俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件 (ギルバート)
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第一話 退職すら許されないクソ職場

 創の軌跡のクリア記念に書き始めました


 エレボニア帝国北西部、ラマール州の東外れに位置する地点、グレイボーン連邦の地下1000アージュに存在する大地の裂け目。

 厚い岩盤で外界から閉ざされたそんな場所に、隠れ潜むように本拠地を置く《黒の工房》内を一人の男性が我が物顔で闊歩していた。

 

 何処かの司祭服(・・・・・・・)に身を包んだその男性は、工房内のある一室までたどり着くと、ノックもせず容赦なくドアを開け放つ。

 

 するとそこには、様々な機械や装置、そして乱雑に積み上げられた本や資料が所狭しと置かれた、研究室が広がっていた。

 

 

 「おや工房長。どうしたので?」

 

 

 そして研究室の中から、そのような声と共に一人の少年が顔を覗かせた。

 この研究室の主と思われる、整った顔立ちをした金髪の15歳くらいの少年は、少年らしからぬ営業スマイルを浮かべながら、自身が工房長と呼んだ男に近づいていく。

 

 その様子にその男は何の感慨も示すことなく、単刀直入にここに訪れた目的を告げた。

 

 

 「《教団》の会合で一週間ほどここを離れることになった。

 その間ゲオルグと共に、この工房の管理を任せる」

 

 「それはまた何とも急な話ですね。

 ……Sウェポンの研究は進めておいても?」

 

 「工房の管理に支障が出ない範囲でなら構わん」

 

 

 それだけを告げると男はもう用は済んだのか、研究室のドアへとまた手をかけた。

 開け放たれたドアから去り行く間際、相変わらず営業スマイルを浮かべたままの少年に向けて、最後に選別の言葉を言い放った。

 

 

 「しっかりとその責務を果たすように、ハンス主任」

 

 「ええ、お任せください、アルベリヒ工房長(・・・・・・・・)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 突然だが転生モノというジャンルがある。

 

 神という超常的な存在から授かった能力、或いは知識を元に、異世界で無双する。

 それは閉塞した現代の世の中において、若者に絶大な支持を受けている人気のジャンルだ。

 

 それになぜか自分が選ばれてしまったのだ。

 

 といってもトラックに轢かれて異世界に転生したとか、神様に会って飛ばされたとかではない。

 

 自身の務める研究所から帰って、寝て起きたら、少年の身体になっていたのだ。

 何がどうなってそうなったかは定かではないが、自分の記憶とこの少年の記憶は問題無く思い出すことができた。

 

 そしてその少年の記憶で、ようやく自分が、散々十年以上シリーズを追いかけやり込んだゲームの世界に転生したと理解したのだ。

 

 普通ならそこで歓喜するだろう。

 チート能力は有していないとはいえ、ゲームが現実となったこの世界においては原作知識は未来予知にも等しい。

 

 それをうまく利用すれば、なんだって出来るだろう。

 主人公を助ける、あるいは死ぬであろう登場人物を助ける、もしくは投資等で大金持ちになることも夢ではない。

 その転生したゲームが英雄伝説であり、しかも地精の構成員の一人として転生していなければだがな!

 

 英雄伝説とはゼムリア大陸と呼ばれる世界を舞台に、この世界の超常的な存在たるエイドスの女神が遣わした七つの至宝――セプト=テリオンを巡って、少年少女とついでにオヤジが活躍する正統派RPGシリーズである。

 

 その中にあって西ゼムリア大陸の軍事大国エレボニアを舞台とした英雄伝説・閃の軌跡にて、初めて姿を見せた地精――グノームと呼ばれる集団は、簡単に言えば、七つの至宝の内の二つを使って(色々あって合体して一つになった)この世界の神に至ろうとする絶対悪――黒の騎神イシュメルガに従うゴリゴリの悪の組織だ。

 

 主人公に倒されるべき悪の組織なだけあって、作中でやらかした事はあまりにも多く――

 

 合体して一つになった《巨イナル一》を使用可能な状態にすべく、宰相の全面協力が有るとはいえ、軍事大国エレボニアを使って大陸全土を巻き込んだ世界大戦を引き起こす。

 精神を蝕む魔煌機兵と呼ばれるロボット兵器をばら撒く。

 皇族の乗る飛行船を爆破。

 主人公の仲間の父親代わりであった猟兵団の団長を誅殺したあげくに生き返らせ手駒に。

 主人公の仲間の父親に取り憑いて自我を乗っ取る。

 主人公の仲間の母親を相討ちとはいえ殺害。

 主人公の仲間をぶっ殺して武器にする。

 主人公のライバルを生き返らせ手駒に。

 主人公拉致監禁。

 

 とまあ軽く上げただけでも、これだけ事を作中で組織だってやらかしているのである。

 もはや主人公陣営に百回は殺されても文句は言えない所業の数々だな。

 これで氷山の一角というのだからマジで救えねえ。

 

 え?コレのトップのイシュメルガはどうだって?

 ………ハハッ!

 

 とまあ、こんな組織に俺は構成員の一人として転生してしまったのだ。地獄かな?

 

 そして残念ながらこの世界では原作知識による改変もほぼ不可能である。

 何せこの世界では《黒の史書》と呼ばれる予言書があり、エレボニア帝国の歴史はその筋書きに沿って進んでしまう。

 一応予言書の内容を覆す事も不可能ではないらしいが、後日凄まじい揺り戻しが起こるらしい。

 よって実質的に、予言されているといっても過言ではない、エレボニア帝国が引き起こす世界大戦も止めることは出来ず、また地精がそれに向かって突き進む事も止められないのだ。地獄かな?

 

 じゃあ組織から逃げてから、大筋の歴史に絡まない、悲劇を防ぐような改変をすればいいと思われるかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

 先ほど地精が黒の騎神イシュメルガに従っているといったがそれは自主的ではない。 

 正確には、地精はイシュメルガに眷属にさせられている、分かりやすくいえば下僕にさせられているのだ。

 作中で「魂まで隷属させられている」とまで言われるだけあって、その強制力は物理的精神的に凄まじく、イシュメルガに対して逆らうどころか、組織からの逃走、あげくイシュメルガや組織に対し不利益になるような行動さえも、完全に規制されてしまう。

 例えば、反逆や逃走を画策することは出来ても、いざそれを実行に移そうとした瞬間、自分の意思に関係なく身体の自由が奪われ、その気力を根こそぎ奪われてしまうのだ。

 これのせいでそもそも組織から逃げることさえも出来やしない。

 

 それを分かっているからこそ、俺の上司であり地精の長、そして地精が運営する組織――《黒の工房》の総括者であるアルベリヒ工房長も、逃走の心配なく俺に工房を預けることができるのだろう。

 まあ幸い、思考まで読める訳ではないので、原作知識を読まれる事も、腐れ上司共に対する罵詈雑言、はたまた実行に移すことの出来ない数百通りの逃走手段さえも読まれることがないのは、幸いであるが。

 

 

 「さて、どうするかね〜」

 

 

 アルベリヒ工房長が出ていき、また静寂が戻ってきた研究室内で、一人思考を巡らせる。

 黒の工房の管理といっても、工房の全ての施設はほぼ全自動で稼働し続けるよう設定されているので、特別になにかしなければならないということはない。

 敵対勢力による侵入についても、この工房の唯一の出入り口である転送ゲートさえ注意を払っておけばいい。

 部下であるゲオルグ君に丸投げしておけば問題ないだろう。

 そもそも、作中で拉致監禁された主人公を救出するため、仲間の力と魔女の力まで総動員し探り当てるまで、数百年にも渡り、発見さえされなかった場所なのだから、その必要すらもないと言えばないのだが。

 

 なので工房長が帰ってくるまでの一週間、遊び呆けていたって何の問題もない。たが―――

 

 ふと視線を前に向けると、そこには加工中の金属板に反射した自分の顔が映っていた。

 

 ハンス主任。

 この名前は、作中において一度たりとも登場したことはない。

 これが単にオリキャラであるのであれば問題は無いのだが、もしそうでなかった場合、このハンス主任は作中が始まるまでに何らかの理由で死んでいる事になる。

 

 千年以上もの妄執がついに果たされようとする機会に、地精がわざわざ人材の出し惜しみをする必要など、どこにもないからだ。

 

 事故死や病死か、常に付き纏っている可能性のある死神についても注意を払わなければいけないのだが―――ぶっちゃけ何か失態を冒して工房長に粛清された可能性が一番高い。

 何せ作中において主人公の仲間から「清々しいまでの外道ぶり」と揶揄されたほどのキ○ガイである。

 何かあれば、同じ一族の一人や二人粛清することに、躊躇などすまい。

 しかも、英雄伝説の作中においてはあまり死人が出ることはないが、それ以外の部分では死ぬ、バンバン死ぬ、容赦なく死ぬ。

 しかも死ぬだけならまだ良い方の場合すらあるのだ。

 人体実験に、シャブによる洗脳、強制売春etc.

 「はい、よろこんで」はトラウマもんやで……。

 

 英雄という光の裏には影があるとはよく言うが。

 このままただ無意味に過ごせば、アルベリヒ工房長の冷酷な一面を示すスパイスとして、サックリ粛清されかねない。

 この世界は光の当たらないモブになど、全く優しくはないのだ。

 

 未来をより良い方向に変えてやるという気概など、とうの昔に喪われた。

 だが、モブとして生きていくのはともかく、こんな所で死ぬなどまっぴらゴメンである。

 だからそれを防ぐためにも、まあ取り敢えずは―――

 

 

 「……Sウェポンの研究を続けるか」

 

 

 アルベリヒ工房長に粛清されないよう精々ゴマを擦っておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ハンス主任

 よりにもよって地精なんぞに転生してしまった哀れな人柱。
 研究に戦闘と両方を熟せる為、アルベリヒ工房長からは主にSウェポンの研究開発を任されている。
 イシュメルガの支配により逃走することもできない為、毎日実行に移せない逃走計画を練りながら、粛清されないよう、日々上司たるアルベリヒ工房長にゴマを擦っている。


 地精《グノーム》

 およそ1200年前、女神より七つの至宝セプト=テリオンの一つである大地の至宝《ロスト=ゼウム》を賜った一族であり、焔の至宝《アーク=ルージュ》を賜った一族である魔女と共に合体してしまった《鋼》である《巨イナル一》の力を分割管理するために、七騎の騎士人形を作りだした一族。
 なのだが今は自身が生み出した騎士人形の一つであるはずの《黒の騎神》イシュメルガに支配され、一族全体がイシュメルガの眷属として取り込まれてしまっている。


 黒の騎神《イシュメルガ》

 ブラック上司一号。
 色も黒けりゃ、思念体まで黒い、そしてやる事なす事全て真っ黒という完全無欠のブラック上司。
 再錬成された《巨イナル一》と融合し神になる為だけに1000年以上も悪意をばら撒きながら暗躍を続けている。
 エレボニア帝国で起きる悲劇的な出来事の裏にはだいたいコイツがいる。
 今のところは、下っ端の下っ端であるハンスとは直接の面識はないが、ハンス主任の行動を最も制限しているのは、コイツであるといえる。


 アルベリヒ工房長

 ブラック上司二号。
 地精たちの長であり、彼らが所属する組織である《黒の工房》の工房長。
 ハンスの直属の上司。
 正式は《黒き終焉のアルベリヒ》だが誰もその名で呼ばれない。
 主であるイシュメルガの宿願を成就させる為なら、どんな非情な手段をとることも厭わない忠犬系ブラック上司。
 今現在、潜伏中のとある《教団》の幹部の仕事が立て込んでいる為、よく留守にする事が多い為、よくハンスに工房の管理業務と仕事を任せている。
 ちなみにアルベリヒ工房長はイシュメルガが作り出した精神生命体的な存在で、優秀な地精の血族に寄生する事で活動しており、身体が滅んでも優秀な子孫に寄生することで何度も復活する為、今の所殺すことは不可能である。





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第二話 急な仕様の変更はご遠慮ください

 
 
 この話から黒の工房の独自解釈、及び捏造が多々見られます


 「へー。

 『エレボニア帝国政府がジュライ市国に対して、帝国の鉄道路線を同市に延長することを提案し、ジュライ市国はその提案を受諾』、か。

 オズボーン宰相も、就任してから一年も経ってねえのによくやるねえ」

 

 

 工房内の自身の研究室に併設されているキッチンで朝食を作りながら読んでいた帝国時報の内容に、つい独り言が漏れてしまった。

 

 エレボニア帝国宰相への就任早々、エレボニア帝国の貴族派が功績の為にリベール王国を侵略しようとした戦争『百日戦役』の講和条約をついこの間取り纏めたばかりだっていうのに、その裏でジュライ市国併合への布石を打つとは、凄まじいバイタリティだ。

 しかもこれであの汚物のカタマリみたいなイシュメルガの思念体に取り憑かれた状態だっていうのだから感服するしかない。

 さすがはエレボニア帝国中興の祖と云われる獅子心皇帝ドライケルスの生まれ変わりだな。

 …まあこの件がきっかけで、ギリアス・オズボーンと帝国解放戦線のリーダーである《C》であり蒼の騎神《オルディーネ》の起動者、そして主人公のライバルであるクロウ・アームブラストとの因縁が出来てしまうのだがな。

 

 そんなことを考えながら、ふと新聞の端の日付を見れば、そこには七耀暦1194年の文字が目に入った。

 今は七耀暦1194年、長編作品となる英雄伝説、その始まりである『英雄伝説 空の軌跡』が始まる約八年前である。

 ちなみリベール王国を舞台にした『英雄伝説 空の軌跡』が七耀暦1202年。

 クロスベル自治州を舞台にした『零の軌跡』と『碧の軌跡』、そしてエレボニア帝国を舞台にした『閃の軌跡』『閃の軌跡II』が共に七耀暦1204年。

 作中内で度々のその存在が語られていた、地精《グノーム》及び《黒の工房》が初めてその姿を現し、黒の騎神《イシュメルガ》、《黒き終焉のアルベリヒ》、そして主人公リィン・シュバルツァーの父であり、黒の騎神の起動者でもあるラスボス、ギリアス・オズボーン宰相が《巨イナル黄昏》成就に向けてやりたい放題し始める『閃の軌跡III』『閃の軌跡IV』が七曜暦1206年だ。

 

 となるともし自分が表舞台に出て、主人公陣営と敵対するとしたら、今から約一二年後という事だな。

 それまでには何とかブラック上司一号――イシュメルガの隷属の枷を外して巻き込まれないよう『英雄伝説 空の軌跡』さえ超えれば比較的安全であり、英雄伝説きってのチート親父が守護するリベール王国あたりに国外逃亡したいところだが……。

 そもそも原作開始まで、文字通り悪意蔓延るこの黒の工房内で、果たして生き延びることが出来るのか、それが目下最大の問題である。

 

 

 そんな詮無きことを考えていると、食パンを突っ込んだトースターから焼き上がる音が響いた。

 トースターから程よい焦げ目の付いたトーストを引き抜き、バターを適当に塗りたくって朝食の出来上がり。

 あらかじめ作っていた珈琲と帝国時報を片手に、自身の研究室へ。机に積み上げられた本やら資料やらを雑に端にずらして食べるスペースを確保する。

 そしてパンと珈琲を頬張りながら、帝国時報を読み進めていく。

 これがここでの日常である。

 ちなみに一応黒の工房内にも食堂というものは存在するが、マトモに使われたことはない。

 三食全部、各々がそれぞれの研究室で勝手に食べている。

 そもそもが地精という集団自体が、害悪上司共が権能と恐怖で縛り上げているだけのチームワーク皆無、絆?信頼?何それおいしいの?を地で行く集団なのだ。

 そこに研究に没頭すれば一徹ニ徹当たり前、空腹すらも忘却の彼方に追いやる、他人に合わせられない個人主義丸出しの技術者としての負の側面が合わされば、こうなるのも仕方がないと言えるだろう。

 

 閑話休題。

 トーストを齧りつつ、帝国時報の『IBCの資産額が大陸一となる』という記事を読んでいると、なんの前触れもなく突然研究室のドアが勢いよく開け放たれた。

 そこに居たのは毎度お馴染み、忠犬系ブラック上司のアルベリヒ工房長。

 工房長は優雅に朝食を味わっていた俺の姿をすぐに見つけると、こちらが何か言う隙もなくストレートに要件を切り出した。

 

 

 「ハンス主任、今から2時間後、D=3演習場にてOz72(・・・)の最終性能実験を行なう。

 戦闘準備を整えておくように」

 

 

 言うことを言ったアルベリヒ工房長は、こちらの返事を待たず、そのまま踵を返し、また勢いよくドアを開き、足早に研究室から出ていった。

 多分このあとゲオルグ君の所にも行くのだろう。

 

 そんな事を考えながら、俺は大きなため息をついた。

 ついにこの時が来てしまった。

 アレ(・・)を初めて見たときからずっと、どうすればいいのか迷い続けている。

 いや、こんな事を考える時点で、心の内はすでに答えは決まっているのだろうが、本当に行動に移して良いものか、そもそも成功するのかを考えれば、中々決心が付かない。

 ……だがまあ、結局は成るようにしかならないだろう。

 出たとこ勝負だ。

 

 まあ、とりあえず今言いたい事があるとすれば―――

 

 

 「ノックぐらいしろや………」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒の工房が作り出したモノの中に、『Oz』というものがある。

 正式名称―――Originator zero《根源たる虚無》。

 

 人形兵器である戦術殻と完全同期した、人にして武具でもある存在であり、自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すことの出来る人造人間―――ホムンクルスたちのことだ。

 

 作中では《根源たる虚無の剣》を巡って、主人公と同じクラスだったOz73――ミリアム・オライオンと、主人公の教え子であり、74体目にして最終型であるOz74――アルティナ・オライオンとの間で様々なドラマがあった訳だが、ここで一つ疑問が浮かぶ。

 

 ミリアム・オライオンとアルティナ・オライオン以外のホムンクルス。

72体のOzは一体どこに消えたのだろうか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 Ozをただの道具としか見ていない、鬼畜外道のアルベリヒ工房長が主導している時点で、大体の末路は予想していた。

 

 廃棄処分。

 その身体には、アルベリヒ工房長が長年Ozシリーズにフィードバックし続けてきた地精の技術の粋が詰まっている以上、安易に外の世界に放流するわけにもいくまい。

 だからこそ、72体のOzたちは人知れず、この黒の工房内で生まれ、そして消えていったのだろう、と。

 

 だが最近工房長の手伝いという形で、Ozシリーズの研究に加わりその真実を知ったことで(・・・・・・・・・・・)、その予想すらも、まだまだ甘かったのだという事を、存分に思い知らされた。

 

 あの全てにおいて効率を重視するアルベリヒ工房長が、わざわざ作ったホムンクルスをただ廃棄処分にするなどという、非効率なこと(・・・・・・)をするはずがなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 工房長の襲撃から二時間後。

 

 戦闘準備を整え、工房長に指定されたD=3演習場の向かえば、もうすでに実験の用意が整っていた。

 

 全面真っ白の広大な演習場の中心に立つ、10歳くらいの幼い白髪の少女。

 タイツのような戦闘服に身を包んたその少女は、感情の起伏に乏しい蒼い瞳を、演習場の入口付近に立つ俺へと向けていた。

 

 それと同時に、演習場内にスピーカー越しに話すアルベリヒ工房長の声が響き渡った。

 

 

 『では、これよりOz72――イリスの最終性能実験を開始する。

 Oz72、これが最後だ(・・・・・・)、全力で挑むように』

 

 「了解しました」

 

 「………了ー解」

 

 

 アルベリヒ工房長の不穏な言葉と共に実験を告げる声と同時に、Oz72――イリスと呼ばれた少女が手を挙げる。 

 

 

 「来てください、フルン=ティング」

 

 

 そして、その掛け声と共に、何もないはずの少女の背後より、一体の深緑の異形の傀儡が現れた。

 これこそが黒の工房が生み出した人形兵器、戦術殻だ。

 そしてこの戦術殻と完全な意思疎通ができる者こそがOzという事である。

 

 ……まあ残念ながら、この少女においてはそれが当てはまることはないのだろうが。

 

 背後に戦術殻を従わせやる気満々の少女。

 今から始まるのは性能実験という名の戦闘だ。

 しかもOz72の性能実験と銘打っているだけあって、ただガチで戦い合えばいいというのではなく、Oz72の性能データを取る為にも、彼女が自身のポテンシャルを最大限発揮できるよう、こちらが調整してやらなければならないのだ。

 

 まあ手間がかかることは確かであるが、その為の準備は整えてきたし、そもそも性能実験自体もこれが初めてではない。

 Oz72とは、過去に何度も性能実験という名の戦闘をした仲だ。

 その手の内は知り尽くしているし、支障はないだろう。

 

 ……たとえ死力を尽くしたとしてもな。

 

 

 「そんじゃあ、始めますかね。来い、グ―――」

 

 「ああ、待ちたまえ」

 

 

 自作のSウェポンを構えつつ、こちらも戦術殻を呼び出そうと、手を上げたちょうどその時、何故かいきなりアルベリヒ工房長から静止の言葉が掛かった。

 

 何だよ、出鼻を挫きやがって。

 

 内心悪態をつくが、工房長の不興を買えば、後で何をやらされるか分かったものではないのでその部分については黙っておく。

 

 

 「アルベリヒ工房長、何か問題でも?」

 

 

 あくまでも上司に従順な下っ端のフリをしつつ、工房長に質問をする。

 するとアルベリヒ工房長はとんでもないことを言い出した。

 

 

 「ちょうどいい機会だ。

 ハンス主任、君の作り上げたSウェポンの性能実験も並行して行う。

 戦術殻の使用は禁止だ」

 

 「は?」

 

 

 思わず工房長に反抗的な言葉が口からつい出てしまったが、もはや内心はそれどころではなかった。

 

 は?戦術殻の使用は禁止?Sウェポンの性能実験も並行して行う?

 

 つまりは何か?戦術殻と連携して全力で襲ってくるOz72を、こちらは戦術殻なしで、しかもOz72がポテンシャルを引き出せるように調整しながら、同時に自分が使う武器のポテンシャルまで引き出すことまで考えろと?

 

 おいいいいいいい!!??

 

 難易度が爆上がりしてる上に、注文まで増えてんじゃねえかあああ!?

 何なの?バカなの?こちとら戦術殻が禁止されたせいで、Oz72用に事前に準備してた策の半分が使いものにならなくなったんですけど!?

 というか、やるならやるで、何であらかじめ言っておかねえの?

 お前あれだろ、それ今思いついただろ?戦闘するなら、ついでにSウェポンのデータも取れるとか閃いちゃったんだろ?自分の中ではナイスアイデアだとか思って、何も考えずに言い出したんだろ?お前効率厨も大概にせいや!!

 てかゲオルグ君も止めろや!!どうせアルベリヒ工房長の傍にいるんだろ!?俺には無理だけど、上司の暴走を諫めるのも部下としての責任―――

 

 

 『では始め』

 

 

 あまりの無茶ぶりに、罵詈雑言と共に思考が空回りを続けるが、残念ながら、黒き鬼畜のアルベリヒ工房長は思考が回復するまで待ってくれるわけもない。

 

 無慈悲な実験開始の宣言と共に、Oz72がこちらに攻撃を仕掛けようと戦術殻と共に近づいてくる。

 

 もはや交渉の余地はなく、賽はすでに投げられた。

 

 ……こうなってしまっては、是非もなし。

 

 

 「来いやあああああああ!!!!」

 

 

 元日本人の社畜魂みせたらあああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 30分後。

 

 何とか実験は終了した。

 

 いやー死ぬかと思った。

 一気に潰すとかならともかく、Oz72のポテンシャルを引き出す為にも、基本的に全ての攻撃に対して受け身に回らなければならない状況で戦術殻禁止はアカンて……。

 手数が足りなくなるわ。

 あれだね、数の優位を取られることが、どれだけに戦局に影響をもたらすか、骨の髄まで思い知らされたね。

 

 というかそんな状況でも、きっちりスピーカー越しに注文を付けてくる鬼畜工房長。

 特に絶好の追撃のチャンスの時に、空気を読まずSウェポンの砲撃機能の使用を要求された時には、その砲口をアルベリヒ工房長がいるであろうコントロールルームに向けてぶっ放してやろうかと、どれだけ思ったか……え?結局要求は聞いたのかだって?

 聞いたよ!工房長に逆らえるわけないだろ!

 予想以上にチャージに時間がかかって追撃できなかったわ!

 ……うむ、これは改善が必要だな。

 

 それはともかく。

 戦闘で上がった息を整えつつ、Sウェポンを肩に担ぎながら、Oz72の方を見やる。

 そこには、もはや立つこともできず、ぺたんと床に座り込んだまま息を荒げているOz72とそのすぐ傍でひっくり返っている戦術殻の姿があった。

 

 最後の方は手加減が出来なかった為に、思いっきりSウェポンでぶっ飛ばすことになってしまったので、怪我を負っていないか心配していたのだが、目立った傷がないところを見るに、上手く戦術殻でガードできたのだろう。良かった良かった。

 

 まあこれで、Oz72の性能実験と、急遽決まったSウェポンの性能実験も、その両方共が恙無く終了したと考えてもいいだろう。

 

 ……結果はともかくとしてだが。

 

 

 『両者共ご苦労だった。これにてOz72――イリスの最終性能実験と、Sウェポン『アサルトソード』及び『パワードアーム』の性能実験を終了する。君たちはしばらくそこで待機していたまえ』

 

 

 案の定、一ミクロンたりとも心のこもっていない労いの言葉と共に、工房長は実験の終了を宣言した。

 そして待機命令が出たという事は、移動せずにここで先の実験の総評を行うのだろう。

 

 

 『さて、これより先の実験、二つのSウェポンの性能実験の総評と、最終性能実験を踏まえたOz72――イリスの評価結果を伝える』

 

 

 しばらくののち、戦闘時に思いついたSウェポンの改善点をメモしつつ、武器の損傷度合いを確認していると、先の戦闘データの分析を終えたのか、再度工房長の声が演習場に響き渡った。

 先ほどまで立つこともできず、座り込んでいたOz72の方も、待機中に多少は回復したのか、戦術殻に寄りかかりながらではあるが、何とか立つことが出来ている。

 

 

 『先にSウェポンの性能実験の総評から―――』

 

 

 そこから始まったのは、工房長による怒涛のダメ出し。

 出るわ出るわ、先に自分でも気づいた砲撃機能のチャージの長さから始まり、全く気付きすらしなかった小さな点にいたるまで。

 しかもそれが、てんで的外れというわけではなく、全て的を射ているのだから耳が痛い。

 特に自分でも意識すらしていなかったデカくてクソ重い『アサルトソード』をぶん回す為に作った、Sウェポンという名の戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』の特定モーション時に起こる不自然な出力低下、その原因と対策を示された時には目から鱗といった気持ちだった。

 さすがは黒の工房のトップである。

 人間性はゴミクズ以下だが、数百年にも渡って培われてきたその技術力は、他者の追随を許さないほどだ。(シュミット博士は除く)

 

 まあ結果として、工房長から怒涛のダメ出しをくらいはしたものの、総合的には悪くない評価を頂いた。

 このSウェポンの研究には、かなりの時間を費やしているので、無駄にならなくて一安心だ。

 

 

 『まあ、こんなところだろう。

 次に最終性能実験を踏まえたOz72――イリスの評価結果の方だが―――』

 

 

 そして工房長の実験の評価は、ついにOz72の評価へと移った。

 Oz72の方も、どことなく緊張したような面持ちで、工房長の言葉を待っているようにも見える。

 

 さあ、ここからだ。

 先ほどは、工房長のいきなりの無茶ぶりで死にかけたものの、ここからが本命であり、そして本番である。

 

 ……こうなることは予想はしていた。

 

 だがそれでも、もしかしたら何かのきっかけで、Oz72は自分や工房長の予想を超えるかもしれないと。

 だが残念ながら、先ほどの戦闘で確信した。

 

 

『こちらについては……、予想通り(・・・・)、と言ったところか』

 

 

 Oz72は最後まで自分たちの予想を超えることはできなかったのだ、と。

 

 確かに今までの性能実験の中でも、一番の動きを見せていたことからも、人造人間――ホムンクルスとしての性能は十全に引き出せてはいる。

 その身体能力、そして戦闘能力は、わざわざ比較せずとも、この後に生まれるOz73――ミリアム・オライオンや、最終型であるOz74――アルティナ・オライオンより確実に上だろう。

 人工的にいくらでも生み出せる兵士という面で考えれば、彼女は間違いなく成功作であるといえる。

 

 だが違うのだ。

 

 この実験の趣旨は、量産可能な兵士を生み出すことではない。

 

 人形兵器である戦術殻と完全同期した、人にして武具でもある存在であり、自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すことの出来る人造人間――Originator zero《根源たる虚無》を作り出すことなのだ。

 その事を考えれば―――

 

 

 『予想通りの失敗作だな(・・・・・・・・・・・)

 

 

 その趣旨を最後まで超えることの出来なかったOz72に、その評価が下されるのは、残念ながら順当であるといえるだろう。

 

 

 

 



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第三話 無意味なリストラはNG


 ※この話には、グロ表現が多数盛り込まれています


 『予想通りの失敗作だな』

 

 「………え」

 

 

 だだっ広い演習場の各所に取り付けられたスピーカーより、アルベリヒ工房長の失望混じりの声が響き渡る。

 そのような空間で、Oz72の方から消え入りそうな声が微かに聞こえたのは、ただの幻聴なのか、それとも……。

 そんな中でも相変わらず平常運転であるアルベリヒ工房長は評価結果の内容をOz72――ではなく俺と、おそらく工房長の傍に控えているゲオルグ君に向けて語り始めた。

 

 

 『今回の性能実験でも、Oz72の身体能力及び、戦闘能力については明確に向上が見られたが……。

 肝心のOz72と戦術殻との同期率。こちらについては過去の性能実験、そして今回の実験でも結局、平均水準を大きく下回ったまま一切改善の傾向が見られることはなかった。

 この程度の同調率では、《根源たる虚無の剣》作成の前提条件すら満たすことができないだろう』

 

 

 そうアルベリヒ工房長の言うように、Ozの目的は量産可能な兵士を作り出すことではない。

 

 人形兵器である戦術殻と完全同期した、人にして武具でもある存在であり、自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すことの出来る人造人間――Originator zero《根源たる虚無》を作り出すことなのだ。

 

 Ozにおいて最も重要なのは戦術殻との同期率。Oz自身の身体能力、戦闘能力はただの付属品でしかない。極論を言ってしまえば、戦術殻と完全同期さえ出来ているのならば、この二つは全くなくても構わないのだ。

 

 Oz72と戦術殻との同期率の低さ。それは初めての性能実験から明確に見て取れた。

 戦闘の最中、Oz72と戦術殻が連携攻撃したときに見られる、行動の合間合間にほんの一瞬だけ挟まるラグ。

 このラグの原因は、偏にOz72と戦術殻との同期率の低さから来るものだ。

 それはただの連携として見るならば全く問題のない程度のものなのだが、戦術殻との完全同期を目指すOzとしてはそれは、Ozと戦術殻との同調率が低いことを示す致命的なサインとなる。

 結局、このラグは先ほど行われた性能実験でも、終ぞ無くなることはなかった。

 

 そしてこの話で最も救えないのは―――

 

 

 『やはりOz自身の身体能力、及び戦闘能力と、戦術殻との同調率は反比例するという仮説は正しかったということだな(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 「………そうですね」

 

 

 この結果は、最初から予想されていたという所だ。

 

 何のことはない、そもそもOz72は、アルベリヒ工房長が『Oz自身の身体能力、及び戦闘能力と、戦術殻との同調率は反比例するという仮説』を立証する為に造った個体であるからだ。

 わざわざ製造段階でOz72の身体に手を加え、身体能力、及び戦闘能力を意図的に向上させた上で(・・・・・・・・・・・)、だ。

 

 つまりはOz72が、自身の身体能力、及び戦闘能力が高い事も、彼女が生まれる前より調整されていたことであり、戦術殻との同調率が低いことで、失敗作扱いされる事も、工房長が立てた仮説の立証を進めた結果であるのだ。

 

 よくよく考えれば、Oz72の戦術殻に《フルン=ティング》という名前を、――黒の聖獣を殺すという目的の為のOzであるにもかかわらず、怪物を殺すことの出来なかった武器の名前を与えている時点で、アルベリヒ工房長が、Oz72に対し、端からOriginator zero《根源たる虚無》としての役目を一切期待していなかったことが分かる。

 

 全ては最初から想定済み。

 彼女は生まれたその瞬間から、いや、生まれる前から失敗作になることを運命づけられていたのだ。

 仮説を立証する。ただそれだけの為に。

 

 

 『たがこれでOz完成の目処はたった。直ぐにでもこのデータを製造中のOzにフィードバックしなければ』

 

 

 重苦しい空気の中、演習場にアルベリヒ工房長の嬉しそうな声が響き渡る。

 その声からでも分かる。

 もはやアルベリヒ工房長はOz72など見ていなかった。

 彼に取ってOz72とは、自身の仮説を立証するためだけの存在であり、それが達成された時点で、研究対象としても、そしてOzとしても用済みである彼女に興味を失ったのだろう。

 

 ……楽しそうだな工房長。

 長年手掛けてきたOzの完成が、ついに見えてきたからか。

 まあ工房長はひとまず置いておくとして。

 

 チラリと横目でOz72の方を見やる。

 Oz72は戦術殻に寄りかかるようにして立っているために、その表情はそれに遮られ、うかがい知ることはできないが……。

 

 誰にも悟られぬよう、小さなため息をつく。

 

 その善悪についてはともかくとして、アルベリヒ工房長の行いは、研究者としてはごく自然であると言える。

 自身の立てた仮説に対しての立証をする。

 それは研究者としてごく当たり前のことだからだ。

 問題はそれをモルモットではなく、ホムンクルスとはいえ人間でやろうとするから問題なわけで……。

 

 ……ダメだ、思考が余計な方向に流れ始めた。

 気合を入れなおせよ、俺。

 

 残念ながら、まだここが地獄の底というわけではないんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 「それはそれは。我々地精の、ひいてはイシュメルガ様の悲願であるOz研究の進展おめでとうございます」

 

 

 自分の顔にいつも通りの営業スマイルを張り付けながら、アルベリヒ工房長にゴマをする。

 …よしよし手応えあり!いつもの工房長には、こんなおべっかは通じないんだが、やはり今日は機嫌がいいようだ。

 聞きたいことを聞くまで、しばらくそのままでいてくれよ……。

 

 

 「ではOz72は、今回の実験を以て、お役目御免ということですね。

 彼女はこの後どうするので?」

 

 

 さもその顛末を知らないといった風体を装って、アルベリヒ工房長に問いかける。

 いや、実際にその顛末を俺は知らない。

 

 だが最近、工房長の手伝いという形で、Ozシリーズの研究に加わる中で、過去に作られたOzたちがとある教団に出荷されたというのは(・・・・・・・・・・・・・・・・)知っている。

 

 そして原作知識で、その出荷先である《教団》がどのような場所か、そしてどんなことをしていたのか知っている以上、彼女たちが辿った末路は容易に想像がつく。

 

 だが万が一、いや億が一にも、自分の見間違い、早とちりの可能性もあるのだ。

 僅かな望みをかけた問い。

 

 

 『ああ、もはやソレは用済みだ。いつも通り《D∴G教団》に人体実験の実験体として出荷する。

 まあソレには身体能力の向上に力を入れたので、他の個体よりは、多少は長持ちするだろう』

 

 

 だがその希望は、機嫌のいいアルベリヒ工房長の懇切丁寧な説明により粉々に打ち砕かれた。

 

 やっぱりか!!??

 《D∴G教団》の名前が出てきた時点で、十中八九そうだろうとは思っていたが……、やっぱりそういうことか、この外道!?

 しかもご丁寧に、他のOz達の末路まで教えてくれやがって!?

 この鬼!悪魔!!アルベリヒ!!!

 

 《D∴G教団》。

 それは作中で登場する、悪魔を崇拝する邪悪なカルト教団にして、最低最悪のヤベー犯罪者集団である。

 彼らの目的、それはゼムリア大陸で広く信仰される空の女神――エイドスの否定。

 そのためだけに彼らは、儀式と称しての非人道的な人体実験や化学実験、果ては悪魔召喚などを繰り返し、実験体として大陸各地から攫ってきた大量の幼い子供達を虐殺していったのだ。

 最終的にあまりに被害が広がったため、七耀暦1198年、チート親父ことカシウス・ブライトを総司令として各国政府や軍隊に警察、遊撃士協会、七曜協会などが協力してD∴G教団の殲滅作戦を展開。

 夥しい犠牲を払いながらも《D∴G教団》は徹底的に殲滅され、教団は表舞台からその姿を消すことになる。(残党がいないとはいっていない)

 だが教団の残した爪痕はあまりにも大きく、何人かの主人公の仲間たちの人生にも、暗い影を落としている。

 

 そしてそんなド畜生集団の《D∴G教団》であるが、今現在の日付は七耀暦1194年。

 まだ教団の殲滅作戦は展開されておらず、実験体目当てに拉致って殺して、元気に活動中である。クソが。

 

 そして非常に不愉快ではあるが、そんな《D∴G教団》と《黒の工房》にはつながりがあるのだ。

 

 何とうちのトップであるアルベリヒ工房長が、教団から有用な技術を盗み取る為に、潜り込んでいるのだ。

 しかも下っ端の一構成員とかではなく、教団幹部という立派な肩書きまで持っているのである。

 

 思いっきり仲間ですね!ありがとうございます!

 

 アルベリヒ工房長がいつから教団幹部の地位についていたのかは、結局作中で明らかになることはなかったが。

 どうやってその地位にまで登りつめたかは、先ほどのゴミみたいな発言から容易に想像がつく。

 おそらくアルベリヒ工房長は、失敗作のOzを教団の人体実験の実験体として提供していたのだろう。

 ただでさえ、実験体の確保の為に、教団の悪行の数々が露呈するリスクを冒してまで各地から幼い子供を誘拐してきていた連中である。

 そんな中、ホムンクルスであるとはいえ、足のつかない、どれだけ実験に使用しても全く問題の無い子供を、定期的に提供できるアルベリヒ工房長は、教団にとってさぞかし魅力的に映ったに違いない。

 

 そして効率至上主義のアルベリヒ工房長にとっても、廃棄処分を待つだけのOzを教団に実験体として提供するだけで、楽に功績を稼ぐ事が出来るのだ。一切の躊躇いもなかったことだろう。

 しかも儀式という名の人体実験で実験体を死ぬまで徹底的に使い潰すという性質上、該当する儀式の監督さえしていれは、Ozの身体から黒の工房の技術が流出する恐れもない。

 

 まさに利害の一致。

 黒の工房とD∴G教団。

 今のこの惨状は、鬼畜と外道が手を取り合った結果であるといえるだろう。

 え?どっちが鬼畜で、どっちが外道かだって?

 HAHAHA!どっちも一緒だよ!

 両方とも畜生の権化みたいなもんだからな!

 

 ダメだ、落ち着け俺。

 先ほどは思わず動揺してしまったが、そんな事OzがD∴G教団に出荷されていたという事が判明した時点で分かり切っていたことだろう。

 こんな時こそクールにならなければ……。

 

 小さく深呼吸をして高ぶった気分を落ち着かせる。

 

 ……よし、落ち着いた。

 

 現状を整理しよう。

 目下最大の問題は、Oz72のD∴G教団出荷問題である。

 このまま放置すれば、間違いなくアルベリヒ工房長は宣言通り、Oz72を人体実験の実験体として教団へと出荷するだろう。

 今まで散々同じことをやって来たのだ。今更躊躇いなどすまい。

 

 実際、教団への出荷に対しOz72自身がどう思っているのかは聞いたことはないし、その心の内を窺い知ることは出来ないが……。

 

 ……手前勝手な話ではあるが、俺はOz72を助けたいと思っている。

 お互い、性能実験で戦闘をしただけの仲であるが。

 同情、しているのだろう。

 作中ではその存在をカケラも遺すことなく、おそらくはD∴G教団の人体実験で死んでいった彼女の、その境遇に対して。

 もしかしたら自身の境遇を重ね合わせ、ある種のシンパシーを感じているのかもしれない。

 

 だが結局のところ、彼女が実際にどう思っているか分からない以上、これは所詮自分の自己満足、自分本位の行動でしかないのだ。

 

 ……ならば俺の好きにさせてもらうとしよう。

 

 それにこれは、丁度いい試金石だ。

 黒の史書以外の、原作の歴史改変に対し、正史に戻ろうとする動き、揺れ戻しがあるのかどうか。

 それを見極める意味での。

 

 もし彼女の死が回避出来たのだとしたら、正史の揺れ戻しはないということ。

 作中で登場していなかった俺ことハンス主任の生存にも、断然期待が持てる。

 だが、もし彼女の死が回避出来ないのだとしたら、それはそのまま俺の――これ以上は考えないようにしておこう。

 

 手を首に当て、もみほぐす。

 

 さあ、ここからが本番。我らがブラック上司――アルベリヒ工房長との交渉の時間だ。

 曲がりなりにも、Oz研究を総括するアルベリヒ工房長の決定に異を唱えるのだ。

 

 黒の工房、ひいては我らが主であるイシュメルガ様(笑)の利益の為にも、Oz72を生かすことで生まれる利益をアルベリヒ工房長にしっかりとプレゼンテーションしなければ。

 

 

 

 

 

 アルベリヒ工房長side

 

 

 『それはそれは…、随分と勿体無い話ですね』

 

 

 先ほどOz72――イリスの最終性能実験を終え、自身の仮説の証明をした私が、コントロールルームで、いかにこのデータを製造中のOzにフィードバックすべきか思考を巡らせていると、演習場の様子を映し出したモニターから、声が響いた。

 その声の主は、一人の少年。

 地精の一人であり、黒の工房にも所属するハンス主任だ。

 多少の小休止を挟んだとはいえ、先ほどまでOz72――イリスと三十分にも渡って戦闘をしていたにもかかわらず、Oz72――イリスとは違って大して疲れた様子は見せておらず、自身の身の丈ほどもある刀身に、巨大なリボルバーが取り付けられた片刃の大剣『アサルトソード』を肩に担いだまま、相変わらずの少年らしからぬ営業スマイルを浮かべている。

 

 

 「どうかしたのかね?ハンス主任」

 

 

 ハンス主任にそう問いかけると、彼はわざとらしく大きく肩を竦めながら話を始めた。

 

 

 『いえね、Oz72がもはやOz研究において用済みである、という事には同意しますが……、このまま教団に人体実験の実験体として出荷するだけ、というのは随分と勿体無い(・・・・)話だな、と思いまして』

 

 「……というと?」

 

 『せっかく他のOzよりも身体能力、及び戦闘能力を強化したのです。

 純粋な戦闘員としてや、Sウェポンや戦術殻、人形兵器の性能実験の相手役にでも十分使えるでしょう。……ああ、私の『パワードアーム』もそろそろ体格の違う者が装備した時のデータが欲しいと思っていたところでした。

 それだけ黒の工房に貢献できるOz72を、教団如き(・・・・)のオモチャにくれてやるというのは……なんとも惜しい(・・・・・・・)

 

 「ふむ……」

 

 

 ハンス主任の発言を聞き、改めて考える。

 確かにその発言は尤もだ。

 女神の否定などという無意味なことの為に、見当外れの実験を繰り返し、実験体の無意味な浪費を繰り返すD∴G教団の連中に。

 ある意味、特別製ともいえるOz72をくれてやるのも惜しい気もする。

 所詮イシュメルガ様の生まれるきっかけとなった女神の至宝(セプト=テリオン)の実在すら、知っているかも怪しい無知蒙昧な連中だ。

 この教団の幹部席も、連中がその価値も分からず集めた技術と、……連中を傀儡とするクロイス家の魔道技術を盗み取るために都合のいい場所を欲しただけに過ぎないのだ。

 その席を確保できた今、わざわざあの無能共に過分な餌をくれてやる必要など何処にもあるまい。

 

 その上で。

 私は再度ハンス主任の方を見る。

 

 ハンス主任。

 技術者としては、もう一人の地精であるゲオルグに劣るものの、純粋な戦闘能力に関してはゲオルグと比較にならないほどに高い。

 それに戦闘員と技術者双方の視点を持ち合わせている為、Oz72――イリスに行っていたような、人形兵器などではできない繊細な調整が必要な性能実験や、Sウェポンの性能実験などという臨機応変かつ、咄嗟の状況判断能力が必要な場面おいては、非常に役に立つ手駒だ。

 

 それを考えれば、ハンス主任と同格とはいかなくとも、多少は食い下がることの出来る戦闘員を一人確保しておくというのは悪くはない。

 それに、実際に物になるかどうか分らんが、奴にOz72――イリスの技術方面での指導をさせ、多少なりとも身に付くことが出来れば、奴がいない時の予備としても使うことができるかもしれない。だが―――。

 

 はっきり言って、私はハンス主任を信用してはいない。

 

 理由は奴自身の目と、そしてその行動。

 

 ゲオルグについては、その目を見れば、イシュメルガ様へ抗う事の愚かさを理解しているからこその、諦観から来る従属であると、ハッキリと分かる。

 

 だが、ハンス主任については、イシュメルガ様に従属しているというのは分かるのだか、諦観から来る従属の色はなく、何かしらの展望を抱いて(・・・・・・・・・・・)仕方なく従属しているという目をしているのだ。

 

 そして奴自身の行動。

 

 ハンス主任は、極端なまでに私の命令に逆らわない。

 

 最初はただ、抗う事の愚かさを知るからこその従順であると考えていたが違う。

 監視している限り、……どうやらその行動は、私に自身の本心を悟られぬ為の行動であるらしかった。

 

 自分の本心を悟られぬ為の行動と、抱いている何かしらの展望。

 何かある。

 

 そして今この瞬間、極端なまでに私の命令に逆らわないハンス主任が、なぜか今回のOz72――イリスの出荷に対して異議を申し立てた。

 

 

 (さて……、造反か、それとも逃走か……)

 

 

 相変わらず少年らしからぬ営業スマイルを浮かべるハンス主任、その仮面の下には一体どんな本心が隠されているのか。

 それらを踏まえた上で―――。

 

 

 「……分かった、君の提案を認めようハンス主任。

 Oz72――イリスのD∴G教団への出荷は取りやめ、君にその管理を任せる。有用に使いたまえ」

 

 

 正直どうでもいい。

 ハンス主任が、造反を企てていようが、逃走を目論んでいようが。

 黒の工房に対し、成果を示し続けているのであれば。

 

 

 『おお、ありがとうございますアルベリヒ工房長!

 このハンス、必ずや黒の工房、ひいてはイシュメルガ様の利益の為に、粉骨砕身働くことをお約束しましょう!』

 

 

 まるで芝居じみた言い回しをするハンス主任をもはや見ることもなく、私はゲオルグを引き連れ、コントロールルームを後にする。

 

 

 

 ハンス主任、お前が何を企もうと全て無駄。我らの主であるイシュメルガ様は絶対だ。

 お前がどれだけ抗おうとも、イシュメルガ様の隷属から逃れる術など存在しない。

 

 ―――希望があるからこそ、絶望は深いという。

 精々、ありもしない希望に縋って、失意の沼底に沈むといい。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「イシュメルガの能力に対する異常なまでの信頼。

 ……それが貴方の隙ですよ、アルベリヒ工房長」

 

 

 アルベリヒ工房長がコントロールルームから去ったことを確認し、一人ほくそ笑む。

 

 アルベリヒ工房長が俺を信用していない。

 そんなこと(・・・・・)分かり切っている(・・・・・・・・)

 

 どれだけの間、工房長と働いてきたと思ってんだ。

 

 俺の目に諦観の色がないと工房長が気づいたことも、俺が本心を悟られぬよう行動していることを工房長に勘付かれたことも。

 

 全て知っている(・・・・・・・)

 

 アルベリヒ工房長が俺を知り尽くしているように、俺もアルベリヒ工房長を知り尽くしているのだから。

 そして。

 工房長が俺を監視していたように、俺も工房長を探っていたのだ。

 アルベリヒ工房長の付け入る隙を、な?

 

 緊張の時間が過ぎ去ったからなのか、フワフワとした開放感を覚えつつ、Oz72の方に近づいていく。

 

 それに気づいたOz72は、怯えたようにわずか身を震わせた。

 

 オイオイ、そこまで怯えられるような心当たりなんて……滅茶苦茶あったわ。

 

 Oz72の性能実験の度に、全力を出させた上でボコボコにしたわ。

 何なら、ついさっきの戦闘で、至近距離で砲撃したあげく、フルスイングでブッ飛ばしたわ。

 

 ちゃうねん……。さっきの戦闘は戦術殻禁止されて余裕なかってん……。

 

 え?他の実験でボコボコにしたのは?だって?

 ……なんか、こう…戦ってたらハイになってくるって事ってよくあるやろ?

 

 え?ない?あっそう……。

 

 うーむ、こんな初っ端から躓くことになるとは……おのれ、アルベリヒ!

 

 

 「………どうして」

 

 「あ?」

 

 「どうして、私の出荷を差し止めたのですか……?

 Ozとして失敗作である私に価値など……」

 

 

 そう言いながらOz72は、絶望に染まった表情で傍まで近づいてきた俺を見上げながら呟いた。

 

 あーなるほどね。アルベリヒ工房長の失敗作発言に心を折られたか……。

 

 まあ、彼女にとってOzとは――Originator zero《根源たる虚無》とは、自身の根源であり、存在意義の全て。

 その為に彼女たちは作られたのだから。

 それを完膚なきまで否定されてしまえば、こうなることもさもありなん。

 

 やっぱあの野郎が悪いんじゃねーか。

 工房長も、わざわざあんな悪意の塊みたいな言い方をOz72にしやがって……。

 俺やゲオルグ君じゃねーんだぞ……。人の心とかないんか?

 ……なかったわ。……というか人じゃなかったわ。

 

 それはともかく。

 

 俺はOz72の方を見ながら考える。

 

 ここで俺がOz72に対し、耳障りのいい言葉を投げかけることは簡単だ。

 

 『君は今こうして生きているじゃないか』とか『これから新たな人生を一緒に探していこう』とか。

 作中の主人公たちなら……英雄たちならそんな臭いセリフを吐きながらも、救ってしまうのだろう。

 だが―――。

 

 

 「Oz72、君は先ほどの私とアルベリヒ工房長との話を聞いていなかったのか?

 君がもはやOz研究において失敗作、用済みであるなどという至極当然(・・・・)の事をわざわざ確認させるな」

 

 

 俺が露骨に溜息をつきながらそう言うと、Oz72はビクリと身を震わせた。

 すまんなOz72。残念ながらこの暗く悪意に満たされた地の底から救い出してくれる英雄は、今は(・・)存在していないんだ。

 

 

 「私が君に求めているのはその身体能力、及び戦闘能力。

 純粋な戦闘員としてや、Sウェポンや戦術殻、人形兵器の性能実験の相手役、うむ、ついでに私のSウェポン研究の助手もさせるか?

 ともかく、君の出荷を差し止めることこそが、黒の工房、ひいては我らが主であるイシュメルガ様の利益に繋がると考えたからこそ、私はアルベリヒ工房長に直談判をしたというのに……。

 その君自身が終わった(・・・・)ことに執着し、今回の交渉の趣旨を理解していないとは……。

 君は私とアルベリヒ工房長の顔に泥を塗るつもりかね?」

 

 「い、いえ……、そんなつもりでは」

 

 「ならば、立ちたまえOz72……いやイリス。

 立ち止まっている暇など君にはない。

 命令だイリス。自らの存在意義(レーゾンデートル)の証明の為、君の価値を我々に示し続けて見せろ」

 

 

 そうイリスに言い切り、俺は彼女を放置し演習場を後にする。

 

 こう命令すれば、彼女は心が折れていようと動き出すことはできるだろう。

 ……彼女に対し、勝手に助けておいて、あまりにも惨い仕打ちをしているのは分かっている。

 立ち直らせるにしても、もっと他にやりようがあっただろうことも。

 

 だが俺には……いやこの場合は彼女か。には絶望的に時間がなかった。

 どれだけその心がボロボロであろうと、早急に形だけでも動いてもらわねばならなかったのだ。

 

 これは先ほど、俺が造反や逃走の意思を持ちながら、アルベリヒ工房長に見逃された事にもつながる。

 

 この黒の工房、いや地精において、意外に思われるかもしれないが、個人の主義主張や忠誠などは問題視されない。

 どれだけアルベリヒ工房長やイシュメルガに反逆や造反の意思を持っていようとも、それで罰せられることはないのだ。

 それだけ強いという事だ。イシュメルガの隷属というのは。

 反逆や造反どころか、組織からの逃走、あげくイシュメルガや組織に対し不利益になるような行動さえも、完全に規制してしまうその隷属の前では、個々人の主義主張や忠誠などゴミ同然だ。

 

 だからこそ。

 この黒の工房で求められるのは結果だ。

 黒の工房やイシュメルガにとって価値のある成果や結果。

 

 それさえ示し続けることが出来れば、先のように造反や逃走の意思を持っていようと見逃されるのだ。

 

 だが。

 逆に言えば。黒の工房やイシュメルガに価値のある、成果や結果を示し続けることが出来なければ、どれだけ黒の工房やイシュメルガに忠誠を誓っていようとも粛清されてしまう。

 

 先ほどイリスは教団に出荷しないことこそが、黒の工房の利益になると判断され、ここに残ることが許された。

 なのに止まり続ければ、アルベリヒ工房長に不要と判断されてしまう。

 

 だからこそ、イリスには早急に形だけでも動いてもらわねばならなかったのだ。

 

 ……動いていさえいれば、成果や結果は俺の方で用意できるからな。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は自身の研究室までの道のりを歩き続ける。

 

 ……今日はホントに疲れた。

 

 イリスの最終性能実験と、アルベリヒ工房長の無茶ぶりで同時開催されたSウェポンの性能実験。

 その後すぐに始まったイリスのD∴G教団への出荷差し止め交渉と。

 失意のどん底に沈むイリスに対しての死体蹴り。

 

 最後に関してはゲロ吐きそう……。

 弱ってる者に対して、悪意まみれの暴言を吐くのがこんなにも辛いとは……。

 そしてアルベリヒ工房長はこれを日常的にしてんのか。スゲーな。

 

 まあ、だが大半は自分が蒔いた種であるのだ。

 特にイリスに関しては、完全に個人的な感傷で救ってしまったのだ。

 その責任は取らなければならないだろう。

 

 彼女が黒の工房から解放される、その時までは。

 

 

 

 






 作中で出てきた情報をつなぎ合わせた結果とんでもない外道な話になってしまった(´・ω・`)

 


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第四話 良かれと思っては大体良くない

 感想や、誤字報告ありがとうございます!
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 先の性能実験から、しばらくして。

 Oz72の再調整や、受け入れ準備などでバタバタしていたものの、ついに今日、黒の工房においてOz72改めイリスを加えた新体制が、めでたくスタートした。

 

 まず地精の長であり、黒の工房における全研究を統括するアルベリヒ工房長と、その補佐をするジョルジュ・ノームことゲオルグ君。

 主にSウェポン研究と、新たに開発中の戦術殻や人形兵器、Sウェポンなどの各種装備のテスターを担当する俺こと――ハンス主任と、そしてその補佐に新たにイリスがつく、四人体制である。

 

 え?トップのイシュメルガはどうしただって?知らん。

 エレボニア帝国のどっかで闘争の種を撒き散らしながら、悲劇でも量産してんじゃねーの?

 

 ともかく。  

 俺の補佐に、一定以上の戦闘能力を有するイリスがついたのは非常にありがたかった。

 実際、Sウェポンの研究方面はともかくとして、テスター要員が不足していたのは確かだったからな。

 今まで、一対一の性能実験ならともかく、一対二、一対三などといった多人数を相手取ることを想定した性能実験なんかでは、ゲオルグ君、最悪工房長までもが、データ記録を機械に任せテスター要員として駆り出されていたのだ。

 それを考えれば、イリスの出荷差し止めは、その動機自体は俺の個人的感傷からだったが、テスターの人員不足を解消する、良い機会だったのは間違いない。

 

 ……それにこれで最高一対四までの性能実験が出来るしな!

 

 こうして始まった新体制であるが、早々に問題が発生した。

 

 端的に言うと、イリスのメンタルがマジでヤバい。

 

 そもそもな話。先の性能実験でアルベリヒ工房長がイリスに対して言い放った失敗作発言で、Ozとしての存在意義(レーゾンデートル)を全否定されたことで、イリスの心自体はへし折れていた。そしてそのメンタルも同様に。

 

 だから、Ozとして命令に対し従順であるイリスに対し、『自らの存在意義(レーゾンデートル)の証明』なんていう、ぶっちゃけ一般人でも分からん難題であり、

 そしてOzとしての存在意義(レーゾンデートル)を全否定された今のイリスが、最も証明困難なそれを、見つけるように命令したのだ。

 そしてその命令で時間を稼ぎつつ、その間にイリスに戦闘やテスター、最悪料理といった家事手伝いなどでもいい。

 趣味のような、あるいは何か打ち込めるものを見つけ、それに熱中か、集中させることで、どうにかイリスの気を紛らわせながら折れた心を癒しつつ、メンタルを上向きに持っていこうと。

 そういう長いスパンでの計画を練っていたのだ(・・・・・・・)

 

 え?何で過去形なのかだって?HAHAHA!決まってるじゃないか!

 

 ついさっき!アルベリヒ工房長が!!イリスのメンタルに!!!

 トドメを刺したからだよおおおお!!!!

 

 

 

 

 

 事の発端は一時間ほど前まで遡る。

 俺やゲオルグ君、イリスまでもが、アルベリヒ工房長に会議室に呼び出されたのだ。

 工房長が俺やゲオルグ君だけならともかく、イリスまで呼び出したことに対し、おかしいとは思ったものの。

 よくよく考えれば、工房長の頭がおかしいのは今に始まったことではないと思い直し、スルーすることにした。

 

 ……今思えば、ここでもっと工房長の頭を疑ってかかるべきだったと後悔している。

 

 ともかく、俺やゲオルグ君、イリスが席に座る中、会議室の扉を勢いよく開け放ち、随分とご機嫌な様子で入ってきたアルベリヒ工房長。

 工房長は会議室にある教壇の前に立つと、前口上など一切なく、すぐさま自分達を呼び出した本題かつ、とんでもない爆弾を繰り出してきた。

 

 

 「では、これより《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》。

 その前提条件を満たした、Originator zero《根源たる虚無》計画の完成形である、Oz73――ミリアム・オライオン、及び最終型となるOz74――アルティナ・オライオン製造計画の概要を伝える」

 

 

 あまりに突然に投げつけられた爆弾情報に、思考の90%くらいがフリーズする。

 辛うじて動いている10%程度で、「工房長が随分とご機嫌だったのはこれが理由か」とか「この時くらいからミリアム・オライオンとアルティナ・オライオンの製造計画が始まったのか」とか取り留めもないことを考え。

 残りの思考が急速に回復してくるにつれて、今自分の横に誰が(・・)座っているかをようやく思い出した。

 

 おいいいいい!!??

 何口走ってんだ工房長!!??俺の横にイリスが座ってんだぞ!?

 Ozの失敗作の烙印を押した者の前で、後続の製造計画を話始めようとすんじゃねえよ!?

 しかも、何Ozの真実バラしてんだ!!??

 

 実はイリスにはOzの真実――Originator zero《根源たる虚無》計画の真の目的というものを知らされていない。

 イリス自体、元々がアルベリヒ工房長が『Oz自身の身体能力、及び戦闘能力と、戦術殻との同調率は反比例するという仮説』を立証する為だけに造った個体だ。

 その性質上、Ozとしては失敗することが生まれる前から決まっていた個体である為、そんな個体にわざわざ《巨イナル一》や《巨イナル黄昏》《黒の聖獣》などといったOzを理解する上で必要な事柄を一から説明しなければならないことに、非効率さを感じたアルベリヒ工房長が、その説明を大幅に省いたのだ。

 だからイリスは、Originator zero《根源たる虚無》計画とは、『戦術殻と完全同期した、人にして武具でもある存在を造り出す計画』であることまでしか、知らされてはいない。

 

 

 「あ、あの……アルベリヒ工房長。《巨イナル一》や《巨イナル黄昏》、《黒の聖獣》とは……」

 

 「……ああ、そう言えば話していなかったか。

 まあ、製造計画の概要を伝えるついでだ。Ozの真の目的とは―――」

 

 「少々お待ち下さい、アルベリヒ工房長。

 この話、黒の工房の秘匿事項が多分に含まれております。

 ……ただのテスター要員が知る必要のない情報でしょう。

 機密保持の観点から見ても、適切であるとも思えません。

 ……イリスには外してもらうべきでは?」

 

 

 何とか顔にいつも通りの営業スマイルを張り付けながらも、イリスに対し、速攻Ozの真実をばらそうとするアルベリヒ工房長の言葉を遮りながら、そう進言する。

 

 そりゃあ、いつかはイリスにも話さなければならん事ではある!

 だが、少なくとも今じゃねえ!

 工房長に全否定されるまで、イリスの心の拠り所だったOz計画が、自分の命を生贄に、不死の聖獣をぶっ殺せる武器を生み出す計画だったなんて、血も涙もないような真実、メンタルがボロボロの今聞かせることじゃねえよ!

