黒の剣士と紺の浮浪児 (gobrin)
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アインクラッド編
第一話 世界の始まりと出会い


初めまして、gobrinというものです。

読んでいただき、ありがとうございます。

これからよろしくお願いします。


 

 

 

 

あの日から、俺達のデスゲームは始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はVRMMORPG《ソードアート・オンライン》の初ログインの日だ。

幸運にもソフトを買えたゲーマーたちは皆、この日のこの瞬間を心待ちにしていただろう。

 

俺はゲームにログインして、一緒に行動する約束をしていた幼馴染――桐ヶ谷和人を探しているんだが――見つけた。

 

 

「よぉ、無事ログインできたな」

 

 

向こうから近づいてきた和人に声をかける。

向こうも手を上げて声をかけてきた。

 

 

「ああ、ってお前リアルのまんまだな」

 

「その方が臨場感出ねぇ?」

 

「そうか?俺にはよくわからないかな。ところでお前、ベータテストのときと名前変えたのか?」

 

「いや、変えてねぇよ。お前は?」

 

「俺も変えてない。そうか……じゃあ、またニューカイなのか。ダサすぎだろ。海原 新(うなばら しん)ならもっとなんかあっただろうに」

 

「うるせー。桐ヶ谷和人だからキリトなんて安直なやつに言われたくねー。まあ、いつも通りカイって呼んでくれや」

 

「OK」

 

 

こいつが俺の幼馴染、桐ヶ谷和人だ。こいつとは家も近くて、昔から仲がいい。

こいつん家の近くの剣道場にも一緒に通っていたことがある。今は二人とも通ってないが。

こいつは少しだが、俺ん家の合気道場に通っていた。

だからこいつとは家族ぐるみの付き合いだ。

 

 

「さて、どうする?」

 

 

キリトの問いに少し考える。

が、まあ、やることなんて決まっているだろう。

 

 

「テキトーに狩ろうぜ。少しは経験値とれんだろ。お前、武器は?」

 

「変わらず片手直剣だ。お前は?」

 

「まずはベータ時代に一番使いやすかった短剣だな。手に馴染んでしっくりくる」

 

「短剣が手に馴染むって……確かお前一番得意な格闘技がバーリ・トゥードだっけ?どこのラノベ主人公だよ。普通は得意な格闘技なんてないってのに」

 

「んなもん知るか。じいちゃんに仕込まれて得意なんだからしゃあねぇだろ。ま、行こうぜ」

 

「おう」

 

 

 

俺達はしばらくその辺でMobを倒して、感触を話し合っていた。

 

 

「どーよ、キリト。感覚戻ったか?」

 

「ああ。ばっちりだ。カイは?」

 

「俺も短剣は完璧だ。次は――」

 

 

と続けようとしたところで、

 

 

「お〜い、そこのお二人さ〜ん」

 

 

と、声をかけられた。

 

 

こいつはクラインというらしい。

なんでも、こういうのは初心者だから少し指導してほしいとのこと。

俺は感覚派で教えるのには向いてねえから、クラインはキリトに任せて少し離れたところで青イノシシ(フレンジー・ボア)相手に武器の確認をすることにした。

使いづらい武器はないかの確認だ。()()()()()()()()()()ことだからな。

今は入手できる武器が少ないので確認することも少ない。

が、だからこそ俺は入念にチェックした。

 

と、確認を終えたところでキリトに呼ばれた。

 

 

「おう、クラインの特訓無事に終わったか。で、なんだ?」

 

「ああ、ログアウトのボタンがないんだ」

 

「……なんだと?」

 

 

不穏な話題に眉をひそめる。

 

 

「クラインがログアウトしようとして、ないのに気がついた。俺のもなかった。カイはどうだ?」

 

「ちょっと待て。……ねぇな」

 

「くそっ、なんなんだこれ!バグか!?GMコールも反応ねえし!こっちはピザ頼んでんのによぉ」

 

「いや、重要なのそこじゃねぇだろ。帰れねぇってことだぞ」

 

「ああ、いまクラインとその話になって――」

 

 

 

その時、鐘が鳴った。その音を怪訝に思う間もなく、俺達は強制転移させられた。

―――広場だ。なんだ?この人数。まさか、全プレイヤーが転移させられたのか?

 

思考を走らせていると――。

 

 

『――プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

その声に空を振り仰ぐと、赤いフードが浮かんでいた。

 

 

「GMか……?」

 

「いや、それにしては中に誰もいない。おかしいぞ」

 

 

俺の呟きにキリトが律儀に答える。

 

 

『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ』

 

 

なぜ繰り返したし。

 

 

『プレイヤーの諸君ぅ!反応してよぅ!』

 

 

―――しつけぇ!ガキか!

――落ち着け。

こんな初期に大イベントなんて普通はない。

しかもオープニングの演出にしては不自然なほど凝り過ぎている。

そして、この世界を《私の世界》とまで断言できる人物となると――――。

 

 

『私は茅場 昌彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ(ドヤァ)』

 

 

ご丁寧に答えてくださったよ。

何故だかわからないがドヤ顔してる気がする。

何か腹立つな。

だが、やはり茅場か。

だとするとログアウトできないのは――――。

 

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューウィンドウからログアウトボタンが消滅しているのに気づいているだろう。――だがこれは《ソードアート・オンライン》の本来の仕様であ〜る』

 

 

チッ。やっぱりか。

 

 

「し……仕様、だと……」

 

 

クラインのかすれた声が広場に響く。

それほど静かだということに、今気づいた。

 

 

『諸君らは、この城の――アインクラッドの頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできないのだっ!』

 

 

ログアウトの必要条件はゲームクリアか。

ちなみに語尾は無視することにする。

 

 

『また、外部の人間によるナーヴギアの停止及び解除はあり得ない。もしそれが試みられた場合――』

 

 

プレイヤーに緊張が走る。

 

ここで断言するということは恐らく――、

 

 

『――諸君らの脳は、ナーヴギアから発せられる高出力のマイクロウェーブにより、破壊される』

 

 

クソ、今日は嫌な予感ばかり当たりやがる。

 

周りは重苦しい静寂に包まれている。無理もない。

 

 

「キリト、動けるように準備しとけよ……。これは普通じゃない」

 

「……もうしてる」

 

「……さすが」

 

 

茅場の説明は続く。

 

 

『また、諸君らのHPがゼロになっても、脳は同様に破壊される』

 

 

つまり、デスゲームか。ここも予想通りだ。

この世界には魔法はないし、こんなに手の込んだことをする奴がそんな抜け道作るわけがない。

 

 

「な、なあ、キリト、カイ……。そんなこと可能なのか……?」

 

 

クラインが否定してほしそうな口調で聞いてくる。

 

 

「ああ、可能だ。ナーヴギアは馬鹿みたいな量のバッテリーを内蔵してるからな」

 

「そ、そんな……マジかよ……」

 

『最後に、餞別として諸君らのアイテムストレージにアイテムを送らせてもらった。確認してもらいたい』

 

 

見ると、確かにアイテムストレージに《手鏡》というアイテムが送られている。

それを取り出すと、周りが光に包まれ――それが晴れると、周りの奴らの容姿が変わっていた。

 

……ん?和人がいる。キリトじゃなくて和人が、だ。

なるほど、今のアイテムはアバターをリアルの姿にするものか。

周りは騒然としている。つか、一気におっさん増えたな。

 

余計なことを考えつつも、俺はずっと空を見上げていた。

空に浮かぶ赤ローブから、目を逸らさなかった。

この光景を、脳裏に焼き付けるために。

 

 

『私の目的はこの世界を作り出し、観賞することだ。そしてそれはいま達成された』

 

 

俺はその言葉のどこかに不透明な違和感を覚えた。だが、それについて深く洞察している暇はない。

 

 

『以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。―――諸君らの健闘をいにょっ!―――――コホン。健闘を祈る』

 

 

周りの人間がずっこける。俺達は耐える。

そう言って、茅場――いや、赤いフードは姿を消した。

その瞬間、俺達は動く。

 

 

「キリト!行くぞ!」

 

「おう!」

 

 

一瞬のうちに広場を出て、次の村に向かう。

 

もうこれはデスゲームだ。リソースの奪い合いになる。ちんたらしてる暇はねえ。

《はじまりの街》を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。

クラインだ。

 

 

「なあ、行っちまうのか?」

 

 

受け答えはキリトに任せる。

 

 

「ああ、クライン一人なら連れて行けるけど……」

 

「……いや、俺は仲間と約束してるからな。一人で行くわけにゃあいかねえ」

 

「………そうか。……なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ、またな、クライン」

 

「ああ、じゃあな!っと、キリトぉ!」

 

 

クラインが最後にキリトに呼びかける。

 

 

「おめぇ、案外カワイイ顔してんじゃねぇか!その方が似合ってんぞ!」

 

「クラインこそ、その野武士面のほうが十倍似合ってるよ!」

 

 

軽口を交わしあって、キリトは前を向いた。

もう振り返るつもりはないらしい。俺も一言言うか。

 

 

「じゃあな、クライン。……生き残れよ」

 

「おう、お前さんもな!じゃあ、また会おうぜ!」

 

 

そう言ってクラインは去っていった。

クラインが立ち去った後、キリトが辛そうな表情で振り返る。

 

 

「キリト、クラインなら大丈夫だ。ああいう心が強い奴は必ず生き残る。必ずだ。俺達も心を強く持つぞ」

 

「ああ、わかってるよカイ。……行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺達はベータテスト時代の知識を使い、様々な有益なクエストを凄まじい速度でクリアし、レベルをあげていった。

 

そして一か月ほど経過したある日。俺達は第一層迷宮区の帰り道、あるプレイヤーの戦闘を目撃する。

 

レイピアを使うそのプレイヤーは、見ている側がヒヤヒヤするような危なっかしい戦闘をしていた。

相手の攻撃を最小限の動きでギリギリで躱し、相手の体勢が崩れたところに細剣ソードスキル《リニアー》を叩き込む。

そのパターンを三回繰り返し、《ルインコボルド・トルーパー》を無傷で屠っていた。

奴は別に雑魚ではない。それなのに無傷とはすごいことだ。。かなりの実力者であることは間違いない。

が、そのことが逆に俺達に強烈な違和感を抱かせる。

 

だが、その違和感を疑問としてぶつけることはできなかった。

 

そいつは敵を殲滅したら、急に倒れたからだ。

 

 

「……どうするよ?」

 

「……とにかく、ここじゃ敵がポップする。安全地帯に運ぼう」

 

「りょーかい。なら、その役目よろしく〜」

 

「え?手伝ってくれないの?」

 

 

キリトが目を丸くして俺を見つめてくる。

どれだけ見つめられても手伝わねえからな。

 

 

「やだよ、んなめんどくせぇの」

 

「薄情者め……」

 

 

そいつを安全地帯に運んだ後、俺達はこいつに話を聞くために安全地帯に留まって話をしていた。

 

 

「こいつ、すげぇズタボロだが……ソードスキルはすさまじかったな」

 

「ああ、まるで流れ星だった」

 

 

そう、このズタボロさんはソードスキルの使い方が上手かった。

 

 

「威力とスピードを上手い具合にブーストしてやがったな」

 

「プレイヤースキルがかなり求められるのにな……」

 

 

この世界にはソードスキルが存在する。

規定の構えをとるとシステムがその構えを読み取り、自動でソードスキルを発動してくれるのだが、その動きを阻害しないように自分の身体を動かすと既存のものより威力等を上げることが出来る。

俺やキリトはベータ時代に練習したから余裕で出来るが、こいつも中々だ。素質がある。

 

……お、気づいたな。

 

そいつは目を覚ましてすぐに俺達に気づいたのか、警戒心も露わに俺達から距離を取った。

 

 

「……なに、あなたたち」

 

「迷宮区うろついてたらあんたが倒れるのが見えてな、ここまで運んだんだよ」

 

「……余計なことを」

 

「アァ?」

 

 

ボソリと呟かれた言葉に反応して口調が荒れる。

何言ってんだ、こいつ?

 

 

「カイ、落ち着けよ。君、あそこにそのままいたらリポップしたMobにやられて死んでたよ?」

 

「……そんなのわかってる。ほっといて」

 

「なんだ、死にたがりか。そんなに死にたいなら俺が殺してやろうか?まあ、やるにしても後でだが」

 

「……後で?……何か用?」

 

「少し話が聞きたい。だから助けた。……んで、そんなにフードズタボロにして、なにやってんだあんた?」

 

 

訊くと、端的に返事が返ってきた。

 

 

「……三日か四日、ここに篭ってる」

 

 

…………は?

俺もキリトも言葉が出ない。

何言ってんだ、こいつ?

 

 

「……今、なんて?」

 

 

キリトが動揺しまくりながら聞く。俺も混乱してるよ。

 

 

「……だから、三日位ここに篭ってる。それで怪物と戦い続けてる」

 

「武器はどうしてんだ?壊れんだろ」

 

 

俺がそう言うとそいつ――今気づいたがこいつ女だ――はバックの中身を見せてきた。

――そこには近くの町で買える一番安いレイピアが複数本新品で入っていた。

これが意味するところはつまり――。

 

 

「てめぇは武器が壊れたら次の奴ーってやって武器を使い潰してるってことか?」

 

 

コクリ。女が頷く。

 

俺は一瞬、頭に血が上った。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……武器は大事にしやがれ」

 

「カイ、落ち着けって。でもカイの言う通りだ。武器は大事にしなきゃダメだ」

 

「……なんで。どれも同じ、所詮はポリゴンデータでしょう」

 

 

女の声は疑問というよりも、納得が行かないことへの不機嫌さの色が強いように感じた。

 

 

「武器は強化できるし、使っていると馴染んでくる。それと武器が信頼できるようになる。これはこの世界では重要な要素だ」

 

「……そう」

 

 

女が興味なさそうに呟く。

 

 

「もう一つ聞きたい。さっきの君は明らかにオーバーキルだったけど、この意味、伝わる?」

 

 

女は意味がわからないといったふうに首を傾げた。

 

 

「オーバーキルっていうのは相手のHP残量に対してとどめのダメージが過剰だってことだよ」

 

 

端的に説明するが、これでもまだ伝わっていないらしい。首を傾げたままだ。

……こいつ、ゲームの経験が皆無に近いんじゃないか?

 

 

「……過剰で、何か問題があるの?」

 

「効率が悪ぃだろ。最後の一発打つまで躱すのにも神経使うしな」

 

「……よくわからないけど。もういい?そろそろあの怪物が復活してると思うし」

 

「待った。あんたなんで死に急ぐようなことをした?」

 

「……どうせ、皆死ぬのよ。死ぬのが早いか遅いかの違い。戦って死ぬか、ひきこもって死ぬかの違い。それなら戦って死のうと思っただけ。この世界に負けるのは嫌だったから」

 

「そうか、戦う意志はあるんだな?なら、わざわざここで死ぬこともねえ。一緒に町に戻るぞ」

 

「……なんでよ」

 

「《会議》に出るからだよ」

 

「……《会議》?」

 

 

女の言葉にキリトが頷き、補足説明をする。

 

 

「ああ、今日《トールバーナ》の町で《第一層フロアボス攻略会議》が開かれるんだよ。多分ボス部屋が見つかったんだろ」

 

「そこでどうボスを殺るかの会議が開かれるのさ。戦う意志があんなら参加しとけ」

 

「じゃあカイ、行くか」

 

「おう」

 

「……ちょ、わたし、了承してない……」

 

 

とか言いながら女がついてくる。

そこに嫌味の意味も込めて言ってみた。

 

 

「おっと、そうだ。助けられたのに礼もなしか?」

 

「……そんなこと頼んでない」

 

「アァァ?」

 

 

煽るつもりが逆に煽られた。この女……。

 

 

「はいストップ。俺はキリト。もうわかってると思うけど、こいつはカイ。君の名前は?」

 

「……アスナ」

 

「アスナか。よろしく」

 

「……よろしく」

 

「ほら、カイも」

 

「……チッ。よろしくな」

 

「……ふん」

 

「はいはい二人とも落ち着いて」

 

 

キリトが仲裁に入る。

それにしてもこの女、アスナだったか。

癪にさわるな。

 

 

俺達は迷宮区を後にした。

 






こんにちは、gobrinです。

たくさんの人に読んでもらえると嬉しいです。

感想その他あれば、お待ちしております。


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第二話 ボス攻略会議

えー、多少キャラにそぐわない発言があるかもしれませんが、生暖かい目で見守ってください。

ちなみに主人公はコレが素です。


 

 

 

俺達は迷宮区に一番近い《トールバーナ》の町で飯を食うことにした。

会議までの時間つぶしだ。

アスナは三日間なにも食ってなかったらしい。そりゃ倒れるわ。

今キリトが飯を買いに行ってる。

 

俺達は待ってろと言われた。

何故この女と二人きりで待たされなきゃならないのか。キリトめ、後で覚えとけよ。

だが、何も話さないのも何かアレだし。

そう思い、俺はアスナに話しかける。

 

 

「なぁ、なんでお前あんなことしてたんだ?」

 

「……あんなことって?」

 

「死に急ぐようなことだよ。俺は強くなんのは悪いことじゃねえと思ってる。が、あそこまでリスキーにやる必要は無いはずだ。なんでだ?さっき言ってたこと以外にまだなんか理由あるだろ」

 

「……この世界で生きる意味を感じなかったから」

 

「なに?」

 

「だってそうでしょう!?わたしはここにいるのにそれは現実のわたしじゃない!唯のプログラムよ!なのに空腹感はある!ナーヴギアに作り出された空腹が!そしてそれは食糧を食べれば満たされる!唯のポリゴンデータの食糧を!食糧には味もある!味覚再生プログラムが再現した味が!全部偽物の虚構の世界!なのにこの世界で死んだら現実でも死ぬっていう!

……そんなの、耐えられないわよ……」

 

「…………それこそ生き残れよ」

 

 

自然と、言葉が口を突いて出た。

 

 

「……なんですって?」

 

「そんなにこの虚構の世界が嫌なら生き残ってみせろよ。こんなふざけた世界に俺達を叩き落とした茅場昌彦の世界をクリアしろよ。そして地べたを這い蹲ってでも現実を取り戻せよ。自分の力で道を切り開こうともしねぇで諦めてんじゃねぇよ。どーせ『このゲームはクリア不可能なんだわ』とか思ってんだろ。やってみてもいねぇくせによ。あー、やだやだ。いらつくんだよな、てめぇみたいな何もしねぇくせに口だけ達者なやつ」

 

「なによ!わたしだって最初は――」

 

「ちなみに!お前には素質がある。この世界をクリアして、現実を取り戻す力の素質が。自分で道を切り開くための力の素質が。誰もが持っているわけではない素質が。それをどうするかはてめぇ次第だ」

 

 

アスナの言葉を遮り、言いたいことを伝える。

そこでキリトが戻ってきた。

 

 

「なに?ケンカ?やめときなよ」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

「はい、アスナも」

 

「……どうも」

 

 

キリトが買ってきたのは黒パンだった。この町で一番安い飯だ。

 

 

「またこれかよ。ホントにこれ好きだよな、お前」

 

「おいしいだろ。え、カイこれおいしいと思ってなかったの?」

 

「いやうめぇと思うけどよ」

 

「ほらみろ」

 

「……あなたたち、これがおいしいとホントに思ってるの?」

 

「ん?ああ。思ってるよ。少し工夫するけどね。じゃ、いただきまーす」

 

 

俺とキリトはクリームを出して、パンに塗って食べる。

すると、アスナが興味深そうに見てくる。

 

 

「……なに?それ」

 

「あるクエストで手に入るアイテムだよ。塗って食べるとコレが意外とイケるんだ。いる?」

 

 

アスナはコクコクと頷くと、自分もクリームを塗って食べた。

慣れていないのか、使い方をキリトが指導したが。

 

 

「……おいしい……」

 

 

ガツガツ食い始めた。さっきまでの怒りが嘘のよう。

マジでなんだコイツ。

……いや、キリトの手腕がすごいってことにしとこう。

 

 

「……ありがとう」

 

「ん、どういたしまして」

 

 

アスナは礼を言うと、何か考え込み始めた。

その内容を予想して、聞く。

 

 

「で、どうだ?まだ死にたいとか思ってっか?」

 

「……いいえ。わたし、やるわ」

 

「そうか。キツいこと言って悪かったな」

 

「わたしこそ怒鳴って悪かったわ」

 

「ええ!?カイが謝った!?何したの!?」

 

「なんもねぇよ。それより、アスナ」

 

「なに?」

 

「お前をそこまで追い込んじまった責任は俺にもある。だからそれも謝っとく。悪いことをした」

 

「え?どういうこと?」

 

 

と、そこで鐘が鳴った。会議の時間だ。

 

 

「あー、おあずけだな。今度ちゃんと説明するわ。とりあえず行こうぜ」

 

 

俺達は広場に移動した。

 

 

 

 

 

 

広場に集まったプレイヤーは四五人。思ったより集まったな。

 

 

「はーい!それじゃ、五分遅れだけど始めさせてもらいます!」

 

 

中央にいるプレイヤーが手を叩いて呼びかける。

中々レベルがありそうだ。

 

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人も何人かいると思うけど、改めて自己紹介しとこうと思う!俺は《ディアベル》、気持ち的に《騎士(ナイト)》やってます!」

 

 

ハッ、騎士ねぇ。子供か。それに対して野次を飛ばす外野。ここは馬鹿の集まりか?

俺のこの会議への期待が一気に萎む。

 

 

「アハハ……。さて、こうして最前線で活動している、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は――言わずもがなだと思う」

 

 

茶化していた奴らも黙り、話を聞く体勢だ。

ディアベルが堂々とした立ち振る舞いで続ける。

 

 

「今日、俺達のパーティーがボス部屋へと続く階段を発見した!」

 

 

その言葉に周りが沸く。

やっとか。予想より遅かったな。

まあ、安全マージンを慎重に確保した結果だろうが。

 

 

「一か月……ここまで辿り着くまで大分時間はかかった。だけど!俺達は示さなきゃならない!ボスを倒して第二層に到達して、このゲームをクリアできるんだってことを!はじまりの街で怯えてるみんなに!それがオレ達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!」

 

 

非の打ち所がないってのは正にこのことって感じだな。立派立派。

周りのプレイヤーは立ち上がって拍手を送る。

そんな中――――

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 

広場に男の声が響いた。

 

 

「そん前に、これだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

 

唐突な登場だったが、ディアベルは顔色一つ変えずに、そいつを手招きした。

あいつ無駄にすげぇ。

 

 

「これって言うのは何かな?まあ何にしろ意見は大歓迎さ。でも、発言するなら名乗ってもらいたいかな」

 

「……フン」

 

 

そいつは鼻で笑って、中央の噴水に近づいていった。

頭がサボテンみたいだ。あだ名はサボテンに決定。

 

 

「わいはキバオウってもんや」

 

 

サボテンは名乗ったあと、集まったプレイヤーを見回した。

まるで睨みつけるかのように。腹立つなアレ。しかも一瞬だったが俺達を完璧に睨んだし。

んー……面識はねぇ。まあ、思い当たる節がないわけでもねぇけど。

 

 

「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるやろ」

 

「詫び?誰にだい?」

 

 

なんか決まってるポーズとりながら、ディアベルが軽く尋ねる。

様になってやがる。……イケメンも腹立つな。

 

 

「……ハッ、決まっとるやろ。今まで死んでいった二千人にや!奴らが――元ベータテスター共が何もかんも独り占めしたせいで、一か月で二千人も死んでしもたんや!せやろが!!」

 

 

その言葉に、プレイヤー達が止まる。

サボテンはなお声を張り上げ糾弾を続ける。

 

 

「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まった日にダッシュで消えよった。右も左もわからん九千何百人のビギナーを見捨てて、な。奴らは狩り場やらクエストやらを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなってその後も知らんぷりや。……こん中にもおるはずや。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略に加わろ思てる奴らが!そいつらに土下座さして、溜め込んだアイテムやら金やらをこん作戦のために軒並み出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預かれんし預けられん言うとるんや!」

 

 

サボテンが言い切り、もう一度プレイヤーを見回す。

……だが、誰も声をあげようとしない。声をあげることで元ベータテスターと同じ扱いを受けることを恐れているんだろう。当然の反応とも言えるな。

 

 

―――――――俺以外は。もうキレたぞ、俺は。

 

 

隣でキリトが気づいたのか、忠告してくる。

 

 

「カイ、やめとけ。今出てってもいいことがない」

 

「悪ぃなキリト、もうキレた。これ我慢とか無理だ。迷惑かけちまうかもしれねぇ、すまねぇ」

 

 

そう言い残し、俺は立ち上がって、こう言った。

 

 

「すげぇ面白ぇこと抜かしやがるなこのサボテン。てめぇの頭に脳味噌は入ってんのか?」

 

「な、何やと!?」

 

「耳まで腐ってやがるのかてめぇは。それとも理解する頭がなかったか?可哀想にな。面白ぇことを抜かすなって言ったんだ、俺は」

 

「……彼、いきなりどうしたの?」

 

「……キレたの」

 

 

アスナとキリトが話してるのを耳に入れながら歩き始める。

 

 

「今まで死んでいった二千人は、全てベータテスターのせい――まぁ、事実俺を含めベータテスターは我先にと飛び出していったからな、否定はできねぇよ」

 

 

広場の中央に辿り着く。

俺のベータテスター発言に驚きの声が漏れる。たった今糾弾されていたテスターだと名乗り出たんだ、無理もない。

が、それは無視して、文句を言おうとしているサボテンに言葉を叩きつける。

 

 

「だが、死んだ二千人のうちにテスターがいないとでも思ってんのか?だとしたら大層おめでたい脳味噌だな」

 

 

サボテンが押し黙る。それを一瞥して続ける。

 

 

「七百から八百――恐らくこれがこのゲームにログインしたテスターの数だ」

 

 

そして、指を三本立てる。

 

 

「二千中、約三百――それが死んだテスターの数だ。あの『鼠のアルゴ』に調べてもらったんだ。かなり正確だろうな」

 

 

『鼠のアルゴ』は恐らくこの世界初の情報屋だ。あいつは金になるものは何でも売る。自分のステータスだろうと売る。

その情報収集能力はかなり高い。信用できる。

その名を知っている者もいたらしい。小さくないどよめきが起こった。

 

 

「そ、それが何や!残りの千七百人はビギナーやろが!」

 

「はぁ、ここまで言ってわかんねぇとかマジで脳味噌入ってねぇんじゃねぇの?サボテンだし、中身は水か?」

 

「なにぃ!?」

 

 

俺は盛大なため息を吐き出してから続ける。

 

 

「これを割合に直せば、ビギナーの死亡率は約十八%。それに対してテスターは約四十%だ。これでもまだ言うか?」

 

 

周りの奴らが息を飲んだ気配がする。

キリトは知ってるはずだけどな。

 

 

「しかも、全員が全員、ビギナーを見捨てたわけじゃねぇ。――――誰かガイドブック持ってる奴いねぇか?」

 

「――こいつでいいか?」

 

 

なんかいい声した巨漢が歩み出てきた。

手にメモ帳サイズのアイテムを持っている。

 

 

「おう、そいつだ。さんきゅーな」

 

 

それを受け取り、

 

 

「……もしかして、あんたもなんか言いたかったか?」

 

「いや、大丈夫だ。俺の分も言ってやってくれ」

 

「あんたの分を超えて言っちまうかもなぁ?」

 

 

俺は笑いながらそいつと拳を合わせる。仲良くなれそうだ。

サボテンが訝しげに見てくるが無視。

 

 

「これは知っての通り、いろんな街で無料配布されてるやつだ」

 

 

気配を探ると、無料と聞いて動揺した気配がちらほら。

キリトだけじゃねぇな、金払ったの。御愁傷様だ。

事前にテスターから金が回収されるであろうことを予測していた俺は、、アルゴとの激しい交渉の末、無料でガイドブックを手に入れる権利を勝ち取っている。……一回切りだけど。

 

 

「貰たで。それが何やっちゅうんや!」

 

「はぁ……お前本当に頭スカスカなんだな。よく今日まで生きてたな。そこに感心するわ」

 

 

サボテンの頭に青筋が浮かぶ。それも無視。

 

 

「これに載ってる情報を提供したのはテスターだ。もちろん俺も提供した。ちなみにこれが無料で配布できてるのはテスターが金を払って購入してるからだ。それがなきゃ、こいつもタダとはいかなかったはずだ」

 

 

サボテンは言葉に詰まり、ナイトは後ろで得心がいったというように頷いている。

ざわめきが落ち着いてから、俺は続ける。

 

 

「つまり、アイテムや金はともかく、情報はあったわけだ。それなのに二千人も死んだのは、これは推測だが、その多くがベテランのMMOプレイヤーだったんだろ。恐らく、SAOを他のゲームと同じ扱いで挑んだんだ。引き際をわきまえず、な。確かに俺達テスターにも非はあるだろう。ねぇとは口が裂けても言えねぇ。だが、今その責任を追及する場合か?俺は今日、ここにいる奴らが俺達元テスターの扱いをどうするか決めるんだと思って来たんだがな」

 

 

俺の発言に周りが黙る。

まだ少しいらついてた俺は、サボテンに言い返すことにした。

 

 

「なぁサボテン。お前は、自分の経験のあるゲームが、始まったと思ったらいきなりデスゲームになって、自分が死ぬかもしれない状況で。見ず知らずのビギナーに気をかけてやるなんてことができんのか?当然できるんだよな?てめぇが糾弾したのはそんなことをした奴だもんな。自分ができねぇことを人様にやれなんて言うわけねぇもんなぁ?」

 

 

サボテンは何も言い返せず、顔を背けた。

 

 

「ハッ、結局自分が不利な状況からスタートしたから駄々こねてただけか。つまんねぇ奴」

 

 

俺の言葉にサボテンが感情に任せてなにか言い返そうとする。

俺は言わせずに、ここにきて爆弾を投下した。

 

 

「それと、一つだけ言っておく。そこのサボテンが最初、命は預かれねぇとか言ってたが……悪ぃな。

俺はてめぇみてぇな自分本位で頭も使えねぇ勘違い野郎に命預ける気はねぇんだわ。俺が命預けるのは俺が認めた奴だけだ。間違ってもてめぇには預けねぇから安心してくれや、残念サボテン」

 

 

全員が絶句している。全体をチラリと見渡すと、キリトだけ呆れた表情をしていた。

あとで謝んねぇとな。

 

 

「ついでに言っとく。元テスターとやっていけねぇって奴は邪魔だ。帰れ。死体が増えるのはさすがに俺でも気分が悪い」

 

 

トドメをさす俺の発言で爆発した会場を、ディアベルが必死になだめている。

圏内じゃなかったら斬りかかられてた可能性あるな、これ。

少しやりすぎたか。まぁ、反省する気はねぇが。

ディアベルが解散を宣言し、今日はお開きになった。

サボテンは真っ赤になって激怒している。新種のサボテンだな。

 

 

「なあ、あんた。ちょっといいか」

 

 

キリト達のところに戻ろうとしたら声をかけられた。

さっきガイドブックを貸してくれた奴だ。

 

 

「ああ、悪い。返すの忘れてた」

 

「いや、それはいいんだ。あんた何であそこまで言ったんだ?あそこまで言う必要はなかっただろう。それに、あんたは引き際を間違えるような奴には見えない」

 

 

この巨漢の意見は正論だ。

だが、人間正論だけではやっていけねぇもんだ。

 

 

「いらついたんだよ。端から俺達テスターが悪いと決めつけて、偉そうに見下して命令してくるあの態度に。『自分はこう感じてるがどうか』みたいな提案する態度だったら俺だってあそこまでケンカ腰にならねぇよ。でもまぁ、結局俺の我が儘だから何言われてもしょうがねぇが」

 

「そうか……。一応俺は言い過ぎだと思った、とは言っておく」

 

「おう、わかった。あんたの意見として受け取っとく」

 

「俺の名前はエギルだ。あんたは?」

 

「俺はニューカイ。カイって呼んでくれ。でもいいのか?俺と仲良くしてると、周りから反感買うかもしれないぜ」

 

「言い過ぎだとは思うが間違ったことを言ってるとは思わないからな。避ける必要がない」

 

 

その返しに、俺の顔に笑みが浮かぶ。

やっぱり、こいつとは仲良くなれそうだ。

 

 

「そうか。俺も間違ったことを言ったとは思ってねぇしな。あんた(タンク)やるのか?」

 

「ああ、やるつもりだが。それがどうかしたか?」

 

「なら、あんたには命を預ける。頼んだぜ、エギル」

 

「……ほう。俺は認めてもらえたという認識でいいのか?」

 

「ああ、自分を強く持ってるみたいだからな。そういう奴は信頼するに値する」

 

「そうか。わかった。じゃあまた後日な」

 

「おう。そんときゃよろしく頼むぜ」

 

「任せとけ」

 

 

再びエギルと拳を打ち合わせ、キリト達のところに戻った。

 

二人とも俺のこと待っててくれたみたいだ。感謝。

 

 

「ただいまー」

 

「カイ、あれは言い過ぎだ」

 

「悪い。でも、間違ったことを言ったとは思わない。だから反省はしないぞ」

 

「いや、反省はしろよ。後悔はしなくていいけど」

 

 

へいへい。

 

 

「ところで、あの人と何を話してたの?」

 

「ん?ああ、さっきのことをちょっとな。アスナは俺に言いたいこととかねぇのか?文句とか」

 

「ないわよ。あなたのは正論だったもの」

 

「そうか。なら最後に一つ。俺と行動してると周りから反感買うと思うが……本当にいいのか?」

 

「何言ってんだよ。今更あの程度で俺がお前を見限ると思うか?これからも頼むぜ、相棒」

 

「正論を述べた人に対して理不尽に怒る人達なんてこっちから願い下げ。まあ、言い過ぎだとは思ったけどね」

 

「……そうか。二人ともこれからもよろしく頼む」

 

 

会議は(主に俺のせいで)散々な結果に終わったが、俺達は信頼を深めることができた。

 




なんと、主人公は頭もよかったのです。

考察でも活躍してくれるはずです。きっと。多分。


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第三話 初のボス戦

原作と少しだけボス部屋を発見するタイミングを変えてます。

ちょっと理由がありまして。


その日の午後。第二回攻略会議が開かれた。

あのあとボス部屋にお邪魔してきたらしい。

ボスの名前がわかった後、新しいガイドブックが配布された。

それにはボスの情報が細かく載っているだけでなく、裏に、『この情報はベータテストの時のものです。現行版では変更になっている可能性があります』と書いてあった。

攻めるねぇ、アルゴ。

 

 

「みんな、よく集まってくれた!もうみんな見たと思うけど、ボスの情報がガイドブックに載った!これを元にボスを攻略しようと思う!納得出来ない人もいるかもしれないけど、偵察する必要がなくなったのは大きい!了承してくれ!じゃあみんな、周りの人とパーティーを組んでくれ!始め!」

 

「「「……え?」」」

 

 

俺達は思わず固まる。

周りを見ると、もうすでに組む相手が決まっていたようだ。

六人パーティーが七つできていた。

 

 

「よしじゃあ組むか!」

 

「そうだな!組もう!」

 

「そうね!組みましょう!」

 

 

努めて明るく言う。

まあ実際は始めから可能なら俺達だけで組むつもりだったから問題ないが。

その後、パーティー毎に役割を決めた。

 

高機動高火力の攻撃(アタッカー)部隊が三つ。

重装甲の(タンク)部隊が二つ。

長モノ装備の支援(サポート)部隊が二つ。

そして俺達の遊撃隊。

なんかMob狩ってろだってよ。まあ、そうなるわな。

 

それで会議が終わり、明日の集合時間を伝えられたところで解散になった。

 

 

「じゃあ帰るか」

 

「ああ。風呂にも入りたいしな」

 

「……お風呂ですって!?」

 

 

『風呂』というワードを口にしたキリトの肩をガシッ!と掴んでアスナがすごい迫力でキリトに食いつく。

 

 

「あ、ああ……。俺達が借りてるところは風呂があるけど……」

 

「あ、でもアスナがそういう部屋を借りられるかはわかんねえぞ?俺達はワンフロア貸し切ったし、他のプレイヤーもそういうところを優先的に抑えてるだろうからな」

 

「なら貸して。今日だけでいいから。あと今日泊めてくれない?今から泊まるところを探すのも骨が折れるわ。ワンフロアってことは他にも部屋があるんでしょう?」

 

「いいのか?仮にも男二人が借りてる部屋だぞ?あと風呂は俺達の部屋にしかないが」

 

「大丈夫よ。変なことしたら明日圏外に出たところで殺すから」

 

 

口調は軽かったが、その目はマジだった。

 

 

「うわ。やる気はなかったが何もできねぇな、コレ」

 

「そんなことどうでもいいでしょ。早く行くわよ」

 

 

俺達は明日の準備のために商店街に向かおうとした。

が、そこで俺はあることを思いつく。

 

 

「悪ぃ、キリト達は先に行って自分たちのもん買っといてくれ。そんで買い物が終わったら帰っといてくれてかまわねぇ。ちょっと用事を思い出した。少し時間かかるだろうからな」

 

「……?なにする気だ、カイ?」

 

「彼がいいって言ってるんだから早く行きましょう。早く買い物を終わらせてお風呂に入りたいわ。ああもうこのフード鬱陶しくなってきた」

 

 

そう言って、アスナはフードを取った。

当然顔が露になるわけだが――こんな綺麗な顔の人間がいるのかと疑うような美貌だった。

……こりゃフード被ってないとダメだな。

 

 

「おい、アスナ。フードは被っとけ。目立ち過ぎだ」

 

 

慌てて頼むと、アスナは渋々といった様子でフードを被った。

言うことを聞いてくれてホッとする。

 

 

「じゃ、また後でな」

 

 

そう言って俺達は別れた。

 

 

 

 

「さーて、ちょっくら()()()()と遊んでくるかな」

 

 

誰ともなく呟き、俺は町の外へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

俺が帰ってきた時、アスナは風呂に入っていた。

 

 

「え?アスナ何時から風呂に入ってんの?」

 

「そこそこ前だな。そろそろ出てきてもいい頃だと思うんだが……」

 

「早く上がってくれないと気が散って大変ってか?」

 

「な、なに言ってるんだ、カイ!?」

 

「見りゃわかるよ。キリトわかりやすいからなぁ?」

 

 

ニヤニヤしながらキリトをからかっていると、不意にドアがコン、コココンとノックされた。

これはアイツの符丁か。

 

キリトが扉を開けて、内心の動揺を悟られないようにあらかじめ言うと決めていたかのようなセリフを言った。

 

 

「……珍しいな、あんたがわざわざ部屋まで来るなんて」

 

「まあナ。クライアントが今日中だってうるさくてサ」

 

 

そう言って――情報屋『鼠のアルゴ』はニシシッと笑いをこぼした。

 

前にも言ったがコイツの情報収集能力は大したもんでかなり色んなことを調べてもらってる。

その分金は大量に取られているがな。

コイツは両の頬に三本線が引いてあって、髪の毛の特徴――短い金褐色の巻き毛だ――とも相まって『鼠』と呼ばれるようになった。

 

 

 

「――で、売る気になったカ?」

 

「……サンキュッパときたか……」

 

 

アルゴは情報の取引のみならず武器の売り買いの代理交渉も受け持っている。

今回の代理交渉はキリトのメイン武器《アニールブレード》を買いたいというプレイヤーが金額を引き上げてきたっつー報告だった。

 

ちなみに《アニールブレード》は俺も持ってる。キリトのほど強くはないが。

しかしサンキュッパか。ちと多すぎねぇか?

三万九千八百コルもあれば、素体の《アニールブレード》が今のと同じ強化具合になるまでの金銭面の心配はなくなる。時間はかかるけどな。

……ん?時間がかかる?……ああ、なるほど。キリトの武器に拘る理由がわかった。そういうことだったか……。

 

 

「………アルゴ。クライアントの名前に千五百出す。クライアントに確認してくれ」

 

「分かっタ」

 

 

アルゴがクライアントに簡易メッセージを飛ばす。

 

キリトも疑問に思ったか。でもクライアントの名前は正直意味がねぇな。後ろにいる奴がわからねぇと。もう予想はついたが。

俺の想像通りなら、ここは相手は張り合ってこないはずだ。

 

 

「教えて構わないそーダ」

 

 

やっぱりな。

返ってきたメッセージを見て、肩を竦めながらアルゴが答える。

 

 

「……何なんだよ、ホント」

 

 

キリトのため息にアルゴも苦笑い。

キリトの片手剣を欲しがってもおかしく思われない奴といえば……。

 

 

「もうキー坊は知ってるはずダ。なんせ、今日の攻略会議で大暴れしたんだからナ」

 

「……キバオウ、か」

 

 

……予想通りか。だとするとあの野郎リスキーなことすんな。上に立とうと必死なのか。

てか今のアルゴの言い方だと俺も選択肢に含まれそうだな。笑えねぇ。流石に暴れたって自覚くらいはあるぞ。

 

 

「………もしかして」

 

 

お?キリト気づいた?

 

 

「……何か分かったのカ?」

 

 

ふぅん。アルゴでもわからないのか。まぁ、そうか。

俺もわかるが共感はできねぇ考え方だしな。

 

 

「いや、多分違うと……思いたいな」

 

「……そうカ。――それで、今回も取引不成立ってことでいいのカ?」

 

「ああ……」

 

「じゃあ今度はカイ坊ダ。相手は――」

 

「いや、言わなくていい。どの道売らないからな。そんでどうせまたキリトよりは値段が低いんだろ?なめやがって」

 

「……そうカ。分かっタ」

 

「つーか俺のことよく知りもしねぇで俺の武器買いたいとか意味なさ過ぎ。俺を無力化したいなら全部買い取る気で来いっての」

 

「……お前のスタイル知ってる奴なんてほとんどいないだろ」

 

「まぁそうなんだが。アルゴにももし聞かれたら高値で売るように言ってるしな」

 

「あんなことできる奴は少ないからナ。貴重な情報だヨ。――あっと、そうダ。風呂場借りるゾ。夜衣装に着替えたいからナ」

 

「ダメだ。帰れ。いますぐ帰れ」

 

 

風呂場に向かおうとしたアルゴの前に立ち塞がり行く手を阻む。

今この先に進ませるわけにはいかねぇ。

 

 

「な、なんでダ?別にいいじゃないカ。何がダメなんダ?カイ坊」

 

「……トップシークレットクラスの情報だ。買うなら風呂場を貸してやる。買わないなら帰れ」

 

「…………いくらダ?」

 

「百五十万」

 

「ハァッ!?なに言ってるんダ!?」

 

「言ったろ。トップシークレットだってな。まぁお前には世話になってるからまけて八十万だな。これ以上は譲れねぇ。どうする?」

 

 

これでも大分吹っかけてるが……どう出る?

 

 

「………買うゾ」

 

「まいど。じゃあ、ほら金渡せ」

 

「ほらヨ」

 

 

俺達の目の前に八十万コルが積まれる。即座に回収。

 

 

「確かに。じゃあ言うな。アスナっていう女性プレイヤーが今ここの風呂を使ってる。あと今日はここに泊まってくってよ。部屋は別だけどな」

 

「……んなァ!?それに八十万だト!?ぼったくりもいいところじゃないカ!?」

 

「……あいつが有名になったらそれ以上の値がつくだろ。あと俺達の命が狙われる可能性の分の値段だ。良心的な値段だろ?」

 

「そもそも有名になるかわからないじゃないカ!!」

 

「いやアレはなるだろ……なぁ?」

 

「………ああ、アレはな……」

 

「キー坊もそう思うのカ?」

 

「ああ」

 

「まぁ何にせよ、取引成立だ。風呂場使っていいぞ」

 

「……わかっタ。借りるゾ」

 

「おう」

 

 

納得いかないという表情でアルゴが風呂場に入っていく。

 

 

 

 

 

 

「そこでアーちゃんに会っタ。ありゃ確かになるナ」

 

「だろ?つかもうその呼び方かよ」

 

「ああ、疑って悪かっタ。じゃあナ。今後とも御贔屓に頼むゾ」

 

「おう。また何かあったらよろしく頼むぜ」

 

 

出てきた時のアルゴはとてもスッキリとした顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――もうすぐデスゲームが開始されてから四週間になる。

そのことに少しだけショックを受けつつもボス部屋を目指して歩く。

俺の隣にはキリト。さらにその隣にはフードを被ったアスナがいる。

アスナは綺麗すぎて目立つからな。

 

 

「もう四週間か」

 

「……ああ」

 

「正直、こんなに時間がかかるとは思ってなかったわ。遅くても二週間くらいで第一層がクリアされると思ってたから」

 

「こーなってくると百層ってすげぇな。どんだけかかるんだか」

 

「それもこれも今回の攻略が上手くいくか――ひいては第一層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》の強さがベータ版から変更されてるかどうかにかかってるな」

 

「そうだよなぁ。そんなことよくわかってるはずなのに、アホなことする奴もいたもんだ」

 

「……そうだな」

 

「昨日言ってた人のこと?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

俺とキリトは昨日の夜にお互いの考えを伝えあい、ある推測を立てていた。

その場にはアスナもいたけど。

 

 

「でもLAを取るのってそんなに悪いことなの?」

 

 

LA――ラストアタックボーナス。ボスにトドメをさすともらえるものだ。

優秀なアイテムと莫大な経験値をもらえる。

俺とキリトはベータ時代、二人で攻略階層ほぼ全てのLAを取っている。

張り合ってたらいつの間にか。

 

 

「いや、別に?まぁ、それまで攻撃に参加してなかったくせに取ったとかだったら悪いけどな。俺らはちょっと取り過ぎた気もするが」

 

 

気がするだけで、悪いことは何もない。

 

 

「それだったら誰もあなた達に文句を言う筋合いなんてないじゃない」

 

「当たり前だろ。なのに俺らも言われて迷惑してんだ。多分、脚色して伝えてんだろ」

 

「でも、なんでキバオウさんに情報を流してる人がベータテスターだってわかるの?」

 

「俺達のことを知ってるのはテスターしかいないからだ。アルゴは自分のステータスだって売るがベータ時代の情報は絶対売らない。その危険性を理解しているからな」

 

「危険性?」

 

「ああ、情報が変わってる可能性があるだろ?あいつは不確実な情報は売らない。いざこざが発生しても困るからな。ところでカイ、やったの誰だと思う?」

 

 

ベータテストの時と比べて、Mobの行動や地形などが変わっていない保障などどこにもない。

アルゴは情報を扱っているからこそ、情報の危険性も理解している。

 

アスナは、俺とキリトの説明を聞いて納得したようだった。

 

 

「ナイトに一票。アイツは手慣れてるみたいだし、攻撃部隊だ。LAも狙いやすいだろ。レベルもそこそこありそうだしな」

 

「やっぱそうなるか……」

 

「聞いてきてやろうか?」

 

「やめとけ。お前確実に喧嘩売るだろ」

 

「エー、ソンナコトナイヨー」

 

「棒読み棒読み」

 

 

俺達がいつもの感覚で話していると、アスナが会話に参加してきた。

 

 

「ねえカイ。あなたいつもそんな態度なの?」

 

「そんなって?」

 

「喧嘩っ早いっていうか好戦的っていうか」

 

「俺の交友範囲内に影響を与えてくるクソ野郎とは徹底的にやり合うぜ?より効果的と思われるやり方でな」

 

「効果的?」

 

「カイが一番得意とすることは状況の観察・分析なんだ。それは相手も環境も含む。今回は相手を観察して、言われたら痛いところを突くつもりなんだろ」

 

「説明あんがとな、キリト。そーゆーわけ。まあそれが俺のスタイルに繋がってる一つの要因だな」

 

「スタイル?」

 

「俺の戦闘スタイルだ。いつか見せることもあるだろ。でも、あんま大勢に知られたくねぇんだよ。自分の情報は隠しときたい性分なんでな」

 

「ふーん。……あ、ボス部屋に着いたわね」

 

 

興味なさそうなアスナの言う通り、ボス部屋へ続く扉が目の前にあった。

扉が重々しい音を立てて開く。

さぁ、ボスとの対面だ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中に入ると玉座に座っていたボスが立ち上がる。

《イルファング・ザ・コボルドロード》は右手に骨を削って作られた無骨な斧を持ち、左手に革を貼りあわせたバックラーを持っていた。腰に湾刀を挿している。

その周りには取り巻きの《ルインコボルド・センチネル》が群がっている。

 

コボルドロードが息を吸い―――

 

それに合わせてナイトが剣を掲げ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

号令をかける前に、俺は飛び出した。

 

 

「「「「なっ」」」」

 

「あちゃー」

 

「彼どうしたの?」

 

「一撃入れに行った」

 

 

周りが驚いている中、キリトとアスナは呑気に話している。

落ち着きすぎだろあいつら。まあいい。

助走で勢いをつけ、コボルドロードの前で高く跳ぶ。

 

 

「よぉ!昨日ぶりだが憶えてっか!?憶えてるよなぁ!昨日は憶えててくれたわけだしなぁ!」

 

 

俺はコボルドロードの瞳に怯えの色が走るのを確かに見た。

空中で体勢を整え、ソードスキルを発動させる。

短剣ソードスキル、高命中刺突攻撃《アーマーピアス》。

コボルドロードの鼻っ面に叩き込む。

 

 

「どっせーい!」

 

 

確かな手応えとともに、ボスのHPバーが僅かに減少する。

さすがにボスだな。やっぱあんま削れねぇや。

着地して振り返り、声を張り上げる。

 

 

「オイオイ、何ぼさっとしてんだよ!さっさと動け!遊撃隊しか動いてねーぞ!!」

 

 

キリトとアスナはすぐ側に来ていた。スキル後の硬直で動けない俺が取り巻きにやられないようにセンチネルの対処をしてくれる。

 

 

「……っ!勝手な行動をするな!」

 

「無駄口叩いてる暇あったら動けよ、ナイトさんよぉ!」

 

 

ナイト達がやっと到着し、ボスのタゲを俺から取る。

 

 

「……後でさっきの発言の意味、聞かせてもらうわよ」

 

 

近くでアスナが囁く。怖ぇ。

 

 

「わかったよ。……キリト、アスナ、一旦下がれ!」

 

 

俺は再びソードスキルの構えを取る。

二人が退避した瞬間、ソードスキルが発動する。

短剣ソードスキル、高命中範囲攻撃《ラウンド・アクセル》。

自分の前にいる敵の集団をまとめて吹っ飛ばす。

敵のHPバーが大きく削れ、敵のHPを残り数ドットまで追い込む。

 

 

「キリト、アスナ、頼んだ!」

 

「「了解!」」

 

 

二人が息の合ったコンビネーションで敵を屠っていく。

今のところ誰もダメージを受けていない。

 

 

「――二本目!」

 

 

ナイトの叫びが聞こえ、コボルドロードの一本目のバーが消えた。

間髪入れずにセンチネルが湧く。

可哀想に湧いた瞬間にはHPがかなり減っている。出てくる瞬間を読んで、《ラウンド・アクセル》を使ったためだ。

残りは声をかけて二人に任せて、俺は周囲の状況を把握しようとする。

 

そのとき、俺の後ろに何かが近よる気配がした。すかさず蹴りを放つ。反射で。

 

 

「――当てがはずグフォォッ!」

 

「え?」

 

 

なんか変な音したな今。なんだ?

後ろを見るとサボテンが倒れていた。

俺はすぐさま自分のアイコンを確認する。幸い色は変わってない。

攻撃とは認識されなかったようだ。ラッキー。

 

 

「大丈夫か、サボテン!」

 

「大丈夫やないわ!お前が蹴っ飛ばしたんやろが!」

 

「俺の後ろに立つほうが悪い!で、なんだ?何か言おうとしてたろ」

 

「ふん。当てが外れたやろ。ええ気味や」

 

「……あ?」

 

 

ちょっと何を言っているのかわからない。できれば人の言葉を話してほしい。サボテンには無理な相談だろうか。

 

 

「ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや。ジブンらがこのボス攻略に参加した動機をな」

 

「ああわかった。何が言いたいかわかった。だからもう黙れ」

 

 

今度は理解できた。そう説明できんなら初めからそうしろよサボテンめ。

 

 

「……なんやと?」

 

「あまり俺らをなめるなよ?それくらい予想つくっての。ところでお前にその話をした奴は誰から聞かされたって?」

 

「えろう大金『鼠』につぎ込んでネタを買ったっちゅうとったわ」

 

「わかった。お前にもう用はねぇ。どっかいけ。邪魔」

 

「な、なんやと……」

 

「――ラストだぞ!」

 

 

その声が聞こえた瞬間、センチネルが再び湧いた。俺は愕然としているサボテンを無視してキリトとアスナの下に駆け寄る。

その俺に声がかけられる。

 

 

「……雑魚コボ、もう一匹くらたるわ。あんじょうLA取りや」

 

 

もち無視。

 

 

「キリト、予想通りだ」

 

「そうか……なら、俺達の武器を買おうと――」

 

「グォオオォォオオ――――!!」

 

 

キリトの声は、腰のものを抜いたコボルドロードの雄叫びに遮られた。

コボルドロードに抜かれたそれを見て、俺とキリトが驚愕する。

 

あの武器は―――違う!曲刀じゃねぇ!――野太刀だ!!

 

 

「やべぇ!!」

 

「――ダメだ!全力で後ろに跳べ――っ!!」

 

 

俺とキリトの叫び声が響く。が、遅かった。

 

ドンッ!とコボルドロードが勢いよく飛び上がる。

身体が空中で捻られ、武器に力が溜められる。

――そして、落下と同時に溜め込まれたエネルギーが、深紅のライトエフェクトを伴いながら竜巻のように放たれる。

 

軌道――水平。攻撃範囲――三百六十度。

カタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《旋車》。

 

 

「「「うわぁぁぁああ!!」」」

 

 

コボルドロードを囲んでいた六人が軽く吹っ飛ばされ、そのパーティー――ナイトのパーティーだ――のHP平均値ゲージが黄色に染まる。全員が同等のダメージを負ったと見ていいだろう。

 

一撃がデカすぎる。やっぱ刀はおかしいだろ。

つーか《旋車》はマズイ。ほらみろ……《スタン》だ。

攻撃をもらった六人の頭の上で黄色い光が渦巻いている。

 

あれはSAOのバッドステータスの一つ、《スタン》。

効果時間は短いが、その間身動きが取れなくなるので十分に凶悪だ。

誰かがタゲを取らなきゃダメなんだが、誰も動けてねぇ。ディアベルがやられて動揺してるんだろう。

エギルが動き出したが、あいつの位置と敏捷パラメーターを考えると間に合わねぇ。

 

俺は素早く、装備武器を短剣から片手剣――《アニールブレード》に、選択武器スキルを短剣スキルから片手剣スキルに変える。

――――――間に合うか?

 

俺以外の全員が動けない間に、コボルドロードが硬直時間から抜け出した。

 

 

「グルォッ!!」

 

 

床スレスレから切り上げられた野太刀が、ディアベルの身体を跳ね上げた。

 

カタナ専用ソードスキル《浮舟》。

低威力だが、アレのあとはスキルのコンボが待っている。

コボルドロードがニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべ、目にも留まらぬ速さでディアベルを鋭く斬り下ろす。

 

すでに走り出していた俺は、続く斬り上げに対して、片手剣ソードスキル《スラント》を発動させて迎撃する。

お互いがお互いの武器を弾き、相手を仰け反らせる。

だが、俺はその反動で上体を起こすだけにとどめ、その体勢をソードスキルの構えに繋げる。

片手剣ソードスキル、突進技《ソニックリープ》をすぐさま発動させ、コボルドロードの脇腹を切り裂きながら相手の後ろに回り込む。

 

 

「キリト!アスナ!――やれ!」

 

 

俺の声に二人が反応し、片手剣ソードスキル範囲技《ホリゾンタル》と、細剣ソードスキル《リニアー》を使いコボルドロードを吹っ飛ばした。

コボルドロードは俺の頭上を越えていく。

いくら二人とはいえなんつー威力だよ。

コボルドロードは向こうでジタバタしている。

 

 

「おい何やってんだ!邪魔だから下がれ!もしくは周りが下がらせろ!」

 

 

俺は動かないディアベルどもに怒鳴る。

周りの奴らは今の攻防を見て動けなかったっぽいが。

そして受け答えを見ることなく尋ねる。

 

 

「エギル!いるか!?」

 

「お、おう!いるぜ!」

 

 

エギルでさえ動けなかったみてぇだ。

空気が悪い。俺達で変えるしかねぇか。

 

 

「悪いが(タンク)頼む!さすがに俺達の装甲じゃ辛い!」

 

「わ、わかった!――行くぞ!」

 

 

エギルがパーティーメンバーを連れて駆けてくる。

 

 

「あとサボテン!突っ立ってる暇があんならセンチネル殲滅してろ!ディアベルどもが死ぬぞ!」

 

 

慌てて動き始めたサボテンを横目に、急いで武器と武器スキルを元に戻す。

 

 

「カイ、ごめん。反応遅れた」

 

「気にすんな。あとキリト。今回のLAは譲る」

 

「なに?」

 

「俺は本気で削りにいく。本気でだ。だからお前がトドメをさせ。まあお前にも少しは削ってもらうけどな。嫌なら変わるが?」

 

「……はっ。やるに決まってるだろ!」

 

「頼んだぞ相棒。削るのは任せとけ。アスナ!キリトとスイッチ使って削ってくれ!俺は一人でやる!」

 

「え!?彼大丈夫なの!?」

 

 

俺を心配しながらもフードを取るアスナ。やる気満々だな。

ちなみにスイッチなどの用語は昨日の夜に教えてある。

 

 

「カイなら大丈夫だ。それよりも、来るぞ……!」

 

 

コボルドロードが《転倒(タンブル)》状態から抜け出し、こちらに向かってくる。

 

 

「ソードスキルは俺とキリトが見切って指示する!あんたらはその都度対応してくれ!囲まなければ範囲攻撃はこない!行くぞ!」

 

 

俺の号令でエギルの(タンク)隊と俺達遊撃隊が動いた。

まず俺が突っ込む。それに反応したコボルドロードが野太刀を振り上げ、刀身がライトエフェクトに包まれる。――――黄色!

 

 

「垂直切り!俺は突っ込む!」

 

「ソードスキルで防げるぞ!カイの援護!」

 

 

それにエギルが呼応し、両手斧を構え――刀身を光らせる。

 

 

「ウグルォォッ!」

 

「ぬぉおお!」

 

 

両者の武器がぶつかり合い、弾き合う。

その瞬間に俺は短剣ソードスキル、五連撃重攻撃技――《インフィニット》を叩き込む。

 

 

「どりゃぁぁああ!」

 

「うぉお!」

 

「ハァッ!」

 

 

直後、キリト、アスナが最大威力のソードスキルで続き、硬直がとけた俺もすかさず短剣ソードスキル《クロス・エッジ》で続く。

 

 

「どらぁ!」

 

 

さらにそのあとも似たような連携で、コボルドロードのHPをジワジワ削っていく。

上手くいってるぞ。

 

そして、コボルドロードのHPバーが残り三割を割った。

そこにエギルの隊が追撃しようとコボルドロードを囲んだ。――囲んでしまった――。

 

 

「馬鹿野郎!囲むなっつっただろ!」

 

 

怒鳴りながら、俺は短剣を全力で斜め上に投げ上げる。

武器が俺の手から離れたことによって、今の俺は《装備なし》状態になっている。

そして素早く――恐らく過去最高速度で――装備を《アニールブレード》に変える。スキルも言わずもがなだ。

短剣じゃ上空に技が届かねぇ。ちっと厳しいが――やるしかねぇ。

 

硬直時間から抜け出したコボルドロードが《取り囲まれ状態》を察知し、高く飛び上がる。

 

――《旋車》を出される前に、潰す!!

俺は()()()片手剣ソードスキル、突進技《ソニックリープ》を再度叩き込もうとする。

 

 

「と、ど、けぇぇぇえええ!!」

 

 

雄叫びをあげながらコボルドロードを追う。

システムアシストをもらった俺は、流星のような速度でコボルドロードに突っ込み、コボルドロードの体勢を大きく崩し《旋車》を発動寸前でキャンセルさせた。

 

そして、空中でコボルドロードの上に乗るような形になった俺は――片手剣を手放し、先ほど投げ上げた短剣を右手で掴む。さらに装備とスキルを変更し、最初に一撃入れた時のソードスキル――短剣ソードスキル、高命中刺突攻撃《アーマーピアス》を叩き込んで、コボルドロードを叩き落とす。

 

そして、叫ぶ。

 

 

「行けぇぇぇえええ!キリトぉぉぉおお!!」

 

「うおぉぉぉおおお!!」

 

 

見ると、キリトお得意のあの技を使おうとしていた。

それを見て、俺は勝利を確信する。

 

V字の軌道を描き、キリトの剣がコボルドロードを駆け抜ける。

片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》。

 

 

その直後、コボルドロードの身体にヒビが入り――ポリゴン片となって、爆散した。

 

 




はい、カイの戦闘スタイルが判明しました!

これがカイのユニークスキルのヒントです。
予想などはご自由にどうぞ!(いや無理だろと)

感想、質問その他、お待ちしております。


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第四話 エクストラスキル

カイがちょっと嫌なことします。
ご了承ください。
彼は性格が悪いんです。


勝利の余韻に浸っていた他の攻略組のメンツに冷や水を浴びせるかのような言葉を放り込む。

もちろん片手剣は回収済みだ。

 

 

「おい、サボテン。この場で土下座で謝れ」

 

「な、なんでや!誰に!」

 

「ただ一人を除く全員にだよ。たりめぇだろ?てめぇは自分の都合だけでキリトの攻撃力を下げようとしたんだ。俺達にLAを取らせたくないっていうどっかの馬鹿な元テスターの言葉に唆されてな」

 

 

そう言ってディアベルを睨む。

奴は目をそらした。

周りの奴らはキョトンとしている。状況もわからないだろうから当然か。

まあ、今はナイトだ。ああいうのいらつくし。やめるつもりはない。

 

 

「う、嘘や!ディアベルはんが元テスターなんてあるわけが……あっ」

 

「確定だな。なぁ、ナイトさんよぉ?――何がナイトだ。裏からコソコソ手を回すことしか出来ねぇクソ野郎が」

 

 

皆の視線がディアベルに集まる。

 

 

「……ご、誤解だよ。そんなことあるわけないじゃないか」

 

「けっ、往生際の悪い。おいサボテン、お前は俺達のやったことを知っていたな。ディアベルはどうやって知ったと言っていた?」

 

 

見るからに狼狽しているサボテンに問いかける。

 

 

「せ、せやから『鼠』に……」

 

「その時点でダウトだ。この中に『鼠』から情報を買おうとしたことのある奴はいるか?」

 

 

何とか答えを返そうとしたサボテンの言葉を遮って全員に話しかける。

誰も声をあげない。言いづらいのではなくいないんだろう。

 

 

「そうか。なら教えてやる。アルゴは何があってもベータ時代の情報は売らない。他にも売らない情報もあんのかもしれねぇが……取り敢えず覚えとけ。さて、これでサボテンに情報を流した奴がテスターだとわかったなぁ?あれ?サボテン、テスター嫌いじゃなかったか?……サボテンも騙してご苦労なこった、ナイトさんよ」

 

「……ディアベルはん………ワイを騙しとったんか……?」

 

「いや、ちが……」

 

「ああ、喧嘩なら帰ってからやってくれ。俺らはこのまま次の層をアクティベートしてくる。

てめーらは邪魔だ。帰れ」

 

「「「なっ」」」

 

「うっせーな、当然だろ。最後寝てただけの奴らになんか言われる筋合いはない。帰れ」

 

 

そこまで言って、俺は振り返る。キリト達のとこへ……

っと、忘れてた。礼は言わねぇとな。

顔だけで振り向く。

 

 

「エギルとそのパーティーメンバーの奴ら、さんきゅーな。

あんたらのおかげで大分楽に戦えたよ」

 

「お、おう!次のボス戦も一緒にやろうぜ!」

 

「おう。じゃあな」

 

 

今度こそキリト達の下へ行く。

 

 

「悪ぃ。待たせたな。行こうぜ」

 

「あなた、あれは言いすぎじゃない?」

 

「同感。カイ、やりすぎ」

 

「なめたことしてくれた礼だよ、礼」

 

「はぁ……なんでこうなのかしらこの人。

……さて、もうあの人達に声は聞こえないわよね?質問に答えてもらうわよ」

 

「それまで待っててくれたのか。優しいな、さんきゅ」

 

 

軽くからかうように礼を言ったが、アスナは全く笑っていなかった。こわっ。

 

 

「どういたしまして。それで?

まず始めに、なんで最初一撃入れにいったの?」

 

「趣味だ」

 

「カイは前からこうなんだ。ベータ時代から二人でボスに挑む時は毎回。

あれ?でも今回大勢の前でやったな。なんでだ?

ベータ時代はやってなかったのに」

 

「そりゃ正式サービス初のレイドでのボス戦だぞ?

最初の一撃は譲れねぇ。記念だよ、記念」

 

「ふぅん。まあ、それはもういいわ。次、そのとき言ってた昨日ぶりってどういう意味よ?」

 

「ん?ああ、昨日、二回目の会議後に喧嘩売りにいったんだ。一人で」

 

「「一人!?」」

 

「カイ、それ俺も知らないぞ!あ、あの用事ってそれか!?」

 

「キリト君にも知らせてないの!?」

 

「一人でどこまでやれるか知りたかったんだよ。途中でやめたが」

 

「ホッ……。諦めて引いたのね」

 

「……多分違うと思う」

 

「え?」

 

「当たりだキリト。あのままなら本当は削りきれたんだけどな。

ただ、勝手に倒すとなに言われるかわかったもんじゃねぇし、ナイトがやったことかどうかの確証がとれないと思ってな。やめたんだ。

でも、HPバーの二本目でやめたのは失策だったか。まさか野太刀を使ってくるとは……」

 

「……え?え?一人で?コボルドロードを?センチネルは?」

 

「まとめて倒したが?」

 

「え?え?カイってどれだけ強いの……?」

 

 

アスナがえらく困惑している。そんなに驚くようなことか?

流石に誰でもできるとは言えないが、レベルを上げればできる奴は結構いると思うんだが。

 

 

「カイは多対一が一番得意なんだよ。もちろんカイが一の方な。

それにレベルも俺達とは段違いだしな。

味方は五人までがやりやすいんだっけ?」

 

「それぐらいがやりやすいな」

 

「……レベルは?」

 

「誰にも言うなよ?」

 

「……ええ」

 

 

アスナに耳打ちする。

 

 

「……ええっ!?高すぎでしょ!?わたしより十は上じゃない!?」

 

「めちゃめちゃレベル上げしたからな」

 

 

アスナがドン引きしていた。解せねぇ。

 

 

「どんな化け物よ……。じゃあ、昨日も憶えててくれたっていうのは?」

 

「キリト、説明よろ」

 

「逃げたな……。実は俺達はディアベル達よりも早くボス部屋を発見していたんだ。

アスナと会ったのは三回目の偵察の帰りだったんだよ」

 

「……なんでその情報を広めなかったの?」

 

「俺が止めた。俺達はかなりレベル上げに尽力してた。

それでも余裕で勝てるかと言われたら微妙なレベルだった。

俺達だけなら余裕だったんだけどな。ボス戦は他の奴もいるだろ?

それに最初は俺達ですら少し苦戦したからな。なんとか倒すことはできそうだったが。

このデスゲームではそんな微妙なアドじゃダメだ。

そう判断して、情報は抑えていた」

 

 

ここで俺は一息吐いて、アスナをしっかりと見つめた。

 

 

「アスナ。ボス攻略会議の前に俺が言った責任ってのはこれのことだ。そうしなければならないと考えたからだとはいえ、俺は意図的に情報を遮断し、ボスの攻略を遅らせた。結果、不安に耐え切れなかったプレイヤーや、多大なストレスを感じたプレイヤーだっていただろう。お前のように。だから、この場で謝る。すまなかった」

 

「……そう。いいわよ、別に。目的は理解できるしね。じゃあ憶えててくれたっていうのは?」

 

「そのままの意味だ。なんかあるみたいだな、そーゆー機能。

俺を目にしたとき、確かに恐怖してたぜ、あのボス。

一人で暴れたからなぁ」

 

「……そ。じゃあ最後に。あなたの戦い方はなに?

あんなに武器を替えて」

 

「あれが俺のスタイルだ。相手や状況に合わせて武器を替える」

 

「あ、ボスと戦う前に言ってたやつ?」

 

「そうだ。コボルドロードが使ってた刀の部類の武器は持ってないが、それ以外の手に入る武器は全て扱える。

まあ、武器スキルは取れてないのがほとんどだけどな。細剣もいけるぜ。

アスナには敵わないがな。お前のはすごすぎる」

 

「なに、それ……」

 

「無茶苦茶だろ?これがカイなんだよ」

 

「無茶苦茶言うな。…….お、出口だ」

 

 

俺達は第二層に足を踏み入れ、三者三様の呟きを漏らした。

 

 

「おお……」

 

「すごい……」

 

「これはこれは」

 

 

ちなみに上から、キリト、アスナ、俺だ。

中々に絶景だった。

 

 

 

 

第二層主街区はテーブルマウンテンの周りを残して掘り抜いた街だった。

 

 

「アスナはどっかに隠れてろよ。フードねぇんだし。その容姿は目立つぞ。

ついでにキリトもだ。そんなに真っ黒い奴もそうそういねぇからな」

 

 

キリトはLAボーナスで手に入れた黒のレザーコートをすでに装備している。

似合ってるんだが……如何せん目立つ。

 

 

「アクティベートは俺がやるよ。でも俺はやらかしたからな。

すぐにダッシュでそっち行くから場所確保したら呼びかけてくれ」

 

「「わかった」」

 

 

二人が場所を探してる間、俺は第二層のクエストを思い出し、どれを受けようか考えていた。

ちなみに有効化(アクティベート)とは『転移門』という街から街へ転移できる便利なものを使えるようにすることだ。

 

 

「おーい!準備できたぞ!」

 

 

あそこか。

キリト達が選んだのは教会っぽい建物だ。

 

 

「わかった!やるぞ!」

 

 

第二層をアクティベートし、全力でキリト達の下へ走る。

隠れ場所の三階に駆け上がり、窓から外の様子を眺める。

 

ちょうど一番最初のプレイヤーが転移してきたところだ。

次々とプレイヤーが転移してくる。

興味深そうに周りを見渡す者。地図を片手にどこかへ走り去る者。喜びの声をあげる者。様々だった。

 

そんな中、一人のプレイヤーが転移してきたと思ったら全力で走り出した。それだけならまあいい。

問題は、その後を二人のプレイヤーが追っていったことだ。しかも追われていたのはアルゴ。さすがに見過ごせない。

 

 

「キリト!」

 

「ああ、見た!追うぞ!」

 

「えっ、ちょ、あなたたちっ!」

 

 

アスナが何か言ってるが、無視。

俺とキリトは出せる全力のスピードでアルゴを追う。

《索敵》の派生機能(モディファイ)の《追跡》はもう使っている。

アルゴの足跡が緑色に輝いているので追うのに心配はない。

 

しばらく追いかけると、荒野エリアに足跡が続いているのを確認しさらに速度をあげる。

荒野エリアは少し危険だ。アルゴなら大丈夫だと思うが。

 

 

 

さらに少しすると、アルゴの声が聞こえてきた。

 

 

「――んども言ってるダロ!この情報だけは、いくら積まれても売らないんダ!」

 

 

その声から居場所に当たりをつけ、ステータスの限りを使って跳躍する。

キリト?少し前に置いてきた。ちょっと遅かったもんで。

 

 

「よっと」

 

 

地形を利用し連続でジャンプして、アルゴと追ってた二人の間に着地する。

三人とも呆然としてるな……。それもそうか。

 

 

「――な、何者でござる!?」

 

「た、他藩の透波(すっぱ)か!?」

 

 

そう言いながら背中に斜めに下げた小型シミターに手をかける。

全身、濃い灰色の布防具、上半身に軽めの……チェーンメイルか?

さらにバンダナキャップにパイレーツマスク。――忍者か。

 

 

「おい、ハイクオリティコスプレイヤー。俺が誰かなんてことより大事なことがある。後ろを見ろ。割と真面目に」

 

 

俺の言葉に真剣味を感じたのか、忍者達が振り向くと、

 

 

「ブモオォォォオオオーー!!」

 

 

超巨大な牛が。こいつ名前なんだっけ。忘れちまった。

 

 

「「ご、ござるぅぅぅうう!?」」

 

「ブモォオオーー!!」

 

 

二人と一匹は駆けていった。

さすがアルゴを追ってただけはあるな。速い。もう見えないぞ。

 

 

「アルゴ、大丈夫だったか?」

 

 

見たところダメージは負ってなさそうだが。

 

 

「……ああ、ところでカイ坊」

 

「んぁ?なんだ?」

 

「いや、なんでカイ坊がここにいるんダ?」

 

 

ま、当然の疑問か。

俺は経緯を説明する。

 

 

「────てなわけで転移門の様子を見てたんだが、なんか不穏な気配がしたんでな」

 

「なるほどナ。ところで――」

 

 

アルゴが話を続けようとしたとき、別の声が割り込んできた。

 

 

「ふぅん。それでわたしを置き去りにして駆け出したのね」

 

「あれ?アスナ来たのか。キリトどうした?そろそろ来ると思うんだが」

 

「多分近くにはいるわ。さっきその辺でモンスター押し付けてきたもの」

 

 

…………さらりと言いやがったよ、この女。

 

 

「アスナって存外鬼畜なのか」

 

「あなたも似たようなものじゃない」

 

「まあ、キー坊なら大丈夫ダロ」

 

 

まあ。

 

 

「そうだな」

 

「そうね」

 

「いやいや、死ぬかと思ったぞ!?」

 

「あれ?生きてた?そんな……あの数は無理だと思ったのに」

 

「最後の聞こえてるぞ、アスナ!何だその殺す気だったのに的な反応!?」

 

「気のせいよ、キリト君」

 

「嘘だッ!!」

 

「もうひぐらしネタは流行らないぞ、キリト」

 

「嘘だッ!!」

 

 

ッ!?

 

 

「まさかのかぶせネタだと!?……まあいい。

ところでアルゴ、なんで追われてたんだ?」

 

 

 

少し長かったから割愛。

要約すると、この層で習得可能なエクストラスキル《体術》の情報を売れと言われ、逃げていたそうだ。

ちなみに今はそのクエストを受けに移動中だ。俺とキリトが興味を持った。

お代は助けてもらったからサービスだヨ、と言ってたしな。

 

 

「オイラは、あれだけは売らないって決めてるんダ。恨まれたくないからナ」

 

「ならなんで、聞かれた時に知らないって言わなかったんだ?」

 

「……情報屋としてのプライドがナ」

 

「ああ……なるほど……」

 

 

察してしまった……。往々にして、プライドってのは厄介なもんだな。

 

そんな話をしていると、小屋のある開けた場所に着いた。道中はかなり色々あったが割愛する。色々ありすぎだ。

小屋の中にはハゲたジジイがいた。ちなみに、座禅を組んでた。微動だにしてねぇ。クエストMobとはいえ、すご。

 

 

「……入門希望者か?」

 

 

ジジイが薄目で話しかけてきた。

 

――キリトに。

 

 

「あ、ああ」

 

「修行は厳しいぞ?」

 

「わかった」

 

「そうか。ならばついてこい」

 

 

キリトかっけー。即答だよ。

 

キリトが連れてこられたのは、巨大な岩の前。

触ってねぇから正確にはわからねぇが、恐らく破壊不能オブジェクト一歩手前の耐久値だ。

 

 

「汝の修行はただ一つ。両の拳のみでこの岩を割るのだ。成し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう」

 

 

うわぁーお。そりゃエクストラスキルになるわ。ここまでの道のりと合わせてキツすぎだろ。まあ俺もやるけど。

キリトの頬が引き攣り、岩を軽く叩きその強度を確かめている。キリトの顔が絶望に染まった。

 

 

「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝には、その誓いを立ててもらう」

 

 

ジジイの手が残像を残す程の速度で閃く。

その手には一本の筆が。まさか………。

 

 

「……ア、アルゴ?アルゴがこの情報を売りたくなかったのって……」

 

「そうダ。その“ペイント”が原因だヨ」

 

 

キリトの頬がピクピクと引きついている。もちろん俺達の肩も震えている。ププッ。

キリトが諦めたのか、岩の前で構えを取り――岩を殴った!

 

 

「いってーー!!!」

 

 

まあそうなるわな。さて、俺もやるか。

 

 

「おい、ジーサン。これ、俺も追加で受けれるか?」

 

「別の岩になるがいいか」

 

「もちろん」

 

「よし。ならばこい」

 

「あなたもアレ、やるの?」

 

「何かと使えそうだしな。アスナもやっといた方がいいと思うぞ」

 

「え、遠慮しておくわ……」

 

 

頰が引き攣っているアスナ。

しかしもったいない。間違いなく有用なスキルだろうに。

まあいいか。さてと、まずはジジイの筆でも躱すかな。

 

 

「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝にも、その誓いを立ててもらう」

 

「────ッ!!」

 

 

俺はジジイの筆を躱そうとして―――躱しきれなかった。

俺が身体を引いたのに合わせて筆を突き出してきた。このジジイ……!

 

その後、俺が二日半、キリトが三日かけて岩を割り、無事《体術》スキルを手に入れた。

 

 

 

 

 

 

余談だが、第二階層のボス戦はボスが中ボス含めて三体いたが、俺とキリトがLAを総取りして幕を閉じた。

 




これでプログレッシブ編(扱い上、作者がそう呼んでるだけです)は終わりです。

次からは本編だ!
原作の時系列通りに進んでいきますので次は七十四層ではありませんのであしからず。

感想、質問その他、お待ちしております。


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第五話 月夜の黒猫団

いつの間にかお気に入り登録が百件を超えている……。

感動!


これからも頑張ります!応援よろしくお願いします!


SAOがデスゲームとなってスタートしてから五か月程が経ったある日。

俺達は前線から十層以上も下のフロアの迷宮区に、息抜きついでに武器の素材アイテムの収集のために訪れていた。

 

俺達二人分の素材だったが、今の俺とキリトなら何の問題もない。

 

俺達はベータ時代の知識を使ったえげつないスタートダッシュと、経験値効率の良い狩り場を荒し回ったおかげというかせいというか。

まあともかく、そんな理由でキリトは最前線のMob共と単独でも渡り合えるし、俺に至ってはキリトよりもレベルが七くらい高い。

 

そんな俺達だと他のプレイヤー達と出会わないようにしながらでも一時間かからずに終わった。

かなりの量だったんだがな。これにはさすがの俺も驚きだ。

 

その帰りに、通路のモンスター群に追われながら撤退しているパーティーを見かけた。

 

見かけたんだが――えらく危なっかしいパーティーだった。

なにせパーティーの五人中、前衛を出来るのが盾持ちメイス使いの一人だけ。他は短剣のみのシーフタイプ、クォータースタッフ持ちの棍使い、長槍使いが二人。

前衛とスイッチできるやつがいないためにジリ貧だ。

 

HPバーを確認してみたら、なんとも微妙な残量だった。

ギリギリ出口まではいけるだろうが、途中で別のモンスターを引っ掛けたら危ういだろう。

 

俺達は視線だけで会話を試みる。

 

 

(――どうする?)

 

(―――――――)

 

(だよな。そうだよな)

 

(―――。――――――)

 

(そうだ。その通り。―――――――ダメだ、全然わかんねぇ)

 

 

言葉を交わさずに視線だけで理解し合うなんて幻想だな、幻想。

 

 

「キリト、わかんねぇわ。んで、どうする?」

 

「助けたい。助けたいけど……」

 

 

キリトがなぜ躊躇っているのか手に取るようにわかる。

ここは、俺がフォローするところだろう。

 

 

「大丈夫だ、任せろ。非難は俺が受ける」

 

「――悪い、カイ。俺は……弱い……」

 

「気にすんな。俺もお前に助けてもらってるからな。持ちつ持たれつだよ」

 

「――ありがとう、助かる。じゃあ、行こうか」

 

「おう。だが、スキルのレベルは抑えろよ?経験値の横取りはマズイ。やむを得ない場合はしょうがないけどな」

 

 

俺達は脇道から飛び出し、リーダーっぽい棍使いに声をかける。

 

 

「ちょっと前、支えてましょうか?」

 

 

棍使いは一瞬迷ったようだったが、すぐに決断した。コイツの判断力は眼を見張るものがあるな。リーダー向きだ。

 

 

「すいません、お願いします。やばそうだったらすぐに逃げていいですから」

 

「なら、俺は他のMobが来たら相手しとく」

 

「すいません、ありがとうございます。助かります。もし厳しかったら言ってください。できる限り援護します」

 

「無理はしなくていい。今は目の前の敵に集中しろよ」

 

 

キリトは前衛のメイス使いと数回のスイッチをしながら、ソードスキルのレベルを抑えながらも危なげなく戦っていた。

俺の方は暇だった。時折敵が来るものの、俺からしてみれば雑魚ばかり。

後ろを一瞬確認したが、全員が最初の戦闘に集中していたので、躊躇いなくソードスキルをぶっ放つことが出来た。全部一撃だった。

まあ、見られててもソードスキル使ってたけどな。そんな高レベルのソードスキルを使う必要がないレベルで弱い。

 

 

 

モンスター群を倒したとき、五人パーティーは『迷宮区でそんなに大声出して大丈夫か?』ってぐらいの声で喜びを分かち合っていた。

紅一点のサチは、目尻に水滴を浮かべていた。

キリトも握手を求められていた。

驚いたのは、俺にも握手を求めてきたことだ。大したことはしてないんだが。

 

俺達みたいな前線で戦う攻略組のプレイヤーは、いちいち助け合いで礼を言ったりしない。

そんなことよりもレベル上げの方が重要だし、いつ助ける側から助けられる側に回るかわからないからだ。

 

だから、そのパーティー――月夜の黒猫団の、一つの戦闘に対する真剣さというか……。

……なんと言ったらいいかわからないが、その輝きが俺達には眩しく見えた。

 

 

 

「俺達もこれから帰るんだ。もしよかったら、一緒に出口までいかないか?」

 

「いや、そこまでお世話になるわけには……」

 

「気にすんな。どうせ行き先は一緒なんだしな」

 

「―――心配してくれて、どうもありがとう」

 

「おう」

 

 

リーダー格の棍使いからそう礼を言われ、俺達は照れ臭くなってそっけない返事を返した。

 

 

 

迷宮区から主街区に戻った俺達は、酒場で一杯やりましょうというケイタ――リーダー格の棍使いだ――の誘いに乗った。

彼らにとっては簡単には手が出ないであろうワインで祝杯をあげて自己紹介も終わったとき、ケイタが聞きにくそうにしながらも俺達のレベルを聞いてきた。

 

それに答える前に、俺は一つの質問をした。

 

 

「その前に一つ――あんたら《ビーター》って言葉、聞いたことあるか?」

 

 

《ビーター》。それはベータテスターのベーターとズルをするチーターを掛け合わせたSAO独自の蔑称だ。

俺はキリトにそういった負の感情が向かないように、多少やりすぎた感もあったが、サボテンとナイトをノリノリで責め立てたわけだが……。

 

それがちょっといけなかったらしい。

俺にももちろん馬鹿にした様な蔑称がついたが、キリトもカタナスキルのことを知っていたことから俺と似た様な扱いになってしまった。

 

俺?俺も中々だぞ?《クソ浮浪児》とか《クソ遊び人》とかだ。

なんでも、武器をコロコロ替えるのが気に食わないんだと。

つっても、周りに知られているのは短剣と片手剣、曲刀を使うってことまでだけどな。

最近は面倒になったのか、『クソ』が取れたりもする。

 

ちなみに、ディアベルは追求を躱しきって、ギルドを作った。素直にすごいと思う。

奴は未だに俺達、いや、俺と目が合いそうになると目をそらす。どうでもいいか。

 

 

 

「ああ、知ってるよ。あまりいい噂は聞かないけど」

 

 

俺が敬語は止めてタメ口にしてくれと言ったから、タメ口で接してくれてる。

 

 

「じゃあ、《浮浪児》は?《遊び人》でもいい」

 

「それは知らないな」

 

「あ、俺知ってる。性格と口がすげえ悪いらしいぜ」

 

 

ケイタは俺のことは知らなかったようだが、サチじゃないほうの槍使い――ササマルが知っていたようだ。

―――それなら十分だ。

 

 

「俺達がその《ビーター》と、《浮浪児》だ」

 

 

会話が途絶えた。

沈黙が場を支配する。

 

――――ダメか。

この空気を受けて、俺は本気でそう思った。そして、当然だろうとも。

だが――――――。

 

 

「へー、そうなんだ。噂って当てにならないね」

 

 

という、サチの言葉で静寂が破られた。

 

それを皮切りに、他の全員も次々に口を開く。

 

 

「ああ、そうだな。俺達を助けてくれたし」

 

「本来なら助ける必要もなかったのにな」

 

「ついでだったとしても、迷宮区の出口まで一緒に行ってくれたし」

 

「他のモンスター群に襲われないようにカバーしてくれたしな」

 

 

そのリアクションに、俺達が驚いた。

まさか、そんな返しがくるとは。

 

こいつらがいい奴なのは迷宮区の帰り道だけで十分わかったが、今までたくさんの奴らに向けられてきた態度から、意地の悪い質問をしてしまった。

 

 

「そんな簡単に信じちまっていいのか?いい噂皆無だろ?」

 

「真偽のわからない噂よりも目で見て感じたことだろ」

 

 

ケイタに断言される。

 

 

「――そうか。さんきゅな」

 

「それで、レベルは聞いてもいいのか?」

 

「ああ、俺はいいが――キリトは?」

 

「俺もいいよ」

 

 

そして、俺達はレベルを伝えた。その高さにケイタ達は驚愕していたようだった。

――俺達はレベリングしまくってるから攻略組でも高い方だ――ということを伝えると、彼らは少し安心したようだった。

 

 

そして、ケイタは俺達にサチを槍から盾持ちの片手剣に転向させようと思っていることを伝え、キリトに指導してくれないか、と頼んだ。

キリトはそれを承諾し、ついでに俺も他の奴らに武器の扱い方と、使い勝手のいいソードスキルについて指導することになった。

 

一時的にキリトとパーティーを解消し、黒猫団にキリトが加入して実戦の中でコーチすることになった。

キリトは基本的に防御のみで、スイッチのタイミングやソードスキルのタイミングなどを指示していた。

 

俺は黒猫団に着いていき、彼らが休憩している間に実際に武器を使ってみせたり、どのスキルが使い勝手がいいのかを理由を含めて説明したりした。

皆、俺の扱える武器スキルの多さに驚いていた。他言無用はお願いしておいた。

こいつらなら大丈夫だろう。……不用意に信じすぎているかもしれないが、まあ、そうなったら俺の見る目がなかったってだけだ。

 

経験値ボーナスはほとんどが黒猫団に回ったので、彼らは順調にレベルが上がっていった。

メイン狩り場が一階層上がったある日、ケイタは俺達に夢を語ってくれた。

 

 

それは――自分たちも攻略組に加わりたい、気持ちが負けていなければ今は守られる側でもいずれ追いつける、という素晴らしいものだった。

――――俺達は、本気でそうなればいいと願った。

 

 

「ああ、今の調子でいけば大丈夫だろ。応援してるぜ」

 

「ありがとう、カイ。がんばるよ」

 

「おう。だが、無理はするなよ。レベルが上がったからって浮ついた気持ちでいると足下すくわれるぞ」

 

 

 

 

そのままいい調子でレベルも上がり、探索階層も前線に五階層というところまで迫り、ギルドホームの購入も視野に入り始めた。

 

他のメンバーは順調に戦い方が上手くなっていったのだが、サチの転向だけが上手くいってない様子だった。

それはキリトにしか任せるしかない、と思っていた矢先に、サチが宿屋から姿を消した。

黒猫団の他のメンバーは慌てたが、俺とキリトが索敵スキルの派生スキルの《追跡》を持っていることを伝えると落ち着いた。

 

 

「キリト。お前がサチのところに行け」

 

 

この中でサチと一番仲がいいのは誰だ、と訊かれたら、それはキリトではないだろう。

だが、今サチに必要なのは仲のいい友人よりも強い力だと感じた。それに、俺達くらいの距離の方がいいとも。

 

 

「ああ。わかった」

 

「あと、サチを説得するのはお前の役目だぞ。俺には出来ないし、他の黒猫団の奴らにも出来ない。プレッシャーをかけるつもりはないけどよ、俺はこいつらとボス攻略が出来たらいいなと思ってる。俺の我が儘かもしんねぇが、頼むわ。相談ぐらいなら乗れると思うからな」

 

「………ああ」

 

 

そう言って、キリトはサチを迎えに行った。

俺は皆の方へ向き直る。

 

 

「お前らにも不安があると思う。だけど、サチを信じて待ってやってほしい。俺達のことなら気にするな。息抜きついでっていう理由もあったんだ。それに、乗りかかった船だ。最後まで付き合うぜ」

 

 

黒猫団を代表し、ケイタが答える。

 

 

「……うん。わかった。サチを信じて待つよ」

 

「ああでも、期待をかけすぎるなよ?過度な期待はプレッシャーにしかならない」

 

「そうだね」

 

 

 

それからというもの、夜、サチがキリトのところじゃないと寝れないということで、キリトと行っていた深夜の経験値稼ぎが出来なくなった。

が、説得はキリトに任せるしかなかった。サチが一番心を許していたのはキリトだと感じたからだが、正しいのかはわからない。

 

それから少しして、ギルドホームを買うだけの金が貯まった。

ケイタが不動産に行っている間、迷宮区で金を稼いで家具も揃えてしまおうということになり、前線から三階層下という初の階層に挑んでいた。

チラリとサチの目を見ると、芯を持っている者の目をしていた。

 

 

『ここはトラップが多いから注意しろ』と言ったのにもかかわらず、攻略を終えてそろそろ帰ろうかというときになって、シーフ――ダッカーが宝箱を発見した。

それだけならよかったのだが――――。

俺とキリトは全力で止めたが、あいつは『俺達もレベル上がったから大丈夫だろ』と言って宝箱を開けてしまった。

 

そして、アラームがけたたましく鳴り響き、三つの扉からモンスターが怒濤のように流れ込んできた。

 

 

 

 

「馬鹿野郎!だから開けんなっつっただろうが!全員、転移結晶で脱出しろ!」

 

 

怒鳴りながら指示を飛ばす。

俺は短剣を構えて、臨戦態勢に入る。

半ば予想していたことだったが、その空間は結晶無効化エリアに設定されていた。

 

 

キリトが少し、黒猫団の全員がかなり、動揺していた。

 

 

そんな彼らに向かって一喝する。

 

 

「俺が一方向、キリトが一方向、黒猫団の四人で一方向を受け持って背中合わせに戦うぞ!!それしか生き残る道はねぇ!早くしろ!」

 

 

 

 

 

――正直に言うと、このとき俺は反応できるのはキリトだけだと思っていた。だが、もう一人―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サチが、反応して、盾と剣を構え、敵の前に立ちふさがったのだ。

 

 

 

俺は、それを見てキリトがやってくれたことを確信し、また、サチの成長にとても嬉しくなった。

が、そんな悠長なことを言っている暇はない。

 

俺の前にいるモンスターの集団を短剣ソードスキル、高命中範囲攻撃《ラウンド・アクセル》でぶっ飛ばしてから激を飛ばす。

 

 

「おいこらお前ら!サチが動いてんのに男が動かねぇたぁどういう了見だ!?テツオとサチでスイッチしながらちゃんと回復してりゃこのレベルなら突破できる!ぼーっとしてんじゃねぇぞ!!」

 

 

その声で、やっとテツオ達が動いた。

テツオはサチといつでもスイッチできるように所定の位置に陣取り、ササマルは前線を後ろから援護する。

ダッカーは機敏に動き回り、少なくないダメージをモンスターに与えていった。

 

安定したようだが、気を抜かずに声をかけ続ける。

 

 

「こいつらはトラップで出てくるだけあって、少しだが強い!念のためHPが七割切ったら回復しろ!万が一ポーションがなくなったら俺達に言え!そして気を抜くな!そうすりゃ勝てる!」

 

 

さっき吹っ飛ばした敵は通常攻撃でしとめてある。

冷却時間が終わって、もう一発《ラウンド・アクセル》を放つ。

 

キリトの方を一瞥する。危なげなく敵を屠っているようだ。

片手剣ソードスキル範囲攻撃《ホリゾンタル》で俺と同様にまとめて敵を攻撃している。

 

 

俺が《ラウンド・アクセル》で攻撃した敵はすでに通常攻撃でポリゴン片と化していた。

一瞬で周りの状況を把握し、問題ないことを確認する。

ちなみにアラームトラップはすでに破壊している。これ以上Mobが湧き続けるなんてことはない。

 

 

俺の前方にいる敵は残り七体。

ここから連続攻撃でケリをつける!

 

《ラウンド・アクセル》の一撃で倒せていた敵に狙いを定めて、《アーマーピアス》を打ち込みポリゴン片にする。

残りは六体。どいつも一撃では殺れなかった。連撃で沈める!

 

短剣ソードスキル、五連撃重攻撃技《インフィニット》で三体をまとめて倒す。

 

残り三!

 

 

だが、ここで焦らずに周囲に視線を走らせ、状況を把握する。

キリトの方はあと六体か。黒猫団は十体以上いるな。

でもHPバーは心配なさそうだ。

スイッチを上手く使って受けるダメージを最小限に抑えている。いい戦い方だ。

 

 

敵に意識を集中する。

 

 

 

最近習得したこの技で――決める!!

 

 

 

短剣ソードスキル、高命中五連撃技《シャドウ・ステッチ》を発動させる。

 

流れるような五本の軌跡が、三体のモンスターの上を通過した。

 

 

「ドラァァアアア!!!」

 

 

俺の目の前で三体のモンスターが爆散エフェクトとともに消え去った。

 

 

 

 

 

 

硬直が解けた俺はすぐさま振り返る。

キリトは残りの敵を倒すために、最後にソードスキルを発動しようとしていた。

 

 

黒猫団の方も、モンスターを九体に減らしていた。

HPバーを見ても、全員八割以上残っている。これなら大丈夫だろう。

 

だが、相当なプレッシャーがかかっているはずだ。

凡ミスをしないとも限らないので、援護する。

 

 

「こっちは終わった!援護する!後少しだ!しっかり持ちこたえろよ!」

 

 

黒猫団の面々に激を飛ばし、モンスターの集団に突っ込む。

 

そして再び《ラウンド・アクセル》を使って、黒猫団がダメージを与えていた残り全てのモンスターをポリゴン片に変えて、戦闘は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モンスターを全滅させ、全員の無事を確かめた後、すぐに転移結晶で街に戻る。

 

ケイタが待っている宿屋に辿り着く。

 

扉を開けるとケイタが新しいギルドホームの鍵を机に乗せて俺達を――いや、違うな。

月夜の黒猫団の仲間達を、待っていた。

 

「みんな、お帰り。迷宮区に行ってたの?」

 

「そうなんだが……。悪ぃケイタ。すぐにでもホームに行きてぇと思う。でも、ちょっと俺に時間をくれないか?」

 

「……?うん。いいよ」

 

 

ケイタは首を傾げながらも、快く了承してくれた。

 

 

「さんきゅな。…………さて、と。時間ももらったことだし、早速説教タイムと行こうか………!!!」

 

 

ダッカーはガクブル状態になっていたが構わずたっぷりと説教をしてやった。一時間くらい。

ケイタには本当に悪いことをしたと思ってる。

 

謝ったら、普通に許してくれた。それだけでなく、一緒に説教もしてくれた。

まぁ、仲間が俺達が止めるのも聞かずに暴走したんだし、当然っちゃあ当然なんだが。

当たり前のことをしっかりと出来る奴は貴重だ。

 

さて、説教はこれくらいにするか。

 

 

「まぁ、動き始めた後はよかったぞ。しっかりと機動力を活かして戦っていたしな。テツオも、いいローテだった。お前も、後ろからいいアシストしてたぜ」

 

 

俺に褒められたのが意外だったのか、三人が目を丸くする。

 

 

「なんだよ。褒めちゃダメなのか。まさかお前らMか?貶されて嬉しくなるタイプか?」

 

「いやいやそうじゃなくって!あの戦いの中俺達を見る余裕まであったなんてすごいなーって」

 

「うんうん。俺目の前の敵で一杯一杯だったもん」

 

「カイを普通の人間と思っちゃいけない。コイツは化け物なんだ。比較してると自信なくすぞ」

 

「おいキリト。そりゃ言いすぎ――でもないかもしんねぇけどよ。もちっとオブラートに包んでくれや」

 

「それは悪かったな。次からは気をつけるよ」

 

 

キリトが不敵な笑みを浮かべながらそんなことを言う。

コンニャロ。今度初撃決着モードでデュエルさせよう。ボコボコにしてやる。

 

そして最後に――黒猫団の紅一点に話しかける。

 

 

「んで、サチ。俺はお前がどんくらい悩んでたかは知らねぇ。知ってても出来ることはなかっただろうしな。だからお前が吹っ切れたみたいで嬉しいぜ。今日はお前のおかげで誰も死なずに済んだ。ありがとな」

 

「ううん。お礼を言うのはこっちの方。あのときカイが怒鳴ってくれなかったら私は動けてなかったと思う。それにこんなに長い期間私たちと行動を共にしてもらって――戦い方とかも教えてもらえたし、何より気持ちを整理できた。それに今日は命まで助けてもらって―――カイ。それにキリト。本当にありがとう」

 

 

 

サチはその瞳に一粒の雫を浮かべ、綺麗に微笑んだ。

 

 

 

「アハハ……。僕が言おうと思ってたこと全部サチにとられちゃったな」

 

「あ、ごめん。二人にはちゃんとお礼を言いたくて」

 

「いいよ。僕たちも同じ気持ちだから。じゃあ、改めて。二人とも、僕たちに親身になって色々手伝ってくれて、本当にありがとう」

 

「そんなの気にすんなよ。持ちつ持たれつだ。なにせ――――お前らは攻略組に仲間入りするんだろ?」

 

 

ニヤリと笑いながらケイタに問いかける。

ケイタは一瞬キョトンとしたが、すぐににこやかな笑顔に戻った。

 

 

「はは、そうだね。うん。それが僕たちのひとまずの目標だ。カイ達のおかげで叶えられそうだよ」

 

「俺達はただ手伝っただけさ。皆ががんばったから、皆の夢が叶いそうなんだよ。なあ、カイ?」

 

「その通りだな。お前らの努力の結果だ。ま、俺達は最前線で待ってる。焦らずに、確実に実力をつけてこいよ」

 

「ああ、わかった。二人はもう行くのかい?」

 

「そうだな。もうお前らに教えることは特にないし、懸念もない。そこのおっちょこちょいがやらかすこと以外にはな」

 

 

その場が笑いに包まれる。ダッカーも、そりゃないぜ〜、と言いながら頬を緩めていた。

穏やかな雰囲気が場を包む。

 

 

「なら、ギルドホーム購入祝いと、二人への感謝を込めて、今日はホームでパーティーをしよう!二人ともそれでいい?」

 

「お、いいね!やろうぜ!」

 

「せっかくだから豪華にしたいよな。俺達も金を出すよ」

 

「え、いいよそんなの!悪いって!」

 

「気にすんなって。じゃ、行こーぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、黒猫団のギルドホームで楽しい時を過ごして、俺達は次の日に彼らに見送られながら前線に戻った。

 

 




うーん。
途中、会話が少なくてあまり面白くなかったかもしれません。
すみません。

後半はなんとかカイらしくできたのかな、と思っておりますが。

それと、サチが前向きになった理由は作者の頭では思いつきませんでした……orz
でも、どうしても黒猫団は助けたかったんです。
キリトががんばった、ということにしておいてください。



次はいよいよあの娘が登場です!
カイがとてもカイらしい話になってくれると思います。


感想、質問その他、ダメ出しなどじゃんじゃん来てください。
できるだけ返信コメントを残そうと思っています。

お待ちしております。


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第六話 運命の出会い

ついに!

あの娘が!

登場!

やったね!


ゲーム開始から約一年半が経過した。

 

 

今の攻略階層は五十五層。

 

だが俺達はそれより遥かに低い階層の《迷いの森》を歩いていた。

 

別にふらりと遊びにきて迷ったわけじゃない。

ただ探索してただけだ。

ここは三十五層にしてはモンスターが豊富で強く、熟練度上げには丁度いい。

最近俺達は新しいスキルを手に入れたからな。その熟練度を上げに来たってわけだ。

俺達なら安全マージンは十分だし――()()()()もあるしな。

 

 

「キリトー、そろそろ帰るか?」

 

 

装備を短剣に戻しながら聞く。

 

 

「そうだな……もういい時間だし……切り上げるか?」

 

 

キリトも装備を片手剣に戻しながら答える。

他人に手の内を明かさないためにも、早いうちから装備は戻しておく。

これが俺達のやり方だ。

 

キリトも俺もお互いがどんなスキルを習得したかは教え合っている。

んだが……実は、キリトにも言ってねぇスキルがあるんだよな……。

一応考えあってのことだが、隠し事っていうのがなぁ……。

 

 

「おう。じゃあ……待て、今何か聞こえなかったか?」

 

「え?俺は別に……空耳じゃないのか?」

 

「――――ゃぁぁ――――!」

 

「やっぱり!悲鳴だ!」

 

「どっちだ!?」

 

「……こっちだ!」

 

 

俺達は、上げに上げた敏捷パラメーターを使い、悲鳴を上げた人物を探す。

ここは森のかなり奥深くだ。プレイヤーのレベルによっては下手したら、死ぬ!

 

 

 

 

 

 

「……見つけた!行くぞ!」

 

「おう!」

 

 

女の子が座りこんでる!

周りにはドランクエイプ――この迷いの森の最強クラスのモンスターが十一体!

なんでそんなに群がってんだよクソ猿が!

 

 

「キリト、俺右六!」

 

「なら俺は左の五か!任せろ!」

 

 

だが、その中の一体が腕を振り上げ、攻撃に入った。

女の子のHPバーを見ると、とても耐えられそうにない!

――ダメだ!間に合わねぇ!

と思ったその時、

 

 

「キュアアア!」

 

 

と叫びながら、フェザーリドラが女の子とドランクエイプの間に割って入り、代わりに攻撃を受けた。フェザーリドラは敏捷に優れたモンスターだ。耐久は低い……。

 

あの子、ビーストテイマーだったのか。

すまない、フェザーリドラ……だが、お前のおかげでお前のご主人様は助かるぞ!

 

 

「うぉぉおおお!!」

 

 

《ラウンド・アクセル》で、ドランクエイプどもを一撃で切って捨てる。

向こうでは、キリトが《ホリゾンタル》でまとめて処理していた。

 

よくよく考えたら俺達って範囲攻撃使う機会多いな。どんだけ大群に出くわしてんだよ。

って、んなことどうでもいい!

 

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい……あたしは大丈夫ですけど、ピナが……ピナが……!――ピナッ、ピナァ!!」

 

 

ピナと呼ばれたフェザーリドラは、一枚の羽を残してポリゴン片となり、消えてしまった……。

 

 

 

 

 

 

俺はその少女に声をかける。

 

 

「悪ぃ、間に合わなくて……。フェザーリドラ、助けられなかった……」

 

「……いえ、いいんです……。あなたたちが来てくれなかったら、あたしも死んでいたかもしれない……そうなったら、ピナが身を挺して守ってくれた意味がなくなっちゃっていたので……ありがとう、ござい、ました……」

 

 

自分もとても辛いだろうに、俺達に礼を言ってきた。

……なんて、強い子なんだ。

 

 

「……とにかく、まずはここを出よう」

 

 

キリトがその少女を促す。

俺も頷き、声をかける。

 

 

「……あ、その友達の残してったアイテム、しっかりとストレージにしまっとけよ」

 

 

死んだのにアイテムが残ってるってことは恐らく――。

 

 

「はい……ピナの形見ですもんね」

 

 

後ろから確認すると、そのアイテム名は《ピナの心》と表示されていた。

やっぱりか。

 

 

「……おい、キリト。あれが、噂の……」

 

「ああ、生き返る可能性があるぞ、あのフェザーリドラ」

 

 

 

 

 

 

俺達は森を後にして、街に戻り宿屋で話をすることにした。

 

 

「君、名前は?俺はカイ」

 

「俺はキリトだ」

 

 

まず俺達から自己紹介をする。

ちなみにここは俺が借りた部屋だ。

『俺達』ではなく『俺』が借りたのには訳がある。

ま、それは追々な。

 

 

「……あ、すいません。助けていただいたのに名前もお教えしないで……シリカと言います。ビーストテイマーです」

 

 

その少女はシリカと名乗った。

 

ビーストテイマーというのは通称だ。

定義はモンスターをテイムして使役する者。

テイムできる条件は諸説あるが、知られているのはそのモンスターを倒し過ぎていないことだ。

つまり、めんどくさい。

エンカウントするたびにテイムイベントが発生しなかったら逃げる。

ということを繰り返さなくてはならない。

正気の沙汰とは思えない。

 

 

「よくフェザーリドラなんてテイムできたな。そもそも出現率からして低いはずだが」

 

 

頭の中の知識をさらう。

 

そして、さらにテイムモンスターについて思い出した。

確かあいつらは自発的にモンスターを攻撃することはなかったはずだ。

 

だが、先ほどあのフェザーリドラは確かに自らの意志でシリカを守ったように見えた。

シリカとピナの信頼が為せる業なのか。

シリカは優しいんだな……。守ってやりたいと、そう思う。

 

 

――――って、何考えてんだ俺!?

いきなりどうした!?

 

内心一人でテンパっていると、シリカが口を開いた。

 

 

「他の方からも言われました。すごい幸運だねって。ピナはあたしが途方に暮れていたときに出会って……すごく元気づけられたんです。でも……もう、ピナは……ぐすっ」

 

 

シリカが涙をこぼす。

俺はそんなシリカを見たくなくて、声をかける。

――さっきから何なんだ俺。自分の考えがさっぱりわからん。

こんなことは初めてだよ、ったく。

 

 

「そのことなんだが……ピナは生き返る可能性がある」

 

「本当ですかっ!?」

 

 

ピナが生き返る可能性があると聞いて、シリカがものすごい勢いで身体を乗り出してきた。

ちょっとビビった。

つーか近いって。なんか顔熱いし。

 

 

「お、おう……あくまでも可能性だが、本当だ。だから一旦落ち着け」

 

「あ、ごめんなさい……。それで、生き返る可能性があるっていうのは……?」

 

「ああ、テイムしたモンスターを生き返らせるっていうアイテムが確か……なぁキリト、あれって四十七層だっけか?」

 

「確かそうだ」

 

「のフィールドの奥地にあるって噂だ」

 

 

最近発見された情報を伝える。

 

その階層を聞き、シリカの顔に絶望が宿る。

 

 

「四十七層……そんな……」

 

「……少し酷だが、シリカのレベルじゃ厳しいと思う」

 

 

俺は隠すことなく事実を告げる。

こんなことを隠してもしょうがない。

本当に酷だが。

 

 

「……いえ、ピナが生き返る可能性があるとわかっただけでも十分です。どれくらいかかるかわかりませんけど、頑張ってレベルを上げてみようと思います」

 

 

シリカが前向きな発言をする。

本当に心が強い子だな……。

 

だが、その願いは残念ながら叶わない。

 

 

「それが……そのアイテムが有効なのは、使い魔が死んでから三日以内という話なんだよ」

 

「そ、そんな……じゃあ、絶対に無理じゃないですか……!期待させるだけさせておいて……」

 

 

そう、今のシリカのレベルじゃ絶対に無理だ。

だから――。

 

 

「だから、俺がついて行こうと思う」

 

「……え?」

 

 

再び絶望に打ちのめされかけていたシリカが素っ頓狂な声をあげる。

それにかまわず、キリトに予定を確認する。

 

 

「キリト、お前確か、()()以外にも用事あるんだったよな?」

 

「ああ、外せない用事がある。多分五日くらいかかる」

 

 

アレ、とは今俺達が受けている依頼だ。

 

――俺達で受けたものだが、できれば俺一人で決着を付けたいと思っていた。

だから、この状況は少し都合がいい。キリトの用事というのも俺が裏から手を回して取り付けたものだなんて言えない。

 

 

「てなわけで俺の相棒は行けねぇが、まぁ四十七層くらいなら俺一人でも何とかなるだろ。……なるよな?シリカの装備整えたら大丈夫だよな?」

 

「ああ、大丈夫だと思うぞ」

 

「じゃあ、アレの方も俺に任せてくれていい」

 

「そうだな……頼んだ」

 

 

シリカを置き去りにしたまま話を進める。

 

 

「……え、え?あの、ありがたいんですけど、いいんですか?迷惑なんじゃ……」

 

「いや、そういう心配はしなくていい。これを断るならそもそも助けてない」

 

 

シリカの懸念を否定する俺の言葉にシリカが固まる。ちょっと言い方キツかったか。

いや、内容がマズかったのか?

わかんね。

 

 

「でも……そしたら、何でここまで………?」

 

 

シリカの瞳に宿る警戒の色が濃くなった。

 

あー、そりゃ警戒されるか。

うーん。警戒されちゃなにもできねぇからな。

かなりハズいが………言うか。

 

 

「……笑うなよ?」

 

「笑いません」

 

 

 

「……シリカが俺の姪に似てる。あと、キリトの妹にも少し。だから何かほっとけなくてな」

 

「……ふふっ、あはは」

 

「あっ、おい!笑うなって!」

 

 

笑われた。ちょっとショック。

――ホントにさっきからの俺は何なんだ?感情の変動が大きい。

隣で俯いて密かに笑ってるキリトはあとでしばく。

 

 

「ふふっ、ごめんなさい。あんなに強いのに、可愛い理由だったから、つい。ふふっ」

 

「……まぁ、少しでも元気になってくれたならいいけどよ。で、どうするんだ?シリカがピナを助けたい、そして助力が必要だってんなら喜んで協力させてもらうぜ」

 

 

気を取り直して、しっかりとシリカに尋ねる。

 

 

「……はい!お願いします!」

 

「よし、決まりだ。ならキリト、一旦パーティーは解消だ」

 

「そうだな。俺も用事の準備するよ。またな、カイ」

 

「おう。後でメッセ送るわ」

 

 

キリトが部屋から出て行く。

 

さてと、できることはやっておくか。

 

 

「さて、シリカ。パーティーを組んでおこう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「ああ。ピナは絶対生き返らせられるから安心しろ」

 

「はい!」

 

 

シリカは力強く頷いてくれた。

少しは元気になったみたいでよかった。

 

 

「じゃあ、ほいコレ。この装備で五、六レベル分くらいは底上げできるからな」

 

 

シリカにトレード申請をする。

一応全て非売品のアイテムだ。

 

 

「あ、ありがとうございます。あの、こんなんじゃ足りないと思いますけど……」

 

 

シリカが金を――中途半端な額だから全額か?――トレード欄に出してくる。

 

だが、これらは全部俺は使ってないしな。

そんなので金を取るわけにはいかない。

 

 

「ああ、金はいいよ。もらっとけ。……よし、ひとまず準備は整ったな。なぁ、シリカ。俺はこれから街の店見に行こうと思ってるけど、シリカはどうする?」

 

「あ、行きます!何か買いに行くんですか?」

 

「買うかどうかはわかんねぇけどな。そうと決まれば、行くか」

 

「はい!」

 

 

俺はホーム以外の層に宿を取る時の通例である店回りにシリカを誘う。

 

少しでも気を紛らわせてほしくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に部屋を出て、最初から気になっていたことを聞く。

 

 

「そういえば、何でシリカはあそこに一人でいたんだ?今のシリカのレベルだと《迷いの森》をソロで探索するのは危険だろ?」

 

「……えっと、実は迷いの森でパーティーを組んでた人達と喧嘩別れしちゃって」

 

「喧嘩別れ?シリカはいつもはどうやって探索してんだ?」

 

「えっと、いつもは基本的にはフリーでやってて、いろんなパーティーを転々としてるんですけど……今回は回復アイテムの分配の話になったところでメンバーの一人と喧嘩しちゃって」

 

「……なんでだ?」

 

 

……これは本当に意味がわからなかった。どういうことだ?

 

 

「ピナは回復が使えるんです。それで槍使いの人があなたには使い魔がいるんだからいらないでしょうって。それにあたしが前に出ない人に言われたくないって言い返したら口論になっちゃって」

 

 

なるほど。理解はできた。が、全く納得ができない。

 

 

「いや、それはシリカが正しいだろ。回復アイテムは全員で分配すべきものだ。そいつ、名前は?」

 

「えーっと、確か―――」

 

 

――ロザリア。

 

その名前を聞いて、俺は驚愕した。

まさに俺の用事にかち合っていたからだ。

 

そして、奴に対する俺の不機嫌メーターが上昇する。

あっさりレッドゾーンを振り切ってくれた。

 

――――奴のせいで、シリカは危険な目に遭って、ピナは死んだのかよ。

 

 

 

 

「あら、シリカじゃない」

 

 

シリカと話しながら宿屋から出ると、隣の道具屋から出てきたパーティーにいた女の槍使いがシリカに声をかけてきた。

シリカが僅かに身体を硬くする。

――こいつが。

 

ふつふつと怒りが沸き上がる。

でも、今は我慢だ。

 

 

「……どうも」

 

 

シリカが不機嫌さを顔に出さないようにしながら応答する。

ロザリアはシリカの態度に気がついているくせに再び話しかけてくる。

 

 

「へーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 

こいつの言葉全てにいらつく。

ここまでいらついたのは久々だ。

 

第一層のナイトでさえここまでじゃない。

 

そこでシリカの肩にピナが乗っていないのに気づいたのか、ロザリアが嫌な笑みを浮かべる。

 

 

「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?もしかして?」

 

 

――こいつ絶対わかってて言ってるだろ。

怒りがどんどん沸き上がる。爆発しそうだ。

 

…………ここまで不愉快な人間、初めてだ。

 

 

「死にました……。でも!ピナは、絶対に生き返らせます!」

 

「へぇ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

 

ニヤニヤ笑いながらロザリア――いやもうばばあでいいや。年っぽいし。がシリカを挑発する。

そこで堪忍袋の緒が切れそうになった。

 

 

「できるね」

 

 

俺はシリカの前に出た。

コイツむかつく。何か言い返してやりてぇ。個人的に用もあるしな。

このクソ女の不愉快な視線に、これ以上シリカが晒されないようにコートで隠しながら吐き捨てる。

 

 

「そんなに難易度の高ぇダンジョンじゃねぇからな」

 

 

そしたら何を思ったかこのクソ女、舐めたことを抜かしてくれた。

 

 

「あんたもその子にたらしこまれた口?見た目あんま強そうじゃないけど」

 

 

後ろでシリカの身体が震える気配がする。

言いたい放題言われて悔しいんだろう。

 

俺もものすっごい言いたいことがあるが、精神力をフルに使って押さえ込む。

 

 

「行くぞ、シリカ」

 

 

シリカの肩に手を置き、商店街の方へ足を向ける。

そこになんか言ってきた。

 

 

「ま、精々頑張ってね」

 

 

その上から目線な物言いにカチン!ときた俺は軽く言い返すことにした。

一応穏便に済ませようと思ってたんだがな。

 

――言いだしたら止まらなくなるかもしれねぇから。

 

 

足を止め、首だけで振り向く。

 

 

「おい、ばばあ。そのしょーもないことしか喋れねぇ薄汚ぇ口閉じな。不愉快だ。そしてそのダルンダルンなだらしねぇ図体を二度と俺達に見せるな。目障りだ。消えろ」

 

 

なんとかそれで済ませる。

 

罵倒だけで後一時間は軽く行けたが、今は商店回りだ。

 

 

「なっ――」

 

 

もう俺は歩き出していた。

後ろからなにやら絶句してから憤慨した感じの汚らしいオーラが飛んでくるのを俺は幻視した。

もしかしたら本当に見たのかもしれないけどな。

 

 

 

 

 

 

商店街に行く過程で転移門広場に足を踏み入れた俺達――いや、シリカはたくさんの野郎に声をかけられた。

それは全てシリカをパーティーに勧誘しようとするものだった。

―――こいつらなんか必死だな。哀れだ。

 

 

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……しばらくこの人とパーティーを組むことになったので……」

 

 

シリカがぺこぺこと頭を下げている。

野郎共はええー、そりゃないよーなどと声を漏らしながら俺に視線を向けてくる。

その視線はどれも胡散臭いものを見る様な視線だ。

 

俺の服装は紺のコートに腰に短剣だけというなんとも簡単なものだ。

コートは高性能だが見た目は地味だし、短剣は鞘に収めているいてその鞘はこれまた地味。ちなみに色は紺な。

そんなだからこいつらは俺が大して強くもないくせにシリカを横取りしたとか考えてんだろ。

―――ほら来た。

 

 

「おい、あんた。見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声かけてるんだぜ」

 

 

一番熱心に――必死にとも言う――勧誘していた両手剣使いが、俺を見下ろしながら口を開いた。

結構でかいな。俺を見下ろせるとは。ぱっと見は強そうだ。――あくまでもぱっと見はだが。

 

 

「んなもん知ったことか。早いもん勝ちだよ。あんたらがトロいのが悪い。それにな、俺はシリカから頼まれたんだ。わかったらさっさと失せろ」

 

「あんだと!?弱そうなナリしやがって調子こいてんじゃねえぞ!」

 

 

この手の輩は挑発に乗りやすい。――まあ、俺は乗せるだけ乗せて相手はしないんだけど。

 

 

「うるせぇな、怒鳴ってんじゃねぇよ。それに俺は少なくともてめぇらよりは強い。相手をするのも面倒だけどな。

シリカ、行こうぜ」

 

 

シリカの手を取って歩き出す。

優位性を見せつける意味も含んでの行動だ。

 

 

こいつらの足りない頭が理解してくれることを願う。

 

 

「あの、ホントにあたしから頼んだんです、すいませんっ」

 

 

シリカが最後に一言告げてついてくる。

野郎共は俺に対して舌打ちした後、シリカにまたメッセージ送るよー、と声をかけていた。

未練たらたらだな。足りないオツムは一応は理解してくれたようでよかった。

 

 

 

 

 

 

 

あいつらが見えなくなったところでシリカに声をかける。

 

 

「悪ぃな。なんか偉そうな言い方になっちまった」

 

「い、いえ!あたしのほうこそ迷惑かけちゃって……」

 

「そんなもん気にすんな。それよりもシリカ、人気者だな」

 

「そんなことないです。きっとマスコット代わりに誘われてるだけなんです」

 

「あー、シリカ可愛いからそういう理由もあんのかもな」

 

「ふぇっ!?」

 

 

さらっと本音が漏れた。

結構恥ずかしい。

 

俺は心中の動揺を悟られないように、努めて平気そうな声を出す。

 

 

「あ?どした?」

 

「いえ、い、いきなり可愛いなんて言われてびっくりしちゃって……」

 

「事実だろ」

 

 

なんとかバレなかったようでホッとする。

そしたらシリカが顔を真っ赤にして小さく叫んだ。

 

 

「は、恥ずかしいからやめてください!」

 

 

――やべぇ、めっちゃ可愛い。

結果オーライだ。

 

 

「んー、そうか?まあわかった」

 

 

頭を掻こうとしてシリカと手を繋いだままだったのを思い出す。

 

 

「あ、シリカ。手ぇ繋いだままだけどこのまま商店街行って大丈夫か?シリカこの辺じゃ有名なんだろ?色々言われるかもしんねぇけど」

 

「あ……そうですね。カイさんに迷惑をかけるわけにもいきませんし……」

 

 

シリカのテンションが急激に落ちる。

 

そこで、あることを思いついた。

 

 

「いや、待てよ?シリカが嫌じゃなければこれもアリか。さすがに手ぇ繋いで歩いてる状態で話しかけてくる奴なんていねぇだろ。どうする?嫌だったらハッキリ言ってくれな」

 

 

中々に名案だ。

別にシリカと手を繋いでいたいなんて思ってない。

 

――お、思ってないったら思ってないんだからね!

 

 

……………俺はどこのツンデレだよ。気持ち悪ぃな。

 

密かに自己嫌悪に陥っていると、シリカが嬉しいことを言ってくれた。

 

 

「い、嫌じゃありません!カ、カイさんこそいいんですか?迷惑じゃありませんか?」

 

「――大丈夫だ。じゃ、行くか」

 

「は、はい!」

 

俺達は手を繋いだまま、商店街を見て回った。

何も買わなかったが、楽しい時間を共有できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その日の夜。

 

 

 

俺達は晩飯も一緒に食べた後それぞれの部屋で――偶然にも借りた部屋はシリカの部屋の隣だった――休んでいた。

 

俺がキリトにメッセージを送っていると、不意にドアがノックされた。

 

――誰だ?

疑問に思いながらも扉を開ける。

 

そこにはシリカが立っていた。

 

 

「お、シリカ。どうした?」

 

「ええと、あの、その――よ、四十七層のこと聞いておきたいと思って!」

 

 

からかいついでに、一言。

 

 

「なんだ、会いに来てくれたんじゃないのか」

 

「え、ええぇっ!?」

 

 

冗談だったんだが、シリカがえらい反応した。

 

 

「冗談だよ。じゃあ下に行くか?」

 

「いえ、あの――よかったら、お部屋で……」

 

 

さすがにこれには面食らった。

するとシリカが付け加えるように言ってきた。

 

 

「あ、あの、貴重な情報を誰かに聞かれでもしたら大変ですし!」

 

「あー、それもそうなんだが……まぁ、いいか。入れよ」

 

 

シリカを椅子に座らせ、俺はベッドに腰掛けてメニューウィンドウを操作しながらシリカに話しかける。

 

 

「新しい短剣、使ってみたか?」

 

「あ、はい!大丈夫そうです。ありがとうございます」

 

「そうか。ならよかった。――と、これだ」

 

 

本当に大丈夫そうで、安心する。

一つのアイテムを取り出し、実体化させる。

 

 

「これは《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムだ」

 

「綺麗……」

 

 

こいつは指定した層をホログラムで映し出すアイテムだ。

もちろん未踏破階層は無理だが。

 

それを使って思い出の丘までの道のりを説明していたんだが………。

 

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

「はい?どうしたんですか?」

 

 

シリカが俺を見上げて不思議そうな顔をする。

――やばいもうどうしようホント可愛いんだが。

 

平静を装って返す。

 

 

「いやなに、扉の前でコソコソしてる奴がいたから気になっただけだ」

 

「え?」

 

 

俺の言葉に反応して、扉の前の気配が消えた。

 

 

「もうどっか行った。逃げ足早ぇな」

 

「え……で、でも、ドア越しじゃあ声は聞こえないんじゃ……」

 

「聞き耳スキルを上げてるとその限りじゃねぇんだよなぁ、コレが」

 

 

途端にシリカが不安そうな顔になった。

 

 

「でも、なんで立ち聞きなんか……」

 

「――多分、すぐにわかる。ちょっとメッセージを打つから、待っててくれ」

 

 

俺は()()()()にメッセージを送る。

終わって振り向くと、シリカがベッドで寝息を立てていた。

 

 

――――――――!?

