの○○の記者は別ね

 

:誰か! ○○を摘まみ出せ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メジロフルマーの場合

 

ある意味、リアンの引退報道に1番やきもきしていたのは、

この娘かもしれない。

なにせ事前に、“それらしき”言葉をかけられていたのだから。

 

「あのお言葉……そういう意味だったのですか?」

 

来年()、という、たった1文字のことだが、されど1文字。

 

「来年は、()が、トゥインクルシリーズを背負って立てとの仰せと?」

 

直接、後を託されたということだろうか。

いなくなった後のことを頼む、と。

だから来年も走るのかと聞いてきたのか?

 

「………」

 

非常に光栄なのことではあるのだが、同時に、

とてつもない重圧がのしかかってくるのを感じる。

 

もう彼女と一緒にレースを走ることはない。

そう考えると、猛烈な寂しさも襲い掛かってきた。

 

「とにかく、明日の会見、一言一句聞き逃さないようにしなければ……!」

 

もしかしたら、自分への言及があるかもしれない。

そう考え、他の用事をほっぽり出してでも、

生中継されるであろう会見にかじりつくことを決めた。

 

 

 

そうして会見を迎え、中継を見て、会見は無事に終わった。

 

「……よかった」

 

カフェテリアに設置してあるテレビの前で、

他の娘たちと同様にして、食い入るように中継を見つめていたフルマー。

会見が終了するのと同時にそう呟いて、ぺたんとその場にへたり込んでしまう。

 

「フルマーさん!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

慌てた周りの子たちに声をかけられる。

 

「立てますか!?」

 

「ほ、保健室行きます?」

 

「……大丈夫です」

 

心配する声にこう答え、自力で立ち上がった。

そして笑みを見せる。

 

「ちょっとホッとしてしまっただけですので」

 

「フルマーさん……」

 

フルマーとリアンの関係性を知らないものなどいるわけがない。

だからこそハラハラしながら見守っていたのであるが、

微笑みを浮かべた様子に、彼女たちこそがホッとした様子だった。

 

「では自室へ戻ります」

 

そう言って、カフェテリアを後にしたフルマー。

 

内心では、色々な感情がもみくちゃになっている。

だがひとつ確かなのは

 

「お任せください。日本は、私が引っ張ります」

 

以前にも増して、エネルギーが満ち溢れてきているということだ。

意識も非常にすっきりしている。

 

「だから貴女は何の心配もせずに、

 ご自分のレースに集中してくださいね」

 

リアンにおんぶにだっこだった状況も、少しは変える努力をしなければ。

来年、彼女がいないことは確定したのだ。

幸い引退ではなかったが、もう彼女に頼ることはできない。

 

差し当たっては、自身の距離の壁か?

 

「大阪杯、出なければならないでしょうね。

 天皇賞も、要検討です」

 

フルマーは早速、担当トレーナーの部屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマモクロス、トウショウファルコ、イナリワンの場合

 

月曜日、昼前。

 

「ファルコっ! おるかっ!?」

 

「ここです」

 

「おう、おったか!」

 

タマモとファルコは、例の件について事前に連絡を取り、

学園内の一角で落ち合うことに成功していた。

 

「ジブン、何か聞いとるか?」

 

「いいえ」

 

タマモからの問いに、ファルコは首を振りながら問い返す。

 

「タマモさんこそ、何か聞いてないんですか?」

 

「それがさっぱりなんや」

 

「あなたが知らないのに、私が知るはずありませんよ」

 

少々の嫉妬と羨みを込めつつ、ジト目で見つめ返した。

親密さで言えば、相手のほうが上なのは認めざるを得ない。

 

「まーまー、そう怖い顔すんなや。

 何もわからなくて困っとるのは同じや」

 

「はあ」

 

「しかしまー、唐突やったな」

 

「いきなりでしたね」

 

今日になって突然降って湧いて出た、リアンの引退報道。

ほんの数時間前までは影も形もなかった。

 

「ホンマなんかなあ」

 

「わかりません。マスコミの勇み足という可能性もあります。

 でも、ファミーユリアンさんは、あまり表に出さない方ですから」

 

「そうなんよなあ」

 

内に秘めるというか、上手く本音を隠すタイプなのだ。

数々の行動言動から、それは明らかである。

 

「ちゅうか、なんで引退決定みたいな報じられ方しとるん?

 先輩が誰かに打ち明けたのをリークされたんか?」

 

「いま言ったような性格の方ですから、

 その可能性は低いように思います」

 

自分たちでも何も知らないのだ。

外部の人間が何かを掴んだとは思えないし、

そこまでリアンと親しい人物が事前にリークするとも思えない。

 

だからこそ、断定的な報道は不思議だった。

 

「というかタマモさん。あなた、

 お昼の便で帰省すると仰っていませんでしたか?

 早く行かないと間に合わないのでは?」

 

「ん? ああ、キャンセルというか延期や。

 家族には悪いけど、こんな状態で帰る気にはなれんわ」

 

実はタマモは、昼過ぎの新幹線で実家に帰省する予定だった。

しかしこんな状況なので、はっきりするまでは留まることにしたようである。

 

「しっかし、どうする?

 他に知っていそうといえば、やっぱり会長さんか?」

 

「確かに、会長以上に知っている人はいないでしょうけど」

 

「生徒会に突撃しよか?」

 

「やめましょう。知っているとは限りませんし、

 ただでさえお忙しいのに、たぶん学園内外からの問い合わせで、

 てんやわんやでしょうから」

 

「そっか、そやなあ」

 

ルームメイトで自他ともに認める大親友のルドルフ会長。

他に内情を知っていそうなのは彼女以外にはありえないだろうが、

ファルコが慮ったように、今はそれどころではないだろう。

 

「しかし、先輩も水臭いよなあ。

 そうならそうで、なんで先に知らせてくれへんねん。

 ウチらのこと、そんなに信用できへんかあ」

 

「少なくとも、きのうのあの結果では、

 頼りなく思われてしまっても仕方はないでしょうね……」

 

「うぐ……」

 

前日の有記念での結果から、

包み隠さず話すには、まだまだ頼りないと思われてしまったか。

ファルコからの指摘に、さしものタマモも言葉に詰まった。

自分で言っておいて情けなくなり、ファルコも俯いてしまう。

 

「そ、そやったとしてもや!

 一言くらいは何かあっても良かったんとちゃう?

 来年は頼むとか、そんなんでもええねん!

 直接じゃなくても、こうなってから考えれば、

 『ああそうだったんや』って思えるやん。

 またがんばろう、来年こそは、って切り替えが効くやん!」

 

「そうですけど……」

 

悔しさと自分の不甲斐なさが込み上げてきて、

一気にまくし立てたタマモクロス。

ファルコが同意しかけたところで

 

「あーあー、ピーチクパーチクうるせえなあ」

 

突如として、割って入ってきた第三者の声。

 

「ダービー菊の二冠ウマ娘に、皐月賞ウマ娘。

 天下のクラシックウマ娘様たちが、揃いも揃って情けねぇ。

 他にやることはないのか?」

 

「なんやと?」

 

通りすがりの娘に、とやかく言われる筋合いはない。

憤慨して、視線を向けたその先にいたのは

 

「まったく、情けない限りだぜ」

 

「イナリ!」

 

「イナリさん」

 

イナリワンであった。

彼女は、鋭い視線で2人を見据えている。

 

「イナリぃ、ワレは気にならへんのか?」

 

「そりゃ確かに、気にならねえって言ったら嘘にならあ。

 だけどな、あたしらが気にしたってしょうがねえじゃねえか」

 

イナリはタマモとファルコへ順番に視線を向けると、

静かに目を閉じ、腕を組んだ。

 

「あたしは姐御を信じてるぜ。

 そして姐御がどういう決断しようと、尊重するだけだ」

 

「……」

 

「……イナリさんは、達観していますね」

 

「達観だあ? よせやい、ケツがかゆくならあ」

 

イナリの全く動じていない様子に、何も言えなくなるタマモ。

ファルコは感心までしているようだった。

地方出身という境遇が、自分たちよりも精神的に成熟させているのか。

 

「とにかく、今は四の五の言っても始まらねえ。

 あたしらが聞いても教えてはくれねえだろうしよ。

 おとなしく明日の会見を待つとしようぜ」

 

「……そやな」

 

「そうですね」

 

イナリの説得で2人は平静を取り戻し、

何もせずに翌日の会見を待つことになった。

 

(姐御、必ずもう1回、戦える機会があるって信じてるぜ)

 

あのように言ったイナリではあったが、実は、

内心では2人と同様に穏やかではなかった。

 

イナリもリアン引退のニュースを見て、居ても立ってもいられず、

誰かと話したい一心で相手を探していたところ、

タマモとファルコを偶然見つけ、これ幸いとばかりに近づいた。

 

ところが当の2人は、自分以上に狼狽し動揺している。

こんなんじゃだめだと一念発起し、あのような言動に至ったのだ。

 

(……信じていいよな、姐御!)

 

もうひと伸びで届きそうだったあの背中に、そう誓った大井での一戦。

最初より圧倒的に離れてしまったあの背中に、改めて誓った2度目の敗戦。

 

冗談ではない。勝ち逃げなど誰が許すものか。

イナリは3度、固く誓うのだった。

 

 

 

そうして訪れた、火曜日の会見の時間。

前日も邂逅したクラシック同期3人組は、今日も同じように落ち合い、

カフェテリアのテレビの前で一部始終を見届けた。

 

そして、安堵と興奮に震えた。

 

「海外……海外やって! なあファルコ、イナリぃっ!」

 

「そうですね。私も足が震えてます……!」

 

「さすが姐御。あたしらなんかにゃできないことを、

 平然とやってくれるぜ!」

 

文字通り興奮して、派手にリアクションを取るタマモ。

一見落ち着いているようでも、実は興奮しまくりのファルコ。

ニヤリと微笑んで、続けてシビれるあこがれるとでも言い出しそうなイナリ。

 

三者三様の反応だったが、大いに興奮し、

意気高揚しているのは共通している。

 

「先輩は海外で不在になるんやな。

 先輩がおらん間は、ウチらで盛り上げにゃあならんで。

 なあファルコ、イナリぃっ!」

 

「はい。いらっしゃらない間に、トゥインクルシリーズが

 衰退したなんてことになっては、顔向けできません」

 

「合点承知よ。来年のG1戦線は、

 あたしらで席巻してやろうじゃねえか!」

 

もはや引退報道が出ていたことなど忘れ、

早くも来年のことで盛り上がり始める。

 

鬼に笑われないように気を付けてもらいたいところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパークリークの場合

 

「お姉さまのことですから、心配はしてませんでしたけど」

 

引退報道を目にしても、さほど動揺はしていなかった。

 

自分もレース直後で、それどころではなかったというのがひとつ。

また、レース前も後も、メッセをもらっていたというのもひとつ。

 

「やっぱりホッとしますね」

 

だがそれでも、来年も走る姿が見られるのだと思うと、

安心したというのが第一だった。

しかし、喜んでばかりもいられない。

 

「私もしっかりしないと。3月にはお姉さまは海外なんだから」

 

秋まで不在になるのは確定した。

直接再会できるのは、菊花賞や天皇賞が終わった後になる。

 

「そのころには、私もG1に出られるようになって、

 出来たら勝って、お姉さまと対戦できたら……」

 

甘えてばかりもいられない。

まずは独り立ちを目指さなければ。

 

「待っていてくださいねお姉さま。

 私も“大きく”なって、堂々とお姉さまを甘やかしちゃいますからね」

 

早く大きくなって実績を残して、

遠征帰りで疲れているであろうところを癒してあげるんだ。

 

「ふふふ、楽しみです♪」

 

頬に手を当てて、にっこりと微笑んだクリーク。

“悪魔”の胎動が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラチヨノオー、サクラスターオーの場合

 

「スターオーさん。海外、ですって」

 

「うん」

 

並んで中継を見ていたチヨノオーとスターオー。

海外遠征の発表に釘付けになっていた。

 

「すごいなあリアンさん。記者さんたちもあんなにいっぱい……

 それでもあれだけハキハキ喋って……」

 

チヨノオーはただただ圧倒された。

わかっていたつもりだったが、まだまだ認識不足だった。

あの人はどれだけ凄いのだと。

 

「私なんてとても……」

 

「何を言っているの。

 チヨちゃんはクラシックが控えてるじゃない。

 それも最有力なんだから」

 

「そうですね……」

 

スターオーからそう言われても、どこか他人事のようであった。

 

あれだけの対応をし続ける、トップで居続けることの大変さ。

改めてリアンの凄さを実感する。

 

「……いっそう頑張らないと」

 

少なくとも、余計な心配をかけるようなことになってはいけない。

あの人のことだから、たとえ海外にいても、気にかけてくれるに違いないのだ。

 

ならばどうするか? 勝つしかない。

決意を新たにするチヨノオー。

 

「秋には、私も……」

 

一方のスターオーも、期するものがあった。

 

研究所のバックアップが完璧なこともあって、

退院してからのリハビリは非常に順調。

 

医師が驚くくらいのスピードで回復して、

来月あたりには、軽いトレーニングを始められそうだ。

 

リアンの帰国に間に合うだろうか。

 

「まずは復帰。それから、それから……」

 

走れるところまでは来た。

あとは、レースができるまでになれるか。

 

信じて待つ、と言ってくれたあの人のために。

 

「………」

 

「………」

 

以後、中継が終了するまで、2人ともに無言で、

テレビの画面を食い入るように見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンボリルドルフの場合

 

 

『海外に挑戦いたします』

 

 

「海外!?」

 

「海外ですって!」

 

「すごい!」

 

「凱旋門!」

 

リアンの会見中は、さすがに手を止めて、

設置してあるモニターでその中継を見守っていた生徒会メンバーたち。

 

「………」

 

彼女たちが総じて興奮と喜びに沸き立つ中、

ルドルフは1人席を立って、後ろの窓際へと無言で立つ。

 

「会長。いや、ルドルフ」

 

同じように立ち上がったピロウイナーが追随し、

隣に立って声をかける。

 

「“知ってた”ね?」

 

「ふふ。さあどうかな?」

 

ピロウイナーからの質問に直接は答えず、

はぐらかすルドルフだったが、聞くまでもない様子だった。

 

「海外、それも凱旋門賞か。

 わたしには想像もつかない世界だなあ」

 

マイルが主戦場だった身からしてみれば、そう思うのも無理はない。

だが、思いはほかの娘たちと一緒である。

 

「がんばってほしいね。勝って欲しい」

 

「ああ」

 

短く相槌を打ったルドルフ。

おそらくは個人に留まらず、日本中の願いである。

 

かつてはその想いを背負った者として、

その胸中によぎるのは、どのようなことだろうか。

 

「………」

 

窓から見える景色は、暗くなり始めた一面の雲。

降り出した雨が、いつ雪に変わってもおかしくはない寒さだ。

 

(『私の分まで』などとは口が裂けても言えないが……

 がんばれリアン。君は日本の()()なんだからな)

 

そんな寒さなど気にならない、熱く燃え上がるほどの思い。

自然と口の端に角度がついた。

 

「さあみんな、仕事に戻るぞ」

 

「えー!?」

 

「最後まで見させてくださいよぉ!」

 

「遅くなってもいいなら構わないが?」

 

「ぶーぶー!」

 

「会長、おーぼー!」

 

「……ふふ」

 

メンバーたちの不満を受けながらも、

ルドルフは満足そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスターシービーの場合

 

「海外だってよ!」

 

「おおお!」

 

「応援するぞ! いやいつもしてるけど!」

 

街頭に置かれているテレビの前に殺到している人たち。

もちろんリアンの記者会見の模様を見つめていた。

 

当初は引退もやむなしという雰囲気で沈み切っていたのだが、

海外遠征と聞いて息を吹き返し、大変盛り上がっている。

 

「………」

 

そんな彼らを遠巻きに見る、1人のウマ娘。

史上3人目の三冠ウマ娘にして、2人目の五冠を達成し、

一世を風靡したミスターシービー、その人である。

 

「……『海外』かあ」

 

何も持たずに散歩に出て、ずぶ濡れになることもある彼女だが、

さすがに今日はコートを着込み、傘も持っていた。

 

この寒さでは自殺行為にも等しい。

それでも彼女ならありえなくもない、と思えてしまうのはなぜか。

 

「いいね、ゾクゾクする」

 

シービーの口角も、他者と同じように上がった。

 

「ファミーユちゃん、まったく君ってば、

 つくづく人を飽きさせないコだね」

 

忘れかけていた何かが、再び蘇ってくる。

心の奥底に湧いて出てくる、現役時代さながらの“何か”。

 

「……アタシも行っちゃおうかな?」

 

彼女のつぶやきは、誰に聞かれるわけでもなく、

雑踏の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスシンボリの場合

 

「……ふん」

 

1人、自室で佇み、携帯で中継を見ていたシリウス。

海外挑戦という最初の文言を聞いただけで、

アプリを落として携帯をポケットにしまった。

 

「そんなこったろうと思ったよ」

 

もしかしたら、とは思っていた。

 

というのも、()()の動きが怪しかったからだ。

無論、シンボリの、という意味である。

 

間違っても、引退するなどとは思わなかった。

 

「リアンのやつ、黙ってやがったな」

 

シンボリのほうはまだいい。

本家とは自分から距離を置いているのだから、

蚊帳の外にされても文句は言えない。言うつもりもない。

 

当然の措置だとすら思う。

しかしリアンのほうは別だった。

 

「……まあいい。それなら私にも考えがある」

 

負の感情が向かいそうになるが、それは抑え込んだ。

逆に()()()()のことを思うと、好奇心と期待感が勝ったのだ。

 

「なんのために秋のレースに出なかったと思う?」

 

シリウスは宝塚記念以降、レースに出走していない。

それどころか、学園にいることのほうが少なかった。

 

うるさく言われるのは目に見えていたので、

トレーナーと学園の許可はもらっている。

学業のほうは、すでに卒業の単位は得ているから問題ない。

 

すべては、()()()()のため。

 

「くくく、見てろ。今度は私が、おまえをあっと言わせてやる」

 

また別の意味で、シリウスは笑った。

不敵な笑みだった。

 

 

 

 

*1
参考、JRA-VANによるコース紹介https://world.jra-van.jp/course/gb/epsom/






リアンに脳をやられた娘たちの集い


新シナリオ発表されましたね
まさかの凱旋門、さらなる海外ウマ娘?の登場
テンション上がりました

そしてそしてシリウス実装!
これはリアンに出し抜かれた腹いせですね間違いない(違)


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第78話 孤児ウマ娘、ファーストコンタクト

 

 

 

年末に海外遠征を発表して大いに騒がれ、年を越し、

史上初の3年連続年度代表ウマ娘*1、それも満票での選出*2にまた盛り上がって、

その盛り上がりも少しは冷めてきた1月の中旬。

 

“彼女”は、唐突にやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、ちょっといいだろうか?

 迷ってしまった」

 

不意に背後から声をかけられた。

 

学園の敷地内で迷子?

敷地は広いし施設もいろいろあるので、新入生が迷う姿はたまに見られるが、

それも入学直後に限った話だ。

 

このような時期になぜ、と若干疑問に思いながら振り返った先には

 

「道を尋ねたいんだが」

 

「──オ……っ!」

 

ジャージ姿の芦毛の怪物の姿があった。

思わず名前が出かかり、寸でのところでどうにか堪える。

 

芦毛の怪物にして第二次競馬ブームの立役者、オグリキャップ!!!

 

な、なぜにオグリがトレセン学園に?

というか、やはり存在していたのかオグリィ!

 

稀代のアイドルホース、唯一無二の化身が目の前だ。

 

今ここで出会うとは全く思っていなかったので、

いろんな感情が次々と湧いて出てきてすっげぇ複雑な気分だが、

と、とにかく話を聞いてみるか。

 

「えっと、どこに行きたいのかな?」

 

「職員室だ。編入試験を受けに来たんだが、

 守衛さんに言ったら、職員室に行くよう言われたんだ」

 

「そっか」

 

なるほど、編入試験のためにやってきたのか。

自然な成り行きだ。表舞台へ出ていくための第一歩。

 

競馬への貢献度ナンバーワンと言っても過言ではない存在だと思うが、

それは後世から見たらの話で、現時点では、

無条件で編入OKとなるほど甘くはないのが中央なのだ。

 

「じゃあついておいで。案内してあげるよ」

 

「すまない、感謝する」

 

というわけで、オグリを案内して職員室へ向かう。

その間、ちょっとした質問をぶつけてみる。

 

「どこから来たの?」

 

「岐阜にある笠松からだ。今まではそこで走っていた」

 

もちろん()()()はいるが、それを表に出すわけにはいかない。

極力平静を装って尋ねてみた。

 

史実とも差異はないらしい。

編入というところからも察せるが、アプリ版ではなく、

史実準拠の()()*3ということのようだな。

 

「中央入りを目指すなんてすごいね。がんばったんだね」

 

「ああ、私は走れることだけでも満足だったんだが、

 レースで勝っていくうちに、周りがしきりに勧めるようになったんだ。

 私もいつしか我慢ができなくなってしまって、それで」

 

「そっかー」

 

話してみる限り、性格はアプリ版のようだ。

俺が相手でも物怖じせずに、しっかりと話してくれている。

 

ってか、俺が『ファミーユリアン』だって気付いてない?

……ありえるな。1番関心あるのは食べることに関してだろうし、

レース関係の知識も乏しいのかもしれん。

 

知ってる子だったら、顔を見たらまず間違いなく気付くだろうし、

『え!? 本当にファミーユリアンさんですか!?』

って面食らってると思う。自惚れるわけじゃないけどさ。

 

この分だと、中央への移籍がどれだけ凄いのかってことすら、

あんまり理解してなさそうだなあ。

地元の期待を一身に背負っているイナリが聞いたら、怒りだしそうだ。

 

「ここが職員室だよ」

 

「すまない、助かった」

 

そうこうしているうちに校舎へ入り、職員室の前へと到着。

オグリはそう言って頭を下げた。

 

「この礼はいずれ必ずする」

 

「いやいやたいしたことはしてないから、気にしなくていいよ。

 あ、でもひとつだけいいかな?」

 

「ああ、私にできることなら何でもする」

 

「お名前を教えてもらえるかな?」

 

俺が尋ねると、オグリは一瞬だけきょとんとした顔になって、

それから微笑んで答えてくれた。

 

「オグリキャップだ。

 また会うことがあったらよろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日のトレーニングの前に、スーちゃんのトレーナー室へと移動。

 

メニューは渡されてるし、頭にも入っているから、

別に行かなくてもいいんだけど、ほら、1日1回は顔を合わせておきたいじゃない?

そういうところ義理堅いんだ俺は(自称です)

 

半ば習慣になっているようなもんだな。

 

「おはようございまーす」

 

「おはようリアンちゃん」

 

声をかけつつ中へと入る。

いるだろうなと思って声かけたんだけど、やっぱりいたな。

今日も朝早くからお疲れ様です。

 

いつものように自分のノーパソとにらめっこしているスーちゃんだ。

 

「今日も寒いですね」

 

「そうね。風邪ひかないよう気を付けて。

 海外遠征控えてる大事な身体なんだから」

 

「重々承知してます」

 

めいいっぱい気遣われているのが丸わかりなので、

むしろ、俺のほうが恐縮している状況でございますよ。

 

こりゃ万が一にも体調崩したりなんかできないねぇ。

俺もそんなことで遠征中止になったりしたら、

悔やんでも悔やみきれないので、十分気を付けてます。

 

「あ、お茶淹れますね~」

 

「ええ、お願い」

 

軽く話をしてから、お茶を淹れる作業に入る。

 

勝手知ったるトレーナー室。

これも習慣と化しているので、もはやルーティンだわ。

 

「そういえば……」

 

電気ケトルのお湯が沸くのを待っている間、さらなる雑談。

 

「今日、編入試験なんですね?」

 

「よく知ってるわね。誰かから聞いた? ルドルフ?」

 

俺の言葉に、スーちゃんは意外そうに聞いてくる。

確かに生徒会長のあいつなら、学園行事はすべて把握してそう、

というか確実にすべて把握してると思うが、今回は違うんですよ。

 

「いえ。ついさっき、編入試験を受けに来たって子と会いまして。

 職員室はどこだろうって困ってたんで、案内してあげたんですよ」

 

「へえ、そうなの」

 

相槌を打ったスーちゃん、どことなく不満そうな気配。

 

「案内係くらい立てなさいよねぇ。

 試験を受けに来た子にしてみれば、それどころじゃない心境でしょうに。

 場合によっては、もう二度とトレセン学園の門をくぐれないかもしれない」

 

確かになあ。

本受験のような人数でもないだろうし、1人か2人、

受付に案内する人を置いておけば済む話だ。

 

この件に関してはスーちゃんに大賛成。

あの理事長とたづなさんが、何も考えてないとは思えないが、

どうなんだろうな?

 

「その子、慌ててなかった?」

 

「いやそれが、ものすごく落ち着いた感じの子でして。

 少なくとも動じているようには見えませんでしたね」

 

「そう、よかったわ。これが原因で普段の力を出せなくて落ちた、

 なんてことにはなってもらいたくないもの」

 

「同感です」

 

ルドルフに言ってみようかな?

あるいは、たづなさんあたりに提案すれば、改善してくれるか?

 

まあ編入試験だから、すでにデビューしてるか、

それに近い子が対象のはずだ。

本受験よりは、色々と揉まれて精神的にたくましい子たちだから、

大丈夫だとでも踏んでいるのかな。

 

これくらいで動揺しているようでは、中央ではやっていけないぞという、

一種のふるいとして、あえてやっている可能性も?

 

「でもその子、別の意味で震えちゃったんじゃないの?」

 

今度は、からかい半分の質問だった。

内容を聞いて俺も納得。

 

「案内してくれたのが、まさかリアンちゃんだなんて」

 

「あー」

 

「で、どうだったの?」

 

「それが……」

 

事の顛末を説明する。

すると、スーちゃんは呆れとも苦笑とも取れない、

微妙な表情になった。

 

「あなたに気付かないなんて、その子、本当に競技ウマ娘?」

 

「自分のレース以外に、興味ない子もいるんじゃないですか?」

 

「それにしたって、ねぇ……」

 

スーちゃんの気持ちもわかるし、オグリらしいっちゃあらしい。

少し寂しいなんて思わないぞ(小さい自尊心乙)

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

話しているうちにお湯も沸いたので、お茶を淹れてスーちゃんへ。

もちろん自分の分も用意して、しばし温かいお茶でまったりする。

 

「編入試験って、何するんです?」

 

「特別なことはしないでしょ。本受験と同じよ」

 

ということは、まずは筆記試験で学力を見て、

実技で能力を見る感じなのかね?

 

今頃は、ペーパーテストが始まってるのかな。

オグリって学力はどうだったっけ?

あんまり良いってイメージはないが、はたして?

 

「受験かあ」

 

自分が入学試験を受けた時のことを思い出す。

数年後にまさかこんなことになっているなんて、

まったくもって想像もしてなかった。

院長が提案してくれていなかったら、今頃はどうなっていたことやら。

 

何もかも、みな懐かしい……(某艦長風に)

 

「………」

 

思い出したら、非常に気になってきてしまった。

 

う~ん、こうして知っちゃった以上、俄然興味が出てきた感じ。

なんてったって()()オグリキャップだ。

どんな走りをするのか、一刻も早く見てみたいじゃないか。

 

うむ、思い立ったが吉日だな!

 

「ひとつ無理を言ってもいいですか?」

 

「内容によるわ。どうしたの?」

 

「その子の実技試験に、立ち会いたいです」

 

「……えっ?」

 

目が丸くなっているスーちゃんという、

凄く珍しいものが見れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の午後、筆記試験を終えたオグリキャップは、

いよいよ実技試験に移ることになる。

 

当の本人は、カフェテリアで山のような昼食をとって満足したのか、

非常に良い顔で準備運動をしている真っ最中である。

 

そんな彼女を、遠巻きに見ている人物が2人。

 

1人は、試験官を務める女性。

ルドルフが所属していたチームを率いるトレーナーだ。

 

「まさか君が、編入試験に興味を持つとはね」

 

女性トレが意外そうに、もう1人へ向けて言う。

 

「世界に出ていこうという君なら、こんなことは

 ほんの些細な出来事なんじゃないのかい?」

 

「逆ですよ、逆」

 

当然、そのもう1人とはリアンだ。

スピードシンボリを介して意向を伝えられた学園側は、

これまでの抜群の成績と貢献を考慮し、

特別にということで、立ち会うことを許可した。

 

「世界に行くからこそ、国内のことは気になるんです。

 もしかすると、あの子が近い将来、

 日本のレース界を背負って立つかもしれません」

 

リアンはにっこり笑ってそう言った。

まさかカンニングしている(史実知識)とは夢にも思わないトレーナーは、

意識の高さに感心してさらに言う。

 

「随分と高く評価しているんだな。見所がありそうかい?」

 

「それは走りを見てみないことにはわかりません。

 けど、だいぶやりそうな雰囲気は感じます」

 

「ほほぉ、非常に興味深いな」

 

うんうんと頷いて見せるトレーナー。

手にしているクリップボードには、オグリの資料がまとめられていると見え、

いくつかのデータを参照しているようだ。

 

「参考にさせてもらうよ。合否ギリギリの判定になったら、

 君がそう言っていたと報告させてもらおう」

 

「私の意見なんか取り入れちゃっていいんですか?」

 

「むしろ積極的に聞きたいね」

 

今度はリアンのほうが意外そうに問い返すと、

トレーナーは何を馬鹿なとでも言いたげに、こう続けるのだ。

 

「タマモクロス、トウショウファルコ、イナリワンを見出した君のことだ。

 相*4に関しては、並みの評論家以上に信頼できるよ」

 

「買い被りすぎですねぇ。たまたまですよ」

 

「はは、冗談きつい。たまたまでクラシックウマ娘や、

 地方上がりで芝でも通用する子を見出せるのか。

 それもピンポイントで。そっちのほうが恐ろしいな」

 

「はは、そうですねぇ」

 

想像以上の高評価に苦笑するリアンだが、

カンニングしてますからとは、口が裂けても言えない状況になっている。

さらに評価されて、ますます苦笑するしかないリアンだ。

 

「と、ところで、どんな子なんですか、あの子?」

 

「ん、現所属は笠松トレセンだな」

 

褒め殺しの空気に耐えられなくなって、質問する。

もちろん大体のことは“知って”いるのだが、苦し紛れである。

 

「名前はオグリキャップ。笠松での成績は、地元重賞5勝、

 8連勝を含む12戦10勝。負けた2戦も、出遅れと距離不足とのことだ。

 まさに敵なしの状態だったようだな」

 

「へえ。それは中央移籍の話が出るはずですね」

 

細かい数字までは覚えていなかったリアンなので、

実際の成績を聞いて、素直に感心した。

 

「笠松に大物が出たらしい、とは聞いていた。

 風の噂程度の話だったが、真偽はどうかな?」

 

「なんで最初から、こっち受けなかったんですかね?」

 

「それはわからん。だが彼女、家があまり裕福ではないらしくてな」

 

「あー」

 

同じような経歴を持つリアンなので、合点がいったとばかりの声が出る。

その点、自分はずいぶん恵まれたんだなと、改めて感謝した。

 

「試験官、ウォーミングアップ終わったぞ」

 

話しているうちに、オグリが準備を整えたようだ。

近づいてきて声をかけ、そして気付く。

 

「あなたは……さっきの」

 

「やあ、また会ったね」

 

リアンを前にして、目を丸くするオグリ。

いよいよその正体に感づいたかと思いきや、

彼女の考えはまた違っていたようで。

 

「制服を着ていたから生徒かと思っていたんだが、

 トレーナーさんだったのか。

 随分若く見えたから勘違いしてしまった。すまない」

 

「え?」

 

「おいおい」

 

オグリの言葉に、リアンとトレーナーは、

こいつ何を言ってるんだ状態に陥る。

特にトレーナーにしてみれば、信じられない言動だったようだ。

 

「まさか君、このコの顔を知らないわけではあるまいな?」

 

「初対面だったと思うが……どこかで会っただろうか?」

 

「………」

 

「さっきもこんな反応でしたよ」

 

オグリはこう問われて、改めてリアンへ確認してくるありさまだ。

トレーナーはもう閉口するしかなくなった。

さらに、リアンの言葉が彼女へ追い討ちをかける。

 

「今の日本で、君の存在を知らない子が、

 それもウマ娘がいるとは思わなかったよ……」

 

軽いめまいでも覚えたか、思わず眉間に手を当てて俯いてしまった。

 

「何か悪いことを言ってしまっただろうか? すまない……」

 

「ああいや、君は全然悪くないよ」

 

雰囲気的に、自分が何か悪かったと思ってしまい、謝るオグリ。

慌てて否定するリアン。

 

「名乗らなかった私のほうが悪いね。

 私、ファミーユリアンっていいます。

 どこかで聞いたことはあるんじゃないかな?」

 

「ふぁみーゆりあん? ……そういえば、

 笠松の仲間内で、何か騒いでいたのを聞いたことがあるような……」

 

「そうそう。たぶん、その“ファミーユリアン”で合ってるよ」

 

自分で言うのもなんだか恥ずかしいなと思いつつ、

リアンは自己紹介した。

 

「こう見えても私、G1を12勝してて、

 今度海外に遠征するんだ。覚えてもらえたらうれしいな」

 

「G1を12勝? 海外? ……あ」

 

ここに来てようやく、オグリも目の前の人物が、

どういう存在であるかにピンときたようだった。

さすがに、頭の片隅にはあったらしい。

 

「幻惑……! 異次元の逃亡者……!」

 

「うん」

 

「この間テレビでやっていた会見、みんなで見ていた。

 すごい、がんばれと盛り上がった」

 

「うんうん」

 

「大先輩に申し訳ない。まったく気がつかなかった。

 どうか許してほしいっ……!」

 

「いやいやいやいや!」

 

気付いた途端、だらだらと冷や汗を流し始めて、*5

土下座しそうになったもので、大慌てでリアンが止めた。

 

「そ、それより君のテストだよ」

 

「そうだった。でも大先輩がどうしてここに?」

 

「ちょっと気になっちゃってね」

 

それよりも、と話を本題に戻す。

 

「無理言って立ち会わせてもらえることになったんだ。

 お邪魔じゃなければ、見ていてもいいかな?」

 

「もちろん構わない。より気合が入る」

 

「それはよかった」

 

ふんすっ、と鼻息を荒くしてオグリが言うので、

安心したリアンは笑顔を見せる。

 

「あ、すいません。テスト続けてください」

 

「うむ」

 

無駄な長話で、せっかく温まった身体を冷やさせてしまうわけにもいかない。

そう申し出て、頷くトレーナー。

 

「ではオグリキャップ君。用意はいいな?」

 

「万端だ」

 

「よし、では実技試験を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイムを計ろう。まずは5ハロンで行こうか」

 

「承知した」

 

目の前をオグリが疾走していく。

怪物と称されるだけあって、その走りはやはり力強く衝撃的だった。

 

噂に違わぬ……というか、俺はこっちのオグリについては

ほとんど何も知らないけど、それだけのものはあると思わされる。

 

俺も受験の時、最初はタイムを計らされたなと思い出す。

正確な数字は知らされなかったが、あの当時の俺ではどう考えても、

良いタイムを出せたとは到底思えない。

 

身体が小さかったし、何より非力だった。

多少の準備はしたとはいえ、

十分なトレーニングが積めていたとも言えない。

 

いま考えても、なぜ合格したのかが不思議だ。

当時の俺の何を見て、合格という判断に至ったのか、

まったくもって不明で不可解である。

 

そういう意味では、あのときの試験官たちに先見の明があった、

ということになるんだろうか。*6

 

「………」

 

うーん……

 

オグリが走っているのを見ていたら、なんだか身体がウズウズしてきた。

こういうところもウマ娘の本能というわけか?

 

やれやれだぜ。まったくもう。

そんな予定じゃなかったんだけどな。

 

まあいいか。後からトレーニングはするつもりだったし、

開始の時間が少し早まるだけだ。

 

「……何をしている?」

 

その場で軽く体操を始めたら、トレーナーさんから、

訝しげに声をかけられた。

 

「いえ、彼女が走っているのを見ていたら、

 私も走りたくなってきちゃいまして」

 

「いいのか? スピードシンボリ師に怒られるぞ。

 とばっちりを食うのは勘弁してもらいたいな」

 

「どうせトレーニングはするので」

 

いっちに、いっちに、と。

来月あたりからは、ドバイに向けて本格的な準備に入るので、

こういう予定外なことができるのも、今月までだろうなあ。

 

「ではせっかくなので、並走をお願いしようか」

 

「あ、いいですね。ぜひやりましょう!」

 

図らずも、オグリと一緒に走れる機会を与えてもらえる格好になった。

実戦となると、早くても秋シーズンになっちゃうからね。

最速でJCかな? 俺から頼み込みたいくらいだった。

 

もちろんこんなチャンスを逃す気はないよ。

 

「冗談で言ったつもりだったんだが……」

 

顔が引きつっているトレーナーさん。

いやもうそのつもりですので、今さらなかったことになんてナシですよ?

 

「仕方ないな……」

 

一層気合を入れてアップし始めた俺を見て、

トレーナーさんも諦めたようだ。

 

「オグリキャップ君!」

 

1本計測し終えたオグリを呼ぶトレーナーさん。

 

「何かまずかっただろうか?」

 

「いや、上々のタイムだったよ。

 それより、ファミーユリアン君が、君と一緒に走りたいそうだ」

 

駆け寄ってきたオグリに、ストレートに告げるトレーナーさん、

まあその通りなんだけど、もう少し言い方ってものがががが。

 

「そうなのか?」

 

「ああうん。なんか私も走りたくなってきちゃってね。

 もちろん嫌じゃなければ、だけど」

 

「まさか、嫌だなんてあるはずがない」

 

俺がそう言うと、オグリはふわりと微笑んだ。

 

「大先輩と一緒に走れるなんて思わなかった。

 さぞかし楽しいんだろうな。私から頼みたいくらいだ」

 

「じゃあ、OKってことで?」

 

「もちろん」

 

笑みを浮かべたまま、うれしそうに頷くオグリ。

かわいいのう。稀代のアイドルホースの面目躍如と言ったところ。

ウズウズしているのが丸わかりなくらいだ。

 

というか、さっきから言ってる『大先輩』って単語、

俺を指してるのよね? それで固定されたっぽい?

 

「ちょっと待ってて。パパッとアップ済ませちゃうから」

 

「ああ」

 

何はともあれ、これは気合入れなきゃいかんね。

あ、お互いここで故障するわけにはいかないし、

準備は入念に、だ。

 

10分ほどかけて、アップを済ませる。

 

早すぎて、つい今しがたの発言と矛盾するかもしれないが、

大井の件を思い出してもらえればわかるとおり、

俺って身体があったまるの早いほうなのよね。

 

ズブいタイプの子から羨ましがられることもあった。*7

そんなわけで、もう大丈夫なことですよ?

 

「5ハロンの併せでいいかな?」

 

「ああ、問題ない」

 

「私抜きで決められても困るわけだが。……まあいい」

 

条件を勝手に決められて、困惑しているトレーナーさんだ。

まあエキシビジョン的な何か、ということでおひとつ。

 

「オグリキャップ君。これは試験からは除外するから、

 気軽に走ってくれたまえ。

 日本のトップウマ娘と走れる機会だ、堪能してくれ」

 

「ああ、すまない。楽しませてもらう」

 

さっきからそうだけど、オグリの表情からは、

本当にウキウキワクワクしている様子が伝わってくる。

そこまで思ってくれるのなら、こちらとしても本望だ。

 

さて、俺も楽しませてもらうとしますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく、オグリキャップさん」

 

「ああ。それと、オグリ、でいい。さんもいらない」

 

「わかった」

 

ゲートもないただのスタート地点。

笑顔で握手を交わした両者は、構えを取ってスターターの合図を待つ。

 

「よーい……ドンッ!」

 

「「っ」」

 

掛け声と共に、駆け出していく2人。

スタートダッシュではリアンに分があるようで、

あっという間に3バ身ほどのリードを取る。

 

(さすがに速い……だが、私も負けない!)

 

負けず嫌いな一面を見せて、試験から除外ということも忘れ、

オグリは本気で走りにのめり込んでいった。

 

2人の差がやや縮まったところで、残り600のハロン棒を通過。

そのまま4コーナーをカーブして、直線へと入った。

 

(遠い……)

 

あと一歩というところから、なかなか縮まらない2人の差。

すぐそこに見える背中が、果てしなく遠く感じる。

 

(……楽しい! これほど楽しかったのはいつ以来だろうか)

 

だがそれでも、追うオグリは、かつてない楽しさの中にいた。

これほど楽しく感じたのは、これまでの人生で初めてかもしれない。

思わずそんな風に思ってしまったほどだった。

 

「はああああっ!」

 

残り400を切ったところで、オグリが咆哮。

並走トレだというのに、実戦さながらのラストスパートへと入った。

2人の差が縮まり始める。

 

「……っ!」

 

声と近づいてくる足音でそれを察したリアン。

 

“怪物”から受ける迫力とプレッシャーに、

背筋に冷たいものが走るのと同時に、ゾクッと震えた。

 

(いいね、そうこなくちゃ面白くない!)

 

リアンもリアンで、実戦モードが起動。

心のスイッチも入った。超前傾走法へと移行する。

 

「「はあああっ!!!」」

 

両者の叫びが重なった。

さらに差が縮まる。2バ身、1バ身、半バ身……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「58秒9……並走トレってレベルじゃないわよ」

 

結果を目にしたトレーナーは、自らが計測したタイムに

驚愕して、わなわなと身体を震わせている。

 

実際のレースの1000m通過でも、厳しい流れになる数字だった。

 

「誰がそこまでしろと言ったのよ……」

 

オグリは実際のレースさながらの末脚を発揮したし、

リアンもリアンで、超前傾走法まで使っている始末。

 

「おいっ! 上がりは計測したかっ!?」

 

「はい! 4ハロン46秒7、3ハロン34秒5です!」

 

「ありがとう。……怪物か。怪物だったわね」

 

こんなとんでもない結果になるとは思わず、

自身は総合タイムしか測らなかったので、

係員に上がりを尋ねてみた結果がこうだ。

 

何も言わなくても、そこまでしてくれる優秀さは、

さすがは日本一のトレセンのスタッフだなと感心した。

 

改めて思う。

 

ロクな準備をせずに、一発でこのタイムを出せるリアンの怪物ぶり。

そして、そんなリアンについていけて、

あわよくば差し切る、というところまでいったオグリもまた怪物。

 

とてもとても、クラシック級に上がったばかりだとは思えない。

こんな怪物が地方に潜んでいたとは。

 

「噂は正しかったようだ。

 そして彼女の“目”もまた、やはり正確無比なのだな」

 

実走前に、リアンが口にしていた言葉を思い出す。

どちらもが正しかった。

 

「……ふ~っ、やれやれ」

 

大きく息を吐きだしたトレーナー。

 

結果に影響しないとは言ったが、オグリの編入試験合格は、

事実上この瞬間に決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ~っ」

 

ゴール後、大きく息を吐いて呼吸を整える。

 

いやあさすがはオグリ。

半ば本気で走ったのに、あそこまで追い詰められるとは思わなかった。

超前傾走法使わなかったら、確実に差されてたね。

その分、イナリの時以上に危なかったよ。

 

今の時点でこれとは、末恐ろしいったらありゃしないな。

 

「オグリ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

でもやっぱり、体力的には年齢相応なのかな?

俺がほぼ回復したのに対し、オグリはまだ膝に手をついて、

苦しそうに肩で息をしている。

 

まあ彼女はこれで2本目だし、ちょっぴり安心した。

これで回復力まで迫られてると来たんじゃ、

マジで先輩の威厳のかけらもないってところだ。

 

「大先輩……私の……走りは……どうだった……?」

 

俺に声をかけられて、わずかに視線を上げて、

途切れ途切れになりつつも質問してくるオグリ。

 

うん、逸るのはわかるけど、まずは呼吸を整えようか。

 

「よかったよ。かわされるかとマジで焦ったもん」

 

「そうか……」

 

まだ荒い呼吸のオグリだが、そう言うと

少しは気が楽になったのか、微笑んで見せてくれた。

 

「今度会うのは、実際のレース場かな?

 具体的には、年末の中山とかね」

 

「年末……中山……」

 

ここまで言えば、いくら鈍いオグリでも気づいてくれるだろう。

編入がいつになるのかわからないし、俺も海外行っちゃうから。

 

「……ねんまつ? なかやま……?」

 

しかしオグリは、あんまりピンと来ていない様子で首を傾げている。

 

おいおい、マジかよオグリさん。

史実では2回制し、2回目は日本中に感動を呼んだ名レースだぞ。

当のご本人様が気付かなくてどうする。

 

ここまで知識不足だとは思わなかったな。

まあいい。いずれにせよ、おまえとどこかで対戦するのは決定的なんだ。

俺も負けないよう鍛えるから、そっちもがんばれ。

 

「ありがとう。良い勝負だったよ」

 

「ああ、私も楽しかった!」

 

そう言いつつ右手を差し出すと、やっと息が整ったオグリは、

満足そうに会心の笑みを浮かべて握り返してくれた。

 

「……コホン。盛り上がっているところを悪いが」

 

わざとらしい咳払い。

ふと気づくと、トレーナーさんが傍まで来ていた。

 

「やりすぎだ。誰がそこまでしろと言った」

 

「あはは、すいません。ついつい力が入っちゃいまして」

 

「私もだ。楽しくて、つい……」

 

「まったく。2人とも、身体に異常はないな?」

 

「はい」

 

「大丈夫だ」

 

「それならいい」

 

余計な心配かけちゃったかな? 申し訳ない。

オグリは試験の最中だった。滅茶苦茶になったり、してないよね?

 

「オグリキャップ君の試験は、これで打ち切りだな」

 

「え……」

 

や、やべぇ、これまずい事態?

オグリが編入できないなんてことになっては──

 

「ああすまん、言い方が悪かった」

 

俺とオグリが青くなったのに気付いたのか、

トレーナーさんはそう言って意地悪そうな笑みを見せた。

 

「実力は十二分に見せてもらったよ。もちろん合格だ。

 おめでとう。我がトレセン学園は君を歓迎する」

 

「……合格」

 

これ以上続ける必要はないって、良い意味でってことだったのね。

いやあよかった。肝が冷えたぜ。んもう人が悪いなあ。

 

でもこの場で決まるとはね。

普通は何日かかけて、複数の人で検討するんじゃないかと思うけど、

そこまでするまでもないと見たか。

あるいは、このトレーナーさんが全権を預かってたか。

 

「やったね。おめでとうオグリ」

 

「ああ、ありがとう」

 

合格の二文字を噛み締めるように呟いたオグリ。

お祝いの言葉をかけると、気が抜けてしまったか、

へにゃっと破顔した。

 

「楽しみがひとつ増えた。

 海外で頑張らなきゃいけない理由もね」

 

「私も、大先輩を失望させないようにしないとな」

 

そう言って、2人で頷き合う。

 

早くも年末が楽しみなような、恐ろしいような、複雑な気持ちだよ。

まあその前に、海外での厳しい戦いが待っているんだけどね。

 

 

*1
2年連続での受賞は7頭いる。シンザン(64、65)、ホウヨウボーイ(80、81)、シンボリルドルフ(84、85)、シンボリクリスエス(02、03)、ディープインパクト(05、06)、ウオッカ(08、09)、キタサンブラック(16、17)。なお、スピードシンボリ(67、70)、ジェンティルドンナ(12、14)、アーモンドアイ(18、20)の3頭が連続ではないが2回受賞している

*2
満票での年度代表馬選出は、56年メイヂヒカリ、77年テンポイント、85年シンボリルドルフ、00年テイエムオペラオー、18年アーモンドアイの5頭のみである

*3
史実のオグリは、88年1月に中央への移籍が決定。28日に栗東・瀬戸口厩舎に入厩している

*4
「相馬眼」そうまがん、と読む。競走馬の能力、資質などを見抜く能力のこと

*5
おそらく作画が『かんたんオグリ』になっている

*6
面接のみで受かったハルウララの例があるので、もしかすると理事長の鶴の一声で、孤児院出身という話題性を重く見たのかも? あるいは、極めて正確にラップを刻めるという能力の片鱗を垣間見せたか?

*7
極端な例:ヒシミラクル






スーちゃん
「立ち会うだけってことじゃなかったの?
 前傾走法まで使ったそうね?(怒)」

リアン
「す、すいません(平謝り)」



芦毛の怪物とのファーストコンタクトでした
編入試験に飛び入り参加しちゃうリアンさん、マジ空気読めない(汗)

現実的には、まだ外部生、それも試験中に接触するなんてことは、
まずありえないでしょうけどね


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第79話 孤児ウマ娘、訪問する

 

 

 

2月も半ばを迎えて、海外遠征前のトレーニングも、

佳境を迎えつつある。

 

向こうでどれくらいできるかわからないから、

出発前にある程度は仕上げていく予定だ。

現地では環境に慣れることと、軽い調整くらいになるだろうな。

 

「それじゃ今日はここまで。お疲れ様」

 

「お疲れさまでした」

 

今日のメニューを無事に終え、先にトレーナー室に戻るスーちゃんを見送り、

クールダウンのための体操に入る。

 

芝の上に腰を下ろして、各種ストレッチを遂行。

しばらく続けていると、誰かが近づいてくる気配と足音。

 

「ごきげんよう、ファミーユリアンさん」

 

そんな声に顔を上げたら、フルマーちゃんだった。

ジャージ姿なところから、彼女もトレーニング上がりかな?

 

「少々お話しさせていただいても構いませんか?

 すぐに済みますので」

 

「いいよ。フルマーちゃんも上がりかな?

 じゃあ一緒にストレッチしながら話そうか」

 

「よろしいのですか? ではお言葉に甘えまして」

 

俺からそう提案すると、フルマーちゃんはうれしそうに頷いて、

同じようにすぐ横に腰を下ろして、ストレッチし始める。

 

「で、お話って何かな?」

 

「はい。急で申し訳ないのですが、今度の週末、

 ご予定はもうお決まりでしょうか?」

 

「週末? 特に何もないけど」

 

例年ならイベントを入れてもらっているところなんだけど、

今年は海外遠征を発表したこともあって、

それよりも準備に専念してくれって、各所から言われちゃってね。

 

イベントをやって下手に調子や体調に影響するよりも、

万全の態勢を整えて、海外で勝ってもらえるほうがいいってさ。

 

自分としては、それでもイベントやりたいところだったわけだが、

方々の好意を無碍にするわけにもいかず。

 

なのでトレーニングも休みな週末は、まるまる暇ですよ。

 

「あ、フルマーちゃん、ちょっと背中押してくれないかな?」

 

「お安い御用です」

 

「ん~」

 

足を開いた状態でフルマーちゃんに押してもらって、上半身を地面につける。

こう見えて身体は柔らかいんだぜ。180度開脚も余裕。

 

「ありがと。それで、週末?」

 

「はい。よろしければ、我がメジロ家にお越しいただけないでしょうか」

 

「え? メジロ家に?」

 

「ええ。前々からおばあさまには話を通していたのですが、

 このほど都合と準備が整いまして」

 

なんと、そうだったのか。

フルマーちゃんよ、どのように話をしていたのか気になるな……

まあこの様子なら、悪いようには伝えられていまい。

 

「いかがでしょう?」

 

少し不安そうに、こちらの反応を窺ってくるフルマーちゃん。

 

これ断るのも失礼なやつだよね?

断れる明確な理由もないし、超名門メジロ家と聞いて多少は恐ろしくもあるが、

興味があるのもまた確か。

 

それに、どっぷりシンボリに浸かっている俺が、

今さらメジロだのなんだのと言っていられる立場ではないわな(汗)

 

「じゃあご招待に預かろうかな?」

 

「まことですか? ありがとうございます」

 

「いやいや、お礼を言うのは私のほうだよ」

 

一般論で言えば、名門のお屋敷に招待されるなんて、

庶民からしてみたら大変光栄なことなのだ。

 

だからそんな、パッと弾けるような笑みで喜びを表されると、

こっちとしたら反応に困ってしまいますよフルマーちゃん?

特にシンボリで()()()()()()()いる身としては、なおさらなのだ。

 

「では土曜の朝にお迎えに上がります」

 

「うん、わかった」

 

こうして今度の週末に、メジロ家へ訪れることが決まった。

 

 

 

 

 

……決まったのはいいんだが。

 

「う~ん……」

 

自室のタンスを片っ端から開けて確かめてみた結果、

思ってもみなかった問題がひとつ。

 

「何を着ていけばいいんだ?」

 

訪問時に着用していく服をどうしようか、ということ。

 

まさかドレスコードがあるというわけもなく、

カジュアルなものでいいとは思うけど、そこはやはり、

名門のお屋敷だから、ある程度の格式は重んじなければならないだろう。

 

制服というわけにもいかんし、どうしたもんかな?

 

「ルドルフからもらった服もあるけど、

 みんな“カワイイ”系の服*1ばっかりだからなあ」

 

入学当初に誕生日プレゼントと称して押しつけられた一件以来*2

ルドルフからは定期的に衣服を贈られている。

それはいいんだが、大半がフリフリだったりするソッチのものなので、

今回の件には着ていけそうになかった。

 

「ただいま」

 

「あ、おかえり」

 

と、そこへルドルフが帰ってきた。

今日は早めの帰宅だな。

 

「何をしてるんだ?」

 

そんなルドルフが、帰宅早々に目にした光景に首を傾げる。

タンス開けっ放しで、服をいくつも散らかしている様子を見たら、

そりゃそうなるよな。

 

「いや実はさ──」

 

1人で悩んでいてもしょうがないし、

こうなったら、ルドルフも巻き込んでしまえ。

 

事の経緯を簡単に説明する。

 

「そうか。メジロ家に、か」

 

説明を受けたルドルフは、若干ではあるが、

眉間にしわを寄せたように見えた。

 

「やっぱり、まずい? 承諾しちゃったけど」

 

「ん? いや、まずいということはないよ」

 

シンボリ漬けの俺がメジロ家に行くことは、

問題だったかと深読みしすぎたが、そうでもなかったようだ。

 

「昔はうちとも浅からぬ縁*3があったみたいだからね。

 今はほとんど交流もないみたいだが」

 

「へえ?」

 

そうなんだ? シンボリとメジロ、

日本の二大個人オーナーブリーダーと言ってもいい名門の2家が、

かつては交流していたとは。

 

「お婆様なら、何か知っているかもしれない」*4

 

「へえ」

 

スーちゃんか。今度聞いてみようかな?

今は付き合いないっていうけど、触れるのがタブーだったりしないよね?

 

「これを機に、メジロとの交流を再開してもいいかもしれないな。

 もちろんキーマンは君だぞ」

 

うへぇ、勘弁してくれよ。

きっかけには最適だろうけど、俺にそんな大役を振らないでくれ。

今でさえいっぱいいっぱいなんだから。

 

「で、この状況とどう繋がるんだ?」

 

「あ、そうそう。光栄ではあるけど突然だったからさ。

 何を着ていこうか悩んじゃって」

 

「なるほど、そういうことか」

 

2度3度と頷くルドルフ。

納得はしてもらえたようだ。

 

「確かにこう見てみると、非公式な訪問とはいえ、

 そういう場に相応しい服があるかというと、ないな」

 

「だよね」

 

ベッド上に何着か広げられた自分が贈った服を見ながら、

そう言って苦笑するルドルフ。

俺も同じように苦笑するしかない。

 

「では買いに行くしかないな。明日は大丈夫か?」

 

「え?」

 

マジで言ってる? 即断即決だのう。

うじうじ悩んでた俺とは大違いだ。

 

「ええと、トレーニングの前か後なら大丈夫」

 

「じゃあ午前中にするか。午前なら私も多少は抜けられる」

 

ルドルフも俺も、卒業に必要な単位はとっくに取り終えているし、

年齢的にも全く問題はない。

というか、極めて自然に付き合ってもらえる流れになっているのは草。

 

というわけで、明日はルナちゃんと久しぶりにお出かけです。

 

 

 

 

 

「君と出かけるのも久しぶりだな」

 

「そうだね」

 

どことなく上機嫌なのは、足取りが軽い様子から見て取れる。

 

あ、もちろん2人とも変装してますよ。

こんなところを見つかったら、買い物どころではなくなってしまう。

パパラッチ的なやつらには、デートか、なんて煽られちゃったりね。

 

「それより付き合わせちゃって悪いね。

 仕事に影響出ちゃわないの?」

 

「なに、造作もないことさ」

 

そう言って微笑むルドルフ、マジイケメン。

多少は大丈夫と言っていたが、本当なんだろうか?

 

「今は比較的手すきの時期だから心配いらない。

 まずは駅前のデパートへ行ってみるか」

 

「うん」

 

こいつの言う大丈夫は、他人からすると『かなり無理しないとダメ』

とほぼ同義だから安心はできない。

 

でもせっかく付き合ってもらってるんだし、

今はそんなことは忘れて、久々のお出かけを楽しむとしますかね。

 

「希望はあるか?」

 

「うーん、私そういうのには疎いからなあ」

 

デパートの服飾売り場に来て、物色しながら相談する。

 

いや、元おっさんの俺に、そういうセンスを期待しちゃだめよ?

いまだに女の子的な思考とか、よくわからないんだから。

 

「リアンは何でも似合うから、とりあえず試着だな」

 

だからルドルフが付き合ってくれたのは大変助かるわけだけど、

あのときのように着せ替え人形と化すのが大変なわけで。

 

「この年になってもゴシック系まで似合うのは、

 反則だと思わないかリアン?」

【挿絵表示】

 

「そんなこと言われても」

 

遠回しに童顔だと言われてる?

 

はい、しっちゃかめっちゃかにされましたよ。

デパートだけでは飽き足らず、周辺のファッションショップとかも

何軒か回ったせいで、いったい何着試着したことやら。

 

ま、ルナちゃんも終始楽しそうだったし、

俺もなんだかんだで楽しかったから、良しとしましょう。

 

お昼近くになったので、適当な店に入って、昼食も済ませていくことにする。

 

「付き合ってくれてありがとね。

 おかげで良い服が買えたよ」

 

「どういたしまして。こういう用件ならウェルカムだよ」

 

注文を済ませて待っている間に、話をする。

 

「しかし、あの服で良かったのか?

 地味とは言わないが、比較的おとなしめの服だったが」

 

「いや、メジロ家にド派手な服を着ていくわけにはいかないでしょ」

 

「それはそうなんだが、素材が良いんだ。

 もう少し厳選しても良かったと思う」

 

いやいや、素材が良いとかそんなわけあるか。

美形揃いのウマ娘なんだから当然という中でも、

俺は良くて中の下くらいだと思うよ?

 

しかも厳選とか、あと何時間かける気なんだおまえは。

生徒会の仕事もあるんだろ? これでいいんだよ。

 

しっかしまあ服ってお高いよねぇ。

男子ならまだしも、女子ならなおさらで、失礼ながら、

こんな服がこんなにするの、って思ったの1度や2度じゃないぞ。

 

「おまたせいたしました」

 

そうこうしているうちに料理が運ばれてきたので、食事に。

 

ルドルフはウマ娘専用の特別メニュー。

俺のほうは、普通の人間サイズに、

サイドメニューをいくつか付け足したもの。

 

「こうしていると思い出さないか?」

 

「うん? ……そうだね」

 

箸がいくらか進んだところで、ルドルフがそう言い出した。

すぐにピンと来る。*5

 

「相変わらず君は少食だな」

 

「ルナが、いや、他のウマ娘が大食いすぎるんだよ」

 

()()()()も、俺の食事量の少なさには驚いていたな。

しきりにそれで持つのか、大丈夫なのか、と聞かれた。

 

食事面に関しては、本格化以降の身体の成長もあって、

これでもだいぶ食べられるようになったんだぞ。

 

だけどルドルフが言うように、ウマ娘の標準からすると、

それでもまだ少ないほうなのは、こいつの言い様からもよくわかる。

一部の大食い中の大食いから見たら、信じられないんだろうな。

 

「私の分を少し分けようか?」

 

「いやいや大丈夫だってば」

 

「体力づくりに食事は肝心だぞ。

 海外に向けて精をつけなければな。ハンバーグを1枚あげよう」

 

「いやいやいや……」

 

無理やり押し付けてくるのはやめい。

太り気味になったらどうしてくれる。

 

この世界線には、ナンデモナオールやスリムスキャナーはないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんだで、メジロ家ご招待の週末。

 

「おはようございます。お迎えに上がりました」

 

朝、寮のロビーで待っていると、

約束の時間5分前きっかりに、フルマーちゃんが現れた。

 

「まあ、素敵なお召し物で。

 よくお似合いですわ」

 

「そうかな? ありがと」

【挿絵表示】

 

さすが名家のご令嬢。まずは社交辞令を忘れない。

フルマーちゃんの格好もなかなかにお見事だよ。

【挿絵表示】

 

お世辞抜きにかわいいし、似合ってる。

 

「それではこちらへ」

 

「うん」

 

フルマーちゃんの先導で、前の道路に停められている

黒塗りのリムジンへ乗り込んで出発。

 

アニメでマックイーンが乗ってた、

運転手のじいやさん付きのアレだ。

 

久しぶりにお世話になるリムジン。

シンボリのご厚意での送り迎えで慣れていなかったら、

フルマーちゃんたちの前でオロオロしてしまったかもしれない。

 

そういう意味では、“慣れさせて”もらって助かった。

 

車内ではフルマーちゃんと談笑しながら、走ることしばし。

メジロの大豪邸へと到着した。

 

「……は~」

 

車から降り、見事なお屋敷を見上げると、

わかってはいたものの、やっぱりため息が漏れてしまう。

 

車には慣れても、広い敷地と大邸宅には慣れないようだ。

シンボリ家のほうでも、夏合宿で行くと、

いまだに場違い感を覚えてしまってしょうがないからな。

 

「まずは、おばあさまにご紹介いたします」

 

「うん」

 

……うん?

つい勢いで頷いてしまったが、いきなりですか。

まあそうなるよな。最初に当主と顔合わせするよな。

 

いったい何を言われることやら。

アニメで見た限り、厳格そうな人だから緊張するぜ。

 

「大丈夫ですよ」

 

俺の様子から察したのか、フルマーちゃんが笑いかけてくれる。

 

「確かに厳しいところもありますが、

 基本的にはお優しい方ですから」

 

「あ、うん」

 

いかんな、気を遣ってもらっているじゃないか。

俺のほうが年上なのにこれでは情けないぞ。

 

今日は招待客なわけだし、堂々としていればいいんだ、うん。

 

「おばあさま、ファミーユリアンさんがお越しです」

 

『お入りなさい』

 

お屋敷の中を歩くことしばし。

立派な大きいドアの前で止まってノックしたフルマーちゃんが、

中へとそう声をかけると、すぐに返事があった。

 

おお、アニメで聞いた榊〇ボイス。

 

「それでは参りましょう」

 

「うん」

 

扉を開けて室内へ入っていったフルマーちゃんに続いて、

俺も中へと入る。

 

すると、でっかい窓を背景にした正面の執務机に、

黒い帽子を被った1人の老婦人の姿があった。

 

「ファミーユリアンさん、ようこそメジロ家に」

 

彼女はゆっくりと立ち上がって、机の前まで歩み出てくると、

朗らかな微笑みを見せる。

 

「歓迎しますよ」

 

「お目にかかれて光栄です。ファミーユリアンと申します。

 お招きいただきありがとうございます」

 

「まあまあそう緊張なさらずに」

 

俺も頭を下げて挨拶。

かけられる声は明るくて優しげ。

 

「ときに、ファミーユリアンさん」

 

「な、なんでしょう?」

 

頭を上げた時に、おばあさまとバッチリ目が合ってしまった。

そして感じる、ものすごいプレッシャー。

今の今までとは大違いの、冷たく鋭い声が飛び掛かってくる。

 

「あなたはこれまでに、天皇賞を何回勝ちましたか?」

 

「て、天皇賞、ですか。えっと……3回、ですね」

 

「3回。その内訳は?」

 

「内訳? ええと……春2回、秋1回、です……」

 

放たれてくる重圧に、声が徐々に小さくなってしまう。

これが名門当主の威圧感、ってやつか……

 

そうだよな、これくらいが名門としての普通であって、

シンボリのお父様お母様くらいフランクなのが異常なんだ。

あのお二人も、厳しいときはこうなるんだろうか。

 

「羨ましい。本当、羨ましい限りです」

 

「は、はあ」

 

「まあ、野暮なことを申すのはこれくらいにしておきましょう」

 

放たれていたプレッシャーがフッと消える。

おばあさまの正体がメジロアサマ、メジロのおばあちゃん*6のどちらか、

あるいはそのハイブリッドだったとすると、まさしく本音だったんだろうなあ。

 

そりゃ自分の身内を差し置いて、天皇賞を3勝もしている奴がやってきたら、

威嚇のひとつもしてみたくなるというものだろう。

 

勝ち抜け制があったせいで、複数回勝ったのは、俺が初めてなんだし。

歯軋りしたくなる心境だったに違いない。

 

理解はできるが、プレッシャーを受けるほうとしては、

たまったものではないけどな!

 

「自分の家だと思って、くつろいでくださいね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

威圧感の消えたおばあさまは、そう言って微笑んだ。

 

まったく、やれやれだぜ。

今すぐにも脱力したい気分だが、少なくともこの場を辞すまでは、

なんとか耐え抜いて見せねば。

 

 

 

 

 

「はあ~、緊張したよ……」

 

「申し訳ございません」

 

おばあさまの部屋を後にして、別室へ案内してもらっている真っ最中。

俺が盛大なため息を洩らすと、フルマーちゃんはおかしそうに笑った。

 

「ああ見えてお茶目なところもあるんですよ。

 久しぶりに迎える大物のお客様なので、きっと心が弾んだのでしょう。

 年寄りの戯言だと思って、お許しください」

 

いや、許すも許さないもないけどさ。

お茶目? アレがお茶目で済むか? う~む……

 

しかしフルマーちゃん、君の言い方も大概だねぇ。

 

君たちメジロの子は、あんなプレッシャーに日頃から接しているのかい?

そりゃパーマーが“逃げたい”って思うはずだよ。

 

逆に言えば、そんな重圧にも負けずにG1を勝つ、

ライアンやマックイーンたちがすごいということか。

 

「ささ、こちらです」

 

「うん」

 

そうして案内された一室。

中へと入ると

 

『お待ちしておりました』

 

先にやってきて待機していた子たちがいたようで、

俺の入室に合わせて声が重なり、一斉に頭を下げた。

 

そしてその頭が上がると、()()()()顔に、自然と口角が上がった。

なんせ──

 

「はじめまして! メジロライアンです」

 

「メジロパーマーだよ。以後よろしくお願いします」

 

「ごきげんよう。メジロマックイーンと申しますわ」

 

メジロ黄金期の三人衆、

ウマ娘でもおなじみの3人だったんだから。

 

つい今しがた、彼女たちのことを考えていただけに、なおさらだった。

 

「彼女たちはこの4月に、トレセン学園に入学するんです。

 せっかくですのでご紹介を、と思いまして」

 

こう説明するフルマーちゃん。

 

なるほど、彼女たちと引き合わせるという目的もあったってわけか。

となると、3人の合格が決まったから、今回の訪問が実現したってことかな?

 

入学試験の合格発表がつい先日にあったからの邪推。

あ、ちなみに、オグリも無事に編入決定したからご心配なく。

史実から多少遅れて、彼女も4月からの合流になるようだ。

 

「姉がいつもお世話になってます。

 ご活躍のほどは姉からも良く聞かされてます」

 

にこっと笑って爽やかに言うライアン。

 

はて、姉?

姉とは誰のことだ?

 

「……コホン。不躾な妹で、すみません」

 

わざとらしく咳払いし、申し訳なさそうに言うフルマーちゃん。

 

え? うそ?

ライアンってフルマーちゃんの妹だったの?

 

しまった、それは知らなかった。

ここでそうなんだから、史実でもそうだってことだよな?

史実では弟ということになるか。

 

だとすると、フルマーちゃんも

ゲームに出てきても全然おかしくないやん。

 

「そっか。フルマーちゃんの妹なら、

 将来の活躍は保証されるようなものだから安泰だね」

 

「恐れ入ります。ライアン、ファミーユリアンさんから

 お墨付きを得たからといって、努力を怠ってはいけませんよ」

 

「はい姉さま、承知してます。

 ご心配なく、もっと鍛えて鍛えまくりますから!」

 

腕をまくり、見事な力こぶを披露するライアン。

ああ、この頃からのマッスル教信者だったんか。

 

「パーマーは、私たちと同じく逃げに適性があるようでして、

 よろしければ、よろしくご指導ください」

 

「どうも。えっと、ごしどう、ごべんたつ……だっけ?

 よろしくお願いします!」

 

「よろしくね」

 

人懐こい笑みを浮かべつつも、どこか悪ガキっぽい気配をまとい、

それでも育ちの良さを窺わせる不思議な少女、パーマー。

のちのグランプリ2勝ホースは、今はまだ雌伏の時。

 

「マックイーンは、長距離に適性を見出されていて、

 我らがメジロの悲願である天皇賞に最も近いと云われている才女です」

 

「フルマーさん、過分なお言葉ありがとうございますわ。

 ご紹介に預かりました、メジロマックイーンでございます」

 

フルマーちゃんから紹介されて、優雅にカーテシーを決めてみせるマックちゃん。

幼くてもしっかり“マックイーン”だった。

 

「ファミーユリアンさんのご活躍は、いつも拝見しております。

 その強さの秘訣がありましたら、ぜひともご教授くださいませ」

 

「そんな秘訣なんてものはないよ。

 強いて言えば、地道な努力かな?

 あとは、怪我しないような体づくりを心掛けること」

 

「さすが、ご経験されている方のお言葉は、説得力が違いますわ。

 金言感謝いたします。心に刻んで精進いたします」

 

「うん、がんばって」

 

かわいいなあマックちゃん。

おしることかパクパクですわとか、メロンパフェとか、ホヤあそばせとか、

言いそうになさそうでやっぱり言いそうな雰囲気がまたかわいい。

 

そして、最後にもう1人。

 

「お会いできて光栄です。メジロアルダンと申します。

 姉ラモーヌの名に恥じないよう、頑張る所存です」

 

水色の髪が美しいアルダン。

彼女は既に入学済みだが、直接顔を合わせたことはなかった。

 

「アルダンは身体が弱くて苦労していたのですが、

 それも癒えてトレセン学園に入学し、今はデビューを待つ身です」

 

「来月デビューする見込みです」

 

そっか、もうすぐデビューするんだな。

『ガラスの脚』と称されたくらい故障続きだったけど、

こちらの世界ではどうなるか。

 

できることなら例の研究所を紹介してあげたいところだったが、

メジロはメジロで優秀な医療スタッフ抱えているだろうしな。

例の主治医さんとかさ。

 

ここで俺が出しゃばるのは余計なお世話というものだろう。

 

「今年のクラシックを、

 大いに盛り上げてくれる存在になってくれたらうれしいな」

 

「はい、ありがとうございます。

 いただいたお言葉通りになれるよう励みます」

 

「身体には気を付けてね。

 走れなかったら元も子もないんだから」

 

「痛み入ります」

 

俺がそう言うと、アルダンは軽く頭を下げて応じた。

 

かわいいのう。ルックス的には超好みよ。

病弱設定なのに、割と良いガタイしているのとかすごくいい(聞いてない)。

少なくとも、俺よりはよっぽど筋肉質だ。

 

そういやラモーヌはいないんだな?

彼女もトリプルティアラ達成した後はすぐ引退しちゃったし、

今は何をしているんだろう?*7

 

ま、なんにせよがんばってくれ。

今後の日本を背負って立つのは、間違いなく君たちなんだから。

 

 

*1
カレンチャンには絶賛されそう

*2
第5話参照

*3
何を隠そう、メジロアサマはシンボリ牧場の生産である。アサマとルドルフは父が同じ(パーソロン)

*4
スピードシンボリはメジロアサマより3歳年長

*5
第9話参照

*6
メジロ牧場創始者の妻・北野ミヤ氏

*7
中の人の転生はラモーヌ発表前






メジロ家にご招待されました
直接関係ないですがネットに転がってたメジロアサマ(ウマ娘)の絵、
すごくよかったです。絵師さんに感謝


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第80話 孤児ウマ娘、訪問される

 

 

 

メジロ家訪問の翌週。

夜にチヨちゃんからメッセが届いた。

 

『ちょっとお話しできませんか?

 大丈夫でしたらお電話ください』という内容。

 

また何か困りごとだろうか?

弥生賞出走を予定していたはずだが、不測な事態にでもなったか?

メッセではなく、電話で話したいというのも気にかかる。

 

俺は迷わず、チヨちゃんの番号を選択した。

 

『はい、チヨノオーです』

 

チヨちゃんのほうも待っていたのか、

すぐに応答してくれた。

 

「もしもしチヨちゃん?

 メッセ見たよ。どうしたの?」

 

『はい、ちょっと相談といいますか、お願いがありまして……

 今お時間大丈夫ですか?』

 

「大丈夫だよ」

 

『ありがとうございます、リアンさん』

 

声はいつものトーンだな。

特段沈んでいるという雰囲気ではなく、

何か悩んでいるという空気でもないが、はたして?

 

「それで?」

 

『はい、その、ありがたいことに、

 私の妹が、このたびトレセン学園に合格しまして』

 

「そうなんだ、おめでとう」

 

『はい、ありがとうございます』

 

チヨちゃんの妹も合格かあ。

フルマーちゃんの妹、ライアンを思い出す。

 

チヨちゃんのことだから、妹さんもサクラかな?

えーと、史実でもいたんだっけか?

うーむ思い出せない。というか知らないのか?

 

このへん史実知識が曖昧だな。

 

『それで、その妹なんですが、喜びのあまり、

 入学より先に遊びに行くと言い張ってまして、

 今度の休みにこっちに来るそうなんです』

 

「へえ、そうなんだ」

 

チヨちゃんの言い方から、妹さんのやんちゃっぷりがわかるな。

気性難因子持ちか? 相当なおてんばガールっぽい。

 

『それで、ですね……大変恐縮なのですが……

 リアンさん、妹に会っていただけませんか?』

 

「え、妹さんに?」

 

『はい。リアンさんの大ファンでして……

 前に、リアンさんと仲良くなったって言っちゃってまして、

 合格祝いに会わせてくれって言って聞かないんです。

 よろしくお願いします!』

 

そっかー、俺のファンかあ。

だとすれば、チヨちゃんの頼みでもあるし、断る理由はないよね。

 

それにしても、なかなかに厚かましい妹さんだこと。

自分からお祝い頂戴は、結構な豪の者だよ。

 

「わかった、今度の週末だね?」

 

『あ、ありがとうございます!』

 

大声で礼を述べるチヨちゃん。

向こう側では、何度も頭を下げていそうな雰囲気すらする。

 

「でも私のファンだっていうなら、

 スターオーちゃんのお見舞いの時に、

 一緒に連れてくればよかったのに」

 

『あー……それはそうなんですけどぉ』

 

スターオーちゃんが入院してた時のお見舞いで、

チヨちゃんと一緒になる機会は何度もあった。

 

だからこそこうして仲良くなれたわけなんだが、

そのときにどうして連れてこなかったのか、という疑問が浮かんだ。

 

『あの子、スターオーさんとはあまり、その……』

 

言葉を濁したチヨちゃんの反応からして、

あまりよろしくない事情だとは思ったが、まさかの事態。

 

『反りが合わないと言いますか、スターオーさんの言うことに、

 ことごとく反発しちゃって……』

 

「そうなんだ」

 

『はい……』

 

あの温和なスターオーちゃんと、だと?

にわかには信じられないが、実の姉が言うんだからそうなんだろう。

相性というのかなあ。気難しい子なのか?

 

まあでも納得だ。

そういうことなら、病室に連れていくわけにはいかんよなあ。

 

『では、あの、またご連絡差し上げますので』

 

「うん。時間と場所が決まったら教えて」

 

『わかりました。本当にありがとうございます。

 それでは、おやすみなさい』

 

「おやすみ」

 

通話を切って、スマホを机上に置いた。

 

それにしても、まさかスターオーちゃんと喧嘩とはねぇ。

これはおてんばどころじゃない、相当なじゃじゃ馬だぞ。

覚悟しておいたほうがいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チヨちゃんの妹さんに会う約束の日。

今日は生憎、朝から雨だった。

雪が降るというほどの寒さではないが、やっぱり寒い。

 

そんな中を、チヨちゃんから指定されたお店に、

時間に遅れないように向かう。

 

幸い、少し早く出たおかげで、10分前には目的のお店に到着。

チヨちゃんたちはまだ来ていないようだったので、

先に席に着いて注文を済ませ、彼女たちを待つことにする。

 

ところが、だ。

 

約束の時間になっても2人は現れなかった。

あら?とは思ったが、まあそんなこともあるだろということで、

もう少し待ってみることにしたんだが、5分が過ぎてもやってこない。

 

これはさすがにおかしいと思って、連絡してみるかと

スマホを取り出したところで、タイミングよくメッセが着信。

 

『すいません! 妹が遅れているので遅れます』

 

というチヨちゃんからのメッセージ。

 

遅れてるって、電車が遅延でもしたかな?

それなら仕方ない。待ってるから慌てなくていいよ~と返信する。

 

飲み物のおかわりを頼んで、携帯を弄りつつ待ちますか。

 

 

 

 

 

30分後

 

「すいませーん!」

 

店頭がにわかに騒がしくなったと思ったら、

誰かが慌てて飛び込んできたみたいだ。

まあ、誰かは言わずもがなだな。

 

「すいませんリアンさん! お待たせしてしまいました!」

 

「ああ、いいよいいよ。気にしないで」

 

息を切らしながらこちらの席までやってきたチヨちゃん。

凄く申し訳なさそうに頭を下げるんで、怒るに怒れないって。

怒る気もないけどね。

 

「電車が遅れたんなら仕方ないさ」

 

「え? 電、車……?」

 

「え?」

 

お互い『え?』となって顔を見合わせる。

……どうやら深刻な認識の不一致があるようだ。

 

「えっと、電車が遅れたせいだと思ってたんだけど、

 もしかして違うの?」

 

「ええと……はい、その、大変言いづらいのですが……

 その通りです。遅れたのは、単に、

 妹が寝坊したせいというか、家を出るのが遅かったせいといいますか」

 

はあ? なんだよそれ?

俺に会うのすっごい楽しみにしてたんじゃないの?

 

遠足前夜のがきんちょみたいに、

楽しみすぎて興奮して眠れなかったとか、そういうオチ?

 

「本当はサボりかねない勢いだったので、慌てて電話して、

 親に何とか叩き起こしてもらって、どうにか出発させた次第でして……」

 

「……」

 

サボるって、おいおい。なんなの、その妹さん?

楽しみにしてたのに突然ドタキャンかましそうになるって、

どういう精神構造してるんだ?

 

「……で、後ろにいるのが?」

 

「はい……。ほら、ホクト! あなたからも謝って!」

 

話が進まないから、とりあえず先へ進めようか。

 

チヨちゃんの後ろにいる、不機嫌そうな小柄な女の子。

赤いリボンをしていて、耳に花柄の飾りをつけ、肩下くらいの髪型だ。

横の髪がちょっと跳ね気味なのが、チヨちゃんとの血縁を感じさせる。

 

「……なんでよりによって今日が雨なのぉ」

 

チヨちゃんから押されて、俺の前に出された妹さん。

不満そうにそう呟くと、ポリポリと頭をかく。

 

「雨の日いやぁ……雨なんて大嫌い……ぶつぶつ……」

 

ホクト、って呼ばれてたよな。

チヨちゃんから促されても謝ろうとはせず、

俯いて何やらぶつぶつと呟き始めてしまった。

 

だ、大丈夫なのか、この子は?

あまりの様子に怒りはどこかに飛んで行って、

逆に心配になってきたんだけど?

 

「本当にすいませんリアンさん!

 この子、昔から雨が死ぬほど嫌いで、雨が降ると1日中こんな感じで、

 外に出たがらないんです。学校に行かせるのにも苦労するくらいで……」

 

「ええ……」

 

雨が嫌だから学校行かないって、どういうこっちゃ。

それ人間としてもそうだけど、ウマ娘として致命的じゃない?

レースの日に雨が降らないとは限らないんだが……

 

道悪が嫌だって子は結構いるけど、雨自体が嫌で、

レースすら棄権しそうな子は初めてだよ。

 

「あのぅ……」

 

「あ、お店の人も困ってるから、とりあえず座ろうか」

 

「は、はい」

 

注文を取り来たお姉さんが困ってるから、

2人ともとりあえず席に着いてくれ。

チヨちゃんと妹さんは俺の向かい側に座った。

 

で、注文を終えたところで、再び話を始める。

 

「ええと、とにかく、自己紹介をしてもらえないかな?」

 

「ぶつぶつ……」

 

駄目だこりゃ。

どうしたものかとチヨちゃんに視線を向ける。

 

「ほらっ、いい加減シャキッとしなさい!

 憧れのファミーユリアンさんの前にいるんだよっ」

 

チヨちゃんもついに業を煮やしたのか、

少し強引に、気付けとばかりに、妹さんの背中をバンッと叩いた。

 

すると、どうだ?

 

「いッ……! え? ここどこ?」

 

ようやく我に返ったのか、キョロキョロと周りを見回す。

 

「しっかりして! 今日はリアンさんに会うんでしょ。

 ほら、リアンさんが目の前にいるよ!」

 

「え? え? あ……」

 

今度こそ、彼女の目が俺を捉えた。

 

「ファ、ファミーユリアンさん……?」

 

「うん」

 

「本当に……?」

 

「本物だよ」

 

「……ゎ」

 

「ん?」

 

「うわーっ!」

 

「うわっ」

 

い、いきなり大声を出すな!

こっちのほうが驚くじゃないか。

周りのお客さんにも迷惑だ。

 

「ほ、本物のファミーユリアンさん!

 ファミーユリアンさんがあたしの目の前にー!」

 

「さ、騒がないでったらー!」

 

「………」

 

俺は今日、いったい何のためにここにいるのだろう?

 

こりゃ、アレだね。

 

基本は真面目なスターオーちゃんだから、反りが合わないってのは本当だわ。

それでも彼女は辛抱強く諭そうとするだろうけど、

妹さんのほうがこれじゃあ、聞く耳持たないというか、

それ以前の問題というかなんというか。

 

まったく手に負えん。

で、俺はどうすればいいのん?

 

 

 

 

 

結局、妹さんが落ち着くのにはさらに数分を擁して、

チヨちゃんはお店中の人に謝罪して回る羽目になった。

 

「まったく、反省しなさい」

 

「うん……」

 

姉から叱られて、頬を膨らませている妹さん。

一緒に謝って回り、席に戻ってきて、最後に俺へという格好らしい。

 

「ほら、リアンさんにもちゃんと謝りなさい」

 

「ごめんなさい。あたし雨の日はいつもこうなっちゃって……

 自分でもどうにかしなきゃとは思うんですけど、どうにもならなくて……」

 

「こちらから頼んだのにお待たせしてしまって、

 その上こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」

 

「わかった。もういいよ」

 

「すいませんリアンさん……」

 

必死になって謝っているチヨちゃんの姿を見ていたら、

なんだか毒気が抜かれてしまったよ。

一応当の本人からも謝罪はされたんだし、これで手打ちにしよう。

 

「で、妹さんのお名前はなんていうのかな?」

 

「ホクト」

 

「うん。サクラホクトオーです。

 えっと、ファミーユリアンさんの大ファンです。

 こんなになっちゃったけど、会えてうれしいです」

 

再びチヨちゃんから促されて、

遠慮がちながらもようやく自己紹介した妹さん。

 

サクラホクトオー!*1

そうか、名前を聞いたことはあったけど、

チヨノオーと兄弟だっていう認識はなかったな。

 

ああー、だからか、だから雨がこんなに……

実馬は雨に泣かされた馬として有名だなあ。*2

 

いや、人間社会に置き換えたら、やっぱり致命的なんじゃ?

このウマソウル、かなり厄介だ。

 

「入学試験の日が雨じゃなくてよかったね」

 

「えと、はい……」

 

「冬場で良かったですよ~」

 

俺がそう言うと、ホクトちゃんは恥ずかしそうに俯いて、

チヨちゃんは、うんうんと何回も頷いた。

 

「本当、オンオフの差が激しいといいますか、

 雨の日とそうでない日との差がありすぎるんですよぉ」

 

哀愁すら感じさせるチヨちゃんの言葉。

苦労が偲ばれるなあ。

 

「今日の天気予報が雨だってことで、嫌な予感というか、

 もうほとんど確定だったんで、親には念を押しておいたんですが、

 それでもダメだったみたいで布団から出てこなかったらしく……

 もう本当に焦りましたよぉ……」

 

お疲れ様、チヨちゃん。

完全に愚痴になっちゃってるけど、しょうがないよな。

 

さて、妹さんのほうだ。

 

「ホクトちゃん、って呼んでもいいかな?」

 

「あ、はい」

 

「ホクトちゃんは、どうして雨が嫌いなの?」

 

「どうしてって……」

 

俺から尋ねられたホクトちゃんは、少し考える。

 

「リアンさんは、雨、嫌じゃないの?」

 

考えて、逆に質問してきた。

雨が好きって人もいるだろうけど、少数派だよな。

 

質問を質問で返すな~って言いたいところだが、ここは我慢。

お姉さんとして、ウマ娘の先輩として、諭してやらねばならん。

 

「嫌だよ。濡れるし、芝は滑るしね。

 それで痛い目見そうになったこともあるよ」

 

「だったら──」

 

「でもね」

 

「……」

 

さて、ここからが肝要。

どうしたものかしらね?

 

「それはみんな同じなんだから、自分だけ毛嫌いしてたらなんか損じゃない?

 避けては通れないものなんだしさ。

 それに、最初からそうやって諦めてたら、何も前に進まないよ」

 

「………」

 

「考え方を変えてみない? ただ嫌うだけじゃなくて、

 雨の中にも何か楽しみというか、良いことを見つけようよ」

 

「……例えば?」

 

お、食いついてきたな。

まったくの脈なしというわけでもなさそうだ。

もう少しか。

 

「例えば、う~ん、そうだな……

 しとしと降ってる時の雨音って、聞いてるとなんだか心が落ち着いてこない?

 なんていうかな、なんかしっくりくるっていうか」

 

「………」

 

「もちろん土砂降りは困るなあ。

 でもそういうのがないと、水不足で困ることになっちゃうんだし、

 要は考え方、心構え次第ってことかな。

 モノの見方、捉え方って、見方次第でどうにでもなるものだよ、うん」

 

「………」

 

しばらく沈黙しているホクトちゃん。

さて、どういう結論に至ってくれるかな?

 

「……わかった」

 

たっぷり数分は考えた末に、頷いてくれた。

 

「雨は嫌い。嫌いだけど……がんばって探してみる。

 雨の日の良いところ」

 

「そっか。よし、いい子だ」

 

「……うん」

 

さすがにテーブル挟んだ向かい側の席なんで、

手を伸ばして頭を撫でるなんてことはできないけど、

心情的には大いに褒めて撫でてあげたいところだった。

 

素質は間違いなくあるんだから、あとは精神面だけだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、帰るね」

 

「うん」

 

「気をつけて帰ってね」

 

帰りの電車の時間ギリギリまでホクトちゃんと一緒に遊んで、

駅の入り口まで送ってきた。

 

実家まで1人で電車に乗って帰るのか。

来るときもあんな状態で1人だったんだし、そう考えると大したもんだな。

よくこっちまで迷わずに来られたもんだ。

 

「リアンさん」

 

「うん?」

 

去り際、ホクトちゃんが不意に呟いたこと。

 

「雨の日、好きにはなれそうにないけど、

 楽しいと思えることはありそう」

 

「うん、そっか」

 

「……じゃ」

 

少々のデレ具合を発揮して、照れくさそうに手を振りながら、

ホクトちゃんは改札の向こうに消えていった。

 

今日の出来事が、意識の変わるきっかけになってくれたらいいな。

まあ、あのあとは外に出ても平気そうにしてたし、

終始楽しそうに遊んでたから、まあ大丈夫だろう。

 

走りが大丈夫かどうかはわからん。

そればっかりは本人のフィーリングだから。

 

「今日はどうもありがとうございましたリアンさん。

 本当にお手数おかけしまして……」

 

「いいよいいよ。後半は私も楽しかったから」

 

「ああ、ホントに恐れ多くて……」

 

こちらも終始、頭を下げっぱなしだったチヨちゃん。

君もクラシックが控えてるんだから、あんまり抱え込んじゃだめよ?

 

適度に発散しなさい。愚痴ならこうやって聞いてあげるから。

 

「んじゃチヨちゃん。この後どうしようか?」

 

「え? 帰るんじゃないんですか?」

 

「まだ門限には時間あるよ?」

 

俺がこう言うと、チヨちゃんはハッとした顔になって、

考えること少し、恥ずかしそうに申し出る。

 

「えっとそれじゃあ、私にもお付き合いしていただいても、

 いいんでしょうか?」

 

「もちろんOK」

 

「ありがとうございます!」

 

了承すると、嬉しそうに礼を言ってくるチヨちゃん。

そうそう、そういうふうに発散していってくれ。

 

「行きたいお店があったんです。

 でも、1人で入るにはちょっと勇気が要りまして」

 

「それじゃ、デートと洒落こみますか」

 

「はい!」

 

尻尾をぶんぶん振りまくるチヨちゃん。

本当にワンコ。そして、腕を絡ませてきかねないくらいの勢い。

 

「行きましょうリアンさん!」

 

「はいよ」

 

本当、クラシック頑張ってくれな。

ヤエノの動向がわからんが、この世界では、皐月も行けるだろうか。

 

 

 

*1
14戦5勝。主な勝ち鞍:朝日杯、セントライト記念、AJCC。88年最優秀2歳牡馬。名前の由来は大相撲の横綱・北勝海(ほくとうみ)。ちなみにチヨノオーは千代の富士から

*2
主戦騎手・小島太「少しでも馬場が渋るとやる気を無くして、全く走ろうとしなくなってしまう」




ホクトオーがトンデモキャラに……
雨関連がこうなりました


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第81話 孤児ウマ娘、励まされて出発する

前話でサクラホクトオーの画像貼り忘れてました。
せっかく作ったので置いておきます。

【挿絵表示】

【挿絵表示】



 

 

 

 

3月5日の深夜、直行便でのドバイ渡航が決定した。

およそ12時間の行程らしい。

そんな長時間のフライトどころか、前世を通じて、飛行機にすら

ロクに乗ったことすらない身としては、まるで想像もつかない世界だ。

 

北海道や小倉に遠征するなら、飛行機という線もありだが、

俺にはそういう機会はなかったからなあ。

 

シンボリが色々と便宜を図ってくれているようなので、

まあ心配はしてないけど、12時間もジッとしていたら、

身体が固くなっちゃいそうだな。

 

 

 

 

 

月が替わって3月。

1日の木曜日に国内最終追切を行なった。

 

マスコミ各社からの強い要望で、公開トレーニングということになって、

多数の関係者が学園に押し寄せた。

レースで慣れているとはいえ、レース場以外で、大人数が

見ている中で走るというのは、やっぱりあんまり良い気はしないね。

 

仕上がりのほうは、おかげさまでここまでは順調。

あとは現地に行って身体を慣れさせるだけだ。

 

そして、翌2日の金曜日。

理事長の鶴の一声で、壮行会が催されることになった。

 

一応、生徒の参加は自由意志という形だと聞かされてたんだが、

紹介されて会場入りして見てびっくり。

ほとんどすべての生徒が参加してるんじゃないかというくらいに、

足の踏み場もないほどのびっちり具合である。

 

この週末に出走を予定している子だっているだろうに、

迷惑をかけてしまってないかだけが心配だ。

まあそういう子は、チラ見するぐらいで、すぐに引き上げていくかな?

 

「生徒諸君! ついにこのときがやってきた!」

 

壇上に上がった理事長が、開口一番で気勢を上げる。

 

「いよいよ週明けの月曜日、ファミーユリアン君が海外遠征に出発する。

 ついては、激励の意味を込めて、本壮行会を開催する運びとなった。

 みんな、彼女をぜひとも応援してやってくれたまえ!」

 

理事長がそう言うと、たちまちに『おーっ!』という歓声が轟いた。

 

俺を応援してくれているはずの声なのに、

この期に及んで、どこか他人事のような気がしてくるのはなんでだろうな?

 

「生徒会長より挨拶です。

 シンボリルドルフ会長、よろしくお願いします」

 

「はい」

 

司会進行を任されているたづなさんの言葉により、

ルドルフが壇上に上がる。

 

「ハクチカラ*1さんが、日本ウマ娘として初めての海外、

 アメリカに遠征*2して早数十年……」

 

ルドルフはゆっくりと会場を見回した後、

静かにこう語りだした。

 

「そして、ワシントンバースデーハンデ競争で海外初勝利*3を挙げて以降、

 挑戦はあったが勝てていない*4

 

ハクチカラ、かあ。

随分と遠い昔のことように思えるね。

 

特に俺にとっては、他の子たちと違って、

さらに進んだ時代から転生してきているわけだから、

余計にそう思えてしまう。

 

「辛抱の時間を強いられたが、それももう終わりだ。

 長く続いた閉塞感を打破してくれる、

 そんなウマ娘がついに現れてくれた。

 ファミーユリアン、我が親友でもある君だ」

 

壇上からこちらに視線を向けて、微笑みかけてくるルドルフ。

大層な言上はやめてほしい。いや大真面目に。

 

「はっきり言って、日本史上最強だと思う。

 彼女ならば、いくら海外勢が強力だと言えども、

 必ず勝ってくれると信じている」

 

いや、いやいや、おまえよりも強いとか……

 

そんなこと言っておいて、この皇帝陛下は実戦になったら、

真後ろにぴったりくっついてきて、

直線に入ったらあっという間にぶっちぎっていくんですよきっと。

 

大ホラ吹きの皇帝陛下だなあ、まったく。

 

「……いや、ここまで来てただの願望を口にするのはやめよう。

 端的に、今の私の気持ちを表現することにする。

 これをもって、生徒会長として、親友としての、

 激励の言葉とさせてもらおう」

 

願望ではなく、端的な気持ち、ね。

さてどんな言葉にしてくれるのか?

 

「勝て!!」

 

……!!

これは……端的も端的、超簡潔ど真ん中に来たねぇ。

 

「以上だ。ご清聴感謝する」

 

言い終えて一礼し、壇上から降りるルドルフ。

会場は大きな拍手に包まれた。

 

確かにこれ以上の言葉はないわな。

俺もグッと来たぜ。サンキューな!

 

 

 

 

 

「先輩、がんばってな!」

 

「応援してます!」

 

「やってくれると信じてるぜ!」

 

「3人ともありがとね」

 

その後、俺も壇上に行って、同じく壇上に来てくれた

タマちゃん、ファルコちゃん、イナリの3人からでっかい花束を渡される。

 

「リアン先輩」

 

「スターオーちゃん」

 

さらにもう1人、スターオーちゃんもいる。

先月トレーニングに復帰した彼女、

もちろん自分の足で壇上まで上がり、すぐ目の前まで歩いてきた。

 

「存分に暴れてきてください。

 きっとそれが日本中の望みですから」

 

「うん、がんばるよ」

 

「これは、全校生徒から集めた激励の寄せ書きです」

 

「うえっ多っ!」

 

渡されたのは、何枚にも重なった色紙の束。

いったい何枚あるのか、想像もつかない。

 

「あとでゆっくり読んでくださいね」

 

「じっくり読ませてもらうよ。ありがと」

 

ウマ娘のパワーをもってしても、ずっしりと感じるこの重み。

何人が書いたんだ? まさか本当に全校分あるのではなかろうな?

 

4人はぺこりと頭を下げて、壇上から降りて行った。

 

「ファミーユリアンさんから、皆さんにご挨拶をいただきます」

 

会を締めくくる挨拶をしなければならない。

これ、言われたのがきのうの追切後のことだったんで、

何を話すか、考える時間もなくて本当に悩んだんだよ。

 

「え~、こんなに盛大な会を開いていただきまして、

 まことにありがとうございます」

 

応援してもらえるのはうれしいし、ありがたいのは確か。

だけど、正直ここまでしてもらえなくてもいいというか。

うぅ、負けた時のことは考えたくないなぁ……

堂々としているように見えて、実は逃げ出したい気分が満々ですよ。

 

とにかく、勝ちたい気持ちと、頑張りたい一心がどうのこうの……

こういうことを一生懸命に話した。

 

「──というわけですので、僭越ながらこの私が、

 みなさんの、日本ウマ娘の悲願を、ぜひとも達成したいと思います。

 えー……」

 

ここまで言って、一呼吸置いて、

集まった生徒の様子を見渡す。

 

『………』

 

みんな、いい顔してるなあ。

目をキラキラさせて、期待感満載でこっちを眺めておるわ。

 

まあ中には付き合わされて迷惑だなんて思ってるやつも、1人は絶対いる。

だが、自由参加の中で、形の上だけでも参列してくれているわけなので、

表向きは俺を応援してくれているわけで。

 

……そんな連中のためにも。

 

「勝ってきます!」

 

 

わああああっ!!!

 

 

言い切って締めて頭を下げたら、瞬時に溢れる大歓声。

……ホントの本当に、負けられんよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壮行会を終えて、荷造りも終わってる。

あとは空港に向かうだけとなった段階だが……

 

寝床に入って考える。

この土日はどうしようかね?

 

中央開催のレースを見ながら、ゆっくり過ごすのも悪くはないけど、

海外遠征前最後の週末だし、半年以上も日本に帰ってこられないわけだし、

特別な過ごし方をしてみたい気持ちもある。

 

何か、何かやり残したことはないか?

 

……。

 

…………。

 

そうだ、笠松行こう!(唐突)

 

渡航前最後にもう1度オグリと会って、話をしておきたい。

何より今後、レース界は彼女を中心に回っていくんだから。

 

思い立ったが吉日だ。

すぐさまスマホを手に取り、翌朝の新幹線を予約した。

 

で、朝。

 

「出かけるのか?」

 

いつものお出かけ変装スタイルに着替えている俺を見て、

ルドルフがそう声をかけてきた。

【挿絵表示】

 

「うん。遠征前最後の休みだから、

 ちょっと気晴らしに行ってくるよ」

 

「そうか。怪我だけには気をつけてくれ」

 

「おっけ」

 

相変わらずの心配のされ方だが、

出発2日前だからな。仕方ない。

 

でも嘘は言ってないよ。

ちょ~っと遠出になるけどねえ。

 

「門限までには戻るから」

 

「ああ。いってらっしゃい」

 

「いってくる~」

 

ルドルフに見送られて部屋を出る。

 

品川駅まで出て、予約した新幹線に乗って、いざ名古屋へ。

そこからまた乗り換えて、笠松まで。

 

アプリの乗換案内見てて意外に思ったんだが、

東京西部からは東京駅に出るより、品川から乗ったほうが早いんだな。

品川に停まるようになった恩恵だわ。

 

「着いた~笠松!」

 

というわけで、無事に笠松に到着。

自由席で来たんだけど、変装したおかげか、誰にもバレなかったよ。

 

都合4時間くらいかな?

昼前には着くことができた。

 

で、笠松レース場って駅からすぐなんだな。

利便性が大変よろしくて結構結構。

 

駅から歩くこと数分で、レース場の正門前まで来た。

だが、ここで気付いたことがひとつ。

 

「開催してないじゃん……」

 

開催日じゃなかったというオチ。

ほとんど誰も歩いてなかったから、察することはできたよな。

開催してたら、もっと人通りがあるはずだ。

 

あわよくばレースも見られるかなとも思ってたんだが、

その目論見はものの見事に外れてしまった。

よくよく考えてみれば、中央開催がある週末にはやらないよなあ。

 

まあ見方を変えれば、バレる可能性は下がったというべきか。

 

「ええと、どうするかな?」

 

他場の観戦と投票はしているみたいだから、

門は開いてるけど、入ってみるかな?

 

どちらかというと、レースやレース場じゃなくて、

トレセンのほうに興味があって来たわけなんだけど……

 

関係者に正体を明かして、事情を説明したら、

オグリに会わせてもらえるかな?

学生証は持ってきているから、

見せて変装を解けば、理解はしてもらえると思う。

 

……いや、やめておくか。

そんなネームバリューをいいことに、

強権を振りかざすような真似はしたくないし、できない。

 

アポを取れればよかったんだが、

そんな急に取れるわけがなかったしなあ。

まさしく思い付きの笠松行だったし。

 

時間もあんまりないし、う~ん……

とりあえず、トレセンのほうの入口へ行ってみるか。

 

 

 

 

 

「大先輩じゃないか!」

 

「っ……」

 

聞き覚えのあるお馴染みの声。

トレセン前へと移動中、思いがけずに向こうから来てくれた。

 

外回りのランニングにでも出ていたのか、

ジャージ姿の()()()の姿が、そこにはあった。

 

「どうしたんだこんなところで?」

 

変装を見事に見破ったオグリ。

こちらに駆け寄ってきて、朗らかな笑みを見せてくれる。

 

「よくわかったね? この通り変装してきたのに」

 

いやホントよくわかったな。

それも遠巻きに、一目見ただけで、だぜ?

 

だぼだぼのコートにサングラス、帽子を被って髪形も変えてるのに。

もはや超能力と言っても過言ではないぞ。

 

「雰囲気でわかった」

 

いや……うん。

笑顔でそう断言するものだから、マジで超能力かと思っちゃった。

 

「大先輩は大先輩だからな」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

よくわからないが大した自信だ。

まあ喜んでおくべきところだろう。

 

「おいオグリ、誰だよ?」

 

「お知り合いの方?」

 

オグリの後からやってきた、数人のウマ娘たち。

 

いま慌てたように尋ねているのは、

小柄で青鹿毛、目元に覆面を着けた赤いカチューシャの子と、

鹿毛のおっとりした感じの子だ。

 

他にも、芦毛で背が高くスラッとした子、

栗毛で『B』のような特徴的な髪飾りを着けた、おっぱいの大きい子と、

同じく栗毛で派手目な感じで、目つきの鋭い子がいる。

 

こっちでのお友達かな?*5

 

「大先輩だ」

 

ドヤ顔で言うオグリ。

それはおまえの中での呼称なんだから伝わらんだろ。

案の定、お友達たちは首を傾げている。

 

まったくもってやれやれだな。

 

「オグリのお友達の皆さんかな? はじめまして」

 

帽子とグラサンを取りつつ、自己紹介する。

 

「なっ?」

 

「え?」

 

「うそ……」

 

総じて驚きを隠せない彼女たち。

少し優越感に浸ったりはしないぞ。本当だぞ。

 

「ファミーユリアンです」

 

「まさか……」

 

「ほっ、ほほほほ本物ですか!?」

 

「なんでこんなところに……」

 

さすがに顔は知ってたか。

それぞれに驚愕の表情を見せてくれる彼女たち。

本当オグリのあの反応は何だったんだ。

 

「騒ぎになっちゃうから、内緒にね」

 

「は、はい」

 

『B』の子の声が大きいので、口元に人差し指を立てるポーズで自制を促す。

気持ちはわかるけど、あくまでお忍びなのでね。

勝手に来ておいて申し訳ないが、我慢しておくれ。

 

「あ、サ、サインお願いしてもいいですか?