 

 そう思い、これ以上工房長がいらん事を話し始める前に、イリスを会議室から追い出そうとしたのだが―――

 

 

 「いや、これでいい。

 ソレ(・・)も知っておくべきだろう。

 曲がりなりにもOz72――イリスは、ハンス主任の補佐としてではあるものの、Originator zero《根源たる虚無》計画に、参加する立場になったのだ。

 にもかかわらず、自身が参加する計画について知らないというのは、格好がつくまい」

 

 

 などと宣いやがった。

 

 白々しい……何が格好がつくまい、だこの野郎。

 格好なんぞ、効率至上主義の工房長が、気にしたこともない癖に……。

 

 何だ。イリスの教団出荷に異を唱えたことへの、当てつけの―――

 

 

 「それに何より、Originator zero《根源たる虚無》計画の完成形である、Oz73――ミリアム・オライオン、及び最終型となるOz74――アルティナ・オライオンの製造計画が滞りなく完遂した暁には、ついに我らが主であるイシュメルガ様の宿願である《巨イナル一》の力を手に入れ神となる為の、偉大なる一歩を歩まれることになる!

 その為にも、万が一にもその始まりたる製造計画に不備があってはならない!」

 

 

 ……ちげーわ。そんな事一切考えてねえわ。というか、もはやイシュメルガの事しか眼中にねえわ。という事はさっきのは、ただの不確定要素の排除の為の建前という事か、よかっ……いや、よくねーよ。

 無自覚に人のフォローを台無しにしやがって。

 もうちょっとイシュメルガ以外の他人に配慮することを覚えろよ。

 ホント、そういうとこだぞ。

 

 若干恍惚の笑みを浮かべながら、イシュメルガへの賛辞を述べるアルベリヒ工房長。ぶっちゃけ気持ち悪い。

 

 だがそれでも。

 そんなトリップ状態の工房長が作り出した、イリスにOzの真実――Originator zero《根源たる虚無》計画の真の目的を説明するという流れは、もはや止められないことは、理解できてしまった。

 

 関係者であるにもかかわらず、ただイリスへの説明を避けるよう主張する俺と、万が一の製造計画の不備を防ぐ為にも、関係者に情報の周知の徹底を主張するアルベリヒ工房長。

 どちらに理があるかと問われれば、アルベリヒ工房長の方にあるのは明白だからだ。

 ……もしイリスのメンタル面が考慮されるのであれば、その限りではないのだが、残念ながら、黒の工房内ではそういったような事柄は全く考慮されることはない。

 

 クソが、イリス用の研究成果や結果をでっち上げやすいよう、俺の補佐という立場につけたことが完全に裏目に出たか……。

 

 もはや、イリスがOzの真実を知ることになるのは確実。

 最悪、真実を知ることで、イリスのメンタルにトドメを刺すことになりねない。

 

 ………かくなる上は―――

 

 

 「ああ、そういうことであれば。了解しました、アルベリヒ工房長。

 ……しかしOz73にOz74ですか。

 ということは、ミリアム・オライオンと、アルティナ・オライオンは、Oz72のイリスから見れば『妹』ということになりますね。

 いっそイリスにも、オライオンの姓を名乗らせますか?」

 

 

 『姉妹愛によるメンタル回復作戦』である!

 

 この作戦は、イリスにオライオンの姓を名乗らせることで、血のつながりが無くとも、ミリアム・オライオン、アルティナ・オライオンの両名を家族――妹と認識させ、彼女に情を抱かせることで、何とかイリスのメンタルを回復させようという作戦である!

 

 ……本当ならこの手は打ちたくなかった。

 

 確かに今のイリスのメンタルは回復するかもしれんが、その情が強くなればなるほど、自らの命と引き換えに『根源たる虚無の剣』を生み出すことになる二人に対し、後々イリスが苦悩することになるのは目に見えている。

 

 ……残念ながらイリスの場合は同調率の関係上、作中ミリアム・オライオンが行ったような、アルティナ・オライオンの身代わりとなって《根源たる虚無の剣》になる、なんてことは不可能だ。

 自身が妹たちの身代わりとなることすらもできないという残酷な現実は、猶更その精神を蝕むことになるだろう。 

 いくら最終的にあの二人は生存するとはいえ、それはあまりに惨すぎる。

 

 だから本来、イリスと二人と引き合わせるかどうかは、当初の計画によってイリスの心が癒え、メンタルを上向きに持って行ったのち、経過観察しながら、慎重に判断する予定だったのだが。

 

 こうなってしまった以上、仕方あるまい。

 直ぐにでもイリスに何かしらの希望を見せてやらなければ、命にすらかかわる。

 

 より良き未来より目先の問題。種籾を今食べないとすぐ死ぬのだ。

 

 そう思い、何とかイリスのフォローをしようと、その後に続く言葉を必死に考えていると、アルベリヒ工房長から「ハア?」みたいな心底呆れたような顔で見られた。

 

 おう、何だその腹立つ顔は。ブッ飛ばすぞ。

 

 

 「何を言っている?ハンス主任。

 仮説を立証する為だけに作った、出来損ないのOzと、正当な後継型を同列に扱うなどとは……。

 それにOzとして失敗作であるOz72――イリスなどに、Originator zero《根源たる虚無》の完成形である事を示す、『オライオン』の姓を冠せられる訳がないだろう」

 

 「ッ!?」

 

 

 工房長、オマエホンマいい加減にせえよ!!??

 さっきから、人のフォローを無自覚に全部台無しにするどころか、事あるごとにイリスの心の傷口に塩塗り込むような真似しやがって!!

 俺やゲオルグ君にするようなノリで口撃してんじゃねーよ、この腐れ外道!!!

 

 かくして最後の一手さえも、アルベリヒ工房長に無自覚に潰され、完全に打つ手のなくなった俺は、嬉々としてイリスへOzの真実を語る工房長を見ていることしかできなかった。

 

 え?ゲオルグ君はどうしただって?

 会議室の片隅で身を縮めて、全力で空気になろうと努力してるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 会議という名の地獄が終わって早々、イリスのメンタルにトドメを刺し終えたアルベリヒ工房長は、相変わらず機嫌良く、つかつかと慌ただしく出て行った。もう死ねよあいつ。

 多分、この後すぐミリアム・オライオンとアルティナ・オライオンの製造計画に取り掛かるのだろう。

 そしてゲオルグ君も、チラリと一瞬イリスを見た後、いそいそと逃げるように自分の研究室へと帰っていった。

 そりゃそーだ。もはやイリスになんて声をかければいいか分かんねーもん。俺だってゲオルグ君の立場なら同じことをしたさ。

 ……それはそれとして、後で覚えとけよ。

 

 

 「……研究室に帰るぞ、イリス」

 

 「…………はい」

 

 

 とりあえず会議室の扉を開け、Ozの真実を知り、顔面蒼白のイリスを伴って、自分の研究室への帰り道を歩く。

 

 しかし……、どうしてこうなった。

 今日、新体制がめでたくスタートしたというのに、その直後に体制崩壊の危機とは。

 しかも内ゲバで。

 

 ……とりあえず、あれだ。

 前から思っていたが、アルベリヒ工房長とイリスの相性が悪すぎる。

 

 地精の一族の必須スキルである、工房長の口撃の上手い受け流し方をマスターしているゲオルグ君や、そもそも工房長の話をまともに聞いてない俺と違って、生真面目であるイリスはアルベリヒ工房長の言葉を正面から受け止めてしまう。

 

 どうせ工房長の話なんぞ、技術関連を除けば、嫌みと妄言しか吐かねえんだから、まともに聞くだけ無駄だというのに……。

 ……まあ、それをイリスにしろと言うのはあまりに酷だろうが。

 とりあえず対処療法ではあるが、今後イリスをアルベリヒ工房長に近づけさせないようにしよう。

 

 研究室のドアを開けて中に入る。

 そしてイリスに研究室に新しく併設された自身の部屋に戻るように告げた。

 

 

 さて………、どうするか……。

 

 

 俺の命令に素直に従い、よたよたと自身の部屋へと戻っていくイリスの痛ましい後ろ姿を見ながら、手を首に当て、もみほぐしながら考える。

 アルベリヒ工房長による度重なる口撃により、もはやイリスのメンタルはズタボロ。

 心に至っては折れるどころか、折られすぎて粉末状になってるレベルである。

 

 ……ホントあの工房長死んでくんねえかな。

 

 そんな心の重病人に対して、一体どう対処すればいいのだろうか。

 

  クソ、外傷くらいなら何とかできたんだが。

  ……前世の時に、心理学についても学んでおけばよかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 イリスside

 

 

 

 私の名前はイリス。形式番号Oz72。

 この番号からも分かる通り、私はOriginator zero《根源たる虚無》計画において72体目に製造された個体……ですが、戦術殻との同期率が著しく低く、製造者であるアルベリヒ工房長の求める要求水準どころか、平均水準すらも超えることができなかった『欠陥品』です。

 

 Ozとして用済みとなり、廃棄処分代わりに、人体実験の実験体として出荷される予定だった私のようなモノに、私の性能実験の相手役を務めてくださっていたハンス主任は、『道具』としての利用価値を見出してくださいました。

 

 純粋な戦闘員としてや、Sウェポンや戦術殻、人形兵器の性能実験のテスター、そして光栄にもハンス主任が行っているSウェポン研究の助手としての御役目に至るまで。

 

 本来であれば、Ozの失敗作が望めるべくもない御役目の数々を授けてくださったハンス主任には、感謝の言葉もありません。

 

 そんなハンス主任は私に「自らの存在意義(レーゾンデートル)の証明の為、私の価値を我々に示し続けて見せろ」という命令を下さいました。

 

 ハンス主任の命令(オーダー)

 アルベリヒ工房長より、私の管理を委任されたハンス主任からの命令(オーダー)は、最上位権限の行使に当たります。

 その命令は絶対であり、何をおいても私の全力を以て確実に遂行されなければなりません。

 

 ……ですが愚鈍な私には、そもそも自らの存在意義(レーゾンデートル)を定義することが出来ません。

 Ozとしての存在意義すらも失った無能の私では……。

 

 ――ですが今日の会議において、アルベリヒ工房長は私に、秘匿事項だったOriginator zero《根源たる虚無》計画の真の目的、その情報を開示してくださいました。

 

 Originator zero《根源たる虚無》計画の真の目的。

 それは、自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すことのできる人造人間――Originator zero《根源たる虚無》を造り出すこと。

 

 そしてその会議でアルベリヒ工房長は、その前提条件を満たした、Originator zero《根源たる虚無》計画の完成形である、Oz73――ミリアム・オライオン、及び最終型となるOz74――アルティナ・オライオン製造計画の開始を宣言されました。

 

 ……自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すという名誉にあずかる(・・・・・・・)ことの出来るお二人……。

 

 で、あるのなら…………。

 ハンス主任の『道具』として、誠心誠意お仕えし。

 Originator zero《根源たる虚無》計画における完成形である、ミリアム・オライオンとアルティナ・オライオン……いえ、ミリアム・オライオン様と、アルティナ・オライオン様かのどちらかが、その終着点である《根源たる虚無の剣》に至られるという名誉を得られるよう(・・・・・・・・)私の全力を以て陰ながらお二人をお支えする(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 それが……それこそが、Ozとして出来損ないである私でも……、いえ、私だからこそ証明することのできる。

 ……唯一無二の『存在意義(レーゾンデートル)』。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あれ?イリスもう出てきて……おうふ、もうこんなに時間たってたんか……。

 うーん、まだ方針どころか、なんて声をかけたらいいかさえ決まって……、

 

 あれ?ちょっと顔色よくなってる?どうしたん?

 え?自分の『存在意義』を見つけたの?……マジで?

 ちょっと、どんなのか言ってみ?

 

 ……ふむふむ、俺の『道具』として、誠心誠意お仕えし、ミリアム・オライオン様と、アルティナ・オライオン様、……様?が根源たる虚無の剣に至られるよう、全力で支える?

 それがOzとして出来損ないである自分の『存在意義(レーゾンデートル)』?

 そっか、そっかー。そう思っちゃったかー。そっち方面に行っちゃったかー。

 …………………………………。

 

 

 

 

 

 誰か………、イリスに心理カウンセラーの派遣をお願いします……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 そして大体工房長が悪い。
 
 誤解のないように言っておくと、イリスに悪意は全くないです。
 全て善意からの行動。
 優秀な後輩が栄光を掴めるようにアシストしてくれる。
 心優しい先輩です。(なお栄光の基準は彼女の主観)

 閃の軌跡Ⅲ、Ⅳに特大の地雷がセットされました。 





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第五話 死ぬなら仕事を終わらせてから


 時間が半年ほど飛びます。


 

 

―――七耀暦1195年

 

 

 

 薄暗い研究施設の廊下。そこを駆け抜ける一筋の影があった。

 整った顔立ちをした金髪の青年。

 まだ少し幼さを残す顔つきに、アンバランスな鋭利な眼光を宿らせ、身の丈ほどもある刀身に、巨大なリボルバーが取り付けられた片刃の大剣を担ぎながら、研究施設の廊下を突き進んでいく。

 一見すると、研究施設を襲撃しに来た侵入者といった様相ではあるものの。

 それにしてはその青年の足取りは、まるで勝手知ったる我が家のように一切の迷いはなく、そして研究施設の警備システムもその青年を排除しようとはしなかった。

 まあ、仮に警備システムがその青年の排除を試みようとしたとしても叶わなかっただろう。

 

 すでに、人形兵器などで構成されていた警備システムは、その全てが既に何者かに破壊され(・・・・・・・・・・・・・・・)尽くしていたのだから(・・・・・・・・・・)

 

 

 青年は、破壊された人形兵器の残骸には見向きもせず、警戒しながらも、ずんずん廊下を進んでいく。

 そして、その青年が選んだルートには、必ず人形兵器の残骸が散乱していた。

 

 それはまるで、人形兵器を破壊して回った誰かと、その青年の目的地が同じであるかのように(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そしてついに目的地へと辿り着いたのか、その青年は足を止め、一際大きな扉を見据える。

 その一際大きな扉は、外側から何か大きな衝撃を受けたのか、くの時にへし折れて内側へと倒れており、完全に扉としての役割を放棄していた。 

 

 青年はその様子を確認すると、自身の横の何もない空間を一瞥する。

 すると、その何もないはずの空間から赤い何か(・・・・)が出現した。

 

 それを確認すると青年は、その赤い何かを従え、担いでいた片刃の大剣を構えて、その扉の内側へと飛び込んだ。

 

 

 「…………わお」

 

 

 その扉の先にあったのは、広大な広さを持つ研究室。

 一見すると青年が驚きの声を上げたのは、その得体の知れない生物の浮いた巨大な培養槽の数々や、多種多様な機械群といったものに圧倒されたからのように見えるが。

 そんなものなど見慣れている青年にとってはその程度、今更驚く価値もない。

 では何を見て青年が声を上げたかと言えば―――

 

 研究室全体に刻まれた、壮絶な戦闘痕。

 

 強大な力を持つ者同士がこの場所で全力で争ったのか、研究室の壁や床、天井に至るまで傷ついており、哀れにも戦闘に巻き込まれたのであろう培養槽や機械群が、無残に破壊された断面や中身をさらしていた。

 

 そしてそんな戦場の奥、研究室の制御端末付近に何者かが横たわっていた。

 

 青年は、その横たわっている何者かに近づきながらも。

 まるで誰かを探しているように(・・・・・・・・・・・)、警戒しながら研究室内を見渡し始める。

 すると青年の視線はある一点で止まった。

 

 そこにあったのは、真っ黒な血だまり。

 その血だまりは、カラカラに乾いていており、明らかに致死量の血が流れ出た(・・・・・・・・・・)と分かるほどに広範囲に広がっていた。

 だが不思議なことに、普通ならその血だまりに沈んでいなければならないはずの死体の姿は、何処にもなく、代わりに、その血だまりから、何かを引きずったような跡、そして何かの動物の足跡のようなものが残されていた。

 

 その光景に青年は何を理解したのか、見渡すのを止めて、武器を仕舞い、横たわっている何者かに近づいていく。

 

 それは男性の亡骸だった。

 

 何処かの司祭服(・・・・・・・)に身を包んだその男性は、心臓を何か杭のようなもので貫かれたのか大きな穴が開いており、そこから流れ出した血が床に巨大な血だまりを形成していた。

 その見開いたままの目には光はなく、もはや何も映すことはない。

 鼓動や脈拍の確認をするまでもない。死んでいるのは明白だった。

 

 

 「これは、これは……」

 

 

 にもかかわらず。一人の男性の亡骸を前にしているにもかかわらず、青年に悲壮感といったものは全くない。

 むしろ親しげにそう呟きながら、ニタニタと笑い、男性の亡骸から流れ出た後の乾いた血だまりを、躊躇なく踏みにじりながら、男性の亡骸へと近づいていく。

 

 そして亡骸の直ぐ傍でしゃがみ、頬杖をつきながら――――

 

 

 「ざまあないですね。アルベリヒ工房長(・・・・・・・・)?」

 

 

 心底馬鹿にしきった様子で、ゲラゲラと嗤い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今現在、黒の工房には厳戒態勢が敷かれていた。

 

 事の発端は二日前。

 情報スパイとして潜り込んでいる教団の会合に出席するため、一週間ほど、外に出向いていたアルベリヒ工房長からの定時連絡が、その日を最後に音信不通となってしまったのだ。

 

 この事態に、アルベリヒ工房長不在時の代理として、黒の工房の管理を任されていたハンス主任は、黒の工房・緊急事態マニュアルに基づき、非常事態宣言を発令。

 この工房長の失踪が、黒の工房の敵対勢力による仕業である事も考慮し、最悪の事態――この黒の工房本拠地への襲撃に備えるべく、工房長より代理として与えられていた権限を行使、黒の工房内の全警備システムを全力稼働させ、ゲオルグとイリスには、完全武装で待機しておくように命じた。

 

 そしてハンス主任は、アルベリヒ工房長捜索の為、最後に定時連絡のあった、教団幹部としての顔を持つアルベリヒ工房長が教団内に保有する研究施設――ロッジへと単身確認に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒の工房内の転位ゲート。

 そこは物々しい雰囲気に包まれていた。

 転位ゲートを取り囲むように配置された、大量の魔導兵器や汎用戦術殻。

 黒の工房の警備システムと連動したそれらは、機械であるがゆえに、一切の油断や慢心なく、その身が持つ武装を転位ゲートの方へと向けられていた。

 その最後方、自立型の状況制圧用魔導兵器《ヘカトンケイル》を盾にするようにしながら、ゲオルグは大型ハンマーを、イリスは柄の部分に何やら複雑な機構の付いたレイピアと、射撃機構の付いた短剣を携え、そしてその傍らには、それぞれが使役する戦術殻――《ナグルファル》《フルン=ティング》を侍らせ、完全武装で待機していた。

 

 転位ゲート前に用意された防衛ライン。

 元々が、地下1000アージュに存在する大地の裂け目に橋を架けるように造られた黒の工房の本拠地である。

 厚い岩盤で外界から完全隔離されたここに、出入り口は存在せず、二基の転位ゲートのみが、ここと外界とを行き来する、唯一の手段となる。

 そして襲撃者対策の為、片方の転位ゲートの機能を停止させている今、この黒の工房と外界とを繋ぐ出入り口は、もはやこの目の前の転位ゲートのみだ。

 それを考えれば、この転位ゲート前に防衛ラインを敷き、黒の工房の戦力を集中させるというのも、そうおかしな話ではない。

 

 そうして、無数の兵器と共に待機していたゲオルグとイリスの二人だったが、突如として転位ゲートが稼働を始めた。

 

 誰かが、外界に設置されている転位ゲートを起動させ、それと繋がるこちらの転位ゲート――即ちこの目の前のこれに転移しようとしている合図である。

 二人に緊張が走る。

 認証装置付きの転位ゲートである以上、起動させることが出来たということは、そういう事なのだろうが、……万が一のことがある。

 二人はそれぞれ得物を構え、配置された兵器と共に、油断なく様子を伺う。

 しばらくして。転位ゲートより一人の整った顔立ちをした金髪の青年が現れた。

 

 

 『……対象識別。登録アカウントに合致。黒の工房、構成員。ハンス主任であると確認されました』

 

 

 その警備システムの機械音声と共に、周囲の魔導兵器や汎用戦術殻が一斉に武装を下した。

 

 

 「ハンス主任!」

 

 「主任!」

 

 

 それと同時に、イリスとゲオルグがハンス主任の元へと駆け寄る。

 

 

 「今帰った。こちらに異常は?」

 

 「「ありません」」

 

 「そうか。二人ともご苦労だった」

 

 

 いつも顔に浮かべている青年らしからぬ営業スマイルは成りを潜め、険しい表情を浮かべながらも、ハンス主任は二人を労った。

 

 

 「あ、あの……アルベリヒ工房長は……」

 

 

 イリスが不安そうな様子で、ハンス主任に尋ねる。

 そもそもハンス主任は、アルベリヒ工房長捜索の為、最後に定時連絡のあった、アルベリヒ工房長が教団内に保有する研究施設――ロッジへと単身確認に向かったはずであった。

 それにもかかわらず、ハンス主任が一人で戻ってきた。と、いう事はつまり―――

 

 

 「…………」

 

 「ま、まさか……」

 

 「そんな……」

 

 

 何かをこらえるような表情(・・・・・・・・・・・・)を浮かべながら首を左右に振るハンス主任に、ゲオルグとイリスは、アルベリヒ工房長が、どうなったかを悟った。

 重苦しい空気に包まれる三人。だがそれを打ち破るようにハンス主任は、おもむろに話始めた。

 

 

 「……黒の工房・緊急事態マニュアル 第44項『管理者たる工房長死亡時の対応』に基づき、次の工房長復活まで(・・・・・・・・・)、この中で一番役職の高い、私ことハンス主任が工房長代理として、この黒の工房の指揮を執る。……異論は?」

 

 「「………」」

 

 

 ハンス主任のその言葉に、ゲオルグとイリスは沈黙を以て、肯定の意を返した。

 

 「よろしい。ではしばらくは襲撃者対策の為、この転位ゲートへの警戒体制は維持する。

 そしてこの緊急事態に集中するため、現時刻を以て、ミリアム・オライオンとアルティナ・オライオンの製造計画を除いた、全プロジェクトを一時中止。 

 ゲオルグとイリスは手分けして、アルベリヒ工房長が抱えていた案件の精査に努めろ。

  工房長が何か急ぎの案件を抱えていた可能性もある」 

 

 「了解です」

 

 「承知致しました」

 

 「では解散」

 

 

 ハンス主任改め、ハンス工房長代理から下された命令を遂行すべく、ゲオルグとイリスは足早に離れていく。

 その様子を何かをこらえるような表情で見ていたハンス工房長代理は―――

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 だ…駄目だ まだ笑うな…こらえるんだ…しかし…

 

 吹き出しそうになるのを、険しい表情で懸命に押さえ込みながら、俺は自身の研究室に駆け込む。

 そして研究室に滑り込み、扉が完全に閉まったことを確認して―――

 

 

 「工房長ざまああああああああ!!!!」

 

 

 防音対策の施された研究室内で全力で叫んだ。

 

 紳士淑女諸君、御機嫌よう!

 無様にくたばったアルベリヒ工房長に代わり、この黒の工房を運営していくことになったハンス主任改め、ハンス工房長代理だ!

 

 いやー、清々しい気分だ。

 アルベリヒ工房長の死体を見た時には、胸がすくような気持だったよホント。

 本当であれば、あの工房長が無様にくたばる瞬間も、ぜひこの目で見たかったのだが……。

 まあ良しとすることにしよう。

 

 だが……、ゲオルグ君やイリスには悪いことをしたと思っている。

 今回、アルベリヒ工房長を殺した下手人は単独犯。

 しかも工房長と相討ちとなり死亡している為。黒の工房への襲撃など、確実にないと断言できるにもかかわらず、そのことを一切伝えずに、黒の工房の警戒任務に当たらせてしまったのだから。

 

 アルベリヒ工房長を殺した下手人。

 それは、もう原作知識により分かっている。

 

 およそ1200年前、《地精(グノーム)》と同じく、女神より七つの至宝《セプト=テリオン》の一つである焔の至宝《アーク=ルージュ》を賜った一族の末裔《魔女の眷属(へクセンブリード)》の巡回魔女にして、主人公――リィン・シュバルツァーが所属する(していた)トールズ士官学院 VII組 の一員、エマ・ミルスティンの母である、イソラ・ミルスティンだ。

 

 この件は、非常に優秀な調査能力と推理能力を兼ね備え、真相に辿り着きかけたイソラ・ミルスティンを、邪魔に思ったアルベリヒ工房長が始末しようと画策。

 それを《未来視》で視たイソラ・ミルスティンが、より良い未来の因果に紡ぎ直す為、相討ち覚悟で激突し、そして最終的に両者、共倒れとなったというのが一連の流れだ。

 

 ……出てくるたびに、大物ぶって意味深な事ばかり言っておきながら、800年間地精の居場所どころか、一連の陰謀一つ見抜けなかった合法ロリババアである、アホの……じゃなかった緋のローゼリアに率いられた魔女の眷属(へクセンブリード)の出身とは思えない優秀さだな、ホント。

 

 作中では、大体の年号はともかくとして。

 その日時、そして激突した場所については明らかにはなっていなかったが。

 それが二日前であり、そして激突した場所が、先ほど俺がアルベリヒ工房長捜索の為に、訪れた研究施設――ロッジだったのだろう。

 

 ちなみに、先ほど確認した際、アルベリヒ工房長の死体はあったものの、致死量の血が流れ出ていた痕跡があるにもかかわらず、そこにイソラ・ミルスティンの亡骸がなかった件については、血だまりの周囲にあった動物――それも鳥のような足跡から、大体の想像はつく。

 イソラ・ミルスティンは使い魔として、白い梟を連れていた。

 その梟が転位魔法か召喚魔法か何かを駆使して運び出したのだろう。

 

 「母としての思いを娘に伝えたい」

 そんな亡き主人の願いを果たすべく、自身の体が消滅し、残留思念に成り果ててもなお、約12年もの間、霊窟内で娘たち一行が訪れるのを待ち続けていたほどの使い魔だ。

 それほどまでに忠誠心のある使い魔が、敵陣といえる場所に、主人の亡骸を放置する訳がない。

 敵ながら天晴れな忠義心である。

 

 え?上司の死体の前で、ゲラゲラ笑ってたオマエも見倣えって?

 ハハッ、ワロス。

 

 ……いや、一応言っておくと、一頻り工房長の醜態を嘲笑ってすっきりした後、死体の方はちゃんと弔ってはおいたし、墓も簡易ではあるが立ててはおいたのだ。 

 アルベリヒ工房長の正体、それはイシュメルガが作り出した精神生命体的な存在――つまりは悪霊である。

 優秀な地精の血族に寄生する事で活動しており、身体が滅んでも優秀な子孫に寄生することで何度も復活するのである。やっぱ悪霊じゃねえか。

 だから、あの工房長の死体も、《黒のアルベリヒ》という悪霊に憑りつかれていた、哀れな地精の誰かという事になるのだ。

 そりゃあ弔いもするし墓も立てる。……銘の方は分からなかったが。

 

 え?もし仮に、本物の工房長の死体があった場合はどうするのかって?

 

 ケツに爆薬詰めて発破してくれるわ。

 

 だが、これでアルベリヒ工房長が滅んで一見落着……という訳ではない。

 先も言った通り。アルベリヒ工房長の正体は、優秀な地精の血族に寄生する事で活動する精神生命体だ。

 そして今回も滅んだのは身体だけ。

 本体である精神生命体は生きているのだ。クソが。

 だからしばらくすれば、アルベリヒ工房長は、新たな優秀な子孫に寄生することで復活し、戻ってくることになるのだ。

 しかも新たな寄生先というのが、主人公の仲間の父親なのである。地獄かここは。

 

 だが、それでも。

 一時的にでもアルベリヒ工房長がくたばったことで、この黒の工房に、つかの間の平穏が訪れたのは確かである。

 

 だから俺はアルベリヒ工房長が一時的にでもくたばるこの日を、一日千秋の思いで待ち侘びていた……というわけではない。

 

 ……むしろ憂鬱な気持ちに苛まれていた。

 

 今の今まで俺は、アルベリヒ工房長とイソラ・ミルスティンとの戦いに、十中八九駆り出されるものとばかり思っていたからだ。

 相性の問題もあるのだが、俺はアルベリヒ工房長よりも強い。

 

 ……まあ俺が強いというより、アルベリヒ工房長がそんなに強くないといった方が正しいのだが、それはともかく。

 

 だからこそ、イソラ・ミルスティンを確実に始末することを考えた場合、俺という駒を呼び出さない訳がないと考えていたのだ。

 だから、この場合はどう動けばいいのか、原作通り相討ちに持っていくのかとか、何とか上手いこと立ち回って工房長だけを殺せねえかなとか、……いや、むしろこれ下手を打てば工房長諸共まとめて殺されるんじゃね?などと色々考えていたのだが………。

 だが結局、この心配は全て杞憂に終わった。

 アルベリヒ工房長は俺を駆り出すことなく、イソラ・ミルスティンの始末に動いたのだ。

 しかも、俺に知られないよう秘密裏に動いてまで、だ。

 

 ……はっきり言って、今回の件は寝耳に水だった。

 

 原作知識から、そろそろアルベリヒ工房長と、イソラ・ミルスティンが相討ちとなる時期というのは知っていたものの、正確な日時や場所を知らなかった為に、おおよその見当を付けることが出来なかった、というのもそうだが、工房長がイソラ・ミルスティン関連の情報を徹底的に隠蔽していたからだ。

 

 ……そういえば最近、よく教団の会合があるなと思っていたが、……まさかこういう事だったとはな。

 

 まあだが、その理由については分かる。

 

 そもそも、アルベリヒ工房長は俺を信用していない。

 俺が自身の本心を悟られぬよう行動していることも知っているし、俺が何かしらの展望を抱いていることも勘付いている。

 だからこそ、そんな信用の出来ない駒を戦場に持ち込むことを嫌ったのだろう。

 イシュメルガの隷属があるとはいえ、戦場では何が起こるか分からないのだから。

 

 ……結局、真相は死んでしまった以上、真相は闇の中……ではなく復活した工房長に聞いてみなければ分からないが。一つ言えることがある。

 

 

 

 そwれwでw死wんwでwりゃw世w話wねwえwわw

 

 

 

 あぁ^~心が愉悦でぴょんぴょんするんじゃぁ^~

 

 これでしばらく、工房長のねちっこい妄言や嫌みも、成果や結果の催促も聞かなくていい生活を送れるんだからな!!!

 

  最高に「ハイ! 」ってやつだアアアアア!!!

 

 ああそうだ。『第28次イリスの存在意義(レーゾンデートル)方向修正作戦』の準備もやっとかねえと。

 

 フッフッフッ……、今回の作戦はすごいぞ……!

 今までの作戦は、その悉くが失敗に終わったが……、今回はなんか成功する気がしないでもないのだ!根拠は無いけど!

 

 ……そういえばここ3日ほど寝てねえな。

 まあ工房長失踪の件で忙しかったからだが。……準備は仮眠を取ってからだな。

 

 そんな事を考えていたら、俺の研究室のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

 『ハンス工房長代理、ゲオルグです。アルベリヒ工房長が抱えていた案件についてご報告が』

 

 「入れ」

 

 『失礼します』

 

 

 そう言いながら、研究室に入ってくるゲオルグ君。

 

 さすがはゲオルグ君。死ぬまでドアのノックすることを覚えなかった、どっかのバカ工房長とはえらい違いだ。

 もし履歴書がいる場合は私にいいたまえ。

 アピール欄の所に『ゲオルグ君はドアをノックできる素晴らしい人材です』と書いといてあげよう!

 

 そんなことを心の中で考えていると、ゲオルグ君は早速本題を話し始めた。

 

 

 「二週間後に予定されている、猟兵団《西風の旅団》とのSウェポン取引なのですが……」

 

 「ああ、それがあったな……」

 

 

 その言葉でゲオルグ君がここを訪ねたおおよその理由を察することが出来た。

 

 《西風の旅団》

 トールズ士官学院 VII組 の一員フィー・クラウゼルの養父、《猟兵王》ルドガー・クラウゼル氏が団長を務める、ゼムリア大陸において《赤い星座》と並んで最強の猟兵団との呼び声高い集団である。

 作中において、この西風の旅団と黒の工房との間には、どす黒い因縁がある訳だが……それはひとまず置いておくとして。

 現状では、黒の工房製の武器であるSウェポンをご贔屓にしてくださるお客様、と言ったところである。

 だがSウェポン取引に関して、別に西風の旅団だけがお得意様という訳ではなく、赤い星座とか他の猟兵団にも流しているし、大概は仲介役を通して取引をしている為、直接会うことはあまりないのだが、この件に関してはそういう訳にはいかない。

 

 

 「かねてより西風の旅団、団長ルドガー・クラウゼル氏より製作を依頼されていた、Sウェポン《バスターグレイブ》の引き渡しの日だったな……」

 

 「ええ、その通りです」

 

 

 さすがにここまでの大口取引に、いつも通りの仲介役を通しての取引という訳にもいくまい。

 普通なら、取引の窓口もしていたアルベリヒ工房長自らが行わなければならない案件であるだろう。

 そしてその工房長が不在である以上、最低でもSウェポンの扱いをよく知る黒の工房の誰かが出向かねばなるまい。

 

 ……つまりは俺だ。

 

 

 「まあ、案件が案件なだけに、そのくらいは仕方がない。

 西風の旅団とのSウェポン取引については、私が出向くとしよう」

 

 

 まあ、きっちりと筋は通す西風の旅団だ。

 敵対関係であるものにも、戦場で会わなければ飲みに誘うような連中である為、命についてはさほど心配はしていない。

 

 ……今の所は、だがな!

 

 そう考えながら、西風の旅団とのSウェポン取引について、ゲオルグ君に了承の意を示したのだが、何故かまだゲオルグ君は出ていかなかった。……どうしたん?

 

 

 「まだなにか?」

 

 

 「あの……、今回、西風の旅団の団長より製作を依頼されたSウェポン《バスターグレイブ》なのですが……」

 

 「そういえば、あのSウェポンに関しては、アルベリヒ工房長が直々に製作するとのことだったな」

 

 

 まあ、依頼者は『赤い星座』に並ぶ、超一流の猟兵団である『西風の旅団』の団長の武器製作の依頼だ。

 生半可なモノは出せないという意味でも、Ozの為にその超一流の戦闘データを手に入れるという意味でも、アルベリヒ工房長が担当するのは、至極当然と言えるだろう。

 

 ……未来に向けた仕込みの関係もあるしな……。

 

 

 「で?それがどうかしたのかね?」

 

 「あのー、その……」

 

 

 随分と言いづらそうに、口ごもるゲオルグ君。

 

 ……ははーん。理解したぞ。

 

 製作者が不在な上に、製作に関わっていないSウェポン《バスターグレイブ》の仕様説明がお前に出来るのか、という事を言いたいのかな?ゲオルグ君は。

 

 ハッハッハッ!舐めないでくれたまえ。これでもSウェポン研究者の端くれ。

 自身が関わっていなくとも、完成さえしていれば、そこから性能を逆算することも―――

 

 

 「その《バスターグレイブ》なのですが………まだ完成していません」

 

 

 ………………………………は?

 

 

 

 

 

 ………………………………は?

 

 

 

 

 

 

 え?完成していない?二週間後に引き渡し期限の迫ったSウェポンが?

 

 西風の旅団の団長より製作を依頼された《バスターグレイブ》が?

 

 完成していない?

 

 

 

 

 

 ……こ、……こ、こ……こ

 

 

 

 

 

工おおおお房おおおお長おおおお!!!

 

死ぬなら仕事終わらせてから死ねやああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 連勤、徹夜はブラックの華

 たくさんの感想や、誤字修正の報告ありがとうございます!
 てなわけで投稿。 


 注意!この話には仕事をバックレた工房長に対するオリ主の呪詛が、多分に含まれます。


 アルベリヒ工房長がお得意様である猟兵団《西風の旅団》の団長から注文されたSウェポンを、完成させずに(あの世に)バックレるという衝撃の事実が判明し、すったもんだあって12日後。

 

 黒の工房の人的資源(三名)を全力稼働(連日デスマーチ)させることで、何とか西風の旅団の団長、団長ルトガー・クラウゼル氏より製作を依頼された、幾つもの特殊機構を施した巨大な槍、Sウェポン《バスターグレイブ》が何とか完成した。

 

 身体に満ち満ちている開放感と達成感に浸りながら、俺の研究室の作業台に乗る《バスターグレイブ》を眺める。

 

 ……これを見ても思うが、やっぱ工房長の技術力に関してだけはホントすげえな。

 

 通常、特殊機構や変形機構を組み込めば、それだけ武器本体自体の強度が落ちて脆くなる。

 だから通常、Sウェポンは、客の要望と、特殊機構や変形機構の数、そして武器本体の強度との妥協点を探りながら、設計開発していくものなのだが。

 

 ……武器本体の強度を一切落とすことなく、ルトガー・クラウゼル団長の要望を十全に満たすことの出来る特殊機構や変形機構を破綻させずに、幾つも組み込むなんぞ、人間業じゃねえよ。……人間じゃなかったわ。

 

 本来であれば、これほどのSウェポン、俺如きでは逆立ちしたって作り上げる事は出来なかっただろうが、アルベリヒ工房長が設計自体は終えていたことが幸いし、何とか完成にこぎ着けることができた。

 それでも納品二日前に完成という、滑り込みのような結果になってしまったが……、完成したことは間違いないのだ。良しとすることにしよう。

 

 ……ホント、ゲオルグ君とイリスには感謝の言葉もねえな。

 

 ゲオルグ君は俺と手分けしてSウェポン製作に携わってくれたし、イリスはその他の色々な雑用や雑務、それに食事の用意といった事まで、率先して熟してくれた。

 

 ……というか普通にイリスの食事が美味かった。

 少し前に「何かお役に立てることはありませんか?」とか聞いてきたから、ちょっと料理の仕方を教えただけなんだが……。もはや料理の腕は俺より上なんじゃね?

 

 そんな二人もSウェポンが完成して緊張の糸が切れたのか、連日のデスマーチの反動に抗えず床にひっくり返って爆睡している。一応あいつらの睡眠時間はちゃんと取ってたのだが。

 

 ……というか床で寝るな。風邪ひくだろうが。

 

 とりあえず熟睡中の二人を脇に抱えて研究室内を移動、イリスを研究室に併設された彼女自身の部屋に、ゲオルグ君は……とりあえず研究室内にあるソファーに寝かせて毛布でも掛けてやる。

 

 ……二人ともお疲れさん。

 

 え?お前は寝ないのかだって?

 

 残念ながら《バスターグレイブ》は完成したが、他にも西風の旅団に引き渡す予定の汎用Sウェポンやそれ用の弾薬やらの準備があるからな。納品書作成と合わせて、まだ休むわけにはいかんのだ。

 

 だが、あの子供二人と違って俺は前世でデスマーチに慣れてるからな!

 この程度で揺るぎはせぬよ!

 

 あぁ~睡眠負債が積み上がっていくんじゃぁ~

 

 ……というかここ数日、視界の端で、ちっちゃな工房長とイシュメルガ共がめっちゃいっぱい飛び回って、鬱陶しいのだが……。ぶち殺したろか。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そんなこんなで二週間後。

 

 ついに西風の旅団とのSウェポン取引の日の当日。

 丸一日、睡眠時間に当て、何とか体調を回復することで、腐れ上司共の幻覚を抹殺し、やって来たのは、エレボニア帝国・ラマール州にあるエイボン丘陵。

 なだらかな起伏や小山が何処までも広がる見晴らしの良い場所である。

 ここが西風の旅団とのSウェポン取引場所となる。

  

 一応、他にも取引場所の候補として、歓楽都市ラクウェルや、ガラ湖周遊道などの名前が挙がっていたのだが、ラクウェルに関しては堅気を巻き込むのを嫌う西風の旅団が拒否。

 ガラ湖周遊道に関しては、宿場町ミルサンテが近くにある為に難色を示した。

 

 ……まあ、こちらとしても、ラクウェルはともかくとして、ガラ湖周遊道に関しては、黒の工房の本拠地があるグレイボーン連峰に程近い距離にある為に、見つからないとは分かってはいても、心情的には遠慮したかったので、好都合ではあったのだが。

 

 結果、消去法で周囲に人の住んでいない、魔獣が徘徊しているだけのエイボン丘陵が、黒の工房と西風の旅団との、Sウェポンの取引場所に選ばれたのである。

 そんな中、俺とイリス、そしてSウェポンや弾薬の入ったコンテナや機材を担がせた汎用戦術殻共を引き連れて訪れたのは、エイボン丘陵の東、見晴らしの良い中央部から少し外れた、少し高い丘に囲まれた 奥まった場所にある広場。

 

 ……クッソメタ的な事を言うと試練の箱4があった場所だ。

 

 ここが西風の旅団との集合地点になっている。

 非常に分かりにくい場所ではあるが、西風の旅団にはあらかじめこの地点の座標は伝えているので、迷うことは無いだろう。

 ちなみに、ゲオルグ君には、黒の工房の警備任務という名の休みを与えている。

 今頃爆睡していることだろう。

 

 ……本当であれば、イリスにも休みを与えたかったのだが……、少々彼女にはやってもらうことがあるのだ。スマン。

 

 今現在の時刻は16:00ちょうど。

 西風の旅団との取引時間が19:00を予定していることを考えると、三時間も早い到着となるが……これでいい。

 彼らの歓迎準備の為に、わざと一足早く現地に到着したのだ。

 イリスと共に周辺の魔獣を一掃。

 そして汎用戦術殻共に指示を出し、Sウェポンや弾薬の入ったコンテナの開封作業や、機材の設置、仮設テントの設営準備を始める。

 

 ……別に歓迎準備といっても、ヒャッハーの類ではない。

 

 黒の工房の技術者としての、である。

 

 西風の旅団、団長ルトガー・クラウゼル氏からの依頼品であるSウェポン《バスターグレイブ》。

 工房長が残していた資料から、その形状、そしてその機能はルトガー・クラウゼル氏と幾度も話し合われた内容を元に、アルベリヒ工房長が細心の注意を払いながら図面を引いたことが分かっている為、武器自体の完成度という点については疑う余地はない。

 そして完成後の試験運用についても全項目を良好な数値でクリアしていることからも、製作段階でのミスが無いことも含めて、である。

 だが、それだけでは分からない点もある。

 

 ルトガー・クラウゼル氏が、実際にSウェポン《バスターグレイブ》を使用した際の使い心地だ。

 

 もちろん《バスターグレイブ》の図面を引く際、アルベリヒ工房長が、使用者であるルトガー・クラウゼル氏の体格や体重、さらには左右の肩幅や腕の長さの違いに、全身の筋肉量のバランスまで考慮に入れながら図面を引いている為に、使い心地が悪いとは考えてはいないが。 

 それでも、使って見なければ分からないこともある。

 

 手になじむグリップの付け替えや、使用者の癖を考慮した照準装置の誤差修正、果ては猟兵である使用者が咄嗟に求める、身体的特性や合理性などでは測れない、彼ら特有の『遊び』の部分の調整に至るまで。

 大抵使用者が武器に合わせるような細かな個所を、ルトガー・クラウゼル氏を交えながらこの場で最終調整をすることで、使用者に武器を合わせる。

 そうして初めて、このSウェポン《バスターグレイブ》は、晴れてルトガー・クラウゼル氏の専用武器《バスターグレイブ》となるのである。

 

 ……ちなみに、これと似たような内容の事を、生前の工房長に言ったら鼻で笑われた。クソが。

 

 Sウェポン《バスターグレイブ》の最終調整用のプチ工房ともいえる拠点と、的を配置した試射場の設営が終わり、現在の時刻は18:00。

 

 設営準備自体は、荷物運び兼、作業要員として連れてきた汎用戦術殻共がやってくれた為に楽だった。

 

 ……だからイリス!設営準備自体は、汎用戦術殻共が勝手にやるようプログラミングしてんだから、お前は無理にあいつ等に混じって設営準備を手伝おうとしないでいいんだ!

 

 という事で、設営されたテントの中で晩飯である。

 今回はありがたいことに、イリスが手作り弁当を作ってきてくれた。

 

 ……手作り弁当なんて、何年ぶりだよ、おい。

 転生前はほぼ毎日手作り弁当(社員食堂のおばちゃん製)を(買って)食べてたが……、こっちでは初めてじゃねえの?……いかん涙が。

 

 ……待てイリス!何でもねえ!弁当も美味いし、俺が俯いていたのも別件だから!だからそんな泣きそうな顔すんじゃねえ!

 

 そして、何とか宥めすかしたイリスと共に、食後のティータイムと洒落込む。

 イリスはホットミルクを、俺はホットコーヒーをブラックで。

 しばらくすると周辺警戒に当たっていた小型戦術殻から、何人かの人影がこちらに向かっているとの連絡があった。

 

 その連絡を聞き次第、俺はイリスに目配せすると、彼女はすぐに飲みかけのコップをテーブルにおいてイスから立ち上がり―――

 

 

 「来てください、《フルン=ティング》」

 

 

 その場で彼女が使役する深緑の戦術殻《フルン=ティング》を出現させ――

 

 

 「ステルス=モード起動します」

 

 

 《フルン=ティング》と共にまるで消えるように姿を消した。

 

 今頃イリスは、所定の奇襲ポイントに向かっていることだろう。

 

 これが、この場にイリスを連れてきた理由である。

 西風の旅団がきっちりと筋は通す集団だという事は、原作知識で知っているとはいえ。

 だからと言って、それに無条件で寄りかかれるほどに、俺は強靭な精神を有している訳でもない。

 どうしても万が一のことを考えてしまう。

 それに西風の旅団はその仕事柄、同業者や敵対した勢力や組織から、それ相応の恨みを買っている。

 そしてそんな西風の旅団に恨みを持つ勢力や組織が、西風の旅団が取引するという事を何処からか嗅ぎつけた場合、この取引現場を襲撃しに来ないとは限らないのだ。

 

 ……後、方々の猟兵団にSウェポンを流しまくっている黒の工房が気に入らない奴らも追加で……。

 

 だからこそ、西風の旅団もそういった者たちの襲撃の可能性を考慮して、民間人が巻き込まれる可能性のあるラクウェルやガラ湖周遊道を除外し、最悪襲撃者が現れたとしても、誰にも迷惑の掛からない無人のエイボン丘陵を選んだんだろうが。

 

 そういった事が起こった場合の、俺側の保険がイリスなのだ。

 

 この取引現場を第三勢力が襲撃、又は何らかの理由で西風の旅団との取引が失敗し、最悪敵対することになった場合、所定の奇襲ポイントに先んじて戦術殻の特殊機能、ステルス=モードで潜伏していたイリスが《フルン=ティング》と共に奇襲攻撃を仕掛け、現場を混乱させることで、俺の戦線離脱の支援をしてもらうつもりなのである。

 

 一応、イリスの奇襲攻撃と同時に、作業要員として連れてきた汎用戦術殻共も暴走させる事で、その場の混乱に更なる拍車をかけるつもりでいるのだが……。

 おそらく第三勢力の襲撃者には効いても、西風の旅団には効かんだろな。

 

 ……まあどうせ俺の戦線離脱の支援が失敗するとしたら、それは西風の旅団と敵対した場合に限られるだろう。その時は大人しく諦めて、俺がイリスを奴隷のように扱っているかのように西風の旅団に印象付けさせることで、何とかイリスだけでも助かる方向に持って逝くとしよう。

 

 

 そして現在の時刻は19:00ちょうど。

 予定していた西風の旅団との取引時間である。

 

 つい先ほどの周辺警戒に当たっていた小型戦術殻の連絡通り、俺たちが設営した仮設テントの前に八名の男たちが到着した。

 黒と鼠色の軽装の戦闘服に、全員が同じ部隊の所属であることを示す蒼い鷲(ゼフィール)の紋章。

 そう、彼らこそが―――

 

 

 「ようこそお越しくださいました《西風の旅団》の皆様」

 

 

 ゼムリア大陸において《赤い星座》と並んで最強の猟兵団との呼び声高い《西風の旅団》である。

 

 

 「私、《工房》より此度のSウェポン取引を担当するよう仰せつかりました、ハンスと申します」

 

 

 顔にいつも通りの営業スマイルを引っ付け、全力で西風の旅団の応対を開始する。

 向こうも、まさか《工房》が、自分達とのSウェポン取引にこんなクソガキを派遣してきたことに驚いているらしく、西風の旅団のメンバーからも僅かな困惑の色が見え隠れしていたが―――

 

 

 「……へえ、お前さんが、俺が依頼した武器を含めた(・・・・・・・・・・・・)、取引を担当するって?」

 

 「ええ、そう受け取ってもらって結構です。

 西風の旅団、団長《猟兵王》ルトガー・クラウゼル殿」

 

 

 まるで西風の旅団のメンバーの動揺を鎮めるかのように、前に出てきたのは一人の中年の男性。

 彼こそが猟兵団《西風の旅団》の団長であり《猟兵王》の異名を持つルトガー・クラウゼル殿だ。というか―――

 

 ……オーラがやべえええええええええ!!!

 

 ゲームでは分からなかったが、対峙して分かるオーラというか、カリスマ性!てか器!

 ミジンコみたいな器しか持ち合わせていないアルベリヒ工房長とは、格が違う!

 

 五〇〇〇……いや、六〇〇〇アルベリヒはあるぞ!?

 

 これが戦場を生き抜き、そして《猟兵王》を冠された者の持つオーラなのか……。

 そして、問題はそれだけじゃない。 

 年代から考えて、もしかしたらまだ在籍してんじゃないか、とは思っていたが……。

 

 

 「まさかこんなガキが出てくるとはな。

 団長の新しい武器の見物目当てに、ついて来ただけだったが……。吹かしてんじゃねえだろうな?」

 

 「いえ、正真正銘、私が担当者で間違いありませんよ。《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシ殿」

 

 

 ……よりにもよって、ここに来るのか、檻のくまさん!!!

 

 そこには西風の旅団、団長ルトガー・クラウゼル氏の右腕として、実質的なNo.2の立場を有する《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシがいた。

 

 ガルシア・ロッシ。

 軌跡シリーズをプレイした者にとって、この名前は西風の旅団所属のガルシア・ロッシ部隊長よりも、クロスベル市に拠点を置くマフィア組織・『ルバーチェ商会』の若頭として、『零の軌跡』の主人公チーム『特務支援課』と対立し何度も戦うこととなる、ガルシア・ロッシ若頭のほうが馴染み深いだろう。

 

 零の軌跡では、主人公たちの前に立ちはだかる壁として、主人公相手に暴れまくり、シャブでラリッて主人公相手に暴れまくり、その後の作品では、なんやかんやあって、主人公をボコボコに殴った後、一緒に拘置所で暴れまくり、そのまた続編では、敵対マフィアのトップと一緒に、主人公相手に暴れまくり、あげく町中で暴れまくったりと、やりたい放題するのだが、それは一先ず置いておくとして。 

 

 ガルシア・ロッシは『ルバーチェ商会』の長マルコーニが、先代を追い落とす際に実行部隊として彼の部隊が雇われ、その後、彼の部隊ごと、とある猟兵団から引き抜かれたと作中では語られていたが。

 その引き抜かれた猟兵団こそが、西風の旅団なのである。

 

 だから、引き抜かれた時期を考えれば、彼が未だ西風の旅団に在籍している可能性は十分にあったのだが……。物見遊山で来てんじゃねえよ!?

 

 ……というかこれヤバくね?西風の旅団の隊員が六名もいる時点で尻尾巻いて逃げるレベルなのに、それに加えて《猟兵王》と《殺人熊(キリングベア)》の組み合わせって……もはや万が一にも逃げおおせる気しねえんだけど?

 

 ……しかも《猟兵王》に圧倒されて、今まで気が付かなかったけど《殺人熊(キリングベア)》も中々のオーラ。う~ん、四〇〇〇アルベリヒくらいありそう。

 ちなみに基準として、そこらを歩いている一般人が十アルベリヒくらいである。

 工房長はどうだって? 

 一アルベリヒは一アルベリヒだよ。

 

 

 「まあ、そう言うなガルシア。俺たちの世界(・・・・・・)も年齢なんてものは、何の価値もねえ。

 それは向こう(・・・)もそうなんだろうよ。

 ……大事なのは、テメエの腕だけさ。そうだろ?」

 

 

 などとしょうもないことを考えていたら、俺の事を訝しく思っているガルシア・ロッシ氏を、ルトガー・クラウゼル氏が説き伏せてくれていた。

 その言葉に、何故かガルシア・ロッシ氏はげんなりとした顔をしていたが。

 

 

 「だが……、俺も少し気になることがある。

 お前さんが、今回の取引を担当するのはいいとして……、俺と武器について話し合った《工房》の担当者――グラン・マーグって奴だったんだが……あいつはどうしたんだ?」

 

 

 そう言いながら、ルトガー・クラウゼル氏は俺を見据えながら説明を求める。そこには僅かな矛盾点をも見逃さない鋭い眼光が光っていた。

 

 ……まあ、そうなるわな。

 

 こんな土壇場での急な担当者の変更は誰だって不審に思うものである。ちなみに、グラン・マーグというのはアルベリヒ工房長がいくつか持つ偽名の一つだ。

 一応、工房長も《工房》のトップだとは名乗らず、一技術者としてルトガー・クラウゼル氏と交流していたらしい。

 さて、どうするか……と言っても正直に話すしかないんだがな。

 

 

 「申し訳ございません。グラン・マーグは事故により……」

 

 

 何かをこらえるような表情を顔に浮かべながら、申し訳なさそうにしながら、ルドガー・クラウゼル氏にそう弁明する。

 まあ本当は殺されたんだが、ガバッて殺されたんだから事故死みたいなもんだろ。

 ちなみに俺が、何かをこらえるような表情をしているのは演技ではない。

 こうしないとこらえ切れないのだ、笑いが。

 

 

 「それはまた何とも……、ご愁傷様、と言った方がいいのかね?」

 

 

 おめでとうでいいと思いますよ!

 

 まさかの想定外の訃報の知らせに、ルトガー・クラウゼル氏は気まずそうに頭をガリガリ掻きながらそう言う。

 

 

 「するってえと……、俺が依頼した武器の納品は無理だったっていう話か?」

 

 

 どことなくしょんぼりした雰囲気を漂わせて、そう俺に聞くルトガー・クラウゼル氏。

 

 楽しみにしてたのね……。

 

 

 「いえ、グラン・マーグは生前、設計を完了させていたので、それを元にこちらで完成させました。

 ですので納品に関して問題ありません」

 

 「お!そうかそうか!」

 

 

 そう俺が伝えると、途端に手を叩きながら嬉しそうな声を上げるルトガー・クラウゼル氏。

 

 ……かわいいオッサンだな、おい。

 

 そして俺は、ルトガー・クラウゼル氏を仮設テントの中に案内し、依頼の品である、Sウェポン《バスターグレイブ》を披露、この武器の詳しい仕様説明と整備方法、それに加え、先の最終調整の件を彼に提案した。

 その提案にルトガー・クラウゼル氏は、一瞬驚いたような表情をしたものの、提案自体は快く了承してくれた。

 

 ……さあて、ここからが技術者としての俺の仕事だ。

 

 ルトガー・クラウゼル氏に、実際にSウェポン《バスターグレイブ》を使用してもらい、その時のデータと、彼が感じた使用感を元に、持ち込んだ機材を駆使して、細かな調整を施していく。

 彼も、自身の命を預けることになる武器の事とあってか、真剣そのもので、どんどん要望を出してくれる。

 そして、ガルシア・ロッシを始め、その他の西風の旅団のメンバーは、期せずして団長の新武器の性能披露みたいなことが始まったこの場を、ワイワイ騒ぎながら楽しんでいた。

 

 そして一時間後。

 

 

 「お疲れ様でした。ルトガー・クラウゼル殿。

 お手数をおかけしました」

 

 「いや、随分といい仕事をしてくれたと感謝しているくらいさ」

 

 

 満足のいく最終調整が終わり、最後にルトガー・クラウゼル氏と固い握手を交わした。

 

 

 「それに……、武器の設計をしてくれたグラン・マーグにも、直接礼を言いに行かんとな」

 

 

 そう言いながら、グラン・マーグの墓の場所を教えてくれと頼まれた。

 ……どうせ、工房長なんぞ、そのうち何処かから湧き出てくるんだから、墓参りなんぞせんでいいのに。律儀な人である。 

 とりあえず、この間、工房長の死体を埋めた墓の場所を教えておくか。……後で銘を掘っておこう。

 最終調整が終わったことを察したのか、さっきまで見物していた、西風の旅団の団員がゾロゾロと近づいてくる。

 

 ……ああ、そうだ。まだ終わってないんだった。

 

 その後彼らに、今回一緒に何本か引き渡す予定だった汎用Sウェポンの簡単な説明と、弾薬の詰まったコンテナの中身を、ざっとではあるが確認してもらい、納品書と共に渡す。

 こちらの汎用Sウェポンらに関しては、最終調整をする気はない。

 いや、この汎用Sウェポンらは団の備品として、不特定多数の団員が使うことになるらしいので、特定個人に合わせた調整をする必要がないというべきか。

 そして彼らは、汎用Sウェポンを収めたケースと、弾薬の詰まったコンテナを次々と担いでいく。

 

 ……《バスターグレイブ》ほどじゃないにせよ、汎用Sウェポンもそれなりの重量があるし、コンテナなんてかなりの重さがあったんだが……運び慣れてんなー。

 

 それを見届け、今度こそ終わった、と内心溜息をついていると、汎用Sウェポンを収めたケースを持ったガルシア・ロッシ氏が声をかけてきた。

 

 

 

 「……武器の調整を見てたが、いい腕だった。

 さっきは、疑って悪かったな」

 

 

 そう一言俺に言うと、彼は他の団員の元へさっさと行ってしまった。

 これは一番最初の、俺が《工房》担当者であることを疑ったことに対する謝罪なんだろうが。

 

 ……別にそこまで気にしなくてもいいのに。またまた律儀な人である。

 むしろ、自分とこの社長ともいえる立場の人間が依頼した取引に、こんな高校生くらいのクソガキを向こうが担当者として出してきて、怒鳴り散らさないだけ温情と言えるだろう。

 むしろ電凸や、相手の会社へ乗り込むまである。

 

 そんなこんなで、この場はお開きとなり、西風の旅団の各々が素早く撤収作業を行っている頃。

 葉巻を吸いながら、随分とご機嫌なルトガー・クラウゼル氏が話しかけてきた。

 お!この匂い……、いい葉巻吸ってんなー。

 

 「ハンスと言ったか?

 急な担当変更で、さぞかし大変だったろうに……。今日は助かったよ」

 

 「いえ、お役に立てて光栄です」

 

 

 何とか西風の旅団との取引が終わりを向かえたことで、若干気が緩みながらも、ルトガー・クラウゼル氏と話をしていたのだが―――

 

 

 「それに……そっちの嬢ちゃんも(・・・・・・・・・)

 随分と長引かせてしまって済まないな」

 

 

 一番高い丘の上―――イリスが潜伏している(・・・・・・・・・・)場所(・・)に視線を向けながら話す、ルトガー・クラウゼル氏に背筋が凍り付いた。

 カマかけや、ブラフなどではない。

 彼は、確実にそこにイリスがいることを確信しながら話している。

 

 

 「な、ぜ……、分かったので?」

 

 

 いつも通りの営業スマイルは、おそらく顔に張り付いたままの為、表情からは俺の内心を悟られてはいないだろうが、若干震えの入った声は誤魔化せなかった。

 

 ……一体どうやってイリスの隠れ場所を割り出したんだ!?

 いや、それ以前に何故俺がイリスを伏せていることが分かった!?

 

 大混乱し、思考が空回りをしている俺を見て、ルトガー・クラウゼル氏はカラカラと軽快な笑い声を上げた。

 

 「いざって時のことを考えて、伏兵を潜ませておくっていう考えは悪くねえ。

 だが……、潜ませておくならその痕跡は残しちゃいけねぇな(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 そう言いながら、彼が指をさしたのは、テーブルの端。

 そこにはイリスと共に、食後のティータイムに使った飲みかけのコップが二つ並んでいた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 「あ………」

 

 

 担当者が一人しかいないにもかかわらず(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、コップが二つ。

 しかも俺もイリスも暖かいものを飲んでいた為、彼らが来た時には、まだ湯気が漂っていたことだろう。

 ということは、飲み物を飲んでいた片方は、飲み物が温かいうち―――つまりは彼らが来る直前で何処かに消えたという事になる。

 何のために、というのは考えるまでもない。

 なんてことはない。俺がイリスを伏兵として伏せていることを、ルトガー・クラウゼル氏に見抜かれたのは、単純にこちらがポカをやらかしただけだったのだ。

 だが、まだ腑に落ちない点もある。

 

 

 「……参考までに、どうやって彼女を見つけたのか聞いても?」

 

 

 ここは少し高い丘に囲まれた 奥まった場所にある広場。

 奇襲する箇所は幾つもある。

 それにイリスは戦術殻《フルン=ティング》の特殊機能、ステルス=モードの力を借りて潜伏していた。

 これは、原作の数年前だからなのか、作中でアルティナの戦術殻《クラウ=ソラス》が見せたステルスモードよりは性能は劣るものの、それでも動かなければ余程のことがない限り見つかることは無い。

 しかも時間は夜。雲の合間から月明かりが出ているとはいえ、この暗闇の中、複数の奇襲ポイントからステルス=モードの力を借りて潜伏するイリスを見つけるなど不可能である……はずだったのだが。

 

 そのことをルトガー・クラウゼル氏に聞けば、あっさりと教えてくれた。

 彼曰く、先の件で伏兵が一人であることは、分かっていた。

 そして、数で劣る伏兵側が数で勝る者たちを奇襲しようと画策した場合、意識的に選ばない限り、その地点で一番奇襲した時の効果を見込める場所を、無意識のうちに選んでしまう。

 

 そのことを踏まえ、一番奇襲した時の効果が見込めそうな一番高い丘の上を、つぶさに観察していた際に微かに見えたのだそうだ。

 暗闇と月明かりのコントラストに混じって見える少女の輪郭を。

 

 ……これはあれか。最初のポカを手掛かりに、ルトガー・クラウゼル氏の卓越した戦術眼によって、こちらの手の内を丸裸にされた感じか。

 

 ……というか、ルトガー・クラウゼル氏が、丘の上を観察してたの全く気付かなかったわ。

 

 そして最後のはおそらく、暗闇と月明かりとがランダムに移り変わる周辺環境の変化に、《フルン=ティング》の特殊機能のステルス=モード……正確には周辺の景色と同化しているように見せる、光学迷彩の演算処理が追い付かなくなったんだな。だから、コントラストに混じってイリスの輪郭が浮かび上がってしまったのだ。

 

 ……フッ、俺のポカとガバのオンパレードじゃねえか!!! 