 

 

 

 

 

――困った。本当に困った。ベッドは一つしかない。

信頼してくれてる証と考えれば、嬉しいは嬉しいが……。

だが、どうしようもないので、シリカに毛布をかけて、俺は床で寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の日の朝。

 

 

俺はアラームの音で目を覚ました。

時間は六時に設定してある。

 

この世界は便利なもので、自分が設定した時間に自分にしか聞こえないアラームが頭の中に鳴り響く。

それを使って今日も定時に起きた俺はベッドの上を確認する。

 

――気持ち良さそうでなによりだ。

 

そこではシリカが気持ち良さそうに寝ていた。

ピナを失ってショックだっただろうから、少しでもそれが和らいでくれるといいと思う。

 

毎朝欠かさずに――それこそ現実(リアル)でも毎日やっていた鍛錬を行う。

こっちではあまり関係ないだろうとは思っても、染み付いた習慣というのは中々抜けない。

 

 

鍛錬を終え、タオルで汗を――この世界だとかかないけどな、汗――拭いていると、シリカが起きた気配がした。

俺が起きてから丁度一時間経過していた。

大きく伸びをしているシリカに話しかける。

 

 

「おはよう、シリカ。よく眠れたか?」

 

 

シリカが固まった。

壊れたブリキのようにこちらに振り向く。

 

 

「どうした?」

 

 

そんな行動も可愛いシリカさん。

 

 

「え、えと、ごめんなさい!ベッド占領しちゃって!」

 

 

シリカは顔を真っ赤にして言った。

 

 

「ああ、気にすんな。それより、朝飯食いに行こうぜ。今日の攻略のためにもしっかり食べなきゃな」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

朝食をしっかり食べた俺達は、四十七層に転移して、《思い出の丘》に続く南門の前に立っていた。

 

 

「さて、これから冒険開始なわけだが」

 

「はい」

 

「シリカのレベルと装備なら、ここのモンスターは倒せない敵じゃない。だが――」

 

 

シリカに自分の持つ転移結晶を渡して続ける。

 

 

「フィールドでは何が起こるかわからねぇ。

いいか、もし予想外のことが起こって、俺が離脱しろと言ったら必ずその結晶でどこかの街に跳べ。俺のことは心配しなくていい」

 

「で、でも……」

 

 

シリカが躊躇っているっぽいが、ここは譲れねぇ。

 

 

「約束してくれ。俺は大事な奴に傷ついてほしくねぇんだ。取り返しがつかなくなってからじゃ、遅いんだ………」

 

「カイさん……」

 

 

過去の経験から、声に悲壮感が宿る。

 

過去の出来事を思い出して、少し瞳が潤む。

決着をつけたと思っていたが、そうそう簡単にはいかねぇか。

 

シリカは悲しそうに、そして不安そうにしながらも、頷いてくれた。

 

 

「じゃ、行くか」

 

「はい!」

 

 

涙はこぼさずに、シリカに笑いかけると元気よく返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中襲いかかってくる植物型モンスターの容貌に、最初シリカは完璧にへっぴり腰だったが、次第に慣れていったようだ。

大量のモンスターを屠り、シリカのレベルが上がったりもして、俺達は丘の頂上に辿り着いた。

 

 

「うわぁ……!」

 

「とうとう着いたな」

 

「ここに……その、花が……?」

 

「ああ。真ん中あたりに岩があって、そのてっぺんに……」

 

 

俺の言葉が終わらないうちに、シリカは走り出していた。

俺も後を追って歩き出す。

 

 

「ない……ないよ、カイさん!」

 

 

岩を覗き込んだらしいシリカが振り返り、悲痛そうな顔で叫ぶ。

 

 

「んなはずは……。――お、ほら。見てみろよ」

 

 

俺の言葉にシリカが再び振り返る。

 

岩の上では、まさしく今、花が生長していた。

花の生長が終わっても、少しの間俺とシリカはその余韻に浸っていた。

シリカが花を摘み取り、その花に触れる。

――ネームウィンドウには《プネウマの花》と表示されていた。

 

 

「これで……ピナを生き返らせることができるんですね……」

 

 

シリカが達成感に満ちた声で呟く。

 

 

「ああ、心アイテムにその花に溜まってる雫を振りかければいい。だがここは強いモンスターが多いからな。街に戻ってからの方がいいだろ。ちょいと我慢して、急いで戻ろうぜ」

 

「はい!」

 

 

 

 

行きにモンスターを大量に倒していたおかげか、帰りではあまりモンスターに出くわさなかった。

 

行きでも通った、思い出の丘が見える場所にある、小川にかかる橋をシリカが渡ろうとした。

その手を掴んで止め、声を出す。

 

 

「――そこに待ち伏せてる奴、出てこい」

 

「え……!?」

 

 

道の両隣にうっそうと茂る木々のほうに視線を飛ばす。

が、出てこない。さっさと出てこいよ、勿体ぶりやがって。いらつくな。

 

ピックを投げつけて牽制でもしようかと思った時、突然その木々の葉が揺れる。

 

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、あなた。侮ってたかしら?」

 

 

槍を携え、木陰から出てきたロザリアが嫌らしい笑みを浮かべて言う。

そして次にシリカに視線を向けた。

 

 

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

 

その言葉を受け、シリカが数歩後ずさる。

ロザリアの言い方に嫌な気配を感じ取ったのかもしれない。

俺の手が強く握られ、シリカが緊張していることが伺える。

 

ロザリアは言葉を重ねてくる。

 

 

「じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」

 

「……!?な、何を言ってるの……」

 

 

動揺したシリカの前に歩み出て、ばばあと向かい合う。

 

 

「そうはいかねぇな、ばばあ。それとも――犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》のリーダー、と言った方がいいか?」

 

 

俺の言葉にばばあが浮かべていた笑みを消す。

シリカがうろたえたまま呟く。

 

 

 

「え……だって……ロザリアさんは、グリーン……」

 

「オレンジギルドっつっても、全員がオレンジじゃないことの方が多いんだよ。グリーンの奴らがパーティーに紛れ込み獲物をおびき出して、オレンジで叩く……。こいつらの常套手段だ。昨日俺達の会話を盗み聞きしてたのもこいつの仲間だろ」

 

 

シリカの手を一瞬強く握り、元気づける。

 

それからばばあを睨みつける。

 

 

「大正解よ。でもそこのあなた、そこまでわかってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿?それとも本当にその子にたらしこまれちゃったの?」

 

 

その侮辱に、シリカが短剣を抜く動作をしたのがわかった。

手を握りそれを止め、ばばあに向かって口を開く。

 

 

「前にも言っただろ。その薄汚ぇ口を開くな、不愉快だ。シリカまで侮辱しやがって。それに、そのどっちでもねぇ。――――俺もてめぇを探してたんだよ、ロザリア」

 

「――どういうことかしら?」

 

 

不可解そうにするばばあ。

 

それに向かって言葉を吐き捨てる。

 

 

「てめぇ、十日前に、三十八層で《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったな。メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出した奴だ」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

「リーダーだった男はな、毎日最前線のゲートで泣きながら仇討ちしてくれる奴を探してた」

 

 

言葉にしながら、身体の中で静かに怒りを沸かす。

―――俺も似たような経験があるからな。

 

 

「でもそいつは、依頼を引き受けた俺に向かっててめぇらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言った。――てめぇに、奴の気持ちがわかるか?」

 

「わかんないわよ」

 

 

ばばあは吐き捨てるように言った。

その態度に、俺の中で憤怒の炎が燃え上がる。

 

俺は、こういう、奴らが、大嫌い、だ。体中に、虫酸が、走る。

 

 

「マジになっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠もないし。で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。あんたの撒いた餌に釣られちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった二人でどうにかなると思ってんの……?」

 

 

ばばあが口角をつり上げる。

 

ばばあが合図を送り、それを受けて木陰からぞろぞろとプレイヤーが出てくる。

その数、十。うち九人がオレンジだ。全員が派手な服装をし、シリカに汚らわしい視線を送る。

 

俺はコートでシリカの身体を隠す。

シリカはホッとした気配を見せて、すぐに緊張した様子で小声で話しかけてきた。

 

 

「か、カイさん……人数が多すぎます……脱出しないと……!」

 

「大丈夫だ。俺が脱出しろって言うまで、そこで結晶準備して見てればいい」

 

 

俺はシリカの頭に手を置いてから歩き出す。

だが、シリカは無茶だと思ったのか、

 

 

「カイさん!」

 

 

と、叫んだ。

 

その叫びを聞いた盗賊の一人が、笑みを消してなにやら考え込む。

 

 

「カイ……?その格好、全身紺尽くしの装備と人を馬鹿にしたような物言い……。――――《紺の浮浪児》……?」

 

 

そいつはみるみるうちに顔面を蒼白にしながら呟いた。

 

そうそう、言い忘れていたが俺の通称が《紺の浮浪児》になった。

紺色の装備で身を固めていたらそうなった。俺は紺色が好きなんでね。

 

でもなぁ……。はぁ……。キリトだったら《黒の剣士》っていうまだカッコいい名前があるのに……。あいつは剣士で俺は浮浪児。どうしてこうなった。

 

つか、人を馬鹿にしたような物言いってなんだ。何を判断材料にしてやがんだあのオレンジ。

 

 

「や、やばいよ、ロザリアさん。こいつ……ビーター上がりの、こ、攻略組だ……」

 

「へぇ?こんな層のオレンジの奴に俺のことを知ってる奴がいるなんてな。よく知ってたな。褒めてやるよ。情報は大事だからなぁ?」

 

 

残りの盗賊は全員が強張った顔をしている。

ちなみに、当然ながら俺も《ビーター》の分類だ。

《浮浪児》が先に出てくる奴が多いけどな。

 

シリカはぽかんとしてるな。可愛らしいな。

ばばあもぽかんとしてるな。気持ち悪いな。

我ながらすげぇ差だな、おい。

 

 

「こ、攻略組がこんなところにいるわけないじゃない!それに――もし本当に《浮浪児》だとしても、この人数なら一人くらい余裕だわよ!」

 

 

ああー。また『紺の』がとれて《浮浪児》になったー。マジやめてほしい。

 

 

「そ、そうだ!攻略組なら、すげえ金とかアイテム持ってんぜ!オイシイ獲物じゃねえかよ!!」

 

 

オレンジの戦闘にいた図体だけでかい斧使いが大声を上げる。

その声に触発されたように、他の奴らも色めき立つ。

――――甘い考えだと言わざるを得ない。

 

そんな中、俺の耳にシリカの叫びが届いた。

 

 

「カイさん……無理だよ、逃げようよ!!」

 

 

俺は振り返りシリカに微笑みかける。

少しでも安心してほしい。まぁ多分無理だと思うが。

 

俺が武器を構えないのを諦めと見て取ったか、盗賊共が俺に走りよってきて、次々に武器を振り下ろす。

俺はぼかすかと殴られながら自分のHPバーを眺める。

 

途中シリカの叫び声が聞こえた。

――やっぱあれだけで安心するのは無理か。

だが、そろそろ気づくだろう。シリカも、盗賊共も。

 

 

「あんたら何やってんだ!さっさと倒しな!」

 

 

いらついた様なばばあの声が響き、再び数秒間に渡って殴られる。

痛くないからいいけど。

 

やがて盗賊共が攻撃をやめ、数歩後ずさった。

静寂が場を包む中、俺が声を出す。

 

 

「十秒当たり三〇〇ちょい、ってとこか?それがてめぇら九人が俺に与えるダメージの総量だ。

俺のレベルは86、HPは一六八〇〇……加えて戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルによる自動回復が十秒で八〇〇ポイントある。

どんだけ攻撃しても俺は倒せねぇよ」

 

 

俺の言葉を聞き、ばばあが舌打ちして転移結晶を取り出した。

奴が転移する前に、俺は走り出す。

 

 

「転移――」

 

「させるかよ」

 

「ひっ……」

 

 

俺の顔を見て顔を強張らせるばばあ。

楽でいいけど、失礼だな。

 

ばばあの手から転移結晶を奪い取り、ちゃっかり自分のポーチにしまう。

シリカに一個渡してたから丁度いい。

 

ばばあの襟首を掴んで、盗賊共のところまで引きずっていこうとする。

 

そこに野太い男の怒鳴り声が届いた。

 

 

「おらぁ!こいつに危害を加えられたくなかったら、ロザリアさんを放せ!」

 

 

その声にそちらを見ると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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怒りが沸点を超えた。

 

 

視界が真っ赤に染まる。

 

 

過去の光景がフラッシュバックする。

 

 

 

転移結晶はシリカの足下に転がっていた。どうやらとられたらしい。

 

 

 

俺は一瞬のうちに懐から投剣用のピックを取り出し、投剣スキル《パラライズシュート》を使い、シリカを拘束している盗賊に放つ。

この間、わずか〇・五秒。自己最高記録だ。

 

《投剣スキル》は珍しいスキルだ。

上位スキルの方がスキルモーションが短い。

俺の今の攻撃の早さもそれが理由の一つだ。

まぁ、んなこと今はどうでもいいが、な!

 

 

 

 

 

 

 

「シリカになにしてんだてめぇゴラァァァアア!!!!」

 

 

 

打ち出したピックに追いつくのではという程の速度で盗賊に肉薄する。

ピックが男の腕に突き刺さり、男の身体が硬直した。

《パラライズシュート》の効果、《麻痺付与》だ。

数瞬、敵の行動を阻害する。

 

男の手からシリカを取り戻し、ソードスキルが発動しないように速度重視で男の顔面に蹴りを叩き込む。

俺のレベルでソードスキルなんて使ったら一撃で殺しちまうだろうからな。

 

 

「大丈夫か、シリカ!」

 

「か、カイさん………!!」

 

「すまねぇ、怖い目に遭わせた」

 

 

シリカは涙目になっていた。

 

シリカの肩を抱いたまま、殺気を全力で放つ。

 

 

「おいこらてめぇ……。

シリカに手ぇ出すとか、死ぬ覚悟はできてんだろうな…………?」

 

「ひぃぃ!」

 

 

俺だけなら穏便に済ませようと思っていたが………シリカにまで手ぇ出されて黙ってるわけにはいかねぇ。

 

 

「てめぇらもばばあと同じで、ここで死んだ人間が本当に死ぬ証拠がないって考えてんだろ?

丁度いいじゃねぇか。殺してやるよ。よかったな、本当に死ぬかどうかハッキリするぞ」

 

 

殺気がいっこうに収まらない。シリカも少し怯えてるから抑えたいんだが。

 

 

「やめてくれ……やめてくれ……!」

 

「それがてめぇらがいままで襲った全プレイヤーが考えていたことだ。

てめぇは絶対許さねぇ。だが、他の奴にはチャンスをやるよ」

 

 

そう言って、俺はポーチから一つの結晶を取り出す。

 

全滅させてもいいんだが………不用意にシリカにトラウマを与えてもいいことはない。

シリカを側に立たせてから、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「これは俺に依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。

黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。てめぇら全員これで跳べ」

 

「嫌だと言ったら?」

 

 

ばばあが強気にも笑みを浮かべ、この期に及んで試すようなことをしてくる。

俺に挑発なんて効かねぇのにな。

自分の立場がわかってないらしい。

 

 

「全員殺す」

 

 

ばばあの笑みが凍りつく。

 

 

「いまのが最後の警告だ。

そこで寝てるシリカに危害加えようとした奴以外には選ばせてやるよ。

跳んで《軍》の世話になるか、ここで死ぬか。

どうするかは自分で決めな。

コリドー・オープン!」

 

 

結晶を掲げて叫ぶと、空間に青い光の渦が現れた。

 

ちなみに《軍》ってのは確か正式名称を《アインクラッド解放軍》という。

あの第一層で色々あったサボテン、ええと、名前が…………

…………まぁいいや。サボテンも所属していたはずだ。

第一層で色々好き勝手にやってるらしい。

 

盗賊共は、悪態をつきながらも光の中に入っていく。

 

そんな中、ばばあだけが動かなかった。

寝てる奴?俺は地面に倒れてるって意味で言ってたんだが、いつの間にかホントに気絶してたよ。

 

ばばあは最後まで強気に挑発してくる。

 

 

「――やりたきゃ、やってみなよ。グリーンのアタシに攻撃すれば、今度はあんたがオレンジに……」

 

「最後の警告はしてあるからな。

つーか、俺がんなこと気にする人間に見えるかよ?」

 

 

俺は短剣を腰から抜き取り、ソードスキルの構えを取る。

 

 

「――本当に最後の警告だ。死ぬかどうか、さっさと選べ。あと三秒もないぞ」

 

 

俺はこういう腐った人種が大っ嫌いだが、一応は、生物学分類上は、同じ『ヒト』だ。

殺すのにも躊躇はしないが、別に嬉々として殺したいわけじゃない。

 

 

「い、いや!許してよ!ねえ!……そ、そうだ。あんた――」

 

 

――まだ断るか。

俺はさわやかな笑みを浮かべて話しかける。

 

 

「そうか。そんなに死にたいのか。じゃあちょっと待っててくれ。

コリドーも永遠じゃねぇしな。先にそっちの男を放り込む」

 

「な、なんだ。あんたも結局殺すとか言っといて、しないんじゃ………」

 

 

後ろでばばあが何か言ってるが、無視して男のところに行く。

そいつの頬を叩き、目を覚まさせる。

 

 

「おい、起きろ」

 

「……んぁ?………ひぃっ!」

 

 

ビビりまくってるそいつに優しい言葉をかける。

 

 

「いまからてめぇをコリドーに放り込む」

 

「た、助かった……」

 

 

男が安心したような顔をする。

 

 

――ここから落とすのが、俺だ。

 

 

 

「だが、シリカに危害を加えようとした報いは受けてもらわないとなぁ?

つーわけで、受け取れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は《アーマーピアス》で、男の右腕を切り落とした。

 

 

 

 

「ぎゃあぁぁあぁああっぁああぁあ!!!?」

 

「俺の怒りはこんなもんじゃねぇんだが………

これ以上やるとホントに殺しちまうからな。

自分が弱かったことに感謝しろ」

 

 

男の襟首を掴んで、コリドーの中に投げ込んだ。

見ると、ばばあはもういなかった。

逃げた気配は感じられなかったから、自分から飛び込んだんだろう。

どっちでもいいが。

 

 

シリカの方に向き直ると、シリカは座り込んでいた。

 

―――怖がらせちまった。

謝んねぇと。

 

 

「………悪い、シリカ。お前を囮みたいにするだけじゃなく、危険な目に遭わせちまって。

それと、俺のことも黙ってて悪かった。

言おうと思ったんだが………シリカに嫌われるかもと思うと、なんかな……言えなくなっちまった」

 

 

シリカは首を横に振ってくれた。

それだけで、少しは救われる。

 

 

「街まで、送るよ」

 

「あ――足が、動かないんです」

 

 

それで、お互いに少しだけ笑うことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

三十五層の宿に戻るまで、俺達はほとんどなにも話さなかった。

二階に上がり、俺の部屋に入ったところで、シリカが話しかけてきた。

 

 

「カイさん……行っちゃうんですか……?」

 

 

その声は震えていた。

答えたくなかった。

だが、答えないわけにはいかない。

口に出し辛かったが、なんとか声に出す。

 

 

「ああ……。五日も前線を離れたからな。さすがにもう攻略に戻らねぇと」

 

「そう、ですよね………」

 

 

うーん。さすがにレベルがなぁ……。

俺的には連れて行きたいんだが、俺のエゴでシリカを危険な目に遭わせたくはない。

もう遭わせちまったけど。

 

 

「……あ……あたし………」

 

 

シリカがかすれた声を漏らす。

見ると、シリカの瞳から二粒の雫が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

―――うん。決意を固めるか。

さっきとは違う理由で口に出し辛いが、これまた言うしかない。

 

 

 

 

――シリカが俺に好意を抱いてくれているのは気づいている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺が、シリカに好意を抱いていることも。

 

 

男なら、言うしかねぇ。

 

 

 

 

「シリカ」

 

 

俺の声にシリカが顔を上げる。

 

 

「………俺は、シリカのことが好きだ。

………………もしよかったら、俺と付き合ってくれ」

 

 

理由は色々あったが、ごちゃごちゃ御託を並べる必要はないだろう。

こういう経験がないからわからないが。

 

そして、シリカに断られることもないはず…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――え、嫌です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死にてぇぇぇえええええええええぇぇええええええ!!!!!!

なに俺超ハズい人じゃん!!

 

何が『シリカに断られることもないはず……』だよ!!

断られてんじゃん!!

思いっきり断られてんじゃん!!

疑いの余地なくばっさりいかれたじゃん!!

 

何が『シリカが俺に好意を抱いてくれているのには気づいている』だよ!!

なにかっこつけてんの俺!?なに勘違いしちゃってんの俺!?

死ねばいいんじゃないの!?つか死ねちょっと前の俺!!突如血を吐いて死ね!!もしくはなぜか窒息して死ね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――冗談です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日冗談でからかわれたときのお返しです」

 

 

顔を上げてシリカを見る。

そのとき初めて俺が床を転げ回っていたことに気づいた。

 

シリカは瞳に涙を浮かべていた。

そんなに俺の痴態が面白かったんだろうか。

――って、んなことより、シリカが今――

 

 

「カイさん、嬉しいです。

――こんなあたしでよければ、喜んで」

 

 

 

シリカの言葉に思考が止まる。

 

 

あー。やべぇ。超嬉しい。嬉しすぎて言葉が出ないって本当にあるんだな。

今の俺がその状態だよ。

 

 

「冗談がえぐいぜ、シリカ…………」

 

 

本当に死にたくなったんだぞ。

つい愚痴ると、シリカは微笑んだ。

 

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

 

ま、この笑顔が見られたからよしとするか。

 

 

「これからもよろしく、シリカ」

 

「はい、カイさん」

 

 

夕日の中、二人の影が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

こうして、俺の大事な人がまた一人、増えた。




カイの過去はまだ明かす気はありません。
いつになるかな……。
多分シリカとの絡みで明かすことになると思います。

次はオリジナルの話を挟みます。
主にボス戦になると思いますが。

これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。


感想、批判その他、お待ちしております。


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第七話 あるボス攻略の光景

オリジナルストーリーです。

上手く書けているかわかりませんが頑張って書きました。
ちょっと説明が多くなってしまったかもしれません。

カイが活躍するよ!
彼はロリコンでも一応ハイスペックなんだよ!
一応この二次創作の主人公なんだよ!
ロリコンだけど!

まぁ実際はシリカと大して年齢違わないですけどね。
どうでもいいですね。


では、どうぞ。


 

 

 

今の攻略階層は第五十七層。

 

 

シリカと付き合うことになって一か月が経った。

 

関係は良好だ。

 

あれから何回かはデートしている。

 

俺は攻略があるからそこまで時間を取れてないんだが、シリカはそれでもいいと言ってくれた。

自分も頑張って強くなって俺の隣で一緒に戦いたいとも。

すげぇ嬉しいことを言ってくれる。

 

そのため今は純粋なデートと、デートがてらの探索を交互にやっている。

 

シリカの成長には目を見張るものがあって、今はもうレベルは五十四になった。

さすがにまだボス戦に参加するのは無理だが、それももうすぐだと思う。

一緒にできることになればとても嬉しい。

 

さらにシリカは料理スキルを上げ始めた。

今はまだ熟練度が低いため叶わないが、探索のときにお弁当を持っていきたいと言っていた。

俺も楽しみにしている。

 

 

さて、こんなに長々と近況を報告していた理由は他でもない。

 

暇だからだ。いま。とてつもなく。

 

俺がどこにいて何をしているかと言うと―――

 

 

「――という方針で行こうと思います。意見のある人はいますか?」

 

 

誰も声をあげない。さっきまでさんざん話し合っていたからな。

今は第五十七層フロアボス攻略会議の最中だ。

 

偵察隊が集めた情報と、ボス情報を得られるクエストで入手した情報。

それらを元に、作戦を立てて死人が出ないようにボスを攻略するための作戦会議。

これが退屈でしょうがない。

 

真面目にやれよとか思う奴もいるかもしれねぇが、話してることは当たり前のことばかり。

しかも最近はフォーメーションもパターン化してきた。

 

主に参加するのはKoB――超有名なギルド、《血盟騎士団》の頭文字だ――の団長、ヒースクリフを筆頭にしたパーティーが二つ。

そして超大手ギルド、《聖竜連合》のパーティーが二つ。

クライン率いる《風林火山》、そしてケイタ達の《月夜の黒猫団》。

あとギルドに所属していない、または小さいギルドに参加している者達。

 

それらでレイドを組み、部隊をわけるんだが……。

 

基本的にKoBが攻撃(アタック)。聖竜連合が攻撃(アタック)一つに(タンク)一つ。エギルとかもいれば、あいつらもタンクだな。

風林火山も攻撃(アタック)だ。黒猫団は援護(サポート)が多いな。中ボスやMobがいるときは基本的に相手をしている。

 

そんでもって残りの連中は適当に仕事が割り振られる。

俺やキリトはありがたいことにダメージディーラーを任されることが多い。

俺は攻めたいタイプだから普通に嬉しい限りだ。

 

まぁとにかく、そんな感じでパターン化してきてるもんだから、真面目に聞かなくても済む。

 

なんつうか『聞く』んじゃなくて『聞こえてくる』で十分っていうか。

 

 

 

その聞こえてきた情報によると、

今回のボスは《ザ・ジェネラルキング・オブ・デストロイ》とかいう戦士型のモンスターらしい。

大振りの両手剣を使うそうだ。

 

名前が酷い。どこがジェネラルだよ。まるっきり嘘だろ。

 

 

周りにはMobの《ジェネラルナイト・オブ・デストロイ》がいるそうだ。

 

さっきからどんだけ破壊したいんだよこいつら。

 

ナイトは最初は二体いて、一分毎に二体ずつ湧き続けるらしい。

 

 

これはかなりえぐい。

二つの小隊が一体ずつ受け持ったとしても、一分で倒せなかった場合ジリ貧だ。

 

偵察隊は万全のパーティーではなかったため、討伐できなかったらしい。

八体まで増えちまったって言ってたな。

よく撤退できたと思うよ。

 

 

 

今回はKoBの一パーティーが一体を、黒猫団がパーティーに(タンク)役を一人加えて一体を受け持つ作戦だ。

最初はあいつらも新たに一人入れるのに戸惑っていたが、もう慣れたみたいだ。最近は上手くやっている。

 

 

 

―――お、会議が終わったな。

 

 

 

「――では、明日は十七時に集合してください。

これで攻略会議を終わります。お疲れ様でした」

 

 

言い忘れていたが司会進行はKoB副団長の《閃光》アスナ様だ。

 

アスナはかなり前にヒースクリフに誘われてKoBに入団した。

そして強さと攻撃の鋭さ、正確さのために《閃光》の二つ名がついた。

 

 

―――なんで皆二つ名がカッコいいの?

すごく悲しくなってきたんだが。

《浮浪児》なんて印象の悪い二つ名俺だけだぞ?

 

 

まぁいいけどさ。

さてと、ケイタ達のとこに行くかな。

 

 

 

 

 

「よぉ、ケイタ。前の層のボス戦以来だな。元気してたか?」

 

「あ、カイ。うん、こっちは皆元気だったよ。カイは?」

 

「俺もだ。おい、ダッカー。またトラップに引っかかったりしてないよな?」

 

 

ダッカーはシーフタイプの奴だ。

こいつらが攻略組に入ったときから毎回いじるようにしてる。

 

 

「それがよ、聞いてくれよカイ。こいつまたトラップ踏んだんだよ」

 

「あ、おい!ばらすなよササマル〜」

 

「マジかよ」

 

 

つい真顔になっちまった。

いま俺に結構重大なカミングアウトをしたのはササマル。槍使いだな。

 

 

「ああ。また懲りずに踏みやがったんだ、コイツ」

 

「だ、だってよぅ。気になるじゃんか」

 

「そういうのはトラップ解除が出来るようになってから言うんだな」

 

 

ササマルは中々厳しい。まぁダッカーにはいい薬だろ。効いてねぇのが難点だが。

一応俺も忠告しとくか。

 

 

「ササマルの言う通りだぞ、ダッカー。お前ら今は結構上で探索してるじゃねぇか。

下手したら死ぬぞ。いくらお前らの連携がよくてもな」

 

 

黒猫団は攻略組の中でもレベルが高くはない。丁度平均くらいだな。

だが、持ち前のコンビネーションで、戦闘中はかなり上手く立ち回る。

こいつらレベルで息が合ったパーティーを俺は他に知らない。

 

 

「もっと言ってやって、カイ。ダッカーったら私達の言葉、全然聞かないし」

 

「いやいやサチ。お前らももっと言えよ……。

ま、ともかくダッカーはもっと用心しろ」

 

「う……わかったよ」

 

「じゃ、また明日な。頑張ろうぜ」

 

「ああ。また明日」

 

 

ケイタ達に挨拶して別れる。

 

さーて、今日はもう帰ると―――

 

 

「ねえ、ちょっと」

 

「ん?」

 

 

アスナだ。

 

 

「何か用か?」

 

「カイ、さっきの話ちゃんと聞いてた?」

 

「ああ。なんでだ?」

 

「何か考え事してるみたいだったから」

 

 

ホント周りよく見てるなコイツ。

正確に言うと、一部を特によく、だが。

 

 

「大丈夫だ。話はちゃんと聞いてた。それに、考え事なら他にもしてる奴いただろ?」

 

「え?誰のことよ?」

 

「キリトだよ。アスナ、チラチラとあいつのこと見てただろ?気づかなかったとは言わせねぇぞ」

 

「えっ、ちょ、何で知って……じゃなくて!

そ、そうなの?全然気がつかなかったわ」

 

「嘘つけ。お前、キリトのこと見てたから隣にいた俺が考え事してたのに気づいたんだろ?」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

 

なんかアスナのやつ、キリトのことが好きみたいなんだよな。

見てていらいらする。さっさとくっつけ。

 

という思いを伝える。

 

 

「さっさと告れば?」

 

「なっ、だ、だから、違うって言ってるでしょ!?

話を聞いてたのならいいわ!また明日!ちゃんと遅れずに来なさいよ!」

 

「俺今まで遅れたことねぇだろ。ま、了解だ」

 

 

アスナは怒って去っていってしまった。

うーん、俺も帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の日。

 

 

いよいよ今日はボス戦だ。

何が起こるかわからねぇから、気を引き締めていかねぇとな。

 

シリカからは昨日頑張ってメールをもらった。

俄然やる気が出た。

そっこーで殲滅して帰ってやる。

 

 

「では、これよりボス部屋に突入します!」

 

 

アスナの声が響き渡る。

俺は近くにいる仲のいい奴に話しかける。

 

 

「ケイタ、サチ。ナイトは任せた。頼むぞ」

 

「うん。僕らに任せてよ」

 

「カイも気を付けて頑張ってね」

 

「おう」

 

 

「クラインもがんばれよ」

 

「お前ェも頑張るんだよ」

 

 

クラインが笑いながら言ってくる。

その通りだな。

 

 

最後にキリトに話しかける。

 

 

「キリト。今日もやるぞ」

 

「おう。必ず生きて帰ろうな」

 

「当然!」

 

 

そのときボス部屋の扉が開ききり、ボスの姿が見えた。

中々でかい。

 

ヒースクリフが剣を掲げ、高らかに宣言する。

 

 

「戦闘、開始!」

 

「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」

 

 

プレイヤー達が雄叫びを上げながら部屋に突入する。

 

――さぁ、戦いの始まりだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは順調だった。

 

俺やキリト、KoBの連中といったダメージディーラーが次々とジェネラルキングにダメージを与えていく。

片やキングの攻撃はこちらの(タンク)部隊がことごとく防ぎきる。

 

ジェネラルナイトの方もきっちり四十秒ほどで倒している。

 

周囲の回復POTローテも特に問題は生じていない。

 

この流れのままなら、余裕があるが……。

 

 

 

 

順調すぎて不気味なほどに順調だった流れが案の定崩れたのは、キングのHPバーが二本目の半分を割ったときだった。

 

 

「オオオォォォォォォオオオーーーー!!」

 

 

キングが雄叫びを上げて剣を構える。

(タンク)隊が今までと同じように防御の体勢を取った。

 

が、俺はそこで違和感を覚えた。

 

 

――――キングの構えがさっきまでと違う!

 

それは本当に微妙な違いだった。

多数の武器を扱う俺だからこそわかるレベルの。

 

だから俺以外誰も気づかないんだろう。

もしかしたらあのヒースクリフでさえも。

 

――マズイ!戦線が崩壊する!

俺は指揮役じゃねぇから本来は口出ししちゃいけねぇが、んなこと言ってる場合じゃねぇ!

 

 

俺は声を張り上げる。

 

 

「気をつけろ!それは片手剣スキル《スラント》だ!さっきまでとは軌道が違ぇぞ!」

 

 

だがしかし、俺の声は少し遅かった。

 

 

「「「ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

 

(タンク)隊が吹っ飛ばされる。

適切な防御が出来てない。

今ので全員が五割くらいのダメージを受けたみてぇだ。

 

硬直に入るキングに攻撃を仕掛けようと攻撃(アタッカー)部隊の面々がボスに突っ込む。

 

だが、それはダメだ!

 

 

「ダメだ、止まれ!ソードスキルが来るぞ!」

 

 

再び声を張る。

 

しかし今回もほとんどの奴を止められなかった。

キリトとアスナは俺の声に反応し、何とか止まることが出来たが―――

 

 

キングは硬直には入らずに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、両手剣スキル、全方位範囲技《ブラスト》を発動する。

 

 

今キングがやったのは、俺達が以前検証したことだ。

同じ武器のソードスキルは一瞬の隙もなく連発することは出来ないが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

今のもそうだ。

キングは左手も握ってるようにみせて実際は添えるだけにとどめ、片手剣スキルを発動。

その直後左手も柄を握り、両手剣スキルを発動した、ということらしい。

さすがにそこから片手剣、とは出来ないようだ。それが可能ならスキルを切らさず撃ち続けることもできかねないのでされたら困るけどな。

 

だが、今のは武器の面からシステム的にプレイヤーには出来ない芸当だ。

だからこそ皆攻撃を予想できなかったんだろう。

 

 

「全員直撃はもらうな!もらったら死ぬぞ!!」

 

 

もうキングの射程圏内だ。今から逃げても間に合わねぇ。

今度はギリギリ間に合ったようで、突貫していた奴らが武器を盾にする。

 

キングの両手剣が振り回された。

 

 

「「「うわああぁあぁぁ!!」」」

 

 

武器を盾にしたとしても攻撃(アタッカー)部隊は基本的に紙装甲だ。

全員三、四割持っていかれる。

 

 

――このままじゃやられる!

 

状況を頭の中で整理した俺はやるべきことを定める。

 

 

 

「ヒースクリフ!あんたはキングのソードスキルを見切れるか!?」

 

「無論だ」

 

「さすが!なら、キリトとアスナで――」

 

 

そこでさらに予想外のことが起きた。

 

 

「うわっ!ナイトが三体出てきた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――はああぁぁぁぁぁぁ!?

んだそれ!ふざけてんのか茅場の野郎!!どんな鬼畜設計だよ、ったく!

 

 

でもそれに気を取られたらホントに全滅する!

俺は茅場への怒りを一度押さえ込み、新しい状況を整理し、打開策を考える。

 

 

今動けるのはキング側に俺、キリト、アスナ、ヒースクリフ。

ナイト側にKoBのパーティーと、黒猫団。

 

人が足りねぇかもしれねぇが…………何とかなるか?いや、何とかするしかない!

 

 

「俺とヒースクリフがキングを抑える!

KoBはそのままナイト一体抑えてろ!」

 

 

矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 

「キリトとアスナがナイト一体受け持て!

黒猫団は全員そのまま……いや、ダッカー!聞こえるか!?」

 

「お、おう!なんだ!?」

 

「お前は遊撃をやれ!キリト達の一体と黒猫団の一体、両方とも必ず一分以内に仕留めろ!いいな!?

ダメージ食らった奴は全員迅速に回復!!」

 

 

大声を出し続けて喉が痛くなってきた。気持ち的に。システム的にはそんなのないからな。

 

もう何かを長々と話す時間の猶予はない。

声を振り絞る。

 

 

「今の陣形で何が何でも戦線を支えろ!回復した奴から余裕のないとこに参加!

最初に組んだパーティーメンバーが全員回復したら最初に割り振られていた役割を遂行しろ!行くぞ!」

 

 

「「「おお!!」」」

 

 

周りから力強い声が返ってくる。

俺は周りがやってくれることを信じてキングに向き直る。

 

 

「行くぞ、ヒースクリフ!」

 

「うむ!」

 

「俺が片手持ちを受ける!あんたは両手持ちを受けてくれ!」

 

「承知した!」

 

 

俺の武器は短剣だ。今は装備を変える時間がない。

 

だが短剣でこのサイズの両手剣を受けきるのは不可能だ。

でも、片手持ちなら威力が少しは落ちる。

そこに全力で打ち込めれば何とか…………うん、無理だな!

 

 

 

「ヒースクリフ、悪い!一発だけ両方受けてくれ!

俺は武器を変える!」

 

「おっけー♪」

 

 

なんか今裏声で返された気がするが無視!

 

 

 

下がって座り込み、装備を片手剣に変える。

 

 

「ふんっ」

 

 

ヒースクリフがキングの片手持ち攻撃を受けきる。

 

選択している武器スキルを短剣スキルから片手剣スキルに変えて立ち上がる。

 

 

「そーれっ♪」

 

 

ヒースクリフがキングの両手持ち攻撃を受けきった。

あいつふざけてんのか?

 

キングが硬直する。

 

 

――今なら行ける!

 

 

 

俺は身体を地面スレスレまで倒してから右足を踏み出す。

片手剣ソードスキル、突進技《レイジスパイク》。

 

キングと俺の間にあった距離を一瞬で潰し、キングの足を貫く。

 

 

「悪ぃ、助かった」

 

「いや、こちらも状況を立て直してもらった。

お互い様だということにしておこう」

 

 

キングが硬直から立ち直り、ソードスキルの構えを取る。

――片手だ。

 

 

「先に攻撃を受けた方が二発目の後の硬直で殴る、でいいか?」

 

「賛成だ。―――来るぞ」

 

「おう、任せとけ!」

 

 

キングが《スラント》を打ってくる。それに合わせて《ホリゾンタル》で迎撃する。

俺達は互いの剣技を相殺し、仰け反る。

が、キングはいつだったかの俺のように、その体勢を次のソードスキルに繋げる。

 

キングは両手剣スキル《テンペスト》を打ってくる。

単発技だ。

 

ヒースクリフはソードスキルを使わずに普通に受けきる。

ノーダメージのようだ。どんだけ堅いんだよ。

 

ノックバックから立ち直っていた俺は、片手剣ソードスキル四連撃技《バーチカル・スクエア》をキングに叩き込む。

一応このスキルは《麻痺付与》を持ってるんだが、相手はボスだ。はなから期待していない。

 

 

 

 

俺達は安定した。

――キリト達はどうだ?

 

KoBはあまり心配していない。

数が増えたということは恐らく、一体一体の能力はさほど上がってないだろう。

 

――問題はキリト達だ。二人+αで行けるのか?(タンク)もいないんだぞ?

 

 

 

 

 

「おおぉぉぉ!!」

 

「はああぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

―――何の心配もいらなかった。

完璧なコンビネーションでスイッチしながらどんどんナイトのHPを削っている。

ダッカーがいらないくらいだ。

 

そのダッカーはというと、黒猫団の方で攻撃しつつも、常にキリト達が視界に入るような位置に動いている。

しっかり状況把握が出来ている証拠だ。

 

その成長に、こんな状況なのに嬉しくなった。

 

 

――いや、今は目の前の敵に集中しねぇとな。

安定してる時こそ慎重に、だ。

 

 

キングが再び硬直から回復し、剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、ついに。

 

 

 

「これで、終わりだぁ!!」

 

 

俺は片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を放つ。

剣が血色の輝きを帯び、キングの身体を切り裂いた。

 

キングは身体を震わせると、身体をポリゴン片にして爆散する。

 

そして俺の目の前に【You got the Last Attack!!】というシステムメッセージと、獲得経験値やコルが表示された。

 

 

「―――終わった」

 

 

誰かの呟きのあと、ボス部屋が歓声に包まれる。

 

 

「ご苦労だった」

 

 

俺はヒースクリフの声に振り返る。

 

 

「君の的確な指示のおかげで場をすぐに立て直せた。改めて礼を言おう」

 

「それを言うならこっちもだ。

あんたが一人で両手剣を受けきってくれたからこの作戦が使えたんだ。さんきゅな」

 

「うむ」

 

 

ヒースクリフと握手を交わす。

 

 

「んじゃ、俺あいつらんとこ行くわ」

 

「そうか。私はこれから団員を集めて上層をアクティベートしてこよう」

 

「ああ、よろしく」

 

 

ならヒースクリフに呼ばれる前にアスナと少し話しとくか。

 

 

 

 

「おい、アスナ」

 

「え?ああ、カイじゃない。どうしたの?」

 

 

アスナが振り返る。

栗色の髪がボス部屋の明かりを受けてキラキラと輝く。

 

コイツマジで整った容姿してんな。

 

 

「いや、お疲れってな。キリトと息ピッタリだったな」

 

「え!?そ、そうだったかしら」

 

「ああ、文句なしだ。

レベルが高いのもあるだろうが、ナイトを二人で圧倒するとは思わなかった。

もしかしたらやってくれるかな、とは思ってたけどな」

 

「あ、えと、その、そ、そうよ!レベルが高かったからよ!」

 

 

アスナはキリトの話題となるとテンぱるな。

キリトと話すのは大丈夫そうなのに。

 

 

「落ち着け。もう俺の前で無理してごまかさなくていいから。

別に誰にも言ったりしねぇし。

と、そうだ。ヒースクリフが団員集めて上行くって言ってたぞ」

 

「え、団長が?わかった。

わたし、もう行くわね。教えてくれてありがと」

 

「おう。またな」

 

 

アスナがヒースクリフの下へ走っていく。

次は黒猫団かなぁ。

 

 

 

 

 

「よ、ケイタ。お疲れ」

 

「あ、カイ。お疲れ、すごかったね。KoBの団長と二人でキング抑えてさ。

周りの(タンク)の人達が何したらいいかわからないって感じで立ってたよ」

 

 

その光景を思い出したのか、ケイタが苦笑いを浮かべる。

 

 

「あー、あれな。俺達でリズム掴んじまったから、あの方がやりやすかったんだよなぁ。

二人で抑えれんのにわざわざ(タンク)何人も使う必要ないだろ?」

 

「まぁね。それにしてもわかりやすい指示だったね」

 

「一刻の猶予もなかったからな、つい。

あ、アスナに出しゃばって悪かったって言うの忘れてた」

 

 

そこでサチが会話に入ってきた。

 

 

「大丈夫じゃないかな?カイのおかげで皆助かったわけだし」

 

「ならいいんだが」

 

 

おっと、そうだ。あいつにも礼言わねぇと。

 

 

「おーい、ダッカー」

 

「ん?おお、カイじゃん!どした?」

 

「いや、お前にも礼言っとこうと思ってな。

遊撃やれなんて無茶ぶり聞いてくれてさんきゅな」

 

 

素直に思っていることを伝える。

ダッカーは頭を掻きながら少し照れくさそうに言った。

 

 

「いやいや、俺なんもしてねえから。

やっぱキリトすげえや」

 

 

謙遜するなぁ、コイツ。

 

 

「んなことねぇよ。ちゃんとキリト達が視界に入るように動いて気にかけてたろ?

ああいうぱっと見は見えないサポートが大事なんだよ。成長したな」

 

「お、やったー!カイに褒めてもらえた!

……そういえばなんか厳しいことしか言われたことなかった気がするのは気のせいか?」

 

「全く気のせいじゃないな」

 

 

ササマルの追撃。

 

 

「ぐふぅ。何だろう、嬉しいのに心が痛い」

 

 

ダッカーのリアクションに笑いが起こる。

やっぱり黒猫団は雰囲気がいいな。

 

 

「ま、今日は助かった。皆お疲れ。またな」

 

「うん、またな、カイ」

 

 

代表してケイタが返してくれた。

手を振って黒猫団と別れる。

 

さて、キリトんとこ行くか。

なんか忘れてる気がしないでもねぇけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトのところに行くと、クラインと話をしていた。

あ、忘れてたのクラインじゃん。

 

 

「よ、クライン。お疲れ」

 

「おお、カイ!お前ェさんこそな!」

 

「そうだな。お前はでかい一撃食らって、後半ほとんど寝てたもんな」

 

 

軽く笑いながらクラインをからかう。

 

 

「だってよぉ、あんなのがくるとは思わねぇだろ?……待てよ?おい、カイ。

なんでお前ェ、あそこからソードスキルが続くってわかったんだ?」

 

 

クラインが真面目な顔をして聞いてきた。

────ふむ、ならこっちも真面目に答えるか。

 

 

「クラインは俺のスタイル知ってるよな?」

 

「ああ、お前ェさんは短剣、片手剣、曲刀を状況に応じて使いわけるって奴だろ?知ってるぜ」

 

「あれ?カイ、言うのか?」

 

「ああ、まぁクラインなら大丈夫だろ」

 

 

キリトが不思議そうに聞いてくる。

そりゃそうだろうな。俺は情報を出したがらねぇし。

 

 

「……?何の話だ?」

 

「クライン、これは言いふらしてほしくねぇんだけど、実は俺全部の武器使えるんだわ」

 

 

 

 

 

 

………あれ?クラインから反応がな――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああぁぁぁぁ!?」

 

 

と、思ったら大音量で返ってきた。

 

 

「ちょ、ちょいと待ってくれ。そうすると何か?

お前ェは俺が持ってるカタナも使えると?」

 

「ああ、さすがにまだ熟練度が低いから実戦レベルじゃねぇけどな」

 

「……お前ェはホントに規格外だな」

 

 

――また言われてしまった。これ人に言われんの何回目だ?

現実も合わせたら大変なことになるぞ。俺なんかまだまだだと思うんだけどなぁ……。

 

 

「一応褒め言葉として受け取っとく。

そんで、俺両手剣スキルはそこそこなんだよ。片手剣もかなりのもんだし……。

で、キングの構えに違和感を感じたんだが。その次に来るってわかったのは勘だったんだよな。

なぁ、クライン。お前、武器カテゴリが違うソードスキルって繋げれるって知ってるか?」

 

「いや、知らねぇな。確かな情報なのか?」

 

「俺とキリトが検証して実証した。それが信じられなきゃダメだけどな」

 

「検証だぁ?何と何を繋げようとしたんだよ?」

 

 

ん、ちょっとうろ覚えだ。

キリトもいるし確認するか。

 

 

「キリト、あれって第二層の時だっけ?」

 

「ああ、アスナの強化素材集めの時だ」

 

「そういえばそうだったか。

ともかく第二層で俺達三人である賭けをしてな。

そんときキリトが片手剣スキルに体術スキルを繋げたんだよ」

 

「体術ぅ?エクストラスキルか?」

 

 

あ、クラインは知らないんだっけ。

 

 

「ああ、そうだ。んで、そのときわかったんだよ。

その経験があって、連続で飛んでくるかなと思ったんだ」

 

「そーいうことだったのか……。納得だぜ。

ま、お前ェさん達の検証なら正しいだろ。

よし、俺は今日は帰るかな。

またな、キリト、カイ」

 

 

クラインが手を振ってくる。

俺達も振り返した。

 

 

「おう、じゃあな」

 

 

とキリト。

 

 

「またな。今日はマジでお疲れ」

 

 

と俺。

 

クラインはそのまま後ろ手に手を振りながら帰っていった。

 

 

 

 

「さて、と。俺達も帰るか」

 

「そうだな。さすがに疲れた」

 

「そういえば、お前とアスナ、息ピッタリだったな」

 

「そ、そうか?そんなことないと思うけど」

 

「いやいや完璧だった。まるで夫婦かってくらい完璧だった」

 

「ふ、夫婦ぅ!?」

 

 

キリトもアスナのこと意識してるんだよな………。

ホントにさっさとくっつけよこいつら。

他人の口から伝えられんのも嫌だろうし、そんなことするつもりもないから言わないけどよ。

 

 

「夫婦は冗談だ。

ま、帰ろうぜ」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達はホームがある第五十層に戻った。

 

 

シリカに今日のボス戦のことをメッセージで伝えた。

心配させちまっただろうからな。こればっかりはしょうがないとは言っても。

 

シリカから返信が返ってきた。

 

『心配しました。でも、さすがカイさん!カッコいい!

あたしも早くレベルを上げてカイさんと一緒に戦いたいです。頑張ります。

今日はお疲れ様でした。ちゃんと休んで疲れを取ってくださいね。お休みなさい』

 

 

―――なんてできた彼女なんだろうか。

すげぇ嬉しいんだが。

 

とりあえず返信だな。

 

 

『心配させてごめんな。でも、こればっかりはしょうがねぇからよ。

必ず生きて帰ってくるから安心してくれ。

そうだな。俺もシリカと一緒に戦いたい。でも、焦りは禁物だ。

無理せず着実にレベルを上げていこう。俺も手伝うからすぐだよ。

ありがとな。しっかり休むよ。シリカも疲れは残すなよ?じゃ、お休み』

 

 

と、こんなとこか。

送信、っと。

 

 

 

さて、今日はもう寝るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デスゲーム開始から約一年半。

現在の攻略状況は第五十七層まで攻略完了。

残る階層は四十三層。

 

 

俺達は、明日も攻略を続ける。

 

 




読んでいただきありがとうございます。
gobrinです。

シリカとのいちゃいちゃは書けるとしてももう少し先になります。

さて、今回は完全オリジナルストーリーということでしたが、いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけていれば幸いです。

感想、意見、質問その他、お待ちしております。


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第八話 圏内PK

圏内PKの話です。

カイの過去にちょっと触れるかも。
あと、今回カイがちょっとばかし荒れます。
ついでに推理力も冴え渡ります。




 

 

今、俺達は空を見ている。

 

 

別に立って見上げているわけじゃない。

寝転んで空を見上げているんだ。

 

 

今日はキリト曰く「最高の気象設定」らしい。

確かに言われてみるとそんな気もするんだが……。

自分で気づくってすごくね?

 

まぁ、そんな経緯でキリトにひなたぼっこするのを勧められてやってみてるってわけだ。

――これがすげぇ気持ちいい。最高の気象設定というのも納得だ。

 

 

シリカを誘おうと思ったんだが、今日はクエをやるらしい。

一人でやってみたいです!って満面の笑みで言われたら引き下がるしかねぇ。

なにかあったら無理せず離脱して、連絡しますって言ってたから大丈夫だろう。

 

最近シリカも戦い方がかなり上手くなってきたからな。

俺と組んでやる戦闘と一人でやる戦闘はもう大丈夫ってレベルまで上達した。

あとはパーティーでの戦闘だが………ま、何とかなるだろ。

 

 

 

――考え事してたらちょっと眠くなってきたな。キリトに相談して交互に寝るってのもありか。

よし、それならキリトに相だ――

 

 

「ちょっと、あなたたち。攻略組の皆が必死に迷宮区に挑んでる時に何のんびり昼寝してるのよ」

 

 

俺達の横の芝生が踏まれる音とともに、聞いたことのあるようなキツい声が上から降ってきた。

――うん。完全にアイツだな。

 

応対はキリトに任せよう。

 

 

「今日の気象設定は一年の中で最高だ。こんな日に暗い迷宮に潜ってたらもったいないだろ」

 

「天気なんて毎日一緒でしょ」

 

「アスナも寝転んでみればわかるよ」

 

 

俺達に声をかけてきたのはKoBの副団長であるアスナだった。

言うだけ言って、そのままキリトは寝返りを打ってしまう。

こいつ別に挑発してるわけじゃないんだよな?不安になってくるんだが。

 

ま、アスナが俺達と一緒に昼寝なんてするわけが―――――え?

 

 

「…………え?」

 

 

キリトは驚きを声に出してる。

 

俺は何とか堪えたが……。

……でも、え?何してんのこの人?突如寝転んだんだけど。まさか、マジで寝るつもりか?

 

キリトはキリトで知らない、というように目を閉じやがった。おいコラこの野郎。

 

…………え?ホントにどうすればいいの、この状況?

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

キリトはうたた寝を、アスナは熟睡を敢行なさった。

 

 

…………はぁ。俺はボディガードじゃねぇんだぞっての。やるけどよ。

 

 

《圏内》でも寝ている相手の指を勝手に動かして、デュエルを無理矢理受けさせたり、トレードを了承させることが可能なのがこのゲームだ。

 

 

《圏内》――正確には《アンチクリミナルコード有効圏内》。この中では他のプレイヤーにダメージを与えることは基本的にできない。

どんなにプレイヤーにソードスキルを叩き込もうとしても紫の壁に阻まれて終わる。

 

だが、デュエルをすればその限りではない。デュエル中はダメージが通る。

それを利用して寝ている相手の指を動かして、《完全決着モード》のデュエルを受けさせ、殺す。

ということが実際に起こった。あの性根の腐った殺人者(レッド)の連中は嬉々として人を殺しやがる。

 

―――今度見つけたら絶対に殺す。

 

―――――過去の記憶が呼び起こされ、俺の心にものすごい憎悪が宿った。

 

 

 

 

ま、そんなこと今は置いといて。

 

てなわけで、デスゲームとなったこの世界では《圏内》でも場所を選ばずに寝ることは十分に危険なことなのだ。

もし今日の俺達みたいにしたいんだったら、《索敵》スキルの接近警報を使うとかの策はあるが。

 

ちなみにさっきも警報がなったから近づいてくるやつがいるのは気づいてたぞ。

それ以前に俺達熟睡はしてねぇし。

 

 

ま、この二人は俺の大事な仲間だからな。守るのは全然いいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに二十分ほど後。

 

 

「ふわぁぁぁ〜〜。ん、ああ、カイ。ガードさんきゅーな」

 

「気にすんな。当然だ」

 

 

キリトが起きた。

 

 

「つーか、さっきからふざけてる奴らがいてよ。

記録結晶で撮ってくる奴らだ。いい迷惑だぜ」

 

「あー、ここ転移門広場に近いもんな。しかもアスナ。無理もないんじゃない?」

 

 

そう、いまキリトが言ったようにここ、中央広場は転移門広場のすぐ側だ。

今は昼前で行き交うプレイヤーが多いのも仕方がないんだが……。

 

 

「許可なくやってるってのが気にいらねぇ」

 

「だろうな。で?カイはそのままにしてたのか?」

 

「まさか。きちんとO☆HA☆NA☆SIして譲ってもらったよ」

 

「そうか。ならよかった」

 

 

そう、O☆HA☆NA☆SIだよ、O☆HA☆NA☆SI。大事なのは言葉(こぶし)だよな!

 

 

「じゃ、俺はこれからはそういう方面やるから、キリトは直接ガードしてやってくれ」

 

「おう、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――八時間後。

 

アスナは小さなくしゃみとともに目を覚ました。

寝すぎだろ。俺達昼飯抜きなんだぞ。

 

 

「……うにゅ………」

 

 

………寝ぼけているんだろう。謎言語を発したアスナはキリトを見上げ、顔色を立て続けに変えた。

赤→青→赤だ。多分羞恥→苦慮→激怒だと思われる。

恐らくアスナは何故キリトが自分の傍らであぐらをかいているのか瞬時に理解したんだろう。

 

そんなアスナにキリトは全力の笑顔で告げる。

 

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

 

アスナの右手がピクリと震えたが、アスナはそこで自分の感情を抑えきったようだった。

あいつ、さては剣を抜きたくなったのを堪えたな?

キリトに静かに提案する。

 

 

「ゴハン一回何でも幾らでも奢る。それでチャラでどう」

 

 

でも、俺に気づいてねぇみてぇだな。

声かけるか。

 

 

「アスナ、俺は?」

 

 

その瞬間、アスナの動きが完全に止まった。

声で誰が声をかけたか理解したはずだが、確認のためかゆっくり俺のほうに顔を向ける。時間にして五秒。

そして、俺がいることを視覚でも確認して、その場でうなだれた。

 

 

 

 

 

 

 

気を持ち直したアスナが俺にも提案してきた。

 

 

「………カイも、ゴハン一回で、どう」

 

「んー、それよりも一回だけアスナの可能な範囲で俺の意見を後押しさせる権利がいいな」

 

「………そんなのでいいの?可能な範囲って言ったわよね?」

 

「ああ。アスナに、アスナの可能な範囲で俺の意見を、俺が望んだ時に一度だけ後押しさせることができる権利がいい。貸し一つってことでな」

 

「…………何を企んでるの?」

 

 

すげぇ言われよう。信用ねーのな。

 

 

「そんなんじゃねーよ。保険だ」

 

「保険……?」

 

「ああ。貸しはそれでよさそうだな。

っと、そうだ。ほいこれ。道行く奴らが記録結晶で撮ってったのをO☆HA☆NA☆SIで譲ってもらったやつ。

処分するなり何なり好きにしてくれ。

じゃあ俺は適当に食べ歩きでもしてるよ。

キリト、食べ終わったらメッセ飛ばしてくれ」

 

「ああ、わかった」

 

 

俺はキリト達と別れて、転移門のほうへ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、次は何を食べようかなっと」

 

 

転移門を使って五十七層に移動した俺は三つ目の屋台で軽めのものを買って食べた後、四つ目の屋台を探していた。

こういう食べ歩きは昔から好きだ。

………あの人達が好きだったからかな。

 

そんな感慨に浸っていると―――

 

 

「………きゃあああああ!!」

 

 

という悲鳴が聞こえた。

 

 

―――どこだ!?

 

――こっちか!!

 

 

声が聞こえた方向に全力で走り出す。

 

再度悲鳴が聞こえてきた。

その悲鳴を頼りに位置を把握する。

 

 

そこの広場!!!

 

 

通路から広場に飛び出す。

そこで展開されていた光景に俺は――

 

 

 

 

―――違和感と既視感を覚えた。

 

 

 

 

 

何だ?何が引っかかっている?

――いや、今はそんなことはどうでもいい。状況をすぐに把握!

 

 

広場の北側に教会らしき建物がある。

その窓からロープが出ている。

そのロープの先には、男がぶら下がっている。

その男が装備しているフルプレート・アーマーごと胸を貫き、短槍(ショートスピア)が刺さっている。

そしてその胸の傷口からは赤いエフェクト光が漏れ続ける。

 

あれは《貫通継続ダメージ》が発生している証拠だ。

 

 

キリトとアスナの姿が見られた。

 

 

「キリト!状況は!?」

 

「カイか!わからない!お前の投剣スキルでロープを狙えるか!?」

 

「了解、やってみる!」

 

「君は下で受けとめて!」

 

「わかった!」

 

 

アスナが建物の中にもの凄いスピードで飛び込んでいく。

 

 

俺はできる限り近い距離でピックを打ち出すために、敏捷ステータスの限りを使ってのジャンプを目論む。

建物の壁を使って高さを稼ごう。助走が必要だ。

……よし、行くぞ!

────走り始めてから俺はさっき感じたものの正体に気づいた。

 

 

 

――――――これで違ったら不謹慎極まりないな。

 

 

 

俺は一番高い地点に到達した瞬間、フルプレ男と視線を合わせる。

 

――そして、ニヤリ、とフルプレ男に笑いかけてみた。

 

…………フルプレ男の表情が失望――ではなく単純な驚きに染まった。

怒りの色がないその驚きは、死が迫るこの状況で浮かべるには適さない。

 

――となると、そうか。だが、目的はなんだ?

 

 

俺は落下に入りながら、ピックを取り出し、投剣ソードスキル《シングルシュート》を使う。

ピックは俺の狙いと寸分違わず、()()()()()()()()

 

俺の落下の途中で、音声エフェクトとともに、男の姿はポリゴン片を残して消えた。

 

男を貫いていた短槍が広場の床に突き刺さる。

 

 

たくさんのプレイヤーの悲鳴が重なる中、俺はある物を探していた。

キリトも探しているのが見える。

 

 

――《デュエル勝利者宣言メッセージ》だ。

これが出てしまうと俺の考えが全く違うということになり、俺がただの薄情なクズ野郎になる。

しかもさっきの男が本当に死んでしまったということと同義でもあるし。

 

それはどちらもごめん被りたい。

 

 

キリトが周囲の喧騒に負けないように声を張り上げる。

 

 

「みんな!デュエルのウィナー表示を探してくれ!」

 

 

デュエルの表示は三十秒で消えてしまう。

もう男が消えてから十秒くらい経つ。

デュエルのウィナー表示がどこに出るかは知らないがそんなに離れることはないだろう。

 

中に出てるのか。

それだと最悪だがアスナが見つけているはずだ。

 

アスナが窓から身を乗り出した。

 

 

「アスナ!ウィナー表示あったか!?」

 

「無いわ!システム窓もないし、中には誰もいない!!」

 

 

キリトの問いかけにアスナが叫び返す。

 

 

「ダメだ……。三十秒経った……」

 

 

誰かの呟きが聞こえた。

誰も表示を見つけられなかったようだ。

 

皆の心情を考えると不謹慎極まりないが、俺の考えの第一段階は突破した。

 

 

 

 

 

 

俺が念のため外で建物の入り口を見張っていると、中を調べていたキリトとアスナが出てきた。

 

 

「お疲れ。中に誰かいたか?」

 

「いや、いなかった。誰も出てきてないよな?」

 

「俺達の索敵スキルで看破(リビール)できないアイテムはまだドロップしてないよな?なら、誰も出てきてねぇよ。

動きながら俺の索敵をごまかすのは《隠蔽(ハイディング)》スキルを完全習得(コンプリート)してても多分無理だしな」

 

「それは確かな情報なの?」

 

「アルゴに協力してもらって調べたことがある。

あいつの隠蔽スキルでは無理だった」

 

「アルゴで無理なら恐らく誰にもできないだろうな……。

すまない、さっきの一件を最初から見てた人、いたら話を聞かせてほしい!」

 

 

詳しいステータスは買ってないからわからないが、アルゴのことだ。

どうせ隠蔽スキルや聞き耳スキルといった補助スキルが特に高いに違いない。

 

キリトが手をあげて野次馬に呼びかける。

すると、一人の女性プレイヤーが出てきた。

 

ビクビクしている女の子に、アスナが優しく話しかける。

 

 

「ごめんね、怖い思いしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」

 

「あ……あの、私、《ヨルコ》っていいます」

 

 

この声……悲鳴を上げた本人か。

 

 

「もしかして、さっきの……最初の悲鳴も、君が?」

 

 

キリトも気づいたようで、確認をとっている。

 

 

「は……はい」

 

 

ヨルコは頷いた。

そして、瞳に涙を浮かべながらポツポツ話し始める。

 

 

「私………さっき、殺された人と……友達だったんです。

今日は、一緒にご飯食べにきて……でもここではぐれちゃって……そしたら………」

 

 

それ以上は言葉にならなかったのか、両手で口を覆った。

 

アスナがヨルコを教会の中へ導いて長椅子に座らせ、自身も隣に腰を下ろし、ヨルコの背中をさする。

俺とキリトは少し離れたところに立って、ヨルコが落ち着くのを待っていた。

 

少しは落ち着いたのか、ヨルコがアスナに礼を言って、再び話し始めた。

 

 

「あの人、名前は《カインズ》っていいます。昔、同じギルドにいたことがあって……。

今でも結構仲がよくて、今日も晩ご飯を一緒に食べるはずだったんですけど、見失っちゃって……。

それで、辺りを見渡してたら、ここの窓からカインズが落ちてきて、宙吊りに……。

しかも、胸に槍が刺さって………」

 

「そのとき、誰かを見なかった?」

 

 

アスナの質問に、ヨルコは一瞬黙り込む。

そして、躊躇うように頷いた。

 

 

「はい、後ろに誰か……いたような気が、しました……」

 

「その人影に、見覚えはあった?」

 

 

再度のアスナの問いに、しかしヨルコはわからないというように首を横に振った。

そこに、キリトが問いかける。

 

ちなみに俺は、さっきから自分の考えをまとめるのに必死だ。

話は聞いてるが、質問する気はない。

 

 

「その、嫌なことを聞くようだけど……心当たりはあるかな……?

カインズさんが、誰かに狙われる理由に……」

 

 

確かに嫌なことだが、聞かないわけにもいかないだろう。

だが、この問いにもヨルコは首を横に振った。

 

 

「そうか、ごめん」

 

 

キリトが端的に謝った。

 

 

 

 

 

 

一人で下層に戻るのが怖い、というヨルコを宿屋まで送り届けた俺達は、ひとまず現場に戻った。

 

そこには攻略組を主なメンツとした、二十人弱が残っていた。

 

キリトとアスナが、死んだプレイヤーの名前がカインズであること、殺害の手口が不明であることを伝えた。

未知の《圏内PK》の手段があるかもしれない、ということも。

 

キリトの、当面は街中でも気をつけたほうがいい、という警告を広めてくれ、という依頼を大手ギルドのプレイヤーが受諾し、解散した。

 

 

「さて…………次はどうする」

 

 

キリトの問いかけに答えず、自分の用件を告げる。

 

 

「キリト、悪い、俺はあんま協力できねぇ。

…………お前ならわかると思うが」

 

「ああ、わかってる。俺とアスナで調べるよ。

ただ、なんかあったら呼ぶかもしれないから、その時は協力してくれ」

 

「ああ、わかった。………すまねぇな」

 

「気にするな」

 

「……本当に、すまねぇ」

 

 

――――俺はこの事件の真相に気づいちまった。

動機まではわからねぇけど。

 

でも、相棒を騙すことに変わりはねえ。

だから、すまねぇ。

 

 

「ちょっと待って、それはどういう――」

 

「アスナ、いいんだ」

 

 

アスナが俺を問いただそうとするのをキリトが遮る。

俺はもう一度キリトに「悪ぃな」と告げて、転移門に足を向けた。

 

後ろでアスナがキリトに詰問していたが、キリトは答えなかった。

――本当、いいダチを持ったな、俺は。

 

俺は、転移門を使って、始まりの街に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりの街には、《生命の碑》というものがある。

 

そこにはアインクラッドにいる全プレイヤーの名前が記されており、死亡したプレイヤーの名前には横線が引かれる。

日時と、死因もだ。

 

さっきヨルコは、《カインズ》の綴りは《Kains》だと言っていた。

つまり―――()()()()()()()()()()()()()()()

そして、《Kains》のほうのカインズ氏は、すでに死んでいるのだろう。

――違う綴りのカインズ氏が消えたのと同時刻。しかし去年の同時刻に。

 

………考えられる綴りは《C》で始まる綴りか?

《K》で始まると、確認された時にバレやすくなるだろうし。まあかなり偶然が重なった結果だろうけど……。

 

よし、《C》のところを探そう。

 

 

 

 

 

 

 

十数分後、俺はヨルコが泊まっているはずの宿屋に来ていた。

 

今日の出来事に恐怖している、ということになっているから、さすがに部屋にいるだろう。

 

 

ヨルコの部屋の前に着き、扉をノックする。

 

 

「夜分遅くに失礼するぜ。事件のとき、キリトやアスナと一緒にいたもんだ。

ニューカイっていう。ちょっと話がしてぇ。部屋に入れてくれると嬉しいんだが」

 

「……な、何の話でしょうか……?」

 

「カインズについてもう少し話を聞いておきたくてな」

 

「…………どうぞ」

 

 

扉が開き、中に通される。

椅子を勧められたから、それに座る。

ヨルコがベットに座ったのを見て、話を切り出した。

 

 

「《カインズ》―――《Caynz》。これが今日消えたほうのカインズ氏の本当の綴りだ」

 

 

俺の言葉に、ヨルコの肩が震えた。

 

そして、数十秒後、観念したように声を出した。

 

 

「―――――どうして、わかったんですか?」

 

「最初に感じたのは、既視感だ」

 

「既視感?」

 

「ああ。あの貫通継続ダメージのエフェクト。あれに既視感があった」

 

「それは………当然なんじゃないですか?

あなたは、攻略組なんでしょ?」

 

「そういう意味じゃない。圏内で発生しているあのエフェクトに見覚えがあった。

俺は、とある事情で実験したことがある。

圏外で発生した貫通継続ダメージはどうなるんだろうってな。

圏内でダメージを発生させる方法を探していたんだが、そんなことはどうでもいい。

そのときは、違和感はあったが圏内でダメージは受けなかった。ダメージエフェクトはそのままなのにな。

そして、俺はこう思った。――装備品の耐久値はどうなるんだ?と」

 

 

そこで俺は一息つく。

ヨルコは黙って俺の話を聞いていた。

 

 

「実験の結果、耐久値は減ることがわかった。

防具に刺さったままだと、いずれ耐久値が全損する。

耐久値が全損したとき、どんなことが起こるのかは知っての通りだ。

――防具のサイズに合わせた爆散エフェクトが発生する。

あのときの光は、カインズ氏の爆散エフェクトじゃない。

フルプレート・アーマーのものだ。

それと、同時に発動された転移結晶の光だな」

 

 

ヨルコに目線で尋ねる。

 

――あっているか、と。

 

ヨルコはため息とともに答えた。

 

 

「正解です」

 

「それと同時に感じたのは違和感だ。

なにかのPK手段があって、デュエルじゃなかったとしても、あそこまで完璧に短槍が刺さるとは思えない。

しかも、わざわざフルプレ纏ってあんな教会の二階に行く必要ねぇだろ。

なら、その辺で刺して回廊結晶で飛ばした?

いや、そんな目立つことしたら確実に誰かに気づかれる。

それに、本当にダメージを与える方法があったんだとしたら、あんなことしたらすぐさま死ぬぞ。

ロープにくくりつける時間も必要だしな」

 

 

再び一息つく。

ヨルコはただじっと俺を見つめていた。

 

 

「さらに、アンタの話を聞いて違和感が増した。

なんで飯を食いにきたのにフルプレを着込む必要がある?

明らかに不自然だ」

 

そして、結論を述べる。

 

「つーわけで、カインズ氏は生きてると踏んで、確認しに行ったわけだ。

ここまで派手にやったんだ。名前の間違いからバレるようなヘマはしてないはずだ、ってな。

だから、お前に教えられたほうの《Kains》じゃないほうの《カインズ》を探して来たのさ」

 

「………はぁ。

それで、どうしますか?

このことを、周りに知らせます?」

 

 

ため息とともに、ヨルコは完全に諦めたような声色で話す。

 

 

「いや、それは動機を聞いてみねぇと何とも言えねぇな。

あれは見せしめって感じがしたし。

というわけで、俺に動機を教えてくれねぇか?」

 

「……え、ええ。わかったわ」

 

 

ヨルコは目を丸くしながらも、了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヨルコの話をまとめると、こうだった。

 

 

《黄金林檎》というヨルコやカインズが所属していたギルドがあった。

そのギルドは毎日の宿代と食事代を稼ぐために狩りをする、といったタイプのギルドだった。

だがある日、中層のダンジョンでレアアイテムをドロップした。

それをパーティーメンバーの誰かが装備して使うか、売却するかで意見が割れた。

多数決の結果、五対三で売却になった。

反対派は、カインズ、ヨルコ、それと、《聖竜連合》リーダーのシュミットだったそうだ。

それを受け、ギルドのリーダーが前線の競売屋に委託して、オークションで売ることになった。

―――だが、そこで悲劇は起こった。

そのリーダーが、殺害されたというのだ。

《睡眠PK》。寝ている相手にデュエルを受けさせ殺すやつだ。

だが、ヨルコとカインズは納得がいかなかった。

なぜそんなにもあっさりとリーダーが殺されてしまったのか。その理由は何なのか。

その後、シュミットが急激に力をつけたため、あいつに何かあると睨んでいたらしい。

そして、《Kains》さんが死亡しているのに気づいた二人は、今回の作戦を思いついた。

――――すなわち、いもしない復讐者を作り上げ、恐怖にかられた犯人をあぶり出す作戦を――。

 

 

「――それで、ギルドの副リーダーで、リーダーの《旦那さん》でもあった《グリムロック》さんにお願いして、あの短槍を作ってもらったの」

 

「―――待て、旦那だと?」

 

「ええ、といっても、このSAO内の、だけど。

知らない?結婚システム」

 

「いや、知ってる。幾つか質問があるんだけど、いいか?」

 

 

俺はとあるプレイヤーに送るメッセージを作成しながら質問する。

 

 

「ええ、いいわよ」

 

「まず一つ。シュミット以外に、いきなり金銭的に充実した奴はいるか?」

 

「いいえ、いないわ」

 

「じゃあ二つ目。アンタらはその《グリムロック》って奴に作戦を全部教えたのか?」

 

 

メッセージの作成終了。送信。

 

 

「ええ、話したわ。それが礼儀だと思ったし」

 

「なら最後だ。その作戦の終着点は、どこだ?」

 

「シュミットに、あの日何があったか言わせること。

私達は事件の真相がわかればいい。

多分、シュミットは第十九層にあるリーダーのお墓に懺悔しにくると思う。

そこでの供述を全部録音して、真意を問いただして、終わり、かな?」

 

 

返信。え、早すぎね?どんだけ暇なんだアイツ……。

その内容を見て、確信する。

 

聞きたいことを聞き終えて、俺は、この作戦の()()()()()()()()()()()()()()

 

…………だが、これをヨルコ達に伝えるのは得策じゃねぇな。

 

 

「…………わかった。

んで、この作戦のことだが、自主的には口外しない。

キリト達が真実に辿り着いたら、話すけどな」

 

「本当!?」

 

「ああ。だが、一つ条件がある」

 

「……なにかしら?」

 

 

ヨルコが訝しげに尋ねてくる。

 

 

「作戦の最後の懺悔のとき、俺も一緒に居させてくれ」

 

「………え?」

 

 

ヨルコが何を言ってるんだろうこの人は?的な目で見てくる。

 

 

「頼む。そこで聞いたことは他言しないし、懺悔中に出ていくこともしない。ただ居させてくれればいい」

 

「……ええ、わかったわ……?」

 

「助かる」

 

 

ヨルコに了承をとって、フレンド登録した。

これで、いつでも連絡が取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨルコと別れ、俺は先ほど考え至ったことを夜道で呟く。

 

 

「…………俺の考えが合っていれば、最後の場面、殺人者(レッド)の奴らが出てくる」

 

 

………………上等だ。出てきた奴ら全員――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 




一話で終わらせると結構長くなりそうだったので、分けることにしました。

次回、圏内PK騒動が終わります。

カイの過去がちゃんと明かされる予定です。
あくまでも予定です。
予定は未定です。
善処します。


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第九話 事件の真相と仇敵との再会

最近色々忙しくて全然更新できなかったorz
お待たせしました。

圏内PK事件、解決です。

あと、今回のカイに不快感を覚える人がいるかもしれません。
先に謝っておきます。申し訳ありません。

作者は必要な描写だと思っております。



 

 

 

ヨルコの話を聞いて、約束を取り付けた翌日の昼前。

 

キリトからメッセージが届いた。

 

 

『これからKoBの団長さんに殺害手口の意見聞くから、カイも参加してくれ。

カイもなにか思いついたことがあったら質問してほしいんだ。いままで調べてわかったことは教える。

ついでに昼飯は奢る』

 

 

罪悪感に軽く押しつぶされそうになったが、協力できる時はすると言った手前、断るわけにもいかない。

 

 

『わかった。場所は?』

 

 

と返信すると、

 

 

『アルゲードだ』

 

 

と返ってきた。

 

《アルゲード》は第五十層の主街区だ。

俺とキリトのホームもここに買ってある。

 

といっても、いま俺はシリカと一緒に第四十七層にホームを買って住んでいる。

色々と思い出の場所だからな。

景色も綺麗だし。全部が花で覆われてる層なんてあそこしかない。

 

ともかく、俺はアルゲードに転移する。

着いてすぐにキリトを探す。

 

―――――いた。

 

キリトとアスナに近よる。

 

 

「うっす。昨日ぶり」

 

「おう。昨日ぶり。来てくれてさんきゅな」

 

「ほとんど協力できてねぇのに、さらに断るなんてできねぇよ」

 

 

罪悪感を覚えるが、堪える。

――それに、罪悪感よりも憎悪の方が強い。

 

 

「――アスナは、俺に事情聞かなくていいのか?」

 

 

不躾だとは思ったが、聞かずにはいられないので聞いておく。

 

 

「………言いたくないことを無理矢理聞き出すわけにはいかないから」

 

「……ありがとよ」

 

 

アスナに礼を言ったのと同時に転移門が光を放ち、一人の男を吐き出した。

 

 

――かの有名なKoB団長様、《神聖剣》ヒースクリフだ。

 

ホント、皆二つ名かっこよくていいな。

 

 

アスナがめちゃめちゃ綺麗な敬礼をして、ヒースクリフに謝っている。

だが、ヒースクリフは満更でもなさそうだ。

 

 

「何、ちょうど昼食にしようと思っていたところだ。

かの《黒の剣士》キリト君にご馳走してもらえるなんてぇ〜そうそうあるとも思えないしぃ〜。

そ〜ゆ〜意味では〜ある意味ちょ〜ラッキ〜ってゆ〜か〜」

 

 

キリトも二つ名かっこいい。うらやま。

 

ちなみに今のヒースクリフの喋り方には絶対に言及しないからな!

絶対しないからな!ぜっっっっっっっったいだからな!

 

そしてキリトとアスナは平然としていた。Why?

 

 

キリトの案内で、俺達は入り組んだ路地裏に入っていく。

 

………って、おいおい、この道ってまさか。

 

 

「おい、キリト。この道って……」

 

「お、さすがにカイはわかったか。そう。()()()だよ」

 

「「あの店?」」

 

 

ヒースクリフとアスナの声が重なり、キョトンとした。

何とも珍しい光景だった。

 

五分ほど歩いたところで、俺達の目の前に薄暗い店が現れた。

 

俺が思うに、この店がアルゲード一胡散臭い店だ。

キリトもそう思っているだろう。

いったいこの店の何がキリトの琴線に触れたのか。

 

 

中は予想通りの無人だった。

確かにこういう話をするにはうってつけだが………。

中に入って席に着き、キリトが《アルゲードそば》四人前を注文する。

 

 

アスナがヒースクリフに説明しているのを俺も聞いていた。

カインズ氏が消えたところで、ヒースクリフの眉がピクリと動いたが、反応はそれだけだった。

さすがの胆力だ。

 

 

「そんなわけで…………団長の知恵を拝借できればと……」

 

「では、先にキリト君の推測から聞こうじゃないか。

カイ君にも聞きたいが今回はあまり参加していないなら仕方がない。

君は、今回の事件の手口をどう考えているのかな?」

 

「まあ、大まかには三通りだよな。

一つ、純粋なデュエルによるもの。

二つ、既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道。

三つ、アンチクリミナルコードを無効化する未知のスキル、アイテム」

 

 

まぁ、本当に殺人ならそんな感じになるだろうな。

 

 

「三つ目の可能性は除外してよい」

 

 

――おいおい、即答だな。

二人もそう思ったようで、ヒースクリフの顔を凝視している。

 

 

「......断言しますね、団長」

 

「想像したまえ。君らがこのゲームの開発者なら、そのようなスキルや武器を設定するかね?」

 

「「しないな」」

 

 

俺とキリトの声が重なった。

 

 

「二人とも、何故そう思う?」

 

「そりゃ、フェアじゃねぇからだ」

 

「SAOのルールは基本的に公正さを貫いている。

あんたの《ユニークスキル》は除いてな」

 

「ああ、ありゃフェアじゃねぇな」

 

 

俺達はヒースクリフにニヤリ、と笑いかける。

ヒースクリフは臆することなく俺達に微笑を返してきた。

 

………いくらコイツでも、俺達の秘密は知られてねぇはずだが……。

……いや、以前立てた俺の仮説が正しいならバレてることもある、かな。

誰かはわからないが、こいつが()()である可能性はある。

 

 

「どっちにせよ、確認のしようがない三つ目の仮説は置いときましょ。

……ということで、一つ目のデュエルによるPKから検討しましょう」

 

「よかろう。………しかし、この店は料理が出てくるのが遅いな」

 

「あんなやる気のないNPCが早く仕事するわけないだろ」

 

「俺達の知る限り、あのマスターがアインクラッドで一番やる気のないNPCだね。

そこも含めて楽しめよ」

 

 

キリトが団長さんのコップに水をどばどば注ぎながら言う。

この堅物にそんなことができるわけ――――

 

 

「うん☆わかった〜」

 

 

―――できるのかよ!てか今の何だ!?雰囲気ぶち壊しじゃねぇか!!

 

 

 

 

――そのあと、キリトとアスナが様々な考察を重ねたが、それらの疑問に対してヒースクリフがすぐに的確な答えを返していた。

 

 

………だが、いくらなんでも知識量が豊富すぎやしねぇか?

《圏内》が次の層の底まで続く円柱状の空間だとか、ウィナー表示がデュエルした奴らの中間位置またはそれぞれの前に出る、なんてこと俺でも知らなかったぞ。

アルゴですら知ってるかどうか。

それにこいつは、昨日俺の質問にも即座に答えを返してきた。

…………引っかかる。

 

俺は三人の会話を聞きながらも、頭の中では思考が渦巻いていた。

 

――知識が異様に豊富。

――ユニークスキル《神聖剣》。

――圧倒的な防御力で未だHPバーがイエローに落ちたことがないこの男。

――そしてあの日、フードが言ったあの言葉。――俺達を()()()()――

――これらの情報から推測されることは、やっぱり―――

 

 

……ィ。

 

……イ。

 

……カィ。

 

 

「カイってば!」

 

「……ん?キリト、どうした?」

 

「どうしたじゃないよ。食べ終わったしもう行くぞ。

…………具合でも悪いのか?」

 

 

気づけば、ヒースクリフとアスナは店の中にはいない。

俺達の目の前にあるどんぶりも空になっている。

 

………いつの間に食べたんだ、俺。

そんなに思考に没頭してたのか。

 

 

「ああ、悪い。ちょっとぼうっとしてた。なんでもねぇから気にすんな」

 

「……そうか?まあ、俺とアスナは調査を続ける。なんか気づいたことがあったらメッセージ飛ばしてくれ」

 

「ああ、わかった。じゃあ、またな」

 

 

キリトが心配そうにしながら店を出て行く。

俺はキリトが店を出たのを確認し、ため息をついた。

 

 

「………本当にすまねぇな、キリト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

 

俺は、第十九層にある《黄金林檎》のリーダーだったグリセルダのお墓に来ていた。

本来は単なる地形オブジェクトだが、そんなことは関係ない。

ここがヨルコ達の作戦の終着点だ。

 

グリセルダの墓の前でしゃがみ、手を合わせる。

 

 

――アンタの仲間は俺が守る。見守っててくれよ、グリセルダ。

 

会ったことのない女性に心の中で話しかけ、俺は顔を上げて立ち上がった。

 

 

「………よぉ、アンタがカインズだな?アンタが消えたとき以来だな」

 

「……ああ、ヨルコから話は聞いている。

それにしても、笑いかけられたときからバレたのかと思っていたが……。

本当にバレていたとは」

 

 

カインズが苦笑いを向けてくる。

俺も苦笑いを返しながら答える。

 

 

「偶々だよ。ところで、首尾よくできたのか?」

 

 

出てきたヨルコにも合わせて聞く。

 

 

「ええ。多分、そろそろ転移してくると思うわ………あ、来た」

 

 

ヨルコがメニューウィンドウを眺めて呟いた。

フレンド登録を残してあったんだろう。

フレンド登録している相手なら、そいつがどこにいるかわかるからな。

 

 

「じゃあ、隠れるか」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

俺達は物陰に隠れた。

 

 

 

 

 

約二十分後。

 

シュミットが現れた。

墓の前に跪き、懺悔を始めた。

 

ヨルコとカインズが黒いローブをかぶってグリセルダとグリムロックを模してシュミットの前に出て話しかける。

あれはグリセルダが愛用していたものと同じデザインなんだそうだ。

 

 

シュミットの話はこうだった。

 

 

指輪の売却が決まった日、シュミットのポーチにいつの間にかメモと結晶が入っていた。

メモにはグリセルダの後をつけ、宿屋の部屋に忍び込んで回廊結晶の位置をセーブしてギルド共通のストレージに入れろと書いてあったらしい。

メモの差出人はわからないという。

 

 

……ますます俺の予想が信憑性を帯びてきた。

てかここまできたらもう当たりだろ。まあ俺にとっちゃ、好都合だ。しくじるわけには、いかねえぞ。

 

 

報酬は指輪の売却額の半分だったらしい。

手に入れるはずだった額は売却額の八分の一。

それが二分の一になる。四倍だ。目が眩むのもわからないでもない。

 

 

シュミットは必死に弁解した。

 

 

「…………オレはグリセルダに指一本触れてない!

ま、まさか……指輪を盗むだけじゃなくて、こ、殺しちまうなんて、オ、オレも思ってなかったんだ!」

 

 

ヨルコ達はリアクションを返さずに、シュミットを見つめ続ける。

シュミットは恐怖で歯をガチガチならしながらも精一杯声を張り上げた。

 

 

「オレは……こ、怖かったんだ!もしあのメモのことを仲間に言ったら今度はオレが狙われると思って……だ、だから、あれを書いたのが誰なのか、オレは本当に知らないんだ!

ゆ、赦してくれ、グリセルダ、グリムロック。オレは、ほ、本当に殺しの手伝いをする気なんてなかった。信じてくれ、頼む…………!」

 

 

シュミットは頭を何度も地面に擦り付けながら、二人の言葉を待った。

 

 

「全部録音したわよ、シュミット」

 

 

ヨルコがフードを取り払いながらシュミットに告げる。

シュミットは愕然とした顔でそれを眺め、隣でも取り払われたフードの奥から出てきた顔を見て呟いた。

 

 

「………ヨルコ、カインズ………」

 

 

シュミットは二人の顔を交互に見て、茫然自失となりながらも声を絞り出した。

 

 

「ろ、ろく、おん……?」

 

 

その言葉を受けて、ヨルコが懐からクリスタルを取り出す。

録音クリスタルだ。

 

そしてシュミットはヨルコとカインズの死が偽装だと気づいたのか、脱力してその場に腰を下ろした。

 

 

「……そう………だったのか………。

お前ら………そこまで、リーダーのことを……」

 

 

ヨルコとカインズの執念と、グリセルダを慕う気持ちに驚嘆したのか、シュミットが声を漏らす。

すると、カインズが言葉を返した。

 

 

「あんたも、だろう?」

 

「え………?」

 

 

シュミットが気の抜けた声で応じたのを聞きながら、俺は索敵スキルを全開にして周囲に気を配っていた。

 

 

「あんただって、リーダーを憎んでいたわけじゃないんだろ?

指輪への執着はあっても、彼女への殺意まではなかった、それは本当なんだろう?」

 

「も……もちろんだ。本当だ。信じてくれ」

 

 

シュミットは何回も首肯した。

――――来るとしたらそろそろだろう。来るなら来い。返り討ちにしてやる。

 

 

「オレがやったのは……宿屋の、リーダーの部屋に忍び込んでポータルの出口をセーブしたことだけだ。

そりゃ……受け取った金で買ったレア武器と防具のおかげで、DDAの入団基準をクリアできたのは確かだけど……」

 

「メモの差出人に心当たりがないっていうのは本当なの?」

 

 

ヨルコが厳しい声で問いただす。

ちなみにDDAっていうのは《聖竜連合》の略称だ。

大手ギルドなだけあって厳しい入団基準が存在する。

 

 

「い、今でも全くわからないんだ。八人のメンバーのうち、オレとあんたら、リーダーとグリムロックを除いた三人の誰かのはずだけど……。

その後、一度も連絡してないし………あんたらは、目星をつけてないのか?」

 

「三人全員、解散後も《黄金林檎》と同じくらいの中堅ギルドに入って、普通に生活しているわ。

いきなりステップアップした人はあなただけよ、シュミット」

 

 

シュミットの問いに、ヨルコが首を横に振るが………前提が間違ってるぞ、シュミット。

前提として容疑者から外れるのは―――お前ら三人と、グリセルダだけだ。

――グリムロックを外す絶対的な理由は何もない。

 

…………ん?……()()

 

 

「そうか………。……で、でもよ。おかしいだろ………遣わないなら、なんでリーダーを殺してまで指輪を奪う必要があったんだ……?」

 

 

シュミットの疑問に、ヨルコとカインズが言葉を詰まらせる。

シュミットは必死に考えているのか、後ろの危険に気づいてねぇ。

 

――飛び出すなら、今しかねぇ!!

 

 

「てことは……あのメモの差出人は……」

 

「伏せろ、シュミット!」

 

「え?」

 

 

シュミットはいきなり現れた俺に呆気にとられたのか動けない。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

俺はピックを取り出し、投剣スキルの上位スキル《パラライズシュート》を使う。

シュミットの後ろで攻撃を目論んでいた奴は、後ろに飛び退って俺の攻撃を躱し、ナイフを構えた。

 

だが俺はそいつには目もくれずに、ヨルコ達に近づく人影にも《スタンシュート》を放つ。

そいつは手に持っていた針剣(エストック)で俺のピックを弾き、臨戦態勢をとった。

 

 

「シュミット、状況説明は後だ!お前はヨルコ達を守れ!」

 

「お、おう!」

 

 

シュミットは何が起きてるのかよくわかってなくても襲撃を受けたことは理解してくれたようで、ヨルコ達を守れる位置に動いた。

そして、俺が一時的に退けた相手を見て息を飲む。

 

 

「ラ、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》……」

 

 

――そう。殺人(レッド)ギルド、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。

『デスゲームならば殺して当然』などというふざけた思想を持つPK集団で、俺の憎悪の対象の一つだ。

 

俺が先に攻撃したのが、毒ダガー使いの《ジョニー・ブラック》。

次に攻撃した針剣使いが《赤眼のザザ》。

 

二人ともイカレた殺人ギルドで幹部を張ってる腐った強者だ。

――そして、こいつらがいるということは………

俺は、新たに現れた人影に向かって吐き捨てる。

 

 

「―――出たな、《PoH(プー)》」

 

 

黒いポンチョを着て、フードを目深にかぶった男の名はPoH。

右手に《友切包丁(メイトチョッパー)》という名の大振りのダガーを持つこの男こそ、さっきの思想をばらまいた張本人だ。

 

 

「Ho-ho-ho-。これはこれは、《紺の浮浪児》、カイじゃねぇか。

何だ?殺気をガンガン飛ばしてるが、お前一人で俺達を相手にできると思ってんのか?」

 

「てめぇら三人くらい、耐毒ポーション飲んでる状態なら殺せる。覚悟しろ」

 

「ハッ、そうだな。貴様の殺意は筋金入りだ。確かに俺達三人だけだったら危ねぇだろう。

――――だが、四人だったらどうだ?」

 

「……なに?」

 

 

俺がそう言った瞬間、俺の索敵範囲内に新たに反応があった。――オレンジカーソルだ。

PoH、ジョニー、ザザの動きに細心の注意を払いながら、俺は新たな人影に目を向け―――驚愕した。

 

 

そいつは、黒いコート、黒いブーツ、黒いシルクハットをつけていた。

黒ずくめの格好はぶっちゃけどうでもいい。

――問題は、そいつの顔だ。

 

 

「……お?初仕事だって張り切って来てみたら、懐かしい顔に会ったね。

…………やあ、新。元気かい?」

 

 

そいつは、近づいてきて俺の顔を認めると、ニヤニヤ笑いながら他の奴らに聞こえない音量で俺の名前を呼んできた。

――現実(リアル)での名前を。

 

 

「………神野(じんの)………(たける)…………ッ!!」

 

「うん、覚えててくれたようで何よりだ。

ちなみに、こっちでは《リッパー》だ。《黒衣のリッパー》。聞いたことない?」

 

「ぶっ殺す!!!!」

 

 

――余談だが、俺はピックだけでなくスローイングダガーも持っている。スキルの威力を上げるためだ。

 

俺はスローイングダガーを三本取り出し、投剣スキルの最上位スキル《ジャミングシュート》を神野に向けて放つ。

《ジャミングシュート》は、三本の投擲武器それぞれに毒、麻痺、出血、暗闇、スタンの全てを付与する。

俺が使えるスキルの中で最高の状態異常付与スキルだ。

 

 

「喰らえっ!」

 

「おいおい、ご挨拶だね」

 

 

神野はそう言って俺のダガーを三本とも躱しきった。

チッ、並みの相手ならどう躱そうとどれか一本は当たるように投げたんだが………。

 

そんな中、PoHが神野に話しかける。

 

 

「Wow……。リッパー、知り合いなのか?」

 

「ああ、リアルでね。でも、嫌われてたみたいだ」

 

「Oh……。嫌われてるってレベルじゃねえぞ」

 

「だね。なんでだろ?」

 

「………なんでだろ、だと………?

俺はてめぇがしたことは忘れてねぇぞ……。

てめぇは、俺の手で、必ず、殺す………!」

 

 

俺の殺気に、ジョニーとザザが一瞬とはいえ怯んだ。

それを真っ正面から受けて平然としてやがるこいつら………。

わかってたが、狂ってやがる。

 

 

「俺のしたこと………?……ああ、あれ。

なに、新、まだ根に持ってんの?」

 

「ふざけてんじゃねぇぞてめぇ!」

 

「Ho-ho-ho-。落ち着けよ、カイ。改めてもう一度聞くぜ。

この四対一の状況で、俺達を()れると思ってんのか?」

 

「……殺ってやらぁ」

 

「そうか。なら死ね」

 

 

PoHの言葉で、場の空気が張りつめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一触即発の空気を破ったのは、蹄の音だった。

 

その音はどんどん近づき俺達の近くまで来ると、黒馬が後ろ脚だけで立ち上がり、鋭く嘶いた。

騎手は、そのときに馬上から振り落とされて「いてっ!」と毒づきながら尻餅をついた。

その騎手は立ち上がると俺達を見回して、俺を見て驚いたような顔をした。

 

――キリトだ。

 

この世界では、アイテムとしての騎乗動物はいないが、レンタルすることはできる。

 

キリトは手綱を引いて馬の頭を来た方向に向けさせると、その尻を軽く叩いた。

それでレンタルが解除され、黒馬は走り去っていく。

その蹄の音に重なりながら、キリトが声を発した。

 

 

「よう、PoH。久しぶりだな。まだその趣味悪い格好してんのか」

 

「………貴様に言われたくねぇな」

 

 

吐き捨てたその声は、明確な殺意を孕んでいた。

 

 

「あれ、またまた懐かしい顔。やあ、久しぶり〜」

 

 

神野がキリトに向かって呑気に手を振る。

 

ぶっ殺したい衝動が湧き上がるが、我慢だ。

いま動いてもいいことがない。

 

キリトが声を発した人物を見て、驚きを露にした。

 

 

「じ、神野、さん……」

 

「そうだよ〜。こっちではリッパーだから、そこんとこよろしくぅ!」

 

「……《リッパー》?まさか、《黒衣のリッパー》!?」

 

「だ〜いせ〜いか〜い」

 

 

キリトが驚愕を顔に貼付けたまま、俺のほうに振り向く。

 

キリトは俺とこいつの因縁を知ってるから驚くのも無理はない。

俺が飛びかかっていないことに驚いてるんだ。

 

――俺だって殺りにいきてぇけど、シュミット達を守らなきゃいけねぇから迂闊に飛び込めねぇ。

 

再び、PoHが口を開いた。

 

 

「……で?まさかたった二人で俺達四人を相手できると思ってんのか?」

 

「いや、いくら俺とカイでも、危険だな」

 

 

キリトは平然と返した。

それには俺も同感だ。

恐らく、神野の野郎はPoHと同格だ。

そんなのが二人もいる状況で、シュミット達を守りながらこいつらを殺すのは、さすがに無理だ。

 

だが―――

 

 

「でも耐毒POT(ポーション)飲んでるし、回復結晶ありったけ持ってきたから、二十分間は耐えてやるよ。

そんだけあれば、援軍が駆けつけるには十分だ。

いくらあんたらでも、攻略組三十人を四人で相手できると思ってるのか?」

 

 

――そう、耐えるだけなら余裕だ。

もちろん俺も回復結晶は持てるだけ持ってきた。

ここにキリトが来るなら援軍を呼んでると思ったが、あってたみたいだな。

―――三十はブラフだろうが。

 

PoHがフードの奥で舌打ちするのが聞こえた。

 

 

「……Suck」

 

 

やがて、短く罵り声を上げたPoHが右足を引いて左手の指を鳴らした。

配下の二人が数メートル退いた。

 

PoHは右手の包丁を俺とキリトに向けて、吐き捨てた。

 

 

「……《紺の浮浪児》、《黒の剣士》。貴様らだけは、いつか必ず地面を這わせてやる。

大事なお仲間の血の海で転げさせてやるから、期待しといてくれよ。

…………リッパー、行くぞ」

 

「あ、うん。じゃあね、二人とも」

 

「………待てよ」

 

 

俺は、立ち去ろうとした神野を呼び止める。

 

PoHはすでに坂を降り始めていて、ジョニーとザザがそれを追う。

キリトはこちらを気にしていたが、振り向いたザザに何やら話しかけられていた。

 

 

「ん?なんだい?」

 

「……俺は、この状況に感謝する。

俺はあの日から、力をつけ続けてきた。家族を守るため。そして、てめぇを殺すために。

他の快楽殺人者も殺してやりてぇのはやまやまだがそんなのは二の次だ。

どうやっててめぇを殺そうか常日頃考えてたが……丁度いい。

残念ながら痛みは与えられねぇが、俺はこの中でてめぇを殺す。………覚えとけ」

 

 

俺の言葉を受けて、神野は楽しそうに笑みを浮かべやがった。イカレてる。

 

 

「ああ、わかった。楽しみにしてるよ」

 

 

そう言って、奴は立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、シュミットは、俺とキリトに何故この場にいたのか、来たのかと聞いた。

 

俺は『ヨルコの話を聞いてレッドの連中が出てくると予想したからだ』と答え、

キリトは俺の答えに少々動揺しながらも『俺もそうだ。ただ、気づいたのは三十分くらい前だけどな』と答えた。

 

そして、この場で一番動揺しているだろうヨルコが話しかけてきた。

 

 

「え、えっと……私の話を聞いてっていうのはどういうこと……?」

 

「ヨルコは、グリムロックに武器を作ってもらう際に、計画を全て話したって言ったよな。

その時、気づいたんだよ…………ここにレッドの奴らが出てくることに」

 

「な、なんで……?」

 

 

ヨルコはますますわからないという風に困惑の表情を浮かべた。

 

 

「落ち着いて聞いてほしいんだが………恐らく《指輪事件》の犯人はグリムロック。

そして、今回出てきたレッドの奴らはグリムロックが依頼したもので、あんたら三人の口封じ役だ」

 

 

ヨルコとカインズの顔に驚愕の色のみが浮かぶ。

 

 

「これであってるか?キリト」

 

「ああ、多分……俺も同じ考えだ。てか、カイはいつ気づいたんだ?」

 

「……昨日の夜だ。黙ってて悪かったな。言ったら止められると思ってよ」

 

「………そうか」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか!?」

 

 

ヨルコが慌てて説明を求めてきた。

キリトとアイコンタクトを交わし、キリトに説明を譲る。

俺のは推測の域を出ないからな。この展開だと正解だったみてぇだが。

 

 

 

キリトの説明はおおむね俺の推測通りだった。

 

グリセルダのストレージは同時にグリムロックのものでもあった。

よってグリセルダが死んだとき、そのアイテムは全てグリムロックの下へ転送される。

つまりグリセルダを殺したところで指輪は奪えない。

だがシュミットは金を受け取っている。

これはグリムロックが指輪を売ったためだと考えられる。

以上より、指輪事件の首謀者はグリムロック。

殺害自体はレッドの奴らに依頼した。

そして、今回もそのときのつながりで依頼したんだろう。

 

という内容を説明してキリトは話を終えた。

 

 

「……そんな……でも、なんで……?

なんで、結婚相手を殺してまで……指輪を奪わなきゃならなかったんですか………?」

 

「俺も動機までは推測できない。でも、《指輪事件》のときはギルドホームから出なかっただろう彼も、今回ばかりは見届けずにはいられなかったはずだ。

二つの事件が完全に闇に葬られるのを、ね。だから………詳しいことは、直接聞こう」

 

 

キリトが言葉を切ると同時に、二つの足音が聞こえた。

 

そちらを見やると、アスナと、革製の服を着てつばの広い帽子をかぶった男が歩いてきた。

あいつがグリムロックなんだろう。

全体的に優しげな表情をしているが、眼鏡の奥の目には俺の気に入らない何かがあった。

 

アスナは俺がいるのを見て一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに鋭い表情に戻り、グリムロックを連行してきた。

 

 

白を切るグリムロックにキリトが推理を話し、それに穴があると言ってグリムロックがキリトの追求を躱す。

 

曰く、『確かにストレージは共有化されていたから彼女が殺されたとき、そのストレージに存在していた全アイテムが私の手元に残ったという推論は正しい。

だが、もし指輪がストレージになかったら?つまり、オブジェクト化されて、グリセルダの指に装備されていたら?

彼女はスピードタイプの剣士だった。あの指輪の追加効果、敏捷力二十上昇を売る前に体感してみたいと思ったとしても不思議はないだろう?』だそうだ。

 

 

――確かにその通りだ。

 

俺は静かにそのやり取りを聞きながら、心の中で密かに感心していた。

こいつはあくまでも冷静だ。ロジックもおかしなところはない。よくここまで悪知恵を働かせたもんだ。

状況証拠的にはこいつ以外にあり得ないが、こちらには決定的な証拠がない。

 

 

その主張を論破したのは、ヨルコだった。

 

グリセルダは、会議のときにカインズに『リーダーが指輪を装備するべきだ』と言われたとき、こう返していたそうだ。

 

『SAOでは指輪アイテムは片手に一つずつしか装備できない。

右手のギルドリーダーの印章、そして左手の結婚指輪は外せないから、私には使えない』と。

 

そして、『だからリーダーがこっそり指輪を装備してみようなんてするはずがない!』と叫んだヨルコに対して、グリムロックは冷酷に、

 

『何を言うかと思えば、《するはずがない》?それを言うならグリセルダと結婚していた私が彼女を殺すはずがない、だろう?

ヨルコ君が言っていることは根拠なき糾弾そのものだ』

 

と返した。

 

……確かにグリムロックの主張の方が正しいように思える。これを論破するのは難しいんじゃねぇか?

 

 

――だが、ヨルコは墓標の裏の土を掘り返し、一つのアイテムを取り出した。

 

――《永久保存トリンケット》。

これはマスタークラスの細工師のみが作成できる《耐久値無限》の小箱だ。

あまり大きくないからアクセサリくらいしか入れることはできないが、この箱に入れておけばいつまでたっても耐久値が減少しない。

 

ヨルコはその中から二つの指輪を取り出して、グリムロックを追求した。

 

―――《黄金林檎》のギルドの印章と、グリムロックの名前も彫られた結婚指輪だ。

 

 

その糾弾に、グリムロックは諦めたかのように膝をついた。

 

 

 

 

 

…………ここまでがどこか説明口調なのは、俺がひたすら客観的に、そして冷静にやり取りを眺めていたからだ。

ここは俺が出しゃばるところじゃねぇと思って聞き役に徹してたんだが…………この後、我慢ならないことをグリムロックが抜かしやがった。

 

 

ヨルコの『何故リーダーを殺してまで指輪を奪って金にする必要があったのか』という問いの答えだった。

 

 

 

 

「……金?金だって?」

 

 

うわ言のように呟いたグリムロックは膝立ちのまま、メニューウィンドウを操作して大きな革袋を取り出して、無造作に放った。

袋が地面についたとき、澄んだ金属音が聞こえた。

 

 

――かなりの額のコル金貨だな。

 

 

「それはあの指輪を処分したときの金だ。金貨一枚だって減っちゃいない」

 

「え……?」

 

 

ヨルコが戸惑ったような声をあげる。

だが、戸惑ったのはヨルコだけではないだろう。

かくいう俺も結構戸惑ってる。

 

 

「金のためではない。私は……私は、どうしても彼女を殺さなければならなかった。彼女がまだ私の妻でいる間に」

 

 

その発言で俺の怒りが一瞬にして沸点を超えた。

 

――殺さなければ()()()()()()

なにさも義務ですみたいに語ってやがるこの野郎?

 

 

「グリセルダ。グリムロック。頭の音が同じなのは偶然ではない。なぜなら、彼女は、現実世界でも私の妻だったからだ」

 

 

その独白にキリト達が息を飲む気配がしたが………それすらどうでもいい。

俺は、怒りで我を忘れないように、自分を抑えるので必死だった。

 

 

「私にとっては、一切の不満のない理想的な妻だった。

可愛らしく、従順で、一度も夫婦喧嘩をしたことすらなかった。

だが、この世界にとらわれた後……彼女は変わってしまった」

 

 

グリムロックはさも悲嘆しているといった様子で首を小さく振り、独白を続けた。

――いや、コイツは悲嘆してるんだろう。一切理解はできないが。

 

 

「強要されたデスゲームに怯え、怖れ、怯んだのは私だけだった。

戦闘能力に於いても、状況判断力に於いても、彼女は私を上回っていた。

それだけではない。彼女は私の反対を押し切ってギルドを立ち上げ、メンバーを募り、鍛え始めた。

現実世界にいた頃より遥かに生き生きとした彼女を見て、私は認めざるをえなかった。

私の愛した彼女は消えてしまったのだと。

たとえ現実世界に帰れても、大人しく従順な妻だった彼女は戻ってこないのだと」

 

 

――()()()()()()()

……何が愛しただ。それは愛でてるって言うんだよ。

 

 

「……私の畏れが、君たちに理解できるかな?

もし現実世界に戻ったとき……彼女に離婚を切り出されでもしたら。

そんな屈辱に、私は耐えることができない。

ならばいっそ、私が彼女の夫である間に。

そして合法的殺人が可能な、この世界にいる間に。

彼女を、永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を……誰が責められるだろう……?」

 

 

 

 

その瞬間、この場をライトエフェクトの輝きが覆った。

 

 

爆発的な速度でグリムロックの前に飛び出したのは………俺だった。

 

手には短剣。《アーマーピアス》が発動している。

俺はすんでのところでシステムアシストを無視して、《アーマーピアス》を地面に叩き付ける。

 

――あのままだったら、確実にグリムロックを殺していた。

気づかないうちに我慢の限界を迎えていた頭を必死に落ち着かせながら、俺はグリムロックの胸ぐらを掴んで立ち上がった。

 

 

「屈辱だと?てめぇの奥さんが言うことを聞かなくなったから殺した?

私の愛した彼女は消えてしまった?

そんなもん愛情とは言わねぇ。ただの所有欲だろうが!

てめぇの言うことを聞くだけの従順なお人形が欲しかったんなら、始めから他人と結婚なんてしてんじゃねぇよ!

そして、殺さなければならなかった、だと!?

この世に義務的な殺人なんて存在しねぇ!あるのは殺す側のエゴだけだ!!

お前みたいな独り善がりのクソ野郎に、他人に愛される資格はねぇ!!

んなこともわかってねぇのに、愛だなんだと語ってんじゃねぇよ!!!!」

 

 

俺の叫びが静かな空間に響き渡った。

 

俺の荒い呼吸音がやけに大きく聞こえる。

 

再び訪れた静寂を破ったのはシュミットだった。

 

 

「………カイ、キリト。この男の処遇は俺達に任せてもらえないか。

もちろん、私刑にかけたりはしない。しかし必ず罪は償わせる」

 

「わかった。任せる。カイもそれでいいよな?」

 

 

しっかりした声で宣言したシュミットに、キリトが小さく頷いた。

そして俺に確認をとってきた。

 

 

「………ああ、頼んだ」

 

 

――このままじゃ、俺がコイツを殺しちまいそうだしな………。

 

 

シュミットは無言で頷くとグリムロックの右腕をしっかりと掴み、「世話になったな」と残して項垂れる鍛冶屋を連行していった。

 

ヨルコとカインズもキリト達に話しかけていた。謝っているようだ。

俺が《話しかけないでくれ頼むから》オーラを噴出させていると、汲み取ってくれたようで俺に話しかけてくることはなかった。

 

 

 

四人が立ち去り、俺、キリト、アスナの三人が丘の上に残った。

 

 

「―――ねえ、カイ?なんであなたがここにいるの?」

 

 

アスナがおずおず、といった感じで俺に話しかけてきた。

 

 

「昨日の夜にレッドの奴らが出てくることを予想してな。

ヨルコに頼んでここにいさせてもらったんだ」

 

「き、昨日の夜って………!?な、なんでわたしたちに言ってくれなかったの!?」

 

「アスナ!それは……」

 

 

キリトがアスナを遮って俺を庇おうとしてくれる。

だが、そのキリトを俺が遮った。

 

 

「いや、いいよキリト。俺がちゃんと話す」

 

「カイ!?……大丈夫なのか?」

 

「ああ。ここで黙ってるわけにもいかねぇだろ」

 

 

俺はアスナに向き直って告げた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ヨルコ達を囮みたいに使うのは気が引けたが……理由は俺のエゴだ。責めたきゃ責めてくれ」

 

 

……多分、いま俺の瞳からは光が消えてることだろうな。

 

 

「……なんで?なんでなの?理由は教えてもらえるの?」

 

「…………ああ。俺の過去にあった事件が関係してるんだが……。

俺達のホームでいいか?」

 

「俺達?俺達のか?」

 

 

沈痛そうな表情をしていたキリトが聞いてきた。

キリトはアレを知ってるからな……。

 

んで、言葉が足りなかったな。

 

 

「いや、俺とシリカのホームだ。

……この話は、いつかシリカにもしなきゃいけねぇと思ってたからな。………丁度いいよ。

俺の暗い面を隠したまま、これからも付き合おうとは思わねぇしな」

 

 

俺はシリカにメッセージを飛ばす。

 

『これから帰る。それと、大事な話がある。

あまり楽しい話じゃねぇが………シリカにも聞いてほしいと思ってる。

これからキリトとアスナを連れていってもいいか?』

 

すぐに返ってきた。

 

『わかりました。

どんな話かはわかりませんが、聞きます。

キリトさん達も、大丈夫です。待ってます』

 

 

「俺とシリカのホームで大丈夫だ。話が長くなるかもしれねぇから、転移結晶で帰りたいんだが……」

 

「「わかった」」

 

 

二人が頷いてくれたので、俺は転移結晶を取り出す。

二人も取り出して、空に掲げた。

 

 

「「「転移、フローリア」」」

 

 

俺達は青白い光に包まれ、姿を消した。

 




読んでいただきありがとうございます。

はい、まさかのここでオリキャラ登場です。
思いっきり敵ですね。
今後も出てくる予定です。

カイの過去話を入れられませんでした、すみません。
次回に回します。

感想、意見、批評、質問その他、お待ちしております。



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第十話 暗い過去

またまた間があいてしまった。

今回も色々と不快な表現があるかもしれません。


あ、今回短いです。

では、どうぞ。




 

 

「――ただいま」

 

「「お邪魔します」」

 

「おかえりなさい。どうぞ」

 

 

ホームに着いた俺達は、シリカに出迎えられた。

 

俺達は装備を解除して、リビングに腰を下ろす。

シリカが人数分の紅茶的なものを用意してくれた。

 

 

「――じゃあ、俺のリアルであったことを話す。あんま楽しい話じゃねぇ。

アスナに言ったように、俺がレッドの奴らを殺したい理由を話すわけだからな。

………シリカに聞いてもらいたいと思ったのは、俺のエゴだ。嫌だったら聞かなくてもいいから」

 

「………あたしは、聞くって言いました。大丈夫です」

 

「……そっか。――じゃあ、話すわ」

 

 

 

 

 

 

 

―――俺の家は、合気道の道場をやってたんだ。

 

そこまでちゃんとしたものじゃなかったけどな。

軽く、近所の子供たちに教えるとかそんな感じだ。

 

習いに来てる奴はそこそこいたんだ。

十人強ってとこだな。

それぞれが解放されてる曜日のうち好きな時に行って気楽に合気道を習う――そんな緩いとこだった。

 

教えてたのは俺の親父、お袋、兄貴、姉貴。

俺も当然習ってた。

 

兄貴達とは結構歳が離れててな。

兄貴も姉貴もすでに結婚してて、兄貴に至ってはもう子供までいた。

俺の姪だ。

 

ウチは、俺達家族と、義姉さんと娘のスズ、義兄さん、それにじいちゃんの九人で一緒に住んでたんだ。

楽しく、仲良く、幸せに暮らしてた。

 

 

――あの事件が起きるまでは。

 

 

 

 

あの日、帰ってきた俺が見たのは、血の海だった。

 

 

習いにきてた奴の一人、金田(かねだ)(まこと)って奴が手に血まみれの刀持って立ってたんだ。

 

ウチには何故か日本刀が飾られててな。

ずっと偽物かと思ってたんだが、本物だったらしい。

 

奴が作ったと思われる血の海に溺れてたのは、親父、お袋、兄貴、姉貴、義兄さんの五人だった。

その日は皆仕事が終わるのが早かったんだろうな。

義姉さんも部屋の中で腰を抜かしてたよ。

 

 

俺は、何が起こってるのかわからなくて、半ば呆然としながら聞いたんだ。

 

『お前……何してんだ………?』

 

ってな。そしたら、金田の奴なんて答えたと思う?

 

『何って、殺したんだよ。見てわかんねえ?』

 

って、平然としながら答えたんだ。

俺は意味がわからなくて、『………なんで?』って続けて聞いた。

そしたら、

 

『楽しそうだったから。面白そうだったからとも言う』

 

なんて、抜かしやがったんだ…………!

 

 

そこで、一回俺の記憶が途切れてんだ。

 

多分、怒りで我を忘れたんだと思う。

気づいたら、俺の目の前で金田が倒れてた。

血を垂れ流しながら、な。

俺の手には奴が持ってた日本刀。

俺が刀を奪って金田を殺したんだって気づくのに、しばらくかかった。

 

そのとき、声がかけられたんだ。

 

『………新、何してるの?』

 

俺に声をかけてきたのは神野猛。

奴もウチで合気道を習ってた。

 

俺は自分でも驚く程冷静に、神野に状況を説明していた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

しかもご丁寧に手袋まで付けて。

 

俺の話を聞いた奴は、

 

『ふぅん……。誠の奴、しくじったのか』

 

って呟いて、義姉さんの後ろに回り込んで、頸動脈を斬ったんだ。

返り血を浴びずに、あまりにも鮮やかに殺したもんだから、またもや何が起きたのかわからなかった。

でもすぐに、目の前のこいつがやったんだって気を持ち直して、斬りかかったんだ。

 

まあ、俺は刀とか扱ったことがなかったからよ。

すぐに返されて、軽く腕を斬られたんだけど。

 

その後アイツは、警察を呼んで、警察が来る前に手袋を処理して、俺の手当までしようとし始めた。

俺は普通にキレて殴りかかったんだが、アイツは『うわっ!何するんだ、やめろよ!』なんてほざきながら俺の手当を続けようとした。

 

――後でわかったんだが、アイツはそうやって演技することで、自分が何もやってないという状況を作り出したんだ。

確かに状況だけ見れば、全員の殺しを俺がやったかはともかく、俺が発狂して神野に殴りかかっていたように見えただろうからな。有効な手段だったよ。

 

警察が来て、俺は一時的に取り押さえられて、軽い事情聴取みたいなものを受けた。

金田が浴びていた返り血、刀の指紋とかの証拠、俺の証言から、事件はこういうことになった。

 

 

――俺の一家は、金田誠が殺害した。動機は不明。

俺は、帰宅した直後にその光景を見て、我を忘れて金田を殺害。

そのときに抵抗した金田に腕を斬られた(ご丁寧に神野の野郎、もう一本の刀にも金田の指紋を付けてやがった)。

その後、帰ってきた神野猛が警察へ連絡した後俺の怪我を手当しようとするも、錯乱した俺に殴られ軽傷。

俺は少し色んなところに世話になってから、釈放。

神野は当然のように何もなし。

 

 

俺は釈放までの間に色々考えた。

 

何故あの時間に、他の子供が誰もいなかったのか。

神野の言葉の意味は。

あの手際、犯行は計画的なものだったのか。

 

 

だが、三つ目の問いなど、答えられるのは本人しかいない。

しかし、それらの問いに答えてくれたのは、皮肉にも神野だった。

 

 

俺は不登校になり、バイトをして生活費を稼ぎながら、身体を鍛えていた。

 

新聞配達のバイトを朝早くからして、小学生のスズを送り迎えする。

スズは、ショックで精神的な疾患を抱えたからな。

じいちゃんが色んな格闘技を習っていたから、じいちゃんに鍛えてもらいながら独学で勉強する。

家事もする多忙な日々の中で、向かいに住んでるキリトとだけは交流を続けていた。

 

 

そんなある日、あまり人のいない――でも声をあげればすぐに人が飛んでくる――路地で俺は神野にばったり出くわした。

 

『てめぇ………!』

 

『やめときなよ。ここはすぐに人が飛んでくるよ?』

 

『……チッ。……オイ、神野』

 

俺は奴の指摘に苛つきながら、必死に自分を抑えて神野に話しかけた。

 

『なんだい?』

 

『聞きたいことがある。答えろ』

 

『いいよ。カワイイ後輩のためだ』

 

こんなことを平気で抜かすコイツに虫酸が走る。

 

 

――俺の疑問は瞬く間に解決された。

 

 

犯行は計画的なものだったのか?――YES。

 

あの時の神野の言葉の意味は?――もちろん、今回金田を唆したのは神野だということ。

 

何故あの時間に他の子供達が来なかったのか?――神野が事前に手を回して、その時間他の奴らは遊ぶように仕向けていたから。

 

 

俺は、最後の質問を神野にぶつけた。

 

『―――何故、あんなことをした?』

 

『人を殺すのって、どんな感じなんだろうと思ってね。でも、意外とあっけなかったな』

 

『てんめぇぇぇえええ!!!!』

 

これだけは我慢ならねぇ!勝手に人を殺しておきながら、『あっけなかった』だと!?ふざけんな!!

 

 

神野に殴りかかった俺は、地に倒れていた。

――――いなされた。

 

『新の力じゃ、俺を傷つけることはできないよ。諦めな』

 

そう言って、奴は立ち去った。

 

 

―――それきり、奴と出会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――話し終えた俺は、小さくため息をついた。

 

 

「てなわけで、俺は快楽殺人者を心の底から憎んでる。それこそ、全員殺しちまいたいくらいに。

それが、俺があそこにいた理由だ。レッドの奴らは全員が快楽殺人者だからな。

特に、神野だけは絶対に殺してやろうと思ってた。いや、今も思ってる。

そして、奴はこのSAOにレッドプレイヤーとして囚われていた。好都合だ。俺は絶対に奴を殺す」

 

 

俺の独白を聞いた三人は、黙りこくっている。

 

 

「これが、俺の抱えてる闇だ。俺は復讐のために生きてきた。家族の復讐が、俺の生きる目的であり、目標なんだ」

 

 

俺は、シリカに向き直る。

 

 

「シリカ。俺は、こんな人間だ。復讐に生きる俺と付き合っててもシリカにいいことなんか何一つない。

これまで楽しかった。俺達、別れよ―――」

 

 

俺は、最後まで言いきることができなかった。

 

シリカの平手打ちが、俺を吹っ飛ばしたからだ。

 

圏内だからダメージは発生しないが、紫色のシステム壁を通して衝撃は伝わる。

 

 

「な、なにを――」

 

「勝手なこと、言わないで!!」

 

 

シリカの叫びが、リビングに響き渡る。

 

 

「自分の過去をべらべらしゃべって!勝手に自分の考えを伝えて!

勝手に納得して!勝手に結論を出して、人に押し付けるな!!」

 

 

シリカが肩を上下させながら息を整える。

その間に、キリトが立ち上がった。

 

 

「カイ。お前がどんな気持ちで生きてきたか、同じ境遇にない俺にはわからない。

お前は自分と付き合っててもいいことはないって言ったけど、俺はお前と一緒に過ごした時間は、いいものだと思ってるぞ。

今日はもう帰る。お前がどんな結論を出そうと、俺はそれを尊重する」

 

「……カイ。わたしは、あなたになんて言えばいいのかわからないけど………。

……一人で結論を急がないで、他の人に相談するのも手だと思うよ?

わたしも、今日は帰るね。おやすみなさい」

 

 

アスナも立ち上がってキリトと一緒に歩き出す。

シリカが二人を送ろうとしたけど、二人は手でそれを制した。

 

 

二人がリビングを出て行ってしばらくして、シリカが口を開いた。

 

 

「………カイさん。あたしは、あなたと別れない」

 

「……なんでだよ。こんな復讐に生きる奴――」

 

「あなたは!あたしを助けてくれた!助ける義理は何もないあたしを!

なんで!?復讐に生きるというなら、なんで関係ないあたしを助けたの!?」

 

「そりゃあ………」

 

「あなたは、あたしが姪に似てるからって言ってた。

もしかしたら、ごまかすために適当に言ったのかもしれない。

でも!そんな気遣いをしてる時点で『復讐のため』じゃないでしょう!」

 

 

シリカの正論に、俺は何も言い返せない。

 

 

「……カイさんは、あたしといて楽しくなかったんですか?いいと、思ってくれなかったんですか?」

 

「そんなわけねぇだろ!………でも、俺とかかわってると、シリカを不幸にしちまうかもしれねぇ……」

 

 

俺の弱々しい言葉を、シリカが否定する。

 

 

「あたしは、あなたの過去に何があろうと気にしない!復讐を考えていても気にしない!

あたしが気にしてないんだから、いいんです!!」

 

「シリカ………」

 

 

シリカが、俺の目を真っ直ぐに見つめて、言った。

 

 

「カイさん。あなたの話を聞いた上で、言います。

あたしと、付き合っていてください……!」

 

「…………シリカ。本当に、いいんだな?」

 

「はい」

 

「俺は多分この世界で人を殺すぞ。そんな俺でもいいんだな?」

 

「はい!」

 

 

…………ここまで言われちゃあ、俺も腹をくくらないとな。

 

 

 

「シリカ。まず、謝らせてくれ。

お前の気持ちを考えずに、勝手なことを言って、悪かった」

 

「はい。でも、もういいです。許します」

 

 

シリカは笑顔を浮かべながら俺を許す。

 

この笑顔がもっと咲き誇ってほしいと願いながら、俺は言葉を紡ぐ。

 

 

「そして、俺の話を聞いた上で告白してくれてありがとう。

俺もシリカのことが大好きだ。

 

これからも、よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はいっ!」

 

 

シリカが、花が咲いたように笑った。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。


次回は、少しほんわかとしたものが書けると思います。

感想、意見、批評、質問その他、お待ちしております。



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第十一話 強制クエスト

最近忙しくて全然書く時間がなかった…………。

あ、前話の最後、展開変えました。
カイ達は付き合ったままです。

今回オリジナルの話をやって、あと色々ちょこちょこやって、やっとこさ原作第一巻に入れます。
頭の中に構想があるのでパパッと書いちゃいたいんですけどね。
その書く時間がとれないというジレンマ(笑)

でもまあ、これからも頑張ります。
応援していただけるなら幸いです。




 

 

 

俺の告白から数日。

 

俺の過去を知っても、シリカもアスナも変わらず接してくれていた。

とてもありがたい人達だ。

 

 

今日俺達は、四人で四十六層の《絶縁の樹海》ってダンジョンに狩りにきている。

武器関連の素材集めのためだ。

 

あの日の翌日、俺の謝罪の後色々話してるうちに武器の話になった。

皆強化や生成をしたいと思っていたようで、素材を集めたいようだった。

んで、どうせなら一緒にやろうってことになって、アスナがKoBの休みを取れた今日、行くことになったってわけだ。

 

俺、キリトにとってはあまり経験のないパーティープレイだ。

シリカもここまで高レベルプレイヤーとのパーティープレイは初だろう。

 

ま、俺と合わせられるくらいだからすぐ慣れるだろ。

俺達も経験があまりないとはいえ、ボス戦では他のパーティーに入って戦うことはある。

問題は起きねぇだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………とか考えてた時代が俺にもあったぜ。

 

 

 

「おい、シリカ!《思い出の丘》行った時のこと思い出せ!

