悪役令嬢はカードで世界を征服する (Red_stone)
しおりを挟む

第1話 悪役令嬢の断罪

 

 

 そこは学園の一室である競技場。きらびやかなステージの上で、絵になるほどの美少年と美少女が顔を突き合せている。

 豪華な衣装を纏い、しかし腕には不釣り合いなノーマルのデュエルディスク(GX系)が下がっている。そして向かい合って立つ真ん中にはモンスターが。

 

 少年の前には凛々しく、大きい勇者のようなモンスター。紅の装甲で覆われた身体に、大きな剣を持っている。

 それこそ、絵物語にある勇者のワンシーンのように。

 

「俺は『ヒロイック・チャンス』を『H-Cエクスカリバー』を対象に発動、攻撃力を倍にする! そして『ファーニマル・ドッグ』を攻撃! 我が聖剣の一撃で悔い改めるがいい、悪役令嬢! 【クリムゾン・エクスカリバー】!」

 

 悪役令嬢と呼ばれた少女の前には犬のぬいぐるみが居る。愛らしい瞳に、大粒の涙を浮かべている。

 

「そんな! 私は、あなたのために――」

 

 少女の眼には涙。哀れさを誘う光景だが……

 

「貴様はいつも嘘ばかりだ! 消え去るがいい!」

 

 エクスカリバーが振り下ろされる。

 

◆『H-Cエクスカリバー』 ATK:8000

 VS

◆『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

 

 かわいらしいぬいぐるみが無慈悲に一刀両断される。その強大な一撃はドッグを倒したにとどまらず、悪役令嬢すらも切り伏せる。

 

「――ああああああ!」

 

〇悪役令嬢 ライフ:8000ー6300=1700

 

 そして、倒れた悪役令嬢は立ち上がれない。華美な衣装は、今や切り裂かれてズタズタだ。ちらりとブラすら見えるのだから、その惨状は推して知るべし。

 モンスターは実体化している。この世界ではデュエルは神聖なる決闘の儀。強力な一撃を受けた者が命を落とすことなど珍しくない。

 ……そして、決闘の作法として立ち上がれなくなればそこで敗北だ。カードを引けない者に決闘を続ける資格はないのだから。

 

(……なんだ、ここは。私は、誰だ? ……私?)

 

 悪役令嬢のストーリーとしての立ち位置は中ボスだった。迫り来る脅威の前に、悪意に満ちたただの人間を討ち果たす。

 そう、主人公たちは邪神の下僕どもと戦う必要がある。これは、そのための覚悟を決める儀式だった。ゲーム的に言えばチュートリアルか。

 

(カード? 私は? 俺は? 記憶、が)

 

 エクスカリバーの一撃は確かに悪役令嬢の心を打ち砕いた。本来ならそれで負けるはずだった。もしくは、先のターンでワンキルされることが史実だったのかもしれない。

 少女はドッグを出してターンを終了し、少年はハルベルトを特殊召喚しサウザンドブレードを召喚、エクスカリバーを呼び出し魔法カードを使った。凡庸な回し方だ。

 あるいは、設定よりも少年が弱くなっているのかもしれない。

 

 ターンは少女に回る。

 

(私は――ファニマ・ヴェルテ。記憶はある。けれど、この魂はどこか別のところから流れて来たもの。……そちらの魂は男? 何も思い出せない。でも、関係ない)

 

 少女の身体には激痛が走っている。ライフの8割を削る一撃だ、まさに魂を粉砕する一撃と呼べる。ただの悪役令嬢では耐えられない一撃だ。

 

「立つことすらもできないか? それが正義の裁きだ! 他の者を扇動し、ふわりを傷付けた断罪と知るがいい! カードを一枚伏せてターンエンド!」

 

 少年の声が朗々と響く。

 

(そんなもの、私はやっていない)

 

 そう、ファニマの記憶はきちんとある。このファニマ・ヴェルテは頭がお花畑のヒロインに嫌気が差して、少し注意しただけだった。それで泣き出してしまった。それが切っ掛けになった。

 同じように目障りに思って、しかも王子たちに好かれているふわりに嫉妬した女生徒たちが言質を取ったとばかりに虐め始めた。全ては状況証拠しかなく、それも実行犯の言葉だけだ。

 

(けれど、この決闘で負ければそれが真実となる。……ああ、痛い)

 

 決闘は神聖で侵されざるもの。ゆえに、決闘で決められた真実は誰も逆らうことができない。

 遥か古代に3幻神と3幻魔が決闘を行い、3幻神が勝ったことでこの世は光あふれる大地になったと伝えられる創世神話。この世はデュエルでできている、とは過言ではないのだから。

 

「――正義、ね。ええ、正しき怒りを胸に振り下ろした拳は正義でしょうね。……ならば、その先に待つものが何が分かるかしら?」

 

 悪役令嬢が立ち上がる。何か底知れぬものと共に。

 

「正義が成された後には民には笑顔が浮かんでいる。当然の理だ」

「いいえ。正義のために誰かを踏みにじる、そんな正義の後に残るのは憎しみの芽! 正当ならざる怒り! 私のターン、ドロー」

 

 カードをドローする。だが、見もしない。

 

「ずっと、あなたに合わせて来たわ。あなたのデュエルタクティクスはまったくもってなっちゃいない。でも、私が勝ってしまうとあなたは怒るから――手加減していたのよ」

「なんだと? 負け惜しみか! 潔く負けを認めるがいい。俺のフィールドには攻撃力4000のエクスカリバーがいる! お前にこの攻撃力を超えることはできない!」

 

「たかが攻撃力4000のモンスターで何を勝った気になっているのかしら。あなたは私が手加減している時にしか勝機がなかったのよ。証拠に、新しく引いたカードなんて必要ない」

 

 カードを懐にしまってしまう。

 

「馬鹿め! いくら言い募ろうと、最期には正義が勝つのだ!」

「そうね、だって勝った方が正義だもの。私は手札から魔法カード『魔玩具補修(デストーイ・パッチワーク)』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加える。そして、そのまま『融合』を発動!」

 

 手札の『エッジインプ・チェーン』、そして『ファーニマル・キャット』が融合される。

 

「忌まわしき鎖の悪魔よ! 愛らしき己が肢体を抱きしめ、縛り、引きちぎれ! 融合召喚! 現れなさい、遥か黒き海の奥底から『デストーイ・ハーケン・クラーケン』!」

 

 現れるは海の悪魔(デビルフィッシュ)。クラーケン=タコ型の災害を象った悪魔。

 

「馬鹿め! 攻撃力2200では、俺のエクスカリバーには届かない!」

「チェーンの効果でデッキから『デストーイ・フュージョン』を、キャットの効果で墓地から『融合』を手札に加える。そして、クラーケンの効果発動――このターンの攻撃を代償に、エクスカリバーを墓地へ送る。母なる海に抱きしめられ、沈むがいい【プレッシャー・オブ・オーシャン】!」

 

 エクスカリバーの下方に海が出現、そこから鎌のついた鎖がそいつに巻きつき――海へ、墓地へと引き連りこんだ。

 

「――なにィ!? 貴様、効果で破壊するだと! ……卑怯者め! だが、貴様のような不埒な輩のために対策のカードは入れてある! ライフを1500払って『我が身を盾に』を発動! 破壊は無効だ! ふはははは! 残念だったな?」

「いえいえ。……残念なのは、あなたの頭でしょう?」

 

 エクスカリバーは墓地へ送られたままだ。そもそもデュエルディスクが反応していない。

 

「なに!? 貴様、まさか――デュエルディスクに細工を?」

「まさか。私は、墓地に送ると言いましたよ? 効果破壊でないのなら、使えなくて当然でしょう。ミラーフォースのような逆転のカードでないと教えてくれてありがとうございます」

 

 にっこりほほ笑んで、そう言ってやった。

 

「き、貴様……俺を馬鹿にしているのか!」

「はい。では、このターンであなたに引導を渡して差し上げましょう。クラーケンは破壊効果を使ったターン、攻撃ができない」

 

「っは! 俺のライフは8000もある! 届くものか! このターンで終わるわけなどあるか!」

「ふふ。見せてあげます。……そして、私の傷のお礼を差し上げますわ! 手札から再び『融合』を発動! 『クラーケン』と手札の『ファーニマル・ウィング』を融合」

 

「大海にて蠢く悪魔よ、天へと羽ばたく羽根を手折り、ちぎり、喰い尽くせ! 融合召喚! 現れなさい、その刃で全てを切り裂くがいい! 『デストーイ・サーベル・タイガー』!」

 

「『タイガー』の効果発動、『クラーケン』を墓地より呼び戻す!」

「だが、そのモンスターは攻撃できないはず!」

 

「何を言ってますの? 冥界にて輪廻を回った以上、この場の『クラーケン』は別の存在なのです。誓約など置いてきましたわ」

「……だが、俺の墓地にはサウザンドブレードが居る!」

 

「チェーンの効果で手札に加えた『魔玩具融合(デストーイ・フュージョン)』を発動、墓地のチェーンとキャットで融合召喚!」

 

「今一度抱きしめておあげなさい、鎖の悪魔。愛しき友を糧に、暴食の悪魔を呼び出せ! 現れなさい、その荘厳をもって君臨せよ! 『デストーイ・クルーエル・ホエール』!」

 

 現れたるはクジラ。その巨体はエクスカリバーなどよりも遥かに大きく、腹から覗く悪魔の瞳が周囲を睥睨する。

 

「『タイガー』の効果! デストーイモンスターの攻撃力が400アップする。さあ、クラーケンでダイレクトアタック! 【ハーケンダンス】第一打!」

 

〇少年 ライフ:8000ー2600=5400

 

「だが、ダメージを受けたことでサウザンドブレードが復活する!」

「【ハーケンダンス】、第二打ァ!」

 

◆『デストーイ・ハーケン・クラーケン』 ATK:2600

 VS

◆『H・C サウザンドブレード』 ATK:1300

 

〇少年 ライフ:5400ー1300=4100

 

 怒涛の二連続攻撃に少年の服が傷ついていく。痛々しい傷が刻まれるのを見て少女は唇を歪める。

 

「ふふ。これでモンスターは居なくなった。『タイガー』でダイレクトアタック! 【タイガークラッシュ】!」

「……ぐ。うわああああああ!」

 

〇少年 ライフ:4100ー2800=1300

 

 タイガーの爪による一撃が少年を引き裂く。……倒れ伏す。

 

「これで終わりよ! ホエールの効果発動! EXデッキからもう一枚のホエールを墓地に送り、攻撃力をその半分だけ上昇させる! 喰らいなさい、【マックス・ホエール】!」

 

 くじらが口を開く。強大な衝撃波が彼を打ち据える。……もはやピクリとも動かない。ちらりと見て。

 

「……生きてるみたいね。立ち上がることもできないのなら、そのままそこに居るがいい」

 

 胸がかすかに上下していた。

 

 

 

 遠巻きにされる中、悪役令嬢は自身の部屋に戻った。執事に電話で一言入れればすぐに専属のドライバーが迎えに来る。

 その部屋は見るからに少女趣味で、目も覚めるほど豪奢だった。そのほとんどは贈り物で、ファニマが選んだものは数少ない。

 

「――さて、どうしますか」

 

 宙を見つつ、考える。これからの身の振り方を考えなくては。襲撃される――というのはない。先の決闘で決着を付けた以上、その決定に不服を言うのは神への反逆だ。

 

「定番なのは、夜逃げですね。父を頼る……記憶には横柄な態度しか残っていませんが、彼は娘のことを愛してはいるようですね」

 

 ちらりとベッドの下を見る。そこには父からのプレゼントがあった。捨てられないけれど、目に入れたくもないと言う屈折した親子関係だ。

 ほとんど顔も合わせたことがないし、プレゼントも趣味に合わない。けれど、誕生日は欠かさずにプレゼントをくれた。

 

「おそらく、頼れば聞き入れられることでしょう。それに、婚約者殿がアホなのはともかく、この私も最近は異常に過ぎました。それを恋の病と言えばそうなのかもしれませんが、為政者として病にかかるのは失格でしょう」

 

 前世のことは何も思い出せないが、今更父とどうのという年頃ではない。大人の付き合い方も、納得できないものに心の折り合いを付けるのも訳はない。

 

「そうですね、父と相談するのが良いかもしれません。あまり迷惑になってもいけませんしね。では、次に考えることは”今の私”と”前の私”の差ですか」

 

 まあ、性格で言うならば相当に変わっているだろう。この娘は目立ちたがり屋で、人の話を聞かないところがある。……おそらく、あの婚約者との相性は最悪だろう。

 とはいえ、婚約なんてのは家の間での契約だ。性格が合う必要はない、そういう意味ではよくやっていたはずだった。婚約者殿が他の女と添い遂げようと滅茶苦茶をやる前までは。

 

「まあ、婚約者殿との確執でこうなったと言えば、納得はされることでしょう。何か、変な記憶があるわけでもありませんし」

 

 プレイングセンス、という意味では前世のものだ。前世の家族を何一つ知らないのに、遊戯王ができるというのもおかしな話だが。

 なぜなら運動などは身体で覚えるかもしれないが……遊戯王なんて、回し方を頭で覚えるものだろう。

 

「そこを考えていてもしょうがないですね。ああ、身体が痛い。……あのドローは『ファーニマル・ベア』。あと2体ほど追加で出して殴っておけばよかったでしょうか」

 

「しかし、なんですか……まさか【Duel Load Academia】の世界に転生するとは」

 

 そう、ここはゲームの世界だ。キャラゲなど言われているそれがすでに出ているにしても、まさか遊戯王で乙女ゲームが発売されるとは誰も思わなかっただろう。

 ……まあ、基本的にゲームなどカードのおまけであるのだが。

 

 そして、ゲームの世界だからかデュエルの攻撃は実際に魂にまで傷を刻む。

 傷ついた身体は休息を求めている。表面的な傷は、それほど深くない。10代の回復力ならば来週には消えていることだろう。あの激痛だけは耐えられるものではなかったが。

 

「そうだ……デッキを見直さなくては……すぅ」

 

 眠ってしまった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 悪役令嬢の憂鬱

 

 

 悪役令嬢はダメージのために眠ってしまった。この世界では”儀式”におけるデュエルはダメージが現実化すると言う設定があった。

 6300ものダメージを喰らったならば、そのままダウンしても仕方がない。デュエルで断罪とはふざけたこともあったとリアルの人格では思うが、ファニマの元々の知識ではそれが自然だし、実際にそれだけの影響がある。若いとは言えど、一晩で消える痣じゃない。

 0になった彼はもっと酷いことになっているだろう。それを思うと溜飲は下がる。

 

「お嬢様、朝でございます。起きてください」

 

 声がする。覚醒する。

 

「――メイ、ですか」

 

 目の前に居たのは亜麻色の髪の女の子。メイドだ。年が近い彼女はずっと私に仕えてくれた。我儘ばかり言って何人もの使用人を追放してきたファニマだが、どこか彼女にだけは気を許していた。

 

 身体がまだ痛むが、耐えられないほどではない。意識せずとも、痛みに歪む顔は見せない。本来のファニマはハリネズミのような人格だ。

 決して他人に弱みを見せない。誰かに傷つけられる前に、自分の方から相手を傷付けて人を遠ざける。

 おそらく、家族との歪んだ関係から来るものだろうと、自ら分析する。ファニマはファニマだ、記憶を引き継いだ別人ではない。それでも、元のファニマではないから他人を見るように自分を見れるようになった。

 

「はい。昨日は大変でしたね。お食事の用意がございます。食堂に行く前に身支度を整えてください」

 

 そう言って、こちらに近づく。ください、などと言われてもファニマは立っているだけだ。身支度はこの子がやってくれる。

 

「……」

 

 ファニマは動かない。……というか、動けない。身体中が悲鳴を上げている。着替えるまでならともかく、とてもではないが食堂にまで行けるとは思えなかった。

 それに、食堂は人目がある。無様な真似を晒すわけにはいかない。着替えさせられるに任せ、そのままベッドに腰かけた。

 

「お嬢様?」

「ここに持ってきて頂戴。それと、湯浴みの用意をしてくれるかしら?」

 

 自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。だが、それはいつも通りの声でもあった。

 

「……あ」

 

 メイの顔が歪んだ。怒鳴られると思ったのかもしれない。なにせ、ファニマは昨日、風呂に入っていない。

 ファニマの自業自得かもしれないが、それで済めば世の中はもっと優しくなっていただろう。他人に当たり散らすのは別にめずらしくない。

 

「別に急がなくてもいいわ」

 

 ファニマは優雅に立ち上がる。……実のところは痛くて機敏な動きができなかっただけだが、教育と言うのは魂が砕けても根づいているものらしい。

 

「……」

 

 自分のデッキを取り、椅子に座る。そのままデッキ調整を始めてしまった。要らないものが多分に混入している。しかも、デッキ枚数がなぜか47枚である。

 これは、と頭を抱えたくなった。なぜリンクもできないのに『精神操作』などが入っている? などと思いながら抜いていく。

 

「――」

 

 メイはただ唖然とその姿を見ている。ファニマはいつも癇癪ばかりで、こんな姿は見たことがなかった。

 

「何をしているの?」

 

 ファニマが問うと、慌てて出て行った。

 

  

 とりあえず、カードを見てみたが足りない。純構築を組むには十分だが、やはりそれ以外にもアクセントが欲しい。

 メインは変わらないが、テーマ外で相性の良いカードもある。そもそも『ファーニマル』は、環境を取ったことなど一度もないデッキである。

 

(そこらへんは、今後の課題かしら)

 

 ふむ、と頷いて――

 

「待たせたわね、ここに置いて大丈夫よ」

 

 広げたカードをまとめて横によける。

 

「え? あの、はい……」

 

 戻ってきたメイはおずおずとトレイを置く。白いふわふわとしたパンと紅茶。良い香りを立てている。

 この身が女性のためか、ことさらに美味しそうに見える。酷くお腹が空いた気分になったが、夜は何も食べていなかったから当然か。

 

「ありがとう」

 

 パンに手を付ける。その白いパンは丁度良い焼き加減で、手でつまむと温かさが伝わってくる。ご機嫌な朝食と言う奴だった。

 白くほっそりとした指で小さくちぎって食べる。その後に違和感が襲ってくる。

 自分はこんなお上品な喰い方をしていたか? だが、この少女がこうして日常を過ごしていたのだろう。身体の記憶だ。

 

「……ッ!」

 

 小さく、誰にも気付かれない程度にえづく。白く小ぶりなパンが4個ほど。夜を食べていないことを考えれば、この少女の身体でもそれくらいは食べられるはずだった。

 けれど、2個を食べた時点でもう食べられない。身体が悲鳴を上げている、まだダメージが残っている。

 

「ねえ、メイ」

 

 先ほどから後ろについているメイに言葉をかける。この子は学園のメイドではなく、家から派遣された”ファニマお付き”のメイドだ。

 ヴェルテ家は学園メイド統括を派遣するほどの力を持つ。そして、その子は家系、成績、デュエルに腕を全てを併せ持つ。その子に比べれば、この子はそれこそ木っ端メイドの一人でしかない。

 メイドの中でも年が近く、貴族の証である苗字を持っていないモブの一人だ。そもそもゲームでは登場すらしていなかったはず。

 

 そんなメイだ。怯えているんだが、それとも一人前の侍従のつもりで神妙な顔をしているのかは分からないが。

 主人がもういらないと思っても皿を下げようともしないこの子の姿を見ると笑ってしまう。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

「食べる?」

 

 す、と皿を差し出した。

 

「え? あの――それはお嬢様のものなので、私が食べたら怒られてしまいます」

「誰にも言わなければ分からないわ」

 

 私の言葉に逆らうつもり? と軽く睨みつけてやる。

 

「あ……はい」

 

 諦めたように差し出されたそれを口にした。次の瞬間には、あ、おいし。と顔をほころばせる。

 ファニマは彼女が食べ終えたころを見計らって声をかける。

 

「湯浴みの用意は?」

「はい、出来ております。ファニマお嬢様」

 

 そして、浴室へ移動した。広々とした部屋に不釣り合いに小さな浴槽が一つ。無駄な空間の使い方と思うが、これが貴族流なのだろう。

 下着まで彼女に脱がせるに任せ、自身は浴槽に身体を沈める。

 

「……ふう」

 

 思わずため息が出た。傷は痛まない。あれはおそらく、肉体よりも精神を刻む傷だ。生々しい痣は癒えていないけれど。

 下を見下ろせばひそやかな桜色が見えるが、特に何とも思わない。恥ずかしがるか、興味津々になるかのどちらかかと思ったが、そういうことでもないらしい。

 むしろ、あまり見ていたくもないような嫌悪感がある。皆が嫌いなこの少女は、自分すらも嫌っているらしい。

 

「メイ、そこに居る?」

「はい。ここに居ります、いかがいたしましたか? ファニマお嬢様」

 

「ただ、呼んでみただけ……」

「はい」

 

 ずっと付きまとっていた痛みや倦怠感が湯の中へ溶けていくような心地がする。和やかな空気に浸りかけていた、その瞬間だった。

 

「開けろ、悪役令嬢! 話があってきた!」

 

 玄関からここまで響く婚約者殿の怒鳴り声だ。ドアを粗っぽく叩く音がする。まさかあれだけボコった後で元気とは凄まじいが、頭が痛くなる。

 

「これは……第3王子のエクス・ジェイド様の声ですね。いくら婚約者とはいえ、嫁入り前の女性の部屋に押し入ろうとするなんて、なんて……あ」

 

 マズイことを言ったという顔をする。ファニマはずっと第3王子に惚れていて、悪く言おうものなら怒鳴り声だけでなく手が飛んできた。

 しかも、昨日の事件のことは聞き及んでいる。これは銃をもって出迎えられても文句は言えない凶行だろう。

 

「まるで強姦魔ね。女性の寝所に押し入ろうとするなんて」

「追い返しますか?」

 

「あなたには無理でしょう?」

「う……」

 

 メイが王子に逆らったところで、殴られて終わりだ。まあ、そこで殴るかは王子次第なのだが、それをしたところで後で罪に問えはしない。むしろ、メイが王子に逆らったと、メイ本人の悪名になるだけだ。

 

「いえ、一言でも言ってきます!」

 

 出て行った。どうやらこの子は直情的でアホの子らしい。

 

「エクス・ジェイド様! ファニマお嬢様は今、お休み中です! お時間なら後で取れますので、今はお引き取りください!」

 

 メイが叫んだ。他にもメイドは居るはずだが、おそらくおろおろしているだけだろう。役立たずばかりだからね、と思うファニマは自分自身の考え方に驚いてしまう。

 

「メイドごときが貴族に逆らうな! そちらだな! 休んでいるだと。下らんことを言うな。起きているだろう、あいつなら!」

 

 開いた扉を力でこじ開け、音を聞きつけてファニマの方へと向かう。

 

「っな! そんな、酷い! やめてください、あなたはファニマお嬢様に何をするつもりですか!?」

 

 メイが王子に掴みかかろうとするが、手で払いのけられただけで転んでしまう。体育の授業すらメイは受けていないが、どんくさいと言って十分だろう。

 

「っきゃ! ああ、ファニマお嬢様!」

 

 倒れてもなお、手を伸ばすがどこにも届かない。

 

「ここに居たか、ファニマ!」

 

 怒りに燃えて突き進む彼はそこが浴室だと言うことにも気付かない。シャワー音を聞いたところで居場所を教える耳障りな音としか捉えていない。

 

「――っぐ」

 

 怒りに燃えて突き進む彼はつんのめった。当たり前だ、昨日の決闘で負けたのはこの王子。ダメージという点ならば、ファニマよりもずっと深い。

 

「あえ?」

 

 転んだ彼は何かを掴む。それは浴槽を囲むカーテンだった。それは彼の体重を支えきれずにぶちぶちと千切れ――

 

「……ふん」

 

 人を蔑む絶対零度の視線と目が合った。肩まで浴槽に浸かっているファニマ。上気した顔と、朱が差した裸の肩が何とも妖艶で。

 

「我が国の王子は、女性の浴室に押し入るような輩か? まったく、今この時ほどこの国の国民で居ることを恥じた憶えはないわね」

 

 その氷のような瞳だけが正反対だった。

 

「っな。なぜ、貴様は裸でいる?」

「浴室だからよ。それとも、あなたは服を着てシャワーを浴びるのかしら? あまり、侍女の方に迷惑をかけるものではないと思うわ」

 

「浴室? い、いや――その前に、貴様服を着ろ!」

「ここにはないわ。女性の部屋に押し入るような輩がいる部屋で裸でいるしかないとは、なんとも心細いものね。私の服はあなたの後ろに置いてあるわ。下着も見られたかしら?」

 

「し、下着? だ、断じて見てなどいない! 俺は紳士だ」

「紳士は浴室の扉を破らないわ」

 

 王子の顔はどんどん真っ青になっていって、今は紙のようになっている。まあ、よほど頭が足りない奴でなければラッキースケベに喜ぶよりも己の今後に絶望するだろう。

 

「お、俺はここで失礼する!」

 

 逃げ出して行った。どんがらがっしゃん、と音が遠くから聞こえてくる。

 

「……あの男は、何をしに来たのかしらね」

 

 呟く声に、メイが律儀に答える。

 

「分かりませんよ、あんな酷い人」

 

 むくれている。

 

「一度外の扉を閉めて。それから、着替えを手伝ってくれるかしら?」

「はい、もちろんです。ファニマお嬢様!」

 

 彼女は甲斐甲斐しく手伝ってくれる。

 

「ああ、そうだ。メイ、格好良かったわよ。あの男を追い払おうとしてくれたこと」

「そ、そんな。それに、結局私のせいで中にまで入れてしまったようなものですし」

 

「アレは扉が開かなかったら蹴破っていたわ。そうなったら、悠長に着替えなんてできないもの。あなたのおかげよ」

「えへへ。そんな、私のおかげなんて」

 

 メイは嬉しそうにしている。褒められたことが嬉しいのだろう。

 思い返せば、誰かに褒められたことも、褒めたこともなかった気がする。美しさを称える声は幾多あったが、あれはおべっかという奴だろう。

 

「では、学校へ行ってらっしゃいませ」

 

 他の侍女たちも同席して完璧に身支度を整えてくれた。

 身体も、頭も元の少女のままであっても魂は不純物が混ざりこんでいる。そんな有様で不便を感じさせないのは彼女の手腕だ。何から何まで世話を焼いてくれた。

 

「ええ、ありがとう。でも、私が行くのは学校じゃないわ」

「……え?」

 

 ここはヴェルテ家の所有する館で、学園に近いここをファニマが学生の間だけ本拠扱いとしている。

 学生であるからには勉学に励まなくてはならない。だから、ファニマの記憶にある限り自分がズル休みをするのは……これが”初めて”になるだろう。

 だけど、やりたいことがあるのだ。しょうがない。

 

「この(デュエルディスク)を真に私のものとするために、行かなくてはならないところがある」

 

 足は動く。まだ肌に痛みにひきつるところが残っているが、そこは精神力でねじ伏せる。

 

「……そんな顔をするお嬢様は初めてです」

「そうかしら?」

 

「きっと、止まらないのですね?」

「ええ」

 

「なら、私も付いて行きます」

「お仕事はいいの?」

 

「私の仕事はファニマお嬢様のお世話ですから、あまり他の方の仕事を奪わないように仰せつかっています」

「そう」

 

 とりあえず、メイは人の仕事を奪うのか増やすのかは分からないがファニマはとりあえず頷いておいた。

 

「……行くわよ」

 

 ファニマは一歩一歩進んでいく。混入した魂など、名すらも分からない。聖剣の一撃によって魂を砕かれた哀れな悪役令嬢に入り込んだだけの、自分の物語すら持たない亡霊未満はファニマ・ヴェルテという少女に喰われて消えた。

 なれど、新しい自分に生まれ変わったからにはやれるだけはやってみようではないか。

 

 

 




百合回でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 邪神の領域

 

 そして、ファニマは通学路を悠然と歩く。が、確かにそこは通学路ではあるのだが、彼女は人の流れに逆行していた。

 

「「「……」」」

 

 制服を着て、別の方向にはぐれていくファニマを登校する皆が怪しげに見ている。そんなことは品行方正な彼女にはあり得ないことだから、何度も二度見された。

 

 風紀に従う完璧なお嬢様。大きな権力を持ち、教師側の存在とすら思われていたような彼女が、授業をサボる。彼女を知る者にとっては驚愕をもって迎えられる出来事だ。

 まあ、その原因に心当たりがないならモグリだろう。昨日、婚約者に罪を問われ、しかし潔白を証明した――が、心の傷はあまりあるはずだと。

 遠巻きにして好きなことを囁く者も居る。それは決してファニマに好意的とは呼べない雰囲気であった。

 

「……ファニマお嬢様」

 

 メイがかばってその声を聞かせないようにする。上級貴族にとっては平民など獣も同然であろう。

 鬱陶しそうに睨みつけるが、メイはその視線をものともしない。どころか肩を怒らせてずかずか歩いていくものだから逆に貴族の方が逃げ出していく。

 

「皆様、邪魔です! ファニマお嬢様がお通りですよ! 耳が聞こえないんですか!?」

 

 メイは虎の威を借る狐のように家の権力を振りかざし、その仔犬のように小さな身体で吠えたてた。 

 遠巻きにする者達は皆、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

「ふふ」

 

 その様子を見て、ファニマは満足そうに頷いた。味方が居るのは心強い。そして、もとより凡百の雑魚など元から知ったことではないのだから。

 そして歩いて、歩いて――人気が無くなった頃。さわやかな朝であったはずなのに、うっそうと暗くじめじめとした森の中に入って行く。

 

「それで、どこに向かっているのでしょうか?」

「……【魔の森】、禁断の森の――その深奥へ」

 

 なぜか知らないが、知識がある。この世界は【Duel Load Academia】というゲームの世界だ。ストーリーの概要と、重要な地点は記憶している。

 要するに邪神が復活しようとしているというありきたりなあらすじだ。そのためには邪神の尖兵を倒さなくてはならない、との王道。GXだの5D’sで予習もできる凡百なストーリー。

 

 ここは、邪神の力を受けることにより受肉した悪霊が蠢く封印された森なのだ。

 

「って、ファニマお嬢様!? ここって立ち入り禁止の場所じゃないですか! 許可は取ったのですか?」

「馬鹿が入って行方不明になったとは聞いたことがあるわね」

 

 つまり、許可など取っていない。

 メイがビクビクと警戒している。こういうところは女の子らしくて可愛らしい。ファニマはふわりとほほ笑んだ。

 が、取り巻く状況はかわいくない。周りから亡霊が囁く声が聞こえる本物の霊場だ。

 

「ひぃッ! こんな……なにか出そうなところに何の用が?」

「その亡霊に用があるの」

 

 ファニマはずんずん突き進んでいる。乙女らしさはどこにも見えない。その様はむしろ、軍靴を響かせ戦場を歩く戦士を思わせた。

 

「……ヒヒ」

「ヒヒヒ」

「ウケケケケ!」

 

 何か鳴き音が聞こえてくる。ここでは幽霊は実際に形のある、もしくは音を発する物理的に存在する事象だ。

 だが、ファニマに恐れず靴音を響かせてそこに向かう。

 

「――そこか」

 

 ダン、と踵を踏みつける。ビックリしたように重なった声が遠ざかって行った。

 

「雑魚に用はない。さあ、力持つ者よ。己が魂を賭け、決闘(デュエル)を」

 

 デュエルディスク、起動――ガシャリと音を立て、女の子の細腕には不釣り合いなメカメカしく無骨な剣が広がる。

 

「中々に肝の座った女だ。……ここに来る者は皆、弱かった。怯え、逃げ惑い――狩る価値もないエサだった。だが、貴様なら楽しめそうだな」

 

 バサバサとコウモリの羽音が聞こえる。亡霊のように痩せ細ったコウモリが幾体も連なり、人の身体の輪郭を作る。

 ”それ”は赤い剣のようなデュエルディスクを構えた。

 

「そう。けれど、あなたでは力不足ね。まあ、あの王子様よりは楽しませてくれると嬉しいわ。あまり期待もしないけれど」

「ほざけ、女。我が恐るべき戦術の前に、貴様は何もできずに死ぬのだ」

 

「「――決闘(デュエル)!」」

 

 デュエルが始まる。王子との戦いを聖なる神の御前での宣誓とすれば、こちらは邪神の前での劣悪なる死合い。

 敗れた方は死に行く悪魔の儀式である。

 

「我が先攻! 我は手札から『レッドアイズ・ブラックドラゴン』を墓地に捨て、『ダークグレファー』を特殊召喚。さらにグレファーの効果発動! 手札の『伝説の黒石』を捨てデッキから『天魔神ノーレラス』を墓地に送る」

 

 瞬く間に墓地にモンスターが貯まっていく。それも、『黒石』も『ノーレラス』も多少は厄介な効果を持つのだ。

 確かに、あの王子よりは楽しめそうとファニマはほくそ笑んだ。

 

「ファニマお嬢様、チャンスです。フィールドには攻撃力1700の『ダークグレファー』だけ。それに、もう手札が2枚になっちゃいましたよ」

「いえ……あれは――」

 

「は! そちらのガキはものを知らんな! 我がデッキの恐ろしさを見せてやろう。魔法カード『愚かな埋葬』を発動、『ライトロード・ビースト』をデッキから墓地へ送る」

「もう手札が1枚だけじゃないですか。そんなんでお嬢様に勝とうなど――」

 

「『ビースト』はデッキから墓地に送られたとき、特殊召喚される! 『グレファー』と『ビースト』でオーバーレイ、光より現れよ『ライトロード・セイント ミネルバ』! オーバーレイユニットを一つ使い、デッキトップから3枚のカードを墓地へ送る!」

 

 送られたカードは『深紅眼の飛竜』、『ライトパルサー・ドラゴン』、『ライトロード・アサシン ライデン』の3枚だ。

 

「ライトロードモンスターが墓地へ送られたことで1枚ドロー。そして、魔法カード『RUM《ランクアップマジック》-アストラル・フォース』を発動!」

 

 それは強力なカード、それこそ授業では教わらない脅威。確かに、邪神の影響を受け生誕した悪魔は、凡百の生徒とはものが違う。

 

「ランクアップマジック? なんですか、あれは――」

「エクシーズモンスターを進化させるカードね。……授業レベルじゃない。強力な闇のカードというわけでしょうね、あいつにとってはだけど」

 

「舐めるなよ、我が対戦者よ! 『ミネルバ』をランクアップ・エクシーズチェンジ! 時間よ止まれ、あなたは美しい――現れよ『永遠の淑女 ベアトリーチェ』」

 

 これで場にはベアトリーチェ。そして敵の残りの手札は1枚となった。だが、ここまで場が整ったと言うことは。

 

「効果発動、デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地へ落とす」

 

 ふ、と動きを止めた。そう、準備は終わりだ。ここからが本番――真に恐ろしいものはここから来る。

 亡霊はニヤリとほくそ笑み、ファニマは三日月のような笑みを浮かべる。

 

「そしてこのターン、私は通常召喚を行っていない。『ファントム・オブ・カオス』を召喚、効果発動――墓地の『天魔神ノーレラス』を除外し効果をコピーする」

 

 沸き立つ泥のようなモンスターが姿を変える。変じた姿は無数の鋲に撃たれた、悼ましい病症のような顔。その顔は右半分だけが溶け崩れている。

 その下半身は霧のようになっている。見るだけで腰が崩れそうな恐ろしい異形だった。

 

「ライフを1000払って恐るべき効果を発動――堕天し、悪魔へと変じた天使よ。今こそ主への反逆の時! 主の愛した光の世界を虐殺するがいい! 互いのフィールド及び手札を、全て墓地に送る! 【トラジェディ・オブ・サブマリン】」

 

〇亡霊 ライフ:8000ー1000=7000

 

 手札が全て墓地に送られる。ファニマはまだ何もしていない、にもかかわらず手札のカード5枚が全て墓地送りだ。

 

「そして、私は1ドロー! っふ、どうやら貴様は運にも見放されたらしいな」

 

 亡霊はドローしたカードを見て勝利宣言した。

 

「それは貴方ね。私と戦ったことを後悔なさい。墓地に送られた『トイポッド』と『エッジインプ・チェーン』の効果発動。『ファーニマル・ドッグ』と『魔玩具補修』を手札に加える」

 

 一方、ファニマは嘲ったような笑みを浮かべる。

 

「チ。手札が2枚となってしまったか。だが、この攻撃力を超えられるかな? 手札から『龍の鏡』を発動! このカードは墓地のモンスターで融合召喚を行う!」

 

「私は墓地の『真紅眼の黒竜』と『ライトパルサー・ドラゴン』を除外融合! 流星より現れ、敵を貫け! 現れろ『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』! 効果発動! デッキからもう1枚の『真紅眼の黒竜』を墓地へ送り、1200のダメージを与える!」

 

〇ファニマ ライフ:8000ー1200=6800

 

 黒い鎧を纏った竜が空を飛び一直線に突き進む。ファニマの隣に突き刺さり、大爆発した。その爆風が肌を焼くが――ファニマは前を見据えている。

 狩人が笑みを浮かべた。多少焼け焦げた程度など、気にもしていない。むしろ、それくらいでなければ楽しみの一つもないと顔に書いてある。

 

「……この程度のダメージ、どうということもないわね。あなたの実力もこの程度。この勝負、私の勝ちよ」

「ほざくな! 墓地の『伝説の黒石』の効果を発動、『真紅眼の黒竜』をデッキに戻して手札に加える」

 

「フ」

 

 馬鹿にしたような笑みを浮かべるファニマに亡霊は激昂する。

 

「舐めるなよ、娘! 『伝説の黒石』があれば、デッキからレッドアイズを特殊召喚できる。そして、通常召喚を行わなかった場合、墓地の飛竜でレッドアイズを蘇生できる。完璧な布陣を崩せるはずがない!」

 

 『ノーレラス』の恐るべき効果で手札はすべてなくなり、次ターンでドローしても手札は1枚。手札が1枚しかなければ攻撃力3500を突破するのも困難だったはず、と。

 だが、ターンが回らなくてもファニマの手札は2枚あるのだ。

 

「ふふ、下らないわね。ドローを待つ必要すらない。この2枚で、貴方を倒してあげる」

 

 その証拠に、ファニマは効果によってドローした2枚を見せびらかすように掲げた。

 

「ドローしないとル―ル違反で私の負けね? ドロー」

 

 そのカードを懐にしまってしまう。完全に舐め腐った態度だった。静かに相手を見据え、死刑を執行する。

 

「あなたの手札は分かっている! 妨害はない! 魔法カード『魔玩具補修』を発動。『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加え、更に『ファーニマル・ドッグ』を通常召喚! 『ドッグ』の効果でデッキから『ファーニマル・ウィング』を手札に加える!」

 

 もう2枚が4枚になった。

 

「そして『融合』を発動、『チェーン』と『ウィング』で融合、現れなさい我が下僕『デストーイ・ハーケン・クラーケン』! 効果で『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』を墓地へ送る! 【プレッシャー・オブ・サブマリン】!」

 

 悪魔の姿をした蛸のぬいぐるみが現れた。そして、そのおぞましい蛸が触手を振るうと、敵の竜の真下に海が現れそこから鎖が伸びる。鎖に囚われた黒竜は海の中にひきずりこまれ、そして消えた。

 

「何だとォ!?」

 

 これで相手のフィールドはがらあきになった。

 王子よりも強いと言っていたが、実際にはどうなのか。まあ、デッキ構成で言えば亡霊が有利かもしれないが。所詮は邪神の発する邪気の影響を受けただけのモンスターだ。

 この程度の相手に苦戦するようでは、本物の邪神の下僕には敵わない。

 

「『チェーン』の効果発動! デッキから『デストーイ・ファクトリー』を手札に加え、それを発動! 墓地の『融合』を除外してデストーイモンスターを融合召喚する! フィールドの『クラーケン』と『ドッグ』で融合!」

 

 フィールドの2体が空に吸い込まれる。新たな融合モンスターが呼び出される。

 

「大海の奥底に潜む悪魔よ! 人の供を贄とし、全てを切り刻む悪魔を呼び起こせ! 愚か者に滅びの鉄槌を下すがいい、『デストーイ・サーベル・タイガー』!」

 

 刃を持つ狼、人形と刃物の輝きがグロテスクな調和の元に根源的な恐怖を呼び起こす。”それ”は恐ろしい唸り声を上げて亡霊を前に舌なめずりする。

 

「『タイガー』の効果発動! 『クラーケン』を墓地より呼び起こす!」

 

 ぎらりとファニマの瞳が光った。

 

「さあ、終幕を奏でましょう。タイガーの効果! デストーイモンスターの攻撃力を400ポイントアップする! これで終わりよ! ハーケンの2連続攻撃、そしてタイガーの攻撃! 消えなさい【オクトプレッシャー】2連打、更に【ハーケンダンス】!」

 

 最初の二枚だけで二体の大型融合モンスターを召喚、怒涛の連続攻撃を行った。その総攻撃力は2600+2600+2800、ライフ8000丁度だった。

 水流と鎌に切り刻まれ、亡霊は八つ裂きになって残骸があたりに散らばった。

 

「弱かったのは貴方の方みたいね」

 

 その亡霊が消え行く。破片がぼろぼろと形を失って崩れていく。この場面だけを切り抜くならば普通のモンスター退治と言っていい。

 教師に言えば怒られても、生徒同士ならば自慢できるだろう。一夏の冒険と言えば上等な類、まあそれをやるのは男子のはずだったが。

 

「おのれ……その力――まさか」

 

 消えかけた亡霊がボロボロに崩れかけた手を伸ばす。

 

「いいえ、私は勇者じゃないわ。人間を舐めないでほしいわね、邪神のものであろうと力は力。その力、私がもらう!」

 

 デュエルディスクから伸びた紐が亡霊を縛る。

 

「ッガ! ぐああ――」

「デュエルで私が勝った。ならば、その資格はあるはず!」

 

 亡霊が消えていく。禍々しい赤が紐を通じてデュエルディスクに流れ込んでいく。と、同時に紐が鎖へと変じていく。

 丁度、クラーケンの持つ鎖のような。ファニマのデュエルディスクの変化はそれだけではない。

 

「さあ――私の糧になることを光栄に思い、そして消えろ」

 

 亡霊はおどろおどろしい悲鳴と共に完全に消滅した。そして。

 

「ふふ。これでサマがついたわね」

 

 デュエルディスクの形が変わっている。それはまるでぬいぐるみの羽根だ。ぬいぐるみと言っても最高級品、生粋のお嬢様であるファニマに持たせてもあつらえたように似合う。

 そして、稼働する箇所にはハサミ、もしくはギロチンのように怪しく光る刃物が繋がっている。

 

 そう、力を持てば何でも可能になることは、それこそ”遊戯王世界らしい”と言えるのではなかろうか。

 ただのノーマルなそれであれば、舐められる要因にもなる。王子も、悪役令嬢に挑むときには3幻神の力でオリジナルのそれに変わっているはずだったのだが。……見たところ、アレはノーマルのそれだった。

 ……どうにも、”弱い”。

 

(私の憑依のせい? いいえ。それ(憑依)前に、何かが変わっているわね。もしくは、プレイヤーが関与することで良い方向へ変わった未来が、悪い方向のままであったのがこの世界かしらね?)

 

 顎に手をやり、考える。今更主人公の仲間面をするのはない。それに、仲間にするにしてもどうにも物足りない。あいつらは弱かった。

 奴には兄も居たが、ファニマが知る限りの実力はドングリの背比べだ。

 

(ならば、邪神が復活するのが正しい運命なのかな。プレイヤーが渡していたカードで攻略対象のデッキは強化されるシステムだったわね。けれど、あのお花畑のヒロインがカードを上げたなんて話は聞いたことがない)

 

 まあ、それは当然だ。自国の王子にカードを恵んでやる女、どれだけ不遜なのだと言う話だろう。カードとは富、王は恵むを施す側であって恵んで頂く側じゃない。

 

(けれど、それでは邪神の下僕に勝てない。7人の勇者を見つけ、セブンスターズを撃破する必要がある。でなければ、世界は3幻魔が支配する。3幻神を陽とするならば、3幻魔は闇。3幻魔が支配する世界など知らないけれど、この森を見る限り人間にとって楽しい世界でもないでしょうし)

 

「……ふぅ。私がやるしかないのかしらね」

 

 やる気のなさそうな言葉とは裏腹に、その顔には笑みが浮かんでいた。戦うのはとても面白かった。

 あの激痛も盛り上げるスパイスだ。今度こそ、歯ごたえのある敵と出会えると良いと知らず知らずの内に唇は三日月を描いていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 愚かなる王族・前編

 

 森の亡霊を倒し、異形のデュエルディスクを手に入れたファニマは授業にも出ずに専用のサロンで一人紅茶を嗜む。

 ここは貴族の集う学園、サロンがあるのは当然である。そして筆頭に数えられるヴェルテ家であれば専用の部屋を貰うのも当然だった。

 

「……ええと、お嬢様。授業に出なくてよろしいので?」

「あんな程度の低いデュエル論、聞いても意味がないもの」

 

 辛辣なことを言いながら、ゆっくりとカップを持ち上げて紅茶に口をつける。この雰囲気、そして口調も以前のファニマと変わらない。むしろ、これでも多少柔らかくなっているほどだ。以前は真顔で断言していた。

 それでも真面目に授業を受けていた。他人に厳しく、そして己にはもっと厳しい。ファニマ・ヴェルテとはそういう女だった。

 ――実のところ、最も他人に嫌われるタイプと言っていいだろう。本人も人気者になることなど望んでいないのだから。

 

「えと……タルトになります。……苺の? クリームなんとか? ……です」

「やっぱりあなたは紅茶を淹れること以外はダメダメね。まあ、この学園で雇っている職人の腕もまあまあだから、あなたの紅茶がないと食べれたものでもないけれど」

 

 ファニマがくすりと笑う。つられてメイも笑う。

 

「ありがとうございます、お嬢様! 私、紅茶だけは得意なんです!」

「あなたは能天気よね。そんなところに救われる私も私なのだけど。まあ、いいわ。……メイ、あなたも座りなさい」

 

「……ええ!? だ、駄目ですよ。お嬢様。主人と同席するわけには行きません! というか、お嬢様はいつもおっしゃってるじゃないですか。いつ誰に見られているか分からないから、緊張感を常に保てって!」

「見られてなければいいのよ。もしくは目撃者の口を塞げばいいの。……簡単なことでしょう?」

 

「お……お嬢様?」

「ふふ、失恋して一つ大人になったのかしらね。大人はズルいものでしょう?」

 

 ファニマは艶然と笑う。余裕ができた、以前はツンツンと誰にも負けないようにと気を張っていたものだった。

 冗句など口にしない鉄の女だった。

 

「ええ、と……では。失礼して」

「そこで簡単に座っちゃうのがメイよねえ」

 

 くす、と笑うとメイは焦ってきょどきょどしだす。失敗したのかと思いつつも立ち上がらない。

 やがて困ったように上目づかいでファニマを見る。

 

「ふええ!? もしかして、試したんですか。お嬢様!?」

「違うわよ。ほら、食べなさい。甘くて美味しいわよ?」

 

「わあ、ありがとうございます! 甘~い! おいしー!」

「ふふふ。全部食べていいのよ? 横にたくさん成長してしまうかもしれないけど、ね」

 

「あう! えと……えと。お、お嬢様もどうぞ?」

「かわいいわねえ、メイは」

 

 授業をさぼって良い雰囲気になっていた。そこに乱入者が来る。閉まっていたドアが蹴破られた。

 

「ファニマ・ヴェルテ、悪役令嬢! 聞いたぞ、よくも我が弟を!」

 

 その男は第1王子のエレメ・ジェイド、ファニマの婚約者であった第3王子エクスの兄であり、ゲームにおける攻略対象の一人。

 燃えるような赤色の髪がたなびき、金の瞳がファニマを射貫く。ちなみにエクスの方は金髪碧眼と本当に血が繋がっているのかと思うが、そこはただのゲーム的事情である。

 

「あらあら……あなたはエレメ・ジェイド様。ですが、悪役令嬢は厳正なる儀式の場において否定させていただきました。それとも儀式の結果を認められないと? 我らが父祖たる三幻神に弓引くつもりなのかしら?」

 

 ファニマはけらけらと嗤っている。氷のような美貌に似合っていて、そして怖い。メイに向けるのとは違う、肉食獣のような笑みだ。

 

「ぐぐ……! だが、何を言おうが貴様の悪辣さは透けて見えている! 弟のかたき討ち。勝負だ、貴様の中の悪魔を暴いてくれる!」

「かたき討ち、ね。それは昨日のお粗末な決闘のこと? それとも、私の浴室に押し入った挙句頬を張られたお馬鹿の復讐? 駄目よ、女を見れば襲い掛かるようなオサルさんは檻の中に入れておかなきゃ」

 

 メイがモップを手に、女の敵を見る目でエレメを睨みつける。そう、彼の弟はファニマの婚約者(まだ婚約破棄は正式に決まったことではない)で、昨日ファニマの珠の肌を傷つけた上に風呂場に乱入した……まごうことなき女の敵である。

 

「貴様……! デュエルだ! 必ず倒してくれる!」

 

 彼はメイに構うことなくデュエルディスクを掲げた。しかし、それはただのノーマルディスク。つまりそれは、まだ光の力の一かけらも持っていないと言うことで。

 

「……デュエル」

 

 ファニマはその悪魔じみたデュエルディクを剣のように構えた。ハサミの刃、そして血のような紅が飛び散る鎖。どう見ても悪役の姿だった。

 

「俺のタ……」

「エレメ・ジェイド! あなたが勝てば私は”悪”ね。けれど、私が勝ったのならあなたが封印した闇の力、悪魔の(しるし)持つHEROをもらう!」

 

 彼がカードを引き構えた瞬間に、ファニマは指を突きつけて宣言した。これは儀式のデュエル、昨日の結果を覆したいならそちらも何かを賭けろと言うことだ。

 

「何だと!? 馬鹿な、何故E-HERO(イービルヒーロー)のことを知っている!? それに、あんなものを手にして何のつもりだ?」

「ふふ、我が野望を挫きたいのなら勝てば良いだけの話でしょう? それとも、あれかしら。変態の兄はやはり変態で、サロンの中で着替えてると思って侵入したはいいものの、違ったからキレて怒鳴ってるいうアレ?」

 

「濡れ衣だ! そんな根も葉もないこと、広められる前に貴様を倒す! 貴様は絶対に許さん! 俺のターンだ!」

「……あなたの弟って言う根はあるのだけど」

 

 エレメは勢いよくドローし、ファニマはやれやれと肩をすくめた。

 

「『E・HERO エアーマン』を通常召喚! 効果で『E・HERO リキッドマン』をデッキから手札に加える!」

「ふふ、HEROの基本的な動きね。つまらないわ」

 

「いい気になっているのも今の内だ! 手札から魔法カード『E-エマージェンシーコール』を発動、デッキから『E・HERO シャドーミスト』を手札へ!」

 

「そして、見るがいい。貴様も使った『融合』を、だがその真価はHEROが使うことにより発揮される! 手札の『リキッドマン』と『シャドーミスト』を融合。水の力もて戦う戦士よ、闇の霞に潜みし戦士よ。今こそ闇の時代が終わり太陽が昇る時、融合召喚『E・HERO サンライザー』!」

 

 そして、太陽纏う戦士が現れた。

 

「サンライザーの効果、デッキから『ミラクル・フュージョン』を手札に加える。さらにシャドーミストの効果で『E・HERO アイスエッジ』を手札に加え、リキッドマンの効果でデッキからカードを2枚ドロー、そして『E・HERO アイスエッジ』を捨てる」

 

 サンライザーという強力なHEROを召喚しながら、未だ手札は5枚。ここまで来て手札が減っていない。融合おなじみの手札増強だ。

 

「そして先ほどサーチした魔法『ミラクル・フュージョン』を発動、墓地の『E・HERO アイスエッジ』、『E・HERO シャドーミスト』を除外融合! 氷の刃もて戦う戦士よ、闇霞の力を受け継ぎ進化せよ! これこそ永久凍土より生まれしヒーロー、絶対零度で悪を氷漬けにしてしまえ! 融合召喚『E・HERO アブソルートZero』」

 

 あっという間に場には強力モンスターが3体も並んだ。そして、手札は4枚も残っている。

 メイがファニマを不安げに見た。1ターン目に3体のモンスターを並べるなんて、プロ級の腕前だ。並の生徒なら絶望してカードをドローすらできなくなってしまうに違いない。

 

「ふふん、それだけかしら? ただ3体のモンスターを並べただけじゃ、あなたの弟みたいに1killされてしまうわよ。弟よりも強いってところを見せなくていいのかしらね。それとも、これはドングリの背比べでどっちも大した実力はないってこと?」

 

 けれど、ファニマにとっては慌てる事態でもない。座興くらいにはなると傲慢な瞳で見つめている。

 

「……もちろん並べるだけじゃない。俺のHEROは強力な力を持っているぞ! サンライザーの効果、自分フィールドの属性の種類の数の200倍攻撃力をアップする。つまり、600アップだ!」

 

 サンライザーから太陽のごとき光が放たれ、その輝きを受けたHERO達がパワーアップした。

 

「攻撃力だけじゃ……」

 

 メイが微妙にビビりながらも援護攻撃を試みるが、エレメは怒鳴りつけて反論する。

 

「それだけではないぞ! アブソルートがフィールドを離れたとき、貴様のモンスターを全滅させる効果を持つ! そして攻撃力に劣るエアーマンを狙おうとも無駄だ。サンライザーが居る限り、このカード以外のHEROの戦闘前にカードを1枚破壊できるのだ! この布陣を前に、どうすることもできまい。悪役令嬢め。俺はこれでターンエンドだ!」

 

場:『E・HERO サンライザー』ATK:3100 

  『E・HERO アブソルートZero』ATK:3100

  『E・HERO エアーマン』ATK:2400

 

「当然よ、そんな備えで私を倒すなど片腹痛い。だから聞いたじゃないの、その程度かって。私のターンよ、ドロー」

 

 ぞわりと、冷たい空気がエレメの背筋を撫でた。

 

「……強がり、を」

 

 毅然と前を向くエレメを前に、ファニマは獲物を刈る肉食獣の笑みを向けた。

 

「私は手札から魔法『魔玩具補綴』を発動、デッキから『エッジインプ・シザー』と『融合』を手札に加えるわ。私も同じカードを使わせてもらう。手札から『融合』を発動、手札の『エッジインプ・チェーン』と『ファーニマル・キャット』で融合召喚。現れなさい、深き海の底から『デストーイ・クルーエル・ホエール』!」

 

 波しぶきとともにぬいぐるみのクジラが姿を現わす。ただのぬいぐるみではない、その巨体で押しつぶされればひとたまりもない。

 

「『キャット』の効果、今使った『融合』を墓地より呼び戻す。さらに『チェーン』の効果で『魔玩具融合』をデッキからサーチする。そして融合召喚に成功した『ホエール』の効果発動! 『アブソルート』と自身を破壊する! 【ロアー・オブ・ホエール】!」

 

 クジラが超音波じみた鳴き声を放射する。その雄たけびは敵を滅ぼし、自らすらも滅ぼし尽くす。

 

「馬鹿な! そのモンスターの効果は自分の攻撃力を上げることのはず!」

「ならば、お望み通りにそちらの効果も見せてあげましょう。ホエールの効果発動、EXデッキから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地へ送り攻撃力を1300アップする!」

 

「馬鹿な、破壊されるモンスターの攻撃力を上げて何の意味が……」

「すぐに分かる。ホエールは破壊され、『アブソルート』もまた破壊される。そして『アブソルート』の効果が発動し私の場のモンスターが全滅するけれど、モンスターは居ないわね?」

 

 水のHEROが最後っ屁に大氷壁を遺すが、その氷の中には何も囚われていない。虚しく溶けて消えた。

 

「……おのれ。だが、私の場にはまだ『サンライザー』と『エアーマン』が残っている!」

「すぐに破壊してあげるわ。手札から魔法『魔玩具融合』を発動、さきほど墓地に送った『シープ』、更に『チェーン』と『キャット』を除外融合! 現れなさい、何者をも従える百獣の王『デストーイ・サーベル・タイガー』! そしてその効果で『デストーイ・クルーエル・ホエール』復活!」

 

 これが無駄に攻撃力を上げたことの意味。EXデッキから直接墓地に送ったモンスターは特殊召喚できないが、融合素材にするのであれば関係がない。これで、2体の融合モンスターがファニマの場に揃った。

 

「馬鹿な、たった1枚のカードで大型融合モンスターを2体も呼び出す……だとォ!?」

「これで終わりだと思わないでね。私はまだ通常召喚を残している! 『ファーニマル・ドッグ』を召喚、デッキから『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える。そして手札から永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動!」

 

「ファクトリーは墓地の『融合』を除外することで融合召喚を可能とする! 『魔玩具融合』を除外して手札の『エッジインプ・シザー』と場の『ファーニマル・ドッグ』を融合、現れなさい全てを引き裂く百獣の王『デストーイ・シザー・タイガー』! このカードは融合召喚に使用したカードの枚数まで相手フィールドのカードを破壊する。よって、あなたの場の2体を破壊するわ。消えなさい、役立たずのHEROども!」

「……そ、そんな。俺のHEROが……バトル前に全……滅……めつめつめつ?」

 

 場には3体、だが彼は1体普通のモンスターが紛れていたのに対して、ファニマは融合モンスターを3体だ。

 そして、最後のモンスターには破壊効果だけではなく攻撃力をアップさせる効果もある。

 恐ろし気な悪魔の力を宿す人形が彼を睨み据えた。

 

「ふふ、やっぱりあなたも弟と同じく弱いわね。その程度の腕前で何を誇ると言うの? ねえ、王子様。……デストーイモンスターは『サーベルタイガー』の効果で攻撃力が400アップ、さらに『シザータイガー』の効果で900アップする。合計で1300のアップね、さらに私はホエールの効果を残している」

 

「『サーベルタイガー』のダイレクトアタック、【サーベルダンス】!」

「ぐわあああ!」

 

 四足の虎のぬいぐるみ、その腹に生えた処刑刃がエレメに突き刺さる!

 

〇エレメLP:8000ー3700=4300

 

「『シザータイガー』のダイレクトアタック、【シザーダンス】!」

「……がはっ!」

 

 虎のぬいぐるみのお腹に生えた、身長よりも大きな刃がエレメを襲う!

 

エレメLP:4300ー3200=1100

 

 エレメは強力な攻撃を前に吹き飛ばされて膝をつく。目の前がかすむほどのダメージ、これは儀式のデュエル、凡人であれば指一本すら動かすこともできないはずだ。

 

「これで終わりよ、『ホエール』の効果発動、自身の攻撃力を更に1300アップ、5200のダイレクトアタックを喰らってお眠りなさい【ホエール・プレッシャー】!」

 

 自身の身長を倍加させた恐ろし気なクジラ。その巨体に体当たりされればひとたまりもないだろう。

 一生消えない傷が残ってもおかしくないほどの攻撃。しかしエレメは歪む視界の中でその死神を睨みつけた。膝をついたまま腕を動かし、カードを使う。

 

「まだだ! まだ負けん! 俺は、お前を倒す! 悪役令嬢! 手札から『クリボー』の効果を発動、ダイレクトアタックのダメージを無効にする!」

 

 エレメを増殖した大量のクリボーの壁が守る。クジラは構わず押しつぶしたが、いつの間にか目標をずらされていた。……攻撃は外れ、敵のライフは残った。

 

「まさか、生き残るとは思わなかった。けれどライフは1100、そんなボロボロの有様で何が出来ると言うのかしら? 私はこれでターンエンドよ」

「……ぐぐ」

 

 エレメはまだ立ち上がれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 愚かなる王族・後編

 

 

 エレメはまだ立てていない。むしろ6300ものダメージを受けてなお動けたファニマの方が異常……というかあれはズルだ。これは肉体以上に魂を傷付ける戦い、ファニマは異界からの魂を吸収して回復した。

 彼には、そんなお役立ちアイテムはない。

 

「ふふ、立ち上がれないようね? 立ち上がれないデュエリストにターンは回ってこない。このまま『ホエール』のダイレクトで勝負を決めてあげる」

「――ふざけるな! 俺はまだ、負けていない。俺のターン、ドロー!

 

 立ち上がり、カードを引き。

 

「……これは」

 

 祈るように目を閉じた。そして、目を開いて宣言する。

 

「このカードで俺はお前に勝つ! 魔法『HEROの遺産』を発動、墓地の3体のHEROをEXデッキに戻して3枚のカードをドローする!」

「ふふ、この期に及んで神頼みかしら?」

 

「ほざけ! 正義は、HEROは必ず勝つと教えてやる! 魔法『ヒーローアライブ』を発動

ライフを半分払い……ぐぅ!」

 

 彼は胸を抑えた。ライフを払うにも痛みが伴う、当然だろう。

 

〇エレメライフ:1100/2=550

 

「デッキから『E・HERO ブレイズマン』を特殊召喚、そしてその効果によりデッキから『置換融合』を手札に加える。このカードは」

「置換融合は『融合』として扱うカード。私にその説明は不要よ」

 

 それはルールにより名称を変えるカードだ。代表的なのは『海』だろう。名前を指定するカードだが、ルールにより『置換融合』は『融合』になっているし、デッキに入れられるのも両方合わせて3枚までだ。

 

「……手札から『E・HEROソリッドマン』を召喚、そして効果により手札の『E・HEROオーシャン』を特殊召喚! そして『置換融合』を発動、『ソリッドマン』と『オーシャン』融合、『E・HERO アブソルートZero』を再び融合召喚!」

 

 大氷壁を割って絶対零度のHEROが再び姿を現わした。モンスター全滅効果を持つ厄介なモンスターだ。

 だが、自爆特攻をしようにもホエールが居る限りライフ550ではひとたまりもない。

 

「墓地に送られた『ソリッドマン』の効果発動、墓地の『エアーマン』を蘇生する。さらに『エアーマン』の効果でデッキから『E・HERO シャドー・ミスト』を手札に加える。そしてこれが俺の最後の力……手札の『融合』を発動、『E・HERO アブソルートZero』とシャドーミストで融合! 太陽よ、その威光を再び掲げよ! 融合召喚『E・HERO サンライザー』!」

 

「そして、融合により墓地へ送られた『アブソルート』の効果発動! 相手フィールドのモンスターをすべて破壊する! 今度こそ砕け散れ、悪の手先! 【グレイブ・オブ・アブソルートゼロ】!」

 

 今度こそ、ファニマのシモベ達が大氷壁に囚われる。その氷壁は”中身”ごと割れ、崩れ落ちていく。残るは……

 

「だけど私の『デストーイ・サーベル・タイガー』は3体以上を素材にした時効果・戦闘では破壊されない効果を得ている。そして『ホエール』の効果発動、デッキから『魔玩具厄瓶』を墓地に落としタイガーの攻撃力を1200アップする! 【マックスホエール】!」

 

 二体の仲間を失ってもなお吠えたてる『サーベルタイガー』である。攻撃力4000、ファニマを倒すためにはまだ壁はある。

 

「……何だと!? 俺のターンなのに、そこまで動いてくるか!」

「これだけじゃないわ。更に墓地に送った『魔玩具厄瓶』の効果、フィールドのモンスター1体の攻撃力を半減させる。呪いを受けなさい、『サンライザー』!」

 

 地面から生えてきたガチャガチャ、勝手にスロットが周り、一つのボールが放出された。それは狙い違わずサンライザーに当たり、闇が彼を覆う。HEROはがっくりと膝をついた。

 

「サンライザー。……くっ! だが、『サンライザー』の効果は発動する、デッキから『ミラクル・フュージョン』を手札に加える。そして発動! 墓地の『エアーマン』と『ソリッドマン』で除外融合、現れろ暴風の戦士、『E・HERO Great TORNADO』!」

 

 暴風纏うHEROが、マントをはためかせて現れる。そして、その轟風をサーベルタイガーに叩きつけた!