 ああっ、書くもの持ってない!」

 

「私、持ってるよ。ちょっと待ってね」

 

カバンからメモ帳とペンを取り出し、

サラサラ~ッと一筆したためる。

あとは、書いたページを破って、『B』の子に渡してあげる。

 

「こんなのでよければ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

騒ぐなって言ったのにもう。

まあ気持ちはわかるし、周りに人はほとんどいないからいいか。

 

「大先輩、それで、どうして笠松まで来たんだ?」

 

不思議そうに尋ねてくるオグリ。

おお、そうだったそうだった。

 

「急でごめんね。

 日本を発つ前に、君ともう1度話したくなっちゃってさ」

 

「そうなのか、光栄だ」

 

「ちょっと2人で話せないかな?」

 

「もちろん構わない。みんな、ちょっと待っていてくれ」

 

そう言ってお友達の方々と別れ、オグリと2人になれる場所へ。

 

 

 

 

 

近くの川の土手の上へとやってきた。

2人で並んで立って、周りの景色を見つめる。

 

「のどかでいいところだね」

 

「だろう? 私も気に入っているんだ」

 

「そっか」

 

オグリの出身地ということで、一躍有名になった笠松。

その後もなんか色々あったみたいだが、現在でも存続している。

 

「で、話というのは?」

 

「うん。……ごめんね、あれは嘘」

 

「え?」

 

俺の言葉に目をしばたたかせるオグリ。

まあそりゃそうだな。話せないかと言ってわざわざ場所を変えたんだ。

盛大にハテナマークを浮かべたくもなろう。

 

「具体的に何か話したかったわけじゃないんだ。

 ただ、オグリと会って、声が聞きたかった」

 

「そうか」

 

「迷惑だったかな?」

 

「そんなことはない。私も大先輩と会いたかったし、

 こうして話せてうれしい」

 

「そっか、よかった」

 

「ああ」

 

そこまで話して、俺たちの間に沈黙が下りてくる。

しばらくの間、2人で川面を見つめていた。

 

次に口を開けたのは、何分後だっただろう。

 

「いよいよ来月から中央だね。準備はできてる?」

 

「明日からでもいいくらいだ。早くレースに出たい」

 

「何よりだね」

 

力強く頷くオグリ。

どうやら何の心配も要らないようだ。

 

「最初は風当たりの強いこともあるだろうけど、

 君はそんなのには負けないと信じてるよ」

 

「ああ、笠松のみんなのためにも、私は負けない。

 そして、次に戦った時こそ、大先輩にも勝って見せる」

 

「その意気だ」

 

意識は異様に高いようで安心した。

この分なら、史実以上の活躍は保証されたも同然。

 

まずはクラシックに出走できるかどうかだけど、

そこは俺にはどうにもできないので、まあ成り行きを見守るしかない。

どういうローテを組むのかな?

 

本当、年末が楽しみなような恐ろしいような。

 

「それじゃ新幹線の時間があるから帰るね。

 今度は中央で会いましょう」

 

「ああ」

 

門限のことを考えると、2時前には帰りの新幹線に乗っておかないとまずい。

そう考えて取っておいた予約には、そろそろ名古屋へ戻っておかないといけない。

 

笠松滞在が1時間もなかったな。

トンボ帰りもいいところだ。

 

「海外、がんばってくれ。みんなで応援している」

 

「ありがとう。全力で頑張ってくるよ。それじゃね」

 

オグリからの激励も受けて、頷き合ってお別れ。

 

「お友達の皆さんも、またね」

 

向こうで待っているお友達の方たちにも挨拶して、

駅のほうに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

時間が迫っているのか、リアンは急いだ様子で小走りに去っていった。

手を振って見送った笠松一同。

 

「本当、何しに来たんだあの人は」

 

「結局、オグリちゃんに会いに来ただけ?」

 

「オグリ! どういうことなんだよ!」

 

「そもそもどうやって知り合ったの?」

 

友人たちが騒ぎ立てる中、オグリは冷静に一言、

笑顔でこう述べるだけだった。

 

「来てくれてうれしかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の日曜日は、出身の孤児院へ。

 

「またしばらく会えなくなりますが」

 

「いいのよ。リアンちゃんは自分のことだけ考えて」

 

「はい」

 

院長は何の心配も要らないと笑ってくれた。

手前勝手なことばかりなのに、誠に申し訳ない。

 

「怪我と病気には気を付けてね」

 

「はい」

 

二言目には、毎回それだもんなあ。

それだけ心配されてるってことで、

成長してないって思われてるのか。悲しいなあ(嬉)

 

「連絡できないわけじゃないんでしょう?

 たまにでいいから、連絡ちょうだいね」

 

「はい。……っ」

 

いかんな……いろいろ思い浮かぶことがあって、

感極まってきてしまった。また()()だ。

今生の別れってわけでもないのになあ。

 

マジで成長してないじゃないか……

 

「大丈夫よ」

 

「ぁ……」

 

立ち上がった院長が目の前までやってきて、

がばっと抱き締めてきた。

 

子供のころから全然変わらない、

院長の匂いとぬくもりに、安心感が噴出してくる。

 

「しっかりね」

 

「はい……はいっ……」

 

「本当、強がりなのは昔から変わらないんだから」

 

「っ……」

 

院長に声をかけられるほどに、涙が込み上げてきて。

その後しばらく、何も言葉にできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ出発の日。

ドバイ行きの便は深夜発なので、夕方に学園を出る。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「ああ。当日は私も現地に行く」

 

「うん」

 

ルドルフの見送り。

忙しいだろうに現地まで来てくれるなら、それ以上の応援はないよ。

 

「リアン」

 

「ん? ……ああ」

 

差し出されてきた右手。

俺のほうからも手を伸ばし、力強く握り返した。

腕相撲の時のような格好になる。

 

「健闘を祈る」

 

「うん、いってきます!」

 

熱いお見送りを受けて部屋を出、

キャリーケースをガラガラと引きながら寮のロビーへ。

すると……

 

パンッパンッ

 

「うわっ! な、なに?」

 

突如として鳴り響いた破裂音。

不覚ながら全く予期していなかったので、ビックリしてしまった。

 

『ファミーユリアン先輩! いってらっしゃい!』

 

ついで大合唱で発せられたこんな声。

慌てて確かめてみると、ロビーに入りきらないくらいの生徒が集まって、

ライブの観客が持っているような色とりどりのサイリウムを振っている。

 

よく見れば飾りつけまでされており、

『がんばれ!』や『応援してます!』といった幕まで用意されている。

 

これは……

 

壮行会までやったというのに、この上こんなことまでとは。

わかっていたことだけど、トレセン学園の生徒、いいヤツしかいない。

いつの間にこんなの用意してたんだよ。

 

「みんなありがとう! いってくるね!」

 

モーゼが割った海のように人垣が割れて、出口までの道が開く。

盛大な拍手に送られながら、その真ん中を通って外へ。

外へ出てもなお、中からは拍手が聞こえてくる。

 

「良い生徒さんたちですね」

 

「私にはもったいないくらいです」

 

待っていた乙名史さんと合流。

 

彼女はこの遠征にも密着するらしく、海外へ単身での長期出張のようだ。

娘さんまだ学生なのに大丈夫ですかと聞いたら、

主人に任せますし、しっかり者の娘ですから大丈夫ですとの返答だった。

 

「では、お乗りください」

 

「はい。よろしくお願いします。乙名史さんもどうぞ」

 

「失礼します……」

 

例のシンボリ家のリムジンで、空港まで送ってもらう。

密着取材の乙名史さんも同乗する。

 

「こんなお高い車に乗るのは、生まれて初めてですよ……」

 

と、ハンディカムを持った乙名史さんは恐縮しきっていた。

まるで初回の際の俺のようで、失礼ながら笑ってしまった。

そんな車中での会話。

 

「あ、そうだ乙名史さん。ひとつ耳寄りな情報があるんですが」

 

「お、なんですなんです?」

 

こう切り出すと、メモ帳片手に、

身をずいッと乗り出して食いついてくる乙名史さん。

まあそうなるよな。

 

「来月、編入してくる子がいるんですけど」

 

「ほほぉ、そうなんですか。それで、その子が何か?」

 

「芦毛のロングヘアの子で、オグリキャップっていうんですけどね。

 間違いなく今後のレース界を背負って立つ存在だと思いますから、

 取材しておいて損はないと思いますよ」

 

カンニングしている身からすると、

インサイダー取引みたいで、なんか嫌だけどな。

 

「編入、ということは、今までは地方の所属で?」

 

「そうです。笠松からです」

 

「笠松……そんな子の情報あったかな?」

 

さしもの乙名史さんでも、まだオグリのことは知らない模様だ。

でもそんなあなたでも、すぐに彼女の魅力の虜になりますよ。

 

「私から紹介されたって言えば、彼女も拒否しないと思います。

 連絡先は交換したので、伝えておきますよ」

 

「助かります。よくわかりませんけど、リアンさんがそこまで仰るなら、

 私は行けませんから会社に連絡して、別の人を行かせます」

 

「ええ。ぜひそうしてください」

 

半信半疑な様子ながらも、乙名史さんは早速、会社に電話していた。

それは会社の人のほうも同様なようで、なんだか揉めていた気配もあったけど、

笠松までの予算が~とか、引っ越しの日、密着なんて単語が出ていたので、

『地方からの編入に密着取材!』なんて特集が組まれるのかもしれない?

 

もしかすると、この世界のオグリブームは、府中CATVから始まるかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港に到着して、出発の記者会見。

1度やったんだから静かに出発させてほしいものなんだが、

そうは問屋が卸してくれないのが世間というもの。

 

ここまでの順調な調整の経過と、

改めて抱負や決意などを述べて、予定されていた終了の時間となる。

 

「時間となりましたので、これにて会見を終了させていただきます」

 

進行役の人の言葉でお開きとなって、

隣にいたスーちゃんとも頷き合って立ち上がった、その瞬間──

 

「ファミーユリアンの健闘を祈ってぇ~、エールを贈る~!」

 

報道陣の後ろから現れた、おっちゃんをはじめとするファンクラブの一同。

彼らは総じて俺のファングッズで装備を固めており、

例の横断幕も広げられて、さながらパドックのような雰囲気になった。

 

「ふれ~、ふれ~、リ・ア・ンッ!」

 

『フレッフレッ、リアンッ!』

 

次第に報道陣の人たちも参加するようになって、

最後には、この場にいるほとんどすべての人の大合唱となる。

 

『ファイト、オーッ!!』

 

「………」

 

呆気に取られて、しばらくは何も言い出せなかった。

 

なぁにこれぇ……

どういうことなの?

 

おっちゃんたち? 俺、何も聞かされてませんけど?

 

「がんばれリアンちゃん! 信じてるぜ!」

 

そう言ってサムズアップして締めくくったおっちゃん。

 

やれやれだぜまったくぅ。

仕方のない人たちだ。

 

ファンクラブの人たちも、当日は現地まで来てくれることになっている。

もちろん自腹で来させるわけにはいかないので、ファンクラブ、

即ち俺持ちなわけだが、まあ当然のことだろう。

わざわざ応援に来てもらうわけだから。

 

といっても、全員を招くわけにはいかないので、

おっちゃんを筆頭とする限られた人たちのみだけど。

 

その抽選は、なかなかに熾烈な争いとなったみたいだ。

 

「ありがとうございますっ! いってきます!」

 

俺からもサムズアップし返して、頭を下げて会見場を後にした。

 

海外遠征発表してから、何回、人前で頭下げたんかな?

なんにせよ、ますます負けられなくなってしまった。

 

レースが楽しみなような、恐ろしいような、

なんとも複雑な気持ちだよ。まったくもう(大喜び)

 

 

 

ちなみに、空港でのラウンジが超豪華でまずびっくり。

後から聞いたが、有料の専用施設だったんだって。

飲み物から食事から至れり尽くせりのサービスで、度肝を抜かれた。

 

空港ってこんな豪勢なところだったっけ?

 

それだけでも十分だったんだけど、搭乗する便が

ファーストクラスだということに気付いて二重にビックリ。

 

そりゃ、シンボリが手を回していたんだから、

ある程度は予想していたが、せいぜいビジネスクラスだと思ってたよ。

まったくもって甘かった。

 

ほとんど何も不自由しない、12時間のフライトがまったく苦にならない、

それはもう快適な空の旅でしたよ、ええ。

 

アテンダントさんが世話を焼いてくれるたびに恐縮してしまい、

逆に向こうに気を遣わせてしまったが、庶民感覚の俺は何も悪くないと思う。

 

 

 

*1
通算49戦21勝。主な勝ち鞍、56年ダービー、57年天皇賞秋、有馬記念

*2
アメリカに長期遠征し17戦1勝

*3
ハクチカラの日本馬海外初勝利は1959年。海外重賞初勝利でもある

*4
日本調教馬による海外重賞勝利は、95年香港国際カップ(当時G2)のフジヤマケンザンまで開く。アメリカに限ると、2005年シーザリオのアメリカンオークスまで待たなければならない

*5
中の人はシングレ未読





無理だと思ってた笠松詣でを、このタイミングで何とか決行。
オグリとのセカンドコンタクトになりました。
シングレ勢の出番はこれ限りの予定。

いよいよ次回から海外パート。
もちろん現地に行ったことはないので、
状況描写がおざなりになるのはご勘弁ください。

ちなみに成田→ドバイのエミレーツ航空ファーストクラスのお値段、
調べた時点では250万超えてました。恐るべし((((;゜Д゜)))


なお、ヨーロッパへの日本馬初の遠征は、
中山大障害を4連覇したフジノオーであり、66年のことです。

2シーズンで16戦して2勝(フランスにて)しており、
日本馬によるヨーロッパにおける初勝利で、
あのグランドナショナルにも出走しました(結果は飛越拒否による競争中止)。
また、現在でも記録上、唯一の日本馬による海外障害競走遠征馬かつ勝利馬です。


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第82話 孤児ウマ娘、ドバイ上陸

今回の海外編から、海外勢との会話を便宜上、
日本語表記にさせていただきます。
もちろん本人たちは英語などを使って会話しております。
ご了承ください。


 

 

 

ドバイに無事に到着して、さっそく、

トレーニングを開始しようと思うんだが……

 

暑いっ!

 

そりゃ中東の砂漠地帯なんだから覚悟はしていたが、

実際に体感すると、それはもう暑いのなんのって。

 

一応、同じ北半球だから、こっちでも3月は冬季に当たるようだけど、

気温は普通に30度近く、日によってはそれ以上になるし、

湿度も割とあるのでとにかく熱いのだ。

 

特に、冬の日本から来た身としては、非常に堪える。

まずはこの環境に慣れないといかんなあ。

 

そんなわけで、スーちゃんにお願い。

1発目のトレーニングは……

 

「ゲート練習させてください」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

またまた目を丸くさせちゃったけど、

ゲート練習は大事だよ。逃げウマにとっては特にね。

出遅れなんてことになっては、それだけで勝機を失う。

 

ダートはただでさえ先行勢が有利で、差しが決まりにくい。

俺の場合、採れる戦法がそのどちらかという状況なので、

ならば逃げるという一択しかなくなる。

 

必然的にスタートで失敗するわけにはいかない。

そのために、練習しておく必要があるわけだ。

 

日本と海外とでは、ゲートの開くタイミングとか違うかもしれないし、

もしかすると特殊な癖とかがあるかもしれない。

あるんだとしたら、早めに特徴を掴んでおきたかった。

 

一定以上のレベルになると、こんなこと普通はやらないんだけどさ。

スーちゃんが驚いていたのはこういう理由。

 

でも万全を期してね。やれることはやっておきたい。

出の反応の良さで、逃げるときは一歩先んじることができていたので、

その長所はドバイでも活かしたいと思うわけで。

 

ということで、ゲートを用意してもらって練習します。

 

で、実際ゲートに収まってみた感想としては……

 

「ふむ……特段変わったことはない、か」

 

これといった印象は受けなかった。

何の変哲もない、ごく普通のスターティングゲートという感じ。

 

だが、開くタイミングはどうか。

 

「開けるわよ」

 

「はい、お願いします」

 

 

──ガッシャン

 

 

「………」

 

開ける前に一声かけてもらって、ゲートを開けてもらう。

 

「すいません、続けて何回かやってもらっていいですか?」

 

「わかったわ」

 

お願いして、何回か閉じて開ける、という動作を繰り返してもらって、

ゲートのタイミングを掴もうと試みる。

 

「リアンちゃん、どう?」

 

「なんとなくは。次は実際に出てみますね」

 

「了解よ」

 

まあ百聞は一見に如かず。で、見てみた後は、

実際に体験して確かめてみるしかない。

 

「……ふ~っ」

 

実戦さながらに息を吐いて、心を落ち着かせて。

今ゲートイン完了を想定。発走を待つ。

 

「よし──ガンッッッ!!──ぶへっ……!?」

 

顔面に激しい衝撃を感じると共に、鈍い金属音が響いた。

同時にゲートブロックが振動する。

 

「~~~ッ……」

 

「リアンちゃん!」

 

鼻を押さえてその場にうずくまってしまう俺。

 

いってーっ!

くそっ、ほんのわずかに早すぎたか。難しいもんだ。

やっぱり日本のとは微妙に違うらしい。

 

「大丈夫っ!?」

 

「大丈夫です……」

 

慌てて駆け寄ってきたスーちゃんにそう答える。

鼻を強打してしまったけど、どうってこと……

 

うぐぐ、でも痛ぇ……

衝撃で脳が揺れたか、少し変な感じもする。

 

つ~

 

「ぁ……」

 

手を離したら鼻血が一筋。

 

「大丈夫じゃないわ! 早く手当てしないと」

 

「は、はい。すいません」

 

スーちゃんに連れられて、医務室に直行。

 

現地での初トレーニングで流血沙汰だなんて、

日本で報じられたらどうなるのか、想像したくない。

俺は考えるのを放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなリアンの初トレーニングの様子を、

遠巻きにだが、注意深く見つめていた人物が2人いる。

 

報道陣というわけではない。2人とも、現役の競技ウマ娘だ。

それも、北米チャンピオンとその強力なライバルという、

世界でも屈指のダートでの実力者であった。

 

「アレが日本から来たっていう、“史上最強”娘か?」

 

「そのようだな」

 

漆黒の長い髪のやや小柄なウマ娘の問いに、

打って変わって大柄で見事な金髪のウマ娘が頷く。

 

「ハッ、笑止な。この期に及んでゲート練習とは」

 

腕組みをしつつ、小馬鹿にしたように言う黒髪の娘。

 

「まあ最強とは言いつつも、極東の島国でのことだ。

 程度が知れるというものだな」

 

「侮るのは良くない。今までがそうだからと言って、

 彼女もそうだとは限らないからな」

 

引き続き馬鹿にする黒い娘に対して、

金髪の娘は、悠然と仁王立ちしたまま、

それを窘めるような発言をする。

 

「基本は大事だ」

 

「フンッ。いまだ海外でのG1勝利のない国の奴なんざ、

 どうでもいいんだけどな」

 

「ふふ、そう言いつつ、こうして見ているではないか」

 

「オマエが言うから仕方なくだ。

 俺様はハナから眼中になんかないんだからな」

 

「そういうことにしておこう」

 

「本当に仕方なくなんだぞ!」

 

そのうち、半ば口論のようになる2人。

といっても、金髪のほうは余裕を見せて微笑んでおり、

黒髪の娘が一方的に食って掛かっている感じである。

 

「おいおい、頭ぶつけやがった」

 

「そうだな」

 

話しているうちに、リアンがゲートにぶつかる事故が発生。

トレーナーらしき人物に連れられて、

早々に退場していく様子は2人からも見て取れた。

 

「とんだお笑いヤローだ。ゲート難持ちだったか?」

 

「いや、そんなことはないはずだが」

 

質問に応えつつ、金髪の娘は内心、ほくそ笑む。

 

(そなた、十分に気にしているではないか)

 

最初に会った時からからこういうやつだったな、と苦笑する。

しかし、それを口にするとまた先ほどのようにこじれるので、

心中で思うだけにする。

 

「大事に至らなければよいが」

 

「どうでもいいけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、初日のトレーニングはあれだけで終わった。

鼻血もすぐに止まったし、骨にも異常はなさそうだったので、

俺としてはもっとやりたかったんだけど、

スーちゃんが大事を取って安静にしましょうって言うからさあ。

 

数日は時差と暑さに慣れることに集中して、

コースに出ることは控えていた。

 

で、満を持してコース復帰。

 

ちなみに、密着取材中の乙名史さんの手によって、

例の顔面強打流血事件はすぐさま記事にされて報道されたらしく、

日本での狼狽ぶりは相当だったらしい。

 

中には、レース回避か、なんて飛ばし記事もまた出回ったらしいが、

あくまで軽傷で、今後のスケジュールに影響はないと

スーちゃんが即座に火消ししたおかげで、騒ぎはすぐに収まったそうだ。

 

引退騒動があったばかりなのに、ホントよくやるよ。

マスコミさんは反省して、どうぞ。

 

促すだけ無駄かな。なんせ()()()()だからね。

 

ゲート練習はあれからも続けて、タイミングはバッチリ掴んだぜ。

これなら絶対先手を取れる。痛い思いをした甲斐はあったってもんだ。

 

そろそろ身体も馴染んできたんで、

本格的にトレーニングを始めようかと、そう思っていた時。

 

「よぉジャ〇プ!」

 

「っ!?」

 

思いがけずにかけられた声。

 

「1度も国外のG1で勝ったことのない、

 レース後進国からよく来たな! その心意気だけは認めてやる」

 

ビックリして振り返ると、やや小型で細身の体型、

長い黒髪のウマ娘が、腕組みをして立っていた。

異様なくらい長い前髪のひと房が特徴的。

 

ガハハとでも笑い出しそうな勢いで、挑発的な言葉を投げかけられた?

 

「差別用語は良くないぞ。連れが失礼した」

 

そして、もう1人。

 

先の彼女とは対照的に、2mはあろうかという超大柄で

ガッチリした体躯の、鮮やかな金髪をサイドテールにしたウマ娘。

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

こちらの彼女は、相方の態度を謝罪してくれはしたものの。

えっと、ど、どちら様で?

 

もちろんこっちに知り合いなんていないわけです。

声をかけられる覚えなんてありませんけど?

 

なんだろう、この超凸凹コンビは。

 

「私はアメリカからやってきたビーフィーゴア(BeefyGoer)という。

 こっちは友人でライバルでもある、サンデーセレニティ(SundaySerenity)だ。

 セレン(Seren)、自己紹介しろ」

 

「サンデーセレニティだ。よく名前とは正反対な性格だって、

 ヤジられるぜ。なんといってもSerenity(静けさ、落ち着き)だからな。

 ワッハッハ!」

 

豪快に笑いそうだなと思っていたら、その通りなやつだったでござる。

というか、ゴアにサンデー? ゴア……? サンデーって……もしや!?

 

「セレンは去年のアメリカ二冠を制し、BCクラシックも勝っている。

 エクリプス賞*1最優秀ウマ娘にも輝いた。

 三冠最後のベルモントステークスでは私も一矢報いたが、通算では負け越しだな。

 なんにせよ、現在のアメリカレース界ではともにトップだと自負しているよ」

 

「勝負は時の運。二冠のいずれも俺様が負けていてもおかしくなかった。

 俺様も強いがベフィ(Befy)も強いぜ。ガハハ!」

 

「あ……そ、そうですか」

 

戸惑っていたら、彼女たちのほうから名乗り出てくれた。

 

こいつは参ったね。

正直、見落としてたというか、脳内になかったぜ。

 

まさかここで、あの『サンデーサイレンス*2』と

その最大のライバルである『イージーゴア*3』が出てくるとはな。

 

どう考えたって、その2頭がモデルの2人だ。

こいつらと対戦するの? うわあ、引くわ(素直)

 

そう言われてみれば、サンデーはウマ娘のマンハッタンカフェにそっくり。

実馬でも瓜二つだったというから、やっぱり“お友達”の正体はこいつか。

カフェとは違って目つきが悪いし、雰囲気からして()()

 

……そっかー、ここでこいつらが登場するのか。

ドバイ自体がまだ存在しない年代だし、世界一決定戦なんだから、

そりゃレースがあればアメリカから来てますよね~。

 

年代被っちゃったな~。ハハハ、参ったねこりゃ(遠い目)

 

「で、君は? わかっていて声をかけたつもりだが、

 確認をさせてもらえないか?」

 

「あ、うん……。日本から来たファミーユリアンです」

 

「20戦18勝2着2回、G1を12勝。間違っていないな?」

 

「そうですね」

 

良く調べてるなあ、さすがだ。

それに比べて俺の迂闊さよ。

自分のことしか考えてなかったのが嫌になるね。

 

「G1を12勝ねぇ。こいつが? はっ、冗談だろ!

 こんなのがそんなに勝てるんじゃ、レベルは相当低いらしい。

 海外で勝てないのも納得だ」

 

「だから見た目だけで判断するな。確かに顔は合っている」

 

「………」

 

見下した感じだが、背は低いから『下から』見下されるという変な感じ。

現状では、欧米から見たら日本は明らかな格下だから、

当然の印象だろうな。悔しいが。

 

「今日は顔合わせのつもりで来た。突然で無粋だったのはお詫びする。

 では、また。セレン、行くぞ」

 

「へーへー。精々いい夢見るこった。あばよ!」

 

「ど、どうも」

 

サンデーとゴアは、そう言い残して去っていった。

 

終始、圧倒されっぱなしだった俺。

こりゃいかんな。出走予定の子について、調べてみないと。

 

 

 

 

 

その日のトレーニング後、スーちゃんに頼んで、

対戦する予定の子のデータを出してもらう。

 

まずは基本の、ドバイ、メイダンレース場の仕様から。*4

 

ダートコースは1周1750mで幅員25m、直線400mは京都外回り(404m)とほぼ同じ長さ。

コーナーのバンクは6%と芝コースより角度がある。

 

へえ、コーナーにバンクがあるのか。

日本のコースよりも走りやすそうだ。砂質と脚抜きはどうか?

 

それで肝心の、出走予定のライバルたち。

戦績は現時点でのものだ。

 

 

 

サンデーセレニティ

12戦8勝 G1・5勝 昨年度エクリプス賞最優秀ウマ娘

 

 ケンタッキーダービー1着、プリークネスS1着、BCクラシック1着、

 サンタアニタダービー1着、スーパーダービー1着

 

 人呼んで「運命に嚙みついたウマ娘」

 幼少時にウイルス性の腸炎で衰弱して数日間生死の間を彷徨う

 さらには交通事故に逢い、

 同乗者がすべて死亡する中を奇跡的に一命と競争能力を取り留めた

 脚質は先行、好位抜け出しを得意とする

 

 

ビーフィーゴア

17戦12勝 G1・7勝

 

 ベルモントステークス1着、ジョッキークラブ金杯1着、トラヴァーズS1着、

 ホイットニーハンデ1着、ウッドウォードS1着、等

 

 母と祖母もG1ウィナーの名門一家の生まれで、

 破格のバ体から「超重戦車(Super-heavy Tank)」の異名をとる

 脚質は好位以降ならどこからでも行ける自在型

 

 

バヤコヤ

29戦16勝

 

 ここまででG1を11勝の名ウマ娘 前年BCディスタフの覇者

 アルゼンチン生まれで当地でデビューした後、アメリカに移籍した

 戦績を見る限り圧倒的だが、2000m以上での勝ち星はない

 かなり神経質でカリカリしやすいタイプ

 舌を出して走る癖が?

 

 

クリミナルタイプ

17戦6勝

 

 アメリカ生まれだがフランスでデビューし、アメリカに戻ったウマ娘

 今年に入ってG2を連勝し、直前のG1で2着した成長株*5

 

 

 

主だったところではこの4人か。

 

ほかに、ヨーロッパからの参戦で、

少なくとも俺が名前を知っているような著名な子はおらず、

アメリカ大陸からも目立った子はいないようだ。

 

とにかく北米の『ビッグ2』の存在が大きすぎる。

 

後世にもその名を轟かせる2人を前にして、

俺は勝利を捥ぎ取ることができるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドバイに来て1週間後。

調整に余念がない中、衝撃的な出来事が!

 

「よおリアン」

 

「シリウス!?」

 

なんと、シリウスが突如として姿を見せた。

 

応援しに来てくれたのかと思ったが、

それにしては気が早くないか?

 

「あ、応援しに来てくれたの?

 でもちょっと早すぎない?」

 

「おまえは何を言っているんだ。

 レースをしに来たに決まっているだろ」

 

「は? レース?」

 

レースって、いったいなんのレースに出るつもりなんだ?

普通に出られるようなのってあったっけ?

 

「鈍い奴だな。シーマクラシックに出るんだよ」

 

「シーマ……って、ええっ!?

 ワールドカップデーのシーマクラシック!!?」

 

「そうだ。ハハッ、期待した通りの顔をしてくれたな」

 

満足そうに笑うシリウスだが……

まさかまさかの事態だ。

俺以外にドバイミーティングへの出走者がいたとは。

 

完全に知らなかったよ。

だって、誰も何も言ってくれなかったもの。

 

「よ、よく審査通ったね!?」

 

「ふん。私の実績をもってすればなんてことはない」

 

そりゃ確かに、G1を3勝は十分な実績だとは思うけど、

最近は……だし、そもそも秋のシーズンは走ってすらないじゃないか。

それどころかロクに顔も見なかったし、どこで何をしていたのやら。

 

出たいからと言って、

そのまま出られるようなレースじゃないはずなんだが……

 

最低でも、URAの推薦は必要なはず。

どういうことなんだよいったい???

 

「多少はコネを使ったがな」

 

「あっ、ふーん」

 

ニヤリとあくどい笑みを見せつけてくるシリウス。

 

要はシンボリの力ということか。

結局はおまえもそうかというか、名門というのは大きいよなあ。

使えるものは使う精神、良いと思います。

 

それはそれとして、あとでルナちゃんと“お話”しなきゃいかんね。

 

「というわけで、喜べ。私が一緒に調整してやる」

 

「ノーサンキュー」

 

「はっはっは! そんなに喜ぶなよ」

 

また満足そうに笑いおって。

これが喜んでいるように見えるんなら、眼科に行ったほうがいいぞ。

言葉が分からないんなら、英語で良ければ通訳してやる。

 

 

 

*1
アメリカの年度表彰

*2
言わずと知れた「SS様」。競争成績もさることながら、日本において史上空前のスーパーサイアーとして大活躍した

*3
SSの最大のライバル。クラシックやBCでは後れを取ったが、自身もG1を9勝した超名馬である

*4
メイダン競馬場紹介https://www.jra.go.jp/keiba/overseas/country/uae/racecourse.html

*5
史実では当年後半以降、G1を連勝しエクリプス賞に輝くが、この時点ではまだG1未勝利





さすがに実名では出せませんでした
今後何が起きるかわかりませんから

そして当然のように追いかけてきたシリウス
経緯については次回にて


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第83話 孤児ウマ娘、天狼星を見上げる

 

 

 

 

時間は遡って、前年秋の話。

 

ここは北海道日高にあるシンボリ分場。

シンボリが本家とは別に所有しているトレーニング施設だ。

 

本来であれば、トレセン学園入学前や、

合宿などで使用するこの施設に、

G1シーズンを迎えた今、似つかわしくない人物の姿があった。

 

「……ふぅ」

 

かつてクラシック二冠を獲得し、

翌年の春の天皇賞をも制したシリウスシンボリ、その人である。

 

シリウスはひとっ走り終えてきたところと見え、

足を止めて汗を拭うと、さらに少し前を回想する。

 

 

 

 

 

トレセン学園、理事長室。

 

「疑問! それは学園ではできないことなのか?」

 

「できないから、こうしてわざわざ申し出てるんだ」

 

理事長からの質問に、シリウスは仏頂面でこう答えた。

学園で1番偉い人を前にしても、その態度は変わらない。

 

「君のトレーナーからも、認めてやってほしいとの

 要望が来ているが……」

 

困惑している理事長。

それもそのはずで、トレセン学園在学中で現役のウマ娘から、

このような申し出がなされるのは異例であったからだ。

 

「シリウスさん、ご希望はわかりました。

 しかしこれからとなりますと寒くなっていく時期ですし、

 冬眠前の熊と出くわす可能性もあります。危険です」

 

隣で聞いていたたづなからも、危惧する声が聞かれた。

 

では肝心の、シリウスが申し出たこととは何なのか?

それは、学園から離れて北海道へと向かい、

自然豊かな環境の中で己を見つめ直し、鍛え直すというものだった。

 

いわば、野山を駆け巡るクロスカントリーのようなことを行なって、

近走の低迷しがちな成績から脱却したいということなのだろう。

 

少なくとも、理事長とたづなはそう捉えた。

年齢的に見れば、シリウスも下り坂であることは間違いない。

であるからこその要望だろうと。

 

「はっ、私はウマ娘だぞ。普通の人間ならまだしも、

 熊と会おうが鬼と会おうが、逆に叩きのめしてやるさ」

 

自信満々に言ってのけるシリウス。

確かに、ウマ娘のパワーをもってすれば、熊をも倒せるかもしれない。

しかし危険は拭えない。

 

「そのほうが逆に鍛錬にもなる。

 ぜひ出てきてもらいたいね」

 

さらにシリウスは豪語する。

この様子に、さしもの理事長とたづなも諦めたようだ。

 

「了承! だが、安全には十分配慮してくれたまえ」

 

「無論だ。レースのためのトレーニングなのだから、

 ケガをしたんじゃ元も子もないからな」

 

仕方なく、安全に気を付けるという条件でOKを出す。

シリウスはニヤリと笑って頷いた。

 

こうしてシリウスは学園から離れ、

北海道にて自身を顧み、鍛え直すことになったのだった。

以上、回想終わり。

 

 

 

 

 

「……ふん。こっちに来て1週間。

 狐や鹿には出くわしたが、熊は出てきやがらねえな。

 恐れをなしたか、フフ」

 

不敵に笑うシリウス。

実際、ウマ娘が本気で野生の熊と戦ったら、どうなるのだろう?

 

「まあいい。人工の施設にはない自然のアップダウンで、

 かなり鍛え直された気はする。いい感じだ」

 

まだわずか1週間だが、この短期間でも、

それなりに手応えを感じることができている。

狙い通りに下半身の強化にはもってこいだ。

 

ではそもそもなぜシリウスは、わざわざ理事長に直談判してまで、

学園を飛び出してトレーニングをする気になったのか。

 

「あのままでは絶対にリアンに届かない。

 決断して正解だった」

 

大体の想像はつくだろうが、まさにその通りである。

 

もはや自分のことは眼中にないかのような言動態度のリアンに、

もう1度こちらを向かせるため。そして、アッと言わせてやるため。

 

「今に見てろ。必ず、目に物言わせてやる」

 

シリウスの両の瞳には、確かなやる気の炎が灯っていた。

 

 

 

 

 

そうして時が過ぎ、年末にリアンの海外遠征が発表される。

それを受けて、シリウスも即座に動いた。

 

すでに北海道は雪深くなっていたので学園に戻っていたが、

リアンの会見の直後に、とある連絡先へと電話をかける。

 

『やあ。君のほうから連絡してくるとは珍しい』

 

相手はすぐに出た。

シリウスのスマホの画面には、相手方が『シンボリ当主』と表示されている。

 

『いや、何も言わなくていい。用件はわかっているつもりだ。

 リアン君の件だね?』

 

「……ああ」

 

当主からの問いに短く頷いたシリウス。

声色の不機嫌さが向こうにも伝わったのだろう。

 

『黙っていたのは悪かった。しかしだね──』

 

「そうじゃない。何もわかっちゃいねぇ」

 

『──え?』

 

すまなそうに後を続けそうになったのだが、

シリウスは相手の声を強引に遮った。

 

「別に秘密にしてたのはどうでもいいさ。

 理解はできるし、私も聞こうとしなかったからな」

 

『……そうかね』

 

実際、シリウス自身も自分から関わろうとはしなかったし、

知らされなかったことは気にしていなかった。

 

しかし、相手方からすれば意外であったようで、

一言そう返すのが精いっぱいだったようだ。

 

「だが、悪く思ってくれてるのならちょうどいい。

 詫びということで、ひとつ()()()を聞いてもらいたいね」

 

『……聞こう』

 

「話が早くて助かる」

 

それはシリウスにとっては大変好都合であり、

逆にシンボリ側にとっては、格好の弱みを見せる形となってしまった。

 

かくしてシリウスは咄嗟の機転を利かせ、自分の要望を、

シンボリに飲ませることに成功したのである。

 

 

 

 

 

年末年始を挟んで10日ほどが経ち、今度はシリウス側に、

シンボリ当主からの連絡があった。

 

『やあシリウス君。頼まれていた件についてだが』

 

「……どうなった?」

 

さすがのシリウスも、用件が用件だっただけに、

やや息を飲んで次の言葉を待つ。

 

『URAの推薦を得ることには成功したよ。

 あとはあちらさん次第だが、まあ大丈夫だと思う』

 

「そうか」

 

ホッとして胸を撫で下ろした。

ここで失敗したとなれば、すべては水の泡だったからだ。

 

前例からして鑑みるに、所属団体からの推薦があれば、

“当該レース”への出走はまず間違いなく叶う。

 

「……感謝を」

 

『おや珍しい。君から素直に感謝されるとは』

 

「………」

 

『悪かった、冗談だよ。こちらとしても嬉しい限りさ』

 

ひねくれているのは自覚しているから、

冗談交じりというのもわかってはいるものの、

直接こんなことを言われては、良い気はしなかった。

 

思わず無言になってしまい、当主から謝らせてしまう。

 

『リアン君に続いての海外遠征となれば、話題性は抜群。

 しかもうちの縁者となれば、我がシンボリとしても、願ったり叶ったりだ。

 それに、身内の頼みを聞けずに何が家族か』

 

「ではついでと言っては何だが、お優しい家族として、

 もうひとつ言うことを聞いてもらおうか」

 

『さすがに内容によるなあ。どんなことだい?』

 

「リアンはもちろんのこと、マスコミ連中にも、

 直前まで内密にしておいてもらいたい。

 発表前に知られるようなヘマもするんじゃないぞ」

 

『それは構わないし、そういうことなら

 細心の注意を払うが、なぜだね?』

 

もっと無茶な申し出がされるとでも思っていたか、

第二の希望は呆気なく受け入れられる。

シリウスはそれもあってか、ニィと笑みを漏らして言い放った。

 

「もちろん、()()()をアッと言わせてやるためさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスシンボリも海外遠征発表!

ドバイシーマクラシック出走へ、すでに出国

https://www.umamusumenews.com/*******

 

URAは、ファミーユリアンに続いて、シリウスシンボリも

ドバイに遠征し、ドバイシーマクラシックに出走すると発表した。

 

陣営はここまで発表が遅れたことに対して何もコメントしておらず、

シリウスシンボリ本人は既にドバイへ渡っているという。

 

なおシーマクラシックには、昨年英チャンピオンS1着のリーガルケース、

仏愛ダービー覇者のオールドヴィック、英ダービー2着のテリモン、

キングジョージ2着のカコイーシーズ、

一昨年BCターフ優勝の実績を持つグレートコミュニケーターら、

世界の強豪が出走を予定している。

 

 

 

 

 

思いがけずシリウスのヤツがこっちに来て、

シーマクラシックに出走するなんて言うもんだから、

慌てて検索して日本のニュースを見てみた結果がこれだよ。

 

出発した後に発表って、なんなの? どういうこと?

 

ルドルフにも連絡を取って聞いてみたけど、

あいつも知らなかった、報道で知ったって言うんだ。

まさかのシンボリは関与してないってオチ?

 

あくまでシリウス本人の暴走というか、

個人で遠征してきたってことなの?

いやでも、個人で招待を得られることなんてある?

 

とかなんとか思ってたら、シンボリのお父様から連絡があった。

 

彼の説明では、本人が秘密にしておいてほしいというから、

URAに口止めして、マスコミにも発表は控えていたんだって。

シンボリの中でも、お父様くらいしか知らなかったようだ。

すべて内密にして、準備は粛々と進んでいたとのこと。

 

……まあね。

 

俺も海外遠征のことは伏せていたんだし、

強く言える立場じゃないのは重々承知してるんだけどさあ。

URAにそうやって要望を飲ませるお父様もさすがというか。

 

でもこうなることがわかっていたんなら、

もっとやりようがあったというか、気持ちの持ちようががががが。

 

1人で見知らぬ異国の地にいるのって、結構心細いのよ。

もちろんスーちゃんはいるんだけど、

現役の立場にいるのは俺だけなわけだし、

こっちに来て早々に、あんな超大物2人に絡まれちゃったしさ。

 

そして数日後。

もうひとつ驚くことというか、サプライズが起こったんだ。

 

 

 

 

 

「久しぶりだ、リアン」

 

「元気してた?」

 

「ト、トニーとムーンじゃないか!」

 

なんとなんと、トニーとムーンがフラッとやってきた。

 

こいつらも何も言ってなかったぞ。

どういうことなんだいったい!!!

 

「来てくれたのはうれしいけど、どういうこと?」

 

「実はな」

 

俺がこう尋ねると、2人は顔を見合わせてにっこりと微笑むと

 

「私たちは」

 

「こういう者よ」

 

そう言いつつ、それぞれが何やらカード状のものを手渡してきた。

なんだそれ? え? 名刺?

 

受け取ってみると、ビジネスマンが交換するような、

まさしく日本のザ・名刺そのもの。

 

「えっと、『URA国際部 国際交流室 エグゼクティブアドバイザー』?」

 

2人の名前と共に、日本語と英語の併記でそう印字されている。

これは……

 

「え、2人とも、URAに就職したの?」

 

「そういうことだ」

 

「私たちの実績と経験を買って、どうしてもって言うからね」

 

「そうなんだ……」

 

なんとまあ……

そりゃ確かに、2人ほどの経歴を持つ人物となれば、今後、

一層国際化していく中で、喉から手が出るほどの人材なのはよくわかる。

 

2人とも、実馬は引退後は、日本で種牡馬生活を送った。

ちょうどいいタイミングで日本に滞在していたということで、

こっちでは、こういう形で関わることになるのか。

 

「というわけで、これが私たちのURA職員としての初仕事だ。

 リアン、今の君のリアルな現状を“視察”させてくれ」

 

「それは構わないけど、視察?」

 

「まあ名目上は今後の参考としての視察だけど、

 ほとんどあなたの応援に来たようなものだから、安心しなさい」

 

「URAも、それを見越して私たちと契約してくれたのではないかな?」

 

「なるほど……」

 

そういうことか。URA、グッジョブ!

たまにはと言うと失礼だけど、良い仕事をしてくれるぜ。

 

ただでさえ寂しかったところに、シリウスというまったく予期していなかった

異分子が飛び込んできて、ちょっとメンタル面できつかったのよね。

 

トニーとムーンが来てくれて本当に助かった。

2人は国際経験が豊富だし、色々と相談させてくれな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに時は過ぎ、

いよいよドバイミーティング当日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メインレースであるワールドカップの前に、

シリウスが出走するシーマクラシックがある。

 

俺もそうだが、シリウスもナイトレースの出走は初めてのはず。

異国の地ということもあって、さぞかし緊張しているのかと思いきや。

 

「さて、それじゃ行ってくるか」

 

そう言って、いつもと変わらない様子で控室から出てきた。

一応様子を見に来てみたんだが、余計なお世話だったか。

 

声をかけようかとも思ったんだけど、なんて言ったものか悩んだ末、

なんだか憚られてしまって、無言のまま脇を通り過ぎていくのを見送──

 

「……ふん」

 

「わぷっ」

 

──ろうとしたら、シリウスのほうから手を出してきやがった。

乱暴に頭に手を置かれて、くちゃくちゃっと撫で回される。

 

「やめっ……せっかくセットした髪がー!」

 

「気を回しすぎだ。他人の世話焼いてる場合じゃないだろ」

 

「そうなんだけど……も~」

 

ああもう、髪の毛ぐちゃぐちゃじゃないか。

こんなんじゃ人前に出られない。

セットし直しだよ、まったくもう。

 

「リアン」

 

「なに?」

 

手を離してそのまま2歩3歩と進んだシリウスは、

そこで立ち止まり、向こうを見たままこう言った。

 

()()()()、世界をアッと言わせてきてやるぜ」

 

「あんまり期待しないで見てるよ」

 

「ははっ、そこまで期待されちゃ仕方ない。まあ見ていろ」

 

そこまで言って、手をひらひらさせつつ、去っていった。

 

まったく、相変わらずの捻くれ者め。

現状、10人立ての9番人気とまったくの人気薄だけど、

それくらいのほうが気楽に臨めていいのかもしれない。

 

しかしこうして改めて後ろ姿を見ると、またひと際ガッチリしたような?

特に足回り。勝負服のズボン、パッツパツじゃないか。

それだけ鍛えたんかな? レース出ないで何をしてたんだあいつは。

 

こう言うのもなんだけど、ピークは過ぎた感があるのは確か。

初めての海外ということもあって、実力を出し切れるかどうか。

 

何はともあれ、後悔だけは残すんじゃないぞ。

 

「リアン」

 

「ん? あ、ルドルフ」

 

シリウスを見送ったところで、ルドルフが現れた。

彼女だけではなく、理事長とたづなさんの姿もある。

 

ルドルフは当日は行くと言っていたが、

理事長とたづなさんも応援しに来てくれたんだな。

 

海外のVIP扱いで、ここまで入れてもらえたか。

 

「激励しに来たんだが、シリウスはもう行ってしまったか」

 

「うん、つい今しがたね」

 

「そうか」

 

ちょっと遅かったね。

まあこの2人が顔を合わせるとロクなことがないんで、

今回ばかりはよかったのかもしれない。

 

「ではリアンの激励も済ませてしまおうか。

 このあと向かおうと思っていたんだ」

 

「ありがとね。理事長とたづなさんも、

 わざわざ現地までありがとうございます」

 

「鼓舞! 我らが日本代表に、当然の行いだ」

 

「月並みですが、がんばってくださいねリアンさん」

 

「はい、ベストを尽くします」

 

日本からも、ファンクラブの連中がやってきているし、

有志の人たちが大挙として応援に来ているらしい、

との話を乙名史さんから聞いた。

 

彼らのためにも負けられないし、無様な姿は見せられない。

 

「強敵揃いだが、君なら勝てると信じているよ」

 

「正直気圧されてるけど、

 そんなこと言ってる場合じゃないもんね」

 

ルドルフからの激励の言葉。

これ以上の励ましはないよ。いっそう気合が入った。

 

でもまずはシリウスのレース。

 

仮にも同じ日本代表として来ているわけだし、

直後のレースになるから、現地にいながら控室でのモニター観戦になるが、

一応は応援してやりますかね。

 

「ところで、なんでそんなに髪が乱れているんだ?」

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドバイシーマクラシック、まもなく発走となります。

 今年は日本からシリウスシンボリが参戦しております。

 日本のウマ娘としては、彼女がドバイへの初出走になります』

 

リアンが出走を表明したおかげで、今年のドバイ競争の模様は、

日本でも生中継されている。

 

メインはなんと言ってもワールドカップのほうだが、

ついでと言っては語弊があるが、シーマクラシックも衛星生中継だ。

 

『現在1番人気は、昨年度の仏愛ダービー覇者のオールドヴィック。

 2番人気は同じく昨年のイギリスチャンピオンSを制したリーガルケース。

 3番人気はアメリカでBCターフほかG1を3勝の実績を誇る

 グレートコミュニケーターとなっておりまして、

 日本のシリウスシンボリは9番人気です』

 

人気が全然ないことに触れるアナウンサー。

近頃の成績を考慮すると、当然のことではあった。

 

だが、日本時間で真夜中の放送を見ている、

熱心なウマ娘ファンの視聴者の中には、欧米から見下されているとの

扱いを受けたとの思いで、歯軋りしている者もいるだろう。

 

『低評価を覆す走りを期待しましょう。

 さあシーマクラシック発走です』

 

『スタートしました! シリウスシンボリ絶好のスタート!

 ロケットスタートを決めてハナに立ちます』

 

スタート直後から、日本の視聴者たちは度肝を抜かれたことだろう。

なんと、シリウスがフライングではないかと思うほどの好スタートを決めて、

一気に先頭に立って逃げ始めたからだ。

 

『グングン引き離していくぞ!

 日本から参戦のシリウスシンボリ、大逃げに打って出ました!』

 

さらには後続をこれでもかと引き離していくものだから、

日本中のファンが、真夜中にもかかわらず絶叫したかもしれない。

 

『シリウスシンボリ快調に飛ばします。

 後続とは7、8バ身の差。1番人気オールドヴィックは2番手追走』

 

『有力娘たちが軒並み休み明けの一戦というこのレース。

 はたしてここからどういう展開を見せますか』

 

欧州がシーズンオフということもあってか、

レース間隔が開いている娘たちが多いこのレース。

 

オールドヴィックは体調不良などもあり、昨年7月の愛ダービー以来。

リーガルケースも10月のチャンピオンステークス以来であり、

かく言うシリウスも6月の宝塚記念以降の出走がない。

 

唯一叩きを入れているのがグレートコミュニケーターで、

2月のアメリカでのG2を勝利しての参戦となっている。

 

『シリウスシンボリ、後続を大きく引き離して

 単独先頭で4コーナーを回ります』

 

欧米勢からすると、人気薄のラビット*1と見られたか、

誰もシリウスを追いかけていかない。

 

あれよこれよという間に、レースは最終直線を迎えた。

これは好都合とばかりに、シリウスがほくそ笑んだような気さえしてくる。

 

『メイダンレース場の芝コース、直線450メートルの攻防』

 

『依然シリウスシンボリ先頭。

 2番手オールドヴィックだが差は詰まらない!』

 

『シリウスシンボリ逃げる逃げる!

 脚色は衰えないぞ! 残り200メートル!』

 

『シリウスシンボリがんばれ!』

 

思わず私情を入れて実況するアナウンサー。*2

おそらく日本中の思い、願いであっただろう。

 

『外からリーガルケースとグレートコミュニケーター並んで上がってくる。

 内からようやくオールドヴィック!』

 

『しかしシリウスシンボリがんばった!

 あと100メートル! 差はまだ3、4バ身ある!』

 

ゴール前でようやく海外勢が脚色を増して追い込んできたが、

時すでに遅し。もう届かない。

 

『シリウスシンボリ先頭のままゴールイーンッ!

 右手を突き上げましたシリウスシンボリ! ついにやった! やりましたー!

 ついに日本のウマ娘が、海外のG1を制しました!』

 

日本ウマ娘レース界の長年の夢が、達成された瞬間。

 

『全天一の輝きを放つ天狼星が、遠くドバイの地でも輝いた!

 日本のウマ娘、シリウスシンボリがドバイシーマクラシックを制しています!

 史上初の快挙が達成されましたぁ!』

 

 

 

この夜は、いったい何人のウマ娘ファンが絶叫を上げ、

何人の安眠が阻害されることになったんだろうか。

 

しかもこの後にはメインのドバイワールドカップ、

リアンのレースが控えているのだ。

 

 

 

ドバイシーマクラシック  結果

 

1着  シリウスシンボリ   2:25.98R*3 

2着  オールドヴィック     2.1/2

3着  グレートコミュニケーター  1

 

 

 

*1
トラック・ロードの中長距離やマラソンなどで記録樹立を助けるため、指定されたタイムでレースを引っ張る役目の選手のこと

*2
「前畑がんばれ」を彷彿させる

*3
現レコードは今年イクイノックスが出した2:25.65




シリウスがやってくれました!
シリウスが勝つ、それも大逃げでという予想、
立てられた人はおりましょうか?

やっぱり奇襲といえば大逃げですよね!


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第84話 孤児ウマ娘、世界一を狙う

 

 

 

「フハハハハッ……やった、やってやった!

 どうだっ、ざまーみろ! ハハハハハッ!!」

 

ゴール直後、右手を上げつつ咆哮するシリウス。

自分を見下してきたすべての者へ向けた、まさに魂の叫びだったろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やりやがった」

 

一部始終を見届けた後で、思わず出た呟きがこれだ。

 

あんにゃろう、完全ノーマークなのをいいことに悠々と大逃げして、

追い上げる海外の強豪をしり目に、まんまとに逃げ切りやがった。

 

だがそれでも、フロックだろうと何だろうと勝ちは勝ち。

日本ウマ娘の海外G1制覇という夢が、叶えられた瞬間だった。

 

「……ふおおお」

 

あまりの出来事に、現実として理解するのに時間がかかってしまった。

理解できると、途端に喜びと興奮が襲い掛かってくる。

 

「やったな! くそっ、生で見られなかったのが惜しい!」

 

現地にいるのに、この歴史的瞬間を生で見られなかったのが悔しい。

 

本当は、今すぐにでも祝福に駆け付けたいのだが、

この直後にパドックとレースが控えているために、それもできない。

寸でのところで、叫ぶだけに留めておく。

 

「……落ち着け。今度は俺の番。俺の番だ」

 

どうにか心を落ち着かせて、支度しないと。

そろそろお呼びがかかる時間だ。

 

着替えていると、シーマクラシックの結果をモニターが伝える。

めでたくシリウスの勝利が確定した。

 

フランスとアイルランドのダービーウマ娘に、2バ身半差の勝利。

 

これに俺が続かなくてどうする。

ダートの本場アメリカのダービーウマ娘に、同じように俺も勝つんだ。

 

ありがとよシリウス。絶対に俺も続くかんな。

世界の大レースを、俺たちで連勝しよう!

 

「……あ」

 

「よう」

 

気分もいい感じに高まったところで招集がかかり、

控室を出たところで、なんと向こうからやってくるシリウスと遭遇した。

 

ちょっ、おま、なんでここに?

取材とか表彰式があるはずで、

そんなすぐには引き揚げてこられないはずなんだが?

 

「リアン」

 

シリウスはずんずんと進んできて、得意げな顔で目の前に。

世界の“G1ウマ娘”になったヤツからの()を感じる。

 

「あ、ええと、おめでとう。見てたよ」

 

「ふん、まあ楽なもんだったさ」

 

とりあえず、祝福の言葉はかけておこうと思った。

 

いつもの調子で言い放つシリウス。

ホントよく言うぜ。勝ったからいいものの、

結果が悪かったら、どのツラ下げて戻って来たんだろうな?

 

「ところで、リアン」

 

「な、なに?」

 

と、ヤツの表情が不意に真顔になった。

それと同時に、ぐいっと身を乗り出して顔を近づけてくる。

 

昔だったら、完全に上から覗き込まれている格好だな。

俺も背が伸びたからそこまでにはならないが、

何をされるのかと、思わず自然に一歩引いてしまう。

 

「これで、『日本初の海外G1勝利ウマ娘』という称号は、私のものだな?」

 

「……ん? ああ、うん、そうだね」

 

何を言い出すのかと思えば、当たり前のことじゃないか。

大真面目に改めて言うことじゃ──

 

「ひとつ、おまえが得るはずだったものを奪ってやったぜ」

 

「……んん?」

 

「ハハハッ、そうだ、その顔が見たかった! ハーッハッハ!」

 

「………」

 

呆気に取られている俺を無視して、大笑いしているシリウス。

 

こ、こいつまさか!

俺より先に海外で勝つ、そのためだけに、わざわざ海外まで……!?

 

な、なんていう壮大で馬鹿げたわがままなんだ……

普通なら絶対に許されないことだけど、実際に勝っちゃったんだから、

誰も何も言えない。

 

レースに勝ったのは無論のこと、

出走にこぎつけたところまでを含めて、

すべてが本人の努力と実力なのだ。

 

「……おまえ、その勝負服」

 

ひとしきり笑って満足したのか、ヤツも気付いたようだな。

そう。今回俺が着ている勝負服、新調したんだ。

一瞬だけ驚いた様子のシリウスだったが、すぐにニヤリと笑った。

 

「ふん、良い度胸だ」

 

「お互いにね」

 

真似するわけじゃないけど、俺もニヤリと笑う。

“世界”を相手に堂々と大逃げするおまえほどじゃないよ。

 

この勝負服こそ、まさに()()()()の夢の象徴だ。

これを着て世界に挑めることを誇りに思い、そして勝つ。

 

「いってこい、リアン」

 

「うん、いってくる」

 

「私も口取りに戻らないとな」

 

「……」

 

式典中断させてこっちに来たんかい。

つくづく破天荒なやつだ。

 

はー、やれやれ。

せっかくいい感じに締まったと思ったのに、結局はこうなるのか。

 

まったく、やれやれだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本で真夜中にテレビをご覧の皆様、お待たせしました。

 いまだシリウスシンボリ勝利の余韻が冷めやらないところですが、

 いよいよファミーユリアンの登場です。

 ぜひともシリウスシンボリに続いての勝利を挙げてもらいたいところ……

 おおっ、これはっ!』

 

再び日本での中継映像。

パドックに登場したリアンの姿を見て、アナウンサーが声を張り上げる。

 

『ファミーユリアン、新しい勝負服で登場です!

 見つめる日本からのファンはもちろん、海外のファンも驚いています!』

【挿絵表示】

 

ここで勝負服を変えてくるとは、日本のファンを含めて、

すべての人間が全く思っていなかったに違いなかった。

現に、彼らは総じて驚き、どよめいている。

 

今回、リアンが新調してきた勝負服は、

日本ダービーのみの着用となってしまった一品の焼き直し。

即ち、もとはスピードシンボリが現役時に着ていた勝負服だ。

 

ダービーの際にダウンサイズしたのでオリジナルではなく、

新たに現在の身体に合わせて仕立てたものになる。

 

海外では着物の受けが良いことを加味した上で、

スピードシンボリ個人だけではなく、シンボリの夢を継ぐという点でも、

非常に意味のある勝負服であった。

 

『装いを新たにして、世界に挑むファミーユリアン。

 さあ日本の皆さん、力の限り応援しましょう!

 あ、真夜中ですので、くれぐれも近所迷惑にならないようご注意あれ……』

 

時差を考慮して注意を促すアナウンサーだが、

きっと大丈夫だろう。なにせ日本中の人々が、

睡魔と戦いつつも、この中継を見ているに違いないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この勝負服、なかなか好評みたいだな。

海外遠征に際して、俺からスーちゃんに申し出たことだったけど、

提案して大正解だった。

 

それを聞いた時のスーちゃん、なんかすごい感動しちゃって、

思わず涙ぐんじゃったんで、逆にこっちが動揺して反応に困ったよ。

 

さて本日の俺は、サンデーとゴアに続く3番人気か。

ダート実績がない割には高い評価だな。

シリウスみたいに人気ないほうがやりやすかったんだがなあ。

 

まあ愚痴を言ってもしょうがない。

今の俺にできる最高の走りをする。それだけだ。

 

パドックでのお披露目を終え、本バ場へと出てきた。

ドバイの砂の感触を確かめながら、慎重に返しウマへ──

 

「ヘイジャ〇プ!」

 

「だからそれはやめろというに」

 

──行けなかった。

 

またうるさいヤツが来ちゃったな。

もう1人のでっかいヤツもついでで来ちゃったし。

 

「同胞の勝利、お見事と言っておこう。

 まさにカミカゼだったな!」

 

「その例えもあまりよくないぞ」

 

うんゴア君、俺もそう思う。

特に、当事者国同士で使うのは良くないと思うよ。

まあ自分から使うようなお国柄だから、

気にしすぎるのも良くはないかな。

 

それにしてもゴアの奴、こうして勝負服姿を見ると、

太ももとおっぱいの化け物だな。

ダスカなんか目じゃない。規格外すぎるだろこれは。

【挿絵表示】

 

「で、サンデーさんにゴアさん、何か用かな?」

 

「つれないなあ。せっかく祝福してやったというのに、

 礼の言葉もないのかあ!?」

 

そっちから勝手に声かけてきたくせに厚かましいのう。

レース直前なんだから、静かに集中させておくんなまし。

 

「それはそれとして、他人行儀で良くない、良くないぞ!

 一緒にレースを走る仲じゃないか! セレンと呼ぶがいい!」

 

「私のことも、ベフィと呼んでくれて構わんぞ」

 

「次からはそうさせてもらうね。

 あ、じゃあ、私のこともリアンで」

 

「うむ、承知したぞ!」

 

「了解した」

 

相変わらずうるさいヤツだ。

ゴアのほうも便乗してくるし。

 

ああもう、勝手にしてくれ。

じゃあこれで、と言おうとしたところで、奴らの雰囲気が変わる。

 

「……で、だ。おまえも“逃げる”のか?」

 

「……」

 

「答えないか。まあそうだろうよ」

 

あからさまに殺気を前面に押し出して、

プレッシャーをかけてくるサンデー。

 

このあたりは、さすが、レース中に噛みつきにいくほどの

ウマソウルを持ってるやつなんだなというのを実感する。

 

「スタート直前だぞ。答えるほうがどうかしている」

 

「そう言うなって。ただ聞いてみただけで、

 別に答えに期待しちゃいねえよ」

 

その相方もまた然り。

サンデーと違って図体がでかいだけに、

受ける重圧もまたひとしお。

 

「じゃあな。せいぜい頑張るこった」

 

「では失礼する。レース後にまた会おう」

 

言うだけ言って、超大物お二人さんは離れていった。

まったく、何がしたかったのやら。

 

やっぱりなんだかんだで、どこか馬鹿にしてるきらいがあるんだろうな。

やれやれだぜ。

 

……いつまで余裕ぶっこいていられるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いよいよドバイワールドカップの発走が迫りました。

 解説のゴーダさん、実のところ、ファミーユリアンはどうでしょうか。

 世界の強豪にダートで勝てますでしょうか?』

 

『どうでしょうか。私の口からは何とも言えません。

 アメリカの大物2人が強いことは確かです』

 

『サンデーセレニティとビーフィーゴアですね』

 

『ええ。アメリカのクラシックでしのぎを削り、

 その後もG1を総なめにする勢いで勝ってきていますのでね』

 

『その割には、その2人に次ぐ3番人気と、

 相応に評価されているようですが』

 

『そこはファミーユリアンも日本での実績がありますので。

 ダートの経験はないですが、見る人は見ている、ということですかね』

 

日本での中継映像のやり取り。

直前にシリウスが勝ったこともあって、比較的楽観ムードが

漂い始めている中、窘めることを忘れない解説者。

 

『展開はどうでしょうか。

 ファミーユリアンは日本での多くのレースのように、

 逃げていきますでしょうか?』

 

『サンデーが好位、ゴアがその後ろという感じですので、

 自分の持ち味を生かすという意味でも、可能性は高いでしょう』

 

『ダートはただでさえ、前が有利ですものね』

 

『それも踏まえまして、普段通りに走るのがいいと思います。

 逃げてほしいですね』

 

『さあ発走時刻となりました。ゲートインが始まっています』

 

ここまで話したところで時間となり、各ウマ娘がゲートへ向かう。

ゲート入りは滞りなく進み、全員が難なく収まった。

 

砂漠の国に訪れる、一瞬の静寂……

 

『スタートしました!

 ファミーユリアンも絶好のスタートで飛び出した!』

 

『よしっ!』

 

さすがにゲートの出が早いリアン。

日本からの特徴が、ここでも出た。

 

『ドバイに来て真っ先にゲート練習していたという情報がありました。

 熱心過ぎて鼻をぶつけたそうで心配しましたが、功を奏しましたね!』

 

『さあ飛ばしていくファミーユリアン。

 5バ身、6バ身とリードを取っていきます!

 その行き脚はダートでも変わりません!』

 

良いスタートを切って、実況に音声が乗ってしまう解説者である。

さらには、日本でも報道された、ゲート衝突流血事件をぶっこんでいく。

 

『サンデーセレニティ2番手につけました。

 間に数人いてビーフィーゴア外目5、6番手』

 

本命と目される2人は、それぞれ自身の得意な位置を確保した。

 

『つい先ほども見られた光景だ。

 シリウスシンボリに続けるか、ファミーユリアン敢然と先頭!』

 

『まもなく前半の1000mを通過します。……いま通過!

 手元の時計で58秒台! ダートでこれは早い!

 超ハイペースでレースを引っ張ります!』

 

『ほかの娘ならば心配だが、これはファミーユリアンのペースだ!

 心配ないでしょう。ですよねゴーダさん!』

 

『ええ! 彼女を信じましょう。行けっ!』

 

思わず実況も解説者も私情が入る。

ダートでは超ハイペースの中でも、日本のファンの間では安心感がある。

そして、最後まで垂れないであろうという、十分な信頼も。

 

ちなみに、レース後に発表された公式記録では、

1000mの通過は58秒44であった。*1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタートは練習したおかげで、完璧に決まった。

あとはこのままぶっ飛ばしていくだけだ。

 

あと少しで1000m……通過!

体感58秒くらい。もう少し行けたかなという気がしないでもないけど、

これはこれでいい。とにかく行けるところまで行く。

 

ただそれだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(チッ、早いな……)

 

2番手を追走中のサンデーセレニティ。

彼女から見て、先頭のリアンとは8バ身くらいの差となっている。

 

(本国のレースよりも早いじゃねえか)

 

ダートが主流のアメリカでは、先行して押し切るという形が多い。

必然的に有力バには逃げ先行が多くなるという事情があって、

ペース的にもハイペースで流れることがほとんど*2

 

そんなお国柄の娘からしても、厳しいと思うほどのレース。

 

(……上等だ!)

 

しかし、ダート先進国のトップという自負が勝り、

サンデーは自身もペースを上げて進出を開始した。

 

つい先ほど、初めて海外のG1を制したという、

レース後進国の娘に後れを取ってはならない。

そしてなにより、自身のプライドが許さない。

 

(むっ。セレンの奴、動きおったな)

 

一方で、サンデーから3バ身ほど後方の位置にいるビーフィーゴア。

もちろん最大のライバルと自他ともに認めている相手の動きは注視しており、

ヤツが動いたときが自分も動くときと決めていた。

 

(タイミング的にはだいぶ早いが……行くか)

 

ゴアもペースを上げ、前方との差を詰めにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第3コーナーを回って第4コーナーへ向かいます。

 ファミーユリアン依然先頭でリードは……

 2番手サンデーセレニティ詰めてきました。5バ身程まで縮まった』

 

『その後ろ、ビーフィーゴアも上がってきてサンデーの直後につけます』

 

第3コーナーと第4コーナーの中間あたりで、

先頭を行くリアンとの差は最大時の半分ほどまで縮まった。

 

『第4コーナーを回るファミーユリアン。

 400メートルの直線へと向いた』

 

『さあファミーユリアン逃げ切れるか! 手ごたえはどうだ?

 この娘の真骨頂はまさにここからだっ!』

 

『この差なら行けますよ。行けるっ! 行けぇっ!』

 

言葉に熱が入る実況と解説。

おそらくは、中継を見ている人すべてがそうであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……直線向いたっ!

 

後ろとの差は気になるが、もうそれどころじゃない。

ただひたすら前を見て、ゴールだけを見る!

 

ダートでここまでハイペースで飛ばして、

芝の時はまったく気にしていなかった、スタミナの残りが気にかかるが……

現時点では問題はない。足の動きも変わらず軽快だ。

 

それに、俺にはまだ切り札がある。

頼むぞ、超前傾走法っ!

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

4バ身までは詰めたものの、そこからが遠かった。

サンデーに苦悶の表情が浮かぶ。

 

(こっちはもう脚がないってぇのに、さらに伸びやがるだと……!?)

 

リアンの背中がまた遠くなっていく。

真っ先に潰れると確信していたのに、まったく衰えないどころか、

さらに加速していくとは信じられない。

 

いち早く仕掛けたのは大失敗だった。

差を少し詰めるだけでスタミナを大幅に削られ、

スパートできる余力はもうほとんどない。

 

いや、たとえ遅らせていたとしても、この有様では……

 

「ぐああああっ……!!」

 

だがそれでも、アメリカ年度代表ウマ娘の意地か。

決して振り返ることなく、脚色を維持し続けた。

 

 

 

 

 

「ぐぐっ……!?」

 

同様に、ゴアのほうも状況が極まっていた。

むしろサンデーよりも後方にいた分、追い上げに使ったスタミナの消費は激しい。

 

2400m戦のベルモントSを制していて、

サンデーよりはスタミナに自信があったのだが、余力は微塵もなかった。

 

(なんというレースか……これほどのハイペースで逃げた上に、

 さらに脚を残しておるとは……!)

 

驚愕のビーフィーゴア。

超ハイペースで逃げて後方のスタミナを削りきり、

そこからさらに伸びて追い上げることすら許さないとは。

 

(彼女は……()()だッ……!)

 

 

 

サンデー、ゴア共に残り200メートル地点で一杯となる。

悲惨なのはより後方のウマ娘たちで、

この両人よりも5バ身以上は後方で、スタミナ切れに喘いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『200メートルを切った。差はまた広がって5バ身以上はある!

 逃げ切り濃厚! ファミーユリアン勝てるぞっ、世界一は目の前だっ!』

 

『2番手3番手サンデーとゴアは顔が歪んでいる!』

 

『あと100!』

 

『行け。行けぇえええっ!!』

 

勝利目前。

解説者の叫びは、もはや日本全国民の願いと言っても過言ではない。

 

『ファミーユリアン、逃げ切り! 逃げ切ってゴールイぃいいいンッ!』

 

『やったぁあああああ!!!』

 

先頭でゴール板を通過したのは、ファミーユリアン。

2着に6バ身の圧勝であった。

 

実況に続いて、解説者の絶叫も衛星中継に乗る。

これも日本中の叫びであったろう。

 

『世界の人々よ見たか! これぞ大和魂っ!

 これが日本ウマ娘の底力、日本ウマ娘の結晶だあっ!

 ファミーユリアンですッ!!』

 

ゴアとの叩き合いになったサンデーが決死の根性を見せて

そのまま2着に入り、ゴアが3着。

その後ろは、さらに8バ身の差がつくレースとなった。

 

『そしてそして、レコードが記録されています!

 なんとダート2000メートルで2分を切ってきた!

 1分59秒50! 従来のレコードを4秒以上更新しました!*3

 

『世界の舞台でもレコードブレイカーぶりは変わりませんでした。

 ファミーユリアンおそるべしっ。まさに日本が誇れるウマ娘ですっ!』

 

誇らしく語るアナウンサーの音声の傍らで、

スタンド前に戻ってきたリアンは外側の芝コースへと移り、

ファンクラブがいつもの横断幕を掲げる一角へと移動。

 

外ラチを潜り抜けて駆け寄り、とあるファンから日の丸を受け取ると、

それを掲げてウイニングランを開始した。

 

その一部始終を、中継映像は捉え続ける。

 

ドバイ国際競争の準メインとメインレースを、日本のウマ娘が続けて、

それも大逃げというド派手な戦法で制して見せた。

 

世界はこれを、やはり『カミカゼ』と称して報道。

驚愕と称賛を表明することになる。

 

 

 

 

 

ドバイワールドカップ  結果

 

1着  ファミーユリアン   1:59.50R*4

2着  サンデーセレニティ     6

3着  ビーフィーゴア       1/2

 

 

*1
参考、22年の同レースでのペースは59秒54。メイダンD2000mでレースが行われるようになって以降の最速ペースとのこと。また、日本とは計時方法が違うため、日本だともっと早い数字が出たと思われる

*2
ゲーム脳

*3
史実では創設されていない時期なので、ここでは2分3秒台を想定。ナドアルシバ時代を含めたレコードはドバイミレニアムでリアンと同タイム。開催がメイダンに変わってからは、2分を切れていない

*4
なお今年勝ったウシュバテソーロのタイムは2分3秒25





リアンが世界一に!!

リアンより先に海外G1を勝つ、
即ち、リアンが勝つことは疑っていなかったシリウス
筋金入りのリアン信者です(苦笑)


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第85話 孤児ウマ娘、余韻に浸る

 

 

 

「号外! 号外で~す!」

 

都内主要駅の模様。

各新聞社がこぞって号外配布を開始した。

 

「ファミーユリアンがドバイワールドカップ優勝!

 世界一になりました!」

 

「号外配布こちらで~す!」

 

「くれっ」

 

「俺にも」

 

「私にもちょうだいっ!」

 

日曜日の朝早い時間帯だというのに、行き交う人々ほぼすべてが、

競い合うようにして集まっては受け取っていく。

むしろ、号外目当てで駅に出てきたという人が多そうだ。

 

その年齢層は、年配の人から若手のサラリーマン風、

OLから仕事上がりのお水系とまでと実に様々。

中には、本当に号外が欲しくて出てきたという人まで現れて、

マスコミ各社の取材に応じていた。

 

世間の関心の高さが窺い知れるところである。

 

「凄いレースだったな!」

 

「ああ!」

 

「起きてた甲斐があったってもんだ」

 

「興奮しちゃって一睡もしてないぜ!」

 

また、この日は至る所でこの手の話題で持ちきりとなり、

まさに日本中が歓喜に包まれ、そして睡魔に悩まされる1日となるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ゴール板を通過。

後ろから迫ってくる気配も足音もまるでなかった。

 

「……はあ、はあ」

 

1コーナーと2コーナーの中間まで来たところで足を止め、

呼吸を整えつつ、ゴール方向を振り返る。

 

観客席で、いくつもの日の丸が揺れているのが見えた。

改めて勝利を確信する。

 

「……よし」

 

手をぎゅっと握って小さくガッツポーズ。

やるつもりはなかったんだけど、自然に出てしまった。

 

勝った、勝ったんだな、俺が。

ドバイワールドカップを。世界一のレースを制した。

 

「っ……」

 

実感できてくると共に、喜びで身体が震えてくる。

今すぐにでも叫びたいところだった。

 

が、それは何者かによって阻止されることになる。

 

「ヘイッ、ジャッ……じゃない、リアン!」

 

「!!」

 

いや、何者も何もないな。

もう声と口調からしてバレバレだ。

 

「やるなおまえ! 完敗だ!」

 

「サンデー……」

 

「そうじゃない。セレンと呼べと言っただろ!」

 

いかにもアメリカンという陽気な感じで、

そう声をかけてくると共に肩を叩かれた。

 

迂闊にも勝利の余韻に浸っていたせいで、

近づいてきていることにも気付いてなかった。

 

隣には、苦笑しているゴアの姿もある。

 

「なんというやつだおまえは。

 俺様がここまで離されるとはな。恐れ入ったぜ!」

 

「おめでとう。強かったぞ」

 

「サ、サンキュー」

 

ここまで素直に祝福されるとは思ってなかったんで、

一言こう返すのが精いっぱいだったよ。

 

サンデーの奴は、手加減なしにバンバン叩いてきやがるし。

くそぉ、レースで負けた腹いせのつもりか。

 

いてぇ、やめろ!

 

「だが、これで決着だと思ってもらっちゃ困る」

 

祝福モードだったサンデーに、気迫と闘志が戻る。

ちらりと見ると、ゴアも同様であり、うんうんと頷いている。

 

「秋にステイツで再戦だ! わからないわけはないよな?」

 

「……わかるよ」

 

わからいでか。

今度は秋にアメリカ、つまりBCでまた戦おうってことだろ?

ホームグラウンドでリベンジマッチってわけかい。

 

「なら話は早い!」

 

俺も頷くと、サンデーはガハハと笑った。

再び、バンッと背中を叩いてきて、一瞬で真顔になって言う。

 

「約束だぞ」

 

「うん、約束」

 

「なら、よし!」

 

「私のことも忘れないよう頼むぞ」

 

「おっけ」

 

「うむ」

 

ゴアも割り込んできて、3人で再度頷き合う。

 

いやあこれ、大変な約束しちゃったねえ。

後になって考えた時、そう思っちゃうこと請け合い。

 

凱旋門の結果如何にかかわらず、アメリカ行きが決定しちゃった。

出るレースまで決まっちゃったよ。

 

「ほれっ、戻って観客に応えてこい!

 ジャパニーズスーパースター*1、ファミーユリアンっ!」

 

「ありがとう。それじゃねっ」

 

そう言う2人に見送られて、正面スタンド前へと戻るべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小走りに駆けていくリアンを見送ったサンデーとゴア。

 

「………」

 

「よく耐えたな。そしてよく祝福した。偉いぞ」

 

「……やめろ。子供じゃねえぞ」

 

「ふふ、そうだな」

 

「…………」

 

ゴアにからかわれたサンデーだったが、実際、

そのはらわたは煮えくり返っていた。

 

どこの馬の骨ともわからぬ娘に世界一の座をかっさらわれた挙句に、

手も足も出なかったという悔しさ、絶望感。

 

「っ……!」

 

不意に、ゴアとは反対側を向くサンデー。

その身体は小刻みに震えている。

 

「……とにかくっ、秋にあいつと再戦だ。

 次は絶対負けねえっ!」

 

「うむ、その意気だ。私も次は負けん。

 鍛錬する気なら付き合おう」

 

「無論そのつもりだ!」

 

しばしの後にゴアのほうに向き直ったサンデーは、笑って見せた。

その目尻には、光るものがあったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタンド前へと戻ってきて、誘導に従い芝コースへ。

すると、客席のある一角が目に入った。

それと同時に

 

「リアンちゃ~んっ!!」

 

俺を呼ぶ図太い声の群れが聞こえる。

いつもの横断幕を掲げた、ファンクラブの一団がいた。

日本からの応援団と一緒になっている一角。

 

国内とは違って、ゴール板前には陣取れていないが、

海外で最前列を占拠できたのはすごいことだよ。

もちろんうれしくなったので、外ラチいっぱいまで、

いや、外ラチをくぐって、彼らのすぐ目の前まで行く。

 

「やった! やったやったやったあ!!」

 

「リアンちゃんリアンちゃんリアンちゃんっ!」

 

「ありがとうありがとうっ!」

 

向こうも嬉しいのか感動なのか、もはや呂律が回っていない中、

精一杯に俺を祝福してくれる。

俺としてもそれに応えたい一心で、

もみくちゃにされながらも彼らの手を取り、一緒になって喜んだ。

 

「リアンちゃん、これ持っていきな!」

 

そう言って、おっちゃんがあるものを差し出してきた。

 

白い布状のもので、一部に赤い……なるほど!

いいもの持ってきてるじゃないか。さすがおっちゃん!

 

「じゃあ、ありがたく」

 

「おうよ。全世界に見せつけてきな!」

 

「はいっ」

 

おっちゃんから渡されたものを手に、コースに戻る。

そして背中側で広げるようにして両手で掲げた。

 

もちろん『日の丸』の国旗だ。

広げた瞬間、観客たちが一斉に、より一層盛り上がる。

 

改めて、勝利したんだという実感がわいてくる瞬間だ。

 

日の丸を掲げて少しウイニングランをしたところで、

係員が来てパフォーマンスは終了。

誘導に従っていったん裏へと引っ込む。

 

「あ、スーちゃん」

 

「リアンちゃん……」

 

その途上で、スーちゃんが待っていた。

いつものスーツ姿の彼女。

 

……どうした?

もっと喜んでいるかと思いきや、

なんか思いつめたような顔してるんだけど?

 

「やりました。海外G1、それも世界一ですよ!」

 

「………」

 

首を傾げながら声をかけたんだが、反応がない。

焦点の定まらない目でこちらを見ている。

 

ほ、本当にどうしたんですか!?

 

「リアンちゃんっ!」

 

「うわっ」

 

本気で心配しかけたところ、がばっと抱き着かれた。

そのままぎゅう~っと抱き締められる。

 

「スーちゃん?」

 

「ありがとう、ありがとう……私の夢……

 叶えてくれて、本当にありがとうね……」

 

「スーちゃん……」

 

そしたら、なんと嗚咽する勢いで号泣し出した。

俺から抱き着いて泣いてしまうことはあったが、

これじゃまったくの逆じゃないか。

 

でも、そうだな……

海外遠征の先駆者だから、人一倍の思いがあって当然だろう。

 

自らが勝てず、その後も幾度となく跳ね返されてきた海外の壁。

先にシリウスが勝ったとはいえ、あいつは身内とはいえ管理外だ。

自分の手で、自身の教え子と共に海外G1を勝つというのは、

万感の思いなんだろうなあ。

 

思い返してみれば、俺がダービーを勝った時も、

いつになくはしゃいでいた。

普段はクールなスーちゃんだけど、実は熱い部分もあるんだ。

 

「大丈夫よね? 本当に夢だったりしないわよね?」

 

「大丈夫です。本当に勝ちました。現実ですよ」

 

「リアンちゃんっ……!」

 

いったんは落ち着きかけたスーちゃんだけど、

こう答えたら、またすごい勢いで泣き始めてしまった。

 

あかんね、これダメなやつだな。

どうしましょう?という視線を周囲に送ってみたが、

みんながみんな、温かな反応を返してくるだけだった。

 

結局、事態に気付いたルドルフが許可を取って突入してきて、

強引に引き離すことになるまで、事態は収拾しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、いい年した大人が、人前で何をやっているんだか」

 

「ごめんなさい。うれしすぎて、舞い上がってしまってね……」

 

孫にガチ説教されている、世界一になったトレーナーの図。

いや、孫のほうも皇帝と称される、物凄いヤツではあるんですけどね。

 

これから表彰式で、関係者一同が集まってきている。

 

「リアン君! 本当におめでとう!」

 

「勝つと信じていたけど、現実になってくれて、

 本当の本当にうれしいわ。感動をありがとうね」

 

「こちらこそありがとうございます」

 

シンボリのお父様お母様ともがっちり握手。

この2人はさすが海外でも有名なのか、

その手の関係者たちからも大いに祝福されていた。

 

「やったな、リアン」

 

「ありがと」

 

ルドルフからも、お祝いの言葉をいただいた。

 

「君ならやってくれると信じていた。

 ……すまない、それ以上の言葉が浮かんでこない。

 もっと祝ってやりたいのはやまやまなんだが……」

 

「いいよいいよ。十分わかってるから」

 

「ああ、すまないな」

 

だから謝るのはなしだって。

これは勝利の、お祝いの席なんだから。

 

本当はルドルフとも抱き合って喜びを分かち合いたいんだけど、

さすがにここでは自重しておこう。

 

「あ、理事長にたづなさん。お二人もこちらへどうぞ」

 

「う、うむ。私たちまでいいんだろうか?」

 

「リアンさんがいいと仰ってくれているんですし、

 ここはお言葉に甘えましょう」

 

「うむっ。感動っ! 祝福っ! 大感謝っ!」

 

理事長とたづなさんにも、輪に加わってもらう。

わざわざ日本から来てもらってるんだからね、これくらいはね。

 

「トニーとムーンも、おいでおいで!」

 

さらには、端っこのほうで、まるで取材陣のような体でいた

トニーとムーンを、輪の中心まで呼ぶ。

 

「わ、私たちもか?」

 

「さすがに虫が良すぎないかしら?

 URAのいち職員に過ぎないんだけど……」

 

「なーに言ってるの。2人とも私の親友なんだから、

 問題なんて何にもないって。ほらほら!」

 

「ひ、引っ張らないでくれ。わかったから」

 

「もう、強引ねぇ」

 

2人の手を引いて無理やり引っ張り出す。

苦笑するしかない2人だった。

 

お、あっちの2人にも来てもらわないとな。

 

「おっちゃん! おばちゃんもこっちへ」

 

「す、すまんねぇ。あ、どーもどーも、

 リアンちゃんファンクラブの会長でございます♪」

 

「場違い感が半端ないねぇ……」

 

おっちゃんとおばちゃんを呼ぶ。

ファンクラブのことはこの2人に任せきりだし、

日頃の感謝を込めて、ね。

 

他の会員たちからは恨まれそうだけどな。

 

それにしても、来てしまえば堂々としているおっちゃんすげえな。

気の毒なくらい小さくなってる奥さんが対照的だ。

 

そうこうしているうちに、表彰式が始まる。

 

「ドバイワールドカップ、ザ・ウィナー、ファミーユリアンっ!」

 

高らかに宣言されて、プレゼンターがやってくる。

そして、でっかい優勝トロフィーを渡されて、掲げて見せる。

 

瞬間、背後では花火が打ち上がる音が轟いた。

 

こういう演出は海外ならではだよなあ。

日本では絶対お目にかかれないわ。

 

大賑わいのうちに式典は終了。

 

「リアンさんっ! おめでとうございますぅ~っ!」

 

「ありがとうございます。

 乙名史さん、喋るか泣くか、写真撮るかのどれかにしたらどうです?」

 

「この瞬間がもったいなさすぎて……

 同時進行するしかないじゃないですかぁ~!」

 

マスコミによる取材の時間になって、真っ先にやってきては、

泣きながら写真を撮りまくっている乙名史さん。

 

器用な人だ。でも、あなたも旦那と子供を残して、

ドバイまで来た甲斐がありましたね。

密着取材の記事、どんな感じになるのか、期待してますよ。

 

「………」

 

「……お」

 

一通りの取材を終えたところで、輪のはずれから、

こちらを見つめている人物がいることに気付いた。

 

「シリウス」

 

歩み寄って言って声をかける。

 

「そんなところにいないで、こっちおいでよ」

 

「ふん。馴れ合うのは性分じゃない」

 

もちろんその人物とはシリウスである。

声をかけられたシリウスは、そう言って視線を逸らす。

 

「ちやほやされて満足かよ」

 

「まあね」

 

「言いやがったな。ったく、先に勝ったのは私だってのに」

 

まあ不満そうなのはわかる。

あくまで初めて海外G1を勝ったのはシリウスなんだから、

手のひら返されたような気分なんだろう。

 

でもそれは、普段から淡白で、

取材にあんまり応じてもないから、自業自得な面もあるのでは?

マスコミ受けしないのは自分のせいだと思うよ。

 

まったく、やれやれだぜ。

 

「ほら、あんたもおいで」

 

「待て、どこに行く」

 

「いいから来なさい」

 

「チッ」

 

舌打ちしつつも、俺の後を付いてくるシリウス。

そんなたいしたことじゃないから、ちょっと付き合え。

 

「乙名史さん! もう1枚いいですか?」

 

「はい! 1枚と言わず、何枚でもオッケーですよ!」

 

向かった先は、取材を終えて、

他のスタッフさんたちと片づけをしていた乙名史さんのところ。

 

「して、どのようなお写真を?」

 

「シリウスと並んでいるところ、1枚お願いします」

 

「わかりました!」

 

「お、おい……」

 

では、了解していただけたということで。

 

「はい、日の丸片方持って。反対の手にはトロフィー持ってね。

 ……よし。乙名史さん、いいですか?」

 

「いつでもどうぞ!」

 

「……ったく、しょうがねえな」

 

シリウスと2人、日の丸を片側ずつ持って挟むように立ち、

反対の手にはそれぞれが手にした優勝トロフィーを持って、

笑顔でハイ、チーズ!

 

「素晴らしい1枚です!」

 

よかったなシリウス。

褒められたってことは、相応の良い写真になったってことだぞ。

本職のカメラマンじゃないけど、良く扱う側の人だからな。

 

「見せてもらえます?」

 

「もちろんです。はい、どうぞ」

 

「どれどれ?」

 

デジカメだから、撮った写真はその場ですぐ確認できる。

さてさて、いったいどんな感じで……

 

そこには、笑顔で収まる俺と、見る者を挑発してそうな、

ものすごいドヤ顔をしているシリウスが写っていた。

 

……まあいいか。

シリウスらしいっちゃあらしいし、普通に良い写真だと思えた。

 

「これ貰ってもいいですか? ブログに挙げたいんで」

 

「どうぞどうぞ!」

 

「シリウスもいい?」

 

「好きにしろ」

 

咄嗟に閃いたブログへアップしてもいいか尋ねると、

乙名史さんは快く、シリウスは仕方ないという感じでOKしてくれた。

 

では両名の許可もいただけたということで、

あとでブログにアップします。

 

日本の皆さん! 応援ありがとうございました!

今後も頑張りますから、引き続きよろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(ドバイミーティング視聴組の反応)

 

:みんな衛星中継見てんの?

 

:せやで

 

:俺はグ〇ーンチャンネル

 

:専門チャンネルいいなあ

 

:府中CATVでやってくれればよかったのに

 

:ケーブル局に無理言いなさる

 

:取材には行ってるみたいだから、

 あとから動画出してくれるだろ

 

:密着動画に期待

 

:明日早いというのに、これ見てる俺よ

 

:なに、俺もそうさ

 

:明日は寝不足の人だらけだろうなあ

 

:欧米開催時のオリンピックなんかの時と一緒や

 

:明日有休取ってる俺に隙は無い

 

:うらやま

 

:いや普通に明日は日曜日じゃん

 

:日曜が休みの人だけだと思うなよ

 

:さて、先にシーマクラシックだが

 

:正直シリウスはどうなん?

 

:入着できれば、というところじゃないかな

 

:10人立て9番人気という評価が物語っている

 

:さすがになあ

 

:1番人気はフランスとアイルランドのダービー娘か

 

:まあその分気軽に見られる

 シリウスには悪いが、前座としてはいいんじゃないの

 

:万に一つも勝ち目はないのか?

 

:ない(断言)

 

:言い切りやがったぞこいつ

 

:シリウスが勝ったら、土下座でも何でもしてやろう

 

:ん?

 

:ん?

 

:今なんでもって

 

:フラグが、フラグが立った!

 

:良い意味でのフラグだと祈ろう

 

:さて、発走だ

 

:うおっ、すげえ良いスタート!

 

:行くのかお前!?

 

:大逃げとは

 

:これはリアンちゃんインストール!

 

:誰も追わないぞ

 

:これは……

 

:おいおいおい

 

:いける……!?

 

:うわああああああああああ

 

:おああああああああああああ

 

:勝っちゃったぁああああ!!!

 

:なんだこれなんだこれ……

 

:まさか……

 

:こんなことになるとは

 

:天狼星!

 

:2バ身半差、逃げ切り完勝ッ!!!

 

:シリウスシンボリが、日本初の海外G1ウマ娘に!

 

:しかも、しれっとレコード出してるぞこいつ

 

:まさにリアンちゃんが乗り移ったかのようだ

 

:こいつは幸先いいな!

 

:これでリアンちゃんも勝ったりしたら……

 

:今夜は歴史的一夜になるぞ……

 

:生で見ないのはもったいなさすぎる

 周りに寝てる奴いたら叩き起こせ!

 

:さっきのフラグが効いたんか?

 いやまさかな……

 

:そうそう、さっきのフラグ野郎、息してる?w

 

:…………(昇天中)

 

:だろうなw

 

:どっちの意味での昇天だwww

 

:なんにせよ、おまえのおかげで海外G1を勝てた

 サンキューな!w

 

:シリウスのヤツ、すぐ式典あるのに引っ込んで行っちゃったぞ

 

:何やってるんだ

 

:破天荒ぶりが海外でも

 

:困惑してる運営側

 

:勝ったのはいいが、日本の品を落とすような行為はちょっと

 

:こういうところがあるから、俺は好きになれん

 勝ったのはもちろんうれしいけど

 

:昔からだからな、まあしょうがない

 

:パドックで突然踊り出したのが1番の謎

 

:何年か前の毎日王冠か

 

:自己満足でやるのは構わんけど、

 それで実害出てるからなあ

 

:あ、戻ってきた

 

:何やってたんだか

 

 

 

 

:次はリアンちゃんの番やな

 

:パドック来るぞ

 

:来たっ!

 

:おおっ

 

:勝負服! 新しくなっとる!

 

:これ、ダービーの時のやつか?

 

:いや、ちょっと違うな

 上は同じみたいだが、下が袴になってる

 

:元祖スピードシンボリのやつじゃね?

 

:原点回帰ってことか

 

:いいよいいよ

 

:外国受けもいいしな

 

:初海外でこれは上策だな

 

:レースにも期待大だ

 

:堂々と本バ場入場!

 

:ん?

 

:サンデーとゴアに絡まれてね?

 

:悪い空気じゃなさそうだが

 

:コミュ力おばけのリアンちゃんのことだ

 アメリカの二大巨頭ともすでに友誼を交わしたのかも

 

:リアンちゃんの人脈がアメリカにも広がる

 

:いやほんとすげえな

 

:3番人気なのか

 

:案外高評価?

 

:どうなんだろうな

 

:でも、これだけ実績上げても、

 世界に出るとこんな評価なのかとも思うな

 

:こっちが緊張してきた……

 

:出遅れだけはやめてくれよ

 

:ゲート練習したんだろ

 

:ぶつかって流血沙汰になったって聞いたときは、

 どうなることかと思ったがな

 

:それだけ入念に練習したんだ

 大丈夫さ!

 

:俺はリアンちゃんを信じる!

 

:さあ発走や!

 

:!!!!

 

:よっしゃあ!

 

:さすがリアンちゃん!

 

:海外勢と比べても1番速い!

 

:そのまま逃げていく~!

 

:よしっ、そのままだ!

 

:いつものリアンちゃんだ、いいよいいよ

 

:大逃げktkr!

 

:58秒台!?

 

:日本みたいに画面上には表示されないのか

 

:実況の人、計時乙

 

:ゴーダさんw

 

:行けっ!w

 

:そうだ、みんな同じ気持ちだ!

 

:アメリカ勢が動いた!

 

:ちょっ、早くない?

 

:シリウスのようにはいかんぞ、ってことかい?(怯え

 

:だが今度の相手はリアンちゃんだ

 シリウスよりも数段手強いぞ

 

:まったく息の入らない展開だ

 大丈夫か?

 

:なーに、それがリアンちゃんじゃないか

 

:芝なら120%大丈夫だと言えるんだがな……

 

:さあ直線向いたっ

 

:単独先頭っ

 

:出たっ、前傾走法!

 

:うおおおおおおおおおお!?

 

:差が……縮まらないっ!?

 

:行けるぅううううう

 

:やたあああああああああああああ!!!

 

:おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

:あああああああああああああああああ

 

:いやああああああああああああ

 

(ここで鯖落ち)

 

 

 

(以下、避難所でのやりとり)

 

:諸君っ、祝杯だ!

 

:スレ立て乙

 

:あそこで落ちるとは

 

:いや当然の瞬間だったろw

 

:瞬殺だったなw

 

:真夜中だというのにw

 

:それだけの人が見てたんだなって

 

:これ生で見てた人は、それだけで歴史の証人になれる

 それくらいのレベルだろもう

 

:ダート2000mで2分切るって、どんだけだよ(嬉)

 

:2着に6バ身つけた

 

:これでリアンちゃんは世界一に

 

:『世界の』リアンちゃんだ

 

:速報

 A〇通信、『カミカゼ、ドバイを制圧す』と称して第一報配信

 

:カミカゼと来たか

 

:大逃げで逃げ切り圧勝だから、

 まあ気持ちはわからんでもない

 

:それも、シリウスに続いての連勝だからな

 

:準メインとメインを勝ったんだ

 制圧と称して間違いなかろう

 

:ロ〇ターも来たな

 同じようにカミカゼと表現してる

 

:遅ればせながらいま映像見た

 震えた

 

:今かよ!?

 

:遅刻にも程がある

 

:非国民がいるぞ、囲めっ!

 

:夜勤だったんだ、仕方ないじゃないか

 俺もどれだけ生で見たかったか……(血涙)

 

:そうか、すまん

 

:まあ一杯やれよ

 これはみんなからの奢りだ

 

:いやあそれにしても素晴らしい走りだった

 

:これでもうレース後進国とは呼ばれんな

 

:そうあってほしいが、リアンちゃんだけが良くても

 

:なんでや、シリウスも勝ったやないか

 

:要は、続かなきゃダメってこと

 

:本当の一流って名乗るには、

 毎年のように海外遠征するレベルの子が出ないと

 

:遠征するだけじゃなくて、勝ち負けしないとな

 

:でも、リアンちゃんの今後がさらに楽しみになった

 ヨーロッパでも暴れてくれるだろう

 

:スピードシンボリが泣いてたのが印象的

 

:リアンちゃんのほうが慰めてたもんな

 これまでは逆だったのに

 

:自分が勝てなかった海外G1を教え子が……

 

:しかも、自分と同じデザインの勝負服を着てくれて、だぞ

 

:そりゃうれしいだろうさ

 

:俺も目頭が熱くなっちまった

 

:まさに師弟通じての夢が叶った瞬間

 

:うちの近所、そこかしこから歓声上がってて草

 

:うちもだw

 

:まだ寒いのに、窓開け放ってたのかよw

 

:リアンちゃんインタビューで、

 賞金全額寄付するって言ってて草

 

:おいおいマジかよ

 

:いくらだ?

 

:今のレートで換算すると10億超えてんぞ

 

:うはw

 

:ぐわあなんてこった!

 

:もう金銭なんて俗物とは無縁の世界に行ってしまわれたか

 

:さすがリアンちゃん、マジ聖女

 

:いうて、それ以上をもう稼いでますしおすし

 

:リアンちゃん基金のおかげで助かったってとこ、

 いっぱいあるんだろうなあ

 

:探せば、その手の情報はいくらでも出てくるぞ

 

:マジのマジで社会貢献度マックスだべ

 

:ブログ更新来たぞ!

 

:おお

 

:報告乙

 そしてリアンちゃんも更新乙です

 

:この写真いいなあ

 

:シリウスと日の丸挟んでの記念撮影

 ……イイ(昇天)

 

:まさに歴史的1枚と言っていい

 

:日の丸が真ん中なのがいい

 さすがの構図だ

 

:強調されてていいよね

 まさに大和魂

 

:俺的ピュ〇ッツァー賞進呈

 

:写真提供・府中CATV

 

:さす府中

 

:相変わらず良い仕事するなあ

 

:こいつは動画にも期待できる

 

:それにしても、満面笑みのリアンちゃんに対して、

 シリウスのドヤ顔がじわじわ来るんだがw

 

:マスコミ嫌いのあいつが、よく応じてくれたな

 

:それもこんな表情見せるなんて

 

:そこはリアンちゃんの力と、

 府中CATVの密着力の高さだろう

 

:まあ他社じゃ絶対無理だろうな

 

:ところで、みんな寝ないの?

 

:こんな興奮状態で寝られるとでも?

 

:無理

 

:メイン鯖の復旧はまだか!?

 

 

 

*1
シーザリオ、アメリカンオークスの際の現地実況より





スピードシンボリの海外出走歴

67年11月 ワシントンDC国際 5着
69年7月  キングジョージ  5着
  8月  ドーヴィル大賞典 10着
  10月 凱旋門賞     11着以下*1

まさに夢が叶った瞬間

*1
当時は11着以下は正式記録が残らないため



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オグリ、『中央』に立つ

 

 

 

リアンがドバイへ発って、しばらくしてからのこと。

 

「タマ公! なんでぇこれは!」

 

「な、なんや藪から棒に、血相変えおって」

 

イナリがタマモのもとに怒鳴り込んでいた。

いきなりのことに戸惑うタマモクロス。

 

「これは本当かっ!?」

 

叫びつつ、イナリはタマモに持ってきたものを見せつける。

どうやらスポーツ新聞のようだが……

 

「ん~? 新聞かいな?」

 

「ここを見ろ!」

 

そう言いつつ、イナリは記事の中の一角を指し示す。

『次走報』との見出しが書かれている。

 

「『タマモクロス:阪神大賞典』って書いてる」

 

「ああ、こないだブンヤさんに伝えたんや。

 これがどないしたん?」

 

「どうした、じゃねぇ!」

 

本人が言うくらいだから、情報が正しかったようだ。

だが、淡々と言う様子が、イナリをさらに激昂させる。

 

「なんで大阪杯出ねぇんだ!

 フルマーの姉貴も、ファルコも、あたしもみんな出走するってぇのに、

 何考えてんだおめえさんはよぉ!」

 

王道路線のシーズン開幕戦であるG1大阪杯。

当然、錚々たるメンバーが揃うことが予想されており、

実際、『四強』と称されるメンツの出走が期待され、

リアン不在の中でも盛り上がりを見せていた。

 

すでにイナリは前哨戦である中山記念に出走し、見事1着。

中央編入後の2勝目を挙げている。

 

フルマーとファルコも、有記念以来にはなるが、

この時点で出走を表明していた。

 

これでタマモクロスも出走するとなれば、シーズン初戦にして

四強が最初から揃い、世間もさらに盛り上がってくれるだろうに、

蓋を開けてみればこれだ。

 

イナリが怒るのも無理もない。

それに彼女たちの間では、()()()()()が交わされていたのだ。

 

「姐御がいない間は、あたしらで盛り上げようって言ったの、

 アレは嘘だったのか。どうなんだええ!?」

 

「あー、うーん、そっか、そやなあ」

 

問い詰められたタマモは、バツが悪そうに頬をかく。

悪いとは思っているようだ。

 

「すまんっ」

 

そして顔の前で両手を合わせて、謝罪に走る。

 

「ウチとしても出たいのはやまやまだったんやが、

 ほら、ウチってデビュー戦以来、2400m未満の経験がないやん?

 だから2000っちゅうと短くないんかってな~んか不安でなあ」

 

確かに、2000mでデビューして以降は、

すべてのレースが2400m以上であった。

 

史実では、快進撃が始まる前に自己条件戦で、

中距離のレースを何回も経験していたために、

起こりえなかった問題だ。

 

「トレーナーも、少しでも不安があるならやめとくかって、

 言うもんやから……だもんで、すまん、今回だけは堪忍やっ!」

 

一応、理由としては筋が通っている。

この世界線では違うようだが、史実やアプリ版でのシナリオの

繊細さからしてみると、それ以上に妥当な判断なのかもしれない。

 

「……かぁ~っ!」

 

謝罪を受けたイナリ。

到底納得できていない様子ながらも、自らを無理やり納得させるように、

声を荒げて頭を掻きむしった。

 

「天皇賞には出るんだよな?」

 

「ああ、それは確定や」

 

「ふん、蚊帳の外にされて後から泣いたって知らんからな」

 

イナリはそう言って睨みつけると、踵を返し大股で歩き去っていった。

その背中に、タマモは再度、謝罪の言葉をかける。

 

「すまんイナリぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアンのドバイワールドカップ制覇に、日本中が沸いた翌週。

日本国内でも、王道路線G1開幕戦の大阪杯が開催される。

 

前年クラシック二冠のタマモクロスを欠く中で、

1番人気に推されたのは、絶対王者最大のライバル・メジロフルマーである。

 

リアンから直接後を託された以上、出ないわけにも、

負けるわけにもいかない。

事前会見でも、堂々と『勝ちます』と言ってのけていた。

 

2番人気はイナリワン。3番人気にファルコがつけた。

 

当日は快晴のまさにレース日和。

咲き乱れる桜の花が出走者と観客を迎える中で、ファンファーレが高らかに響く。

 

『満開の桜が見守るG1大阪杯、全ウマ娘ゲートイン完了。

 スタートしました!』

 

『全員綺麗なスタートを切りました。

 その中でもやはりメジロフルマー先手!