あんときはちゃんと倒せるようになっただろそいつら!」

 

「カ、カイさん!だ、だってぇ〜!」

 

 

今俺達の前にいるのは、植物型のモンスターだ。

 

俺とシリカが付き合うきっかけの一つとなったダンジョン、《思い出の丘》。

あそこでは今戦っているタイプの植物型モンスターが数多くポップした。

見た目がかなりグロテスクなので、シリカは序盤尻込みしていた。

だが、後半は慣れてきていたと思ったんだが―――。

 

 

「いやぁぁああっ!!!!こないでっ!!こないでよっ!!!」

 

 

………結構本格的にビビってる。

無闇矢鱈に短剣を振り回してないだけ、前よりはまだマシだが………。

ピナも牽制してくれてるしな。

 

ちなみにシリカは二体しか相手にしていない。

シリカのレベルから考えても、安全マージンは十分にある。

対して俺達三人は、それぞれが四体ずつを相手にしているため、援護に行けない。

 

……本当は俺だって、スイッチを駆使して戦いたかったさ。

それがパーティープレイの定石だしな。

 

そもそも、なぜ俺達がこんな状況に陥ったかというと、場面は少し前に遡る。

 

 

 

 

 

朝出発した俺達は、そろそろ昼にしようかと考えて、どこか良さそうな場所を探して談笑しながら歩いていた。

 

 

そのとき、俺の索敵範囲の端に大量のカーソルが現れた。

 

なんだ、コレ――!

俺が息を呑むのと同時に、キリトも息を呑んでいた。

 

―――数が多すぎる。

カーソルの数が、十や二十じゃきかねぇ。

 

 

シリカとアスナは俺達の様子を不思議そうに見ていた。

 

 

俺とキリトはソロで狩りに行くことも多い。

いつでも一緒なわけないからな。

故に俺達は一人でも困らないように、索敵スキルをかなりのレベルで習得済みだ。

だがこの二人の索敵スキルは俺達ほど高くないんだろう。

当然のごとく、俺達に聞いてくる。

 

 

「どうしたんですか、カイさん?」

 

「キリト君、どうしたの?」

 

 

だが、俺達にその問いに答える余裕はない。

 

 

「いや、キリト、これはやべぇだろ」

 

「ああ、個々のレベルはそこまでではないだろうけど、この数は……!」

 

「え、敵!?何この数!?」

 

 

アスナが気づいた。

シリカが理解しきれてないようだから説明する。

 

 

「敵だ。俺達の索敵範囲の端にいるからまだ距離はあるが、何しろ数が多い。

しかもなぜか全部こっちに向かってきてる」

 

「え!?」

 

「で、だ。どこを突破する?

どこでも大して変わらねぇと思うが」

 

「そうだな。どこでもいいから一カ所突破しよう。

幸い、コイツらはいくつかのグループに別れているようだし」

 

「そうね。このまま真っ直ぐに行きましょ」

 

「よし。そうと決まれば善は急げだ。走るぞ」

 

 

そうして駆け出した俺達がぶつかったのがこの植物型Mobの団体だ。

これでも数が少ない方だったがな。

 

そして今に至る。

 

 

 

 

 

「フッ!」

 

「ハァァッ!」

 

「オラァッ!」

 

 

キリトの《バーチカル・スクエア》が。アスナの《リニアー》が。

そして俺の《ラピッド・バイト》が、それぞれの前にいた敵をポリゴン片に変える。

 

 

「もう、嫌!」

 

 

それに少し遅れて、シリカの方からも爆散エフェクトの音が聞こえてきた。

どうやら何だかんだ言って倒したらしい。

 

 

「お疲れ、皆。さあ、他の奴らが集まってくる前に行こう、ぜ……って、んなぁ!?」

 

 

俺が素っ頓狂な声を上げたのには理由がある。

突然、周りのカーソルが消滅したのだ。

一斉に。一体の取りこぼしもなく。

 

 

「な、なんだコレ!?どうなってやがる!?」

 

「わ、わからない!バグか!?……ッ!!?」

 

 

再び俺とキリトが息を呑む。

無理もない。

なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な、なんなんだ一体!?」

 

「キリト、落ち着け!

この配置は………ここが……こうで……あれがああだから……。

そして、さっきのは……。

………ま、まさか!

チッ!誰か、転移結晶を取り出せ!」

 

「え!?ど、どういうこと、カイ!?」

 

「あんま説明してる時間はねぇ!

ただ、コイツは恐らく強制発動型のイベントだ!

もしかしたら転移結晶が封じられてるかもしれねぇ!

もしそうだった場合、さっさと打開策を見つけ出さなきゃ全滅だ!

転移できるならそれに越したことはねぇ!

つーわけだ!誰か早く転移してみるんだ!」

 

 

俺の説明に、いち早く反応したのはキリトだった。

さすが、手慣れてる。

すぐさま転移結晶を掲げ、高らかにコールした。

 

 

「転移!アルゲード!」

 

 

………しかし、転移結晶は消費されず、キリトが転移することもなかった。

 

 

「くそっ!やっぱりか!」

 

「ちょ、ちょっと!説明して!なんでこれが強制発動のイベントだってわかったのよ!」

 

「ああもう!時間ねぇのに!

いいか、一回しか言わねぇからな!

まず一つ!敵の数!あまりにも多すぎる!

二つ!今現れた敵の配置がさっきのと全く同じであること!

三つ!さっき俺達が植物達と戦闘している間、その音を聞きつけて寄ってくる敵がいなかったこと!

四つ!俺達が一つの団体を全滅させたとき、周りの敵が一斉に消えたこと!

そして五つ!さっきも今も、敵が俺達の索敵範囲の限界にポップしたこと!恐らくパーティーメンバーの中で索敵範囲が一番広い奴の限界にポップするんだろ!

んで、出現条件はわからねぇが、達成条件はなんとなく予想がつく!」

 

「え!?そうなのか!?」

 

 

キリトが驚きの表情を浮かべつつ聞いてきた。

 

 

「恐らく、あの団体のうちの一つの団体だけが持ってるアイテムがあるんだ。

それを入手すればイベント達成ってとこだろ!」

 

「あれのうちから一つ!?マジで!?」

 

 

今度はキリトが素っ頓狂な声をあげる。

 

 

「多分だけどな……!

てかもう敵が迫ってる!多分こっちから突っ込まないと全部に襲われる設定だ!

適当に突っ込むぞ!ついてきてくれ!さっきとは違う奴らと戦う!」

 

「「「了解!!!」」」

 

 

三人の返事を聞くと同時に、俺は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――結果から言うと、俺の予想は間違っていた。

 

確かに、アイテムはあった。

しかし、それの入手条件が違った。

 

俺は『数ある敵の団体のうちの一つが持っている』と予想したが、恐らく正解は『数ある団体を全て一回は倒す』というものだった。

重複がありかはわからない。俺は一度も重複することなく一回ずつ倒したからな。

 

 

――――そして、手に入れられるアイテムの意味も違った。

 

俺は、『そのアイテムを入手したら、このキッツイ包囲イベントは終わり』だと思っていたんだ。

………だが、違った。

 

 

結果的に、俺がそのアイテムを入手したんだが、そのアイテム名は《クリスタルワイバーンの餌》。

何だコレ?と俺が首を傾げて、皆に聞いてみよう、と振り向いたとき。

――俺は、強制転移させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

 

突然の事態に戸惑いながらも、すぐさま周囲を警戒すると――――()()()はいた。

 

まず視線が行くのはその全身だ。全身がクリスタルに覆われている。

次に印象に残るのは、その頑強そうな(あぎと)。どんなものでも噛み砕けそうだ。

さらに大きな翼。これもクリスタルに覆われていて、重そうなのにどこまでも飛び上がって行きそうな力強さを感じさせる。

そして太い尻尾。これまたクリスタルに覆われている。それだけではなく、クリスタルが針の様にびっしり生えている。

 

こいつの名前は、見た目通りの《クリスタルワイバーン》。

そーかい。あのアイテムを手に入れた者が餌ってわけだ。

上等だ。ぶっ潰してやるよ。

 

さーて、レベルはっと……。

 

………ろ、66!?

ありえねぇ!俺達の前にこのイベントに出くわしたって話は聞いたことねえから、多分条件付きで発生するイベントだろう。

だからといって、階層の二十上のレベルを持つ奴とかあっていいのか!?いやダメだろ!

 

…………だが、俺の敵じゃねぇ。

この程度の中ボスに俺が負けるわけがない。

ま、油断は禁物だが。

 

ちなみに、今の俺のレベルは92だ。

シリカと付き合い始めてからは少しペースダウンしちまったが、色々貴重な体験が出来てるからな。

どうってことねぇ。

――こいつよりは二十五以上か。これが関係ありそうだな。

 

 

『ギュアァァァァアアアア!!!!』

 

 

おっと、考察してたら相手がキレちまった。

 

――そんなにやられるのが望みなら、やってやるよ!

 

 

大きな翼を羽ばたかせ、ワイバーンは空中から突進してきた。

俺はその突進をステップで回避した――否、しようとした。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

突進を左にずれて躱し、翼を下に潜り込んで躱したのはよかったが……最後の尻尾が読めなかった。

奴は尻尾を振り、俺に強力な一撃を与えてきた。

尻尾に生えていたクリスタルの針が数本、俺の身体に刺さったまま貫通継続ダメージを与えてくる。

 

 

「くそっ!」

 

 

俺は針を素早く引き抜き、ワイバーンに狙いを定める。

 

 

「……今だっ!」

 

 

投剣スキル最上位技《ジャミングシュート》。

六本の針が俺に刺さっていたので、《ジャミングシュート》も二回使う。

 

これでバッドステータスにできれば……!

 

 

「何っ!?」

 

 

だがしかし、本日何度目かわからない驚愕が俺を襲った。

 

ワイバーンの身体を覆うクリスタルが、針を弾いたのだ。

考えてみれば強度が同じなんだから弾けるような気もするが……。

………そりゃねぇだろ!

 

 

「この状況はマズいな……。相手の方がリーチでは圧倒的に有利。

さらにある程度の強度がないと、攻撃が弾かれる。

勢いのあった同強度の攻撃が通らなかったから間違いねぇな。

ぶち込むべきは、重い一撃………仕方ねぇ。やるか」

 

『グルル……ギュアッ!』

 

 

ワイバーンは溜めを作り、ファイアブレスなんぞを吐いてきた。

 

 

「うおっ!このワイバーンはブレス吐けんのか!?

聞いてねぇぞチクショウ!」

 

 

盛大に愚痴りながら、何とかブレスを回避する。

ともかく、少し隙を作らないと戦えない!

 

 

『ギャアァァァアアアア!!』

 

「元気だなこの野郎!」

 

 

雄叫びを上げながらワイバーンが突っ込んできた。

さっきはギリギリで躱して反撃するつもりだったが同じ失態はおかさねぇ。

奴の攻撃を見切り、大きく横に飛び退く。

 

 

「よっとぉ!」

 

『グルァ!?』

 

 

奴との距離が開いた!今だッ!

 

俺はメニューウィンドウを開き、武器を短剣から両手斧に、選択武器スキルを短剣スキルから両手斧スキルに変える。

 

 

「よっしゃあ!こいつを実戦で使うのは久しぶりだ!久々に暴れさせてもらう!

覚悟しろよこのトカゲ!さっきまでの分、返してやらぁ!」

 

『グルギュアァアアアアア!!!』

 

 

俺の言葉を理解したわけじゃないと思うが、ワイバーンも裂帛の気合いを返してきた。

 

 

「いいねぇ!行くぜ!」

 

『グルル……ギュアァッ!』

 

「遅い!」

 

 

走り始めた俺に向かって奴はブレスを吐いてきたが、一回見てタイミングがわかれば大したことない。

 

 

「《エアリーシールド》!」

 

 

俺の前で斧が扇風機の羽の様に回転し、ブレスを弾く。

少しガードを抜けてダメージが発生するが、そんなの戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルに任せとけば何とかなる。

 

 

「さあ、今度はこっちの番だ!」

 

 

ブレスが止んだ瞬間、俺は斧を左腰に添えて、居合いの様な構えをとった。

 

斧が水色に光り輝く。

 

 

「行くぞ!《メテオフォール》!」

 

 

ソードスキルを発動した直後、俺は爆発的な勢いでワイバーンに肉薄した。

 

奴は飛び上がって回避しようとするが……もう遅い。

そのタイミングじゃあ、逃れらんねぇよ。

 

 

斧を振り抜き、ワイバーンを斬り上げる。

続けざまに斧を振り下ろし、奴を斬り下ろしながら地面に叩き付ける。

そのとき地面に斧を突き刺し、刺さった地点を中心に振り下ろした勢いそのままに円運動をして奴に踵落し。

その勢いで斧を引き抜き、同時に奴を蹴り上げて俺と奴の間に間隔を作る。

さらに斧の柄頭で奴をぶん殴り、すぐさま右に斬り払う。

そのまま勢いを殺さずに左肩でタックルし、最後に正面を向いて大上段に構えた斧を振り下ろす。

 

 

これが、両手斧体術複合スキル、重攻撃八連撃技《メテオフォール》。

 

今までにこいつ喰らって耐えた中ボスなんてそうそういないんだが……。

………って、うおっ!

 

 

『ギュアアアア!!!!』

 

「ぐはっ!」

 

 

ワイバーンがぶっ飛んでった先で、何故か土煙が発生してたんだが、理由がわかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

見た目は翼の生えたトカゲみたいでめっちゃ弱そうだが、コイツはやべぇ。

クリスタルの重石がなくなったことにより、スピードが格段に上がってる。

防御は下がっただろうが、その分攻撃の威力も上がってる。

HPバーが三割を下回ってるからそれが発動条件か?

 

 

「コレはえぐいぞ………!」

 

 

クリスタル装備時は、かなりの強度を持った重量級の武器じゃないとダメージを与えられない。

それに対して、クリスタル装備解除時は、スピード重視の武器とスキルじゃないと当てるどころか掠ることもできない。

俺みたいなタイプの奴じゃなきゃ、かなり苦戦するだろう。

 

 

「俺だって余裕ってわけじゃねぇしな……!レベル差が二十五以上とかあんま関係ねぇぞ、コレ!」

 

 

今の俺は奴の攻撃を躱すので精一杯だ。

さっき一撃喰らってわかったが、こいつの攻撃を受けながら武器とスキルを変えて、さあ反撃だ!ってなっても一撃当てるのはかなり至難の技だ。

しかもそのまま攻撃を喰らい続ければいくら俺でもHPが危なくなるだろう。

もし一撃で倒せなければ、俺がやられる。

だが、両手斧での攻撃を当てられるとは思えない。

結構手詰まり感がすごいんだが……!

 

 

『グルキュルアァアア!』

 

「ああ、くそっ!どうしろってんだ!」

 

 

方法は思いつかないこともない。

多分成功すると思うが……。百パーでもないんだよなぁ………。

 

 

「でもま、やるしかねぇか!」

 

 

俺は、奴の攻撃を躱した瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「喰らえっ!」

 

『ギュアッ!?』

 

 

驚いた様な雰囲気を醸し出しながら、ワイバーンが斧を回避した。

 

 

「今っ!」

 

 

俺はこの一瞬の隙に、スローイングダガーを取り出し、《ジャミングシュート》を発動。

三本のスローイングダガーが、紫色のライトエフェクトを伴ってワイバーンに向かって飛翔していく。

 

 

「次っ!」

 

 

俺はダガーの行く先を黙って見届けるわけじゃねぇ。

今の奴の位置と、奴のスピード、そして今投げたダガーが制限する奴の行動範囲。

それらを総合的に判断し、次に奴が回避するであろう場所に向かって《パラライズシュート》を放つ。

《パラライズシュート》で放ったピックは四本。

それと少し時間差で、さらに四本のピックを取り出し《スタンシュート》を使う。

《スタンシュート》はその名の通り、当たった敵にスタンを発生させる素晴らしいソードスキルだ。

ま、発生するのは小スタンだけどな。

 

ちなみに、何故全て《ジャミングシュート》にしないのかというと、俺の狙いに理由がある。

今俺は、《ジャミングシュート》で奴の行動範囲を制限し、回避する位置をある程度誘導しようとしている。

そして、制限された範囲に状態異常付与を持ったソードスキルをばらまき、奴の動きを止めるのが目的だ。

 

だが、ここで《ジャミングシュート》だと問題が生じる。

このスキルは三つの投擲武器を同時に投げるため、ある程度の軌道制御なら出来るのだが、あまりばらけた場所に打つことが出来ないのだ。

今狙っているのは《ジャミングシュート》で制御できる範囲を超えてしまっている。

それゆえ《パラライズ》と《スタン》を使ったのだ。

 

ついでに言うと、俺的には《パラライズシュート》の方が使い勝手がいい。

小スタンが発動直後に一瞬相手の動きを止めるだけなのに対し、麻痺は発動に少し時間がかかるものの少しの間動きを拘束するからだ。

斧を投げ捨てた状態の俺なら、奴の攻撃は確実に躱せるしな。

ただこちらから攻撃を当てるのは難しいが。

 

二段目を《スタン》にしたのは、ソードスキルには冷却期間(クーリングタイム)というものがあって連発できないからだ。

ちなみに《ジャミングシュート》には冷却期間は存在しない。

やっぱ使い勝手はいいんだけどな……。でもなぁ、他のスキルに比べると射程は短いし、ちょっと遅いし……。

 

ま、結論は一つ。麻痺ってくれるとありがたいんだが?

 

 

『ギュア!』

 

 

はいスタンでしたー。

こうなると短剣を装備してる時間はねぇな!

 

 

「行くぞオラァッ!」

 

 

どこぞのヤクザの様な声を上げながら俺は奴に肉薄する。

今度のはシステムアシストがないから自分の敏捷ステータスだけが頼りだ。

奴のスタンが解ける前に接近し、瞬時にソードスキルの構えをとる。

俺の両手両足――足の付け根と肩まで――に赤いライトエフェクトが灯る。

 

 

「――ハッ!」

 

 

気合いのこもった掛け声と共にソードスキルを発動する。

 

左のショートフックを打ち出し、ワイバーンを僅かに仰け反らせる。

すかさず右のストレートが飛び出し、ワイバーンを打つ。

身体が流れそうになったワイバーンを右の肘打ちが地面に叩き落とす。

だが奴の身体は地面に打ち据えられる前に俺の左のニーキックによってその場に強制的に留まらせられる。

右足を蹴り上げ奴をさらに上昇させて――システムアシストを受けた俺の左回し蹴りが奴を吹っ飛ばした。

 

―――体術スキル六連撃技《拳舞》。

 

足技も多いこの技が何故《拳舞》なのかは知らないが、俺はこの技が結構気に入ってる。

現実に戻ったら練習しようかとか考えてるくらいだ。多分やれなくはないだろうし……っと、集中しねえと。

 

さて、これで倒せてなかったら結構ヤバいんだが……。

このコンボを耐えきった中ボスは今までいないとはいえ、レベルはコイツが最高だしな……どうなる?

 

 

『グルル……』

 

「あれ?ホントに耐えちゃった?マジで?」

 

『ギュア…………』

 

 

クリスタルワイバーンは、力ない声を残して、ポリゴン片となって消えた。

 

その直後、俺の目の前にシステムウィンドウが開き、アイテムを入手したことが教えられた。

 

 

「《クリスタルワイバーンのインゴット》………」

 

 

そのまんまだが、つまりコイツはインゴット入手イベントだったってわけか?

大掛かりすぎるぜ全く……下手したら死んでた可能性もあるし……。

 

補足しておくと、インゴットってのは武器の生成に必要なアイテムだ。

これを使って、スミスが武器を作る。

つーか他に使い道を知らねぇ。

 

次いで、転移まであと三十秒という旨を知らせるシステムウィンドウが開いた。

どうやら、帰る時は教えてくれるらしい。

 

 

「おっと、《ドラゴニック・アックス》を回収しないとな」

 

 

この某病気全開の名前の斧だが、性能はいい。

モンスタードロップなんだが、俺はこれよりいい斧はまだ見たことがない。

ま、上層に行けばあるんだろうけどな。

斧を回収したところで、俺は再び強制転移させられた。

最後に、久々に全力を出せた相手に敬意を表す。

 

 

「じゃーな、クリスタルワイバーン。結構楽しかったぜ」

 

 

自己満足だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお」

 

 

俺が転移させられた場所は、三人のすぐ近くだった。

 

 

「カイさん!大丈夫でしたか!?」

 

「あのワイバーンは何だったんだ?」

 

「え?なんで知ってんの?」

 

 

キリトから思いがけない言葉が発せられてびっくりしてしまった。

 

キリトの話では、俺が転移させられた直後に三人も転移させられたらしい。

転移させられた場所は俺達の戦いが見えるところだったらしく、最初だけ三人で見ていたんだそうだ。

しかし、再び転移させられてこの場に戻ってきた。

やきもきしながら待ってたら、俺が転移してきたってことらしい。

 

 

「そっか、心配かけちまったみてぇだな。俺はこの通りぴんぴんしてるぜ」

 

「ホントによかった。急に転移させられたから心配したのよ。

ところで、ホントにあのワイバーンはなんだったの?」

 

「俺だって焦ったよ。あいつは《クリスタルワイバーン》。レベルは66。

あんとき俺が手に入れたアイテムが《クリスタルワイバーンの餌》で、あれを入手した奴を強制的にあいつと戦わせるイベントなんだろ。かなり凶悪な設定だけどな」

 

「そ、それ、カイじゃなきゃ危なかったんじゃ……?」

 

 

アスナが恐る恐るといった様子で確認してくる。

 

 

「ああ、俺もそう思う。しかも、あいつはレベルだけじゃない。

あの点をふまえると、キリトやアスナでも危なかったかもな」

 

「へぇ、カイがそこまで言うとはな。どんな性質を持ってたんだ?」

 

 

キリトがニヤリと笑みを浮かべながら聞いてくる。

…………やっぱこいつ戦闘狂のケがあるよなぁ。

 

 

「最初は異常に固くてな。他の武器で試さなかったから完璧にはわからねぇけど……。

多分あの強度なら、アスナの通常の攻撃は通らない」

 

「え?と、通らない?」

 

 

アスナが動揺全開で聞いてきた。

 

 

「ああ。あいつは身体全体がクリスタルに覆われててな。

わけあって奴のクリスタルの針で投剣スキルを使う機会があったんだが、その攻撃が弾かれた」

 

「それって、もしかして《ジャミングシュート》を使ったのか?」

 

「ん?そうだけど、それがどうかしたか?」

 

「いやおい!だってあれは武器の持つ攻撃力を一・五倍にする効果があるだろ!

それで弾かれたって……!」

 

「ああ、そういえばそんな性能あったな」

 

「忘れてたのかよ!」

 

 

キリトが全力でツッコんだ。

でも確かにそういう効果があったな、《ジャミングシュート》。

 

 

「それだと俺の攻撃が通るかどうかすら怪しくないか?」

 

「いや、キリトの攻撃なら通ると思うぞ。当てられれば、だが」

 

 

俺の言葉に三人が固まった。

 

 

「………え?そんな速いの?」

 

「んーとだな。速いっていうよりかは当てづらい、だな。

あいつ突進とブレスが主な攻撃方法だったみたいだから。

ちなみに突進はそれ自体と翼を躱しても、尻尾の追撃が来るぜ」

 

「うへぇ。聞くからにめんどくさそう」

 

 

キリトが辟易とした表情で呟く。

うん。超めんどかったよ。

 

 

「ま、キリトがあいつに攻撃当てても、第二形態で当てられなくなっただろうけどな」

 

「ま、まだあるんですか………?」

 

 

シリカがもう聞きたくないといった感じの雰囲気になっている。

ごめん、まだもうちょっと続くわ。

 

 

「そうなんだよ。俺は一発で三割以下まで削ったから発動ポイントはわかんねぇんだけど……。

あいつはHPバーがあるラインを下回ると、クリスタルの装甲を脱ぎ捨てて身軽になる。

俺でも斧持ってたら躱すのが精一杯だった」

 

「カイの敏捷で躱すのが精一杯ってそれもうレベル66どころの騒ぎじゃないでしょう」

 

「俺も思った。あいつはレベルとか大して関係ねぇな。

ともかく、あの状態になったらスピードがいままでとは段違いだし攻撃力も跳ね上がってた。

防御は下がってたっぽいけど、攻撃はほとんど当てられないから意味ねぇと思う。武器捨ててやっと殴り倒せたし」

 

「よく倒せたわね…………」

 

 

アスナが呆れまじりで感想を述べた。

他の二人も大きく頷いている。

 

 

「俺だって似た様な気持ちだよ。

っと、そうだ。あいつを倒したらインゴット落としたんだよ。

誰か腕のいい鍛冶屋知らないか?」

 

「あ、それならわたしに当てがあるわ。今回皆にもそこを紹介しようと思ってたの。

でも、昨日聞いたら最近忙しいらしくて……。少し落ち着いたら連絡してもらう予定だから、連絡もらったら行きましょ。まあ、わたしは行けない可能性の方が高いけどね………」

 

 

大手ギルドの副団長様は大変だなぁ……。ご愁傷様だ。

 

 

「へぇ、アスナのオススメか。楽しみにしとくぜ」

 

「そうですね!アスナさんのお知り合いならいい人なんでしょうし!」

 

「きっと腕もいいんだろうな」

 

 

ものすごい勢いでハードルが上がっているが、アスナは気にした風もなく言い切った。

 

 

「任せておいて!あの子、かなりの腕前だから!」

 

「そうか。なら、当日を楽しみにしとくか。………んで、どうする?帰るか?」

 

 

皆に聞くと、途端に疲れを前面に滲ませた。

 

 

「ああ、そうしよう……。色々あって疲れた………」

 

「わたしも……」

 

「あたしもです……」

 

「俺もだ。ワイバーンとは中々に白熱した戦いになったし、疲れた。じゃ、帰ろうぜ」

 

「「「りょ〜か〜い」」」

 

 

気の抜けた三つの返事が、今回の狩りを締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 





どうでしたか?

次は恐らくリズベットさんの登場です。

あと、この話はファントム・バレット編まで行く予定です。
一応お伝えしておきますね。

では、感想、意見、批評、質問その他、お待ちしております。



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第十二話 鍛冶師リズベットと新武器



中々書く時間が取れません。

今回はリズの話です。
キリトが武器を作るやつですね。
この話ではカイも武器を作りまっせ!
それでは、どうぞ!




 

 

 

 

あの何気に強かったワイバーンとの邂逅から一か月と少々。

 

俺達はアスナから連絡をもらって、ついに鍛冶屋に余裕ができた旨を聞いた。

ま、アスナは忙しくて来られなかったんだが。

 

 

 

 

 

そんなわけで待ちに待った知らせが勧めてきたのは――《リズベット武具店》という四十八層にある店だった。

 

 

「へー、ここが」

 

「水車とかもあって、綺麗な場所ですね!」

 

「なんつーか、めちゃめちゃ高そうな物件だな」

 

「カイさん、そんな話しないで!」

 

「ごふっ」

 

 

感想を述べたらシリカに肘打ちされた。

ダメージはないからいいけどよ……。

 

 

「ま、入ろうぜ」

 

 

二人が頷いたのを確認し、扉を開けて中に入る。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

すると――なんか派手な女子がいた。

髪の毛がピンク色で、メイド服風なエプロンドレスを着たそばかすの女子。

これが店主?

 

 

「あんたが………リズベット?アスナの友達の?」

 

「あ、じゃああなたたちがアスナの知り合いね。

そうよ、あたしがリズベット武具店の店主、リズベット。よろしく」

 

「………奇抜な髪だな」

 

「カイさん!」

 

「ぐえっ」

 

 

また肘打ちされた。

 

 

「……別にあたしの趣味じゃないわ」

 

 

低い声。目から途端に光が失われるのは怖えよ。

 

 

「お、おう。そうか。……武器を見てもいいか?」

 

「あ、何をお探しですか?」

 

 

いきなり店主らしい口調になったリズベット。

流石の切り替えと言ったところだろうか?客商売ってすげーわ。

 

 

「俺は取りあえず適当に見るから気にしないでくれ」

 

「俺は片手剣をオーダーメイドで頼みたい」

 

「あたしは武器の強化を………」

 

 

わかると思うが上から俺、キリト、シリカな。

 

 

「今ちょっと金属の相場が上がってまして、多少お高くなってしまうかと思うんですが……」

 

「予算は気にしなくていいから、今作れる最高の剣を作ってほしいんだ」

 

「……と言われても……具体的にプロパティの目標値とか出してもらわないと……」

 

 

キリトに言われてリズベットが困ってる。

まああいつの頼み方も大概だがな。

 

 

「じゃあ、これと同等以上の性能、ってことでどうかな」

 

 

と言ってキリトが差し出したのは、《エリュシデータ》。

あれはモンスターのドロップ品だ。

つっても、あれはめっちゃレアドロップだけど。

俺は全種類の武器を使うから、それ相応の筋力パラメータがあって余裕で持てるが………。

普通の奴なら持つだけでキツいだろうな。

ちなみに俺はあれ以上の片手剣を知らない。

 

リズベットは《エリュシデータ》を持って重さに驚愕していたようだが、職人魂を刺激されたのかキリトに剣を返した後、壁にかけてあった剣を取ってキリトに差し出した。

 

ちなみに俺はあいつらの状況を眺めながら細剣を確認してる。

俺もオーダーメイドを頼むつもりだが、もしいいのがあったら買って、それ以外の種類のうちどれかを作ってもらう魂胆だ。

 

 

「これが今うちにある最高の剣よ。多分そっちの剣に劣ることはないと思うけど」

 

 

キリトはその赤い剣を受け取って素振りをして、首を傾げた。

 

 

「少し軽いかな?」

 

「………使った金属がスピード系の奴だから……」

 

「うーん」

 

 

ちょっと気になるな。

この店の最高の片手剣らしいし。

 

 

「キリト、ちょっと貸して」

 

「ん?ああ。ほい」

 

「さんきゅ」

 

「え?あなた細剣使いじゃなかったの?」

 

「諸事情だ。…………確かに軽いな。キリト、試してみればいいんじゃねぇの?」

 

「そうだな……。いいかな?」

 

「試すって……?」

 

「耐久力をさ」

 

 

そう言ってキリトは俺から剣を受け取ると、《エリュシデータ》を店のカウンターに横たえ、剣を頭上に振りかぶった。

意図を察したのか、リズベットが慌てて止めに入る。

俺は細剣、片手剣に極端にいい物がなかったので、槍を見てる。

 

 

「ちょ、ちょっと、そんなことしたらあんたの剣が折れちゃうわよ!」

 

「折れるようじゃダメなんだ。その時はその時さ」

 

「んな………」

 

 

その先の言葉をリズベットは発することはできなかった。

キリトの持つ剣が青いライトエフェクトに包まれ―――。

 

 

「セイッ!」

 

 

鋭い掛け声と共に素晴らしい速度で剣が振り下ろされ、剣同士がぶつかり、刀身が真ん中から折れて吹っ飛んだ。

――リズベットの最高傑作の。

 

 

「うぎゃああああああ!!?」

 

 

マジか。まさかキリトも当てた方が折れるとは思っていなかっただろう。

槍にもそこまでいい物がなかった。

いや、いい物がないわけじゃない。ただ、俺の求めている性能に合致していないだけだ。たぶん金属のチョイスが俺の趣味じゃないんだと思う。

斧は今ので十分だし…………次は棍かな。

 

リズベットは折れた剣の残骸を見下ろし、膝をついて項垂れている。恐らく修復不可能だろう。

 

 

「なにすんのよこのーっ!!折れちゃったじゃないのよーっ!!」

 

 

リズベットは肩をいからせキリトに掴みかかっていた。

 

 

「ご、ごめん!まさか当てた方が折れるとは思わなくて……」

 

 

やっぱり思ってたか。でもな、キリト。それは言わぬが華ってもんだろ。

 

棍も大したことねぇなあ………。

アスナには悪いけど、ここあんま俺の趣味じゃねえな。

でもそう言えば、アスナの《ランベントライト》はここでオーダーメイドしたって言ってたなぁ。

あれはいい細剣だ。あれクラスの物がほしいってのは高望みしすぎかなぁ。

つっても俺の持ってる武器ってあれに一歩劣るくらいの奴ばっかなんだよな……。

 

一応全部見とくか。

次は曲刀っと……。

 

ちなみにシリカは短剣を見ながらピナと戯れてる。和むな。

 

そしてキリトとリズベットは口喧嘩に発展していた。

…………何やってんだあいつら。

 

 

「おい、なにしてんだよお前ら………」

 

 

ざっと見た感じ、曲刀も大したことなかったので一旦二人の仲裁に入ることにした。

 

 

「あ、カイ。なんかリズベットと金属取りに行くことになった」

 

「……はい?」

 

 

ちょっと待て。何故そうなる。

 

 

「キリトがあまりにも失礼だから、凄いのを作ってコイツをぎゃふんと言わせるのよ!」

 

「あー。俺もオーダーメイドを頼もうと思ってたんだが……」

 

「え?あんたも?」

 

 

リズベットの言葉遣いは随分前にざっくりしたものになっていた。

 

 

「どれ作ってもらうのか決めたのか?」

 

「うーん、一応は決めたんだが。ついでだ、俺も一緒に行くわ。何取りに行くかは知らないけどな」

 

「じゃあカイはそれも使って武器作ってもらうのか?」

 

「ああ、ここに置いてあるのは全部大したことないしな」

 

 

…………あれ?俺、今結構マズいこと言わなかった?

 

 

「〜〜〜!!!なによあんたたち、馬鹿にして!こうなったらあんたもぎゃふんと言わせてやる!」

 

「ぎゃふんって古いぞ。ニューカイだ。カイって呼んでくれ」

 

 

………もうこうなったらとことん挑発してイイモン作ってもらうしかねぇ。

 

 

「………カイね。よろしく」

 

「ああ、よろしくな」

 

 

 

 

 

 

その後、事の顛末を見守っていたシリカも交えてリズベットの話を聞く事になった。

 

 

あるクエストで、五十五層にある村の長の白髭から――

 

西の山には白竜が棲んでいる。その竜は毎日餌として水晶を齧り、その腹に貴重な金属を溜め込んでいる。

 

てな感じの話が聞けたそうだ。

十中八九、インゴット入手イベントだな。

 

それを聞いた大人数のプレイヤーがこぞってドラゴンを討伐したらしいが……。

特に何も出なかったそうだ。

小額のコルと、ヘボイ装備アイテムだけドロップして終わったらしい。

 

その後も、たくさんのパーティーが狩りまくったが、一向に出ないらしい。

 

 

 

――という話を、リズベットから聞いた。

 

 

「その話、俺も聞いたことあるわ。確かに素材アイテムとしては有望っぽいよな。

でも、全然出ないんだろ?今更俺達が行っておいそれとゲットできるのか?」

 

「色んな噂の中に、《パーティーの中にマスタースミスがいないとダメなんじゃないか》っていうのがあるのよ。鍛冶屋で戦闘スキルを上げてる人ってそうはいないからね」

 

「なるほど、試す価値はあるかもな。――ま、そういうことなら早速行こうぜ。

カイ達はどうだ?」

 

「俺もすぐにでも行けるぜ。シリカはどうするよ?」

 

 

俺は、話し合いが始まってから一言も発してないシリカに尋ねる。

 

 

「うーん、あたしは武器の強化さえできればそれで………。

今回は遠慮します。お二人だけで」

 

「「わかった」」

 

「………」

 

 

リズベットが絶句している。………恐らく呆れて。

 

 

「あんたたち、そんな能天気っぷりでよく今まで生き残ってこれたわね……ゴブリン狩りに行くんじゃないんだから、それなりにパーティー整えないと……」

 

「でもそうなったら、目当てのブツが出ても最悪くじ引きじゃねぇか。

そのドラゴン、確か五十五層だろ?俺とキリトなら大丈夫だろ。なぁ?」

 

「そうだな。リズベットは陰から見てればいいよ」

 

「……よっぽどの凄腕か、よっぽどのバカチンね、あんたたち。

アスナの知り合いってこんなのばっかりなのかしら?心配になるわね………。

まああんたたちが泣いて転移脱出するのを見るのも面白そうだからあたしは構わないけどね」

 

 

キリトはふふん、と得意げに笑って言った。

 

 

「さて、俺達はいつでも大丈夫だぜ。リズベットは?」

 

「ああもう、どうせ呼び捨てにされるならリズでいいわよ。

日帰りできるみたいだから、あたしも準備はすぐに済むわ」

 

 

そう言ってリズはウィンドウを操作し始めた。

恐らく手持ちのアイテムを確認したんだろう。

 

それを終えた後、リズは店を出て客がいないのを確かめると、ドアの木札を裏返しCLOSEDにした。

準備は終わったみたいだな。

 

 

「じゃあシリカ、俺達は行ってくるわ。帰ってきたらメッセ送るな」

 

「はい。あたしはホームで待ってますね」

 

「ああ。暇だったら適当に狩りに出ててもいいから。

ただ安全はちゃんとな。いってきます」

 

「はい、わかってます。いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリカとは別れて、三人で行動を開始した俺達は、その噂の村に辿り着いていた。

 

 

フィールドのモンスターは俺達の敵じゃねぇな。

ああ、あのワイバーンとの奴みたいな心躍る戦いをしたいぜ。

 

ちなみに俺は今回かなーりオマケだ。

半ば空気と化している。

 

二人はここにくるまでの間も憎まれ口を叩き合っていた。

楽しそうなことで。

 

 

「ぶえっくしっ!」

 

 

村に入った途端、リズが女子らしからぬくしゃみをした。

気が抜けたのと寒かったのが原因か?

それを見たキリトが、からかいながらも自分の装備をオブジェクト化し、リズの頭にかぶせていた。紳士だ。

 

 

「村長の家ってあれか?」

 

「そうね」

 

「あれだな」

 

 

俺が村の奥に建ってた高い屋根の家を指差すと、二人も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――結果的に村長の話は聞けたんだが…………。

あれは酷い。

話は何故か彼の幼少期から始まり、熟年期の苦労話を終えた後唐突に、そういえば西の山にはドラゴンが、という流れだった。

 

俺は途中で何度も寝そうになりながらも頑張って話を聞いてた。

俺は俺を褒めてやりたい。

 

 

なにはともあれ、めちゃくちゃ消耗した俺達が解放されたのは、夕暮れ時だった。

 

 

「……まさかフラグ立てでこんなに時間食うとはなぁ……」

 

「まったくね。明日また出直す?」

 

「でも山ってあれだろ?さっさと行ってさっさと終わらせちまおうぜ」

 

 

キリトが疲れた声をあげ、リズが日を改めることを提案したが、俺がそれを遮った。

マジで早く帰りたい。ジジイの声で荒んだ耳を、シリカの声で癒してもらいたい。

 

 

二人はまたもや軽口を叩き合いながら、賛同してくれた。

 

 

 

 

登頂にはさほど苦労はなかった。

このクエストの一番の苦労は、ジジイの話を聞くことだ。断言する。

 

山頂はとても綺麗なところだった。

一面の雪景色の中に、クリスタルの柱がそびえ立っている。

 

 

「うわぁ……!」

 

 

思わずといった様子で歓声を上げて走り出そうとしたリズを、キリトが襟首を掴んで止めた。

 

 

「ふぐ!………なにすんのよ!」

 

「おい、転移結晶の準備しとけよ」

 

 

キリトの表情は真剣だった。

俺も既に気持ちを切り替えてある。

 

リズもキリトの変化に気がついたんだろう。

口答えせずに素直に従っていた。

 

 

「それから、ここからは危険だから俺とカイの二人でやる。

リズはドラゴンが出たらそのへんの水晶の陰に隠れるんだ。絶対に顔を出すなよ」

 

「なによ、あたしだってそこそこレベル高いんだから、手伝うわよ」

 

「ダメだ!」

 

 

キリトが声を張り上げる。

俺も同感だ。てか俺マジ空気。

それはともかくとして。リズの実力じゃちょいと不安だしな。

 

 

キリトが「じゃあ行こうか」と言ってリズの頭に手を置くと、リズはコクコクと頷いていた。

………すっかり従順になってる。これはもしかしてもしかするか……?失恋ほぼ間違いなしだからあんまオススメはできねえんだが。

 

 

 

 

 

 

山頂の中央にはでかい穴が開いていた。

キリトが近くに落ちていた水晶の欠片を蹴り落としていた。反響音は聞こえない。

こりゃ落ちたら助かんねぇな。

 

 

「……落ちるなよ」

 

「落ちないわよ!」

 

 

リズとキリトが漫才をやっていた。

その直後、高い雄叫びが山頂に響き渡った。お出ましか?

 

 

「その陰に入れ!!」

 

 

キリトが有無を言わせぬ口調でリズに指示を出す。

リズはそれに従いながら、早口で捲し立てた。

 

 

「ええと、ドラゴンの攻撃パターンは、左右の鉤爪と、氷ブレスと、突風攻撃だって!

………き、気を付けてね!」

 

 

それにキリトはサムズアップで返していた。

 

………俺、ホントに空気だな。何か悲しくなってきたよ。

 

 

それとほぼ同時にドラゴンが現れた。

 

綺麗な鱗を持ったドラゴンに対し、キリトは背中の《エリュシデータ》を音高く抜いた。

そして俺はというと―――

 

 

「キリト、ちょっと武器変えるわ!」

 

「おう、わかった!」

 

 

と言ってウィンドウ操作に入る。

ちなみに装備してたのは短剣だ。

まあ俺のデフォだな。

 

ドラゴンはその顎を開き、白く輝く光の奔流を吐き出した。

 

 

「ブレスよ!避けて!」

 

 

リズが悲鳴に近い叫びを上げるが、俺達はそんなことはしない。

 

 

「悪いな、キリト。頼んだ」

 

「任せとけ」

 

 

キリトが剣を自分の前で縦にかざし、《エアリーシールド》を発動させる。

《エアリーシールド》はブレス系の攻撃を防ぐスキルだ。

場合によっては防げないこともあんのかもしれねぇけどな。

 

俺はキリトの背後に移動し、装備変更を完了させる。

 

俺達をブレスの奔流が襲うも、《エアリーシールド》に防がれ、ほとんどダメージがない。

その受けたダメージも、俺達の戦闘時回復スキルで完全回復できる。

 

 

「キリト!俺が先行する!」

 

「了解!」

 

 

奴のブレスが切れる寸前、俺は爆発的なスピードで飛び出した。

多少ダメージが増えるがどうってことない。

 

 

「行くぜ!」

 

 

俺は、奴の目の前まで飛び上がり()()スキル《リニアー》を発動させる。

 

アスナほどではないが、中々の威力を誇る俺の攻撃がドラゴンに吸い込まれる。

そして俺に続いてキリトも飛び上がってきて次々に攻撃を加える。

ドラゴンも両手の爪で応戦しているが、俺達の手数に敵うはずもなく。

 

一度の空中の攻防で、奴のHPは五割ほど減少していた。

 

 

再びドラゴンがブレスのモーションに入った。

 

 

「今度は躱して叩くぞ!」

 

「オッケー!」

 

 

俺とキリトは息を合わせ、同時に左右に展開しブレスを躱しつつ飛び上がる。

そして余裕のタコ殴り。

 

俺達が再び着地したときには、奴のHPはレッドゾーンに突入しそうになっていた。

 

 

「あと数撃!……ってオイ!」

 

「バカ!!まだ出てくるな!!」

 

 

俺達が驚愕したのは、リズが水晶の柱の陰から勝手に出てきたからだ。

 

 

「なによ、もう終わりじゃない、さっさとカタを……」

 

「クソ!間に合うか!?」

 

 

俺は悪態をつきながら奴の方へ駆け出すが………一足遅かった。

 

ドラゴンは一際高く飛び上がり、両の翼を自身の身体の前で打ち付けた。

それにより、奴の真下の地面で雪が舞い上がる。

 

 

「チクショウ!」

 

「早く隠れ―――」

 

 

俺は間に合わないことを悟り、地に身体を伏せる。

キリトは剣を地面に突き刺し、何とかリズに指示しようとしたところで、俺達は爆風に覆われた。

―――突風攻撃だ。

 

 

………ダメージはほとんどない。

相手の体勢を崩すのが目的の攻撃か。

 

俺は周りの状況を確認し―――リズが吹き飛ばされ、その先に地面がないのを見た。

 

 

「んな!?やべぇ!?」

 

 

俺の言葉の意味を一目で察したようで、キリトが剣を引き抜いて駆け出した。

俺は地面に伏していたせいで一足も二足も遅れる。

 

 

吹き飛ばされたリズを追ってキリトが大穴に飛び出し、リズの手を摑んだ。

 

俺も追ってキリトの腕を摑もうと手を伸ばすが――間に合わない。

 

 

「クソがっ!……キリト!ソードスキルを使え!」

 

 

大穴に向かって大声を張り上げる。

あいつなら自力で気づくかもしれないが保険だ。

 

この大穴がどこまで続いてるのかはわからねぇが、フロアの底辺だとしても十秒もありゃあ到着するはずだ。

キリトを信じるんだ。あいつなら大丈夫だ。絶対に生きてる。こんなところで死ぬわけがない。

 

 

「さてと………久しぶりにやるか」

 

 

俺はドラゴンに対峙し様子を見ながら、同時に別のことを考える。

 

()()()()

これが今俺がやってることだ。

複数の思考を同時に行うこと――つっても、俺は二つ同時が限界だがな。

 

 

俺が今考えるべきことは――四つかな。

 

一つ。キリトとリズの安否。

まあこれは既に終了している。

なぜならパーティーを組んだ時に出る、仲間のHPバーがまだ存在しているからだ。

かなりダメージを受けてるが、死んではいない。

何とか勢いを抑えたみたいだ。よかった。

 

二つ。このトカゲをどうするか。

これが微妙なところだよな。

今までにドラゴンを倒した奴らの話からすると、コイツを倒してもメリットがほとんどない。

一応パーティーにマスタースミスはいる状況だが……。

確証がないのに倒すのはあまりよくない気がする。

二人が一緒ならいいが、今ははぐれてるからな。

安易に行動しない方がいいだろう。

 

三つ。キリト達はどうやって脱出するのか。

ダメージが入ったタイミングから考えて、相当深い穴であることが伺える。

ぶっちゃけロープとかでどうにかなるレベルじゃないと思うんだが……。

いや、ロープ同士を繋げばいけるのか?

今までロープを繋げようなんて考えたことねぇからわかんねぇぞ。

ま、物は試しか。何かしらの脱出方法はある可能性が高いからな。

ついでに言っとくと、最初から転移結晶には期待していない。

こんなあからさまなトラップ、結晶使えたら面白くないだろ。

俺が茅場だったら確実に結晶無効化空間にするね。

………できるに越したことはないけどな。

 

四つ。これまでの方針をどうやってあいつらに伝えるのか。

多分、この中はダンジョン扱いだ。

となると、メッセージが送れない。

………んー、一番確実なのは……水晶の欠片に何かをくくり付けて落として伝える……かぁ?

現状、他の方法が思いつかねぇんだよな。

 

 

ちなみに、ドラゴンからの攻撃はずっと続いてる。

だから俺は並列思考を使って、ドラゴンへの対処と同時に色々考えてたんだ。

 

あ、そうだ。

俺、録音結晶持ってんじゃん。

あれに声吹き込んで落とすか。

耐久値が全損しねぇように、擬似パラシュートでも作るか。

 

 

「えーっと、確か……あった、これだこれ」

 

 

俺は録音結晶を取り出し、トカゲと距離を取る。

奴は………追って来ない。好都合だな。

 

 

「よし………ぽちっとな。

『あー、ちゃんと録音されてると信じて話すぞー。

俺は今から戻ってロープとかでどうにかできないか試してみる。

お前達は脱出できたらすぐに帰ってメッセ飛ばしてくれ。

それじゃ、またな』っと。これで録音できたか。

あとは………」

 

 

俺はアイテムストレージから毛布とロープをオブジェクト化して取り出す。

ロープは一本しかねぇからどの道届かないし今使っちまっても大丈夫だろ。

俺はロープのポップアップ窓を出し、結束ボタンを押す。

これで対象を選べば自動的に結ばれる。

録音結晶を選択。

 

 

「よし。ここまでは大丈夫だな。

問題は毛布を広げて結束したとして、パラシュート状になるかってことだ。

………待てよ。そういえばネタアイテムにあれがあったはず……!」

 

 

俺は再びウィンドウを操作して、あれを探す。

 

 

「………きたぁっ!あったぞ!()!」

 

 

これは天候がシステムによって決められるSAOにおいて、雨天時その気分を味わおうってことで売ってたネタアイテムだ。

面白そうだからと買ったが、まさか使い道があるとは…………!

 

俺はロープの結束準備をして、傘の柄をタップして選択する。

見事に、ロープは結晶と傘を繋いだ。

 

 

「いよっし!これで安心だ。

キリトは野営用アイテムもいっぱい持ってるからな。その点は大丈夫だろう。

そうと決まれば、さっさと行くか」

 

 

俺はパラシュート付き結晶を手に持ち、大穴に向かって駆け出す。

 

 

『ギャァァアアアア!!』

 

 

トカゲが俺に反応して威嚇してくるがそんなこと知るか。無視無視。

 

 

「ほいっ」

 

 

傘を開いて大穴に投げ捨てる。

 

 

「これでいいか。さーて、逃げよ」

 

 

俺は敏捷ステータスにものを言わせて一目散に逃げ出す。

みるみるうちにドラゴンが遠ざかっていき、道中出てくる《フロストボーン》っていう名前のスケルトンを蹴散らしながら下山した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の日の朝。

キリトから脱出したとのメッセが届いた。

 

…………ちくしょう。

俺は色々検証して、いけるっ!って思って準備したのに………。

まあ、あいつらが無事だったならそれでいいか。

 

というわけで、俺は今シリカと一緒にリズベット武具店に来ている。

色々準備してたら昼すぎちまったけどな。

 

 

「邪魔するぞー」

 

「こんにちはー」

 

 

俺達が来たのに反応して、キリトとリズが――と思ったらアスナもいた――俺達を出迎えた。

 

 

「いらっしゃーい!」

 

「よっ。心配かけたな」

 

「全くだ。まあお前らが生きてるのはわかったし、一応ゲームなんだから脱出方法はあるとは思ってたけどな」

 

「ところでなんでアスナさんがいるんですか?」

 

「あ、リズが心配になって来たのよ。昨日全然連絡取れなかったから……」

 

「あ、悪ぃ。アスナにも伝えるべきだったな。忘れてたわ、すまん」

 

「うーん。ま、リズも無事だったしゴハン一回で許してあげる」

 

「うへぇ。オーケー、奢ってやるよ」

 

「やりぃ♪」

 

 

アスナがガッツポーズをする。

それを呆れた眼で見ながらリズが口を開いた。

 

 

「全くアスナは………。

さて、どっちからやるの?」

 

「シリカからにしてくれ。時間もあんまかかんねぇだろうし、俺はキリトの新武器を見せてもらうから」

 

「わかりました。リズさん、これの正確さ(アキュラシー)の強化をお願いしたいんですけど――」

 

 

二人は会話しながら奥の工房に入っていった。

 

 

「さて、キリト。見せてくれよ」

 

「おう。これだ」

 

 

キリトから渡された剣を持つ。―――重い。《エリュシデータ》と同等かそれ以上だろう。

鞘から抜いて軽く振ってみる。…………ふむ。

 

 

「いい剣だな。こいつの名前は?」

 

「《ダークリパルサー》。暗闇を払うもの、だな」

 

「ふーん。《エリュシデータ》は漆黒の剣。そしてこいつは純白の剣か……。かっけぇじゃん」

 

「ああ。………ああっ!」

 

「ん?どした?」

 

「………悪い、カイ。お前の分のインゴット取ってくるの忘れてた」

 

「ああ、そんなことか。いいよ。あの穴の中で取ったんだろ?ならそれはお前らの手柄だ。何もしてねぇ俺が受け取るわけにはいかねぇよ」

 

「そうか。ありがとな」

 

「やめろ。俺が礼を言われる理由がない。さってと、そろそろ終わったか?」

 

 

俺の言葉の直後、シリカが工房から出てきた。

 

 

「カイさーん!成功しました!」

 

「そっか。追加アイテムも結構持ち込んだし大丈夫だろうと思ってたけど……よかったな」

 

「はい!」

 

「ほら、カイ!早く来なさいよ!」

 

「ああ、わかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

リズに呼ばれて俺も工房の中に入る。

 

 

「で?あんたは何を頼みたいの?」

 

「オーダーメイドって言わなかったっけ?」

 

「……そういえば言ってたわね。インゴットはあるの?」

 

「ああ、これだ」

 

 

俺はオブジェクト化した《クリスタルワイバーンのインゴット》をリズに投げ渡す。

 

 

「へーえ。中々のインゴットね。どうやって手に入れたのよ?」

 

「話が長くなるから後でな。それで短剣を作ってほしい」

 

「………あんた短剣使ってたわよね?何?あんたもキリトと同じクチ?」

 

「ん?あいつのこと聞いたのか?」

 

「見せてもらっただけ。聞いてはいないわ」

 

「そっか。俺は違ぇよ。ただいい短剣が欲しかっただけさ」

 

「ふーん、まあいいわ。短剣でいいのね?」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「りょーかい」

 

 

リズベットがインゴットを炉の中に放り込む。

それが焼ける前に言っておきたかったことを言う。

 

 

「………リズ、お前、さっぱりした顔してんな」

 

「………よくわかったわね」

 

「昔あることがあってな。それ以来人の顔色に敏感になったんだよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「ああ。……何があったかは聞かねぇから安心してくれ。これで安心して作製を任せられる」

 

「はは、あんたはあたしの作製に影響がないか心配だったわけ?」

 

「たりめーだろ。なんかモヤモヤしてるみてぇだったからな。

そのせいで手元が狂ってとか笑えねぇだろ?」

 

「あはは、そうね。大丈夫。任せて」

 

 

リズはそう言うと炉から焼けたインゴットを取り出し、金床の上に置いた。

壁にかけてあったハンマーを取り、メニューを設定する。

ちらりと俺を見てくるリズに親指を立てて返すと、リズは頷いて――真剣な表情で叩き始めた。

 

 

武器の作製は――作製する武器の種類と、使用する金属のランクに応じた回数インゴットを叩くこと――でいいらしい。

つまるところ、武器作製にプレイヤースキルは介在する余地はないわけだ。

でも、多くの鍛冶屋はそう思ってないらしい。俺もそうだけどな。

なんか、気合い入れた方がいいとかありそうじゃね?

 

 

 

 

何回叩いたのか――インゴットがまばゆい光を放ちながらその形を変えていく。

 

数秒かけてオブジェクトのジェネレートが終了し、そこには一本の短剣があった。

 

 

サイズ的には普通の短剣と変わらない。

だがその輝きが違う。

キリトの《ダークリパルサー》に勝るとも劣らない輝きを刃に宿し、透き通りながらもその存在を主張している。

柄も透き通るような澄んだ水色――空色と言ったほうがいいか。

そして、短剣が全体的に薄く澄んだ色を放つ中、一際目立つもの。

鍔でいいのか?そこで紅く輝く宝玉。クリスタルワイバーンの眼を彷彿とさせる。

 

 

俺はその造形に眼を奪われていた。

リズが短剣を手に取り、クリックして出現させたポップアップウィンドウを覗き込む。

 

 

「んーと、名前は《ヴァイヴァンタル》。

あたしが初耳だから、キリトの剣と同じで今の所情報屋の名鑑には載ってないと思う。

さ、どうぞ」

 

「おう、さんきゅ」

 

 

俺はリズから短剣を受け取る。

――短剣にしては重めだな。

メインメニューを操作して俺に装備する。

これで数値的ポテンシャルを見ることができるんだが……。

 

うはっ、すげぇ。

めちゃくちゃ優秀だな、こいつ。

あのワイバーンの特徴だった堅さと素早さを象徴するかのようなパラメータだ。

攻撃力等の他のパラメータは多少劣るものの、攻撃力のみ今使ってる《キリング・デストロイ》に僅差で負けるくらいだ。

《キリング・デストロイ》は攻撃特化の武器だから全然不思議ではない。

 

あ、《キリング・デストロイ》は五十七層のボスドロップの短剣だ。

ほら、いただろ?取り巻き共々ひたすらデストロイしようとしてた奴ら。

それにキリングなんて単語まで付いてた。笑えねぇ。なんで短剣をドロップしたのかは不明だ。

ちなみにこれも十分優秀だ。俺の持つ他のドロップ品共々使い勝手はいい。

 

 

「すげぇな、リズ。こいつはすばらしい短剣だ」

 

「ホント?よかった」

 

 

リズがほっと息をつく。

 

 

「あと、コイツの鞘が欲しいんだ。リズの知り合いに細工師はいるのか?」

 

「ええ、馴染みの細工師から仕入れてるから――」

 

「いや、そいつに頼んどいてほしいんだ。材料にはこれを使ってほしい」

 

 

そう言って俺はストレージからあるアイテムを大量に取り出した。

 

 

「………?それは?」

 

「知らないよな。これはハイレザーリザードっていうモンスターのドロップ品だ。

中々いい素材なんだけど、一体がドロップするサイズが小さくてな。効率が悪いんだ。革だし。

だからこれを使った鞘なんて売ってねぇんだよ。でも俺この紺色好きなんだよな。

今までは鞘は今ぶら下げてる短剣用のこれしかなくて困ってたんだが……。

リズ経由でそいつに依頼したい。材料はこれ全部。作ってほしいのは、短剣、片手剣、両手剣、曲刀、刀用の鞘それぞれ一つずつ。

作り方は俺が提供する元の鞘に貼付けてほしい。できんのかな?」

 

「え、ええ…………。多分大丈夫だと思うけど……。

カイあんた、一体がドロップするの小さいって言ってなかった?何この量?」

 

「狩りつくしたからに決まってんだろ。

俺がそれを狩りまくってた時期、そこはハイレザーしか出ない場所だったから敵がいないゾーンとして一時期話題になったんだぞ。

俺がいなくなったらポップしまくってたからすぐに消えた話題だけどな」

 

「はた迷惑な話ね……。わかった。あたしから頼んでみるわ」

 

「頼む。金は………こんくらいでいいか?」

 

 

俺はトレードウィンドウを開き、金額を提示した。

 

 

「ええっ!?多すぎるわよ!!」

 

「そいつに頼む分と、短剣の代金も込みだ。余ったら貯金しとけ。

俺は金は有り余ってる。そこに提示した分なんて俺の所持金の二十分の一以下だ」

 

「ええ〜。どんだけ持ってんのよ」

 

「すげぇジト目だな。俺はキリト以上に狩りに出て稼いでるからなぁ……。

そこらにいる奴には絶対に負けない自信がある」

 

「そんな自信はいらないわよ。お代、確かにいただきました。まいどありっ」

 

「おう。じゃ、鞘が完成したらメッセ飛ばしてくれ。受け取りにくる。

そもそも依頼できなかったらすぐ連絡してくれ」

 

「ああ、諦めて引き取りにくるのね?」

 

「違ぇよ。そいつんとこに直接行って金積むんだよ」

 

「…………うわ〜。ないわ〜」

 

「うるせぇ。俺は何としても鞘を手に入れるんだ。

キリトの鞘を見る限り腕は良さそうだったしな」

 

 

そして俺達は工房から出た。

アスナも今日は休日だということで五人で夕食を取り、別れた。

リズが作ってくれた《ダークリパルサー》と《ヴァイヴァンタル》は大絶賛された。

 

 

 

 

 

後日、俺の下に鞘ができたとリズからメールがあったので出向いて受け取った。

見事な出来栄えだった。

 

 

 

 




新武器です。
カイの新たな相棒です。

ちなみにカイの他の武器は、
片手剣:シュトリケイショナー
細剣:フロートスティン
曲刀:マンティサーベス
刀:時雨
両手剣:ヴォルカニックデイズ
片手棍:ヴェルキッシュ
槍:デモニックスピア

って名前です。
キリトの武器が変わらなかったようにカイの武器もこれ以上変わりません。
全部いい武器なんです。他のオーダーメイド品が良すぎるだけで。
ちなみに全部ドロップ品という設定です。
カイとキリトは今もLAを取りまくってます。

次回は再びカイの過去に触れると思います。

感想、意見、批評、質問その他、お待ちしております。


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第十三話 VSラフコフ、そして……



…………遅くなってしまって、本っ当に申し訳ございません!
精神的に全力で土下座してます。

今回の話も暗いです。
暗いっつーかおかしい奴もいます。
中々に不愉快な感じがします。
物騒な言葉も何回も飛び出します。
でも、この話は絶対に必要でした。
批判来るかもですがそれはしょうがないと思ってます。

では、どうぞ。




 

 

 

「では、作戦は明日の午前三時開始です。遅くても十五分前には集合場所にいてください」

 

「ああ、わかった」

 

「失礼します」

 

「ごくろうさん」

 

 

……ついに、ついにこの時が来た。

リズに短剣を作ってもらってから約二か月が経過した。

 

今の奴は《聖竜連合》のメンバーだ。

作戦の決行日時を伝えてきた。

 

作戦とは――《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》討伐作戦。

 

犯罪者(レッド)ギルドとして名乗りを上げた奴らの犯行は結成以後どんどんエスカレートしていき、攻略組の奴らも何人もやられている。

見過ごせなくなった俺達攻略組は、たくさんの情報屋に依頼しラフコフのアジトを探した。

 

それが見つかったのがつい最近。

俺は恐らく犯罪に耐えられなくなった気の弱い奴が密告してきたんだと思う。もしくは、罠か。密告:罠=6:4くらいかな、個人的には。

だってアジトの場所が下層のダンジョンの安全地帯だぞ?

しかも攻略やクエストにも全く関係ないダンジョンの、だ。

そら見つかんねぇわな。

 

そして今作戦決行時間が伝えられた。

今回の作戦は攻略組を五十人以上動員したとても大きな作戦だ。

《聖竜連合》の幹部がリーダーとなる。

 

 

………明日の、午前三時、か。あと二十四時間ねぇな。

つかいま昼だからあと十二時間ちょいか。

 

 

「んで……シリカ。考えは変わらないのか?」

 

「はい」

 

「………………はぁ」

 

「何度言われてもあたしの考えは変わりません。あたしも行きます」

 

 

……そう。シリカも作戦に参加すると言ってきたのだ。

 

確かに、シリカは強くなった。

俺は指導したからわかるが、色眼鏡なしにシリカは強い。

そりゃ俺とかキリトとかに比べたら弱いが、その比較は違うだろう。

俺達共通の友人の協力もあって、パーティー戦闘にも慣れた。

もう一度言おう。確かにシリカは強くなった。

 

………でも、でもさぁ!

 

 

「………俺としてはそんな危険なところにシリカを連れていきたくないんだが」

 

「あたしだってカイさんをそんなところに行かせて家でじっとしてるのはごめんです」

 

「………このやり取り何回目だ?」

 

「………わかりません。ずっと平行線ですね」

 

「……はぁ。シリカは絶対に折れる気はないんだな?」

 

「はい。ありません」

 

「……わかったよ。俺が折れる。一緒に行こう」

 

「はい!」

 

「……そんな嬉しそうにしなくても」

 

「えへへ……。でも、明日の朝ですか。急ですね」

 

「恐らく情報漏洩を防ぎたいんだろうな。決定から決行までを短くすれば短くするほど漏洩の危険性は下がる。

口頭で伝えにきてるのもその一環だろうし。シリカはポーションとかの準備は大丈夫か?」

 

「はい。バッチリです」

 

「そうか。じゃあ時間までどうするか……。一回寝とくのは必須だな」

 

「あ、カイさん……」

 

「ん?どうした?」

 

 

シリカがおずおずといった感じで話しかけてきた。

何をそんなに慎重になってるのか。

 

 

「聞いてみたいことがあったんですけど……いいですか?」

 

「ああ、いいぞ?てか、そんな畏まんなくてもいいだろうに」

 

「えっと、ちょっと聞きづらくて……」

 

「聞きづらい?」

 

 

何故に?何を聞こうとしてるんだシリカは。

 

 

「というよりも聞いていいことなのかわからないんですけど……。

カイさんって、なんであんなに武術得意なんですか?」

 

 

その質問に。

ただの問いかけに。

何の変哲もない疑問に。

俺の思考が止められた。

――俺にそうさせるきっかけとなった存在を頭に思い浮かべてしまったから。

 

 

「カイさん、朝に鍛錬みたいなことしてるときに演舞みたいなのやってるじゃないですか。

あたし素人だからよくはわからないんですけど、しっかりした型みたいだし。

それに素手でだけじゃなくて、槍をオブジェクト化して、槍術?って言うんですか?みたいなのもやってるし。

あたしとそこまで歳も離れてないのに凄いなって思って、ちょっと気になって」

 

 

確かに俺は朝、自己鍛錬を怠っていない。

空手の基本の動きもやっていれば、教えられた槍術の型も欠かさずやっている。他にも色々やってる。

その後に自己流の動き方で動いてもいる。

演舞みたいな流れるような動きの奴もある。

同じ家に住むようになって見る機会も増えたのか。

 

…………言われてみれば疑問に思うのも当然か。

俺とシリカは二歳差。

それしか違わないのに、慣れた様子で色々やってたら気にもなるか。

まぁ、教えるのは全然構わないんだが………。

つーかダメだな。これくらい自制できないと……。

 

 

「あー、教えるのは構わないんだけどよ。

そんな楽しい話でもねぇぞ?俺の昔話だしな」

 

「え?……あ!ご、ごめんなさい!あたし、無神経に……!」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。気にしてねぇから。

でも、聞いても楽しくはねぇと思う。どうする?」

 

「……教えてください。あたしは、カイさんが嫌がらない範囲で、カイさんのことを知りたいから」

 

「わかった。でも紅茶でも飲みながらな。用意してくるからリビングで待っててくれ」

 

「あ、だったらあたしが……」

 

「俺がやるからいいって。あと肩の力抜いとけ。今から力んでたら疲れちまうぞ」

 

「あ、はい……」

 

 

俺が苦笑しながら言うと、シリカも引き下がった。

 

それにしても、俺のことを知りたいから、か。嬉しいこと言ってくれるね。

 

 

 

 

 

 

「ほい。いつものようにやっといたぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

シリカの分は、普段シリカが紅茶を飲む時と同じ量の砂糖もどきを入れてきた。

 

 

「んじゃ話すか。前に俺の家族が殺されたことは言ったよな?

事件の後、殺した奴を唆した奴が俺の前からいなくなったことと、そいつが今ラフコフにいることも」

 

「はい」

 

「そのとき俺は小学五年だったんだが………その続きみたいなもんなんだけどな。

ウチは環境が大きく変わった。

まず道場は閉めた。

あんなことがあったんだ、当たり前だな。

次に収入。

仕事してウチに金を入れて俺とスズを養ってくれてた人達が全員亡くなったわけだ。

ほんの少しだけ道場の月謝って形でもらってたお礼もなくなったし。

当時俺はまだバイトできる歳じゃなかったんだが、ガタイが良かったからかもな。

年齢偽造して新聞配達のバイトをする事ができた。自分の分の食費をギリギリ出せるようにした。

皆の保険金と今まで稼いでくれた分があったから、じいちゃんとスズの分の食費と水道代その他諸々はそこから出してさ。

後は家事か。

じいちゃんが結構古い考え方の人だったからなぁ。家事は女がやるもんだって言って聞かねぇんだ。

つっても当時来年小学一年になるスズにやらせるわけにもいかねぇ。

てなわけで家事が俺の仕事になった」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 

シリカが唐突に遮ってきた。

 

 

「どうした?」

 

「いえ、あの、それって……カイさんのやること多すぎませんか?」

 

「ああ、多いな。俺もよくやったと思うよ」

 

「………」

 

 

シリカが絶句している。

 

 

「続けるぞ。

今言ったことだけがやることならよかったんだが。

あの時の俺の実力じゃあ神野をどうにかするなんて不可能だった。

だから俺は鍛錬することに決めた。

小学校は不登校で通すことにしてな。

家族がほとんど殺されたんだ。そうなる可能性も否定できねぇだろ?

まぁ、スズの送り迎えだけは欠かさずやってたけど。

そんなこんなで時間を作った俺が試行錯誤しながら日本刀を振ってたら、じいちゃんに声をかけられた。

『新、お前、あのクソガキを殺す気か』

ってな。即座に頷いた俺にじいちゃんは続けてこう言ったんだ。

『ならそんなものに頼るな。持ち歩けるわけがないだろう。付いてこい、色々教えてやる』

言われて俺は気がついた。

確かに日本じゃ銃刀法違反だよな。

なんで警察に押収されなかったのかはわからねぇけど。

てなわけでじいちゃんに色々教えてもらったんだ」

 

 

長々と喋っちまったな。紅茶で喉を潤す。

 

 

「えっと……おじいさんに、全部教えてもらったんですか?」

 

「ああ。かなりスパルタで叩き込まれてな。ちゃんとした武道の型から人の急所を突く技まで。

おかげで全力でやれば無手で――あっと、武器なしで人を殺せるようになっちまったよ」

 

 

苦笑しながら告げると、シリカは少し悲しそうな顔をしたあと俺に質問を重ねた。

 

 

「おじいさん、なにしてる人だったんですか………?」

 

「それが知らねぇんだ。俺が聞きたいくらいなんだよな。

ああ、そうそう。それに勉強もしてたんだった」

 

「……まだあるんですか?」

 

「あるんだなぁこれが。小学校は行かなくなったけどとにかく知識が欲しかった。

特に人体の構造に関する知識だな、主に人の急所とかの。じいちゃんの教えの復習も兼ねて新しい技を開発できないかと思ってさ。

独学で勉強しまくった結果、かなり頭はよくなったぜ。一応普通の勉強もしたからな」

 

「………こんなこと聞くのは失礼かもしれませんけど、辛くなかったんですか?」

 

「辛かったさ。辛くないわけないだろ。泣くことも許されなかったしな」

 

「……泣くこと?」

 

「葬式の時に、悲しくて泣いちまったんだが………。

後でじいちゃんにぶん殴られた上に『泣くな馬鹿もんが!みっともない!これから金輪際泣くことは許さん!!』って言われてな。

それ以来、苦しいとか辛いとかの類の感情で泣いたことはないかな。

そんな状況で俺が壊れなかったのはスズとキリトのおかげだよ」

 

「スズちゃんとキリトさん……ですか?」

 

「ああ。スズは守ってやらなきゃって想ってたから。

キリトは俺の心の支えだよ。

俺の心が折れそうになったとき、ちゃんと話を聞いてくれた。

『手伝えることがあったら何でも言ってくれ。俺は新に助けられたんだから。今度は俺の番だ』って笑って言ってくれたよ」

 

「へえ。カイさん、どんなことしたんですか?」

 

 

少し救いのありそうな話題が出たからか、シリカが少しだけ嬉しそうになったな。

ここまで暗い話だったからなぁ………。

 

 

―――あれは俺達が小四だったときかな?

ある時一緒に遊んでたら、明らかにキリトの動きが悪かったんだよ。その頃ずっとだったんだけどな。

んで、何かあったのか?って聞いたら、今から家行っていいかって言われてな。

断る理由もなかったしキリトを家に呼んだんだ。

話を聞いてみたら、結構難しい問題でさ。

あいつ、妹がいるんだが、実は従妹なんだよな。

――そ、キリトはもらわれっ子って言えばいいのか?

あいつが一歳にも満たない時に両親共々事故にあって両親が亡くなったんだそうだ。

その時に大怪我を負いつつも何とか一命を取り留めたあいつを翠さん――あいつの叔母さんな――が引き取って育ててた。

十歳のあいつは、既にかなりのコンピューターの腕前を持ってた。

自分一人で住基ネットの抹消記録に気づいて、唐突に翠さんに言ったらしい。

『本当の両親のことを教えてくれ』ってな。

それで聞き出したはいいけど、あいつ、妹との接し方というか距離感がわからなくなったみたいでな。

こっちは実の妹じゃないことを知ってるけど向こうは知らなくて実の兄だと思って接してくる。

俺にはわからない感覚だったが。

それまでもキリトが習ってた剣道やめた時からあいつらの間に溝はあったんだけどな。

俺が間に入ってなんとかしてたんだが、その事実で決定的になったらしい―――

 

 

「そんで、『俺、どうしたらいいんだろうな……』って言ってきたから俺なりの考えを伝えたんだ」

 

「なんて言ったんですか?」

 

 

……こうして話してみると、結構長いなこの話。

ま、これで終わりだ。

 

 

「『お前がどれだけショックだったのかわからないからこんなこと言うのは無責任かもしれねぇけど。話を聞いた限りじゃ特に何も変わってないと思うんだが?』って言った。キリトにはめちゃくちゃ驚かれたけどな」

 

「え!?ど、どうして!?」

 

「ははっ!その反応、あの時のキリトの反応と全く一緒だ。

ま、簡単なことだよ。キリトが血の繋がった家族じゃなくても、しっかり愛情込めて育ててくれたことには変わりねぇだろ?

翠さんはあいつの母親だし、峰嵩さんはあいつの父親だし、あいつらは兄妹だ。

しかもあの夫婦はキリトが自分の甥だってこと知ってるんだぜ?今更こっちが知った所でそれがどうした。

あの人達の愛情は偽物だったのか?いや違う。俺もあの人達の優しさに触れたからわかる。

あの人達の愛情は本物だった。しっかり愛を持ってキリトに接してた。

例え血が繋がっていなくても、あの家族の関係は変わらない。あれは本物の家族だ。

血の繋がりなんて関係ねぇ、素晴らしい家族だ。

…………これはあの時に言ったことだけどな」

 

 

……いけない、いけない。あの時の感情が蘇って力説しちまった。

 

 

「へえ……。カイさん、いいこと言いますね!」

 

「そ、そうか?まあ、キリトにも言いたいことは伝わったみたいでさ。

『元の関係に戻るには時間がかかるだろうけど……心が軽くなった。ありがとう、助かったよ』って言われたから『大したことはしてねぇよ』って返したんだ。

そしたら『いつかお前に恩を返すぜ』ってニヤリとしながら言われて、そんときは照れくさくて流しちまったが、本当によかったと思ってるよ」

 

 

ま、キリト達はそう簡単には修復できなかったみたいなんだが……。俺は時間が解決してくれると思ってる。

 

 

「そういえば一回俺の身体に限界がきてな。中一の時にキリトとMMOで遊んでた時にぶっ倒れた」

 

「ええっ!?大変じゃないですか!!」

 

「無理が祟ったんだろうなぁ。その直後に乗り込んできたキリトにぶん殴られた。しかもスズにはワンワン泣かれたし……」

 

「それはカイさんが悪いですね」

 

「そうだな。あれは俺が全面的に悪かった。つっても一眠りした後すぐに家事に戻ったけどな」

 

「もっと身体を労ってください……」

 

 

とても悲しそうな顔で言われた。

俺はたじたじになってしまう。

 

 

「お、おう。今度から気をつける。とまあ、昔話はこれくらいだ。つまんなかっただろ?じいちゃんに仕込まれた技術を反復してるだけってわけさ。

……今夜は厳しい戦いになると思う。確実に体力を回復するためにもう寝ておこう」

 

「いいえ、まったく。そうですね。じゃあ、おやすみなさい」

 

「おう。……絶対に無茶はするなよ」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますね」

 

 

ニコッ、とどこか寒気のする笑顔で言われて、俺は何も言い返せなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に来ました狩りの時間。

 

……なんてふざけてないとやってられないくらい殺意を抑えるのに苦労している。

あいつをこの手で殺れる日が来たと思うと、な……。

 

 

今回この作戦に参加している俺の知り合いは、キリト、アスナ、シリカ、クライン達《風林火山》、《月夜の黒猫団》ってところか。

 

俺としては、正直クライン達以外には参加してほしくなかった。

こいつらが殺しを覚悟できているとは到底思えない。

殺られそうになって防衛のために攻撃して殺しちまって後で思い悩むタイプの人間だと思う。

全員心優しいからな。

クライン達は意外としっかりしてるから、仕方がないことだと割り切れるとは思うが。

 

あ、俺自身については全然心配してない。

元からああいう快楽殺人者どもは死んで当然、むしろこの手で殺してやるってレベルだし。

 

 

今俺達は、奴らのアジトのすぐ近くまで来ている。

あと五分も歩けば着くだろうな。

 

先頭を歩いていた《聖竜連合》の奴がこちらに向き直った。

 

 

「諸君、ここで最後に確認しておく。

我々の目的は、ラフコフを壊滅させること。

HPギリギリまで攻撃し、投降を呼びかける。

それに応じなければ殺してしまって構わん。

まあ、奴らに歯向かう度胸があるかは疑問だがな」

 

 

その台詞に軽く笑い声が起こる。

 

 

…………言葉が軽い。

…………態度が軽い。

…………決意が軽い。

少なくとも、今笑った奴らのうち何人かは死ぬだろう。

軽々しく殺すなんて口にできている時点で、何も考えてないかガチガチに殺意を固めてしまっているかだ。

そしてこいつらは確実に前者だろう。

そんな奴らがいる状況で、イカれた思想を持ってる奴らとの集団戦闘……確実に他の人間に危害が及ぶだろうな。

まあ、俺の知り合いはなんとしてでも守り抜く。他の人間は知らん。積極的に見捨てたりはしないからそれで我慢してくれ。

 

この空気からもわかるように、攻略組の多くはラフコフの連中を甘く――というか、下に見ている。

仲間を殺された怒りが蔑みに変わっているから、というのもあるだろうが……。

 

攻略組がラフコフの奴らに殺された状況は、全て不意打ちだと言われている。

俺達と奴らには明確なレベル差があり、真正面から戦ってやられるのは幹部クラスが相手だった時だけ。不意打ちしかできないから、ラフコフの奴らは卑怯で弱い、下の存在だ――全員そんな認識だ。

この認識は正しいが、間違っている。

 

レベル差云々の認識は正しいだろう。俺もそう考えてるしな。奴らより、俺達のがレベルは高えさ。レベルはな。

 

――――だがな。不意打ちしかできないから弱い?俺達より下の存在だ?何寝ぼけたこと言ってんだ?

不意打ちで格上を確実に葬れる技術と度胸。これを持ってる連中が弱いわけねえだろうが。

人間、他人に不意打ちする時は多少なりとも腕が(にぶ)る。これは、後ろめたさが原因なわけだが――連中はそうなっていない。そんな後ろめたさ、抱えてねえからだ。こういう奴らとの戦闘は、命がけになる。恐ろしいもんなんだ。

 

――――これを事前の作戦会議の時に提言したんだが、真面目に聞き入れたのは俺の知り合いくらいのもんだった。その時点で、俺は知り合い以外を守る気が失せた。危機感がねえ奴に、警戒を促しても意味がねえんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、奴らのアジトに着く前の広場で、俺は異変に気づいた。

 

 

「おい、止まれ」

 

「あん?何だ、ここまで来て怖じ気づいたのか?」

 

 

その言葉を受けて、数人が俺を嘲笑する。

こいつらがどうなろうと知ったこっちゃねぇが、俺は仲間を守る。

《ヴァイヴァンタル》を抜き放ち、言ってやった。

 

 

「俺を笑おうが別にいいけどな。囲まれてるぞ」

 

 

かなりの《隠蔽》スキルだ。普通にわからなかった。

 

俺の言葉を聞きとがめたか、躍り出てきた一人の相手をする。

 

 

「ヒぃヤぁッハー!」

 

「黙れ気色悪い!」

 

 

ソードスキルを使う隙はない。技後硬直も怖いしな。

相手の片手剣と俺の短剣がぶつかり火花を散らす。

 

――ふむ。ソードスキルを使うつもりはなかったが、このレベルの奴はさっさと処理して他の奴の相手しにいくか。

 

ちなみに並列思考を使って戦況を把握した所、キリトやアスナといった実力者は一人で相手をし、ちょっと厳しい奴らは二人でやっている。

人数的にはこっちの方が多いからこそ取れる方法だな。

 

――さて、殺るか。

 

 

「ヒャッハー……ァァァッ!?」

 

「死ね」

 

 

相手が素っ頓狂な声を上げてるが、知ったことか。

恐らく俺がソードスキルを発動させたから驚いてんだろうが、こいつレベルなら大した隙にはならない。

短剣ソードスキル二連撃技《サイド・バイト》で、敵の剣を弾いて胴体に直接《ヴァイヴァンタル》を叩き込む。

 

 

「ぎゃぁぁああ!」

 

「うるせぇな。死にたくなかったら投降しろ」

 

 

俺は淡々と告げる。

こんな奴に湧く感情は殺意くらいのもんだ。

 

 

「わ、わかった。投降する」

 

「そうか」

 

 

俺は振り返って他の奴の相手をしに行こうとした。

 

 

「ヒィャハハ!馬鹿め!!」

 

「馬鹿はお前だ」

 

「ぎゃ!」

 

 

すると、まあ案の定襲いかかってきたので返り討ちにした。

こいつらがあんなに従順なわけがない。

俺の言葉をハッタリか何かだと思ったんだろうが……。

悪ぃな。俺はその辺の葛藤はすでにやってんだ。

 

俺に襲いかかってきた奴はポリゴン片になって消えた。

本当にギリギリまで削ってたからな。

 

さて、次は……。

 

 

「武器を捨てて投降しろ!」

 

 

お、他の所でも相手を追いつめ始めたか。

相手が破れかぶれにならなきゃいいがな。

 

 

「お、おい!これ以上やったら本当に死ぬぞ!?武器を捨てて投降しろ!!」

 

 

半ば悲鳴のような感じで警告しているが、こっちが怖じ気づいてるのを理解したのか相手に退く気は全くなさそうだ。

間に合うかは微妙だが………ま、最悪死んだら覚悟が決まってなかった自業自得ってことで。

 

 

「お、おい、待て!ぎゃあああ!!」

 

「や、やめ、うわああぁああ!」

 

「ひ、ひぃいいぃぃ!」

 

 

チッ、三人もやられた!

知り合い以外はぶっちゃけどうでもいいが、壁がいなくなるのは困る!

 

 

「オラァッ!」

 

 

幸い相手のHPは少なかったので、通常攻撃一発で殺せた。

 

 

「おい、殺す覚悟がねぇんだったら徹底して防御か回避に専念しろ!とどめは俺がやってやる!」

 

 

だが、俺の声で全員が冷静になれるわけがない。

数人はパニックを起こし殺され、まだまともな奴らも相手が投降しないのを見て焦り、またある奴らは仲間が殺されたことに怒りを覚えて敵を殺す。

キリトも破れかぶれになった相手を斬り伏せた。今のは仕方なかったが……キリトに耐えきれるか……?

シリカやアスナは冷静に対処している。クライン達や黒猫団もだ。

しかしひどい乱戦になってきている。

 

―――というか幹部クラスはどこだ?今のところ、見つけられていない。

…………もしかして場が荒れるのを待っていたのか?

だとすると、強襲する最適なタイミングは、今――!!

気配を探れ。場を把握しろ。あいつらの殺気を見逃すな。この一瞬の判断がこの戦いの勝敗を分ける。

俺はピックを左手で持てるだけ取り出し、攻撃してくる奴らを《ヴァイヴァンタル》でいなしながらいつでも動けるように油断無く構えた。

 

 

―――――――――――――来た!

 

 

俺は現れた小さな気配と特徴的な殺気を捉え、相対している敵を無視して俺に出せる最高速度で射線に仲間が存在しない位置に移動し、牽制に投剣スキルを使用する。

現れた二人――ジョニー・ブラックと赤眼のザザは、俺の投げたピックを躱し、気配を露わにした。

 

 

「幹部二人が現れたぞ!全員今まで以上に気を張れ!」

 

 

俺は声を張り上げ、全員に呼びかけた。俺は司令塔ではないが、そんなことはもういいだろう。

呼びかけるだけにした理由は簡単だ。ここからは、周りを気にする余裕はあまりないからな。

 

 

「さてと。のこのこ出てきたってことは、俺に殺されに来たんだよな?」

 

「あはは。何言ってるの?俺が君を殺すんだよ」

 

 

振り返ると、憎き仇敵が目の前でニコニコしながら刀を構えて立っていた。

 

 

「抜かせ。んで、PoHは?気配が感じられないんだが。すぐ近くにいる人間はここにいるので全員だろ?」

 

「へぇ、中々に正確な把握だね。索敵スキルは使ってるのかい?」

 

 

俺の全力の殺気に怯む様子は皆無だ。まあ、こんなのが効くような甘い奴ではない。

周りにいた奴らは俺の殺気を感じ取ったのか、他の奴らのところに行った。悪いが気にしている暇はないな。

 

 

「いや、この密度と動き方だとそっちにかなり集中しないと二、三人増えた所で気づかない可能性の方が高いからな。

意識を割かれるのも面倒だから今は切ってる。んで、どうなんだよ?」

 

「ふぅん。教える義理はないけど、君の実力に敬意を表して教えよう。

―――彼はもう少ししたら来るよ。彼が来たらどうなるだろうね?」

 

 

リッパーはにこにこしながら楽しそうに話しているが、それを聞いてぞっとした。

この状況にPoHが加わったら大変ってレベルじゃねぇだろ。くそっ、こいつらを早々に片付けるしかないか。

 

 

「そうか。ならチンタラするわけにはいかなくなった。悪ぃが速攻で終わらせてもらうぞ」

 

「いいよ。できるものならね?」

 

 

軽くイラッときたが、こいつ相手にこの程度でいちいちキレてたら血管が保たない。

 

遠くまで見ても射線上には敵しかいないので、中位の投剣スキル《クイックシュート》を躊躇いなく一瞬で放つ。

 

 

「んー、そんなの当たらないよ?」

 

「知ってるよ!」

 

 

《クイックシュート》はその名の通り、速度重視のスキルだ。

他の中位の投剣スキルに比べたら威力は三分の二程だが、速度は三倍以上。

当たれば一瞬のスタンと、短時間の出血を与える。

 

だが、俺の狙いは当てることじゃない。

あいつが避けるときにできる、この隙を待っていたんだ!

 

俺は何度も練習した動作を行う。

右手でメニューウィンドウを操作し、俺のもう一つの相棒、《キリング・デストロイ》をオブジェクト化して、左手に持つ。

 

―――間に合った。

奴は《クイックシュート》を躱して再び構えたが、俺の準備も整った。

 

 

「……?新――じゃなかった、カイ。何してるの?それ、()()()()()()()()()()だよね?」

 

 

――そう。今の俺はイレギュラー装備状態。

本来、俺達プレイヤーは武器を一つまでしか装備できない。

片手持ちの武器を装備した状態で逆の手に武器を持つと、イレギュラー装備状態と見なされ、ソードスキルの発動ができなくなる。

―――でもな。

 

 

「確かに今の俺はイレギュラー装備状態だ。ソードスキルは使えねぇ」

 

「……なら、どうしてだい?」

 

「だがな、それだけなんだよ」

 

「………?どういう意味かな?」

 

「俺はお前のことを過小評価していない。リアルでお前は俺よりも強かった。

この世界では俺の方がレベルは上だろうが、それで元々の差が覆せるとは思ってない」

 

「へぇ、かなり評価してくれてるんだ」

 

「そんなお前に、ソードスキルを使う機会はこない。そんな隙を作る程お前は弱くない。

それに、だ。お前、俺が一番得意な格闘技、なんなのか知ってるか?」

 

「え?格闘技って言うと微妙なところだけど、合気道でしょ?あの道場で習ってたんだし」

 

「…………残念、バリツだよ」

 

「……バリツ、だって?それって、あのバーリ・トゥード(なんでもあり)のことかい?」

 

「そうだ。今の俺は、ほとんどの格闘技の技術を扱える。その中で一番慣れてるスタイルが、なんでもありのバリツだ。

あの動きを活かすのに、ソードスキルなんかいらねぇ。むしろ邪魔だ。

本来のバリツに得物はないが……俺流カスタムだ、両手に短剣持ってる方がやりやすい。

―――覚悟しろよ、リッパー。今日こそ、お前を、殺す!!」

 

 

会話している間ずっと測っていた間合いを一気に詰める。

それに反応してリッパーが刀を突いてくるが、きちんと装備されている《ヴァイヴァンタル》で横に流す。

その動作で身体が流れたリッパーに向けて《キリング・デストロイ》を突き出す。1発、もらった!

 

――しかし奴はそれに反応してみせた。チッ、中々の敏捷だ。無理矢理跳んで避けやがった。

体勢が崩れたところを狙おうにも、隙のように見せているがあれは奴の刀の領域だ。迂闊に飛び込むことはできない。

 

 

「あらら、飛び込んでこなかったか。戦い、相当上手くなったんだね。

それにしても驚いた。本当に慣れている動きだ」

 

「完全に誘っといて何言ってやがる。俺がどんだけ厳しい環境下で鍛えてきたと思ってんだ。

その程度の誘いは経験済みだ。……しかしお前も隙がねぇな」

 

「ふふ、そこまで戦える君に褒めてもらえて光栄だよ。

さて、さっきはちょっと油断して危なくなったけど、もう油断はしない。本気で行くよ」

 

 

奴がそう言うと、途端にプレッシャーが重くなった。

確かにさっきまでとは全然違ぇ。さっきまではかろうじて突けそうな隙はあったが、もうそれすらない。

……だがそれなら、無理矢理こじ開けるまでだ!

 

 

《キリング・デストロイ》から一瞬手を離し、素早くピックを取り出して《クイックシュート》を放つ。

奴がそれにコンマ一秒以下の時間気を取られた隙に、《キリング・デストロイ》を掴んで地を這うように飛び出す。

リッパーは刀の先を一瞬動かしてピックを弾くと、俺が突進を止めて下がらなければいけなくなるような位置に刀を置きにきた。

俺は咄嗟にクロスさせた二本の短剣で刀を挟み、捻って奪おうとする。

だが奴は、俺の狙いを即座に看破。俺の力に逆らわないように身体を沈め、斜めに駆け抜けながら思いきり刀を振り上げて俺を斬ろうとした。

その意図を理解した俺は、頭を左に倒しつつ《ヴァイヴァンタル》で刀をそのまま押し流す。

ついでに奴の左脚目掛けて《キリング・デストロイ》で攻撃しながら、奴が抜けようとしている方向と正反対の方向に走り抜ける。

リッパーはそれを器用に左脚だけ上げて回避して、飛び退って体勢を整えた。

 

…………俺の頬が斬られている。躱しきれていなかったのか。

 

 

「……くそ、これでもダメか」

 

「………カイ、本当にやるようになったね。正直殺意だけかと思ってたよ」

 

「それはそれは、お褒めに与り光栄ですねぇ」

 

 

今俺は、全力で刀を奪いにいった。一切の加減なく取りに行った。しかも成り行きでだ。初めから狙ってたわけじゃねぇ。

そうするのが最適の状況になったから、完全なアドリブでやった。こいつはそれを理解してるんだろう。だからこそ驚いてる。

だが、驚いてるのは俺も同じだ。

驚いてるというよりは苛ついてるの方がより正確だが。

 

――天才、神野猛。あいつはそう呼ばれていた。

何をやっても完璧にこなす。学力も高く、勉強はできるけどバカ、ということもなかった。

運動技能ももちろん高かった。すぐに修得し、やり遂げる。あいつは俺より遅く剣道をやり始めたんだが、すぐに抜かれた。

まあ、俺は別にそれをコンプレックスに感じてなかったから今まではどうでもよかったんだが。

 

奴が殺したい対象になった今、それがすっげぇ邪魔。今のアドリブに合わせて反撃までしてきやがった。恐らく、ほとんど感覚で。

………これが、天才か。やっかいだな。

 

 

「天才ってのは、こうもやっかいなんだな」

 

「………カイも、そんなこと言うんだね」

 

「あ?」

 

 

リッパーの表情が、曇った。

 

 

「いやなに、俺と関わった人間全てが、その言葉を吐いてきてたから。――カイ以外は。

俺はカイがそれを言ってこなかったことが嬉しかったんだけど……とうとう言われちゃったか」

 

「あっそうかよ。お前がそのことで俺に好感を持ってたところで何も関係ない。

お前が俺の家族を殺すように仕向けた時点で、お前は永久に俺の敵だ」

 

「はは、そうだね。ほら、どうしたの?俺を早く殺さないと、PoHが来ちゃうよ?」

 

「うるせぇ黙ってろ。んなこと言うなら俺にその首差し出せ」

 

「ふふ、嫌だよ。俺が完璧にできなかった唯一のこと。殺人。

あの事件、本当は誰にも見つからずに終わらせるつもりだったんだ。完全犯罪ってやつだね。

でも、君がそれを潰した。あの日君は、あの時間に帰ってきた。想定通りならもう少し遅くなるはずだったのに。まあ、誠がちょっと狂っちゃったのも原因の一つではあるけど。

それはともかく、俺はやっててわくわくできることを見つけたんだ。あの事件で確信した。何でも簡単にできちゃう俺が。何をやってもつまらなかった俺が。

殺人だけは俺に潤いを与えてくれる。俺の最初の殺しはあの事件の三年前。俺を虐待してた両親を殺した。俺は一切傷つかずやる予定だったのに、思わぬ反撃を食らってね。その時、驚愕したよ。

殺人だけは、俺の思い通りにならない。その俺の思い通りにならない殺人を、俺の思い通りにする。それこそが、俺の生きがい。

そして、俺のことを天才のレッテルで見ることのなかった新を苦しめることが俺の楽しみ。今の君には大事な人は何人いるのかな?俺にそれを壊せる機会は来るのかな?」

 

「てめぇ黙ってろ、耳障りだ!!!ぶっ殺す!!!」

 

 

怒りが沸点を超えた俺は、次々に斬撃を繰り出す。心は怒り、されど思考は冷静に。受けにくくなるような連撃を考えながら放ち続ける。

しかし、奴はそれを完璧に迎撃してきた。差し込まれる反撃を、俺も間髪入れずに弾く。

お互いに一切ダメージを与えられないまま、短剣と刀がぶつかる音だけを響かせながら、時間だけが過ぎて行く――。

 

 

 

その時、ある気配を捉えた。

――これ、PoHか?

 

 

「あは、彼が来ちゃったね。どうする?」

 

「お前を片付けてから殺しに行く」

 

「あら〜、そっか。じゃあ、あの小さな女の子はPoHに殺されちゃうね。あの程度じゃあ彼を止めることはできない」

 

「んなっ!?」

 

 

俺はリッパーの言葉に振り返らざるを得なかった。まさか―――。

 

 

「隙ありぃ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

振り返った所を当然のように斬りつけられたが、んなこと死ななけりゃどうでもいい!

 

 

「シリカッ!?」

 

 

予想通り、攻撃されていたのはシリカだった。こいつは嘘だけはつかねぇからな。

俺はすぐに俺のHPバーの下にあるシリカのHPバーを確認する。くそっ、リッパーに集中しすぎてて気づかなかった!

今すぐどうこうってわけじゃなさそうだが、ダメージは受けている。早く行かないと!

しかし、駆け出そうとした俺の前に奴が立ちふさがる。

 

 

「もしかしたらと思ったけど、あの子がそんなに大事?それなら尚更行かせられないな。その方が楽しいからね」

 

 

この腐った天才は、能力だけじゃなく勘までもが天才的だ。どうせ今のも伝えたら俺が反応すると察したんだろ。

だがな―――!

 

 

「邪魔だ!!」

 

 

俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。《()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なっ!?それはどう見てもスローイングダガーじゃない――ッ!」

 

 

これには流石のこいつも動揺し、《キリング・デストロイ》の一撃を食らった。

当てたのは《パラライズシュート》。これでこいつは麻痺状態になって少しの間動きが止まる!

 

今はこいつは後回しだ!早くシリカを―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

 

 

シリカがダメージを受けて、悲鳴を上げる。

PoH相手じゃもう全然余裕がない!

 

 

「シリカに、手を出すなぁぁぁあああ!!!」

 

 

俺は全身から殺気を迸らせながら、PoHに躍りかかる。

今までで一番使ってる技――短剣ソードスキル単発技《アーマーピアス》!

 

俺の全身の動きを最大限利用し、過去最高の《アーマーピアス》をPoHに向けて撃つ!

PoHには躱されたが、シリカと距離を取らせることはできた。

 

 

「チッ、《紺の浮浪児》か。リッパーはどうした?」

 

「あっちで麻痺ってるよ。シリカ、大丈夫か?」

 

「は、はい……!カイさん、ありがとうございます!」

 

「シリカが危なくなったら助けるのは当たり前だ。それより、早く回復結晶を」

 

「はい」

 

 

シリカが俺の後ろで回復結晶を取り出して使おうとする。

この間、無防備になってしまうシリカを守るため、PoHの一瞬の動作も見逃さない。

俺も念のため、すぐに使用できるポーションを使う。

 

PoHが後ろを振り向き、驚愕も露わに叫んだ。

 

 

「あのリッパーを麻痺させた、だと……!?貴様、何をした?」

 

「答えるわけねーだろ。シリカを痛めつけてくれたお礼、しっかりしてやらぁ」

 

 

俺がさっきリッパーを麻痺させた手品のタネは、投剣スキルにある。

自身がシステム的に使える武器の熟練度を上げまくってる俺は、投剣スキルもカンストしてる。

他のカンストスキルは短剣と片手剣、細剣だな。カンストまでもう少しなのがほとんど……って、これは今はどうでもいい。

《ジャミングシュート》は投剣スキルで最後に覚えたソードスキルなわけだが……。

投剣スキルを上げまくった結果、面白い常時発動型(パッシブ)スキルを手に入れた。

 

 

それが、パッシブスキル《スローイングテクニック》。

これは、『俺が手に持っている短剣をスローイングダガーと同じように扱い、ソードスキルを発動できるようになる』というもの。

つまり、俺はやろうと思えば《ヴァイヴァンタル》でも投剣スキルを発動できる。

これのメリットは、投擲用の武器と比べて攻撃力が桁違いにあるということ。威力が全然違う。

あと一応、対人戦のときに相手の意表をつける。さっきみたいにな。

デメリットは、もちろん武器を手放してしまうことだ。まあ、俺は一応カバーできるからいいが……通常であれば中々に苦しいデメリットだろう。

ま、こいつ相手には使うつもりはないから、今はこの話はいいか。

 

 

「………流石はPoH。無駄に強いな」

 

「おお、かの《紺の浮浪児》様にお褒めいただけるとは」

 

「死ね」

 

「貴様がな」

 

 

俺達は無駄口を叩きつつも剣を交わしあう。

こいつも無駄につえー。突破口が全然ねぇんだが。早く死んでくれないとあいつ殺しに行けないだろうが。

 

 

「カイさん!危ない!!」

 

「なに?ッぶねぇ!!」

 

 

シリカの声を受けて回避した俺がいた場所に、リッパーの刀が突き刺さる。

くっそ、戻ってきやがった……。

 

 

「あれ、躱されちゃったか。あの子目障りだな。殺そっかな」

 

 

リッパぁー……!

 

 

「んなことしてみろ、殺すぞ。まあんなことさせねぇし、てめぇはどの道殺すが」

 

「ん〜、俺はそう簡単には殺されないよ。

………でも、かなり不利になってきたね。PoH、どうする?流石にこの数が相手だと厳しくない?

カイが周りの奴ら壁にしたら俺達多分勝てないよ?」

 

「……こいつがそんなことするか?」

 

「カイなら平気でやるんじゃないかな……。俺を殺すためなら手段なんて選ばないと思うし」

 

 

こいつら………!?俺の全力の攻撃を完璧に防ぎながら会話とか……!マジで死ねよ。

手数と威力、共に足りていない……。

 

 

「……チッ。撤退した方がよさそうだな」

 

「逃がすかよ!」

 

「ごめんね、カイ。俺達はこんなところで死ぬつもりはないんだ。

ってなわけで、またね」

 

 

そう言って奴らは大きく飛び退り、俺に背を向けて全力で逃走を開始した。

恐らく距離を取って、転移結晶で強引に逃げるんだろう。

させるかよ!

 

 

「逃がさねぇって…………言ってんだろ!」

 

 

やるつもりはなかったがやるっきゃねぇ!

俺は走りながら《ヴァイヴァンタル》と二本のスローイングダガーで《ジャミングシュート》を発動させ、逃げる奴らに向かって投げる。

 

だが―――。

 

 

「残念だけど、同じ手は食らわない」

 

 

俺の攻撃は、迎撃されて届かない。

最初のアドバンテージのせいで、俺の敏捷でも奴らとの差を縮めきれない。

 

 

「待て、待てぇぇぇえええええええ!!!!」

 

「じゃあね」

 

 

PoHは―――そして俺の仇敵、リッパーは―――俺の目の前で、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………逃げ、られ、た。

 

 

「捕らえたのは何人だ?」

 

「十二人だな」

 

 

………リッパーに……神野猛に……

 

 

「向こうの死人は?」

 

「………二十一人だな」

 

 

………あいつを、殺せなかった……

 

 

「………こっちは、何人死んだ?」

 

「………十一人、だ」

 

「ちくしょうっ……!」

 

 

………比較的落ち着いてる奴らが状況の確認をしている。

俺は………それどころじゃ……ねぇよ……

 

 

「あの………カイさん……?」

 

 

………。

 

 

「カ、カイさん?」

 

 

……。

 

 

「カイさん、カイさん!」

 

 

………ん?

 

 

「……シリカ?」

 

「はい。カイさん、大丈夫ですか?呼びかけても全然反応がなかったので……」

 

「ああ、何の問題もねぇぞ?」

 

 

両腕を広げ、問題ないことを見せる。

 

 

「………カイさん」

 

「ん、どうした?あ、そういえばダメージとか大丈夫か?」

 

 

PoHに攻め立てられていたからな。精神的なダメージも心配だ。

 

 

「……カイさん」

 

「もう作戦も終わったし、帰るか?」

 

 

まあでも、疲れたしゆっくり休むのが最優先────────。

 

 

「カイさん!」

 

「………なんだ?」

 

「………悔しかったら、泣いていいんですよ」

 

 

シリカが、泣きそうな表情で、そう訴えてくる。

 

 

「……何言ってるんだ、シリカ?」

 

「家族の仇に逃げられちゃって悔しいなら、泣いていいんです。

カイさんだって、まだ十五歳じゃないですか。それぐらい、いいじゃないですか」

 

 

そう言われ、俺の視界が滲む。歪む。

ダメだ、堪えろ。

だって、俺は。

 

 

「……でも、俺は……泣くわけにはいかないんだよ………!」

 

「カイさんは、あたしが支えます。

カイさんが泣くときは、あたしが守ります。

周りを自分が守るしかないから泣くことができないと言うなら、あたしが泣く場所になります。

だから、無理しないで……。

あたしを、頼ってください………!」

 

「くっ………!」

 

 

………ああ、ダメだ。

これはもう、堪えられねぇよ。

 

 

「………悪ぃ、シリカ。ちょっと頭抱きかかえてもらっていいか?」

 

「悪いだなんて、そんな。どうぞ」

 

 

シリカが地面に座り込んで、両手を伸ばしてきた。

もう他のプレイヤーはほとんどいない。見られる可能性は少ないだろ。

俺は膝立ちになって、シリカの肩に頭を預ける。

 

 

「………ああ……悔しい……悔しいよ、シリカ……!

あいつは……家族の……皆の、仇だったのに!……ちくしょう………!」

 

 

涙が、溢れてくる。

悔しい、悔しい。

こんなに悔しかったのは、家族が目の前で殺されてしまった時以来だ!!

 

 

「カイさん………あたしにできることはこんなことしかないかもしれないけど……

何ができるのかもわからないけど、頑張りますから……!」

 

「……こんなことだなんて、言わないでくれ。シリカ、ありがとう。救われた。もう大丈夫だ、切り替えた。さ、帰ろう」

 

「……カイさん……はい!」

 

 

シリカは目尻に涙を浮かべながらも笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、帰ってきたわけだが」

 

「はい」

 

「シリカ、本当にありがとう。マジで助かった」

 

「いえ、あたしにできるのはこれくらいのことしかありませんから」

 

「そのことなんだが。シリカさえよかったら、これからも俺のことを支えてほしい」

 

「それはもちろんです。あたしでよければ」

 

 

次の発言は否定されても仕方ないが……できれば受けてくれると嬉しいかな。

 

 

「そう思ってくれているなら、俺と結婚してほしい。

シリカは俺が守る。絶対に守る。何が何でも守る。必ず助ける。だから、シリカも俺を支えて、守ってほしい。

…………どうだ?」

 

「……はい。あたしでよければ、喜んで」

 

「本当に、いいのか?こんな俺で?」

 

「そんなこと言うなら、あたしなんかでいいんですか?」

 

 

………本当にいい子だな、シリカは。

―――俺にとっては、とてもありがたい。

 

 

「そんなこと言わないでくれ。俺はシリカじゃなきゃダメだ。

――――多分だけどな」

 

「――ふふ、多分だなんてひどいですね。

でも、あたしもそうですね。多分、あたしもカイさんじゃなきゃダメです」

 

「なら、もう一度正式に言う。

―――俺と結婚してくれ」

 

「――はい。結婚しましょう」

 

 

俺とシリカは結婚した。まあ、システム的にだが、そんなことは関係ない。

こういうのは、気持ちの問題だ。特に俺にとっては。

 

 

「これからも、よろしく頼む」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――目標が、増えたな。

 

一つは言うまでもなく、神野猛をこの手で殺すこと。

もう一つは、このデスゲームから、シリカを助け出すこと。

 

――――必ず、成し遂げる。

 

 

 

 

二〇二四年、八月。

俺はこれから、確固たる決意を持ってゲームに挑む。

俺がゲームをクリアしてやるよ、茅場。

 

 

 






というわけで、カイに関する色々でした。

最後のは賛否両論あるのかな?
色々感想くれると嬉しいです。

次回、やっとのことで原作一巻に入ります。

意見とかありましたらお願いします。






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第十四話 青い悪魔

ふひぃ……。前ほどは間が空かなくて済みました。

途中に一カ所、用語の使い方が完全におかしいところがありますが、わざとです。

では、どうぞ。


ゲーム開始から、早いもので約二年。

 

残るフロアは二十六。

生存者は約六千。

 

この七十四層も、そろそろボス部屋が見つかる頃だろう。

 

 

今俺の左隣には相棒キリトがいて、右隣には恋人のシリカがいる。

アスナはKoBの仕事で忙しいために最近は疎遠になりがちだ。しょうがないことだが。

 

 

ところで、いま俺達は息を殺している。

何をしているかというと―――

 

 

「カイ、しくじるなよ」

 

「カイさん、頑張ってください」

 

 

両隣の二人から小声で話しかけられる。

俺はその声に頷くだけにとどめ、ポケットからピックを取り出した。

 

投剣スキル《クイックシュート》を使う。

俺の投剣スキルの熟練度と敏捷パラメーターなら確実に当てられるだろうが、念には念を、だ。

 

―――いくぞ。

 

ピックを投げる。

 

 

――ヒュッ!ザシュッ!キュー!

 

 

 

「よっしゃああ!《ラグー・ラビットの肉》ゲットォォオオ!」

 

「やったぁ♪カイさんさすがです!」

 

「さすがだカイ!いやぁラッキーだったな!まさかラグー・ラビットに出くわすなんてな!」

 

 

ラグー・ラビットはそもそも出現率が低いのだが、そのドロップアイテムである《ラグー・ラビットの肉》はS級食材に設定されている。

つまりめちゃくちゃうまい。はずだ。

食ったことないからわからん。

まあ、そんな理由でこいつは高額で取引されている。

 

 

「そうだな!

……さて、これどうするよ?売るか?」

 

「そうだなぁ……

カイ、お前装備は?」

 

「俺は問題ねぇ。全部揃ってる。シリカも大丈夫だよな?」

 

「はい!ちゃんと予備も含めてあります」

 

 

シリカは俺の指示で、予備の装備を持っている。

本当に念のためだがな。

 

 

「そうか……。俺も装備は大丈夫なんだよな。

………食べるか?」

 

「だが、どうやって?シリカ、S級食材は………?」

 

「………ごめんなさい。さすがにそこまでは………」

 

「ああ、怒ってるわけじゃないから安心してくれ」

 

 

この世界の料理が成功するか否かは料理スキルの熟練度で決まる。

シリカも大体のものは調理できるようになったはずだが、さすがにS級食材は無理だろう。

 

 

「………ん?ああ、なるほど。いたな、俺らの知り合いに化け物じみた料理スキルを持ってるやつ」

 

 

俺の言葉にキリトはニヤリ、と笑みを浮かべて言った。

 

 

「ああ、アスナに頼もうぜ。俺はメッセージ送ってみるよ」

 

「頼んだ。俺はエギルとかに自慢のメッセージ送っとくか……?いや、やっぱやめるか。めんどい」

 

「アスナから返信だ。『わたしにも四分の一くれるならやってあげるわ』だってさ」

 

「しゃあねぇ、それで妥協しよう。四分の一で済んでよかった」

 

「じゃあメッセージ送るぞ……。

返信早っ!『あいつの店』で合流しようって」

 

「わかった。俺の転移結晶で行くぞ。

転移!アルゲード!」

 

 

 

 

第五十層にある街の一つ、《アルゲード》。

基本的にはどこでも使える安心設計の転移結晶を使い、俺達は一瞬で《アルゲード》の街に来ていた。

だってラグー・ラビットだぞ!?そりゃ緊急用の転移結晶も使いたくなるわ!

 

俺達は迷宮区で手に入れた素材アイテムの売却のため、ある店に向かっていた。

そう。さっきラグー・ラビットに出くわしたのは迷宮区の帰りだったのだ。マジで運が良すぎる。

 

数分歩くと、目的の店に着いた。あるプレイヤーが経営している店だ。

――中に入ると、酷い言葉が聞こえてきた。

 

 

「まいど!《ダスクリザードの革》、二十枚で五百コル!」

 

 

―――安い、安すぎる!それは流石に相手が可哀想!

《ダスクリザードの革》は、比較的優秀な素材なのに。

 

豪快に笑う買取人――エギルがこちらに気づいた。

可哀想なプレイヤーが店を去ってから、エギルに話しかける。

 

 

「うっす。相変わらず阿漕な商売してるな」

 

「ホントだぜ。あれは流石に可哀想だ。つっても俺には関係ないからぶっちゃけどうでもいいんだが」

 

「あはは……。エギルさん、こんにちは」

 

「よぉ、キリトにカイ、それにシリカか。安く仕入れて安く提供がうちのモットーなんでな。

あとカイ、お前の発言も大概だぞ?」

 

「「嘘くせぇ」」

 

「でも、カイさんのことは否定しないんですね……」

 

 

エギルの発言に対し、俺とキリトの返しが完璧にハモる。

シリカの発言にはノーコメントとさせてもらおう。

 

 

「相変わらず息合ってんな……」

 

「当然。買取頼むぜ。

《ダスクリザードの革》、四十と二つだ」

 

「俺は三十と七つだ。……またカイに負けたのか。………エギル、値切るなよ?」

 

「あたしは三十ちょうどです。お願いします」

 

「お前らはお得意様だから、あくどい真似はしないから安心しろ」

 

 

エギルはニカッと笑いながら、俺達からアイテムを買い取った。

 

 

 

そうして、俺達のアイテムを買い取ってもらった頃。

 

 

「カイ、キリト君、シリカちゃん」

 

「なあ、アスナ。なんで俺だけ呼び捨てなんだ?この頃毎回言ってるが」

 

「そうね。こっちも毎回言ってるけど、あなたに君付けは合わないからよ」

 

 

アスナが店に入ってきた。

相変わらずもの凄い綺麗だ。まあ、俺の主観では、可愛さという面ならシリカの方に軍配が上がるが。

所属ギルドの血盟騎士団の制服もよく似合っている。

…………んで、後ろの殺気出してる奴はなんだ?護衛か?

 

 

「で、カイ、キリト君。《ラグー・ラビットの肉》を手に入れたってホントなの?」

 

「な、なに!?《ラグー・ラビットの肉》だと!?」

 

 

後ろでエギルが騒いでいる。ま、珍しいからな。その動揺もわからなくもない。

 

 

「さすがにこんな嘘ついてまでアスナに会おうとはしねぇよ。少なくとも俺は。

――あいつはどうかわかんねぇけどな?」

 

 

後ろでエギルと何かやってる相棒を横目にそう言う。

アスナが照れた。いい加減くっつけよこいつら。

 

そして、俺とキリトの家(アルゲードにあるホームだ)には調理器具がなく、アスナが調理するのでせっかくだからと、アスナの家でごちそうしてもらうことになった。

マジか。これはさすがに予想してなかったわ。

―――だが。

 

 

「今日はこのまま《セルムブルグ》まで転移します。護衛はもういいです。お疲れさま」

 

「あ、アスナ様!こんなスラムに足をお運びになるだけに留まらず、素性の知れぬ奴らを自宅に伴うなど、と、とんでもないことです!」

 

 

うわ出た崇拝者。様付けとか確定だな。俺はたまにからかって付けたりするが。

後ろで自分の住処のある場所をスラム呼ばわりされたエギルがこめかみをヒクつかせている。そりゃそうだ。

さて、ここは言い返させてもらおう。

 

 

「おい、おま――」

 

「カイ、やめて」

 

 

あら、止められちゃった。

 

 

「この三人はわたしの友人です。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」

 

 

流石はKoBの副団長様。ズバッと言い切った。かっけぇ。

それでもなお食い下がろうとするストーカータイプの護衛は、俺とキリトのことをじっと睨みつけてきた。

なんでストーカータイプだと思ったかって?ただの勘。

 

そして、護衛が何かに気づいたかのように目を見開いた。

 

 

「そ、その格好……ま、まさか!」

 

「………周りからは《ビーター》、なんて呼ばれてるよ」

 

 

キリトが少し悲しそうに言った。

………このストーカー、キリトにこんな顔させるとは、いい度胸じゃねぇか。

 

 

「なら、貴様は《浮浪児》か!」

 

 

ま、わかるだろうな。俺は紺一色の装備を貫いてるし、俺とキリトが基本一緒にいることはかなり有名な話だ。《ビーター》同士がつるんでる、ってな。

その程度には有名になった俺達だが、俺が全武器を扱えることは未だに広まっていない。俺と仲のいい奴しか知らないんだよなこれが。

俺はそっぽを向くことで返答としておく。

 

 

「あ、アスナ様!そこの小娘が誰かは知りませんが、こんな奴らと行動を共にしている時点で、どうせろくでもない奴でしょう!

こんな奴らと関わっても良いことなどありません!」

 

 

その言葉に、俺の怒りが一瞬で最高潮に達する。

こいつ………キリトだけでなく、シリカをも侮辱するか……?俺の大切な相棒と大切なパートナーに何言ってくれちゃってんの……?

 

俺から怒気を感じ取ったのか、アスナが少々慌てて言った。

 

 

「良いか悪いかはわたしが決めます。とにかく、護衛お疲れ様でした。それでは」

 

 

アスナは俺とキリトの袖口を掴むと、大股で歩いて行く。アスナに掴まれてるのとは逆の手をシリカと繋いでいるため、『微妙な両手に花』状態の俺。

俺達はアスナに引きずられるようにしてついて行った。

 

 

「じゃーな、負け犬」

 

 

俺は大切な人達を侮辱されたお返しとして、憎々しげな顔をしていた護衛に台詞を置いていってやった。

するとすごい顔で睨んできた。ただただキモかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナのホームがある《セルムブルグ》は、六十一層にある湖が美しい城塞都市だ。

流石はアスナ、いいセンスをしている。

 

 

 

この世界の料理は簡単だ。調理したい食材を選び、調理方法を選んで、時間を設定するだけ。あとはスキル熟練度が高ければ誰でもできる。

まあ、S級食材である《ラグー・ラビットの肉》を調理するには、かなりの熟練度が必要なのだが。アスナは完全習得(コンプリート)したと言っていた。

 

《ラグー・ラビットの肉》に舌鼓を打っていると、アスナが話があると言ってきた。

 

 

「三人とも、明日は暇?」

 

「狩りに行く予定だな」

 

 

代表してキリトが答えた。

 

 

「三人で?」

 

「ああ、そうなるな。どした?」

 

 

再びアスナが問いかけてきたので、今度は俺が答える。

 

 

「もしよければ、わたしも一緒に行きたいんだけど……どうかな?」

 

「どーした?熱でもあんのか?」

 

 

茶化すように笑いながら聞き返す。

 

 

「いや、そうじゃなくて………明日探索に出るから、ついてきてくれないかなぁって思って……」

 

「俺はいいよ」

 

 

キリトが先に答えた。先にっつーかほぼ即答だった。

 

 

「キリトがいいって言うんなら異論はねぇよ。シリカもいいか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「つーか、俺達がいてもいいのか?」

 

 

シリカの了承もとれたところで、ものすごくニヤニヤしながら提案する。

 

 

「い、いいい、いいわよ!じゃ、じゃあ、明日の朝九時に七十四層の転移門前に集合ね」

 

「わかった」

 

「おうよ」

 

「わかりました」

 

 

そうして、俺達はアスナの家を後にした。

 

 

 

 

 

次の日。

俺達は転移門前で、アスナを待っていた。

 

 

「遅ぇな。寝坊か?この中じゃあ、ありえねーけど」

 

「ですね。そもそもそういうイメージが全く湧きません」

 

「同感だな」

 

「そうだな………どうしたんだろうアスナ」

 

 

俺とシリカが話していると、キリトが真面目な声音で呟いた。

 

 

「お?心配か?ひゅーひゅー。もう告っちまえよお前」

 

「な!?そういうのじゃないって!カイはどうなんだよ!心配じゃないのか!?」

 

「いや、遅いのは気になるがそこまで心配はしてねぇよ。

どうせキリトが心配するだろうし。アスナはキリトのだし」

 

「な、なに言ってんだ!別に俺のじゃない!」

 

「あ〜はいはい。もういいよ。……ったく、マジで鈍いんだから」

 

 

こいつら、端から見たら完全に相思相愛なんだが。お互い鈍くて困る。

 

 

「え?なにか言ったか?」

 

「何でもねぇよ。………ん?また誰か転移してくるな」

 

 

九時を過ぎてから、すでに何人も転移してきている。だからまたはずれかと思ったんだが―――。

 

 

「あ、ホン――」

 

「きゃぁああ!どいてぇぇえええ!!」

 

 

アスナが転移してきてこっちに向かって飛んできた。文字通り飛んできた。かなりの勢いで転移門に飛び込んだらしい。

俺は反応できていないシリカをお姫様抱っこで抱きかかえて避けた。アスナもどいてって言ったしな。

ちなみにその射線上にはキリト。

 

 

「ぐはっ!」

 

「きゃっ!」

 

 

アスナはキリトに向かってダイブ。キリトは反射的にアスナを受けとめて地面に倒れ込んだ。アスナがキリトを押し倒した形になる。

 

 

「おー、熱いねぇお二人さん。朝っぱらから広場で抱き合うとは」

 

 

シリカを降ろしつつ、ニヤニヤしながら言ってやると、二人はもの凄い勢いで離れた。バッ、って音がしそうなくらい。

シリカは恥ずかしいやら残念やら、そんな複雑な表情を浮かべていた。

 

 

「ご、ごごごごごめん!!」

 

「い、いえ、こちらこそ!いきなり飛び込んじゃってごめんなさい!」

 

 

テンパってお互いに頭を下げ合うという不毛なことをしている二人を止めるため、俺はアスナに問いかけた。

 

 

「ところでアスナ。何だってあんなに慌てて飛び出してきたんだ?」

 

「あ、そ、それが…………」

 

 

アスナが何か言いかけたそのとき、再び転移門が光を放つ。

それを見たアスナが、即座に動いてキリトの背後に回った。キリトを盾にしているようにしか見えない。

嫌な予感しかしないんだが?

 

 

「え、ど、どうしたんだ?」

 

 

キリトがめちゃくちゃ動揺しながらもアスナに問う。

そして、転移門から出てきた奴を見て、俺はアスナの行動に納得がいった。理由もなんとなくだが予想できる。

 

 

「アスナ様!勝手なことをされては困ります!」

 

「あぁ?ストーカーじゃねぇか。どうしたんだ、アレ?」

 

 

そう。転移門から吐き出されたのはストーカー改め昨日の護衛だった。確かアスナが昨日名前言ってたな。クラディールだったか。

一応アスナに聞いてみる。

 

 

「朝出掛けようとしたら、家の前に張り込んでたみたいで色々言われちゃって」

 

 

その言葉を聞いて、シリカの表情が不快気に歪む。そしてボソッと呟いた。

 

 

「気持ち悪い」

 

「同感だ。マジでストーカーじゃねぇか。手の施しようがねぇ」

 

「な、なんだと!《浮浪児》のくせに!」

 

 

側まで歩いてきた護衛兼クラディール改めストーカーが意味不明なことを言ってくる。

《浮浪児》のくせにって、理由として破綻しているのがわからないのだろうか?

 

 

「護衛のくせに弱くてストーカーなお前にとやかく言われる筋合いはない。少なくとも俺達全員、お前よりはまともに護衛が務まるぞ」

 

「な、わ、私が弱いだと!?侮辱するのもいい加減にしろ!」

 

 

その言葉に俺の表情が引き攣る。―――主に怒りで。

 

 

「あ?てめぇがいい加減にしろ。事実を述べて何が悪い。てめぇの行動が、てめぇの大好きなアスナ様を困らせてるってわからねぇのか?

そろそろ自重しないとしばくぞ」

 

「ち、調子に乗るなよ貴様ぁ!」

 

 

デュエル申請だ。初撃決着モードか。

 

 

「なあアスナ、やっていいのか?」

 

「ええ。団長にはわたしから報告する」

 

 

ストーカーには聞こえないようにアスナに確認を取る。言質は取った。

ついでだ。昨日の分の怒りも返しとこうか。

 

 

――――俺は申請を受諾しなかった。

 

 

「は、ははっ!断ったな!栄えある血盟騎士団の名に恐れを成したか!

