トラベリング・ラビッツ ~VOICEROID達の大冒険~ (ライドウ)
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第1話 ~ウサギは旅に出る~


同じ作者だからと言っても同文は許せないのだ。
ということで、いきなり大幅にストーリーを変更します。

変更点
・結月ゆかりの育ての親
・育った場所
・結月ゆかりの武器




ゴロゴロゴロと...灰色の空が唸り声をあげて、今にも雷を落としそうである。

そんな場所のとある草原に、二つの人影があった。

 

「うー...あー?」

「...女の子?どうしてこんな平原に...?捨て子か?」

 

紫色の髪に同色のつぶらな瞳...何も知らない無垢な表情の赤子は、その青年を見上げている。

青年は、周りを見渡し人影や馬車を探す...だがどこにも見当たらない。

 

「......捨てられたのか。」

「キャッキャッ!」

「うわわ、暴れないで...」

 

青年はその赤子を抱きかかえて背中を優しく叩く。

その赤子が纏っている布には手紙が挟まれており、青年は手に取る。

 

「...『この子を、お願いします。』か」

 

どういう事情があったのかは知らない。捨てるぐらいならなぜ産んだのか。

青年だって理解はできない、だけどこれだけはわかる。

 

「この子を守らないと。」

「うー?」

 

拾った者の責任として...そして何より、自分と同じ境遇の子を見捨ててはおけなかったのである。

 

~~~~~

 

数年後

 

~~~~~

 

タッタッタッと...軽い足取りで、薄紫髪の女の子が街中を走り抜ける。

腰脇には、育ててもらった兄から貰ったばかりのショートソードが音を鳴らして揺れており、独特なウサギ耳の付いたフード付きのパーカーは走っている向かい風で揺れ動いている。

 

「おっとと......おはようございます。」

 

「おう、おはよぉ。」

「今日も元気だねぇ、ゆかりちゃん」

 

その少女の名前は、結月ゆかり。

あの日、あの青年に拾われたあの赤子である。

あの青年は四苦八苦しながらも、ゆかりを育て上げた...その結果、ゆかりは御淑やかだが活発な少女へと成長し。青年こそ、少し老け込んでしまったが...兄弟とほぼ変わらないその中から、住んでいるこの町では結構有名になっていた。

 

近所の人に挨拶をしたゆかりは、パーカーのポケットから家のカギを取り出し、鍵穴に差し込む。

鍵を動かせば、ガチャリと音を立てて鍵が開いた音が聞こえる。

 

「ただいまです」

「おかえり、ゆかり。」

 

家に帰ったゆかりを出迎えたのは、義理の兄でありゆかりを拾ったあの時の青年。

”グレイマン・ユヅキ”である。両手に鍋掴みをハメて白い湯気が出ている鍋を持っている。

青年は、机の上の鍋敷きにその鍋を置いた後にゆかりの頭を軽く撫でる。

 

「もー、髪が乱れちゃうじゃないですか。」

「はは、ゴメンゴメン。ほら、早く座って食べよう。今日はゆかりの大好きなシチューを作ったから。」

「ほんとですか?!やった...兄さんのシチュー大好きです。」

 

ゆかりは顔を赤らめながらいつも自分の座る椅子に座る。

そして、鍋のふたを開けてそのニオイを嗅ぐ。

 

「うーん、いい匂いです。」

「久しぶりに作ったけど、どうかな。」

「むしろ毎日食べたいぐらいですよ」

 

そう言って、ゆかりは自分の器にシチューを淹れる。

そして、木製のスプーンを手に取り、一口...

 

「...ニンジンが程よく甘くて、柔らかくて。あんしんするあじですね...」

「やっぱり、ニンジンを早めにゆでるのが正解か。」

「ジャガイモも...うん、今回は土臭くない!」

「よかったぁ...今回ちょっと短かったかなって不安だったけど...うん、大丈夫そうだね」

 

仲のいい兄妹の光景、しかしこの家には、グレイマンとゆかり以外住んでいる人間はいない。

当然だ、グレイマンの両親はグレイマンが幼いころに他界、グレイマンも幼いころから傭兵・冒険者として過ごしてきた。

そして、たまには帰ろうと里帰りをしている最中に...ゆかりを拾ったのだ。もう18年も暮らしているこの家も、18年前にグレイマンが買った家だ。

 

「そういえば兄さん。私、今年で18歳ですよね。約束...もちろん覚えてますよね?」

「うん、もちろんだよ。ゆかりが18歳になったら旅に出すって話でしょ?」

 

シチューを食べながら、二人は会話する。

グレイマンはゆかりを拾ったときに、手紙をお世話になった傭兵団の団長に送った...団長は快くそれを受け取りグレイマンは傭兵・冒険者を引退した後、ゆかりを育てていたのだ。

そして、グレイマンが元々名のある傭兵...そして、名のある冒険者という話を聞いて、自身も冒険をしてみたいと小さいころに言っていたのだ。その時にかわした約束が...18歳になったら旅をしていいという約束である。

 

「...反対、しないんですか?」

「むしろ、ちょっときつく言い過ぎたかなって思ってる。14歳ぐらいに行かせて良かったかな~って。」

 

イタズラな笑みを浮かべながら、グレイマンはそういう。ゆかりはそんなグレイマンを見て頬を膨らませる。

兄が言った言葉ではなく、兄が意地悪いのが悪いのだ。

 

「もう、イタズラ好きな兄さんは嫌いです。」

「ははは、ゴメンゴメン。そんな妹にプレゼントがあるんだ。シチューを食べ終わった後、見に行こう。」

「はい!」

 

~~~~~~

 

「ふぅ~、お腹いっぱいです。」

 

たらふくグレイマンのシチューを食べたゆかりは満足そうにお腹をさすっている、ちょっと細いぐらいのお腹周りだが...よく見れば少しだけポッコリしているような気がする。グレイマンはそんなゆかりの姿をニコニコと笑顔で見つつ、空になった鍋を台所へと片付ける。

エプロンをほどき、背伸びをしてからゆかりに付いて来るように手招きする。

 

「...それで、プレゼントって何なんですか?」

「見れば喜ぶもの。ってだけ言っておくよ。」

 

ギィと地下室のドアを開けて進むグレイマン。

ゆかりも臆せず、今まで立ち入ることが許されなかった地下室への階段を下りていく。

20段もしなうちに魔術製のランタンの灯りで照らされた部屋に出て...そして、そのテーブルの上に置かれたものを見て目を輝かせる。

 

「わぁ...これって!」

「そう、旅の道具...その一式さ。」

 

ちょっと大き目なリュックサックに、暖かそうな寝袋、便利なサバイバルグッツに水筒などが詰められているが...それでも少しだけさらに入りそうな余裕がある。しかも、そのリュックサックには昔ゆかりが自分で決めていたエンブレムが刺繍されており、ゆかり専用のリュックサックということがよくわかるデザインとなっている。

 

「ちょっと不格好かもしれないけど...どうかな?」

「ううん、うれしい!ありがとう!兄さん!!」

 

ゆかりがグレイマンにギュッと抱き着く、可愛い妹の頭を撫でつつそっと抱き返すグレイマン。

やがてゆかりは顔を赤くしてバッと離れ、兄から顔を逸らす。

グレイマンは、ただ笑顔のままでゆかりの背に合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「いいかい?冒険は楽しいものだけどとっても危ないよ?」

「うん、獰猛な動物たちや...理不尽な力を持つ魔物たち。小さいころから、耳にタコができそうなぐらい聞かされてました。」

「それでも、行きたいかい?」

 

それは、先輩としても兄としての心配だった。名のある傭兵だったからこそ、名のある冒険者だった兄だからこそ知っている冒険の辛さ。

命を奪うという行為、油断すれば自分が死んでしまう極限の状態、その怖さをゆかりは小さいころから教えられていた。

でも、それでもゆかりは

 

「私は、旅に出たいです。兄さんみたいな生きるための冒険じゃない。私だけの、私のための冒険をしたい!」

 

ゆかりは覚悟を込めた瞳で、真剣なグレイマンの瞳を見つめ返す。

グレイマンはその瞳を見て、フッと笑い頭を撫でて再び抱きしめる。

ゆかりは顔を赤くし、抵抗するが...兄の身体が震えていることに気づき、そっと抱き返した。

 

「ぶじに、かえってくるんだよ?けがとかしないように...いつでも、いつでもかえってきていいから。」

「泣かないでください、兄さん。」

 

グレイマンは妹に見られないように涙をポロポロとこぼす。義理とはいえ妹が心配なのだ。

冒険の辛さと怖さを知っている、命のやり取りを経験し、死を彷徨ったことのあるグレイマンだからこそ、ゆかりの冒険が前途多難であることを伝えている。でもそれを止めるほど、無粋でもないのだ。

 

~~~~~

 

あれから一晩経った翌朝、ゆかりはもらったリュックを背負い冒険の準備を整えていた。

いつものショートソードもいつもより丁寧に磨かれている。

 

「忘れ物はない?」

「はい、ありませんん!」

 

ゆかりを見送るために誰もいない街道を歩く二人の似ていない兄妹。

はしゃぐゆかりをグレイマンはニコニコと笑顔で見ており、どこか懐かしさを感じている。

 

「衛兵さん、お疲れ様です!」

「ん?あれ、ユヅキ兄妹じゃないか。こんな朝早くにどうした?」

「もしかして、隣町にか?こんな朝早くからいかなくても昼ぐらいに出れば...」

「いえ、今日はゆかりの冒険に出る日なんです。」

 

グレイマンが答えると早朝警備の衛兵二人は驚く顔をする。

しかし、ゆかりの輝かしい笑顔を見ていると...それもなんだか納得してしまう。

 

「そうかー、ついに嬢ちゃんがかぁ...」

「アニキ、まだ泣くのは早いでっせ。」

「そうですよ、それに笑って送らなきゃ。」

 

涙もろい衛兵に若い衛兵とグレイマンが思わずツッコむ。

ゆかりは、今か今かとそわそわしておりそれに気づいていない。

 

「よし、門を開けるか。」

「そうっすね!」

 

涙もろい衛兵と若い衛兵は、速やかに門を開ける準備に取り掛かり...10分もしないうちに門が開く。

 

「じゃあ、兄さん!衛兵さんたち!行ってきます!!」

「うん、行ってらっしゃい!」

「気ぃ付けてなぁッ!!」

「頑張ってね!!」

 

三人に見送られながら、ゆかりは初めて村の外を走り出す。

どこまでも広がる草の平原、所々に見える木々...ゆかりの冒険が、始まったのである。

 

「必ず、帰って来ますからー!」

 

最後に住んでいた町に振り返り、そう叫んで大きく手を振る。

いまだ門のところで見送る三人が小さく見える...ここからは一人旅だ。

 

「よーし、頑張るぞぉっ!!」

 