 2000m戦でどう出るのか注目されていましたが、

 お構いなしとばかりに逃げていきます』

 

『2番手1バ身差トウショウファルコつけました』

 

『メジロフルマーとトウショウファルコが前に行きます。

 2番人気イナリワンは最後方で1コーナーを回った』

 

フルマー先頭、ファルコが2番手、イナリは最後方で向こう正面へ。

ハイペースになったと見え、ファルコと3番手との間がかなり開いた。

 

『さあ飛ばしますメジロフルマー。

 ドバイを制し世界一になったファミーユリアンに、

 良い報告をしたいところ』

 

『前半1000mを通過。57秒5。

 これは昨年よりもコンマ1秒早いぞ!』

 

去年のリアンが作ったペースよりも早くフルマーが逃げる。

ぴったり1バ身でファルコが2番手。

イナリは相変わらずの最後方で、3コーナーを回る。

 

『さあ先頭メジロフルマー直線に入ります。

 1バ身差トウショウファルコ迫れるか』

 

『イナリワン中団まで上がってきている』

 

レースは佳境へ。

内ラチギリギリを回ってフルマー先頭。

ファルコも追いつこうと頑張るが、その差はなかなか詰まらない。

 

それはさながら昨年の宝塚記念で、

先頭フルマー2番手リアンの状況で直線を向いたときの再現であり、

そこからすぐさま並びかけていったリアンとの比較で、

まさに対照的となってしまった。

 

こうなると、キレる脚のないファルコには非常に厳しい。

 

『離した離した! メジロフルマー独走になった』

 

そこからはフルマーの独壇場。

ファルコを突き離し、単身で阪神の坂を駆け上がる。

 

『イナリワン脚を伸ばして上がってきたが2番手まで!』

 

イナリも末脚を発揮して追い込むが、前までは届かない。

 

『メジロフルマー圧勝でゴールインッ!

 イナリワン追い込んで2着に入りました!』

 

『ファミーユリアン不在なら、主役はこの娘を置いて他になし!

 レコード! コースレコードの1分56秒8が記録されました!

 昨年ファミーユリアンが作ったレコードをコンマ1秒更新です!』

 

5バ身差の圧勝で、フルマーがG1、2勝目を飾る。

さらには、昨年のリアンのレコードを更新。

世代交代などさせないという、フルマーの意地を見た一戦となった。

 

バ場の中ほどを追い込んだイナリワンが2着。

ファルコは道中のハイペースが響いたか、

イナリのほかもう1人にもかわされて4着に終わった。

 

 

 

第34回大阪杯  結果

 

1着 メジロフルマー  1:56.8R

2着 イナリワン      5

 

 

 

 

 

「メジロフルマーさん、大阪杯勝利おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

フルマーの、勝利インタビューの模様。

 

「負けられない一戦でした。

 見事勝利された今のお気持ちをお聞かせください」

 

「私が言うのもおこがましいとは思いますが、

 ドバイを制されたファミーユリアンさんのためにも、

 まさに負けられない一戦でしたので、ホッとしています」

 

ゆっくりと、噛み締めるようにして答えるフルマー。

頬はまだ赤く上気したままだった。

 

「昨年以上のハイペースで、さらにはレコードになりました。

 この結果についてはいかがですか?」

 

「はい、その……」

 

いつもはきはきと答えるフルマーが、一瞬だけ言い淀んだ。

それだけ、思いはひとしおだということだろう。

 

「ファミーユリアンさんの記録をひとつ破れたというのは、

 誇らしくもあり、どこか寂しくもあり、複雑な気持ちでおります」

 

「ファミーユリアンさんのレコードが破られたというのは、

 これが初めてのことになります」

 

「そうでしたか。……うれしいですが、

 やはりどこか複雑な思いがしますね」

 

リアンの記録を破ったのはこれが初めてと聞かされ、

フルマーは再び言葉に詰まった後、感慨深そうに2度3度と頷いた。

 

「次走は天皇賞でしょうか?」

 

「はい、そう考えております」

 

次の質問を、フルマーはきっぱりと肯定した。

距離不安が囁かれる中での、明確な意思表示。

 

「我がメジロの宿願であり念願であり悲願ですので、

 ぜひとも勝ちたいと思います」

 

「期待しています」

 

「はい。今の私にできる精一杯を、お見せしたいですね」

 

「大阪杯を制されましたメジロフルマーさんでした」

 

終了の言葉と共に、深々と一礼するフルマー。

この点もリアンを彷彿させるとして、一部の界隈では盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレセン学園は新年度を迎えた。

期待を胸いっぱいに抱えた新入生が多数入学してきたのと同時に、

この娘もまた、中央トレセンの一員となる。

 

「いよいよ今日からか」

 

笠松から転入してきた()()()()()()()

後世ならば、誰もが知るウマ娘となるのであるが、

今はまだ、ごく一部の人が知るのみとなっている。

 

「……よし、がんばるぞ!」

 

気合も新たに、新学期の始業式に臨んだオグリ。

しかし、式の直後に理事長室に呼ばれた彼女を待っていたのは、

衝撃的な宣告だった。

 

「謝罪!」

 

「……?」

 

オグリの目の前で、頭を下げる理事長。

何の用で呼ばれたのかも知らされておらず、

唐突なこともあって、オグリは首を傾げるしかない。

 

「何分レアケースなもので、完全に見落としていたこちらの落ち度だ。

 この通り謝罪する。本当に申し訳ないっ!」

 

「その、謝っているのはわかった。

 だが、何のことやらさっぱりなんだが」

 

「理事長、オグリキャップさんもこう仰っていますし、

 具体的な説明をして差し上げませんと」

 

「おお、そうだった!」

 

続けて頭を下げている理事長に、

オグリはなおも首の角度を増すしかない。

 

たまらずに割って入ったたづなの進言により、

理事長はようやく、事の次第を伝えていないことに気付く。

謝罪したい気持ちのほうが先走ってしまったようだった。

 

「実は、君のクラシック登録がされていないことが判明した。

 よって君は、当該競争に出走することができない」

 

「………」

 

「重ねて申し訳ない。本来であれば、編入試験に合格した時点で、

 精査して気付いていて然るべきだった。

 まさか誰もが入学時点でしている手続きを踏んでいないとは思わず……

 すまない、何を言っても言い訳になってしまうな」

 

再び頭を下げる理事長。

 

トレセン学園に入学するほぼすべての生徒が、入学時点で、

クラシック競争に出走するための特別登録、

所謂『クラシック登録』を済ませる。

 

保護者達も、己の子供たちが夢の舞台で走ることを望むために、

()()()無理*1をしてでも、手続きをするのだ。

 

これをしないのは、よほどの道楽者か、

ハナからクラシックなど出れやしないという諦め気味の者くらいのものだろう。

ましてやオグリの場合は地方レース出身者だ。

 

そもそもクラシック登録がなされていない、

そんな者が中央へと移籍を望んで見事に果たし、編入直後に

クラシックに臨める立場にいるなど、誰が思えただろうか。

 

先ほど理事長が『レアケース』だと称したのは、

こういう事情による。

 

もっとも、仮に合格時点でその事実に気付いていたとしても、

1回目2回目の登録は既に済んでしまっていたため、

そこで慌てたとしても遅かったのではあるが。

 

「……質問いいだろうか?」

 

「ああ、何でも聞いてくれ」

 

沈黙していたオグリが口を開いた。

ショックで何も言えなかったと思った理事長は、

本当に何でも聞くとの気持ちで答えた。

 

「くら、しっく……? とは、なんなのだろうか?」

 

「……え?」

 

あまりの質問に、さすがの理事長も呆気に取られ、

目を見開いて固まってしまった。

そして、救いを求めるようにしてたづなに視線を送る。

 

「……そこからですか。仕方ありませんね」

 

理事長からの救いの視線に気付いたたづなはそう言って、

諦めたように首を振るった。

 

「いいですかオグリキャップさん。クラシックというのは──」

 

そして説明を始める。

オグリはおとなしく耳を傾けていた。

 

「──という次第です。おわかりいただけましたか?」

 

「……よくわからないが、大変なレースということはわかった」

 

「そうですね、とりあえずはそういうご理解でいいと思います」

 

とはいえ、理解してもらえたかどうかは怪しいものだったが、

話を先に進めなければならないため、たづなは100%の理解は諦めた。

 

「それで、私はそのレースに出られない?」

 

「はい、残念ながらそうなります。規則ですから」

 

「……」

 

さしものオグリも、それだけのレースに出られないのだと知って、

少しはショックを受けているようであった。

 

「どうしても? 絶対に?」

 

「安易に規則を曲げてしまうと、他に示しがつきませんので……」

 

「URAに掛け合ってはみるが、期待はしないでほしい。

 いや本当に、申し訳ないとしか言えないんだ……」

 

「……」

 

何か手段はないのかと訴えるオグリだったが、

たづなと理事長は力なく首を振る。

 

「……わかった」

 

「すまん……」

 

「申し訳ありません」

 

それからしばらく伏し目がちに沈黙していたオグリは、

一言それだけ言って理事長室を後にした。

理事長とたづなは、再度頭を下げて見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

なんとなくの理解でも、ルールというなら従うしかない。

自分をそう言い聞かせたオグリであったが、

誰しもがそうであるように、やはり不満は持っていた。

 

そこで、新たにルームメイトとなった人物に、

それとなく話を振ってみることにした。

 

「なんやそれ!」

 

ウマ娘ファンの皆様ならお分かりだろう。

オグリのルームメイトとは、タマモクロスである。

 

昨年度までルームメイトだった子が退学した*2ため、

そこへオグリが収まったというわけだ。

 

話を聞いたタマモは、声を荒げた。

 

「ちゅうかオグリ、あんた登録してなかったんかい」

 

「ああ。した記憶も、説明された覚えもない」

 

「いや、絶対どこかで説明はされてると思うで」

 

オグリの言い様に、どこか呆れているタマモ。

地方とはいえトレセンにいたのだから、どこかで説明はあったと思う。

忘れてしまったのか、そもそも聞いていなかったのか。

 

(会ってまだ2日目やけど、こいつ天然っぽいしなあ。

 あくまで個人の問題やから、自業自得っちゅう気がせんでもない)

 

2人は前日に初めて顔を合わせたばかりではあったが、

早くもオグリの気質を見抜き始めたタマモ。

両方かもしれんなあと思う次第である。

 

もっとも、クリークに続いて年下の下級生から愛称で、

しかも今度は『タマ』と呼び捨てで呼ばれたものだから、

そこはさすがに少々揉めたそうだ。

 

「とはいえ、規則っちゅうならどうしようもあらへんしなあ。

 オグリは強いんやろ?」

 

「ああ」

 

「えっらい自信家やなあ。

 まあそうでもなきゃ、編入なんか考えんかもなぁ」

 

生来の人懐こさと面倒見の良さで、真摯にオグリの話に付き合うタマモ。

だがそれでも、彼女の力ではどうしようもない。

 

「そんだけ強いなら、その『強さ』を見せて、

 頭の固い連中をどうにかするしか手はないんとちゃう?」

 

「そうか。……そうだな。がんばる」

 

「その意気や。気張るしかないで」

 

「ありがとう、タマ」

 

「……やっぱりその呼び方、勘弁してくれへんか?」

 

出来ることとすれば、意を汲んで慰めてやることと、

励ましてやるくらいであった。

 

 

 

 

 

深夜。

 

納得はした、いや、したつもりになっていたオグリだが、

それでも不満と不安は拭えなかった。

 

「……」

 

就寝していたものの、ふとしたことで目覚めたオグリ。

中途半端に目が覚めてしまったためか、

今すぐにでも不平不満を吐き出したい気持ちに駆られた。

 

しかし、時刻は真夜中。

ルームメイトのタマモも寝ているし、騒ぐわけにも、

こんな時間に部屋から出ていくわけにもいかない。

 

そこで思い出したのが、いつでもなんでも相談してきてね、

と言って連絡先を交換してくれた、『大先輩』の存在だった。

 

「っ……」

 

オグリは枕元に置いていた携帯を手に取ると、

メッセージを打って送信した。

 

返信は期待していなかった。

いや正しくは、すぐの返信は、ということだ。

 

単純に、すぐさま確認してもらえるわけではないだろう、

という予想からである。

時差というものを考慮したのかは、はっきり言ってわからない。

 

ところが、だ。

 

「……早いな」

 

返信は数分と待たずに来た。

思いがけないことに、オグリは少しうれしくなった。

 

日本とイギリスとの時差は8時間。

向こうでは夕方くらいだ。

 

『そっか、ルールというなら仕方ないね。

 こればっかりは私でもどうにもならないよ。ごめんね。

 でもそこで諦めないで。自分の力でルールを変える、

 むしろそれくらいの気概を持って臨まないと、

 クラシックと言わず、中央では勝てないぞ。

 がんばれオグリ! ファイトー୧(`•ω•´)୨⚑゛』

 

「………」

 

これを食い入るようにして見つめ、何度も読み返したオグリ。

 

「……タマと同じことを言ってる」

 

そして、思わずクスリと笑みを漏らす。

偶然にも、両者から同じようなことを言われた。

 

(そうだな、それくらいじゃないと勝てないな。

 ここは中央。笠松とは違うんだ)

 

2人から諭されたことで、オグリはここで完全に納得した。

 

笠松で勝てていたからといって、中央でも勝てるかはわからない。

レベルは明らかにこちらのほうが上。

心身ともにそのような覚悟で臨んで初めて、対等というものだ。

 

そして、ルールごと変えるんだ。

 

(うん、わかった。必ずやってみせるから見ていてくれ)

 

新たな決意をもって、オグリは携帯をスリープにし、

再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

翌日、オグリは早速トレーナー探しを始めた。

一刻も早くレースに出たい一心だったからだ。

 

しかし、地方での成績は化け物といえども、あくまで地方でのこと。

編入試験での、リアンと互角に渡り合った経緯もほとんど知れ渡っておらず、

選抜レースで好成績を挙げたわけでもない。

 

極めつけは、クラシック登録がされてないという情報。

多くのトレーナーが、まずはクラシック制覇を目指すご時世に、

それは致命的な問題になった。

 

実際、オグリをスカウトする者はなかなか現れない。

中央への編入を果たしたという事実は認めつつも、

実力のほどについては、疑っている者が多いということだろう。

 

話を聞いた、編入試験の際の女性トレーナーが、

それなら私が預かろうかと、動こうとしたその矢先。

 

「君がオグリキャップか。よかったら、

 オレのチームに来ないか?」

 

オグリに声をかけるトレーナーがついに現れた。

帽子を被った初老の男性である。

 

「私はクラシックに出られない。

 それでもいいのか?」

 

問い返すオグリに、彼は豪快にこう笑い飛ばした。

 

「なーに、オレはこの通り、この先そう長くない」

 

寿命が、という意味ではなく、

定年が近い、ということのようである。

 

「いまさらそんなこと気にするタチじゃねえってことよ。

 クラシックに出られないからといって、

 なんら区別はしないし、他の子と同様に接するから安心してくれ。

 もちろん、おまえさんの意思は最大限尊重する。

 どうだ、この老いぼれの最後のひと花、咲かせてみねえか?」

 

「……いいだろう。契約しよう。

 いや、私と契約してくれ」

 

「うっし、契約成立だな!」

 

話を聞いて、2度3度と大きく頷いて見せたオグリ。

今すぐにでも引き受けてくれるトレーナーを求めていたところに、

望外の好条件を提示してくれる彼が現れてくれた。

 

もちろん渡りに船となり、最後には、自分からスカウトを希望する。

ここに、オグリキャップのチームシリウス入りが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チームシリウスに加入したオグリは、早速トレーナーと相談し、

ニュージーランドトロフィーからマイルカップというローテを組む。*3

そのあとは、マイルカップの結果次第ということになった。

 

編入、即、レースという異例の日程ではあるが、

いつでもレースに出られるよう調整していたオグリにとっては、

なんら問題はなかった。

 

そしてレース当日。

大物が笠松から編入したらしい、という噂をファンも聞きつけ、

2番人気に推される。

 

1番人気は、前走で芝1400のオープン戦を制した子である。

 

レースは全バが綺麗にスタート。

オグリは中団につけて追走する。

 

直線に入るとリアンに迫った末脚を爆発させ、

先に抜け出した子を難なくかわし、

逆に3バ身の差をつけて快勝した。

 

中央での()()()()()が、ここに幕を開けたのだ。

 

 

 

*1
正規の手順を踏むと、クラシック登録には合計40万円かかる。なお、追加登録には5倍の200万円必要となる。参考ページhttps://enjoy.jbis.or.jp/column/ariyoshi/2017/009847

*2
独自設定。公式ではないので誤解なきよう

*3
史実では、ペガサスS、毎日杯、京都4歳特別、NZTというローテ。ペガサスSは現アーリントンカップの前身





悩んだ末に、オグリはクラシックに出走させないことにしました。
やはりダービーでは、チヨちゃんとアルダンに重きを置きたいので。
世界観は現代ですが、制度自体は、史実当時のままで行きます。

期待してくださった方がいたら申し訳ない。
「無礼るなよ」もなかったことに。

で、日程的にはかなり無茶なNZT出走になりますが、
当時とはスケジュールが変わっているから仕方ない。
というかあの連闘ばっかりが話題になりますけど、
それ以外も割かし大概なんですよねオグリ。



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オグリ騒動とクラシック

 

 

 

三冠ロード初戦の皐月賞が目前に迫った。

 

今年の本命は、昨年のジュニアチャンピオン・サクラチヨノオー。

トライアルの弥生賞をも快勝し、万全の態勢で臨む。

 

前年の阪神JFを勝ち、対抗1番手に挙げられていたサッカーボーイは、

足首の関節炎を患ってしまい、無念の出走断念となった。

 

その他のメンバーは、共同通信杯でサッカーボーイを降して

3連勝となった娘が屈腱炎でリタイアするなど、

重賞級やオープンクラスの子たちが次々と消える事態に。

 

ほかスプリングSを勝ったモガミナインが目立つくらいで、

チヨノオーの勝利は固いと見られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皐月賞の枠順抽選会の前に、出走者の確定抽選が行われる。

フルゲート18人に対し、21人の登録者が出たためだ。

 

同じ賞金額で16位タイに6人が並んだので、2分の1の確率となる。

6枚のくじの中に、3枚だけの当たりくじ。

五十音順で、順番に抽選箱からくじを引いていく、抽選対象の子たち。

 

その中に、見事な流星を持つ娘、ヤエノムテキもいた。

 

現時点では、ダートで2勝してはいるものの、

芝ではまだ未勝利の存在にすぎない。

 

(……残り物には福がある)

 

名前の順の関係で1番最後にくじを引いたヤエノ。

はたして当たりくじは残っていたのか、それとも?

 

「開封してください」

 

主催者の声で、それぞれが一斉にくじを開く。

 

「やった!」

 

「……あー」

 

「外れだ……」

 

当落対照的な声が聞こえてくる中、

ヤエノも、己が引いたくじの中身を確かめる。

 

「(南無三!)……当たった」

 

結果は、見事当選。

こうしてヤエノムテキは、最後の出走枠に滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日の夜。

 

逃げに近い先行脚質の彼女にとっては有利な2番枠を引いて、

幸先よしと息巻いていたチヨノオーのもとに、

さらなる吉報がもたらされる。

 

「……電話? わっ、わっ、リアンさんからだ!」

 

イギリスにいるリアンからの、直接の電話だった。

慌てて通話ボタンを押す。

 

『もしもし、チヨちゃん?』

 

「はいっ、チヨノオーです」

 

『時間、大丈夫だったかな?

 時差は計算したつもりなんだけど』

 

「大丈夫ですよ! 全然問題ありません」

 

『ならよかった』

 

夕食も入浴も済ませた後の自由な時間帯。

わざわざそんな時間を選んでくれたのだろう。

 

「リアンさんもお忙しいでしょうに、すいません」

 

『なーに、かわいい後輩のためだからね』

 

「本当にありがとうございます!」

 

電話口で頭を下げる勢いのチヨノオー。

元々そうではあるが、妹の件といい、

もはや下げた頭が上がらないくらいであった。

 

『調子はどう?』

 

「上々です。レースするのが楽しみなくらいです」

 

『それはよかった』

 

実際、チヨノオーは好調を維持しており、

自身の中でも、今まででの最高の状態と言ってよかった。

 

『サッカーボーイさんは出られないんだってね』

 

「そうなんです。関節炎とかで、残念です」

 

『これで皐月賞は、チヨちゃんの独壇場になったかな?』

 

「ぜ、全然そんなことありませんよ」

 

リアンからそのように言われ、否定するチヨノオー。

咄嗟に手を振る身振りが出てしまうほどに、思ってもみないことである。

 

「確かに実績では私が1番ですけど、

 他の子たちも強力ですし、簡単に勝てるとは思いません」

 

『うん、そうだね。よかった安心したよ』

 

「え?」

 

『慢心してないし、驕ってもいないみたいで安心した。

 認めてたら、叱り飛ばしてやろうと思ってたんだ』

 

「大丈夫です。私はそこまで天狗じゃありません」

 

『よし』

 

チヨノオーの言葉に、短く頷いたリアン。

頼もしさすら感じるくらいだったろう。

 

『頑張ってね。期待してるとか言うと、

 プレッシャーになっちゃうかな?』

 

「いいえ。確約はできませんけど、

 最大限努力することはお約束できます」

 

『うんうん』

 

確かめるように2度3度と頷いたリアン。

これで目的は果たせた。

 

『それじゃ、直前に長電話もなんだから、これで切るね。

 レース後にまた連絡するよ』

 

「はい、お待ちしてます。ありがとうございました!」

 

『じゃあね、おやすみ』

 

それだけ言って、通話は終わった。

 

「………」

 

電話が切れて、しばらくそのまま佇んでいたチヨノオー。

 

向こうは昼過ぎくらいだろうか。

昼食休憩のついでにでも電話してくれたか。

 

慣れない海外でのトレーニングで大変だろうに、

こちらを気遣ってくれていると思うと、

非常に申し訳なく感じるのと共に、活力が溢れてくる。

 

ぎゅっと拳を握って立ち上がり、叫んだ。

 

「よ~し、やるぞー。チヨノ、オーッ!」

 

「あらあら、チヨノオーさん、元気がいいですね」

 

「はわっ!? す、すいませんアルダンさん!」

 

「しかもファミーユリアンさんから直々に、

 海外から激励のお電話だなんて、羨ましい限りです。

 明日、言い触らしてしまおうかしら?」

 

「や、やめてください~」

 

「ふふふ、冗談ですよ♪(羨ましいのは本当ですが)」

 

元気が良すぎて、同室のアルダンにからかわれてしまったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皐月賞当日。

天候は晴れ、良バ場。

 

1番人気はチヨノオー。2番人気モガミナイン。

両者の間はかなり離れている。

チヨノオーが1人抜けて圧倒的な人気。

 

ヤエノムテキは9番人気で発走を迎えた。

 

『クラシック第1弾皐月賞、態勢整いました。

 ゲートが開いてスタート! 内サクラチヨノオー好スタートです』

 

『そのチヨノオーをかわして4番が前に行った。

 もう1人先行します』

 

2番枠スタートのチヨノオーが、ポンッと飛び出した。

彼女をかわして4番と9番の2人が逃げに入る。

チヨノオーは難なく3番手の好位に取りついた。

 

ヤエノムテキはチヨノオーの後ろ、4番手で1コーナーを回る。

レースはそのまま進み向こう正面へ。

 

『前半1000mを、いま通過。59秒8。平均ペースです』

 

実況が触れたように、流れは至って普通。

どの子も力を出し切れる展開か。

 

『3コーナーを回って4コーナーへ向かいます。

 サクラチヨノオーいい展開だ』

 

逃げ2人の直後のチヨノオー、抜群の手ごたえ。

逆に逃げる2人には余力が感じられない。

 

『4コーナーから直線へ。サクラチヨノオー、

 満を持して追い出した。あっという間に先頭!』

 

直線に入って間もなく、チヨノオーが外から先頭へ。

 

『内からヤエノムテキ伸びてきた』

 

そこへ、内のほうからヤエノムテキが突っ込む。

両者の差はみるみる詰まっていった。

 

『先に抜け出したサクラチヨノオー逃げる!

 追うヤエノムテキ! 差が詰まる!』

 

上がる大歓声。

中山の急坂を前にして、両者が並びかける。

 

『坂での叩き合い!』

 

『チヨノオーか、ヤエノムテキか!

 2人が完全に抜け出して、後ろは後方だ!』

 

『チヨノオー僅かに出たか!?

 サクラチヨノオー!!』

 

坂を登ってからの攻防で、チヨノオーがわずかに出た、

そこがゴールだった。

 

『朝日杯に続いて皐月賞も制覇!*1

 ジュニアチャンピオンはクラシックでも健在です。

 サクラチヨノオー勝ちました!』

 

『ヤエノムテキ僅差で悔しい2着!』

 

 

 

皐月賞  結果

 

1着 サクラチヨノオー  2:01.3

2着 ヤエノムテキ      クビ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリが出走するマイルカップが翌週に行われる。

その取材に府中CATVのスタッフが訪れ、オグリが応じていた。

 

「調子はいかがですか?」

 

「引き続き好調だ。良い結果を出せると思う」

 

笑顔で頷きながら答えるオグリ。

 

リアンからの紹介だけあって、編入前に要請を受けたオグリ側は取材を快諾。

中央への編入の模様を、ネットチャンネルにて余すことなく報じた。

 

前走のNZTにて、2番人気にまでなったのは、

オグリ自身の実力に加えて、動画の力が大きいと思われる。

 

NZT勝利後も、府中CATVからの取材にはたびたび応じており、

局側にとっては早くも、リアンに次ぐ看板となりつつあった。

 

「地方出身者が中央のG1を勝つとなれば、

 あのハイセイコーさん以来の出来事ですね。

 グレード制導入後では初めてになりますよ」

 

「すまない、その人のことは良く知らないんだ」

 

「そ、そうですか」

 

「すまねえな。そういう知識面でこいつに期待しちゃいけねえよ。

 オレでも呆気に取られるからな。ハハハッ」

 

ハイセイコー*2を知らないとは、と微妙な空気になりかねるが、

トレーナーが割って入って、豪快に笑い飛ばしたことで、

空気は悪くならずに済んだ。

 

局側も信頼関係が第一と考え、

これ以降は、()()()の質問は控えるようになっていく。

 

「では改めまして、G1初出走に際してのお気持ちをお聞かせください」

 

「もちろんがんばるし、勝ちたい。

 勝って私の力を証明したいし、笠松のことをもっとよく知ってほしい。

 それと、こんな私を拾ってくれたトレーナーに恩返ししたい」

 

「これはオグリらしからぬ殊勝な心掛けだな」

 

オグリの言葉を受けて、意外そうに言うトレーナー。

 

「勝って腹いっぱい食べたい、とでも言い出すのかと思ったぞ」

 

「さすがに失礼じゃないか? 確かに勝ったら、

 おなかいっぱいになるまで、飛び切り美味しいものを食べたいが」

 

「別にG1じゃなくたって、いつも通りだろ。

 それにおまえさんは、食えるもんなら何でもいいんだろ。なあ?」

 

「そうなんだが」

 

「よーしわかった! 勝ったら寿司でも食いに行くか。

 それとも、焼き肉のほうがいいか?」

 

「お寿司! 焼肉!」

 

「ふふ、良いコンビですね」

 

2人のやり取りを見聞きして、笑ってしまう記者。

オグリとトレーナーが契約を交わして、まだ1ヶ月にもならないが、

とても良い関係を築けているようであった。

 

「でも、そうですね。確かにチームシリウスは、

 このところG1勝利からは遠ざかっていますし……」

 

「痛いところ突かれたな」

 

チームシリウスのトレーナーは百戦錬磨の名伯楽で、

数々の名バを育ててきた敏腕トレーナーではあるが、

記者が資料を見やりつつ言ったように、最近はG1から見放されていた。

 

思わず苦笑するトレーナー。

 

「孝行娘となれるよう願ってます」

 

「ああ、がんばる」

 

「ぜひともそうなって欲しい。

 いや、そうさせてやらにゃあいかんな」

 

意気込むオグリに対し、まるで自身の娘、いや孫を見るかのような、

優しい目を向けていたのが印象的なトレーナー。

 

その後も取材は続き、和気藹々としたまま終了した。

もちろんこの模様も動画としてアップされ、

オグリの素の姿が良いとして、人気向上の一助となるのである。

 

 

 

 

 

さて、本番のレースであるが……

 

『直線に入って早くもオグリキャップ先頭』

 

『差が開く。これは一方的になった』

 

『オグリキャップ圧勝も圧勝で堂々のG1初制覇! ゴールインッ!』

 

『この娘の実力は本物だ!』

 

2着に7バ身もの差をつけて圧勝する。

しかも、レースレコードを大幅に更新というおまけつき。

チームシリウスに久々のG1勝利をもたらした。

 

テレビ中継で解説を務めていた、辛口で知られる大御所の解説者*3が、

「桁違いですね」と発言するほどの圧倒的なレース。

これでもう、表立ってオグリの実力を疑う者は、誰1人としていなくなった。

 

「G1勝利、おめでとうございます」

 

「ありがとう」

 

レースが確定し、勝利ウマ娘インタビューとなる。

まずは形式通りに始まって、いくつかの定番の受け答えの後。

 

「これほどの強さを見せつけられますと、

 次走に関してが非常に注目されますが……」

 

と、突っ込んだ発言がなされ、

周りの空気が急速に重くなる。

 

なお、インタビュアーの独断であったことが、

のちに明らかとなって、賛否両論となった。

 

すでにクラシック登録がなされていないことは周知の事実であって、

オグリがダービーに出られないことは確定していた。

『ダービー』に対する何らかの反応なり発言なりを

引き出そうとしているのは、明らかだったからだ。

 

「お決まりでしょうか?」

 

「オレから言おう」

 

隣で見守っていたトレーナーが前に出て、代わりに答える。

下手な発言をさせないよう庇ったのもあるが、

大注目のこの場で発表するのも乙だという、彼の考えである。

 

勝利インタビューでトレーナーが次走を公表するという、

これまた異例の事態になった。

 

「オグリの次走は、安田記念だ」

 

「安田!? クラシック級での安田記念出走は、

 極めて異例*4となりますが……」

 

驚くインタビュアーの発言に、それはそうだろ、と

中継を見ていた人は多くがそう思ったことだろう。

 

なんせダービーがあるのだから、有力娘はそちらに進むのが当然。

また、クラシック級の春シーズンにシニア級の娘と対戦するのは、

実力的にも精神的にもきつい。

 

前例がないわけではなかったが、インタビュアーの言う通り異例中の異例。

もちろんクラシック級での安田記念制覇は、ただの一例もなかった。

 

()()()()G1を狙えば、自然とそうなるのよ。

 なあオグリ?」

 

「ああ。やすだきねん?とやらも、勝つ」

 

「人事は尽くした。あとは天命を待つってな」

 

言われるがままに頷き、次走への意気込みを見せるオグリ。

周りの関係者たちは、総じて色めき立っていた。

 

 

 

 

 

このインタビューのこともあってか、

オグリがクラシックに出られない問題は一気に過熱し、

SNS等での炎上騒ぎはもちろんのこと、

URAに脅迫状が送られるという事件にまで発展する。

 

が、URA側は規則であるとの一点張りで強硬姿勢を崩さず、

オグリ陣営がこの件に関してはこれ以上は口をつぐんだため、

頑固なURA、健気なオグリ、という図式が出来上がってしまったことも、

ファン心理をさらに沸騰させたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリのクラシック登録関連で逮捕者まで出たことにより、

今年のダービーは、超厳戒体制の下で行われる。

 

入場規制がかかるのは例年通りだが、

いっそう厳しい制限がかけられ、場内のいたるところに

警察官が配置される、物々しい雰囲気になった。

 

まるで海外から超VIPが来日するときのようだ。

 

『さあ日本ダービー発走が迫りました。

 1番人気は皐月賞ウマ娘サクラチヨノオー。

 2番人気は阪神JFの覇者サッカーボーイ。

 皐月賞2着のヤエノムテキが3番人気となっております』

 

ジュニア級のG1の前とは、正反対の評価になった。

一冠目の皐月賞を制したのだから、それも当然。

サッカーボーイが故障明けという点も、割り引かれた一因になっている。

 

(いよいよダービー……落ち着いて走れば、いける)

 

正面スタンド前の発走地点において、

ゲートの手前で自分を落ち着けているチヨノオー。

 

おとといの夜には、リアンから再び励ましの電話をもらった。

そればかりか、昨日の朝には、マルゼンスキーが

わざわざ向こうから訪ねてきて、激励されていた。

 

(マルゼンさん、よく私のこと気にかけてくれてるけど、

 なんでなのかな?)

 

きのうのことだけではない。

思い返してみると、そんなことが何度もあった気がする。

 

(……まあいいか。今はレースに集中しなきゃ)

 

それよりも、今はレースのことだ。

しかもダービーなのだから、より一層の気合を入れていかなければ。

 

「……よしっ」

 

首を振って邪念を追い払い、自ら頬を叩いて気合を入れる。

 

「チヨノオーさん」

 

「アルダンさん」

 

そこへ近づき、声をかける人物。

淡い水色の長髪のウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「どうにか私もダービーに間に合いました。

 今回ばかりは、友人でルームメイトであるということは置いて、

 真剣勝負でお願いしますね」

 

これがデビューして4戦目となるアルダン。

3戦2勝。トライアルの青葉賞2着*5から、栄光のゴールを目指す。

ちなみに6番人気になっている。

 

「もちろんです」

 

アルダンからの申し出に、力強く頷いたチヨノオー。

 

「正々堂々、勝負しましょう!」

 

「よろしくお願いします」

 

自ら右手を差し出して、アルダンもその手を取る。

両者笑顔で頷き合い、手を離した。

 

「………」

 

一方で、そんな2人を見つめている視線が。

ヤエノムテキだ。

 

(……今度こそ)

 

彼女にも期するものがある。

世代のトップにあそこまで肉薄できたという自信に、

あと一歩及ばなかったという悔しさ。

 

そして、幼いころから悩まされ続けている、

自らの奥底に秘められた、熱く滾る“何か”。

 

『日本ダービー、ファンファーレです!』

 

ここで時間となり、ファンファーレが生演奏されて、

各ウマ娘がゲートに収まっていく。

大きな混乱はなく、程なくして態勢は完了。

 

『スタートしました!』

 

『大外枠オーバーアドバンス飛び出していった』

 

大外の子が好スタートを決め、そのまま逃げていく。

そのほかにも大きな出遅れなどはなかった。

 

『後続を引き離して大逃げになった』

 

『皐月賞ウマ娘サクラチヨノオー、

 7、8バ身離れて2番手』

 

向こう正面へ出ていく過程で後続との差は広がり、

チヨノオーは楽に2番手を追走する格好。

 

『ヤエノムテキは中団の前あたり。

 サッカーボーイは中団の後ろのほうにつけています』

 

人気の各娘たちの位置取りはバラけた。

 

『1000m通過は59秒9』

 

早めの平均ペース。

見た目ほど早くはなっていない。

 

『先頭と2番手との差が詰まってきた』

 

『オーバーアドバンス、集団に吸収されます』

 

先頭を行く子が3コーナー付近で早くも失速し後退。

後続のバ群に吸収される。

 

『サクラチヨノオー、外側から進出』

 

『4コーナーを回ります。

 サクラチヨノオー、バ場の中ほど、先頭に立った』

 

直線に向いたところで、チヨノオーが徐々に進出して先頭。

東京コースの坂へと差し掛かる。

 

『内からメジロアルダン、チヨノオーに並んできた。

 大外からはヤエノムテキ!』

 

そこへ内側からアルダンが伸びてきて身体を合わせ、

1番外からはヤエノムテキも脚を伸ばしてくる。

 

『メジロアルダンかわしたか? 前に出た!』

 

『メジロアルダン先頭に変わった!

 半バ身のリード!』

 

坂を登りきると、アルダンがわずかに前に出る。

しかしチヨノオーも負けておらず、

前走に続いての激しい叩き合いへと移行した。

 

『しかしチヨノオーも粘る!』

 

『ヤエノムテキ3番手だが前とは差がある!』

 

『残り100メートル!』

 

チヨノオーとアルダンが競ったまま、最後の100m。

ヤエノも伸びてはいるが、前の2人には届きそうにない。

 

『さあ二冠か、メジロの夢*6か!』

 

『あと50!』

 

アルダンも譲らず、チヨノオー万事休すかと思われた、そのとき。

 

 

「私が……私が勝つんだからぁあああ!!!」

 

 

チヨノオーが咆哮。

驚異の末脚を発揮する。

 

『チヨノオー差し返す! なんと差し返した!

 土壇場でサクラチヨノオー先頭っ!』

 

ゴール直前でアルダンを差し返し、ほんの僅か前に出る。

そこがゴールだった。

 

『サクラチヨノオー栄光のゴール!

 皐月賞に続いての接戦を制して、二冠達成!

 恐るべき底力、恐るべき根性!

 中山で開花した桜が、府中でも咲き誇りました~!』

 

2戦続けてのクビ差での決着。

アルダンは僅差で大金星を逃した。

 

 

東京優駿(日本ダービー)  結果

 

1着 サクラチヨノオー  2:26.3

2着 メジロアルダン     クビ

3着 ヤエノムテキ       3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……私が、ダービー……」

 

ゴール後、掲示板を見上げて呆然とするチヨノオー。

 

まるで実感などなかった。

ただそこに、1着欄に自分の番号がある、それだけのこと。

 

「チヨちゃーんっ!」

 

「あ、マルゼンさん……」

 

そこへ、ゴール前最前列の客席から声がかかった。

視線を向けたチヨノオーの目に映ったのは、マルゼンスキーの姿。

すぐに駆け寄っていくチヨノオー。

 

「おめでとうっ、チヨちゃん!

 自分のことのようにうれしいわ。やったわね!」

 

「ありがとうございます……」

 

本当に自分が勝ったかのような喜びようのマルゼン。

いまだ実感が湧いてこず、片言のように呟くことしかできない。

 

「ほら、他のお客さんたちにも応えなきゃ。

 今年の二冠、ダービーウマ娘は私だぞっ、ってね♪」

 

「……はいっ!」

 

マルゼンと会話しているうちに、周りの歓声も耳に入ってきた。

徐々に実感が湧いてくる。そして、完全に自覚した。

 

「ありがとうございました~っ!」

 

チヨノオーがそう叫んで両手を掲げると、大歓声が沸き起こる。

その歓声は、いつまでも、チヨノオーの耳に残り続けた。

 

 

 

 

 

「……おめでとうございます、チヨノオーさん」

 

歓声に応えるチヨノオーを称えるアルダン。

あそこからの巻き返しは正直驚いたが、負けは負けだ。

悔しいが素直に認めるしかない。

 

「次は、負けませんから」

 

秘かに決意を固めるアルダン。

だが……

 

「っ……」

 

突如、右足から響いてきた鈍い痛みに、

嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「また負けたッ……!」

 

もう一方で、四つん這いの体勢で悔しがっているヤエノ。

何度も拳で地面を叩く。

 

「どうして……私はっ……!」

 

勝利にはあと一歩足りない。

その一歩が、果てしなく遠い。

 

「いったい、どうすれば……」

 

身体の奥底から吹き上がってくるどす黒いものを、必死に抑える。

ここでソレを出してしまうのは、あまりにもまずい。

 

「くっ……!」

 

係員が呼びに来るまで、

ヤエノは必死に黒い衝動に抗い続けた。

 

 

 

*1
朝日杯はクラシックに直結するレースとして有名。グレード制導入以降、メリーナイス、サクラチヨノオー、アイネスフウジン、ミホノブルボン、ナリタブライアン、ロゴタイプ、ドウデュースなどが朝日杯勝利後にクラシックを制している

*2
22戦13勝。大井出身で中央移籍後も大活躍し、第1次競馬ブームを巻き起こした。いわば直系系譜のオグリの大先輩。主な勝ち鞍・73年皐月賞、74年宝塚記念

*3
O川K次郎氏。関係者に対しても公然と批判することがしばしばあった

*4
安田記念はG1昇格後オークスの前週に行われていたため、この時代に3歳馬が出走することはほぼなかった。96年にダービーの翌週に変更。2011年にリアルインパクトが初めて3歳で制した

*5
史実では、当時トライアルであったNHK杯2着

*6
メジロは結局、ダービーを勝てなかった





リアンブーストもあってチヨちゃんが皐月勝利からの二冠達成
ヤエノファンの方には申し訳ない
東京コースだったらそれでも勝っていたかもしれませんが
(ヤエノ勝利時の皐月賞は中山改修のため府中開催)



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春の盾と春のマイル王決定戦

 

 

 

101回目を迎える天皇賞は、

いまだかつてない盛り上がりを見せていた。

 

『四強』と称されるメンバーが、今年初めて勢揃いして激突するからだ。

 

絶対王者のファミーユリアンこそ海外遠征で不在だが、

その王者とタメを張るレベルの高速逃げの使い手メジロフルマーが、

春初戦の大阪杯をリアンのレコードを破っての圧勝。

 

3000m超の長距離に不安は残るものの、

人々は克服できると踏み、事前投票での1番人気に推された。

 

昨年の菊花賞を制し、前哨戦の阪神大賞典も楽勝して

駒を進めてきた、白い稲妻タマモクロス。

長距離実績ではナンバーワンであり、

人気は2番手に留まったが、本命に挙げる人も少なくない。

 

3番人気は、皐月賞ウマ娘にして僅差の菊花賞2着、

トウショウファルコである。

 

大阪杯での完敗でフルマーとの勝負付けは済んだ、

との見方もあるが、熱心なファンも多く、いまだ人気は高かった。

今回こそ勝利して輝きを取り戻せるか。

 

そして4番人気は、中山記念で中央移籍後2勝目を挙げ、

大阪杯でも2着に入ったイナリワンだ。

まだ中央でのG1勝ちこそないが、その末脚には定評がある。

 

以上が四強のメンツである。

 

その他の出走者では、いずれも大ベテランの域に入る、

カトリウイング、フリーラン、ミスシクレノンの

G1常連組3人が目立っていた。

 

 

 

 

 

 

主な出走バの枠順

 

1枠2番メジロフルマー

3枠5番タマモクロス

3枠6番トウショウファルコ

4枠7番イナリワン

6枠12番フリーラン

7枠13番ミスシクレノン

7枠14番カトリウイング

 

 

 

 

 

『春の天皇賞、まもなく発走です。

 最終見解をお願いします』

 

『はい。おそらくはメジロフルマーが逃げるでしょう』

 

実況に促され、解説者が自身の見解を述べる。

 

『距離に不安がある中でも逃げますか?』

 

『自分のスタイルですからね。

 中距離戦ほどのハイペースにはならないかもしれませんが』

 

『続くのはトウショウファルコ、ミスシクレノンあたり?』

 

『そうですね。比較的、前に行く娘たちが多いので、

 メジロフルマーを含めて、ペースに注目したいです』

 

先頭争いは見ものになりそうだ。

そして、どういうペースになるのかも大注目。

 

『タマモクロスとイナリワンは、いつも通り後方ですね。

 この2人にとっては、前がやり合ってくれたほうが助かります。

 早く流れろと願っていることでしょう』

 

『楽しみなレースになりそうです。

 さあスターターが台に上がりました。

 第101回天皇賞ファンファーレです』

 

ファンファーレが演奏され、各ウマ娘が順番にゲートに収まっていく。

その経過は非常に順調。短時間で態勢は完了した。

 

『スタートしました! 16人そろったスタート』

 

スタートで大きな出遅れはない。

しかし4番の子の行き脚がつかず、最後方となる。

 

『注目のハナ争いですが、各バ横一線!

 これはどうなる? メジロフルマー行かないのか?』

 

注目された誰が先手を取るのかという争いだが、

なんとしばらくは各娘たちが横一線となり、

我先にと逃げていく存在が現れない。

 

『メジロフルマー行かない、行きません!

 おおっ、左右を見ているぞ!』

 

意外そうに実況の声が上擦った。

 

フルマーは、お先にどうぞとばかりに、左右に視線を送っている。

距離不安を鑑みて自重したか。

 

実況につられて、場内の観客たちもどよめき始める。

 

(普通に走ってはまず持たない。

 ならば、できうる限り持たせるようにすること!)

 

フルマーの思考はこうだった。

 

確実に逃げるだろうと思われた存在が逃げないとき、

どうなるのかは自明の理。

 

かくしてレースはその通りの事態になり、フルマーの思惑通り、

抜けて逃げていく存在はついに現れず、

一同、集団のまま京都の坂を登っていく。

 

『ここで押し出されるようにして、

 トウショウファルコ先頭に立ちました』

 

『ミスシクレノン続きます。

 メジロフルマーは2バ身差3番手で3コーナーを迎えます』

 

致し方なし、という感じでファルコが前に出る。

どうやら誰もが先頭には出たくなかった模様。

 

ミスシクレノンがあとに続いて2番手。

メジロフルマーはその後ろになった。

 

『4コーナーを回って1周目直線に出ます』

 

『先頭トウショウファルコ、ぴったりついてミスシクレノン。

 2バ身差メジロフルマー』

 

『これはスローペース。

 後方勢は歓迎したくないでしょう』

 

最初に各バが牽制し合ったせいで、見るからにわかるスローペース。

いつものように後方に構えたタマモとイナリには、不利な状況。

 

とはいえ先頭から後方まであまり差はついておらず、

瞬発力勝負になれば、まだ十分に希望はある。

 

『64秒6で1000mを通過。やはりスローになりました』

 

『先頭から最後方まで12、3バ身といったところか』

 

ひとかたまりの集団に近い状況の中で、レースは向こう正面へ。

 

『トウショウファルコ先頭変わりません。

 直後にミスシクレノン。外を突いてカトリウイング上がって2番手。

 内にメジロフルマー。真ん中フリーラン付けています』

 

ファルコが先頭といっても、リードは1バ身もない。

外からカトリウイングが並びかけていき、

続けざまに数人が我慢できないと見えてさらに並んでいく。

 

そんな中、メジロフルマーは慌てず騒がず、内でジッと待機。

後方勢にもまだ動きはない。

 

『各バ、2周目の坂に挑みます』

 

『頂上から下りにかかる』

 

坂の下りに差し掛かったところで、レースは動いた。

 

(直線勝負になったら私に勝ち目はない。

 ……なら! 早めに仕掛けてリードを取るしかありません!)

 

自分の弱点はわかっているファルコが、早くも仕掛ける。

きっと思い描いていたプランからはほど遠い内容に違いないが、

勝利するためには自分から動いていくしかない。

 

加速していち早く集団から抜け出しにかかった。

 

『トウショウファルコ動いた!

 2バ身3バ身とリードを取っていく!』

 

これをきっかけとして、それまで穏やかだったレースが、

大雨の後の濁流のごとく激しくなる。

 

(動きましたね。待っていましたよ。ならば私も……!)

 

この瞬間を待っていたのがフルマーだった。

 

先頭で逃げるのは、どうしても他バの目標にされてしまう。

距離に不安がある中、今回ばかりはそれは避けたかった。

かくしてレースはここまで、フルマーが思い描いた通りになった。

 

(天皇盾……メジロの悲願、私がいただきます!)

 

内にいたフルマーが一瞬の加速で外に動いて、

ミスシクレノンやカトリウイングをかわして2番手に上がる。

 

『メジロフルマーも動いた!

 外に出て追い上げていきます!』

 

『さらにはイナリワン、タマモクロスも上がってきた!』

 

4コーナー手前で、いつのまにやらするすると、

3番手争いにイナリワンとタマモクロスが加わってくる。

 

『さあ直線に向いた!

 トウショウファルコ先頭、2バ身差メジロフルマー!』

 

2人が抜けたところで、上がる大歓声。

しかし、観客のテンションを上げるのはそれだけではなかった。

 

『外からタマモクロス、イナリワンも突っ込んでくる!』

 

『やはり()()の争いだ!

 もう言葉は要らないのか!*1

 

内から綺麗に四強がそろい踏みだ。

実況が実況を放棄してしまうほどの状況。

 

『歯を食いしばって必死に粘るトウショウファルコ!

 真ん中メジロフルマー! 外からタマモクロスとイナリワン!』

 

『トウショウファルコとメジロフルマー並んだ!

 残り200m! タマモとイナリも迫る!』

 

『先頭替わった! メジロフルマー先頭に立った!』

 

200mでファルコとフルマーが並び、粘るファルコをかわしてフルマーが前へ。

そこにタマモとイナリが襲い掛かる。

 

『メジロの悲願目前! しかし外の2人のほうが脚色が良い!』

 

『……替わった~! 叩き合いながら

 タマモクロスとイナリワン先頭に躍り出る!』

 

『あと100m!』

 

フルマーは間もなく2人に飲み込まれ、3番手に下がった。

タマモとイナリは、引き続き激しく争いながらゴール前。

 

『タマモか、イナリか!』

 

『タマモクロス僅かに出た! タマモクロスぅ~っ!』

 

ゴール寸前でタマモがイナリを振り切り、アタマ差勝利。

イナリはこれで、3回目のG1での2着となった。

 

「はぁ、はぁ……やったで……

 い、イナリぃ……はぁ、はぁ……これで……

 有での借りは、返したでぇ……」

 

「はぁ……はぁ……ち、ちくしょうめぇ……っ!」

 

熾烈な争いを演じた2人は、ゴール後すぐに足を止めて、

並んでひっくり返ってしまった。

しかし大きく呼吸を乱しながらも、満足そうに語り合っていたという。

 

四強の実力が並外れていたことは、ファルコの後方、

5着との差が8バ身開いたことから明らかである。

 

 

 

天皇賞(春)  結果

 

1着 タマモクロス   3:21.9

2着 イナリワン      アタマ

3着 メジロフルマー    2.1/2

4着 トウショウファルコ   2

 

 

 

 

 

 

「お父ちゃんお母ちゃん! チビたちぃ!」

 

タマモは、勝利インタビューで再び吠えた。

愛する家族に向かって。そして……

 

「先輩も、見とってくれたかぁ!?」

 

海の向こうの、敬愛し尊敬する先輩に向けて、思いっきり叫ぶ。

大阪杯を回避した負い目があったせいか、その目は潤んでいた。

 

「このとーり、日本はウチたちが盛り上げたるからな!

 心配なんかな~んもいらん。

 先輩は先輩で、海外でもっと大暴れしたってなあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春のクラシック戦線も終了し、残りの春シーズンのG1は、

安田記念と宝塚記念を残すのみとなった。

 

その安田記念には、笠松から来た()()オグリキャップが出走する。

 

クラシック級の春にして、シニア級へ挑む異例のローテーション。

ダービー出走が叶わなかった代案と言えばそれまでだが、

ここで好勝負、もしくは勝ってしまうとなれば、それこそ大事件だ。

 

迎え撃つシニア勢は、前年の桜花賞ウマ娘で

直前のヴィクトリアマイルも制しているシャダイカグラが筆頭候補。

続けて、桜花賞でカグラの2着だったホクトビーナス、

昨年のマイルCS2着のホクトヘリオス、スプリンターズS4着のブラックナルシスら、

一線級が勢揃いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オグリ、いけるな?」

 

「もちろんだ」

 

「よし」

 

パドックへと向かう直前の控室。

トレーナーからの問いに、オグリは力強く頷いた。

それを見て、トレーナーも満足そうに笑みを見せる。

 

「ここを勝てば、また新たな道も開ける。しっかりな」

 

「言われるまでもないさ」

 

両者がっしり握手を交わすと、悠然と控室から出ていった。

 

そして無事にパドックでのお披露目を終え、

本バ場入場を迎える。

 

『オグリ~!』

 

『がんばれよ~!』

 

『地方の意地を見せたれ~!』

 

オグリが姿を現すと、歓声が乱れ飛ぶ。

 

彼女は早くも、中央のファンたちにも受け入れられ、

成り上がりを好む日本人的な気質のおかげもあって、

爆発的な人気を得ることに成功していた。

 

トレーナーが指導するままに“弱者”ムーブを貫いたことと、

強者側のURAが一方的な対応を取ったせいでもある。

 

(中央でもこんなに応援してもらえるとは思わなかった。

 ……うれしい)

 

当のオグリ本人は、大歓声に驚きつつも、

内心ではちょっぴり喜んで、返しウマに入っていった。

 

当然、抜けた1番人気はオグリ。

2番人気シャダイカグラ。3番人気はホクトヘリオス。

 

天候は曇り、良バ場。

 

『さあ安田記念出走16人、ゲートイン完了しました。

 ゲートが開いてスタート!』

 

『揃いました。綺麗なスタートになりました』

 

ここでも出遅れなどはなかった。

 

『7番がス~ッと出てまいりまして逃げを打ちます。

 続けて16番が追っていきます』

 

『注目のオグリキャップは3番手集団』

 

7番と16番が先手を取って先頭に立ち、

オグリはいつもより前目なポジションにつける。

 

『外から15番上がっていって3番手』

 

『オグリキャップは内内を追走しております』

 

『先頭は7番。3、4バ身程のリードをとって3コーナーへ向かいます』

 

『縦長の展開になっています』

 

『7番のリードがなくなってきた』

 

残り600を切る段階で、逃げた7番のリードは消失。

2番手集団に吸収された。

もちろんオグリもその中に含まれている。

 

『4コーナーを回って直線へ出ます』

 

『オグリキャップ、今2番手から先頭に出ようというところ』

 

逃げウマの直後のインベタという、経済コースを取ったオグリは、

ウマなりで7番に並びかけていく。

他の2番手集団にいた子たちも、すべて置き去りにする勢い。

 

『オグリキャップ楽々先頭に立ちました』

 

坂上でオグリは先頭へ。

しかも、まだ本気で追い出してはいない。

 

(よし、ここからだ!)

 

満を持して、ここでオグリはラストスパート。

 

『さらに引き離していくオグリキャップ。

 これはちぎったちぎった! さらに離す!』

 

『シンウインド2番手。

 後方からはホクトヘリオス突っ込んでくる』

 

『しかしオグリキャップ、これはモノが違う!

 3バ身、4バ身、5バ身と離していく!』

 

直線入り口でウマなりで並びかけていって、

坂上からのスパートで、これだけの差を作る。

まさにバ力、瞬発力の違いだった。

 

『オグリキャップ堂々とゴールインッ!』

 

『オグリキャップ勝ちました。中央3連勝でG1も連勝!

 中央のシニア級が相手でも全く問題なし』

 

『まさに怪物! 笠松から来た()()でありますっ!』

 

オグリは最終的に、2着に6バ身もの差をつける圧勝。

しかも、再びレコードを更新。

それも今度はコースレコードをも塗り替えて見せたのである。

 

 

 

安田記念  結果

 

1着 オグリキャップ   1:32.4R

2着 ホクトヘリオス      6

 

 

 

 

 

「安田記念を勝ちましたオグリキャップさんです。

 おめでとうございます」

 

「ありがとう」

 

恒例のインタビューに応じるオグリ。

本人はもちろんのこと、前回のようなことを警戒してか、

トレーナーも最初からすぐ隣に映りこむという、前代未聞の形。

 

以後、これが彼らの標準スタイルとなっていく。

 

「レース前から凄い大歓声でしたね」

 

「ああ、すごかった。感謝する」

 

「レース内容についてはいかがですか?

 6バ身差をつけての圧勝となりましたが」

 

「勝ててうれしい。それだけだ」

 

「悔しさは晴れましたか?」

 

「悔しさ? ……どういうことだ?」

 

明らかに、ある1点を意識した質問。

しかし、オグリの天然さで、それを察しろと言うのが土台無理な話で。

このかわいらしく首を傾げる様子が、また話題を呼ぶのだ。

 

「トレーナー?」

 

「うん、まあ、勝ててうれしいって言っときゃいい」

 

「そうだな。とにかく、レースに勝ててうれしい」

 

「は、はあ」

 

()()についてのコメントを期待したテレビ局側にしては、

外れも外れなコメントだったが、これ以上話を引き出すのは

無理と判断したのか、早々に次の質問へと移る。

 

「次走についてはお決まりでしょうか?」

 

これも恒例な質問だ。

前回のこともあるので、これなら話が広がると考えたのだろう。

現に、オグリ陣営はここまでで、次の話はしていなかった。

 

「オレから答えよう」

 

案の定、ぐいっと押し出てくるトレーナー。

 

局側はしめた、と思っただろう。

だが、それ以上のものが、確かにもたらされた。

 

「秋シーズンに備えて休養でしょうか?」

 

「いや」

 

休養か、の声には首を振るトレーナ。

ならば、夏場も休みには充てず、どこかのレースに出るつもりか。

 

そんな予想は、斜め上に外れることになる。

 

「オグリの次走は、宝塚記念だ」

 

「!! それは、本当ですか?」

 

「ウソついてどうなる。

 公共の電波使ってウソつくわけにはいくめえよ」

 

明らかに衝撃を受けて動揺している周囲をしり目に、

してやったりという顔で笑みを見せるトレーナー。

 

「何を驚いてんだ。出走できないわけじゃないだろう」

 

「た、確かに、ファン投票で選ばれれば可能ですが……

 しかし、それもまた異例中の異例で……」

 

昨年も、タマモやファルコがそうであったように、

クラシック級の娘が投票上位に顔を出してくることはあった。

 

だが、ほぼすべてが秋に備えて辞退というケースであるため、

選ばれてそのまま出走、というのは極めて稀だと思われる。*2

もしかすると、初めてかもしれない。

 

「こいつなら確実に選ばれるだろうし、

 そうなりゃ()()()出走させるだけよ。

 なあオグリ、行けるよな?」

 

「ああ。走れというなら走る」

 

「そ、そうですか」

 

つくづく破天荒なウマ娘とトレーナーだ、という印象を、

いっそう強めることになるインタビューとなった。

 

しかし、既存のルールを打破して、新時代を築こうというのだから、

これくらいはやって見せて当然なのかもしれない。

 

また、G1を連勝、それもシニア級を打ち破って勝利するようなウマ娘が、

世代最上位を決めるダービーに出走できなかったのは、やはりおかしいとして、

URAを批判する声が一層高まるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『Congratulations! オグリならやれると思ってたよ』

 

「ふふ……」

 

深夜、ルームメイトすら深い眠りについている中で、

人知れずメールチェックするのが、オグリの秘かな楽しみとなっていた。

もちろん今回も、リアンからのおめでとうメッセージだ。

 

『君なら当然勝つと思ってたからお祝いはそれくらいにして、

 宝塚にも出るんだって? 大丈夫? 疲れてない?』

 

「相変わらず優しいな、大先輩は」

 

心配してくれている文章に、静かにしていないといけないのに、

思わず声に出てしまうオグリ。

 

確かにリアンの言うとおり、宝塚にも出走するとなれば、

シーズン4走目になる。それも、間隔を詰めての出走だ。

ただでさえ厳しいG1を連戦となれば、当然の言葉ではあった。

 

「だが大丈夫だ。私はこの通り元気いっぱい、

 トレーナーを信頼してもいる。

 走れと言われたところを走り、勝つだけだ」

 

不思議と身体は軽いし、気力も満ち溢れていた。

チーム加入3ヶ月足らずで、すでに振り切れんばかりの信頼を向けている。

ルームメイトと同等かそれ以上に、チームメイトとの関係も良好だった。

 

心配することなど何もありはしない。

……そのはずだった。

 

『それと、宝塚に出るとしたら、タマちゃんと勝負することになるね。

 ルームメイトだし仲良しだって聞いてるけど、大丈夫かな?』

 

「む……」

 

指摘を受けて、オグリの様子が明らかに変わった。

目線が止まり、うろたえているようだ。

 

「……そう、か。そうだな、タマと走るのか」

 

今さらながら、その事実に気付かされたオグリ。

春の天皇賞を制したタマモは、当然、G1連勝を狙って出てくるだろう。

今までとは格が違う、一筋縄でいかない明確な強敵となる。

 

『覚悟はできてる?』

 

「覚悟……」

 

かつて、自身がスターオー相手に喫した2度の敗戦を踏まえ、

送ってきているのであろうアドバイス。

ロクでもない気持ちで、中途半端な状態で臨むと、

手痛いしっぺ返しを食らうぞという、教訓の明示であった。

 

もっとも、オグリがそこまで深読みできていたのかは、不明である。

 

『できてるというなら、もう何も言わない。

 お互いに気が済むまで、思い切り走っておいで』

 

「……そうだ。思い切り走る、これだ」

 

走ることが第一と考えるオグリは、そう受け取った。

 

「相手が誰であろうと関係ない。

 ただ思い切り走って、勝負して、勝つだけだ。うん」

 

そう言って自身を納得させる。

無理にでも何でもなく、自然に達した結論だった。

 

「……なんやぁオグリぃ? 起きとんのか?」

 

「!」

 

と、ここで、タマモが起きてしまったようだ。

こちらへ寝返りを打って顔を向け、眠そうに目を擦っている。

 

「す、すまない、起こしてしまったか」

 

「明日は学校やで。オグリもはよ寝ときぃ……」

 

「あ、ああ」

 

「………」

 

タマモはそれだけ言うと、向こう側へと寝返りを打つ。

程なくして、再び安らかな寝息が聞こえてきた。

 

「……うん」

 

もう1度小さく頷いて、オグリは携帯をスリープにし、

身体を横たえて寝る態勢に入った。静かに目を閉じる。

 

(大丈夫だ。たとえ誰と走ることになろうとも、

 走れることに感謝して精一杯走るんだ)

 

幼いころ、走りたくても走れない、

立ち上がることすら困難だったことを思えば、

このようなことは屁でもないではないか。

 

それに、何も殺し合いをしようというわけじゃない。

お互い正々堂々と勝負すればいいだけの話。

 

(大先輩は、私とタマが一緒に走るとなったら……

 どっちを……応援……してくれる、だろ……か……)

 

やはりレース直後なだけあって、疲れていたのだろう。

すぐさま睡魔が襲ってきて、あっというまに深淵へと沈んでいった。

 

*1
杉本節炸裂。第40回宝塚記念参照

*2
創設黎明期には3歳馬の出走は珍しくなかったが、3歳馬の出走資格がなかった時期があったり、ネオユニヴァースやウオッカといった世代を代表する馬でも全く通用しなかったことから、忌避されるようになっていく。現時点で3歳馬の連対はない。2002年に3着に入ったローエングリンが最高位。参考ページhttps://yequalrx.com/takaraduka_3yo/





リアン
「応援する対象が多すぎて決められないよ!
 強いて言うなら全員がんばれっ!(やけくそ)」


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第86話 孤児ウマ娘、ヨーロッパへ進出する

 

 

 

疲労回復のために、レース後の3日間は完全休養。

日本から来てもらったいつものスタッフさんに、身体のケアをしてもらう。

 

その間に、乙名史さんは編集やその他業務のため、いったん帰国。

イギリスのトレーニング拠点で再合流の予定だ。

 

トニーとムーンも、次の視察予定があるとかで、

早々に出発していった。お役所勤めはつらいのう。

 

で、3日間を悠々と過ごして、次の遠征先イギリスへと向かう。

ちなみに、今回もファーストクラスだそうだよ。

 

あ、そういえば、シリウスのヤツは今後どうするんだろう?

 

日本に帰るのか?

それとも、あいつもこのまま遠征を続けるのか?

 

結局出発前に顔を合わせることはなくて、

聞くことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドン・ヒースロー空港に、現地時間6時15分着。

遅れもなく、定刻通りに到着できたのは良かったんだが……

 

向こうを深夜発、こっち到着早朝っていうのが、

時差のことを考えるとベストかなって思ってたんだけど、

8時間のフライト時間だったんだけどさ、

時差で3時間マイナスされるせいで、あんまり寝た気がしないのよね。

 

機内食の時間とかもあるし、合計しても、

3時間も寝られてないんじゃないだろうか。

 

この便選びは失敗したかな、と思わないでもない。

まあいい。その分、身体は早く慣れてくれるだろう。

 

ふあ~っ……ねむ……

 

幸い、向こう1週間はさしたる予定もないし、

スーちゃんの話では、こっちでのトレーニング拠点である

ニューマーケットのトレセン施設に入るまでは、

特にすることもないってことだから、

まだ早朝だけどホテルに直行して、だらだらしてようと思う。

 

事情を説明すれば、チェックインさせてもらえるだろう。

特別料金とか取られるかもしれないけど、それはしょうがない。

 

じゃあそういうことで──

 

「リアンッ!」

 

「……?」

 

受け取った荷物を引きながら到着ロビーから出ると、

いきなり名前を呼ばれた。

何事かと思って、声のした方向へ目を向ければ

 

「こっちよ!」

 

「……ムーンじゃないか」

 

なんと、こちらに向けて手を振っているムーンの姿があった。

しかもご丁寧に、『Welcome! FamilleLien!!』と書かれた紙を手にしている。

彼女の後ろには、お約束のように、トニーもいるんだなこれが。

 

「ようこそイングランドへ! 歓迎するわ」

 

「それはどうも」

 

キャリーケースを引きつつ彼女のもとへ向かうと、

笑顔で大歓迎されて、差し出した手を取るとがっしりと握られる。

 

次の視察先がどうとか言ってたけど、ここがそうなの?

まあ彼女の母国だしなあ。見事に先回りされてたってわけか。

 

「先乗りされちゃったなあ」

 

「ここでやらないで、いつやるのよ」

 

まさにその通り。

この手のイベントを母国でやらないで、いつやるのという話だ。

えっへんと豊満な胸を張って見せるムーンに、後ろのトニーも苦笑している。

 

先にドバイから出国していったのに、

俺たちの到着便を把握しているのもさすがだよなあ。

どこから情報得てるんだか。

 

もしかして、URA経由だったりする?

一応、遠征の詳細というかスケジュールは、都度報告してるからね。

2人は一応URAの職員でもあるわけだしさ。

 

「で、今日これからの予定は?」

 

「あ、うん。特に何もないけど。

 時差調整の関係で朝に着くようにしただけだし」

 

「そうなのね? じゃあ、今日はロンドン観光に行きましょう!

 とっておきのプランを考えてきてあるのよ!」

 

「か、観光?」

 

いいのか、それって……

仮にもレースするために来てるのに、観光って……

 

というか、俺に予定があったらどうするつもりだったんだ。

 

「なーによー、まったく遊んじゃダメってわけでもないでしょ?」

 

「えーと……」

 

待って、俺の一存じゃ決められないから。

えっと、スーちゃんは……あ、いた。

……思いっきりOKサイン出してるな。

 

え? ドバイ勝ったご褒美?

ニューマーケット入りする日までは、自由に過ごしていい?

ただし羽目は外しすぎないようにすること。

 

あ、はい、わかりました。

荷物も預かる? 先にホテルへ行ってるって?

楽しんでらっしゃいって、あ、はい……

 

行ってしまった。

 

「話の分かるトレーナーさんじゃない」

 

「ムーンが半ば強制したようなものだぞ」

 

うんうんと頷くムーンに、呆れ気味に言うトニー。

俺もトニーの言うとおりだと思う。

 

「じゃあじゃあ早速行きましょ!」

 

「あ、待って引っ張らないで……うわっ」

 

「加減してやれムーン」

 

観光に行くのはいいとしよう。

ドバイではそれどころじゃなかったし、観光要素もそれほどないからさ。

楽しみだという思いもあるよ。

 

ただ、現在時刻はまだ朝の6時過ぎなんだ。

こんな時間にどこの何を観光するというんだ。

 

まったくもう、やれやれだぜ……

ああ、あくびが出るぅ……

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューマーケット・ナショナルトレーニングセンター

 

イギリスにおけるウマ娘育成の一大トレセンで、

敷地面積がおよそ10㎢に及ぶんだとか。

日本のトレセン学園の5倍近い規模だという。*1

 

バリーサイド(東側)とレースコースサイド(西側)の2つのエリアに常時、

約2500人ものウマ娘と、プラス関係者たちが暮らす。

 

ニューマーケットトレセンの代名詞とされるウォーレンヒルは、

全長約900メートルの間に高低差40メートルの勾配が設けられ、

欧州のタフなレースに耐えうる強いウマ娘づくりの礎となってきた。

 

スーちゃんが現役時代の遠征時にお世話になったという、

トレーナーさんや関係者の協力で、その一角に間借りさせてもらえることになり、

そこでコロネーションカップ及びキングジョージへの調整を行う。

 

サラッと説明したけど、すごいよね。

まさに日本とは桁違いの規模だ。

 

トレセン学園の敷地も相当に広いが、それの5倍ってなんだよ。

900mで40mもの高低差を持つ坂路*2だと?

どういうコースだよ。そりゃヨーロッパの子は強いわけですわ。

 

俺も坂にはある程度の自信はあるけど、

ここで改めて鍛えて、さらに強くならないとな。

エプソムの坂はただでさえきついんだから。

 

何はともあれ、今日からは俺もここの一員として、がんばりまっしょい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューマーケットに入って間もなく、オグリからメールが届いた。

 

なんでも、いきなり理事長室に呼び出された挙句、

あなたはクラシックに出られません、諦めてください、

と言われたとかなんとか。

 

あー、やっぱりしてなかったのかクラシック登録。

 

俺も伝えようか伝えまいか迷ったんだけど、

すでにどうにもならないだろうから、

あえてオグリには何も言わなかったんだけど。

 

この様子じゃ、どうやらショックは少なくなかった様子。

 

いきなりで戸惑っただろうし、右も左もわからない新天地で、

まだまだ頼れる人や友達もいない状況だから、

それとなくは伝えておいたほうが良かったかなあ。

 

こうしてわざわざ言ってきてるわけでもあるし、

オグリの性格からして、より高い舞台で、

より強い相手と戦いたい、って普通に考えるだろうしなあ。

 

時すでに遅し。

 

けどまあやっぱり、これはオグリ自身で解決していかなきゃいけない問題。

現実に、これをきっかけとしてルールが変わったわけで、

こちらの世界でも、追加登録制度が生まれてくれるように、

がんばってもらうしかない。

 

翌日、オグリから

『タマにも同じことを言われた。

 私の力でルールを変えられるように頑張る』との返信が来た。

 

うむ、がんばってくれたまえ。

 

なんでタマちゃん?と思ったら、

アプリではこの2人ってルームメイトだったんだよな。

 

同じ組み合わせになったのか、それとも、

たまたま出会って仲良くなったのかはわからないけど、

こっちでも良好な関係になれたようで何よりだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オグリの相談からしばらくしてから、

今度はクリークからのメールが舞い込んできた。

 

『ごめんなさいお姉さま』というタイトルと、

時期的なことで再び、あ~、っとなる。

 

すみれSを快勝し、ダービーを目指して、

青葉賞を視野に入れていますとは聞いていた。

 

お姉さまみたいに、ダービーと連勝しますよ~、

なんて意気込んでたんだけどなあ。

 

中身を読んでみると案の定で、その青葉賞へのトレーニング中に骨折し、

ダービー出走はもはや叶わなくなったと書かれている。

 

すぐさまこう返信した。

 

『クリークさん、悪いことは言わないから、

 明日にでもこの番号に電話して、行って診てもらってきて。

 私やスターオーちゃんなんかもお世話になってる

 信頼できるところだから、安心して行ってきてね。

 私から紹介されたって言えば、何も問題ないから』

 

後日、クリークからは、素晴らしい施設の

ご紹介ありがとうございましたというお礼と、

治療とリハビリ頑張って、菊花賞には必ず出ます、

という決意表明がもたらされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪いことというのは重なるもので。

 

皐月賞に続けてダービーも勝って二冠を達成したチヨちゃんが、

直後に右足に屈腱炎を発症してリタイア。

 

俺から直接あれこれ言うのもどうかと思ったので、

スターオーちゃんのほうに、例の研究所へと誘導してもらえるよう、

それとなく促しておくに留めた。

 

身体のピークのこともあって、復帰できたのはいいものの、

その後は散々な結果だったチヨちゃん。

こちらでは、少しでも早く復帰できることと、

少しでも良い結果が得られるように祈ってるよ。

 

伝え聞いたところによれば妹のホクトちゃんも、

今のところは、あれほどの雨嫌いを発揮することもなく、

順調にトレーニングに励んでいるようなので、

姉妹ともども頑張ってほしい。

 

 

 

ダービーでチヨちゃんと死闘を演じ、

2着に入ったアルダンもまた、右足を骨折してリタイア。

 

ここのところ史実ブレイクしてばかりだったので、

こうやって史実準拠の流れが続くと、やっぱり嫌になるね。

()()()()()だけになおさらだよ。

 

 

 

クラシックの主役が戦線離脱となって、

世間はいよいよ、オグリ一色へと染まっていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、衝撃的なことがもうひとつ。

 

ドバイ後の動向が不明だったシリウスなんだけど、

5月下旬に、なんと隣国アイルランドにいることが判明した。

 

現地のG1、タタソールズゴールドカップ*3に出走するという。

遠征継続で来たか……

 

ルナちゃんと話した限りでは、日本には1度も戻っておらず、

シンボリの後援を受けて、粛々と調整しているという。

 

この分だと、次はロイヤルアスコットとか、

エクリプスS、いや、下手すると、

キングジョージで対戦するなんてことになりかねん。

 

あいつのことだから、それが狙いという気さえしてくるな。

 

相変わらず引っ掻き回してくれるぜ。

まあ俺と直接関係のないところのレースであれば、

応援してやらんでもない。

 

 

 

結果、3着と好走。

次走はロイヤルアスコットの、プリンスオブウェールズSと発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月に入って、コロネーションカップへの出走者が固まってきた。

主なところを紹介しておこう。

 

まずは、ガネー賞2着から転戦のインザウイングス*4

現時点でのG1勝ちはないようだけど、俺でも名前は知っていたくらいだから、

史実でも活躍した名馬クラスだと思う。

 

2人目は、去年のジャパンカップで対戦したあいつ、イブンベイ。

あのゴリラがここにも出てくるようだ。

こいつもガネー賞からの転戦で、3着からの巻き返しを狙う。

 

3人目は、ドイツから遠征してくるモンドリアン*5という子。

モンゴル人みたいな名前だがドイツ出身。

俺と一部名前が被ってるが気にしないことにする。

国内ではG1を4勝というから、相応には強いんだろう。

 

あとは名前も知らないよくわからない子が数人、という程度。

ヨーロッパなんかではよくあることだが、

G1でも出走者が10人に満たない、という光景になりそうだ。

 

 

 

 

 

そうして調整を順調に進めて、ニューマーケットの今までに体験したことのない、

異常な坂路でのトレーニングにひいこら言いつつ、コロネーションカップ当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファミーユリアンさんっ!」

 

スタート前。

早速、例のゴリラ娘から目をつけられた。

 

「お久しぶりデスワ!

 こちらでもお目にかかれるとは、思っておりませんでした」

 

「そうだね、久しぶり」

 

発走前に顔を合わせて、挨拶を交わして握手する。

……だから手加減しろって。痛ぇんだよ!

 

「ジャパンカップのリベンジマッチですノヨ!

 今度こそワタクシが勝たせていただきますわ」

 

「うん、負けないよ」

 

「いいえ、今回はここ英国、ワタクシのホームの地!

 負けるわけには参りません。オホホ!」

 

……相変わらずうるせぇ。

あのときアメリカの暴れん坊がいなくても、

こいつ1人で大騒ぎして、掛かっていったんじゃないの?

 

「また逃げ対決をご所望で?」

 

「!? もしや、受けていただけると!?」

 

「イエス、と言ったら?」

 

「それはもう、喜んで応じさせていただきマスワ!」

 

……ちょろい。

 

だからレースには駆け引きというものがあることを学びたまえ。

例えOKしたところで、真正面から素直に応じるなんて馬鹿な真似も、

しないってこともな。

 

正直、海外の上に初コース、

それもエプソムという超難コースなんで、ペースなんてわかったもんじゃない。

良い先導役になってくれそうだ。イヒ(悪い笑み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さんこんにちは、こんばんは。

 本日はイギリス、エプソムレース場から、G1、

 コロネーションカップの模様をお届けいたします』

 

『ドバイを制し、世界一に輝いたファミーユリアンが出走します。

 欧州での初戦ですが、今回は堂々の1番人気。期待しましょう!』

 

日本向けの衛星生中継。

今回も日本では夜中の放送になる。

再び寝不足になる人が続出しそうだ。

 

『解説のゴーダさん。いかがでしょうか』

 

『はい。ファミーユリアンがドバイを勝ったことで、

 風向きが変わりました。もちろん良いほうに、です』

 

話を振られた解説者は、力強く断言する。

 

『間違いなく、日本ウマ娘の評価が上がってきています。

 先日アイルランドで、ファミーユリアンと同様に遠征を続けている、

 シリウスシンボリが好走したこともありますしね』

 

『本日の予想はどう読まれますか?』

 

『正直なところ、現状一線級と呼べるのはイブンベイくらいですね。

 インザウイングスも昨秋凱旋門賞に出ているとはいえ、大敗してます。

 イブンベイはジャパンカップで下してますし、チャンスですよ。

 ドイツのモンドリアンは比較が難しいので不気味です。

 ただ難コースなんで、オーバーペースにならないようにだけ、

 注意してもらいたいところです』

 

『そうですか、期待大ですね。

 さあゲートインが始まっています』

 

正面スタンドからはちょうど反対側の、

広大な野原を挟んだスタート地点。

モニターで確認しなければ、正直よくわからないだろう。

 

『コロネーションカップ、出走7名、態勢整ったようです』

 

『スタートしました! 各バ揃ったスタート』

 

出遅れ等はない模様。

 

『イブンベイ飛び出した! ファミーユリアンも続いている』

 

真っ先にゲートから飛び出たのはイブンベイ。

リアンも同じくらいのスタートで、後に続いていく。

 

『最初は右に緩やかにカーブします』

 

『そこから先は、レース中間付近まで続く上り坂だ』

 

『950m先にあるてっぺんまでひたすら登ります。

 日本のあらゆる坂など目じゃない高低差40m、4%勾配の坂』

 

『先頭イブンベイ、2番手2バ身差でファミーユリアン追走』

 

『3番手以降は固まって、3バ身差で集団を形成しています』

 

出走7人は、前2人、後ろ5人に分かれた。

 

 

 

 

 

 

「オホホホ!」

 

快調に先頭を行くイブンベイ。

脇目など微塵も振らず、ただひたすら前のみを見ている。

きっと彼女の中では今、リアンが隣を走っている()()なのだろう。

 

(相も変わらずうるせぇ)

 

2バ身差で追走するリアンは、

イブンベイの背中を、そう思いながら見つめつつ考える。

 

(単純で助かるが、仕掛けどころが難しい)

 

坂を登りきると、ゴール直前まで、一転して下りとなる。

前半の上り坂による消耗と、下り坂によるオーバーペースで、

脚などあっという間に持っていかれかねないからだ。

 

(まあ、なるようにしからならん。

 どのみち一発勝負なんだしな)

 

いつもの思考で迷いを吹っ切ると、

勝負どころの見極めが肝心だと、改めて気を引き締めた。

 

 

 

 

 

『レースは中間地点を過ぎて、ここから下りになります』

 

『先頭イブンベイ変わりません。

 2番手も変わらずファミーユリアンで2バ身差』

 

『後方勢も動かず待機している』

 

『さあ各バ、エプソムの名物、急勾配の最終左カーブ、

 タッテナムコーナーを曲がって直線へ出ていきます』

 

『先頭は依然イブンベイでリードを保つ。

 2バ身差ファミーユリアン虎視眈々。

 どこで仕掛ける? 残り600のハロン棒を通過した』

 

態勢は変わらずに東京コース以上の長い直線に入り、

そのまましばらくは動きが起こらない。

 

『後続勢が追い出し始めた。

 イブンベイもスパートに入った』

 

『しかしファミーユリアンはまだだ。まだ我慢している!』

 

『残り400メートル!

 後続勢、伸びが苦しいか? 差は詰まりません』

 

『まもなく残り200! ファミーユリアンどうした?

 伸びないのか? イブンベイも苦しい! 脚色が鈍った!』

 

下り坂なのに、徐々に鈍っていく脚。

イブンベイがバテるのを待っていた。

 

『っ! 来たっ、ファミーユリアン来たっ!』

 

『満を持して追い出してイブンベイに並びかける!

 そのままかわすか、かわして先頭っ!』

 

耐えに耐えて仕掛け、一気に先頭に立った。

残る問題は、中山や阪神も真っ青の、ゴール前100メートルの急登坂。

どんなに堪えても、ここを耐えきれなければ意味がない。

 

 

「はぁあああっ!!!」

 

 

ここをリアンは、咆哮するのと同時に、

さらにもう1段ギアを上げて全力で駆け上がる。

 

『ファミーユリアン先頭! これはもらった!』

 

『ファミーユリアン勝った! 勝ちました!

 ドバイに続いてコロネーションカップも制覇!

 ゴールインッ!』

 

結果、他バのように脚色が鈍ることもなく、

最後の急坂を駆け上がって、ゴール板を先頭で通過した。

 

『素晴らしい末脚、素晴らしいタイミング、素晴らしい勝利です!』

 

『海外G1、2勝目! 連勝も継続中っ!』

 

『絶対王者ファミーユリアン健在!

 ドバイだけに飽き足らず、ヨーロッパ制圧も時間の問題かっ!』

 

 

 

コロネーションカップ  結果

 

1着  ファミーユリアン   2:34.43(稍重相当)

2着  インザウイングス     1.1/2

3着  イブンベイ        1.1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ……はぁ……

 

さ、さすがに……すげぇ……タフなコース……だ……

 

ゴール後しばらくしても、呼吸が戻ってこない。

普段ならもう回復していてもおかしくないんだが、

流石は天下の難コースエプソムダウンズ。

 

あの春天を逃げ切った時くらいのつらさかもしれん。

別にそこまでハイペースにはなっていないとは思うんだけど、

やっぱり終始坂っていうのは厳しい。

 

はぁ……やっと楽になってきた。

 

呼吸が整ってきたところで、スタンド前まで戻り、

至る所で振られている日の丸に向かって、こちらからも手を振る。

湧き上がる大歓声。

 

ファンクラブの選抜メンバーはもちろんのこと、

今回も、日本からは大応援団が来ているってことだったからな。

もっと手を振って感謝を伝えないと。

 

「また、負けてしまいマシタ……」

 

しばらくファンサービスしてからふと気づくと、

真後ろでイブンベイがしょげていた。

 

「でも、さすがファミーユリアンさんデシタ!

 お強いですね!」

 

しかし、持ち前のポジティブ思考ですぐに立ち直る。

やはりすごい羨ましいメンタルしてるぜ。

 

「ありがとう。

 ごめんね、目標にさせてもらっちゃった」

 

「イエ構いません。勝負、デショウ?」

 

「その通り」

 

「一緒にレース出来て楽しかったデスワ!」

 

笑顔で言葉を交わし、握手を交わす。

 

だから痛ぇっつってんだろー!

他人様の手を何だと思ってやがる。

 

「次走はキングジョージと伺っておりマスガ?」

 

「うん、そう」

 

「ではワタクシとは別路線デスワネ。

 ワタクシはこのあと、ドイツに行く予定ですので」

 

「そうなんだ」

 

じゃあ、今日一緒に走ったモンドリアンと、

また一緒に走ることもあるのかな?

 

「またどこかで一緒に走りたいものデスね!

 また会えそうな気がしマス!」

 

「うん、また」

 

そう誓い合って、手を離した。

 

イブンベイは凱旋門賞出たことないんだっけ?

わからん。知識がないな。

 

話しているうちに係の人がやってきていて、

引き上げることしばし、レースは無事に確定し、俺の勝利も確定。

 

こうして海外G1、2勝目を得るのと同時に、

ヨーロッパでの初勝利も手にすることができた。

 

 

 

*1
参考:美浦トレセン224000㎡

*2
美浦の坂路がこの秋リニューアルし1200mで33m、栗東1085mで32m。関西馬が優勢だったのは、リニューアル前の美浦坂路は高低差が18mしかなかったことが大きいと言われる。逆転して勢力図に変化が出るか注目

*3
カラ競馬場で行われる芝およそ2100mの競争

*4
史実通算11戦7勝。主な勝ち鞍:90年コロネーションカップ、90年サンクルー大賞、90年BCターフ

*5
史実通算26戦12勝。独ダービーをはじめこの時点でドイツ国内のG1を4勝しており、この年さらに3つ積み上げることになる




都合の良い女イブンベイ
意外なところで再び再会するかも?


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芦毛対決 第1章

 

 

 

宝塚記念のファン投票結果が公表された。

 

1位に躍り出たのは、

マイルカップに続いて安田記念を制したオグリキャップ。

笠松時代から数えて10連勝中であり、

この勢いに乗じて、シニア級G1をいきなり連勝するか。

 

2位は、春の天皇賞を制したタマモクロス。

こちらも今年に入って連勝中であり、

去年のクラシックから数えて4つ目のG1を狙う。

 

3位は、大阪杯を制しているメジロフルマー。

春天では敗れたが、得意な距離に戻る今回なら、

まだまだ好勝負が期待できるだろう。

 

以下、イナリワン、トウショウファルコと続く。

 

なお、投票対象ではないにもかかわらず、

リアンへの票が6位相当の数あったことも、

合わせて発表されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマモクロスさんとオグリキャップさんは、

 プライベートでも仲が大変よいとお聞きしました」

 

「そやな」

 

「うん」

 

追切後に、府中CATVの単独インタビューに応じるタマモとオグリ。

このあたりの取材力も、長年培ってきたものの集大成である。

 

「仲が良いっちゅうか、こいつとは寮の部屋でも一緒やからなあ。

 いつも一緒にいる感じなんよ」

 

「それは有意義な情報をいただきました。

 お二人はルームメイトということでよろしいですね?」

 

「せや」

 

「ほほぉ」

 

担当記者の目が怪しく光った。

前任者ほどではないものの、彼女もまた“ウマ娘オタク”なのだ。

伊達に乙名史氏が、海外出張中の後任に充てていない。

 

「ルームメイト対決というと、先のダービーでも、

 サクラチヨノオーさんとメジロアルダンさんがそうだったようで、

 大変盛り上がりましたね」

 

事後情報にはなったが、それを知った一部の界隈や

SNS上で盛り上がり、爆発したとかしないとか。

 

『ダービー』と聞くと、一部のよからぬファンがよからぬ考えを

起こしかねないが、この場に限ってはそれはなかった。

 

「そうみたいやなあ。とはいえ、

 ウチらは栗東寮やから、美浦寮のほうはよくわからん。

 オグリはどうや?」

 

「私もよくわからないな」

 

寮が違うので、そのあたりはよくわからないという。

噂に聞いた程度、ということのようだ。

 

「何はともあれ、初めての対決を前にしてのお気持ちを、

 ぜひお聞かせください」

 

「まー、改めて言うこっちゃないかもしれへんけど、

 負けへんでオグリ! シニアの恐ろしさ、

 いやっちゅうほど思い知らせてやるさかいな」

 

「ああ、私も負けないぞタマ。よろしく頼む」

 

「お互い全力で勝負。

 どっちが勝っても後腐れなし、うらみっこなしやで!」

 

「ああっ!」

 

今度は私が、シニア級の強さを見せつけてやると宣言したタマモに対し、

オグリもいつも様子で応じ、カメラの前で固く握手を交わした。

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

宝塚記念へ向けてトレーニング中のメジロフルマー。

いつになく自分を追い込み、厳しいトレーニングと見え、

1本追い切ったところで膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 

(……今度こそ負けられない)

 

その瞳には、確かな決意が見て取れた。

 

必勝を期し、控えるという策をもって臨んだ天皇賞。

しかし結果は敗戦。

最終コーナー過ぎまではうまく行ったものの、

そこから先の未知の領域は、適性の差が激しくものを言った。

 

(後悔はない。であればこそ、今回は……)

 

逃げていたらどうだったか、というのは方々で聞いた。

中には、決戦において自分のスタイルを捨てたということで、

批判する者までいたことは事実だ。

 

しかし本人としては、会心のレースができたと思っている。

 

もう1回やれと言われても上手くできる自信はないし、

例え逃げていたとて、あれ以上の結果が出たとは思えなかった。

 

なので、今回は、いや今回()()、勝って証明して見せねばならない。

この距離、現国内では、我こそが最強最速なのだ、ということを。

 

「もう1本お願いしますっ!」

 

フルマーはトレーナーに対して、そう宣言した。

 

 

 

 

 

イナリワンもまた、自分を強く鍛える1人だ。

 

(自分が不甲斐なさ過ぎて泣けてくるぜ)

 

中央移籍後、G2では勝っているものの、

G1となると2着が精いっぱいで、なかなか勝てない。

 

もっともそれは、ファミーユリアンにメジロフルマーという、

同時代に存在するのが奇跡とまで思えるくらいの、

超バケモノたちを相手にしているからなのだが、

対戦する者たちにしてみれば、それは何の慰めの言葉にもならない。

 

大井の旧友や関係者たちも、よくやっていると言ってくれるものの、

やはり心の渇望を満たしてはくれなかった。

 

(勝つしか、ねえんだよ)

 

たったひとつの、G1勝利という結果を除いては。

 

「っしゃあもう1本行くぞぉ!」

 

 

 

 

 

「………」

 

意気高くトレーニングに励んでいる者たちがいる一方で、

深い悩みの底にあるのがファルコである。

 

(私は……どうしたら……?)

 

トレーニング中にもかかわらず、バ場の片隅で1人、

何もできずに立ち尽くしている。

 

逃げては、フルマーという高い壁に阻まれた。

中距離での高速逃げで敵わないことは、

残念ながら、先の大阪杯で証明されてしまった。

 

かといって、末脚にキレがない自分では、

後ろから勝負することもできない。

同期の白い稲妻とは、比べるべくもなかった。

 

(つくづく、()()()が羨ましい。羨ましい限りです……)

 

スピード、スタミナ、キレにペース……

自分にはないものを、ことごとく持っている憧れの人。

 

このままでは、キャリア3戦目の皐月賞が最大のハイライトで、

以降は尻すぼみだと言われてしまいかねない。

すでに一部では、『金メッキ』などと揶揄され始めていた。

 

どうにかせねば、とは思うものの……

 

「……どうしたら?」

 

見上げた曇り空は、何も答えてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第31回宝塚記念。

現地の天候は晴れ、良バ場。

 

それぞれの様々な思いが錯綜して、レースを迎えた。

 

 

主な出走バの枠順

 

1枠1番 メジロフルマー

2枠4番 イナリワン

3枠5番 オサイチジョージ

3枠6番 オグリキャップ

4枠7番 トウショウファルコ

6枠12番 タマモクロス

8枠15番 ホクトヘリオス

 

 

 

当日のファンは、オグリを1番人気に推した。

 

名実ともに、地方上がりではなく、

()()()()()オグリキャップとして認められた瞬間だった。

 

(タマじゃなくて私が1番人気……

 光栄だし嬉しい。がんばるぞ!)

 

オグリ自身も、より気合が入ってレースに臨む。

 

(G1を3勝のウチ押しのけて、オグリが1番人気やと!?)

 

一方、人気ではひとまずオグリに敗れたタマモクロス。

苦々しく思うものの、こう考えて平静を装う。

 

(ま、まあ人気が良くても勝てなきゃ意味あらへんもんな。

 要は勝ちゃあええんや、うん)

 

想定と違うというか、意外ではあったものの、

レースで勝てばそれでよし。

 

(よっしゃ、やったるで!)

 

地元開催でのG1だ。

両の拳をグーにして突き合わせ、気合を入れた。

 

(……3番人気、ですか)

 

メジロフルマーは3番人気に留まった。

単純にその事実を確認するだけで、一喜一憂したりはしない。

 

(人気など関係なし。1番得意なこの距離で、ただ勝つだけ)

 

持ち時計は出走メンバー中で最速。

同距離のエリザベス女王杯でのG1勝ちという実績もある。

あとは結果を残すだけだ。

 

(今日こそG1勝つぜ!)

 

人一倍の気合を入れるのは、4番人気に甘んじたイナリワン。

惜敗続きの現実を、ついに打破するか。

 

(今日勝って、帰ってきた姐御と有で勝負。

 んでもってグランプリ連覇と行こうじゃねえか!)

 

未来をも見据えたイナリも意気は高い。

しかし、これがイレこみとならなければいいのだが。

 

(……逃げるべきか、控えるべきか)

 

一方で、いまだ暗闇の中にいるトウショウファルコ。

自慢の金髪もいささか陰って見え、

人気でも安田記念3着のオサイチに負けて、6番人気まで落ちた。

 

あえてフルマーを相手にして逃げるか、それとも控えるのか。

スタート直前になっても答えは出ない。

 

(それが問題です……)

 

はたして、この大一番で光は見えるか。

 

 

 

 

 

『宝塚記念、出走16人態勢整いました。スタート!』

 

『ややばらついたスタートですが、

 絶好枠1番からメジロフルマー行きます!』

 

『トウショウファルコは出遅れ気味のスタート。

 ダッシュがつきません』

 

1番枠から、当然とばかりにフルマーが飛び出して逃げに入る。

逆にファルコはタイミングが合わず、出負けしてしまった。

 

『さあ飛ばしますメジロフルマー。

 実績十分のこの距離では負けられない』

 

『5バ身差2番手でオサイチジョージ1コーナーを回ります』

 

『そしてオグリキャップ3番手。

 前走同様、前目なポジションにつけています』

 

『タマモクロスは中団、イナリワンは後方です』

 

フルマー先頭で1コーナーを通過。

3番手につけたオグリは、トレーナーとの会話を思い出す。

 

 

 

 

 

「いいか、オグリ」

 

宝塚前の作戦会議で、トレーナーはオグリにこう指示した。

 

「宝塚では、前走と同じように前につけ。

 いやもっと前でもいいかもしれん」

 

「もっと前?」

 

「ああ。おそらくメジロフルマーが逃げていくだろう。

 それも、ファミーユリアン並みのハイラップでだ」

 

聞き返すオグリに、トレーナーは先を続ける。

 

「昨年ファミーユリアンが逃げたペースは、1000m58秒1だ。

 おまえさんがいまだ経験したことのない超ハイペースになる。

 初距離でもあるし、オーバーペースにだけは気を付けてもらいたいが、

 まあおまえさんなら大丈夫だろう」

 

「で、それでも前に行けというんだな?」

 

「そうだ」

 

超ハイペースになるとわかっているのに、

あえて前につけろという。絶対的に不利を被るであろう真意は何か?

さすがにオグリでもそれはわかるので、不思議そうに尋ねる。

 

「今回のレース、怖いのはメジロフルマーじゃねえ。

 タマモクロスだ」

 

「タマ?」

 

「前傾走法を出したファミーユリアンを差し切るか、

 ってところまで行ったっておまえさん*1なら、

 前につけてもメジロフルマーは差し切れる。

 問題は、より後ろにいるやつらだ」

 

「……それで、タマか」

 

話を聞いて、オグリは合点がいったように頷いた。

 

確かにタマモは、これまでのレースを見る限り、

いずれも最後方近くに位置している。

 

レースがハイペースになれば、差し追い込みが有利なのは常識。

それも、後ろにいるほど末脚が切れる。

 

「白い稲妻と称されるほどの脚を持ってるあちらさんだ。

 彼女より後ろの位置取りになっちまうと、届かない可能性が出てくる。

 それを避けるというのが大きな意味合いのひとつ」

 

「ほかにもあるのか?」

 

「タマモクロスの末脚も相当なもんだが、

 おまえさんも負けちゃあいねえ。

 同じようなポジション、ましてや前にいるなら、

 万が一にも負けはない。そういうことだ」

 

「……なるほど?」

 

トレーナーの説明に、やや首を傾げて返事するオグリ。

完全に理解したのかは怪しいが、とりあえず納得はしたようである。

 

「同様に、後方脚質のイナリワンも怖いっちゃあ怖いんだが、

 ありゃあ完全なむらっけタイプだ。

 伸びてくるときは確実に伸びてくるが、

 どこかで何かが狂うと、途端に伸びない」

 

「……」

 

「今回はそうなると踏んだ。

 あいつもG1では惜敗続きだからな。気力で走るタイプだけに、

 そろそろ気合いが空回りする頃合いだろう。

 だからおまえさんは、タマモだけを相手にするんだ」

 

「わかった」

 

「いいな? オーバーペースにだけは気を付けて、

 前目からレースを進めるんだ」

 

改めて念を押すように、トレーナーは言った。

 

「メジロフルマーは気にするな。今回ファミーユリアンはいない。

 ()()がいると数段上の力を発揮するんだが、

 今回は単騎逃げだ。得意距離だっていう自負は慢心にもなる。

 それでも大阪杯では上手くいったようだが、

 前走の負けもあるし、どうしても気負いが出るだろう。

 自滅するのを待っていりゃあいい」

 

「……」

 

「最終直線でメジロフルマーをかわしたら、

 後ろも気にせず、前だけを見て緩めるな」

 

「ああ」

 

「スタートで後手を踏んで、タマモより後ろになるのだけは勘弁な。

 道中でも意識的に前につけて、やつの末脚を封じろ」

 

「わかった」

 

メジロフルマーも相手ではないと言い切った。

頷くオグリ。

 

実際、どうなったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まもなく1000mを通過。57秒0!』

 

『これは早い! 早すぎるぞ!』

 

『掛かってしまっているのかもしれません!』

 

昨年より1秒以上も早いペースになった。

2200のレースでは破格の、猛烈なハイペース。

2000mでもそうそうないくらいだ。

 

実況の声が上擦るのと共に、

場内からはどよめきと、悲鳴に近い歓声が上がった。

 

(ファミーユリアンさんに、堂々とお見せできるレースを……!)

 

チームシリウストレーナーの予想は、完全に的中していた。

 

フルマーは負けられない、リアンの顔に泥を塗るわけにはいかないと

考えるあまり、オグリのトレーナーが考えた通りに気負ってしまい、

想定した以上のペースで逃げてしまっていた。

 

2番手を行くオサイチジョージのとの差は、すでに10バ身以上ついている。

 

(……なるほど)

 

百戦錬磨と言ってもいいフルマーでもこの有様の中、

オサイチの2バ身後方の3番手を追走しているオグリ。

 

今さらではあるが、トレーナーの言っていたことを

ここで完全に理解し、納得した。

 

(ならば、私は()()レースをするだけだな)

 

オグリは冷静に状況を見極め、

自身のペースを守ることだけに集中する。

 

(オグリのやつ、ずいぶん前におるな)

 

一方、タマモはタマモで、計算違いが生じている。

1コーナー2コーナーで確認した限り、オグリはだいぶ前にいた。

 

(ウチもこれまでよりかは前におるけど、

 それ以上やないかい)

 

いつも最後方近くに陣取っていたタマモ。

2200mという距離も考慮して、今日は中団に構えた。

だがそれ以上に、オグリの位置取りが前なのだ。

 

(オグリのやつ、何考えとるんや?)

 

ハイペースが予想されたのに、あれほど前に行くとは。

 

天然ぶりを発揮したのか?

いやいや、トレーナーからは止められるだろうし、

そもそもレース中にそこまで考えるような玉か?

 

(わからん……)

 

一連の挙動は、タマモのレースプランにも、

若干の乱れを生じさせていた。

 

 

 

 

 

『メジロフルマー先頭で3コーナー』

 

『メジロフルマー、表情が険しくなってきたぞ。

 やはり早すぎたのか?』

 

3コーナーを過ぎたところで、フルマーの雰囲気が怪しくなった。

ペースはまだ維持しているものの、いつ力尽きてもおかしくない。

 

『2番手オサイチジョージ上がっていく。

 一緒にオグリも上がってきた』

 

『メジロフルマーやはりだめか? ペースが落ちた!

 いつぞやの日経賞を思い出す』

 

『差が一気に詰まる!』

 

ここでフルマーのペースが落ちたと見え、

2番手3番手との差があっという間に詰まった。

さらに、その後方との距離も相対的に詰まる。

 

『残り600を通過』

 

『メジロフルマー撃沈! オサイチジョージ替わって先頭!

 1バ身差オグリキャップ続いている!』

 

オーバーペースが祟って、フルマーは4コーナーを前にして

早くもバ群に沈んだ。

ここで先頭に立ったのはオサイチだが、直後にオグリがつけている。

 

『後ろはタマモクロス上がってきて3番手。

 トウショウファルコはまだ中団、イナリワンも後方だ!』

 

『オサイチジョージ先頭で直線へ!

 しかしここでオグリキャップ外からかわした!』

 

直線に入って間もなく、オグリが先頭に立つ。

事前に想定したフルマーが早々に沈んでしまったため、

少し予定とは違ってしまったが、やることに変わりはない。

 

(ひたすら……ゴールだけを!)

 

後ろは気にせず、前だけを見て、スパート!

 

『オグリ先頭!』

 

『安田記念に続いて、クラシック級でありながら、

 シニア級のG1を連勝なるか!?』

 

『後ろはタマモクロス上がってきたが離れている!』

 

『残り100!』

 

タマモも自慢の末脚を伸ばしては来るが、

それ以上にオグリの抜け出しが、脚が速かった。

 

『オグリキャップ優勝! 前人未踏の、

 クラシック級春シーズンにしてシニア級G1連覇達成!』

 

『オサイチジョージ2着に粘った。

 タマモクロスは伸びてきたが3着どまり』

 

『勝ち時計は2分10秒8! オグリキャップ早くもG1・3勝目!