 

 

 「……完敗です」

 

 

 ガックリと項垂れ白旗を上げる俺を見て、豪快な笑い声を上げるルトガー・クラウゼル氏。

 

 屋内ばかりでなく、屋外でもステルス=モードの性能実験をしておくべきだったか。

 後あれだな、器が大きいと得だな。笑われてるのに全然嫌味な感じがねえんだもん。 

 ……もうついでだ。今後の事も考えてイリスの事も紹介しちまえ。

 

 

 「来い、イリス」

 

 「はい」

 

 

 俺の掛け声と共に、ステルス=モードを解除し、結構な高さのある丘から躊躇なく飛び降りるイリス。

 そして、ふわりと地面に着地すると、西風の旅団のメンバーを警戒しながら、すぐさま俺の傍へと駆け寄ってきた。

 突如として、何もない空間から現れたように見えるイリスに、西風の旅団の何人かは驚いた様子だったが。

 ガルシア・ロッシ氏と、後二人くらいの団員はイリスの存在に気が付いていたようだった。

 

 ……八名の内、四名に察知されてた時点で奇襲攻撃の失敗は確実だったな。

 

 

 「コレ(・・)はイリス。今回の取引に際して手配したこちら側の協力者です」

 

 「………………イリスです」

 

 

 とりあえず今後の布石を打つべく、俺がイリスを道具のように扱っているかのように西風の旅団に印象付けさせつつ、イリスに挨拶するように促してみたのだが、当のイリスは随分と西風の旅団を警戒している様子。

 そんなイリスに団長を始め、西風の旅団のメンバーが苦笑いを浮かべていた。

 

 ……というかイリス!無駄に西風の旅団に威嚇するんじゃねえ!お前じゃ勝てねえから!俺も勝てねえけど!

 

 そう思い、まるで小型犬のような威嚇を連想させるイリスの首根っこを掴んで、ズルズルと俺の後ろに持っていく。

 

 ……ん?何故か生暖かい視線が。

 

 その後少し会話した後、ルトガー・クラウゼル氏率いる西風の旅団と円満に別れ、ついにこの場所に静寂が訪れた。

 

 

 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 思わず自分の口から、大きなため息が出てしまった。

  

 ……何とか無事に終わったぁぁぁぁぁぁっぁ!!!

 

 アルベリヒ工房長がお得意様である猟兵団《西風の旅団》の団長ルトガー・クラウゼル氏から注文されたSウェポン《バスターグレイブ》を、完成させずに(あの世に)バックレるという、トンでも事件から端を発した今回の騒動。

 それにようやく終止符が打てたことで、俺の中には確かな達成感と充足感があった。

 それに満たされながら周囲を見渡せば、こちらを見ながら顔を青くするイリスの姿が。

 

 ……ああ、忘れてた。

 

 多分イリスの中では今回の任務は自分のせいで失敗したと考えているのだろう。

 ほぼ俺の失態だったんだがな……。

 

 アルベリヒ工房長の無自覚な言葉の暴力により、Ozとしての存在を全否定され、心とメンタルをボキボキにへし折られているせいか、イリスの自己肯定感はヤバいくらいに低い。

 故に、自分のせいで任務や仕事が失敗したと感じてしまうと、このように情緒不安定になるのだ。

 おそらくだが、イリスが少しでも多くの仕事や業務を手伝い、役に立とうとするのも、自己肯定感の低さが原因だろう。

 イリスが「自分のこと」が認められない為に、『道具』として他者に認めてもらう事で、自身の価値を認識しようとしているのだ。

  

 ……あのやべぇ存在意義(レーゾンデートル)も何とか方向修正をしないといかんが、この自己肯定感の低さも改善してやらんといかんぞ。

 

 ……いっそのこと、クロスベルの聖ウルスラ医科大学に入院でもさせるか? 

 あそこには、聖女ウルスラの生まれ変わりもいるし、メンタル面にも精通している七曜協会の神父も巡回に来るし、何とか……いや、工房長が許さねえか。

 というかそれ以前に、あそこはそのうち、劣化ワイスマンこと、釣りキチ教授の巣窟になんじゃねえか!……この世界に安息の地は無いのか。

 

 ……まあ、この問題は今は一先ず置いておくとして。

 

 

 「命令だイリス。撤収準備を始めろ」

 

 「ッ!!はい、ハンス工房長代理」

 

 

 とりあえず命令をすることで情緒不安定のイリスを何とか動けるようにし、ついでに汎用戦術殻共にこの仮拠点の片づけを命ずる。

 

 こんな状況で、いいアイデアなんぞ思い浮かぶかッ!!

 撤収だ、撤収!!

 イリスにはスマンが、俺はもう帰って休みたいんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「いやぁ、それにしても、さっきの《工房》の小僧。

 若えのに技術者として、いい腕をしてたな。

 ……見た感じ、戦闘の方も十分熟せるようだ」

 

 「まあ戦術面では、少々詰めが甘かったがな」

 

 「それに……、あの嬢ちゃんを見る限り《情》の方も中々に厚そうだ。

 これは、機会があれば誘って(・・・)みてもいいかもしれねぇな?」

 

 「……でたよ、いつもの悪癖が。

 こんなクソみてえな掃き溜めに、ガキを引きずり込もうとしやがって、この悪党が」

 

 「ハハッ、それに関しては、言い訳しようもないが……。

 ……どんな時だって、その方が救いになる(・・・・・)連中もいるものさ」

 

 「?あのガキがか?そう見えなかったが……」 

 

 「いやぁ、あの内面は随分と愉快な(・・・)事になってると思うぜ?

 ……まぁ、あの小僧とは長い付き合いになる気がするからな。 

 気長に誘っていくとするさ」

 

 「長い付き合い、か。またいつもの勘か?」

 

 「ああ、俺の勘だ」

 

 

 

 

 

 

 




 イシュメルガ「!」

 イシュメルガがアップを始めました。




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第七話 担当者不在は言い訳


 ずっとル《ド》ガー・クラウゼルだと思ってた(´・ω・`)
 指摘・訂正してくださった方、ありがとうございます!
 後半年ほど時間が進みます



 

 アルベリヒ工房長が魔女の眷属(へクセンブリード)の巡回魔女――イソラ・ミルスティンに相討ちとなる形で殺害され、そして俺がハンス工房長代理として黒の工房の指揮を執る事になった――直後、あのクソ野郎がお得意様である猟兵団《西風の旅団》の団長ルトガー・クラウゼル氏から注文されたSウェポン《バスターグレイブ》を、完成させていなかったことが発覚するというトンでも事件が終わって。

 

工房長の殺害からしばらく、実行犯が何のアクションも示さない(単独犯だし相討ちになったので当たり前だが)ことから、実行犯の黒の工房本拠地への襲撃に備えるという名目で発令していた非常事態宣言を解除し、警戒体制から平時体制へと順次移行され、黒の工房にいつも通りの日常が戻り始めた今現在。

 

 黒の工房には、穏やかで平和な時間が流れていた。

 

 理由は単純明快、主であるイシュメルガの宿願を成就させる為なら、どんな非情な手段をとることも厭わない忠犬系ブラック上司のアルベリヒ工房長がくたばったからである。

 常に価値のある成果や結果を要求し続け、部下を締め上げるクソ上司が、一時的にでも消滅したことは、黒の工房のメンバーの精神衛生に非常に良い結果を齎した。

 

 イリスは、心とメンタルをボキボキに折られて半ばトラウマの象徴となりかけているアルベリヒ工房長と接することがなくなった為に、体調不良(トイレに駆け込んでマーライオン)が無くなったし、ゲオルグ君も、一時的な食材の過剰なまでの発注量が激減していることから察するに、おそらくストレスから来ていたであろう暴飲暴食の回数も減っているのだろう。

 かく言う俺も、技術関連以外、工房長の話をまともに聞いてなかったとはいえ、鬱陶しい雑音が聞こえてこないという素晴らしい環境のおかげで研究が捗ること捗ること。

 

 工房長、そのまま死んでてくんねえかな。

 

 最近はいっそ黒の工房から白の工房に改名してやろうか、などと考えながら、猟兵団と仲介役を通してのSウェポン取引や黒の工房の運営をしつつ、Sウェポンという名の戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』の発展版、『パワードアーマー』の研究開発に勤しんだり、『第36次イリスの存在意義(レーゾンデートル)方向修正作戦』の準備に費やしたりしている。

 

 え?作戦数がやたら増えているし、そもそも無駄に自信のあった第28次の方はどうしたんだって? 

 ……覚えてねえな、そんな事。

 

 

 そんな穏やかな時間がゆるやかに過ぎていき、年が変わり七耀暦1196年もしばらくして。

 平和な日常は唐突に終わりを告げた。

 

 黒の工房宛に俺たち……というか俺を絶望の淵に叩き落す、非常に厄介なSウェポンの注文依頼が来てしまったのだ。

 

 依頼人は西風の旅団。

 

 何でも少し前、西風の旅団に入団し、瞬く間に頭角を現して来た大型ルーキーに、専用のSウェポンを用意してやりたいとのことだった。

 

 この時期に西風の旅団に入団してくる団員で、大型ルーキーと呼ばれるほどに実力のある人物と言えば、のちに西風の旅団の連隊長を務め、そして作中において主人公の属するVII組の前には幾度となく立ちはだかった《罠使い(トラップマスター)》ゼノか、《破壊獣(ベヒモス)》レオニダスのどちらかだ。

 そしてこの前、西風の旅団に喧嘩を売った組織が全滅したという噂を情報屋から仕入れたので、十中八九ゼノの方で間違いない。

 ちなみにこのゼノ、喧嘩を売った組織に所属するヒットマンとして、ルトガー・クラウゼル氏を殺害しようと試みるものの軽く撃退されたあげく飲みに誘われ、暗殺失敗により組織から追われることになるが、その組織をルトガー・クラウゼル氏が全滅させてしまい、結果西風の旅団に入ったという、トンでもねえ経歴の持ち主である。

 

 とはいっても、元は組織に所属するヒットマン。

 便宜上ルーキーとして扱ってはいるものの、実力の面では既に十二分にあり、忠誠心の方についても、命を助けられる形となったルトガー・クラウゼル氏の事を、親のように慕っている為に問題もない。

 そんな今後の活躍を期待できる彼に、西風の旅団が専用のSウェポンを用意してやりたいというのも十分理解できる話ではあるし、本来であれば何の問題もないのだが……。

 

 今はタイミングが非常に悪かった。

 何故なら、今の黒の工房に、専用Sウェポン注文依頼に応えることの出来る人物――アルベリヒ工房長がいないからである。

 

 

 Sウェポンは大まかに二つに分けられる。

 一つ目は汎用Sウェポン。

 専ら俺が研究開発を担当しているのだが、様々な猟兵団に流れているほぼ全てのSウェポンは、この汎用Sウェポンだ。

 汎用Sウェポンのコンセプトは『廉価品』。

 『誰が使っても一定の性能を発揮する』という点を重きに置き、戦闘経験の浅い者でも扱いやすく、猟兵団として数を揃える必要があることを考えて、比較的安価になるように量産しやすい設計を心掛けている。

 もちろん様々な戦闘スタイルに対応できるよう遠・近共に多種多様な種類の汎用Sウェポンを取り揃えているし、カスタマイズも対応しているが、それでも汎用Sウェポンのコンセプトである『廉価品』という軛から抜け出ることは無い。

 

 もう一つは専用Sウェポン。

 そのコンセプトは『特注品』。

『特定個人が使った場合に最大限の性能を発揮する』という点を重きに置き、対象者が武器に望む性能を極限まで追求し一から作り上げる、完全オーダーメイド品。

 この間のルトガー・クラウゼル氏の為に作り上げられた《バスターグレイブ》がそれに当たる。

 

 まあ、様々な猟兵団に流れているほぼ全てのSウェポンは、この汎用Sウェポンであると言った通り、こちらの注文は滅多にない。

 大体の猟兵は、『廉価品』とはいえ、《工房》の技術で作られているがゆえに十分な性能を誇る汎用Sウェポンで不足はないからだ。

 それに下世話な話だが……、『特注品』の為に、専用Sウェポンは非常に高い。

 比較的安価になるよう設計しているにもかかわらず、下っ端猟兵団では手が出せない汎用Sウェポンよりも遥かに。

 だからこそ、専用Sウェポンの注文依頼を出すものは、『廉価品』の汎用Sウェポンでは不足なほどに戦闘技量が高く、かつ注文できるだけの資金を持つ者――優れた猟兵団を率いるトップやそれに類する者などの、ごく少数の戦巧者に限られているのだ。

 

 ……まあ、見栄で持ちたがる者も居ない訳ではないが。

 

 そういった事情もあり、どちらが担当するかは決めていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)ものの、生半可なモノは出せないという意味でも、Ozの為に汎用Sウェポンでは不足が出るほどの一流の戦闘データを手に入れるという意味でも、今までの専用Sウェポン注文依頼は全てアルベリヒ工房長が受けていたのだ。

 

 ……それに、そういう戦巧者が満足するような専用Sウェポンを、製作できるほどの技術力を有しているのが、アルベリヒ工房長だけだという理由もある。

 

 使用者の要望を全て叶えるような特殊機構や変形機構を組み込みながらも、武器本体の強度の低下を極限まで抑えるのは勿論のこと、使用者の体格や体重、左右の肩幅や腕の長さの違いに、全身の筋肉量のバランスまで考慮に入れながら設計する。

 誰が使っても同じ性能を発揮することを主眼に置く汎用Sウェポンとは違う。

 特定個人のみを対象に絞り、その者が使った場合においてのみ最大限の性能を発揮することを目的とした、ワンオフ武器。

 それが専用Sウェポンだ。

 

 はっきり言って今の俺に、アルベリヒ工房長ほどの専用Sウェポンを作れる技術力はない。

 専用Sウェポン自体は、俺の『アサルトソード』や、イリスの『オーバルレイピア』と『マシンガンダガ―』など、いくつか手掛けている為、作れないことは無いのだが……。

 それでもアルベリヒ工房長が作り上げる専用Sウェポンの性能には遠く及ばないのは確実である。

 

 人間性はダニ以下だが、技術力だけはあるのだ。工房長は。(なおシュミット)

 

 そのような半端者が作った専用Sウェポン、技術検証としてや身内で使うならばともかく、世間に出すわけにもいくまい。

 そのことを考えれば、西風の旅団の専用のSウェポン注文依頼に対し、担当者不在という事で断るのが普通(・・)なのだが。

 

 ……非常に、非・常~に残念ながら、黒の工房は普通ではない。

 

 もしこの注文依頼を断り、後々復活したアルベリヒ工房長がその事を知った場合、アルベリヒ工房長の不興を買うおそれがあるのだ。

 

 ……いや、おそれとかではなく、確実に不興を買う。

 

 その理由は簡単。

 そもそも黒の工房がSウェポン製作を手掛けるのは、『Ozシリーズ』の更なるブラッシュアップの為だけであるからだ。

 必要なのは超一流の猟兵たちの戦闘データ。

 汎用Sウェポンなど、Sウェポンの評価、評判を上げ、専用Sウェポンを欲しがる戦巧者を釣り上げるための撒き餌(ブランド)でしかない。

 極論を言ってしまえば、『Ozシリーズ』――《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》が完成さえしてしまえば、今すぐにでも全てのSウェポン製造を放棄してしまっても構わないのだ。

 にもかかわらず、本命であるはずの専用Sウェポン注文依頼を、担当者不在という理由で蹴ればどうなるか……ロクでもない結果になるのは違いない。

 

 クソァ!藪蛇になると思って、専用Sウェポンの担当者を明確に決めてなかったのが裏目った!!

 それに専用Sウェポンを作れないという訳ではないから、製作不可でゴリ押すこともできねえし!!

 

 もしこの専用Sウェポン注文依頼を断って、工房長にバレでもすれば、成果や結果を示せなかったとして大減点は確実。

 何せ『Ozシリーズ』の完成度に直結する案件である。

 それを考えれば、イエローカードを出されるレベルの失態だ。

 レッドカード(この世から)退場に限りなく近づいてしまう。

 

 その時点で俺には受けないという選択肢は存在しない。

 

 幸い先の騒動で、アルベリヒ工房長が引いた設計図面を元に、ルトガー・クラウゼル氏専用Sウェポン《バスターグレイブ》を製作、完成させたことで以前よりも理解度が深まり、より完成度の上がった専用Sウェポンを作れるとは思うが。

 それでも俺一人では、アルベリヒ工房長が作り上げる専用Sウェポンの性能には及ばないのは確実である。

 

 ……最近助手としてモノになり始めたイリスと、後工房長代理の権限を行使して、ゲオルグ君を徴発して……それに原作知識でゼノの専用Sウェポンの造形を把握していることも考慮に入れれば……何とか食らいつけるか?

 

 ちなみに専用Sウェポン自体は作れるにもかかわらず、何でこんなに必死に完成度を上げようとしているのかというと。

 技術者として云々では……無い訳ではないが、完成度の低い専用Sウェポンを流してしまうと、『Ozシリーズ』が完成していないにもかかわらず、戦巧者を釣り上げるためのブランド(撒き餌)であるSウェポンの名に泥を塗ったとして、それはそれでアルベリヒ工房長の不興を買いかねないからだ。というか絶対買う。クソが。

 

 ……というか何で俺がここまで頭を悩ませねばならんのだ。

 そもそもあの工房長が生きてりゃこんなことにはならなかったのだ。

 死ぬなとは絶対言わんから、もうちょっとタイミングを見計らって死ね。

 それか今すぐ生き返って専用Sウェポン作ったら、速やかに死ね。

 というか、そもそも生き返ってくんじゃねえ。

 

 生きてても死んでても祟って来やがる腐れ上司を脳内で虐殺しつつ、兎にも角にも依頼人である西風の旅団に会おうという事で返信の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 専用Sウェポンの依頼人である西風の旅団に連絡して、実際に会う日までの一週間の猶予。

 

 俺はその時間を、黒の工房のメンバーに専用Sウェポン注文依頼を受けることになるかもしれないと伝えて、者共を絶望の淵に蹴落としつつ、アルベリヒ工房長が残した過去の専用Sウェポン資料を総浚いし、片端から頭に叩き込むことに費やしていた。

 

 そして西風の旅団との面会当日。

 

 俺は助手としてイリスを連れて、西風の旅団に指定された場所、ノルティア州の北部のアイゼンガルド連峰に向かっていた。

 アイゼンガルド連峰は無駄に標高の高く、周囲に何もない不毛地帯。

 何でこんな場所を西風の旅団が指定したかというと、今ここで西風の旅団が数日間に亘って、キャンプを張っての軍事訓練をしているらしいからだ。

 何でも大陸中東部で大口の仕事が控えているらしく、それに向けての軍事訓練という事だそうだ。

 

 ……まあこんな辺鄙な場所なんぞ、訪れる者など滅多にいないし、訓練でどれだけ暴れまくろうが迷惑が掛からんだろうからな。軍事訓練には最適だろう。

 

 とりあえず始発の列車に乗り込んでノルティア州へと入り、ケーブルカーを乗り継いで、アイゼンガルド連峰の麓にある温泉郷――ユミルまで到着。

 本来ならば、主人公の故郷であるユミルの観光や、万病に効くとされている温泉に浸かったりしたい所ではあるが、今は仕事で来ているのでそんな時間はない。

 ユミルの宿酒場《木霊亭》で遅めの昼食を取りつつ、そのまま郷を抜ける。

 ここから大体四時間、西風の旅団のキャンプ地がある地点まで、荷物を背負いながら春先で雪の残るアイゼンガルド連峰の険しい山道をひたすら歩き続けるのだ。

 最初の一時間程度はイリスも付いてこれてはいたものの、二時間過ぎた辺りから大分足元が覚束無くなってきていたので、彼女の使役する戦術殻《フルン=ティング》に乗るように《命令》を出した。

 

 ……だから山登りはキツイから、最初から《フルン=ティング》に乗っとけって言ったのに「私は身体能力だけが取り柄なので」とか言って見栄を張りやがって。まあ何事も経験だろう。

 

 何でお前は疲れてねえのだって?

 フッフッフッ!よくぞ聞いてくれました!俺がこのアイゼンガルド連峰の険しい山道でも全く疲れないのは、つい先日完成し、実際今身に着けている戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』の発展版――戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』のおかげなのだ!

 この『パワードアーマー』には、使用者の動作を補助するパワーアシスト機能が搭載されており、その機能を使えば、こんな険しい山道での長距離移動なぞ、何の苦もなくスムーズに―――

 え?自分の足で歩こうと思わないのだって?

 何でそんなシンドいことをしなきゃなんねえの?

 

 イリスが《フルン=ティング》に乗ったことを確認し、再度行軍開始。

 森林限界の為、草木の一本も生えてねえ石と岩と雪少々な、クッソ殺風景な景色をガン無視し、『パワードアーマー』の制御を俺が使役する戦術殻に丸投げすることで全自動で歩行しつつ、楽してひたすら目的地を目指す。

 

 そして周囲が暗くなり始めたちょうどその頃、ようやく山の向こうに西風の旅団のキャンプ地と思しき光景が見えてきた。

 とりあえず体力を回復したイリスに《フルン=ティング》を仕舞うよう指示を出し、最後のキャンプ地までの距離を歩く。

 その途中、西風の旅団の哨戒兵の二人組に出くわしたが、ちゃんと話は通っていたらしく、しかも片方がこの間の西風の旅団とのSウェポン取引の日に同行していた団員だったので、スムーズに話が通った。

 おまけに、その団員がルトガー・クラウゼル団長の元まで案内してくれるというのだから至れり尽くせりである。

 そして、その親切な哨戒兵の案内の元、ついに俺とイリスは西風の旅団のキャンプ地へと足を踏み入れた。

 そこはもはや小さな町と言ってもいいだろう。

 アイゼンガルド連峰の中腹辺りにある平地に築かれたキャンプ地は、ちょうど夕飯時だったのか、食事の匂いが漂い、軍事訓練で疲れた団員たちが騒ぎながら腹を満たしていた。

 

 ……おおう、やっぱすげえ光景だな。

 

 二百名を超える戦闘要員を抱えている西風の旅団である。

 しかも今回の軍事訓練にはほぼ全ての団員が参加しているというのだから、そのキャンプ地の光景だけでも十分圧倒されるというものだ

 

 すると何かに服が引っ張られる感覚が。

 チラリとその方向を見ると、イリスが俺の服の裾をおそらく無意識に掴んでいた。

 その顔は少し青い顔をしており、腰が若干引けている。

 

 ……これはあれか、ここまで大勢の人を見るのは初めてだから、圧倒され過ぎて恐怖を覚えてんのか。

 

 まあそもそも、今の今までイリスの人間関係は俺、ゲオルグ君、アルベリヒ工房長という非常に狭い範囲で完結していたのだから当然のことではあるが。

 

 ……というかイリスの人間関係に一匹、人間じゃねえ悪霊が混ざってるし、そもそもまともな奴がゲオルグ君しかいねえじゃねえか。

 これは人間関係もどうにかせんといかんぞ……。

 

 とりあえず、こんな所ではぐれては探すのが面倒なのでイリスの手を掴んでおく。

 

 ……おう親切な哨戒兵さん。案内してくれんのはありがてえが、その生暖かい視線止めえや。

 

 さらに親切になった哨戒兵に案内されて着いたのは、一際大きいテント。

 そこに案内されて中に入ると、司令部として活用されているのか、ズラリと並んだ机に書類が山ほど積み上げられ、その中で何名かの団員がテキパキと手際よく書類の決裁をしていた。

 その中で――

 

 

 「おお若えの!久しぶりだなぁ!それにそっちの嬢ちゃんも!」

 

 

 そしてその中央の机に座っていた一人の中年男性は俺とイリスを見るなり、立ち上がって気さくにこちらに歩いてくる。

 

 

 「ええ、半年ぶりでしょうか。お久しぶりです。ルトガー・クラウゼル殿」

 

 「…………お久しぶり…です」

 

 

 俺はいつも通りの営業スマイルを浮かべて、目の前の依頼人に挨拶をする。

 それに続いて、俺の真似をするようにたどたどしく挨拶をするイリス。

 そして俺は西風の旅団、団長《猟兵王》――ルトガー・クラウゼル氏と握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「いやぁ、こんなところまで来てもらって済まねぇな」

 

 「いえ問題ありません。……元々こちら側が無理を言って押し掛けたので」

 

 

 ルトガー・クラウゼル氏は、アイゼンガルド連峰のような場所に呼び出してしまう事になって申し訳なさそうにしていたが。

 そもそも西風の旅団は専用Sウェポン注文自体は、大陸中東部で大口の仕事が終わってからでいいと言ってくれていたのに、こちら側が話したいことがあると言って、無理に予定を合わせてもらったのだ。

 むしろ大事な軍事訓練の最中に押し掛けてきたこちら側が謝らなければならないくらいである。

 

 

 「それで?専用Sウェポン注文の依頼について、どうしても話したいことがあるとの事だったが……」

 

 

 挨拶もそこそこに、ルトガー・クラウゼル氏は早速本題を切り出す。

 そして俺もスイッチを切り替えるように背筋を伸ばし、気合を入れる。

 

 ……今回の注文依頼に端を発した《工房》内の複雑な事情。

 色々と考えた結果、此間の西風の旅団とのSウェポン取引である程度の事情を知っている彼らには、重要な事柄を除いて素直に話すことにした。

 

 元々Sウェポン製造は、俺が汎用Sウェポンを、グラン・マーグ(アルベリヒ工房長の偽名)が専用Sウェポンを担当する形で回していた事。

 

 グラン・マーグが事故で亡くなった為、俺が専用Sウェポン製造も担当する事になったが、俺の技術者としての腕はグラン・マーグに劣っており、彼が作り出していた専用Sウェポンよりは完成度が劣ってしまうだろうという事。

 

 それでも専用Sウェポン注文を担当させてほしい事をルトガー・クラウゼル氏に伝えた。

 

 最後に、もし俺が作った専用Sウェポンの性能が気に入らないようであれば、全額代金を返金するという言葉も忘れずに。

 

 ……別に最後のは西風の旅団の為という訳ではない。

 質の悪い専用Sウェポンを流通させ、Sウェポンのブランドに泥を塗ったとして、アルベリヒ工房長の不興を買わないようにする為もあるし……これでほんの僅かにでも戦闘データが手に入れば、成果や結果を示せなかったとして減点は諦めるとしても、せめて大減点は回避できねえかな~などと考えたりしているのだ。

 

 ルトガー・クラウゼル氏は俺が話す内容を黙って聞いてくれていた。

 ……流石に俺が汎用Sウェポン製造を担当していたという事には驚いていたが。

 

 そして俺が全てを話し終わると、突然ルトガー・クラウゼル氏は楽しそうに笑い出した。

 

 

 「いいねぇ……若いっていうのは。

 おっし!西風の旅団の専用のSウェポンの注文依頼。ハンス(・・・)!お前さんに任せた!存分にやってくれ!」

 

 「ッ!ありがとうございます」

 

 

 ……まあ、名前を呼ばれたという事は、そういう事なのだろう。

 

 もはや、あの腐れ上司なんぞ関係ない。

 一技術者として、必ずや西風の旅団の専用のSウェポンの注文依頼を、依頼人が望む最上の形で完遂せねばなるまい。それが流儀というものだ。

 非常に機嫌が良さそうなルトガー・クラウゼル氏を見ながら、俺はそう決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「そうと決まれば、早速顔合わせといくかね。おい誰か、ゼノの奴を呼んできてくれ!」

 

 

 俺に、西風の旅団の専用のSウェポンの注文依頼を任せてくれた、ルトガー・クラウゼル氏は、早速とばかりにテントの入り口近くにいた先ほどの親切な哨戒兵さんに声をかけ、誰かを呼びに行くように伝えた。

 

 やっぱり、西風の旅団に入団し、瞬く間に頭角を現して来た大型ルーキーというのは、ゼノで間違いなかったか。となると専用Sウェポンは《ブレードライフル》という事になるな。

 ……後、親切な哨戒兵さん。わざわざここまで案内してくれたのにまた動いてもらって、すんません……。

 

 しばらくのち、親切な哨戒兵さんが一人の男を連れて戻ってきた。

 サングラスをかけた飄々とした長身の男。この男こそが―――

 

 

 「ボンか。俺専用のSウェポンを作ってくれるんは」

 

 「ハンスと申します、こちらは助手のイリスです」

 

 「おお、これはご丁寧に。西風の旅団のゼノやよろしゅうな、お二人さん」

 

 

 のちに《親馬鹿》…じゃなかった《罠使い(トラップマスター)》の異名を轟かせ、西風の旅団の連隊長を務める事になるゼノだ。……相方はまだ居ないようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ゼノと簡単な挨拶を済ませた後、今日この場はお開きとなった。

 まあもう夜も遅いし、彼らも軍事訓練で疲れているだろうからな。

 ゼノに協力を仰いで、彼の専用Sウェポンの下準備に取り掛かるのは明日からになるだろう。

 

 ルトガー・クラウゼル氏に一声かけ、俺とイリス、そしてゼノは先ほどまでいたテントを後にする。

 するとゼノが夕飯でも一緒にどうかと声をかけてきた。

 何でも彼も先ほどまで哨戒に出ていたらしく、帰ってきてすぐ団長に呼ばれたので、まだ夕飯を食べていないそうだ。

 

 ……訓練しに来た西風の旅団に飯を集るのも悪いと思って、一応俺とイリスの分の携帯糧食を持ってきてはいたのだが……へへっ、くれるというのなら遠慮なくご同伴に預からせてもらいやす、アニキ!

 

 イリスの手を引きながらゼノのアニキの案内にホイホイついて行っていると、何処から視線が。

 魔獣のような敵意や殺意の混じった視線でも、アルベリヒ工房長のようなモルモットを見るような冷淡な視線でもない。

 

 僅かな警戒と好奇心の混ざったような視線のような……。

 

 そう思い周囲を見回すと、テントの隅っこ方からこちらを覗く銀髪の小柄な少女(・・・・・・・・)が。

 

 

 「どうしたん?急に立ち止まって」

 

 「いえ、あそこに小さな女の子が……。迷子…とかではないですよね?」

 

 

 俺が急に足を止めたことを不審に思ったゼノに、その答えを知りながらも(・・・・・・・・・・・)、ワザとすっとぼける。

 ゼノは俺の視線を追いかけて銀髪の小柄な少女を見ると、合点がいった様子で頷いた。

 

 

 「ハハッ!ちゃうちゃう。迷子なんかやないで。

 正真正銘、西風の旅団の一員や。まあ戦闘員やないけどな。

 

 あの子はフィー・クラウゼル。団長の養娘さんや」

 

 

 ええ、よく存じておりますとも。

 ゲームでは回避盾として、散々お世話になりましたから。

 

 

 




 山登りをする者達の気持ちが分からない系オリ主。
 おそらく友人が山登りに誘っても「何でせっかくの休みに疲れに行かなきゃならんのだ」とか言って断るやつ。それ以外なら喜ぶ。

 西風の旅団の戦闘要員の数は、赤い星座の戦闘要員300名を参考に。
 ちなみに、ヨルムンガンド作戦のナレーションから《結社》は戦闘要員2700名らしい。多いな!?
 というか《旅団》なら最低1500名以上なのだが。しかも《連隊》長もいるし……どういうこっちゃ。





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第八話 ワンオペは日常風景

 この作品の時間軸はWikipediaの『英雄伝説 軌跡シリーズの年表』
 に従って動かしています。気になる方はどうぞ。
 創以降のネタバレも飛び交っているので注意してね
 あと作者は黎の軌跡をやってないのでネタバレは堪忍して(*´Д`*)


 

 

 次の日。

 早朝の 6:00より起床ラッパの音が西風の旅団のキャンプ地全体に響き渡る。 

 その音と同時に西風の旅団団員たちは起床し、速やかに身支度を整え、各隊ごとに整列点呼を始めていた。

 今が軍事訓練の最中であることを考慮しても、団員たちの動きに一切の乱れはない。

 さすがは大陸最強の猟兵団の一角。

 その動きはまるで日頃の習慣が身体に沁みついているかのようにスムーズだ。

 そんな中に混じって俺は、起床ラッパの音と共に、昨日西風の旅団に用意してもらった来客用のテントの中で起床し、速やかに身支度を整える―――ことなく惰眠をむさぼっていた。

 

 ……俺が今ここにいるのは西風の旅団の軍事訓練に参加する為ではない。

 専用Sウェポンの注文依頼の為にここに来たのだ。よって俺に軍事訓練の参加義務はない。

 そもそも西風の旅団の団員じゃねえし。

 何で早起きなんぞしなきゃならんのだ。

 技術者に寝起きする時間を強制してはならない、という箴言を知らんのか。

 

 という事で、初めて聞く起床ラッパの音にわたわたと慌てるイリスを落ち着かせ、再度眠りに。

 

 次に目が覚めた時には、時刻は8:00。

 これが黒の工房内であれば、後一時間くらい寝ている所ではあるが、出張先なので大人しく起きることにする。

 西風の旅団の朝食の時間はとっくの前に終わっている為に、イリスを起こして自前の携帯糧食で朝飯を取り、ダラダラと身支度を整え、いざ外へ。

 

 

 「寒……」

 

 

 さすがは無駄に標高の高いアイゼンガルド連峰、その中腹に築かれたキャンプ地である。

 春先であるにもかかわらずこの寒さだ。

 

 ……し・か・し!戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』の発展版――戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』ならば、問題ナッシング!!

 パワードアーマーの内部に温度調節機能が付いており、使用者の快適な温度に自動で調節してくれるのだ!!……この間温度調節機能がバグって蒸し焼きになりかけたけど。

 まあ、ちゃんとバグ取りもしたし多分いけるやろ。

 

 イリス? あぁ普通のコート着せてるよ。

 

 そして訓練に出て誰も居なくなった団員たちのテント群を抜け、昨日案内された、司令部として活用されている一際大きいテントへ。

 イリスに外で待っているように指示を出し、俺一人で中に入ると、運よく中にはルトガー・クラウゼル氏の姿が。

 とりあえず、依頼人であるルトガー・クラウゼル氏に依頼開始の挨拶をしつつ。……一つだけ頼みごとをする。

 

 ……何も西風の旅団に迷惑をかける訳じゃ……いや、ちょっとだけかけるかもしれんが、まあ埋め合わせは考えてはいる。

 

 別に断られたら断られたで素直に諦めるつもりだったのだが、俺の頼み事の内容を聞いたルトガー・クラウゼル氏は、面白そう、というか楽しそうな表情を浮かべて非常に乗り気なご様子。

 快諾してくれたばかりか、先方に事情を話しておいてくれるとまで言ってくれた。

 

 そうと決まれば!といった様子で、俺がお礼の言葉を言う暇もなく、ウキウキした様子でテントから出ていくルトガー・クラウゼル氏。

 それに一瞬呆気に取られるも、急いで彼に続いてテントの外に出て、待機していたイリスに『命令』を下した。

 

 

 「命令だイリス、《工房》の名代として西風の旅団の食事の準備(・・・・・)を手伝いたまえ」

 

 「ッ!はい」

 

 

 おそらく現在進行形でイリスの頭の中には、この意味不明な命令に対する疑問符がたくさん浮かんでいるのだろうか、説明するのも面倒なので、俺からの命令(オーダー)という事でごり押しさせてもらう。スマンな。

 イリスに外での調理の禁止事項を伝え、先行するルトガー・クラウゼル氏の後に付いていくよう伝えると、彼女はトテトテと走って彼を追いかけていった。

 

 ルトガー・クラウゼル氏にお願いした頼み事。

 それはイリスに西風の旅団の食事の準備を手伝わせてやってほしい、というものだ。

 

 薄々分かってはいたが、イリスの人間関係は非常に狭い。

 彼女と接する、俺とゲオルグ君と悪霊(工房長)だけなのだから。

 

……しかもあの悪霊、くたばる直前まで無自覚にイリスの心とメンタルをへし折りに来やがって。工房長の部屋の前に塩撒いてやろうか。

 

 ともかく。それを踏まえてのこの頼み事である。

 イリスの得意分野である料理を通して、西風の旅団の団員たちと触れ合ってもらい、イリスに人間関係を、できれば交友関係までを広げてもらおうという魂胆だ。

 ルトガー・クラウゼル氏にはこの内容とイリスの状態は話してある。

 さすがに『Ozシリーズ』などの突っ込んだ部分は伏せてはいるものの、少々訳アリ(・・・)で自己肯定感が低く、人間関係も希薄であること。

 この状態では『道具』として役に立たないくらいは話してある。

 

 ……そしてルトガー・クラウゼルさんよ。だからその生暖かい視線止めえや。

 

 ともかく。ルトガー・クラウゼル氏は、訳アリやクセ者といった者たちを積極的に西風の旅団に引き入れていることは作中で語られていたので、そう言えば食いついてくれると思ってのことだったが……あの様子だとルトガー・クラウゼル氏自身にも何かしらの思惑がありそうだ。

 まあ、この作戦の一番の目的はイリスの人間関係の改善なのは確かだが、それ以外にも意味はある……あまりいい話ではないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 という訳でお仕事の開始である。

 

 ルトガー・クラウゼル氏より軍事訓練の一日の流れは聞き及んでいる。

 今の時間は近距離、中距離、遠距離武器を扱う者たちに分かれての戦闘訓練をやっているらしい。

 

 これは完全に偶然だったが、西風の旅団が俺との会合場所に軍事訓練をしているキャンプ地を指定してくれて助かった。

 今回作る事になる専用Sウェポン。その対象者であるゼノ自身の戦闘スタイルを軍事訓練を通して直接見ることが出来るのは個人的に非常にありがたいからな。

 

 アルベリヒ工房長ならば、たかが対象者の戦闘スタイルなど、検査用の武器をいくつか振ってもらうだけで完全に理解してしまうどころか、もうその時点で対象者に相応しい専用Sウェポンの完成図すら頭の中で思い描いてしまうのだろうが。……残念ながら俺にそこまでの技術も、そして経験もない。

 

 ならばどうするか。

 古今東西、劣っている弱者が優れた強者に食らいつく手段など一つしかない。

 すなわち数の暴力。

 アルベリヒ(強者)工房長と(弱者)との間に、技術と経験の大きな差があるのならば。

 この軍事訓練を通して、対象者から膨大なデータ(数の暴力)を収集、統合することで技術と経験を差を埋めるまでだ。

 という事で訓練に参加しているゼノを発見した俺は、訓練の邪魔にならない隅っこの方に陣取り、彼の戦闘スタイル、ひいては彼に相応しい専用Sウェポンの造形を探るべく、データ収集を始めた訳だが……。

 

 ……さすがは未来の西風の旅団の連隊長。ヤベェわ。

 

 作中でスナイパー仕様の《ブレードライフル》なんてものを使ってる時点で薄々気が付いてはいたが、……まさか近距離、中距離、遠距離武器の全てに高い適性を持っているとは。

 

 それぞれの射程距離の武器を扱う者たちに分かれて訓練をしている者達のほぼ全員が、最初に選んだ場所で戦闘訓練をし続けている中、ゼノは見回るかのように、それぞれの戦闘訓練に飛び込みで参加。

 その全てにおいて高い成績を収めていた。

 

 ……これは西風の旅団が有望株といっても、所詮はルーキーであるはずのゼノに、専用Sウェポンを用意しようとするはずだわ。

 

 汎用Sウェポンはあくまで『誰が使っても一定の性能を発揮する』という点を重きに置き、戦闘経験の浅い者でも扱いやすいよう設計している。

 比較的安価になるよう量産しやすく設計もしているが、それはあくまで副次的なものだ。

 戦闘経験の浅い者でも扱いやすいような設計ということはつまり、それだけ扱いを簡単にしているということだ。余分な機能を省くことで、未熟な使用者が使い勝手に迷わないように。

 勿論、それを踏まえた上で、様々な戦闘スタイルに対応できるよう遠・近共に多種多様な種類の汎用Sウェポンを取り揃え、ある程度戦闘経験がある者達の為に、カスタマイズして機能や性能を拡張していく余地も残して設計してはいるのだが。

 ここまで近距離、中距離、遠距離武器を高水準で使いこなせる器用貧乏ならぬ器用万能なゼノには、どれだけカスタマイズしても二種類の距離しかカバーできない汎用Sウェポンという枠組み自体が役不足もいいところだ。

 

 ……しかもこれで罠使いとか、マジで万能だなオイ。

 

 こうなってくると、やはり作中ゼノが使っていた専用Sウェポンがスナイパー仕様のブレードライフルだったのも納得がいく。

 近距離戦を挑むか、中距離射撃で制圧するか、遠距離狙撃で仕留めるか、それとも罠にかけるか。

 その選択自体は戦う彼自身が決めること。

 ならばゼノ専用Sウェポンに求められる性能とは、彼が戦闘の中で選べる手札を少しでも増やすような性能だ

 それを考えれば近距離、中距離、遠距離の全てに対応できるスナイパー仕様のブレードライフルが、ゼノの専用Sウェポンの最適解であるというのは十分理解できる。

 

 大体の方針が決まった……というよりも原作知識が合ってるかどうかを確認出来たので、ゼノのデータ収集と並行して、サラサラっと彼の専用Sウェポンとなる予定のスナイパー仕様のブレードライフルのラフをスケッチブックに描き、戦闘訓練を終えたゼノに見せる。

 

 ……良し良し、中々の好感触。とりあえずはこれをたたき台に、ドンドン細部の仕様を詰めていくとしようかね。

 

 集中して気が付かなかったが、いつの間にか 12:00。昼飯時である。

 戦闘訓練を終えた西風の旅団の団員に混じってゼノと世間話をしつつ、食事場へと向かう。

 

 ……さて、イリスはちゃんとやれてるか?

 

 哨戒などで外に出ている者以外、ほとんどの団員が昼飯を求めて集まっている食事場。

 人の群れでごった返す中、基本持ち回りであるらしい食事当番の面々を見回し、イリスの姿を探してみると、何やら大きな人だかりが。

 学校の給食のように、トレイの上に配膳された品を置きつつ、列の流れに従って移動していると、そこには、西風の旅団の人から借りたであろう大きめなエプロンを身にまとい、懸命にスープを器に入れて配膳しているイリスの姿が。

 そしてその周囲の席には多くの団員が陣取り、イリスのその姿をほっこりとした様子で眺めていた。 

 他の食事当番の面々の様子を見ても、イリスに悪感情を抱いている者も特に居なさそうなので、調理でミスをして足を引っ張ったという事もなさそうだ。

 それどころか、全員が朗らかな笑みを浮かべて見守ってやがる。

 まあ頑張る子供の姿を見て毒を吐けるやつなどそうはいないからな。(工房長は除く)

 

 ……一番の目的であるイリスの人間関係の改善の出だしは上々と言ったところだろう。……もう一つの方もな。

 

 

 「イリス、任務ご苦労」

 

 「あ!お疲れ様です、ハンスこ……しゅ…ハンス様」

 

 

 ……おうイリス、今の俺はただのハンス。工房長代理でも主任でもないのだ。てか様て。

 

 とりあえずあんまり長々と話をしては列がつかえてしまうので、嬉しそうなイリスから配膳を受け取りつつ、一言だけ確認する。

 

 

 「禁止事項は守っているな?」

 

 「はい、食事の準備に《フルン=ティング》は使っていません」

 

 「ならばいい」

 

 

 一番大事なことが確認できて一安心である。

 さすがに黒の工房内のノリで戦術殻を食事の準備に使ったらさすがに問題だからな。

 一応は秘匿兵器だし、アレ。

 

 ……けど料理する時とか、めっちゃ便利なんだよな戦術殻。

 命令すれば火の番もしてくれるし、食器なんかも出しといてくれる。

 それに体の一部を刃物に変えれる(フラガラッハ)から、仕込めばキャベツの千切りや野菜の皮むきなんかもやってくれちゃう便利なヤツである。

 それ以外にも離れた所にあるリモコン取ってくれたり、冷蔵庫から飲み物取ってきてくれたり、寝るときに部屋の電気消してくれたり。ついでに戦闘もこなせる。

 まさに人類のかけがえのない(パシリ)となれる存在。

 それが戦術殻なのである。……話が逸れた。

 

 イリスと別れ、適当なテーブルの席に着く。そしてその対面にゼノも座り、彼も気に入り専用Sウェポンとしての採用がほぼ決まった、スナイパー仕様のブレードライフルについて二人で雑談しながら、昼食を取る。

 

 

 「しっかし、ボンのあのイリスって嬢ちゃんへの扱い。なんか意味あんの?」

 

 「……意味、とは?」

 

 

 するとその雑談の中でゼノは気になっていたのか、俺のイリスの扱いについての話題に唐突に触れた。

 

 

 「あの、命令口調のあれよ。オレらには普通に敬語で話してるいうのに。

 なんであの嬢ちゃんだけ?」

 

 

 ……さてさて、どう答えたものかね。

 

 手を首に当て、もみほぐす。

 俺がイリスに行っている高圧的な物言いとぞんざいな扱い。

 アレにも意味はある。

 

 アルベリヒ工房長に隙を見せない為にこうしているというのもある。

 イリスがあのやべぇ存在意義(レーゾンデートル)で、俺に対しても『道具』としての存在意義(レーゾンデートル)を見出してしまったからこその役作りというのも多少は。

 俺の扱いにイリス自身が嫌気がさして、自らの意思で逃げ出してくれるのも期待して。

 まあ今のイリスの精神面では厳しいだろうが。

 だが一番大きいのは―――

 

 

 「まぁ……色々とありましてね」

 

 

 ……罪悪感かねぇ。

 イリスを完全に手前勝手な感傷と自己満足で、D∴G教団の出荷を差し止めてしまった事の。

 そしてそれ自体が、黒の工房の中で生きるという事それ自体が、今のイリスにとってもはや生き地獄となっている事への。

 

 

 「ほーん。……まあそれぞれ事情もあるやろうしな」

 

 

 俺の物言いに何かを感じ取ったのか、そう言いながらゼノはあっさりと引き下がっていく。

 

 ……しかし、周りがそう思ってくれているのならば重畳だ。もう少し俺への反発心を抱いてほしい所ではあるが。

 

 ああ、ゼノも俺のイリスへの扱いが気にくわないのであれば、いつでもどこぞの主人公たち――英雄たちのように(悪の手先)を蹴散らして、暗く悪意に満たされた地の底(黒の工房)から彼女を救い出してくれて構わんよ。むしろ大歓迎だ。

 俺にはできないからな(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼食を食べ終わって午後の訓練。

 なんでも午後からは、西風の旅団総出でアイゼンガルド連峰の険しい地形を利用しての武装障害走を行うらしく、ゼノに一緒に参加するか、と誘われたので―――丁重にお断りしておいた。

 

 ……なんでそんなしんどい場所を走らにゃならんのだ。

 走りたかったらランニングマシンで走るわ。

 こちとら本分は技術者ぞ。

 数ある猟兵団の頂点に君臨するフィジカルモンスター共と一緒に障害物競走なんぞ死ぬわ。

 …あ、でも『パワードアーマー』を着けてなら参加してもいいかもしれん。

 パワードアーマーの地形走破テストも兼ねることが出来そうだし、中々有用なデータが取れるかも……いやいや、もしそれでパワードアーマーが壊れたらどうすんだ。

 ここでの修理は不可能とかになったら、こんな無駄に標高の高いクッソ不便なアイゼンガルド連峰のキャンプ地で残りの滞在期間、俺はどうやって楽して暮らしたらいいんだ。

 

 そうして、食事当番や哨戒といった最低限の人員以外の団員が出払い、静まり返った西風の旅団のキャンプ地の中、俺は一人の団員に案内をお願いしてとある場所へと向かっていた。

 ちなみにイリスは先ほどと同じ任務(食事当番)の真っ最中である。

 

 

 「こちらになります」

 

 「拝見します」

 

 

 キャンプ地の端の方にある大きめなテント、その中に通された俺は中央の机に置かれたいくつかの汎用Sウェポン――動作不良を起こして動かなくなったそれらを順々に見ていく。

 

 ……あーあ、全体的にひでぇ有様だなぁおい。

 Sウェポン自体《工房》製だから、かなり頑丈なはずなのにこの様とは。

 毎度のことではあるが、よくもまあここまで壊せるな。

 これなんて機関部にピンポイントに銃弾ブチこまれて損傷してんじゃねえか。

 

 

 「どうでしょうか。修理できそうですか?」

 

 

 機械に詳しく、西風の旅団の武器の整備も担当しているらしいその団員も、動作不良を起こしたSウェポン共の悲惨な状態をよく知っているのだろう。心配そうに聞いてきた。

 

 

 「ええ、この程度なら大丈夫ですよ。……ここの機材をお借りしても?」

 

 「はい大丈夫です」

 

 

 ……まあ程度の損傷なら問題にもならんわな。だが少なくとも《工房》の関係者じゃないと手も足も出せんだろうが。

 

 西風の旅団がキャンプ地に持ち込んでいた修理機材を指さしながら俺が尋ねると、団員は快く頷いてくれた。……お、中々いい機材を持ち込んでるな。

 

 

 「では早速始めていきますね」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「いえいえ、お気になさらず。取引したSウェポンの修理も我々の《工房》の仕事の範疇ですから」

 

 

 そう言いながら案内してくれた団員を見送り、動作不良を起こしたSウェポンの方に向き直る。

 先ほど言った通り、《工房》が取引したSウェポンの修理も、我々というか俺の仕事の範疇である。

 いわゆるメーカー保証というやつだ。

 まあ本来なら壊れやすい武器なんてものに、しかも有償ではなく無償でやるなど、保証修理の範疇を明らかに超えているのだが。

 Sウェポンというブラント(撒き餌)の価値と信頼を高める為、そして動作不良などの内容をフィードバックすることにより、Sウェポンの改良、ひいては『Ozシリーズ』の発展につなげようと考えたのだ。アルベリヒ工房長が。

 そういう事で、動作不良を起こしたSウェポン共……大概頑丈なのに、それが動作不良を起こすレベルとなるとなると大体がSウェポンだったものになっている、は責任を以て修理することになっているのだ。俺が。

 当然だが、専用Sウェポンも例外ではない。しっかりと丹精込めて以前の性能を発揮できるよう修理させていただくのだ。俺が。

 

 ……なーんで発起人の工房長がSウェポン修理を担当せずに俺がやってんですかねぇ。

 というか専用Sウェポンくらい自分でやれや!工房長が設計したんだろうが!

 あれだぞ!自分で設計してない奴を以前の性能にまで修理すんのってホント面倒なんだぞ!

 

 ……いかん。話が逸れた。

 ともかく、これも仕事の範疇。しかし普通は仲介役を通して動作不良を起こしたSウェポンを《工房》に送ってもらい俺が修理、そして再度仲介役を通して送り返しているのだ。

 

 ……ちなみに、Sウェポン修理は無料ですが仲介役手数料はお客様負担となります。

 

 だからこのような出張修理はしていないのだが……そこはまあ頼み事を聞いてくれたことへの埋め合わせという事で。

 それに、この軍事訓練が終われば、西風の旅団は大口の仕事で大陸中東部に行くと聞いている。

 正確な日にちは聞いてはいないが、ゼノの専用Sウェポンの受け渡しはその大口の仕事が終わってからでいいと聞いているので、割と直ぐに行くという事だろう。

 そうなれば、通常の仲介役を通した方法では、配送に時間がかかり出発までに修理は確実に間に合わない。

 まあ西風の旅団ともなれば、予備用の武器も十分に用意しているのだろうが……それでもこれから大口の仕事が待っているという時に、使うことの出来ない不良在庫を無理に抱えておく必要もないだろう。

 これは俺から西風の旅団への餞別ということで、それに―――

 

 結局は修理すんのは俺なんだしな!

 

 Sウェポン出張修理のお仕事開始である。

 

 動作不良のSウェポンは八本。全て汎用。

 種類は近距離武器二本、近・中距離武器三本、遠距離武器三本。

 うち、修理のみで対応可能は近接武器二本。

 残りは全て完全にバラしてからの破損部品の交換が必要だな。

 幸い、交換が必要な損傷部品と同じものが持参した持ち物の中にある為。問題はない。

 ……まあ幸いというか、最初から専用Sウェポンの注文依頼がどうなろうと、動作不良のSウェポンはここで修理すると最初から決めていたからあるのは当たり前だが。

 

 ……だって山登りまでして手ぶらで帰りたくねえじゃん。

 

 え?最初から出張修理を考えてたなら、頼み事を聞いてくれたことへの埋め合わせになってねえじゃんだって?……知らんな。

 

 

 現在の時刻は 13:30ちょうど。夕飯は 18:00。

 残り4時間半。まあ出先であるし、機材も工房ほど整ってないことも考慮して。

 最初の二本を20分。残りを一本当たり40分で終わらせれば夕飯に余裕で間に合う計算である。完璧だな。 

 

 という事で修理を開始……しようとしたら何処から視線が。

 動物のような威嚇混じった視線でも、アルベリヒ工房長のようなゴミを見るような見下した視線でもない。

 

 好奇心に染まったような視線の――って昨日もあったなこんな事。

 

 そう思い周囲を見回すと、テントの入り口からこちらを覗く銀髪の小柄な少女(・・・・・・・・)が。

 

 ……何やってんすか、フィー・クラウゼルさん。

 

 




 ハンスのイリスに対する感情は大半が罪悪感。
 D∴G教団の人体実験の実験体として、楽に死ねた可能性もある事を考えれば、現在のイリスにとって、生き地獄ともいえる黒の工房に留め置いたこと自体が誤りだったのではないかという考えが捨てきれない為。

 後、ハンスができない理由は明確にありますし書いてます。




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第九話 社長令嬢には媚びを売るべし

西風の旅団団長ルトガー・クラウゼル氏の養娘にして、閃の軌跡の主人公――リィン・シュバルツァーが所属していたトールズ士官学院の特科クラス《Ⅶ組》の生徒の一人であるフィー・クラウゼル。

 作中では小柄ながらも極めて高い身体能力と、西風の旅団の団員たちから教わった戦闘技術を以て、敵の攻撃を避けて避けて避けまくって反撃する回避盾として、瀑布と覇道と修羅のクオーツ引っ提げ、一撃で一切合財粉砕するラウラネキと共に、Ⅶ組の主力メンバーとして大活躍をしてくれたものだが……それはまだまだ未来の話。

 

 彼女がトールズ士官学院に入学し、特科クラス《Ⅶ組》の生徒の一人として物語が動き出す(ゲーム開始)時から、八年前である今、猟兵の間から《西風の妖精(シルフィード)》の通り名で呼ばれるほどの卓越した戦闘技術を持ち合わせた彼女の姿は何処にもなく。

 ここにいるのは、戦災孤児としてルトガー・クラウゼル氏に拾われ、養娘として彼が率いる西風の旅団に同行している、作中よりも更にチンチクリンな一人のか弱い少女である。

 

 ……そんなか弱い少女に、俺はガン見されていた。

 

 

 「……あの、何か?」

 

 「ん、別に……」

 

 

 最初はテントの入り口からこちらを覗くだけだったのに、いつの間にかテントの中にするりと入ってきたフィー・クラウゼルにそう問いかけてみたものの、作中と同じく眠たげで何を考えているのか分からない表情に変化はなく、目ぼしい答えも返ってくることは無い。

 だが、おおよそフィー・クラウゼルが何故テントの中に入ってきたのかは彼女の視線から想像がつく。

 

 彼女の目当ては俺――ではなく、俺の手元にある分解途中のSウェポン。

 

 武器の分解修理――それも常識からはかけはなれた《工房》製のSウェポンのそれに、彼女の興味が引かれたのだろう。

 テーブルに所狭しと置かれている、分解途中のSウェポンから取り外された、彼女からすれば何処にどう使うのかすら分からない未知のパーツの数々と、そのパーツをSウェポンから次々に外して分解していく俺。

 それはおそらく西風の旅団のほぼ全ての団員が武装障害走で留守にしている為に、暇を持て余していた彼女にとって、絶好の退屈しのぎに感じたに違いないだろう。

 それらに興味津々といった視線を向けていた。

 しまいには手近にあった台に飛び乗って座り、完全に見物スタイルまで取り始めた。

 まあその辺りは他の団員に教え込まれているのか、ただ見ているだけで特に分解したパーツを動かしたり触ろうとしたりしないだけ、非常に良心的ではあるのだが――

 

 物凄い気が散るッッッ!

 

 別にフィー・クラウゼル自身は何か話しかけたり言ってきたりはせず、ただジッと俺の作業光景を見ているだけなのだが。

 第三者に見られ続けるというのは、それだけで気が削がれるものである。

 それに小粋なトークで場を和ませたり、イリスやゲオルグ君みたいに指導することで間を持たせるという選択肢も、彼女の様子から察するになさそうだ。

 パン屋のショーウィンドで、職人がパンを作っているのをガキんちょがガラスへばりついて見ているのと同じ理屈である。

 ガキんちょにとって、パンが出来上がっていく光景そのものに心が引かれているのであって、パンを作っているオッサンオバハンなんぞ欠片も興味ないのだ。

 

 フィー・クラウゼルにとって心が引かれているのは、このSウェポンの修理風景そのもの。

 その修理の内容自体についてはぶっちゃけどうでもいいのだ。

 俺にいたってはその付属品Bくらいにしか思われてはいない可能性が高い。

 いや、そもそも顔を認識してもらえているかも怪しいぞオイ。

 

 ……まあ仮に話しかけたしてもフィー・クラウゼルくらいの年頃の子供に何を話せばいいのか分からんがな! 

 前世であれば、〇ーチューブ動画でも適当に見せてやったものを……。

 

 え?追い出せばいいだろって?馬鹿野郎!最強の猟兵団の一角、西風の旅団団長の養女さんだぞ!?

 もし追い出して、フィー・クラウゼル嬢のご機嫌を損ねたらどうすんだ!?

 親バカの旅団の団員共に何されるか分からんわ!

 

 結局打開策が見つからなかったことで、フィー・クラウゼル監視の元、このまま修理作業を続行することになって、しばらくして……。

 

 結局のところ、フィー・クラウゼルが何故ここに来たのかといえば、暇を持て余した彼女の退屈しのぎでしかない。

 最初こそ分解修理中のSウェポンと、それから出た未知のパーツの数々に、興味津々な目線を向けていたものの、あんまり代わり映えしない作業光景に彼女自身が飽きてしまったのだろう。

 座っていた台から、飛び降りるとスタスタと出ていってしまった。

 

 ……いや、追い出すのもアレだったし、自分の意思で出ていってくれたのは助かったが……何だこの敗北感は。

 いっその事、戦術殻を使ってド派手に修理を……いやいや、イリスに使うなって命令しておいて自分だけ使うというのはイカンだろ。

 

 しかし。

 フィー・クラウゼルは作中での言動から、よく気まぐれな猫に例えられていたが……その気質は昔から変わっていないようで。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 何だか無駄に疲れる羽目になったSウェポン修理を終わらせ、現在の時刻は18:00前。

 フィー・クラウゼルの査察という不測の事態に巻き込まれたものの、Sウェポン修理自体はおおよそ最初の予定通りに終わらせる事ができた……というか終わらせた為、夕食時には十分に間に合った。

 武装障害走から疲れ果てて帰ってきた団員たちでごった返す食事場まで辿り着くと、昼間と同じようにトレイの上に配膳された品を置きつつ、列の流れに従って移動していた……のだが、何故か食事当番の中にイリスの姿が見えなかった。

 その事を近くにいた食事当番の団員……というかアンタこの間の親切な哨戒兵じゃねえか――に聞くと、非常によく手伝ってくれたので先に上がらせたそうだ。

 イリス本人は先に上がる事に大分渋ったそうだが。

 

 ちょうど良かったのでその親切な哨戒兵改め、親切な食事当番にイリスの様子と働きぶりを伺うと、非常に好意的な返答が返ってきた。

 親切な食事当番曰く、調理の手際もよく、ちゃんと言う事も聞いてくれて助かっているらしい。

 

 ……うむ、イリスは他の者達との意思疎通を含め、問題なくやっているようだな。それは重畳。

 これをきっかけにイリスに人間関係、できれば交友関係まで広がればいいのだがな。

 

 ……それと親切な哨戒兵さん改め、親切な食事当番さん。前も言ったが、その生暖かい視線止めえや。そういうのは俺じゃなくイリスに向けてくれ。

 

 腹立つ視線を向けてくる親切な食事当番さんに礼を言い、とりあえず先に夕食を取っているであろうイリスの姿を探すことに。

 すると近くに、何やら人だかりが。

 その光景にデジャヴを感じつつその人だかりに近づいてみると、案の定イリスの姿と。

 そしてここからが予想外だったのだが、なんとイリスの対面には、つい先ほど散々こちらのペースをかき乱してくれやがった気まぐれ猫――フィー・クラウゼルが座って、二人で夕飯を食べていたのだ。

 ……これだけなら似たような年齢の少女たちが仲良くなり、二人楽しくご飯を食べているように思うだろうが――

 

 

 「……うぅ……」

 

 「…………」

 

 

 イリスは目の前にフィー・クラウゼルの様子を不安そうにチラチラと伺い、フィー・クラウゼル本人はイリスの視線を特に気にすることなく、ムシャムシャと夕食を食べている。

 

 ……え?何この楽しい食事会とかけ離れた重苦しい雰囲気は。

 

 お世辞にも良くなさそうな雰囲気を醸し出しながら食事をする二人。

 その周囲で団員たちが非常に肩身が狭そうに、二人の様子を心配そうに伺っている。

 

 ……ははーん、大体読めたぞ。

 

 おそらくこの二人の食事会をセッティングしたのは、そこの団員たちだろう。

 でなければ人見知りの激しいイリスがフィー・クラウゼルと共に食事を取ろうなどと思うまい。

 

 セッティングした理由は、まあ同世代がいないフィー・クラウゼルに少しでも似たような年齢の少女と交友関係を持ってほしいという、まあ純然たる善意の行動なのだろう。

 

 それに異を唱えるつもりはないし、それ所かイリスに人間関係を、できれば交友関係までを広げてもらおうというこちらの思惑に沿っている為、むしろ願ったり叶ったりなのだが……。

 非常に残念なことに彼らは、一つ非常に重大な思い過ごしをしている。

 

 あの二人が誰かの仲介無しにマトモに会話できる訳ないのである!!