ゆかりは、フンス!と気合を込めて、また歩き出すのであった。

 

~~~~~

 

それは、長い長い旅の始まり。

 

旅をするウサギと、やがて出会う仲間たちと出会い。

 

過酷で壮大な世界と、渦巻く謎を解き明かす、大冒険。

 

 

 

やがて、ウサギは旅に出るのである。





設定やプロットいうものはない。作者はほぼ脊髄反射で書いている。
だからキャラクターがブレブレになったりストーリーがぶれたりするんだよ!!
この無能作者!!

======

【旅ウサギ】結月ゆかり
主人公。槍から剣に武器変更があった。
ちなみに今回は兄がいて、隣に誰かがいない。

【ゆかりの兄】グレイマン・ユヅキ
ゆかりの育ての親にして、兄。もう一度言おう、兄だ。
元々は名のある傭兵・冒険者で凄腕だった。ゆかりに剣術を教えたのもこの兄である。ちなみに苗字は元々なかった。



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第2話 ~初めての実戦~


変更点

・ゆかりの戦闘経験とセンス。
・ゆかりの魔法適正(本編未登場)






 

ルンルン気分で草原を歩くゆかり。

ガチャガチャとリュックの中身が揺れる音や、ショートソードの揺れる音が静かな草原に静かに響いている。

 

「はぁ~...すっごく広々としていて空気が澄んでますね...」

 

目に映るものすべてが新しいもの、ゆかりは目を輝かせて一つ一つ丁寧に見ている。

例え草の一つであろうと、兄から渡された万能百科メモ帳で一つ一つ調べている。

 

「ふむふむ、これが薬草になる草で...これは、ど、毒草ですか...触れないでおこう。あっこれは...綺麗な石!えっと...売れば換金できるんだこれ。」

 

すべてのものに興味津々のゆかり。

もちろん、ゆかりだって幼い子供の様に、一つの事に集中しているわけではない。

調べた後には薬草になる草は丁寧に収穫し、毒草は触れずに離れて放置し、換金できる綺麗な石は見つけ次第拾っていく。一通り、調べた後立ち上がり服の汚れを払ってからまた歩き出す。

草の生えていない街道を一歩一歩歩いていると、自分が本当に冒険者になったという高揚感がゆかりを包む。

 

(あぁ、私。本当に冒険しているんだなぁ。)

 

仄かな草の匂いのする風、温かな太陽の光、僅かにする腐臭。

僅かな嫌なニオイを感じ取り、即座にショートソードを抜剣し飛来してきた物体を斬捨て、構えなおす。

 

(...石矢!)

 

しかも、使われている素材の雑さ加減から間違いなくゆかりが最も会いたくなかった魔物だと理解する。

 

「グ、グガ!?」

「ググ、ガッガッ!!」

 

近場の林から出てきたのは弓を持ったゴブリン*1と、ダガーを持ったゴブリン。

兄であるグレイマンに鍛えられたゆかりなら、楽勝ともいえる相手だが...

 

(い、命の...奪い合い。)

 

あいにく、ゆかりには初めての殺し合い。

だからこそ、ためらいが生まれてしまう。兄との練習時の様に相手は手加減も寸止めもしてくれない。

 

(や、やるしか...ない。)

 

焦る心を落ち着かせて、ショートソードを構えて相手の出方をうかがう...どうやら言い争いになっているようだ。その隙をついて、ゆかりはショートソードを構えたまま走り出す。

 

「せいやぁあああっ!」

 

「グガッグガガ!?」

「グガ?...グガアアアア!」

 

ダガーを持ったゴブリンにショートソードを振り下ろすと、赤い血と共にそのゴブリンに大きな斬撃が走る。ゆかりは、赤い血をまき散らしながら倒れるゴブリンと初めて本気で振り下ろしたショートソードの軽さ...そして断った肉の感触を感じ取り、激しい吐き気と嫌悪感を感じる。

 

「や、やああああっ!!」

 

「グガァアアア...」

 

だけど、迷ってる暇はなかった。

ゆかりは即座にショートソードを横に振りぬき、弓を持ったゴブリンの首をはねる。再び、剣を通しての肉を切った感触と...赤く濡れて太陽の光を反射するショートソード。

 

「はぁ...はぁ...」

 

ゆかりは、目の前の二つの死体を見て...思わず吐き出してしまう。

幸い、朝に食べた朝食は消化しきっていたみたいで、出てきたのは胃液だけだった。

 

(これが...冒険の危険。)

 

怖いと思った、さっきまで生きていたものが目の前に横たわっている。

その二つから目を背け、ショートソードについた血を掃い、鞘に納める。

 

(あ、そうだ...たしか。)

 

兄の言っていた言葉を思い出す。

冒険者は自身が倒した魔物や猛獣の証明の為にその個体の特徴的なものを回収する必要があるのだ。今回倒したゴブリンと言えば、その頭側面から生えている角。

再びショートソードを引き抜き、ゴブリンの片角を折る。二つとも回収し、リュックに放り込む。

 

(...ごめんなさい)

 

去る前に一言あやまり、その場を離れる。

できれば、二度と戦いたくはないゆかりだが...冒険をしている以上戦わざるを得ないのだ。

 

(...これを慣れるのも、冒険なのかな)

 

すこしだけモヤモヤしながら、ゆかりは歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

*1
この世界に最も多くいると言われている魔物。脅威度は訓練された兵士程度。だが、考えてほしい、一般人は訓練されていないのだ。だからこの魔物は、この世界で最も被害を出している魔物と言われている。





ぼちぼちと書いていきますよ~。
ちなみに、シリアス多めの場合は3000文字以上、それ以外の場合は1000~2000以上の文字数を目安して書いていきます。

=====

【旅ウサギ】結月ゆかり
初めての実戦。
兄に言われていた通りにあまり考えないようにすることにした。
ちなみに初期レベルをRPGで表すとLv.50ぐらいである。


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第3話 ~白くてふわふわ~


変更点

・スノー君の登場順番
・スノー君の種族について



辺りを警戒しながら森の中を歩くゆかり。先程の件もあったからか、すっかりルンルン気分ではなくなってはいた。

自身の表情に少しだけを落としながら、ゆかりは辺りを見渡す。

もうあの安全な街の中ではないのだ、いつ何時にでも襲われてもいいように腰脇のショートソードに意識を向け、あたりをきょろきょろと見渡しながら歩く。

 

(なにも...いないですよね。)

 

出来ればゆかりは殺し合いはしたくない。その心は、よく本屋に売れ残っていたチープな小説の様に圧倒的な力を持っているわけでも、平和な世界に生きてきたわけでもない。

そもそもゆかりだって理解している、殺さなければ殺されるという事実を。誰でもない、冒険の辛さと怖さをよくわかってる兄からあれほど言われていたのだ。ゴブリンであれなのだ...もし、オークやオーガを相手にするときは...どうすれば。

そこまで考えたところで、ゆかりの頭に何かが落ちてくる。

ゴン!!とゆかりの頭にぴったりと直撃し、予想だにしていない痛みがゆかりを襲う。

 

「いったーい!!」

 

頭を抱えて蹲る。しかし、そこまでの痛みではないのですぐさま何がぶつかってきたか見る。

ゆかりが見つけたのは、コロコロと転がる真っ赤なりんご。しかも、かなり綺麗で野生のものとは思えないほどおいしそうな匂いを漂わせている。

 

(ど、どうしてリンゴが?)

 

それを拾い上げて、周辺を見渡す。

しかし、これを落としたであろうナニカは見当たらないし、見つけられない。そう思った途端、草むらから小さな影が飛び出してきた。

 

「きゃっ!?」

「キュッ!!キューイッ!」

 

その影は、瞬く間にゆかりの頭によじ登ってはリンゴがぶつかった部分を観察しだす。

変にへっこんでないか~とか、傷がないのか~と確認するかのように「キュキュイ!」と鳴くソレをゆかりは驚きつつも捕まえ、頭からはがす。

 

「もう!いきなり何なんですか!」

「キュィ―...」

 

引き剝がしてようやくゆかりの左手に掴まれて大人しくなったのは白くてフワフワなリス。

その表情は、どこか申し訳なさそうな顔でゆかりを見上げていた。

そしてリンゴを指さして、それを落とすジェスチャー...そしてゆかりを指さして、小さな握りこぶしを作り頭をポンと叩き、そのリスはうずくまった。随分と賢いリスみたいだが、その一連のジェスチャーを見て、ゆかりは思いつく。

 

「もしかして、このリンゴを落としたのはあなたってことですか?」

「キュイ!キューイ!」

 

伝わったことがうれしいのか、照れ顔を隠すそのリス。

このリスのおかげですっかり毒抜かれてしまった。先ほどまで考えていたことが、まるで嘘のように心が軽い。そんなゆかりの心情を察してか、腕を伝ってゆかりの肩に乗り、彼女の頬にすり寄る。

 

「わわっ、ちょっ、くすぐったいですよ~!」

「キュッ、キューイ!!」

 

懐かれてしまったのかその白いリスはゆかりの頬をペロペロと舐め始める。

ゆかりは若干困りながらもまんざらでもないという表情を浮かべて、そのリスを優しく撫でる。

フワフワとした感触がゆかりの手を通して伝わり、そのリスも喜んでいるのかゆかりのウサギフードの中へと入っていった。

 

「キュイ!」

「...もしかして、一緒に行きたいんですか?」

「キュキュイ!」

 

返答と言わんばかりに鳴くそのリス。

ゆかりは、フードからそのリスを取り出し手のひらの上にチョコンと座らせる。

 

「...なら、名前を付けないと。そうだな~。」

「キュイ~?」

 

白くて、フワフワしていて...ちょっとだけ幻想的。

ゆかりはピコンとわんばかりに目を輝かせ...

 

「今日から、君の名前はスノーです!どうですか?」

「キュイ!キュキューイ!!」

 

その白いリスに『スノー』という名前を付けた。

その白いリス...スノーもその名前を気に入ったのかゆかりの手のひらの上でまた照れ顔を隠している。

そして、またスノーがゆかりの腕を伝い肩に乗った。

拾ったリンゴはリュックの中に放り込み、また歩き出す。

 

「えへへ、よろしくお願いしますね!スノー!」

「キュイー!」

 

いつの間にか、ゆかりの足並みはまたルンルンとした軽いものに戻っていた。

 





【旅ウサギ】結月ゆかり
ペット?マスコット?が出来てうれしい。
女の子だから小さくて可愛くてフワフワしたものにめっぽう弱い。
もしこの世界が現代みたいに発展してたら、萌え袖セーターとか着てた。

【マスコット】スノー君
どこかの黄色い相棒を差し置いて登場。
最初の仲間ポジを見事に奪った腹黒マスコット。
作者テメェ許さないからな。(ヒィェ)

どこかの黄色い相棒
なぜか寒気が走った。


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第4話 ~旅ウサギの初めての野宿~


待たせたなぁッ!!

変更点
・スノーの能力



白くてフワフワな正体不明な小動物リスのスノーと出会った森の中、ゆかりを明るく照らしていた太陽は傾き始め、もう月が顔を出してきた。*1

 

(そろそろ夜かぁ、野営……兄さんに教わった通りにやれば問題ないはず!)

「キュイキュイ!」

「そうですね、そろそろ野営の準備をしましょうか。」

 

スノーは自主的にゆかりの肩から降りて草むらに飛び込んでゆく。

ちょっと心配になったゆかりだがまずはリュクサックを降ろし、その脇に付けられていた魔術式ランタン*2の蓋を外して地面に設置し魔力を流す。

 

「『点火、焚き火』。」

 

ゆかりの一言で、ランタンがまるで焚き火のように燃え出す。

ランタンを囲っていたガラスも、いつの間にか消失している。そして、ゆかりには焚き火の暖かさが伝わってきており無事に火が付いたことに安心してきた。*3

そして、スノーが戻ってきたのであろうか草むらがガサガサと言い出した。

 

「おかえりなさい、す……のー?」

「……」

 

そこに居たのは小さくてふわふわしているスノーではなく、荒々しくもたくましい肉体を待つ1匹の獣であった。

口には兎が咥えており、ひと鳴きもせずしゃがんでいるゆかりを見下ろしている。そしてその獣は、あ、ヤベェ。という感じで汗をダラダラと垂れ流しており、ゆかりは状況判断がようやくつき始めたのか、顔を青くさせる。

 

「兄さん、ごめんなさい……私はここまでみたいです。」

 

何かを諦めたかのようにゆかりはショートソードを引き抜き、自分の首に押し当てる。

この獣に殺されるぐらいであれば自分で命を終わらせるつもりなのだろう。獣は咥えていた兎を置いて―――

 

「キュオォォォォ……」

 

ゆかりに向かって土下寝したのであった。

それを見たゆかりは

 

「……えっ?」

 

頭に流れていた走馬灯が思わずストップするほど驚くのであった。

 

~~~~~

 

「えっとつまり...アナタはスノーってことで」

「キュオォォォォ」コクコク

「それで、私がお腹が空いていると思ってウサギを一匹狩ってきた。」

「キュオォォォォ」コクコク

「...あの姿だと、動くときにお腹とかが減りにくい...とか?」

「キュオッ」コクコクコク!

 

ゆかりとスノーの意思疎通はギクシャクしながらも要点だけを何とか伝え合った。

結果、一人と一匹の誤解は解け何とかゆかりは落ち着きを取り戻し、スノーも安堵のため息を吐いた。

(まあ、ほぼ夜更けに成人男性二人分の大きさの獣が現れたらそりゃゆかりみたいな反応になるよ。)

 

「ほっ...もう、心配したし、怖かったんですからね?」

「キュォォォォ...」

 

ゆかりは置いてあるウサギを持ち上げて、状態を確認する。

まだほんのり温かいことから、間違いなく先ほどまで生きていたのだろう。

スノーはそれを綺麗に、首を噛んで即死させている...なんというか野生の動物の中でもかなり熟練のそれである。

 

(...ちょっと、残酷だなぁ)

「...キュオォオオオ?」

「ごめん、こういうのはあんまりなれなくて。」

「......キュオォオ。」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべるスノーだが、ゆかりはすぐさまリュックのサイドポケットに突っ込まれていたナイフを取り出す。

 

「でも、せっかく取ってきた来たんだから、ちゃんと食べないとね!」

 

~~~~

ゆかり(ウサギを)解体中...

~~~~

 

「ふぅ、こんなものかな?」

 

ウサギを解体し終わり、筋と内臓類、さらにウサギ肉のほとんどをスノー(スノーはどうやら雑食みたいだ。リスなのに!)に上げた。

ゆかりは自分が食べ切れる量を確保し、兄がこっそりと入れておいたであろう串を取り出しウサギ肉をその串に通す。そしてランタンの火に近付け、ゆっくりと火を通す。

 

初めての野宿と、初めての動物解体だったが...意外とすんなりと行けた。

途中途中スノーがそわそわとしていたが、メッと叱るとシュンと耳をたらして落ち込む姿がとてもかわいらしかった。

 

「うん、こんなもんかな~?」

 

すっかりきつね色に焼かれたウサギ肉に塩をふりかけ一口...

 

「あっ、おいしい!」

 

触感はとても柔らかく、野生動物特有の肉の臭さもなくあっさりとした風味がゆかりの舌鼓を躍らせる。

かけた塩も相まって、ここにパンがあったらなぁと考えつつまた一口。

 

「おいしいね、スノー!」

「キュオ、キュオオオオオオ♪」

 

スノーはすでに食べ終えていたが、口周りが血で汚れていないあたり相当綺麗に食べたのであろう。

スノーも少しうれしそうに笑顔を浮かべ、楽しそうにしている。

 

~~~~~

 

「くぁ~...」

 

晩御飯であるウサギ肉も食べ終わり、パチパチとランタン焚火が燃え盛る中...ゆかりはあくびをする。それを見たスノーは顔を持ち上げ、ゆかりの顔を見る。

 

「そろそろ、寝ますか。」

「キュオォオ...」

 

ゆかりはランタンに魔力を流し、ランタンの火を消す。

その代わりに、寝袋を取り出し...たのだが、スノーがゆかりを覆うように体を丸くする。

ゆかりは驚くものの...荒々しくもたくましい肉体ながらも...確かなフワフワな毛皮の中ゆっくりと瞼を閉じていく。やがて、その心地よさに負けたのかゆかりはスノーの尻尾を布団代わりに眠りにつくのであった。

 

「キュオオオ...」

 

おやすみなさい。と言わんばかりにスノーは小さく鳴き、スノーも瞼を閉じるのであった。

*1
本来なら昼頃には隣の街に着くのだがゆかりが寄り道ばかりをするせいですっかり暗くなってしまった。(まあ急ぐ旅ではないのでゆかりは全く気にしていないが。)

*2
魔術で点火するタイプのランタン。これ一つでコンロの代わりになったり焚き火の代わりになったりする冒険にとって便利なもの。もちろんランタンだから明かりにもなるよ!

*3
ゆかりには、魔力はあれど魔法の行使と魔術を組み上げることは出来ない。なぜならゆかりの魔法は生活魔法でカツカツになるぐらい魔力保持量が少ないのだ。(既に組み立てられた魔術式なら起動が可能なのである。なおもっと先のお話でさらに詳しく説明される模様。)





スノーに包まれながら眠るゆかりさんがみたい。見たくない?
しかし挿絵を用意していないので皆さんの妄想の中で保管しましょう。

静かな森の中、たくさんの星々に見守られながらスノーに包まれて眠るゆかりさんをね!!

=====

【旅ウサギ】結月ゆかり
スノーが野生動物だったことを再認識、しかしそれ以上に絆を深めた。
スノーに包まれて寝たおかげかその日見た夢は、すっごいフワフワだったらしい。
スノーが放つ圧倒的な威圧感には気付かなかった。

【リス?】スノー
初っ端から姿を変えた獣。
寝ていても(ドラゴンすら全速力で逃げだす)威圧感を放てる。
ゆかりを包んで寝たおかげか、スノーの見た夢はたくさんのリンゴをゆかりがあーん。してくれる夢で、ご機嫌に目覚めた。
しかも、朝起きたときにゆかりにブラッシングされてさらにご機嫌になった。



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第5話 ~旅ウサギののんびり旅と、いきたかったけど~

変更点
・弦巻マキの設定
・弦巻マキの武器
・結月ゆかりと弦巻マキの交友


「フンフンフーン♪」

 

ゆかりが鼻歌を歌いつつ歩き、スノーはウサギフードの中で丸まってそれを聞いて眠っている。心地よい振動とゆかりの鼻歌がスノーにとって心地のいいものらしい。

 

「フンフン…、あっ見えてきた。」

 

ゆかりのそんな声にスノーも反応しフードから顔をのぞかせる。ゆかりの視線の先には、ゆかりの故郷の町と同じく、石の壁で囲われた街がある。しかし、ゆかりの町と違うのはゆかりの町より少しだけ規模が広く人も多いと言う点だ。

 

「兄さんと昔に1回来たっきりだったなぁ…。」

「キュオー?」

 

スノーは首を傾げながら、ゆかりの肩に乗る。ゆかりの表情はどこか懐かしいと言わんばかりである。

スノーは首を傾げるだけで理由は聞かないが、、なにか昔にあったのだろうと完結する。

 

「よし、行きましょうか!」

「キューイ!」

 

~~~~~

「待て、そこの怪しげな紫のヤツ!」

「こいつ、獣を肩に乗せているぞ!」

「「捕まえろ!!」」

~~~~

 

「…………。」

「キュ、キュー?」

「あぁ、大丈夫ですよスノー。怒ってないですから。」

「キュッ」(お口ミ○フィー)

 

あの後衛兵が、門を通ろうとしたゆかりを止めて問答無用で牢獄にぶち込んだ。背負っていたリュックと兄から贈られたショートソードは没収され、スノーに限ってはとても窮屈な檻に閉じ込められていた。それらのせいで、(笑顔だけど)とても恐ろしい雰囲気を垂れ流すゆかりにスノーはこれからはゆかりを怒らせないようにしようと、ひっそりと心の中で決めるのであった。

ちなみにスノーが入れられている窮屈な檻はスノーが元の姿に戻ればそれだけで壊せるほどボロボロのものだ。だけど、余計な問題を起こしたくないゆかりは変身しないようにスノーに言いつけてあるのである。

と、入口の方から何人かの足音と話し声が聞こえてくる。

 

「はぁ。怪しいヤツを見かけたから話を聞かずに牢獄に入れたって?」

「はい!それがコイツになります!」

「危険な獣もぶち込んでます!!」

 

そんな声が聞こえてきて、ゆかりたちの牢屋の前に金髪の少女と、衛兵2人が立つ。

ゆかりがそちらに視線を移すと、また懐かしい顔がそこにあった。

 

「あら、マキさん」(とても恐ろしい笑顔)

「ゆ、ゆゆゆっ、ゆかりちゃん!?」(一気に冷や汗が流れる。)

 

そこに居たのは、昔1度だけこの街に来た時にゆかりと知り合い友達になった少女、そしてあれからというもの手紙でしか交流のなかった親友が、顔を青ざめさせていた。

もちろん、ゆかりの笑顔には怒りマークが浮き出ており、関係の無い周りの囚人まで震え始めていた。

何も感じとっていない衛兵2人は、頭の上にはてなマークを浮かべ、マキは大量の冷や汗を流している。

 

「いやー、まさかこんな()()の仕方をされるだなんて思いもしませんでしたよ。」

「ア、ソノ、コ、コレハソノ」

 

笑顔ながらも威圧的な表情を浮かべるゆかり、既に腕に付けられた手錠はミシリと嫌な音を立てており、スノーは耳を塞いで目もつむっていた。そしてゆかりの威圧の向け先であるマキはさらに青白い顔をし、足が子鹿のように震え出す。

マキの隣に立つ二人の兵士も、ゆかりの威圧に感づいたのか...お互いに抱き合いながらガタガタと震えだす。

 

「手紙で、伝えましたよね?そろそろ旅に出るから顔を合わせたいって。」

「い、いやぁ~...す、すっかり忘れたよ。だからごめん、今すぐに出すからそれやめて!怖い!!」

「あらあら、うふふふふ。」

 