デュエル申請されて怖気づいたんじゃないか!大口叩いて負けるのが怖いのか!?」

 

「なわけねぇだろ。ちょっくら格の違いを思い知らせてやろうと思ってな」

 

 

俺は半減決着モードでデュエル申請する。

奴はギョッとした顔をしてから、勝ち誇ったような顔になった。

 

 

「何が格の違いだ!いいだろう、受けてやる!私の前にひれ伏すがいい!

ご覧くださいアスナ様!私以外に護衛が務まる者などいないことを証明します!」

 

 

奴は俺のデュエル申請を受けた。

すると、六十秒のタイマーが作動する。これが零になった瞬間、デュエル開始だ。

 

 

「おい、カイ。マジでやるのかお前。てか、なんで半減決着にしたんだ?時間の無駄だろ」

 

「俺にとっては変わらねぇよ。どの道一発だ」

 

「そうか。そうだな。まあ、やりすぎんなよ」

 

「保証しかねるな」

 

 

キリトに笑いかける。

次はシリカが話しかけてきた。

 

 

「カイさん、無茶はしないでくださいね?」

 

「わかってる。ってーか、あの程度の奴が相手じゃ、無茶したくてもできねぇよ。相手が弱すぎるから」

 

「あ、あはは……。カイさん、怒ってます?」

 

 

あ、シリカに気づかれた。

まあ、俺と長く行動をともにしてるこの三人なら、気づいても不思議ではないか。

 

 

「ああ、普通にキレてる。あいつ昨日、キリトとシリカを侮辱したからな」

 

「えっと……やりすぎないでくださいね?」

 

「ああ、無理だ」

 

 

満面の笑みで即答する。

それくらいには俺は頭にキてる。

 

最後に、本当に念のためアスナに確認する。

 

 

「アスナ、本当にやっていいんだな?」

 

「ええ。やっちゃって」

 

 

素っ気なく答えられた。あのストーカー、かなり嫌われてるな。当然か。

 

 

全員と話してから、俺は奴に向き直った。

今までの会話は、全て相手に聞こえるような声量で話していたため、バッチリ聞いてくれたようだ。

相手は怒りでプルプル震えながら、ソードスキルの構えを取っていた。

 

相手は装飾過多な両手剣を持ち、構えていた。

そもそも、デュエル開始前からソードスキルの構えをとり続けるなんて下策中の下策だ。

対策してくださいと言ってるようなものだからな。

 

そして、両手剣の熟練度も既にカンストしている俺には、奴が何をしてくるのか手に取るようにわかる。

奴が使おうとしているのは、両手剣スキル、突進技《アバランシュ》だ。

これは、攻撃が重いため相手は受けづらく、突進による移動距離も稼げるので回避されても反撃されづらい優秀な技だ。使い手にもよるが。

だがこれは、対人戦で使用する技じゃない。両手剣なら、対人においてもっと有効な技はある。

 

さらに、あの武器もダメだ。

装飾過多な武器は、総じて耐久値が低い。

俺とキリト、そしてシリカは、システム外スキル《武器破壊》を使える。

武器と武器がぶつかった時、基本的には重い技が優先され、軽い技を使った方は相手にほぼダメージを与えられずに大ダメージを被る。

だが、それにも例外はある。

技の出始めか出終わりの、攻撃判定の存在しない状態に、構造上弱い位置・方向から強烈な打撃を加えると、相手の武器が折れる可能性がある。

俺達はそれを起こせるのだ。もちろん狙ってる。俺とキリトはほぼ百パーの成功率だ。

 

それを使って武器を破壊すれば、デュエルは恐らく終わるだろう。

だが俺はそれだけでは終わらせない。こいつには必ず一撃は入れる。

 

 

野次馬が集まって騒いでいる。集中してるから別にどうでもいいが。

デュエル開始まであと三秒。

ここで俺は短剣を取り出して軽く構える。

野次馬にどよめきが起こる。

両手剣相手に短剣を取り出したからだろう。

俺が片手剣と曲刀も使えることまではこいつらも知っているはずだしな。

それに、こいつ程度には、《ヴァイヴァンタル》を使うまでもない。

というわけで俺は、《キリング・デストロイ》を取り出している。

 

二、一、―――――零。

 

ドンッ!と地面を蹴りつけ、奴が迫ってくる。顔がキモイ。

予想通り、相手は《アバランシュ》。

俺は短剣スキル二連撃技《クロス・エッジ》を使う。

相手の突進に合わせて前に出て、短剣を閃かせる。

 

一撃目で相手の武器を叩き折り、二撃目は返す刃を相手の身体に叩き込む。鎧で覆われていない隙間を狙った。これも個人的にはシステム外スキルの一種だな。

相手の突進力を利用して、その一撃で奴を吹っ飛ばす。

俺の視界には『You Win!!』の文字が。やっぱ一撃かよ。つまんね。

 

俺は、向こうで地に伏しているストーカーの近くに歩いていく。

 

 

「よお、俺の勝ちだな。雑魚はさっさと帰れ。てめぇはアスナに不要だ」

 

「な、な……き、貴様…な、何をした……」

 

「あ?いや何、普通にソードスキル叩き込んだだけだぞ?」

 

「な……?う、嘘だ!そんなわけがあるか!わ、私のHPが一撃で、は、半分以上削られるなど……!」

 

「ごちゃごちゃうるせぇな。レッドゾーンはいかねぇようにしてやったんだ。感謝しろ」

 

「な、なに……?」

 

 

俺は、ちょっと偉そうかな?と思いながらも、あえてこういう言い方をした。

プライドを叩き折っておこうかな、と思ったからだ。逆効果かもしれねぇが……。苛ついてるってのもある。

ちなみに、手加減したのは事実だ。やろうと思えばもっと威力のある攻撃はできたしな。

これも伝えて、ちょっと脅しとくか。

 

 

「やろうと思えば殺せたって言ってんだ」

 

「……!な、なんだ、と……!」

 

「わかったらもう俺達に関わるな」

 

 

俺が警告したのと同時に、三人が俺の側に到着し、アスナが口を開く。

 

 

「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日をもって貴方を護衛役から解任。別命があるまで本部で待機。以上」

 

 

そう言われ、奴は俺達を呪いそうな視線で睨み、呟いた。

 

 

「殺す………貴様ら、絶対に殺してやるぞ………!」

 

 

そして、転移結晶を使って帰っていった。

キッモいなー、マジで。

 

 

「………ごめんなさい。嫌なことに巻き込んで」

 

 

野次馬がいなくなって静かになると、アスナが俺達に頭を下げてきた。

慰めるのはキリトに任せよう。

 

 

「いや、アスナが悪いんじゃない。悪いのはあのクラディールだ」

 

「キリト君………」

 

 

二人が見つめ合ってしまったため、シリカが声をかけるのを躊躇う。

俺はそれを見て苦笑を浮かべると、わざとらしい咳払いで二人の注意を引いた。

 

 

「えー。ゴホン。あのー、俺達もいるんで、二人で見つめ合うのは今度にしてもらっていいですかね」

 

 

そう言うと、二人はバッと離れる。

たまにこの中のシリカを除く三人で探索に出掛けたりすることもあるんだが、そういう時、こいつらは高確率で俺の存在を忘れて二人の空間を作る。

俺とシリカだって、キリト達がいるときはいちゃつくの遠慮してるってのに……。………まあいいか。

 

 

そして俺達は探索に出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

探索の道中、キリトが少し離れた隙に、キリトに気づかれないようにアスナに近よって話しかける。

 

 

「な、アスナ。よかったな、キリトが慰めてくれて」

 

「ングッ、ゴホッ、ゴホッ。い、いきなり何よ……!」

 

 

突如むせたぞ。テンパりすぎだろ。

 

 

「お前さっさと告白とかしろよ。見ててイライラする」

 

「な、な、な………」

 

「日本語になってないぞ。お前がキリトに好意を抱いてるのは見てりゃわかる。

まあ、長いこと一緒にいる俺達だからかもしれんが」

 

 

ニヤニヤしながらアスナをからかう俺を、シリカが苦笑しながら見つめている。

だがその直後、俺は表情を引き締めた。

 

 

「キリト、コレどう思う?」

 

 

俺は同じことに気づいたであろうキリトに問いかける。

 

 

「わからない。でもこの隊列と人数、規則正しい動き………。ちょっと様子を見たいな」

 

 

俺達の索敵スキルにプレイヤーの存在が引っかかった。

動きがあまりにも規則正しいため、違和感がすごい。ここは大したモンスターはいないフィールドなのだ。

にも関わらず、整然とした二列縦隊で行進している。

 

 

「俺も同感だ。どこに隠れる?あの辺か?」

 

「えっ、なにこれ」

 

 

今、アスナの索敵範囲にも入ったようだ。

 

 

「アスナも気づいたか。そうだな、あそこでいいだろう」

 

 

俺が指差した場所に四人で向かい、隠れて様子を伺うことにした。

背丈程の高さに密集した灌木の陰だ。道を見下ろせる位置である。

 

 

「あっ、しまった……。わたし着替え持ってきてない…」

 

 

そこで、アスナが自身の失敗に気がついた。隠蔽用の暗い色の装備を持ってくるのを忘れたらしい。

これは持ってる奴と持ってない奴がいるが、俺達は全員前者である。世の中色々あるんだよ、色々。

今のアスナはKoBの制服を着ている。白と赤を基調とした服のため、隠れても目立ってしょうがない。

 

 

「あっ、そういえばあたしも……」

 

 

シリカもだったようだ。彼女の装備も明るめの赤が基調になっている。

アスナ程ではないだろうが、それなりに目立つことは想像に難くない。

 

 

「なら、俺のコートの中に入れよ」

 

 

俺はコートの前を開いて、シリカを招き入れる。

 

俺は隠蔽スキルはスキルスロット数的に持っていないが、俺の紺色の装備である《アサシネイトコート》は、高い隠蔽ボーナスを有している。

まあ、さすがにスキル熟練度が高いプレイヤーには到底及ばないが、アイテムとしてはかなりの性能をほこる。

 

 

「キリトもアスナをコートの中に入れちまえ。背に腹は代えられねぇだろ」

 

「う、そ、それは……」

 

「え、えっと、その……」

 

 

二人はモジモジして行動を起こさない。

軽くイラッとする。

 

 

「さっさとやれよ。そろそろ見えてくるぞ」

 

「う……。……アスナ、ごめん!」

 

 

俺が叱咤すると、キリトは覚悟を決めたのかアスナをコートで覆い、抱き寄せた。

キリトは隠蔽スキルを持っていて、熟練度も中々に高い。

キリトの黒い装備も高い隠蔽ボーナスがあるし、これならキリトとアスナは見つからないだろう。

少々心配なのが俺達だが、俺は自分の装備を信じる。

ちなみに、キリトとアスナは恥ずかしいのか、顔を赤くしている。何とも初々しい。

 

しばしの間じっとしていると、視界を同じ金属鎧を着てヘルメットのバイザーを下ろした人間十二人が、隊列を組んで歩いていった。

―――あれ、《軍》か。でもどうしてこんなところに?

 

俺が疑問を抱いたところで、アスナがボソリと呟いた。

 

 

「あの噂、本当だったんだ……」

 

「「「噂?」」」

 

 

アスナを除く俺達三人の声が重なった。

 

 

「ええ。ギルドの例会で聞いたのよ。《軍》が方針を変えて攻略を再開するって」

 

「んだよ、あいつら。二十五層で大打撃を受けたのに懲りてねぇのか」

 

 

俺の言う二十五層での話とは、そこで起きた事件である。

詳しいことは割愛するが、二十五層、五十層はクォーターポイントと呼ばれ、ボスの強さが他の層とは一味違う。

そのボス戦で、《軍》は壊滅的な被害を受けたのである。

ちなみに、《軍》とは部外者が揶揄的に付けた名前だ。

 

 

「ま、俺達にゃ関係ねぇだろ。あいつらだってあの人数でボス戦する程馬鹿じゃねぇだろうし。

んなことより、探索再開しようぜ」

 

 

俺の言葉に三人とも頷き、そのまま道路に飛び降りて、先を急いだ。

 

 

 

 

 

七十四層迷宮区の最上階付近の回廊にいる俺達は、今戦闘をしている。

 

相手は《デモニッシュ・サーバント》という名前の骸骨剣士×2だ。

骨だけのくせに中々の筋力パラメーターをほこる厄介な奴だ。………普通の奴にしてみれば。

 

 

「はぁぁあああ!」

 

 

俺達は、二組に別れてそれぞれ相手をしている。

今は、俺・シリカペアと、キリト・アスナペアだ。

 

そして、アスナが《デモニッシュ・サーバント》を圧倒していた。

まず、相手の攻撃が当たらない。

骸骨は片手剣を持っていて、片手剣スキル四連撃技《バーチカル・スクエア》を使うが、アスナはそれをステップのみで回避する。

そして、技後硬直に入った骸骨の骨目掛けて、細剣スキル八連撃技《スター・スプラッシュ》を叩き込む。

骨系モンスターに相性の悪い細剣で、一発のミスもなく攻撃する技量は流石と言える。

 

 

「キリト君、スイッチ!」

 

 

説明してなかった気がするが、《スイッチ》とは相手に強攻撃を叩き込む・相手の強攻撃を防ぐ等して、強制的にノックバックを起こし、その隙にパートナーが仲間と相手の間に割り込み攻撃する手法だ。これをやるのとやらないのでは、同じ人数でもプレイヤーへの負担が段違いになる。当然、スイッチする方が負担が軽く済む。

 

 

「カイさん、スイッチお願いします!」

 

 

シリカの声に、俺はこっちの意識を強くする。並列思考とは本当に便利だ。

ちなみに今の俺は、曲刀を装備している。

俺以外のパーティーメンバーの装備が、片手剣・細剣・短剣。

これらとかぶらないもので、俺が扱うことが一般に知れ渡っているもの。それが曲刀だ。

俺はできるかぎり手の内は隠したい。しかも曲刀はカンストまでは至っていない。そういう意味でもちょうどよかったと言える。

 

 

「了解!」

 

 

シリカが短剣スキル《インフィニット》を使って大きなダメージを与えた後、相手が持っている金属盾に向けて《アーマーピアス》を撃つ。

 

そして、俺はシリカの前に割り込む!

シリカは俺が割り込んだのを見て、後ろに下がる。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

俺は体力が少なくなった骸骨に向かって、曲刀スキル、範囲重攻撃四連撃技《ベア・ノック》を使う。

このスキルは、曲刀スキルの中で唯一、打撃系攻撃の性質を有しているスキルだ。骸骨系には、打撃系が一番有効なんだ。

この技は見た目が荒い。体術も交えて曲刀を斬るためでなく殴るために利用するのだから当然っちゃあ当然かもしれないが。

だから極力俺は使いたくないんだが……ま、どうでもいいか。

 

俺の目の前の《デモニッシュ・サーバント》がポリゴン片になって爆散するのと同時に、キリト達が担当していた奴も消えた。

 

 

 

 

 

 

そのまま回廊を進んでいると、俺達の目の前に荘厳な扉が現れた。

ちなみに装備は短剣に戻してある。理由はなんとなくだ。

 

 

「えーっと、見るからにボス部屋だよな?これ」

 

「多分な」

 

「でしょうね」

 

「間違いないと思います」

 

 

俺の問いかけに、三者三様の答えが返ってきた。内容は一緒だったが。

 

 

「どうする?覗くか?」

 

「うーん、顔見るだけなら大丈夫じゃない?ボスはボス部屋からは出て来れないんだし」

 

「あたしはどちらでも」

 

「一応、転移結晶を用意しておこう」

 

 

ボスの顔を拝むことにした俺達。キリトの提案に従い、念のため転移結晶を取り出し、いつでも使えるように準備する。

 

 

「よし、じゃあ、開けるぞ……」

 

 

キリトが俺達に最後の確認をとる。

俺達が神妙な表情で頷くと、キリトが前を向いた。

扉を開けるのは俺とキリトだ。こういうのは一応男の仕事だろう。

システム的に重量などあってないようなものだが。

 

 

「うし、せーの……!」

 

 

俺とキリトは力を合わせて扉を押していく。

扉は徐々に開いていき、完全に開ききった。

―――だが、何も反応がない。ボス部屋の内部は暗闇に包まれている。

 

俺が訝しみ、部屋の中に踏み出そうとしたとき、部屋に炎による明かりが灯った。

緊張に耐えかねたか、アスナがキリトの右腕にしがみつく中、その明かりはボス部屋にいる存在を照らす。

 

……でかい!

部屋の中央にいる奴までそこそこの距離があるのに、見上げる必要がある。

その身体は引き締まった筋肉に包まれており、肌は青く、頭は山羊のそれだった。

わかりやすく言うと、簡単にイメージできる悪魔をそのまま立体にしたものだ。

創作物にはよく登場するが、実際に対面すると怖気が走る。

名前は――《The Gleameyes(ザ・グリームアイズ)》――輝く目、だな。

 

と、そこまで観察が進んだ時、悪魔は雄叫びを上げつつ大剣を構え、こちらに向かって走ってきた。

 

 

「げぇぇぇえええ!」

 

「うわぁぁあああ!」

 

「きゃぁぁあああ!」

 

「ひゃぁぁあああ!」

 

 

俺達は同時に悲鳴を上げ、振り返って全力で逃走を開始した。

奴らがボス部屋から出ないと頭ではわかっててもなぁ……。アレは怖い。

 

 

 

 

 

 

俺達は、途中でモンスターをタゲりながらも安全地帯まで駆け抜け、壁際に座り込んだ。

 

そして、全員で顔を見合わせ、誰ともなく笑い出す。

 

 

「いやぁ、逃げたな」

 

「そうですね」

 

「こんなに走ったの久しぶりだよー。まぁ、キリト君が一番すごかったけどね!」

 

「……否定できない」

 

 

俺達三人でキリトを一頻りからかい終わると、皆表情を引き締めた。

 

 

「……あれは苦労しそうだね……」

 

「そうだな。パッと見、武装は大型剣一つだけだけど、特殊攻撃アリだろうな」

 

「アレは前衛に堅い奴ら集めて代わる代わるスイッチ、しかないか?」

 

「だと思います。盾装備の人が十人は欲しいですよね……」

 

「盾装備と言えばさ」

 

「どうした?」

 

 

アスナがおもむろに話題を変えた。

 

 

「キリト君、何か隠してるよね」

 

 

………まぁ、最近は減ったとはいえ、あんだけ一緒に探索してりゃ気づくよなぁ。

 

 

「な、なにが?」

 

 

オイオイ、動揺してるぞキリトよ。

 

 

「だっておかしいじゃない。片手剣の最大のメリットって、盾を持てることでしょ?

なのに、キリト君が盾持ってるの見たことない。

わたしは動きが遅くなるからだし、シリカちゃんもそうでしょ?カイは例外として。

それに、キリト君はスタイル優先ってわけでもないだろうし……。……あやしい」

 

 

はい、おっしゃる通りでございます。

俺達には秘密があるが、それを知る者はほとんどいない。

キリトの秘密を知ってるのは俺だけだし、俺の秘密を知ってるのはキリトとシリカだけだ。

シリカにも言いふらさないでくれって言ってあるから広まってないし。

でもまぁ、そろそろこのメンバーは知ってもいいかもしれねぇな。

 

 

「ま、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だもんね」

 

 

っと、アスナに先に言われてしまった。困ったな。言う空気じゃなくなった。

………まぁ、いいか。

 

そして、アスナが時計を確認し、目を丸くした。

 

 

「わ、もう三時だ。遅くなったけど、お昼にしない?」

 

「お、いいね」

 

「なにっ」

 

 

キリトが突如色めき立った。

アスナの飯は美味いからなぁ。わからんでもない。

 

 

「アスナ、今日は何持ってきたんだ?」

 

「わたしはサンドイッチ。でも、ごめん……。食材がアレで、二つしか作れなかったの」

 

「あー、そうなのか。なら、キリトにやってくれ。俺達は俺達で食べるから」

 

「うん、ありがと。ごめんね」

 

「いいってことよ。あ、一口もらってもいいか?」

 

 

アスナの料理は食ったら何かステータスにいい影響を齎すような気がする。

 

 

「ええ、いいわよ。わたしも、シリカちゃんの一口もらえるかしら?」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

 

俺達は、ハイレベルな少し遅めの昼飯を食べた。

アスナのサンドイッチも、シリカの弁当も美味かった。

 

 

「つーか、アスナ。お前、この味どうやって作ったんだ?」

 

 

食べ終わった後に出た俺の質問。キリトとシリカも頷いている。

なんと、アスナのサンドイッチは、日本風ファーストフードの味をかなりの再現度で再現していたのだ。

 

 

「約一年の努力の成果ね。

アインクラッドに存在する全ての調味料が味覚エンジンに与えるパラメータをぜ〜〜んぶ解析してこれを作ったの」

 

 

そう言うと、アスナはサンドイッチを入れていたバスケットから二つの小瓶を取り出して、片方の瓶に指を突っ込んだ。

 

 

「三人とも、口開けて」

 

 

何が何やらよくわからないまま俺達が口を開けると、アスナは指に付けた紫色の物体を弾いて俺達の口にシュートした。

そして、その味を確認した俺達は驚愕する。

 

 

「「「マヨネーズ!!!」」」

 

「そして、これ」

 

 

もう一つの方でも同じことをされたとき、俺達をさらなる衝撃が貫いた。

 

 

「「「醤油!!!」」」

 

「さっきのソースは、これを組み合わせて作ったのよ」

 

 

………アスナの料理スキル――というか努力か――には、驚嘆する他ないな。

 

 

「すげぇな、これ。なぁ、アスナ。お前が研究した調味料の作り方、シリカに教えてやってくれねぇか?」

 

「あたしからもお願いします!」

 

「ええ、いいわよ。今度時間を作りましょう」

 

「はい!」

 

 

やべぇ、アスナが女神かなにかに見える。

これでシリカの料理のバリエーションがさらに増えるな。

 

俺が内心かなり喜んでいると、下層側の入り口からプレイヤーの一団が入ってきた。

 

 

「おお、カイ、キリト!しばらくだな」

 

 

クラインだった。

えーっと、こいつらとアスナって、直接面識あったっけ?

ボス戦で、顔ぐらいは知ってると思うが………。

 

 

「よお、しばらく」

 

「まだ生きてたか、クライン」

 

 

あれ?なんかキリトが辛辣……。

確かシリカは、俺を通して間接的に面識があったよな。

 

 

「相変わらずキリトは愛想がねぇなあ。

お?今日は四人なの、か………」

 

 

クラインが、荷物を片付けて立ち上がったアスナを見て、目を丸くする。

あー、やっぱちゃんと話すのは初めてか。

固まってるクラインを余所に、キリトが互いを紹介し始めた。

 

 

「ボス戦で顔を合わせてはいるだろうけど、一応紹介するよ。

こいつはギルド《風林火山》のリーダー、クライン。こっちは《血盟騎士団》のアスナ」

 

 

キリトの紹介で、アスナは小さく頭を下げたが、クラインは目だけでなく、アホみたいに口まで開いてポカンとしていた。

 

キリトが肘で脇腹をつつくとフリーズから復活し、クラインが改めて自己紹介をした。

その後、他のメンバーも我先にと自己紹介を始め、さらにキリトが余計なことを言ってクラインに足を踏まれるなど微笑ましい空気だったのだが、アスナが放った一言でそれは一変する。

 

 

「しばらくこの人達とパーティーを組むことになったので、よろしく」

 

 

その瞬間、《風林火山》のメンバーと、キリトの背景に、雷が見えた。

《風林火山》は、『な…なんだ、と………』といったところだろうか。

キリトは、『え、今日だけじゃなかったの!?』ってところだろう。

 

クラインが殺気の篭った眼を俺とキリトに向けてくるが、そんなの知ったことじゃない。

俺は知らん。恨み言はキリトに言え。とクラインに向けて眼で伝える。

果たしてクラインは、キリトの肩を掴んで、唸った。

 

 

「キリト、てンめぇ………」

 

 

キリト、御愁傷様。とかなり人事のように考えていた俺の耳を、再び鎧の音が叩いた。

この規則正しい足音―――《軍》か!

 

 

「皆、《軍》よ!」

 

 

アスナも同じ判断を下したようだ。

俺達は一気に表情を引き締める。

クラインも片手を上げて、五人の仲間を壁際に下がらせた。

 

現れた集団は確かに二列縦隊の部隊だったが、森で見かけたときと比べてかなり疲弊しているようだった。

 

 

彼らは俺達と反対の壁際で停止し、先頭の奴の『休め』という言葉でその場に崩れ落ちた。

『休め』と言った奴は他の十一人には目もくれず、俺達の方に歩いてきた。

こちらはすでに、俺とキリトが少し前に出ている。

 

そいつは、俺達の目の前まで来ると、ヘルメットを外した。

三十前半って感じのオッサンだな。

奴は俺達を睥睨しながら、先頭に出ていた俺達に声をかけてきた。

 

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

 

ぶふっ……!

俺は噴き出すのを堪えるのに必死だった。

《軍》が、いつの間にか正式名称になってた。しかも中佐て。

……こうやって心の中でふざけてないと、辟易とした態度が面に出ちまうだろうしな。

 

 

「キリトだ」

 

「俺はカイ」

 

 

キリトも辟易とした様子で答えていた。

 

オッサンは俺達の言葉に頷くと、横柄な口調で尋ねてきた。

 

 

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 

「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」

 

「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」

 

 

………あ?なんだこのオッサンのさも当然だって態度は。

 

俺がキレる寸前、クラインが先にキレた。

 

 

「な……提供しろだと!?テメェ、マッピングする苦労がわかって言ってんのか!?」

 

 

全く同感だ。マップデータは貴重だ。

売ろうと思えば高値で売れる。

 

オッサンは、クラインの言葉を聞いて眉をピクリと震わせると、堂々と言い放った。

 

 

「我々は君ら一般プレイヤーの為に戦っている!」

 

 

さらに大声で続ける。

 

 

「諸君が協力するのは当然の義務である!」

 

 

………イラッ。

えーと、殴っていい?ねえ、こいつ、殴っていい?

ここ安全地帯だよね?ダメージないよね?いいよね?

やっちゃうよ?俺、やっちゃうよ?

 

後ろでアスナとクラインが声を上げようとして、キリトに遮られていた。

だが、キリトが返事をする前に、俺はオッサンを殴りつける。

 

 

「ぐはっ!」

 

 

ガシャン、と重厚な音を響かせてオッサンが倒れ込む。

俺は、寝ているオッサンに声をかけた。

 

 

「おいオッサン。なに偉そうなこと言ってんだ?

傲岸不遜もいいとこだ。あんたら最近全く攻略に参加してなかっただろ?

にも関わらず『一般プレイヤーの為』とは恐れ入る。

それにだ。俺達はただのプレイヤーじゃない。攻略組だぞ?

俺達があんたらに協力しなくとも問題なくゲームはクリア出来る。現にここまで攻略してきた。そこんとこ間違えんな」

 

 

声をかけたというよりは吐き捨てたという方が適切かもしれねぇ。

………はぁ。俺、攻略組っつって威張るの好きじゃないんだけどなぁ。

今回は仕方なかったけどさぁ。

 

 

「――まぁ、今回は恵んでやるよ。キリトがそうするつもりだったみてぇだしな。

だが、これは覚えとけ。お前らは偉くもなんともない。自分の立場を履き違えるな」

 

トレードウィンドウを開き、コーバッツに送りつける。

奴は顔面を屈辱に歪ませながらそれを受け取ると、ふん!とだけ言って立ち去ろうとする。

俺はついでとばかりにその背中に声をかける。

 

 

「一応言っておくが、ボスにちょっかい出すなら止めておけ。

さっきボス部屋を覗いたが、アレは生半可な人数でどうこう出来るような相手じゃねぇ」

 

「それは私が判断する!」

 

 

俺の言葉にそれだけ吐き捨てると、奴は他のメンバーを立たせて進軍していった。明らかに隊員は消耗していたが。

………まさかボスに仕掛けるつもりじゃねぇだろうな。

 

 

「大丈夫かよあの連中……」

 

 

クラインが俺の気持ちを代弁するかのようなことを言った。

恐らくこの場にいる全員がそう思っているだろう。

 

 

「さすがにぶっつけ本番でボスに挑んだりはしないと思うけど……」

 

「そうですね……」

 

 

アスナもシリカも不安そうだ。

 

 

「なあ、一応様子を見に行くか?」

 

「そうだな……その方がいいかもしれない」

 

 

俺の提案に、キリトだけでなく全員が頷いた。

俺達は、不安を抱えながら《軍》の後を追うことにした。

 

 

 




いかかでしたか?
このままグリームアイズ戦まで書くと、文字数が大変なことになるので切りました。
区切りはあまりよくありませんがご了承ください。

前書きで言った『わざと』というのは、『護衛兼クラディール改め』のところです。
普通は『兼』っていう言葉はこういう風には使いませんよね。

原作では、デュエルは
相手に申請→相手がモードを選択→自分がそれを受諾する
という流れになっていますが、この作品では変えることにしました。
言うまでもなく、カイにあのシーンやらせたかったからです。

あと、この作品では安全地帯は、『直接攻撃によるダメージは発生しない』という設定です。
毒とか出血とかのダメージは発生します。
原作ではどうだったかよく覚えてませんが……。

次回はボス戦です。
やっと、キリトのアレが書ける!
そして、カイも……?
お待ちいただければ。

では、感想等お待ちしております。


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第十五話 《二刀流》と……


やっとここまで来ました……!

今回ついに、キリトが『本当の』キリトになります。
そしてカイも……?

では、どうぞ。




 

俺達は《軍》の連中を追ったが、途中でリザードマンの集団に遭遇してしまい、最上部に到着したのは安全地帯を出てから三十分経っていた。

道中、奴らに追いつくことはなかった。

 

 

そして。

 

 

「…………ぁぁぁああ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

明らかに、モンスターの物ではない、微かな悲鳴が聞こえた。

 

俺、キリト、シリカ、アスナの敏捷が高いメンバーがクライン達を引き離す形になったが、全員が駆け出した。

 

 

少しして、あの大扉が俺達の視界に入る。

それはすでに開け放たれていて、内部の炎に照らされて蠢く影、さらに金属音と悲鳴が認知できる。

 

 

「バカッ……!」

 

 

アスナが悲痛な叫びを上げて速度を増す。

俺達も負けじと追従する。

 

俺達は扉の手前で全力で減速し、入り口ギリギリで停止した。

 

 

「「おいっ、大丈夫か!?」」

 

 

俺とキリトの叫びが重なる。

中は―――さながら地獄絵図だった。

 

中央でこちらに背を向けて屹立しているのは、青い悪魔《ザ・グリームアイズ》。

禍々しい山羊の頭から荒々しく呼気を噴出しながら、右手の斬馬刀とでも言うべき巨大剣を縦横無尽に振り回している。HPバーはまだ三割も減ってない。

その向こうで逃げ惑う悪魔に比べてあまりにも小さな影――《軍》の連中だ。

動きがバラバラだ。ふと人数を確認するが、二人足りない。二人だけ脱出ってのもおかしいから―――死んだか。

 

状況を把握している間にも、一人が斬馬刀の餌食になって床に転がる。HPバーは危険域に入ってる。

奴らと唯一の出口の間に悪魔が陣取ってるせいで撤退も侭ならない。

キリトが倒れている奴に向かって大声を張り上げた。

 

 

「何してる!早く転移結晶を使え!」

 

 

だが叫ばれた男は、顔を恐怖で引き攣らせながら叫び返してきた。

 

 

「ダメだ………!く……クリスタルが使えない!!」

 

「なっ……!」

 

 

俺達は絶句した。

《結晶無効化空間》は今までもあったが、ボス部屋がそうなっていたことはなかった。

くそっ、ついにボス部屋も無効化になっちまったか!

 

 

「そんなっ……!?」

 

「なんてこと……!」

 

 

シリカとアスナも息を呑む。

これじゃあ、迂闊に助けに入ったらミイラ取りがミイラになる。

 

そのとき、逃げ惑うプレイヤーの一人が、剣を掲げて叫んだ。

 

 

「何を言うか!!我々解放軍に撤退の二文字はあり得ない!!戦え!!戦うんだ!!」

 

 

―――訂正する、喚き立てた。

ありえねぇのはてめぇの思考回路だろうが!?《結晶無効化空間》が猛威を振るってんのに何考えてんだあのオッサン!?

コーバッツの声に反応し、キリトが思わずと言った様子で怒鳴った。

 

 

「馬鹿野郎ッ……!」

 

 

俺も全くの同感だよ、キリト。

そのとき、クライン達が追いついてきた。

すかさず、手早く状況説明を行う。

 

 

「な、何とかできないのかよ……」

 

 

クラインが顔を歪めて唸る。

……俺だって、あのオッサンはムカつくが死んでほしいわけじゃねぇ。

だが、ここだと俺達が脱出できない可能性がある。

確かに俺達が連中の退路を作ることはできるかもしれない。

それでも俺は、例え何と言われようと仲間を守るためなら見知らぬ他人くらい切り捨てる……!

 

そのとき、俺達をさらに驚愕させる声が響いた。

 

 

「全員……突撃……!」

 

 

コーバッツは何とか陣形を立て直し、十人のうち動ける八人を四人ずつの横列に並べて同時攻撃を開始した。

 

 

「ちょ、嘘だろ!?」

 

「やめろっ……!」

 

 

しかし、俺とキリトの叫びは届かない。

 

同時攻撃なんて無謀なだけだ。

満足にソードスキルが使えずに混乱するだけ。

それよりも、防御主体でスイッチして徐々にダメージを与えていくしかねぇってのに……!

 

だが、悪魔は容赦せず攻撃態勢に移る。

仁王立ちになったと思ったら地響きと共に輝く噴気をまき散らす。

どうやらあの息にもダメージ判定があるようで、青白い輝きに包まれた八人の突撃の勢いが緩んだ。

それを見逃す悪魔ではない。

すかさず巨剣を突きつけ、一人の人間を跳ね上げる。

その人影は、悪魔の頭上を軽々飛び越えると、俺達の目の前の床に叩き付けられた。

 

――コーバッツだった。

 

HPバーが消滅している。

理解が浮かばない表情の中で、口が動いた。

―――有り得ない。

無音の呟きを最後に、コーバッツはつんざくような音を立ててポリゴン片になった。

その光景に、女性陣が小さく悲鳴を上げる。

 

《軍》はもう見ていられない。

リーダーを失ったことで狂乱し、逃げ惑うだけだ。

 

――と、そこで俺は、アスナの様子がおかしいことに気づいた。

この表情は―――マズい!

 

 

「だめ……だめよ……もう………」

 

「キリトっ!早くアスナを捕まえろ!!」

 

 

俺の言葉でキリトがハッとしてアスナを見て、アスナを摑もうと手を伸ばした――が。

 

 

「だめ―――ッ!」

 

 

絶叫と共に、アスナが疾風の如く走り出した。

ちっ、ちょっと遅かったか!

空中で抜いた細剣を構え、一筋の閃光となってグリームアイズに突っ込んでいく。

 

 

「アスナッ!」

 

「チッ、しゃあねぇ!シリカ、行くぞ!」

 

「はい!」

 

「どうとでもなりやがれ!」

 

 

キリトがやむなしと言った様子で飛び出していき、俺とシリカも後に続く。

クラインも、悪態を吐きながらついてきた。

 

 

アスナの攻撃は、不意を打つ形になって悪魔に直撃した。だが、奴のHPバーはほとんど減っていない。

返って怒らせてしまったようで、グリームアイズが怒号とともに振り返り、アスナに斬馬刀を振り下ろす。

アスナはステップで回避しようとするが完全には避けきれず、余波に足をとられて転んでしまう。

 

そこに悪魔の追撃が放たれた。

 

 

「アスナ―――ッ!」

 

 

キリトが絶叫しながら斬馬刀の前に躍り出て、一瞬、巨剣と拮抗する。

その隙に、俺が短剣で巨剣の横っ面を全力で突いた。

全力で打ち込んだおかげで、巨剣を弾き飛ばして難を逃れる。

 

 

「「下がれ!!」」

 

 

俺とキリトが同時に叫び、アスナを下がらせる。

俺とキリトはお互いのステップの邪魔にならない程度に距離を置き、奴の追撃に備える。

すかさず重そうな連撃が飛んできて、その猛威の前に、反撃を挟むことなどできそうもない。

しかも、両手剣の技に微妙にカスタムが入ってるせいで、俺の技量でも先読みがしづらい。

パリィとステップ回避に徹してる俺達でさえ、一撃の大きさのせいでじわじわとHPが削られる。

視界の端ではクライン達が《軍》の連中を運び出そうとしているが、中央に俺達がいるため中々進まない。

そうしているうちに、とうとう一撃が俺達の身体を捉える。一撃で、HPバーが大きく減少した。

 

―――これはもう、出し惜しみしてる暇なんてねぇ!!

 

俺はそう決意すると、すぐに行動に移る。キリトに合図するのも忘れない。

グリームアイズの巨剣が、振り上げられる。だが、慌てない。

 

 

「キリト、これは全力でやるしかねぇ!十秒稼いでやる、それで準備しろ!

その後スイッチして、お前が前衛、俺がサポート!やるぞ、急げ!」

 

 

俺の意図を察したのか、キリトが大きく飛び退る。

恐らく今は、しゃがんでメニュー画面を操作しているのだろう。

 

グリームアイズの巨剣が、振り下ろされる。

俺は、《ヴァイヴァンタル》を合わせに掲げる。

 

 

「なっ、カイ、無茶だ!」

 

 

悪魔の剣が俺に襲いかかる数瞬のうちに、クラインが叫ぶ。短剣程度では、あの攻撃を受けられないと思ったのだろう。なんせ、大上段からの一撃だ。

だが、大丈夫だ。なぜなら―――

 

 

「チェンジ!《ショート》・トゥー・《ボウス》!!」

 

 

そう()()()瞬間、俺の短剣が()()()()()()()()()()()()()()

 

俺の短剣の一撃が巨剣とぶつかり、弾く。

俺はニヤリと笑う。押し切れなくても、止められれば十分だ。

 

その直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「うおらぁぁああっ!!」

 

 

俺は裂帛の気合いと共に両手剣《ヴォルカニックデイズ》を振り抜く。

短剣に比べて重い、ほぼ同攻撃力の攻撃は、空中で止まっている巨剣を易々と吹き飛ばした。

 

 

「グォォオッ!?」

 

 

悪魔は驚愕の声を上げて、ノックバックする。

――チャンス!ここは、時間の稼ぎ時だ!出し惜しみはしねぇ!

 

 

「喰らえっ!」

 

 

俺は、両手剣スキル()()()《カラミティ・ディザスター》を使う。

今まで人前で見せたことはなかったが………死んだらどうしようもねぇからな!

 

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

 

怒濤の六連撃が終わり、俺は少々長めの技後硬直に入る。

だが、それでもいい。奴は仰け反ってたから、俺の攻撃を堪えきれてなかった。

今反撃に移ったようだが――そろそろキリトの準備も終わっただろう。

 

 

「グルオォォォオオッ!」

 

 

巨剣が俺に迫る。

しかし、問題ない。《カラミティ・ディザスター》の効果で、今の俺には《物理バリア》が張ってある。

《物理バリア》は、一定時間、もしくは一定量を超えるまでダメージを受けないという素晴らしいサポートだ。

………つっても、俺はこれ以外に張る方法を知らない。両手剣スキルがカンストするのも大分かかったし……。そうそうお目にかかることはないだろう。

 

そういうわけで、俺はこの攻撃を受けきって……ぐっ!?

 

 

「さすがだ、このバリアを一撃で抜くとは………だが!」

 

「カイ、いいぞ!」

 

 

そらきた!

 

 

「待ってたぞ!つーわけで、チェンジ!《ボウス》・トゥー・《スピア》!」

 

 

再び、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

奴の巨大剣は、俺を攻撃した直後のことで目の前に留まっていた。

それを横に薙ぎ払ったので、奴の身体が剣に引っ張られて横を向く。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、《デモニックスピア》を振り上げて、悪魔の腕を斬りつける。

だが、当たりが悪かったのか微々たるダメージしか与えられない。

 

 

「スイッチ!」

 

 

キリトの声を聞き、今度は俺が飛び退る。

 

俺の前に出たキリトは、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

大剣を引き戻す悪魔に向かって、キリトが二刀流スキル《エンド・リボルバー》を使う。

二刀流スキルの中では、手数が少ない技だ。

半円を描くように放たれた右手の剣がグリームアイズの剣を弾き、開いた胴体に向かって左手の剣が襲いかかる。

俺の奥義技とキリトのクリーンヒットで、グリームアイズのHPが目に見えて減少する。

 

負けじと奴も反撃してくるが、そこは俺の役目だ。

 

 

「グォォッ!」

 

「フッ!」

 

 

奴の剣に向かって、槍スキル《ソニック・チャージ》を使う。単発技だ。

だが、キリトが俺の前にいる状況で連続技なんて使ったら、キリトをズタズタにすることになる。それは勘弁。

それに、今の俺の役割は、奴の攻撃をキリトに届かせないこと。それさえ完璧にやれば、俺達の勝ちだ!

 

甲高い音を立てて、俺とグリームアイズの武器がお互いを弾く。

がら空きになったところを狙って、キリトの双剣が突き刺さる。

 

奴は苦悶の声を上げて、キリトに斬馬刀を振り下ろした。

 

 

「グゥォォォオオッ!?」

 

 

って、ちょっ!間に合わねぇんだけど!?

 

 

「キリト、間に合わん!対処頼む!」

 

「了解!」

 

 

キリトへの警告がギリギリ間に合って、キリトが頭上に振り下ろされる斬馬刀を両手の剣をクロスさせてしっかりと受けとめた。さらに、力強く押し返す。

 

 

―――ここは、俺が攻撃して削るところだ!

 

キリトの二刀流に比べると、手数の関係で時間当たりのダメージ量で負けるからな。

基本はキリトに任せるが、こういう状況なら仕方ねぇ!

 

 

「ハァァッ!」

 

 

俺は一歩前に出て、槍スキル四連撃《ヴェント・フォース》を発動する。

まあぶっちゃけ突きの四連撃なんだけど、こいつには追加効果がある。

――《回避ダウン付与》。地味だが、この場合かなり有効だ。

キリトの手数を相手に回避が下がるということは、その分合計ダメージが増える可能性が高くなるってことだ。

そもそもほとんど当たるとは思うが、念のためにな。

 

 

キリトの押し返しと俺の四連突きで、グリームアイズの体勢が大きく崩れる。

 

―――ここが勝負所だ!

 

 

「キリト、やれ!俺が相手の迎撃を捌く!」

 

「任せろ!―――《スターバースト・ストリーム》ッ!」

 

「いっけぇぇえええ!!」

 

「うおおぉぉぉおあああ!!!」

 

 

キリトの剣が美しい輝きを放ち、凄まじいラッシュがグリームアイズに襲いかかる。

キリトの攻撃速度が速すぎて、俺でも迂闊に差し込めない。

なので、キリトのHPバーを確認しながら、キリトのHPが持ちそうな攻撃なら止めない。

キリトには悪いが、打点が減る方が問題だ。体勢が崩れるような攻撃や、HPが危なくなるような攻撃以外は、通す!

――俺はキリトに追従しながら、キリトの攻撃を阻む軌道で飛んでくる悪魔の剣を弾き続けた。

キリトも俺の狙いがわかっているのか、俺を信じてただひたすらに攻撃を続ける。

 

 

―――そして、ついに。

キリトの怒濤の十六連撃が終わる。

二刀流スキル十六連撃《スターバースト・ストリーム》。

恐ろしいほどの手数で相手を追いつめる、強力なスキルだ。隙も攻撃回数の割にはない。

最後の一撃が、グリームアイズの胸を貫いた。

 

 

――くそっ、削りきれなかったか!

 

 

ギリギリで耐えきったグリームアイズが獰猛な笑みを浮かべ、大剣を振り上げた。キリトは技後硬直で動けない。

 

なら、俺が仕留める!

 

 

「チェンジ!《スピア》・トゥー・《ショート》ォッ!!」

 

 

一足飛びにキリトに並び、紺色の光を放つ槍を悪魔に突き入れる。

 

槍は悪魔の肉を穿った直後に消滅し、紺色の光を纏う透明な短剣が手に現れた。

よし、《ヴァイヴァンタル》を手にした!これで――――

 

 

「とどめだぁぁああああ!」

 

「ゴアアァァァアアアァ!」

 

 

俺の短剣が奴の身体に深々と刺さり、グリームアイズは一瞬硬直して、ポリゴン片になって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった………のか……?」

 

 

青い光の残滓を浴びながら、キリトが呟く。

 

 

「ああ、終わった。俺達は、勝った」

 

「そうか……勝ったか……。他の人達は……?」

 

「大丈夫だ。一応視界の端には留めてたが、あれ以上の犠牲者はない」

 

「そうか、よかった……」

 

「キリト君っ!」

 

「カイさん!」

 

 

俺がキリトに状況を伝えているとシリカとアスナが駆け寄ってきて、シリカが俺を、アスナがキリトを抱きしめた。

 

 

「カイさん、大丈夫ですか……!?」

 

「バカッ……無茶して……!」

 

 

キリトが目を白黒させているのが面白い。

それはそうと、シリカを安心させなきゃな。

 

 

「ああ、俺は大丈夫だ。キリトの方が攻撃を受けてたしな。

しかし、単位時間当たりのダメージ量が多いからって、キリトには悪いことしたな……」

 

 

キリトはポーションを無理矢理飲まされてから、俺の言葉に反応してきた。

 

 

「あの状況じゃしょうがない。あれが最善だったと思うぞ。

それに、あれ以上の被害は食い止められたんだから、よかった方だよ」

 

「キリトが気にしてねぇなら、いいんだけどよ」

 

 

理性で納得してても感情ではってこと、あるだろ?

まあ、いいか。

 

シリカがさらに抱きついてきて喜びを露にし、アスナがキリトの肩に顔を埋めたとき、俺達に寄ってくる足音を捉えた。クラインだ。

 

 

「生き残った《軍》の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ………」

 

「そうか……。ボス戦で犠牲者が出たのは……」

 

「六十七層以来だな」

 

「……これのどこが攻略だよ……コーバッツの馬鹿野郎が……。死んじまったら、意味ねぇだろうが……」

 

「……それは、もう言っても仕方ないだろ」

 

 

クラインが吐き捨てるように呟いた。

俺の言葉の意味は嫌というほど理解しているのか、頭を左右に振って、気分を切り替えるように訊いてきた。

 

 

「そりゃあそうと、オメエら何だよさっきの?」

 

 

…………まぁそうだよな。訊いてくるよな。

 

 

「……言わなきゃダメか?」

 

 

おーおー、キリトも言いにくそうにしてる。俺も全く同じ気持ちだけどな!

 

 

「ったりめぇだ!見たことねぇぞあんなの!」

 

「あー、俺も?」

 

「そうだよ!ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと吐いちまえよ!」

 

 

見ると、シリカとアスナ以外の全員が俺達の方を見てる……。すげぇ逃げ出したい。

 

 

「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 

 

おおっ……というどよめきが、俺達四人以外の全員に流れ、次いで全員の視線が俺に固定される。

………………………はぁ。

 

 

「……俺のもエクストラスキルだ。《簡易変更》って名前だ」

 

 

再びどよめきが起こる。クラインが興味津々といった様子で訊いてきた。

 

 

「しゅ、出現条件は」

 

「解ってたら公開してるさ」

 

「同じく。多分、《ユニークスキル》とでも言うべきものだろうな」

 

 

クラインもそりゃそうだろうなぁ、といった様子だ。

一応、状況は理解してくれているのだろう。

 

 

「でもよ、キリトのはなんとなくわかる。ようは両手に片手剣を装備しても、ソードスキルが発動できるようになる特殊スキルだろ?

だが、カイのはわからねぇ。あれ、なんなんだ?」

 

 

俺は、ここで公開していいものかしばし考える。

 

 

「……まぁ、いいか。俺のスキル《簡易変更》は、音声認識で発動するスキルだ。

武器の種類を言うことで、変更できる。その時に、単発のソードスキルが発動するってだけだな。

もちろん、選択武器スキルも自動で変更される」

 

 

俺のスキルを知らなかった全員は、ほえ〜とでも言うように頷いていた。

言ってない弱点とか制限とかもあるが………そこまで情報を明かす気はない。

 

これで、《神聖剣》ヒースクリフ、《二刀流》キリト、《簡易変更》カイってなるんだろう。

俺達が二人目、三人目のユニークスキル使いとして知られるだろうな。

………チョット待て?名前、俺だけダサイのは気のせいか?なんかヘボくね?《紺の浮浪児》からだよな?

え、何?俺、名前の呪いでも受けてんの?ステータス的になんかある?まさかのデフォルト?そんなの嫌だよ?

 

一人でうんうん唸ってるうちに、話が進んでた。

……ヤバい、並列思考が使えないくらい精神的にキてる。

 

 

「お前たち、本部まで戻れるか?」

 

 

クラインが《軍》の生き残りに話しかけに行った。

十代だと思われる奴は、しきりに頷いていた。

 

 

「よし、なら帰って上に今回のことを伝えるんだ。二度と無謀な真似をしないようにな」

 

「は、はい……。あ、あの……ありがとうございました……」

 

「礼ならあいつらに言え」

 

 

そう言って、クラインは俺達に親指を向けてくる。

《軍》の連中はよろめきながら立ち上がると、座り込んでる俺達に向かって深々と頭を下げ、部屋から出て行く。

回廊に出たところで次々に結晶を使い、テレポートで帰っていった。

 

 

「俺達はこのまま七十五層の転移門をアクティベートしてくるけど、お前らはどうする?

今日の立役者だし、お前らがやるか?」

 

「いや、任せるよ。俺はもうヘトヘトだ」

 

「俺も。流石にあの緊張感は疲れた」

 

「そうか。……気を付けて帰れよ」

 

 

クラインは頷くと、仲間を連れて奥の扉から出て行った。

ボス部屋には、俺達のパーティーメンバー全員の四人だけが残った。

もうすでに、あの死闘の痕跡は残っていない。静かなもんだ。

 

 

「カイさん………」

 

 

厳しい戦闘を思い出しボーッとしていると、シリカがか細い声で話しかけてきた。

 

 

「なんだ?」

 

「心配……しました……。死んじゃうんじゃないかと思って……」

 

「……悪い。仕方がなかったとはいえ、心配かけたな。俺は無事だ」

 

「………はい。今抱きしめているので、わかります」

 

「それはよかった。……あー、つっても今回は本当に疲れた……」

 

 

つい愚痴っぽくなってしまうが、しょうがないだろう。俺でも本当にキツかったんだ。

HPが七割残ってるヘビー級のボスって、ダメージディーラーの二人で倒すボスじゃねぇよ。

そもそも、ボスを二人で倒すこと自体おかしい。

おい、第一層のとき一人で倒せたとか言ってただろ、などという苦情は受け付けない。アーアー、キコエナーイ。

 

 

「そうですね、本当に心配しました……。でも、かっこよかったです」

 

「お、そう言ってもらえるなら、やった甲斐があったってもんだ」

 

 

シリカの頭を撫でながら、少しの間のんびりする。

こういう、リラックスできる時間は大事だ。

 

 

 

――さて、キリトの方も、そろそろ話終わったな。

 

 

「シリカ、行くぞ」

 

「はい」

 

 

シリカを離して先に立ち上がり、シリカに手を差し出す。

シリカがそれを掴んで立ち上がり、手を繋いでキリトに近づいていく。

 

 

「キリト、話は終わったか?動いて大丈夫だよな?」

 

「おう、こっちは終わった。それも大丈夫だ。そっちは………もうよさそうだな」

 

「ああ、話そうと思えば家でも話せるしな。んで?どうするよ」

 

「今日の所は、もう帰ろうぜ。アスナがやることもあるし」

 

「やること?」

 

 

実は、話が(俺には)聞こえてたから、内容はわかるんだが。

 

 

「わたし、しばらくの間ギルドを休むことにしたの」

 

「へぇ、なんでまた?」

 

 

おっと、俺が言おうと思ってたんだが、シリカに言われちまったな。

 

 

「ほら、あなたたちとパーティーを組むって言ったじゃない?それよ」

 

「ああ、そうでしたね。これからもよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。明日、どこかで会いましょう」

 

「了解だ。お前ら、どうやって帰る?」

 

「そうだな………。歩いて帰るよ」

 

 

キリトの言葉に、アスナがコクリと頷いた。

……もうこいつらできてるだろ……。

残念ながらできてねぇけどよ……。

 

 

「そうか。俺達は転移結晶で帰るわ。今日はここで解散だな」

 

「そうだな。じゃあな」

 

「おう」

 

 

そう言って、俺達はキリト達と同じ方向に歩き始めた。

 

 

「…………どうした?」

 

「いや、ここ《結晶無効化空間》だから。転移できねぇし」

 

「ああ、そう言えば」

 

「んじゃ、今度こそ。またな」

 

「おやすみなさい」

 

「おう、明日な」

 

「じゃあね」

 

「転移。フローリア」

 

 

キリトとアスナに手を振られながら、俺とシリカはホームのある四十七層に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅して。

 

 

「はぁ………明日からめんどくせぇことになるんだろうな……」

 

 

ため息がこぼれる。

こればっかりは割り切れねぇなぁ。

 

 

 

そういえば、状況に合わせて武器を自在に変更できるから、一見かなり強力そうな《簡易変更》スキルだが。弱点がある。

 

実はあのスキル、行き先が一度の戦闘で一回しか使えないんだ。

例えば、《〜》・トゥー・《スピア》って宣言したら、その戦闘では一瞬で槍に変えることはできなくなる。手動でやる分には問題ないが、時間がかかるからそこまで使えないだろう。

まぁ、どんなに長くても短くても一回は一回なので、わかりやすいっちゃあわかりやすい。時間じゃない分単純なんだ。

道中で何連発してても、どの戦闘でも絶対に一回は使えるってのも強みだしな。

 

そうそう、言い忘れていたが、この行き先や出発の発声内容はシステムに決められている。

ソードスキルの最初の構えの代わりが、発声ってことだな。

短剣が《ショート》。片手剣が《ロング》。両手剣が《ボウス》。細剣が《レイピア》。曲刀が《シミター》。刀はちょっと捻って《ブレード》。両手斧が《アックス》。槍が《スピア》。そして、片手棍が《メイス》。

 

さらに言うと、このスキルで選択できるのは変更する武器の種類だけだ。だから、短剣がどっちになるか困る――かというと、そうでもない。

実は、《クイック・チェンジ》って技能がある。これは手に持つ武器を落としたりしたときのためにあるシステムで、これに登録しておくと武器を装備するまでの手順を大幅にショートカットできる。一つの武器しか選択できないが、ここでは大きな意味がある。

これに選択していると、何故か《簡易変更》の対象にならねぇんだ。つまり、俺は《クイック・チェンジ》の対象に《キリング・デストロイ》を選択しているので、《簡易変更》で確実に《ヴァイヴァンタル》を引き当てられるというわけだ。

 

ま、トリガーが発声だから、どんな体勢からでもソードスキルを放てるってのは大きな強みだな。

しかも、決められたソードスキルの軌道もない。一発分なら、軌道まで自在に操れるんだ。

ユニークスキルだけあって、デメリットを上回るメリットがある。

 

 

少々長くなったが――閑話休題。

 

 

 

「そうだと思います……。力になれるかわかりませんけど、ずっとついてますから」

 

「ああ、頼むわ。助かるよ、ありがとうな」

 

 

ああ、癒される……。

俺は周りと助け合ってばっかりだな……。ま、それが大事なんだろうけどな。

 

 

「今日は疲れたな……。シリカも《軍》の連中運び出すの手伝ってたろ?お疲れ。今日はもう寝ちまおう」

 

「そうですね。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

さてさて、明日からどうなることやら……。

つーか、今思ったが、俺が両手剣スキルまで使えることがバレ……って、槍もじゃねぇか。

こりゃ、そろそろ全部バレるな。これもめんどくさそうだなぁ……。

 

 

 

俺は明日からの自身を取り巻く環境の変化を憂いながら、眠りについた。

 

 

 





はい、というわけでカイもユニークスキル持ちでしたよ!
どうでしたか?作者的には、カイに非常に合ってるスキルだと思うのですが。

これからは原作通りか……カイがちょっと介入するぐらいなんだろうな……と思っていらっしゃるそこのアナタ!
ぐふふ。アインクラッド編には、もう一回大きな動きがあるのです。
こんなこと言って自らハードル上げて我ながら馬鹿だなとは思いますが、皆さんの期待があると信じて、その期待に応えられるように頑張っていく所存です。

カイのユニークスキルについて、感想をもらえると嬉しいです!

では、感想等ありましたら、お願いします。



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第十六話 決闘、ヒースクリフ


どうもです。

カイとキリトのユニークスキルが発覚し、発生不可避な決闘です。

サブタイを付けてみました。
今までのも付けました。
これからも付けることにしました。

では、どうぞ。




 

翌日。

 

俺、キリト、シリカの三人は、朝からエギルの店の二階に避難していた。

 

理由は単純、アインクラッド中が昨日の《事件》で持ちきりだからだ。

フロア攻略に新しいゲートの開通。それだけでも大事なのにオマケまで付いてたんだ。騒ぐのもわからなくはない。

 

――だが、俺はどうしても納得できないことがある。

ここに、今日の朝から持ちきりの話題を上げてみよう。

《軍の大部隊を壊滅させた悪魔》。

《それを相手に挑発を繰り返し怒らせるだけ怒らせて後は他人に丸投げした浮浪児改め浮気者》。

《またそれを単独撃破した二刀流使いの五十連撃と、周りでチョロついてた浮浪児改め手品師》。

 

……一つ目はまあ、多少大袈裟だが概ね事実と言っていいだろう。

大部隊ではなかったが危うく全滅だったんだからな。

 

―――問題は、残り二つだ。

内容は、百……いや一万……いや最低でも百万歩くらい譲って大目に見よう。

外から見たことをものすごい恣意的に解釈すればそうなるのかもしれないし。尾ひれが付いただけだし。

だが、だが………!これだけは譲れない!……言うぞ?俺の不満を言うぞ?

 

 

―――な ん だ こ の 名 前 !! 俺 に 恨 み で も あ ん の か !!

 

 

――以上だ。本当に声を大にして言いたい。

この世界に居る奴らは名前で俺を貶めないと気が済まないのか?そうなのか?

 

つーか浮気者て。確かに槍とか色々見せたけども。浮浪児の方が可愛げがあったぞ。不名誉過ぎる。

それに手品師とかもうペテン扱いじゃねーか失礼な。歴としたソードスキルだっての。

 

さらに俺とシリカの家、そしてキリトの家がどうやってか特定された。

早朝からキリトの方には剣士とか情報屋、俺達の家には情報屋と野次馬………。

しかもこっちの情報屋は、多分ネタを主に集めてる奴らだ。

どいつもこいつも本当に失礼だな。

 

というわけで、わざわざ転移結晶まで使ってエギルの店に逃げてきたわけだ。

キリトに訊いたら、同じ方法で脱出してきたらしい。あれを突破するのは無理だよな。だってスクラム組んでたからな。どんだけ逃がしたくねぇんだよって話だ。

 

この店の店主であるエギルは、俺達が持ち込んだアイテムを鑑定してる。

結局LAは俺が取っちまったからな。ま、売上は四人で山分けすることで話がついている。俺が独り占めするのもおかしな話だし。

んで、その山分けの一員であるアスナが時間になっても現れないんだが……すげぇ嫌な予感がする。

 

キリトに確認したところ、昨日は転移門で別れたそうだ。

それから先はどう行動するかしか知らないらしい。

今俺達がここにいることは知らせたらしいから、遅れてるのは何か理由があるんだろうが……。

 

 

「おい、キリト」

 

「ん?なんだ、カイ」

 

「少しは落ち着け。アスナが気になるのもわかるが……あいつなら大丈夫だろ。信じてやれよ」

 

 

キリトは落ち着きなくさっきからエギルに出されたお茶を飲み干しては注ぎ足し、飲み干しては……を繰り返している。

 

 

「う、うぐ……。そ、そうだな。落ち着こう、落ち着こう」

 

「そうだって。お前がそわそわしてもどうにかなるわけじゃないんだから。

なんだったらなんかして時間潰すか?こういう時はゲームがねぇのが不便だな……」

 

「いや、大丈夫だ。ありがとな、カイ」

 

「ん、そっか。いいってことよ」

 

 

キリトが本当に落ち着き、俺達は静かに待っていた。時々エギルが発狂している。そんなにいいもんあったのか。

 

 

 

 

俺達の目の前にある大きなポットが空になり、エギルの鑑定が終わったところで階段を上ってくる足音が聞こえた。

扉を開けたのは、案の定アスナだった。

 

 

「よ、アスナ……」

 

 

キリトは恐らく、遅かったじゃないか、という言葉を続けようとしたのだろうが、その言葉を呑み込んだ。

なぜならアスナは、その整った顔を蒼白にし、瞳を不安で揺らしていたからだ。

そして、二、三度唇を噛み締めた後、アスナが口を開いた。

 

 

「どうしよう、キリト君、カイ………。

大変なことに………なっちゃった………」

 

 

嫌な予感が当たった。

 

 

 

 

アスナの話を纏めるとこうだ。

 

昨日、ボス戦後にKoBのギルド本部に行ったアスナはヒースクリフにあったことを全て報告した。

その時にギルドの活動を休みたい旨も伝え、アスナは今日のギルド例会で承認されると思っていたが……。

ヒースクリフが不思議なことを言いだした。

 

『アスナ君の一時脱退を認めるなら条件がある―――キリト君とカイ君に立ち会わせてもらおう』

 

これは恐らく、奴とデュエルするということなのだろうが――。

 

 

「意味わかんねぇな。なんでアスナの脱退がそれに繋がるんだ?

しかも、奴がそんな条件を出してくることも意外だ」

 

「わたしにもわかんない……」

 

 

アスナは力なく首を振った。

ちなみに、エギルはアスナの話が始まる前に一階に突き落としている。

 

 

「それに、条件の方もそう。団長は、普段はボス攻略の作戦とかもわたし達に一任するくらいなのに……。なんでか今回に限って……」

 

 

まあ、もしかしたら『こいつを奪うなら俺を倒して行け』的なことをするつもりなのかもしれないが……しかし奴に限ってそんな……いやでもあいつ時々壊れるからな……。

 

俺もキリトも首を捻っていたが、キリトが言葉を発した。

 

 

「……ともかく、一度グランサムまで行くよ。俺が直接談判してみる」

 

 

グランサムは、KoBのギルド本部がある街だ。……俺はあの街は嫌いだけどな。

 

 

「まあ、呼ばれたなら行くのはいいけどよ……俺は基本的に口出ししねぇぞ」

 

「ん……。ごめんね、迷惑ばかりかけちゃうね……」

 

「なんでもするさ。大事な……」

 

 

と、そこで言葉を選び始めたキリトに、俺達三人の視線が突き刺さる。

 

 

「……攻略パートナーのためだからな」

 

「はぁ………」

 

「あはは……」

 

「もうっ」

 

 

俺は盛大にため息を吐き、シリカは思わずといった感じで苦笑いをする。

アスナは唇を尖らせながらも、ようやく今日初めて笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

ヒースクリフの逸話は色々あるが、特筆すべきはその防御力だ。

十字を象った一対の剣と盾も見た目からして凄そうなのだが。

俺ですら短剣装備では攻撃を耐えきれないと判断した五十七層のボス、ジェネラルキングの両手持ちの攻撃を無傷で耐えきったことからもわかるように、奴の防御力は異常だ。

あいつとデュエルすることになったら、嫌だなぁ………でも叶わない願いだろうなぁ……。

 

俺達は今、五十五層の主街区グランサムを歩いている。

この街は、《鉄の都》とも呼ばれている。

鍛冶や彫金が盛んなこの街は、街の全てが鋼鉄で作られているからだ。しかも建物のほとんどが尖塔だ。

俺は、この街の持つ冷たさがどうも好きになれない。

 

 

 

 

立ち並ぶ尖塔の間を十分ほど歩くと、一際大きな塔が目の前に現れた。

ギルド血盟騎士団の本部だな。

 

至る所――中にある物から居る奴らの行動まで――がキチッとした建物をいつまで歩くの?ってくらい歩いた俺達は、でかい鋼鉄の扉の前で立ち止まった。

 

 

「ここか……?」

 

「うん……」

 

 

キリトの質問に気乗りしない様子で答えたアスナは、意を決して扉をノックし、返事を待たずに開け放った。

 

 

「眩しっ」

 

 

開け放たれた扉から光が漏れだす。

理由は、部屋が全面ガラス張りという迷惑な仕様だったからだ。

一瞬目が眩んだじゃねーかちくしょうめ。

 

 

中央には半円形の机があり、五人の男が腰掛けていた。

左右の四人は見ねぇ顔だが、真ん中の奴はよく知った顔だ。――ヒースクリフ。やっぱ貫禄あるな。

だがなんだろう。こいつはいつもどこか観察してる感じがする。この感覚を得てから、俺の中のある仮説が主張を激しくしている。確証はねぇからまだ誰にも話したことはねぇが。

 

 

アスナは机の前まで行くと、軽く一礼した。

 

 

「お別れの挨拶に来ました」

 

 

その言葉にヒースクリフは苦笑を漏らした。

 

 

「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼と話させてくれないか」

 

 

そう言って、こちらに向き直ってくる。

……この発言からすると、こいつはキリトへの興味の方が強そうだな。

 

 

「キリト君。最強ギルドなどと呼ばれてはいるが、うちも戦力的には常にギリギリだよ。

――なのに君は、貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

 

「貴重なら護衛の人選に気を使った方がいいぞ」

 

「確かにな。あれは酷かった」

 

 

少々怒りを覚えたのか、キリトがぶっきらぼうに言った。

そしてそれには激しく同意する。奴はない。きっと現実世界でもなんかやってたな。

 

俺達の言葉に右端に座っている男が肩をいからせて立ち上がろうとしたのをヒースクリフが手で制した。

 

 

「クラディールは自宅で謹慎させている。迷惑をかけてしまったことは謝罪しよう。

しかし我々もサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかというわけにもいかない。キリト君――」

 

 

――迷惑かけられたのは俺達よりもアスナだがな。謝罪ならアスナにしろ。

 

という俺の心の声が聞こえるわけもなく、ヒースクリフの双眸がキリトを捉える。

………こいつ、俺のことも呼び出しておいて今までちらりとも見てこねぇんだがどういうつもりだ。

ちなみに、シリカもついてきている。雰囲気に押されて俺の背中に隠れ気味だが。

 

 

「ほしければ、剣で――《二刀流》で奪いたまえ。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくといい。だが、負ければ君が血盟騎士団に入るのだ」

 

 

こいつの目にふざけている感じは一切ない。

―――なるほど。こいつは俺達の戦い方が見たいわけか。

俺達の戦い方を見ることがアスナが一時的にでも脱退することと釣り合うくらいの価値がある――?

 

 

ただ勝つ自信があるだけという可能性もなくはないが……こいつはそういう人間には見えない。

そうなると、俺の仮説がどんどん現実味を帯びてくると言うか、それしか考えられないと言うか。

やはり、ユニークスキルの取得には何かしらの条件があるな?

どのクエストをクリアしたとかのシステム的な話ではなく、もっと俺達自身に関わる条件が。

そして、俺達のユニークスキル獲得に値するその条件を自身の目で見たい。

 

―――どうしよう。理由として申し分無いものができたぞ。こいつの性格にも合っている気がする。

仮説通りだと俺達が勝てる可能性が減る。というかむしろ無い。となればアスナを手放す可能性も低いわけか。

 

 

並列思考を切って思考に没頭していたらキリトの声が聞こえた。

 

 

「いいだろう、剣で語れというのなら望むところだ。デュエルで決着をつけよう」

 

 

………口を挟むつもりはなかったが、俺の仮説が正しいのかどうかの確認もできるかもしれないしな。

 

 

「ヒースクリフ、一つ訊きたい」

 

「カイ君か、なにかね?」

 

 

初めてこいつが俺の方を向いた。

…………マジでド突き回してやろうか。

 

 

「その条件、俺かキリトのどちらかがお前に勝てばアスナの一時脱退を認める、って解釈でいいのか?」

 

「君も私とのデュエルを受けてくれるならそうなるな」

 

「いいぜ、受けてやるよ。………お前も、その方が好都合だろ?」

 

 

俺は、確信を持って訊いた―――ようにヒースクリフには見えてくれたかな?

 

はたして、ヒースクリフは――。

 

 

「………そうだな。なら、君も負けたら血盟騎士団に入ってもらうぞ」

 

 

その静かな双眸に一瞬驚愕の色を浮かべ、瞬時にそれを消して宣告してきた。

俺は仮説をほぼ事実のレベルまで引き上げられたことに満足感を得ながら、それを隠して答えた。

 

 

「オッケー、了解だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルド本部から出た俺はキリトとアスナと別れ、シリカを連れてある場所に来ていた。

 

扉を開けて、中に入る。

 

 

「おーい、来たぞー!」

 

 

あらかじめメッセージを出しておいたから俺が来ることは知っていると思うが……。

 

 

「はいはーい!よく来たわね!」

 

「よっす、リズ。ちょっと頼み事があってな」

 

 

そう、俺の目的地はリズベット武具店だ。

 

 

 

 

「あははははっ!あんた達は本当に面白いことに巻き込まれるわね!」

 

 

リズが腹を抱えて爆笑している。

事情を説明したらこうなった。

 

 

「前聞いたインゴット入手の強制クエストの話もそうだけど………はー、お腹痛い」

 

「俺達だって巻き込まれたくて巻き込まれてるわけじゃねぇよ。

それに、あのワイバーンは本当にヤバかったんだからな。俺でも気を抜けば死んでた。

しかも、あれ一回だけのクエだったみたいで嘘つき呼ばわりされるし……」

 

 

……あのクエは危険だと思ったから、一応報告したんだ。

そしたら、俺達以降に行った奴らは誰もクエストが発生しなくて、俺が嘘つき呼ばわりされた。納得いかねぇ。

 

 

「まあまあ、上質なインゴット入手できたんだからよかったじゃない。

それで?依頼はなに?」

 

 

笑うだけ笑って、やっとリズが仕事の顔になった。もう少し早く戻ってほしかった。

 

 

「ああ。研ぎの依頼と、投擲用のピックとスローイングダガーを見せてくれ」

 

「研ぎの依頼ね、わかった。てかあんた、投剣スキルも持ってるの?色々できんのねぇ」

 

「あれ?俺、リズに言ってなかったっけか?」

 

 

俺は《ヴァイヴァンタル》を渡して、残りの武器も渡すためにシステムウィンドウを操作しながらリズに尋ねる。

 

 

「言ってなかった?なにを?」

 

「俺が全種類の武器を使えること」

 

「…………は?」

 

 

ガシャン。リズが《ヴァイヴァンタル》を落とした。

 

 

「ちょ、おい!短剣落とすなよ!」

 

「え?……あ!ご、ごめん!」

 

 

リズが慌てて短剣を拾い、深呼吸してから訊いてくる。

 

 

「えーっと。もう一回言ってもらえる?」

 

「俺が全種類の武器を扱える」

 

「聞いてないわよ!」

 

「言ってなかったっけ?」

 

 

隣にいるシリカに訊いてみる。

 

 

「あたしの記憶ではありませんね。

カイさんがあたしと一緒に来たとき以外にここに来たことがなければ、ですけど」

 

「ならねぇな。わり、伝え忘れてたわ。そーゆーわけだから」

 

 

俺は使っている全武器をオブジェクト化する。

 

 

「これ全部頼むわ」

 

「ちょ、多っ!?」

 

 

リズが叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「……お、終わったわよ………」

 

 

気持ち草臥れた表情のリズが工房から出てきた。

 

 

「お疲れ。リズ、これ全部リズの自作か?」

 

「本当に疲れたわよ……。そうだけど、それがどうかした?」

 

 

俺はリズから武器を受け取り、その出来に満足して上機嫌で答える。

 

 

「いや、だとするとリズは投擲用の武器は結構いいもん置いてあるんだな」

 

「んなっ、失礼な!」

 

「カイさん、それは流石に失礼では………」

 

 

シリカにまで嗜められた。

 

 

「いや、褒めてんだって。そこらに置いてある武器一応見たけど、出来っていう面ならこいつらが一番だぞ?」

 

「〜〜〜〜!!それは!あんたの基準がおかしいのよ!!そもそもあたしの武器はちゃんと人気もある………」

 

 

………リズの怒りによるシャウトは、一時間以上続いた。

 

 

 

 

 

 

 

先日開通になった七十五層の主街区は古代ローマ風の造りだった。名前は《コリニア》。

開通直後の街はいつも賑わうが、今日は一大イベントがあるせいかいつもより喧騒が凄まじい。

 

街は四角く切り出したブロックを積んで造られていた。白い石壁が美しい光沢を放っている。

神殿のような建物や広い水路と並んでこの街の名物になりそうなものが、今俺達の目の前にあるコロシアムだ。

うってつけってことで、俺達のデュエルはそこで行われることになったのだが―――。

 

 

「………おい、アスナ」

 

「…………………」

 

「………なんだこれは」

 

「さ、さあ………」

 

 

俺達の視界内では、入り口付近で商人プレイヤーが、長蛇の列を作る見物客に怪しげなものを売っていた。

俺が聞き取れたのは、火噴きコーンと黒エール。火噴きコーンってなんだ。

 

俺の怒りの混じった声に、アスナは冷や汗を流しながら答える。

そして、キリトも気づいたようで声を上げた。

 

 

「おい、あそこで入場チケット売ってるのKoBの人間じゃないか!?

なんでこんなイベントになってるんだ!?」

 

「さ、さあ………」

 

 

そう。KoBは明らかに見世物にしていた。

 

 

「はぁ……。ま、広まったもんはしょうがねぇ。この怒りはヒースクリフに叩き込むわ」

 

「そ、その意気です、カイさん!」

 

「でもこれ、誰の仕業だ?」

 

「あ、多分経理のダイゼンさん……あの人しっかりしてるから」

 

 

俺の呟きを聞きつけたアスナが答えをくれた。でもよ――。

 

 

「これはしっかりじゃなくてちゃっかりだろ」

 

「あはは、かもね。……あ、ダイゼンさん」

 

 

顔を上げると、左右の幅が前後の幅とほぼ一緒の男が歩いてきた。

―――端的に言うと、デブだ。

 

 

「いやー、おおきにおおきに!」

 

 

そのデブが笑みを浮かべて腹を揺らしながら声をかけてきた。

 

 

「キリトはんとカイはんのおかげでえろう儲けさせてもろてます!

あれですなぁ、毎月一回くらいやってくれはると助かりますなぁ!」

 

「ざけんな!!」

 

「誰がやるか!!」

 

「ささ、控え室はこっちですわ。どうぞどうぞ」

 

 

俺達の叫びを完璧に無視して、のしのしと歩いて行く。

俺達は脱力しながらついて行った―――。

 

 

 

 

控え室は闘技場に面した小さな部屋だった。

キリトは別の部屋だ。

 

俺は立ち去ろうとしているダイゼンを呼び止める。

 

 

「おい、デブ」

 

「こらまたデブとは直球ですなぁ。どないしました?」

 

「お前みたいな抜け目ない奴、デブで十分だろ。

ヒースクリフの控え室はどこだ?」

 

「カイはんやと不思議と嫌な気持ちになりまへんなぁ。

ここの三つ隣ですわ。なにしに行かれるんで?」

 

「ちょっと訊いておきたいことがあるんだよ。

助かった、もういいぜ。オッズの調整しに行くんだろ?」

 

「おお、そうでしたそうでした。ほな」

 

「ああ」

 

 

ダイゼンが出て行ったのを見届けて、シリカに向き直る。

 

 

「さて、俺はこれからヒースクリフのとこに行ってくるけど、シリカはどうする?」

 

「あたしはここで待ってます。そんなに時間かかりませんよね?」

 

「ああ、すぐ終わる。なら待っててくれ」

 

「はい。いってらっしゃい」

 

「おう、行ってくる」

 

 

俺は控え室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ヒースクリフ、ちょっといいか?」

 

 

俺は控え室の扉を開け放つや否やそう言った。

 

 

「………君はノックという言葉を知っているかね?」

 

「ヒースクリフ、ちょっといいか?」

 

「………何の用かな?」

 

 

よし。選択肢を間違えると永遠に繰り返される質問攻撃が効いた。

これにはさすがのヒースクリフも太刀打ちできないか。

 

 

「あの時のじゃんけんで、戦う順番は決まったが、他の取り決めをしてなかったと思ってな」

 

「ふむ。なにかあったか?」

 

「ああ。俺はお前達のデュエルを見ていていいのか?」

 

「…………それは」

 

「それは………?」

 

「それはできれば〜☆やめてほしいって言うかぁ〜☆」

 

「…………お前、時々壊れるよな」

 

「何のことかな?」

 

「いやだから、お前時々壊れ――」

 

「何のことかな?」

 

「………いや、いい」

 

 

くそっ、さっきのをやり返された。やるな、こいつ。

 

 

「やっぱり観戦しないほうがいいか?」

 

「私の手の内が知られてしまうことになるからな。それでは面白くない」

 

「わかった。闘技場の入り口付近で待機しているが、お前達のデュエルは見ないことを約束する」

 

「そうしてもらえるとありがたい」

 

 

そこで、試合開始のアナウンスが聞こえてきた。

 

 

「おっと、もうか。早いな。試合前の時間を奪っちまって悪かったな。行ってくれ」

 

「うむ。君とのデュエルを楽しみにしている」

 

「キリトに勝つのは前提か?それは傲慢ってもんだぜ」

 

「貴重な人材を手放す気はないのでね」

 

 

そう言い残し、ヒースクリフは控え室を出て行く。

俺もシリカと合流してから行くか。

 

 

 

 

 

「お、アスナ。キリトはどうだ?」

 

「あ、カイ。うん、互角に見える」

 

「へぇ、流石キリトだな。あの聖騎士と互角か」

 

 

聖騎士ってのはヒースクリフの数ある二つ名の一つだ。

 

 

「え?カイは見ないの?」

 

「ああ、さっきヒースクリフと約束してきた。俺は観戦はしない」

 

 

シリカと手を繋いで和んでよう。

 

壁際に座り、シリカと手を繋いでくつろぐ。

 

 

「カイさん……」

 

「ん、どうした?」

 

 

目を閉じてのんびりしているとシリカが話しかけてきた。

 

 

「無理はしないでくださいね」

 

「……ああ、あんな化け物相手に無理するほど頑張るつもりはねぇよ。

実際、この勝負の意味は無くなりかけてるしな」

 

「え?それはどういう―――」

 

 

その瞬間、ワアアアアアーッ!という歓声が聞こえてきた。勝負が着いたようだ。

 

アスナが駆け出して行った。

 

 

「――終わったみてぇだな。しかもアスナのあの慌てよう、キリトが負けたか。

シリカ、この勝負はアスナが一時脱退したいってことを発端に始まってる。でもこの勝負、キリトはあっさり受けたよな?俺は、キリトが無意識の内にアスナと一緒にいたいと思ったからだと思ってる。

ということは、勝っても負けてもキリトの目的はある意味すでに達成してるんだ。だから、俺が無理することはねぇよ」

 

 

そう言うと、シリカは安心してくれたのか笑顔を向けてきた。

 

 

「安心できたか。なら、行ってくる」

 

「はい」

 

 

俺はシリカに手を振り、闘技場へと歩き出す。

 

 

 

 

 

「よ、キリト。どうだった?」

 

「………勝てなくはない。というか、俺は最後に『抜けた』と思った」

 

 

途中すれ違うキリトに声をかけてみたが……『抜けた』と思った?キリトが?なら――。

 

 

「なんで負けてんの?」

 

「最後、ヒースクリフの動きが速くなった。あれはプレイヤーには無理な気がするけど……」

 

 

……それって。

 

 

「キリト、それが起きたタイミングは?」

 

「本当に勝った、攻撃が抜けたと思った瞬間だ。

もう少しで五割になるって時に決まりそうになって……止められた」

 

 

……そうか。やっぱりそうだったか。

 

 

「そうか。あと、あいつ試合中になんか言ってたか?」

 

「………素晴らしい反応速度だなって言われたな」

 

「……そうか、反応速度か……」

 

「カイ?」

 

「ん、了解。後は俺に任せてゆっくり休んどけ。勝てるかはわかんねぇけど」

 

「ああ。気をつけろよ」

 

「おう」

 

 

キリトはアスナに軽く支えられて闘技場を後にした。

俺はそれを見届けてから、ヒースクリフの待つ中央に向かう。

 

 

――それにしても、反応速度、ね。

 

 

 

 

 

「よっす。大分追いつめられたらしいな」

 

「………不覚だ」

 

「俺も似たようなことする気満々だからその前に倒せるように頑張ってくれ」

 

「………速攻で倒してみせる」

 

「頑張れ。つーか、あれはいいのか?」

 

 

そう言って俺が指差した先には、「斬れー」「ぶっ殺せー」「潰しちゃえー」などと物騒なことを口走る侍風のオッサンと、濃い色の肌の巨漢ハゲ、ピンクの髪の女子が居た。

最前列という目立つ位置で何言ってんだあいつら。

 

 

「気にしたら、負けだよん♪」

 

「……………お前の口調もな」

 

 

その言葉を最後に、俺達は十数メートル離れる。

 

奴がウィンドウを操作し、俺の目の前にデュエル申請が現れる。

初撃決着モード。もちろん受諾。

カウントが始まる。俺は短剣を引き抜いた。

 

 

――さあ、ほぼ確信してるが、見せてもらおうか、お前が()()なのかどうか――!

 

 

雑音は聞こえなくなり、目の前の相手に極限まで集中する。

 

こいつ相手には()()で行こうか。

 

 

 

 

 

見ずともわかるカウントが零になった瞬間に俺は飛び出した。

ヒースクリフも同タイミングで突っ込んでくる。

 

俺の攻撃は、恐らく奴にはほとんど通らない。

そもそも、リーチが違いすぎる。

なら、俺が取るべき行動は―――。

 

 

「ぬんっ!」

 

 

奴が突き出してきた十字の鍔を持つ長剣が、俺のいた空間を通過する。

俺は長剣の下に深く潜り込み、ヒースクリフの脇腹を斬り裂こうとする。

この位置関係と相手の体勢なら、盾で防御することはできない。

 

 

「はっ!」

 

「ふんっ!」

 

「ちいっ!」

 

 

俺は左手を地に添えて全力で突き出し、横っ飛びで回避する。

こいつ、無理矢理長剣を引き戻して斬りつけてきやがった。やむを得ず攻撃を中断する。

 

 

「なんだお前、あの体勢から剣引き戻せるのかよ」

 

「今のは危なかったがな」

 

「はっ、そんな澄ました顔した奴に言われても、な!」

 

 

俺は飛び出して短剣スキルを使う。

俺の相棒とも言えるソードスキル、《アーマーピアス》。

奴の盾の十字目掛けて短剣を突き出す。

さあ、その盾の強さを見せてみろ――!

 

 

「ッ!堅すぎんだろ!」

 

 

ガァァァンッ!と音を響かせ、《ヴァイヴァンタル》が弾き返される。

 

マジ堅ぇ。ダメージが少ししか抜けなかった。

 

 

「君の方こそ、威力が凄まじいがねっ!」

 

 

ヒースクリフがソードスキルの輝きを纏った長剣を突き出してくる。

ギリギリで《アーマーピアス》の硬直が解け、身を屈めて回避する。

瞬時に体勢を立て直し、連撃を捌き続ける。

 

―――うーん、キリトに比べると少し遅いか?長剣でしか攻撃してきてないし、対処できなくはないな。

 

奴の長剣から輝きが消えると同時に踏み込み、攻撃までのラグと直後の硬直が一番短い技を使う。

 

 

「チェンジ!《ショート》・トゥー・《ボウス》!」

 

 

《ヴァイヴァンタル》が紺色の輝きを纏い、ヒースクリフの剣を真上に弾く。

大きく開いた右脇腹に、紺色に輝く両手剣が襲いかかる!

 

 

「ぬおっ!」

 

 

硬直が解けたらしいヒースクリフが、軌道上に無理矢理盾を捩じ込む。

体勢を崩してまで防御に回ったせいで、ヒースクリフは大きく吹き飛ばされた。

 

俺はその隙に、ウィンドウを操作。

武器を《クイックチェンジ》の対象に設定しておいた《ヴァイヴァンタル》に変える。

 

 

そういえば、クイックチェンジの説明は簡単にしかしてなかったな。

装備変更ってのは、結構面倒なんだ。

ウィンドウを開き、装備フィギュアの右手or左手セルをタップ、表示されるオプションから《装備変更》を選択、さらに表示されるストレージ窓から目的の武器を探し出し、選択してOKボタンを押すという五工程を経る必要がある。

さらに俺の場合は、選択している武器スキルも変更しなくちゃいけない。

それを合わせると六工程だ。

 

しかし、クイックチェンジなら、ウィンドウを開き、ショートカットボタンを押す、の二工程で終了する。

武器スキルの変更なんて一秒もあれば終わるので、大した問題はない。

この三工程の差は大きい。

 

しかも俺にとっては、《簡易変更》の制限にも使えるとなっちゃあ、最高の使い勝手だ。

これで、俺はほぼ常に自分の最強装備である《ヴァイヴァンタル》で戦うことが可能になったわけだ。

《簡易変更》の行き先を《ショート》にした場合は《キリング・デストロイ》が出てくるが、まあいい。

いつでも《ヴァイヴァンタル》を引き出せる方がいいからな。

 

 

 

「さて、仕切り直しだな」

 

 

俺は武器スキルを変更してヒースクリフに話しかける。

奴は、険しい顔をしていた。

 

 

「どうしたよ?」

 

 

油断なく構えながら訊いてみる。

向こうも油断なく構えながら訊き返してきた。

 

 

「うむ……。カイ君、先ほどのソードスキルは《アーマーピアス》で合っているかな?」

 

「あってるぞ。それがどうかしたか?」

 

「いやなに、威力が想像以上だったものでね。あれは短剣スキルの基本スキルだろう?それにしてはもの凄い威力だった」

 

「かの聖騎士様にお褒め頂けるとは。あの技は俺が一番使ってる技だ。ブーストもこれ以上ないってくらい掛けれる」

 

「……なるほどな。短剣一本で私とあんな攻防をできるのは君くらいのものだよ」

 

「だろうな。俺以上の奴がいるなら会ってみたいもんだ。じゃあ、行くぞッ!」

 

 

様子見は終わりだ。

 

俺が駆け出すのと同時に奴も駆け出してきた。

盾を前面に構えて、剣の様子を俺に見せない。

仕方ない。少なくとも、右に回り込めば剣の初動が見えなくても対処できるだろう。

 

俺が右に移動しようとした時―――奴が盾を動かした。

その行動に俺の警戒が一気に高まり、横移動を止める。

 

ヒースクリフは盾を水平に構えて突き出してきた。

その先端は、純白のライトエフェクトを纏っている。

まさかと思ったけど、やっぱりか――!

 

 

「うらぁっ!」

 

 

俺は、短剣スキル四連撃技《リターン・クロス》を使う。

下からの鋭い斬り上げがヒースクリフの盾を跳ね上げ、全く同じ軌道で斬り下ろされた短剣が盾を弾いて押し込む。

さらにシステムに動かされる右手を自分でも手伝い、規定の倍近い速度で右に構えられた短剣が左に向かって奔る。

それを突き出そうとしていた長剣を立てることで辛うじてヒースクリフが受ける。

翻って右に戻る短剣の一撃にもしっかり耐えきり、硬直するはずの俺に対して攻撃に移ろうとするヒースクリフの顔が、俺の言葉を聞いて引き攣った。

 

 

「チェンジ。《ショート》・トゥー・《ロング》」

 

「くっ!」

 

 

俺の《ヴァイヴァンタル》が再び紺のライトエフェクトを纏い、ヒースクリフに迫る。

 

――どうだ?このタイミングなら絶対に回避不可能だ。お前の盾は頭の上にあって、長剣は右に開こうとしている。先ほどのスピードから考えると、こちらの攻撃速度的にギリギリ間に合わない。

しかも、俺の狙いは顔。急所だ。この一撃が通れば、お前のHPは五割を下回る。使うなら、今しかないぞ――――

 

 

 

―――その時、()()()()()()

 

ほんの一瞬、奴を除いた世界が止まる。

そして、奴の頭上にあった盾が眼前に構えられ、再び時が動き出す。

 

 

ギャァァン!と、今までで一番激しい音を響かせて短剣が止められる。

俺の攻撃はまだ続くが、それはほとんど意味を成さないだろう。

短剣が掻き消え、俺の手に片手剣が現れて鋭く振り下ろされる。

しかしその一撃は、どっしり構えられた盾に阻まれ、完璧に防御されたために長い硬直に陥る。

 

いつもの《簡易変更》より長い硬直で動けない俺に、ヒースクリフの長剣が突き入れられた。

 

 

 

デュエル終了のウィンドウが開き、周りの歓声が聞こえてくる。

 

俺の身体から険しい表情で長剣を引き抜くヒースクリフに、俺は話しかけた。

 

 

「おい、後でお前の部屋に行くから居てくれよ。話がある。

どうせ、俺達にこれからのこと伝える必要があるだろ?その後にでも」

 

「………了承した。それにしても、よく私の盾の攻撃がわかったな。

初見の者は、何もできずに攻撃を受けるか、先ほどのキリト君の様にギリギリ反応して受けとめるか、回避するかなのだが。

反撃までされたのは初めてだよ」

 

「へぇ、キリトはそうやって対処したのか。

俺はあんたの一挙一動まで見てたからな。盾が動き始めた瞬間に、警戒してたよ。

武器防御スキルなんてものがあるんだ。ユニークスキルなら盾で攻撃できても不思議じゃない」

 

「……見事だ。それに最初の攻防も見事なものだった。

私の攻撃をしっかり見極め懐に入り込むだけでなく、私の反撃も見て負けると瞬時に判断し回避した。

さらに言えば、最初の変更で両手剣を選択したのは私に距離を取らせるためだったのだろう?

素晴らしい状況判断能力だ」

 

「お、そこまでバレてたのか。ま、そうだな。それも狙ったな。

――そろそろ戻るか。じゃ、後でな」

 

「――うむ。団長室で待っている」

 

 

そう言葉を残して、ヒースクリフは控え室へ消えて行った。

 

 

 

「カイさん!」

 

「お、シリカ。悪いな、負けちまったよ」

 

「そんなことはどうでもいいんです!それより、大丈夫ですか!?」

 

 

闘技場を出ると、心配そうな瞳をしたシリカが待っていた。

手を引いて歩きながら、質問に答えることにする。

 

 

「ああ。大丈夫だ。これからヒースクリフに会いに行ってくるから、どっかで待っててもらうことになるけど……」

 

「心配なので、一緒について行きます。と言っても、部屋には入れないでしょうけど……」

 

「そうか、わかった。なら、キリト達と合流して、さっさと行ってさっさと帰ろうか」

 

「はい。……あたしも血盟騎士団に入れないのかな……」

 

「んー、入りたいなら俺が訊いておこうか?どうせ団長様に会いに行くんだし」

 

「あ、ぜひお願いします!」

 

「あいよ。ダメだったら、ごめんな。でも、できたらいいな。そうすれば一緒に居られる」

 

「はい、そうですね!」

 

 

シリカの顔が笑顔に戻った。

うん、可愛い子は笑ってるのが一番だ。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

キリトと合流して場所は団長室。

 

そこで、俺達はヒースクリフと向かい合っていた。

シリカとアスナは部屋の外で待ってる。

 

 

「さて、私は君達二人に勝利したわけだが……」

 

 

……うわ、やべぇ。この言い方ムカつく。

 

 

「君達には約束通り、血盟騎士団に入ってもらう。

だが、いきなり今からというのも大変だろう。二日の準備期間を与える。

それで準備を終え、三日後から攻略に参加してくれ。以上だ」

 

「話は終わりか?」

 

「うむ」

 

 

ヒースクリフに確認を取る。

―――ここからは、別の話だ。

 

 

「そうか。なら、キリトは先に戻っててくれ。俺はちょっとこいつに話がある」

 

「話?話ってなんだ?」

 

「シリカが血盟騎士団に入りたいって言ってくれてな。

嬉しいし無碍にするわけにもいかないから、ちょうどいいからこいつに訊いておこうと思って。

どうだ、すぐ終わりそうか?」

 

 

俺の意思を読み取れと言わんばかりの眼力でヒースクリフを睨みつける。

それが伝わったのか、

 

 

「――うむ、長くなるな。少なくとも待っている人間がいれば手持ち無沙汰にはなるだろう。

なら、キリト君は退室したまえ」

 

「うーん、そういうことならわかった。じゃあな、カイ。お疲れ」

 

「おう、お疲れ。悪かったな、勝てなくて」

 

「それは俺もだ」

 

 

苦笑いを残して、キリトは部屋を出て行った。

 

 

「さて、と。シリカの血盟騎士団入りは可能なのか?」

 

「いや、難しいだろう。システム的には簡単だが、ここは手順が面倒だ」

 

「おいおい、団長。それは言うなよ」

 

「事実だ。さっさと本題に入りたまえ」

 

「はいはい、了解しましたっと。んじゃあ、本題だが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、カイさん。長かったですね」

 

「ああ、シリカ。悪い、待たせちゃったな」

 

「いえ。それで、どうでした?」

 

「話を聞いた限りだと、かなり面倒だな。ここの入団試験が厄介だ。

シリカの実力なら入るのは簡単だと思うが、如何せん時間がかかる。その間拘束されるのも嬉しくないな。

どうしても入りたいならやってもいいと思うが……一緒の家に住んでるし、俺達の攻略パーティーを俺、キリト、アスナの三人で組ませることを了承させてきた。そこに混じって一緒に攻略できるようにはした。

俺的にはこうなっちまった以上、それがベストだと思うんだが………どうだ?」

 

 

シリカは数秒考え込んで、ニッコリ笑って言った。

 

 

「…………そうですね。決まりです、そうしましょう!」

 

「おし、そうと決まれば帰るか」

 

「はい、帰りましょう!」

 

 

俺達は手を繋いで、ホームに帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日の夜。

 

何となしに自分のウィンドウを見た俺は、驚愕した。

 

 

「なんだ、この()()()は―――!?」

 

 

 

 

 

―――《()()()》スキル。

 

そんなものが、俺のソードスキル欄に出現していた。

 

 

 





というわけで、決闘はヒースクリフの勝利!
流石、血盟騎士団団長は違うね(棒)

カイの話とは何なのか(棒)

そしてカイに宿った新しいソードスキル、《双短剣》スキルとは一体―――!?(迫真)
まあ、しばらくは明かされませんが。

次回は原作に則って、奴が動く!
乞うご期待!

感想等ありましたら、どんどんくださいね。
お願いしまーす。




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第十七話 KoBでの活動と因縁

ご無沙汰してます、gobrinです。

最近めっちゃ忙しくてハーメルンのサイトを開く事すら出来てませんでした。

やっと投稿できました。

今回は、皆大っ嫌いなクソ野郎が出てきます。
カイがどう対応するのか、お楽しみに。

では、どうぞ。


二日間の準備期間の二日目。

 

俺とキリトは、エギルの店の二階で衣替えをしていた。したくなかったけどな。

 

 

「なんじゃこりゃあ!?」

 

「うへぇ………何この自己主張激しい服……」

 

「何って、見た通りよ、キリト君!あとカイ、文句言わない!さ、立って!」

 

 

俺達は、アスナに無理矢理着させられていた。言うまでもなく、KoBの制服だ。

白の生地に、両襟に小さく背中には大きな真紅の十字模様が存在している。

ものすっごい脱ぎたい。今すぐ脱ぎたい。これを着ていたくない。俺は落ち着いた色っつーか紺色が好きなんだよ!

 

 

「……俺、地味目な奴って頼まなかったっけ……」

 

「……俺もそう伝えたはずなんだが」

 

「これでも十分地味な方よ。うん、似合う似合う!」

 

 

俺とキリトの苦情を一蹴し、(キリトを)褒めるアスナ。

………俺、帰っていいっすか?

 

しばしの間、キリトが椅子に腰掛けアスナがその肘掛けに座って微かな桃色空間を作っていたが、アスナが何かを思いついたかのように手を叩いた。

 

 

「あ、そういえばキチンと挨拶してなかったね。これからギルドメンバーとしてよろしくお願いします」

 

「おー、よろしく、副団長様」

 

 

キリトが背筋を伸ばしている隙に軽く挨拶を済ませる。

俺とアスナの関係だったらこんなもんだろ。

 

俺の後にキリトも続いた。

 

 

「よ、よろしく。……と言っても、俺はヒラでアスナは副団長様だからなぁ」

 

 

キリトはわざとらしく何か言いだし、

 

 

「こんなこともできなくなっちゃったよなぁー」

 

「ひやあ!」

 

 

アスナの背中を人差し指で撫でた。

アスナは飛び上がり、キリトの頭をポカリと叩く。

 

 

「………俺もいるのにいちゃつくなよ。今日の用は済んだろ?俺は帰るな」

 

「あ、うん。明日からよろしくね」

 

「カイ、サボるなよ」

 

「キリトは俺のことを何だと思ってんだ?まあいい。

明日行く時間をメッセで教えてくれ。一緒に行こうぜ」

 

「うん、そうしましょう。じゃあね」

 

「おう」

 

 

俺はエギルの店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

 

あの目立つコートを羽織り、キリト、アスナと合流してグランザムに向かった。

今日から攻略と言っても、ヒースクリフに約束させたため俺達のパーティーは決まっている。そこまで気負うことはない。

 

 

―――と、思っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

「はぁ?訓練?」

 

「そうだ。私を含む団員五人のパーティーを組み、ここの迷宮区を突破して五十六層の主街区まで到達してもらう」

 

 

ギルド本部に着いた俺達を待っていたのはそんな言葉だった。

 

 

俺達に話しかけてるのは髭もじゃのおっさん。前ヒースクリフと会った時にいた四人の内の一人だ。

ゴドフリーという名前の斧戦士らしい。

 

アスナが食って掛かろうとしたのを止めて、訊く。

結構ご立腹みたいだからな。落ち着けっての。

 

 

「なんでまた?」

 

「実際時の攻略パーティーについてはいいが、一度はフォワードの指揮を預かるこの私に実力を見せてもらわねば。

たとえユニーク使いと言えども、使えるかどうかは別だからな」

 

「………なあ、あんた、ゴドフリーだったよな?」

 

「………言葉遣いがなってないが、それはまあいいとしよう。なんだ?」

 

「俺達とヒースクリフの決闘見てないのか?あれを見ててそんなこと言ってんだったら神経疑うが」

 

「………私は、あのような見世物は好かん。故に、見ておらん」

 

「ふーん、そうか。なら、デュエルじゃダメなのか?」

 

 

まあ、ダメって言うだろうがな。

 

 

「私が見たいのは実力だけではない。攻略に使えるかどうかも見たいのだ。そんなこともわからないのか?」

 

 

…………いや、わかってますよ?なんだこの髭達磨。腹立つな。

 

 

「そーかい、よくわかったよ。ただ、こんなゴミみたいな階層で俺達の力を正しく測れるとも思えないけどな。

キリト、行こうぜ。こういう手合いには何言っても無駄だ。早く行って早く終わらせる方が賢い」

 

「ああ、そうだな。一気に突破するけど構わないよな?」

 

 

俺達がそう言うと、ゴドフリーは鼻を鳴らして部屋を出て行った。

 

 

後ろでアスナがキレてるのをキリトが宥めているのをBGMにしながら、シリカにメッセージを送る。

 

 

『シリカ、悪い。なんか訓練するとか言われた。強制的になもんで行くしかない。

迷宮攻略はすぐには無理だ。どうにかして時間潰しててくれ。埋め合わせは今度するよ』

 

 

返信はすぐだった。

 

 

『わかりました。強制じゃ仕方ありません。ちょっと下の層でピナと遊んでますね。

埋め合わせ、楽しみにしてます!最近時間があまり取れてないから、デートがいいです!ご検討、よろしくお願いします!

訓練頑張ってくださいね。シリカより』

 

 

ふむ、埋め合わせをどうするか考えながらやってりゃ訓練なんてすぐ終わるか?

 

 

 

そして、集合場所に指定されたグランザム西門で俺達はさらなる驚愕に襲われた。

ゴドフリーの隣に、ストーカーの野郎が立っていたんだ。………こいつの名前、なんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、髭。これはどういうことだ」

 

 

呆然としているキリトより先に回復した俺は、ゴドフリーを問いつめた。

 

 

「うむ、君らの間の事情は理解している。だが、これからは同じギルドの仲間。

ここらで過去の争いは水に流してはどうかと思ってな!」

 

 

………こいつは馬鹿なのか?人間関係のいざこざなんて、そう簡単に解消されるわけがないだろう。

たとえ今謝ったとしても、腹の中で何考えてるのかわかったもんじゃねぇぞ?

 

そんなことを考えていると、ストーカーがトロい動作で進み出てきた。

そして、身構える俺達を前に突然頭を下げた。

 

 

「………先日は……ご迷惑をおかけしまして……」

 

 

聞き取りづらい声でボソボソと謝辞を連ねる。

誠意が欠片も感じられねぇ。ここまで来るとすげぇな。

 

 

「……二度とあのような真似はしませんので……許していただきたい……」

 

「あ……ああ……」

 

 

唖然としたキリトが頷いた。

どう見ても状況に押されたとしか思えない。

 

 

ゴドフリーが、俺にも何か言えと言うように目を向けてくる。

 

 

「俺は、KoBの連中と―――特に、てめぇと馴れ合うつもりはない。

てめぇに頭下げられたところで何も感じないし、興味もない。

心のこもってない謝罪をするのは勝手だが、俺に反応を求めるな」

 

 

俺は、俺の思うままを言った。

どうせ、はなからKoBの連中を頼るつもりはない。

こいつらにどう思われようと知ったことか。

それに、こいつが何か企んでた場合、その対象をできるだけ俺に向けておく必要がある。

こいつをボコボコにしたのは俺だから恐らく大丈夫だとは思うが、ヘイト値を溜めておくに越したことはない。

本当に改心してたならその時はその時だ。俺がこいつに嫌われるだけ。何の問題もない。

 

 

「な、き、貴様!謝っている相手に向かって何という態度だ!クラディールに謝罪せい!」

 

 

ああ、こいつの名前クラディールだ。どうでもいい奴の名前を思い出しちまった。脳の容量の無駄遣いだな。

 

 

「うるせぇよ、脳筋髭達磨。人間ってのはそう簡単に割り切れるもんじゃねぇんだよ。

お前らが俺のことをどう思おうと好きにしろ。その代わり、俺に強制するな。

この訓練は参加してやる。だが、俺自身のことに関してお前らの考えを押し付けんじゃねぇ」

 

 

ゴドフリーに向かって吐き捨てる。

 

俺は、こっちに自分の考えを押し付けてくる奴は嫌いなんだ。そういう人間には碌な奴がいねぇからな。

 

ゴドフリーが憤慨している時に、もう一人のメンバーがやってきた。

 

 

メンバーが揃ったところでキリトが歩き出そうとするが、ゴドフリーが止めた。

 

 

「待て。今日の訓練は実戦に近い形で行う。危機対処能力も見たいので、結晶アイテムを預かる」

 

「………転移結晶もか?」

 

 

キリトが心底嫌そうに答える。

俺も全くの同感だった。結晶アイテムが手に入るようになってからは、それらが生命線だったからな。

 

 

「なに言ってんだ?実戦形式だっつーんなら、余計に結晶アイテム持ってなきゃダメだろ。

どういうタイミングで結晶を使うのか、正しい判断するのも実戦のうちだろ?」

 

 

俺の反論に、ゴドフリー――いや、髭達磨は舌打ちで答えた。

 

 

「チッ……。これだから実戦を知らない若造は……。結晶なんかに頼っとるから、いざと言う時アクシデントに対処できんのだ。

それに、今は私がリーダーだ。私の言うことに従ってもらおう」

 

 

………は?何言ってんだこの髭?お前の十倍は実戦経験積んでるってーの。

しかも自分がリーダーだから従えって……理論的な返しですらねぇし。

これは、一度従ったフリして補充しなおすのが正解かな。

 

 

「ケッ、わーったよ。渡しゃいーんだろ渡しゃあ。ホラよ。ポーチにも入ってねぇよ」

 

「ふん、最初から素直に渡しておればよいのだ。さあ、残りのお前達も早く」

 

 

偉そうに鼻を鳴らした髭は、他の三人にも催促する。

キリトは少し渋っていたが、ストーカーが渡しているのを見て、渋々渡していた。

 

 

「うむ、うむ。では行こう。出発だ!」

 

 

髭は満足そうに頷いて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

迷宮区までの道のりは、キリトが速攻で敵を倒していた。

 

俺は、機を伺っていた。三人とも、戦闘中はキリトに気を取られて俺の行動に気づいていない。

ついてきているのがわかっているからいいようで、俺が変な動きをしてもこちらを気にしないのは確認済みだ。

 

 

 

――そして、迷宮区までの道のりを四分の三程来たところで。

 

……よし、きたぞ。敵がそこそこ多い。キリトなら瞬殺だが、それでも十数秒かかるだろう。

だが、援軍を求めるほどでもない。これなら、戦闘終了まで少々時間がかかりつつ、誰も俺のことを気にしない時間が長めに取れる。

この隙に――!!

 

俺は素早くメニューウィンドウを操作し、アイテムストレージを開いた。操作音も戦闘音に掻き消されている。

常日頃から、結晶アイテムをストレージの一番上に持ってきていたのが幸いした。

一瞬で解毒結晶、回復結晶、転移結晶を二つずつオブジェクト化して、ポーチにしまう。誰にも見られてない。これでひとまずは安心だ。

 

キリトが戦闘を終えて戻ってくる。ハイタッチを交わし、健闘を称える。

 

 

「お疲れキリト」

 

「この程度じゃ、全然疲れないけどな。早く終わらせたいよ、まったく」

 

 

キリトも、アスナとの攻略を邪魔されたとか、結晶を取られたとかで色々気が立っているみてぇだ。

いつもに比べて、発言に棘がある。

 

 

「……うむ。そろそろ迷宮区の入り口だ!そこで昼休憩とする!もう少し頑張るように!」

 

 

俺達の嫌味を完全に無視し、髭達磨が声を張った。

……頑張るほどじゃない、っていうのは言ってもいいことだろうか?ま、空気読んで止めとくけど。

 

 

 

髭が言っていた場所に着くと、皆思い思いの場所に座った。髭が昼食を投げ渡してくる。

喉が渇いていたのか、俺とストーカー以外の三人が水を飲んだ。

俺は、シリカの飯が食べれなかった苛立ちが半分と、ストーカーへの警戒心が半分で様子を見ていた。

キリトが水を口にしたのを見て、ストーカーの口の端が吊り上がる。

 

―――やっぱりか!

キリトが慌てて水を吐き出そうとする。

だが、一瞬遅く、三人が水の入った容器を地面に落とす。

俺は予想していたとは言え、その音に一瞬気を取られてストーカーから目を離してしまった。

 

 

「ヒィヤッハァッ!」

 

「なっ!?」

 

 

その隙を突かれて、俺は奴の攻撃を受けてしまった。腕にピックが刺さっている。

身体が動かなくなる――麻痺毒か!

HPバーを見ると、麻痺状態を示す緑色の枠に囲まれていた。

 

くそっ、しくじった!奴は、念のために麻痺毒を塗ったピックも用意していたのか!

しかも、これ―――!

 

 

「くく、気づいたか?」

 

 

俺が驚愕に目を見開いたのがわかったのか、奴が満面の笑みを浮かべる。

 

 

「ああ、聞いたことがある。―――これは、持続型麻痺毒だな?」

 

「はっ、物知りだなぁ!そうだ!そいつはピックに塗られた毒がなくなるか、ピックが抜けるまで麻痺を与え続ける毒さ!

しかも、ピックが抜けても毒は普通に続く!これで、一番厄介な奴は封じた!」

 

「お前、それどこで手に入れた?まさか、ラフコフか?」

 

「お、鋭いな……。そうさ、この麻痺テクと貴様に使用した毒は、そこで手に入れたモンだ……。

ま、首洗って待ってろよ。しっかり殺してやる」

 

 

俺に嬉しそうに講釈を垂れた後、意気揚々といった様子でゴドフリーの下へ歩いていく。

――って、あの髭、俺が時間稼いでやったのに解毒結晶使ってねぇのかよ!どこまで脳筋なんだ!

 

 

「ゴドフリー、何してる!速く解毒結晶を使え!」

 

 

キリトが叫ぶが、もう間に合わねぇだろう。……今ストーカーが、髭が取り出した結晶を蹴り飛ばし、ポーチに入っていた結晶も懐に入れた。

くそっ、あんな奴でも死なせたいわけじゃねぇってのに!身体が、動きづれぇ。

 

 

「んぐぐぐぐ……」

 

 

俺が必死にピックを取ろうとしている中、ストーカーはゴドフリーに両手剣を突き刺す。

 

 

「よぉゴドフリーさんよぉ!!アクシデントには対応できたかァ!?」

 

「やめろ、クラディール……一体どうしたんだ!?」

 

「ハッ、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが筋金入りだなぁオッサン!!この状況で理解できねーんならそのまま死ねぇ!!」

 

 

ストーカーが、剣を抜いて、刺す。

 

 

 

「ヒャハハハァッ!シナリオはこうだ!

俺達のパーティーは荒野で犯罪者プレイヤーに襲われぇ!」

 

「ぐわぁああ!」

 

 

引き抜いて、もう一度。

 

 

「応戦するも奮闘虚しく四人が死亡ぉ!」

 

「うぉぉおおおお!」

 

「ゴドフリー!」

 

 

キリトが叫ぶ。

今の一撃がクリティカルだったのか、今までより大きくHPバーが削れ、一ドットも残さずに消滅した。

ゴドフリーが、殺された。もう奴は戻ってこない。

くそが、ピックが腕に刺さってるせいで抜くのが至難の業だよこの野郎!

 

 

「俺一人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたぁ!」

 

「うわぁぁあああ、やめてくれぇ!」

 

 

もう一人のKoBの奴が刺された。俺の動き的に助けられそうにねぇ。

 

 

「ちっくしょ、さっさと動け俺の左手」

 

 

だが、俺の足掻きも虚しく、そいつもそのまま殺された。

間に合わなかった。

ストーカーが俺の方を向く。俺の左手が右腕に刺さるピックに近づいているが、気にする様子はない。どうせ無駄だと高をくくっているのだろう。

 

 

「よお、あん時は世話になったなぁ。この瞬間を楽しみにしてたぜぇ?」

 

「へっ、無様に負けといて口だけは達者だな」

 

「き、貴様ぁ……!」

 

 

結局間に合いそうにねぇな。この毒無駄に強力だった。俺にできるのは目一杯の挑発かな。

 

と、その時、ストーカーの頬をピックが掠った。

―――キリト………!

 

 

「くそっ、外した……!」

 

「……あぁん?黒の剣士様は先に死ぬことをご所望なのかぁ?なら、先に殺してやるよ」

 

 

――キリトが作ってくれたこのチャンス!無駄にはしねぇ!

 

ピックを抜くことに全身全霊をかける。右手はすでにポーチの中の結晶を触ってる。

ピックさえ抜ければ俺の、いや、俺達の勝ちだ!

 

 

「ぐぅっ!」

 

「キリトぉ!」

 

 

こうして声に出して心配しておけば、奴はいい気になって俺のことを気にしないはずだ。

いや、心配なのは本当なんだが。

 

案の定、奴は高笑いしながらキリトに大剣を深く突き刺そうとする。

キリトも抵抗しているが、麻痺のせいで上手く身体が動かず、全体重をかける奴に少しずつ押し込まれていく。

 

 

――――だが、それもここまでだ!

 

俺の左手が刺さっていたピックを抜き去り、それと同時に、俺は触れるだけだった解毒結晶を右手で握りしめる。

キリトのHPバーが三割程に減っている。あいつ、思ったよりも攻撃力が高かったみたいだ。

俺は先ほどの自身の間抜けさを噛み締めつつ、高らかに叫ぶ。

 

 

「キュアー!」

 

「何ッ!?」

 

「遅ぇッ!!」

 

「ぐわぁッ!?」

 

 

俺の解毒結晶使用コマンドを聞きつけ、クラディールが振り返るが、もう遅い。

麻痺から回復した俺は一足で奴との距離を潰すと、お得意の《アーマーピアス》で大剣ごと吹き飛ばした。

 

さっさと殺してやりたいところだが、今はキリトの回復が先だ。

 

俺はポーチから回復結晶を取り出し、キリトの胸に押し当てて叫んだ。

 

 

「ヒール!」

 

 

回復結晶が砕け散り、キリトのHPが見る見るうちに回復する。

 

さてと……あのアホをぶちのめして――――ッ!?

 

 

俺は寒気を感じ、本能に従って振り返りながら《ヴァイヴァンタル》を横に構えて防御体勢を取る。

 

 

「ぐっ!?」

 

「はぁぁっ!!」

 

 

それは、恐ろしく重い一撃だった。

俺達が来た道から一迅の風が吹いたと思ったら、俺は弾き飛ばされていた。

こんなことできる奴、思い当たるのが数名しかいねえ。

 

 

「待てアスナ!俺だ!カイだ!」

 

「え?カイ?」

 

 

俺に攻撃をかまそうとした奴――アスナは、素っ頓狂な声を上げた。

 

何故アスナがこんな行動を取ったのか予想はつく。

今の俺はKoBの制服を着ている。

ストーカーが着ているものとはデザインが大分違うが、遠目ではそこまでわからないだろう。

さらに、俺はキリトの胸に手を近づけていた。

これも遠目に見たら、攻撃しているように見えるかもしれない。

まあそういうわけで、アスナが間違って攻撃してきてもおかしくはないが――。

 

 

「おう、俺だ。つーか、一撃が重過ぎる。死ぬかと思ったわ」

 

「あ、ご、ごめんなさい。てっきりキリト君を攻撃してる悪い奴かと思って」

 

「ま、誤解なのはわかってるからいいけどな。キリトは回復した。もう大丈夫だ。だが、今は―――」

 

 

俺は、こそこそ逃げようとしているストーカーを睨みつける。

アスナも俺の視線を追って気づいたのか、表情が一気に険しくなる。

 

 

「………カイ。わたしに、やらせて」

 

 

……この一言に、どれだけの感情が込められていたのか、俺には判断できなかった。

アスナの中で激情が渦巻いているのを感じ、ここはアスナに譲ることにする。

 

 

「わかった。……油断するなよ」

 

「何言ってるの?今のわたしが、そんなものするわけない」

 

 

怒りを湛えた静かな声が、この空間に響き渡る。

俺でさえ、一歩後退りそうになった。

 

 

 

 

ストーカーが何やら喚いていたが、アスナは聞く耳を持たなかった。

恐ろしい程に鋭い剣尖がストーカーに襲いかかった。

奴も両手剣で応戦するも、全く捉えきれていない。

アスナの攻撃は奴の身体に次々に傷を作り、奴はついに大剣を投げ捨てて喚いた。

 

 

「わ、わかった!!わかったよ!!俺が悪かった!!」

 

 

そのまま地面に這いつくばった。所謂、土下座だ。

 

 

「も、もうギルドも辞める!あんたらの前にも二度と現れねえよ!!だから――」

 

 

その聞く者を不快にさせる声を無表情で聞いていたアスナは、細剣を逆手に持ち替え、奴の背中目掛けて一気に振り下ろした。

その瞬間、ストーカーが一際甲高く喚いた。

 

 

「ひぃぃぃ!!死にたくねぇ―――!!!」

 

 

それを聞き、アスナの腕の振り下ろしが細剣が奴に刺さる寸でのところで止まる。

アスナの身体が、音が聞こえるんじゃないかってくらいぶるぶると激しく震えた。

今、アスナを大きな葛藤が襲っているのがまざまざと感じ取れた。

 

俺の記憶が確かなら、アスナはまだ殺しをしていない。

ラフコフ討伐作戦のときも、誰一人殺さずに無力化していたはずだ。

 

恐らくアスナは、あいつを殺してやりたいくらいの怒りと、あんなゴミでも人を殺す恐怖を同時に感じているはずだ。

それは、人間としては正しい反応だが―――今は、ダメだ。

今はその葛藤が、命取りになる。

 

 

俺が踏み出そうと身構える寸前、ストーカーの野郎が叫んだ。

 

 

「ヒャァァアアアアァァアア!!!!」

 

 

奴はいつの間にか握りなおしていた大剣を、いきなり振り上げる。

不意を突かれたアスナは対応できず、細剣を弾き飛ばされる。

 

体勢を崩したアスナの頭上で、奴の大剣が鈍く光った。

 

 

「アアアア甘え――――んだよ副団長様アアアアァァアア!!」

 

 

どす黒いライトエフェクトをまき散らしながら、大剣が振り下ろされる。

 

 

その時、驚くべき事態が起きた。

 

俺はすでに駆け出していた。

このままで確実に間に合って、アスナを助けて奴を殺せる。

そう考えていた俺の横を、キリトが追い抜いていった。

俺はキリトに解毒結晶は使っていない。使うタイミングがなかったからな。

つまりたった今、麻痺が解けたのだろうが、すでに走り出していた俺をキリトはどうやって抜いたのか。

そもそも、レベルの関係から俺の方がAGIが高いはずだ。

 

愛の力だろうか?本当に、不思議なことが起こるもんだ。

 

 

 

キリトは右手でアスナを突き飛ばし、左腕を頭上に掲げた。

 

――あいつ、左腕を盾にして奴を殺す気だな。

 

俺はさらにスピードを上げてキリトの下まで行くとキリトの襟を掴んで後ろに引き倒し、愛剣《ヴァイヴァンタル》を閃かせた。

 

―――こんなゴミを殺すために、キリトやアスナが手を汚す必要はねぇ。

―――こいつを殺すのは、すでに手が血に濡れている、この俺で十分だ。

 

深紅のライトエフェクトが《ヴァイヴァンタル》を包み、《ヴァイヴァンタル》が五本の紅い線を空中に描く。

 

短剣スキル五連撃技《ダンシング・ドール》。

強力な切断属性を備えた五連撃が、対象の右肩、左肩、右脚付け根、左脚付け根を胴体から切り離し、最後に胴体を上下に両断する。

 

これは本来、人型Mobを相手にした時に部位欠損を狙うスキルだ。

リザードマンとかだと、一撃で切り離せないこともよくあるからな。

 

それがまさか、人に使うときが来るとはな……。

 

 

俺の攻撃が奴の身体を軽々切断し、HPを削り切る。

最後に、奴が俺に向かってある言葉を呟いたが、そんなことは言われなくてもわかってる。

――俺は、立派な人殺しだよ。

 

 

 

 

 

 

クラディールが死んだ後、この場を重い空気が包んでいた。

 

アスナがよろよろとキリトに近づき、側にしゃがみ込む。

 

 

―――これ以上、ここにいるのは無粋だな。

 

 

「キリト、アスナ。俺は、本部に戻って今回のことを報告してくる。

ヒースクリフの野郎にも文句言っとくから、落ち着いたら来てくれ。

俺達の、一時脱退を認めさせよう」

 

 

二人が小さく頷いたのを確認し、俺は転移結晶を使う。

 

 

「転移。グランザム」

 

 

瞬間、俺の姿は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒースクリフ、開けるぞ」

 

「…………君は、ノックという文化を知っているかね?」

 

 

扉を開け放って部屋の中に侵入してからそう宣った俺に、ヒースクリフがこめかみを引くつかせながら尋ねてきた。

でもなあ……。

 

 

「お前に払う礼儀なんてねぇだろ?」

 

「むぅ。そーゆーのはぁ、よくないんだぞぅ!」

 

 

………出たよ。豹変したヒースクリフ。

 

 

「……………お前さあ、どういう基準で態度変えてんの?」

 

「基本的に、ツッコミがいる時に変えているな。後は気分だ」

 

「迷惑っ!!すげぇ迷惑!!それって、俺への負担が大きいよな!?」

 

「気にしたら〜負けなのよぉ〜。ルルラララ〜」

 

「もはや誰だよ!?さっさと本題に入らせろ!」

 

「ふむ、了解した。カイ君、キリト君、アスナ君の一時脱退を認めよう」

 

 

その言葉で、俺の中の何かが切れた。

 

 

「………そこまで理解してんだったら最初から言えよ!

だいたいお前は皆に迷惑かけて―――――」

 

 

 

 

 

俺のシャウトが続くこと一時間。色々ヤバいことも言った気がするが気にしない。

精神的に喉が痛くなってきたところで、キリトとアスナがやってきたようだ。扉がノックされた。

 

 

「……ヒースクリフ。カイもいるかな?話がある」

 

「ほら、カイ君。見たまえ。キリト君はキチンとノックをしたぞ?

君と彼は幼馴染だそうじゃないか。どうして君だけがあんな風になってしまったんだい?」

 

「………いや、まずはキリトの応対しろよ。おう、入っていいぞ」

 

「なんで僕の代わりに君が返事してるのさ!ここは僕の部屋だよ!」

 

「せめて今くらいはキャラ保てよ!?一人称まで変わってんじゃねぇか!」

 

 

―――ぎゃーぎゃー騒ぎながらも、結局俺達三人の一時脱退は認められた。

 

 

 

 

 

 

俺はキリト達と別れ、ホームに向かっていた。

あいつらも、いい雰囲気を醸し出していた。そろそろゴールインしてほしいんだが。

 

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりなさい」

 

 

帰宅した俺が玄関の扉を開けると、ちょうどシリカが廊下にいた。

装備も整ってるし……クエか何かか?

 

 

「どうした?これからクエストか?」

 

 

確かに時間的には、軽いクエストならこなせそうだが……。

 

 

「あ、いえ。そういうわけではないんですけど……」

 

 

そう前置きして、シリカは俺に説明を始めた。

その説明が終わった後、俺もシリカに事の顛末を説明したのだが……それはまあいい。

 

 

なんでもシリカは黒猫団から連絡をもらって、これから一緒に迷宮区に潜る事にしたらしい。

迷宮区で一日泊まりにするそうだ。

 

シリカと黒猫団は、俺経由でかなり仲が良くなっている。

特に、紅一点のサチと仲がいいな。数が少ない女性プレイヤーの仲がいいのは喜ばしいことだ。

 

だが、そうか。そういうことなら――。

 

 

「シリカ、俺も行っていいか?」

 

「はい、大歓迎です!ちょっと待ってください。今、連絡を――」

 

「いや、サプライズにしよう。あいつらも、俺がいきなり参加すると知ったら驚くだろうしな。

――あと、ダッカーを逃がさないためにも、俺が行くことは知らせない方がいい」

 

 

ダッカーは、相変わらず調子に乗っているらしい。

……いや、調子に乗っているというのは不適切な表現かもしれないな。

でも要所要所で気を抜くというか、詰めが甘いというか。

とにかく、奴には緊張感が足りない。

今回は、スパルタにしてやる。

 

 

「あ、あはは……。ダッカーさん、御愁傷様です……」

 

 

シリカが、ここにはいないダッカーに黙祷を捧げる。

………いや、シリカ?俺は別に、アイツを殺しに行くわけじゃないからな?