 

「『トルネード』の効果発動、敵モンスターの攻撃力を半減させる。【ウィンドプレッシャー】! 更に墓地の『置換融合』の効果を発動、自身を除外し『アブソルートゼロ』をEXデッキに戻すことでデッキからカードを1枚ドローする」

 

「そして来たぞ、最後の『ミラクル・フュージョン』だ! 墓地の『オーシャン』と『リキッドマン』を除外融合。さあ、三度現れよ我がHERO、『E・HERO アブソルートZero』!」

 

 たった1枚の融合モンスターを、3回も召喚してしまった。これこそが彼を第1王子として君臨させてきた超強力モンスター。

 これは、第3皇子の婚約者殿とは比較にならない強さと言えるだろう。同じような強さと思っていたが、実際には大間違いだ。

 

「更に手札から『オネスティ・ネオス』の効果発動、アブソルートの攻撃力を2500アップする。さあ、悪役令嬢を倒すため(はし)るのだ、我がHERO達よ!」

 

◆『E・HERO アブソルートZero』:ATK5800

 VS

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』2000

 

ファニマライフ:8000ー3800=4200

 

◆『E・HERO Great TORNADO』ATK:3600

 VS

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』2000

 

ファニマライフ:4200ー1600=2600

 

「ぐぅ……ッ! けれど、私のライフは尽きていない。サーベルタイガーはまだ立っているわ!」

 

 大きくライフを削られたファニマだが、しかし膝をつくことはない。『サーベルタイガー』もまた、傷だらけになりながらもファニマを守っている。共に、毅然と敵を睨みつける。

 

「だが、俺の場の攻撃力は圧倒的! 次のターンこそ貴様を葬ってくれるわ! ターンエンド!」

 

エレメ場

『E・HERO アブソルートZero』:ATK3300

『E・HERO ブレイズマン』ATK:2000

『E・HERO サンライザー』ATK:3300

『E・HERO Great TORNADO』ATK:3600

 

ファニマ場

『デストーイ・サーベル・タイガー』ATK:2000

 

「……ふふ、確かに弟よりはマシね。あなたのカード(相棒)、そしてデュエルタクティクスも相当のものと認めましょう。けれど私には届かない! 私がリスペクトするのは勝利のみ! 私のターン、ドロー!」

 

 気迫が空気を揺らした。

 

「お礼に見せてあげるわ、私の切り札。でも、まだ準備が必要ね。魔法『魔玩具補綴』を発動、『エッジインプ・チェーン』と『融合』を手札に加えるわ。……ふふ、これがあなたに終わりをもたらすカードよ、手札から『融合』を発動」

 

 このデュエルで言えば5回目の『融合』である。

 

「手札の『チェーン』、加えて『ファーニマル・ペンギン』、『ファーニマル・ライオ』で融合召喚! そして『ペンギン』の効果でデッキから2枚ドローし『ファーニマル・オウル』を捨てる!」

 

「現れなさい、血を求めて彷徨う呪い人形。ゴミ屑(ジャンク)と捨てられた恨みを晴らさんがため現れよ、『デンジャラス・デストーイ・ナイトメアリー』!」

 

 3体もの融合素材を捧げる大型モンスター。幽鬼のように恐ろしげな気配、そして夢のように広がる黄金の髪がしかし纏わりつく触手を思わせる悼ましさでカビのように揺れる。

 それは純白のドレスを纏う呪い人形。生きとし生けるものを嘲笑う邪悪なるこの姿。

 

「これが貴様の本性か……! だが、攻撃力2000で何が出来ると言う!?」

「このカードは私の墓地の天使族、悪魔族モンスターの数だけ攻撃力を300アップする。墓地のモンスターは8体、よって攻撃力を2400アップする。【カース・フロム・トラッシュ】!」

 

 暗黒の瘴気はますますその版図を広げていく。

 

「『ブレイズマン』に攻撃!」

「だが、サンライザーは他のHEROの攻撃宣言前にフィールドのカード1枚を破壊する! その貴様の切り札を破壊してやる!」

 

「愚かね。『ナイトメアリー』の効果発動、【ナイトメア・ポゼッション】! EXデッキから『デストーイ・シザー・ベアー』を墓地に送ることで自身を対象にした効果を無効にする。そして墓地にモンスターが増えたことでナイトメアリーの攻撃力は更に300アップする!」

 

 呪い人形が更に大きさを増した。呪いが広がる。目の前に広がる恐ろしい光景を前に目をそらすことさえできやしない。

 

「さあ、その哀れなHEROを叩き潰してあげなさい! 行き場のない恨み、しゃしゃり出たからにはその身に受けるがいい! 【アリス・イン・ナイトメア】!」

 

◆『デンジャラス・デストーイ・ナイトメアリー』4700

 VS

◆『E・HERO ブレイズマン』ATK:2000

 

〇エレメライフ:550ー2700=0

 

 圧倒的な闇がブレイズマンを飲み込み、更にはエレメまでもを飲み込んだ。その闇が消えるころには……エレメが死んだように倒れ伏していた。

 

「さあ、契約を果たしましょう」

 

 ファニマの手の中に闇が凝る。握りしめ、引き抜くとその手にはハサミが握られていた。……鎖のついたそれを投げる。

 

「あなたの闇の力、私がもらう!」

 

 投げたハサミがエレメに当たり、ざっくりと胸のあたりを切り裂いた。だが、服や身体には傷一つなく……ただ切った個所からまた別種の闇が噴き出した。

 

「……ふ!」

 

 鎖を引き、ハサミを手に。噴き出した闇はハサミとともにファニマの手の中に収まり、何枚かのカードになる。それをデッキに納めた。

 一瞬の早業で始末を終えたファニマはくるりと振り向いてメイを手招きする。

 

「さあ、見苦しいものがあることだし家に帰りましょうか」

「え……いいんですか? まだ授業が終わっていない時間ですが」

 

「儀式で疲れてしまったのよ」

「……お嬢様、けっこう変わりましたね」

 

「こんな私は嫌いかしら?」

「いいえ。前のお嬢様はご自身も辛そうでしたから」

 

 そして、宣言通りにエレメを放置して家に帰った。

 

 

 





 4ターンだけの戦いですが、前後編に分かれるほどのボリュームになってしまいました。
 1kill受けた第3王子様もですが、攻略対象は強くなって再登場する予定があります。そもそもゲーム本編の本来の主役、ストーリーに関わるのは元々彼らなので。
 そのうちに1試合で3話になりそうですね。方針としては並べて1Killをやり合う展開で行きたいとは思っていますが……

 ちなみに設定を一つ公開。カードを手に入れるには魔力で生み出すかシングル買いするかだけです。
 貴族は魔力が高く、富を独占しているために平民とはデッキレベルから違います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 父との会話

 

 第1王子とデュエルした後、ファニマは家に戻って来ていた。学生とは思えないほど自由奔放に過ぎるが、彼女に注意できる者はいない。

 ……まあ、二日連続で儀式などやれば普通は起き上がることすらできないのだがそこはそれ。ファニマはどこを見ても病人には見えない。それが、強力な魔力を持つ”貴族”という存在だ。

 

 ファニマが部屋でデッキを弄っているとノックの音がする。

 

「入りなさい、セバス」

「はい、お嬢様に置かれましてはご調子はいかがでしょうか?」

 

 優雅に入ってきたのは白髪交じりの初老の男性だ。執事、メイドの違いはあれどメイとは格の違いを感じさせるキビキビとした所作だ。

 彼は右腕としてファニマの父を支え続けてきた。それこそファニマもその父のおしめも、彼は取り替えたことがあるのだ。……まあ、乳母は別にいると言う突っ込みは置いておいて、それだけ長い付き合いがあるのは間違いない。

 

「問題ないわ」

「……学園で暴れなされたとか。お父上様も心配しております」

 

 ファニマは口を尖らす。ある意味で実の父よりも家族に近い気安さがある。最近はメイにも同じように接しているけれど。

 

「問題ないと言っている」

「今日はお父上様に暇ができましたが、夕食はどうされますか?」

 

「そうね。……ええ、少し身体が痛いわ。今日は私の分の食事は減らしておいてちょうだい」

「――ほう。いえ、なるほど。承知いたしました。シェフに伝えておきましょう」

 

 セバスが口元の端に笑みを浮かべた。ファニマの性格は知っている、彼女は誰に対しても決して弱みを見せようとしない。

 食べられないなんて言いたくなくて、いつもどこでも無理をしていた。

 

 週1の頻度で父はファニマと夕食を共にする。ヴェルテの家は巷では王国の裏ボスなどと噂されるほどの家格を持っている。当主である父は常に忙しくて、娘との時間を取れるのはそれだけだった。

 ゆえにファニマとしても貴重な機会に気合いを入れるのは当然だろう。さらに以前のファニマは常に完璧であろうと気を張りすぎていた。健啖家でもないのに、父の前で食事を残すわけにはいかないと無理に詰め込み、そして具合が悪くなって必死に隠す。

 顔色の悪さは見る人が見ればすぐに気付くのだが、あいにくと父は気が付かない。そういう意味では気の利かない男だ。母はすでに居なくなっているから、このすれ違いに割り込める人間は居なかった。

 それこそ、本人が変わらなければどうしようもない家庭の問題だった。

 

「少し変わりましたね、お嬢様」

「ええ、失恋して一つ大人になったのよ」

 

 ファニマがおしゃまに笑って見せる。

 年に1度しか会えない本当の祖父など遠すぎて親愛の情を抱きようもない。そして、父の前では恰好を付けている。

 だから、こんな甘えるようなことをできるのは彼だけだが、しかし父の手先なんかと思っていたから内心をさらけ出すようなこともしていなかった。

 

「少しどころではなかったようで。こういう言い方はどうかと思いますが、良い経験をされたようですな。若いうちに挫折を経験しておくのは良いことです」

「本人としては無かったことにしたい事実ね。恋は盲目などと言うけれど、盲目などは傍から見れば馬鹿でしょう」

 

「いえいえ、お嬢様は色々と頑張っておいでですし、一つや二つの我儘など可愛いものですからな。……そして、後始末は大人の役目です」

 

 片眼鏡(モノクル)の下の眼がぎらりと光った。人好きのする好々爺が一転、ヒットマンに早変わりだ。

 もっとも、後ろのメイが気付く前にその空気もひっこめてしまったが。

 

「私の中では終わったことよ」

「なるほど。……ですが、落とし前は付けなくては。それが世のルールと言うものです」

 

 ファニマはちらりと疑問に思う。そう言えば、と思い出せばこの婚約劇の始まりは父の言葉だった気がする。

 とはいえ、エクスは第3王子。普通に考えれば第1の方と婚約させるのが普通だろう。ヴェルテにはそれだけの権力はあるのだから。だから、エクスの方に恋した理由が何かあるはずだ。

 この婚約劇、その裏をきちんと知ってはいなかったな、と反省した。

 

「セバス。……落とし前って?」

「はい、お嬢様も御存じの通りヴェルテは我が国の中で最も強い力を持つ一族にございます。王の血統は重んじられるべきですが、力の大きさと言う意味ではヴェルテこそ一歩抜きんでていることは確かです」

 

「そのようね」

「とはいえ、全てがヴェルテ家の思い通りという訳には行きません。王族の号令の下、有力貴族が集えば力の差などあってなきがごとし。アーゼ、バロネスの二家が共闘すれば倒せるなどと噂されることもございますな。……まあ、あの2家が協力することなどあり得ないことでしょうがね」

 

「ああ、だからヴェルテと王族が一つになれば恐れるものなどない。と、そういうわけね。でも、エクスでは格が足らないのではなくて? 兄が居るでしょう。彼も学園に所属しているわ」

「恐れながら、お嬢様。9才の生誕祭の折、あなたはあの愚かだが見た目だけはいいエクス・ジェイド様に出会われた。そして、彼の婚約者となりたいと言い出しました。……お父君はその我儘を受け入れなさった」

 

 ファニマは指を空中でくるくる回して記憶をたどる。

 

「……ああ。派閥としての婚約ならエクスの方で良いってことね? 確かにまあ金髪碧眼と御伽噺に聞く王子様そのものね、恋する乙女(阿呆)をひきつけるには見目さえあればってことかしら。エレメの方は赤髪だし」

 

 我ながら馬鹿げた理由だ。とはいえ、見た目の好みで結婚相手を決めるなどありふれたことだろう。

 かくいうシンデレラのストーリーだって、王子様の視点に立てば女を見た目だけで選んでいる。

 

「ええ、それはお嬢様の望みでした。ですが彼はあなたを傷付けた。本人同士ではデュエルによって片が付いたかもしれませぬが、ヴェルテと王族の間では何も決着は着いていない」

「我が家の顔に泥を塗られたってことね? まあ、儀式で勝てたのなら正義は我にありとでも言えたのかもしれないけれど。立場も不利、負けたのもあっちとくれば悲惨なものね」

 

 ふうん、としか言いようがない。

 

「お嬢様が勝たれた。そして、元々この婚約は王族の顔を立ててやる形だったのですよ。こちらはアレ()で我慢してやった立場です。それが破られたとなれば、もはや謝罪の一つで収まる事態ではない」

 

 くすり、と軽く笑みを返す。

 ところが一転、悪いことに思い至ってしまってファニマは暗い顔をする。す、と顔を伏せて恐る恐る聞いてみる。

 もし、そうであったら立ち直れないだろうと覚悟する。

 

「……それは、お父様にとって都合の悪いこと?」

 

 父に見捨てられる。それだけは駄目だ、耐えられない。娘として相応しくあるために、ファニマの人生はただそれだけのためにあった。

 人生観が変わっても、生きてきた歴史は捨てられない。エクスとの婚約だって、お父様のためになると信じていた。

 

「まさか。あれが第3王子の暴走だったとしても、その責任は派閥に帰すことになります。それが社会なのです。あれと付き合っても百害あって一利なし。ゆえに、あんな程度の低い連中とは付き合わない。それはお父上の利益になることですよ」

「そう。それを聞けて安心したわ」

 

 安堵しすぎて背もたれにもたれかかる。それこそ、6700のダメージよりも効いた”不安”だった。本当にそうであれば、どれほどのダメージを受けていたか。

 

「では、私はシェフに胃に優しいものでも作って頂けるように特別に頼んでおきましょう。……御父君は肉が好きですからね」

 

「お願いね。実は、肉は少し苦手だったのよね」

「承知しました。では、お食事の時間までゆるりとごくつろぎ下さい。……メイ、粗相なきように」

 

「はい! 当然です、セバス様!」

 

 おろおろと様子を窺っていたメイは声を掛けられて焦って姿勢を正して敬礼をして見せた。

 

「……叫ばない。埃を立てない。それと、メイドならばお辞儀をしなさい。まったく、再教育が必要なようですね」

「厳しくしてやってね」

 

「はい、承りました。お嬢様」

「お嬢様!?」

 

「あとで日時を通達します。では、今度こそ本当に失礼させていただきます」

「ええ、また後で。セバス」

 

 くすりと笑い、椅子から立ち上がってベッドにそのまま倒れ込んだ。長い髪がふわりと夢のように散らばった。

 

「ねえ、メイ」

「は、はい。あの、お嬢様。お洋服にしわが着きますよ」

 

「お父様との夕食前には着替えるから平気よ。……色々と、私は考えすぎてたみたい。全てを全て完璧にこなせば、か。そんなことしても、何も意味はなかったわね」

「……お嬢様。……あの」

 

 気怠けに天井を見上げるファニマ。あの婚約者の聖剣の一撃を喰らい、何かが変わってこれまでの人生に区切りを付けた気になっていた。

 だが、ファニマ・ヴェルテの20にも届かない人生などこんなものだった。

 

 パーティで王子様と出会って惚れた。ヴェルテ家にとってベストでなくてもベターではあったから、お父様の権力で婚約者にしてもらった。

 人生は順風満帆と勘違いして、完璧主義を貫いて行った結果……男を寝取られた。思い返せば、それが正道だからと彼との触れ合いは手までが限界だった。我がことながら今時、と呆れてしまうが籍を入れるまで唇すらも許さないつもりだったのだからまあ。

 頑張って勉強して、見習うべき模範生となるために一時も気を抜かず、不真面目な生徒たちを注意して回って。そんなことをやっていれば、振られるのも当然だろう。

 

「――何をやっていたのかしらね、私は」

「あの……その……お嬢様、聞いても良いですか?」

 

「なに、メイ?」

「セバス様のおっしゃっていたこと、メイには理解できなかったんですけど」

 

 メイは恐縮しきった顔である。それが妙に面白くてファニマは噴き出してしまった。

 

「気にしなくてもいいわ。あの変態とそのご家族にはしかるべき責任を取ってもらうだけよ。我がヴェルテ家の顔に泥を塗った報いを受けてもらいましょう」

「良かったです。あの人たちがもう一度来たらメイがやっつけなきゃいけないと思ってました」

 

 しゅ、しゅ、とシャドーボクシングする。その顔は完全に本気のそれだ。

 ただしまったく腰が入っていないし、重心がふらふらと揺れていつ倒れてしまうか心配になってしまうほどに頼りない。

 

「ふふ。メイは頼りになるわね」

「そうです。メイは第1のお嬢様のメイドですから!」

 

 くすくす笑い合っていると、こんこんと扉を叩く音が聞こえてきた。別のメイドだ、どうやらドレスに着替えさせに来たらしい。

 

 

 

 そして、ファニマは着飾って大きなテーブルに着いた。

 父と娘、揃って机の角の場所に座って顔を向かい合わせる。序列を考えるならば縦で座るべきだが、父の鶴の一声でずっと横で座っていた。

 思えば、娘とは近くでしゃべりたいという親心だろう。

 

「ファニマ、学園での生活はどうだ?」

 

 そして、肝心の父はと言うといつもの重苦しい雰囲気だ。これではラスボスと呼ばれるのも仕方がないな、と思う。

 いや、ゲームでは名前すら登場しなかったけど。

 圧力をかけているとしか思えないし、前は恐縮しきりだったけど今は違う。余裕ができたから、もう怖いとは思わない。この人も不器用なのだろう、ファニマがそうであったように。

 

「心機一転、といったところですわ。私の愚かしさに恥じ入るばかりです」

 

 ふぅ、とため息をついて見せた。これは本心だ。王子様にうつつをぬかしていたのもファニマには違いないのだから。

 

「……そうか。婚約のことは私の方で対処しておく」

「ええ。お願いしますわ」

 

 しばし、沈黙が降りる。かちゃかちゃとナイフの音が響く。父の前にはステーキにパイ包み、夕食とはいえ胸焼けしそうなほどのボリュームだ。

 そして、以前はファニマも無理して同じものを詰め込んでいた。今は前菜とパン、そしてスープだけ。もう無理する必要はない。

 自然に振舞えばいいのだ。父は他人の落ち度ばかりをねちねち責め立てる人ではない。ファニマが勝手に緊張してストレスを感じていただけだ。

 

「身体の調子は良いのか?」

「ええ、少し疲れてしまいましたが休めば問題ありませんわ」

 

「ならばいい」

 

 また沈黙が下りる。そして、食べ終わるころにファニマが話を切り出す。

 

「それで、お父様? 一つ、お願いがありますの」

「何でも言うがいい」

 

「欲しいデッキがありますの」

「……ふむ。デッキを変えるのか?」

 

「いいえ、メイに使ってほしいと思って」

「メイ? ああ、あのメイドか。だが……」

 

「お願い。ねえ、パパ?」

 

 イタズラ気な笑顔でお願いしてみた。家族であれば、これくらいの茶目っ気は許されるだろう。

 

「む。まあ、いいだろう。だが、人前でその呼び方はするな」

「ええ、身内の前だけよ。パパ」

 

 父の少し照れたような顔がおかしくてファニマはくすくすと笑ってしまった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 邪神の胎動





 

 そして、次の日もファニマは森の前に来ていた。

 

「――感じるわ、闇の胎動。日に日に高まっている……これは弾けるのも近いわね」

 

 前に来た時はあの『天魔神ノーレラス』を使う邪神の落とし仔と戦った。

 奴のような存在が多数うろついているのを感じる。三幻神の加護か、森の外には出て来られないようだが……

 

「通称稼ぎ場、ゲームではここでカードを生み出す魔力を補充するのが定石なのだけどね……私が欲しいのは特殊な魔力が必要なものばかりね」

 

 この悪霊共は放っておいて問題があるかと言えば、なかったはずだ。ただただ邪神の漏れ出た力に影響されただけの彷徨う魂、学園に侵攻するような知恵はない。

 ここでボランティアをする意義はないが、しかし暇つぶしにはなるだろう。学園の凡百よりはよほど歯応えのある相手だ。

 

「さて……あら?」

 

 何度かデュエルするのも悪くないと思って不法侵入しようかと思っていると、騒がしい声が聞こえてきた。

 

「だから、チアは【魔の森】に残ってるんだって! 助けに行かなきゃならねえんだよ!」

「でもよ、森には何か居たぜ。先生に言うわけにはいかねえしよ」

「そーだそ-だ、絶対危ないよ。それに、チアだって家に帰ってるかもしれないじゃんか」

 

「チアの家に電話かけたけど、帰ってきてないって言われたんだよ! 大体よ、ハンド。お前が肝試しに誘うからこんなことになったんじゃねえか!?」

「い、いやさ。だって、こんなことになるとは思わねえじゃねえだろ……」

「昼なら大丈夫だって思ったけど、ぜってェやばいってココはさあ! もう帰りたいよお!」

 

「なら、俺だけでも行ってやる!」

 

 一番前に居る彼。どこかエビを思わせる赤毛の彼は、しかし二人の男が後ろから抱き着いて止められている。

 どうやら昨晩肝試しにこの森に入ったところ、一人だけ帰って来られなかったという話のようだ。

 夜は亡霊どもの活動が更に活発になる。亡霊を知らないとはいえ、本来ここは進入禁止の地区に指定されている。自業自得と言えばそれまでだった。

 

「すっとこ3人組、ね。この先は立ち入り禁止よ」

  

 ファニマが前に立ち塞がった。

 

「ゲッ! 見つかっちまったか」

「おい、あれはファニマ・ヴェルテじゃねえか!? 告げ口されて退学にされちまうよ!」

「ひぃ! お、お助けを~」

 

 三者三様、しかし頼りないことこの上ない。この三人では森に入ったとしても無事に帰って来られることはないだろう。

 だが、エビみたいな髪の彼は立ち上がってファニマに向かって指差した。

 

「なら、デュエルだ。俺はチアを助けに行かなきゃならねえ! そこを通さねえって言うんなら、あんたを倒してでも俺は先に進む!」

 

 デュエルディスクを掲げた。勇敢な男の子だ。だが、仲間を助けるためというなら好感が持てる。

 ……以前のファニマであれば、ルールに歯向かう愚か者としか見れなかっただろう。

 

「そう、ならその勇気を試してあげるわ……デュエル!」

 

 しかし、彼が掲げたそれもやはりノーマル。そんなものかと思いながら、ファニマはハサミと鎖で出来たデュエルディスクを構えた。

 本物の実力者などそう居ないが、少しは楽しませてくれることを願って。

 

「な、なあ――やっぱりヤバイって」

「あの人、相当の実力者だろ? オノマ、お前じゃ勝てねえって……」

 

 二人の男の子はもう負けた気になっておろおろと取り乱している。

 

「ね、ねえ。お嬢様、彼らと戦う必要はないんじゃ……」

 

 後ろについてきたメイも同じように慌てふためいている。

 

「勝てねえだと? そんなの、やって見なくちゃ分からねえ。俺のターン!」

 

 勢いよく5枚のカードを引いた。彼だけは諦めていない、真っ向から勝負を挑んでいる。焦りもせず、5枚のカードを眺めて戦略を立てる。

 ファニマとデュエルするとなれば、緊張か忖度かモンスターを裏守備で出してエンドする者も多いと言うのに。

 

「俺は手札の『ガガガマジシャン』を召喚! そしてガガガモンスターが居る時、こいつは手札から特殊召喚できる。来い、『ガガガキッド』! そしてキッドの効果発動、レベルをマジシャンと同じレベル4にする」

 

 レベル4が2体。ファニマの専門ではないが、戦ったことはある。同じ星のモンスターをフィールドに揃える召喚法、エクシーズ。

 しかもランク4には強力なモンスターも多い。

 

「お嬢様、これは……!」

「ええ、来るわね。融合ではない別の召喚法。彼はエクスと同じくエクシーズ召喚の使い手なのね」

 

 現れるは銀河のごとき召喚サークル。コートを纏った不良のようなモンスター、そしてそれに憧れたみたいな小さい子版みたいな男の子の二人が吸い込まれていった。

 

「俺はマジシャンとキッドでオーバーレイ! 現れろ、荒野の技巧者。その早撃ちで敵を撃ち抜け! エクシーズ召喚『ガガガガンマン』! 守備表示!」

 

 現れたるはボロボロのコートの下には、西部劇そのものの仮装をした男。両手をクロスさせて防御態勢になっている。

 だが、その眼光はファニマを鋭く睨んでいる。

 

「ガンマンは表示形式によって効果を変える。俺はエクシーズ素材を一つ取り除き、相手ライフに800ダメージを与える効果を発動だ!」

 

 影すら見えない早撃ちがファニマの身体を貫いた。く、と呻いて。しかし、不敵な笑みを浮かべる。

 

〇 ファニマライフ:8000ー800=7200

 

「そして魔法・罠カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

場:『ガガガガンマン』 DEF:2400

魔法+罠:セット1枚

 

「よし! 相手にダメージを与えた上に守備力2400のモンスターだ! 上々の滑り出しだぜ!」

「これならあの悪役令嬢にも勝てるかも!」

 

「何を言ってるんですか! お嬢様をこのくらいで何とかできると思ったら大間違いです!」

 

 外野は外野で火花を散らす。だが、ファニマは委細構わず目の前の敵を睨みつける。これはただの試合……儀式でもなく殺し合いでもない。

 だが、負けたときに限って本気でなかったなどと言い出すことほど格好のつかないことはないだろう。

 

「凡庸な1ターンね。私のターン、ドロー! ……この1ターンで終わりかもね」

 

 ふ、と笑い――叩きつける様にカードを発動する。倒すのすら無駄な凡百ではないと認識した。ならば、こちらも本領たる融合を見せてやろう。

 

「私は手札から魔法『魔玩具補修』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加える! そして『ファーニマル・ドッグ』を召喚、その効果でデッキから『ファーニマル・ウィング』を手札に加える!」

 

 怒涛の手札増強、これこそがファーニマル、そして融合の持ち味だ。そして、その真価は。

 

「手札から『融合』を発動、『チェーン』と『ウィング』で融合、『デストーイ・ハーケン・クラーケン』を融合召喚。墓地に送られた『チェーン』の効果で『デストーイ・ファクトリー』を手札に加えるわ」

 

 2対の大鎌、さらに足の一本一本にまで鎌を携えた蛸が現れる。そして、口らしきものの奥に怪しい眼が光った。

 

「『クラーケン』の効果発動! その小賢しい守備表示モンスター『ガガガガンマン』を墓地へ送ってやりなさい、【オクトプレッシャー】!」

 

 その口の中から発射された大量の水流が放たれた! クロスした両腕に力を籠めて『ガガガガンマン』が必死に耐えようとするが、破壊されてしまう。

 

「永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動。このカードは墓地の『融合』を除外し、融合を行う。場の『クラーケン』と『ドッグ』で融合! 深淵に潜みし悪魔、今こそ小さき牙を贄とし現れ出でよ、『デストーイ・サーベル・タイガー』! そして、効果によって『デストーイ・ハーケン・クラーケン』を墓地より蘇生する。【リターン・フロム・リンボ】!」

 

 今まさに宙の大渦に吸い込まれていった悪魔の蛸が、渦より現れた虎の咆哮により地から目覚めさせられた。

 カッと眼を見開いて、二重の咆哮が鼓膜を揺らす。

 

「大型モンスターが2体……ッ!?」

「『クラーケン』は効果でモンスターを墓地送りにした場合、ダイレクトアタックが出来なくなる。けれど、その誓約は墓地に置いてきた! さらに『タイガー』の効果、デストーイの攻撃力を400アップする!」

 

 咆哮が更に大きくなる。戦意を挫く悪魔の鬨の声、凡百には決して見せない悪魔の姿。それは、これに対面すればプロに憧れるだけのデュエリストでは心が砕かれてしまうほどの威圧感。

 

「さあ、これでお終いよ。タイガーの攻撃、【サーベルダンス】!」

 

 だが、サレンダーしないのならば、その覚悟を見せろとファニマは己のシモベに攻撃を命ずる。虎の頭に生えた刃がオノマの腹を串刺しにした。

 

「ぐああ……っ!」

 

〇 オノマライフ:8000ー2800=5200

 

「『クラーケン』の連続攻撃! 【ハーケンダンス】2連打ァ!」

 

 これが通ればちょうど8000のダメージだ。鎌が振り下ろされる直前……

 

「まだだ! 俺はチアを助けるんだ! 罠カード発動、『ハーフアンブレイク』! あんたの『クラーケン』は戦闘で破壊されず、その戦闘ダメージは半分になる!」

 

 鎌に泡がまとわりついて切れ味を半減させる。だが、それでも2連撃はオノマに大きなダメージを与えた。

 大きく吹き飛んだオノマは頭から落ちて地に伏せた。

 

〇 オノマライフ:5200ー1300―1300=2600

 

「……へえ、その罠がなければこのターンで終わりだった。でも、『ガンマン』を戦闘で破壊しようとしていたら『ハーフアンブレイク』に防がれていたわね。加えて、それは元々自分のモンスターに使うカードよね。凡百よりは機転が効く、そこそこのタクティクスと認めてあげましょう」

 

 ファニマの笑みが濃くなる。次のターン、力を示してみろと挑発的な笑みを浮かべている。

 

「あの男にも見せなかった、『クラーケン』の隠されし効果を見せてあげる。戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にこのカードは守備表示になるわ。……さあ、この二体を超えて私にダメージを与えることができるかしら? ターンエンド」

 

 悪魔の蛸は不気味に笑いながらもその触手を引っ込めた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 オノマは立ち上がり、引いたカードを勢いよくディスクに叩きつける。そう、諦める訳にはいかないのだ。

 あらゆる力を尽くして彼女を倒して見せる。……仲間を助けるため!

 

「手札から魔法『オノマト連携』を発動、デッキから『ドドドバスター』と『ガガガシスター』を手札に加える!」

 

「そして『バスター』を手札から特殊召喚! このカードは相手フィールドにのみモンスターが居る時に特殊召喚でき、このカードのレベルは4になる。さらに『シスター』を通常召喚、効果でデッキから『ガガガリベンジ』を手札に加える」

 

 鎧を纏い、槌を持つドワーフ。そして幼く可愛らしい女の子が現れた。少女が鍵のような杖を振るうと1枚のカードが飛び出てくる。

 レベル2とレベル4、レベルが違うとエクシーズはできない。だが、彼がまだ諦めていないのだから更にモンスターが展開されるはずだとファニマは見守る。

 

「ガガガと名のつく『ガガガシスター』が居るから、『ズバババンチョーーGC』を手札から特殊召喚! こいつもまたガガガコートの名を持つガガガモンスターだ!」 

 

 鎧纏う番長が現れ、女の子を肩に乗せた。もう片方の肩はノコギリのような大剣を掲げている。

 

「そして手札から『ガガガリベンジ』を発動、墓地から『ガガガマンサー』を特殊召喚!」

 

 これで場には4体のモンスターが揃った。代わりに手札が0だが、彼の反撃はここからだ。

 

「『バンチョー』を選択して『シスター』の効果を発動、2体のレベルは合わせた数字になる。これでレベル6が二体揃ったぜ!」

 

 ふわふわのコートを纏った女の子を、刺付きの剣を持つバンチョーが肩車して二人そろってむふんと腕を組んで見せた。

 メイは「あ、かわいい」と頬をほころばせる。

 

「俺はこの2体でオーバーレイ! 人が希望を超え、夢を抱くとき、遥かなる彼方に、新たな未来が現れる! 限界を超え、その手につかめ! 『No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ』!」

 

「ビヨンドの効果発動、相手のモンスター全ての攻撃力を0にする! 喰らえ【ホープ・ブレッシング】!」

 

 剣が生えた円環を背後に背負う戦士。その円環が光り輝き、デストーイの闇を払い弱体化させる! 悪意で出来た人形は力を失いへなへなと崩れ落ちて動けない。

 

「けれど、私の『クラーケン』の守備力は3000! 『ビヨンド』では倒せない! 次のターン、そいつも墓地送りにしてあげるわ」

「俺の本気はこんなものじゃねえ! 『ドドドバスター』と『ガガガマンサー』でオーバーレイ、現れろ、武道の求道者。鍛え上げた刀で悪を討て! エクシーズ召喚、『ガガガザムライ』!」

 

 大渦をバラバラに切り裂きながら侍が現れる! これがオノマの全力全開、手札の全てを使いつくした反逆劇。

 

「この時、装備対象がいなくなったことで『ガガガリベンジ』は墓地に送られる。そして効果発動だ、全てのエクシーズモンスターの攻撃力を300上げるぜ! これでビヨンドの攻撃力がクラーケンを上回ったぜ」

 

 うまい。侍の方を先に召喚していれば発動のタイミングがずれて『ビヨンド』は攻撃力3000のままだった。

 

「けれど、『クラーケン』は守備表示。2200のダメージは大したことないわ」

「慌てんなよ。『ガガガザムライ』の効果発動、素材を1枚墓地に送ることでこのカードは2回攻撃できる」

 

「――2連続攻撃はアンタの専売特許じゃねえんだぜ。さらにエクシーズ素材として墓地に送られた『ガガガマンサー』の効果発動、ザムライの攻撃力をさらに500ポイントアップするぜ!」

「攻撃力2700の2回攻撃……!」

 

「まずはクラーケンからぶっ潰すぜ! ビヨンドの攻撃【ビヨンド・ザ・ホープ剣スラッシュ】!」

 

 円環に生えた剣が一つの大剣となり、蛸を叩き切った!

 

◆『No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ』 ATK:3300

 VS

◆『デストーイ・ハーケン・クラーケン』 DEF:3000

 

「さらに『ガガガザムライ』でサーベルタイガーを攻撃、【ガガガ剣・スラッシュ】!」

 

 ガガガザムライの一刀が立ち上がれないサーベルタイガーを切り裂いた。

 

◆『ガガガザムライ』 ATK:2700

 VS

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:0

 

〇 ファニマライフ:7200ー2700=4500

 

「連続攻撃だ! 【ガガガ剣・スラッシュ】、第二打!」

 

 そして、もう片方の刀でファニマを袈裟切りにする。爆発が起きた。

 

「ぐ……っ!」

 

〇 ファニマライフ:4500ー2700=1800

 

「すげえ、あのファニマ・ヴェルテに大ダメージを与えちまった!」

「このまま勝っちゃえ、オノマ!」

 

 外野二人が調子を増した。

 

「ファニマ様!」

 

 メイは焦っている。いくら儀式ではないとはいえ、これほどデュエルを重ねたうえにダメージも大きい。

 ここまでの連戦はプロでもしない。身体が心配になってくる。

 

「……メイ、心配ないわ。私は強いもの」

 

 黒い煙が晴れた後、ファニマは二本の足でしっかり立っている。その強い瞳でオノマを睨みつけた。

 

「ええ、少しは楽しめたわ。『ハーケン』が守備表示になっていなければ。そして『タイガー』に破壊耐性を与えていれば集中攻撃を受けて、私は敗れていた」

 

 手札にある『エッジインプ・サイズ』で融合素材にしてしまえばどうにでもなったのだが、そこは言わない。

 それを言うのは酷と言うものだろう。初めてこんなに楽しいのだ。

 

「だからこそ、私こそが最強なのだと教えてあげるわ! 私のターン、ドロー!」

 

 轟、と風が鳴った。

 

「私は手札から『融合』を発動、手札の『エッジインプ・サイズ』と『ファーニマル・ペンギン』で融合、現れなさい『デストーイ・クルーエル・ホエール』!」

 

「さらに手札から『魔玩具融合』を発動、墓地の『エッジインプ・チェーン』と『ファーニマル・ドッグ』を除外融合。今こそ真なる闇の(しるし)の元に降臨せよ! その名を冠し、我が前へ『デストーイ・デアデビル』!」

 

 瞬く間に、またもや2体の融合モンスターを揃えてしまった。あれだけ苦労して倒したのに、もう元の木阿弥だ。

 それどころか、オノマのライフは残り少ない。

 

「まずはそこの侍から消してあげましょう。ホエールで『ガガガザムライ』を攻撃! 【ホエールインパクト】!」

「……来い!」

 

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:2600

 VS

◆『ガガガザムライ』 ATK:2200

 

〇 オノマライフ:2600ー400=2200

 

 クジラが侍を押しつぶし、その衝撃がオノマにまで届く。足を踏ん張って倒れるのを我慢する。

 

「これがあなたに引導を渡す一撃。ホエールの効果を発動、デビルの攻撃力を1500アップするわ【マックスホエール】。そして『デストーイ・デアデビル』で『ホープ』に攻撃【デビルズジャベリン】!」

 

 悪魔の持つ3つ股の矛が巨大化する。デアデビルは大きく振りかぶってそれを投げた。

 ビヨンドは防御しようと剣を構えたが、それすら叩き折られ串刺しになりオノマの隣へ刺さった。衝撃波がオノマを蹂躙する。

 

◆『デストーイ・デアデビル』 ATK:4500

 VS

◆『No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ』 ATK:3300

 

〇 オノマライフ:2200ー1200=1000

 

「だが、俺のライフはまだ残ってるぜ! 手札が1枚もなくても、次のドローに賭ける! デュエリストは決して諦めない!」

 

 転がり、倒れてもなお膝をついて立ち上がろうとする。まだ眼には輝きが残っている。次のターンがあればもしや、とファニマにすら思わせた。だが……

 

「そう、そうね。デュエリストとはそういうものだったわね。ならば、止めをくれてあげてましょう」

「……何!?」

 

 オノマの横に刺さる矛が不気味に胎動する。

 

「『デストーイ・デアデビル』が相手モンスターを破壊した時、1000のダメージを相手に与える。【ブロークンジャベリン】」

「そんな……! ぐああああっ!」

 

 矛が爆発し、オノマを吹き飛ばした。今度こそ、立ち上がれはしない。

 

〇 オノマライフ:1000ー1000=0

 

「……」

 

 ファニマが倒れ伏したオノマに近寄って。

 

「すいませんでしたァァ!」

「ごめんなさい、もうしませんンンン!」

 

 仲間がオノマを背負って逃げ出してしまった。

 

「……」

 

 ファニマがため息を吐く。別に止めを刺そうなんてつもりはなかった。それどころか、手を貸してやろうと思ったのだが。

 

「あの、お嬢様。どうします?」

「愚か者が森に入ってしまったのでしょう? まだ間に合うのなら、助けなくてはね」

 

 森に足を向けた。

 

 

 




 ちなみにライフ8000ピッタリのダメージは作者も驚きました。デュエル内容については実際そこまで凝っているつもりはないのですが、構成を練っていると時間が秒ですぎますね。

 また、マスターデュエルでNRフェスが始まりました。案外ファーニマルでも勝てるものですね。ペンギンランク4みたいなデッキになりましたが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 森の悪霊

 

 

 悪霊の支配する森、ファニマとメイは以前に入ったことがあった。しかし前回にもまして不気味な雰囲気が支配している。

 この世界では闇と光のエネルギーと言うのが実在している。ゆえに張り詰めた空気が、特級の危険地帯であることを嫌と言うほど教えてくれる。

 

 だと言うのに、ファニマは影になって足下が見にくい森の中をずんずん進んで行く。彼女の服は制服と言うには豪華すぎる、言ってはなんだがこれぞエロゲ的ひらひら制服……に、葉っぱの一つも着いていない。

 強力な力を持つデュエリストと言うのは、センスすら並外れていると言うのは言うまでもないことだった。

 一方でメイは根っこにつまづき、枝に引っ掛かりとボロボロになっている。ファニマは時折立ち止まってメイを待つ。これが普通の人間と言うものだ。

 

「はぁはぁ。……ぜえぜえ。お嬢様、本当に人が居るんですか。こんなとこ」

「肝試しって言ってたわね、愚かなこと。……けれど、学生なのだから恥ずかしいことの一つや二つは経験しておかないとね。セバスは、尻ぬぐいは大人の仕事って言ってたわ」

 

 ファニマは馬鹿にしたようにため息をついた。メイの方は自分で精一杯で失踪した学園生について考えられるほど余裕がない。

 そんなものより息を整えることに意識が行っている。まあ、そんなときでもおしゃべりを止めないのは流石女の子と言うべきか、それともこの薄暗い森の中では話していないと不安に囚われるのか。

 

「お嬢様は子供じゃないですか……」

「私はもう子供じゃないわ。色々な経験を積んだのよ。知っていて? たった一晩で女は変わるものよ」

 

 その場にうずくまって息を整えているメイを後目に、ファニマは木に背を預けている。暗がりの中に鋭い視線を投げかけている。

 ネズミ一匹見逃さないと意識を張り巡らせている。

 

「なんか曲がりくねって怪しい木ですけど、よく触れる気になりますね」

「別に大した闇の力は持ってないわ、これ」

 

 曲がりくねった枝は今にも襲い掛かってきそうなほど凶悪な曲線を描いている。枯れ落ち、しかし枝に残る葉脈は刃の形をしていた。

 

「……闇の力、持ってるんですか」

「ここは邪神の領域だものね」

 

 ファニマは出し抜けにバ、と振り向いた。警戒はずっと張り巡らせていた。その糸に引っかかったものがある。

 

「お嬢様?」

「見つけたわ。行けるかしら? メイ」

 

「はい、お嬢様のためなら火の中水の中ドンと来いです!」

「心強いわね。行くわよ」

 

 さらに10分ほど歩くとうずくまった人影が見えた。

 

「あ、もしかしてアレがチア様!?」

「多分そうね」

 

 メイがかけよって抱き起こすが、ぐったりとして返事を返さない。口元に手をやって呼吸があるのを確認する。

 顔は土気色、四肢はぐにゃりと投げ出されていて力が入っていない。たった一晩でこうなったのが信じられないほどの衰弱ぶりだ。

 

「我が領域を荒らすのは何者か……?」

 

 地面から幽鬼のように染み出た闇の気配。……人間ではありえない角の生えた骸骨にプレートアーマーという姿の化け物が姿を現わした!

 ファニマとメイを見据えている。その暗闇のような光のない濁った眼で。

 

「この少女を攫ったのはあなたね」

「その通り、人間の魂を喰らうことにより我らは更なる力を得る。我らが領域に侵入した愚かなる人間よ、貴様も供物となるがいい」

 

 ファニマが悪霊を倒しその力を己のものとしたように、悪霊もまた人間を倒しその魂を喰らうことで進化できる。

 実体化できるのは相当に強力な悪霊の証。されど、所詮は悪霊……大貴族の私の前では塵同然と令嬢は薄く笑う。

 

「ふふ、望むところ。けれど私はお前ごときの魂など要らない。そこの少女の魂を賭けてデュエルなさい」

「良いだろう。では、魂を賭けたデュエルを」

 

 両者、デュエルディスクという盾を掲げ。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 魂を賭けた死の遊戯が始まった。

 

・1ターン

 

「私の先攻!」

 

 ファニマが5枚のカードをドローする。敵を鋭く睨み、蜂のように鋭くカードを閃かせた。

 

「私は『ファーニマル・ドッグ』を召喚、効果でデッキから『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える! そして、魔法『融合』を発動」

 

「『エッジインプ・チェーン』と『ペンギン』を融合、現れよ海の覇者『デストーイ・クルーエル・ホエール』! 『ペンギン』の効果でデッキからカードを2枚引き、手札の『デストーイ・ファクトリー』を墓地へ送る。さらに『チェーン』の効果でデッキから『魔玩具融合』を手札に加えるわ!」

 

 鎖の悪魔とペンギンが宙の大渦に吸い込まれる。現れるは闇の力纏う悪意の人形。それが象るは鯨。大きく吠え、地を揺るがすとペンギンがポンポンと2枚のカードをファニマに手渡し1枚を引き取った。そして、地より鎖がデッキに伸び、1枚のカードを引き出した。

 

「そして『ホエール』の効果発動、EXデッキから『デストーイ・デアデビル』を墓地に送って攻撃力を上げる……【マックスホエール】。ターン終了時に攻撃力は元に戻るわ。これでターンエンド」

 

 バイバイと手を振る悪魔の形をした人形が鯨に飲み込まれ、これでターンが終了。

 

場:

『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

『デストーイ・クルーエル・ホエール』  ATK:2600

 

・2ターン

 

「ふん、無駄に融合モンスターを墓地に送ったか。だが、何をしようと貴様の敗北は決定されているのだ! まず、『共振虫』を通常召喚。このカードは墓地に送られたときレベル5以上の昆虫族モンスターをサーチする」

 

 現れた虫がキィィと鳴く。

 

「そして手札から儀式魔法『高等儀式術』を発動! デッキから2枚のレベル4『甲虫装甲騎士』を墓地に送り、レベル8モンスターを儀式召喚。果てを語るがいい、終焉を告げる昏き王よ! 現れよ、『終焉の王 デミス』!」

 

 現れたるは亡霊と同じ姿。そう、彼こそ闇に属する精霊。人間の魂を喰らうデュエルモンスター。

 人に終焉をもたらす滅びの支配者。

 

「我が効果を発動、2000ポイントのライフを払ってフィールド全てのカードを破壊する! さあ、これぞ果てであると知るがいい【マジェスティ・オブ・アンゴルモア】!」

 

 支配者が斧を掲げ、断罪のごとく地に振り下ろすと世界の滅びが始まった。彼以外の全てが地の裂け目に吸い込まれていく。

 

〇 亡霊ライフ:8000ー2000=6000

 

「場を更地にする力。モンスターも、トラップも例外なく破壊する強力な効果ね。……だが、それだけか!? 私は『デストーイ・クルーエル・ホエール』の効果をもう一度発動、攻撃力を上げる」

「今更攻撃力を上げたところで何になる!? おとなしく滅びを受け入れよ、人間」

 

 裂け目に引き込まれんとする鯨が大きく叫んだ。だが、いくら叫ぼうとじりじりと吸い込まれていく。

 

「狙いはそれじゃないわ! 墓地に送るのは『魔玩具厄瓶』! このカードは墓地に送られた時に発動する隠されし効果がある! この効果により『デミス』の攻撃力を半分にする!」

「何だと!? デミスの攻撃力が半減……これでは!」

 

 ガチャガチャが現れ、鯨がそれを叩き壊す。中身の一つのボールが終焉の王に当たると、紫色の煙が出て彼は地に膝をついた。

 だが、最後の力を使い果たしたかのように鯨は裂け目に吸い込まれてしまった。

 

「私を倒せない、かしらね?」

「ほざけ、貴様の場は空だ。大ダメージを喰らうがいい! 破壊された『共振虫』の効果でデッキから『デビルドーザー』を手札に加える。墓地の昆虫族2体を除外して特殊召喚、見るがいい大地すら喰らう大百足(むかで)の姿を!」

 

 山すら砕く大いなるその姿。妖怪の王と言うに相応しいほどの威容である。……昆虫だが、その姿は人に嫌悪を与えるには十分すぎるほどおぞましい。

 

「更に手札から装備魔法『巨大化』をデミスに装備、攻撃力を元々の攻撃力の倍……4800にする! 元々の攻撃力を参照するため、『魔玩具厄瓶』の効果は無効だ!」

 

 デミスの直上に石でできたレリーフが鎮座する。それは紫の毒気を吹き飛ばし、さらには力を与え彼を巨大化させた。

 

「けれど、無効化するためにデビルドーザーに装備できなかった。それでは私のライフ8000には届かない。無駄なあがき、ご苦労様」

 

「ほざけ、死に値するダメージを喰らって立っていられるかな? ダイレクトアタックだ。『終焉の王 デミス』よ【終焉宣告】を放て、『デビルドーザー』は【千山轢殺】!」

 

 巨大な斧がファニマめがけて振り下ろされ、そして大百足が轢いて行く。

 

「……ぐ! きゃああ!」

 

『終焉の王 デミス』 ATK:4800

『デビルドーザー』  ATK:2800

 

〇 ファニマライフ:8000ー4800ー2800=400

 

「デビルドーザーが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手はデッキトップからカードを1枚墓地に送る」

 

 デッキから『エッジインプ・ソウ』が墓地に送られた。

 

「我はこれでターンエンド!」

 

・3ターン

 

「ならば私のターン、ドロー!」

 

 7600の大ダメージ、ファニマは傷だらけになっているが不敵に笑う。そうだ、勝てる戦いを前に委縮する馬鹿がどこに居る?

 この痛みですら勝利の快感を得るための前菜に過ぎない。

 

「私は手札から魔法『魔玩具補修』を発動。『融合』と『エッジインプ・シザー』を手札に加えるわ。そして『融合』を発動、『ファーニマル・ドルフィン』と『エッジインプ・シザー』で融合、現れよ、全てを破壊し尽くす獣の化身『デストーイ・シザー・タイガー』!」

 

 悪意に彩られた虎のぬいぐるみが嗜虐に満ちた笑みを浮かべている。腹から生えたハサミが悪魔のごとく全てを切り裂いていく。

 

「『シザータイガー』の効果で融合素材にした数、すなわち2枚のカードを破壊する。【ロアー・オブ・タイガー】! あなたの場のモンスターは全て破壊させてもらうわ。そして装備魔法も装備対象がいなくなったことで自壊する。……別にフィールド全てのカードを破壊するまでもなく、たった2枚を壊すだけで更地になってしまったわね」

「ぐぬぬ。おのれ、ライフは風前の灯の癖に……!」

 

 けらけらと嘲笑うファニマ、一方で悪霊は次のターンに引導を渡してくれると歯ぎしりしていた。

 

「それは、このターンをあなたが生き残れたらの話でしょう? さらに私は魔法『魔玩具融合』を発動、墓地の『デアデビル』、『ドッグ』、『ドルフィン』を除外融合。『デストーイ・サーベル・タイガー』を融合召喚、効果で『デストーイ・クルーエル・ホエール』を蘇生する【リターン・フロム・リンボ】!」

 

 虎が咆哮を上げると共に、地の底より鯨が再び姿を現わした! シザーとともに、悪霊を八つ裂きにする瞬間を今か今かと舌なめずりする。

 

「私はシザーの効果で私のモンスター達の攻撃力を900アップ。さらにホエールの効果で自身の攻撃力を5200までアップするわ。これで終わりね」

 

 待ちきれないとばかりに3体のモンスターが吠える。

 

「魂ごと砕け散りなさい! 『サーベル』、『シザー』、『ホエール』の3体でダイレクトアタック【トライアングル・デス・シザーズ】!」

「ば、馬鹿な。我が人間ごときに……!?」

 

 刃持つ三体のモンスターが敵を切り刻んで行く。

 

〇 亡霊ライフ:6000ー5200ー3200ー3700=0

 

 彼の姿は17個の肉塊に分割され、残った肉体もボロボロと崩れていった。

 

「あ、お嬢様。何か出てきましたよ」

 

 白いふよふよとした綿埃のようなものが煙と消えた亡霊から出てきた。それはうろうろと彷徨った後、チアの身体に吸い込まれていく。

 

「……う」

「お嬢様、息を吹き返しました!」

 

「ううん……」

「って、二度寝ですか!?」

 

 芸術的なツッコミだった。

 

「まあ、生贄にされかけていたのだもの。あと何日で消えていたのかはわからないけれど、おそらく魂が消えれば肉体も塵と化していたのでしょうね」

「ひぃ……! って、お嬢様。それって、もしかして一歩間違えていたらお嬢様もそうなったってことは?」

 

「私は間違えないわ」

「お嬢様、安心できません!」

 

 んー、と宙を仰ぎ少し考えると、にっこりと微笑みかける。

 

「でも、あなたと私はずっと一緒よ。ねえ、メイ」

「……はあ。あまり危険な場所には行って欲しくないんですけどねえ」

 

 誤魔化すなら善は急げと、ファニマはしゃがみこんで眠るチアをつんつんとつつく。嫌がるように頬をむずむずとさせている。

 よし、と頷いた。

 

「ちゃんと生きているわね。さ、メイ。背負ってくれるかしら。面倒だけれど、保健室にでも放り込んでおかないとね」

「はい!」

 

 四苦八苦しながらも担ぎあげて、えっちらおっちらと歩く。行きの倍の時間をかけて森の縁まで帰ってきた。

 

「……あら」

 

 ファニマは3人組の影を見つけた。今は丁度午後の授業が始まったあたりである。つまりはサボりで、そしてファニマは家柄から免除されているが彼らはそうではないだろう。

 何かしらの経歴を持つ優秀な生徒は把握している。彼らは違った。

 

「授業を受けないと落第するわよ、お馬鹿さんたち」

 

 声をかけるとビクリと震えて振り向いた。

 

「な、な、な――」

 

 こちらは声も出ない様子である。まあ、気分は立ち入り禁止区域に忍び込んだのを警察官に見られたのと同じだろう。

 しかも、ファニマは彼らを停学に追い込むだけの権力がある。

 

「丁度良いわ、彼らに持って帰らせましょう。……メイ」

「あ、はい。お願いします」

 

 背負ったチアを受け渡した。

 

「チア! 無事だったのか、良かった! って、え? なんで、アンタがチアを?」

 

 混乱するオノマを横にファニマはすでに歩き出している。後始末なんて任せて、自分はサロンに行ってお茶を飲む気だ。

 

「待ってくれ、ヴェルテ!」

 

 そう言われても振り向くことすらしない。後ろに付いて行くメイはきょときょとと振り向いているのだが。

 

「アンタのおかげでチアが助かった! ありがとう!」

 

 その言葉に、やはり振り返らずに手を上げて返した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 ロイヤルメイドの秘宝

 

 

 あの後、ファニマはメイがうるさいから授業を一度だけ受けたのだが……

 

「あの程度なら知っている。本当に勉強したいのなら学園の教師ではなく、有識者をお父様に呼んでもらうわ」

 

 と、部屋に帰った後に言った。以前のファニマなら、当の本人に言った上で「学園生は授業に出席するルールがある」と、意味がないと言ったその口で出席していた。

 ……これ以上なく嫌な生徒だろう。そのお父様が権力を持っていて、ご機嫌を取るくらいしか出来ることがないのだから。 

 その権力の程と言えば、家の権力で授業免除特権を受けているのはファニマ・ヴェルデただ一人だ。

 

「……ううん、学校でお勉強も重要だと思うんですけど」

「中卒に言われても頷けないわね」

 

「ああ! お嬢様、私が高校に通わなかったのはお嬢様のお世話をするためなんですからね!」

 

 メイは頬を膨らませる。そうやっても怖いどころか小動物で愛らしいだけなのだけれど。

 

「まあ、メイはうちの傍流の一つだものね」

 

 ファニマはくすくすと笑っている。婚約破棄の一件以降、可愛いものが好きになった。それはもう、異常と言えるほどに。

 メイドの家系だからといって好きにしていいわけがないけれど、ファニマに彼女を離す気はない。

 

「ヴェルテ家親族に名を連ねるほどじゃないですけどね。……昔は家にも山ほど居たのに」

「皆出て行ってしまったわね。根性のないこと」

 

 メイドは皆、ファニマの我儘についていけずに職を辞してしまった。基本、ファニマは超人だ。その感覚で他人にあれこれ言うものだから、普通の人間はたまったものではない。

 それこそ、ドレスとヒールでも山を踏破できるだけの並外れた身体能力を持っている。

 

「お嬢様は自分がトンデモないことを自覚するべきです。人間離れした身体能力の感覚で罰を仰せつけるものですから、女の子には耐えられません」

「……10kmくらい、軽く走れるじゃない。それに、加減して3㎞くらいを言い渡してたわ」

 

「女の子じゃ無理ですから。こんなんでも、メイは無駄に体力だけはあるんですからね」

「それは威張れるようなことじゃないと思うわ。まずはお盆をもって転ばない練習から始めなさい」

 

「あうう。もうずっとやらされてますぅ」

「セバスね。彼にしごかれてなお、それなのだから……逆に感心するわね」

 

「それはそうと、お嬢様。今日は10㎞走る日でしたっけ」

「ええ、週に2度くらいは身体を動かさないと。本格的なのは日曜日にするわ」

 

 普通は10㎞も走れば倒れる。ランニングのようなそれではなく、結構なスピードで走っているのだから。

 それが、この世界の貴族である。大きな魔力を持つ人間は強力なカードを使用でき、身体能力すらも違う。

 

「……私、中学で男の子が部活で4㎞くらいで悲鳴を上げていたのを覚えています」

「あらあら。子供は体力が無くて大変ですね」

 

 そして、ファニマはいまいち自分と他人の違いを分かっていなかった。

 

「そういうところですよ、もう」

「よく分からないけれど。……レニにでも服を用意させて頂戴」

 

「ああ。大丈夫ですよ、レニは私と違って気が利くのでもう用意してあると思います。取って来ますね」

「レニにも……いえ、いいわ」

 

 他愛無い話を続けていたところ、ノックの音が響いた。

 

「あら、セバスね。あなたも少し身体を動かしてみるかしら?」

「ははは。お嬢様に付き合うのは、この老骨には骨が折れますな。……お望みのものを手に入れてきました」

 

 す、と厳重なトランクに封印されたそれを差し出す。それはとても厳かな雰囲気を纏っていて、何かとてつもない危険物のように見える。

 

「早かったのね。あまり話を聞かないものだったから、時間がかかると思ったのだけど」

「いえいえ、そんなことはありますまい。”奴ら”の吠え面など、美女にも勝る見世物ですな。……おや、これは失敬」

 

 ファニマは躊躇なくトランクを開けてしまう。中にはデッキが一つ。……ざ、と手の中でカードを広げて確認する。

 

「別にいいわ。セバスは時折セクハラじみたことを言うのは知ってるもの」

「ほほ、いやいや。それは。……割と心にダメージを受けておるのですが」

 

 ビシリとした背中が丸まってしまった。普段はキビキビとした厳しいおじさまなのだが、こういう一面もある。

 

「気安いってことでしょう? いいことよ。はい、メイ。あなたのよ」

 

 ファニマは気にかけずに手にしたデッキをメイに手渡した。

 

「…………ほえ?」

 

 当のメイはと言うと、首をかしげて固まってしまった。

 

「――」

 

 セバスはやれやれと肩をすくめた。

 

「あの……セバス様?」

「お嬢様の決定ですよ、メイ」

 

 苦笑している。最高のブラックジョークだと言わんばかりの笑みである。

 

「お嬢様?」

「あなたに上げたいと思ったの。とても似合っていると思うわ」

 

「……いえ、あの。私が持ってても宝の持ち腐れではないですか? だって、私の血は平民と変わらないですよ。『融合』も使えないですし」

 

 メイは助けを求めているのか、忙しなく左右を見ているがファニマは期待した目で見ているし、セバスはそんなファニマを微笑ましげに見ている。

 

「まあ、それはそれで笑えるので良いでしょう」

「ええ?」

「……セバス」

 

「おっと。まあ、当主様から戦力を期待されてのことではないので気楽に貰ってしまうのが良いと思いますよ。お嬢様に乞われればともかく、デュエルを教える時間は取っておりませぬからな」

「不安に思わないでいいのよ。全部、私が教えてあげるわ。うまく使えるようにならなくたっていいの」

 

「……うえ? え?」

 

 まだ戸惑っているメイを、ファニマは強引に椅子に座らせてしまう。

 

「さ、座ってメイ。まずは一緒にテキストを確認しましょう。……うん、これは完全に純ドラゴンメイドね。メイには使えないカードも入っているけれど」

 

 ファニマはうきうきと机の上にカードを広げている。

 

「どうやらお嬢様はいつもの日課はなされないようで。私の方からアニに伝えておきますので、あなたはお嬢様の相手をお願いしますよ」

「しょ。……しょんな、待ってくださいよセバス様。私、カードのことなんて……!」

 

「……メイ?」

 

「お嬢様の目が見たことないほどきらきらしてる……! 私、本当にカードのこと分からないんですよぅ!」

「では、ご夕食の時間になったらお知らせします。お父上様は今日も会食と伺っておりますので」

 

「メイ、何しているの。早く座って」

「ああ……もう! 分かりましたぁ!」

 

 メイが席に座ってカードを取って眺める。メイの腕前はと言うと、この世界の人間だからカードに触ったことはあるもののエクストラどころか、通常召喚すら怪しいものである。

 平民とはそのレベルだ。レベル6の通常モンスターを召喚するだけでほめそやされる。それがプロどころかアマチュアでしかない趣味の限界。

 

「あ、可愛い子たちですね。ふふ、『ドラゴンメイド・ラドリー』って言うんですか。この子、洗濯物をぶちまけちゃってますよ。おっちょこちょいだなあ」

「ええ、誰かさんを思い出すわね?」

 

「ミーネさんのことですか? あの人、ちょっと前に同じことしちゃったんですよ」

「……そう言えば、汚れるから触らせてもらえないのね」

 

「『パルラ』って子がお茶の準備してます! 私のポジションですね。……ちょっと、胸大きすぎないですか?」

「あら? 普通だと思うけれど」

 

 ファニマはふよんと音がしそうな自分の胸を撫で上げた。メイは自分の胸元を見て触ってみるが、すかすかと空を切るばかりだった。

 なぜそんなに大きいのだと恨みがましい目を向けた。

 

「でも、何と言ってもドラゴンメイドはまとめ役の『チェイム』が居ないと話にならないわね。『ティルル』、『パルラ』と合わせてどれか引ければ初動は問題ないわね」

「『チェイム』。この子、タムタム様を思い出して苦手です……! 『ティルル』は誰のポジションになるんでしょう? 料理人の方々は大体男性ですし」

 

「別にコスプレ喫茶をするのではないから、屋敷の者と対応を取る必要はないわ」

「あ、そうですね。ええと……この子たちを出してアドバンス召喚? とか言うのをするのでしょうか」

 

「いいえ。ドラゴンメイドは真の姿、竜に変身する能力を持っているわ。そして、竜は戦闘が終わればまたメイドに戻る」

「……? ……???」

 

 何も分からない、という様子が一目瞭然であった。繰り返すが、これがこの世界の人間と言うものである。

 メイが特別頭が悪いということでは全くない。

 

「まあ、まずは動きを頭に叩き込みましょうか。初歩の初歩から始めるなら、ぐだぐだと説明するよりその方が早い。……待って、メイ。あなた、基本のルールは知っていて?」

「馬鹿にしないでください、これでも村では近所の悪ガキに10回は勝負を挑んで「もういい、俺の負けだ」って言わせたこともあるんですよ」

 

「……それ、結局勝ってないわよね。とりあえずライフが8000なのと攻撃表示と守備表示の違いが分かれば十分よ。始めましょう」

 

 カードをまとめ、デッキにしてシャッフル。6枚引いた。

 

「とりあえず後攻としておきましょう。先攻で動くには少しテクニックが要るしね。手札に来たのは『ドラゴンメイド・パルラ』。3種のカードのうち1枚が来た」

「ほええ。3種で3枚入れてるってことは9枚ですよね? 絶対に引けるんですか?」

 

「約74%。絶対と言える数字ではないけれど、デュエリストならそのくらいの確率は踏み越えて来るわ。さあ、まずは見ていなさい。手札から『ドラゴンメイド・パルラ』を召喚、効果を発動――『ドラゴンメイド・フランメ』を墓地に送る」

 

 机の上にそっと置く。

 

「バトルフェイズ! パルラの効果を発動、このカードを手札に戻してレベル8のドラゴンメイドを特殊召喚! 現れなさい『ドラゴンメイド・フランメ』!」

「わあ、攻撃力2700が簡単に出てきちゃいました!」

 

「それとメイ、私の手札は何枚?」

「ええ……と、1、2、3――6枚あります。……6枚?」

 

「私は最初にカードを6枚引いたわよね? 今も手札は6枚。強力なデッキというものは、基本的にフィールドにモンスターを並べたうえで手札を減らさないものよ」

「そう言えば、ファニマ様も融合モンスターを出した上で手札が減ってなかった……!」

 

「ただ、それには複雑な手順が必要となってくるのだけど。これは1例どころか、ただのスタートよ。本来はメインフェイズはもっと長いもの」

「……あの、それ本当にメイが使うんですか?」

 

「いくらでも付き合ってあげるから覚えましょうね」

「ふぇぇ」

 

 涙目になった。

 

 

 次の日、学園に足を向けると騒がしい一団が居た。何やら殺気だって何かを探している様子だ。

 しかも、そいつらはファニマのサロンがある方向に陣取っている。

 

「……ファニマ・ヴェルテ!」

 

 人数は8人、拳を握り、暴力的な雰囲気が漂わせている。寄ってきた。

 

「あらあら、誰かしら? あなたに名前を呼ばれる筋合いなんてないのだけど」

 

 ファニマは冷たい目を向けた。これが以前の常だった。寄らば切る、そんな雰囲気で周囲を黙らせていた。

 今のファニマは多少柔らかくなったように見えるが、それはメイに対してだけだ。

 

「貴様! 俺を誰だと思っている!? 俺こそは王党派の筆頭貴族ビュート家の長男であるブリン・ビュートだぞ!」

「当主でもないのに、敵の顔を覚える必要がどこに? どきなさい、王党派。それとも獣には人の言葉を解する知能すらないのかしら」

 

 基本的に学園の勢力は三つに分かれる。王の一族を擁する王党派、父が率いるヴェルテ家の派閥、そしてそれ以外の日和見派。

 王党派とヴェルテ家、勝てばゆるぎない覇権を手にすることが出来るために水面下では激しい争いが起こっていた。ファニマとエクスの婚約は和平条約そのものと言えたが、それが消えた今や争いは表にまで発展する。

 ファニマの斬りつけるような皮肉を前に、ブリンは顔を真っ赤にして、わなわなと震え出し――

 

「デュエルだ、悪役令嬢め! 悪をもって王の一族より至高の秘宝を奪った罪を贖わせてやろう!」

 

 ノーマルデュエルディスクを構えた。ファニマの目は、すうと冷えた。

 

「ああ、そういうことね。ドラゴンメイド、王が認めるロイヤルメイドのみ賜ることのできる至宝。……誰も使える者が居なかったようだけど、非礼の代償として我がヴェルテ家に渡った」

「その通り! 私は、必ずや悪の一族より至宝を取り戻して見せる!」

 

「けれど、ドラゴンメイドの正当な所有者はこの私。少なくとも、法治の枠内ではね。無法と暴力が支配する世紀末じゃあるまいしねえ。それでもなお私のものを奪うと言うのなら、あなたに賭けるものがあるかしら」

「……まさか、我がビュート家の秘宝まで奪おうと言うのか! そんなことはさせんぞ、これは賭けることすら許されん!」

 

「持っていたとしても借りただけでしょうね。……なら、私のメイドと戦いなさい。この子に勝てれば、私が戦ってあげる。ドラゴンメイドも賭けてあげるわ」

 

 横に歩いて行って木に背中を預ける。完全に傍観者の構えになった。

 

「なにぃ? そこのメイドだと? 平民が貴族に勝てるわけがないだろう! 馬鹿にしているのか。そんなガキが相手ならドラゴンメイドを取り戻すのも簡単だな!」

「ひゃいっ?」

 

 メイが頭を抱えて防御姿勢を取った。完全に怯えている。

 

「何を図々しいことを。所詮は見世物、貴族が平民に勝って何を誇ると言う? 見世物の礼に相手をしてあげると言うだけ。その子に勝つことすらできないのなら、学園から去るがいい。あと、メイは子供じゃないわ」

「――その挑発、乗ったぞ! そこのガキをコテンパンに叩きのめして後悔させてやる! 平民ごときが貴族に逆らう愚を存分に身体に刻み込むがいい!」

 

 賭けるは『ドラゴンメイド』。無体な婚約破棄、それに浴室への不法侵入の代償として王室がファニマに譲り渡したものである。

 取り戻すためにはメイ、ファニマを連続で破る必要があるということだ。

 

「メイ、気楽にやりなさい。あなたが勝てるだなんて思ってる人は居ない。まあ、そのデッキなら勝てるかもしれないけれど勝てなくていいわ。私が求めるのは一つだけ、最後まで立って戦いなさい」

「……お嬢様」

 

 メイがすがるように見つめる中、ファニマは木を背にして動かない。

 

「負けてもいいわ。私がそいつに負けることなどありえないのだから。……手間が一つ増えるだけよ」

「お嬢様のお手間は取らせません! メイがコイツをぶっ倒してやります!」

 

 キ、と相手を睨みつけた。ヴェルテの威を借る狐と言うより、平民という立場を分かっていない。……とはいえ、ファニマが許しているのだから他がどうこう言えることではないけれど。

 

「は! その顔が苦痛に歪む様をそこから眺めてな! デュエル!」

「……デュエル!」

 

 戦いが始まる。

 

 

 




ちなみにブリン・ビュートはネームドですらないモブです。
筆者の癖なのか、登場人物はやたらと自分の名前を売ろうにする傾向があります。表彰に自分の名前が刻まれているのを見るのが大好きなタイプですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 メイドの力

 

 

 ファニマがメイへの贈り物にした『ドラゴンメイド』は、元はと言えば王族が所有するロイヤルメイドの証だった。

 ゆえにファニマは王党派の反感を買い、勝負を挑まれた。

 

 彼女はメイに勝つことを条件として、『ドラゴンメイド』を賭けた勝負を受けた。ファニマに挑んだ彼は貴族、メイドに勝つことは当然だ。ゆえ、本番は勝った後にある。

 しかし、メイドに負けては一生の恥である。勝てる勝負とはいえ、負けたら大恥なので油断はできない。

 

・1ターン

 

「俺の先攻! 『ゴブリン突撃部隊』を召喚、『愚鈍な斧』を装備して攻撃力を3300にアップする」

 

 総勢8名のゴブリン部隊を召喚した。その圧力は大の男でも逃げ出すほどのものだ。そして、先頭に立つリーダーが一際大きい斧を手にし、吠えた。

 士気が上がる。鬨の声は敵手を震えあがらせる。

 

「そして俺は、カードを2枚伏せてターンエンド!」

 

場:『ゴブリン突撃部隊』 ATK:3300

魔法+罠:『愚鈍の斧』+セット2枚

 

 

 

「……」

 

 ファニマは温かい目をメイに向けている。負けてもいいと言ったのは本心だ。ただメイの良い経験にはなりそうだとほほ笑んでいる。

 横から話しかけてくる者が居る、二人だ。他の者は遠巻きにして野次馬していると言うのに、豪胆なことだ。

 

「『ゴブリン突撃部隊』は攻撃すると守備表示になります。『愚鈍の斧』はデメリットを打ち消しつつ攻撃力を上げるカード。攻撃力3300、中々対抗できるような数値ではありませんね」

 

 片方は背の高い美女だった。その灰色の髪の少女はいかにも出来るキャリアウーマンと言った風情だが、心なしか苦労性の気配が漂っている。

 

「それはアマチュアの話かしら。それともうちの生徒? 何にしてもレベルが低いことと思うのよね。あなたはどうかしらね」

「あれを倒せるのは学園でも上位でしょうね。まあ、半分より上とは言わずとも30%ほどではあると思います」

 

「なら、あなたのご主人様なら1ターンであのお粗末なお相手さんを倒せるのかしらね? ねえ……魔女工芸部部長、エール・アレイスターさん」

 

 もう一人の少女。ともすれば小学生にも見える彼女はれっきとした学園生であり、飛び級したわけでもない。

 それでも、ファニマと同じく授業を免除された才女である。

 

 更に言うなら、彼女はウィッチクラフト工房の主人。世界でも有数レベルの強力なカードを作り出せる存在だ。

 ゲームでは生協に彼女達の作品が並ぶことがあった。それは高価で、しかし強い魔法カードである。

 

「残念だけど、そういうデッキではないのよね。ああいうどうでもいい奴はアイネに相手してもらってるわ」

「……あはは。喧嘩売って私に押し付けるのやめてほしいんですけど」

 

「それだけの才と実績があるということね。アレイスターの一族は我が家とも関係があると聞くけれど」

「さあて。まあ、まずはあなたのメイドの腕前を見せてもらいましょうか」

 

 小さな彼女は、ない胸を張ってむふんと偉ばっている。その姿は微笑ましくて可愛らしい。

 ファニマはその姿を目に収めつつ、デュエルの行方を目で追った。

 

「ええ、昨日教えたことをメイはどこまでできるかしら」

 

 攻撃力3300、どこかの田舎村ではお目にかかることのない攻撃力だ。だが、メイは恐れてなどいない。

 

 

・2ターン

 

「お嬢様、見ていて下さい! メイはこんな男に負けません! 私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き。

 

「私は『ドラゴンメイド・パルラ』を召喚、その効果でデッキから『ドラゴンメイド・エルデ』を墓地に送る」

 

 緑の髪色をした少女がお茶菓子を運んできた。

 

「更に私は、魔法『ドラゴンメイドのお心づくし』を発動します! 『パルラ』の効果で墓地に送った『エルデ』を守備表示で特殊召喚! さらにデッキから『ドラゴンメイド・ナサリー』を墓地に送ります!」

 

 桃色の竜がメイを守るようにとぐろを巻いた。

 

「まだターンは終わりません! 魔法『竜の霊廟』を発動、『ドラゴンメイド・ルフト』を墓地に送ります」

 

「バトルフェイズ! 『パルラ』の効果を発動、このカードを手札に戻し墓地からレベル8のドラゴンメイドを特殊召喚する。現れなさい、慈悲深き竜『ドラゴンメイド・ルフト』、守備表示」

 

 だが、攻撃は出来ない。今のメイでは融合もリンクも使えないために攻撃力も足りなければ除去もできない。

 

「このままバトルフェイズを終了、『ルフト』を手札に戻して手札から『ドラゴンメイド・ティルル』を特殊召喚、守備表示。『ティルル』の効果でデッキから『ドラゴンメイド・チェイム』を手札に加え、先ほど手札に戻した『ルフト』を捨てます。メイはこれでターンエンド」

 

 これでメイを守るモンスターは2体。ターンが男に回った。

 

場:『エルデ』 DEF:1600

  『ティルル』 DEF:1700

 

・3ターン

 

「は! 壁を立てるのが精々か! だが、この俺を前に守備表示でしのぐなどと言う小賢しい戦術は通用しないのだと教えてやろう!」

 

 貴族の男は舐め腐った視線を向ける。跡形もなく粉砕してやろうと気炎を上げた。

 

「俺のターン、ドロー! そしてスタンバイフェイズ、『愚鈍の斧』の効果で500ポイントのダメージを受ける」

 

〇 ブリンライフ:8000ー500=7500

 

「だが、この程度のダメージなど、どうということもない! バトルだ!」

 

 メイの目がキっと光った。この瞬間を狙い澄ませていた。

 

「バトルフェイズ開始時、ティルルの効果を発動します! このカードを手札に戻し『ドラゴンメイド・ルフト』を墓地から特殊召喚、守備表示です」

 

 メイを守るのは2体の竜。頼もしい存在だがしかし、ここでは『愚鈍の斧』と言うアーティファクトが小鬼(ゴブリン)に竜に打ち勝つ力を与えている。

 

「ダブルトラップ! 永続罠『最終突撃命令』、『追い剥ぎゴブリン』を発動。全てのモンスターは攻撃表示となり、さらに戦闘ダメージを与える毎に1枚手札を捨てさせる!」

 

 無理やり攻撃表示にされた竜が混乱してあらう方向にブレスを吐いている。これでメイにダメージが通ってしまう。

 

「これこそが究極のカルテット! この俺、ブリン・ビュートが編み出した敵なしの戦術だと思い知るがいい! さあ、その哀れな竜を粉砕してやれ! 【コマンドチャージ】!」

 

 ゴブリンの斧が投げられ、竜の首を両断する! ブレスをもってしても威力は殺し切れずに衝撃がメイを襲った。

 

◆『ドラゴンメイド・エルデ』  ATK:2600

 VS

◆『ゴブリン突撃部隊』 ATK:3300

 

〇 メイライフ:8000ー700=7300

 

「きゃあ!」

 

 尻もちをついてしまった。

 

「そして『追い剥ぎゴブリン』の効果でお前の手札を1枚捨てる! 右から二番目のカードを捨ててもらおうか」

「……え!? そんな……『チェイム』!」

 

 墓地に送られたのは『ドラゴンメイド・チェイム』。尻もちをついたまま墓地に送られるのを見送るしかない。

 

「だけど、バトルフェイズ終了時に『ルフト』の効果を発動できる! 手札に戻し『パルラ』を特殊召喚、守備表示!効果で『ドラゴンメイド・フランメ』を墓地に送ります」

「馬鹿め、『最終突撃命令』の効果で攻撃表示だ! 俺のターンを終了! これ以上無駄なあがきをせず、サレンダーしたらどうだ?」

 

場:『ゴブリン突撃部隊』 ATK:3300

魔法+罠:『愚鈍の斧』『最終突撃命令』『追い剥ぎゴブリン』

 

・4ターン

 

「いいえ、メイはサレンダーしません。お嬢様の前でそんなことをすればどんなお叱りが来ることか! メイのターン、ドロー!」

 

 メイド服のスカートをひらめかせ、立ち上がる。相手を見た。敵はゴブリン一匹だが、攻撃力3300もある。それを相手取るには。

 

「『ドラゴンメイド・ティルル』を召喚、効果発動! デッキから2体目の『フランメ』を手札に加え、手札の『ルフト』を墓地に送ります」

 

 フランメを手札に確保する必要があった。これで準備は整った。

 

「バトルフェイズ! 『パルラ』、『ティルル』変身召喚。墓地より蘇りなさい、『ドラゴンメイド・ルフト』、『ドラゴンメイド・フランメ』! 攻撃表示!」

「それがどうした!? 二体のドラゴンをそろえようと、俺のゴブリンには届かない!」

 

 二体の竜が雄たけびを上げた。最終突撃命令の効果ではなく攻撃表示での蘇生、これからメイの逆転が始まる。

 

「ならば、届かせるだけです! 手札から捨てて、『フランメ』の効果を発動! フィールドのモンスター、『フランメ』の攻撃力を2000アップする! 『ドラゴンメイド・フランメ』の攻撃、【フレイム・ブレス】!」

「攻撃力……4700だとォ!?」

 

 緋色の竜が吐いたブレスがゴブリンごと彼を焼き尽くした!