 まさに怪物。怪物ここにあり。オグリキャップですッ!』

 

先頭でゴールしたオグリ。

足を止めてスタンド方向へ振り返ると、大歓声が巻き起こった。

 

 

『オ・グ・リ! オ・グ・リッ!!』

 

 

そして始まるオグリコール。

オグリはいつまでも、手を振って応え続ける。

 

フルマーは完全にバテてしまい、15着惨敗。

 

イナリはジリジリと伸びてはいたものの、

気合が入りすぎて力んでいたか8着。

ファルコは終始バ群の中で、何もできずに10着に終わった。

 

 

 

 

宝塚記念  結果

 

1着 オグリキャップ   2:10.8

2着 オサイチジョージ     3

3着 タマモクロス      1.1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー放送席、勝利ウマ娘インタビューです。

 宝塚記念を制されましたオグリキャップさんです。

 おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとう」

 

恒例のインタビュー。

またこっちも恒例に、隣にはトレーナーの姿もあった。

 

「上半期の総決算を制されました。

 それもクラシック級でありながら、です。

 今のご気分はいかがでしょう?」

 

「とにかくうれしい。

 タマに勝てたというのが1番嬉しいな」

 

それはオグリの本心だった。

1番の強敵、ライバルに勝てたことが何より。

 

「年上の先輩と対する上で、

 何か考えたことなどはあったんでしょうか?」

 

「特にはない。トレーナーの言うとおりに走っただけだ」

 

「と、言われますと?」

 

「俺から言おうか」

 

細かい質問には、すかさずトレーナーが出る。

下手な発言をさせてはまずいとの思いもあった。

 

「──そんな次第だ。

 まあ作戦勝ちで、想定以上にうまくいったな」

 

「そうなんですか、お見事です」

 

「ありがとよ。

 まあこんなことは二度とないだろうがな」

 

今回は、立てた作戦がことごとく当たった。

それを誇りに思いつつも、驕ってはならないと自らを戒める。

 

「最後に、ファンの皆さんに一言お願いします」

 

「ああ、声援感謝する。

 次も頑張るから、また応援してほしい。

 皆の声に私は精一杯応え、走るのみだ」

 

「オグリキャップさんでした」

 

 

 

 

 

控室に戻ったタマモクロス。

どっかと椅子に腰を下ろして、天井を見上げて開口一番

 

「……届かへんかったなあ」

 

自虐気味にこう声に出した。

 

つけっぱなしだったモニターには、

オグリがインタビューされている模様が映し出されている。

 

「……おめでとさん、オグリ」

 

とりあえず、ルームメイトでもあるライバルを祝福。

だが、それは今だけだ。

 

「次は負けへんで。見とれな」

 

キッとモニターを睨みつけて、

人知れずそう宣言するのだった。

 

 

 

 

 

宝塚記念の結果を受けて、強硬姿勢を貫いてきたURAはとうとう全面降伏。

クラシック級の身でシニア級のG1を連覇された挙句、

前年のクラシック二冠ウマ娘を打ち負かされては、どうしようもなかった。

 

翌年度以降の改正を前提*2に、検討に入ると表明することになる。

 

これを受けて、オグリのトレーナーは

「こんなことは1度限りで十分だ」とコメント。

 

オグリ自身も、

「制度が良くなるというなら歓迎する」と発言し、

ファンともども、()()()()()()()()を喜んだのである。

 

 

 

 

*1
例の女性トレから聞いたと思われる

*2
追加登録制度の制定は92年。以降、これを利用してクラシックを制したのは、99年テイエムオペラオー(皐月賞)、2002年アローキャリー(桜花賞)、同年ヒシミラクル(菊花賞)、13年メイショウマンボ(オークス)、14年トーホウジャッカル(菊花賞)、15年キタサンブラック(菊花賞)の6頭。なおダービーだけは、追加登録からの優勝はまだない




オグリがオサイチにリベンジ達成
まあお互い年齢もシチュも違いますけど

実は私、オサイチジョージに触ったことあるんですよ
G1馬に生で触れた、数少ない自慢です
後年、その後消息不明だと知って切なくなりましたが


フルマーは持ち時計通りに走れれば、圧勝だったんですがね……
極端な脚質というのは、ハマれば強いが、崩れると非常に脆い
先行抜け出しが横綱相撲と言われる所以です

イナリとファルコも含めて、難しいですね


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第87話 孤児ウマ娘、欧州を本気にさせる

 

 

 

コロネーションカップを勝った後、周囲がにわかに騒がしくなった。

 

ドバイに続いて、本場欧州でもG1を制したことで、

ヨーロッパ各国のマスコミがこぞって取材に来たのがひとつ。

 

まあ主に対応してたのはスーちゃんなので、

俺に直接の影響はあんまりなかったんだけどさ。

 

凱旋門賞挑戦を公言しているので、フランスのマスコミが1番多かったな。

そのフランス各社に対して、流暢なフランス語で応じるスーちゃんが印象的。

いやフランス語も話せたんですかい。

 

孫のルドルフも、フランス語わかるみたいな描写はあったような気がするけど、

祖母譲りだったのかと納得した。

俺たちを通じて、日本のレース界のことも広く知ってくれるといいね。

 

また、日本からも取材の申し込みが殺到したのがもうひとつ。

特に一般紙や、普段ウマ娘のレース関係を扱わないところからの

取材依頼が格段に増えた。

 

ドバイの時もあったんだが、専門じゃないところからの申し出は

大変ありがたい半面、非常にめんどくさいこともまた事実。

 

基本的なことをイチから説明しないといけないこととかね。

そういうのは最低限の勉強してから来いよ、と思うのは俺だけだろうか。

まさか断るわけにもいかないし、ストレスしかないわけよ。

 

こういう日本人のミーハー気質というのかな?

オリンピックとかでメダルを取ると、そのときだけワ~ッと盛り上がって、

露出が一気に増えたりするけど、その後が続かないのはなんだかなあ。

 

まあ俺自体が頑張って、その火が衰えないようにしないといけないわな。

 

ああ、あと、プライベートに土足で踏み込んでくるような質問だけはやめてくれ。

マジでキレる5秒前だったよ本当に。

顔に出すわけにもいかんから、穏便に飲み込むしかないのがまたストレス。

 

何はともあれ、次走はキングジョージ&クイーンエリザベスステークス。

凱旋門賞と並ぶ世界のトップレースだ。

 

気張っていくとしましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスがロイヤルアスコットのひとつ、

プリンスオブウェールズステークスに出走した。

 

結果は……大善戦の2着!

 

あいつ、ドバイの前後からまた覚醒したんじゃないの?

史実の海外遠征でも何回かは入着していたと思うけど、

一線級の馬が揃うG1とかでは、着外ばかりだったはず。*1

 

前走のタタソールズゴールドカップでも3着に来たし、やっぱり覚醒してるよなあ。

 

その割には音沙汰ないのが気になるけど。

メッセもメールも何も来ないんだよ。

 

もしかして、もう1回勝つまでは連絡しないとか思ってるのか?

極めて馬鹿らしいが、あいつらしいっちゃあらしい。

 

俺から連絡するのも癪なので、なんも言ってやらない。

ざまーみろ(寂)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて7月も末となり、キングジョージが迫った。

出走バも固まって、枠順抽選も行われて、

俺は1番枠からの発走に決まった。

 

今日はこれから、トニーとムーンも呼んでの作戦会議が行われる。

 

「やあリアン」

 

「来てあげたわよ」

 

「トニー、ムーン、いらっしゃい。ありがとね」

 

ニューマーケットの間借りしている建物の一部屋に、

トニーとムーンはわざわざやってきてくれた。

笑顔で出迎えて2人の手を取る。

 

「今日は良いアドバイス期待してるよ」

 

「私はアスコットで勝ったことがない*2から、

 あんまり期待しないでくれ」

 

「ふふん、私は勝ったことあるわよ。

 それもキングジョージと同じ距離でね」

 

2人にそう言うと、トニーはすまなそうに苦笑する。

一方のムーンは、同じコースで勝利した経験があるからか、

得意げにふんぞり返った。

 

へえ、そうなんだ。

さすが地元のムーン、これは期待させてもらうしかない。

 

「勝ったとはいっても、一般戦での話だろう?」

 

鼻高々状態のムーンに、意地悪そうな顔と声で、トニーが口を挟む。

 

「肝心のキングジョージではどうだったかな?」

 

「うぐ……よ……4着が最高*3よ」

 

「私と大差ないな」

 

「う、うるさいわね! 勝ったことが大事なのよっ」

 

すると、急所を突かれたかのごとく言葉に詰まるムーン。

な、なるほど、そういう戦績なのか。

 

「それに、重賞でも勝ってる*4んだからね!」

 

「そうだったか。それは失礼した」

 

「ま、まあまあ、私は初めて走るコースなんだから、

 2人の話は全部貴重だよ。遠慮しないで何でも申し出てね」

 

「ああ、わかった」

 

「任せておきなさい」

 

何はともあれ、経験のない俺には、何事も貴重な体験談になる。

期待してるぜ2人とも。

 

「それじゃ、始めましょうか」

 

スーちゃんもやってきて、各種資料を机上に広げて、

作戦会議はスタートした。

 

「まずは基本的なデータのおさらいからね。

 アスコットレース場のデータとしては──」

 

アスコット*5は、芝コースのみ、おむすび型の三角の形のレース場で、

右回りの1周14ハロン。それに加えて、

1つのシュートと1つの直線コースが伸びる形で、

最後の直線は500メートル以上の長さがある。

 

平坦そうに見えて20メートルもの高低差があって、

向こう正面の三角形の頂点付近がコースの最低地点になる。

そこからコーナーを挟んで上りに転じ、

最終直線も残り200付近までは上り坂が続く。

 

うへぇ、エプソムほどじゃないけど、ここもタフなコースだよなあ。

はぁ~やだやだ、日本馬が苦戦するわけだよ。

 

「次に、出走各バと枠順ね」

 

1番枠発走は俺。

 

2番枠、ドバイでシリウスと争ったオールドヴィック。

前走、先月の同じアスコットでの2400m戦(G2)を3着からの転戦。

 

3番枠、こちらはコロネーションカップで争ったインザウイングス。

2着からの巻き返しとリベンジを狙っていることだろう。

余談だが、彼女がその後サンクルー大賞(G1)を勝ったことで、

俺への評価が相対的に上がっているとかいないとか。

 

5番枠、ドバイでシリウスと走ったリーガルケース。

イギリスチャンピオンSを制している実力者。

前走はシリウスとプリンスオブウェールズSを走り4着だった。

 

8番枠、昨年の英ダービー2着のテリモン。

こいつもドバイでシリウスと走り、4月のG3を勝利。

前走はエクリプスSで2着に入っている。

 

10番枠、懐かしい顔、ジャパンカップ以来の再会になる凱旋門賞ウマ娘アサティス。

オールドヴィックと同じ前走で、こっちが勝っている。

 

11番枠、去年のキングジョージ2着、ドバイSC5着だったカコイーシーズ。

前走オープン戦を4着から。

 

大外12番枠、クラシック級ながら愛ダービー3着から臨むベルメッツ*6

こいつの名前も聞いたことがあるな。要注意や。

 

以上、出走12人。

有力と見られているメンツはこんな感じだ。

 

強豪が揃うからしょうがないとはいえ、

シーマクラシック組とコロネーションカップ経由が多いなあ。

まあその分、ある程度は把握できるから、よしっちゃあよしか。

 

「嫌な枠に入ってしまったな」

 

「そうね」

 

「え、そう?」

 

出バ表を見て、唸るトニーとムーン。

思わず聞き返す声が出てしまった。

 

「最内の絶好枠でラッキーだって思ってたんだけど」

 

「リアン、日本の感覚でいると、痛い目を見るぞ」

 

「ここはヨーロッパなのよ」

 

「う、うん」

 

そう言うと、鬼気迫る顔で2人から睨まれた。

お、おう、なんだっていうんですか?

 

「7番、10番、11番に気をつけろ。

 あと、8番9番、2番12番にもだ」

 

具体的に番号を挙げてくるトニー。

 

え、えーと?

有力どころで言うと、8番はテリモンだな。

10番は凱旋門賞ウマ娘アサティスだ。

2番、オールドヴィックも入ってるの?

 

その3人はわかるが、他の子はなんだ?

実績で見れば明らかに劣っているんだが?

 

「気が付かない? 7番10番11番の3人と、8番と9番、2番と12番、

 それぞれが同じトレーナーじゃない」

 

「……本当だ」

 

確かにムーンの言うとおり、3人、2人、2人の組み合わせで、

同じトレーナーに師事している。

 

最高峰のレースに複数人を送り込むなんて、

やっぱりすごいトレーナーなんだろうなと思う反面、

2人がそこまで危機感を覚える理由はわからなかった。

 

「わからないか? つまり、自陣の実績上位の娘を勝たせるために、

 格下の娘をわざわざ出してきた、ということだぞ」

 

「……それって、まさか?」

 

「ああ。連携して何か企んでいるかもしれない。

 各陣営が手を組んでいる可能性すらある。

 そういう意味での気をつけろ、ということだ」

 

「………」

 

首を傾げていると、トニーが畳みかけてきた。

衝撃の事実に言葉が出ない。

 

そうか……()()()では、そういうこともありうるのか。

ラビット戦術も普通にやるっていうし、

反則ギリギリのダーティープレイも考えておけってことね。

 

「こっちでもG1を勝ったことで、

 ヨーロッパ勢を()()()()()()()()()()、ということだろうな」

 

「逆に言えば、それだけあなたを恐れているってことよ。

 誇っていいわよリアン。ヨーロッパはあなたを強敵として認めたわ。

 こうなると、絶対に勝たせないように仕向けてくるわよ」

 

「……うれしくないなあ」

 

唸るトニーに、意味深な微笑みを向けてくるムーン。

これだけ嬉しくない認められ方も、そうそうないぞ。

 

「スーちゃん?」

 

「ありえるわ*7

 

スーちゃんの表情を窺うと、一言そう言って頷く彼女。

そのあとは難しい顔で腕組みして、押し黙ってしまった。

 

……覚悟が必要なようだな。

2人に参加してもらって、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月28日、バ場状態は日本換算で良。

40回目を数えるキングジョージの発走が迫った。

 

日本馬の過去最高成績は、ハーツクライだったかな?*8

史実ではスーちゃんをはじめ、シリウスも走ってたっけか。

 

ゲート前に各出走ウマ娘たちが集まってきた。

お、アサティス発見。

凱旋門賞を制した実績がありつつも、9番人気と評価は高くない模様。

 

2回目の顔合わせになるし、声をかけておくかな?

 

「ハーイ、アサティスさん。お久しぶり」

 

「っ……ファミーユリアン……!?」

 

近寄って声をかけたら、なんか大層驚かれてしまった。

ビクッと身体を震わせるほどに。

 

そ、そこまで驚かなくてもいいじゃない。

逆にこっちが驚くところだったぞ。

 

「お互い頑張りましょう」

 

「ソ、ソウダネ……それじゃ……!」

 

握手しようと手を差し出そうとしたんだけど、

彼女は俺と目を合わせようともせずに、

足早に離れていってしまった。

 

………。

 

なにこれ?

 

「……!」

 

しばし唖然としてしまったところで、あることに気付いた。

視線が俺に集中している。それも、()()のあるものが、だ。

 

誰からのものかはお察し。

露骨に睨んできているヤツすらいる。

 

そうかそうか、完全アウェーというわけですか。

なるほどねぇ……トニーとムーンの話がなかったら、

気付けてなかったかもな。改めて2人には感謝だ。

 

まあいい。

そっちがそういうつもりなら、こっちもそのつもりで臨むだけよ。

 

どういう手を打ってくるかまではわからんが、

それを打ち破ってこそ、価値ある勝利にもなろう。

 

さあて、鬼が出るか蛇が出るか……

いざ勝負!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さんこんばんは。本日はイギリスはアスコットレース場から、

 キングジョージ&クイーンエリザベスステークスの模様をお伝えいたします』

 

日本向けの衛星生中継。

リアンが出走するレースになれば、もはや恒例となった。

 

『出走します我らがファミーユリアンですが、

 コロネーションカップに続いての1番人気に支持されております。

 現地のファンの心も掴んだということでしょうか、

 解説のゴーダさん?』

 

『そうですね、認められたと言っても過言じゃありません。

 ここでも勝つようなことになれば、

 その評価は揺ぎ無いものになると思います』

 

なんと言ってもキングジョージ。

凱旋門賞と並ぶ、世界の大レースなのだ。

これを勝ちでもすれば、もはや疑われることもない。

 

『最内枠に入りました。

 この点はどう見ますか?』

 

『いつものように逃げるのであれば、

 絶好枠と見て間違いありません。

 スタートは抜群に上手い彼女のことですので、

 ただまっすぐ走るだけでいいですからね』

 

『ファミーユリアンは今日も、世界を相手に大逃げを見せてくれますか。

 期待しましょう。さあゲートインが始まります』

 

実況も解説者も、このときはまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『40回目のキングジョージ、スタートしました!

 ファミーユリアン今日も好スタート!』

 

 

 

……よしっ、今日も決まった。

このまま逃げて──ん?

 

 

 

『外からも数人が良いスタートを切りました。

 ファミーユリアンに被せていきます』

 

 

 

スタートしてすぐに、外から数人が猛然とダッシュしてきた。

ハナを奪わせないつもりか? いや、これは……

 

 

 

『6番、9番、10番、11番の4人が出てきました。

 ファミーユリアンと先頭争いを演じます』

 

 

 

試しにさらにペースを上げる素振りを見せると、

1人はもっと加速して俺の前に出る勢い。

ほか3人は、すぐ外側に並んできた。

 

……嫌な予感がするぞ。

 

 

 

『7番が先頭に出ました。ファミーユリアン2番手。

 ほか先行勢は3人。ファミーユリアンと並んでいます』

 

 

 

先頭に出たやつは、確か人気も1番低いやつだ。

何が何でもハナを押さえろと厳命でもされたか。

先頭に出るとすぐに内に入ってきて、目の前に出られてしまった。

 

そして俺の記憶が定かならば、外に被せてきてるやつらも、

例の話に出てきたやつらで、やはり人気にはなっていないはず。

 

このまま勝負所になっても意地でもどかず、

俺を内側に閉じ込めるつもりか!

 

これは伝説の『ヒゲ戦法*9』!!

 

 

 

『ファミーユリアン逃げられませんでした。

 これはどうなる? どうするファミーユリアン?』

 

『まずい展開ですよ……』

 

 

 

嫌な予感は当たってしまったか。

……落ち着け。予想はしていたじゃないか。

対処法を考えろ。

 

何はともあれ、この位置にい続けるのはまずい。

本当に勝負所で身動きが取れなくなってしまう。

 

ならば、どうするか?

 

……いっそのこと、最後方まで下がるか?

 

そうだ、それがいい。

後ろからなら閉じ込められる恐れもないし、

レース全体の展開を見ることもできる。

 

俺に()()()()()して、一緒に最後方まで下がるほどの

度胸と勇気があるか、拝見するとしましょうかね。

 

幸いにして、アスコットは直線が長く、コース幅もある。

1番枠だったことも幸運だった。

このまま真っ直ぐ下がれば後ろまで行ける。

 

よし! そうするか。

さあ包囲網の娘ちゃんたちよ、君たちはどうするんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……!! ファミーユリアン下がっていく!?

 左後方を気にしながら後退! どうした、アクシデント発生か!?』

 

『いや……違いますね。自ら下がったようです』

 

『なんとファミーユリアン、ここで後方待機策を採った模様!』

 

左後ろを見やりつつ、突如としてペースを落としたリアンに、

実況は悲鳴に近い声を上げる。

解説者は冷静に見ていたようで、状況を正しく理解していた。

 

『逃げられなかったからスパッと作戦変更。

 思い切りの良さに感心しますね。それに……』

 

さらには、リアンの決断を称賛する。

しかしそのあとは不自然に言葉を切った。

口にするのをためらうというよりは、意図的に言わなかった。

 

現地の情勢に詳しい彼もまた、

嫌な予感を感じ取っていたのかもしれない。

 

『ファミーユリアンはさらに後退して、最後方まで下がりました。

 先頭は依然7番で、ほか4人が2番手集団を形成』

 

『その後ろ2番オールドヴィックがいて、インザウイングス並んでいる。

 さらにはテリモン、ベルメッツなどもこのあたり』

 

『凱旋門賞ウマ娘アサティス中団。

 リーガルケースとカコイーシーズ』

 

『そしてファミーユリアン最後方!』

 

こういった態勢で、レースは最終コーナーへ向かう。

 

リアンを“包囲”しようとしていた娘たちは、最後まで

リアンの突然の作戦変更には対応できず、

そのままの位置取りとペースを維持することしかできなかった。

 

『直線へ出ます。

 6番以下、2番手集団は早くもバ群に吸収されました』

 

最終コーナーを回って直線へ出る前に、

旧包囲網の娘たちは脚が上がってしまって失速する。

 

『ここでオールドヴィック先頭に立った。

 外からアサティス、ベルメッツも上がってくる』

 

『ファミーユリアンはどうした!? ……来たっ、

 ファミーユリアン大外から上がってくる!』

 

『逃げた時の脚もすごいが、追い込んだときはもっとすごいぞ!

 さあ魅せてくれファミーユリアンッ!』

 

アサティスとベルメッツのさらに外。

大外を回して遅れて直線に入ったリアンは、ここで追い出しにかかる。

 

実況の私情の入った嬉しそうな声が、

衛星生中継に乗ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、彼女たちは()()()()()してくれなかったね。

俺を捉まえられなかったときのことは聞いていなかったか。

 

残念だよ。

 

おそらくは自分の意志ではなく、

トレーナー命令なんだろうけど、残念でならない。

 

次は、普通の勝負をしたいものだね。

まあ何はともあれ……

 

大外に持ち出して、あとはゴールまで遮るものはない。

行こうか!

 

「うおおおおっ!!」

 

上体を倒すのと同時に、心のスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来た来た、ファミーユリアン来たぞっ!

 先頭オールドヴィックに襲い掛かる!』

 

『抜けたぁっ! 一気に突き抜けたあっ!』

 

1人だけ脚が違っていた。

オールドヴィックなどが内側で競っている中を、

バ場のど真ん中を豪快に突き抜ける。

 

『やはりこの娘の末脚は一味も二味も違った。

 世界の強豪でもなすすべなし!』

 

やはり、リアンを捕えるために無理に逃げた反動が大きかった。

その証拠に、逃げた当人や先行した娘たちは早々に離脱。

作戦を切り替えて最後方に構えたリアンだけが、次元の違う末脚を発揮する。

 

差し切った上に、あっという間に差が開いていく。

 

『ファミーユリアン勝ちました、ゴールインッ!』

 

『5バ身差ベルメッツ2着入線。

 3着は僅差でオールドヴィック入りました』

 

2着争いはベルメッツが制した。

そのあとは僅差で、オールドヴィック、アサティスと続く。

 

『キングジョージも制して、いよいよ欧州制圧だ!

 あとは秋に、長年の悲願を達成するのみ!』

 

『ファミーユリアンならやってくれるでしょうっ!』

 

心底嬉しそうなアナウンサーの声と、

それに応えるような解説者の実感十分な声で、

実況中継は完遂された。

 

 

 

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス 結果

 

1着  ファミーユリアン   2:28.60

2着  ベルメッツ         6

3着  オールドヴィック     クビ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございますっ!」

 

「ありがとうございます」

 

レース確定後、日本のテレビのインタビューを受ける。

今日もファンの人からもらった日の丸を、マントのように羽織っての応対。

 

「今日も素晴らしい末脚でしたねっ!」

 

インタビュアーの人の声も弾んでいる。

顔も紅潮していて、すごくうれしそうなのが丸わかり。

それだけで、こっちまでうれしくなってくるよ。

 

まあ勝ったんだから、当然なんだけどね。

 

「レースを振り返っていただきたいのですが、

 好スタートを決めたものの、途中で最後方まで下がりました」

 

「はい」

 

「あれはどういった意図で?

 レース中の作戦変更は、何かがあったということでしょうか?」

 

「ええと、そうですね……」

 

これは、具体的には言えんわなあ。

下手すると、こっちでの風当たりが今以上に強くなりかねない。

今さらという気がしないでもないけど。

 

「直感が働いた、とでも言いましょうか」

 

「直感ですか」

 

「ええ。あのままあそこにいるとまずい、と。

 逃げられなかったということもありますし、

 ならばいっそのこと、最後方まで下がるかということで」

 

「なるほど、レース勘が働いたということですね」

 

そういうことにしておいてください。

すぐに判断できて、囲まれなくて本当に良かったよ。

 

「相変わらずの素晴らしい眼力をお持ちで」

 

「周囲の方々のご協力と、

 良いアドバイスがあったからこそですよ」

 

これはマジ言葉の通り。

トニーとムーンには、あとでお礼をしなきゃいけないね。

何か考えておかないとなあ。

 

「しかし、一気に最後方まで下がるというのは、

 やはり相当な決断で、絶対の自信がないとできないと思いますが」

 

「まあ、どういう決断をしようとも、

 最後まで自分の足を信じて走りきるだけですので」

 

こういうとき、追い込みでも実績があるというのはいいよね。

逃げ一辺倒ではできなかったことだ。

 

そういう意味でも、あのとき決断を促してくれたスーちゃんには、

重ねて感謝しなければいけないね。

 

「次からは、いよいよ最大目標の地、

 フランスへと乗り込まれますね」

 

「はい」

 

「引き続き応援しています」

 

「自分でも楽しみです」

 

「ファミーユリアンさんでした。ありがとうございました!」

 

「はい、ありがとうございました」

 

今の問答のように、次走からはフランスになる。

最大目標に向けてまっしぐら、と行きたいね。

 

 

*1
一応、バーデン大賞4着、ロワイヤルオーク賞3着などはある

*2
キングジョージに2回挑み、5着、3着

*3
ムーンも2回挑んで、4着と10着

*4
カンバーランドロッジS、アスコット芝2400mのG3

*5

*6
史実勝ち馬

*7
日本では興行的な面が大きいが、あちらさんでは、元が貴族の趣味から始まっているため一種のステータス的なところが大きく、面子や沽券を重んじるイメージ

*8
2006年、3着

*9
「みどりのマキバオー」の作中で、マキバオーに勝たれたくないライバル馬主が、多頭出ししてマキバオーを内側に閉じ込める作戦を採った





欧州勢の結託をもろともせずに完勝
最後の決め手があると本当に有利ですね
重い芝も苦にしないようです



おまけ
キングジョージをテレビ観戦中のシリウスさん

「(ガタッ)まさか、連中、囲んでリアンを潰す気か!」

「やめろッ! あいつはバ群がっ……!」

「……下がったか。良い判断だ(ホッ)」

「(直線入口)こうなったらもう、あいつの楽勝だな」

「よーし、よくやった! ……ハラハラさせやがって(どっかと座り込む)」

「ふ~っ……(安堵の表情で天を仰ぐ)」



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第88話 孤児ウマ娘、ランキングトップに立つ

 

 

 

キングジョージの前に、残念なニュースが舞い込んできた。

 

ドバイワールドカップで対戦したビーフィーゴア。

その後も3戦して2勝、G1もひとつ上積みしていたが、

7月半ばに脚部不安を発症。

 

さらには骨折も判明し、無念の引退を発表した。

ひときわ大柄な彼女だから、脚部への負担も相応だったんだろう。

 

秋の再戦を約束していただけに、やるせないが仕方がない。

これにはサンデーのやつも落ち込んでるだろうなあと思っていたところ……

 

8月になって、そのサンデーにも故障が発覚する。

 

脚の靭帯の部分断裂だそうで、報道されたところでは、

医師は引退を勧告したそうだが、本人はこれを頑なに拒否。

早期復帰を目指して、保存療法を選択したそうだ。

 

理由については、「約束がある」とだけ語ったとか。

 

おおむねその通りだと言っておく。

なんで部外者の俺が知っているのかって?

 

その御本人様から連絡があったからだよ。

ヤツ曰はく、

 

『絶対治してBC出るから、BCに来いよ! 絶対だぞ!』

 

……だってさ。

 

BCに間に合うかどうかはともかくとして、

俺の電話番号をどうやって知ったのか、それが問題だ。

 

しかもわざわざ国際電話をかけてきてさ。

見知らぬ番号だったんで最初は無視してたんだけど、

あまりにしつこいから出てみたら……ってやつ。

 

出たら、とにかく英語でまくし立てられたから、

内容も相手もわからず、盛大にハテナマークを浮かべるしかなかったよ。

理解するのに時間がかかってしまった。

 

別に連絡先を交換したってわけじゃないのにね?

謎だよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、国際ウマ娘ランキング*1が発表された。

 

ダート『I』部門*2で、俺は136ポンド*3を獲得。

なんとランキング首位になってしまった。

 

それから芝のほうでも、『L』部門*4で134ポンドと評価されて、

こっちでも今年1番の数字をもらってしまった。

 

そりゃあまあね、ドバイとキングジョージで勝ったんだから、

相応に評価してもらわなきゃ困るわけなんだが、

実際にこんなことになると、照れ臭いのと共に、場違い感が半端ないなあ。

 

本当に俺なんかが世界一でいいのかい?

 

この件でも取材しに来た乙名史さんによると、

日本のウマ娘がこのランキングに入るのも初めてとのこと。

日本が国際基準の『パート1国』になるのは、現実基準の最近*5だからね、仕方ないね。

 

そもそも対等な評価対象になってなかったということだ。

国際競争もジャパンカップとかしかなくて、限られてたしさ。

 

ちなみに、ドバイシーマクラシックを勝ったシリウスもランクインしており、

127ポンドの評価*6となっていたよ。

 

「ダートに限れば、過去最高の数字*7ですよ!」

 

と興奮気味にまくし立てる乙名史さん。

 

「芝でも、リアンさん以上の数字を得ているのは、

 数えるほどしかいません!」

 

「そうなんですか」

 

「相変わらず冷静ですねぇ。

 もっと喜んでもらえないと、記事にするにも困るんですけど」

 

そんなこと言われてもなあ。

まさしく実感なんてないし、コメント求められても、

こっちのほうも困ってしまう。

 

「ちなみに、私以上の人って?」

 

「ダンシングブレーヴさん138ポンド*8、シャーガーさん136ポンド*9

 エルグランセニョールさん135ポンド*10のお三方です」

 

即答できるのすげえなあ。

まあメモ見ながらだけど、ちゃんと調べてきてるのはさすが。*11

 

「ということは私は、

 ウマ娘レースの長い歴史上でも4位というわけですか」

 

「そうなります。

 ですからもっと喜んでいいんですよ?」

 

「………」

 

「どうされました?」

 

「いえ、なんかこう……実際に人と数字出されたら、

 今になって実感が湧いてきまして……

 猛烈に恥ずかしくなってきました……」

 

なぜかいまこの瞬間になって、恥ずかしさが瞬間沸騰した。

顔が火照っているのが完全に自覚できる。

 

「そんな、恥ずかしがることなんて何もありませんよ。

 もっと誇ってください! さあ、さあさあさあっ!」

 

「い、いやあ……」

 

や、やめてくださいってば……

お、乙名史さんの圧がいつになく強い……

 

今さら言っても信じてもらえないだろうけど、

俺は目立つの好きじゃないんだってば~!

 

 

 

 

こうしてランキングトップに立てたお祝いもそこそこに、

俺たちはフランスへと移動。

 

パリ郊外にあるシャンティイの施設に入って、

フォワ賞と凱旋門賞へ向けて調整することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(コロネーションカップ、リアルタイム視聴組の反応)

 

:いやあすげえコースだ

 

:自然の丘をそのままコースにした感じ

 

:なんちゅうとこに作ってんねん

 

:いくら坂巧者のリアンちゃんと言えども、

 これは苦戦しそう

 

:最初右コーナーで、緩やかに左に曲がっていくのか

 

:右、左とコーナーが変わるのは日本にはないぞ

 

:平地にはないね

 

:障害では日常だな

 

:このへんも慣れが必要なのかもしれない

 

:でも相手もそこまでのはいない?

 

:バケモノ級のは確かにいないな

 

:バケモノ?

 リアンちゃんがいれば十分さ

 

:イブンベイいるじゃねえか

 

:あの愉快な自称セレブさんかw

 

:ジャパンカップ以来の再戦だな

 

:リアンちゃんと握手してる

 

:さすがのコミュ力

 

:なんか笑ってるぞw

 

:スタート前にそんな談笑しててええんかw

 

:真面目な話、勝てそう?

 

:イブンベイ物差しにすれば、可能性は高そうだ

 

:ドバイで世界でも通用するどころか、

 間違いなくトップ層だというのが分かったからな

 

:あの超絶レコードからして、歴代最強クラス、

 という可能性すらある

 

:ゴーダさんもお墨付き

 

:確かに、オーバーペースだけには注意だ

 

:リアンちゃんに限ってそれは

 

:3200でも超ハイペースで逃げ切っちゃうくらいだしなあ

 

:むしろ他の子を軒並み潰しそう

 

:日本にはない坂続きのコースというのがどうか

 

:スタート!

 

:イブンベイwww

 

:JCの再現かwww

 

:これは良い先導役

 

:初コースだけにこれはいい

 

:自ら買って出てくれたかw

 

:どこまでも続いていきそうな上り坂

 

:京都の比じゃねえな

 

:ペースが分からん

 

:速いのか遅いのか

 

:さあ直線

 

:直線長え

 

:700mくらいあるのか

 

:まだ誰も追い出さないな

 

:そりゃな

 中山とかじゃ、まだ4コーナーにも差し掛かってないぞ

 

:動き出した

 

:しかしみんな伸びない!

 

:スタミナ削られまくりや

 

:イブンベイも顔が

 

:残り200

 

:リアンちゃん!?

 

:来た

 

:ここで!

 

:1番最後に追い出した!

 

:いいぞっ

 

:やった!

 

:いやあああああああああ

 

:うおおおおおおおおお!

 

:海外G1連勝じゃああああああ!!!

 

:いやあすごい!

 

:リアンちゃん凄すぎ!

 

:しかし最後の登りえっぐいなあ

 

:これがあるからリアンちゃんも我慢してたのか

 

:過剰なくらい慎重だったな

 初コースだしこれくらいがよかったのかもな

 

:まさに素晴らしい戦略眼

 素晴らしい末脚、素晴らしい勝利!

 

:おう、ヨーロッパも制圧じゃあ!

 

:すぐに足を止めたリアンちゃん

 やっぱり苦しそうだ

 

:あの春天のときみたいだな

 まあ転びはしなかったけど

 

:いつになく呼吸が苦しそう

 

:あの坂はやっぱり堪えたのか

 

:スタンド前に戻ってきて手を振ってる

 回復してくれたか

 

:よかった、安心した

 あのときみたいになったらもう……

 

:今回も応援団来てるんだな

 

:あの横断幕も健在だ

 イギリスでも存在感あるな

 

:再びイブンベイと握手

 

:タイム的にはどうなん?

 いや日本とは比べられないのはわかってるけど

 

:過去のタイムざっと当たってみたけど、

 稍重でこれなら、決して遅くはないと思われる

 

:去年が良バ場で35秒台*12の決着だから、

 むしろ早いんじゃないか?

 

:調べるのもはええなw

 

:さすがのデータ班、乙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キングジョージ、リアルタイム視聴組の反応)

 

:世界最高峰の舞台でリアンちゃん1番人気!

 

:感慨深いなあ

 

:ここまで来たのか

 

:いやいや人気だけで満足するなよ

 

:そうだそうだ

 もう結果も伴わなきゃ満足できないぞ

 

:贅沢になっちまったもんだ

 

:シリウスが勝つまでは、

 海外で勝つなんて夢のまた夢だったのになw

 

:敵はインザウイングス?

 

:コロネーションカップの後、

 サンクルー大賞勝ってきてるからな

 

:おかげでリアンちゃんの評価も爆上がり

 

:凱旋門賞ウマ娘のアサティスもいるぞ

 

:凱旋門勝ってる割にはえらい低評価やな

 

:今日も最内枠から飛ばしていくぞ!

 

:逃げにはおあつらえ向きの枠番

 

:リアンちゃん割と枠順良いよね

 

:大外枠とかもあったけどな

 

:相対的に見れば内枠が多いような気もする

 

:さあスタート

 

:よしっ

 

:今日も良い飛び出しだ

 

:おお?

 

:なんじゃあいつら

 

:ハナ取られちゃった

 

:まあ番手でも実績あるし

 

:前走みたいになればええねん

 

:しかし外側押さえられてるの怖いな

 前が壁なんてことになりかねん

 

:!!!

 

:えっ

 

:あああああ!?

 

:なんぞ!?

 

:故障!?

 

:い、いや自分から下がったみたいだ

 

:ポジショニングの問題?

 

:スタートしてから作戦変更とは……

 

:それに……なんなんだ?

 

:ゴーダさん、何言おうとした?

 

:1番後ろまで行っちゃった

 

:逃げから追い込みへの180度方針転換!

 

:こんなことあったか?(困惑)

 

:追い込みでも定評あるとはいえ、

 レース中に変えるなんて前代未聞じゃないか?

 

:驚きなんてもんじゃ……

 

:と、とにかくレースは続いてる

 

:先頭これかなりのハイペースじゃ?

 

:逃げようとしたリアンちゃんを無理やり押さえつけたんだから、

 そりゃペースは上がるってもんで

 

:やっぱり超ハイペースだったか

 

:先行勢4コーナーで壊滅

 

:ちなみにアスコットは三角形だから、

 4コーナーは存在しないぞ

 

:リアンちゃんは?

 

:大外持ち出してる

 

:伸びてくるか?

 

:そうだ、追い込んだときはもっとすごいんだ!

 

:来た来たあっ!

 

:突き抜けたあっ!

 

:1人だけ異次元!

 

:なんという末脚

 

:まさになすすべなしやあ

 

:やたああああああああああああ

 

:すげえええええええええええ

 

:うおおおおおおおおお!!!

 

:キングジョージも勝利!

 

:これもうウマ娘じゃなくてUMA娘じゃね?(誉め言葉)

 

:誰がうまいこと言えと

 

:褒めてるように聞こえねーよw

 

:でも気持ちはわかるw

 

:ヨーロッパの連中の心中はそんな感じだろうw

 

:着差6バ身!

 

:誇らしい

 

:千切ったなあ

 

:もう世界最強確定じゃん

 

:マジに現時点ではそう名乗って差し支えないと思う

 

:あとは、対戦してないクラシック級のトップがどうかやな

 

:ますます凱旋門が楽しみになった

 どうかアクシデントなく行ってくれ

 

:だからフラグ立てんな

 

:めでたい席だというのに

 

:お。インタビューやってくれんのか

 

:やるじゃんN〇K

 

:さすがに独自の撮影班向かわせてたか

 

:日の丸がマント状態にw

 

:相変わらず落ち着いてるのう

 

:もう少し感情出してくれてもいいのよ?

 

:まあこれがリアンちゃんだ

 

:直感?

 

:直感とな?

 

:すげえ決断だな

 

:つまり、あの場で決めたってことだよね?

 

:即断即決が過ぎるわ

 

:そうしようと決めてたってんならともかく、

 状況次第で変えられるのは凄いの一言

 

:結局、何がまずいってことなの?

 

:推測でしかないが、嫌な予感がしたんだろうな

 逃げられなかったうえに、外から何人も被せてきて、

 あの位置だと囲まれると思ったんじゃないか

 

:なるほど

 

:おまえさんもすげえな

 

:解説者になれる

 

:あくまで個人的な感想と推測だ

 推測でしかないから、変に他所で語るんじゃないぞ

 

:あちらでは位置取りとか勝負所での争いが

 激しいというから、あながち間違いでもないと思うぞ

 

:なに? ということは、無理してまで

 リアンちゃんを内に閉じ込めようとしたってことなの?

 

:可能性はあるな

 

:あるというか、濃厚だろ

 

:きたねぇ

 

:さすが欧州、やることが汚い

 

:向こうのプライドもあるだろうしなあ

 

:けっ、やっすいプライドよ

 

:それにしても、そんな悪巧みも吹っ飛ばす

 リアンちゃんの強さよ

 

:勝ち続けるのには、単なる走る能力だけじゃなくて、

 そういうところも必要なんだなって

 

:逆に言えば、あちらさんもそれだけ本気だったってことだ

 そして、それを堂々と打ち破った

 リアンちゃんの強さも際立つ結果に

 

:何はともあれ、G1連勝でイギリスは文字通り制圧した

 次はフランスだ

 

:フラグでも何でもなくて、無事に本番を迎えてほしいな

 

:まずはフォワ賞で肩慣らし

 

:そこはもう完全に予行だと割り切ったほうがいいな

 仮に負けても俺は気にしない

 

:だな、もちろん勝っては欲しいが、

 凱旋門勝利のためと考えれば納得できる

 

:賢いリアンちゃんのことだから、

 外野が心配せずともちゃんと考えてるだろう

 

:おめでとうリアンちゃん

 凱旋門、マジのマジで期待してます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ランキングトップ、に対するの反応)

 

:国際ウマ娘ランキングでリアンちゃんがトップに!

 

 ファミーユリアン、数字上でも世界一に!

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 国際ウマ娘レース統括機関連盟が発表した、今年7月までの今年度

 国際ウマ娘ランキングにおいて、ファミーユリアンがダート芝ともに

 最高位の評価を得て、数字上でも世界一に輝いた。

 

 ファミーユリアンが勝利したドバイワールドカップにおいて、

 ダート中距離部門で136ポンド。また、キングジョージにおいて、

 芝ロング部門で134ポンドを獲得し、

 2位に大差をつけてランキングトップに立った。

 

 ダートでは過去最高の評価となっており、芝でも、

 ファミーユリアン以上の数字は、ダンシングブレーヴ(138ポンド)等、

 数えるほどしか存在しない。

 

 また、日本のウマ娘がこのランキングに入ったのは、

 ファミーユリアンが初めてであり、

 トップに立ったのも史上初の出来事。

 

 なお、ドバイシーマクラシックを勝ったシリウスシンボリも

 ランクインしており、こちらも芝L部門で127ポンドの評価を得ている。

 

:うおお、すげえ!

 

:これで国際的な評価も揺ぎ無いものに!

 

:まさに日本ウマ娘の特異点だなリアンちゃん

 

:しれっとシリウスもランクインw

 

:そうは言うが、先に海外G1勝ったのはシリウスだかんな

 

:着差もつけて勝ったんだし、妥当な評価だろう

 

:それにしても、ダート過去最高とか、

 これ以上ない評価受けられたんだな

 

:あの結果見せられたらな

 

:アメリカ歴代でも指折りな存在のサンデーとゴアに差をつけて勝った

 そして何より、2分を切ったというレコードの力よ

 

:言うて芝でもすごい評価よ?

 

:リアンちゃんより上は、3人しかいないってさ

 

:そのあたりは、府中CATVの記事のほうが詳しいな

 

:マジか、見てくるわ

 

:報告した時のリアンちゃんの様子も書いてあるぞ

 

:さす府中

 

:最初は冷静に他人事のように聞いてたけど、

 徐々に恥ずかしくなっていって顔赤らめてたってよ

 何そのかわいい生き物

 

:相変わらずの謙虚の塊だなあ

 

:ね、もう少し自信を持ってもいいんじゃないかな

 

:日本を含めれば、トップの座に就いて長いんだし、

 そろそろ慣れてくれてもいいんじゃない?

 

:無理だろうなあ

 方々から見聞きできる情報から察するに、

 演技でも何でもなくてそれが本心っぽいもん

 

:純粋というか無垢だよなあ

 

:ホント稀に見る存在だよリアンちゃん

 

:これだけの実力者で、かつ人格者という奇跡

 

:ランキングトップに対するリアンちゃんのコメント

 「結果を評価していただけるのはうれしい限りです。

  引き続き評価してもらえるように頑張ります」

 

:わあ無難なコメント(歓喜)

 

:いつものリアンちゃんで安心したw

 

:リアンちゃん以上の数字を得ている3人

 ダンシングブレーヴ138、シャーガー136、

 エルグランセニョール135

 

:数字の基準が分からん

 

:まあそんなもんだと思うしかない

 

:110ポンド(約50kg)を基準として、

 どれぐらい差があるか、という理解でいいと思う

 1kg差があると概ね1バ身違う

 

:つまり、どういうことだってばよ?

 

:なるほど、わからん

 

:もっとkwsk

 

:例えば、今回リアンちゃんとシリウスには7ポンドの差があるが、

 キロに直すと3キロちょっとになるから、

 ゴールした時3~4バ身の差がつくということだ

 

:そうなのか

 

:まあ、妥当な線?

 

:これまでの着差を考えるとそうやな

 

:もっと大きいときも小さいときもあったが、

 平均すればってことかな

 

:ということは、ダンブレとの差は2キロくらい

 ダンブレはリアンちゃんのさらに2バ身先にいるのか

 

:ダンシングブレーヴすげえな

 

:さすが歴代最強に必ず名前の挙がる娘

 

:いやいやリアンちゃんなら、

 踊る勇者の末脚からでも逃げ切れると信じてるぞ

 

:接戦になるってくらいの高評価で震えてる

 

:さすが我らのリアンちゃん!

 

:ダンブレ以外は正直知らんな

 

:ちょいと調べてみるか

 

:まず、いつ頃の娘なんだ?

 

:スピードシンボリも、トレーナーとしてだけじゃなくて、

 現役時代の成績知ってファンになったって声も聞く

 

:シャーガー行方不明になっとるやん……

 

:ファ?

 

:どういうことなん?

 

:失踪したってこと?

 

:俺も調べてビックリした

 誘拐されてそのまま……らしい

 

:うわあ

 

:ウマ娘が誘拐されたりするんか?

 腕っぷしで敵う人間なんかおらんやろ

 

:いくらウマ娘でも、銃火器で完全武装されたら

 従わないわけにはいかないと思うぞ

 

:犯人が普通の人間とも限らんしなあ

 

:そんなことがあったのか

 

:これも歴史の1ページだ。悲しいことだけどな

 

:リアンちゃんを通じて、過去の名ウマ娘の存在、

 悲喜こもごもをも知ることができる

 そんな価値ある瞬間、プライスレス

 

*1
現実では「ワールド・ベスト・レースホース・ランキング」。

国際競馬統括機関連盟 (IFHA) が発表する、世界の競走馬の格付け

*2
いわゆるSMILE区分。距離別の区分けのこと。I:Intermediateは1900~2100m

*3
米三冠馬のアメリカンファラオが134ポンドを得ており、サンデーやゴアに圧勝している背景から、それ以上と評価した。なお独断と偏見による

*4
Long:2101~2700m

*5

*6
日本調教馬では、エルコンドルパサー(134ポンド・1999年)、ジャスタウェイ(130ポンド・2014年)、オルフェーヴル(129ポンド・2013年)、エピファネイア(129ポンド・2014年)、ロードカナロア(128ポンド・2013年)、ディープインパクト(127ポンド・2007年)が上位

*7
のちにシガー135ポンド(96年)、フライトライン140ポンド(22年)

*8
86年凱旋門賞

*9
81年英ダービー

*10
84年英2000ギニー

*11
元々ダンシングブレーヴは141ポンドを得ていたが、2013年に過去に遡っての見直しが行われ138ポンドに下がった。2023年時点での歴代最高馬は、フランケルとフライトラインの140ポンド

*12
ちなみに史実の勝ち馬はシェリフズスター。セイウンスカイの父馬。ムーンことムーンマッドネスの半弟でもある




ほぼ掲示板回

レーティングの理解は完全な自己流です
あまり鵜吞みにしないでお流しください


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それぞれの夏模様

 

 

 

宝塚記念が終了し、日本のレース界はいったん落ち着いた。

 

これからは夏のレースが始まり、

一線級の者たちの多くは、秋に備えて休養するか、

さらなる力をつけるための特訓に励むことになる。

 

 

 

 

 

 

まずは、中央に移籍後、無敵の4連勝。

それも、クラシック級でありながら、シニア級のG1を連覇という、

まさに前人未踏の成績を挙げたオグリキャップ。

 

「来たぞ、トレーナー」

 

「ああ、おつかれさん」

 

宝塚制覇後、ご褒美と休養を兼ねて、

1週間の充電期間を取った後、トレーナー室に顔を出したオグリ。

2人が直接顔を合わせるのも1週間ぶりになる。

 

「座ってくれ」

 

「うん」

 

出迎えたトレーナーが、まずは席に着くよう促す。

オグリは軽く頷くと、促されるままにソファへと腰を下ろし、

テーブルを挟んだ対面にトレーナーも座った。

 

「早速だが本題に入ろうか。考えてきたか?」

 

「ああ」

 

「それで、おまえさんはどうしたい?」

 

「とにかくレースに出たい」

 

「……まあ待て。早まるな」

 

オグリの意見を聞いたトレーナーは、思わず天を仰いだ。

 

1週間の期間を設けたのは、単なる休養のためだけだというわけではない。

宝塚記念を制し、ある意味、日本の頂点に立ったと言っていい。

そんな状況下で、今後どうするのか、ゆっくり考えてこいと宿題を出した。

 

そこまでお膳立てしてやっての結論がこれか?

少なくとも、真顔で言うことではなかった。

 

「疲れは取れたのか?」

 

「ああ、問題ない」

 

「そうか」

 

想定外の返答に少々呆れつつ、別の質問をする。

頷いてはみたものの、この春シーズンの激戦の疲れが、

このわずかな期間で完全に取れるはずもない。

 

「なあ、オグリよ」

 

今はまだ表面化していないが、彼が見たところ、

本質的にそこまで丈夫なタイプではないことも、

呆れ具合に拍車をかけている。

 

ひとつ、小さく息を吐き出してから、

改めてオグリに声をかけた。

 

「地方上がりだとあえて言うが、とにかく走って勝ちたいっていう、

 そんなおまえさんの気持ちもわからんではない。

 だがな? おまえさんも、意識を変えなきゃいかんぞ」

 

「? どういうことだ?」

 

「今のおまえさんが世間でどういう扱いになっているのか、

 考えてもみてくれ。クラシック級の春にしてシニア級のG1を連勝。

 それも、メジロフルマーとタマモクロスという、

 シニアの二大スターを破っての勝利だ。

 こんなウマ娘は、過去には1人もいないんだぞ」

 

「……」

 

「ファミーユリアンが海外にいる以上、

 今やオグリキャップといやあ、人気実力ともに

 日本のナンバーワンウマ娘だ。わからないわけはあるまい?」

 

「……ああ」

 

トレーナーからの問いに、少しの間を開けて頷いたオグリ。

理解に時間を要したというよりは、気付かされた、という感じだろう。

 

「そんな存在がホイホイとレースに出てみろ。

 周りからしたらたまったもんじゃない。

 レースの格ってなんだってことになるし、

 下手したら、勝てるレースを横取りされたって妬み僻みが出てくるぞ。

 まあ完全な逆恨みだけどな」

 

「……うん」

 

神妙な様子で頷くオグリ。

今さらながら、自分の軽率な発言に気が付いたようだ。

 

「レースに出たい気持ちはわかるが、おまえさんは挑戦者から、

 受けて立つ立場に変わったんだ。()()()()()()として、

 王者にふさわしい立ち居振る舞いをしなきゃいかん」

 

「……ああ!」

 

競技ウマ娘としての在り方に関わる、

わりときつめの指摘にシュンとなっていたオグリだったが、

チャンピオンという言葉に反応し、奮い立ったようだ。

 

今度は顔を上げ、しっかりと頷いた。

 

「よし」

 

そんなオグリの様子に、トレーナーのほうも満足して頷く。

 

「ってぇわけで、オレが考えてきたローテがこれだ」

 

「毎日王冠、天皇賞、ジャパンカップ、有記念……か」

 

結局は、これを披露する羽目になるんだなと思いつつ、

トレーナーは自分が考えてきた今後のローテーションが

書かれた紙を、オグリの前に提示した。

 

「毎日王冠というのは、いつのレースだ?」

 

「10月の最初、東京の開幕週だ。

 オグリよぉ、毎度のことだが、もう少し勉強しような」

 

「勉強は苦手だ……」

 

相変わらず、レース関係の情報に疎いのはどうにかならないものか。

普通の勉学はともかくとして、こっちの知識はつけてほしい。

 

苦笑するトレーナーと、顔を背けるオグリである。

 

「それはさておき、いわゆる王道という路線だな。

 ジャパンカップは2400、有は2500になるが、

 まあ宝塚でも問題なかったし、おまえさんならいけると踏んだ。

 去年のファミーユリアンに続いて、秋シニア三冠も夢じゃないぞ」

 

「大先輩に続いて……うん、私はやる」

 

ファミーユリアン、という名前を聞くと、俄然やる気になる。

 

彼女に執着というか、強い()()を持つウマ娘は何人か知っているが、

オグリも同類だったということが判明した。

 

(編入試験の時の話や、わざわざ笠松まで会いに行った*1

 ってことから察するに、まあそうなるわな)

 

何度も頷いているオグリを見ながら、トレーナーはますます苦笑した。

 

(肩入れしてんのはどっちだ、って言いたくなるわ)

 

あの時点では、地方に所属している、ただのいちウマ娘に過ぎなかったのに、

編入試験に自分から飛び入り参加するわ、

海外遠征出発直前という極めて重要な時期に、

遠方まで時間を割いて会いに行ったなんて、何の冗談かと思ったほどだ。

 

それも、何もオグリだけに限った話というわけでもなく、

他の娘にもそういった逸話がいくつもあるのだからたまらない。

 

走りだけではなく、他のウマ娘を見る目まで超一流と来た。

 

(本当に、()()()()()存在だよ)

 

おそらくは日本中の、いや、今となっては、

世界中の人々からそう思われているに違いない。

最低でも、ここに2()()いて、割合として100%なのだから。

 

「でも、10月か。それまではどうするんだ?」

 

「今月いっぱいは軽めの調整程度にして、疲労をしっかりとって、

 8月は合宿で特訓だ。秋に向けてさらにパワーアップを図るぞ」

 

「合宿……! 特訓! いいな」

 

合宿と聞いて目を輝かせるオグリ。

『かんたんオグリ』になっているのは言うまでもない。

 

「フルマーやタマモだって、黙って見ているわけじゃない。

 おまえさんもがんばらんと、次は勝てないかもしれんぞ」

 

「ああ、がんばる!」

 

鼻息荒く頷くオグリ。

単純な様子にさらに苦笑度を増すトレーナーだったが、

確かな手ごたえも感じているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん、お待たせしました」

 

トレーナーを前にして、ジャージ姿の彼女、

スーパークリークはそう言って笑顔を向けた。

 

「本日より、トレーニングに復帰いたします」

 

「ああ、歓迎しよう」

 

「ありがとうございます。

 ……本当に、長くお待たせしちゃいましたね」

 

骨折してのダービー断念から3ヶ月。

めでたく完治となり、今日より本格的に復帰となる。

 

(すべては、素晴らしいリハビリ施設を紹介していただいた

 お姉さまのおかげ。海外で頑張っているお姉さまに負けじと、

 私も頑張ります!)

 

リハビリは完ぺきだった。

その他多岐にわたる指導の結果、むしろ骨折前よりも、

自分の身体が強靭になっている自覚がある。

 

(菊花賞は必ず勝ちます。そして、お姉さまと……!)

 

年末になるであろうその機会に向けて、

まずは、同じ舞台に立てるよう、結果を残さなければならない。

すべての話はそれからだ。

 

「実戦復帰は神戸新聞杯を予定している。

 それまでに身体を作って、必ず権利を獲ろう。

 いけるね、クリーク?」

 

「はいっ!」

 

トレーナーの言葉に、クリークは力いっぱいの声で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー! もう1本や!」

 

精力的に夏合宿を過ごしているタマモクロス。

その原動力は、宝塚記念での敗戦だ。

 

(アレに限ったことやないけど、届かへんっちゅうのは悔しいもんや)

 

届かず敗退というのは、それ以前にも経験している。

しかし、あれほどの悔しさを感じたのは、初めてのことだった。

 

(……やっぱり、オグリやったっちゅうのが大きいんやろな)

 

その原因を推測するに、普段から仲の良いルームメイトが、

よりによって相手だったというのが本命だ。

 

年下ということもあり、1番負けたくない相手、ということなのだろう。

 

(次、天皇賞では絶対負けへん! 見とれ!)

 

オグリも出てくるであろう、春秋連覇のかかる天皇賞。

今度という今度は、先輩の威厳を見せつけてやるのだ。

 

史上初めて春秋連覇を達成した、

大恩ある()()に、少なくともこの点では肩を並べるためにも。

 

「もう1本いくでぇっ!」

 

「だ、大丈夫?」

 

あまりの張り切りようにトレーナーからの心配をもらいつつ、

自慢の末脚にさらなる磨きをかけるべくトレーニングに精を出す。

 

対オグリ、必勝の策を思い描きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意気揚々と合宿に励む者たちばかりではない。

 

「……」

 

ここにも1人、悩める者がいた。

やはり自慢の金髪もいささか陰って見える、

皐月賞ウマ娘トウショウファルコ。

 

デビュー僅か3戦目にしてクラシックを制し、

ダービー、菊花賞と激戦を繰り広げ、僅差で粘り込んだ、

そこまでは良かった。

 

その後もG1に出続けるものの、勝利からは見放された。

ついに前走の宝塚記念では、G1未勝利の娘にも人気で負ける始末。

 

しまいには、『金メッキ』などと揶揄され始めて……

年頃の繊細な乙女の心は、ボロボロになっていた。

 

「ファルコ、今日はもう上がっていいぞ」

 

「……では、これで失礼します」

 

夕刻、少し早めに切り上げにしようと、声をかけるトレーナー。

僅かに逡巡したファルコだったが、

彼の言葉に従って頭を下げると、宿舎へと引き上げていった。

 

その足取りは弱々しく、おぼつかない。

 

「……思った以上に深刻だな」

 

そんな後ろ姿を見て、心配そうに呟くトレーナー。

かといって、自分にできることがあるか?

 

「いや、やらなきゃな」

 

彼女の担当は自分なのだ、と思い直すトレーナー。

教え子1人守れなくてなんとする。

ある決意を胸に秘めて、その日のほかの子のトレーニングが終わるのを待った。

 

 

 

 

 

翌日。

 

その日のトレーニングも満足にできなかったファルコは、

今日も早々に切り上げることを命じられて、部屋へと戻っていた。

 

「……そろそろトレーナーにまで見放されそうですね」

 

自分の置かれた状況を自虐気味に笑って、

ベッドへと倒れ込む。

 

「………」

 

そのまま動かないことしばし。

 

「本当に……誰か……誰でもいいから……

 っ……どうしたらいいか……教えて、っ……ください……」

 

嗚咽が聞こえ始める。

 

なまじ、早い段階で頂点を極めてしまったがための葛藤。

その後のライバルたちの活躍ぶりと、不甲斐ない自分への怒り、失望。

 

そんな折だった。

無造作に放り出していたスマホが、着信音を奏でたのは。

 

「………」

 

とてもではないが、電話に出られるような心境ではない。

しばらく放置すると、音はやんだ。

 

ホッとしたのも束の間である。

再び着信が鳴り始め、またしても放置、再度音がやむ。

 

そして3回目の着信。

 

「……あーもうっ!」

 

ついに我慢できなくなったファルコは、

年相応の少女らしい癇癪を起こして身体を起こすと、

スマホを手に取って通話ボタンを押した。

 

通話相手などどうでもよかったので、画面は見なかった。

よく確かめずに電話に出たことを、酷く後悔することになる。

 

「誰ですかッ!!」

 

『うわっビックリした!』

 

「……え?」

 

怒りに任せて叫ぶと、向こうはいきなり怒鳴られると思っていなかったのか、

心の底から驚いたように声を上げた。

 

この声には、聞き覚えがある……

 

『えっと、直接話すのは久しぶりだねファルコちゃん。

 元気ないって聞いたけど、思ったより元気そうでよかった』

 

「……ファ、ファミーユリアンさん?」

 

『うん、そうだよ』

 

「………」

 

『ファルコちゃん?』

 

「しっ……失礼しましたっ!!」

 

なんと電話してきたのは、返し切れない恩のある先輩で、

敬愛尊敬するリアンだったのだ。

 

怒鳴られたことに戸惑いつつも、心配そうな声が聞こえてくる。

ファルコは数瞬だけ固まると、すぐに大声で謝った。

 

「ファミーユリアンさんだとは思わず……

 と、とんだご無礼を……申し訳ありませんっ!」

 

『あはは、いいよいいよ。

 いきなり海外から電話してくるとは思わないよね』

 

「本当に失礼をいたしました……」

 

頭を下げる勢いで謝罪するファルコ。

いや本当に、電話口で頭を下げている。

 

「そ、それで、ご用件は?」

 

『うん、それだ。

 ファルコちゃん、色々と悩んでるんだって?』

 

「!! ど、どなたからそれを?」

 

『君のトレーナーさん』

 

「……」

 

『彼、すごいね。どうにかして私と連絡取れないかって、

 方々当たってみた挙句、最後は理事長にまで直談判電話したみたいでさ。

 ルドルフ経由で理事長から連絡が来たときは、何事かと思ったよ』

 

「あの人……そんなことを……」

 

理性的な人だと思っていたので、

そのような掟破りの行動に出るとは、と驚愕するファルコ。

 

いち個人の悩み程度のことで、理事長へ突撃する。

ましてや、海外にいる担当以外のウマ娘に連絡を取ろうとするなど、

見ようによっては、良からぬことを想起されかねない。

 

『それだけ君のことが心配だってことさ。わかるよね?』

 

「……はい」

 

『理事長やルドルフも、

 教え子想いの良いトレーナーさんだって褒めてたよ。

 ちゃんと感謝を伝えるんだよ?』

 

「そうします……」

 

リアンから諭され、先ほどまでとはまた違った意味の涙が零れた。

乾きかけていた目元が再び濡れる。

 

見放されるなんて考えていた自分が見当はずれだった。

実際にはその正反対だったのだ。

 

「それで、その……彼は、なんと?」

 

『君が悩んでるから、話だけでも聞いてやってもらえないかって』

 

なんとか涙を拭って聞き返すと、

想像だにしていなかった答えが返ってきた。

 

『気の利いたことなんて言えませんよって言ったんだけど、

 それでもいいからって。5分、いや3分でいいから時間をくれってさ』

 

「……」

 

息を飲んだファルコ。

 

想像した以上に必死になっていたようだ。

改めて彼の思いが伝わってくる。

 

『今朝はルドルフからの電話で起こされちゃった。

 おかげでちょっと眠いよ、ふふ』

 

「も、申し訳ありません」

 

自分が元凶で、大事な遠征に悪影響が出てしまっては、

とファルコは青くなる。

 

が、もちろんこれはリアンの、

少し前まで滞在していたイギリス仕込みのジョークである。

 

『それでね、ファルコちゃん──』

 

「わかりました」

 

『──えっ?』

 

話が本題に移りそうになったところで、

なんとファルコから話を遮った。

これにはリアンのほうが目を丸くしたことだろう。

 

「うじうじ悩むのはやめにします」

 

良い意味で踏ん切りがついた。

というよりは、吹っ切れた、というほうが正しいか。

 

そう言い切ったファルコの表情は、すっきりしていた。

 

「他人の真似をしたってしょうがない。

 私は私だから。そうですよね?」

 

『うん。他人の評価なんて関係ない。

 あくまで自分らしく、楽しく走れるかどうか、だよ』

 

「はい。……はい、そうですね」

 

リアンの言葉を反芻するように、何度も頷くファルコ。 

 

結局は、今の自分ができることを、精一杯やるしかないのだ。

誰かの真似ではなく、トウショウファルコとしての走りを。

 

「わざわざありがとうございました。

 トレーナーと話してきますので、これで失礼します」

 

『うん、がんばって』

 

「はい。本当にありがとうございました」

 

再び、電話口だが本当に頭を下げて、

新たな決意のもと、ファルコは電話を切った。

 

 

 

その足でトレーナーの部屋を訪れたファルコは、

これまでの謝罪と感謝、そして札幌記念への出走を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして迎えた、札幌記念当日。

 

『トウショウファルコ、快調に逃げています。

 ペースはどうなっているか?』

 

北の大地で行われる真夏のスーパーG2*2

苦戦続きのファルコだが、それでも熱心なファンはいるもので、

この日の彼女は1番人気を背負って出走した。

 

他に逃げウマもいたが、彼女らを寄せ付けず、

単独での逃避行、大逃げとなって観客たちを沸かせる。

 

『1000mを57秒9で通過。これは早いぞ』

 

想定された以上のハイペースで前半を乗り切った。

これがゴールまで続くか?

 

『後続はついていけないか?

 リードが広がっていく』

 

ファルコの逃げに後続はついていかない、いや、いけない。

3コーナー過ぎにして、早くもリードが広がっていく一方となった。

 

『直線に向いてトウショウファルコ悠々と先頭。

 後ろはもう追いつけないか、かなり離れた』

 

『これはもうセーフティリード』

 

直線に出ても脚色はまったく衰えず、

後続勢はまったく追いつけない。

 

『後続を大きく引き離して、トウショウファルコ逃げ切ってゴールインっ!』

 

『クールな彼女にしては珍しく、小さくですがガッツポーズを見せました。

 黄金は輝きを取り戻した。トウショウファルコ、大圧勝の逃げ切り!』

 

『勝ち時計は1分57秒9のレコードタイム!*3

 

そのまま逃げ切ってファルコが圧勝。

レコードが記録されたばかりか、2着に大差をつけた。

 

 

 

 

 

「もう迷いません。我が道を行きます」

 

勝利インタビューでファルコは、真っ先にこれまでの低迷を詫びた後、

このように宣言。秋は天皇賞に向かう*4ことを表明した。

 

 

 

*1
何気なくオグリ自身がチラッと口にしたのを聞いた

*2
90年当時はG3のハンデ戦。開催時期も7月初旬で、札幌競馬場にはこの年から芝コースが新設された

*3
現レコードが1分58秒6なので、仮に現実だとしても、現在でも残っていることになる。ちなみに、函館芝2000mのレコードも、サッカーボーイの名前がまだ残っている

*4
札幌記念からのローテで秋天を制した馬としては、エアグルーヴ(97年)、ヘヴンリーロマンス(2005年)、トーセンジョーダン(11年)らがいる





百戦錬磨の名将である老トレーナーの脳まで焼いていた模様



ファルコはリアンというよりはトレーナーの献身の結果
誰ですか、トレーナーと宿舎の部屋で2人きり、
何も起こらないはずなどなく……なんて考えたのは

……はい、私ですw(自首)


札幌記念、開催時期もレースの意味合いも今とは違ってますが、
翌年の91年はメジロパーマーが勝ってるんですね
97年にG2に昇格、以後は夏のスーパーG2として親しまれてます


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第89話 孤児ウマ娘、前哨戦は茨の道

 

 

 

ちょっと前のことになるが、

フランス入りした時のことをちょっと話そうか。

 

まず交通手段だけど、ドバイやロンドンへの経路で飛行機には

散々乗ったので、せっかくだから電車で行くことにした。

 

ユーロスターで2時間ちょっと。

 

ところで、英仏海峡トンネルはまだ開通していない時期*1のはずなんだが、

そのあたりは……まあ、深く考えないのが無難かな、うん。

 

で、無事にパリ北駅へと到着。

入国審査を済ませて、審査場から出た瞬間、

多数のマスメディアに取り囲まれる事態となった。

 

なぜバレたしと思う間もなく、大勢の記者たちからいっぺんに、

それも複数の言語で滅茶苦茶に語りかけられるものだから、

もう何が何だか……

 

日本ではこんなことはなかったので、

初めての経験に驚きつつも、ここまで認められたんだな、

と改めて実感して、少し悦に浸ったりもした。

 

悪評の立つことの多いマスコミだが、

見向きもされないよりはよっぽどマシってもので。

さすがパパラッチの本場は違うなあとも思ったり。

 

イギリス入りした時は、こんなことなかったんだけどねぇ。

待ってたのはムーンとトニーだけだったんだし。

 

まあさすがに、ヨーロッパでG1を2勝して、

片方はキングジョージだったとなれば、

あちらさんの注目度も増すってものか。

 

とはいえ、このままでは埒が明かないので、

急遽記者会見がセッティングされて、この場はお開きになった。

 

そうして、1時間後。

 

「Bonjour, ravi de vous rencontrer.

 Je m'appelle Familie Lien et je suis originaire du Japon.

 J'ai décidé de défier le Prix de l'Arc de Triomphe.

 Je ferai de mon mieux et j'ai hâte de travailler avec vous」

 

用意された会見場で、一礼してから立ったまま一気に、

必死になって覚えたフランス語で挨拶する。

 

意味合いは以下の通り。

 

『こんにちは、はじめまして。

 日本から来ましたファミーユリアンと申します。

 このたびは凱旋門賞に挑戦することになりました。

 精一杯頑張りますので、よろしくお願いします』

 

言い終えてもう1度一礼すると、記者たちから「おおっ」と歓声が漏れた。

 

こういう場で海外の人に、その国の母国語で話してもらうと、

少なくとも悪い気はしないでしょ?

俺もそう考えて勉強したんだが、正解だったようだ。

 

こんな機会もあるかなと思ってさ。

 

あ、ちなみに、現状では丸暗記しただけだから、

他のことをフランス語で話せと言われても無理だし、

聞き取れないからね。ご了承いただきたい。

 

あまりに拙いフランス語だったんで、後から見返すことは

絶対にないと言い切れる会見になりそうだ。

 

急だったから通訳の人もいないけど、

フランス語の分かるスーちゃんが、その役目も引き受けてくれるってさ。

 

実際、さしたる問題もなく普通にこなしてたから、

スーちゃんの凄さをまた一段と思い知らされたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォワ賞に向けて調整している中、

スターオーちゃんからメールが届く。

 

『お疲れ様です。サクラスターオーです。

 トレーニングの状況はいかがですか?』

 

という書き出しで始まり、こちらの具合を

心配するいくつかの文言の後、重大事項が待っていた。

 

『私事で恐縮ですが、実はこのほど状態が整い、

 実戦に復帰する運びとなりました』

 

……復帰ね。えっ……?

実戦に復帰!? ってマジで二度見したわ。

 

『来月の京成杯オータムハンデ*2に登録しました。

 もう1度ターフに戻れることになって、今からとても楽しみです』

 

そっかぁ、秋シーズン開幕のG3で復帰かあ。

思っていたよりずっと早いなあ。

 

この秋での復帰を目指して、

トレーニングのピッチを上げているとは聞いていた。

でも早くて10月、普通に考えて11月くらいだと思ってたよ。

 

これは日本は盛り上がるだろうなあ。

オグリと四強に加えて、スターオーちゃんも戦列復帰となれば、

史上類を見ない『六強』と謳われること間違いなしだ。

 

『本当に諦めないで良かったです。

 あのとき介抱してくださり、励ましてくださったリアン先輩には、

 筆舌に尽くしがたいほどの感謝の気持ちしかありません。

 ありがとうございました』

 

ただね、スターオーちゃん。

 

そうやって一区切りや目途が立って、

精神的にちょっと緩んだときが1番危ない。

 

実戦復帰のスターティングゲートに入って初めて、

いや、ゴールして無事を確かめてから初めて、

安心するなり、感慨にふけるなりするものだよ。

 

うん、お礼を言うのもちょっとまだ早いかな?

 

『長期療養明けの一戦になりますので、とりあえず勝敗は度外視して、

 走れることの喜びを噛み締めながら、

 ひとつでも上の順位を目指して頑張りたいと思います』

 

返信として、あまり説教臭くならないよう気を付けながら、

そのあたりのことを書いて送った。

 

勝利直後の悲劇から、もうほぼ2年がたつのか。

まさに光陰矢の如しだよなあ。

競争能力喪失と診断されたほどの重傷から、

よくぞここまでと本当に思わされる。

 

ああ、時間が許してくれるのなら、帰国して見に行きたい。

現地まで行って、この目で、スターオーちゃんの復帰戦を見届けたい。

 

でも、当たり前だが、ソレは許されないので。

 

向こうでの発走時刻は、こっちだと朝になるか。

それほど早い時間でもないし、

せめてネット中継での生観戦くらいはしてあげなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月下旬。

シリウスが英インターナショナルS(G1)*3に出走した。

 

海外4戦目となったこの一戦。

結果は……

 

なんと。

なんとなんとなんとなんと!

 

直線に入ってからの攻防で、今年の愛1000ギニー娘と、

エクリプスSを制した娘との三つ巴の叩き合いになった末、

最後の最後でハナ差だけ出て勝利!!!

 

テレビで中継を見ていたけど、ゴール前は思わず立ち上がってしまったほどで、

写真判定の結果が出た瞬間、気付いたら全身が汗びっしょりだったよ。

自分で走ったとき以上に汗かいたかもしれない。

 

これであいつも海外G1、2勝目。

まさかここで勝つとはね。

 

日本でどういう報道になるかわからないけど、

まあおめでとうシリウス。

こっちの一線級に競り勝ったという評価でいいんじゃないかな?

 

ドバイでのアレは正直、予想外の奇襲というか、

フロックだという見方が日本でも少なくなかったみたいだから、

もう1勝できたことで、正当に評価してもらえるはず。

 

とかなんとか思っていたら──

 

携帯が着信を告げる。

手に取って確かめてみたら……げえっシリウスッ!?

 

おまっ、レース直後だというのに何やってんの!*4

表彰は? 口取式は!?

 

まったくもう、ドバイでの事件の再現かよ……

 

ずっと音沙汰なしだった上に、

お偉いさんから苦言を呈されてもいたのに、勝った途端にこれとか。

 

やれやれと思いつつ通話ボタンを押す。

 

「もしも──」

 

『リアンッ!!』

 

「──そんな叫ばないでも聞こえてるよ」

 

恒例のお耳ツーン。

スピーカーフォンなのに、思わず手を伸ばして遠ざけてしまったほどだ。

 

まだ興奮が冷めやらないのか、鼻息がすごい。

ホントのホントにゴール直後だもんなあ。

ゴールして数分というレベルなんだ。

あれだけ激しい競り合いをしたんだし、そりゃ息も整ってないというもの。

 

連絡してくるのはいいけど、少しは落ち着いてからにしろや。

というか公式行事は優先しろ。

関係者の皆さんもきっと困ってるぞ。

 

『どうだッ、勝ったぞ。勝った! フハハハッ!!』

 

「はいはいおめでとうおめでとう」

 

お祝いは後からでもできる。

今おまえがすべきことは、戻って式典に参加することだ。

OK?

 

『……チッ呼ばれちまった。

 リアン! 私も凱旋門に出るからな!

 首を洗っとけ。じゃあなっ』

 

さすがに関係者からお呼びがかかったようで、

早口にそう言うと、ぷつっと通話は切れた。

 

……まったくやれやれだ。

って、ちょっと待って?

 

切り際に爆弾発言していかなかったかあいつ!?

凱旋門に出るだと? マジで?

 

いや、まあ、史実でも挑戦しているから、不思議ではないんだけど、

ここで宣言していくとか何なの?

 

まさか本当に、もう1度勝ったら私も挑戦するって言うって決めてて、

そのチャンスを窺ってたから、電話もメールもなかったってことなの?

 

はあ~もうっ……なんて言ったらいいか……

本当にもう……

 

ツンデレにも程がある!

 

祝福してあげたい気持ちはあれど、

素直に祝福できないというか、

なんか猛烈に疲れた出来事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月9日、中山レース場。

 

今日の満員の観客たち、そして中継を見ているファンたちの目は、

すべてこの娘に注がれていると言っても過言ではないだろう。

 

『大トリを飾って登場しました8枠13番サクラスターオー!』

 

場内実況で紹介されると、大歓声が巻き起こる。

声援に応えるようにして、体操服姿のスターオーは、

観客たちに向かって右手を振った。

 

故障した左足には厳重に巻かれた、

痛々しいほどのテーピングが見られるが、

まずは無事なる復帰となって一安心。

 

『天皇賞勝利直後の悪夢からおよそ2年。

 長くつらい治療とリハビリを乗り越えて、今日ここに、

 グランプリウマ娘がターフへと戻ってまいりました。

 この大歓声をお聞きください!』

 

G3の、それもまだ発走すらしていないというのに、

G1級の大歓声が場内に木霊する。

 

『もちろん本日の1番人気はこの娘です!』

 

実況が告げた通り、圧倒的な1番人気となっている。

ご祝儀という意味合い以上に、

人々の期待と信頼の証と言えるだろう。

 

「スターオ~!」

 

「待ってたぞ~!」

 

「信じてた。信じてたぞ~!」

 

様々なファンから、様々な声が飛び交う。

 

そんな反応を受けて、スターオーは照れ臭そうに笑みを見せると、

ぺこりと大きく頭を下げてから、返しウマへと入っていった。

 

 

おおおおっ

 

 

それだけで、場内からはどよめきが起きる。

 

兎にも角にも、今日のこのレースは、

一緒に走る子たちには気の毒だが、スターオーのためだけに存在した。

 

 

 

 

 

そうして迎えた発走時刻。

 

『スタートしました!』

 

『まず2番がハナを切っていきます』

 

『続けて3番4番、12番も先行する模様』

 

大きな出遅れもなくレースは始まった。

最初の600m通過が34秒7というハイペースになる。

 

『注目の復帰戦サクラスターオーは中団に構えた。

 先頭から8バ身くらいの位置』

 

スターオーは中団につける。

置いていかれるということもなく、自然な位置取り。

 

『2番先頭で直線へ』

 

2番が逃げたまま、レースは最終直線。

しかし2番は間もなく失速して、バ群に沈んでいった。

 

『4番と3番が抜け出した』

 

前は2人が抜け出して、粘り込みを図る。

 

『2番人気トウショウマリオン迫る。11番も迫ってきた。

 その後ろサクラスターオーも来ている!』

 

スターオーの名が呼ばれた瞬間、

場内のボルテージが一気に上がった。

前に迫るかという伸び。

 

しかし見せ場はそこまでだった。

スターオーにそれ以上の脚はなく、前と脚色が同じになってしまう。

 

『前は大接戦でゴールイン! これはわかりません』

 

『サクラスターオーは5着に入りました。

 4着トウショウマリオンから2バ身といったところか』

 

粘る3番と4番、外から迫った11番が並んだところがゴール。

1バ身差でトウショウマリオンが4着に入り、スターオーが2バ身離れた5番手で入線。

 

ゴールした瞬間、観客たちから拍手が起きる。

勝ちウマに対してはもちろんのこと、

スターオーに向けたものであることは言うまでもない。

 

写真判定の結果、1着4番、2着11番、3着3番。

ハナ、ハナ、という接戦での決着となった。

 

 

 

『まずは勝った子にお祝いを申し上げます。

 私自身といたしましては、レースに出走できたこと、

 完走できたことが最上の喜びです。

 再び勝利することを目指して、引き続き精進してまいります』

 

レース後、スターオーは広報を通じて、

このようなコメントを発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずびっ。う~、ティッシュティッシュ……」

 

涙と鼻水でめちゃくちゃな中、ティッシュを探す。

 

スターオーちゃんの復帰戦を、ネット観戦した結果がこれだ。

朝っぱらから大泣きする羽目になってしまった。

 

だってこんなの、泣くなって言われても無理だよ……

 

観客たちと同様、スターオーちゃんが実戦で走っている姿を

見るだけでも感動なのに、ほぼ2年ぶりのレースで入着するとか、

どう考えたって泣くしかないだろ!

 

こんな姿、他人様には見せられないな。

え? もう何度も見られてるだろって?

それも全国中継で?

 

アッハイ。

 

「はぁ……えがった」

 

何はともあれ、よかったよかった。

 

スターオーちゃんの復帰は叶った。

ならばもうひとつの夢、凱旋門賞制覇も叶えるしかないよね?

 

まずは来週のフォワ賞だ。

 

「よし、気合入れていくぞ!」

 

 

 

 

 

気合入れていく、そのはずだったんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さんこんばんは

 こちらはフランス、パリロンシャンレース場*5です。

 ファミーユリアンが出走しますG2フォワ賞の模様を、

 衛星生中継でお届けいたします』

 

『1857年に開設されたパリロンシャンレース場は

 世界で最も優雅とも謳われるレース場です。

 世界中のウマ娘、レースファンにとっての憧れのレース場であり、

 フランスで開催される平地G1、28競走のうち実に17競走もの舞台であります』

 

『ですがご覧の通り生憎の天候、パリは雨が降り続いております。

 解説のゴーダさん、これについては?』

 

『はい、非常に残念なコンディションになってしまいましたね。

 発表では1番悪い「TRES LOURD」、日本語では不良に当たります。

 それも近年でも類を見ないほどの状態*6だと言っていいでしょう』

 

『それもそのはず、この数日パリは雨続きで、

 今日もスコールのような突然の大雨が、何度も来ている有様でして──』

 

衛星中継冒頭での、アナウンサーと解説のやり取りの一部である。

これだけで、不吉な予感がしたファンは多かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんぞこの雨?

 

いや、雨が降り出した瞬間から嫌な予感はしてたんだけど、

ここまで悪化するとは思ってなかったぞ……

 

今はゲート前でスタートを待っているんだけど、

ここの芝からもわかる、『極悪』なバ場状態。

 

一歩踏み出すごとにじゅわっと水が浮き出てくるし、

ずぼっと足が沈み込む感じがする。

底なし沼にでもはまってしまったかのような感触。

 

これが散々言われ続けてきた、特殊なロンシャンの芝、

それも最悪コンディションの不良バ場かあ。

 

これはもう、本番がどうとか言っている場合じゃないな。

予行演習とか抜きにして、今日は無事に完走すること、

怪我しないことを第一と考えたほうがよさそうだ。

 

そうこうしているうちに発走時刻になり、ゲートインが始まる。

 

出走は6人。

1番のライバルは、キングジョージでも一緒に走ったインザウイングスか。

実際、俺が1番人気、彼女が2番人気になっているようだ。

 

ゲート入りを済ませ、態勢完了を待つ。

まあ少人数だから、すぐに終わるだろう。

 

やれやれ、良バ馬で本番のシミュレートしたかったなあ……

 

 

──ガッシャン

 

 

「ッ!」

 

程なくゲートが開いてスタート。

毎度のように、一歩目自体の反応は良かった。

 

しかし……

 

あかんわこれ。

 

下手すると滑るし、それを避けようとして力を入れると、

やはり足が沈み込んでしまって、まるでパワーが伝わらない。

進もうとしてもがけばもがくほど、逆に後ろへ押されているみたいになっている。

 

現実として先手は取れず、先頭からは5、6バ身くらい、

インザウイングスの後ろ5番手のポジションがやっとだ。

 

追走するので精一杯……ってすごい懐かしい感覚だなこれ。

学園に入って最初の選抜レース以来だ。

今となっては遠い昔の出来事。

 

剥げた芝だの泥だのが飛んでくるし、

勝負服は汚れる*7し、嫌な感じしかしない。

 

早くレースが終わってくれ。

そう思ったのは、デビューして以来初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フォワ賞スタートしました』

 

『ファミーユリアン好スタートですが、どうしたことか、

 行き脚がつきません。下がっていきます』

 

『インザウイングスの後ろ5番手!』

 

実況も、異変を感じ取って声が裏返り気味だ。

普通ならポンと飛び出してそのまま逃げていくのに、と。

 

『もしかして、今日も追い込み策を採ったのか?

 いやしかしこの不良バ場でそれは……』

 

『そうですね……』

 

自分で言っておいて、すぐに否定する始末。

解説も二の句を告げない。

 

『レースは3コーナー、坂の頂点を迎えます』

 

『態勢は変わらず、ファミーユリアン依然5番手』

 

『フォルスストレートに出ます』

 

ロンシャン名物、偽の直線フォルスストレート。

ここでもまだ動きはない。

 

『最終直線に入った。先頭ザルトタ*8粘っている』

 

『インザウイングス外からかわしにかかる』

 

『ザルトタまだ粘る!』

 

『ファミーユリアン来ない! ファミーユリアン、ピンチ!』

 

直線半ば、逃げ粘る子をインザウイングスもなかなかかわせない。

そしてリアンも追い上げてくる気配がない。

 

『残り200m!』

 

『インザウイングスここでやっとかわして先頭!

 ファミーユリアンもようやく3番手!』

 

200を切ったところで、

インザウイングスがようやくザルトタを競り落として先頭に出る。

 

リアンは3番手に上がっていたが、伸びているというよりは、

他の子が脱落していっての順位だ。

 

『インザウイングス先頭でゴールイン!

 2着ザルトタ粘った』

 

『その後ろ、なんとファミーユリアン3番手で入線です。

 ファミーユリアン敗れました!』

 

『これで連勝はストップ、

 連続連対記録も途絶えたことになります……』

 

徐々にアナウンサーの声量が落ちていった。

 

一昨年のジャパンカップから続けていた連勝は、11でストップ。

そして24戦目にして初めて連を外したことになる。

 

『これは、どうしましたか……

 やはりこのバ場が堪えましたか』

 

『……わかりませんが、そうとしか思えない結果ですね』

 

意気消沈している実況と解説。

それだけ衝撃的な敗戦だったということだろう。

 

『スタートは良かったのに、行き脚がつきませんでしたし。

 道中も非常に苦労している様子でした』

 

『不良バ場での実績もあったんですがね』

 

『わかりませんねぇ……

 やはりロンシャン、それもこれだけ悪くなりますと、

 日本とはもはや別物、と考えるべきなのかもしれません』

 

『そうですか……

 故障というわけではないといいんですが』

 

『本当にそうですね』

 

『……以上、フォワ賞の模様をお伝えいたしました』

 

とにかく最悪の事態でないことを祈りつつ、

中継は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーもう滅茶苦茶だよ。

 

レースを終えたあとの第一感がこれ。

前に進もうとしてるのに、引き戻されそうになる感覚なんて初めてよ。

マジで反発力でも働いてたんかと疑いたくなる。

 

おかげで消耗が激しく、とてもじゃないが、

追い上げる力なんて残ってなかった。

今もまだ、とてつもない疲労感がずっしりと残っている。*9

 

はぁ、もう……これだからロンシャンは……

 

実際に体験してみてわかる、歴史の重み。

というかこれ、もう()()の類なんじゃないの?

欧州調教馬以外に発動する呪い*10

 

やれやれだぜ、まったくもう……

 

せめて本番では晴れてくれ。

最低でも、不良はやめてちょうだい。

 

「お疲れさま。身体は大丈夫?」

 

「あ、はい……」

 

いまだ呼吸が整わず、久々に味わう敗北感もあってか、

トボトボと引き上がていくと、スーちゃんが温かく出迎えてくれて、

タオルを渡してくれた。

 

「取材は全部断っておくから、

 確定したらすぐに引き上げましょう」

 

「わかりました。お願いします」

 

すべてを察した様子のスーちゃん。

彼女のやさしさが身に染みる。

 

まだ9月だというのに、なんか異常に寒い。

そりゃ日本とは気候が違うけど、こんな震えるほどじゃなかったはずなんだが。

 

ブルブルッ……

 

ああもう、おかしいなあ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(フォワ賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:フォワ賞のお時間ですよ!

 

:これくらいの時間ならまだ楽だな

 

:凱旋門本番もそうだよ(23時くらい)

 

:中継まだか?

 

:ハジマタ

 

:げえっ雨!

 

:しかも、近年でも類を見ないほど、だと……

 

:な、なあに、リアンちゃんは不良でも勝ってるし

 

:だが、ロンシャンは違うと聞く

 

:すべては走ってみないとわからん

 

:皆、リアンちゃんを信じろ

 俺は信じてる!

 

:こりゃ本番云々言ってる場合じゃないな

 故障だけには気を付けてもらいたい

 

:引き続き相手はインザウイングスか

 

:あとは実績的に大きく劣るしな

 

:スタート!

 

:!?

 

:な

 

:え?

 

:うわあああああ

 

:あのリアンちゃんがついていけない……

 

:それほどなのか……

 

:上がっていく気配もないな

 

:これはやばい……

 

:まずいぞ

 

:フォルスストレート!

 

:駄目だ……

 

:ああああああ

 

:なんで……

 

:3着……

 

:連勝があ!

 連対記録がああああああああああ!!

 

:どっちも止まってしまった……

 

:お通夜状態の放送席

 

:ロンシャンは別物(結論)

 

:タイムが恐ろしいな……

 

:2分45秒台*11とか

 

:2600よりも遅いやんけ!

 

:まさにロンシャンおそるべし

 

:本番でもこんな天気だったらどうするんや

 

:どうしようもない

 

:こんなバ場だったらお手上げや

 

:俺、てるてる坊主いっぱい作る!

 

:まさに神頼みしかできない

 

:はたして、日本のてるてる坊主が海外に効くのかどうか……

 

:何もやらないよりはマシじゃないか

 

:現地の人! 頼む作ってくれ!

 

:そんなことよりリアンちゃんが心配だ

 何事もなければいいんだが

 

:故障だけはやめてくれぇ!

 

 

 

*1
94年開通、開業

*2
G3。90年当時は京王杯

*3
2005年、ゼンノロブロイが遠征して2着

*4
ギャンブル要素がないとはいえ、一連の流れが終わるまではさすがに通信機器は預けられると思うので、あくまでフィクションということで

*5
JRAによるコース紹介https://www.jra.go.jp/keiba/overseas/country/france/racecourse.html

*6
史実の90年フォワ賞は良馬場

*7
アプリ版ラークシナリオ同様、G2でも勝負服着用とした

*8
サンクルー大賞3着馬

*9
昨年のドウデュースは、きっとこんな感覚だったに違いないと思う

*10
いまだに凱旋門賞は、欧州調教馬以外の勝利がない

*11
これで驚いてはいけない。93年、重馬場で2分51秒6という記録がある




ウマ娘世界のハンデ戦って、どうなっているんでしょうね?
名称としては残っているので、存在はしているようですが……
重りでも仕込んで走るのかな?

久しぶりの敗北リアン
いくらパワーがあっても、ロンシャンの極悪不良バ場は格が違った


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絶対王者敗戦の衝撃と秋シーズン開幕

 

 

 

ファミーユリアン、

そのキャリアで初めて連を外す3着敗戦。

 

「………」

 

自室にて中継を見ていたルドルフは、

ゴールの直前、静かに目を閉じた。

 

親友が負けるシーンを見たくなかったのかもしれないし、

現実を直視したくなかったのかもしれない。

 

「こんなバ場になってしまうと、

 さすがにリアンでも厳しいか……」

 

そして、ぼそっと呟く。

 

ヨーロッパの重い芝。

それも、ロンシャン特有と云われてやまない芝で、

ここまで渋ってしまうと、もはや別競技なのか。

 

スタートして行き脚がつかなかった時点で、

嫌な予感はしていた。

 

詳しくは本人から話を聞かなければわからないが、

きっと、()()()()()()なんだろうと思う。

 

逆に考えれば、リアンでダメなら、日本のウマ娘は誰もがダメだ。

諦めもつきやすいと思うほかない。

 

「それにしても……」

 

目を開けると、中継には勝ったインザウイングスが映し出されていた。

 

泥まみれになってはいるが、その走りは力強く重厚。

不良バ場だということをまったく感じさせない走りである。

 

海外のトップ層の娘たちは、こんなバ場になってさえも、

普段通りの力を十二分に発揮することが可能なのか。

 

それは敵わないはずだ。

 

ルドルフはそれ以上を口には出さなかったが、

無気力な表情がすべてを物語っていた。

 

「……リアン」

 

脇に視線を移すと、使われなくなって久しい、親友のベッドがある。

 

すぐに連絡を取りたい衝動に駆られたが、

理性を働かせてグッとこらえた。

 

本人が1番堪えているだろうし、本番はあくまで次だ。

当日は晴れてくれるように祈るのみ。

 

ルドルフはそう考えて、自分を無理やり納得させる。

 

「………」

 

今夜はなかなか眠れなさそうだ。

 

 

 

 

 

翌日、放課後。

 

「………」

 

ちょっと休憩だと称して生徒会室を抜け出したルドルフは、

校舎の屋上へとやってきて、柵に腕を乗せて景色を眺めていた。

 

(気を遣わせてしまったかな)

 

彼女自身は、何も変わらず普段通りにしていたつもりなのだが、

周りからしてみると、そうでもなかったようだ。

 

現に、仕事人間のルドルフが、自ら休憩だと言い出すことなんて

滅多にないことであるのに、生徒会の皆は何も追求せずに、

ただその通りに頷いてくれたのだから。

 

(……フフ。いかんな、私のほうが落ち込んでどうする)

 

やはり慣れていないだけに、親友の敗戦は、

想像以上に心に来ているようであった。

 

(しかし心なしか、今日は校内も沈んでいるようだったな)

 

それはルドルフに限ったことではなく、

トレセン関係者の多くがそうであったようで、

今日は朝から学園全体の雰囲気が妙であった。

 

世間も、一般ニュースでも取り上げられるくらいであり、

いちウマ娘の勝敗をそこまで気にしてもらえるようになったかと

嬉しい半面、勝利はともかく、

敗戦時はそっとしておいてほしいとも思うジレンマ。

 

(ままならないものだな……)

 

一言も発しないまま佇むルドルフ。

そうして30分が過ぎたころ。

 

「あ、いたいた。もうっ、やっと見つけたわ」

 

「おーい、ルドルフ~」

 

「……? マルゼンにシービーか」

 

そんな折、ルドルフを呼ぶ声が。

声のしたほうへ視線を向けると、

マルゼンスキーとシービーが歩み寄ってくるところだった。

 

「何か用か?」

 

「何か、じゃないわよ。探しちゃったじゃないの」

 

「生徒会室に行ったらさ、

 休憩しに行ったって言われるだけでさ。

 どこに行ったかまでは聞いてないって言うからさあ」

 

「そうか、手間をかけさせたな」

 

2人はルドルフを探していたようだ。

確かに行先までは告げていなかった。

 

「それで、私に何か用なのか?

 君たちが2人揃ってとは珍しい」

 

「否定しないけど、

 あなたがお仕事サボってるほうが珍しくない?」

 

「生徒会長がサボりとは感心しないな~?」

 

「サボりじゃないぞ。きちんと断ってきている」

 

軽く詫びてから改めて尋ねると、

マルゼンとシービーは、からかうような視線と声を向けてきた。

少しムッとして言い返すルドルフ。

 

「あなたを探した理由、言ったほうがいいかしら?」

 

「……いや、やめておこう。嫌な予感しかしない」

 

「あらそう♪」

 

引き続き、変わらぬ態度で迫られたルドルフは、

少し考えて質問を取り消した。

事態がより悪化しそうな予感に駆られたためだ。

 

マルゼンの意地悪そうな笑顔を見るに、

その予感は正しかったと感じるルドルフ。

 

「ファミーユちゃんなら大丈夫だよ」

 

「……!」

 

そんな空気を読まず、シービーがぶっ込んでいった。

流石の自由人である。

 

「あのコは、アタシたちが考えているよりずっと強いコだよ。

 外野がとやかく言うより、信じて見守ってあげるのがいいと思う」

 

「……その結果が、最初の骨折なんだが?」

 

「あの頃とは状況が違うよ」

 

()()()()も、異変には気が付いていたのだ。

しかし、深入りせずにいた結果、重大な故障を招いてしまった。

もっと早く介入していれば、と何度も思った。

 

そんな負い目があるがために、ルドルフの視線は自然ときつくなるが、

シービーは意にも介さずに笑い飛ばした。

 

「ファミーユちゃんも、

 比べ物にならないくらい強くなったんだしさ?」

 

「うむ……」

 

「これ以上、何か言葉が必要かな?」

 

「……いや」

 

シービーからニカっと笑いかけられて、

ルドルフもそれ以上の反論をあきらめた。

 

何より、今ここで自分たちが騒いだところで、何にもならないのだ。

 

「今度はアタシも応援に行っちゃおうかな~?」

 

「あ、いいわね。あたしも行くわよ~」

 

「元より私は行くつもりだ。シンボリ家を挙げて、な」

 

シービーが現地まで行くと言い出して、

マルゼンもそれに乗り、対抗してルドルフは当然とばかりに言う。

 

ここで3人は同時に噴き出した。

 

「なんなら、リアンちゃんに関係のある子は全員連れてっちゃう?

 みんな喜んでついてきてくれるわよきっと。

 お金はシンボリ家にツケておきましょ♪」

 

「あの子も、この子も……」

 

「待て。費用はともかく、

 授業や自分のレースがあるんだから他の子は無理だろう。

 こらシービー、指折り数えるんじゃない」

 

 

 

学園三巨頭とでも云うべき超大物3人のじゃれ合いは、

しばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セントライト記念がスタートした。

1番人気は、皐月賞2着、ダービー3着のヤエノムテキ。

 

終始、逃げウマの後ろ内々の3番手を追走したヤエノは、

最終直線に入って、逃げウマ2人の間を割って伸びる。

 

『ヤエノムテキ先頭! ヤエノムテキ1着!』

 

ヤエノはそのまま、後続に1バ身半の差をつけてゴール。

ようやく手にした芝での初勝利。重賞初勝利であった*1

 

(やっと勝てた……)

 

悩んだ末の勝利に、万感噛み締めるヤエノ。

 

しかし喜んでばかりもいられない。

これはあくまでトライアルであって、本番は次なのだ。

 

それに春の主役、二冠ウマ娘は故障で離脱中。

同じく春に敗れたダービー2着娘も同様だ。

 

ここで改めて、自分が主役に躍り出るチャンスがやってきた。

 

(……次も、勝つ!)

 

久々に味わう勝利の余韻を味わいながらも、

気合を入れ直すヤエノであった。

 

 

 

 

 

神戸新聞杯では、スーパークリークが戦線に復帰。

人気はさほど高くはなく、4番人気でのレースとなったが

 

『スーパークリークだ!

 故障明けも重バ場もお構いなしに突き抜けた!

 スーパークリーク快勝、ゴールインッ!』

 

重バ場発表の中を、ただ1人、圧倒的な脚を発揮。

2着に3バ身差をつけて圧勝した。

 

「もちろん菊花賞に出ます。

 ぜひともお姉さまに良い報告をしたいところですね~」

 

とインタビューで発言したクリーク。

 

「ご家族に、ということでしょうか?」

 

「いいえ~。ファミーユリアンさんのことです♪」

 

「……え?」

 

クリークがこう答えたため、一同は総じて「は?」という反応になった。

それはファンの間でも同じで、『なぜにお姉さま?』と騒がれることになる。

 

「きっと見ていてくれていますよね~お姉さま。

 随分お待たせしちゃいましたけど、

 必ず勝ってご恩返ししますから、また見ててくださいねぇ♪」

 

「は、はあ」

 

ニッコリ笑顔で言うクリークに、

もはやついていけないインタビュアー。

 

兎にも角にも、リアン派閥にまた1人加わったのか、

という事実が明白となった一幕だった。

 

 

 

 

 

こちらも重バ場の中で行われたオールカマー。

 

1番人気はイナリワン。他にさしたるライバルもおらず、

実績と実力から順当勝ちだと思われたのだが……

 

『イナリワン伸びない! バ群の中でもがいている!』

 

逃げた娘と追い込んだ娘が壮絶な叩き合いを演じる中、

イナリはバ群の中で何もできずに終わってしまった。

 

同じような位置取りであった娘が、

重バ場でも差し切って勝ったことから考えて、

明らかに不可解な敗戦となる。

 

「……クソッ!」

 

ゴール後、泥で真っ黒になりながら、

悔しそうに芝を蹴り上げたイナリ。

 

宝塚に続いて、後方から伸びきれない展開が2戦続いた。

自分自身でも、力を発揮しきれない状況に困惑している。

 

「どうしちまったんだあたしは……」

 

 

 

 

 

10月に入り、最初の日曜日。

生憎の小雨模様の中でも、多くの観客が東京レース場に押し寄せた。

 

そんなファンたちのお目当ては、もちろんこの娘。

 

『本日も抜けた1番人気、オグリキャップの登場です!』

 

『わあああっ!!!』

 

本バ場入場で、姿を現しただけでこの歓声。

G1でもおかしくないくらいの声量であった。

 

メンバーも相応に揃っており、オグリを筆頭に、

一昨年の阪神JFの覇者で函館記念を制したラッキーゲラン、

宝塚2着のオサイチジョージ、お馴染み大ベテランのフリーラン、

オータムハンデからの転戦トウショウマリオンなどだ。

 

『オグリキャップ秋の始動戦、毎日王冠スタートしました!』

 

『ラッキーゲランとトウショウマリオンがハナを争います』

 

『オグリキャップ、今日は中団8番手くらいにつけました』

 

2人による先頭争いのさなか、オグリは中団に構える。

800m通過が49秒2というゆったりとした流れ。

 

『残り800を切ったところで、オグリキャップ

 外から徐々に進出開始』

 

オグリが動くと、それだけで大歓声が沸き起こる。

 

『横に大きく広がった』

 

『オグリは大外に行った!』

 

そのまま上がっていったオグリは、先行勢が横に広がった中を、

さらに大外へと持ち出してスパート。

 

『フリーラン先頭!』

 

『しかしオグリキャップ大外から突き抜ける!』

 

先に抜け出したフリーランを、外から軽々と抜き去っていく。

 

『オグリキャップ勝ちました!

 まだまだ連勝記録を伸ばします!』

 

オグリはそのまま先頭でゴール。

 

2着に1バ身と、これまでと比べるとおとなしい印象だったが、

明らかに余力を感じさせる勝ち方で、ファンの脳を焼く。

 

「毎日王冠勝利おめでとうございます」

 

「ありがとう」

 

そして、インタビューでさらに焼かれる。

 

「レース中には何をお考えでしたか?」

 

「今夜遅くには凱旋門賞があって、大先輩が出走する。

 私の勝利が、少しでもエールになればいいなと思って走っていた」

 

クリークのお姉さま発言に続いて、オグリからも言及がされる。

名前までは出なかったが、凱旋門というキーワードだけで、

特定は容易だった。

 

「すまない、この場を借りて私からも応援させてもらう。

 大先輩、がんばれっ!」

 

カメラに向かって微笑みを向け、拳を軽く握って示す。

 

促されるわけでもなく、自発的に発言した。

自身のクラシック騒動でも口をつぐんだ、()()オグリが。

 

「みんなも、夜は遅いが、応援してもらえるとありがたい」

 

「みなさんもそう思われてますよ。

 例年以上に注目される凱旋門賞ですから」

 

「そうか、ならよかった」

 

安心したように笑みを見せるオグリ。

 

ここまで、()()と繋がる情報はほとんどなかったところで、

この発言と親しげな姿勢。

 

オグリキャップ、おまえもか!