~~~~~

 

すぐさま、ゆかりは釈放され奪われていた荷物も何一つなくされることなく返されることになった。

ゆかりの住んでいた町とは違い、賑やかな商店街をゆかり(&肩に乗るスノー)とマキがはなしながら歩いている。

 

「まさか、マキさんがこの町の自警団のお偉いさんになってるだなんて。」

「私はそん、あっ今は町長だったけ、お父さんの娘だからね。」

 

ムフーと、たわわな胸を揺らして自慢するマキ。

そんなマキのたわわな胸に共鳴するかのように、腰脇のレイピアが揺れた。

だけどそんなに使われないのを見るに、あまり実戦を経験していないようだった。

 

「まあ、危険だーって言われて、あんまり戦ったことはないけどね。」

「あぁ、だから立ち振る舞いが私と比べて油断も隙だらけなんですね。」

「クソザコキューイ!」

「あのお兄さんに鍛えられたゆかりちゃんと一緒にしないでほしいなー...あとその獣地味に私の事を貶さなかった?」

 

マキが呆れながらそのセリフを口にする。

スノーは顔を逸らし、ゆかりはあきれた表情でため息をつく。

 

「私が旅に出るってことを伝えたとき、ついてきたいって言ったのは誰でしたっけ?」

「うっ...」

 

そう、かつてゆかりは手紙でマキにいつか旅に出るということを伝えていたのだ。

それ知ったマキは、親友であるゆかりを放っておくことなどできず手紙に思わず、その冒険についていきたいと書いてしまったことがあったのだ。小さいころゆえの過ちだが、実のところこの隣町にたどり着いたゆかりはマキとの冒険を楽しみにしてたこともある。

 

「確かに、小さいころ手紙で一緒に冒険に出たいって言った。私もそれは覚えているし、ついていきたい。ついていきたいんだけど...ちょっと、ね?」

「......何かこの町であったんですか?」

 

マキの真剣な表情で、ゆかりのスイッチも切り替わる。スノーもきりっとした表情で、マキを見つめていた。マキはちょいちょいと手を招き、耳をよせるようにジェスチャーを行う。

 

「実は最近、この町に野盗の集団が攻め込んでくるって情報が手に入ったんだよね。」

「...それ、本当なんですか?」

「うん、大きくなったから狙われるって話。ついこの前捕まえたはぐれ野盗が吐いたんだよね。」

 

詰まるところを言うと、この町はもうすぐ野盗の集団に攻め込まれるというのだ。

この猛獣や魔物がはびこる世界でも、人間たちの悪党、野盗などは多く存在する。町や村を追い出された犯罪者や傭兵崩れ、ならず者が集まってできている分、魔物や猛獣を対処することができるので本当に迷惑な存在なのだ。違法な乱獲や密猟、違法採集に限らず商隊を襲ったり、旅人を殺したりとやりたい放題である。

 

「それが解決するまで、マキさんはこの町を出ることができない。と?」

「...まあ、そうなるね。戦えるのは私を含めて自警団の人間しかいないし。」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべてマキが謝る。

野盗の集団が街を襲うだなんて、この世界にとってはありきたりな事である。

だからと言って、週に一度の手紙のやり取りをするほどの親友を見捨てるほど薄情ではないのがゆかりであった。

 

「よかったら、手伝いましょうか?」

「へ?何を?」

「野盗退治。」

「えっ...ゆかりちゃん、本気?人を殺すことになるけど。」

 

マキは本気でゆかりを心配する。マキは今の時点で、既に人を殺めたことがあった。

相手はもちろん、野盗だ。自身の剣術の先生を殺した野盗を逆上のままに殺した。

その時の感覚はとても気持ち悪いものだったが、既に何回も野党の襲撃をうけ、何人もの野盗を殺めた。すでに慣れたものだが...あの気持ちの悪い感覚をゆかりにも味わってほしくないのだ。

 

「すでに冒険に出るときに覚悟は決めていますよ。」

「...人殺しは、魔物や猛獣を殺すのとは違うよ?」

 

真剣な表情でゆかりの顔を見つめるマキ。

自分が味わったあの感覚、それを親友に味わわせたくはないのだ。

マキの心配は痛いほどゆかりに伝わる。しかし

 

「キュイ!キュイキューイ!」

 

スノーの鳴き声で、重苦しい雰囲気が消される。

真面目な表情の二人はスノーの鳴き声でお互いに顔を合わせて笑い始めた。

 

「ここで言い合っても仕方ないか。」

「はい、そうですよ?少なくとも私は曲げる意思はありません。」

「...わかった、私の負け。とことんまで手伝ってもらうから。」

 

マキが手を差し出すと、ゆかりは迷いなくその手をつなぐ。

スノーはその繋がれた腕を伝い、マキの肩に乗り頬にすりつく。

 

「わわっ、すっごいフワフワ!」

「ふふ、スノーをブラッシングしたのは私ですから。」

「キューイ!」

 

やがて、少女らしい二人が笑いあうその場面が、その場面を見ていた絵師によって絵にされ。

伝説を残した彼女らの出会いの場面として、人気の絵画になるのはまた別のお話だ。




次章予告

「じゃあまずは、手合わせしませんか?マキさん...」
「うん、ゆかりちゃんの実力も知りたいからね。」

二人の少女の手合わせ。

「殺せー!奪えー!!男は皆殺し、女は犯して、子供は奴隷だ!!」

始まる襲撃。

「スノー君!大暴れで行きましょう!!」
「キュオォオオオオオオオ!!!」

「ゆ、ゆかりちゃん。と、とんでもないのをペットにしてるね。」

引かれるゆかり。

「いきますよ、マキさん!」
「うん、ゆかりちゃん!」

果たして、二人の少女は果てしない冒険に迎えるのか。


次章『ツルマキナイト』

おたのしみに!


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ツルマキナイト
第6話 ~親友以上ライバル未満~


変更点
・たぶんなし




握手をした後、二人はまた歩き出す。

先ほどとは違い、どこかピリピリした雰囲気を漂わせているが、でもそれ以上に仲の良い友達同士という風にしか見えない。

 

「じゃあまずは、手合わせしませんか?マキさん...」

「うん、ゆかりちゃんの実力も知りたいからね。」

 

二人はまるで買い物の約束をするかの様にサラッととんでもないことを口にする。

それを聞いていたスノーは目を丸くして思わずズッコケそうになったが、二人の雰囲気が先ほどと変わらないのを見ると、この二人は最初からそれが目的だったみたいだと悟る。

 

「アマゾネスキューイ!」

「...ねえ、ゆかりちゃん。やっぱり、このスノー君...私の事馬鹿にしてない?」

「むぅ、スノーはそんな子じゃありませんよ。」

 

拗ねたように言うゆかりと、そうだそうだと言わんばかりに頷くスノー。

マキはまあ、どうでもいいかと思いつつ、街を案内するのであった。

 

~~~~~

 

「さて、ここがうちの自警団の本拠地だよ!」

 

マキがそう言って案内したのは...

 

「ボロ小屋ですね。」

「フケバトブヨウナボロゴヤキューイ!」

「いやまって、貶す前に私の話を聞いて!?」

 

テンションが三段ほど下がったゆかりと、あおる様にゲスい表情を浮かべるスノーに言い訳を開始するマキ。

マキが言うに、自警団ができたのが今年の1月の事*1。まずは人数を集めたり装備を新しく作ったりとマキが忙しそうにしているときに、野盗の集団の襲撃が分かり...急遽、本部を創設*2、その結果がこれなのだ。

今のところ、この町の自警団はマキをリーダーとした16名の衛兵で何とか回している状況なのである。

 

「...つまり、偶然に偶然が重なってこんなことになっている、と。」

「本当は、冒険者ギルドができる場所に自警団の詰め所を立てる予定だったんだけど...」

 

左右の人差し指どうしをツンツンと合わせつつ、目を逸らすマキ。

そのしぐさで大体ゆかりが察知する。

 

「急遽、仮設本部を買ったらその隙に冒険者ギルドに建物を土地ごと買い取られた。ってことですね。」

「流石に、王国公認の冒険者ギルドに待ったをかけるわけにはいかないし、今年の予算は(給金とか予備金とかで)結構カツカツなんだよね...」

「ゴシュウショウサマキューイ!」

 

ガックリと、肩を落とし挙句の果てには泣きはじめるマキ。

 

「で、その冒険者ギルドは?」

「...着工は、半年後。稼働は、来年の1月...です。」

「終わりましたねこの町...。マキさん、諦めましょう☆」(いい笑顔)

「キューイ...」

「まってー!みすてないでー!ほうしょうきんならたっぷりよういするから~!」

 

びぇえええん!と泣きながらゆかりの腰に抱き着くマキ。流石のスノーもネタにできないのか呆れた表情でマキを見つめていた。

ゆかりは、哀れな姿の親友を見下しつつ、足からマキを引き離そうとする。

 

「第一、なんで、今まで自警団とかなかったんですか!!ちょっ、力強い...しかもその押し付けてくる胸は当てつけですか!?」

「今までも、自警団はあったよー!非公式だったけど...お願いだから力を貸してよ~!」

「貸しますよ!?貸しますけど、相手次第です!!」

 

最後は無理やり引き剥がしたゆかりだが、引き剥がした以上の疲労があったような気がする。

乱された衣服を整え、ヤムチャしやがって地面の上に寝転ぶマキをツンツンとつつき、生存確認をする。小さく笑い声をこらえつつ身を震わせているため間違いなくふざけている。

 

「それよりも、手合わせするんですよね?早く起きてください。」

「ぶぅ~、もうちょっと心配してくれてもいいじゃん。」

「じゃあ、大げさに慌てて教会か医者にでも駆け込みますか?」

「それは勘弁してほしいなぁ~。」

 

~~~~~

 

ゆかりはリュックを置き、軽く準備運動を開始する。マキもグッと背を伸ばしてストレッチを始め、何か思い出したのか、手をポンとさせてボロ小屋脇の倉庫から大きなクリスタルを取り出す。

 

「...それ、なんです?」

「最近、王国の商会で大人気の『訓練フィールド展開結晶(くんれんふぃーるどてんかいけっしょう)*3っていうものだよ?これに組み込まれた魔術を動かすと...」

[魔力の注入を確認、フィールドを展開します]

「こんな風に、フィールドが展開されてそのフィールド内で発生したダメージをなかったことにするっていう魔道具だね。最近だと冒険者同士の決闘とか騎士同士の訓練にも使われてるらしいよ。あくまで競技とか競争用だから猛獣とか魔物には効果がないみたいなんだけどね。でも、お父さんの話だとこれが戦争の代わりになるとかならないとか。」

「...つまり、本気で殺しにかかっても殺さずに済むってことですか?」

「ぇー......理解が速いのは助かるけど、躊躇なく言うのはどうなの?」

「バーサーカーユカリキューイ...」

 

躊躇いなく言ったゆかりにマキとスノーはドン引きする。

しかし、マキもゆかりの放つ殺気に感づきため息をつきながら殺気を放ち始める。

おそらくゆかりは本気なのだろう、マキも自身を本気で殺しに来ると理解する。

 

「一応聞くけど、死にはしないって言ってもかなり痛いよ?」

「死にはしないなら大丈夫ですよ。」

「その自信はいったいどこから来るの!?」

「少なくとも私は死ぬ寸前まで叩きのめされて鍛えられましたから。」

「グレイマンさん何してんの!?」

 

ゆかりがスノーを肩から降ろし、ショートソードを引き抜く。

 

「マキさん、賭けでもしませんか?私が勝ったら、マキさんに教えてもらったスイーツを奢ってください。」

「はぁ...わかったよ。私が勝ったら、そのスイーツはゆかりちゃんが奢ってよね。」

「なら大丈夫です、私は負けないので。」

「だからその自信はどこから来るの?!」

 

~~~~~

 

ゆかりがショートソードを構え、マキもレイピアを構えると...

 

[両者の同意を確認。開始]

 

クリスタルの掛け声が合図となり、ゆかりは飛び出した。

両手でしっかりと握ったショートソードを振りかぶり、そのままマキに振り下ろされる。しかしマキは、軽く後ろにステップを踏み簡単にかわし、躊躇なくゆかりの目に向けてレイピアを付きだす。だが、ゆかりは顔を逸らすことで回避し、足払いを狙って体全体を使った回し蹴りを行う。

 

「よっ。」

 

マキはその回し蹴りを、後方へジャンプすることでかわし、ゆかりは回し蹴りの勢いのまま後ろへ下がって距離を取り立ち上がる。その直後、マキは着地しレイピアを再び構えて、ゆかりを見据える。

 

(今の一瞬、間違いなく『やる気』だった。)

 

冷や汗がマキの頬を濡らし、戦場の感覚に似た嫌な雰囲気がマキにまとわりつく、先ほどまで見ていた親友の顔が、とても冷たいものに変わり果てているうえに、その瞳は獲物を追い詰める狩人の目で、とても冷ややかなものになっている。

もしあのまま足払いを避けていなければ、首をとられる一撃か胸にショートソードを突き立てられて()()()()()()()()()()()

 

(そういえば、ゆかりちゃんはお兄さんに『敵を殺すときは容赦なく、私情なく、躊躇わずにやれ』って教えられてるんだっけね。)

 

昔に送られた手紙の一文を思い出し、気を引き締めなおす。

練習とはいえ、これはほぼ実戦のようなものだ...ゆかりもそのつもりで自身に襲い掛かっていると思い、さらに気を引き締めなおす。

実のところを言うと、ゆかりは無意識にマキに向かって冷酷な表情を向けている。(それもこれもグレイマンの教育のおかげ?なのだが)ゆかりは、どちらかというと勝つ気満々でマキとどんなスイーツを食べようか頭の中で考えているほどだ。

えっ、親友を斬る云々の躊躇いはどうかって?そもそもゴブリン相手に躊躇ってたろうって?ほら、始めては誰だって緊張するもんだし、今回は死なないって確認が取れてるから躊躇してないんだよ。

 

閑話休題

 

ゆかりとマキがそれぞれの武器を構え、見つめ合う数刻。

スノーはクリスタルの横にちょこんと座りその様子を見守っている。

チリチリとした嫌な雰囲気がマキにまとわりつき、冷酷と言わんばかりのゆかりの表情は、それだけであたりの空気を冷やすほどに冷たい。

 

「っ!」

 

先にしびれを切らして近づくのはマキの方だ。

レイピアを突き出し、一歩のステップでゆかりに一撃を放つが、ゆかりはそれをいつの間にか作りだした氷の盾で防ぐ。ゆかりのショートソードは”水色の魔法陣”が輝いており、おそらく刻まれていた魔術式に魔力を通して瞬時に作り出したのだろう。マキはそんな盾を気にせず、連続した突きを放ち続ける。

マキとて、ただ成長しただけではないということを見せつけ、常人ではとらえきれないような素早さの連続突きを放つ。

しかし、ゆかりはそれを顔色一つ変えずに盾で防ぎ、防ぎきれないものはショートソードで弾いて逸らすという芸当を見せつける。だが、マキも焦らず左手に魔力を集める。

 

「≪雷の矢、放て≫ッ!!」

「くっ!?」

 

冷酷なゆかりの表情が崩れ、氷の盾が雷を帯び砕け散る。

マキが行使したのは『魔法』と呼ばれるものだ、マキはゆかりとは違い確かな量の魔力を持っているため発動させることができるのだ。

 

(二節の魔法詠唱!?兄さんと比べてかなり早いっ!)

「《剣に纏わせるは、雷》!」

(エンチャントも自前で....やりますね、マキさん!)

「『展開:氷塊剣』っ!」

 

マキは自身のレイピアに雷を纏わせると、ゆかりもすかさず魔術式を展開しショートソードに氷を纏わせる。マキがいとも簡単にやったのはエンチャントと呼ばれる技術でありその道を極めた人間にしかできないような芸当であるが、マキはそれをやってのけた。

 

「せいやぁぁああああっ!!」

「たぁぁああああっ!!」

 

マキはレイピアを振り下ろし、ゆかりは盾を壊された反動のまま回転斬りを放つ。

 