 

 意外と人付き合いは悪くはないものの、自分からは積極的に他人と関わろうとしないフィー・クラウゼルと、ボッチ……というか今までほぼ人に会った事のないイリス。

 双方ともに対人関係において基本受け身という最悪の組み合わせである。

 多分あの様子から見て、イリスはフィー・クラウゼルに何か話しかけたりしようとしているみたいだが。

 どうせ、「自分なんかが話しかけてもいいのだろうか」や、「相手が不愉快にならないだろうか」などと考えて最初の一歩を踏み出せないのだろう。

 残念ながらちょっと前まで対人経験のスコアが人間二人と悪霊一匹止まりの対人クソザコイリスに、あの無表情で何を考えているのか分かりにくいフィー・クラウゼルの相手は、あまりに荷が重すぎる。 

 

 ……ホント、これだがら居酒屋で飲み交わしただけで仲良くなれる陽キャラパリピ共は……。

 

 あいつらは自分たちの尺度で物事を考え過ぎなのだ。

 もう少しコミュ障の陰キャラ達の事も考えてやってほしいものである。

 

 ……しゃあねえ。ルトガー・クラウゼル氏の養娘さんにして、未来の主人公メンバーにあんまり不愉快な思いをさせるわけにもいかん。イリスに助け船でも出してやろう。

 

 しかし、どうやってフィー・クラウゼルの機嫌を損ねずにイリスに助け船を出すか……。

 フィー・クラウゼルのことだ。そもそも先ほどあった俺の事なんぞ顔すら覚えておらず、普通に「誰?」とか普通に言ってきそうだからな。

 もし覚えていたら、その事を話題に出しながら介入、覚えてなかったら…まあ道具云々はさすがに子供には早いので、イリスの上司とでも偽っておこう。

 まあ、所詮は子供一人。

 いつも通りの営業スマイルとセールストークで上手く転がしてくれるわ!!

 

 

 「まあまあ、落ち着きなって。

 せっかくの交友の輪の中に、俺たちがズカズカ入り込むのは野暮ってもんだ」

 

 

 そう言いながら、二人に近づこうとしていた俺の肩を掴んだのは、おそらくは俺と同じように様子を見ていたのだろう団長ルトガー・クラウゼル氏である。

 

 ……そう言われましてもね、ダンナ。

 あれ仲良く所か、もはやお通夜みたいな食事会になってますぜ。後俺は落ち着いているが。

 

 

 「……あんまり、良い雰囲気とは言えませんがね?」

 

 「ハハッ!最初は大体そんなもんさ。

 仲良くないように見えて、反りが合わないように見えて、いつの間にかテメエらで勝手に仲良くなっちまうもんだ。ガキっていうのは」

 

 「そんなもんなんですかねえ」

 

 「ああ、そんなもんさ。だから俺たち親っていうのは、その様子を遠くから見守ってやんのが一番なんだ」

 

 

 そう言って、葉巻を取り出して火をつけ、二人の様子を遠巻きに見守るルトガー・クラウゼル氏。

 

 まあ、彼の言わんとしていることは分かる。作中でもフィー・クラウゼルがラウラネキと反りが合わなくなったことがあったが、お互い殴り合って仲直りするということがあったので、フィー・クラウゼルの方はその考えはあながち外してはいないと思うが、イリスの方は……いけんのかこれ?

 

 ……まあクライアントがそういうなら是非もなし。

 というか、そもそも最初の俺の頼み事の内容を聞いた時の様子から察するに、その時からルトガー・クラウゼル氏の中には、先ほど二人の食事会をセッティングした団員たちと同じ考えが浮かんでいたのだろう。

 自分の養娘であるフィー・クラウゼルに少しでも似たような年齢の少女と交友関係を持ってほしいという。

 まあイリスに交友関係まで広げてもらおうという、こちらの思惑にも合致している以上、まあ配慮をしてくれたクライアントには従う事にしよう。その様子を見守るというのも。別に俺はイリスの親ではないが。

 

 

 「しっかし食事会は失敗か。ここまで相性が良くないとは……。次の手を考えんとな……」

 

 

 いや、アンタもガッツリ介入してんじゃねえかッ!!??

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二日目。

 早朝の 6:00より西風の旅団のキャンプ地全体に響き渡る起床ラッパの音を、鋼の意思でガン無視し、目を覚ますと時刻は8:30。

 相も変わらず西風の旅団の朝食の時間はとっくの前に終わっている為に、起きていたイリスと共に自前の携帯糧食で朝飯を取り、ダラダラと身支度を整え、いざ出陣。

 イリスにまた調理の手伝いを言いつけ、俺は昨日と同じく団員たちが集まる訓練場へ向かう。

 そして引き続きゼノの戦闘スタイル、ひいては彼に相応しい専用Sウェポンの造形を探るべく、データ収集を始める――訳ではない。

 いや、本来の予定ではそうするつもりだったのだが、作中でゼノがスナイパー仕様の《ブレードライフル》を使っていたのを知っていたことが予想以上に有効に働いた。

 このおかげで一番時間が掛かるはずだったゼノに相応しい専用Sウェポンの造形が、彼自身が納得できる形で直ぐに決まり、昨日夕食後に話し合いをした時点で細部の仕様までを完全に詰めることが出来たのだ。

 ホント原作知識様様である。

 専用Sウェポン製作に使用する使用者の採寸自体も昨日の内に取っているし、データ収集の方も十分。

 これで何時でもゼノの専用Sウェポン製作に取り掛かることが出来るだろう。

 本来なら数日はかかると思っていたので嬉しい誤算である。

 なので今日の昼過ぎにはここをお暇しようと思っている。

 

 では何故俺が今ここに居るかというと、俺の個人的な用事の為、少々西風の旅団の団員たちにお仕事の依頼をしに来たのだ。

 団員たちの戦闘時のモーションキャプチャを取らせてくれというな。

 

 モーションキャプチャとは人やモノの動きをデジタル化する技術の事である。

 この技術により、モーションキャプチャを取った団員たちの戦闘時の動きをデジタル上で再現することが出来るのだ。

 ではその再現したモーションデータを何に使うのかというと、俺が今着ている戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』に使う。

 この『パワードアーマー』にその集めたデータを入力することで、アーマーに内蔵されている使用者の動作を補助するパワーアシスト機能により、俺は何時でも団員たち――プロの猟兵たちの動きを再現出来るようになるのである。

 仕組みとしては、結社のデータから八葉一刀流の動きを再現した人形兵器『レジェネンコフシリーズ』とほぼ同じといえる。……まあエリュシオンの模倣擬体(シミュラクラ)の域には到底及ばんだろうが。

 

 ともかく、これこそが俺の切り札。

 八葉一刀流、ヴァンダール流、アルゼイド流などといった、この激動の時代で立ち上がるであろう人間辞めたフィジカルゴリラ(主人公陣営)共に、一介の技術者(人間)である俺が対抗する為に考え出した手段なのである。

 ……断じて日々の生活をラクにしようとして作ったのではないのだ。

 

 ちなみに西風の旅団の団員たちに依頼するにあたって、まずは団長であるルトガー・クラウゼル氏に了承してもらうべく、モーションキャプチャや『パワードアーマー』など関連技術を含めた詳細な説明をさせてもらったのだが、「オジサンには難しすぎてサッパリ分からんよ……」と言われ、「とりあえず機械使った見取り稽古ってことでいいんだろ?」といった風に納得されてしまった。

 ……いや大筋では外してはいないし、大体合っているといえば合っているのだが。

 

 そして団員達も俺の依頼の説明に当初はちんぷんかんぷんといった様子で警戒する者もいたが、ルトガー・クラウゼル氏の「機械を使った見取り稽古」という説明を引用させてもらうと全員納得してくれた。解せぬ。

 

 ともかく。かなりの高額な報酬を提示したことと、そして団長のルトガー・クラウゼル氏も了承済みだということで、多くの団員たちの協力を取り付ける事が出来た。

 ……それにただ戦いの動きを見せるだけということで、自身の隠し札や切り札を見せる必要がないことも決断の後押しをしたことだろう。

 

 ……ちなみに報酬の出所は全て黒の工房の金なので俺の懐が痛むことは一切無い。

 嗚呼、素晴らしきかな経費落ち。

 

 ひとまず協力してくれる団員たちを集め、どうやってデータを集めるかの説明をする。

 このモーションキャプチャのデータの取り方は非常に簡単。

 画像式モーションキャプチャーの撮影機材で四方を囲んだフィールド内で、二人の団員が怪我をしない範囲で全力で戦ってもらう。

 ただそれだけである。対象者に面倒な機械の取り付けや、ゆっくり動いてくれなどといった注文なども一切ない。

 精々が撮影機材に攻撃を当ててぶっ壊さないでくれ、くらいである。

 本来の、というより前世では、モーションキャプチャの為に対象者に「マーカー」を付けたボディスーツを着用してもらう必要があったし、そもそも二人以上、ましてや戦闘時の動きなどを同時に追う事の出来るモーションキャプチャ用カメラが無かったのだか……、さすがは現代でも再現不可能な人形兵器蔓延るゼムリア大陸。

 敵味方を正確に識別し、目標を追尾するセンサーやカメラ関連などといった技術力は現代の比ではないのだ。

 ……まあ魔力を基にした半永久機関を作ったり、液体金属を完全制御出来たりしている時点でそれ以外も割とぶっ飛んでいるのだが。

 

 それはともかく。フタを開けてみれば、ただ全力で模擬戦闘をするだけで金が貰えるという非常に単純な依頼内容に、団員達のウケもよく、更に協力者も増えて、見物人も合わせて訓練場はさながら武術大会のような盛り上がりを見せていた。

 

 ……何かいつの間にかトーナメント表まで作ったり、あげく誰が勝ち上がるかの賭け事みたいな事まで始めているが。

 まあ別にデータは取れるし、対象者のモチベーションアップにもつながりそうなので、特別何かいう事もあるまい。

 

 そして始まった西風の旅団の団員たち限定の武術大会という名のモーションキャプチャデータの収集は非常に上手くいっていた。

 戦いにおけるプロの猟兵たちの立ち回りと身のこなし、攻撃モーションや戦技(クラフト)などは勿論、様々な戦局においての判断の仕方や魔法(アーツ)を繰り出すタイミングなど。貴重なデータがザクザクである。

 そしてうれしい誤算だったのは、協力してくれた西風の旅団の団員たちの中にヴァンダール流や、アルゼイド流、そして帝国2大流派から生まれた百式軍刀術の使い手たちが何名かいたことだ。

 もちろん使い手といっても正規のではなく、それぞれが自身の戦い方に流派の動きや戦技(クラフト)を取り入れた程度ではあるものの、そこはプロの猟兵。

 達人クラスまでとはいかずとも、使い手たちはそれに近い動きや戦技(クラフト)を再現できていたのだ。

 

 ……まさかここでこの三つの流派の動きのデータを取れるとは思いもしなかった。

 この使い手たちの動きを徹底的に分析し、『パワードアーマー』に読み込ませることで、将来的には疑似的に三つの流派の動きや戦技(クラフト)を使用することが可能となるだろう。

 まあ欲を言えば、八葉一刀流の使い手がいたらなお良かったのだが……さすがにエレボニア帝国で東方発祥の八葉一刀流はマイナーな流派に当たるからな。いないのも仕方あるまい。

 ……まあ八葉一刀流のデータの宛はあるしな。

 

 各撮影機材から集まってくる膨大なモーションデータをホクホク顔で手元の端末で確認していると、ついに武術大会と言う名の……もう武術大会でいいや――も、決勝戦を迎えたらしく一際大きな盛り上がりを見せていた。そして――

 

 

 「オラァッッッ!!!」

 

 「グハアッ!!??」

 

 

 ちゃっかり参加していたゼノに、いつの間にかエントリーしていたガルシア・ロッシ氏がアッパーを食らわせて試合終了。

 そしてガルシア・ロッシ氏の掲げた拳と共に、観客たちの野太い歓声と、ゼノに賭けていた者達の絹を裂くような絶叫が訓練場に響き渡った。

 

 ……ホント楽しそうだなオイ。

 後ここに来て分かった事だが、ゼノは何となく予想していたがガルシア・ロッシ氏も大概ノリいいな。

 

 そんな事を思いながら、俺はガルシア・ロッシ氏に近づいていく。

 

 

 「いやいや、ガルシア・ロッシ殿。優勝おめでとうございます。そしてご協力して頂いた皆様のおかげで、非常に貴重なデータ取ることが出来ました」

 

 「?……!あ、ああ。クライアントの希望に沿うことが出来て良かったぜ」

 

 

 ……オヌシ熱中しすぎて、これが仕事の依頼だったってことを忘れておったな?

 

 

 「いえいえ、そう謙遜なさらず。

 此方としましても多くのデータが取れた事で非常に助かったのも事実なのです。

 ……何なら追加報酬として優勝賞金でもお出ししましょうか」

 

 

 若干のからかいの意味も込めて言った俺に対し、舌打ちしつつそっぽを向こうとしたガルシア・ロッシ氏だったが、何かを思い付いたのか、獰猛な笑みを浮かべながら此方に向き直った。何ぞ?

 

 

 「そうだな。どうせなら追加報酬として……小僧にも相手してもらおうか。

 見たところ、そこそこやれるんだろ?」

 

 

 ガルシア・ロッシ氏はまるで俺を挑発するかのように、そう言ってきた。

 

 ……模擬戦とはいえ、《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシ氏との一騎打ちか。

 

 

 「…………よろしいので?」

 

 「ああ、問題ねえよ。それに……滾ってんだろ(・・・・・・)

 折角だ。エキシビションマッチといこうじゃねえか」

 

 

 ……人をさも血の気が多い野蛮人みたく言いよってからに。こちとら技術者ぞ?全く……だが。

 

 ハッキリ言って、俺はこちらの世界に来てから今まで、格上との戦闘というものをしたことがない。

 戦闘においてイリスはさしたる相手にはならず、ゲオルグ君も同様。

 アルベリヒ工房長にいたっては俺との相性が悪すぎて、そこらの小型魔獣以下である。

 黒の工房内の人形兵器や戦術殻は、その設計に携わっている為に動きが読めてしまい、命の危険を感じるような大型魔獣には会ったことがない。

 だからこそ。

 ここで一流の猟兵であり、明らかな格上である《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシ氏との戦闘を経験できるという事は、自身の立ち位置を知る為にも、そしてその高みを確認するためにも非常に重要な意味を持つのである。

 

 

 「では、偉大なる先駆者の胸を存分に借りるとしますか」

 

 「いいぜ、軽くもんでやるよ」

 

 

 突如として決まった俺とガルシア・ロッシ氏とのエキシビションマッチに観客の団員たちが再度盛り上がる中、俺はガルシア・ロッシ氏が待つフィールドの中央まで歩きながら、自身の得物である専用Sウェポン『アサルトソード』と戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』の調子を確認していた。

 

 ……今回集めたデータは分析が必要で使う事が出来ないが、元々『パワードアーマー』に入力していたモーションデータの方は使える。

 とはいえ戦い方としては自身のいつも通りの戦い方となるだろう。

 相手は未来において特務支援課の前に越えるべき壁として立ちふさがった、あの《殺人熊(キリングベア)》。

 一介の技術者の悪知恵で、何処まで食い下がれるか、腕試しと行こうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 あ、俺の戦術殻は…………まあいいや、最近戦闘では全く使ってねえし

 

 




 戦術殻「!?」

 西風の旅団って団長含めて大体ノリが良さそう。
 あと西風の旅団のフィー・クラウゼルへの親バカは団長由来じゃねーかという妄想。




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第十話 殺人熊VSメカゴリラ

 感想、誤字報告いつもありがとうございます!

 ガルシア・ロッシVSパワードアーマー(中身入り)
 視点が途中で切り替わりますのでご了承ください。
 


 

 

 西風の旅団の団員たちへの戦闘時のモーションキャプチャの収集依頼と、その場のノリで決まった武術大会と、その過程で突如として決まったハンスとガルシア・ロッシとのエキシビションマッチ。

 周囲を観客の団員たちがガヤガヤと囲んで盛り上がる中、ハンスとガルシア・ロッシはお互いに距離を取った状態で向き直る。

 ハンス自身の身の丈ほどもある刀身に、巨大なリボルバーが取り付けられた片刃の大剣――Sウェポン『アサルトソード』を肩で担ぎながらも若干緊張した様子で佇むハンスに対し、ガルシアは悠然とした態度で余裕すら感じられる。

 

 

 「一応……」

 

 「あ?」

 

 「一応、先に言っておきますが。私の戦い方は正道とかけ離れていますが……それでもよろしいので?」

 

 「誰に向かって言ってんだ。俺たち(猟兵)に王道やら邪道やら気にする奴は居やしねえよ。

 先手は譲ってやる。どっからでもかかって来な」

 

 「……では遠慮なく」

 

 

 直後、ハンスの姿が霞んだ。

 読み合いも駆け引きも一切省いた無遠慮で無作法な突撃。

 だが常軌を逸した速度で、それこそ瞬きひとつする間に、ハンスの姿は担いだ片刃の大剣と共にガルシアの目の前まで移動している。

 神速の踏み込み。そして斬撃。自身の身の丈ほどの巨大な大剣を、ハンスは易々と振り下ろす。

 

 

 「――!」

 

 

 その一撃をガルシアは大きくその場から飛び退ることで回避する。

 本当であれば、大剣の側面に打撃を加えることで斬撃をいなして軌道を変え、ハンスにカウンターを仕掛けたかったのだが、戦場で培われた勘がその斬撃を迎え撃つことに警鐘を鳴らしていたため、ガルシアは自身の勘に逆らわず回避することを選んだ。

 その直後、自身の判断の正しさを知る事になる。

 

 ガルシアという対象を見失った大剣は速度をほとんど落とすことなく振り切られ地面に接触、直後爆発したように地面が吹っ飛び、クレーター状の大穴を開けた。

 

 

 「オイオイ、マジかよ……」

 

 

 信じられない威力だった。

 確かに振り下ろし攻撃というのは、重力が加算される分、他のどんな攻撃よりも威力が出やすいが、これはそんな次元の問題ではない。

 戦技(クラフト)魔法(アーツ)の補助など一切ない、単純なハンスの膂力だけで放たれた一撃。そしてその膂力は人類のそれを大きく超えていた。

 

 ハンスは更なる追撃を加える。

 気合の掛け声どころか、足音も立てずに放たれる無音の斬撃の数々。

 一つ一つが攻城兵器の一撃にも等しいその斬撃を、ガルシアは体捌きのみで刃を躱していく。

 

 

 (……なるほど、そういう事か)

 

 

 切り払い、横薙ぎ、切り上げ、袈裟切り。

 一撃でも当たればノックアウト確実の斬撃の嵐を、まるで疲れた様子も見せずに無尽蔵に放ち続けるハンスと、その必殺の斬撃を体捌きのみで躱していくガルシア。

 両者とも互角、いやむしろガルシアに一切の手を出させていないハンスが優勢であるかのように見える中、ガルシアはハンスの能力をほぼ見極めていた。 

ハンスが身の丈を超える大剣を軽々と操っているのは、どうやら本当に純粋な筋力によるものであると、そして―――

 

 

 「その馬鹿力……鎧に何か仕込んでるな?」

 

 「ッ!?見事な慧眼っぷり、さすがはガルシア殿。もう少し悩んでくれても良かったんですがぁねえッ!!」

 

 

 その異常なほどの馬鹿力の出処がハンスが着こんでいる鎧であることをガルシアは看破する。

 

 

 (……まあ、こんなもんか)

 

 

 まるで物量で押しつぶすかのように猛烈な速度で次々迫る斬撃を紙一重で回避しながらも、ガルシアに焦りはない。

 

 確かにその速度と威力は凄まじいが、巨大な質量を振り回しているためにその太刀筋が限定され、慣性の法則にも逆らえない。

 それに加え、どうもハンス本人はまともに剣術を習ってはいないらしく、それっぽくガワを整えて大剣を振り回してはいるものの、その道の達人たちと比べるまでもないほどに、太刀筋は甘く非常に隙だらけ。

 これではまるで剣を振っているというより、剣の形をした棍棒を振っている印象さえ感じる。

 勿論、そんな数々の不利さえも簡単にねじ伏せるほどの怪力と、それを基に繰り出される斬撃の嵐のせいで、攻めることは容易ではないものの、付け入る隙は十分にあった。

 神経を研ぎ澄まし、ひたすら回避に努めながらチャンスを待つガルシア。

 その機は意外と早く訪れた。

 ガルシアに一向に攻撃が当たらないことに焦れたのか、ハンスの攻撃が極端に大振りになったのだ。

 思い切り深く踏み込んで、右手一本で大剣を薙ぎ払う。

 リーチを最大限生かした攻撃だが、躱された時の隙も当然、大きい。

 

 ガルシアはバックステップでその一撃を躱し、大剣の刃が通り過ぎた瞬間に踏み込んだ。

 振り回した反動を殺しきれず、大剣はハンスの背中側にまで流れてしまっている。

 この体勢からなら、ハンスの鎧が如何に超絶的な出力で切り返したとしても間に合わない。

 

 

 「ハアッ!」

 

 「なにッ!?」

 

 

 しかし、ガルシアの予想よりも遥かに速く、ハンスは追撃を繰り出して来た。しかも前回と同じ右側から。

 ハンスは背中越しに、大剣を右手から左手に持ち替え(スイッチ)、初撃と逆方向に切り返すのではなく、もう一回転して同方向から二撃目を打ち込んできたのだ。

 身体ごと回転させての連続攻撃ならばともかく、自身の身の丈を超える大剣をナイフのように持ち替えるとは、さすがに予想できなかった。

 胴を切り裂かんとばかりに迫る横薙ぎの攻撃を、ガルシアは地面に這いつくばり姿勢を低くしてやり過ごす。

 そしてそのまま自身の両腕を軸に、両足を振り回すように回転させ、二撃目を放ち切り無防備なハンスの足元に向け、足払いを仕掛けた。

 

 

 「うおッ!?」

 

 足払いは見事に決まり、両足を払われたことで空中に漂う事になったハンス。

 足を振り回した反動で素早く立ち上がったガルシアは、その空中で体勢を立て直すことも出来ず無防備な体を晒すハンスに向け拳を引き絞る。

 まるで弓を引き絞るかのように右腕を引きながら力を蓄えるガルシア。

 

 

 「コレ(・・)がただ馬鹿力を出すだけのものだとお思いでッ!?」

 

 

 するとハンスは、左手に持った大剣を地面に突き刺して固定、左腕の腕力だけで浮きあがった体を大剣の柄の上まで持ち上げて見せた。

 まるで軽業師のような曲芸じみたバランス感覚で大剣の柄の上で逆立ちして見せたハンスは倒立したまま柄の上で姿勢を制御、そのまま力を蓄え着地狩りをしようとしていたガルシア脳天目掛け、かかと落としを決めようとする。

 

 

 「チッ!」

 

 

 上からの奇襲攻撃に、ガルシアは着地狩りを諦め、バックステップをすることで回避。だが今度はかかと落としで地面に落ちてきた時を見計らって追撃を仕掛けようとする。

 だが空から落ちてきたハンスの攻撃は、かかと落としで地面を穿つのではなく、地面を揺らすような踏み込み。

 それと同時にハンスは既に大剣を振りかぶっていた。その巨大な刀身が完全にハンスの身体の影に隠れてしまっている。まるで背中の鞘に納刀しようとしているような、極端な構え。

 

 

 「――!?」

 

 

 壮絶に嫌な予感がして、ガルシアは追撃の一切をすっぱり諦め、全力で横方向に飛び退る。

 その直後―――

 

 

 「オラァ!!!地裂斬(・・・)!!!」

 

 

 断頭台のギロチンを彷彿とさせる、振り下ろし攻撃が放たれた。

 ただでさえ、膂力を向上させた上で全力で踏み込んでの渾身の振り下ろし攻撃。

 その攻撃は今までの攻撃の比ではなく、攻撃が接触した地面は轟音と共に文字通り裂けた(・・・)

 地面に一直線の断層を作り、それでも止まらず、その巨大な刀身を完全に地面に埋没させるほどの一撃に、ガルシアは驚きと若干の呆れを漏らす。

 

 

 「オイオイ……。いくら何でも力づくすぎるだろ。

 しかも地裂斬ってオメエ……」

 

 「地面を裂く斬撃ですから、まあ大体地裂斬みたいなもんでしょう」

 

 「……その言葉、アルゼイドの門下生共の前で絶対言うなよ。ぶっ殺されんぞ」

 

 

 ガルシアの言葉に、ハンスは地面から大剣を引き抜きながら、シレっとそう云い放つ。

 単に馬鹿力で地面を叩き割るという、剣術など一切関係無いただのゴリ押し。

 それに帝国二大流派、アルゼイド流の戦技(クラフト)の一つである《地裂斬》の技の名前を付けるハンスのあまりの厚かましさぶりに思わずガルシアは苦笑する。

 一時の気の抜けた会話。

 だが、その平穏な時間は長く続くことは無く、直様戦いが再開される。

 一番最初と同じようにハンスから仕掛けられる怒涛の斬撃の嵐。

 そして先ほどと同じくその攻撃を体捌きのみで躱していくガルシア。

 

 

 「……あん?」

 

 

 そんな中、ハンスの攻撃にある違和感を感じた。

 切り払い、横薙ぎ、切り上げ、袈裟切り。

 一撃でも当たればノックアウト確実の斬撃の嵐を、まるで疲れた様子も見せずに無尽蔵に放ち続けるハンスだが。

 その攻撃に一切の変化がないのだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 その攻撃がガルシアに一発も当たらず、避けられ続けているにもかかわらずである。

 普通なら効かないと分かれば攻撃方法を変えるだろう。

 もしくは自身の有する隠し札か、切り札を切るか。

 だがハンスは攻撃方法を変えるでもなく、隠し札、切り札を切るでもなく。

 ひたすらに斬撃の嵐を繰り出すだけ。

 最初は攻撃方法を変えないのは、それ自体が隠し札か切り札かにつなげる為の思考誘導の類かとも思ったが。そしてここでガルシアにある一つの仮説が浮かんだ。

 もし、もしも。

 ハンスは攻撃方法を変えないのではなく、変えられないのだとしたら(・・・・・・・・・・・)

 隠し札、切り札を切らないのではなく、そもそもそれ自体が無いのだとしたら(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 今のこの不自然な膠着状態にも説明がつく。

 そして、ガルシアにはそのような者達の共通点を実例として(・・・・・)よく知っていた。

 

 

 「まさかオメエ、……格上との戦いは初めてか?」

 

 「ッ!?」

 

 

 斬撃を躱しながらポツリと放たれたガルシアの一言。

 その言葉に明らかな動揺を見せたハンスはガルシアとの間合いを取るように、大きく飛び退る。

 鎧の力もあり、一瞬で間合いを開けたハンスはガルシアを警戒しつつも苦笑交じりの困った顔をしていた。

 

 

 「まさかそこまで見抜かれてしまうとは……。参考までにどうやって見抜いたのか伺っても?」

 

 「何、そんなに難しい話じゃねえ。

 旅団の部隊長として、似たような跳ね返り(・・・・・・・・・)を散々見てきたからな」

 

 「……ああ、なるほど」

 

 

 その言葉にハンスは納得したように頷いた。

 それはよく西風の旅団に入団したてのルーキーによく見られることだ。

 団長であるルトガー・クラウゼルはよく訳アリやくせ者といった者達をよく拾ってくる。

 その者達は大概、猟兵としての才能や見込みがある者達が多いのだが、その恵まれた才能に胡坐をかき増長している輩もまた多い。

 そういった輩の共通点として、自分より格上の強者と戦ったことがないのだ。

 格下ならば、いくら相手が数を揃えようとも相手にならず、同格であっても自身の才能でごり押して何とか勝ててしまう温い環境。

 そしてそのように才能でごり押しできるような相手としか戦っていないからこそ、それを防がれた時の対処法、隠し札か、切り札といったものを彼らは考えてはいない、もしくは考えていても非常にその札の数は少ないのだ。

 

 ハンスも同じだったのだろう。

 あの人類のそれを大きく超えた膂力から放たれる斬撃の嵐と、アクロバティックな動き、そしてあのアルゼイド流に喧嘩を売ってるエセ地裂斬。

 おそらくはそれを以て、今までの戦いを制してきたのだろう。

 確かに有象無象なら相手にならない、非常に強力な組み合わせではあるが……、だからこそそれが全て通じなかった瞬間、ハンスは完全に攻め手を失ったのだ。

 

 

 「ええ、そうです。

 圧倒的な格上との戦闘はこれが初めてですし、これ以上ガルシア殿に対抗できるような切り札や隠し札もないのも事実です。……ですが勝ち筋自体はちゃんと考えてはいるんですよ?」

 

 「……持久戦か。また随分と強引な」

 

 「まあ、これくらいしか勝ち筋がないものでッ!!」

 

 

 そう言いながら、ハンスは一呼吸の間にガルシアの元まで近づき斬撃の嵐を繰り出す。

 ガルシアが疲れて回避し損ねるまで斬撃の嵐を繰り出し続けるという、それしか手がないのは分かるがホントにするか?という脳筋の極みのような選択肢を選んだハンスに対し若干呆れながらもガルシアは考える。

 手札が全て割られた時点で諦めるのではなく、持久戦という選択肢を選んだ時点で、ある程度の勝算は見込んではいるのだろう。

 それに付き合ってもいいのだが……。それではあまり意味がない。

 

 ハンスの言動から察するに、自身が今まで格上との戦闘をしたことがないという事、そして格上との戦闘をしたことがないからこそ自身の今の立ち位置を知らないという事に関して、危うい事だという事は理解はしているようだった。

 それだけでも、恵まれた才能に胡坐をかいて自分を無敵だと勘違いしている輩に比べれば遥かにマシというものだが。

 それでもモノがモノである以上、頭で理解しているから全部解決、という訳でもないのだ。

 …だから老婆心ながら手助けをしてやろう。

 西風の旅団の部隊長として、恵まれた才能に胡坐をかき増長しているルーキ共の鼻っ柱をへし折り、上下関係と身の程をわからせ(・・・・)てきたものとして。

 こういうのは相手の土俵に上がって、相手の得意分野で敗北を味わわせた方が良く効く(・・・・)のだ。

 

 

 「ま、世界の広さというものを教えてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 【悲報】ガルシア・ロッシ氏がゲロ強い件について

 

 っべーわ、マジっべーわ。

 いや、確かに相手は未来において特務支援課の前に越えるべき壁として立ちふさがった、あの《殺人熊(キリングベア)》。

 一流の猟兵であり、明らかな格上である以上、苦戦は確実だと理解はしていたのだが……まさかこっちの攻撃がかすりもしねえなんて思わねえよ!!

 

 こちとら『パワードアーマー』着てんだぞ。

 人間辞めたフィジカルゴリラ(主人公陣営)共に、一介の技術者(人間)である俺が対抗する為に考え出した手段。 

 『フィジカルゴリラに対抗するには、俺自身がゴリラになることだ』

 を体現した戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』――通称『メカゴリラ二号』を着てんだぞ!

 そりゃあ今日手に入れたモーションデータは入力してないが、それでもこのいつもの通りの戦闘スタイルで全く歯が立たんて……。

 戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』――通称『メカゴリラ一号』時代からお世話になってた地裂斬まで使ってこのザマて……。

 

 あれか?ゴリラパワーが足りんのか?

 人間やめたフィジカルゴリラ共に対抗しようとするには、そんじょそこらのゴリラじゃなく、ゴリラの中のゴリラ、キング〇ング目指さなあかんのか?

 

 しかし先ほどガルシア・ロッシ氏に言ったように、今の状況は完全に手詰まり状態である。

 先ほどから彼に向けて繰り出している斬撃の嵐。

 これはどちらかというとガルシア・ロッシ氏を攻撃しているというより、ガルシア・ロッシ氏の接近を防いでいるという意味合いの方が強い。

 この斬撃の弾幕を張っているからこそ、ガルシア・ロッシ氏がこちらの間合いに入るのを防げているのだ。

 止めた瞬間、懐に潜り込まれ彼お得意の軍用格闘術をお見舞いされる。

 先ほどは何とか回避はできたが、そう何度も出来るものではない。

 一応俺の今振ってるSウェポン『アサルトソード』にも砲撃機能といったものも備わってはいるが状況を打開できるものでもない。というか使ったら状況が確実に悪化する。

 斬撃の弾幕を止めての隙だらけの砲撃なんぞ、敵にチャンスをくれてやるようなものだからな。

 だからこそガルシア・ロッシ氏が疲れて回避し損ねるまで斬撃の嵐を繰り出し続けるという、自分でもどうかと思う選択肢を取るしかないのだ。

 まあ、幸い『アサルトソード』をぶん回す膂力は『パワードアーマー』から供給されているし、そのエネルギーが尽きるのもまだまだ先である為、勝算が無い訳でも無いのだが。

 

 

 などと考えながら斬撃を繰り出していたら、何やらガルシア・ロッシ氏の方で動きが。

 なんと斬撃を繰り出す『アサルトソード』に向かって、自らの拳を当て始めたのだ。

 もちろん刃の部分ではなく側面に向けて、そしてこちらの攻撃の瞬間を狙って器用に打撃を打ち込んでいく。

 さすがは鍛え上げたガルシア・ロッシ氏の鉄拳。

 その強い衝撃は『アサルトソード』を通して俺にも伝わってはいるのだか。

 正直そんな打撃、『パワードアーマー』の出力の前には妨害にもなりはしない。

 そしてSウェポン『アサルトソード』もその程度の打撃で壊れるほど軟な構造はしていない。

 そんな事ガルシア・ロッシ氏も分かっているはずだが。

 それでも何故かガルシア・ロッシ氏は斬撃の嵐を掻い潜りながらも、愚直に大剣に向かって打撃を打ち込み続ける。

 

 そしてその時は突然訪れた。

 

 バキッという何かが折れるような、非常に嫌な音が訓練場に響き渡る。

 その音の発生源はガルシア・ロッシ氏の拳からではない。彼が打撃を打ち込み続けた俺のSウェポン『アサルトソード』でもない。

 音の発生源は俺の肩(・・・)

 使用者の動作を補助するパワーアシスト機能により俺に斬撃の嵐を繰り出せるだけの膂力を供給していた『パワードアーマー』、そのアームの接合部からだ。

 

 

 「は?」

 

 

 あまりの突然の事態に思考が停止する。

 だが状況は俺の思考の回復を待つことなく急速に悪化していった。

 急に重くなった(・・・・・・・)『アサルトソード』により、ガルシア・ロッシ氏の接近を防いでいた斬撃の嵐が繰り出せなくなったのだ。

 そしてそれを読んでいた(・・・・・・・・)ガルシア・ロッシ氏が急速に間合いを詰めてくる。

 その時に浮かべていたガルシア・ロッシ氏の獰猛な笑みにより、彼が一体何をしたのかようやく理解した。

 

 

 (あの不自然な打撃は、『パワードアーマー』の接合部に負荷を掛けるためのッ!?)

 

 

 

 そう、彼が狙っていたのは『アサルトソード』ではない。

 狙いは『アサルトソード』を振り回して斬撃の嵐が繰り出せるだけの膂力を供給していた『パワードアーマー』の接合部。

 あの打撃は、こちらの攻撃の瞬間を狙って打撃を打ち込むことで『パワードアーマー』の接合部に負荷を掛けて破壊するためのものだったのだ。

 だが理解できたところで状況が良くなる訳でもない。

 

 

 「このぉッ!?」

 

 

 接合部が破壊されたことでアーマー本体から膂力が供給されなくなり、もはや使い物にならなくなった右手に代わり、『アサルトソード』を左手に持ち替え(スイッチ)、再度斬撃の嵐が繰り出そうとするも。

 ガルシア・ロッシ氏が俺の懐に潜り込む方が圧倒的に速かった。

 振り下ろそうとした『アサルトソード』が左腕ごと、ガルシア・ロッシ氏のフックで真上にかち上げられ、そして唸りを上げた正拳突きが俺の眼前に迫る。

 もはや『パワードアーマー』の全力を以てしても、切り返しには到底間に合わない。

 その衝撃を予想し、思わず固く目を瞑ってしまうも。

 いつまでもその衝撃が来ることは無かった。

 恐る恐る目を開けると、目と鼻の先でピタリと止まった拳とガルシア・ロッシ氏の勝ち誇った顔が。

 

 

 「ハ、ハハ。参りました……」

 

 「まあ、中々に楽しめたぜ小僧」

 

 

 俺の敗北宣言とガルシア・ロッシ氏の勝利宣言。

 エキシビションマッチの終了を告げるそれに観客の団員たちの歓声が訓練場に響き渡る。

 

 ……結局はこのザマだ。

 

 自身の立ち位置を知る為、その高みを確認するためと言いながら、内心ではガルシア・ロッシ氏に食い下がれるのではないかと思っていたのだ。

 だが蓋を開けてみればこれである。

 こちらの攻撃は全て避けられ、ガルシア・ロッシ氏にかすり傷一つ負わせることは出来ず、あげく最後には手加減までされる始末。

 所詮一介の技術者の悪知恵ではこの程度。

 これが現時点での自身の立ち位置であり、そしてその高みははるか雲の上にあるということなのだろう。

 しかし、その事を今知ることが出来て幸運だと思っている。

 

 

 「対戦して頂き、ありがとうございましたガルシア・ロッシ氏。おかげで世界の広さを、そして身の程を思い知ることが出来ました」

 

 「ほう……、折れてはいねえみたいだな」

 

 「まあ、本分は技術者ですからね。試行錯誤(トライアンドエラー)は日常茶飯事ですので」

 

 「なるほどな」

 

 

 失敗は成功の基とまで言うつもりはないが。

 それでも今回の敗北は貴重な財産となるだろう。 

 現時点での自身の立ち位置とその頂き、その差を身をもって経験できたという事は。

 今回の戦いで改善点、改良点は山ほど見つかった。

 今回入手したモーションキャプチャデータの分析もあるし、接合部の脆弱性が見つかった『パワードアーマー』の改良、場合によっては後継機の製作にも取り掛からなければならない。

 

 技術者にとって試行錯誤(トライアンドエラー)は日常茶飯事。

 必ずや今回の敗北を生かして、さらなる飛躍を遂げて見せよう。

 とりあえず、直ぐに出来る対策として―――

 

  

 「とりあえず、もうちょっと『パワードアーマー』の出力を上げてみようと思います」

 

 「………オメエ何で技術者の癖に、選択肢がちょいちょい脳筋方向に走んだ?」

  

 

 




 Sウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』――通称『メカゴリラ二号』

 『フィジカルゴリラに対抗するには、俺自身がゴリラになることだ』の思想の元ハンスが開発したSウェポンの枠組みに入っているか若干怪しいパワードアーマー。
 使用者の動作を補助するパワーアシスト機能や体勢のバランスをコントロールする姿勢制御スタビライザーにより、使用者は規格外の身体能力を手にすることが出来る。
 それに加え、モーションデータを入力することで、プロの身体捌きや戦技(クラフト)を再現することも可能。
 それ以外にも、使用者の快適な温度に自動で調節してくれる温度調節機能や、戦術殻に制御を委ねることで全自動歩行機能も実装している。


 Sウェポン『アサルトソード』

 ハンス自身が手掛けた自分専用Sウェポン。ハンス自身の身の丈をほどもある刀身に、巨大なリボルバーが取り付けられた片刃の大剣。
 見た目通り非常に重いが、運用時は戦闘用マニピュレーター『パワードアーム』――通称『メカゴリラ一号』か『パワードアーマー』とセットで運用することで、片手でもナイフのようにぶん回すことが可能。
 Sウェポン自身には砲撃機能がついており広域制圧も可能。アサルトソードを突き刺した上で使用すれば、装甲車も破壊できる。
 最初は『パワードアーム』とのセット運用で満足していたが、『アサルトソード』をぶん回しすぎて腰を痛めた為、全身をカバーできる『パワードアーマー』に移行したという経緯を持つ。


 地裂斬(パチモン)

 ハンスが『パワードアーム』時代からよく使っている技。技?
 アームやアーマーから供給される馬鹿力を以て地面を叩き割る。
 剣術など一切関係無いただのゴリ押しにもかかわらず帝国二大流派、アルゼイド流の戦技(クラフト)の一つである《地裂斬》の名前を使っているので、アルゼイドの門下生に見つかったら地の果てまで追いかけ回される。
 ラウラネキも真顔になるレベル。
 ただ、地裂斬を放つ時は。必ず対象物をアルベリヒ工房長と重ねて放っている為、魂だけは籠っている。

 「オラァ!!!地裂斬(くたばれ工房長)!!!」


 


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第十一話 経費は万能の言葉

 【悲報】オリ主ガルシアに分からせられる



西風の旅団の団員たちへの戦闘時のモーションキャプチャの収集依頼と、その場のノリで決まった武術大会が終わり、時刻ちょうどお昼時。

 俺とゼノとで雑談しながら食事場へと向かう道中、ちょうど先ほど戦ったガルシア・ロッシ氏とばったり出くわした。

 模擬戦というだけあって、お互いに先の遺恨などはなく、しかも戦場を渡り歩くプロの猟兵とSウェポンの技術者。

 割と親和性の高い組み合わせであり、それぞれの裏話などで三人での話しは非常に盛り上がった。

 そのまま三人でガヤガヤ喋りながら昼食の配膳を受け取ってそのままテーブルへと向かう。

 

 

 本来ならイリスも呼ぼうかと思ったのだが、またフィー・クラウゼルと二人で昼食を食べているので遠慮しておいた。

 おそらくあの二人の周りでしきりにウロついているルトガー・クラウゼル団長以下数名の団員共の仕業だろう。

 

 ……おう団長、遠くから見守るって話は何処いった?

 

 しかし相変わらずあの周辺一帯がお通夜みたいな雰囲気になってるので、上手くいってる訳ではないようである。

 親馬鹿どもの策略に巻き込まれるイリスの冥福を祈りつつ、三人の昼食での話題は自然と先の武術大会の内容へと移った。

 

 

「しっかしボンのそのパワードアーマーちゅうの?

 えっぐい力だしよるな〜。

 ガルシア兄さんも、ホントのとこ危なかったんちゃいますん?」

 

 「ハッ、抜かせ。

 まあ確かに力の方は中々だったが……中身(・・)の方があれほどお粗末じゃあなあ?」

 

 「ぐっ、言ってくれますね……」

 

 

 ゼノの冷やかしを華麗に躱しつつも、こっちに対し先の戦いでの剣術の拙さをいじってくるガルシア・ロッシ氏。

 ……ホント痛いところを突いてきやがる。

 まあ、パワードアーマーを着てもなお、ガルシア・ロッシ氏に手加減されていた負け犬としてはぐうの音も出ないのだが。

 せめて言い訳くらいはさせてほしい。

 

 

 「そこら辺は分かっているんですよ。分かってはいるんですがね……。

 ……実際の所、《工房》の中に剣術とかその他の戦闘での立ち回りなんかを教えてくれるような人材がいないんですよ。

 もっと言うと、この程度でも工房内では俺が一番強いくらいです」

 

 

 まあ千年近くも暗躍しながら引きこもっていた筋金入りのモヤシの技術者集団にそのあたりを期待するだけ無駄というのも分かってはいる。

 そもそも戦力が欲しい時には、わざわざ自分で戦わずとも魔導人形や機械人形、戦術殻といった無人兵器を前面に押し出すだけで大抵は事たりる以上、地精の連中には自分自身を鍛えるという発想すらなかったのだろう。

 しかしである。

 アルベリヒ工房長も千年もの月日の間に、近代兵器なんて目じゃない、人間やめたフィジカルゴリラ共が歴史の表舞台で争うのを見てきたはずである。

 にもかかわらず千年近くも無駄に生きてて、フィジカルゴリラ共に生身で対抗できる流派の一つや二つ確立していないというのは、もはや怠慢というものだろう。全く以て使えん奴である。

 

 そんなんだから工房長はいつまで経ってもアルベリヒのままなんだよ、このアルベリヒ!

 

 ともかく、そういう訳で黒の工房に剣術や戦闘での立ち回りを教えてくれるような者はおらず、俺自身の剣術も立ち回りもほとんど我流。

 その為に、先の模擬戦ではあれほど力任せ(パワードアーマー)のお粗末な動きしかできなかったのである。

 一応前世で空手を習っていたので、多少の立ち回りくらいなら心得はあるのだが……残念ながらこれはただの人間を想定した立ち回りだ。

 前世ではいなかった魔獣や人形兵器、生身で装甲車をぶった切ったり重戦車に真正面から競り勝てるフィジカルゴリラ共を相手取ることなど想定してねーので、正直なところあまり役に立っているとは言えない。

 

 

 「……まあだからこその、先のモーションキャプチャの依頼なんですがね」

 

 「……ああ、そのモーションデータだかなんだかを教材にしようって腹か」

 

 

 ガルシア・ロッシ氏の言うとおりである。

 パワードアーマー最大のメリット。

 それは使用者に規格外の身体能力を生み出す点では無い。

 使用者の動きを補助するパワーアシスト機能にモーションデータを読み込ませることで、プロの身体捌きや戦技(クラフト)を模倣し再現できる点にある。

 使用者の動きを補助するパワーアシスト機能で、プロの身体捌きや戦技(クラフト)を再現するということは。

 裏を返せば、使用者はパワーアシスト機能によりプロの身体捌きや戦技(クラフト)を放つ時の動作を強制されるということ。

 つまりそれは、パワーアーマーを着ることでプロの身体捌きや戦技(クラフト)を放つ時の動作を身をもって体験できるということだ。

 ただの指導とはワケが違う。

 指導者と寸分違わぬ動きを、ダイレクトに体験し学ぶことが出来る学習装置。

 その学習の効率性は、その他のどの指導方法の比ではない。

 

 ……まあ、これで学べるのは動作だけ。

 各流派の心得なんぞ学べる訳もなく、ましてやこの世界の武術においての一つの到達点であり、人間やめました(フィジカルゴリラ)のボーダーラインでもある《理》なんぞはカケラも学ぶことはできんが、それでも機械人形であるはずのエリュシオンの模倣擬体(シミュラクラ)――アリオス・マクレインの剣筋が剣聖の域にあると称されたことから、このままモーションデータを洗練していけば、各流派の心得や《理》が分からずともそれに近いところまではいけるということだ。

 

 まあその模倣擬体も、のちのち本物のアリオス・マクレインに複数体纏めてゴミのように葬り去られた為、やっぱり《理》を識る者とは明確な差を付けられるようだが……そこからの不足分はゴリラパワー(膂力)でゴリ押すつもりだ。ゴリラだけにな!

 

 

 「ええ。今回収集したモーションデータからプロの身体捌きと立ち回り。戦技(クラフト)魔法(アーツ)を切るタイミング。後できればヴァンダール流やアルゼイド流、後百式軍刀術の動作や戦技(クラフト)学べ(再現)たらと思っています」

 

 

 「ほ〜、なんやあの鎧、聞いた感じ何でも出来てエライ便利そうやな。

 流派の剣技の再現なんか特に」

 

 

 もしここにヴァンダール流やアルゼイド流の門下生が居ようものなら、心無き剣や猿真似などと激しく反発されそうな内容も、ここには正道も邪道も己の役に立つなら貪欲に取り込む猟兵たちしかいない。

 特に気にした様子もなくゼノが感心したような声を上げた。

 

 

 「……まあ、デメリットもありますがね。

 尤も、まともに運用していれば出ない程度のものですが」

 

 「あれか?察するに……、その鎧に身体の動きが強制される(・・・・・・・・・・・)ってところか」

 

 「やっぱり分かりますか」

 

 

 そう。このパワードアーマーのデメリットともいえる部分。

 それはパワードアーマー最大のメリットでもある、『使用者はパワーアシスト機能により、プロの身体捌きや戦技(クラフト)を放つ時の動作を強制される』という部分にある。

 この部分は戦闘時に学習時にと、多大な効果を発揮するのだが。

 そもそもその道の達人が何年もかけて研鑽しその域まで至った身体捌きや剣技を、ずぶの素人が安易に模倣再現すればどうなるか、その身体捌きや剣技を扱えるだけの身体が出来上がっていないものが、しかも桁違いの膂力を生み出すアーマーに身体の動きを強制されて。

 答えは簡単。その無理な動きに使用者の身体が潰されるのだ。

 やはり、どれだけのオプションを付けようとも、本質は使用者の動きを補助するパワーアシスト機能であるという事なのだろう。

 使用者ができる動きには十分なアシストを加え、それに上乗せする形で規格外の身体能力を付与するパワードアーマーではあるが、使用者が出来ない動きには無理がかかるという事だ。

 

 

 「理想はパワードアーマーにモーションデータを読み込みさえすれば、一切の苦労なく身体捌きや各流派の剣技の模倣再現が出来るというものだったのですがね……現実はそう甘くは無い様で。

 おかげで、このパワードアーマーを扱う為に日々の鍛錬は欠かせないという本末転倒のような事態になっていますよ全く……」

 

 「ハハッ、世の中そう甘くはねえってこったな」

 

 「なるほど。それやったら…昨日の武装障害走、ボンも試しに参加したら良かったのに。

 ええトレーニングになったで?」

 

 軽快に笑うガルシアと、ニヤニヤしながらでそんなことを言うゼノ。

 

 

 「いやーただの技術者でしかない私にはとてもとても……」

 

 

 嫌だわ、こんな険しい山の中を駆け回るなんぞ。

 俺はトレーニングをするときは自室の隣に作ったトレーニングルーム(無許可建築)ですると決めているのだ。

 計画的に、効率的に、科学的根拠に基づいた無理のない筋トレ。

 そんな前時代的な体育会系丸出しの熱血精神論トレーニングなんぞノーセンキューである。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三人での雑談を交えながらの昼食は終わって、現在の時刻は二時丁度。

 午後の訓練はなんでも部隊ごとに分かれてチーム戦をするらしく、ほとんどの団員達が昨日と同じく最低限の人員を残し訓練に出払っていた。

 そんな中、撤収準備を済ませた俺とイリス、そして見送りに来てくれたルトガー・クラウゼル氏はキャンプ地の出口で軽く立ち話をしていた。

 

 

 「では今回の モーションキャプチャ収集依頼の報酬の方は纏めて西風の旅団の口座の方に振り込ませていただきます」

 

 「そうしてくれ。

 後最初に言った通りこれから大陸中東部の方で仕事(荒事)があるんでな。

 ゼノの専用武器の引き渡しの方はこっちが抱えている仕事を終えてからでいい。

 まあ仕事が仕事だけにいつ頃になるかははっきりとは言えねえが……大体二ヶ月後くらいになりそうだな」

 

 「了解しました。ではまた詳しい日時が決まり次第ご連絡いただければお届けに上がります」

 

 「ああ、よろしく頼む」

 

 

 ルトガー・クラウゼル氏と会話を続けつつ、内心安堵する。

 

 ……よしよし、二ヶ月も期間が貰えるなら上々上々。

 さすがに初めての専用Sウェポンの注文依頼で時間に追われたくはないからな。

 これなら無理せず仕上げられるだろう。

 

 

 「それではまた」

 

 「ああ、それじゃあな。嬢ちゃんも元気でな」

 

 「……はい、それでは」

 

 

 俺とルトガー・クラウゼル氏、そしてイリスが別れの挨拶を口にする。

 そしてそのまま解散という流れの所で、何処からか視線が。

 もはや持ちネタになりつつあるな、などと考えながら周囲を見回すと、近くのテントの陰からこちらを覗く銀髪の小柄な少女――フィー・クラウゼルの姿が。

 

 先に見つけていたルトガー・クラウゼル氏と顔を見合わせつつ様子を伺っていると、何を思ったのかフィー・クラウゼルがこちらに駆け寄ってきた。

 そしてそのままイリスの前に。

 

 ……ふむ、こうして並ぶと似たような髪の色合いなだけあって姉妹みたいだな。

 

 まあもし仮に姉妹だと仮定すると、フィー・クラウゼルが現在七歳に対して、イリスの肉体年齢が十一歳。

 作中よりも更にチンチクリンなフィー・クラウゼルに比べ、イリスの方が小柄ながらも体格も身長も大きい為、一見するとイリスの方が姉に見えるのだが。

 精神年齢を考慮するとフィー・クラウゼル七歳に対し、ホムンクルスであり急速に成長を促進させられたイリスは二歳。

 結果フィー・クラウゼルの方が姉というクッソややこしいことになるのである。

 

 そんなことを考えつつも、イリスの真正面に来たフィー・クラウゼルは狼狽えているイリスをジッと見つめ、そして――

 

 

 「じゃ、バイバイ」

 

 「「「!?」」」

 

 

 イリスに向けて親しげに手を振った。

 相変わらず眠そうな顔をしているが、たしかにそれは間違いなく別れの挨拶だ。

 

 というか、いつの間にそれほど仲良くなったのか。

 あのお通夜みたいな食事会の中で、二人に通じ合うものでもあったというのだろうか。

 俺も驚いていたし、ルトガー・クラウゼル氏も驚いていた。何ならイリスも驚いていた。

 

 ……いやイリスも驚いてんのかよ。

 

 

 「……バ、バイバイ………です」

 

 

 フィー・クラウゼルの挨拶に、おっかなびっくり返事を返すイリス。

 その光景を見たルトガー・クラウゼル氏は懐から葉巻を取り出して火をつけて一服する。

 

 

 「な?言った通りだろ?子供っていうのは、親の見ていない所でいつの間にかテメエらで勝手に仲良くなっちまうもんだってな」

 

 

 そう言ってキメ顔を決めたルトガー・クラウゼル氏の纏う雰囲気は、まるで長い苦難の果てに目的を達成したかのように満ち満ちていた。

 

 ……おう団長、アンタあれだけガッツリ介入しといてよう言えたな。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クラウゼル親子に見送られながら、西風の旅団のキャンプ地を後にした俺とイリスは、行きと同じルートでアイゼンガルド連峰の山道を下っていく。

 結局、ガルシア・ロッシ氏にへし折られたアームの接合部は持ち込んでいた機材では修理できなかった為、右腕のパワーアシスト機能は壊れたままである。

 といっても壊れたのは右腕のパワーアシスト機能だけ。

 右腕以外のパワーアシスト機能は正常なため特に支障はなく、別に俺の腕自体が壊れた訳ではないから右腕自体も普通に動かせる。

 まあパワーアシスト機能がないので右手で『アサルトソード』を振り回すのはさすがにキツイが、左手だけでも振るえるので特に問題はない。

 あらかじめ戦術殻――《フルン=ティング》に乗るように命じたイリスと共に、時折こちらに嚙みついてくる身の程知らずな魔獣共を蹴散らしつつ、ずんずん山を下っていく。

 

 西風の旅団のキャンプ地からアイゼンガルド連峰の麓のユミルまで行きと同じく大体四時間。

 到着する頃にはあたりも暗くなっているだろう。

 黒の工房の本拠地がある帝国北西部ラマール州に戻るには列車を幾つか乗り換えなければならない為、終電の時刻を考えれば今日中に黒の工房の本拠地に戻るのは不可能だ。

 なので帰りはこの間スルーしたユミルにある宿泊施設『鳳翼館』に泊まるつもりである。

 

 フッフッフ、この『鳳翼館』は皇帝から恩賜された格式高い宿泊施設だ。

 湧き出る温泉は万病に効力があると言われ、この温泉目当てに皇族や爵位の高い貴族等の名のある名士が保養に訪れる事が多いというそれはもう素晴らしい――え?宿泊代の出処は何処だって?そんなもん経費(工房の金)に決まってるだろ。

 

 いやーしかしマジで温泉なんて久しぶりである。

 というか前世で社員旅行で行った以来じゃねえかな。

 温泉は日本人の魂といっても過言ではない。俺は今帝国人というか地精だけど。

 あーあ、ホント黒の工房の本拠地があるグレイボーン連峰にも温泉が湧き出りゃ良かったんだがな。

 あのゴミ山、しこたま掘り返してみても何にも出やしねえ。

 アイゼンガルド連峰と同じ「連峰」の名前冠しといて温泉の一つも出ないとか恥ずかしくねえの?

 折角先にトレーニングルームの隣に大浴場を用意したっていうのに全く(無断建造)。

 

 そんなことを考えながら山道を下山していきつつも、フワフワと浮かぶ戦術殻に乗りながら後ろからついてくるイリスを見やる。

 若干機嫌のよさそうなイリスの様子から察するに、西風の旅団の団員たちとの触れ合いを通じて、イリスに人間関係を広げてもらおうという目論見はおおよそ成功したと言えるだろう。

 しかもイリスが同世代であるフィー・クラウゼルと仲良く…仲良く?なり交友関係まで広がったことも含めて。

 今後の事を考えれば、イリスと西風の旅団との間に縁が出来たのは非常に幸運だった。

 ……上手くいけば、黒の工房を抜けたイリス(・・・・・・・・・・・)を拾ってくれるかもしれないからな。

 

 ……本音を言うと。俺はイリスには今すぐにでも黒の工房から出て行ってほしいと思っている。

 

 今は七耀暦1196年。

 英雄伝説の始まりたる『空の軌跡』が始まる七耀暦1202年まで残り六年。

 そしてクロスベル自治州を舞台にした『零の軌跡』と『碧の軌跡』、そしてエレボニア帝国が舞台の『閃の軌跡ⅠⅡ』が七耀暦1204年であり、地精《グノーム》及び《黒の工房》が《巨イナル黄昏》成就の為、初めて表舞台に姿を現し、そして崩壊する『閃の軌跡III』『閃の軌跡IV』が七曜暦1206年である。

 

 つまりはこのまま何事もなくストーリーが進み、イシュメルガが消滅し、黒の工房が崩壊するか、もしかしたらOriginator zero《根源たる虚無》計画の完成形と最終形であるOz73――ミリアム・オライオン、またはOz74――アルティナ・オライオンが同じOzの縁で黒の工房から救い出したとしても、それは遥か先の話。十年後の話である。

 

 十年。十年である。

 

 俺はまだいい。

 十年という時は永いものの、今後あのブラック上司共が無様にくたばることを原作知識で知っているだけ希望はあるし、何だかんだ言っても二回目の人生である。

 本音を言えば今すぐにでも腐れ上司共には死んでほしいし、何なら俺の手で直々に引導を渡してやりたい所ではあるが、まだ未来を知っているだけ許容できる範囲ではあるのだ。

 

 ……やっぱ工房長だけでいいから何とか手ずから始末できんかな。

 

 ゲオルグ君も、未来ではアルベリヒ工房長の命令により一時的に黒の工房から離脱、ジョルジュ=ノームとして記憶をフェイクと入れ替えた状態でトールズ士官学院に入学し、そこでトワ、アンゼリカ、そしてクロウと出会い、青春を謳歌することになる。

 

 だがイリスは。

 イリスだけは、俺のような原作知識もなければ、ゲオルグ君のような確定した未来もない。

 イリスにとって一切の希望もない、生き地獄ともいえる黒の工房。

 もしストーリー通り、イシュメルガ消滅による黒の工房の崩壊まで待つのならば。

 イリスは最低でも十年という永い月日をこの悪意まみれの黒の工房で過ごさなければならならないのだ。

 完全に手前勝手な感傷と自己満足で、イリスのD∴G教団への出荷を差し止めてしまった俺が言えた立場が、それはあまりに惨すぎるだろう。

 

 こんな悪意の掃き溜めみたいなクズ組織、早期に抜け出せる(退職)なら抜け出した方がいい。

 そして。

 おそらく黒の工房のメンバーの中で唯一黒の工房内から早期(・・・・・・・・・・・)に抜け出せる可能性がある(・・・・・・・・・・・・)のがイリスだ。

 地精である俺たちと違い、ただの『道具』として扱われ、イシュメルガに眷属にさせられていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)イリスならば。

 

 

 

 

………………いや、むしろ今ならいけるか?