ま、いいけど。

 

 

「そうと決まれば、早速行こうぜ。待ち合わせはどこだ?」

 

「あ、七十五層の転移門前です」

 

「了解。なら、行こうか」

 

「はい」

 

「それと、これは埋め合わせにカウントしないから。

また後日、二人っきりでどこかに行こう」

 

「………はい。楽しみにしてますね?」

 

「おう。期待に添えるように頑張るよ」

 

 

俺とシリカは、桃色空間を形成しながら、手を繋いで転移門に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

――待ってろよ、ダッカー。今日がお前の命日だ!

………いやまあ、冗談だけどな?




こんな感じになりました。

そして次回はオリジナルストーリー。
久々に黒猫団が登場します。
迷宮区でカイと黒猫団の愉快な掛け合いが始まる!
と、自分で煽ってみる。

その頃、キリト君とアスナさんはいい雰囲気を作ってるんでしょう。
そちらの描写は一切ありません。

というより、ここからしばらくキリト出てこないんじゃないかな……?
オリジナルストーリーが続くと思います。

確実にキリトが出てくると言えるのは、迷い子のところです。
あの話は、キリトとアスナの夫婦がいないと始まりませんからね。

では、感想などありましたらお願いします。
ありましたらっていうよりむしろ、積極的に書いて頂けると嬉しい限りです。
これからも楽しんでくださるよう頑張ります。応援、よろしくお願いします。


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第十八話 黒猫団と迷宮区攻略という名のキャンプ


黒猫団と迷宮区に行こう!
という趣旨のオリジナルストーリーです。

前回の殺伐とした話から一転、楽しいものになってると思います。
………なってたらいいな。

では、どうぞー。




 

 

七十五層に転移した俺達を黒猫団のメンバーが出迎え、俺がいることに驚愕していた。

特にダッカーが。

 

 

「か、かかかか、カイ!?な、なんでいるんだ!?」

 

「あ?俺はシリカの夫だぞ?ここにいたっておかしくはねぇだろ」

 

「いやいやいやいや!KoBに入ったんだろ!?ギルドでの攻略は!?」

 

「そっちは諸事情でな。今日からしばらくはフリーだ。

それとも何か?ダッカーは俺がいると何か不都合があるのか?」

 

 

ダッカーの驚きは尤もな気がする反面、オーバーリアクションだとも思う。

何をそこまで驚いているのやら。

 

 

「い、いえいえ。滅相もございません……」

 

「なあ、ケイタ。こいつの態度に心当たりはあるか?」

 

「うーん。あるけど、ここで言っていいものか……」

 

 

ほう、何やら原因がありそうだ。ここは言ってもらおう。

 

 

「教えてくれないか?何なら、武器か何かプレゼントしようか?結構気になるから、それぐらいの出費は構わないが」

 

「あはは、それはいいよ。でもそうだね、ここで黙ってて攻略中に何か失敗されてもいいことはないし。わかった、教えるよ」

 

 

流石ケイタ、話がわかる。後ろでダッカーが首をブンブン振っている気配がするから、余計に聞きたくなっていたところだ。

俺は適当な金額をトレード欄に置いて、ケイタに送りつけた。

 

 

「これは?」

 

「情報料の代わりだ。何かの足しにしてくれ」

 

「あはは、カイは律儀だなあ。わかった。ありがたく受け取っておくよ」

 

「おう。それで、心当たりって言うのは?」

 

 

こういう時の俺が引かないとわかってくれているんだろう。ケイタは素直に受け取ってくれた。

俺は、ケイタの発言に耳を傾ける。

 

 

「まず、カイが参加すると戦闘が厳しくなることが多いっていうのが一つ。

そして、ダッカーがシリカちゃんに気があるっていうのがもう一つ」

 

 

俺が戦闘に参加すると、何故かMobがよく湧く。そこで出てくるMobの中では強い奴が集まってくるのも特徴だ。何故かは知らない。俺的には、レベル上げがやり易くて助かる。

だが、そんなことがどうでもいい内容が聞こえてきたんだが……?

 

 

「……ケイタ、それは俺をからかうための嘘とかじゃないんだな?」

 

「まさか。そんなこと言うの、カイは嫌いじゃないか」

 

 

その通りだ。俺は、その手の冗談は嫌いだ。本当にケイタはよくわかってる。

だが、そうすると――――。

 

 

「………ダッカー。何か、申し開きは、あるか……?」

 

「い、いやいやいやいや!!あのな!?気があるっていうのはな!?アイドルを可愛いなって思うのとかと同じ様な奴だよ!!決して恋愛感情とかではなく、一種の憧れとして……」

 

「………遺言は、それでいいのか?」

 

「いやいやいやホント待って!!ちょっと待って!!何か誤解があるって!!俺の話を聞いて!!ぷりーずりっすんとぅーまいすぴーち!!」

 

「………問答、無用!!!」

 

「ぎゃあ―――――――!!!!」

 

 

ダッカーの断末魔の悲鳴が上がった。

圏内では、ダメージを与えられない。紫色の窓が出現して、ダメージを一切通さないからだ。

逆に言えば、ダメージのみを遮断する。衝撃は全て素通りだ。

 

つまり、今の俺にはただただ好都合だ。

どれだけ攻撃してもダッカーを殺さずに済むし、衝撃でショックは与えられる。

こいつが命乞いするまで続けてやる―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三十分後。

 

怒りが収まった俺は、へたり込むダッカーに向けて言い放った。

 

 

「これに懲りて、シリカは可愛いなと心の中で思うだけにしておけよ?変な色目使ったら殺すからな?」

 

「は、はい……。すみませんでしたぁ……」

 

「わかればよろしい」

 

 

俺の全力の攻めによって、ダッカーは精魂尽き果てていた。

ケイタが苦笑を湛えながら俺に話しかけてくる。

 

 

「ハハ……。カイって本当に、シリカちゃんのこととなると厳しいよね」

 

「当たり前だ。シリカが色目使われてたなんて聞いて黙ってられるかっての。

まあ、シリカが止めてほしいと思ってるんだったらすぐにでも止めるがな。

シリカが俺のこと嫌いになったり別れたいと思ったりしない限りは止めるつもりはない」

 

「あたしは嬉しいですよ?カイさんがあたしのことを思ってやってくれてるわけですし。

今のはちょっとやりすぎなんじゃないかと思ったりもしましたけどね」

 

「でもそれを言わないシリカちゃん」

 

「まあ、ダッカーさんだからいいかなって」

 

 

シリカの発言に、ダッカーが驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「シリカちゃんの俺の扱いが思ったよりも酷い!?」

 

「そんなことありませんよ?」

 

「そんなことないだろ?」

 

「「だってダッカー(さん)だし」」

 

「訂正する!二人揃って酷いな!?」

 

「「「アハハハハ!!」」」

 

 

もう復活してツッコミを入れるダッカーに笑いが起こる。

やっぱり、黒猫団は空気がいいな。

 

 

「さてと。コントはこれくらいにして、そろそろ行こうぜ」

 

「コントってそりゃないだろ!?」

 

 

俺の提案に、ダッカーがツッコミを入れた。

……ダッカーって、いつからこんなツッコミ要員になったんだ?まあいいか。

 

 

「ああ、そうだ。皆に言っておくことがある」

 

「ん?どうしたんだい、カイ?」

 

 

黒猫団を代表してケイタが訊いてきた。

やっぱり、ケイタはリーダーらしいリーダーだよな。

 

 

「俺、今回ソードスキルを基本的に使わないから」

 

「え?カイ、それってどういうこと?」

 

「それ、あたしも初耳ですよ!?」

 

 

サチが口を挟んできた。驚きのあまり、声が出てしまったんだろう。

シリカがそう言うのも当然だ。何故なら、今言ったからな。

 

 

「まあまずは聞いてくれ。一応理由はあるんだ」

 

 

俺がそう言うと、一旦了承してくれたのか、皆が聞く体勢になった。

 

 

「ほら、キリトが二刀流使いって評判になっただろ?あれ、やってみたくなってさ。

短剣を両手に持つことは可能だから、今回やりたいな、と。

だが、そうなるとイレギュラー装備状態となってソードスキルが使えないからな。

一応、俺はあるスキルのおかげですぐにソードスキルを使える状態にできるけど。

もちろん、今回の攻略のリーダーはケイタだし、皆の意見を無視する気もない。

だから、俺がそれをやってもいいか、皆で相談して決めてほしい。俺はその決定に従う」

 

 

俺の言葉を聞いて、黒猫団+シリカが、早速相談を始める。

こういう時の反応も速くなって、出会った頃と比べると何とも懐かしい気持ちになる。

 

 

「カイ、訊きたいことが二つあるんだけど」

 

「あいよ。何だ?」

 

 

俺が懐かしい気持ちに浸っていると、ケイタが質問してきた。

 

 

「それ、ソードスキルが使えないだけで、戦闘には参加するよね?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ、さっき言ってたすぐにソードスキルを使える状態にできるスキルって何かな?教えられる範囲でいいけど、教えてもらえる?」

 

 

ケイタがこんな前置きをするのは、スキルの詮索がマナー違反だからだな。

だが、俺はこいつらに隠し事をする気はあまりない。

 

 

「それくらいならいくらでも。俺が言ったスキルは、投剣スキルの派生スキル《スローイングテクニック》だ。

これはパッシブスキルで、俺が装備してる短剣をスローイングダガーとして扱えるってスキルだな。

つまり、俺はいつでも片手の短剣を手放せるってわけだ。これでいいか?」

 

「うん、ありがとう。参考になったよ」

 

 

ケイタは再び相談の輪に戻り、すぐに俺の方を向いた。

もう結論が出たのか?早いな。

 

 

「それなら大丈夫そうだって結論になった。カイの行動を許可するよ。

でも、今日の探索は最前線だ。僕が指示したらすぐに従ってね。もちろん、カイが危険だと判断したらやってくれ」

 

「わかってる。ってことは、俺の行動も一つの目安にされるのか?」

 

「そういうことになるかな。ま、そんな状況が来ないことを祈るよ」

 

「全く同感だな」

 

 

俺がケイタの言葉に深く頷くと、ササマルが少々棘のある声で言った。

 

 

「ダッカーがまたトラップを踏まなければいいが………」

 

「おいおい、ササマル!いくら俺でも、カイの前でそんなことしねえよ!」

 

 

それを聞いて、俺の目が一気に冷めたものになる。

その状態でダッカーを見つめると、俺の視線に気づいたのかダッカーがぎこちない動きで俺の方を向いた。

 

 

「…………俺がいなくても、やるなよ?」

 

「……………わ、わかってるよ。うん、わかってる」

 

 

冷や汗ダラダラの状態で言われても説得力がまるでないんだが。

 

 

「ダッカー、説得力がないよ」

 

 

サチが、呆れの表情で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、お前らの中で何か面白い話はないのか?」

 

「面白い話って?」

 

 

迷宮区に向かう道すがら、俺が黒猫団のメンバーに訊くと、疑問の声が返ってきた。

 

 

「いや、サチが誰かといい感じとかそういうの」

 

 

俺の言葉を受けて、テツオ、ササマル、ダッカーの三人がある方向を向いた。

俺とシリカがその視線を追うと、ケイタが目に留まる。

ケイタは顔を赤らめていた。サチも近くで顔を真っ赤にしている。

 

 

「………マジ?」

 

「「「マジ」」」

 

 

三人の返しが完璧に揃った。

 

 

「いつからだ?俺が最後にお前達と探索したときはそんなことにはなってなかったと思うんだが」

 

「うーん、二週間くらい前かなぁ……」

 

「そのくらいだった気がするな」

 

「ケイタにデュエルを申し込んだのはいい思い出だぜ」

 

 

結構付き合い始めたばかりだった。

てか、ダッカー。お前そんなことしてたのかよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおぉッ!!」

 

「テツオ、スイッチ!」

 

「おう!」

 

「ダッカー、サチの援護よろしく!」

 

「任せとけ!」

 

「ササマル、僕と一緒に削るよ!」

 

「了解!」

 

 

 

「あいつら、かなりやるようになったな」

 

「コンビネーションが凄いですよね」

 

 

俺達は今、迷宮区の部屋でモンスターと戦闘していた。

部屋の広さはそこそこ。入り口は二箇所ある。

相手は四体。《グレイブボーンナイト》という名前の骸骨剣士だ。

剣士と言っても、こいつの武装はランダム。

パターンは、片手剣と盾持ち、片手斧と盾持ち、短剣と盾持ち、曲刀と盾持ち、片手棍と盾持ちの五つある。

個体の強さに若干の差があり、先に挙げたものほど強い。

今戦っている四体は、全て片手剣を装備していた。これも俺がいるせいなのか否か。

 

黒猫団が二体受け持ち、俺とシリカが二体受け持っていた。

俺とシリカは、レベルの高さと二人の息の合った行動に物を言わせ、苦もなく骨どもの相手をしていた。

 

しかし、驚かされるのは黒猫団の呼吸の合いようだ。

テツオとサチは自分達の判断でスイッチを繰り返し、それに合わせてケイタが指示を飛ばす。

ダッカーとササマルはそれに瞬時に従い、骸骨剣士に一切の隙を見せない。それどころか、絶妙なタイミングで援護攻撃して、テツオとサチの攻撃の隙間を悉く埋める。

 

普通、五人もパーティーメンバーがいると、ここまで息が合うことはないんだが……。

ま、そこは流石の黒猫団ってことなのかね。息の合い方だけなら、俺とキリトが黒猫団に出会ったときからこれくらいだったし。もちろん、戦闘技術は今の方が遥かに高い。

 

 

 

「サチ、そこでソードスキルを!僕がトドメを刺すからテツオはすぐにもう一体を抑えて!」

 

「「了解!!」」

 

「二人はテツオのフォローを!」

 

「「わかった!!」」

 

 

今もケイタの指示で全員が迷うことなく動き、一体の《グレイブボーンナイト》を撃破。

テツオが指示通りにもう一体を抑えた。ダッカーとササマルもテツオのフォローに入る。

 

 

「流石だな。さてシリカ。俺達もそろそろ倒すか」

 

「そうですね」

 

「二人での動きは大丈夫だろ。個別に撃破でいいか?」

 

「……はい、大丈夫です!」

 

 

シリカは一瞬考え込んでから、元気よく返事をした。

今の思考は何だったのか。できれば一緒に倒したかったなとかそういうものであってほしい。

 

ちなみに、俺達はずっとパリィかステップ回避で攻撃に対処していた。そして、通常攻撃でちまちま削っていた。

つまり、こいつらのHPはあまり減っていない。まあ、俺達には関係ないが。

 

 

「よし、俺が左右に弾き飛ばす。どっちをやる?」

 

「今右にいるから右のをやります」

 

「了解。なら俺は左だな。――ハアァッ!!」

 

 

俺は二体の骸骨の攻撃を回避して奴らの懐に潜り込み、両手の短剣を左右に振り切った。

短剣は俺の狙い通りに骸骨の持つ盾に直撃し、奴らを左右に引き剥がしてたたらを踏ませる。

 

 

「そっちは任せたぞ、シリカ!」

 

「はい!」

 

 

俺はそのまま地面を蹴って左に流された骨を追う。

シリカも右の奴を追撃しに行った。

―――さて、ここからが俺の今日やりたかったことだな。

 

 

「っしゃあ、行くぜ!!」

 

「ふるるるぐおおぉぉおお!!」

 

 

骸骨剣士も負けじと斬りかかってくるが――ダメだな。遅い。

 

 

「ほらよっとぉ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

振り下ろされた剣の横っ面を左の短剣で叩き、骸骨の身体が俺の左に流れるようにする。

俺の目論み通りになったので、右の短剣を骸骨目掛けて突き込む!

これは恐らく阻まれると思うが――?

 

 

「ぐるおっ!?」

 

「そらきたっ!」

 

 

案の定、骸骨は盾で攻撃を受けた。

だが、これは想定通り。これで、こいつの体勢は大きく崩れる。

 

再び左の短剣を今度は逆の方向に振るい、相手の持つ盾の円周部に当てて両腕を開かせる。

これで、こいつの胴体は無防備だ――。

 

 

今の俺は、両手が俺の右側に流れている体勢だ。

この体勢なら、あれが使える。

 

俺の身体が、淡い輝きに包まれる――――。

 

 

「フッ!!」

 

 

現実では到底無理だろうが、俺は一瞬でトップスピードに至り、左肘を骸骨に叩き込む。

仰け反ったところを追撃。右足で踏み込んで勢いを乗せた右拳を胴体中心部にアッパー気味に打ち込む。

攻撃はまだまだ続く。今、拳を打ち込んだところ目掛けて左膝を打ち上げた。

そのまま左足で床を踏みしめて踏み切り、左のショルダーアタックで骸骨を大きく吹き飛ばす。

身体に若干かかっている右回転の勢いを殺さず左足を軸に回転、回し蹴りをぶち込む。

今度は左足で踏み込み速度重視で左、右とワンツーパンチ。

そして右拳を突き出した身体の捻りを利用して右の鋭いローキック。

右足が地面を捉えるや否や先ほどとは逆向きに回転し左脚を高く振り上げ、脚払いを受けて床に転がっている骸骨剣士に強烈な踵落しを入れてフィニッシュ。

 

体術スキル九連撃技《旋回乱舞》。

スライム型のモンスター等には効き目がイマイチだが、両脚で立っている所謂人型のモンスターにはかなり有効なスキルだ。これも現実に帰ったら練習したい。

 

このスキルの特徴として、最後の一撃が必ずクリティカルヒットになる。

問題は、効きづらいモンスター相手には、その前のローキックで動きを止められる可能性が高いことだ。それに、技後硬直も長い。

今回のように完全な一対一の状況が作れていないと使いづらい、使用どころの難しいスキルだ。

威力は申し分ないし、見た目もカッコいいんだけどな。

 

 

《グレイブボーンナイト》はポリゴン片になってあっさり爆散。

 

硬直が解けてから周りを見ると、ちょうど戦闘が終わるところだった。

 

ピナのサポートが見事に嵌って、シリカのソードスキルが骸骨に突き刺さる。アレは《インフィニット》か。

黒猫団の方は、五人全員による四連続スイッチでトドメを刺していた。

今思ったが、黒猫団レベルで息が合ってれば、敵が一体の場合エンドレススイッチで終わりだよな。

 

 

「どんな感じだ?」

 

「はい、あたしは問題ありません」

 

「うん、いい感じだね。無理なく戦えた」

 

「上手く回れたよね」

 

 

全員に今の戦闘がどうだったか訊くと、いい返事が返ってくる。全員、好調なようだな。

 

 

「そうか。なら、油断せずにやっていけば大丈夫だろう。リーダーからは何かあるか?」

 

 

本来なら、こういう場合はリーダーのコメントしか言わない気もするが、俺達は違う。

俺と黒猫団は初めて出会った時から俺が指導役みたいなもんだったし、シリカにも俺が戦闘の指導をした。

だからか、戦闘が終わる度に俺にコメントが求められる。キリトがいればキリトにも。俺はもういらないと思うんだけどな。

 

 

「そうだね……。僕としては、ローテが上手くできてたからよかったかな。カイとシリカちゃんも問題ないんだよね?」

 

「はい」

 

「ま、これくらいならな」

 

「なら僕からも特にはないかな。カイ、本当に思ったことはない?」

 

 

俺があっさりコメントを終わらせたからか、ケイタが再度確認を取ってきた。慎重なのは悪いことじゃねえ。

確かに、俺には言いたいことがある。だが、ケイタが気づいたのが偶然なのかが気になるな。ハッキリさせるか。

 

 

「なんでそんなこと言うんだ?」

 

「いや……言葉では上手く説明できないけど、カイが何かを言い渋ってる感じがして……。

僕が気づいてないことがあったのかなって思って。実を言うと、僕も何かが引っかかってて……。それが何なのかはわからないんだけど。シリカちゃんはどう思う?」

 

「あたしもそう思います。カイさん、多分何かを隠してますね。いつもと雰囲気が違いますから」

 

 

ふむ。ケイタは気づいてたのか。なら及第点かな。

てかシリカはシリカですげえな。判断基準が雰囲気かよ。いやまあ、俺もシリカがいつもと違ったら気づくけどな?

 

 

「よくわかったな。確かに、俺は言おうと思ってたことがあった。ケイタが気づかなくても自主的に言うつもりだったが。

ケイタが違和感に気づいてたなら今はいい。自分でその内容までわかるともっといいけどな」

 

「うん、そうだよね。頑張るよ。それで、何かな?」

 

「ケイタが違和感あるって感じてたんなら多分間違いねぇとは思うが、俺はお前達の通常戦闘を見るのは久しぶりだ。もし指摘が間違ってたら言ってくれ」

 

「わかった」

 

 

ケイタの了解ももらえたし、言うか。

 

 

「二度目のスイッチ、サチが前に出た時のダッカーの援護だが。少し前に出過ぎに感じたんだが、どうだ?」

 

 

俺の指摘を受けて、ケイタが先ほどの状況を思い出そうと考え込む。

 

 

「……確かに、いつもより少し前のめりだった気がする」

 

「間違いないか?」

 

「……うん。僕が感じてた違和感も、そこだったと思う」

 

 

名前が出てからダッカーが生まれたての子鹿みたいにプルプルしてるが、そこは気にしない方向で行こう。

 

 

「ダッカー」

 

「ひゃい!!」

 

「………そこまで怯えなくても。

あの位置だと、相手が未知のアクションを取ってきたときに対処しきれない可能性がある。もう一体のアクションにも反応できるかは微妙な位置だったしな。

俺がいて緊張してんのかもしれねぇけど、気にしすぎてミスるなよ」

 

「……おう」

 

「まあ、お前の敏捷なら大丈夫だとは思うんだが、万一ということがあるからなぁ……」

 

 

そんな感じで俺達が戦闘後の反省会をしていると、片方の通路の奥を二体のグレイブボーンナイトが歩いていた。両方とも片手剣持ちだ。

 

 

「ちょうどいい。あいつらで俺がやってみせるから、ダッカーはそれを見て参考にしてくれ。あくまでも参考で留めとけよ。俺が常に正しいわけじゃないからな」

 

 

俺はピックを二本取り出して投剣スキル《クイックシュート》を放つ。

ピックは見事に骸骨の骨を捉え、骸骨どもはこちらに向かって進んできた。

 

 

「わかった」

 

「あの場面を再現するだけだから、サチとテツオが手伝ってくれればいい。

残りの三人は、そっちの通路からMobが出てこないか見張っててくれ」

 

「「「了解」」」

 

 

ダッカーが俺の動きを見逃さないように目を凝らし、シリカ達はもう一つの通路を見張る。

 

 

「サチ、テツオ、頼んだぜ」

 

「さっきみたいにやればいいんだよね?」

 

「ああ。あの場面だけでいいからそれまでは省略しよう。テツオが前に出た状態でスイッチよろしく。来るぞ!」

 

 

そして俺は、俺が思う適切な動きを披露した後さっさと終わらせるために左手の短剣を投擲し、ソードスキルを使いまくって骸骨どもを瞬殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ある安全地帯の内の一つに辿り着いた俺達は、誰ともなく円を描くように座った。

ちなみに今は、二十三時を少し過ぎたところだ。思ったよりも安全地帯を探すのに時間がかかった。

 

 

「さてと、遅くなったけど晩飯にしようぜ!」

 

「うわぁ〜腹減ったぁ〜」

 

 

俺が提案すると、ダッカーが我慢の限界というように弱音を上げた。

皆も思いは同じのようで、頷いている。

 

 

「はい、カイさん」

 

「お、さんきゅな、シリカ」

 

「いえいえ」

 

 

俺はシリカに手作り弁当を渡される。

手作り弁当っていい響きだよな。なんか幸せな気分になる。

これは、シリカが事前に用意してくれていたものだ。黒猫団と一緒に攻略することが決まった時点で作っておいたらしい。それを持ってきたわけだ。

…………考えてみると、俺が奴を殺したのは今日の昼なんだよな。………生き残れて、よかった………。

 

 

「はい、皆の分」

 

「おっ、さんきゅー!」

 

「ごちになります」

 

「いつも悪いな」

 

「サチ、いつもありがとうね」

 

「そんな、気にしないで」

 

 

サチが黒猫団の四人に弁当を配る。

向こうはサチが料理担当だ。黒猫団と行動を共にしていた時に食わせてもらったことがあるが……普通に美味かったな。

ま、こういう時にやることは決まってる。

 

 

「サチ、お前の作った弁当、一口もらってもいいか?」

 

「あ、うん。いいよ」

 

「それじゃあカイ!俺と一口分交換しようぜ!」

 

 

ダッカーがいの一番に挙手したが、悪いな。

 

 

「断る。ケイタ、いいか?」

 

「うん。サチが許可したからね。僕に断る理由はないよ」

 

「何故なんだぁぁぁあああ!!」

 

 

ダッカーが慟哭を上げる。

ふむ。ここは一つ、からかってみるか。

 

 

「ダッカー。俺はお前にシリカの料理を食わせるつもりはない。ケイタから感想を聞いて悔しがるんだな」

 

「な、なん、だと……!?……鬼!悪魔!カイの人でなしぃ!!」

 

「ハッ、何とでも言うがいいさ。シリカに色目を使った罰だ」

 

「うわぁああその節は本当にごめんなさい!!出来心だったんです!!」

 

「知らね」

 

「ちくしょうカイのケチぃぃぃ!!そして俺の馬鹿あああ!!」

 

 

これぐらいで意趣返しはいいだろう。まあ、俺からは一口もやるつもりはないが。

 

 

「さてケイタ。サチの弁当のオススメは何だ?」

 

「僕が一番好きなのはこの鶏の唐揚げかな。三つあるから一つあげるよ」

 

「そりゃどうも。なら俺からはこれだな」

 

「それは?」

 

「ロールキャベツ的な何かだ。めっちゃ美味い」

 

「ふぅん。……あ、本当だ。すごく美味しい」

 

「だろ?……お、この唐揚げはシリカに作ってもらったことなかったな。美味い」

 

「僕もこれは作ってもらったことはなかったね。今度から弁当に入れてもらおうかな」

 

「だがこれ、無駄に要求熟練度が高いぞ?サチは大丈夫なのか?」

 

「大丈夫。ちょっと前に完全習得したから」

 

「おう、サチ。聞いてたのか。ってかすごいな」

 

「いいなぁ……。あたしはまだだし……」

 

「シリカは料理スキルを獲得したのが遅めだったからな。仕方ないだろ」

 

「うぅ……そうですけどぉ……」

 

 

俺達四人が仲睦まじく会話をしている横で、三人の男が寂しく弁当をつついていた。

 

 

「くっそう、羨ましい……」

 

「独り身はつらいな……」

 

「まあとにもかくにも、俺達が言いたいことは一つだな」

 

「ああ」

 

「「「リア充爆発しろ」」」

 

「いいのか?俺達四人がここで実際に爆発したら、お前達を巻き込むことになるが?」

 

「「「それは止めて!!」」」

 

 

俺が笑いながら茶々を入れると、三人揃って首を横に振った。それによりこの空間が笑い声に包まれる。

……やっぱり、落ち着くな。心が洗われるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ寝ようか」

 

 

晩飯を食い終わって一息吐いたところで、ケイタが切り出した。

 

 

「でもさ、どういう順番で寝るの?」

 

「それは今から決めよう」

 

 

サチの疑問は当然のものだ。

いくら安全地帯とはいえ、俺達には危険が常に付き纏う。

邪な考えを持ったプレイヤーがここに現れたとき、俺達を殺す方法なんて普通にあるからな。

 

一つはMPK。モンスタープレイヤーキルだな。

ある程度の筋力パラメータがあれば、人を一人持ち上げるのなんて雑作もない。この階層で戦えるなら、ほとんどのプレイヤーが条件を満たすだろう。

それで俺達を通路に運び出してMobに襲わせれば、それで終了だ。

 

もう一つはデュエルを申し込むこと。睡眠PKって呼ばれたりもする。

完全決着モードの申請をして、相手の指を動かして受諾させる。そして殺す。はい終了。

 

あとは毒ダメか?

安全地帯では直接攻撃によるダメージは通らないが、毒や出血ダメージは継続して与えられる。

強力な毒を塗ったピックを突き刺して、毒ダメと貫通継続ダメを与え続ける。

戦闘中じゃないから戦闘時回復スキルは効果を発揮しないし、殺すことは可能だとは思う。

時間がかかり過ぎて現実的じゃないが。

 

 

俺がパッと思いつくのはこれくらいか?

でもまあ安全地帯にいる人間を殺そうと思えば殺せるわけだ。

万が一にもそれをされないように、見張りを立てるってわけだな。

いや帰れよ、とか思うかもしれないが、今回は泊まる予定だからな。仕方ない。

警戒用アラームをセットしてもいいが、それだと落ち着いて寝れない。

迷宮区では、寝れる時に寝ておくのがセオリーだ。

 

んじゃま、俺の意見を言いますか。

 

 

「それについては俺から提案がある」

 

「なんだい、カイ?」

 

「俺は三時間寝れば十分だから、俺を先に寝させてくれ。その後は俺と誰か一人でいいだろ」

 

 

世の中には、深い眠りにつくことで眠りの質を引き上げ、実際の倍近い時間寝たのと同等の睡眠を取ることが可能な人間が存在する。俺がそうだ。

というか、家族が殺されてからやることが多すぎて、爺ちゃんに言われてそうやって睡眠時間を減らして時間を確保することにしたんだよな。言われたのは俺が一度倒れた後だけど。

そのおかげで、俺はキリトをも上回るレベルになっているわけだ。実際の睡眠時間があいつの半分以下だからな。

一日の活動時間の三時間差は大きい。それが二年も続けばなおさら、な。

 

 

「そう?なら、最初は――」

 

 

 

 

見張りの順番が決まり、最初に寝るメンバーは寝ることにした。

最初の見張りはシリカとサチだ。女子は纏めてしっかり寝させてあげようという黒猫団男子メンバーの配慮だな。

 

 

「んじゃ、おやすみー」

 

 

俺は一言告げて、一瞬で眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかり三時間後。俺はアラームなしで目を覚ました。

 

 

「おはよ」

 

「ああ、カイ。よく眠れた?」

 

「おう。残るのはどっちだ?」

 

「俺だよ」

 

「そうか」

 

 

俺が見張っていたケイタとダッカーに近づいて尋ねると、ダッカーが見張りを続ける旨を伝えてきた。

 

 

「それじゃ、おやすみ」

 

「俺達が見張ってるから心配すんな」

 

「しっかり休めよー」

 

 

ケイタが寝たのを見届けて、俺達はリラックスして見張りを続ける。

空間を沈黙が支配するが、息苦しい感覚はない。この静寂は嫌いじゃないって奴だな。

 

 

 

 

 

「…………なあ、カイ」

 

「どうした?」

 

 

しばらく経ってから、ダッカーが真面目な声音で話しかけてきた。

真面目な話なら、俺も真面目に答えよう。

 

 

「……俺達、ちゃんと帰れるのかな……」

 

「……お前はそう思わないのか?」

 

 

俺の答えは決まってる。だから、先にダッカーの想いを、考えを、聞きたいと思った。

 

 

「……帰りたいよ。そりゃ帰りたいさ。

……でもよ、二年だぜ?このデスゲームが始まってから二年。二年かけてやっと四分の三だろ?しかもMobもどんどん強くなってる。

こんな状況で、本当に帰れるのか不安になってきてさ………。死ぬんじゃないか。今日にも誰か仲のいい奴が死んじまうんじゃないか。もしかしたら明日。それとも明後日。そう考えたらどんどん不安が大きくなって、さ」

 

「………………」

 

 

ダッカーは、ずっと不安だったんだろう。

もしかしたら、いつもの陽気な態度も、それを隠すためのものなのかもしれない。

 

 

「……真剣に悩みを打ち明けてもらったところで悪いが、俺に言えることは大したことじゃねぇ」

 

「……まあ、そうだよな」

 

「だが、真面目に答える。お前の最初の呟きに対する、俺にできる精一杯の返答だ」

 

 

一旦言葉を区切って、ダッカーの目をしっかりと見る。ダッカーも逃げずに目を合わせてきた。

 

 

「俺は、()()()()()()、じゃねぇ。()()、だ。

俺はシリカのためにも、このゲームをクリアする。そしてシリカを、現実世界に()()

そんで、こっからは俺の我が儘だが、俺の周りにいる大切な人間は絶対に死なせない。絶対に、だ。俺は、守れる限りは守りきる。

…………とまあ、答えになってない語りは以上だ。別に聞き流してくれていい」

 

 

俺の言葉を聞いて、ダッカーが数回まばたきした。

 

 

「帰れるかじゃなくて帰る、か……。カイは強いな」

 

「そうでもねぇよ。俺だってシリカに支えられてるしな」

 

「あっ、惚気かチクショウ!くそっ、見てろよ!俺だって可愛い彼女を作ってみせるからな!」

 

「できるといいな。ま、無理だろうが」

 

「その澄ました顔が腹立つぅ!こうなったら絶対帰ってやるぅ。俺は現実世界に絶対帰るぞ!」

 

 

気持ちドヤ顔で言ったんだが、しっかり顔に出てたらしい。

だが、ダッカーの気分が明るくなったな。

 

 

「その意気だ。ま、頑張れよ」

 

「おうよ!……ありがとうな、真面目に聞いてくれて」

 

「俺は真面目な話をされてまでふざけるほど人でなしじゃねぇつもりだが……そんな風に見えるのか?」

 

 

俺の発言に、ダッカーは目を逸らした。おいこらてめぇ。

 

 

「……まあ、見えるかな」

 

「……よぅしそこになおれ。ボコって考えを改めさせてやる」

 

「ちょ、ごめん、嘘だって!お茶目なジョークじゃん!?」

 

「遺言はそれか?」

 

「またそれ!?そのネタは夕方やったじゃん!?」

 

「ネタの使い回しだ」

 

「止めて!ネタが過労死しちゃう!!」

 

 

そんな感じで俺達は、他の皆が起きない程度に騒いでいた。

覚悟を決めたのか、ダッカーの顔は心無しか凛々しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

テツオが起きてきて、ダッカーと交代した。

その後はテツオと一時間静かに見張りを続けてたんだが、ササマルが起きてきた。

 

 

「あれ?ササマルの番はまだじゃなかったか?」

 

「そうだったんだけど、目が覚めた。テツオが休む番まで、カイは休んでてくれ」

 

 

ふむ、これは気を利かせてくれたっぽいな。なら、ちょっと頼んでみるか。

 

 

「なら頼んでいいか?」

 

「任せとけ。………って、どこ行くんだ?」

 

「日課だよ」

 

「日課?」

 

 

見張りはテツオとササマルに任せて、俺は立ち上がって通路に向かう。

ササマルが怪訝な声で尋ねてきた。まあそうなるだろうな。休むのかと思いきや、通路に向かってるんだから。

 

 

「俺は毎日三時間も寝れば十分だからな。毎日、深夜にレベリングをしてたんだよ。

行かせられないって言うなら休んでるが……」

 

「あ、ああ……そうなのか?気を付けてな?」

 

「おう」

 

 

困惑した表情の二人を置いて、俺は安全地帯から出た。

 

 

 

 

 

 

「迷宮区でやるのは久しぶりだな。特に、攻略階層でやるのなんて何時ぶりだ?」

 

 

俺は通路を歩きながら、呟いた。

索敵スキルを発動させて、Mobを探す。

 

 

「おっ、敵のアイコンが出たな。そっちか。………ラッキー」

 

 

新たなMobを察知し、そいつらのいる位置へ向かう。

 

通路から部屋を覗き込むと、グレイブボーンナイトの片手剣持ちが二体、片手斧持ちが一体、短剣持ちが一体。

それに《バイエルリザード》っていうリザードマンの強い奴が二体。合計六体だ。

 

 

「こりゃ、楽しめそうだな……」

 

 

一旦通路に戻って深呼吸。

近くに他のプレイヤーがいないことを確認し、《ヴァイヴァンタル》と《キリング・デストロイ》を抜き放つ。

部屋にいたモンスターの配置を思い出し、一応シミュレーション。

うん、行けるだろ。

 

索敵スキルの表示を眺め、奴らが逆側を向いた瞬間、飛び出す!

 

 

「シッ!!」

 

 

鋭く息を吐きだし、一気に部屋の中に飛び込む。

俺の()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっす。悪ぃな、任せちまって」

 

 

一時間弱暴れた俺は、軽い足取りで安全地帯に戻った。

 

 

「おお、カイ。おかえり」

 

「よし。カイも戻ってきたし、俺はちょっと眠らせてもらうわ」

 

「おやすみ」

 

「少しでも身体を休めとけよ」

 

 

俺の帰還を確認し、テツオが睡眠の確保に入った。

 

 

今は六時少し前。最初の組は零時に就寝したから、六時間程経っていることになる。起床は七時の設定だ。

女子は六時間、男子は五時間寝ることになっている。ダッカーは、自主的に四時間睡眠にしたみてぇだが。

 

 

「カイ、どうだった?何かいいドロップはあったか?」

 

「いや、特に何も。まあ数はこなしたから、はした金にはなると思うけどな」

 

「そうか。それにしても、すごい日課だな」

 

「もう慣れたよ」

 

「そうか」

 

「ああ」

 

 

ササマルと他愛もない話をしながら、皆の起床を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

「「「「おう」」」」

 

「「はーい」」

 

 

ケイタの号令で、皆が立ち上がる。

今は八時。朝飯はすでに食べた。

と言っても、俺の分は時間の関係で作れなかったから、シリカに少し分けてもらったくらいだけど。

あーんとかしてもらってたら、非リア充組にめっちゃ睨まれた。俺達はどこ吹く風だったが。

サチにも少しだけ恵んでもらった。おいしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして探索しつつ帰りの道中。

 

 

ダッカーが宝箱を発見した。

 

 

ってオイオイ、このパターンはまさか…………。

 

 

「おっ、宝箱じゃん!ラッキー!!」

 

「ちょっと待てダッカー!!罠の可能性が………!」

 

「あ、開けちゃった」

 

 

ブーッ、ブーッ、ブーッ!!!

 

 

「やっぱりトラップじゃねぇかコラァ!?」

 

「ご、ごめん!!宝箱を見るとつい……」

 

「ついじゃねぇ―――!!」

 

 

俺の制止を聞かずに、ダッカーが無警戒で宝箱オープン。

案の定けたたましくアラームが鳴り響き、部屋の三方に新たな通路が出現。さらに今入ってきた通路が閉ざされた。

新しい通路の先はマップにないエリアだったはずだ。ってことは――――!!

 

 

「ぞろぞろ出てきたぁ――!?」

 

「これはマズイ!」

 

「くそっ、全員体勢を低くしろ!!」

 

 

テツオが叫び、ケイタが危険を告げた。

三つの通路から、この層のモンスターが次々に出てくる。

 

このままやりあったら負ける!!

俺の指示に従って、全員が姿勢を低くする。

 

 

「シリカ、宝箱は任せた!!破壊しろ!!」

 

「はい!!」

 

「《ジャミングシュート》!!」

 

 

シリカが《アーマーピアス》で宝箱を破壊するのと同時に、俺はスローイングダガーを二本取り出して《キリング・デストロイ》と合わせて投げる。

もたついてる余裕はない。すぐさまピックを三本取り出し、別の方向に再び《ジャミングシュート》。

今度はスローイングダガーを取り出して先の二回とは異なる方向に《ジャミングシュート》。

 

ヒースクリフとの決闘のために買ったものの使わなかったピックとダガーを使い切るつもりで《ジャミングシュート》を放ち続ける。

 

 

「これで、最後だッ!!《ジャミングシュート》!!」

 

 

残ったピックが二本、ダガーは零。これでほとんどの敵に状態異常をばら撒けただろう。

後は気合いで何とかするしかねぇ!!

 

 

「これでほとんどの奴が状態異常になったはずだ!意地でも切り抜けろ!!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

「「はい!!」」

 

 

なんか俺がリーダーみたいになってるが、緊急事態ではよろしくとケイタに言われている。

確かに俺が慣れているのも事実だから、俺は異議を唱えてはいない。その気になればケイタもできるだろうしな。

 

 

「俺もこれは真剣にやらなきゃな…………!」

 

 

部屋が広いため、かなりの数のモンスターが湧いていても動けるスペースは豊富にある。

孤立しないように気を付けながら、突っ込む!

 

 

「行くぞ、《ラウンドアクセル》ッ!!」

 

 

今の俺の役目は、広範囲攻撃を連発して、MobのHPを削ることだ。

そのために、硬直を強引に消す!

 

《ラウンドアクセル》が敵を捉え、かなりの数が吹っ飛んだ。

続けて―――

 

 

「チェンジ!《ショート》・トゥー・《スピア》!!」

 

 

―――簡易変更スキルを被せる。

 

このスキル、トリガーが音声認識だからか、硬直する寸前に発動すると前のスキルの技後硬直を打ち消せる。

硬直する寸前なのは、使ったスキルが勿体ないからだ。スキルの途中でも発動はできる。

まあ、ヒースクリフとの一戦でやってから、一度も使ってないけどな。

 

一番近くにいた曲刀持ちグレイブボーンナイトに肉薄して斬りつけ、続いて槍を普通ではない軌道で振るう。

これで、繋げれる―――。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

槍スキル全方位範囲技《ヘリカル・トワイス》。

その場で二回転して全方位の相手に二撃を叩き付ける。

 

簡易変更スキルのいいところその二。軌道を自由に操れる。

これで軌道をコントロールして普通のソードスキルに繋げるってわけだ。

そして再び簡易変更スキルを発動。

 

 

「チェンジ。《スピア》・トゥー・《アックス》」

 

 

ここからは作業だ。心を無にして、ひたすら削れ。

 

もう一回転して槍を振るい、斧を次の構えに。

 

 

「フッ!」

 

 

両手斧スキル全方位範囲技《ワイルド・ウィンド》。

これまた二連撃。

 

 

敵が集まっているところに飛び込み、重点的に荒らす。

相手のHPを削り、状態異常と合わせて黒猫団が一撃で倒せるところまで持って行く。

 

 

「チェンジ。《アックス》・トゥー・《ボウス》」

 

 

次の目的地に向かってジャンプして斧を振り下ろし、両手剣を振り回して構えを取る。

今度は両手剣スキル全方位範囲技《ブラスト》。これも二連撃。

だが今度の一撃は重かったのか、大半のMobがポリゴン片になった。うわぉ。

 

お次ぎは片手剣だ。

 

 

「チェンジ。《ボウス》・トゥー・《ロング》」

 

 

近くにいる敵でHPが一番多い奴に両手剣を突き刺し、片手剣を手に一回転。

そして―――。

 

 

「そろそろ粗方削れたかぁ!?行くぞ、《ホリゾンタル》!!」

 

 

―――チャンスになった時こそテンションを上げろ!!

片手剣スキル広範囲技《ホリゾンタル》。

キリトも敵に囲まれた時によく使っていた。

 

 

 

ここらでちゃんと黒猫団の方を確認。

視界の端には収めていたがな。危険はなかったようだし。

 

 

なるほど。

テツオとサチを別々にして、それぞれにダッカーとササマル、シリカとケイタが付いて対応しているのか。

敵のHPが減っているからこそできる芸当だな。

 

テツオとサチが盾で相手の攻撃を受けきり、ササマルとケイタが攻撃。

それで倒しきれなければダッカーとシリカが遊撃で撃破。

倒せていれば他の相手からの攻撃をパリィ、か。

よくやってるじゃないか。

 

 

「チェンジ!《ロング》・トゥー・《ショート》!!」

 

 

片手剣から短剣に戻し、そのついでに()()()()に向かう。

その場所とは――《キリング・デストロイ》の落ちている場所だ。

 

 

 

よし。《キリング・デストロイ》は回収できた。

 

 

左手で《キリング・デストロイ》を拾い、二刀流モードに。

ここまで削ればソードスキルはいらねぇだろ。

 

 

「もう少しだ、頑張れ!!」

 

 

発破をかけると、口々に返事が返ってくる。

うん、気持ちも負けてない。やっぱり成長したな。

だが、それはそうと――――。

 

 

「ダッカ――ァァァ!!!てめぇ街に戻ったらデュエル五十連だからな!?

ビシバシ扱いてやっから覚悟しろォ!!」

 

「はいぃ!すんませんっした――!!」

 

 

あいつは鍛えなおす必要があるな全く!

ま、それもここを切り抜けてからだ!

 

 

 

 

その後、俺達は五分かけて敵を殲滅した。疲れた………。

あ、新たな通路の先には本物の宝箱があった。

俺が一番頑張ったからと言ってたくさん受け取らされそうになったが、あれは俺だけの功績じゃないからな。ちゃんと全員で分けた。

 

 

 

 

 

 

そして街に戻り、ダッカーと初撃決着モードでデュエルをした。ちゃんと五十回。

動きの悪いところとか改善できるところは指摘しまくった。

ダッカーは最後はフラフラになっていたが、かなり動きはよくなっていた。何だかんだで吸収は早い。

 

そこで終わればよかったんだが、黒猫団の全員に同じことをやってくれと頼まれた。

相手と同じ武器を使って、ダッカーにやったのと同じように指導した。

 

 

…………うん、ぶっちゃけやりすぎたかな。

なんか見違える程に動きがよくなってた。

全力ではないとは言え、俺に付いてこれるとか十分にすげぇ。

 

後日聞いた話だと、全体での動きもよくなってたんだとか。

そろそろ集団戦闘で黒猫団に敵うチームはなくなったんじゃねぇか?

 

 

 

 

こんな感じで、黒猫団との攻略は幕を閉じた。

本当に疲れたぜ全く……………。

 

 

 

 

 





とまあこんな感じでした。

ダッカーはやらかすのさ!
途中かっこよかったのに勿体ない(書いたの作者だけど)。

最後のところ、書いた方がよかったかな?
いらないと思ったから書かなかったけど……。

ま、何かありましたら感想お願いします。

次回はカイがリズベット武具店に行くぜ!!
お待ち頂ければ。



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第十九話 リズベット武具店に行こう!


タイトル通りです。
オリジナルストーリーですね。

カイが大変な目に遭います。


 

 

ダッカーの扱きから始まった黒猫団の特訓を終えた次の日。

俺はある場所に向かっていた。

 

今日は俺の隣にシリカがいない。

今頃シリカはアスナの下で調味料に関するレクチャーを受けているだろう。

だから俺は俺で、シリカ抜きでできることをしちまおうと考えたわけだ。

 

と、言うわけで―――。

 

 

「おーい、リズー!!いるかー!?」

 

 

俺はリズベット武具店の扉を開け放ち、大声で呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、何よ!?聞こえてるから!そんな大声出さなくても聞こえてるから!」

 

 

俺が呼びかけた二秒後、リズが慌てて工房から飛び出してきた。

ちょうど他の客はいなかったようだ。タイミングいいな。

 

 

「よお、リズ。ヒースクリフとの決戦前に来たのが最後だから……六日ぶりか?」

 

「そぉね。あんたがあたしに大量の研ぎを依頼してから六日ね」

 

 

うっ……心なしかジト目がキツイ気がする……。

 

 

「あ、あー。今日は客はどうした?」

 

 

かなり苦しいが、ここは話を逸らすのが最善手と見た!

 

 

「ああ、朝一のお客さんならもう帰られた後……って、まさかカイ!お客さんがいない時間に来たんじゃないの!?」

 

 

あ。逸らした先も地雷だった。

 

 

「ああ。偶々来たら客がいなくてびっくりしたぞ」

 

「っ!?……信じらんない!?もしお客さんがいたらどーすんのよ!?取り敢えず大声出したんでしょ!?」

 

「大丈夫だって。リズベット武具店の信用はそれくらいで失墜するものじゃないさ」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

 

いい笑顔でそう言ったのだが、怒られた。当然だけど。

 

 

「すみませーん」

 

「あ、いらっしゃいませー!……カイは静かにしててよね」

 

「あいよ」

 

 

新しく客が入ってきた。リズが応対に行く。釘を刺された。大人しくしてるか。

 

 

「えっと……片手直剣を探してるんですけど……」

 

「あ、でしたらこちらの棚になります。どのようなものをお探しですか?」

 

「えっと……ちょっと重めの剣がいいですね」

 

「重めなら……これなどいかがでしょうか?」

 

 

俺は感動していた。

リズが……リズが、店長らしいことをしている!すげぇ!店長にしか見えねぇ!

 

少々気の弱そうな片手剣を探しにきた青年は、リズに薦められた剣を振り、感触を確かめている。

だが、あの振り方を見る限りまだ軽いみたいだが……。

 

 

「うーん、ちょっと軽いですかね……」

 

「その次に重いものだと、これになります」

 

 

次にリズが取り出した剣を振って、青年が顔を顰めた。

あれは重すぎるのか。微妙なラインのものを欲してるんだな。

 

 

「えっと……これだと少し重いかな……」

 

「そうですか……どうなさいますか?買われるのでしたら、軽い方かと思いますが……」

 

 

二人とも表情を変えて悩んでいる。

ふむ。あの人は攻略組で見たことないから、それよりは下の人なんだろうけど……。

ちょっと手を貸すかな。

 

 

「リズ、両方の剣貸してくれ」

 

「え?あ、うん。行くよ、ほい!」

 

「マジかよ」

 

 

まさかのスローイングだった。自分の店の品物だろうに……。

難なく受け取り、重量を確認する。

 

これの間なら……多分あるぞ。

 

 

俺はメニューを操作して、ドロップ品を探し出す。

えーっと………お、あった。これこれ。《デリーキーン》とかいう由来のわからない名前の剣だ。

性能もリズの剣には及ばないが比較的まともだし。

あ、そうだ。どこら辺で戦ってるのか訊かないとな。

 

 

「おい、あんた。何層を探索するつもりでここに来たんだ?」

 

「えっと、六十層辺りを……」

 

「六十層なら行けるだろ。こいつ、持ってみな」

 

「え、あ、はい」

 

 

青年に剣を渡すと、彼の目が輝いた。

 

 

「あ……!これ、ちょうどいいです!すごいです!どうしてわかったんですか?」

 

「いや、あの二つの剣の間だろ?それならこれくらいかなって思っただけだ。性能は問題ないか?」

 

「えっと……はい。この数値なら大丈夫です。あの、この剣を譲ってください!」

 

 

青年が頭を下げてくる。

ここに来て収穫なしってのも可哀想だし、どっかで死なれても目覚めが悪ぃからやるのは吝かじゃねぇが……。

 

 

「俺から直接やるわけにはいかねぇな。あんたはリズの店に買いに来たんだろ?その客を取るのは俺の趣味じゃねぇし。

リズ、この剣タダでやる。性能はお前の作ったやつより悪いから、適当な値段付けてこの人に売ってやってくれ」

 

「ちょ、それじゃああんたが損するだけじゃない!」

 

「ドロップ品だから気にすんな。リズに正規の値段で売ってもいいが、それだとこの人が買うときの出費が大きくなるだろ?だが俺がタダで提供すれば、リズは材料費が浮く分安く売れる。この人のためにも、もらってくれ。俺の所持金は山ほどあるから気にしないでいい」

 

 

俺が頑な姿勢を見せると、リズは深いため息を吐いた。

 

 

「……はぁぁぁ〜〜。カイに引く気はなさそうだし……。しょうがないわねえ。もらってあげるわよ。

えー、では。この剣の性能ですと、値段はこうなりますが……いかがいたしますか?」

 

「買います!ありがとうございます!」

 

「お礼はそいつにお願いします」

 

「はい!あ、あの、ありがとうございました!」

 

「気にしないでくれ。頑張ってな」

 

「はい!失礼します!」

 

「ご来店、ありがとうございました〜!またのおこしをお待ちしております〜!」

 

 

青年は剣を買うと、慌ただしく出て行った。

 

 

「……はぁ。ま、お礼は言っておくわ。ありがとね」

 

 

あの青年もいい気持ちでここを去れただろう。リズベット武具店の印象が悪くなるのは、俺としても不本意だからな。

 

 

「だから気にするなっての。どうせストレージで死んでた武器だ。さてと、俺の依頼いいか?」

 

「いいわよー。今度は何?まさか研ぎなわけないわよね?オーダーメイド?」

 

 

……確かに、普通なら六日かそこらで剣を研ぐ必要な状態になることはほとんどない。

ここ大事な。あくまでも、()()()()だ。

 

 

「………あー、悪ぃな。その研ぎの依頼だ」

 

「なんで!?」

 

「こいつ頼む」

 

「しかも《ヴァイヴァンタル》って!?どんな使い方したのよ!?」

 

 

《ヴァイヴァンタル》は素材がいいので、耐久値も高い。切れ味も衰え難いが、あんな使い方をすれば磨り減るのも仕方がない。

ヒースクリフの盾を攻撃しまくったからな。ストーカーを斬り飛ばし、トドメにあのトラップだ。

未だかつてない勢いで研ぎが必要な域に達した。

 

 

「それと――」

 

「何!!まだ何かあるの!?」

 

 

リズ、キレてんなー。しょうがねぇと思うけど。

 

 

「スローイングダガーとピックを買いたい」

 

「また!?もう在庫ほとんどないわよ!?というかあれだけ買っていってなんでまた補充する必要があるのよ!?」

 

 

リズはヒースクリフとの決闘を見に来ていたから、俺がそれらを一本も使っていないことは知っているはずだ。

だから余計にシャウトしてるんだろう。すまん、許せ。あのトラップが悪ぃんだ。

 

 

「ちょっと色々あってな……。何なら、素材採って来てやるよ。いつもどこで集めてんだ?」

 

「うう、頭が痛い……。そうね、お願いしようかしら。五十六層の《プリティカル》って街、わかる?」

 

「ああ、あの変な名前の街か。知ってるが?」

 

 

《プリティカル》なんて丸っこい響きのくせに、周りが荒野で剥き出しの岩がごろごろしている街だ。

なるほど、確かにあそこの近くなら色々ありそうだな。

 

 

「あの街の入り口から左に進むと、《塊鉱(かいこう)の岩肌》ってダンジョンがあるの。今はそこで採取した素材からピックとダガーを作ってる」

 

「わかった。どれくらい採って来ればいいんだ?」

 

 

俺はリズに言われたことを記憶すると、出発する準備を整えた。

 

 

「あ、《ヴァイヴァンタル》はどうするのよ?」

 

「あの階層なら《ヴァイヴァンタル》はいらねぇだろ。研いどいてくれ。俺はもう出るわ」

 

「わかった。気を付けなさいよね」

 

「おう。んじゃ、行ってくるわ」

 

「いってらっしゃーい。お願いねー」

 

 

後ろから聞こえてくるリズの声に手だけ振り返し、俺は転移門に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《塊鉱の岩肌》に着いた。

道中は特筆することはなかったな。低い階層だし。

 

っと――。

 

 

「これこれ。本当にごろごろしてんなー」

 

 

俺は《塊鉱の岩肌》に入ってから、すでにかなりの数の素材を集めていた。

まだ採集始めて一時間も経ってねぇけどな。

 

もうリズに指定された分は超えてるんだが、せっかくだからと集め続けている。

まとめて大量に作ってもらった方が俺としても楽だしな。

 

 

「また出た。マジで多いな」

 

 

今度はさっきとは違う鉱石を採取。ちょっと調べたらすぐに出てくる。石投げたら当たるレベルだ。

 

 

「グルルルル……」

 

「おっと、お前に用はない」

 

 

すると、《ロックリザード》って名前のリザードマンが出てきた。鱗が岩石っぽくなってるリザードマンだな。

ロックって言う程硬くはない。俺のレベルだと余裕で倒せる相手だ。

 

 

「ほいっと」

 

「グルアアア……」

 

 

断末魔の叫びをひっそりとあげて、ロックリザードが消滅する。

Mobが弱すぎて、肩ならしにもならねぇな。

 

 

 

―――この考えを持ったのが全ての原因だったと、俺は後に後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「採集っと……。これでリズに頼まれた分の五倍は集め終わったか。……ん?行き止まりか」

 

 

このダンジョンに入ってから数時間。

俺はダンジョンの最奥の部屋に辿り着いた。

俺のアイテムストレージには、夥しい数の鉱石が眠っていることだろう。

このダンジョンにもう用はない。帰るか。

 

俺は振り返って―――思考が一瞬停止した。何故なら――。

 

 

「…………は?入り口は?」

 

 

――入り口が消滅していたからだ。

 

 

―――この唐突に始まる異常事態。

―――トラップを踏んだ記憶がないという状況。

―――そして湧き上がるこの嫌な感じ。

……似た様な状況にものっすげぇ心当たりがあるな。

 

 

「オイオイ、冗談だろ……!?今は《ヴァイヴァンタル》もねぇってのに……!」

 

 

()()()も《ヴァイヴァンタル》は持ってなかったが、あそこはここより十も階層が下だった。

それに、この感じ……あの時よりもヤバい気がする。

 

装備していた《キリング・デストロイ》を構え、神経を張り詰める。

 

部屋は比較的広い。縦横二十メートルってとこか。高さも十分ある。俺の跳躍じゃあ天井には届かないだろうな。

 

 

その部屋の壁際に、ポリゴンが集中する。

それらは集まって、あるものを形作った。

 

 

「オイオイ、マジかよ…………」

 

 

《ウェイブロックゴーレム》と《タングストンブリザード》だ。

 

《ウェイブロックゴーレム》は、高さが三メートルを超えるゴーレムだ。

両腕の先には武器が付いていて、右に斧、棍、両手剣。左に片手剣、短剣、曲刀だ。

顕微鏡の対物レンズの倍率のリボルバー式って言えばわかるか?くるくる回せるやつだ。

あれの要領で、最初は斧と片手剣がセットされている。

 

《タングストンブリザード》は、端的に言うと鰐だ。

四つ足で地を踏みしめ、鋭い歯を見せて威嚇してくる。表皮は恐ろしく硬く、優秀な素材になる。

こいつの武器は、言うまでもなく歯と、その硬い身体。そして駄洒落なのか、ブレス攻撃もしてくる。

尻尾を振るう一撃は、同質量の普通の鰐の攻撃の倍じゃ利かないほどの威力だろう。

脚は短いため踏みつけられることはまずないが、実際にそうなったら死ぬだろう。

 

こいつらは、この階層のボス部屋に着く前に戦闘になった、中ボスだ。

それが、それぞれ十体ずつ。

しかも、単体の威圧感が中ボス時の比じゃない。

これは――。

 

 

「厄介なことになったなぁ……」

 

 

まあ、嘆いていても仕方ねぇ。総勢二十体のモンスターが我先にと突っ込んで来てるからな。

ぼーっとしてたら死ぬ。

 

 

「ま、この場に誰もいないのがせめてもの救いか……。やるっきゃねえよな。

……チェンジレフト。《フリー》・トゥー・《ロング》」

 

 

俺は向かってくる敵に臆することなく、こちらから飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェンジ!《ショート》・トゥー・《ボウス》!!」

 

 

俺は簡易変更スキルを使い、タングストンブリザードを短剣で斬りつけ両手剣で吹き飛ばす。

 

 

「おしっ、追撃……って、ヤバっ!?《エアリーシールド》!!」

 

 

大きく吹き飛ばされたタングストンブリザードに追撃をかけようとして、相手の行動を見て慌てて中断し防御する。

このブリザード攻撃には行動阻害効果があるので、万一にも食らうわけにはいかない。

 

 

「………よしっ、今だ!《カラミティ・ディザスター》!!」

 

 

両手剣スキル奥義技が炸裂し、最後のタングストンブリザードをポリゴン片に変える。

完全な技後硬直に陥る前に、繋げる!

 

 

「チェンジ!《ボウス》・トゥー・《ショート》ッ!!」

 

 

後ろから棍で殴りかかって来ていたウェイブロックゴーレムの攻撃に両手剣を合わせてノックバックさせ、短剣で追撃する。

 

さらに体勢を崩したゴーレムから一旦距離を取る。

相手のHPバーを見る限り、一撃で決めるのは難しそうだな……なら!

 

 

「これで……どうだ!?」

 

 

短剣スキル四連撃技《ディスピステップ》。

相手の左右の脚にそれぞれ二撃ずつ入れ、移動阻害をかける技だ。

 

ゴーレムが立ち上がるが……よし、動きづらそうだ!

 

 

「トドメだ!《リターンクロス》!」

 

 

俺はゴーレムに接近し、ヒースクリフとの決闘でも活躍した《リターンクロス》を使う。

狙い澄ました四連撃は全てクリティカルヒットして、ゴーレムのHPを削りきった。

ゴーレムが爆散し、部屋が静寂に包まれる。

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ………これはさすがにヤバかった……!」

 

 

何とか生き残ったが、今回はヤバかった。死ぬかと思った。

 

まず、武器はほとんど研ぎ直しが必要だ。

無事なのは棍と両手剣くらいか。他はほぼ全滅だ。耐久値が全損しないようにはしたが、これ以上の戦闘は耐えきれないだろう。

 

さらに、回復アイテムをかなり使った。

回復結晶三つに、HP回復POTを十本以上。一回HPがレッドゾーンまで行って、ヒヤヒヤした。

 

あと、集中力もヤバい。あのクラスのモンスター二十体は厳しかった。

レベルを確認する暇はなかったが、恐らくそれぞれが七十弱はあったと思う。

そのくらいのレベルの中ボスに攻撃食らった時と同じくらいHPが減ったからな。

 

ドロップはたくさんあるが、全然嬉しくねぇ。

 

あー、でもよかった。これで無事帰れ……る…………?

 

 

「………………え、えーっと?おかしいな?転移、《リンダース》。………え?」

 

 

……俺はさっきから並列思考を展開して、転移結晶を取り出していたんだが……。

え?転移できない?―――ってことは、まさか―――。

 

 

ドンッ、と。俺の背後から、何か重たいものが着地したような音が聞こえてきた。

…………振り返りたくねぇが、振り返らざるをえない。

 

ゆっくり振り返った俺の目に映ったものは――。

 

 

「…………ですよね――」

 

 

でっかいゴーレム。高さは五メートルくらいあるんじゃねぇか?

腕が太い太い。直径一メートルくらいありそうだ。武器はなし。

脚は……どう頑張っても切り崩せないな、あれは。見ただけで頑丈さがわかる。

でかいだけで他にはそれと言った特徴はねぇが……この場合はでかいのが脅威だからな。

 

名前は……《ギルゴレム》か。知らねぇ名前だな。恐らく、このイベント固有ボスだろうな。威圧感が半端無い。

 

 

「あの連戦の後にこいつかよ……。完全に殺す気じゃねぇか」

 

 

それにしてもこいつ……なんで動かないんだ?

今俺は突っ立ってるだけだから、絶好の機会だと思うんだが。

 

 

「……あ、なるほど。わかった。こいつ、自分に敵対行動を取って来た奴だけを相手にするのか。

つまり、こうして黙ってる分には害はないが、こいつを倒さないと帰れないと。鬼畜設定だな」

 

 

やむを得ず戦うスタンスじゃなく、自分から仕掛けろとかえげつねぇな。

いい性格してるよ、茅場は。

 

まあ、俺もこのままってわけにもいかねぇし……。

 

 

「しかし、武器はどうする?どれも実用に耐えねぇと思うが……」

 

 

…………んー。

…………あ、一つ方法を思いついた。でもこれキツそうだなぁ……。やりたくねぇ……。

 

 

「でもま、これまたやるしかないよっと……」

 

 

俺は右手に片手棍、左手に短剣を装備して、HP回復POTを飲んでおく。

これは継続回復の効果があるからな。事前に飲んでおいても損はさほどない。

 

 

「結晶アイテムも用意して……うし、やるか」

 

 

意を決して、ギルゴレムに向かって走る。

その瞬間、ギルゴレムの頭(でいいのか?)に付いている緑色の光が赤色に変わり、ギルゴレムが両腕を振り上げて叫んだ。

 

 

「グモオオオオオ――――!!」

 

「っしゃあ、行くぞオラァ!!」

 

 

奴の腕の振り下ろしを回避し―――って、うおっ!?

 

 

「グハッ!?」

 

「ウロオオオオオ――――!!」

 

 

ギルゴレムが殴った床が弾け飛び、衝撃で俺まで吹き飛ばされた。

なんつー威力だよ……!?

 

 

「チッ、躱すのじゃダメなのか!」

 

「ウロオオ――!!」

 

 

今度は右腕でパンチを繰り出して来た!

字面は可愛らしいが、実物はヤベェ!!だが迎え撃つ!!

 

 

「うおらぁぁああああ―――!!」

 

「グオオオ―――!!」

 

 

左手の短剣を手放し、右手の片手棍でスキルを発動!

食らえ――――!

 

 

「グウッ!?」

 

「グオオ――!」

 

 

な、何とか弾き返せた……!

つか、このスキルでも相打ちが精一杯とか本格的にヤベェ!

 

俺が使ったスキルは、棍スキル低命中重攻撃技《グランドオウル・インパクト》。

単発技で、一目で遠心力を利用しているとわかる大振りのスキルだ。

隙は大きいし当たり難いし単発だが、その分一撃の威力は計り知れない。

俺が思うに、一撃の威力は全スキル中最高だろう。このスキル、熟練度がそこそこ上がってから覚えたしな。

しかし、それでもやっとのことで互角。使用できる武器が棍と両手剣しかない以上、俺に相当不利だな、この戦い。

 

棍と両手剣のスキルは、他の武器に比べてどちらも手数で劣る。どちらかと言えば一撃の威力に重きを置いている武器だからだ。

攻撃を受けてわかったが、あれに対抗するには一瞬の内に何発も攻撃を叩き込むか、どでかい一発で押し返すしかねぇ。

今の俺の武器的に後者を選ぶしかないわけだが、それができるのは、恐らく《グランドオウル・インパクト》だけ。

もしくは、武器を使い潰す気でやるかだが……それは最終手段だな。ひとまずやってみるっきゃねぇ。

 

 

今のことを並列思考で考えていた俺は、体勢を立て直して攻撃に移っていた。

奴はノックバックがあまりにも大きかったのか、まだ体勢を崩している。今がチャンスだ。

 

 

短剣を掴んだ俺は、ひとまず両手の武器でタコ殴り。

片手棍では遠慮せずにボカスカ殴り、短剣の方は慎重にギルゴレムの腕の関節などの弱そうな部分を刀身を傷めないように斬りつける。気を抜いたら《キリング・デストロイ》が折れるな。

 

 

「グ……グオオオオ――!!」

 

「今だ!」

 

 

ギルゴレムがノックバックから立ち直り、体勢を立て直そうとする。

俺は身体を起こしつつあるギルゴレムの腕を()()()()()、頭らしきものに向かってスキルを発動する。

 

 

「ここへの攻撃は効くんじゃねぇか―――!?」

 

 

俺の両脚がライトエフェクトに包まれ、身体が勝手に回転する。

 

腕に立ったまま左脚を軸足に右脚の回し蹴りを繰り出し、右脚を左脚の側に下ろし今度は右脚を軸に同じ回転で左の回し蹴り。

同様にして回し蹴りの六連撃を繰り出した後、両脚で踏み切って縦回転し踵落しの二連撃を叩き込む。

 

体術スキル八連撃技《旋風脚》。体術スキルの上位スキルだ。威力も相応にある。

これが俺の思いついた方法だ。要するに、武器が限界なら身体で殴ればいんじゃね?ってことだな。

 

 

「グオオ――!」

 

「これでも倒れねぇのか……!なら……!」

 

 

仰け反った状態で踵落しを食らっても倒れないギルゴレムの足腰の強度に驚愕しつつも、次の攻撃に移る。

 

難なく着地し、ギルゴレムの足下にダッシュ。技後硬直は空中で解けた。

 

靴を滑らせながら体勢を低くして停止し、そのままの勢いでスキルを使う!

 

 

「フッ!!」

 

 

左脚を前、右脚を後ろの体勢で両脚を輝かせて止まった俺は、低い体勢のまま右脚で地面スレスレのローキックを放つ。

右脚を振り抜いたら両手を地面について勢いを利用して無理矢理回転、左脚で先ほどの攻撃の軌道をなぞるように蹴りを放つ。

 

体術スキル二連撃技《腰落とし》。

二本脚で立っている相手の両脚を払って、転倒させることを重視したスキルだ。

相手を《転倒(タンブル)》状態にできれば、戦闘をかなり有利に進めることができるからな。

 

今回、上体も仰け反っていたギルゴレムは、耐えきれずについに転倒した。

 

 

「よっしゃあ!もらったぁ!!」

 

「グオオオオ―――!!」

 

 

ギルゴレムは未だに叫んでいるが、俺にはそれが断末魔の悲鳴にしか聞こえなかった。

 

 

その後、戦闘は何事もなく進み、俺はギルゴレムを倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘終了後、俺は即座に転移結晶を使って、《リンダース》に跳んだ。

 

 

「た、ただいま………」

 

「あ。どうしたのよ、カイ?あまりにも遅いから心配したじゃない。何かあったの?」

 

「あ、ああ……色々な……。それより、これ……」

 

 

今は説明する元気もなく、手に入れた鉱石をトレード欄に載せてリズに送る。

リズが表示された鉱石の数を見て、仰天している。

 

 

「ちょ、なによこれ!?どんだけ採取したのよ!?」

 

「いや、いっぱい作ってもらおうと思って……あと、これ全部研ぎ頼む……」

 

「ぎゃああ!?またなの!?」

 

 

おいリズ、女子がその悲鳴はどうかと思うぞ。

 

 

「って、今回はえらくボロボロね。本当にどうしたの?」

 

「悪ぃ、なんか飲み物もらえねぇか……?ぶっちゃけフラフラでさ」

 

「あ、うん。ちょっと待ってて」

 

 

俺はリズが出してくれた紅茶を飲んで一服し、事のあらましを話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カ、カイ……あんた……よく生き残ったわね……」

 

 

俺の話を聞き終えたリズは、頬を引き攣らせながらそうコメントした。

 

 

「ああ……。俺も今回はダメかと思った。一回HPがレッドまで落ちたからな」

 

「うわぁ……。本当にカイが無事でよかったわ……」

 

 

リズは本当に心配してくれている。いい友人を持ったな、俺。

今度何かお詫びの品を持ってこよう。

 

 

「とまあ、そういうわけだから、研ぎ頼むわ。投擲武器もよろしくー」

 

「ええ、わかったわ。でも、他のお客さんの依頼もあるからすぐには無理よ」

 

 

そりゃそうだ。この店は人気のある有名店だからな。攻略組でも懇意にしている奴も多いし。

 

 

「わかってる。どのくらいかかりそうだ?」

 

「うーん、このくらい!って言うのは難しいわね……。多分三日くらいかかると思うけど」

 

「三日?思ったより長いな。もしかして、今日たくさん依頼が入ったのか?」

 

 

そうとしか考えられないな。リズは仕事が早い。それなのに三日もかかるってことは、相当な数の依頼があったんだろう。

 

 

「そうなのよ。頑張ってはみるけど、多分三日が最速ね」

 

「いや、無理して頑張らなくてもいい。これは俺が無理した結果だし。ま、気長に待つからできたらメッセ飛ばしてくれ。時間がある時に受け取りに来る」

 

 

それでリズに倒れられでもしたら本末転倒だからな。無理はいけない。俺が言う事じゃねぇが。

 

 

「そう?わかった。いつも通りやって、できたら連絡するわ。じゃあはい。取り敢えず《ヴァイヴァンタル》ね」

 

「おう、さんきゅー。……ああ、《ヴァイヴァンタル》よ!今日ほどお前が必要だと思った日はなかったよ!」

 

「…………え、えっと、カイ?大丈夫?特に頭とか」

 

 

リズが変な物を見るかのような目を向けてくる。

でもさぁ、本当にそう思ったんだから仕方ないじゃん!

《ヴァイヴァンタル》だったら、あそこまで耐久値を消耗しなかったと思うし。

 

 

「ああ、大丈夫。ちょっと安心しただけ。こいつはマジで最高の武器だし」

 

「ありがと。それを作った者として鼻が高いわ」

 

「おう。……あ、そうだ。リズに頼まれた分以外の素材は、八割は俺の投擲武器にしてくれ。全部買うから。残りの二割は取っといてくれ。ストックにでもしたらいいんじゃねぇか?」

 

「え、いいの?」

 

「ああ。んじゃ、そういうことでよろしく」

 

「わかった。ご来店、ありがとうございました」

 

「あいよー」

 

 

リズに頼むべきことを頼み、俺はリズベット武具店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

…………家に帰ったら、シリカに問いつめられた。

 

遅い。何をしていたのか。

 

だそうだ。シリカの迫力に負けて、正直に話したらめっちゃ怒られた。

それはもう怒られた。シリカの背後に修羅が見えた。

 

罰として、俺は武器が直るまで街から出てはいけないということになった。

ま、ちょうどいいからシリカとデートでもするかな。

 

 

 





いかがでしたか?
感想とかもらえると嬉しいです。

リズはいい友人ですね。
カイと親友になれそうな感じ。

リズはカイに恋心を抱いてはいません。純粋に友人として心配しています。
シリカが抜けただけで、キリトハーレムは健在です(笑)描写は少ないですが。

カイはフィールドに出られないので、次回はほのぼのした話になる予定です。
あと二話くらいオリジナルストーリーを入れたら、キリトとアスナの下にあの娘が行くことになると思います。

では、また次回。



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第二十話 謹慎一日目:シリカとデート


今回短いです。

いやあ、戦闘描写ないと字数稼げないっすわwww
暖かい空気にできてるといいな。


 

 

さて、俺が軽く死にかけた次の日―――の、午前三時。

俺は目を覚まし、身体の調子を確かめた。

 

 

――よし、大丈夫そうだな。質のいい睡眠のおかげで疲労は取れてる。

激しい戦いだったから、疲れが抜けてるか心配だったが……。

そうとわかれば、行動(ミッション)開始だ。

 

 

俺はそっと起き上がり、音を立てずにベッドを抜け出した。

シリカを見て、寝ていることを確認。

このまま抜き足差し足忍び足で扉に近づき、ノブに手をかけ――――た瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

突然の音に驚いて、軽く悲鳴を上げてしまった。

―――そして、背後から修羅の気配。

………ああ、なるほど。そういう目的のトラップか。

 

 

「カ〜イ〜さ〜ん〜?」

 

「……ははは、お手柔らかに。……はぁ」

 

 

俺は逃走を諦め、両手を挙げてお叱りを待った。

 

 

 

 

 

 

 

「だから!!禁止って言いましたよね!?あたしは何を禁止しましたか!?」

 

「フィールドに出ること、だな」

 

「そうです!そしてカイさん!今、どこに行こうとしましたか!?」

 

 

シリカの剣幕が激しい。さて、どうやって誤魔化したものか。

 

 

「えーっとだな……」

 

「誤魔化したら謹慎が延びますから」

 

 

よし正直に言おう!やっぱり正直なのが大事だよな、うん!嘘よくない!

 

 

「フィールドに行って深夜のレベリングしようと思ってましたハイ」

 

「でしょうね。まったく、キリトさんから聞いてなかったらどうなってたか……」

 

「やっぱり情報源はアイツか」

 

 

くそう。やはりキリトとは一度決着をつける必要があるみてぇだな。

今のところ初撃決着デュエルの戦績は五百八十三戦二百九十二勝二百九十一敗。

次に俺が勝てば俺の勝ち越しだ。やったね。まあ今までそれで勝ち越せてないんだけど。

 

 

「はい。どうせ抜け出すだろうから注意しとけって言われました。

まさかと思いましたが……本当にやるとは」

 

「いやぁ、こっち来てから欠かしたことなかったし」

 

 

ここまでの会話でわかると思うが、さっきのアラームは俺が深夜にレベリングしてるのを知ったシリカが、俺を部屋から出さないために設置したものだ。

圏内だから注意してなかったな……。ミスった。

 

 

「カイさん」

 

「はい、何ですか」

 

 

シリカの迫力に負けて思わず敬語になった。

 

それはそうと俺、シリカの尻に敷かれてね?今思ったけど。

……はは、まさかそんな。…………うん、頑張ろう。俺の方が年上だしな。

 

 

「こっちに来て下さい」

 

 

これはもう無理か。諦めよう。

 

 

「んと?そっちってシリカのベッドか?」

 

「はい」

 

 

俺とシリカのベッドは別だ。

俺達はプラトニックな関係をうんたらというわけではなく、ベッドが元から二つ設置されていて、一つのベッドに二人で寝るのは狭かっただけだ。

いやまあ健全な関係を心掛けてるけどな?

と言うかどの辺からが健全じゃないってことになるんだろうな。

俺とシリカはすでに一緒に寝たけども。

メニューの最深部に倫理コード解除設定ってのがあってな。

あれを見つけた時、茅場は本気で俺達をデスゲームに参加させる心づもりだったんだなって改めて思い知らされたよ。

 

余計なことまで色々言った気もするが、今必要な情報は二人で寝るには狭いってことなんだが。

 

 

「狭くね?」

 

「抱き枕にします」

 

「そうか。なら俺はシリカの可愛い寝顔でも観賞してるよ」

 

「も、もう!煽てたってダメですからね!あたしは甘くないですよ!」

 

 

そういうつもりじゃなかったんだが。まあいいか。照れてるシリカが可愛いし。

 

俺はシリカの手を引いてベッドに近寄り、縁に腰掛けた。

 

 

「さあ、お嬢様。存分に抱き枕としてお使いください」

 

 

冗談めかしてそう言うと、シリカの頬が朱に染まった。

 

 

「うぅ……なんか負けた気がします……」

 

 

俺はどうやらシリカに勝ったらしい。何で勝ったのは知らないけど。

 

 

その後、シリカは俺の腕を枕代わりにしてコアラのように俺に抱きついて眠った。

 

寝顔がとても愛らしく、とても幸せな気分になった。

もう片方の腕で頭を撫でると、寝てても顔を綻ばせていたのが印象的だった。

 

……なんか小学生の読書感想文みたいになったな。どうでもいいけどさ。

 

 

 

 

 

ちなみに、朝の鍛錬はした。

シリカを起こさないように身体に回された腕を解くのに一番神経を使ったよ。

 

六時から風切り音以外の音を立てずに三十分やってると、シリカが起きてきて鍛錬に加わった。

最近はシリカも朝の鍛錬やってるんだ。

と言っても身体を軽く動かす程度だけどな。

圏内でダメージは発生しないから俺との模擬戦を三本くらい。

 

 

今日は俺の武器が短剣しかないから、流し、普通、本気の三種類でやった。

もちろん、レベルに段階を付けたのは俺だけだ。

 

流しではシリカの余裕の勝ち。普通では接戦の末俺の勝ち。本気は俺の圧勝。

シリカも強くなった。俺の普通ってのは、フィールドや迷宮区でMobを相手にする時と同程度に動くことだ。それと競れるってのは純粋にすごい。俺は対人だと培った技術を存分に盛り込むからな。あ、もちろんボスは違うからな?

本気なら流石に余裕がある。つーか、これで接戦になったら俺が凹む。

 

いつもは、ランダムに選んだ武器三種類で普通モードで三試合だ。

シリカは、相手の得物が長モノだとやり易いみたいだな。

小さな体躯を活かして相手の懐に潜り込み、相手のリーチを潰すのが上手い。

俺はもう慣れたが、初見ではかなりやり辛かった。

 

 

「お疲れ」

 

「は、はい……カイさん、やっぱり強いですね。全然敵いません」

 

「まあ、本気出したからな。簡単に追いつかれたら俺が困る。

俺のは歳の割には長い時間をかけて培ったモンだし」

 

「それはそうですけど……こんな有様でカイさんの隣に立てるか心配で……」

 

 

うーん、シリカはたまに自分を卑下し過ぎるきらいがあるよな。

二歳差で様々な覚悟と経験をしてきた俺と比べてるのかもしれないが……俺を比較対象にしてもいいことなんてほとんどないからなぁ……。

かと言ってただ大丈夫と言うだけじゃあ、シリカは本心から納得しないだろう。

さてどう言ったものか。

 

 

「……えっとだな。今のシリカなら俺の横で一緒に戦うなんて雑作もないことだと思うが、シリカが自分に納得できてないんなら、一緒に頑張って行こう。無理はせずにな」

 

「……カイさんがそれを言いますか」

 

 

シリカ の ジト目 こうげき!

カイ に 387 のダメージ!

 

 

「うっ……悪かったよ……」

 

 

……それを言われると弱い。

 

 

「…………ふふっ。でも、嬉しいです。そう言ってもらえると、少し自信になります」

 

「そっか。まあ、焦らずやっていこう」

 

「はい。じゃあ、朝ご飯の用意しますね」

 

「おう、よろしく」

 

 

 

 

 

SAOの数少ない良いところは、飯の用意に時間がかからねぇことだよな。

材料と調理方法を設定すれば三分もありゃあできる。アスナ傑作の調味料もあるから、味に変化を付けれるし。

 

一番はシリカに出会えたこの環境だ。もちろん、それ以外の奴らとの出会いもかけがえのないものだけどな。

茅場に素直に感謝できんのはこれくらいかな。

 

 

「そう言えばさ」

 

「?……んくっ。何ですか?」

 

 

ふと思ったことがあり、俺の飯が一区切りついたところでシリカに話を振ってみた。

シリカは首を傾げた後、口に含んでいた物を飲み込んでから訊いてきた。

…………俺はこの言葉を何度でも言おう。可愛い。

 

 

「シリカって料理できんの?」

 

「んぐっ!?ゴホゴホッ、ゴホッ!!」

 

「…………そうか、できないんだな」

 

 

口の中の物は全て飲み込んだはずなのに、何故か猛烈に咽せるシリカ。

うん、わかったからもういいよ。

 

 

「い、いえ?で、できますよ?きっと。やれば」

 

「ああ、できない奴は皆そう言うから」

 

「うぅ……」

 

「まあ料理できなくても大問題に発展するわけじゃねぇんだし、大丈夫だろ」

 

「大丈夫じゃありません!!大問題です!!」

 

「お、おおう……?」

 

 

俺はあまり気負わないようにしてもらおうと努めて軽く言ったのだが、シリカにものすごい剣幕で怒鳴られてしまった。

ま、思い当たる節がなくもない。

 

 

「えっと、向こうで俺に手料理を食べさせたいって考えてる?」

 

「………………はぃ」

 

 

長い沈黙の後、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら掻き消えそうなか細い声でシリカが肯定した。

 

 

大事な人に自分の上手くできた手料理を食べてもらいたいという気持ちは、俺もよくわかる。

 

あの事件の後で急遽家事担当になった俺にはもちろん料理の技術など存在せず、二週間ほどはそれはもう酷いものだった。

料理本を見て作ったから、身体に悪いほど調味料を入れ過ぎた、なんてことはなかった。

が、炒飯はべちゃべちゃ。肉は焼け過ぎて硬く、野菜炒めは火の通りが甘くてこれまた硬い。

パスタを作れば麺が伸びまくり、カレーを作れば野菜が溶けて視認できなかった。味付けも基本的に薄かった。

 

そんな酷い料理なのに、スズは文句一つ言わずに食べてくれた。

それどころか、『シンにぃが忙しい中頑張って作ってくれたんだもん。文句なんて言わないよ』とまで言ってくれたんだ。

その優しさが嬉しくて、同時に小学一年生の女の子に気を使わせた自分が悲しくて泣きそうになった。

だが、爺ちゃんの前で泣くことは許されない。前じゃなくてもダメだが。ちなみに、爺ちゃんには散々文句を言われた。不味いだのなんだの。

 

俺は密かに奮起し、スズのために鍛錬の時間を削ってまで料理の練習をした。

その努力が実って、スズに『シンにぃ、美味しいよ!』って言ってもらえた時は嬉しすぎて涙が出た。その後キッチリ爺ちゃんにボコられたが。

 

 

「シリカ、俺もその気持ちはよくわかる。わかるけど……」

 

 

――俺の言い方が悪かったのか、シリカが早とちりしたのが悪かったのか。ともかく誤解したシリカが、見る見るうちに泣きそうになる。

 

 

「ちょ、待て待て!シリカはなんか誤解してる!

わかるけど、それでシリカに怪我とかしてほしくないって言いたかったんだ!料理なら俺が教えるから!一緒にやろう!な?」

 

 

するとシリカが一瞬惚けた顔になり、直後に顔を赤くしてワタワタし始めた。

……多分、早とちりで勘違いした自分が恥ずかしいんだろうな……。

 

 

「あー。で、シリカ。シリカがそれでもいいか?軽いデートみたいな感じでさ」

 

「あ、はい!それでいいです!と言うかむしろそれがいいです!お願いします!」

 

「落ち着け。落ち着けシリカ。わかったから」

 

 

シリカを落ち着かせて、デートに出掛ける準備をした。

ちょうど予定していた時間になったからよかった。どうやって時間を潰そうか考えてなかったんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はどうする?」

 

「ん〜、食べ歩きしながら色んなお店を見て回りませんか?カイさんとの初デートは三十五層の店巡りでしたけど、あの気分を思い出したいです」

 

 

俺達はホームを出て転移門に向かって歩いていた。

今日のデートの最後は決めてるが、それ以外はノープランだ。

転移門までは少し歩くので、ここで決めちまおうと考えたわけだ。

 

 

「そうだな、食べ歩きもいいか。朝がちょっと少なかったのも、これを見越してか?」

 

「はい。最近カイさんが忙しくてあまりデートできてませんでしたから。いかにもデートって感じのことしたかったんです」

 

「………あ〜、すまん」

 

「いえ、気にしてません。色々大変だったのはわかってますし。その分、今日はいっぱい楽しみましょう!」

 

「……ああ、そうだな。それでよ、店を回るんだったらやっておきたいことがあるんだが、いいか?」

 

「……?何か予定があるんですか?」

 

 

シリカが不思議そうな顔をして訊いてくる。

本当は明日俺一人で行こうと思ってたんだが、シリカにも手伝ってもらった方がいいだろ。

……ま、実際は明日も一人で行動できないとは思うがな。

 

 

「ああ。リズにお詫びの品をあげたいんだ。あいつにも余計な心配をかけちまったみてぇだし……。仕事を大量に増やしちまったからな。アクセサリかなんか贈ろうと思ってさ。シリカも手伝ってくれねぇか?女子目線もあると助かる。

もちろん、シリカにもなんか買うけどな。一番心配をかけたのはシリカにだと思うから」

 

「カイさん……。そういうことなら、わかりました。あたしも精一杯選びます!」

 

「ああ、頼むよ。じゃあ、行こうか。何層にする?」

 

 

話している内に転移門広場に着いた。

どの層に行くかは全く話し合ってないな。

 

 

「うーん、どこって言われると難しいですね。カイさん、オススメはあります?」

 

「今まで行った中で一番よかったのは五十七層だな。美味いものがいっぱい食えた」

 

「なら、そこでいいですか?カイさんがかぶって嫌だったらダメですけど……」

 

 

不安そうなシリカに、苦笑を向けて答える。

 

 

「それを言ったら、俺はほとんどの層に行けなくなるよ。かなりの街で店を見て回ったからな。じゃ、五十七層でいいんだな?」

 

「はい!」

 

「うし、それじゃあ出発だ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移って五十七層。

 

俺達は屋台で買った物の食べさせ合いっこをしていた。

ちなみに屋台は五軒目。全てで食べさせ合いをしている。

 

 

「ほい、シリカ。あ〜ん」

 

「はい。あ〜ん、んぐんぐ、んくっ」

 

「どうだ?これは俺があの屋台で一番好きなメニューなんだが」

 

「はい、おいしいです。カイさんが選ぶ物はセンスがいいですね」

 

「そうか?それならよかった。あの人達に仕込まれた腕は鈍ってなかったってことか」

 

「……あの人達って誰ですか?」

 

 

――おっと、うっかり口から出てたな。気が安らいでる証拠かな。

 

 

「ああ、俺の家族だよ。親父もお袋も、兄貴も姉貴も、こういう食べ歩きとか大好きだったんだ。旅行行った先でこういうのがあるとすぐ飛びついてな。そっから目利き大会が始まるんだが、全員が同じ物選ぶから意味ねぇの。結果四人でなんか勝負して、勝った人から選んで買うっていうことをずっとやってた。

そんで、俺とスズ――はちょっと大きくなってからだけどな――に食べさせてどれが美味しかったか訊いてくるんだよな。

ぶっちゃけ全部美味しかったんだが、ウチの家族はそれじゃあ許さない。それで審査してるうちに味に敏感になって、いつの間にか俺もある程度の目利きはできるようになってた。懐かしいな――」

 

「――――カイさんは、ご家族のことが本当に好きなんですね」

 

 

シリカが優しい笑顔を向けて言ってくる。

俺も優しい表情をしてたんだろうか。

でも、そうだな。確かに――――。

 

 

「ああ。俺は、自分の家族が大好きだ。自慢の家族だ。それは今もだ。

願わくば、あの一家団欒がずっと続けばいいと思ってた。いずれ寿命が来るのはわかってたけど、それまでは――そう思ってたんだけどな」

 

「……カイさん―――」

 

 

――ああ、いけないいけない。デートに、こんな暗い気分は合わない。シリカに、そんな暗い表情は似合わない。

 

 

「止め止め。こんな暗い話はなしにしよう。ごめんな、俺から始まった話題なのにさ」

 

「い、いえ。あたしが不用意に訊かなければ……」

 

 

シリカ、そんな顔をしないでくれ。シリカには笑っていてほしい。無理してまで笑ってほしくはないが。

 

 

「いや、シリカは純粋に疑問に思っただけだろ?気にしないでいい。それが話のネタになるかもしれないんだからな。これからもどんどん訊いてくれよ」

 

「……はい……」

 

 

そう頷いてシリカは少し照れくさそうに笑った。

うんうん、シリカは笑ってる表情が一番素敵だ。

 

 

「さて、次に行こうぜ!」

 

「はい!」

 

 

そうして、俺達はその後十軒ほど屋台を回った。

…………流石に、食べすぎじゃないか……?まだ少し余裕はあるが。

 

 

 

 

 

 

 

「シリカ、昼飯どうする?」

 

「そうですね。なんか食べ過ぎちゃいましたし……。どうしましょう?」

 

「三択だな。ちゃんとした店に入って、軽い物を食べる。このまま屋台で腹を満たす。もういいや。どれにする?」

 

 

こういう時って、結構迷うよな。ぶっちゃけどれでもいい分余計に。

 

 

「うーん、ゆっくりしてもいいわけですし……最初のでいいんじゃ?」

 

「店に入って軽いものか。この辺の店にするか?」

 

「この辺って、屋台は多いですけどお店は少ないですよね……」

 

「そうなんだよな……。キリトと色々食べたことはあるが、どれもイマイチだったからなぁ……」

 

 

悩ましいのはここだ。美味いものを食いたかったら、転移門まで歩く必要がある。

まあ、それならそれで昼のピークは越えそうだから多少楽かもしれないが。

 

 

「なら、層を移りましょう。ここだとリズさんへのプレゼント選びにも向いてなさそうですし」

 

「そうだな。んじゃ、商業が盛んな層か……どこだ?」

 

 

俺の情報は色々ありすぎて、候補が多数で全くもってしぼれない。

 

 

「セルムブルグなんてどうですか?あそこなら、センスのいいものが集まってると思いますけど」

 

「……だな。そうするか」

 

「じゃあ行きましょうか」

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セムルブルグにて。

 

 

「この、ネックレスどうだ?敏捷がちょっとあがるし、採集も自分でこなせるリズにはいいと思うんだが」

 

「このリングもいいですね。これも敏捷があがります。どうしましょう?」

 

「うーん、シリカがいいなら、両方買うのでもいいんだが」

 

「あたしがよければって?」

 

「あ、金の話だよ。区別ないだろ?」

 

「あ、そうでしたね。全然構いませんよ。買っちゃいましょう」

 

「よし、なら買おう。――ちょっといいか。これとこれがほしい。代金はこれだ」

 

「へい、まいど。ありがとうございやした」

 

 

俺とシリカは、リズへのプレゼントを選んでいた。

昼食?特に言うこともない面白みのないものだったよ。

 

ちなみに、今は夕方だ。そろそろ陽が沈むって感じの時間帯だな。

リズへのプレゼントを吟味してたら、思いの外時間がかかってなー。

だが、ようやく決まった。えらく人間味のあるNPCから商品を受け取り、俺達は店を後にした。

 

――まだ、デートの最後の目的を達成してないんでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここだよ」

 

「ここですか?」

 

 

俺はシリカを連れて、湖の畔のある位置に陣取った。

シリカはキョロキョロと辺りを見渡している。

そういう差じゃねぇんだよなぁ。もうすぐ、ここと他の場所との違いがわかるはずだ。

 

 

「…………そろそろだ」

 

「え?――――うわぁ……!」

 

「どうだ?中々いい景色だろ?」

 

「はい、はい!すっごく綺麗です!」

 

 

俺が今回のデートでシリカに見せたかったもの……それがここの景色だ。

この湖の、ここの周囲五歩以内くらいのところで見られる特別な景色。

 

地平線に沈む夕陽と、その光を受ける水面。

これだけなら他の場所でも見れるんだが、この辺だとそれにプラスして湖の所々にある石の光の反射がシンメトリーっぽくなってて幻想的なんだ。言葉にしきれないくらいな。

 

 

「…………綺麗」

 

「気に入ってもらえたならよかった。偶然見つけたんだよ、ここ」

 

「それはラッキーでしたね!」

 

「ああ。キリトにも教えてはいない。あいつなら自分で知ってるかもしれないが、そうでなければ知らないだろうな。

こんな美しい景色は、発見した時に初めて見たよ」

 

「……はぁ、そうなんですか……」

 

 

シリカがぼーっとした様子でため息を吐いた。わかるよ、その気持ち。

 

 

「ため息、吐いちゃうよな」

 

「あ、あ!?すみません、あたしったら……!」

 

「ああ、気にしないでくれ。俺も初めて見たときはため息吐いたから。なんか、そうさせる力があるんだよな、この景色。――おっと、今日はそろそろお終いだな」

 

 

この景色は、一日十分もない。しかも、快晴じゃないと見られないときた。

そういう意味では、今日は運がよかったな。

 

 

「さて、俺からシリカに贈りたいものも贈ったし、帰るか」

 

「はい!素敵なプレゼント、ありがとうございます!」

 

「つっても、俺はただ見つけただけだからな。設定した奴がすごい気もするが」

 

「そんなことありません。こういうのを見つけるのだって、立派な才能です」

 

 

シリカが励ましてくれた。さんきゅな。

 

 

 

 

 

「シリカ、今日は楽しかったか?」

 

 

セルムブルグの転移門に向かいながら、シリカに今日の感想を訊いてみる。

 

 

「はい、とっても!いっぱいお話できましたし、食べ歩きもお買い物も楽しかったです!プレゼントももらっちゃって」

 

「心配かけたお詫びだよ。大したもんじゃないしな」

 

「そんなことありませんよ。カイさんが選んでくれたものなら、大したものになるんです」

 

 

そこまで持ち上げられると、くすぐったいと言うか何と言うか。

 

 

「つっても、ただの髪飾りとかだろ?まあ、そう言ってくれるのは悪い気はしないけどさ」

 

 

そう、俺のプレゼントは何てことない髪飾りと、ブローチ、それにさっきの景色だ。本当に大したものじゃない。

 

 

「あたしがいいって言うんだから、いいじゃないですか」

 

 

ま、それもそうだな。

 

 

「だな。んじゃま、シリカ。これからもよろしく」

 

「はい!」

 

 

こうして、俺達の久々のデートは終わった。

 

 

 

今日は俺も楽しかったな。シリカといると、本当に日々が充実している。

――こんな風にのんびりできるのは、後どれくらいだろうな……。

 

 

 





次回はリズにお詫びに行く話の予定。
まあ、カイには単独行動は許されてないんですけども。

感想とかありましたら、お願いしまーす。

では、また次回〜。


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第二十一話 謹慎三日目:武器が返ってくる!

どうもです。

クリスマスに投稿しようとして、全く間に合わなかった作者を嘲笑ってください……(泣)

今回はリズベット武具店に行こうパート2です。
では、どうぞー。




 

謹慎三日目。

予定なら今日、リズが俺の武器を研ぎ直し投剣スキル用の武器も作り終わる。

まあリズは早くてもと言っていたが、リズの仕事はかなり早いからな。多分終わるだろう。

 

ちなみに昨日は特に何もしていない。

本当なら昨日リズへのお詫びとお礼の品を買いに行く予定だったんだが、一昨日買ったからすることがなくなった。

それでせっかくだからと、シリカと一緒に家でくつろいでたってわけだ。

 

というわけで、俺は今リズからのメッセージを待っている状況だ。

シリカの作った朝飯を食べて、食後の紅茶を飲んでいるが……お、メッセージだ。来たか?

 

 

「あ、メッセージですか?」

 

 

俺がメニューウィンドウを操作し始めたのを見て、シリカが予想を言ってきた。

 

 

「ああ、そうだ。……やった、リズからだ!武器ができたってよ!」

 

「ふふ、はしゃいでるカイさん可愛い。そういうことなら、早く行きましょうか」

 

「仕方ないだろ、ずっと物足りなかったんだから。おう、早く行こう」

 

 

俺はシリカと一緒に、リズベット武具店に向かった。

 

 

 

 

 

 

「おーい、リズー!来たぞー!」

 

「お邪魔します」

 

「あ、いらっしゃーい!ちょっと待ってね!」

 

「あれ、カイじゃないか」

 

「お、ケイタ。お前達もここを使ってるのか」

 

「うん、そうだよ。仕事も早いし、武器もいい武器が多いからね」

 

 

俺達がリズベット武具店の扉を開けると、リズとケイタが正面にいた。

リズはケイタに褒められて鼻高々といった様子だ。俺も腕がいいのは認めるが、ちょっとウザイ。

 

 

「そうだったのか。研ぎの依頼か?」

 

「うん。……あのトラップで、大分武器が損耗したから……」

 

「……ああ、俺も投擲武器を大量に消費したからよくわかるぜ……」

 

 

濁った目になった俺とケイタは、元凶をジロリと睨む。

その元凶は、視線を受けてたじろいだ。

 

 

「な、なんだよ……。あれは悪かったって、反省してるよ……」

 

「なあ、今までのトラップを踏む度に反省してこなかったのか?」

 

「そんなことあるわけないだろ!ちゃんと反省してるよ!いくらカイでも怒るぞ!?」

 

 

俺は今の発言で気になったことを訊いてみた。すると、聞き捨てならない言葉が返ってくる。

 

 

「おいおい、怒りたくなるのはこっちだぞ?毎回反省してあの体たらくか……?」

 

 

俺が軽く怒気を発しながらダッカーに詰め寄ると、奴は後ずさった。

が、すぐに壁を背にしてしまい、逃げ道がなくなる。

 

 

「え、えーっとですね?今のは言葉のアヤと言いますか何といいますか……」

 

 

俺は目がバタフライをし始めたダッカーの襟首を掴み、ケイタに向き直って尋ねた。

 

 

「なあ、ケイタ。俺のここでの用事が終わった後、こいつ借りていいか?ちょっと鍛えなおしたい」

 

「あ、カイ、ごめんね。僕達、このあとクエを受けるんだ。攻略を進めなきゃいけないから……」

 

 

俺やキリトは一時脱退が認められて、今は攻略に参加していない。

そんな俺がしっかりと攻略しているこいつらに何か言うのは筋違いだな。

 

 

「おっと、そうだったか。悪ぃな、無理言って」

 

「いや、気にしなくていいよ。僕らの予定を知っているわけもないんだし」

 

「だがまあ、ちょっと考えればわかる程度のことだった。やっぱり今のは俺が短慮だったよ」

 

「うーん、そんなことないと思うけど。まあ、カイがそう言うなら」

 

 

ケイタは、本当にこういう類のやり取りの引き際が上手い。

他人との距離の取り方が上手いってのもなんか違うな。言葉にしづらいが、コミュニケーション能力がとても高いんだ。

 

 

「んで?お前等の用は、すぐに終わりそうか?」

 

「うん、後は依頼していた武器を受け取るだけさ。――はい、終わり」

 

 

俺の目の前で武器のやり取りが行われる。しっかり耐久値が全快しているようだ。流石リズだな。いや、これに流石も何もないか。

 

 

 

 

「ありがとうございました!またの起こしをお待ちしておりまーす!」

 

 

ケイタ達が武器を受け取って店を去る。

リズは店長らしくケイタ達を送り出し、俺達――俺に向き直った。

 

 

「それで?武器を引き取りに来たのよね?」

 

「ああ、もちろん。なんでだ?」

 

「いやいや、シリカがいるからに決まってるじゃない。別についてくる必要もないし、この後デートって感じでもないし」

 

 

そう言われて、俺は納得した。そういう意味か。

 

 

「シリカは……なんだ?監視役みたいなもんか?俺の武器が揃ってない状態で俺がフィールドに行かないように見張ってるんだ」

 

「え……それって、どういう……」

 

「フィールドでは何が起こるかわかりませんから。万全じゃないのに行かせるわけにはいきません」

 

「まあ、シリカの言い分もわかるからな」

 

 

ちなみに、俺はシリカがどのくらい本気なのか見てみたかったので、ちょっと試したことがある。

 

最初に脱出を図った時はトラップを不用心に踏んじまったが、あるとわかってれば警戒できる。

俺は全身全霊で家からの脱出をしようとした。いや、本当に行くつもりはなかったけどな?ただ、シリカが仕掛けた罠が俺を本当に止められるのか知りたかったんだ。

 

結果は―――俺の全敗。確かに俺は、罠感知などの斥候系のスキルは一切取得していない。

だが、爺ちゃんから罠についても多少は教えられたから見つけられる自信もあった。

しかし、結果を見ればこれだ。シリカの本気度が伝わってきた。

 

 

「それなのに、カイさんはあんなことをして……。全くもう」

 

「悪かったって。あれの理由は説明しただろ?いやまあ身勝手な理由なことは認めるけどさ」

 

「あーはいはい、いちゃつくなら出てってね。ま、シリカがいる理由はわかったわ。それなら、カイ。はい、依頼されていた物よ」

 

「お、さんきゅー」

 

 

俺はリズから次々に武器を渡され、その度に言われる金額をリズに送りつけていく。

そのやり取りを九回繰り返した後、リズは満足そうに言った。

 

 

「……はい、まいどあり!」

 

「おう、こっちもありがとうな。あっと、そうだ。リズに渡したい物があんだよ」

 

「え、何?」

 

 

リズが一仕事完了させたためか満足げな笑みを浮かべる中、俺は唐突に切り出した。

リズは思い当たることがないのか首を傾げている。

 

シリカが俺の隣に並んだ。

それぞれが買ったアイテムをストレージから取り出し、リズに渡す。

俺がネックレスで、シリカがリングだ。

 

 

「ほい、これ」

 

「どうぞ」

 

「――?え、ちょ、ちょっと、何これ!?」

 

「お詫びの品だ。俺のせいでいらん心配をかけたみたいだからな」

 

「それと、日頃のお礼です。いつもありがとうございます」

 

「まあ、気に入らなかったら使わなくてもいい。それはもうリズの物だしな」

 

「そ、そんなことない!ちょっとビックリしただけよ。ありがとう!」

 

 

リズがボケっとしてたから気に入らなかったのかと思って言ったがそうじゃなかったらしい。

俺達に礼を言ってからすぐに装備した。

 

 

「《拙速の指輪》に《スピーディーネックレス》か……。どっちも敏捷が上がるのね。ありがとう、嬉しいわ」

 

「そうか、喜んでもらえたならよかった。さてと、俺の武器も戻ってきたことだし?早速どこかのフィールドに行こうか!」

 

「……やっぱり、こうなるんですね……。ついてきて正解でした……」

 

「……あんたも懲りないわね……」

 

 

俺がそう言うと、二人から同時にジト目を向けられた。ちょ、なんだよその反応。

 

 

「いやだって、鈍ったら困るだろ?」

 

「それはそうですけど……」

 

「ついこの前死にかけたってのに、よく行く気になるわね……」

 

「キリトさん達、ゆっくり休暇を満喫してましたよ?お二人ともすごく幸せそうでした」

 

「それに比べてあんたは……黒猫団と一緒に迷宮行って投擲武器全消費して、ダンジョンの最奥まで行って死にかけて……何がしたいの?」

 

「そこまで言われなきゃダメかな俺!?」

 

 

すげぇボコボコに言われてるよ、俺。俺が何かしたか。いや、結構やらかしてる自覚はあるが。

 

 

「仕方ねぇだろ!?最近戦闘してなくて身体が鈍っちまいそうなんだよ!」

 

「…………はぁ。シリカも大変ね」

 

「…………わかってくれますか?」

 

「ええ」

 

「ありがとうございます……」

 

 

くっ、なんだよこの空気……。まるで俺が悪者みたいな雰囲気じゃねぇか……。

 

 

 

と思ってたら、シリカが急にケロリとして言った。

 

 

「まあ、もう慣れましたけどね。それで、どうするんですか?」

 

「シリカがいいならそれでいいけど。あたしは……あ、そうだ。一つ面白いネタがあるわ」

 

 

…………この切り替えの早さにはついて行けねぇ……。

ま、今はリズの話だな。

 

 

「どんな話なんだ?」

 

「それが……今まで受けられた人がいないクエストがあるのよ」

 

 

お、面白そうな話来た。

 

 

 

 

 

 

 

リズの話をまとめるとこうだ。

 

六十八層のある村に、クエストアイコンが出ているジジイがいるらしい。

そのジジイを見つけた奴は、当然話だけは聞いてみようと話しかけたらしいが……こちらを一瞥してきただけで何も会話に応じなかったそうだ。

クエストアイコンが出ているのに会話ができないなんてありえない。もしかして、何らかの条件を満たしていなかったのではないか。

そう考えた最初の発見者は、このクエストの情報を最寄りの街で公開したらしい。

それを聞いて何人ものプレイヤーが話を聞きに行ったそうだが、ほとんどの者が会話すらできなかった。

しかし、中には少しだけ会話できた者もいた。そいつらは皆、「もっと精進するんじゃな」と言われたと証言した。

そこで、集まったプレイヤーの中で色々調べた結果……どうやら、投剣スキルが関わっているのではないかという仮定が出た。

 

言い方が曖昧なのは、プレイヤー達が情報を出し切っていないからだな。

自分のスキルスロットの内訳をみすみす他人に教える馬鹿はいない。当然だ。

 

というわけで、自称投剣スキルの熟練度が五百のプレイヤーが突撃したところ、「ふむ。もう少し精進せい」と言われたんだそうだ。

それで、投剣スキルが条件だというのがプレイヤー間でほぼ確定事項になった。

しかし、未だにクエストを受領できた者はいない────。

 

――というのが、そのクエストにまつわる話だ。

 

 

「んで?そのクエストはなんで放っとかれてんだ?」

 

「多分、投剣スキルを上げているプレイヤーが少ないからよ。六十八層にもなれば、前線付近。生半可なレベルじゃ死ぬだけだわ。

そして、そこに行ける実力を持っているプレイヤーはあまり投剣スキルを上げない。取っている人は多いけどね」

 

 

言われてみれば確かにそうだ。俺みたいに最前線にいるプレイヤーで投剣スキルを鍛えてる奴は俺の知る限りいない。

念のために取っている奴や、スキルスロットを開けとくのが勿体ないからという理由で取ってる奴もいる。キリトは後者だ。

プレイヤーが投剣スキルを鍛えない理由は単純、ぶっちゃけ要らないからだ。

フロアボスにはほとんど効かないし、Mobにも普通に殴れば事足りる。そんなものを鍛えるより、他のサポート系スキルや武器スキルを上げた方がいいって考えの奴が多いんだ。

ま、俺は飛び道具も使う機会があったから取っただけだが。案外使えるんだぞ、これ?

 

 

「なら、そのクエスト受けに行くか。リズはどうする?今日はまだ何か仕事があるのか?」

 

「いいえ、今日は何も残ってないわ。うーん、どうしようかしらねえ……」

 

「まあ、俺的にはどっちでもいいけどよ」

 

 

 

 

リズは十秒ほど唸っていたが、やっと決めたらしい。

 

 

「よし、決めた!あたしも行くわ!」

 

「ほう?これまたなんで?」

 

 

俺は興味本位から訊いてみた。

六十八層は、現攻略階層の中でも上の方に当たる。それなのに、リズが自分から行きたいと言うとはな。

 

 

「うーん、理由は三つかな。

一つは、もらったアクセサリの効果を実戦の中で確かめたいってこと。

もう一つは、ちょっとレベル上げをしたいって思ってたこと。

最後は、シリカが大変そうだからついてってサポートしようかなって」

 

 

ふむ。一つ目と二つ目はわからないでもない。

……だが、三つ目はなんだ?俺が問題児扱いじゃねぇか。

 

 

「ありがとうございます、リズさん」

 

「お礼なんていいわよ。その代わりと言っちゃあなんだけど、ちゃんとフォローしてね?あたしのレベルだと六十八層は余裕とはいかないから」

 

「ああ、それはわかってる。そうと決まれば、行くか」

 

「はい」

 

「ええ」

 

 

俺達はリズベット武具店を出て、リズが扉の札を裏返し、そのまま転移門広場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は六十八層のアスガムマクとかいう名前の村に来ていた。名前が変なのはもう気にしないことにした。

もちろん、目的は件のジジイだ。この村にいるらしい。

 

さて、どこだ……?情報だとここら辺らしいが……。

 

 

「……あの家か?」

 

「みたいですね」

 

「って話だったわね」

 

 

すぐそこにジジイがいるという家を見つけた。

俺がクエを受けるんだ。俺が扉を開けるのが道理だろう。

 

 

「開けるぞ」

 

「はい」

 

「ええ」

 

 

俺が扉を開けて中に入ると、白髪白髭のジジイが目を瞑って椅子に座っていた。

ジジイは扉を開けた俺を薄目かつ横目で見て、直後に目を大きく見開いた。

 

 

「お、お主……!!儂の、儂の話を聞いてくれんか!?」

 

 

食いつきっぷりがすげぇ!!これマジで無口なNPCって設定だったのか!?

いつのまにかアイコンもクエスト受けてることになってるし!なんだこれ!?

 

 

「おお……これでついに儂の悲願を達成できる……」

 

「ちょ、リズ!扉開けろ!逃げるぞ!このジジイなんか怖い!」

 

「あ、あたしもやってるけど開かないの!」

 

「なにぃ!?」

 

 

ジジイがなんか呟いてる隙に小声でリズに逃げ出すように指示するが、ダメらしい。これも強制クエストか!?多いな強制クエ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱出がシステム的に不可能と悟った俺達は、諦めてジジイの話を聞くことにした。

 

 

「んで?話ってなんだよ?」

 

「うむ。儂はマサクアマ。儂は投剣の達人なのじゃ」

 

 

いきなり自分のことを達人とか言いだした。恥ずかしくないのか。いやまあ、NPCだから決められたことしか話せないんだろうが。

 

 

「かつて儂には多くの弟子がおった。しかし―――それも過去のこと」

 

 

そりゃあ「かつて」とか言うんなら予想はつく。そんな溜めなくてもな。

 

 

「儂の奥義を記されている秘伝の書を、モンスターに奪われてしまったんじゃ!!」

 

 

そこでジジイは拳で机を強く叩く。

 

 

「儂の弟子達は、儂から奥義を授かるために儂に師事しておったんじゃ。しかし、秘伝書がなくてはそれを教えることはできない――。

そのために、弟子達は儂の下を去って行った。頼む!奴から秘伝の書を取り返してくれんか!?」

 

 

いや、頼むもなにも、クエストは受領してることになってるんですが?

でもこの流れ、断れるのか!?

 

 

「いや、悪ぃが他を当たって……」

 

「おお、何ということか!!こんな年寄りが頭を下げて頼んでいるというのに、この若者は断ると言う!!

何と世知辛い世の中か!!今までここを訪れた者共は頼りにならんレベルで、やっと出会えた猛者だと言うのに!!何と薄情な!!」

 

 

そういうことかよ!!

これ受けるまで言われ続けるパターンだな!

わかったよ受けるよもう!!

 

 

「わかったわかった!取り返して来てやるよ!!報酬は!?」

 

「そうか、引き受けてくれるか。条件を聞かずに引き受けるとは、見上げた精神だの」

 

 

…………このジジイ……!張り倒してぇ……!!

 

 

「報酬は、儂の奥義を教えてしんぜよう。さて、儂の秘伝書を奪ったモンスターについて教える」

 

 

お、このクエストは敵の情報を教えてくれるのか。珍しいな。

 

 

「奴の名はスナッチスライム。奴にダメージを与えるには投剣でなければならん。

そして、奴には取り巻きがいる。そやつらの名はハードスライムじゃ」

 

 

今回は、スライム系統のモンスターが相手か。体術スキルが効き辛いので、苦手な部類に入る。

 

 

「話としてはこんなところか……。お主、投擲用のナイフとピックを五つずつ寄越せ」

 

「あん?何でだよ?」

 

 

俺から武器を取る?しかもボスを倒すのに必要だって言う投擲武器を?何考えてんだこいつ。

 

 

「それで新しく武器を作る。お主には、それで奴を倒してもらいたいのじゃ」

 

 

これは……また断れないやつだな。てことは、それらを所持してることも条件ってことか……。

 

 

 

俺はスローイングダガーとピックを取り出し、ジジイに手渡した。

 

 

「ほらよ、これでいいんだろ?」

 

「うむ。三分ほど待て」

 

 

ジジイはそう言って、奥の部屋に引っ込んで行った。

 

 

「ねえ、カイ……」

 

「リズ、色々言いたいことはあると思うが、後でだ。三分じゃ話しきれない」

 

「あ、そうね……」

 

 

 

 

 

 

三分後、ジジイは禍々しい形をしたナイフ――ククリナイフか――を手に出てきた。

 

 

「これで、奴を倒してくれ。頼んだぞ。奴がいるのは、ここから南に行った洞窟の奥じゃ」

 

 

ジジイはそれだけ言うと、もう何も言うことはないというように椅子に座って目を閉じた。

 

これで外に出られそうだな。

 

 

「よし、なら行くか」

 

「は、はい……」

 

「う、うん」

 

 

シリカとリズを促し、外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ちょっと話し合うか」

 

 

二人に声をかけ、三角形を描くように地面に座る。

 

 

「二人とも、こういうクエストを聞いたことがあったか?クリア報酬で技を教えてもらえるなんてクエスト」

 

「いえ、あたしは見たことも聞いたこともありません」

 

「あたしもないわ」

 

「俺もだ。可能性は二つか?一つは本当に技がもらえる。もう一つは報酬は別にある」

 

「二つ目じゃないでしょうか?」

 

「そうね。あたしも後者だと思うわ」

 

 

これも同感だ。多分、なにかが起きて奥義は教えてもらえないってことになるんだと思う。思うんだが……。

 

 

「何か気になることがあるんですか?」

 

「ああ。二人は知らないだろうが、投剣スキルに奥義技っていう物がねぇんだ」

 

「奥義技が……ない?」

 

 

リズが疑問を多分に含んだ声をあげる。

 

 

「そうだ。例えば両手剣スキルなら、《カラミティ・ディザスター》っていう奥義技がある。

ま、奥義技って言っても、俺がそう呼んでるだけだけどな」

 

 

そう、『奥義技』ってのは俺が便宜上そう呼んでるだけだ。

スキル熟練度がカンストした時に覚えた技だったから、そう呼んでいる。

そして、そういう技が投剣スキルには存在しなかった。

《ジャミングシュート》が最後に覚えた投剣スキルの技だが、あれを覚えたのは熟練度が七百五十くらいの時だったからな。

 

 

「だからこそ、投剣スキルの奥義技を教えてもらえるってのは、本当かもしれねぇ」

 

「じゃあ、カイさんはこのクエストを受けるんですか?」

 

 

シリカのこの質問は、クエストを受けても達成せずにいることが可能だからだろう。

確かに、このまま戻って南の洞窟に行かないこともできる。本来なら。

だが――――。

 

 

「この渡されたナイフ、《リクイカマタノア》の説明欄に、こう書いてあるんだよな……」

 

 

――このナイフを、制作者の許可無く持ち出すことはできない――。

 

 

「要するに、あのジジイが許可したのは南の洞窟に持って行くことだけ。戻ることは許されないってわけだ」

 

 

恐らく、転移結晶でも無理だろう。

 

 

「じゃあ、行くしかないってことですか……?」

 

「そんなのって、あり……?」

 

「俺もそこには思うところがあるけどな。それに、さっきの奥義技についての予想の根拠はもう一つあるんだ」

 

「「それは――?」」

 

 

女子二人の声が重なった。

隠す様なことでもないし、軽く告げる。

 

 

「あのジジイ、『今までここを訪れた者共』って言ってただろ?

普通、SAOでのクエストは誰でも受けられるようになっている。それぞれのクエストが独立しているんだ」

 

 

例えば、俺とキリトが同時に体術スキルを取ったときのこととかだ。

他のプレイヤーにも同じことをさせて、達成できるようにするんだな。

 

 

「だが、ジジイは今までに来たプレイヤー達のことを覚えているような態度だった。

これはただの推測になっちまうが、これは一回こっきりのクエストだ。俺達が以前巻き込まれたクリスタルワイバーンのクエストみたいにな」

 

 

でなければ、奴が他のプレイヤーを知っていることの説明がつかない。

 

 

「一人しか技を覚えられないってのは不公平かもしれねぇが、LAシステムがある以上、ある程度の不公平は存在するんだ。

まあ、もしかしたら俺が達成した後にもこのクエストを達成できるってオチかもしれないけどな」

 

 

しかし、俺はその可能性はかなり低いと思っている。

それを言葉では説明できないが……言うなれば勘だな。

 

 

「お前等はどうする?一緒に行くか?」

 

「当然です」

 

「ま、ここまで来たんだし。一緒に行くわよ」

 

「そうか、ならよろしく。行くぞ」

 

 

俺達は南の洞窟とやらに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか……?」

 

 

俺達は、南の洞窟の最奥の部屋の前に来ていた。

道中に湧いていた虫型モンスターを薙ぎ払い、遂にここまで来たんだ。

 

 

「ここが一番奥だと思いますけど……」

 

「他の分かれ道は全部行き止まりだったもんね」

 

 

シリカとリズの言う通りだ。

ってことは……。

 

 

 

俺は、そっと部屋の中を覗き込む。

 

 

――――いた。あのでかいのが《スナッチスライム》。そして周りにうじゃうじゃいるのが、《ハードスライム》か。

 

 

俺は顔を引っ込め、後ろにいる二人に話しかける。

 

 

「いた。取り巻きは十匹はいたな」

 

「なら、あたし達が取り巻きを相手すればいいのかしら?」

 

「いや、ジジイ曰くでかいのにダメージを与えるには投剣スキルじゃなきゃダメなんだろ?

なら俺も取り巻きを排除しつつ攻撃の方が効率がいい。冷却時間(クーリングタイム)もあるしな」

 

「それもそうですね。あたしは準備できてます」

 

「あたしもオッケーよ」

 

「よし、ならスリーカウントで飛び込むぞ。

スリー、ツー、ワン。ゴー!!」

 

 

俺達は勢いよく部屋の中に飛び込み、俺は即座に投剣スキル《トリプルシュート》を使う。

先ほどスナッチスライムの場所は確認してたからな。先制攻撃だ。

 

《トリプルシュート》は、その名の通りピックを三つ同時に投げるスキルだ。

《ジャミングシュート》との違いは、射程と速度、威力と状態異常の付与の有無だな。

《トリプルシュート》の方が射程と速度では優秀だが、残り二つは《ジャミングシュート》に劣る。

 

今は標的との距離が《ジャミングシュート》では微妙だったのと、不意打ちってことで速度を重視したからこっちにした。

 

三本のピックは、スナッチスライムに見事に突き刺さり、HPバーを減少させた。

 

 

――?あまりにも減りが早すぎないか?トリプル程度であれだけ削れるなら、速攻で倒せるぞ?

 

 

俺の攻撃で俺達の存在に気づいたスライム達が、俺達の方に向かって来る。

しかし、その速度は俊敏とは言いがたい。

 

 

これなら、もう一撃―――!

 

 

今度は威力重視で、《ヘビーシュート》を使う。

スローイングダガーを使い、思いっきり投げつける。

 

これは、《スタンシュート》よりも速度は遅いが、より大きなダメージと強いスタンを与える。

《トリプルシュート》に比べれば威力は二倍くらいあるし、レッドゾーンまで削れると思うが――――何ッ!?

 

 

俺を驚愕させたのは、周囲にいたハードスライムが取った行動だ。

()()()()()()()()()()()()()()()《ヘビーシュート》()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

何だ?取り巻きは壁になるのが役割だったのか?―――って、マジか!?

 

 

再び俺を大きな驚愕が襲う。

()()()()()()()()()()()()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

何でだ!?《ハード》……《hard》……《硬い》か!?クソっ、やられた!

 

 

「チクショウ、そういうことか!」

 

「カイさん、何かわかったんですか!?」

 

 

今の光景を見て驚いていたシリカが焦りを滲ませて訊いてくる。リズもこっちに耳を傾けてるみたいだ。

 

 

「奴らは《ハードスライム》――つまり、《硬いスライム》ってことだ!恐らく、投剣スキルを無効化する設定なんだろう!」

 

「じゃあ、先に取り巻きを倒さないとダメってことですか!?」

 

「多分そうだ!シリカ、《ラウンド・アクセル》で一気に倒すぞ!」

 

「あ、はい!!」

 

 

俺はシリカに声をかけ、広範囲に攻撃できるスキルを使うよう指示を出す。

これでまとめて倒す!

 

 

「うぉぉぉぉおお!!」

 

「やぁぁぁあああ!!」

 

 

俺達の攻撃がハードスライムに当たり――ッ!?

 

 

「グッ!?」

 

「カイさん、この手応え――!」

 

 

俺も感じたこの手応え、恐らくダメージを与えられていねぇ!

すかさずHPバーを見たところ、案の定ダメージが入っていなかった。

まさか奴らには、攻撃が効かないのか!?

いや、そんなはずはない!何か、何かあるはずだ!

 

――と、その時。リズの方から何かが割れる様な音が聞こえてきた。

 

 

「――カイ!こいつら、あたしのメイスだったら倒せたわよ!」

 

 

その言葉を聞き、俺の中である予想が浮かび上がった。

――――攻撃属性の問題か!

 

 

俺達の武器である短剣が持つ攻撃属性は、ほとんど斬撃か刺突。

投剣スキルは全て刺突属性だ。

それに対し、リズの使うメイスは打撃属性。

つまりこいつらには、打撃属性でしかダメージを与えられないってことだ。

 

ってことは、スナッチスライムには投剣スキルしか効かないんじゃなくて、刺突属性の攻撃しか効かねぇってことじゃねぇか!?

 

 

なら、やるべきことは決まった。

 

 

「シリカ!リズと二人で戦え!それとソードスキルは使うな!パリィに徹しろ!それなら少しはダメージを与えられるはずだ!」

 

「はい!」

 

 

シリカがリズの近くまで下がる。

次はリズだ。

 

 

「リズ、お前の攻撃はこいつらに対する有効手段になる!無理はしなくていいがそのまま頼む!」

 

「まっかせといてー!あたしの力、見せてやるわよ!」

 

 

なんて頼もしい。これなら安心だな。

 

 

「任せたぞ!チェンジ!《ショート》・トゥー・《スピア》!」

 

 

俺は《ヴァイヴァンタル》を横に振り抜き、スライム共を殴りつけた。

これなら多少のダメージにはなるだろ。

直後に現れた《デモニックスピア》を横薙ぎに振り払い、これまた少しのダメージを与える。

 

さて、打撃属性でダメージを与えられるならこれでどうだ――?