……と、凱旋門賞直前にして、掲示板群では大いに盛り上がったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女に対して熱い想いを向ける者がもう1人。

 

(……場所は違えど、同じ日にレース)

 

京都大賞典に出走するメジロフルマー。

宝塚記念で惨敗を喫した彼女は、まさに背水の陣であった。

 

(今度という今度は……)

 

雨が降りしきり、重バ場となっている京都レース場。

 

今回は前有利の展開が予想される。

他に有力な逃げ娘も、前走ほどの強敵も存在しない。

 

予想されたとおりの圧倒的1番人気であるフルマー、

安泰かと思われる中で、

他ならぬ彼女自身に、大いなる不安が存在した。

 

(この夏の合宿、今年は記録を更新できなかった)

 

夏合宿では、去年までは毎年ベストタイムを更新していた。

だが今年は、更新することができずじまい。

それどころか、過去一で遅いタイムしか出せなかった。

 

自棄になって走れば走るほど、記録は落ちてく一方で。

 

(……もしかしなくても、私は……

 いえ、そんなことはない。ないんです)

 

ある不吉な単語が脳裏をよぎる。

そのたびに違う違うと打ち消してきた。

 

今回も、自ら頬をはたいて気持ちを落ち着かせる。

 

(ファミーユリアンさんよりも先に、

 レースを諦めるわけには参りません。

 ファミーユリアンさんと一緒に、どこまでも……!)

 

 

 

 

 

『京都大賞典、スタート!』

 

『揃ったスタートです。メジロフルマー定位置へ行きます』

 

『京都大賞典3連覇がかかりますメジロフルマー。

 史上2回目の同一平地重賞3連覇*2が成りますかどうか』

 

雨の中、今日も先頭を切ったフルマー。

やはり誰もついては行かず、単独行となる。

 

『1000mを59秒0で通過』

 

フルマーにしては抑え気味、

それでもレース距離とバ場にしては十分なハイペースで、

前半の1000mを通過する。

 

この時点で、2番手とは10バ身近くの差。

それは3コーナー過ぎまで変わらず、レースは終盤へ。

 

『メジロフルマー先頭で直線に入った。

 まだ5バ身以上差はあるが、リアルアニバーサル突っ込んでくる!』

 

直線に入り、2番手に上がってきたリアルアニバーサルが猛追。

フルマーの脚色は鈍く、その差はあっという間に詰まっていった。

 

『残り200。メジロフルマー粘れるか?

 いや駄目だ、リアルアニバーサル迫る!』

 

『2バ身、1バ身、替わってリアルアニバーサル先頭!』

 

『サンディフェイマスも突っ込んできた!』

 

200mを切ったところで、リアルアニバーサルにかわされる。

さらには、後方から飛んできたサンディフェイマスにも抜かされてしまう。

 

『リアルアニバーサル凌ぎ切って勝ちました!

 サンディフェイマス2着。メジロフルマーは3着~!』

 

結局リアルアニバーサルが勝ち、

サンディフェイマスはハナ差まで追い詰めて2着。

この2人にかわされてフルマーは3着に終わった。

 

万全の逃げを打ったはずが、

格では劣るとみなされた娘たちに差されての、

明らかな力負け。

 

「………」

 

ゴール後、すぐに足を止めたフルマー。

係員が呼びに来るまで、微動だにしなかった。

 

呆然として雨に打たれ続ける姿は、別の意味で反響を呼んだ。

 

 

*1
史実では当然、皐月賞が芝と重賞初勝利。また、当時は菊花賞トライアルであった京都新聞杯を制している

*2
同一平地重賞3連覇は、56~58年の鳴尾記念を制したセカイオーがJRA史上初。以降しばらく出なかったが、タップダンスシチー(03~05金鯱賞)を皮切りに、エリモハリアー(05~07函館記念)、マツリダゴッホ(07~09オールカマー)、ゴールドシップ(13~15阪神大賞典)、アルバート(15~17ステイヤーズS)が3連覇を達成している。なお障害では、オジュウチョウサンが中山グランドジャンプを5連覇しており、これがJRAの同一重賞連覇記録である




充実期を迎える者がいれば、悩み、衰える者もあり……
年齢と個人差というものは残酷です


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第90話 孤児ウマ娘、いざ凱旋門賞

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(フォワ賞後の反応)

 

:ファミーユリアン、取材拒否の真相語る

 「気持ちの整理がつかなかった」

 https://www.hucyuucatv.com/umamusume/news/*******

 

 凱旋門賞へのステップレースとして挑んだフォワ賞(G2)を

 3着に敗れ、連勝もデビュー以来続けてきていた連続連対記録も

 途絶えてしまったファミーユリアン。

 

 レース直後は、スピードシンボリトレーナーから

 すべての取材をシャットアウトされてしまった。

 

 ファミーユリアンが取材拒否したという話は聞かず、

 むしろサービス精神旺盛な彼女のことだ。

 何かあったのではないかと推測し、

 彼女の状態を心配していたファンも多いことだろう。

 

 レースから一夜明けた17日、密着を続けている

 我々取材班は、ダメもとで取材を申し込んだ。

 すると予想に反してこれが通った。

 不謹慎ながら我々が喜んだのは言うまでもない。

 

 ただ、体調と精神面を考慮して、

 30分だけという時間制限が付く中での対応となった。

 

 やはりあの敗戦は何かダメージがあってのことなのか、

 あるいは、別の事情があってのことか。

 

 やきもきしながら待っている我々の前に、

 ファミーユリアンはいつもの温和な表情で現れた。

 そして、重そうな口を開いた。

 

 「昨日はすいませんでした。気持ちの整理がつかず、

  すべての取材をお断りさせていただきました」

 

 開口一番で、きのうの取材拒否を謝罪した。

 久しぶりの敗戦はやはり堪えたということだろうか。

 

 「身体に異常はありません。

  予定通り凱旋門賞に向かいます」

 

 心配されていた故障というわけではないようで、

 取材班もまずはホッと一安心。

 当初の計画通りに、本番へ挑むことを表明した。

 

 となると気になるのは、フォワ賞の敗因についてだが……

 

 「きのうの今日なので、

  あまりはっきりしたことは言えませんが……」

 

 思い切って尋ねてみると、口調がさらに重くなる。

 

 「あの不良バ場が影響したのかと思います。

  ちょっと経験したことのない状態だったというか……」

 

 大方の予想通り、敗因はバ場にあったようだ。

 

 ファミーユリアンの道悪でのレースといえば、メジロフルマーとの

 G1初対決となった第29回宝塚記念が思い出される。

 

 雨続きの不良バ場でも、良バ場並みのタイムで圧勝せしめた

 彼女をして、『未経験』だと言わしめるバ場状態とはいったい?

 

 「気を抜くと滑りますし、かといって力を入れると、

  足が沈んでしまって前に全然進んでいかないんです。

  こんな感触は初めてでしたよ」

 

 どうやら我々が想像していた以上に、

 あの不良バ場は厄介な存在だったようだ。

 

 前に進もうとしても進まない。

 そんな感覚は、我々素人には理解も想像もできないものだ。

 

 「なんにせよ、本番じゃなくてよかったと思うしかないですね。

  てるてる坊主でも作りましょうか」

 

 そう語る彼女の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。

 

:さす府中

 

:超有能

 

:俺たちが知りたかった情報がピンポイントだ

 

:当然の独占スクープだな

 

:まずは無事なことに感謝

 

:>足が沈んでしまって前に全然進んでいかない

 そういうことだったのか……

 

:全然ついていけなかったのはそのせいか

 

:リアンちゃんほどの重バ場巧者、

 パワー自慢にこうまで言わせるロンシャンぇ……

 

:(´・ω・`)

 

:逆に、それでもリアンちゃん以上のパフォを出せる欧州娘、

 すごくない?

 

:これはもう慣れの問題かな

 

:最初からこういう環境なら慣れるのかもな

 

:そんな状態でも3着に来たのか

 

:リアンちゃんだからこそだよ

 他の子なら、後方に沈んでた

 

:こりゃもう、雨降ったら日本のウマ娘は永遠に勝てないな

 

:びしょ濡れのうえ泥だらけ、口を真一文字にして

 引き上げていくリアンちゃん、逆に凄い印象的だった

 

:>冗談

 このスレにも出てたけど、

 てるてる坊主の冗談が冗談ではなくなってきたな

 

:俺は当然作るぜ

 みんなも作るよな?

 

:もちのロン!

 

:スレ民にいるのかわからんけど、

 現地在住の人も頼んだぜ!

 

:俺、フランスに住んでる

 

:現地民キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:いたのか現地民

 

:奇跡だ

 

:これは期待大

 

:だがすまんな、パリじゃなくてマルセイユ住みなんだ

 

:パリとは正反対の地中海沿いやないかい!

 

:がっかりだよ

 

:ぬか喜びさせやがって……

 

:それでもいい!

 てるてる坊主作ってくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォワ賞の翌日、おそるおそる取材に来た乙名史さん。

 

取材拒否をかましてしまった手前、まずは謝罪から入った。

どんな理由があるにせよ、大勢の人に支えられている

立場にいる以上、要請には応えてあげないとって思うからね。

 

まあ予想はついたけど、彼女から聞いた限りでは、

日本のファンたちの間でも、阿鼻叫喚の有様だったとか。

 

たいそう心配させてしまったようで、本当に申し訳ない。

自分としても、あんな寒気から熱が出るんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、

スタッフさんたちの懸命なケアもあって、幸い何にもなかった。

 

この段階での熱発なんてシャレにならんし、

文字通りの命取りになるから、本当に良かった。

 

単に負けたことによる精神的なショックと、

雨に打たれ続けたことによる影響だったみたい。

改めて、すぐに温かい飲み物とかお風呂とかの用意をしてくれた

スタッフさんたちに感謝。

 

この借りは本番で必ず返す。

 

……返せたらいいなあ。

マジのマジで晴れてくれよ頼むよぉ。

 

まあ、弱気になってはいかんよな。

 

あれ以上の状態にはそうそうならんやろ。

そう割り切って、最後の調整に専念しよう。

 

スターオーちゃんにも謝らないといかんなあ。

彼女が復帰するまで負けないって決めてたのに、

負けてしまって……あれ? これはいいのか。

先日復帰したもんな。

 

それに、これは誰にも言ってない、自分の中での決意だったので、

誰に憚ることもない。

 

とはいえ、復帰した途端に負けたんでは格好つかないし、

やはり気持ち的には落ち込んでしまいがちになる。

彼女以外に負けるつもりはないなんて、

豪語してしまった手前もあるしなあ。

 

いやいや、やめやめ。

こんなことでは勝てるものも勝てなくなってしまう。

 

初めての敗戦というわけでもないんだし、

早く気持ちを切り替えて、もうなかったものとして

割り切るしかなかろうな。

 

 

 

 

 

凱旋門賞までの、向こう1週間の天気予報が出てきた。

 

気になって仕方なかったが、これによると、

にわか雨程度の予報はあるが、概ね晴れという予想だった。

 

これを見た瞬間、心の底から安堵した。

まあでも100%の安心はできない。

 

こっちでは、故障防止と称して、晴れてても平気で散水するからね。

 

スーちゃんによれば、こちらのバ場は土壌や地盤が日本ほど整備されていないので、

過度に乾燥すると、コンクリートのように固くなってしまうんだとかで、

それを防止するために水を撒くんだってさ。

 

何の対策もせずにコンクリの上を走るのは、

俺でも遠慮したいと思うくらいだし、まあそれはいいにせよ、だ。

 

どれだけ撒くのかはわからんが、

まあ最悪でも、この前のようにはならんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

さあそれでは、第69回凱旋門賞の出走バと枠順が確定したので、

主なライバルたちを順を追って見ていこう。

 

今年の凱旋門賞は、俺とシリウスを含めて、23人が出走*1する。

 

2番枠、ディフェンディングチャンピオンのアサティス。

キングジョージでの塩対応が記憶に新しいところ。

諸般を鑑みれば仕方なかったのかなと納得はしている。

 

4番枠、ヨークシャーオークス(G1)の覇者ヘレニック。

前走は英セントレジャーを走って2着。

 

6番枠、もはや顔なじみの感さえあるリーガルケース。

キングジョージから間隔を空けての出走になる。

 

8番枠、リュパン賞(G1)勝者で仏ダービー2着、クラシック級限定の前哨戦のニエル賞(G2)を

勝ってきているエペルヴィエブルー。*2

 

10番枠、パリ大賞(G1)の勝ち娘ソーマレズ。*3

9月以降2戦して臨むという凄いタフな子。

前走G3勝ちから中1周で臨む。

 

11番枠、英セントレジャーウマ娘スナージ*4

 

14番枠、この子もキングジョージ以来の顔合わせで、

前走ヨークでの2400m戦(G2)を勝利して転戦のベルメッツ。

 

16番枠、サンクルー大賞勝ちで、俺も前走で負けたインザウイングス。

コロネーションCでは勝ってるし、今度は負けん。絶対。

 

17番枠、愛1000ギニーの覇者であり、インターナショナルSで

シリウスに叩き合いの末に敗れたインザグルーヴ。

ヴェルメイユ賞(G1)も走り、3着から雪辱を期す。

 

21番枠、イギリスティアラ路線の二冠に加え、愛ダービーも制しており、

ここまででG1を5勝しているクラシック級の本命、サルサビル。

前走ヴェルメイユ賞でも前述のインザグルーヴを降して勝利し、意気揚々だろう。

 

22番枠、俺ことファミーユリアン。

 

23番枠、ドバイシーマクラシック、インターナショナルSの覇者にして、

日本ではG1を3勝している腐れ縁シリウスシンボリ。

直前にフランス入りした関係で、まだ直接顔を合わせていない。

 

以上、23人での争いとなる。

 

 

 

さすがに歴史と伝統の世界一決定戦だけあって、

現時点での各国の精鋭が集まった感があるな。

今年の英ダービー娘が出てきていないのが残念。

 

俺とシリウスの日本勢が、揃って大外枠になった。

 

普通なら嫌だと思うところだが、今回に限っては、

幸先よしだと感じている。なぜかって?

 

キングジョージでのことがあるからさ。

 

今回も各陣営、ほぼ無名のラビットと思われる子たちの出走もあるし、

妨害してこないとも限らないからね。

外からの発走なら被せられることもないし、内の出方も見られる。

 

シリウスは俺と走ることに躍起になることはあっても、

邪魔してくることは万が一にもないからね。

むしろあいつのほうが、実力以上のくそ力を発揮するかもしれない。

 

なんにせよ、念願だった大舞台だ。

前走みたいにではなく、“楽しんで”レースしたいものだね。

 

キングジョージの時のように、トニーとムーンも交えての作戦会議、

今回もやるんだけど、トニーは『脚質も状況も違うんだから』って

言っててなんだか消極的で、もう君に言うことはないって気配。

 

ムーンに至っては、凱旋門出たことがないって言うしさあ。

ロンシャンの経験すらないんだってよ。

 

1度走ったんだから、もうあなたのほうが

経験値は上ね、なんて言い出す始末。

いや、アレを経験値に足していいものなのか……

 

まあそれでも、2人の意見は大変貴重。

今回も遠慮しないで、何でも言っておくんなまし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枠順確定後、共同会見に出席。

本命視されるサルサビルちゃんの隣という、相応の待遇だった。

 

案の定、質問は英国出身の彼女に集中。

あとは地元フランスの……なんだっけ、名前長いし嚙みそうだから

ちゃんと覚えてなかった、なんとかブルーちゃん(失礼)。

 

俺が答える機会が回ってきたのは、

質疑応答が始まって30分が経過したころだった。

 

「ファミーユリアンさん」

 

「はい」

 

名前を呼ばれて、マイクを渡される。

 

「凱旋門賞では過去、欧州以外にトレーニング拠点を置く

 ウマ娘が勝利したことはありません。

 このジンクスについてはどう思われますか?」

 

いきなりこれ聞いちゃう?

事実だけどさあ、いささか礼を逸した質問だなあ。

 

それにジンクスとか言い出すと、どこぞのウマ娘が、

荒々しく立ち上がっちゃうから要注意よ。

今のところは、影も形もないと思うからいいけどさ。

 

質問してきたのはフランスのメディアか。

まあ自負とかプライドがあるんだろうね。

 

「破れるように最善を尽くすだけです」

 

そう答えると、フラッシュの嵐。

何回も経験してきたことだけど、眩しくてたまらん。

 

「それにだいぶ前のことになりますが、日本では、

 そういうジンクスのひとつを破ってきてますから、

 今回も破れると思っています」

 

青葉賞ジンクスを打ち破ってやったからな。

今回もジンクス破りに挑戦だ。

 

……ますますどこぞの、宝石の名を冠した娘みたいになってきたな。

 

記録というのはいつか破られるものだし。

自慢じゃないが、俺も日本では、史上初とか前例なしという記録を、

いくつか作ってきているんですよ。

 

「では次の方」

 

深く突っ込んでくるかと思ったんだけど、

この質問者はそれ以上を追求することなく、呆気なく引き下がった。

 

この手の話に興味はありませんか、そうですか。

詳しくお話しさせていただく気は満々だったんですけどね。

 

所詮は極東のいち地方レースでのことだとかって思ってそうだよな。

 

この時代はまだそういう偏見強そうだし、

実際に全然勝ててなかった時代だしな。

 

正直、なにくそって感じ。

 

いいさ、何年何十年にもわたって日本競馬界を呪い続ける

この忌まわしい鎖を、俺が断ち切ってやるさ。

 

見とけよ見とけよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月7日、決戦の日曜日。

朝の目覚めは非常に良かった。

 

支度もそこそこに、ネット中継の準備をする。

 

今日は日本では、秋のG1シリーズの重要なステップレース、

毎日王冠と京都大賞典が行われる。

 

オグリが毎日王冠に、フルマーちゃんが京都大賞典に出走だ。

今後を占う意味でも、有かJCで対戦するかという意味でも、

見逃すわけにはいかない。

 

中継を繋いだら、発走までもう少しという時間。

 

ステップと言えば、クリークが神戸新聞杯で復帰して快勝。

史実で勝てなかったレースを制し、

菊花賞へ向けて、絶好の再スタートを切った。

 

期待していてくださいってメールが来てた。

 

逆に心配なのがイナリだなあ。

宝塚で負け、オールカマーでも不自然なほど伸びずに惨敗してしまった。

 

中央への移籍が史実よりもだいぶ早いだけに、

元が晩成型の馬だから、成長が追い付いていないのか、

あるいは何かほかの理由があるのか。

 

タマちゃんは前哨戦には出ずに、天皇賞直行なんだってさ。

 

長距離には自信があるようだけど、

中距離戦には不安があるようで、宝塚でもオグリに届かず

負けちゃったし、さらに短い天皇賞ではどうするのか。

 

あれこれ考えているうちに、毎日王冠がスタート。

 

今回は中団に位置したオグリ。

直線に向いても余裕の手応えで、他の子を軽く一蹴して勝利。

見た目以上の楽勝だわこれ。

 

春の戦績からして分かっていたことだけど、

史実以上に強くなってるねぇ。

この秋も非常に期待できる。

 

史実では惜しくも手にできなかった、

天皇賞やジャパンカップを勝てるかな?

 

あ、ジャパンカップでは俺と当たるかもしれないのか。

う~ん、非常に複雑な心境だ。

 

毎日王冠が終わると、続けて京都大賞典が発走。

 

雨中をいつものように逃げるフルマーちゃん。

だがしかし、4コーナーで手ごたえが怪しい。

 

セーフティーリードのように見えるが……

200を切ったところで差されてしまい3着敗退。

 

G2で逃げ粘ってのこれなら、十分な結果と言えるが、

それは並みのウマ娘だったらの話。

 

もちろんフルマーちゃんには当てはまらず、

断然の1番人気をも裏切ってしまった。

 

ゴール後、微動だにせずに雨に打たれている様子は、

非常に痛々しくて見ていられなかった。

 

本人的にも負けるとは思っていなかったんだろう。

むしろ圧勝して、悲願の天皇賞を!って意気込んでいたに違いない。

 

あー、うーん、なんて言ったらいいか……

 

イナリに続いて、フルマーちゃんも不調期に突入かなあ。

史実的に見てどうなんだろう?

そろそろ年齢的なものも気にかかる。

 

とにかく、このまま放置というわけにもいかないよな。

 

ここまでフルマーちゃんにはあえて連絡してなかったんだけど、

それがかえってプレッシャーをかけてしまう結果だったかもしれん。

そうだとしたら非常に申し訳なくてなあ。

 

でもなんて書いて送ろうか……

うーん……

 

『毎日王冠勝利おめでとうございます』

 

『ありがとう』

 

フルマーちゃんに送るメールの文面を考えていると、

中継ではオグリの勝利インタビューが始まったようで、

その模様が流れ始めた。

 

『今夜遅くには凱旋門賞があって、大先輩が出走する。

 私の勝利が、少しでもエールになればいいなと思って走っていた』

 

その中での、オグリの発言。

オグリ、おまえ……

 

『すまない、この場を借りて私からも応援させてもらう。

 大先輩、がんばれっ!』

 

自分のレースなのに、そこまで俺のことを……

 

いいやつだなおまえ!

レースと食い物のことしか考えてないと思ってた俺を許してくれ!

 

うん、任せておけオグリ。

何が何でも凱旋門勝って、日本中を沸かせて見せるからな。

夜遅くになるけど見ててくれな!

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「おはようリアンちゃん」

 

いつものように共同スペースへ顔を出すと、

これもいつものようにスーちゃんがすでに朝食の席に着いていて、

笑顔で挨拶を返してくれる。

 

「いよいよ今日だけど、体調は……聞くまでもなさそうね?」

 

「はい、そうですね」

 

目覚めも良かったし、あんなインタビュー聞かされちゃあさあ。

これで気合が入らなかったら男が廃る(ウマ娘です)

 

「でも、空回りはしないでね」

 

「合点承知の助」

 

「ふふふ、いつのギャグ?」

  

オールドファンにはピッタリの言葉でしょう。

昔取ったスーちゃんにも……あ、いえ、なんでもないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー・その2

 

 

(凱旋門賞当日の反応)

 

:いよいよ今日だな

 

:前走の敗因がはっきりしているだけに、

 本番では期待しちゃうよ

 

:晴れろ晴れろ晴れろ晴れろ

 

:肝心のバ場状態はいかに?

 

:URA10月6日発表

 

 10月7日(日曜)に凱旋門賞(G1)が行われる、

 フランスのパリロンシャン競馬場の

 バ場状態と天気予報をお知らせいたします。

 

 バ場状態

 芝:稍重(BON SOUPLE)

 過去24時間の降水量:0ミリメートル

 

 10月7日(日曜)の天気予報:晴

 最高気温 24度

 

 10月7日(日曜)のバ場状態予測(散水も考慮)

 芝:稍重から良(BON SOUPLE à BON)

 

:他で見た現地からの情報によると、

 パリではここ1週間ほど雨らしい雨は降ってないって

 

:ええやんええやん

 

:晴れてくれたか

 

:日本の全ウマ娘ファンの希望が叶った

 

:ブログに大量のてるてる坊主作って上げてる人いたなw

 

:ご協力感謝します

 

:そらリアンちゃんから言われちゃ作るっきゃない

 もちろん俺も作ったぞ(1体)

 

:ひとつだけかーい

 

:1週間降らなくても稍重なんだな

 

:やはりバ場そのものが根本から違うんやろうな

 

:*散水も考慮

 

:出たな悪名高き散水

 

:これは散水してもらったほうがいいのでは?

 向こうは乾くと逆に危険らしいぞ?

 

:とはいえ過度にやってもらっちゃ困る

 

:大々的にやられるフラグ

 

:乾けば堂々とできるから、大量に撒きそうで怖い

 

:やってもいいけど適度にしてくれよな~

 

:重までやりかねない

 

:そこはかとなく陰謀の匂いがする……

 

:まあさすがにあからさますぎることはせんやろ

 

:わからんぞ

 キングジョージでは囲んで潰そうとしたくらいだ

 

:今回は堂々とできるだけに、やりかねん

 

:まあまあ落ち着けや

 俺らが騒いだところでなんにもならん

 静かにリアンちゃんを応援しよう

 

 

 

 

:毎日王冠はオグリか

 

:順当勝ち過ぎる

 

:最後は明らかに流してたな

 

:この先長いからしゃーない

 というか余力十分であのレース、末恐ろしいわ

 

:西はフルマーも順当勝ちかな?

 

:格下ばっかりだしそうなるやろな

 

:いつもの逃げだ

 

:これは勝ったな

 

:あ

 

:え

 

:ああああ差されちゃった!

 

:フルマーさん!?

 

:これは……

 

:なんてこったい

 

:悲願の天皇賞を前にして不安すぎる内容

 

:いつもならあそこから突き離してるんだけどな

 

:前有利の重バ場だけに、余計にな

 

:宝塚といい、どうしちまったんだ

 

:リアンちゃんと一緒に走ることで成長してきただけに、

 ここに来てリアンちゃん不在が想像以上に響いているのか

 

:あるいは、考えたくはないが、衰えとか?

 

:う~む

 

:そうだよな

 リアンちゃんのほうが年上だけど、

 リアンちゃんが異常なんだよな

 

:何もコメントされてないから、

 何を言っても邪推に過ぎん

 

:オグリのインタビュー始まるで

 

:お?

 

:おおおお

 

:オグリの口から凱旋門!

 

:大先輩?

 

:誰だ?

 

:リアンちゃんしかおらんやん

 

:関係あったのか!

 

:これは詳報が待たれますな

 

:エモすぎるやんこんなの

 

:これ以上ないエールになったな

 

:だいだい7時間後くらいか、凱旋門賞発走は

 

:リアンちゃんが勝った時に備えて、

 今のうちに仮眠を取っておくかな

 勝ったらオールナイトになることは確定みたいなもんだ

 

:せやな、勝ったら祭りや

 

:寝坊はするなよ

 

:目覚ましの用意は念入りに

 

:くれぐれもセットし忘れるんじゃないぞ!

 

:では諸君、また夜に会おう!

 

*1
史実では21頭。最多は67年の第46回で30頭が参戦

*2
史実2着。翌年サンクルー大賞を勝つ

*3
史実勝ち馬

*4
史実3着



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第91話 孤児ウマ娘、『頂き』へ

 

 

 

ロンシャン入りしたのは昼過ぎ。

控室に入ろうとしたところで、()()()と遭遇した。

 

「あ」

 

「よおリアン」

 

「……シリウス」

 

毎度のドヤ顔を浮かべているシリウスが、

俺の控室の前で待ち構えていやがった。

 

こうして顔を合わせるのはドバイ以来になる。

電話で話したのも、あの一件だけだ。

 

出待ちならぬ入り待ちとは、気合入ってんねぇ。

こっちとしてはいい迷惑だけどな。

 

「なんか用?」

 

「つれないなあ。

 せっかく励ましに来てやったというのに」

 

「同じレースに出るやつを励ましてどうする」

 

同レースに出走するやつを励ましたりはせんだろ普通。

こいつ、どういうつもりだ?

 

「正直に言いなさい。何のつもり?」

 

「真面目な話、同じ日本勢として、

 話をしておいたほうがいいかと思ってな」

 

ドヤ顔をしたまま言い放つシリウス。

 

わからなくはないけど、ここに来てかよ、とも思う。

そういうことなら事前に連絡せんかい。

 

それに、こいつの性格からして、

お互い協力して頑張りましょうなんて言い出すはずもない。

立ち話で済ませるようなことでもないしさあ。

 

ますます真意が見えんな。

 

「おまえがキングジョージでやられたこと、

 私がやり返してもいいんだぜ?」

 

「……」

 

ほーん? いつになく殊勝な心掛けで。

まあ本心じゃないのは、顔からして明らかだけどな。

 

でもシリウスもそういう風に見てたのね。

というか、やり返すにしたって、たった1人で何ができるというんだ。

 

「遠慮しとく。勝負は正々堂々としないとね」

 

「はは、そう言うと思ってたぜ。忘れろ」

 

「うん」

 

「即答されるのも、それはそれでむかつくな」

 

どうせいと言うのだ。

やっぱりわからん。

 

「じゃあな。お隣さん同士仲良くやろうぜ」

 

シリウスはそう言うと、隣の部屋のドアを開けて入っていった。

そうか、枠番隣だから控室も隣なのか。

 

というか、本当にヤツの挙動が謎すぎる。

まったくもう、何がしたかったんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さんこんばんは。世界一の格式を誇る凱旋門賞を迎えました。

 今年は久しぶりに日本から挑戦者が現れております*1

 ファミーユリアンとシリウスシンボリの2人が出走します』

 

日本向けの衛星生中継が始まった。

 

『現在、ファミーユリアンは3番人気。

 前走の負けで少々落としましたが、それでも上位人気です。

 シリウスシンボリは9番人気となっております』

 

直前の1番人気は、イギリスのサルサビル。

2番人気は地元フランスのエペルヴィエブルーとなっており、

リアンは彼女たちに続く3番人気である。

 

『ファミーユリアンの前走での敗因と思われる、

 気になるバ場状態ですが、解説のゴーダさんにお聞きしましょう。

 ゴーダさん、いかがですか?』

 

『はい。この1週間パリは好天が続いておりまして、

 雨はまったくと言っていいほど降っていません。

 中間の状態発表も、稍重から良ということになっています』

 

日本のファンも大いに気になっているであろう、

ロンシャン芝コースのバ場状態。

 

『本日も稍重、「BON SOUPLE」という発表になっていますが、

 昼休みに散水がされました』

 

『バ場に水が撒かれたと?』

 

『はい。御存知でない方にご説明申し上げますと、

 こちらのレース場では、バ場が過剰に乾くと固くなって危険なため、

 人工的に水を撒くことがあります。それが散水です』

 

事情を知らないファンのために説明する解説者。

通常は危険回避、故障防止のために行われると。

 

『ただ……すいません、あくまで個人的な感想ですが、

 ちょっと量が多かったように思いました』

 

『必要以上に撒いたということですか?』

 

『それはわかりません。あくまで私の所見です。

 撒かれるまでは良に限りなく近かったと思いますが、

 現状では重寄りの稍重といったところじゃないでしょうか』

 

『ファミーユリアンにとっては、

 あまり歓迎するべき状況ではないと?』

 

『彼女は、パンパンの良バ場でやりたかったでしょうね。

 危険回避のために仕方がないとはいえ、

 天気が良かっただけになおさらだと思います』

 

そう言ってバ場の解説を締める解説者。

何とも不穏な気配を感じさせる言動であった。

 

 

 

 

『凱旋門賞、パドックに参りましょう』

 

パドックでの出走各バのお披露目が始まった。

 

『8番、現在2番人気、フランスのエペルヴィエブルーです』

 

『G1リュパン賞*2の勝ちウマ娘ですね。

 前哨戦のニエル賞も勝ってきてます。強敵ですね』

 

『16番、ファミーユリアンとは4度目の顔合わせとなります、

 こちらもフランスのインザウイングス。4番人気です』

 

『サンクルー大賞に勝ち、前走フォワ賞でファミーユリアンが苦しんだ

 不良バ場の中を貫録勝ちしました。こちらも難敵です』

 

『17番、イギリスのインザグルーヴ。5番人気です』

 

『アイルランドの1000ギニーを優勝しました。

 その後イギリスオークスで4着、インターナショナルSでシリウスシンボリと

 叩き合いの末2着に惜敗。ヴェルメイユ賞3着からになります。

 このあとチャンピオンSに向かう予定*3とかで、

 非常にタフな子になりますね』

 

『1番人気の登場です。21番、イギリスのサルサビル』

 

『はい、1番のライバルたる子ですね。

 イギリス1000ギニー、オークス、アイルランドダービー、

 ヴェルメイユ賞とG1を4連勝中で、

 通算でも5勝している大本命になります』

 

最大のライバルになるであろうサルサビル。

戦績は8戦7勝、うちG1を5勝。目下6連勝中であった。

 

そのほかにも、ディフェンディングチャンピオンであるアサティス。

ヨークシャーオークス勝ちのあるヘレニック。

昨年チャンピオンSを勝ったリーガルケース。

英セントレジャーを前述のヘレニックと競り合い制したスナージ。

凱旋門賞と同条件のパリ大賞の勝ち娘ソーマレズ*4など、

まさに世界一決定戦の名にふさわしい豪華メンバーとなった中。

 

『我らがファミーユリアン、登場しました!

 ドバイワールドカップ、コロネーションカップ、

 キングジョージを制して芝ダート共にレーティングトップで迎えます。

 状態はいかがでしょうか?』

 

『変わらず好調そうですね。

 前走の負けの影響はなさそうです』

 

『今回も日本から大応援団がやってきています。

 日の丸といつもの横断幕が揺れています。

 22番枠というスタートについてはどうでしょう?』

 

『まあほぼ関係ないでしょう。

 例年、スタート直後はゆったりと流れることが多いですし、

 逃げるのであれば、内の様子を見ながら行けますからね』

 

『逃げは不利と云われる凱旋門賞ですが?』

 

『ペースメーカー次第ではありますが、

 数々の常識を打ち破ってきた彼女のことです。

 今回も奇跡を起こしてくれると信じましょう』

 

『はい期待しましょう!

 そして大外23番、シリウスシンボリです』

 

『その意外性に期待したいところです。

 今日はどう出ますかね。彼女のことですから、

 先頭も最後方もあり得そうです』

 

『以上、23人の大人数になりました、

 第69回凱旋門賞のパドックをお送りいたしました』

 

大外22番と23番に陣取る日本勢。

2人はいつもと変わらぬ様子でパドックを後にし、

本バ場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本バ場へと入場する。

 

……うん。

一歩踏みしめただけでわかる、前走とは大違いのバ場。

 

なんか結構散水したって話らしいが、

天気が良いから、それでも急速に乾いているってことのよう。

気温も高めだしな。日光の下にいると汗ばんでくるくらいだ。

いいぞ、もっと乾け乾け。

 

さてそれでは、芝の感触もそこそこに返しウマへ──

 

 

「リアンちゃ~ん!!」

 

 

──向かおうとしたところで、客席から呼ぶ声が。

 

声のしたほうを向いてみると、おお、日の丸がいっぱい。

どうやら日本からの大応援団が陣取る一角らしい。

 

最前列には、おっちゃんをはじめとするファンクラブの面々をはじめ、

ルドルフやお父様お母様のシンボリ家の皆様はもちろんのこと、

トニーとムーンの姿もあり、手を振るなり親指を立てるなりの、

それぞれがアクションをしているさなか、見つけてしまった。

 

「マルゼン姉さんに、シービーパイセンもおるやん」

 

 

 

「リアンちゃん、がんばってね~!」

 

「ファミーユちゃん、ファイト~!」

 

 

 

2人からも声援が飛んでくる。

ヨーロッパでこの2人の姿を見るとは思わなかった。

わざわざ来てくれたのか。非常にありがたい。

 

マルゼンスキー、日本に来ないで欧州で走ってたらどうだったかな。

シービーも、あの破天荒な走りは、本場で通用したか。

 

興味は尽きないが、とりあえず置いておいて……

 

「……おおう」

 

思わず驚きの声が出てしまう。

 

「TTGまで」

 

トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの

前生徒会役員のお三方まで。

TTGが揃い踏みで、当時のファンからも垂涎の的で見られてそう。

これ絶対テレビ中継ですっぱ抜かれてるだろ。

 

前会長はとっくに嫁いで、もう子供も産んだって聞いてたのに、

フランスまで来てくれたのかあ。

 

3人ともに、こちらへ向けてサムズアップ。

当然、俺からも手を振り返す。

すると、それぞれがうんうんと頷いてくれた。

 

こうなると理事長やたづなさんにも来ていてほしかったが、

残念ながら、週明けに重要な会議が入ってしまったとかで、

申し訳ないが行けないと連絡があった。

 

いやいやとんでもない。

ドバイの時には来てもらったんですし、テレビ観戦で十分です。

雄姿を見せられるよう頑張ります。

 

……よし!

改めて気合を入れて、踵を返して返しウマへ。

 

やってやる。やってやるぞっ!(島田兵感)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客席の方々の反応

 

 

「行ったなあ」

 

「行きましたね」

 

おっちゃんの呟きに反応するのは、隣にいるルドルフ。

 

「あんな小さかった子が、でかくなったもんだ」

 

感慨深そうに呟くおっちゃん。

その脳裏に浮かぶのは、初めて会った時の光景だろうか。

物理的にも、存在感的にも、比べ物にならないほど大きくなった。

 

今や()()()ファミーユリアン。

ほんの数年前の出来事だとは思えない。

 

「あの日、うちの店に来てくれたのが、奇跡の始まりだったんだな」

 

「あらいやだ、ちっぽけなうちが始まりだなんて、恐れ多すぎるわよ」

 

「違いねぇ」

 

「そんなことはないですよ。あなた方のお店や、

 商店街の皆さんとの触れ合いも、リアン伝説のひとつです」

 

妻の言い分に苦笑するおっちゃん。

そんな彼らに、ルドルフもまた万感の思いを持って言う。

 

(がんばれリアン。もうそれしか思いつく言葉はない)

 

多くは語らずとも、心は通じ合っている。

 

実際、昨夜のうちに送ったメールにも、一言しか書かなかった。

リアンからの返信にも、一言『絶対勝つから見ててね』とだけ書かれてあった。

 

(日本の、全ウマ娘、関係者、ファンの夢を、君が叶えるんだ。

 それが私の夢にも繋がってくれる)

 

スタート地点へと向かって駆けていくのを見守る。

ともすれば、自分が立っていたかもしれない舞台というのは、

すべて忘れていた。

 

ただひたすら、親友の勝利を願うのみである。

 

 

 

 

 

「行きましたか」

 

「ああ」

 

返しウマに入っていったリアンを目で追いながらの

トウショウボーイの声に、すかさず短く頷くテンポイント。

生徒会役員時代さながらの阿吽の呼吸。

 

「やはり、私の目に狂いはなかった」

 

トウショウボーイが思うのは、次期生徒会を託す際に、

ルドルフやピロウイナーと一緒に、リアンまで呼んだことだ。

大事な役目を任せて大正解だった。

 

「ウソをつけ。ここまでになるとは思っていなかっただろ」

 

「まあ、正直に申せば……コホン。

 いえいえ何を仰いますテン。

 私はすべてを、こうなることまで読んでいたのですよ」

 

「ははっ、寝言は寝て言え」

 

「テ~ン~?」

 

「はいはい迷惑になりますから控えてくださいね~」

 

調子に乗っているとも思える発言に、

すさかずツッコミを入れるテンポイント。

そしてそんな2人の間に割って入るグリーングラス。

 

卒業後も、さらにはフランスに来てまでも、

3人の関係性は変わっていない。

 

「日本の悲願を、今ここに」

 

「ああ、やつならやってくれるさ」

 

「三女神様に祈りましょう」

 

最良の結果を望むのも、変わらない。

 

 

 

 

 

「ついに、だな」

 

「ええ。ついに、ね」

 

トニービンとムーンマッドネス。

海外出身で、1番最初にリアンと対戦したこの2人。

 

そして、最も早くリアンを認めた2人。

 

「あのジャパンカップの直後から、

 私はこの光景を想像していた」

 

瞬時に浮かんだ、この凱旋門賞のこと。

間違いなく行くだろうと。勝ってくれるだろうと。

 

「もう何が起きても、私は驚かないぞ。

 リアンに関してはな」

 

「むしろ、驚かされることになりそうな気がしない?」

 

「はは、そうだな。ムーンの言うとおりだ」

 

とんでもないことになりそうな予感がする。

もちろん、良い意味で、だ。

 

「「グッドラック、リアン」」

 

2人の視線と声が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月7日、現地時間16時5分、日本時間23時5分

 

第69回凱旋門賞は、予定通り発走時刻を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく発走時間だ。

2400m専用のスタート地点、ゲート後方にてその時を待つ。

 

……実を言えば、作戦をどうするのか、まだ決まっていない。

決めかねているというのが正しいかな。

 

逃げるのか、控えるのか。

 

ただでさえ逃げが不利の凱旋門賞、そんな中を、

バ場が合うかどうかもわからないままで、逃げていいものだろうか。

 

このくらいのバ場であれば、後方からでも脚は延ばせそうだ。

ダンシングブレーヴしちゃうというのも一興。

俺が逃げなくても、どうやらラビット役は出てきているようだし、

レースはそれなりのペースで流れてくれるだろう。

 

事前の作戦会議でも、このへんは入念に話し合ったんだけど、

明確な結論は出なかった。

というより、いつも通り俺に一任されたということ。

 

さて、どうしますかね……

 

「リアン」

 

悩んでいると、隣で同じように待っているシリウスが声をかけてきた。

この期に及んで、まだ何かあるのかおまえは?

 

「逃げるのか?」

 

「………」

 

おまっ、なんつーことを……

しかもピンポイントでダイレクトに……

 

反対の右隣には、本命視されてるサルサビルちゃんもいるんだぞ。

 

そんなこと、この場で言えるわけがないじゃないか。

まあ日本語がわかるとは思えないが。

 

「いや答えなくていい。私にはわかる」

 

「……」

 

どうやら俺の返答を期待しての質問ではないようだ。

どちらかといえば独り言の類。

自分へ言い聞かせているような感じだった。

 

だから俺も答えようとはせずに、まっすぐゲートを見つめたまま。

 

「行くぞリアン。歴史にその名を刻みに、な」

 

「うん」

 

でも、そのあとに言われたことには共感したので、

軽く頷いておいた。

 

「……フッ」

 

シリウスも満足したのか、含み笑いを残す。

それ以上は何も言ってこなかった。

 

そうだな……行くか! ようやく迷いが吹っ切れた。

これはもう飛ばしていくしかあるまい。

ラビットがなんだ、ペースメイカーがなんだ。

 

俺はファミーユリアン。

ファミーユリアンといえば高速逃げだろう。

たとえ凱旋門賞でも、やることは変わらない。

 

そうだろうシリウス?

ありがとよ。おまえのおかげで、土壇場で勇気と結論が出たよ。

ここは素直に感謝しておくぜ。

 

こいつと一緒に走るのは、これで何回目だ?

 

最初こそ、レースと呼ぶのはおこがましいような

ただ並走しただけのような感じでよく覚えているけど、

そのあとは何かあんまり覚えてないや。

 

考えてみれば、ルドルフに次いで長い付き合いになるんだなあ。

感慨深いというかなんというか。

 

と、ここで招集がかかり、ゲートインが始まる。

俺も程なくしてゲートへと収まった。

 

「……ふ~」

 

ひとつ息を吐いて集中する。

 

ようやくたどり着いたこの舞台。

色々な人の顔が浮かんでは消えていく。

 

彼らの思いに応えるために、色々な恩を返すために、

何より俺自身のためにも……勝つ!

 

さあ来いやあっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲートが開いてスタート!』

 

『大外から日本勢2人は好スタートを切りました。

 内のほうからは9番が出てきます』

 

『しかしファミーユリアン行った。

 シリウスシンボリも続いていく。2人並んで先頭』

 

絶好のスタートを切ったリアンとシリウス。

サルサビル陣営のペースメーカーと見られる9番も出ていく構えを見せるが、

関係ないとばかりにハナに立っていく。

 

『9番3番手。サルサビル陣営が用意した先導役と

 噂されていましたが、日本勢の後塵を拝する格好』

 

9番はしばらく追いすがっていたが、やがて諦めたのか、

ペースを落として3番手に落ち着く。

通常ならば、これでも十分に先頭に出られる格好だった。

 

『ファミーユリアン、敢然と先頭に立ちました。

 シリウスシンボリも食らいついていく。

 日本勢2人がレースを引っ張ります』

 

『最初のコーナーへ向かって、長い直線を進んでいきます』

 

『先頭日本のファミーユリアン、並んで同じく日本のシリウスシンボリ。

 3番手3バ身ほど離れて9番ですが、さらに離していく勢い』

 

『その後ろソーマレズ、リーガルケース、

 ヘレニックあたりが追走』

 

『ほか有力バたちは中団に構えた。

 1番人気サルサビルもその中にいます』

 

『このあたりから登りにかかっていく』

 

『先頭ファミーユリアンとシリウスシンボリ、

 9番を5、6バ身離して3コーナーへと向かいます』

 

3コーナー、坂の頂点へと向かってく2人。

例年の同レースよりもハイペースになったと見え、

非常に珍しい事態に、誰もついていかない。

 

後続に動きはなく、9番の後ろはさらに3バ身ほど離れ、

ほぼひと塊といった状況になっている。

 

『坂の頂上にかかって、ここからは下っていきます』

 

『ファミーユリアンペースを上げたか。

 得意の下り坂でペースを上げた模様!

 第二段エンジンに点火だ。

 9番との差がさらに開いていきます』

 

『シリウスシンボリも離れない。ついていく!』

 

さらに驚いたことに、ここでリアンが加速。後続との差が一気に開いた。

シリウスも負けじと加速し、2人並んだままでコーナーを回っていく。

 

『残り1000mを通過』

 

『先頭ファミーユリアン、ピッタリ並んでシリウスシンボリ。

 3番手とは10バ身以上離れた』

 

『このペースはどうなんだ?

 大丈夫なのかファミーユリアン? 最後まで持つのか?

 大一番の凱旋門賞で大逃げの大勝負に出ています!』

 

逃げが不利とされている凱旋門賞。

道中で後続を離していくのは、日本で見慣れた光景とはいえ、

海外、それもロンシャンの2400でこのような走り方で、

はたして勝てるのか? スタミナが持つのか?

 

実況の上擦った声が、緊迫した心情と状況を物語る。

 

『フォルスストレートに出た』

 

『依然先頭はファミーユリアンとシリウスシンボリ並んでいる』

 

『後ろは9番が吸収されてまさにひと塊だ。

 差は8バ身程ある』

 

『さあ最終コーナーをカーブして直線533mの攻防!』

 

『逃げ切れるかファミーユリアン!

 日本の悲願まで残り500mだ! 逃げ切れっ!』

 

『行けるっ、行けますよぉっ!』

 

日本の2人が並んだまま最終直線へ。

完全に抜け出しており、後続とはまだ5バ身以上の差がある。

 

ドバイの時に続いて、実況と解説の個人的願望による絶叫も、

衛星放送の公共電波へと乗った。

 

 

 

 

 

残すは直線500mのみ。

 

3コーナーからの下りでペースを上げたのは、正解だったみたいだ。

隣にいるシリウス以外の足音は、全く聞こえてこない。

差をつけて直線に出ることができたようだ。

 

残り400のハロン棒を通過。

 

まだ前傾走法という切り札も残っている。

……行ける!

 

そう確信した瞬間だった。

 

「っ……!」

 

瞬時に襲ってきた、猛烈な疲労感。

ロンシャンの芝で下り坂スパートは、やはり無理があったか……?

 

足が上がらない。息が苦しい。

このままでは前傾走法に入れない。

 

あと400なのに、くそっ、ここまでなのか……?

畜生っ、もう少し、あと少しだけ持ってくれっ!

 

諦めかけた、まさにその時──

 

「リアンッ!!」

 

隣から轟いてきた絶叫。

言うまでもなく、シリウスから発せられた大音声。

 

「行けぇぇええええ!!!」

 

「っ……うああああああああ!!!」

 

続けざまに俺も絶叫する。

 

心のスイッチオン。

刹那に、すべての色と音が消えた世界へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残り400m!』

 

『3番手ソーマレズ上がってきた。スナージも迫ってくる』

 

『サルサビルは来ないっ』

 

残り400の段階で、先頭日本勢との差は、3、4バ身。

後続集団から抜け出したソーマレズとスナージが迫る。

1番人気サルサビルは伸びを欠き、バ群に沈んだ。

 

脚色は後ろのほうが優勢。

 

『ファミーユリアン脚色が鈍ったか?

 ファミーユリアン頑張れっ、もうひと踏ん張りだ!』

 

『っ、出たっ、ここで前傾走法が出たっ!

 ファミーユリアン第三段エンジンに火が入った!』

 

『シリウスシンボリはここで失速した!

 外からソーマレズとスナージがかわしていくっ』

 

直線半ばでリアンが前傾走法を出し、ラストスパート。

反対にシリウスは勢いを失い、急激に失速して後続に飲み込まれた。

 

『あと200m!』

 

『ファミーユリアン先頭!』

 

『真ん中エペルヴィエブルー上がってきて3番手!』

 

『内ラチ沿いファミーユリアン逃げるっ! 差は3バ身ある!』

 

『これは勝った! もらったぞ!』

 

残り100mで、リアンと2番手ソーマレズとの差は3バ身。

脚色にさほどの違いはない。

勝利を確信した実況はこう発言した。

 

『今日は歴史的な日になるぞぉー!

 ファミーユリアン見事逃げ切って凱旋門賞制覇~!

 ゴールイぃぃぃンッ!!』

 

『やった! やりましたぁあああ!!!』

 

そのまま逃げ切って*5

リアンが悲願の凱旋門賞、日本勢初勝利。

欧州勢以外の勝利も歴史上初めてのこと。

実況と解説の絶叫が轟いた。

 

3バ身差でソーマレズが2着に入り、

4分の3バ身差でエペルヴィエブルーが3着だった。

 

『タイムは2分24秒90が出ました! またしてもレコード!

 ロンシャンで行われた凱旋門賞の記録*6としては、

 トランポリノが持っていた2分26秒3*7を1秒半も更新です!

 レコードブレイカーぶりも健在でした!』

 

『まさに世界のファミーユリアン、ついに凱旋門賞の扉をこじ開けた!

 ここに日本ウマ娘レース界の悲願を達成です!』

 

『師匠スピードシンボリが日本勢として初挑戦して以降、

 高い壁であり続けてきた凱旋門賞。

 これを超えたのは愛弟子のファミーユリアンでした!』

 

『いま結果を確認しましたか、足を止めて掲示板を見ていた

 ファミーユリアンですが、両手でガッツポーズ! そのまま倒れ込みましたぁ!』

 

掲示板の1着欄に自分の番号22が挙がった瞬間、

リアンは両手を掲げてガッツポーズを取ると、

そのままの体勢で背中からターフへと倒れ込んだ。

 

彼女にしては珍しい、派手なリアクションだった。

 

 

 

 

第69回凱旋門賞  結果

 

1着 22 ファミーユリアン  2:24.90R 稍重

2着 10 ソーマレズ        3

3着  8 エペルヴィエブルー    3/4

4着 11 スナージ        1/2

5着 16 インザウイングス   1.1/2

 

 

 

*1
日本馬初挑戦は69年でスピードシンボリ。2頭目は天皇賞馬メジロムサシで72年。この作中では日本勢として3回目の挑戦になる

*2
ロンシャン2100mのG1。仏ダービーの前哨戦的位置づけだったが、仏ダービーの距離短縮に伴い、2005年に廃止された

*3
史実ではヘビーローテの中で勝っている。翌年にはコロネーションカップにも勝つ

*4
史実勝ち馬

*5
凱旋門賞を逃げて勝利した例としては、77年アレッジド、96年エリシオがいる

*6
第95回はシャンティイでの開催で、ファウンドが2分23秒61を出している

*7
のちにデインドリーム(2011年)が2分24秒49を記録





ついに凱旋門賞制覇!
シリウスのナイスアシストが光ってます。
結果のほうは……


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第92話 孤児ウマ娘、パリの青空を仰ぎ見る

 

 

 

 

ゴール板を駆け抜けて気を緩めた瞬間、

世界に色と音が戻ってくる。

 

「……はあっ、はあっ……!」

 

すぐに足を止めて、ゴール方向へと振り返った。

掲示板で順位を確認するためだ。

残念ながら、結果を気にしている余裕などなかった。

 

全身を揺らして何とか呼吸を続けつつ、着順が上がるのを待つ。

 

 

『22』『10』『8』『11』『16』

 

 

そんなに待つこともなく、結果はすんなりと出る。

写真判定にはならなかったようで、1着から5着まで同時に掲示された。

 

1着欄には22番。即ち、俺だ。

 

……やった。勝った。勝ったぞ。

勝ったんだ、俺が。凱旋門賞を勝った!!

 

「~~~~ッ!!」

 

思わず声にならない声が出てきた。

それと共に、自然とガッツポーズが出てしまう。

 

すべての重圧から解放された爽快感と、

勝てたという安心感から力が抜け、

そのまま背中からターフへと倒れ込んだ。

 

「………」

 

視界いっぱいに広がるパリの青空。

 

季節と場所は違うが、ルドルフの背中に迫ったあの夏、

あの日に芝生から同じように見上げた空も、同じように綺麗だったなあ。

どこまでも透けて見えそうな、澄んだ青い空。

 

あれから何年たった?

色々なことがありすぎて、もはやすぐには思い出せない。

 

挫折もどん底も栄光も味わった。

すべては今日この日の、この勝利のため。

 

「っ……」

 

思わず涙が込み上げてくる。

感情を制御するのに必死で、しばらくは起き上がれなかった。

 

どれだけそうしていたのか。

 

「おい、いい加減に起きやがれ」

 

「……!」

 

上から覗き込んできたシリウスの顔と声で、我に返る。

目元を乱暴に、服の裾でこすった。

 

「もう5分はたってるぞ。

 周りも困ってるから、そろそろ立ったらどうだ?」

 

意地が悪い顔と声。

よりによってこいつからソレを言われるとはね。

口取り表彰すっぽかしの常習犯には言われたくなかった。

 

だが、こいつの言葉はごもっとも。

このままではプログラムの遂行は不可能だろうし、

俺が起き上がらなければ何も始まらない。

 

じゃあ起き上がりましょうかね。

よっこいしょういち、と……

 

……。

 

…………。

 

あ~……

 

「……シリウス」

 

「なんだ?」

 

「……ごめん、起こして」

 

「はあ?」

 

非常に、ひっ……じょ~に心苦しくて恥ずかしいんだが……

脱力しすぎてしまって、身体に力が入らないんだ。

 

参ったねこりゃ。

すまん、引っ張り起こしてくれないか……

 

「っち、しょうがねえな」

 

「……ありがと」

 

シリウスも状況を察してくれたようで、

どうにか右手を上げて差し出して見せると、

その手を取ってぐいっと引っ張ってくれた。

 

力を貸してもらって、ようやく立ち上がれたわけなんだが──

 

「──っとと」

 

「っ、おいおい大丈夫か?」

 

なんだかフラフラしてしまい、身体がぐらついてしまった。

少し慌てた様子でシリウスが支えてくれる。

 

シリウスが抑えてくれなかったら、また倒れちゃってたな。

それくらいやばい。全身に力が入らない。

 

「ごめん、なんか腰が抜けちゃったっぽい」

 

「ったく、凱旋門賞ウマ娘様が言うセリフじゃねえな。

 何が絶対王者だ、聞いて呆れるぜ」

 

「あはは、申し訳ない」

 

まさにシリウスの言う通りで、情けないったら。

 

気が付けば、なんかあんまり気分も良くないし、

レースの疲労と勝利の安堵感と興奮とかで、

貧血みたいな状態になっているのかもしれない。

 

「顔が青いぞ。歩けそうか?」

 

「……ごめん、ちょっと今は無理っぽい」

 

冗談で言っているわけではないのはシリウスにもわかったようで、

真顔で心配そうに尋ねてきた。

 

「担架でも呼ぶか?」

 

「それは勘弁して。ちょっと休めば大丈夫だから」

 

凱旋門賞勝利直後に、担架で搬送されたなんて事態になったら、

まさしく前代未聞で、恥ずかしいったらありゃしない。

それだけは断固拒否させてもらうぞ。

 

「しかし、係員がもう待ってるんだがな」

 

「え? あ……」

 

しかし気付けば、案内係のお姉さんがすでに到着してスタンバイ中。

5分は倒れたままだったていうから、そりゃそうか。

 

「そ、そーりー……」

 

「No problem!」

 

一言でも謝っておくと、彼女は大丈夫ですよと笑い、

逆に体調はどうですかと気遣われてしまった。

 

お仕事増やしてしまって、本当に申し訳ない。

 

そういえば聞かなかったし聞ける雰囲気じゃなかったけど、

シリウスのヤツは何着だったのん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局は、主催側も俺の体調を気遣ってくれて、

表彰式とライブの時間を少し遅らせてくれた。

一部の行事や式も短縮や省略などの配慮もしてくれて、

非常に助かりました。

 

10分くらい座って休んだら体調も良くなったんで、

精一杯のライブをやらせていただきましたよ、ええ。

 

で、ライブ終了後に控室へ戻ったところで、

応援に来てくれた主だったメンバーを呼ぶ。

 

「おめでとうリアンっ!」

 

「ありがと」

 

先頭で入ってきたルドルフと、熱い抱擁を交わす。

ドバイの時は自重してやらなかったけど、

さすがに今回は遠慮しなくてもいいよね?

 

カメラも入ってはいるけど、生中継ではないからさ。

 

「君なら夢を叶えてくれると信じていた。

 日本の夢、シンボリの夢を。

 ……私に代わって叶えてくれた。本当にありがとう」

 

「お礼を言うのは私のほうなんだけどな?」

 

おまえが礼を言ってどうするんだ。

でもやっぱり負い目はあったんだな~。

具体的な計画があっただけになおさらかあ。

 

「っと、そうだった。体調は大丈夫なのか?」

 

「うん、もう平気」

 

「そうか、よかった」

 

至近距離にあるルドルフの顔が、

先ほどまでとは違う喜びに染まる。

 

「凱旋門賞を勝てたと言っても、

 それで身体を壊してしまっては元も子もないからな。

 心配したぞ」

 

「相変わらずの心配性だなあ。

 ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」

 

「どの口が言うか。そもそも君は──」

 

「おふたりさ~ん?」

 

ルドルフがそこまで言ったところで、

割って入ってくる声がかかった。

 

「気持ちはわかるけど、

 2人だけの世界に入るのはやめてもらえないかしら~?」

 

「アタシたちもいるんだぞ~」

 

抱き合ったまま至近距離で見つめ合っていたら、

マルゼンとシービーの両先輩から茶化されてしまった。

特にシービーパイセンは、文字通り口を尖らせてブーブー言っている。

 

これが男女の仲なら、よくあるラブコメのごとく

慌ててパッと離れることになるんだろうが、

そこはウマ娘同士なんだし、ルナちゃんと俺の仲なら問題ナッシング。

 

お互い苦笑しながら、ゆっくり身体を離した。

ルドルフの心配性も大概だよなあ。

 

「ファミーユリアンさん、本当におめでとうございます。

 私からもお礼を言わせていただきますね。

 日本の悲願を達成してくれて、ありがとうございました」

 

「よくやったな」

 

「感動して震えちゃいました。

 私たちでさえこうですから、日本の皆さんはもっとですよ」

 

TTGの先輩方からも、お祝いの言葉をいただいた。

テンポイント前副会長なんかは一言だけだったけど、

顔は本当にうれしそうで、感無量である。

 

「うおお、名ウマ娘たちでいっぱいだ……

 リアンちゃんの凱旋門賞制覇はうれしい限りだけど、

 俺としてはこっちもうれしいったらありゃしないぜ!」

 

「やっぱり場違い感が……」

 

もはや1人のウマ娘ファンと化しているおっちゃんに、

やはり居心地の悪さを感じていそうなおばちゃん。

 

「リアン君、私は今日ほど、君という存在を大きく感じたことはないよ。

 いやあ本当に、本当に良かった! ありがとう!」

 

「いつかこんな日が来ると夢見てはいたけれど、

 いざ現実になってみると、やっぱりうれしいものね」

 

そしてシンボリのお父様とお母様。

お父様とは固く握手を交わし、お母様とも抱き合って喜んだ。

 

欲を言えば、この場に孤児院のみんなもいてくれたらなあ、と思う。

 

いや、招待したいのはやまやまだったし、

招待する気は満々だったんだけど、

院長がさすがに海外だと悪いし、往復するとどうしても数日間はかかるから、

子供達は学校を休ませなければいけない関係で、

申し訳ないけど辞退するとの旨があったんだよね。

 

ドバイの時もイギリスの時もこう言って断られてしまってた。

キングジョージは夏休みに入ってたんだし、

子供たちに海外旅行を経験させてあげられる良い機会だと思ったんだけどね。

 

過剰な特別扱いはやめてもらいたいらしい。

 

その代わり、帰国後は、なるべく早く会いに来てほしいとのこと。

それはもう、凱旋門賞のトロフィーとかおみやげとかいっぱい持って、

早々に会いに行かせてもらいますよ。

 

またトロフィー類とか賞状とかのアイテムが増えるなあ。

もはや孤児院の一角が、ファミーユリアン博物館と化している状態。

いっそのこと公開して、入場料とか取ったらいいんじゃない?

 

「それにしても、ファミーユちゃんはやっぱり罪作りな女だねぇ」

 

「え?」

 

不意にシービーパイセンが言い出したこと。

 

「しばらく起き上がらなかったのもなんだろうと思ったけど、

 シリウスに肩貸されて歩いてたじゃない。心配したよ」

 

「ほんとほんと。何か異変が起きたんじゃないかって、

 お客さんたちもみんな騒然としてたわよ」

 

「それは……申し訳ないです」

 

マルゼン姉さんも乗っかってくる。

 

申し開きのしようもありません。

いつぞやの天皇賞の二の舞だったかあ。

 

「あなたは人々に希望を与える稀有な存在ですけど、

 人を心配させることも超一流ですね」

 

「あはは……」

 

辛辣なトウショウボーイ先輩のお言葉。

彼女からはその天皇賞の時にも、心配とお叱りの連絡があったことを

思い出して、苦笑するしかない。

 

どういう一流なんだ、それは。

 

「シリウスは?」

 

「もう帰ったそうだよ。今頃はもう宿舎かな」

 

「そっか」

 

話に出たシリウスの姿が見えないので聞いてみると、

ルドルフからそんな答えが返ってきた。

 

やっぱりあいつらしいっちゃあらしい行動ではあるけど、

改めてお礼がしたかったなあ。

 

あいつの着順が気になったから、スーちゃんに聞いてみたんだ。

14着*1だって。

 

今にして思えば、あいつは、文字通り俺を励ましに来たんだなと。

 

凱旋門賞に出るのは史実通りだったとしても、

俺と一緒に逃げる必要はなかったはずだ。

あいつは“こうなる”と読んで、俺に付き合ってくれたんではないか。

 

スタート前にあんなことを言ってきたこともそうだし、

最終直線でのあの発言。

 

あれがなければ、超前傾走法が使えず、

早めの仕掛けが裏目に出て脚が上がってしまい、

後方に沈んでいたに違いないのだ。

 

あとでメールでもしておくか。

 

あいつみたいに突撃電話して直接言えばいいだろうって?

……言えるかよ恥ずかしい。

勝利直後でテンション上がってる今だから言えそうだったんだよ。

 

それをあいつのほうから先に去っていったんだから、俺は悪くない。

うん、決して悪くはないぞ。

 

そうそうスーちゃんといえば、聞いた話によると、

俺がゴールした瞬間は万歳して飛び回って喜んでいたらしい。

彼女にとっても悲願以上の凱旋門賞。無理もない。

 

しかし、その後の様子を見て急速に冷めてしまったようで、

引き揚げていった際にはすでにいつもの状態というか、

逆に通り越してオロオロしているような感じだった。

 

いつも冷静で凛としている彼女からは、想像もつかない様子である。

ホントに心配ばかりかけてごめんなさいとしか言えない。

 

「日本に帰ったら、盛大にパーティーをしようっ」

 

「さっそく会場を押さえておかなくちゃね」

 

「ほどほどにお願いします」

 

テンション爆上がり中のお父様がこんなことを言い出して、

お母様もノリノリで追随する。

 

俺としてはありがたく思いつつも、

ダービー制覇時のようなことになるんだろうなって、今から気が重いっす。

 

まあこのあとはアメリカに行ってもう1戦あるんで、

もう少し先のことになるけどね。

 

最後に負けて帰るなんてことにはなりたくないから、

しっかり締めて、長期海外遠征のトリを飾りたいものだね。

 

何はともあれ、やったぜ大勝利。

応援してくれたみんな、ありがとな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凱旋門賞リアルタイム視聴組の反応)

 

:さあ来たぞ凱旋門!

 

:中継ハジマタ

 

:晴れてる!

 

:きれいな青空やあ

 

:全リアンちゃんファン、

 いやウマ娘レースファンの願い叶う

 

:てるてる坊主作ってくれた人ありがとう!

 

:しかし散水ががが

 

:必要以上に撒いたかもしれない、だと?

 

:マジかゴーダさん

 

:そこはかとなく陰謀の匂いがする……

 

:いやかなり濃厚にするぞ……

 

:くそっ、懸念が現実になってしまった

 

:まさか本当にそこまでするとは

 

:そうまでして勝たれたくないか!

 

:まあ待て、冷静になろうや

 

:そうだ

 仮に本当だったとしても、前走ほどじゃない

 

:昼にってことだから、2時間はたってる

 これだけ晴れてれば、ある程度は乾いたはずだ

 

:気温も高めだしな

 

:重になってないのが救いか

 

 

 

:パドックでもみんな雰囲気あるのう

 

:さすがヨーロッパのトップクラスの子たちだ

 

:サルサビルかわいいな

 

:戦績えげつない

 

:英オークス → 愛ダービー

 なんだこの謎ローテ

 

:1番人気も納得

 

:リアンちゃん来た!

 

:いつにも増して堂々としてる

 

:おう、まったく劣ってないどころか、

 ひときわ輝いて見えるぜ

 いや贔屓目抜きにしてもそう見える

 

:もはや世界のリアンちゃんだからな

 

:日本勢2人が大外枠というのはどうなんだ?

 

:内枠よりは良かったと思う

 

:キングジョージのこともあるしな

 

:なんなら2人で連携してもいいのよ

 

 

 

:応援団すげえ

 

:大応援団の大歓声や

 

:く~っ、俺も行きたかった!

 

:シービーとマルゼンおるやん

 

:おおTTG!

 

:久しぶりに見た

 

:今何やってんだ?

 

:トウショウボーイは結婚して出産したってよ

 

:変わってないなあ

 

:さすがウマ娘

 

:ウマ娘は走るために若い期間が長いとか

 

:リアンちゃんも気付いて反応してるな

 

:さあ舞台は整った

 

 

 

:まもなく発走

 

:ドキドキしてきた……

 

:はたしてリアンちゃんはどう出るのか?

 

:逃げるか、はたまた最後方か

 

:どっちでも変わらず面白い

 

:シリウスと並んでゲート入りを待つ図、

 画になってるのう

 

:反対側がサルサビルというのもなかなか

 

:行くぞ管理人、鯖の増強は十分か?

 

:この日に備えて、かなり強化したらしいぞ

 

:ドバイの時は即行で落ちたからな

 

:無事を願うしかない

 

:リアンちゃんも鯖も無事なる完走を

 

:さあスタートだ

 

:こっちが緊張する……

 

:もう手がビショビショなんだが

 

:出たっ

 

:よしっ

 

:定番のロケットスタート決まった!

 

:シリウスもいいやんけ

 

:大外から先手を取るか?

 

:9番?

 

:こいつがペースメイカーか

 

:しかし前に出さない、行かせない!

 

:今日は先頭を譲らない

 

:シリウスも行くやん

 

:共倒れはやめてくれよ

 

:余計な事すんなよおまえ!

 

:これは、いいのか悪いのか

 

:離すなあ

 

:! ここで!?

 

:確かに下りは得意だけど……

 

:早すぎないか

 

:なに、リアンちゃんに常識は通用しない(ドキドキ)

 

:一世一代の大勝負や!

 

:シリウスもついていくなあ

 

:ハラハラする

 

:シリウスと並んで最終直線へ!

 

:後ろとは差がある

 

:いけえっ

 

:逃げ切れっ

 

:がんばれリアンちゃん!

 

:うわあ脚色があ

 

:ま、まずい

 

:やはり早すぎたのか

 

:前傾走法出たあっ

 

:再加速!

 

:リアンちゃんロケットブースター点火!

 

:シリウスはダメか

 

:ああシリウス

 

:急激に落ちていったな

 

:でも代わりにリアンちゃんは加速した

 

:これは!

 

:あと200!

 

:いったれ!

 

:来た来た来たキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

:うおおおおおおお

 

:うわあああああああああ

 

:やったああああああああああああああああ

 

:ああああああああああああ

 

:おおおおおおおおおおお

 

:勝ったあああああああああああ

 

:いよぉおぉおおおおおおおおし!!!!

 

:ついにこの日がやってきた!

 

:凱旋門制覇! 凱旋門制覇!

 

:やったぞぉぉおおおお!!

 

:見たか凱旋門! 見たか世界!

 

:日本の悲願達成ぃいいいい!!

 

:リアンちゃんおめでとオおおおおおお

 

:スピードシンボリwww

 

:飛び跳ねてるwww

 

:そりゃうれしいよなwww

 

:ジャンプ力よw

 

:さすがウマ娘の脚力w

 

:着順もすんなり挙がった

 

:おおガッツポーズが!

 

:倒れちゃったけど大丈夫か?

 

:失神したとかってわけじゃないよな?

 

:凱旋門賞レコード!!!

 

:やってくれたぁ!

 

:散水されたバ場でレコード出すとは

 

:日本のレコードブレイカー、

 ドバイに続いてフランスでもレコードをぶっ壊す(歓喜)

 

:それはいいけどリアンちゃん動かないぞ……

 

:大の字になったままだ

 

:おいおい

 

:泣いてる?

 

:この画角じゃわからんな

 

:誰も行かないやん……

 

:誰か様子を見に行ってやって!

 

:リアンちゃん!?

 

:あの春天のときが思い起こされる

 

:まさか

 

:シリウスが行ったな

 

:シリウスの様子からして、大事はなさそうだが

 

:シリウスは何着?

 

:少なくとも10着よりは後ろだな

 

:助け起こされてるw

 

:!?

 

:ふらついてる!?

 

:おいおいマジか

 

:笑い事じゃないぞ

 

:シリウスナイスだ

 

:故障……というわけでもなさそうだな

 なんだ?

 

:疲れかな?

 

:見ただけではわからんな

 でも周りの様子からして、怪我ではないようだ

 

:リアンちゃん自身が1番ビックリしちゃった?

 

:リアンちゃんの性格からして、案外そうかも

 

:と、とにかく大事はないってことでいいんだな?

 

:ふー、心配させてくれるぜ

 

:春天のときといい、平然と限界超えるからなあこの娘

 

:前代未聞の超ロングスパートだし、

 今のところは限界超えた説が有力だな

 

:シリウスに肩貸されながらも歩いてるし、

 観客に応えてるから大丈夫だろう

 

:いやしかし、勝っちゃったなあ凱旋門

 

:勝ってしまいましたね

 

:なんだろう……

 凄く満足してるはずなのに、なんだか物悲しくもある

 変な感じだ

 

:わかる

 

:それな

 

:これ以上のことはもう起こらないという虚しさよ

 

:凱旋門勝ったんだから、このあとはアメリカ行くんだろ?

 まだBCがあるじゃないか

 

:そうだそうだ

 

:日欧米を股にかけた、まさに全地球的偉業が待っている

 

:満足しきるには早すぎるぞ諸君

 

:ゴーダさんより現地情報

 勝利者の体調を考慮し、式典の一部を簡略化して行う

 勝った際に予定されていたインタビューも中止だって

 

:うむむ、残念だが仕方あるまい

 

:生の声聞きたかった

 

:本人の体調が1番だよ、英断だ

 

:フランス当局もやるじゃん

 

:散水の件で憤りもあったが、

 まあ水に流そうじゃないの、勝ったことだしな

 

:水の件だけに、水に流すってか

 

:偉そうだなw

 

:みんなそう思ってるだろw

 

:ライブは?

 

:リアンちゃんの体調次第じゃないか

 

:中止もあるかな

 

:何はともあれ感動をありがとうリアンちゃん!

 引き続き頑張ってね!

 

:よぉし、BCでも張り切って応援だ!

 

:うむうむ

 これでアメリカ行きがないってことはないよね?

 

:それも体調次第だろう

 

:そういや鯖落ちないなw

 

:言われてみれば

 

:増強が功を奏したか

 

:管理人乙

 

 

*1
史実の挑戦時と同じ





夜、リアンからのメールを受け取ったシリウス

「……ふん、お互い素直じゃねえよな」

「天下の凱旋門賞ウマ娘様は、私がいないと、
 レースもまともにできないらしい」

「ハハハ、安心しろ。
 アメリカにも私が一緒に行ってやるからな。
 ハハハッ」

大敗したにもかかわらず、
非常に上機嫌だったという

(文面はご想像にお任せします)






やはり人騒がせなところは変わらない模様
しかし確実に、ダメージは蓄積してきているようで……



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芦毛対決 第2章

 

 

 

「号外、号外で~す!」

 

深夜の駅前に大声が響く。

時間帯には似つかわしくないものだが、

つい半年ほど前にも、同じことがあった。

 

「ファミーユリアンが凱旋門賞勝ちました!」

 

前回ともども、主役は同じ。

 

「日本ウマ娘レース界初の快挙。

 日本どころか、欧州以外を拠点とするウマ娘としても

 史上初のことになりま~す!」

 

「号外配布こちらになりまーす」

 

「くれっ」

 

「俺にもくれ!」

 

「私にも」

 

「押さないで、押さないで!」

 

「順番ですよ!」

 

明けて月曜日の真夜中だというのに、

各主要駅の前では、受け取ろうという人だかりができた。

これもまた、半年前にも見られた光景だ。

 

「いや~信じてました!」

 

「ウソつけ。こいつこんなこと言ってますけど、

 前走で負けた時には、この世の終わりみたいな顔してたんですよ」

 

「おいバラすなよ!」

 

そして、街頭でメディアの取材を受ける人の姿もある。

彼らはこぞって、二言目には、『前走での敗戦』を口にした。

 

ドバイと欧州でも主要G1を制した絶対王者の敗戦は、

各メディアでもセンセーショナルに報じられた。

 

中には、この分では本番でも……と悲観的なところも

あったくらいなので、人々の間にも不安が広がっていたのだろう。

 

「これで、誰が何と言おうと世界一ですからね!」

 

「胸を張って帰ってきてもらいたいです。

 あ、このあとアメリカ行くんでしたっけ?」

 

「とにかく、おめでとう! そしてありがとうっ!」

 

インタビューを受ける人々には総じて、

笑顔と感謝があふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラシック最後の一冠、菊花賞の発走が迫った。

 

人々が1番人気に支持したのは、

神戸新聞杯を制したスーパークリーク。

 

春の二冠娘とダービー2着娘が、揃って故障で離脱する中、

前走の余裕たっぷりな勝ちっぷりから、1人抜けた人気となっている。

 

皐月賞2着、ダービー3着で、セントライト記念を勝って

重賞娘の仲間入りを果たしたヤエノムテキは、離された2番人気である。

 

(今日こそ、私が主役に!)

 

内心、人一倍気合が入るヤエノ。

春の主役が不在ならば、“準”主役だった自分以外に、

勝つ資格のある娘などいない。

 

そう信じて己を抑え込み、鍛錬に励んだ。

その成果を今ここで出さずして、いつ出すというのか。

 

(……お姉さま)

 

1番人気スーパークリークは、初披露となる勝負服に身を包んで、

ゲート入り直前、空を見上げて遠く欧州を思う。

 

(いけない、今はもうアメリカだったわ。

 私ったら、危ない危ない)

 

今ごろはもうアメリカへと移動しているはず。

まるっきり正反対の方向へ思いを馳せるところだった。

改めて正しい方角へと向き直る。

 

(見ていてくださいね。必ず、勝ってみせますから)

 

ようやく漕ぎつけたG1の舞台。

比べるのもおこがましいが、ここで勝って、

もう1段上の『檜舞台』へと上がるために。

 

(……いざ、参ります!)

 

彼女もまた気合十分で、ゲートへと収まった。

 

 

 

 

 

『今年のクラシック、最後の一冠を手にするのはどの娘か。

 菊花賞、態勢整ってスタート!』

 

『まずまず揃ったスタートですが、ヤエノムテキ良いスタート』

 

『15番が出ていってハナを切ります』

 

スタートでは大きな混乱も波乱もなく、

まずは15番が先手を取った。

 

『ヤエノムテキ3、4番手』

 

『スーパークリークは先行集団の後ろ、

 7、8番手といったところにつけております』

 

クリークはそんな先行勢の後ろ、中団の前目という位置取り。

 

『まもなく1000mにかかります。62秒3で通過しました』

 

早くもなく遅くもなく、菊花賞としては平均的なペース。

レース的にも大きな動きはなく、2周目に入っていく。

 

『ヤエノムテキ外に出てきました』

 

向こう正面に出たところで、内側にいたヤエノが

上手く進路を取って外へと出る。

 

『それをマークするようにスーパークリーク。

 その外に3番人気9番』

 

『このあたり人気の娘たちが固まってきた』

 

直後のイン側にクリークも上がってきた。

さらには3番人気の子も追随し、場内が盛り上がる。

 

3コーナー、坂の頂点へと向かう過程でペースが落ち、

バ群が密集して、先頭から最後方までが一気に詰まる。

 

人気各バが外へと進路を取ったのは、正解だと言えそうだ。

 

『人気各バがちょうど5、6番手の位置。

 内スーパークリーク、外3番、挟まれてヤエノムテキ』

 

坂の下りで、1、2、3番人気が綺麗に並んだ。

 

『まもなく第4コーナー、600標識を通過する』

 

『15番わずかに先頭で4コーナーを回る』

 

『スーパークリークさらに内へ入って直線に向いた』

 

先行勢の後ろから、クリークはさらに内へと切り込む。

ちょうど植え込みがなくなる空間を突いた頭脳プレー。

 

『スーパークリーク先頭に出た。離す離す!』

 

そこからはクリークの独壇場となった。

コース取りの有利はあったにせよ、

それ以上に後続をあっという間に千切っていく。

 

『スーパークリーク独走状態』

 

『ヤエノムテキはどうか。

 ヤエノムテキは伸びない、沈んでいく』

 

一方で、4コーナーを回るときには同じ位置にいたヤエノは、

外に出したものの伸びはなく、むしろ後続に飲み込まれていく。

 

『2番手争いは接戦だ』

 

『スーパークリーク先頭! これは強い。

 他の娘が止まって見えるくらいのもの凄い脚!』

 

『菊の舞台で新たなるスター誕生です。

 スーパークリーク圧勝でゴールインッ!』

 

そのままクリークが大きく離してゴール。

2着に大差、実に2秒もの差をつける圧勝も圧勝である。

 

ヤエノは直線で沈み10着敗戦。

 

直後の取材に対し、両拳を固く握りしめながら

「……力不足でした。一から鍛え直します」と

絞り出すような声で答えるのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

菊花賞 結果

 

1着  スーパークリーク  3:05.3

2着  ビートガクエン     大差

 

 

 

 

 

「菊花賞を制しましたスーパークリークさんです。

 おめでとうございます」

 

「はい~。お姉さま、私やりましたぁ~♪」

 

勝利インタビューで開口一番こう答え、

カメラに向かって満面の笑みで勝利のVサインをして見せる。

 

「私もようやくここまで来られました。

 これで少なくとも、同じ舞台に立つことはできます。

 お姉さま、もう少し、もうちょっとだけ待っててください♪」

 

そして堂々と、凱旋門賞を制した()()()お姉さまへ、

挑戦状を叩きつけたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻って、凱旋門賞直後。

 

「いや~、すごかったなあオグリ」

 

「うん」

 

2人並んで、寮の自室へと戻っているタマモとオグリ。

 

学園の体育館で開かれていた、学園生向けの

パブリックビューイングに参加していた2人。

もちろん、他のリアン派閥の子たちと同様、

最前列に陣取って、レースの模様を見届けた、その帰り道だ。

 

他にもぞろぞろと、自室へ向けて歩いている子たちの姿も見える。

彼女たちも同様に、興奮気味に何かを語り合っている様子だ。

 

「アクシデントもあったけど、昔からああいうキャラやさかい、

 心配するだけ無駄やねん。

 けど帰ってきたらとっちめてやらなあかんわ」

 

「ああ」

 

「いやあ~しかし凱旋門も獲ってしもうたかあ。

 こりゃもう本気で、紛うことなく“世界の”先輩やで。

 正真正銘、歴史的な大スターや」

 

「うん」

 

「どしたんオグリ? 口数少ないやん」

 

「あ、いや……」

 

感想を語るタマモに対し、オグリは相槌を打つばかり。

そんな状態にツッコミが入るが、さらに口を噤む。

 

「……すごかった。ただただ圧倒された。

 それだけで……言葉が出てこないんだ」

 

「せやな。ウチかて、無理やり喋ってるようなもんや」

 

タマモにもオグリの気持ちは分かった。

自分も同じようなもので、苦し紛れに声に出している、

そんな状態だったからだ。

 

「……私も」

 

「うん?」

 

「私も、いつか、あのようなレースに、出られるだろうか」

 

「そりゃあ……っ」

 

あんさんなら望めばいくらでも、と言いかけて、

タマモは慌てて言葉を切った。

 

オグリほどの力と実績であれば、本人が望むのなら、

同じ舞台に立つことも可能だろう。

 

だがそれ即ち、オグリこそがリアンの後継者だと認めるようなもので、

自らの敗北をも肯定することになりかねないからである。

 

(憧れるのは結構。やけど、それだけじゃあかん)

 

尊敬しているし、敬意を払ってもいる、

オグリの言い様ではないが、そんな大先輩。

 

(誰かさんやないけど、『憧れるのはやめましょう』やんな)

 

今ばかりは、対等な立場、レースを走る()()()()として、

前に立ちはだかって見せようではないか。

 

「なあ、オグリ」

 

ふと歩みを止め、オグリのほうへ向き直る。

つられてオグリも足を止めて、タマモを見る。

 

「今度はウチらの番やで」

 

「ああ」

 

そして笑顔を向けると、オグリも力強く頷いた。

 

「もう負けへん。覚悟しとき」

 

「私も、負けないぞ」

 

拳を突きだすと、オグリも拳を出し、軽く合わせる。

そのまま動かず見つめ合う両者。

 

2人の横を、他の生徒たちがわいわい騒ぎながら、通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第102回天皇賞は、史上空前の好メンバーが揃った。

 

中央移籍後5連勝中で、G1も3連勝中の怪物オグリキャップ。

 

G1を3勝し、昨年の絶対王者に続いて

天皇賞春秋連覇を目指すタマモクロス。

 

春の大阪杯に続いての春秋2000mの王座統一を狙う、

絶対王者最大のライバル・メジロフルマー。

 

札幌記念で復活勝利を挙げた黄金の輝き、皐月賞ウマ娘トウショウファルコ。

 

近走は不振だが、底力は侮れない、JDDの勝ちウマ娘イナリワン。

 

そして何より、サクラスターオーの戦線復帰が大きかった。

リアンが予想した通り、現状の五強に加えて、

旧勢力の合流とあっては、盛り上がらない理由などない。

 

彼女らに加えて、芦毛対決の第2ラウンドであり、

交流G1も含めれば出走メンバーのG1勝ち総数が実に14勝という、

史上空前という触れ込みに噓偽りのない、豪華な顔ぶれなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第102回天皇賞、まもなく発走です』

 

1番人気は当然のようにオグリ。

続いてタマモ、スターオー、ファルコの順。

 

敗戦が続いているフルマーとイナリは人気を落として、

それぞれ5番人気と6番人気である。

 

ゲートインはトラブルなく完了し、態勢は整った。

 

『スタートしました!』

 

『メジロフルマー出ていきますが、

 トウショウファルコ外からかわして行った行った!』

 

いつものようにフルマーがハナを主張するものの、

外側からファルコが猛然とかわして先頭に立ち、2コーナーを回っていく。

 

『トウショウファルコ先頭に出ました。

 2番手2バ身差でメジロフルマー。さらに3バ身で3番手、

 芦毛の小柄な……なんとタマモクロス3番手!』

 

場内実況が触れた途端に、観客たちからどよめきが上がる。

 

これまでは常に後方に控えていたタマモクロスが、

ハイペースが予想された中で前にいるという、予想外な展開。

 

『オグリキャップは中団8番手から9番手』

 

『まもなく1000mにかかります』

 

『57秒6で通過。トウショウファルコ飛ばしています』

 

2回目のどよめき。

フルマーのお株を奪う、ファルコの高速逃げになった。

札幌記念での大差逃げ切り勝ちで覚醒したか。

 

『2バ身差でメジロフルマー。

 そこから2、3バ身でタマモクロス変わりません』

 

場内の驚きのどよめきが、徐々に困惑に変わっていく。

これほどのハイペースになった中でも、下がらずに3番手を維持するのはなぜか。

 

(今度はウチが前から押し切ったる。ざまあみれ)

 

当のタマモの心中は、最初から決まっていた。

しかし……

 

(アカン……プレッシャー半端ない……

 後ろが気になってしゃあない……)

 

慣れない先行策を採っていることに加えて、

いつもの後方待機からしてみたら、受けることのない重圧である。

それも控えているのは、あの『怪物』だ。

 

そう考えると、いつもあれだけ大逃げして、

涼しい顔で逃げきってしまうあの先輩は、

改めて、ものすごいメンタルの持ち主だと実感した。

 

(……いや、なに考えてんねん。

 ()()()に勝つにはこれしかあらへんって、

 散々考え抜いた挙句の作戦やないか)

 

圧し潰されそうになるが、寸でのところで持ちこたえる。

 

これは宝塚記念の意趣返しだ。

あのときは、思わぬ形で出し抜けを食ってしまった。

今度は自分が、そっくりそのままお返ししてやる。

 

(二番煎じっちゅうのが気に入らんけどなあ。

 ウチがやることはただひとつやないかい)

 

現実的な話として、立場が入れ替われば、負ける理由はない。

 

(前へ!)

 

 

 

 

 

オグリは中団8番手。

 

(タマ……ずいぶん前にいるな。

 これではまるで……)

 

思い出されるのは宝塚でのこと。

まるっきり逆のポジションになっている。

 

(もうすぐ第4コーナーだ。

 詰めるべきだろうか?)

 

まもなくレースの勝負所を迎える。

自分はどう動くべきか?

 

今回は宝塚時のような、トレーナーからの細かい指示はなかった。

ただ一言「王者に相応しい走りをして来い」と言われただけ。

 

ここで破れかぶれとばかりに追い上げるのが『王者』か?

 

(……いや)

 

オグリは即座に否定する。

そしてこう思い直した。

 

(いま私がすべきことは、耐えることだ)

 

 

 

 

 

『トウショウファルコ先頭で4コーナーを回ります』

 

レースはファルコが1度も先頭を譲らないまま、

勝負の最終直線に入る。

 

『メジロフルマーは早くも失速気味。

 タマモクロスがかわして2番手に上がった』

 

直線入り口でフルマーは失速、沈んでいく。

代わってタマモが2番手に上がり、先頭に迫る。

中団のオグリはまだ動かない。

 

『トウショウファルコ逃げる。400を切った』

 

『タマモクロス並んでくる。かわして先頭!』

 

逃げ切りを図ったファルコだが、さすがに捉えられて後退。

先頭に躍り出たタマモであるが

 

『来た来た! オグリキャップ、外から上がってきた!』

 

ここでオグリが外から猛追。

早くも2番手に上がって、タマモに迫る勢い。

 

『やはり芦毛両人の争いになった。

 オグリキャップ追い詰める。タマモクロス逃げる。

 2人の差は1バ身だ!』

 

場内のボルテージは最高潮に達し、大歓声が沸き起こっている。

しかし、その1バ身がなかなか詰まらない。

 

『タマモクロス粘る粘るゥ!

 かわせるかオグリ! 1バ身が詰まらないぞ!』

 

 

 

 

 

「……やられたな」

 

直線半ば、老トレーナーは諦めたように呟いた。

 

(この距離なら、正直、オグリのほうが上だと思っていたが)

 

オグリの本質はマイラー。

対してタマモは長いほうが向いている。

ましてや春に大阪杯を回避したくらいだ。

 

上手く取り繕っていはいたが、

距離短縮に苦手意識があると見ていた。

現に宝塚記念では、うまくその隙を突くことができた。

 

それに、どちらの得意距離でもない2000mなら、

よりスピードに優れたオグリが勝つ。

 

そう、踏んでいたのだが……

 

(ここまで積極的に先行策を採ってくるとは思わなんだ。

 見誤った。俺のせいだ、すまんオグリ)

 

まさに宝塚記念のお返しをされた格好。

素直に自分の非を認め、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

『残り100m!』

 

『オグリかわせない!

 タマモクロス押し切って優勝! ゴールインッ!』

 

『昨年のファミーユリアンに続いて、天皇賞春秋連覇達成!』

 

『オグリキャップは2着に敗れました!』

 

そのまま押し切ったタマモが先頭でゴール。

1バ身差は変わらずに、オグリが2着で入線した。

 

その5バ身後方では、粘り込みを図るファルコと

中団から差してきたスターオーが叩き合いを演じており、

スターオーがクビ差制して3着。ファルコ4着。

さらに2バ身差でイナリが突っ込んだ結果になった。

 

 

 

 

天皇賞(秋)  結果

 

1着 タマモクロス    1:57.9

2着 オグリキャップ      1

3着 サクラスターオー     5

4着 トウショウファルコ   クビ

5着 イナリワン        2

 

13着 メジロフルマー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

ゴール後、膝に手をついて、荒い呼吸を繰り返すオグリ。

 

(負けた……)

 

中央移籍後、初の敗戦になった。

芦毛の怪物は何を思う?

 

(何が足りなかった? 脚力? 持久力?)

 

手を抜いたつもりなど一切ない。

むしろ全力は出し切った。

 

なのに、届かなかった。

 

(……まだまだ、ということだな)

 

何が『王者』だ。

こんなザマで王者などと名乗っては、大先輩に鼻で笑われてしまうぞ。

 

上には上がいるということを、改めて実感するオグリ。

そう考えると、悔しさはあれど、不思議と悪い気はしなかった。

 

「オグリん、おつかれさん」

 

「タマ……」

 

そんなオグリに歩み寄り、声をかけるタマモ。

お互い疲労困憊、汗だくの状態だが

 

「おお、こわ……」

 

顔を上げたオグリの視線は、まるで殺し屋のごとく鋭かった。

ギラついた目で睨まれて、思わず引いてしまうタマモ。

 

「落ち込んどるようだし慰めたろと思うたけど、

 全然大丈夫そうやな」

 

藪蛇だったかと思いつつ、先を続ける。

 

「しかしまあ、なんやな。

 負けて悔しかったのもそうやけど、

 勝ててこんだけうれしいのも、あんただからや」

 

「?」

 

「まあ要するに、宿敵(ライバル)っちゅうことや」

 

「……ああ」

 

ようやく呼吸が整ってきた2人。

タマモが差し出した手を、オグリが握り返す。

 

「次は私が勝つ」

 

「負けへんで」

 

ルームメイトという、学園内でも最も身近な2人。

それでいて最大のライバル。

 

これで1勝1敗。

 

毛色が同じということもあって、世間はますます、

この2人の関係を注視するのである。

 

 




> G1勝ち総数14勝
1人でそれに匹敵する勝ち星を挙げているコがいますね
誰だろう?(すっとぼけ)


秋天は史実通りタマが勝利。
この2人の次走はジャパンカップになりそうですが、
こっちは史実と参戦年代が違います。

健康ランド師匠も加わって、真の芦毛対決になりそう。



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第93話 孤児ウマ娘、アメリカに乗り込む

 

 

 

海外遠征の最大目標であった凱旋門賞を制した今、

残すは、北米レース界の最高峰であるブリーダーズカップだ。

 

ここを勝てれば、日、ドバイ、欧、米で頂点を極めたことになる。

まさに世界を、地球を制したと言っても過言ではないだろう。

 

こんな馬は存在していない。

……と、思う。記憶している限りでは。

 

俺なんかがそんな大偉業を最初に達成してしまっていいのかという、

複雑な想いもあるが、そんなことはもう今さらだよな。

自分で言うのもなんだが、作ってきた記録はそれだけじゃないんだし。

 

さてアメリカへの移動に関してだが、

凱旋門賞ゴール直後の体調が思わしくなかったとあって、

当初の予定よりも1週間遅らせて、休養を取ることになった。

 

付け加えて、凱旋門の翌日以降、全身の筋肉痛がひどくてね。

 

筋肉痛になること自体は珍しくもなんともないんだけど、

ここまでひどいのは久しぶりだった。

それこそ学園入学初期の初期に、無理にトレーニングしたとき以来だ。

 

無意識のうちに、限界以上の力を使ってたのかねぇ?

ちょっと身体を動かすくらいでも、いてッ、てなるくらいではあったし、

今までは1日2日で治っていたのが、痛みが消えるまで3日4日とかかったから、

ちょうどよく、また必要な休息であったことは確か。

 

その分、渡米して以降の調整が厳しくなるが、

まあそれはしょうがない。

 

もともと時間的な余裕なんてないに等しかったし、

トレーニングなんて名ばかりの、本当に体調を整えるくらいしか

できないという日程だったから。

 

スーちゃんも、熟考の末にゴーサインを出したというほどで、

あの直後は、BCは回避しての帰国を真剣に検討したという。

 

というか、アレについては、お詫びするしかないというか、

心配ばかりかけて申し訳ありませんというしかないというか……

 

各種メディアをはじめ、掲示板の類でも、

勝てたのはもちろんうれしいが、そのあとが……という論調だったみたいだし、

スーちゃんと同じく、帰国したほうがいいという意見もあったとか。

 

俺自身としても、アメリカにはぜひ行きたいと思っているし、

サンデーのやつとの再戦の約束があるのは無論のこと、

こうなった以上は、BCも制して、全部勝っちゃったもんね~!

って大手を振って叫びたいものである。

 

あ、いや、フォワ賞では負けちゃったけど、

G1に関してはってことでよろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあやってまいりましたよアメリカはニューヨーク!

 

ブリーダーズカップは持ち回り開催になっており、

今年の順番は、ニューヨーク近郊にあるベルモントパークレース場*1だ。

 

アメリカ三冠の最終レース、ベルモントSの開催地として有名なところであり、

北米でも最大規模のレース場として知られている。

 

コース形態としては、オーソドックスな楕円形のオーバルコース。

ダートは1周2400mあって*2平坦であり、

決勝線が4コーナー寄りにあることもあって、

規模の割に最終直線距離は330mと長くはなく、一気の差しは決まりにくい。

 

1600m付近からペースアップして長く脚を使う傾向にあるため、

最終コーナーを3、4番手以内でクリアするのが理想。

 

……ふむふむ、なるほどなるほど?

つまり、逃げろってことですか?

まさにおあつらえ向きの舞台ってことですね、わかります。(拡大解釈)

 

レース場はいいとして、兎にも角にもアメリカのダートだ。

 

日本では『砂』と表記されるのに対して、

アメリカのそれは『土』。

 

路盤はレンガを砕いた赤土のようになっており、

乾くと固くなって、日本の芝レース並みのタイムが出るんだって。

要は、日本ではダートで強いやつより、芝向きのヤツのがいいってことかな。

 

ドバイにはアメリカのダートを運んで敷いていたって話もあるし、

一概にそうとも言えんか。

でも、芝実績のあったヴィクトワールピサがドバイ勝ってるしなあ。

 

いや、あのときの馬場はオールウェザー*3だったか。

アメリカで実績上げた日本馬がほとんどいないから、参考にならんぞ。

 

はてさてどうしたもんかしら。

 

機内で読んだ、スーちゃんが用意してくれた資料を思い返しつつ、

入管の審査を待って、いざアメリカ上陸。

 

「凱旋門賞ウマ娘のお出ましだ!」

 

すると、そんな声と共に、こちらに向けて走ってくる一団が。

瞬く間に彼らに取り囲まれてしまった。

 

言うまでもなく、マスコミの皆さんのご登場だ。

 

……おっとっと? これは、パリの時と同じ感じ?

だったらちょっと身構えておかないといかんね。

 

などと考えつつ、警戒しながら待っていたんだけどさ。

 

「ニューヨークへようこそ、ワールドチャンピオン!」

 

「歓迎しますよ!」

 

しかしあのときみたいに、乱暴に囲まれるという感触ではなかった。

第一声からも感じ取れるように、選手に対する敬意とリスペクト、

しっかりともてなそうという意識が感じられる。

 

いいね、さすがスポーツでも大国であるアメリカだ。

相応の成績をもって臨めば、向こうも相応の対応をしてくれる。

 

凱旋門賞ウマ娘がBCに参戦するのは珍しい、

というかBCもそんなに歴史のあるレースじゃないから、

向こうのトップ層が来てくれる*4のはうれしいんだろうな。

 

む~ん、これは俺も、世界チャンプに相応しい受け答えをしなければならんね。

 

「大変熱烈なご歓迎痛み入ります。

 私もアメリカに来られてうれしく思っていますよ。

 サンキュー、ニューヨーク」

 

こう答えるのと同時にサムズアップして見せると、

歓声が上がると共に、フラッシュの嵐。

 

よかった、受けは良かったようだな。

 

「ミズ・ファミーユリアン! その後の体調はいかに?」

 

「問題はありません」

 

「アメリカのレース、ダートの印象は?」

 

「えーと、日本よりも時計が早いというイメージがあります」

 

「ズバリ勝算は?」

 

「なかったら来ませんよ」

 

「では最大のライバルは誰ですか?」

 

「ええと……」

 

そして始まる、即席の一問一答大会。

1人ずつ聞いてくれるのは助かるんだが、正直言って困ってる。

あとから記者会見はやるんだから、そのときにしてもらえないかな~、なんて。

 

しかも、まだデータを読み込んでいない質問が来てしまった。

ノーコメントじゃダメかな?

 

 

『シャラ~ップッ!!』

 

 

「っ!?」

 

困っていたら、どこからともなく轟いてきた謎の大声。

この場にいる全員の視線が、声のした方向へ集中する。

 

見つめた先にいたのは、特徴的な長い前髪、黒髪の、

ウマ耳と尻尾を持った、小柄で細身な少女。

即ち──

 

「サンデーセレニティ……」

 

記者の誰かが呟く。

そう、サンデーセレニティが悠然と、腕組みをしながら立っており、

こちらを睨みつけていた。

 

彼女(リアン)は俺様の大切な友人にして客人だ。

 そこまでにしてもらおうか」

 

彼女はそう言い放つと、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。

それに合わせて、記者たちは恐れおののくように道を開け、脇にどく。

 

おお、さすがの発言と影響力よのぉ。

 

「久しぶりだな、我が友よ!」

 

「そうだね」

 

大勢の記者たちが見守る中、彼らがどいてできた道を一直線に目の前までやってきて、

そう言ってうれしそうに手を差し出してきたので、その手を取る。

実際に顔を合わせるのは、ドバイ以来だからほぼ半年ぶりだ。

 

しかし相変わらず、声も存在感もうるさいのう。

記者たちの反応からして、彼らからもそう思われているみたいだな。

 

「迎えに来てくれたの?」

 

「そうだとも。友人として当然の務めだ」

 

「ありがとう」

 

「なーに、いいってことよ!」

 

笑みを見せてがっはっはと笑うサンデー。

迎えてくれたのはうれしいけど、笑っていられる状況なのか、

おまえさんは。怪我の状況はどうなのよ?

 

「それでは諸君、我らはこれで失礼させてもらう。グッバイ!」

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

さらにサンデーは記者たちにそう言ってのけると、

俺の手を取ったまま、どこかへ向けて歩き出してしまった。

呆気に取られたのか、記者たちは追ってはこない。

 

ど、どこへ行くんだ!?

 

とりあえずはついていくしかないようだ。

苦笑しているスーちゃんに向けて、俺は「またあとで」、

というサインを出すのがやっとだった。

 

 

 

 

 

「さあここだ、着いたぞ」

 

サンデーに連れてこられたのは、

空港内にある、とあるカフェである。

 

「待っていたぞ、リアン」

 

そこで待っていたのは、ひときわ大柄な金髪の少女。

イージーゴア……じゃない、ビーフィーゴアだ。

 

「ベフィ、君も来てくれたんだ」

 

「ああ」

 

ゴアとも再会を喜び、握手を交わす。

笑顔だが、どことなくすまなそうな顔に見えるな。

 

はて? 何をそんなに悪びれている?

 

「約束を果たしてくれたことに礼を言わねばと思ってな。

 そして、一刻も早く謝罪をせねばとも思っていた」

 

「謝罪?」

 

「セレンのやつはともかく、私は再戦できずに申し訳ない」

 

そう言って謝るゴア。

ああそうか、こいつはもう引退しちゃったんだっけか。

 

それだけ重い怪我だったと思うほかないし、

史実では、サンデーよりも先に引退してるしなあ。

 

「気にしないで。しょうがないよ」

 

「それでも、申し訳なかった」

 

「いいってば。それで、具合はどうなの?」

 

「ああ、だいぶ良くはなった。まだ走れはしないがな」

 

「そうなんだ」

 

まだ走れないのか、つらいのう。

そりゃそうか。松葉杖持ってるもんな。

 

俺もそういう時期はあったから、気持ちはよくわかるぞ。

まあもう走る必要はないんだから、ゆっくり養生してくれ。

くれぐれも焦らないよう頼む。

 

「そういや聞いてなかったが、当然、

 『クラシック』に出るんだよな?」

 

ゴアとの会話が一段落ついたところで、

サンデーは唐突にそんなことを聞いてきた。

 

「うん、そのつもりだよ」

 

「安心したぜ」

 

そういや正式発表はまだだったな。

登録自体は、ターフとクラシックの両方にしてたから、

どっちに出るのかと思っていたんだろう。

 

それはもちろん、クラシックに決まってますがな。

 

俺の答えにホッとしたのか、笑みを見せるサンデー。

この顔だけ見るとかわいいやつなんだがなあ。

中身がなあ、本当になあ(失礼だし、他人のことは言えない)

 

というか、おまえも怪我は──

 

「何も言うな」

 

俺の心中を察したか、急に真顔になったサンデーが、

機先を制してこんなことを言い出す。

 

「おまえはただ、()()出せる全力でレースすればいい。

 俺様もそうするだけだ」

 

「……わかったよ」

 

有無を言わさぬ感じで言うので、俺も頷くしかない。

歩いているのを見た限りでは、問題はなさそうだったが……

 

このときサンデーは、『今』を強調して言った。

それが、本来の出来の何%に当たるのかは、聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは毎回恒例の、ライバルチェックと参りましょうかね。

 

まずは、なぜこいつがいるんだというヤツから見ていきたい。

なんでかって?

そうツッコミを入れなきゃ、割り切れたもんじゃないからだよ。

 

いいか、いくぞ?

覚悟はいいな?

 

イブンベイ。そう、あの自称セレブのゴリラ、だ。

JCとコロネーションカップで一緒に走ったあいつ。

 

その後はイタリア、ドイツ、アイルランドで走ったようで、

G1で2勝、2着と4着が1回ずつ。

直近は先月の愛セントレジャーを快勝している。

 

実力は確かで、G1を複数勝ってきているのはさすがの一言。

だけど、なんでよりによってアメリカに来てて、

しかもどうしてダートのBCクラシックに登録してる*5んだろうなあ。

 

だって、前走のアイルランドセントレジャーって、2800mのレースだよ?