 

 地精の長であり、イシュメルガの忠実な僕であるアルベリヒ工房長は今だ復活しておらず不在のまま。

 そして現在位置も、エレボニア帝国の北部のアイゼンガルド連峰。

 黒の工房の本拠地からは距離もそして高度もはるかに離れている。

 もしかしたら、もしかすると今なら、今この瞬間なら隷属を無視して(・・・・・・・)イリスに黒の工房からの離脱の『命令(オーダー)』を出せるかも知れない。

 

 

 「イリス」

 

 「?はい、ハンス工房長代理」

 

 「『命令(オーダー)』だ」

 

 「ッ!?……はい」

 

 

 後で蘇った工房長から大減点を食らうだろうが知ったことか。

 この『命令(オーダー)』さえ通ればイリスを自由に―――

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリスside

 

 

 

 「イリス」

 

 

 仕事で訪れていたアイゼンガルド連峰の西風の旅団のキャンプ地からの帰り道、ハンス工房長代理は山道の途中で唐突に立ち止まると私の名前を呼びながら振り返りました。

 

 

 「?はい、ハンス工房長代理」

 

 「『命令(オーダー)』だ」

 

 「ッ!?……はい」

 

 

 ハンス工房長代理が口にした命令(オーダー)

 アルベリヒ工房長より、私の管理を委任されたハンス工房長代理からの命令(オーダー)は、最上位権限の行使に当たります。

 その命令は絶対であり、何をおいても私の全力を以て確実に遂行されなければなりません。

 私は戦術殻《フルン=ティング》の腕から降り、背筋を正してハンス工房長代理からの命令(オーダー)を待ちます。ですが―――

 

 

 「…………………、…………、……………………」

 

 

 ハンス工房長代理は非常に険しい表情を浮かべながら、まるで自分の意思に身体が反しているかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)そのまま口を噤んでしまいました。

 しばらくして。

 

 

 「…………………何でもない」

 

 

 しばらくののち。疲れ切った顔をしたハンス工房長代理はそう言うと、右腕を力なくブラブラさせながら(・・・・・・・・・・・・・・・)私への命令(オーダー)を出さずにそのまま歩いて行ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

イシュメルガの隷属UZEEEEEEEEEE!!!!

 

 マジか……俺自身が逃げ出すのは端から諦めてたが、まさか今のこの状態で黒の工房からの離脱を促すイリスへの命令(オーダー)まで規制されるとか……。アルベリヒ工房長が死んでる状態でもイシュメルガの隷属支配は全く弱まらんのか!? クソが!

 

 先ほど俺がイリスに対し黒の工房からの離脱の『命令(オーダー)』を出せなかった理由。

 それは黒の騎神イシュメルガの地精に対する隷属支配が原因だ。

 イシュメルガに対する反逆を防ぎ、組織からの逃走あげくイシュメルガや組織に対し不利益になるような行動さえも、完全に規制してしまう強制力。

 それにより、先ほどのイリスへの黒の工房からの離脱を促す命令(オーダー)をイシュメルガや組織に対し不利益になるような行動と認識されたせいで、俺の行動が規制された。

 具体的にいえば、ついさっき身体の自由が奪われ、気力を根こそぎ奪われた。

 今は身体の自由は取り戻せたものの、気力を根こそぎ奪われた為立っているだけで辛い。 

 パワードアーマー着てて良かった。出なければ道のど真ん中でぶっ倒れる所だった。

 

 黒の工房の資金を使い込んでも反応しなかった程度には普段ガバガバな癖に、こういう時だけはしっかり反応しやがって鬱陶しい。

 

 規制されたせいで立つのも億劫な体をパワードアーマーで無理矢理動かしつつ思考を巡らせる。

 

 もはやこれほどの好条件を揃えてなお、イシュメルガの隷属支配を受けたという事は、作中で「魂まで隷属させられている」という言葉通り、もはやイシュメルガとの物理的な距離など関係なく、地精というだけでイシュメルガの隷属支配の影響が及ぶ可能性が高い。

 ということは『命令(オーダー)』というイリスへの命令権を使って、黒の工房からの離脱を促すのはどうあがいても隷属支配により不可能ということか。

 

 やはりイリスが黒の工房から抜け出すには、自分の意思で出ていくか。

 もしくはどこぞの主人公たち――英雄たちのように、暗く悪意に満たされた地の底(黒の工房)からイリスを誰かに救い出してもらうしかない。

 

 ………ホント、誰かイリスを助け出してやってくれんものか。

 

 料理もできるし戦闘も熟せる。

 黒の工房由来の技術の方もある程度仕込んである。

 

 ……ちょっと心とメンタルと対人スキルはズタボロだが。

 

 それに今なら何でもこなせる人類の(パシリ)、黒の工房の秘匿技術満載の戦術殻《フルンティング》もオマケでついてくる。

 

 

 ホント……《遊撃士協会(ブレイザーギルド)》や《魔女の眷属(へクセンブリード)》、《星杯騎士団(グラールリッター)》でもいいから、どうにかイリスを救い出してやってくれんものかね……。

 

 

 




 イシュメルガ「m9(^Д^)プギャーwwwwww」




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第十二話 これは調査です 



 今回は短め。なのに難産だった……。


 

 西風の旅団への訪問から一週間あまりの時が過ぎた今日この日。

 ようやく俺とイリスは黒の工房の本拠地へと帰ってきた。

 黒の工房から出立した日から考えれば、9日あまりの間、この黒の工房の本拠地を空けていたことになる。

 まあ、完全に無人というわけではなく、ゲオルグ君が詰めていたし、汎用戦術殻や魔導人形と連動した、ア○ソックもビックリの警備システムが稼働している為、問題は無かっただろうが。

 

 では何故これほど帰還が遅くなったのかというと、今現在死亡したアルベリヒ工房長の代わりに黒の工房を統括している工房長代理より、我らが主であるイシュメルガ様(笑)の為に、黒の工房の本拠地のあるラマール州への帰り道、イリスと共に幾つか町に立ち寄ってエレボニア帝国内の情勢調査をせよという密命が下ったからである。

 

 ……しかし密命というだけあって、その任務は非常に厳しく、そして困難な任務だった………。

 

 アイゼンガルド連峰の麓の郷ユミルでは宿泊施設『鳳翼館』に湯治客に扮して潜入し、旅館の食事を楽しむフリをしながら温泉に入りつつ水質検査を行ない。

 

 黒銀の鋼都ルーレでは、帝国最大の巨大重工業メーカーでありRF――ラインフォルト社本社の見物をしつつ、新たな知識を黒の工房に取り込むべく、ルーレ工科大学で発表された最新の技術論文や学術論文、雑誌や小説、グラビア誌などを工房の資金で買い漁り。

 

 エレボニア帝国の首都である緋の帝都ヘイムダルでは、高級ホテル『デア・ヒンメル』のスイートルームを拠点に、観光ツアーに潜り込むことで、帝都に根を張る帝国情報局やTMP――帝国憲兵隊の目すら欺いて、帝都中の観光スポットや飲食店の情報収集を成功させつつ、百貨店『プラザ・ビフロスト』やブティック『ル・サージュ』本店で、お土産という名の物資補給や、変装用のイリスの衣服を大量に購入。

 それ以外にも帝都歌劇場のオペラや帝国博物館、カレル離宮などを調査し。

 帝国競馬場では、巡回する警備員に怪しまれないよう馬券を大量に購入しつつ、イリスと共に馬のふれあいイベントに参加することで、合法的に馬の調査を達成した。ちなみに馬券は全部スッたが工房の金である為、問題はない。 

 

 そしてその帰りには交易町ケルディックに立ち寄り、ちょうど開かれていた『大市』と呼ばれる市場を回ることで、市場調査まで成し遂げたのだ。

 

 一週間という短い期間で、これほどの情勢調査を成し遂げることが出来たのは、ひとえにあの才徳兼備、精明強幹な工房長代理の的確かつ正確な指示と、ついでに我らが主であるイシュメルガ様(糞)のおかげであろう。 

 

 それに比べれば、今回の調査費用の経費の総額が、エレボニア帝国市民の平均年収以上かかったことなど実に些細な事である。

 

 本来であれば、一刻も早くイシュメルガ様(屑)にお知らせしたいところではあるが、あいにく今は不在。

 いつも不在のような気もするが、不在というのなら仕方ない。

 非常に、非・常〜に残念ではあるがイシュメルガ様(蛆)が帰還されるその時まで、今回の情勢調査の全ての関連書類は、機密情報保持の観点から、悪意ある第三者(アルベリヒ工房長)に読み取られないよう、しっかりとシュレッダーにかけた上で、厳重にゴミ箱の中に保管しておくことにしよう。

 

 ……ああ、そうだ資金帳簿の改竄もしておかなければ。

 何人たりともバレてはいけない密命だからね。仕方ないね。

 黒の工房で資金管理も担当しているハンスという人に頼めば快く引き受けてくれるだろう。間違いない。

 何のことか分からないがその彼曰く、「強制力は全自動で判別、発動する為、条件がガチガチに固められている反逆や逃走関連はともかく、それ以外に関してはいくらでも誤魔化せる」らしい。いや、何のことか分からないが。

 

 さて、後はゲオルグ君に買ってきたお土産を渡して……そういえばイリス。

 今回の旅こ…ゲフンゲフン情勢調査で色々な場所を回った訳だが……何か思うところとかないかね?

 

 ……いや、情勢調査の内容とかではなくてだな。

 

 黒の工房にはない、活気あふれる街並みとか人々を見てだな……何というか憧れというか希望というか、「オラ、こんな何もねえ田舎の工房さ出てって、都会に行くだ!」とかそういう感じの感情とか野望とか芽生えたりは………。

 

 え?ない?………………そうか。(´・ω・`)

 

 

 あ、そうそう。そういえばユミルの郷で黒髪の少年と出会った。

 といっても遠巻きに友達であろう子供たちとかけていく後姿を見ただけだが……十中八九、閃の軌跡の主人公であるリィン・シュバルツァー君で間違いないだろう。とりあえず手は合わせておいた。

 

 少年よ。君は未来で何度も絶望のどん底に叩き込まれると思うが、仲間と共に頑張って乗り越えてほしい。君ならそれが出来るはずだ……。

 

 

 ……まあ俺は叩き込む側の組織に所属してんだけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒の工房の本拠地に帰還してしばらくののち、俺はイリスと工房長代理権限で徴発してきたゲオルグ君と共に、西風の旅団の注文依頼である、ゼノ専用Sウェポン、スナイパー仕様のブレードライフルの設計製作に取り掛かっていた。

 

 この間、注文依頼のあったルトガー・クラウゼル氏専用Sウェポン《バスターグレイブ》と違って設計からしなければならないが、あの時とは違い期限がまだまだ先なのでデスマーチをする必要もなく、三人で先日山ほど買って来たお土産のお菓子を時折摘まみながら、ドンドン進めていく。

 そして一月後にはゼノ専用Sウェポン、スナイパー仕様のブレードライフルの完成にこぎ着けることが出来た。

 その完成度に関しても、アルベリヒ工房長の手掛ける専用Sウェポンに匹敵するモノに仕上げることが出来たと自負している。

 

 ……いやーなんだかんだ言っていたが、まさかここまでスムーズに事が運ぶとは。

 それもこれもイリスとゲオルグ君の協力。そして何より目障りなアルベリヒ工房長が居ないおかげといえるだろう。

 

 依頼人である西風の旅団の団長ルトガー・クラウゼル氏の話では専用Sウェポンの引き渡しはまだなので、先に完成祝いとして三人で紺碧の海都オルディスへと出向き、高級料理店で協力してくれた二人を労った。(工房の金)

 そしてそれから、黒の工房はいつも通りの日常へと戻っていった。

 

 そして月日は五月に入ろうかという頃―――

 

 

 

 

 

 いつも通り、イリスと二人で朝食を食べながら、帝国時報の『ラインフォルト社の研究施設爆発火災』の記事を読んでいると、なんの前触れもなく突然研究室のドアが勢いよく開け放たれた。

 俺はウンザリとしつつ、イリスはビクリとして齧っていたトーストを皿の上に取り落としながらも、視線を音のした研究室の入り口へと向ける。

 そこに居たのは一人の見知らぬ男。

 

 

 「ッ!?来てください、フルン=ティング」

 

  

 その姿を確認し、侵入者と判断したイリスはすぐさま戦闘態勢に移行しようとしたが―――

 

 

 「『命令(オーダー)』だイリス。待て」

 

 「ッ!……はい、ハンス工房長代理」

 

 

 先んじて『命令(オーダー)』を使ってイリスの動きを制した。

 

 ……さすがにコレ(・・)を攻撃したらマズイからな。

 

 手を首に当て、もみほぐながら、困惑した視線をこちらに向けるイリスを無視して席から立ち上がる。

 

 ……イリスは気づかなかったようだが、俺には分かる。

 

 顔が原作(・・)にそっくりだからとか、先ほどの帝国時報の記事からそろそろだろう(・・・・・・・)と目星を付けていたからだとかいう理由もあるが。

 たとえそれが無かったとしても、たとえどんな顔で転生しても(・・・・・)俺は瞬時に見分けることが出来るだろう。

 

 その全身から滲み出る、この世界全ての人間に興味がなさそうな排他的な雰囲気。

 

 視界に映るありとあらゆる者を見下すような冷淡な視線。

 

 そして相変わらずドアをノックすることを覚えねえ横柄な態度。

 

 

 顔にいつも通りの営業スマイルを張り付けながら確信する。

 目の前のコレが。この男こそが―――

 

 

 

 「お帰りなさいませアルベリヒ工房長。

 我々黒の工房の一同、工房長の帰還を心よりお待ちしておりました!」

 

 

 「うむ、今帰った」

 

 

 

 




 アルベリヒ工房長「た だ い ま」




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第十三話 自作自演はトップの嗜み


 あの裏にはこんなことがあったんじゃねえかなという妄想。


 

 我らがアルベリヒ工房長が悪夢の復活を遂げ、黒の工房に帰還してしばらく間。

 俺はアルベリヒ工房長へ黒の工房の管理業務引継ぎの為、工房長の不在時の出来事と、各種代行していた業務の報告に費やしていた。

 今もまた待機する俺の前で、アルベリヒ工房長が俺の提出した報告書(捏造済み)や、黒の工房の資金の運用状況(改竄済み)を確認しながら、現在の黒の工房の状況把握に努めている。

 

 ……まあ当然、ほぼ全ての書類は俺の都合のいいように手を加えているがな。

 アルベリヒ工房長はしっかりと確認しているつもりのようだが甘い甘い。その程度で俺の不正の数々を見抜けるものかよ。

 こちとら書類や報告書の捏造、資金帳簿の改竄に年季が入ってんだ。俺の不正を見抜きたきゃマルサの先鋭連れてこい。

 

 そして忘れてはいないあの恨み。

 顔にいつも通りの営業スマイルを張り付け、慇懃無礼な態度を心掛けながら、スキあらばアルベリヒ工房長が受けた西風の旅団団長の専用Sウェポンを完成させずに(あの世へ)バックレたあの件をチクチクと突いていく。

 

 あ、そうだ。工房長がさっさと復活しなかったせいで、追加の専用Sウェポンの依頼を受ける羽目になった件についてもネチネチイヤミいったろ!

 

 

 「ふむ。これならばSウェポン部門の全てを任せてもいいだろう。

 ハンス主任、これからは専用Sウェポン製作も含め全てのSウェポン製作を担当するように」

 

 

 なん…だと…?

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そんなこんなで、俺が光栄にもアルベリヒのブタ野郎にSウェポン部門の全てをなすりつけられたことを除けば、つつがなく工房長代理の業務の引き継ぎを終え、死亡した工房長の代わりに黒の工房の指揮を執っていた俺ことハンス工房長代理から、アルベリヒ工房長をトップとした従来通りの体制が再スタートした次の日。

 

 アルベリヒ工房長と俺(強制連行)は、とある施設を訪れていた。

 ここはゼムリア大陸で暗躍する秘密結社――身食らう蛇(ウロボロス)が保有する拠点の一つ、レミフェリア公国にある森林地帯の地下深くに作られた研究施設である。

 

……おい大公。オメエの領地内に犯罪組織の拠点築かれてっぞ。

 

 その研究施設を我が物顔でのし歩くアルベリヒ工房長と、その後を先のアームの接合部を修正し、西風の旅団から収集したモーションデータにより各流派の剣技の模倣再現が出来るようになったSウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー』――通称『メカゴリラ二号改』を着込み、(工房長にも)秘密裏に逃走ルートを詮索しながら歩く俺は、研究施設の最奥にある扉の前へとたどり着いた。

 アルベリヒ工房長と俺が扉の前に立つと、ひとりでに扉が開き俺たちを中へと誘う。

 何のためらいもなく踏み込んだアルベリヒ工房長の後をイヤイヤ付いていくと、その中は壁一面にモニターや端末が並べられたコントロールルームのようになっていた。

 そしてその部屋の中央にある椅子に座る男が一人。

 

 

 「これはこれは、黒の工房の工房長殿。

 わざわざトップ自ら、私に引き渡す予定だった研究成果を持ってきてくれたのかね?」

 

 

 壁一面のモニターから目を離し、そんな事を宣いながらこちらに向き直る、坊っちゃんヘアのメガネのオッサンは、F.ノバルティス。通称は博士。

 身喰らう蛇の最高幹部《蛇の使徒(アンギス)》の一人である第六柱にして、《黒の工房》も参画している結社の技術ネットワーク「十三工房」の責任者でもある。

 ちなみにその邪悪そうな見た目からでも一目で分かる通り結社の中で一二を争うマッドサイエンティストだ。

 

 

 「寝言は寝てから言ってほしいところですな博士。

 我々は問いただしに来たのですよ。

 こちらの研究員の殺害及び(・・・・・・・・・・・・)研究成果の強奪の疑いの件について(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 そんな結社産マッドに対して、ウチの所のマッドが憮然した表情を浮かべていた。

 

 ことの発端は先日、地精産マッドことアルベリヒ工房長が望まれもしねえ悪夢の帰還を果たした数日前まで遡る。

 

 ラインフォルト社の研究施設に潜り込んでいた黒の工房のとある研究員の下に、F・ノバルティスからの依頼品である研究成果の引き取りの為、結社の《執行者(レギオン)》――《告死線域》のクルーガーが来訪。

 その時、何故かその研究員と執行者との間で戦端が開かれ、その結果執行者の手により研究員が殺されるという事件が起きたのだ。

 

 

 「何をバカな。我々はそもそも依頼品を受け取ってなどいない」

 

 「口ではどうとでも言えますからな。死人に口なし、と言いますので」

 

 「……何が言いたいのかね」

 

 「我々は疑っているのですよ。貴方たち結社を。

 最初から執行者を使って、我々の研究員を始末して研究成果を強奪するつもりだったのではないか、とね」 

 

 

 今回、アルベリヒ工房長がおそらく護衛役であろう俺を引き連れ、わざわざこの結社の研究施設に乗り込んで来たのは、この事件を問い詰める為だ。

 ノバルティス博士が不愉快げに無実を主張したが、その程度でアルベリヒ工房長が追及の手を緩めることは無い。

 確かに自身の組織に所属する研究員が結社に殺された以上、アルベリヒ工房長の抗議は当然。

 そして、こちらの研究員が殺されているにもかかわらず、結社の執行者が瀕死の重傷であるとはいえ生存し、しかもその研究員がノバルティス博士に引き渡す予定だった研究成果そのものも、戦闘によって生じた余波による爆発火災で行方不明となれば、研究員を始末して強奪した研究成果を結社が隠し持っているのではないかという疑惑が浮上するのは、そう不思議ではない。

 ここだけの言い分を聞けばアルベリヒ工房長の方に分があるように思うだろう。

 

 ここにいるアルベリヒ工房長=殺された研究員――フランツ・ラインフォルトという構図が無ければな!

 

 この事件の真相、それはイソラ・ミルスティンと相討ちとなったアルベリヒ工房長が、時間を掛けて《地精》の中で最も優秀な子孫であるフランツ・ラインフォルトに寄生、融合して人格を乗っ取った際、ちょうどそこに研究成果を引き取りに来たクルーガーと遭遇。

 彼女に殺され、イシュメルガの加護により復活した不死者となることで、フランツ・ラインフォルトの身体をアルベリヒの思念体と完全に同化させ乗っ取る為に、研究成果の引き渡しを拒否して戦闘をふっかけたというのが真相である。

 

 つまりクルーガーは完全なとばっちり、アルベリヒ工房長の策謀に巻き込まれただけなのである。

 ちなみにアルベリヒ工房長が結社に強奪されたと主張する研究成果――有人型機動兵器《機甲兵(パンツァーゾルダ)》構想は、研究データの方こそ爆発火災で焼失したものの、卒業論文として機甲兵構想を書き記した研究ノートの方は、フランツ・ラインフォルトの師匠にして、C・エスプタイン博士の三高弟の一人――G・シュミット博士の元に渡っている。

 

 つまりどういうことかというと。簡潔にいえば今回の一件、その全てがアルベリヒ工房長による自作自演なのだ。クソかな?

 

 ついでに言うと、アルベリヒ工房長が乗っ取った相手――フランツ・ラインフォルトは、ラインフォルトの名からも分かる通り、将来帝国最大の重工業メーカーへと押し上げるラインフォルト社の社長、イリーナ・ラインフォルトの旦那であり、G・シュミット博士の一番弟子、そして閃の軌跡シリーズのヒロインであるアリサ・ラインフォルトの父親でもあるのだ。地獄か。

 

 それはさておき、何故アルベリヒ工房長がこの壮大な自作自演の工作を仕掛けたのかというと、原作では語られてはいなかったのだが、どうやら事件を引き起こすことで、ノバルティス博士より依頼された研究成果――有人型機動兵器《機甲兵(パンツァーゾルダ)》の研究データ引き渡しを有耶無耶にする為であったらしい。

 

 では何故アルベリヒ工房長は研究成果の引き渡しを有耶無耶にせねばならなかったのか、そしてそもそも何故結社のノバルティス博士が黒の工房に研究を依頼したのか。

 そこには、とあるジジイからそこのマッドが横取りかましたあげく、散々手こずっているとある巨大人形の開発計画に端を発する。

 

 十三工房の一角――《ローゼンベルク工房》の長ヨルグ・ローゼンベルクが構想、開発を始め、ノバルティス博士が横取りした『ゴルディアス級戦略人形兵器開発計画』。

 コード《パテル=マテル》と名付けられた全高15.5アージュ(メートル)の巨大人形兵器の機体開発は、研究者としてだけは超一流のノバルティス博士を以てしても想像以上に難航していた。

 特にこの巨体を動かす各部アクチュエーターの開発と、本体重量55トリム(トン)完全武装時は68トリム(トン)の巨体を支えることになる脚部関節の設計は、いかに博士とオーバーテクノロジーを有する結社とはいえども、並大抵のことではなかったのだ。

 そして開発計画そのものに暗雲が立ち込め始めた頃、十三工房に参画し主に大型の人形兵器の製作技術を結社に提供していた黒の工房に、ノバルティス博士が目を付けた。

 

 ノバルティス博士は黒の工房に人型の大型人形兵器を研究を依頼。

 そしてそれは黒の工房が依頼を断れば十三工房からの追放も辞さないという強硬なものだった。

 

 まあ黒の工房で活動する地精(グノーム)は《焔の至宝》と《大地の至宝》の融合体である《巨イナル一》と呼ばれる鋼の力を封じる有人型機動兵器の騎神を作り上げるほどに、人型の人形兵器に精通している。

 それを結社に提供した製作技術から嗅ぎつけるあたり、さすがはノバルティス博士といったところだが。

 それでもアルベリヒ工房長としては、イシュメルガの下僕として《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》を引き起こす地精として、将来的に《巨イナル黄昏》を巡って敵対することになるであろう結社には、少しでも自身の有する技術を見せたくないのが本音だったのだ。

 しかし黒の工房の技術向上の為にも、様々な分野で突出した古代技術を持つ集団たちによる技術者ネットワークである十三工房から追放されるという事態も避けたい。

 

 そこでアルベリヒ工房長が思いついたのが、今回の《地精》の中で最も優秀な子孫であり、寄生対象でもあったフランツ・ラインフォルトを利用した、この自作自演の事件だったのだ。

 

 ホント、マジで外道だよなウチの所の工房長。

 

 今もノバルティス博士との依頼契約を全力で踏み倒して有耶無耶にすべく、時折殺されたフランツ・ラインフォルトの無念を騙り(語り)ながら全力で博士に食って掛かっている。

 それに対し、ノバルティス博士も食い下がっているようだが、結社の執行者本人が黒の工房の研究員を殺したと証言している為にかなり分が悪そうである。

 

 ……というか、アルベリヒ工房長も前の工房長の顔そっくりに変装してるとはいえ、よくフランツ・ラインフォルトの身体でこの場所に来ようと思ったな。自作自演とはいえオメエを殺した組織だぞ。

 しかも、その身体でフランツ・ラインフォルトの無念を騙るとか、大胆不敵というか、どんだけツラの皮が分厚いんだよ。戦車の正面装甲並みか。

 

 そんなこんなで一時間後。

 はっきり言って関わり合いになりたくないマッド同士の汚ったねえ足の引っ張り合いは一応の収束を見た。

 

 ノバルティス博士は依頼の取り下げ。

 その代わり結社の有する人間そっくりな機械人形の製作技術と、黒の工房の『ゴルディアス級戦略人形兵器開発計画』に使える技術をトレードすること、となった。

 

 ノバルティス博士は依頼を取り下げたものの、トレードとはいえ結局黒の工房はゴルディアス級の開発計画に使える技術を提供せねばならず、また殺された研究員への保証もない。 

 そして何も知らない者達から見れば、結社が研究成果も強奪している可能性もあるのだ。

 これだけ見ると、アルベリヒ工房長の一人負けのように思えるだろう。

 これはノバルティス博士が十三工房の統括者としての立場を利用して、アルベリヒ工房長の意見を封殺しにかかったからなのだが。

 

 だが真相を知っている者からすれば、これはアルベリヒ工房長の大勝利といえる。

 

 黒の工房の基幹技術である人型の人形兵器の製作技術の詰まった機甲兵(パンツァーゾルダ)の研究データ引き渡しを有耶無耶にすることが出来、それでいて十三工房から追放の話もなくなった。

 殺された研究員の保証がない件についても、殺された研究員=自分である為、正直どうでもよく、提供する技術についても、黒の工房が提供しても特に惜しくない、操縦者の神経系統を用いて、人形兵器と操縦者との意思の疎通が可能となる技術を提供することで、機械人形の製作技術がもらえるのだ。

 

 一応、ノバルティス博士の前である為、怪しまれないよう部下の無念を晴らすことが出来ず何かをこらえるような表情(・・・・・・・・・・・・)を浮かべているアルベリヒ工房長だが、内心爆笑しているだろう。

 

 わかるぞ工房長。そうしないとこらえ切れないんだろ?笑いが。

 わかるわかる。何せオメエが死んだときに同じようになったからな!

 

 というか、《パテル=マテル》の制御テストで犠牲者出しまくってたあの技術、提供したのウチ(地精)だったんかい。

 しかも、よりにもよって、ウチが戦術殻と同調するために使っているあの技術を提供するとか……そらあれだけ犠牲者が出るはずだわ。

 アルベリヒ工房長、分かってて提供しやがったな……。

 

 そしてようやくこの場もお開きという方向に流れ始めた。

 

 はぁ、終わった終わった。

 交渉が決裂しなくてホント良かったわ。工房長を見捨てて逃げるのは確定事項としても、この研究施設から脱出できるかどうかは賭けだからな。

 

 ……え?お前護衛役として連れてこられたんだろって?知らんな。

 まあ工房長もいざという時には自分を見捨てて逃げるように夢の中で言っていたような気がしないでもないので問題はないだろう。

 

 しっかしマッドが同じ空間に二匹も居ちゃあ、部屋の空気が悪くなって仕方ねえ。

 さて、地上に上がったらレミフェリアのどっかの都市の本屋にでも寄るか。医療関連の本も欲しいし。後イリスとゲオルグ君のお土産でも買おうかね。というかレミフェリア公国の特産品て何だ?医療関係に強いくらいしか知らねえんだが――――

 

 

 「ああ、そうそう。これから結社との連絡役についてはここにいるハンスが努めます。

 多少技術者としての心得もありますので、技術交流の窓口としても利用していただければ」

 

 「ふむ?……まあそれなりによろしく頼むよ」

 

 

 

 

  …………………………は?

 

 

 

 

 




 個人的には、無人の巨大人形兵器作ってる結社と、有人の巨大人形兵器作れる黒の工房では、人形兵器に関しては黒の工房の方が上じゃないかと。
 パテマテ以外の大型人形兵器はトロイメライを解析して作ったT・M・ドラギオンが出てくるまで無いようなので。



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第十四話 戦闘?いいえ接待です



 バレバレだけどはボカしていく


 

 俺が光栄にも腐れ外道自演マッド野郎のアルベリヒ工房長に、Sウェポン部門の全てと、世界を股に掛けるテロリスト集団である身食らう蛇(ウロボロス)の連絡役に任命された数日後。

 

 イリスの性能実験で使っていたD=3演習場にて、俺とアルベリヒ工房長は戦闘訓練を行う為、互いに距離を開け、向かい合わせで相対していた。

 

 ……先に言っておくが戦闘訓練にかこつけて闇討ちしようとかではない。したいけど。 

 

 そもそもこの戦闘訓練は俺から工房長に提案したことではあるが、工房長も同意をしている。

 戦闘訓練の目的としては、アルベリヒ工房長の方は、新たに寄生した身体と戦術殻との同調の確認を、そして俺の方は、西風の旅団から収集したモーションデータにより各流派の技の模倣再現が出来るようになったSウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー Zwei 』――通称『メカゴリラ二号改』の稼働テストを求めての事である。(目的がそれだけとは言っていない)

 

 

 「来い、ゾア=バロール」

 

 

 そう言いながら、アルベリヒ工房長が指を鳴らすと、工房長の背後の空間から通常の戦術殻よりもひと回りほど大きい、本体からいくつもの触腕を生やした、銀色の一つ目の巨大戦術殻が現れた。

 コイツこそがアルベリヒ工房長の使役する戦術殻――《ゾア=バロール》だ。

 『全ての戦術殻の原型』と称されるだけあって、その性能は黒の工房に存在する他のどの戦術殻よりも高く、オマケに液体金属で構成されている体は、物理的なダメージを負っても形状再生し無効化してしまうのである。

 

 ……どっかのターミなネーターの2作目に出てきそうなヤツであるが、コアや関節の継ぎ目の部分には攻撃が効くので、溶鉱炉に落とせなきゃ倒せねえ、どこぞの人類抹殺ロボットよりはマシではあるが……鬱陶しいヤツである事には変わりはない。

 全く、素直にボコれば良かったゲームの時と違って厄介な性質を持ちやがってからに……。

  

 それに対し、俺の方の装備はというと、身体に装着した戦闘用強化外骨格の『メカゴリラ二号改』、以上である。

 いつもブン回しているSウェポン『アサルトソード』は持って来てはいないし、何なら俺の使役する戦術殻の方も今回の戦闘訓練では使うつもりはない。

 理由としては、今回の戦闘訓練は『メカゴリラ二号改』の稼働テストがメインであるというのもそうだが、俺にとっては、そこらの小型魔獣以下のクソザコであるアルベリヒ工房長への配慮という名のハンデであるというのが大きい。

 何故、非常に高性能な戦術殻であるはず《ゾア=バロール》を使役するアルベリヒ工房長を、クソザコゾウリムシ扱いできるのかと言えば……、相性の問題というのもあるが、純粋にアルベリヒ工房長が弱すぎるせいである。

 

 アルベリヒ工房長の戦闘スタイルは、ほぼゾア=バロールだより。

 本人はゾア=バロールが戦っている後ろで突っ立って指示を出しているか、時々魔法(アーツ)を撃ってくるくらいしかしていないのである。

 ぶっちゃけ、アルベリヒ工房長の戦闘能力の内訳は、95%くらいがゾア=バロールによるものといっても過言ではない。

 

 例えるなら、サ〇ヤ人襲来前のク〇リンを、戦闘力5のおっさんが従えているようなものである。

 

 まあそれでも前衛を務めるゾア=バロールが非常に高性能かつ優秀な為、こと一対一で戦う場においては、然したる問題にはならないのだが……、一対多、特にゾア=バロールを倒せないまでも一時的に足止め出来てしまうような戦力を相手にした場合、一気に問題が表面化してしまう。

 俺か戦術殻かどちらかが、ゾア=バロールを抑えてしまうと、途端に戦闘力5のゴミしか残らないという事態に陥ってしまうのである。

 

 ゲームだったら、アルベリヒ工房長のHPはゾア=バロール込みの値だったので問題は無かったのだろうが、残念ながらここは現実だ。

 現実にターン制などはないし、ゾア=バロールの強さがそのままアルベリヒ工房長の強さになるわけでもない。

 いくら頑張っても戦闘力5はクリ〇ンにはなれんのだ。慈悲はない。

 

 ……というか前から思っていたが、そもそも工房の連中は未来のオライオン姉妹も含めてどいつもこいつも、戦闘を戦術殻に頼り過ぎだろうが。

 戦術殻任せにするんじゃなく自分でも戦え。何で戦術殻に指示だけ出して棒立ちなんだよ。ポ〇モンバトルしてんじゃねえんだぞ。 

 

 そんな訳で、しっかりとテストが出来るよう戦力を釣り合わせる為に、今回は(も)俺の戦術殻はお休み。戦闘方法はこの訓練の為に作った(・・・・・・・・・・)、《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシ氏の軍用格闘術で挑むつもりである。

 

 

 「ではこれより、ゾア=バロールと憑依素体との同調テスト及び、Sウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー Zwei 』の稼働テストを行う。先行は譲ろう、かかってきたまえ」

 

 

 ゾア=バロールを侍らせながらそんな事をほざくアルベリヒ工房長。

 

 ……何がかかってきたまえだ。ハンデ貰ってる分際で調子乗りやがって。いいだろう。

 いくらハンデを貰ったところで戦闘力5のゴミでは、〇イヤ人に敵わぬという事を思い知らせてくれるわ!

 

 

 「では遠慮なく」

 

 

 後で不意打ちされたから負けたなどという言い訳を吐けないよう、申し訳程度にアルベリヒ工房長に声をかけながら、パワードアーマーの脚部出力を全開にして、一気にアルベリヒ工房長との距離を詰める。

 

 とにかく、軍用格闘術で挑むつもりである以上、距離を詰めねば話にならん。

 

 そんな訳で、最短最速でアルベリヒ工房長との距離を詰めにかかったのだが、そんなに上手い事行くはずもなく、案の定俺とアルベリヒ工房長との間にゾア=バロールが割り込んで、こちらを攻撃し始めた。

 

 六本の触手のような銀腕を鞭のように振り回しながら、こちらに攻撃を仕掛けてくるゾア=バロール。

 元が金属であるとは思えないほどに柔軟さと伸縮性を持つ銀碗たちをウネウネと動かし、四方八方から襲い掛かってくるその妨害攻撃により、ゾア=バロールを無視してアルベリヒ工房長の下へと向かう事は不可能になったものの、攻撃自体は採取した膨大なモーションデータから組み上げた無数の回避モーションを駆使することで容易に躱せている。

 

 ……おお、いつもならアサルトソードで迎撃しながらじゃないと避けれない攻撃を無手でしのぐことが出来るようになるとは。さすがは超一流の猟兵団から収集したモーションデータ。優秀優秀。

 

 さて、この戦闘訓練の勝利条件…というより終了条件はアルベリヒ工房長から一本取ること。

 普段ならここでゾア=バロールの足止めしておけば、フリーになってる俺の戦術殻が、アルベリヒ工房長から一本取ってくれるのだが、今回は俺一人。

 さすがに使い慣れない軍用格闘術で戦術殻たるゾア=バロールを仕留めるのは厳しすぎるのでな。

 どこかで前衛のゾア=バロールのディフェンスを突破して、後衛のアルベリヒ工房長の下に辿り着かなければならん。

 

 ポ〇モンバトルで勝利したくば、〇ケモンではなくトレーナーを狙えばいいのと同じ理屈である。

 

 ……まあ一応両者共に戦闘訓練の目的をテストしている以上、必ずしも勝たなければならないことはないんだが……、アルベリヒ工房長如きに引き分けというのは癪に障るのでな。

 

 

 それに……それこそが今回の本当の目的(・・・・・・・・・・・・・)であるし。

 

 

「貫け。ゾア=バロール」

 

 

 しばらくゾア=バロールによる銀腕を躱しながら機を伺っていると、後方のアルベリヒ工房長の声と共に、ゾア=バロールの動きが唐突に変化した。

 アルベリヒ工房長の声に咄嗟に反応し、俺が大きく宙返りをしながら後方に飛び退るのとほぼ同時に、俺がいた場所の地面を無数の針が生えた六本の大槍(這い寄る銀腕)が突き穿った。

 演習場の床を大穴を開けるその正体は、先ほどまで触手のように蠢いていた銀腕。

 液体金属の完全制御を成し得るゾア=バロールにとって、銀碗を流体から個体に瞬時に変化させるなど児戯に等しい。

 

 軟体動物のように蠢いていた銀腕が、唐突に表面から無数の針をハリネズミのように生やしてこちらを貫いてくる。その奇襲性は、初見殺しとして十二分に期待できるものだろうが……まあこちらも何度もアルベリヒ工房長と戦闘訓練をした身である。

 互いの手の内を知り尽くしている以上、今更そんな攻撃に引っかかる訳がない。

 そして、その事をアルベリヒ工房長も理解しているからこそ―――

 

 

 「昏き雷よ、焼き尽くせ!」

 

 

 間髪入れずに二撃目が来るという訳だ。

 アルベリヒ工房長の声と共に、ゾア=バロールから放たれる三本のレーザー光線(トライブリューナク)。地面を抉りながら近づいてくるそれらを、発射口であるゾア=バロールからレーザー光線の軌道を見極め、光線と光線の間にわずかに存在する安全地帯へと体を滑り込ませていく。

 かくして、ゾア=バロールのレーザー光線を掻い潜った先に待つのは―――

 

 

 「行け、サタナスクロー!」

 

 

 避けられぬ最後の攻撃である。

 ゾア=バロールの左側が分離、浮遊しながら三本の銀腕を大きく開き(サタナスクロー)、まるでこちらを握りつぶすかのように襲い掛かってくる。

 一撃目、二撃目をワザと回避させ、退路を意図的に制限していくことで、避けることの出来ない三撃目への布石とする三段構え。

 チラリとゾア=バロールの後方でアルベリヒ工房長の薄笑いが見えた。

 今頃アルベリヒ工房長は勝利を確信していることだろう。

 なにせこちらはいつもと違って攻撃を防ぐことのできる『アサルトソード』を持っておらず無手の状態。

 その状態ではゾア=バロールを防ぐことなど出来まい――とアルベリヒ工房長は思っているんだろうが。

 

 ハッキリ言って甘い。〇ックスコーヒー並みに甘々である。

 何が甘いって、たかが得物を持っていない程度でゾア=バロールの攻撃を防ぐことなど出来ないと考えているアルベリヒ工房長がである。

 

 ……一体この軍用格闘術は誰の動きを模倣再現してると思ってんだ。

超一流の猟兵団、西風の旅団のNo.2――《殺人熊(キリングベア)》ぞ?

 

 パワードアーマーのアシスト機能に従い、身体を大きく沈めつつ、右足を後ろに下げて力を蓄える。

 そしてこちらに襲い掛かってくるゾア=バロールのクロ―が間合いに入った瞬間――

 

 

 「オラァ!!!」

 

 

 右足に溜めた力を一気に解き放ち、左足を軸にコマのように回転させた。

 

 ガルシア・ロッシ氏の戦技(クラフト)――大回転旋風脚。

 採取したモーションデータから組み上げ、使用者の動きを補助するパワーアシスト機能により模倣再現された強烈な回し蹴りは、ゾア=バロールのクロ―の中心部を見事に捉え、パワードアーマーが生み出す力も後押しし、クローをゾア=バロールの本体とは反対方向の空間へと蹴り飛ばした。

 

 ッ!!?衝撃キッツ!?ホントマジで固ってえよなコイツ!だがクローを本体とは反対方向へと蹴り飛ばしたからゾア=バロールの本体は隙だらけだ!

 

 クローを失い隙だらけのゾア=バロールに間髪入れず仕掛けるべく、回転させていた右足を地面に下すと同時に、全力でゾア=バロールに向けて走り寄っていく。

 パワードアーマーが脚部へと力を供給することにより、一瞬でその距離を詰めてもなお、その速度は止まらず、それどころか更に上げていく。

 そしてそのままトップスピードに乗った状態で、体の右半身を盾にするように前へと突き出し、躊躇なくゾア=バロールへと突っ込んでいく。

 

 

 「吹っ飛べ!!」

 

 

 ガルシア・ロッシ氏の戦技(クラフト)――ベアタックル。

 

 ゾア=バロールを標的に一切の減速なしにかましたタックルは、その莫大な運動エネルギーを空中に浮遊していたゾア=バロールに余すことなく伝播させ、かなりの重量のあるゾア=バロールをまるで木の葉のように跳ね飛ばした。

 

 まあド派手にぶっ飛んでいったものの、液体金属で構成されているゾア=バロールには、蹴り飛ばしたクローを含め、ほとんどダメージはないだろうが。

 流石はゾア=バロール。原作にてベテラン遊撃士であるはずのエステルとヨシュアをして、散々手こずったと言わしめただけある。(アルベリヒ工房長に手こずったとは言っていない)

 

 ……だが、それでも時間稼ぎには十分だ。

 

 タックルをかました勢いそのままに、そのまま最速でアルベリヒ工房長までの距離を詰めいく。

 驚愕の表情を浮かべるアルベリヒ工房長は未だ硬直状態から抜けきれておらず、蹴り飛ばされたクロー部分も、ふっ飛ばされたゾア=バロール本体も復帰まで時間がかかる。

 アルベリヒ工房長への進行ルートを邪魔するものは皆無だ。

 

 さあ、前座は終わり。

 ここからが本番にして(・・・・・・・・・・)今後の未来をも左右する(・・・・・・・・・・・)、重要な局面である。

 

 失敗は許されない……訳ではないが面倒くさいので一発で成功させたい。

 

 アルベリヒ工房長に走り寄りながら左拳を構えつつ、仕掛けを作動させる。

 カシャリという極小の音と共に左拳の側面から飛び出したのは、縫い針にも似た細長い針。

 その表面には魚の釣り針のような返しが幾つもついている。

 そして未だ身動きの取れないアルベリヒ工房長の眼前まで近づくと、拳の側面から見えるか見えないかのその小さな針を伴ったまま、アルベリヒ工房長のこめかみの部分、当たるか当たらないかギリギリのライン目掛けて一気に振りぬく。

 拳から飛び出した、そして魚の釣り針のような返しのついた小さな針は、その返しにアルベリヒ工房長の長髪を数本絡ませ――毛根ごと引きちぎった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 アルベリヒ工房長side

 

 

 

 「これで戦闘訓練は終了……ですかね?」

 

 

 こめかみ辺りに鋭い痛みと拳の風切り音が聞こえてしばらくして。

 拳を私の顔のすぐ横で振り抜いた状態で、ハンス主任は相変わらずの営業スマイルを浮かべながらそう嘯いた。

 Sウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー Zwei 』の稼働テストを目的としたハンス主任からの提案に乗る形で、執り行われることとなった今回の戦闘訓練。

 こちらとしても、ちょうどゾア=バロールと憑依素体との同調テストも行いたかった為、ハンス主任の提案は渡りに船ではあった。

 

 だがハンス主任の戦闘能力の高さ自体は把握してはいたが……、まさか不意打ちが決まったとはいえ、戦術殻を封じた状態で、ここまでやれるとは少々想定外だった。

 ……まあ、所詮は不意打ち狙いでしかなく、弾き飛ばされたゾア=バロール自体もほとんどダメージはないが。

 

 最後の攻防でハンス主任の攻撃が掠ったのか、ピリピリとした痛みを放つこめかみを撫でつつ、振りぬいた拳を戻し、手を後ろに組みながら(・・・・・・・・・・)立っているハンス主任へ返答を返す。

 

 

 「……そうだな、ゾア=バロールと憑依素体との同調テストはこれで十分だ。

 『パワードアーマー Zwei 』の稼働テストの方は?」 

 

 「ええ、こちらも実戦データの収集の方は十分でしょう。

 詳細については後でデータを確認してからになりますが……、実際に使ってみた所感として、西風の旅団から収集したモーションデータから組み上げた回避モーション群、あれは中々に優秀です。

 純粋に回避行動の質が上がります。

 《殺人熊(キリングベア)》の軍用格闘術の模倣再現も、……まあそれなりには使えるでしょう」

 

 「何か問題が?」

 

 「結局の所、パワーアシスト機能で模倣再現出来るのは動きだけですからね。

 戦技(クラフト)なども模倣再現することは出来ますが、所詮はガワだけ。

 軍用格闘術の本質を理解している訳ではない以上、完全再現という訳にはいきません。

 不足分をパワードアーマーの出力で埋めたとしても、やはりモーションデータの提供者(ガルシア・ロッシ氏)のそれと比べれば、かなり見劣りします」

 

 

 「いいとこ中伝(中級者)レベルの模倣再現でしょう」と言いながら、ハンス主任は肩を竦めて見せた。

 

 

 「ふむ……、それでは他の流派の模倣再現も、それと同様の現象が起こる可能性があると」

 

 「可能性ではなく、確実に起こるでしょう。

 しかしそれを踏まえても、モーションデータさえあれば、どんな流派でも中伝(中級者)レベルの模倣再現が可能、という点に関しては十二分に魅力的であるとは思いますがね。色々と(・・・)

 ……まあ、それの解決策についてはひとまず置いておくとして、しばらくは集めたモーションデータを基に、軍用格闘術だけでなく、他の流派のマスターデータ作りに専念しようと思います」

 

 「そうか」

 

 

 ハンス主任から今後の方針を聞き、そして戦闘中いくつか目に付いた『パワードアーマー Zwei 』の技術的問題点とその解決策を伝え、今回の戦闘訓練はお開きとなった。

 

 ……まあ、順調に進んでいるならば特に言うことはあるまい。

 黒の工房に対し、成果を示し続けるのであればな。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 戦闘訓練がお開きとなり、D=3演習場から足早に去っていくアルベリヒ工房長を、俺は手を後ろに組みながら営業スマイルで見送る。

 

 そしてアルベリヒ工房長の姿が見えなくなり、たっぷり二分が経過し、確実にこの近辺に工房長が居ないと確信した所で―――

 

 

 セ―――――――――フ!!!

 

 

 ようやく警戒を解くことが出来た。

 

 ……何とかアルベリヒ工房長に勘付かれずに済んだな。

 

 

 「仕事だ《グング=ニール》」

 

 『A・WnЭҐК』

 

 

 俺の呼ぶ声と共に唐突に何もない空間から現れた赤色の傀儡。コイツが俺専用の戦術殻(パシリ)――《グング=ニール》だ。

 

 

 「予定通り(・・・・・)、今からコントロールルームに行って、さっきの戦闘記録を改竄して来い。出来るな?」

 

 『Ё・Ⅴжёӥа』

 

 「よし行け」

 

 

 俺に命じられたグング=ニールは、フワフワと浮かびながらコントロールルームへと向かっていく。

 俺の戦術殻は、他の戦術殻とは違って戦闘方面ではなく、データ分析処理などといった情報支援方面に改良している。あと雑用。

 そもそも戦闘ではあんまり使わねえし。

 まあ、改良程度でそこまで積極的に特化させている訳ではないが……、記録データの改竄くらいは難なくこなすせるはずだ。

 

 ……いっその事、情報支援方面に特化させてもいいかもしれないな。いくつか改造アイデアもある事だし。

 

 隠蔽工作に向かうグング=ニールを見送りつつ、俺は後ろに組んでいた手を離し、左手を目の前へ掲げ、成果物を確認する。

 

 左拳の側面から伸びた魚の釣り針のような返しのついた小さな針。

 そこには、アルベリヒ工房長の毛根つきの髪の毛が数本絡みついていた。

 

 コレこそが今回の戦闘訓練における最大の目的。

 

 コレをアルベリヒ工房長の頭から毟る為に、わざわざ『パワードアーマー』の稼働テストなんて目的をでっち上げ、至近距離まで近づかれても怪しまれない軍用格闘術のモーションデータを組み上げたのだ。

 そもそもの話、戦闘訓練自体が、そのために仕組んだものだ。

 じゃなければ誰がアルベリヒ工房長なんぞと戦闘訓練なんかするか。

 本当に稼働テストの実戦データが欲しければ、イリスかゲオルグ君に戦闘訓練の相手役を頼むわ。

 

 ……言っておくが、髪の毛を毟ることそのものが目的ではない。

 もしそれが目的なら、数本と言わず、アルベリヒ工房長の髪の毛全部毟ってハゲベルヒにしている。

 

 俺が欲しかったのは、髪の毛の毛根。

 正確に言えば、その細胞から抽出できる遺伝子情報の方だ。

 コイツは自然に抜けた毛からは抽出できんのでな。

 

 本当なら、ほっぺたの内側を綿棒でこする口腔上皮の方が一番確実に結果を出せるんだが……、どれだけ考えてもアルベリヒ工房長に気付かれずに検体を採取する方法が思いつかなかったのだ。

 

 なので次善の策として、戦闘中のどさくさに紛れてアルベリヒ工房長の髪の毛を毟って検体を採取するという方法を選んだのである。

 

 そしてこれこそが、あの腐れ上司を絶望の底へと蹴り落とすための切り札。

 

 アルベリヒ工房長に対するとっておきのジョーカーとなる代物だ。

 

 まあ尤も。それが実現するのはまだまだ先の話。

 

 もっと言えば、遺伝子情報自体は首尾よく手に入ったものの、それ以外にも解決しなければならない問題はまだまだ沢山ある。遺伝子情報からの素体造りに、魂魄の流出問題等々。

 どれもこれも一朝一夕では片付くようなものではない、非常に難しい難題ばかりだ。

 

 

 だがしかし!しかしである!

 

 

 未来でアルベリヒ工房長を絶望の底へと蹴り落とせるという希望があるのならば!!

 

 

 そして絶望の底に沈んだ工房長を煽り倒せるという愉しみがあるのならば!!!

 

 

 そこにどんな壁があろうと、乗り越えて見せようではないかッ!!!!

 

 

 あ、そうそう。

 一応言っておくが、俺がさも私利私欲で計画を練っているように思っているかもしれないが、これは人助けも兼ねている。

 全てが上手くいった暁には、助かる命もあるのだ。

 だからこれは、れっきとした正義の行いなのである。

 よってアルベリヒ工房長を絶望の底へと蹴り落とすのも煽り倒すのも全て、正義の為の致し方無い犠牲なのである。

 よしんば正義の行いが成されなかったとしても、アルベリヒ工房長は絶対に致し方無い犠牲にしてやるので、何の問題もない。

 

 

 





Sウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー Zwei 』――通称『メカゴリラ二号改』

 アーム接合部の補強に加え、西風の旅団から収集したモーションデータにより回避モーションや、各流派の模倣再現が出来るようになったパワードアーマー。
 従来通りの機能も問題なく使用可能。
 ただし、各流派の模倣再現については動きだけしか再現できない為、本家と比べ劣化傾向にある。

 大回転旋風脚(模倣再現):中円・0%で気絶 CP60

 ベアタックル(模倣再現):直線・0%で気絶 CP45



 小ネタ:誰でも出来る!ハンツ主任の(たお)し方!

 「ハンツ主任って、アルベリヒ工房長にソックリだよね~(笑)」

 「」

 死因――憤死



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第十五話 有給休暇は計画的に


 ほのぼの日常回



 

 

 月日は流れ六月中旬。

 当初の予定であった二ヶ月を優に過ぎ、ようやく西風の旅団から帰還の連絡を受け取った俺は、依頼品であるゼノのSウェポン専用武器を引き渡すべく、イリスを連れて、待ち合わせ場所である帝国西部ラマール州北ラングドック峡谷道へ向かっていた。

 

 何でも今はそこを西風の旅団のキャンプ地としているのだとか。

 この間とは違い、黒の工房の本拠地のあるラマール州内での移動なので、導力バスを乗り継いで歓楽都市ラクウェルへと向かい、大衆食堂《デッケン》で早めの昼食を取った後、そこから目的地に向けて北ラングドック峡谷道を徒歩で進んでいく。

 

 そして時刻は一時を過ぎた頃、ようやく峡谷の広がった場所に陣を構える西風の旅団のキャンプ地が見えてきた。

 ただ、遠巻きに見た感じ、アイゼンガルド連峰の時のキャンプ地と比べ、その規模はかなり小さくなっているように思う。

 

 そのまま近づいて行って周辺を警備していた歩哨に挨拶すると、例のごとく話は通っていたらしくすんなりと中へと入れてもらえた。

 歩哨の案内の元、ルトガー・クラウゼル団長がいるテントの場所まで向かう道すがら、それとなく周囲の様子を伺ってみたが、やはりかつてに比べてキャンプ地の団員の数も少なく、キャンプ地内部も、どことなくのんびりとした空気が流れている。

 そしてこの間も見た一際大きいテントの前までたどり着くと、ちょうど休憩時間だったのかテントの外に出て葉巻を吸っていたルトガー・クラウゼル団長と出くわした。

 

 

 「ようハンス!それにイリスの嬢ちゃんも久しぶりだなぁ」

 

 

 近づく俺たちを目敏く見つけたルトガー・クラウゼル団長は、葉巻片手に朗らかに手を挙げた。

 

 

 「お久しぶりです。ルトガー・クラウゼル殿」

 

 「……お久しぶり、です」

 

 「済まねえな。もう少し早く帰ってくるつもりだったんだが、少々向こうで厄介事に巻き込まれてな」 

 

 「いえ、それは大丈夫ですけど……、今日は随分と人が少ないですね?」

 

 「ああ、ほとんどの奴らは大仕事を終えた息抜きにラクウェルで豪遊してるよ。今回の仕事の報酬片手にな。

 ……まあ、文無しになったらそのうち帰ってくるさ」

 

 ……そんな犬みたいな。

 でも、歓楽都市ラクウェルで豪遊かぁ。

 いいなぁ俺もな~、カジノで豪遊したり、キャバでキレイな姉ちゃんたちを侍らせたりしてえな~。

 ドンペリでシャンパンタワー建てたい。工房の金で。

 

 まあともかく、西風の旅団団員のリフレッシュの為に、歓楽都市ラクウェルからほど近い、この北ラングドック峡谷道をキャンプ地に選んだという事は分かった。

 さすがに猟兵という恨みを買いやすい仕事の関係上、ラクウェル内に拠点を構えることは避けたのだろうが。

 

 

 「では、今は西風の旅団の休息日という事で?」

 

 「ああ、ガルシアの所の部隊以外はな。アイツは今仕事でクロスベル方面に行ってるよ」

 

 

 ………これはアレか。ルバーチェのマルコーニ会長に雇われたヤツか?

 

 一応、仕事内容は伏せていたルトガー・クラウゼル団長だったか、原作知識からその仕事内容について、大体の予想は付く。

 

 クロスベル市に拠点を置くマフィア組織・『ルバーチェ商会』のマルコーニが先代を追い落とすべく仕掛けたクーデター。

 そのマルコーニに実行部隊として雇われたのが、西風の旅団のガルシア・ロッシ氏の部隊なのである。

 確かその後、クーデターが成功しルバーチェ商会を手に入れたマルコーニ会長にその優秀さを買われて、彼の率いる部隊ごとルバーチェ商会に引き抜かれたりするのだが、それはともかく。

 

 ……そうかガルシア・ロッシ氏は不在かぁ。来たついでに軍用格闘術の模倣再現について、アドバイスでも貰えたらと思ってたんだが……。居ないなら仕方ねえな。

 

 

 「団長、ゼノを呼んで来たぞ」

 

 「ボンに嬢ちゃん!首を長くして待っとったで~!」

 

 

 ルトガー・クラウゼル氏と世間話をしていると、後ろから声が。

 誰かがゼノを呼んで来てくれたらしい。

 振り返ってみると、今回製作したSウェポン専用武器の使い手となる予定のゼノともう一人、彼を呼んで来てくれたのだろうドレッドヘアーの体格のいい色黒の団員がこちらに歩いてきていた。

 

 

 「助かったぜレオ(・・)

 ……ああ、そうだ。どうせなら自己紹介でもしとくか?

 あの武器(・・・・)だと何かと世話になることもあるだろうからな。

 

 コイツはレオニダス。つい最近入団した期待の新人だよ」

 

 「レオニダスだ。よろしく頼む」

 

 

 ……おお、西風の旅団が大陸中東部に仕事に行くって言ってた時から、何となく予想はしていたが……ついに来たか、《罠使い(トラップマスター)ゼノ》の相方にして、未来の連隊長《破壊獣(ベヒモス)》レオニダス。

 

 大陸中東部の辺境出身だったレオニダスは、七耀石資源に恵まれた故郷を賊や武装商人から守る、戦士の一族に属していたらしい。

 だがある日、七耀石資源を奪い取るべく本気を出した武器商人たちが軍用艇まで持ち出して攻め寄せた際、偶然近くに来ていたルトガー・クラウゼル団長やガルシア・ロッシ氏ら西風の旅団によって撃退されたらしい。

 以来、一族の恩義を生涯かけて返すためにルトガーに忠誠を誓うようになったのだそうだ。

 

 ……個人的には、航空戦力を持たない西風の旅団がどうやって武器商人の軍用艇を撃退できたのか、非常に気になるところである。

 

 

 「これはご丁寧に。私は《黒の工房》のハンスと……こっちがイリス。西風の旅団とは武器の取引をさせてもらっております」

 

 「……イリス、です」

 

 

 ルトガー・クラウゼル団長に勧められとりあえず自己紹介。

 

 いや~ガタイが良いだけあって、真正面に立たれると物凄い威圧感。しかもグラサンまで掛けてるから、傍からみればマフィアの側近にしか見えねえな。イリスも若干腰が引けておるわ。

 

 ちなみにルトガー・クラウゼル団長の言うあの武器とは、レオニダスの武装である、巨大なマシンガントレットのことである。別名――パイルバンカー。

 射出した杭を相手に打ち込む、男のロマン溢れるアレだ。

 個人的には、ロボットアニメで出てくるアレを人の身でぶっ放してくる事に驚愕を禁じ得ない。

 相変わらずこの世界のフィジカルゴリラ共は人間辞めすぎである。

 

 

 「団長~!!そろそろですね~武器の受け取りをですね~?」

 

 「あ~、分かった分かった。早速だが、依頼品の方を見せてもらおうか。ついでにレオも見ていけ」

 

 「ええ、わかりました」

 

 「ああ、了解した」

 

 

 自身の武器を待ちわびているゼノにせっつかれ、さあそろそろ移動しようかという時に、毎度おなじみ、何処から視線が。

 

 周囲を見回すと積まれたコンテナの陰からこちらを覗く銀髪の小柄な少女が一人。

 

 ……現れおったな、フィー・クラウゼル

 

 おそらくは多くの団員がラクウェルに行っている為、暇を持て余していたのだろう彼女の目的は、おそらくこの間仲良く?なったイリスに違いない。

 現にフィー・クラウゼルの視線はイリスの方に向いている。あの日限定の儚い友情にならず何よりである。

 

  

 「あーイリス。取引が終わるまで、フィー・クラウゼル嬢と交流を深めてくるように」

 

 「!わかりました」

 

 

 そうイリスに命じると、イリスはフィー・クラウゼルの元へと駆けていった。

 

 ……相手は西風の旅団団長の養女さんにして、未来の主人公パーティーメンバーである。しっかりゴマを擦っておかなくてはな。

 ……もしかするとこの時に培われた友情が、イリスの工房離脱のきっかけになるやもしれんし。

 

 一応前回の反省も踏まえ、今回イリスにはトランプに、U○O、ジェ○ガに、ツイス○ーといった遊び道具をいくつか持たせている。

 それらを使えば、少なくとも前回のお通夜みたいな交流会にならないだろう。

 

 ちなみにこの世界に元々あったトランプはともかく、何故そのような遊び道具がこの世界に存在するのかといえば、何を隠そう俺が自作したからである。

 

 アルベリヒ工房長への成果提出を何とか手抜きできねえかと思って、前世であったパーティーゲームを幾つか再現してみたのだ。

 ちなみにアルベリヒ工房長には、「こんなモノが工房の利益になるとは到底思えない」と鼻で笑われて全部却下された。クソが。

 

 閑話休題。

 

 イリスをフィー・クラウゼルの接待に行かせ、俺とゼノとレオニダス、そしてルトガー・クラウゼル氏の四人は、《バスターグレイブ》の時にもやった、最終調整をゼノの専用Sウェポンであるスナイパー仕様のブレードライフルに施す為、広場へと向かった。

 

 そしてその広場でスナイパー仕様ブレードライフルをゼノに実際に使用してもらい、その時のデータとゼノが感じた使用感を元に、持ち込んだ機材や道具で細かな調整を施していく。

 

 

 

 そして、大体三十分後。

 

 

 

 「これで最終調整は終了です。お疲れ様でした」

 

 「いや~ボン!最ッ高の出来やで!!ホンマおおきにな!」

 

 「フム……、中々の得物だな」

 

 「ゼノ、それ高かったんだから、しっかり活躍するんだぞー?」

 

 

 特に問題もなくスナイパー仕様のブレードライフルの最終調整は終了。

 使い手であるゼノの様子を見るに、彼も満足する一品に仕上げることが出来たと思って間違いない。

 最終調整の様子を見物していたレオニダスとルトガー・クラウゼル氏からも特に不満は無さそうだ。

 

 

 「では、これでSウェポンの納品は完了したということで。

 何か不具合等がありましたらご連絡下さい」

 

 「ありがとうよ。また何かあったらよろしく頼む」

 

 

 これで今回の専用Sウェポンの発注依頼は完全に終了。

 初めてアルベリヒ工房長の関与が一切無い専用Sウェポンの製作依頼ではあったものの。

 その出来は、工房長のソレと遜色ないほどに仕上げることができたと自負している。

 

 そして四人で雑談を交えつつ、イリスとフィー・クラウゼルを探していると、人だかりの中に二人の後ろ姿が見えた。

 近づいて様子を伺ってみると、どうやらイリスとフィー・クラウゼル、そしてそこらで暇していた団員たちとで、○NOで遊んでいたらしい。

 見た感じ、イリスやフィー・クラウゼルに団員たち含め、充分楽しめているようだ。

 この世界には存在しないパーティーゲームではあったのが、どれもルールが簡単なので、すんなり受け入れてもらえたようである。

 

 ……取り扱い説明書を複数枚入れておいて正解だったな。

 

 そこからルトガー・クラウゼル氏に、ゼノとレオニダス、そして居残り組の他の団員も交え、夕暮れ近くまで様々なパーティーゲームで盛り上がった。

 途中、団長命令(ムチャぶり)で始まった旅団の男共による汚ねえツイ〇ターゲームなんかもあったが。

 

 しかしこれだけ盛り上がれたという事は、この世界でも十分売れる勝算がありそうである。

 

 ……いっそタ○ラ・トミーでも興してやろうか。

 

 だが、これほど売れる可能性を秘めているパーティーゲームの数々を、工房の利益に繋がらないなどという理由でいとも簡単に切り捨てるとは……、アルベリヒ工房長も見る目がない。

 所詮、友達の居ないボッチベリヒにはパーティーゲームの良さなどわからないという事なのだろう。

 

 せっかく他にも○生ゲームやバ○ルドームとかも作ってやったというのに全く……。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それからしばらくはSウェポン部門を管理しつつ、様々な開発研究に勤しんだり、《結社》との連絡役としてパシらされたりと、代わり映えのない日々が続いていた。

 そんなある日、突然アルベリヒ工房長から黒の工房の全員に緊急招集がかかった。

 

 何の前触れもなくかかった緊急招集を受け、俺、イリス、ゲオルグ君が会議室にて待っていると、ドアがスパンと勢いよく開け放たれ、紙束を脇に抱えたアルベリヒ工房長がツカツカと入ってきた。

 

 ……相変わらずドアをノックすることを覚えねえ野郎だな。

 

 アルベリヒ工房長は会議室内を素早く見回し、俺たち全員が揃っている事を確認すると、早速緊急招集をかけた要件を話し出した。

 

 

 「信頼できる筋からの情報だ。

 三日後、各国政府や遊撃士協会、七耀教会共が手を組み、《D∴G教団》の各ロッジ(拠点)を一斉襲撃するらしい」

 

 ……おお、ついに来たか、《D∴G教団》殲滅作戦。

 

 《D∴G教団》殲滅作戦とは、ゼムリア大陸中から大量の幼い子供達を攫って、儀式という名の虐殺を繰り返すマジ〇チ集団である《D∴G教団》を根絶やしにすべく、七耀暦1198年にリベールのチート親父ことカシウス・ブライトの指揮の下、各国政府や軍隊に警察、遊撃士協会、七曜協会などが共同戦線を張り、大陸各地に点在する《教団》の拠点を一斉に襲撃することで、《教団》の殲滅を狙った作戦の事である。

 この殲滅作戦と、それと前後する形で結社《身喰らう蛇》や、七耀教会の暗部組織である《聖杯騎士(グラールリッター)》も教団のロッジ(拠点)を襲撃していった結果、めでたく《D∴G教団》は壊滅し、表舞台から姿を消すことになるのである。(殲滅できたとは言っていない)

 

 

 「……それは、……全く問題無いのでは?」

 

 

 あのド畜生集団がやっと滅びるんやろ?ええやん。

 全くあいつ等やることといったら、ハッキリ言って黒の工房より酷……ひど……やっぱどっちも似たようなモンだったわ! HAHAHA!