 

◆『ドラゴンメイド・フランメ』 ATK:4700

 VS

◆『ゴブリン突撃部隊』 ATK:3300

 

〇 ブリンライフ:7500ー1400=6100

 

「……ぐぅ! たかが平民が俺に傷を付けるだと?」

「さらに追撃! お嬢様の敵をやっつけなさい! 『ドラゴンメイド・ルフト』のダイレクトアタック、【エアロ・ブレス】!」

 

 翠色の竜が吐いたブレスが彼を打ち据える!

 

『ドラゴンメイド・ルフト』 ATK:2700

 

〇 ブリンライフ:6100ー2700=3400

 

「ぐわあああああ!」

「そしてドラゴンは手札に戻り、手札から『ティルル』と『パルラ』を特殊召喚。守備表示よ」

 

 料理人、そしてパーラーメイドがふむんとやる気を出している。

 

場:『ティルル』 ATK500

  『パルラ』 ATK500

 

・3ターン

 

「攻撃表示だ! 俺のターン、ドロー!」

 

 平民に大ダメージを受けたという屈辱で彼の顔は真っ赤になっている。プロならば相手に敬意を払うこともあるだろうが、メイはそもそも学園生ですらない。

 ただ伝説のデッキを持っているだけの素人に負けるなど、冗談ではないのだ。

 

「俺は『ゴブリンドバーグ』を通常召喚、効果で『強欲ゴブリン』を特殊召喚。『ドバーグ』は守備表示となるが、最終突撃命令の効果で攻撃表示となる」

 

 今でこそ二体のゴブリンはやる気を見せているが、二人のメイドが変身した途端に意気消沈しやる気を失うことだろう。

 だが、彼の狙いはそれではない。先ほど見た効果を忘れるほど頭は抜けていないのだ。

 

「俺は2体のゴブリンでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚! この世を支配するのは暴力なれば、破壊こそ尊き者の権威であると知れ! 現れ出でよ、現世(うつしよ)の破壊者『励輝士ヴェルズビュート』!」

 

 銀河より現れるのは正義のヒーロー。平たく言えば仮面ラ〇ダーに似た、剣を持つ戦士である。

 複眼の赤い瞳がメイを睨む。

 

「『ビュート』の効果、このカード以外のフィールドのカードを全て破壊する! この効果は私のフィールド・手札の合計が、相手のそれよりも少ない場合にのみ発動できる。貴様のカードは7枚、私のカードは5枚だ! 全て破壊せよ【デストロイ・オブ・ビュート】!」

 

 剣を掲げると、ブラックホールが発生し『ビュート』以外の全てが飲み込まれてしまった。

 

「『ビュート』が効果を使ったターンは相手にダメージを与えられない。……だがな、貴様には貴族を攻撃する罪深さを教えてやろう、攻撃だ! 【デストロイブレード】!」

 

 まったく意味のないのに関わらず、剣がメイを打ち据える。衝撃がメイを襲い、吹き飛んで倒れ込む。

 

「うぐっ」

「俺はこれでターンエンド。一つ忠告しておいてやろう、『ビュート』の効果は相手のバトルフェイズにも使えるぞ」

 

場:『ビュート』 ATK:1900

 

「私のターン、ドロー!」

 

 メイはメイド服が少しすすけている。儀式でなくとも身も心も消耗するのがデュエルなのだ。

 

「『チェイム』を召喚、デッキから『ドラゴンメイドのお見送り』を手札に加えて発動、『チェイム』を手札に戻して『ドラゴンメイド・ラドリー』を特殊召喚! 効果発動、デッキからカードを3枚墓地に送るわ!」

 

 すう、と息を吸い込んで果敢に敵に向かっていく。

 

「バトルフェイズ! 『ラドリー』の効果発動。『フルス』に変身召喚する!」

「ならば、『ヴェルズビュート』の効果の効果を発動! 貴様のフィールドのカード全てを根こそぎにしてしまえ! 【デストロイ・オブ・ビュート】」

 

「『ラドリー』はお見送りの効果で破壊されない! そして『ドラゴンメイド・フルス』を変身召喚!」

 

 それを見てファニマが思わず声を出す。

 

「……あら」

「彼、焦りましたね。攻撃宣言時に破壊すれば良かったのに」

 

 タクティクスの未熟さを指摘する声は嘲り混じりだ。王党派と、この二人は敵である。敵には情け容赦しないのが国際常識だろう。

 

「『フルス』で攻撃、さらに手札の『フランメ』を捨てて攻撃力を2000アップします! 【ウォーターブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・フルス』  ATK:4600

 VS

◆『励輝士ヴェルズビュート』 ATK:1900

 

〇 ブリンライフ:3400ー2700=700

 

 大気のブレスが『ビュート』を圧殺し、彼を打ち据えた。

 

「ぐおお……!」

 

「『フルス』は『ラドリー』に戻るわ。これでターンエンド」

 

 メイはどうだ見たかと言わんばかりの顔をしている。その顔は自らの勝利を疑っていないようで。

 

・5ターン

 

「おのれェ……! この糞平民ごときがよくも俺に傷をつけてくれたな。俺のターン、ドロー」

 

 彼は顔を憤怒に染め上げている。

 所詮はゲームに名前すら出てこなかった木っ端である。いや、王族がフル登場するゲーム中では多少位が高かろうがモブが精々なのは仕方ない。

 ――それでも誇りはあるらしい。

 実際、追い詰めているのは究極のロイヤルメイドしか扱うことを許されない『ドラゴンメイド』。メイの腕前はともかく、相手が強力なデッキであることは確かだ。

 

「……カードを2枚伏せてターンエンド」

 

場:魔法+罠:セット2枚

 

・6ターン

 

「お嬢様、見ていてください。メイ、勝っちゃいますから! メイのターン、ドロー」

 

 何も動けないのを見てメイが顔をほころばせた。

 

「私は『チェイム』を通常召喚、『ドラゴンメイドのお出迎え』を手札に加えてバトルフェイズに移行! 『ラドリー』、『チェイム』変身召喚!」

「させるものか! 罠カード『エクシーズリボーン』で墓地の『励輝士ヴェルズビュート』を特殊召喚、更にリボーンはエクシーズ素材になる! すべて破壊だ、【デストロイ・オブ・ビュート】!」

 

 2体のメイドが宙に吸い込まれた。『チェイム』で別のカードを手札に加えていたなら別だが、それを求めるのも酷か。

 そして彼が伏せていたのは『エクシーズインポート』。こちらを発動させていたらエクシーズ素材を増やせていた。

 

「そんな、私のメイドさんが……! これでターンエンドです」

 

・7ターン

 

「私のターン、ドロー! ビュートで攻撃!」

 

〇 メイライフ:7300ー1900=5400

 

「ぐぅ……!」

 

 両手をクロスさせてその剣から身を守る。今度は吹き飛ばなかった。

 

「ビュートの力、思い知ったか! このまま貴様を嬲り殺しにしてくれる! ターンエンド!」

 

・8ターン

 

「メイのターン、ドロー!」

 

 ちなみにメイの手札は6枚、彼の手札は1枚なのだがこの自信はどこから来るのやら。頼りの綱のビュートですら素材はない。

 見れば彼の眼は血走っている。認められない現実はすぐそこまで迫っている。

 

「いいえ、このデュエル……メイの勝ちです!」

「なん……だと?」

 

 確信に満ちたメイの顔に、やっと窮地を悟ったのか一筋の汗が滑り落ちた。

 

「『ティルル』を召喚。そして変身召喚、現れなさい主の敵を焼き尽くす一振りの剣。『ドラゴンメイド・フランメ』!」

 

 そして、赤き竜が雄々しい姿を現わした。

 

「フランメの攻撃【フレイム・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・フランメ』 ATK:2700

 VS

◆『励輝士ヴェルズビュート』 ATK:1900

 

〇 ライフ:700ー800=0

 

「そんな……馬鹿なァァァ!」

 

 吹き飛んでいった。

 

「よくやったわね、メイ」

 

 ファニマが傷ついたメイを抱きしめた。

 

「あ……あの、お嬢様。恥ずかしいです」

「まあ、そうね。儀式のデュエルでもないのに大げさだったかしら。かっこ良かったわよ、メイ」

 

「はい!」

 

 そこで男の取り巻きが彼をひっつかんで。

 

「「「すみませんでしたぁぁぁ!」」」

 

 逃げ去って行った。

 

「あいつらを退学処分にするのかしら? 本家のお嬢様」

「学園長にでも言って? ヴェルテの言葉には逆らえないでしょうけれど、それはお父様の力だもの。それに、雑魚が居てもお目こぼしくらいはするべきでしょう」

 

 複雑怪奇な世の中だが、一つ共通するのは”偉ければ何でも思い通りになる”ということだ。何も罪状がない? 作ればいいだけだ。

 

「そう? まあ、どうでもいいことね。それと、エールのことはエールでいいわ」

「なら、私もファニマと呼んでくれて構わない」

 

 どちらともなく目線を合わせて。

 

「ふふ。私たち、良いお友達になれそうね。ファニマ」

「ええ、良い関係で居ましょう。エール」

 

 悪い笑みを交わしたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 過ちの代償

 

 

 森の中。そこは【魔の森】とは違う清涼な気に満たされた聖域だ。そこは立ち入り禁止地区ではないが、しかし山には違いないため生徒からは敬遠されている。山好きなど、キャピキャピした生徒には似つかわしくない。

 それでもごく一部の生徒にはハイキングとして親しまれている。ただし、そこもコンクリートはなくとも踏み固められた”道”だ。

 ”そこ”すら外れた場所。ともすれば遭難しかねない大瀑布から人の声が聞こえてくる。人の手が入らない、人間に対する悪意丸出しの”自然の中”で。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 その声の主はエクス=ジェイド。ファニマに破れ、そしてファニマの風呂を覗いた「ゲームにおける攻略対象」だ。

 今の彼に相手は居ない、孤独な修行だ。

 

「ドロー! ドロー! ドロー!」

 

 跳ねてしぶく水の音が聞こえる。残暑が残っているとはいえ、もう夏は当に過ぎ去ったこの時期。

 海水浴場も閑散とする寒風吹き荒ぶ中、その男は滝行を行っている。

 

「……ドロー!」

 

 滝の中、ディスクからカードを引く。気合いを込めて、滝よ割れよと言わんばかりに咆哮するが、悲しいかな今のままでは大の男の水遊びに過ぎなかった。

 気温はともかくこの水温、凍死しかねない荒行だが未だ成果は見えず。

 

 なお、滝行でディスクは壊れるしカードは破れるだろ、なんて無粋な突っ込みは入れてはいけない。

 ディスクは温泉に突っ込んでも誤動作しないし、カードは拳銃の撃鉄に挟まれてもキズが付く程度で済むのがこの世界の常識なのだ。

 

「……くぅ! 駄目だ、この程度ではあの女を打ち破ることなど……!」

 

 滝が彼の体温を奪っていく。遭難しても凍死などはしまいが、それは服を着ていたらの話。

 上半身裸にて滝行に挑むこの男は凍死しかねない愚かな行為をしている。

 

「……ッ!」

 

 目の前が一瞬だけ真っ暗になる。それは身体が送る危険信号だ。このままでは死んでしまう。助けてくれる誰かもそこにはいない。たった一人の王子だ。

 

「――まだだ。俺は見つけねばならない」

 

 唇は真っ青、ガタガタ震えていた身体はゆっくりと静まっていく。それは、体温維持のために震えることすら出来なくなったという最期のシグナル。

 死の足音が聞こえてくる。

 

「奴ともう一度戦うため……!」

 

 第3王子がたった一人でここに居るなど、本来ならありえない。重要人物なら護衛が付くはずで、目の前すらまともに見えていないエクスをそのままにしておくはずがない。

 つまり、それは”彼の価値がなくなった”ことを示す。ヴェルデに『ドラゴンメイド』を奪われた元凶、彼は支持者に見限られた。

 生まれて初めての孤独、そしてその絶対的真空の中で一人寂しく凍死しようとしていた。そうなれば、馬鹿が凍死自殺したと指さして笑われるのは間違いない。

 

「――」

 

 それでも、彼はどこまでも本気だった。考えなしの愚かしさ、何かを考えたことはない。ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないと走り続けてきた。

 その結果がこれだ。だが、全てを失ってももう一度歩き出せると信じて感覚を研ぎ澄ませる。

 

「見えたっ!水の一滴(ひとしずく)っ! ドロー!」

 

 ――滝を割った。

 

「ふ。これで、奴と。あ……」

 

 ふらりと倒れる。とっくに心身は限界を超えている。しかも、割った滝とて流転する自然の理に従い、また降ってくる。

 それは偉業だが、しかし何も意味もなく死んでいく。

 

「馬鹿な弟よ。ここまでするか」

 

 倒れ込む彼を支える暖かな手。

 

「……兄さん」

「出るぞ、すぐに火を起こしてやろう」

 

 エクスをお姫様抱っこで運ぶ彼はエレメ・ジェイド。彼もファニマに負けたのは違いないが、別に王党派の権益を脅かしたわけではない。

 その彼が一人で居るのは、本気で走ったら誰もついていけないだけだ。彼は彼の意志で一人で居る。エクスとは、違う。

 

 超人と呼ぶに相応しく、10秒で枯れ枝を集めて火を付けた。

 

「――」

 

 仕事を終えた兄は寡黙に火の番をする。ここで根掘り葉掘り聞くような無粋な男ではない。

 

「兄さん、ファニマ=ヴェルテはどうなってる?」

「彼女はヴェルテの権勢を高めるために仲間集めをしているようだな」

 

 弟が静かに聞いているのを見て、兄は話を続ける。

 

「むしろ、今までの方がおかしかったのかもな。あれはお高くとまって父の地位を笠に、誰かが何かしてくれるのを待つだけの女だった。今は、ウィッチクラフト工房……学園では魔女工芸部だったか? を始めとして有力な者に自分から声をかけている」

 

 ヴェルテ家の権力があれば、ただ待っているだけで貢物が山と積まれる。何もしなくても安泰にするため、脈々と受け継がれた貴族のシステムだ。

 それは王党派もヴェルテも関係ない、社会システムの根幹だ。だが、自ら積極的に動いた時にその権益は増大する。……手を付けられないほどまで。

 

「……そうか。凄いな、彼女は」

「――」

 

 また、沈黙が落ちる。パチパチと火の粉が弾ける音が連続する。

 

「彼女は、今?」

「王党派の一派が『ドラゴンメイド』を奪い返そうと躍起になっている。名前は忘れたがメイドを制し、私を倒せばくれてやると豪語していた。挑戦者は1日に1人。今は学園のどこでもデュエルが行われているよ、挑む権利を得るためにな」

 

「――分かった。ならば、勝つまで」

 

 エクスが立ち上がる。そこらへんの木に吊るしてあった上着は、兄が羽織らせてやった。その上着をマントのように閃かせた。

 

「ありがとう、兄さん」

 

 迷いはない、ただそれだけを呟くように言葉に乗せて走り出す。

 

「行く気か。いいだろう、納得するまで走り抜け。お前はどこだって立ち止まるようなことはしない。真っすぐで、それだけの男なのだから」

 

 エレメは苦笑した。

 

 

 

 そして山を下りると、ファニマ=ヴェルテの姿が見えた。囲まれている。

 

「挑戦者が1日に1人ィ? そんなまだるっこしいことやってられねえんだよ。その『ドラゴンメイド』は元々王族の所有する宝、返してもらおうか。なあ、お前ら? ひゃはははは!」

 

 彼女は見るからに殺気だった多数の男たちに囲まれていた。揃って下卑な笑みを浮かべている。

 なお、山賊じみた男とかいうのは王党派だのヴェルテの気風の違いは関係ない。どちらも鉄砲玉には困っていないのには変わりない。

 

「下らないわね。数に任せて女を襲うしか能のない男ども。魂まで粉砕されたくなければ、とっと帰ってママの胸にでも泣きつくがいい」

 

 冷え冷えとしたファニマの声。一方で、涙目になりながらも前に立って主人をかばうメイはどう見ても限界だった。

 

「へへ。そう言うわけにゃいかねえんだよ。女として産まれたのを後悔したくなけりゃ、頭を地面にこすりつけて哀願しな」

下種(げす)が。この私の手で葬られることを光栄に思うがいい」

 

 ファニマがデッキを構えた。

 

「――待て!」

 

 そこに、エクス=ジェイドが乱入する。

 

「……変態? なぜ」

 

 ファニマがいぶかしみ、手を止めた。彼を呼ぶ名としては変態が似つかわしいが、今の彼は上半身裸で上着を肩にかけている。

 ……これでは名実ともに変態だ。

 

「ああ!? 誰かと思えば【失地王子】じゃねえか。テメエに用はねえよ、落ちこぼれ! 『ドラゴンメイド』を失った元凶、貴様に従う奴は王党派のどこにもいねえ! 引っ込んでやがれ!」

 

 そして、対する男たちはその暴力的な目を彼に向ける。邪魔するんならテメエもやっちまうぜ、ということだ。もしくは手柄を奪わせるか三下、と。

 

「失地王子、か。俺は、そんな風に呼ばれているのだな。だが、数に任せて婦女子を襲う輩を成敗するのにどんな権利も必要ない! 覚悟しろ、悪党! この失地王子が天誅をくれてやる!」

 

 そう、彼らはファニマが課したルールを守らず、数と暴力で宝を奪おうとした無法者である。

 『ドラゴンメイド』がファニマの持ち物である限り、争奪戦のルールは彼女が決める。ルールから外れた者はただの盗賊に過ぎない。

 派閥に関係ない、ただの悪党退治だ。

 

「ケッ! 調子に乗りやがって。マジメにテメエの相手をしてた奴なんざいねえんだよ! 皆、王子様が相手だから手加減してたのさ。今や落ちぶれたアンタに手加減する理由はねえ。尻尾巻くなら今の内だぜ」

「御託が多いな。勝つのを諦め、数に任せた男だ。負け犬は吠えるものと相場は決まっているものな」

 

「ほざいたな。ならば、受けろ儀式のデュエル! 互いの誇りを賭け、そしてダメージは現実化する!」

「良いだろう。……デュエル!」

 

 そして、エクスは対する男から目線を外しファニマを見る。

 

「やはり、貴方は私の好みではない。だが、この男は私が倒しておく。この場は俺に任せてくれ。そして、いつの日か必ず貴方に挑み勝利する。我が誇りを取り戻すため」

「あなたは愚かで直情的ね。そして変態ともなれば、私の初恋は滅茶苦茶よ。きっと、目が腐っていたのね。……その日には、とびきりの悪夢で私を好みじゃないって言ったことを後悔させてあげるわ。じゃあね、変態」

 

「ああ、待ってろ」

「私にその剣を届かせることができたら、失地王子って呼んであげるわ」

 

 最後まで威風堂々と去って行ったファニマ。

 

「下らん遺言もそこまでだ。テメエはデュエルに負け、ここで散るんだよ」

「いいや、散るのは貴様だ。薄汚い子悪党め」

 

 そして、男たちはデュエルディスクの盾を構え、カードの剣を抜く。

 

 




 GXでは野生児になって訓練とか、ゼアルではクマを倒して訓練とか、5D’sの筋肉を手に入れて強くなった人とか。遊戯王アニメでは結構修行シーンが挟まれていますが、普通に勉強とかしないのが笑いどころ。

 名誉挽回シーンはもう少し後でいいかと思っていましたが、気になっている方が結構いたのでいい機会だと思って入れました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 復活の王子

 

 

 ファニマを人数に任せて襲おうとした男たち。そこに颯爽とエクス・ジェイドが現れ正義の裁きを下す。

 ……あとは、エクスの実力次第。暴力で世を渡り歩いてきたこの男にどれだけ対抗できるか。調子に乗って女の前で恰好付けて、しかし暴力で黙らせられるなどどこにでもある話だろう。

 

・1ターン

 

「――俺の先攻だ」

 

 ぎらぎらと欲望に取り付かれた目がエクスを睨む。金のためなら人を消すのも厭わないがめつい男だ。

 

「俺は『無限起動ハーヴェスター』を召喚、効果により『無限起動ロックアンカー』を手札に加える! そして、手札から『弾丸特急バレットライナー』を特殊召喚! このカードはフィールドのモンスターが地属性・機械族のみの場合に特殊召喚できるぜ」

 

 無限軌道を付けたオレンジの戦車がその6つ爪で地面をならし、線路を敷いていく。そして、その線路を弾丸のごとき速度で走るロケット型の特急。

 

「『ハーヴェスター』は他の機械族モンスターを選択し、己のレベルと合計した数値にできる。『ハーヴェスター』はレベル2、そしてレベル10の『バレットライナー』を選択! 互いのレベルを12にする!」

 

 衝突、否、連結した。2つの車両が凄まじい速度で線路を駆ける。そして、その先には宇宙の混沌が広がった。

 

「レベル12のモンスター2体でオーバーレイ。森を燃やし、大地を耕し、地上を鉄で覆い尽くせ! 大自然の破壊こそ、人が有する7つの大罪なれば。エクシーズ召喚、人が生み出した罪咎がここに顕現する、『No.77 ザ・セブン・シンズ』!」

 

 混沌より生み出されしは機械蜘蛛。そのおぞましき八つ足で混沌を引き裂き、邪悪なる糸をたぐる。

 悼ましいほどに強大な気配は、なるほど攻撃力4000に相応しい。

 

「このモンスターはエクシーズ素材を犠牲に破壊を無効化する! つまり攻撃力4000、そして3回破壊せねばコイツは倒せん! 表に居るプロなどただの芸人に過ぎんのだよ。真に最強なのは裏の人間なのだと知るがいい。俺はカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 そして、何より厄介なのは1枚の伏せカード。破壊されないだけなら、例えばファニマのクラーケンなら何も抵抗にならない。

 そのカードさえなければ。なるほど、裏のデュエリスト……タクティクスも舐められない。

 

場:『No.77 ザ・セブン・シンズ』 ATK:4000

魔法+罠:セット1枚

 

・2ターン

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 だが、エクスに恐怖は見えない。よく言えば純真な男、そのまま言うならお馬鹿だ。一々何かを考える男ではない。ただひたすらに一直線に向かうのが持ち味なのだから。

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。来い『H・C 強襲のハルベルト』。さらに魔法『愚かな埋葬』を発動! 『H・C サウザンド・ブレード』を墓地に送る」

 

「そして魔法カード『火炎地獄』を発動、相手に1000、そして俺自身に500の直接ダメージを与える!」

 

 地獄の火炎車が両者を燃やす。

 

〇 チンピラライフ 8000ー1000=7000

〇 エクスライフ 8000ー500=7500

 

「ツぅ。痛ってェ……テメエ、バーンカードだとォ!? 正々堂々と戦いやがれ!」

「婦女子を集団で襲う男の言うことではないな! そして俺は自身の弱さを自覚したばかり。勝つためならバーンすら実行しよう!」

 

「っち、王族と言うだけのクソみたいな馬鹿坊ちゃまがよ」

「自分にダメージが発生したことで墓地の『H・C サウザンド・ブレード』の効果を発動。攻撃表示で墓地より蘇生する!」

 

「なるほど、自分にもダメージを与えたのはそれが狙いだったわけだな。……レベル4が2体、来るか!」

「その通り! 悪を裁く聖剣を見せてやる!」

 

 二人の戦士が混沌に飛び込む。そして生まれる聖剣。

 

「『ハルベルト』と『サウザンド・ブレード』でオーバーレイ! 王家に伝わりし聖剣よ、その雄々しき姿を現わし、悪を根絶せよ! エクシーズ召喚、『H-Cエクスカリバー』!!」

 

 聖剣、それはあの時にファニマに大ダメージを与えたモンスター。全てはこのカードから始まった。

 それはエクスの魂のカード。こいつさえ居れば何とかなると信じられる。彼の人生にはいつも傍らにこのカードがあった。

 

「っきひ! ぎゃははははは! それが王家の聖剣か? とんでもねえナマクラだ。お子様のチャンバラごっこなんざ終わりにしてやるよォ!」

「何だと!? エクスカリバーが折れることなど決してない!」

 

 だが、その聖剣をその男は馬鹿にする。エクスは激昂するが、恐れる様子など一つもない。

 

「いいや、そのナマクラは錆びて折れる定めなのさ。罠カード発動、『激流葬』! フィールド全てのモンスターは破壊される!」

「馬鹿な……俺のエクスカリバーが折れる……だと……! だが、セブン・シンズも巻き込まれるはず」

 

 大爆流が全てのモンスターを巻き込む。聖剣が色を失い、錆びて壊れる。

 

「エクシーズユニットを一つ使い、破壊を無効化だ!」

 

 だが、大蜘蛛だけが激流を乗り越える。砕けた聖剣の欠片を機械眼が睥睨した。

 

「……ぐぐぐ」

 

 頼りとするモンスターが何も出来ずに砕け散った。蘇生する手段はない。いや、蘇生したところでエクシーズ素材のないエクスカリバーではセブン・シンズに対抗できない。

 エクスは歯を食いしばり、己の手札を眺める。けれど、そこに光明を見出すことはできなかった。

 

「あっはっは! テメエみたいな世間知らずのガキに、この盤面はどうしようもねえさ! 痛い思いをする前にサレンダーでもしたらどうだ?」

「…………ッ! 俺はターンエンドだ、攻撃でも何でも好きにするがいい!」

 

場:なし

 

・3ターン

 

「は。威勢が良くても何もできない有様じゃ怖くねえぜ! しょせんは失地王子、真の実力者であるこの俺様には敵わない! 俺のターン、ドロー!」

 

 男が下卑た笑みを浮かべた。

 

「手札から『無限起動ロックアンカー』を通常召喚、効果で手札の『無頼特急バトレイン』を守備表示で特殊召喚! 『ロックアンカー』のもう一つの効果で己とバトレインのレベルを8にする! コイツはハーヴェスターと同じ効果を持つ」

「また、高レベルモンスターを揃えたか」

 

 ドリル車両が地面を砕く。特急が線路を走る。もう一度線路の先に混沌の銀河が生まれる。

 

「2体のモンスターでオーバーレイ。人の手により汚れし大地、鉄と火の毒により死に絶えし古代の幻想種よ! 罪と影より屍の姿で再誕せよ、龍の神! エクシーズ召喚、『No.97 龍影神ドラッグラビオン』!」

 

 それは影で出来た龍。その痛々しい姿に目を覆いたくなる。

 

「まずは『No.77 ザ・セブン・シンズ』でダイレクトアタック! 【セブン・デモンズ】!」

 

◆『No.77 ザ・セブン・シンズ』 ATK:4000

 

〇 エクスライフ 7500ー4000=3500

 

「っぐ。がああああ!」

 

 これは儀式だ。現実化したダメージ、機械蜘蛛が発する負の波動がエクスを襲う! 肩にかけた上着は飛ばされ、胸は切り裂かれた。

 たまらず片膝をつき、全身がガクガクと震え出す。

 滝行のダメージも抜けていないのだ。少し火に当たった程度、下半身もずぶ濡れである。少しの間だけ精気を取り戻していた唇は、また真っ青になっている。

 

「ひゃはははは! 効いてるようだなあ! この一撃で魂ごと砕けちまいな、『No.97 龍影神ドラッグラビオン』でダイレクトアタック! 【シャドウカース】!」

 

◆『No.97 龍影神ドラッグラビオン』 ATK:3000

 

〇 エクスライフ 3500ー3000=500

 

「うおおおおおお!」

 

 影が立ち上がる。目が光るとエクスが燃え上がり、爆発した! とうとう耐えきれず、後方に吹き飛ばされてしまった。

 だが、倒れたままでも震える手でカードを繰る。

 

「『H・C サウザンド・ブレード』はダメージを受けたとき、攻撃表示で特殊召喚できる……!」

 

 傷だらけの戦士が降り立った。

 

「攻撃力1300で何が出来る!? メインフェイズ2、『No.97 龍影神ドラッグラビオン』の効果発動! EXデッキから『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』を特殊召喚! そしてEXデッキからエクシーズ素材を補給する!」

 

 影より生まれし骸の偽龍が、1枚のカードを飲み込んだ。

 正しき龍は人の鉄で出来た文明が滅ぼした。ここに居るのは、悼ましき死にぞこないばかりだ。

 

「偽骸神龍はバトルダメージを跳ね返す! さらにターンエンド時に相手が召喚・特殊召喚・セットしたカード全てを除外する! もはや貴様に打つ手などあるまい! ターンエンド」

 

場:『No.77 ザ・セブン・シンズ』 ATK:4000

  『No.97 龍影神ドラッグラビオン』 ATK:3000

  『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』 ATK:0

 

・4ターン

 

「……」

 

 エクスのダメージは大きい。倒れ伏したまま、顔を敵へと向けた。

 いや、立ち上がったとしてもどうなのか。相手のライフは7000。そして、防御を固めようとも偽骸神龍が居る限りエンドフェイズには全てが除外される。

 

「くひゃひゃひゃ! 立ち上がれないデュエリストにターンは回ってこない。このままくたばっちまいなァ」

 

 そして、エクスの身体をまじまじと見る。

 

「そういや、テメエなんで上半身裸なんだ? しかも、ズボンの方はびっしゃびしゃだしよ。どんな変態的趣向だよ、そりゃ。まあいいさ、テメエは顔だきゃイイもんなあ。写真撮って女生徒に売りさばいてやるよ。そりゃいい、高く売れそうだぜ。ぎゃはははは!」

 

 手を叩いて笑いだした。 

 

「俺は……貴様のような下種には負けん! おおおおおお!」

 

 瞳に熱を燃やし、立ち上がった。体温低下は命に関わるレベルに達している。だが、魂を燃やし復活する!

 

「俺のターン」

 

 デッキに手を置いた。

 

「どうした? 威勢の良いこと言っておいて、サレンダーかよ」

「――新しく引いたカードなんて必要ない、か。そうだな。大切なのは今を見ること。それすらできないのに未来ばかり見ていても、つまづくだけだものな」

 

 それは、エクスに引導を渡したときのファニマの科白。あの時、ドローしたカードなど使わずにエクスを倒してしまった。

 

「何を言ってやがる」

「貴様を倒す算段はすでに付いている! 俺は、俺の手札を信じる! ドロー」

 

 そして、引いたカードをポケットにしまう。

 

「ふざけてんのかよ、テメエ」

「ならば見よ! フィールドに居る『H・C サウザンド・ブレード』の効果発動! 手札の『H・C ナックル・ナイフ』を捨て、デッキから『H・C モーニング・スター』を特殊召喚する! 更に特殊召喚時の効果で『ヒロイック・チャンス』を手札に加える!」

 

 先のターンで特殊召喚したサウザンド。前のターンでは激流葬で破壊された。そして、盾に使っていればドラッグラビオンに破壊されていたそのカード。

 

「俺はレベル4モンスター2体でオーバーレイ。輝けし剣よ、魔眼の王を倒した力を今この我が手に握らん! エクシーズ召喚。汝、悪を倒す(つるぎ)、『H-C クレイヴソリッシュ』!」

 

 光り輝く剣を持つ黄金の戦士が降臨した。雷の威光を背負い、6枚の輝ける翼で降りてくる。

 

「まだだ、貴様を打ち倒すにはこの程度では足りん! 魔法『Hーヒートハート』でクレイヴソリッシュの攻撃力を500アップ! 装備魔法『アサルト・アーマー』を装備。攻撃力を300アップ! そして『ヒロイック・チャンス』を発動! クレイヴソリッシュの攻撃力を2倍にする! さらに『クレイヴソリッシュ』自身の効果でライフを500になるように払い、自身の攻撃力を2倍にする!」

 

 これで手札は0。いや、ポケットにしまったのが1枚だ。

 

・エクスライフ 500⇒500

 

 だが、全てを使いつくして得たものは怒涛の攻撃力上昇だ。光の剣が天すら斬り伏せるほどに大きく、強靭になった。

 デッキという未来ではなく、手札という今を信じる。今を全力で駆けなければ、未来など来ない。

 

「馬鹿な、貴様のライフは500! 払えるライフがどこにある!?」

「知らん! ディスクが判定を下したのだ!」

 

「『H-C クレイヴソリッシュ』で『No.97 龍影神ドラッグラビオン』に攻撃! この瞬間に効果発動! 『No.77 ザ・セブン・シンズ』の攻撃力を更に加算だ! 耐性も、除外も知ったことか! この一撃で砕け散るがいい、悪党! 【グレート・シャイニング・クラウ・ソラス】!!」

 

◆『H-C クレイヴソリッシュ』 ATK:16200

 VS

◆『No.97 龍影神ドラッグラビオン』ATK:3000

 

〇 ライフ 7000ー13200=0

 

「馬鹿な。俺の、完璧な布陣がァァァァ!」

 

 光の剣が振り下ろされる。それは、男だけではなくその仲間たちにも裁きを下す! 圧倒的な光輝が全てを飲み込む!

 

「「「ギャアアアアア!」」」

 

 すさまじい衝撃が走り抜ける! 残るは荒野、死屍累々。立っているのは勝者のみ。

 

「彼らを保健室に運ばなければならないか。……誰か、と呼んでも来てくれないんだったな。仕方な……うっ」

 

 エクスも目の前が真っ暗になる。ダメージは甚大、それは変わらない。ただ、気力で持っていただけだ。

 

「まったく、手間のかかる弟だよ。お前は」

 

 ふわりと受け止められた。

 

「兄さんか。……すまない」

「いい。俺に任せておけ。――このクズどもも俺の方で処理しておこう」

 

 エクスは安心して目を閉じた。

 

「さて、コレらも処理しておかなくてはな。……消したらエクスが悲しむか。エクスの慈悲に感謝することだ。俺は弟ほど甘くはない」

 

 そしてエレメは冷たい目で倒れ伏す男どもを一瞥して電話をかけ始めた。

 

 





 無限軌道+列車はNRフェスで苦しめられた人が多いかなと思います。まあ、本当に私が苦しめられたのは展開途中に一々手が止まるメガリスですが。

 エクス君はかなり回ったこのデッキ相手によく勝利できました。名実ともにかなり強いこのデッキを倒せたのは名誉挽回としては中々ではないでしょうか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 魔女のお茶会

 

 

 ファニマはいつも通りにエールをサロンに招いた。早三日……等と言うが、まだ1週間しか経っていない。

 けれどエールは仕事をサボりによく顔を出すものだから、すっかり馴染んでしまった。

 

「ああ、もう! エール様! またここに来ているんですか! 依頼の品がまだ出来上がってないでしょう!? エール様じゃないと対応できない案件なんですよ!」

 

 バン、と扉を開けて入ってきたのはアイネだ。先の苦労人の雰囲気はそのままに、しかしファニマにも遠慮がなくなってきた。

 

「やーよ。まだ今日の分のお菓子を食べてないんだもん」

 

 ぷい、と顔を背けた。”マスター”の位階を持つ幼女がそうする様は、とても愛らしくてファニマは思わず笑ってしまう。

 

「少しくらいならいいでしょう? 根を詰めても成果は上がらないわ。アイネも良かったらどうぞ。メイ、紅茶を」

 

 メイも、紅茶を淹れるのだけは慣れたもの。淀みない手つきで準備を進めていく。

 

「それとセバスに用意させた菓子もあるはずだから出して頂戴。エールが楽しみにしてたのよ」

「セバス様が? あ、これのことですか。あれ……わわっ」

 

 紅茶以外のこととなるとこうなってしまうのだった。そこはセバスも知っている、多少揺れたくらいでは崩れない菓子を用意してある。

 これで、あぶなげながらもお茶会の体裁は整った。

 

「アイネも座っていいのよ」

「いえ、ファニマ様。……私はここで十分ですので」

 

 と、本人は恐縮する。先の扉をぶち開けた一幕は目にしているのだから、今更体裁を整えたところで遅いが。

 

「いいじゃない、座れば。メイだって座るんでしょ」

「え、エール様……」

 

「そうね。準備が終わったらあなたも席に着きなさいな、メイ」

「ちょっと、お嬢様。そんな畏れ多い……」

 

「本音は?」

「お客様が居るのに席に座ったりなんてしたら、セバス様に絞られ……っあ!」

 

「まあ、黙っていればバレないわよ。……いつも通りに、ね?」

 

 相変わらずのメイに、ファニマはくすりと笑った。

 

 そして、アイネは紅茶を口にしてしみじみと語る。

 

「変わりましたね、ヴェルデ様」

「ええ、経験は人を変えるわ。……もしかしたら、それだけではないかもしれないけれど」

 

「……ヴェルデ様?」

「別に本家のお嬢様だからと言ってそう畏まる必要はないと言っているじゃない。あなたもファニマでいいわよ。そもそも、ウィッチクラフト工房は我がヴェルデに席を置いていても、仮に切り離されても困らないでしょ」

 

 彼女たちは一つの企業に等しい。スタートアップに類するが、超高水準に達する技術を持った「工芸家のファミリー」だ。もちろん、それは血の繋がりではなく職人として。

 そんなウィッチクラフト工房だから好きにできる。元より仕事は選びたい放題である。エール・アレイスターとはそういう才女だ。

 

「……くすくす。私は人格とか言うものにそれほど興味はもってないけど、以前のあなたは取引にも値しなかった。けれど、今のあなたは魅力的と思っているのよ。もちろん、お菓子だけじゃなくて」

 

 幼女のように小さいエール・アレイスターが妖艶にほほ笑んだ。人形のように着飾った可愛らしい女の子、だがその本質はマフィアに等しい。

 魔導の秘奥を弄ぶ、強力な魔法カード開発者の第一人者。この学園で授業免除特権を持っているのは、要するに客員教授待遇を受けているということだ。

 彼女に期待されているのは論文執筆に他ならない。それだけの知識と技術を持っている。

 

「ふふ、光栄ね。お父様に言えば、私を工房のスポンサーとかにして貰えるかしら」

「まあ、ファニマなら認めてあげてもいいわ」

 

 エールが傲岸不遜に頷こうとした瞬間、アイネが横から入ってくる。

 

「ありがとうございます、ファニマ様! いやあ、そういうのって権利関係が面倒なんですけど本家ならその心配もないですし! エール様の魔法理論をこっちがどこの出資だのあっちの出資だのと考えて、何個も黒塗り資料を作るのはもう御免です!」

 

 泣きそうな勢いでアイネがファニマの両手を握って振り回す。アイネの方は普通に学生のはずなのだが、すでに社会人の苦労を知っているようだった。

 

 要するにAの資金提供を受けて開発した技術はAにしか公開できないし、それはBもCも同様。けれど、技術は基本的に繋がっていくものだ。

 ゆえに、AにはBとCの社外秘情報を隠して、そしてBにはAとCを、CにはAとBを添削する必要がある。……それは、とてつもなく面倒で、しかも守秘義務を守るためと言うどうでもいい理由なのだからアイネもやる気が出ないだろう。

 

 なお、AとBとCの資金提供分をヴェルデ一家で出来るのかと言う疑問は愚問だ。その程度の端金に困るようで、国家の中で最大の貴族など気取れない。

 

「え、ええ。そんなに喜んでくれるとは予想外だけど」

 

 実際、ウィッチクラフト工房は金に困っているわけではないのだ。能さえあれば、企業から金を引き出すのは容易だから。

 それは極まった一握りの中の、更に厳選された「有能な」人間の証だ。

 

「ハイネ、お金なんて魔法理論の一つでも売ればいくらでも入ってくるじゃない。そんなにがっつかないでよ、私のお友達にさもしいって思われるじゃない」

「エール様は……エール様は全部私に押し付けるから書類仕事の大変さを知らないんですよう。大本を本家に一括してくれれば、書類仕事で徹夜しなくても済む……!」

 

 本当に、涙さえ流しそうな勢いだった。

 

「まあ、お菓子でも食べて気を取り直して頂戴。セバスに用意させたから間違いはないはずよ」

「そう言えば、セバスってあれかしら。当主様の執事って言う彼……白髪のおじいさん。なんかやたらと元気な印象があるわ」

 

「そのセバスよ。お父様は当然だけど、セバスも有名なのかしら?」

「そのお父上様の右腕ですからね、本家とある程度仕事の付き合いがあるなら、あの方が窓口になっています。私もお会いしたことがありますよ」

 

「アイネも会ったことがあるの? 世の中狭いものね。まあ、音に聞こえたウィッチクラフト工房ならそう言うこともあるのかしらね」

「いつまで生臭い話してるの」

 

 エールがテーブルの上に置かれたお菓子をわっしと掴み、一気にほおばった。ハムスターみたいにもぐもぐした後、紅茶で一気に流す。

 

「エール様……」

 

 アイネが目頭を押さえた。

 

「それ、早く見せて頂戴。今ならインスピレーションが湧きそうなのよ。さっさとしないとしぼむわ」

 

 自分勝手な言い分だが、どことなく可愛らしく思えるのは幼女の特権か。

 

「はい、どうぞ。先端が鋭いから怪我をしないように注意してね」

「子供扱いするなっ!」

 

 ひったくるようにして、ハサミと綿で出来たデュエルディスクをぶんどって行った。ほうほう、ふむふむと矯めつ眇めつする。

 その真剣な目つきはまさに研究者、もしくは魔女である。

 

「デュエルディスクの変形。いえ、これはもはや変身ね。何回か見たけど、やっぱり触ってみた方がよくわかる」

「そうね。でも、それほど難しいことではないと思うわ」

 

 ファニマは平然と紅茶を嗜んでいる。綿を引きちぎろうとしているみたいに伸ばされても、微動だにしていない。

 代わりにメイが注意していいものかどうか迷っておろおろとしていた。

 

「……ふんふん。大体分かった。返すわ」

「ひゃあっ」

 

 メイの方に投げて返した。

 

「こう……ね」

 

 エールがデュエルディスクを展開する。魔力が集中する。こんな幼女でも、表では最強クラスの魔法使いである。空間がひずむほどの魔力が空気を震わした。

 

「――てや!」

 

 ノーマルで無骨なそれが透き通っていく。氷を思わせるような透明な欠片が魔法のように浮かび、デュエルディスクを形成する。

 杖のような、ミニチュアの浮かぶ台座のようなデュエルディスクを完成させてしまった。

 

 ファニマは、森の悪霊を刈ってその力を使って作り変えた。参考元があったとはいえ、エールは一人でそれを成し遂げた。

 

「おみごと」

 

 ファニマはパチパチと拍手をするが、他の二人は呆然としていた。

 

「余裕の顔ね。そう、まるで――そのくらいできなければ資格はないとでも言いたげに」

「……知っているのかしら?」

 

「いえ、今思いついたことだけど。ねえ、アイネ。ファニマに噂になっているものはある?」

「ええ……と。森で見かけることがあるとの噂は聞いておりますが……」

 

 奥歯に物が挟まったような言い分だが、実際には誹謗中傷が混ざっているのだから仕方ない。前にも言ったが学園は王党派が強い場所だから。

 

「森。【魔の森】か……相も変わらず陰惨な魔力が漂ってる。いえ、これは浸食? なるほど、これに対抗するためね」

 

 その場所までは歩いて30分はかかる場所だ。なのに透視してしまうとは、エール・アレイスターの魔力は人知を超えている。

 それこそ、「ゲームの外」ではラスボスをやっていても不思議はない。

 

「何も言わずとも気付くなんて流石ね、エール。遥か昔から、人と魔はその領土をめぐり戦争を繰り広げてきた。魔はいつでも地上を狙っている」

「あいつら、しつこいものね。何度滅ぼされようとゴキブリみたいに湧いて出る。他人事じゃないし、協力してあげるわよ。次はどうする気?」

 

「私は勇者とかそういう自意識過剰じゃないのよね。王子様に何とかしてもらおうにも、あの腕前ではねえ」

「……ああ、学園長が進めてる奴ね」

 

「何か知っているの?」

 

 ファニマも驚いた。ゲームという原作があるから【ペンタグラム】を知っていた。それは4人の攻略対象とヒロインで結成される戦隊、闇の勢力【セブン・スターズ】と戦う正義の味方。

 どう結成されるのかは、覚えていない。地の分で一言説明があった気がするが。

 

「お気に入りを集めて、何かしようと動いていたわ。劣勢になった王党派のために何かやってるくらいの感覚だったけれど、あれは魔の力に対抗する精鋭集めか」

「そう、精鋭ね。王子様なんかより、私の方が強いけど。王党派なんかじゃ闇の勢力には勝てはしない。……これはただの感想」

 

「そうね。私も、あいつらに自分の命運を預けるなんて虫唾が走る」

「そのために、アルティ・アイズに会う必要がある」

 

 アルティ・アイズ、それは純粋にファニマの記憶から引きずり出した”当て”だ。その名前はゲームでは一文字たりとも出てこない。

 

「確か……ゲーム会社の社長だったかしら。あなたの親戚よね」

「多角経営と言う奴よ。あの人の力は当てになる。お父様は統治者だけど、開発者でも社長でもないものね。私が欲しいのは、動ける人間と新しいカード」

 

「あの学園長の代わりに魔と戦うパーティを結成しようと言うのね。ならば、私もまた力を示してあげる」

 

 エールが椅子の上に立つ。行儀が悪いが、彼女がやるならひたすらに微笑ましくて可愛らしい。

 

「……」

 

 ファニマは変な笑いを抑え込む。

 

「さあ、私とデュエルなさい!」

「ええ」

 

 ファニマが立ち上がり、部屋の隅へと歩いていく。エールも飛び降りて反対側へ行く。互いに異形のデュエルディスクを構え。

 

「「デュエル!」」

 

 試合が始まった。傷つくことのない、だが真剣勝負だ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 魔女の力

 

 

 エールとファニマが向かい合った。浮かべるのは楽しそうな笑み、これから始まるのはプロレベルすら超えた試合。

 そう、痛みを伴わないエンターテイメント。究極域の力を持つ者だけが踏み込める場所。

 

・1ターン

 

「エールの先攻!」

 

 エールが5枚のカードを引いた。そして、彼女ほどの魔力を持つ者が手札事故などありえない。

 

「エールは『金満で謙虚な壺』を発動! EXから6枚のカードを除外し、デッキの上から6枚のカードをめくるわ!」

 

 空中に大きく表示されたのは『ウィッチクラフト・マスターピース』『ウィッチクラフト・シュミッタ』『マジック・クロニクル』『ウィッチクラフト・ドレーピング』『ウィッチクラフト・サボタージュ』『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』。

 

「エールはこの中から『マジック・クロニクル』を手札に加える。……まあ、このターンはデッキからドローすることはできなくなるけど」

 

 残された5枚はデッキの底へ。もっとも、これからいくらでもシャッフルされるはずだから手札に来ないとも限らない。

 

「『ウィッチクラフト・ピットレ』を通常召喚、自身をリリースし手札の魔法『ウィッチクラフト・バイストリート』を墓地に捨てることでデッキから『ウィッチクラフト・シュミッタ』を特殊召喚! そして、これは下級の共通効果よ!」

 

「場の『シュミッタ』と手札の魔法『ウィッチクラフト・クリエイション』をリリース! さあ出番よ、最上位の魔力を秘めし工房のリーダー、『ウィッチクラフト・ハイネ』を特殊召喚!」

 

 湾曲した魔導機械を持った魔女が現れた。浮遊する縫い針が周囲を睥睨する。

 

「『ハイネ』は1ターンに1度、手札の魔法カードを捨てて相手フィールドの表側表示カードを1枚破壊できるわ。そして、このターンは相手のターンにも使える。この子を倒してエールにまで攻撃を届かせることができるかしらね」

 

 幼い顔にニヤリと笑いを浮かべた。ハイネを倒せる者はごく一握りだが、ファニマなら朝飯前だと確信している笑みだ。

 

「さあ、エールの本気はこれからよ! 永続魔法『マジック・クロニクル』の効果発動、手札をすべて捨ててデッキから魔法カードを5枚除外する。捨てたのは『愚かな副葬』。そして、除外するのはこの5枚」

 

 また、宙に5枚のカード達が映し出された。『ウィッチクラフト・ドレーピング』『ウィッチクラフト・デモンストレーション』『ウィッチクラフト・コラボレーション』『ウィッチクラフト・スクロール』『ウィッチクラフト・サボタージュ』。

 今回は宙の黒渦に飲み込まれた。

 

「相手が魔法を発動するごとにカウンターが乗り、2つ取り除くことで相手が選んだカードを手札に加えることができるわ。ただし、このカードが破壊されたとき、除外されているカード1枚につき500ポイントのダメージ、最大で2500のダメージを受けるわね」

 

 そこまで言い終えてエールは挑発的に、からかうように、空になった両手で頭を抱える動作をしてみせた。

 

「次のターン、あなたが『サイクロン』なんかを引いたら大ダメージを受けてしまうかも。墓地の『シュミッタ』の効果、自身を除外して『ウィッチクラフト・パトローナス』を墓地に落としておくわね」

 

「これでターンを終了。エンドフェイズ、フィールドにウィッチクラフトモンスターが居る時、ウィッチクラフト魔法は手札に戻ってくる。永続魔法の『バイストリート』をフィールドに、『クリエイション』を手札に戻す」

 

 バイストリート、魔導を商う店々がハイネに加護を与える。灰色の髪に隠れていない方の片目でウィンクをした。

 

「『ウィッチクラフト・バイストリート』がフィールドにある限り、私の魔法使い族モンスターは1ターンに1度だけ破壊されない。『ハイネ』を破壊するには二回破壊しなければならないけど、『バイストリート』を先に狙っても次のターンに復活するわ。さて、どうするかしら。私はこれでターンエンド」

 

 楽しそうに笑って手招きした。

 

・2ターン

 

 ファニマも楽し気に笑い、言う。

 

「ウィッチクラフトは手札の魔法カードの枚数が重要なデッキ。でも、今のあなたにはたった1枚の手札しかない。遠慮なく動かせてもらうわ」

 

 もちろん、異世界の魂から知識を得たファニマは知っている。相手の手札は1枚どころではないのだと。

 だが、関係ないとばかりに挑む。

 

「魔法『魔玩具補修』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加える。そして『融合』を発動、『ファーニマル・ペンギン』とチェーンで融合する。ペンギンとチェーンの効果で『デストーイ・リニッチ』と2枚のカードを手札に加え、『ファーニマル・ウィング』を捨てる」

 

 悪魔の鎖がペンギンの人形を縛り、解体して錬金の渦の中へ。そして現れるのは蛸型の悪魔!

 

「さあ、暗い海の底より現れ、墓地と言う闇の中に引きずり落としてあげなさい! 融合召喚、『デストーイ・ハーケン・クラーケン』!」

「『バイストリート』の効果を無視してモンスターを狙って来たわね。でも、させないわ! 『ウィッチクラフト・ハイネ』の効果発動! 手札から『クリエイション』を捨てて『クラーケン』を破壊する! 【マギウス・ソウ】!」

 

 蛸が矢に刺されて撃破された。無念気に触手を蠢かすが、やがてそれも墓地に引きずり込まれてしまった。

 ……生きていれば、墓地送り効果は破壊耐性を無意味にしてしまったのだが。

 

「ならば魔法『デストーイ・リニッチ』を発動、墓地からデストーイモンスター、破壊された『クラーケン』を守備表示で特殊召喚! 効果を発動、『ハイネ』を墓地に送るわ。……ただし、このターンはダイレクトアタックはできなくなる」

 

 蘇生して相手を倒した。効果を使われる前に倒されるのならもう一度出せば良いとの脳筋戦法だ。しかしこれでは1キルまでは行けない。初めから2回出す気で動いたために、3度目の蘇生の目途はつかなかった。

 リニッチはサーチしたカード、もう一度融合を行うための『デストーイ・ファクトリー』をサーチしては蘇生ができなかったジレンマ。

 ――だが、ファニマはまだ手札を残している。

 

「『ファーニマル・ドッグ』を召喚、『ファーニマル・オウル』を手札に加える! 更に魔法『魔玩具融合』を発動、墓地のチェーンとペンギンを除外融合。現れなさい、呪いを振り撒く悪魔人形『デストーイ・デアデビル』!」

 

「『ドッグ』と『デアデビル』で攻撃。【テラーバイト】! 【デビルズジャベリン】!」

 

◆『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

◆『デストーイ・デアデビル』 ATK:3000

 

〇 エールライフ:8000ー1700ー3000=3300

 

 犬のぬいぐるみにガジガジされ、エールが少しほほ笑んだ瞬間に槍を投げ込まれて爆発。奇麗な蒼い髪がアフロになって地団駄を踏む。

 

「っく。そっちのワンちゃんはいいけど、槍はムカつく!」

 

 ソリッドビジョンだ、次の瞬間にはアフロは元のさらさらとした長い髪に戻る。

 

「私はターンエンド。あなたの手札は0枚、どうするかしらね。クロニクルにカウンターが何個乗っていても、回収できるのは1ターンに1枚だけよ」

「1枚? それはどうかしらね。エールは墓地のパトローナスを除外して効果発動、除外されたウィッチクラフトマジックを手札に加えることができる。5枚すべてを回収!」

 

 エンドフェイズ、0枚だったエールの手札は5枚となった。強力なコンボだ。そもそもクロニクル自身の回収効果を使う気などみじんもなかったということだ。

 

・3ターン

 

「さあ、エールのターンよ。ドロー!」

 

 これで手札は6枚。

 

「墓地のピットレの効果を発動。この子を除外、もう1枚ドローして手札の『ウィッチクラフト・スクロール』を捨てるわ」

 

 1ターン目は『金満で謙虚な壺』の誓約効果で使えなかった。ウィッチクラフト魔法は単体では弱い、交換するのが効率的だ。

 それに、手札にモンスターが一体は居なくてはウィッチクラフトは動けない。手札の6枚中5枚は回収した魔法カードだった。

 

「『ウィッチクラフト・ポトリー』を通常召喚、手札の『コラボレーション』とともに墓地に送りデッキから『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』を特殊召喚。さらに手札から魔法『ウィッチクラフト・サボタージュ』を発動、墓地の『ウィッチクラフト・ハイネ』を復活!」

 

 ここにウィッチクラフトの切り札が2体揃った。偉そうにふんぞり返るヴェールの前で、不埒者は通さないとばかりにハイネが敵を睨みつけている。

 

「我が工房の主とリーダー。2人揃えばどんな敵だろうと相手じゃないわ! これぞウィッチクラフト、魔導工房の力を結集した技術の粋をみなさい!」

 

 エールがない胸を張ってどや顔を見せる。

 

「『ハイネ』で『ドッグ』を攻撃! 【マリシャスクロス】!」

 

◆『ウィッチクラフト・ハイネ』 ATK:2400

 VS

◆『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

 

〇 ファニマライフ:8000ー700=7300

 

 ハイネが一瞬にして色とりどりの布を縫い上げた。それは不気味に明滅し脈動する生きた布。それが、ぬいぐるみの犬を絞め殺した。

 

「……く。だが、700ごときのダメージで!」

 

「続きよ、ヴェールでデアデビルを攻撃! この瞬間効果発動、手札の2枚の魔法カードを相手に見せることで攻撃力を2000アップする、【マギウスリンク】。喰らいなさい【マリシャスクリスタル】!」

 

◆『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』 ATK:3000

 VS

◆『デストーイ・デアデビル』 ATK:3000

 

 攻撃力は互角、ヴェールの放った水晶の槍とデアデビルの悪魔の槍がぶつかり合いせめぎ合う。

 その凄まじい攻撃は一歩も引かずに……爆発する。

 

「『デアデビル』!」

「『ヴェール』は『バイストリート』の効果で破壊を免れるわ!」

 

 爆発が晴れた後、『ヴェール』だけが宙に浮かびつつ地を睥睨していた。バイストリートの上手い使い方だ。どっちみち、ライフを多少削ったところで意味はない。

 相手のモンスターを素早く潰す、残してターンを返さない。それが遊戯王の常道。

 

「けれど破壊された『デアデビル』の効果を発動、破壊されたときに500ポイントのダメージを相手に与える!」

「そんなのエールには痛くもかゆくもないもん!」

 

 地から染み出た瘴気がエールを襲う、とうの彼女はぷんぷんと怒っている。

 

〇 エールライフ:3300ー500=2800

 

「モンスターは残さない! 『ハイネ』の効果で『クラーケン』を破壊するわ、【マギウス・ソウ】! 捨てるのは『ウィッチクラフト・デモンストレーション』よ」

 

 『クラーケン』は『ハイネ』の縫い針に刺されて風船のように萎む。風船のように破裂した。

 

「そしてエンドフェイズ、墓地のウィッチクラフト魔法が戻ってくる。ただし『サボタージュ』は効果を使ったので戻って来ない。これでエールの手札は5枚! さあ、ファニマのターンよ」

 

モンスター:『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』、『ウィッチクラフト・ハイネ』 

魔法:『ウィッチクラフト・スクロール』、『ウィッチクラフト・バイストリート』

 

・4ターン

 

「私のターン、ドロー! 再び『魔玩具補修』を発動、『融合』とチェーンを手札に加え、『融合』を発動。『チェーン』と『ドルフィン』で融合召喚、『デストーイ・クルーエル・ホエール』! その邪魔な『バイストリート』を破壊してあげるわ【ロアー・オブ・ホエール】!」

「『ヴェール』の効果発動! 手札の『ドレーピング』を捨てて破壊効果を無効にする!」

 

 ヴェールの紡ぐ幻想的な光の糸に抑え込まれ、ホエールは雄たけびを上げることを許されない。

 

「ならば、更にチェーンして『ホエール』のバンプアップ効果を発動、【マックスホエール】! 無効化効果を発動するよりも前なら、効果は通る!」

「やられたわね。『ハイネ』の効果は温存、そして『ヴェール』もまだフィールドに残っているわ」

 

 クジラは光の糸をその巨体で引きちぎり、今度こそと恐ろしい絶叫を上げた。

 

「ならばEXから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地に送り、『ホエール』の攻撃力を3900にアップする。そして『チェーン』の効果でデッキから『魔玩具融合』を手札に加える。死人に口あり、さすがのマスター様の効果でも墓地までは止められなかったわね」

 

 鋭い笑みを浮かべた。

 

「さあ、フィナーレまでの道を作りましょう!」

 

 ファニマが勢いよく手札のカードをディスクに叩きつける!

 

「手札の『ファーニマル・ベア』を捨てて、『トイポット』をデッキから発動。さらに墓地の『ウィング』の効果発動、自身と『ドルフィン』を除外、さらにフィールドの『トイポット』を墓地に送って、2枚のカードと『エッジインプ・シザー』を手札に加える」

 

「そして『ファーニマル・オウル』を召喚! 効果で『融合』を手札に加え、発動。『オウル』と『シザー』で『デストーイ・シザー・タイガー』を融合召喚! このカードは融合素材の数だけフィールドのカードを破壊できる。『ハイネ』と『バイストリート』を破壊!」

 

 『バイストリート』は永続魔法、同時に破壊するのなら破壊耐性付与は意味をなさない。

 とはいえ、強化能力持ちの『ヴェール』は取れなかった。『ハイネ』が居る限り他の魔法使い族モンスターは対象に取れないのだ。

 さらに、『ハイネ』とてやられっぱなしではない。

 

「『ハイネ』の効果発動、フィールドの『バイストリート』を墓地に送り、『ホエール』を破壊する!」

 

 狙われた『バイストリート』をコストにして、『ホエール』を倒してしまった。が、自身も破壊された。

 

「でも、エール。あなたの工房は、手品のタネを使い切った!」

「そうね。なら、次には何を見せてくれる!?」

 

「ファーニマル最強のモンスターを見せてあげる! 『魔玩具融合』を発動! 墓地の『ドッグ』、『ベア』、『チェーン』を除外して融合召喚。捨てられし数々の玩具の怨嗟を受け継ぎ、現世に呪いを! 現れよ、『デストーイ・ナイトメアリー』!」

 

「墓地の『リニッチ』の効果発動! 自身を除外、除外されている『ファーニマル・ウィング』を墓地に戻す」

 

「『ナイトメアリー』の効果、墓地の天使族・悪魔族モンスターの数×300ポイント攻撃力をアップする。墓地のモンスターは7体。そして『シザー・タイガー』の効果により更に600ポイント上がる!」

 

「――よって、攻撃力は4700!」

 

 『ナイトメアリー』が墓地の底から湧き上がる瘴気を喰らい巨大化する! 