そこから向かう次走って、同じ路線のフランス長距離*6か、

百歩譲ってアメリカだとしても、芝2400のターフだろ?

 

ローテ? 路線?

なにそれ美味しいの状態。

 

またあの先頭狂と走るのかよ……

同じ手は通用しないだろうし、さすがに今度は騙されてくれないだろうしなあ。

覚悟決めて一緒に逃げるしかないのか。

 

やれやれだぜまったく。

気を取り直して、次の子に行こう。

 

2番目に出てくる子としては、今年のケンタッキーダービーを制した

アンブライドルド*7。他にフロリダダービーも勝っている。

中団より後ろからの差し脚が魅力的な娘だそうだ。

先行勢が多いアメリカダート界としては、珍しいタイプだな。前哨戦は2着だった。

 

どんどん行こう。

 

去年のBCジュベナイルを勝って、ジュニアチャンピオンに輝いたリズム。

今年の春は態勢が整わず、三冠競争には出走していないが、

8月のトラヴァーズS(G1)*8を優勝。

前走も前哨戦で3着に来ている実力派だ。

 

前走ジョッキークラブ金杯(G1)を勝って臨むフライングコンチネンタル。

 

こちらも前哨戦のウッドワードS(G1*9)を勝ち、

目下5連勝中のディスパーサル。

 

カナダ三冠を達成したカナダのウマ娘イズヴェスティア。

というかカナダに三冠なんてあったのか、知らんかった。

レベル的にはどうなの?

 

そして、サンデーセレニティ。

ドバイ後は6月にG1を2戦し、1勝2着1回。

それ以来の実戦になる。

 

はたして故障は癒えたのか?

全力を出せる状態にあるのか?

 

俺はわかる立場にない。

 

 

 

 

 

「リアンちゃん。ベルモントパークについてだけど」

 

「はい」

 

ひとまずライバルたちの見分を終えると、

スーちゃんがこんなことを言い出した。

 

はて、コースの説明は、来るときの飛行機の中で予習しましたし、

さっきも一通り説明してもらいましたけど、まだ何か?

 

そうそう、今回トニーとムーンの2人は来ていない。

当日は応援に来てくれる予定だけど、

事前会議には加わってないんだ。

 

2人ともアメリカのレースはおろか、渡米したこと自体がないみたいだからね。

助言できるほどのことはないって、最初から断られちゃった。

 

「スタートがちょっと厄介なのよね」

 

「スタート?」

 

「話すより見てもらったほうが早いわね。

 この映像を見て頂戴」

 

難しい顔で言いつつ、DVDをセットして映像を流すスーちゃん。

 

そうして見せられたのは、実際のレースの動画だった。

ダートコースが外側にあることから、アメリカだということはわかる。

あとは、どこのレース場かだが、文脈からして明らかだ。

 

「ベルモントですかこれ?」

 

「そう。で、問題はこれよ」

 

「……? あ、なんだこれ」

 

思わずそんな声が出てしまった。

 

スターティングゲートが、1コーナーの途中に設置されている。

ポケットとかそういうレベルじゃない。

まさにコースが曲がっている最中の、ど真ん中にある。

1番枠の後方は、コースの内ラチからどんどん乖離していくんだからな。

 

……嫌な予感。

 

「えっと、これって、もしかして?」

 

「ええ。ダート2000m戦の発走地点よ」

 

「はあ? こんなのって、ありですか」

 

「ありなのよ、残念ながら」

 

「えぇ……」

 

マジで? 東京2000の比じゃねえぞ!

東京はスタート直後に、申し訳程度とはいえ直線部分があるけど、

こっちはまるっきりコーナーやないかい。

 

スタートしながら、曲がっていかなきゃいけないコース……

 

「外枠の不利、半端ないですね」

 

「そうね。だから真ん中より外はなんとしてでも避けたいわ。

 できれば5番枠以内に入りたいところよ」

 

「そうは言われても……」

 

枠順は抽選だからなあ。

前走、凱旋門では大外枠で喜んでいたけど、

今回はそうもいかないらしい。

 

どうやらスタートする以前から、戦いは始まっているようだ。

 

 

*1
JRA-VANによるコース紹介https://world.jra-van.jp/course/us/belmont/

*2
東京競馬場のダートコースは1周1899m

*3
人工素材を使用した馬場のことで、様々な種類がある。参考WIKIページhttps://x.gd/YvE1E

*4
凱旋門賞馬がBCに出走したのは、86年ダンシングブレーヴ(ターフ4着)、87年トランポリノ(ターフ2着)、90年ソーマレズ(ターフ5着)、92年スポーティカ(ターフ5着)、2007年ディラントーマス(ターフ5着)、15年ゴールデンホーン(ターフ2着)、16年ファウンド(ターフ3着)18年エネイブル(ターフ1着)の例がある。エネイブルが同一年に両方制覇という偉業を達成しているが、凱旋門賞からBCクラシックを連勝した馬はいない

*5
何を隠そう、史実でもクラシックを走っている

*6
例えばロワイヤルオーク賞:ロンシャン芝3100mのレース(G1)

*7
史実勝ち馬

*8
サラトガ競馬場で行われる3歳馬限定ダート10ハロンの競争で、三冠に次ぐ権威と云われる

*9
今年G2に降格




アメリカやヨーロッパには、
とんでもないコースがあったりします
調べてみると面白いですよ


本年も大変お世話になりました
物語は終盤に突入しており、もう1話ごとにラストに近づく感じですね
もう少しお付き合いいただければと思います

新年は1月13日から投稿する予定です
6日の更新はありませんので、ご注意ください

ではみなさん、良いお年を


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第94話 孤児ウマ娘、BC最大の悲劇に直面する

 

 

 

さあ、運命の分かれ道、枠順抽選会がやってきたよ。

 

抽選はアルファベット順とのことで、

頭文字が『F』の俺は比較的早いほうでのくじ引きになるな。

4番目か?

 

「ファミーユリアンさん! またお会いできまシタね!」

 

抽選会場に入るなり、親しげに日本語で俺を呼ぶ声が轟いた。

この声と独特なイントネーションは……

 

振り返った先には案の定の人物。

 

「これ以上の喜びはありまセンワ!」

 

「ああ、うん、久しぶり」

 

「ええ!」

 

そりゃ顔を合わせるとは思っていたけど、いきなりとは驚いた。

 

俺からも答えるなり、手を取られてぎゅ~っと握られる。

だから手加減しろってんだよゴリラ女(イブンベイ)

 

おまえウマ娘のパワー制御できてないんじゃないの?

 

あの走りっぷりといい、大いに怪しいところだ。

ああでもそうすると、日本の先頭民族(サイレンススズカ)もそうなっちまうな。

でもスズカパイセンは、粗暴なところはないからセーフ。

 

「聞いてもいいかな?」

 

「なんナリと!」

 

もちろん顔にはそんなマイナス感情は微塵も出さず、

背中に隠した痺れかけの右手をひらひらさせつつ、

ちょうどいい機会だから、聞きたかったことを聞いてみよう。

 

「なんでアメリカに? それもダートで驚いたよ」

 

謎に尽きるローテについて。

いくら中距離が得意といっても、2000m路線ならイギリスのチャンピオンSだし、

アメリカだとしてもBCクラシックじゃなくてターフだろと。

 

「それはもう、あなたが出るからに決まっていますわ」

 

どんな返答が来るのかと思っていたら、

それはもう良い笑顔でこんなことを言われたんですが?

 

「ワタクシからトレーナーさんにお願いしましたの。

 凱旋門賞の後、あなたはアメリカに渡ってBCに出走すると

 お聞きしたので、ぜひもう1回一緒に走りたいと思いまシテ!」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「はい! またご一緒できるのでうれしい限りデスワ!」

 

予想外……でもなかったけど、なんでこうなるのかなあ?

シリウスじゃないけど、俺に付きまとってくるヤツ多すぎ問題。

 

そのシリウスは、BCターフに出走する。

あいつも抽選に参加するので、同じ会場に来ているよ。

さっき見かけたから、軽くサインを送っておいたんだが、

相変わらずのツンデレぶりで目を逸らされちゃったけどな。

 

「ダートの経験はあるの?」

 

「ありませんワ!」

 

ないんかい。

そりゃヨーロッパの子だし、ある子のほうが少ないわなあ。

 

はぁ、やれやれ。

サンデーもそうだし、どうしてこう──

 

「ファミーユリアンさん」

 

「──!」

 

ニコニコしていたイブンベイから、

突如として放たれてきた、殺気含みの意味深な視線。

 

()()は、一緒に()()()()()()ネ!」

 

「……わかったよ」

 

「約束デスわよ! ではまた!」

 

言うだけ言って、イブンベイは離れていった。

 

……参ったねぇ。先に宣戦布告されちゃったよ。

これはもう逃げることは許されないなあ。

いや、レースでは逃げざるを得なくなったんだけど。

 

例のゲート位置のせいで、外枠引いたら、

後方作戦かなと思ってたんだが、外からでも逃げなきゃダメかい?

 

それはマジで勘弁してもらいたいな……

真ん中より外からハナに立つって、無理ゲー過ぎない?

下手しなくても体力消耗するのが目に見えているんですがががが。

 

 

 

 

 

「それでは、抽選を始めます」

 

主催側から声がかかり、抽選会が始まった。

 

BCは1日目と2日目に分かれていて、

1日目のほうはジュニア級の各レース、

2日目でクラシック級以降のレースが行われる。

 

よって、シリウスが出走するターフも、

俺が出走するクラシックも2日目だ。

 

抽選はレースごとに、施行される順番で招集されて行われる。

それ以外のメンバーたちは別室で待機だ。

 

クラシックはメインレースなので、1番最後*1

モニターで様子を確認しつつ、のんびり待ちましょうかね。

 

途中、見知った顔が登場する。

 

ディスタフ*2に、ドバイで相まみえたバヤコヤが出走。

ターフでは、俺と同じく凱旋門賞からの転戦で、

インザウイングス、ソーマレズがくじを引いた。

 

そしてもちろんシリウスも。

 

結果は大外枠の12番。

引いた瞬間に不敵な笑みを浮かべ、

主催者に番号が書かれたくじを見せつける余裕な態度を見せた。

 

そうだよな、あいつはそういうやつだ。

大外枠を先に引いてくれたし、

不運はあいつが持っていってくれたと思うことにしよう。

 

ターフの抽選が終わって、クラシック出走組の招集がかかる。

はてさて、何番枠になることやら。

 

「ミズ・ファミーユリアン、引いてください」

 

予想した通り4番目でくじを引く。

外枠来るな来るな来るな来るな来るな……!

 

そう念じながら引いたくじはなんと。

 

「5番です」

 

「ファミーユリアン、ナンバーファイブ!」

 

5番枠! やったね!

ねんがんの うちわくをてにいれたぞ!

 

スーちゃんが示したラインにも合格で、上々の結果だろう。

そう喜んでいたら

 

「2番ですわ~!」

 

「イブンベイ、ナンバーツー!」

 

イブンベイはさらに内側の2番枠を引き当ててんだよ。

俺よりひとつ前の順番だったから、度肝を抜かれたぜ。

 

同じ思いだったのか、

万歳して満面の笑みを見せているイブンベイ。

 

天はゴリラに味方するのか?

なんでやねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BC当日。

1日目は金曜、2日目は土曜日になる。

 

ドバイといい、メインレースを土曜日にやることも結構あるよな。

必ず日曜午後になる日本とは大違いだ。

 

日本との時差は14時間だから、日本では夜中から早朝になるのかな。

またまた生で観戦するにはつらい時間帯だ。

 

それでも結構な数の人が、わざわざ早起きしたり、

徹夜したりして見てくれるんだろう。感謝しかない。

 

彼らの思いに応えるためにも、

海外遠征を良い形で終えるためにも、勝ちに行くぞ。

 

 

 

 

 

開催1日目のレースは、何事もなく無事に推移した。

 

ジュニア級の若い子たちは、活気に満ち溢れていて、

見ているだけでこっちにも元気を与えてくれるようだ。

まあクラシック級以降が、元気がないってわけじゃないけどね。

 

で、だ……

 

俺たちも出走するBC2日目が始まったわけなんだが、

これが大問題だったんだな。

 

 

 

ケチのつけ始めは、ダート短距離ナンバーワン

決定戦であるBCスプリントでの出来事だ。

 

まずは、ミスターニッカーソンという子がレース中に疾病を発症して倒れ、

後方を走っていたシェイカーニットという子が避けきれずに激突、転倒。

2人とも競争中止に追い込まれる。

 

それだけでは収まらずに、今度は最終直線で、

欧州で結果を残し乗り込んできた現役短距離最強のデイジュール*3が、

抜け出して勝利目前というところで、何かに驚いて跳び上がる*4という事態が発生。

 

これにより減速してしまい、気を取り直して走ったが、

僅かに差されて2着という結果に終わる。

 

大本命がアクシデントで敗れたことに加えて、

前述の2人が救急搬送されるという、なんとも後味の悪いレースになってしまった。

 

 

 

そして極めつけは、ティアラダート路線の最高峰であるBCディスタフ*5

 

圧倒的強さからニューヨークトリプルティアラ*6を達成し、

伝説的名ウマ娘と呼ばれるラフィアンの再来*7と謳われるゴーフォーワンドが1番人気。

続く2番人気は、ドバイで対戦したバヤコヤ。

 

レースも人気2人の争いとなり、直線で一騎打ちの模様を呈していたのだが、

突如としてゴーフォーワンドに故障発生。彼女はもんどりうって転倒し、

意識がないのか動かない。

 

再来の元となったラフィアンも、

レース中の故障が元で競争中止しているとかって話で。

二つ名だけではなく、同様のアクシデントに見舞われるとは……

 

実況によると、ラフィアンが故障したのもここ、

ベルモントパークだったというから、

何ともいたたまれない話である。

 

そんなところまで似なくてもいいのにという、

まさに『ラフィアンの悲劇』。

 

バヤコヤはそのままゴールして勝利したが、

喜べるような状況ではなく、表彰式では涙を流しながら、

トロフィーを受け取ることになった。

 

 

 

 

 

立て続けに起こった異常事態により、

レース場全体が異様な雰囲気に包まれる中、

プログラムは準メインのターフを迎えた。

 

大外の12番枠から、シリウスが出走する。

 

あいつのことだから、アクシデントが起ころうが何だろうが、

特に何も感じてなさそうだけど……

 

なんか気になってしょうがない。

 

このままでは落ち着けそうにないので、

ちょっと様子を見に行ってみようか……

 

自分の控室を出て、シリウスの控室へと向かう。

すると──

 

「……あ」

 

「来ると思ったぜ」

 

シリウスのヤツ、すでに勝負服を着こんで部屋から出て、

ドアの前で腕を組んだ仁王立ち状態で待ってやがった。

 

なんだと? 俺が来るのを予想できたってのか?

 

「続けざまのアクシデントで、

 私のことも心配になったとか言うんじゃあるまいな?」

 

「……」

 

ドヤ顔で言ってくるシリウス。

図星なので何も言い返せなかった。

 

「ハハッ、相変わらずナーバスなやつだ」

 

「……うるさい」

 

その、うれしそうな顔がむかつく。

し、心配したけど、そういうんじゃないんだからな!(意味不明)

 

「他人よりも、自分の心配をしろ」

 

「……わかってるよ」

 

急に真顔に戻って言うのはやめろ。

んで、正論を振りかざすのも禁止だ。

 

くそっ、来るんじゃなかった……

恥かかされただけの格好じゃないか。

 

「大丈夫だ」

 

「え? うわっ」

 

そう言って歩み寄ってきたシリウスが、

ぽんっと俺の頭の上に手を置いて──

 

「また世界をアッと言わせてきてやるから、

 安心して見ていろ」

 

「ちょっ、待っ……髪が~!?」

 

ぐちゃぐちゃっと乱暴に髪をかきまぜた。

 

せっかくセットした髪が!

って、なんか前にもあったぞこんなこと!?

 

「じゃあな」

 

やるだけやって行ってしまうシリウス。

 

うぬぬ……おのれ~っ。

結果を出せなかったら承知しないからな!

 

「……がんばれ」

 

廊下の奥に進むにつれて小さくなっていくシリウスの背中を、

そう言って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さん、こんばんは。

 もう、おはようという時間でしょうか』

 

日本向けの衛星中継が始まる。

 

『こちらアメリカはニューヨーク近郊、

 ベルモントパークレース場です。

 日本からファミーユリアンとシリウスシンボリが出走します、

 北米レースの祭典、ブリーダーズカップの模様をお送り致します』

 

『ベルモントパークの天候は晴れ。バ場状態は、芝コースが良、

 ダートコースも良となっております。

 解説のゴーダさん、これについてはいかがでしょう?』

 

『はい、比較的良好なコンディションですね。

 ファミーユリアン、シリウスシンボリ両人にとっては、

 実力通りの力を発揮できる状態だと思います』

 

『問題なさそうですか?』

 

『そうですね。ただひとつご注意いただきたいのは、

 ダートコース、こちらは砂というより土が主になっていますから、

 水分を含むほどタイムが遅くなります』

 

『つまり、脚抜きが良くなってタイムが上がる日本とは、

 まったくの逆だということですか』

 

『そういうことになります。良だと芝並みのタイムが出ますね。

 高速決着が得意なファミーユリアンにとっては、

 ドバイよりも期待できるというところでしょうか』

 

『なるほど、期待しましょう!』

 

こういったところで冒頭のやり取りが終わる。

次は、避けては通れない情報も、伝えなくてはならない。

 

『盛り上がっているところ、水を差すような情報で申し訳ありませんが、

 今回のBC、アクシデントが相次いでおりまして』

 

『すでに事故発生で救急搬送された子が3名います。

 また、BCスプリントでは、大本命デイジュールが

 敗れるという波乱も起きております。

 ゴーダさん、居たたまれない事故が起きてしまいました』

 

『そうですね……特にBCディスタフのゴーフォーワンド。

 圧倒的な強さで勝ってきてまして、昔、それ以上の結果を残した

 伝説的ウマ娘、ラフィアンの再来と謳われていたわけなんですが……』

 

『結果まで、ラフィアンと同様ということになってしまいましたね。

 しかも、舞台も同じベルモントというのが、さらに悲劇性を増しています』

 

『はい……残念です。

 とにかくこれからのレースの無事と、彼女たちの怪我が

 少しでも軽いことを祈るしかありません』

 

実況席の何とも言えない雰囲気は視聴者にも伝わり、

日本勢が出走するレースを前にして、不穏な空気は伝染していった。

 

 

 

 

 

『それでは準メイン競争、BCターフが間もなく発走となります。

 今年、海外を転戦してドバイシーマクラシックと英インターナショナルSを制し、

 G1を2勝しているシリウスシンボリが出走します』

 

『シリウスシンボリは締め切り直前で4番人気。

 1番人気は凱旋門賞から転戦のインザウイングスとなっておりまして、

 2番人気はアイルランドからの遠征で、前走2週前のカナディアン国際S*8

 制しているフレンチグローリー。3番人気は、インザウイングスと同様

 凱旋門賞からの転戦組のソーマレズとなっております』

 

『実績でも、シリウスシンボリは彼女たちに引けを取りません。

 大いに期待したいところであります』

 

『さあ発走時刻を迎えました。

 各ウマ娘、ゲートに収まります』

 

『態勢整いました。ゲートが開いてスタート!』

 

特に問題は起こらず、BCターフがスタートする。

 

『カコイーシーズ先手を取った。

 シリウスシンボリも出てきて2番手につけます』

 

まずはカコイーシーズが出てきてハナを奪う。

大外枠からシリウスも先行して、番手の位置を確保した。

 

『そのうしろソーマレズ3番手』

 

『インザウイングスはスタートが良くありませんでした。

 後ろから2人目につけています』

 

1番人気のインザウイングスはスタートで後手を踏み、後方から。

しかし全体的にバ群は捌けず、ほぼ一団という形で向こう正面へ。

 

『先頭はカコイーシーズ逃げている。

 シリウスシンボリ2番手変わりません』

 

『インザウイングス内から押し上げていっています』

 

先頭カコイーシーズ、1バ身でシリウス。

後方に位置していたインザウイングスは、

上手く内を突いてポジションを徐々に上げていっている。

 

レースはそのまま大きな動きを見せることなく、

3コーナーから4コーナーへと差し掛かった。

 

『カコイーシーズまだ先頭。

 シリウスシンボリ外から並びかけて4コーナーを回ります』

 

『後ろからウィズアプルーヴァルとインザウイングス迫ってきた』

 

直線に向いたところで、シリウスが捉えにかかる。

その後ろからは、G1ではまだ実績のないウィズアプルーヴァルと

1番人気インザウイングスがやってきた。

 

『カコイーシーズをかわしてシリウスシンボリ先頭に出た!』

 

『ウィズアプルーヴァルとインザウイングス、

 並んで追ってくる!』

 

直線半ば、シリウスがカコイーシーズを競り落として先頭に立った。

しかし、直後にはウィズアプルーヴァルとインザウイングスが迫る。

 

脚色はシリウス対ウィズアプローヴァルで五分五分。

シリウス対インザウイングスで、インザウイングスが優勢。

 

『がんばるシリウスシンボリ! がんばれシリウス!』

 

『インザウイングス追い込む! 差がほぼなくなってきた!

 ウィズアプルーヴァルはやや劣勢か』

 

シリウスとインザウイングスが完全に並んだ。

その両者よりは勢いがなく、ウィズアプルーヴァルは3番手。

 

『残り100m!』

 

『シリウスシンボリ、インザウイングスの激しい叩き合い!

 2人とも必死の形相でゴールへ向かう!』

 

脚色では劣勢だったシリウスだが、驚異の根性を見せて盛り返し、

共に死力を尽くした叩き合いへと移行。

 

『シリウスシンボリ! インザウイングス!

 競り合ったまま並んでゴールインッ!』

 

『さあどっちだ!? まったくわかりません!』

 

2人は並んだままゴール板を通過。

半バ身遅れてウィズアプルーヴァルが3着で入線。

 

結果は、写真判定へと持ち込まれた。

5分以上に及んだ長い判定の末……

 

『……あ、いま結果が出ました。

 1着インザウイングスです。インザウイングスBCターフ制覇!

 シリウスシンボリ惜しくもハナ差で敗れました!』

 

のちの主催者発表によると、

両者の差はわずか3センチ*9だったという。

 

 

 

 

 

ブリーダーズカップターフ  結果

 

1着  インザウイングス   2:29.6

2着  シリウスシンボリ     ハナ

3着  ウィズアプルーヴァル   1/2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惜しかった。

もう、そんな言葉しか出てこないくらいの結果だ。

 

欧州G1を勝っている一流と、堂々と真っ向勝負してのハナ差2着。

十分に誇っていい結果だと思うけど、

シリウス自身も、史実とは違って、向こうでG1勝ってるわけだし、

好走したから満足だなんて、とても思えないはずだ。

 

なんて声をかけていいものなのか悩むが、

とりあえず出迎えてはやるべきだと思ったので、

控室を出て、引き上げてくるのを待った。

 

「……!」

 

「おつかれ」

 

程なくして、悔しそうな顔のシリウスが現れた。

一声かけると、さらに悔しそうにそっぽを向く。

 

「惜しかったね」

 

「……負けは負けだ。惜しいも何もない」

 

搾り出すような声のシリウス。

両手はぎゅっと握られており、悔しさが手に取るようにわかる。

 

そうだよな……悔しいよな……

 

「っ」

 

そう思った途端、身体が勝手に動いた。

足早に歩み寄って、シリウスを正面から抱き締める。

 

「おまっ……!」

 

「がんばったね、よくがんばった。誇っていいよ」

 

「……」

 

最初こそ抵抗するそぶりを見せたシリウスだったが、

声をかけてポンポンと後頭部を撫でると、すぐに大人しくなった。

それどころか、俺の肩に顔を乗せてくる。

 

「……リアン」

 

「うん?」

 

「すまん……勝てなかった……」

 

「謝ることなんてないよ。言ったでしょ。

 よくがんばった。誇るべき結果だよ」

 

「あぁ……」

 

シリウスの身体からさらに力が抜けたのが分かる。

完全に弛緩状態だ。

 

凱旋門の時といい、こうまでして俺に付き合ってくれたんだもんな。

これで奮起せずしてどうするんだって話で。

 

しばらく抱き合っていたところで、クラシック出走者の招集がかかった。

 

「ごめん、行かなきゃ」

 

「……ああ」

 

身体を離し、そう声をかける。

頷いたシリウスの顔は、なんとも形容しがたいものだった。

名残惜しそうでもあり、解放されてうれしそうでもあり。

 

お、そうだ。

不意に思いついたことを提案してみようか。

 

「ねえシリウス」

 

「なんだよ?」

 

「ベルトについてるそれ、貸してくれない?」

 

「ああ? なんだって?」

 

眉をへの字に曲げて、たちまちのうちに怪訝そうな顔になるシリウス。

勝負服のベルトに下がっている、なんていうのかわからないけど、

赤いテープ状のやつ。

 

「……コレか?」

 

「そう、それそれ」

 

シリウスが、自分で持ち上げて見せつつ言うので、頷く。

 

「帯に付けさせてもらおうかなって。

 ほら、凱旋門の時と違って、今度はあんたがいないでしょ?

 それ着けてれば、なんか一緒に走ってる気になるかな~、なんて」

 

「………」

 

我ながら、なんて即興で馬鹿らしい言い訳なんだ。

見ろ、シリウスの顔の怪訝さが、ますます増していくではないか。

 

「ふん……」

 

しかし次の瞬間、ふっと笑ったかと思うと

 

「ほら、持ってけ」

 

ベルトからソレを外し、渡してきた。

 

「いいの?」

 

「なんせ、私がいないとダメダメな

 凱旋門賞ウマ娘様だからな、おまえは」

 

「そういうことにしておいて」

 

貸してくれるなら何でもいいよ。

 

後から考えると、なにしてんの俺って悶えそうな

言動と態度だったが、このときはそうするのが最優先だったんだ。

 

「ほらよ」

 

「ありがと」

 

シリウスから受け取ったソレを、

自分の勝負服の帯に付けようと……

 

……あれ? これってベルトがないとダメなやつかい?

ベルトの輪っかについてる金具を通さないと固定できないっぽい。

 

てっきりクリップかなんかで直接付いてるのかと思ってた。

専用の金具がないとダメじゃんこれ。

 

どうしよ?

 

「……ったく」

 

慌てる俺を見て、ため息をつくシリウス。

 

「きっちりやる必要なんかないだろ。

 帯の中にでも仕込んでおけばいい」

 

「あ、そうか。なるほど」

 

確かにシリウスの言うとおり、身に着けられていればいいわけだから、

付け方にまでこだわる必要はないわけだもんな。

 

それでは早速、帯の中に入れておくとしよう。

 

「やれやれだな」

 

そんな様子を見て、苦笑しているシリウス。

つられて俺も笑った。

 

「ほら、さっさといけ。

 遅刻して除外になっても知らねえぞ」

 

「うん、行ってくる。それじゃ」

 

よし、これで百万の援軍を得たにも等しい。

仇は取ってやるから見てろよ。

 

遅れそうなのも事実なので、早足でパドックへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアンが去った後のシリウス

 

「どこか抜けてる奴だ」

 

姿が消えたほうを見せつつ、呟く。

その顔には、相変わらずの苦笑が浮かんでいる。

 

「……リアン」

 

笑みが、優しげなものに変わった。

 

「勝ってこい。おまえがナンバーワンだ」

 

 

 

 

*1
2023年はBC史上初めて、クラシックが最終競争から外れた

*2
北米牝馬ダート路線の頂点を決めるレース。21年には日本のマルシェロレーヌが北米調教馬以外での初勝利を飾った

*3
アメリカ生産、イギリス調教の競走馬。90年に欧州のスプリント路線に君臨し、スプリンターながら年度代表馬に輝いている

*4
スタンドの影という説が濃厚

*5
現実では北米牝馬ダートの頂点を決めるレース

*6
ニューヨーク牝馬三冠。牝馬三冠がトリプルティアラと呼ばれる由来の競争。参考WIKI・https://x.gd/RxXUe

*7
70年代にトリプルティアラを達成し、負け知らずの10連勝するなどした伝説的名牝。レース中に骨折し競争中止。治療が試みられたが、暴れたために断念され安楽死処置がとられた。参考wiki https://x.gd/OPq26

*8
90年当時の名称はロスマンズ国際S。96年から現名称

*9
僅差でのG1勝利というと、フラワーパークのスプリンターズSが思い浮かぶ。12分間という異例の長い写真判定の結果、2着エイシンワシントンとの差は1センチと発表されている。なおフラワーパークは存命である(32歳)





リアンが、リアンがデレた!?


遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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第95話 孤児ウマ娘、5ヶ国3大陸王者へ!

 

 

 

『いよいよブリーダーズカップも佳境です。

 クラシックの発走が迫りました』

 

『締め切り直前の人気は、日本のファミーユリアンが1番人気。

 2番人気リズム、3番人気フライングコンチネンタルとなっております』

 

北米最大のレースにおいて、リアンが堂々と1番人気を得た。

ドバイWCと凱旋門賞の実績を考えれば、当然のことであろう。

 

ケンタッキーダービー娘アンブライドルドは4番人気。

故障から復帰戦のサンデーセレニティは6番人気で、

欧州より参戦のイブンベイは、ダート経験がないことで嫌われたか、

15人中の13番目と、まったく人気になっていなかった。

 

『ゴーダさんの最終見解をお伺いします。

 ずばり勝算はいかがでしょうか?』

 

『普段通りの力を発揮したのであれば、

 ファミーユリアンが勝つ見込みはかなり高いと思います。

 数々の実績もそうですし、持ちタイム的にもそうです。

 ドバイで出した2分切りのタイムは、記憶に新しいところですし、

 彼女の能力の高さは、今さら言うまでもないでしょう』

 

『となると気になるのは展開ですが?』

 

『はい、そうですね』

 

実力的にはもはや疑うべくもないということで、

実況席両者のやり取りは、レース展開へと移る。

 

『幸運なことに5番枠を引けましたので、

 彼女の先行力であれば、すんなりと前には行けるでしょう。

 ですが気になるのは、2番イブンベイの動向です』

 

『イブンベイ、ですか。

 彼女は去年のジャパンカップにも来ていて、逃げて

 驚異的レコードの立役者となっていましたね』

 

『はい。彼女本来の脚質的には差し傾向のはずなんですが、

 ジャパンカップの際には、アメリカのホークスターと

 激しい先行争いを演じました』

 

レースファン、それもリアンのファンであるならば、

忘れたくても忘れられないレースのひとつであろう。

ましてや昨年のことだから、いまだ脳裏に焼き付いているに違いない。

 

『枠順抽選会で2番枠を引き当てて、大喜びしていたそうですから、

 今回も逃げることを考えていそうです。

 因縁の相手ファミーユリアンもいることですしね』

 

『となると、彼女に絡まれるのは、あまりよくない気がしますが』

 

『そうですね。少なくとも、ハイペースは必至となりそうです。

 あるいはそれを見越して、最初から後方に構えるか。

 いずれにせよ、ファミーユリアンの位置取りに注目しましょう』

 

解説者はそう言って、自身の見解を締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まもなく発走時間を迎える。

 

幸いにも内のほうである5番枠を引けた。

逃げ対決を挑まれてしまっていることもあるし、

ここは真正面から殴り合いに行くしかなさそうだ。

 

その相手が、より内側の2番枠であることが気になるけどね。

 

まあ気にしすぎてもしょうがないか。

なるようになれと思って、思い切りいくしかない。

 

サンデーのやつにも、全力で走れと言われているしね。

 

シリウスから貸してもらった、あいつの勝負服の一部を

忍ばせている帯を上からさすって、気持ちを落ち着かせる。

 

大丈夫、1人じゃない。

……大丈夫だ。よし!

 

落ち着いたところで、1コーナーに設置されたゲートの後方で、

最終準備運動的な屈伸運動を──

 

……?

 

今、ほんの少しだけど、左足になんか違和感が……

ちょうど手術したあたりだけに気にかかるが……

 

………。

 

改めて屈伸したり、つま先で地面を蹴ってみたりしたけど、

それ以上は何の感触もなかった。

 

……気のせいか?

 

と、ここで招集がかかってしまったこともあり、

以降はそんなことはすっぱりと忘れてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『BCクラシック、出走全員ゲートに収まりました。

 ……スタート!』

 

『綺麗なスタートを切りました』

 

全員が無事にスタートし、平穏なスタートとなる。

 

『ファミーユリアン、ハナを主張しにかかりますが、

 内からイブンベイ出てきます』

 

中でも、想定された通りの好スタートを切った2人。

 

リアンがいつもの逃げに入ろうとするものの、

内側からもイブンベイがスタートダッシュを決め、譲る気配など全くない。

 

『ファミーユリアンとイブンベイ、並んで先頭。

 3番手ライブリーワンとの差が開いていきます』

 

先頭の2人と、3番手につけた子の差が、みるみる開いていく。

その後方はひと塊で、2コーナーを回った。

 

『向こう正面にかかっても、先頭両者の関係は変わりません。

 まもなくレースの中間地点を迎えます。

 手元の時計で……57秒9で通過しました。

 やはり芝並みのハイペースになりました!』

 

『ファミーユリアンとイブンベイ、並んで飛ばしております!』

 

いくら早く流れることが多いアメリカのレースと言えども、

異例とも思えるくらいのハイペースになった。

 

しかも、そのペースを作っているのは、

北米以外の出身であることを考えると、

アメリカのレース界にとっては、青天の霹靂であったろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おほほほほ!!」

 

隣を走るイブンベイが、相も変わらずうるさい件。

全力で走りながら、よくそれだけ声を出せるものだ。

 

少なくとも俺には無理だし、

こいつ以外に、レース中にここまで喋るヤツは見たことがない。

 

「来ましたわ。滾ってきてますわぁ~ッ!!」

 

楽しそうだなあオイ。

並んでいるから、表情までは確認できないが、

きっと満面の笑みなんだろう。

 

「こんなに楽しいレースは初めてデスわ!

 やっぱり()()()とのレースは一味も二味も違うんですノヨ!

 ねえっ、ファミーユリアンさんっ、そうでショウッ!?」

 

「………」

 

「あなたも同じ思いデシたら、どんなに嬉しいことか!」

 

やかましいわい。

こちとら、そこまで純粋に楽しめるほどの余裕はないわ。

 

「さあさあ参りますわよ。もっと飛ばしていきますワ~!」

 

「……!」

 

まさか、うそだろ?

このうえさらに飛ばしていくって言うのか?

 

それはオーバーペースが過ぎるだろ……

今でさえ結構やばいぞ。

 

1000m確実に60秒切ってるペースだもんよ。

体感だと58秒くらいだから、ダートでこれは限りなくやべーぞ。

こっちのほうが最後まで持つのか心配になってきた。

 

さすがに付き合いきれん。

お先にどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3コーナーに入ったところで、イブンベイが前に出ました。

 ファミーユリアン後退して2番手。

 これは自重したのか、それともついていけないのか!?』

 

もう辛抱たまらんという感じで、

リアンがイブンベイの後ろに回ったことを見て、実況の声が上擦った。

 

『ファミーユリアンの後方は10バ身近く開いてライブリーワン3番手』

 

『内側から、ケンタッキーダービー娘アンブライドルド、

 差を詰めてきています』

 

『イブンベイ単独先頭で4コーナーを回る。

 日本のファミーユリアン、1バ身差で追走』

 

レースはそのまま、イブンベイが先頭で最終直線へ。

ほとんど差がなくリアンが2番手。

 

その後ろは、アンブライドルドがさらに進出してきており、

虎視眈々と前を狙っている。

 

『逃げるイブンベイ。ファミーユリアン追いすがる。

 3番手アンブライドルド上がってきている』

 

『出たっ、ファミーユリアンここで切り札発動!

 前傾走法で差を詰める! 並んできたっ!』

 

決して長くはない、330mの最終直線。

直線に入って間もなく、リアンが前傾走法を出して末脚を発揮。

イブンベイを徐々に追い詰めていく。

 

『残り200m。ファミーユリアンかわしたっ。

 イブンベイを捉えて先頭っ!』

 

イブンベイもよく頑張ったが、ここで末脚の差が出た。

 

どちらかといえばジリ脚傾向のイブンベイに対し、

リアンのそれはキレも持続力も超一流のそれだった。

 

先頭に躍り出たリアンは、逆にじりじりと差を広げていく。

 

『1バ身、2バ身、完全に抜け出した!

 ファミーユリアン、日本、ドバイ、イギリス、フランスに続いて、

 ここアメリカでも頂点を極めるぞ~!』

 

『ファミーユリアン、いま先頭でゴールインッ!』

 

『やりました! ファミーユリアン、累計5か国目、

 3大陸のG1を制覇! 通算ではG1・17勝目*1の大記録!

 まさに全世界、全地球的ウマ娘に他なりませんっ!』

 

『勝ちタイム、な、なんと1分57秒65と計時されています。

 これは、ええと、ベルモントのコースレコード*2というだけではなく……

 え~少々お待ちください……』

 

あまりの時計に、混乱している実況席。

驚きよりも困惑が勝ってしまっているようであった。

 

『世界レコード! 世界レコードが更新されました!』

 

十数秒ほどの沈黙の後、絶叫が轟く。

 

『従来のダート10ハロンのレコードは、80年に

 スペクタキュラービッド*3が記録した1分57秒8でしたが、

 これをはっきりと上回りました』

 

『芝2400mに続いて、2つめの世界レコードを手にしました!』

 

芝の王道と言える距離に続いて、

ダートのメインディスタンスである10Fでの世界レコード。

 

もはやこれ以上の記録は存在しえない。

実況席が混乱し、大興奮してしまうのも当然だった。

 

だがしかしそのせいで、重大な事実に気が付くのに遅れてしまう。

 

『あっとファミーユリアン、両膝をついて、

 俯き加減に激しく肩を上下させている。大丈夫かッ!?』

 

リプレイ映像によると、ゴール直後には即座にスピードを緩め、

倒れ込むようにしてばったりと膝をついており、

その後は実況が言ったように、遠目に見てもはっきりわかるほどの

苦しがりようであった。

 

凱旋門賞後に、体調を悪くしたことも記憶に新しく、

おそらくはレースを見ていた全員に緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

 

……苦しい。

 

もう勝利とか他はどうでも良くて、

苦しいという思いしかなかった。

 

息を吸い込んでも吸い込んでも、まったく楽にならない。

酸素が、酸素が欲しい。酸素をくれ……!

 

レース後にここまで苦しくなるのは初めて。

 

いや、いつぞやの春天のときも、一時的に失神してたかと

疑うくらいに苦しかったけど、その後はここまでではなかった。

 

そりゃ厳しいレースだったことも確かだけど、

それにしたってここまでは……

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!」

 

1着でゴールできたことは確認したけど、

喜ぶどころの騒ぎじゃないぞ。

 

激しい動悸に、ここまでの息切れ……

 

ど、どうなってるんだこれ……

俺の身体、どうなっちまったんだいったい?

 

「ファミーユリアンさんっ!」

 

最初に俺の異変に気付いて、駆け寄ってきてくれたのは、

声からしてイブンベイのようだった。

 

「だ、大丈夫ですかっ!? 今お医者様を──」

 

彼女かどうかを確認するよりも前に、

どうにか手を伸ばして彼女の腕を取り、引き留める。

 

「だい……はあはあ……じょ……ぶ、だから……はあ、はあ……」

 

「で、デスが……」

 

「あいむおーけー……はあ、はあ、はあ……OK?」

 

「わ……わかりまシタわ」

 

必死に訴えた結果、救護を呼ぶことだけは阻止できた。

 

そうだ、普通に疲れただけ。そうに違いない。

医者に頼るまでもなく、凱旋門賞の時もそうだったように、

ちょっと休めば回復するから……

 

「……はあ。す~……は~……」

 

すると少しは落ち着いたのか、呼吸が楽になってきた。

最後にひとつ深呼吸して、苦しさからは解放される。

 

ほら、思った通りじゃないか。

 

「リアンちゃんっ!」

 

その直後に、再び誰かが駆けつけてきた。

 

ようやく顔を上げられるようになったので、

視線を上げてみると、大焦りなスーちゃんの顔が見えた。

 

「すぐに医務室へ行きましょう!」

 

「……大丈夫ですよ。もう楽になりましたから。

 よいしょ……っと」

 

「あっ」

 

声もすごい切羽詰まってそうだったので、

大丈夫アピールをするために、立ち上がってみせる。

 

……ほら、もう大丈夫。

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですってば。みんな大袈裟だなあ」

 

「……わかったわ」

 

スーちゃんは俺の顔を覗き込んで、何事かを確認した後、

それでも心配はなくなってなさそうな感じで頷いた。

 

「確かに凱旋門の時よりは大丈夫そうだけど、

 あとで医務室には行きますからね。

 とりあえずしっかり検査はしてもらいます。

 何かあったら大変よ」

 

「えー……」

 

めんどくせえ……

 

でもまあ仕方ないか。

前走今回と、今までになかった事態なのは間違いないし。

 

「ファミーユリアンさん、大丈夫そうで何よりデスわ。

 やっぱりお強いですのね。でも楽しかったですワ。

 ありがとうございました!」

 

「君も相当に強いけどね」

 

事態が好転したことに安心したのか、

改めてイブンベイがそう言いつつ、右手を差し出してきた。

 

いや、あれだけのペースで逃げて、ケロッとしてる

おまえさんも、少なくともバケモノの領域だと思うよ。

これも若さか……

 

そう思いつつ、俺からも手を出して握手──

 

「あだだだだッ!?」

 

「あっ、申し訳ございません……強く握りすぎてしまいまシタか」

 

やめてくれゴリラ。

レース直後の消耗しきった身体に、その馬鹿力は効きすぎる。

普通なら耐えられたけど、今はちょっと無理だった。

 

謝ってくれたのはいいんだけど、

ちっとも悪びれているように見えないのはなんでかな?

 

「ワタクシ、決めました!」

 

「何を?」

 

「ワタクシ、もう1度、日本に参ります!」

 

え? それいま言うこと?

 

「そして、ジャパンカップに出ます。

 願わくば、あなたと3回目の対戦があらんことを!」

 

それもここで宣言することかなあ?

史実でも2年連続で出てたんだっけか?

 

まあ頑張ってくれとしか言えない。

俺は……どうだろうな。

 

どうやらこの分だと、疲労は相当にたまっているようだし、

ジャパンカップは微妙だと言わざるを得ない。

 

俺が出たいと言っても、スーちゃんからストップがかかるかもしれないし。

 

なんにせよ、海外遠征は大成功。

勝利という形で締めくくることもできたし、万々歳だ。

 

あとは帰国するだけ。

 

帰った時のみんなの反応が、楽しみのような、恐ろしいような……

複雑な気持ちだよ。

 

 

 

 

 

ブリーダーズカップクラシック  結果

 

1着  ファミーユリアン   1:57.65R

2着  アンブライドルド    3.1/2

3着  イブンベイ        1/2

 

中止 サンデーセレニティ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(BCリアルタイム視聴組の反応)

 

:アクシデント?

 

:すでに救急搬送が3人

 うち重傷が最低でも1人……

 

:呪われたBCにならなきゃいいが

 

:すでになってる気が

 

:リアンちゃんが勝ってさえくれれば、

 日本人にとっては関係ないさ

 アメリカ人には悪いけどな

 

:身も蓋もなくて草

 

:まあその通りなんだけど

 

 

 

:先にシリウスだな

 

:大敗した凱旋門賞からすると、どうなんだ?

 

:4番人気?

 

:意外と人気あるな

 

:確かに海外でもG1を2勝は、

 実績上位に入るわな

 

:でもむらっ気の塊だし

 

:激走も大敗もありうるのが、

 まあ魅力っちゃあ魅力だよな

 

:まあがんばれ

 リアンちゃんのよしみで、応援はしてやるさ

 

:偉そうにw

 

:さて発走だ

 激走を期待しようじゃないか

 

:スタート!

 

:お、今日も前目につけたな

 

:インザウイングス出遅れ

 

:いいぞ

 

:番手か

 

:いい流れ

 

:おお

 

:これは

 

:もしかして?

 

:ああああああああ

 

:粘れっ

 

:ぐわあ

 

:どっちだ!?

 

:わからん

 

:まったくわからんな……

 

:同着もありうるか

 

:激走の番だった

 

:写真判定長いな

 

:うむむ。この時間がもどかしい

 

:あああああああ

 

:だめか

 

:惜しかった

 

:いや、大健闘だって

 

:リアンちゃんに仇を取ってもらおう!

 

:頼んだぜリアンちゃん!

 

:しかしインザウイングスが勝って、

 これでリアンちゃんの評価がさらに上がるな

 

:レーティング楽しみだ

 

:上がるかな?

 

:ダンブレ越えも夢じゃない?

 

:そこまではわからんが、

 確実に上がってくれるだろうとは思う

 

:BCクラシックはダートだから

 カテゴリー違いか

 

 

 

:リアンちゃん出陣!

 

:海外遠征最後の1戦だ

 

:最後こそ肝心

 いい形で終わってくれよ

 

:よし

 

:今日も良いスタート

 

:イブンベイががが

 

:またおまえか

 

:今日は行くねえリアンちゃん

 

:事前記事で、先に挑まれちゃいましたって

 コメントしてたしなあ

 

:なんか悲鳴上がってね?

 

:実況全く触れてないけど、後方で何かあったっぽいな

 

:国際映像も先頭争いしか映さないし

 

:いやしかし早くね?

 

:57秒9!?

 

:は?

 

:マジで?

 

:芝並みどころか……

 

:意味わからん

 

:リアンちゃん大丈夫かいな?

 

:うぬぬ

 

:あ

 

:え

 

:あのリアンちゃんが、退いた?

 

:やべえ

 

:それほどか

 

:そりゃこのペースじゃ……

 

:イブンベイやばすぎる

 

:後ろはどうなんだ?

 

:上がってきてるのはアンブライドルドだけだな

 

:これは前2人とアンブラに絞られたか

 

:直線!

 

:いけっ

 

:いけえっ!

 

:行けっ!

 

:野生のゴ〇ダさんばかりで草

 

:出たあ

 

:よおしっ

 

:かわして先頭!

 

:きた

 

:やたあああああああああああ

 

:うおおおおおおおおお

 

:勝ったぁああああ!!!

 

:いええええええええええ

 

:タイム!!!!?

 

:57秒台!?

 

:なんて時計……

 

:世界レコード!

 

:そりゃそうだ

 

:超絶レコードじゃんこんなの

 

:日本じゃ絶対出ないと断言できる

 

:あっ

 

:リアンちゃんが……

 

:え、なにこれ?

 

:何が起きてる?

 

:すげえ苦しそう

 

:何かの発作か?

 

:早く医者を!

 

:真っ先に駆け付けるのがイブンベイとは

 

:スピードシンボリも大慌て

 

:そりゃ心配するよ

 

:前走のこともあるしな

 

:どこか悪いのかな……

 心配だ

 

:なんか病的なくらい異常な呼吸してる……

 

:過呼吸?

 

:いくらゴール直後とはいえ、

 あそこまで呼吸乱すのはちょっと……

 

:怪我ならともかく、

 病気というのが1番やばいぞ

 

:あ、立ち上がった

 

:平気っぽい?

 

:平気というか、少しは回復したって感じ?

 

:結局なんなんだ?

 

:わからん

 

:外野にはお手上げだな

 

:スピードシンボリがあんなに慌てている以上、

 少なくともトレーナーにも予想外だったってことだ

 

:これは……覚悟しておいたほうがいいのかもしれない

 

 

 

 

:勝利インタビューやるのか

 

:体調大丈夫なの?

 

:とりあえず安心

 

:はてさて本人的には何を語る?

 

 

 

*1
もちろん日本では最多勝。史実ではコパノリッキーのG1級11勝が最多。しかし世界を見ると、25勝した豪州のウィンクスという化け物がいるが、90年当時に限ると世界でも最多勝になる(障害は除く)。参考ページhttps://horseicon.web.fc2.com/g1wins.htm

*2
調べた限り、1分58秒33という数字を見つけた

*3
アメリカ競馬の黄金時代であった70年代の最後の大物。あまりの強さに他陣営が恐れをなし、レースが単走になったほどで、2000mまでならセクレタリアトより強いと云われた





ひとつ聞いてもいいかな?
サンデーはどうなった?

君のような勘のいい読者は嫌いだよ



いえ、決して忘れたわけではないですよ
ただ、海外の女(失礼)よりは、自身の結果と
より身近な存在(シリウス)に気を取られてしまっただけで……



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第96話 孤児ウマ娘、凱旋帰国する

 

 

 

「見事BCクラシックを制しました

 ファミーユリアンさんにお越しいただきました。

 おめでとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

レース確定後、日本向けの勝利インタビューを受ける。

 

凱旋門賞の直後はあんなだったから、

急遽キャンセルになっちゃったからね。

今回もすんなりとは行ってないけど、受けなくちゃと思ってさ。

 

「大変お疲れであるところを応じていただき、

 まことに申し訳ございません。体調はいかがでしょうか?」

 

「ええ、はい、いつにも増して疲れはしましたけど、

 まあ大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

定番の祝福する言葉の後、二言目には心配させてしまってすいません。

凱旋門賞後のことがあるからなんだろうな。

 

こう言うと、インタビュアーの人は、ホッとした様子で頷いてくれた。

 

実際、今は呼吸は落ち着いてるんで、問題はないと思う。

しかしまあ汗が止まらない。

今も服の袖で、何度も拭いながらのインタビューになっている。

 

「ではレースを振り返っていただきたいのですが──」

 

 

 

 

 

そのあとも、型通りのやり取りを済ませ、

勝利インタビューは無事に終了。

 

「じゃあリアンちゃん、医務室に行くわよ」

 

「わかりました」

 

ライブまでは時間が空くので、その間を利用して、

医務室に行って診てもらうことに。

 

大丈夫だと思うんだけどなあ。

でもスーちゃんが言うように何かあってからでは遅いし、

以前にはなかったことが起きているのもまた事実。

 

念のために診てもらうというのも、いいのかもしれない。

 

大量に汗をかいてしまったので、

スポーツドリンクで水分を補給してから、医務室へ向かう。

 

「………」

 

その道中で、シリウスのヤツが腕組みしながら何か言いたげに、

こちらを見つめているのを発見した。

 

あー、また心配かけちゃったかなあ。

あとでメールするのは当然として、

とりあえず勝ったぞという報告はしておくか。

 

『b』

 

サムズアップして見せて気持ちを送る。

すると……

 

『b』

 

なんと、あいつも同じようにして応えてくれた。

それも、悪ガキみたいな笑みを浮かべて、だ。

 

いつになくデレてくれるじゃないの。

とか思っていたら、即座に踵を返していってしまった。

 

相変わらずのツンデレだのう。

まあいいや。反応してくれただけで儲けものだ。

 

あ、そうだ。貸してもらったテープ状のやつ、

返さなきゃいけないんだけど、どうしよう?

まあいいか。また会う機会もあるだろう。

 

そうしてほっこりした気持ちになりつつ、

医務室に入ったところ……

 

「……よおリアン」

 

「あ」

 

先客がいた。

 

「サンデー……」

 

「セレン、だ。同じことを何度も言わせるな」

 

「ごめん」

 

「……ふん」

 

サンデーセレニティその人。

彼女は椅子に座った状態で、応急処置を受けているところだった。

 

痛みがあるのか、眉間にしわを寄せながら

左足首をアイシングしている状態。

 

確か故障したのは左足だったよな。

これって……

 

「ああ、そうだよ」

 

俺の表情から察したのか、

サンデーのやつは、諦めたかのような声で肯定した。

そして自虐するように笑う。

 

「無様なもんだ。意気がって出走したのはいいものの、

 いくらも走らないうちに競争中止とはな」

 

「中止……」

 

競争中止……

スーちゃんの顔を窺うと、静かに首肯して見せる彼女。

 

そうだったのか。

自分のことで精いっぱいで、全然気づいてなかった。

 

やっぱり治り切ってはいなかったんだな。

早々に競争中止したってことは、走れるような状態でもなかったと。

無理しやがって。

 

「笑いたきゃ笑うがいいさ」

 

「笑わないよ」

 

なおも自嘲するサンデーに対し、俺は首を振る。

 

「私との約束があったから、

 自分の身体も顧みずに走ってくれたってことでしょ?

 感謝しこそすれ、間違っても笑ったりなんてしないよ」

 

「……お優しいことで」

 

そう言うと、自嘲の笑みが苦笑に変わった。

しかし気持ちは伝わったようで、棘が抜けていって、

お互いに微笑み合う。

 

「勝ったそうだな。祝福が遅れた。おめでとう」

 

「ありがとう」

 

そして、サンデーからお祝いされた。

 

根は素直なやつなんだよ。

その前の態度や言動で、大いに誤解されているようだけど。

 

「それより、おまえまでどうして医務室に?

 まさか怪我したのか!? っ……」

 

「ああいや、怪我はしてないよ。

 ちょっと体調がおかしかったから、念のためにね」

 

「そうか……」

 

俺が医務室に来たことについて、

邪推して思わず立ち上がりかけ、痛みに顔をしかめるサンデー。

 

何やってんだよおまえは。

心配してくれるのはいいけど、まずは自分の身体だろ。

 

「では診ましょう」

 

「お願いします」

 

ここで先生が登場して、ゴール直後の状況を説明し、診察してもらう。

脈を測り、血圧を診て、いくつかの問診を行う。

 

結果、発汗の多さと脈の増加、血圧の上昇は見られるものの、

レ-ス直後だということを考えれば、さほどの異常ではないとのこと。

他に特になければ、普段通りで構わないとの診断だった。

 

よかった、安心したぜ。

実は、内心ではドキドキしてたんだぜ。

 

はっ、まさか、脈や血圧が上がってるのはそれのせいだったり?

 

「悪くはないようで良かったけど、帰国したら、

 真っ先に研究所に行って、徹底的に検査してもらいましょう」

 

とりあえずはスーちゃんも安心した様子だけど、

こんなことを言い出した。

 

まあ確かに、日本を離れて久しいことだし、身体のメンテを兼ねて、

1度、隅から隅まで調べてもらうのもありかもしれない。

 

でも、帰国、か。

 

……終わったんだな、海外遠征。

結果的には大成功で終わった。終えることができた。

 

いろいろ大変なこともあったけど、

今にして思えば、どれも良い思い出、ってところかな。

 

こうなると早く帰って、早くみんなの顔を見たいところだ。

どんな反応を示してくれるだろうか?

 

「何事もなかったようで何よりだ」

 

「うん、ありがと」

 

診察を終えたところで、サンデーがそう声をかけてきた。

こいつの治療も終わったところのようだ。

 

「セレンはどうなの?」

 

「ここではここまでだ。あとは病院だってよ」

 

「そう」

 

まあそうだよな。

応急処置はできるけど、本格的には、

ちゃんとした病院に行かないとってところだろう。

 

「まあこれで引退だろうな。

 怪我もそうだし、綺麗さっぱり諦めがついた」

 

「そう……」

 

元の怪我の時点で引退勧告されてたようだし、

妥当といえば妥当な判断と言える。

 

能力的には、もっと勝てそうなだけに惜しいのう。

ゴアもそうだったけど、強いということはそれだけ負荷もかかるということ。

そっくりそのまま、俺自身にも返ってくることだが。

 

「よし、決めたぞ」

 

「……?」

 

そう言って、何かを決心した様子のサンデー。

……嫌な予感がするんですが?

 

「脚が治ったら、俺様も日本に行くぞ!」

 

「はい?」

 

え、マジで?

 

そりゃあ、現実では引退後に日本に来て、

不世出のスーパーサイアーになるわけだが……

 

()()()では、ユーはいったい何のために日本へ?

 

「もちろんリアンのこともそうだが、何より、

 おまえという存在を生んだ国に興味がある。

 いや、俄然興味が出てきた!」

 

「そ、そう」

 

はあ? そういう解釈というか、そう思っちゃうの?

国に興味? まあ日本に興味を持ってくれるのは、

うれしいっちゃあうれしいわけだけど……

 

正直、ピンと来ないというかなんというか。

こういう形で修正力が働くんですか、そうですか。

 

「そのときは歓迎してくれるよな!?」

 

「あ、ああうん、もちろん」

 

「あんがとよ。絶対行くから待っててくれ!

 そうだ、ベフィのやつも連れて行ってやろう!」

 

ゴアまで巻き込むんか。

 

おいURA。

トニーやムーンと同じく、世界的スーパースターを

囲い込む大チャンスだぜ。それも2人同時に。

 

……勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちら成田空港到着ロビーです』

 

テレビの中継で映し出される成田空港。

 

『ご覧ください。早くも集まったファンの方たちが、

 それぞれ歓迎の思いを胸に、

 世界を制した“英雄”の到着を今か今かと待ち構えております』

 

何重にもなっている人垣。

彼らの手には、歓迎やありがとうといった、

感謝が示されたボードが握られている。

 

それもそのはず。

 

今日これから、ドバイ、凱旋門賞、BCの世界三大レースと言っても

過言ではないレースを制した『英雄』、それも同一年にすべて制覇という、

史上類を見ないまさに世界チャンピオンが、まもなく帰国するのだ。

 

人々の熱狂ぶりは、この局だけではなく、

テレビ各局がこぞって中継を行なっている状況からしても、

よくわかるところであった。

 

映像が、着陸態勢に入っている、1機の航空機に切り替わった。

 

『おお、あれに乗っているわけですか!』

 

『早く姿が見たいですね!』

 

『まもなく到着する様子です』

 

それだけで大騒ぎするスタジオ。

ミーハー的要素満載の日本的光景が、今まさに繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入国審査を終えて、ロビーに向かう。

 

さあ8か月ぶりの日本だ。

ファーストクラスのフラットシートで爆睡したおかげで、

気分はスッキリ爽快。

メイクもスーちゃんにしてもらって準備バッチリだぜぇ。

 

……あ、ごめん、ウソ。

 

さすがに疲れてて身体がクソ重いけど、

絶対テレビとかで中継されているだろうから、

そういうのは顔に出さないようにしないといけない。

 

よし、覚悟完了。

いざ参る!

 

 

 

『うわああああああああああっ!!!』

 

 

 

!!!

 

ロビーに出た瞬間、轟いてきた大歓声に度肝を抜かれた。

 

 

 

「うおおおおおおおおおめでとぉ~っ!」

 

「ありがと~リアンちゃん~っ!」

 

「感動じだ~あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

 

 

おお……おおっ……!

 

ファンの人たちの声がダイレクトに……

歓声だけじゃなくて、拍手まで起きておる……

 

レース場とは段違いに距離が近い分、大きく聞こえる。

それに屋内の空間だから、幾重にも反復して聞こえて……

 

うおおお、いつもの横断幕も持ってくれてるのが見える。

あれはファンクラブの一団か。

それ以外にも、あんなに大勢の人、人、人。

 

これは大感動、大感激だっ!

 

大きく頭を下げてから、手を振ってみせる。

そしたら……

 

 

 

『リ・ア・ンっ! リ・ア・ンっ!』

 

 

 

こんなところでリアンコールの大合唱が始まってしまった。

いつまでも聞いていたい衝動に駆られて、動けなくなってしまう。

 

結局、業を煮やした空港の職員の人に促されるまで、

しばらくその場に立ち尽くして、

久しぶりに聞くリアンコールを大いに堪能することになった。

 

 

 

 

 

「それでは、ファミーユリアン帰国会見を始めます」

 

その足で、空港内に設けられた会見場に向かい、記者会見を行う。

隣にはもちろんスーちゃんも座っているよ。

 

会場に入るなり、フラッシュの嵐でさ。

歓迎してくれるのはいいんだけどね。何度も言うようだが、

こればっかりは、何度やっても慣れないよなあ。

 

「まずはファミーユリアンより、一言申し上げます。

 ファミーユリアンさん、よろしくお願いいたします」

 

司会者から促されて、マイクを渡される。

さて、第一声はどうするべきかね。

 

「えー、みなさん、こうして無事に帰ってこられましたことを

 報告できることになりまして、大変喜ばしく思っております。

 私としましても、最高と言ってもいい結果を残すことができまして、

 満足するのと共に、今はホッとしています。

 数々のご支援ご声援、ありがとうございました」

 

そこまで一気に言って、頭を下げる。

頭を上げるついでに司会者を見て、進行を促した。

 

「では代表質問に移ります。

 幹事社の〇〇、○○さん、お願いします」

 

「○○です。代表して質問をさせていただきます。

 ご覧のように、たくさんのファンが詰めかけていましたが、

 どう思われましたでしょうか?」

 

「凄く驚きました」

 

続けて代表質問へ。

 

少しは待ってくれてる人がいるかなって期待したけど、

あんなに集まってるとは思わなかったよ。

 

「改めて、それだけ応援していただけたんだと実感できまして、

 うれしかったです。感謝の言葉もありません」

 

「遠征中に1番嬉しかったこと、また、

 1番つらかったことは何でしょうか?」

 

「うれしかったことは、それはもう、世界の大レースで勝てたことです。

 それもひとつだけではなくて、ふたつみっつと、

 勝利を積み重ねられたことが何よりだと思ってます」

 

単発にならなかったことが1番かな。

ドバイだけ、キングジョージだけとかで終わらなくてよかった。

 

もちろん、ひとつ勝てるだけでも十二分に大きなことなんだけどね。

 

「つらかったのは……やっぱりフォワ賞での敗戦ですかね。

 負けたこともそうですし、雨の中で、すごく寒かったのを覚えてます」

 

アレは本当にきつかった。

特に、体調崩すんじゃないかってヒヤヒヤしたしな。

 

「ドバイWC、コロネーションカップ、キングジョージ、

 凱旋門賞、BCと、文字通りの世界に名だたる大レースを

 勝利なされたわけですが、ご自身の中で、

 1番大きな勝利だと思われているのは、なんでしょうか?」

 

「単純には比較できませんし、どれもうれしかったのは、

 先に申し上げた通りですが……

 やはり凱旋門賞が格別でしょうか」

 

「世界一の伝統と格式を誇るレースですものね」

 

「それもありますし……何より、

 戦友の想いに応えられたというのが大きいですね」

 

「と、仰られますと?」

 

「ええと……」

 

どうしようかな……

 

詳しく言っちゃうと、シリウスのヤツが怒りそうだしなあ。

それは俺たちの間だけで秘めておきたい気持ちもある。

加えてルドルフやスーちゃんの想いもあるしさ。

 

「これまで一緒に走ってきた数々の子たちからも、

 様々な想いを託されて走ったんだと思っていますので、

 そういう意味で、ということですね」

 

よし、上手くごまかせたぞ。

こう言えば特に問題はなかろう。

 

シリウスのヤツには改めて、

また別の機会に感謝を伝えるとしよう。

 

「凱旋門賞以外で、印象に残っているレースはありますか?」

 

「うーん、キングジョージですかね」

 

アレはマジでやばかった。

事前情報がなかったら負けてたね。

 

「刻々と変化するレースの中で、上手く状況に対応して、

 上手く勝てたと思います。それと、トニーとムーン、

 トニービンさんとムーンマッドネスさんから頂いたアドバイスが、

 非常に的確だったことも付け加えておきます。

 2人には大変感謝しています」

 

「具体的に、どのようなアドバイスを?」

 

「ええと、あちらでは位置取り争いが激しいから、

 万が一のことも考えておけと、そういった類のことです」

 

凄くマイルドにぼかして言ったけど、

まあ伝わるだろうなあ。しょうがないか。

他に言いようがないもん。

 

俺も思うところがないではないが、終わったことだし、

結果的には勝てたんだから良しとしよう。

 

「スピードシンボリトレーナーにお伺いします」

 

「どうぞ」

 

質問がスーちゃんにも飛ぶ。

 

「遠征の最中、1番気を付けたことは何でしょうか?」

 

「もちろんリアンさんの体調、健康管理、これに尽きます。

 もともと身体の強い子ではありませんし、

 故障させるわけにもいきませんから、

 細心の注意を払ったつもりでいます」

 

だよねえ。スーちゃんの答えに納得だ。

 

数々の出来事でそれは感じる。

フォワ賞での敗戦後のことなんて、それは顕著だった。

 

「現状でのファミーユリアンさんの状態については、

 どうなんでしょうか。皆さん大変心配されていることかと思いますが、

 凱旋門賞と、BCのレース後の様子を見る限り、

 あまり良いとは思えませんが?」

 

「私もそう思います」

 

記者の質問に、深く頷いて見せるスーちゃん。

 

「疲労の蓄積が大きな要因のひとつだと見ていまして、

 一応、現地での検査で問題はないとの診断は頂いていますが、

 これから詳しくチェックすることになると思います」

 

「では、気が早くて申し訳ないのですが、次走については?」

 

「未定です。すべてはこれから、

 リアンさんの体調、状態次第になります」

 

やっぱりみんな心配してくれてるんだなあ。

つくづく申し訳ない。

 

「同じことの繰り返しになってしまいますが、

 1番嬉しかったこと、つらかったことをお聞かせください」

 

「それはもう、凱旋門賞を勝ってくれた、

 それだけで十分です。私の、いえ日本の夢を叶えてくれた。

 ……何も言うことはありません」

 

最後は当時の思いが蘇ったのか、

不自然に言葉に詰まったスーちゃん。

 

映像で見返したあの喜びようから察するに、

ドバイの時以上の感動があったんだろう。

 

「……本当に……私などにはもったいない、

 誰に対しても、堂々と誇れる、素晴らしい教え子です……」

 

さらに途切れ途切れになりつつ、言葉を紡ぐスーちゃん。

ついにはハンカチを取り出して目元を拭った。

会場にも、労いと感謝、祝福の思いが満ちていく。

 

あーもう、こっちにまで伝わってくるじゃないか。

やめてくれよもう……

 

 

 

 

 

代表質問の後は、恒例の質疑応答へと移った。

 

「府中ケーブルテレビの乙名史です」

 

そして案の定、真っ先に手を上げて1番に指名されたのは、

乙名史さんである。他社もファンたちも文句なんか言わないし、

もはや慣例と化した感があるな。

 

「大変お疲れさまでした」

 

最初に労ってくれたことに対し、軽く頭を下げて応じる。

 

いやいや、乙名史さんもご苦労様でした。

一足先に帰国していたとはいえ、わずかな時間しかなかったわけで、

そんな中で準備を整えてこの会見にも来ているのは、

まさにあなたこそお疲れさまとしか言えませんよ。

 

「帰国された今、真っ先に行きたいところと、

 会いたい人は誰でしょうか?」

 

おう? 意外なところを突いてきたな。

いや、彼女だからこそ、かな。

 

おそらく俺の回答も、おおよそは見当がついているんじゃないか?

確認する意味合いが強いということか。

 

「出身の孤児院に行って、院長たちに報告したいですね」

 

こう答えると、うんうんと頷く乙名史さん。

予想通り、かな。

 

「なんとお伝えしますか?」

 

「うーん、どうでしょう……

 たぶん言葉に詰まって何も言えなくなっちゃうと思いますから、

 今から考えていくのは無駄になっちゃいますね。

 まあお互い感極まって、という結果になると思います」

 

「なるほど、ありがとうございます!」

 

お礼だけ言って、腰を下ろす乙名史さん。

 

やけにあっさりだったな。

その分、後で何かおねだりされそうだ。

 

……その様子も取材させてとか言い出さないよな?

さすがにプライベートが過ぎますぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港での会見を終えると、URAの本部へと移動。

幹部の皆さんにご報告だ。

 

「おめでとうっ!」

 

「ありがとうございます」

 

ここでも型通りのお祝いをされて、

花束なんかを渡されて、祝福ムード一色だったんだが。

 

「ところで……」

 

URAの理事長が皆から隠れるようにしながらコソコソと、

言いにくそうにしながらも切り出してきたこと。

 

「来年も走るつもりなのかね?」

 

今ここで聞くことか?とも思ったけど、

別に隠すようなことでもないし、まあいいかと軽く応じた。

 

「そのつもりですが、何か?」

 

「いや、結構結構。大いに頑張ってくれたまえよ!」

 

「はあ」

 

そう言って、ポンッと俺の肩を叩いて行ってしまったURA理事長。

 

聞き出しづらそうにしていた割には、

やけに簡単なリアクションだったが、なんだったんだろうか?

 

「トニーとムーンも、色々ありがとね」

 

「なに、たいしたことはしていないさ」

 

「そうね、すべてはリアンが頑張ったからよ」

 

URAの職員となっているトニーとムーンの姿もあって、

2人に歩み寄って手を取り、感謝を伝えた。

 

「何かお礼しないとなあ。何がいい?」

 

「不要だよ。報酬はURAから頂いているさ」

 

「まあ、くれるというなら貰ってあげるけど?

 コンビニスイーツ全部盛りというのはどう?」

 

冗談めいて尋ねたら、2人からも冗談めいた答えが返ってきた。

トニーはそうだと確信できるが、

ムーンのほうは……冗談なんだよな?

 

「なんにせよ、これで契約の半分は果たせたというわけだ」

 

「どういうこと?」

 

「単純なことさ。URAとの契約の中に、

 君のサポートをするという役目も含まれていたからね」

 

トニーはそう言って、わざとらしくウィンクをしてきた。

そういやドバイで会った時にも言ってたっけ。

 

「もちろんそれだけじゃなくて、

 大切な友人だから手助けしたんだからね?」

 

「わかってるわかってる」

 

「本当にわかっているのかしら……」

 

疑いの目を向けてくるムーンだが、

それは邪推が過ぎるというものだよ。

 

2人が仕事だからというだけではなく、

友達として助けてくれたというのは、最初から分かっているとも。

 

特に、キングジョージの時は助かった。

 

あの助言がなければ、囲まれて混乱して、

そのまま終わっていたに違いない。

 

2人とも、本当にありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

URAを後にして、トレセン学園へ。

本当の意味での凱旋はここからだ。

 

 

パンッパンッ

 

 

正門前に到着して車から降りると、クラッカーの音が響いた。

そして気付く。空港でのことと同様、

生徒たちが幾重もの人垣を作っていることに。

 

『ファミーユリアン先輩、お帰りなさい!』

 

さらには、生徒たちの大合唱。

思わず胸と目元が熱くなる展開だ。

 

そして、数人の生徒が前へと出てくる。

 

「リアン先輩」

 

「スターオーちゃん……」

 

先頭を切ってきたのは、スターオーちゃんだった。

彼女の手には、大きな花束。

 

……あ、やばい。涙腺決壊しそう……

この光景だけでもダメなのに、スターオーちゃんでダメ押しだって。

 

スターオーちゃんだけではなく、

彼女に続くのは、タマちゃん、オグリ、ファルコちゃん、イナリにクリーク……

みんな笑顔だけど、イナリだけはなんか複雑そうな顔をしている。

 

「だめですよ、泣いたら」

 

「そんなこと言われても……」

 

花束を渡される際に、満面の笑みで釘をさしてくるスターオーちゃん。

なんとか零れる前に、手で目元を拭って耐えた。

 

「復帰戦、応援しに行けなくてごめんね」

 

「謝る必要なんてありませんよ。

 先輩が成した大偉業に比べれば、私個人の事情なんて些細なことです」

 

復帰2戦目の秋天では、差を開けられたとはいえ、

3着に食い込んでるし、全然些細なんかじゃないだろぉ……

ああ駄目だ、収まった涙がまた……

 

「積もる話もありますけど、理事長たちが待ってますから、

 はい、理事長室に行きましょう」

 

「……うん」

 

スターオーちゃんに慰められながらという、

衆人環境の中を辱められつつ、理事長室へと向かう羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歓迎っ、慰労っ、大感謝っ!」

 

「リアンさん、お帰りなさい。お疲れさまでした」

 

理事長室に入るなり、理事長が熱烈に歓迎してくれ、

たづなさんからも労いの言葉をいただいた。

 

「ただいま戻りました」

 

「うむっ」

 

「これ、凱旋門賞のトロフィーです。

 しばらくは学園に飾ってもらえたら、と」

 

「いいのか?」

 

「はい、ぜひ」

 

「了承っ。たづな、すぐに手配を」

 

「かしこまりました」

 

手荷物で持ってきた凱旋門賞のトロフィーを、

学園で展示してもらうために理事長に渡す。

 

これを見て、生徒のみんなに、少しでも活力を分けてあげられたら。

 

大事そうに受け取った理事長からたづなさんへと渡され、

たづなさんもたいそう慎重に扱って、

ひとまずは理事長室の机の上が安置の場所となる。

 

「これが凱旋門賞のトロフィー……

 輝いているな! なあたづな!?」

 

「はい、そうですね。眩いばかりで」

 

そういや、理事長のモチーフと云われていたノーザンテースト*1

G1勝ちはフォレ賞*2しかないわけだが、そのフォレ賞の開催日*3

凱旋門賞ウィークなんだよな。

 

やっぱり憧れは強いんだろう。

トロフィーを見つめるあなたの瞳こそ、キラキラ輝いてますよ。

 

「疲れているだろう、ささ、座ってくれ。

 たづな、お茶を頼む」

 

「はい」

 

席に座って、しばし2人と歓談する。

楽しい時間が流れた。

 

「……こほ」

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

「ちょっと喉が……」

 

その途中で喉に違和感を感じ、少し咳が出た。

 

飛行機の中が乾燥でもしてたかな?

あるいは、空港とか移動の車内か?

 

うむぅ、イガイガする……

 

「それはいかん」

 

途端に血相を変える理事長。

 

「すぐ部屋に戻って休みたまえ。

 引き留めてしまって悪かった」

 

そう言って、即時の帰宅を認めてくれた。

続けてたづなさんが言う。

 

「お部屋は、ルドルフさんが準備してくれています。

 今すぐにでも休めると思いますよ」

 

「そうなんですか」

 

それは、ルドルフにも悪いことをしたなあ。

 

天下の無敗十冠ウマ娘、生徒会長様に、

ハウスキーパーみたいなことをさせてしまった。

 

「では部屋に戻ります。遠征の仔細はまた後日、

 トレーナーと共に報告しに上がりますね」

 

「うむ、急がないでいいぞ。ご苦労だった」

 

「ゆっくり休んでくださいね」

 

「はい、失礼します」

 

立ち上がって一礼し、理事長室を出る。

 

8か月ぶりの我が部屋かあ。

ルドルフのことだから抜かりなくやってくれてると思うけど、

どうなっているのかな?

 

 

*1
言わずと知れた大種牡馬。中央競馬では11年連続のリーディングサイアー。ブルードメアサイアー(母父)でも15年連続1位を記録した

*2
ロンシャン芝1400m

*3
現在の話。ノーザンテーストが勝った当時は10月末の開催





リアンフィーバー、ここに極まる


このたび、本編の100話越えが確定しました
中途半端な数になるかもしれませんが、
今しばらくのお付き合いをお願いいたします



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第97話 孤児ウマ娘、色々と発覚する

 

 

 

「おかえり」

 

「……ただいま」

 

8ヶ月ぶりになる学園寮の我が部屋、ドアを開けるなり、

ルドルフが満面の優しげな笑顔で迎えてくれた。

 

それだけで胸が熱くなって、

声が出てくるまでに数秒のラグが生じてしまった。

 

遠征中にも何度か顔を合わせてはいるけど、

こうして正式に帰国してってなると、

やっぱり感じるものは違うようだ。

 

なんかもう泣いてばっかりだな。

帰国してからだけで、何回目だって話よ。

 

「入口で立ち話というのもなんだ。

 中へどうぞ。荷物も持とう」

 

「ありがと」

 

ルドルフにバッグを持ってもらって、中に入る。

 

おお、この感じ……

まあ当然っちゃあ当然なんだが、変わってないなあ。

予想した通り、きちんと管理してくれていたみたいだ。

 

「ベッドも整えておいた。

 今すぐに寝ることもできるぞ」

 

「では早速……だ~っいぶ!」

 

以前のように、いや、俺が自分でやっていたころ以上に

綺麗にメイキングされているベッドへ、そのまま飛び込んだ。

 

お~、もふもふのふかふかだ。

お日様の匂いもする。

しっかり干していてくれたのかな。

 

「子供か君は」

 

ルドルフが呆れているようだが、知ったこっちゃないね。

俺は今、日本に帰ってきたということを猛烈に実感している。

 

いや、冗談抜きでそう思う。

 

「やれやれ、仕方ないな」

 

「はは」

 

「ふふふ」

 

身体を起こすと、苦笑してこちらを見つめているルドルフ。

自然と笑いが込み上げてきて、2人して声を上げて笑った。

 

「本当にお疲れ様だな」

 

「うん。すんなりここまで帰ってこられればまだいいんだけどね」

 

空港での一幕をはじめとして、

色々なところや人の間を連れ回されて、疲れたのなんの。

 

特にURAでは、精神的にちょっと参ったぜ。

理事長の謎ムーブと謎言動にも首を傾げざるを得ないし。

 

普通に旅行に行って帰ってきたのとはわけが違うんだな。

 

「それもまた大スターの宿命だ」

 

「うん、わかってる」

 

ただの1人の人間じゃないもんな。

 

俺は“ファミーユリアン”。

それも、世界の大レースまで勝ってしまったんだから。

 

「追い討ちをかけるようで悪いが、生徒会としても、

 君にはもうひと働きしてもらわないといけない。

 いや、本当に心苦しくはあるんだが」

 

「はいはい、わかってるって」

 

帰ってきました、はいおしまい、とはならないよねぇ。

先ほど盛大に出迎えてもらったとはいえ、学園でもさらに正式に、

お疲れ様会なんていった行事が予定されているんだろう。

 

「それと……」

 

「まだあるの?」

 

それだけじゃないんかい。

なんか意味深な笑い方してるのが気にかかるが……

 

「君がいない間は、君と関係の深い子たちが

 随分と寂しそうにしていてね。私個人としても気になるから、

 そちらのほうのケアもお願いしたいんだが?」

 

「……あー」

 

ケアって……言い方ァ!

 

ファルコちゃんも随分と悩んでいたそうだし、

他のみんなも結構そんな感じなんかね?

 

さっき顔を見た限りでは、そんなことは……

あ、あー、そういえば、イナリはなんか変な顔してたなあ。

最近は成績上がってないし、変に考えてしまっているのかもしれない。

 

あとは、まだ顔を見ていないフルマーちゃんあたりか。

ある意味、最大の被害者というか、

影響を受けたのは彼女なのかもしれない。

イナリと同様、この秋は勝ててないしなあ。

 

しかし、なんて言って声をかけたものやら。

 

「簡単じゃないか」

 

俺の悩みをよそに、まさに他人事とばかりに言うルナちゃん。

 

「なんでもいいから君から一声かけられれば、

 みな喜んでホイホイついてくるだろうさ」

 

「ホイホイって……」

 

そんな、みんなを黒光りする悪魔みたいに言いやがって。

それに、なんでもいいから、は1番困るんだぞ。

 

でも迷惑かけたのは事実なんだし、俺から言うべきでもあるよなあ。

どうしようか……

 

 

 

 

 

疲れているだろうということで、

今日は早めに休ませてもらうことになった。

 

ルドルフにも付き合ってもらって、

今宵の我が部屋は早くも消灯だ。

 

「悪いね」

 

「私も早く寝たいと思っていたから、ちょうどいいさ」

 

こんな風に軽口を叩き合える関係、いいよね。

いつまでもこんな仲でいたいものだ。

 

11月になって、日本も寒さが増してきているようで、

ぶるっと思わず身体を震わせたところで、布団に潜り込む。

 

うむ、やはりルドルフが干してくれていた布団はあったかいなあ。

改めて、親友の気遣いがありがたい。

 

「……そういえば」

 

すぐに心地よくなって、程よく眠気も催してきた時。

ふと思い出したことが気になって、思わず声に出していた。

 

あの謎行動、親友に聞いておいてもらいたかったのかもしれない。

 

「どうした?」

 

「あんまり大きな声では言えないんだけど、

 URAの理事長がさ……」

 

昼間の顛末を離して聞かせる。昼間の顛末を話して聞かせる。

その間、ルドルフは一言も発しなかった。

 

「──ってなことがあったんだよ。

 な~んか不自然というか、不思議だと思わない?」

 

「……そうか。君にもやったのか」

 

「私にも?」

 

静かに聞いていたルドルフだったが、俺が同意を求めると、

ひとつ小さく息を吐き出した後に、こう言った。

 

期待していた答えとずいぶん違うんだが、どういうことだ?

誰か他にも、こういうことをやられた子がいるとか?

 

「私も、有を連覇した直後に顔を合わせた際、

 同じように聞かれたことがある。来年はどうするのか、とな」

 

「……」

 

他ならぬルドルフ自身だった。

 

そりゃ、俺たちクラスになれば、動向を気にかけるのはむしろ当然。

年末で区切りをつける子も多いので、そのタイミングで、

以降の活動について尋ねること自体はなんら不思議ではないんだが……

 

言いようのない、この違和感は何なんだ?

察するに、ルドルフも同じようなことを感じてはいるようだし、

ますます訳が分からない。

 

「これは、あくまで私が感じたことで、

 向こうとしてはこう取られるのは不本意で、

 何か別の意図があったのかもしれないが……」

 

こう前置きして、ルドルフが語ったこと。

 

「要は、『進退伺』というやつなのではないかと思う。

 一般的な使い方とはまるで逆だが、

 圧倒的な結果を出した者に対して、もう十分だろう?

 と肩を叩いたわけだ」

 

「………」

 

衝撃的過ぎて、返す言葉が出てこなかった。

何か言い返そうとしたんだけど、何も言えなかった。

 

「特に君は、私以上の結果を残したわけだからな」

 

「……そろそろ後進に道を譲れ、って?」

 

「ああ」

 

「………」

 

ようやく声を出せた。

一縷の希望で否定してほしかったが、無残にも打ち砕かれる。

 

なんだよそれ……

 

これまで一生懸命トレーニングして、レースして、

血の滲むような努力と苦労をしながら勝ってきたっていうのに、

まだ何も発表していない時点でそれを言っちゃうのか。

 

そりゃ確かに、ウマ娘のピークは短くて、

こんなに長くトップに君臨した娘は、初めてなのかもしれない。

新旧の入れ替わりが激しいのもまた事実だ。

 

ならばなおのこと、結果を残して、世間にも受け入れられた存在を

大事に扱ってほしいと思うのは、我がままなんだろうか?

 

「気持ちはわからないでもないよ。

 一極集中という面からすると、興行主側から見たら、

 あんまり良いとは言えないからね」

 

「……」

 

「さっきも言ったが、私の私見だからな?

 変に拡大解釈してURAに突撃しないでくれよ?

 明確に言われたならまだしも、

 言葉を濁されるばかりか、後味が悪くなる」

 

「大丈夫、そこまで子供じゃないよ」

 

自分で言っておいて、ちょっと焦っているルナちゃんがかわいい。

まあ気にするなって。俺もそこまで怒っているわけじゃない。

 

ただ、なんか猛烈に虚しくなっただけだ。

 

「ちなみに、ルナはなんて答えたの?」

 

「熟考中です、と。君は?」

 

「走るつもりだ、って言っちゃったんだよね」

 

「そうか」

 

それきり、ルドルフは何も言わなかった。

 

誰もが羨むトップだからこその悩みってのも、あると思うんだ。

そこで決断して、走り続けるのもよし。

はたまた、身を退いて別の道に行くのも、また人生。

 

でも自分で言うのもなんだが、少なくとも、ここまで内外にアピールして、

貢献してきた功労者にかける言葉、採るべき態度じゃないとは思う。

 

なんだかなあ……

 

襲ってきていた睡魔も退散しちゃったし、

文字通りの眠れない夜になりそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──アン、リアン」

 

「……ぁ?」

 

いつのまにか眠っていたようだ。

 

どれぐらい時間がたったのかはわからないが、

強烈な寝苦しさと、呼び起こす声で目が覚めた。

 

「起こしてしまってすまない。

 だが大丈夫か? 随分とうなされていたが」

 

「うなされ……?」

 

目を開けると、廊下から漏れてくる僅かな明かりの中、

ベッド脇に膝をつき、心配そうにこちらを覗き込むルドルフがいる。

 

「いま何時……?」

 

「夜中の2時過ぎだ」

 

気付けば全身汗びっしょりで、妙に熱っぽい。

喉が痛い。なんだかボ~ッとする。身体の節々の痛みもある。

 

なんだ……? 熱がある……?

 

「……けほっ」

 

「これはいけないな」

 

咳も出てきてしまった。

明らかに体調不良だ。

 

現にルドルフも、これだけで状況を理解したようだ。

 

「寮長も寝ているだろうから、宿直の人に連絡しておこう。

 それと車の手配もだな。病院に行こう」

 

そう言いつつ、早くも自分のスマホを手に取り、

どこかに電話をかけ始めた。

 

「………」

 

その様子を、横になったまま見つめることしかできない俺。

どうやら熱は相当に高いらしい。

 

帰国したその日に熱を出すとか、漫画でもベタすぎる展開だな……

仕組まれているんじゃないかと思っちゃうくらいで。

 

向こうで、なんか悪い風邪でも貰ってきちゃったかな?

あるいは、会見場とかURAでか?

 

「……こほっ、っ……!」

 

ルドルフに移したらまずい。

それだけは避けねばと思い、必死になって口元を手で覆う。

 

マスクとかあったっけか?

なんにせよ……帰ってきてからで、本当に良かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中に病院に駆け込んだ診断結果から言うと、インフルエンザだった。

症状が重めということもあり、そのまま入院。

 

まさか帰国初日に発症し、せっかく自室に戻れたのに、

また部屋から出なければならないとは、自分で自分に呆れるよ。

 

でも不幸中の幸いと言えるのかどうか、

より事態が深刻になる、ウマ娘特有の『ウマインフルエンザ』*1でなくて助かった。

 

どれくらい深刻かというと、

感染者が出ただけで、レースの開催が中止になるほど*2だ、

と言えばわかってもらえるかな。

 

喉の違和感とかあったけど、それが前兆だったんだなあ。

 

兎にも角にも、40度近い発熱では、動こうにも動けない。

大人しく寝ていることにしましょうかあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後、無事に解熱。

 

その間は本当に、トイレ以外は寝たきり状態。

喉が痛くて食事はおろか、水分すら摂るのがきつかったし、

食欲もほとんど湧いてこなかったので点滴が主。

 

節々が痛くて、熱も高いしで、寝ているだけでも正直しんどかった。

 

しかし熱が下がっても待機期間があるので、

学園にウイルスをまき散らすわけにもいかず、

もう数日は病院のベッドで過ごすことになる。

 

 

~♪

 

 

暇を持て余していると、スマホから着信音が。

すぐに確認してみれば、スーちゃんからだった。

 

『具合はどう?』

 

シンプルに状況を尋ねてくる内容。

 

『熱は下がりました。もうしばらく辛抱です』

 

こう書いて返信。

ものの数秒でさらに返信が届く。

 

『そう、お大事にね。治りかけが大事よ』

 

続けて着信。

 

『リアンちゃん、今年は学園の健康診断受けてないでしょう?

 せっかくと言うとあれだけど、病院にいるんだから、

 動けるようになったら受けてきなさいな。手配はしておくから』

 

なるほど、確かに、海外に出ていた関係で、

今年の健康診断は受けてなかったな。

 

了解しました、と返信。

 

まあそのあとに、研究所にも行くことになるんだろうけどね。

スーちゃんのことだから、そっちの手配も済ませているだろう。

インフルで予定が押しちゃったけど。

 

『それと、退院したらお話があります。

 急ぎはしないけど、なるべく早く来て頂戴』

 

うん? なんだろう?

今後のローテについてかな?

 

話し合うのは毎度のことだが、

改まって話があると言ってくるのも珍しい。

 

わかりました。先延ばしにするのも気持ち悪いので、

退院したその足でお伺いします、と再返信。

 

あ~、高熱が出ていた関係で、なんか今でも頭がくらくらする。

身体は重いままだし、全般的にすっきりしない。

全身のそこかしこから違和感がバリバリ。

 

……そうだ、違和感といえば。

 

BC発走直前に感じた、左足手術部に感じた()()

今さらだけど、スーちゃんに報告しておいたほうがいいだろうな。

 

今の今まで忘れていたからしょうがない。

あれから出てないし、気のせいだったのかもしれないし。

 

『私からもお話が』

 

おそるおそる話を切り出す。

怒られ……るだろうな、たぶん、メイビー。

 

『非常に今さらなんですが、BC発走直前に──』

 

さて、どういう反応になるだろうか。

……覚悟完了。

 

『なんですぐに言わなかったの!!!!!!』

 

そら来た。

ビックリマークの数が、スーちゃんの怒りを表している。

驚愕の6個だ、6個。

 

『すいません。すぐに消えたので気のせいだと思いましたし、

 レース後はあんな感じだったので、忘れてしまってました』

 

覚悟は決めていたので、涼しい顔で返信する。

いや、反省はしてますよ、はい。たぶん。

 

『まったくもう。それで、どんな違和感?

 今も出ているの? どんな状態? 痛みはない? 大丈夫?』

 

そして飛んでくる矢継ぎ早の質問の嵐。

彼女の焦り様が手に取るようにわかる。

 

ホントのホントに、心配の重ね掛けで申し訳ありません。

 

『今は感じません。痛みもないです』

 

『そう、よかったわ。それも診てもら……

 いや、研究所のほうがいいわね。伝えておくわ』

 

『お願いします』

 

『了解。くれぐれも無理はしないようにね』

 

という感じで、やり取りは終了。

 

ふ~、やれやれだね。

とにかくあと数日、我慢するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに2日して、待期期間も過ぎたので、退院と相成りました。

退院する前日に、言われていた健康診断を受け、翌朝1番で学園に戻る。

 

スーちゃんが車で迎えに来てくれたので、

そのまま話をしようということになり、

駐車場に停めた後にトレーナー室へ向かう。

 

「寒っ……」

 

さらに寒さが増してきた今日この頃。

朝方は冷え込みが顕著になってきたようだ。

車から降りた瞬間に、思わず身震いしてしまう。

 

「………」

 

それだけでは済まず、さらなる異変に襲われる。

 

足元がスースーする。というか、左足がいやに冷たい。

さらに詳しく言えば、手術した部分から先が、異様に冷たく感じる。

いや、冷たいのもそうだけど、むしろ指先が痺れているような感覚……

 

これは……?

 

「リアンちゃん? どうしたの?」

 

「あ、いえ……」

 

「じゃあ私の部屋へ行きましょう」

 

「はい」

 

突っ立ってしまっていたようで、

スーちゃんから不思議そうに声をかけられた。

 

「………」

 

彼女の後を歩き出すも、違和感が続いている。

 

相変わらず痛みはないし、歩いてもそれ以上のことはない。

なんなんだろうなこれは。

前回の脚部不安ともまた違う、初めての感触だ。

 

「いま暖房入れるわ。お茶も淹れるわね」

 

「やりますよ」

 

「いいのよ。病み上がりなんだから、ゆっくりしてて」

 

「すいません」

 

スーちゃんのトレーナー室に着くと、座るように促される。

 

お茶の用意も、普段なら俺がやってるんだが、

今回ばかりは遠慮するよう言われてしまった。

 

仕方なくソファーに腰を下ろし、お茶を待っている間に

暖房が効いてきて、部屋が温まってきた。

 

室温が上がっていくのにつれて、足の違和感も徐々に消えていく。

 

なんだったんだ?

もしかして、寒さが原因、だったりする?

 

「はい、お茶どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

……などと考えていれば、スーちゃんがお茶を持ってきてくれて、

心を落ち着けるようにして一口すする。

 

たった今、報告というか、相談しなきゃいけないことができてしまった。

 

「さて、リアンちゃん」

 

「はい」

 

「話がある、といった件についてよ」

 

テーブルを挟んだ対面に座ったスーちゃん。

そう切り出して、持っていた湯飲みをテーブルに置く。

 

「凱旋門賞やBCのあとの様子、方々の話を

 総合して考えるに、リアンちゃん、あなたは……」

 

そこでいったん言葉を切るスーちゃん。

 

深刻そうな表情から察するに、俺のことなのに、

彼女のほうが、よりショックを受けているようだった。

 

「あなたは、ピークアウトしました。

 そう考えて間違いないと思うわ」

 

スーちゃんはこちらをまっすぐ見つめながら、

はっきりとそう宣言した。

 

「すべてのウマ娘、いえアスリートがそうであるように、

 いつかはピークを越え、衰え始める時が来ます。

 例外はありません。あなたにも、その時が来たということよ」

 

「……ピークアウト」

 

「短い者は、1年にも満たない。

 長くてもせいぜいが2年ほど。対してリアンちゃんは、

 5年もの長い間トップフォームを維持してきた。

 本格化が遅かったとはいえ、驚異的と言うほかはないわ。

 だからこそ、数々の偉業を成し得たわけだけれど」

 

……そうか、ピークアウトか。

その可能性は考えてなかったというか、すっぽり抜け落ちてたわ。

 

レース後に体調が悪くなったり、

あんなに苦しかったのは、ピークを越えて、

能力的に下り坂になったから、ということなのか。

 

今まで出来ていたことが、出来なくなったと。

 

「アウト後については、それこそ千差万別。

 急激に衰えて満足に走れなくなる者がいたり、

 逆に衰え方がとてもゆっくりで、その後もある程度は走れる子がいたり」

 

「……」

 

「あなたがどうなるかは、正直言ってわからないわ。

 経過を見ながら、慎重に判断していくしかない。

 今のところは、レース自体にはさほど影響は出ていないようね」

 

「……そうですね」

 

異変が出たとはいえ、いずれもレース後のことだ。

レースも結果を出せているわけだし、そういう判断になろう。

 

だが、今後、次はどうなるかわからない。

というか、衰え方次第では、次走すらないということもありうるわけか。

 

「やっぱりショックよね」

 

生返事の俺を見て、スーちゃんはそう思ったようだ。

そりゃまあ確かにショックと言えばショックだけど……

 

「いえ、むしろ安心しました」

 

「安心? どうして?」

 

「変な病気とかじゃなくてよかったなって」

 

「………」

 

俺の言葉に、スーちゃんは目を丸くした。

言っていることが信じられないとばかりの反応だった。

 

言っておくけど本心だよ。

病気じゃ下手すると取り返しがつかないが、まだ誤魔化しが効くことだしさ。

どうやればいいのかはわからないけど。

 

「病気だったらどうしようって、ちょっと頭をよぎったんですよ。

 でも衰えなら、騙し騙しですけど、まだ走れるかもしれないですよね?」

 

「……」

 

「大丈夫です。絶望したりはしませんよ」

 

「……相変わらずのメンタルね、あなたは」

 

微笑みながらそう言って見せると、

スーちゃんのほうが泣きそうな顔になってしまった。

 

考えてみれば、担当を持つこと自体初めてなんだから、

教え子が衰えるさまを見るのも、これが初めてになるんだよな。

 

スーちゃんのほうが逆につらいんじゃない?

実際、こんな顔しちゃってるんだからさ。

 

「次走についてだけど、

 とりあえずジャパンカップは回避でいい?」

 

「ですね。残念ですけど」

 

気を取り直したスーちゃんの質問に頷く。

 

たぶん対戦を待ち望んでいる子たちは結構いると思うけど、

残念ながら、圧倒的に時間が足りない。

 

ただでさえ疲労とピークアウトの件があるのに、

今回のインフル感染が致命的だった。

とてもじゃないけど間に合いそうにない。

 

下手すると、有にまで響きそうだ。

何とかそっちには出たいと思ってはいるが……

 

……それに、である。

 

「あの、スーちゃん」

 

「何か要望かしら?」

 

「いえ……その、左足の違和感に関して、なんですが」

 

「……聞かせて」

 

先日、打ち明けた違和感の件。

付け加えるべき事項が、ついさっき起きてしまった。

 

即座に強張るスーちゃんの表情。

 

「BCのときはこのまえ話した通りです。

 で、ついさっきのことなんですが、新たに違和感が出まして……」

 

「ついさっき? 本当に? どういう状態?」

 

「急に冷え込んだせいかとも思うんですけど、

 手術した部分だけが妙にひんやり感じたんですよ。

 他はそこまでじゃないのに、そこだけ冷えているというか」

 

「………」

 

「それに、そこから先が痺れるような感覚があった気がして」

 

「………」

 

「痛いわけじゃないですし、歩くのにも問題なかったので、

 走れないわけでもないと思いますが……どう思いますか?」

 

「……医者じゃないから、なんとも言えないわ」

 

スーちゃんでもわからないか。

まあ彼女の言うとおり、医者ではないからな。

 

「なんにせよ早く研究所に行って、診てもらいましょう。

 ゆっくりと言っておいて悪いけど、明日でもいい?」

 

「はい」

 

「じゃあそうしましょう」

 

俺も、わかるんなら早く原因特定したいし、

特に予定もないから構いませんよ。

ジャパンカップの回避も、今しがた決まったわけですし。

 

「……ふ~っ」

 

頷いたスーちゃんが、大きく長い溜息をついた。

そして湯飲みを手にして口に運ぶ。

 

俺も真似して一口……

話をしていたせいで、すっかり冷めてしまったな。

 

「一気にいろいろなことが起きて、何が何やら」

 

「ですよねぇ」

 

「そんな他人事みたいに言わないで。

 あなたのメンタルはいったいどうなっているの」

 

「そうは言われても……」

 

いろんなことから、実感できてはいるんだけど、

それでもまるで現実感がないというか、さ。

 

やっぱりショックはショックなのかもしれんね。

自分でもわかっていないだけでさ。

 

 

 

そんなわけで、翌日、研究所に行くことになったんだ。

詳しい診断が出てくれることを祈るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(BC勝利インタビューを受けての反応)

 

:インタビュー始まるな

 

:それより体調が気になる

 

:だなあ

 膝ついて苦しそうだったし……

 

:あそこまで明確に苦しそうにしたのは初めてだしさ

 

:前走の後といい、立て続けだからなあ

 

:前走は倒れたまま動かなかったから、

 はっきりと苦しむ様子を見せられるときついな

 

:うわ、汗びっしょり

 

:顔色は悪くないけど、発汗凄いな

 

:何度も汗拭ってる

 

:やっぱりどこか悪いんじゃないの?

 心配すぎる

 

:まあレース直後だし、こういう子も少なくはないが……

 

:早く水分補給させてあげて!

 

:あごから滴ってる……

 

:現地暑いのか?

 

:10月も末だぞ、そんなわけない

 

:ましてやニューヨークだ

 こっちよりも寒いだろ

 

:ホントどうしちゃったんだリアンちゃん……

 

:なんかそっちばっかり気になっちゃって、

 内容が全然頭に入ってこないわ

 

:俺も

 

:単なるレースの影響だと思いたい

 

 

 

 

 

 

(リアン、インフル罹患に対しての反応)

 

:ファミーユリアン、インフルエンザ発症

 大事を取って入院 ジャパンカップに影響必至か

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

:うわああああああ

 

:マジか

 

:/(^o^)\ナンテコッタイ

 

:向こうでもらっちゃったのかなあ

 

:日数的にたぶんそう

 

:帰国翌日に入院とは……

 

:ここに来て運がないのう

 

:ここまでが幸運続きだったというか

 

:2度の骨折

 脚部不安

 

 これでも幸運だったと申したか?

 

:あ、うん、すまん、そうだったな

 

:まあデビューして以降は幸運だと言っていいでしょ

 

:運もあるけど、実力が第一だよ

 

:ジャパンカップまで3週間ちょっと

 こりゃ無理だろ

 

:快癒まで1週間は見なきゃならんから、

 そこから2週間で仕上げるのは……

 まあ、うん、無理だな(残念無念)

 

:スポーツ選手は下手に薬飲めないからつらいのう

 

:インフル薬は大丈夫のはず

 

:ウマ娘でも効くのか?