 

 まあ冗談はともかく。今であれば本当に問題は無いはずである。

 ちょっと前までなら、そこのアルベリヒ工房長が《教団》から有用な技術を盗み取る為に潜入して、教団幹部の地位にまで登り詰めたりしていた為にかなり問題になったのだろうが。

 それもイソラ・ミルスティンと相討ちになった際に、《教団》の方からも死亡扱いとされてしまった事で、今では教団との繋がり自体も完全に切れてしまっている。

 だからD∴G教団が壊滅して、その内部情報が全て向こうの陣営に差し押さえられようとも、スパイとして潜り込んでいたアルベリヒ工房長、ひいては黒の工房との繋がりを示す証拠は出ないはずだ。

 

 

 「ああ、その通り。あの無能共が消え去る事自体は全く問題ない。

 我々と違い、潜伏するといった考えすら頭にない連中だ。

 どうせ遅かれ早かれこうなっていただろう」

 

 「まあ、そうでしょうね」

 

 

 そのことはアルベリヒ工房長も理解しているらしく、俺の言葉に頷いていた。

 だが、その先の考えは違っていたらしい。

 

 

 「……だが《教団》が無駄に溜め込んだ技術情報。

 それを連中に横取りされるというのは面白くない」

 

 「はあ……。そう、言われましてもですね……」

 

 

 どうやらアルベリヒ工房長は、遊撃士協会や七耀教会を始めとした向こうの陣営に、《教団》の溜め込んだ技術情報が、接収されるというのが気に入らないようだった。

 

 いや、面白くないと言われてもだな……。

 というか横取りされるって、そもそも工房長のモノでもねえだろ……。

 

 

 「そこでだ」

 

 

 そう区切ると、アルベリヒ工房長は脇に抱えていた紙束を会議室のテーブルに大きく広げた。

 俺とイリス、ゲオルグ君の三人でのぞき込めば、その紙束には何処かの施設の図面が描かれていた。

 

 

 「何です、これは?」

 

 「これは《教団》に潜入していた時に入手したロッジの見取り図の原本だ。

 幹部司祭だけが知る、隠し通路も記載されている、な。

 

 我々《黒の工房》はこの見取り図に記載されているルートから教団ロッジ内に潜入、向こうの陣営に接収される前に(・・・・・・・・・・・・・・)D∴G教団の技術情報を奪取する(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 「は?」

 

 

 何をとち狂ったのか、アルベリヒ工房長は自信満々にそう言い切った。

 

 ちょっと待てェ!?これから殲滅作戦が始まろうって時に、《教団》に盗みに入るとか正気かお前!?

 

 

 「少々、少々お待ち下さい、アルベリヒ工房長。

 確かに仰られる通り、遊撃士協会や七耀教会の面々に、《教団》の技術情報を接収されるというのは非常に業腹ではあります。

 しかし、流石にこれから技術情報の奪取に動くのは、あまりに無茶です!」

 

 

 殲滅作戦が三日後という段階まで来ているというのに、今からロッジに潜入して、技術情報を奪取し、離脱しろだと?……怪盗紳士こと《怪盗B(ブルブラン)》でもあるまいし、できる訳ないだろ!

 あまりに時間的猶予が無さすぎるわ!

 

 それに殲滅作戦の開始自体は三日後だろうが、当然襲撃予定の各ロッジには、《教団》の動向を逐一監視する監視要員が張り付いているだろうし、襲撃部隊の配備も徐々に進んでいるはずだ。

 仮に《教団》のロッジ内に上手く潜入したとしても、技術情報の奪取時や脱出で問題が起き、教団員との間で戦闘などになった場合、ほぼ確実に向こうの陣営に気付かれる。

 最悪、殲滅作戦を前倒しにしてロッジ内に突入して来た《襲撃部隊》と《黒の工房》、そして《教団》とで三つ巴の戦いに発展する可能性すらもあるのだ。

 

 

 「殲滅作戦の決行の日にちを抜けばあと二日以内で、しかも状況如何によっては作戦の前倒しという不確定要素がある中で、全ての工程を成し得るというのは―――」

 

 「いいや、違う」

 

 「え?」

 

 「三日ある(・・・・)

 

 「……………は?」

 

 「我々がロッジ内に潜入するのは(・・・・・・・・・・・・・・)、《教団(・・)の殲滅作戦が始まってからだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 何だこのキ○ガイは!!??

 

 

 

 殲滅作戦の襲撃部隊と《教団》がドンパチやってる最中に火事場泥棒しに行くだと!?

 頭オカシイってレベルじゃねぇぞ!?

 

 

 「さ、さすがにそれは、あまりにリスクが高すぎるのでは……?

 第一、その隠し通路は幹部司祭は知っているのでしょう?

 であるならば、ロッジに雪崩込んできた襲撃部隊から逃げてきた《教団》の連中と、隠し通路内で鉢合わせする可能性は十分にあります。

 最悪、追跡してきた襲撃部隊と《教団》とで三つ巴の戦闘になる可能性すらある!」

 

 我等技術者ぞ?

 何でただの技術者が、ル○ン三世もビックリの怪盗ミッション熟さなきゃならんのだ。

 明らかにリスクとリターンが見合ってねえじゃねえか。

 あのカシウス・ブライトの作戦に火事場泥棒しに逝くとかどんな罰ゲームなんだよ。

 

 どうせ碌な情報無いって!

 よしんばあったとしても、あのチート親父の作戦にちょっかいを出すとかいう極大のリスクに、絶対見合わねえって!!

 

 

 「それについては問題無い。

 ロッジの見取り図の原本を入手した際、隠し通路を削除した写本とすり替えておいた。

 長年、ロッジを管理している司祭ならともかく、これから潜入する二箇所のロッジには、他所から異動してきた新しい司祭が就いている。

 奴等がこの隠し通路を知っている可能性は無いだろう。

 それに、仮に隠し通路を知っていたとしても、あの浅ましいとしか言い様のない教義に縋りついている《教団》の奴等の事だ。

 ロッジに襲撃部隊が突入すれば、必ず逃走ではなく、女神エイドスの呪縛からの開放などと宣い、ロッジの総力を挙げての迎撃を選ぶに違いない」

 

 やたらと自信満々にそう言うアルベリヒ工房長。

 

 いや、そうじゃねえよ。

 別に論破しろって言ってんじゃねえんだよ。

 潜入を止めろって言ってんだよ、この石頭がぁ!!!

 後、《教団》の浅ましさに関しては、浅ましさの塊みたいなイシュメルガに縋りついている工房長が言えた義理じゃねえだろうが!!!

 

 というか、アルベリヒ工房長も殲滅作戦の指揮を執ってるのがカシウス・ブライトだってのに、何でそこまで余裕ぶっていられるのだ。

 

 あの《結社》の使徒の第三柱、元祖マッドサイエンティストにしてショ○コン疑惑のある面白…じゃなかった《白面》のワイスマンですらカシウス・ブライトとの対峙を避けたんだぞ。

 総司令官の情報を手に入れてねえのか―――

 

 ―――ってそうか!

 この教団殲滅作戦を以て、カシウス・ブライトは大陸に5人しかいないS級遊撃士に昇格するから、軍人としてはともかく、世間的には遊撃士としてのカシウス・ブライトはまだ無名なままなのか!?クソァ!!!

 

 あかんダメだ。このままではアルベリヒ工房長に押し切られる。

 あれだ。人手だ、人手が足りねえ。

 俺と共に工房長に進言し、この常軌を逸した暴挙を止めることの出来る人手がいる。

 

 とりあえず、イリスは除外だ。

 アルベリヒ工房長がホムンクルス(実験体)であるイリスの進言なぞ、聞くはずもない。

 

 ……それにイリス自身、メモまでとってやる気満々みたいだし……。

 

 となれば――――――。

 その時ちょうど、会議室の一席で気配を極限まで消していたゲオルグ君と目が合った。

 

 

 そうだゲオルグ君! 君の出番だゲオルグ君!

 アルベリヒ工房長に目を付けられないよう、会議中ずっと気配を消していたゲオルグ君!

 

 

 今こそ勇気をその胸に抱いて立ち上がり、愚かな決定を下そうとするブラック上司(アルベリヒ工房長)に対し、共に反旗を翻そうでは…………オイ、ゲオルグ、テメエな~に俺から目線逸らしてんだコラァ。

 

 結局その後、あの手この手で、何とか潜入ミッションを決定を翻意にさせようと試みるものの、一切引く気配の無いアルベリヒ工房長によって、無情にも《D∴G教団》殲滅作戦を隠れ蓑にした《教団》ロッジ潜入ミッションが決定されてしまったのである。……とりあえずゲオルグの野郎は後で覚えてろよ。

 

 

 ……いや待て!まだだ!!まだか細いが希望はある!!!

 俺たちが潜入する教団ロッジが、楽勝な可能性も微粒子レベルで――――

 

 

 「我々が潜入するロッジは二か所、よって二手に分かれる。

 私とゲオルグはミリーズロッジの方へと向かう。

 

 ハンス主任とOz72――イリスは、アルタイルロッジ(・・・・・・・・)へと向かえ」

 

 

 

 

 …………嘘やん

 

 

 

 

 

 





 ほのぼの日常回終了




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第十六話 強盗?いいえ産業スパイです


 アルタイルロッジ潜入ミッション。

 


 

 七耀暦1198年一月深夜。

 カルバート共和国西部アルタイル市近郊にある森林地帯。

 街と街とを結ぶ街道から外れているがゆえに、地元民ですらあまり立ち入ることのない鬱蒼とした森林地帯の、さらに奥深くにひっそりと建てられた石窟寺院跡。

 その近くで岩窟寺院跡の入り口を警戒しながら、隠れ潜むように待機している五人の集団がいた。

 

 

 「現時点で、特に異常はなし。

 どうやら連中に作戦は気付かれてはいないようだな」

 

 「ええ、そのようですね」

 

 

 茂みに隠れつつ、双眼鏡で岩窟寺院跡の出入り口付近を確認していたクロスベル警察の中年捜査官――セルゲイ・ロウの言葉に、傍らの若い男の捜査官である――アリオス・マクレインが同意する。

 

 

 「しっかし共和国領内の犯罪組織の拠点制圧なんて大捕物を、共和国軍ではなく、俺たちクロスベル警察の警察官に任せられるとはな………」

 

 「共和国軍内の一部の将校に教団との繋がりが確認されたからだそうですが……一体どこまで連中の手が伸びているのやら」

 

 

 セルゲイ・ロウのその呟きに、もう一人の若い捜査官――ガイ・バニングスが言葉を続けた。

 

 各国政府や軍隊に警察、遊撃士協会、七曜協会などといった名だたる組織が参加する《D∴G教団》殲滅作戦。

 その一大作戦に、数ある《教団》の拠点の一つとはいえ、宗主国の片割れであるカルバート共和国の軍隊を差し置いて、クロスベル自治州の刑事である彼らが選ばれるという事自体、日々もう一つの宗主国であるエレボニア帝国との軋轢に悩まされている一般のクロスベル民なら自尊心を搔き立てそうではあるが。

 彼らにそういった類の感情は一切ない。

 作戦前のブリーフィングにて、この《D∴G教団》という組織の、あまりに常軌を逸した残虐性を嫌というほどに理解しているがゆえに。

 

 

「お三方、そろそろ時間ですぞ」

 

 

 話していた三人に、壮年の男性二人が声をかける。

 彼らは遊撃士協会から派遣され、セルゲイら三人の突入班が来るまで、岩窟寺院跡を利用する形で作られた《Ð∴G教団》の拠点(ロッジ)――アルタイルロッジの監視をしていたベテランの遊撃士たちだ。

 殲滅作戦が始まれば、彼らが後方支援と、教団員を逃がさないよう入り口に陣取って封鎖線を張る手はずとなっている。

 

 

 「女神(エイドス)の加護を。気を付けてな」

 

 「外は任せい。『支える籠手』に懸けて、何人たりとも《教団》の悪鬼羅刹共を逃がしはせん」

 

 「ええ、よろしくお願いします。女神(エイドス)の加護を」

 

 

 二人の遊撃士と言葉を交わしたセルゲイは、これから突入する部下(戦友)であるアリオス、ガイを見やる。

 そのセルゲイの視線に対し、二人は力強く頷いた。

 

 

 「よし!未成年児拉致監禁並び暴行の容疑で、これより《Ð∴G教団》アルタイルロッジの強制捜査を開始する!

 いくぞ!!セルゲイ班!!」

 

 「おう!」

 

 「承知……!」

 

 

 そして五人の男たちは、無尽蔵に悲劇を量産する《Ð∴G教団》に終止符を打つべく、アルタイルロッジへと突入していった。

 

 

 …………遥か上空にて、月の無い夜空と同化しながら、彼らを見下ろす一人の少女と異形の傀儡に気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンスside

 

 

 

 『こちらイ……β(ベータ)、襲撃部隊のアルタイルロッジ突入を確認しました……ヘクチッ

 

 「こちらα(アルファ)了解、潜入ミッションを開始する。β(ベータ)はこのまま合流地点C-12へと移動せよ」

 

 『こちらβ、了解しました……クチュン

 

 

 上空から光学迷彩を使って姿を消しながら突入班を監視していたβ(ベータ)ことイリスからの連絡を聞き終え、(アルファ)は無線を切った。

 

 ……イリスには、襲撃部隊―――特にあの中に居るとびっきりのヤベー奴に気配を探知されないよう、なるべく高高度から監視するように言っておいたんだが……さすがに真冬の空は寒すぎたか。

 なるべく暖かい恰好をさせていたのだがな……。

 

 まあイリスは先の襲撃部隊の監視任務を完了したら、後は先に決めておいた合流地点で待機しておくように『命令』しているから大丈夫だろう。

 

 ……何ならこの潜入ミッションが無事に終わったら、どっかの町で温かい飯でも奢ってやってもいいか。(工房の金)

 

 

 さて。アルベリヒ工房長より命令が下った、リベールのチート親父ことカシウス・ブライトが総指揮を執る《D∴G》教団殲滅作戦、その真っ最中に《教団》の拠点の一つであるアルタイルロッジに忍び込み、襲撃部隊と《教団》の狂信者共がドンパチやってる中を搔い潜りながら《教団》の有する技術情報を奪取してこいとか言う、控えめに言って頭おかしいんじゃないかと思うような今回の潜入ミッション。

 おまけに潜入ミッション自体三日前に急遽決まったものである為、潜入する為の下調べなどといった事を行なっていないという杜撰さである。

 潜入先ですらこの手抜きっぷりなのだから、当然襲撃部隊の情報など調べている訳もない。

 結局、今回の潜入ミッションで役立ちそうなモノと言えば、数年前にアルベリヒ工房長が《教団》の幹部司祭として活動していた時にパクッてきたロッジの見取り図と、それに記載されている隠し通路の情報くらいである。

 ちなみに、当たり前の話であるが、数年前の見取り図である為、新しく拡張された部分や封鎖された部分など載っているはずもなく、そもそも今現在も正しく見取り図として機能しているかどうかすらも定かではない。

 それで教団のロッジに潜入してこいとか言うのだから、もはや無茶無謀を通り越して、新手の自殺か何かだろう。

 気分はさながら、ひのきのぼうを持たされて魔王を倒して来いと言われる勇者の気分である。

 ……いやまあ立場的には勇者側ではなく魔王側だったりするのだが。

 

 全く……、アルベリヒ工房長が……というより《黒の工房》がもっと早く《D∴G》教団殲滅作戦の情報を掴めていたのであれば、もっとまともな潜入計画を練ることが出来たのだろうが……。

 

 ……いや、むしろこの辺りは、事ここに至るまで黒の工房の情報網すらも欺いて、殲滅作戦に関する情報を秘匿しきったカシウス・ブライトの――ひいては《遊撃士協会(ブレイザーギルド)》の方が一枚上手だったという事か。

 

 まあ、そこまで情報の秘匿に気を遣っていた理由も、こちら(黒の工房)を警戒していたとかではなく、《教団》で運営していた《楽園》とかいう名の強制売春所で弱みを握られたクッソ情けねえペ○フィリア権力者も含め、いたる所に存在する《教団》のシンパ共に、殲滅作戦の動きを悟られないようにしていたからだろうが。

 

 だがそれにしても、ここまでカシウス・ブライトと《遊撃士協会(ブレイザーギルド)》に情報戦で惨敗しておいてなお、教団の有する技術情報を諦め切れず潜入ミッションを強行しようとするあたり、流石はアルベリヒ工房長といった所である。頭おかしいんか?おかしかったわ。

 

 だがまあ事ここに至っては、もう割り切るしかない。

 幸い、潜入装備に関しては俺の研究品から幾つか見繕うことが出来たし、見取り図以外の情報が皆無のアルタイルロッジの方も、そのロッジに突入する襲撃部隊の情報の方も、非常に、非・常〜に残念ながら原作知識から多少は補完することができる。 

 

 え?情報を補完できるのに何でそんなに嫌そうなんだって?

 ……世の中には知らない方が良かったという事もあるんだよ。

 

 さて、では今回の潜入ミッションの舞台となるアルタイルロッジやその他の事についておさらいしておこう。

 

 数百年前に鍾乳洞に造られた石窟寺院跡。

 その寺院跡を《Ð∴G教団》が改修、《儀式》という名の人体実験を行う拠点として利用しているのがこのアルタイルロッジだ。

 元々が自然の鍾乳洞を利用しているだけあって、内部は迷路のように入り組んでおり、そこに侵入者用のトラップに、《教団》に飼いならされた魔獣、そして死ぬことを厭わない狂信者共が待ち構えている。

 

 一応、アルベリヒ工房長から齎されたアルタイルロッジの見取り図と原作知識により、ロッジ内部の詳しい構造とトラップが仕掛けられていそうな箇所に関しては見当はついているが、ロッジ内を徘徊する魔獣と狂信者共については見つからないよう注意しておく必要がある。

 とはいえ、魔獣と狂信者に関してはそこまで心配していない。

 おそらくこの両者は、アルタイルロッジ制圧の為に突入してくる襲撃部隊の方に掛かり切りになるだろうからな。

 

 というかハッキリ言って、このアルタイルロッジ潜入ミッションにおける最大の障害は《教団》側の魔獣や狂信者などではない。

 このアルタイルロッジに突入してくる襲撃部隊―――クロスベル自治州クロスベル警察の『セルゲイ班』の方である。

 

 『搦め手』の異名を持ち、のちにその手腕を以て主人公が属する特務支援課を設立するベテラン刑事のセルゲイ・ロウ。

 原作主人公ロイド・バニングスの兄貴であり、エロい巨乳の姉ちゃんと婚約中という死亡フラグ満載の優秀な捜査官のガイ・バニングス。

 そしてさっき襲撃部隊の中に居ると言った、とびっきりのヤベー奴。

 『八葉一刀流』の二の型《疾風》の免許皆伝を受けた、のちの《風の剣聖》アリオス・マクレイン。

 

 三人だけの部署であるにも拘わらず捜査一課以上の実績を叩き出し、《D∴G教団》殲滅作戦に抜擢されるほどの優秀なチームであり、今回のミッションにおいて最も警戒すべき連中である。

この『セルゲイ班』にだけは見つからないよう細心の注意を払わなければならん。

 

 特にアリオス・マクレインとは絶対遭遇してはならない。

 『八葉一刀流』というエリートゴリラ共を輩出し続けた流派の免許皆伝の証である《剣聖(もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな)》。

 その名を未来で授かることが確定しているマジモンの怪物なのである。

 アリオス・マクレインがいつ《剣聖(チート)》の名を授かったのかは定かではないが、それでも未来でその証を授かる以上、現時点でもかなりの技量を兼ね備えているのは確実。

 普通に考えて、ただの技術者(人類)がマトモに戦って勝てる相手ではないのは言うまでもない。

 

 ……コイツらがいるから、俺はアルタイルロッジになんぞ来たくなかったんだ。

 できる事ならアルベリヒ工房長とゲオルグ君が担当するミリーズロッジを担当したかったよ……。

 ミリーズロッジの場所も何も知らんが、少なくとも三連ゴリラが屯するこの場所よりは絶対マシだろうからな。

 

 一応万が一見つかった時に、己の素性がバレないように用意した保険(・・)もあるが……、使わないに越したことはない。

 

 ああそれと、このアルタイルロッジにはもう一人、非常に重要な人物(・・・・・・・・)が実験体として《教団》に囚われているのだが……そちらに関してはあまり気にしなくていい。

 どうせ、『セルゲイ班』の連中が救出するだろうからな。

 

 さて、そろそろ突入した襲撃部隊『セルゲイ班』と《教団》の狂信者共が戦端を開いた頃合いだろう。

 こちらも仕事(潜入ミッション)を始めるとしよう。

 今俺が居る場所は、おそらくは幹部司祭の逃走用に作られたと思われる、アルタイルロッジにいくつか存在する隠し通路の一つにいる。

 目の前の壁一枚隔てて向こう側がアルタイルロッジとなる。

 

 とある(・・・)《組織》の下っ端兵士に賄賂(工房の金)を渡して借りてきたヘルムと大剣を装備し、とある(・・・)《組織》のプロテクターを真似て赤く塗った(・・・・・)『パワードアーマー Zwei 』――通称『メカゴリラ二号改』の調子を確認する。

 

 そして準備を整え、通路の壁にあったレバーを押し倒す。

 すると鈍い音と共に通路とロッジを隔てていた壁が横へとスライドし道が出来た。

 

 ……さあ、ここから先に進めばもう後戻りはできん。

 後は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

  

 隠し通路の先へと踏み込むと、どうやら倉庫として使われているらしい周囲に物資の入った木箱やコンテナなどが積み上がった場所に出た。

 その障害物たちの間をすり抜けて通路方面へと向かい、慎重に様子を伺ってみるが人影は無い。

 

 だが耳をすませば、遠くから銃声や怒号、そして魔獣の雄叫びといった戦闘音が鍾乳洞内に反響しながら聞こえてくる。

 

 ……予想通り《教団》の魔獣と狂信者のほとんどは襲撃部隊の『セルゲイ班』の迎撃に向かったようだな。そのまま俺がミッションを終えるまで争っておいてくれよ……。

 

 そのまま俺は音を立てずに目的地に向けてアルタイルロッジの通路を駆けていく。

 

 このアルタイルロッジは上層、中層、下層、そして最下層と分かれており、隠し通路は中層、下層、最下層に一つづつ存在している。

 今俺が出てきたのは中層にある隠し通路。

 そして目的地は下層にある《情報保管庫》となる。

 アルベリヒ工房長曰く、ここにロッジの技術情報が集積されているらしく、ここのデータを全て奪取することが今回の潜入ミッションの目的となる。

 下層にある《情報保管庫》に向かうのであれば、わざわざ中層にある隠し通路を使わずとも、同じ下層にある隠し通路を使う方が良いと思うかもしれないが、下層にある隠し通路の出入り口と《情報保管庫》の場所が、ちょうど東側と西側の端というほぼ真反対に位置している為、もしそちらを使うのであれば、おそらく一番教団員が詰めているであろう中央付近を横切らなければならないのだ。

 それならば《情報保管庫》と同じ西側にある中層にある隠し通路を使った方が、多少道中の距離が長くなろうとも発見されるリスクを抑えることが出来る。

  

 迷路のような複雑な内部構造をしているアルタイルロッジ内を、事前にアルベリヒ工房長から齎された見取り図と原作知識を思い出しながら音もなく駆け抜け、途中バタバタと慌ただしく駆け回っている教団員や魔獣共を物陰に隠れてやり過ごしていく。

 そして何とか誰にも見つからずに目的の部屋―――《情報保管庫》に到着することが出来た。

 

 中に居るのは三名か……。

 

 入り口のドアを僅かに開けて中の様子を確認すれば、三人の教団員たちが中で慌ただしく作業をしていた。

 おそらくは侵入者を抑えきれなかった時の為に、技術情報を含めた研究データの持ち逃げする準備をしているだろう。

 

 ……その業務、俺が引き継いでやろう。

 

 刑事ドラマのようなドアを蹴破るといった仰々しい真似はせず、普通にドアを開いて中に入る。

 突然開いたドアに中に居た者たちは、誰か他の教団員が入ってきたのかとこちらに視線を向け――

 

 

 「「「なっ!?」」」

 

 

 顔をヘルムで覆い、赤色のプロテクター(・・・・・・・・)を身に纏った予想外の不審者に思考が硬直しているようだった。

 もちろんデータの持ち逃げ準備をしていることからして、彼らも侵入者の存在は当然知っていたのだろうが。

 まださほど時間も経っておらず、未だ喧騒か遠くに聞こえるような段階で下層に近いこの場所まで踏破してくる者が居るとは想定外だったのだろう。

 それでも硬直したのは一瞬。

 一部の教団員たちは再起動を果たすと、行動を起こそうと動き出すが―――

 

 

 「遅え」

 

 

 未だ事態飲み込めず固まっている者、こちらを敵と見做して動こうとする者まとめて、部屋の中に居た教団員を一人づつ丁寧にサプレッサー付きの導力銃で撃ち抜いていく。

 そして三発の小さな発砲音から少し遅れて、三人の教団員が床へと崩れ落ちた。

 

 言っておくが殺してはいない。

 対フィジカルゴリラ(主人公陣営)用に開発中の麻酔弾で痺れて動けなくなっているだけだ。

  

 あのフィジカルゴリラでも最低一時間は動けなくなるよう性能を強化した特別性である。

 狂信者といってもただの人間が食らえば三日は動けなくなるだろう。

 後で突入班に逮捕ついでに救出してもらうといい。

 

 

 「仕事だ、《グング=ニール》」

 

 『A・WnЭҐК』

 

 「ここのサーバーのデータ全てをコピーしろ。

 いいか?データはコピーするだけで削除するなよ。

 教団員共の犯行記録を消す必要はない」

 

 『Ё・Ⅴжёӥа』

 

 「よし、かかれ」

 

 

 部屋の中に居た教団員を行動不能にすると俺専用の戦術殻――《グング=ニール》を呼び出し、データの収集を命じる。 

 他の戦術殻とは違って戦闘方面ではなく、データ分析処理などといった情報支援方面に改良しているアイツに任せておけば、サーバー内に保存されている電子データの接収は問題ないだろう。

 

 俺の命令を理解した《グング=ニール》が情報端末にアクセスして作業を始めるのを見届けると、先ほど導力銃で撃ち抜いた教団員共をうつ伏せに転がして手足を結束バンドで締め上げていく。 

 

 結束バンドマジ便利。さすが国によっては手錠代わりに使われるだけはある。

 

 そして教団員共の懐を漁り、所持していた戦術オーブメントを片端から踏み壊していく。 

 

 いくら麻酔弾が効いているとはいえ、キ〇ガイ共に武器なんぞを持たせたままにしておく訳がない。

 そして……やっぱり持ってやがったか(・・・・・・・・・・・・)

 

 予想通り、教団員全員が懐に忍ばせていた蒼の錠剤(・・・・)が入ったビンも確実に没収していく。

 

 これこそが《D∴G教団》を《D∴G教団》たらしめている薬物―――軌跡シリーズきっての害悪植物である『プレロマ草』を主原料として製造された《グノーシス(真なる叡智)》である。

 

 服用すると脳の無意識的な制限が外れ、超人的な身体能力を発現することが出来、その他にも体質や摂取量によって様々な効果を発揮する《グノーシス(真なる叡智)》。

 これを、《D∴G教団》は非人道的な人体実験を行う上で、必ずと言って良いほどに実験に使用してきた。 

 その裏には喪われた幻の至宝を再現せんと暗躍する錬金術師一族の壮大な野望があったりするのだが、それはともかく。

 とりあえずこれは全て没収させてもらう。摂取して暴れられても敵わんのでな。

 

 ……それに個人的に、この《グノーシス(真なる叡智)》には色々思うところがあるしな。

 

 ここまでやってようやく、教団員共の完全な無力化が完了するのである。

 普通ならここまでせずにボコればいいだけの話なのだが、ここでしばらく作業をしなければならんからな。

 

 

 「グハッ!?」

 

 

 念の為に、出入り口近くにいた教団員の一人をドアの前に蹴り転がしてバリケード代わりにしておく。

 

 さて、電子データ関連は《グング=ニール》に任せるとして……、俺は紙媒体に記録された技術情報を接収していくとしようか。

 部屋にあった机の上に持ってきた撮影機器を設置し、ズラリと並んだ資料棚にある資料を片端から手に取って、その設置した撮影機器の前でページの全体が映るように気をつけながらパラパラとめくっていく。

 こうすることでクソ重い紙媒体の資料全部を持っていかずとも、記録された技術情報を持ち出すことが出来るのだ。

 まあその分、分析は死ぬほど面倒くさいが、後でゲオルグ君がやっといてくれるだろう。(上司命令)

 

 よしよし順調順調。

 この後は奪取した情報を持って速やかに来た道を戻り、侵入する時に使った中層の隠し通路から離脱すれば任務完了だ。

 

 

 ガハハ、勝ったな。

 

 

 

 

 

 

 

 一時間半後

 

 

 

 何で!紙媒体で記録された技術情報が!!こんなにも多いんだ!!!

 

 

 

 途中までは上手くいっていた技術情報の接収。

 だがそれは《教団》が想像以上に技術情報を紙媒体で保管していたことによって、予想外に時間が掛かっていた。

 まさか大半の技術情報をサーバーじゃなくて、紙媒体で保管してやがったとは……。これだからアナログ共は。

 俺が盗みやすいように全て電子データで管理しとけってんだ!

 

 途中からは目ぼしい技術情報のみを抜粋し、一足先に作業を終えた《グング=ニール》にも手伝わせて技術情報を収集していくが、それでも全ての作業を終える頃には、当初の想定していた時間を大幅に超過していた。

 

 クソが!時間をかけ過ぎた!

 

 全ての資料を録画し終えた撮影機器を回収し素早く撤収準備を整えると、足早に部屋の出入り口へと向かう。

 

 

 「どけ!」

 

 「ごぼあッ!?」

 

 

 なにドアの前に寝転がってんだ。通行の邪魔だろうが!

 

 ドアを塞いでいた教団員を蹴り退かし《情報保管庫》から出ると、潜入時は遠くに聞こえていた戦いの喧噪が、いつの間にかかなり近くで聞こえるようになっていた。

 

 予想以上にセルゲイ班の制圧速度が早いな……。

 ……中層の隠し通路を使うのは危険か?

 

 先ほど潜入に使った中層にある隠し通路から脱出するには、来た道を引き返す必要がある。

 つまりはあの『セルゲイ班』と《教団》の狂信者共が戦闘を繰り広げているであろう場所に近づいていく形になるのだ。

 最悪、向かっている途中で『セルゲイ班』と鉢合わせしかねない。

 

 仕方ない……、脱出は下層にある隠し通路を使うか……。

 

 

 「こちらα(アルファ)、合流地点変更。C-36へと向かえ」

 

 『こちらβ(ベータ)、了解です』

 

 

 通路を駆け抜けながらイリスに無線で連絡を入れ、合流地点の変更を伝える。

 

 先ほども言った通り、《情報保管庫》のあるこの場所から下層にある隠し通路の場所に向かうには、一番教団員が詰めているであろう中央付近を横切る必要はあるが……、三連ゴリラと鉢合わせするよりはマシである。

 

 いや、データは全て回収し残るは脱出のみである以上、もう隠密に気を配る必要もないか?

 下層の隠し通路まで《教団》の連中を振り切りながら最短ルートを突っ切るという手も―――

 

 などと考えながら移動していると、通路の曲り角で何かを抱えたハゲ教団員とバッタリ出くわしてしまった。

 

 

 「な!?もうこんなところまで―――」

 

 「やかましい!!」

 

 「がべッ!?」

 

 

 人が考え事をしている最中にギャーギャー騒ぐんじゃねえ!

 

 何かを喚いていたハゲを無視して、大剣の峰でぶん殴る。

 ハワードアーマーのパワーアシスト機能によって巨大な鈍器と化した大剣はハゲ教団員の顔面にめり込み、鼻血や砕けた歯を周囲に撒き散らしながらぶっ倒れた。

 その途中、ハゲ教団員が抱えていた何かを取り落とし、力無く床へと転がる。

 その何かとはモノではなく人。

 頭にヘッドギアのような装置を付けられ、小さな呻き声を上げて、グッタリしている幼い少女だった。

 

 ……………あれ?コイツもしかしてティオ・プラトーじゃね?

 

 その容姿は原作よりも幼いものの、のちに主人公が率いる特務支援課の一員となるティオ・プラトーで間違いない。

 ちなみに。先ほど言っていたアルタイルロッジに実験体として囚われている非常に重要な人物というのが彼女のことだ。

 

 アレ?何でティオ・プラトーがこんなところに居るんだ?

 いや、アルタイルロッジに居るのは分かってたが。

上層にある精神感応装置の近くでガイ・バニングスに救出されたんじゃなかったか?

 ゲーム内で言っていた気が…………ん?あれは精神感応装置にティオ・プラトーがかけられていたっていう説明だけだったけ?……やっべ覚えてねえ。

 今この時この場所にティオ・プラトーが居る。そのことが正史なのか、それとも何らかのバタフライエフェクトによるものか判断が付かん。全く―――

 

 

 「このクソ忙しい時に厄介事をデリバリーしてきやがって、このハゲ!!」

 

 「ぐはッ!?」

 

 

 腹立ち紛れにハゲ教団員にサプレッサー付きの導力銃で麻痺弾をブチ込みつつ、急に降って湧いてきたこの問題にどう対処するかを考える。

 

 多分このまま放置しておいても、いずれ『セルゲイ班』に救出されるだろうし、問題無いだろうが……。

 

 でもなあ……さすがに未来の特務支援課の情報処理部門を担当の彼女をこんなハゲと一緒に置き去りにするのもなあ。……なんかハゲが移りそうだし。

 というか……ティオ・プラトーほとんど身動きしてねえけど……死んだりとかしてねえよな?

 

 

 「あー、嬢ちゃん?大丈夫かね?」

 

 

 とりあえずグッタリとしたティオ・プラトーを助け起こそうと、俺が彼女に触れたその瞬間(・・・・・・・・・・・・)―――

 

 

 「あ、あああああああああああああ!!??」

 

  

 ティオ・プラトーは人間の喉から発せられたとは思えないような絶叫を上げながら、頭を抱えて苦しみ始めた。

 

 何だ!?どうした!?どうなってんだ!?何故突然苦しみだした!?

 

 苦悶の表情を浮かべるティオ・プラトー。

 

 あれか?もしかして感応能力で、俺の中にある繋がりからイシュメルガの悪意でも読み取ったとかか!?

 

 ティオ・プラトーは《D∴G教団》に拉致されて以来、薬剤投与や精神操作などといったあらゆる人体実験を受けた結果、常人を遥かに凌ぐ感応能力を身に着けてしまっている。

 人の気付かない音や導力波の流れ、属性の気配、生物の感情や心の揺らぎの機微まで。

 そんな彼女だからこそ、イシュメルガと地精(グノーム)の間にある従属支配の繋がりから、イシュメルガの悪意を読み取ってしまった可能性も否定出来ない。

 

 やべえよやべえよ!この場合どうすりゃ良いんだ一体!?

 誰かー!?お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!?

 

 すると天が願いを聞き届けたのか、少女の悲鳴を聞きつけて全速力でこちら駆け寄ってくる二人の人影が。

 

 

 「「その娘から今すぐ離れろ!!」」

 

 

 それはショットガンを構えたセルゲイ・ロウ課長に、トンファーを携えたガイ・バニングス捜査官であった。

 

 

 

 

 お医者様は呼んだが、お巡りさんは呼んでねええええ!!!

 

 

 

 

 

 





ハンス主任の化けの皮が剝がれてきました。





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第十七話 ボールは蹴るモノ


 感想、誤字報告いつもありがとうございます!

 今回は少し短め

 


 

 我らが黒の工房のブラック上司であるアルベリヒ工房長の無茶ぶりから端を発したアルタイルロッジ潜入ミッション。

 当初想定していた時間を大幅に超過してしまったものの、潜入ミッションの目的である《D∴G教団》の技術情報を何とか奪取し、残るは下層にある隠し通路から脱出するのみという段階で運悪く出くわしたハゲ教団員。

 そのハゲ教団員を悪気なくブチのめすと、何故か未来の特務支援課の一員である少女―――ティオ・プラトーがドロップした。

 そしてこれまた何故か俺が触れたとたん突然苦しみだしたティオ・プラトー。

 その悲鳴を聞きつけて『セルゲイ班』の面々―――セルゲイ・ロウ課長にガイ・バニングス捜査官が駆けつけてきたのである。

 今、周囲を取り巻く状況は混沌としているが、少なくとも確実に分かることがある。

 

 『セルゲイ班』と激突不可避だということがな!!!

 

 人間の喉から発せられたとは思えないような少女の悲鳴を聞き、『セルゲイ班』の面々が駆け付けてみると、そこには苦悶の表情を浮かべる少女と、傍らに佇む赤いプロテクターを身にまとった不審人物が。

 

 どう考えても事案ですね!ありがとうございます!!

 

 こちらに全速力で駆け寄ってくるショットガンを構えたセルゲイ・ロウ課長に、トンファーを携えたガイ・バニングス捜査官が鬼の形相をしていることからも、もはや話が通じるような段階ではないことが分かる。

 ……いやまあそもそもの話、話し合いができたところでアルタイルロッジに火事場泥棒しに来たような奴を彼らが逃がしてくれる訳もないのだが。

 

 クソが。間の悪いポリ公共め……。

 ……いや、ティオ・プラトーは『セルゲイ班』に救出されるのが正史だから、間が悪かったのは俺の方か?

 

 まあともかく、このままでは『セルゲイ班』の連中と戦う事になるのは確実。

 それで得をするのは、《教団》の面々である。

 奴等からすれば敵同士が勝手に潰し合ってくれるのだから。

 あのド畜生共が利するようなことだけは避けなければならない。後俺がフィジカルゴリラ共の相手をしたくない。

 何か戦闘を回避できるような、起死回生の一手は………。

 

 その時、視界の端にとあるモノが目についた。

 それはティオ・プラトーをデリバリーしてきたことによってこの厄介な状況を作り上げた元凶。

 先ほど俺が大剣の峰で殴り飛ばし麻痺弾をブチ込んだことによって、ピクピクと痙攣して床に這いつくばっているハゲ教団員である。

 

 おお!ハゲ!!良い所にいたなハゲ!!!

 

 

 なあハゲ!早速だが今からサッカーをしようぜハゲ!!!

 

 

 ボ ー ル は お 前 だ

 

 

 「オラァッ!逝ってこい!!!」

 

 「ぶるぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

 戦闘用強化外骨格『パワードアーマーZwei』――通称『メカゴリラ二号改』の脚部出力を全開にして、床に這いつくばっているハゲ教団員を、こちらに走り寄ってくる『セルゲイ班』の連中に向けて、全力で蹴り飛ばす(シュート)

 

 

 「うおッ!?」

 

 「グッ!?」

 

 

 パワードアーマーが生み出す規格外の出力によって蹴り飛ばされたことにより、まるで弾丸のように打ち出されたハゲ教団員は、たたらを踏みながらもその場で身構えてしまってしまったセルゲイ・ロウ課長にガイ・バニングス捜査官の両方を巻き込みながら通路の奥へと消えていった。

 

 ………よし!これで『セルゲイ班』との戦闘は回避できたな!

 

 あの二人も飛んできたハゲ教団員を躱すことくらいは出来たはずだろうが……、咄嗟に受け止めてしまったのだろう。

 たとえ犯罪者であっても警察官として見殺しにはしない。

 まさしく正義の心を体現する、警官の鑑というべき素晴らしい行動といえるだろう。

 是非ともその心を忘れずにいてもらいたいものである。

 君たちの勇気ある行動で大怪我を免れたハゲ教団員も喜んでいるに違いない。

 ……まあ蹴った時の音からして確実に肋骨の何本かは折れているだろうが……大丈夫だ。人間の骨の数は206個もある。

 

 さて、どうせ『セルゲイ班』の連中もすぐに戻ってくるだろうし、とっとと退散するとしよう。

 その前に―――

 

 

 「さっきはすまんな、嬢ちゃん……。

 とりあえず、すぐにポリ公―――じゃなかった警察官の人たちが駆けつけてくれるだろうから、彼らにここから連れ出してもらうといい」

 

 

 グッタリとしているティオ・プラトーの前にしゃがんでそう話しかける。……まあさっきの様子からして聞こえてはいないだろうが。

 さっき俺が不用意に触れてしまったことで、彼女を苦しませた癖して、その後始末を『セルゲイ班』に丸投げするのは自分でもどうかと思うが。……まさか黒の工房(地獄)に連れて行くわけにもいかんしなあ。

 何とか頑張ってほしい。

 ティオ・プラトーにそう言い残し、俺は後ろめたさを感じながら『セルゲイ班』の連中が戻ってくる前に全力でこの場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇セルゲイside

 

 

 

 「クッ、逃がしたかッ!」

 

 

 赤いプロテクターを身に着けた男を取り逃がしてしまった事に悪態をつくガイを尻目に、俺はあの男が置き去りにしていったグッタリとしている青い髪の少女の容態を素早く確認する。

 

 

 「……セルゲイ課長、その娘の様子は?」

 

 「……一応脈拍と呼吸は安定しているが……これ以上は何とも言えん」

 

 

 現状出来うる範囲での確認をしてみたが……不安は拭えん。

 ……あの悲痛な悲鳴を聞いてしまった以上、実際のところはどうなっているか……。

 

 

 すぐさま気持ちを切り替えてこの娘の容態を聞いてくるガイにそう返してやる。

 

 

 「ともかく俺は一旦引き返して、この娘を入口で待機中の遊撃士たちに預けてくる」

 

 

 何にせよこの地獄から連れ出してやることの方が先決だろう。

 本当ならすぐにでもウルスラ医科大学に連れて行ってやりたいところではあるがな。

 

 

 「オレも同行しましょうか?」

 

 

 青い髪の少女を抱き上げる俺にガイは同行を申し出てくれた。

 確かに少女を抱えていることで得物であるショットガンを構えられない為、ガイに道中を護衛してもらえれば心強くはある。だが……。

 

「いや、ガイは引き続きロッジの制圧と拉致被害者の捜索に当たってくれ。

 この娘以外の生存者も、一刻も早く救い出してやらんとならんからな。

 なに、もし道中で《教団》の連中に遭遇したら入口まで走って逃げるさ」

 

 「そういう事であれば、了解です」

 

 

 ガイの申し出はありがたいが、今は一人でも多くの生存者を救う為に人員を割くほうが先決だ。

 今までは全て空振りだったが……まだ、まだ他にもこの娘以外に生存者がいるはずだ。必ず居るに違いない……。

 

 

 「課長、お気をつけて」

 

 「ああ、お前の方もな。

 ……さっきの赤いプロテクターの男には気をつけろ。

 何をするか分からん」

 

 

 「ええ、もう遅れは取りませんよ。

 それに―――先に進めば(・・・・・)別ルートで進行中のアリオス(・・・・・・・・・・・・・)とも合流できるはずです(・・・・・・・・・・・)

 

 「フッ、そうか」

 

 

 自信満々に言うガイに思わず笑みを漏らす。

 確かに、クロスベル警察若手最強コンビと謳われたガイとアリオスならば、《教団》の連中や赤いプロテクターの男などに遅れは取らんか。

 そうしてガイと別れ、俺は青い髪の少女を抱え、なるべく揺らさないよう注意を払いながら来た道を小走りで戻っていく。

  

 その道中、ふと脳裏によぎったのは、先ほど話題にも出た赤いプロテクターの男だった。

 

 この少女の悲鳴を聞いて駆けつけると、少女の傍に佇んでいでいたその男は、こちらに気付いた瞬間、味方であるはずの教団員をゴミのように蹴り飛ばしてこちらへの妨害を図り、その隙に逃げ去っていった。

 だが。

 先ほどは少女の悲痛な悲鳴を聞いた直後という事もあり、思わず感情的になってしまっていたが……今冷静に思い返してみれば、おかしな点がいくつもあった。

 

 自分たちが駆けつけた頃には既に教団員は倒れ伏していたという状況。

 そしてその倒れ伏していた教団員を容赦なく蹴り飛ばして遠距離武器の代わりにするという、とても同じ組織に属していると思えない行為。

 そして時間稼ぎを成功させたにもかかわらず、わざわざここまで連れてきたであろう少女を置き去りにして逃走するという不自然な行動。

 

 一応、途中で仲間割れを起こした、逃走の邪魔になるから置いて行ったなど、理由をつけようと思えばいくらでも付けられはする。……だが、もしかして。

 もしかすると―――

 

 

 「……あの赤いプロテクター男と《教団》とは敵対関係にあるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ハンスside

 

 

 

 『セルゲイ班』との戦闘をハゲ教団員の献身によって何とか回避し、ティオ・プラトーの救出を『セルゲイ班』に丸投げそのまま置き去りにしてきた俺は、アルタイルロッジから脱出すべく全速力でロッジの通路を駆けていた。

 

 さっきは予期せぬトラブルに見舞われたものの、相変わらず下層にある隠し通路から脱出するという方針に変化はない。

 むしろ『セルゲイ班』の連中が来たことで、中層にある隠し通路からの脱出をスッパリ諦めれて良かったまである。

 

 ……しかし、逃走できたからこそ良かったものの、まさかあんなタイミングで『セルゲイ班』の連中と出くわすことになるとは。

 ……いや、おそらく史実ではあのハゲ教団員をぶっ飛ばしてティオ・プラトーを救出したのが『セルゲイ班』の連中だったことを考えれば、俺が『セルゲイ班』に出くわしたというより、『セルゲイ班』が俺に出くわしたと言った方が正しいか。

 そう考えれば、ちょっと余計な事をしてしまったのかもしれん。

 

 ……いやいや、元はといえば、俺が考え事をしている最中に、不用意に視界に入ってきたハゲ教団員が悪いのだ。

 通路の隅っこの方でコソコソしてれば、麻酔弾ぶち込むくらいで勘弁しといてやったものを。

 全く、これだからハゲは……。

 

 そんな事を考えているうちに、この逃走劇の終演が見えてきた。

 この目の前の通路を真っ直ぐ進むと隠し通路のある場所に出る。

 そのまま隠し通路を通ってアルタイルロッジの外へと脱出。

 合流地点でイリスと落ち合えばミッション終了だ。

 

 足を止めずに駆けつつも、ようやく見えてきたゴールに思わず安堵のため息が漏れてしまう。

 

 アルベリヒ工房長の無茶ぶりから始まった、この杜撰極まるアルタイルロッジ潜入ミッションもようやく終わりだ。

 

 ……しかし本当に『セルゲイ班』の連中をやり過ごせて良かった。

 あのままあの二人と戦闘になっていたら、どうなっていたことか………―――

 

 

 

 

 ………………………ん?二人(・・)

 

 

 …………ちょ、ちょっと待て。俺が出くわしたのはセルゲイ・ロウにガイ・バニングス。

 

 

 ……あと一人、あのチート野郎は何処にいった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 その時、通路の三叉路に差し掛かったあたりで、密閉空間の鍾乳洞の中であるはずのアルタイルロッジの通路に一陣の風が吹いた。

 

 

 「八葉一刀流―――」

 

 「マズッ――!?」

 

 「二ノ型 疾風!!!」

 

 

 ちょうどその存在の事を考えていたことが功を奏した。

 一陣の風と共に真正面から現れた人影が放つ神速の一閃を俺の右手の大剣で何とかギリギリで防ぐ。

 俺の右手の大剣と、その者が振るう太刀とのつば競り合いでギリギリと火花が飛び散る。

 その中で俺の目はその襲撃者の顔をハッキリ捉えた。

 

 黒髪ロン毛に、顔の傷。そして先ほど風に乗って微かに聞こえた型の名前。

 

 間違いない。見間違いようもない。聞き間違いようもない。

 

 コイツこそが、絶対遭遇してはならない――いや、ならなかった危険生物。

 

 『八葉一刀流(公式チート)』の免許皆伝の証である《風の剣聖》を未来で授かりし、正真正銘のバケモノ(ゴリラの中のゴリラ)

 

 

 

 ここで来るかよ!?アリオス・マクレイン!!??

 

 

 

 一陣の風と共に現れた人影―――アリオス・マクレインは鋭い眼光をこちらへと放った。

 




アリオス「こ ん ば ん は」





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第十八話 罪は擦りつけるモノ




 加速するハンス主任の外道行為




 

 俺の大剣と、一陣の風と共に現れた人影―――アリオス・マクレインが振るう太刀とのつば競り合いの中でギリギリと火花が周囲へと飛び散る。

 

 アリオス・マクレインがここで出てきやがるとは!?

 まさか中層手前の分岐でセルゲイ・ロウ、ガイ・バニングスと分かれて、単独でロッジの制圧をしてたのか!?

 

 このアルタイルロッジは中層手前辺りで東西に道が大きく二手に分かれている。

 おそらくは《D∴G教団》に誘拐された子供たちを一刻も早い救助の為、アルタイルロッジ内の速やかな制圧を目指す『セルゲイ班』は、見逃しや取り逃がしが無いよう、ロッジ中層手前の分岐で手勢を分けたのだろう。

 そして少数精鋭であるがゆえに、単独で制圧しなければならなくなる方に『セルゲイ班』の最高戦力であるアリオス・マクレインを宛がったに違いない。

 理屈の上では十分に理解できる。

 だが、それによって生み出された今の状況は、俺にとって最悪でしかなかった。

 現状、通路の反対側―――つまり東側から来たアリオス・マクレインによって、アルタイルロッジからの脱出路である下層の隠し通路に向かうまでの道を完全に塞がれてしまっているのだ。

 もちろんアリオス・マクレインが、《D∴G教団》の幹部司祭だけが知る隠し通路の位置など知っている訳がない為、今こうして俺の退路を塞いでいるのは、狙ってやった事ではなく、単なる偶然でしかないのだろうが。

 それでもアリオス・マクレインに退路を封鎖されている事に変わりはない。

 

 どうする!?無理やりにでも押し切って強硬突破するか!?

 イヤイヤ、仮に強行突破出来たとしても追撃がある!

 神速の太刀を振るう未来の《風の剣聖》に背中を見せるとかただの自殺行為だわ!

 というか、それ以前にコイツに絡まれたままじゃ、この場所から離脱することすらもッ……!

 

 進むにしても退くにしても、どちらを選ぼうがアリオス・マクレインの存在が邪魔でしかない。

 であるならば―――

 

 ………だったらコイツにはここで大人しくしてもらう!!

 

 倒さなくてもいい。僅かな時間でいい。

 アリオス・マクレインには、俺がこの場から離れアルタイルロッジから脱出するまで、こちらを追撃できない程度のダメージを負ってもらう。

 それしか俺が生き残る道はない。

 

 

 「む!?」

 

 

 おそらくは、今の今まで《教団》の魔獣や狂信者を、鎧袖一触で切り捨ててきたのだろう八葉一刀流ニノ型《疾風》。

 その攻撃を右手の大剣のみで防がれるとは思わなかったのだろう、アリオス・マクレインの表情が驚きに染まり、動きがほんの僅かに鈍る。

 

 

 「オラァ!!」

 

 「くッ!?」

 

 

 そのスキを見計らいパワードアーマーを全力稼働。

 パワーアシスト機能が生み出す、人類の上限値を大きく超える膂力を以て、アリオス・マクレインとの鍔迫り合いを制し、彼を大剣で弾き飛ばした。

 桁違いの力で弾き飛ばされた結果、宙に浮かぶアリオス・マクレイン。

 

 

 「大人しくしてろ!」

 

 

 その彼に向けて、左手のサプレッサー付きの導力銃で麻痺弾を放つ。

 回避行動など取りようもない空中。

 放たれた弾丸は、無防備な体を晒すアリオス・マクレインへと真っ直ぐに伸びていき―――

 

 

 「斬!!!」

 

 

 アリオス・マクレインは空中に浮かんだまま刀を振るい、キンッ!という澄んだ音と共に弾丸を真っ二つに斬り裂いた。

 

 …………いや、キンッ!じゃないが。

 

 おまッ!?飛んで来た弾丸を切るとか石○五ェ門みたいな事しやがっ―――そういえば同門のリィン・シュバルツァーが同じことしてたな?

 ああああ!これだから八葉一刀流(公式チート)の連中は!!

 

 そのまま立て続けに発砲してみるものの、全てアリオス・マクレインの剣閃の前に無残に斬り落とされていく。

 それどころか地面に足をつけたアリオス・マクレインは、自分に向けて飛んでくる弾丸を次々と斬り捨てながらも、再度こちらとの距離を詰めにかかっていた。

 

 このチートゴリラがッッ!?

 ……上等だコラァ!だったら直接ブチのめしてやらぁッ!!

 

 役に立たない導力銃をホルスターにしまい、向かってくるアリオス・マクレインを迎え撃つべく大剣を正眼に構える。

 

 先ほどのような小競り合いとは違う、本気の激突。

 容赦なくぶつかり合い、夥しい火花を散らしながら高速で打ち合う刀と大剣。

 アリオス・マクレインが振るう神速の剣を、西風の旅団から収集した膨大なモーションデータから組み上げた無数の型と回避モーションでいなし、捌き、そして――

 

 

 「大雪斬!!」

 

 「ミラージュエッジ!!」

 

 「!?その技はヴァンダールのッ!?」

 

 

 先日、模倣再現に成功した帝国二大剣術であるヴァンダール流とアルゼイド流。そしてその二つの剣術から厳選した百の型を取り入れたことで、より実戦的な剣術へと昇華した百式軍刀術の戦技(クラフト)を以て、アリオス・マクレインの八葉一刀流の戦技(クラフト)に食らいついていく。

 

 

 「問答は無用!地裂斬!!」

 

 「ッ!?洸破斬!!

 アルゼイドの技まで!?だが……ニノ型疾風!!」

 

 「グッか……業滅刃!」

 

 

 限られた戦巧者のみが出来る、闘気を纏っての身体能力の向上に対し、最先端科学技術が平等に齎す、パワーアシスト機能による身体能力の向上。

 長年の研鑽の末に培われた神速の見切りに対し、数多の戦闘データに裏打ちされた効率的なモーションデータによる回避行動。

 八葉一刀流の洗練された戦技(クラフト)の冴えに対し、模倣再現されたヴァンダール流や、アルゼイド流、百式軍刀術の戦技(クラフト)の物量。

 刹那の間に幾重にも打ち合い、周囲に壮絶な破壊痕をまき散らしながらも、留まるところを知らぬその戦いの天秤は―――徐々にアリオス・マクレインへと傾き始めていた。

 

 マ、マジかッ!?こちとら『パワードアーマーZwei』の全機能をフル稼働させてるってのに……これでも押し負けるのかッ!?

 

 不意に始まったアリオス・マクレインとの戦闘だったとはいえ、勝算はあった。

 パワーアシスト機能による規格外の身体能力の向上を加え、超一流の猟兵団である西風の旅団から収集したモーションデータの数々。

 そして分析が進みヴァンダール流や、アルゼイド流、そして百式軍刀術の模倣再現すらも可能となった戦闘用強化外骨格『パワードアーマーZwei』。

 その力をもってすれば。

 

 未だ《風の剣聖》の名を授かっておらず、《武の理》に至っていない今ならば。

 今の今まで目立った戦闘も無く疲弊もない俺とは違い、アルタイルロッジに突入してから一時半以上ぶっ通しで《教団》の魔獣や狂信者と戦い続け、そして拉致された子供たちの悲惨な末路を目にし続け、心身共に消耗しているであろう今この瞬間ならば。

 あのアリオス・マクレインであろうと勝算は十分にあると。

 ………そう思っていたのだ。

 

 しかしその目論見は完全に外れ、これだけこちらが有利であるにもかかわらず、ジリジリとアリオス・マクレインに押され始めていく。

 

 出力では完全に上回った。

 

 動きにも追随できている。

 

 だが剣技においては、圧倒的に、それこそ他の優位を全て食い潰して余りあるほどに惨敗していた。

 模倣再現されたヴァンダール流や、アルゼイド流、そして百式軍刀術の剣技をいくら振るえども、ただ一つの八葉一刀流に敵わない。

 模倣(レプリカ) と 本物(オリジナル)

 その両者には超えることの出来ない明確な差があった。

 

 このバケモノがああぁぁッ!?

 何なんだコイツは!?

 この出待ち!お立ち台!正面!拗らせ!スタイリッシュ無職宣言!黒豆!

 

 心の中であらん限りの罵詈雑言を吐くものの、状況が良くなるはずもなし。

 今でこそ三流派の動きをランダムに切り替えることで、辛うじてアリオス・マクレインに動きを読まれないよう立ち回れているが、所詮はその場しのぎ。

 見切られ、押し切られるのも時間の問題でしかない。

 

 どうする!?《グング=ニール》を呼び出すか!?

 ……いや、今この段階でアリオス・マクレイン、ひいては遊撃士協会(ブレイザーギルド)の連中に、黒の工房の秘匿兵器である戦術殻の存在を知られるのは!?

 そもそも《グング=ニール》を呼び出したところで、コレに勝てるとは到底思え―――

 

 その時、三叉路の奥――最下層につながる通路から、何かが高速で近づいてきた。

 その何かは、勢いそのままに俺とアリオス・マクレインが争っている場所に一直線に突っ込んでくる。

 

 

 「くッ!」

 

 「チッ!」

 

 

 突然の闖入者に、俺とアリオス・マクレインは一旦戦いを止めて左右に大きく後ろに飛び退り、その何かが放った、通路の地面に大穴を開けるほどの一撃を回避。

 そしてそこでようやく襲いかかってきた者の顔を視界に捉えた。

 

 

 「何ッ!?」

 

 「……!コイツは」

 

 

 パラパラと土塊を引きながら上体を起こすソレ(・・)

 ソレは一応《教団》の教団員だったのだろう。

 《教団》の祭服の断片が身体に貼り付いていることから、少なくとも拉致されて来た子供といった類ではないハズだ。

 だがその外見は、もはや人という区分から大きく逸脱してしまっていた。

 肥大化した獣のような黒い巨体に、鉄すらも容易く引き裂いてしまいそうな巨大な爪。

 そして邪悪な笑みを浮かべながらも、白く濁った眼は完全に正気を失っていた。

 

 コイツは……零の軌跡で、《太陽の砦》にいたヤツか(ヴァンピール)!?