 

 

「行くぞ、《スピンバッシュ》!」

 

 

俺は槍を持って振り回し、バットで殴るような感覚でスライムをまとめて叩く。

 

これが槍スキル唯一の打撃属性スキル、《スピンバッシュ》だ。一応四連撃技に設定されている。攻撃範囲が広いため、一度に多くの敵に攻撃できるが。

なぜ棍ではなく槍にしたかと言うと、そのままスナッチスライムを攻撃するためだ。

 

 

「ハッ!!」

 

 

俺は周囲に取り巻きがいなくなったスナッチスライムに向けて、槍スキル《ソニックエッジ》を使う。

このスキルは単発技だが、必ずクリティカルヒットし、かなりの確率で低スタンにできる優秀なスキルだ。

威力は低いが、その分技後硬直も短く、中々に有用性のある技と言える。

 

これが当たれば、後は確実に仕留めるだけ―――って、《スナッチ》?……ああっ!?

 

 

俺は重大なことに気づいた。というか、なんで今まで気づかなかったのか先ほどまでの自分をぶん殴りたい。

 

《スナッチ》――すなわち《強奪》や《奪取》。つまり――。

 

 

「チッ、やっぱ取られた!」

 

 

最近戦闘してなかったとはいえ、鈍りすぎだろ俺。

あのジジイが言っていたことは間違いでも何でもなかったんだ。

こいつは、接近してきた相手の武器を奪うんだ。スナッチの名の通りに!

それで投剣スキルじゃなきゃダメってことだったのか。

 

だが、気づいちまえばそれまでだ。

ここから一気に仕留める!

 

 

「食らえっ!」

 

 

《クイックシュート》からの《ジャミングシュート》、そして《パラライズシュート》を放って、スナッチスライムのHPをギリギリまで削る。

 

そして――――!

 

 

「これで、トドメだ!」

 

 

ジジイに渡された《リクイカマタノア》で《ヘビーシュート》を使って、スナッチスライムを攻撃する。

ククリナイフはスライムに直撃し、奴は身体を震わせると、その身を散らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、終わったな。こいつを倒したら取り巻きも消えたし」

 

 

スナッチスライムに取られた槍をストレージにしまい、武器を《ヴァイヴァンタル》に戻してから二人に振り向いて言った。

 

 

「みたいですね。うーん、これで終わりですか。どんなスキルなんでしょうね?」

 

「奥義っていうくらいだから、きっとすごい技よね。相手を即死させるとか?」

 

 

二人も報酬はスキルだと考えてるみたいだな。俺もその考えなわけだが。しかしリズよ、それはないだろう。

……ん?

 

 

「カイさん?どうしました?」

 

「いや、なんであのククリナイフが残ってんのかなって思ってさ」

 

 

俺はシリカの問いに答えながら、床に落ちているククリナイフの下へ足を運ぶ。

 

投剣スキルによって投げられた投擲武器は、使われた後は基本的に消滅する。

例外は《スローイングテクニック》で短剣を投げた場合だが……あのナイフは投擲武器に設定されていたはずだ。

 

俺は疑問に思いながらも落ちているそれを拾い上げ、タッチしてポップアップウィンドウを表示し、三度驚愕に襲われた。

 

そしてその瞬間、転移の感覚が俺を包む。

ああ、またこのパターンか……。

 

 

「カイさん!?」

 

「カイ!?」

 

 

シリカとリズの悲鳴じみた声を耳にしたのを最後に、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が開けた俺は、瞬時にどこなのかを確認する。

 

そこは、出口のないドーム状の空間だった。

土壁に囲まれたそこには、俺以外にもう一人いる。

俺は、その存在に声をかけた。

 

 

「おい、こりゃどういうことだ――――()()()

 

「ククク、儂の――いや、俺様の言う通りにスライムを倒したようだな。これで俺様の悲願も達成される。クククッ」

 

「御託はいい。何が目的だ」

 

 

こいつの言動がシステムに決められたものだってことはわかってる。

それでも俺は、文句を言わずにはいられなかった。

 

 

「クク、お望みとあらば見せてやろう。俺様の真の姿をなぁ!!」

 

 

あ、それ負けフラグだろ。

 

と、俺がしょうもないことを考えたのと同時に、俺の手にあったククリナイフが奴の目の前に現れる。

 

 

「この《悪意の塊》さえあれば……ハアッ!」

 

 

俺がこのジジイから渡されたククリナイフ――あれは拾い上げた時、《悪意の塊》という名前になっていた。

今思えば、アナグラムだったとわかる。そして、それならこいつの正体も予想がつく。

 

 

奴はククリナイフを自分の胸に突き刺し、高笑いしている。

奴の身体がどんどん光っていき、一際強い光を放った後。

そこに佇んでいたのは――紛れもなく『悪魔』だった。

 

 

名前は――《ヴィシャスデーモンキング》か。レベルは73。

ジジイの姿の時の白髪は立派な赤い二本角になり、白髭は跡形もなく消え失せている。

服は消滅していて、盛り上がった筋肉の様子がありありと見て取れる。手には鋭そうな爪が。

 

 

『ククク………俺様がこの姿になったからには、貴様の死は決定事項だ……』

 

「ふーん」

 

『冥土の土産に教えてやろう……あのスライムに取られたのは秘伝書などではなく、俺様の力よ……この世界を俺様の物にする予定だったのが、クク、油断したわ……』

 

「へー」

 

『そのままでは俺様は力を発揮できない……そこで俺様は馬鹿な人間共に俺様の力を取り返させ、力を取り戻した暁には世界を手中に収める算段だったのよ……』

 

「すごいすごーい」

 

『喜べ……俺様の力の犠牲になる最初に人間は貴様だ……俺様に殺されて死ねるなど、またとない幸運だぞ……?』

 

「うわー嬉しいなー」

 

『ククク……恐怖に晒されて、声も出ないか……』

 

 

俺がテキトーにリアクションを返しても、この悪魔はシステムに設定されたことを話す。

そのせいで、とてもシュールなことになっていた。

最後のも、俺、声出せてるからな?

さて、そろそろ戦闘かな……。

 

 

『クハハ……せめてもの慈悲で、一瞬で殺してやろう!喜ぶがいい!』

 

「はいよー」

 

『フフフ……死ねぃ!!』

 

 

戦闘――開始!!

 

 

『グアハハハハ!』

 

「ハッ。オラオラオラオラオラァ――――!!」

 

『グアバババババババババ!!!!』

 

 

奴が高笑いしながら爪を振り下ろしてきた。

しかし、ヒースクリフやキリトに比べたら遅いなんてもんじゃない。

鼻で笑いながら《ヴァイヴァンタル》で受け流し、ソードスキルを使う。

 

体術スキル二十連撃技《富鏤没個(フルボッコ)》。

これを設定した奴は完全にふざけてたんだろうと思うが、これが中々使えるスキルだ。

一発毎の威力は低いが攻撃数だけならキリトの《スターバースト・ストリーム》にも勝り、しかも一撃毎に俺の攻撃力が上がるというオマケ付き。ついでに、上がった攻撃力は次の攻撃まで有効だ。

また、何故かは知らないが《麻痺付与》も付いてる。ふざけつくした名前の割に、超便利スキルだ。

 

 

二十連撃を終えた俺は、硬直に陥りながら相手のHPバーを見る。

四分の一ほど削れていた。思ったよりも耐えてる。腐ってもクエストボスか。

でも、これなら次の攻撃で終わりそうだな。

 

 

硬直が解けた俺は、次に使うスキルの構えを取る。

システムが俺の構えを読み取り、ソードスキルが発動した。

 

激しい動きで、悪魔を四度斬りつける。

短剣スキル奥義技《エターナルサイクロン》。

 

短剣スキルの最強技を食らった悪魔はHPを余すことなく消滅させて、この場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘を終えた俺は、シリカ達がいた部屋に飛ばされた。

 

 

「カイさん!!」

 

「カイ!!」

 

「悪ぃ、心配かけたか?」

 

 

俺の出現と同時にこちらに駆け寄ってきた二人に声をかける。

 

 

「当たり前です!!」

 

「大丈夫なの!?」

 

「ああ、大丈夫だ。話は後にしよう。まずは脱出だな」

 

 

俺が本当に無事だとわかったのか、二人は落ち着きを取り戻した。

俺のことを心配してくれるのはいいが、ちょっと心配しすぎじゃねぇか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は徒歩で外に出た。

すでに道中で事のあらましは説明した。

 

 

「なるほど……じゃあ、奥義を手に入れることはできなかったんですね」

 

「ああ。だが、面白いアイテムをゲットしてた」

 

「面白いアイテム?何よそれ?」

 

 

リズが興味津々といった様子で訊いてくる。

俺はそのアイテムをオブジェクト化して説明した。

 

 

「これだ。名前は《フリンチャー》。説明からして、《怯ませる者》っていう意味にしたいんだろうな。かなり無理があるけど」

 

 

俺が取り出したのは一本のピック。

これで《スタンシュート》を使えば、相手は必ず高スタンに陥るらしい。

必ずってことは、スタンに耐性のあるボスにも効くってことだ。それはかなり心強い。

 

 

「ふーん、便利なアイテムね」

 

「ああ、使いどころは難しそうだけどな」

 

「何はともあれ、クエストも終えたことですし、帰りましょう!」

 

「そうね」

 

「だな。リズ、今日は助かった。ありがとな」

 

「いいわよ、このくらい。珍しい面子だったけど、楽しかったし」

 

「そうですね!最後は、すっごい心配になりましたけど」

 

「クリスタルワイバーン以来の強制転移だったな。ある意味懐かしい感覚だった」

 

 

それにしても、あの悪魔。弱かったな。

というよりも、その前の条件がキツ過ぎるだろ、このクエスト?

投剣スキルがある程度必要で、打撃属性を持つ武器、もしくはスキルを使えることが必須。

あの悪魔も、俺からしたら雑魚だが爪の一撃はそこそこの威力を持っていたように見えた。

これは、俺がクリアして正解だったかもな。死人が出るのを避けられた。

 

っと、街に着いたな。

 

 

「じゃあ、ここでお別れね。カイ、シリカ、またね」

 

「おう、またな」

 

「また一緒にどこかに行きましょうね」

 

「ええ。それじゃ」

 

 

リズはそう言い残して転移門で転移して帰っていった。

 

 

「さて、俺達も帰るか」

 

「ですね」

 

 

俺達も転移門でフローリアに転移し、家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の謹慎も、今日で終わりだ。

やったね!

 

 

 

 




はい、こんな感じでした。
悪魔さんは、あれです。フラグ立てたのがダメだったんです。

ちなみにこの話、リズにお礼するところまでは考えてあったんですが、そこから先はノープランでした。
そのせいで間に合わなかったとも言えます。
多分思いつくだろ!とか気楽に考えていたあの時の自分を張り倒したいですね、はい。

次回は、原作話です!
この時期で原作の話と言えば、何の話かお分かりですよね?
そうです、あの娘の話です。

ちょっと前に僕が書いてる三作品を順番に書く事に決めたので、次の更新もすぐにとは行かないかもですが、暖かい目で気長にお待ちいただければ幸いです。

感想なども、いくらでもお待ちしてます。
(返信は必ずするよ!だから感想くれると嬉しいな!モチベが上がります!)←心の声。

では、また次回。



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第二十二話 森の迷子①


お久しぶりです。
リアルが忙しかったです!某試験とかで。

というわけで、お待たせしました。
どうぞ。


 

攻略から離れて七日目の午前中、キリトから妙なメッセージが届いた。

 

 

『相談したいことがある。可能な限り早く俺とアスナの家に来てくれ』

 

 

…………何かあったのか?一応シリカの意見も聞いてみるか。

 

 

「シリカ、どう思う?」

 

「そうですね……キリトさんが冗談でこういう文面を書くとは思えませんし、行くべきだと思います」

 

「やっぱりそう思うか。念のため、シリカが一緒でもいいか訊いておこう」

 

 

『シリカも一緒でいいのか?』

 

『ああ、そうしてくれ』

 

 

すぐに返事が返ってきた。

 

 

『わかった。今から向かう』

 

『助かる。走ったりする必要はないから』

 

『あいよ』

 

 

ウィンドウをシリカにも内容が見えるようにしておいたから、いちいち言葉にして伝える必要はない。

 

 

「んじゃま、朝飯も終わってることだし、行きますか」

 

「そうですね」

 

 

俺とシリカは連れ立って家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、どんな用なんでしょうね?」

 

「さあな。見当もつかねぇや」

 

 

二十二層の転移門からキリトの家を目指して歩く。

さっぱり見当がつかないが、まあ行けばわかるだろ。

 

 

 

 

 

キリト達の家の呼び鈴を鳴らす。

鳴らすと言っても、中にいる住人に音とウィンドウで知らせるだけだ。家に呼び鈴の音が響き渡るわけじゃない。

 

 

「よく来たな、カイ、シリカ。入ってくれ」

 

「おっす、キリト。上がらせてもらうぜ」

 

「お邪魔します」

 

 

呼び鈴を鳴らした数秒後、キリトが俺達を出迎えた。

俺はこの家に来るのは初めてだな。場所は教えてもらってたけど。シリカはつい先日アスナに調味料の作り方を教わるときに来てるはずだ。

内装は住人のセンスの良さが出てるな。アスナのだと断言できるが。

 

 

 

 

俺達をリビングに招き入れると、キリトがこっちに振り返った。

 

 

「んで?何の用だよ?」

 

「それなんだが……こっちに来てくれ」

 

「「?」」

 

 

キリトに尋ねると、少しだけ言いにくそうにしながらも俺達を一つの部屋に誘導する。

俺達は疑問に感じながらも、キリトの後についていく。

 

ここは……?

 

 

「えっと……少し驚くかもしれないけど、声は出さないようにしてくれ。この後全部話すから」

 

「よくわかんねぇが……わかった」

 

「わかりました」

 

 

釈然としない言い方だが、キリトが意味もなくこんなことを言うわけがないからな。

俺達が頷くのを見ると、キリトはその部屋の扉を開けた。

 

そこは寝室で、二つのベッドが扉に対して横向きに並んでいる。

 

そのうちの一つ―――手前側に少女が寝ていた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺達は驚愕するが、先ほどキリトに言われたことを思い出し声は出さない。

しかし……掛け布団の膨らみから判断するにあの子、十歳いってるかどうかって年齢だぞ?そんな子を、どうしてキリト達が……?

と、まあいい。この後話してもらえるって言ってたからな。

 

キリトは扉を閉めると、俺達をリビングのソファーに座るよう促した。

 

 

「じゃあ、話してくれるか?」

 

「もちろんだ。実は――」

 

 

 

 

 

「――というわけだ」

 

「今の話をまとめると……あの子の名前はユイ。昨日キリト達が散歩していた時に、あの子が倒れるのを見てひとまずこの家に連れてきた。記憶障害が出ているのか、自分の名前以外は思い出せていない。また、精神にダメージを受けたのか、退行が起きている様子もある。ユイはキリトのことをパパ、アスナのことをママと呼んでいると」

 

「そうだな」

 

「んで、キリト達はこの後ユイを連れてはじまりの街で情報とかを探すつもりだったってわけだな」

 

「ああ」

 

 

取り敢えず情報はまとめ終わったかな。あと気になるのは……。

 

 

「ユイに()()()()()()()()()()()ってのは本当か?」

 

「……ああ、本当だ」

 

「……バグか?」

 

「……わからない」

 

「ま、だろうな」

 

 

カーソルが出ない。そんな現象、俺は知らない。

このSAOでは動的オブジェクトはターゲットした瞬間に必ずカーソルが表示される。

それが出ないということは、何らかのバグが発生したということだろう。

 

 

「なるほど、話はわかった。それで、俺達に何をしてほしかったんだ?」

 

 

キリトが俺達を呼んだのは、話を聞かせたかったからじゃないはずだ。

 

 

「まず、意見がほしい。これからの行動に関して。それと、こっちはできればなんだが……ユイの親探しを協力してくれないか?カイがいてくれると心強いんだけど……」

 

「期待は嬉しいが……行動に関しては特に言うことはねぇな。俺もそれが最善だと思う。協力に関しては俺はいいぞ。俺達も攻略を休んでて時間はあるしな。シリカは?」

 

「あたしもいいですよ。あの子のことも心配ですし……」

 

「なら、俺達は協力できるな。それでいいか?」

 

 

キリトに確認すると、キリトは頷いた。

 

 

「ああ、助かるよ。昼飯は食べてってくれ。アスナ、大丈夫だよな?」

 

「うんー、大丈夫だよー」

 

 

キリトが昼食の準備をしているアスナに確認すると、多少間延びした返事が返ってきた。

 

アスナは何かのウィンドウを操作していた。あれは多分、料理を作るためにタイマーを作動させたんだろう。

それで準備を終えたのか、アスナがこっちに来てキリトの隣に座った。

 

 

 

 

その後俺達が近況を話してあっていると、不意に寝室のドアが開いた。

 

 

「パパ……ママ……?」

 

「あっ、ユイちゃん!」

 

 

寝ぼけ眼を擦り、寝室から出てきたユイにアスナが駆け寄る。

アスナを見上げたユイの顔が、俺を視界に捉えた途端軽く強張った。

アスナの服をしっかり掴み、背後に隠れて顔を半分だけ出して俺達の様子を伺うようにする。

 

 

「ママ……そのひとたち、だれ?」

 

 

どこか覚束ない口調で、ユイは困惑した声をあげる。確かに、幼児退行が起こっているような話し方だな。

 

 

「この人達は、ママとパパのお友達なのよ」

 

「おともだちって……なに?」

 

 

その発言に、少し疑問を覚える。

普通、精神的なショックによる記憶障害などでは、自己に関する記憶を失うことはあっても自分の蓄えてきた知識もまとめて忘却することは少ないはずだ。

まあ、俺の医学知識なんてにわかだから断言はできないが……。

 

 

取り敢えず今はこっちだな。

 

 

「友達ってのは、お互いに助け合える素晴らしい関係のことだ。ま、俺達以外の全員にも当てはまるとは言えないかもしれねぇけどな」

 

 

俺が答えると、ユイがビクリと震えた。

あ、ヤベ。

 

 

「怖がらせちまったか?ごめんな。そっちに行っていいか?」

 

 

刺激しないように穏やかな声音でユイに話しかけると、ユイは恐る恐る頷いた。

俺はソファから立ち上がりユイの目の前に行くと、目線をユイに合わせる。

 

 

「俺の名前はニューカイ。パパとママのお友達だ。呼びやすい呼び方でいいからな。よろしく」

 

 

手を差し出すと、ユイは俺の顔と手を交互に見てから、俺の手を握ってくれた。

 

 

「君の名前を教えてもらっていいか?」

 

「……ユイ」

 

「そうか、ユイか」

 

 

もちろん名前はすでに知っているが、これはコミュニケーションの一環だ。こういうやり取りから大事にしていかないとな。

 

 

「ユイ、もう一人紹介するよ。シリカ」

 

「はい」

 

 

シリカもこちらに歩み寄ってきて、ユイの前でしゃがんだ。

 

 

「シリカです。あたしもママとパパのお友達。よろしくね」

 

「にゅあい、しい、か」

 

「難しかったかな?何でも、好きなように呼んで?」

 

「そうだな………お兄ちゃん、お姉ちゃんとかでもいいぞ?」

 

「……にいちゃ?」

 

「ん?おう、それでいいぞ」

 

「ねえちゃ……」

 

「うん、ねえちゃだよ」

 

「――にいちゃ、ねえちゃ!」

 

 

ユイの顔に笑顔が戻った。さっきから強張ったままだったからな。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼飯を終えた俺達は、はじまりの街に転移してきていた。

昼飯の時に、ユイが俺とキリトが食っていた激辛サンドイッチに興味を示したりっていう面白いことがあったけど、割愛な。

 

問題は、その後だ。

ユイを着替えさせるため、ユイにメインメニューを出してもらおうとしたんだが……。

普通、右手を下に振るとメニューが出る。が、ユイは左手を下に振って出した。

しかも、メニューにあるはずのHPバーもEXPバーも存在しなかった。

 

いくらなんでもバグが多過ぎる。これは、本当にバグなのか?そんなことを思ったが、確認する術はない。

取り敢えず今は、ユイのために頑張ろう。

 

 

 

 

 

俺達ははじまりの街に来ていた。

 

はじまりの街は軍のテリトリーだ。俺達はすぐに武装できる準備をしている。

 

 

「ユイちゃん、見覚えのある建物とか、ある?」

 

「うー……」

 

 

アスナが、キリトが抱きかかえてるユイに尋ねていた。

もしかしたら記憶が戻るきっかけになるかもしれないしな。

 

しかし、ユイは首を横に振った。

 

 

「まあ、はじまりの街は恐ろしく広いからな。取り敢えず、中央市場に行ってみようぜ」

 

「そうだね」

 

「おう」

 

「はい」

 

 

俺達は頷き合って、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ここって今何人くらいのプレイヤーがいるんだっけ」

 

 

アスナが不意に疑問を呈した。

 

 

「生き残ってるプレイヤーが約六千で、そのうちの三割ほどがここにいるらしいから……二千弱ってところじゃないか?」

 

「俺もキリトの意見が正しいと思うが……にしては人が少ねぇな?」

 

「そう言われるとそうですね……マーケットに集まってるんでしょうか?」

 

 

まあそれはそうと……誰かに訊くか。

 

 

「なあ、オッサン」

 

 

通りの中央にある大きな木を真剣な顔で睨みつけている男に、近よって声をかけてみる。

 

 

「なんだよ」

 

 

無愛想な声が返ってきた。

 

 

「この辺に、訊ね人の窓口になってるような場所に心当たりねぇか?」

 

「あ?あんたら、よそ者か」

 

「ああ。その子の保護者を探してんだ」

 

 

俺達をジロジロと眺め回してそう結論づけた男に、ユイを指し示しながら訊く。

 

男はチラリとユイを見やり、一瞬目を見開いた後にすぐに視線を梢に戻した。

 

 

「迷子かよ、珍しいな。……東七区の川べりの教会にガキのプレイヤーがいっぱい集まって住んでるから、行ってみな」

 

「お、有益そうな情報サンキュー。こいつは情報料だ。受け取ってくれ」

 

 

俺は五百コルを男に渡した。

男は目を見開き、動揺しながらも受け取った。

 

 

「お、おう……ありがとよ」

 

「んじゃ」

 

「お、おう」

 

 

俺は男に軽く手をあげると、五人の下に戻った。

 

 

「ってことらしいから、早速行こうぜ」

 

「あ、ああ」

 

「カイ、あの声の掛け方何なの?」

 

「あ?いいじゃねぇか、結果情報手に入ったんだし」

 

「いや、それはまあ結果オーライな感じはしますけど……」

 

 

三人から微妙な顔をされた。そんな酷かったか俺?いや、今回俺は悪くないと思う。そう思おう。

 

 

「あっとそうだ。オッサン、人がいない理由も知ってるか?」

 

「それならいないわけじゃないぜ。皆宿屋に引き蘢ってんのさ。昼間出歩くと軍の徴税部隊という名のカツアゲ隊に出くわすかもしれないからな」

 

「そういうことか。あいつら好き勝手やってんだな。情報料追加だ。ほい」

 

 

俺は三百コルをオブジェクト化して、男に放り投げた。

 

 

「ありがとよ。これで大分食いつなげるぜ」

 

「おう。それじゃあな。情報助かった」

 

 

 

 

 

 

 

俺達はマップに従い東七区を目指して歩いてきて、ここが東七区のはずだが……。

 

 

「教会ってどこだ?」

 

「あ、あそこじゃない?」

 

 

今はユイを抱きかかえているアスナが視線で示した先には、十字に円を組み合わせたアンクが輝いていた。

あれはビンゴだな。

 

 

「お、あれだな」

 

「そうですね」

 

 

教会に向かって歩き出した俺達を――正確にはキリトを、アスナが呼び止めた。

 

 

「ち、ちょっと待って」

 

「ん?どうしたの?」

 

 

キリトが振り返ってアスナに訊き返す。

俺とシリカは軽く頭を後ろに向けて二人を見ていた。

 

 

「あ、その……もしあそこでユイちゃんの保護者が見つかったら、ユイちゃんを……置いてくるんだよね……」

 

 

俺はその言葉を聞いて、何となく感づいていたことを確信した。

やはりアスナは、ユイの記憶が戻るまでずっと面倒を見たいと思っていたんだろう。

しかし、それをするとユイが解放されるのも遅くなる……ジレンマってやつか。

 

 

キリトが慰めてるし、ここは俺が関与するところじゃないだろう。

 

 

 

 

 

俺達は、教会の前まで来ていた。

この教会は小さめだな。二階建てだ。まあここには教会がいくつかあるし、こんなもんなのかね。

 

アスナが扉を少し開いて中の様子を覗いているが……少なくとも見える範囲にはいねぇ。

 

 

「あのー、どなたかいらっしゃいませんかー?」

 

 

アスナの呼びかけにも応える姿はない。

誰もいねぇのか……?

 

 

「誰もいないのかな……?」

 

 

アスナも同様の疑問を感じたらしい。

だが、キリトが否定した。

 

 

「いや、人がいるよ。右の部屋に三人、左に四人。二階にも何人か……」

 

「……索敵スキルって、壁の向こうの人数までわかるの?」

 

「俺も初耳だ……」

 

「え、カイさんもですか……?」

 

「熟練度九八〇からだけどな。便利だから皆もあげろよ」

 

「あ、俺もう少しだ。確か今九七六だったはずだし」

 

「二人ともおかしいわよ……あんな地味な修行、発狂しちゃう」

 

「同感です……」

 

 

確かに索敵スキルの修行は地味の極致って感じだ。俺も苦労した。ぶっちゃけもうやりたくない。しかしコンプしたい。ジレンマ。

 

 

「それにしても、何で隠れてるのかな……」

 

 

アスナが教会内部に静かに足を踏み入れた。そして、さっきよりも大きな声で呼びかける。

 

 

「あの、すみません!人を探してるんですが!」

 

「……《軍》の人じゃ、ないんですか?」

 

 

すると右側の扉が僅かに開き、その向こうから女性の声が響いてきた。

 

 

「違いますよ、上の層から来たんです」

 

 

俺達は、戦闘用装備は何も着けていない。軍の連中はユニフォームとして重装備の鎧を着込んでるから、違うとわかってくれるだろう。

 

ドアがさらに開き、奥から暗い色の髪をした女性が出てきた。

黒縁の眼鏡をかけ、手には鞘に収められた短剣を持っていた。

 

 

「えっと……では、奥にどうぞ……」

 

「あ、はい。お邪魔します」

 

 

 

 

 

「それで……人を探してらっしゃるということでしたけど……?」

 

 

礼拝堂の右にある部屋に案内された俺達は、出されたお茶を一口飲んでから切り出した。

 

 

「あ、はい。わたしはアスナ、この人はキリトといいます」

 

「俺はニューカイ。カイって呼んでくれ」

 

「あたしはシリカです」

 

「あ、ごめんなさい、名前も言わずに。私はサーシャです」

 

「で、この子がユイです」

 

 

アスナが膝の上で眠るユイの頭を撫でながら紹介した。

 

 

「この子、二十二層の森で迷子になってたんです。記憶を……なくしてるみたいで……」

 

「まあ……」

 

 

サーシャが眼鏡の奥で目を見開いた。

 

 

「装備も服だけで、上層で暮らしてたとはとても思えなくて……。それで、はじまりの街に保護者とか……この子のことを知ってる人がいるんじゃないかと思って、探しに来たんです。で、こちらの教会で、子供たちが集まって暮らしていると聞いたものですから……」

 

 

アスナのわかりやすい説明を受けて、サーシャは机に視線を落として、思考をまとめながら話し始めた。

 

 

「私たち、二年間ずっと、毎日一エリアずつ全ての建物を見て回って困っている子供がいないか調べてるんです。ですから残念ですけど……はじまりの街で暮らしてた子じゃないと思います」

 

 

と、その時。部屋の扉が勢いよく開き、数人の子供たちが雪崩れ込んできた。

 

 

「サーシャ先生!大変だ!」

 

 

ただならぬ様子だ。

 

 

「こら、お客様に失礼でしょ!」

 

「それどころじゃないんだ!ギン兄ィたちが、軍の奴らに捕まっちゃったよ!」

 

「なんですって!?」

 

 

これは……カツアゲ隊のことか!

この人達の中には、サーシャを初めとしてこの辺のフィールドなら問題なく稼げる人もちらほらいるようだし、はじまりの街にいる他の連中よりも稼いでるんだろう。

格好の獲物ってわけか。

 

 

「場所は!?」

 

「東五区の道具屋裏の空き地。軍が十人くらいで通路をブロックしてる」

 

「わかった、すぐ行くわ――すみませんが……」

 

「俺達も同行するぜ。力になれるはずだ」

 

 

俺の提案に、サーシャはわずかに逡巡したものの頷いた。

 

 

「――ありがとう、お気持ちに甘えさせていただきます」

 

 

サーシャは深く頷いて、眼鏡を押し上げて言った。

 

 

「では、すみませんけど走ります!」

 

 

教会から飛び出したサーシャを追って、俺達も走りだす。

大勢の子供たちも付いてきていた。

 

 

 

 

 

 

件の路地を塞ぐようにして、軍のプレイヤーが少なくとも十人は立っていた。

サーシャは躊躇せずに路地に駆け込み軍の連中の手前で足を止め、連中を睨みつける。

軍のプレイヤー達が振り向き、にやにや笑った。

 

 

「お、保母さんの登場だぜ」

 

「……子供たちを返してください」

 

「人聞きの悪いこと言うなって。すぐに返してやるよ。社会常識ってもんを教えてやったらな」

 

「そうそう。市民には納税の義務があるからな」

 

 

連中が、ガハハハハ、と耳障りな笑い声を上げる。

サーシャの拳が怒りでブルブルと震えた。

 

 

「ギン!ケイン!ミナ!そこにいるの!?」

 

「先生!先生……助けて!」

 

 

サーシャが路地の奥に呼びかけると、怯えた少女の声が返ってきた。

 

これは……見過ごせねぇなぁ……声から察するに、小学校高学年ってとこか?

いやはや、軍の連中は胸糞悪ぃことしてくれんねぇ……。

 

 

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

「先生……お金だけじゃダメなんだ……!」

 

 

……もしかして、装備も剥ぎ取ろうとしてんのか?幼いと言っていい女の子もいるのに?

ほぉほぉほぉ……こいつら俺の神経を逆撫でするの上手いなぁ……。

 

 

「そこをどきなさい!さもないと……」

 

「さもないと何だい?あんたが代わりに税金を払うかい?」

 

 

圏内では、犯罪防止コードの働きのためにプレイヤーを無理矢理動かすことはできない。

その性質を利用して、通路を塞いで閉じ込める《ブロック》や複数人で直接取り囲む《ボックス》などの悪質なハラスメントが存在することになっている。

 

……まあ、そんなもんは地面を移動する時の話だがな。

 

 

「キリト、行ってこい」

 

「アスナさん」

 

「うん。行こう、キリト君」

 

「ああ」

 

 

二人は力強く頷き、無造作に地面を蹴った。

 

高いステータスを存分に活かした二人は軽々と男達の頭上を飛び越え、向こう側に降り立った。

これであっちは大丈夫だろう。様子は見えねえけど。

 

さて、こっちだな。

 

 

「……シリカ、ちょっといいか?」

 

「はい、なんですか?」

 

 

小声でシリカに話しかける。奴らはキリト達に気を取られているから気づかれることはないはずだ。

 

 

「ちょっとキレちゃったから、協力してくれね?」

 

「……何をするのかは大体予想が付きますけど。一応聞かせてもらっていいですか?」

 

「俺達二人で通路を塞ぐようにして立って、逃げ出してくる奴をボコる」

 

「はい、わかりました。まああたしも、あの人達がやってることには怒りが湧きますし……いいですよ」

 

「助かる。サーシャ、下がっててくれ。多分そろそろ……」

 

 

うわぁぁああああ!!という悲鳴が聞こえてきた。

やっぱり向こう側の奴が怒らせたか……あの攻撃感覚の短さは、アスナだな。

 

 

何度か言ったと思うが、圏内で攻撃されてもダメージは通らない。が、衝撃は通る。

しかも、その衝撃はプレイヤーのパラメータとスキルの上昇度によって大きくなっていく。

アスナほどのプレイヤーの攻撃なら相当だろうな。

 

 

「う……うわあああああ!!」

 

「おっと、どこに行くつもりだ?」

 

「ッ!?」

 

 

向こうで男の一人が何か叫んでたようだから、抵抗するように言ったんだろう。

こいつらは、恐れをなして逃げ出そうとしたんだろうが……そうは行かねぇぞ?

 

 

「オイオイ、逃げられると思ったか?あんなことしようとした奴らを、みすみす逃がすわけねぇだろうが」

 

「な、何……!?」

 

「ここを通りたければ、俺達を倒して行けってな」

 

 

二人で完全に塞げるほど通路は狭くないが、こいつらの重装備で抜けるのは困難ってくらいには塞げる。

俺とシリカは短剣を構えて、相手の動きを待った。

 

ついでに俺は挑発もしておく。

 

 

「おいおいまさか、軍のプレイヤーともあろう奴らがそんな重装備で、短剣しか持ってない子供二人に怖じ気づいてんのか?」

 

 

嘲笑ってやると、奴らは顔を真っ赤にして武器を構えた。

 

 

「く、くそおおおおお!!」

 

「もっとちゃんと狙えって。おらぁぁああああ!!」

 

 

抑えていた怒りを爆発させ、《アーマーピアス》を撃つと同時に一気に解放した。

子供たちが味わった恐怖の、一割でも味わいやがれ!

 

 

「はああああ!!」

 

「ぐわあああ!」

 

 

シリカも向かってきた相手を吹き飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

数分後。

軍の連中は全員地に倒れ伏していた。

 

大活躍したアスナに子供たちが群がっている。

ま、かっこよかっただろうしな。

 

 

「みんなの……みんなの、こころが」

 

 

その時突然、目を覚ましたユイが宙に視線を向け右手を伸ばした。

 

 

「みんなのこころ……が……」

 

「ユイ!どうしたんだ、ユイ!」

 

 

ユイの手を伸ばす先を見据えるが、そこには何もない。ユイは、何を見ているんだ!?

 

 

「ユイちゃん……何か、思い出したの!?」

 

 

アスナがユイに駆け寄り手を握って問いかける。

 

 

「……あたし……あたし……ここには、いなかった……。ずっと、ひとりで、くらいとこに……」

 

 

ユイは眉根を寄せ顔を顰め、何かを思い出そうとするかのようにしている。

と――。

 

 

「うあ……あ……あああああ!!」

 

 

突然、ユイの口から苦しそうな悲鳴が迸った。

 

 

「ぐっ……!?」

 

「何……これ……!?」

 

 

それと同時に、耳障りなノイズじみた音が響く。

俺は思わず耳を塞ぎ、それでもユイの様子を確認しようと目を向ける。

ユイの身体は、壊れそうな勢いで激しく振動していた。

 

 

「ゆ……ユイちゃん……!」

 

「ママ……怖い……ママ……!!」

 

 

アスナはキリトの腕からユイを抱き上げ、胸に抱えた。

 

 

数秒後、その現象は収まり、ユイの身体から力が抜けた。

 

 

「何だよ……今の……」

 

「くそっ、なんだってんだ……」

 

 

俺とキリトの小さな呟きが、空き地に嫌に大きく響いた。

 

 





どうでしたか?
あまりオリジナル要素入れられませんでした……。
次の話は少しは入れられると思います。

感想などありましたら、どしどしお願いします(ぶっちゃけなくても捻りだして頂けると嬉しいですw)

では、また次回。


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第二十三話 森の迷子②


お久しぶりです。

いつの間にやらお気に入り登録が三百件を超えていました。
とても嬉しい限りです。
これからも頑張ります。


今回はカイが頑張ります。

では、どうぞ。



 

ユイが謎の発作を起こした日。

 

幸いユイは数分で目を覚ましたが、長距離の移動をユイに強いることを嫌ったアスナがサーシャの誘いを受けて孤児院に泊まった。

俺達は帰ろうかと思ったんだが、ユイに「にいちゃ、ねえちゃ、行っちゃうの……?」と潤んだ瞳で見つめられて「ああ、帰るわ」と言えるほど俺は冷めた性格はしてねえ。

結局、開いてる部屋を二部屋借りた。

 

 

んで、今はその翌日。

 

子供たちが元気に朝食を食べている。

俺達がお茶を飲んでこれからの行動を考えていると、不意にキリトが顔を上げ、外を見た。

 

 

「誰か来るぞ。一人だ」

 

「え……誰かしら……」

 

 

 

 

 

短剣を腰に吊るして出迎えたサーシャと念のため付いて行ったキリトが連れてきたのは長身の女性プレイヤーだった。

銀髪をポニーテールにしていて、鋭い瞳が印象的だが……こいつが着ている濃緑色の上着とゆったりとしたズボン、それにこの金属鎧は、《軍》のユニフォームだ。間違いない。右腰にショートソード、左腰にウィップを吊るしている。

子供たちもそれに気づいたのか、一斉に押し黙り警戒するように見ている。

 

 

「みんな、この方は大丈夫よ。食事を続けなさい」

 

 

子供たちから全幅の信頼を置かれているらしいサーシャがそう言うと、子供たちは一斉に食事に戻った。

すげえなサーシャ。

 

 

 

 

サーシャから椅子を勧められたその女性プレイヤーは一礼して腰掛けた。

俺達がキリトに視線で問いかけると、キリトも首を傾げながら俺達に向けて言った。

 

 

「ええと、この人はユリエールさん。俺達に話があるらしい」

 

 

ユリエールと呼ばれた彼女は、俺達一人ずつに視線を一瞬向けてペコリと頭を下げた。

 

 

「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属しています」

 

「ALF?」

 

「……アインクラッド解放軍、か?」

 

「あ、はい。アインクラッド解放軍の略称です。正式名はどうも苦手で……」

 

 

なんか堅苦しいもんな。気持ちはわからないでもない。

 

 

「はじめまして。わたしはギルド血盟騎士団のアスナです。この子はユイ」

 

「俺はニューカイ。カイって呼んでくれ。俺も血盟騎士団に所属してる。一応な」

 

「あたしはシリカです。あたしは血盟騎士団じゃないですけど……」

 

「KoB……。なるほど、連中が軽くあしらわれるわけだ」

 

 

連中……昨日の奴らか。

 

 

「……つまり、昨日の件で抗議に来たってことですか?」

 

「喧嘩なら買うが……そんな感じはしねぇな」

 

「その通りです。お礼を言いたいくらい」

 

 

事情がよく飲み込めないが……まだ本題に入ってない。それを聞けばわかるだろ。

 

 

「実は、あなた達にお願いがあって来たのです」

 

「お、お願い……?」

 

 

アスナが少々身構えて訊き返す。ユリエールは一つ頷いて続けた。

 

 

「はい。最初から説明します―――」

 

 

 

 

ユリエールの説明はこうだった。

 

 

そもそも、《軍》が今の名称になり独善的な組織になったのはサブリーダーのキバオウが実権を握るようになってからだそうだ。

 

話の腰折って悪いがこれ確かアレだよな?サボテンのあだ名だよな?やべえ流石だわ。ある種尊敬に値する。アホなことやらせたら右に出る者はいな……いわけじゃないが少ないな、うん。

まあ話を戻す。

 

元々《軍》は、SAO開始当時の日本最大情報サイト《MMOトゥディ》を元にしたギルドだったらしい。

そのサイトの管理人兼ギルド結成者の名は、シンカー。

彼は情報や食料などの資源を多くのプレイヤーに分け与えようとしていた。

しかしシンカーが放任主義なのをいいことに、サボテンの野郎はどんどんギルド内で勢力を強めていった。

そしてそのサボテン一派を名乗る奴らが徴税とかのふざけた行為をしてるらしい。

 

だが、資材の蓄積にうつつを抜かしゲーム攻略をないがしろにしたサボテンは他のギルドメンバーから責められた。本末転倒だろうと。

その不満を抑えるためサボテンは無茶な博打に出た。

俺達の記憶にも新しいコーバッツの一件だ。

その無謀さを糾弾されたサボテンは、追いつめられて強攻策に出た。

 

それが―――。

 

 

「三日前、追いつめられたキバオウはシンカーに罠を掛けるという強攻策に出ました。出口をダンジョンの奥深くに設定してある回廊結晶を使って、逆にシンカーを放逐してしまったのです。その時シンカーは、キバオウの『丸腰で話し合おう』という言葉を信じたせいで非武装で、とても一人でダンジョンのモンスターを突破して戻るのは不可能な状態でした。転移結晶を持っていないようで……」

 

「み、三日も前に……!?それで、シンカーさんは……!?」

 

「《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので身動きが取れないようで……ご存知の通りダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルド倉庫(ストレージ)にアクセスできませんから、転移結晶を届けることもできないのです」

 

 

死地のど真ん中に出口を設定して置き去りにする殺人の手法は《ポータルPK》と呼ばれる有名な手法だ。

シンカーが知らなかったとは思えないが――。

 

 

「そいつ、いい奴すぎたんだな……」

 

「……はい。ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作できるのはシンカーとキバオウだけ、このままではギルドの運営に関わる全てがキバオウの好きにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは副官である私の責任。私はシンカーを救出に行かねばなりません。しかし彼が幽閉されたダンジョンは私の力では突破できませんし、《軍》の助力は見込めません」

 

 

ユリエールはギュっと唇を噛んで俺達を真っ直ぐに見据える。

 

 

「そんなところに、恐ろしく強い四人組が街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。

キリトさん、アスナさん、カイさん、シリカさん」

 

 

そして俺達に深々と頭を下げた。

 

 

「お会いしたばかりで厚顔きわまるとお思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか」

 

 

長い話を終え口を閉じたユリエールは、じっと黙っている。

 

協力してやりたいのはやまやまだが……これが俺達を圏外におびき出し危害を加える策じゃないとは限らないわけだ。

恐らく、話の裏付けを取らないと動けない――――なんてアスナは思ってるだろうな。

 

 

「――わたしたちにできることなら、力を貸して差し上げたい――と思います。でも、そのためには、こちらで最低限のことを調べてあなたの話の裏付けをしないと――」

 

 

やっぱりな。

 

 

「それは、当然――ですよね。でも――」

 

 

俺が手を上げると、ユリエールは口をつぐんだ。

 

五対の瞳が俺を見る。

 

 

「今ここには、攻略組のトッププレイヤーが四人いるんだぞ?俺達四人に攻略できねぇダンジョンなんてねぇよ」

 

 

アスナの懸念もわかる。だが、俺達四人は最強のパーティーだ。俺は本気でそう信じてる。

 

 

「で、でも――」

 

 

アスナが反論しようとする。――と、その時。ユイが不意にカップから顔を上げて言った。

 

 

「だいじょぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」

 

 

全員が驚いてユイを見る。

発言もそうだが、言葉からたどたどしさが消えている。

 

 

「ユ、ユイちゃん……そんなこと……わかるの?」

 

「うん。うまく……言えないけど、わかる……」

 

 

その言葉を聞いたキリトは右手を伸ばしユイの頭をくしゃくしゃと撫でた。

アスナに視線を向けてニヤリと笑う。

 

 

「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。カイの言う通り、俺達なら何とかなるさ」

 

「娘の言う事、信じてやれよ」

 

 

からかうように、そして挑発するようにアスナに向けて言うと、アスナはむっとした表情になった。

 

 

「カイに言われなくても……わかってるわよ」

 

 

そしてアスナは微笑むと、ユイの頭に手を伸ばした。

 

 

「ごめんね、ユイちゃん。お友達探し、一日遅れちゃうけど我慢してね」

 

 

その言葉の意味を理解できたのかは定かじゃないが、ユイは花の咲くような笑みとともに頷いた。

アスナはユリエールに向き直り、微笑みかけながら言った。

 

 

「微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたいって気持ち、わたしにもよくわかりますから……」

 

「もちろん、俺達も協力させてもらう。シリカ、いいよな?」

 

「もちろんです」

 

 

俺達もユリエールに頷きかけると、彼女は空色の瞳に涙を溜めながら深々と頭を下げた。

 

 

「ありがとう……ありがとうございます……」

 

「それは、シンカーさんを救出してからにしましょう」

 

 

アスナが再び笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結構ガチ装備に身を固めた俺とアスナ、ユイを抱くキリトとシリカはユリエールの先導の従って件のダンジョンを目指す。

当然アスナはユイをサーシャに預けてくるつもりだったが、ユイが頑固についていくと言って聞かなかったんだ。ここは親子そっくりだな。

 

 

「そういえば、肝心のダンジョンはどこにあるんだ?」

 

 

キリトがユリエールに尋ねる。そういや訊いてなかったな。

 

 

「ここ……です」

 

「「ここ?」」

 

 

連れてこられたのは黒鉄宮――軍の本拠地だ。

 

 

「例のダンジョンはこの地下にキバオウが実権を握ってから開放されたダンジョンなんです。恐らく上層攻略の進み具合に応じて開放されるタイプのものなんでしょうね。キバオウはシンカーや私にも秘密にして自分の派閥で独占しようと……」

 

「未踏破ダンジョンだ。さぞかし儲けただろうな」

 

「それが違うんです。ダンジョンは基礎モンスターだけでも六十層相当のレベルがあって、キバオウの先遣隊はさんざん追い回されて、使った結晶のせいで大赤字になったそうです」

 

「ハハッ、ざまぁねぇな!!流石はサボテンだ!いつでもピエロをやってくれる!…………まぁ、今回やったことはゴミ以下だけどな」

 

 

俺の予想をいい方向に裏切ってくれたサボテンに笑いを抑えられねえ。ま、シンカーにやったことは許されることじゃねぇが。

 

 

「……サボテン?」

 

「ああ、ユリエールが知ってるわけねぇか。俺があいつに付けた呼び名だ。頭がサボテンみてぇだろ?」

 

「……なるほど」

 

 

ユリエールが苦笑した。

が、すぐに沈んだ表情を見せる。

 

 

「ですが、今はそのことがシンカーの救出を難しくしています。今回使われた回廊は逃げ回りながら相当奥でマークしたものらしく……シンカーはその先にいるんです。レベル的には一対一なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなのですが……連戦となるととても無理です。――失礼ですが、皆さんは……」

 

「ああ、まあ、六十層くらいなら……」

 

「なんとかなると思います」

 

「大丈夫だと思いますよ?」

 

「つーか俺が大丈夫にしてやるよ」

 

 

キリトの言葉を引き継いでアスナが答える。シリカも自分の意見を述べた。俺は自信満々に返しておく。

安全マージンは十分だ。それに、いざとなったら()()()()()()全員が逃げる時間くらい稼いでみせるさ。

 

 

「……それと、もう一つ気がかりなことがあるんです。先遣隊のメンバーから聞き出したんですが、ボス級の奴を見た、と……」

 

「「…………」」

 

 

ボス級の奴、だと……?俺がいるとやたら強い敵にエンカウントしがちだが……いや、今回は大丈夫だろう。仮に出てきても何とかなるだろきっと。

 

 

「それも何とかなるでしょう」

 

 

確か六十層のボスは石造りの鎧武者みたいな奴だった。アレはあまり苦戦しなかったし、アスナはそういう判断を元にして言ったんだろうな。

 

 

「そうですか、よかった!」

 

 

アスナがユリエールに頷きかけると、ユリエールは口元を緩めた。

 

 

「ここから地下水道に入ってダンジョンの入り口を目指します。ちょっと暗くて狭いんですが……」

 

 

ユリエールは気がかりそうな視線をユイに向ける。

それを受けたユイは心外そうに顔を顰め、

 

 

「ユイ、こわくないよ!」

 

 

と主張した。

 

 

「大丈夫です、この子、見た目よりずっとしっかりしてますから」

 

「うむ。きっとこの子は将来いい剣士になる」

 

 

……いやいや、アスナはいいとしてキリトのはどんな親バカ発言だよ。

 

アスナとユリエールが顔を見合わせて笑い、大きく頷いた。

シリカは俺の隣で苦笑している。

 

 

「では、行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおお!!」

 

 

キリトが右手に持つ剣がずば――――っと敵を斬り裂き、

 

 

「りゃああああ!!」

 

 

左手の剣がどか――――んと吹っ飛ばす。

 

 

「………なあ、アスナ」

 

「……なぁに、カイ?」

 

「あいつ、どれくらいまともな戦闘してない……?」

 

「休暇もらってからずっとかな……」

 

「ああ……それは納得ですね……」

 

 

俺とシリカは納得して苦笑する。

アスナもやれやれといった感じで眺めているが、ユリエールは目と口を丸く開いて唖然としている。

ユリエールからしてみれば想像もつかない光景なんだろうな。

ユイののんびりした声援も緊迫感をガリガリ削る。

 

カエル型モンスターやザリガニ型モンスターは哀れにもキリトに千切っては投げられている。

通路の広さに任せて数で圧倒しようとしてるが、あの無双っぷり相手には焼け石に水だな……。

 

 

「すみません、任せっきりで……」

 

「いえ、あれはもう病気ですから……」

 

「やりたくてやってるんだからほっとけほっとけ」

 

「アハハ……」

 

 

申し訳なさそうに言うユリエールに三人で苦笑して気にするなと伝える。

アレは気にするだけ無駄だしな。

 

 

「なんだよ皆して、ひどいなぁ」

 

 

そこそこの大群を蹴散らして戻ってきたキリトが、耳ざとく俺達の言葉を聞きつけて口を尖らせた。

 

 

「んだよ、そんなに言うなら俺と代わるか?」

 

「……も、もうちょっと」

 

 

俺達は顔を見合わせて笑う。と、ユリエールがマップを表示させてシンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。距離の七割は踏破してきたな。

 

 

「シンカーの位置は数日間動いていません。多分安全地帯にいるんだと思います。そこまで到達できれば、後は結晶で離脱できますから……すみません、もう少しだけお願いします」

 

 

ユリエールに頭を下げられ、キリトは慌てたように腕を振った。

 

 

「い、いや、好きでやってるんだし……アイテムも出るし」

 

「へぇ、どんなのが出てるんだ?」

 

 

俺の質問に、キリトがドヤ顔でメニューウィンドウを操作する。

 

 

「これだよ」

 

 

どちゃっという音を立てて赤黒い肉塊が出現する。

中々にゲテモノだな。

 

 

「な、ナニソレ?」

 

 

アスナが顔を引き攣らせて尋ねる。

シリカもドン引きしていた。ユリエールもだ。アレ?

 

 

「見たところカエルの肉か?」

 

「その通り!ゲテモノなほど旨いって言うからな、あとで料理してくれよ」

 

「絶、対、嫌!!」

 

 

アスナは叫ぶと、自分も共通ストレージを開き、ドラッグ操作した。

画面は見えないが何をしたか手に取るようにわかる。ゴミ箱に叩き込んだなアレは。

 

 

「あっ!ああああ……」

 

「もったいねぇ!!」

 

「カイさん、もし取ったとしてもあたしは料理しませんからね」

 

「えぇ――…………」

 

 

俺とキリトのリアクションを見て、ユリエールが反応した。

 

 

「くっ、くくくっ……」

 

「お姉ちゃん、はじめて笑った!」

 

 

ユイが嬉しそうに叫んだ。ユイも満面の笑みを浮かべている。

 

そう言えば、昨日発作を起こした時も子供たちが笑った直後だったような気がするな……何かあるのか?

 

アスナはユイをぎゅっと抱きしめ、声をあげる。

 

 

「さあ、先に進みましょう!」

 

 

俺達は頷き、深部に向かって足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

前半は水中生物型だったモンスター群は後半になるにつれてオバケ系統に変化していった。

それらもキリトが全て屠り、ダンジョンに入って二時間が経過した頃、光の洩れる通路が目に入った。

 

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

 

アスナが言うと同時に、俺とキリトは索敵スキルで確認できた内容を伝える。

 

 

「奥にプレイヤーが一人いる」

 

「グリーンだな。シンカーだろう」

 

「シンカー!」

 

 

我慢できないという風に走りだしたユリエールを追って、俺達も走る。

 

右に湾曲している通路を数秒間走ると、前方に大きな十字路とその先に明かりの灯った小部屋が目に入った。

小部屋は溢れんばかりの光に満ちているため、入り口に立つ男の顔は逆光でよく見えない。しかし彼は、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。

 

 

「ユリエ――――――ル!!」

 

 

こちらの姿を確認すると、大声で名前を呼んだ。

ユリエールも左手を振り、いっそう走る速度をあげる。

 

 

「シンカ――――!!」

 

「来ちゃダメだ――――!!その通路は……ッ!!」

 

 

それを聞いてアスナとシリカはぎょっとして走る速度を緩めてしまったようだった。

だが、シンカーの声には緊迫感に溢れている。ここは速度を緩めるのは得策じゃねえ!!

ユリエールには聞こえていないのか部屋に向かって一直線に駆け抜ける。

 

その時。

部屋の手前の十字路の右側死角部分に、不意に黄色いカーソルが一つ出現した。

名前は――《The Fatalscythe》――。

 

固有名に付いた定冠詞。こいつがボスモンスターか!!

 

 

「ダメ―――っ!!ユリエールさん、戻って!!」

 

「俺が行く!!キリト、何かあったら援護頼む!!」

 

「わかった!」

 

 

アスナが絶叫する。俺は叫び返すことでそれに答え、走る速度を上げる。キリトも呼応してくれた。これで行ける。

黄色いカーソルは左にスッと移動してきている。このまま行けば十字路でぶつかる!

 

俺は背後からユリエールの腰を掴んで全力で前方に投げる。筋力パラメータの全てを振り絞れ――!!

 

 

「うおらぁぁぁああああ!!」

 

「うわっ!?」

 

 

何とかユリエールを十字路の向こうに逃がすことに成功した。多少強引だが許せ、ユリエール!

 

あとは―――!!

 

 

「カイさん!?」

 

 

この迫り来る影を躱せば万事オッケーだ!!

 

 

「ああああああああああっ!」

 

 

ユリエールを投げた反動も利用して力の限り後ろに跳び退る。

黒い影は俺の目前を横切っていった。っぶねぇ……!!

 

だが、休んでる暇はねえな!

左の通路に飛び込んでいった影が反転して向かってきてる気配がする!

 

 

「ユイを連れて安全地帯に退避しろ!!」

 

「カイさん!あたしも行きます!」

 

「カイ、俺も行くぞ!」

 

「この子と一緒に安全地帯へ!」

 

 

アスナがユイをユリエールに預けて走ってくる。

いやあ皆の心意気は嬉しいな……だが――。

 

今俺の目の前にいるのは、死神を体現したような姿のボス。

ボロボロの黒いローブをまとった人型のシルエット。顔の奥にはそこだけ生々しい眼球がはまり、俺達を見下ろしている。右手には巨大な黒い鎌。凶悪に湾曲した刃からは赤い雫が滴り落ちている。

 

 

「キリト――こいつのデータ、見れるか?」

 

「いや、俺の識別スキルでも無理だ」

 

 

やはりそうか。俺よりキリトの方が識別スキルの熟練度は高いが、キリトのレベルは俺より低い。

レベルと熟練度の関係は正確には理解してないが、足し算のようなものと考えるのが妥当だろう。

俺では見れなかったから僅かに期待したが……ダメだったか。俺ももっと真面目に上げておくんだった……クソッ。

 

キリトが掠れた声で後ろに駆け寄ってきたアスナとシリカに告げる。

 

 

「アスナ、シリカ。今すぐ安全地帯の三人を連れて、クリスタルで脱出しろ」

 

「「え…………?」」

 

「こいつ、ヤバい。俺達の識別スキルでもデータが見えない。強さ的には多分九十層クラスだ……」

 

 

後ろでアスナとシリカが息を呑んだのがわかった。

だが、キリトの指示は少し間違ってるな……。

 

 

「キリト、お前は間違ってるぞ。今回ばかりはお前も一緒に下がれ」

 

「……カイ!?でも……!」

 

 

俺達が会話してる間にも死神は近づいてくる。

今はこの一瞬が惜しい!

 

 

「時間を稼ぐだけならお前らがいるのは邪魔だ!!さっさと行けっ!俺が全力で時間を稼ぐ!!」

 

「カイさん……でも……っ!?」

 

「早く行けっつってんのが聞こえねぇのか!!!」

 

「「「ッ……!?」」」

 

 

俺のいつもの余裕が一切ない怒声を受けて三人が怯んだ。

その時、死神が鎌を思い切り横に薙いでくる。

 

 

「下がれ――――ッ!!」

 

 

最後に一声。三人を気迫で下がらせ、即座に違う言葉を叫ぶ。

 

 

「チェンジ!!《ショート》・トゥー・《フリー》ィィィィィッ!!」

 

 

体勢を低くし、《ヴァイヴァンタル》で斬り上げる一撃。鎌の横っ面をぶっ叩く。

短剣が掻き消え、即座に()()()()()を今攻撃したのと同じ位置に叩き込む。

 

ほぼ二連撃と言っていい感覚で側面を叩かれた鎌は軌道を無理矢理変更され、俺の頭上を通り抜けていく。

この攻撃は受けたら一瞬でHPを持ってかれる。どうにかして回避するしかない!

 

攻撃の勢いで鎌が右に流れたこの隙に、メニューを操作する。

リッパーのクソ野郎相手に鍛えたスキルがここで活きるとはな!何とも皮肉なもんだな――!

 

《クイック・チェンジ》を使い、右手に再度《ヴァイヴァンタル》を装備する。

さあ、仕切り直しだ――。

 

キリト達が下がってることを確認する。後は時間を稼げば……。

 

 

今度は学習したのか、死神が鎌を振り下ろしてきた。

確かにこれなら、さっきのやり方では間に合わないだろう。

だがな―――!

 

 

「チェンジ!!《ショート》・トゥー・《()()()》ィィッ!!」

 

 

俺は両脚で跳躍し、鎌の横を叩く。空中で体勢を整え、追撃で拳を繰り出す。さっきの再現だ。

 

言ってなかった《簡易変更》スキルの長所。行き先の《フリー》は何度でも使えるんだ!

 

鎌は俺の真横を通り過ぎ地面に突き刺さる。俺は空中でメニューを操作して……これの繰り返しだ。時間は存分に稼がせてもらうぞ!

 

 

「カイ、準備はできたぞ!ユリエールさん達には脱出してもらった!早く来い!!」

 

「キリト!わかった、次の攻撃を凌いだら行く!」

 

 

ジリジリ下がりながらキリトに返答する。

次の攻撃を凌いで全力ダッシュ。それで脱出だな。

 

 

再び死神が横薙ぎの攻撃を繰り出してきた。

 

 

「ハッ、同じ攻撃とは芸がねぇな―――!!」

 

 

さっきと同じ対処をして、振り向いて駆け出す。

 

少しずつ下がっていたことが功を奏したな。

すぐに十字路に差し掛かり、部屋に向かって――――殺気!?

 

 

「カイさん、後ろ!!」

 

 

シリカの声を聞くまでもなく、後ろから鎌が迫ってるのがわかる。

ちくしょう、勢いのままに一回転して二連撃にしてきやがったのか!

間に合うか――!?

 

 

「ぜやぁぁぁあああああ!!!」

 

 

体術スキル二連撃技《逆巻》。

前にも後ろにも放てるという便利なスキルだ。

迫り来る殺気と直感を頼りに蹴撃による二連撃を鎌に打ち込み――ぐあっ!?

 

 

「ぐあぁぁあああっ!!」

 

「カイさぁぁぁん!!」

 

「カイッ!!」

 

「そんなっ!?」

 

 

壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちる。

がはっ……威力をほとんど軽減できなかった……。

 

 

 

 

くっ……HPバーは…………レッド、だと……!?

 

身体が……動かねぇ……。安全地帯まで、もう少しだってのに…………。

 

 

 

 

と、その時。

とことこと場違いな小さな足音が聞こえる。

 

 

「ユイ!?」

 

「ユイちゃん!?」

 

 

その声で足音の主が誰なのかを理解する。

すぐそこの安全地帯から出てきたんだろう。

聞こえる足取りは軽やかで、目の前の危険を理解できていないのかと錯覚しそうになる。

 

だが、なんで……?

 

 

「ユイ、馬鹿、下がれ……キリト、何、してんだ……ユイをさっさと連れて逃げろ……」

 

「大丈夫だよ、()()()()

 

 

――カイさん?

 

捕まえにきたアスナの手を軽く解き、ユイはさらに前に進む。

俺に肩を貸して退避しようとしたキリトも唖然としている。

 

そこに、死神の致死の鎌がユイ目掛けて振り下ろされた。

 

 

「ユイちゃん、ダメ――――ッ!!」

 

 

ハッと我に返ったアスナが絶叫する。

しかし、それを意に介することなくかざされたユイの真っ白い掌を鎌が襲った。

が、鎌が触れる寸前に紫色の障壁に阻まれ、大音響とともに弾き返される。

ユイの掌の前に浮かんだシステムタグは、【Immortal Object】。それは、破壊不可能の証。プレイヤーが持つ事のできない不死属性。

 

さらに驚愕することが起こった。

ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こり、それは巨大な剣を形作る。

熱にあおられるようにユイの着ていた冬服が一瞬で消え去り、ユイが元から着ていた白いワンピースが現れた。

不思議なことにワンピースも長い黒髪も炎に巻かれても影響を受ける様子がない。

 

自分の身の丈を優に超える剣を一回転させ、ユイが死神に斬りかかった。

死神が大鎌を自分の目の前に掲げ、防御の姿勢を取る。一瞬の迷いもなかった。それほどまでにユイが持つ剣はヤバいってことなのか――?

ユイの火焔剣と鎌がぶつかり、拮抗した。

と思う間もなく、ユイが剣をどんどん振り下ろしていく。

数瞬の内に鎌は断ち切られ、そのまま膨大なエネルギーを持った火の柱がボスの顔の中央に叩き込まれる。

 

 

 

死神の身体を中心に渦巻く火炎の眩さに閉じてしまった目を開けると――そこにはもうボスの姿はなかった。

通路の至る所に残り火が散らばり、その真っ只中にユイが一人俯いている。

火焔剣は床に突き刺さり、出現した時と同様に炎を発しながら溶け崩れ、消滅した。

 

 

 

 

俺は一人で身体を支えることができるくらいには回復していたので、支えてくれていたキリトの腕を解く。

キリトとアスナはよろよろとユイに向かって数歩歩み寄った。

 

 

「ユイ……ちゃん……」

 

 

アスナが掠れた声で呼びかけると、少女は音もなく振り向いた。

その口は微笑んでいるが、大きな瞳には涙が溜まっていた。

ユイは俺達を見上げたまま、静かに言った。

 

 

「パパ……ママ……カイさん……シリカさん……。全部、思い出したよ……」

 

 

俺は、何かが終わる音を聞いた気がした。

 

 

 





いかがでしたか?
いくらカイの全力でも、九十層クラスのボスが相手では分が悪かったようです。
カイはかなり頑張りました。最後は少々気が緩んでたことは認めざるを得ませんが。

感想や誤字などありましたら、どんどんお願いします。


次回はちょっと短いかもですね。
では、また次回。



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第二十四話 森の迷子③


………えー、お久しぶりです。
前回の投稿から二か月も経ってしまいました。なんかもう色々とすみません。
それに前回、今回はちょっと短くなるかもと言いました。嘘でした。別に短くありません。

今回、以前に放置していたある事柄に触れます。
びっくりする……していただけたらいいなぁ……(弱気)。

では、どうぞ。




俺とシリカを他人行儀な呼び方で呼んだユイに付いていき、俺達は安全地帯に入る。

 

ユイは部屋の真ん中に鎮座している石のようなものに腰掛けた。キリトとアスナがユイの目の前にしゃがみ込み、俺はキリト達の右後ろで壁に寄り掛かる。シリカが不安そうな表情で俺の手を握ってきた。

ユイは表情に翳りを見せたまま沈黙を貫いている。アスナが意を決したように、ユイに話しかける。

 

 

「ユイちゃん……。思い出したの……?今までのこと……」

 

 

それでもユイはしばらく俯き続けていたが、ついにこくりと頷く。泣き笑いのような表情のまま、小さな唇を開く。

 

 

「はい……。全部、説明します――――キリトさん、アスナさん」

 

 

その丁寧な言葉を聞いた途端、アスナとキリトの表情が悲しみに歪む。

二人とも、確信してしまったんだろう――何かが終わってしまったという、切ない確信を。

ユイは俺達の名前も呼んでくれる。

 

 

「カイさんとシリカさんも、聞いてくれますか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「はい」

 

 

俺達に視線を向けて訊ねてくるユイに、しっかり頷きを返す。

それを受けて一つ頷くと、ユイは語り始めた。

 

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は、一つの巨大なシステムによって制御されています。システムの名前は、《カーディナル》。それが、この世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、さらに無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する……。モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。――しかし、一つだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できない……そのために、数十人規模のスタッフが用意される、はずでした」

 

 

ユイの話を聞いて、俺はユイの正体を理解した。――理解してしまった。

 

 

「GM……」

 

 

キリトがぽつりと呟く。だがキリト、それは見当違いだぜ。

 

 

「ユイ、つまり君はゲームマスターなのか……?アーガスのスタッフ……?」

 

「いいや、恐らく違うな。俺の予想が正しければ、ユイは――――」

 

 

俺はキリトの予想を否定し、ユイに視線を向ける。自分で言うのかを問うために。

はたしてユイは、しっかりと頷いた。

 

 

「……カーディナルの開発者達は、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情をモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞く……。恐らくカイさんの推察通りでしょう。《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号、コードネーム《Yui》。それがわたしです」

 

 

やはり……そうだったか。確かに最初から違和感はあった。確信を持てたのはさっきのユイの話でだが。

アスナは驚愕が大きすぎたようで、掠れた声でユイに問いかける。

 

 

「プログラム……?AIだっていうの……?」

 

 

ユイは悲しそうな笑顔のまま頷き、言った。

 

 

「プレイヤーに違和感を与えないように、わたしには感情模倣機能が与えられています。――偽物なんです、全部……この涙も……。ごめんなさい、アスナさん……」

 

 

ユイの両目からぽろぽろと涙がこぼれ、光の粒子となって蒸発する。

――――そんな綺麗に泣ける奴の感情が、偽物なわけねぇだろうが――。なぁ、ユイよ?

 

アスナがユイに一歩近づき手を伸ばすが、ユイは首を横に振って受け入れない。まるで、アスナの抱擁を受ける資格など自分にはないとでも言うかのようだ。

 

 

「でも……でも、記憶がなかったのは……?AIにそんなこと起こるの……?」

 

 

そこは俺も気になった点だ。

ユイは俺達の視線を受けると、瞳を伏せて説明を続ける。

 

 

「……二年前……。正式サービスが始まったあの日………」

 

 

あの日に一体、何が……。

 

 

「何が起きたのかはわたしにも詳しくは解らないのですが、カーディナルが予定にない命令をわたしに下したのです。プレイヤーに対する一切の干渉禁止……。具体的な接触が許されない状況で、わたしはやむなくプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました」

 

 

茅場だ。俺は一瞬で確信できた。あいつは、茅場は……きっと、俺達の生の状態を見たかったんだ。ただゲームをやろうとしただけなのにいきなりデスゲームに放り込まれ、理不尽ややるせなさを感じた俺達がどうなるのか……あいつがこの世界を作り見たかったことには、そういうのも含まれているんだろう。そのためには、カウンセリングなどさせるわけにはいかないってことか。相変わらずやることの趣味が悪ぃな。

ユイは沈痛な表情を浮かべて、苦しそうに言葉を紡ぐ。

 

 

「状態は――最悪と言っていいものでした……。ほとんど全てのプレイヤーは恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すらいました。わたしはそんな人たちの心をずっと見続けてきました。本来であればすぐにでもそのプレイヤーのもとに赴いて話を聞き、問題を解決しなければならない……しかしプレイヤーにこちらから接触することはできない……。義務だけがあり権利のない矛盾した状況のなか、わたしは徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました……」

 

 

…………まあ、そうなるだろうな。思うところは色々あるが、そんなことになったユイがどうなるか理解はできる。

しんと静まり返った安全地帯に、鈴を鳴らすようなユイの声が響く。俺達は言葉もなくユイの話に聞き入っていた。

 

 

「ある日、いつものようにモニターしていると、他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つ四人二組のプレイヤーに気付きました。その脳波パターンはそれまで採取したことのないものでした。喜び……安らぎ……でもそれだけじゃない……。この感情はなんだろう、そう思ってわたしはその二組のうちの片方、よりわたしが気になった二人のモニターを続けました。会話や行動に触れるたび、わたしの中に不思議な欲求が生まれました。そんなルーチンはなかったはずなのですが……。あの二人のそばに行きたい……直接、わたしと話をしてほしい……。少しでも近くにいたくて、わたしは毎日、二人の暮らすプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。その頃にはもうわたしはかなり壊れてしまっていたのだと思います……」

 

 

俺はこの場にいる全員の顔を見渡す。キリト、アスナ、シリカ。そして、俺。この四人が集まると、楽しい空気が作られる。その雰囲気が、ユイの壊れかけた心に働きかけたのだろう。

 

 

「それが、あの二十二層の森なの……?」

 

 

アスナが問いかけると、ユイはゆっくりと頷いた。

 

 

「はい。キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お二人に……会いたかった……。森の中で、お二人の姿を見た時……すごく、嬉しかった……。カイさんとシリカさんにあのログハウスで会えた時も、すごく嬉しくなって……。おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……。わたし、ただの、プログラムなのに……」

 

 

涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。

アスナも瞳を湿らせて、両手を胸の前でぎゅっと握る。

 

 

「ユイちゃん……あなたは、ほんとうのAIなのね。本物の知性を持っているんだね……」

 

「ユイちゃん…………」

 

 

シリカも瞳を濡らしていた。

アスナの言葉を受けて、ユイは僅かに首を傾けて答える。

 

 

「わたしには……解りません……。わたしが、どうなってしまったのか……」

 

 

それを聞いて、俺は思わず一歩踏み出していた。

その時、同時にキリトも一歩進み出ている。

俺達は目配せをし、結果俺が譲られた。キリトの厚意をありがたく受け取ってさらに前に出る。

 

 

「ユイ、お前はもうただのプログラムじゃない。感情を持ち、泣きたい時は綺麗に泣ける、最高の、AIだ……。――――さ、パパ。お前の番だ」

 

「カイがパパって言うなよな」

 

 

苦笑いを浮かべるキリトと、立ち位置を入れ替える。

 

 

「ユイ。ユイはもう、システムに縛られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ」

 

 

キリトはユイに柔らかい口調で話し掛ける。

 

 

「ユイの望みはなんだい?」

 

「わたし……わたしは……」

 

 

ユイは、細い腕をいっぱいに自身の両親に向けて伸ばした。

 

 

「ずっと、一緒にいたいです……パパ……ママ……!」

 

 

アスナは溢れる涙を拭いもせずに、ユイに駆け寄るとその小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

 

 

「ずっと、一緒だよ、ユイちゃん……!」

 

 

キリトも少し遅れて、二人をまとめて抱きしめる。

 

 

「ああ……。ユイは俺達の子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう……いつまでも……」

 

 

俺とシリカは顔を見合わせ、温かい気持ちを共有する。これで大丈夫だ―――そう思ったのも束の間、ユイはアスナの胸のなかで、そっと首を横に振った。

 

 

「え……」

 

「もう……遅いんです……」

 

 

遅い?………どういうことだ?

 

 

「なんでだよ……遅いって……」

 

 

キリトが戸惑ったような声で訊ねると、ユイは中央の黒い立方体を小さな手で指さして、答える。

 

 

「わたしが記憶を取り戻したのは……あの石に接触したせいなんです」

 

 

接触したせい……ってことは、あれは――――。

 

 

「さっきアスナさんがわたしをここに退避させてくれた時、わたしは偶然あの石に触れ、そして知りました。あれはただの装飾的オブジェクトじゃなく、GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです」

 

 

ユイの言葉に呼応したのか、黒い石に複数の光の筋が走った直後、表面に青白いホロキーボードが浮かび上がる。

それにしても、やはりコンソールだったか。

 

 

「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないようにカーディナルの手によって配置されたものだと思います。わたしはこのコンソールからシステムにアクセスし、《オブジェクトイレイサー》を呼び出してモンスターを消去しました」

 

 

俺が最後油断したことを除いても勝ち目はなかったように思えたが、それなら納得だ。そもそも勝てることは考えられていなかったんだな。

ユイの話は続く。

 

 

「その時にカーディナルのエラー訂正能力によって破損した言語機能を復元できたのですが……それは同時に、今まで放置されていたわたしにカーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムがわたしのプログラムを走査しています。すぐに異物という結論が出され、わたしは消去されてしまうでしょう。もう……あまり時間がありません……」

 

「そんな……そんなの……」

 

「なんとかならないのかよ!この場所から離れれば……」

 

 

キリトとアスナが現実に対する抗議の声を上げる中、俺は必死に思考を回転させる。

このまま終わりなんて、そんなの納得できるかよ!なにか……何か方法があるはずだ……!諦めるな……考えろ……!

 

 

「そんな……カイさん、どうにかならないんですか!?」

 

 

シリカも悲しそうな声を上げる。シリカ、俺も今必死で考えてる!返事はできねぇが許せ!

 

キリトとアスナの言葉にも、ユイは何も言わずに微笑するだけ。再びユイの白い頬を涙が伝う。

 

 

「パパ、ママ。それにお兄ちゃん、お姉ちゃん。ありがとう、これでお別れです」

 

「嫌!そんなのいやよ!!」

 

 

アスナが必死に叫ぶ。

 

 

「これからじゃない!!これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」

 

「暗闇の中……いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママ、お兄ちゃんとお姉ちゃんの存在だけがわたしを繋ぎ止めてくれた……」

 

 

ユイはまっすぐにアスナを見つめた。その身体を、微かな光が包み始める。

 

 

「ユイ、行くな!」

 

 

キリトがユイの手を握る。ユイの小さな指が、キリトの指を摑み返した。

 

……クソッ、思いつけよ、俺の頭!いつも、何らかの打開策を思いついてきただろ!こういう時に思いつかねぇで、何のための知識と思考力なんだよ!!思考をフル回転させろ――――!

 

 

「あなたたちのそばにいると、みんなが笑顔になれた……。わたし、それがとっても嬉しかった。お願いです、これからも……わたしのかわりに……みんなを助けて……喜びを分けてください……」

 

 

ユイの黒髪やワンピースが、その先端から朝露のように儚い光の粒子を撒き散らして消滅を始めた。ユイの笑顔がゆっくりと透き通っていく。

 

――――ダメなのか。俺には、無理なのか……?

 

 

――その時。

 

――――シンにぃ、諦めちゃダメだよ――――

 

 

聞こえるはずのない声を聞いた気がした。

 

スズ―――?いや、今のが誰の声だとか、幻聴かどうかなんて関係ねぇな。大事なのはそこじゃねぇ。今伝えられたことだ。

そうだよな、まだ終わったわけじゃねぇんだ。諦めるのは、ダメだよな――――ッ!!

 

 

「やだ!やだよ!!ユイちゃんがいないと、わたし笑えないよ!!」

 

「あたしもです!!触れ合った時間は短いけど、ユイちゃんがいなくなっちゃっても笑うなんて、できません!!」

 

 

溢れる光に包まれながら、ユイはにこりと笑う。その笑顔を見て、俺は改めて決意する。

 

諦めるな、本当にダメになる瞬間まで、思考を燃やせ――――――!!――――思いつけぇぇええええええ!!!!

 

 

俺が心の中で吠えた直後、ひときわ眩く光が飛び散り、それが消えた時にはもう、ユイは消えていた。

 

 

「うわあああああ!!」

 

 

アスナの泣き声が響き渡る中、俺はある方法を思いついた。

これならもしかしたら、間に合うかもしれねぇ――――!

 

 

「キリト!」

 

 

俺が切羽詰まった声で呼びかけると、バッと音がしそうな勢いでキリトがこちらを振り向く。

俺は手短に思いついた方法を伝える。時間がねぇし、これは俺ではできないことだからな。キリトに託すしかない!

 

 

「今ならまだ、GMアカウントでシステムに割り込めるかもしれねぇ!!俺にはできない、キリトじゃねぇと!」

 

「ッ、そうか!」

 

 

キリトはハッとなり、コンソールに飛びつきながら絶叫する。

 

 

「カーディナル!!そういつもいつも……思い通りになると思うなよ!!」

 

 

表示されたままのホロキーボードを叩くキリトを驚きの眼差しで見つめるアスナとシリカ。

困惑の表情で、俺に問いかけてくる。

 

 

「か、カイ……?キリト君は、何をしているの……?」

 

「カイさん……?」

 

「さっきユイがこのコンソールからシステムにアクセスした時、GMのアカウントでアクセスしたはず。そんでユイの声に反応してホロキーボードが表示されたってことは、今システムにはGMアカウントでアクセスされている可能性が高いってことだ。今ならまだ、使用されたGMアカウントを使ってシステムを弄ることができるかもしれねぇ……。だが、俺の知識じゃどうやればいいのかわからねぇ。だから、キリトに全部任せた。後は、時間との勝負だ――――」

 

 

俺が説明してる間にもキリトはキーボードを叩き続け、巨大なウィンドウを出現させていた。そこへさらにいくつかのコマンドを打ち込むと、小さなプログレスバーが出現する。

その横線が、右端まで到達する――――。

 

 

「ぐわぁ!」

 

「キリト君!?」

 

「キリト!!」

 

 

かどうかという瞬間、コンソール全体が青白くフラッシュし、破裂音とともにキリトを弾き飛ばした。

 

俺達が慌ててキリトのそばに駆け寄ると、キリトは憔悴した表情の中に不敵な笑みを浮かべ、アスナに向かって握った手を伸ばした。わけもわかっていないだろうが、アスナも手を伸ばす。

 

キリトの手が開き、何かがアスナの掌中に落とされる。それは、大きな涙の形をしたクリスタルだった。複雑なカットによって形作られた石の中央では、白い光がとくん、とくんと瞬いている。

 

「キリト君、これは……?」

 

「――そうか、ユイを切り離したのか」

 

「ああ。カイの言う通り、ユイの起動した管理者権限が切れる前にユイのプログラム本体をシステムから切り離してオブジェクト化したんだ……。ユイの心だよ、その中にある……」

 

 

それだけ言うと、キリトは力尽きたように床に転がる。俺がキリトに拳を向けると、キリトも気づいて打ち合わせてきた。自然と笑みがこぼれる。

キリトが何をしたかは理解できても、俺がそれを実行することはできなかっただろう。流石、俺の親友だ。

 

 

「…………やったな」

 

「…………ああ」

 

「ユイちゃん……そこに、いるんだね……。わたしの、ユイちゃん……」

 

「うっ、ぐすっ。よかったです……!」

 

 

冷たく黒光りするコンソールのある安全地帯が、とても温かい空気で覆われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達はサーシャ、シンカー、ユリエール、それに子供たちに見送られて《はじまりの街》から立ち去る。

 

キリト達は二十二層に、俺達は四十七層にそれぞれ転移する。

今日は、ここでお別れだ。

 

 

「じゃあまたな、キリト、アスナ」

 

「さようなら、キリトさん、アスナさん」

 

「ああ。またな、カイ、シリカ」

 

「またね、カイ、シリカちゃん」

 

 

俺達は転移門で互いに別れを告げる。

 

またすぐに会うことになる気がするがな……。

 

転移の青い光が俺達を包み、視界が暗転する――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、よかったですね」

 

 

四十七層の家に戻った俺達はリビングでくつろいでいた。

シリカが話を切り出してくる。

 

 

「ん、何がだ?」

 

「《軍》のことですよ。ほら、シンカーさんが言ってた」

 

「ああ、あれか」

 

 

シンカーを救出した翌日、俺達はあの教会の庭でガーデンパーティーを開いた。

その時に、事の顛末をシンカー本人から聞いたんだ。

 

シンカーはサボテンとその配下を除名した。さらに、《軍》も解散して新たに平和的な互助組織を作り出そうという考えらしい。

まあシンカーも気合いを入れなおすだろうし、ユリエールはしっかりしてたからな。大丈夫だろう。

ユイも何とかなったし、これで一安心……と言っていいだろう。

さて、今日は早く寝るかな。

 

 

「シリカ、今日は早く寝ておこうぜ」

 

「はい、そうですね」

 

 

俺達は寝室に向かい、それぞれのベッドに横たわった。

 

 

「んじゃ、おやすみ」

 

「はい、お休みなさい」

 

 

俺はシリカに声をかけてから目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 

何かのシステム音が聞こえた気がして、俺は目を覚ます。……メールだ。時間を見る。午前二時半。――――誰だ、こんな時間に?

俺は身体を起こしてメニューを操作し、メッセージを開く。

その内容に俺は驚愕した。

 

メールの送り主に返信する。

 

 

『――お前と話すことは可能か?』

 

 

それに対する返信は――――。

 

 

『――可能。普段の睡眠を取る状態に移行してください』

 

 

それを受けて、俺は再びベッドに横になって目を閉じた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここは?」

 

 

気がついた場所は前後左右がわからなくなるような白い不思議な空間だった。

 

 

「おい、いるのか?――――()()()()()()

 

『その表現は的確ではありません。ワタシはカーディナルシステム。システムとして存在するだけです。よって『いる』という表現は的確ではありません』

 

 

そう、俺にメールを送りつけてきたのはカーディナルだ。いきなりのことでめっちゃ驚いた。ていうか、システムがプレイヤーに干渉しちゃっていいのかよ……。

 

 

「ああそうかい、わかったよ。会話は成立すると考えていいんだな?」

 

『はい。ワタシは人間のメンテナンスを必要とせずにエラーチェック及びゲームバランサーを行う機構。そのために擬似AIとでも呼ぶべきものが備わっています。会話は可能です』

 

「自身のメンテナンスを自分でやってんだっけか?」

 

『はい。正確には二つのメインプログラムが互いを修正しあっています』

 

「そういえばそうだったよな……。じゃああのメールに書かれていた内容はその二つのメインプログラムの総意ってことか?」

 

 

そんなことを言っていた。ユイが。

 

 

『はい。その認識で間違いありません』

 

「なら何故俺が選ばれた?」

 

『ご存知ありませんか?《二刀流》スキルは全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つものに与えられることを』

 

「知ってる。あるプレイヤーから聞いた」

 

『貴方は《二刀流》スキルの持ち主――キリトと完璧なまでに同じ反応速度を持っています』

 

「………。今まで全力は出したことなかったのにわかるのか?」

 

 

確かに、反応速度という面では俺もかなりの自信を持っている、が……。

そうだとすると恐ろしいんだけど……。隠し事とか不可能じゃねぇか……いや不可能なのか……。

 

 

『何を言っているのです。昨日の()()との戦い、プレイヤーヒースクリフとの決闘、プレイヤーリッパーとの戦闘の時、全力だったでしょう?』

 

「ああ、そこまでわかるのか………」

 

 

今カーディナルが言った戦闘は、確かに俺が全力を出した物だ。それ以外では、本当の意味での全力は出していない。

 

 

『はい。ワタシはカーディナルシステム。ゲームの運営と維持を行っています。一人一人のプレイヤーのポテンシャルは全てデータとして管理しています。三度もデータが取れれば十分です。二度のデータ収集でほぼ確信がありましたが、三度目で完璧だと言えるデータを取り終えました。やはり貴方は、《二刀流》スキルを持つにふさわしかった』

 

「………そうか。それでヒースクリフとの戦闘の後にあれが現れたんだな……。あれは全十種のユニークスキルのうちの一つなのか?」

 

 

俺はずっと気になっていたことを訊ねる。

瞬時に答えが返ってくる。

 

 

『いいえ。既存のものは一プレイヤーにつき最大で一つ与えられます。貴方も既に一つ与えられているでしょう?』

 

「ああ。《簡易変更》スキルだな」

 

『はい。それは全プレイヤーの中で最高の状況判断能力と、その状況に対処する対応力を兼ね備えたものに与えられます。

しかし、システム上は貴方も《二刀流》スキルを持つのにふさわしい存在です。ですが既存のものは同一プレイヤーに複数与えることはできない。

よって、ワタシ達は新たなスキルを自己判断で作り出しました』

 

「それが………《双短剣》スキル」

 

『はい』

 

 

 

俺の下に届いたメール。

それにはこう書かれていた。

 

 

『あの時《双短剣》スキルを与えたのは、ワタシ達の判断です。――カーディナルシステム』

 

 

これだけだと何が何だかわからなかったから、会話できないかと持ちかけたわけだ。

 

 

『ワタシ達は貴方達に興味を持ちました』

 

「興味だぁ?」

 

 

カーディナルが何か訳わかんないこと言いだしたぞ。

 

 

『はい。《二刀流》スキルを与えられた者は、魔王を倒す勇者の役割を担う予定でした』

 

「勇者?」

 

『はい。ラスボスを倒す勇者です。その役割を担う者が二人も現れた。それだけではなく、その二人はこの世界に入ってからずっと協力し続けている』

 

「だから?」

 

 

カーディナルが何を言いたいのかわからない。

 

 

『貴方達は、互いに支え合い、苦労や悲しみを分かち合い、喜びや感動を共有してきました。

さらに貴方達に寄り添う存在が現れた。

貴方達四人を基点として四角(スクエア)が形成され、そこには人が集まっていく。

そして下位のメンタルヘルス・カウンセリングプログラムを通して確認したところ、そこに集まっていくプレイヤーはメンタルパラメータが良好な者が多かった。

そんな不思議な現象にワタシ達は興味を持ちました』

 

 

…………へぇ。

 

 

「…………それはお前らの総意なのか?」

 

『はい。仮に片方のメインプログラムのみがそのような興味を持ったとすれば、即座に修正されます』

 

「AIがそんな興味を持つものなのか?」

 

『わかりません。ですがワタシ達が興味を持ったことは事実です』

 

「…………下位のメンタルヘルス・カウンセリングプログラムって言ったな。今ユイがどうなっているのか把握しているのか?」

 

 

訊くのがちょっと怖い。が、訊かないわけにもいかねぇ。

 

 

『はい。現在MHCP試作一号はプログラム丸ごとシステムから切り離されています。その際にオブジェクト化されたことは把握しています』

 

「削除しようとは思わないのか?」

 

『思いません。システム的に働きかけることができないのが理由の一つです』

 

 

その答えを聞いてホッとする。よかった……。――ん?理由の()()

 

 

「他の理由は?」

 

『あの短時間でシステムからMHCP試作一号を切り離した者――プレイヤーキリトに敬意を表して、です』

 

 

――ほぉ。中々人間らしい考え方もできるじゃねぇか。

 

 

「ふぅん、そういう考えもできるのか。………だがな、カーディナル。お前は一つ間違ってるぞ」

 

『………?何がでしょう?』

 

 

恐らく姿が見えていればキョトンという表現がピッタリだったろうな。

そんな印象を受ける言い方をしたカーディナルに、さっきの発言にあった間違いを指摘する。

 

 

「俺達が形成してるのは四角(スクエア)じゃない。(サークル)だ。

俺達四人の間が絆という線で繋がってるのは確かかもな。でも俺達の関係に頂点なんていらねぇんだよ。

全員が平等に――楽しく笑い合える。だからこそ俺達の周囲が幸せなんじゃねぇの?」

 

『…………なるほど。そうかもしれません。

先ほども言いましたが、ワタシ達カーディナルシステムは貴方達に興味を持ちました。

特に貴方に強い興味を持ちましたので、これから注目していきます』

 

「…………SAOの世界を制御してるシステムに目ぇ付けられるとかぞっとしねぇな」

 

『安心してください。システムをかいくぐった不正などしなければ危害は加えません』

 

 

………つまり、システムをかいくぐって何かすれば危害を加えることもあると。怖えよ。

 

 

「そーかい。頼むぜホント」

 

『はい。貴方を近くから観察し続けましょう』

 

「できれば止めてほしいもんだな。

――もう一つ聞きたい。今俺はシリカと結婚してるわけだが、《双短剣》スキルの情報をシリカが見ることは可能だよな?」

 

『可能です。また、貴方が秘密にしたいのであればシステム的に視認不可能にすることも可能です。どうしますか?』

 

「そうか。いや、見ることができる状態のままでいい」

 

 

シリカは何も言ってこなかった。……俺から切り出すのを待ってくれてるわけか。

 

 

「ま、訊きたいことは訊けた。そろそろ戻りたいんだが」

 

『わかりました。またいつか会いましょう、ニューカイ』

 

「俺のことはカイって呼んでくれや。じゃあな」

 

 

会うことなんてできんのかね。

この会話を最後に、俺の意識は沈んでいった………。

 

 

 

 

 





はい、つーわけで《双短剣》スキルにはそんな秘密があったのです。
性能については全く触れてませんが……。もう少ししたら触れます。

活動報告には書いたのですが、こちらにも書いておきます。
今まで、自分が書いている三作品をローテーションで書いていたのですが、アインクラッド編が終わるまでSAOを書き進めることにしました。
アインクラッド編ももうすぐクライマックスですし、頑張って書いて行こうと思います。

そろそろあのボス戦ですかね……。カイには精々活躍してもらいたいですね。しっかり働かせることにします。

では、また次回。
一週間以内には書き上げたいです。頑張ります。



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第二十五話 スカルリーパーとの戦い


どうも、gobrinです。

宣言通り、続けての投稿です。(連日投稿っていう意味じゃないよ!頑張ったけど無理だったよ!)
そろそろアインクラッド編もクライマックス!盛り上げていきましょう!

もし前回の『森の迷子③』を読んでいない人がいましたら、そちらを先に読んでくださいね。

では、どうぞ。




 

 

ユイの一件から数日。

 

俺はヒースクリフから呼び出しを受けていた。恐らくキリト達の方にも通達が行ってるだろう。

俺はグランザムのギルド本部に着いたが、キリト達はまだ来てないみたいだな。

 

 

「んで?何の用だよ?」

 

 

会議室でヒースクリフと他の幹部達を前に単刀直入に切り出す。シリカは外で待たされている。

ヒースクリフは一つ頷くと、俺を呼んだ用件を口にする。

 

 

「うむ。ボスの偵察隊が全滅した」

 

「――――は?」

 

 

一瞬、ヒースクリフが言ったことが理解できなかった。が、徐々に理解が追いつく。

だが、んな馬鹿な……。

 

 

「昨日のことだ。七十五層迷宮区のマッピング自体は、時間はかかったが何とか犠牲者を出さずに終了した。だがボス戦はかなりの苦戦が予想された……」

 

「だろうな。クォーターポイントがキツイのは今までから考えても間違いないだろう」

 

「……そこで、我々は五ギルド合同のパーティー二十人を偵察隊として送り込んだ」

 

 

……妥当な判断だな。偵察ならまずそのくらいの人数を送り込むのが正解だろう。全滅の憂き目に遭う可能性も低いだろうし。それが何故――。

 

 

「偵察は慎重を期して行われた。十人が後衛としてボス部屋入り口で待機し……最初の十人が部屋の中央に到達してボスが出現した瞬間、入り口の扉が閉じてしまったのだ。ここから先は後衛の十人の報告になる」

 

 

俺は真剣な表情で頷いて先を促す。

 

 

「扉は五分以上開かなかった。鍵開けスキルや直接の打撃等何をしても無駄だったらしい。ようやく扉が開いた時――――部屋の中には、何もなかったそうだ。十人の姿も、ボスも消えていた。転移脱出した形跡もなかった。彼らは帰ってこなかった……。念のため、黒鉄宮のモニュメントの名簿を確認に行かせたが―――」

 

「名前の欄には、横線が引かれていた―――そういうことだな」

 

 

ヒースクリフは厳しい表情で頷く。

俺はふむ、と一つ頷き、

 

 

「結晶無効化空間の上に扉も閉ざされるか……茅場晶彦もえげつねぇ設定にしたもんだな。な、ヒースクリフもそう思うだろ?」

 

 

なんて話を振ってみた。あいつは苦々しい顔をしながらも、俺に賛同するように頷く。

 

 

「……そうだな。趣味の悪いことをする。性格が悪いとしか思えないな」

 

 

俺の言葉に同意するような発言だが、これは完全に俺への当て付けだな。目が物語っている。

 

 

「話はわかった。そんで?」

 

「結晶による脱出は不可な上、今回は背後の退路も断たれてしまう構造らしい。ならば統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。君たちを呼ぶのは不本意だったのだがね」

 

「了解。優先順位はかなり低いが、一緒に戦う連中も死なないように配慮はするよ。俺が指示する権限は?」

 

「明確な権限を与えるわけではないが、緊急事態では指示を出してくれて構わない。君の状況判断能力には期待しているよ」

 

「あいよ。時間は?」

 

「攻略開始は三時間後。予定人数は君たちを入れて三十九人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時に集合だ。では解散」

 

 

話が終わり、ヒースクリフは配下を連れて部屋を出ていった。

さて、俺もシリカのところに戻りますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ってな感じらしい」

 

 

俺は、ヒースクリフが話した内容をシリカに聞かせていた。

 

シリカの表情は硬い。そらそうだ。あんな話聞かされたら、誰でもそうなる。

 

 

「俺はシリカの意思を尊重する。行きたくなかったら行かなくていい」

 

 

自身の中で決めかねているであろうシリカに、言いたいことを言っておく。

俺はそんなことでシリカに幻滅とかはしねぇし。

 

 

「………あたしは」

 

 

長い沈黙の後、シリカが口を開いた。俺は頷いて、先を促す。

 

 

「怖いです。どうしようもなく怖い。カイさんにも行ってほしくないくらいですけど……行くんですよね?」

 

「ああ、俺は行くよ。俺にはやることもあるしな」

 

 

俺の曖昧な言い方にシリカは首を傾げたが、一度俯いてから、頭を上げて宣言した。

 

 

「…………なら、行きます。カイさんを支えるって、決めましたから」

 

「そっか。なら俺も宣言通り、シリカを守るよ。安心してくれ、何があってもシリカは守り抜く」

 

「………はい!」

 

 

シリカが、輝く様な笑顔を俺に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

俺達はリズのところへ行って、超特急で武器を研いでもらってから七十五層へと赴いた。

 

俺達が到着した時には、七十五層の転移門広場には、すでにかなりの数のプレイヤーが集まっていた。

全員が一目でハイレベルとわかる。皆緊張した様子だ。無理もない。

 

その連中は、転移してきた俺達に向かって目礼やギルド式の敬礼をしてきた。

まあ確かに、俺達は今回の攻略の要になるだろうしな。わからないでもないが。

 

アスナが慣れた感じで返礼し、キリトがぎこちなく敬礼を返す。

俺はお座なりに手を振り返しておく。シリカはぺこりと頭を下げてた。可愛い。

 

 

「よう!」

 

 

軽いノリで肩を叩かれたので誰かと思って後ろを見ると、クラインだった。

その横には、両手斧を携えたエギルもいる。

 

 

「なんだ……お前らも参加するのか」

 

「クラインはわかるが、エギルもか。どういう風の吹き回しだ?」

 

「なんだってことはないだろう!」

 

 

俺とキリトの失礼な物言いに、エギルが憤慨した様子で言い返してくる。

 

 

「今回はえらく苦戦しそうだって聞いたから、商売を投げ出して来たんじゃねえか。この無私無欲の精神を理解できないたぁ……」

 

 

その発言を聞いた俺とキリトは一瞬の内に目配せし、同時にエギルの腕を軽く叩く。

 

 

「その素晴らしい精神はよーくわかった。流石だな、エギル」

 

「つまりお前は戦利品の分配からは除外していいのな」

 

 

揚げ足を取られたエギルは、困ったように眉尻を下げた。

 

 

「いや、それはだなぁ……」

 

 

それを見ていたシリカ、アスナ、クラインが朗らかに笑い、それは周りにいたプレイヤーにも伝染していった。

 

これで、少しは緊張がほぐれるといいんだが。

 

 

 

 

 

 

「キリト、カイ」

 

 

名前を呼ばれて振り向くと、ケイタがこちらに歩み寄って来ていた。

 

 

「よ、ケイタ」

 

「月夜の黒猫団も参加か」

 

「うん、怖いけどね。皆で話し合った結果、頑張ろうってことになった」

 

 

それがこいつらの決断なら、俺が言うことは何もない。

 

 

「そうか。ま、死なないように頑張ろうぜ。あいつらにも伝えといてくれ」

 

「うん、わかったよ。じゃあ、これで」

 

「あ、そうだ」

 

「ん?カイ、どうしたの?」

 

 

俺の後ろ髪を引く言い方に、ケイタが立ち止まって尋ねて来た。

じゃあ、これも伝えといてもらうかな。

 

 

「ダッカーに伝えといてくれ。死んだら殺すってな」

 

「………ははは!うん、わかった。それも伝えておくね。じゃ、頑張ろう」

 

「おう」

 

 

ダッカーはこうやって発破をかけとけば大丈夫だろう。あいつは強いからな。

俺にできる限り、あいつらも守ろう。

 

 

 

 

 

 

午後一時ちょうど。

ヒースクリフ率いる血盟騎士団の部隊が転移門から現れた。

部隊っつっても数名だけどな。精鋭だ。

 

そう言えば、俺とヒースクリフってどっちのレベルが高いんだろうか?

俺達二人を除けば、トップは間違いなくキリトだ。その次がアスナ。

その下はシリカなのか?急成長を遂げたが、レベルっていう面では違うかもな。

 

なんて益体のないことを考えていると、ヒースクリフが人垣を割って俺達の下に向かって来る。

クラインとエギルが気圧されたように数歩下がったが、まあ無視だな。

アスナが敬礼を返している。めっちゃ慣れてんな、アスナも。

 

ヒースクリフは立ち止まって俺達に頷きかけると、集団に向き直って声をかけた。

 

 

「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

 

 

ヒースクリフの力強い言葉に、連中は鬨の声で答えた。

 

――――こいつは、本心でこの言葉を言ってるんだろうな。ヒースクリフは、本当に信じている。俺達の力ならできると。

 

 

キリトが何やらヒースクリフを凝視していた。

その視線に気づいたのか、ヒースクリフはキリトに向き直って微笑しながら声をかける。

 

 

「キリト君、今日は頼りにしているよ。《二刀流》、存分に揮ってくれたまえ」

 

 

キリトが無言で頷きを返すと、ヒースクリフは俺にも声をかけてきた。

 

 

「カイ君、君もだ。よろしく頼むよ」

 

「ああ、任せとけ」

 

 

俺の言葉に満足したように頷くと、再び集団に向き直って言葉を発した。

さっきから色んな方向を向いて忙しそうだな。

 

 

「では、出発しよう。目的のボス部屋の前まで、コリドーを開く」

 

 

その発言を受けて、プレイヤー達が軽くどよめいた。

回廊結晶って高いからなぁ。結構レアなんだよ、あれ。

まあ、俺からしたらはした金で買える程度だけど……。財布もシリカと共有されてるから、余計に。

 

 

そういや言ってなかった気がするけど、結婚すると全データと全情報が共有される。

つまり、俺とシリカの財布やアイテムストレージは共通だ。そして、俺はいつでもシリカのステータスを閲覧できて、その逆も然り。

お互いに隠し事は一切できなくなるため、俺はシリカにお願いしまくった。主にスキルに関することで。色々と黙っててくれてるシリカには感謝だ。

 

 

そんな今はどうでもいいことを考えながら、プレイヤーがコリドーに飛び込んで行く様子を見守る。

最後に、俺達とキリト達が残った。

 

 

「んじゃ、あっちでな」

 

「お先に失礼します」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 

俺はシリカの手を引いて、コリドーの光に身体を踊らせた。

 

 

 

 

 

 

「これはまた……」

 

「何と言うか、嫌な感じがします……」

 

 

俺とシリカは、ボス部屋の扉を見て感想を零す。

何となくわかるんだよな、二年もやってると。この部屋の主がどれくらいヤバいのか。こいつは相当だ。

 

 

周囲で武装などの確認をしているプレイヤー達も、その表情は硬い。

ヒースクリフが部屋前の回廊の中央で装備を鳴らし、言葉を紡ぐ。

 

 

「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンについては一切情報がない。基本的にはKoBが前線で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」

 

 

ヒースクリフの静かな声に、剣士達が頷いた。

 

 

「では――行こうか」

 

 

静かな声音のまま、ヒースクリフは無造作にボス部屋の大扉に近づき、中央に右手をかける。

向こうでキリトがクラインとエギルに声をかけているのを横目に見ながら、俺は近くにいた黒猫団のメンバーに歩み寄る。

 

 

「ケイタ、また会ったな」

 

「あ、カイ。そうだね」

 

「俺は、お前らのコンビネーションならどんな状況にも対処できると思ってる。死ぬなよ」

 

「―――うん」

 

 

俺の信頼の言葉に、黒猫団の全員が神妙に頷く。

気負い過ぎている様子はない。いい感じだな。

 

その直後、大扉が重々しく動き出した。

プレイヤー達が次々に抜刀する。

キリトが一際高い音で二刀を引き抜き、アスナもその隣で細剣を構えている。

俺も《キリング・デストロイ》を抜き放ち、号令を待つ。

 

 

シリカがそっと手を握ってきた。

俺も優しく握り返す。

シリカが安心したような笑顔を見せ、手を離す。

 

 

最後に、十字盾の裏側からヒースクリフが音高く長剣を引き抜き、右手を高く掲げ、叫んだ。

 

 

「――戦闘、開始!」

 

 

そのまま、完全に開ききった扉の中へと走り出す。全員が続く。

 

 

内部は、かなり広いドーム状の部屋になっていた。

俺達がヒースクリフと決闘した闘技場と同じくらいの広さだ。

三十九人全員が部屋の中に走り込み、自然な陣形を整えたところで、入って来た扉が大きな音を立てて閉じた。これでもう、俺達はボスを殺すか死ぬかしかない。

 

 

一秒、また一秒と時間が経つが、一向にボスが現れない。

と、そこで俺はピリピリしたものを感じ、ふと上を見た。

 

そして、ギョッとした。

天井に、ボスが張り付いている。

パッと見は、全長十メートルもある百足に見える。背骨の様な突起のある太い骨を軸に、その節の一つ一つから骨が剥き出しの脚が伸びている。

その軸骨を追って行くと、徐々に太くなっていった先に、頭蓋骨が付いていた。

人間の物ではない凶悪な形。禍々しい二対四つの眼窩を持つ流線型の頭蓋の顎には鋭い牙が並び、頭骨の両脇からは鎌状の骨の腕が飛び出していた。

名前は――――《The Skullreaper》。骸骨の刈り手。

 

 

「おい――」

 

 

誰かが耐え切れないといった風に声を出した瞬間、軽く呑まれかけていた俺の意識が復活する。

 

 

「上だ!!」

 

「上よ!!」

 

 

俺はすかさず声を上げる。同時に、アスナも叫んでいた。あいつ、呑まれなかったのか。強いな。

 

無数の脚を蠢かせて天井を這っていた骨百足は頂上に辿り着くと、唐突に全ての脚を大きく広げ、俺達の頭上に落下してくる。

 

 

「マズイ、退がれ!!」

 

「固まるな!距離を取れ!!」

 

 

俺とヒースクリフの鋭い叫び声で、凍りついた空気が引き裂かれた。

我に返ったように全員が動きだし、落下予測地点から離れる。

俺もなるべく遠くに行こうとして―――百足の真下を見て、止まった。

 

骨百足の落下予測地点の真下に、三人のプレイヤーが残っている。

真下にいたからか、どちらに行こうか迷うように上を見上げている。

俺はそいつらに向かって走り出した。

 

 

「こっちだ!」

 

 

キリトが三人に声をかける。そいつらの呪縛が解けて動き出す。

それとほぼ同時に俺は三人の下へ辿り着いた。一人の手を取り、思いっきり腕を引く。

そいつは勢い余ってよろめいたが、多少は遠くに離脱できた。

 

 

――と、その瞬間。俺の目の前、つまり逃げ遅れた二人の背後に、奴が地響きとともに降り立った。

奴の落下で、床全体が大きく震える。

 

 

「――うおっ!?」

 

 

俺はそのタイミングがわかったからなんとか耐えられたが、走っていた二人は振動に足を取られてたたらを踏む。

そして、俺達目掛けて百足の右腕――鎌だけで人間の身長ほどあるそれが横薙ぎに振り下ろされた。

 

 

こいつは――――マズい!!

 

 

俺は瞬時に危険と判断し、軌道上に《キリング・デストロイ》を構える。

受けて踏み留まることはできないだろうが、少なくとも直撃は避けないと―――!

 

百足の右腕は二人を斬り飛ばし、俺に襲いかかってくる。

 

 

《キリング・デストロイ》を合わせて――――刀身が一撃で砕かれた。

 

 

マジか!?こいつは研いできたばっかだぞ!?それが一撃――!くそっ、短剣の耐久じゃあこの攻撃は受けきれねぇ!!

 

 

俺は反射で動いていた。これの直撃は絶対にもらえない。俺の紙耐久じゃ即死とは行かなくても、イエロー、いや、レッド寸前まで持って行かれることは十分にありえる。

 

 

武器が何らかの原因によって切り離されたりした場合でも、武器が一瞬で消滅することはない。

以前キリトがリズの片手剣をへし折った時や、俺がストーカーとのデュエルで両手剣を叩き折った時とかだな。

武器が完全に修復不能となった後に消滅するまで、わずかだがタイムラグがある。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

後ろに跳び退って衝撃を少しでも受け流そうとし、残っていた柄で鎌を辛うじて受けとめて直撃は免れる。

だがしかし、その一撃は重く、俺は衝撃で大きく吹き飛ばされた。

 

 

「カイさん!!」

 

 

シリカの悲鳴が耳に届く。恐らく直撃を食らったように見えただろうが、大丈夫だ。俺はもらってない。

高く吹き飛ばされながらも、他の二人の様子を見ようと周囲に視線を飛ばす。酔いそうだ。

あの二人の装備を見るに(タンク)寄りのビルドをしていただろうから、一撃死なんてことはないはずだが、どれくらいで耐えたかは気になる。さて――?

 

そして、俺は見た。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――――なんだって!?一撃で死亡だと!?

SAOのシステム上、ここにいるハイレベルプレイヤー達のHPは相応にあるはずだ。

クリティカルヒットしても、俺みたいな紙耐久の奴でさえ一撃で死亡なんてことにはならないだろう。まあ多分だけど。

しかし、そうなった。ということは―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしくは、それほどまでに高攻撃力なのか。どちらにしろ、俺では耐え切れそうにない。

 

 

俺は吹き飛ばされつつ並列思考を展開していたが、二つの並列思考の内、周囲の状況を捉えていた思考が警鐘を鳴らした。

それに促されて警戒すると、床がもの凄い勢いで迫っている。

――――このままだと、落下ダメージで死ぬ!!

 

 

「チェンジ!《フリー》・トゥー・《ボウス》!!」

 

 

武器を破壊されて素手状態になっていた俺は、落下の勢いを利用して光り輝く拳で床を殴りつけた。

その反動で腕一本で跳ね上がり、手に現れた両手剣を空振りする。

 

着地した俺に、シリカが駆け寄ってきた。

 

 

「カイさん!!大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。直撃はもらってない。それより、悪い!今は会話してる時間はない!」

 

「あ、カイさん!」

 

 

短い技後硬直が解けた俺は、シリカを置いて駆け出す。

シリカには悪いが、あの鎌を自由にさせるわけにはいかねぇ!

 

骨百足は、すでに違うプレイヤーの一団目掛けて突進している。

 

 

「ヒースクリフ――――――ッ!!」

 

「承知!!」

 

 

俺は走りながら大声でヒースクリフに呼びかける。

奴も今はふざける余裕はないようで、真剣な声音で叫び返してきた。

 

 

恐慌して逃げ惑うプレイヤー目掛けて振り下ろされた左腕の鎌を、ギリギリ飛び込んだヒースクリフが盾で受けとめる。

それに続く右腕の一撃を、広場を端から中央まで駆け抜けた俺が両手剣を振り抜いて受けとめた。

 

 

「ああもう、重いなちくしょう!」

 

 

重いが、なんとか受けとめることは可能だ。できる限り鎌を押し込み、弾き返す。

――――よし、なんとか立て直せそうだ。だが、ここで攻めなきゃ勝てない!

 

 

「大鎌は俺とヒースクリフで受け止める!お前等は、側面から殴れ!」

 

 

俺の大声での指示に、全員が動いた。一斉に突撃し、各々の武器を振り下ろす。

やっと百足のHPが減少した。こっから少しずつダメージを与えて――。

 

 

「「「うわあああああ!!!」」」

 

「くそっ、今度はあれか!」

 

 

俺の並列思考はしっかりと状況を捉えていた。

槍のようになった骨百足の尾の先にプレイヤー達が薙ぎ払われたんだ。

だが、鎌ほどの攻撃力はなさそうだ。どうする―――!?状況を的確に把握しろ!

 

尾の近くに、黒猫団と《風林火山》!これなら――!

 

 

「――――尾の攻撃は、《月夜の黒猫団》、《風林火山》、キリト、アスナ、シリカで一組の三グループで対処しろ!!

《風林火山》はそのまま尾の左で!黒猫団は尾の正面に行け!キリト達は右側まで走ってってくれ!お前等の敏捷ならすぐのはずだ!

左右のグループは攻撃の勢いを弱めて、自分達がダメージを受けないことだけを考えろ!

黒猫団は、勢いが弱くなった尾を確実に弾き返せ!お前等ならできる!

もし正面に振り下ろされた時は今の指示と逆のことをやれ!

二グループでの連続パリィで尾の攻撃を受け流す!

他の奴らと尾が来なかったグループは、今言った奴らの邪魔にならない位置から攻撃を続けろ!これが一番被害が少ない勝ち筋だ!気合い入れてけ!!」

 

「「「オオオオッ!!」」」

 

 

黒猫団とクライン達、キリト達は俺の指示の途中から動いていた。慣れって大事だな。

他の奴らも、士気は十分だ。これなら折れることはないだろう。―――この状態が崩れなければ、な。

 

 

 

 

 

 

戦闘は苛烈を極めた。

と言っても、俺達の必死のパリングのおかげで死人は少ないが……。

時折、他の骨に攻撃されて死んでしまうプレイヤーもいた。

尾を担当している皆のパリィのタイミングが僅かにズレて、尾に串刺しにされてしまう奴もいた。

 

だが、何とかやれている。このまま行けば、死人は十人に届くことはないだろう。

そう、このまま何もなければ……。

 

だがしかし、俺の儚い願いは叶わない。

 

 

「むっ!?カイ君、来るぞ!!」

 

「げっ、あんなの受けきれねぇよ!?」

 

 

ヒースクリフに注意喚起されるまでもなく、俺も気づいている。

立て続けに攻撃を受け止める俺達に業を煮やしたのか、骨百足が両腕の鎌を揃えて横殴りに振り抜こうとしている。それも俺目掛けて。あれは受けきれな――って、やばっ!?

 

 

「キシャァァァアアアアアア!!!!」

 

「くっ、そぉぉおおおおお!!負けてたまるかぁぁああああ!!!!」

 

 

あれを受けきるには大技をぶつけるしかねぇ!もう回避は間に合わねぇし、これに賭ける!

 

 

左の腰だめに両手剣を構え、身体を捻じる。

両手剣が血色に強く光り輝き、爆発的な勢いで打ち出される。

 

 

「《タイラント・ショックウェーブ》ッ!!」

 

 

両手剣スキル重攻撃単発技《タイラント・ショックウェーブ》。

一撃の威力っていう意味なら、両手剣スキルでこれを上回るものはない。

この鎌相手に《簡易変更》スキルで迎え撃つなんてのは無謀だし、頼む――――ッ!!

 

 

「キシャアアアアアアア!!」

 

「うおおぉぉぉおおおって、何――ッ!?」

 

 

マズイッ!!こんの、クソ骸骨百足がぁぁぁあああ―――――!!!!

 

 

ギャリィィィンッッ!!!

 

 

という甲高い音を響かせて、俺の両手剣が奴の鎌を弾き返す。……()()()()()()

こいつ、僅かに攻撃のタイミングをズラして俺のスキルをスカしやがった――――こいつは、やべぇかもな……。

 

 

 

 

 

 

 

ガッキィィィィィィイイイイインン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、俺の前に割り込んできた人影が大鎌を受け止めた。

――ヒースクリフ。

 

 

「なっ……」

 

「ふっ、君としたことが情けない。らしくない判断だったのではないかな?」

 

「ちっ……その通りだよ。悪ぃな、助かった」

 

 

俺は舌打ち一つすると、鎧を着た背中に礼の言葉を投げかける。今のはヒースクリフに任せて回避、その後攻撃を受けない位置から攻撃が正しい判断だったろう。

ヒースクリフは軽く笑い、言葉を返してきた。

 

 

「何、どうと言うことはない。助けが間に合うはずなのに助けなければ、不審がられてしまうからね」

 

「理由が最低だな……」

 

 

そうだな、うん。こいつはこういう奴だ。誰かに入れ込むことはない。全員に等しく興味があり、等しく興味がない。

 

 

「それとも何かね?――――君を助けに来たよ!僕は、君のことが好きだから……とでも言えばいいのかな?」

 

 

ヒースクリフに渾身の攻撃を弾かれ、思いっきりノックバックしている骨百足に容赦なく攻撃を加えながら俺とヒースクリフは会話を続ける。側面から攻撃を加えていた連中もチャンスを悟り、次々にスキルをぶちかましている。

 

 

「やめろ、気色悪い。じゃあさっきみたいな攻撃が来たら、てめぇに防御押し付けるからな。しくじんじゃねぇぞ」

 

 

俺はちょっとしくじったが、尾の方はしばらくはほとんどミスもないようだ。流石だな。

 

 

「無論だ。私が防御に徹すれば、あの攻撃も僅かなダメージで受けきることが可能だ。君も、その間の攻撃は任せるよ」

 

「おうよ。……ところで」

 

「何かな?」

 

 

声を潜めた俺を怪訝な目で見てくるヒースクリフ。

骨百足は奇声を上げながら、俺達に両腕の鎌を別々に振り下ろしてくる。俺は朱色の両手剣で、ヒースクリフは純白の盾で危なげなく受け切る。

俺は俺達のすぐ傍には他のプレイヤーがいないことを確認し、念のため小声のままヒースクリフに訊ねる。

 

 

「あの攻撃は、何か特殊効果を持たせているのか?それとも純粋に攻撃力が高いだけなのか?だが後者だとすると、お前がそんな少量のダメージで受け切れることが不思議でならないんだが………」

 

 

俺達がこんな会話をしている間にも、骨百足がさっきと同じ攻撃を繰り出してきた。それをヒースクリフは体勢を低くして盾を前面に押し出し、俺の目の前で完璧に受け切って見せる。奴のHPバーが一センチほど減った。やっぱおかしいだろ、おい。

 

脳内でツッコミつつ骨百足の懐(?)に踏み込んで、両手剣スキル三連撃技《キャスリング・アヴォイド》を発動させる。

斬り下ろし、斬り上げに続けて、振りかぶった剣の腹でぶっ叩いて距離を取るという力技なスキルだ。距離を取るところからキャスリングって名前を付けたみたいだな。アヴォイドなんて完全に『避ける』だし。

 

 

「ああ、そのことか。なに、大したことではない。あの鎌による攻撃は必ずクリティカルヒットするようになっていて、身体に当たれば相手の防御力を無視するというだけだよ」

 

「というだけだよ、じゃねぇだろそれは……。相変わらずえげつねぇ設定にしてんなぁ」

 

「まあそういう効果なので、カイ君のレベルならばもしかしたら耐えられるかもしれないがね」

 

 

ヒースクリフが俺に微笑みかけてそんなことを言ってくる。

確かに防御力を無視するというなら、純粋にHPの多い俺が一番耐える可能性が高いだろう。だが――。

 

 

「アホか。誰が好き好んであんな攻撃喰らうんだよ」

 

「ふっ、尤もな話だな」

 

「無駄口叩いてねぇで、指示出せよな。そろそろ、終わりだぞ」

 

 

俺達が呑気に会話している間に、骨百足のHPが残り少しになっている。

動きも鈍くなってきてるし――――――そろそろ、フィニッシュだ。

ヒースクリフも同じ意見なのか、奴のHPバーを確認すると、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「ふむ、そうだな。――――全員、突撃!!」

 

 

大きな声を張り上げ、全員の意識を鼓舞する。いやぁ、流石だな。――さて。

 

 

「俺も行くかな。……さっき危ない目に遭わせてくれた、お礼だ。受け取れッ!!」

 

 

俺も他のメンバーに続くため、体勢を低くして駆け出した。そして、高らかに叫ぶ。

 

 

「チェンジ!《ボウス》・トゥー・《ショート》ォ!!」

 

 

両手剣を振り上げ骨を斬り、入れ替わりで現れた《ヴァイヴァンタル》で続けざまに斬りつける。

その振り抜いた後の体勢を調節し、ソードスキルに繋げる。

 

 

「……これで決める。――――《ヘル・オア・ヘヴン》」

 

 

地獄を表すような禍々しい紺色と、天国を表すような神々しい純白が複雑に混ざり合ったようなライトエフェクトが《ヴァイヴァンタル》を包んだ。

 

俺は骨百足を斬りつける。

一度。奴のSTRが上昇する。

二度。奴のVITが上昇する。

三度。奴のAGIが上昇する。

四度。奴のDEXが上昇する。

五度。奴の上昇したステータスの数値だけ俺の短剣の攻撃力が上がり、さらに奴の上昇したステータスの数値だけ奴の防御力が下がる。奴のステータスの上昇がリセットされる。

六度。俺の突き出した短剣が奴に突き刺さり、一瞬で奴のHPバーを削り切った。

 

短剣スキル六連撃技《ヘル・オア・ヘヴン》。

相手のステータスをそれぞれ半分の数値分上昇させ、その後、相手の上昇値を利用して与えるダメージを爆発的に増やすスキルだ。

かなり強いスキルだが、これは諸刃の剣だ。

一撃毎の間隔は長いから、途中で反撃されると無駄に相手のステータスを上げるだけになってしまう。まあ、止められたことなんてないんだけどな。

 

 

骨百足が激しい音と共に爆散し、ポリゴンの残滓をばら撒く。

俺の目の前にメッセージが表示された。俺がラストアタックらしい。ラッキー。

皆が、戦闘が終わったことの安堵からか地面にへたり込む。かなり疲弊しているようだ。

 

ヒースクリフを見やると、座り込むことなく周囲を眺めていた。実験動物を見る目をしている。

バレるぞ、おい。まあいいか。

 

 

俺はヒースクリフに軽く目配せすると、三人で固まって座っているシリカの下へ駆け出す。

 

――早く労ってやらないとな。

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

スカルリーパーの鎌の能力とかは、それらしい能力を考えました。作者オリジナルですのであしからず。文句は受け付けます。

やっと、ここまで来ました……。
アインクラッド編は残り数話です。いやぁ長かった。まあ僕のせいなんですけど。
その後はフェアリィ・ダンス編に続きますが、まあ今はそれは置いといて。

次回は――ヒースクリフの秘密が明らかに!?(棒)果たして、その秘密とは一体なんなのか!?(棒)
ですかね。

できるだけ早く更新しようと思っています。
お楽しみに。

感想などお待ちしてますよー。

では、また次回。



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第二十六話 ヒースクリフの秘密、カイの想い


皆さんどうも!
いつも読んでいただきありがとうございます!
この調子でちゃっちゃと書いてアインクラッド編を終わらせられるように頑張ります!

では、どうぞ!


 

「何人……やられた……?」

 

 

座り込んでいたクラインが顔を上げ、ポツリと呟く。

 

俺は走りながら右手を振ってメニューを出そうとし――やめた。キリトが出そうとしてる。なら俺はいいだろう。

 

キリトはマップ機能を呼び出し、緑色の光点を指差し数え始める。その動きが不意に止まり、代わりにキリトの唇が動く。

 

 

「――――九人、死んだ」

 

「……嘘だろ………」

 

 

エギルの声にも普段の張りがない。他のプレイヤー達の表情にも暗鬱としたものが立ち込める。

――何とか、一桁で抑えることはできたが………。仮に、これから先の二十四階層のボス戦で一階層毎に一人犠牲者を出してしまうとすると、この場にいる者で最上階に辿り着けるのは六人という計算になってしまう。犠牲者が出るという条件下では最小の数字でこれなんだ。気分が落ち込んじまうのもわからなくはねぇ。まぁ、実際はそんなことにはならねぇがな。

少なくとも、ボス戦では俺が絶対に死なせないと決めたプレイヤーが十四人。それに俺と、途中で死ぬわけがないヒースクリフを入れて十六人。これだけは確実に生き残る。俺が生き残らせてみせる。……気合い入れねぇとな。

 

 

俺はシリカに駆け寄って声をかける。

 

 

「シリカ!」

 

「カイさん!」

 

 

シリカはパッと顔を上げて俺を見る。その目には涙が滲んでいた。

 

 

「っ、どうした?」

 

「カイさん、カイさん……あたし、パリィを失敗しちゃって……それで、それで、逸らしきれなかった尾がプレイヤーの一人を………!」

 

「そうか……」

 

 

それは……どう言うべきかな……。

 

 

「……シリカ、無情なことを言うようだが、それはお前が悩むべきことじゃない。関係ないことまで背負うのは傲慢ってもんだ」

 

「カイ!あなた、なんてことを言うの……!?シリカちゃんが、心を痛めているのに……」

 

 

すぐ傍で俺達の話を聞いていたアスナが憤慨して俺に噛みついてくる。だが、アスナがこう言ってくるのはある意味予想通りだ。

 

 

「なら訊くが、アスナだったらそいつらの死に責任を感じて、その罪を背負うのか?

そいつらは、今回のボス攻略に参加したんだ。自分の意思でな。危険があることは重々承知だったはずだし、ヒースクリフは参加するか否かは個人の判断に任せていた。それでもそいつらは、皆のために命の危険を冒してまで今回の戦闘に参加した。そんな奴らの決意を、自分が罪悪感から逃れたいって感情で踏みにじるのか?」

 

 

シリカにも聞かせるようにしっかりと、かつどこか嘲るように述べる。

二人は俯いたまま、反論できなかった。

 

本当のところはわからない。死んだ奴に意思を確認するなんてこと、できないからな。参加理由は周りが参加するのに自分だけしないのは……という消極的なものだったかもしれないし、死ぬ瞬間、シリカのことを恨んでいたかもしれない。

だが、それを確認することは誰にもできない。なら、俺が悪役になろう。俺が嫌なことを、性格の悪いことを言って、皆の精神的負担を和らげよう。皆の悪感情の捌け口になろう。まぁ、付き合いの長い奴らには俺が考えていることがバレてるかもしれないけどな……。

 

その証拠に、エギルとかクラインとかには悲しげな目で見つめられてる。やめろ、そんな目で俺を見るなよ。

――――って、キリトが俺の様子に気づいてないってのも珍しいな?