~~~~~

 

「んー!”マキさん”のお金で食べるパンケーキ美味しいです!」

「もー、あとちょっとだったんだけどなぁ…」

 

結果と言えば反動のまま回転斬りを放ったゆかりが勝った。

マキがレイピアを振り切る前に、ゆかりのショートソードはマキの体を切り裂いた(もちろん真っ二つにならなかったしマキは死んでいないが)。

結果、マキがゆかりにこの街で1番人気のスイーツであるパンケーキ(銀貨1枚、日本円にして1000円)を奢ることになりマキのお財布から銀貨が、1枚消えることになった。

 

「それにしても、マキさんエンチャントできるようになったんですね。」

「あーうん、この前やっとね。結構魔力消費しちゃうからあんまり連発はできないけどね。」

 

マキもため息をつきながらコーヒーの入ったカップに口をつけて傾ける。

ちなみにスノーもそのまま連れてこられており、店員さんの心遣いにより薄味のパンケーキをかわいらしくもしゃもしゃと食べている。その様子を遠目で見ている他の女性客は、イケメン気質のゆかり、同性からもかわいらしいと感じるマキ、その二人の間でパンケーキを美味しそうに食べるスノーの2人と1匹に黄色い視線を送り続けている。

 

「そういえば、今日はどこに泊まる予定なの?この時間だと、もうどこも満室だと思うけど...」

 

マキの言葉にゆかりとスノーのパンケーキを食べる手が止まる。

窓の外はすでに夕暮時を知らせており、遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。

この町はまだ発展途上で、それゆえに来るもの好きな旅人も多い。そのため、もう宿屋はどこもかしこも満室になってしまい門前払いを受けるばかりだろう。

 

「...さきに、宿を探しておけばよかったですね。」

「キュイキョウハノジュクキューイ...」

 

しゅんとしながら俯くスノーとゆかり、そんな二人にマキは

 

「じゃあ、私の家に泊まりに来なよ!私の家はそこそこ大きいから一人と一匹ぐらい泊めるのは余裕だし!」

「...いいんですか?」

「うん!だってゆかりちゃんは私の親友だもの。」

 

むふー。とかわいらしい笑みを浮かべつつ胸を張るマキ。

マキはそんな親友の姿を見つつ、嬉しそうに笑顔を浮かべるのであった。

 

「キマシタワーキューイ」

 

お前のその鳴き声が無かったらオチは完ぺきだったんだけどなぁ...

*1
ちなみに、今は4月。つまり3カ月前にできたばかりなのである。

*2
ボロ小屋を買い取っただけともいう。

*3
『王国』に存在するとある魔道具商会が開発したアイテム。いうなれば、格闘ゲームのように剣で斬られたり銃で撃たれたり、骨が折れるような一撃や、間違いなく即死するような攻撃を受けても動けるようにするもの。しかし、猛獣や魔物相手だと効果はない。お値段金貨3枚(約30万円)




言い訳はしないが勝負の行方で時間がかかった。



【旅ウサギ】結月ゆかり
無意識バーサーカー。
ちなみに殺す気はあったが死なせるつもりはなかった。
あのクリスタルが無かったら間違いなく寸止めで済ませていた。

【マスコット】スノー
今回活躍の出番なし。
薄味のパンケーキはとてもおいしかったそうです。
あと今回も百合厨である。

【ゆかりの親友】弦巻マキ
リチャードシティのそんちょ...町長の娘。
これでも剣術(レイピア)の達人で雷属性の魔法なら何でも使える。
一応これでも、貴族の娘である。(辺境貴族という意味での貴族だが)
コーヒーはブラック派。


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第7話 ~二人の少女、その出会い~

変更点

・ゆかりとマキの過去



二人の手合わせの後、宿を取り忘れていたゆかりはマキの住むお屋敷に泊まることになった。

マキのお屋敷、と言ってもマキの家は普通の民家の様にそれほど大きくもなければ小さくもないという普通の家だった。なんでも、成人したと同時に自立をしたとのことだ。

 

「...意外です、マキさんが一人暮らしなんて」

「むぅ、意外は余計だなぁ~?」

「キュィ!」

 

マキの作った夕食を食べながら二人は会話する。ちなみにスノーはマキからちょっとお高くておいしいリンゴをもらったため馬鹿にするのはほどほどにしようと考えている。

 

「だって、あのマキさんですよ?私の知るマキさんは、白と黒のフワフワのドレスを着てウサギのぬいぐるみを抱きしめてる女の子ですし...」

「む、昔の話を持ち出すのは禁止だよぉーッ!!」

「キンパツヘキガンゴスロリロリッコキューイ!?」

 

ゆかりの言い放った爆弾にマキは顔を赤くして、騒ぎ出す。

そしてマキの視線の先には、ゆかりとマキの始めて会った時の写真が大切に写真たてに入れられ飾られていた。

その写真には、ゆかりが言ったように白と黒のフワフワのドレスを着た幼いマキと、少年服を着た幼いゆかりが写っていた。

 

「...ゆかりちゃんも、あの時と比べてかなり変わったよね。あの時はなんだか男の子っぽかったし...」

「あー...まぁ、あの時は兄さんになりたいって思ってましたからね。」

 

二人が出会ったのは、そう...

 

 

ゆかりがグレイマンと、初めてこの町に来た時の事だ。

 

 

~~~~~~

10年前...

~~~~~~

 

11年前...それはゆかりは11歳、マキは10歳の時だ。

この時、ゆかりは兄であるグレイマンと一緒に、初めて育った町を離れて見知らぬ街に買い物に来た。

グレイマンの手を離さず、あたりを興味津々と言わんばかりにキョロキョロと見渡すゆかり...そしてゆかりはその子を見つけた。

 

「ふぇ~ん、えぇ~ん!」

 

白と黒のフワフワのドレスを纏い、左腕にウサギのぬいぐるみを抱え泣き叫ぶ金髪の女の子。

考え事をしているグレイマンの手を離し、ゆかりはその子に駆け寄る。

 

「どうしたの?大丈夫?」

「えっぐ...ひっぐ、おにいちゃんだれ?」

 

涙を拭きながらゆかりに尋ねるマキ。

ゆかりは胸を張りつつ、名前を名乗る。

 

「ボクは、ゆづき ゆかり!君は?」

「...マキ。つるまき まき...」

「マキちゃんだね!」

 

ニコニコ笑顔で手を出すゆかり、マキは首をかしげながらもその手を掴む。

すると、ゆかりは歩き出し...手をつないでいたマキを連れ出した。

 

「いっしょに、お母さんを探そう?」

「...うん。」

 

そう言って探し出す二人。(この時グレイマンはいつの間にか消えていたゆかりに驚き、あたりを探していた)

しかし、探せど探せどマキの母親は見当たらない。(まあ、普通に考えて貴族の夫人が市場の広場にいるわけがないよね)

マキはまた泣き出してしまい、ゆかりは困りながらも慰めていた。

 

...そして、それは厄介な連中を呼び寄せていたのだ。

 

「おい!お前!!さっきからうるさいぞ!!」

「「そーだそーだ!!」」

 

ゆかりとは違い、乱暴そうな少年が泣き叫ぶマキに突っかかって来た。

だけどマキは鳴いているだけ、ゆかりも一瞥しただけでマキを慰めることに集中していた。

 

「おい!このデーベッソさまを無視するとはいい度胸だな!!」

「そうだぞ!この方を何と心得る!!」

「この町一の商人の息子だぞ!」

 

無視する二人に腹を立てて騒ぎ出すその少年三人。

しかし、ゆかりはため息をつき。

 

「うるさいから、どこかに行って。泣いてる女の子を見て何とも思わないのか」

 

冷たい目でそう吐き捨て、さっさとどこかに行けとジェスチャーする。

周りで見ていた大人たちも次第に子供たちの様子に気づき、あたりでざわざわと騒ぎ出した。

ゆかりの冷たい態度に腹を立てたデーベッソは...

 

「お前ぇっ!生意気だぞ!!」

 

ゆかりに向かいパンチを放った。

 

周りの大人たちは息をのみ間に割って入ろうとするが...

 

 

パシン!!

 

 

「...聞こえなかったか?邪魔だ。どこかに行け。」

 

 

ゆかりは簡単にデーベッソのパンチを掴み鋭い視線で睨みつける。

このころからグレイマンに鍛えられていたゆかりにとって(同年代だが)子供のパンチは軽いものだった。

それに、『不用意に人に暴力を振るわないこと』と教えられていたのでゆかりはデーベッソに威嚇をする。

デーベッソはすっかり腰を抜かしへなへなと座り込む。小さな子供が元冒険者に鍛えられたゆかりの威嚇と威圧に耐えられるわけがなく泣きだす寸前になってしまう。

大人たちもゆかりの鮮やかに掴んだ一瞬の行動とゆかりの威圧感に気圧されてしまい、一歩引きさがってしまう。

だけど、マキだけは違った...自分を守ってくれるゆかりを見上げ頬を赤く染めいつの間にか泣き止んでいた。

 

「こっこんのぉっ!!俺より小さい癖に、生意気なぁッ!!」

「デーベッソさまにはじをかかせたおまえなんかぁっ!」

「しんじゃえぇっ!!」

 

しかし、それで納得いかないのが三人の少年だった。

なぜか持っているナイフを抜いて、ゆかりに向けて突撃する。

大人たちは悲鳴を上げ、マキもギュッと目をつむるが...

 

「...武器を出したな。だったら、容赦はしないよ。」

 

ひょろっとした少年が突き出したナイフをサッとかわし肘を殴りつけてナイフを落とさせる。

そのまま、鳩尾に回し蹴りを叩き込む...と、ひょろっとした少年は白目を向いて吹き飛ばされ気絶する。

二人目の太った少年はそれを見てナイフをゆかりの後ろから横向きに振るが、後ろに目でもついているかのようにかわされがら空きとなった顔にゆかりの拳が叩きこまれる。

その太った少年は殴られた衝撃で体を浮かされ、すぐそばにあった噴水にドボン!と着水する。

最後に残ったデーベッソはとっさにマキを人質にしマキにナイフを突きつける。

 

「く、くるんじゃねぇ!!こいつがどうなってもいいのか!!」

「ひぐぅっ!ゆ、ゆかりおにいちゃん!たすけて!!」

 

「......」

 

人質を取りようやく大人しくなったと思ったデーベッソだったが、次の瞬間...ナイフを持っている右肩に激痛が走る。

 

「ぎぃやああぁぁぁああああっ!!」

 

デーベッソの右肩に襲い掛かったのは太っていた少年が持っていたナイフだった。

それがかすり、デーベッソの背後にある街路樹に突き刺さっているが...少しだけ血が付いている。

だけど、ゆかりはデーベッソの肩をかする様にナイフを投擲していたため、致命傷にはならない...しかし、子供がそんなことを理解できるわけがないので斬られたと勘違いする。

 

「いたいいたいいたい!!おれの、おれのみぎうでがあぁぁあああっ!!」

 

かすり傷だというのに騒ぐデーベッソから、マキは逃げ...ゆかりの影に隠れる。

...やがて、大人たちはハッとしすぐさまゆかりたちを守る様に立ちふさがりデーベッソに応急処置をし警察に突き出す。

ちなみにデーベッソが知らなかったとはいえこの町を収める貴族の娘にナイフを向けたことが発覚し、デーベッソの両親は豪商から転落...デーベッソの子分二人もナイフを取り出したこともありその二人の子分の両親も、ご近所付き合いが苦しくなったことは間違いない。逆にゆかりはそんなマキを知らなかったとはいえ助けたことを称えられた。(人質を取られたとはいえ傷つけたためにグレイマンにお説教されたが)

 

そこから、マキとゆかりはお互いを信頼し、友達となり...ゆかりが帰った後も手紙でやり取りをし続けていたのである。

 

~~~~~

現在

~~~~~

 

「...今でも昨日の事のように思い出せるよ。もう10年も前の話なのにね~。」

「...マキさん、私たちまだ20代ですよ?」

 

からの食器をそのままに、写真を眺めるマキと何やらおばあちゃんのようなセリフに対しツッコミを入れるゆかり。(スノーはお腹いっぱいになって丸くなって眠っている)

あれから10年。デーベッソたちはどうなったのかは分からないが、きっとどこかでよろしくやっているだろう。

時の流れは速いというが、マキにとってその日の事は昨日のことのように思えるのだ。なにせ...

 

「それに、あとで手紙で知ったとはいえ...まさかゆかりちゃんが女の子だったなんて。はぁ~...私の初恋、どうしてくれるのさ~」

「いや、あの時あの服を着ていた私にも罪はあるとはいえ...」

「そうだよ~?ゆかりちゃんが、カッコいいのが悪い。」

「うぅ...」

 

頬を赤く染めながら、困り顔のゆかりの頬に触れるマキ。ゆかりもなぜか気恥ずかしくなり視線がキョロキョロとしてしまう。

ちなみにゆかりもマキもその気はない。互いにただの親友程度にしか思っておらずそれ以上に発展することはない。ないはずである。

 

「本当にかっこよかったなぁ~、王子様みたいでさ~...」

「...。」

「優しかったし、一緒にお母さんを探してくれたし、泣いた私を慰めてくれて」

「......。」

「あ~あ~、ゆかりちゃん以上の男の人なんて探してもいないからなぁ~。」

「.........あ、あのマキさん?」

 

困りに困って、声をかけるゆかり...しかし次の瞬間、

 

 

ゆかりはマキに引っ張られ...その唇に柔らかな感触が伝わった。

 

 

一瞬、何をされたか分からないゆかりだったが、次第に理解し...顔を真っ赤にする。

パッとマキは手を離し、えへへとかわいらしく美しいほほえみを浮かべる。

 

「諦めてないから、ゆかりちゃん。」

「ま、まままま、マキ、サン!?」

 

バタバタとマキは走り出し、階段を昇り...

 

「おやすみ!ゆかりちゃん!!」

 

最後にニヘッと、いい笑顔を浮かべて部屋に閉じこもるのであった。

残されたゆかりは、スッと静かに椅子に座り直し...