 まさかアルタイルロッジにも居やがったとは!?

 

 それは、かつて教団員だったもの。

 自分すらも《儀式》という名の人体実験に身を捧げ、その果てに魔人化(デモナイズ)した教団員の成れの果て。

 

 

 「⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!」

 

 

 もはや理性など欠片も感じられない奇声のような咆哮を発する様と、今もダラダラと涎を垂らしながら襲いかかって来た様子を鑑みるに、コイツは俺やアリオス・マクレインの事を排除する目標ではなく、喰らうべき獲物としか思っていないようだ。

 

 ……おそらく《教団》側が俺たち(侵入者)を排除すべく、何処かに閉じ込めていたのだろうコイツをけしかけて来たんだろうが……。

 

 全くコントロール出来ていない所を見るに……いよいよ《教団》側もこんなモノに頼らなければならないほどに切羽詰まってきたらしい。

 

 アリオス・マクレインは、先ほど放った一撃からゆっくりと上体を起こすコイツを最大限警戒しているようだが―――

 

 チャ―――――ンス!!!

 

 

 来た!!メイン盾()来た!!

 

 なあボールだ!!ボールだろう!?

 

 なあボールだろお前!! 

 

 

 お 前 は ボ ー ル だ

 

 

 「てなわけで逝ってこいや!!」

 

 「⬛⬛⬛!?!?」

 

 ゆっくりと上体を起こす教団員だったものに最速で近づき、その腰辺りに向けてパワードアーマーの脚部出力を最大にした飛び蹴りをかます。

 攻撃した直後の無防備な状態で、側面から全力で蹴りつけられた事で、その教団員だったものは抵抗する間も無く吹っ飛んでいく。

 アリオス・マクレインの方へと。

 

 

 「⬛⬛⬛⬛!!」

 

 「くっ、このッ!?」

 

 

 普通なら蹴りつけた俺にヘイトが向きそうなものだが、その程度の事を考える知能すらも喪われているらしい。

 吹っ飛んでいった教団員だったものは蹴り飛ばした俺に目もくれず、視界に入ったアリオス・マクレインに本能のまま襲いかかっていく。

 

 ゲハハハハハハ!!!

 そのままバケモノ同士で戯れているがいい!!!

 

 そして体よくアリオス・マクレインに教団員だったものをなすりつける事に成功した俺は、全速力でその場から逃走した。

 

 サラバだ、名もなき教団員よ。

 君の命を懸けた献身を……俺は忘れない!!

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あの教団員だったものによる命を懸けた献身(強制)のおかげで何とかアリオス・マクレインの魔の手から逃れる事に成功した俺は、アイツが通ってきた通路を全速力で駆け抜けながらイリスに無線で連絡を入れる。

 

 

 「こちらα(アルファ)!!合流地点再度変更だ!E-55に変更する!!」

 

 『こちらβ(ベータ)、あ、あの私も援軍に向かった方が―――』

 

 「来なくていい!!合流地点で待機せよ!!」

 

 『は、はい!』

 

 

 このクソ忙しい時にイラン事言ってんじゃねえ!

 

 イリスに新しい合流地点で待機するように厳命し乱暴に無線を切った。

 

 ハッキリ言って状況は悪化の一途を辿っている。

 結局、逃げられはしたものの、最後まで退路を塞ぐアリオス・マクレインを突破する事が出来ず、下層の隠し通路からのアルタイルロッジ脱出を諦めざるを得なくなった。

 

 ……いや、あの次世代チート親父から無傷で逃れるだけでも、間違いなく偉業ではあるんだが……それはともかく。

 

 アルタイルロッジからの脱出路である三つの隠し通路のうち、中層にある隠し通路はセルゲイ・ロウとガイ・バニングスに、下層の隠し通路はたった今アリオス・マクレインに邪魔された為、残る隠し通路は一つ。

 最下層の《儀式の間》奥にある隠し通路だけとなるのだが……ここが一番の難所になるであろうことは想像に難くない。

 十中八九アルタイルロッジ内の《D∴G教団》の残存兵力がそこに集結しているだろうからだ。

 つまり、俺が最下層にある隠し通路を通ってアルタイルロッジから脱出するには、まず隠し通路手前に集結している《教団》連中をどうにかしなければならないのである。『セルゲイ班』に追いつかれる前に。

 

 ……今の状況を例えるなら、前門の虎後門の狼ならぬ、前門の狂信者(D∴G教団)、後門のゴリラ(セルゲイ班)といったところか。

 

 よし狂信者をぶっ飛ばそう。考えるまでもない。

 

 三連ゴリラ(セルゲイ班)にジェッ〇ストリームアタックかまされるより、人類(狂信者)の相手をする方がはるかにマシだからな!

 

 そんな考えの元、最下層の《儀式の間》を目指していたのだが……通路を進むごとに次から次へと《教団》狂信者共に出くわしてしまう。

 

 おそらくは『セルゲイ班』に追い詰められたことにより、最下層の《儀式の間》で味方と合流しようと目論んでいる連中なのだろうが……最終的な目的地が同じなだけあって、いたる所で鉢合わせる。

 

 ええい、ウジャウジャと湧いてきやがって鬱陶しい!散れテメエら!!この俺に道を譲れ!!!そして『セルゲイ班』に突っ込んで足止めをしてこい!!!!

 

 曲がり角の度に鉢合わせする狂信者共を死なない程度に張っ倒し、襲いかかってくる奴らを蹴り倒し、仲間を呼ぼうとする連中を殴り倒していく。

 

 ただし魔獣、テメーは死ね。

 

 そうして進むたびに狂信者共で足止めを食らいつつ、何体目かの教団側が解き放った魔獣を切り倒したあたりで―――

 

 

 「そこの赤いプロテクターの男!待て!」

 

 「今度は逃がさん!」

 

 

 今度は後方からガイ・バニングスとアリオス・マクレインが追いかけて来た。

 

 もう追いついてきたのか!?あの教団員もどき足止め出来てねえじゃねえか!クソの役にも立たねえな!!

 というかアリオス・マクレインはともかく、ガイ・バニングスもか!

 さてはセルゲイ・ロウが単独でティオ・プラトーの救出を引き受けたな!?

 

 こちらを見据え、全速力で駆けてくるクロスベル警察若手最強コンビ。

 警察官として、クッソ怪しい俺を捕まえたいのは十分に理解できる。だがな――

 

 ポリ公に待てと言われて待つ泥棒はいねえんだよ!

 

 

 「これでもくらってろ!」

 

 

 先ほど切り倒した魔獣。その死骸をこちらに走り寄ってくるガイ・バニングスとアリオス・マクレインに向けていつかと同じように全力で蹴り飛ばす。

 

 パワードアーマーが生み出す規格外の出力によって蹴り飛ばされたことで、まるで弾丸のように打ち出された魔獣の死骸だったが、同様の攻撃を受けたガイ・バニングスは冷静に対処。

 飛んできた魔獣の死骸の軌道を見極め冷静に避けてみせた。

 

 ……チッ、さすがに二度目は通じんか。

 あとアリオス・マクレイン。ガイ・バニングスが避ける横で、魔獣の死骸を迎撃して真っ二つにするお前は一体何なんだ。

 

 追ってくるガイ・バニングスとアリオス・マクレインから逃走すべくパワードアーマーの脚部出力を全開にする。

 幸い、この先は《儀式の間》まで一本道となっている為、途中で狂信者共と鉢合わせることはない。

 

 せや!『セルゲイ班』の連中もトレインしながら《儀式の間》に突っ込んでったろ!

 そもそも俺だけが『セルゲイ班』に追いかけ回されるという状況がまずおかしいのだ。

 俺が苦しんでんだから狂信者共も苦しむべきだ。

 不幸のおすそ分け。

 みんなで不幸せになろうぜぇぇ!!!!

 

 そのまま二人と命懸けの鬼ごっこをしながら走り続け、《儀式の間》まで、あと少しという所で、足を止めずに懐から二つの塊を取り出す。

 そしてそれに付いていたピンを引き抜き、一つを後方に放り投げ、そしてもう一つはフルスイングで《儀式の間》へと投げ込んだ。

 

 

 「ッ手りゅう弾ッ!?隠れろアリオス!」

 

 「くッ!?」

 

 

 残念! フ ラ ッ シ ュ バ ン だ

 

 手りゅう弾と勘違いしたガイ・バニングスとアリオス・マクレインが物陰に隠れた直後、起爆したフラッシュバン―――閃光発音筒から、鼓膜が破れそうなほどの爆発音と共に、眼球を焼きつぶしそうなほどのまばゆい光が放たれた。

 

 ……流石は上級捜査官といったところか。

 咄嗟に手りゅう弾と閃光発音筒を間違えたとはいえ、ガイ・バニングスとアリオス・マクレイン二人は物陰に隠れて対処して来ている。……他の奴は違うようだが。 

 

 薄暗い鍾乳洞の中、突然フラッシュバンが放つ爆発音と閃光をモロに食らったらどうなるか。

 答えは簡単――

 

 

 「ぎゃぁあああああ!?」

 

 「ぐおおおおおおッ!!??」

 

 「目が!目がああぁぁぁ!?」 

 

 

 こうなる。

 

 や~っぱり、入り口付近に狂信者共が待ち伏せしていやがったか。

 

 《儀式の間》の入り口付近で俺たちを待ち伏せしていた狂信者共の哀れな絶叫を無視しつつ、走りながら戦術オーブメントを駆動させる。

 

 

 「『アダマスシールド』発動」

 

 

 対象の周囲に物理攻撃を防ぐシールドを張り巡らされる導力魔法(オーバルアーツ)―――『アダマスシールド』を発動しつつ、大剣を盾にしながら勢いそのままに《儀式の間》へと突っ込む。

 

 

 「う、撃て!撃ちまくれ!」

 

 

 フラッシュバンにより視界と聴力を奪われ、眩暈や耳鳴りでフラフラながらも、発砲するように声を張り上げる推定指揮官だが、そもそもその声すらも一時的な聴力喪失で聞こえていない者も多く、何とか命令に従おうとする者も視覚と方向感覚の喪失により照準が定まってはいなかった。

 狂信者共ががむしゃらに放つ弾丸たちは、そのほとんどが見当違いの方向に飛んでいき、奇跡的に直撃コースを取った弾丸も『アダマスシールド』と盾にした大剣にはじかれていく。

 そして比較的安全に《儀式の間》に入り込んだ俺は、未だフラッシュバンの後遺症に苦しんでいる四人の狂信者共を片端からしばき倒していった。

 

 うむ。研究品である一定以上の光度と音圧を検知した場合、自動的に視界情報と聴覚情報をシャットアウトする網膜スクリーンと小型イヤホン。

 フラッシュバンと組み合わせれば実にいい感じである。

 コイツを次回のアルベリヒ工房長への提出成果にするかね。

 

 入り口付近で待ち伏せしていた狂信者共を全員制圧し終え、《儀式の間》のさらに奥へと進んでいくと、そこには広大な空間が広がっており、中央には巨大な広場、そしてその奥には《D∴G教団》のシンボルである赤い瞳の巨大なレリーフが飾られていた。

 

 

 「ぐっ、まさかもうここまで来るとは……」

 

 

 そう呟きを漏らすのは中央には巨大な広場に立つ司祭服を身にまとった初老の男。

 おそらくはこの初老の男こそが、このアルタイルロッジのトップだろう。

 その周囲を十名ほどの教団員が武器を構えて固めていた。

 そして残念ながら、俺の目当てである最下層の隠し通路があるであろう場所は連中の真後ろである。

 

 ……ちょっとそこどいてくんねえかな?

 

 

 「そこまでだ!」

 

 「クロスベル警察だ!全員大人しく投降しろ!」

 

  

 そうこうしているうちに、最後の役者であるガイ・バニングスとアリオス・マクレインのコンビが駆けつけてきた。

 

 ……ふむ、ポリ公共の公務の邪魔にならないよう端の方に寄っとくか。

 

 

 「エイドスの尖兵共が!我らの崇高なる儀式の邪魔をしおって!」

 

 「多くの何の罪もない子供たちを犠牲にして……何が崇高なる儀式だ!」

 

 「これは偽りの神から全ての者達の目を覚まさせる為に必要な犠牲なのだ!何故それが分からない!?」

 

 「このッ!?」

 

 「外道がッ!」

 

 

 アルタイルロッジのトップと、ガイ・バニングス、アリオス・マクレインとの間で巻き起こる問答。

 女神(エイドス)を否定する《D∴G教団》と、人々を守る警察官としての矜持。

 どちらも自身が正義であると信じるがゆえに、その熱量は凄まじいものがある。

 だがそれゆえに、互いが一歩たりとも引く気はないと分かり、武力による解決しかないという結論に至るのもまた早かった。

 

 まあ、そうなるわな。……それにどちらも言葉程度で済ませるつもりはないだろうし。

 

 そろそろ、原作では見れなかった《D∴G教団》とクロスベル警察若手最強コンビとの激突が始まんのか~と見物していると……何故か両者の視線がこちらへと集まる。その視線は何処となく困惑していた。

 

 ……ん?なんだ?

 

 《教団》の連中やクロスベル警察若手最強コンビから、「そもそもコイツ誰だよ」とか「え?向こうの陣営の奴じゃねえの?」などといった視線がバンバン飛んでくる。

 

 ………え?もしかして名乗らなきゃダメなやつ?

 

 そのまま俺の存在をなあなあに流してもらえることを密かに期待して、なるべく気配を消していたんだが………無理か。

 

 ………まあこうなっては仕方あるまい。

 一応想定していた事ではあるし(・・・・・・・・・・・・)

 

 ここは俺も潔く名乗りを上げるとしよう!

 よし、ボイスチェンジャーを起動して…ウオッホン!

 

 

 「吾輩は結社《身喰らう蛇》に忠誠を誓う強化猟兵なり!!

 偉大なる盟主(グランドマスター)の命により、貴様たち《D∴G教団》の悪逆を裁きに参った!!!」

 

 

 

 

 





 盟主「!?」

 潔く名乗りを上げる(偽らないとは言っていない)





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第十九話 バレなきゃ犯罪ではない

 

勘違いタグをつけるべきか否か……


 

 

 「結社《身喰らう蛇》……だと!?」

 

 「……初めて聞く名だ」

 

 俺の堂々とした名乗りに対し、疑問符を浮かべるガイ・バニングス、アリオス・マクレイン。

 二人は結社《身喰らう蛇》という名前に心当たりはないようだった。

 ……まあ知らないのも仕方のない事だろう。

 

 軌跡シリーズの初作品にして結社が初めて表舞台に姿を現す『空の軌跡FC』が始まる七耀暦1202年以降ならばともかく。

 その四年前である七耀暦1198年頃では、《遊撃士協会(ブレイザーギルド)》や、七耀教会の暗部である《星杯騎士団(グラールリッター)》、《(イン)》や《月光木馬團》などといった暗殺者や犯罪組織などとの暗闘に終始している為、クロスベル警察といっても所詮は一自治州のポリ公に過ぎない二人がゼムリア大陸の裏で暗躍する国際犯罪組織の名前を知らないのも無理はない。尤も―――

 

 

 「結社、だと!?《楽園》を潰しおったか!?」

 

 

 《D∴G教団》アルタイルロッジのトップはその名前に心当たりがあったようだが。

 

 この幹部司祭が言っているのは、教団ロッジ《楽園》の事だ。

 ペ○フィリア&ロ〇コンホイホイな強制売春所を営んでいたこのロッジは去年、結社に所属する執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトと執行者No.ⅩⅢ 《漆黒の牙》ヨシュア・アストレイに壊滅させられているのである。

 結局、威力偵察という名目で行われたそれに、どのような意図があったのかは、俺が知っている範囲である『創の軌跡』までで終ぞ明らかになることはなかったが、結社の名の下に主力戦闘員である執行者を二人も派遣してまで《D∴G教団》の一拠点を潰したのは確かである。

 まあその時に救助された少女と、ある実験の方針をめぐって、結社の腐れマッドキノコとすったもんだあったのだが……それは一先ず置いておくとして。

 

 ……結社の名前がすんなりと出てきたあたり、この司祭は《教団》内ではそこそこの地位にいたらしい。話が早くて助かる。このまま便乗してやろう。

 

 

 「左様。貴様たちはやり過ぎたのだ。

 裏社会の間ですら、貴様らの度を越した悪行の数々は知れ渡っている。

 もはやこのゼムリア大陸に貴様たちの居場所はないものと知れ」

 

 「お、おのれぇぇ!!!この偉大なる儀式の価値すら分からぬ愚昧共が!!」

 

 

 俺のほとんどアドリブ、口から出まかせの言葉を真に受けて、司祭幹部が猛烈な怒りを示す。

 

 よしよし、そもそも結社を知らないガイ・バニングス、アリオス・マクレインの方は置いておくとして、少なくとも《教団》の連中には俺を結社の手の者と思い込ませる事ができたようだな。

 

 わざわざ結社の下っ端強化猟兵に賄賂渡してヘルムと大剣を借りてきたり、『パワードアーマー Zwei 』を強化猟兵のプロテクターそっくりに赤く塗装したりと手間をかけただけの事はある。

 

 ああ、先に言っておくが俺は嘘をついてはいないぞ。

 

 俺の所属する《黒の工房》は結社の技術者ネットワークである十三工房に参画している為、結社に忠誠を誓っているというのも嘘ではないし、強化猟兵に関してもそうだ。

 下っ端強化猟兵に渡した賄賂には、ヘルムと大剣のレンタル代以外にも強化猟兵という身分を借りるという意味も含まれており、ちゃんとその旨を契約書として下っ端強化猟兵に見せ、同意のサインを貰っている。

 

 ……まあ大金に目がくらんで契約書を全く読んでなかったが。

 

 だから、俺の今の身分は強化猟兵で間違いないのだ。 

 一日警察署長ならぬ、一日強化猟兵だな。

 

 そして盟主(グランドマスター)の命云々かんぬんについては―――

 

 

 上司の意を汲み、先んじて動くことこそ、部下の務めではなかろうか?いや、そうに違いない!

 

 

 だからこれは、盟主(グランドマスター)の意を汲んでの行動。

 すなわち実質命令みたいなものなのである。

 

 え?それは流石にその理屈は強引すぎだろって?俺もそう思う。

 だがな。世の中にはこういう時に使える素晴らしい箴言があるのだ。

 

 

 バレなきゃ犯罪じゃない

 

 

 まあ、元々が犯罪歴まみれの結社やし、多少心当たりのない罪の一つや二つ増えたって今更問題ないやろ。(手遅れ的な意味で)

 盟主(グランドマスター)についてもゲームでは少ししか出てこなかったが大丈夫。

 ショタコンマッドの第三柱《白面》が死んだ時ですら、他の使徒がプギャーwwwしてる中で、真っ当にその死を悼むほどの出来た人なので、この程度のお茶目(強弁)くらい笑って許してくれるだろう。知らんけど。

 

 まあ、もしバレたとしてもその時はその時。

 責任は、俺の上司たるアルベリヒ工房長に取ってもらう事にしよう。

 部下の失態は上司の責任である。当然だな。

 

 ……ちなみにどうでもいい話だが、ボイスチェンジャーの声はアルベリヒ工房長の声そっくりに再現している。いや、本当にどうでもいい話だが。

 

 

「……お前たちの因縁は知らんが……ともかく。

 《D∴G教団》幹部司祭及び信者!自治州法に基づき、未成年者拉致誘拐、虐待、及び殺害など数多の容疑で逮捕する!」

 

 「……そこの赤いプロテクターの男も詳しく話を聞かせてもらおうか」

 

 

 先ほどまで様子を伺っていたガイ・バニングスとアリオス・マクレインが《教団》の信者共とついでに俺にそう宣言する。

 

 あっ、やっぱ俺も対象に入ってますかそうですか。

 

 

「いいだろう!世界の真実に気づきし者達よ!偽りの神の軛から解き放つ真の叡智、大いなる《Ⅾ》復活の邪魔をする者共を排除せよ!!!」

 

 「「ウオォォォオ!!!」」

 

 

 そしてそれに呼応するかのような幹部司祭の宣誓に士気を上げる信者共。

 

 ……しゃあねえ、俺も乗っとくか。

 

 

「全ては我が主たる結社《身喰らう蛇》の偉大なる盟主(グランドマスター)の為にぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 こうして俺、狂信者、ポリ公の三つ巴の戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アルタイルロッジ最下層の最奥部にある《儀式の間》。

 そこの決戦のバトルフィールドみたいな広場で繰り広げられる、結社『身喰らう蛇』所属の強化猟兵(臨時)たる俺 VS 《D∴G教団》のトップ率いる教団員十名 VS ガイ・バニングスとアリオス・マクレインのクロスベル警察若手最強コンビの大乱闘ス〇ッシュブラザーズ。

 

 敵味方入り乱れての乱戦極まるその状況下で、俺はロングソードを振るう教団員の一人と打ち合う。

 

 ……あの幹部司祭は他の教団員が稼いだ時間で、装備を整えた手練れを揃えていたらしい。

 完全武装の教団員共は、先ほどまでボコってきた有象無象とは明らかに動きが違う。

 ほぼ鎧袖一触だった今までと違い、まともな戦いになっているのがその証左と言えるだろ。

 大剣とロングソードとの鍔迫り合いでジリジリと飛び散る火花。

 だが……まだまだだ。

 まだ、お前には致命的に足りないものがある。

 

 

 お前に足りないものは、それは――

 

 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ

 そして何よりも ―― 力 が 足 り な い !!

 

 

 「オラァ!!」

 

 「ぐあッ!?」

 

 

 鍔競り合いの中で俺はパワードアーマーの腕部出力を全開にし、その膂力を以てロングソードをへし折り、そのまま教団員を大剣で叩き潰す。

 

 力こそパワー!!

 

 人類相手の力比べでこの『パワードアーマー Zwei 』は負けはせんわ!(ゴリラを除く)

 

 まあ、祭服の下に丈夫なボディーアーマーを着込んでいたようなので死んではいないだろう。

 教団員が倒れ伏したちょうどその時、こちらに向け導力ライフルを構える別の教団員が見えた。

 

 

 「おっと危ない」

 

 

 先ほど倒した教団員の襟首を引っ掴んで無理矢理立たせ、俺と導力ライフルの射線上の間に挟み込む。

 

 

 「……がはっ!?」

 

 「残念、外れだ。いや、むしろ当たりか?」

 

 

 ダダダッという導力ライフルの発射音と共に撃ち出された弾丸たちを俺の代わりにその身に食らい、泡を吹いてのけ反る教団員。

 

 秘技!ガードベント(近くにいたお前が悪い)

 

 ……というか、あの教団員の持ってる導力ライフル、カルバート共和国軍でも配備が始まったばかりのヴェルヌ社製の最新軍用導力ライフルじゃねえか。

 現物を見たのは初めてだわ。

 カルバートのロリコン将校共め……。《教団》に情報を流すだけじゃ飽き足らず、武器まで横流ししてやがったとはな。

 

 

「なッ!?」

 

 

 俺を撃つつもりが味方を撃ってしまった事に驚愕する教団員をよそに、俺はそのままビクビクと痙攣する肉盾(教団員)を構えながら、導力ライフルを構える教団員へと突っ込んでいく。

 

 何故か肉盾が信じられないような目でこちらを振り返って見ているが……心配することはない。

 見たところ、あの導力ライフルはカルバート共和国軍が制式採用しているライフル弾を使用している。

 カルバート共和国軍のライフル弾は、エレボニア帝国のより小口径、しかも扱いやすいものの火薬式に火力面で劣る導力式ならば、このタイプのアーマーなら弾は貫通することはないだろう。

 精々着弾時にプロボクサーの全力パンチレベルの衝撃が断続的に伝わってくる程度だから、安心して肉盾になるがよい。

 

 頭に当たったらって?……そうならないよう祈るんだよ。仲間の射撃の腕にな。

 

 

 「くッ!?」

 

 

 我に返った教団員は苦悶の表情を浮かべながらも、導力ライフルを連射するものの、俺へと向かってくる弾丸はすべて肉盾によって防がれる。

 そして至近距離まで近づくと、度重なる被弾によってもはや白目を剥き始めた肉盾をぶん投げて教団員にぶつけ、縺れて倒れ込む教団員を肉盾ごと大剣で叩き潰した。

 

 

 「肉盾ご苦労だった」

 

 

 その時、ちょうど教団員が取り落とした導力ライフルが目に入る。

 ふむ。ヴェルヌ社製の最新軍用導力ライフルねえ……。

 いい機会だ。《黒の工房》のSウェポン部門を預かる俺が、この導力ライフルを査定してやろう。……()も来たことだしな!

 

 大剣を担ぎながら、気絶する教団員が取り落とした導力ライフルを蹴り上げて片手でキャッチ。

 セミオートモードからフルオートモードに切り替え、そのまま槍を構えて突っ込んでくる教団員に銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。

 ヴェルヌ社製の軍用導力ライフルは持ち主が変わってもその性能を遺憾なく発揮し、突っ込んでくる教団員の身体に容赦なく弾丸の雨を浴びせた。

 

 

 「ぐががががっがあ!?」

 

 

 ふむ、大きさ重量共に既存の導力ライフルとさほど変わらず。

 発射時の反動の方は導力式に小口径の弾を採用しているのもあって小さく、フルオート射撃でも制御がしやすいな。

 発射レートも良好。

 これならば小口径の弾丸と導力式に起因する威力低下のデメリットも手数で十分カバーできるだろう。

 命中精度も悪くない。

 こうして見ると中々良い導力ライフルのように見え―――いや。

 

 ボディーアーマーにより貫通はせずとも大量の弾丸による強烈な衝撃を食らい続けたことで、膝をついて激しくむせる教団員に近づいていく。

 そして大剣を近くの床に突き刺し、導力ライフルの銃身部分を持ってバットのように両手で構え、その教団員の顔面目掛けて、全力で振りぬいた。

 

 

 「フン!」

 

 「ゲファ!?」

 

 

 メキャッという音と共に小さなパーツを大量に撒き散らしながら粉々になる導力ライフルと、鼻血と折れた歯が混じった液体をぶちまけながらぶっ倒れる教団員。

 

 や――っぱり耐久性の方にシワ寄せが来てたか。

 しかもこのパーツの量。こりゃ整備性にも難がありそうだな。

 劣悪な環境での運用が想定される軍用でこの二つを欠くとは……。

 ヴェルヌ社の奴ら、カタログスペックだけを追い求めたか。

 それにグリップやタクティカルライトなどといった各種外付けアタッチメントを取り付けられる(ピカティニーレール)ポイントが少ないのもいただけん。

 コッキングレバーの配置もよろしくない。

 というかなんだこのSUSATスコープは。

 なんでレティクルが十字じゃなくて、三角形のぶっとい針が一本あるだけなんだ。

 偏差射撃やゼロインがやりづらいことこの上ねえわ。遠距離目標だと針と目標がかぶって狙いづれえしだろうし。

 ……全く雑な仕事しやがって。所詮はヴェルヌ社(新参者)か。

 

  

 「30点だな」

 

 

 導力ライフルだったものの残骸を放り捨てながら、点数を口にする。

 

 これじゃ及第点はやれんな。

 

 ああ、もちろん千年以上の歴史を持つ我々(老舗)《黒の工房》の製品は、このようなことはございません。

 我が工房のベストセラー商品である『Sウェポンシリーズ』は、ヴェルヌ社製、そしてラインフォルト社製の製品に比べ、威力、反動、命中精度、整備性、耐久性、携帯性と、その全てにおいて上回っており、いかなる環境下においても常に最高のパフォーマンスを発揮出来るよう設計されております。

 武器のラインナップも充実しておりますので、是非ご利用ください。

 ああご心配なく。猟兵団の皆様が愛用する、火薬式の銃も豊富に取り揃えておりますよ。(なお値段)

 

 

 そうこうしているうちに、いつの間にか乱戦は終盤に差し掛かっていたらしく、未だ立っているのは俺、ガイとアリオスコンビ、そして幹部司祭のみとなっていた。

 別に狙ってやったわけでも共闘したわけでも無いが、この大乱闘において最も人数が多かった《教団》陣営が、俺とガイ、アリオスコンビの袋叩きに合い、一番数を減らしていたようだ。

 

 

 「もうお前の仲間は居ない。大人しく投降しろ!」

 

 「お、おのれぇぇぇ!」

 

 

 投降を促すガイ・バニングスに対し、怨嗟の声を上げる幹部司祭。

 絶好の逃走のチャンスではあるのだが……うーむ、アリオス・マクレインがこちらを警戒しているせいで、微妙に逃げられない。

 

 

 「………こうなれば致し方あるまい。私も覚悟を決めよう」

 

 

 そう言いながら、幹部司祭が懐から取り出したのは、ビンに入った蒼色の錠剤(グノーシス)

 

 

 「!?よせ!!」

 

 「大いなる《D》の為に!!!!」

 

 

 そしてガイ・バニングスが止める暇もなく、幹部司祭はビンいっぱいに入った蒼色の錠剤(グノーシス)を全て口の中へと流し込んだ。

 

 

 「おおおオオオオォォ」

 

 

 その直後、幹部司祭の身体に異変が起こった。

 まるで風船が膨らむかのように急激に膨張していき、身体の表皮はどす黒い甲殻に覆われていく。

 

 ………へえ。魔人化(デモナイズ)ねえ。

 

 アレはグノーシスの適合者や完成形である赤のグノーシスでしか起きないと思っていたんだが。

 いや……教団員の成れの果て(ヴァンピエール)がいた事を考えると、アルタイルロッジの魔人化(デモナイズ)研究が進んでいたという事か。

 

 ……しかしその完成度はまだまだ低かったらしい。

 その質はグノーシスの適合者であるヴァルド・ヴァレスや、赤のグノーシスを過剰摂取したヨアヒム・ギュンターの魔人化(デモナイズ)とは比べ物にならないほどに悪い。

 だがそれでも。

 人が魔人に変化していくという光景は初見の者にとっては度肝を抜いたらしく、ガイ・バニングス、アリオス・マクレインは未だ膨張していく幹部司祭の変異(変身シーン)を固唾をのんで見ている。

 だが。

 世の中には、その伝統的(トラディショナル)でお約束な変身シーンをただの隙としか捉えない即物的な人間も存在するのだ。まあ俺のことなんだが。

 

 アリオス・マクレインが幹部司祭の魔人化に気を取られている隙をつき、全速力で隠し通路があるであろう壁に走り寄っていく。

 

 もはや隠し通路を開けるレバーを探している時間はない以上、ここはマスターキーを使うしかない!

 走りながら大剣を大きく振りかぶる。そして隠し通路があるであろう壁まで近づくと、その壁に向かって全力で振り下ろした。

 

 

 オープンセサミ(地裂斬)ぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 パワーアシスト機能が生み出す膂力も上乗せしての、全力で踏み込んでの渾身の振り下ろし攻撃。

 その攻撃が直撃した壁は、轟音と共に裂け―――そしてその奥に通路が見えた。

 

 ッシャア!ビンゴォ!!やっぱこの手に限る!!

 

 そしてその通路に飛び込むと、わき目も振らず全力で逃走する。

 

 

 ブハハハハハハ!!!

 さらばだ者共よ!!人外同士、仲良く遊んでいるがいい!!!

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 その光景を唖然とした様子で見ていたガイ・バニングスとアリオス・マクレイン、そして変異の終わった幹部司祭。

 

 結社《身喰らう蛇》の強化猟兵と名乗った赤いプロテクターの男が、幹部司祭の変異中に突然壁際に走り寄ったと思ったら、壁に向かって戦技(クラフト)を放つという奇行をとり始め。

 そして壊れた壁の向こうに何故かあった通路を通って何処かに消えた。

 

 ……言いたいことは色々とあった。

 

 何故そんなところに隠し通路があったんだ、とか。

 そもそも何でそこに隠し通路がある事をあの赤いプロテクターの男が知っていたんだ、とか。

 

 だが、それでも。

 結局三人の思考は自然と一つの疑問に集約された。

 

 

 

 あいつ結局何しに来たんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 パワードアーマーの脚部出力を全開にし、暗く狭い隠し通路の中を全速力で走る事数分。

 出口を塞いでいた壁をマスターキー(武力)でぶっ壊すと、その先には月のない夜空と森が広がっていた。

 

 

 「ハンス主任!!!」

 

 

 俺の傍に走り寄るイリスを無視し、先ほど出てきた隠し通路の出口にピンを抜いたありったけの手りゅう弾を投げ込む。

 起爆した手りゅう弾により、隠し通路の出口が崩落し、塞がったのを確認した俺は―――

 

 

 「よし、追手が来る前に一刻も早くここから離れるぞ」

 

 「しゅ、主任?」

 

 

 イリスを担いで全速力で逃走する。

 

 

 「あ、あの隠し通路の出口は崩落したので追手は……」

 

 「馬鹿野郎!あいつ等が崩落程度で止まるか!」

 

 

 多分魔人化した幹部司祭と戦っている頃だろうが……いや、もうすでに幹部司祭を倒してこちらを追いかけてきているかもしれん!

 詳しいんだ俺は!あのガイ・バニングスとアリオス・マクレインが出口の崩落程度で止められる訳がないんだ!

 絶対バーニングなハートで崩落した場所をトンファーでぶち破って出てくるんだ!

 アリオス・マクレインに至っては、なんかもう八葉一刀で新しく通路を掘り進めながら出てくるに違いないんだ!

 いや、こうしているうちにもう後ろに迫ってるかも……――――

 

 

 うおおおおおおお!唸れ!俺の足とパワードアーマー!!

 一刻も早くゴリラ共から逃れるのだぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 





 アルタイルロッジ編終了!
 ※幹部司祭はスタッフ(ガイ・アリオス)がボコりました。
 ティオ・プラトーについては少々お待ちください。


 ハンス主任オリジナルクラフト

 メカゴリラ全力稼働:自己・STR・SPD↑(大) CP40
 パワードアーマーを全力稼働させ、身体能力を向上させる。

 対ゴリラ用麻酔弾:単体・封技 封魔 アイテム封印100% 遅延 CP10
 特別に調合された麻痺弾を放つ。

 サッカーしようぜ!お前ボールな!:直線M・敵味方一人選択(戦闘不能含む)吹き飛ばし CP30
 対象者をボールに見立て、敵に向かって蹴り飛ばす。

 近くにいたお前が悪い:カウンター・敵味方一人選択(戦闘不能含む)ダメージ肩代わり CP30
 対象者を盾にすることで戦闘ダメージを肩代わりさせる。
 




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第二十話 旅行?いいえ出張です



 黎の軌跡Ⅰ、Ⅱクリアしてたら遅くなりました。いや~面白かった(小並感)



 

 枕元にある大きな窓から射し込む柔らかな朝の日差し。

 昨日寝る前にカーテンを閉め忘れたせいで、午前八時という朝っぱら(当社比)から、その鬱陶しい陽の光に睡眠妨害をかまされたことで、俺の気分は寝起き早々最低最悪である。

 このままカーテンを閉めて二度寝をしてやろうかと思いはしたものの、微妙に眠気が飛んでいってしまったので仕方なく起きること選択し、フカフカのベッドから這い出た。

 伸びをしつつその広い部屋を見渡すと、部屋の中心にある豪奢なテーブル席に座っていた一人の少女がスクリと立ち上がった。

 

 

 「おはようございます、ハンス主任」

 

 「ん」

 

 

 既に起きていたらしい少女――イリスのあいさつに俺は頭をガリガリかきながら軽く手を挙げて応える。

 そしてそのままベッド脇にあるお洒落な机に置かれた受話機に手を伸ばし――

 

 

 「ああイリス。お前、朝飯は食べたか?」

 

 「いえ、まだです…」

 

 「では二人分だな」

 

 

 イリスに確認を取ると、そのまま内線電話をかけた。

 

 

 「はい、こちらルームサービスです」

 

 「朝飯二人分部屋に持って来てくれ。なる早で」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アルタイルロッジの隠し通路の出口を手榴弾で破壊し、全力でロッジから逃走したその後。

 俺とイリスは服を着替えて欺瞞工作の為に大きく迂回するルートを取りながら、早朝のアルタイル市へと戻り、あらかじめ用意していたチケットで国際路線である『大陸横断鉄道』の始発列車に乗り込み、早々にカルバート共和国を後にした。

 

 そしてあのD∴G教団殲滅作戦から二日が経った今現在、俺とイリスは、カルバート共和国の隣にあるクロスベル自治州の州都クロスベル市の歓楽街にある《ホテル・ミレニアム》のスイートルームに活動の拠点を置いていた。

 

 何故そのまま黒の工房の本拠地があるエレボニア帝国へと帰らず、わざわざクロスベル自治州で活動を続けているのかというと、D∴G教団殲滅作戦の余波の調査をする為……というのが表向きの理由である。

 昨日の段階で、アルベリヒ工房長に戦術殻を介した長距離通信で技術情報の奪取に成功した旨を伝えた際にそう提案し承認された。

 

 ちなみにアルベリヒ工房長とゲオルグ君のペアもこちら同様、技術情報の奪取に成功したそうだ。下手打って捕まりゃ良かったのにな。

 二人が担当したミリーズロッジへは、教団員に扮して潜入し、難なく情報を奪ってきたらしい。

 

 ……そりゃあ今は関係はないとはいえ、長年D∴G教団の幹部司祭を務めてきたのだ。

 その手の内を知り尽くしている以上、襲撃を受け混乱するロッジ内に教団員に成りすまして潜入し、技術情報を奪ってくるなど、アルベリヒ工房長には容易いことだっただろう。

 

 しかしである。こちらが三連ゴリラや教団員共に絡まれまくったのに、工房長だけトラブルやハプニングが無かったのは不公平というものだ。教団員に間違われて捕まりゃ良かったのにな。

 

 まあともかく、アルベリヒ工房長とゲオルグ君は、そのまますぐに黒の工房の本拠地に帰還するつもりだったこともあり、提案はすんなりと受け入れられたのである。帰りに事故れ。

 

 ……余談だが、この調査は黒の工房の職務に該当するので、このホテルのスイートルームの宿泊費は経費扱いである。当然だな。

 

 

 

 さて、余波の調査にクロスベル自治州を選んだ理由として、この場所が一番情報収集に適しているという点が挙げられる。

 

 ゼムリア大陸西部の内陸部に位置するクロスベル自治州は、二大国であるエレボニア帝国とカルバード共和国の緩衝地域の自治州として、両国の影響下で国際交易と金融の拠点としての発展を遂げてきた貿易都市だ。

 その経緯や都市の性質上から、宗主国であり国土を隣接する帝国・共和国両国民の他にも、レミフェリア、レマン自治州、オレド自治州と非常に多くの外国人が行き交う為、各国の情報が非常に集めやすい。

 そのくせ、様々な理由で治安が終わっているので諜報活動がしやすいのである。

 

 ―――というのは表向きの理由。

 裏の理由にして、俺がわざわざクロスベル自治州に拠点を置いた本当の目的。

 それは、この地でとある二つの品(・・・・)の回収を目論んでいるからである。

 

 二つの品は、ゲームなどでよくある入手期間が限られている、俗にいう期間限定アイテムというものだ。

 一つ目は、元の持ち主が一部を除いてほぼ全てを持ち去ってしまい。

 二つ目は、その採集場所に釣りキチ教授が徘徊し始めるのである。

 

 まあ、一つ目の方も回収されるのは今から六年後――『碧の軌跡』が始まってからなので、まだまだ時間的猶予はあるし、二つ目に至っては同じく六年後にはそこら中に生え始めるので、決して今すぐ回収しなければならないという訳ではないのだが……どうせならこの地で暗躍をする連中の視線が教団殲滅作戦の方に集まり、足元への警戒が緩んでいるであろう今このタイミングでコッソリ回収してしまった方がいい。

 

 

 客室係に部屋まで持って来させた朝食を二人で食べた後、外出準備を整え部屋を後にする。

 

 

 「おはようございます、トバルカイン(・・・・・・)様にアリス(・・・)様。昨夜は良く眠れましたでしょうか」

 

 「ああ、ぐっすりとな。

 これから出かける。おそらく帰りは遅くなるだろうから、食事は外で済ませてくる」

 

 「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 

 

 フロントで声を掛けてきたホテルマンに、暗に飯を用意せずともいい事を伝えつつ、そのまま二人でホテルを出た。

 

 ちなみにトバルカインというのは、俺がいくつか持っている顔の一つである。

 エレボニア帝国とリベール王国との戦争――『百日戦役』の折、まるで未来を見通したかのような神がかり的な投機で瞬く間に資産を増やしていった将来有望なエレボニア帝国出身の青年投資家、アリスは腹違いの妹という設定だ。

 

 ちなみに投機のくだりは、ほぼ事実である。

 原作知識様々だな。

 しかし、ホント勝ててよかった。

 原作知識のおかげでほぼ勝てる賭けだったとはいえ、バタフライエフェクトにより万が一という事もあったからな。

 

 種銭はどうしたかだって?

 そんなもん黒の工房の資金を流用したに決まってるだろ。

 工房長が長年溜め込んできた資金を根こそぎぶち込んでやったわ。

 

 一世一代の大博打ではあったが、大きく賭けた分、リターンもまた大きいものになった。 

 おかげで今では種銭分を差し引いても、俺の総資産はかなりのモノになっている。

 

 金というのはいくらあっても困るものではないからな。あればあるほどいい。

 まあ、金はあっても自由はねえんだがな! HAHAHA!

 

 え?それだけ稼いでいるのなら、工房の金使い込まなくても良いんじゃないかって?

 

 分かってねえな……。

 何かが欲しいから、工房の金を使い込むじゃねえんだ。

 工房の金を使い込みたいから、使い込むんだ。

 

 俺が工房の金を使い込む事で、工房長の資産が目減りする。

 俺はそういったことに幸せを感じるんだ!

 

 

 

 

 ホテルを出た後、西通りにあるベーカリーカフェ《モルジュ》に寄って昼飯を買い、クロスベル市南口からウルスラ間道へと徒歩で出る。

 ちなみに今の俺の服装はフォーマルスーツの上にコートを着込んでおり、パワードアーマーは着用していない。

 さすがに赤く塗った『メカゴリラ』は目立つのでな。

 まあ装着していなくとも、魔獣共に遅れは取らんが。

 

 クロスベル州最大の湖であるエルム湖を右手に、時折聖ウルスラ医科大学へと向かう路線バスが通り過ぎていくのを見送りながら道なりに歩き続けていると、間道から脇道へと逸れる道が見えてきた。

 その脇道に進み、しばらく歩いていると、視界が唐突に開け、巨大な塔の遺跡が現れた。

 ここが一つ目の場所。

 数百年前、とある目的(・・・・・)の為に中世の錬金術師共が建造した《星見の塔》だ。

 

 おお……、ゲームではそれほど感じなかったが……近くで見ると大きいな。

 

 クロスベル警備隊が張った侵入禁止のバリケードを無視して飛び越えて塔を真下から見上げれば、その大きさに圧倒される。

 

 さて。目的の品が保管されている場所は、この塔の中層と上層の二箇所に分かれている。

 本来(ゲーム)であれば、その場所に辿り着く為には、そこにある正面扉から塔の中に入り、徘徊している魔物や錬金術師共が遺したゴーレム共を躱しつつ、様々なギミックを解除しながら上へ上へと登っていかなければならないのだが……ここは現実だ。そんな面倒なことをするつもりはない。

 

 即死攻撃をぶっ放してくるファッキン戦車(デススラッガー)の相手なんぞしてられるか。

 

 

 「イリス、あそこに見える外回廊から侵入するぞ。仕事だ《グング=ニール》」

 

 「了解しました。来てください《フルン=ティング》」

 

 『A・WnЭҐК』

  

 『К∴эвиХ』

 

 

 俺とイリスは自身が使役する戦術殻に飛び乗り、塔の中層辺りにある外回廊を目指してフワフワと飛んでいく。

 そして先にイリスが外回廊へと到達。それに少し遅れて俺も到達し、道中を大幅にショートカットしつつ《星見の塔》の内部へと侵入を果たした。

 

 うーむ。やはり俺とイリスの体重差のせいか、イリスを乗せている《フルン=ティング》より遅えな。

 もう少し出力を上げるか?

 

 そんな事を考えながら、外回廊を下へと降っていき、外回廊と塔内部を隔てる扉を開け放つ。

 

 

 「………よし、あったぞ」

 

 「こ…これは」

 

 

 その扉を開けた先にあったのは、薄暗くも幻想的に光り輝く吹き抜けの塔内部。

 そして数メートルはあろう高さの巨大な本棚ぎっしりに納められた膨大な量の書物。

 

 これこそが俺が回収したかった一つ目の品。《星見の塔》を建てた錬金術師共―――クロイス家が遺した魔導書だ。

 

 

 

 1200年前、かつてこのクロスベルの地に存在したという《七の至宝(セプト・テリオン)》が一つ。

 《幻の至宝》――虚ろなる神(デミウルゴス)

 

 それを授かった当時のクロイス家を中心とした一派は、他の至宝を授かった一族と同様、至宝が振るう奇蹟と恩恵により繁栄を謳歌していたそうだ。

 

 しかし『女神に代わる地上の神が欲しい』という人々の願いを聞き入れたことによって高位の人格を持つことになった《幻の至宝》は、人間とほぼ同質の感情と知性を持つが故に、人間や世界の不条理や醜さに次第に心が耐えられなくなっていってしまう。

 そうして最終的には、自らがいずれ暴走し守るべき人々を傷つけないよう、自身の至宝に備わる因果を御するその力を以て、自らの因果を解いて消滅してしまったのである。

 

 その結末は、至宝そのものに叡智と判断力がなかったゆえに人の欲望を無制限に叶えてしまい、肉体的にも精神的にも堕落していった《空の至宝》――輝く環(オーリ・オール)の眷属共や、よりにもよって至宝を授かった者同士でいがみ合ってドンパチし始めたあげく、大陸全土を丸焼きにして吹っ飛んだ《焔の至宝》――紅い聖櫃(アークルージュ)と《大地の至宝》――巨の黒槌(ロストゼウム)のバカ眷属共よりは、はるかにマシなものだったと言えるだろうが。

 だからといって、今まで自分たちを導いてくれる存在が突如として居なくなってしまった彼等の衝撃と絶望が和らぐ訳でも無い。

 

 そうしてクロイス家の一派、何故そうなったのか、至宝が何を思ってそうしたのかを省みることなく。

 喪われてしまった至宝を何としてもこの手に取り戻すべく、《幻の至宝》を復活させる…いや、ただの復活のみならず《幻の至宝》をも凌駕する《零の至宝》の創造する《碧き零の計画》を立案。

 700年もの長きにわたる暗躍を始めたのである。

 

 ちなみに、泣く子もドン引くキ〇ガイカルト教団である《D∴G教団》も、この《碧き零の計画》の核となる《零の至宝》の器であるホムンクルスを完成させる為に、こいつ等が生み出した傀儡なのである。クソかな?

 

 ここにある魔導書の山は、如何にして《零の至宝》を生み出すか。その手法を追い求めた錬金術師共の妄執の一欠けらと言ったところだろう。

 

ちなみに彼らの探求心の矛先は外にも伸びており、《零の至宝》の器に叡智を蓄えさせる装置――《揺籠》の作成に俺の属する地精(グノーム)の有する技術――地脈を使った叡智の自己組織化技術をクロイス家に掠め取られている。

 尤も、こちらもクロイス家からホムンクルス作成技術を盗んでいるのだが。

 

 

 「イリス、ここにある書物全ての内容を記録するぞ。

 …ああ、指紋を遺さないよう手袋をつけておけよ」

 

 「りょ、了解しました」

 

 

 のちに……と言っても六年後ではあるが、魔導書を回収しに来るであろうクロイス家の連中に勘付かれないよう手袋をつけ、イリスと手分けをしてお互いの戦術殻にも手伝わせながら、アルタイルロッジの時と同じように本の内容の記録を撮っていく。

 

 時間的猶予も人手も足りなかったアルタイルロッジの時とは違って、時間に追われないというのは実に良い。

 魔導書自体も劣化は進んでいるが十分読める範囲だ。文字も問題無く解読できる。

 次々と記録を撮っていく傍ら、魔導書の内容を解読しながら流し読みしていたのだが……中々面白い事が分かった。

 

 それは何故クロイス一族の錬金術師たちが、この《星見の塔》に自身の秘奥を記した魔導書を遺したのか、という裏事情だ。

 

 どうやらこの《星見の塔》は、《零の至宝》を創造する為の《陣》の一つであると同時に、バックアップ施設という側面も持っていたらしい。

 クロスベル全体を覆い尽くすほどの馬鹿馬鹿しいまでの巨大な錬成陣。

 その《陣》の構築を主導するクロイス家が、万が一錬金術の知識を失伝させるような事態に陥ったとしても、この場所に保管されている錬金術の秘奥を記した魔導書を基に速やかに再起を図れるようにする。

 ここはその為に作った場所であるらしい。

 

 ……なるほどな。同じく《陣》を構成する《月の僧院》に《太陽の砦》にはガッツリと《D∴G教団》の痕跡が残っていたにもかかわらず、《星見の塔》にその跡が全く見当たらなかったのはその為か。

 

 そりゃあこの塔自体がクロイス家の保険であるのなら、所詮はクロイス家の傀儡でしかない《D∴G教団》の連中が寄り付かないようにしてるわな。

 塔の内部に放たれている錬金術師のゴーレム共や侵入を妨げるギミックは、《D∴G教団》を含めた侵入者共を追い散らす門番にトラップといったところか。

 

 まあ、だからこそ六年後。

 《零の至宝》の完成を目前にし、もはやバックアップなど不要と判断した当代のクロイス家は、計画の発覚を遅らせるため、ここにある魔導書を持ち去ったのだろう。

 

 ……おそらく動いたのはマリアベル・クロイスだな。

 作中、敢えて全ての魔導書を持ち去らず、数冊をおひねり感覚で置いていくあたり、まんまあのサド女のやりそうな手口だ。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 俺とイリス、そして俺たちが有する戦術殻共まで動員しての記録収集は、特にトラブルも無く順調に進んではいたものの、それでも保管されている魔導書自体が膨大な量である為に、この階層の記録を撮り終える頃には正午を回っていた。

 

 魔導書の保管場所は後もう一箇所あるんだが……、先に昼飯にするか。

 そうだな……せっかくだし、こんな薄暗いところより見晴らしの良い場所で食べることにしよう。

 

 イリスを引き連れ外回廊に出ると、入ってきた時と同じように互いの戦術殻に乗り、更に上を目指す。

 そして最上階にたどり着くと、そこには四方を一望できる見晴らしの良い屋上と、巨大な鐘が鎮座していた。

 この鐘こそが《幻の至宝》に代わる《零の至宝》を生み出す錬成陣の要。

 作中において隙あらば鳴りまくって問題を引き起こし、外しても勝手に鳴りまくって問題を引き起こし、博物館に保管しても共鳴して鳴りまくって問題を引き起こす、存在自体が迷惑な古代遺物(アーティファクト)の害悪鐘である。

 個人的にはこんな害悪鐘なんぞ、さっさとぶっ壊したいところではあるが……これを壊すとどんな問題が起こるか予想もつかないので実行に移すことは出来ない。

 まあ、将来的には害悪鐘だとしても、今のところはただのデッカイオブジェなので無視しても問題はないだろう。

 

 屋上の一角にレジャーシートを敷き、ベーカリーカフェで昼飯にと買ってきたサンドイッチセットと飲み物を開けてイリスと共に食べる。

 うむ。流石はクロスベルの人気パン屋。美味である。

 眼下にエルム湖を望む、周囲を自然に囲まれた塔の最上階、森から聞こえてくる鳥たちの鳴き声と、太陽の光が心地よい。

 惜しむらくは、冬という事もあってピクニックを気取るには少々肌寒いところだな。

 まあ、俺もイリスもコートを羽織っているし、冷たい風も風よけ代わりの害悪鐘で防げているので問題は無いのだが。この鐘初めて人様の役に立ったのではないだろうか。

 

 ……ってかイリス。口元にソースが付いてんじゃねえか、汚えな。

 

 持っていたハンカチでイリスの口周りをゴシゴシと拭いてやる。

 

 

 「これでよし」

 

 「あぅ…。あ、ありがとうございます……」

 

 

 さて。昼飯を食べ終われば、作業の再開である。

 最上階の一つ下に降り、同じく魔導書が並ぶ部屋で、さっきと同じように魔導書を記録に収めていく。

 

 魔導書の数自体は先の場所よりも多かったものの、作業に慣れてきたこともあり、結果、先ほどよりも早く作業を終えることが出来た。

 

 うむ。中々段取りよくいったのではないだろうか。

 

 流し読みした範囲でも、使えそうな情報や応用できそうな技術が幾つもあった。

 かつてこちらがクロイス家から技術情報を掠め取った際は、Ozの開発に必要なホムンクルスの製作技術が中心だったからな。 

 ここまで幅広い錬金術の知識を入手できたのは僥倖だ。

 

 ……欲を言えばクロイス家が編み出した、錬金術を更に発展させ科学技術と融合させた《魔導科学》の技術情報があればなお良かったのだが……流石にこの場所には無かった。

 

 まあ、この場所は本当に非常時の為の防災シェルターみたいなもんだからな。

 そんな所に最新の研究成果は置かんわな。

 

 尤も、もしクロイス家の最先端技術である《魔導科学》の技術情報が一部でもこの《星見の塔》に保管されていたのなら、彼らが塔を厳重に守り、そもそも侵入することさえ叶わなかっただろう。

 

 クロイス家の連中にとって既に時代遅れの技術情報しか保管されていない。

 クロイス家の錬金術の知識を失伝させるという事態に陥らない限り、何の役にも立つことは無い、ただの倉庫だからこそ長年放置されており、こうも容易く技術情報を盗み出せた面も大きい。

 

 まあ錬金術を極めたクロイス家にとっては型落ち品であったとしても、こちら(地精)にとっては情報の宝庫だ。

 この錬金術の幅広い知識を記した魔導書の山は、二つ目の品(・・・・・)と共にせいぜい俺が役立ててやることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 侵入時と同様に、戦術殻に乗って地上に降りてきた俺とイリスは、そのまま《星見の塔》を後にする。

 来た道を帰り、ウルスラ間道へと戻ってくれば、現在の時刻は午後三時を示していた。

 

 ……ふむ。日暮れまでまだ時間があることだし、このまま二つ目の品も回収しに行くか。

 

 

 「このままもう一か所回るぞ。ついてこい」

 

 「了解しました」

 

 

 懐中時計をポケットにしまいつつイリスにそう告げ、ウルスラ間道をクロスベル市方面ではなく、聖ウルスラ医科大学方面に向けて歩いていく。

 

 そのまま歩みを進めれば、エルム湖を望む見晴らしのいい光景は、次第に森林地帯の風景へと置き換わっていった。

 そして、先と同じく脇道が見えてきたので、そちらに向かって進む。

 すると、足元は次第に湿潤な土地と変化し始め、周囲の様相も、湿地帯特有のソレへと置き換わっていった。

 

 エルム湖から流れ込む水を豊富に含んだ泥濘みにキレつつ、腹立ち紛れに目についた魔獣をしばき倒しながら、奥へ奥へと進んでいく。

 そして―――

 

 

 「……ここか」

 

 「……こ、この植物は一体……」

 

 

 湿地帯の最奥部にまで辿り着くと、そこには蒼色の花をつけた神秘的な植物が辺り一面咲き乱れていた。

 

 これこそが、七耀教会の聖典の外典《ラダー記》において『吉兆とも凶兆ともとれる蒼色の神秘の花』として伝えられている霊草。 

 かつての《幻の至宝》が、人と地上を識るために咲かせた眼にして依代にして、俺がこのクロスベルの地で回収を目論んでいた二つ目の品である――プレロマ草だ。

 

 

 「フン、どうやら無駄足にならずに済んだようだな」

 

 

 今の季節が冬である以上、もしかしたら寒さで枯れている可能性も考えていたのだが……流石軌跡シリーズきっての害悪雑草。

 鬱陶しいくらいの生命力だな。

 ……まあこちらとしては有難いのだが。

 

 呆気にとられるイリスを横目に、俺は戦術殻に持ってこさせていた大型ケースを広げ、特殊な溶液に満たされた幾つものビンと、そして小型スコップを取り出す。

 

 

 「イリス。ここにある雑……植物を集めれるだけ集めるぞ。

 いいか、なるべく根を傷つけないように掘り起こしてこのビンの中の溶液に沈めろ」

 

 「……ハンス主任、この植物は一体どうなさるのですか?」

 

 

 プレロマ草の採集準備とその説明をしていると、イリスが疑問を投げかけた。

 

 この植物をどうするのか、か。

 

 その問いに対し、そのままの意味で答えるのならば、このプロレマ草を黒の工房に持ち帰り、培養研究するという答えになるのだが……そういうことを聞いているのではないだろうな。

 

 イリスが聞いているのは「このプロレマ草を研究して一体何を(・・)しようとしているのか」という点だろう。

 

 そんなもの、決まっている。

 わざわざこんな辺鄙な場所まで来て、プレロマ草を集める理由なんぞ一つしかない。

 

 ―――このプレロマ草を原料として生み出される『真なる叡智』

 

 

 「作るんだよ。新しいグノーシスをな」

 

 

 

 

 ―――俺が有効活用してやろう

 

 

 





 ハンス主任の倫理観なんて所詮こんなもん。

 錬金術+黒の工房技術+グノーシス = ???




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第二十一話 理屈をこねれば大体経費



 感想、誤字報告いつもありがとうございます!
 励みになっています! 

 今回は少し短め




 

 エルム湖湿地帯で無事プロレマ草の採集を終えた後。

 俺たちはウルスラ間道へ戻ると、一旦聖ウルスラ医科大学へと向かい、大学前のバス停留所から出ている市内行きの路線バスに乗り込んでクロスベル市へと帰ってきた。

 

 町に着いたころには、もう時刻も午後五時半を回っており、夕暮れの光が町中を暁に染め上げていた。

 

 ふむ……。このまま夕飯と洒落込むには少し早すぎるな。どこかで時間でも潰したい所ではあるが……。

 そうだな……、ついでにもう一つ用事を済ませるか。

 

 

 「ついて来い、イリス」

 

 「わかりました」

 

 

 俺とイリスは町の中央広場から裏通りへと入り、建物のスキマを縫うように建てられたアーケード内、無数にある店の煌びやかなネオンの光の中を、泳ぐように先へ先へと進んでいく。

 そのまましばらく歩くと目的地が見えてきた。

 鬱陶しいまでに自己主張の激しいネオンが煌めく裏通りの中にあって、ひっそりと建つ骨董店。

 その外壁に『イメルダ』という店の名前を見つけ、目的の店であることを確認すると、イリスの手を引きながらそのままドアを開けて中に入る。

 

 

「ヒヒッ、初めて見る顔だね。いらっしゃい」

 

 

 俺がドアを開けたのに合わせて、扉に据え付けられていた鐘がカランカランと店内に木霊する。

 それと同時に、怪しげな女の声が聞こえて来た。

 

 店のカウンター奥に座る、紫色の衣装を身にまとった老婆。

 この人こそが軌跡シリーズでお馴染みの、クロスベルの裏通りでアンティーク屋《イメルダ》を営んでいるイメルダ夫人である。

 

 おおう……。『零の軌跡』や『碧の軌跡』のちびキャラから、『閃の軌跡Ⅳ』で3Dキャラに昇格した時にも、大概インパクトがあったが……。

 生で見るとなんか…もう…すげえな。

 一緒に入ってきたイリスなんか、夫人の圧に腰が引けてしまっておるわ。

 

 

 「……冷やかしはごめんなんだがねぇ」

 

 

 イメルダ夫人の想像以上のキャラの濃さに、内心圧倒されつつもカウンターに近づいていくと、夫人の口から溜息と共に素っ気ない言葉が漏れ出た。

 

 ……まあ、見た目成人したてっぽい青年に、年端もいかぬような少女のコンビだ。

 如何にも金を持っていなさそうなその組み合わせは、高価なアンティークを扱う彼女の店に出入りするには、相応しくないように見えるだろうが……せめてあからさまな態度を表に出さないよう、最低限努力してほしいものである。

 

 

 「いえマダム。冷やかしではありませんよ。

 ……こちらで《ローゼンベルク人形》を扱っていると耳にしたのですが?」

 

 

 こちらは冷やかしの客ではなく、明確に物を買いに来たのだから。

 そう言いながら、イメルダ夫人に懐に入れていたミラの札束の幾つかを見せる。

 

 秘技!札束ビンタ!