 

「けれど、『ヴェール』は自己強化の能力を持っている!」

「ええ、あなたの手札は4枚。そのうちの3枚は知っている。ゆえに……」

 

「この1枚が勝負を分ける。恐れず立ち向かってくる? ファニマ」

「当然よ。――あなたの最後の手札が魔法カードかどうか、勝負ね!」

 

「ええ、来なさい!」

 

「『デストーイ・ナイトメアリー』で『ヴェール』を攻撃、【ナイトメアポゼッション】!」

「『ヴェール』の効果発動、3枚の魔法カードを相手に見せて攻撃力を3000ポイントアップさせる。【マギウスリンク】!」

 

 ヴェールの掲げる杖から放たれる光輝は3つの魔法カードの力を得て、己の力を増大させる。地表すら覆い尽くしてしまえと大水晶壁を放った。

 が、ナイトメアリーもまた墓地のぬいぐるみ達の呪いを束ねて地上の全てを呪い殺さんと怨嗟を上げる。

 

◆『デストーイ・ナイトメアリー』 ATK:4700

 VS

◆『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』 ATK:4000

 

〇 ライフ:2800ー700=2100

 

 勝利したのは呪いであった。マスター・ヴェールが苦しげな顔で消えていく。そして、その呪いは術者にまで届く。

 

「私の勝利よ、『デストーイ・シザー・タイガー』のダイレクトアタック【シザーダンス】!」

 

◆『デストーイ・シザー・タイガー』 ATK:2500

 

〇 ライフ:2100ー2500=0

 

「……負けちゃったぁ」

 

 シザーがハサミでヴェールの頭をこつんと叩く。決着が着いた。

 

 

 





 シンクロフェスをマシンナーズで回していると、モンスター破壊効果に対してパシフィスのトークン召喚効果を使われました。(どちらもシンクロしないと言う)
 パシフィスはトークンが存在しないことが条件ですが、破壊効果が発動した瞬間にフィールドに居ない者扱いになっていると言う……ライフで0ポイントを払うとかありますし、遊戯王では目に見えるものが信じられませんね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 3人目の攻略対象(上)

 

 そしてメイは挑戦者相手に勝ったり負けたりを繰り返し、早一週間。ただし挑戦者はメイに勝ったとしても、その次の瞬間にはつまらなさそうなファニマに叩きのめされてしまったのだが。

 しかし、一種のお祭りとして上から下まで大騒ぎだ。

 勝ち星の多い人間が挑戦権を得る、途中参加のエレメなどは厳しいが順調に勝っている。このまま行けば、再挑戦の日も近いだろう。

 

 学園生の中堅から上位の人間は、授業などよりよほど実力の伸びが見られるという副次効果まで起こした。やはり実践に勝るものはないと言うことだろうか。うかうかしていれば彼も負け星を重ねることになる。

 

 そして、”今日”はメイが勝った。

 

 用は済んだとばかりに去り行くファニマ。もはや王党派、ヴェルテ派も関係ないお祭り騒ぎだ。トトカルチョまで出ているのだから。

 歓声の中、メイは手を観客に手を振りながら帰っていく。――その騒ぎを、一睨みで黙らせた者がいる。

 

「……なるほど、それが王家の力『ドラゴンメイド』の実力か」

 

 足音が静寂を切り裂いた。威厳に満ち溢れたコートを翻し、黄金の髪を風にたなびかせたその男が歩いていく。 

 燃える瞳が厳然とファニマを射貫いた。

 

「あら? これはこれは……無粋な男もいるものね」

 

 ファニマがゆらりと振り向いた。顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。悪役令嬢と呼ばれるのも納得な、美しく冷たい横顔だ。

 

「放っておくわけにもいくまい。俺は軟弱な王党派とは関わりを持たぬが。まさか、ヴェルテの国盗りを指をくわえて見ているわけにもいかんからな」

「この国の未来の話かしら? ならば、ヴェルテが全てを支配するのは当然の話よ。なぜなら、私は儀式のデュエルで第1王子を倒したのだから」

 

 くすくすと笑う。子供は次代を担う。王族の息子とヴェルテの娘の格付けが済んだ今や、誰が覇者となるのかは自明である。

 ヴェルテがこの国を支配する。勝利者ゆえに。更に言えば、この祭り騒ぎの中で”最強”とはファニマ=ヴェルテのこととの認識が出来上がってしまった。

 

「――そう、最も強い者が覇権を執るのは必然よな」

「ならば去りなさい。覇者を決める戦いに、名もなき雑魚が入る余地はない」

 

「否! 貴様を倒せば、この国の覇権を握るのはこの俺! スカ-レッド・エルピィこそがキングなのだ!」

 

 覇を唱えた。

 まあ、幼稚な考えと言えばその通りである。ヴェルテが国を支配する……それはファニマ・ヴェルテなどではなく、その父の手腕が10割だ。

 もちろん王族の失態を引き出したと言う点ではファニマの手柄だが、それは一風変わったハニートラップでしかないだろう。

 ファニマ・ヴェルテを倒したところで、名乗れるのは【学園のキング】が精々だった。

 

「気に入ったわ」

 

 くす、と笑い。誰にも聞こえぬ声で「さすがは攻略対象様、覇気が違う」と呟いた。

 今日はデュエルをしなかった。退屈していたところだ、強者の挑戦なら受けるまで。ファニマは人知れず笑みを濃くした。

 

「ふん。気に入った? 愚かな。俺こそが王と仰ぐに足る唯一絶対のキングなのだと教えてやろう。さあ、デュエルディスクの盾を掲げ、カードの剣を引くがいい!」

 

 彼の障害はファニマ・ヴェルテだけではない。なぜなら彼は、貴族の血を引いていないのだから。そして、それは周知の事実だ。

 稀に居るのだ、血に依らず、メイのように誰かに貰ったデッキを使っているわけでもないのに――【強い】奴が。

 ファニマを倒せば全てが手に入ると言うお花畑的な思考ではない。それはただの足がかり、本気で挑んでいく気だ。王に、そしてファニマの父に。

 

「大言壮語を吐く。それが口先だけではないと証明してみなさい。賭けるは、互いの誇りのみ! さあ、私たちの戦いを始めましょう!」

 

 決するは【儀式のデュエル】、ものを賭けるのではない。魂を賭けた本気の戦いだ。心無いものに言わせれば、ただダメージが現実化するだけの悪趣味だが……これはそういうことではない。

 言葉通りに、カードという剣で切り合う死闘である。

 

――1ターン――

 

「先攻はキングが貰う!」

 

 5枚のカードを引く。轟風が吹き荒んだ。

 

「俺は『レッド・リゾネーター』を召喚、効果で手札の『スカーレッド・ファミリア』を特殊召喚!」

 

「更にフィールド魔法『スターライト・ジャンクション』を発動、このカードは自分フィールドのチューナーをリリースしてレベルの異なる「シンクロン」モンスターを特殊召喚する。『レッド・リゾネーター』をリリースしてデッキから『ジェット・シンクロン』を特殊召喚だ!」

 

 悪魔が音叉を響かせると、蜃気楼のように姿が揺らめく。次の瞬間、扇風機の姿をした飛行機が現れていた。

 

「『ジェット』に『ファミリア』をチューニング! 吹けよ嵐! 唸れよ轟風! 大いなる風に導かれし軍列を見るがいい! シンクロレベル5、『ジャンク・スピーダー』」

 

 機械の戦士が突風を唸らせて現れる。その道には何者かの姿が見える。それこそがジャンク・スピーダーの恐るべき能力だ。

 

「効果発動! デッキから異なるレベルの『シンクロン』チューナーを特殊召喚できる。俺はこの4体を特殊召喚!」

 

 これでフィールドに5体が並んだ。ただフィールドに出ただけで、この能力。ジャンク・スピーダーは強力で、そしてその本領はこれからだ。

 

「まだだ。『ジャンク・シンクロン』に『ジャンク・スピーダー』をチューニング、シンクロレベル8、『えん魔竜レッド・デーモン』!」

 

 竜が吠える。

 

「レベル4『ロード・シンクロン』はレベル2としてシンクロ素材にできる! 更に墓地の『スカーレッド・ファミリア』の効果発動! 『レッドデーモン』のレベルを8から7に変更だ!」

 

 竜が吠える。機械が唸りを上げる。何か……凄まじいものがやってくる。

 

「これで準備が整った! 見せてやろう、我が魂のカードを!」

 

 轟、と炎が燃え上がった。凄まじいまでの魔力の波動を感じる。ここまで強力な存在感はファニマでさえ、ついぞ見たことがない。 

 父ならどうか、とは思うがその本気は見たことがなかった。

 

「『レッドデーモン』に3体のチューナーをトリプルチューニング! 悪魔を喰らい、赤き魂が覚醒する! 今こそ絶対王者生誕の時! 荒ぶる魂よ! 今こそ現世(うつしよ)に覇を唱えるのだ! シンクロレベル12『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』!!!」

 

 悪魔の炎を身にまとう深紅の竜。生けとし生けるもの全てが恐れ、その王威の前には平伏以外の選択肢を許さない。

 馬鹿げたほどの圧迫感。ファニマですら、その威圧の前に笑みが曇る。背筋を冷や汗が伝った。

 

「あう……う……」

 

 隣で見ていただけのメイがふらりと揺れ、倒れかけたのをアイネが支えた。他の有象無象など、立つことすらできずに跪いている。

 彼らは王党派であって、この自称キングとは何も関係がないのに。

 

 ちなみにエールは居ない。彼女は伝言役として彼女を残してどこかに出かけている。

 

「ふ、凡骨ではスーパーノヴァの前に立つだけで精神が砕け散るものだ。だが、貴様はまだ戦意を失っていないようだな! それでこそ、我が覇道の第一歩として相応しい!」

「あは。あはははは! こんなに楽しい気分になったのは初めてよ。王者の証たるその竜、貶めて墓地へと埋葬してあげる! 我が呪い人形の祝福を受けるがいい!」

 

「そう来なくてはな。俺はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

場:『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』ATK:7000

魔法+罠:『スターライト・ジャンクション』+セット1

 

・2ターン

 

「さあ、私のターン。ドロー! まずは『魔玩具補修』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』 を手札に加え、『融合』を発動! 手札のチェーンと『ファーニマル・ペンギン』で融合を行う」

 

 冷たい笑みを浮かべたファニマがカードを引く。この氷のような美しさこそがファニマ・ヴェルテその人である。

 

「海の底より現れなさい、『デストーイ・ハーケン・クラーケン』 ! 『チェーン』と『ペンギン』の効果で『魔玩具融合』を手札に加え、カードを2枚ドロー! そして手札の『ファーニマル・ベア』を捨てる。『スーパーノヴァ』の力は破壊耐性、『クラーケン』の呪いには対抗できない!」

 

 スーパーノヴァは効果により破壊されない耐性を持っている。それは、裏を返せば破壊以外の除去なら通じると言うこと。悪魔が潜む蛸人形、その触手が竜へと伸びる。

 

「墓地送りにはさせん! 罠『スカーレッド・レイン』を発動! このカードはレベル8以上のシンクロモンスターがいる場合に発動可能! レベルが一番高いモンスター『スーパーノヴァ』以外のフィールドのカード全てを除外する!」

 

 深紅の竜が吠える。紅の雨が降ってきて全てが燃え上がる。クラーケンも燃えた。

 

「更に『スーパーノヴァ』は、このターン自分以外のカード効果を受けない! これで墓地送りも不可能だ!」

 

 更に紅の雨が集まり、竜の防壁となった。攻撃力7000の、如何なる効果も通用しないモンスターは打倒できない。

 

「そう、じゃあ今は準備のターンにしましょうか。『ファーニマル・ドッグ』を召喚、『ファーニマル・ウィング』を手札に加える! そして『トイポッド』を発動、手札の『ウィング』を捨ててデッキトップを確認。……残念、『E-HERO アダスター・ゴールド』ね。墓地に送るわ」

 

 手の打ちようがない。が、ファニマはそれがどうしたと言わんばかりにカードを繰る。

 

「けれど、本命はこちら。墓地の『ウィング』の効果発動、『ベア』とともに除外し、更にフィールドの『トイポッド』を墓地に送ることで2枚ドロー。さらに『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える!」

 

「更に手札から魔法『魔玩具融合』を発動! 墓地の『チェーン』と『ペンギン』で除外融合、現れなさい『デストーイ・クルーエル・ホエール』! 効果で『ドッグ』とあなたのフィールド魔法を破壊する! 【ホエール・クライング】!」

 

 鯨が吠える。そしてフィールドにいる『ファーニマル・ドッグ』と、スカーレッドのフィールド魔法『スターライト・ジャンクション』が砕け散る。

 

「そして『ホエール』で攻撃! この瞬間、効果発動【マックスホエール】! 自身の攻撃力を上げる!」

 

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:3900

vs

◆『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』ATK:7000

 

 鯨は更に吠え立てる。耳を塞ぎたくなるほどの高周波じみた叫びを撒き散らす。攻撃力を上げたとしてもスーパーノヴァには届かないにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべた。

 

「攻撃力を上げて突破する気か? いや、まだ届かん。だが――貴様の好きにさせるものか! 『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』は相手モンスターが効果を発動した時、フィールドのカード全てを除外する! 次元の彼方に消え去るがいい【アルティメット・ノヴァ・エクスプロージョン】!」

 

 深紅の竜が吠え、全てを燃え上がらせた。鯨の人形は炭と化し、何も残らない。

 

「――」

 

 ファニマはくけけ、と悪い笑みを浮かべた。実は無策だった。いや、相手の反応を確かめるためなのだが……ホエールの力ではスーパーノヴァを打ち破れない。返り討ちになっていた。

 とはいえ、わざわざバトルステップに使って見せたのだ。これで警戒しなければデュエリストではないだろう。

 

「……けれど効果は残る。私はデッキから『デストーイ・リニッチ』を墓地に送るわ。私はターンを終了」

 

 ファニマの冷たい笑みは陰らない。自らの身を守るモンスターも居ないのに。

 

場:なし

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 3人目の攻略対象(下)

 

 

 スカーレッド・エルピィ、彼はゲームの攻略対象だ。ヴェルテと王党派、どちらにも属さず第3勢力としてたった一人でキングを目指す孤高の男。

 彼は王国制覇の第一歩としてファニマ・ヴェルテへと挑んだ。そして今、戦況はスカーレッドに傾いている。ファニマのフィールドには何もなく、そして彼のターン終了時には恐るべき『スーパーノヴァ』が帰ってくる。

 

・3ターン

 

「俺のターン。『レッド・スプリンター』を通常召喚! 召喚に成功したとき手札・墓地からレベル3以下の悪魔族チューナーを特殊召喚できる。墓地の『レッド・リゾーネーター』を蘇生!」

 

「さらに『リゾネーター』の効果発動! 『スプリンター』の攻撃力分、1700のライフを回復する!」

 

 悪魔がまた音叉を鳴らした。今度は祝福の音となり、スカーレッドのライフを回復させる。

 

〇 スカーレッドライフ:8000+1700=9700

 

「『リゾネーター』と『スプリンター』でチューニング。シンクロレベル6『レッド・ライジング・ドラゴン』! 効果で墓地の『レッド・リゾーネーター』を蘇生! 更に墓地の『スカーレッド・レイン』は己の効果により手札に戻ってくる!」

 

 悪夢に等しい効果がもう一度来ることが確定した。だが、それを心配するのもファニマがこのターンを凌げたらの話である。

 

「連続シンクロだ、『ライジング』に『リゾネーター』をチューニング、シンクロレベル8『レッド・デーモンズ・ドラゴン』! 更に手札の魔法『コール・リゾネーター』を発動。『シンクローン・リゾネーター』を手札に加え、特殊召喚。このカードはフィールドにシンクロが居る時、手札から特殊召喚できる!」

 

「さらに行くぞ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に『シンクローン・リゾネーター』をチューニング。王者の咆哮が天地を揺るがす! 悪魔が地上を蹂躙する! シンクロレベル9『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』!!」

 

 悪魔そのものといった姿の竜が現れた。あたり一面を火の海に変え、フィールドを我が物顔で回遊する。

 『スーパーノヴァ』はこのターンのエンドフェイズに戻ってくるのだ。こんなモンスターまで居ては逆転もままならない。

 

「『シンクローン・リゾネーター』が墓地に送られたとき、墓地の『レッド・リゾーネーター』を手札に加えることができる。そして『ジェット・シンクロン』は墓地に居る時、手札のカードを捨てて特殊召喚できる。『レッド・リゾネーター』を捨てて自己蘇生」

 

 ファニマの眼が光る。

 

「たったの2枚からそこまでやるのは褒めてあげる。そして、あなたのEXには『ベリアル』が眠っているわね? 私にダメージを与えれば、蘇生効果から『アビス』と『ベリアル』を並べることすら可能。さらにエンドフェイズには『スーパーノヴァ』まで並ぶ」

 

 まさに王者に相応しい威容である。これこそが本来の攻略対象の力である。

 1ターンキルされたエクスは弱かった。少なくとも、ゲーム的には彼は”育てるキャラ”である。それが一切の育成を挟まなかった結果があれだ。次に会ったとき、そのデュエルは見なかったが強くなっているに違いない。

 だが、本来のゲームでは中ボスでしかなかったファニマとて、原作とはかけ離れた力とテクニックを併せ持つ。フィールドが空だからと言って、何もできないなどありえない。

 ……誰も彼も、プログラムごときで再現できるレベルではない。鍛え上げてきたデュエリストなのだ。

 

「でも私の手札は6枚もある、見せてあげるわ。手札の『エッジインプ・サイズ』の効果を発動、手札の『ファーニマル・ペンギン』と融合。現れなさい『デストーイ・クルーエル・ホエール』! さあ、私の敵を押し潰しなさい! 【ロアー・オブ・ホエール】」

「ならば俺は『アビス』の効果を発動! 『ホエール』の破壊効果を無効にする!」

 

「ならばチェーンして攻撃力を上げる効果を発動。墓地に送るのはEXの『デストーイ・チェーン・シープ』。あと、素材となった『ペンギン』の効果で2枚ドローして『ファーニマル・オウル』を捨てるわね」

 

◆『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』 ATK:3200

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:3900

 

「ぐぐぐ……このまま攻撃しても返り討ちに遭うだけか。俺はカードを1枚セット。そして、ターン終了時に『スーパーノヴァ』は除外から帰ってくる! ターンエンドだ!」

 

場:『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』 ATK:3200

  『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』 ATK:7000

  『ジェット・シンクロン』 DEF:0

魔法+罠:セット1

 

・4ターン

 

「私のターン、ドロー。ターンが切り替わったことでホエールの強化が切れた。だからもう一度使うわね、『デストーイ・クルーエル・ホエール』の効果を発動」

「させんぞ、『アビス』で無効!」

 

 吠えた鯨は灼熱の熱波によりぐったりしてしまう。だが、そこまでは想定内。

 

「なら、私は『ハーピィの羽根箒』を発動。さあ、『スカーレッド・レイン』の効果であなたのモンスターを除外してもらいましょうか」

 

 ニタリと笑みを浮かべた。ホエールの効果を先に使ったのはアビスの効果を使わせるため。無効化されなければ戦闘破壊するまで。

 これぞ第二矢。それは厄介な罠だが、そのカードが伏せてあることは分かっている。ならば、先に使わせるように動けば良いのだ。

 

「っぐ……! 『スカーレッド・レイン』の効果発動! これで残るのは効果を受けない最強の『スーパーノヴァ』のみ!」

 

 怒涛の攻防が一息ついたときにフィールドに残るのはスカーレッドのモンスター。このターンは彼が制したと言っても過言ではない。

 レインの効果が残るかぎり、ファニマのモンスターはスーパーノヴァは倒せない。

 

「墓地の『デストーイ・リニッチ』の効果発動、除外されている『ファーニマル・ウィング』を墓地に戻す。そして手札から『トイポッド』を発動。墓地の『ウィング』の効果、『ドッグ』と共に除外。更に『トイポッド』を墓地に送ることで2枚カードをドロー、更に『エッジインプ・シザー』を手札に加える」

 

 だが、ファニマの笑みは濃くなっている。レインは2度の効果を発動したことにより除外された。そして相手の手札は0、次のターンに新たなモンスターを召喚することは難しいだろう。

 ならば、次のターンで攻め立てるのみ。

 

「『ファーニマル・ドッグ』を召喚! 『ペンギン』を手札に加える。さらに永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動! 墓地の『魔玩具融合』を除外して融合する。手札の『エッジインプ・ソウ』とフィールドの『ドッグ』で融合……現れなさい、『デストーイ・デアデビル』。守備表示」

 

 さすがのファニマですら効果の利かない攻撃力7000はどうにもできない。ただ壁を立てただけで終わる。……が、舐めては行けない。手札は5枚もあるのだ。

 

「ターンエンド。勝負は次のドローにかかっている。あなたに私を倒し切れるかしら? 攻撃の手を緩めた瞬間、私の人形たちはあなたの喉笛を噛み千切るわ」

 

場  『デストーイ・デアデビル』 DEF:2200

 

・5ターン

 

「俺のターン、ドロー! キングは立ち塞がる全てを粉砕し、無数の骸の上に立つもの! キングは揺るがない! 『スーパーノヴァ』で攻撃、『デストーイ・デアデビル』を粉砕! 【超新星創造撃】!」

 

 王威が悪魔を焼き尽くす。大きな目の愛らしい悪魔人形は炭になるまで焼き尽くされて。だが、怨念は残る。

 

「ならば、悪魔の呪いを受けなさい。『デアデビル』は破壊されたときに墓地のデストーイ一体につき500のダメージを与える。墓地のデストーイはデビルとシープの2体。計1000のダメージよ」

「ち、わざわざ融合召喚した狙いはそれか。だが1000ごときのダメージ、キングにとっては針で刺されたようなものよ!」

 

〇 スカーレッドライフ:9700ー1000=8700

 

 その怨念がスカーレッドを襲うが、彼は表情を動かしもしない。儀式だ、かなり痛いはずなのだがおくびにも出さない。

 

「へえ、悲鳴を上げないのは褒めてあげる。でも、息切れしたみたいね?」

「世迷言を。我が『スーパーノヴァ』の力に手も足も出ない分際で。キングに小賢しいバーンなど通用せん! キングの力の前に震えるがいい! 俺はターンエンドだ!」

 

場:『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』 ATK:7000

 

・6ターン

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ファニマはドローしたカードを見もせずに怜悧な笑みを浮かべた。

 

「もはや『スカーレッド・レイン』はない。破壊できず、効果も効かない攻撃力7000は脅威だった。けれど今となっては破壊できないだけ。攻撃力が高いだけの”今”なら攻略できる」

「……ふっ。ならば、見せてみるがいい。ファニマ・ヴェルテ。このキングを超える力を持つと言うのならば――見せてみよ! このキング、逃げも隠れもせん!」

 

 スカーレッドは堂々と迎え撃つ構えだ。ダメージを恐れるのならばサレンダーしても良い。何も賭けていないのだ。それが賢い選択だが、彼に痛みから逃げる選択肢などない。

 

「もちろんよ。フィールドの『デストーイ・ファクトリー』の効果発動、墓地の『融合』を除外! 手札の『エッジインプ・シザー』と『ファーニマル・ペンギン』で融合召喚を行う! 再び海の底より現れ、怨嗟の声を上げよ『デストーイ・ハーケン・クラーケン』!」

 

「『ペンギン』の効果で2枚ドロー、『エッジインプ・チェーン』を捨てる! そして『チェーン』の効果で『魔玩具融合』を手札に加える!」

 

 蛸人形がうねうねと触手を伸ばす。クラーケンならば破壊することなく墓地へ送れるのは前述したとおり。だが、『スーパーノヴァ』はもう一つの効果を持っている。

 

「『クラーケン』の効果で『スーパーノヴァ』を墓地に送る! 【アビスアンカー】!」

「させるか! 『スーパーノヴァ』の効果で全て除外! 【アルティメット・ノヴァ・エクスプロージョン】! そして俺のエンドフェイズに帰ってくる」

 

「だが、このターンだけはあなたの守りはなくなった。我が下僕たる呪い人形の力で粉々に砕け散るがいい! 手札の魔法『魔玩具融合』を発動、墓地の『エッジインプ・シザー』と、そして4体のファーニマルを除外融合!」

 

 4つの人形が宙に浮かぶ。ハサミにバラバラにされる! そして悪魔が操る糸がそれらを繋ぎ合わせる。

 

「悪魔宿りしハサミよ! 愛らしき布の肌を切り裂き、その柔らかい腹から白綿を引きずり出し供物とくべよ。現れなさい、そしてその爪をもって獲物を八つ裂きにするがいい『デストーイ・シザー・ウルフ』!」

 

 現れたる四肢をハサミで繋げた狼の人形。その口は大きく裂け、その奥には悪魔の瞳が覗いている。

 忌まわしき悪魔の笑い声が響く。

 

「このカードは融合素材の数だけ攻撃できる! よって、5回の攻撃よ! 【シザーダンス】五連打ァ!」

 

 文字通り、八つ裂きにせんと迫る狼。

 

◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2000

 

〇 スカーレッドライフ:8700ー2000ー2000ー2000ー2000ー2000=0

 

「まさか。そんな……ぐわああああっ!」

 

 見に纏う衣服さえもズタボロになりながら吹き飛んだキング。どんなに強靭な肉体を持とうとも、立ち上がることはできないだろう。

 

「……ふふ。貴方との戦い、面白かったわ。ええ、どんなダメージよりもよほどスリリングで興奮した。ふふ。そして勝ったのはこの私。あは。あはははは!」

 

 上機嫌でその場を後にする。メイがそそくさと付いて行った。

 

 





 実は最初にホエールで殴りかかった時、スーパーノヴァの効果で除外したのはプレミと呼べるかもしれません。スカーレッドレインの効果でその時は弱体化が通じなかったので、そのまま返り討ちにできました。
 まあ、それは【ファーニマル】のカード全てをネットで見れるリアル世界の話です。何が出てくるか分からないという前提で、キングの行動は丁寧に相手の攻め筋を潰す「慎重さ」として描写しました。
 次のターンにはアビスからベリアルまで繋げる算段も付いていましたし。今の遊戯王は何か効果の発動を許すと、あれよあれよと並べられてしまうのはよくあることなので潰せる行動は潰しておいた方がいいです。デッキに触れる場合は特に。

 一方で、ファニマとしては相手の対応を確かめるためのブラフの行動でした。駄目だったら手札を消費して壁を出していただけです。返り討ちの3100ダメージは、現環境では気にする必要はないと思います。
 ライフが8000で無傷だったのは、一度攻撃を許すと一気に0にされるからですね。これは、守ろうとして守ったわけではありません。

 本人が”楽しい”と言っていたように、裏では熾烈な心理戦が行われていました。という言い訳。
 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 最後の攻略対象と社長

 

 

 ある日。

 

「お嬢様、少しよろしいですか?」

「ああ、セバス。どうしたの?」

 

 ファニマは自室でセバスを迎えた。格好はラフな白いワンピース、ベッドの上に寝転がっている。少々露出が過激だが、おじいちゃんの前では気にしなかった。

 彼女はイヤホンを片耳に差し込んで音楽を聴いている。もう一つは隣に座るメイが聞いている。

 

「アイズ様のアポイントが取れました。これから向かいますかな?」

「そう。少し待ったけれど、これは早い方かしら。おじさまもお父様もお忙しい方だものね」

 

 イヤホンを外してベッドの上に身を起こす。セバスは椅子を借りて目線を合わせた。

 

「エール様はどうされますかな?」

「デートは断られちゃったわ。メイと二人で行きます」

 

「承知いたしました。では、車を回しますので少々お待ちを」

「ええ。お願いするわ。それと、メイ。アイネに伝えておいてくれるかしら。今日は私のサロンは閉室よ」

 

「はい、お嬢様」

 

 そして、他のメイドの手を借りて着替え、車に揺られ――さぞご立派なビルの前までやって来た。一目でここらでは一番高いビルだと分かる。

 おじはそういうところがある。まあ、彼を一言で言うならば”社長”だ。派手好きで、デカいものが好きな自信家。出来ないことは何もないと慢心する野心家でもある。

 

「「「いらっしゃいませ、ファニマお嬢様」」」

 

 数十人規模の社員が出迎えた。……派手である。それ以外の感想が思い浮かばない。

 

「……いや、おじさまに会いに来ただけなのだけど」

 

 やれやれとため息を吐くファニマ。まあ、あのおじであればそういうことをすると思っていた。

 颯爽と足音が響く。

 

「ふ。よく来たな、ファニマ」

 

 すさまじく先端の尖った白銀のコートをたなびかせ、現れた男。彼は40手前なのをファニマは知っているが、ともすれば20台に見えるほどぎらぎらと燃える魂を持っている。

 

「お久しぶりです、おじさま」

 

 ファニマはしゃちほこばって、スカートをちょこんとつまんでお辞儀をしてみせた。からかうような笑顔を浮かべている。

 以前はあった余計な対抗意識は抜けている。前は、ヴェルデを継ぐ者は自分だと余計な悪戯をしたりして迷惑をかけたこともあった。

 

「良い顔をしている。貴様はデュエリストとして見どころなどないと思っていたが、三日合わざれば刮目せよとは男に限ることではなかったらしい」

「お褒めに預かり光栄ですわ。今日はお願い事があって来ましたの」

 

「ふむ。部屋でゆっくり聞こう。……のぞき見する虫けらを始末してからな!」

 

 彼はカードを引き抜くと鋭く投げた。

 

「なるほど。さすがは音に聞こえたアルティ・アイズ社長様と言うわけか。ヴェルテの派閥の中でも最先端を駆け抜ける、向かうところ敵なしのアイズコーポレーション」

 

 ナイフよりも鋭いその切れ味をこともなげに二本の指で掴み現れたのは黒髪の少年。彼を一言で現わすのなら”心に闇を抱えた美少年”といったところ。婦女子にカルト的な人気を得そうなこの少年は、その実攻略対象の一人だった。

 

「――フェル・キャノン。何の用かしら? ああ……貴方もエクス・ジェイドと同じく彼女に心を奪われた? 勝てば官軍、だけれどあの女狐は負けた側。負け犬は打ち据えられるのが世の常ね」

 

 嘲笑混じりに挑発した。

 

 彼女、ふわりはファニマからエクスを奪った。つまり、ふわりはヴェルテ派の敵であり、かつ平民のくせに王族にコナをかけた気に入らない奴である。ファニマが負けた側であればファニマの方がいじめられていたのだろうが。

 ――そして、これ(いじめ)はファニマが何かをしたわけではない。

 誰かを虐めたい人間にとって、それ以上の理由は不要だったと言う話だ。”正義好き”達がよってたかって責めるのだ。だが、責められる側にとって悪魔はファニマだろう。正義好きをいくら蹴散らしたところで、数はむしろ肥大化する一方なのだから。

 

「ファニマ・ヴェルテ! 悪役令嬢! お前のせいで彼女が……! 貴様を倒し、彼女を解放する!」

「あは。馬鹿ねえ、彼女がああなっているのは負け犬に乗ってしまったからよ。今さら勝ち犬を倒したところで無意味……ああ、つまりは貴方が勝ち犬となって彼女を手に入れると? 情熱的な男ね、彼女に嫉妬してしまうかも」

 

 くすくす笑う。

 光明を見出すとしたらそこしかないだろう。有象無象を蹴散らすことに意味はないどころか、状況を悪くなる一方。

 ならば、ファニマを倒してボスの座を手に入れる。人間も階級社会だ、”偉くなれば”何とでもなる。

 

「黙れ。僕は、ただ彼女の苦しみを取り除くため!」

「よって立つところも分からない羽虫が、この私に敵うとでも?」

 

「「――」」

 

 ファニマ、そして乱入したフェルがデュエルディスクの盾を構えた。

 

「ふん。貴様が出張る必要などない」

 

 アイズがファニマを腕で遮った。フェルを底冷えのする眼で睨みつける。そう、ここは彼の王国。コーポレーションが所有する、王国の中の治外法権。

 

「このアイズコーポレーションに不法侵入したのだ。相応の歓待は覚悟しているのだろうな?」

「この僕のデッキは闇のデッキ。怪我する前に消えろ、狙いはそこの悪役令嬢だけだ」

 

「闇? 闇だと? 下らんな。貴様ごときの闇など、ブルーアイズの烈光の前に儚く砕け散る薄暗闇でしかないと知るがいい!」

「言ったな? この僕の闇を、煉獄を……矮小と。ならば、受けろ――闇のデュエル。”これ”は儀式とは比べ物にならない、【魂を賭けた】決闘だ」

 

 脅しをかける。いや、それはまごうことなき真実。儀式ならばサレンダーしてしまえばいい。賭けた物は失われるが、それで助かる。それに、負けたとしても……エクスは何時間か休めば復活していた。

 このデュエルで破れれば、より”深く”魂に傷を負ってしまう。ただの力自慢では死に直結しかねないほどのそれだ。

 

「ふぅん。どんな小賢しい手段を使おうとも構わん。貴様が何をしようとも、オレは全てを粉砕し栄光のロードを進むのみ!」

「ならばその栄光のロード、我が煉獄にて燃やし尽くしてやろう」

 

 視線が交錯する。殺気すら混じる。……突風が吹いた。

 

「――磯野! 決闘の開始を宣言しろ!」

「ふん」

 

 互いにデュエルディスクを構えた。

 

「デュエル、開始ィィィ!」

 

 黒服の男が慌てて叫んだ。少しメガネがずれていてファニマは笑ってしまうが、すぐに顔をシリアスへ戻す。

 それに、あのフェルという少年は少し……洒落にならない魔力だ。

 

・1ターン

 

 アイズは勢いよくカードの剣を引き抜き、不敵な笑みを浮かべた。手札は上々、否――全てを従わせる彼は、自らのデッキすら掌握している。手札事故など起こすわけがない。

 

「ふぅん。……オレの先攻。このカードは手札の『青眼の白龍』を見せることで特殊召喚できる。来い、『青眼の亜白龍』! そしてチューナーモンスター『太古の白石』を通常召喚!」

「チューナーとモンスターが揃った。シンクロ使いというわけか。1ターンで揃えるのは、まあ当然だな。……来い」

 

 青眼の龍が吠え、傍らには神聖なる宝玉が現れた。これにてチューナーと非チューナーが揃った。ならば、やることは一つ。

 

「『青眼の亜白龍』に『太古の白石』をチューニング。蒼き(まなこ)の龍よ。今こそ天より降臨し、地上に祝福の鐘を鳴らせ。シンクロレベル9現出せよ、『青眼の精霊龍』!」

 

 白銀の龍が天より降臨、吠えた。

 

「そしてカードを1枚伏せてターンエンド。そして墓地に送られた『太古の白石』の効果を発動、デッキからブルーアイズモンスターを特殊召喚する。現れよ『ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン』!」

 

 さらに虚空より飛来した戦闘機、否……これも龍だ。身体を折り畳むことで極限まで空気抵抗を減らしたドラゴンが、音速を突破して降り立った。

 

「ジェットが存在する限り、ジェット以外のカードは効果によって破壊されない。さらに、このカードはバトルを行う時に相手フィールドのカード1枚を手札に戻すことができる。さあ、薄汚い侵入者め、儚い抵抗をするがいい。……ターンエンド」

 

場:『青眼の精霊龍』 ATK:2500

  『ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン』 ATK:3000

魔法+罠:セット1枚

 

・2ターン

 

 ジェットは強力なカードだ。だが、フェルは勝利のピースはすでに我が手にあると言わんばかりの凶悪な笑みでカードを引いた。

 ……キーカードはすでに5枚の中に揃っていたらしい。

 

「俺のターン、ドロー。……ふふ。くははははは! 残念だったな。我が煉獄のデッキは異次元の領域にある。人間ごときに理解できる範疇にはないのだよ。見せてやろう、暗黒渦巻く煉獄の力!」

 

 フェルのデッキはすさまじく厚い。ファニマは嫌な予感が抑えられない。ゲームであれば、対して強くなかった。所詮はCPUだ、うまいことデッキを回せやしない。

 ――けれど、ここは現実。CPU程度より強い生徒はいくらでも居た。それでも弱かったが……しかし、攻略対象ならばそれ以上の――とんでもないことまでやってしまえるのではなかろうか。

 

「……60枚のデッキか。強いカードをたくさん入れれば強い、と凡骨以下の愚物がやりそうなことだ。どんなに強いカードでも引けなければ意味はない」

 

 アイズが鼻を鳴らす。だが、一方でファニマは何かを気付いた顔をする。事故れば弱い、があの表情は違うと分かった。

 

「引けなければデッキに入れる意味はない? そう思っているのなら、アンタは大した道化だ。ならば見るがいい。僕は手札から魔法『名推理』を発動! さあ、レベルを宣言してもらおうか」

「下らん、高レベルモンスターでも呼ぶ気か? レベル8を選択」

 

 推理ゲート、レベルを散らして『名推理』もしくは『モンスターゲート』で特殊召喚するデッキ。だが、あれは違う。

 

「このカードはデッキトップを確認し、それが宣言されたレベルと異なる通常召喚可能なモンスターであれば召喚可能! 推理が正しければ墓地に送られる。ただし、魔法・罠・通常召喚できないモンスターの場合は墓地に送り、同じ処理を繰り返す! さあ、その推理が正しいことを祈れ……もっとも、貴様のそれは”迷”推理だがな!」

 

 カードを引き抜き、皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「デッキトップはレベル8、『インフェルノイド・アドラメネク』。墓地に送られる。……だが、こいつは通常召喚不可能なモンスター! そう、このデッキに通常召喚可能なモンスターなど1枚しか入ってないのさ! 僕は更に31枚のカードを墓地に送り、レベル1『インフェルノイド・デカトロン』を特殊召喚! 特殊召喚時に効果発動!」

 

 勢いよく墓地に送られていくカード達。墓地は第2の手札と呼ばれる。それが……31枚も貯まってしまった。

 これが『芝刈』系統デッキの恐ろしさ。たった1枚のカードで馬鹿げたリソースを手に入れる。31枚の墓地リソース、それがあれば文字通りに”何でも”できる。

 

「ならば、『青眼の精霊龍』の効果を発動。自身をリリースし、EXから『蒼眼の銀龍』をシンクロ召喚扱いで特殊召喚する! 特殊召喚時に銀龍の効果発動! 自身とジェットはこのターン効果の対象にならず、さらに効果破壊は不可能!」

 

 精霊龍が天に消え、銀の龍が地の底より降臨する。蒼いヴェールが2体を包み、鉄壁の防壁と化す。

 

「ジェットドラゴンと合わせて鉄壁の守りと言うわけか。……が、その守りにも穴はある。まずはセットカードから潰すとしよう。デカトロンの効果発動! デッキから『インフェルノイド』モンスターを墓地に送り、その効果を得ることができる! 俺は『インフェルノイド・シャイターン』を墓地に送り、そのセットカードをデッキに戻す効果を得る!」

「ならば、セットカードを表側表示に変更! カードは『真の光』!」

 

「……チ、逃れたか。シャイターンは表側表示のカードを対象にできない。鉄壁の守りは崩れないと言うわけか。ならば、力技で粉砕してくれる!」

 

 カ、と目を見開いた。

 

「『インフェルノイド』モンスターは手札・墓地のインフェルノイドを除外することで特殊召喚できる効果を持つ! そして、我が墓地のインフェルノイドは――17体だ!」

 

 そう、17体のモンスターがたった1枚の『名推理』によって墓地に送られた。

 その他、表側表示の魔法・罠を破壊する『ギャラクシー・サイクロン』に、効果無効化の『ブレイクスルースキル』まで落ちている。これらは墓地に落ちたターンには使えないが。

 

「――ほう」

 

 アイズは少し感心した顔を見せた。すぐに戻したあたり、意図していなかったようだが……フェル・キャノン。強敵である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 究極のブルーアイズ

 

 

 たった1枚のカードで墓地リソースを31枚も稼いだフェルは勝ち誇った笑みを浮かべている。それは勝利を確信してもおかしくないほどのアドバンテージ。対戦者にとっての悪夢に他ならない。

 

「さあ、絶望しろ。墓地から2体を除外して手札の『インフェルノイド・ベルフェゴル』、特殊召喚! もっともインフェルノイドはフィールドのモンスターの合計レベルが8以下でなければ特殊召喚できないため、追加召喚は不可能だがな」

 

 皮肉気な笑みを浮かべる。ああ、その通りだ。合計は決まっている、出せるモンスターは数少ない。……そんな甘い相手ではない。

 レベル・ランク8以下と言うのなら、それに当てはまらないモンスターがいる。

 

「――だが、リンクならば関係ない。『デカトロン』と『ベルフェゴル』でリンク召喚、リンク2『灼熱の火霊使いヒータ』! さらに墓地の2体のインフェルノイドを除外し、手札の『インフェルノイド・アシュメダイ』を特殊召喚!」

 

 すさまじい特殊召喚だ。さらなるリンクが来る。

 

「僕は『ヒータ』を2体分として『アシュメダイ』とリンク召喚。箱舟への道を示す聖遺物を持つ騎士よ、既に救済への道は燃え落ちたと知るがいい。煉獄にて無常を叫べ! リンク3『アークロード・パラディオン』!」

 

 聖騎士が現れた。だが、彼は煉獄を力と変える堕ちた騎士。

 

「まだだ! まだ絶望は終わらない。上級インフェルノイドは手札だけでなく墓地からでも特殊召喚できるのだ! 墓地の4体を除外、墓地の『インフェルノイド・アドラメレク』並びに『インフェルノイド・ベルフェゴル』を特殊召喚!」

 

「そして召喚した2体でリンク召喚、リンク2『ドリトル・キメラ』! このカードはフィールドの炎属性モンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる。そして、こいつは『パラディオン』のリンク先に特殊召喚だ」

 

 500ポイントの攻撃力アップ、上昇値は小さいが……しかしこれで、ブルーアイズの攻撃力3000ラインを上回った。数値は小さくても、意義は大きい。

 

「更に4体を除外! アークロードのリンク先に『インフェルノイド・ヴァエル』を、そして別の場所に『インフェルノイド・アドラメレク』を墓地から特殊召喚!」

 

 パラディオンが煉獄を纏う。烈風が炎獄へと変化した。これこそ堕ちた騎士の本領、煉獄の力を纏う騎士。

 

「『アークロード・パラディオン』の効果! パラディオンはリンク先のモンスターの攻撃力を得る! リンク先には『ドリトル・キメラ』と『ヴァエル』! これで攻撃力は6000だ!」

 

 騎士の剣に炎が集約する。巨大化した。

 

「……ただし、リンク先のモンスターは攻撃できなくなるがな。しかし、上級インフェルノイドは自分フィールドのモンスターをリリースし、相手の墓地のカードを除外する効果を持つ! 攻撃不能と油断するなよ」

 

 パラディオンのデメリット効果、しかしデメリットは即座に打ち消し可能だ。アドラメレクの2回攻撃を含めて総攻撃力は実に17600、ライフを二回吹き飛ばしても余りある。

 

「さあ、この圧倒的な攻撃力の前に砕け散るがいい!」

 

 けれどアイズは不敵な笑みを崩さない。凡骨の攻撃など痛くもないと語っているようにその敵意を真っ向から受けて立つ。

 

「『インフェルノイド・アドラメレク』で『蒼眼の銀龍』を攻撃! 【ゲノム・インフェルノ】!」

 

◆『インフェルノイド・アドラメレク』 ATK:3300

 VS

◆『蒼眼の銀龍』 DEF:3000

 

 アドラメレクが放つ炎に銀龍が焼かれ、墜落した。

 

「……ぐ。銀龍よ、すまん」

「そして『アドラメレク』はモンスターを戦闘破壊した時、2回攻撃ができる。『ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン』を攻撃! 【ゲノム・インフェルノ】第二打!」

 

◆『インフェルノイド・アドラメレク』 ATK:3300

 VS

◆『ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン』 ATK:3000

 

〇 アイズライフ 8000ー300=7700

 

「ぐぬ……! 『ジェット』は破壊されるが、効果発動! 『パラディオン』を貴様の手札に戻す! さあ、EXデッキに帰るがいい!」

 

 さらにジェットまでもが焼けて堕ちる。が、墜落する直前に炎を振り切って飛翔する。堕ちた騎士を貫き、限界を迎えて消えた。

 

「『パラディオン』が消えたか。だが、その程度で我が煉獄を防ぎ切れるものか! これで貴様のモンスターは居なくなった! 『インフェルノイド・ヴァエル』でダイレクトアタック!」

 

 ヴァエルの煉獄の炎がアイズの魂までも焼き尽くそうと迫る。

 

「永続罠『真の光』の効果発動! 手札・墓地のブルーアイズを特殊召喚する!」

「墓地の『亜白龍』を呼び、破壊されることで『ジェットドラゴン』を呼び戻すつもりか!? だが、させんぞ。攻撃の終了した『アドラメレク』の効果発動! 自身をリリースし、貴様の墓地の『青眼の亜白龍』を除外する!」

 

「ならば、手札の『青眼の白龍』を特殊召喚!」

「チィ! それは最初のターンで見たカードだな。このまま攻撃すればジェットを特殊召喚されるな。貴様の目論見通りにはならん! 『インフェルノイド・ヴァエル』、効果発動! 自身をリリースし、墓地の『ジェットドラゴン』を除外だ!」

 

 アイズを焼き尽くさんと迫った炎が向きを変える。墓地のジェットを除外した。

 

「……ふん。圧倒的な攻撃力とやらはどうした? オレはまだかすり傷しか受けておらんぞ」

 

 挑発するアイズ、まだ300しかダメージを受けていないのだ。

 

「何を勝ち誇った気になっている……! フィールドにブルーアイズを召喚して調子に乗っているのなら、今すぐその余裕を潰してやるよ! 吠え面を見せろ!」

 

 ぎりぎりと歯ぎしりするフェル。だが、恨み言だけでは終わらない。『名推理』によって獲得したアドバンテージはまだ残っている。

 

「メイン2に移行! 『ジェットドラゴン』が消え、そして『蒼眼の銀龍』の効果を受けたモンスターもいなくなったことで貴様の鉄壁は崩れ去ったと知れ」

 

「墓地のインフェルノイドを3体除外することで、『インフェルノイド・リリス』を墓地より特殊召喚! 効果発動、フィールドの全ての魔法・罠を破壊する! 【ディザスター・テンペスト】!」

「……『真の光』が破壊されたことにより、フィールドの『ブルーアイズ』は破壊される」

 

 極光が降り注ぎ、ブルーアイズが破壊された。これで、アイズの場にはモンスターも魔法も破壊された。まさに焼け野原、絶体絶命。

 

「さあ、これでアンタのフィールドは更地だ。さらに『リリス』は自分フィールドのモンスターをリリースすることで、モンスター効果を無効化できる能力を持つ! 手札1枚のアンタでは、もうどうしようもないだろ? さあ、俺はターンエンドだ」

 

場:『インフェルノイド・リリス』 ATK:3400

  『ドリトル・キメラ』 ATK:1900

墓地のインフェルノイド:4体

 

・3ターン

 

「オレのターン、ドロー」

「いいカードを引けたか? モンスター効果を無効化する『リリス』が居る限り、たった2枚の手札じゃシンクロすら怪しいがな」

 

 フェルはいやらしく笑みを浮かべた。墓地のインフェルノイドは残り少ないが、敵にもそれだけのリソースを使わせた。

 それに、シンクロはその前にモンスター効果を使うケースが多い。警戒すべきは『ブラックホール』などの魔法による除去からのシンクロ召喚だが、手札2枚では厳しいはずだ。最初のコンボにしたって、魔法を使えば残りの手札は1枚になる。

 

「オレは手札から魔法『調和の宝札』を発動、『伝説の白石』を捨てて2枚ドロー。そして、『白石』の効果で『青眼の白龍』を手札に加える。……無効化してみるか?」

「……いいや、しない。いいぜ、手札に加えろよ」

 

 2枚ドローを潰せるのならば躊躇はないが、ここで使っても潰せるのは召喚できないモンスターだ。リリスをリリースするほどの価値はない。

 

「次に墓地の『太古の白石』の効果発動。自身を除外し墓地のブルーアイズモンスターを手札に加える。オレは『青眼の白龍』を手札に加える。これも無効化は可能だ」

「何体ブルーアイズを手札に加えようが、肝心のチューナーが居なけりゃどうしようもないぜ。『リリス』は使わない」

 

「……ふ。常識的で、慎重なデュエルだな。勝利するため、己の殻を破る『青眼の白龍』を見せることで特殊召喚、現れろ2体目の『青眼の亜白龍』!」

「宝札の効果で手に入れていたか。召喚ルール効果はリリスで無効化できない……! だが、破壊効果を使えばリリスの餌食だ。そして、リリスの攻撃力は3400。……『ドリトル・キメラ』を先に破壊すれば、手が足りんぞ」

 

 ドリトル・キメラさえ破壊すればリリスの攻撃力は2900。だが、相手に次のターンを渡しても何とかなると思うのはデュエリストレベルが足りない。

 当然、相手はターンが回ってきた瞬間、強力な一撃を準備するのだから。

 

「オレを常識で測るな! そう、オレこそが――強靭・無敵・最強! 貴様ごときデュエリストでは手の届かぬ天空の頂きと知るがいい!」

「何を馬鹿な……! この状況で打開できる手などあるわけがない……! ただの強がりだ」

 

「吠えたな。では、見るがいい! オレは手札から魔法『融合』を発動!」

「『融合』……融合だと! そんな馬鹿な、融合など!? シンクロ使いではなかったのか!?」

 

 驚愕する。そう、本当に常識外れだ。異なる召喚法を扱う、そんなものは聞いたことがない。……ファニマとて、それは主人公の特権だと思っていた。

 その常識を覆す存在が、ここに。

 

「オレもまたヴェルテの系譜、そしてオレほどの最強デュエリストが一つの召喚方法しか出来ん訳があるか! 常識など、このオレの前では儚く砕け散る幻想に過ぎん!」

「……奴の手札にはブルーアイズが2体。そして」

 

「『青眼の亜白龍』はフィールド・墓地に居る時『青眼の白龍』として扱う。オレはこの3体の『青眼の白龍』で融合召喚を行う!」

 

 3体のブルーアイズが宙を舞い、号砲を叫ぶ。これから来る究極モンスターの前哨だ。

 

「クク。クハハ。クハハハハハハ! アーハッハッハ! フハハハハハハ! ハハハハハハハハ! ワーハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ! 現れ出でよ、『真青眼の究極龍(ネオ・ブルーアイズアルティメットドラゴン)』よ!」

 

 3つ首の龍。それは圧倒的なまでの存在感、究極と呼ばれるに相応しい威厳を持つモンスター。”最強”の名に相応しい存在が今ここに生誕した!

 

「『アルティメット』よ、『リリス』を粉砕せよ! 【ネオ・アルティメット・バースト】!」

 

◆『真青眼の究極龍』 ATK:4500

 VS

◆『インフェルノイド・リリス』 ATK:3400

 

 3本の光条がリリスを粉砕し、フェルを焼く。

 

「馬鹿な……強化を受けたリリスの攻撃力を上回るモンスターなど! ぐわああああ!」

 

〇 フェルライフ 8000ー1100=6900

 

「ネオ・アルティメットはEXのブルーアイズ融合モンスターを墓地に送ることで追加攻撃ができる。EXから『青眼の双爆裂龍』を墓地に送り、【ネオ・アルティメット・バースト】 第二打!」

 

◆『真青眼の究極龍』 ATK:4500

 VS

◆『ドリトル・キメラ』 ATK:1900

 

〇 フェルライフ 6900ー2600=4300

 

「更にEXから『青眼の究極龍』を墓地に送り、【ネオ・アルティメット・バースト】 第三打! ダイレクトアタックだ!」

「馬鹿な……この煉獄が、光に焼き尽くされる……? ぐわああああああ!」

 

◆『真青眼の究極龍』 ATK:4500

 

〇 フェルライフ 4300ー4500=0

 

 膝をつき、崩れ落ちたフェル。絶死と言えるだけのダメージ。生きているどころか、身体を起こせるだけでもファニマの計り知れない何かがある。

 

「さあ、我が社の尋問室でゆっくり話を聞かせてもらおうか」

「それには及ばん……!」

 

 パチリ、と指を鳴らすと彼の身体は無数のカードとなって散らばり消え去った。満身創痍ではあったが、逃げられた。

 

「チ。奴もなにがしかの能力を持っていたか」

「そのようですわね。王家の力とはまた別の起源、ヴェルテすらも知らない謎の力」

 

「また出てくるならば粉砕してくれるわ。人の英知は世界の全てを解き明かす。それは当然、オカルトの世界も例外はない」

「おじさまなら本当にやってしまいそうなところがアレですね。デュエルモンスターズの力も、それはまだ解き明かされていないと言うだけ。テクノロジーが解き明かしてしまえば、人が利用できる”技術”に零落する」

 

 一息つく。身内だ、堅苦しいことなどパーティの時だけでいい。

 

「……で、何用だ。ファニマよ」

「ああ、濃いのが来たせいで忘れるところでした。学園の禁じられた森で負のエネルギーが発生しています。ちょっと調べたいので、専門家を貸してほしいのですよ」

 

 ファニマは今思い出したように頬に人差し指を当ててそう言った。実際、デュエルに見入ってしまって言われるまで忘れていた。

 

「なるほど。アレを見る限り、相当ではあるようだ。ならば良い、興味が湧いた。良かったな、協力してやろう。磯野、フォシル・フューを呼べ!」

「……は!」

 

 そして、現れたのは片目を眼帯で隠した伊達男。年の頃は10台に見えるが、しかし30台と言われても納得できそうな風格がある。

 攻略対象とはまた別の意味で魅力的な男性だ。

 

「――フォシル・フュー参上しまシタ。どうぞお見知りおきを、レディ」

 

 気障たらしくファニマの手を取り、手の甲に口づけしようとして。

 

「……ッ!」

 

 振り払った。慌ててメイが立ち塞がり、がうがうと威嚇した。

 

「おや、これは申し訳ない。姫サマ。どうも、このあたりの常識には疎いノデ」

「いえ。私もやりすぎたわ」

 

 無理やり笑顔を取り繕って握手する。もう片方の手はメイの手を握っていた。婚約破棄の一件、ファニマは気丈に振舞っているが一部トラウマが残っている。

 

「こいつは地質学者にして考古学者。要するにオカルトの専門家だ。その力、存分に使ってやるがいい」

「感謝しますわ、おじさま」

 

 彼を連れて、家へ帰った。

 

 ファニマには原作の知識がある。ゆえにこれから邪神が復活し、攻略対象達と邪神の下僕が世界を賭けて戦うことを知っている。

 だが、以前に述べた通りだ。彼らに任せるなど自殺行為だろう、とても任せてはいられない。ゆえに殴り込みをかける、そのための準備は流々だった。

 開発者としてエール、そして調査要員としてフォシル。ファニマは指揮官と戦闘要員の兼任だ。だが、邪神の下僕が7人居ると知っている以上、もう少し戦闘要員が欲しいが。

 

「……いざとなれば、おじさまを呼べば来るかしらね?」

 

 車の中で、もの思いにふける。その手はずっとメイの手を掴んで離さなかった。

 

 

 






オカルト専門家さんに世界観を解説させようと思っていましたが、需要なさそうなのでカットカットカット。需要なかろうがお嬢様とメイドのいちゃいちゃは書きたいけれど、そっちは筆が進まない……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 正統なるヒロイン

 

 ふと、ファニマは思う。

 

「――”ふわり”。あの女は今何をしているのかしらね」

 

 ちょうどアイネとメイと三人でお茶会をしていたから聞いてみた。エールはどこか別の場所でサボっている。

 

 ふわりには姓はない。完全な平民だ、なにがしかの権力でもあれば苗字は作れるというのに。ファニマのような貴族は生まれながらに持っている姓。それがない。

 それこそ、地区大会優勝でもよいのだ。フェルの方は得体が知れないが、キングことスカ-レッド・エルピィが苗字を持っていたのはそれが理由。自分でつかみ取ったと言う彼らしさ。

 

「いよいよ復讐と言うわけですか? ファニマ様。色々と派手に振舞っていたのも、あの一件が遠因ですよね」

「物騒ね、アイネ。私は何もする気はないわよ。それに、勝ったのにめそめそ泣くのは話がおかしいでしょう」

 

 婚約破棄、あれを受けてエクスへの恋愛感情は一切合切なくなったとはいえ、ショックを受けたのは違いない。

 気丈に振舞っていたので、周りからはただデュエルの鬼として恐れられるだけだったけれど。復讐する理由なら十分あると、ファニマ自身も思っている。

 

「彼女、あまり気にされていないようですね。あなたが何もなされないので物理的に何かはされていないみたいです。ただ、陰で滅茶苦茶言われていますが、その辺の声はむしろ取り巻きにしか届いていないようで」

「……ふぅん」

 

 メイの紅茶を飲む。

 陰口に晒されて精神病院に入院してしまえなんて思っていない。だが、多少面白くないと言う気持ちもある。

 ……だが、それ以上に”どういうことだ”と思う。

 

「少し話したことがありますが、感じのいい方でしたね。あれが大きなダメージになっていないのも、人徳なのかも……すみません」

「別にいいわ。――でも」

 

 ファニマは少し考える。

 あれは”主人公”だ。だが、原作=ゲームで言うと居ても居なくても変わらない……いや、攻略対象はCPUだから弱すぎて、主人公が戦わないとどうしようもないのだが。

 この現実では、攻略対象たちは強い。彼女が居なくても防衛戦力が一つ抜けるだけで済む。”済む”、はずだが。

 

「彼女、見定めておきたいわね」

 

 ストーリーそのものは陳腐。しかし、その裏にどんな設定が潜んでいたものやら分からない。本文に書いていないだけで、彼女が光の魔力を持っていて、だから再封印に成功したと言われても驚かない。

 

「そうですか。彼女、この時間は学校裏の花壇で花の手入れをしているみたいですよ」

「……業者がやるでしょう、そんなの」

 

「趣味じゃないですかね?」

「ふぅん。それにしてもお花畑、ね。それが文字通りかどうか確かめてあげようかしら……メイ、出るわよ」

 

「承知しました、お嬢様!」

「私も行きます」

 

 そういうわけで、花壇に行った。そして見つけた。

 

「――こんにちは」

「こんにちは!」

 

 彼女はジャージ姿で、少し土に汚れた顔で、はにかんだ。しかし、すぐに相手が誰かに気付く。

 

「……ファニマ・ヴェルテ?」

 

 きょとん、とした顔で言った。

 

「呼び捨てかしら? ねえ、ふわり。姓すらも持たぬあなたが」

「ごめんなさい。ヴェルテ様、あの……あなたが有名人だから」

 

 少し恥ずかしそうな顔。だが、これはどういうことだろう。およそ、あるべき姿ではない。

 ご令嬢から男を奪った女狐? ならば、こんなにぽややんとした顔は浮かべまい。

 成り上がろうと男を落としたけど、それで落ちぶれた負け犬? ならば、ファニマを恨む顔の一つは見せるべきだ。

 

「――そう。少しだけ理解したわ、構えなさい」

 

 ファニマがその異形のデュエルディスクを突き付けた。この女は普通で測れるようなものではない。女狐でさえあるものか。

 その化けの皮を剥がしてやると決意した。

 

「デュエル? ええ、受けて立つわ! あのヴェルテ様とできるなんて夢みたい!」

 

 跳び上がって喜ぶ。それは仔犬の様で……そう、それこそ男子のおもう”かわいい女の子”そのものだろう。

 ファニマの怜悧な美貌には比べるべくもないが、こういう愛らしい顔の方が好まれるものだ。

 

「ならば、互いの誇りをかけ……カードの剣にて切り合いましょう」

「はい。遠慮なく行きますよ」

 

 躊躇もなく儀式のデュエルを受けるが、これも無邪気ゆえにとしか思えない言動だ。

 

「「デュエル!」」

 

・1ターン

 

 ふわりが元気よくカードを引き抜いた。太陽のような笑みは、それこそ他愛もなく遊んでもらっているかのよう。

 

「先攻は私がもらいます! 私は『ふわんだりぃず×ろびーな』を召喚、効果でデッキから『ふわんだりぃず×いぐるん』を手札に加えて、追加で召喚をします。『いぐるん』を召喚して効果でデッキから『ふわんだりぃず×すのーる』を手札に加え、更に追加で召喚を行います」

 

 下級ふわんだりぃずは効果を使った直後に通常召喚を行う効果を持つ。この効果で特殊召喚メタを踏まずに展開することができるのが最大の特徴だ。

 もっとも、効果を使えないと追加の通常召喚はできない弱点があるがそれはよほどの長期戦になった場合の問題だろう。

 

「『ろびーな』と『いぐるん』をリリースしてアドバンス召喚、来て。海のお友達、ツンドラの狩人『ふわんだりぃず×すのーる』!」

 

 3匹の青い鳥、フクロウが現れた。

 

「下級ふわんだりいずはフィールドから離れた場合に除外され、そして鳥獣族モンスターが召喚された時に手札に加えることができる。除外された『ろびーな』と『いぐるん』を手札に加えます。さらに『すのーる』の効果を発動、あと2回通常召喚できるようになります」

 

「手札から魔法『ふわんだりぃずと旅じたく』を発動、さきほど手札に戻った『ろびーな』を除外してデッキから『ふわんだりぃず×えんぺん』を手札に加え、さらにライフを500回復します」

 

〇 ふわりライフ:8000+500=8500

 

「追加された召喚権で『ふわんだりぃず×とっかん』を召喚。除外されている『ろびーな』を手札に戻し、同時に『ふわんだりぃず×いぐるん』を召喚します。『いぐるん』はこのターン効果を使ったので追加召喚はできません」

 

「でも、『すのーる』の効果で追加した3回目の召喚権が残っています! 『とっかん』と『ろびーな』をリリースしてアドバンス召喚! 私の頼りになるお友達、王様の威光で敵を追い払って。『ふわんだりぃず×えんぺん』!」

 

 ペンギンが偉ばって鳴いた。一見愛くるしいように見えて、その威光は絶大。そいつはただ居るだけですさまじい能力を発揮する。

 

「鳥獣族モンスターが召喚されたので、除外されている『とっかん』は自身の効果で手札に戻ります。そして『えんぺん』の召喚時の効果発動! 2枚目の『ふわんだりぃずと旅じたく』を手札に加えます!」

 

 2体のふわんだりぃず。だが、生半では破ることができない。どれだけ強力なモンスターでも1体ではどうしようもないと断言できる。

 

「『すのーる』の効果は相手ターンに一度、特殊召喚されたモンスター全てを裏側守備表示にできます。さらに『えんぺん』は特殊召喚された攻撃表示モンスターの効果発動を封印し、バトルの瞬間に相手モンスターの攻撃力を半減させます。私はこれでターンエンド! です!」

 

場:『ふわんだりぃず×えんぺん』 RTK:2700

  『ふわんだりぃず×すのーる』 ATK:2900

 

・2ターン

 

 相手は洒落にならないモンスターだ。だが、真の意味での最強デッキとは呼べないとファニマは知っている。

 あれはまだプレイングも、そして制圧盤面としても弱い。あのデッキには足りないものがある。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 怜悧な笑みを浮かべる。ふわりと言う少女の本質が知れるのはこれからだ。

 

「手札から魔法『魔玩具補修』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加え、そのまま『融合』を発動。手札の『チェーン』と『ファーニマル・ペンギン』で融合召喚、深き海の底より現れよ『デストーイ・ハーケン・クラーケン』!」

 

「この子は守備表示で召喚。これで『えんぺん』の効果範囲から逃れられるわ。そして、クラーケンは敵を墓地送りにする能力を持つ」

「私のお友達が!? 『すのーる』お願い、仲間を守って! 手札の『ふわんだりぃず×とっかん』を除外して効果発動、『クラーケン』を裏側守備表示にします!」

 

「……ふふ。起動効果は裏側守備表示にすれば恐るべきことはない。まあ、『ふわんだりぃず』を使うならそれくらいはしてもらわないとね。けど、仲間を守って……ねえ。それ、本気?」

「? ――本気ですよ。墓地に行ってしまったら悲しいじゃないですか」

 

 ふわんだりぃずは除外か手札の二択だ。墓地に送らないのを優しいと言えばそうなのだろうが……ファニマとしては墓地も手札もリソースには違いない。

 一番悲惨なのは使いこなせないことでしょう?

 

「さて。私は『チェーン』が墓地に行った時の効果で『魔玩具融合』を手札に加える。さらに『ペンギン』が融合召喚に使用され墓地に送られたとき、2枚ドローして手札の1枚『ファーニマル・オクト』を墓地に送る」

 

「さて、一つ使わせた。次よ。手札から魔法『おろかな副葬』を発動。『トイポッド』を墓地に落とし、『トイポッド』の効果で『ファーニマル・ドルフィン』を手札に加える」

 

「そして召喚、効果発動! デッキから『ファーニマル・ウィング』を墓地に落とし『トイポッド』を裏側表示で復活! 表側表示に反転、そこから墓地の『ウィング』の効果発動! 自身を『オクト』と除外、さらに『トイポッド』を墓地に送る! これで2枚ドロー、さらに『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える!」

 

 一手凌がれた。ならば、次の一手をこのターンに打つまでの話。ふわんだりぃずを一矢で破れるとは思っていない。

 

「手札の魔法『魔玩具融合』を発動! 墓地の『チェーン』と『ペンギン』を除外して融合召喚、現れなさい『デストーイ・クルーエル・ホエール』、守備表示! 効果発動、裏側表示の『クラーケン』と『ふわんだりぃず×えんぺん』を破壊! 【ロアー・オブ・ホエール】!」

「きゃあ! 『えんぺん』、あなたは墓地で待ってて。すぐにあなたを取り戻して上げるから」

 

 クジラが吠えて、ペンギンを爆殺。

 

「更に手札から永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動、墓地の『魔玩具融合』を除外して融合を行う。場の『ドルフィン』と『ホエール』を融合、現れなさい『デストーイ・サーベル・タイガー』!」

「まだ来るの? これじゃ、『すのーる』まで……!」

 

「下僕を潰して、その化けの皮を剥がしてあげる。『タイガー』の効果で『デストーイ・クルーエル・ホエール』を蘇生! 【リターン・フロム・リンボ】! 『えんぺん』が消えた今、『すのーる』に成す術はない!」

 

「もう一つおまけをあげるわ。手札からペンデュラムモンスター『ファーニマル・エンジェル』をセッティング!」

「……ペンデュラム!? 融合じゃないの!」

 

「確かに私ではペンデュラム召喚は扱えなかった。けれど、この子を魔法カードとして扱うことはできる! 『エンジェル』の魔法効果を発動、墓地の『ファーニマル・ドルフィン』を蘇生! ただし、このターンはEXから融合モンスターしか特殊召喚できなくなるわね」

 

 並んだ3体のモンスター。制圧盤面を返すどころか、逆に戦意を挫かれかねないほどの圧倒的な布陣。

 

「バトルフェイズ! さあ、痛みを知るがいい! 『ホエール』で『すのーる』に攻撃。この瞬間効果発動、EXから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地へ送り攻撃力を1300アップする! 【マックスホエール】!」

 

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:4700

 VS

◆『ふわんだりぃず×すのーる』 ATK:2900

 

〇 ふわりライフ 8500ー1600=7100

 

 空高く飛んだクジラがふくろうを押しつぶし、その衝撃がふわりを襲う!