 

(...マキさん、あんな表情...できたんですね。)

「って、私は何を考えてるんですかぁ~!!」

 

先ほど見たほほえみと、唇の感触を...何度も思い出し悶絶するのであった。

 

 

 




スノー「何かと思えば、マキユカキマシタワーイチャイチャラブドリームキマシタワーじゃねぇか、完成度たけぇなおい...キューイ。」

~~~~~

【赤面ウサギ】結月ゆかり
親友の表情に悶々していたが、眠気には勝てずソファーを借りて眠った。
いい匂いがしてさらに悶々しながら眠った。

【策士マスコット】スノー
実は起きていて、マキがなにかやるんじゃないかと思って警戒していた。
そしたら素晴らしいものが見れた。その日見た夢は百合の花が咲き乱れていた。

【恋する乙女】弦巻マキ
ついに告白をできたため、しばらく顔が熱くて仕方なかった人。
しかし大胆な告白をしてしまったために自爆してしばらく寝付けなかった人。


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第8話 ~静かな...~

変更点
・たぶんなし


マキがゆかりに大胆な告白をした翌日。

ゆかりはとりあえず気にしない方針とし、少しだけ早く起きて早めの朝食を作り出す。勝手知ったる我が家のようなキッチンではないが、マキの性格故かわかりやすいところに器具や整理整頓された冷蔵庫のおかげで簡単でご機嫌な朝食が出来上がった。

 

「おっ、おはよぅ...ゆかりちゃん。」

「はい、おはようございます。マキさん」

「キューイ!」

 

部屋から出てきて挨拶をするマキに返答するゆかりとスノー。

ゆかりの反応に少しだけ頬を膨らませるがゆかりの持つおいしそうな朝食を見てすぐに機嫌を直す。

 

「おいしそうじゃん!」

「いいえ、おいしいですよ?」

「キュイキュイ!」

 

ドヤ顔で胸を張るゆかりに同調しスノーも自慢げに胸を張る。

息ぴったりな一人と一匹を見てマキも笑顔を零し、朝食に口をつける。

マキは今日はいい日になりそう、と思いつつゆかりの作った朝食を堪能するのであった。

 

~~~~~

 

「あぁ~...おいしかったなぁ~。」

「そんなに何度も言わないでください、結構恥ずかしいんですからね?」

「キュプ~...」

 

朝食も食べ終わり、食後のお茶を飲みつつ談笑するゆかりとマキ。スノーは満腹になったからか日光が差し込む窓辺で丸くなり大きなあくびをしていた。

遠くから聞こえてくる、町の活発的な生活音が静かな日常を彩っていて、まるで今日という一日を祝福しているかのように、この町にある教会の鐘が鳴った。

 

「あっ、そうだ!」

 

何かを思い出したのか立ち上がるマキ。

そんなマキに驚きつつゆかりとスノーは、立ち上がった彼女を見つめている。

 

「ゆかりちゃん、これからデートしよ!」

「で、デート...ですか?」

「キマシタワーキューイ」

 

妙案と言わんばかりにむふーと胸をはるマキ。

何を隠そう、もう昨日の夜に大胆な告白をしたのだ...あとは押しまくれば何とかなるという脳筋思想の元、マキはゆかりに自分の意識を向けてもらおうと猛烈アタックすることを(ついさっき)考えたのだ。昨日のアレを思い出し、ゆかりが頬を染めてそっぽを向く。

 

「で、でも...私は」

「ふふん、この私...弦巻マキは、ゆかりちゃんが私を好きになってくれるまでゆかりちゃんに猛烈アプローチをすることに(ついさっき)決めたのだ!」

「なっ、なんて強引な!?」

「ガッツクオンナハキラワレルキューイ」

 

スノーからしてみればバカバカしい光景だが、主に恋愛感情を向けている拗らせた少女の恋路を見るのは結構面白いため、邪魔をしないようにする。そしてそんなスノーに助けを求めるようにゆかりは視線を向けるが...スノーはそっぽを向いてゆかりを見放す。ガシッ!と言わんばかりにゆかりの両手をマキが掴み...

 