 

 本当は小切手や手形でも構わないし、ぶっちゃけそっちの方が楽なんだが……。

 俺のような若造だと、有価証券の類は、まず初見では信用されんのでな。

 一定以上の現金は常に持ち歩くようにしているのだ。やっぱこの手に限る。

 

 

 「……ああ、そっち目当ての客かい。

 ヒヒャヒャ、その通り。

 うちはヨルグの爺が作った《ローゼンベルク人形》の販売代理を請け負っている。

 そっちの棚に飾ってるから見ていきな」

 

 「ありがとうございます」

 

 

 俺の支払い能力を見て、冷やかしではないと分かったことで、一転して気を良くしたイメルダ夫人は、店の一角にあるアンティークドールが収められたショーケースを指し示した。

 

 ……その笑い方といい、全身紫色のケバい恰好といい、《魔女の眷属(へクセンブリード)》のローゼリアよりよっぽど魔女やってんな……。

 

 それはともかく。俺がここに来たのは《ローゼンベルク人形》を手に入れる為だ。

 

 クロスベル自治州の街外れにある工房――《ローゼンベルク工房》の長にして人形師――ヨルグ・ローゼンベルクが手掛けるローゼンベルク人形。

 そのあり得ないほどに精巧なそのアンティークドールは多くの人々を魅了し、小さいものでも一体あたり数万ミラ。

 プレミアがついたものでは、過去にオークションで500万ミラもの高値で落札された人形すらあるほどだ。

 大体1ミラあたり10円くらいなので、日本円にして約5000万円ということだな。

 

 ちなみに、ヨルグ・ローゼンベルクの《ローゼンベルク工房》は、俺たち《黒の工房》と同じく、結社《身喰らう蛇》と協力関係を持つ技術集団――《十三工房》に名を連ねており、結社の幾つかの人形兵器の制作や、《パテル=マテル》といった『ゴルディアス級人形兵器』構想も当初は彼が手掛けていたものだ。

 尤も、『ゴルディアス級人形兵器』開発計画自体は、《十三工房》の統括者であり、蛇の使徒(アンギス)第六柱、そして弟子でもあるF・ノバルティスに道半ばで横取りされてしまったのだが、それはひとまず置いておくとして。

 

 イメルダ夫人が指差すショーケースの中を覗けば、そこには確かにローゼンベルク人形たちが並んでいた。

 

 ……これは……凄いな。前世であったアンティークドールの比じゃねえぞ。

 これが、この世界最高峰の人形と謳われるローゼンベルク人形か。

 

 そのショーケースの中に鎮座する物言わぬ少女たち。

 『不気味の谷』なんぞ軽く越えたその造形は、まるで本当に生きているかのような、今にも動き出しそうな気さえしてくるほどに精巧に作られている。

 

 ……いやホント、ここまで来るともはや人と区別がつかねえな。

 確かに大陸中にコレクターがいるのも頷けるクオリティーの高さだ。

 しかも最終的には、コレの後続が機械知性(ラピス)を宿して動き出すんだから堪んねえな?

 いい意味でも悪い意味でも(・・・・・・・・・・・・)

  

 ……だがまあいい、そんな未来の話より目先のコイツだ。

 クオリティーに問題はない。これならば十分転用(・・)できるだろう。

 

 俺がわざわざ《ローゼンベルク人形》を買いに来た理由。

 それは、この人形を用いることで、現在製作中の機械人形の完成度を向上させる事にある。

 

 『《パテル=マテル》用の神経系統を用いた制御技術』と引き換えに結社から譲渡された、『人間そっくりな機械人形の製作技術』。

 その技術を用いて製作中の機械人形に、弟子(ノバルティス)に「人形の調整にかけては右に出る人間はこの世に存在しない」とまで評されるほどの人形師(マイスター)が作り上げた《ローゼンベルク人形》の技術を解析し反映させることが出来れば、そのクオリティーを格段に向上させることが出来るだろう。

 俗に言うリバースエンジニアリングというやつだ。

 

 え?どうやって人形を解析するのかだって?

 リバースエンジニアリングだぞ?そんなもん人形バラして解析するに決まってるだろ。

 

 とりあえず、ショーケースの中から趣向の違う、そしてできるだけ高い(重要)ローゼンベルク人形を三体くらい選んで購入する。

 

 すんませーん!コレください。支払いは一括現金払いで。

 あ、領収証お願いします。後で経費(工房の金)で落とすんで。

 

 

 「……アンタ、バイヤーか何かかい?」

 

 

 さくさく購入手続きをしていると、イメルダ夫人が唐突にそんなことを聞いてきた。

 

 

 「いえ、違いますが……。

 何処かに売ったりするつもりは一切ありませんよ」

 

 「それにしては人形を見る目が……まあ良いさ。売れるんならね」

 

 

 俺がそう言っても、なんとなく納得していなさそうしているイメルダ夫人。

 

 失礼なババアだな。この俺を転売ヤーなんぞと間違えるとは……。

 社会に寄生する悪性腫瘍のような下劣で矮小な存在と同列に扱うでないわ。

 

 転売ヤー死すべし慈悲はない。

 

 俺は、単にヒューマノイドロボット製作における技術課題を克服する為に、ローゼンベルク人形(サンプル)をバラバラに分解して内部構造その他諸々を調べたいだけだ。

 何故か首をかしげているイメルダ夫人を放っておき、そのまま購入手続きを進める。

 

 ……ああ、そうだイリス。

 お前、この店の中で欲しくなったモノとかあるか?

 ほら、そこの人形(ローゼンベルク人形)とか欲しくなったりとか、コレクションしてみたいと思ったりは………。

 

 え?しない?………………そうか。(´・ω・`)

 

 

 

 

 幾つかのローゼンベルク人形を購入し、《黒の工房》の表向きの拠点の一つに郵送してもらう手続きを終えて店から出る頃には、もうすっかり日も落ちてしまっていた。

 

 さて。そろそろ晩飯にはいいころ合いだろう。

 何処で食べるかね。カフェレストラン《ヴァンセット》か、宿酒場《龍老飯店》もいいな。いやここは――

 

 幾つかの晩飯候補を思い浮かべながら、中央広場へ向かって裏通りを歩いていると、曲がり角から大きな人影がにゅっと現れた。

 

 

 「あ……」

 

 「あん?」

 

 

 曲がり角で出くわした三人。

 多種多様なネオンの光によって、夜になろうともある程度の明るさが保証されているからこそ、互いの顔を確認し、それが見覚えのある顔ということを認識するまでさして時間は掛からなかった。

 思いもよらぬ出会いに両者ともにフリーズしてしまっている中で。

 

 

 「……お久しぶり、です」

 

 「…おう、そうだな」

 

 

 イリスのおずおずとした挨拶が響く。

 

 ベージュのスーツを身にまとった大柄な男性。

 西ゼムリア大陸最高峰の猟兵団《西風の旅団》の元No.2にして、今現在はクロスベル市に拠点を置くマフィア組織――《ルバーチェ商会》の若頭を務める《殺人熊(キリングベア)》ガルシア・ロッシ氏とバッタリ出くわした。

 

 

 

 





 悪意はない。デリカシーもない。

 ヨルグ「……」(^ω^#)

 イメルダ「あ…あの奴の目…養豚場のブタを見る目だぁあああ!!?」




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第二十二話 ストライキには懲罰を


 今回はマジで難産でした




 

 少し前に、クロスベル自治州の治安が終わっているという話をしたと思うが、それにはクロスベルの地特有の根深い問題が関わっている。

 

 古くから交通の要所であった事と豊富な七耀石資源を抱えていた事から、西の大国《エレボニア帝国》と東の大国《カルバード王国》の熾烈な領土争いの舞台となっていたクロスベルの地だったが、七耀暦1134年に両国を宗主国とする共同委託統治の自治州として《クロスベル自治州》が成立。

 以後、《エレボニア帝国》と政変が起こり共和制となった《カルバート共和国》との緩衝地域の自治州として、両国の影響下で国際交易と金融の拠点としての発展を遂げてきた。

 

 しかし、両宗主国政府から承認されているのはあくまで自治権だけ。

 国家主権は認められておらず、しかも帝国・共和国双方とも自分こそがクロスベル唯一の宗主国であると主張し、相手を蹴落としクロスベルを我が物にせんと様々な形で自治州に干渉しやがる為に、帝国派と共和国派といった形で政界が二分され、政治面も法律面も改革が進まず、半分機能不全に陥っている有様だ。

 

 法律面が不備だらけである以上、それを元に犯罪を取り締まるクロスベル警察もまともに動くことも出来ず。

 そういった事情も相まって、成長著しい都市の発展とは裏腹に、一歩裏に回れば各国のスパイが暗躍し、国外から流入した犯罪者組織や猟兵団などが跋扈する、まさに世紀末といってもいい有様となっているのである。ロ〇ナプラかここは。

 

 そんな中で、長年クロスベルの裏社会を牛耳ってきたマフィア組織というのが、現在ガルシア・ロッシ氏が所属する《ルバーチェ商会》という訳だ。

 

 

 

 クロスベル市港湾区の公園内で営業しているラーメン屋台――麺処《オーゼル》。

 まだ晩飯を食べていなかった俺とイリスは、裏通りでバッタリ出くわしたガルシア・ロッシ氏を誘って、この屋台へと足を運んで来た。

 

 

「闘魂麺《猛火》大盛り二丁に、さっぱりトマト麺一丁お待ち!」

 

 

 屋台の店主であるオーゼルが、俺たちの前に注文の品のラーメンを並べていく。

 

 おお!これがゲームでもあった闘魂麺《猛火》か!

 

 この鼻腔を刺激する濃厚な豚骨醤油の懐かしき香り。

 前世で散々お世話になった数多のラーメンたちの思い出が走馬灯のように駆けめぐっていく。

 

 チ○ンラーメン、カップ○ードル、出○一丁、ワ○タン麺……懐かしいぜ。

 

 早速、割り箸を割ってラーメンを食べ始める。

 

 んんッ!鶏や豚から取ったと思われるコクと深みの醤油ベースのスープが、縮れのある中細麺に絶妙に絡み合っている!

 

 うーまーいーぞー!

 

 俺も含め全員腹が減っていたのか、しばらくは無言で食べ進め、ちょうどタイミングが良かったのか俺たち以外に客の居ない屋台では、俺たちのラーメンをすする音のみが響いていた。

 

 ……まあ、イリスはそもそも初めて使う箸に悪戦苦闘しているようだが。すんませーん店主!フォークとかあります?

 

 そしてそれぞれの腹が満たされてくると次第に雑談へとシフトしていった。

 

 

 「それにしても…、オメエよくこの屋台知ってたな。

 そこそこの穴場だと思ってたんだが」

 

 「クロスベルに来る前に、しっかりと下調べしてきましたのでね。

 それに、ラーメンは我がソウルフードと言っても過言ではありませんから」

 

 「……この前フライドチキン食ってた時もそんな事言ってなかったか?」

 

 

 俺の力説に、呆れた様子でそう返すガルシア氏。

 

 失礼な。別に嘘はついてはいないぞ。

 ただ、俺の108つあるソウルフードの内二品がそれというだけだ。

 

 

 「……しかし、半年前の送別会以来ですか。

 どうですか?クロスベルの新しい職場は。ガルシア『営業本部長』殿?」

 

 「ハッ、伊達に『魔都』と呼ばれるだけの事はある。

 『西風』に居た時とはまた違う、刺激的な日々を過ごさせてもらってるぜ?荒事も含めてな」

 

 

 ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるガルシア氏。

 

 クロスベルの裏社会を長年牛耳っている古参のマフィア組織である《ルバーチェ商会》。

 その中でマルコーニが先代を追い落とすべく仕掛けたクーデターで実行部隊として雇われたのが、当時《西風の旅団》に所属していたガルシア氏の部隊だ。

 その後、クーデターが成功し会長の座に就いたマルコーニにその手腕を買われ、彼の率いる部隊ごとルバーチェ商会に若頭として高待遇で引き抜かれることとなったのである。

 

 ちなみに、No.2を部隊ごと引き抜かれた《西風の旅団》とガルシア氏たちとの間に遺恨が残ったかと言えば、全くそうでもなく。

 それどころか、団を上げてガルシア氏達の送別会を歓楽都市《ラクウェル》で盛大にやってたくらいである。

 

 え?何でそんな事知ってるのかだって?

 

 ちょうどラクウェルに出張(キャバクラ)に向かう道中で、団長たちとバッタリ出くわしてな。

 ルトガー団長の厚意で送別会に誘われたのだ。

 まあそれはともかく。

 

 原作知識で知っていたとはいえ、彼が元気そうで何よりである。

 「団長たちへの伝言を承りましょうか」なんて冗談めかしてガルシア氏に言えば、「要らねえよ」と鼻で笑って返してきた。

 

 

 「そういや、クロスベルに来たのは旅行か何かか?」

 

 

 一足先にラーメンを食べ終え、満足げな表情を浮かべるガルシア氏がそう訊いてきた。

 

 

 「いえいえ、仕事ですよ仕事。少々調査の方をね」

 

 

 その問いに対して、俺は表向きの用件――『D∴G教団殲滅作戦の余波の調査』の方を答えた。

 あの回収作業も実質仕事みたいなもんだしな。

 

 

 「……『調査』、か。

 まさか……、そっち(黒の工房)もクロスベルに進出してくるつもりじゃねえだろうな」

 

 

 するとガルシア氏は、俺の『調査』という言葉に『クロスベル進出の為の市場調査』を連想したのか、訝しげな表情を浮かべこちらを探るような視線を送って来た。

 

 ……まあガルシア氏の懸念も尤だな。

 

 《ルバーチェ商会》は武器の密貿易の方面にも手を出している。

 その事を考えれば、もし《黒の工房》がクロスベルに進出してきた場合、武器を求める客層に多少違いはあるとはいえ、商会のシノギの一つがこちら(黒の工房)と競合する可能性も考えられるのだ。

 クロスベルの裏社会を牛耳る《ルバーチェ商会(マフィア)》の『営業本部長(若頭)』として、そこを警戒するのも当然といえる。

 

 ……まあ、言ってしまってもいいか。

 別に隠す程の事ではないしな。

 

 「いえ、そうではなく」と前置きしながらチラリと屋台の主の位置を探り、少し離れた自販機近くで缶コーヒーを飲んで休憩している事を確認すると、少し声を落として話し始める。

 

 

 「……調査の内容は『例の作戦』についてでして。

 ほら、二日前にあった………」

 

 「……ああ、()()()()それ関連で動いてんのか」

 

 それを聞いて合点がいったような頷くガルシア氏。

 ん?そっちもということは――

 

 「商会の方でも、例の作戦(教団殲滅作戦)を追っていると?」

 

 「ああ。……といっても全容はまだ掴めちゃいないがな」

 

 

 俺の問いに対し、そう答えるガルシア氏。

 

 ……その言い方からして、《ルバーチェ商会》の方でも《教団殲滅作戦》に関して幾らか情報を持ってるらしい。

 

 ならば、ちょうどいい。

 

 

 「……どうです?

 こちら(黒の工房)そちら(ルバーチェ商会)例の作戦(教団殲滅作戦)について情報交換といきませんか?」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「ハハッ!なるほどな……。

 この一連の騒動の仕掛け人は《遊撃士協会》、それも《百日戦役の英雄(カシウス・ブライト)》だったとはな。

 なるほど、道理で手慣れてる訳だ……。

 連中(遊撃士)では到底真似できねえ作戦展開は、さすがは元軍人ってところか」

 

 「笑い事では無いと思うんですがねえ」

 

 

 俺からの情報を聞いたガルシア氏は、合点がいったのか俺のボヤきも気にせずにカラカラと笑い声を上げた。

 

 ガルシア・ロッシ氏との情報交換は中々に有意義なものとなった。

 《ルバーチェ商会》はどうやらカルバート共和国内を中心に情報を集めていたらしく、《黒の工房》が得ていた殲滅作戦の情報と引き換えに、原作でも詳細に語られる事は無かった《D∴G教団殲滅作戦》におけるカルバート共和国内の動きを把握することが出来たのである。

 

 その情報によれば、カルバート共和国内では二日前の《D∴G教団殲滅作戦》の開始と共に、共和国政府の主導で《D∴G教団》と繋がっていたと思しき連中の一斉摘発が始まったらしい。

 これはおそらく表裏含め、《教団》の関係者を根絶やしにする為の作戦の一環なのだろうが……。

 

 だが如何せん《教団》による被害が最も大きかっただけあって、連中はカルバート共和国の中枢深くまで食い込んでいたらしく、多くの有力者が教団シンパとして取り込まれてしまっていたらしい。

 今現在も次々と摘発逮捕されている教団シンパの中には、政府関係者や政治家、共和国軍の軍人、あげくの果てには基地司令官の名まであるそうだ。

 

 ……そりゃあアルタイルロッジの連中が、共和国軍でも配備が始まったばかりの最新軍用導力ライフル持ってたはずだよ。

 将校クラスが横流ししてるだろうとは思ってはいたが、まさか基地司令官まで《教団》と繋がってたとはな。

 

 お前ら国家に対する忠誠心はどうした。

 あれか?《楽園》ロッジのロ〇コンホイホイに引っかかったんか?

 カルバート共和国終わってんな。

 まあ、エレボニア帝国も別の意味(イシュメルガ)で終わってるんだけどな!! HAHAHA!

 

 だが、どうりで共和国領内にあるはずのアルタイルロッジをわざわざクロスベル警察に任せていたはずだよ。

 

 そりゃあ共和国軍の基地司令官まで裏切ってた上での、アルタイルロッジ以外の各ロッジ制圧と教団シンパ共の一斉摘発となれば、いくら共和国でも手が回らなくなるわな。

 

 

 「しかし……そうなるとしばらく共和国方面は荒れそうですね」

 

 「ああ、表は言わずもがな、裏の方も荒れるだろうな。

 元々あの《教団》の連中の悪辣さは裏社会にも知れ渡っていたからな。

 今までは組織規模が大きすぎて手が付けられなかったが……組織自体が壊滅したとなれば話は別だ。

 裏社会でもじきに《教団》の残党狩りが始まるだろうよ。

 【掟】を破られまくって怒り心頭だった《黒月(ヘイユエ)》のヤツらを筆頭にな」

 

 「……ああ、違法薬物(グノーシス)人身売買(人体実験)は《黒月(ヘイユエ)》では御法度ですからね。

 自称・『共和国裏社会のバランサー』としては動かざるを得ませんか。

 ……どうです、いっそこの機会に《商会》も共和国にでも打って出ては?

 混乱に乗じれば《黒月(ヘイユエ)》の裏をかけるかもしれませんよ?」

 

 「けしかけて来んじゃねえっての。

 どう見ても藪蛇じゃねえか。

 ウチの会長(マルコーニ)も火中の栗を拾う趣味はねえだろうよ。

 おそらくは静観しつつクロスベルの足場固めに徹するだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ひと通りの情報を交換し終えた後。

 ラーメンの会計をサクッと済ませると、俺はガルシア氏と共に屋台を後にした。

 ちなみにイリスはあちこち歩き回って疲れたのか、うつらうつらと舟を漕ぎ始めていたので背中に背負っている。

 

 その後も、帰り道が途中まで一緒なのもあって、俺とガルシア氏とで歩きながら雑談が続けていたが、いよいよ中央広場の分岐を以って道が分かたれることとなった。

 

 ………さて、彼に助言をするのならば、ここが()()()()()になるが………。

 

 《D∴G教団》に対して静観を決め込むつもりの《ルバーチェ商会》だが、残念ながら無理だ。

 何故なら、商会と密接な関係を持つクロスベル自治州議会議長のハルトマンの命令によって、D∴G教団殲滅作戦から逃げ延びた幹部司祭――ヨアヒム・ギュンターをかくまう事になってしまうからだ。

 

 ……まあ、ハルトマン議長がヨアヒムをかくまう事になった理由も、かつて《楽園》ロッジのロ○コン&ペ○フィリアホイホイに引っ掛かってしまったハルトマン議長が、その事をネタにヨアヒムに強請られて協力させられているっていうクッソ情けねえ理由なんだが。それはともかく。

 

 そうしてロリトマン――じゃなかったハルトマン議長を介することで実質的に《ルバーチェ商会》に命令を下せる立場となったヨアヒムは、完成させたグノーシスと《商会》を使ってクロスベル中を巻き込んだ大事件を引き起こし、そしてそれが長年クロスベルの裏社会を支配してきた《ルバーチェ商会》の崩壊へと繋がっていくのだが……。

 

 それはまだまだ未来の話。

 今はまだヨアヒムも教団殲滅作戦から必死に逃げ回っている最中で、おそらくハルトマン議長にも接触できていないはず。

 今ならまだ、《ルバーチェ商会》――というよりガルシア氏に助言という形で助け船を出すことは出来るだろう。

 嗅覚の鋭い彼の事だ。

 ヨアヒムの事を直接教えなくとも、噂という形で殲滅作戦で取り逃がした幹部司祭がいる事を仄めかせば、後は勝手にヨアヒムの正体にたどり着く事はずだ。

 

 原作知識による改変を妨げる《黒の史書》に関しても、ここがエレボニア帝国ではない以上、問題は無いし、《黒の工房》に不利益がない以上、イシュメルガの隷属支配が働く事もない。

 

 何らリスクもなく、たった一言教えるだけで、初めて明確に未来を変える(原作改変)ことが出来る。だが―――

 

 

 「では、()()()()()

 

 「ああ、じゃあな」

 

 

 分かれ道で俺はガルシア氏と別れの挨拶を交わして別れた。

 ……ガルシア氏に教えなかった理由は簡単。教える意味がない。

 

 残念ながら、この世界は何かを一つ変えれば、全てが上手くなどという甘い世界では無い。

 いくつもの巨大組織が己が野望の成就の為に暗躍し、時に手を組み、潰し合う、修羅のような世界なのだ。

 何か一つ変えた所で、どうにか出来るはずもない。

 

 それに。俺たちには役割がある。

 彼ら(ルバーチェ商会)にも。俺たち(黒の工房)にも。

 

 俺たちにしかできない役割が。

 

 そう、役割だ。

 

 『英雄』たちの前に立ちはだかる壁としての、そして『英雄』たちが『伝説』を紡ぐ為に挑み、倒される『悪』としての役割が。

 

 ……だからまあ、盛大に滅んでいってくれ。

 クロスベルの英雄たち(特務支援課)の踏み台として、盛大にな。

 

 なに、寂しがることはない。

 

 こちらも(黒の工房)もじきに、エレボニア帝国の英雄たち(新旧Ⅶ組)の踏み台として、その後を追う事になるだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 ティオ・プラトーside

 

 

 

「じゃあティオちゃん、診察はこれで終わりだから、後はゆっくり休んでちょうだいね」

 

 「………」

 

  

 そう話しかけてきた看護婦さんは、私がコクリと頷くと優しげな笑みを浮かべ、ドアを閉めて去っていきました。

 

 あの地獄のような場所―――アルタイルロッジという所から救助された私は、いつの間にか気を失っていたらしく、目が覚めた時には既に《ウルスラ医科大学》という場所に担ぎ込まれていました。

 目覚めてからの二日間は、精密検査や診察などであっという間に過ぎていきましたが、それも今日で終わり、今はベッドの上から何をするでも無くぼうっと窓から見える夜の月を眺めています。

 

 何もかもが唐突過ぎて、今まで実感が湧きませんでしたが、落ち着ける時間が持てた事で、ようやくあの場所から逃れることが出来たんだという実感が少しづつ湧いて来て。

 

 それと同時に。

 ゆっくり考える時間が出来たからこそ、アレについて……あの場所にいた赤いプロテクターを纏った男の人から、()()()()()()()()()()()が頭から離れません。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三年前に誘拐されて以来、私は同じように誘拐されてきた子供たちと同じく、毎日のように感応力強化の人体実験を受けさせられていました。

 

 そしてあの日も、私は実験を受けさせられていましたが、何故か途中で実験は打ち切られ、そのすぐ後に誰かが私を抱きかかえ慌ただしく移動し始めました。

 

 その時は何が起きたのか分かりませんでしたし、実験の後遺症による痛みもあった為に、されるがままになっていましたが、それでも人体実験で強化された感応力によって、私を運んでいる人が何かに対し『怒り』、『恐れ』、『焦っている』という感情は明確に感じ取れました。

 そして私を小脇に抱えて移動していた人が通路の曲がり角に差し掛かった時―――

 

 

 「な!?もうこんなところまで―――」

 

 「やかましい!!」

 

 「がべッ!?」

 

 

 いきなり強い衝撃を受け、私は通路に投げ出されました。

 投げ出された衝撃で地面をゴロゴロと転がったことで身体中に鈍い痛みが走りましたが、実験で疲弊していた私には痛みにのたうち回る元気も、起き上がる気力すらありませんでした。

 

 

 「このクソ忙しい時に厄介事をデリバリーしてきやがって、このハゲ!!」

 

 「ぐはッ!?」

 

 

 私は寝ころんだ状態のまま、私を運んでいた人に何かを打ち込んでガスガスと蹴りを入れている赤いプロテクターを纏った男の人をぼんやりと眺めていると、その人はゆっくりとこちらに歩いてきました。

 

 

 「あー、嬢ちゃん?大丈夫かね?」

 

 

 おっかなびっくりといった様子でこちらに声を掛けてくる赤いプロテクターを纏った男の人とは距離があったものの、感応力によって『純粋にこちらを心配している』ことが理解できました。

 

 久しぶりに感じた、実験を強いる人たちとも、私と同じように連れてこられた子供たちとも違う暖かな感情の揺らぎ。

 

 それに安堵してしまった私はつい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。

 

 そして私を助け起こそうとしたのか、()()()()()()()()()()()―――

 

 

 

 

 

 

 「………………ッ!!!?」

 

 

 そこまで思い出してしまった時、私はベットの上で口に手を当てて喉の奥からせり上がってくる胃液を必死に抑え込んでいました。

 

 私が彼と触れた瞬間、感応力で読み取ってしまったのは彼の()()

 

 その彼の潜在意識ともいうべき空間に広がっていたのは、今まで私が感じたことのないほどに凶悪な、そして底知れない『悪意』の鎖。

 そしてその鎖に縛られてなお、抗おうとする彼の魂は―――

 

 

 

 

 

 

 もうどうしようも無いほどに『狂って』いました。

 

 

 

 

 

 





 あのイシュメルガに抗い続けて正気でいられるわけないよねって話
 やったねハンス君!心まで工房長そっくりになって来たよ!

 
 ・ティオ・プラトーがハンス主任の気配を記憶しました。
  『零の軌跡』に地雷がセットされました。

 ・《ルバーチェ商会》のとの交流により友好度が上りました。
  《黒の競売会》への招待フラグが立ちました。

 ・《特務支援課》との敵対フラグが立ちました。




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第二十三話 出向先では愛想よく


 閃の軌跡NW終わりましたね。色々考査のしがいがあるストーリーでした

 あとお知らせですが
 この話以降は黎の軌跡ⅠⅡ、閃の軌跡NWの内容も入れていきたいと思います
 それに伴い、タグも変更します




 

 あれから数日間、俺とイリスは、アルベリヒ工房長から命ぜられた『D∴G教団殲滅作戦の余波の調査』任務を完遂するべく、昼夜を問わずクロスベル中を駆けずり回って情報収集に勤しんでいた。

 

 昼は観光客に扮して、鉱山町《マインツ》や《アルモニカ》村、東方風の街並みの《東通り》の屋台通りを偵察して回り。

 夕方には劇団《アルカンシェル》の舞台公演にS席チケットを買って潜入を敢行し。

 そして夜にはイリスをホテルで待機させて、単身ジャズバー《ガランテ》やカジノハウス《バルカ》に乗り込み、バーテンダーやホステス、ディーラー、スロット台、ルーレット台などにチップを弾んで入念な聞き込み調査を行なった。

 

 その他にも宿酒場《龍老飯店》、カフェレストラン《ヴァンセット》、オーバルストア《ゲンテン》、百貨店《タイムズ》など、様々なスポット(名所)を精力的に回って情報収集に努めた。

 

 ちなみに、保養地ミシュラムについては、残念ながら併設されたテーマパーク――ミシュラムワンダーランドは未だ建設中で開園していなかったので、情報収集(観光)リストから除外している。

 

 そしてその甲斐もあり―――

 

 なんと原作でも詳細に語られることのなかった《D∴G教団殲滅作戦》におけるカルバート共和国内の動きを正確に把握することが出来たのである!

 

 いや〜、短期間でこれほどの情報を集めてくるなど、ひとえに、偉大なる(爆笑)イシュメルガ様(塵)に対する我らの忠誠心の為せる業だと言え――……え?その情報は全部ガルシア氏から聞いたヤツじゃねえのかだって?………知らんな。

 

 ……いや、そもそも彼との情報交換も調査の一環であったことには相違無いのだ。

 そして情報収集というものは、必ずしも全てが上手くいくわけではなく、どうしても空振りも相応に含まれてしまうものである。

 

 だから、アルベリヒ工房長へ提出する報告書に、ガルシア氏から聞いた内容をそっくりそのままコピペすることも、クロスベル中を駆けずり回った調査費用として、クロスベル市民の平均年収の二倍以上の費用を経費として計上することも、全て致し方のないことなのだ。うむ。

 

 

 

 さて、クロスベル自治州での調査を終えた俺とイリスは、大陸横断鉄道へと乗り込んで自治州を後にし、黒の工房の本拠地へと帰還した。

 

 そして帰還して早々、列車の車内で一番値段の高かった駅弁を食べながらサクッと仕上げた調査報告書をアルベリヒ工房長に提出し、ついでに、工房長に回収してきたミリーズ・ロッジの資料整理を丸投げされて死にかけているゲオルグ君に、アルタイル・ロッジで回収してきた資料の入ったメモリカードを渡す。

 

 これのデータ整理もよろしく。俺はパクッてきた魔導書解析に忙しいから。

 ああ、それとゲオルグ君には、お土産のアルモニカ村の蜂蜜瓶を買ってきたぞ。

 これでも舐めて資料整理の仕事を頑張るといい。

 

 そして、椅子からひっくり返って動かなくなったゲオルグ君の傍にお土産を御供えして研究室を後にした。

 

 え?工房長にはお土産は無いのかだって?

 

 何で買わなきゃなんねえの?

 

 

 ……ああ、そういえばイリス。

 

 今回の観こ…ゲフンゲフン調査で色々な場所を回った訳だが……何か思うところとかないかね。 

 

 ……いや、調査の内容とかではなくてだな。

 

 黒の工房にはない、大陸有数の貿易都市と謳われるクロスベルの活気あふれる町並みを見てだな……何というか憧れというか夢というか、「オラ、こんな陰気臭い工房さ出てってクロスベルに行くだ!」とかそういう感じの感情とか願望とか芽生えたりは………。

 

 え?しない?………………そうか。(´・ω・`)

 

 ………まあ、あそこ治安クソだしな。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒の工房の本拠地に帰還してしばらくは、何事もなく過ぎていった。

 

 イリスと共に、猟兵団からのSウェポン発注に対応しつつ、《星見の塔》で回収してきた魔導書データを解析したり、プレロマ草とグノーシスの研究をしたり、ラクウェルに出張(カジノ)に行ったり。

 

 アルベリヒ工房長に粛清されないよう研究成果を提出しつつ、新しく得た戦闘データを基にSウェポン戦闘用強化外骨格『パワードアーマー Zwei 』――通称『メカゴリラ二号改』にさらなる改良を施したり、買って来た《ローゼンベルク人形》を調べ上げて人型の機械人形制作に反映させたり、前にアルベリヒ工房長から毟った髪の毛の毛根の遺伝子情報解析したり、魂魄研究したり、オルディスに出張(食べ歩き)に行ったり、ラクウェルに出張(キャバクラ)に行ったり、ユミルに出張(温泉)に行ったりしていたある日のこと。

 

 

 

 

 俺はゼムリア大陸で暗躍する秘密結社――《身食らう蛇(ウロボロス)》が保有する研究施設の一つに足を運んでいた。

 

 俺がこうして蛇の研究施設に足を運んでいるのは、アルベリヒ工房長と《身喰らう蛇》の最高幹部《蛇の使徒(アンギス)》の一人である第六柱にして、《黒の工房》も参画している結社の技術ネットワーク《十三工房》の統括者でもあるノバルティス博士との取り決めのせいだ。

 

 結社の有する人間そっくりな機械人形の製作技術とのトレードで決まった、『ゴルディアス級戦略人形兵器開発計画』への技術提供。

 その交流窓口としての役割を、アルベリヒ工房長になすりつけられ、開発計画に参加させられるはめになったのである。

 

 尤も、ゴルディアス級戦略人形兵器――《パテル=マテル》の研究開発自体は既に完了し、結社産マッドがやらかしやがったせいで大惨事(・・・)となった(・・・・)操縦者選定も、少し前に終わっているのだが。

 アルベリヒ工房長がゴルディアス級戦略人形兵器に興味を示した為に、結社への技術提供の一環として、俺が担当した『操縦者の神経系統を用いた、非接触式の人形兵器制御術式』の被験者への経過観察と、野暮用ついでに、《パテル=マテル》の運用データを回収しに来ているのである。

 

 

 「やはり一番人気の《ランドプリンス》が……いや、最近のレースでも絶好調の《ブラックインパクト》も中々……」

 

 

 研究施設内にあるテラス席。

 その一角で、帝国時報と資料を広げて、来るべき『皇帝賞春』の競馬予想をしつつ、俺の戦術殻である《グング=ニール》の改造計画を練りながら、とある人物が来るのを待っていると、どこからか幼い少女の声が聞こえきた。

 

 

 「あらハンス。また競馬予想を立ててるの?」

 

 

 俺の名前を呼ぶ、たくさんのフリルがついた白いドレスを身にまとった小さな少女。

 その少女は、こちらへと近づいてきながら、楽しそうにクスクスと笑い声を上げる。

 

 

 「失礼な。片手間で仕事もしているぞ」

 

 「……メインは競馬の方なのね……」

 

 

 俺が帝国時報を畳みながらそう答えると、その少女は呆れたように呟いた。

 

 

 「検査の方は終わったのか、レン(・・)

 

 「ええ、ついさっきね」

 

 

 そう。

 この目の前の少女こそが、俺の待ち人。

 俺が担当した『操縦者の神経系統を用いた、非接触式の人形兵器制御術式』の被験者にして、ゴルディアス級戦略人形兵器――《パテル=マテル》の正式操縦者。

 そして、《D∴G教団》のロッジの一つである《楽園》唯一の生存者にして、「はいよろこんで」のフレーズと共に数多の軌跡プレイヤーにトラウマ植え付けた、シリーズでもお馴染み、《身喰らう蛇》の執行者No.XV――《殲滅天使》レンである。

 

 その彼女は、そのまま俺のテーブルの対面席に遠慮なく座ると、鞄からノートや教科書、筆記用具を取り出して勉強の準備を始める。そして――

 

 

 「ではお願いするわね、『先生(・・)』?」

 

 「ああ、では授業(・・)を始めようか」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 俺が陣取っていたラウンジのテーブルの対面席に教科書とノートを広げて座るレン。  

 そんな彼女に向けて、俺は授業をしていた。

 

 俺が彼女の勉強を見ることになったのは、完全な成り行きだ。

 レンが《パテル=マテル》との接続実験を成功させ、執行者候補から正式な執行者となり、他の執行者たちから、戦闘技術や諜報スキルなどといった手ほどきを受ける中、人形制御術式の被験者である彼女に対する経過観察のついでに、俺が勉強を見てやることなったのである。

 

 とはいっても、相手は原作で『あらゆる周囲の状況に対応できる天才』とまで称されていた逸材(キティ)

 その学習速度は並大抵のものではなく、まさにスポンジが水を吸うかの如く知識を吸収していっている。

 今教えている授業範囲も、既に大学で教えるような範囲に、片足どころか両足を突っ込んでいるくらいだ。

 

 いやー、物覚えのいい生徒というのは実にいい……。

 なにせ俺が楽だからな!

 

 そうして二時間ほどの授業が終われば、お茶会好きな彼女の希望で、そのままティータイムと洒落込むまでが、いつもの流れである。

 

 レンはオレンジジュースを、俺はコーヒーを飲みながら、お茶請けとして、この間ユミルに出張(強弁)した時に買ってきたユミル饅頭(経費)を摘みつつ、他愛もない会話を楽しんでいた。

 

 

 「そういえば……、今日はいつもより来るのが遅かったが、何かあったのか?」

 

 

 ユミル饅頭を口に放り込みながら、ふと思い出したことをレンに聞く。

 

 ……結構美味いな、この饅頭。

 

 

 「《博士》の思いつきの実験に付き合わされちゃってね……」

 

 

 すると、付き合わされた実験の内容を思い出してしまったのだろう、レンはゲンナリしたような、疲れたようなため息をついた。

 

 ……ああ《博士》って言えば――

 

 

 「……あの腐れキノコ(ノバルティス博士)か……」

 

 「腐れキノコって……、相変わらずハンスは《博士》と仲が悪いのね」

 

 

 そりゃあそうだ。

 あのタラ〇の野郎には、接続実験を台無しにして(・・・・・・)くれやがった借り(・・・・・・・・)があるからな。

 いつかあの野郎には、俺の顔に泥を塗ってくれやがった落とし前をつけさせてやる所存である。

 

 そうして二人でお茶会を楽しんでいたその時、俺たちの視界に、見知った顔が映り込んだ。

 

 ……ん?アイツは……。

 

 そこに居たのは西洋甲冑を身に着けた茶髪の少女。

 そしてその姿を目聡く見つけたレンが、その茶髪の少女に声をかけた。

 

 

 「あら、デュバリィじゃない」

 

 「?……ああ、殲滅天使にハンスですか」

 

 

 レンに声をかけられて、初めてこちらに気づいた様子のデュバリィは、そのままこちらへと歩いてくる。

 彼女はデュバリィ。《蛇の使徒》第七柱――《鋼の聖女》アリアンロード直属の戦闘部隊――《鉄機隊》が誇る筆頭剣士だ。

 

 尤も、それはまだまだ未来の話ではあるが。

 彼女がアリアンロードに師事してから、あまり時間が経っていない為に、《神速》の異名もまだ無く、そして他メンバーも加入していない時期なので、《鉄機隊》というモノ自体、未だ影も形も無いのでな。

 

 ちなみに、デュバリィが俺のことを知っていたのは、じつは彼女とは、実戦訓練と戦闘データの収集がてら、よく手合わせをしている間柄だからだ。

 アリアンロードの元でメキメキと順調に力をつけてきているとはいえ、未来において執行者に迫る(人間卒業)と謳われた実力もまだ無い、未だ人類のカゴテリーにはギリ収まる程度の強さである今の彼女は、まさに手合わせにはもってこいの相手といえるからな。

 

 ……それに勝てるうちに、少しでもマウントとっとかんと(使命感)

 

 

 「それで、こんな所でどうしたんだ?

 確か今日は第七柱は外に出て、不在じゃなかったか」

 

 

 そう聞きながら、ついでに「お土産のユミル饅頭食う?」と開けていた饅頭の入った箱を、デュバリィの方へ差し出す。

 

 「……いただきますわ。

 ええ、ですがマスターが不在でも鍛錬を怠るわけにもまいりません。

 ですので、少々手合わせをしに演習場へ。

 あそこであれば誰かしら人がいると思いまして。

 ……む!これは中々……」

 

 「今から……」

 

 「演習場に?」

 

 

 そこそこ気に入ったのか、ユミル饅頭をもぐもぐと美味しそうに食べるデュバリィを尻目に、顔を見合わせる俺とレン。

 

 ………今から演習場にって、マジか。

 勘のいい連中や、演習場の使用予定をしっかり確認する奴らなら、今は絶対近づかないと思うんだが…。

 ……彼女は、そのどちらでも無かったようである。

 

 ああ、かわいそうに………。

 

 

 「……そのユミル饅頭な。『食わずして死ぬなかれ』がキャッチコピーだそうだ……」

 

 「へー、そうなんです――」

 

 「これで、いつでも死ねるな」

 

 「ってちょっと!?何不吉なこといってくれやがるんですか!?」

 

 「だってなあ?」

 

 「ねえ?」

 

 

 芸人顔負けの鋭いツッコミを入れるデュバリィを前に、二人で顔を見合わせる。

 

 

 「今から演習場に向かうって……、現在進行形で、あそこがどうなっているのか知ってるのか?」

 

 「い、いえ。存じませんが………」

 

 「今、演習場でマクバーンとヴァルターとレティの三人がバトロワやってるわよ」

 

 「……………マジですの?」

 

 

 デュバリィの恐る恐るの問いかけに、二人して頷く。

 《執行者》No.Ⅰ《劫炎》のマクバーンに、No.Ⅲ《黄金蝶》ルクレツィア、No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルター。

 コイツ等は、どいつもこいつも結社屈指の武闘派(ゴリラ)にして戦闘狂(人外)共だ。

 その強さも生半可なものではない。

 それに加えて、全員一回火が付いたら、ちょっとやそっとじゃ止まらない、非常にタチの悪い連中なのである。

 

 ……《劫炎》と《痩せ狼》はともかく、名前だけは原作で知ってた《黄金蝶》が、まさかあんなにも好戦的だったとは知らんかったわ。

 

 しかも間が悪いことに、同じ武闘派でも常識人であり、この三人を止めることが出来そうな《執行者》No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトと、アリアンロードが共に外に出ていて不在と来ている。

ただでさえ、アクセル全開な奴等に、ブレーキ役になりそうな奴等の不在。

 

 

 「間違いなく大惨事になるだろうな」

 

 「少なくとも、演習場周りは消し飛ぶんじゃないかしら」

 

 「………今日のところは、止めておきましょうか」

 

 

 今演習場に行けば、ゼムリア大陸屈指のゴリラ共(人外)が引き起こす大災害に巻き込まれると気づいたのだろう。

 デュバリィはガクリと肩を落とした。

 

 ……まあ、ちょうどいい機会か。

 

 

 「どうだレン。腹ごなしの運動がてら、三人で手合わせでもするかね?

 確か別の場所に、使われていない予備の演習場があったはずだ」

 

 「あら、それはいいわね」

 

 「………いいんですの?」

  

 

 唐突に手合わせの段取りをし始めた俺と、意外と乗り気なレンの顔を交互に見ながら、おずおずと聞いてくるデュバリィ。

 

 

 「まあ、俺も改良したパワードアーマーの実戦テストをしたかった所だからな」

 

 「レンも最近、博士の実験に付き合わされてばかりだったから、身体を動かしたかったし」

 

 「……な、ならばいいでしょう!

 つい先日、我が麗しのマスターより、新たに授かりし《神速》の異名の冴え!!とくと見せてあげますわ!!!」

 

 

 ……ああそう。

 異名を授かったことを誰かに自慢したかったから、手合わせの相手を探してたんだな……。

 

 しっかし、異名か……。

 

 

 「俺もそのうち何か異名がつくのかねえ」

  

 

 原作では《神速》や《殲滅天使》、《黒き終焉(笑)》のように、ある異名持ちの人物がよくいる。

 そしてその多くは、どれもこれも名は体を表す異名だった。(《黒き終焉(爆笑)》を除く)

 であれば、俺もいつか自身を表す異名が付くのだろうか。

 

 まあ?名は体を表すというからには?

 おそらくは、この俺の全身から滲み溢れんばかりの知性に因んだ異名にはなりそうだが?

 

 

 「ハンスの……」

 

 「異名……」

 

 

 すると、俺の異名の候補に心当たりがあったのか、レンとデュバリィが二人揃って考え込んだ。そして――

 

 

 「「《脳筋》とかじゃないかしら(ありませんの)?」」

 

 「よーし、オモテ出ろお前ら」

 

 

 

 この後、滅茶苦茶手合わせした。

 

 

 

 

 






 結社の中で交流のある人物

 レン デュバリィ ○○○○ン




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第二十四話 無理というのは嘘つきの言葉


 お久しぶりです……。
 今回の話は何度書き直した分からないほど、手こずりました…。

 


 ―――七耀暦1199年

 

 

 

 結社《身喰らう蛇》の拠点の一つにある無機質な部屋。

 白い壁紙にいくつもベッドがズラリと並ぶその様は、病院の大部屋を彷彿とさせる。

 そしてそのベッドの上には、幾人もの幼い少年少女が横たわっていた。

 

 その場所の一角に並ぶに三つの人影。

 眠るようにベッドに横たわる幼い少女と、その傍らに立つ、金髪の青年、そして司祭服を身に纏った(・・・・・・・・・)眼鏡の男性(・・・・・)

 

 その内の金髪の青年の方が、何やら小声で呟き始めると、彼が携えていた機械式の魔導杖が光を放ち始め――何もない空間から不気味な異形の瞳が現れた。

 その異形の瞳は、ベッドに横たわっている少女にギョロリと視線を向けると、その少女の身体が靄のようなものに包まれていく。

 そして、それと共に少女はまるで悪夢に魘されているかのように苦しみ始めた。

 

 

「そうだ、そのまま集中したまえ。

 少しでも途切れてしまえば、暗示が中途半端に解けて失敗してしまうぞ?」

 

「……了解ッ!」

 

 ベッドの上で、のたうち苦しむ少女に、しかし二人は気にした様子はない。

 金髪の青年は、目を瞑って集中しているのか、そもそも少女を見ておらず。

 眼鏡の男性にいたっては、まるで実験動物(モルモット)を見るような目を少女に向けていた。

 しばらくして。青年が持つ魔導杖から光が失われると同時に、異形の瞳も溶けるように虚空へと消え去っていく。

 そして、ベッドの上に横たわっていた少女がゆっくりと目を覚ました。

 

 

「ぅ……こ、こは……」

 

「おはよう。一年ぶりの(・・・・・)お目覚(・・・)めだね(・・・)

 ふむ……、少なくとも言語機能は回復しているようだ。

 では、それ以外の機能はどうかな?」

 

 

 目覚めたばかりで周囲の状況がよく掴めていないその少女に対し、眼鏡の男性は、まるで医師のように……というには些か冷淡な態度で問診をしていく。

 

 眼鏡の男性から、次々と矢継ぎ早に投げかけられていく質問に対し、目覚めた少女は目を白黒させながらも、何故か(・・・)その眼鏡の(・・・・・)男性(・・)に疑問を(・・・・)持とうと(・・・・)は思わず(・・・・)、混乱しつつもしっかりと答えていく。

 

 しばらくの問診ののち。

 少女から聞きたいことを全て聞き終えた眼鏡の男性が、パチリと指を鳴らす。

 すると、少女はまるでブレーカーの電源が落ちたかのように唐突に意識を失った。

 そして、完全に興味を失ったその少女から眼鏡の男性は、楽しそうな笑みを浮かべながら金髪の青年の方へと向き直る。

 

 

「まあ、一部記憶の欠損こそ見られるが、それ以外に特に問題は無い。

 概ね成功といえるだろう。

 ふむ……、あそこまで完全に(・・・)壊れていた(・・・・・)状態(・・)からここまで(・・・・)作り直す(・・・・)とは。   

 上出来じゃないか」

 

 

 そう褒めそやす眼鏡の男性に対し、金髪の青年は神妙な面持ちで頭を下げた。

 

 

「いえ、これもひとえにワイスマン(・・・・・)教授(・・)のご指導の賜物です」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 長年作品をプレイしてきた軌跡プレイヤーにおいて、その名前は格別な意味を持つ。

 軌跡シリーズ屈指の悪役にして、結社が誇る四大マッドサイエンティストの一人。

 正面、塩柱、面白、ドS教授、ショタコン、幸子(ラスボス)、Sクラのボイスがエロいでお馴染み。

 認識と記憶を操作する異能を持つ、 結社《身食らう蛇》の使徒(アンギス)が第三柱――《白面》ゲオルグ・ワイスマン。

 

 軌跡シリーズ初作品『空の軌跡FC・SC』におけるほぼ全ての事件の黒幕(ラスボス)にして、軌跡シリーズをプレイしたことのある者ならば誰もが知っている大原則――『教授、眼鏡は信用してはならない』という箴言をその身をもって広めた人物である。

 

 人のいい貧乏考古学者――アルバ教授の仮面を脱ぎ捨てた際は、初見ならば誰もが衝撃を受けただろう。

 

 その性格は、極めて劣悪で嗜虐的。

 《道化師》カンパネルラからは「その悪趣味はもはや芸術的」と皮肉られ、《七の至宝(セプトテリオン)》の見届け役にして、はるか昔から大小善悪を問わず、数多の人間を目にしてきたであろう古代竜のレグナートからすらも「昏い悦びにしか生を見いだせぬ、歪んだ魂の匂いを感じる」などと最悪級の評価を下されているほどである。

 

 他にも七曜教会の司教にまで昇叙しながら裏切り、教会が蓄えている様々な秘蹟を盗み出した経緯から、星杯騎士団からは『最悪の破戒僧』として抹殺対象とみなされていたり。

 エレボニア帝国とリベール王国との戦争――《百日戦役》に至る流れの原因である《ハーメルの悲劇》の引き金を引いていたり(なお真の黒幕)。

 その事件で心を壊したヒロイン(迫真)を、彼の異能で心の再構成をしつつ、自身の研究成果を反映して疑似的に再現した《聖痕》を組み込むなどして肉体の強化を行い、隠密活動と対集団戦に特化した戦闘人形に仕立て上げたりと、まさに悪逆の極致ともいうべき人物であるが。

 

 では何故そんな結社産の超危険人物である彼に、俺が師事しているのかといえば。

 

 全ては、黒の工房産の超危険物であるアルベリヒ工房長が俺に下した、二つの極秘命令(・・・・・・・)が原因である。

 

 そのうちの一つは、ゲオルグ・ワイスマンの編み出した暗示技術の奪取。

 

 七耀教会が持つ《聖痕》の知識などを中心に、教会が蓄えている様々な秘蹟を盗み出して編み出した暗示技術。

 その暗示技術に有用性を感じたアルベリヒ工房長が、俺にその技術情報の奪取を命じたのである。

 

 ……原作においては、ゲオルグ・ワイスマンが戦闘でも使っていた小型戦術殻のテスターという形で、彼と親交のあったアルベリヒ工房長が暗示技術を盗み出していたのだがな。

 今は俺が結社との連絡役を務めているというバタフライエフェクトが起きている為に、俺にお鉢が回ってきたようだ。クソが。

 

 だがそうは言っても地精の一員(平社員)である以上、その上司であるアルベリヒ工房長からの命令は絶対。

 あの頭がおかしいとしか思えない(・・・・・・・・・・・・・・・)二つ目の命令(・・・・・・)も含めて(・・・・)、どんなことであろうとも、アルベリヒ工房長からの命令に対する返答は、はいかYESしか許されてはいないのである。

 

 そんなわけで、親愛なる(笑)工房長より下された一つ目の命令――『ゲオルグ・ワイスマンの有する暗示技術の奪取』を遂行すべく―――

 

 

「《白面》殿……、貴方が持つ暗示技術についてご教授いただけないでしょうか」

 

「……ほう?」

 

 

 普通に彼と会って、正直に暗示技術を教えてほしいと頼み込んだのである。

 

 ……え?あのワイスマン相手に、何トチ狂ったことしてんだって?

 

 いやいや、これはちゃんと勝算があっての行動なのだ。

 

 確かに、ゲオルグ・ワイスマンはゲスで外道であることは否定はしない。事実その通りである。

 

 だが彼自身、誰彼構わず噛みつくような、対話不可能の狂犬というわけではない。

 むしろ《教授》という渾名の通り、裏切ったり敵対したり、彼が執着している作品(ヨシュア)でさえなければ非常に理知的で話しやすい人物ですらあるのだ。

 

 それは他の四大マッドサイエンティスト共――自分以外全て生体パーツにしか見えていない腐れマッドキノコ(ノバルティス)や、隙あらば違法薬物(グノーシス)を服用させようとしてくるキ○ガイカルト信者(ヨアヒム・ギュンター)、成果を出さなければ粛清してくるどっかの悪霊(アルベリヒ)共といった、話が通じてるかも怪しい連中とは比べるまでもないほどである。

 

 え?比較対象が最悪すぎるだろって?……せやな。

 

 それにだ。作中での彼自身の言動や行動を鑑みるに、自分の研究成果を徹底的に秘匿するような《職人》気質ではないと踏んでいた。

 彼の気質は、どちらかといえば、自身の研究内容の共有や公表することに抵抗のない《学者》タイプだろう。

 そのような気質の者ならば、下手に策を弄そうとせず、真正面から教えを乞うたほうが効果的ではないかと考えたのである。

 別に暗示技術を奪取してこいと言われただけで、盗んでこいと言われてないからな。

 師から技術を学び取る。これもある意味奪取である。

 

 ……まあ、もし非合法な手段に訴えでたとして、失敗した場合どうなるか判ったもんじゃねえってのもあったが。

 最悪ヨシュア(人体実験送り)ってた可能性も十分にある。

 

 それに二つ目の命令(・・・・・・)のことを考えれば、彼とは親睦を深めておいた方が都合がいい(・・・・・)

 

 ともかくそういった考えの元、ワイスマンに直接話を持ちかけてみたのだが。

 案の定、彼はこちらの申し出に対し承諾の意を示してくれた。

 

 こうして俺は、ゲオルグ・ワイスマン教授の直弟子として、彼から直接暗示技術の指導を受けることになったのである。

 

  

 

 

 ◇

 

 

 

 先ほどまで少女がいた大部屋を後にした俺とワイスマン教授は、休憩がてら、ラウンジのテーブル席にてティータイムと洒落込んでいた。

 

 

「さて、今回の実地試験(・・・・)を以て、暗示技術の基礎は完璧にマスターしたと言っていいだろう。

 いやはや……もう少し時間がかかると思っていたのだがね。

 優秀な生徒を持つことが出来て嬉しいよ」

 

「いえいえ、全ては教授のご指導があってこそです」

 

 

 優雅に紅茶を口にしながらそう言うワイスマン教授に対し、俺は謙遜の言葉を返す。

 

 彼に弟子入りしてから既にそこそこの期間が経ち。

 指導の合間に様々な題材について議論を交わしたり、原作のアルベリヒ工房長と同様、彼の補助戦力としてファンネ…ゲフンゲフン小型戦術殻を提供したり、現在俺が手掛けているあるシステム(・・・・・・)について、認識と記憶を操作する専門家の観点からアドバイスを貰ったりと、ワイスマン教授とは良好な師弟関係を築けていると自負している。 

 そしてその指導の方も、今回のあの少女の修復を以て、一応の区切りがついていた。

 

「そういえば……、今日の試験に使った教材(・・)も、あれが最後の一人(・・・・・)だったか。

 その事を考えれは、丁度いいタイミングだったのではないかね」

 

「……ええ、まあそうですね」

 

 

 ワイスマンが教材と揶揄した、先ほどの少女を含め、あの大部屋にいた十人の子供達。

 あの子供達は、一年ほど前に行なわれ、大惨事となった(・・・・・・・)ゴルディアス級戦略人形兵器――《パテル=マテル》との接続実験で再起不能となった被験者達だ。

 

 

 原作における、結社《身喰らう蛇》と開発計画の責任者である蛇の使徒第六柱――《F・ノバルティス》がやらかした外道エピソードである、《パテル=マテル》との接続実験。

 

 『ゴルディアス級戦略人形兵器開発計画』において、《パテル=マテル》との意思疎通を円滑に図る為に採用された、操縦者の神経系統を用いた非接触式の人形制御術式。

 その接続実験には、年端も行かぬ幼い被験者たちが用意され、のちの適合者であるレンを除き、そのほとんどが《パテル=マテル》との接続に失敗し、命を落としたり、精神に異常をきたして再起不能になったりしたという話なのだが。

 

 前にも言った通り、この接続実験で使われた人形制御術式は、先の話し合いで決まった結社との技術トレードで《黒の工房》が提供した技術だ。

 

 ちなみに、《黒の工房》が提供したこの人形制御術式。

 基は、俺たち《地精(グノーム)》や、ホムンクルスであるOzが、戦術殻との同期制御に使われている術式をそっくりそのまま転用したものなのだが。

 じゃあ何故、これほど大勢の犠牲者が出たのかというと、この制御術式自体が、適性があるもの――つまりは《地精(グノーム)》のみが運用することの出来る専用術式だったからである。

 

 自宅のコンセントを想像してみてほしい。

 コンセントの差し込み口が人間であり、プラグが機械人形や戦術殻だ。

 制御術式というのは、このコンセントの差し込み口にプラグを差し込んで、パスを繋げるものを指しているのだが……そもそもの話。

 ほとんどの人間に……というか地精以外の人間にこの差し込み口というもの自体が在していないのである。

 

 それは、導力魔法(アーツ)に依らない《魔法》を使える《魔女の眷属》と同様の、《地精》が持ち得る特性というべきものだろう。

 だからこそ。普通の人には差し込み口自体が無いからこそ、プラグ(パテル=マテル)差し込む(パスを繋ぐ)事が出来ず。

 にもかかわらず、無理矢理差し込もう(パスを繋げる)とした為に、人間の方が壊れてしまったという訳だ。

 

 ……そんな使い手の限られる制御術式を、素知らぬ顔で提供するあたり、アルベリヒ工房長のクソ野郎っぷりが伺い知れる。

 

 まあともかく。

 《結社》との技術交流の窓口である縁で、この人形制御術式の担当者として、この開発計画に参加していた(強制)以上、グノーシスか、それとも彼女に備わっていた天稟ゆえか、偶々適合することの出来たレンや、生まれる前から術式に適合できるように調整されたホムンクルスのOzシリーズでも無い限り、やるだけ無駄、ほぼ100%失敗することが目に見えている接続実験なんぞするつもりは無かった。

 ぶっちゃけ人的資源の浪費でしかない。

 

 なので当時の俺は、人形制御術式の担当者の権限を駆使し、適合者であるレンの名前が候補者名に上がってくるまで接続実験を先延ばしにすべく、時間稼ぎに徹していたのだが……。

 

 開発計画が遅々として進まない事に業を煮やしたノバルティスの野郎が、俺が留守の間に無断で接続実験を強行しやがったのである。

 

 その結果は言わずもがな。

 

 接続実験に選ばれた十名の被験者全員が《パテル=マテル》との接続に失敗し、再起不能の大惨事となった。

 

 俺が多少制御術式に手を加えていたおかげで、原作での七人死亡、三人再起不能よりはマシだったものの。

 それでも大惨事というほかあるまい。

 

 

「しかし……、君も酔狂だね。

 いくら暗示技術の教材に利用できたとはいえ…、壊れて(・・・)しまった(・・・・)全員の精神(・・・・・)を態々直(・・・・)してあげるとは(・・・・・・・)

 

「……まあ《博士》に強行されたとはいえ、こちら(黒の工房)が担当した制御術式での失敗ですからね。

 《黒の工房》への風評被害を抑える為に、その後始末をしたというだけです。

 ただのついでですよ」

 

「フフフ、あの子たちが教会や遊撃士に拾ってもらえるよう、わざわざ裏から手を回すのもついでの内かね?」

 

「ええ、その通りです。

 我々《黒の工房》のアフターサービスは他社よりも充実しておりますので」

 

「ハハハ!物は言いようだね」

 

 

 俺の返した言葉に、ワイスマン教授は愉しそうな笑い声を上げる。

 

 ……別に嘘はついていないがな。

 

 ノバルティスの野郎が、俺が留守の間に勝手に接続実験を強行したにもかかわらず、術式の担当者の名前を変えずにそのままにしてやがったせいで、俺があの野郎と共に接続実験を主導したという噂が結社内で広まってしまっているのも事実だし。

 

 ……ホンマあの腐れマッドキノコが……。

 接続実験を台無しにするだけに留まらず、《黒の工房》の――というかこの俺の顔に泥を塗りやがって……。

 《黒の工房》の――というよりこの俺の面子を潰すなど、まさに鬼畜外道の所業。

 エイドスの女神すら唾棄する、人として、いや生命体として恥ずべき行為であろう。

 いつかあの野郎にはキッチリ落とし前をつけさせてやる。

 

 

「まあいい。

 君に暗示技術を教えた以上、それをどう扱おうと君の自由だ。

 あの子たちも、もはや《結社》から追放された身である以上、その扱いも含めて君の好きにするといい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言うワイスマン教授に俺は頭を下げると同時に場の空気が引き締まった。

 

 

「さてハンス君。改めてになるがこれで君は暗示技術の基礎をマスターしたことになる。 

 今の君ならば、記憶操作や改変、心身喪失や精神崩壊した心程度ならば、直す(治す)ことが出来るだろう。

 慣れないうちは、多少時間がかかるだろうがね」

 

 

 ……簡単に言うが、前世ではこのどれか一つでも医学賞ものなんだがな。それはさておき。

 

 

「これでこちらの(・・・・)条件は(・・・)果たした(・・・・)とみていいかな?」

 

「ええ、間違いありません(・・・・・・・・)

 

 

 確認するように聞くワイスマン教授に対し、同意の言葉を返す。

 

 

 ワイスマン教授から暗示技術を教えてもらうにあたって、当然のことだが彼に何の見返りもなく無償で教えてもらっていた訳ではない。

 ワイスマン教授にとある交換条件(・・・・・・・)と共に話を持ちかけ、それが彼にとって都合が良かったからこそ、暗示技術の指導をしてくれたのだ。

 

 そしてその交換条件こそが、アルベリヒ工房長より言い渡された二つ目の極秘命令(・・・・・・・・)を遂行させるにあたっての前提条件だった。

 

 

「我々《黒の工房》は、三年後ワイスマン教授主導のもと行われる『福音計画』に対する全面的なサポートをお約束しましょう」

 

 

 それは《結社》がリベールの地で行おうとしている《オルフェウス最終計画》――第一段階『福音計画』への合法的な潜入を果たして初めて遂行できる。

 

 アルベリヒ工房長より下された二つ目の命令、それは―――

 

  

 

 

 

 『福音計画』の要、封印されし空中都市《リベル=アーク》に安置されている《七の至宝(セプト・テリオン)》が一つ、《空の至宝》――輝く環(オーリ・オール)の奪取だ。

 

 

 





 ・ワイスマン教授と師弟関係になりました。
  『空の軌跡』への参戦フラグが立ちました。


 裏話

 工房長「輝く環か…。我が主に献上するに相応しい。
 ハンス主任、暗示技術の奪取に加え、輝く環も盗み出してきたまえ」

 ハンス「」




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