 

「きゃあああああ!」

 

「そして『ドルフィン』と『タイガー』でダイレクトアタック! 【ツインダンス・アクアジェット】!」

 

◆『ファーニマル・ドルフィン』 ATK:1600

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:2800

 

〇 ふわりライフ 7100ー1600ー2800=2700

 

「うっ! あああああ!」

 

 タイガーはその刃にドルフィンが放った水流を纏わせ、斬った。彼女はたまらず吹き飛んでしまう。それだけの威力だ。

 

「窮地にこそ人の本質が現れる。さあ、あなたを見せて頂戴。ターンエンド」

 

場:◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:3000

   ◆『ファーニマル・ドルフィン』 ATK:1600

   ◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:2800

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 魂=プレイヤーのいない主人公

 

 

 ファニマの場には3体のモンスター。そしてふわりのライフは2700。遊戯王ではライフは飾りとは言えど、儀式のデュエルではそれだけのダメージを負ったと言うこと。

 倒れ伏したふわりは、それだけ満身創痍であるのだ。その意味は決して軽くない。

 

・2ターン

 

「う……まだ、負けていません。あなたと戦える機会なんて、多分二度とない。だから――最後までやり通すんです! 私のターン、ドロー」

 

 ふわりがよろよろと立ち上がる。その顔には笑みが浮かんでいる。ダメージは負った。だが、それ以上に楽しいデュエルはやめられない。

 

「私は『ろびーな』を通常召喚して効果発動、デッキから『すとりー』を手札に加えて更に通常召喚を行います。更に、この瞬間除外されている『とっかん』と『いぐるん』が自身の効果で手札に戻ってきます」

 

「『すとりー』を効果で通常召喚、墓地の『えんぺん』を除外してもう一度通常召喚。手札の『いぐるん』を召喚して効果発動! 効果でデッキから2枚目の『ふわんだりぃず×すのーる』を手札に加え、『ろびーな』と『いぐるん』をリリースしてアドバンス召喚します!」

 

「もう一度力を貸して、狩人さん『ふわんだりぃず×すのーる』!」

 

「除外されている『ろびーな』が手札に戻ります。私は――」

「この瞬間、手札の『エッジインプ・サイズ』の効果発動! 自身と『ファーニマル・ペンギン』で融合召喚! 現れろ海の悪魔! 『デストーイ・クルーエル・ホエール』! 守備表示よ。さらに『ペンギン』の効果で2枚引いて『エッジインプ・シザー』を捨てる」

 

「私のターンなのに!」

「ふわんだりぃずを使う癖に自分のターンしか展開出来ないの? 分かりかけて来たわ、あなたはただのお花畑。その頭の中には何も詰まっていない。『ホエール』の効果発動! 場の『ドルフィン』と『すのーる』を破壊する! 【ロアー・オブ・ホエール】!」

 

「え……そんな、『すのーる』が!」

「ふわんだりぃずの中でも『すのーる』だけは発動する効果。その効果は通さない。さあ、次はあなたのタクティクスを測ってあげる。もはや召喚権はなく、下級が一体。次のターンに攻撃するだけで私の勝ちね」

 

「うー。ううー。これで終わりなんて酷い。……ううん、私のお友達ならまだ諦めないはず。うん……手札の魔法『ふわんだりぃずと旅じたく』を再び発動します、『ふわんだりぃずと謎の地図』を手札に加えてライフを500回復」

 

〇 ふわりライフ 2700+500=3200

 

「……へえ。それなりには出来るようね」

「フィールド魔法『ふわんだりぃずと謎の地図』を発動、デッキから『ふわんだりぃずと未知の風』を除外して、手札の『とっかん』を通常召喚します。除外されている『えんぺん』を手札に加え、『すとりー』と『とっかん』をリリースしてアドバンス召喚!」

 

「もう一度、力を貸して海の皇帝『ふわんだりぃず・えんぺん』! そして除外されている『すとりー』は自身の効果で手札に戻り、『えんぺん』の効果でデッキから罠『ふわんだりぃずと夢の町』を手札に加えます!」

 

 ファニマがふぅんと感心したようなため息を吐いた。なるほど、主人公に相応しいだけの実力はある。ならば、足りないのは……

 

「『えんぺん』で1体目の『ホエール』に攻撃。【あくあだいぶ】!」

 

「この瞬間、『ホエール』の効果発動! 守備表示で召喚した2体目なら効果は通る。1体目の方の攻撃力を1300アップさせる! 【マックスホエール】!」

「『えんぺん』の効果、相手の攻撃力を半減させます。【はいどろぷれっしゃー】!」

 

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:3000⇒4300⇒2150

 VS

◆『ふわんだりぃず×えんぺん』 ATK:2700

 

〇 ファニマライフ:8000ー550=7450

 

「……く! なるほど、この痛み。力だけは一級ね」

 

 『えんぺん』が翼を広げ、クジラに体当たりした。そして、その衝撃波でファニマの頬がわずかに裂けた。

 

「やった! やっとダメージを与えられました! 私はカードを2枚伏せてターンエンドです!」

 

場:『ふわんだりぃず×えんぺん』 RTK:2700

魔法+罠:『ふわんだりぃずと謎の地図』、セット2枚

 

・4ターン

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローしたカードを見、そして相手の場を見て一瞬考え込む。フィールド魔法、そして1枚は先ほど加えたカード。もう一枚が謎だが……分かっている2枚は役割をかぶっている。

 

「『夢の町』そして『謎の地図』がある限り、私のターンでの展開は止められないわね。私は『ファーニマル・ドッグ』を召喚して『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える。さあ、どうぞ」

 

 ファニマが嘲笑混じりにひらひらと手を振るが、ふわりは何も気付かずに「はい!」と元気良く返事をする。

 

「相手が通常召喚に成功した時に『ふわんだりぃずと謎の地図』の効果を発動します! 手札の『すとりー』を通常召喚、効果で墓地の『すのーる』を除外。この瞬間、除外されている『いぐるん』、『ろびーな』、『とっかん』は手札に戻ります」

 

「効果で『ろびーな』を召喚、2体目の『とっかん』を手札に加えます。さらに『いぐるん』を通常召喚、このカードを手札に加えます。『ろびーな』と『とっかん』をリリースしてアドバンス召喚! 現れて、『ストーム・シューター』!」

「……『ストーム・シューター』? さして見どころのないカードだったはずね。あなたが作れるとも思えないし、王子様からの貰い物かしら? 見る目のない男だものね」

 

「うん、エクス君からの贈り物だよ。知ってたの?」

「――チ」

 

 彼女に他意など欠片もないものだから、ファニマは思わず舌打ちする。彼女には悪意と言うものが一切ない。

 だから、こんなふざけたことになるのだ。陰口が効かないのもむしろ当然、彼女にとっては異次元の論理だろう。日本語が分かっても、意味が理解できない。

 

「えっと……除外されていた『とっかん』は自身の効果で手札に戻ります」

 

「ふん、展開は終わりね。それで終わりならば、『ふわんだりぃず』など取るに足りないわね」

「むー。私のお友達はとっても強いんですよ! いくらヴェルテ様でも悪く言っちゃメ、です!」

 

「……くだらない。墓地の『エッジインプ・シザー』の効果発動! 手札をデッキトップにもどして自身を蘇生! さらに墓地の『融合』を除外して『デストーイ・ファクトリー』の効果発動! 場の『シザー』、『ドッグ』、さらに手札の『ペンギン』で融合召喚!」

 

「獲物を引き裂き、その牙で地上に這い出た魚類どもを殲滅せよ! 『デストーイ・シザー・タイガー』! 2枚のセットカードと『えんぺん』を破壊!」

「……なら、罠カード『メテオ・プロミネンス』の効果発動! 手札の『とっかん』と『神の恵み』を捨てて、相手に2000のダメージを与えます!」

 

「バーンカード!? そんなものをためらいもなく……きゃあ!」

「やりました! まだ楽しいデュエルは終わってませんよ」

 

 ふわりは天真爛漫に笑う。バーンを扱うものにありがちなサディスティックさは何もない。おそらく、相性がいいからと”貰ったから入れた”だけなのだろう。

 そして、一泡吹かせたと言うわけだ。

 

〇 ファニマライフ:7450ー2000=5450

 

 燃やされたファニマは煤を払う。彼女の本質、大体掴めた。彼女は、どうしようもない。どうしようもなく……下らない。

 

「私は墓地に送られた『ペンギン』の効果で2枚ドロー、手札から『おろかな副葬』を捨てるわね。そして、このデュエルはもう終わりよ」

「切り札が来るんですか!? 楽しみです!」

 

「その減らず口、後悔させてあげ……いえ。あなたはしないわね、そんなもの。羨ましい能天気。ならば、見せてあげる! 私の切り札! どこへ向けていいのかも分からない恨み!」

 

「私は手札から魔法『魔玩具融合』を発動。墓地の『シザー』、『ドッグ』、『ペンギン』を除外融合。現れなさい、まつろわぬ憎しみの集積。悲しみの呪い人形よ! 全てを憎め、『デストーイ・ナイトメアリー』!」

 

「リニッチの効果で除外された『ウィング』を墓地へ戻す。さらに『ホエール』の効果でEXから『デストーイ・デアデビル』を墓地に落とし、『ナイトメアリー』の攻撃力を1000アップ」

 

「――そして『ナイトメアリー』は私の墓地の天使・悪魔族の数の300倍、その攻撃力をアップする! 【ゴースト・コーリング】! さあ、この一撃で幕引きにしましょう」

「『ナイトメアリー』……これが、ヴェルテ様の切り札……! かわいい……!」

 

「あなたの減らず口を聞くのも終わり。『ナイトメアリー』で『ストーム・シューター』に攻撃【ナイトメア・ポゼッション】!」

 

 『サーベルタイガー』、『シザータイガー』、『ホエール』の3体が喝采を叫ぶ。その3体までも攻撃に加わらないのはせめてもの情けか。

 

◆『デストーイ・ナイトメアリー』 ATK:7300

 VS

◆『ストーム・シューター』 ATK:2300

 

 ナイトメアリーの瘴気がストーム・シューターを破壊し、ふわりを侵す!

 

「きゃあああああ!」

 

〇 ふわりライフ:2700ー5000=0

 

「あら……負けちゃいました。やっぱり、お強いんですね。ヴェルテ様」

 

 痛いだろうにへたりこんだまま微笑みかけるふわり。やはりか、と思う。

 

「中身のない薄っぺら。その頭の中はお花畑ね。空想を詰め込むのが好きな夢見がちな男子向け。主人公にプレイヤーという中身がなくなれば、誰も彼もを誘う毒婦となったか」

 

 

 ファニマは歯に衣着せず何も隠さず言い放っている。だが、言われるふわりはほほ笑んでいるだけだ。何を言われているのかすら分かっていない。

 

「……何より、この私ですらあなたのことが嫌いになれないのがおぞましい」

「えっと、お友達になってくれますよね? 一度デュエルしたらお友達、です!」

 

「じゃあね、ふわり。気が向いたらまた相手してあげなくもないわ」

「はいっ!」

 

 大輪のような笑顔を見せる彼女に背を向けて、サロンへ帰った。

 

 

 

 






追記
ふわりは血も涙もないサイコパスだと思っている方がいらっしゃると思いますが、彼女は図抜けた洞察力を持っているので、例えば通夜なら誰より悲しんでいたという評判を勝ち取ることが可能です。(実際には死の概念すら理解していませんが……)
彼女がバグるのはマイナスの感情を自分に向けられた時だけです。それ以外では誰よりも人格者とみられる行動と表情を作っています。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 アイドル登場

 

 

 次の日。ファニマがサロンに向かっていると騒ぎに出くわした。いぶかしげにその騒ぎを見やる。

 お嬢様は無軌道なお祭り騒ぎが嫌いだと知っているメイは、戦々恐々とする他ない。

 

「……何かしら」

「知らないんですか? アイドルがやってくるって皆さん噂してましたよ」

 

 もっとも、それで遠慮するようなメイではないけども。

 アイドルという単語を聞いてファニマは眉を顰めた。

 

「ライブ? 校長もよくやるものね。教員の誰かが熱心なファンかと思いきや、まさか自ら特等席に座るなんて」

「ライブしているのはアニー・フロストさんですね。私は詳しくありませんけど、大人気みたいです」

 

「ヴェルテ様ですか? こちらへどうぞ」

 

 気のない話をしていると、めざとく見つけたスタッフが話しかけてきた。そして裏口に通された。先客が見える、そこに居たのは校長だった。

 

「……おや、ヴェルテ嬢。あなたもアニーちゃんのファンでしたかな?」

「違うわ。ただ、少し興味が湧いただけ」

 

 近くの席に腰を下ろす。一言で言えば権力と言うやつだ。ファニマはメディアへ露出していないが、知っている者は知っている。

 学園で催し物をするなら最低限調べるべきことの範囲だ。学園長の許可がなければ開催できないが、ヴェルテの機嫌を損ねればこの国で仕事ができなくなる。

 

「ふむ……」

 

 中々悪くない――のだが、隣で年も考えずに夢中にハシャいでいる学園長を見ると萎えてくる。

 

 そして、一曲聞き終わった。

 

「いやあ、良かったですな」

「まあ、途中で席を立つほどではなかったわね。……うん、あれはスカーレッド・エルピィ?」

 

 いぶかしげな声を出した。

 

「おお、我慢できずに握手しようということですかな? アニーちゃんは可愛いですからね。ですが、エルピィ君も子供ではないのだからもう少し落ち着きを持ってもらわねば」

「そう言うことではないと思うわ」

 

 人波を割って威風堂々と歩いていく彼は不敵な笑みを浮かべていた。あの顔を見てファンだと思うやつはいないだろう。

 

「その歌、そのダンス――素晴らしいものだったと褒めてやろう! だが、この世にキングはただ一人、この俺だ! 俺以上に目立つことなど許されん!」

「へえ、飛び入り参加か。いいよ! アニーちゃんは歌って踊れて、そしてデュエルも出来るアイドルだ! 挑戦はいつでも受けて立ァつ!」

 

「ほざけ! このキングと戦う者は誰であれ挑戦者だと知るがいい!」

「あは! 自信満々な我様だ。観客を萎えさせるようなつまらないデュエルは勘弁だよ? 上げて行こう!」

 

「もちろんだ! キングのデュエルは如何なる時でもエンターテインメント! 全ての力を用いて、このキングに挑むが良い!」

「じゃあ、行くよ。ライブデュエル、スタート!」

 

「「……デュエル!」」

 

 互いにデュエルディスクを構えた。どことなくコミカルな雰囲気だが。

 

「面白いわね。スカーレッドは強いわよ」

「なんの、アニーちゃんが負けるはずはありません」

 

 ファニマは学園長と視線を交わした。本番はこれからだ。見ごたえのあるデュエル

となるだろう。

 

・1ターン

 

「キングの先攻!」

 

 コートをたなびかせ、叫んだ。ファニマにはスカーレッドでも敵わなかった……が、本気を出させた男として学園では勇名をはせている。

 あの奇矯な言動が許されるほどの実力は持っているのだ。少なくとも、教師まで含めても5本指に入ることは間違いない。

 

「俺は手札から魔法『緊急テレポート』を発動! デッキから『サイキック・リフレクター』を特殊召喚! そして特殊召喚時の効果を発動、デッキから『バスター・ビースト』を手札に加える」

 

「手札の『バスター・ビースト』は墓地に捨てることで、デッキの罠カード『バスター・モード』を手札に加えることができる。そして場の『サイキック・リフレクター』の効果! 手札の『バスター・モード』を見せることで、墓地の『バスター・ビースト』を特殊召喚。さらにレベルを3上げる、これでレベルは7!」

 

 キングの背後に気炎が燃え上がった。ファニマの時とはまた違うシンクロコンボ。また、簡単にシンクロが来る。

 

「レベル7となった『ビースト』にレベル1『リフレクター』をチューニング。我が魂の炎よ、今こそ竜の姿となり敵を燃やし尽くさん! シンクロレベル8『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」

 

 赤い炎を纏ったドラゴンが、吠えた。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

場:『レッド・デーモンズ・ドラゴン』 ATK:3000

魔法+罠:セット2枚

 

・2ターン

 

 アニーは額に汗を浮かべ、そのドラゴンを見る。

 

「ふふん。1ターン目で攻撃力3000のモンスターを出すなんてね、期待以上だよ。さすがは音に聞こえた学園、その中でも強い男の子だ。そして、その2枚の伏せカードも油断できないね。相手にとって不足はないよ! アニーちゃんのターン、ドロー!」

 

 よくやってくれたと言わんばかりの笑み。相手は強力であれば強力なほど燃える。そして、観客が湧くのだ。

 なぜなら、強力なモンスターをアイドルが倒すシーンはいつだって痛快だから。

 

「アニーちゃんは手札から『Live☆Twin リィラ』を通常召喚、そして効果発動! デッキから『キスキル』モンスターを特殊召喚できる! ツインライブの開催だ!」

 

 青色の髪の子がサメの人形に隠し持ったマイクを取ろうとして。

 

「俺は伏せていた『無限泡影』の効果を発動、『Live☆Twin リィラ』の効果を無効にする! その路上ライブ、キングの許可は出ていないと知るがいい!」

 

 竜の咆哮に驚いて、その子はマイクを取り落とした。そのマイクは泡にさらわれて消えてしまう。

 

「ありゃりゃ、ライブ失敗か。でも、アイドルはめげない! 何度だって立ち上がるのさ! アニーちゃんは手札から永続魔法『Live☆Twin トラブルサン』を発動! このカードは発動時に『ライブツイン』モンスターを手札に加えることができるよ」

 

「デッキから『Live☆Twin キスキル・フロスト』を手札に! そして『フロスト』は場に「リィラ」モンスターがいるとき、手札から特殊召喚できる! アイドルは失敗を指折り数えない! 行くよ、今度こそファーストライブ開催だ!」

 

 トラップで防いだのも元の木阿弥、この通りフィールドに2体のモンスターを揃えられてしまった。

 

「さあ、『リィラ』と『フロスト』でリンク召喚! その歌声でオーディエンスの心をわしづかみ! リンク2『Evil★Twin キスキル』!」

 

「『キスキル』の効果で墓地の『Live☆Twin リィラ』を蘇生。さらに墓地の光属性モンスター『フロスト』を除外することで、手札から『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 前のターン以上の怒涛の特殊召喚、恐ろしい効果を持つモンスターが来る。

 

「『リィラ』と『サーペント』でリンク召喚、そのダンスでオーディエンスの目を釘付け! リンク2『Evil★Twin リィラ』! 『キスキル』モンスターが居る時に特殊召喚に成功した場合にカードを1枚破壊できる。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を破壊! 【エビルシャウト】!」

 

 悪魔の羽根を生やした美少女がマイクを持ち、シャウトした。それは竜をも破壊する共振波。どこにも逃げ場はない。

 

「――させん! 俺は罠カード『バスター・モード』を発動! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』をリリースし、デッキから『レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター』を特殊召喚!」

 

 そのシャウトを竜の雄たけびがはじき返す。紅のアーマーを付けたその姿は、まさに悪魔竜と呼ぶに相応しい威厳である。

 

『レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター』 ATK:3500

 

「バスターモードと化した『レッドデーモンズ』は、攻撃後にフィールドの自身以外の全てのカードを破壊する! さらに、このカードが破壊されたとき、墓地のレッドデーモンズを蘇生できるのだ!」

「へえ。まさか、アニーちゃんのシャウトをかわすどころか進化しちゃうなんて。でも、出演料は払ってもらうよ。永続魔法『トラブルサン』の効果で貴方は200のダメージ、そしてアニーちゃんはその分回復!」

 

「それだけじゃない。墓地の『サーペント』の効果を発動。デッキから『輝白竜ワイバースター』を手札に加える。ふふ、ライブ見たさに皆集まってきちゃったわ」

 

「――そして次は白銀の輝きを見せてあげる。墓地の『サーペント』を除外して、手札の『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚するよ! 『ワイバースター』とリンク2『Evil★Twin リィラ』でリンク召喚! その輝ける羽で乙女を夢の舞台へ連れて行って! リンク3『トロイメア・ユニコーン』!」 

 

「ユニコーンの効果発動! 手札を1枚墓地に送り、『レッド・デーモンズ・ドラゴン/バスター』をデッキに戻す! 【ホーリー・スクリーム】!」

「なにィ……! これでは破壊されたときの効果が使えん……!」

 

 ユニコーンがいななくと、悪魔竜はその神聖なオーラを喰らって力を失う。溶けるように消えていった。

 

「さらに、『ユニコーン』が相互リンク状態の時デッキから1枚カードをドローできるよ。それと『ワイバースター』の効果で新たな『暗黒竜コラプサーペント』を手札に加える。さあ、これからが本気のライブ! 武道館ライブの開催!」

 

 相互リンク。リンクモンスターというものはそのリンク分の矢印を持っていて、EXゾーンか矢印の先にしかリンク召喚できない特徴がある。

 だが、互いに矢印が向く特殊な状態がある。それを相互リンクと呼ぶ。本来、意味は何もないが……相互リンクを特殊効果のトリガーとするモンスターが居る。

 

「リンク3『トロイメア・ユニコーン』と『Evil★Twin キスキル』でリンク召喚。太陽の様に輝く最高のアイドル! 皆のイイネを独り占め! リンク4『Evil★Twin's トラブル・サニー』!」

 

 そして、アイドルが降り立った。

 

「『トラブルサニー』でダイレクトアタック! 【エビルシャイン・ソング】!」

 

◆『Evil★Twin's トラブル・サニー』 ATK:3300

 

〇 スカーレッドライフ:8000ー3300=4700

 

 二人の歌がキングを打ち据える!

 

「ぬ……ぐおおおお!」

 

 吹き飛ばされた。……が、どこか嬉しそうだ。

 

場:『Evil★Twin's トラブル・サニー』 ATK:3300

魔法+罠:『Live☆Twin トラブルサン』

 

・2ターン

 

 すっくと起き上がってカードを引く。

 

「キングのターン、ドロー! っふ。アイドルなど軟弱と思っていたが、どうやら芯のある相手らしい!」

 

 感心の声を漏らした。相手にとっては不足なしと、不敵な笑みを浮かべている。

 

「なるほど。女子ながらすさまじいパワーだ。まさか、バスター化した『レッドデーモンズ』が、こともなげにやられてしまうとは。……だが、ここからはキングのターン! 貴様のライブは見せて貰った! 次はキングのエンターテインメントを見せよう!」

 

「俺は手札からチューナーモンスター『レッド・リゾネーター』を通常召喚し、効果発動。手札の『レッド・スプリンター』を特殊召喚!」

「シンクロ召喚に繋げる気だね? でも、これはアイドルの舞台! アイドルに手を出す怖いドラゴンさんは、お帰り願っちゃうよ!」

 

「『Evil☆Twin’s トラブル・サニー』の効果発動、自身をリリースして墓地の『イビルツイン』モンスターを2体特殊召喚、【突撃コーリング】。さあ、再びのオンステージだよ『Evil☆Twin キスキル』! 『Evil☆Twin リィラ』!」

 

「二人は同時に特殊召喚されたことで、どちらも効果は使える。『キスキル』の効果で1ドロー、さらに『リィラ』の効果で1枚カードを破壊できる。アニーちゃんは……そうだね。レベルの高い『レッド・スプリンター』の方を破壊するよ!」

 

 リィラがシャウトすると炎の馬が砕け散った。

 

「……ぬぅ。『レッド・スプリンター』がやられたか」

「シンクロは当然、チューナーと非チューナーが必要! でも、もうあなたは通常召喚権を使ってしまっている! あなたの場はチューナーだけよ」

 

「だが、この程度で止まる俺ではないわ! 手札の『使神官ーアスカトル』の効果発動、手札の『シンクローン・リゾネーター』を捨てて特殊召喚! さらにデッキから『赤蟻アスカトル』を特殊召喚だ!」

 

 『シンクローン』はファニマとのデュエルで見せたモンスター。破壊されていなければ、あの恐るべき無効効果を持つ【アビス】まで繋がっていた。

 だが、キングのデュエルは一つ妨害されたくらいで終わるものではない。

 

「モンスターと、チューナーが2体……?」

「そうだ、キングのデュエルは常識を超越する! 見せてやろう、2体のチューナーを使うシンクロを!」

 

「俺はレベル5『使神官』にレベル2『シンクローン』とレベル3『アスカトル』をダブルチューニング、王者の燎火(りょうか)が天地を焦がす! 悪魔が天地を踏み(なら)す! 今こそ見果てぬ荒野に君臨せよ、絶対王者! シンクロレベル10『レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント』!」

「――でも、王様だろうか入場料は絶対だよ。計800ポイントのライフは支払ってもらう!」

 

「ふん。タイラントを召喚できた今、800のライフごときどうでもよいわ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント』の効果発動! このカード以外のフィールドの全てを破壊する! 【タイラント・メテオ・エクスプロージョン】!」

「く。アニーちゃんのライブ会場が粉々に……!」

 

 文字通りにフィールドは焼け野原。全てが砕け散り、残り火がそこかしこで燃えている。その荒野の中で一人立つ暴君。

 

「『レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント』でダイレクトアタック! 【森羅爆砕撃】!」

 

◆『レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント』 ATK:3500

 

〇 アニーライフ:9200ー3500=5700

 

 炎纏う拳がアイドルを殴り抜く!

 

「う……きゃあああああ!」

 

・4ターン

 

 ボロボロになったアイドル衣装で毅然と前を向くアニー。通常のデュエルだからソリッドビジョンに過ぎないが、女の子としては受け入れがたい。だが、それはデュエリストとして立派な姿だ。

 

「アニーちゃんのターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見てニヤリと笑う。

 

「『タイラント』……凄い効果だね。でも、このスリリングで楽しいライブもそろそろお終い。そのモンスターさえ倒してしまえばあなたの手札は0、後はない。行くよ!」

 

 このターンでけりを付ける気だ。タイラントの攻撃で悲鳴を上げ、悲壮感ただよっていた観客が……突然湧いた。

 

「アニーちゃんは『Live☆Twin キスキル』を通常召喚! 効果でデッキから『Live☆Twin リィラ・トリート』を呼ぶ!」

 

「『キスキル』と『リィラ』の2体でリンク召喚、リンク2『Evil★Twin キスキル』! そして効果で墓地の『Evil★Twin リィラ』を蘇生! 『キスキル』モンスターが居る時に特殊召喚した場合、フィールドのカード1枚を破壊できる!」

 

「アニーちゃんは『レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント』を破壊! 閉幕ライブの祝砲を上げよう、【エビルシャウト】!」

「なんだと……! そんな簡単に……我が『タイラント』が!」

 

 全てを破壊する力を持つ究極の悪魔竜。だが、その力はあまりにも強大なために弱点がある。効果での除去が通じてしまうのだ。ファニマを苦しめた『スカーレッドレイン』があれば話は違ったのだが、彼の手札は0枚だ。

 

「2体のモンスターでリンク召喚、最高のアイドルはいつでも全力! 皆に笑顔を! リンク4『Evil★Twin's トラブル・サニー』!」

 

「ダイレクトアタック! 【エビルシャイン・ソング】!」

 

◆『Evil★Twin's トラブル・サニー』 ATK:3300

 

〇 スカーレッドライフ:3500ー3300=200

 

「ぬ……ぐおお! だが、俺のライフは尽きていない! キングはどんな時でも己のデッキを信じて戦う!」

「駄目だよ、閉幕ライブだって言ったでしょう! 『トラブル・サニー』、効果発動! 自身をリリースして墓地の『イビルツイン』モンスターを2体特殊召喚、【転換コーリング】。さあ、アンコールに応えてあげて、『Evil★Twin キスキル』! 『Evil★Twin リィラ』!」

 

 トラブルサニーが手を振り、姿を消すとキスキルとリィラが歓声に応えて同時にウィンクを返した。

 

「『キスキル』でダイレクトアタック、【ファントム・ソング】!」

「馬鹿な……このキングが破れるだと……!」

 

◆『Evil★Twin キスキル』 ATK:1100

 

〇 スカーレッドライフ:200ー1100=0

 

 キングが崩れ落ちた。ズタボロの姿は、そう……まさに元キング。

 

 そこに彼女が走り寄る。そこでソリッドビジョンは消えて、互いに奇麗な姿となった。

 

「ナイスファイト!」

「ふ……こういうのも悪くない」

 

 わずかに顔を紅潮させて、握り返した。

 

 

 





 ちなみにアニーちゃんと言う一人称は名前を覚えてもらう企業努力の一つという裏設定があります。


 また、前回にふわりの人格について追記しました。よろしければ見て行ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 アイドル熱戦

 

 

 拍手の中で終わったデュエルライブ。しかし、群衆を割って悠然と歩く者が居る。その、自信にあふれた姿は、もちろん我らがお嬢様。

 

「見ていられないデュエルだったわ、スカーレッド。相手がアイドルだからって浮かれて、鼻を伸ばした結果があれ?」

 

 憤懣やるかたないといった様子でファニマがステージに上がった。

 

「あの程度のステージでは不完全燃焼でしょう? だから、この私が相手してあげる、この学園最強のファニマ=ヴェルテが!」

 

 キングを蹴ってどかし、デュエルディスクを構えた。

 

「アイドルはいつでも飛び込み大歓迎! あなたがキングさんよりも強いって言うなら、不足なし! 行くよ!」

 

 そして、アニーも場の盛り上げ方については心得たもの。ノータイムで乗ってくる。

 そう。言うだけの実力はあると理解した、ならば全力でアイドルを敢行するまで!

 

「「――デュエル!」」

 

 キングを倒したアニーとファニマ。とんでもない好カードに観客が湧く。アニーはプロでさえ勝ち星を上げ続けているアイドルだが、集まった学生達はファニマほど強いデュエリストを知らない。

 たかだか学生レベルのタクティクスでは理解できるかすら怪しいほどの頂上決戦が目の前にある。これはもう、目に焼き付けないわけにはいかない。

 

・1ターン

 

「私の先攻!」

 

 ファニマがシャッと手札を引く。迷いなく動く。

 

「私は手札から魔法『おろかな副葬』を発動! デッキから魔法カード『トイポッド』を墓地に送る。そして『トイポッド』の効果でデッキから『ファーニマル・ドルフィン』を手札に加え、召喚! 召喚時効果発動、墓地の『トイポッド』を裏側表示で復活させ、デッキから『ファーニマル・ウィング』 を墓地に送る!」

 

 好調の滑り出し。そして、1ターンはまだ終わらない。

 

「さらに手札から魔法『魔玩具補修』を発動、『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加え、今加えた『融合』を発動。『チェーン』と『ファーニマル・ドルフィン』で融合、深き海の底から現れなさい『デストーイ・クルーエル・ホエール』!」

 

「墓地に送られた『チェーン』の効果、デッキから『魔玩具融合』を手札に加える。さらに『ホエール』の効果でEXデッキから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地に送るわ【マックス・ホエール】!」

 

 クジラが恐ろしげな声で雄たけびを上げた。

 

「そして私は裏側表示となっている『トイポッド』を表に変更。さらに墓地の『ウィング』の効果発動! 墓地の『ドルフィン』とともに除外し『トイポッド』を墓地に送ることで、2枚ドローと『ファーニマル・ドッグ』を手札に加える効果を使う!」

 

 今手札に加えたカードをチラリと見て。

 

「カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 無駄のない動きでカードを差し込み、ターンを終了させた。

 

場:『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:2600

魔法+罠:セット1

 

・2ターン

 

 悪魔宿りしクジラ、その姿を前にしてもアニーは朗らかに笑う。

 

「あは! 『ホエール』って子、凄い効果を持ってるんだね! でも、アイドルはめげない、挫けない! どんな相手だって当たって砕けるんだ!」

 

「アニーちゃんのターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、鋭く目を光らせた。

 

「私は手札から魔法『シークレット・パスフレーズ』を発動! 発動時の効果でデッキから魔法『Live☆Twin トラブルサン』を手札に加え、そのまま発動しちゃう! デッキから『Live☆Twin リィラ』を手札に加えるよ!」

 

「さあ、行くよ。またまたツインライブ開催だ! 今手札に加えた『リィラ』を召喚、そして効果発動! デッキから『Live☆Twin キスキル・フロスト』を呼ぶよ!」

 

 ギターをかき鳴らす青色の女の子、そこにファニマが割って入る。

 

「――私は手札の『エッジインプ・サイス』の効果発動! 自身と手札の『ファーニマル・ペンギン』で融合を行う。現れよ、2体目の『デストーイ・クルーエル・ホエール』!」

 

 ニタリと笑う。

 

「融合召喚成功時、『ホエール』は自分と相手のカードを破壊できる! 自身と『キスキル・フロスト』を破壊! 【ロアー・オブ・ホエール】! さらに『ペンギン』の効果で2枚ドローして手札の『ファーニマル・ドッグ』を捨てる」

 

 ライブに参加するために走ってきた女の子がクジラの叫び声に驚いて転んでしまった。

 

「さあ、フィールドの2体の片割れが消えた! 強力なリンクモンスターを呼ぶには複数のモンスターが必要よね? どうするのかしら」

「でも、手札の『Live☆Twin キスキル・フロスト』は、リィラが居る時に突撃ライブするよ! さあ、これで2体揃った! フィールドの『キスキル・フロスト』と『リィラ』でリンク召喚、リンク2『Evil★Twin キスキル』!」

 

「そして『キスキル』の効果発動! 墓地の『リィラ』を復活ライブ! 空から駆けつけてくれたオーディエンス『暗黒竜コラプサーペント』は、墓地の光属性モンスター『キスキル・フロスト』を除外することで特殊召喚できる!」

 

「『サーペント』と『リィラ』でリンク召喚、輝くライブへあなたをお招き! リンク2『Evil★Twin リィラ』! 『キスキル』とのダブルライブでクジラさんを破壊だ! 【エビルシャウト】!」

「ならば、私は墓地の『エッジインプ・サイス』を除外! 『ホエール』の破壊の身代わりとなる!」

 

「あれ? 二人のライブはお気に召さなかったかな? でも、無理やりでも満足して帰ってもらうよ。アニーちゃんはアイドルなんだから! 『サーペント』は墓地に送られると仲間を呼ぶよ! 墓地の『サーペント』を除外して、手札に加えた『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚!」

 

「アニーちゃんはリンク2の『リィラ』と『ワイバースター』でリンク召喚、リンク3『トロイメア・ユニコーン』!」

 

「『ユニコーン』の効果発動! アニーちゃんの手札を1枚捨ててクジラさんをデッキに戻す! 【ホーリー・スクリーム】!」

「……『ホエール』の効果でデッキから『デストーイ・リニッチ』を墓地に落とす。【マックス・ホエール】」

 

 墓地は肥えた。が、『ホエール』はデッキに戻ってしまった。これではデストーイお得意の復活もできない。

 

「『ユニコーン』が相互リンクの時に効果を発動したから、アニーちゃんは1枚ドロー! さらに墓地に送られた『ワイバースター』の効果でデッキから2枚目の『サーペント』を手札に加える! 満員御礼だよ!」

 

 ファニマの場は空。対してアニーの場には前回も見た光景が。……あのエースモンスターが来る。

 

「そしてリンク3『ユニコーン』と『キスキル』でリンク召喚、リンク4『Evil☆Twin トラブル・サニー』!」

 

「『トラブル・サニー』でダイレクトアタック! 【イービルキック】!」

 

◆『Evil★Twin's トラブル・サニー』 ATK:3300

 

〇 ファニマライフ:8000ー3300=4700

 

「……ぐ。ふふ、やはり2体の『ホエール』でもあなたを止められなかったわね」

「アニーちゃんはアイドルだからね! 手札を1枚伏せてターンエンドだよ!」

 

場:『Evil★Twin's トラブル・サニー』 ATK:3300

魔法+罠:『Live☆Twin トラブルサン』、セット1枚

 

・3ターン

 

 ファニマが悠然とカードを引く。

 

「私のターン、ドロー」

 

「……あなたの墓地の『フロスト』、止められないわね。私は『ファーニマル・ドッグ』を召喚、デッキから『ファーニマル・ウィング』を手札に加える」

「相手が効果でカードを手札に加えたとき、墓地の『キスキル・フロスト』を除外してアニーちゃんも1枚ドロー!」

 

「手札が増えても、このターンで倒せば関係ない。さあ、行くわよ!」

「また、融合が来るのね……!」

 

「手札から魔法『融合』を発動! 手札の『エッジインプ・シザー』に『ファーニマル・ウィング』、さらにフィールドの『ファーニマル・ドッグ』で3体融合! 昏き闇より現れ、全てを切り裂きなさい! 『デストーイ・シザー・タイガー』!」

 

「『シザー・タイガー』の効果発動! 融合素材の数……3枚のカードを破壊できる! よって、あなたのフィールドのカードは全て破壊よ!」

「でも、その前にわんちゃんの分と合わせて入場料は貰うよ! 永続魔法『トラブルサニー』の効果で400ダメージと400回復だ!」

 

〇 ファニマライフ:4700ー400=4300

〇 アニーライフ:8000+400=8400

 

「さらに『トラブル・サニー』の効果発動! 自身をリリースして墓地の『Evil☆Twin リィラ』と『Evil☆Twin キスキル』を巡業ライブ! とらちゃんを破壊アンド1枚ドロー!」

「私はセットした『トイポッド』を表に変更。そして墓地の『ウィング』の効果! 『ドッグ』とともに除外、さらに『トイポッド』を墓地に送り、2枚ドローして『ファーニマル・ペンギン』を手札に加える」

 

「手札から魔法『ダーク・コーリング』を発動! 手札の『EーHERO アダスター・ゴールド』と墓地の『チェーン・シープ』を除外融合! 現れなさい、闇に堕ちた悲しきヒーロー『E-HERO マリシャス・ベイン』!」

 

「さらに手札から魔法『魔玩具融合』を発動。墓地の『チェーン』、『ドッグ』、先ほど破壊された『シザー・タイガー』を除外融合! 『デストーイ・サーベル・タイガー』! 効果発動、『デストーイ・クルーエル・ホエール』蘇生! 【リターン・フロム・リンボ】!」

「強力な融合モンスターが三体並んだ! すごい展開力、前のターンにくじらちゃんを2体破壊して、ついさっきとらちゃんも破壊したのに……! でも、それでこそ戦いがいがある!」

 

「そして、『マリシャス・ベイン』と『サーベル・タイガー』は戦闘でも効果でも破壊されない耐性を持つ!」

「じゃあ、『リィラ』でも『トラブルサニー』でも破壊できないってこと……! 手札に戻せる『ユニコーン』もさっき使っちゃったし……!」

 

「次のターンなど、ない! 手札からペンデュラムモンスター『ファーニマル・エンジェル』をセッティング! その魔法効果を使用する。 墓地の『ファーニマル・ペンギン』を蘇生!」

「ペンデュラム!? うそでしょ、二つの召喚法を同時に扱えると言うの!?」

 

「いいえ。おじさまは出来るけれど、私には不可能だった。私程度ではこの子を魔法カードでもあり、モンスターでもあるカードとしてしか扱えない。けれど、あなたに引導を渡すにはそれで十分!」

 

「バトル! 『ペンギン』で『リィラ』を攻撃【ペンギン・アタック】!」

 

◆『ファーニマル・ペンギン』 ATK:1600

 VS

◆『Evil★Twin リィラ』 ATK:1100

 

「……く。『リィラ』……!」

 

 ペンギンの体当たりが女の子を破壊し、衝撃波がアニーの元まで届く!

 

〇 ライフ 8400ー500=7900

 

「『サーベル・タイガー』で『キスキル』に攻撃【サーベルダンス】!」

 

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:2800

 VS

◆『Evil★Twin キスキル』 ATK:1100

 

「『キスキル』……きゃああああ!」

 

 身の丈を超える刃が振り下ろされ、『キスキル』が成す術もなく両断される!

 

〇 ライフ 7900ー1700=6200

 

「『ホエール』の効果発動! EXから『デストーイ・ハーケン・クラーケン』を墓地に送り攻撃力をアップする。【マックス・ホエール】!」

 

「これにて閉幕。『ホエール』と『マリシャス・ペイン』でダイレクトアタック! 【ダークネス・ツイン・バースト】!」

 

◆『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:3900

◆『E-HERO マリシャス・ペイン』 ATK:3000

 

〇 ライフ 6200ー3900ー3000=0

 

「そんな……1ターンで5体も強力なモンスターを! 防ぎ切れな……きゃああああ!」

 

 強力な二重攻撃にアニーはなすすべもなく吹き飛ばされてしまった。

 

「……」

 

 デュエルディスクを閉じ、ファニマは悠然と倒れるアニーの元まで歩いていく。

 

「あなた、とても強かったわ。楽しかった、ありがとう」

「こんな強い人が居たなんて思いませんでした。アニーちゃんも楽しかったです!」

 

 差し出された手を握って立ち上がると、アニーは観客に手を振った。

 

「みんなー! 応援アリガトー! 惜しくも負けちゃったけど、みんな楽しんでくれたかな!」

 

 歓声が応えた。

 

「……」

 

 ファニマは歓声に応えず、ステージを降りていく。その直前、アニーにだけ聞こえる声量で。

 

「あなたなら、私のサロンに招いても良さそうね」

 

 それだけを呟いて、去ってしまった。

 

 

 






ちなみにキングをサロンに招いていない理由は、攻略対象だから勝手に気にしているのと、婚約破棄で男にトラウマがあるダブルパンチです。女だったら誘ってました。
サロンに行くと高級お茶菓子が食べ放題と言う特典付き。あと、学園で一番良い寝心地のソファがエールのために用意されています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 動き出す魔の森

 

 生徒たちがアイドルのライブに気を取られている間、フォシル・フューは魔の森を調査していた。彼はファニマがアイズ社長から借りてきた男だ。

 戦いにおいて情報収集をせずに勝てるのは主人公と言った運命に選ばれた者の特権だ。それに、ゲームと現実は違う。自業自得かもしれないが、生徒が襲われたなどゲームでなかったイベントだった。

 

「……これは、まずいナ。機器のあらゆる値が異常を示していル」

 

 彼は背負ったバッグから機械を取り出して何やら弄っていた。表情は浮かない。そう、日も高いのにこれほど禍々しい魔力が溜まっているのは尋常ではない。

 異常が起こっていると言うエビデンスが取れてしまった。ファニマの言葉は正しかったが、正しくあって欲しくはなかった。

 

「こりゃ、姫サマの心配も杞憂で済みそうにはないネ」

 

 元から狂言は疑っていない。ただ、思っていたよりも具合が悪い事態に発展している。ここに立っていることですら既にリスクである、とんでもない危険地帯だ。

 フュー自身もデュエルの腕に自信を持っているが、魔と戦いたいわけじゃない。

 

「中国のコトワザで言う虎穴にはいらずんば虎児を得ずってね。信頼してるぜ、俺のデッキ。さあ、共に闇の深奥へ向かおうじゃねえカヨ」

 

 だが、不敵な笑みを浮かべ道なき道を歩む。瘴気はいよいよ物質化しするほどに濃くなり行く手を阻む。不気味に曲がりくねった枝が引っかかるが、特別製の服を着ている。その程度ではほつれもしない。

 

「これは、何ダ?」

 

 うっそうと茂った森の奥。太陽の光すら届かぬ深淵の中には、闇の神殿があった。それは、冒涜的な角度でねじ曲がった柱で支えられた、見るだけで人の瘴気を侵す狂った神を祭る邪なる聖域。

 

「――どこに行こうと言うのかね。ここは人間ごときが足を踏み入れてよい場所ではないというのに」

 

 どこからともなく、傲慢さと冷酷さをにじませた冷たい声が降ってきた。

 だが、フューは事前に周囲と神殿には誰も居なかったことを確認している。彼は、幽霊のように忽然と現れた。

 

「番人と言うわけか!」

 

 フューは振り向くと同時、デュエルディスクを展開した。一瞬でも気を抜けば、やられると確信する。

 敵の姿を視認した。サングラスに黒服の男、一見した限りでは人間だ。だが、どことなく非人間的な気配がする。

 

「ほう。多少は心得があるようだ。……だが、デュエルとは本来神へ捧ぐもの! 人間ごときが我が物顔でそれを使うものではないのだよ!」

「……ハ、人間とはデュエルできないってか。それとも、臆病風に吹かれたかイ?」

 

「私が怖気づいたと? 良かろう! 貴様にはもったいないが、邪神に捧げる贄として闇のデュエルを執り行う!」

「望むところダ!」

 

 奴が左腕を掲げた。そこから骨のようなおぞましいデュエルディスクが生えてくる。吐き気がするほどの瘴気、心得のない人間では前に立つことすらできない領域。

 

「神聖なるデュエルと人間の魂を、御身に捧げます。我が神よ」

「貴様、人間じゃないダロ?」

 

「先ほどからそう言っている」

 

 フューは奴から視線を動かさず慎重に周囲の気配を探った。他の気配は感じない。油断した隙に後ろからグサリは、おそらくない。

 ゆえに、まずはこの敵を倒すことに集中する。

 

「「――デュエル!」」

 

・1ターン

 

「先攻は私だ!」

 

 人外の男がカードを引く。まるでマリオネットじみた、関節があるとは思えない気色の悪いその動作。

 

「……さて、何が来ル?」

 

 フューは最大限に警戒する。これは儀式を超えた闇のデュエル。敗北した魂は、二度と太陽の光を拝むことはできないだろう。

 

「私は手札から永続魔法『未来融合』を発動、このカードは1ターン後の未来に融合素材をデッキから墓地に送り、2ターン後の未来に融合召喚する!」

「融合か! だが、融合ならヴェルテの十八番だ。人間を舐めるなよ」

 

「ふふ。人間を舐めるな、か。どうも君は融合のことを良く知っているようだ。博識な君は知っているかな? この最強のカードを。私は『F・G・D(ファイブゴッドラゴン)』を選択!」

「F・G・D……! そいつは数あるデュエルモンスターズの中でも最高峰の攻撃力を持つと言う……ッ」

 

 その存在はフューも知っていた。攻撃力5000という超弩級のモンスター、一度現れれば大ダメージは免れない。

 それを超える攻撃力のモンスターを出す手段は、フューにはない。

 

「私はさらにカードを2枚セットしてターンエンド。さあ、君のターンだ。おっと、サレンダーは無駄とだけ言っておこうか。闇のデュエルはどちらかの魂が砕けるまで止めることは許されない」

 

 彼は傲慢に笑ってターンを終えた。

 

場:

魔法+罠:『未来融合』、セット2枚

 

・2ターン

 

「だが、あんたの場はがら空きだぜ。ダイレクトアタックを決めてやるヨ!」

「ふふ。そううまく行くかな?」

 

 ちら、と目線を合わせてフューはカードを引く。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 2ターン後に現れるのは超強力モンスター。だが、2ターンは長い。2回攻撃するチャンスがあるのだから、そこで仕留めるまでとフューは殺気を向ける。

 

「俺は手札から魔法『手札断殺』を発動! 『風化戦士』と『怒気土器』を捨てて2枚ドロー! そちらもドローを行うがいい!」

「では、私は『トライホーンドラゴン』と『輝光竜セイファート』を捨てて2枚ドローさせてもらおう」

 

 やはり彼は人外じみた動きでドローを行う。

 

「効果によって墓地に送られたとき、『風化戦士』はデッキから『化石融合ーフォッシルフュージョン』を手札に加えることができる! 今手札に加えた魔法『化石融合』を発動、墓地の『怒気土器』と貴様の墓地の『トライホーンドラゴン』を除外して融合ダ! 『化石融合』は相手の墓地のモンスターも融合素材にできるンダ!」

「なに……我が墓地の『トライホーン』が除外されただと!?」

 

 ドラゴン族は墓地のアドバンテージを重視する。今除外されたのは決して小さい被害ではない。

 

「遥か古代の王者! 既に滅びしその姿を現代に再臨し、その雄々しき牙で敵を噛み殺すがいい! 融合召喚、『古代化石竜スカルギオス』!」

 

 骸骨の竜ががしゃがしゃと身体を動かす。骸とはいえ、古代世界の王だったもの。その威容は敵を震えあがらせる。

 

「そして『マスマティシャン』を召喚、効果でデッキから『シェル・ナイト』を墓地に送る。そして、墓地に送られた『シェル・ナイト』の効果! デッキからレベル8『地球巨人ガイアプレート』を手札に加える!」

 

 フューが一瞬だけ目を細める。『ガイアプレート』はそのまま特殊召喚できる。だが、2枚の伏せカードがある。

 あれがもし強力な罠だった場合、『ガイアプレート』まで失ってしまうことになる。そして、3体でもライフ8000は削りきれない。ならば。

 

「バトル! 『古代化石竜スカルギオス』、『マスマティシャン』。ダイレクトアタックだ! 【ダブルバイト・ロック】!」

 

◆『古代化石竜スカルギオス』 ATK:3500

◆『マスマティシャン』 ATK:1500

 

 そして、フューは彼が三日月の笑みを浮かべたことで罠だったのだと確信する。

 

「愚かな。ただの攻撃が、この邪神の遣いに通用するものか。自身の弱さを呪い、無念のうちに朽ち果てよ! トラップオープン、『聖なるバリア - ミラーフォース - 』! 貴様のモンスターを全滅させる!」

「なん……だとォ!? 伝説級のカード。そこまで強力な罠を使いこなすのカ!」

 

「その通り。地上を人が支配するのは間違っている。真に優秀なのは我々魔に属する側なのだよ」

「だが、”化石”融合モンスターが破壊されたとき、墓地の魔法『化石融合』は手札に戻ル! さらにバトルフェイズを終了、墓地の『シェル・ナイト』と『スカルギオス』を除外して手札から『地球巨人ガイアプレート』を特殊召喚!」

 

 あれが罠なのは疑っていた。だからプランBは用意してある。

 

「『ガイアプレート』は戦闘を行う時、相手モンスターの攻撃力を半分にする! 俺はカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

場:『ガイアプレート』 ATK:2800

魔法+罠:セット2枚

 

「なるほど、そのモンスターは我が『F・G・D』の対策か。攻撃力5000の大型モンスターだが、半減させられては2500。貴様の『ガイアプレート』には敵わない。……などと思っているのなら、甘いぞ!」

「なに!? まさか、エンドフェイズに仕掛けてくるか!」

 

「そうだ! 私は伏せていた速攻魔法『スケープゴート』を発動! 4体の羊トークンを生み出す! ただし、このターン私はこれ以上の特殊召喚はできなくなる。もっとも、今はまだ貴様のターンだがな」

「……ミラーフォースと合わせて二重の防御。トラップを対処しても壁がある。そこまで防御を固めていたか」

 

「否、これは攻めのためのカードなのだよ。次のターン、君の生を絶望のうちに終わらせてあげよう。苦痛も、悲哀も、全ては生きているがゆえ。死は救済なのだ」

 

・3ターン

 

「私のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを碌に見ずに、敵は三日月の笑みを浮かべて殺意を飛ばす。

 

「そして、このターン『未来融合』の効果でデッキから5枚のドラゴン族モンスターを墓地に送る!」

「……好きにしろ」

 

 フューは苦い顔をする。墓地に5体のドラゴン族が置かれた。『F・G・D』降臨は次のターンだが、これは厄介だ。

 

「そして――ふ、このカードは何か、貴様は分かっているのだろうな。融合を得手とするのなら、強力な融合カードの一つや二つを知らなくては恥と言うものだ」

「お前はドラゴン族の使い手。……ならば、そのカードはやはり『竜の鏡』か」

 

「……ふ。だが、その前に! 貴様には圧倒的な絶望をプレゼントしよう! 私は手札から『アボイドドラゴン』を通常召喚。羊トークン2体で連続リンク、現れろ2体の『リンクスパイダー』!」

 

「そして、フィールドの5体をリンクマーカーにセット。現れろ、究極のモンスター! 5つの魂より降臨し、地上の全てを燃やし尽くせ! 『L・G・D(リンクゴッドドラゴン)』!」

「リンク……! 融合だけじゃないのカヨ」

 

「そして、聡明なる君のご存知の通りに『龍の鏡』を発動、墓地のドラゴン族5体を除外し、このカードを融合召喚! 5体の竜が交わりしとき、地上で最も邪悪なるモンスターが誕生する! 出でよ、『F・G・D』!」

 

「そして、『L・G・D』で『ガイアプレート』を攻撃!」

「なに!? だが、俺の『ガイアプレート』には攻撃力半減効果がある!」

 

「『L・G・D』は他のカード効果を受けない! よって、攻撃力半減効果は無効! その哀れなモンスターを引き裂け【フィフス・リンク・ゴッドフレイム】!」

 

◆『L・G・D』 ATK:5000

 VS

◆『地球巨人ガイアプレート』 ATK:2800

 

「ぐ……があああああ!」

 

〇 フューライフ 8000ー2200=5800

 

 土の巨人は燃やし尽くされ、フューもまたその魂ごと燃やされる! 凄まじい苦痛にフューは叫ぶ。

 このままでは、デュエルが終わる前にフューの命が燃え落ちてしまう。

 

「さらに『F・G・D』でダイレクトアタック! この力、人間ごときには耐えられまい! やれ【フィフス・ヘッド・ゴッドフレイム】!」

「ぐ……! だが、永続罠『化石岩の解放』を発動! 除外されている『怒気土器』を特殊召喚、守備表示!」

 

◆『F・G・D』 ATK:5000

 VS

◆『怒気土器』 DEF:500

 

「ぐあっ!……だが、俺はまだ生きてるゼ! モンスターとの絆が俺を生かしてくれた! これでお前の攻撃は終わりか!」

 

「なるほど。今の一撃でライフを削りきれずとも魂を砕くには十分だと思っていたが……まさか盾を用意するとはな。だが、『L・G・D』は他のカード効果を受け付けない究極の耐性を持つ。そして『F・G・D』とともに、光モンスターでなくては戦闘破壊できない」

「まさか、カード効果を受けないモンスターが居るとはネ。すさまじい耐性、それに次のターンには『未来融合』の効果で最初の『F・G・D』まで召喚されるというわけカ」

 

「そうだ。これこそが我々魔に属する者のデュエル。お遊び半分の人間たちとは違うのだよ。もっとも『L・G・D』は、その強力な効果の代償として君のターン終了時に私の墓地のカードを5枚除外する必要があるのだが」

「墓地の……? そうか、あの連続リンクはそのためニ!」

 

 奴の墓地は8枚。そう、『リンクスパイダー』2体を出していなければ6枚。なんとか化石融合で相手の墓地を2枚除外すれば、次のターン終了時に『L・G・D』は自らの効果で消えていた。2枚除外は自爆特攻で『化石融合』を手札に戻せば難しいことではなかったはずなのに。

 では、更にもう1ターン耐えるか? 効果を受けない耐性、2体目の『F・G・D』まで出てくるのに。

 

「さあ、脆く儚い人間よ。この圧倒的な絶望を前に何をしてくれる? 私はこれでターンエンド」

 

・4ターン

 

 だが、攻撃力5000のモンスター2体を前にフューは不敵に笑って見せる。彼が喰らった一撃は決して浅くないのに。

 それが闇のデュエル。儀式のデュエルが誇りを賭けた決闘ならば、魂を賭けた殺し合い。

 

「へえ。戦闘破壊できない……ね。イイこと聞いたぜ、あればいいってわけじゃないと教えてやるヨ。人間を舐めるな。人間がその歴史の中でどれだけデュエルのテクニックを磨き上げて来たか、わからせてやル」

 

 ――激痛をこらえ、カードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 焼け焦げてボロボロになっている。だが、威風堂々と敵に立ち向かうのだ。攻撃力5000、それも耐性まで持っているモンスターだが、立ち向かう術はある。

 

「手札から再び魔法『化石融合』を発動! 墓地の『風化戦士』と『ガイアプレート』を除外融合! 現れよ、新たなる古代の最強マシン。その雄大なる躯体で世界を巡れ! 『古生代化石マシン スカルコンボイ』!!」

 

 それは骨を纏う装甲車。凄まじい速度で疾走し――F・G・Dはその加速について来れない。置いて行かれる。

 

「『スカルコンボイ』がある限り、相手の場のモンスターの攻撃力はその元々の守備力分ダウンする!」

「『L・G・D』は効果を受けず、守備力もない!」

 

「だが、『F・G・D』の守備力は5000。……よって、攻撃力は0だ!」

「ぐ……だが、貴様のモンスターの攻撃力はたかが2100! それでは私のライフは削り切れない! そして、次のターンで『L・G・D』によって破壊すれば、その効果もなくなる!」

 

「それは貴様のライフが残った場合の話だ! バトル! 『スカルコンボイ』はモンスターに3回攻撃できる! 受けろ【トリプルアクセル・ストライク】!」

 

◆『古生代化石マシン スカルコンボイ』 ATK:2100

 VS

◆『F・G・D』 ATK:0

 

〇 ライフ 8000ー2100ー2100ー2100=1700

 

 超高速で走るスカルコンボイが後ろを振り返る、無防備なF・G・Dに体当たりし、その衝撃が謎の男を引き裂いて行く!