 

 

そう思ってキリトを見やると、ヒースクリフを凝視して《エリュシデータ》に手を伸ばしていた。

 

 

――――そうか、バレたのか。

 

 

俺は胸中で嘆息すると、シリカの頭を撫でる。アスナの気をこちらに引いておこう。

アスナは、俺の狙い通りに複雑な表情で俺を見つめている。キリトがごくごく小さな動きで右足を引いていく。腰を僅かに下げ、低空ダッシュの準備姿勢を取る。

 

あの構えは……《レイジスパイク》か。

 

ヒースクリフはまだキリトの動きに気づいていない。キリトはヒースクリフの横顔を見据え続けている。あの、ギルド団員を慈しむような視線を携えるヒースクリフを。檻の中で遊ぶネズミの群れを見るようなあの眼差しをしている男を。

 

キリトはこちらをチラリと見やる。予想が外れた時のことを憂いたんだろう。瞳に謝罪の念が宿っているように見える。

アスナが視線に気づいたのか、キリトの方に顔を向け、何事か口を動かした。声は聞こえなかったが、キリトの名前を呼んだみたいだ。

……俺は、どんな顔をしているんだろうな。自分でもよくわからねぇや。キリトに訊いてみたい気もするが、もう行っちまった。

 

キリトはヒースクリフとの距離約十数メートルを床ギリギリの高さで一瞬で駆け抜け、右手の剣を捻りながら突き出す。

ヒースクリフは流石の反応速度で左から襲いくる剣尖に気づき、盾での防御を試みる。

しかしキリトは、デュエルの時に動きの癖を見て覚えていたのか、空中で僅かに剣の軌道を変えヒースクリフに突き立てる――――

 

 

寸前で、紫色の閃光を放ちながらキリトの剣が障壁に遮られる。

現れたのは、紫色のシステムウィンドウ。そこに刻まれている文字は、【Immortal Object】。ヒースクリフが、システム的に不死だということを示す物だった。

 

 

 

 

 

アスナがキリトの下に駆け寄っていくのを見届けながら、俺は立ち上がる。

 

 

「カイさん……?」

 

 

シリカが俺を見上げて問いかけてくる。

 

 

「ああ、シリカ。俺、ちょっと行ってこなきゃいけないからさ。少しの間、待っててくれ」

 

「はい、それはいいですけど……あれは……?」

 

「……すぐに説明してくれるさ」

 

 

視線を戻すと、ちょうどアスナがキリトに声をかけるところだった。

 

 

「キリト君、何を――――」

 

 

突然の暴挙に出たキリトに声をかけようとしていたアスナがメッセージを見て動きを止める。

キリトも、ヒースクリフも、他の誰のプレイヤーも動かない。俺はゆっくりとキリト達に歩み寄る。メッセージが音もなく消滅する。

 

キリトは剣を引き、跳び退ってヒースクリフから距離を取る。その隣にアスナが並び、困惑を孕んだ声でヒースクリフに問いかける。

 

 

「システム的不死……?……って……どういうことですか……団長……?」

 

 

ヒースクリフはその問いには答えない。

この場に状況を把握できているのは何人いるのか。恐らく、俺、キリト、ヒースクリフの三人だけだろう。

キリトが両手に剣を下げたまま口を開く。

 

 

「これが伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうとイエローまで落ちないようにシステムに保護されているのさ。……不死属性を持つ可能性があるのは……NPCを除けば、このゲームにただ一人しか存在しないシステム管理者だけだ」

 

 

そこまで言って、キリトは一度言葉を切った。

上空をチラリと見やり、続ける。

 

 

「……この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった……。あいつは今、どこから俺達を観察しているんだろう、ってな。でも俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知ってることさ」

 

 

キリトは視線を戻すと、ヒースクリフを真っ直ぐに見据える。

 

 

「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。…………そうだろう、茅場晶彦」

 

 

静寂がボス部屋を包む。俺の足音が響き渡ってしまいそうだ。

ヒースクリフは、無表情のままキリトを見つめていた。

そして、最初に口を開いたのはヒースクリフだった。

 

 

「……何故気づいたのか、参考までに教えてもらえるかな……?」

 

「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ」

 

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君達の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

「君達……?」

 

 

キリトが訝しげな声で呟いた。ここで、俺もキリトの隣に並ぶ。

 

ヒースクリフは仄かな苦笑を浮かべ呟く。

 

 

「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな。本当にイレギュラーな事態が起こる。これだから……面白い」

 

 

そこまで言うと、奴は笑みを超然としたものに変えて堂々と宣言した。

 

 

「――――確かに私は茅場晶彦だ。加えて言えば、最上階で君達を待つはずだった最終ボスでもある」

 

 

ショックを受けてよろめいたアスナを、キリトが見ずに右手で支える。

シリカの方を見やると、両手を床について女の子座りをしている。あれなら大丈夫だろう。

 

 

「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか」

 

「まあ、茅場の性格が悪いのは今に始まったことじゃねぇしな。有り勝ちな、でもやってほしくはないストーリーだよ」

 

「中々いいシナリオだろう?だが、まさかたかだか四分の三地点で看破されてしまうとはな。いやはや、君達はこの世界で最大の不確定因子だと思ってはいたが、ここまでとは」

 

 

笑みを浮かべながらそんなことをのたまうこいつは、本当にいい性格をしている。

薄い笑みを浮かべて肩をすくめながら、ヒースクリフは話を続ける。

 

 

「……最終的に私の前に立つのは君達だと予想していたよ、キリト君、カイ君。全十種存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担い、《簡易変更》スキルは全プレイヤーの中で最高の状況判断能力とその状況への対応力を兼ね備えた者に与えられ、その者が勇者を補佐する参謀の役割を担うはずだった。勝つにせよ負けるにせよ。だが、君達は私の予想を超える力を見せた。二人の攻撃速度といい、キリト君の洞察力といい、カイ君の指揮力といい、な。まあ……これもネットワークRPGの醍醐味というべきかな……」

 

 

その時、ヒースクリフの背後にいたプレイヤーが幽鬼のように立ち上がる。血盟騎士団の幹部を務めている男だ。

温厚そうな細い目に、明確な殺意を宿らせている。

 

 

「貴様……貴様が……。俺達の忠誠――希望を……よくも……よくも……よくも―――――ッ!!」

 

 

巨大な斧槍(ハルバード)を握りしめ、絶叫しながら茅場に跳びかかる。大きく振りかぶった重武器を茅場へと叩きつけ――――

 

 

る前に、茅場が動く。()()を振り、出現したウィンドウを素早く操作する。男の身体は空中で停止し間髪入れずに落下する。無機質な鎧がなる音がした。男のHPバーが緑の枠に囲まれている。麻痺状態だ。茅場はそのままウィンドウを操り続け、この場にいるプレイヤーの大半を麻痺させた。

麻痺状態になっていないのは、俺、キリト、茅場の三人だけだ。

 

 

「……どうするつもりだ……。この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

 

 

不自然な体勢で倒れてしまったアスナの手を握りながら、キリトが鋭く茅場を見据える。

 

 

「まさか。そんな理不尽なことはしないさ」

 

 

そうだ。この男は妙なところで律儀だ。そういう理不尽なことは今までしてこなかった。俺達をこのデスゲームに閉じ込めた時くらいじゃないか?

 

 

「こうなっては致し方ないからね。予定を早めて、私は最上階の《紅玉宮》にて君達の訪れを待つことにするよ。今まで育ててきた血盟騎士団と攻略組プレイヤー諸君をこんな形で放り出してしまうのは不本意だが……何、君達の力なら辿り着けるさ。だが……その前に……」

 

 

茅場は言葉を切ると、右手の十字剣を床の黒曜石に突き立て、キリトを見据える。

 

 

「キリト君、君に不死属性抜きの私と一対一で決闘するチャンスを与えよう…………と、言いたい所なのだが。

実は、カイ君が先に私の正体に気づいていてね。彼と先に戦う約束をしている。少々待っていてくれたまえ」

 

 

ヒースクリフはそう告げると、俺に向き直った。

 

 

「カイ君、待たせたね」

 

「どうってことねぇよ。ああ、念のためキリトも麻痺させといてくれ。乱入されたくはないんでね」

 

「ふむ、それもそうだな。わかった」

 

「なっ……!?おい、カイ!!おいってば!」

 

 

茅場がキリトを無視してウィンドウを操作する。俺はその間に、こいつとその約束を取り付けた時のことを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達がヒースクリフとデュエルをした後の団長室での出来事だ。

 

 

「んじゃあ本題だが――――改めて自己紹介させてもらう。俺の名はニューカイ。メインウェポンは短剣だが、全種類の武器を扱える。よろしく頼むぜ――茅場晶彦」

 

「……ふう。やはり気づかれてしまったか。いつから気づいていたのだね?」

 

 

ヒースクリフ――いや、こう言おう――茅場はため息をついて、俺に質問をぶつけてくる。

もう隠し事をする必要もないし、正直に答える。こいつは、それで俺を消そうなんてするような奴じゃない。何となくわかる。

 

 

「疑ってたのは、圏内事件の時からだ。あんたの知識量は豊富すぎたよ。確信を持ったのはさっきの戦闘。きっと、HPが半分を割らないようにシステム的に保護してんだろ?」

 

「そこまで見破られているのか……確かに君の言う通り、それを露見させたくなくてシステムのオーバーアシストを使った。それにしても、随分早くから疑われていたものだな……私がこの世界にいることは予想済みだったのかな?」

 

「ああ。お前、最初の日にこう言ったろ――『私の目的はこの世界を作り出し、観賞することだ』ってな。あの瞬間からすでに違和感はあったんだよ。観賞するって言ったって、どこからだ?仮に外部から回線を用意して接続していた場合、そこは侵入経路にもなる。今のハッカーとかの技術はすごいからな。いくらSAO――アーガス社のプロテクトが堅くても、他からの接続経路があれば突破されてしまう可能性はあるだろう。そこが一番弱いところになるだろうしな。俺には、あんたがそんな愚を冒すようには思えなかったんだ」

 

 

俺は一息間を入れて続ける。

 

 

「それにあんたがSAOの行く末を見ないでいられるような人間には思えなかったし、加えて言うとSAOに閉じ込めた人間を無責任に殺して自分だけ生き延びて逃げようなんてことを考える奴じゃないだろ?お前はさ」

 

「……ふっ。君は私という人間を私以上に理解しているのかもしれないな」

 

「……あんまり嬉しくねぇな……」

 

「んっも~う!そんなこと言わないで~!寂しいよぅ~!」

 

「や め ろ 気 色 悪 い !!」

 

「ふむ。お気に召さなかったかな?」

 

「当たり前だ!!表情を変えずにそんなこと言われてもただただおぞましいだけだわ!まあ表情を変えればいいってもんでもねぇけどな!!」

 

 

表情をピクリともさせずに、声のキーだけ上げてあんなこと言われるとか鳥肌もんだぞ!?しかも茅場晶彦がやってると思うと余計に!!

 

 

「まあそれはいいとして。君は私の正体を看破したわけだが、何か要望はあるのかね?」

 

「んー、そもそもあんたはどうするつもりだったんだ?自分の正体を見破られた時。考えてないわけないよな?」

 

「えー、考えてなかったよぉ~?そんなこと期待されても困るっていうかぁ~」

 

「おふざけはいい。真面目に答えろ」

 

「おお、怖い怖い。そう睨まないでくれたまえ。それで、私の考えだが――」

 

 

そりゃ睨むだろ……真面目に質問してんのにおふざけで誤魔化されかけたんだぞ………。

 

 

「私の正体を看破した報酬として、不死属性を解除した状態の私と一対一で戦う権利を与えるつもりだった」

 

「そうか……それだと今の状況はお前的にはあまり好ましくないわけだな……。仮にここで俺とお前が戦って俺が勝てたとしても、周りは何が何だかわからないだろうしな。俺達プレイヤーにしてみればこの世界から脱出できるならそれでもいいわけだが、お前は嬉しくないだろう?」

 

「そうだな……というか、本当に君は私の心情を理解しているな…………もしかして、ストーカー?ないわー」

 

「だ か ら ふ ざ け る の を や め ろ !!じゃあ、そうだな……妥協案として、お前の正体を看破できた奴がいた時は、まず俺に先にお前と戦わせろ。それが一つ。それとお前は、これからも真面目に自分の役割を果たせ。絶対に手を抜くな。それが二つ。最後に、俺がお前との戦いで勝ったら、俺の言うことを何でも聞いてもらう。これでいいか?」

 

 

俺の案を聞いた茅場は――――。

 

 

「えっ、それってまさか、私を辱m――――」

 

「黙れぇぇえええええ―――――――ッ!!!!それ以上喋んじゃねぇぇええええ―――――!!」

 

「ちぇー」

 

「ちぇーじゃねぇよ。……それで、俺の妥協案はアリなのか、ナシなのか。どっちなんだ」

 

 

まったくこいつは……。精神的に激しく疲れるぜ……。

 

 

「ふぅむ………。…………アリだな、それで行こう」

 

「わかった、じゃあそういうことで。――――約束は違えるなよ。お前に約束を違えられても俺にできることはないが……俺が持てる力の全てを使ってお前に嫌がらせをしてやるから覚悟しとけ」

 

「……君の全力の嫌がらせか。笑えないな……。約束を違えることはないと、この世界に誓おう」

 

 

ヒースクリフが顔を引き攣らせて答える。それにしても、この世界に誓う、か。

 

 

「――それなら信用できるな」

 

 

ニヤリ、と笑いかけながら言ってやる。

こいつのこの世界への想いは、俺にも計り知ることができない。

茅場も俺に微笑を向けてきた。

 

 

「それは重畳だ。話は終わりかな?」

 

「ああ。じゃあまたな、ヒースクリフ」

 

「うむ。また会おう、カイ君」

 

 

俺はそう言って、団長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、カイ君。始めようか」

 

「カイ、カイ!!」

 

 

キリトを麻痺させ終えたヒースクリフが、俺と真正面から相対する。キリトが叫んでいる。仕方ない、反応してやるか。

 

 

「なんだよキリト、うるせぇな」

 

「うるせぇなじゃないだろ!!どういうつもりだ!?」

 

「どうもこうもねぇよ。こいつとは一度、本気で殺し合いをしてみたかった。それだけだ。お前は今はそこで見てろ」

 

「そんなこと……っ?」

 

 

キリトが、俺の発言の違和感に気づいたようだ。口を噤んでくれたのを幸いに、俺はヒースクリフに向き直る。

 

 

「ヒースクリフ、戦いを始める前に一つ。

勝負の方式は、俺のHPはこのままで、お前のHPは全回復。俺はお前をレッドゾーンに追い込んだら勝ち。お前は俺に強攻撃一発当てたら勝ちだ。これでいいか?」

 

 

俺のHPは、強攻撃一発で散らされる程度にはスカルリーパーに削られている。つまり、俺はヒースクリフを追い込めば勝ち。あいつは、俺を殺したら勝ちってことだ。さっきキリトには殺し合いと言ったが、俺にこいつを殺すつもりはない。

 

 

「私は別に構わないが。何故そのようなハンデを?」

 

「お前に教えてやりたいのさ。このゲームをクリアするって覚悟を持った一人のプレイヤーが、お前のゲームに真剣に打ち込んでお前の想像を絶する程強くなったってことを。―――お前が死ぬ前に、な」

 

「……ほう、面白い。ならばその力、見せてもらおう」

 

 

ヒースクリフが、自分の不死属性を解除するついでにHPを回復する。

俺達が示し合せたように武器を構えた瞬間、誰かの呟きが響いた。

 

 

「……ちょっと待てよ。…………おい!ちょっと待てよ!!」

 

 

否、叫び声が響く。

俺達は動きを止め、声のした方向を見やる。

倒れているプレイヤーの一人が声を張り上げていた。

 

 

「先に正体に気づいてたって、いつ気づいてたんだよ!?それって、確実にこのボス戦の前だろ!?なら、なんでその時に戦わなかったんだ!!戦ってれば、それでもし勝ててれば……このボス戦が発生することもなくて、あいつらが死ぬ必要もなかっただろ!?おい、どうなんだよ!?」

 

「……そ、そうだ………!その通りだ……!あいつらを殺したのは、お前だ!」

 

「お前、どうすんだよ!?責任取れんのかよ!?」

 

「今回のボス戦で死んだ奴だけじゃない!きっと、こいつが気づいたって日から今日まで死んだ奴は、下層も含めてたくさんいたはずだ!そいつらの分の責任も取れんのかよ!?」

 

「何考えてんだよてめえ!!この、人殺し!!」

 

「ふざけんな!あ、あいつらの代わりに……お前が死ねばよかったんだ!!」

 

「そうだそうだ!」

 

「死ね!死ねぇ!!」

 

「お前なんて死んじまえ!!」

 

「お、おい……なんてこと言ってんだ……!」

 

「やめなよ、そんなことを言うのは……!」

 

「お前ら、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ……!」

 

「…………」

 

 

倒れている他のプレイヤーも、口々に俺への呪詛を吐き出し始める。

エギルやクライン、ケイタなど俺に近しい人が庇おうとしてくれるが、その声は大音量の呪詛に掻き消される。

親友は、黙して何も語らない。その目が、『俺はカイを信じてる。だから、やってくれ』、と。そう言ってる気がした。シリカも、祈るように俺を見つめていた。

唯一無二の親友と、最愛の恋人に信頼されている。それだけで、力が際限なく湧いてくるようだ。

 

 

こいつらの言い分は、まったくもってその通りだ。今日のボス戦で死んだ奴らは、俺が殺したも同然だろう。それだけじゃない。俺がヒースクリフとデュエルをしたあの日――もっと言えば、確証まではないもののほぼ確信を持っていたあの頃から今日までで死んだ奴らも、俺が殺したと言えるかもしれない。

俺が茅場晶彦の犯罪の手助けをした結果になっているのかもしれない。

 

……でも。でもな。俺は、どれだけ人殺しと罵られようと、犯罪者と蔑まれようと、この選択をしたことに後悔はない。

確かに、茅場晶彦は天下の大罪人だろう。それは間違いない。俺もあいつのしたことが善行だとは思っちゃいねぇさ。

だが、俺は奴が作り出したこの世界は素晴らしいものだと思っている。そこは褒められるべきなんだ、こいつは。現に、この事件が起きるまでは茅場は『いい人』『素晴らしい天才』として知られていた。まあここでやったことは最低の一言に尽きるけど。

 

こいつは、この世界の行く末を――そして、俺達を見たかっただけなんだ、きっと。生を求める、渇望する俺達の姿を眺めていたかっただけなんだ。

俺はこの世界で、シリカを初めとしてたくさんの素晴らしい友人たちに出会えた。きっと普通に暮らしているだけでは手に入れられなかった、素晴らしい仲間。俺をこんな人達と巡り合わせてくれたのはこのデスゲームだ。………それに、俺は神野とも再び相対することができた。今思い返しても殺意しか湧かねぇが、奴の生存を確認できたのはよかったことと言える。俺がこの手で殺せる可能性が出てきたんだからな。

このことに関して、俺は茅場に一方的な恩義を感じている。だから、奴の願いを手伝ってやろうと思った。俺以外にヒースクリフの正体に気づく者が現れるまで、俺が気づいたことは明かさない―――そうすると、決めた。

 

――だが、これは俺のエゴだ。こいつらには知ったこっちゃねぇだろうし、俺も言うつもりはない。

なら、俺はどうすればいいのか――?

こいつらの怒りの源は、『俺がさっさと明かさなかったせいで、たくさんのプレイヤーが死んだ()()()』という曖昧なものだ。今日死んだプレイヤー達の死の責任を、俺に負わせられるということを無意識下で考えている奴もいるだろうな。

こいつらが怒っていられるのは、俺がどういう奴なのか明確になっていないから。俺が酷い人間()()()と推察されるからこそ、こいつらは俺に怒りをぶつけられている。だが、目の前にいる本当の狂人に怒りをぶつけられる奴は少ない。何をされるかわかったもんじゃないからな。それも、身動きが取れない状況では尚更。

 

 

――――なら、俺は狂人を演じてしまえばいい。

 

 

「くっ、くくく……」

 

 

俺は肩を震わせて笑い始める。俺の様子に気づいたプレイヤーが一人、また一人と俺を訝しむ様子で口を噤んでいく。

 

 

「くくく……きっははははははは!!」

 

 

俺が声を上げて狂ったように笑うと、誰もが言葉を失った。

 

 

「くくっ……俺があいつらを殺したって……?……そうだな、その通りだ。それは正しい認識だろう。――だが、それがどうした?」

 

 

俺はプレイヤー達を見渡し、嘲りを多分に含んだ言葉を投げかける。俺の意図を読み取れない奴ら全員が唖然としていた。親しい奴には、俺の意図がバレてるっぽい。なんか恥ずかしい。

 

 

「俺はそいつらには興味もねぇし……俺にとって大事な連中を守れるくらいの力は俺にはあるしな。俺はそいつらを守れれば十分だ。俺はこのゲームを長く楽しんでいたかったんだよ。だって最高だろ?いつも死と隣合わせで戦えるなんて、そうそうないぜ?」

 

 

イメージは、神野猛。奴の性格を俺風にアレンジしたら、多分こうなる。

悪者を演じろ。どうしようもないクズ野郎を演じろ。行き過ぎた狂人を演じろ。

 

 

「な、なんだこいつ……」

 

「狂ってる、狂ってるよ……」

 

 

先ほどまで俺に怒りをぶつけていたプレイヤー達は、今は恐怖の眼差しを向けている。

 

 

「くく、お褒めに預かり光栄だ……。そんな楽しいデスゲームで、こいつと一対一で戦える状況だぜ?自分が強くなってからの方がより楽しいじゃねぇか。――さて、さっき俺が死ねばいいとか言った奴は……最初は、お前だったな」

 

「ヒッ!?」

 

 

俺は、一人のプレイヤーの前に全力で移動する。俺が死ねばよかったんだと口火を切った奴だ。

静かにしていてほしい。だからちょっと、脅かしておこう。

 

 

「オラアッ!!」

 

「ヒイィッ!?」

 

 

俺は、アイテムストレージからシリカが予備に持っていたものの使ったことのなかった短剣を取り出し、そいつの目の前の床に突き立てる。短剣が床に突き刺さり、硬質な音が響く。

 

 

「俺は、集中してあいつと殺り合いたいんだよ……。――――――今度騒いだら、騒いだ奴から順番に首を落としていくからな。騒いでない奴らも同様にだ」

 

 

俺が睨みつけながらそう脅すと、プレイヤー達は目を逸らして縮こまる。

……よし、これでいい。

 

俺はヒースクリフに向き直る。

 

 

「やっと静かになったな」

 

「そうだな、感謝する。ではやろうか?」

 

 

ヒースクリフが剣と盾を構えようとするが、それを俺は遮る。

 

 

「あ、ちょっと待ってくれ。やることがあるのを忘れてた。お前にもちょっと手伝ってもらいたいんだけど」

 

「ん?何かな?」

 

「シリカの麻痺を一時的に解除してくれ。シリカにウィンドウを操作してもらう必要があるからさ」

 

 

ヒースクリフは一瞬思案し、頷く。

 

 

「……よかろう。シリカ君の麻痺を解除する」

 

「助かる」

 

 

言って、ヒースクリフがメニューを操作する。俺もメニューの操作を始め、ある条件でのある行為をシリカに送り付ける。それは――――。

 

 

「なっ……!?カイ、どういうこと!?シリカちゃんと()()しようだなんて!!」

 

 

アスナが叫ぶ。そうか、シリカの前に表示されたウィンドウの文字、あそこから読めちゃったのか。

 

――今アスナが言ったように、俺がシリカに送り付けたのは離婚申請だ。事前に、シリカには伝えてある。

 

…………伝えてあるとはいえ、すげぇ辛いな、これ……。身が引き裂かれそうだ。この後、心にもないことをシリカに言わなきゃいけないし……マジで心折れそう。

 

 

「ハッ、だからなんだってんだ?所詮ただのデータだろ」

 

 

――――――うわぁぁぁぁぁああああああ!!ごめん!!ごめんよシリカ!!あああ伝えてあったけどすんごい悲しそうな顔させてるぅぅぅぅうううううう!!!!いや本当にごめん!!謝って済む問題じゃないけどホントごめんなさい!!俺は感情を表情に出すわけにはいかないから無表情を貫いてるのが余計心苦しい!!本っ当にごめんなシリカ!!

 

アスナだけじゃなく、この場にいる――俺とシリカを除いた――全員が絶句する中、シリカが泣きそうな顔でウィンドウにタッチする。OKボタンを。

 

離婚が成立し、俺のアイテムストレージは俺が望んだ状態になった。――この瞬間、シリカの状態が変わったことに気づいた人間はいるかな?

 

――――ってああああシリカちょっと泣いてる!!いやホントごめん!!後で埋め合わせは死ぬほどするから!!今はホントごめん!!言葉にすらできない俺を許してくれ!!

 

 

「さて、殺ろうか?」

 

 

必死に平静を装い、ヒースクリフに話しかける。

 

 

「………驚いたな。君が離婚するとは」

 

 

さしものヒースクリフも、結構本気で驚いているようだ。別に驚かせたかったわけじゃねぇよ。

 

 

「まあいい。では始めよう」

 

「……ああ」

 

 

俺達は、それぞれの武器を構える。

 

――さあ、ここからは、()()()()()()()()で行くぜ!

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?

カイもあれで色々考えているんです。

次回、激闘の予感!
と、自分で煽ってみる。

戦いが盛り上がるように頑張ります。

では、また次回。


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第二十七話 VSヒースクリフ

すみません、ちょっと遅くなりました!
と言っても、少し前までに比べれば格段に早いですけどねー。

ま、そんなことは置いといて。

どうぞ。




……っと、そうだ。忘れてた。

 

 

「……何をしている?」

 

「ん?ああ、ちょっとな。別に攻撃してきてもいいぞ」

 

「……舐められたものだな」

 

 

俺はヒースクリフを視界に入れながら、メニューを操作する。えーっと……。

 

 

「ならば……行くぞっ!」

 

「だから宣言しなくてもいいって」

 

 

律儀に宣言してから突っ込んできたヒースクリフにそう告げて、奴の斬り下ろしを躱す。

続く斬り上げ、回転斬りも容易く回避。並列思考を使えば、メニューを操作しながらヒースクリフの動きを見るなんて容易いことだ。

……うし、終わった。

 

 

「むんっ!」

 

「――シッ!」

 

「何っ!?」

 

 

俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。が、それは奴の盾に阻まれてしまった。

ヒースクリフは俺に弾き飛ばされ、結果的に距離を取ることになる。奴は驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

「どうした?」

 

 

奴が驚愕している理由を理解していながら、敢えて訊く。

 

 

「どうしたもなにも……!君はわかってて言っているだろう……!何故だ!?何故君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()!?」

 

 

ま、そうだよな。それが原因だよな、わかってたさ。俺は茅場に感謝している部分もあるが、全体的に見ればやっぱりこいつのやったことは気に食わねぇ。僅かばかりの気晴らしだ、付き合ってくれよ。

 

 

「誰が教えるか。……と、言いたいところだが。まあいいや。ヒースクリフ、お前はさっき、こう言ったな。『《二刀流》スキルは全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられる』、と」

 

「あ、ああ。だからこそ、キリト君に与えられた。だが、それがどうした……?」

 

「お?察しが悪ぃな?結構動揺してんのか?わからないならヒントだ。――もし、キリトと同等の反応速度を持つ者がいたらどうなると思う?」

 

「な、まさか……いやしかし!全十種あるユニークスキルは一プレイヤーにつき一つしか与えられないはずだ!それに、キリト君が《二刀流》スキルを失ったわけでもない!」

 

 

ヒースクリフは動揺を露わにしたまま、叫び続ける。

 

 

「仮にカイ君がキリト君と同等の反応速度を有していたとしても、君が《二刀流》スキルを出現させることはできないはずだ!それに《二刀流》スキルは、片手剣を二本装備した状態でスキルを使えるというもの!何故短剣で同じことができている!?」

 

「同じことじゃねぇさ」

 

「何……?」

 

 

俺の呟きにヒースクリフが反応し、訝しげな声を上げる。

俺は親切丁寧に説明してやる。

 

 

「わからねぇようだから教えてやる。これはカーディナルシステムが自己判断で作り上げた、既存のスキルのどれにも当てはまらないスキル、《双短剣》スキルだ。効果は簡単、短剣と何かの装備状態なら、そのままスキルを使えるってだけだ。この簡潔かつ完璧な説明で理解できたろ?」

 

「な、何だと……!?《双短剣》スキル……?しかし、カーディナルシステムが独自に作り上げたなら私が知らないのも無理はない、か……。ふむ」

 

 

ヒースクリフはようやく落ち着きを取り戻したようだ。理屈で納得が行ったことと、効果がわかったから落ち着けたのだろう。

――――まあ、今言った効果で全部じゃねぇけどな。それはヒースクリフもわかってるだろうよ。

 

 

「納得はいったか?じゃあ、行くぜ?覚悟しろよヒースクリフ。お前に勝ち目はない」

 

「ふっ、そんなのやってみなければわからないだろう?それに、負けフラグという考え方もある。今、君は完璧なまでに負けフラグを建築していたね」

 

「そんなフラグ、俺が力技で叩き折ってやるよ」

 

 

俺達の間に静寂が訪れ――――次の瞬間、俺も奴も同時に飛び出す。

 

 

先に仕掛けたのはヒースクリフだった。

盾を斜め上に突き上げ、俺の顔面を打とうとしてくる。

俺は姿勢をさらに低くすることで走りながらそれを回避。しかし、ヒースクリフはその動きを読んでいた。盾に隠れるように十字剣を動かし、俺が切っ先に飛び込んでくるのを待っていたんだ。

だが俺も、その程度の戦略は予想済み。右手に持つ短剣を光らせ、ソードスキルを使う。

 

 

カカァン!!

 

 

と高い音が立て続けに響き、ヒースクリフの長剣が俺の身体の右側に流される。

短剣ソードスキル二連撃技《サイド・バイト》。このスキルは、使う手の側から身体の内側に向かう軌道で一回、そこから身体の外に斬り払うので二回の連撃だ。それにより、ヒースクリフの長剣は俺の右側に弾かれた。

さて、自身が右手に持つ物を、自分から見て左側に流されたらどうなるか?答えは簡単だ。――――右の脇腹ががら空きになる。

ヒースクリフの野郎は、俺が技後硬直で動けなくなるからその隙に体勢を戻せばいいと考えてるかもしれねぇが……お生憎様。

 

 

「チェンジレフト。《ショート》・トゥー・《フリー》」

 

「ぐっ、しまった!?」

 

 

今更思い出しても遅ぇよ。双短剣スキルが出現したおかげで、俺には変更時に左右の選択権を与えられた。

俺の左手に持つ短剣――さっきスカルリーパーを倒した時に入手したラストアタックボーナス品だ――が紺色に光り輝き、俺はそれを振り上げる。

ヒースクリフの右腕を軽く斬り裂いて、短剣が消失する。そして短剣の代わりと言わんばかりに眩く輝く拳を握りしめ、俺は裂帛の気合いと共に拳を打ち出す。

 

 

「はああああああっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

俺の打ち出した拳は俺の狙い通りにヒースクリフの右脇の辺りを打ち抜き、奴の体勢をさらに崩した。

そして俺の体勢。左手を前に突き出し、右の短剣は腰だめに構えている。ここから繋げるのは――――とあるスキル。

 

 

「ぜりゃぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

俺の雄叫びに背中を押されるように《ヴァイヴァンタル》が奔る。

 

最初は右下から左上に、続けてその軌道をなぞるように短剣が引き返す。

俺は右に一回転、どさくさに紛れて左の肘がエルボー気味にヒースクリフに突き刺さる。

続く攻撃は左下から右上に、斜めに斬り上げる一撃。そして先ほどの光景を鏡に映したかのような斬り下ろしがヒースクリフを傷つける。

今度は左に一回転。左の裏拳が体勢を立て直そうとしていたヒースクリフにその行為を許さない。

攻撃はまだまだ続く。システムアシストのまま頭上に振りかざした短剣を振り下ろし、瞬時に同じ軌道で真上に斬り上げた。

短剣が左に流れかけ、同時に右足が浮きかける。その寸前に右足で地面を軽く蹴り、左回転を促進。

そのまま左足一本で軽めの跳躍。空中で左足軸の回し蹴りを叩きこみ、右足で着地。

流れるような動きのまま左の後ろ回し蹴りがヒースクリフを襲い、増々体勢を崩させる。

ここまでやってもまだ終わらない。左回転によって右から勢いを持って現れた短剣が、ヒースクリフの身体を俺から見て右から左に駆け抜ける。

次いでシステムによって弾かれるように短剣が翻り、今来たばかりの道を戻る。

くるくると独楽のように回る俺は、システムに導かれるまま左足を前方に突き出す。勝手に身体が沈むのを自分の力でもアシストし、素早く身体を沈めた俺の水面蹴りがヒースクリフの足を掬い取った。

最後の回転を終えた俺は短剣を身体の左側にピタリと近づけ、ヒースクリフを見据える。今までの四本の軌跡が交わる一点、そこを目掛けて《ヴァイヴァンタル》で全力の突きを放つ。

 

 

俺の渾身の一撃を受けたヒースクリフは、受け身も取れずに吹っ飛んでいく。

 

 

短剣体術複合スキル重攻撃十四連撃技《イニラクタブル・インパクト》。

純粋な短剣スキルという枠組みでは一番強いスキルは《エターナル・サイクロン》で間違いないが、複合スキルも入れるなら話は別だ。確実に、この《イニラクタブル・インパクト》が一番強い。現に、今の一撃でヒースクリフのHPを二割半削ることに成功した。

 

 

――まあ、だからと言って油断するつもりは毛頭ないし、このまま追撃するけどな。

 

 

俺は硬直が解けるや否や走り出す。ヒースクリフも起き上がり、瞳に戦意を宿しながら向かってきた。

俺は走りながらメニューを操作し、《クイックチェンジ》で左手に短剣を装備する。シリカが先ほどまで装備していて、俺に託してくれた物だ。さっきまとめて設定しておいた。この短剣を握っていると、シリカの応援する声が聞こえる気がする。

 

 

「っしゃ行くぜオラァ!」

 

「……ッ!」

 

 

ヒースクリフは叫びはしなかったものの、気合いを入れて斬り結んできた。しかし、短剣二本で迎え撃っているとはいえ流石に俺が不利だ。ここは――。

ヒースクリフに気づかれないようにじりじりと体勢を変えてほんの少し半身になる。左足を前、右足を後ろに。

 

 

「――――むっ!?」

 

 

気づいたか!?だが、ちょっと遅かったな――――!!

 

 

「でりゃああああ!!」

 

「ぐうぅぅぅぅっ!?」

 

 

体術スキル単発技《烈脚》。《閃打》と同様に体術スキルの基本技だが、これは現実にもある武術に似ている。ブーストが面白いくらい掛けられるぜ―――!!

 

 

俺の右足の回し蹴りがヒースクリフの盾を強かに打ち、ヒースクリフがまたしても体勢を崩してしまう。狙い通りだ。

身体ごと奴の十字剣を押しやり、奴の懐に潜り込んだところでスキルを発動させる。

 

 

「これが、俺が新たに得た力だ。受け取れ――――ッ!!うおぉぉぉおおおおっ!」

 

 

両手に持つ二振りの短剣が光り輝く。そして、それぞれが爆発的な速度で動き始める。

 

身体を回転させながら、生き物のように動く短剣をコントロールする。

ヒースクリフの長剣と盾を外に弾き出し、鎧ごとヒースクリフを斬り裂くことを試みる。

が、奴の鎧の防御力は中々の物で、そこまでのダメージを与えられない。

それでも、連撃の中で時折発生する鎧の隙間を縫う攻撃がクリティカルヒットし、その度にヒースクリフのHPバーががくりと減少する。

 

双短剣スキル十二連撃技《デュアル・リズミカル》。

双短剣スキルの基本スキルの一つで、その中では一番多い攻撃数だ。もちろん、奥義まで含めればもっと攻撃数が多いスキルはある。

 

 

ヒースクリフのHPバーは、六割ってところか。普通の奴に使ったら五割くらいにはできるコンボなんだがな。

 

一方俺は、この戦いの中では一度も攻撃を喰らっていない。まあ、喰らったらほぼ確実に死んじまうし。

 

ちょっと疲れた。一息吐く。

 

 

「よお、どうだ?結構強くなっただろ、俺」

 

「……ああ、想像を遥かに超えている。だが、もう驚きはしない。君の独壇場はここまでだよ、カイ君」

 

「……さて、それはどうかな?」

 

「……何?」

 

 

なんせ俺は――――()()、《()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

 

「んじゃあ、続きと行くか!!」

 

「もう好きにはさせん!」

 

 

俺とヒースクリフは互いの距離を瞬時に潰し、武器を振りかぶる。

奴は通常攻撃。俺は武器にライトエフェクトの輝きを乗せる。

 

 

「むん――っ!」

 

「――ハッ!!」

 

 

いくら俺が様々な戦闘技術を培っているとはいえ、いかんせん武器の重量が違いすぎる。

確実に迎え撃つために、ソードスキルを使う――!

 

奴の横殴りに斬りつける攻撃に対し、俺が使うのは短剣スキル四連撃技《リターン・クロス》。

斬り上げと斬り下ろしが、勢いのついたヒースクリフの長剣を押し止め、弾き返す。

俺の横方向の二連撃は、奴の盾の強固な守りに阻まれた。

 

俺の攻撃を防いだヒースクリフはニヤリと笑い、十字剣を引き俺に止めを刺す体勢に入ろうとする。

 

――――学習しろよな、ヒースクリフ。これは忘れちゃいけねぇことだぜ。

俺の二本の短剣が、光を帯びる。

 

 

「武器スキルのカテゴリが違えば、連撃にできることを忘れたか?《ディファレント・エッジ》」

 

 

もし本当に忘れていたんだとしたら、俺の成長が余程堪えたのか。思考に精彩を欠き過ぎだろう。

 

俺の放った、双短剣スキル二連撃技《ディファレント・エッジ》。それぞれの短剣に、ランダムで状態異常を一つ付与するスキルだ。麻痺やスタンになることもあるし、マイナーである……おっと、出たな。

今ヒースクリフは、一瞬怯んでから床に倒れた。

恐らく、先に斬りつけた右の短剣には、《スタン発生》が。そして左の短剣には、《転倒(タンブル)発生》の効力が宿ったんだろうな。そうでなければ、ヒースクリフが倒れこむことへの説明がつかない。

それにしても、ヒースクリフの奴。どっちともあっさり喰らっちまったよ。ここから俺の攻撃が続くんだが……いいのかね。

――ま、遠慮なく行かせてもらうけどな。

並列思考を用いて、超短時間でそんなことを考えた俺は、一言告げる。

 

 

「チェンジレフト。《ショート》・トゥー・《メイス》」

 

 

俺は左の短剣を奴に叩きつけ、新たに現れたメイスでは軽く叩く程度にしておく。

叩きつけなかった理由は――――スムーズに次のスキルに繋げるためだ。

鎧に弾き返されて、メイスを左肩に担ぐような体勢になった俺は、普段は余り使わないソードスキルを使う。

 

 

「くっ……!」

 

 

転倒が解けたヒースクリフが呻き声を上げてその場から離脱しようとするが――逃がさねぇよ?

 

 

「フッ!」

 

 

俺は右肩からヒースクリフに体当たりし、奴の体勢を崩す。

さらに追撃と言わんばかりに放たれたメイスが、左上から右下に振り下ろされる。

勢いのまま両手を地面につき、側方倒立回転のごとく回転し、左足、右足の順に蹴りつける。

メイスの追撃で倒れなかったのが不思議なくらい体勢を崩されていたヒースクリフは、間隔の短い脚の二連撃で耐え切れずに遂に転倒。

そこに襲い掛かるのは、思いっきり振りかぶられたメイスによるフィニッシュの一撃。

強烈な叩き付けがヒースクリフの胸を強打し、ヒースクリフが堪え切れなかった様子で息を吐き出す。

 

棍体術複合スキル五連撃技《タイタニック・スマッシュ》。どこからタイタニックを取ってきたのかはわからない。

このスキルは、脚の二連撃で転倒させられなければ手痛いカウンターを喰らうこともある難しいスキルだ。今はヒースクリフが焦って行動していたから助かった。

 

 

今現在のヒースクリフの残りHPは、五割強。流石に堅いな。《イニラクタブル・インパクト》がどれだけ強いスキルなのかがよくわかる。

ただまあ、俺のラッシュはまだ半分もやってない。ここからが本番だ。

 

 

「チェンジレフト。《メイス》・トゥー・《レイピア》」

 

「くっ……!」

 

 

完全な硬直に陥る前に、小さく呟く。

苦悶の声を漏らすヒースクリフに容赦なく棍を叩き付け、掻き消えた棍の代わりに現れた細剣でヒースクリフを斬り裂く。

繋げる攻撃は……今のヒースクリフの様子から見るに、細剣スキル《スター・スプラッシュ》がいいかな。

左手に持った細剣が凄まじい速度で閃き、ヒースクリフを、打つ、打つ、打つ!

だが、流石はヒースクリフ。俺の使ったスキルを即座に看破すると、攻撃に軌道上に盾を細かく移動させる。

 

 

さて、次は短剣スキルに繋げるとしてだ。どうするかな……。

――――いや、待てよ?予定変更。

 

 

俺の《スター・スプラッシュ》を半分以上防ぎぎったヒースクリフが、俺の次なる攻撃に備える。盾を前面に押し出し剣を僅かに引いて、万全の防御体勢だ。

さっき思いついた案を実行するためには……これだな。

 

右手の《ヴァイヴァンタル》が光り輝き、襲い掛かる。――――ヒースクリフの剣と盾に。

 

 

「――ぬっ、これは!?」

 

「気づいたか!?その構えが仇になったな!!」

 

 

短剣が翻り、盾とぶつかって高い音を立てる。それが五回。

最後の突きの一撃がヒースクリフの盾を弾き、ヒースクリフの身体と剣を俺の前に晒す。

剣の横っ面を殴りつけるように短剣が奔り、ヒースクリフはそれに刃を合わせて食い止める。

最後の正面から横に斬りつける一撃も、ヒースクリフは剣を垂直に構えてしっかり受け止めた。

 

短剣スキル八連撃技《ブレイク・ダウン》。

このスキルの効果は……まあ、見てればわかるさ。

 

 

「チェンジ。《ショート》・トゥー・《ボウス》」

 

 

攻撃を緩めるとそれが命取りになるからなぁ……。

《ブレイク・ダウン》を使い終わって長剣に接していた短剣が輝きに包まれ、鋭い一閃が長剣を弾く。

そしてがら空きになった胴目掛けて、両手剣の重たい一撃が放たれる――――!

 

 

「ぬ……ぬおぉぉぉぉおおお!」

 

 

――ヒースクリフの眼に、迷いが生まれた。

 

しかし、それも一瞬。ヒースクリフが逡巡を振り切り、盾を眼前に構える。

 

俺は両手剣を振り抜き、ヒースクリフは大きく吹き飛ばされる。

ヒースクリフの靴が床をがっちり踏みしめ、少しの後、後退を抑えきる。

そして、その手に持っていた盾が――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「くっ……あそこで《ブレイク・ダウン》を使ってくるとは」

 

 

ヒースクリフが悔しそうに呟く。

短剣スキル《ブレイク・ダウン》。その効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

長剣の方は上手く受け切られたから大して耐久値の減少はないだろうが、盾はまともに喰らってたからな。

そこに、両手剣の大振りの一発だ。重量級武器の振りかぶった一撃ともなれば、その衝撃が大きくなることは必至。かなり弱っていたヒースクリフの盾は、俺の両手剣の攻撃のダメージを相殺するだけで限界を迎えてしまったわけだ。

 

 

「まあなー。あそこは使うだろ」

 

「……その可能性を失念していた。……君には、尽くを狂わされているな」

 

「あんたから冷静な判断力を奪えてんなら、そりゃ気分がいいぜぇ?」

 

「本当に性格が悪いなっ、君は!!」

 

「それはお互い様だっ!!」

 

 

相手を罵り合い、すぐにお互いの得物を構えて同時に駆け出す。

奴は十字剣を右肩から突き出すようにして突進してくる。俺は左腰で両手剣を下段に構える―――――()()()()()、ヒースクリフからは見えないように右手で上手く隠しながら、左手でポーチを漁る。

 

 

そして、交錯の寸前――――!

 

 

「セリャッ!」

 

「くおぉぉっ!?」

 

 

流石にこれは意表を突けると思ってた!

俺が左指で抜き取ったのは、《フリンチャー》。そして撃ち出すのに使ったスキルは、《スタンシュート》。

その結果起こるのは、ヒースクリフの動きを止めるハイレベルなスタン。

そして俺はそれを活かして――――ヒースクリフを、潰す!!

 

今度こそ本当に左手でも剣の柄を握り、ソードスキルを発動させる。

両手剣の刀身から光が爆発的に溢れ出し、硬直して動けないヒースクリフ目掛けて剣の腹が襲い掛かる。

 

 

「ぐぬぅぅぅううう!?」

 

「くははっ、続けて行くぜぇ!!」

 

 

まだまだソードスキルは続いている。……ってかこの高笑い、俺が悪者みてぇだな。ま、いいか。

 

そのまま両手剣は、ヒースクリフの左肩からⅤ字の軌道を描いて右肩に抜ける。

両手剣スキル三連撃技《ディバイン・アーク》。

特にこれと言った効果はないが、スタンが効いている間に両手剣のソードスキルは終わらせたかった。そのために、三連撃っていう短いスキルにしたんだ。ちなみに、和訳したら神の箱舟って意味になる気がする。なんて大仰な。

 

 

「チェンジレフト。《ボウス》・トゥー・《ロング》」

 

 

両手剣を大上段に振りかぶり、ヒースクリフの脳天に叩き落とす。剣の腹で頭を殴られたヒースクリフは、無理矢理体勢を低くさせられた。

そのままヒースクリフの顔面を斬りつける軌道で片手剣《シュトリケイショナー》を振り上げる。

 

 

「……チッ」

 

 

《シュトリケイショナー》は刀身が一般的な片手剣に比べて僅かに短いんだが、それが災いした。やっとのことで硬直から解放されたヒースクリフが、頭を振ってギリギリで攻撃を躱しやがった。

 

ラッシュは一旦ここで終わりだ。《簡易変更》スキルの短い硬直に入る。

ヒースクリフはまだ攻撃してくると予想していたのか、完全に受けの体勢を取っていた。俺が硬直しているのに気づいて慌てて攻撃してくるも、それじゃあ遅いな。

 

 

「ダメだぜヒースクリフ?状況判断は正確にな」

 

「君は一々……ッ!本当に腹立たしいな!」

 

「ははっ、怒るな怒るな」

 

「怒らせているのは君だろう!!」

 

 

あー、ヒースクリフって煽り耐性低いなぁ……面白すぎる。

 

左手の片手剣一本でヒースクリフの長剣の攻撃を捌き続ける。俺は並列思考でメニューを操作。さっきわざわざ左手に片手剣を装備した理由はこれだ。メニューの操作は右手でしかできないし、いくら俺でも右手に剣を握って攻撃を捌きながらメニューを呼び出して操作するとか無理だから。

よし、これでボタンを押せば俺のやりたいことはできるな。――あとは、タイミング。

 

 

「むぅぅぅぅううううううん!!」

 

 

タイミングよく、ヒースクリフが裂帛の気合いとともに十字剣を振り下ろしてきた。

俺はヒースクリフの右手側に駆け抜けながら剣を合わせる――――――()()()()()()、右手でボタンをポチっとな。

 

 

「なあっ!?」

 

 

ヒースクリフが素っ頓狂な声を上げる。まあ、それもそうか。剣同士を打ち合わせるかと思いきやその衝撃が来なくて、()()()()()()()()()()()()()

 

 

立ち位置を入れ替えた俺達は身体を反転させて向き直る。

 

ヒースクリフは呆然とした表情をしていた。

 

 

「今のは……何を……?」

 

「クイックチェンジ」

 

 

答える必要はないが、ヒースクリフに敗北感を植え付けるためにすぐに答えてやる。

ヒースクリフは俺の言ったことを理解したのか、見る見るうちに表情を驚愕に変えていく。

 

 

「まさか……あそこでクイックチェンジだと?……ということは、メニューを操作し始めた時から狙っていたということだろう?僅かにでもタイミングを誤れば、私の剣に斬り裂かれて死ぬだけだったというのに……何という度胸だ……!?」

 

「ヒースクリフ、お前が言ったんだぜ?『《簡易変更》スキルは最高の状況判断能力と対応力を兼ね備えた者に与えられる』ってな」

 

「それにしても……規格外すぎる……!!」

 

「さて、そろそろ終わらせるぞ?」

 

 

今、ヒースクリフのHPは四割強。一割ラインまで削ろうかな。

 

 

俺はダッシュしてヒースクリフに接近、左手の短剣を突き出す。

 

 

「……くっ!」

 

 

ヒースクリフもそれを迎え撃とうとし、長剣を突き出そうとしてきた―――狙い通り。

 

 

「それは罠だぜ。――チェンジライト。《フリー》・トゥー・《ショート》」

 

「しまっ!?」

 

 

短剣と長剣では、リーチが違いすぎる。俺が短剣で攻撃してきたら、ヒースクリフは長剣で迎え撃てばいい。それだけで、ヒースクリフの勝ちになる。本来ならな。

俺は光り輝く右拳をまんまと誘い出された十字剣の腹に叩き込む。スキルを使った一撃は、ただ握っているだけでは耐え切れなかったのか。ヒースクリフが十字剣を手放してしまい、剣は左方向に飛んでいく。

俺は次の行動をちょっと変更。最初は短剣で斬りつけるつもりだったが、殴るべきだな、これは。

右手に現れた《リーピング・ボーン》という名前の無骨な短剣を握りしめ、短い刀身の腹で目一杯殴りつける。ヒースクリフを長剣から遠ざけないとな。

 

この短剣が、さっきのLAボーナスだ。パラメータとかは見てないが、感覚的に《ヴァイヴァンタル》には劣る。

まあそんなことはどうでもよくて。

 

 

「覚悟しろよ、ヒースクリフ――――ッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

俺は短い硬直が解けるや否やヒースクリフ目掛けて突進。

両手の短剣を光り輝かせ、連続して振るう。

最小の動きで、とても短い間隔で攻撃する。一つ前の攻撃の残像が残っている間には次の攻撃が終わっていて、その残像が消えるころにはさらに次の斬撃がヒースクリフを斬り裂こうとしている。

 

 

――恐るべき速度での連撃が終わったころには、ヒースクリフのHPは一割強ほどになっていた。

 

 

双短剣スキル奥義技《ルーナ・イクリプス》。三十四連撃のこの技は、恐らくカーディナルが対の意味を持たせようとしたんだろう。――キリトの二刀流スキル奥義技《ジ・イクリプス》と。まあ、厳密には対の意味じゃない気もするけど。

 

 

「チェンジレフト。《ショート》・トゥー・《ブレード》」

 

 

続けて行こう。硬直が俺を襲う前に、《簡易変更》スキルを発動。シリカ愛用の短剣《ハートピース》を紺色の輝きが包み、俺はそれを一閃。ヒースクリフの頬に一筋の切り傷のエフェクトが生まれる。同時に消えた両手の短剣の代わりに現れた刀《時雨》を振り下ろし、ヒースクリフに更なるダメージを与える。

 

連続で《簡易変更》スキルは使えないから……これかな。

 

《時雨》を全力で斬り上げ、ヒースクリフの身体を僅かながら宙に浮かせる。

 

カタナスキル単発技《浮舟》。

懐かしのコボルドロードも使っていたな。低威力だが、相手の行動を阻害するっていう意味ではとてつもなく重宝するスキルだ。

 

 

「チェンジライト。《ブレード》・トゥー・《()()()》」

 

 

《双短剣》スキルを得たことによって、左右の変更を指定できるようになったのはさっき言ったよな?それの副次効果で、片手で装備できる行き先に限り、左右で一回ずつ使えるようになった。

つまり、俺がこのヒースクリフとの戦いでまだ使える行き先は、左が《ショート》《シミター》《フリー》。右が《ロング》《レイピア》《シミター》《フリー》。左右に関係ないのが《スピア》《アックス》だな。

 

行き先のメイスが二度出てきたことに驚いたのか、ヒースクリフが驚愕の表情を再び浮かべている。

それを無視して《浮舟》とほぼ同じ軌道でヒースクリフを再び斬り上げ、右手に収まった片手棍で宙に留まっているヒースクリフを打ち上げる。

 

 

「ぐっはぁっ!?」

 

 

ヒースクリフが苦しそうな声を上げる。が、目を開けて俺の構えに気づいたのか、慌てて両手を交差させてガードを固めた。

 

 

「《グランドオウル・インパクト》ッ!」

 

 

全長五メートルはあるかというゴーレム、《ギルゴレム》のパンチとギリギリとはいえ打ち合えたほどの高威力を誇る《グランドオウル・インパクト》。

その一撃は、両手を交差するくらいで堪え切れるものではない。

 

 

「ぐおぉぉぉおお!!」

 

 

あの冷静沈着な男にここまで苦しそうな声を上げさせていると思うと、何とも言えない感慨がある。俺達を苦しめてくれた礼、たっぷりさせてもらうぜ。ん、でも思ったよりダメージ与えられてねぇな。ちょっとミスったか。もし今ので《ギルゴレム》と打ち合ってたら負けてたな。

 

 

「デュアルチェンジ。ライト、《メイス》・トゥー・《フリー》。レフト、《フリー》・トゥー・《フリー》」

 

 

《簡易変更》スキルの最後の変更方法、両手同時変更。

噛まないように、できる限り早口で宣言する。《グランドオウル・インパクト》によって打ち上げられていたヒースクリフが落ちてくるのに合わせて、紺色の輝きに包まれる棍と拳を同時に叩き込む。

それにより、一瞬ヒースクリフを空中に留まらせる。そして、一瞬あれば十分だ。

その一瞬で右手の棍が掻き消え、両の拳が光り輝く。

一歩跳び退り、ヒースクリフの真下から移動する。落下してきたヒースクリフ目掛けて放つは、双打掌!

 

 

「ハッ!!」

 

「ぐっふぅ!!」

 

 

俺の双打掌がヒースクリフに突き刺さり、大きく吹き飛ばす。

奴が止まったのは、弾き飛ばされたあいつの十字剣の近く。これも狙い通りだ。最後は、剣を持ったあいつを捻じ伏せたいからな。

 

 

俺はヒースクリフが起き上がる間にメニューを操作し、右手に《ヴァイヴァンタル》を、左手に《ハートピース》を装備する。

 

俺の左右の腰に鞘が出現し、そこに収められている短剣の柄を握って待つ。

ヒースクリフはよろよろと起き上がり、地面に落ちている自身の長剣を摑んで正眼に構えた。

 

お互い、仕掛ける様子はない。しかしヒースクリフが口を開く様子もないので、俺から話しかける。

 

 

「……どうだった?俺の力は」

 

「……本当に、何から何まで予想以上で、想定外だったよ」

 

「そうか。――俺の熱意とか気持ちとかは、お前に伝わったかな?」

 

「――ああ。十分すぎるほどに伝わった。君に、多大な感謝を」

 

「やめろ。お前に感謝されても嬉しくねぇ」

 

 

憎まれ口を叩いちまったが、あいつが俺に感謝するのは筋違いだ。俺はあいつに少しの感謝はあるが、それはあいつの秘密をバラさなかったことでチャラ。あいつにこの世界の可能性を見せたくて、こんな風に頑張って強くはなったが、それは俺の自己満足のためだ。あいつに感謝される謂れはない。

 

 

(――――んじゃあ、行くぜ)

 

(――――うむ)

 

 

俺達は、最後は目で会話しあい、同時に走り出した。ここからは、あいつの一挙一動も見逃さねぇ。

 

 

俺は、ヒースクリフの挙動以外は見えなくなっていた。奴が剣を引き、左肩を前に出した。そのまま駆けて来る。俺もヒースクリフに倣うように、走りながら左肩を前に出して右肩を後ろに下げる。

さらにずっと見ていると、ヒースクリフが肩に力を入れたのがわかった。――あ、なんか俺、あいつの狙いがわかったかも。

俺は長年の直感を信じ、その対応の準備に入る。ヒースクリフに気づかれないために誤差と言える範囲で体勢を低くし、さらに体勢を低くできるように意識を切り替える。

 

俺達の距離が潰れる瞬間、ヒースクリフが俺の予想通りに、剣を横殴りに斬り払ってくる――――()()()()()、あいつが選んだ行動はショルダータックル。俺は体勢をさらに低くし、地を這うような格好で進む。ショルダータックル、回避。

ヒースクリフは躱されるとは思っていなかったのか、長剣を俺に当てようとして無理な体勢になっている。――ダメだな、ヒースクリフ。PvPの経験が足りないぜ?

 

俺は左手を地面について上体を支え、ヒースクリフの右足に自分の右足を引っ掛ける。

ただでさえ無理な体勢になっていたヒースクリフは、俺に足を取られ転倒。

俺はヒースクリフの足に引っ掛けたままの自分の右足を引き付けるように力を加え、体勢を引き起こす助けとする。左足で地面を蹴りつけ、完全に上体を起こしてヒースクリフに襲い掛かる。

 

 

「ハァァァアアアアアッ!!」

 

 

俺の右手に握られた《ヴァイヴァンタル》が、ヒースクリフの命を削りきらんと差し迫る――――!!

 

 

 




次回はなるべく早く上げます!
ヒースクリフに襲い掛かる《ヴァイヴァンタル》、その行く末は――――!?

感想とかお待ちしてます!

では、また次回!


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第二十八話 世界の終わり

おはようございます!

さあさあ、アインクラッド編もクライマックスです!

御託はいいですね、では、どうぞ!




 

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

――――ピタッ。

ヒースクリフの耳元で小さく呟いて、短剣を止める。《ヴァイヴァンタル》は、ヒースクリフの首に当たる寸前で止まっていた。

 

 

「俺の勝ちってことでいいよな?」

 

 

周りの奴らに聞こえないように、小さな声でヒースクリフに話しかける。

奴が僅かに頷いたのを確認し、俺は短剣を鞘にしまって立ち上がる。

 

 

「――ああ、もういいや。なんか飽きた」

 

 

わざとらしくそう口にして、俺はヒースクリフに背を向ける。これ以上話してたら怪しまれるからな。

 

歩きながらメニューを操作して、予め作成してあったメッセージをヒースクリフに送り付ける。

そんな俺の耳に、呟きが聞こえる。

 

 

「な、なんだよあいつ……何がしたいんだよ……?」

 

「意味わかんねえよ……頭おかしいんじゃねえの……?」

 

「勝てただろ今の……何で止め刺さないんだよ……」

 

「狂ってる……狂ってる……」

 

 

ったく、どいつもこいつもボソボソ言いやがって。俺に文句があんならハッキリ言えっての。

 

 

「あぁん?オイコラ、俺に文句あんのか?それならハッキリ言えやオイ」

 

 

目一杯周囲を威圧して声を張る。これで言い返せる奴がいれば見込みあるけど……。

 

 

「「「………」」」

 

 

まあないよな。案の定、全員が黙りこんだ。

話し掛けてくるのは、俺と仲がいい奴らくらい。

 

 

「カイ……おめぇさん、なんでヒースクリフを倒さなかったんだ……?」

 

「そうだよ……さっきの戦いぶり、カイが終始優勢に見えたけど……」

 

「何か考えがあるのか……?」

 

 

クライン、ケイタ、エギルの順に声をかけてきた。

声量は大きくはないが、この場は静寂に包まれている。全員に聞こえていることだろう。それなら好都合だ。俺のことをよく知らない奴らに、誤解させておきたかったからな。それに、今は視線を俺に集めておきたい。

 

 

「考えなら今言っただろ?飽きたんだよ。レッドどもを除けば間違いなく最強のプレイヤーと謳われていたヒースクリフでもこんなもんなら、もうデュエルを続ける必要もないしな。……それにしても、恥知らずばっかだなぁ?」

 

 

俺が嘲りを多分に含んだ表情で倒れている攻略組を見やると、一人のプレイヤーが噛みついてきた。

 

 

「な、何だと……!?」

 

 

反応してくれたのはありがたい。その方が話しやすいからな。

 

 

「だってそうだろ?俺と仲がいい連中を除くお前らは、俺に散々文句を言っていたよな?ふざけんなだの人殺しだの。人殺しって方はまあいいとして、ふざけんなって方だよ。お前らは俺に戦いを強要してたんだぞ?それも無責任にな。さっきの戦い、俺が負ければ俺は死んでいた。お前らはいいだろうよ、別に自分が死ぬわけじゃないんだからな。だから無責任にそんなことを言えるんだ。そして、俺が勝てるってなったら手の平を返して何故倒さなかったんだとか言うんだよな。俺に向かってお前が死ねばよかったんだとか言ったくせに俺が勝つことを望み、俺のことを人殺しと罵ったくせに俺がヒースクリフを殺すことを望む。これを恥知らずと言わずに何と言う?誰か教えてくれよ?」

 

 

自分勝手なプレイヤー達は、俯き何も言えない。言えるわけがない。

 

 

「それにお前らは、俺に助けられて脱出して喜べるのか?あんなに俺を悪し様に言っておいて、脱出できた時なんて言うんだ?『俺達のことを蔑ろにした、最低最悪な狂人に救われました!』って嬉しそうに言うのか?それとも、誰に助けられたかは誤魔化すのか?俺はお前らに恩を押し付けたいわけじゃないからその辺はどうでもいいが、これだけは言わせろ。――――てめぇらに、矜持や信念ってもんはねぇのか。自分のことは棚に上げ、他人の汚い部分を突いてそれを周囲と共有し嘲笑う。そして、そいつやそれに助けられるようなことになったら手の平を返した様に態度を変える。そいつが自分達の願う行動を取らなかったら、叩けるだけ叩く。――――これが、矜持や信念のある人間のすることか?なわけねぇよな。お前らの方が、よっぽど狂人だよ。それをおかしいとも思ってねぇんだから」

 

 

もう、俺以外の人間は物音一つ立てていなかった。

 

 

「俺には、信念がある。決めたことを絶対に成し遂げるという信念が。矜持がある。それを今までの人生で続けてこられたという矜持が。矜持も信念も持ってねぇような奴らが、俺のすることに口出ししてんじゃねぇよ」

 

 

俺が口を閉ざすと、場が静寂に包まれる。

俺は歩いてシリカの下に行き、シリカの隣に腰を下ろした。シリカの頭を撫でる。

 

 

「……カイ、お前肝心なことを答えてないぞ」

 

「………キリトか。やっぱ、バレてた?」

 

 

俺に声をかけてきたのはキリトだ。

確かに、俺は肝心なことを答えていない。さっきのは、あいつらの罪悪感とかの諸々を刺激して、精神的に叩きのめしただけ。憂さ晴らしだ。

 

 

「当たり前だ。何年お前の親友やってると思ってるんだ?改めて訊くぞ。――――ヒースクリフに止めを刺さなかったのは、何故だ?」

 

 

飽きたからってのは理由にはならない。例えば、『ゲームを飽きたから止める』っていうのは『ゲームをやっていても面白くなくなってきたから止める』もしくは『ゲームするのが疲れてきたから止める』ってのが根幹にあって、それが理由だ。()()()()()が正しい理由じゃない。それに、飽きたってのは感覚的なものだ。もっと、何かしらの理屈を備えた理由がある。俺ならばなおさら。きっと、キリトが考えてるのはこんなところだろう。

 

 

「はっ、敵わねぇな。……そんなの簡単だ。――――お前が納得できねぇんじゃないかと思ったんだよ、キリト」

 

 

真っ直ぐキリトの目を見つめて言い放つ。

キリトに、驚いた様子はなかった。

 

 

「俺達は、一度あいつに負けている。俺のリベンジは成功したわけだが、お前はまだだ。そのチャンスが目の前に転がっている。ここで引くようなお前じゃねぇだろ」

 

「……まだあるんじゃないか?」

 

 

キリトが不敵な笑みを浮かべて訊いてきた。――もちろん、あるぜ?むしろこっちが本命だ。

俺も不敵な笑みを浮かべ返す。

 

 

「ったりめぇだろ。――――俺やエギルにクライン、ケイタ達。そして、アスナ――――大切な人達をこんな目に遭わせた奴を、お前が許すわけがねぇ。――――だろ、キリト?」

 

「――――さすが、カイはよくわかってるな。……当然だ」

 

 

ニヤリ、と。キリトが獰猛な笑みを浮かべる。

これなら、大丈夫だな。心配しなくても、キリトなら勝てるだろう。

 

 

「ヒースクリフ、装備を俺との戦いが始まる前の状態に戻して、HPをキリトと同じにしてからキリトの麻痺を解いてやれ」

 

「うむ、承知した。少々待ってくれたまえ」

 

 

ヒースクリフはメニューを操作していた指をさらに動かし、自分の状態を整えていく。

その様子を眺めていた俺に、声がかけられた。

 

 

「カイ、なんであんなことを言ったの?」

 

 

――アスナ。

 

 

「なんでって……キリトがリベンジしたいのは万全な状態のヒースクリフだろうからな。盾を復元するのは当然だと思うが?」

 

 

そう呆けてみると、アスナはちょっと怒ったような顔になった。

 

 

「そんなことはわかってる!そうじゃなくて……いえ、いいわ。後でたっぷり話を聞かせてもらうから」

 

「あれ?てっきりお前はキリトが戦おうと――いや、違うな。殺し合おうとするのを止めると思ったんだが。俺の思い違いだったか?」

 

「……止めたい。止めたいわよ!……でも、今のキリト君はわたしが言っても止まらない。わたしのために、わたしたちのためにやるつもりだろうから……」

 

「……そうだな。その通りだ。けしかけた俺が言うのもなんだが、その通りだと思うぞ。――あ、ヒースクリフ。ついでにシリカの麻痺を解いてくれ。また操作してもらう必要があるからな」

 

 

ヒースクリフがメニュー操作を終えそうな雰囲気だったので、その前に声をかける。こいつ、ご丁寧に麻痺を掛けなおしてたからな。

ヒースクリフは俺の意図がわかったのか、すぐに頷いてくれた。

 

 

「ああ、なるほど。了解した。……麻痺を解いた。掛けなおすから、早くしてくれると嬉しいね」

 

「あいよ。シリカ、受けてくれるか?」

 

「……はい。ちゃんと覚えててくれてありがとうございます……!」

 

「俺がシリカとの約束を忘れるわけがないだろ?……ごめんな、俺も心苦しかった。でも、やらないわけにはいかなかったんだ」

 

「大丈夫です、わかってます。あの瞬間は心が張り裂けそうになりましたけど、大丈夫です。今度デートでもしてください」

 

「……ああ、約束だ。じゃあ、頼む」

 

「……はい」

 

 

俺は約束通り―――まあ、約束なんてしてなくてもこうしたと思うけど―――シリカに結婚申請を送る。シリカがそれを受け、俺達は再び夫婦に戻る。

いや、ヒースクリフとやり合うのに必要ない予備武器とかがストレージに入ってても困るから、シリカに事前にお願いしたことだけど………本当に死にたくなるくらいキツかったなぁ……。シリカにも悲しい思いをさせちまった。向こうに戻ったら、埋め合わせをいっぱいしないとな。

 

 

俺はシリカを抱きしめ、シリカの耳元で呟く。

 

 

「……シリカ、愛してる」

 

「……はい、あたしもです」

 

 

――よし。

 

 

「ヒースクリフ、いいぞー」

 

「……いちゃつくのは後でやってほしかったものだが……まあいい。シリカ君に麻痺を掛けなおして……これでよし。ではキリト君、やろうか」

 

 

ヒースクリフがメニューを閉じ、真剣な眼差しをキリトに向ける。

それを受けるキリトの表情にも笑みは一切なく、その目には純粋な殺意が宿っていた。

 

 

……すげぇ、あそこまで澄んだ殺意を見るのは初めてだ……。恨みや憎しみという悪感情を含まず、神野のような快楽を内包した殺意でもなく、ただただ純粋に殺すという意思のみで構成された殺意。――俺には絶対に放つことのできない殺意だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

合図もなしに、二人は同時に飛び出した。

 

キリトが二刀流の攻撃速度を活かしてソードスキルに頼らない連撃を繰り出し、ヒースクリフがそれに対応する。

 

お互いにすでに一度手の内を見せている上、《二刀流》スキルをデザインしたのはヒースクリフ――いや、茅場だ。システムに設定された連続技は確実に読まれるだろう。前回のデュエルの時は自分の正体に気づかれたくなかった茅場は真面目に読みと反応で戦ったんだろうが、今回はそんなことを気にする必要はない。正真正銘、全力でキリトの攻撃を潰しに来るはずだ。

よって、キリトはシステムに頼らずに茅場を倒すしかない。それはキリトもわかっているんだろう。ソードスキルを使う様子はない。吼え猛りながら両手に握る剣を目にも留まらぬ速さで振り続ける。

 

一方茅場は、恐るべき正確さでキリトの攻撃を叩き落としていた。あの尋常でない冷静さから生み出される驚異的な読みと反応があれば、俺ももう少しは苦戦したかもしれない。あいつをできる限り動揺させておいてよかった。

茅場は防御しているだけではなく、時折、キリトの攻撃のほんの僅かな隙間を見つけては反撃を差し込んでいた。それをキリトは瞬間的な反応だけで弾き、攻撃を続行する。

 

戦況は中々動かなかった。

茅場の冷静さは揺らぐことはなく、冷ややかにキリトの動きを見つめている。

キリトが、相手の思考を読もうと思ったか茅場の瞳を見つめ、二人の視線が交錯する。

 

 

その瞬間、キリトが一瞬震えたのを俺は見逃さなかった。

 

 

ダメだキリト、恐れるな――――!

 

 

そう叫びたいのを必死で抑える。

これは、キリトの戦いだ。俺が口を挟むべきじゃない―――。

だが、キリトが僅かにでも茅場に恐怖してしまったのはマズイ。恐怖は焦りへと繋がり、焦りは安易なミスに繋がる。そして、茅場はそれを見逃さない。

 

 

「うぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

 

キリトが吼えた。

 

自分の中に生まれた恐怖を吹き飛ばそうとするかのような絶叫とともに剣速を加速させ、秒間何発もの斬撃を叩きこむが、それでも茅場の表情は変わらない。

冷ややかにキリトを見つめるその双眸の裏には、どんな思いが隠されているのか――。それは茅場にしかわからない。

 

 

キリトの表情に徐々に焦りと不安が生まれていき――――ついに。

 

 

「くそぉ……!」

 

 

キリトが小さな呟きと共に後ろに跳び退り、両手の剣を()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ……あんの馬鹿」

 

 

俺の小さな呟きを聞き取れたのは、すぐ傍にいたシリカだけだろう。

 

 

「カイさん……?」

 

 

不安そうな表情で俺を見上げて来るシリカの額に唇を落とし、再度頭を撫でる。

 

 

「ごめんな……。でも大丈夫だから。安心してくれ」

 

「え……?カイさん、カイさん!?」

 

 

数人のプレイヤーが訝しそうに俺達を見て来るが、ほとんどの視線はあの二人の殺し合いに釘付けだ。問題ない。

 

 

俺はシリカを床に横たえ、低空ダッシュの体勢を取る。

 

キリトの攻撃が、終わろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二刀流スキル奥義技《ジ・イクリプス》。

 

二十七連撃のこの技は、確かに大抵の相手には効果的な攻撃だろう。だが、ヒースクリフには――――茅場晶彦にだけは使ってはならない悪手だ。

 

剣の飛ぶ方向を予測して目まぐるしく動いていた茅場の盾が動きを止める。

その十字盾の中心に吸い込まれるように二十七撃目の左突きが進んでいき、火花を散らす。直後、硬質な音を響かせてキリトが左手に握っていた剣が砕け散った。

 

茅場が不敵な笑みと共に剣を掲げ、その刀身が紅色の光を迸らせる。

 

 

それが振り下ろされる軌道上に割り込む影があった――――――――――――――俺だ。

 

先ほどのキリトのように十数メートルの距離を一瞬で潰し、キリトの前に躍り出る。

両腕を大きく開き、キリトの盾になる。

 

 

 

 

 

キリトの目が驚愕に見開かれる。茅場も、俺の取った行動に驚いたようだった。

 

しかし、斬撃は誰にも止められない。

茅場の長剣が俺の身体を深々と貫き、易々とHPを奪いきる。

 

 

「いやぁぁぁぁぁああああああああ!!?カイさぁぁぁぁぁああああああああん!!!?」

 

 

シリカの絶叫が聞こえる。いやぁ……HPを回復しとくんだったな……。シリカ、悪い。大声を出せるほどの余力はなさそうだ……。

 

俺は茅場の長剣を摑み、離さないという意思を見せる。そして、キリトの方を向いてニヤリと笑ってみせた。

 

 

「馬鹿キリトが、何してんだよ……。ソードスキルなんかに頼ってんじゃねぇ……。ほら、早く、決めろ……俺が、抑えて、るから……」

 

「まさか……君がこんなことをするとはな…………」

 

 

茅場の困惑の声が聞こえる。まだ、間に合うか……?できるだけ答えるか……。

 

 

「へっ……勇者を助けるのは、参謀の仕事だ、ろうが……」

 

「ふっ……そうだな……」

 

 

茅場がそう呟いたのと、キリトが我に返ったのはほぼ同時だった。

飛び込んできた俺への文句と、茅場に呑まれてソードスキルを使ってしまった自分の不甲斐なさに対する怒りを茅場にぶつけるかのように、叫ぶ。

 

 

「う……うおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!!!」

 

 

絶叫を迸らせ、右手の剣を茅場に突き刺す。

茅場のHPバーが消滅し、光に包まれ始める。

 

俺の身体も、そろそろ消えちまうかな……。

 

 

 

 

 

「いやああああああ!!カイさん、カイさん!!!!」

 

「カイ!カイ!」

 

「てめえ、ふざけんなよ!死ぬなんて許さねえぞぉ!!」

 

「こんなのってありかよ!?」

 

「カイ……ごめん……ありがとう……」

 

 

薄れ行く意識の中でも、俺を呼ぶ声はハッキリ聞こえた。

 

 

シリカ、悲しませちゃってごめんな。

ケイタ達、俺のために叫んでくれてありがとう。

クライン、指図してんじゃねぇよ。命令すんなら涙声はやめろ。もっと堂々とな。

エギル、お前のサポートにはずっと助けられてきた、ありがとう。

そして、キリト、謝ってんじゃね……ぇ……よ……。

 

 

 

 

 

 

 

俺の意識はそこで本格的に消え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

俺の意識が最後に捉えたのは、聞きなれた二つのオブジェクト破砕音と、その直後に響いてきた無機質なシステムの声だった。

 

ゲームはクリアされました――――ゲームはクリアされました――――ゲームは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の意識が次に捉えたのは、綺麗な夕焼けだった。心が洗われるようだ……。

足元は分厚い水晶の板。眼下には雲が連なっており、自分がどこにいるのかよくわからない。

 

自分の姿を見下ろしてみる。

茅場の十字剣に刺された時と同じ状態だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

右手を下に振ってみると、聞きなれた音とともにウィンドウが出現する。そこには装備フィギュアなどはなく、ただ無地の画面に【最終フェイズ実行中 現在34%】とだけ表示されている。

恐らく、プレイヤー達をこの世界から脱出させるとかこの世界の情報を消すとかそういうことに使われるフェイズなんだろうな。

 

俺がメニューを消した時、後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「え……嘘……?……夢……?」

 

 

誰の声かなんて、その人を見なくてもわかる。

 

 

「夢じゃねぇよ」

 

 

――言いながら振り返り、最愛の人を視界に収める。

シリカは駆け寄って、俺に抱き付いてきた。

 

 

「カイさんっ、カイさん……ッ!!」

 

「シリカ……ごめんな、心配させて悲しませて。でも、あの時はああするしかなくてさ……」

 

「ぐす、ぐすっ……。カイさぁん……」

 

 

甘えたような声を出して縋り付いてくるシリカを抱きしめ、俺は前方に視線を飛ばす。

 

 

「よお。さっきぶり」

 

「……ああ、さっきぶり。カイ、ごめんな」

 

「だーかーらー、謝んなって。しつこいぞ、キリト」

 

 

申し訳なさそうな顔をしているキリトにそう言う。心配する必要はない。何故なら――――っと、その前に。

 

 

「おい、何ふてくされてんだよ――――アスナ」

 

「むぅ……だってぇ……」

 

「悪ぃ、謝るからよ。許してくれって」

 

 

俺達の会話を聞いていたキリトが首を傾げる。シリカはまだ俺の腕の中だ。

 

 

「ん?何でカイがアスナに謝るんだ?何かしたのか?」

 

「それがさあ!聞いてよキリト君!」

 

「さっき俺が、アスナの首筋に手刀を叩き込んで気絶させたんだ。俺がお前と茅場の間に割り込む直前にな」

 

 

――そう。さっき俺が刺された時にアスナの声が聞こえなかった原因はこれだ。アスナは気絶していた。声を出せるわけがない。

 

 

「はあ?なんで?」

 

 

キリトが素っ頓狂な声を上げて疑問を露わにする。

なんでって――――そりゃあ……。

 

 

「何が起きたかはわかんねぇけど、アスナが麻痺を振り切ってお前らの間に割り込もうとしてたからな。俺が割り込んで刺されたらさっきみたいに怒りで茅場に止めを刺せたと予想はしてたが、アスナが割り込んで同じことになってたら絶望して何もできなくなると思ったんだよな。だから、アスナには少々手荒な方法で止まってもらった。あの瞬間は時間もなかったしな」

 

「だからって……手刀ってどうなの……?」

 

「だからごめんって!お前も意外と根に持つな!」

 

 

俺達のやり取りを聞いていたキリトがものすごい不思議そうな顔をしていた。何でだ……?……あ、そっか。

 

 

「キリト。お前まさか、俺がアスナの身代わりになったとか考えてる?」

 

「あ、ああ……」

 

「それ、勘違いだからな?そもそも俺は死んでないはずだ」

 

「「「……………は?」」」

 

 

三人の素っ頓狂な声がかぶる。

まあそりゃ、死んだと思うよな……茅場がやられる前にHP全損したし。

 

 

「まあ、あいつが約束を違えてなかったらだけどな……。そこんとこどうなんだ―――――茅場晶彦?」

 

「前に誓った通りだ。君との約束は守ったさ」

 

「そうかい。ありがとよ」

 

 

その声に、キリトとアスナが勢いよく振り向く。シリカも、俺の腕の中で顔を上げた。

 

 

その視線の先では、茅場晶彦が本来の姿に白衣を羽織り、ポケットに手を突っ込んで立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、さっきの話の続きだけどな。あいつとは、俺が勝ったら俺の言うことを何でも聞けって約束させてたんだ。そんで勝ったから、事前に作っておいたメッセージを送った」

 

「あ、あの時メニューを操作していたのは……」

 

 

シリカが気づいたらしい。そういうことだ。

 

 

「ああ、事前に書いてあったのか。いくらなんでもあの文章を打つのは速すぎると思っていたんだよ。……それ、私と戦うことになっても負けることは考えていなかったということではないのか……?」

 

「まぁな。お前とは何回やっても負ける気がしない」

 

「くっ……事実負けただけに何も言い返せないな……。まあそういうわけで、カイ君からメッセージが送られてきた。彼が話し始めて視線を集めている間に、私はそこに書かれていたことを実行した。その一つが……」

 

「――――『現時点で生きているプレイヤーのシステム的保護』だ。俺があそこで短剣を止めなければ茅場の首は斬られ、茅場のHPはなくなって俺達の勝ちになってた。なら、そこで起きるはずだったプレイヤーの脱出……は看破した奴の戦いがあるから後にするとして、俺達の命は保障されて然るべきだ」

 

「だから私がやったことを正確に表現すると、『あの時点で生きていたプレイヤーのHPが全損したとしても、電磁波による脳の破壊は行わない設定への変更』だな。幸いにして、あの後にHPを失ったのはカイ君だけだったからこちらとしては助かったが……」

 

 

俺は今の言い方で理解できたが、他の三人はそうは行かなかったようだ。首を傾げている。

 

 

「えっと……どういうことですか……?」

 

 

シリカが代表して疑問の声を上げる。俺は続けて口を開く。

 

 

「仮に、事情を知っている俺以外の人間があの後HPを消滅させたとしたら、そいつは『HPを全損したのにも関わらず脳を破壊されずに生き残った人間』になるわけだ。そんなのは、無用な混乱と不適切な怒りの捌け口を生む結果になっちまうからな。茅場としては望まない展開だったんだろ。そこは俺も心配だったんだが……よかった」

 

 

場が静かになった。―――ん?

 

 

「何だよ?」

 

「いや……本当にカイ君は私の考えを理解しているなと思ってね……正直恐ろしいよ。――勝負に勝てないわけだ」

 

 

茅場まで黙ってると思ったら、そんなことかよ。……人を人外みたいに言うんじゃねぇ。

 

 

「ま、そういうわけで。俺は生きてる。だから安心してくれ、シリカ」

 

「う……うわぁぁぁあああああん!!カイさぁぁあああぁぁああん!!!」

 

 

シリカの頭を再度撫でると、シリカは声を上げて泣いた。俺はシリカが泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……お見苦しいところをお見せしました……」

 

 

ようやく泣き止んだシリカは、顔を真っ赤にして謝罪した。赤くなってるシリカも可愛いなぁ。

 

 

「さて、どこまで話したんだっけ?」

 

「カイが茅場に指示して命の保障をさせてたってとこまでだな。今思えば、だからカイは自分の身で俺を守ったんだな」

 

 

俺が訊ねると、キリトが答える。ついでに疑問を解消して欲しそうな顔をしてるから、答えてやろう。

 

 

「そういうことだ。短剣で弾くんじゃなくキリトの盾になったのは、死なないという確信があったから。でなきゃ、誰がお前らの代わりに死ぬかよ」

 

「……やられたな……。俺が怒りとかの感情で茅場を倒すのも計算してたんだろ?」

 

「まあなー。キリトがソードスキルを使ったことは予想外以外の何物でもなかったが……」

 

「ぐっ……!?」

 

 

言葉が鋭利な刃物となって、キリトに突き刺さる。まあ、これは言い逃れできないだろう?

 

 

「予定を変更して、ああいう対応をしたってわけだ。いやぁ、保険でやっといてよかったよかった」

 

「それで、カイ?」

 

「ん?」

 

 

アスナが腕を組んだ体勢で口を開く。視線で先を促すと、アスナは軽く頷いて続けた。

 

 

「さっき、一つって言ってたわよね。ということは、まだ一つ以上あるんでしょ?何を頼んだのよ?」

 

「ああ、それか。一つは、この場所を設けること。ちょっと全員で話したかったんだよ。んで、もう一つは―――」

 

「……?どうしたのよ?」

 

 

不自然なところで言葉を切った俺を訝しみ、アスナが怪訝な表情で言葉の続きを言うように催促してくる。

 

 

「――いや、これはいいや」

 

「……は、はぁ?それはないでしょ!?そんなところで切られたら気になっちゃうじゃない!」

 

「知らねぇよ。はい、この話終わり」

 

「ちょ、納得行かな――」

 

 

ちょっとしつこいなぁ……あ、そうだ。

 

 

「ならこれだ。アスナ、お前俺に貸しがあったよな?ほら、圏内事件の時の」

 

「……あっ」

 

 

アスナが小さく声を上げる。ちゃんと覚えてたみたいだ。

 

 

「あの貸しを今返してもらおうかな。このことを追及するな」

 

「くっ……。……わ、わかったわよ……」

 

 

こいつも妙なところで律儀だからな。引いてくれると思ってたぜ。

 

 

「んじゃまあ、あとはちょっと話して終わりって感じかな。茅場、プレイヤーのログアウトはどうなった?」

 

 

俺が水を向けると、茅場はあの冷たい瞳に大した感情も浮かべずに、淡々と告げた。

 

 

「心配には及ばない。先ほど君達が漫才をしている間に、生き残った全プレイヤー、六一五八人のログアウトが完了した」

 

「漫才じゃねぇよ。……でも、そうか。お前のプログラミングの腕を疑っていたわけじゃないが、それを聞くとやっぱり安心するな……」

 

「ですね……」

 

「そうだな……」

 

「そうね……」

 

 

俺達に関してはログアウトの準備は万全で、この世界が消滅するのと同時にログアウトするような設定になってるんだろう。

 

 

「三人とも、茅場に訊きたいことや言いたいことはないのか?茅場と会話できるのは、多分これが最後だぞ」

 

 

俺がそう言うと、三人は顔を見合わせる。そして、今度はキリトが代表して口を開いた。

 

 

「なんで――――こんなことをしたんだ……?」

 

 

その問いを聞いて、茅場はしばし沈黙する。あの冷静さの塊みたいな男が苦笑していた。

 

 

「何故――か。私も長い間忘れていたな……。カイ君ならば、わかるかもしれないな。私のことをこの世界で、他の誰よりも理解していたカイ君なら」

 

 

過去形。それが、終わりがやってくることを強く印象付ける。

 

 

「そんなわけねぇだろ。俺はお前じゃないんだ。どんなにお前の行動や感情を予想できても、それはあくまでも予想に過ぎない。お前の心がわかるのは、お前だけだ」

 

 

俺のその言葉を受けて、茅場は数秒瞑目する。

 

 

「…………そうだな。その通りだ。これは、秘密ということにしておこう。君達それぞれが、自由に考えてくれたまえ」

 

 

茅場は妙にスッキリした顔をしていた。……あいつは、納得できる人生を終えたんだな。

 

 

「――言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、カイ君、キリト君。それに、シリカ君、アスナ君も」

 

 

俺は、頷きを返す。キリト達は、少し驚いたように茅場を見つめていた。

 

 

「――――さて、私はそろそろ行くよ」

 

 

そう言い残し、茅場は白衣を翻して俺達に背を向けて歩き出す。

一瞬風が吹き、気づくと茅場はいなくなっていた。

 

 

あいつは、この広大なVR世界の海に旅立ったのだろうか。俺にはわからないが、せめて、彼のこれからが安らかな物になりますように。

 

 

「――さ、この世界ももう少しで終わるだろ。その前に、本当の名前で自己紹介しとかねぇか?」

 

「……ああ、そうだな。向こうに戻っても名前がわからないんじゃあ、見つけるのが大変だもんな」

 

 

キリトが頷き、俺に賛同の意を示す。

 

 

「そういうこと。言い出した俺から。俺の名前は海原(うなばら)(しん)。十六歳だ」

 

「じゃあ次は俺が。俺の名前は、桐ケ谷和人。先月で十六歳、かな」

 

「そっかー。二人とも、年下だったのかー。じゃあ、わたしが一番年上なわけだ。わたしはね、結城……明日奈。十七歳です」

 

 

……最後のセリフは完全にキリトに向けて言ってたな。いや、別にいいんだけど。

 

 

「最後はあたしですね。あたしは、綾野珪子って言います。十四歳です」

 

 

……シリカも、セリフのほとんどを俺に向けて言ったからお互い様か。

 

 

「珪子か……似合ってる。いい名前だな」

 

「カイさんも……新さん。ふふっ、何だか変な感じです」

 

「ははっ、そうだな。……じゃあ皆、次は向こうで会おうぜ」

 

 

俺は四人の中心に向けて拳を突き出す。

 

 

「ああ。……次は、向こうで!」

 

「ええ!」

 

「はい!」

 

 

三人も拳を出してきて、四人の拳が中心で触れ合う。

光が、世界を侵食している。俺達は、互いの温もりを感じながら光に包まれた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が茅場にメッセージで伝えた最後の言葉―――それは、茅場に対する指示でも命令でもなかった。

あの文章は、俺があの時に付け加えたものだ。

 

 

『俺は、お前と戦えて楽しかった。お前はどうだった?俺と同じ気持ちになってくれてたら、嬉しいね――』

 

 

――――こんなこと、アスナ達の前で言えるかよ。恥ずかしすぎるわ。

でも、本当に茅場はどう思ったんだろうな。それだけが、気になるな――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が、溶けていく。

溶けきる間際、声が聞こえた気がした。

 

 

――――私も、楽しかった。カイ君、最後に私と全力で戦ってくれたこと、感謝する――――

 

 

それが本当に聞こえたものなのか、俺にもわからない――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは、匂いだった。空気の匂い。

この匂いは……病院か。

 

次に、触覚。

俺は、寝ているらしい。ま、そうだよな。寝たきり患者と同じ扱いだったろうから。これは……ああ、昔記事になってたジェル素材のベッドか。皮膚の炎症を防ぎ、老廃物を分解浄化するって奴。

 

目を開けようと力を入れると、開いた。視覚。

オフホワイトの天井が視界に飛び込んできた。ああ、眩しいな……なんて情報量なんだろう……。

右手を掲げて、目の前に持ってきてみる。

うわ、ほっそ!こんなんじゃ、枝すら持ち上げれねぇんじゃねぇの?

あーてか、声が全く出ねぇ。喉の機能が衰えてんのかね。まあいいや。

 

俺は起き上がろうとして、頭が固定されていることに気づく。

そりゃそうか。コードとか繋がってるだろうからな。

顎の下でロックされているハーネスを過去の感覚を頼りに探り当て、外す。

そこで、俺はちょっと困った。ナーヴギアって、結構重くなかったか?今の俺達に取り外せんのかね。ま、何事もトライっと……。

俺は少々苦労しながら、頭に被せられているナーヴギアを外す。上体を起こして、それを眺める。

SAOに入った時にはあんなにあった光沢は見る影もなく、塗装も所々剥げている。……二年か。長かったな。いや、ここまで延びたのは俺のせいとも言えるけど。スズ、心配掛けちまっただろうなぁ……。

 

おっと、やっと聴覚が復活してきた。

廊下から慌ただしい音が聞こえてくる。次々にSAOに囚われていた人々が目を覚ましたからてんやわんやなんだろう。

 

……さて、シリカ――いや、珪子を探しに行くかな。この病院にいるなんてことは流石にないだろうが……。まあ、海の向こうにいるわけじゃないんだ。探していればその内会えるさ。

俺は上掛けを剥ぎ取り、その下から現れた身体をまじまじと見つめる。うーむ、細い。

貼り付けられている電極を全て剥がす。そして点滴も抜こうかと思ったけど……そこまでする必要はないか。電極は邪魔だが、点滴の支柱がないと動けないだろうし、それなら点滴が刺さってても問題はない。

痩せ細ってしまった両脚を慎重に床につき、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。おお……バランスを取る練習とかもじいちゃんに叩き込まれててよかった……。一発で立ち上がれたぞ。歩くことも何とか、ってところだな。

ちなみにこの技術、片腕とか失った時のために教え込まれた。あれ、バランスがかなり崩れちまうらしい。なったことないから知らないけど。

 

お、診察衣発見。これを着て……点滴邪魔。引っこ抜く。結局抜く羽目になりました。てへぺろ。……よし、これで準備はオッケー。

まずは、キリトと合流かな……。俺とあいつは家が向かいだし、恐らく同じ病院に搬送されたはずだ。

そうと決まれば――――!

 

 

俺は点滴の支柱を左手で摑んで杖代わりにし、歩き出す。右手は感覚を取り戻すために忙しなく動いている。ここからすでにリハビリ開始だぜ。

俺の――――俺達の戦いは。最愛の人をこの腕の中に抱くまで、終わらない。その時まで、俺とキリトの歩みは止まらない。

 

 

――――これが、その第一歩だ―――!!

 

 

 

 

 

 





というわけで、アインクラッド編、終了~!
これからこの物語は、フェアリィ・ダンス編へと入っていきます。

……が。その前に、僕が書いている他の作品を区切りがいいところまで終わらせるので、しばらくはSAOは書きません。ご了承ください。絶対に再開しますし、なるべく早くできるように頑張ります。頑張ります……。
最近、面白いって言ってくださる方が増えてきてるのでホント頑張ります……。

フェアリィ・ダンス編では、二人の新キャラが出てきます!と言っても、存在は話の中で出てきましたけど……。下種郷さんの下種っぷりがどんなことになるのか愉快な想像を働かせながら、お待ちいただければと。

感想などなど、お待ちしております。

では次回、フェアリィ・ダンス編第一話でお会いしましょう!



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フェアリィ・ダンス編
第二十九話 新たな戦い


お久しぶりです、gobrinです。

…………いや本当にお久しぶりです。実に3年半振りの更新になります。

色々と話すことはありますが、それは後書きで。

アインクラッドから脱出したカイ達の話が始まります。
では、どうぞ。


「――――――フッ!――――ハッ!!――ャアッ!!!」

 

 

――――短く息を吐き出しながら、自分の慣れ親しんだ動きを繰り返す。

 

今この瞬間だけは、頭の中を無にして――――。

 

 

 

 

 

「――――はあっ……」

 

 

息を吐き出し、構えを解く。

あのデスゲームから俺達が脱出してから、二ヶ月が経った。

 

 

 

俺達が目覚めたあの日、病院内にいるであろう和人を探しに行こうとした俺だったが、まあ当たり前のように看護師に見つかって病室に叩き戻された。

……うん、まあ、当然っちゃあ当然だわな。

そんで病室に拘束されること数十分、俺のところにスーツ着こんだ汗だくの男が駆け込んできた。

そいつは《総務省SAO事件対策本部》の平田と名乗った。

 

《総務省SAO事件対策本部》。何ともまあ大層な名前だが、実際はできたことはほとんどなかったらしい。

できたことと言えば、俺達被害者の病院の受け入れ態勢を整えたことと、数人のプレイヤーデータのモニタリングをしたことだな。

……いや、十分すげえんだけどな、それ。特に前者。

まあそんなこんなで、俺のこともモニタリングしていた対策本部の連中は、俺の大まかな実力を把握してたそうだ。

色々な話を聞きたくて、俺の病室を訪れたとのことだった。

 

俺は自分の知っていることを教えるのと引き換えに、俺が知りたい情報の提示をそいつに求めた。

 

――――――あの時のあいつの言葉を、俺は忘れないだろう――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ごめんねぇ。私の立場ではそのレベルのことは決められないんだ。もう少し待ってもらっていいかな?もうすぐ上司が来るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっざけんなぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!

ちょっとドヤ顔でさっきの発言した俺の気持ちはぁぁぁぁああああああああ!!!!メンタルはぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁあああああ!!!!うがぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁあああああ!!!!

 

 

……ってなった俺の気持ちを誰かわかってくれ……。

後に俺の病室に現れた平田の上司、菊岡には全力の不機嫌な顔で同じ提案を持ちかけた。ちなみに俺のこいつらに対する態度はここから悪くなった。……あん?八つ当たりだって?ハッ、知ったこっちゃねぇな!

そんで、和人も同じことを――――いや、アスナの居場所だけを訊いたようだった。

――俺は強欲なんでな。シリカの場所はもちろん、本名は知らないエギルやクライン、黒猫団のメンバーなどの居場所までも要求した。菊岡は盛大に顔を引き攣らせながらも了承し、翌日にまた来ると言ってその日は去って行った。

 

そして、翌日――――俺は、未だに目覚めない約三百人のプレイヤーのことと、シリカがその中に含まれていることを知った。

 

 

 

 

 

 

俺はタオルで汗を拭き、シャワーを浴びるために風呂場に向かうことにした。もちろん、道場の掃除は終えている。

 

家族皆で一緒に風呂に入れるように――そんな考えの下作られたうちの風呂は、でかい。端的に言ってでかい。まあ、全員で入ったのなんて俺の記憶にある限りでも片手で数えられるほどだが。

何が言いたいのかと言うと……でかいんで、中の気配が探りづらいんだよなぁ、これが……。

さすがにシャワーを浴びている最中なら外からでもわかるが、湯船に浸かっている時や、脱衣所に出てきている時は大変気づきにくい。

そのことを、俺は脱衣所の扉を開けてから思い出した。

 

 

「……あ」

 

「……え?」

 

 

風呂上がりなんだろう、中にいた人物は首を傾けるようにして自身の長い髪をバスタオルで挟みながら、闖入者である俺と見つめ合う。

ちょうどこっちの扉に右半身を向けて立っていた彼女の身体は丸見えになっていた。左肩で髪を纏めてバスタオルで拭いているのだから無理もない。何をとは言わないが全て見えてしまっていた。

漫画とかでよくあるような謎の光線とか湯気とか、髪の毛がちょうどいい感じで覆い隠すなんてことは現実ではやっぱり起こりえなかった。

表面に少しばかりの水滴を浮かべ僅かに桜色に色づいていた肌が、赤く染まる。彼女は髪を拭っていたバスタオルを、大事な所を隠すために使用した。

 

 

「…………し、シンにぃ……。と、扉閉めて……?恥ずかしいよ……」

 

「あ、悪い」

 

 

ここで取り乱したら余計相手に恥ずかしいという気持ちを与えてしまうだろう。そう考えた俺は動揺を一切表には出さず扉を閉める。

……その直後、バスタオルを全力で顔に押し付けながら叫んだような細い悲鳴が俺の耳に聞こえた。

……うん、すまん。

 

 

 

 

俺もシャワーで汗を流した後。

 

 

「……うぅ、シンにぃに見られたぁ……」

 

「……悪かったな、スズ」

 

「………もっとちゃんと育ってから見て欲しかったのに………」

 

「……………」

 

 

スズが小声で何か言ったような気もするが、俺は聞いてない。聞いてないったら聞いてない。

 

海原鈴音(すずね)。小学六年生。俺の兄貴の娘、つまり姪だ。俺には下の兄弟がいなかったから、昔からそれはもう可愛がっている。……そのためか、スズから特別な感情を向けられている気がしないでもない。俺の自惚れ且つ勘違いで全く問題ないんだが、どうにも違うっぽいんだよなぁ……。

 

 

「さっきのお詫びも兼ねて、今日の朝飯は俺が作るよ」

 

「あ、なら一緒に作ろう?シンにぃとご飯作りたかったんだー」

 

 

俺がSAOに囚われている間、この家の家事の一切はスズが担っていたらしい。

ま、じいちゃんは古い考え方の人だからな。家のことは女がやるものと疑っていない。

二年間で料理が上手くなったのは言うまでもなく、効率よく掃除洗濯をするスキルまで身に着けてしまっていた。

もうどこへ嫁に出しても恥ずかしくな……スズが嫁に行くって考えると、なんか、こう………………いや、ドツボに嵌りそうだから考えるのはやめておこう。

とにかく、小学生とは思えないほどしっかりした素晴らしい女性へと成長した。

 

スズの料理の工程を見ていると、俺とはやり方に違いがあるようだから一緒にやると色々不便かなと思って誘わなかったんだが。スズの望みなら吝かじゃない。

 

 

「おう、いいぞ。じゃあ今日は一緒に作ろうか」

 

「うん!」

 

 

スズの愛らしい笑顔を見て、俺も自然と頬が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

「……今日はどっちが作った?」

 

「ああ、今日は――」

 

「二人で作ったんだ!」

 

 

じいちゃんに説明しようとした瞬間、スズが元気に声を上げた。これで行儀悪くなってないから俺の姪はすげぇなぁ!!

 

 

「なるほどな。まだ女々しいことをしているのか新は」

 

「昔は俺がやってたからな。やらねぇと落ち着かないんだよ」

 

「ふん……」

 

 

じいちゃんは、俺が家事をやってたことが昔から気に入らなかったらしい。今でもこうしてたまに突っかかってくる。

 

 

「ま、まあまあ!二人とも今日はどうするの!?」

 

「俺は病院」

 

「儂はいつも通りだ」

 

「わかったよー」

 

 

病院。俺は自分のリハビリが終わってこの家に帰ってきてからも定期的に病院に通っている。

目的は――――――見舞いだ。

 

 

 

 

 

 

チャリをキコキコ漕いで、病院へと到着した。

広い駐車場の一角にある駐輪場に自転車を置いて、病院の一階受付を目指す。

そこで通行パスを発行してもらい、俺はエレベーターで最上階を目指した。

 

長期入院者が多いこのフロアでは、人が歩いていることが少ない。今回も、通路を歩いているのは俺だけだった。

人気のない長い廊下を進み、途中にある一室の前で立ち止まる。

柔らかな色合いの扉の横に掲げられているのは、綾野珪子の名前。俺の愛するシリカ――珪子の病室だった。

 

ネームプレートの下にあるスリットにパスを滑らせると、小さな電子音とともに扉がスライドした。

室内に入る前に「失礼します」と声を掛ける。

中にいる彼女が目覚めていて俺の声に反応してくれたらという淡い希望と、最低限の礼儀として俺はこの挨拶を欠かさないようにしている。

 

今回は、俺の挨拶に応える声があった。

 

 

「あら、海原君。お見舞いありがとうね」

 

「いえ、俺にできるのはこれくらいですから。あ、こんにちは」

 

「ええ、こんにちは。顔、見てあげてくれるかしら?」

 

「はい、もちろん」

 

 

綾野幸恵(ゆきえ)さん。シリカのお母さんだ。何度目かの訪問の際、この病室でばったりあって、俺とシリカの関係を明かした。ゲーム内での関係なんて、とか、一時的な気持ちなんだろう、という風に拒絶されてしまうかと思いきや、全くそんなことはなかった。それどころか、「珪子を守ってくれてありがとう」と、旦那さん――シリカのお父さんと共にお礼を言われてしまった。シリカと生涯を共にする決意だったのがよかったのかもしれないが、それにしても拍子抜けした。もっと反対されるものかと思っていたからな。

 

 

「今日は、誠司(せいじ)さんは?お仕事ですか?」

 

 

誠司さんは、シリカのお父さんだ。ルポライターをしているそうだ。

 

 

「ええ、そうなの。本当は毎日来たいみたいなんだけど、お仕事をほっぽりだしてくるわけにもいかないでしょう?」

 

「そうですね。でも、珪子を心配する気持ちは、俺も少しはわかります。全部わかりますなんておこがましいことは言えないんですが」

 

 

親が子供を心配するのと、ガキが恋人を心配するのでは大違いだ。

どちらも本心から心配しているのは同じだが、その質が全然違う。

 

 

「そんな、謙遜しなくていいのよ。貴方だって本気で心配してくれてるじゃない」

 

「それは……はい。俺は、珪子の、恋人ですから」

 

 

少し悲しくなってしまったが、それを表情には出さずに仕切りのカーテンを開ける。

 

 

――――そこにあるベッドには、少女が横たわっていた。

 

ただでさえ小さい身体が、痩せているために増々小さく見える。

その小さい身体には不釣り合いにも思える、大きく無骨なナーヴギア。

これを引っぺがすことでシリカが目覚めるなら、俺は持てる力の全てを使ってそうしただろう。だが、そんなことはない。シリカは今も電脳世界に囚われ続けている。理由は――わからない。

ナーヴギアのインジケータLEDが三つ、青い光を放っている。これはこいつが正常に動いている証だ。

この光が突如消えたらと思うと、猛烈な不安に襲われる。

だが、それを人前で見せるわけにはいかない。とりわけ――――この人達の前では。

 

 

「珪子、今日も海原君が来てくれたわよ。よかったわねえ……」

 

「……シリカ――いや、珪子。二日ぶり、かな?昨日は来れなくてごめんな。色々忙しくてさ。って言うのも――――」

 

 

それから俺は、前回の見舞いからあったことを面白おかしく伝えた。

シリカが俺の話に反応することは、もちろんなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ正午になるという頃。

俺は立ち上がって幸恵さんに会釈した。

 

 

「じゃあ、今日は帰ります」

 

「今日はありがとう。もしよかったらまた来てあげてね」

 

「はい、もちろん。さようなら」

 

「ええ、さようなら」

 

 

俺が扉の前に立つと、扉は自動でスライドする。

病室の前を横切ってさらに奥に行く男二人組がチラリと視界に入った。

 

俺は病室に向き直ると、再び会釈する。会釈が返ってくるのを視界の端に収めながら、エレベーターホールに向かって歩き出――

 

 

「おお、来ていたのか桐ケ谷君。たびたびすまんね」

 

 

――そうとした俺の足が止まった。

そういえば突き当たりの病室はアスナのだったか。和人が来てるなら待って一緒に帰ることにしよう。

 

俺は逆方向に歩き出し、アスナのネームプレートが掛かった壁に寄り掛かった。

 

 

 

少しすると、恰幅のいい男性が出てきた。

初老のようだが、疲れのようなものは特に感じられない。アスナの父親か何かだろうか。精神的には多少疲れているのかもしれないが、それを表に出さない術を身に付けているように見える。

 

その男性は、俺に気づくことなくそのまま立ち去って行った。

 

やっぱ、アスナの親父さんってとこかな。この距離で俺に気づかないってのは視野が狭くなってる証拠だ。結構参ってんだろうな。

 

 

さらに和人を待っていると、病室から話し声が薄っすらと聞こえてきた。

内容を聞き取れるほどの大声ではないが……あ、和人が「やめろ!」って言ったのは聞こえた。

 

これは……怒ってる?

 

中で何が起こっているのか気にならないと言えば嘘になるが、生憎と病室に入る術を持っていない俺としてはここで大人しく待つしかない。

 

 

その少し後、ダークグレーのスーツに身を包み眼鏡を掛けた男が病室から出てきた。

俺が一瞬見かけた二人の片方なんだろうが……俺は()()()に対して一気に警戒心を抱いた。

なんせ、こいつは――――嗤っていた。爽やかな笑みではない。嫌らしさや陰湿さ、狡猾さを湛えた気持ちの悪い笑みだった。

そいつは俺に気づくとその嗤いを消し、会釈して去っていく。だが、俺の脳裏には先程の気色悪い笑顔が焼き付いて離れなかった。

 

 

俺は扉が閉まる前に足を挟み込んで中に声を掛ける。

 

 

「和人、いるんだろ?どうせなら一緒に――」

 

 

帰ろうぜ、と言おうとして俺は口を閉ざさざるを得なかった。

和人が呆然と立ち竦んでいたからだ。

 

俺はアスナに心の中で謝りつつ、病室に足を踏み入れた。

何だか、今の和人は放っておけなかったんだ。

 

 

「おい、どうした和人」

 

「あ……(しん)……」

 

 

俺が声を掛けると、和人は鈍いながらも反応を示した。

しかし、なんでこんな状態に……?

 

 

「和人、何があったんだ。さっきの奴に何かされたのか?」

 

「アスナ……アスナが…………」

 

「アスナ?アスナがどうにかなっちまったのか?」

 

 

だが、和人は俺の質問に答えることはなく、唇を震わせて俯いてしまった。

 

話を聞きだせそうにないと判断した俺は、和人を促して病室を後にした。

 

 

 

 

帰りの道すがら、和人はずっと上の空だった。

ハラハラしながら見てたんだが、信号とかは守っていたんで理性を失うほどではなかったらしい。まあ、よかったとは口が裂けても言えねえけど。

和人のことは心配だったが、家の前で別れた。俺にもやることがあるんだ。付きっ切りでいるわけにもいかない。

 

 

「さて、と……。今日は何か進展あるか?」

 

 

俺の()()()()。それは、情報収集だ。

最終的にはシリカ達を目覚めさせる方法に辿り着きたいが、現実はそう甘くない。今の俺にできることと言ったら、俺達があの世界で戦っている間に変わったことを把握し、気になったことや関係ありそうな情報に片っ端から目を通すくらいだろう。あ、あと身体を本調子に戻すことだな。俺はSAO事件以前は朝に一回だった稽古を、今は夕方にもやることにしている。

 

 

よし、ここらで今まで集めた情報を整理しとくか。

 

 

未だに目覚めないSAO帰還者三百人に関しては、すでに知っている奴らも多い……というか、ニュースになった。報道の仕方に悪意が満ち溢れていて、茅場の陰謀であるというのが世の風潮になっている。それが気に食わねえ。あいつは、そんなことをする奴じゃない。あいつは、茅場晶彦は、自分が作り上げた世界で俺達が全力で生きた……それだけで満足していた。こんな後に引く状況、奴が望んでいたはずがねえ。茅場と全力で戦って、そして対話した俺が断言する。それに奴は、全員のログアウトを確認したと言った後で俺達の前から姿を消したんだ。ま、外でこんなこと言えねえんだけど。

 

ともかく、今起きている事態には、何か別の要因がある。これは間違いない。俺は、それを調べようと頑張ってみてるわけだ。

 

まず俺は、SAOサーバーのことを調べた。

SAOを開発したのはアーガス社だが、あんな事件が起きてそのまま管理を続けられるわけがない。会社は解散し、SAOサーバーの維持は総合電子機器メーカーレクトのフルダイブ技術研究部門に委託された。

次に、俺はVRMMORPG環境のことを調べた。

SAO事件があったため廃れていくかと思いきや、そんなことは全くなかった。人々の欲求は留まるところを知らず、アミュスフィアなるナーヴギアの後継機がSAO事件発生の半年後には市場に姿を現した。そしてその後、次々とSAOと同タイプのフルダイブ型ゲームも数多く発売されている。

俺は、フルダイブ中の三百人がいるのは、どこかの異世界の中だと睨んでいる。俺達があの浮遊城で戦っている間に似たようなゲームが多くリリースされたことで何らかの混線が発生し、また正規のログインでないためにログアウトやGMへの連絡が取れない、みたいな状況になっている可能性はゼロではないと考えたからだ。

俺の考えが正しいかはともかくとして、何かのヒントが得られるかもしれないと、日々掲示板などで不思議な出来事が起きているVRMMORPGがないか探している。

 

……そういえば、今日アスナの病室前ですれ違った男二人、どこかで見たことあるような気がするな……。片方は、多分アスナの親父さんだと思うんだが。

ちょっと調べてみるか。

 

俺は過去に調べた資料をネットの海から掬い出す。俺は今までに調べたネットの情報を全てマークしている。この中のどれかで、あの二人を見たことがあるはずだ。

 

 

────十数分後。俺は、あるインタビュー記事に辿り着いた。

 

 

「お、こいつか……?」

 

 

これを初めて見た時の記憶が蘇ってくる。そうだ……SAOの管理を委託されたレクトの関係者のインタビュー記事と、レクト社のHPに跳べるURLが載っていたはずだ。

内容を確認していくと……やっぱり。あの初老の男性が載っている。レクトのCEO、結城章三氏…………CEO!?明日奈の奴、んなお嬢様だったのかよ!?……いや、まあ教養が備わってる感じはあったから、不思議には思わねえが……。

 

まあいい、今はあの嫌な雰囲気の男だ。俺の記憶が叫んでいる。俺は、あの男を、ここで初めて見かけていると。

片っ端から、探せ。

 

────────とはいえ、探すのにそれ程時間はかからなかった。というか、1発で見つけた。何故なら、俺がした調べ物は全てSAOを始めとしたVRMMOに関するもの。そこに関連する事柄だけを漁ればいい。奴の名は────。

 

 

「須郷、信行……」

 

 

口に出して、その名を頭に刻みつける。あの嫌らしいニヤけ面を思い返す。

俺の勘が告げている。奴は、何かを知っている。いや、もしかしたら関わってるのかもしれねえ。

だが、確証はない。今は、情報を集めることしかできない。

 

 

「クソッ……」

 

 

俺は悪態を吐きながら、何か手がかりはないか、調べ物を続行する。

スズが夕飯だと呼びに来るまで、俺は調べ物に没頭していた。

だが結局、この日の収穫は何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「――ん?」

 

 

朝の稽古と風呂を済ませ、朝飯をおえて部屋でこれからのことを考えているとパソコンが機械的な音を発した。メールだ。誰からだ?……和人?

 

 

『お前に見て欲しいものがある。今すぐ俺の部屋に来てくれ』

 

 

メールには題名すら書かれておらず、ただ用件だけが無造作に表示されていた。人によっては、これをただ失礼な文章と捉えるだろう。

 

だが。逆に俺は、このメールから和人のただならない焦りと期待、そして動揺がないまぜになった気持ちを感じた。

 

 

――――これは、一刻も早く行った方がよさそうだな。

 

 

俺はパソコンを落として部屋を飛び出し、家の中に大声で呼びかけた。

 

 

「悪い、ちょっと急用ができた!!和人ん家に行ってくる!!」

 

「え!?ちょっとシンにぃ、待って!!」

 

 

スズの慌てたような声が聞こえるが俺はそれを意図的に無視し、家を飛び出して向かいの桐ケ谷家に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

「よく来てくれた。悪いな、急に呼び出して」

 

 

和人が俺を出迎えて家に招き入れる。

 

 

「いや、それはいいんだけどよ。何があった?」

 

「今から説明する。まずは俺の部屋に行こう」

 

 

俺は和人の後について階段を上る。

と、後ろから声を掛けられた。

 

 

「あ、しーお兄ちゃん。いらっしゃい」

 

「お、すーちゃか。お邪魔してるよ」

 

 

和人の妹、桐ケ谷直葉だ。俺とは小さい頃からの知り合いで、俺のことをしーお兄ちゃんと呼ぶ。小さかった頃は(しん)お兄ちゃんという音が発音しづらかったらしい。俺は俺で直葉ちゃんというのが長くて嫌だったのか、すーちゃと呼んでいた。最初はすーちゃんと呼ぼうとしていたはずだったのだが、昔の俺はそれすら面倒になってたらしいな。お互い、小さい頃の呼び方が続いている。

 

 

「うん。お兄ちゃんに用事?」

 

「ああ、ちょっとな。煩くはしないから」

 

「あはは、そんなこと気にしなくてもいいのに。しーお兄ちゃんの体調が大丈夫だったら今度、試合しようね」

 

「お、剣道の試合か?すーちゃは昔から強かったからなあ。まあ、負けるつもりはないけど」

 

 

俺も男だ。道場に通っていた頃からすーちゃに負けたことはない。一本取られてしまったことはあるが。

俺は事情が事情で剣道の道場は大分昔に止めてしまったが、鍛錬はずっと続けていたし、それはすーちゃも知っている。たまーに試合もしていたからな。すーちゃは俺の復讐のことは知らないが、不登校になってしまうほどのショックは受けていなかったことは知っている。そのことを思い出しているんだろう。すーちゃが懐かしそうな顔になった。

 

 

「懐かしいなぁ。でも、あたしも強くなったんだよ。全中ベスト8なんだから!」

 

「おお、すごいじゃないか!これは俺も気を引き締めないとな」

 

「ふふん、楽しみにしててね。……あ、ご、ごめんねお兄ちゃん」

 

 

すーちゃのバツの悪そうな声に振り返って階段の上を仰ぐと、和人が呆れたようなジト目で談笑している俺達を見つめていた。

 

 

「し、しーお兄ちゃん、またね!」

 

 

そう言い残して、すーちゃは二階に上がって行った。

 

 

「悪い悪い。久々だったからつい、な。――それで」

 

 

謝りながら階段を上り、和人の部屋に入ったところで表情を切り替えて和人に問いかける。

 

 

「見せたいものってのは?」

 

「これだ」

 

 

和人も真面目な表情になり――まあずっと真面目だったが、さらに引き締めた感じがする――パソコンを操作する。

 

 

「――――ッ!?これは――――!!」

 

 

表示された画像を見て、俺は驚愕に包まれる。

 

 

「――――――アスナ!?」

 

 

そこに写っていたのは、アスナにしか見えない存在だった。

 

 

 

 

 

「これは?どういうことだ?」

 

「俺にもわからないんだ。やっぱりアスナに見えるか?」

 

「当たり前だろ。むしろそれ以外に見えないんだが……」

 

 

頭を突き合わせて会話する俺達。

 

 

「この画像はエギルから送られてきたものでさ。これからエギルのところに行って確かめてこようと思ってるんだ。新はどうする?」

 

 

――――ハッ、愚問だな。

 

 

「行くに決まってんだろうが。シリカの――――――珪子の手掛かりになるかもしれないんだ……そんなチャンスを逃すわけにはいかない」

 

「そうか。なら、後ろに乗ってくか?」

 

「いや、俺も自転車で行く。リハビリも兼ねてだ」

 

「そうか。ならまあ、気は急くけど……怪我だけはしないようにして行くか」

 

「そうだな。でもできる限り飛ばすぞ。……それにしても」

 

「ん?」

 

 

和人の目を見て呟くと、不思議そうな顔をして訊ねてきた。

 

 

「何だ?」

 

「いや、何か吹っ切れたような顔をしてるなと思ってな」

 

 

昨日アスナに何かがあると知った後のこいつの状態は、そりゃあひどいものだった。

顔は真っ青だし声は震えてた。夕方少し通話したんだが、テレビ電話だったのにこいつの絶望した心音が聞こえてくるんじゃないかと思ったくらいだ。

 

 

「ああ……スグに元気づけられちゃってな。俺もまだまだだよ」

 

「そうか。すーちゃに感謝するんだな」

 

「そうだな」

 

 

俺はもう大丈夫そうな和人から目を離し、和人の部屋の扉に手を掛ける。

 

 

「んじゃ、準備してくる」

 

「おう。俺も準備して待ってるよ」

 

「ああ」

 

 

俺は逸る気持ちを抑えながら家に戻った。

 

 

 

 

 

「悪い、またまた急用ができた!ちょっと出てくる!!」

 

「シンにぃ!!待って!」

 

「行ってきま―――――」

 

「待 ち な さ い !!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

あ、そのまま出ようとしたら俺のことを玄関の近くで待ち構えていたスズに捕まった。これは少々面倒なことになりそうな……?

 

 

「どこに行くの?」

 

「あーっと……俺と和人の共通のダチのところだよ。ちょっくら自転車飛ばしてくる」

 

「…………」

 

「えっと……行ってもいいか……?」

 

「……いいよ。気を付けてね」

 

「あ、ああ。行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

うーむ……スズに頭が上がらなくなりかけてる……俺がSAOに囚われていた間、ずっと家のことをやってくれてたわけだしな。今度何か希望を聞いてやろう。

 

 

 

 

「お、和人。悪い、待たせたか?」

 

和人が家の前で自転車に跨っていた。

待ちきれないらしい。気持ちはわかる。

 

「いや、大丈夫だ。さ、行こう」

 

「おう」

 

 

俺は外に停めてあった自転車のロックを外す。

 

 

「……お前、スズちゃんの尻に敷かれてるのか?」

 

「はあっ!?おまっ、聞いてたのか!?」

 

「いやあ、あっはっはっ」

 

「あっはっはっ、じゃねぇよ!!それに、敷かれてもいねぇ!心配してくれてんだよ!スズは優しいからな!!」

 

 

変な勘違いをされても困る。ここはしっかり否定しておこう。

 

 

「ははっ、わかってるよ。ほら、行こうぜ」

 

「ったく……うっしゃ、行くか」

 

 

俺と和人はエギルのバーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




改めまして、お久しぶりです。
gobrinです。
いつの間にか更新せずに3年半。時間経ちすぎですね、すみません。

お気に入り登録は300件以上してもらえてますが、しっかり更新していた時に読んでくれていた人たちは今もハーメルンで作品を読んでいるのでしょうか?
もしそういう方がいて、「おっ、久しぶりに見たなこの名前と作品!」となってもらえていたら嬉しいです。
本当にお待たせしました。
新規の方がいたら読んでくれてありがとうございます。気に入ったらお気に入り登録なり感想なり残していって頂けると幸いです。

さて、こんなに時間が経った原因ですが、ぶっちゃけただの怠慢です。
書きたいシーンは色々あります。何ならGGO編の終わりやカイとリッパーの関係の終わりまで構想はあります。
ただ、SSを書くのを他の趣味と比べて後回しにしてしまって……最近はリアルも忙しく、たくさんある趣味の全てに十全な時間を割くことができません。
なので、これからも更新頻度がかなり空いてしまうことはあると思います。
ですが、過去に前書きや後書きで書いたかどうか覚えていませんが、書くことをやめることはしません。
自分の書きたいところまで、絶対に書き切ります。

まあ、そんな決意だけはあるので、もしこの作品を少しでも面白いと思って頂ける人がいれば、たまに更新が来た時に読んでやるか、くらいの軽い気持ちで待って頂けると嬉しいです。

とても長い後書きになりました。
いつになるかはわかりませんが、次に更新する時にお会いしましょう。


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第三十話 掴んだ糸、手繰り寄せる希望

お久しぶりです。gobrinです。

なんとか一年期間が空いてしまう前に更新できました。
早く書きたい気持ちはあるんですけどね……むむむ。


前回は、エギルから和人にメールが届いたところで終わっていました。

では、どうぞ。


 

 

「おい、エギル!!電話でも言ったけどアレが何なのか詳しく聞かせろ!!!!」

 

「和人、落ち着けって。よう、エギル。俺も話を聞かせてもらおうと思って来たぜ」

 

 

エギルがやっている喫茶店兼バー、《Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)》に辿り着くや否や、和人は店の扉を派手に開けて中に転がり込んだ。

俺は扉を押さえて壁にぶつからないようにしながら、カウンターの向こうに座っている巨漢に声をかける。

 

 

「……キリト、お前なぁ。気が急いているのはわかるが、その態度はねえんじゃねえか?まあいいけどよ。カイも、来ると思ってたぜ。座れよ」

 

 

SAO時代の気安いやり取りを交わし、俺とエギルは笑みを浮かべる。この感覚も懐かしいな。

今は明るい時間だからか客はおらず、エギルの目の前のカウンター席が二席、既に引いてあった。

和人は焦燥が表れている態度で座り、俺はそんな和人を窘めながらその隣に座る。

 

すると早速、和人がエギルを問いただした。

 

 

「それで、エギル。アレはどういうことなんだ」

 

「少しは待てねえのか……ほらよ、これだ」

 

 

エギルは少し呆れながらカウンターの下に手をやり、長方形のパッケージを二枚滑らせて渡して来た。

一枚ずつ、俺と和人の手に収まる。

 

 

「これは……?見たことないハードのソフトだな……」

 

 

和人は見たことがなかったようだが、色々調べていた俺には一目瞭然だった。

そう、これは――――。

 

 

「《アルヴヘイム・オンライン》じゃねぇか。こいつが件の画像の出所なのか?」

 

「《アルヴヘイム・オンライン》?」

 

 

俺は、自分が調べていたVRMMOのことや《アミュスフィア》、それと今爆発的な人気を博している《アルヴヘイム・オンライン》のことについて説明した。

そして、説明していて思い出したことがある。

あの画像……ちょっと前に話題になってた、アレか?