「さぁ、行こうゆかりちゃん!一緒に行きたいところがいっぱいあるんだっ!!」

「ちょっ、マキさん!?おっおちついて...力強いなこの人!?」

「ヤレヤレダゼキュピ~...」

 

~~~~~

 

服屋、小物屋、アクセサリーショップや公園に喫茶店や劇場に行ったゆかりたち、ゆかりもマキもそれはそれは楽しそうにデートという名の観光を楽しんだ。(ちなみにスノーはお留守番だ。)

二人のデートは順調に、とても楽しい時間は過ぎ...すっかり夕焼けの綺麗な時間になっている。

そして...二人が初めて出会い、マキの初恋をした場所で懐かしいベンチに座りながら、今日の事を振り返っていた。

 

「今日は楽しかったね!ゆかりちゃん!」

「...えぇ、私は終始振り回されっぱなしでしたけどね。」

 

えへへとかわいらしい笑みを浮かべるマキと、ちょっとだけ疲労の色が強いゆかり。

だけどもゆかりもマキも、つないだ手を離すつもりはない。むしろゆかりが恋人繋ぎをしようとしているマキの手を無理やり押さえつけているだけだが...

 

「...、......私の告白、どう思った?」

 

賑やかな街の喧噪の中、マキの不安そうな声が聞こえた。

先ほどまでかわいらし笑みを浮かべていた顔は、少しだけ泣きそうで不安そうな表情に変わっている。

...マキは分かっているのだ、自分の持っている恋愛感情は生物的にはおかしい。ということを。

だけども、マキは捨てきれなかった。好きになったから仕方ない、愛に性別は関係ない...それを理由にしたくないのがマキの本音だ。それは辺境とはいえ、貴族の一人娘ゆえの葛藤でもあった。

 

「......そうですねぇ。キスされたとき、ビックリ...はしましたね。」

「...きもちわるいとか、思わなかったの?」

「いいえ?びっくりしただけです。別に、マキさんの事は嫌いではないですし。」

 

握っている手に力を込めるゆかり...震えていたマキの手は、次第に震えが収まってゆく。

 

「それは...その。」

「もちろん...私も、マキさんの気持ちを伝えられてもなんて返せばいいのかなんてわかりません。私...そういう経験もなければ、恋愛なんて考えたこともありませんでしたから。」

 

ゆかりには、そう言った経験や考えはなかった。

ゆかりにとっては、兄がいて、世界があって...その世界を冒険できたらいいな。という考えしかなかった。だから急にその胸の思いを伝えられても、ゆかりは決めることができないのだ。

 

「...それは、そうだね。」

「......だから、マキさん。まずは一緒に冒険に行きましょう?その中で、私は答えを見つけますし...マキさんもきっと冒険の中で何かを見つけられるはずですから。」

 

ゆかりはマキの手の指の隙間に自らの指をからませる。マキが今まで欲していた『恋人繋ぎ』のそれである。

 

「うん、そうだね...まずは冒険に出ないと始まらないよね!」

 

すっかり元気を取り戻したマキ。ゆかりはそんなマキを見て優しいほほえみを浮かべる。

再び、マキの表情はかわいらしい笑みに戻り、ゆかりもその表情を見て安堵する。

二人の少女の楽し気な会話は、町の喧噪の一つとして...消えてゆくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

ただ一つ、路地裏から見つめる影を除いては。



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第9話 ~忍び寄る悪意~


変更点

・たぶんなし


ゆかりたちの住む世界には、猛獣や魔物が存在し...それらの存在に人と人とが手を取り合い立ち向かう。という、認識はない。国と国同士の戦争はあるし、組織と組織による争いも、人と人による争いもある。

人が集まれば意見が違うのは当たり前と同じように、人が集まれば集まるほどその中に【悪意】を持つ人がいるのは当たり前のことだ。

ゆかりはグレイマンにそう言った世界は教えられなかった...それ故に目の前の光景に...絶句していた。

 

「......ッ」

 

いまゆかりたちが衛兵を伴っている場所はリチャード町から離れた街道だ。

見張りをしていた衛兵からの報告で「街道から黒い煙がのぼっている」と報告を受けた二人は、数名の衛兵を連れてすぐさま駆け付けた。

そこにあったのは惨状、惨劇...人が悪意のままにふるまった状態がそこにぶちまけられていた。

燃え盛る馬車、護衛と思わしき男たちは惨めに殺され...ふくよかで裕福な服を着ている男性はいたぶられた末に死んでいる。

同席していた女性、だろうか...それらしき死体は、服を破かれ...身体中いたるところに嫌な臭いを発する液体が付いたまま首を絞められ白目を向いて殺されている。...そして、その嫌な臭いと共に強烈な死臭がそこに充満していた。

 

「...逃げた後か。おそらく逃げるときに火をつけたな。火を消して、身元の確認も急いで。」

「「「「ハッ!!」」」」

 

そんな様子を物怖じせずに見たうえで、冷静に指示を出すマキ...マキも悔しそうに眉をひそめているが、絶句しているゆかりに近づき背中を優しくさする。

おそらく見たくないのなら下がっていてもいい、ということなのだろう。マキの表情は険しいものの優しさが垣間見えている。しかし、ゆかりも【そういったこと】に対し覚悟を決めていたので下がらずに直視することを選択した。

衛兵たちが【水の魔法】を使用しつつ馬車についた火を消化している中、ゆかりは護衛と思わしき男たちに近づき、死体を調べ始める。

 

「...切り口が荒々しく、それでいて骨まで断っている。使ったのは大斧ですね。」

「おそらく今までの...あー、よくリチャード町を襲う野盗のモノでしょう。手口ややり方までそっくりです。」

 

ゆかりが遺体を調べている中、衛兵の一人がゆかりの隣に座り込みそう伝える。

実のところを言うと衛兵たちにはゆかりは外部協力者程度に思われている。が、ゆかりはそのうち冒険に戻るつもりなので特に気にしていなかった。

 

「他のご遺体はどうですか?」

「全て同じです、大斧、槍、ナイフ...あの女性の遺体だけは()()()()()()、手を使っての絞殺ですけどね」

 

そこまででゆかりは顔をしかめる。同じ女性としてされたことを想像してしまい、悪寒がしたのだろう。

フードからスノーが出てきてゆかりの顔を舐める...ゆかりはソレで考えを切り替える。

 

「身元はどうでしたか?」

「はい、ふくよかな男性は『ビッサ・クレッジット』氏。本日お昼ごろに、引っ越し手続きをする予定だった商人です。そちらの女性はその夫人、『ジェシー・B・クレッジット』氏でしょう。周りの男たちの死体も申請されていた護衛の冒険者で間違いはないですね。」

「...間違いないですね。」

「はい...例の野盗連合の仕業かと」

「ハキケヲモヨオスジャアクキュイ...」

 

ゆかりによる調査が終わると衛兵たちは慣れた手つきで遺体を並べだす。万が一にでもアンデット...つまりは魔物として蘇らないように火葬するようだ。

手際のいい衛兵たちにより遺体はすぐさま焼かれ始める。ゆかりはそれを見て十字をきり、傍らで沈黙しているマキに近づいた。

 

「...なに、これ。」

 

マキが独り言のように呟いているさなか、ゆかりはマキが握っている随分と汚い紙が目に入る。

ゆかりがのぞき込むとマキは分かっていたかのように見やすい位置に手紙を動かす。

 

「『ツルマキマキ、ユヅキユカリ、復讐の時は来たれり、ガタガタと震えているがいい。』ですか」

「正直、お父さん...ツルマキ卿を恨むほか貴族の仕業と思ったけど私たちを名指ししているね。」

「...私たち、誰かに恨まれるようなことしましたっけ?」

「......そもそも私たち文通しかしてないような。」

 

謎の恨みを買っていたようで頭をかしげる二人組、唯一あるとするならば郵便配達員だろうが...いや、郵便配達員に恨まれることなどしていないのだが。

そんなことは置いておき、マキはゆかりに向かい合い様子を見る。最初は混乱していたようだがすでに落ち着きを取り戻しているみたいだ。

 

「...強いね、ゆかりちゃんは。」

「そうですか?私はただ割り切ってるだけですよ?」

 

飄々と言ってのけるゆかりは、マキから離れて衛兵の手伝いに向かう。

マキはその愛おしい人の後ろ姿を見て、

 

 

 

 

「強いけど...怖いぐらいに、ね。」

 

少しだけ、不安感を覚えていた。

 





作者、学習したことがあるの。
キャラクター紹介を毎回やると大変だってことに
だから無くすことにしました!!

やめて!石を投げないで!!


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第10話 ~リチャード町の戦い 前編~

つい先日の平和雰囲気から一転、リチャード町は火の海と悲鳴、そして怒号と戦いの喧騒に包まれていた。

逃げまどう市民たちを守る様に衛兵たちが蛮族やならず者たちに立ち向かい、蛮族とならず者たちはそんな衛兵を容赦なしに攻撃している。

 

なぜこんなことになっているのか、それはほんの数時間前―――

 


 

長い夜の帳がようやく終わり、西の空から太陽が顔をのぞかせ始めた

 

「ふぁ~...今日もようやく終わりかぁ。」

「大変ですよねぇ夜の門の見張りってのも」

 

二人の衛兵が、あくびをしながら門の監視をしていた。

その二人の衛兵にとって今日は月に一度の当番の日で、また来月に同じような仕事をするとは言えできればあまりやりたくない仕事だ。

しかし愛すべき故郷のため、ひいては幼いころから見ていて実は自分に気があるんじゃないかもしれないマキ尊敬する上司の為にも頑張らなくてはならない。

 

「さて、今日もさっさと開けてさっさと交代して寝るか。」

「そうですね、帰ったらあの食堂に行きません?俺のおごりで」

「おっ、いいのかぁ?じゃあ、さっさとやらねぇ―――っ!!おい!警報の鐘鳴らせ!!」

 

ほんわかとした雰囲気だったが、一人の衛兵がふと森に目を向けると目の色を変え怒号を飛ばした。

もう一人の衛兵は何の事だが最初は分からなかったが、しかし最近リチャード町は物騒なのだ。

すぐさま頭を切り替え警報の鐘に近づき―――

 

敵襲!敵襲だぁッ!!

 

大きな鐘の音を鳴らしつつ、自分も大きな声で叫ぶ。

彼が見た森からは...

 

 

「殺せー!奪えー!!男は皆殺し、女は犯して、子供は奴隷だ!!」

 

 

大勢の蛮族とならず者たちが、襲い掛かってきていたのだ。

 


 

そして、残念なことに門は破られ...リチャード町は火の海に包まれ、悲鳴と怒号が飛び交う戦場と化していた。

そんな中―――

 

「はぁあぁあああッ!!」

 

ズバッ、ザンッ!!

 

「ぎゃぁっ!?」

「ぎぃやぁああああ...」

 

ゆかりは衛兵たちの中でも率先して前に立ち、容赦なく蛮族やならず者を切り伏せていた。目を細め、姿勢を低くし蛮族とならず者の間と間を駆け抜けては次々に斬り捨ててゆく...その姿に蛮族やならず者たちは恐れおののき、衛兵たちの士気は段々とあがっている。

ゆかりの戦う姿に感化されたからか衛兵たちも次々と勇猛果敢に攻め立て蛮族やならず者たちを押し始めている。

 

「ゆかりちゃん!」

「...マキさん、遅いじゃないですか。」

 

血をはらい、ショートソードを鞘に納めマキを見つめるゆかり。

頬に返り血が付いているにもかかわらず、ゆかりはケロッとしている。

 

「マキさん、状況は―――」

「もう!それ言う前に、頬に血がついてるよ!それを拭いてからにして!!それでも女の子なの!?」

「あ、はい...」

 

怒られたゆかりはポケットからハンカチを取り出そうとするが、マキのそばにいる衛兵から使い捨ての布を渡されたのでそれでふき取る。べったりと返り血が付いていたようで、渡された布は一瞬で真っ赤に染まっている。

 

「...それで、状況は?」

「動じないところがゆかりちゃんだなぁ...状況はいい方だよ。住人たちは何とかおと...ツルマキ卿の屋敷に避難できてる。」

「ではあとは、敵を始末するだけですか?」

「......うん、リチャード町に火をつけたり略奪行為をしている分王国が定めた法律にも違反してるからね。」

 

サイコパス、ともいえるべきゆかりの言葉にマキは少し気圧されながらもそう伝える。

ゆかりはありがとうございます。とマキに礼を伝えると再びショートソードを鞘から抜き走り出した。

マキの制止する声が聞こえたがゆかりは聞こえていないフリをして市場に向かい走る。

 

「ゲーフッフッフッ!どぉしたどぉしたぁッ!!」

 

市場ではひときわ大きい世紀末風味な蛮族が巨大な鉄球を振り回し衛兵たちを蹴散らしている。既に何人かが犠牲になっているようで、衛兵たちはその巨漢の蛮族に怯えてしまっている。

 

(見たところ傷口はあるけど、致命傷になっていない...なら。)

「すみません、肩。借りますね。」

 

走ったままの勢いで、一人のガタイのいい衛兵の肩を足場にし一気に飛び上がるゆかり。そのまま、ゆかりは巨漢の蛮族の頭にショートソードを突き刺し...

 

「『射出:ツララ』。」

 

そのショートソードの柄にはめ込まれている魔術石*1に登録されている魔術を使い、そのままその蛮族の頭に一本のツララを突き刺す。

 

「げ......げ、ふっ!?」

 

何をされたのか、またなんでやられたのか理解ができずその巨漢の蛮族は大きな音を立てて倒れ伏す。

今まで一方的に攻撃されてきた衛兵たちからは歓喜の声が上がり、その蛮族についてきたであろう蛮族やならず者たちは悲鳴を上げて逃げ始めた。

しかし、それを逃がすほどゆかりは優しくはなかったが...深追いするほどの間抜けでもなかった。

 

「か、感謝する!!」

「...いえ、気にしないで。生きている人を連れて早く下がって下さい。」

「は、はい!おい、しっかりしろ!!生きて帰れるぞ!!あの食堂のうまい飯を食うんだろ!?」

「そう...でしたね。...ありがとうございます、旅の方...」

 

一人の衛兵がボロボロの衛兵の肩を貸し、安全な場所に逃げ始める。

既に死んでしまった衛兵に近寄ると、十字をきり安らかに眠れるように祈る。

 

「ゆかりちゃーん!」

 

そこへマキがようやくたどり着き、市場を見て絶句する。

精鋭であろうマキの隣に立つ衛兵も、死んでしまった衛兵たちを見て顔を強張らせていた。

 

「マキさん、ごめんなさい。あんまり、助けれませんでした。」

「...ゆかりちゃん。」

 

顔を背け、表情を見せないようにするゆかり。

フードからスノーが顔を出し、ゆかりの頬をペロペロと舐めているがスノーの表情もどこか寂しそうである。

 

「...気にしないで、ゆかりちゃんにとっては昨日、一昨日知り合ったばかりの人たち...でしょ?」

「...それでもです。」

 

ゆかりにとっては昨日一昨日であったばかりの赤の他人。それであってもマキの知り合い...ひいてはマキを慕っていたであろう人々が死んでしまっていることをゆかりは悔しがっていたのだ。

よく見れば力の入れすぎで震えているゆかりの手が、マキには嫌というほど目に入った。

 

「...ゆかりちゃんは、やっぱりどんなになってもゆかりちゃんだね。」

 

ゆかりに近づき、背後から頭に手を置いて優しく撫でるマキ。良くは見えないが、血ではない液体が地面に落ちている。

そして、マキは安心していた。どんなに変わっていても怖いと感じても...根はあの時の優しいゆかりのままだ。と。

 

「大丈夫、彼らはきっと死んだことに後悔はないと思うから。それが、どんな理由であっても...ね。」

 

そうマキが優しく声をかけると、ゆかりは静かに嗚咽し始める。

マキのそばに控えていた衛兵たちはゆかりの姿を見て、困惑した様子を見せるが...すぐに切り替え、あたりの警戒をし始めた。

 

「...ゆかりちゃん、今は少しでも衛兵の皆を守るために、私の代わりに戦える?」

「......ええ、無論です。」

 

しかし、ゆかりの嗚咽も長くはなかった。

マキの冷酷ともいえる言葉に、ゆかりは強くうなづき再びショートソードを抜く。

マキは強くとも、自警団という組織の団長だ。つまり、人を指揮する立場...指揮官としての役目がある。

マキが前に出れない代わりに、ゆかりが前に出て少しでも衛兵たちの命を救う。

 

「...でもゆかりちゃん、忘れないで。私が大好きで愛しているゆかりちゃんは、貴女しかいないってことを。」

「...っ!」

 

マキの言葉を聞いてゆかりが赤面し、逃げるように猛ダッシュで駆けてゆく。

それを見届けたマキは少しだけ恥ずかしそうに護衛としてついてきている衛兵二人にシーっとジェスチャーをした。

 

(...なるほど、お嬢様はあの方に惚の字なのか)

(他の皆が知ったら、発狂モノですね。)

 

それをされた衛兵はアイコンタクトをしながらそんなことを考えていたそうな...

 


 

場所は変わり、リチャード町が見える森の中...

そこでは蛮族とならず者たちの本陣が構えられており、男たちが薄気味悪い笑顔を浮かべて次々に運ばれてくる略奪品と誘拐された人々を品定めしていた。

 

「ヒヒッ...女は慰め物として手下どもに与えて略奪品はあとで山分けだ。」

 

本陣のど真ん中...王座のような椅子に座る不気味な男がそういうと、そのそばに立つ大斧を持つ荒々しい男と細くまるで蛇を思わせるような男はそれぞれ薄気味悪い笑顔を浮かべる。

それを見た彼らの手下たちはつられて笑うように放り投げられた女性たちを品定めするのであった。

...しかし、不気味な男はそれらを意図せず王座からリチャード町を眺める。

 

「ヒヒ、ヒヒヒッ。壊してやるんだぁ...あの町を、あの場所を!ヒヒヒッ、ヒッーヒッヒッヒッヒッ!!」

 

杖を握るその不気味な男は、それはそれは嬉しそうに両手を広げて雲行きの怪しい空を見上げるのであった。

*1
魔術式を何個も登録できる貴重な石。中堅の冒険者でも躊躇う値段である。金貨7枚(約70万円)



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第11話 ~リチャード町の戦い 後編~

「はぁぁあああっ!!」

 

「ギヤァッ!!」

「命だけは、いのぢだげばあああああ!?!?!?!」

「じにだぐな...い......」

「だずげでぐ......れぇ...」

 

斬る。斬る。斬る。

ただひたすらにゆかりは蛮族やならず者を的確に、また致命的な一撃で始末していく。

たとえ相手が自分と同じ人間であろうとただひたすらに斬り捨てていく。

命乞いをしてももう遅い、命乞いをしたところでそいつは他者の命を奪っている。

ならば容赦はしない、ただ斬り捨てる。その簡単な考えのもとゆかりは返り血を浴び続けている。

 

「彼女だけにつらい思いをさせるなぁッ!」

「この町は俺たちの町だ、俺たちで守るんだぁッ!!」

「うおぉおおおおっ!!」

 

しかし、ゆかりのそんな姿を見て負けられないと燃え上がる衛兵たち。

良くも悪くもゆかりは美少女だ。そんな美少女がただひたすらに敵を殺すことを見て...黙っていられるほどここの衛兵たちは普通ではなかった。

ゆかりが再び動こうとするとさすがに疲れがたまっていたのかフラリと腰を抜かしペタンと女の子座りをしてしまう。

 

(...さすがに、体力が持ちませんか。)

「大丈夫け、嬢ちゃん!!」

 

座り込んだゆかりに一人の老いた衛兵が駆け寄る。

ゆかりは声に出すことすら億劫だったが、心配させるわけにもいかずに黙って頷く。

 

「あんがとうな嬢ちゃん、嬢ちゃんのおかげで何とかなりそうだぁ。こんな年食ったジジイで悪いが背中にのるけ?」

「...ありがとう、ございます。」

「ほっほっほ、気にするな!少し揺れるけ、勘弁してくれーな!!」

 

ゆかりは年老いた衛兵に背負われつつ、その戦場を後にする。

よほどの疲れだったのだろうか、ゆかりはそのままゆっくりと眠りについた。

 


 

「第2門区域は何とか押し返しましたが...」

「やっぱり正門区域は厳しい?封鎖が終わった農業区域の手すきの衛兵隊をまわして、正門をどうにかしないとジリ貧だよ。」

「は、はい!」

 

場所は変わって、中央広場。

そこでは臨時の本陣が作られており、テーブルの上に敷かれたリチャード町の地図を囲いながらマキが細かい指示を出していた。

それだけではなく、怪我をした人員や大量の物資が運び込まれておりまさに絶対防衛線と言わんばかりの形相を催している。

そんな中―――

 

「ふぅ、ふぅ...やはり老いには勝てないべ。おい、手を貸してくれんか!あの嬢ちゃんがすっかり眠っちまってるんだ!!」

 

あの老いた衛兵が本陣にたどり着く、その背中には安らかな寝息をたてて眠るゆかりといつの間にかフードから出てきていたスノーがその衛兵の肩に乗っていた。

周りの衛兵は、すぐに気づくとその老いた衛兵からゆかりを簡易ベットに眠らせる。

その様子を見たマキは、頭をうならせている他の衛兵たちに声をかけゆかりに駆け寄る。

 

「ゆかりちゃん、眠っちゃったの?」

「おぉ、マキ様。そうですだ、正門通りの戦いで疲れ切っちまいました。運んでる途中でぐっすりでさぁ。」

「やっぱり正門通りにいたんだ、スノー君...そばを離れないであげてね。」

「キュイ!」

 

もちろんだとも言わんばかりの鳴き声を上げるスノーを見てマキは思わずくすっと笑ってしまう。

老いた衛兵も補給係の衛兵から水と軽い食事を渡され、腰を落ち着かせて一息入れ始めた。

そんな老いた衛兵に駆け寄りマキは声をかける。

 

「お疲れ様です、休憩中のところ悪いのですが...」

「こ、こりゃぁマキ様!!いえいえ、歳を食っているだけのジジイにそこまでの言葉なんてもったいねぇです!」

「えっ、えっととりあえず聞きたいんですが...正門通りはどうなってます?」

「正直に言えば、地獄ですだぁ。あんだけ酷い場所は見たことがねぇ...あんなところで死んで、ばあさまに会いに行きたくねぇべ。」