 

「ぐ……があああああ! まさか、破壊耐性を逆利用して私のモンスターを的にしただと!?」

 

 膝をつく。人外とは言え、奴もダメージを受ける。だが……今の連続攻撃では倒すには至らない。

 

「だが、私のまだライフは残っている。詰めが甘かったな」

 

 今にもちぎれそうな腕でデュエルディスクを保持する。身体がぐちゃぐちゃなのに、その声は恐ろしいほど落ち着いていた。

 

「俺のターンが終わりだって? 勝手に人のターンを終わりにしないでもらいたいネ! 伏せていた速攻魔法『マグネット・リバース』を発動!」

「馬鹿な……速攻魔法だと!? そうか、貴様もまた攻撃のためにカードを伏せていたのだな!」

 

「ああ、そうだ! このカードは墓地もしくは除外された通常召喚できない機械族・岩石族モンスターを特殊召喚できる!」

「除外された……では、あの時に攻撃力が高い方を選択しなかったのは!」

 

「そう、この瞬間のためサ! 戻ってこい『古代化石竜スカルギオス』! 『F・G・D』に4度目の攻撃! 【タイラントバイト】!」

 

◆『古代化石竜スカルギオス』 ATK:3500

 VS

◆『F・G・D』 ATK:0

 

〇 ライフ 1700ー3500=0

 

「馬鹿な。この私が、人間ごときにィィィ!?」

 

 スカルギオスの牙がF・G・Dごと彼を八つ裂きにした。

 

「――オレの勝ちだ」

 

 デュエルが終わり、フューはへたりこんで空を見上げる。

 

「ああ、きっつ。滅茶苦茶痛ェ、こいつはもう本当にヤバイところまで進んでますぜ。なあ社長、姫サマ……」

 

 ボヤいて、バッグからいくらか機械を取り出してごそごそやった後、すぐに立ち上がって来た道を引き返す。

 調査にかけた時間は5分ほどだ。ここは特級の危険地帯だと理解した。すぐに去らなければ自分の命が危ないと判断し、引き際は見誤らない。

 

 





ちなみに手札運が良い人、悪い人と言うのは居ると思います。
私は後者です。「ヌメロン」を使えば3割以上事故り、融合フェスで「D-HERO」出張セットを使えば、4枚すべてが手札に揃えたことも(しかも先行)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 作戦会議

 

 

 アイドルのライブ、そしてフューが闇の遺跡へ侵入した三日後。アニーがファニマのサロンへ顔を出した。

 

「やあ、久しぶりだね!」

 

 あっけらかんとした顔でやってきた。彼女は学園に転校してきた。そして、転校してきたからには友達を訪ねるのも当然だろう。お誘いも受けたことだし。

 ……ファニマはある意味では教師以上のアンタッチャブル=権力者だが、そこを気にするアニーではなかった。

 

「あら、いらっしゃい。この学園の居心地はどうかしら?」

「いやあ、以前の学校だと遠巻きにされちゃったりしたけど、ここは親し気に話しかけてくれる生徒さんが多いね! それに、待遇もいいし!」

 

 メイが彼女の分の席を引く。アニーは遠慮なくその席に座った。

 

「では、メイはアニーさんの分の紅茶を用意しますね。暫し、お嬢様のお話相手になってあげてください」

 

 紅茶を淹れに奥に引っ込んだ。

 

「そうね。元々この学園は王族・貴族が通うものだから平等という考え方が薄いのよ。身分の差が前提にあって、その人によって扱いを変えるのは学園組織としてはありえないわね?」

「ああ、そういうこと。アニーちゃんはアイドルだから授業に出れないから授業免除してくれたけど、そういう考えの違いなんだ。そういう教育的スタンス? とか、あまり考えたことなかったなあ」

 

「学生の考えることではないわね。ちなみにそこの働きかけはヴェルテからだったりするわね。経済を動かすほど”力のある”人間の時間を拘束するのは無駄だもの。それで現状、血筋で授業免除されているのがヴェルテの小娘一人だけなのは笑い話ね」

「あなたも凄い人だと思うわよ? あれ、でも待って。王子様も居るんでしょう? その人は条件を満たしているんじゃない? あのキングさんはなんか自称みたいだけど」

 

「ああ、あいつらのは親の教育方針。もっとも、そこら辺を決めているのは王室でしょうけど。息子の教育方針に口も出せない父親って言うのはずいぶんと冷淡だと思わない? 私はお父様の言う通りにここに通っているのに」

「ふーん、王子様って言っても遠目にしか見てないけど色々大変なんだね。なんか二人もいるらしいけど、そういえば弟の方は……」

 

 そこに、紅茶を淹れて来たメイが慌ててやってくる。

 

「アニー様、紅茶です! お菓子はどれがよろしいでしょうか!?」

 

 慌ててがちゃがちゃと音を立てながら置くと、一つお菓子が転がって行く。

 

「ふふ、メイってば慌てんぼね?」

 

 転がって行ったそれを手に取ってぱくりと食べてしまった。行儀が悪いと自覚して、くすくすと笑う。

 

「それで、アニー様! 今日はどのようなご用事で!?」

「ああ、うん……誘われたから来ちゃった。ちょうど暇だったし。……授業を中途半端に受けても効率が悪いのよね」

 

 アニーも一つ取って、大口を開けてパクリと一口。異性が居ないと言うのも気楽なものだ。

 

「そう? まあ、授業レベルであれば私が教えてあげられるけど」

「ほんと? やりい!」

 

 話題が別の方向へ逸れていってメイが胸を撫でおろす。

 

「それにしても教師に聞きに行った方が良いと思うのだけどね」

「いやあ……なんか、行きにくいじゃん?」

 

「気持ちは分からないでもないけどね」

「あはは……ご迷惑おかけします……学年1位様」

 

「どこでそれを?」

「いやあ、皆言ってるし。アニーちゃん、魔王に挑んだ勇者扱いだよ? 挑めただけ凄いってさ。まあ、皆ネタで言ってるだけだけどね」

 

「……あなた、コミュ力高いのね。たったの三日でしょう? それでここまでクラスメイトに溶け込めるなんて」

「まあ、アイドルは愛想の良さが売りみたいなところあるから」

 

「それは私の方が教えてほしいかも」

「あは! 教える教える! ま、周囲のイメージが固まってると覆すのは難しいものだけど。ね、悪の女王様?」

 

「やっぱりそんなイメージなのね」

「でも、雨に濡れる仔犬に傘を貸してあげるような良い不良?」

 

「コメントに困る」

「あはは。まあ、悪い噂じゃないから安心してって」

 

 くすくすと世間話に興じる女の子達。そこに不機嫌な幼女の声が突き刺さる。

 

「――呑気なものね」

 

 ソファでまどろんでいたエールがむっくりと起き上がった。

 

「エール? どうしたの、あなたの分はちゃんと別によけてあるけど」

「そういうことじゃないわ、ファニマ」

 

「アイドルなんて、所詮は人気稼業。吹けば消える一過性の熱狂、うたかたの夢。熱狂する愚民も、顔も知らない誰かの人気を集めるだけのお人形。……下らない」

 

 吐き捨てた。

 

「聞き捨てならないね。アニーちゃんはアイドルに誇りを持ってる! たとえ時が経ってアニーちゃんが忘れ去られても! ライブの時に見せてくれる笑顔は本物だ! それが一瞬だったとしても、その刹那は真実だってアニーちゃんは思ってる」

 

 椅子から立って指を突き付けた。

 

「ふん、笑顔なんて現実の前には一瞬で吹き飛ぶわ。愛だの恋だの言ったところで、現実の前に意味はない。世界を支配しているのは血と鉄よ。人間の歴史はいつだって、人間を殺すことで紡がれてきたのだから」

「いつまでも前と同じじゃ芸がない! アニーちゃんは誰かに笑顔を与えるために、いつだってどこだってライブを開く! その一瞬一瞬がアニーちゃんの宝物で、真実だ!」

 

「……」

 

 ファニマは傍で見ているだけだ。持論など持っていない。今、学園でデュエルの腕で君臨していることですら、借り物だ。

 本来のファニマにそんなタクティクスはない。融合した魂が消えれば、それも消えるだろう。”世界”、それを語れる言葉がない。

 

「あの二人、相性悪いみたいですね」

 

 メイが囁いてくる。彼女はその話に参加する資格はある。メイはずっとお嬢様に仕えるメイドとして生きてきた。

 年幼い彼女が長年そうしてきたのだ。幼い方がずっと洗脳にかかりやすいのは言うまでもなく、ゆえにメイにはもう他の生き方など想像できない。

 

 ――メイの世界はお嬢様と自分、そして屋敷で完結する狭い世界。だが、そこが狭かろうが”世界を知っている”ことには変わりない。

 

「そうね。エールは可愛らしい女の子だけど、その商売分野は戦場よ? 死の商売人と呼ばれる類ね。人に笑顔をもたらすアイドル家業とはまるで正反対」

「……ううん、仲良くしてくれると嬉しいんですけどね」

 

「いかにもメイって感じの感想ね?」

「あ、馬鹿にしてますね! メイだって怒る時は怒るんですよ」

 

「こわくないわねえ」

「もう!」

 

 こっちはこっちでわいわいやっていた。もっとも、険悪な雰囲気はどこにもなかったが。

 

 

 

 そして、そのうちにもう一度ドアが開く。

 

「――やあ、姫様。全てが分かったわけではないが、中途報告に来たヨ。……あ、いや。ちょっとタイミングが悪かったみたいネ」

 

 フューが来たが、開いた扉をそっと閉じようとする。

 

「フュー様! 来たんならあの二人を止めてください!」

「おいおい、無茶を言わないでくれよ、メイ。というか、あのかわいい嬢ちゃんはどこのどなただい?」

 

「この子はアニー・フロスト。強いから戦力になるわ。まあ、それも校内に居るときにコトが起きればだけれど」

 

「あう! アニーちゃんを知らない人が居るなんて! アニーちゃんはアイドルやってます!」

「ほう、こんな可愛い子の歌なら一度聞いてみたいものだネ」

 

「じゃあ、特別にショートバージョンを一曲!」

 

 今にも踊り出しそう。サービス精神旺盛だ。

 

「フュー。その子に構わないで。早く報告を」

 

 一方でエールは機嫌悪げにベッドの上で腕を組んでいる。誰が見ても分かるほどスネている。

 

「……どうする、姫様?」

「そうね、報告の方をお願い。アニーも聞いておくといいわ」

 

 アニーは一旦エールから離れてファニマ達の席に戻る。エールは相変わらず専用のふかふかソファーに陣取っている。

 

「お、おう。では、単刀直入に言わせてもらうが……かなりヤバイ状況だ。今日明日にでも何かが起こるかもしれない」

「……何かとは?」

 

「分からない。けれど、【魔の森】から悪霊が溢れてくるかもしれない。もしくは何かしらの天災が起きても不思議じゃない」

「そんなにマズイことになっているの? 早すぎる」

 

 ファニマが目を逸らした。それはゲームの知識、まあ使い物になるかは怪しいところだが……それでも開始時期の検討くらいはつけられると思っていた。

 本格的な人と魔の抗争は、攻略対象たちに鍵を渡してからのはずだった。そこを区切りとして動くつもりだった。

 

「フュー、データを見せて」

「あいよ、エール様」

 

 敬称は敬称でも、ファニマとは響きが違う。エールはお子様の外見だが、こと戦争に関わりのある人間であれば知らない人間はいない。ウィッチクラフト製の最新兵器を知らずに戦争をすれば、即ち負けだ。

 尊敬されるだけの理由はある。もっとも、それ以上に命を狙われる理由もあるけれど。

 

「……ふうん。その見方は妥当ね」

 

 雑多なデータが多重に表示されていて、見てもファニマには何が何やら分からない。

 

「お嬢様? お嬢様には分かります?」

「分からないわね。けれど、信用する専門家のことを信じればいいのよ。理論的には正しくても都合が悪いことがあるから、そこは別の専門を用意しておくのが政治家だけど」

 

「なるほど……!」

 

 まあ、そういうことだ。理論は重要じゃない。テレビが映る原理が分からなくても、ボタンを押せば電源が付くことが分かっていればそれでいい。

 知らなくてはいけないのは理論が導く結果の方だ。

 

「それで、フュー。時間は特定できる?」

「無理だよ、姫様。さすがにデータがなさすぎて判断付かなイ」

 

 おどけて首と手をひらひら振って見せた。ふざけてはいるが、声音は真剣だ。ここに居る誰もが無駄に犠牲が増えることは望んでいない。

 むしろ、減らせるものならば減らしたいと願っている。

 

「警告も無理そう?」

「閾値の設定も無理だしな……いや、コトが起きなきゃ駄目だ。姫様は校舎の閉鎖も考えてると思うが、このデータじゃ説得材料には弱いと思う。悪いが」

 

「――別に、そんなこと考えてないけど」

 

 つい、と目線を逸らした。

 

「こういうのがツンデレって言うのかしらね。で、フュー。そうすると、あなたはどう動く気?」

 

 エールはそんなファニマを見て艶然と笑う。

 

「遺跡を探索する。強力な悪霊が守っているから調査が進んでいない。だが、手がかりはあるはず」

「手助けは必要?」

 

「必要ない、俺はソロでやるのが慣れてる。んじゃ、もう一潜り行ってくるゼ」

「待ちなさい、非常時の動き方を決めておきましょう。戦力は揃っているのだから、遊ばせておくのももったいないわ」

 

「さすがエール様、ご慧眼だ。ぜひとも戦力配分のご意見まで伺いたいところだね」

「メイ、学園の地図を。相手が少数なら各個撃破すればいいけれど、多数だったりした場合は適当に分散するのは効率が悪い。片端から殲滅していくには……そうね、このルートを使えばいいと思うわ」

 

 机に地図を広げて、遠慮なくペンを滑らせる。届かないから椅子の上に立っているのがまた可愛らしいが、戦術はガチだ。

 

「なるほど。良い戦略眼だな。だが、生徒が残っている場合のことを考えると、避難場所が必要だな。そうだな、体育館を避難所にすればいいダロ」

「そうね。そこに押し込めておけば邪魔にならないわね。ファニマも、それでいいかしら」

 

「ええ、あなたたちの策ならば間違いはないでしょう。アニー、あなたはどうする? 来たばかりでよく分からないでしょうけれど、この学園に魔の脅威が迫っている。あなたには逃げるという選択肢がある」

「ふふん。ファニマちゃんはアイドルを誤解しているわ。アイドルはいつだって命がけ! 誰かに笑顔をプレゼントするため火の中水の中ってね!」

 

「そう。……あなたも、お人好しね」

「誰に言われたわけでもなくそれをやってるファニマちゃんが言う?」

 

「ふふ、確かにそうだった」

 

 一息ついて、厳かに宣言する。

 

「始めましょう。魔の脅威を払いのけんがため、【ヴェルテ・ユニオン】は行動を起こす。地上の支配者が誰であるのか、身の程知らずに教えてあげましょう」

 

「「「――おう!」」」

 

 と、拳を合わせた。

 

「あれ? アニーちゃんも入ってる?」

 

 一方で、首をかしげた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 混乱

 

 

 ファニマはいつものごとく居座ってサボっているエール、そして最近出入りするようになったアニーの四人で机を囲んでいる。

 なんだかんだで相性の悪いエールとアニーだが、お菓子と紅茶の前で喧嘩はしない。

 

「……平和ですねー」

 

 メイが紅茶を淹れながら呟いた。

 

「そうね。けれど――いつまでもつか」

 

 その瞬間、世界が揺れた。

 

「きゃあ!」

「メイ!」

 

 カップを取り落とし、倒れかけたメイをファニマが立ち上がって支える。そして、油断なく周囲に目を配る。

 

「……地震? アニーちゃん、こわーい!」

 

 アニーはささっと机の下に隠れた。身のこなしが素早い。

 

「なるほど。これは……始まったわね!」

 

 逆にエールは椅子の上に立ち上がった。ゆれても落ちる様子がないのは、”立っていないから”。浮かせた箒を掴んでいる。

 

「エール、ついに来たのね。この時が」

 

 メイを抱きしめたままファニマがエールと視線を交わす。

 

「そうよ。邪神の復活が始まる、そして邪神の落とし仔どもが騒ぎ始めた」

 

 そのエールはくすくすと艶然と笑っている。想定していた中でも最悪の事態だ。魔の森から落とし仔共の侵攻が始まった。

 エールは生徒の心配などしていなくて、新兵器を試せるのが嬉しいのだろう。警告すら出せていないから、その生徒たちは怯え惑い……そして奴らに魂を奪われることだろう。

 

「この混乱。私たちも対処に向かう必要があるわね。……フュー!」

 

 スマホを耳に当てた。……が、雑音しか聞こえない。

 

「チ。瘴気の蔓延が電子機器を狂わせているわね」

「まずは雑魚を片付けないと始まらないわ」

 

「ええ、それも落とし仔達が魔の森から溢れ出すなんて――ね。フューの上げたシナリオの一つではあるけれど、実際に起きるとは正直私も疑っていたのよね」

「あなたが狩っていたしね、ファニマ」

 

「こうなるんだったら、暇つぶしじゃなくてもう少し真面目にやっておいた方が良かったわね」

「どうせ犠牲になるのは愚にも付かない生徒どもよ。強いデュエリストなら、助けるまでもない。自分で戦えるわ」

 

 そこに、扉がバンと開かれた。

 

「ファニマ! この騒ぎはどういうことだ! お前なら何か知っているんじゃないか!?」

 

 慌てた元婚約者殿がやってきた。後ろには兄も居る。

 

「変態、来たのね。詳しい事情が知りたければ後で校長にでも聞きなさい。私たちは生徒たちを襲う敵を始末する。あなたはエレメとともに避難誘導を行いなさい。避難場所は体育館で良いでしょう。あそこは頑健な建物だわ」

 

 一気にまくし立てた。初手から”これ”は予想外でも、学園内での市街戦は予測済みだ。当然、避難場所に相応しい場所も選定してあった。

 

「了解だ! 誘導係と言うのは忸怩たる思いだが、誰かがやらねばならぬし俺はお前に勝っていないからな! 校長に話を聞くときはお前も来いよ!」

 

 走って行った。思い込みの激しい男だが、その分行動は速い。逃げ惑う生徒たちは彼に任せればよいだろう。

 

「行ったわね。ならば、反撃を始めましょう。人がただ狩られるだけの存在ではないことを、文字通りの人でなしに教えてあげましょう」

 

 ファニマが宣言する。纏まりなどなさそうなこのメンバー、リーダーを務めるとすればスポンサーの彼女しかいない。

 

「三……いえ四手に別れて敵を撃滅するわ。サーチアンドデストロイ、目についた端から始末していく。結局はこれが一番被害が少なくなるはず。あの変態がディフェンス、私たちがオフェンスよ」

 

 そして、スマホに学園の地図を出す。電波が死んだだけで、電気機器がおかしくなったわけではない。そして、ある地点を指さして。

 

「フューはここに居る。これはGPSが途切れた時点での位置だけど、彼も戦っているはず。取り決め通りに動くわ。エールはこちらの方面へ。アニーはこちら。私はこのルートで敵を殲滅する。今一度の確認は済ませた? では、学園を救いに行きましょう」

 

 三者が向かい合わせに顔を合わせ、頷いた。

 

「作戦開始!」

 

 サロンを出て、走り出した。

 

 そして、一番初めに敵と出会うのは箒という最強の移動手段を持つエールだった。

 

「さあ、見つけたわ。叩きのめしてやるわよ、アイネ!」

「ええ、あんな奴らに学園を好きにさせるわけは行かない」

 

 そして、敵――瘴気が凝ったような不定形が相手だ。人を喰らう闇の球体が獲物である学園生に迫るのをやめて、彼女たちを見据えた。

 その球体からデュエルディスクが突き出した。

 

「「デュエル!」」

 

 闇のデュエルが始まった。

 

・1ターン

 

「我の先攻」

 

 球体から不気味な声が響く。

 

「我の『聖刻龍ーアセトドラゴン』はリリースなしで通常召喚できる。代償として攻撃力は1000となる」

 

 聖なる刻印を持つ龍が吠えた。

 

「場の『アセトドラゴン』をリリース、手札の『聖刻龍ーシユウドラゴン』を特殊召喚。そして、リリースされた『アセトドラゴン』はデッキ・手札・墓地からドラゴン族通常モンスターを呼ぶ」

 

 龍はリリースされたが、その聖刻印のみが残る。それに呼ばれ、現れるは新たなドラゴン。

 

「デッキから『エレキテルドラゴン』を特殊召喚。ただし、代償として攻撃力は0となる。守備表示」

「レベル6が二体揃った。エール様、来ます……!」

 

「我はレベル6『エレキテルドラゴン』と『シユウドラゴン』でオーバーレイ、エクシーズネットワークを構築。聖なる証を刻まれし龍よ、その大いなる姿をもって凱旋を。ランク6『聖刻龍王ーアトゥムス』」

 

 龍王が現れた。一般生徒はその攻撃力だけでも対処しがたいモンスターだが、これは始まりに過ぎない。

 

「オーバーレイユニットを1つ使用し効果発動、デッキから攻撃力を0にしてドラゴン族を呼び出す。『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚。そして、その攻撃力は失われたが、効果までは無効になっていない。墓地の『シユウドラゴン』を特殊召喚」

 

 地面を殴ると聖刻印が刻まれる。聖刻印を破り地から現れたるは、紅き瞳の闇龍。恐ろし気な咆哮を響かせた。

 

「さらに手札から魔法『招集の聖刻印』を発動。聖刻モンスターであるもう1体の『シユウドラゴン』をデッキから手札に加え、場の『シユウドラゴン』をリリースして特殊召喚!」

 

 また、聖刻印が宙に残る。ドラゴンが現れる。

 

「リリースされた『シユウドラゴン』の効果により、デッキから攻撃力を0にして『ラブラドライドドラゴン』をデッキから特殊召喚! 守備表示」

 

「レベル6が更に2体……? まさか、上級モンスターでのエクシーズを1ターン中に二度もやろうと? 落とし仔、そこまでの力を……!」

「そういうことね。けれど、エールの前では雑魚よ」

 

 アイネは慌てふためているが、実際に目の前にしているエールはせせら笑いを浮かべている。

 

「再びネットワークを構築、『シユウドラゴン』と『ラブラドライド』でオーバーレイ。現れよ2体目の『聖刻龍王ーアトゥムス』! そして同じように『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚! ……ただし、その効果は名称ターン1のため蘇生はできない」

 

「2体の『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』により、三度目のオーバーレイネットワークを構築! 紅き瞳持つ龍よ、その死骸をもって鋼鉄の兵器へと生まれ変われ! あらゆる生命を蹂躙する忌むべき戦火がここに現出する! ランク10『超弩級砲塔列車グスタフ・マックス』!」

 

 龍の装甲を引きはがして作られたのは超弩級の戦車。戦争の象徴。その強大なる威力は人々の命を奪い去った。

 

「『グスタフ』はオーバーレイユニットを1つ使用することにより、相手に2000の直接ダメージを与える! 【マックス・シューター】!」

 

 あまりにも大きな砲塔がエールを狙う。これは1ターン目、エールには防ぐ手段もなく喰らってしまう。

 

「きゃあああああ!」

 

〇 エールライフ:8000ー2000=6000

 

 アイネとともに大ダメージを喰らってしまった。ボロボロになったローブ。それでもエールはアイネを支えに立ち上がる。

 

「我はこれでターンエンド」

 

場:『超弩級砲塔列車グスタフ・マックス』 ATK:3000

 『聖刻龍王ーアトゥムス』 ATK:2400

 『聖刻龍王ーアトゥムス』 ATK:2400

 

・2ターン

 

「……無事ですか、エール様?」

「痛いわね、お返ししてあげる! エールのターン、ドロー!」

 

 攻撃権を持っていれば叩き潰されていたこの攻撃力。『アトゥムス』は効果を使ったターンに攻撃できないが、『ガイアドラグーン』にすれば攻撃力を200上げたうえで攻撃できるようになっていた。

 

「ふふ。うふふふふふふ」

 

 手札を見て、皮肉気に笑った。

 

「感じる、感じるわ……ヴェルテ本家の技術を元に作った新しいカードの鼓動。あなたはデッキに眠っているのね。いいわ、お前程度にはもったいないカードだけど、栄誉ある実験台にしてあげる」

「……我がフィールドのモンスター、その総攻撃力は8000を優に超えている。このターンが終わった後、貴様に次のターンは来ない」

 

 強力な攻撃力を持つモンスター達を並べ、勝ち誇る闇の球体に対してエールは失笑を漏らす。

 

「くく、あはははは! 何と言う笑い話ね! デッキに眠っているから安全などと、そんなことがあるわけないでしょうに!」

 

 そう、現代遊戯王でデッキに触れないのは1ターン目。それも、相手に先攻を取られたときの話でしかない。いくらでも”まくれる”し、そうでなければ勝利などできない。

 

「手札の『マジシャンズ・ソウル』の効果発動! デッキからレベル7『ウィッチクラフト・ハイネ』を墓地に落とし、こいつを特殊召喚! そしてモンスター効果を発動! 手札の『ウィッチクラフト・デモンストレーション』と『ウィッチクラフト・バイストリート』を墓地へ送り、エールは2枚ドロー!」

 

 引いたカードを見てニヤリと笑う。

 

「ふ……来たわ。これこそが新たなるウィッチクラフト魔法! そう、ヴェルテは融合の家系! ゆえに私たちも、その力を扱えないはずがないのよ! 手札から魔法『ウィッチクラフト・コンフュージョン』を発動! このカードはウィッチクラフトモンスターを含む融合を行う!」

「……融合。来るか」

 

「場の『マジシャンズ・ソウル』と手札の『ウィッチクラフト・ピットレ』で融合召喚! 思えばあの子も立派になったものね? 現れなさい、我がウィッチクラフトの代表者! 『ウィッチクラフト・バイスマスター』!」

 

 これこそがウィッチクラフトの集大成。ヴェールは黒幕、6属性を主とした6人が集まった。6つの専門を束ねた力こそが最強である。

 そして、このカードは仲間の力がないと発動しない。

 

「墓地の『ピットレ』の効果発動! 自身を除外しカードを1枚ドロー、そして手札のウィッチクラフト『ウィッチクラフト・シュミッタ』を墓地へ送る!」

 

「この時、『バイスマスター』の効果も発動している! 魔法使い族モンスターの効果が発動した時、選択効果を発動! 第1の選択効果、デッキから『ウィッチクラフト・ポトリー』を特殊召喚! 【アトリエアート・1st・サモン】!」

 

「さあ、次よ! 墓地の『シュミッタ』の効果発動! 自身を除外しデッキから魔法『ウィッチクラフト・サボタージュ』を墓地へ落とす!」

 

「この時、『バイスマスター』の第2の選択効果を発動! 墓地のウィッチクラフト魔法『コンフュージョン』を手札に戻す! 【アトリエアート・2nd・コール】!」

 

「そして特殊召喚された『ウィッチクラフト・ポトリー』の効果発動! 自身と先ほど手札に戻した『コンフュージョン』を墓地へ送り、デッキから『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』を特殊召喚!」

 

「この時、『バイスマスター』の最後の選択効果を発動! 『グスタフ・マックス』を破壊する! 【アトリエアート・3rd・デストラクション】!」

 

 6つの光条がグスタフを貫き、炎上させた。

 

「バトル! 『アルル』で攻撃! 【ゴーレムナックル】!」

 

◆『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』 ATK:2800

 VS

◆『聖刻龍王ーアトゥムス』 ATK:2400

 

 美しい少女の形をしたゴーレムが龍王を殴り飛ばす!

 

〇 ライフ 8000ー400=7600

 

「『バイスマスター』で攻撃! 【ウィッチクラフト・シャイン】!」

 

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

 VS

◆『聖刻龍王ーアトゥムス』 ATK:2400

 

 6人分の力を合わせて出来た光球が龍王を飲み込んだ。

 

〇 ライフ 7600ー300=7300

 

「私はこれでターンエンド。そして墓地の『サボタージュ』と『デモンストレーション』が手札に戻り、フィールドに『ウィッチクラフト・バイストリート』が復活。これでエールの魔法使い族モンスターは1ターンに1度だけ破壊されない」

 

場:『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

 『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』 ATK:2800

魔法+罠:『ウィッチクラフト・バイストリート』

 

・3ターン

 

「我……の……ターン」

 

 1killが可能だった総攻撃力が今や、場が空となってしまった。

 衝撃で壊れかけたような歪んだ音声。その球体は傷ついて凸凹になっている。いや、そもそも聖刻は大量展開して一撃で決めるデッキだ。使った手札が3枚とはいえ、1ターン目にあれだけ展開すればリソースも尽きる。

 すがるようにカードを引いた。もっとも、腕もない球体だからふわふわとカードがひとりでに動いているように見えるのだけど。

 

「――そして相手のスタンバイフェイズに『アルル』は私の手札に戻る」

 

 エールはそんな相手を見てニヤリと笑う。ウィッチクラフトは継戦能力にも優れる。次のターンの不安などない。

 

「……モンスターを一体伏せてターンエンド」

 

 たっぷり時間をかけて考えたが、しかしそれしかできなかった。

 

場:セットモンスター1

 

・4ターン

 

「ふふ。どうしようもないみたいね。哀れで弱い、下らない存在。その生に引導を渡してあげるわ。エールのターン、ドロー!」

 

 勢いよくカードを引いた。

 

「エールは手札から魔法『ウィッチクラフト・サボタージュ』を発動! 墓地の『ウィッチクラフト・ハイネ』を蘇生!」

 

 『マジシャンズ・ソウル』でデッキから直接墓地に落としたモンスターだ。

 

「そして『バイスマスター』の選択効果は魔法カードを使用した時にも発動する! そのセットモンスターを破壊! 【アトリエアート・1st・デストラクション】!」

 

 光条がセットモンスターを貫いた。そのモンスターは『リンクアップル』、手札から捨てて1枚カードをドローできるが……どうやら盾に使うことを選んだらしい。

 

「さらに手札から魔法『ウィッチクラフト・デモンストレーション』を発動! さっき手札に戻った『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』を特殊召喚!」

 

「さらに『バイスマスター』の選択効果を発動! デッキから『ウィッチクラフト・シュミッタ』を特殊召喚【アトリエアート・2nd・サモン】!」

 

「絶望し、そして消えなさい。お前など所詮、邪神の瘴気から零れ落ちた一滴の悪意。我が霊妙なる魔法の前に、魂ごと砕け散るがいい! 『アルル』、『ハイネ』、『バイスマスター』、『シュミッタ』の4体でダイレクトアタック。【マジカル・カルテット・デッドエンド】!」

 

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

◆『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』 ATK:2800

◆『ウィッチクラフト・ハイネ』 ATK:2400

◆『ウィッチクラフト・シュミッタ』 ATK1800

 

〇 ライフ 7300ー2700ー2800ー2400ー1800=0

 

「……」

 

 敵は悲鳴の一つすらも上げず、霞すら残さず消滅した。

 

「さて、1体目ね。アイネ、どんどん始末していくわよ」

「はい、エール様」

 

 そして、箒を駆って次の狩りに向かった。

 

 

 





 アンケートで「デュエルが見たい」の投票が多かったので作った一口デュエル5連発です。たぶんアニメだとカットで流されるはずの、ワンキル合戦となります。
 防御札がないと即殺される現代遊戯王(これでも強くはない)をお楽しみください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 ファニマとオノマ

 

 

 サロンから出たファニマは一直線にある場所を目指す。瘴気と言うものは酷く”臭う”。そもそも奴らは人間を襲うことが存在意義みたいな魔物だ。ゆえに目で見て探すまでもなく、近くに居たらその邪悪な存在感で分かる。ゆえにわき目もふらず一直線に走る。

 

「……お嬢様。あの、メイも別に動いた方がいいんじゃ」

「だめよ、メイは私と一緒に居るの。あなたも強くなったけれど、万が一ということがあるものね」

 

「それはお嬢様だって同じです。お嬢様の身を危険に晒すくらいなら、メイが」

「メイは居てくれるだけで役に立ってるわ。だから、今は私についてきてね」

 

「お嬢様……!」

「しかし、瞬く間に酷い状況ね。四方八方から悲鳴が聞こえてくる。ここまでの侵攻速度、敵は侮れないわ」

 

 話は終わりだとばかりに周りを見渡す。聞こえるのは悲鳴と怒号。助けを求める声がそこら中に。

 そして、一際大きい悲鳴が間近から聞こえた。

 

「――行くわ」

「あ! お嬢様!」

 

 デュエルディスクを展開し、走り出した。

 

「ォォオオオ!」

 

 不気味な声を上げながら迫ってくるのは水魔。一言で言えば水死体のように見える不快な臭いを発する人型のそれが、生徒たちに手を伸ばしていた。

 男の子達が女の子をかばってモップを手に撃退しようとしているが、いかんせんその身体は恐怖に震えていた。

 

「ただのくだらない落とし仔が。私の学園に手を出すんじゃない……!」

 

 シャ、と投げたハサミがその腕を地面に縫い付ける。

 

「オオオ?」

 

 そいつが首らしき部分を傾げた瞬間。

 

「――ふ!」

 

 一瞬で距離を詰め、顔に蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

「ヴェルテ! あんたも無事だったのか!」

 

 嬉しそうな声の主は。

 

「オノマね。あなた、無事だったの。良かったわ。そっちの子は女の子を避難所に連れて行きなさい。オノマには、この後で少し手伝ってもらおうかしら」

 

 いつか見たずっこけ3人組+女の子だ。女の子の方はどうやら気絶している。魔の森で死にかけた一件がトラウマになっているのだろう、無理もない。

 

「分かったぜ」

「ええと。じゃ、俺はチアを背負ってお先に」

 

「じゃ、俺も」

「いや、ハンドは残ってくれよ。何か俺たちの力が必要なことがあんだろ」

 

「でもよ、オノマ。ヴェルテ様は怖いって……」

「何も怖くねえよ。それに、俺たちに出来ることがあるならやんなきゃ。強くなくても、できることはあるんだから」

 

 そんな男の子三人組+女の子(気絶中)の話を聞いて、ファニマは眩しそうな目をして。切り替えて、敵に冷たい視線を投げる。

 

「……さあ、デュエルよ。あなたの魂ごと消し飛ばしてあげる!」

「デュエル!」

 

 笑みを消して、落とし仔に殺意を向けた。

 

・1ターン

 

 落とし仔は、その腐ったような手でカードを繰る。

 

「我は手札から『海皇子ネプトアビス』を召喚、効果でデッキの『海皇の竜騎隊』を墓地に送り、もう1枚を手札に加える! さらに墓地に落ちた『海皇の竜騎隊』の効果発動、『水精鱗ーメガロアビス』を手札に加える!」

 

 流々とカードを操る。海皇水精鱗、容易に1キルできる往年の最強デッキの一つだった。その展開力は凄まじいの一言、これは序盤ですらない。

 

「手札の『水精鱗ーディニクアビス』の効果発動! 手札に加えた『海皇の竜騎隊』を墓地に送ることで特殊召喚! 墓地に送られた『竜騎隊』、そして特殊召喚に成功した『ディニクアビス』の効果発動! デッキからもう1枚の『メガロアビス』、そして『水精鱗ーアビスグンデ』を手札に加える!」

 

「手札の『水精鱗ーメガロアビス』の効果発動! 手札の2枚の水属性モンスターを墓地に送り、特殊召喚できる! もう一枚の『メガロアビス』と『アビスグンデ』を墓地に送り特殊召喚! 特殊召喚に成功した『メガロアビス』はデッキから装備魔法『アビスケイルーミヅチ』を手札に加える!」

 

 この超高速召喚が海皇水精鱗の持ち味。さらに1ターン目だから使わないが、コストにすると表・裏表示のカードを破壊できるカードもある。

 相手の場を荒らしつつ展開するのがこのデッキだ。

 

「さらに墓地に送られた『アビスグンデ』の効果で、墓地に落ちたもう1枚の『メガロアビス』を蘇生!」

 

「『メガロアビス』はフィールドの水属性モンスターをリリースすることで2回攻撃ができるモンスターだ。2体合わせて攻撃力2400の4回攻撃だが、1ターン目ゆえに攻撃できない」

 

 敵の動きが一瞬止まる。相手に止めを刺すだけならばこの展開で構わないが、あいにくと2ターン目を相手に渡す必要がある。

 

「よって、レベル7『メガロアビス』と『ディニクアビス』でオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚! 海の王者よ、今こそその王冠の元に人間どもの手から地上を奪い返せ! 現れよ、ランク7『水精鱗ーガイオアビス』!」

 

「このカードがある限り、レベル5以上のモンスターは攻撃できず、さらにエクシーズユニットを一つ取り除くことで、このカードの攻撃力以下のモンスター効果を無効にできる!」

 

 無効化効果を持つモンスター。それが居ると実に厄介である。

 

「『ガイオアビス』に装備魔法『アビスケイルーミヅチ』を装備! 『ミヅチ』ある限り、魔法カードが発動した場合にそのカードを無効にして自身を墓地に送る。さらにカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

場:『ガイオアビス』 ATK:3600 

 『海皇子ネプトアビス』 ATK:800

 『メガロアビス』 ATK:2400

魔法+罠:『ミヅチ』、セット1枚

 

・2ターン

 

 魔法無効化とモンスター効果無効化。これは実に厄介である。だが、ファニマはその程度かと不敵に笑う。

 

「私のターン、ドロー。強固な盤面を築いたと思っているのでしょうけど、私の眼から見れば穴だらけね」

「なんだと? 我の『ガイオアビス』と『ミヅチ』を攻略できる気になっているのか? 神の加護もない人間ごときが、不敬と覚えよ」

 

「神の加護など要らない。力なら持っている! 手札から魔法『融合』を発動、そして無効となる!」

「ふん……融合使いか。だが、無効化されてしまってはどうしようもあるまい」

 

「馬鹿め、これで『ミヅチ』が消えたわ。融合使いにとって、一枚の『融合』などものの数じゃないことを教えてあげる」

「なんだと……? 融合使いが『融合』を失って何ができる」

 

「融合は考えなしにすればいいものではない。タクティクスというものが必要なのよ。ちなみにこれが通ってしまうと、私はこのターンに1回しか融合できなくなってしまったのだけれど。……おあいにく、『ミヅチ』は強制効果ね」

「――全て計算づくというわけか? ならば」

 

「ええ、全ては想定内よ! これで私は自由に魔法を使える! 手札から『おろかな副葬』を発動! デッキから永続魔法『トイポッド』を墓地に落とし、『ファーニマル・ドッグ』を手札に加える! さらに『魔玩具補修』を発動、デッキから『融合』と『エッジインプ・シザー』を手札に加える!」

「馬鹿な、『融合』の2枚目を……そう易々と……」

 

「たった1枚を無効にしたところで、私の展開を止められるわけがないでしょう? そもそも、無効にするタイミングを敵が選べるカードに随分と信頼を寄せたものね。私は2枚目の『融合』を発動!」

 

「手札の『ファーニマル・ペンギン』と『エッジインプ・チェーン』で融合召喚、現れよ海の王者『デストーイ・クルーエル・ホエール』! 効果発動、自分と相手のカードを1枚づつ破壊する! 【ロアー・オブ・ホエール】!」

「だがそいつの攻撃力はたかが2600! 『ガイオアビス』の効果発動、ユニットを一つ使い、相手の場の攻撃力2800以下のモンスターの効果を無効にする! 【アビス・ジャッジメント】!」

 

「ならば、『ホエール』のもう一つの効果発動! EXデッキから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地に送り、攻撃力を3600にアップする! 【マックスホエール】! これで『ガイオアビス』の効果範囲から逃れた!」

「おのれ……破壊効果の発動を許してしまったか。何を破壊する?」

 

「『ガイオアビス』が居る限り、私の融合モンスターは攻撃できない。そのカードから破壊する! 『ホエール』は自身と『ガイオアビス』を破壊!」

「ぬぅ……我が『ガイオアビス』が、なすすべもなく……!」

 

 ファニマがくすくすと笑う。相手の行動を強力に制限するカード、しかしファニマは全てにおいて上回っている。魔法無効化の『ミヅチ』、モンスター効果無効化の『ガイオアビス』。もう墓地に行った。

 

「さらに墓地に送られた『ペンギン』と『チェーン』の効果発動! デッキから2枚ドロー、さらに『魔玩具融合』を手札にくわえ、『ファーニマル・ライオ』を捨てる!」

 

「それと、そのセットカードは怪しいわね。何かされる前に破壊してしまおうかしら。私は先ほどのドローでこのカードを引いていた! 手札から魔法『ハーピィの羽根帚』を発動! そのセットカードを破壊!」

「ならば、破壊される前に永続罠『アビスフィアー』を発動、デッキから水精鱗モンスター『水精鱗ーアビスリンデ』を特殊召喚!」

 

「『アビスフィアー』、デッキから特殊召喚する効果か! けれど、特殊召喚系の永続罠は破壊されたら大抵がモンスターも道ずれよ!」

「その通り。永続罠『アビスフィアー』が破壊されたことで『アビスリンデ』は破壊される。だが、このカードが破壊されたとき、デッキから『水精鱗ーアビスディーネ』を特殊召喚! さらに『アビスディーネ』の効果により『アビスリンデ』を蘇生! どちらも守備表示だ」

 

 罠カードを破壊したと思ったら壁が2枚増えていた。これも海皇水精鱗の強さの一つ。罠を破壊してもこれだ。

 

「けれど、『アビスディーネ』の効果は1ターンに1度。もう復活はない。その壁ごと打ち砕いてあげる! 私は『ファーニマル・ドッグ』を召喚、その効果で『ファーニマル・ウィング』を手札に加える!」

 

「そして手札から永続魔法『デストーイ・ファクトリー』を発動! 墓地の『融合』を除外し融合召喚を行う。場の『ドッグ』、そして手札の『ウィング』並びに『シザー』で融合! 現れよ、森の支配者。獰猛なる狩人よ『デストーイ・シザー・タイガー』!」

 

「『シザー・タイガー』は融合素材の数、3枚のカードを破壊できる! 目障りなカードを破壊してしまえ! 【シザース・デストラクション】!」

 

 選択されたのは『メガロアビス』、『ネプトアビス』、『アビスリンデ』。3つのハサミを射出、破壊した。

 

「馬鹿な……我がモンスター達が……」

「そしてこれが貴様に引導を渡すカード、手札から魔法『魔玩具融合』を発動! 墓地の『エッジインプ・シザー』と5体の『ファーニマル』で融合召喚! 現れなさい、そして我が敵を八つ裂きにしてしまえ、その飢餓を血で満たすがいい我が狼よ! 『デストーイ・シザー・ウルフ』!」

 

「『シザー・ウルフ』は6回攻撃ができ、さらに『シザー・タイガー』の効果により攻撃力が600ポイントアップする!」

 

「4体も居たモンスター達が……今や弱小モンスター一匹となりおおせたか。やはり、貴様は注意するべき存在……」

「まずは『アビスディーネ』に攻撃! 【シザーダンス】第一打ァ!」

 

◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2600

 VS

◆『アビスディーネ』 DEF:200

 

「ぬぅ……!」

 

 爆風が敵を揺らす。

 

「そして、5回のダイレクトアタックを受けろ! 【シザーダンス】五連打ァ!」

「ああ、人間の味を思い出したかっ……!」

 

◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2600

 

〇 ライフ 8000ー2600ー2600ー2600ー2600ー2600=0

 

 文字通りに八つ裂きにされた水魔はゴミクズのように散らばり、そして影のように消えていく。

 

「さて、一匹目の駆除を完了。どれだけ入り込んでいるのかは分からないけれど、私たちが全て駆除するのよ」

 

 メイがファニマに駆け寄り、ペットボトルを渡す。あなたにしては珍しく用意がいいのね、と言ってそれを飲む。

 一口飲んでメイに返して、オノマ達に向き直る。

 

「奴らは私が相手する。あなたたちは怪我した人が居たら運んでほしいのよ。駆除係がそこまでやると非効率だから」

「……ああ、分かった。俺とハンドに出来る事ならなんでも言ってくれ!」

「オノマァ!? ああ、ちくしょーが! お前と居るといつもそうなるんだ。分かったよ、俺も一緒に地獄に突っ込んでやらあ!」

 

「ふふ、元気がいいのね。じゃあ、宜しく頼むわ」

 

 生徒たちを襲う落とし仔たちはまだまだ居る。ファニマは増えた仲間を伴って歩き出した。

 

 

 






オノマ君は一発キャラの予定でしたが、いいキャラしてるのでちょくちょく出てもらうことにします。
ファニマはホームルームには出るので、少し話すくらいの仲になっています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 キングの喝破

 

 

 そして、走り出したアニーはその場面に出くわす。

 

「――『スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン』のダイレクトアタック! 人に仇なす魔物め、魂ごと滅せよ【天地創造撃】!」

 

 スカーレッドが魔物を粉砕する一幕。彼の後ろには逃げ遅れた生徒達が居る。彼らを守っているのだ。……が、あまりにも多勢に無勢。

 彼一人では守り切れない。腐った死体のような腐臭のするその手が伸ばされ、少年少女に向かい――

 

「アイドル見参! アニーちゃんの目の黒い内はファンには手を出させない!」

 

 間一髪、デュエルアンカーでそいつの腕をひっかけて邪魔をする。助けられた生徒たちから歓声が上がる。

 その声に応え、アニーは舞う。

 

「スカーレッド、背中は任せるよ!」

「ふん、キングに対して無礼な。だが、お前なら許そう! もっとも、油断すれば貴様の獲物ももらってしまうがな!」

 

「さあ、行くよ!」

「応!」

 

 背中合わせに、デュエルを始めた。

 

 

 背中をアニーに任せ、キングは吠える。

 

「さあ、貴様の相手はこのキングだ! このキングの目が黒いうちは貴様ら魔物の好きにはさせぬと知るがいい!」

 

 次の相手を狙い定めた。敵はボロボロの黒衣、一見すれば人間でもおかしくないが……ちらりと見えるその腕は機械。そして、そこに繋がっている青い肌。

 隠してはいるが、明らかに人間ではなかった。おそらく、フードの中にも人間の顔など入っていないのだろう。

 

 ――そいつが機械音のごときうめき声を漏らした。

 

「「デュエル!」」

 

 先攻は敵。錆びついた機械のような動きでカードを引く。

 

「……私の先攻。魔法『リロード』を発動! 手札を全てデッキに戻し、その枚数分カードをドローする!」

 

 時間をかけ、カードを眺めて。

 

「……さらに『リロード』を発動!」

 

 同じカードを使用した。

 

「これで奴の手札は3枚。何を考えている?」

 

 キングはいぶかしむ。手札交換は基本的にディスアドだ。悪い手札を交換することができても、それで手札が1枚減るのがキツい。

 普通は、大体何が来ても対応できるようなデッキの組み方をするものだ。事故前提のデッキの組み方はあまりにも拙いと言わざるを得ない。

 

 さてはまともにデッキも組めない素人かと訝しむが……

 

「『デビル・フランケン』を特殊召喚! その効果の代償としてライフを5000払う!」

 

〇亡霊ライフ 8000ー5000=3000

 

「馬鹿な、手札ばかりかライフまで塵のように捨てるか! ……いや、それをするだけの価値はあるということか!? ならば、このキングに立ち向かうに相応しいモンスターを用意することだ!」

 

 驕っているように見えるが、それは自信の現れだ。相手を甘く見ているわけではなく、何が相手だろうとキングとして粉砕してみようと言う宣言である。

 

「エクストラデッキより融合モンスター『DーHERO デッドリーガイ』を特殊召喚! そして手札を1枚墓地に送ることで起動効果を発動、デッキから『DーHERO ディアボリックガイ』を墓地に送りエンドフェイズまで攻撃力をアップする!」

 

◆『DーHERO ディアボリックガイ』:ATK2000+200=2200

 

「たかが200の攻撃力上昇、それもエンドフェイズまでだと? いや、奴の狙いは墓地にモンスターを送ることか!」

 

 やはり素人ではない。キングの敵ではないということに二言はないが、ここまでのタクティクス。学園生で相手をコレを出来るのは何人いることか。

 そして、今はこのレベルの敵が学内を徘徊して生徒を襲っている。

 

「墓地の『ディアボリックガイ』の効果発動! 自身を除外して同名モンスターをデッキから特殊召喚する!」

 

「2体の戦士族『DーHERO』でリンク召喚、リンク2『聖騎士の追想 イゾルデ』! このカードは特殊召喚時にデッキから戦士族モンスターを手札に加えられるが、この効果は発動しない」

「……何? 先の2連『リロード』といい、アドバンテージの概念が分かっていないのか? それとも、無駄と切り捨てているのか」

 

 キングは訝しむ。一見すると敵は素人じみたタクティクスだが、分かる人間は相当強力なそれだと見抜く。

 何でも出来るデッキを作っても、いざカードを引くと何もできないことがある。それは一言で言えば器用貧乏だ。何でもかんでもカードを入れていくからそうなる。

 逆にコイツは、”ただ一つ”のためにそれ以外の全てを切り捨ててている。凄まじい割り切り、つまり強敵だ。

 ――もっとも、この程度に苦戦するキングではないが。と、彼は不遜に構える。

 

「だが、起動効果は発動させてもらう! デッキから装備魔法『念動増幅装置』を墓地に送り、レベル1『焔聖騎士ーリナルド』を特殊召喚! 特殊召喚時効果発動、今墓地へと送った『念動増幅装置』を手札に加える!」

「落としたカードを……! 無駄がないな!」

 

 そして、当然のごとく押さえるところだけはキッチリと押さえている。いやらしい相手だ。

 

「そして『イゾルデ』と『リナルド』でリンク召喚。現れよ、改造の果て自らすら忘れ去った恐竜よ。汝は忘却の獣、リンク2『リプロドクス』! このカードはリンク先のモンスターの種族、または属性を変更できる! 『デビル・フランケン』をサイキック族に変更! 【ウイルスコンバート】!」

 

「そしてサイキック族専用装備カード『念動増幅装置』を装備! この効果により、装備モンスターのライフコストは不要となる!」

「馬鹿な……ライフコストを払うことなくその強力な効果を使用するのか!」

 

 しかも実際に使ったのはただ1枚、デビル・フランケンのみ。後は手札コストが1枚だ。ただのそれだけで、融合モンスターを好きなだけフィールドに並べることができるこの能力。

 ――確かに、”それ”以外を全て切り捨ててもお釣りがくる。

 

「私は『デビル・フランケン』の効果を4回使用!」

「おのれ、ライフコスト20000も踏み倒したな!」

 

「現れよ、我が最強のモンスター達よ! 『青眼の究極龍』、『サイバー・エンド・ドラゴン』、そして2体の『ナチュル・エクストリオ』! これぞ邪神の力! 人類を皆殺す闇の下僕達よ! 人の身に余る災厄をその身に受け塵と消えるがよい!」

 

 三つ首の龍が恐ろし気な咆哮を上げる。機械の三つ首龍がモーター音響かせてキングを睥睨する。そして、その後ろには森の王が鋭い視線を投げかけている。

 ……凄まじい圧迫感だった。

 

「『サイバー・エンド』は貫通効果! 『ナチュル・エクストリオ』は魔法・罠を無効化する効果を持つ! もはや貴様にできることは何もない! 私はカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

場:◆『青眼の究極龍』:ATK4500

◆『サイバー・エンド・ドラゴン』:ATK4000

◆『ナチュル・エクストリオ』:ATK2800 ×2体

◆『デビル・フランケン』 ATK:500

◆『リプロドクス』 ATK:800

魔法+罠:セット1枚

 

・2ターン

 

「なるほど。たったの1ターンで4体もの強力な融合モンスターを並べたか。そして、一体だけ倒そうと魔法・罠は使えんか。かと言って防御に回ろうと貫通効果がある。……強敵だな。それ”だけ”を見るなら、あのファニマ・ヴェルテすら超えた布陣だ。――だがな、それだけではキングには勝てぬと知るがいい!」

 

 轟、と風が吹く。

 

「キングのターン、ドロー!」

 

 勢いよくカードをドロー。その瞳にはこのターンで倒すと決意が宿っている。敵はまだほかにもいる。ただの一体にそう時間をかけられない。

 

「手札から『レッド・リゾネーター』を召喚。このカードは手札のレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚できる。来い『スカーレッド・ファミリア』!」

 

「レベル2『レッド・リゾネーター』にレベル4『スカーレッド・ファミリア』をチューニング! シンクロレベル6『レッド・ライジング・ドラゴン』!」

 

「『レッド・ライジング』の効果! 墓地の『レッド・リゾネーター』を蘇生! さらに墓地の『ファミリア』を除外して『レッド・ライジング』のレベルを6から7に変更!」

 

 炎纏う龍が吠える、炎の中で悪魔が音叉を響かせて哄笑を上げる。

 

「レベル2『レッド・リゾネーター』にレベル7となった『レッド・ライジング・ドラゴン』をチューニング! 王者の咆哮が天地を揺るがす! 悪魔が地上を蹂躙する! シンクロレベル9『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』!」

 

 そして現れし悪魔龍。すさまじい咆哮を上げた。

 

「手札の『使神官ーアスカトル』の効果発動! 手札を1枚捨てて特殊召喚! さらにデッキからチューナーモンスター『赤蟻アスカトル』を特殊召喚! レベル3『赤蟻』にレベル5『使神官』をチューニング。傷痕残りし龍よ、その傷こそ牙持たぬ者を守る勲章であれば! 今一度キングの元で立ち上がるがいい! シンクロレベル8『レッド・デーモンズ・スカーライト』!」

 

「このカードは自分の攻撃力以下の特殊召喚されたモンスターをすべて破壊し、その数かける500ポイントの直接ダメージを与える!」

「――だが、そのモンスターの攻撃力はたかが3000! その効果では我がライフを削りきれん! そして弱小モンスターを狙うつもりだろうが、無駄だ! 永続罠発動! 『女神の加護』。私は3000のライフを回復する! ただし、このカードがフィールドから離れれば私は3000のダメージを受けるがな」

 

〇亡霊ライフ 3000+3000=6000

 

 これで、攻撃表示で残っている弱い2体を攻撃してもライフは削りきれない。

 

「……ふ。2体の攻撃では貴様のライフを削りきれんか。そして、『究極龍』と『サイバー・エンド』の攻撃力は越えられん。だが、キングを舐めるな! 雑魚を潰して勝利をかすめ取るなど、誇り高きキングのすることではないわ!」

「何だと!? 狙いは攻撃表示のままの『デビル・フランケン』と『リプロドクス』ではないのか!」

 

「キングの戦いはエンターテイメントでなくてはならん! 貴様の最強のモンスターを踏み潰し、勝利をこの手に掴み取る! なぜなら、キングは誰より高く聳え立つものだからだ! 手札から魔法発動『フォース』!!!」

「――馬鹿め、魔法カードは無効だ! 墓地のカードを1枚除外、そしてデッキトップを墓地に送り『ナチュル・エクストリオ』の効果発動!」

 

 森の王が叫ぶ。『フォース』の力を打ち消さんと猛り狂い――

 

「その『エクストリオ』とやら、2体揃えたのは用心深いと褒めてやろう! だが、キングは更にその先を行く! 『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』で、効果を使用した方の『エクストリオ』の効果を無効にする!」

「何!? 私のフィールドに『ナチュル・エクストリオ』は2体居る。一体が倒されても、もう一体が止める手はずだったが……」

 

 『アビス』の咆哮がその力を打ち消す。2体目が隙を窺うが、立ち入る隙などどこにもない。

 

「しかし、魔法・罠無効化のためには直接チェーンする必要がある! そいつが2体居てもすでに発動した『フォース』は止められん! 無駄だったな!」

「馬鹿な……!」

 

「『フォース』の効果! 貴様の『究極龍』の攻撃力を半分にして、その分『スカーライト』の攻撃力を上げる!」

「ぐ……我が最強のモンスターが見る影もなく……!」

 

 『究極龍』が見る影もなく小さくなった。そして、『スカーライト』はフィールドの誰よりも巨大となっていく。

 全てを睥睨し……その咢に炎を貯める。

 

◆『レッド・デーモンズ・スカーライト』:ATK3000+2250=5250

◆『青眼の究極龍』:ATK4500/2=2250

 

「そして『スカーライト』の効果発動! 特殊召喚した貴様の2体の『エクストリオ』に『サイバーエンド』、『リプロドクス』。そして我が『アビス』を破壊! 2500の直接ダメージを与える! 【デモンズインフェルノ】!」

 

 ひときわ高い咆哮を上げる。究極龍の力を奪い巨大化したスカーライトが煉獄の炎を吐き出した。莫大な炎が全てを破壊する。

 通常モンスターである究極龍、通常召喚されているデビフラは頭を下げて情けなくその災厄から逃れるのみ。

 

「……ぬ。ぐおおおお!」

 

〇亡霊ライフ 6000-2500=3500

 

 そして、その炎をぶつけられた亡霊は黒衣が吹き飛び、焼け焦げた青い肌と火花が散る機械腕を晒す。

 

「これで終いだ! 我が一撃で魂ごと消し飛べ! 『スカーライト』で『デビル・フランケン』を攻撃! 【レッド・ストレート】!」

 

◆『レッド・デーモンズ・スカーライト』:ATK5250

◆『デビル・フランケン』:ATK500

 

〇亡霊ライフ 3500-4750=0

 

「ば……馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 傷跡だらけの龍がフランケンを右ストレート、そのまま敵を爆砕した。

 

「ふ、次の相手はどいつだ!? このキングを恐れぬ奴から貴様らの元居た地獄へ叩き返してやろう!」

 

 意気揚々と宣言した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 アイドル絶唱

 

 

 先に敵の相手を始めたスカーレッドを横目に見て、アニーもまた戦いを始める。

 彼女は誰かに笑顔を届けるためにアイドルになった。ならば、魔の者はアニーの不倶戴天の敵だ。奴らは人々から笑顔を奪うことしかしない。

 

 ――だから、奴らと戦うと決めたのだ。

 

・1ターン

 

「アニーちゃんの先攻!」

 

 相手は幾多の刀剣が突き刺さったような人型の魔物。凄まじい血臭が漂ってくるが、さっき確認した限り生徒たちに負傷はない。スカーレッドが守ってくれた。だから、それは奴の体臭。

 存在そのものがおぞましい人類の敵、”邪神の落とし仔”。魔物とも呼ばれるそいつらを排除しない限り人々に笑顔は戻らない。

 

「手札から『Live☆Twin リィラ』を通常召喚、〈キスキル〉モンスターが場にいないとき、デッキから『Live☆Twin キスキル』を呼ぶ! さあ、オープニングライブの始まりだ!」

 

 二人の歌姫が高らかに歌声を届ける。

 

「『リィラ』と『キスキル』でリンク召喚! 華麗な歌声でファンの心をわしづかみ! リンク2『Evil☆Twin キスキル』」

 

 そして、歌声はさらなるボルテージへと。

 

「効果発動! リィラモンスターが居ないとき、墓地の『Live☆Twin リィラ』を蘇生!」

 

「さあ、本番の始まりだ! 『Live☆Twin リィラ』と『Evil☆Twin キスキル』でリンク召喚! 玲瓏たるダンスで視線を釘付け! リンク2『Evil☆Twin リィラ』!」

 

 そして揃うユニット。歌声は最高潮へと昇華した。

 

「キスキルモンスターが居るときに特殊召喚されたため、1枚ドロー! 【イービルダンス】!」

 

「まだまだライブは終わらない! リンク2『キスキル』とリンク2『リィラ』でリンク召喚! 売り切れ注意! 満員御礼! 武道館ライブスタートだ! リンク4『Live☆Twin トラブルサン』!」

 

 そして限界を越えた先、最強のアイドルが空から舞い降りた。

 

「このカードはリリースすることで墓地の『キスキル』と『リィラ』モンスターを蘇生するよ。さらに、さっきは使えなかったけど『リィラ』の方は相手のカードを1枚破壊する能力を持つ! カードを1枚セットしてターンエンド!」

 

場:『Live☆Twin トラブルサン』

魔法+罠:セット1枚

 

・2ターン

 

 人影が重々しい仕草でカードを引く。どことなく、戦傷者のようなその動きに生徒たちは気圧されてしまう。へたりこんで、動けない。

 

「そのモンスターが居る限り、蘇生によって我がカードを破壊してくるか。対策のカードを引かなくてはならんな。俺のターン、ドロー」

 

「……」

 

 しばし、考え込む。安心などできはしない、何が飛び出してくるのやら。

 

「手札から魔法『手札断殺』を発動。互いに手札を2枚捨て、2枚引く。俺が捨てるのは『進化する人類』と『不意打ち又佐』」

「アニーちゃんが捨てるのは『Evil☆Twin’S キスキル・リィラ』と『クリッター』だよ!」

 

 一挙手一投足が相手の神経を削る邪神の落とし仔。だが、アニーは恐れずして立ち向かう。

 

「さらに手札から『リンクアップル』を墓地に送り、モンスター効果を発動、EXデッキからカードを1枚除外する。当然、融合モンスター。よって、カードを1枚ドローする」

「さっきから手札交換ばかりじゃないか。事故? 大したことないね」

 

 それどころか、アニーは挑発すらする。

 

「そうだな。だが、必要なカードは引けた。私は、貴様の場の『Live☆Twin トラブルサン』をリリース」

「……なんだって! チェーンブロックを作らずリリースする召喚ルール効果か! これじゃ『トラブルサン』の自己リリース効果を使えない」

 

「さあ、貴様の場にプレゼントしよう。『壊星壊獣ジズキエル』」

「……でも、攻撃力3300! 次のターン、貰ったカードで君を粉砕してあげるよ!」

 

「次のターンが、あると思っているのか? ”後の先”、武の極致……敵を一刀の元に斬り伏せるのが我がデュエル、我が武道! 二の太刀など要らず、ただ一寸切っ先をめりこませれば人間は死にような」

「……来るか!」

 

「手札から『重装武者ーベン・ケイ』を通常召喚。手札から『流星の弓ーシール』を装備、攻撃力を1000ダウンさせて直接攻撃を可能とする」

「攻撃力……0?」

 

 彼の姿にそっくりなモンスターだ。尋常ではない血臭を漂わせ、そして油断すれば一瞬で首を刈られてしまうに違いない。

 

「さらに装備魔法『魔導師の力』を装備。このカードは俺の場の魔法・罠の数の500倍攻撃力をアップする」

「けれど、それでも攻撃力はたったの500!」

 

「最後の装備魔法『サイコ・ブレイド』を発動。ライフを2000払い、攻撃力を2000アップさせる」

 

◆『重装武者ーベン・ケイ』 ATK:3000

 装備魔法:『流星の弓ーシール』、『魔導師の力』、『サイコ・ブレイド』

 

〇 ライフ:8000ー2000=6000

 

「うそ……! 攻撃力3000の、3回攻撃できるダイレクトアタックモンスター! アニーちゃんの場に強力モンスターが居たって、何も意味がないじゃない!」

「その通り、貴様に未来はない。『ジズキエル』に縋ろうが、それは元を辿れば我のモンスター。何も意味がないな。……ただ一刀のもとに死んでいけ」

 

「このままダイレクトアタックを受ければアニーちゃんの負け……」

「……対抗手段は、ない」

 

「なんて、ね!」

「何だと……!」

 

「私だって警戒を怠ってたわけじゃないのさ! 伏せていたトラップ『Evil☆Twin チャレンジ』を発動! このカードは墓地のキスキルかリィラモンスターを特殊召喚できる! おいで、『Evil☆Twin キスキル』!」

「いまさら雑魚モンスターを呼んだところで……! いや、前のターン。貴様の言っていた!」

 

「そうさ。『キスキル』の効果で『Evil☆Twin リィラ』を復活! ツインライブ効果発動、あなたの『ベン・ケイ』を破壊する! 【イービルシャウト】!」

「おのれ……! 我が後の先の切っ先さえ砕いてみせたか、人間よ……!」

 

 攻撃できていれば、ライフを0に出来ていた。だが、メインフェイズ中に破壊されてしまえばどうにもならない。

 しかも、この魔物の手札は0。反撃の手段もない。意気消沈し、うなだれた。

 

・3ターン

 

「諦めたデュエリストにターンは来ない! アニーちゃんのターン、ドロー!」

 

 勢いよくカードを引き、とどめのために動く。

 

「墓地の光属性モンスター『Live☆Twin キスキル』を除外して『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

「『リィラ』と『コラプサーペント』でリンク召喚! 汚れなき一角獣よ、乙女を夢の舞台に連れて行って! リンク3『トロイメア・ユニコーン』!」

 

「さらにリンク3『ユニコーン』と『キスキル』でリンク召喚! アイドルは命がけ! 武道館に駆けあがるため、どんな手段でも使うのよ! リンク4『アクセスコード・トーカー』!」

 

「『アクセスコード』はリンク素材にしたモンスターのリンクマーカーの数×1000ポイント攻撃力をアップさせる。アニーちゃんはリンク3の『ユニコーン』を選択、攻撃力を3000アップする。【パワー・ディグレーター】!」

 

 聖獣のいななきが、電子の戦士を強化する。手に持つ槍の切っ先が光り輝く。

 

「あなたのくれた『ジズキエル』でダイレクトアタック! 【大怪獣スタンプ】!」

 

◆『壊星壊獣ジズキエル』 ATK:3300

 

〇 ライフ 6000ー3300=2700

 

「……がはっ!」

 

 魔物は自ら与えたモンスターで踏み潰される。

 

「そして『アクセスコード』でダイレクトアタック! 【ジ・エンド・オブ・ストーム】!」

 

◆『アクセスコード・トーカー』 ATK:5300

 

〇 ライフ 2700ー5300=0

 

「うおおおおおおお!」

 

 アクセスコードの起こした風により魔物はばらばらになり、瘴気に帰った。

 

「さあ、どんどん来なさい! あなたたち全員、アニーちゃんのライブでメロメロにしてあげる!」

 

 まだ残る魔物へと宣戦布告した。

 

 見れば、スカーレッドも順調に魔物を倒している。被害は免れないが、混乱は確実に収束に向かっていると実感できた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 魔の森

 

 

 フューはその瞬間をモニター室で迎えた。ヴェルテの権力でとある一室を貸し切って機材を置き前線基地としたのだ。

 無数のモニターや計測器が動く中、PCを弄ってはスマホや無線機を弄っていたのだが。

 

「シット! 通信系統が全部イカれてやがる。姫サマのおかげで職員室に顔が利くとは言え、連絡できないんじゃどうしようもないゼ!」

 

 歯噛みし、机をダンと叩いた。

 

「だが……校長も馬鹿じゃネエ。あの人のことだから、異常事態が起きれば教員を率いて避難誘導をしてくれるハズ。姫サマは……あの性格上、打って出るナ。こっちの位置情報は知ってるから。なるほど、じゃあこっちも戦わないわけには行かないナ」

 

 PCをカタカタ動かす。

 

「計測としてはこれで問題なし。自動的にストレージに保存されるようにした。さあ、俺も戦うぜ!」

 

 研究室を飛び出した。

 

 ……そして、そこで見たのは魔物と戦う教員。けれど。

 

「攻撃力6000となった『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』で、『古代の機械巨人』に攻撃【スカーレッド・ノーブルダークネス】。貴様の魂、そしてそこで震える者達の命を貰う。消え去れ、人間よ」

「馬鹿な……ぎゃあああああ!」

 

 一人の男が瘴気に侵され魂を奪われる姿があった。彼は倒れた。目を見開いたまま、しかしもう二度と動くことはないだろう。

 後ろの教え子たちが泣いている。

 

「テメエ! よくも、よくもやりやがったな! その人は少し姿を見たことがあるだけで、名前も知らねえ。だが、教え子を守るために立ち上がった勇気のある男だった。あの人のため、貴様だけは絶対にこの俺が倒す!」

「威勢の良い生贄がもう一人。良かろう、では始めようか。互いの魂を賭けた闇のデュエルを」

 

 それは、一言で言えば闇が凝った卵だった。暗黒の羽が生えていて、それがカードを繰る。羽で飛んでいるものかと思いきや、浮かんでいるのは何やら別の力らしい。

 

「「――デュエル!」」

 

・1ターン

 

 敵が、動く。

 

「我は手札から『流星方界器デューザ』を召喚。召喚時効果によりデッキから永続魔法『方界業』を墓地へ送る。そして墓地の『方界業』は、自身を除外して〈方界〉モンスターを手札に加えることができる」

 

「『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』を手札に加える。このカードは3種類の方界カードを相手に見せることで特殊召喚できる。私が見せるのは2体目の『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』、『方界帝ヴァルカン・ドラグニー』、そして『方界法』」

 

 そして、教員の彼にとどめをさしたモンスターが姿を現す。

 

「出たか。……いいか、俺は絶対にそいつをぶっ潰して、テメエを倒すゼ!」

「それは不可能だ。人間には届かない次元領域を見るがいい。暗黒の闇の底より現れろ、紅と黒の境界線! 闇司りし神よ、降臨せよ! 特殊召喚、『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』! このカードは元々の攻撃力が3000以下のモンスター効果を受けない!」

 

「……はん。神にしては中途半端な耐性だナ。闇属性で、神属性じゃねえシ」

「カードを1枚伏せてターンエンド。この瞬間『クリムゾン・ノヴァ』の効果発動、互いに3000ダメージを受ける。【カースト・クリムゾン】!」

 

「何だっテ! 相手どころか、自分にまで直接ダメージを与えるカードだとォ!?」

 

〇 フューライフ:8000ー3000=5000

〇 ライフ:8000ー3000=5000

 

「ヌグ……」

「があああああ!」

 

 暗黒の瘴気が両者を侵した。卵が震える。フューが膝をつく。

 

「我はこれでターンエンド」

 

場:『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』 ATK:3000

 『流星方界器デューザ』 ATK:1600

魔法+罠:セット1枚

 

・2ターン

 

 フューはがくがくと震える足を気合いで止めて立ち上がる。

 

「痛エ。儀式とは比べ物にならない痛み、これが闇のデュエルだってカ。だがな、あの人はこれに耐えて教え子を守り抜くため戦っタ! ならば、俺はその志を継ぐ!」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ふ、と笑う。デッキが燃える思いに応えた。だが、敵は相手を更なる絶望に突き落とすための行動に出る。

 

「この時、伏せていた罠『融合準備』の効果を発動、融合モンスター『暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ』を相手に見せることで、その融合素材である『クリムゾン・ノヴァ』を手札に加える」

「次のターンの『クリムゾン・ノヴァ』の召喚準備を整えた訳か。だが、このターンでテメエを倒せば関係ないゼ」

 

 瞳に怒りを燃やしたフューが勢いよくカードを叩きつける。

 

「俺は、手札から魔法『奇跡の穿孔』を発動! デッキから『風化戦士』を墓地に落とす! 墓地に落ちた『風化戦士』の効果でデッキから『化石融合ーフォッシル・フュージョン』を手札に加えるゼ!」

 

「さらに『マスマティシャン』を召喚、効果発動! デッキから『シェル・ナイト』を墓地に落とし、その効果で『地球巨人 ガイア・プレート』を手札に加える!」

 

「先ほど手札に加えた魔法『化石融合』を発動! 墓地の『風化戦士』と『シェル・ナイト』で除外融合。現れよ、古代の戦士『新生代化石騎士スカルポーン』!」」

 

 化石の騎士が現れる。骨の身体は細くて頼りない。だが、秘めたる力がある。

 

「そして、時代は(さかのぼ)る!」

 

 啖呵を切った。これからが『化石融合』の本領。

 

「手札から魔法『タイム・ストリーム』を発動! その効果により、『スカルポーン』は『中生代化石騎士スカルナイト』へ逆進化! 次代をさかのぼり現れよ、古代の騎士!」

 

 化石纏う重厚なる戦士へと姿を変えた。

 

「墓地の『スカルポーン』は自身を除外することで、デッキから『タイム・ストリーム』を手札に加えることができる! 2回目の逆進化だ、『スカルナイト』!」

 

「騎士は時代をさかのぼり、その魂の起源へ至る! 現れよ、古代世界を支配した王者『古生代化石竜 スカルギオス』!」

「攻撃力3500……」

 

 クリムゾンノヴァの効果は3000を超えるモンスターの効果を無効化できない。化石恐竜が、吠えた。

 

「そして墓地の『スカルナイト』の効果発動! 自身を除外し『デューザ』を破壊!」

 

 墓地から飛び出た騎士の魂が暗黒の祭器へ剣の一撃を与える。

 

「バトル! 『スカルギオス』で『クリムゾン・ノヴァ』を攻撃! この時、『スカルギオス』の効果発動! 相手の攻撃力を守備力を入れ替えてダメージ計算を行う! 【スキャッター・バイト】!」

 

◆『古生代化石竜 スカルギオス』 ATK:3500

 VS

◆『暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ』 ATK:0

 

「さらに、融合召喚した『スカルギオス』の与えるダメージは2倍となる。これで終わりだ!」

 

〇 ライフ 5000ー7000=0

 

「馬鹿な。闇より生まれし神が……人間ごときが……」

「あの人の魂は返してもらう!」

 

 スカルギオスは敵である闇の卵を丸ごと踏み砕いた。そして残骸から浮き出た魂は、襲われた教師へと帰って行った。

 

「――もしもし。もしもし。聞こえてるカ?」

「え? あ、ああ……」

 

 きょとんとして周囲を見渡す。異常はない。

 

「よし、起きられたのなら生徒たちを避難所へ案内してください」

「ああ、そうだったな。こんなところからは早く逃げなくては。君はどうするんだ?」

 

「事態の収拾に向かいます。あなたはどうか無理をせずに。辛いようなら彼らを連れて行ってそのまま休んでいてください」

「分かった。……君も、気を付けてな。無理はしないように」

 

「ええ、もちろん。これでも社会人なので、引き際は分かってますヨ」

「あのお嬢様にも宜しく」

 

「はは、了解。ちゃっかりしてるな、アンタ」

「――」

 

 応えず、ニヤリと笑って生徒達を立ち上がらせて向こうへ行く。フューもまた、かすかな苦笑を浮かべて逆に方向へ歩き出す。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 学園襲撃の狙い

 

 

 そして、ファニマは救護が必要な人間をオノマ達に任せ、さらに戦い続けた。何体も何体も魔物を葬り去っていく。

 数えるのを止めて久しく、20にも届こうという時。

 

「……はぁはあ。……っぐぅ」

 

 膝をついた。息は荒く、目もかすむ。

 

「お嬢様、もうやめてください! 戦うなら、メイが!」

 

 涙ながらに止めた。すでにファニマの体はボロボロだ。連戦により疲労は蓄積し、そして何より、闇のデュエルで受けたダメージが積み重なっている。

 その殆どをノーダメージの速攻で片付けたとはいえ、相手は生徒レベルでは相手にならない魔物。いくらかはバーンカードを使ってくる相手もいた。500ポイント、1,000ポイントですら、”痛い”。

 ファニマ=ヴェルテは悪役令嬢だ。チュートリアルの、中ボスその1である。その魂の強度は決して高くない。

 

「メイは駄目よ。私が戦う……!」

 

 ぼろぼろになった制服で立ち上がり、デュエルディスクを構える。敵が、もう何匹も集まってきていた。あまりに多勢に無勢、このまま学園が攻め滅ぼされても不思議はない。

 そこに不気味な笑い声が響く。敵の群衆が割れた。

 ――コウモリが集まって人型を作る。

 

「ふふふ。さすがはイレギュラーだ。雑魚とは言えど、これだけの軍勢を相手にまだ立っていられるとはね。脱帽したよ、とは言え流石に気力も体力も尽きたようだね」

 

 その悍ましい腐った死体のような声。何より、その体臭はゾンビなどとは比べ物にならな程腐りつくしている。

 それは腐った水音を混じらせながら拍手をした。

 

「流暢にしゃべれるのね。けれど、少し力を持っているだけの落とし仔が調子に乗るなよ。息をつく暇もなく葬ってあげましょう」

 

 苦痛に歯を食いしばり、そいつに向き直る。

 

「落とし仔? クハハ、吹けば消えるような儚い存在と一緒にしないでもらいたい。我々は【セブンスターズ】、願いを叶えんがため邪神に魂を捧げた……正統なる戦士と覚えていただきましょう」

「……ふん、その臭い。どうせあなたは既に死んでいるんでしょう? 死体は土にでも埋まっているのがお似合いよ」

 

「それも悪くない。だが、残念ながら、お嬢さん。そういうわけにはいかんのだ。我々ヴァンパイア一族は人間に滅ぼされた。何より尊き我らが一族が地上より抹殺されるなどあってはならないことであった。ゆえに人族の大罪を、その身で償ってもらう。神罰が下された後、地上はヴァンパイアが支配する!」

「地上を腐った死体で埋め尽くすのが夢? 笑えない夢ね、その腐り果てた身体にお似合いの夢。その下らない夢想も希望も、我が呪いで焼き尽くしてあげる!」

 

「――黙れ! 貴様は我が策略により弱り果てている! 我々が人族の戦士達【ペンタグラム】と決着をつける前に、ここで散るがいい儚き人間よ!」

「誰が呼んだか私は悪役令嬢。悪を冠するこの私が闇ごときに屈すると思ったら大間違いよ! 潰してあげるわ、害獣!」

 

 両者、デュエルディスクの盾を構えて。

 

「「デュエル!」」

 

 闇のデュエルが始まった。

 

・1ターン

 

「――私の先攻!」

 

 ファニマがカードを引き、高速でカードを叩きつける。だが、それはほとんど反射の域で……頭が回っていない。

 

「私は『ファーニマル・ドッグ』を召喚、デッキから『ファーニマル・ペンギン』を手札に! さらに手札から魔法『魔玩具補修』を発動! デッキから『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加える!」

 

 息が上がっている。それは、隠すことすらできないほどに疲弊した証である。ヴァンパイアは人知れずほくそ笑む。

 

「手札から魔法『融合』を発動、『ペンギン』と『チェーン』で融合! 深き海の底より現れよ『デストーイ・クルーエル・ホエール』! さらに『ホエール』の効果でEXデッキから『デストーイ・チェーン・シープ』を墓地に送る!」

 

「そして素材となった2体の効果で『魔玩具融合』と2枚のカードをドローし、手札から『ファーニマル・オウル』を墓地に捨てる」

 

 いつものごとくの怒涛の手札補強。だが、いつになく精彩を欠く。

 

「さらに手札のモンスター『E-HERO アダスター・ゴールド』を捨てることで効果発動! デッキから魔法『ダーク・コーリング』を手札に加え、そのまま発動! 墓地の『アダスター・ゴールド』と『チェーン・シープ』で除外融合!」

 

「現れよ、絶望を知り闇に沈んだヒーローよ。その血濡れられた拳で圧政者を守るがいい『E-HERO マリシャス・ペイン』! こいつは戦闘・効果では破壊されない!」

 

「私はこれでターンエンド!」

 

場:『E-HERO マリシャス・ペイン』 DEF:3000

 『デストーイ・クルーエル・ホエール』 ATK:2600

 『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

 

 マリシャス・ペインは戦闘・効果では破壊されず、そしてホエールは攻撃力を上げることができる。

 これは「このターンを生き残る」ための布陣。次のターンまでモンスターが残る必要はない。次のターンまでファニマが生きていれば、新たなモンスターの展開は目算がついている。

 

 この3体を越えてワンキルすることは酷く困難に違いない。だが、このヴァンパイアは恐ろしい笑みを浮かべている。

 ……どこか、”それどころではすまされない”策略を練っているかのような。

 

・2ターン

 

「吾輩たちのターン、ドロー」

 

 なぜか、”たち”を付けて自らを呼ぶ。そして、その仕草はやはり人間的ではなく、人の眼から見ればおぞましく映る。

 

「ふふ、キツいか? 闇のデュエルはただカードを引くだけでも精神が摩耗していく。あれだけデュエルをしてまだ人格を保っているとは気丈なことだが、サレンダーして楽になったらどうだね?」

「お生憎ね。疲れているのは確かだけど、腐臭のするゴミを片付けてから休むことにするわ。帰ったら屋敷のメイドに熱いお風呂を用意してもらわないと、臭いが取れなくなりそうね」

 

「ふん、死に体で戯言を吐く。手札から『ヴァンパイアの幽鬼』を召喚、効果を発動! 手札の『ヴァンパイア・フロイライン』を捨てることでデッキから『ヴァンパイアの眷属』を墓地に送らせていただく!」

 

 不気味な気配。ぐるぐると、恐ろしい狼の唸り声が聞こえてくる。

 

「そして墓地の『眷属』は場・手札のヴァンパイアカードを墓地に送ることで復活する。手札の『ヴァンパイア・グレイス』を墓地に送り、復活! さらに復活した『眷属』の効果、500のライフと引き換えに『ヴァンパイアの領域』をデッキから手札に加えさせてもらうよ!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 8000ー500=7500

 

 唸り声の主が、腐った身体を引きずって地面から現れる!