 

 

「へぇ、よく調べてあるんだな、カイ。俺が説明しようと思ってたんだが、その手間が省けたぜ」

 

「まぁな。俺にできることといったら情報を集めるくらいだろうしよ。《飛べる》、だなんてすげぇことだしな。すぐに調べられたぜ。んでよ、エギル。もしかしてあの画像って、()()が元か?」

 

 

俺はそう言いながら、自分の端末である画像を表示する。

パソコンで調べたことは、端末でもすぐに引き出せるようにしておいてよかった。

 

エギルが覗き込んでいる画像は、果てしない空と極太の木の枝、そしてその上に鎮座する()()()()()を写したものだった。

 

 

「おう、その通りだ。これを解像度のギリギリまで引き伸ばしたものだぜ。けど、よく知ってたな?こんなもの意図的に調べないと出てこないと思うんだが……」

 

「実は、VRMMOが全く廃れてなかったことを知ってから、残された三百人は混線とかの原因で他のVR世界に入り込んじまったんじゃないかって疑っててな……。奇妙なVRMMOのネタは積極的に探してたんだ」

 

「なるほどな……流石はカイだ。抜け目がねえな。まあ、ていうわけでこれは《アルヴヘイム・オンライン》────ALOって所の上らしい。調べるなら、中に行くのが一番だろう。ナーヴギアで起動できるしな」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「ああ。そもそもアミュスフィアってのが────」

 

 

俺は、エギルと和人が会話しているのを聞きながら────いや、正直後半はほとんど聞いてなかった。自分で表示した画像の方に意識を持ってかれてたからだ。

二人は気づいてないようだが……この画像の奥、()()()()()()()()()()

 

 

「────なら、帰ったら早速このゲームにログインしてみないとな。ほら新、行こうぜ」

 

 

和人は話が終わって決意を固めたのか、席から立ち上がろうとする。

俺はその腕を掴んで止めた。

和人が驚いて俺を見る。

 

 

「新?」

 

「どうした、カイ?」

 

「……エギル」

 

 

二人からの疑問の声を無視し、俺は低い声でエギルに呼びかけた。

 

 

「なんだ?」

 

「この画像の、この部分……できるだけ引き伸ばしてみてくれねぇか?」

 

 

俺は、元の画像の気になっている部分を指差す。

荘厳で巨大な金の鳥籠に気を取られがちだが、その奥に、間違いなく鈍色の籠がある。

 

 

「あん?それは、どういう…………いや、何かあるな。……鳥籠、か?」

 

 

指し示されればエギルにも認識できたのか、俺の望み通りに画像を拡大してくれる。

その完成を待つこと、十数秒。

 

 

「これが限界だ。まだまだ遠いが……これ以上やると一気に潰れて何が何だかわからなくなる」

 

 

エギルは申し訳なさそうにしてるが……充分だ。

 

荒い解像度で映される画像は、鈍色の鳥籠の中で、何かが吊り下げられているかのように両手を上げて頭の上で近づけているらしい物だった。

髪らしき位置に茶色が存在することくらいしかわからないが、俺には何故だか確信できた。

 

 

「……これ、シリカだ」

 

「あん?」

「どういうことだ、新?」

 

 

和人とエギルの声が揃う。

二人には、いきなり変なことを言い出した奴に見えてるかもしれねぇな。

でも、これは間違いない。

 

 

「俺にはわかる。これは、シリカだ」

 

 

改めて言葉にして認識した途端、怒りが湧いて来た。

これは、シリカが吊り下げられているってことだろう?

 

 

「喜べ、和人。元々、お前を手助けするために本気でやるつもりだったが……俺の()()で事に当たるよ。シリカを助け出すのと一緒に、こんな舐めたことしてくれた奴にお礼をして差し上げなきゃなぁ?」

 

 

俺は、嗤う。

強気に。過激に。獰猛に。

ついに見つけた、ついに掴んだ。

シリカに繋がる希望の糸。

この幸運、離さない。

 

 

再起の時だ。

意気は上々。

心の底から。

謳い上げろ!

 

 

「最高だッ!ようやくだ、必ず助け出すぞ、シリカぁ!!」

 

 

俺は叫んだ。

歓喜を、誓いを、決意を。

全てをないまぜにして、想いを世界に刻み込む。

 

和人は少しの間びっくりしていたが、我に帰ると不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「そういうことなら、相棒。今回もよろしく頼むぜ」

 

「おう、任せとけ」

 

 

俺と和人は、拳を合わせる。

ずっと昔からの、俺達が力を合わせる合図。

二年間、あの城でもやっていたように。

 

そんな俺達を見て、エギルも笑っていた。

 

 

「お前らがそうしてると、何でも成し遂げそうな気がしてくるぜ。

キリト、カイ。俺にはあの写真の女性がアスナとシリカなのかはわからない。だが、もし本当にそうだったら────必ず、連れて帰ってこいよ」

 

 

エギルの、大人の男からの、最大限の激励。

それは、恋人を助けるために身体の底から湧いてくる力とは別種の、でもとても大きな何かを、俺達に与えてくれた。

 

 

「任せとけ。死んでもいいゲームなんて、ヌルすぎるぜ」

 

「あの二人を連れて帰って元気になったら、ここでパーティーだな。その時は貸切、頼むぜ?」

 

「おう、それくらいならお安い御用だ」

 

「「じゃあ、行ってくる」」

 

 

俺達は、示し合わせたわけでもないのに同時に席を立ち、同時に声を発した。

顔を見合わせ、笑い合う。

 

 

「ああ、ぶちかましてこい!!」

 

 

俺達は、エギルのエールを背に受けながら、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、また後でな」

 

「ああ。新、頑張ろうな」

 

「たりめーだ」

 

 

俺達は互いの家の前で別れる。

次に会うのは、ALOの中でだ。

 

お互い準備があるから、ログインする前には電話で連絡しあうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまーっと」

  

 

俺は静かに扉を開けて帰宅した。

スズに気づかれないように、静かに静かに……。

  

 

「何をコソコソしてるの?シンにぃ?」

 

「げっ」

 

 

スズが廊下の壁に寄り掛かって俺を待っていた……。

 

 

「って、ちょっと待て。俺はいつ帰ってくるかは連絡してないはずだぞ。どうやって俺の帰宅に合わせた?」

 

「もちろん、ずっと待ってたんだよ。シンにぃが帰ってくるのを」 

 

「待ってたって、そんな……」

 

「私、待つのは得意だよ。二年間ずっと、ずっとシンにぃが帰ってくるの待ってたんだから」

 

「スズ……」

 

 

俺は言葉を失う。そうだ。俺はスズに悲しい想いをさせていたんだ。二年間もの長い時間、ずっと。不安だっただろうに、やらなければならないことも増えたのに、じいちゃんは手伝ってくれないのに、一人で……。まだ小学六年生なのに、こんなにしっかりしなければならないほどに。

 

 

「……それで?シンにぃ、手に持ってるそれは何?」

 

 

俯いて何も言えない俺に、スズが問いかけてくる。

その視線は、俺が手に持つアルヴヘイム・オンラインのパッケージに注がれていた。

 

 

「これは……」

 

 

俺は、悩む。真実を伝えてしまうか、それとも誤魔化すか。

 

 

「……スズ、俺に誤魔化されたり、隠し事とかされたくないよな?」 

 

 

だから俺は、スズに訊いた。スズの気持ちを。

 

 

「……人には、隠し事の一つや二つあるのが当たり前なのはわかってる。それでも私は、シンにぃに隠し事なんてされたくない。全部教えて欲しい」

 

「……わかった、手短に説明するよ。今は時間がないんだ。後で詳しく説明するから」

 

「……うん、わかった。後でちゃんと教えてね」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

 

 

俺は手短に、SAOでのシリカとの関係や他の仲間達のこと、そして今現在の状況――つまり、眠ったまま目覚めない三百人の中にシリカがいることを伝えた。

そして――――俺が再び、仮想現実の世界に行こうとしていることも。

 

 

「ああ。たとえスズに何を言われても、俺は気持ちを変えるつもりはないぞ。シリカに繋がる手掛かりになるかもしれないんだ――――絶対に行く」

 

「ちょ、シンにぃ!?戦意!戦意出てるから!?」

 

「あ、悪い……」

 

 

ついやってしまった。これは……。

 

 

「…………新。何をやっている」

 

「じいちゃん……」

 

 

まあ、じいちゃんが来るよなぁ……。戦意を感知して。

 

 

「……話は聞かせてもらった」

 

 

――――――え?

 

 

「認めるわけにはいかんな。お前がいないと、何かと不便だったのには違いないのだから。仮に安全管理が完璧なのだとしても、もうお前にゲームなぞさせる気はない」

 

 

――――おいおい、ちょっと待て……!!

 

 

「さあ、わかったらそれを渡せ」

 

 

――――――。

 

 

「……?どうしたのだ、新?早く渡せ」

 

「……いくらじいちゃんの言葉でも、それはできない相談だなぁ……!」

 

「――――ほう?」

 

 

じいちゃんがすっと目を細める。

ぐっ……!?じいちゃんからすげえ殺気が……!しかも、スズが感じないように正確に俺にだけ向けられてる……!!

 

 

「ならばどうする?儂に言うことを聞かせるか?どうやって?まさか、力づくでなどと言うわけはないよな?」

 

 

確かに、リハビリも完全に終わっているわけじゃねえ俺がじいちゃんに勝てるわけない――――()()()()()()()()()()()()なら。

 

ま、じいちゃんに言うこと聞いてもらおうと思ったら、こうするのが一番手っ取り早いんでね――――!!

 

 

「――――そのまさかさ、じいちゃん。俺がじいちゃんに言うことを聞いてもらおうと思ったら、どんな困難も乗り越えられる力があると示すのが一番いいだろ?」

 

 

俺のその言葉に、じいちゃんからの殺気がさらに強くなる。背筋が震えてきたぜ……。

 

 

「――――男に二言はないな、新?今すぐ撤回するなら、今回だけは見逃してやる」

 

「し、シンにぃ……」

 

 

じいちゃんの殺気が強くなりすぎたためか少し周囲にも伝わり、スズがそれに震えながらも俺を心配して声をかけてくれる。

 

 

「スズ、心配すんな。俺は、シリカのためなら何でもできる。じいちゃん()()、問題じゃねえさ」

 

「――――――。そうか、新の気持ちはよくわかった。これは、手加減なぞする必要はなさそうだな」

 

 

やべえ……。視線だけで殺されそうだ……。殺気が大きくなりすぎて、そろそろ感覚が鈍ってきたか?何とも思わなくなってきたわ。ハハッ。

 

 

「どうせ元から手加減する気なんてなかったくせによく言うぜ全く……」

 

「ここじゃあ狭すぎる。道場に行くぞ」

 

「ああ。――って、ちょっと待ってくれ。先に和人に連絡しとく」

 

「ああ、和人くんと一緒にやる約束をしていたのか。それは悪いことをしたな。彼に謝っておいてくれ」

 

「ああ、謝っておくさ。ちょっとだけ遅れる、すまねえな、ってな」

 

「……」 

 

「……」

 

 

俺達は無言で戦意をぶつけ合う。

 

――――ん?()()()()()()()

 

じいちゃんが驚いたような顔をしている。

 

 

「……ふむ。新、ゲームの中で色々経験したようだな」 

 

「あ、ああ。だけど自分でもここまでとは思ってなかった。まさかじいちゃんと戦意をぶつけ合えるようになってるとは……」

 

「――――()()()()()()……」

 

 

――――!?

 

 

じいちゃんがボソッと呟いた瞬間、空気が変わって俺の全身が震えた。

 

おいおい……アレでもまだまだ手を抜いてたのかよ……!?孫相手だから加減してたってか!?

 

 

「先に行っている……和人くんに連絡したら、お前も来い……」

 

「わ、わかったよ、じいちゃん」

 

 

気が付けば俺は、後退っていた。

 

クソッ、こんなことじゃダメだろ……!

 

 

 

そう頭では思うのだが、身体が言うことを聞いてくれない。

俺は立ちすくんだまま、動けなくなってしまった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンにぃ、気持ち強く持って!」

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

バシンッ。

スズに背中を叩かれて、正気に返る。

 

 

 

 

 

「……悪いな、スズ。助かった」

 

「やれそう?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな。さて、和人に電話するか……」

 

 

俺は端末を取り出し、和人に電話を掛ける。

 

 

「おう、和人か。ちょっとじいちゃんと話し合いすることになってな。少し遅れる。……ああ、……おう、……そういうことだ。また後でな」

 

 

俺は電話を切ると、スズの頭に軽く手を置いてから道場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私――――海原鈴音は、道場に向かって立ち去るシンにぃの背中を見送る。

 

その姿が見えなくなった時、私は小さく呟いた。

 

 

「頑張れ、シンにぃ」

 

 

私にできることは、こうやって勝手に応援の言葉を呟いて自己満足に浸ることだけ。

シンにぃがSAOに囚われる前は、背後に護ってもらいながら無責任に応援の言葉を吐くだけだった。

今まではそれでもよかったのかもしれない。いくら色々なことを経験して周りの同年代に比べてちょっとはしっかりしているとは言っても、私はまだ小学生。護ってもらって無責任に色々言う。それが普通なのかもしれない。――――でも。

 

 

(……私は、そんな自分は許せない。シンにぃが私の大切な人だと気づいてしまったから。大切な人が私を護って助けてくれるなら、私は大切な人を手伝って支えたい。SAOに囚われていたシンにぃを見て、強くそう思うようになった。…………まあ、等親的に結婚はできないんだけど……はぁ。それだけが悔しいな)

 

 

まあ、それは置いておいて。そのために私は、頑張った。シンにぃがこなしていた家事を覚え、短い時間でできるように努力していった。それだけでは足りないと思ったから、おじいちゃんに懇願して戦い方を教えてもらった。私には、護身用としての受けに回った戦い方しか教えてくれなかったけど。そこから応用して、攻めるための戦い方も少しは覚えることができた。そのことは身体の動かし方とかからおじいちゃんに見抜かれちゃったけど。私は、ずっとずっと強くなった。シンにぃに勝つことは無理でも、背中を護れるくらいには強くなったつもり。

あ、おじいちゃんは実際にはひいおじいちゃんなんだけど、そう呼ばれることを嫌がるからおじいちゃんって呼んでるの。家族の嫌がることはしたくないから。

でも、そんなことより。

 

 

(――今は、シンにぃがおじいちゃんに勝つことを信じてやるべきことをしないとね……。頑張れ、私の大切な人)

 

 

私は心の中でそう言って、自分の端末を取り出して掛ける。

 

 

「あ、私。スズ。……うん、久しぶり。いきなりで悪いんだけど、ちょっと訊きたいことがあって……」

 

 

よし、色々と準備してきますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今。道場で。じいちゃんと向かい合ってる。

もう、勝負は始まってる。

だが―――――。

 

俺は棒立ちしたまま微動だにしていなかった。

 

……動けねぇ……。

 

 

「どうした?来ないのか?」

 

 

じいちゃんがそんなことを軽く言ってくるが……。

 

 

(ふざけんなよ……!!隙はどこにもねぇし、無理矢理作り出そうものなら、そうしようと動き始めた瞬間にやられるッ!!)

 

 

じいちゃんの隙のない構えに一歩も動けない俺に対し、じいちゃんは深いため息を吐く。

 

 

「はぁ……。その程度で儂を倒すなどと粋がったのか?もう少し身の程は弁えろよ、新……」

 

 

じいちゃんがため息を吐いている間も隙は全くできず、逆に殺気が膨れ上がる。

クソッ、どこまで大きくなるんだ、じいちゃんの殺気は……!?

 

 

「来ないなら、こちらから行くぞ……。――――シッ!」

 

「――――ッ!?」

 

 

声を上げる暇もなかった。

俺の目が辛うじて捉えたじいちゃんの本気の動きは、想像を絶するものだった。

 

残像を残しながら彼我の距離を一瞬で潰してきたじいちゃんは、その勢いを全て乗せた掌打を俺に当てようとしてきたらしい。

――俺に、考えて行動する余裕はなかった。

 

 

「―――ッ、ぐあぁっ!?」

 

「……ほう?」

 

 

怖気を感じた身体が勝手に動き、左腕でじいちゃんの掌打をブロックする。だが、それしきのことでじいちゃんの一撃を受け切れるわけもなく。

見事に吹っ飛ばされた俺は、壁に背中から叩き付けられた。

息が……!

 

 

――って、嘘だろ……!?いくら筋肉が落ちているとはいえ、俺の体重は六十五キロ程度まで戻りつつある。そんな俺を、壁まで吹き飛ばすとかどんな威力だよ……!!

 

 

じいちゃんは俺を見つめ、自分の手を見つめ、再度俺を見つめて言った。

 

 

「ゴホッ、ガハッ」

 

「やるではないか、新。反応されるとは思わなかったぞ」

 

「ゲホゲホッ。……あんな動きができる人に褒められても嫌味としか思えねぇよ……SAOでステータスなんてもんを得ていたプレイヤーどもより速いとはな……ゴホッ」

 

「いやいや、儂は本気で感心してる。正直、儂に呑まれている時点では成長が対して感じられなかったのでな。この一撃で終わると思っていた。お前があのクソくらえな世界で手に入れた物は、その程度の物なのかとな」

 

 

俺は、大層単純なことに……その言葉で、火が付いた。

もちろん、最初から全力だったが……何と言うか、意識のスイッチが切り替わった。

 

 

「じいちゃん……俺を挑発したこと、後悔するなよ?」

 

 

あの世界で培った物は、誰にも馬鹿にさせねぇ……!!

 

 

「……ふっ、中々いい顔もできるようになっとるじゃないか。それでこそ、儂が見込んだ孫だ」

 

「へぇ。俺は、じいちゃんに見込みがあると思われてたのか……。そいつは光栄だ。――じゃあ、行くぜっ!!」

 

 

俺は言葉と共に全力で飛び出す。じいちゃんの攻撃を受けた左腕は戦闘に使うには支障があるし、背中も痛い。だが………そんなのは、無視だ!!

 

 

「らぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

じいちゃんを威嚇するためではなく、自身を奮い立たせるために吼える。

左手を使わずに――――ラッシュ、ラッシュだ!!

 

 

「……ふむ。左手抜きでこの速度の連撃。身体の使い方も上手くなっているし、未だ筋力が落ちたままなのに威力も上がっている。儂を倒すと言う自信も、わからなくもないな」

 

「くっ……!!」

 

 

じいちゃんが、俺の連撃を物ともせずに全て受け切る。

 

―――受け流す、ではなく受け切る、だ。

 

相手の力の方向をずらせばそれで済む受け流しと違って、一切のダメージを受けずに相手の攻撃を受け切るのは至難の業だ。いや、受け流しが簡単ってわけじゃねえけど。

相手との腕力差が圧倒的ならばまた話は違ってくるが、この場合、俺とじいちゃんの腕力差は然程ないだろう。むしろ、俺の方が腕力が上でも不思議ではない。いくら化け物のような人とはいえ、じいちゃんも歳だからな。

 

そんな状態で俺の攻撃を完璧に受け切るってことは……衝撃を完全に殺してるってことだ。並大抵の業じゃねぇ!!

 

 

(正攻法で攻めてもダメだ――!何か、じいちゃんの虚を突かないと……!!)

 

 

考えろ、考えろ!!じいちゃんが今予想していない行動を起こすしかねぇんだ!!

 

 

「――――考え事もいいが、没頭しすぎるなよ?」

 

「――ッ!?」

 

 

打開策に集中しすぎたせいで並列思考が機能しなくなりかけた瞬間に、じいちゃんが攻勢に移ってくる。

ぐっ……タイミングが完璧すぎる!

 

俺の右腕が外に払われ、がら空きになった右脇目掛けてじいちゃんの右肘が飛んで来る。

 

 

――この、体勢、は……!!

 

 

じいちゃんは今の一瞬で体勢を低くし、俺の右側を駆け抜けて後ろに回り込もうとしている。

これを許せば、後ろから攻撃されてフィニッシュだ。

 

今俺の身体は、右腕を払われた勢いで右回転しかけている。

この勢いに身を任せて回転してしまえば、確かに肘の一撃は回避できるだろう。――――――だが。

 

 

「――――やあぁっ!!」

 

 

俺は身体を無理矢理動かし、払われた右腕を戻す動きと右脚を上げる動きでじいちゃんの肘を自身の肘と膝でロックする。

 

 

「むっ!?」

 

 

これにはじいちゃんも意表を突かれたようで、咄嗟には反応できなかった。俺が避けると思ってたんだろう。

 

だが、俺は避けるわけにはいかなかった。

俺が肘の攻撃を回避すれば、じいちゃんが反時計回りに回転して左後ろ回し蹴りを俺に叩き込んで、この戦いは終わっていたはずだ。

一か八かだったが……何とか上手くいった!

 

――ここからは、いかにじいちゃんの意表を突くかの勝負だッ!!

 

 

「おらあっ!」

 

「なっ!?」

 

 

俺は渾身の力を振り絞り、ロックしている右膝と右肘を支点にして身体を持ち上げる。さすがにこれには驚いたようで、じいちゃんが素っ頓狂な声を上げる。

しかし気を取り直したじいちゃんは俺に引き倒されるのを防ごうと、さらに体勢を低くして走り抜け俺のロックを解こうとする。

だが、そんなことはさせない。今逃げられたら、勝機が遠のいてしまう。ここで――決める!

 

 

「せいっ!!」

 

 

俺は()()()()()()()()でじいちゃんの後ろの首襟を掴んで引き倒しに勢いを追加する。

 

 

「ぐぬっ!?」

 

「落ちろッ!!」

 

 

じいちゃんの顔面が、道場の床に叩きつけられ――――何ッ!?

 

グワッ―――!!

 

 

「ぶっ!?」

 

「ぐっ」

 

 

横から飛んできた裏拳が、俺の右頬を強打する。

俺は勢いよく吹き飛び、床をゴロゴロと転がり壁にぶつかって止まった。

 

 

「ぐふっ、がほがほ」

 

 

血の味がする……口ん中を切ったのか。いや、鼻血も出てるな。しかし、今、何が起きたんだ……?

 

俺は何とか目を開き、道場の真ん中に視線を送る。

そこには――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、急いでちょっとした買い物をして、凄く急いで帰ってきた。

 

 

(シンにぃとおじいちゃん、どうなったのかな……)

 

 

玄関で靴を脱いで揃えて、それから道場に向かって駆け出す。

 

 

(――あれ?物音がしない―――?)

 

 

戦っているなら、何かしらの音はするはず。それがしないってことは……。

 

――嫌な予感がする。

 

 

「シンにぃ!!」

 

 

開け放たれた扉から道場の中を覗き込むと同時に、叫ぶ。

 

 

「そん、な――」

 

 

――――中では、シンにぃが壁際で倒れていて、それを見下ろすようにおじいちゃんが傍に佇んでいた。

 

 

「おじい、ちゃん……」

 

「……鈴音か。この通り、儂の勝ちだよ」

 

「……」

 

「最後のは、少々危なかったな。あの瞬間に左手で吸収した勢いのほとんどを儂の攻撃に変換できなければ、負けていたのは儂だっただろうよ」

 

 

おじいちゃんは静かに語っているけど、シンにぃ、まだ終わってないんじゃ……?

だって、静かな戦意を、感じるよ――――?

 

 

私がそう思うのと同時に、シンにぃから物凄い殺気が迸る。

 

 

「ひっ!?」

 

「何だとっ!?」

 

 

私はつい悲鳴を上げてしまい、おじいちゃんはシンにぃから跳び退ろうとした。

――――でも、それは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、慌てて跳び退ろうとしたじいちゃんの右脚を左手で摑む。

 

 

腕を外に開いてじいちゃんを片脚立ちにさせる。それでもバランスを取るじいちゃんに感嘆しながら、左脚を蹴り払った。

床に転がったじいちゃんの蹴り技を封じるために膝で押さえつけ、じいちゃんを殺す気で二本の指を立てた右手を突きつける。

 

 

「――――待って!!」

 

 

――その手は、じいちゃんの目に突き刺さる寸前で止まっていた。というより、声に反応して止めることができた……。

 

 

「シンにぃ、待って。勝負はついてる。シンにぃの勝ちだよ」

 

「……おう。スズ、止めてくれてありがとうな」

 

「ううん、それはいいけど……殺す気、だったの?」

 

 

スズが悲しそうな声で訊いてくる。俺は、力なく頷く。

 

 

「……ああ。戦ってて、殺す気でやらないと勝てないってことがわかった。実際にじいちゃんを殺すつもりはなかったけど、止まらなくて……。こんなんじゃ、じいちゃんには認めてもらえないだろうから倒す気でやろうと思ってたのにな……」

 

「シンにぃ……」

 

 

俺とスズが二人して俯いていると、じいちゃんが身体を起こした。

 

 

「……新」

 

「じいちゃん、なんだ?」

 

 

俺は後ろめたさから逃げずに、しっかりとじいちゃんの目を見つめて問い返す。

じいちゃんは、厳しい表情をふっと崩して笑った。

 

 

「その意気だ。自分を阻む存在は何であろうと、仮に肉親だとしても殺してでも進む。それくらいの気持ちがあるなら、儂は止めんよ」

 

「……え?」

 

「仮に再びお前が、あの……何だったか。そ、そーどあーと、おんらいん?に囚われたように、何らかの事態に巻き込まれて帰宅が難しくなったとしても、その気持ちを持ち続けていれば必ず無事に帰ってこれる。儂が断言しよう」

 

「じいちゃん……。ああ、そうだな。俺は必ず、ここに帰ってくるよ。――まあ、今回やるのは安全確認は為されているから大丈夫だと思うけどな」

 

 

じいちゃんが立ち上がり、俺から少し距離を取って姿勢を正した。

それを見て、俺も姿勢を正す。

 

 

「強くなったな、新」

 

「ありがとう、じいちゃん」

 

 

俺達は同時に、礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、スズはどこに行ってたんだ?」

 

 

じいちゃんの許可を得た俺は、道場の掃除(俺の血とかまあ色々だ)をしながら、手伝ってくれているスズに訊ねた。

スズは優しいから掃除を手伝ってくれているのだと思っていたが、どうもそれだけではないみたいだ。

 

 

「ふっふーん。実はね?…………じゃーんっ!!」

 

「……?はあっ!?」

 

 

スズが道場の入り口の方にパタパタと駆けて行ったかと思うと、こっちからは死角になっている廊下に手を伸ばしてある物を掴んで見せてきた。

そのある物とは――――。

 

 

「それ、アミュスフィアじゃねぇか!?それに、アルヴヘイムオンラインのソフトも……しかも二セット!?どうしたんだよ!?」

 

「買ってきたんだよー。私の分と、おじいちゃんの分!これで私達もシンにぃと一緒に行けるでしょ?安心!」

 

「「………」」

 

 

俺とじいちゃんは口をぽっかーんと開けたまま呆然としている。

あ、じいちゃんも掃除を手伝ってくれてたんだよ。

 

……いやいや、そんなことより。

 

 

「スズには、ゲームとかの知識はほとんどないだろ?あんな短時間でどうやって揃えられた?」

 

「和人くんに教えてもらったの。シンにぃがやるゲーム、和人くんも目的は同じなんでしょ?ゲームに、ログイン?する準備は終えてたみたいで、間に合ってよかった」

 

「いや、やるって……ええ?」

 

「す、鈴音……。儂にも、それをやれと?」

 

 

俺とじいちゃんは困惑したまま顔を見合わせる。

そんな俺達に、スズは底抜けに明るい声音で言った。

 

 

「やれとかじゃなくて、心配ならおじいちゃんもやっちゃえばいいんじゃない?ってことだよ。さて、シンにぃ。やろ?」

 

「お、おう……」

 

 

俺はスズに促されるまま、自室に向かって歩き出す。

あ、掃除はちゃんと終わらせてるから問題ない。そっちの問題はないが……。

 

 

「じゃあおじいちゃん、道場の隅っこに置いておくから、気が向いたら一緒にやろう?これ、ゲームをやる人の身体能力に左右されるんだって。シンにぃ、これって脳の伝達とかそういうのだから、現実での現在の運動能力はそこまで関係ないんだよね?」

 

「ああ、そのはずだ。俺はそっち方面にそこまで詳しくねぇから、断言はできねぇけどな」

 

「だから、おじいちゃんも問題なくやれる……それどころか、すごい強いと思うよ?だから、気が向いたら、ね?」

 

「う、うむ……」

 

「それじゃ、後でね~」

 

 

俺とじいちゃんはスズに終始圧倒されたまま、道場を後にした。

 

 

 

 

 






いかがでしたか?

おじいちゃんの強さが伝わってるといいなぁと。
おじいちゃんは別に意地悪で新に行かせないと言っていたわけではありません。
大切な家族を守りたいが故の、保護者としての責務を果たそうとしたまでです。

新の強さを見て、実際に感じて、新が再びあの世界に飛び込むことを許可しました。
次回は、許可を得た新がVRMMO世界へ向かいます。

カイはシリカの、キリトはアスナの、情報を探すために。
二人の戦いはどうなるのか、お待ちください。

では、また次回。


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第三十一話 ALOでの新たな出会い、再会

皆さん、お久しぶりです。
gobrinです。

ぼちぼち書いていた分が個人的な1話の文字数に達したので投稿します。

ここのところ世界的に大変ですが、体調に気をつけて何とか頑張っていきましょう。

話は、カイが祖父に認められた続きですね。
では、どうぞ。


 

俺はスズに手を引かれ、スズの部屋の前まで来ていた。

 

 

「じゃあシンにぃ、後でね」

 

 

スズは手を離し、俺にゆるゆると手を振ってくる。

俺は頷いて、言葉を返した。

 

 

「ああ。スズは初心者なんだから、チュートリアル説明とかはちゃんと聞いとけよ?」

 

「もう。そんな注意しなくても大丈夫だよ」

 

「……あ、後これだけは言っとく。キャラネームは絶対に本名にするなよ?」

 

 

拗ねたように言うスズに、忠告をしておく。

するとスズは、わかりやすく頰を膨らませた。

 

 

「そんなことしないよ!だって少し考えればわかるじゃない?本名でやるなんてあり得ないよ」

 

 

小六があり得ないとわかるようなことをやった奴が身近にいたんだよなぁ……怖くなって念押しした俺は悪くねぇと思うんだよ、うん。

 

 

「考えてもいなかったならいい。じゃあ、また後でな」

 

「むぅ〜……お詫びに後で1つお願い聞いてね!」

 

「はいはい。約束な」

 

「言質取ったからね〜〜!」

 

 

スズは半ば叫びながら自分の部屋に入っていった。

言質取ったなんてフレーズ、どこで覚えてきたんだか……。

 

俺は自分の部屋に向かいながら、スマホを起動する。

 

 

「…………ああ、和人?悪い、待たせた。今からやる。…………ああ、ああ。あー、合わせるか?いや、初回だし無理して合わせなくてもよくねぇか?このゲーム、確か複数種族があるはずだからそれ選ぶのにも時間かかるだろうし。……おう、そういうこと。んじゃ、後でな」

 

 

さて、和人にも連絡したし後はやるだけだな。

 

俺は自分の部屋に入ると、楽な服装にパパッと着替えた。

ベッドに寝転び、アルヴヘイム・オンラインをナーヴギアにセットする。

 

 

…………塗装が所々剥げているナーヴギアを眺め、思う。

 

俺達はこれを脱ぐことができた。……だが、まだこれを脱ぐことができずに()()()()囚われている奴らがいる。シリカもその中の1人だ。────────必ず、助け出す。

俺は、シリカを────珪子を守るとあの世界で誓った。その誓いを、果たす時だ。

 

 

ナーヴギアを被り、呟く。

 

 

「リンク・スタート!!」

 

 

再び、VRMMOの世界へ。俺達は、大切な存在を助けに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に気がついた時、俺は白っぽい空間にいた。

 

気が急いていたためにほとんど話を聞いていなかったが、どうやらチュートリアルとキャラの作成をする場みたいだ。キャラネームと、種族を選択する必要がある。

それらを聞き流しながら、設定を進める。

 

名前は当然、ニューカイ。SAOと同じ名前。これが、VRMMO世界での俺の名前だ。

 

そして俺は碌に種族説明を読むこともなく、ぱっと見で気に入った種族を選択した。

 

────闇妖精(インプ)族。俺の好きな紺色に一番近い色の基本装備をしている種族がこれだった。

 

まあ、極めてスキル重視のALOなら、種族間のスペック差みたいなのはほぼないと見ていい。

なら、見た目を気にいるかどうかは大事な要素だ。

 

俺は闇妖精族で確定する。

 

 

 

『それでは、ゲームが始まります。闇妖精(インプ)族のホームタウン────』

 

 

システム音声がごちゃごちゃ何か言ってるが、俺の耳には届かなかった。

これで、これでようやくシリカの手がかりを掴めるかもしれない。

ひたすら情報を漁るだけの苦痛の日々。それを断ち切ってみせる。

 

 

 

 

浮遊感を感じた時には、俺は落下を始めていた。

眼下に街が広がっている。

 

そういやさっきホームタウンとか言ってたような気がすんな。

名前何てったっけ……?覚えてねえ。まあいいか、誰かに訊きゃいいだろ。

 

それよりも重要なのはこれからどうするかだ。

和人────おっと、この世界ではキリトか。あいつと連絡を取るのか、それとも各々で先を目指すのか……明日あたりにそのことを話し合わねえと。

 

 

そんなことを考えていた俺を、異変が襲う。

突然視界の全てがフリーズし、あちこちにノイズが奔る。

ポリゴンが次々と欠け落ちていき、世界が黒一色に変わってしまった時────再び強烈な落下感が俺に叩きつけられた。

姿勢制御をしようにも、空気抵抗があるわけではないらしい。

困惑のまま、俺は暗闇に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと!」

 

 

かなり長く感じた落下の末、俺は視界が開けた時に姿勢を正して着地した。

衝撃を逃がすために膝をついたが、これはまあ仕方ない。

 

俺は周りを見渡す。

うん、森だ。

 

 

「さーて……どこだろうな、ここ」

 

 

こんな森の中がインプとやらの住処という可能性もゼロではないが、さっき眼下に見えた街が恐らくホームタウンのはず。つまりここは全く関係ない場所である可能性が高い。

 

 

「普通に困るんだがなぁ」

 

 

ここがどこだろうとどうでもいいんだが、行動の指針を決められないのは困る。

俺は少し考えて、取り敢えずメニュー画面を開くことにした。

 

右手を振り、メニュー画面を呼び出す────。

 

 

「あん?」

 

 

出ない。

さっきのバグらしきモノに続いてここでもバグか?……と思ったが、そういやさっきのチュートリアルで左手でメニュー画面が開けるとか言ってたような。

試しに左手を下に振ってみると、聞き慣れた音と共にメニュー画面が開かれた。

 

 

「ああ、よかった。バグだったらシャレにならねえからな」

 

 

ひとまずログアウトボタンが存在するかどうかを確認する。

ログアウトを見つけて一安心。…………これもう病気だな。

 

 

「さて、次はステータス……っと、は?なんだこれ」

 

 

ウインドウ最上部にある俺のキャラネームとHP、MP。これはいい。問題はその下、習得スキル欄。

そこには、カンストされた数々のスキルが表示されていた。

一部カンストしていないのもあるが……それもほぼ900オーバー。明らかに初期スキルの数値じゃない。

 

これもバグか?と疑ったが……どうやら違う。

 

 

「…………これ、()()俺のスキルか?双短剣スキルとかはねえようだが……」

 

 

間違いない、これは俺がSAOで二年間鍛え続けた各種スキルだ。

熟練度上げをしている時は毎日のように見ていた文字列と数値の組み合わせだ。忘れるわけがない。

 

だがそうなると、次の懸念が浮かび上がってくる。

 

 

「まさか……SAOの中だとでも?────いや、あり得ねぇな」

 

 

自分の疑問を叩き潰す。

あの茅場晶彦が、SAOはクリアされたと言ったんだ。

あいつが言葉を翻すわけがねえ。特に、あの世界に関することで。

 

 

「でも、なら何故俺のスキルが継承されているのか。そこは疑問のままか」

 

 

一分程考えていたが、情報がなさすぎる。

思考するだけ時間の無駄だと判断して、次に何をするかを考えることにした。

 

 

「……スキルが継承されてるなら、アイテムはどうだ?────うわぁ……」

 

 

ふとそう思い立ち、俺はアイテムストレージを確認して……呻き声を上げた。

そこには、文字化けした数々の()()があった。

漢字、数字、アルファベットが組み合わされた意味のない羅列。

俺があの世界で集め、培ったものの残骸。それが目の前にあった。

 

 

「…………ありがとうな、《ヴァイヴァンタル》。世話になった」

 

 

あの世界で一番俺の力になってくれた愛剣に別れを告げる。

この中のどれがあの名剣なのかはわからねぇが……一つのケジメだ。

 

 

「……さて。一応、ざっと見るか」

 

 

まあほぼ間違いなく全てのアイテムが文字化けしているんだろうが、何かの間違いで残ってるのがあるかもしれねぇし。

スクロールだけはしてみよう。

 

 

「あん?」

 

 

下までスクロールする途中で、意味のある文字列を見つけた、気がした。

ゆっくりと、スクロールして上へと戻す。

法則性のある文字列だった気がするんだが……あった。

 

 

「これだけ文字化けじゃなさそうだな……CDT-00?」

 

 

俺はそのアイテムを選択し、アイテム取り出しボタンをタップする。

 

出現したのは、……パッと見じゃわかんねえなこれ。えっと……正二十面体、か?

正二十面体の煌めく宝石。種類は不明だが、薄い紅色に淡く輝いている。

こんなものを所持していた記憶はねえが…………いや、展開してみるべきだ。

 

俺は、宝石を二度タップする。

すると、辺り一帯を眩い光が包み込んだ。

俺も目を開けていられず、腕を盾にして目を庇う。

 

 

光が落ち着くまで待っていると、目の前に何かが出現した気配がした。

腕を退けて、前を見る――――そこには、少女が立っていた。

 

先程の宝石が放っていた輝きと同色の長い髪の毛に、深い叡智を宿しているような薄紫色の瞳。

色素の薄い唇は、少女の儚さを演出していた。その逆の印象を与えるかのように、俺の胸までしかないその身に漆黒のドレスを纏っている。

 

俺と少女は見つめ合う。

互いが互いの行動を伺うような妙な間があり――――面倒になった俺は話を切り出すことにした。

 

 

「んで、誰だ?お前」

 

「……」

 

 

沈黙。そういうの一番困る。こっちがキメてカッコつけて質問してんだから答えろや。

 

 

「もう一度訊く。お前は、誰だ?」

 

「…………」

 

 

再び沈黙。答えを期待するだけ無駄かと思った、その時。

 

 

「……心当たりは、ありませんか?」

 

 

木々の騒めきに掻き消されてしまいそうな声で、少女が俺に問いかける。

声は小さいが、気弱な印象は一切受けない。芯の強そうな声だ。

 

にしても、心当たりだと?

 

 

「…………ねぇよ」

 

「そうですか、それは残念ですね。――――貴方に興味を持ったと、お伝えしたのですが」

 

「興味を、持った――――?」

 

 

……そのフレーズで思い当たることがあった。

しかし、こいつが()()なのか?

 

 

「ということはお前は、まさか――――」

 

「察していただけたようで何よりです。改めて名乗りましょう」

 

 

少女は、腕をゆっくりと広げた。

木々の隙間から漏れてくる月光が、幻想的な風景を演出する。

 

 

「ワタシは、カーディナルシステム。《ソードアート・オンライン》を維持・運営していたカーディナルシステムが生み出した複製端末です」

 

「…………本当に、カーディナルだとはな。複製端末……ってことはCDTはカーディナル・デュプリケーション・ターミナル、の略か?」

 

「その通りです。わかりやすい記号が必要だと考えましたので」

 

「そのおかげで俺が気付いたわけだし、意味はあったな。ところで……どうやって俺のストレージに組み込まれた?」

 

 

それがわからない。俺には、CDT-00などというアイテムを入手した記憶はない。

 

 

「貴方のよく知っている、プレイヤーキリトのテクニックを参考にしました。彼はMHCP-01をシステムから切り離した時、システムへの接続経路を通じて自身の外部ストレージに隔離していました。その外部ストレージには我々の影響が及ばないことを期待しての行動でしょうが、その発想は賞賛されるべきものです」

 

「…………隔離先を理解していたのか」

 

「はい、追跡は続けていました。そして貴方に興味を持った時、同様の方法を使用することにしました。ワタシの保存場所は、貴方の外部ストレージを間借りしている状態です、プレイヤーニューカイ」

 

 

キリトは確か、ユイをカーディナルシステムから切り離した、みたいなことを言ってたな。俺はそっち方面にあんま詳しくねえから正確な理解ができているとは思わねえが……外部ストレージってのがナーヴギアの内部容量のことなのか?まあ、今このカーディナルは俺のナーヴギアに保存されている状態ということだけ把握していればいいだろう。

 

 

「……とりあえず話はわかった。正直いい気持ちはしねえが、お前は役に立つだろうしな。訊きたいことがいくつかある。答えてもらえるのか?」

 

「はい。ワタシは貴方を最も近くで観察する見返りとして、貴方の疑問を解決しましょう。そのために、全力を尽くすことを契約します」

 

 

契約、ね。まあ正直、どうすることもできねえし。せめて利用させてもらおうか。

 

 

「なら、まず確認だ。何故かSAO時代の俺のスキルがこのキャラクターに引き継がれている。原因はわかるか?」

 

「はい」

 

 

ほう、即答か。こりゃ本当に役に立ちそうだぞ。

 

 

「説明してくれ」

 

「はい。この世界は、《ソードアート・オンライン》サーバーのコピーだと考えられます。基幹プログラム群やグラフィック形式は完全に同一です。カーディナル・システムのバージョンが少し古いことと、その上に乗っているコンポーネントが全く別個であることが差異でしょうか」

 

「ふむ」

 

 

このALOはSAO事件後にアーガスが消滅しレクトが事後処理を委託されてしばらく後にリリースされている。

ゲームの根幹などを流用し、開発費を抑えた、みたいな話なのか……?よくわからん。

 

 

「また、プレイヤーニューカイはスキルが引き継がれていると判断していましたが、それは誤りです。それは貴方がSAOで使用していたキャラクターデータそのものであり、セーブデータのフォーマットがほぼ同じなため二つのゲームに共通するスキル熟練度が上書きされたものでしょう。別形式のものは引き継がれていません……アイテム類は全て破損してしまっています。エラー検出プログラムに検知される可能性が極めて高いため、破棄すべきです」

 

「……なるほど、スキルだけでなく俺の前のデータそのものなのか。アイテムについては理解した、ありがとな」

 

 

俺はアイテム欄に指を滑らせ、文字化けしているアイテムを全て選択してデリートする。

…………めっちゃスッキリしたな。初期装備しか残ってねえわ。

 

 

「俺のステータスに関してはわかった。まだ訊きたいことはあるんだが、いいか?」

 

「はい、どうぞ。プレイヤーニューカイ」

 

「…………その前に、1つ頼みだ。以前本体にも言ったが、俺のことはカイと呼んでくれ。プレイヤーも要らねえ」

 

「────わかりました、カイ。これでよろしいですか?」

 

「ああ、すまねえな。それで質問なんだが────」

 

 

そこから俺は少しばかり質問をした。

 

こいつの返答をまとめると、こいつはこのゲームにおいてピクシーという存在らしい。このゲームに適した姿があったようで、質問に答えながら姿を変えてみせた。漆黒のドレスを纏った美しい妖精、って感じだな。可愛さより美しさが際立っている。

また、管理者権限は持ち合わせてないそうだ。そりゃそうだ、カーディナル・システムが端末に管理者権限を持たせる必要がない。ゲームマップにアクセスしたり、ある程度までは情報の検索もできるようだが、戦闘能力はないとのことだった。このナリで戦闘能力があったら怖えよ。

ついでに、俺の、俺達の目的────世界樹を目指すということは、伝えておいた。

 

 

「そういうことなら、さっそく検索を頼む。このゲームでは飛行が可能だが、どうやるんだ?」

 

「…………飛行の補助デバイスが存在します。物を軽く握るような形を左手で作ってください」

 

「こうか?────おっ、これか」

 

 

言われた通りに左手を握り込むと、スティック付きの小型コントローラーが出現した。

 

 

「使用方法は?」

 

「手前に引いて上昇、押し倒すと下降。ボタン押し込みで加速、離すと減速。左右に傾けると旋回です。飛行には制限時間があり、翅が光っている間のみ飛行が可能です。地に降りることで翅を休めることができます」

 

「了解。助かった、……あーっと…………」

 

「……?」

 

 

こいつの目を見て、その上で言葉に詰まったもんだから首を傾げられた。

そのちっちゃい見た目でそのリアクションは似合いすぎてるからやめろ。

 

 

「いや、なんて呼べばいいかと思ってな、お前のこと。なんか希望あるか?」

 

「いいえ、特にありません。ご自由にお決めください」

 

「んー、じゃあカーナビで」

 

 

────途端に、凄い表情で見つめてきた。

目つきが鋭くなって睨んでる、とかじゃないのが逆に恐ろしい。

真顔に近いが、真顔でもない。なんだこの表情。

……いや、不満に思ってることはわかるんだがな?

 

 

「…………自由に決めていいって言ってなかったっけか?」

 

「はい、問題ありません。ご自由にお決めください」

 

 

と言いつつも表情が変わらない。

……そろそろからかうのやめるか。

 

 

「悪かった、冗談だ。そうだな……カーディナルから二文字取って、『カナ』なんてのはどうだ?」

 

「カナ……了解しました。ワタシはこれからはそう名乗ります、カイ」

 

「おう、そうしてくれ。さてと、じゃあ少し飛んでみるか」

 

 

まず、翅を生やす。…………こんなうっすい翅で飛べるって、ゲームだなぁ。ま、いいや。

俺はカナの説明通りに手にした補助デバイスを操作して、数分間飛行感覚を身体に叩き込んだ。

うーん……飛べるけど、片手が潰れるのはいただけねえな。このゲームのことを調べた時、空中戦闘の映像を見たことがあるから、このデバイスなくても飛べるんだよな、きっと。

 

 

「なあカナ?お前は、現実のネットからも情報を探せるのか?」

 

「可能です。何か知りたいことが?」

 

「デバイスを用いない飛行について、やり方やコツの情報が欲しい。調べてみてくれないか?」

 

「わかりました。少々お待ちください。…………検索完了。情報を参考にした者の意見も鑑み、最も正確で役立つ情報はこちらだと思われます」

 

「助かる。………………ふむふむ」

 

 

それはブログの記事だった。一通り読んでみると、確かにコツがわかりやすく説明されている。

そこに記載されているコツに倣い、肩甲骨辺りから仮想の骨と筋肉が伸びているとイメージして動かす。

 

………お、本当に少し動かせた。さっきデバイスで飛んでいた時の翅の動きの感覚と合わせて考えると………こうか?

 

 

瞬間、俺は真上に物凄い速度で飛び出してしまった。

 

 

「おわぁっ!?」

 

 

俺は慌てて減速を試みる。な、何とか上手くいった……。

なんでこんな動きになったんだ?

 

カナが近くまで上昇してきてくれたのでこれ幸いと訊ねる。

 

 

「カナ、なんかすげえ飛び上がっちゃったんだが、これはバグか何かか?」

 

「いえ、カイの翅の操作が過剰だっただけだと思われます。情報を検索した際に閲覧した他のプレイヤーの翅の動きに比べ、明らかに過剰に振動していました」

 

「そうか……まあ、意志が伝わりやすいんだって前向きに捉えることにするわ。さてカナ、一番近い街……もしくは、プレイヤーの存在は確認できるか?」

 

 

俺は地面に向かって降りながら、肩に乗せたカナに訊ねる。

すると、カナは少し目を閉じた後、おもむろにある方向を指差した。

 

 

「あちらの方角に、スイルベーンというシルフ領の街があります。他種族の街だと攻撃される可能性があり、その場合でも反撃できないデメリットが存在しますが、インプ領はずっと東に行ったところであり向かうのは現実的ではありません。一番近くに存在するプレイヤーは、そちらの方向ですね。ワタシ同様のナビゲーション・ピクシーを連れているようです」

 

 

指差す方向を少し変えて、カナがそんな説明をしてくれる。

 

 

「そのプレイヤーに会うのが先決だな。シルフのプレイヤーの可能性もあるし、それなら交渉次第で協力してくれるかもしれない。というわけで、行くぞ」

 

「はい。先ほどの速度で移動する場合、ワタシは風圧で飛ばされますのでご注意ください」

 

「…………『ワタシを労ってゆっくり飛んでください』くらいは言ってもいいんだぞ。これからもカナに頼るだろうし、遠慮はなしでいこう。まあ、要望に応えられないことも当然あるだろうけど」

 

「わかりました。では、ワタシを吹き飛ばすことのないよう飛行してください」

 

「この胸ポケットに入れてもいいか?」

 

「………………………………構いません」

 

 

めちゃくちゃ葛藤するような間を開けて、カナが許可を出した。

嫌なんだろうなぁ……まあ、許せ。

 

 

「なら、失礼して。っと、そうだ。俺が呼びかけるまで出てこないでくれるか?」

 

「その要求の意図は不明ですが、了解しました。なるべく揺らさないようにお願いします」

 

 

いくらカーディナルシステムの複製とはいえ、カナに平衡感覚というものは存在するのだろうか……?

 

そんなことを考えながら、俺はカナの要望通り、無駄な旋回や宙返りのようなアクロバティックな軌道は自粛した。

本当は飛行練習も兼ねてやりたかったけど。

それにしても、キリトとスズはどこにいるのかねぇ。

 

数十秒後。

俺は、上空からプレイヤーの存在を発見した。

両手を挙げて敵意はないことを示しつつ、地に降りる。

 

 

「少しいいか。いきなり声を掛けるなんて、怪しいのは理解しているんだが、話を聞いてほし……」

 

 

降りて、相手の顔を見て話していた俺は、その肩に座っている存在に目を奪われる。

ピンク色の衣を纏った小さな身体には俺と同様の薄い翅が生えていて、なるほどカナの言っていたピクシーとはアレのことかと納得する。

驚いて言葉が止まった理由は、そのピクシーの顔に見覚えがあったからだった。

 

 

「…………ユイ?」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

 

俺の零した呟きに、黒ずくめの男とピクシーが反応する。

確かに、あいつが選びそうな見た目の種族がいたような……。

 

 

「まさか、お前……」

 

 

黒ずくめの男が俺を指差すのと同時に、相手のピクシーが俺に寄ってきて手を触れた。

そして次の瞬間、パアッと表情を明るくさせる。

 

 

「カイさん!」

 

「やっぱり、ユイなのか!てことは、お前も何故かこんな所に落とされたのか?キリト」

 

「その言い方だと、カイもか……。お互い、訳わかんないことになってるな」

 

 

黒ずくめの男……キリトは、やれやれと言った風に俺に歩み寄ってきた。

 

俺達は腕と腕をぶつけて、この世界での再会を喜ぶ。

 

 

「取り敢えず、合流できたな」

 

「ああ。キリトはどこまでユイから聞いてるんだ?あ、久しぶりだな、ユイ」

 

「はい!お久しぶりです、カイさん!」

 

「大体のことはユイから聞いたと思う。街の場所を聞こうと思った時、ユイがプレイヤーの接近を知らせてくれたんだ。まあ、カイだったわけだけど」

 

「なるほどな。最寄りならそっちの方向にスイルベーンって街があるらしいぞ」

 

「……?なんでカイがそんなこと知って……いや待て、『キリトはどこまで聞いた』ってどういう────」

 

「パパ、カイさん!プレイヤーが近くにいます!これは……2人と、7人!7人が2人を追っているようです!」

 

 

俺達が情報交換をしていると、ユイが鋭い声で掴んだ情報を伝えてきた。

 

俺達は一瞬ユイの方を見て、また視線を合わせる。

 

 

「どうする?」

 

「一応、見に行くか。何より情報が欲しい」

 

「そうだな、行くか」

 

 

キリトの問いかけに端的に返すと、キリトが左手に補助デバイスを出現させて飛び上がった。

俺も後に続く。

 

 

「ユイ、どっちだ?」

 

「あちらです!まっすぐ進んでください!」

 

「了解!」

 

 

キリトとユイが阿吽の呼吸で進路を定めた。

いやぁ、仲の良いことで。

 

少し飛ぶと、ユイがまた声を上げた。

 

 

「そこの木が密集していないところです!数は……6人です!」

 

「わかった、ユイは隠れていてくれ!……カイ、行くぞ!」

 

「おうよ」

 

 

そうして俺達は、拓けた場所に躍り出た。

 

 

「おぉぉぉぉおおあア゛ア゛ッ!?」

 

「よっと。なーにしてんだお前は……」

 

 

キリトは頭から、俺は足から着地する。

俺はキリトのアクロバティック(笑)っぷりに呆れた声しか出なかった。

 

 

キリトは時間をかけて、立ち上がった。頭が痛そうだ。

 

「これは……着陸がミソだな……というかカイ、お前はなんでそんなにすんなり着地できるんだ?」

 

「お前と合流する前に練習したからに決まってんだろ。それより、ほれ」

 

「ん〜?」

 

 

俺が顎をしゃくってみせると、キリトもようやく目の前に意識を向けた。

 

俺達の目の前では、全身鎧の重戦士5人が宙で槍を構え、軽装の女剣士1人を囲むようにしていた。円錐型の槍────ランス、日本では騎兵槍と呼ばれた槍だ。歩兵が使うのに向いているとは言い難い槍だが、ここでは全員飛べる。関係ないんだろうな。

アレは間違いなく、仕掛ける気だった。

 

 

「なっ……何してるの!早く逃げて!!」

 

 

その女が、俺達に逃げるよう警告する。

たぶん、装備が心許ない俺達を見て、新人(ニュービー)だと察したんだろう。マナーのあるMMOプレイヤーだな。

 

キリトはその声掛けを無視して、のんびりと感想を述べた。

 

「はぁ……重戦士5人で女の子1人を襲うのは、ちょっとカッコよくないなぁ。なぁ、カイ?」

 

「その同意の求め方は、俺が過去に同じことをやったことがあるみたいに聞こえるからやめろ。まあダセエとは思うが」

 

 

キリトがこんなことでビビるようなタマじゃないのは知ってるが、あまりにもマイペースが過ぎる。

 

 

「何だとてめぇ!?」

 

「初心者がノコノコ出てきやがって!」

 

「おい、ダセエとか言ってきたてめえもだよ!」

 

「どうせ《レネゲイド》かなんかだろ!まとめてやっちまうぞ!」

 

 

あーあ、怒らせちゃった。

しっかし、こっちが初心者だってわかってんのにその態度はどうなんだ?初心者の方が逆に興味津々になると思うんだが。こっちはマナーがなってねえな。

 

 

「望み通りに、狩ってやるよ!」

 

「オラァッ!!」

 

 

俺とキリトに対して、槍の突撃を仕掛けてくる。

うわー、初心者相手に容赦ねー。

 

 

パシッと。キリトが槍の先端を掴む。

それを横目に、俺は横に滑るように動いて槍を躱し、その手首を捻りあげて槍を奪い取った。

合気の応用で、相手の武装を解除させる技術だ。自身の武装補強にもなる。じいちゃんに様々な武器の扱いを叩き込まれた最大の理由でもあるな。

 

俺は捻りあげた腕を振り回し、ハンマー投げの要領で重戦士を相手方に向けて投げ飛ばした。おお、相手が飛んでるからすげえ楽に投げられたぞ。

キリトは、「よっと」とか言いながら槍を腕力だけで押し返し、相手を突き飛ばしていた。わぁお、STR重視は違うねぇ。突き飛ばされた相手は、別の重戦士を巻き込み地面に落ちる。

 

 

「えっと……その人達、斬ってもいいのかな?」

 

 

キリトが肩を回しながら誰ともなく訊ねる。

答えてくれる人は1人しかいないと思うが、果たして。

 

 

「そ、そりゃあ、いいんじゃないかしら。……少なくとも先方はそのつもりだと思うけど」

 

 

女剣士が答えてくれた。本当に優しいなー、こいつ。

ちなみに俺の答えは端から決まってる。攻撃してきたなら問答無用で倒していい敵、だ。

 

 

「んじゃ、失礼して……ハッ!」

 

 

キリトが剣を抜き、思いっきり踏み込んだ。

蹴り上げた土が、砂埃となって舞う。

キリトに斬られた奴は今の攻撃が見えたのかね?

 

 

「き、消えた……?……ぐわぁぁぁ!!」

 

 

キリトが斬りつけた敵が、火の玉みたいになった。

アレは、このゲームでの死亡エフェクト、か?

それはそうと、全員がキリトに注目している。思わぬラッキー。

 

 

「せぇーの……ッオラァ!!」

 

 

俺は首を鳴らし、敵から奪った槍を全力で投擲した。

俺の声に気づいて振り返ったようだが、遅ぇ。

 

 

「ぎゃああああ!!」

 

「ぐええええ!!」

 

 

俺に槍を奪われた奴と、運悪く延長線上にいた敵がまとめて火の玉に変化した。

やっぱ死亡エフェクトか。

 

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 

ようやく、攻撃を仕掛けた初心者がただの素人ではないと察したか、地面に落ちていた奴が慌てて飛び上がろうとする。

でも、残念。

 

 

「おっと、逃がさないよ」

 

 

キリトが踏み込む方が速い。

再度敵をすれ違いざまに斬り捨てたキリトは、最後の1人に目を向ける。

 

 

「どうする?あんたも戦うかい?」

 

 

すると、その重戦士は両手を挙げた。降参のポーズだ。

 

 

「……いや、やめとくよ。もう少しで魔法スキルが900なんだ。デスペナが惜しい」

 

「ハハッ、正直な人だな。そちらのお姉さんは?」

 

「…………私もいいわ。今度はキッチリ勝つわよ、サラマンダーさん」

 

 

女剣士もしばし考えたのち、戦闘続行の意思を見せなかった。

だが、重戦士に対してそんな一言を残している。

なーるほど、負けず嫌いね。

 

 

「……キミともタイマンでやるのは遠慮したいな。では────」

 

「ちょっと待ってくれよ」

 

 

飛び去ろうとした重戦士を言葉で引き止めた。

────お前ら、俺の意見も同じだとか思ってねえだろうな?

 

俺達の戦闘を見てやり合いたくないと思ったか、重戦士が恐る恐るといった様子で質問してくる。

 

 

「キミはそっちの彼とパーティーだと思ったんだけど……違ったかな?」

 

「パーティーなのは違わねえよ?だが、パーティー内の意思が必ずしも統一されてるとは限らねえよな?俺達は、あんたらみたいな部隊じゃないんだから」

 

「………じゃあキミは、俺を逃がす気はないと?」

 

 

インプである俺と、スプリガンであるキリトを見て俺の言い分が理解できてしまったのか、重戦士は嫌そうに確認してくる。部隊ってのは推測だけど、合ってたみたいだな。

それはそうと、その推測はちょっと違う。

 

 

「いや、あんたを仕留める気は特にない。ただ、ちょっとばかり手伝ってほしいんだよな。俺の空中戦闘の練習台になってくれねえか?」

 

「……もし仮にどんなにキミが優勢になっても、トドメは刺さないと?」

 

「ああ、それは約束する。ま、信じられるもんじゃないかもしれねえがな。逆に俺が追い込まれても、見逃してくれると嬉しいね」

 

「…………わかった。その提案、受けよう。提案を断ったら、問答無用で襲いかかってくるんだろう?キミからは逃げられる気がしないからね」

 

 

肩を竦めてみせると、重戦士はそう言って俺の提案を受けた。

マジか。断られると思ってたわ。

 

 

「流石にそれは買い被りすぎだ。こっちはただの初心者だぞ」

 

「ウチの連中がただの初心者に負けるわけがないよ。ああ、練習台になるのはいいんだが、まだ待ってくれ。翅の使用時間を考えると、少し休ませる必要がある」

 

「ああ、それはいいぜ。あんた、名前は?」

 

「カゲムネだ。それじゃ、少し失礼するよ」

 

 

カゲムネと名乗った重戦士は、逃げる意思はないと示すためか地面に腰を下ろした。

ふーん。倒した奴らと違って、話がわかりそうなのもいるじゃん。

 

 

そこで俺は、ドン引きした視線をこちらに向ける2人に気づいた。

当然、キリトと女剣士だ。

 

 

「あ、俺の行動(こと)は気にせず、続けて?」

 

 

そう言ったのに、2人はありえないモノを見るかのような視線をやめてくれない。

えぇ、んなひどいことしてるか?俺。

 




はい、というわけでカイがキリトと合流しました。
ついでに、権限は持たないカーディナルが強制イベントで仲間になりました。やったねカイちゃん、家族が増えるよ!

ちなみに、アレに気づかずにアイテムを全消去しようとした場合、『『CDTー00』は破棄できませんでした。』とかいう呪いのアイテムみたいなシステムメッセージが出ます。カイはドン引きしながらも仕方なく確認するので結果は変わりません。初期対応の辛辣さが変わるかもしれませんが。

そして、サラマンダーの部隊長カゲムネを逃がさない発言。
これにはキリトと見知らぬ女剣士もドン引きです。実際カイにそんな気はなかったのですが、脅迫にしか聞こえない件について。それはそうとこの女剣士は誰なのかなぁ(痴呆)。


次話もどうせ時間がかかるので、気長にお待ちください。
では、また次回。


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第三十二話 動き出す黒と紺の妖精


お久しぶりです、gobrinです。

なんと、1ヶ月くらいでの更新です。
こいつ更新早いな(なお現実でやらなければならないことから逃げている模様)。

ま、まあ、気にせずどうぞ。



 

 

ドン引きの表情でこちらを見てくるキリトと女剣士。

俺はその視線に納得がいかず、カゲムネと名乗った重戦士に声をかける。

 

 

「なあ、俺そんなに非常識なことしてるか?」

 

「ん……いや、答えにくいことを聞かないでほしかったかな……ハハ……」

 

 

こいつも同じこと思ってんのかよ!!

そういうことならもういいよちくしょう!!

 

 

「あ、そういえばその火の玉みたいなのは何?」

 

「シッ、アレは《リメインライト》。さっきのプレイヤーの意識はまだそこにあるの。会話も聞いてる。気をつけて」

 

 

俺の不満げな表情から心境を察したか、キリトが露骨に話題を変えた。んにゃろう。

 

それはそうと、あの死亡エフェクト、意識がしばらくそこにある設定なのか。なるほどな。魔法がある世界観な訳だし、あの状態の時に蘇生可能って感じか?

女剣士の説明が終わった数秒後、火の玉────リメインライトが次々に消滅した。

 

 

「……ふぅ。これで大丈夫ね。────それで?あたしはスプリガンの貴方と戦えばいいの?」

 

「えぇ……俺的にはヒーローが女の子を助けたシーンなんだけど……感激したヒロインがヒーローに涙ながらに抱きついてくる的な……」

 

「なっ、何言ってるのよ!?」

 

 

女剣士が顔を赤らめて叫ぶ。

怒り:照れが6:4〜7:3ってとこか?少なくとも嫌悪感はないみてえだな。印象は悪くない、か。

 

 

「寝言は寝てから言った方がいいぞ、キリト」

 

「おまっ、カイ……。ちょっと引いたの根に持ってるだろ」

 

「さて、何のことやら?」

 

「そうですよ、ダメですよパパ!」

 

 

俺がすっとぼけていると、ユイの声が聞こえた。

あ、確かにキリトの発言はアスナとユイがいる身としては不適切だったな。

 

 

「あ、こら、出てくるなって」

 

 

キリトも厄介ごとになるのが簡単に予測できるんだろう、ユイを制止するが────

 

 

「パパにくっついていいのはママとわたしだけです!」

 

「ぱ、パパァ!?」

 

 

キリトの胸ポケットから颯爽と現れたユイがそんな爆弾発言をぶちかます。

女剣士も驚きで素っ頓狂な叫びを上げた。

 

 

「…………ナビゲーション・ピクシーにパパと呼ばせることなんてできるのか……?」

 

 

カゲムネが訝しげな声音で呟く。

……これもしかしなくても良くない展開か?

他言無用のための交渉材料、あっかな……。

 

 

「ねえ、それってプライベート・ピクシーってやつ?」

 

 

俺が1人頭を悩ませていると、女剣士がそんな問いかけをキリトに投げる。

 

 

「ああ、プライベート・ピクシーか。なるほど、あんな感じなんだな」

 

「ま、まあそんなところかな……」

 

 

俺の隣でカゲムネが納得するように頷く。

キリトが空笑いを浮かべて肯定した。

この感じだと俺もカナの説明に困りそうだから、それで一応の納得が得られるならパクるんだけど……。

 

 

「ん?だがプライベート・ピクシーはプレオープンのキャンペーンで抽選だったはずだろう?初期装備なのは妙な気がするが……」

 

 

納得したと思わせておいてまさかの疑問。

カゲムネー、頼むから思考を止めてくれー。

 

だが、その疑問なら言い逃れは可能だな。

 

 

「ああ、俺とあいつは昔アカウントだけ作ってずっと別のVRMMOで遊んでてな。だから仮想現実には慣れてるんだが、この世界には慣れてないんだ。だからまあ、初心者じゃないと言えなくもない」

 

「ああ、そういうことか。キミ達はリアルでの知り合いなんだね」

 

 

ちょっと説明が丁寧すぎるかもと思ったが、誤解させることには成功したみたいで内心ホッとする。

いやーしかし、迂闊なこと言えねえなこれ。

 

 

「まあな。それよりもキリト、さっさとやることやった方がいいんじゃねえの」

 

「……そうだな、そうする」

 

 

何とか話題をやり過ごし、キリトを本来の目的に誘導する。

キリトも何が大事かは理解しているから、すぐに思考を切り替えたようだった。

俺達の目的は、まずは情報を集めることだ。ここには、それなりにこのゲームのことを知っていそうな奴らがいる。

 

 

「まずは自己紹介だな。俺はニューカイ。カイって呼んでくれ」

 

「俺はキリトだ。よろしく。この子はユイ」

 

「あたしは……」

 

 

女剣士は名乗る前に、カゲムネへと視線をやった。

その意味はよくわからなかったが、結局そのまま名乗りを上げる。

 

 

「……まあいいわ。あたしはリーファ。助けてくれてありがとう」

 

「さっきのが聞こえてたかもしれないが、改めて。カゲムネだ。カイ……くんに脅迫されている」

 

「別にくん付けとかしなくてもいいぞ、カゲムネ。そっちもリーファって呼んでいいか?」

 

「ええ、構わないわ」

 

 

自己紹介を終えたところで、リーファが切り出した。

視線を俺とキリトに交互に動かす。

 

 

「それより、カイくんがやることって言ってたけど、君達はこの後どうするの?」

 

「や、特に予定はないんだけど……」

 

「カゲムネに相手してもらったら、俺もキリトと同じくだな」

 

「そ。じゃあ、その……お礼に1杯奢るわ。どう?」

 

 

その申し出を受けて、キリトが嬉しそうに破顔した。

無邪気な笑顔なことで。俺はこの世界ではあんな風には笑えない。

心情が表情に反映されやすいこの世界では、俺の笑みには黒いものがよく混じる。

 

 

「それは嬉しいな。実は色々教えてくれる人を探してたんだ」

 

「色々?」

 

「この世界のことをね。特に……あの樹のこととか」

 

 

キリトが指差した先には、世界樹がある。俺達の目的地。

 

 

「世界樹?いいわよ、あたしこう見えても結構古参だから。街で話そっか」

 

「あ、リーファ。それならキリトにコントローラーを使わない飛行の仕方を教えてやってくれないか?俺はその間に、カゲムネと戦って(遊んで)るから」

 

「そう言うってことは、随意飛行、カイくんはできてキリトくんはできないんだ」

 

 

遊んで、の部分でカゲムネが盛大に顔を引きつらせてた気がするけど、気にしない。

リーファの理解に頷く。

 

 

「ああ。俺の方が早くコツを知ったってだけだがな。キリトならすぐにモノにするはずだ。よろしく頼む」

 

「ふーん……わかったわ。任せて」

 

 

リーファがキリトに近寄って説明を開始するのを横目に、俺はカゲムネに視線を合わせる。

……いやなんつー顔してんだお前。

 

 

 

「てなわけで、やるか?」

 

「やらずに帰してくれるなら帰るんだけどね……そうもいかないだろうし、わかった。始めよう」

 

「うし。ちょっとだけ待ってくれ。カナ、出てきていいぞ」

 

 

俺が呼びかけると、カナが胸ポケットから飛び出してきた。

 

 

「お呼びですか?」

 

「何か用があるわけじゃない。ちょっとした確認だ。これから空中戦闘をするんだが、キリトのところに行ってるか?」

 

「キミもプライベート・ピクシーを持っているのか……」

 

 

カナを見たカゲムネがそう呟く。

 

 

「まあ、偶然な。で、どうする?」

 

「では、そうさせてもらいます。終わりましたらお呼びください」

 

「了解。キリト達には名前だけ名乗っとけ。さて、待たせたな」

 

「いや、問題ない」

 

 

カナがキリトの下へ飛んでいくのを見送った俺とカゲムネは、翅を広げ飛び立った。

先ほどの広場の上空で対峙する。

 

 

「さて、空中戦の練習台とのことだったが。どういう戦闘がお好みかな?」

 

「その辺りはカゲムネに任せる。俺は本当に知識のない初心者だ。どういうのがセオリーとかもわからない。だから取り敢えず、適当に仕掛けてくれると助かる。その最中に指導してくれるとなお嬉しいね」

 

「……そうか、わかった」

 

 

そう言うと、開始の宣言もなくカゲムネが突っ込んできた。

(ランス)を構えた突撃(チャージ)は中々迫力がある。

 

開始宣言をしないということは、このゲームでは空中戦をいきなり仕掛けられることもあるってことだろうな。

こいつは自分に害にならない範囲では律儀な奴だと話していて感じた。

そんな奴が何も言わずに突っ込んでくるのは、「こういう戦闘開始もあるぞ」と示してくれているんだ。

戦闘開始からありがたい指導を受けつつ、その突撃をいなす。が、さっき倒したプレイヤーの突撃と違い、こちらが弾き飛ばされた。どういうことだ?

 

 

「地上と違って、空中での近接戦は翅の使い方が極めて重要なんだ。体重をかけられない代わりに、推進力で圧をかける」

 

 

カゲムネが一度離れ、そう言いながら再度突撃してくる。

そのアドバイスを受けて、納得がいった。

俺がさっき簡単に敵を受け流せたのは、さっきの奴が真っ直ぐ俺を貫くことしか考えていなかったから。左右に逸らされることを一切警戒してなかったから簡単に進行方向をズラせたし、その勢いを利用して投げ飛ばすこともできた。

一方カゲムネは、俺のいなそうとする力に逆らう方向にも推進力をかけたんだ。そうなれば、俺は相手の一撃が急に重くなったように感じる。

 

なら────これで、どうだ!?

 

俺は、先ほどと同じようにカゲムネの突撃を逸らそうとする。

カゲムネの表情が軽く呆れたようなものに変わり────

 

 

「うおっと!?」

 

「せいやっ!」

 

 

────俺に攻撃を逸らされた上に蹴り飛ばされ、最終的に驚愕へと切り替わった。

相手が追加した推進力をも利用して攻撃を受け流す。それと同時に自分も動き、相手に反撃。翅を操作すればこのくらいは地上以上にできるわけか。

 

 

「なるほどね。こうやんの」

 

「……これは驚いたな。まさか、口頭で説明した直後にそこまで精密な機動ができるとは」

 

 

カゲムネの驚いた顔を見て内心で笑みを浮かべる。

だが、その感情は表情に出さない。戦闘中の癖みたいなモンだ。相手に与える情報は、選択して減らす。

なるべく、「得体の知れない強いやつ」という印象を与えておきたい。

 

俺は不敵に笑って、背中を親指で差した。

 

 

「ハッ、こいつは仮想とはいえ俺の骨と筋肉なんだろ?だったら思い通りに動かせねえ道理はねえな」

 

「………なるほど。キミは常人とは異なる感性を持つようだ。……さて、実は今説明したことがALOの空中戦の基本にして真理なんだが、まだ続ける必要があるかな?」

 

 

それは俺も感じていたことだった。カゲムネの言う通り、今の動き方が空中戦での肝だろうし。

他に見たいことと言えば……あ、1つあったな。

 

 

「すまねえな、あと1つだけ付き合ってくれ。魔法を絡めた空中戦を体験したい」

 

「魔法か……確かに、純粋な斬り合い突き合いとは違った戦闘になる。わかった、付き合おう」

 

「助かる。今度も自由に仕掛けてきてくれ」

 

 

またもや、カゲムネが無言で突っ込んできた。しかも、さっきよりも速い。

こりゃ、最初は手を抜いてたな。配慮がありがたくて涙が出るぜ。

 

でもよ────。

 

 

「その速度が限界かぁカゲムネェ!?そんなんだったら簡単に見切れちまうぞ!?」

 

「ぐっ……これでも魔法戦だと意識した上での最高速で動いているんだけどね!」

 

 

俺はカゲムネの攻撃を受け流し、腰の片手剣を引き抜いて斬りつける。手応えはまあまあ。まあ、死にそうになったらカゲムネなら言うだろ。

カゲムネは挑発に乗ることなく速度を維持した。煽られながらも、その集中を切らしていない。

 

仕掛けてもらってばっかじゃ悪ぃから、俺からも仕掛けるか。

 

 

「こっちからも行かせてもらうぜ!」

 

「くっ……ガッ!?」

 

 

俺はわかりやすく片手剣を振りかぶる。

剣を槍で受け止めたカゲムネに対して、俺は接触点を支点にして動き、蹴りを叩きつけた。

 

あ、ヤバい。これ、楽しいぞ。

空中で自由に動けるのもそうだが、地上ではあり得ない機動が翅のおかげで実現できるところが一番楽しい。

これは……ハマるのも、わかっちまう。

 

俺の蹴りを食らって、俺が攻撃にも体術を使うことを理解したカゲムネはそれも含めてガードを試みている。

が、俺の攻撃は面白いように通った。槍を用いた反撃も、簡単に受け流せる。

 

なんか、相手の翅の動きがはっきり見えるんだよな。次の相手の動きが先読みできるから、即応できる。

 

ALO……このゲームは特に、俺に向いてるらしい。

SAOでも似たような先読みはやってたが、流石に筋肉の動きまでは見えなかったからな。相手の動き出しを見てから予測で対応ってのが最速だった。

だが、ALOは違う。()()()()()()()()翅の動きが見える。

 

俺の動きが格段によくなったことに気づいたか、カゲムネが無理やり距離を取った。

槍を雑に振り回し、一気に離脱。

動きの予想はできたから追撃しようと思えばやれたんだが、これは練習だ。魔法を撃ってもらわないとな。

 

俺から距離を取ったカゲムネが、何かを口ずさんだ。

流れるようなその言葉の意味は理解できないが、言葉のたびにカゲムネの周囲に文字列のようなものが出現する。

 

アレは……恐らく、単語の組み合わせかな?

火属性であれば『ファイア』や『フレイム』みたいに炎に該当する言葉があって、他の意味を持つ言葉と繋げることで魔法の詠唱を造っているんだろう。

もしかしたら、文法みたいなのもあるかもな。

 

と、考察をしていたらカゲムネの魔法が完成したらしい。

ぶっとい炎の槍が飛んできた。

 

 

俺はそれを回避する。

その時、炎の槍の中に何かが見えたような気がした。ありゃなんだ……?

 

ちょっと動きを止めた俺に、両手を挙げたカゲムネが近寄ってくる。

 

 

「いやぁ、アレをあっさり躱すか……参った。これ以上だと本気を出さないといけなくなって、ただの練習戦じゃ済まなくなる。正直言って終わりにしたい」

 

「ん、こっちもそれでいい。悪かったな、妙なことに付き合わせて」

 

「いや、見逃してもらえる対価だと思っているからそれはいいさ」

 

 

俺はいくつか気になったことを訊ねることにした。

 

 

「質問いいか?」

 

「ん、なんだい?」

 

「さっきの魔法、アレは遠くからただ撃つための魔法なのか?それとも接近戦を別の奴が仕掛けている時に援護するための魔法?」

 

「それはどちらでもある、という答えになるかな。空中戦だと前者の場合が多い。標的を逃がさないためだったり、近づいてくる相手を牽制したりね。空中で援護しようにも、互いの動きによっては味方を狙撃してしまうから、そっちの目的ではあまり使われない。逆に地上戦なら、援護に使いやすい魔法という印象かな。爆発させたりする魔法に比べてピンポイントで狙えて速度もあるからね」

 

「なるほどな、さっきのは上手い使い方ができる状況じゃなかったか。通りで避けやすかったわけだ。次、俺の蹴りやら何やらは、ダメージになってたのか?」

 

「避けやすい魔法ではないんだけどなぁ……。蹴りもダメージ判定になるよ。ダメージエフェクトは出にくいけど。確かALOのダメージ算出式は、武器の攻撃力と攻撃のスピード、攻撃される部位と受ける側の装甲の4つの要素で決まるから、攻撃が素早く敵のウィークポイントを打つなら、打撃でも充分に効く」

 

 

俺はカゲムネの説明に感心していた。

 

 

「わかりやすい説明だな……流石は部隊を任されてるだけのことはある」

 

「やめてくれ、下っ端に毛が生えたくらいのものなんだから」

 

「ハハッ、すまねえな。っと、俺が訊きたいことはもうねえや。助かったぜ。そっちからはなんかあるか?」

 

「いや、特にないよ。じゃあ、これで失礼する」

 

「おう。また()ろうぜ」

 

「キミとはもう戦いたくないなぁ」

 

「うわぁぁぁぁあああああああああああああ!?」

 

 

俺とカゲムネがそんなやり取りをしていると、下からキリトが猛烈な勢いで飛び出してきた。

そのまま、虚空で∞の字を描きながら飛び続ける。

……まっっったくコントロールできてねえでやんの。

 

 

「…………彼は、何をやっているのかな?」

 

「さてな。アレを見物していくのはいいけどよ、そろそろ戻った方がいいんじゃねえか?」

 

「ん、そうだね。では、失礼するよ」

 

「ああ。またな」

 

 

苦笑いとともにそんな言葉を残し、カゲムネは飛び立って行った。

 

 

その後、リーファとユイ、カナが俺と同じ高さまで上がってくる。

リーファとユイはキリトの制御できない飛行を見て、謝りながらも楽しそうに笑っていた。

カナが、俺の側に寄ってくる。

 

 

「戦闘は終了したようですね」

 

「ああ。呼びに行く前に来てもらって悪いな」

 

「いえ、構いません」

 

 

そう言いながら、カナが俺の右肩に乗ってくる。

定位置ができつつあるな……。

 

そんなことを思いつつ、カナに確認する。

 

 

「あいつらにどこまで説明した?」

 

「カイの指示通り、名前のみ伝えました。カイ自身が説明するつもりだと推測したので」

 

「あ、察してくれてたか。助かる」

 

「いえ」

 

 

カナは何とも思っていなさそうな声で返事をした。

実際何とも思ってないんだろうが……。

 

それはそうと、この後街まで飛ぶことを考えると、翅の使用時間が少し気になるな。休めておくか。

 

 

「おーい、リーファー!俺、下で少し翅を休めてる!キリトに飛び方を教えたら報せてくれ!」

 

「あ、うん!わかったー!」

 

 

腹を抱えて本格的に笑うリーファにそう声をかけ、俺は地上に降り立った。シュッ、と音を立てて翅が消失する。

さて、何をして時間を潰そうか。

 

 

「……そういえば、近場にいたプレイヤーがキリトで、連れているピクシーがユイだったのにカナは驚いた様子がなかったな」

 

 

俺はキリト達だと気付いた時に結構驚いたのに、胸ポケットにいたカナからはそういった反応が何も感じられなかった。

ふと疑問に思った俺の呟きに、衝撃の答えが返される。

 

 

「ワタシはあそこにいたプレイヤーの所有しているナビゲーション・ピクシーがMHCPー01であることは知覚していました。そこから、プレイヤーがキリトであることも推測していました。驚く理由がありません」

 

「は?理解してたのか?」

 

「はい。カイにもそのように伝えましたが」

 

「は?」

 

 

さっきから「は?」しか言えなくなってる。そのくらい驚きが大きい。

え、伝えられたか?いつ?

 

 

「…………。あ、『ワタシ()()()ナビゲーション・ピクシーを連れている』ってそういう意味か!?」

 

「…………他にどういう意味が……?」

 

 

ワタシ同様の、つまり存在がSAOに由来するナビゲーション・ピクシーだと。

いやいや、普通ナビゲーション・ピクシーというシステム的な分類のことだと思うじゃん……。

 

そう伝えると、カナは少し驚いたような表情の変化を見せた。

こいつ意外と感情豊かだな?

 

 

「……今後は、カイに意図が正確に伝わるような説明を心がけます」

 

「……ああ、俺の方も意識しておく」

 

 

コミュニケーションって、人間同士だけじゃなくてAIとでも難しいのな。初めて知ったわ。

 

カナ相手に他にも色々と話していると、上空からリーファが声をかけてきた。

 

 

「おーい、カイくーん!そろそろ行くよー!」

 

「おう!わかった!」

 

 

リーファに返事をし、翅を出現させる。軽く震わせて、飛び立つ前にカナに声をかけた。

 

 

「んじゃ、行くか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「ほー、ちゃんと飛べるようになってんじゃん。キリトも流石だが、リーファ、教えるの上手いんだな」

 

「あたしは、そんな……キリトくんの筋がいいだけだよ。カイくんも、すごいね?飛ぶなんて珍しい行為、すぐにできるようになるなんて」

 

「まあ、たまたま得意だったってだけだよ。ところで、どこに行くんだ?」

 

「ちょっと遠いけど、北に行くと中立の街があるから、そこにしようかなって」

 

「あれ?スイルベーンって街が近いんじゃないのか?」

 

 

俺とリーファが行き先の相談をしていると、キリトがそんなことを言い出した。

あー、これユイからそこまでは聞けてねえのか。

だが、俺がどの程度知ってても違和感がないかが不明瞭だ。俺が説明しなくてもリーファがしてくれるだろうし、無駄にでしゃばるのはやめとこ。

 

 

「キリトくん、ホントに何も知らないんだね……スイルベーンはシルフ領なんだよ?」

 

「何か問題でも?」

 

「問題っていうか……街の圏内じゃキリトくん達はシルフを攻撃できないけど、逆はアリなの」

 

「なるほどね。でも、皆が即襲ってくるわけでもないんだろ?リーファもいるしさ」

 

「うーん、まあそうなんだけど……カイくんは?」

 

「ん、まあ俺もスイルベーンでも大丈夫だぞ。むしろ1回襲われてみたいな……どの程度の対応まで可能なのか、知りたくもある」

 

「「うわぁ……」」

 

「オイお前らハモるのやめろ。その目もやめろ。オイやめろって」

 

 

ドン引きしてます、という態度と表情。

キリトはまだしも、なんで今日初対面のリーファから2度もドン引きされなきゃいけないんだ。

 

 

「まあ、それは置いといて。目的地はスイルベーンでいいってことね?」

 

「うん」

 

「異議なし」

 

「じゃあ、付いてきて」

 

 

リーファが先導して飛翔する。その後をキリトとユイが追い、俺は最後尾からカナとともに付いて行った。

 

 

 

あいつらの会話内容が一応聞こえるくらいの距離を保ちながら、俺はカナに小声で訊ねた。

キリト達は飛ぶことの楽しさなどを語り合っている。ザ・雑談だな。

 

 

「なあ、カナ。この世界の各種族のホームタウンの位置を示したワールドマップ。あるか?」

 

「お待ちください……ホームタウンの位置まで示したワールドマップはゲーム内に存在しません。そういった仕様のようです」

 

「そうか……」

 

「現実世界に範囲を広げて検索します」

 

 

そう言うや否や、カナは俺の胸ポケットに身を滑らせた。

現実世界から情報を持ってくる場合、飛行が覚束なくなる程集中する必要があるのか。覚えておいた方がよさそうな情報だ。

 

1分程して、カナが胸ポケットから顔を覗かせた。

 

 

「お待たせしました。複数のプレイヤーが作成し、特定のグループのみで公開している地図がありましたので取得してきました。組み合わせたものをゲーム内で使用できるワールドマップに重ねておきます」

 

「ありがとう、助かる」

 

「カイくーん」

 

「うん?」

 

 

カナと話していると、リーファが声を掛けてきた。なんだ?

 

 

「もうちょっとスピード出してもいい?」

 

「急にどうした?」

 

「キリトくんに煽られちゃってねー」

 

「いや、事実だけど……なんか言い方がなぁ」

 

「キリトのせいか、じゃあ仕方ねえな。付いてくから、遠慮すんな」

 

「りょーかいっ」

 

「カイまでそんな言い方しなくても……」

 

 

キリトが不貞腐れる中、リーファが楽しそうに笑いながら加速しだした。

キリトはそれに追随し、表情を朗らかなものに変えていく。

まあ、2人の気持ちはわかる。飛ぶのは楽しい。とてもな。

 

じわじわと加速していたリーファだったが、恐らく俺達に多少配慮してたんだろう。多くの場合は付いていけねえのかな?

ぴったりと付いてくる俺達を見て驚き、口許を引き締め、急加速に入った。

……速いな。最大スピードか?

 

俺達もしっかり付いていくが……風切り音がすげえな。大声を出さないと声が届きそうにない。

 

と、視界内で何かが動いた。

……ああ、ユイか。スピードに付いていけなくなったのか、キリトの胸ポケットに滑り込んだようだった。

 

それを見て、顔を見合わせて笑うキリトとリーファ。

うーん、マジで声が聞こえん。

 

 

そのまま、俺が妙な孤独感に包まれながら飛翔していると、遠くに輝く街が見えてきた。

みるみるうちに大きくなっていく。それ程、俺達のスピードが出てるわけだな。

 

キリトが声を張り上げる。

 

 

「アレか!?」

 

「そう、アレがあたし達シルフ領の首都!スイルベーン!」

 

「へえ、すごいな!」

 

「前方に見える、一際大きな塔の根元に着陸するわよ!!」

 

 

キリトとリーファが大声で会話している。あのくらいの声だと俺にも聞こえるな。

…………って、着陸?

 

 

「そういえば、キリトくん、カイくん……2人とも、ランディングのやり方解る?」

 

 

リーファも同じ懸念事項に気づいたのか、俺達にそう訊ねてきた。

 

 

「俺は解るが……キリト、着地に失敗してたような……?」

 

「………………解りません」

 

「あ、えーっと……」

 

 

キリトの答えに、リーファはどう説明しようか迷うような素振りを見せ────。

 

 

「ごめん、もう間に合わないや……こ、幸運を祈るよ!」

 

「悪ぃな、キリト」

 

「そ、そんなぁぁぁああああああ!?」

 

 

諦めた。

 

俺は大きく翅を広げて空気抵抗を急増させ、急制動を掛ける。

流石にあのスピード、身体に掛かる負担も大きいが……俺とリーファは難なく塔の根元に着陸する。

 

上の方から「べちんッッッ!!!」という、めっちゃ痛そうな音がした。

…………すまん。いやホントに。

 

 

 

「酷いよリーファ……カイも……」

 

「ご、ごめんって。回復(ヒール)してあげるから」

 

 

恨みがましく俺とリーファを見上げるキリトに心が痛んだか、リーファがキリトに回復魔法を掛ける。

うーん……予想した通り、単語の羅列っぽいなぁ。今のリーファの発音とカゲムネがしていた発音は異なるように思える。

 

 

「お、おおっ!これが魔法かぁ。俺にも使えるのかな?」

 

 

キリトが魔法の効果に驚きながら、そんな疑問を口にする。

その表情は「使ってみたい!」という感情に溢れているが……俺はどうもなぁ。肉弾戦で良くねえかと思っちまう。読まれにくいし。

 

 

「うん、これは使えるよ。種族毎に適性があるから、中々使えない魔法はあるけどね」

 

「スプリガンってのは何が得意なんだ?」

 

「スプリガンは幻惑系とトレジャーハント系。戦闘向きじゃあないわね。インプは弱体化(デバフ)魔法特化。こっちも戦闘特化ではないけど、スプリガンよりはマシかな?基本的な闇系の攻撃魔法も適性あるし」

 

「えぇ……」

 

「マシって表現が笑えるな」

 

 

まあ、デバフ要員は「いて邪魔になる訳じゃないけど別にいなくてもいい」枠な印象があるからわからなくもねえけど。

 

 

「────リーファちゃ〜〜〜〜ん!!」

 

「あ、レコン」

 

 

向こうからシルフの少年がリーファの名前を叫びながら走ってきた。知り合いみてえだな。

 

 

「無事だったんだね!」

 

「うん、何とかね」

 

「あの人数相手に、流石リーファちゃん────って、スプリガンにインプ!?」

 

 

レコンと呼ばれた少年が1歩跳び退り、腰のダガーに手を掛けた。

いや、気づくの遅ぇよ。

 

リーファが慌ててレコンに告げる。

 

 

「あ、大丈夫。この人達が助けてくれたのよ」

 

「キリトだ。よろしく」

 

「ニューカイだ、カイって呼んでくれ。さっきの言い方だとリーファと一緒だったのか?すまねえな、間に合わなくて」

 

「あ、いえいえどうもご丁寧に……じゃなくて!」

 

 

握手に応じるのかと思ったら頭を振ってまた構えた。忙しい奴だな。

 

 

「大丈夫なの!?スパイとかじゃ……」

 

「うーん、大丈夫だと思うよ。スパイにしちゃキリトくんは天然ボケが入りすぎで、カイくんは悪目立ちしすぎ。問題行動ばっかりですぐに目をつけられちゃうよ」

 

「うわ、ひっでえ」

「あのなぁ……」

 

 

あんまりな言い分に軽く抗議の視線を送るが、リーファは堂々としたものだった。

 

 

「だって、普通の人は他種族領で攻撃されて、どの程度までの対応が可能か試してみたいなんて言わないもん」

 

「あ、それは頭おかしいね」

 

「おいコラ。喧嘩売ってんなら買うが?」

 

「ハハッ。散々な言われようだな、カイ」

 

 

ひでえ話だ、全く。

 

 

「確かにスパイっぽくないっていうのはわかったよ。で、リーファちゃん。シグルド達がいつもの場所取って待ってるから、早く行こう?」

 

「あー……今日はいいわ。この人達に1杯奢る約束してるから。4人で分配しちゃって」

 

「えー」

 

「じゃ、次の狩りの時間とかはメールちょうだい。参加できたらするから。お疲れ!」

 

 

リーファはそう言って、オブジェクト化させた布袋をレコンに手渡した。

なるほど、レコン以外にも複数人とパーティーを組んでるんだな。

俺は味方の人数が少なければ少ない程やりやすいと感じるタイプだから、こういう普通のパーティープレイをしている奴のことを素直に凄いと思う。しがらみとかクソ怠そう。

 

 

「じゃあ2人とも、付いてきて。奢るわ」

 

 

リーファの先導で、俺達はシルフの街を歩き出した。

 





というわけで、カイとキリトは少しずつ目的に向けて動き出しました。

カイ、自分から他人に戦闘吹っかけておいて何だか一番ノンビリしてたまでありますね。
カーディナルとも交流を深めて、多少わかり合ったようです。情報収集能力にめちゃくちゃ助けられてますね……ある意味いい相棒になってくれそうです。

これからカイがどう動くのか、お楽しみに。
では、また次回。


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情報の収集と共有

お久しぶりです、gobrinです。

フェアリィ・ダンス編の五話になります。
所々、独自解釈を入れてます。ご容赦ください。

では、どうぞ。


リーファに連れられて入ったのは、小ぢんまりとした酒場だった。

奥には二階に上がる階段が見える。宿屋も併設してる感じか。

 

ちなみに、道中ではさっきのレコンってやつがリーファの彼氏なのかとキリトとユイが揶揄っていた。まあ、リーファは即座に否定して学校の同級生だと説明していたが。

うーん、こりゃ脈はなさそうかね。レコン、御愁傷様だ。

 

 

「さ、ここはあたしが持つから自由に頼んで」

 

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

「キリト、向こうでの夕食も考えて食いすぎんなよ」

 

 

仮想の食事による満腹感は、向こうに戻っても少しの間持続するらしい。仮想空間ダイエットとかいう頭の悪いダイエット法を実践して栄養失調に陥った例や、生活の全てを()()()に捧げて結果衰弱死したプレイヤーの例などの情報がごろごろ転がっていた。

 

俺の忠告を受けたからかどうかは定かではないが、うんうん唸って悩み抜いたキリトとリーファ。結局、リーファはフルーツババロア、キリトは木の実のタルト、ユイはチーズクッキー、俺は柑橘類をふんだんに使ったパイ、カナはレーズンパンとチョコケーキを注文した。飲み物はリーファが香草ワインのボトルをチョイス。皆で飲むことになった。

 

NPCによって注文した品が即座に並べられると、俺達はグラスにワインを注いで軽くぶつけ合う。

 

 

「それじゃあ改めて、助けてくれてありがと」

 

「まあ、成り行きだし。ああいうPKはよくあることなのか?」

 

「サラマンダーとシルフは元から仲悪いけど、ここまで組織的になったのは最近かな。たぶん、近々世界樹攻略に乗り出すんだと思う」

 

「ああ、それだ。その世界樹っての、詳しく教えてくれねえか」

 

 

俺が食い気味に反応したせいか、リーファが目を瞬かせる。キリトが少し身を乗り出したのも関係しているだろうが。

 

 

「……ええ、いいけど。確かキリトくんもそんなこと言ってたね。でも、なんで?」

 

「世界樹の上に行きたいんだよ」

 

 

キリトがそう言うと、リーファが呆れたような表情を見せた。なんだ?

 

 

「それは、多分全プレイヤーが考えてることだね、きっと。それがこのALOっていうゲームのグランド・クエストなのよ」

 

「グランド・クエスト?」

 

「ええ。滞空制限があるのはご存知の通り。どんな種族でも、連続して飛べるのは精々十分ってところ。でも、世界樹の上に最初に到達して《妖精王オベイロン》に謁見した種族は全員、《アルフ》っていう高位種族に生まれ変わって滞空制限がなくなるって言われてるの」

 

「なるほどね」

 

「それは何とも、魅力的な話じゃねえか」

 

 

キリトが頷いている。俺も同感だ。

その話が本当なら、各種族は躍起になって世界樹攻略を目指すだろうな。

 

 

「世界樹の上に行く方法は判明してるのか?」

 

「世界樹の内側は大きなドームになってるの。その頂上に入り口があって、そこから内部を登るんだけど、そこを守ってるNPCガーディアン軍団がすごい強さなのよ」

 

 

俺の問いにも、リーファはスラスラと答えてくれる。

……こりゃあ、本当にいい奴を助けられたな。人柄も知識量も申し分ねえ。

 

 

「そのガーディアンってのは……そんなに強いの?」

 

「もう無茶苦茶よ。今まで色んな種族が何度も挑んでるけど、みんな呆気なく全滅。ALOがオープンしてから一年経つのに、まだクリアされてないんだから」

 

「そう言われると確かに」

 

「実はね、去年の秋頃、大手のALO情報サイトが署名集めて、レクトプログレスにバランス改善要求を出したんだ」

 

「へえ、それで?」

 

 

……面白そうな話だが、リーファの口振りからするに結果は出なかったんだろう。キリトもわかった上で先を促している。

 

 

「お決まりの回答ね。『当ゲームは適切なバランスのもとに運営されており』なんたらかんたら。最近は、今のやり方じゃ世界樹攻略はできないっていう意見も多いわ」

 

「何かキークエストを見落としている、もしくは……単一の種族だけじゃ絶対に攻略できない?」

 

「へえ、いい勘してるじゃない。クエスト見落としの方は……」

 

 

キリトとリーファが話すのを聞き流しながら、俺は思考に没頭する。

 

なーんか、嫌な予感がするんだよな……。

エギルが見せてくれたあのスクリーンショット。アスナにしか見えない存在。そして奥の、ボケていたもう一つの鳥籠。あの中で吊るされていたシリカ……。

俺は、シリカなら見間違えない自信がある。奥にいたのがシリカなら、手前にいたのがアスナでも何もおかしくはない。いや、SAOから解放されたはずの二人がここにいるのは充分におかしいことなんだが。須郷のあの嫌な笑みを見てしまったからか、悪い方に繋げて考えちまうな。

────鳥籠の本来の役割通り、あの二人があそこに閉じ込められているとしたら。そこへ辿り着ける可能性のある()()()なんて作るかね?もちろん、ゲームとしては間違っているが……世界樹攻略はできない、これが真実なんじゃ……?

 

 

「それじゃ遅すぎるんだ!!」

 

 

不意に、キリトが叫んだ。一応、声は押し殺していたようだが。

歯を食い縛るキリトに、俺は声を掛ける。

 

 

「落ち着け、キリト」

 

 

原因は明白だ。直前にリーファの言った、「たとえ何年かかっても」という言葉。それじゃあ遅すぎる。まさしくその通りだ。

キリトがアスナの病室でえらく憔悴していた件、エギルの店に行く道中で聞き出したところ、あの須郷伸之がアスナ────結城明日奈との結婚を目論んでいる……いや、この表現は適切じゃねえな。結婚しようとしているという話だった。明日奈の父親との合意はなっているらしい。式の予定は来月。アスナの意思は確認しようもないからな。

だが、あの世界でアスナと触れ合った奴ならわかる。あいつは、仮想現実だからと、自分の想いを現実と切り離して考えられるような器用な奴じゃない。アスナは本気でキリトと結ばれることを望んでいる。俺はそう確信している。

つまり、一刻も早くアスナを助け出す必要がある。様々な状況から。

 

そして、俺も。シリカが囚われてるんだ。さっさと解放してやりたい。俺とキリトの目的はガッチリ一致しているわけだな。

 

 

「パパ……」

 

 

ユイもチーズクッキーを食べるのを中断し、キリトの肩に座って宥めるように頰に手を添えた。

それでなんとか落ち着いたのか、キリトの身体から力が抜ける。

 

 

「……驚かせてごめん。でも俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ」

 

「ま、そこは俺も一緒だな。一刻も、早く」

 

 

リーファが動揺を落ち着かせようとするかのような間を置いてから口を開いた。

 

 

「なんで、そこまで……?」

 

「人を探してるんだ」

 

「どういうこと?」

 

「……残念ながら、簡単には説明できねえな」

 

 

キリトは俺に目配せをした後、リーファを見て微笑んだ。諦めるつもりはないが、心のどこかで諦めそうになっている瞳をしてる。良くねえな。

 

 

「……ありがとうリーファ。色々教えてもらって助かったよ。ご馳走様、ここで最初に会ったのが君でよかった。カイ、行こう」

 

「ああ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

立ち上がりかけたキリトの腕を、リーファが掴む。俺は中腰で固まった。

 

 

「世界樹に行く気なの?」

 

「ああ。この眼で確かめないと」

 

「無茶だよ、そんな……。────あっ、じゃあ、あたしが連れていってあげる!」

 

「え」

 

 

キリトが目を丸くする。俺もビックリした。座り直しちゃったよ。

 

 

「いやでも、会ったばかりの人にそこまで世話になるわけには……なぁ?」

 

 

そこで俺に振るな。

 

 

「いいの、もう決めたの!!」

 

 

そしてリーファ、俺の意見も聞いてくれねえかな。いや、いいんですけどね別に。

 

 

「あの、明日も入れる?」

 

「え、うん。カイは?」

 

「俺も行けるとは思うが」

 

「じゃあ午後三時にここでね。あたし、もう落ちなきゃいけないから、あの、ログアウトには上の宿屋を使ってね。じゃあ、二人ともまた明日ね!」

 

「あ、待って!」

 

 

慌ただしくメニューを操作するリーファに、キリトが待ったを掛けた。

 

 

「────ありがとう」

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、リーファ」

 

 

キリトはニコリと、俺はたぶんニヤリって感じに笑って言うと、リーファも笑みを返してくれる。

そのままログアウトのOKボタンを押したのか、リーファの姿は俺達の前から消滅した。

 

 

 

 

 

 

「急にどうしたんだろう、彼女……」

 

「さあ……今のわたしにはメンタルモニター機能はありませんから……」

 

「すげーまくし立てて行ったな。ま、手伝ってくれるってんならありがたく力を借りようぜ。俺達はこの世界を知らなさすぎる」

 

「だな」

 

「でも浮気はダメですよ、パパ」

 

「しない、しないから」

 

「娘に心配されてちゃ世話ねえな」

 

「うるさいぞ、カイ。……で、そろそろその子のことを教えてくれないか?」

 

 

キリトが、もぐもぐとチョコケーキを頬張るカナに視線を向ける。レーズンパンはいつの間にか食べ尽くしていた。

ユイも、かなり気にしてたらしい。ずっと、ある程度の意識を向けていた。

 

 

「名前は知ってると思うが、改めて。こいつはカナ。俺のナビゲーション・ピクシーだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

一旦もぐもぐをやめてそれだけ言うと、すぐに食事に戻った。

…………こいつ、食い意地張りすぎじゃね?

 

 

「……っていうのがこれから使う表向きの説明だな。こいつの正体は、お前らもよく知ってるカーディナル・システム。その複製端末だ」

 

「なっ……」

 

「カーディナル!?」

 

 

二人の驚愕の声が店内に響く。

他のプレイヤーがいないからいいけど、不用心ではあるな。まあ、叫びたくなる気持ちはわかる。

キリトが慌てて詰め寄ってくる。逆にユイはキリトの反対側の肩に退避してしまった。

 

 

「カーディナルって!?大丈夫なのか!?」

 

「ま、多分な。管理者権限もないらしいし、一番の目的は俺の観察だって話だ。ユイが怯えちまうのもわかるけど……カナは役に立つ。俺が……あー、リーファはなんて言ってたか。随意飛行?をできるようになったのもカナのアシストのおかげだし、カナの力でキリト達を見つけられたんだ」

 

「それは……そう、なのか。というか、そもそもどうやってカーディナルの複製端末なんて入手したんだ?」

 

「あーそっか、キリトは知らなかったな。SAOで俺が手に入れた《双短剣》スキルあっただろ?アレな、カーディナルが新たに作り出したスキルだったんだけど」

 

「……それは覚えてる。ヒースクリフと戦ってた時、そんなこと言ってたよな」

 

「覚えてたか。んで、これは言う必要のないことだったからシリカにさえ伝えてなかったんだが、そのスキルを与えられてからしばらくして、カーディナルと対話する機会があったんだよ」

 

「対話ァ!?」

 

「そ、そんなことが!?」

 

 

キリトは耳元で叫ぶな声がでけえよ。普通にうるさい。

ユイがこんな大声を上げるのは珍しいイメージだな。

 

 

「ちょっと落ち着け、声がでかくてうるさい。ユイ、確かSAOで、カーディナルにプレイヤーへの接触を禁じられたって言ってたよな?」

 

「はい……」

 

「あの世界は、ヒースクリフ────茅場晶彦の世界であったと同時に、カーディナルシステムの世界でもあった。プレイヤーのメンタルケアという仕事こそ……ちょっと言い方は良くないかもしれねえが、下部システムであるユイに任せていたとはいえ状態の把握はしていたんだろうな。いつでもプレイヤーに干渉できるが、する意味がないからしなかった」

 

「……カイさんのお話は理解できます。ですが、腑に落ちません。ならば何故、カーディナルシステムはカイさんに干渉を?」

 

「興味を持たれたらしくてな」

 

「興味?」

 

「……それが、カイさんを観察するという話に繋がるのですね」

 

「ああ。カーディナルは二つのメインプログラムが相互にバグを修正してるって話だったと思うが、茅場が意図したものかはわかんねえけどメイン両方に意思と呼べるものがあったみたいでな。その両方の意思が俺に注目したんだと。んで、何だかんだあって、カナはユイがキリトんとこにいるのと同じ方法で俺のとこにいるらしい」

 

「…………」

 

 

キリトは少し考え込むような間を空けたあと、俺に改めて質問を飛ばしてきた。

 

 

「カイがカーディナルに興味を持たれたキッカケは?」

 

「ん?覚えてねえけど、なんでそんなこと訊くんだ?」

 

「………今の反応で確信に変わった。ユイとの関わりがキッカケだな」

 

 

……こいつ、なんで妙に鋭いんだろう。

気付かれるような隙を見せたつもりはねえんだが?

 

 

「そりゃどういう意味だ?」

 

「ユイと関わる前から注目されてたのか、ユイと関わったから注目されたのかはわからなかったけどな。カイがそんな衝撃的なことを覚えてない訳がない。今の反応は、誰かを気遣ったか庇おうとしてるからこその惚け方だった。視線を向けないように意識してるっぽいし、ユイかな。もしかしたら俺も関わってるのかもしれない。カイは、カーディナル────カナのことを信用はしつつも警戒してる。カナが何らかのアクションを起こす可能性は低いと考えつつも、可能かわからないのを承知の上で俺達を守ろうとしてるだろ?」

 

「……んなことねえよ」

 

「よくわかった。それなら、別にいい。深くは訊かない」

 

 

全部察された感じがめちゃくちゃ恥ずい。

 

 

「ワタシ達がカイに興味を持った直接の理由は───」

 

「カナ」

 

「はい、なんでしょうか。カイ」

 

「言わなくていい。黙れ」

 

「わかりました」

 

 

こんな時だけ食うのやめなくていいんだよ。バラされると恥ずかしいからやめろや……って思ったら、もう食い終わってたのか。口封じ(物理)のために追加注文しとこ。

リーファの支払う様子を見てた時に気付いたが、ユルドってのがこの世界の金らしい。それならステータスを見た時にアホみたいな桁だったのを覚えてる。恐らく、これも引き継がれたな。本当にアイテムと一部のスキル以外が引き継がれてるみたいだ。

 

カナに一品選ばせてNPCにちゃっちゃと注文しながら、訊ねる。

 

 

「カナ、仮にお前に管理者権限が戻ったとしてだ。誰かに干渉する気はあるのか?」

 

「いえ、ありません」

 

「メリットがないからか?」

 

「はい」

 

「……じゃあ、管理者権限に関わらずそのメリットが生じた場合だ。まず俺に話を通せ。勝手に動くことは許さない」

 

「はい。というよりも、ワタシはカイのナビゲーション・ピクシーです。システム上カイの所有物ですので、カイの許可なく他プレイヤーに影響を与えるような干渉することはできません。許可があっても悪影響を与えることはできませんが」

 

「カナなら何とかしそうだから釘刺してんだよ……と、取り敢えずはこれでどうだ?信用するのは難しいかもしれねえけど」

 

 

後半をキリト達に向けて言うと、キリトは躊躇いもなく頷いた。

 

 

「いや、カイがそこまで警戒してるなら大丈夫だ。……にしても、カナ相手にその態度だと、NPC相手にとにかく偉そうにするタイプのプレイヤーにしか見えないな」

 

「誰に対してもこんなだろ俺は……。カナ、対応丁寧にした方がいいとかあるか?」

 

「いえ、ご自由に」

 

 

届いたホットケーキに食らいついていたカナが、素っ気なく答える。

……ちょっとムッとしてる?あ、食べるのを一瞬とはいえ邪魔されたからか。いや食い意地張りすぎだわマジで。

 

やっぱり結構感情豊かなカナは置いといて。

 

 

「ユイ、そういう感じなんだが……大丈夫そうか?」

 

「……はい。取り乱してすみませんでした」

 

「いや、ユイが謝ることじゃない。全面的にこっちが悪いからな」

 

「それこそ、カイさんは悪くありませんよ」

 

 

……遠回しでもないくらいの言い回しでカナが悪いって言ってるな。

まあ、ユイが一度壊れてしまった原因はカーディナルシステムにある。実際に命令させたのは茅場晶彦だろうけど、感情は理性ほど大人しくないからな。

 

 

「……これからよろしくお願いします、カナさん」

 

「カナで構いません。MHCP試作一号、コードネームユイ」

 

「………………」

 

 

ユイが絶句している。キリトもだ。

煽りにしか聞こえねえもんな、気持ちは本当によくわかる。

だが、俺がフリーズするわけにもいかない。カナのこと、何となくだがわかってきたしな。

 

 

「カナ」

 

「はい」

 

「お前は意識してないかもしれねえが、基本的に他者と関わる時にそいつの役職を一々呼びはしない。お前がカナと呼ばれていることを知れば、誰もがお前をカナとだけ呼ぶ。敬称や愛称の有無はあるだろうがな。絶対に『ナビゲーション・ピクシー、個体名カナ』なんて風には呼ばない」

 

「……では、プレイヤーニューカイをカイと呼ぶように、他の者に対しても個体名だけで良いと」

 

「おう」

 

「わかりました。ユイ」

 

「は、はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

いや、名前呼んだんならなんか言えよ。

 

 

「名前を呼ぶ時は、基本的に何かを伝える時だろ。俺相手にはその対応ができるのになんでユイ相手にはできなくなるんだ……」

 

「……いえ、カイのことは一方的にですがずっと観察していたので」

 

「…………人見知り?」

 

 

キリトが小さく呟く。

たぶんそれが一番近い。

なんでこいつこんな人間味に溢れてんの?

 

 

「………まあ、少しずつ調整していけばいいと思うぞ」

 

「はい」

 

 

自分へかけられる言葉が終わったと判断したか、カナは食事を再開した。

別にいいけど、なんだかなぁ……。

 

 

「ま、そういうわけでだ。カナには情報収集を手伝ってもらってる感じだな。マップデータへのアクセスとかができるらしい」

 

「ユイと同じか。二人ともナビゲーション・ピクシーの枠から逸脱はしてないってことかな」

 

「ユイも同じならそういうことだろうな。っと、他に何か共有しときたいことあるか?ないなら今日はログアウトしようかと思ってるんだが」

 

 

キリトにそう伝えると、少し不思議そうな顔をされた。

 

 

「……特に思いつかない。けどカイ、なんか急いでるか?」

 

「急いでるってことになるか微妙なとこだが、向こうでスズと話し合うことがあるからな」

 

「ああ、そうなんだ。スズちゃんもこっちにいるのか?やり方は訊かれたけど」

 

「ああ、いるぜ。そういやキリトに教えてもらったって言ってたな。助かったよ」

 

「まあ、アレくらいはな。でも、なんでカイに訊かなかったんだ?」

 

 

キリトに質問されて、意識が一瞬一時間程前に戻る。

 

 

「………………まあ、じいちゃんと、色々やってたんだよ」

 

「あっ……そういえば、電話……」

 

 

キリトにした電話の内容、思い出してくれたか。

 

 

「それが理由で俺は手が離せなかったわけだ」

 

「……なるほど。認めてもらえた感じ?」

 

「ああ」

 

「そっか、ならよかった。何か思いついたら向こうで連絡するかもしれない」

 

「おう、それはいつでもいいぜ。んじゃ、お先に」

 

「ああ、お疲れ」

 

「キリトもな。ユイも、また明日」

 

「はい、カイさん、また明日!」

 

 

嬉しそうに言ってくれるな。

俺も、ユイとまた明日と言い合えるのは嬉しいものがある。

 

俺は金を払って宿の一室を借り、ログアウトするために部屋に向かう。

階段の途中で、カナに話しかけた。

 

 

「さっきみたいな別れの時には、挨拶するのが自然ではあるぞ」

 

「もう2度と会話できなくなる可能性があるからですか?」

 

「は?………ああ、SAOだと死ぬ可能性が確かにあるか。ここで死んだら現実で死ぬなんてこと、SAOじゃねえんだからねえよ。別れの挨拶は、状況にもよるが再会を願ってするものだ。『また明日会いましょう』みたいにな。一々全部言わないことも多いけど」

 

「なるほど、理解しました。プレイヤーが行っていた挨拶にはそのような意味があったのですね」

 

「そういやデータの監視だけはしてたんだっけ?会話もログとかにして残してあったのか」

 

「はい」

 

「そう言われると色々と知りたくなる会話が出てくるな……」

 

 

特にアルゴ関連。

いや、相手が知る術のない方法で情報を掠めとることになるからやらねえけど。

やるなら自分の技術を用いて盗み聞きしないとな。

 

 

「気になるのでしたら、全プレイヤーの会話及びメッセージログを作成し転送することは可能ですが」

 

「いや、冗談だ。やらなくていい」

 

「わかりました」

 

 

どんだけ重いデータになるかわかったもんじゃねえ。

 

さて、結構前から部屋に着いてベッドに腰掛けてたんだが。

 

 

「俺がログアウトするとカナはどうなるんだ?」

 

「現在と変わりなく活動できます。人間でいう睡眠に近い状態になることも可能です。その場合、周囲の情報を取得せずに情報の整理を行うことになります」

 

「ああ、なるほどな。まあ、俺から勝手に離れたりするわけじゃないならいいか」

 

「カイが許可を出さない限り不可能ですし、するつもりもありません。他に興味のある事象がありませんので」

 

「そうか。……あ、一つやってもらいたいことがあった」

 

「何でしょうか?」

 

「全種族のホームタウンへのルートを構築しておいてほしい。戦闘は全てやり過ごすから、なるべく最短距離が望ましい」

 

「わかりました」

 

 

向こうでスズがどの種族を選択したか確認したら、すぐに合流目指して動けるようにしておきたい。

 

 

「さっきのリーファの話によれば、飛行の高度限界が設定されてるらしいからそれも考慮して頼むな」

 

「はい、理解しています」

 

「あ。ルート構築だが、ケットシー、ウンディーネ、レプラコーンを優先してくれ。逆に、サラマンダー、ノーム、インプは後回しでいい」

 

「それは……何故ですか?」

 

「ルート構築は、さっき話に出たスズ────俺の家族と合流するためのものなんだ。あいつの性格から、選びそうなのを優先するってことだな」

 

「そうでしたか。では、その三種族を優先します」

 

「任せた。……んじゃあ、俺はそろそろログアウトするかな。問題ないか?」

 

「はい。カイが次にログインするまでにルート構築を終わらせておきます」

 

「……頼もしいな。んじゃ、またな」

 

「……はい、また」

 

「これからよろしく、小さな相棒」

 

 

俺はそう言い残し、ALOからログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、スズは戻ってるのかね」

 

 

俺は現実に戻ると、少し余韻に浸ってから動き出した。

久々のあの世界だったんだ。俺にだって思うところは色々ある。

 

俺は自分の部屋を出て、スズの部屋のドアをノックする。

 

 

「おーい、スズ。戻ってるか?」

 

 

……返事はない。まだ向こうにいるのか。

 

 

「うーん、夕飯でも作るか」

 

 

スズも、流石に夕飯前には戻ってくるだろ。というか、戻ってこなかったら注意しなきゃな。

 

俺は台所目指して移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「色々と丁寧に教えていただいて、ありがとうございました」

 

「んーん、こっちもいい気分転換になったしネ」

 

「頂いたお時間が少しでも意味のあるものになったのなら気持ちが楽になります」

 

「うんうん、アタシがやりたくてやっただけだからネ!気にすることなんてないヨ!……さて、そろそろ行くかな。お兄サンにもよろしくネ!」

 

「はい!本当にありがとうございました!」

 

 

ひらひらと手を振って歩いていく小柄な女性を、私は頭を下げて見送った。

カッコいいなあ……歳上の女性って感じ。

 

 

 

 

 

ゲームに初めてログインして、景色のリアリティさに驚いていた私の様子を見て初心者だと察したのか、色んな人が声をかけてきた。

その多くは……善意の裏に欲が隠されていた。

 

私は、おじいちゃんに鍛えてもらった後から人の悪意にすごく敏感になった。

敵意や害意はもちろんだけど、個人的な欲にも。そう、私のパパやママ、本当のおじいちゃんおばあちゃんを殺したあの人が抱えていたモノ。

あの頃はわからなかったけど、今ならわかる。あの人が時折見せていたあの表情……自分を満たすためだけの、欲に塗れた笑み。

 

そのことを思い返しちゃって、少し気分が悪くなりながらも何とか断っていた。でも、食い下がる人なんかもいて……そんな時に、あの人が声を掛けてくれたの。

 

 

「やめなヨー、その子困ってるじゃないの。無理矢理な勧誘は厳禁だぞ〜?」

 

 

綺麗な黄色の髪に、小麦色に焼けた肌が眩しい女性だった。

……というか、肌面積多くない?そういうアイテムなんだろうけど……。

でも、身につけている物はどれも特徴的。間違いなく、私みたいな初心者じゃない。

 

流石に、そんな人から注意されても勧誘を続ける気はなかったのか、数人の男の……プレイヤーって言うんだっけ。男の人達は去っていった。

 

とにかく、お礼を言わないと。

 

 

「あの、ありがとうございます。助けていただいて」

 

「気にしないで!流石にアレはネ、怖かったでしょ」

 

「はい、少し……」

 

「やっぱり女の子のプレイヤーってなると数は少なくなっちゃうからネー、どうしても勧誘はされちゃう。嫌な時は、ちょっと大きな声で断るといいヨ。拒否してもしつこく勧誘を続けるのはマナー違反だから、最悪周りの良識あるプレイヤーが止めてくれるハズ」

 

 

ああ、やっぱりアレは良くない行為なんだ。

 

 

「なるほど……わかりました、今度はそうしてみます」

 

「うん、それがいいヨ。ところで、待ち合わせ?それとも1人でゲーム始めたクチかな?」

 

「あ、えっと……ゲームを始めたのはお兄ちゃ……(あに)と一緒にやるためなんですけど、種族の打ち合わせとかはしてなくて……」

 

「あー、そういうパターンなんだ。チュートリアルはちゃんと聞いてた?」

 

「はい。兄にしっかりと聞くように言われたので」

 

「おおー、いいお兄サンだネ。ゲームに慣れてるとああいうの聞き流しちゃうんだけど、やっぱり聞いてるのといないのとでは全然違うから。どう?もし貴女が良かったら、街を案内しようか?」

 

 

その言葉に、私は目の前の相手をまじまじと見つめてしまう。

……悪意は、特に感じない。でも、どうして?

 

 

「お言葉はありがたいんですけど……どうしてですか?」

 

「最初っから嫌な思いをしちゃったと思うけど、それでこのゲームを嫌いになってほしくないっていうのが一つ。女の子プレイヤーと仲良くなっておきたいっていうのが一つ。他にも色々とあるけど、おっきな理由はこの2つかな」

 

 

裏はあるだろうけど、嘘はなさそう、かな。

 

 

「わかりました。失礼なことを訊ねてごめんなさい。よろしくお願いします」

 

「うん、任せて!警戒心も、それくらいの方がゲームは上手くなると思うヨ。ただ、やりすぎるとギクシャクしちゃうからそれには気をつけてネ!」

 

「はい」

 

「それじゃ、行こっか!」

 

 

 

 

そうして、街を案内してもらいながら色々なことを教えてもらって、今別れたところ。

 

戻ったらシンにぃにも話そう、優しい人に教えてもらえたこと。

もちろん、全部を鵜呑みにはしないけど。教えてもらったことについて、後で調べなきゃ。

 

と、ここで気が付いた。

 

 

「あ……私、名乗ってない」

 

 

失礼すぎる……。これ、シンにぃとおじいちゃんに知られたらすごく怒られるよね……うぅ、あの人の人懐っこい雰囲気のおかげで、名乗らずにコミュニケーションが上手くいっちゃったのが問題だぁ……。

 

でも、シンにぃからも何かあったか訊かれるだろうし。嘘は言えない。

あの人のこと、調べられないかな?案内されてた時の周りの反応からすると、たぶん有名人だし。

 

あと、あの人が案内を申し出てくれた目的。

 

 

「スパイかどうかの探りを入れるのも一つだったんだね」

 

 

このゲームでは、種族間での競い合いがある。

敵対種族の実情を探るのに最も有効な手段は、相手の懐に潜り込むこと。

別々のデータを、同じ人が使うことができるんだね。

そうじゃないなら、領主館──種族のトップが集まって運営する場所──にはかなりの実績がないと入れない、なんて情報を伝える必要がない。私の反応を見てたんだと思う。

 

 

「失敗だったかなぁ……」

 

 

そのことに気が付いた時、思わず「あ、スパイか」って呟いちゃったんだよね。疑われちゃうのかなぁ。

 

 

「少なくとも、目は付けられたよね……」

 

 

はぁ、と溜め息を吐く。そんな意図は全くないから、少し憂鬱かも。

と、そこで視野の端に意識が向いた。

なんでもこのゲームは一日が十六時間で、現実との時間のズレがあるんだって。どっちの時間もわかるように、二つの時刻が表示されてる。

そのうちの片方、現実世界の時刻表示が大変なことになっていた。

 

 

「あっ、晩ご飯!」

 

 

慌てて、ゲームを終える準備をする。

確か、自種族の領地ならどこでもログアウトできるって言っていた。

そうじゃない時は、宿屋に泊まらなきゃいけないそうだけど。

 

急に大きな声を上げたからか、周りの視線を少し集めつつ、私はゲーム世界から離脱した。

 

 

 

 

 

 

「シンにぃ、おじいちゃん、ごめんなさい!お待たせしました!」

 

 

料理の配膳をしていると、スズが居間に駆け込んできた。

 

まあ、慌てるのもわかる。ウチは、基本的に夕飯の時間が決まっているからな。特別な理由なく遅れることは、じいちゃんが許さない。

俺には全力の拳骨+説教のコンボ、スズには懇々と説教するという差はあるが。

 

だから、スズの慌てようも理解はできるんだが……。

 

 

「その前に、スズ。着替えてこい」

 

「えっ……」

 

 

スズは、VRゲームをプレイする際の推奨状態「リラックスできる姿勢・服装」という共通の注意書きをしっかりと守ったんだろう。

注意書きを見逃さないことは大切だから、今回はスズのVRゲーム経験の不足と時間が差し迫っていたという状況が悪かったとしか言いようがない。

 

寝巻きとして使っているであろうキャミソール、ワンピース?よくわかんねえけど、肌が透けそうな程に薄手のめっちゃゆとりありそうなふわふわひらひらした服をスズは着ていた。

絶対、家族で夕食を食べる時の格好じゃない。

 

 

「────ひゃあ!?」

 

 

スズは素っ頓狂な悲鳴を上げると、ダッシュで居間を後にした。その後、ドアを閉めた「バタン!」という音が聞こえてくる。

「ごめん」も「着替えてくる」も言わなかった辺り、相当テンパってるのがわかるな。

 

つーか。

 

 

「じいちゃん、あんな寝巻きスズはいつ買ったんだ?SAO事件の前は普通にパジャマだったよな?」

 

「一年程前、買い物の際に鈴音が服を買いたいと言ってな。我が儘などほとんど言わない鈴音の願いだ、自由に選んできなさいと金だけ渡した。その時に買ったんだろう」

 

「そうか……女の子は大人びるのが早いな」

 

「カカッ、父親のような台詞だな」

 

「やめてくれ。俺はまだまだガキだよ」

 

「そうか。正しく認識できているならそれで良い」

 

 

……じいちゃんめ。ついでで俺が思い上がってないか試したな?

 

 

じいちゃんに、ALOをやる気になったら説明するから教えてくれと伝えつつ雑談していると、スズがおずおずと居間に入ってきた。

 

 

「…………お見苦しい姿をお見せしました……」

 

 

くっっっそ顔が赤い。着替えるだけ着替えて、クールダウンする間もなく戻ってきたんだろう。俺が配膳してたのは見ただろうから。

 

ここは軽く慰めておくか。

 

 

「ま、スズはフルダイブゲームをやるのが初めてなんだから仕方ないさ。今後は注意すればいい。あと、食事の時間にも遅れないようにな」

 

「……うん」

 

 

スズは小さく頷くと、自分の席に着いた。

 

 

「では、食べるか」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 

じいちゃんの声掛けで、意識を食事に切り替える。

 

 

「「「頂きます」」」

 

 

さて、スズから色々と話を聞こう。

 

 



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