 

:わからん

 

:長期遠征の疲れもあるだろうし、

 まずはゆっくり休んでくれ

 話はそれからだ

 

:焦らないでいいからしっかり治してね

 

*1
馬インフルエンザ。非常に伝染力の強い馬の呼吸器感染症

*2
国内では2007年8月に36年ぶりに流行し、競馬開催が1節中止になった。アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデンなどでは毎年のように発生しており、珍しいことではない。なお人間には感染しない





なお、ウマ娘世界にウマインフルエンザがあるのかどうかは、
定かではありませんのであしからず


ピークアウトの概念について、3期アニメでやってくれたのは助かりました
同時に、「先を越された!」と感じたのもまた事実でございまして……

結果として、後追いという形になっちゃいます
まあ描写的に助かったところもあるんですがね



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第98話 孤児ウマ娘、精密検査する

 

 

 

天皇賞が終わった後の、次の週末。

 

「……」

 

フルマーは、無言で実家、メジロ家の廊下を歩いていた。

里帰りというわけではないのは、

俯き加減で無表情な彼女の様子からして明らか。

 

(おばあさまから直々のお呼び出し……)

 

というのも、1度帰って来なさいとの連絡を受けたからだった。

それも、メジロの当主おばあさま本人から、直接の電話で。

 

(想像はつきます。ですが、私は……)

 

言い渡されるであろうことは想像がついている。

しかし、フルマー本人としては、まだ諦めがつかなかった。

いや、諦めたくはなかった。

 

(ファミーユリアンさん……お出迎え出来なくて申し訳ありません。

 しかし今の私では、とても顔向けなど……)

 

数日前に帰国したリアンを迎えた生徒の中に、

フルマーの姿はなかったことにお気づきだろうか。

 

現状では、とてもではないが、顔を合わせられたものではない。

後事を託された格好なのに、あのような恥ずかしい成績で、

どのツラ下げて会えというのか。

 

そう考えてしまったフルマーは、

あの日、自室に籠もって出てこなかった。

 

「フルマーです」

 

『お入りなさい』

 

「失礼します」

 

あれこれ考えているうちに、当主の間の扉の前へ。

意を決してノックをして声をかけると、すぐに返事があった。

扉を開けて中へと入り、前へと進み出る。

 

「ごきげんよう、おばあさま」

 

「お帰りなさいフルマー」

 

まずは軽くあいさつ。

おばあさまからも、最初は明るい声が出される。

 

「早速ですが、本題に入ります」

 

「……承ります」

 

しかしすぐに一転し、視線と共に厳しく強いものに変わった。

わかっていたとはいえフルマーの身体が強張る。

 

「フルマー、あなたはよくがんばりました。

 それこそ私の期待をはるかに超えて、G1まで勝ってくれました。

 これでも大変喜んでいるんですよ」

 

「ありがとうございます」

 

言葉尻は良いが、裏を返せば、

最初はあまり期待されていなかった、ということに他ならない。

 

礼を返したフルマーだったが、その心中は穏やかではなかった。

 

当初の期待値は、最初から妹のライアンのほうが高かった。

周りの、何よりおばあさまの様子を見れば、丸わかりなのだ。

 

G1を勝てて喜んだのは確かだろう。

しかし、天皇賞を勝てなかった。それがすべてである。

 

「ですから、もう、十分です。

 飛ぶ鳥跡を濁さずとも言います。

 私の言いたいことが分かりますね?」

 

「……わかりますが、わかりません」

 

「フルマー?」

 

このままでは終われない。

終わりたくない。

 

威圧的とも言えるおばあさまからの言葉に、

勇気を持ってフルマーは反発した。

 

「まだ私は……すべてを出し切っていません。

 諦めたくないんです」

 

「あれだけの惨状を晒しても、ですか?」

 

「っ……」

 

宝塚記念、そしてつい先日、天皇賞での惨敗。

どちらも申し開きできない結果だ。

 

鋭い視線と言葉を受けて、思わず震えるフルマー。

 

膝を屈してしまいたい衝動に駆られるものの、

どうにか堪え、出来る限りの力を込めて逆にキッと睨み返す。

 

「それでも、それでも私は……

 お願いします! もう1戦だけで構いません。

 あと1戦だけさせてください!」

 

「………」

 

一気に言って深々と頭を下げたフルマー。

そんな様子を無言で見つめるおばあさま。

 

「……わかりました。いいでしょう」

 

「っ……本当ですか!?」

 

意外にも、おばあさまはフルマーの願いを聞き入れた。

 

飲んでくれるとしても、もう少し、

いやかなり難航すると踏んでいたフルマーは、

がばっと顔を上げて喜色を満開にする。

 

「貴女が言っているのは、有記念に出るということで、

 間違いありませんね?」

 

「は、はい、そうです」

 

「自力で出られるのなら、止めはしません」

 

この時期、最後にもう1戦、というキーワードから、

おばあさまでなくとも容易に想像できただろう。

 

記念は、言うまでもなく、自由意志で出走できるレースではない。

ファン投票で上位に入ることが必須条件となる。

 

ただし例外として、URAからの推薦を取り付ければ、

投票の順位は関係なく出走が可能。

 

即ち、メジロ家として、手は貸しませんと言っているのだ。

 

とはいえ、フルマーほどの実績を持っていれば、

ファン投票で上位に入らないなどということはないだろう。

最悪でも、出走枠の中には入れるはず。

 

事実上、無条件で容認したに等しかった。

 

「承知しています。ありがとうございます、おばあさま」

 

「私は何もしないのですから、礼には及びません。

 ……悔いが残らないようにしなさい。以上です」

 

「はい、最善を尽くします! 失礼します」

 

再び大きく頭を下げて、

フルマーは踵を返し、当主の間を後にした。

 

「………」

 

来た時とは打って変わって、

力強い足取りで廊下を歩くフルマー。

 

「ファミーユリアンさん……見ていてください。

 有では、今の私にできる全力を、いえ、

 それ以上の全身全霊でもって、お相手仕ります」

 

その目にも活力が戻っている。

はたして、フルマーは復活できるか?

 

 

 

 

 

「………」

 

フルマーが辞した後のおばあさま。

 

「やれやれ」

 

思わずため息が漏れる。

頑固なのは誰に似たのやら。

 

「あの子をG1に勝てるまで強くしてくれたのも、

 そして、こうまでしてレースにこだわるようになってくれたのも、

 ()()()のおかげというわけですか」

 

衰えたのは明らかな今の状態で、

なおも有出走の意思を見せたということは、

()()()も出走するであろうことを見越してに違いない。

 

「……あんな子ではなかったのに」

 

良く言えば従順で素直。

悪く言えば、闘争心に欠け、レースには向かない。

 

そんな子が、当主である自分の意見を拒否するとは思わなかった。

少し強く言えば、そのまま認めるだろうと。

 

文字通り、強くなった。

 

「恨みますよ、()()()()()()()()

 

口ではそう言いつつも、おばあさまの顔には、

確かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「……聞いちゃった」

 

そして、その一部始終を目撃し、

ドア越しにではあるが聞いてしまった者がいた。

 

「フルマー姉様、なんでこんな時期に、って思ったけど、

 まさかこんな話をしに来てるなんて……」

 

フルマーの実の妹、メジロライアンである。

 

もっとも、ライアン自身はなぜメジロ家にいるのかというと、

野暮用でたまたま帰っていたのに過ぎないのだが、

ジュニア級である自分と、G1シーズン真っ盛りの姉とは訳が違う。

 

そんな折に、姉が帰省してきたのをたまたま見かけたので、

事前に言ってくれれば落ち合えたのに~と思いつつ、

何かあったのかとも思って、興味本位で盗み聞きしてしまった結果がこれだ。

 

フルマーが部屋から出てくる前に慌てて身を隠しつつ、

とんでもない話を聞いてしまったと思う。

 

(あれって、引退勧告だよね……?

 いや違う、もっと強い、当主命令みたいなもの。

 それを、姉様は拒否した……)

 

確かに近走の成績は、お世辞にも良いとは言えない。

レース自体も悪化の一途をたどっている。

 

そんな姉が、あのおばあさまの言葉を拒否した。

それだけでも驚愕の事実なのに、内容が内容だから、

ライアンの心境はぐちゃぐちゃであった。

 

(姉様、ファミーユリアンさんのお出迎えにも行ってなかったみたいだし……

 心配だなあ。誰かに相談したいけど……メジロの皆はダメだ)

 

伝え聞くに、リアンの迎えに出た面子にフルマーはいなかったようだ。

近頃の状態を見れば、無理もない。

 

海外に出た後の後事を託されたと、内緒ですよと言いつつも、

誇らしげに語っていたのを聞いてもいたから、姉の心情もわかるだけに、

非常に複雑ではあるが、このままではいけないとも思って、

相談する相手を考えるが……

 

メジロの内部ではだめだ。

どこからかは必ず漏れ伝わるし、そうなっては姉のほうも、

有難迷惑と思うだろう。

 

かといって、外部に相応しい人物がいるかというと……

 

(……なんとか、ファミーユリアンさんに直接言えるのが1番いいんだけど)

 

姉がここまでして頑張っている。

その想いを、どうにかして伝えたい。

 

しかし自分を含め、見知った仲で、彼女へ直通の連絡先を知る者はいない。

唯一フルマーなら知っているだろうが、姉本人を経由したのでは本末転倒だ。

 

「……そうだっ、会長さんなら!」

 

考えた末に行き着いたのが、

公私ともに仲の良い、生徒会長の存在だった。

 

「そうと決まれば!」

 

決断したライアンの行動は早い。

 

そう言うなり、自分が帰省した理由はそっちのけで、

あっという間にトレセン学園への帰路へと着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回、研究所に行くと言っていたな?

アレは嘘だ。

 

いやごめん、嘘というのが嘘だ。

 

いやいや研究所に行けなくなったのは本当なんだ。

申し訳ない。何より俺自身が混乱してて……

 

なぜ行けなくなったか?

 

健康診断の結果は、後日郵送すると言っていた病院から、

昨晩のうちに電話があり、急遽、呼び出しを食らったからである。

 

それも、トレーナー同伴に加え、できればなるべく早く、

なんて不穏極まりない一文が付け加えられていた。

 

これってもしかしなくても、何か重病が発覚したのかい?(滝汗)

自覚症状なんてな……いこともないんだけど、

まさかいきなりそこまでのことになってるなんて思わないじゃん!?

 

病気じゃなくてよかったなんて思ってたのがバカみたいだ。

 

いったい何が分かったのか?

スーちゃんともども、病院に向かう車中では、

まったくの無言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急にお呼び立てしてしまい、

 まことに申し訳ございません」

 

「いえ……」

 

病院に着くなり、特別扱いみたいな感じで

普通の診察室とは違う部屋に通されて、

検査を担当した先生と、なんかお偉い先生が出てきた。

 

俺の身体のことなんだし、別にそれに関してはいいんだけど……

 

「ファミーユリアンさんの心電図の結果につきまして、

 少々気になる点があったものですから、

 こうして急遽の席を設けさせていただいた次第です」

 

「心電図……?」

 

「こちらをご覧になってください」

 

そう言って、先生は机上のPCを操作し、

画面上にある画像を呼び出した。

 

……一目見てわかる。

うん、心電図だな。

 

「気になったのは、こちらの部分です」

 

マウスを動かして、問題の箇所だという部分を示す先生。

……うん、素人には何が何やら。

 

「先に結論から仰ってください先生。

 リアンさんの心臓に、何が起きているんですか?」

 

スーちゃんにしては珍しく、

若干の苛立ちを抑え切れない声色だった。

 

俺も同じ気持ちだから、よくわかる。

 

とりあえず検査の詳細とかはいいから、

判明したことを教えてくれと。

 

「いや、失礼。結論を申しますと、

 わずかにですが不整脈、心房細動の兆候が見られます」

 

「心房、細動……」

 

これ、現実の馬のほうでもわりとよくある症状だな。

 

もちろん細かいことは知らないしわからないけど、

これが原因で競争中止*1になったり、

最悪死亡したりなんて例があったはずだ。

 

リアルの例を知っていたから割と冷静でいられてるけど、

何も知らなかったら、不安で震えあがっているだろうな。

いやマジで。

 

「ですので、もう1度、

 今度はさらに詳しく検査をさせていただけたらと」

 

「わかりました」

 

断るなんて選択肢があるはずもなく、その場で承諾。

病院側も、即座に準備を整えてくれた。

 

で、もう1度検査を受けることになったわけなんだが……

 

 

 

 

 

心電図をはじめ、エコー検査やCTスキャンなどを行なった。

 

「……」

 

結果を見つめている先生の眉間にしわが寄っている。

……やはり良くなかったんだろうか?

 

「……ありませんね」

 

「え?」

 

「今日の結果を見る限りでは、

 心房細動は見られません」

 

「……は?」

 

真逆の意味だった件。

 

より精密に検査したら出てこないって、

どういうことなの?

 

「えっと、つまり、どういう?」

 

「もともとごく軽微な症状だったので、現在は出ていないのか、

 はたまたその逆で、前回の検査時にたまたま出ただけだったのか」

 

「………」

 

なんだよそれは。

継続的に出ているような状態じゃないってことか?

 

まあ馬の心房細動も、レース中とかの高負荷がかかった状態で

発症することが多いから、平静時には出てこないのかもしれん。

 

「めまいや動悸、息切れなどはありませんか?」

 

「普段は、特には……

 レース後には、それは苦しかったりはしますけど……」

 

「そうですか」

 

近走で、レース後の状況が悪くなったのは確かだけど、

それはスーちゃんによれば、身体能力の衰えが原因だってことだしなあ。

今回の件と関係しているのかは、素人には判別不能だ。

 

とりあえず、こちらの病院ではそれ以上のことはわからないというので、

専門の組織、つまりは例の研究所を頼ろうということになった。

 

検査結果などの資料をいただいて、その足で研究所へ移動。

改めて問診や検査などを行う。

 

心電図を測る機器を着けたままランニングしたり、

24時間モニターし続けたりする検査。

 

数日を要して徹底的に調べた結果は……

 

「問題ないですね」

 

とのこと。

 

「現状、最大限に把握できる限りでは、

 心房細動は起きていませんし、他の問題も見受けられません。

 至って健康、正常な状態です」

 

ひと安心、と言ってしまっていいのかどうか。

いいん……だよな?

 

「誤診だった、ということ?」

 

「いえ、いただいた心電図を見ましたが、

 この時のデータには、確かに僅かですが出ています」

 

スーちゃんが首を傾げつつ尋ねるも、

研究所のお医者様も、同様の判断だった。

 

「たまたまだった、と思いたいけれど……」

 

「ええ、そうですね。1度出てしまった以上、

 再発の可能性は捨てきれません。

 むしろ、起きてしまう可能性のほうが高いかと」

 

「………」

 

医者の言葉に、俺もスーちゃんも押し黙るしかない。

 

「気を付けてトレーニングしてもらうしかないでしょう。

 しばらくは様子を見ながら、

 過度な負荷はなるべく避けるのがいいと思います」

 

「そうね……」

 

「……」

 

気をつけろと言われてもなあ……

スーちゃんも頷いたとはいえ生返事気味で、

困惑している様子が見て取れる。

 

レースに出る以上はトレーニングしなきゃいけないし、

ある程度以上の負荷はかけないと、トレーニングにならないし。

何よりレースに出たら、セーブしようなんて思えない。

 

「違和感の件もあるし……」

 

「そちらについては、やはり急激な寒さの影響でしょうね。

 身体的な衰えとも無関係ではないと思います。

 これを完全に排除するには、プレート類を除去するしかありません。

 過去も踏まえて右足には出ていないことから考えますと、

 害はないとはいえ、異物以外の何物でもないですから」

 

「手術して?」

 

「はい、再手術ということになります」

 

スーちゃんと先生の会話が、どこか他人事のように聞こえてしまう。

 

やっぱりここに来て一気に問題が現れてきたのは、

ピークが過ぎたのと同時に、今までの無茶が祟って、

これ以上はやめてって身体が悲鳴を上げた、ってことなのかねぇ。

 

ボロボロですか、俺の身体。

 

「手術するとなれば、休養は必須よね?」

 

「そうなりますね。ボルトの穴が埋まるまでは、

 強い負荷は避けるのが賢明です」

 

「そうよね」

 

それがどれくらいかかるのか。

骨折が治るスピードから考えれば、

数週間以上を見なければならないのは、素人にもわかる。

 

もちろんその間は、完全にトレーニングは禁止だ。

 

「リアンちゃん」

 

「……はい」

 

「考えましょう」

 

「はい……」

 

ただ頷くことしかできない。

 

そうだな、色々と考えないと。

まったく、やれやれだぜ……

 

 

 

 

 

マイルチャンピオンシップを10番人気のパッシングショットが制し、

波乱となってレース界が混乱する中、

ファミーユリアンのジャパンカップ回避が正式に発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(ジャパンカップ回避に対する反応)

 

:退院した後の情報ってないの?

 

:ないな

 

:少なくとも出回ってはない

 

:ウマ娘ニュースも、府中CATVも沈黙中だ

 

:不自然なくらい、リアンちゃん関連のニュースがない

 

:パタッと止まっちゃったな

 

:状態が良くないんだろうか

 

:うむむ、ぜひともJCで凱旋レースしてほしいんだが

 

:世界王者となったリアンちゃんが、

 日本で世界の強豪を迎え撃つ姿、見たい

 

:レース間隔詰まってる上に、インフルだろ?

 正直無理だと思うぞ

 

:タイムリーに記事発見!

 って、あああああああああ……

 

 ファミーユリアンいまだバ場入りせず

 ジャパンカップ赤信号か

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

:2週前になって、バ場に入ってさえいないのは……

 

:これは無理だ

 

:もしかして、有も厳しい?

 

:遠征帰りなところに、インフルのダブルパンチだもんな

 

:普通なら無理させないところなんだが……

 

:リアンちゃんのことだから、

 無理にでも出走しそうで怖い

 

:リアンちゃん、俺たちのことなんて二の次でいいからね

 ゆっくり養生してくれ

 

 

 

 

 

:ファミーユリアン、ジャパンカップ回避発表

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 ファミーユリアンを担当するスピードシンボリ師は、

 ジャパンカップの回避を正式に表明した。

 海外遠征の疲れがたまっているうえに、

 インフルエンザの罹患で状態が整わないためとしている。

 なお、有記念の出走も、現時点では未定とのこと。

 

:やはりか……

 

:残念至極

 

:仕方ない

 

:ジャパンカップ3連覇*2が……

 

:本人が1番悔しいと思う

 リアンちゃんの性格からしたら

 

:対戦待ち望んでる勢多そうだもんなあ

 応えたいって気持ちもひとしおだっただろうに

 

:筆頭は、公言してやまないスーパークリークか

 

:待っていてくださいお姉さま、だもんなあ

 

:オグリもだろう

 

:凱旋門のとき応援してたね

 

:この書き方だと、有もやばい?

 

:出走するつもりなら、その予定って言うよな?

 

:こりゃ想像してた以上にやばそう

 

:リアンちゃん大丈夫かな……

 

:せめて姿が見たい、声を聞きたい

 

:府中CATV、出番だぞ!

 

:その府中CATVからすら情報出ないから困ってるんだし、

 事態が深刻なんだろうが

 

:察しろ、ってことか(諦め)

 

 

 

*1
競走馬がレース中に発症した場合、血液を全身に上手く送り出せなくなるため、急激に失速する。全く異常のない競走馬がレース中に突如として発症し、特に治療を行なわなくても治癒するものがほとんどである。

*2
平地同一G1の3連覇は、まだ誰も成し遂げていない



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第99話 孤児ウマ娘、再会、そして再起を願う

 

 

 

「リアン。大変な状況の中で悪いんだが……」

 

検査結果が出て、ひとまずは落ち着いたころ。

その結果を知るルドルフが、すまなそうに申し出てくる。

 

「どうしても君に直接会って話をしたいという

 希望者が、2人、生徒会にやってきていてね」

 

俺と話したいって?

それも2人?

 

「1人は、先日も話した、後輩ケアの一環と思ってくれ。

 もう1人は……こちらはまだ伏せておいたほうがいいだろうな」

 

いやに出し渋るねえ。

 

後輩? 誰関係だ?

伏せておいたほうがいいというのも気になる。

 

「会ってもらってもいいだろうか?」

 

「いいよ」

 

「すまない」

 

どうせジャパンカップは回避だし、トレーニングと言っても、

今月いっぱいはウォーキングすることぐらいしか許されてないから、

時間ならあるからね。

 

だからそんなに悪びれないでくれ。

 

「でも、いちいちそんなのに付き合ってたら、

 キリがないんじゃないの?」

 

「通常ならそうなんだが」

 

以前の相談室をやった時の状況から察するに、

他にももっと希望者が殺到してそうなものだけどな。

 

想像した通りなのは、苦笑するルドルフを見れば一目瞭然。

 

「どうしてその2人だけ?」

 

「私が判断した。双方にとって必要だろうと」

 

「ふーん?」

 

俺と会って何を話したいのか、はたして誰なのか、

そして俺のためにもなるというのか。

何が何やらまったくわからないけど、まあいい。

 

お互いに有意義な時間となるよう願うしかないか。

 

 

 

 

 

というわけで、翌日の放課後。

早速ということで、面談室にてその2人と別々に会うことになった。

 

まずは1人目。

 

「失礼しますっ!」

 

元気な声と共に、ドアを開けて入ってきたのは……

 

短く、独特なツンツンヘア。

前頭部が特徴的に白いこの子。

 

「ライアンさん?」

 

「はいっ、メジロライアンです!」

 

俺がそう呟くと、ライアンは嬉しそうに破顔した。

 

「1度会ったきりなのに、覚えていてくださったなんて!」

 

たいそう嬉しそうだが、そりゃ忘れるわけないって。

シチュ的にもそうだし、なによりウマ娘のゲーム的にもね。

 

「まあ座りなよ」

 

「はい、失礼しますね」

 

座るように促すと、机を挟んだ対面に腰を下ろす。

 

改めて見つめると、うーん、やっぱり顔はかわいいよな。

いや、顔も、か。性格的にも乙女なところ満載だしなあ。

 

私服と筋肉の印象が強くて、だいぶ損してると思う。

 

「……あの、そんなに見つめられると困っちゃいます」

 

「あ、ごめん」

 

どうやらジッと見つめちゃってたみたいで、

恥ずかしそうにそう言われるまで気付いてなかった。

 

「それで、私と会って話したいことって何かな?

 ルドルフによると、えらい剣幕だったらしいけど」

 

あのルドルフに特例扱いを認めてもらうくらいだ。

まだ会ってないもう1人と共に、相応のものがあると思うが。

 

「はい、姉のことで、ぜひともお話しておかなきゃと思いまして、

 不躾ながら、少々強引な手を取らせていただきました」

 

「お姉さん?」

 

「フルマー姉様のことです」

 

そうだった。ライアンはフルマーの妹なんだったな。

イメージが湧かないから、すぐにピンと来なかったぜ。

 

そういえばルドルフも、後輩のことだと言っていた。

フルマーちゃんのことだったのか。

 

「フルマーちゃんがどうかしたの?」

 

「はい、実は先日──」

 

そうしてライアンは、メジロのお屋敷で見聞きした

一部始終を、話して聞かせてくれた。

 

「──といったことがありまして」

 

「う~ん、そっかあ」

 

内容は、なかなかに衝撃的なものだった。

 

当主自ら引退勧告してくるんか。

しかも、そんな絶対的存在の言葉を、フルマーちゃんは拒否した。

その背景にあるのは、“俺の存在(ファミーユリアン)”だと。

 

「姉は、ファミーユリアンさんとの有記念での対決を、

 乾坤一擲の思いで迎えると思います。ですので……」

 

「わかった、それ以上は言わなくていいよ」

 

ライアンの言葉を途中で遮り、皆まで言うなと頷いて見せる。

 

ただでさえ、近走は低迷が隠せないフルマーちゃんのことだ。

それが、当主の勧告を無視しての最後の一戦だということ以上に、

海外遠征で不在の間を託した俺への思いに応えたい、という一心もある。

 

……重いなあ。

何だこのクソでかクソ重感情は。

 

「不在の間を引っ張ってもらってたお礼もあるしね。

 近いうちに直接会って話してみるよ」

 

「ありがとうございます。そこまでしていただけるとは

 思ってませんでした。姉も喜ぶと思います。お願いします」

 

ライアンはそう言って、何度も頭を下げて退室していった。

 

それにしても……

ライアンの行動力にも驚かされたけど、メジロの内情、

そしてフルマーちゃんの激重な覚悟も何というか……

 

ピークを越えた上に、

健康面でも不安の出てしまったの俺で、応えられるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人目がやってくる時間になった。

 

「失礼します」

 

時間きっかりにノック音がして、

ドアを開けて入ってきた1人のウマ娘。

 

身長は並みくらいだろうか。

鹿毛の髪を後ろで縛ってポニーテールにして、

水色地で赤い2本のラインの入った耳カバーを両耳にしている。

【挿絵表示】

 

 

……あれ?

この子、なんとなく見覚えのあるような気が……

 

「いらっしゃい。まあ座って」

 

「はい」

 

変な既視感を覚えながら、まずは着席を促す。

 

対面に座った彼女を、改めて見つめてみる。

……やっぱり見覚えがあるような。

 

どこかで会ったことがあるのか?

それとも、単なる錯覚だったり?

 

「ふふ」

 

戸惑っていたら、唐突に、彼女から笑みが漏れた。

 

()()()()()()に、ようやく会えた」

 

「へっ?」

 

そんな彼女から放たれた言葉に、困惑度がさらに増す。

思わず変な声が出てしまった。

 

大嘘つき? 誰が? 俺が?

 

そんな嘘をついた覚えは……

というか、やっぱりこの子、どこかで会ったことがあるんじゃ?

じゃないと、昔から知っている、みたいな言い方にはならないよな。

 

「トレセン学園に行けばまた会えるって言ってたのに、

 やっと入学してみたらいなくて、大嘘つきって罵っちゃった」

 

「……」

 

「でもいいや。約束通り、こうして再会は果たせたから」

 

戸惑う俺をしり目に、微笑む彼女。

再会? やっぱり前にどこかで会ってる?

 

「貴女は覚えてないかもしれないけど、わたしはしっかり覚えてる。

 実は、はじめましてじゃないんだってね」

 

「……」

 

俺は何も言えず、ただ彼女の言葉を呆然と聞くしかない。

 

「まあ無理もないけどね。わたしはあるイベントの中で、

 大勢接した有象無象のうちの1人に過ぎなかったんだから。

 でも、全く覚えてないっていうのもショックだな~」

 

「……」

 

「こう言っても思い出さない?

 『また転ぶのが怖い。痛いの嫌だ』」

 

「っ……!!」

 

そう言われた瞬間、脳裏にフラッシュバックする当時の記憶。

 

 

 

 

 

「ねえ君、走るの好き?」

 

「好き。でも、また転ぶのが怖い。痛いの嫌だ……」

 

「実はね、お姉ちゃんも骨折してるんだ。それも足を、2回」

 

「2回!? 痛くなかった?」

 

「そりゃね。でもこうやってまた走れてるんだ。

 骨折しちゃったのは残念だけど、君の場合は腕なんだから、

 諦めずに頑張れば大丈夫だよ」

 

「そうかな? トレセン学園に行けば、またお姉さんに会える?」

 

「会える会える。今度はトレセン学園で会おうね」

 

「うん、わたしがんばる!」

 

 

 

 

 

「……言った! 確かに、学園で会おうって言った!」

 

「思い出してもらえた?」

 

思い出したことを伝えると、嬉しそうに目を細める彼女。

ああ、あのとき頭を撫でてあげた時と同じ表情を……

 

「……大きくなったね」

 

「うん」

 

ホントに見違えたよ。

そうか、トレセン学園に入学できたのか。

 

あれから何年経ったのか、

ちょっとすぐには思い出せない。

 

「あのとき言えなかった名前、言うね。

 あとから母さんに、なんで言わなかったんだって怒られたんだ。

 大スターに覚えてもらえるチャンスだったのにって」

 

そうだ、結局あの時は名前を聞けなかった。

いつかは聞けると思っていたのが、今ここに現実のものに。

 

「わたし、ヤマニングローバルっていいます。

 改めまして、よろしくお願いします。ファミーユリアン先輩」

 

自己紹介し、にこっと笑う彼女。

 

ヤマニングローバル!*1

……あ、あー! そうか、そういうことだったのか!

 

イベントから帰ってきて、やたらシービーパイセンが

感謝してたのが思い出される。

 

シービーの代表産駒の一角だもんな。

そりゃウマソウルが熱心に囁いてくるよ。

 

すべてが腑に落ちた瞬間だった。

 

「そんな、他人行儀な呼び方しなくていいよ。

 君と私の仲じゃない、普通に名前で呼んで」

 

「いいの? じゃあ、リアンさん」

 

「うん」

 

「へへ」

 

当時と同じような笑い方するなあ。

かわいいったらありゃしない。

 

「こっちはなんて呼べばいい?」

 

「好きに呼んでいいよ」

 

そう言われるとなあ。

ヤマニンは冠だから他と被りそうだし、

かといってグローバルちゃんではちょっと長い。

 

略してもグロちゃんじゃ、グロいとかと重なってなんか嫌だ。

 

「お友達には何て呼ばれてるの?」

 

「普通にヤマニンさんとか、グローバルさんとか。

 だからどう呼んでくれるのか、ちょっと期待しちゃうな~?」

 

うぐぐ、ハードル上げよってからに。

どうしよう……これは責任重大。

 

「よし、じゃあ、私は『ローバルちゃん』って呼ぶよ」

 

「ろーばる? わお、新鮮な響きだ~」

 

「嫌だった?」

 

「ううん。リアンさん専用って感じでいいよ。

 うん、すっごくいい!」

 

「よかった」

 

思いつきも甚だしい呼び方だったが、

本人も喜んでいるからこれで行こう。

 

「骨折はちゃんと治ったんだ?」

 

「うん、この通り。もうデビューもしてて、

 3連勝中なんだよ。重賞も2つ勝ったの!

 デイリー杯と東スポ杯!」

 

「へえ、すごいじゃない」

 

「えへへ、すごいでしょ!」

 

自慢気に胸を張って見せるローバルちゃん。

この年齢にして、相応に素晴らしいものをお持ちのようで。

 

すでにデビュー済みで、重賞2つ含む3連勝とは、

凄いどころの話じゃない。エリート街道まっしぐらじゃないか。

 

さすがレジェンドジョッキーが三冠の器と評しただけはある。

 

「今度はホープフルステークスでG1に挑戦するんだ。

 有終わった後だから、リアンさんも応援に来てくれるよね?」

 

「あ、うん、行くよ」

 

「えへへ、やった。わたしがんばる!」

 

子供みたいな無邪気な笑顔しおってからに。

まあこの年じゃまだ子供か。

 

この顔とセリフも、あの当時と被って良き。

 

「でも、朝日杯じゃないんだね?」

 

「トレーナーがね、クラシックを見越して、

 早い段階で2000m経験しておいたほうがいいっていうからさ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

なかなか先の見えるトレーナーさんのようで安心した。

早くもクラシックを見据えているわけね。

 

「リアンさんは、2000より短い距離は走ってないね?」

 

「そう言われてみればそうだね」

 

2000m未満のレースへの出走経験はないな。

言われるまで全然意識してなかったけどさ。

 

マイル戦とか出てみたらどうだったかな?

 

「リアンさんとお別れした後、わたしね──」

 

「はいはい」

 

その後も雑談を交えつつ、ローバルちゃんといろいろ話をした。

数年分の思いが一気に出てくるわ出てくるわ。

率直に言って圧倒されてしまって、相槌を打つのが関の山だったよ。

 

次走だというホープフルも勝てれば、ジュニアチャンプの可能性高いな。

すでにG2を2勝しているから、最有力なのは間違いない。

 

まあ朝日杯の結果次第だけど、そっちには誰が出るのかな?

ずっと海外だったから、国内の、

それもジュニア級戦線にはちょっと追いつけてない。

 

なんにせよ、目標に向かってお互い頑張ろう!

……フルマーちゃんの件もあって、俺のほうは気が重いけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ライアンにも頼まれてしまった、

フルマーちゃんへのアフターケアに関して、だが。

 

正直、どうしたものかと思っている。

 

いきなり俺から、会って話をしたいと言われたら、

フルマーちゃんのほうは驚いてしまうのではないだろうか。

 

それも何事かって身構えてしまうような気がする。

さらに間の悪いことに、成績が上がっていない状態で

呼び出されたりしたら……ってなるのは必定。

 

まあそれでも、会って話をしないことには始まらないし、

約束しちゃった以上は、会わなきゃいけない。

 

ルドルフのやつなんかは「会いたいと言えばイチコロ」、

なんて気軽に言ってくれるが、当事者はそんな心境にはなれんよ。

 

……はあ。

覚悟決めて、メールしますか。

 

『こんにちはフルマーちゃん、お久しぶり。

 会って話をしたいから、都合の良い日時を教えて』……と。

 

余計なことは一切書かず、単刀直入の文面にしておいた。

そのほうがいいかと思ってね。

 

やれやれ、まったく……

 

今は自分自身のことでも手いっぱいだというのに、

なんやかんやと湧いて出てきて困ったものだ。

 

まあ、身から出た錆かね。

 

『確認しますので少々お待ちください』

 

フルマーちゃんの返信は、さほど待たずに送られてきた。

 

やっぱりメジロのお嬢様ともなると、

日常からスケジュールの確認が必要なんだなあ。

 

俺はいつでもいいから、確認が済むのを待ちますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、フルマーちゃんのほうも俺の都合に合わせますとのことだったので、

早いほうがいいかと思い、翌日の放課後、

同じように面談室の予約を取って、落ち合うことになった。

 

そうしてやってきた約束の時間。

待たせては悪いと思って、10分前に面談室の前まで行ったところ

 

「ごきげんよう、ファミーユリアンさん」

 

なんと、すでにフルマーちゃんが待っていて、

俺の姿を見るなり、優雅な仕草でカーテシーを決められてしまった。

 

「早めに来たつもりだったんだけど、

 ごめん、お待たせしちゃったね」

 

「いえ、私が早く来すぎただけですから」

 

いつものように微笑むフルマーちゃんだったが、

やっぱりどこか愁いを帯びているように見える。

 

……悲壮感が漂っているなあ。

俺と話すことで、少しでも気が晴れてくれたらいいんだが。

 

「じゃあ入って話そうか。カギは預かってきてるから」

 

「はい」

 

ドアの鍵を開けて、連れ立って室内へと入り、

向かい合って腰を下ろす。

 

「久しぶりになっちゃったね」

 

「海外へ行っていらしたので仕方ありませんよ。

 ご挨拶が遅れました。素晴らしい御成果おめでとうございます。

 そして、おかえりなさい」

 

「うん、ありがとう」

 

流れるような言葉回しで述べて、頭を下げたフルマーちゃん。

 

ライアンから聞いた限りでは、

俺と合わせる顔がないって嘆いていたらしいけど、

今のところそんな様子は見受けられないな。

 

「凱旋なされた際にお出迎え出来なくて、まことに申し訳ございません。

 あの日はどうしても都合がつかず……」

 

「いいよいいよ。自由参加だったんでしょ?」

 

「本当に申し訳ありませんでした」

 

いや、訂正。そんな都合なんてなかったことは、

ライアンの証言で既に裏が取れているわけだが、

無理に嘘をつかなければいけないくらいには追い詰められているようだ。

 

やれやれだな……

 

「ときに、フルマーちゃん」

 

「っ……はい」

 

ここらで本題に入るか、ということで切り出すと、

気の毒なくらいにビクッと反応を示したフルマーちゃん。

 

本当、俺のほうが申し訳なくなってくるよ。

 

「フルマーちゃんこそお疲れさま。

 それで、ありがとね」

 

万感の思いを込めて、感謝を伝えて頭を下げる。

数秒してから頭を上げてみたら

 

「………」

 

まさしく、 ( ゚д゚ ) ってな感じで、

こちらを見つめているフルマーちゃんがいた。

 

え、何その顔は?

お嬢様が浮かべていい表情じゃありませんよ?

 

「そ……そのような……

 感謝をされる謂れなど、今の私には、何も……!」

 

フルマーちゃんは視線を左右に泳がせた挙句、

先ほどまでの落ち着きとは打って変わって、

所々で詰まりながらも、早口でそうまくし立てる。

 

「そんなことないよ」

 

焦りまくっている彼女をこれ以上刺激しないように、

努めて優しく語りかけた。

 

「私がいない間の日本を盛り上げてもらったじゃない。

 G1も勝ってるでしょ?」

 

「……で、ですが、勝ったと言っても大阪杯だけで……

 それ以降は……特に宝塚では、ものの見事に自滅してしまって……」

 

わたふたしながらなんとか言葉を紡ぐフルマーちゃん。

 

「……直接、託していただいていながら、この体たらく。

 まことに、まことに申し訳なく……!」

 

ついには言葉にすらできなくなってしまったか、

ここまで言って項垂れてしまうフルマーちゃん。

 

……もう見ていられない。

 

「ごめんね」

 

謝りつつ立ち上がり、フルマーちゃんの横へと移動。

 

「やっぱりそれが原因で苦しめちゃったね。

 私のやり方が悪かった。もっと別の方法で伝えるべきだったね」

 

「そんなっ──ぁ……」

 

「ごめんね、フルマーちゃん」

 

え!?という感じでこちらを見上げてきたフルマーちゃんを、

座ったままで、腕を回して頭を抱き寄せた。

 

体勢の差があるから、自然と胸に抱き寄せる格好になる。

 

「君は十分にやってくれたよ。

 だから、ありがとう」

 

「……お怒りでは、ないのですか……?」

 

「怒る? まさか。感謝こそすれ、怒るわけなんかないよ」

 

「……ぅ」

 

「ありがとう。ありがとう、フルマーちゃん」

 

「~~~ッ……!」

 

「よしよし」

 

静かな嗚咽が聞こえ、身体の震えが伝わってくる。

緊張の糸が切れてしまったようだった。

それでも号泣にまで至らないのは、育ちの良さか。

 

こうなるともう幼子と変わらない。

孤児院時代を懐かしく思いつつ、泣き止むまであやし続けた。

 

 

 

 

 

「もっ、申し訳ございません……!」

 

何分たったのか。

不意にフルマーちゃんがそう言い出して、パッと離れた。

 

「お見苦しいところを……!」

 

「はい、ティッシュ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

真っ赤になって大慌てになっているところへ、

すかさずポケットティッシュを渡して得点稼ぎ。

赤い顔がさらに赤くなって、大変かわいらしい。

 

こう言うと人間の屑だと思われてしまうかもしれないが、

名家のお嬢様が普段は絶対に見せないであろう姿を堪能できるというのは、

数少ない役得だと思ってしまっていいのかな。

 

「落ち着いた?」

 

「……はい」

 

俺の問いに、恥ずかしそうに頷くフルマーちゃん。

顔は綺麗になったが、それでもまだ目元は腫れたままだ。

目も充血していてまだ赤い。

 

「重ね重ね、私の伝え方が悪くてごめんね。

 君1人に背負わせるような格好になっちゃったか」

 

「いえ、貴女は悪くありません。

 期待に応えられなかった私がみんな悪いんです」

 

まだ言うか。

でも表情も口調も明るくなったから、もう大丈夫かな?

 

「今後はどうするのかな?」

 

「有記念に出ます」

 

次走を聞いてみると、フルマーちゃんは、

決意に満ちた顔でそう答えた。

 

「私の最後の一戦になります。ですので……」

 

「わかった。私もそのつもりで臨むよ」

 

「はい、お願いします。ありがとうございます」

 

フルマーちゃんの決意に応じるべく、俺も頷いた。

彼女は嬉しそうに口元を緩め、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ~っ」

 

退室していったフルマーちゃんを見送ってから、

大きく息を吐きながらどっかと腰を下ろす。

 

とりあえずはこれでOK、と。

 

フルマーちゃんは有が最後になると言っていたが、

俺のほうも最後になりそうなのは、伝えられなかった。

 

もしかすると出走することすらできないことにも……

いや、どうにかそれだけは避けたいところだけれども……

 

「俺の身体が、どこまでもってくれるか、だな」

 

自分の胸に手を当てながら、呟く。

これを聞いていた者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フルマー、ライアン姉妹のやり取り

 

「……ん? 姉様からメールだ。

 『大変! ファミーユリアンさんから会いたいってメールが!

  ど、どうしましょう……!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル』」

 

「ファミーユリアンさん、さっそく行動してくれたのかぁ。

 感謝です! それはそうと、姉様、なんでそんなに焦ってるの?」

 

「『羨ましいなあ。せっかくのお誘いなんですから、

  そのまま会ってくればいいじゃないですか』……と」

 

「え? 『こんな状態で会うことなんてできないわ』?

 何言ってるんですか! 会って話さないことには始まりませんよ」

 

「『だめ……会えない 』『恥ずかしすぎて……』『無理><』

 『きっと不甲斐ない私にお怒りなんだわ……』

 だーもう! 四の五の言わず話してきなさいっ!」

 

 

*1
現実では、ライアンやマックイーン、アイネスフウジンらと同世代。デイリー杯まで3連勝して将来を嘱望されたが、管理調教師が予後不良レベルというほどの骨折でクラシックを棒に振る。主戦だった武豊をして「G1を4つ(三冠、有馬)損した」と言わしめるほどの大器だった。復帰後もG2を2勝した





ローバルちゃんから漂う、某フレンズ的なケモノ臭


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第100話 孤児ウマ娘、真・芦毛対決を見る

 

 

 

さて突然ですが、俺は今、箱根に向かう列車の車中にいます。

 

え? どういうことかって?

 

簡単に言うと、しばらくまともにトレーニングもできないので、

ならば温泉にでも行ってゆっくりしておいで、

というスーちゃんの計らいで、温泉地に向かっているところなんだ。

当然変装して、周囲にバレないようにね。

 

1週間くらいいていいってさ。

なんか1番のホテルの1番良い部屋を予約してるとかって言ってたけど、

楽しみなような恐ろしいような。

 

大変ありがたい気づかいで、

もちろん温泉を堪能してくるつもりでございますよ。

 

新宿駅をお昼発の特急に乗り込んで、

売店で買ってきた弁当を食べつつ、同時に購入した専門誌、

今度のジャパンカップ特集でも読みますか。

 

駅弁ひとつで足りるのかって?

 

十分だと思うよ。

もともと小食だったのは皆さんご存知だと思うけど、

ここに来てまた食が細ってきちゃったからね。

 

ピークアウトした影響だろうってスーちゃんが言ってた。

入院した際に全く食欲が出なかったこともあって、

運動もダイエットもしてないのに、あっという間にキロ単位で痩せました。

 

ウマ娘の基礎代謝半端ないって。

いやマジで。

 

今は少しガレ気味かもしれない。

まあそれはさておき、駅弁開けましょうか。

 

えーと、もぐもぐ……

なになに?

 

外国勢の分析からか。

 

え~……

筆頭に挙がってるのは、豪州のベタールースンアップ*1

コックスプレートほかG1・6勝の強者。

 

こいつは史実でもJC勝ってたな。

それが今回なのかはわからん。

 

残念ながらそこまで覚えてないけど、

記事の最初に来ているくらいだから今回がそうなのかも。

 

同じく豪州のスタイリッシュセンチュリー。

G1を2勝している。

 

次は、フランス出身で今はアメリカ所属のオード。

サンクルー大賞でインザウイングスの2着に来ている。

 

もぐもぐ……どんどん行こう。

 

アメリカのアルワウーシュ。

G1をイタリアで2勝、米で1勝している。

 

フランスのフレンチグローリー。

どこかで見たなと思ったら、BCターフに出てた。

カナディアン国際優勝、BCターフでは7着。

 

出身アイルランド、現在アメリカのプティットイル。

愛セントレジャーを制した経験あり。

 

同アイルランドのファントムブリーズ。

こちらはG1での目立った実績はない。

 

イギリスのカコイーシーズ。

G1を1勝、BCターフでは9着。

 

そしてこいつ、ゴリラ女こと自称セレブ、イブンベイ。

BCで表明していた通り、また日本にやってきた。

俺は出走できなくてごめんなあ。

せいぜいレースをひっかきまわしておくんなましよ。

 

キングジョージと凱旋門賞で見た顔、ベルメッツ。

 

えーと、もう1人いるのか。

えっと……えっ?

 

まさか、という名前が最後に、写真と共に載っていた。

 

ホーリックス。

現状G1を3勝。史実では『事件』とまで云われた、

オグリとの死闘を世界レコードで制したニュージーランドの女傑。

 

去年来てなかったから、この世界では存在してないのかと

思ってたけど、そうか、オグリの登場が遅れたから、

彼女の来日も遅れたという塩梅か。

 

写真で見る限り、芦毛のロングヘア、

赤と緑のオッドアイという、凄いかわいい子だった。

 

とすると、何か?

ベタールースンアップとホーリックスという、

オセアニアの歴代勝者が同時に2人来ちゃってるのか。

 

これ、どうなるんだろうな?

 

イブンベイがまた逃げるんだろうが、

ホークスターはいないし、他に絡むようなヤツは見当たらない。

 

まあ仮にいたとしても、去年とBCでのあの鬼畜めいた

逃げ足を見せつけられたら、絡んでいこうという思考にはならない。

 

……え?

BCでしっかり絡んでいったおまえが言うなって?

 

しょうがないじゃん。勝負を挑まれちゃってたし、

あそこであいつの殺気を跳ね返せるようならやってたしさあ。

 

でもまあその通りですね、はい。すいません。

 

以上、外国勢総勢11人。

 

揃ったねえ。

近年の外国馬の姿がめっきり減ったJCとは見違える。

 

時代と言えばそこまでだけど、

古き良き時代を忍ばせる感じがして俺は好き。

 

対して、迎え撃つ日本勢としては、

タマちゃんとオグリの二枚看板。

 

この2人は直接対決の戦績からして五分なように、

まさに甲乙つけがたい存在だ。

 

今回も、ホーリックスを加えた芦毛の3人で、

三つ巴の争いになるんじゃないかと期待できる。

 

ほかには、オサイチとホワイトストーンの名前が見えるくらいで、

スターオーちゃんファルコちゃんやイナリ、クリークらは有1本に絞る形。

 

はてさて、どういったレースになりますやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はふぅ」

 

温泉に浸かって、力を抜いて身体をだらりと伸ばす。

 

はあ、いい湯だ。

実際そんなことはないんだろうが、全身の疲れが

溶け出していくような気がするよ。

 

まだ時間が早いせいか、俺1人の貸し切り状態だ。

決して他人様にお見せできないような格好でも、

こうして気にしないでいいのは助かる。

 

「……はぁ」

 

もうため息しか出てこない。

それくらい疲れてたってことか。

改めてスーちゃんたちに感謝である。

 

しばらくそうやってボ~ッとしていたら……

 

「Can I sit next to you?(隣よろしいかしら?)」

 

「っ……!!」

 

突然すぐ横から聞こえてきた英語に、ビックリ仰天。

 

外国人旅行者でも入って来たのか。

そりゃ東京近郊では有名な温泉地だから、外国人も来るわな。

いやそれより、みっともない格好を見られたほうが恥ずかしい。

 

「Go ahead(どうぞ)」

 

「Thank you」

 

慌てて姿勢を正し、頭を切り替えて、

どうにか英語で返すことができた。

 

相手は声からして若い娘のようだ。

許可を出すと、彼女は1mほど離れた位置に腰を下ろした。

 

でもさ、これだけ広いんだから、

俺のすぐ隣に入ってくることないんじゃないか、とも思う。

 

「………」

 

「………」

 

しばし、彼女との間に気まずい空気が流れる。

 

チラリと横目で確かめてみたら、大きめなウマ耳が見えた。

なんと彼女もウマ娘か。

 

旅行者? 競技者? 両方という可能性も考えられる。

俺のように、トレーニングの合間の命の洗濯という線もあるし、

わからんな。欧州はシーズンオフに入ったから。

 

どこの子だろ? 英語圏なのは間違いないか。

流暢な発音だったし。

 

長い髪をアップにしているようで、毛色は芦毛だった。

 

「……ひとつ、聞いてもいいかしら?」

 

どれくらいたった後か。

彼女のほうから、そう声をかけてきた。

 

なんだよ、日本語喋れるんじゃないか。

さっきの緊張感を返してくれと思いつつ、答える。

 

「なにかな?」

 

「あなたは、どうしてそこまで強くあれるの?」

 

「………」

 

質問の内容が意味不明だ。

いったいどういうことなんだ?

 

「あなたは何のために走るの?

 いったい、誰のために?」

 

相変わらずよくわからないが、ひとつ言えるのは……

 

「質問が3つになってるんだけど?」

 

「……ごめんなさい」

 

いつのまにか質問が増えている件について。

俺がそう告げると、彼女は俯き加減に謝ってくる。

 

というか、さ。

こんなこと聞いてくるってことは、俺の正体バレてるよね?

まあ特にウマ娘ならそうなるかあ。

風呂の中では変装もできん。

 

いやー、初見の外国の娘でもわかるくらいになったか。

なんか照れると同時に誇らしい。

ドバイも凱旋門もBCも勝ったからなあ。えっへん。

 

それはさておき。

 

「君も走っているのかな?」

 

「うん」

 

「そっか」

 

この子もレースをしていると確定した。

 

まあ体つきからして想像はできたさ。

小柄なほうだと思うけど、しっかり鍛えてるようだしね。

 

「何のために、誰のために走る、か。

 永遠のテーマだねぇ」

 

「……」

 

「君は知っているかわからないけど、

 私はね、孤児なんだ。生まれてすぐに捨てられて、

 運よく孤児院に拾われて育てられたの」

 

「What's? Really?(ええっ? 本当に!?)」

 

「うん、本当」

 

「……信じられない。貴女ほどの人が、そんな境遇だなんて。

 てっきりエリートなのかと思ってたわ」

 

驚きのあまり、一瞬だけ母国語に戻る彼女。

そりゃまあ初めて聞いたら驚くよなあ。

 

「よく、ここまで強くなれたわね」

 

「そりゃ苦労したもの。色々な人に助けられながら、

 ひたすら努力努力努力、だよ」

 

「……嫌にはならなかった?」

 

「まあ、イエスとは言えないね」

 

諦めかけたこともあった。

だけど、色々な人の助けがあって、今がある。

 

「これも知ってるかわからないけど、

 私はそんな生まれだから、チャリティとかもやっててね。

 世の中の恵まれない人のための活動してるんだ」

 

「……」

 

「だから原動力としては、そこになるのかな?

 私を拾って、育ててくれた人のために。

 私をここまでにしてくれた人に、恩返しをするために走ってる」

 

「………」

 

彼女は、俯き加減のまま、俺の話を黙って聞いている。

 

「君には、そういう人はいないかな?

 友人でも、ご両親でもいいと思うよ?」

 

「……いるけど」

 

そう応じた彼女は、その先を言うのを幾分か躊躇った後、

衝撃的な言葉を口にした。

 

「アタシは……期待されるのが怖い」

 

「怖い? どうして?」

 

「だって……いくら結果を残しても、

 人々が見ているのは“アタシ”じゃなくて、他の誰か、

 なんだもの……」

 

どういう意味だ? 詳しくはわからないが、

どうやら周囲に恵まれている状況ではないようだ。

 

決して虐められてるとか、期待されてない、

ってことではないようだけど。

 

「『第二の〇〇』『彼女を超えられそうか』『〇〇の代わりに』

 ……散々そう言われてきたわ。

 誰も、本当のアタシ、アタシ自身を見てくれていないの」

 

……ははぁ、なるほどねぇ。少し読めた。

 

要するに、どれだけ努力して勝とうが何だろうが、

周りが見ているのは先ごろの人や別の人であって、

誰も彼女自身を見ていないというわけだな。

 

つらいのう。努力して結果が出ても、

全部他人との比較にされるんじゃ、そりゃ怖くもなるわ。

 

でもそんなこと言われるってことは、

君自身も相当に強いってことだよね?

 

「アタシ……どうしたらいいの……

 がんばってもがんばっても、アタシを見てもらえない。

 こんなの、もう耐えられない……」

 

「勝つしかないさ」

 

「えっ……?」

 

ビックリしてこちらを見つめてきたのが分かった。

でもそれは無視して、正面を見据えたまま、話を続ける。

 

「自分が自分である、他の何者でもないっていうなら、

 勝って勝って勝ちまくって、私は私なんだということを

 証明し続けるしかないさ」

 

「……」

 

「そうしたら逆に、今度はいま比較されてるその人が、

 強くなった君と比べられるようになるよ」

 

「……」

 

「少なくとも、私はそう思うな。

 だからそのときそう呼べるように、お名前を教えてほしいな?」

 

「………」

 

そう言って彼女のほうへ初めて顔を向けると、

彼女は茫然と、こちらを見つめている。

 

そしてしばらくすると、ぷっと噴き出した。

 

「何よそれ。頑張ってきた人に対して、

 もっと頑張れって言うの」

 

「そういうこと。

 結局のところ、努力はし続けるしかないってことさ。

 諦めたところが終着点になっちゃうからね」

 

某先生が言ってたみたいにさ。

諦めなければ、道は開くさ。

 

「……わかったわ」

 

そう言って頷いた彼女は、

バシャッと水しぶきを上げながら立ち上がった。

しなやかな肢体が露わになる。

 

ほぉ……小柄だけど、出てるところは出て、なかなか……

 

って、そうじゃない。

エ〇目線はいかんぞ。

 

「ミズ・ファミーユリアン。

 貴女に会えて、話ができてよかった」

 

そのまま立ち去ろうとする彼女。

いやだから、君の名前──

 

「今度のジャパンカップを勝って、

 アタシがアタシであると証明して見せるわ。見てなさい」

 

──ん?

なぜここでジャパンカップの話が……?

 

「それじゃ、ここでね。Bye!」

 

そう言って、去り際に見せてくれた笑顔。

かわいい。……じゃなくて。

 

その瞳は気付いてみれば、左右で色が違っていて……

電車の中で見た、雑誌に載っていた写真が蘇る。

 

!! あ、待って、待って待って!

もしかしなくても彼女──

 

混乱する俺をしり目に、彼女は湯船から上がり、

浴場自体からさっと出て行ってしまった。

 

「……なんてこったい」

 

しばらく、彼女が去っていった方向を見つめて、

ずるずると滑り込むようにして身体をお湯へと沈める。

 

なんでこんなところにいるんだよ……!

というか、なんで出会っちまったかなあ……

 

「タマちゃんオグリぃ……ごめんよぉ……」

 

これは完全に、敵に塩を送ってしまった。

2人には弁解のしようもない。

 

罪悪感と、彼女の正体に気付かなかった恥ずかしさとで、

急速に身体が火照っていく。

 

「………」

 

頭のてっぺんまでお湯に沈む俺。

意識が少しずつ薄れていく。

 

 

 

直後に入ってきた一般の人に発見され、

ひと騒動になるのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってなわけで、金曜日の午後に学園に戻った。

 

もう少し滞在していてもいいと言われてはいたんだけど、

週末も丸々空けてしまうのは、また違うと思ってさ。

ジャパンカップは現地で見なきゃと思ってもいるし。

 

「お、帰ってきよったな」

 

寮の門をくぐろうとしたところで、早速かけられる声。

 

「温泉どやったー先輩?」

 

「疲れは取れただろうか?」

 

振り返ると、タマちゃんとオグリが並んで立っていて、

こちらへ笑顔を向けていた。

そのまま小走りに駆け寄ってくる2人。

 

「ああうん、堪能してきたよ」

 

「そりゃあよかったなー」

 

「何よりだ」

 

ああ、改めて思うけど、この芦毛コンビはいいよね。

見ているだけで癒される気がするよ。

真っ先に帰ってきたのに気付いて、

心配して声をかけてきてくれたのもポイント高い。

 

……それだけに、利敵行為してしまったのが悔やまれる。

 

「2人とも、仕上がりはどうかな?」

 

「おかげさんでバッチリや!

 気力体力ともに充実しとるで~」

 

「私もばっちりだ。誰にも負けない自信がある」

 

「お、言うやんオグリぃ。

 ウチにも負けへんつもりか~?」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「はは、そっか。期待できそうだね」

 

2人とも調子は上々のようで、

俺がそう言うと、揃って力強く頷いてくれた。

 

「何より先輩が出てへんジャパンカップを、

 外国のパッと出なんかに獲られるわけにいかへんからな」

 

「安心してくれ。大先輩がいなくても、

 私たちがタイトルを守って見せる」

 

「頼もしいなあ」

 

2人の頼もしさと言ったら。

ああ本当に大きくなってくれたねぇ。

まあ史実的にわかっていたことだけれども。

 

「タマちゃん、オグリ」

 

「なんや?」

 

「どうしたんだ?」

 

「……ごめんね」

 

だから先の件もあって、謝らずにはいられなかった。

 

「な~にを言うとるんや。水臭いで先輩」

 

「そうだ。謝る必要なんかないじゃないか」

 

「先輩は出られんことに負い目感じてんのかもしれへんけど、

 体調が整わへんのやから仕方ないやん。

 今回はウチらに任せておけばええんや。なあオグリ」

 

「ああ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

「……ありがとね」

 

2人の気遣いがあったかい。

でもなあ、さっきの『ごめん』はそういうことじゃないんだ。

 

本当に、余計なことをしてしまった。

ただの海外の子かと思って、迂闊すぎたわ……

 

せめて2人が負けないように、現地で応援はさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっとーに、先輩が出てたら、

 なんて言われてもうたらあかんで、オグリ」

 

「ああ、そうだな。

 いっそう気合を入れなきゃいけないな、タマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第10回ジャパンカップ、まもなく発走となります』

 

『締め切り直前の1番人気はオグリキャップ。

 2番人気タマモクロス、3番人気はベタールースンアップです』

 

以下、イブンベイ、カコイーシーズ、ベルメッツと続く。

ホーリックスは9番人気である*2

 

前走ではタマモに敗れているオグリだったが、

人気では今回もタマモを上回った。

 

『さて注目の展開ですが、記者会見で堂々と逃げ宣言したイブンベイ。

 去年のように逃げますでしょうか』

 

『ファミーユリアンの回避を残念がってましたからね。

 間違いなく逃げるでしょう。他に有力な逃げウマもいませんので、

 単騎逃げになると思います』

 

『去年のようなハイペースになりますでしょうか?』

 

『競り合う相手がいませんから、去年ほどにはならない

 とは思いますが、彼女のことですからわかりませんねぇ』

 

気分屋なところは嫌というほど見せつけられているため、

ふとしたことで、去年並みにもなりうる。

 

逃げるのは確定として、果たしてペースはどうか。

 

『対する日本勢ですが、オグリキャップとタマモクロスが双璧となります。

 どのあたりに位置しますか』

 

『オグリはおそらく中団、

 タマモクロスはオグリよりは後ろだと思います』

 

『前走では前に行ったタマモですが?』

 

『距離が400m伸びますし、ダービーなどで勝ってもいる距離ですから、

 本人も自信を持って走れるでしょうからね』

 

『なるほど。さあスターターが台に向かいました。

 ジャパンカップ、ファンファーレです!』

 

ここで発走時刻を迎え、ファンファーレが高らかに鳴り響く。

同時に枠入りが始まり、各バが順調に収まっていった。

 

『態勢完了しました。

 海外から帰ってきた絶対王者が不在の中、

 ジャパンカップを制するのは誰か。……スタート!』

 

『予想通りイブンベイ飛び出しました』

 

特にアクシデント等はなく態勢は整い、無事にスタート。

内枠からイブンベイがあっという間にハナを奪った。

 

 

 

 

 

「おほほほほ!」

 

相変わらず、走りながら絶叫するイブンベイ。

 

「ファミーユリアンさん! 貴女がいないのは残念デスが、

 やることに変わりはありません。

 ワタクシの走りをしかとご覧アソバセ! おほほほほっ!」

 

彼女は猛然と加速していく。

 

 

 

 

 

『イブンベイ先頭で1コーナーを回っていきます。

 早くも5バ身のリード。2番手オサイチジョージ、プティットイル、

 カコイーシーズ、スタイリッシュセンチュリーあたり並んでいる』

 

『オグリキャップは中団8、9番手くらい。

 タマモクロスはオグリを見るような格好』

 

中団につけたオグリをマークするように、

タマモはオグリの直後に位置した。

 

『向こう正面に出てさらに飛ばしていくイブンベイ。

 後方はもう10バ身近く離れました』

 

『2番手オサイチジョージ。内にホーリックス上がってきている。

 カコイーシーズ、プティットイルもここです』

 

『1000mをいま通過。……58秒2!

 なんと昨年よりコンマ3秒早いペースで通過しました!』

 

ホークスターと競り合った昨年より、さらに早い。

2年前のリアンと比べても0.2秒早く、JC史上最速の逃げになった。

観客席から大きなどよめきが沸き起こる。

 

『オグリキャップ中団。依然それを見るようにしてタマモクロス』

 

オグリとタマモの位置関係は変わらず。

これはそのまま最終直線まで続くことになる。

 

『さあ飛ばしていくイブンベイ。

 どこまで持つのか。大欅の向こうを通過した』

 

『10バ身離れてオサイチ、ホーリックス追走。

 カコイーシーズが単独4番手』

 

『600標識を通過。

 イブンベイ先頭で直線に入ります』

 

直線に入って、客席がさらに盛り上がる。

 

『内からホーリックス上がってきて差を詰める!』

 

『外からオグリ来た!

 そのうしろタマモクロスも上がってきている!

 さらにはベタールースンアップも来ているぞ』

 

坂下の段階で、先頭イブンベイの脚色が鈍りつつあり、

内からホーリックスがあっという間に差を詰めた。

外からはオグリと、それを追う形でタマモクロスが脚を伸ばす。

 

『府中の坂! ああっとイブンベイさすがに失速!』

 

坂に差し掛かって、イブンベイはスタミナ切れを起こしたか、

急速に勢いを失い沈んでいく。

 

『代わってホーリックス先頭に立った』

 

『オグリとタマモクロス迫る!』

 

坂上でホーリックスが完全に抜け出した。

そこへオグリとタマモが外から襲い掛かる。

 

『オグリかわせるか? オグリがんばれ!』

 

場内は、実況を含めてすべてがオグリの味方。

大歓声が彼女の背中を押す。

 

しかし……

 

『ホーリックス先頭! オグリ迫るも詰まらない!』

 

すぐ後ろまでは迫ったが、それ以上にはいかない。

先の天皇賞と同じ格好だ。

 

『ホーリックス! オグリ! タマモクロス!

 芦毛3人の壮絶な競り合いになった!』

 

『うしろベタールースンアップは離れている』

 

内ホーリックス、中オグリ、外タマモ。

オグリが長身であるだけに、左右の小柄さがまた目立つ。

 

4番手ベタールースンアップとは3バ身あり、

脚色の差もあって、優勝争いは芦毛の3人に絞られた。

 

『ホーリックス粘る!』

 

『ゴール目前! オグリとタマモなおも迫るがかわせない!』

 

『ホーリックスが一歩抜け出て先頭でゴールインッ!

 2着争いオグリとタマモは接戦です!』

 

『ベタールースンアップ4番手入線』

 

『ニュージーランドのホーリックスです!

 南半球出身の娘が初めてジャパンカップを制しました!』

 

根性を見せて抜かせなかったホーリックスが勝利。

オグリとタマモも最後まで追ったが、僅かの差で届かなかった。

 

実況でも触れたとおり、南半球出身者が勝ったのは初めて。

オーストラリアのベタールースンアップも4着に入り、

これまで軽んじられてきたオセアニアにおけるレースのレベルが、

証明された瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

第10回ジャパンカップ  結果

 

1着 ホーリックス    2:23.2 

2着 オグリキャップ     クビ

3着 タマモクロス      ハナ

4着 ベタールースンアップ   3

5着 オード        アタマ

6着 カコイーシーズ    アタマ

7着 ホワイトストーン   1.1/2

8着 イブンベイ        1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あああああああああ……

やっぱりこういう結果になっちまうんか……

 

今日は俺が目立つわけにもいかないんで、

スタンド上階の貴賓室から大人しく見守っていたわけなんだけど、

俺は今ほど、穴に入りたいと思ったことはない。

 

()()がなかったら、オグリかタマちゃんが

勝っていたかもしれないと考えると、非常に居たたまれなく……

 

うしろにいるURAの皆さんからの視線が、

心なしか痛く感じてしまうほどで。

 

でも、アレを放っておくこともできなかったしなあ。

あそこで出会ってしまったことが運の尽きか。

 

……そう思ってあきらめるしかない。

うぅ、ホントのホントに、タマちゃんにオグリごめんよぉっ。

 

こうなった以上は、あの子、

ホーリックス嬢にも、アフターフォローをしておかなきゃいかんね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利インタビューを終え、控室に戻ったホーリックス。

 

「……久しぶりに良い気分だったわ」

 

現在では格上の存在である日本のG1を、

オセアニア勢として初めて制した。

それはもちろんであるが、それ以上に嬉しかったのは

 

「あそこまで“アタシ”を見てくれたのは、初めて」

 

勝利インタビューで、相応の扱いを受けたことである。

 

慣例としてインタビューがあることは知っていた。

どういう扱いをされるのか、母国でのことがあったため、

あまり気乗りしない状態で迎えたのだが、

日本のマスコミは想像した以上に、いや、

想像を絶するレベルで、『勝者』を称えてくれたのだ。

 

自国の者の勝利ではないのにもかかわらず、である。

 

「ホーリックスさん、ホーリックスさん! ですって。フフッ」

 

インタビューの模様を思い出し、思わず笑みが漏れるホーリックス。

そんな彼女のもとに、1人の使者が訪れる。

 

「ホーリックスさん、とある方より、

 メッセージを預かっております」

 

彼女はURAの職員を名乗り、こう言って、

メッセージカードを手渡してきた。

 

「メッセージ? 誰から?」

 

「さあ、私は預かっただけですので。

 確かにお渡ししました。では私はこれで」

 

それだけ言って、退室していった彼女。

変なのと思いつつ見送って、受け取った封筒を眺めてみる。

 

表面には、裏表共に何も書かれていなかった。

開封してみる。

 

すると……

 

「……あ」

 

本文の後ろに書かれていた差出人の名前に、

小さく声が漏れる。

 

「『FamilleLien』……」

 

先日、とある温泉で偶然顔を合わせた、()()()からだった。

そうだとわかった途端、急いで本文の内容を確かめる。

 

「『Congratulations!

  You get nothing if you don't try.Just do it!』」

 

(やらなきゃ何も得られない。為せば成る……か)

 

手書きのその内容。

先日の彼女との会話が蘇り、十分に実感を得ることができた。

だから、頷く。

 

「わかったわ。もっとがんばって大きくなってみせるから、

 見てなさい、ファミーユリアン!」

 

 

*1
史実勝者

*2
史実の勝利時も9番人気





ファミーユリアン、敵に塩を送るの巻
ゴシップ誌に悟られたらマズイ!w

温泉で出会ったのは本当に偶然
彼女は温泉好きなようなので、レース前に趣味を満喫していも不思議じゃない、
ってことでこんな展開に

シングレのように健康ランドで出会うよりは、
説得力あるんじゃないかと思ってます(汗)

で、初対面の相手に、いきなりこんな深刻な悩みを相談するか、
ってことですけど、著名な相手ならまた違うと思うのですよ

それも世界のトップ中のトップですからね
わざわざ近づいて声をかけた時点で確信犯
思わず相談したくなるのも、無理なかろうということでおひとつ



本編100話到達。そして本作も2周年となりました。
これもひとえにお読みいただいた皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
もう少しだけお付き合いください。



そして3周年情報量エグすぎw
とりあえずドゥラとオルフェは確保しようと思います。
……友人? んなもん二の次や(諦め)


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第101話 孤児ウマ娘、突然発表する

 

 

 

ジャパンカップの翌日

 

「先輩すまんっ!」

 

「申し訳ない」

 

たまたま学園内で顔を合わせたタマちゃんとオグリ。

会うなり、いきなり頭を下げられた。

この反応だと、わざわざ俺を捜していた可能性が高い。

 

何事?

 

「でかいこと言うといて、結局勝てへんかった。

 詫びのしようもあらへんっ」

 

「努力はしたんだが、あと一歩及ばなかった……」

 

「ああうん、謝ることなんてないよ」

 

そういうことね。

 

衆人環境だからまた困る。

こんなんじゃ、俺が勝利を強要したとか誤解されかねん。

 

「勝負なんだし、勝敗は時の運とも言うでしょ?

 堂々と戦った結果なんだからしょうがないよ」

 

「「しかし……」」

 

「しかしもかかしもナシ!

 はい頭上げて。この件はこれでおしまい。手打ち!」

 

「……ホントーにすまん」

 

「……ああ」

 

いまだ落ち込んだままの2人の肩をポンポンと叩いて、

強引に話を終わらせる。

こうでもしないと、いつまでたっても引きずられそうだ。

 

まったくもう、やれやれだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成田空港にやってきた。

いや、俺がどこかに行くわけじゃないよ。見送りだ。

 

誰を見送りに来たかと言えば……

 

「ファミーユリアンさんっ!」

 

ロビーに轟くいつもの大声。

こらーっ、お忍びで来てるのに、でかい声で呼ぶんじゃない!

見ろ、周りの一般の方々が、何事かとざわめき始めたじゃないか。

 

「来てクダサイましたのネ!」

 

「うん」

 

つばの広い帽子に、ドレス姿というセレブルックの彼女。

言わなくてもわかるだろうけど、イブンベイだ。

 

今日離日すると聞いたんで、連絡を取ってもらって、

こうして落ち合ったというわけだ。

 

「最後、一緒に走れなかったから、これくらいはと思ってさ」

 

「ありがとうございます。

 デスが、最後などと言わず、また一緒に走りましょうネ!」

 

「ああうん、どうかな」

 

「ぜひ!*1

 

機会があれば、と言いそうになったけど、たぶんもう、ない。

いや、確実にないと思う。

ニコニコしてるイブンベイには悪いけど、走れてもう1戦だろうか。

 

「色々とお世話になりマシタ!

 またきっとどこかでお会いしましょう」

 

「うん」

 

差し出された右手を、おそるおそる手に取った。

……痛くない。

 

「同じミスは繰り返しませんワ。セレブですもの♪」

 

俺の様子を見て、したり顔で言うイブンベイ。

さすがに学習してくれたようだ。

 

逆に言えば、それまでは学習しなかったのかというのと、

BCのときの俺の悲鳴がよほど堪えたらしい。

 

「それでは、また。

 英国にお越しの際は、ぜひともご一報くださいマセ」

 

「うん」

 

「シーユー♪」

 

「じゃあね」

 

終始上機嫌だったイブンベイが、

ゲートに消えていくのを、幾ばくかの寂しさと共に見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師走になり、いつまでもトレーニングしないわけにはいかない。

スーちゃんと相談して、そろそろ再開してみるかということになった。

 

もちろん体調を見ながらにはなるが、

やってみないことには始まらないから。

 

「……リアンちゃん」

 

準備運動していると、歩み寄ってきたスーちゃんが、

遠慮がちに声をかけてきた。

 

「有記念。本当に出るつもりなの?」

 

遠慮がちだったその理由。

またその話か、ということ。

 

「あなたほどの実績を上げたのなら、もう──」

 

「ストップ」

 

なので、途中で話を遮った。

その話は、事前に散々したはずなのだ。

 

「それはもう終わった話ですよ。

 私は有に出るべきなんです。いや、出なきゃいけない」

 

「……」

 

このまま何も言わずに現役を終えることもできるだろう。

しかしそれは、誰も望んでいないバッドエンド。

何より俺自身が、それでは到底納得できない。

 

「だから、出ます」

 

「……わかったわ」

 

それだけ言うと、スーちゃんも小さく息を吐きながらではあったが、

頷いて指示を出してくる。

 

「それじゃあまずは軽く1周してみて、

 問題がないようなら、駈歩(かけあし)襲歩(しゅうほ)*2と負荷をかけていきましょう」

 

「はい」

 

スーちゃんの言葉に頷いて、

準備運動もそこそこに、コースへと入る。

 

今日は周りも騒がしい。

 

というのも、帰国して以来初めてのバ場入りだけあって、

マスコミ関係者が多数、取材で押し寄せてきているからだ。

 

その時はぜひとも取材させてほしいと猛烈なプッシュがあり、

スーちゃんも学園側も押し切られてしまったとのこと。

 

今も盛んに、俺の様子を撮っている。

ちょっと恥ずかしい。

 

「……ふ~」

 

なんか緊張するなあ。

怪我から復帰して、初めて走った時以上かもしれない。

 

気持ちと呼吸を落ち着けて、ゆっくりと走りだす。

 

たくさんのシャッター音、フラッシュの光が瞬く。

それは徐々に後方へと遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

コースを1周して戻ってきた。

足を止めると、すかさずスーちゃんが寄ってきて声がかかる。

 

「大丈夫そう?」

 

「そうですね、今のところは」

 

「よし」

 

頷くスーちゃん。

手にしているクリップボード上の紙に、何やら書き込んでいる。

 

「じゃあ次は、15-15*3くらいで1周しましょうか」

 

「わかりました」

 

しばらく走ってなかったんで、

正確にタイムを刻めるかという不安もあるけど、

とりあえずやってみるか。

 

よし、行ってきます。

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

1周してきて足を止める。

 

息が切れるというほどじゃないものの、

少し呼吸が乱れてしまった。

 

うぬぅ、やっぱり身体はなまっているなあ。

までにどこまで戻せるか。

 

「さすがね」

 

再び歩み寄ってきたスーちゃん、

ストップウォッチを見ながら、うれしそうに声をかけてきた。

 

「ほとんど完璧なラップよ。

 体内時計は衰えてないわね」

 

「そうですか、よかったです」

 

よかった、ホッとしたぜ。

そっちまで衰えてたら、もうお手上げだった。

 

「体調はどう? 息苦しさとかはない?」

 

「大丈夫です」

 

「疲れは? 身体は重くない?」

 

「少し。でも問題ないですよ」

 

「よし」

 

ひとつひとつチェックするようにして、頷くスーちゃん。

 

手探りというか、状態を見つつ確認しながら、

というのがこっちとしてもよくわかるな。

本当、心配ばかりかけてごめんなさい。

 

「じゃあもう1本やって、今日はおしまいにしましょう。

 それで明日になっても問題が出なければ、

 また明日から徐々に負荷をかけていきます。いいわね?」

 

「了解です。ではいってきます」

 

「ええ、気を付けて」

 

再度のスーちゃんの励ましとシャッター音に送られて、

もう1周するために走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月末時点での、国際ウマ娘ランキングが発表された。

 

ダートI部門にて、すでに136ポンドで

過去最高評価をもらっていたわけなんだが、

BCクラシックでのパフォーマンスが評価されて、

プラス3ポンドの139ポンドをいただいてしまった。

 

芝ダートの違いはあるにせよ、

あのダンシングブレーヴをも超える数字。

 

一部報道によれば、史上初の140ポンドもありなんじゃないか、

なんて議論もあったらしい。

 

芝のほうでも、凱旋門賞でのレコード樹立が評価されたか、

芝L部門で3ポンド上積みの137ポンドとなった。

 

恐れ多いことこの上ないが、厳しい状況の中では、

一筋の明るい光明である。

 

これを励みにして頑張りたい。

少なくとも、評価に恥じない走りをしないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日たって。

 

「……はぁ、はぁ」

 

負荷が相応にかかってくると、当然、負担も相応になるわけで。

 

今も追切を1本終えたところなんだが、

体力が完全に戻ってはいない状態にせよ、

1本だけでこんなに息が切れるのはまずいなあ。

 

それに加えて、筋肉痛が遅れて出てきていること。

これじゃ衰えというより老化じゃないか。

 

「きつそうね。ここまでにしておきましょう」

 

「はい……」

 

厳しい表情でスーちゃんが言う。

また不整脈が出ても困るし、素直に応じた。

 

再発したら、有どころじゃなく、

即刻引退なんて事態になるのは目に見えている。

 

急がなければならないのも事実だけど、

無理してはいけないのもまた事実。

もどかしいけどしょうがない。努めて自制せねば。

 

「……着信? チヨちゃんからか」

 

更衣室に戻って着替えて、スマホを手に取ったところで、

チヨちゃんからの着信があることに気付いた。

 

彼女からのメッセージも久しぶりだな。

 

怪我のリハビリを邪魔しちゃ悪いと思って、

俺から直接連絡を取るのは控えていた関係で、

実に久しぶりのコミュニケーションになってしまった。

 

「ええと? 『お話したいことがありますので、

 お時間があるときにご連絡お待ちしています』……か。

 何の話かな?」

 

また何かの相談だろうか?

遠慮しがちなチヨちゃんがわざわざ言ってきたくらいだから、

それなりのことであろうことは想像に難くない。

 

ちょうどいい。

トレーニングも予定より早く終わっちゃったことだし、

今から直接会って話そうじゃないか。

 

もちろんチヨちゃんの都合がつけばだけど。

 

「『じゃあ会って話そうか。今から出てこられる?

  トレーニング早く終わったから、カフェテリアにでも

  行こうかと思ってたところなんだ』……と、送信」

 

その旨を書いて送ると、返信はすぐに来た。

お礼と、すぐに行きますとのこと。

 

ではカフェテリアで落ち合いましょう。

 

 

 

 

 

「急なのにすいません」

 

久しぶりに会ったチヨちゃん。

普通に歩いてきてたので、順調に回復しているようだな。

 

「あ、ご挨拶が遅れました。

 海外での勝利と無事な帰国、おめでとうございます」

 

「ありがとう。もう会う人会う人そう言われるよ」

 

「1ヶ月も遅れてしまって、申し訳ないです」

 

「大丈夫だよ」

 

お互い、通常の状態ではなかったからね。

特に俺のほうは、さ。

 

「脚はだいぶ良くなったみたいだね?」

 

「あ、はい。スターオーさんに紹介していただいた

 施設でのリハビリが非常に順調でして。

 あそこって、元はリアンさんが通われていた所なんですよね?」

 

「厳密に言うと、私も紹介してもらったクチだけどね」

 

良い方向へ作用しているようで何より。

この分なら、史実より復帰も早まりそうだし、

結果を出すこともできるだろうか。

 

「本当にすごいです。復帰まで1年以上はかかる、

 もしかすると復帰できないかもって最初は言われてたんですけど、

 年明けにはトレーニングを始められそうでして」

 

「へえそっか、よかったね」

 

「はい! 引き続きリハビリ頑張ります」

 

うん、がんばれ。

オグリとの関係で色々大変だろうけど、

クラシック二冠ウマ娘の意地と矜持を見せつけてやるんだ。

 

「それで、話っていうのは何かな?」

 

「はい、その、妹のホクトのことなんですけど」

 

「ホクトちゃん?」

 

そういえば、彼女も今年入学してたんだったな。

もうデビューしたのか?

 

「デビュー戦、特別と連勝できまして、

 今度の朝日杯でG1に挑戦するんです」

 

「ほお、それはすごい」

 

デビュー済みで連勝してたのか。で、朝日杯挑戦と。

史実では確か勝ってて、兄弟制覇になったんだっけ。

 

こっちの世界でも、姉妹制覇に挑戦するわけだ。

 

「それはぜひとも応援に行かなきゃね。

 ホクトちゃんに伝えておいてよ。

 あ、でも、プレッシャーになっちゃうかな?」

 

「あの子に限ってはそれはないと思いますよ。

 むしろ張り切りすぎを心配しちゃいます」

 

「そっか。じゃあ伝えておいて」

 

「確実に伝えます。えへへ、ありがとうございますリアンさん。

 私から言わなきゃって思ってたんですけど、

 先に言われてしまいました」

 

「え、どういうこと?」

 

満面笑みを浮かべているチヨちゃん。

ん~? 何か先走っちゃったこと言ったか?

 

「実はお話というのは、ホクトの応援に来ていただけないかと、

 お願いしようということだったんです」

 

なるほど? そういうこと?

 

「身勝手なお願いなので、どう切り出したものかと

 思っていたんですが、リアンさんから言っていただけたので、

 とても助かりました」

 

てへへ、と苦笑しているチヨちゃん。

それくらいなら遠慮なんかすることないのにね。

 

「本来なら、ホクト自身が出向いてお願いするのが筋なのに、

 あの子と来たら、『おねえに任せた!』って……」

 

「あはは、ホクトちゃんらしい」

 

「笑い事じゃないですよぉ」

 

頬を膨らませるチヨちゃん。かわいい。

まあいいじゃないの。

その程度のおねだりなら安いものさ。

 

「本当にありがとうございます、リアンさん。

 あの子、頑張ると思います」

 

「うん。あとは……」

 

「はい……」

 

ここで、俺とチヨちゃんの思いは重なった。

お互い苦笑するしかなくなる。

 

「雨が降らないことを祈ろうか」

 

「ですね」

 

また、テルテル坊主つくろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ……ゲホッ!」

 

追切を2本消化したところで呼吸が苦しくなり、

思わず膝に手をついて咳き込んでしまった。

 

ああ、まずいなあ……

 

走力に関しては徐々に取り戻しつつあると感じているが、

走った後が本当にやばい。

 

以前はなんでもないか、ほんの数分で回復していたところでも、

このような有様だからなあ。

 

……マジで潮時だなあ。

 

「リアンちゃんっ!」

 

そんな様子を見たスーちゃんが飛んでくる。

 

「大丈夫っ? 苦しいのっ!?」

 

「……だい、じょうぶ、です。はあはあ……」

 

「………」

 

俺の言葉に、無言で背中をさすってくれるスーちゃん。

 

苦しいのは確かだが、まだ実戦ほどじゃない。

このくらいで音を上げていては、有に出走なんてできない。

 

だけど……

 

()()は、しないといけないようだ。

本格的に危険を感じた。

 

「……スーちゃん」

 

呼吸が落ち着いたところで、告げる。

 

「あとで、お話があります」

 

「わかったわ」

 

厳しい表情だったスーちゃんが、フッと微笑んだ。

きっと察してくれたのだと思う。

 

この日のトレーニング後、俺は自分の気持ちを彼女に打ち明けた。

スーちゃんは労うように頷いた後、黙って了承してくれた。

 

 

 

 

 

朝日杯の前に、孤児院へ行っておこうと思う。

 

を控えている中、今週を逃すと、

出走の前に訪れる機会はなさそうだから。

 

理事長に頼んで、預けておいた凱旋門賞のトロフィーを

一時的に返却してもらって、それを手に孤児院へ向かう。

子供たちへも大量のお土産を用意した。

 

「おかえりなさい、リアンちゃん」

 

「ただいま」

 

いつものように、

聖母のようなやさしげな笑みで迎えてくれた院長。

 

「これ、凱旋門賞のトロフィーです」

 

「まあまあ、そうなの」

 

トロフィーを見せて、職員の皆様方と改めて喜びを共有して、

子供たちにお土産を渡して、ひとしきり騒いだ後、

空気を読んだ職員の皆さんのおかげで、院長と2人になる。

 

「なるべく早くと思っていたのに、

 1か月以上もたっちゃいました。すいません」

 

「いいのよ。大変だったんでしょう?」

 

「まあ、そうですね」

 

病気のことも、一応は伝えてある。

院長は、気にしないでと笑うだけだった。

 

「ときに、リアンちゃん」

 

「はい」

 

()()、あるんでしょう?」

 

「!!」

 

一発で言い当てられてしまった。

敵わないなあ、この人には。

 

「バレバレですか」

 

「バレバレです。

 赤ん坊の頃からあなたを見ているんですよ」

 

相変わらず、院長は優しく微笑んでいる。

 

別に隠すつもりはないんだし、何よりそれを伝えに来たんだし。

緊張する必要は全くないんだけど、やっぱり少しは力んでいたようだ。

でも、院長から踏み込んでくれたおかげで、綺麗さっぱり消えた。

 

「実は──」

 

 

 

もっと言いにくい、伝えづらい雰囲気になったらどうしようかと

思っていた懸念など何のそので、実に呆気なく伝えることができた。

 

院長は黙って聞いていて、「お疲れ様」と微笑んで言ってくれた。

……その後は言うまでもないだろう?

 

 

 

 

 

乙名史さんにも伝えておいたほうがいいだろうな。

 

いつだかに、私に言う前に発表したりしませんよね、

って泣きつかれちゃったからな。

 

先に言っておかないと、大変なことになりそうだ。

 

その模様の想像をしてしまい、苦笑しながら、

電話帳を開いて彼女へダイヤルする。

 

「もしもし乙名史さん? 電話で失礼します。

 実は──」

 

 

 

伝えた時の彼女は、まさに茫然自失。

これ大丈夫かと思ったが、大丈夫じゃなかったようだ。

 

のちに漏れ聞いたところによると、

この後の彼女はまさに放心状態で、

しばらくは何も手につかなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サクラホクトオーだ。サクラホクトオー勝ちました!』

 

『昨年のチヨノオーに続いて、姉妹で朝日杯制覇です!』

 

1番人気に推されたホクトちゃん、

期待に応えて見事勝利し、姉チヨちゃんに続いての朝日杯勝利。

 

「やったー! おねえっ、リアンさーん!

 あたし、やったよ~!」

 

大喜びな様子で飛び跳ねながら、こちらに手を振るホクトちゃん。

 

いいねぇ、よかったねぇ。

なんか、彼女の姿がすっごく眩しく感じる。

やっぱり若さっていいなあ。

 

「リアンさん、ありがとうございます。……うぅ」

 

「チヨちゃんが泣いてどうするの」

 

「す、すいません。でも……ぅぅっ……!」

 

「ああ、はいはい」

 

チヨちゃんも妹のこととはいえ、大感激しているようで、

大粒の涙をこぼしながら泣き始めてしまった。

 

確かに、雨というだけで外に出ることすら嫌がっていた

あの様子からしてみたら、ここまで大成してくれた喜びは察して余りある。

 

でもまだジュニア級だからね?

あくまで本番はクラシックでしょ?

 

クラシック戦線でも、姉に続いてもらおうじゃないか。

 

「ホクト、ジュニアチャンピオンになれるでしょうか?」

 

「うーん」

 

ホクトちゃんが引き上げるとチヨちゃんも落ち着いて、

今年度の表彰について言及してきた。

 

チヨちゃんには悪いけど、分は悪いな。

 

このあとのホープフルには、すでに重賞を2勝している

ローバルちゃんが出てくるし、ローバルちゃんが勝つとすると、

ジュニアチャンプは彼女で決まりだと思う。

 

それと、こっちのほうには驚かされたんだが、

阪神JFを勝ったのがゴールドシチーなんだよな。

随分年代がずれたが、彼女もあの容姿だからインパクトは十分。

 

もしホクトちゃんが選ばれるとしたら、

ローバルちゃんが大敗したというときのみで、

ゴールドシチーとの比較になり、彼女は負けがあるから、

デビュー3連勝での戴冠だし、6対4で若干有利かなというところ。

 

「うぅ、自分の時以上にドキドキします……!」

 

チヨちゃんが朝日杯出走を悩んでいた様子も思い出されるねぇ。

 

僅か1年前の出来事か。

なんか遠い昔のことように思えるよ。

 

……俺も年を取ったもんだ。

なお、前世分は加算しないものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより、第35回有記念、

 事前記者会見を始めさせていただきます」

 

URA本部での記者会見に出席。

俺は、とある一大決心を持って臨んでいた。

 

出席者は俺のほかには、スターオーちゃん、タマちゃん、オグリ、イナリ、

クリーク、ファルコちゃん、そしてフルマーちゃんのファン投票上位勢、合計7人。

 

全員俺と関係あるじゃないかというツッコミはなしな。

 

ついに年末の大一番の記者会見を、

関係者で独占するというところまで来てしまった。

なんて恐れ多いのだろう。

 

「まずはURA理事長よりご挨拶を──」

 

URA理事長のあいさつを右から左に流しつつ、考える。

 

ところで、シリウスのヤツ、あれ以来一向に姿を現さないんだけど、

どうしてるんだろう? この有にも出走してないしさ。

帰国したとすら聞かないし、どこで何をしていることやら。

 

ルドルフに聞いてもわからないって言うし、なんだかな。

例の借りたやつも返せてないし、どうしろってんだよ。

仕方なく、ほんと~に仕方なくだが、また帯に仕込んで走ろうと思う。

 

「最初に、ファミーユリアンさんにお伺いします」

 

「はい」

 

程よく理事長の話を聞き流すと、

当然のように、俺に最初のマイクが回ってくる。

 

さて、本題だな。

機を窺いましょうか。

 

「4年連続でのファン投票1位*4での選出となりました。

 これについてはいかがでしょうか?」

 

「ファンの皆様に感謝するしかありません。

 特に今年は、まだ国内で走っていないのにもかかわらず、

 たくさんの票をいただきました。ありがとうございます」

 

走ってないのに1位。

しかも、2位の倍以上の得票数。

本当に感謝の言葉もない。

 

「帰国されての初戦になりますが、調子はいかがでしょう?」

 

「正直なところ、調子はあまりよくありません」

 

シャッター音とフラッシュが乱れ飛ぶ。

正直に言うとは思わなかったかな?

 

「ですが、最善を尽くすことはお約束します」

 

どこまでできるかはわからんがな。

急仕上げにも程があるし、強いトレーニングもできなかった。

 

しかし、それはすでに報道されているので、

想定の範囲内だったか、そこまでの騒ぎにはならなかった。

 

「前人未踏の有記念3連覇がかかります」

 

「ええ、ぜひとも勝って()()()()()ですね」

 

確か平地では、同一G1の3連覇もないんだよな。

最後に、その記録を作って終わりたいね。

 

……そう、()()に、だ。

 

「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「え、あ、はい、どうぞ」

 

ここだとばかりに申し出る。

ごめんなさい、ほんの数分ばかし時間をもらいますよ。

 

「申し訳ありません。この場をお借りしまして、

 ひとつ、大事なことを発表させていただきます」

 

周りがざわついている。

報道陣に限った話ではなく、他の出席している子たちも同様なのは、

わざわざ横を見て確かめるまでもない。

 

すまんねぇ。

 

レース後に発表することも検討したんだけどね。

それだと、なんで走る前に言ってくれなかったんだって、

下手するとレース自体を後悔しちゃう子が出かねないと思ってね。

 

だったら潔くレース前に、ちょうどいい発表の場があるから、

そこで報告しようと思ったんだ。

 

もっと早く発表しとけって?

うん、その通り。でもこれは俺のわがままだから、

許して許して。

 

「それでは発表します。

 私にとっては、この有記念が、最後のレースになります」

 

 

 

一瞬の静寂の後、これまでの人生でも最大の、

大きなどよめきとシャッター音、そして無数のフラッシュが同時に襲い掛かってきた。

 

 

*1
こんなことを言っているが、史実ではイブンベイは90年限りで引退している

*2
馬の前進の仕方すなわち歩法のこと。参考ページhttps://www.jra.go.jp/kouza/yougo/w45.html

*3
「じゅうごじゅうご」競馬用語で、1ハロン15秒程度のペースで走ること

*4
史実では2007年から09年にかけて1位だったウオッカの3年連続が最長記録。2年連続は複数いる。意外なところでは、ルドルフは85年は1位だが、84年はシービーに敗れて2年連続とはなっていない





リアン、突然の引退宣言
一瞬にして大混乱に陥る会見場
はたして?



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第102話 孤児ウマ娘、勝手すぎる会見になる

 

 

 

「私にとっては、この有記念が、最後のレースになります」

 

俺の発言によって、たちまちのうちに、

会見場は大混乱となった。

 

集まっている報道陣は、一瞬にして大きな喧騒に包まれ。

司会者をはじめ、URA側も寝耳に水という感じで、呆気に取られている。

 

そりゃそうだ。

今日この瞬間まで、一部の人を除いて誰にも言ってないし、

打ち明けた人に対しても、箝口令をお願いしていた。

 

「と、突然何を言い出すのだね……?」

 

特に、URA理事長はショックが大きいようだ。

彼には直接、来年も走るつもりだって言っちゃってたからね。

 

正直、覆す格好になって悪いと思わないではないけど、

こちらとしても思うところがあったわけで、

あの時とは事情が変わったということもあるし、

申し訳ないけどそういうことなんすよ。

 

「えっと、あの、ファミーユリアンさん?

 それは、その、今年最後のレース、という意味ではないですよね……?」

 

「そうですね」

 

「………」

 

司会のおねーさんが、少し的外れな質問をしてくる。

は1年を締めくくるグランプリなんだから、

そんなことはわざわざ聞かなくても、というわけ。

 

混乱ぶりがよくわかるのう。

案の定、即答で頷くと、彼女は俯いて押し黙ってしまった。

 

「えー、混乱させてしまい申し訳ありません。

 ですが、レース前に発表しておきたかったということで、

 ご理解をいただきたいと思います」

 

「質問! 質問よろしいですかっ!?」

 

報道陣の一角から、そんな大声が飛んできた。

とりあえずは応じないと、この混乱は収まりそうにない。

 

「どうぞ」

 

「確認をお願いします!

 今のご発言は、現役を引退する、との解釈でよろしいですか!」

 

「その通りです」

 

質問に応じて頷くと、再度のどよめきが沸き起こる。

そんな中、2人目の質問者が。

 

「では、ドリームトロフィーへの移籍ということですか?」

 

「いいえ」

 

こっちには、明確に首を振った。

 

「以降、レース活動は行いません。

 完全に身を退きます」

 

3度目のどよめき。

まさか完全引退とは思わなかったか。

 

「理由を……理由をお伺いしてもっ!?」

 

「一身上の都合、とだけ、今は申しておきます」

 

「そ、そうですか」

 

3つめの質問には、それだけ答えた。

大きかったどよめきも徐々に収まっていき、

やがて会見場は沈黙に包まれる。

 

「勝手に始めておいて、何を、

 と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが」

 

そのタイミングで、こう付け加えた。

 

「これは有記念の会見ですので、これ以降は、

 有記念に関する質問のみにお答えします。

 他の子の迷惑になりますし、引退に関しましては、

 また別に機会を設けることをお約束しますので、そちらでお願いします。

 申し訳ありませんがご容赦ください」

 

そう言って、頭を下げる。

 

手前勝手の極みだが、心よりのお願いだ。

絶対批判もあると思うけど、こればかりは譲れない、

というか理解してもらいたい。

 

『………』

 

引き続き、沈黙状態の会見場。

非常に重苦しい沈黙が続いた。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、完全にお株を奪われてもうたな。

 最後の最後まで主役は譲らへん。さすがやで」

 

そんな沈黙を破ったのは、ウマ娘側からだった。

誰あろう、タマちゃんである。

 

「先輩、マイク貸してぇや」

 

「あ、うん」

 

俺からマイクを借りるというか、

許可を得る前にブン取ったタマちゃん。

何を言うつもりか?

 

「実はな、ウチも今年限りで引退して、

 ドリームリーグに行くつもりやったんや」

 

タマちゃんからも衝撃発表がなされた。

 

多数のシャッター音、フラッシュから見て、

報道陣からしてみても同様だったようだ。

 

「な……タマ! 何を言うんだ」

 

ショックを受けたのは、オグリも同じだったらしい。

きっと来年も、手強いライバルと一緒に走るつもりだったんだろう。

 

抗議するように声を張り上げるも

 

「全盛期なのにもったいないって思う人もおるやろうけど、

 こう見えて一杯一杯なんやで?」

 

当のタマちゃんは、それを無視するようにして話を続ける。

 

「この体格やし、ウチ最初から食が細うて大変やったんや。

 どこぞのお節介な先輩のおかげでだいぶ改善したんやけど、

 それでももう、第一線で踏ん張るんはしんどくてな」

 

確かに、どこぞの誰かさんが介入しなければ、

ダービーと菊の二冠はなかっただろうな。

介入した甲斐があったってもんだ。

 

……と、お節介が申しておきます。

 

「幸い、家族を養えるくらいには稼げたわけやし、

 ドリームリーグに移るにはええ機会や」

 

そう言って、冗談っぽく笑ってみせる。

本当に史実以上には稼いだわけだしなあ。

 

「年下からの突き上げも厳しいことやしな。なあオグリ?」

 

「タマ……」

 

さすがのタマちゃん、オグリへのフォローも忘れてはいなかった。

 

ニマっと笑ってオグリへ笑いかけると、

オグリのほうも感じ入るものはあったようで、

感慨深そうに見つめ返していた。

 

「っちゅうわけで、お節介な先輩。

 お礼参りといくで。ウチが勝って引導渡したるから、覚悟しときや!

 綺麗に有終飾るのはウチやからな!」

 

「望むところだよ。返り討ちにしてあげる」

 

「言うたな~。っしゃー、やったろ!」

 

隣から強烈な宣戦布告がなされたので、応じておく。

お互い笑顔で頷き合って、健闘を誓った。

 

「タマモさん、私にもマイクを貸していただけますか」

 

「おう、ええで」

 

「ありがとうございます」

 

続けてマイクを欲したのは、フルマーちゃんである。

先んじて引退を決めているはずのフルマーちゃん、何を話すのか。

 

「尊敬し敬愛するファミーユリアンさんと、

 奇しくも同じ日、同じ場にて発表ということになりましたが、

 これも運命なのでしょう。むしろ良かったと思います」

 

柔和な笑顔と声で、さらっと言った。

 

「私もこの有記念をもって、現役を引退いたします。

 お誘いもありましたが、ドリームトロフィーリーグには参りません」

 

最後に、と俺は聞いていたから、驚きはない。

周りも気付いていた節はあったのか、

俺の時やタマちゃんと比べると、動揺は少なかったようだ。

 

「体力的な限界を感じるようになり、結果も伴わなくなりました。

 もっと早くに身を退いてしかるべきとも思いましたが、

 どうしても、もう一戦したいと強く願ったわけでして、

 有記念に参戦させていただく次第でございます」

 

しかし、相応のシャッター音とフラッシュがしていたように、

やはり衝撃として伝わるのだと思う。

 

「ファミーユリアンさん、お互い最後の一戦ということですが、

 今の私にできる全力でお相手を。よろしくお願いいたします」

 

「うん、こちらこそよろしく」

 

頭を前に出して、末席にいるフルマーちゃんと顔を合わせ、

お互い納得して頷き合う。

 

俺の引退宣言に動揺していないかと心配したけど、

フルマーちゃんをはじめ、他の子たちは冷静に受け止めているようである。

外部に出ない学園での様子とかの情報を見聞きしているであろうからか、

外の人間たちよりは予期できていたのかもしれない。

 

こういうことを確認したかったからの、先ほどの発言でもある。

正直ホッとした。

 

俺のほうこそ、()の俺でどこまでできるかわからないけど、

全力で勝負することを誓うよ。

 

「フルマーさん、わたしにも貸してください」

 

「ええ、どうぞ」

 

次にマイクが渡ったのは、スターオーちゃんである。

おいおい、まさか?

 

「わたしもこの一戦で引退させていただきます。

 あの大怪我から復帰できただけでも奇跡なのに、

 こうして引退発表ができるなんて夢のようです」

 

予想通り過ぎて吹いた。……フイタ。

なんなの、この連鎖反応的な電撃引退発表は。

 

「原点から今に至るまで、わたしのすべては、

 リアン先輩にあると言っても過言ではありません。

 改めてリアン先輩に感謝するのと同時に、

 最後の勝負になりますので、

 悔いの残らないレースにしたい思いでいっぱいです」

 

相変わらず、俺への思いが重い(シャレじゃない)子だよ。

やれやれ、受け止めきれるかなあ?

 

 

 

 

 

こうして、第35回有記念の事前記者会見は、

4人ものトップウマ娘たちが同じ場で、それも相次いで引退発表するという、

異例中の異例という記者会見となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー

 

 

(国際ランキング更新に対する反応)

 

:国際ウマ娘ランキング更新

 ファミーユリアン、史上最高値を記録!

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 12月1日に更新された国際ウマ娘ランキングにおいて、

 ファミーユリアンが新たな金字塔を打ち立てた。

 すでにダートにおいては136ポンドを得ていたが、

 先のBCクラシックの結果を踏まえてさらに上積みし、

 139ポンドという評価を獲得した。

 

 この数字は、芝で138ポンドを得ているダンシングブレーヴ*1をも超え、

 歴代でも単独の史上最高値となる。

 

 また、芝のレーティングでも、既得の134ポンドから137ポンドへと

 上方修正されており、芝ダート共に過去のレジェンド級とも

 肩を並べる、いや、それ以上の評価を得ることとなった。

 

:めでたい!

 

:久々の明るいニュース

 

:妥当だな

 

:あの世界レコードだもの

 

:ダンブレを抜いたか!

 

:芝とダートの違いはあるとはいえ、

 歴代1位は凄いな

 

:両方でランクインしてるのがおかC

 

:それも単独1位と2位だったからな

 

:そもそも芝ダートの二刀流できる子がそういない

 

:ましてやどちらも超々一流と来た

 

:まさに日本の至宝

 

:さすがリアンちゃん

 

:同じ時代を生きられることが幸せなレベル

 

:走る姿を見られたこともな

 

:ほんとデビューから追ってこられたことが誇りだわ

 

:甘いな

 下手しなくても、デビュー前から追ってる人がいるぞ

 

:ファンクラブの初期メンとか、もはや伝説

 

:わい297番、呼んだか?

 

:297番! 297番じゃないか!(驚愕)

 

:生きていたのかワレぇ!(歓喜)

 

:懐かしいこのやり取り

 

:何もかもみな懐かしい……

 

:滑り込みFC初期メンktkr!

 

:最古参ニキ、まじ尊敬する

 

 

 

 

 

(有記念出走表明、に対する反応)

 

:ファミーユリアン、有出走へ!

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 複数の関係筋によると、ファミーユリアンが

 有記念出走を決意したことが明らかとなった。

 陣営からの正式発表はされていないが、

 先のファン投票中間発表での圧倒的な結果から、史上初の4年連続となる

 1位選出が確定的となり、出走の意思を固めた模様。

 

:マジか!

 

:え、本当に?

 

:朗報だけど、状態良くなったんか?

 

:そこはまだわからんな

 

:速報! ファミーユリアン、バ場入り

 https://www.umamusumenews.com/*******

 

 ファミーユリアンがトレーニングを再開した。

 本日トレセン学園のコースに入り、

 15-15でコースを2周して負荷をかけた。

 

 海外遠征から帰国して以来、

 初めてのバ場入り、トレーニングとなる。

 

 改めて、出走の意思を明確に示した。

 

 以下、ファミーユリアンのコメント

 「久しぶりのトレーニングとなりましたが、

  やはり身体を動かすのは気持ちがいいですね。

  まだまだどうこうという状態ではありませんが、

  大一番に向けて、努力します」

 

:おお

 

:トレーニングの記事も出たか

 

:とりあえず走れそうな状態なのは良かった

 

:レースできるところまで戻ってくれるか

 

:JCは悔しい結果になったから、

 今度こそスカッとさせてほしいな

 

:もちろんオグリもタマモも黙ってはいまい

 

:対戦を熱望しているクリークもいるぞ

 

:JCが創設されてちょうど10年

 日本勢が勝ったのはカツラギ、シービー、ルドルフと

 リアンちゃんだけだな

 

:しかも、カツラギシービールドルフの3人は同着優勝だから、

 きちんと勝ったのはリアンちゃんだけということになる

 

:それも連覇だ

 

:改めてリアンちゃんの偉大さがよくわかるのう

 

:待て、ルドルフも連覇してるだろ

 

:そうだった、めんご

 

:ファン投票の圧倒的さも頷けるというもの

 

:記事にあったとおり、4年連続1位となれば史上初

 現記録もリアンちゃん自身が持ってる3年だからな

 

:リアンちゃん、記録いくつ持ってるのよ?

 

:調べるのが大変なくらいは

 

 

 

 

 

(有記念記者会見、に対する反応)

 

:出席ウマ娘、全員リアンちゃん関係者で草

 

:本当だw

 

:これは芝生えるwww

 

:ファン投票上位独占しちゃったからね、

 仕方ないねw

 

:ここまで来た感が半端ない

 

:唯一シリウスシンボリだけがいない

 

:動向不明だからなあ

 

:BC後の情報がさっぱりや

 

:リアンちゃん、公の場は久しぶりたけど、

 心なしかやつれてないか?

 

:確かに、頬がこけたような……

 

:ガレ気味?

 

:うーむ、これは心配

 

:レースとかいう状態ではないのかもしれん

 

:調子よくないというのは本当だったのか

 

:それでも出走しなければいけないというのがつらい

 

:こういう状況だからなあ

 

:ファン「出て」

 ウマ娘側「出て」

 URA「出て」

 

 リアンちゃん「……お、おう」

 

 こうですか?

 

:なんてわかりやすい構図

 

:トップはつらいよ

 

:それでも……

 それでもリアンちゃんなら……!

 

:理事長、話なげーよ

 

:リアンちゃんの声をはよ

 

:お偉い人の話っていうのは、

 どうしてこうも長いのか

 

:全国の校長先生、言われてるぞ

 

:やっとリアンちゃんの生声を聞ける

 

:待ってた

 

:久々の生声だ~

 

:……え?

 

:いまなんて?

 

:は?

 

:あああああああああ

 

:ええええええええええ

 

:まじで!

 

:いや、えあ、う?

 

:ま、待て落ち着け皆!

 

:まだそうと決まったわけじゃ……

 

:最後???