「...ありがとうございます、あまり無理はしないように。」

「ほっほー!このジジイ、まだまだ迎えは必要ないですけ、安心してくだせぇ!」

 

老いた老兵から話を聞き終えたマキは、すぐさまテーブルの近くに戻り思案する。

敵の作戦はいたってシンプル、囲んで数で押し通す作戦だ。だがそこは蛮族やならず者の集まり、整った連携や戦術の文字は一つもなくただひたすらにごり押しと言わんばかりの戦い方であった。

だが敵の力量はそのごり押しを上手くいかせるほどに高いものだ...伊達に蛮族やならず者ではないということなのだろう。

しかしこちらが何とか戦うことが出来ているのは、敵にはないもの...整った連携と戦術による戦い方のおかげだ。こちらは数は同数とはいえほぼほぼ付け焼き刃としか言えないような力量を連携と戦術によって補っている。

だけどマキにはそれが妙に引っかかっていた。

 

(...どうして、ごり押ししかできない知能しか持っていないのに、この町を攻める必要があるの?)

 

いくらそこまで敵がバカとは言え、蛮族やならず者だ...街を襲うほどのアホでもない訳である。

第一に辺境貴族とはいえ、貴族が治める街を襲う...ということは、『王国』に喧嘩を売るということで間違いはない。

だからこそ、蛮族やならず者は旅人や商人を襲う...それならば、どうしてこのリチャード町を攻める?

 

(やっぱりこれ、私とゆかりちゃんに対する個人的な恨みだよねぇ。)

 

マキはそこまで考え、イラつきをあらわにする。

だがそうすると心当たりが無くなる、小さいころから誇りある父に恥じぬように淑女として生きていたマキが恨まれるようなことはしていない。

それこそ小さい時の―――

 

「......まさか、ね。」

 

ほぼ自業自得のような恨みが頭に思い浮かんだが...すぐさまその記憶をかき消した。

今は少しでも戦況を良い方向に持って行くようにしよう。マキはそう考えモヤモヤした心を切り替えるのであった。

 

 



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第12話 ~白き獣~

マキの戦略眼と矢継ぎ早の様に飛ばされる戦術と指示により、リチャード町は正門を残してそのほかの門はすべて封鎖された。

しかし、他に攻めるところもなくなった蛮族・ならず者たちは正門を通り、大通りから攻めることに集中し始めた。

対するリチャード町の近衛兵たちも大通りに兵力を集中、その結果大通りは血を血で洗う大規模な戦闘が発生していた。

 

「...総力戦となると、やっぱりこっちが厳しいね。」

 

マキがぽつりとつぶやくと周りの衛兵隊長たちは頷いた。

大通りの大規模戦闘は現在蛮族・ならず者たちに押され気味であり、大通りから追い出される寸前なのがリチャード町の衛兵隊なのだ。

今はバリケードを盾にどうにか攻勢を防ぐことはできているが...このままでは時間の問題だ。

 

「...さすがに、私でもこの数は厳しいですね。」

「たった一人の旅人が、戦況を変えられる戦力を持ってるわけないよゆかりちゃん。」

 

目を覚ましたゆかりもその会議に参加しているが、ゆかりは戦闘特化であって戦術や戦略を出せるわけではなかった。だがマキはそんなゆかりを精神安定剤のような扱いで隣にいてもらっているのだ。

 

「...そうだ、スノー君ならこの状況をひっくり返せる?」

 

ゆかりが思い出したようにフードの中のスノーに声をかける。

周りにいるマキや衛兵隊長たちは首をかしげるがもぞもぞとフードか出て地図の上に着地するスノーは

 

「キューイ!(ムフン)」

 

任せろと言わんばかりに鼻を鳴らすのであった。

 


 

「うおおおおっ!」

「おうらぁっ!!」

 

悲鳴と怒号、そして金属がぶつかり合う音が響く大通り。そこにあるバリケードの後ろでマキとゆかりは大通りを眺めていた。

ゆかりの肩に乗るスノーはその様子をみて、忌々しそうに威嚇を続けている。

 

「キュルルルルゥ~」

「...スノー君、彼らが憎いんですか?」

「...キュ!」

 

ゆかりとてスノーの言葉を完全に分かる訳ではないがスノーの怒りが野盗やならず者に向けられているのは何となく理解できていた。

...ゆかりとマキは一度見合い、ゆかりはスノーを飛び出させるため左腕を前に突き出す。

勢いよく、ゆかりの左腕から飛び出したスノーはクルクルと回りだしながら強い光で視界を奪い始める。

 

「う、うわわ!?な、なんだ!?」

「まぶしいぞクソが!!」

 

光が収まり、ズドン!という重いとともに大通りに()()()()()()が現れる。

愛らしい姿の擬態を解除し、本当の...獣らしい姿を見せつけるスノー。ゆかりもバリケードを飛び越えショートソードを鞘から抜いてスノーの隣に立つ。

 

キュオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

 

四肢を広げ、息を大きく擦ったスノーは自身の存在を見せつけるかのように咆哮を上げる。

その咆哮一つで、全ての衛兵たちと蛮族・ならず者たちは冷や汗を流す。

スノーの隆起した筋肉と獰猛な獣と変わらぬスノーの眼光、そしてその禍々しい肉体が人間の奥底に眠っている本能の恐怖を主ださせるが...

衛兵たちは巣のスノーの隣に立つ人物、ゆかりを見て安堵する。ゆかりがそこに立っているなら、あの怪物は、いやあの獣は自分たちの味方だと。

 

「スノー君!大暴れで行きましょう!!」

「キュオォオオオオオオオ!!!」

 

ゆかりの掛け声により再びスノーが咆哮を上げ、蛮族とならず者たちに襲い掛かる。

そんな蛮族とならず者たちは我先にと逃げ出すが、スノーの前では遅く...すぐに追いつかれて襲われてしまう。

 

「ぎゃあああああっ!?!?!」

 

「ひっ、ひぃいいいっ!アイツが襲われてるうちに逃げろぉっ!!」

「殺される!死にたくねぇ!!死にたくねぇよ!!!」

「くそ、クソぉっ!!何が略奪だけの簡単な仕事だよ!!あんな化け物がいるだなんて聞いてねぇよ!!」

 

大混乱の蛮族とならず者たちは、自分の命を優先する。

だが、それを情けない姿を見て許すほど衛兵たちの怒りは穏やかではなかったのだ。

衛兵たちの怒りは、自分たちが生まれ育った町を燃やされ、壊され...平和を壊されたことにとても腹を立てていたのだ。

 

「あの獣に続けぇっ!クソどもを一人も逃がすなぁッ!!」

「押し返せぇっ!俺たちの同僚の仇を討ってやれぇっ!!」

「これは、俺の上司の分!!これは、俺の後輩の分だぁッ!!」

 

すっかり戦意を取り戻し、逃げまどう蛮族とならず者たちを襲う衛兵たち。

バリケード周りにいた衛兵たちも、怒りをあらわにして武器を手に追いかけまわし始める。

 

...そして、そんな光景を見ていたマキは―――

 

「ゆ、ゆかりちゃん。と、とんでもないのをペットにしてるね。」

 

 

ただ、ひたすらにドン引きしていた。

 

 


 

 

「おっ、親分!!大変だ、大変なんだ!!」

 

森の中の蛮族とならず者たちの本陣、そこに血相をかいて逃げて来たであろう一人の蛮族が駆け込んできた。

その様子に、本陣の中で待機していた蛮族やならず者たち...そして彼らを支持する立場の三人組は腹立たしそうにその男を見る。

 

「...どうした、俺が命令したのはただ略奪しろと―――」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだ親分!町に、町のど真ん中に森の白い怪物が出たんだ!!」

 

不気味な男の言葉を遮ってまで、その男は伝えた。

そしてその伝えた内容に蛮族やならず者たちに動揺が走る。

()()()()()()。それは、間違いなくスノーという名前が与えられる前のスノーの事だ。

蛮族やならず者たちにとってその怪物は自分たちのアジトを襲う厄介な害獣...一部の村や町からは信仰をされているほどの強い獣である。

それを伝えるために彼は、ただひたすらに本陣に向かって逃げ...そして自分たちを指示してくれる親分にそれを伝えたのだ。

このままでは自分たちは全滅する、頭のいい親分なら逃げるという選択をしてくれるはずだと。

 

...だが―――

 

「それがどうした、森の白い怪物ごとあの町を焼き捨てろ。」

「...お、おや......ぶん?」

 

彼の親分は、彼の言葉すら聞く耳を持たずただ冷ややかにその男を見下ろした。

 

「親分...何を言ってんのか分かってるんすか?!森の白い怪物に火なんて効かねぇ!!俺たちが束になっても勝てない相手なんっすよ!?」

「それがどうした、あの町と一緒に燃やせば死ぬだろう?何ならお前らが足止めして心中すれば必ず殺せる...生物なんだ、精々一撃加えて死ね。」

「ッ!?親分、アンタ......お、おれたちを捨て駒にしようってのか?!」

 

彼がそう叫んだ途端周りの蛮族やならず者も自分が慕っていた人物に敵意を向ける。

不気味な男の隣に立つ二人の男たちだけが、その不気味な男を守るように立っていた。

 

「...臆病者は俺の駒に入らない。《火よ、矢の形となりて、我が敵を穿て》。」

「うぎゃああぁぁぁぁああああっ!?!?!?!」

 

スノーの事を伝えた男が、不気味な男に魔法で殺される。

周りの蛮族やならず者たちも悲鳴を上げて逃げ出し始める。

 

「...どうする?奴ら逃げ始めたが。」

「...ヒヒヒッ。馬鹿な奴らだぁ...逃げても無駄なのになぁ。」

 

「ひっひぃいいいい!?」

「な、なんでこいつらがここに!?」

「たす...だず......ぎゃぁああああああっ!!」

「くるな......くるなぁああああああっ!!ぐあああああああああっ!!!」

 

不気味な男は、聞えてくる悲鳴を聞きながら口元を大きく歪ませ―――

 

 

「俺は...俺は一番だぁ。世界で一番の男なんだぁ...だからこそ、俺の全てを奪っていったアイツラヲユルセネェッ!!ヒヒッ...ひゃーはははははははははっ!!!」

 

 

狂ったように高らかな笑い声をあげるのであった。



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第13話 ~悪夢~

キュオオオオオォォォォォッ!!

 

「うおおおおおおっ!」

「わああああああっ!!」

「よっしゃああああっ!!」

 

スノーが勝鬨の方向を上げると、周りの衛兵たちも武器や腕を上げ勝鬨を上げ、ゆかりも警戒は怠らずにその勝鬨を眺めている。彼らが勝鬨を上げているのは閉めることに成功した正門だ。

スノーの圧倒的な強さとその力強さに蛮族やならず者の野盗連合たちは次々と敗走、そしてゆかりとスノーの活躍によって士気がとても上がった衛兵たちはゆかりとスノーに負けずに勇猛果敢に攻撃を続けた結果、リチャード町の防壁内から野盗連合を追い出し、正門を閉めることに成功したのだ。

 

「やったんだ!俺たちは勝ったんだああああっ!!」

「やってやったぞ!!俺は仇をとれたんだああああっ!!」

「生き残ってやったぞ畜生がぁあああっ!」

 

勝利を嬉しがる衛兵たち、仲の良かった同僚の仇をとった衛兵や涙を流しながら生き残ったことに雄たけびを上げる衛兵もいる。

 

「...お疲れ、ゆかりちゃーん!」

「マキさん。えぇ、勝てましたよ?って、マキさんストップ!返り血が付いちゃいますよ!?」

 

最前線で剣を振るっていたゆかりは少なからず返り血を浴びており、仕方がないとはいえ少し汚れていしまっている。そんなゆかりに抱き着けばせっかくマキが一切の返り血を浴びずに済んだというのに血で汚れてしまう。それを見るのが何となく嫌だったゆかりは抱き着こうとしたマキを必死に止めていた。

しかし、ゆかりの心配をよそにマキはゆかりに飛びつく...多少の返り血がマキの服にもつくにもかかわらずにマキは全力でゆかりをハグしていた。

 

「勝ったよ!勝てたよゆかりちゃん!!」

「わ、わかりました!わかりましたから、す、少し落ち着いて!!あわわ、ちょっ力強い!!たすけてスノー!」

「ワレフカンヲカカグキューイ。」

 

照れるゆかりと、ゆかりに全力で抱き着くマキをみて周りの衛兵たちにも思わず笑い声が出始める。

ようやく、終わったのだ。苦しく...恐ろしい戦いが...

 

そう、誰もが思った...その時―――

 

 

 

 

 

「......ッ!!ごめんなさい、マキさん!!」

 

 

 

 

「...へっ?キャッ!?」

 

唐突に抱き着いているマキをゆかりが突き飛ばす。

周りの衛兵が驚き、ゆかりに向けて怒号を飛ばそうとした瞬間―――

 

ガキィンッ!!!

 

「...ッ?!お、重いっ!?」

 

 

「.........」

 

謎の黒いマントの人物が、ゆかりに片手斧を振り下ろしていた。

 


 

キーンッ!!ドゴッ―――ザザッ...!!ブォンッ!!!カーン!!

 

「......ッ!!」

「......」

 

ショートソードと片手斧がぶつかり合い、鋭い一撃や素早い攻撃を互いに防ぎ、かわし、隙を見つけては剣で斬りかかり、斧を振り下ろす。

そんな戦いが繰り広げられている最中、マキだけが何が起きたのか理解できずに固まっている。いや、その光景を認めることができずに不安に駆られている……その、訳は―――

 

バキッ!!

 

「ぐぅっ...」

「ゆかりちゃん!?」

 

マキが知る中で()()()()()()()()()が、押されているからだ。

 

片手斧を持った黒いマントの人物が一方的に攻めているわけではない、だがゆかりが防戦というわけではない。むしろ逆なのだ、黒いマントの人物が防ぎ...ゆかりが小さな隙を見つけては斬りかかる。

だが、それに合わせられて、ゆかりは殴られ、蹴られ...着実にダメージを負っているのだ。

 

(戦いずらいっ!確かに小さな隙をついて攻撃しているのに...いつの間にか私が攻撃されている。それに―――)

 

ゆかりはふらつく視界を何とか抑えながら、ショートソードを構える。

周りの衛兵もそれぞれ槍や剣を構えてその謎のマントの人物を警戒するが...その人物は衛兵たちを気にすることなく、ただゆかりだけを見つめて...そして、ゆかりを煽り立てるように片手斧を構える。

 

(......()()()()()()。)

 

あの殴られ、蹴られたあの瞬間...ゆかりの脳裏には死が横切ったのだ。

もしその一撃が拳や蹴りではなく右手で持った片手斧だったのなら、今頃ゆかりは上半身と下半身に断たれているか、両手両足...どれか二本が無くなっているはずなのだ。

だがゆかりには殴られたり蹴られることしかされずに...明らかに()()()をされているのだ。

荒れている息を整えつつ、そのマントの人物の動きを一つも見逃さないように瞬きすらせずに睨み続ける。

...そして―――

 

 

 

ゆかりは、剣を振り上げ斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

――――だが、

 

 

 

 

 

「...右上から左下に振り下ろし。」

「っ?」

キィンッ!!

 

ゆかりの最初の一撃は、片手斧に弾かれ―――

 

 

「距離をとったと見せかけての足払い。」

「なっ...」

ブオンッ!

 

常人では見破るのには苦労する技をかわされ―――

 

 

「そして、蹴りの勢いを利用したままの回転斬り。」

「くっ!?」

ガキィンッ!!

 

意表をついたとはいえ、あのグレイマンの目の色を変えさせた一撃を防がれ―――

 

 

「......苦し紛れの刺突。」

ガァン!

 

......苦し紛れの刺突も、斧によって押さえつけられてしまった。

 

 

「あなたは、何者ですか!?」

 

パニックになりながら叫ぶゆかり。

しかし、そんな状態でも頭は冷静に今の状態を脱却しようと高速で考えを編み出している。

...そのマントの人物は顔?を近づけ

 

 

「...私は、何者でもない。私は、私の望みの為だけに...貴女を...いや、お前を―――

 

 

 

 

―――殺しに来た。」

 

 

わざわざ、『青く輝く瞳』を見せつつ...ゆかりに、殺気をぶつけるのであった。

 

 

「えっ?」

 

 

その殺気は、ゆかりの首に...死神の鎌を押し付けていた。

 

 

(あぁ、私...ここで死ぬんだ。)

 

 

世界の動きがスローモーションになる。

スノーが飛び掛かってきている、衛兵たちが身を挺してでも守ろうと走り出している。

だけどダメだろう、間に合わない。それはゆかりが...いや、全員が分かっている。

 

(なんか、デジャブだけど...今度は本当に死んじゃうんだなぁ...)

 

最初はスノーが本当の姿で現れたとき、そして...二度目の今は間違いなく死んでしまう。

幻影のような死神が、鎌を振り上げ...ゆかりの首を刈り取らんと振り下ろす。

 

 

 

(ごめんなさい、マキさん。旅、出れなくて――――――)

 

 

 

「《雷槍(らいそう)、我が敵を、穿て》ッ!!」

 

だが、ゆかりは...一閃の雷によって救われる。

 

「...っ」

 

雷の槍がゆかりの頬をかすめるようにマントの人物に襲い掛かる。

だが、マントの人物はその槍をかわすが...

 

「たぁあああああっ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ゆかりちゃん!!」

 

マキの一喝が、消えかけていたゆかりの闘志に再び火をつける。

 

「『術式発動:アイシクルショット』!!」

 

ゆかりが咄嗟に剣を構え、刻まれた魔術を発動させる。

マントの人物がゆかりの魔術とマキの刺突から、大きく距離をとる。

 

ゆかりは立ち上がりショートソードを構え、マキはその隣に立ちレイピアの切っ先をマントの人物へとむけた。

 

「...ありがとうございます、マキさん。」

「まだ、答えも返してもらってないからね。」

 

お互いがお互いをカバーしあうように構え、マントの人物を警戒する。

 

「...」

 

だが、マントの人物は気にせずにさらに距離を取り...

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「いずれ...決着をつけましょう。」

 

用は済んだ。そう言わんばかりにマントの人物が跳躍し、その場から立ち去る。

追おうとする衛兵たちだが、すぐさま足が止まり...

 

 

ア”アアァァァァァァ...

 

 

正門の壊された箇所から入ってくる、【禁忌】を...目にしてしまった。



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第14話 ~禁忌:死霊魔術~

変更点

・アンデッドモンスターの設定



アンデッド。

 

それは、死んでしまった者が何らかの理由で復活し人を襲う存在。

一体でも表れてしまったら、間違いなくできることは死を覚悟し、自身が信じる神に祈りをささげることだけである。

 

だが、ゆかりたちの世界においてアンデッドとは、異界からの亡霊、死した謎の存在―――禁止された技術...【死霊魔術】によって、呼び出される存在だ。

頑強にして異常な再生能力、噛まれればほぼ即死の猛毒の爪と牙...唯一の救いなのは足が遅いことぐらいだろうか。故に、この世界ではアンデッドを呼び出すことは禁忌として知られている。たとえどんなに野蛮で低知能であろうとも、【死霊魔術】を使うことは愚かな事であり、また制御できない危険な魔術であるからだ。

 

だが―――

 

ア”アアアァァァァァァァッ!

 

 

 

―――それは、全ての生を恨む雄たけびを上げていた。

 

==========

 

「あ、アンデッドだぁーッ!!」

「ひっひぃーっ?!」

「逃げ、逃げろぉーっ!!」

 

壊された扉から入ろうとしているアンデットを見て、衛兵たちは武器を投げ捨て我先にと逃げ出し始める。そんな中、アンデッドたちは一体...また一体と壊された箇所から侵入している。

勇敢な衛兵たちでさえ、槍を構えたままでじりじりと後退している。

 

「...なんで、アンデッドがこんなところに。」

 

マキが絶望に染まり、そのままヘナヘナと座り込んでしまう。

アンデッドの恐ろしいのはしぶといと言うだけではない。死亡してもその醜く腐った身体を残し処分にも手間がかかる。しかも下手をすると強力な病原菌がその腐った身体からあふれ出し...ネズミにうつり、そして最後は街一つが死に至ってしまうのだ。

 

「マキ様!僭越ながら、今は逃げるのが最善の手かと!!」

「あ......う、うん!!全軍撤退!!第2臨時防衛線まで撤退して!!」

 

しかし、マキは護衛の衛兵隊長に声を掛けられることで自分がすべきことを思い出す。

マキの号令により、次々と衛兵たちは撤退を開始する。

我先にというわけではなく怪我した衛兵から優先し、まだ戦える衛兵が槍を構えたままゾンビたちを睨みつける。訓練通りの動きだ。

 

(でも、逃げる場所なんて...本当にあるの?)

 

マキは不安を抱えながら、アンデッドの集団を睨みつける。

 

「...ゆかりちゃん、答えって...今のうちに聞くことはできるかな?」

 

マキは半ばあきらめていた。ここから逃げ出したとしてもアンデッドの軍団はしつこく追いかけ襲い掛かってくるだろう。死霊魔術を行使している魔術師を殺さねばアンデッドたちは止められないのだ。

例えどんな戦術や戦略を練ろうとも、相手はそれらを踏みつぶすアンデッドの集団だ。

 

「...答えませんよ?まだ...()()諦めてませんもの。」

 

ゆかりも恐怖で怯える表情を隠しつつショートソードを鞘に納め、スノーも諦めるどころか威嚇をアンデッドに向けている。

 

「行きますよ?マキさん。」

 

ゆかりはマキの手を引っ張り、立ち上がらせて第2臨時防衛拠点へと走り出す。

マキもつられるように走り出し、諦めていないゆかりの背中をただ見つめていた。

 