 

「手札に加えた永続魔法『ヴァンパイアの領域』を発動! 1ターンに1度、500ライフを払うことでヴァンパイアモンスターの召喚ができるのだ! 『幽鬼』をリリースして『ヴァンパイア・デューク』をアドバンス召喚!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 7500ー500=7000

 

 万を期して出てきたヴァンパイア。だが、彼はこれより来るヴァンパイアの軍勢。その先触れに過ぎない。

 

「『デューク』の効果で、墓地の『ヴァンパイア・フロイライン』を守備表示で蘇生! 【ブラッド・リボーン】! さらに『フロイライン』が蘇生したことで、ライフを2000払って墓地の『ヴァンパイア・グレイス』を自己蘇生! 【ブラッド・リヴァイバル】!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 7000ー2000=5000

 

「「そして行くぞ」」

 

 甲高い子供の声が混ざった。嫌悪感を抱く腐り果てた声には違いないが、あきらかに声質が変わっている。

 

「声が変わった? いえ、その声は右腕から出ている?」

 

「「手札から魔法『幽合ーゴースト・フュージョン』を発動! 場から『眷属』を、そしてデッキから『シャドウ・ヴァンパイア』を除外して融合を執り行う。冥府を支配する魂喰らいの竜よ、晩餐は目の前だ『冥界龍ドラゴネクロ』!」」

「……融合使い? いえ、何かおかしい」

 

 いくつもの人魂を引き連れた腐った龍。おぞましい雰囲気、そして悼ましいほどのその力。

 

「「そして『グレイス』、『フロイライン』でリンク召喚。冥府の国の貴族令嬢、その軽やかな声を聞かせておくれ、リンク2『ヴァンパイア・サッカー』!」」

「また、声が……! 何より、リンク召喚ですって!? そんな馬鹿な!」

 

 今度は成人男性のような。だが、重々しく厳めしい目の前の奴の声とは明らかに違う。というより、ずっとしゃべっていた方の声は一貫して彼の声だ。二つの声が混ざっている。

 今度の声は左腕から出ているように聞こえた。

 

「手札からフィールド魔法『アンデットワールド』を発動! これで互いの場・墓地のモンスターは全てアンデットとなる!」

「さっきの衝撃は吹き飛んだわ。私の子たちをこんな姿に……!」

 

 この声は一人。だが、場のファーニマルやデストーイの惨状に比べれば些事だ。アンデット族への変貌、愛らしい呪い人形たちは今や腐ってしまってる。

 

「「『サッカー』の効果発動、相手の場にアンデット族モンスターを蘇生する! アンデットとなっている『ファーニマル・オウル』を貴様の場に蘇生! さらに相手の場にアンデットが特殊召喚されたことで、『サッカー』の新たな効果が発動される! カードを1枚引く!」」

 

 また、増えた。あの成人男性の声。

 

「守備表示ならどうでもいいわ。なにより私のかわいい子たちにこんなことをしておいて、無事で済むとは思わないことね」

「ふふふ。怖い怖い。だが――貴様らは何も知らぬ。滅ぼされたヴァンパイア一族の悲願、そして一族復興のためこのような姿にまで身を落とした吾輩たちの覚悟を」

 

 カ、と目を見開く。これからがセブンスターズの本当の実力。

 

「墓地の『幽鬼』の効果発動! 500のライフを捧げ、自身を除外しヴァンパイアを召喚する! 手札から『ヴァンパイア・ソーソラー』を通常召喚!」

 

〇 ライフ 5000ー500=4500

 

「「リンク2『サッカー』と『ソーサラー』でリンク召喚。冥府の侯爵令嬢よ、国すら傾ける麗しき微笑みを見せておくれ、リンク3『ヴァンパイア・ファシネイター』!」」

 

「「『ファシネイター』が特殊召喚に成功した時、相手の墓地のアンデットを自分の場に特殊召喚できる。我が元に来い、『ファーニマル・ペンギン』」」

「私の子を奪うなんて……!」

 

「「さらに『ファシネイター』の第2の効果発動! 場の『ヴァンパイア・デューク』をリリースすることで、貴様の場の『E-HERO マリシャス・ペイン』を頂く! 【ファシネイト・アクセス】! この効果の前に破壊耐性は無意味だ!」」

「チ……破壊耐性付きの攻撃力3000が盗られたか。あの男の兄のモンスターなら納得ということね。ただ『マリシャス・ペイン』は破壊効果を持つけれど、自分のモンスターも巻き込むわよ。それに、その洗脳効果も所詮はエンドフェイズまで」

 

「なるほど、効果を有効に使わせてもらうことはできないわけだ。絆などないように見えて、違ったのかな? だが、吾輩たちには関係ない。奪ったモンスターをエクシーズ素材にするとき、レベル8扱いとすることができる最上級アンデット族エクシーズが居るのだよ!」

「まさか……奪ったモンスターでエクシーズ召喚をするつもり!? 相手から奪ったモンスターでは通常レベルが合わない。だからって、レベルを揃えないエクシーズ召喚、そんな高等テクニックを!」

 

「「くははは、これが人間には想像すらできぬヴァンパイア一族のデュエルなのだ! レベル8扱いとして、『ファーニマル・ペンギン』と『E-HERO マリシャス・ペイン』でオーバーレイ! 御身こそ真の王! その尊き血の証で、同朋を従え人間どもを八つ裂きにするのだ! エクシーズ召喚、ランク8『真血公ヴァンパイア』!」」

「『真血王』、その効果は……!」

 

「「エクシーズユニットを一つ取り除き、『真血公』の効果発動! 互いのデッキの上から5枚カードを墓地に送り、その中にアンデットが居た場合、1体を特殊召喚できる!」

「私も5枚カードを墓地に送る。私が発動できるカードはないわね。アンデットワールドがある限り、私の墓地に落ちたモンスターもアンデット族になっているけれど」

 

「「お気づかいは無用。もちろん、吾輩たちのデッキにはアンデットが数多く眠っているのでね。当然、1枚くらい落ちるさ。チューナーモンスター『ゾンビキャリア』を特殊召喚」」

「チューナー!? まさか、融合、リンク、エクシーズ、シンクロの4召喚法の全てを操ると言うの!? そんなこと、おじさまだって出来なかった……!」

 

 しかも、今度混ざったのは女性の声。また、別の性質の声が、今回は腹から聞こえてきた。

 

「「「「これこそが我らの覚悟!」」」」

 

 4つの声が唱和した。ファニマは理解した。基本的には一人のデュエリストが扱えるのは一つの召喚法のみ。

 ならば、4召喚法を操るためには。

 

「あなた。……いえ、あなたたち。身体を……!」

 

「その通り、一族復興のため全てを捧げた。このような、醜い姿に成り果てたとしても……!」

 

 バ、と洒落たコートを脱いだ。男の上半身裸体が露わになる。そこには腹、両の腕それぞれに人面瘡が浮かび上がっていた。

 一人にして四人、それが4召喚法を操る秘密であった。

 

「「レベル8『冥界龍ドラゴネクロ』にレベル2『ゾンビキャリア』をチューニング! 人の世から放逐されし者が崇めた神よ、生まれは異なれど今こそ意思を統一するとき! 『炎神ー不知火』!」」

 

「さらに先ほど墓地に落ちたモンスター『ヴァンパイアの使い魔』の効果発動! 手札の『ヴァンパイア・スカージレッド』を墓地に送り、このカードを蘇生する! そして特殊召喚に成功した時、ライフ500と引き換えにデッキから『竜血公ヴァンパイア』を手札に加える!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 4500ー500=4000

 

「ぐ……! なんという猛攻! けれど、私の場には『ホエール』が居る。攻撃力を3900に上げれば、戦闘で突破するのは難しいはず……」

「そのような消極的な手で吾輩たちの覚悟を止めることができようか!」

 

「墓地の『馬頭鬼』の効果発動、自身を除外することで先ほど墓地に送った『スカージレッド』を特殊召喚。そして、このカードの特殊召喚時にライフを1000払い墓地の『ヴァンパイア・グレイス』を特殊召喚!」

「ち……! まだ展開を続ける気ね……!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 4000ー1000=3000

 

「「レベル6の『スカージレッド』と『グレイス』でオーバーレイ!  妖よ、炎神よ。今こそ血を交わらせ、真の友と相ならん! エクシーズ召喚、ランク6『交血鬼ーヴァンパイア・シェリダン』!」」

 

「エクシーズユニットを一つ取り除き、『シェリダン』の効果発動! 貴様の場の『ホエール』を墓地送りにして、蘇生する!」

「くっ……このカードすら突破してくるか。けれど『ホエール』の効果を発動! デッキの『魔玩具厄瓶』を墓地に落とし、攻撃力をアップする! そして一度墓地に送られるため、攻撃力上昇はリセットされる!」

 

「小賢しい! どの道奪った『ホエール』は守備表示でしか特殊召喚できんため意味はないが……」

「けれど、墓地に落ちた『魔玩具厄瓶』の効果であなたの『炎神』の攻撃力は半分となる! 呪いを受けろ!」

 

「なに……!」

「ふふ。少しでも、あなたの計算は狂ったかしら?」

 

「ふん、どちらにせよこのターンで貴様は終わりだ。ただの人間に、この攻撃は耐えられまいて! 『炎神ー不知火』で『オウル』を攻撃! 【シラヌイ一閃】!」

 

◆『炎神ー不知火』 ATK:1750

 VS

◆『ファーニマル・オウル』 DEF:1000

 

 炎神の振った剣がオウルを両断する!

 

「『ファシネイター』よ、小賢しいモンスターを一掃せよ! 【イービルアイ】!」

 

◆『ヴァンパイア・ファシネイター』 ATK:2400

 VS

◆『ファーニマル・ドッグ』 ATK:1700

 

 闇の貴族令嬢がドッグをちらりと見ると、いきなり炎上する!

 

〇 ファニマライフ 8000ー700=7300

 

「……くっ!」

「そして与えたダメージ分、永続魔法『ヴァンパイアの領域』の効果で我がライフを回復する」

 

〇 ヴァンパイアライフ 3000+700=3700

 

「『真血公ヴァンパイア』、『ヴァンパイア・シェリダン』でダイレクトアタック! 【ヴァンパイア・インヴェイジョン】!」

 

『真血公ヴァンパイア』 ATK:2800

『ヴァンパイア・シェリダン』 ATK:2600

 

〇 ファニマライフ 7300ー2800ー2600=1700

 

「あ……きゃああああ!」

 

 二人のヴァンパイアがファニマを殴る。殴り飛ばされたファニマはぐったりとして動かない。

 

「そして、その分のライフを回復する」

 

〇 ヴァンパイアライフ 3600+2800+2600=9300

 

「吾輩たちはこれでターンエンド。貴様に立ち上がる力はもはやない。ここで死に絶えるがいい、ただの人間よ」

 

場:『ヴァンパイア・ファシネイター』 ATK:2400

『炎神ー不知火』 ATK:3500

『真血公ヴァンパイア』 ATK:2800

『ヴァンパイア・シェリダン』 ATK:2600

『ヴァンパイアの使い魔』 DEF:0

『デストーイ・クルーエル・ホエール』 DEF:2400

魔法+罠:『アンデッド・ワールド』、『ヴァンパイアの領域』

 

 敵の場には強力なモンスターが並び、ライフを直接狙おうとも初期ライフすら上回っている。あれだけライフを払っていたのに。

 いや、それ以前に……倒れ伏したファニマが動かない。これは闇のデュエル、ライフが残っていても肉体が傷ついて立てやしない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 異世界からの魂

 

 

 学園を襲う落とし仔たちはファニマを狙うヴァンパイアの策略だった。多勢に無勢で疲れ果て、しかし諦めなかったファニマは今。

 凄まじい攻撃力を持ったモンスター達と相対しなくてはならない。ただの1ターンで戦闘・破壊耐性を誇るマリシャス・ペインを撃破し、高攻撃力を誇るホエールすらも倒し。そしてファニマのライフは風前の灯である。

 

場:『ヴァンパイア・ファシネイター』 ATK:2400

『炎神ー不知火』 ATK:3500

『真血公ヴァンパイア』 ATK:2800

『ヴァンパイア・シェリダン』 ATK:2600

『ヴァンパイアの使い魔』 DEF:0

『デストーイ・クルーエル・ホエール』 DEF:2400

魔法+罠:『アンデット・ワールド』、『ヴァンパイアの領域』

 

〇 ファニマライフ 1700

 

・3ターン

 

「――」

 

 状況は絶望的。だが、それ以前に……ファニマのダメージは大きく、彼女は指一本動かせなかった。

 意識さえ飛ばされてしまっては。

 

「ふん、偉そうなことを言っていても所詮は人間。先の一撃で魂が砕けたか。なに、君は人間にしてはよくやったよ。苦しまず、逝くがよい。そして、地上を支配する種が人間からヴァンパイアになるのを天から見ていたまえ……はっはっはっはっは!」

 

 笑う。嗤う。

 これぞ策略。まともに戦い、そして負けるのは悪の美学ではなくただの負け犬の遠吠えだ。勝たなくては何も始まらないと哄笑を上げた。

 

「お嬢様……!」

 

 メイがファニマを揺するが、ぴくりとも動かない。

 

「そんな……嫌。お嬢様……だって、メイ、お嬢様とずっと一緒に居たんですよ。それなのに、こんな、突然に居なくなることなんて……ひどい……」

 

 涙が落ちる。魔物が居るのだ、逃げなくてはならないがそんな気にはなれない。絶望に足がすくんで、ただの一歩も動けやしない。

 

「メイ! ファニマはどうなっている!? その、男は……!」

「変態!? なぜ、あなたがここに……!」

 

 エクス、彼は言われた通りに避難活動を頑張っていたが、今や学園の全域が危険地帯だ。彼も満身創痍になっていた。

 そうして要救護者を探し回ってここにたどり着いた。頭が悪くとも、こういうところでは”持っている”男だ。

 

「君にまで変態と呼ばれる筋合いはないと思うが、今はいい。……どうやらファニマは倒されてしまったようだな。いや、ライフが残っている。ならば、俺が代わりに!」

 

「はっはっは。それは駄目だよ。エクス・ジェイド君、これは我々の戦いとは本来関係のない危険人物を排除するためのことでね。君とは”まだ”戦わない。外野は黙って見ていたまえ」

 

 ちょちょいと指を振ると闇の結界が張られた。エクスはずかずかと足音荒く近づくが、その境界線から先には入っていけない。

 

「なぜ俺の名前を知っている? いや、今はどうでもいい! そんなもの全て、知ったことか! 彼女を傷付けようとするなら、今ここで貴様を倒す! 力を貸せ、『エクスカリバー』! 聖剣の力で結界を斬る!」

 

 その指先で剣のように構え、カードを一閃した。が、結界には傷一つついていない。運だけではどうしようもない非情な現実だった。

 

「――部外者は黙っていたまえ。だが、彼女を倒した後、そして真実を知った後ならばデュエルを受けよう。……むん!」

「がっ! うわあああああ!」

 

 ただの一睨みでエクスを吹き飛ばしてしまった。

 

「さて、立てないデュエリストにターンは回ってこない。吾輩たちのター……なにッ!」

 

「”僕”のターン、ドロー」

 

 ファニマがメイの腕の中から吊られた人形のように立ち上がり、パントマイムのような動きでカードを引いた。

 

「……お嬢様?」

 

 見たことがないファニマの姿に、メイはただ混乱するしかない。

 

「手札から魔法『烙印開幕』を発動、手札から『トイポッド』を捨てることでデッキから『デスピアの導化アルベル』を特殊召喚、守備表示」

 

 その行動も、普段とは違う。勝利を確信したらとりあえず攻撃表示で出すのがファニマだ。素材にするから関係ないが、慎重を期すなら守備表示にしない理由はない。

 

「〈烙印〉だと? そんなカード、見たことがないぞ!」

「……はい」

 

 エクスもメイもそのカードを見たことがない。そんなことは今までなかった。長い付き合いだ、互いの殆ど全てを知っているはずなのに。

 

「『アルベル』は召喚・特殊召喚成功時にデッキの〈烙印〉魔法・罠カードを手札に加えることができる。フィールド魔法『烙印劇場デスピア』を手札に加える。さらに墓地に落ちた『トイポッド』の効果で『ファーニマル・ウィング』を手札に加える」

 

 抑揚のない囁き声。まるで、機械のような。

 

「そしてフィールド魔法『烙印劇場デスピア』の効果発動!! さあ、舞台が上がるぞ。愚か者を八つ裂きにする残酷劇(グランギニョル)を始めよう!」

 

 一転、マグマのような激情が吹き荒れた。敵を殲滅するまで決して止まらない憎しみ。殺意の波動。

 

「この効果はレベル8以上のモンスターを融合召喚できる! 場の『アルベル』と手札の『ウィング』で融合! 劇場の道化よ、最も気高き至宝を傷付けた輩に誅伐を下せ! 現れよ、『デスピアン・クエリティス』!」

 

「効果発動! 場のレベル8以上の融合モンスター以外のモンスター、つまり貴様のモンスター全ての攻撃力を0にする! 【デストピア・イマージ】!」

 

 道化の持つ槍の波動に当てられた瞬間、ヴァンパイアたちが力を失っていく。悼ましいまでの力、明らかに特別なカードだ。

 

「なんだと……! 吾輩たちの軍勢がいとも簡単に無力化された……ッ!? だが、貴様の身体は既に限界を越えている。このターンさえ凌げば、次のターンはドローする力も残っていまい」

 

「守備表示のモンスターが居れば凌げると思ったか? 『ファーニマル・ドッグ』を召喚、『エッジインプ・シザー』を手札に加える。そして手札から『融合』を発動、この二体で融合召喚。現れよ『デストーイ・シザー・タイガー』!」

 

「その効果により貴様の場の『デストーイ・クルーエル・ホエール』と『ヴァンパイア・グレイス』を破壊する! 【シザーブレイク】! 『ホエール』はお嬢様のもの、返してもらおうか!」

「……ぐ。吾輩たちの盾どもが、全滅!」

 

「さらに手札から魔法『魔玩具融合』を発動! 墓地の『ドッグ』と『チェーン』を除外融合! 昏き海の底より現れ、敵を食らい尽くせ『デストーイ・ハーケン・クラーケン』!」

「馬鹿な……吾輩たちの作戦は完璧だったはず。貴様に、融合モンスターを展開できるだけの力など残っているはずがなかったのだ!」

 

 3体のモンスターが吠える。道化が呪い人形に力を与えている。血に飢えた刃が獲物を今か今かと待っている。

 

「貴様の場に居るのは攻撃力0の木偶のみ! 裁きを受けろ、腐った死体どもめ! そのみすぼらしいパッチワークごと消え失せよ! 『クラーケン』よ、【ハーケンダンス】二連打ァ!」

 

 相手の場には攻撃力0の木偶達が攻撃表示で棒立ちしている!

 

◆『デストーイ・ハーケン・クラーケン』:ATK2800

 

「ひ……ぎゃああああ!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 9300ー2800―2800=4100

 

「『シザー・タイガー』よ、【シザーダンス】を放て!」

 

◆『デストーイ・シザー・タイガー』:ATK2500

 

「ぐわあああ! 待て、待ってくれ。吾輩たちはただ……もう一度、太陽のもとで……暮らしたかっ……!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 4100ー2500=1600

 

「今こそ断罪の時! 『デスピアン・クエリティス』よ! 太陽届かぬ永劫の闇の元へ奴らを葬り去れ! 【カーテンコール】!」

 

〇 ヴァンパイアライフ 1600ー2500=0

 

 道化が手にした槍がヴァンパイアを貫いた。それは破滅の槍、闇から出来たそれは、生者であろうと死者であろうと滅ぼし尽くす”国墜としの牙”。

 

「「「「あああああああ!」」」」

 

 悲鳴の四重奏が響き、身体は塵と化し――後には何も残らない。

 

「メイ」

 

 〈烙印〉を使い、口調すらも変わったファニマ。どう見ても様子がおかしい彼女は、そのままの調子で話しかける。

 

「お嬢様のお体を頼みます。あの汚物には任せるわけにはいかない。……あなたのことは信頼できます。お嬢様にはあなたしか居ないのですから、どうかこのお方のことをよろしく頼みます」

 

 ただそれだけを言って、倒れかける。

 

「わわっ!」

 

 慌ててキャッチした。

 

「俺の呼び方は今更だが……それにしてもファニマはどうしてしまったんだ?」

 

 結界が消えて、エクスが近づいてくる。

 

「ええと……メイにも分からないです。とりあえずは、サロンの方に簡単なベッドがありますので、そこに寝かせます。本家と連絡が取れる様になったら迎えに来てもらいます」

 

「そうするのが良いだろう。……それにしてもあいつがボスか何かだったのか? 周りの悪霊たちが消えたぞ。それに騒ぎの声が小さくなっている。すぐに事態は収拾するだろう。ファニマの容態が急変したら連絡を頼む。俺は助けを待っている人の所へ行く」

 

 言うが否や走り出してしまった。

 

「まったく、スマホはまだ通じないのにどうやって連絡を取れって言うんですか。まあ、他の人を助けに行ったのなら仕方ないですね。……お嬢様、メイだけはずっと一緒に居てあげますから」

 

 えっちらおっちらとサロンまで背負って行き、ファニマをベッドに寝かせた。暫し待つと、危険は去ったと放送が聞こえてきた。

 

「これでやっと……長かった一日が終わります」

 

 安らかな寝息を立てているファニマを見て安心すると、メイもまた眠くなってきた。

 

「少しくらい、メイも寝ていいですよね」

 

 ベッドに突っ伏してしまう。その手はずっとファニマの手を握っていた。

 

 

 





本来の主人公ポジ(悪役令嬢転生もの)が31話になってやっと出てきました。ファニマは彼を半分吸収したようなもので、1話以降のタクティクスは彼のものでした。
本来なら彼のプレイングを学んで強くなって、最後にはお別れですがファニマの場合はどうなるのでしょうね。彼女はあくまで悪役令嬢ですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 追撃の呪い人形

 

 サロンまでファニマの身体を運んできたメイは、暫しのうたた寝をする。校内ではまだ混乱が続いているが、敵は撃退した。その収拾は教師たちの役目だ。

 

 だから、ここで休むことも許されるだろう。ほっとするような二人の光景の裏、奥の姿見の中に影が蠢いた。

 

「――誰!?」

 

 それは魔の森で散々感じてきた闇の波動。うたたねから飛び起きたメイは即座にデュエルディスクを構えた。

 彼女の眼光は鋭い。戦うことを許してはもらえなかったが、敵を倒せるだけの実力はあると思っている。そして、何より……まだエールが戻ってきていない。戦えるのは自分だけだと覚悟を決めた。

 

「あはは。さすがはあのイレギュラーの従者だ、中々に目ざといね」

 

 鏡の中から闇が語り掛けてくる。茫洋として得体のしれない声……姿すらはっきりしない。目を細めてそいつを観察するが、何も分からない。

 幼いのか、老けているのか。男なのか、女なのか。頭が混乱してくる。

 

「あなたも【セブンスターズ】とか言う奴らですか?」

「そうだよ。人と魔の戦いにおいて、君のご主人様は選ばれていないんだ。にもかかわらず、ここまで首を突っ込んでくれたんだよ。ならば、構ってあげないわけにもいかないだろうからね」

 

 ケケケ、と不気味な笑い声が響いてくる。人を嬲り、殺すのを愉悦する声だ。

 

「そんなことは知ったことじゃありません。お嬢様に手を出すなら、メイが守ります!」

「……ふふ。あははははは! 戦士でもなく、ご主人様に連れられておっかなびっくり我ら魔の領域を歩くだけの腰ぎんちゃくが、”魔を倒す”と? とんでもない思い上がりだ、人間。我らは邪神の加護を受けているのだよ、ただの人間に敵うはずなどない」

 

「それがどうしましたか!? メイはお嬢様にデッキを頂き、お嬢様にデュエルを教わりました! だから、絶対に負けません!」

「――そこまでイカれていると言葉も出ないよ、狂人。ならば、そのお嬢様を守れず死にゆく苦しみを味わうがいい」

 

 鏡の奥の影がカードを投げる。それはとある人形に吸い込まれていく。

 

「これは……!」

「そいつらの始末は任せるよ。今度こそ、人と魔の争いに宣戦の号砲を」

 

「――もう上がったでしょう、お嬢様の勝利で。だから、お嬢様のことを好きになどさせない!」

 

 立ち上がった羊の執事のお人形。魔が憑いたそれは、元の柔和な笑みとは似ても似つかぬ歪んだ嘲笑を浮かべた。

 

「ふん、脆弱な身体だな。まあいい……貴様らを殺すだけならば十分だ」

 

 メイはぎり、と奥歯を噛む。あれはファニマが置いた人形だった。別に友達が居ないからと言って人形に語り掛けるような趣味はもっていなかったお嬢様。置くだけ置いて忘れていたから、愛着を持っているのはむしろ掃除をしていたメイの方なのだけれど。

 ……だからこそ。

 

「お嬢様に逆らうと言うのなら、始末します」

 

 何も躊躇なく、八つ裂きにすると決めた。

 

「「――デュエル!」」

 

・1ターン

 

「メイの先攻!」

 

 人形を犠牲にしたとしても、もろともに必ず倒すと決意しカードを引く。

 

「『ドラゴンメイド・ティルル』を召喚、デッキから『ドラゴンメイド・フランメ』を手札に加え、捨てる。そして、カードを1枚伏せてターンエンド!」

 

場:『ドラゴンメイド・ティルル』 ATK:500

魔法+罠:セットカード1枚

 

・2ターン

 

(あれ)のターン、ドロー。ふん、凡庸な1ターンだな。所詮はそれが人間の限界、このような身体であれど魔に属する吾に勝てようはずもない!」

 

 そいつはニタリと嗤う。

 

 実は、魔の森から敵が溢れてきたのはヴァンパイアの手腕だった。身を削り、命すらも削る行為でファニマを追い詰めたのだ。

 ひるがえるに、第二のセブンスターズはそこまでしていない。彼は人形を依り代に無理やりここに留まっている。メイに倒されれば、何もなくとも消滅するだろう。

 

 存在を賭けて戦う理由は、ファニマを喰らいその力を得れば悪霊として命を確立できるからだ。そうなれば、セブンスターズの配下として使い捨てられることもなくなる。それどころか、反逆の芽すらも見えてくる。

 全霊をかけて勝利をつかみ取ろうとしているのは彼も同じ。

 

「『ファーニマル・マウス』を召喚、効果発動! デッキから同名モンスター2体を特殊召喚する! 守備表示!」

 

 そして……そのデッキは〈ファーニマル〉。奇しくもファニマと同じデッキである。ゲーム的にはファニマはチュートリアル中ボス、ラスダンの雑魚が同じのを使ったところで不思議はない。

 無論、わざわざそいつを選んだのは鏡の影の悪意だが。

 

「さらに魔法『魔玩具補修』を発動! 『エッジインプ・シザー』と『融合』を手札に加え、発動! 『シザー』と手札の『ファーニマル・キャット』を融合! 昏き闇より現出せよ、呪いの切り裂き人形『デストーイ・シザー・タイガー』!」

 

 流々と手札を増強しながら融合モンスターを展開する。ファニマを思い出させるその手腕。

 

「効果発動! 『ティルル』とセットカードを破壊する、【テラー・ロアー】! さらに墓地に送られた『キャット』の効果、今使った『融合』を手札に加える! 【キャット・ブリングアップ】!」

 

 ウケケケ、と不気味な笑い声を上げる虎人形が2つのハサミを投げる。これが通ればメイのフィールドにカードがなくなる。

 

「――させません! トラップ発動、『ドラゴンメイドのお片付け』! 『ティルル』とあなたの『デストーイ・シザー・タイガー』を手札に戻します!」

 

 赤い髪のメイドが2つのハサミを手で止め、厨房に片付ける。シザー・タイガーはどこか物悲し気なウケケケ、との笑い声とともに消えていった。

 

「ふん、小癪な。だが『デストーイ・シザー・タイガー』が消えたところで、我が呪い人形の進撃は止まらんぞ!」

「……うぐぐっ!」

 

 だが、ここで終わらないのがファーニマル。いつもファニマのデュエルを見ていて、それを分かっているメイも苦い顔だ。

 あれは、罠をわざと踏んだだけだ。犠牲を承知で敵を測り、策を一つづつ潰して行く。本命はここから来る。

 

「今手札に戻した『融合』を再び発動! 手札の『エッジインプ・チェーン』と『ファーニマル・ペンギン』で融合! 昏き闇の底より現出せよ、呪いの斬殺人形、『デストーイ・チェーン・シープ』!」

「破壊耐性を備えたモンスター……! それに、今墓地に送られたのは!」

 

「そう、貴様はこのターンで終わりだ! 墓地に送られた『ペンギン』の効果で2枚ドローし、手札の『ファーニマル・ドルフィン』を捨てる。更に『チェーン』の効果で『魔玩具融合』を手札に加える!」

 

「そして、今手札に加えた『魔玩具融合』を発動! フィールドの攻撃表示の『マウス』に、墓地の『シザー』、そして〈ファーニマル〉2体を除外して融合召喚! 昏き闇より現出せよ、呪いの滅殺人形『デスト-イ・シザー・ウルフ』!」

「……何枚も何枚も、お嬢様のカードを!」

 

 メイが他人には見せられない表情を浮かべる。嫌がらせ、という点ではこれ以上なく効いている。

 もっとも、諦めるとはそういうのとは真逆の結果を生み出したが。まあ、さすがはファニマにずっとついてきた女というべきだろう。

 

「このカードは――」

「融合素材にしたモンスターの数、つまり4回の攻撃を可能にするのでしょう? 知っています。攻撃力2000の4回攻撃でライフ8000を削り切る。お嬢様も使うコンボです」

 

 今にも舌打ちしそうな声音でメイが口を挟んだ。

 

「知っていてその不遜な態度と言うわけか。もはや勝てぬと諦めたか? 貴様の場にはもはや盾となるモンスターも、窮地を凌ぐ罠もありはしない。さあ、そのお嬢様とやらも使うコンボで死ぬがいい! 『デストーイ・シザー・ウルフ』のダイレクトアタック、【シザー・バイト】四連打ァ!」

 

 狼人形が大きく口を開けて、メイを丸飲みにしようと迫る。

 

◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2000

 

「下らない。その程度の知恵でお嬢様を語るな! そんなコンボは、既にデュエルを諦めた者に使う程度の手管。お嬢様のタクティクスを侮るな!」

 

 吠えた。あまりにも拙い戦術、ただ敵のライフを削り切れる”だけ”の布陣……ファニマならば、そんな程度では終わらない。

 攻撃を防がれた場合に備え、次のターンの準備を平行する。

 

「メイは、お嬢様から貰ったこのカード! 手札の『速攻のかかし』の効果を発動! このカードを手札から捨てることで、ダイレクトアタックを無効にしてバトルフェイズを強制終了する!」

「……何だと!? 馬鹿な、フィールドのカード0の状態から『ウルフ』の連続攻撃を凌いだ!?」

 

 そして、敵の反撃を考えなかったツケがここに。手札は2枚、『ウルフ』と『シザー』が棒立ちになっている。

 メイの使う〈ドラゴンメイド〉では融合体を使えない。だからどうしても敵を封殺することができない。それなら、とファニマが入れてくれたカード。

 そっとデュエルディスクを撫でる。あのカードも、ディスクも、貰ったものだ。そして、タクティクスも教わったもの。全てがファニマからの頂き物。ゆえに。

 

「フィールドの『マウス』を素材に、更に展開をしないんですか? リンクとか言うの、お前たちなら第2の召喚法が扱えるんでしょう? いいえ、無理ですね。『マウス』が居る限り、〈デストーイ〉融合以外は不可能。……お嬢様は、自分で自分の首を締めるような状況は作りません」

 

 敵を許せない。あの程度で〈ファーニマル〉を操った気になり、そしてあろうことかお嬢様に危害を加えようとする。

 それは、八つ裂きでも足りない大罪だ。

 

「――好き勝手をぬかす。吾の場の4体のモンスターを倒し、ダメージを与えられる確信があるとでも? 不純物を入れるような愚か者では分からんのだよ」

 

 そして、敵は舐めた態度を崩さない。確かにこのターンを凌がれるなど思っていなかったが、相変わらずフィールドは0。それで何ができると。

 

「お嬢様は愚か者じゃない! 出来ることがないならさっさとターンを終了なさい、デク人形!」

「吾はこれでターンエンド。……ふん。『かかし』で1ターン寿命を延ばしたとはいえ、ただの人間に何ができる」

 

場:◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2000

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 DEF:2000

◆『ファーニマル・マウス』 DEF:100

◆『ファーニマル・マウス』 DEF:100

 

・3ターン

 

「お前のモンスターを倒せる! メイのターン、ドロー!」

 

 カードを引き、驚いて動きを止めた。

 

「ふん、役立たずのカードでも引いたか?」

「……あなたたちも、怒ってるんだね。分かるよ、メイも――」

 

 言葉には答えず、優しくカードを撫でた。

 

「イカれたか?」

「メイは『ドラゴンメイド・ラドリー』を通常召喚、デッキの上から3枚のカードを墓地に送ります!」

 

 引いたカードを手札に加え、勢いよくカードを操る。

 送られたのは『ラドリー』、『フランメ』、『チェイム』。メイはよし、と頷いた。主の敵を倒すため、〈ドラゴンメイド〉もやる気だ。

 

「前のターンに使用した罠『ドラゴンメイドのお片付け』の墓地効果発動! 自身を除外、手札の〈ドラゴンメイド〉モンスターを特殊召喚できる!」

 

 ごちゃごちゃになった舞台、カーテンが引かれるとただ一人舞台に残った紅い髪の少女がちょこんとカーテシーをした。

 

「来て、『ドラゴンメイド・ティルル』! 効果で『ドラゴンメイド・ルフト』を手札に加え、捨てる!」

 

「更に手札から永続魔法『ドラゴンメイドのお出迎え』を発動! フィールドの〈ドラゴンメイド〉はその数だけ攻撃力を100アップする。そして第二の効果発動、フィールドに〈ドラゴンメイド〉が2体以上居るため、墓地の『フランメ』を手札に加える!」

 

 ギン、と人形を睨みつける。余りにも強い意思、そして背後の〈ドラゴンメイド〉が放つ滅殺の波動。

 メイには特別な血など流れていない。キングのような突然変異でもない。だが……彼女が使うカードは元々王族の切り札、懐刀のロイヤルメイドのみ使うことを許される特別なデッキ〈ドラゴンメイド〉。

 

「これがメイとカード達の絆。メイには、このカード達を従わせることは出来なかった。けれど! 同じ方向を向いて戦うことはできる! 尊き血を守るため、今こそ立ち上がれ竜の力よ!」

 

 どくん、とカードの脈動する鼓動が聞こえてくる。彼女にはついぞ使えなかったこのカード、〈融合〉。だが、引いたのは今こそ使う時だからと信じている。

 

「ドラゴンメイド専用融合魔法『ドラゴンメイドのお召し替え』を発動! 手札の『フランメ』と、フィールドの『ラドリー』で融合!」

 

 そして発動する融合。今こそ、ロイヤルメイドを統括する真のリーダーが降臨する。

 

「主に仕える4種の竜。彼女たちを統括するハウスキーパーよ! 主の寝室に侵入する不届きものに天罰を下せ! 融合召喚、『ドラゴンメイド・ハスキー』!」

 

 少女と呼べる年恰好のドラゴンメイド達。彼女たちより少しだけ成熟した女としての魅力がある彼女。

 今こそその翠色の瞳を開き、敵を睥睨した。

 

「バトル! 『チェイム』の効果、墓地の『フランメ』に変身召喚! そして変身召喚が行われたことで『ハスキー』の効果発動! 相手フィールドのモンスター1体を破壊する。メイは『デストーイ・チェーン・シープ』を破壊! 【ドラゴニックロアー】!」

 

 ハスキーが咆哮を上げる。

 

「だが、『デストーイ・チェーン・シープ』は破壊されたとき1ターンに1度だけ攻撃力を800上げて蘇生する! 【サクリファイス・ウール】……守備表示」

 

 真空波が空間を駆け、しかし惨殺したのは羊毛のみ。身を軽くして攻撃力を上げたはいいものの、その鎖で防御態勢を取っているなら何も意味がない。

 

「その効果は1ターンに1度のみ! 一回で駄目なら二回破壊するだけ! 『ハスキー』で『シープ』を攻撃【ドラゴニックテール】!」

 

 ハスキーがその尾で鎖ごと羊を打ち据える。

 

◆『ドラゴンメイド・ハスキー』 ATK:3200

 VS

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 DEF:2000

 

「……ぐっ。だが、守備表示のため吾にダメージはない」

 

「『フランメ』で『ウルフ』に攻撃! 【フレイム・ブレス】! そいつは攻撃表示! 今度こそ戦闘ダメージを喰らって燃え腐れ、クソ人形!」

 

◆『ドラゴンメイド・フランメ』 ATK:2900

 VS

◆『デストーイ・シザー・ウルフ』 ATK:2000

 

 紅の竜が吐いた炎に狼人形は焼き尽くされた。

 

 そして、メイの口調も余りの激情で崩れてきていた。田舎で育ち培ったピー音必須の罵詈雑言、ファニマに余りにも悪影響とセバスから【教育】を受けてから続けてきた”なんちゃってですます口調”が今や見る影もなかった。

 

「多少焦げたが……この程度で消えてなるものか! 吾は、そこのイレギュラーを喰らい、魂を手に入れるのだ!」

 

 そして、人形も今や嘲笑ではなく執念を表に出している。この敵を必ずや倒し、求めるものを手に入れんがため死力を尽くす。

 

〇 人形ライフ 8000ー900=7100

 

「メイはこれでバトルを終了、『フランメ』は『ティルル』に戻る。守備表示で手札から特殊召喚。そして変身召喚が行われたことで『ハスキー』の効果発動、『マウス』の一体を破壊。ターンエンド」

 

場:『ドラゴンメイド・ハスキー』 ATK:3200

『ドラゴンメイド・ティルル』 DEF:1900

魔法+罠:『ドラゴンメイドのお出迎え』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 呪い人形の撃退

 

 

 ヴァンパイアを退け、サロンで休むファニマとメイの前に第二の刺客が放たれた。メイは〈ドラゴンメイド〉達と絆を交わし、『ドラゴンメイド・ハスキー』を融合召喚する。

 だが、敵の魔もやられっぱなしではない。反撃が来るのだ。

 

・4ターン

 

「大言壮語を吐いたものだ、人間。だが、吾の場にはまだ『マウス』が1体残っているぞ。倒し切れなかったな。もはや、このターンで貴様の命運は尽きると知れ。吾のターン、ドロー!」

 

 腕に付いた炭が剥がれ落ちる。900は大したダメージでもないのに傷が回復しない。ここに居るにも無理をしているのだろう。

 ……それはお嬢様を喰うために。だから、メイは決してコイツを許さない。

 

「スタンバイフェイズ! 『ハスキー』の第二の効果発動! 場の『ティルル』を選択し、レベルが一つ高い、もしくは低い〈ドラゴンメイド〉を特殊召喚できる。墓地のレベル4『ドラゴンメイド・チェイム』を蘇生! 【ハウスメイド・コール】!」

 

「さらに『チェイム』の効果で、デッキから『ドラゴンメイドのお心づくし』を手札に加える!」

「吾のターンで好き勝手してくれおって……!」

 

「『マウス』が居る限り、テメエは融合しかできない! さっさと融合しやがれ!」

 

 メイがビっと中指を立てた。滅茶苦茶、育ちが悪い。

 人形は舌打ちを一つして気を取り直す。

 

「――言われずとも。だが、まずは魔法『魔玩具補修』を発動、『エッジインプ・ソウ』と『融合』を手札に加える。そのまま『融合』を発動! フィールドの『マウス』と手札の『ソウ』で融合。昏き闇より現出せよ、呪いの磔殺(たくさつ)人形『デストーイ・ホイールソウ・ライオ』!」

「……それは!」

 

「ふん、こいつの恐るべき効果を知っていたか。なら、その威力を我が身をもって思い知れ! 『ライオ』の効果発動! 『ドラゴンメイド・ハスキー』を破壊し、その攻撃力分の直接ダメージを与える! 【ライオニック・ソウ】!」

「――ぐ! 効果を使っても1体しか破壊できず、蘇生もできず、直接ダメージを与えるしか効果がない上、使いにくい『エッジインプ・ソウ』が指定されているからお嬢様も殆ど使わないカードを……! きゃああああ!」

 

〇 メイライフ:8000ー3000=5000

 

 『ホイールソウ・ライオ』が投げたノコギリがメイを切り刻み、倒れ伏す。動けないほどの激痛、けれどお嬢様に訓練に付き合ってきたメイだ。歯を食いしばって立ち上がる。

 

「そのダメージでは減らず口も利けまい! 吾は『ファーニマル・オウル』を通常召喚、ライフを500払って効果発動! 自身を含む融合召喚を行うことができる!」

「『デストーイ』モンスターが場に居る。……つまり」

 

「こいつも知っていたか。『ライオ』と『オウル』で融合、昏き闇より現出せよ、呪いの謀殺人形『デストーイ・サーベル・タイガー』! 効果発動、『デストーイ・チェーン・シープ』を蘇生する! 【デストーイ・リバイバル】!」

「ここで『シープ』を蘇生すると言うことは、お嬢様の使う水属性デストーイは持っていないのね。クソ人形ごときに〈デストーイ〉の真の力を引き出すなんて不可能よ!」

 

「そのダメージの癖に口ばかりよく利く! 吾を舐めるな! フィールドの〈デストーイ〉は『サーベル・タイガー』の効果で攻撃力を400アップする。バトルだ!」

「バトルフェイズ開始時、『ティルル』と『チェイム』の効果発動、変身召喚! 現れよ、『ドラゴンメイド・フランメ』、『ドラゴンメイド・ルフト』!」

 

 めきめきとメイド達が真の姿を現わす。

 

「ならば、『デストーイ・チェーン・シープ』で『エルデ』に攻撃! 【チェーン・ストライク】!」

「迎え撃ちなさい、『ルフト』! 手札の『フランメ』を墓地に送り、効果発動! 攻撃力を2000アップする! 【タイラント・ウィンド・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・ルフト』 ATK:4900

 VS

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 ATK:2000

 

〇 人形ライフ 7100ー2900=4200

 

 凄まじい嵐の息吹に晒され、人形はずたずたとなり中身の綿が散乱する。

 

「ぐ……があああああ! だが、『シープ』は1ターンに1度、攻撃力を800上げて蘇生する! 次は『フランメ』に攻撃! 【チェーン・ツインストライク】!」

 

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 ATK:3200

 VS

◆『ドラゴンメイド・フランメ』 ATK:2900

 

 折れた刃がメイの頬をかすめて出血した。

 

「痛ぅっ……! 二重の攻撃力アップで、攻撃力がアップしていない方のドラゴンメイドを狙ってきたのね。さすがはクソ人形。(こす)い目端ばかり利く」

 

〇 メイライフ 5000ー300=4700

 

「『ホイールソウ・ライオ』の直接ダメージでボロボロになっている分際で偉そうな口をほざくな! 吾はこれでターンエンド!」

 

「ならば、『ルフト』変身召喚! 手札の『ティルル』を特殊召喚! 効果でデッキから『ドラゴンメイド・ナサリー』を手札に加え、手札に戻った『ルフト』を捨てる!」

 

場:◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:2800

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 ATK:3200

 

・5ターン

 

「メイのターン、ドロー。『ティルル』、あなたと一緒にあいつをやっつけるわよ」

 

 宣言するように静かに言った。フィールドに残っている『ティルル』はおしとやかに一礼する。

 

「『ドラゴンメイド・ナサリー』を召喚、効果で墓地の『ラドリー』を特殊召喚! 『ラドリー』の効果でデッキの上から3枚のカードを墓地に送る!」

 

 『フルス』、『パルラ』、『お見送り』が落ちた。これで奴を潰す最後のピースが揃った。

 よし、と頷く。

 

「フィールドの永続魔法『お出迎え』の効果を発動! 墓地の『フランメ』を手札に加える!」

 

「手札から魔法『ドラゴンメイドのお心づくし』の効果発動! さっき墓地に落ちた『ドラゴンメイド・パルラ』を特殊召喚! さらに追加効果によりデッキから『ルフト』を墓地に送る。そして特殊召喚された『パルラ』の効果で、デッキから『ドラゴンメイド・エルデ』を墓地に送る!」

「……ぬぅ。瞬く間にこれほどのモンスターを!」

 

 人形に焦りが見える。メイは嗜虐的な笑みを浮かべ、躊躇なく抹殺の手を下す。

 

「バトル! この瞬間、フィールドの4体の効果を発動! さあ、行くわよ!」

 

 4体のドラゴンメイド達、揃って見事なカーテシーを決める。しかし、それは主へ向けた礼儀。

 不届きものを誅殺する許可を頂く儀礼。捕食者の笑みをこっそり浮かべ、その真の姿を現わす。

 

「『ティルル』、『ナサリー』、『ラドリー』、『パルラ』変身召喚! 今こそ主の敵を排除するとき! その牙で、その息吹で、主の城の侵入者を撃滅せよ! 現れよ『フランメ』、『エルデ』、『フルス』、『ルフト』!」

 

 ついに揃った4体の竜、ドラゴンメイド竜形態。統括者を再度呼べるほどメイは強くない。だが、4種の竜形態が揃った様は圧巻の一言である。

 

「『ルフト』で『タイガー』に攻撃! 【ウィンド・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・ルフト』 ATK:3100

 VS

◆『デストーイ・サーベル・タイガー』 ATK:2800

 

「ぐぅっ! 『サーベル・タイガー』が破壊されたことで『チェーン・シープ』の攻撃力は400下がる……!」

 

〇 人形ライフ 4200ー300=3900

 

「『エルデ』で『シープ』に攻撃! 【アース・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・エルデ』 ATK:3000

 VS

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 ATK:2800

 

〇 人形ライフ 3000ー200=2800

 

「がぁぁ……っ!」

 

 人形がボロボロになり千切れていく。

 

「『フルス』で『シープ』に攻撃! 【ウォーター・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・フルス』 ATK:3000

 VS

◆『デストーイ・チェーン・シープ』 ATK:2800

 

〇 人形ライフ 2600ー200=2400

 

「がふっ! ま……待て、吾が消えればこの人形もボロ人形のようにゴミになる。それでもいいのか!? 主の持ち物だろう?」 

「危険物を処理するのはメイドの役目です。『フランメ』で攻撃、さらに手札の2体目を捨てて攻撃力を2000アップ! 燃え滓になれ、人形! 跡形もなく消え去れ、悪霊! この一撃で決める! 【タイラント・フレイム・ブレス】!」

 

◆『ドラゴンメイド・フランメ』 ATK:5100

 

〇 人形ライフ 2400ー5100=0

 

「ひっ……! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ! こんな、こんな人形の身で……何も成れず、ただ消えるなんて……!」

 

 天井まで届くような火柱が全てを飲み込み、塵と変える。そいつは何者にもなれないまま、羊の執事人形に憑りついた悪霊の1個体として消えていった。

 

「……メイの、勝利です」

 

 ガクリと膝をつく。ただの少女に闇のデュエルは重すぎた。目の前すらもおぼつかない。ファニマの様子を確認しようと思うけれど、足が震えてベッドにまでたどり着けない。

 

「お嬢様……」

 

 倒れ伏す……その一瞬前に。

 

「よくやりました、メイ」

 

 抱き留める力強い腕。落ち着いた渋い声。この方は。

 

「セバス……様?」

「あなたが敵を倒してくれたおかげでここに入ることができました。どうやら、結界と認識疎外の効果があったようです。初めから目的地であった私はともかく……他の方たちはまだ時間が要るでしょう」

 

 メイをファニマの横に寝かせる。

 

「……ファニマ! 大丈夫? なんか、魔物がまだ残ってたみたい……!」

 

 エールが窓から箒で駆けてきた。窓の鍵はエールのためにと、サロンに誰かがいる場合は開けていた。

 

「姫サマ、ここら一体がジャミングされてタ! 無事か!?」

 

 フューが凄まじい勢いで走って来て、扉を殴るような勢いで開いた。

 

「ふふ……ファニマ様は良い仲間に恵まれたようで。不覚にもこの爺、涙が……」

 

 結界が解けて間もない。それでこんなに早く着いたと言うことは、認識疎外にも関わらずもっと早くから合流しようとしていたということだ。

 よよよ、と涙を拭うセバスだった。

 

「あら、無事ね。良かったわ」

 

 エールはそのまま歩いて行ってごそごそとファニマの懐を探り出す。

 

「……何のご用事で?」

「ファニマは奴らの司令塔を倒した。だから、”鍵”を持っているはず……!」

 

 フューはさっと後ろを向いた。

 

「ええと……ファニマ、どこに入れたの?」

 

 ごそごそと探りすぎて、酷くきわどいところにまで手が入っている。後から、やはり窓の向こうから現れたアイネがあわあわと止めようとしている。

 なお、セバスもファニマの服が崩れてブラが見える前に後ろを向いた。

 

「――何しているの? エール」

 

 そこで、ファニマが目を覚ました。

 

「鍵を頂戴」

「え? ああ、ええ……」

 

 相手が女の子でなければ寝込みを襲われたにしか見えない状況だが……実はファニマは婚約破棄の一件で身体、というよりも外見にトラウマを持っている。

 簡単に言えば、権力がなければ自分みたいなトロールなんて相手にされないと思っている。彼女の凛とした美しさは誰もが認めるところだが、ただ一人ファニマ自身だけが認めていない。

 むしろ、自分なんかの身体をまさぐらせたことを申し訳なく思う。

 

「ああ、それならメイに持たせたわ。……はい」

 

 寝ているメイからごそごそとポケットを探ってそれを渡す。ただ古くて厳ついだけの何の変哲もない鍵だが、それは滅ぶヴァンパイアが塵と消えた中から唯一残ったものだった。

 何かの手段で奪われることを恐れ、どうでもよいと捨て置かれているメイに持たせたのだ。

 

「ありがと」

 

 持っていた組木細工に入れる。それも魔導道具、外界と隔絶させる封印の箱だ。名だたるウィッチクラフトなのだから、これくらいは当然。

 

「おおい、皆大丈夫だった? ま、あまり心配してなかったけど。アイドルのアニーちゃん、ただいま戻りました!」

「ふん、今回の騒動の元凶を撃退したと聞いたぞ、ファニマ・ヴェルテ! さすがはこのキングを倒した女よ!」

 

 アニーと、それからなぜかキングまで到着した。

 

「……そう言えば、変態はどうしたのかしら? あいつも来るかと思ったのだけど」

 

「あれは体育館の方で女生徒達に捕まっておりますな。どうやら地に堕ちた名誉は今回の騒動で回復されてしまったようで。……少なくとも、生徒たちには」

 

「あ、そう。まあいいわ。あいつへの説明は校長に任せましょう。……私も、聞きたいことがあるのだけどね……う」

 

 ベッドの上で身を起こしていたファニマがふらりと倒れかける。

 

「お嬢様、ご無理はなさらずに。車を用意しております。館へ帰りましょう」

「……そうね。けど、この状況となっては校長も動かざるを得ないはず……ただ、私たちにも時間が必要ね」

 

「じゃ、エールは少し工房の方でやることがあるから」

 

 箒で飛んでいった。戦ったのは雑魚だけとはいえ、やるときはやる女だ。いつもはソファでサボっているけれど。

 

「アニーちゃんは休憩したいなあ」

「ふむ。キングも少し休んでおこう」

 

 そして、目立つ二人組はしかし学園において後ろ盾を持っていない。このまま帰ると何も関われないのでは、と不安が残りつつ。しかし、やはり休息は必要だ。

 

「――では、アニー様とエルピィ様は当家に宿泊なさりますかな?」

 

 すかさず爺が提案した。一つ屋根の下と言ってもヴェルテの屋敷には客人用の部屋などいくらでもある。

 

「良いの?」

「ふむ。では、厄介になろう!」

 

 アニーは遠慮がちに、キングはなぜか自信満々に厄介になることにした。

 

「おっと、セバス様。……俺は?」

「フュー様はここで仕事がおありでしょう?」

 

 冗談のような声音で言う。フューの仕事はこれからが本番と言っていい。もちろん、学園に現れた悪霊の退治も大きな仕事だったけれど。

 

「へいへい。了解了解。ま、給料も貰ってることだし、真面目に仕事をやりますカ」

 

 それで一旦解散した。

 

 

 

 






誤字指摘で先攻が先行になっているのに気づきました。後行なんて言葉はないですもんね……
パッチワークの補修が漢字変換で出ないからそのまま載せてしまったりと、誤字修正してくれる方には感謝しかないです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 作戦会議

 

 

 そして、屋敷へ帰ってきたファニマは、連れてきた2人とともに軽食を取る。

 なお、お父様は本日帰ってこなかった。基本、彼が家に帰ることは稀だ。アニーはともかく、男であるキングを連れ込めばどうなるか分からなかったが……今はとりあえずその危機は逃れたらしい。

 

 そして、腹に食事を詰め込んだ後はそれぞれ戦いで負った傷を癒す。

 闇の儀式は勝利すれば外傷と言えるような痕は残らない。

 ただし、精神的なそれは別だ。ファニマと、そしてアニーは少しパンを食べるくらいが精いっぱいだった。もっとも、メイとキングは何事もなく食べていたが。

 

 が、それでも限界だったのか言葉少なに食事を詰め込んで部屋で休むこととあいなった。

 

 ファニマも、ゆっくりと湯治をする。もちろんすぐそばにメイが居るし、キングは他のメイドが監視している。

 ……ファニマからは何も言っていないが、変態と言う前例があったためだ。

 なお、お世話という名目で監視されてもキングは、「キングとは常に衆目の目に晒されるもの!」と気にしなかった。しかもコーヒーを頼むなど図々しい真似をしている。

 

 ファニマのいる浴室は、だだっ広い中に中央にぽつんと3人分程度の大きさの浴槽があるのみだ。広いのか狭いのか分からないが、ゆっくりとお湯の中でたゆたっている。

 気持ちよさそうに目を細めるファニマに、メイが声をかける。

 

「お嬢様、傷は大丈夫ですか?」

「ええ。デュエルとはすなわち魂の決闘、身体に傷が残ることは余りないわ」

 

 ちゃぷ、と音がする。

 ファニマが浴槽の中で腕を持ち上げた音だ。その繊手には痛々しい赤痣が刻まれているが、そのハリのある肌を見れば、若さがすぐに元の美しい肌を取り戻すことは瞭然だ。

 

「――」

 

 湯船の中で少し身動きをする。豊かな胸から水滴が滑り落ちる。お団子にまとめている絹のような光沢をもつ髪の下、上気して少し赤くなったうなじがいやに色っぽい。

 宙を見つめていた彼女はすす、と流し目を後方に向ける。

 

「……そして、魂の方は、あなたが守ってくれたのかしら?」

 

 湯気の中、ファニマは視線を何もないはずのところに投げかけた。”どこか”にということではない。”それ”はいつでもファニマの中にあったのだから。

 

『あなたを守ることが我が望みであれば』

 

 すう、と幽霊のように現れたそれ。仮面、そして闇の鎧を纏う男……姿を描写するとしたらそうなる。浴室の中では、そいつは酷く場違いだった。

 その彼は、喜劇の演者のように芝居らしい態度で跪いている。

 

「誰ですか!?」

 

 その声が聞こえたメイが飛び込んできた。

 

「――大丈夫よ、メイ。私の味方だわ」

「そう言えば、お嬢様が変わられたとき……!」

 

 あの時はファニマの声だった。今のそれは幽鬼のように響く透けた男性の声。どう見ても人間より魔に近いように見える彼。

 とはいえ、味方であるのは違いない。何か変、ということであれば魔について知悉しているらしいファニマも十分変だ。もっとも、そいつが知識の出どころでアンサーなのだが。

 

「頭を上げなさい」

『いえ……そのような訳には……』

 

 そいつは跪いたまま姿勢を変えない。……まあ、当然である。ここは風呂。彼とて声を掛けられなければ絶対に姿を現わさないつもりだった。

 畏れ多いにもほどがあるとばかりに額を地面に擦りつける。というか少しめりこんでいる。実体はないらしい。

 

「あなたは誰です?」

 

 きょとん、とメイが首をかしげる。まあ、謎生命体だが男のように見える彼が浴室に居るのは大問題だ。

 まあ、そこはファニマが許しているので――いや、それでも駄目だろうと睨みつけた。彼は消え入りたい気持ちになった。

 

『僕に名はありません。記憶はなく、姿は偽り。お嬢様、我が力はあなたのためにある。この虚像の命と力の全て、あなたの糧へ』

 

 仰々しい物言いだが、それは自分を喰えということだ。ファニマのデュエルタクティクス、それは彼の知識が流れ込んだためだ。だが、それは半端な状態で終わっている。 

 その存在の全てを喰らえば、この男の全ての力を得てファニマは”完全”になれる。

 

「……ほえ?」

 

 メイは話についていけていけていない。

 

「駄目よ」

 

 そして、ファニマは恥ずかしがるそぶりもなく湯船にゆっくりとつかりながら自然に命を下す。命令するのに慣れた態度だった。

 

『しかし……』

「しかし、ではないわ。あなたは私のものなのでしょう? 勝手に消えるなど、許さないわ」

 

 にべもないその様子に彼は諦める。そも、主の命令に逆らうつもりなどない。仕えろと言うならば、そうするまで。いや、風呂の中で呼ぶのは勘弁してほしいが。

 

『承知致しました。ところで、僕を呼んだと言うことは何かご用事でも? ですが、我がおぼろげな記憶は既にあなた様のもの。この下僕に残っているものは、いくらかのカードのみでございます』

 

「――そう」

 

 少し考え、そう言った。疑うつもりはない、事実を踏まえ行動の方針を考えた。すでにセブンスターズとの戦端は開かれた。

 ならば、配下を率いて戦うまで。それは決まっている。重要なのは”どう”戦うかだ。今は戦力配分以前に敵の出方が何も分からない。すでに原作から外れた侵略があった以上、その知識は当てにならないから。

 

「それで、あなたには名前がないのだったわね」

『はい、その通りでございます。お嬢様。僕のことは道化とでも呼んでいただければ』

 

「なら、アルと呼ぶわ」

『――お嬢様に頂いた名前、大切にします』

 

 深く深く、跪いた。名前を貰う、というのは重要なことだ。攻めてきた魔物ども、名もなき尖兵共には名前さえもなかった。

 今や人間よりも魔に近い彼にとって、名付け親にも等しい。

 

「アル。次に私たちがやるべきことは何かしら?」

『お嬢様でしたらお分かりでしょう? あの校長が次の手を打つ。我々はそれに乗ればいい』

 

「そうね、キングの奴が居るのだもの。私たちも……くっ!」

 

 痛みに顔を歪め、自らの身体を抱きしめる。その多くをアルが引き受けたとはいえ、ヴァンパイアとのデュエルは甘くなかった。

 もともと、ゲームで言えば彼女などはチュートリアル中ボスに過ぎないのだ。学園に居る凡百のモブとは比べ物にならないにしても、その魂の強度は決して高くない。

 

「お嬢様!」

 

 濡れるのも構わずファニマを介助しようとして湯の中に腕を入れる。

 

「大丈夫よ。溺れるほどではないもの。まだ寝る訳にもいかないしね……アル、こっちを向いたわね?」

『申し訳ありません』

 

 膝を上げかけたアルが土下座した。

 

「……ふふ。別に私の裸なんて見る価値もないわよ? まあ、いいわ。そろそろエールとフューの用事も一段落付いたところでしょう。少し、集まって話しましょうか」

 

 風呂から上がる。メイに服を着させた。バスローブだ。そのままつかつかと歩いていく。

 

「あの、お嬢様? もしかしてこのまま行く気ですか?」

「ええ、そうだけど」

 

 風呂上がりのファニマは頬が上気している。しかもバスローブの胸元からは、その豊かな双丘がわずかに覗いているのだからたまらない。

 水着よりもよほど隠れているのに、逆にこちらの方がエロい。男であれば誰もが生唾を飲み込むだろう。

 

『あそこにはキングとか名乗る馬鹿も居ります。どうかご自愛を』

「アル? 何も心配なんてないわよ? だって……私なんて」

 

 す、と顔を伏せる。これも婚約破棄のトラウマだ。あの男への恋心など残っていないが、自分の容姿にコンプレックスを持ってしまった。

 ただ一人、ファニマだけは自分の身体に興味を持つ異性なんていないと思っている。

 

『お嬢様……!』

 

 アルは仮面の奧でエクスへの殺意を滾らせた。

 

「お嬢様、そんなはしたない格好で出るとお父様が悲しみますよ」

「あ、そうね。それはいけないわ。服を用意させて頂戴」

 

 一方でメイは慣れている。お嬢様に自分の女としての魅力を説いたところで無駄だと分かっているし、扱い方も知っていた。

 アルは一転ぎりぎりと仮面の奧で歯ぎしりし、メイは勝ち誇る。そんな一幕があった。

 

 

 そして、サロンに皆を集めた。当然だが、学校でのそれよりもずっと品質が良く、落ち着いている。

 

「さて、集まってくれたわね」

 

 大テーブルの上にお菓子が乗っている。キングはメイドの淹れたコーヒーをがっぽがっぽと飲んでいた。

 逆にアニーは水しか口にしない。夕食後は水以外取らないアイドル根性とのことだった。

 

〈ああ、こっちも準備は出来てるわ〉

〈こっちもダ。ま、あまり分かってることもないけどナ〉

 

 2つのPCから響く声。簡単に言えばLine通話である。

 

「で、キング。何かないの?」

「……む? ――あ」

 

 ファニマの誰何に少し間抜けな声で返す。ポケットを探ると、スマホに着信履歴が残っているのに気付いた。

 

「校長からね」

「そのようだ、メールも入っているな。……夜、校長室まで来いとのことだ。これもお見通しだったか? ファニマ・ヴェルテよ」

 

「予想はつくわ。私も行こうかと思ったのだけど」

「――お嬢様。ヴェルテ家の令嬢が夜間に外出など、はしたない」

 

「爺やがこう言うものだから、ね。爺やには責任をもって私の代わりに行ってもらうわ。そういえば、アニーには何も来ていなかったかしら」

「うん。通知は会社の人だけだね」

 

「まあ、もちろん私にも校長からの連絡は来ていないのだけど」

「当家の方に釈明は届いておりますな。ただ、今回の件は事故として処理するつもりのようです」

 

「ヴェルテには何も説明する気がないのね。まあ、あの校長のことだし、そういうこともあるでしょう。さて……エール、フュー。何か分かった?」

 

〈この鍵について調べたけれど、凄まじい闇の力が籠められているわね。あのヴァンパイアは過去に滅んだものを蘇生させたみたい。確かにそれだけの力を秘めている〉

 

〈ねえ、ファニマ。こんなものがあと6個もあるの?〉

 

「そのヴァンパイアは、己をセブンスターズと名乗っていた。むしろ、リーダー格のそれは比較にならないレベルということすらありえる。もしかしたら、いえ。生きているからこそヴァンパイア以上の力を持っていると考えるべきね。あれは死者、蘇生のリソースを強化に回せば更に強大な力を得られるわ」