 

:引退……

 

:………

 

:うわあああああああああああああ

 

:うそぉおおおおおおおおおおおおお

 

:いやあああああああああああ

 

:聞き間違いじゃなかった……

 

:ドリームにも行かないだと……

 

:なんで……

 

:そんなあ

 

:………(虚無)

 

:俺も司会の人と同じ気持ちだった……

 年末のグランプリで何を言っているのかと……

 

:理由は……言ってはくれないのね

 

:まあ、これ以上のものは得られないからなあ

 

:モチベの問題なんだろうか?

 

:身体的とか、健康上というのもありそうではある

 

:確かに、近走のレース後は大変そうだった

 

:残念だけど仕方ない

 

:今までありがとう!

 

:ちょ、まだ終わってないから!

 

:そうだ。有で有終といこう!

 

:えっ

 

:タマモ!?

 

:タマモクロスもかよ……

 

:えー

 

:2人続けての引退発表とか

 

:オグリ……

 

:オグリのマジで知らなかった感

 

:本当はこっちがサプライズしようとしてたんか

 

:ひときわちっこいからなあタマモ

 

:本格化前のリアンちゃん並みだしなあ

 

:知られざる苦労があったんだろうか

 

:お節介な先輩?

 

:誰?

 

:そらもう……

 

:そうか……だから慕ってるのか

 

:リアン派の筆頭としてはスターオーだけど、

 どうやら負けず劣らずのものはありそうな感じ

 

:「返り討ちにしてあげるよ」

 リアンちゃんマジ大ボス

 

:フラグ立ったな

 

:どっちの?

 

:ん?

 

:フルマー?

 

:まさか……

 

:フルマーまで!

 

:まあフルマーはこれで最後感が出てた

 

:近頃の成績見ると、記念出走みたいなもんやろな

 

:俺は忘れないよフルマー

 

:間違いなくリアンちゃん最大のライバルだった

 

:リアンちゃんの高速逃げについていけたのは彼女だけ

 

:好勝負をありがとう!

 

:だからまだ終わってない言うとろうが

 

:……え?

 

:おい

 

:スターオーおまえもか!

 

:なんなのこの会見

 

:怒涛の引退宣言ラッシュ……

 

:スターオーは復帰できただけでも御の字だろうて

 

:でも秋天で3着に入ってるんやで?

 もうそういう次元じゃないんよ

 

:付き合わされてるオグリやファルコの心境はどうなんだろうな?

 

:燃えるか、萎えるか

 

:萎えるようじゃ先は見えてる

 

:ましてや大恩ある大先輩なんだしな

 

:だな

 これで燃えないんじゃ男が廃るってもんだ

 

:女やぞ

 

:ウマ娘やぞ

 

:真面目な話、これだけ引退が重なると、

 逆の逆を行ってさらに伝説感が増してくる

 

:おうよ

 一時たりとも目の離せないレースになるぞ

 

:現地で見られる人が羨ましい

 

:当日の視聴率もすごいことになりそうだ

 

:この会見の視聴率もな

 

 

*1
2024年2月現在確認したところ、見直し前の数字が正式なものとの記載がWIKIにあるが、この作中では、見直しされた138ポンドという数字で通すのでご了承を願う



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第103話 孤児ウマ娘、最後のレースに臨む

 

 

 

この有記念記者会見の様子を中継したテレビ局は、

夕方の時間帯だったにもかかわらず、この年1番の視聴率を記録。

 

またネット中継では、URA公式チャンネルの視聴者が、

同時接続で100万人に達し、一時は接続障害にも陥るほどであった。

 

さらには、各SNSで『ファミーユリアン引退』がトレンド1位を独占するなど、

世間に与えたインパクトは計り知れないものとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……お姉さまが、引退)

 

会見終了後、控室に引き上げたスーパークリークは、

会見の模様を思い返していた。

 

(皆さん、冷静に聞いていたみたいですけれど……)

 

見聞きしていた限り、ほかの参加者たちは、

リアンの引退を冷静に受け止めていたようであった。

少なくとも、動揺していたようには見えなかった。

 

……()()を除いては。

 

(私は……ダメだった……)

 

今にして思えば、よく発狂しなかったものだと思う。

 

画面越しでは冷静に、動じていないように見えただろうが、

それは()()()()()と努めた結果である。

ニコニコ笑顔を維持し、無表情になりそうなのを必死に留めた。

 

その後に自分への質問もあったはずだが、

何を話したのかを含めて、まったく覚えていないのだから重症だ。

 

ようやく同じ舞台に並び立てるかと思った矢先に、

これから何度も戦えると思っていたのに、

憧れの人は、これで引退?

 

最初で最後の、一緒に走るレースになると?

 

「……ふざけないでくださいっ!」

 

思わず感情が爆発してしまった。

隣の部屋の子は、突然の大声に、何事かと驚いただろうか。

 

だが知ったことではない。

今の自分にとっては、そんなことは二の次もいいところだ。

 

「………」

 

数秒して、怒りが収まってくると、

今度はまた別の感情がふつふつと湧き上がってきた。

 

「……いいでしょう。わかりました」

 

そして、決意する。

 

「せめてもの手向けとして、私が引導を渡してあげます。

 タマちゃんでも、オグリちゃんでもない。この私が」

 

それくらいしなければ、気が収まらないではないか。

他の誰でもなく、この私が、『最強の絶対王者』を沈めてやるんだ。

 

「ふ……ふふ、フフフ……」

 

いつもの温和なものではない、

不敵にして不気味な笑みを浮かべるクリークが、

そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記念、当日の朝

 

とうとうこの日が来てしまった。

目覚めはあまりよくなかった。

 

いや、最悪と言ってもいい。

 

早めに布団の中に入ったのはいいが、

寝つきが良くなかったのが1番の要因。

 

平静を装っているようでも、やはり心の奥底では、

どこか興奮したり、何か思うところがあるんだろうか。

 

まあ競技からの引退だしなあ。

ここまでの人生の半分近くをかけて必死になって励んでいたことを、

明日からはしなくてもいいんだという思いもある。

 

ホッとするような、残念なような、非常に複雑な心境だよ。

 

「あまり眠れなかったみたいだな」

 

「まあね」

 

身体を起こすと、待ちかねていたかのごとく、

心配そうにルドルフが言ってきた。

 

相変わらず朝は弱いルナちゃんなので、先に起きているのは珍しい。

気遣ってもらったようだな。ありがたい。

 

「ルナはどう……ああ、そうか。

 ルナの場合は、最後だと決めて走ったわけじゃないんだっけか」

 

ルドルフの引退レースの朝はどうだったのか気になったが、

思い返してみれば、引退レースとして臨んだわけじゃなかったか。

その後、家族会議を経て、急転直下的に決まったんだった。

 

“先輩”の心境を聞いてみたかったんだけどな。

 

「いや、半分以上はそういう気持ちもあったぞ。

 もしかしたらこれが最後になるかも、とな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。薄々、そんな気配は感じていたし、

 ピークを越えた感じはまだなかったが、

 もう1年、まるまる持つのかは不明だったからな」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

今だからこそ聞ける話だなあ。

 

史実では、もう1年現役を続ける気は満々だったみたいだけど、

早々に故障しての引退になっちゃったわけだし、

無事だったらどうなっていたのか、海外で勝てたか、興味は尽きない。

 

「それにしても、君の場合は、なんというか……

 とにかく急すぎた。ペースがここまで早いとは」

 

何のペースかは、あえて問う必要もないよな。

 

うんまあ、自分でもびっくりだった。

ほんの2ヶ月前までは、こんなに早く衰えるとは思ってなかったよ。

 

「ピークが長かった反動かな?」

 

「かもしれないな……」

 

なにせ、ここまで長く第一線を張った存在が非常に珍しい、とのことだ。

比較できるケースがほぼ存在しない。

 

それこそスーちゃんとかしか出てこないし、

彼女だって、常に勝ち負けしていたわけじゃない。

着外なんてのもざらにある戦績だった。

 

自慢みたいに聞こえてしまったら申し訳ない。

 

「………」

 

「………」

 

沈黙が下りてきてしまった。

俺もルドルフも何も言えず、ただその場に佇むのみ。

 

まずいぞ、何か言わないと……

 

しかし、そう考えれば考えるほど、言葉が出てこない。

まだ感傷に浸るには早いというのに。

 

 

~♪

 

 

「ッ……!」

 

突然鳴り響いた音楽に、2人ともビクッとなってしまった。

何事かと思った。携帯の着信音か。

 

音からして俺のほうだ。

これ幸いとばかりに、枕元に置いておいた携帯を確認する。

 

「……って迷惑メールかーい!」

 

メーラーを開いてみて、思わず携帯を放り投げそうになった。

グッドタイミングだと思ったが、良かったんだか悪いんだか。

 

「……はは」

 

「ふふ……」

 

そんな様子がよほどおかしかったのか、

ルドルフから笑みが漏れ、つられて俺も笑った。

 

先ほどまでの重い空気は、どこかに消え去っていた。

 

「何はともあれ、無事を願っているよ。

 最後のレース、楽しんできてくれ」

 

「うん、ありがとう」

 

ドリームリーグに行かない俺は、正真正銘、

この有記念が生涯最後のレースになる。

 

これを楽しまないのは人生の損失だよね。

流石ルナちゃん、良いことを言ってくれる。

 

楽しんで頑張ってきましょうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段のレース時よりもだいぶ早く、中山レース場に入った。

各所に挨拶しておこうと思ってさ。

 

別にそんなことする必要は全くないんだけど、

やっておかないと、なんか収まりが悪くてね。

 

お世話になった人たちも多いし、感謝はちゃんと伝えておかないと。

 

「今日で引退します。お世話になりました」

 

「いやいや……」

 

「こちらこそ……」

 

レース場やその他の関係者の皆さんに挨拶して回るも、

逆に深々と頭を下げられてしまって、こちらが恐縮してしまう。

 

余計な真似だったかな?

 

だけど、やっぱりやっておいてよかった。

気分がほっこりすっきりしてくれた。

 

そんなわけで挨拶を終え、控室に入ったのも、

いつもよりもかなり早い時間。

 

これは計算通り。

あとは、他の子がやってくるのを入り待ちして、

1人1人に直接言葉をかけるつもり。

 

引退レースを一緒に走る子たちにも、挨拶しておかないとね。

 

さて、レース場に選手として入るのも、これが最後か。

そう考えると、やはり非常に感慨深いものがある。

 

簡易的なテーブルと椅子、モニターがあるだけの殺風景な部屋だけど、

この光景を脳裏に焼き付けておこうと思う。

 

最後が東京じゃないのは、ちょっと残念かな。

デビュー戦の折、初めて入った東京レース場の控室の模様が、

昨日のことのように思い出されるよ。

 

「………」

 

あれから5年かあ。

つくづく、月日が流れるのは早いと感じる。

 

色々な苦労に挫折もあったけど、それ以上に喜びと栄光があった。

最後のレースが始まってもいないので、振り返るのはまだ早いと思うけど、

悔いはない。……うん、ないと思う。

 

非常に良い競技人生だった。

 

「……っと、いかん、手が止まってる」

 

荷物を持ったまま固まってしまっていた。

早いとこ整理して落ち着いて、出待ちならぬ入り待ちに向かわないと。

 

 

 

 

 

俺の後に最初にやってきたのは、タマちゃんオグリの芦毛コンビ。

相変わらず仲が良いなあ。

直後のレースではライバル同士なのに、一緒に現地入りとは恐れ入った。

 

まあ普段からルームメイトなんだし、

ここまでは、日常からの延長線上なんだろうな。

 

「お、先輩やん。早いな、もう来とったんか」

 

「こんなに早くに、どうしたんだ?」

 

そう言う2人も、結構はやい時間なんだよなあ。

 

オグリは道に迷いやすいらしいし、タマちゃんの同行は、

そういった面からというのあるのかもしれない。

 

「2人ともお疲れさま。

 今日で引退だから、みんなに声かけとこうと思ってね」

 

「マジか! か~、そない気ぃ遣わんでも罰は当たらんで。

 なあオグリ?」

 

「そうだ。むしろ、気を遣われるほうなんじゃないか?」

 

そうは言われてもね。

みんなに何も言わずに引退するほうがつらいのよ。

突然発表しちゃった負い目もあることだしさ。

 

「2人とも、今日はよろしく。良いレースにしよう」

 

「ああ、こちらこそや」

 

「私のほうこそ、よろしく頼む」

 

それぞれと握手して、いったん別れた。

 

 

 

 

 

次にやってきたのは、フルマーちゃん。

 

さすが名家のご令嬢は時間厳守で、

それどころか、指定されているはずの入り時間よりも、

だいぶ早いご到着である。

 

「ファミーユリアンさん?」

 

俺の顔を見るなり、怪訝な表情になった彼女。

どうやら事態を飲み込めていないようだ。

 

「どうされたのですか?」

 

「ほら、今日で引退だからさ。

 最後に一緒に走るみんなに、ひとこと挨拶しておこうと思って」

 

「……そうでしたか」

 

説明すると合点がいってくれたようで、

ふっと表情を緩めてくれた。

そして、笑顔を見せてくれる。

 

「私のほうこそ今日で引退なので、お礼を申し上げねばなりません。

 お互い頑張りましょう」

 

「うん、よろしく」

 

フルマーちゃんとも、固く握手を交わして別れた。

 

 

 

 

 

お次は、イナリ。

 

「姐御! 何やってるんでぃ?」

 

「実はね──」

 

彼女にも同様の説明を。

フルマーちゃんと同じように、イナリは納得してくれた。

 

「何とも姐御らしいというか、なんというか。

 自分もレースなんだぜ? そこまでしなくてもいいのによぉ」

 

「そうだけど、そうしないと気が済まなくてさ」

 

「はは、やっぱり姐御らしいぜ」

 

苦笑するイナリ。

自分でも難儀な性格だなと思うよ。

 

笑っていたイナリだが、

その表情が引き締まった。

 

「今日こそ姐御に勝つぜ。

 1度も勝てないまま引退されるのは、夢見が悪いからなあ」

 

「うん、その意気で頼むよ」

 

「ああ。勝ち逃げは許さねえぜ姐御!」

 

最近はあんまり元気がなかったイナリだけど、

ここに来て血気盛んなようで何よりだね。

 

もちろん握手して健闘を誓い合った。

 

 

 

 

 

「おつかれ、ファルコちゃん」

 

「ファミーユリアンさん?」

 

ファルコちゃんには、姿が見えるなり、

こちらから声をかけた。

 

「えっと、何をされているんです?」

 

文字通り、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔のファルコちゃん。

滅多に見られなさそうな表情だけに、得した気分になる。

 

「そうなんですか。お疲れ様です」

 

同じように説明すると、

同じように腑が落ちた表情で頷いた。

そして、こう宣言してくる。

 

「私も勝ちたいので、遠慮なんかしませんよ。

 タマモさんじゃありませんけど、

 全力で打ち負かしにいきますからね」

 

「うん、かかってきなさい」

 

「はい、お願いします!」

 

綺麗な顔をしておいて、ノリは体育会系なんだよなあ。

まあ望むところだ。がんばろう。

 

 

 

 

 

「リアン先輩!」

 

そして、スターオーちゃん。

俺の姿を認めると、小走りに駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です。

 こんなところにおひとりでどうしたんですか?」

 

「スターオーちゃんもお疲れ。かくかくしかじかで──」

 

「そうなんですか。さすが先輩というか、

 一歩間違えると、呆れるくらいのキ〇ガイと言いますか」

 

酷い言われようだ。

スターオーちゃんくらいになると遠慮もないな。

 

「私も引退です。お互いベストを尽くしましょう!」

 

「うん、がんばろう」

 

力強く握手して、手を振って見送った。

 

 

 

 

 

その後も、続々とやってくる出走者たちと言葉を交わし、

挨拶をして握手して別れて、時間がたった。

 

他の子たちは、恐縮したり笑ってくれたりで、反応は様々。

中には、俺と握手をするのに、慌てて自分の服で手を拭いて見せる始末で、

苦笑するしかなかったさ。

 

ところで……

出走者のうち、クリークだけまだ来てないんだけど、

あの子は何やってるんだ?

 

彼女の性格からして、遅刻なんて絶対にしないタチだと思うんだけどなあ。

むしろ早乗りして、みんなにお茶菓子を振舞ってそうなイメージなんだけど。

 

本当に何してるんだ?

そろそろ控室に入らないと、パドックの時間に間に合わないぞ?

 

時計とにらめっこしつつ、入口のほうを見やる。

……来ない。

 

マジで遅刻なのか?

そう思い始めたころ──

 

 

彼女は、ゆっくりと姿を現した。

 

 

瞬間的に、これはやばいと感じた。

背筋に冷たいものが走る。

 

「……お姉さま?」

 

「……おはよう、クリークさん」

 

「おはようございます……」

 

「……」

 

とりあえず挨拶はしたものの、それ以上は言葉が出てこない。

クリークからも飛んでこない。

 

血走った(まなこ)に、全身から漂わせる謎のオーラ感。

 

こいつ……記者会見の時は普通にニコニコしてたじゃないか。

この数日間で一体何があった!?

 

「……今日はよろしく」

 

「はい……」

 

とりあえず、それだけは発することができた。

クリークからも反応が返ってくる。

 

しかし……

 

 

ゾクリッ

 

 

「っ……」

 

「……勝つのは、私です、から」

 

「………」

 

「失礼します……」

 

そう言って、クリークはゆっくりと去っていった。

残された俺は立ち尽くすしかない。

 

「………」

 

呆気に取られていることしばし。

 

「……そうだ、思い出した」

 

なんか既視感があるというか、不意に脳裏に蘇ったのは、

いつぞやの天皇賞を前にしたスターオーちゃんの様子。

 

……間違いない。

レース前の彼女の、鬼気迫った姿にそっくりなんだ。

 

危なかった。

あの体験がなければ、完全に“呑まれて”いただろう。

走る前から気圧されて終わってしまっていた。

 

「……」

 

わかってしまえば、どうということはない。

ほう、経験が活きたな、ということだ。

 

何があったのか、どういう心境なのかは定かじゃないが、

そっちがそう来るなら、こっちも相応に臨むだけよ。

 

それにしても、アニメでのライスといい、

スターオーちゃんといい、今回のクリークといい……

 

「ウマ娘、恐ろしいヤツ多すぎ」

 

そして、俺の周りに集まりすぎ問題。

さらには、普段はおとなしい子ほど覚悟決まりすぎ問題。

 

海外の猛者たちからも、ここまでのプレッシャーは感じなかったぞ。

国内の娘のほうがよっぽど恐ろしいじゃないか。

 

どうなってるんだ畜生!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第35回有記念、パドックに参ります』

 

『注目はなんと言っても、電撃的に引退を表明したファミーユリアン。

 状態はどうでしょうか。共同会見で、本人も

 調子はあまりよくないと発言していましたが、さあどうでしょうか』

 

『本日も圧倒的1番人気での出走になります。

 国内では初披露のこの勝負服も、これで見納めです』

 

口上もそこそこに、パドックにリアンが現れ、

いつものようにポーズを取った。

 

すでに海外ではお馴染みになった和風の勝負服も、

国内では最初で最後の披露になるだろう。

 

人々の注目も最高潮で、本日の入場者は、

午前のかなり早い段階で入場者レコードを更新し、

早くも入場制限がかけられる事態となった。

 

パドック周りには何重もの人垣ができており、

蟻の這い出る隙間もないほどのすし詰め状態で、

多数のシャッター音が中継に乗る事態になった。

 

もちろん、あの横断幕も当然のように張り出されていて、

抜群の存在感を放っている。

 

『いかかですか?』

 

『言っていたほどには悪いとは感じませんね』

 

場内実況の言葉に、解説者はこう応じた。

 

『追切での動きも、軽めではありましたが、

 そこまで悪いとは思いませんでした。

 もちろん、強めのトレーニングをしていないことは気がかりですが』

 

『能力を発揮できる状態にはあると?』

 

『私はそう思います。しかし、海外帰りということと、

 やはり調整がうまくいかなかったというのは、割り引く要因です』

 

解説の言うとおり、トレーニングを再開した以降も、

軽めのメニューばかりで、以前のような強いものはまったく見られなかった。

あとは、中間に病気になったりと、順調さを欠いたこともまた事実。

 

だがそれでも、ファンは圧倒的1番人気に推している。

 

『マイナスがそれだけあるにもかかわらず、

 これだけの人気です。つくづく惜しい存在ですね』

 

『ええ、これだけのウマ娘は、今後現れないかもしれません。

 日本のレース界は、長い間「シンザンを超えろ*1」をスローガンにし、

 新しいところでは「シンボリルドルフ」に変わりましたが、

 今後は「ファミーユリアンに追いつけ」と云われるでしょうね』

 

『超えろではなく、「追いつけ」なのが……

 しかしそれすらも、非常に難しいと言いますか……』

 

『ええ……ですから、今後現れないかも、と申しました。

 得難い存在です。ええ、本当に……』

 

実況席は、早くもしっとりとした空気に満ちた。

某掲示板群でも、同様であったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パドックでのお披露目を終え、地下バ道を本バ場に向けて歩く。

 

周りの子や関係者たちは気を遣ってくれているらしく、

誰1人として話しかけてこないばかりか、

近寄ってくる気配すら皆無というありさまだ。

 

まあ、いいんだけどさ。

特別扱いはやめてほしいというか、それはそれで気になるというか……

まあ無理だよな、こうなっちゃうとさ。

 

それだけ敬ってもらってるんだと思うことにして、

感謝しながら参りましょう。

 

しかしそんな状況の中を、静かに歩み寄ってくる人物が2人。

 

「リアンちゃん」

 

「リアン」

 

スーツ姿のスーちゃんと、制服姿のルドルフ。

 

いま近寄ってこられるのは、この2人しかいないな。

俺も歩みを止めて、彼女らのほうに向き直る。

 

「問題はない?」

 

「はい」

 

スーちゃんからの問いに頷く。

()()()()()は、何の問題もありません。

 

「何か異常を感じたら、すぐに競争中止すること。

 いいわね? 必ずそうして頂戴。

 約束してくれないようなら、今からでも出走を取り消します」

 

「わかりました、約束します」

 

凄い念の押しようだなあ。

 

俺だって命は惜しいので、もしそうなったらやめますよ。

なにせ心臓関連なんでね。発症したら即刻、命に関わるんだ。

そういう事態にならないことを祈るしかない。

 

「幸運を祈る」

 

「がんばってくるよ」

 

ルドルフからはその一言だけ。

俺も一言だけ返し、再び歩き出そうとしたところで気付いた。

 

向こうに、トニーとムーンの姿もあるじゃないか。

来てくれてたのか。

 

大丈夫だとの思いを込め、サムズアップして見せる。

すると、2人からも同様の反応が返ってきた。

 

……よし。改めて気合入った。

最後のレースに出陣じゃ!

 

 

*1
シンザン引退後、日本の競馬界にとっては、シンザンを超える競走馬づくりが至上命題となり、ルドルフが出現するまでの約20年間、掲げ続けられた。引退後のシンザンが冬の牧場で、二本足で力強く立ち上がった姿を真横から捉えた写真に、この標題を添えたJRAのPRポスターも存在する



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第104話 孤児ウマ娘、ラストラン

 

 

 

『第35回有記念、本バ場入場です。

 出走する各ウマ娘たちを紹介してまいりましょう』

 

各娘の本バ場入場に合わせて、場内へ紹介されていく。

 

『阪神大賞典を制したスタミナ自慢が最内枠に入りました。

 消耗戦なら望むところ、1枠1番オースミシャダイ』

 

最初に登場したのは、内枠有利のコースで、

1番枠を引いた幸運娘。

意気揚々と返しウマへと入っていく。

 

『ご存知、絶対王者最大のライバルが2番枠。

 共にラストランを迎える一戦で、

 最後の勝負を制して有終を飾れるか。1枠2番メジロフルマー』

 

フルマーは堂々と歩いて入場すると、

コースに対して一礼してから足を踏み入れ、

返しウマへと入っていった。

 

『2000mを中心に重賞3勝の中距離のスペシャリストが

 有記念に参戦します。2枠3番オサイチジョージ』

 

『この娘も息の長いベテランですが、

 来年も現役続行を表明しております。2枠4番フリーラン』

 

『皐月賞ウマ娘が北の大地で見せた大逃げでの快勝劇。

 今日も黄金の逃走劇が見られますか。

 3枠5番は金色の輝き、トウショウファルコ』

 

艶やかな長い金髪をなびかせて、ファルコが入場。

ファンの声援に応えて軽く手を振ると、颯爽と返しウマに入る。

 

『最低人気でG1の2着に入った大穴娘、サンディピアリス。

 3枠6番での出走です』

 

『対戦を待ち望んだ絶対王者との、最初で最後の一戦になります。

 スタミナだけじゃないぞ、スピードをも兼ね備えた高速ステイヤー、

 菊花賞ウマ娘は何を思うか。4枠7番スーパークリーク』

 

ゆっくりとした歩調でコースインしたクリーク。

特に何をすることもなく、そのまま返しウマへ。

 

『すっかり中央に馴染んだ“怪物”は、この秋、

 まだG1未勝利です。もちろん結果に満足してはいないでしょう。

 こちらも先輩と呼び慕う存在との最初で最後の勝負。

 2番人気オグリキャップ、4枠8番からの出走です』

 

臆することなく、いつも通りの様子でコースに入るオグリ。

それに合わせて歓声が上がった。

だがそんな大歓声にも動じることなく、返しウマへ。

 

『地方出身といえばこの娘もそう。

 G1勝利は先を越されてしまいましたが、

 年末のグランプリ制覇こそ先んじたい。

 悲願の中央G1初勝利となりますか、5枠9番イナリワン』

 

イナリワンは小走りにコースイン。

立ち止まることなく、返しウマに入っていった。

 

『こちらも長く活躍し続けるベテランの1人。

 8か月ぶりの実戦ですが、しぶとく上位を狙います。

 5枠10番からの発走、ミスシクレノン』

 

『アルゼンチン共和国杯2着からの転戦になります。

 同じ距離で好走を図る、6枠11番リアルアニバーサル』

 

リアルアニバーサルが入場した直後、

これまでで1番の歓声が木霊した。

それもそのはず、この次の入場者は……

 

『ついに迎えてしまったラストラン。

 無類の強さを誇った絶対王者にも、この時が来てしまいました』

 

ファミーユリアン、貫録たっぷりの歩いてのコースイン。

その後、客席のほうへ振り返り、笑みを浮かべて手を振ってみせる。

 

『積み上げたG1の白星、実に17個。

 最後の走りをその目に焼き付けろ。

 5ヶ国3大陸王者の雄姿を、未来へ語り継げ。

 いま再び、私たちは歴史の証人となる。

 圧倒的1番人気、ファミーユリアンは6枠12番』

 

紹介が終わったところで、リアンも返しウマに入る。

ここまでの子たちが4コーナー方向へ向かったのに対して、

リアンだけは1コーナーのほうへ走っていった。

 

『善戦が続く名脇役も、G1ではあと一歩二歩といったところ。

 今日こそそんな二つ名を返上できますか、7枠13番ホワイトストーン』

 

『条件戦を3連勝で駆け抜け、重賞でも2着に入りました。

 この勢いのままG1初制覇なるか。7枠14番ゴーサイン』

 

ここで三度、大きな歓声が巻き起こる。

 

『ダービー菊の二冠、天皇賞を春秋連覇したこの娘もラストラン。

 その鋭い末脚は引退の花道をも華麗に演出するのか、期待しましょう。

 3番人気白い稲妻タマモクロス、8枠15番』

 

歓声に応えるように、両手を大きく振りながら入場したタマモ。

よっしゃーとばかりにポーズを取ってから、返しウマに向かった。

 

『優勝直後の悲劇、そして大怪我からの奇跡の復帰。

 波乱万丈なこの娘も現役最後の一戦を迎えます。真冬に2度目の、

 そして有終の桜を咲かせるか。大外8枠16番はサクラスターオー』

 

スターオーは、まず大きく頭を下げてからの入場。

歩いてコースインすると、しばらくそのまま佇んでから、

満を持して駆け出して行った。

 

『以上、出走16人での争いになります。

 第35回有記念、本バ場入場の模様をお伝えいたしました』

 

全員が無事にコースインし、発走地点へと向かう。

 

結局、1コーナー方面へ返しウマを行なったのは、

リアンただ1人のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発走時間まであと数分。

ゲートの後方にして、その時を待つ。

 

他の子たちはやはり気を遣ってくれているのか、

俺に近寄っては来ずに、距離を取ってくれている。

 

返しウマも、俺と同じほうへ来た子はいなかったな。

別に打ち合わせしたわけでも何でもないんだけどな。

 

大変ありがたく、1人のこの時間を使わせてもらおう。

 

こんな緊張感を味わうのも最後。

なんかもう、ドキドキしているのかしてないのか、

緊張しているのかさえ分からなくなってくるよ。

 

スタンドからも距離があるし、

あんなに大きかった歓声も、ここまでは届いてこない。

まあ今はそこまで騒いでないのかもしれないけど。

 

「時間です。集まってください」

 

程なく招集がかかり、ゲートのすぐ手前へ。

奇数番の内側から、順番にゲートの中へ入っていく。

 

さすが選ばれし優駿たちで、トラブルなど全くなく、

時間もさほどかからずに俺の番となる。

 

もちろん何の問題もなく、最後のゲートイン。

この狭い空間内の空気も、中から見る景色も、最後なんだよなあ。

 

「………」

 

しっかり味わって、記憶しておかなければ。

そんな思いで、ゲートの金属に触れ、撫でる。

 

……非常に冷たかった。

 

「かんりょ~」

 

態勢完了の合図がかかった。

 

よしっ、行こうかっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第35回有記念、スタートしました!』

 

『メジロフルマー飛び出した。

 好スタートからハナを切っていきます。

 トウショウファルコも続いていく』

 

アクシデントなどもなく、全員が綺麗にスタート。

まず先手を取ったのがフルマーで、わずかに遅れてファルコが続く。

 

『ファミーユリアンは前の2人を見る格好で3番手』

 

『その他、有力勢は中団以降か』

 

リアンも決して悪いスタートではなかったのだが、

追いかけるという素振りもなく、3番手で落ち着いた。

 

『改めて前から見ていきましょう』

 

『先頭メジロフルマー立ちました。

 1バ身でトウショウファルコ続いて、3コーナーから4コーナー』

 

フルマーとファルコが縦列に並ぶ。

 

『2バ身開いてファミーユリアン3番手』

 

リアンは3番手で4コーナーを回る。

 

『大歓声の中山レース場。

 さらに2バ身開いて、オサイチジョージ、リアルアニバーサル、

 ミスシクレノンこのあたり固まっています』

 

『その外にスーパークリーク』

 

『オグリキャップ、ホワイトストーンの2人が8番手9番手。

 直後にサクラスターオー、ゴーサイン』

 

『3バ身ほど開いてフリーラン、オースミシャダイがいて、

 後方イナリワンとタマモクロス並んでいる。

 昨年と同様13、4番手くらいの位置取り』

 

『サンディピアリス最後方』

 

『1000mは59秒1で通過しました』

 

そこまでというわけではないが、それでもハイペース。

全体としてバ群は固まらず、バラけた展開になった。

 

『メジロフルマー先頭で向こう正面に向かいます。

 2番手1バ身で変わらずトウショウファルコ』

 

態勢は変わらず向こう正面へ。

 

『ファミーユリアンも2バ身差で変わらず単独3番手』

 

『内からオサイチジョージ、リアルアニバーサル、

 ミスシクレノンも変わらず。外めスーパークリーク』

 

このあたりも位置取りは変化しない。

ハイペースながら淡々と流れている。

 

『イナリワンとタマモクロス並んで後方。

 さらにうしろにオースミシャダイ、フリーラン、

 サンディピアリスぽつんと最後方で全く変わりません』

 

スタート直後から、各ウマ娘の位置取りが微塵も変わらないという、

異例なレース展開となる中で、真っ先に動くのは果たしてだれか?

 

『メジロフルマー先頭で3コーナーにかかります。

 これで走り納めのメジロフルマーです。

 どこまで行けるか、どこまで粘れるのか?』

 

『トウショウファルコも後ろに付けたままだ』

 

近走の成績から、実況もどこまで持つのかという考えのよう。

ピッタリと後ろにつけているファルコも、余力は残っているか?

 

『600標識にかかります』

 

もしや最終直線までこのままか?

そんな考えがよぎった時、レースは動いた。

 

『ファミーユリアンさあ動いた!

 前のトウショウファルコに迫っていく!』

 

3番手のリアンが加速し、前との差を詰めにかかった。

 

途端に湧き上がる大歓声。

それと共に、続く各ウマ娘たちにも動きが生まれる。

 

『オサイチ、リアルらも加速したか?

 スーパークリークも負けじとスパートに入った!』

 

リアンの後ろにいた数人もここぞとばかりに加速。

クリークも同様に反応を示したが、彼女の場合は、

他の子たちとの“決意”が違った。

 

(……見えた! ここですっ!)

 

彼女の目には、レースに勝つ、

憧れのお姉さまに勝利する道しか映っていない。

 

その『道』は、最終コーナーをショートカットする形で、

右斜め前方へと伸びていた。

 

「はああああっ!!」

 

彼女は当然そのコースへ進路を取るために、

身体を右へと倒し、内側へと猛然と切り込んでいく。

 

だがしかし、彼女のすぐ右隣には、他の娘がいた。

 

 

ドンッ

 

 

「っ……!?」

 

 

『あっと接触したか?

 ミスシクレノン、リアルとオサイチ、バランスを崩した!』

 

『スーパークリーク4番手へ上がった!』

 

当然のように両者はここで接触。

ぶつかられた格好のミスシクレノンは、さらに内側のリアルアニバーサルに接触、

リアルアニバーサルは最内のオサイチジョージにも接触するという連鎖が起きてしまう。

 

この3人は、たまらず体勢を崩して後退する。

クリーク自身には影響が出ず、内へ入った彼女はラストスパートへ。

 

『メジロフルマー先頭で直線に入った。

 トウショウファルコ2番手。追っているが差はどうか』

 

『今日は失速しない、失速しないぞ!?』

 

実況の声が上擦った。

前走までならここで失速してズルズルいくところで、

フルマーはなおも先頭をキープしているからだ。

 

『ラストランの意地! トウショウファルコも粘っている!

 両者の差は1バ身半だ』

 

『ファミーユリアンも迫ってきた!』

 

『後方は横に大きく広がった!

 オグリ抜けてきて5番手だ! スーパークリークも伸びる!

 その後ろはイナリワンとタマモクロス並んで追ってきている!』

 

ファルコの後ろは、内からリアンがにじり寄る。

バ場の中ほどからオグリが迫り、クリークも脚を伸ばす。

その後ろの大外からは、イナリとタマモが並んで追い込み態勢。

 

『200を通過!』

 

『まだメジロフルマー先頭っ』

 

裏返る実況の声。

観客たちの歓声も最高潮を迎える。

どちらかといえば悲鳴に近いだろうか。

 

今日も早々に失速するだろうという予想に反して、

ゴールまで粘るんじゃないかというフルマーの逃げ足。

オグリやイナリ、タマモたちの追い込み。

 

そして何より……

 

『ファミーユリアンは依然3番手!

 どうした、伸びないのかっ!?』

 

絶対王者の動向が気がかりだった。

3番手をキープしているものの、これまであった伸びが見られない。

もう直線半ばだというのに、そんな気配すらない。

 

やはり状態が悪かったのか。

 

『オグリ来た! ファミーユリアンをかわして3番手!

 スーパークリークも王者をかわしたっ』

 

『お~っとその外からさらに凄い脚で追い込んでくる2人!

 イナリとタマモクロス! 並んで一気に迫ってきたぁ!』

 

オグリとクリークがリアンを抜いたところで、

外から猛然と追い込んでくるイナリとタマモ。

オグリらをかわす勢いで、さらに前方のフルマーとファルコに迫る。

 

『メジロフルマー粘っている!

 しかし最後に待っているのは中山の急坂だっ』

 

逃げ込みを図るウマ娘にとって共通の、

最大の敵が立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、なんとか前を追おうという、

リアンにとっても同じ。

 

(……くそっ、足がっ……!)

 

強いトレーニングができなかったツケが回って来たのか、

ここに来て足が全く動かなくなった。

 

(まだ坂があるっていうのに……!)

 

最後の急坂が控えているのに、である。

しかもこの分では、『切り札』も使えそうにない。

 

そうこうしているうちに、オグリとクリークが

外からかわして行くのが見えた。

 

(……ここまでか)

 

終戦、という2文字が脳裏をよぎる。

 

引退レースで綺麗に有終を飾った馬はいるが、

それよりも、涙を飲んだ馬のほうがはるかに多い。

 

自分はここまで恵まれた。恵まれすぎた競技人生だった。

だからもう、このまま終わってもいい。

 

(……いや)

 

投げやり気味に諦めかけたところで、

自分の中の何かが待ったをかけた。

 

正体などわからない。

もしかすると、ウマ娘としての本能なのかもしれない。

 

肝心なのは、まだ“勝負”を諦めてはいけない、ということだ。

 

レース前に言われた異常を感じたわけでもないのだから、

ここで諦めてしまっては悔いが残る。

それに、真剣勝負を挑んできてくれている、

一緒に走った子たちに対して失礼だろう。

 

(負け……られるかぁっ!)

 

最後の気力体力を振り絞り、『切り札』を使うんだ!

 

「ぅ……おおおおおっ──!!」

 

……刹那。

リアンの視界は真っ黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残り100!』

 

『オグリとスーパークリークがかわした!』

 

ついにオグリとクリークがフルマーを捉え、先頭に出る。

しかし

 

『外からイナリとタマモも飛んできたっ!』

 

『内オグリとスーパークリーク、外からイナリとタマモ!

 それぞれ並んでの追い比べだ!』

 

それを超える勢いで、大外からイナリとタマモが強襲。

ゴール前50mにして、4人が横並びの事態となる。

 

『横一線でゴールイぃいンッ!』

 

『これはわかりませんっ!

 いったい誰が勝ったのか!!』

 

4人はそれぞれ全く譲らず、内2人、外2人の離れたほぼ同時の入線態勢。

だが、勢いは外のほうが勝っている。

 

上がっていたゴールの大歓声が、直後に、悲鳴と怒号に変わろうとは、

この瞬間には誰もが思わなかっただろう。

 

後続勢が続々とゴール板を通過していく中……

 

『っ……! ファミーユリアンがゴールしていませんっ!

 ゴール手前100mでうずくまっている!』

 

急坂の後中で、両膝をついた状態のまま動かない。

 

中継映像ではゴールの模様がアップで流され、

後方の様子はフレームアウトしてしまった。

また、現地の観客はゴールに注目していた人たちが大半であったため、

気付くのがワンテンポ遅れたようであった。

 

『サクラスターオーが傍らにいます!』

 

『これは、何がありましたか……

 ま、まずはゴールの瞬間のリプレイが出ます』

 

どうやら、いち早く異常に気付いたスターオーが介抱している模様だが、

それ以上のことはまるで分からない状態。

場内ターフビジョンと中継の映像には、決勝線上の映像が流される。

 

『……やはりわかりません。

 外のほうが勢いはありましたが……』

 

スローにしても、目視では判断がつかないほどの接戦。

内と外で離れているから余計にそうだった。

それぞれの比較でも、どちらが前に出ているのかも不明である。

 

『それよりも心配なのはファミーユリアンです。

 競争中止、ということでしょうか……

 リプレイ出ますか? はい、出ました』

 

『……坂にかかったところで、急失速して……

 止まるようにしてうずくまっています』

 

別アングルの映像が再生される。

これによると、坂に差し掛かったところで急失速。

最後は歩くようにして足が止まり、ゆっくりと膝をついていた。

 

救いなのは、転倒や崩れ落ちる、というところまでは行っていないことか。

少なくとも、自制は効いているように見えた。

 

他の子たちが傍らを駆け抜けていく中、

誰よりも早く気付いたスターオーが、

自らのレースを顧みずに、すぐ傍へ駆け寄っていっている。

 

『スターオーが状態を見ているようですが……

 あっ、ファミーユリアンの頭が動きました!

 意識はあるようです。安心しました……』

 

誰もが固唾を飲んで見つめていたことだろう。

ここで、リアンの頭が、スターオーの呼びかけに応じたのか、

彼女のほうへ向き直るのが確認できた。

 

最悪の事態ではないようで、安堵の空気が流れる。

しかし、100%の安心はできない。

 

『トレーナーのスピードシンボリ氏をはじめとして、

 数人が駆け寄っています。医療スタッフでしょうか』

 

『えー、改めてレース結果をお伝えいたしますと……

 1着から4着まで写真判定です。

 結果が確定するまで、投票券は捨てずにお持ちください。

 内からオグリキャップ、スーパークリーク、

 イナリワン、タマモクロスの1着争いです。

 5着メジロフルマーのみ番号が上がっております。

 勝ち時計は2分31秒9、2分31秒9です』

 

『そして、審議の青ランプが点灯しております。

 第35回有記念は審議が行われています』

 

『とんでもないグランプリになりました……』

 

徐々にしおれていく実況の声が、

事態の深刻さ、重大さを如実に物語っていた。

 

 

 




ラストラン、ゴールできず……?


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第105話 孤児ウマ娘、ゴールイン

 

 

 

「「「「誰が勝った……!?」」」」

 

横一線でゴールした4人は、ゴール直後、全員が同じ気持ちで、

結果を確認するべく、荒い呼吸の中を掲示板のほうへ向き直った。

 

そして、()()に気付く。

 

彼女たちの視界に入ったのは、掲示板でも、

決勝戦上のリプレイが繰り返し流されているターフビジョンでもなく、

さらにその先、坂の途中でへたりこんでいる、“王者”の姿。

 

「そんな……嘘やろ!?」

 

「大先輩……? どうしたんだっ!?」

 

「姐御っ! いったい何が……」

 

「……お姉さま……?」

 

そういえば、とさらに気付く。

前にいる、優勝争いすると思っていた存在が、

途中から消えていたこと。

 

それぞれがそれぞれの反応を示し、

様子を確認しようと、すぐさま駆け寄ろうとする者もいたが

 

「いけません」

 

係員が飛んできて、それを制止した。

 

普段は着順を伝え、誘導するのが彼女たちの仕事であるが、

こういった不測の事態が起きた際の対処も、その役目なのだ。

 

「こちらで対応しています。

 あなたたちは誘導に従い、速やかに引き揚げてください」

 

「なんでやっ!?

 先輩が大変なことになってんねんで!」

 

「ですから、こちらで対応しております。

 ましてや、あなたたち4人は写真判定の対象なのですから、

 引き揚げてもらわねば困ります」

 

「……」

 

「あなたたちが今なすべきことは、これ以上の混乱を避け、

 速やかに引き揚げることです。

 他の子たちにもそのように指示を出しています。いいですね?」

 

「~~~~~ッ……!」

 

その事務的というか、冷酷ともいうべき反応には、

反射的にタマモあたりが食って掛かるものの、どうしようもない。

 

医者でもなく、医学的な知識があるわけでもない自分たちが

駆けつけたところで、何の解決にもならないことは目に見えている。

 

「……引き揚げんで」

 

「タマっ!?」

 

「じゃかあしいっ!」

 

少し考えて冷静になったタマモは頷いた。

が、納得できないオグリが彼女に食いつこうとするも、

タマモは一喝して退ける。

 

「ウチらが行ったところで、オロオロするだけで何もできん。

 それどころか救護の邪魔になるだけや。

 やったら、このねえさんの言う通り早く引き揚げて、

 現場の混乱をいち早く鎮めるのに協力するべきや」

 

「……」

 

「ええな?」

 

「……わかった」

 

「……仕方ねえ」

 

「……はい」

 

この言葉はオグリだけではなく、イナリとクリークにも向けられており、

3人は不承不承ではあったが、承諾した。

 

「それでは、こちらへ」

 

「ああ」

 

4人は係員の誘導に従い、歩き出す。

 

「タマは、強いな」

 

「なんや、藪から棒に」

 

途中、かすれるような声でのオグリのつぶやきに、

タマモはいち早く反応した。

 

いまだ残る場内のどよめきと動揺もある中で、よく気付けたものだ。

 

「……あ、いや、その」

 

一方のオグリは、意識しての発言ではなかったのか、

あるいは声に出したつもりではなかったのか、言葉に詰まる。

 

「私は、一刻も早く、大先輩のそばに行きたかった。

 他のことはどうでもよかったんだ」

 

「オグリは先輩に懐いとるからな」

 

「おまえさんもだろタマ公」

 

「じゃかあしい」

 

茶々を入れてくるイナリを、先ほどと同じセリフで一蹴する。

 

「だから、その……タマは、強いな、と」

 

「今さら気付いたんか? そや、ウチは強いんやで。

 写真判定のようやけど、今回のレースもウチがもらったかんな」

 

「……かも、しれないな」

 

「はっ、そういうこっちゃねえよ」

 

「………」

 

珍しくオグリが負けを認める発言をし、

やはり茶々を入れてくるイナリにも、いつもの勢いがない。

クリークは先ほどから、俯き加減で無言だった。

 

(……先輩)

 

ライバルたちから“強い”と評価されたタマモだったが、

内心では、身体が引き裂かれそうになっていた。

 

(会見でも言ったけど、今のウチがあるんは、先輩のおかげや)

 

感謝してもしきれないものがある。

出世払いだと言われていた恩を、どうやって返そうか、

今から頭痛のタネになりそうだ。

 

(……無事だって、信じとるかんな)

 

とびっきりのお返しをしてやるんだ。

だから、返し切る前に、いなくなったりしないでくれ。

 

コースをから去る際に、数人の人だかりができつつある

『現場』のほうを一瞥し、静かに引き揚げていった。

 

 

 

 

 

「スーパークリークさん、あなたはこちらです」

 

「……え?」

 

タマモたちがひとまず控室へ戻るよう言われたのに対し、

クリークだけには、別の指示が伝えられる。

 

ビックリして顔を上げたクリークに、

『裁決室』と掲示されたドアが示された。

 

「どうぞ、入ってください」

 

「………」

 

動揺して周りを見ると、同じように示されたのか、

ミスシクレノン、リアルアニバーサル、オサイチジョージの3人もいる。

彼女たちは総じて、気まずそうに目を逸らした。

 

「え……?」

 

訳が分からず、さらに動揺するクリークであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4コーナーを10番手付近の内側で回ったスターオー。

仕掛けるタイミングを逃し、先行勢には引き離され、

後方勢にも並ばれていく流れになってしまった。

 

(……でも、まだっ!)

 

しかし、レースを諦めるにはまだ早い。

ゴールするまでは、何があるかわからないのだ。

 

「はああああっ!!」

 

遅れて、ラストスパートに入る。

今ここから加速、というところで、前方の異変が目に入った。

 

内側にいたスターオーだからこそ、真っ先に、

誰よりも早く、その瞬間を目撃することになる。

 

(……え? リアン先輩……!?)

 

憧れ、追い続けてきた背中が、こちらが戸惑ってしまうくらいに

あっという間に目前へ迫り、衝突するのかと思ってしまうほどの急接近。

 

「リアン先輩ッ!!」

 

慌てて外に動いて回避しようと思ったのも束の間、

それ以上に、()()()()との思いが働き、即座に助けに向かった。

 

もちろん、自分のレースなど、二の次で。

 

「大丈夫ですかっ!? どうしました!」

 

リアンは両膝をついた状態で前のめりになっていた。

倒れ込むところまでは至っていないが、異常なのは明らか。

 

「先輩! リアン先輩っ!」

 

自らも傍らに膝をついて、声をかけ続ける。

すると、どうだ。

 

「……ぇ?」

 

「先輩っ!」

 

かすかにではあったが、反応があった。

続けて声をかけると、こちらに向けて、ゆっくりと顔が動く。

 

「……スターオーちゃん?」

 

「はい、サクラスターオーです!

 どうしたんですか? 大丈夫ですかっ!?」

 

意識があることにはホッとしたが、まだ安心はできない。

深刻な故障、重大な急病という可能性があるためだ。

 

自身が経験しているだけに、なおさらだった。

 

「大丈夫だよ。……よっと」

 

「あ」

 

ところが、当のリアン自身はそんな心配をよそに、

呆気なく頷いて見せると、止める間もなく立ち上がった。

 

「……うん」

 

「ほ、本当に、大丈夫なんですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「………」

 

あまりに簡単に言って見せるので、

スターオーのほうが戸惑ってしまう。

 

だが、最初に見た真っ白な顔から比べると、

徐々に血色が戻ってきているように感じる。

 

「リアンちゃんッ!!」

 

と、そこへ駆け寄ってくる数人の気配と足音。

 

血相を変えたスピードシンボリと、係員、

そして医療スタッフと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──輩! リアン先輩っ!」

 

「……ぇ?」

 

「先輩っ!」

 

気が付けば、すぐ隣にスターオーちゃんがいた。

なんだ? どうなってる?

 

「……スターオーちゃん?」

 

「はい、サクラスターオーです!

 どうしたんですか? 大丈夫ですかっ!?」

 

必死な顔をしたスターオーちゃんが、

これまた必死な様子で尋ねてくる。

 

あれ、レースは……と思ったところで、察した。

 

ここ、まだ坂の途中じゃないか。

にもかかわらず、俺は両膝をついた状態で止まってしまっている。

 

つまり、ゴールしていない。

ゴールできない状態になった、イコール……

 

何らかの異常が生じて、止まらざるを得なくなったということ。

 

スターオーちゃんがこれだけ必死なのも、

自らも突然異常発生という経験をしているからだろう。

何か異常や故障が起きたんじゃないかと。

 

「大丈夫だよ。……よっと」

 

「あ」

 

だが、大丈夫だ。

心配するスターオーちゃんをしり目に、立ち上がって見せる。

 

「……うん」

 

「ほ、本当に、大丈夫なんですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「………」

 

なおも戸惑った様子のスターオーちゃんに対し、

2度3度と頷いて見せる。

まあ無理もないな。突然止まったように見えただろうし。

 

記憶がないから自分でもよくわかってないけど、

少なくとも()()、全く問題はない。

 

おそらくは、致命的な異常が起きる前に、

身体のほうが自動的にセーブをかけたんではないかな。

 

これ以上の負荷がかかると本当にまずい、というところで

強制シャットダウン。からの再起動がかかったということだろう。

 

記憶がないこと、今は問題がないことからも、

まず間違いはないと思う。

もちろん医学的なことはわからないけど。

 

「リアンちゃんッ!!」

 

ここで、大慌てな様子でスーちゃんがコースに入ってきた。

彼女の後ろからは、何人かの人たちも続いてきている。

 

「だっ、大丈夫なのっ!? はあはあ……」

 

よほど慌てていたのか、わずかな距離のはずなのに、

走ってきただけで息を切らしている。

まあそれだけが原因ではないのは明らかだけど。

 

「大丈夫です。安心してください」

 

「そ、そう……」

 

「そちらの人たちは?」

 

「レース場の医療スタッフの方たちよ。

 万が一に備えて、すぐコースに入れる状態で

 待機してもらっていたの」

 

そこまでしてくれていたのか。本当に頭が下がります。

で、ものの見事に出番が来てしまいましたか。

 

「どこも痛くない? 気分が悪いとかは?」

 

「ないです」

 

「そう……とりあえずはひと安心かしら。

 でも一応チェックはしてもらってちょうだい。

 お願いします」

 

スーちゃんからの要請で、来てもらったスタッフさんたちが

俺の周りに集まって、バイタルチェックを始める。

 

「脈拍、血圧ともに正常ですね。OKです」

 

「ありがとうございます。……よかったわ」

 

「ご心配をおかけしました」

 

「いいのよ。約束は守ってくれたのね」

 

駆けつけてくれた中にお医者さんもいてくれたので、

事情を話し、その上で診断も受けた。

 

問題はないとの判断。

やはり、事が起きる前に止まったのが良かったようだ。

 

笑みを浮かべてくれるスーちゃんだけど、

自分でも記憶がないので、止まったのは偶然なんですよとは言い出せず、

これは墓場まで持っていくことになりそうだ。

 

あそこで意識が途絶えてなければ、たぶん、

限界を超えちゃってただろうなあと思うし。

 

そう考えると、あの超前傾走法は、

身体に相当の負担がかかってたんだろうね。

普通では見られないからそりゃそうか。

 

「すいませんでした。スターオーちゃんも、

 付き合わせちゃったみたいで申し訳ない」

 

「いいえ、大事(おおごと)じゃなくてよかったです」

 

微笑んでくれるスターオーちゃん、マジ天使。

俺にお付き合いして、レース捨てちゃったんだろうからなあ。

本当に申し訳なくて……

 

というか、勝負所の最終直線で、よく俺の異変に気付けたね?

 

「当然です。リアン先輩の動向は、

 その一挙手一投足に至るまで、常に気にしていますから」

 

「そ、そう」

 

何の気なしに聞いてみたら、さらっと凄いことを言われた。

……やっぱりこの子の思いは、()()よ。

 

「えーと、とりあえずこの後どうしようか?

 私たちの扱いってどうなるんだろう?」

 

「どうなんでしょう?

 普通に考えたら、競争中止になるんじゃないかと思いますが」

 

問題はなかったということで、次に気になるのは、

レースでの俺たちの扱いはどうなるのかということだ。

 

ゴールしていないのだから、スターオーちゃんの言う通り。

 

でも異常はないとわかったわけだし、特に彼女の場合は、

俺に付き合わされて走るのをやめただけなんだし、

可能ならゴールしたいはずだと思う。

 

「じゃあとりあえずゴールだけでもしようか?

 あとちょっとなんだし、一緒に歩いてさ」

 

「え、はい、私は構いません。

 というか、叶うならばぜひ」

 

ゴールまであと100メートルもない。

走らなくてもすぐにゴールできる。

 

もちろん着順は最下位になるだろうし、

タイムオーバーを食らう時計になるだろうけど、

これで引退する俺たちには関係ない。

 

問題があるとすれば規則面からだろうが、

規則上はどうなのか?

 

「いったん止まったら、その時点で即競争中止、

 なんてルールはないわよ?

 競争中止は、あくまで『結果論』*1というだけだから」

 

俺たちからの視線の意味に気付いたスーちゃんは、

そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

それを受けて、俺たちにも笑みが広がる。

 

「じゃあ、行こうか、スターオーちゃん」

 

「はいっ」

 

元気よく頷いたスターオーちゃんと共に、

ゴールに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっ、ファミーユリアン立ち上がりました!』

 

その様子を確認した場内実況、そして自ら確かめた観客たちは、

総じて胸を撫で下ろした。

 

『あれは医療スタッフでしょうか?

 診察を受けるようですが、どうやら重大な事態というわけではないようです。

 いやあホッとしました』

 

『医療スタッフが引き揚げます。

 問題はなかったということでしょうか?』

 

しばらくしてから、集まっていた医療スタッフが引き揚げていった。

担架の用意、救急車の準備もなされていたが、使われなかったということは、

そういうことだということだろう。

 

レースが審議中で未確定な状況なこともあって、

この様子に注目していた観客たちも、いや、

全国のレースファンすべてが、安心できた瞬間だっただろう。

 

『ファミーユリアンとサクラスターオーが何やら話していますね。

 プライベートでも仲の良い2人。何を話しているんでしょうか?』

 

『お、2人とも歩き出しました』

 

『これは……2人ともゴールしようということでしょうか?』

 

その意図を察した実況、観客たち。

沈んでいた空気はここで消え去り、再びの盛り上がりを見せ始める。

 

そしてそれは、2人がゴール板に到達したとき、

2人の()()()()()のせいもあって、最高潮を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと数歩で、だいぶ、いやかなり遅れたゴール。

というところで、足を止めた。

 

「リアン先輩?」

 

左隣を歩いていたスターオーちゃんも同じように立ち止まり、

不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょっとね……」

 

思うところがありまして。

恥ずかしながら吐露させていただきますれば……

 

「私がこの有以前に国内で負けた2戦は、

 どっちもスターオーちゃんに負けたわけじゃない?」

 

「そうですね。どちらの勝利もわたしの誇りです」

 

えっへん、と胸を張り出しそうなスターオーちゃんだ。

わざわざそんなことしなくても、ご立派なものをお持ちなのにね。

 

「だからね? もうこれ以上、君には負けたくないんだ」

 

「はあ」

 

「このままゴールすると、

 嫌でも順位がついちゃうと思うんだよね」

 

コンマ数秒とかの世界でも、正確に順位を割り出す写真判定だ。

その精度はセンチ単位にまで及ぶ。

 

たとえこのまま2人で一緒に同時入線したように見えても、

システム上はどうしても順位が付き、結果に反映されてしまうだろう。

 

何が言いたいかといいますとね?

 

「こうなった以上は、もう、スターオーちゃんと

 順位をつけたくないんだ。

 学園では先輩と後輩ではあるけどさ、

 いつまでも対等な関係でいたいって思ってさ」

 

「リアン先輩……」

 

「だから、どうにか同着にできないかって」

 

ブービーと最下位には変わりはないけど、

同着にできれば、少なくとも上下の結果にはならない。

 

何か良い方法はないかな?

 

「わかりました。ではこうしましょう」

 

「え?」

 

お、なんか良策ある?

 

「えいっ♪」

 

「うおっ」

 

言うや否や、スターオーちゃんはガバッと抱き着いてきた。

こ、こら、公衆の面前でいったい何を……

 

「こうして抱き合ったまま横歩きにゴールすれば、

 順位なんかつきませんよね?」

 

「な、なるほど」

 

確かにその通りだ。

身体のどこで順位を判断しているのか*2、詳しいことは聞いてないけど、

抱き合った状態なら判定なんかできんわな。

 

抱き合ったままゴールとか……

格好悪いし前代未聞だろうなあ。

 

だがそれがいい。

 

次々と記録を塗り替え、数々の新記録を打ち立ててきたのだから、

最後にもうひとつ、伝説を残してやろうじゃないの。

 

「じゃあ、ゴールするよ?」

 

「はいっ♪」

 

俺たちはそのまま、カニさん歩きでゴール。

現役最後のレースを終えた。

 

 

 

でも気になるのは、誰が勝ったのかということ。

 

オグリか? タマちゃんか?

クリークやイナリ、ファルコちゃんなんて可能性もあったり?

もしかしてフルマーちゃんか?

 

いっぱいの申し訳なさと、いくばくかの期待感を持って

引き揚げていった俺たちを待っていたのは、驚きの結果であった。

 

 

*1
現実の競馬において競争中止は、JRAの案内によると『決勝線に到達しなかった場合』とあるので、時間がかかってもゴールすれば中止にはならないと思われる。しかし現実的には次の予定があるため、レース継続とはならないだろう。参考ページhttps://www.jra.go.jp/faq/pop02/2_8.html

*2
馬の場合は鼻先、人間は胸である





勝者を伝えないスタイル


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第106話 孤児ウマ娘、引退会見する

 

 

 

ピンポンパンポーン

 

『中山第11レースについて、お知らせいたします』

 

リアンとスターオーが引き揚げていって間もなく、

チャイムの後、場内アナウンスがなされた。

 

いまだ動揺とざわめきが残る場内に、

さらなる衝撃がもたらされることになる。

 

『2周目の第4コーナーにおいて、7番スーパークリークと、

 10番ミスシクレノンが接触した件ならびに、

 3番オサイチジョージ、11番リアルアニバーサルとも

 接触した件について審議をいたしました結果、

 進路妨害が認められたため、7番スーパークリークを失格*1といたします』

 

ざわめきが大きくなった。

年末の大一番において審議、それも失格バが出てしまうとは。

 

『なお、12番ファミーユリアンと16番サクラスターオーは、

 両名とも他バに関係なく自ら競争を中断したものであり、

 審議の対象ではございませんでした』

 

競争を()()、というのも異例の表現になった。

2人ともその後にゴールしたためであり、

普通ならば『競争中止』と言われるところである。

 

兎にも角にも審議の結果が出たことで、

まもなくレースの確定が出るであろうことは、明らかであった。

 

となると気になるのは、写真判定の結果だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失格?」

 

引き揚げていって、真っ先に目に入ってきたのは、

職員や関係者のみなさんの安堵する表情。

そして、結果を伝えるホワイトボードに書かれた、

『失格』という2文字である。

 

え? 誰が失格?

まさか……俺たち?

 

いったん止まってからゴールしたから?

スーちゃんそんなルールないって言ってたじゃん!?

 

「スーパークリークさんのようですね」

 

隣にいるスターオーちゃんが呟いた。

それとほぼ同時に、裁決室と書かれたドアから、

クリーク本人が沈み切った表情で出てくる。

 

どうやら本当のことらしい。

 

そういえば、史実でもクリークはやらかしてたなあ。

あの鬼気迫った様子が強烈すぎて、忘れてたよ。

 

まずったなあ、一言でも注意しておくべきだったか。

 

「……ぁ」

 

クリークはそのまま立ち去ろうとしたが、

一瞬だけ目が合ってしまった。

 

俺の無事を確認したためか、一瞬だけ嬉しそうな顔になりかけたが、

すぐに視線を落とし、逃げ去るようにして行ってしまう。

 

うーん、やれやれ……

これは後でフォローしてやらないといかんかあ。

 

オグリと共に今後のレース界を背負って立つ存在なんだし、

置き土産というわけではないが、それくらいはしてやらないとね。

ここで彼女に潰れてもらっても困るし。

 

と、ここで、複数人が慌てた様子で走ってくる気配。

直後

 

「先輩っ!」

 

「大先輩っ!?」

 

「姐御ぉっ!」

 

「ファミーユリアンさんっ!」

 

審議で時間もかかるから、いったん控室に戻っていたのか、

タマちゃんやオグリをはじめとする一同が飛び込んできた。

 

「無事か? 無事なんやな!?」

 

「ああうん、大丈夫だよ。心配かけたね」

 

「~~~~ッ……!!」

 

胸倉へ掴みかからんばかりの勢いで迫ってきたタマちゃん。

声にならないような唸りを上げて、膝に手をついた。

 

「ほんにもう……心配させんなや!」

 

顔を上げた際には、目尻に光るものが。

本当にごめんなあ。

 

「……無事でよかった」

 

オグリは大きく息を吐き出して安堵する一方で、

表情はまだ険しい。

 

「どこも痛くないか? 苦しくはないか?」

 

「大丈夫」

 

「そうか……」

 

続けての質問攻め。

頷いて見せると、ここでようやく笑みを見せてくれた。

 

「姐御!」

 

「心配かけてごめんね」

 

「よ、よしてくんな! ……へへ」

 

同じく駆け寄ってきたイナリ。

ポンポンと頭を撫でてあげると、恥ずかしがりながらも、

うれしそうに笑顔になる。

 

「ご無事でよかったです」

 

「うん、ありがと」

 

ファルコちゃんもホッとした様子で微笑んでいる。

しかしやはりその目には光るものが見えた。

 

「………」

 

逆に、信じられないようなものを見たという顔で、

固まってしまっているのがフルマーちゃんだ。

 

「………」

 

「フ、フルマーちゃん?」

 

「………っ」

 

「ちょっ」

 

あまりに動かないから2歩3歩と歩み寄ってみると、

突然、その場に崩れ落ちそうになってしまった。

慌てて助けに入る。

 

「だ、大丈夫?」

 

「ぁ……も、申し訳ございません……

 無事なお姿を拝見したら、力が抜けてしまって……」

 

「フルマーちゃん……」

 

俺の腕の中で、申し訳なさそうに告白するフルマーちゃん。

ああもう、ホントのホントに、全方位に向けて土下座したい!

 

「もう平気?」

 

「はい……お手を煩わせまして……」

 

いや、俺がかけた迷惑と心配に比べたらこれくらい。

それより、本当に大丈夫かい?

 

「でも……ずっとこうしていたいです」

 

「え?」

 

「い、いえなんでも!」

 

何やら小声でつぶやいたフルマーちゃん。

顔を赤くして、飛び跳ねるようにして俺から離れた。

 

ほ、本当に大丈夫かな?

 

「……ゴホン! あーほら、みんな並ばな!

 確定出るみたいやで!」

 

わざとらしい咳払いの後、そう言って号令をかけるタマちゃん。

 

お、確定出るのか。

正面のホワイトボードに、職員さんが向かう。

 

現状、枠が埋まっているのは、4着欄に3番、即ちフルマーちゃん。

5着欄に5番、ファルコちゃんだけ。

 

1着から3着までが写真判定だったみたいだが、はたして?

 

1着欄に、職員さんが黒マーカーで書き入れた数字。

それは、『9』番だった。

 

続けて、8番、15番の順で書き入れる。

 

1着、イナリ。

2着、オグリ。

3着、タマちゃん。

 

「あ、あたしかっ!?」

 

本人が1番信じられなかったようだ。

驚きのあまり声が上がった。

 

「……」

 

「……か~ッ! 負けたんかい!」

 

オグリは無言。

タマちゃんは悔しさのあまり、オーバーなリアクションと共に叫ぶ。

 

「勝てへんかった……しかも、またオグリにも負けたんかい……」

 

「ちょっと待ってタマちゃん。

 それは少し違うみたいだよ」

 

「え?」

 

勝てなかったこともそうだが、何よりオグリに負けたこと。

 

前走のジャパンカップでは、僅差だったが先着を許したことで、

対戦成績が1勝2敗で負け越しになってしまった。

今回こそ勝って五分に戻して引退したかったんだろう。

 

悔しさはよくわかるが、よく確かめてみるんだ。

 

「着差のところ、よく見てみて」

 

「着差? ……ぉ? 同着やて!?」

 

着順欄の下に、着差を書き込む欄もある。

2着と3着との間に示されているのは、数字ではなく、

『同』という漢字だった。

 

つまり、オグリとタマちゃんは、同着の2着ということ。

 

「タマ……」

 

「同着! オグリと同着かあ。う~ん」

 

「私はうれしい。負けてはいるが、

 タマと同着なら満足だ」

 

「……そういうことにしといたるわ」

 

それでも納得はしきれないようではあったが、

オグリに手を差し出されて、苦笑して握り返すタマちゃんであった。

 

「………」

 

一方で、勝者のイナリ。

こっちはこっちで、なんか反応が薄いんですけど?

 

俺があんなことになったせいで、

素直に喜べないとか思っちゃってるのか?

 

だとしたら、非常に申し訳──

 

「~~~~~~ッ!!!」

 

──ないと思ったんだけど、杞憂だったようだ。

 

上がった雄叫びにホッとした。

そうそう、普通に喜んでいいんだよ。勝ったんだからさ。

 

「やった! G1……中央のG1……やっと勝ったぞぉ!」

 

中央に移籍して来て何戦目だ?

特に、移籍のきっかけを直接作ってしまったがために、

ちょっと、いやかなり安心したよ。

 

「おめでとう、イナリ」

 

「姐御ぉ……!」

 

「よしよし」

 

感極まった状態のイナリは、声を上げて抱き着いてきた。

先ほどと同じように頭を撫でてやる。

 

史実よりも早まった中央への移籍だから、

G1の勝利も早まった感じかな。

 

とにかく、おめでとう。

オグリやクリークたちと共に、来年以降も、

レース界を引っ張っていってくれ。

 

頼んだよ。

 

 

 

 

第35回有記念  結果

 

1着  9 イナリワン     2:31.9

2着  8 オグリキャップ     ハナ

同  15 タマモクロス      同

4着  3 メジロフルマー     3

5着  5 トウショウファルコ   1

 

14着 12 ファミーユリアン

同  16 サクラスターオー

 

失格 7 スーパークリーク(2位入線)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、午後。

 

トレセン学園内に用意された会見場は、

時間前だというのに、早くも報道陣で一杯になっていた。

 

今日これから、いち時代を築いた稀代の英雄、

ファミーユリアンの引退会見が行われるためである。

 

引退発表も異例だったが、引退レース翌日に引退会見するというのも、

異例のスピードにして異例の対応であった。

 

レース内容と結果がああであったがために、

早く対処しなければという思いがあったのかもしれない。

 

「……」

 

15時ちょうど。

指定された時間ピッタリに現れた、制服姿のリアン。

 

集まった報道陣に対して、深々と頭を下げた後、

無数のフラッシュを浴びながら、無言のまま用意された席に着く。

 

「これより、ファミーユリアン引退会見を始めます」

 

司会者の声により、会見は始まった。

 

「まずは本人よりご挨拶を申し上げます。

 ファミーユリアンさん、お願いします」

 

司会に促されたリアンは、いったん座ったというのに、

わざわざ立ち上がってから、その口を開いた。

 

「お集まりいただきまして、ありがとうございます。

 本日は改めまして、現役引退のご報告をさせていただくのと共に、

 経緯や状況についてご説明させていただきたく、

 会見の場を設けさせていただいた次第でございます。

 どうぞよろしくお願いいたします」

 

再びの大きな一礼。

フラッシュの光が眩いばかりなのは、言うまでもない。

 

「それでは、まずは改めてのご報告から。

 私ファミーユリアンは、昨日の有記念をもって、

 現役を引退いたしました。ドリームリーグには移籍せず、

 今後、レース活動は行いません」

 

再度着席したリアンは、先日の会見と同様のことを口にする。

 

「また、昨日のレースでは、不甲斐ない内容であったこと並びに、

 ファンの皆様、関係各位に多大なるご迷惑ご心配をおかけしたこと、

 改めましてお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 

3度、頭を下げるリアン。

何よりファンを大事にする彼女だからこそ、

まずは謝罪しなければと思ったのだろう。

 

「自分としましては、まだ戦えると思ってレースに臨んだのですが、

 甘すぎる見積もりだったようです」

 

このあたりの言い回しから、引退理由について、

察しの良いファンなら勘づいたかもしれない。

 

「引退を決意した理由ですが、大きなものが2つあります。

 最大の理由は、衰えを自覚したからです」

 

ここで、『あっ』となったファンは多かっただろう。

無敵を誇った絶対王者にも、敵わないものがあったのだと。

 

「きのうの様子を見れば、お分かりになった方もいらっしゃるかと思います。

 もう、100%の力を出し切ることは不可能になりました。

 自分としては残念ですが、誰にでも訪れるものですから、

 そこは割り切れています。そして、2つ目の理由……」

 

いったん時間を置いたリアン。

気持ちと言葉を整理しているのだろうか。

 

「2つ目は、健康上の理由が出てきてしまったがためです」

 

意を決したかのように口を開いた。

それと共に、フラッシュが勢いを増し、中継画面を白く染め上げる。

にわかにざわめきも広がった。

 

「左足の違和感の再発。

 まあこれは今は小康状態なのですが……」

 

ざわつきは徐々に大きくなっていく。

そして次の発言で、決定的になる。

 

「インフルエンザで入院した際に、健康診断を受ける機会がありまして。

 その際に、ひとつ、問題が見つかったんですね」

 

中継にもはっきりと乗るほどのざわめき。

それほど衝撃は大きかった。

 

「まあ、すぐにどうこうというほどのものではなかったんですが、

 ちょっと、全力で走るのには問題というか、

 ためらってしまう内容だったものですから……」

 

この時点では、病名までは明言しなかった。

 

かえって報道陣の不安を煽る。

その証拠に、雑音は大きくなる一方だ。

 

「以上が、引退を決めた理由になります」

 

ここまで話して、リアンは目線で司会者に進行を促した。

ざわめきはまだ続いている。

 

「それでは、質疑応答に移ります。

 質問のある方は挙手していただき、こちらで指名いたしますので、

 社名氏名を申告の後──」

 

もちろん多くの記者が手を挙げた。

指名された1人目の記者。

 

「長きにわたる現役生活、お疲れさまでした」

 

まずは労りの言葉から入る。

リアンも軽く頭を下げた。

 

「引退理由について、もう少し詳しくお願いできますか?

 特に、その~、健康診断で見つかった問題について」

 

だが、真に言いたいことはそうではない。

時には聞きづらいことも、ズバッと突き付けてくるのがメディアであるし、

それが彼らの仕事でもあった。

 

もちろんリアンのほうでも、想定はしていただろう。

 

「どういう問題だったんでしょうか?」

 

「えーまあ、一言で申し上げますと、心臓です」

 

「………」

 

よほどの衝撃だったのだろう。

あっけらかんとした告白に、記者のほうが固まってしまった。

 

「幸い軽微な異常だったので、

 再検査しても、そのとき以来問題は出ていません」

 

「病名の診断は出ているんですか?」

 

「不整脈、とのことです。

 先ほど申し上げた通り、今すぐどうにかなるというわけではなく、

 普段は何の問題もありません。しかし、再発の可能性はあると」

 

「……」

 

「身体に負荷がかかった際に起きやすいとのことです。

 よって、もうレースはできなくなりました。

 ドリームリーグに行かないのはこれが理由です」

 

「……ありがとうございました」

 

記者の驚きはかなりのものであったようで、

商売柄、それではいけないのにもかかわらず、

それ以上は何も聞けずに、引き下がるしかなくなった。

 

「では次の方、どうぞ」

 

「まずは、お疲れさまでした」

 

次の記者も、最初は労いの言葉から。

しかし、二言目には、厳しい質問が待っている。

 

「その診断が下ったのは、入院した際とのことですから、

 もう1か月以上も前のことになりますよね?

 今もうレースはできなくなったと仰られた。

 ならば、有記念に出走したのは、間違いだったんじゃないですか?

 現に結果もああだったわけですから」

 

若干の非難をも含む視線と口調。

万全じゃないのにレースに出たというのは、

批判されても文句は言えない。

 

「確かに、仰られる通りですね。

 これも先ほど申し上げましたが、私の見通しが甘かったことは事実です。

 批判があって当然ですし、すべて受け入れます。

 ですが、相応の事情があったこともご理解いただきたいところです」

 

甘んじて受け入れるところだが、そこは詳しくは言えないところ。

個人としても、組織としても。

 

しかし、運営側ファン側それぞれが望み、

望まれたこともまた事実なのである。

 

「現状の体調はどうなのでしょう?

 普段は問題ないとのことでしたが」

 

3人目は、現在の状態についての質問だった。

これも昨日のレースを受けてのものだろう。

 

「問題ないです」

 

頷きながら答えるリアン。

 

「今日も、午前中は病院に行って検査してきました。

 問題は見つかりませんでした。ひと安心です」

 

「それを聞けてこちらも安心しました。よかったですね」

 

「ありがとうございます」

 

問題がなかったことを喜ぶ記者。

リアンも頭を下げて謝意を示した。

 

「左足の違和感についてもお聞かせ願いたいのですが」

 

次の質問者は、足の違和感について。

 

「確かジュニア級の2戦目の直後にも、発症されていましたよね?

 場所と症状は同じなのでしょうか?」

 

「場所は同じです」

 

質問に対し、軽く頷きながらリアンは答える。

即座にその情報が出てきた、覚えていたことに驚いたのか。

 

「症状につきましては、同じものもありますし、

 指先の痺れといった新しいものもあります。

 ただ先ほども申し上げた通り、現在は収まっています」

 

「原因はわかっていますか?」

 

「最初のときもはっきりとはしていないのですが、

 最大のものはやはり疲労と、骨折の後遺症だろうとの見立てですね。

 プレートやボルトが入ったままですから、それも原因だろうと」

 

研究所でのやり取りをそのまま話す。

 

今さらながらの事実ではあるが、報道陣たちにとっては、

忘れ去られていた事実であったようだ。

多少の動揺とざわめきが起こった。

 

「これを完全に取り除くには、やはり再手術して、

 埋め込んだプレート類を除去するしかないようです。

 手術するとなれば、当然、休養が必要になるわけで、

 その間はもちろんトレーニングなどはできません。

 肉体の衰えに加えての休養となると、その後に

 トップフォームに戻ることは不可能だろうと思いまして、

 ドリームリーグに移籍しない要因となりました」

 

ドリームリーグに行かないことにも、明確な理由があった。

これには報道陣たちもぐうの音が出なかったようで、

次の反応には多少の時間を要した。

 

「手術をされる予定があるということでしょうか?」

 

「具体的な日取りなどは決まっておりませんが、

 落ち着いたら受けようとは思ってます。

 違和感が続くような事態は、私としても嫌ですから」

 

再手術する意思があることを表明する。

現役でいる限りできなかったことだろう。

 

「今後はどうなされるのでしょう?」

 

引退への直接の質問が終わると、

今度は、将来に関する質問が集中する。

 

「何かプランなどお決まりでしたら、

 ぜひともお教え願いたいのですが」

 

「何も決まってません」

 

だが、ここで教えられることは何もない。

 

「少なくとも、何か決めたから引退しようと思ったわけではありません。

 純粋に、以前のように走ることができなくなったからの引退です」

 

「では、何かやりたいことなどはおありでしょうか?

 例えば、トレーナーとか」

 

何も決まっていないし、予定など何もないのだが、

報道陣はどうしても、()()()()へ持っていきたいようで。

 

「数々の後輩ウマ娘を見出されたという実績から、

 関係者やファンの間でも、トレーナーへの転身を望む声は多いです」

 

「買い被りですよ」

 

記者が言うことは正しい。

熱心なファンの間では、引退と聞いてからは早くも、

トレーナーとして次代のスターを育ててほしいとの声が聞こえている。

 

しかし、リアン自身は苦笑するばかり。

 

「私が声をかけた子たちが活躍してくれたのは、

 あくまで本人たちが努力した結果です。

 私がしたことなどほんの僅かでしかありませんし、

 トレーナー試験は非常に難しいと聞きますから、

 合格する自信もありませんよ」

 

東大並みの難関というトレーナー試験。

今さら勉強し出したところで合格できるかわからないし、

トレーナーとしてやっていく自信もなかった。

 

前世知識の流用でしかなかったのだから。

 

「やりたいことは、そうですね……

 チャリティや支援活動は続けていきたいですね。

 私の原点ですから」

 

やりたいことといえば、今までも力を入れてきた弱者支援。

自身の生まれからの絶対的指針である。

多くの記者やファンも納得できるところだった。

 

「見識を広めるために、世界を回ってみるというのもありかもしれませんね。

 幸い、多少の伝手はありますので」

 

リアンとしては、思い付き程度の発言だったかもしれないが、

もう何度目かわからない動揺が報道陣に走る。

 

これだけの人材が、海外へ流出してしまう。

なんとしてでもそれは避けねばならない。

 

報道だけではなく、URAとしても、ファンとしても、

おそらくは全員一致の考えだっただろう。

 

「では次の方──」

 

 

 

その後も次々と繰り出されてくる質問に対し、

リアンはひとつずつ丁寧に答えていき、

会見時間は予定を大幅にオーバーすることになった。

 

ちなみに、会見の終了時に花束贈呈役として、

メディアを代表して現れたのは乙名史氏だったが、

渡す前から大号泣状態で、事態の収拾がつかなくなったのは、

言うまでもない。

 

 

*1
史実の自身最初の有馬記念でも、3着で入線したが、進路妨害のため失格処分となっている




次回、最終回!(……の予定)


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最終話 孤児ウマ娘、『家族』になる

 

 

 

今日これから引退会見だ。

 

激しく今さらなんだが、会見というのはいつも緊張する。

人前に出ることはもちろんそうだし、

下手な発言はできないという緊張感が常に付きまとっている。

 

ましてや今日は引退の会見だ。

 

突発的に発表した前回とは違い、

記者たちもそれなりに準備してくるだろうから、

こちらも相応に覚悟して臨まないといけない。

 

やれやれ、引退したというのに、気苦労は絶えないね。

クリークのフォローも入れてあげないといけないし。

 

さて、そろそろ時間か……

会見場に向かおうとしたところで、()()は現れた。

 

「よおリアン」

 

「シリウスッ!?」

 

なんと、まったく予期していなかったシリウスの登場。

 

こいつ、BC以降、今までどこで何してた?

というか、いつのまに帰国してたんだ?

 

「あんた……」

 

「フフ」

 

あまりに予想外すぎて、次の言葉が出てこない。

そんな俺を、シリウスはニヤニヤしながら見ている。

 

その様子がまたイライラさせ、焦燥感を煽るのだ。

 

「なんだ? 言いたいことがあるなら、

 はっきり言ったほうがいいぞ?」

 

こいつ……

まあいい(よくない)、今はこいつに構っていられん。

そろそろ向かわないと遅刻してしまう。

 

「私これから記者会見なんだ。悪いけど──」

 

「そうそう。あのときおまえに渡したものについてだが」

 

「──」

 

放っておいて会見場に行ってしまおうとしたら、

次のシリウスの言葉で、文字通り黙らされてしまった。

心当たりがありすぎてしまったから。

 

もちろん、こいつから借りた、勝負服の一部のテープ状の布。

 

忘れていたわけじゃないぞ?

こいつと会う機会がなかったし、音沙汰もないから、

どうしたものかと思っていたんだからさ。

 

「……今は持ってない。

 寮の部屋にはあるから、後で持っていくよ」

 

あいにくと今は手持ちじゃなかった。

部屋に帰ればあるから、後で返しに行くって。

それでいいだろ?

 

当然、綺麗に洗濯して、ちゃんと保管してあるさ。

 

「はっ、ご期待に沿えず申し訳ないがな」

 

持ってないタイミングで突然会いに来て、俺の苦虫を噛み潰した

反応を楽しみにしていたのかと思ったんだけど、

シリウスの対応は、予想とは正反対のものだった。

 

「あれはもう返さなくていい。

 というか、そのまま持ってろ」

 

「え……?」

 

そのまま持ってろ?

どういうことだ?

 

「私にももう必要なくなったんでな。

 煮るなり焼くなり好きにしていい」

 

「………」

 

シリウスにも必要なくなった?

それって……

 

「それだけ伝えに来た。じゃあな」

 

「あ、ちょっと──」

 

「リアン」

 

「……なに?」

 

言うだけ言って、踵を返しそうになるシリウス。

向こうを向いて、立ち止まったまま名前を呼ぶ。

 

そして──

 

「おつかれさん」

 

「………」

 

顔だけこちらへ振り返り、ぶっきらぼうにそう言った。

横顔しか見えなかったが、微笑んでいたように見えた。

 

「じゃな」

 

「……ちょ待っ」

 

こいつがそんなこと言うのかという衝撃で、

引き留めるのに失敗してしまい、

手をひらひらさせながら去っていく後ろ姿を見送るしかない。

 

まさか、あいつが素直に労ってくれるとはね。

予想外すぎて何もできなかったわ。

 

「シリウスのヤツ……」

 

意外過ぎて、自然にこっちも笑ってしまう。

なんか全部吹っ飛んで、気持ちが一瞬でハイになったわ。

 

「ファミーユリアンさん、お願いします」

 

「あ、はい、いま行きます」

 

ちょうどここでお呼びがかかったこともあり、

非常に良い気分で、競技生活締めくくりの会見に望むことができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史さん、全然泣き止まなかったけど、大丈夫かな……

あの様子だと、いまだに落ち着いてなさそうだ。

 

会見場からの退場時に、満場の拍手で送ってもらったのには感動した。

マスコミには悩まされたこともあったけど、

やっぱり良い関係を築いておくことに越したことはない。

 

マジで頑張ってきてよかったと思ったよ。

 

さて、フォローするなら早いほうがいい、ということで、

だいぶ時間が押してしまった記者会見の直後、

俺はクリークを捜して回った。

 

教室にいない。

自室にいない。

カフェテリアにもいない。

 

はて? 母性の化身のような妖怪でちゅねはどこかな?

もうすっかり日が落ちてしまったから、

あんまり時間もないんだけど、どうしようか?

 

あさってにはホープフルステークスがあって、

ローバルちゃんの応援に行かなきゃいけないから、

出来れば今日中に済ませておきたいところなんだが……

 

本当なら、もう少し早い時間に終わっているはずだったんだけどな~。

記者たちからの質問に片っ端から答えていたら、

こんな時間になっちゃったもんで……

 

いないなあ。

これだけ捜して見つからないとなると、

どこかに引きこもっちゃってるのかなあ。

 

仕方ない、次の場所で見つからなかったら、

今日は諦めることにする。

そろそろ腹が減ってきたこともあるので、

カフェテリアに行って晩御飯にしよう。

 

というわけで、ここにはいないだろうと思って、

行っていなかった場所に最後に向かう。

 

そしたら……

 

いたんだなこれが。

なんてこったい。

真っ先に除外した場所にいたとは……

 

どこかといえば、校舎の屋上。

この寒風吹きすさぶ中を、それもこんな時間まで、

こんな吹きさらしの場所にいるとは思わないよ。

 

「クリークさん」

 

「っ……!?」

 

屋上のど真ん中で、何をするでもなく、

佇んでいる様子のクリークに向かって声をかける。

 

するとクリークは、あからさまに身体を震わせた。

 

「どうしたの、こんなところで」

 

「お……お姉さま……」

 

俺がこんなところに現れるとは思っていなかったか、

明らかに狼狽え動揺している様子。

 

「ど、どうして……」

 

「とりあえず場所を変えようよ。

 私はもういいけど、風邪でも引いたら大変でしょ?」

 

「……しばらく出走しませんから、

 引いてしまっても大丈夫です。

 出走したくてもできませんし。出走停止なので……」

 

投げやり気味に言うクリーク。

 

での失格で、クリークは出走停止の処分を受けた。

しかし、だからと言って、体調を崩してもいいということにはならない。

 

「いやいやアスリートたるもの、体調管理には

 最大限の注意を払わないとダメだよ」

 

努めて優しく声をかける。

病気なりかけ?の俺が言っても説得力ないかもだけど。

 

「それに、君は来年以降の日本を背負って立つ存在だから。

 ここで体調崩してレース出来ないなんてことになったら、

 悔やんでも悔やみきれないと思うよ」

 

「私が? 日本を……?」

 

俺がそう言うと、クリークは目を丸くして、

信じられないことを聞いたとでも言いそうな顔をした。

 

「……御冗談を。私なんて、目先の勝利に目がくらんで、

 すぐ隣もまともに見られない女ですよ?

 そんな私が、日本を背負うだなんて、おこがまし過ぎます」

 

そして苦笑を見せる。

 

どうやら自分がしでかした大失策に気付いてはいるようだ。

反省もしているようだが、これは完全に自信まで失っているなあ。

 

あかんねぇ。どうしたもんかなあ。

 

……ここはちょっと荒療治もやむなしかあ?

一か八かの大博打になりそうだが……

 

よし、では行こうか。

 

「クリークッ!」

 

「ッ……」

 

覚悟を決めて、声を荒げる。

クリークは再び、ビクッと身体を震わせた。

 

「タマちゃんにあんなに甘えるよう迫っておいて、

 いざ自分が受けて立つ側になると逃げるの?

 ふざけないで。もうG1まで勝ったんでしょ?

 もう簡単に逃げられる立場じゃないんだよ?」

 

「………」

 

「それでも逃げるって言うなら、もう何も言わない。

 学園も退学して、どこへなりとも行けばいいさ」

 

「………」

 

クリークは何も言わず、俯いている。

 

さあ、どう出る?

ここで潰れるか? それとも奮起するか?

 

ウマソウルの導きを信じるしかない……

 

「……お姉さま」

 

顔を上げたクリーク。

その表情は、先ほどまでとはまるで違っていた。

 

「わかりました。私、やります」

 

この博打は、俺の勝ち。

いえい!

 

「確かにお姉さまが仰られる通り、

 一喜一憂できる立場じゃありませんものね。

 曲がりなりにもG1を勝った王者として、

 もっと堂々としていかないと」

 

そう、それでいいんだよ。

 

誰しも失敗はある。俺だってそうだ。

大切なのは、そこで歩みを止めないこと。

反省できることは反省して、次に活かせばいい。

 

君にはまだ、次も、その次もあるんだから。

 

「すみませんお姉さま。

 また、お手数をおかけしてしまいました」

 

「いいんだよ。かわいい後輩を助けるのは、

 先輩の大事な役割なのさ。

 甘えられるうちは、素直に甘えておきなさい」

 

「甘え……そう、ですね。甘えて……」

 

普段は他人を甘やかすほうだけに、

甘えるほうなのは慣れていない様子。

複雑そうな表情を見せている。

 

あーもーしょうがないなあ。

 

「クリークさん、こっちおいで」

 

「え? はい」

 

手招きして、クリークを近くまで呼び寄せる。

そして

 

「とりゃっ」

 

「きゃっ」

 

近寄ってきたクリークを、思いきり抱き締めた。

不意を衝かれた彼女は、完全に俺の胸に顔を埋める格好になる。

 

「お、お姉さま……!?」

 

「こら暴れない。素直に甘えておきなさい」

 

「甘え……いいん、でしょうか?」

 

「良いも悪いもないよ。さっきも言ったでしょ?

 甘えられるうちは甘えておきなさいって」

 

「……はい」

 

慌てて離れようとしてもがくクリークだったが、

そう言うとすぐに大人しくなった。

そんな彼女の頭を撫でてやりつつ、考える。

 

こうなるともう幼子と変わらんなあ。

身長も体格も、とっくのとうに俺よりでかいというのに。

 

厄介なことこの上ないが、こうして抱き締めていると、

愛おしいとまで感じてくるから不思議だ。

 

それこそクリークじゃないけど、母性ってこういうことなのかもしれん。

転生して20年余りにして、ついに『女』に目覚めたのか?

 

「お姉さま」

 

「うん?」

 

「私……がんばります。

 もっとがんばって、日本を背負って立てる存在になります。

 だから、そのときは……」

 

「そのときは?」

 

「また……こうやって、甘えさせてもらってもいいですか?」

 

これがおそらく、現時点でのクリークができる、

最大限の『甘え』なのだろう。

 

もちろん拒む理由はない。

それがモチベーションになってくれるなら、望むところだ。

 

「もちろんいいよ。

 そのときを楽しみにしておくよ」

 

「はい……」

 

「でも、周りはよく見てね」

 

「すいません……」

 

「ああもうこんなに身体冷やしちゃって。

 いつから屋上にいたのさ?」

 

「すみません……」

 

俺の言葉に対していちいち謝ってくるクリークをあやし続ける。

 

ところで、いつまでこうしていればいいんですかね?

早く暖かいところへ移動しないか?

俺まで寒くなってきちゃったんですけど?

 

……っくしゅ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年最後の開催日に、今年最後のG1であるホープフルSが行われる。

以前から約束していた通り、ローバルちゃんの応援にやってきた。

 

3連勝中であり、重賞も連覇している彼女は、

今日も堂々の1番人気での出走だ。

 

「ローバルちゃん」

 

「リアンさんっ!」

 

本バ場に入場したローバルちゃんに声をかける。

俺に気付いた彼女は、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「来てくれたんだ。あんなことの直後だから、

 無理かと思ってた」

 

「約束だからね」

 

「うん、ありがとう!」

 

本当に嬉しそうに笑うローバルちゃん。

 

ごめんね、余計な心配かけて。

最終調整に影響出ちゃってないか、こっちも気を揉んだけど、

この様子なら大丈夫そうかな。

 

「ローバルちゃん」

 

「なに?」

 

「勝ったら、ライブまでの間に少し時間貰えないかな?

 ちょっとお話したいと思ってね」

 

「お話? いいけど、どんなこと?」

 

「まだ秘密。知りたかったら勝つことだね」

 

「わかった。絶対勝ってくるからね!」

 

俺からそう言うと、小首を傾げつつも、

不敵に微笑んで、自信満々に返しウマへ入っていった。

 

若いっていいなあ。

 

「若いよねぇ」

 

「っ……」

 

すぐ隣から聞こえてきた声にビックリした。

なんと、シービーパイセンじゃないっすか。

 

「いつの間に来てたんです?」

 

「秘密♪」

 

あ、そうですか。

もうこの人の自由っぷりにも慣れたよ。

 

にしても、最近はおとなしかったのに、

どうしてまた急に現地観戦なんてことを?

 

「どうもあの子には、シンパシーを感じるんだよね」

 

あ、なるほど。

ウマソウルのお導きですか。

 

「だったら声かけてあげればいいのに。

 きっと喜びますよ」

 

「ん~そうしようかとも思ったんだけどさ。

 それはクラシックまで取っておこうかなって」

 

「なるほど」

 

本番は来年ってわけですか。

でも先輩ほどのレジェンドウマ娘から直接声かけられたら、

マジで喜ぶと思うんだけどな。

 

「まあまずは今日の勝利を期待しよう♪」

 

「そうですね」

 

そうやって、シービー先輩と並んでレースを見守った結果、

ローバルちゃんは5バ身差の圧勝だった。

 

 

 

 

 

「ささ、入って」

 

「お邪魔するね」

 

表彰式の後、ローバルちゃんの控室へ、

無理を言って通してもらった。

 

そうそうシービー先輩だけど、ローバルちゃんの勝利を見届けた後、

気付いたらもういなくなっていた。

本当に掴みどころのない、蜃気楼のような人だよまったく。

 

「まずは、G1勝利おめでとう。強かったよ」

 

「えへへ、ありがと!」

 

お祝いすると、満面笑みを浮かべるローバルちゃん。

やはりあの頃と全然変わっておらず、こちらもほっこりする。

 

「リアンさんが来てくれたから張り切っちゃった。

 まあわたしが本気出せば、これくらいわけないって」

 

「こら、自惚れないの。

 そんな考えじゃ足元すくわれるよ。気を付けて」

 

「はーいごめんなさい」

 

だけど、一応しっかり釘は差しておく。

 

レースに絶対はないんだからな。

ルドルフや俺の姿を見て育ってきているだろうから、

そう言われてもあんまり実感がないかもだが。

 

「で、お話って何?」

 

「うん、じゃあこれ、ローバルちゃんにあげる」

 

そう言って、持ってきていたバッグから取り出したものを、

ローバルちゃんに渡す。

 

「靴と蹄鉄? これって……

 リアンさんが使ってたやつじゃ……?」

 

「うん、そう」

 

その正体にすぐに気づいた彼女。

意外そうにこちらを見つめてくる。

 

「私にはもう必要ないものだからね。

 “夢”の続きという意味で、君にあげるよ」

 

「夢の……」

 

「まあ二番煎じなんだけどね。

 私もシービー先輩が引退するってなった時に、

 先輩から使ってた靴とかをもらったんだ」

 

「シービーさんから……

 そうだ、そんな記事をネットで読んだよ」

 

雑誌とかニュースじゃなくて、ネットなんだなと。

ふとしたことで、時代の移り変わりを感じる今日この頃。

 

「もらってくれる?」

 

「……うん、もらう」

 

それはさておき、譲られることの意味が分からない子じゃない。

少しの逡巡の後、ローバルちゃんはしっかりと頷いてくれた。

 

よかった。断られたらどうしようかと。

 

「任せて。リアンさんやシービーさんの想い、

 わたしがちゃんと受け継ぐから」

 

「うん」

 

俺の靴と蹄鉄を、ぎゅっと胸に抱きながら言うローバルちゃん。

 

予想してた以上に聡い子だった件。

……良い子だねぇ。泣きそうになっちゃったよ。

 

「絶対、三冠ウマ娘になるんだ。

 そして、行く行くは海外でも勝って見せるから、見ててね!」

 

「うん、期待してるよ」

 

ローバルちゃんのキラキラした、

希望に満ち溢れた目と表情を見ながら、つくづく思った。

 

若いっていいな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年が明けて、正月気分もそろそろ抜けてくるかというころ。

 

現役を退いて初めて迎える正月は、それはもうぐうたらしまくった。

おかげで途端に数キロ太ってしまったよ。

ほんの1週間前かそこらまで、痩せ過ぎで困っていたのが嘘みたいだ。

 

そんな折に飛び込んできたビッグニュース。

それは……

 

『スピードシンボリ、トレーナー引退』

 

……である。

 

え、なにそれ?

何も聞いてませんけど!?

 

確かに、俺が引退して担当が1人もいなくなっちゃったけど、

新しく見つければいい話だし、引退する必要なんかなくね?

 

「スーちゃん!」

 

もちろんすぐに、直接問い質しにスーちゃんの部屋へ直行。

 

「来たわね。来ると思ってたわ」

 

俺が来ることを察していたのか、悠然と構えていたスーちゃん。

それどころか、すでに部屋の片づけを始めている状態だった。

 

「もう免許返上しちゃったから、

 この部屋もすぐに明け渡さないといけないのよ」

 

あ、そうですか……

 

「ごめんなさい、ちょっと手伝ってくれる?

 話ならそのあとで聞くから」

 

「あ、はい」

 

というわけで、問答無用でしばらく荷物の整理を手伝う羽目に。

で、あらかた片付いたところで、お茶を淹れて休憩がてら、

話をすることになる。

 

「ここでリアンちゃんとこうしてお茶を飲むのも、

 これが最後になるわね」

 

湯飲みを口に運びながら、淡々と言うスーちゃん。

 

この様子だと、決意は固い様子。

というか、もう返上しちゃったということだ。

 

本人の決断だからしょうがないっちゃあしょうがないけど、

そうならそうで、発表する前に言ってほしかったなあ。

 

「さて、何を聞きたいのかしら?」

 

「なんで辞めるんです?

 確かに担当はいなくなりましたけど、新しく募集するなり、

 見つけるなりして、なんならチームに入る手もあるじゃないですか。

 辞める必要までは感じません」

 

「肝心の、『新しい子を指導する』意欲が湧かないからよ」

 

「……そこまでなんですか?」

 

「ええ、そうね。元々、進むも退くもリアンちゃんと

 一蓮托生だと思っていたの。

 あなたと共にトレーナーになって、共に成長して、

 共に辞めていく。それが私の道なんだってね」

 

「……」

 

「それに、あなた以外にここまで熱中できる子なんて、

 そうそう見つからないだろうしね」

 

いや、俺と比べられてしまっては、他の子が可哀そうでは……

自分で言うのもなんだけど、比肩できるのって、

ルドルフやシービー先輩クラスのレジェンドくらいになってしまう。

 

しかしまあ、俺と一連托生って……

そこまで想ってくれてたんだなあ。

初めて会った時のことが、昨日のように思い出される。

 

「報告が遅れたのは謝るわ。

 なんとなく自分からは言い出しづらくてね。

 マスコミに頼っちゃった。ごめんなさい」

 

「いえ、それはいいんですけど……

 今後はどうするんですか?」

 

「さあ、あなたと同じで、何も決まってないわ。

 また海外にでも行ってみようかしらね」

 

やはり海外志向が強いんだな。

もしその方向で何かあったら、また頼りにさせてもらおう。

 

「あなたこそどうするの? 学園は?」

 

「ルドルフにも聞かれましたけど、とりあえず大学には行こうかなと。

 興味はありましたし、まずは見識を深めるところかなって」

 

「そう。知識は大事よ。

 何をするにでも、まずは知識がないと始まらないわ」

 

「ですね」

 

知識の塊なスーちゃんが言うと説得力あるね。

 

前世では底辺もいいところだったんで、

大学なんてところとは縁もゆかりもなかった。

行ってみたい気持ちは最初からあったんだな。

 

問題は、どこに行き、何を学ぶかだ。

 

「何はともあれ、お疲れさまでした」

 

「ありがとう。あなたこそ、ね」

 

お互いに、ここまでを振り返って称え合い、

わだかまりや不信感なんては一切存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアン」

 

それからまもなく、何気なくルドルフから声をかけられた。

内容は、とんでもないものだったと後から判明する。

 

「今度の週末、予定があったりはするか?」

 

「週末? 何もないよ?」

 

引退したから暇も暇です。

まあ現役だったとしても、よほどのことがない限り、

週末には予定は入ってなかったけど。

 

「そうか。なら『うち』に来てくれ。

 父から、君を労いたいとパーティーの知らせが届いていてね」

 

「お父様が? パーティー?」

 

「ああ。あの人のことだからな」

 

うち、というのは、当然、シンボリ家に、ということだろう。

お父様主催というなら納得だ。

 

「恐れ多いなあ。承知しましたとお伝えしておいて」

 

「わかった、伝えておく」

 

いまだにご招待には慣れない。

もう何十回と足を運んでいるのになあ。

 

もとよりお断りするという選択肢は、

現役という免罪符が消えてしまったので、存在しない。

 

そんなわけで、週末はシンボリのお屋敷でパーティーです。

 

 

 

……いつもなら、俺に直接連絡を入れてくるお父様が、

ルドルフを介して伝えてきたことに、疑問を持つべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあリアン君! よく来てくれたね!」

 

「お疲れ様だったわね」

 

「お招きいただき、ありがとうございます」

 

お父様お母様に大歓迎される俺。

まあえらい歓迎ぶりだよね、毎度のことだけどさ。

 

「さあさあ、こっちの席へついてくれたまえ」

 

「ささ、遠慮なんかしないでいいのよ」

 

「え、あの……はい」

 

そこはいわゆる『上座』というやつでは?

いくら主賓だからって、そこは……あ、はい、わかりました。

 

もちろん断れるはずもなく、促されるままに1番奥の席に着く。

 

見渡してみると、お父様お母様をはじめ、

ルドルフとスーちゃん、そしてルドルフのご兄弟も全員いる。

ご家族勢揃い。

 

「さて、まずは食事といこう」

 

「リアンちゃん、腕によりをかけていっぱい作ったから、

 たくさん食べて頂戴ね」

 

「あ、はい、いただきます」

 

いえあのー、もう現役辞めたんで、

これまで通りの食事量出されても困ってしまうんですが?

 

いやあの、まあ、食べますけどね。

 

そうして食事を楽しむこと数十分。

宴もたけなわとなってきたところで……

 

「リアン君、折り入って話があるんだが、

 聞いてくれないかね?」

 

手を止めて、お父様がこんな提案をしてきた。

 

なんです、改まって?

それに、なんでそんなに真剣な表情なんですか?

 

お酒が入っているはずなのに、えらいマジモードなんですが。

周りを見れば、お母様やルドルフ、スーちゃんたちは笑顔笑顔。

 

お父様とのギャップがすごいんですけど……

え、何の話なんですこれ?

 

「実は、君には内緒で、秘かに進めていた話があってだね」

 

「はあ」

 

「ぜひとも受けてもらいたい話なんだ。

 ああ、何も心配はいらない。孤児院の院長先生には、

 前もってお話して了承をいただいているよ」

 

院長にも話が通っているんか。

 

ますますもってわからない。

いったい何の話──

 

「リアン君。いや、リアン。

 私たちと『家族』になってもらえないかな?」

 

 




皆様、長らくのご愛読、まことにありがとうございました。
これにて「転生孤児ウマ娘の奮闘記」完結でございます。

最後のリアンの返答は描いていませんが、
ご想像にお任せしますということで……
まあ最終話のタイトルでおわかりですよね?

正妻戦争も決着していませんが、
あんまり詳しく書いちゃうのも無粋かなって。
いえ単純に私の力量不足な故です。申し訳ない(汗)

今後は、ネタがあれば、短編などの投稿もあるかもしれません。
すべては思い付き次第です。

それでは改めまして、2年を超える長い間、
お付き合いしていただいてありがとうございました。
また機会がありましたら、お会いいたしましょう。


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