 

〈ま、最初に出てきた奴は1番弱いってのはありがちよね。しかも、今回は余計な仕事をさせられた使い走りっぽいし〉

 

〈じゃ、今度はこっちの調査結果だナ。学園の方は堰を切ったように瘴気が溢れてやがる。それに、こんな事件もあったんだ。一時閉鎖の材料には十分だナ〉

 

「データは取れた?」

 

〈そっちももちろんさ。だが、あまり説得材料になるかは怪しいと思うけどナ〉

 

「ああ、お偉いさんはデータさえあれば納得するから原理とかはいいのよ」

 

〈……ハハ。姫様は豪胆だナ。了解〉

 

「では、キング。あなたは爺やの車に乗って校長室に行きなさい。それと、爺やはPCを持って行ってね」

 

 そういうことで、ヴェルテ邸での作戦会議は終了した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 校長室での秘密会議

 

 

 そして、キングは一人校長室の扉を開く。

 

「――む。俺が最後だったか?」

 

 校長用の厳つい机よりも扉側に、来客用の机とソファが並んでいる。片方にはふわりが座り、右後ろにはエクスとエレメの兄弟が居て、左後ろにはフェル・キャノンが陣取って火花を散らしている。

 ……エクスとフェル、醜い男同士での争いだった。

 そして元凶であるふわりはと言うと、何も感じていないかのようににこにこと能天気な笑みを浮かべていた。

 

「キングさん。こんばんは」

 

「ああ、こんばんは! キングは最後に登場するもの! だが、女子供への礼儀も欠かさんのがキングの義務!」

 

 やはりうるさい。ふわりの向こう側、誰も座っていないソファにどっかと座り込んだ。

 

「おお、集まってくれたようだね」

 

 机の向こう側から校長が声をかける。

 

「さて、若きキング君は何がお好みかな? 学校の備品だからあまり良いものはないけれど、インスタントのコーヒーや紅茶くらいならあるよ」

「ならばコーヒーを。キングが嗜むのは香り高いブラックコーヒーと相場が決まっているのでな」

 

「砂糖もミルクもなしだね。少し待っててくれ」

 

 紙コップに粉を入れてポットから湯を注ぐ。

 受け取り、口に含んだキングは「クソマズイな!」という顔をしたが声には出さない。どうやらキングは厚意で出されたものに文句を付けないものらしい。

 

「さて、今日の事件では皆活躍してくれていたね」

 

 空いている場所、エクスの向こう側に歩いていく。立って話をする気らしい。ごほん、と咳払いをして重々しく話を切り出した。

 

「……あら? 私はエクス君に守ってもらっただけだけど」

 

 何の悪気もなく、きょとんとふわりが疑問を上げる。

 

「ああ、そうだったかね? だが、君たちには魔と戦う力があるのだ」

「そうなの? 私、皆の役に立てるならとっても嬉しいわ」

 

 にこりと笑うふわり。

 

「待て。戦うのならば俺がやる! ファニマ・ヴェルデに敗北した俺ではあるが、それでもふわりを戦わせることなど出来ん!」

 

 エクスが大声を出す。ふわりはこっくりと首を傾げていた。そもそも守るだなんだを理解できていない。

 自分が守るから安全な場所に居てくれ、などという彼の願いの意味が分かっていない。なんなら、危険の意味すら知らない。死んだとしても、怖いなどと言う感情は理解できない女だ。

 

「まあ、全員が必ず戦うと言うものでもないんだよ。まずは落ち着いて聞いてほしい。……ね?」

 

 エクスを宥め、気を取り直して話を再開する。その瞬間。

 

「――ならば、我々ヴェルテもその話に参加する資格はあるのでしょうな?」

 

 朗々とした低い声がその話を断ち切った。老執事、セバスが校長室の扉を開いたのだ。かつかつと靴音を響かせて部屋に入る。

 

「警告はしていた。それを無視したのはアンタだぜ」

 

 そして、その後ろにはフューが付く。

 

「そして侵略軍のリーダーを打ち倒し、学園に平和をもたらしたのはうちのリーダーよ。さて、あんたの部下、教師達は何をしていたのかしらね」

 

 エールがひょっこりと顔を出す。

 

「……あなたたちは、ヴェルテ派の人ですな。では、ヴェルテのお嬢様は」

 

〈私も参加させてもらうわ。校長〉

 

 セバスの開いたPCからファニマの声が響いた。

 

「おお、ファニマ嬢。あなたはそれで参加するんですね……」

 

〈ええ〉

 

 傲岸不遜な声が響いた。

 

「あ、ファニマ様!」

 

 仔犬のような嬉しそうな顔をしてふわりが近寄ってきた。

 

「おひさしぶりです!」

 

 PCの前に来て手を振る。相変わらず感情がバグっているとしか思えない挙動だが、まあそういう生物だと思って諦めるしかない。

 そう、ここで問題なのは。

 

〈けれど、失望したわ。校長〉

「手厳しいですな、ヴェルテ嬢。……一体何がそんなに気に喰わないので?」

 

 ファニマはそれを無視して校長に氷のような切れ味で切り込んだ。

 

〈スカーレッド・エルピィ、エレメ・ジェイド、エク……そこの変態。それを戦力として数えるのは、ええそうね。大人のなんて情けないことと思うけれど、名案と思ってしまってもしょうがないわね〉

 

 エクスが相変わらずの呼び方だな、と苦笑する。

 

〈フェル・キャノン。彼もまあいいでしょう。信用できるかはあなたの問題。……そいつに戦う力があることは知っている。ならば、私から文句を付ける筋合いはないもの〉

 

「……はあ」

 

〈けれど、そこのふわりはどういうこと? この子に戦う力などない。先の混乱で分からなかった? 他の生徒どもより多少使えたところで、私たちのレベルじゃないのよ。戦う力のない人間を戦わせるなんて、ふざけた真似はやめなさい〉

 

「いやあ、おっしゃることはごもっともで。ですが、彼女とて戦う力は持っているはずなのです。彼女は選ばれた……」

 

「ファニマ様、ありがとうございます」

 

 足手纏いだとはっきり言われたはずのふわりは感謝を告げる。

 

〈礼を言われる筋合いなどないわ〉

 

 ファニマはPCの向こうでそっぽを向いてツンとした声を出す。

 

「私を心配して言ってくれているんですよね? だから、やっぱりありがとうなんです。でも、私もエクス君やフェル君に守られてるだけじゃありません。少しでもサポートしてあげられたら、って思うから」

 

 後ろで二人がじーんと感動している。ファニマはそいつらの評価を色ボケ馬鹿が、と下方修正した。

 

〈酷い能天気具合。精々後ろで応援でもしていることね〉

 

 これがふわりだ。人に好かれるサイコパス、その本領発揮と言ったところ。彼女のそれは俯瞰して物事を見れる者。上に立つ者によく効く。

 ファニマも、油断しているとコロっといきそうになってしまう。そいつの本質がお花畑と知っていてもなお。

 

「はい。私、エクス君やフェル君と一緒に頑張ります!」

 

 太陽のような笑顔を浮かべた。

 

〈――ふん。死体になられても困るから、精々誰かの後ろをついて歩いてなさい〉

 

 通話が切られた。

 

「おや、ヴェルテ嬢は帰られたようですな。では、鍵を渡しましょう」

 

 最初に呼ばれたメンバーへ鍵が配られた。

 

「――これは? 何の変哲もない鍵のようだが」

 

 とても古くて、ゴツくて、存在感がある。だが、言ってしまえば”イカつい鍵”と、ただそれだけだ。あの魔物達と戦う力があるようには見えない。

 

「しかし、それがセブンスターズを倒す唯一の手段なのです。その鍵を持つ者がデュエルによって相手を打ち負かすことでのみ、彼らを打ち倒すことができるのです」

 

 よくある設定と言えばそうで、彼らは納得してしまうが。

 

「いや、それはおかしいでしょ。ファニマが倒したじゃない」

 

 エールが舌鋒鋭く指摘した。

 

「ああ……それはそうですな」

 

 煮え切らない態度、実は校長もどういうことかは知らない。

 

「――ふん。まあ、ただの人間には無理でしょうね」

 

 エールが一人納得して押し黙ってしまう。

 

「少し、昔話をしましょう」

 

 そして語り出す。それを言うのが仕事とはいえ、話の流れとして少し無理があった。

 

「遥か昔、地上は人と魔が争っていた。人を守護し、平和と友情を愛する3幻神。そして魔を支配する、血と殺戮を愛する3邪神。彼らは長いこと地上の支配権を巡って争いを続けていましたが、ついに決着がついて魔は地上ではない別の場所へ行くこととなりました」

 

「魔の世界と人の世界が分かれ、争いはなくなりました。けれど、百年に一度の周期で人と魔の世界が重なり合ってしまう場所があります。……そう、この場所。昔は神殿と呼ばれていたこの場所を、貴族の学舎に改造して」

 

「ここは、人の世界を守るに相応しい”力のある”人間を集めるために作られた。君たちはそのためにここに来た。……3幻神の導きによって」

 

 締めくくった。

 

「くだらん! キングの歩く場所は己が決める! 運命などという世迷言は信じない! だが……無辜の人々を手にかけると言うなら、このキング容赦せん!」

 

 話は終わりだと言わんばかりに鍵をポケットに突っ込み、校長室を後にする。

 

「ふん。人を守るだなどと下らない。……だが、ふわりの敵は俺が倒す」

 

 フェルは黒霧とともに姿を消した。

 

「人を守るは貴族の義務か。承知した、校長。エクス、ふわりを頼む」

 

 エレメはニヒルに笑って退室する。

 

「ああ、送って行こう――」

 

 ふわりを連れようとしたエクスにエールが待ったをかける。

 

「鍵、寄こしなさい」

 

 傲岸に言い放った。

 

「いや、それは……」

「寄こせって言ってるの」

 

 これでもエクスは王族なのだが、それを歯に衣着せぬ態度だ。やれやれと苦笑して、鍵を投げた。

 

「――ふぅん、何も分からないって訳ではないわね」

 

 一人頷き、用は済んだとばかりに退室した。

 

「では、エクス様。我々もこれにて」

 

 セバスがフューを連れて退室する。

 

「行こう、エクス君」

「ああ、そうだな。ふわり」

 

 これで全員が居なくなった。

 

「鍵、渡すにしても私の見ていないところでやって欲しかったんですけど」

 

 一人残った校長は苦笑した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 鏡の中の悪魔

 

 

 そして、次の日の日中にキングは一人学園へと足を踏み入れた。

 

「――どこからかかってくるがいい、キングはここに居るぞ!」

 

 叫ぶ。基本的に戦場は人気の消えた学園となる。

 そして、フェルもまた閉鎖されている学園に侵入していた。自信家の二人だからこそ、敵地を闊歩し敵を吊り出すことを目論んだのだ。

 これはファニマの策ではない。むしろ、彼女は敵を焦らそうとしていた。学園の周辺を監視し、外に出た敵を一人づつ倒していくのが彼女の策だった。出てこないのなら来ないで、エールの研究時間が稼げるからどちらでも良い。はずだったが。

 ……キングも、フェルも、勝手にここまで来てしまった。彼はファニマに付いたわけではないので、指示に従う必要がないと言われればそれまでなのだが。

 

「……ふふ」

「ふふふ」

「あははははは」

 

 それはざわざわと蠢く不気味な笑い声。それは不気味さを煽り、不安をかき立てるゴーストタウン。

 これでは敵が何人居るのか分かったものではない。奴らは不意打ちくらいは普通にやる。人間同士のルールなど通用しない、なにせ人ですらないのだから。それでもキングは怯まず、奧へと進む。

 

「そっちか」

 

 靴音響かせて奧へと突き進むと、進むと幾多の砕けた鏡面が転がる幻想的な風景に出た。ガラスは光の反射で鏡になるが、明らかに割れた窓よりも数が多い。

 割れたガラスの鏡面、その奥で何かが蠢いているのが見えた。敵の気配を感じるのに、敵はさっぱり出てこない。

 

「何の小手先か知らんが、それでキングの行く手を阻めると思うな! さあ、さっさと姿を現わすがいい!」

 

 ガラスが密集する森の奥へと進む。笑い声が収束していく。

 

「――ふん。まさか君の方から来てくれるとはね」

 

 現れた彼は黒髪の男の子に見える。言葉も流暢、大量に湧き出た雑魚とは格の違う存在感。それは四枚の黒い翼を生やした悪魔だった。

 

「あのイレギュラーと言ったら、家の鏡を全て黒く塗りつぶすほどに用心深いのに」

 

 一瞬だけ姿がぶれた。……と思えば、いつのまにやら女の子へ変わっている。翼も、コウモリのそれから鳥類の羽根へ。

 摩訶不思議な現象だが、雑魚どもで凄惨な姿は見慣れた。姿だけを見るなら可愛らしく見えるだけこちらの方が随分マシというもの。そして、キングが外見で手加減することなどない。

 

「誰の差し金か知らんが、ファニマ・ヴェルデも日和ったものだな! 敵は叩き潰し、蹂躙するのがキングの生き様である!」

 

 献策したアルは「反撃を許さず弱者を叩くのが高貴なる者のやり方」と反論するだろうが。

 そう、セブンスターズは(一般の)人より上位の存在と思い勝ちだが、その真なるところは歴史から消え去った敗北者たちだ。ただ地上に姿を現わすだけでも命がけであるほどに。どちらが生命として下かは言うまでもない。

 

「アハ! けれど、君の愚かさのおかげで僕も待ち惚けはしなくて済む! さすがの僕だって、あのイレギュラーが策を巡らす中に敵陣に躍り出るほど無謀ではないからね!」

 

 ニヤニヤと笑う。どちらが獲物か、それを決めるのは。

 

「ならば始めようか」

「ああ、我らの運命を決める決戦を!」

 

「「――デュエル!」」

 

 互いにデュエルディスクの盾を構えた。

 

・1ターン

 

「私の先攻!」

 

 女の子がカードを引く。くすりと笑うと男の子になっている。

 

「私は『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』を通常召喚、デッキから『夢魔鏡の使徒ーネイロイ』をサーチ! そして『逆徒』は、属性が反転し光属性となる。そして手札に加えた『使徒』は〈夢魔鏡〉モンスターが場に居る時、特殊召喚できる! 属性は反転し闇属性となった。さあ、鏡の世界へようこそ」

 

 鏡の中の夢魔。それが敵の正体だ。水泡(うたかた)のように儚く消える夢の中でしか生きられない彼らは、地上へ進出することを望み人を殺す。

 

「『逆徒』の第二の効果発動! フィールドの『使徒』をリリースすることで、デッキから『夢魔鏡の乙女ーイケロス』を特殊召喚! さらに『乙女』のテキストに記されたフィールド魔法、『暗黒の夢魔鏡』を手札に加える!」

 

 そして始まる怒涛の特殊召喚。見た目麗しい少年が、少女がくるりくるりと姿を変じる。

 

「特殊召喚された『乙女』の効果発動! デッキから〈夢魔鏡〉カード、『夢魔鏡の聖獣ーパンタス』を手札に加える! さらに先ほど手札に加えたフィールド魔法『暗黒の夢魔鏡』を発動! 『乙女』はこのカードが発動されている時、自身をリリースしてデッキから『夢魔鏡の夢魔ーイケロス』を特殊召喚できる!」

 

 『暗黒の夢魔鏡』そこは悪魔が闊歩する瘴気に塗れた鏡の世界だった。その中で天使は変貌し悪魔へと変じる。 

 感じる幾多の気配。人を喰らおうと狙っている。

 

「特殊召喚された『夢魔』の効果発動! 先ほどサーチした『夢魔鏡の聖獣ーパンタス』を特殊召喚! 『聖獣』の効果発動、墓地から『使徒』を蘇生! 『夢魔』と『聖獣』でリンク召喚、現れよ命与えられし人形たち、リンク2『クロシープ』!」

 

 流れるような高速召喚だ。本番が来る。

 

「……ふふ、見るがいい。私の真なる姿を!」

 

 女の子が黒い翼を持つ女性へと変じる。強い波動が放たれる。

 

「手札から〈夢魔鏡〉専用融合魔法『混沌の夢魔鏡』を発動! このカードはフィールドに『暗黒の夢魔鏡』が発動している時、墓地のモンスターも融合素材にできる! 墓地の『夢魔』と『聖獣』で除外融合!」

「墓地のモンスターを融合素材にするのか!? やって見せるがいい。キングの足を止めることなど出来ぬと思い知る羽目になるだけだがな!」

 

鏡の中の世界(ミラー・イン・ワールド)にて天使と悪魔が交わりし時、夢の支配者が降誕する! 今こそ人世界の終わりを告げよ、融合召喚『夢魔鏡の天魔ーネイロス』!」

「――だが、一体だけで何が出来る!?」

 

「もちろん、一体だけじゃないさ。『クロシープ』は、リンク先にモンスターが特殊召喚されたときに効果が発動する! 場に融合モンスターが居るため、墓地の『乙女』を蘇生できる! 【リカバリー・ウール】!」

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンド! この瞬間、フィールド魔法『暗黒の夢魔鏡』の効果発動! 自身を除外しデッキより『聖光の夢魔鏡』を発動! そして、『聖光』も同じ効果を持っている! 『暗黒の夢魔境』を再び発動!」

「……フィールドが戻った。奴は一体、何を考えている?」

 

「『乙女』はフィールドに『暗黒の夢魔鏡』が存在するとき、『夢魔』へと転身できる! さらに、『天魔』は他の夢魔鏡が転身したときにカードを1枚破壊できるのだ! さあ、この布陣の前に、何もできずに死んでいけ人間!」

 

場:フィールド魔法『暗黒の夢魔鏡』

『夢魔鏡の天魔ーネイロス』 DEF:3000

『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』 ATK:1500

『クロシープ』 ATK:700

『夢魔鏡の乙女ーイケロス』 DEF:500

『夢魔鏡の使徒ーネイロイ』 DEF:1000

魔法+罠:セット1枚

 

 

・2ターン

 

 敵の布陣にも関わらず、彼の眼には燃える闘志がみなぎっている。

 

「キングのターン!」

 

 みなぎる気迫が轟風を巻き起こす。

 

「手札から魔法『コール・リゾネーター』を発動! デッキより『レッド・リゾネーター』を手札に加え、召喚! 効果で手札の『スカーレッド・ファミリア』を特殊召喚!」

「『暗黒の夢魔鏡』が存在する限り、相手が特殊召喚するたびに300のダメージを与える。300の直接ダメージを喰らえ!」

 

「……ぐっ! だが、この程度ではキングは怯まん! レベル4『スカーレッド・ファミリア』に、レベル2『レッド・リゾネーター』をチューニング、シンクロレベル6『レッド・ライジング・ドラゴン』!」

 

「『ライジング』がシンクロ召喚に成功した時効果発動、【リゾネーター・コーリング】! 墓地の『レッド・リゾネーター』を蘇生! さらに『レッド・リゾネーター』の効果で2100のライフを回復! 【ライフ・チューニング】!」

「だが、貴様はさらに600のダメージを受ける!」

 

〇 キングライフ 8000ー300×3=7100

         7100+2100=9200

 

「効かんと言ったはずだ!」

 

 特殊召喚の度に湧き上がる瘴気でキングはボロボロになっている。はためくコートは擦り切れ、今にも千切れそうだ。

 

「レベル6『レッド・ライジング・ドラゴン』にレベル2『レッド・リゾネーター』をチューニング!」

 

 キングの気迫が炎となって燃え上がる。竜の形となって点を目指す。

 

「荒ぶる魂よ、敵の全てを撃砕し骸に変えるがいい! シンクロレベル8『レッド・デーモンズ・スカーライト』! このモンスターは特殊召喚された攻撃力3000以下のモンスターをすべて破壊できる!」

「私のモンスターを全滅させる効果か! そんなことはさせないよ! 『乙女』の効果発動! 『夢魔』に転身、そして『天魔』の効果で『レッド・デーモンズ・スカーライト』は破壊だ! 【ミラー・パニッシュメント】!」

 

 天魔が羽ばたく。そしてドラゴンが苦しみ、破壊された。

 

「ぬうっ! 我が『スカーライト』が破壊されたか」

「あはは! そう簡単に効果を通すと思わないでよ。君が相手をしていたのはただの雑魚さ。そして、僕らはその戦いを見ていた。それだけのことだよ」

 

「だが、キングは媚びぬ! 退かぬ! 諦めぬ! 手札から魔法『緊急テレポート』を発動! デッキから『サイキック・リフレクター』を特殊召喚!」

 

 ロボットが現れる。カードをその手の中に生み出そうとして。

 

「ここから更にシンクロするのか!? させないよ、罠カード『夢魔鏡の夢物語』を発動! 除外されたフィールド魔法『暗黒』と『聖光』をデッキに戻し、貴様の『サイキック・リフレクター』を除外する!」

 

 鏡の世界に取り殺された。破壊される。

 

「……ぐぅ。これで『リフレクター』によるシンクロコンボが封じられたか。なるほど、確かに見られてたようだ。だが、効果は残る! 『バスター・スナイパー』を手札に加える!」

「次のターンにもう一度と言うわけかい? キングは懲りないというわけだ。けれど、君に次のターンが来るかな!?」

 

「来るか、だと? 愚問だな。未来は己の手で掴み取るもの! 手札の『使神官ーアスカトル』の効果発動! 手札の『スカーレッド・カーペット』を墓地に送り特殊召喚! そしてデッキから『赤蟻アスカトル』を特殊召喚! 【プリースト・スペル】!」

「馬鹿な……! これだけ妨害したのに、まだシンクロをするつもりなのか!?」

 

「レベル5『使神官ーアスカトル』に、レベル3『赤蟻アスカトル』をチューニング! 燃え上がれ、我が不屈の魂! 王者の鼓動、ここに再誕! 天地鳴動の力を見るがいい! シンクロレベル8『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」

「だが、溜まった『暗黒』の直接ダメージは受けてもらうよ」

 

〇 キングライフ 9200ー300×5=7700

 

「ぐあっ! だが、バトルだ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『夢魔鏡の天魔ーネイロス』に攻撃!」

「なに……? 攻撃力と守備力は互角のはずだよ……!」

 

 紅い竜が咆哮を上げる。その爪を地面に突き刺すと紅蓮のマグマがあふれ出る。それは守備表示モンスターの全てに襲い掛かる。

 

◆『レッド・デーモンズ・ドラゴン』 ATK:3000

 VS

◆『夢魔鏡の天魔ーネイロス』 DEF:3000

 

「ふん、この効果は見せたことがなかったな。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は守備表示モンスターへの攻撃終了後、相手の守備表示モンスターを全滅させる! 【クリムゾン・ヘルフレア】!

「馬鹿な……!」

 

 マグマに曝され、残ったのは攻撃表示の『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』に『クロシープ』。攻撃力の低いモンスターたちだ。

 

「貴様のモンスターを壊滅させてやったぞ!」 

「だが、破壊された『天魔』の効果発動、墓地から『使徒』を特殊召喚。そして『使徒』の効果発動、フィールドに『暗黒』が存在するときに特殊召喚されたため、カードを1枚ドローして1枚デッキに戻す」

 

 視線を交わす。殺意と殺意が交錯した。

 

「バトル終了、場にシンクロモンスターが存在するため、手札から『シンクローン・リゾネーター』を特殊召喚! そしてレベル8『レッド・デーモンズ・ドラゴン』にレベル1『シンクローン』をチューニング、シンクロレベル9『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』!」

 

 竜が新生する。新しき姿を得て、地上へ舞い降りる。

 

「『シンクローン』がシンクロ素材として墓地に送られたとき、墓地の『レッド・リゾネーター』を手札に戻す!」

 

「『アビス』は1ターンに1度、フィールドのカード効果を無効にできる! 俺はこれでターンエンドだ!」

「ならば私は『暗黒』の効果発動、『聖光』へと入れ替える。そして、『聖光』を『暗黒』へと入れ替える」

 

場:『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』:ATK3200

 

 妨害の嵐、潜り抜けたはいいものの厄介な『クロシープ』が残っている。強力な『アビス』が居るとはいえ、ただの1体では頼りない。

 

・3ターン

 

「私のターン、ドロー」

 

 有利を悟ったか、悪魔は歪んだ笑みを浮かべた。

 

「私は手札から魔法『混沌の夢魔鏡』を発動、墓地の『夢魔』と『天魔』を除外融合、再び現れよ『夢魔鏡の天魔ーネイロス』!」

 

「そして『クロシープ』の効果、墓地から『乙女』を特殊召喚。そして、『乙女』の効果発動、『夢魔』へと転身する!」

「『アビス』の効果発動! 『天魔』の効果を無効にする! 破壊はさせんぞ!」

 

 天魔が羽ばたこうとして、竜が咆哮で止めた。

 

「ならば、特殊召喚された『夢魔』の効果発動! 手札の『乙女』を特殊召喚。そして『乙女』の効果によりもう1枚の『夢魔鏡の夢物語』を手札に加える」

 

「そして見るがいい、これが神より与えられし最強のカードだ!」

「何だと!? 一体何が来ると言うのだ!?」

 

「リンク2『クロシープ』に、『使徒』と『乙女』でリンク召喚! その強大なる翼で弾丸のごとく敵を撃ち抜け! 閉ざされし世界を切り開く烈風よ、我らの世界に光をもたらさんことを! リンク4『ヴァレルソード・ドラゴン』!」

「〈ヴァレル〉だと!? なんだ、そのカードは!」

 

 鏡の世界を切り裂き現れたのは刃の羽根を纏う竜。全ての鏡が叩き割られて幻想的な光景が生まれる。

 けれど、そこは無数の刃が舞うキルゾーンに他ならなかった。

 

「『ヴァレルソード』で『アビス』に攻撃! この瞬間効果発動! 攻撃対象の攻撃力を半分にし、その分自身の攻撃力をアップする! 【電光のヴァレルソードスラッシュ】!」

 

◆『ヴァレルソード・ドラゴン』 ATK:4600

 VS

◆『えん魔竜レッド・デーモン・アビス』:ATK1600

 

「馬鹿な……我が『アビス』が簡単に……! ぐわああああ!」

 

 まき散らされた電光がキングを焼く。

 

〇 キングライフ 7700ー3000=4700

 

「『ヴァレルソード』第二の効果、『逆徒』を守備表示にすることでこのターン2回の攻撃を可能にする!」

「……なんだとォ!?」

 

「『ヴァレルソード』、『天魔』で攻撃! 【電光のツイン・ライトニングストリーム】!」

 

◆『ヴァレルソード・ドラゴン』 ATK:4600

◆『夢魔鏡の天魔ーネイロス』 ATK:3000

 

〇 キングライフ 4700ー4600ー3000=0

 

「馬鹿なアアアアア!」

 

 電光によりキングが吹き飛び倒れ伏す。……そして二度と目を覚ますことはない。

 

「さあ、これで一本目。あのイレギュラーには注意が必要だけど、別に僕たちは彼女を始末しなくてはならない理由もないしね」

 

 キングの懐で鍵が灰となる。

 

「あいつら全員、学院に来てくれれば楽なんだけどね」

 

 ケタケタと笑って、姿を消した。

 

 

 





 ちなみにファニマのカリスマはかなり下です。エールも友人として気に入っているものの、命令は受け付けません。フューは大体従ってくれますが、報告が叔父の方へ行きます。本当の部下と呼べるのはメイとアルくらいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 エール出陣

 

 そして、ファニマは屋敷で訃報を聞く。

 

「お嬢様、スカ-レッド・エルピィが校門の前で見つかりました。そして発見された彼は意識を失っていたために病院に運ばれ、今も昏倒状態となっています」

「……そう。キング、先走ったのね。そして、やられてしまったのね」

 

 先走って突入した彼は意識を失って二度と戻らない。それは敗北の代償。儀式のデュエルでは賭けた物を失い、多少魂に傷がつくのみ。それ()も肉体の構成要素の一つだ、ゆっくり休めば自然と回復する。

 だが、闇のデュエルであったならば?

 

「はい。精密検査の結果、彼の身体に悪いところは見つかっておりません。なんらかの腫瘍、もしくは瘴気に侵された部位などがあれば分かりやすかったのですがな……ただ、脳波がないということだけが異常です。まあ、いわゆる植物人間ですな。診断した医師の話では、脳へのダメージもないのにこうなることは通常あり得ることではないとの話でした」

「――ええ、負けたからにはそうなるでしょう。儀式のデュエルは誇りを賭けたデュエル。そして、闇のデュエルは魂を賭ける。敗者に待つのは”死”以外にない。――彼も、馬鹿な真似をしたものね。……私の、いえ」

 

 言いかける。自分の、というかアルの提案した作戦に乗っていればカモ撃ちで済んだ。わざわざ敵のテリトリーに乗り込んでいった結果が”これ””だ。

 軍門に下ったわけではない、とは彼の言葉だが。従わないにしても一人で突っ込んでこれではただの犬死だろう。ファニアは言いづらいのか言葉をそこで切る。

 

「彼はお嬢様に従わず、自分の判断で向かいました。彼の死は彼の責任です」

「……そうね」

 

 爺が言ってしまった。ファニマも、彼の死に何か感じるところがあったから。

 とはいえ、そう悲観的になってはいない。原作で邪神を倒せば魂が戻ってきたことを知っている。……知人が死んでショックも受けないほど強い人間ではないから。

 

 そこに、何も感じていないらしいエールが無遠慮に扉を開けた。彼女は可愛らしい幼女の姿でありながら、誰よりもクールでドライだ。

 彼女の本当の姿は死の商人。人の死に、今更感じるところなどない。

 

「ファニマ、策を変更する必要があるわね」

「エール? まだ一人がやられただけよ。戦況が向こうに傾いたわけじゃないわ」

 

 ファニマは動揺している。この状態では何かを決めることもできない。

 エールはまあいいわ、と鼻を鳴らして自分の用件を告げる。それで失望することはないが、自分の好きなことをやる生き様は貫き通す。

 

「どうせ馬鹿が、馬鹿をやる。”鍵”を持っているのがあいつらな時点でお利口な策なんて通用しないことなんて分かりきっていたでしょう? どうせ監禁してもぶち破る奴らよ」

「……ふわりなら」

 

 彼女なら私の言うことを聞いて大人しくしてくれる、と言いかける。だが、その言葉が虚しいものだと自分でも分かる。

 

「アレも、あなたに制御しきれるタマではないわ」

「……」

 

 冷たく突き付けられて黙ってしまう。

 アレは、誰かの忠告を受け入れるような生き物ではない。その場その場に合わせるだけの彼女は、自分の意見もなければ反省もない。ふらふらと危険地帯に足を踏み入れる様が目に浮かぶ。

 

「そういうわけで作戦変更よ。頭を冷やす前に突撃する馬鹿が出る前に、エールが行く」

「エール。……でも、いくらあなたでも確実に勝てるわけじゃないでしょう?」

 

 座っているファニマが立っているエールを上目づかいで見やる。すがるような目の色。身長差があるから、この体勢でもなければそうはならない。

 

「ああ、勝てるわよ。学園に残しておいたアイネの使い魔が、キングのデュエルを見ていたから。奴のデッキはエールと相性がいいわ」

「使い魔? エール、そんなこと言ってくれなかった」

 

「あなたはフューと一緒に、一生懸命に電子での監視網を敷こうとしていたからね。邪魔するのもどうかと思ったし。それに、使い魔も見つけ次第潰されてるわ。アレは運が良かっただけね。実際、こっちで情報を取れる公算は高くなかった。もしかしたら奴ら、ドローンばかりを目の敵にして破壊していたのかも」

「……フューのあれも、無駄ではなかったと言うことね。彼本人は何も撮れなくて頭を抱えていたようだけど」

 

「割けるリソースには限りがあるのよ。私たちも、そして奴ら邪神の下僕どもにも……ね。どんな強力な永続トラップでもサイクロンに破壊されてしまうけれど、2枚あればどちらかが生き残ることもあるということね」

「ふふ、私に合わせてくれた例え? でも、相手のリソースを潰すのであればこちらの土俵ね。互いに手札を5枚から始めるのはデュエルだけ。なら、フューにはもっと頑張ってもらわないと行けないわ。私も、魔術よりも彼の電子側の方が詳しいし引き続き彼と作業することにするわ」

 

「ええ、あなたが動けば奴らは嫌でも警戒せざるを得ない。そして、エールの方でもう一つ仕込みをさせてもらうわ。それが、エールが鏡の敵を潰すと言うことともう一つ」

「……死なないでね」

 

「このエール様を、死にぞこないが倒そうなんて100年早いわ」

 

 まるで世界の真理のように尊大に言い放った。

 

「行ってらっしゃい」

 

 小さな身体、それに似合つかわしくないほどの頼もしさ。さすがは世界に名だたるウィッチクラフト工房のマスターだと、ファニマは思わず笑ってしまう。

 

「セバス、車を用意なさい」

「ほほ。では、お嬢様はここでお待ちください」

 

「――分かってるわよ」

 

 釘を刺されたファニマは口を尖らせた。いざとなれば暴走しかねないのを自分でも分かってるために、椅子に座りなおした。

 

 

 そして車で学園に到着したエールは、キングが倒されたところまで迷わずたどり着いた。まるで逃げ出した子犬に宣告するかのように言い放つ。

 

「虚仮脅しはもういいわ! さっさと出て来なさい。来ないならこのあたりの鏡を粉砕していくわよ!」

 

 壊されてはたまらないと思ったのか、それとも単に本人の言う通りに虚仮脅しに意味はないと悟ったか。夢魔は鏡の中から出てきた。

 

「ふん、あのイレギュラーの配下か。どうやらお前は魔術を修めているようだね、それもかなり高度な。やはり、どこまでも我々の運命を邪魔してくる奴だ……あの女!」

 

 機嫌が良かったキングとのデュエルに比べ、今は”彼女”である夢魔は忌々し気にしている。奴は”獲物”だった。

 一方でエール。ファニマの配下などと言われているが、実際には一人でボスを張れるだけの器量はある。勝ってもあまり意味がない強力な使い手なんて、あまり戦いたくなかった。

 

「ふん。セブンスターズ、名前だけ仰々しい死にぞこないども。そんな奴らがエールには勝とうなんて、100万年早いってことを教えてあげる!」

「……どこまでも小憎たらしい口を利くガキ。けれど、お前だって要注意対象の一人。ここで後顧の憂い、その一つを断ち切ってあげるわ!」

 

「エールのことを舐めないで! エールはファニマを利用してるだけなんだから!」

「人間のことなんて知らない! お前はここで始末する!」

 

 夢魔は殺気を込め、そしてエールは傲岸にデュエルディスクを構えた。

 

「「――デュエル!」」

 

 

・1ターン

 

「エールの先攻!」

 

 まずはエールのターン。薄笑いを浮かべてカードを手繰る。

 

「手札から魔法『ウィッチクラフト・コンフュージョン』を発動! 手札の『ウィッチクラフト・ハイネ』と『ウィッチクラフト・ピットレ』を融合! 現れなさい、我がウィッチクラフトの代表者! 5つの属性をその身に降ろし、世界を裏から支配しろ! 融合召喚『ウィッチクラフト・バイスマスター』!」

 

 最初からエースが来た。そして、これでは終わらない。

 

「そして融合素材として墓地に送った『ピットレ』の効果発動! 自身を除外、デッキからカードを1枚ドロー! そして手札の『ウィッチクラフト・バイストリート』を墓地へ送る!」

 

「――『バイスマスター』は魔法カード、あるいは魔法使い族モンスターの効果が発動した時に選択効果を発動できる! 第1の選択効果発動! デッキから『ウィッチクラフト・シュミッタ』を特殊召喚! 【アトリエアート・1st・サモン】!」

 

 バイスマスターの杖が光ると、仲間が呼ばれた。槌を持つ鍛冶師は轟、と炎を吹き上げるとそのまま姿を変じる。

 

「『シュミッタ』のフィールドでの効果発動! 自身と手札の魔法『ウィッチクラフト・クリエイション』をリリース、デッキから『ウィッチクラフト・マスターヴェール』を特殊召喚!」

 

 そしてすぐにバトンタッチ。幼く、しかし美しい大導師(マスターヴェール)がここに降臨する。その慎ましやかな胸を誇らしげにそらした。

 

「さらに『バイスマスター』の第二の選択効果を発動! 墓地の魔法『ウィッチクラフト・コンフュージョン』を手札に回収する! 【アトリエアート・2nd・コール】!」

 

「さらに墓地の『シュミッタ』の効果発動! 自身を除外し、デッキから『ウィッチクラフト・サボタージュ』を墓地に送る!」

 

 流れるような効果の発動。ウィッチクラフトは墓地に魔法が溜まるほど、その真価を発揮する。

 始めのターンは上々の出来だった。

 

「これでエールはターンを終了! 墓地の〈ウィッチクラフト〉魔法は、フィールドにウィッチクラフトモンスターが居る時に回収できる。墓地の『サボタージュ』、『クリエイション』を手札に戻し、『バイストリート』をフィールドに復活!」

 

場:『ウィッチクラフト・マスターヴェール』 DEF:2800

  『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

魔法+罠:『バイストリート』

 

「……ふふ。『バイスマスター』はフィールドのカードを破壊する最後の選択効果を持つ。そして『マスターヴェール』はモンスター効果を無効化するわ。さあ、二重の封殺効果を前に、どうあがいて見せてくれるのかしら?」

 

 けらけらと憎たらしい笑みを浮かべるエール。先攻を取れなかった夢魔は恨みの視線を向けていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 エールの猛攻

 

 

 1ターン目、エールは強力な布陣を用意した。モンスター効果を無効化する『マスターヴェール』。そして魔法と魔法使い族に反応して様々な効果を使える『バイスマスター』。

 二重の封殺効果を前に、簡単には突破出来ようはずもない。

 

場:『ウィッチクラフト・マスターヴェール』 DEF:2800

  『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

魔法+罠:『バイストリート』

 

・2ターン

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 対する夢魔は男の子の姿になり、荒くカードを引いた。自らの手札に可能性を探る。突破し、さらに奴の喉元に噛み付くために。

 彼とて負けるわけにはいかないのだ。互いに命を賭けている。なによりも大切なそれ()を守るため、あらゆる手段を講じるのだ。

 

「その程度の備えで、我ら〈夢魔鏡〉を押しとどめることができると思うなよ……!」

 

 そして、反抗の手段は固まった。殺気を解き放つ。

 

「手札から永続魔法『夢幻の夢魔鏡』を発動! このカードは発動時に〈夢魔鏡〉モンスター1体を手札に加えることができる!」

 

 発動される永続魔法。だが、それは〈魔法〉であり、しかも〈永続魔法〉。永続魔法は通常魔法と違い、破壊されれば効果は使えない。

 

「あは、キングとのデュエルは見せてもらったわ。愚かね、夢魔。デッキから『夢魔鏡の逆徒』を手札に加えるつもりでしょう? それがないとあなたは動けない。そんな効果は通さない! 『バイスマスター』の選択効果を発動! 手札に加える前にその永続魔法を破壊させてもらうわ、【アトリエアート・1st・デストラクション】!」

 

 当然、エールはサーチを通さない。だが、その効果は明かされている。そもそも夢魔だって、学園中に解き放った魔物たちの戦いを見ているのだ。

 ――戦法を知るのは互いに同じ。

 

「残念だったね。そのモンスターの対策は考えてある! 手札から『夢魔鏡の黒騎士ールペウス』と『暗黒の夢魔鏡』を捨てて、速攻魔法『禁じられた一滴』を発動! モンスター2体の攻撃力を半減し、効果を無効にする! そして、捨てたカードと同じ種類、つまりモンスターと魔法はチェーンできない!」

「く……ッ! そんな強力なカードを!?」

 

 『バイスマスター』の破壊効果を無効にし、そして第二の選択効果もチェーン不可の効果で封じ込める。

 凶悪な盤面が、ただのかかしに変えられた。

 

「僕は『バイスマスター』、そして『マスターヴェール』の効果を無効にする!」

「これじゃ、あいつの『逆徒』を通してしまうわね。まさか2体のモンスターによる封じ込めが、1枚のカードで突破されてしまうなんてね」

 

 エールが顔を歪めた。けれど、その顔には余裕が残っている。カード1枚といったところで、コストが2枚だ。それは決して小さな犠牲ではない。

 その笑みを消してやると、夢魔は強力なモンスター召喚に動く。

 

「その通りだ。『夢幻の夢魔鏡』が破壊されなかったため、デッキから『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』を手札に加える。さらにこのカードはフィールドに『暗黒の夢魔鏡』が存在するときに相手モンスターの攻撃力を500下げ、そして『聖光の夢魔鏡』が存在すれば我がモンスターの攻撃力が500上がる効果を持つ」

「たかが500、どうでもいいわね」

 

「ほざけ。今度はお前自ら悪夢を体験するがいい。僕は『逆徒』を通常召喚、『夢魔鏡の使徒ーネイロイ』をサーチする。そして『逆徒』は属性が反転し光属性となる。そして『使徒』は〈夢魔鏡〉モンスターが場に居る時、特殊召喚できる! 属性は反転し闇属性へ」

 

「さらにフィールドの『逆徒』の効果発動! 『使徒』をリリースすることで、デッキから『夢魔鏡の乙女ーイケロス』を特殊召喚! さらに『乙女』の効果に記されたフィールド魔法『暗黒の夢魔鏡』を手札に加える!」

 

「特殊召喚された『乙女』の効果発動! デッキから〈夢魔鏡〉カード、罠『夢現の夢魔鏡』を手札に加える! さらに手札からフィールド魔法『暗黒の夢魔鏡』を発動! 『乙女』はこのカードが発動されている時、自身をリリースしてデッキから『夢魔鏡の夢魔ーイケロス』を特殊召喚できる!」

 

 怒涛の特殊召喚。阻むための『マスターヴェール』と『バイスマスター』は効果が無効になっている。……対抗手段がない。

 

「特殊召喚された『夢魔』の効果発動! 先ほどサーチした『夢魔鏡の聖獣ーパンタス』を特殊召喚! 『聖獣』の効果、先ほど捨てた『夢魔鏡の黒騎士』を墓地から特殊召喚!」

 

「〈夢魔鏡〉モンスターの効果により特殊召喚されたこのカードは、フィールドのカード1枚を破壊する! 『バイストリート』を破壊! 【ダークネス・エッジ】!」

 

 黒騎士が鏡の中へ斬撃を放つと、周囲のあらゆる鏡から斬撃が発生、魔導の城下町を切り刻んだ。エールのフィールドが崩れ去っていく。

 

「そしてフィールドの『夢魔』と『黒騎士』でリンク召喚。現れよ命与えられし人形たち、リンク2『クロシープ』!」

「このカード……融合が来る!?」

 

「その通りだ! 手札から〈夢魔鏡〉専用融合魔法『混沌の夢魔鏡』発動! このカードは『暗黒の夢魔鏡』が発動している時、墓地のモンスターも融合素材にできる! 『逆徒』と『使徒』で除外融合!」

 

鏡の中の世界(ミラー・イン・ワールド)にて天使と悪魔が交わりし時、夢の支配者が降誕する! 今こそ人世界の終わりを告げよ、融合召喚『夢魔鏡の天魔ーネイロス』!」

 

「『クロシープ』のリンク先にモンスターが特殊召喚されたとき、効果が発動する! 場に融合モンスターが居るため、墓地の『乙女』を蘇生! 【リカバリー・ウール】!」 

 

「さらにフィールドの『聖獣』の効果発動! 『暗黒の夢魔鏡』が発動されている時、転身召喚が可能! 『聖獣』は『夢魔鏡の魔獣ーパンタス』へと転身! そしてダイレクトアタック効果を得る!」

「ダイレクトアタック? 今更そんな効果、何ほどのものでもないわ!」

 

「この瞬間、『天魔』の効果が発動する! 『マスターヴェール』破壊! 【ミラー・パニッシュメント】!」

「『天魔』の効果。それに、この布陣……!」

 

 苦い顔をしたエール。夢魔は見たことかと勝ち誇り、キングの時に見せた最強のモンスターを召喚する。

 

「リンク2『クロシープ』に『夢魔』、『魔獣』でリンク召喚! その強大なる翼で弾丸のごとく敵を撃ち抜け! 閉ざされし世界を切り開く烈風よ、我らの世界に光をもたらさんことを! リンク4『ヴァレルソード・ドラゴン』!」

 

 そして出てきた鏡の世界を破壊し尽くすモンスター。このカードがあれば1killなど容易な超強力モンスターである。攻撃力3000、二回攻撃。そしてどんな攻撃力を持つモンスターが相手でも倒せる攻撃力強化。

 神から頂いたというに相応しい超ド級のモンスターだ。天空にてエールを見下ろし、その牙で引き裂く時を今か今かと待っている。

 

「バトル! 『ヴァレルソード』で『バイスマスター』を攻撃! この瞬間、『ヴァレルソード』の効果で相手の攻撃力を半減させ、自身の攻撃力に加える。喰らえ【電光のヴァレルソードスラッシュ】!」

 

◆『ヴァレルソード・ドラゴン』 ATK:3850

 VS

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:850

 

「残念ね! さっきのじゃ使えなかったけど、このカードは攻撃対象になったときにも発動できる! 私の魔法使い族モンスターが効果対象、または攻撃対象になった時……手札の『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』を特殊召喚できる!」

 

 そして現れる美しいゴーレム。ウィッチクラフトの最高傑作(マスターピース)が、ハンマーをかざす。

 そして竜を叩き伏せる。

 

「そして『ヴァレルソード』を手札へ戻す! 【シークレット・オブ・ダークネス】!」

「なんだとォ!? 僕の最強カードが……デッキに戻された……だとォ!? けれど、特殊召喚したな? 『暗黒』の効果で300の直接ダメージだ!」

 

 そのフィールド魔法は夢魔のターンに発動された。だからこれが1回目。

 

「あは! そんなダメージ、エールにはいたくもかゆくもないよ!」

 

 けれど、エールはその程度と見下している。

 

〇 エールライフ 8000ー300=7700

 

「ならば、『天魔』で攻撃! 攻撃力の半減したそのモンスターを叩き潰せ! 【スペクトラム・レイ】!」

 

 鏡から放たれる光がバイスマスターを切り裂く!

 

◆『夢魔鏡の天魔ーネイロス』 ATK:3000

 VS

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:850

 

〇 エールライフ 7700ー2150=5550

 

「……くぅ! エールの『バイスマスター』。けれど、『アルル』はフィールドに残ったままね。……あはは! たかだか攻撃力2800のモンスターを倒し切れないのかしら?」

 

「ぬぐぐ。僕はカードを1枚セットしてターンエンド、そしてと『暗黒』は『聖光』へと移り変わり、『聖光』は『暗黒』へ変わる」

 

 フィールド魔法が入れ替わり、除外ゾーンに2枚が揃う。キングのときに見せた罠カードの準備は整った、が。

 

「くすくす。除外されたフィールド魔法を2枚貯めても、あなたの今伏せたそれは『夢魔鏡の夢物語』じゃないでしょ?」

 

 悪戯気に笑うエール。

 

「――」

 

 夢魔は睨みつけるしか出来なかった。

 

フィールド魔法:『暗黒の夢魔鏡』

場:『夢魔鏡の天魔ーネイロス』 ATK:3000

  『夢魔鏡の乙女ーイケロス』 ATK:0

魔法+罠:『夢幻の夢魔鏡』、セット1枚

 

・3ターン

 

「エールのターン! ドロー!」

 

 にやにやと笑いながらカードを引く。

 

「手札から『ウィッチクラフト・ポトリー』を通常召喚、自身と手札の『コンフュージョン』をリリースしてデッキから『ウィッチクラフト・ハイネ』を特殊召喚! そして『ハイネ』の効果発動! 手札の『クリエイション』を捨てて『天魔』を破壊する! 【マギウス・ソウ】!」

 

 針が突き刺さり天魔が爆散する。

 

「おのれ……! だが、罠カード『夢現の夢魔鏡』を発動! 自分のフィールドに『暗黒の夢魔鏡』を! 相手のフィールドに『聖光の夢魔鏡』を張る!」

「へえ、エールの場にフィールド魔法を張るのね。……これじゃ、次のターンに『ハイネ』で破壊し切れないわ。確かに、エールのことも研究しているわね」

 

「さらにフィールド魔法『暗黒』がある時、『乙女』の転身効果発動! 『夢魔』へと転身する! 守備表示!」

「けれど、その効果が発動した今はすでに『天魔』は墓地へ行っている! 破壊効果は発動しない!」

 

「だが、『天魔』が破壊されたときの効果は発動する! 墓地から『黒騎士』を蘇生して破壊効果を発動する!」

「けれど『ハイネ』が居る限り他の魔法使いは対象に取れないわ!」

 

「ならば、『ハイネ』を破壊! 【ダークネス・エッジ】!」

「『ハイネ』は破壊される」

 

「――でも、エールの攻撃はこれからが本番! 手札から魔法『ウィッチクラフト・サボタージュ』を発動! 墓地から『バイスマスター』復活!」

 

「そして墓地の『ポトリー』の効果発動! 墓地から自身を除外して、墓地の『サボタージュ』を回収する!」

 

「そして魔法使い族のモンスター効果が発動したことで『バイスマスター』の選択効果を発動! 『夢幻の夢魔鏡』を破壊する! 【アトリエアート・1st・デストラクション】!」

 

「これで攻撃力上昇&低下効果が終了したわ。バトル! 『アルル』で『夢魔』を攻撃! 【ロケットパンチ】!」

 

◆『ウィッチクラフト・ゴーレム・アルル』 ATK:2800

 VS

◆『夢魔鏡の夢魔ーイケロス』 DEF:500

 

「……くっ! だが、『イケロス』は守備表示のためバトルダメージは受けない! さらにお前のモンスターでは僕の『黒騎士』の攻撃力を超える事は出来ない!」

 

「まあ、そうね。エールはこれでターンエンド。そして墓地の〈ウィッチクラフト〉魔法の回収効果を発動。『サボタージュ』、『クリエイション』を手札に戻し、『バイストリート』を復活。そして『バイスマスター』の選択効果によりデッキから『ウィッチクラフト・シュミッタ』を特殊召喚」

「特殊召喚に成功したことにより、お前には300のダメージだ」

 

〇 エールライフ 4950ー300=4650

 

「あは、小賢しい効果。それしか出来ないのね。……お前はもう何もできずに死ぬ」

「――調子に、乗るなよ」

 

場:『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

 『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』 ATK:2800

 『ウィッチクラフト・シュミッタ』 DEF:600

魔法+罠:『ウィッチクラフト・バイストリート』

 

・4ターン

 

「僕のターン、ドロー! 僕は……!」

「スタンバイフェイズ! フィールドの『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』はエールの手札に戻る。この瞬間、『バイスマスター』の選択効果、デッキから『ピットレ』を特殊召喚! さあ、あなたのターンよ。少しは動いて見せなさい」

 

「僕のターンに好き勝手を……! 僕は手札から『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』を通常召喚! デッキから『使徒』をサーチする効果を発動!」

「この瞬間、エールはフィールドの『ピットレ』の効果発動! 自身と『コンフューション』をリリースし、デッキから『ウィッチクラフト・マスターヴェール』を特殊召喚! 守備表示!」

 

「そして『バイスマスター』の選択効果を発動する! 『黒騎士』を破壊! 【アトリエアート・1st・デストラクション】!」

 

「さらにフィールドに居たもう一体のウィッチクラフト、『シュミッタ』の効果発動! 自身と『サボタージュ』をリリース、デッキから2体目の『ウィッチクラフトゴーレム・アルル』を特殊召喚!」

「どこまでも、好き勝手にいい加減に……!」

 

「ううん! まだ手番は返してあげない! エールは『バイスマスター』の選択効果発動! 今捨てた『サボタージュ』を手札に戻す! 【アトリエアート・2nd・コール】。あは、これでエールは効果処理を終了」

 

「やっと終わったね。今度こそ僕のターン! 手札からさっきサーチした『使徒』を特殊召喚! リリースして『逆徒』の効果を発動!」

「気持ちよく回させてあげない! エールは『マスターヴェール』の効果発動! あなたのフィールド上のモンスター全ての効果を無効にする! 【シャイニー・オーバーラップ】!」

 

「ぐぐぐぐぐ……僕は……これで、ターンエンドだ」

 

フィールド魔法:『暗黒の夢魔鏡』

場:『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』 ATK:1500

 

・5ターン

 

「あは! ついに諦めちゃった? なら、このターンで終わらせてあげる! エールのターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見もせずにカードを繰る。もはや決着は付いている、新しいカードの出番などない。

 

「手札から魔法『サボタージュ』を発動! 『ハイネ』を復活!」

 

「守備表示の『マスターヴェール』を攻撃表示へ! そして、『アルル』を対象に魔法『ウィッチクラフト・コラボレーション』を発動! このターン2回攻撃を可能にする!」

 

 ゴゴゴ、と人形の背後にゆらめくオーラが見える。

 

「『アルル』で『逆徒』に攻撃! 【ゴーレムパンチ】!」

 

◆『ウィッチクラフト・ゴーレム・アルル』 ATK:2800

 VS

◆『夢魔鏡の逆徒ーネイロイ』 ATK:1000

 

〇 ライフ 8000ー1800=6200

 

「そしてエールの全モンスターでダイレクトアタック! 【ウィッチクラフト・カルテット・マジック】!」

 

◆『ウィッチクラフト・ゴーレム・アルル』 ATK:2800

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

◆『ウィッチクラフト・ハイネ』 ATK:2400

◆『ウィッチクラフト・マスターヴェール』 ATK1000

 

「そんな……嘘だ! 鏡の中の世界が……砕ける……!」

 

〇 ライフ 6200ー2800ー2700ー2400ー1000=0

 

 夢のごとき儚い世界、鏡の中――そこが割れて歪む。全ては泡沫のように消える。邪神が復活させたセブンスターズは敗北すれば死者に戻る。死体すらもない、夢の存在へ。

 

「あは! 所詮は消えていった可能性。ずうずうしく現世にしがみついているなんて、なんて醜い。お笑い種ね――消えろ亡霊」

 

 ケタケタと笑いながらそこを後にする。黒ずんで砕けていた鏡の数々を踏みつけながら校門へと帰る。

 そして、校門を潜った先にはエクスが居た。

 

「――あら? 何か言いたげね、エクス。あなたごときがこのエール様に何を言うのかしら」

 

 嘲るように笑った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 聖槍、吠える

 

 

 校門前にやってきたエクスはエールを睨みつける。

 

「どう言うことだ?」

 

 彼は敵意を瞳にみなぎらせている。それはもはや殺気とすら呼んでいい。それは――

 

「あら? 何か不満でもあった? 事実でしょ。あなたが役立たずなのも。そして、あなたごときに、あの頭がかわいそうな娘を守り切ることができないのも――妥当な評価じゃない」

 

 ニタリと笑って返した。可愛らしい子供の姿をしてようが、言ってはいけないこともある。しかも、悪ガキらしく悪びれもせずに挑発を重ねるのは。

 

「エール。いくら君が女の子でも、子供のいたずらで済ませられないことがある」

「エールは大人よ。貴方と違って、高額な納税だってしているの。そういう意味ではエールほど大人な人は、そうはいないわ」

 

 けらけらと笑っている。やはりその幼い顔は悪ガキそのままだが、言っていることはかなりエグい。

 しかも、わなわなと握った拳を震わせていようが、どうせ手を上げられないんでしょうとでも言いたげに。

 

「俺のことはいい。だが、ふわりのことを――彼女を”頭がかわいそうな狂人”どと……撤回しろ!」

「あれ、怒るのはあなたに関してのアレコレじゃないんだ。……あは。じゃあ、あなたはかわいそうじゃなくて、ただの猪ね。馬鹿は見下されるだけ、馬鹿を見世物にするのは楽しくても。実際に関わるとなると面倒この上ないのよね」

 

 憤慨するエクスを前に、エールはやれやれとわざとらしく肩をすくめる。

 

「――デュエルだ! 君のことは凄い人物だと知っている。何が凄いのかまでは理解できないが、政界にも影響を及ぼすウィッチクラフト工房は……なるほど俺がどうこう言うまでもなく凄まじいのだろう。強敵に違いない。だが、男には引けない時がある!」

「あは! いいことを教えてあげる。馬鹿じゃあね、最後に勝利することなんてできないのよ。このエール様の手の上で踊るがいい!」

 

 二人、デュエルディスクを構えた。

 

「誇りを賭けて、デュエルを!」

「――デュエル!」

 

・1ターン

 

「俺の先攻!」

 

 エクスはカードを引き、手札を眺める。

 

「自分フィールドにモンスターがいないとき、『フォトン・スラッシャー』は特殊召喚できる! さらに手札から魔法『おろかな埋葬』を発動! デッキから『H-C サウザンド・ブレード』を墓地に送る!」

「……うげ。アレを墓地に送ったってことは」

 

 エールが思わず顔を歪めた。

 

「ああ! 名だたるウィッチクラフトを相手にするため、俺はあらゆる手段を尽くす! そうでなければ、俺に次のターンなど来ないだろうことは(わきま)えているさ! 俺は魔法『火炎地獄』を発動! 相手に1000、そして自分に500の直接ダメージを与える!」

「……痛ぅ。よくもエール様に焦げ跡を作ってくれたわね!」

 

〇 エールライフ 8000ー1000=7000

〇 エクスライフ 8000ー500=7500

 

 轟と燃え盛る火炎が、エールのお尻を焼いて、あたふたと小さな体で転げまわる。ダメージが弱いはずのエクスは全身を焼かれて黒煙が上がっているが、その目は油断なく前を見据えていた。

 

「お互い様と言うことで勘弁してくれ! 俺はダメージを受けたことで墓地の『サウザンド・ブレード』を蘇生! 【リボーン・ペイン】!」

「レベル4が2対揃った。このために自分にもダメージを与えたのね! こしゃく!」

 

「その通りだ! 俺はレベル4『フォトン・スラッシャー』と『サウンザンド・ブレード』でオーバーレイ! 現れよ、弓矢を持ちて民を守りし騎士『H-C ガーンデーヴァ』! 守備表示!」

 

 召喚されるは騎士。だが、その目は弓を射かけるために油断なく小さな彼女を見つめている。

 

「このカードはレベル4以下のモンスターが特殊召喚されたとき、そのモンスターを破壊する効果を持つ! ウィッチクラフトの連続召喚はさせない! 俺はこれでターンエンド!」

 

 それはあまりにも儚い陣。エクスとて自分が強くはないことは分かっている。だが、好きな女を守るために全霊をかけることに躊躇いはない。

 どんな攻撃が来ても耐え抜いて見せると決意を瞳に浮かべた。

 

場:『H-C ガーンデーヴァ』 DEF:1800

 

・2ターン

 

「あは。凡庸な1ターンね。とてもじゃないけど、そんなんじゃ魔との戦いについてこられるとは思えない。本気の戦いと言うものを見せてあげる! エールのターン、ドロー!」

 

 けらけらと笑うエール。その程度の布陣など一息で消し飛ばしてあげると嗤った。

 

「エールは手札の『ウィッチクラフト・ポトリー』を通常召喚、そして効果発動! 自身と手札の魔法『ウィッチクラフト・クリエイション』をリリースして、デッキから『ウィッチクラフト・ハイネ』を特殊召喚!」

 

 現れるエース。そして、前のターンに現れたエクスの盾は。

 

「フィールドに現れた『ハイネ』の効果発動、手札の『クィッチクラフト・コラボレーション』を墓地に送り、あなたの『ガーンデーヴァ』を破壊する!」

「なにッ!? 効果を使う前に破壊されてしまったか。……だが、厄介な『シュミッタ』を墓地に送ることは防げたはず。2400の直接攻撃ダメージを受けても墓地の『サウザンド・ブレード』が復活する!」

 

 簡単に破壊されてしまった。だが、布石は機能したことに胸を撫でおろす。そいつが墓地に落ちればエンドフェイズに好きなウィッチクラフト魔法を持ってこれる。

 

「甘いわね。ウィッチクラフトの連続召喚を防いだところで、丸裸なら意味はない! エールはデッキから『ウィッチクラフト・マスターヴェール』を墓地に送り、手札の『マジシャンズ・ソウルズ』を特殊召喚!」

「『ソウルズ』……もしや、ヴェルテの力を借りて生み出されたアレが来るか……!」

 

 戦慄する。強力な融合モンスターが来る予感がエクスを戦慄させる。

 

「あは! そうよ、我がウィッチクラフトはあの子のおかげで融合を手に入れた! 『ソウルズ』の効果発動! 手札の『おろかな埋葬』を墓地に送り、カードを1枚ドロー! 【マジカルコンバーション】!」

 

 引いたカードを見てニタリと笑う。

 

「そして引いたわ。魔法『ウィッチクラフト・コンフュージョン』を発動! フィールドの『ソウルズ』と『ハイネ』で融合、現れなさい。我がウィッチクラフトの代表者! 融合召喚、『ウィッチクラフト・バイスマスター』!」

 

 現れる切り札。その攻撃がエクスへと襲い掛かる。

 

「『バイスマスター』で攻撃! 【ウィッチクラフト・シャイン】!」

 

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

 

〇 エクスライフ 7500ー2700=4800

 

 バイスマスターが生んだ光球がエクスを焼く。

 

「ぐ……があああああ! だが、ダメージを受けたことで『サウザンド・ブレード』が復活する! 【リボーンペイン】!」

 

 だが、攻撃に耐えて次のターンの布石を。

 

「エールはこれでターンエンド!」

「――エンド。だが、これからがウィッチクラフトの本番……!」

 

 苦々しく呟くエクス。そう、ウィッチクラフトはエンドフェイズに動くデッキ。

 

「ええ、その通り。墓地の〈ウィッチクラフト〉魔法は、フィールドに〈ウィッチクラフト〉モンスターが居る時回収できる! 墓地の『コラボレーション』、『クリエイション』は手札に戻り、そして『バイスマスター』の第1、第2の選択効果が発動する!」

 

 バイスマスターが掌をサウザンドブレードに向ける。

 

「『サウザンド・ブレード』を破壊! そして墓地の魔法『コンフュージョン』を手札に加える! わざわざ特殊召喚したそのモンスターは成す術もなく墓地へ逆戻りね。気分はどうかしら? あなたごときでは、何をしたってエールには勝てやしないのよ!」

 

場:『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:2700

 

 勝ち誇るエール。次のターンの布石もついでとばかりに潰された。戦意を失っても仕方ない状況だが、エクスに”諦める”なんて頭のいいことは出来ない。

 

・3ターン

 

「いいや、決して諦めない。諦めない限り、可能性はあると信じる! どのような痛みにも耐え、そして俺はふわりを守って見せるのだ! 俺のターン、ドロー!」

 

 エクスの目がぎらりと光る。この状況でも光明を見出した。その猪突猛進ぶりこそが彼だ、一々考えることなどしない。

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、手札の『H-C 強襲のハルベルト』を特殊召喚! さらに『H-C モーニング・スター』を通常召喚、効果発動! デッキから魔法『ヒロイック・チャンス』を手札に加える!」

 

 これでまた、レベル4モンスターが2体揃った。

 

「俺は『ハルベルト』と『モーニング・スター』でオーバーレイ! 混沌たるこの世界に、我が一振りにて安寧をもたらさん! 聖槍、抜錨……ランク4『H-C クレイヴソリッシュ』!」

 

 そして現れる聖槍。ファニマにありもしない罪を押し付けて、しかもその末に彼女自身に倒されてしまうという無様を晒したあの時。地の底にまで堕ちて、しかし這い上がることにより掴んだこのカード。

 

「そして手札から魔法『ヒロイック・チャンス』を発動! このカードは、『クレイヴソリッシュ』の攻撃力を倍にする!」

 

 その力は聖剣にすら勝る。だが――その攻撃力一辺倒な能力は、破壊を無効化する力などない。

 強力な力は一撃で敵を倒すことができるが、横からの攻撃には弱い。

 

「魔法を発動したわね? 貴方のデッキは一撃で勝負を決めなければじり貧になるだけ。けれど、魔法を使わなくては勝負を決するほどの火力は得られない。あなたに勝利など来ないのよ! エールは『ウィッチクラフト・バイスマスター』の選択効果発動! 『クレイヴソリッシュ』を破壊! 【アトリエアート・1st・デストラクション】!」

 

 嘲笑い、『クレイヴソリッシュ』を破壊する能力を発動した。そのモンスターはこの破壊に耐えられない。

 

「いいや、俺は決して諦めない! どんな困難にも立ち向かう! 絶望に心を飲まれることなど、ない! 手札から速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! ターン終了まで『バイスマスター』の効果を無効にして、攻撃力を400アップさせる!」 

 

 そして、これこそがエクスの秘策。『バイスマスター』の能力さえ封じれば攻撃は通る。その一撃こそが勝利へのか細い一本道。

 

「馬鹿ね。『禁じられた一滴』と違って、それにチェーンを封じる効果などない。エールは『バイスマスター』の第2の選択効果を発動! デッキからレベル4以下のウィッチクラフトを特殊召喚する。現れなさい、『ウィッチクラフト・シュミッタ』! 【アトリエアート・2nd・サモン】!」

 

 シュミッタが炎を上げながら現れた。

 

「新たなモンスターを呼んだか。だが、俺は突き進むのみ! さらに『クレイヴソリッシュ』の効果発動! 我がライフを500にして、攻撃力を更に倍にする! 【サクリファイス・オブ・ストームブリンガー】!」

 

 〇 エクスライフ 4800⇒500

 

「けれど、下級ウィッチクラフトは上級ウィッチクラフトを呼べる。そして、呼び札になる魔法カードも手札にある! 『シュミッタ』の効果、発……ッ!」

 

 エールはわざとらしく”しまった”という顔をする。

 

「どうやらデッキの上級ウィッチクラフトは尽きているようだな!」

「ぐ……! 風呂覗いた女の敵のくせに!」

 

 効果破壊のハイネ、攻撃力上昇のマスターヴェール。どちらを呼んでも窮地を凌げるはずだったのに。

 ……デッキに彼女たちが居なければ、呼ぶことは出来ない。融合素材として墓地に送ったハイネ、そしてコストとして墓地に送ったマスターヴェール。

 

「例え真実そうであったとしても、俺はふわりを守ると誓ったのだ! 『クレイヴソリッシュ』で『バイスマスター』に攻撃! この瞬間エクシーズユニットを一つ使い、『バイスマスター』の攻撃力分、自らの攻撃力をアップする! この一撃に我が全てを賭ける! 【グレート・シャイニング・クラウ・ソラス】!!」

 

◆『H-C クレイヴソリッシュ』 ATK:13100

 vs

◆『ウィッチクラフト・バイスマスター』 ATK:3100

 

〇 エールライフ 7000ー10000=0

 

「っひ。きゃあああああ!」

 

 エールが倒れた。

 

「まさか。あなたがこれほど……」

 

 それだけ言って意識を失う。彼女は、今日の夜にでも意識を取り戻すだろうけど。隠れていたアイネがエールを運んでいった。

 

「勝てた……! 俺が!」

 

 残ったのは強敵を倒したことに感極まるエクス一人。その様を一言で言うなら……そう。道化ほど誂えたような言葉もないだろう。

 そして、それを隠れて見ている残りのセブンスターズたちも……その光景を信じたあたり同類なのかもしれなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。