~~~~~~~~~~

 

「バリケードもっと持って来い!ちんたらするなっ!!」

「クロスボウを倉庫から引っ張り出せ!何なら旧式でもいい!!」

「けが人は第3臨時防衛拠点に移動させろ!急げ急げ!!」

 

ゆかりに連れられマキは第2臨時防衛拠点にたどり着く―――と、そこでは衛兵たちもあきらめずに迎撃しようと行動をしていた。

 

「...ほら、皆諦めてないじゃないですか。」

「ゆかりちゃん...」

 

絶望に陥っていたマキの瞳に光が戻り始める。パチン、と自分の両頬を叩き気合を入れなおし、息を大きく吸う。

 

「全員、作業したままで聞いて!!」

 

マキの大声に一度衛兵たちが怯むも、言葉通りに作業の手を止めずに進める。

 

「今、私たちの住み慣れたこの町にアンデッドがやってきてる。それはみんなも知ってると思う!

アンデッドは、とっても怖くて...恐ろしいから、戦うのは嫌......でも、でもっ!

 

 

この町がアンデッドまみれになるのはもっと嫌!!

 

 

私は、この町で生まれて...育ってきた、私の宝物がここにはいっぱいある!!

それが、汚されたり...壊されたり、この町が無くなっちゃうかもしれない!!

だからみんな、この町を守るために...皆の町を守るために、私に力を貸して!!」

 

肩を大きく上下させながら、息を整えるマキ...

作業の手がいったん止まり、衛兵たちがマキを見据える。

 

 

そして―――

 

「「「「「「オオオォォォォオオオオッ!!!!」」」」」」

 

 

衛兵たちの雄たけびが、上がった。

 

「おら急げ!!俺らのマキ様の宝物を護るんだ!!」

「いっそのこと使えるモン全部持って来い!!いいか!全部だ!!割れた瓶底でも持って来い!!」

「このぐらいの怪我でへばってられるかぁッ!!」

「今の言葉聞いてビビってる奴いるか!?居ないよなぁッ!そらそら、準備急げッ!!」

 

どん底に近かった戦意と士気が―――マキの震えた声の激励によって跳ね上がる。

自分たちが住み慣れた街を守るために、自分たちが暮らしている街を守るために。

 

何より、あこがれの少女が助けを求めているからこそ、衛兵たちは再び燃え上がった!

 

「はぁ...はぁ...ゆかりちゃん。」

「頑張りましたね、マキさん。」

 

荒い息を整えるマキの頭をゆかりは軽く撫でる。

いきなりの事にマキの顔は少しだけ赤くなるが、その安心感のある手によってすぐさま落ち着きを取り戻す。

 

「ねぇ、ゆかりちゃん。」

「...はい、マキさん。」

 

「...必ず、勝とう!」

 

「無論、ですよ?」

 

ゆかりとマキは、向き合って頷きあった。

 

============

 

「来たぞーッ!アンデッドの連中だーッ!!」

 

高台にのぼる衛兵が大きな声を上げる。その声が聞こえるほんの3分前に、迎え撃つ準備は整っていた。

マキは胸に手を当て、緊張を抑えて...そして―――

 

「全軍、迎撃用意ッ!!」

 

マキが勇敢な掛け声をかけ、指示を出す。

マキの指示を衛兵たちは、素早くクロスボウや弓矢...そして槍や間に合わせの武器を手に取る。

みずぼらしい外観の衛兵隊であろうとも、その気概は本物...ここで必ず迎え撃つという覚悟が一体となり、みずぼらしさなどかき消すほどに威圧感が出ている。

だが、悲しきかな相手はアンデッド。その威圧感は意味がない。意味がないが...彼らにとってそれほどの覚悟はあるのであった。

 

「第一射、放てッ!!」

 

マキが右手を振り下ろすと、衛兵たちが一斉に矢とボルトを放つ。

統率の取れた第一射は容赦なくアンデッドの先頭軍団に襲い掛かる。

 

ア”アァァァッ!?

ア”アアアァァ...

ア”ッ?!

 

アンデッドの断末魔らしきものが多数上がり、先頭にいたアンデッドの多くが倒れる。

...誰もが、その光景を見て『撃退できる』と確信した。

 

「第二射、用意!!」

 

撃ち終わったクロスボウを持った衛兵が、装填してあるクロスボウを持った衛兵に入れ替わり...その衛兵がクロスボウを構える。弓矢を構える衛兵たちは、2本目の矢をつがえてアンデッドに狙いをつける。

交代した衛兵はクロスボウのハンドルを回し、装填の用意をする。その隣では、ハンドルを回し終わったクロスボウにボルトをセットする衛兵がいた。

 

「第二射、放てッ!!」

 

二回目の統制された射撃が放たれ、また数多くのアンデッドが断末魔を上げて倒れる。

マキが即興で思いついたその方式は、別の世界では『三段撃ち』と呼ばれる戦術だ。

ただ、遅く前に進むだけのアンデッドたちはその『三段撃ち』の前に次々となすすべなく倒されていく。

第三射、第四射、第五射と放たれ...

 

ア”アァッ......ア”ァァァァァァ......

 

 

最後のアンデッドが、倒された。

 

 



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第15話 ~■■の前~


ガシャァーン!!

「...オノレ、オノレオノレオノレ!!俺の、俺様の無敵の死兵隊が全滅だと!?ふざけるな、ふざけるなよ!!一度ならず二度までも俺様の邪魔をしてッ!!」

ならず者連合の本陣、そこでは不気味な男が手にしていたワインボトルを地面に叩きつけ、激昂していた。
その怒気はそのまま魔力の嵐となり、そばに立つ太い男と細い男を気絶させ人質たちを恐怖させる。

「...ハァ、ハァ。いいだろう、今は引いてやる。俺がやったという証拠すら残してやる。だが、最後に勝のは俺だ。俺様が勝つんだ!!復讐した暁には、テメェら二人とも穢して汚して楽しんだあと、最後にじわじわと嬲り殺してやる!!


―――クククク、クハハハハハハハハッ!!!」

不気味な男は、気絶している護衛の男を見捨て、たった一人でその場から消え去るのであった。




 

「...やった。勝った、勝ったよゆかりちゃん!!」

 

マキの感極まった声が上がり、やがてそれは衛兵たちにも広がり、あちこちから喜びの声や泣く声が上がり、マキはゆかりの手を取り(マキが一方的に)喜びを表している。

ゆかりも警戒を緩めてはいないもののその勝利を少しだけ喜んでいる。しかし、その口角は隠せずに少しだけ上がっており、ゆかりのフードから顔を覗かしているスノーもどこか嬉しそうに尻尾を振っている。

 

「ええ、勝ちましたね。」

「キュォォン!」

「もう、ゆかりちゃん!こういう時は、両手を上げて喜ばないと!!」

「あっ、いえその...嬉しいんですけど、あんまり恥ずかしいことは...苦手で。」

「ンンッ...ゆかりちゃん可愛いっ!」

「マ、マママ、マキサン!?」

「キュッ!ユカマキトウトイヤッター!」

 

マキがゆかりを強気抱きしめると、すぐさまゆかりの顔が真っ赤に染まる。

ゆかりは、自身に押し付けられる胸部の柔らかさを感じつつ、もがいているがマキが強く抱きしめて話してくれない。

 

「マ、マキサン!ク、クル...苦しいです!!」

「あっ、えへへ~。ごめんね」

 

何とか引き剥がし、息を大きく吸いこむゆかり。そんなゆかりを見てマキも少しだけ反省する。

いつの間にか、曇天だったリチャード町の空は、青く爽やかな空へと変わっていたのであった。

 

==========

 

トントントン!カンカン!

 

ならず者連合とアンデッドの軍団を蹴散らかし、リチャード町に平穏が戻った後...町は復興作業に追われていた。無事だった町の人々は活躍した衛兵たちを称え、死んでしまった衛兵たちには静かに黙祷を捧げ...壊され、燃やされ奪われていったものを少しずつ元に戻していく。

そんななか、

 

「マキ様!敵の本陣と思わしき場所から人質を無事救出...誰一人犠牲になっていませんでした。」

「そう、怪我もしてない?」

「いえ、多少擦り傷や打撲がありますが、骨折や酷い暴行を受けた者は確認できません。」

「分ったよ...とりあえず、医師や回復術士たちは衛兵隊の治療優先で。」

「はっ...それとマキ様。お耳に入れたいことが...」

 

噴水広場で、衛兵から報告を受けるマキをゆかりは、木箱に座りながらぼーっと見つめている。

勝ったことに実感がないわけではないし、マキが死んでいないと思っていない訳でもない。

ただこの戦いには腑に落ちない点が多くあったのだ。

 

(なぜ、あのマントの人物は明確に私だけを殺しに...それに、なぜアンデッドが迫っていたことを知っていたのでしょう?)

「キュ~?」

(あの戦場、いや...戦いを客観的に見れば客将たる私よりも衛兵隊の指揮官であるマキさんを狙うはずです。それに、仮に本当に私を殺すなら...なぜあの場ですぐに殺さなかったの?)

 

ゆかりの頭の中で考えがグルグルグルグルと周り、尽きない疑問が次から次へと出てくる。

今だ訳の分からないことだらけだが、ゆかりの中での答えは決まっている―――

 

(あの人物は、ここから先の旅で私を何度も狙ってくる。)

「...キュ~」

 

ゆかりの想像していた旅は、ごく普通の冒険だ。

普通に旅をして、仲間と共に大冒険をして、ダンジョンや遺跡を巡り、その秘密を解き明かす。

血生臭い殺し合いなんて、人間ではなく魔物や魔獣、獰猛な獣だけだと思っていた。

 

(...兄さん。私、少しだけ怖くなりました。)

 

故郷でのんびりと暮らしているであろうグレイマン。

かつて冒険者だった兄なら、どんな答えやヒントを与えてくれるのだろう。

ゆかりはそう考えるが、脳内のグレイマンは「それも冒険だよ?」としか言わない。

 

(それに、ならず者とはいえ...私は人を...あれ?)

「キュゥ?」

 

ゆかりはそこで違和感に気づく、ゆかりはあの戦いの中で確かにならず者とはいえ人を殺した。

衛兵たちには称えられ、マキに気を使わせてしまったが...冷静になってみて、自身の違和感に感づいた。

 

(私、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。)

 

魔物を...ゴブリンを殺した時は、確かに動揺した。

だけどそれは初めての実戦、初めての殺し合いだったからと自身の中で納得していた。

冒険者になるためには、それは誰もが通る道...だけど、人を殺すという行為だけは冒険者であっても滅多にない。と、グレイマンは言っていた。

 

(...私は、私は一体。)

 

自分でも、訳の分からない違和感を感じ、ゆかりは少し不安になる。

ありえない答えがゆかりの中で浮かびだし、ふいに自分がこわいと―――

 

「―――ゆかーりちゃん!」

 

感じる前に、マキがゆかりに抱き着いてきた。

 

「ぁ...ま、マキさん。お話は終わったんですか?」

「あー...うん、まあね。今日のお仕事はもう終わったからね!!」

 

ほら!とマキが指さした方向に目を向ければ、そこにある時計が差す時間はすっかり昼下がり。

戦いがなければ今頃、噴水広場は賑やかな風景となっているはずだった時間帯だ。

 

「ねえねえゆかりちゃん、私汗でべたべただから一緒にお風呂入ろ~?」

「...いいですけど、マキさんのお家で、ですか?あのお風呂、一人用で小さいじゃないですか。」

「ううん、私の実家で。」

「ああ、それなら.........マキさんの実家!?ツルマキ卿のお屋敷ですよね!?」

「むしろお父さんの家以外に何があるの?」

「いやいやいや、いくら辺境伯とはいえ貴族のお屋敷ですよ!?」

 

そう、マキの父【アレックス・リチャード・ツルマキ】は辺境伯だ。

もちろん、ただの辺境伯ではない。代々ツルマキ家は、ゆかりたちの住む国【ウェーベル君主国】...別名王国を統治する王族の懐刀に加え王国を古くから支えてきた家系の貴族だ。そのルーツは極東からやってきた傭兵団が始まりだとか言われているが、その真意は定かではない。

話は戻ってツルマキ卿のお屋敷と言えば(辺境伯で他のお屋敷と比べかなり小さいが)王城とさして変わらない敷居の高さがあるのである。

 

「そもそも私のような平民が踏み入れていいはずが―――」

「さっき避難所として使ってたじゃん。」

「うっ、で、ですが私も結構血みどろですしそこをさらに汚すわけには」

「私も血みどろだよ?」

「そ、そもそも隣町から来た冒険者にもなってない小娘が入るわけにも!」

「お父さんはゆかりちゃんの事よく知ってるよ?」

「うわぁああああああっ!!」

 

ゆかりは ことばたくみに にげようとした !

しかし すべて まわりこまれてしまった!!

 

こうなってしまえばゆかりに逃げ道はない、マキは何が何でも一緒にお風呂に入りたいようだ。

現に、ゆかりが見えていないだけでマキは(雰囲気的な意味合いで)捕食者の目をしている。

 

「それに、さっきの戦いで一番活躍したのはゆかりちゃんだよ?しかも、お父さんもそれは知ってるからぜひとも表彰したいって伝言きたし」

 

親子そろって逃がさないつもりだ。

ざんねん ! ゆかりのもくろみは ここでおわってしまった!!

 

「で、ゆかりちゃん。行く?行かない?」

「イカセテイタダキマス...」

「うん!じゃあ、早くいこ!!(元気)」

「カチメノナイタタカイトハコノコトキュ~イ」

 

こうして、ゆかりはマキに泣きながらドナドナされるのであった...

 

 





ところ変わって、リチャード町が見える場所。
そこには、ゆかりたちを強襲したフードの人物がそこにいた。

「.........。」

右手をリチャード町へと伸ばし...襲い掛かったゆかりを思い描く。
しばらく手を伸ばした後、リチャード町から背を向け、森の奥深くへと姿を消す。
その後ろ姿は、どこか寂しさを感じさせるものであった。



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第16話 ~お風呂場での大ピンチ!(なおゆかりは無自覚)~

 

「はぇ~...」

「キュ~イ...」

 

ゆかりとスノーは初めての浴槽の感覚に骨を抜かれて、アホっぽい声しか出していない。

あの後、あれよあれよとマキに手を引かれ、マキの実家であるお屋敷に連れられそのまま一緒にお風呂に入ったのだが...豪華な装飾がされた広い浴室に案内され、マキのイタズラを受けながらなんとか体を洗い、いまは浴槽につかりゆっくりと体の疲れを癒している。

 

「ゆ~か~り~ちゃ~ん~?いつまで、はぇ~って言ってるの~?そろそろ戻ってきてほしいんだけど~?」

「マキさん、浴槽につかるのが初めての人間にそれはダメですよよよ~...」

「ゴクラクゴクラクキュ~イ」

 

頭にタオルを乗せながらゆかりは同じようにタオルを頭に乗せてむくれるマキをなだめる。

 

「あー...そういえばゆかりちゃんのお家はシャワーしかないんだっけね。」

「まあ、立地の都合上置けませんでしたし...それにしても気持ちいいですね~」

「お気に召したようで何よりだよゆかりちゃん。」

 

ググっと背中と腕を伸ばしつつゆかりはリラックスをする。

何度も入ったことのあるマキからしてみればゆかりの反応の一つ一つは新鮮なもので見ていて微笑ましいものだ。

温かなお湯に入ったおかげか、普段からキリッとしているゆかりの顔もすっかりふにゃふにゃになっておりこのまま放置していれば溶けてしまいそうだ。

しかし、マキはそんなふにゃふにゃ顔のゆかりを前にして...

 

(お、落ち着けぇ私ぃ!数字を数えて冷静さを保つんだ。いくら同性と言っても婚前性交は不味い!ましてや、純粋無垢なゆかりちゃんに手を出すなんてそんな罪深いことできるわけないわけでもないけどできないじゃない!!というか、ゆかりちゃん無防備すぎだよぉ!!あぁ、可愛いよゆかりちゃん!!意外と髪が長くてお団子頭でスラッとした細い体型だけど慎ましいお胸や張りのあるおみ足が素敵だよぉ!!)

 

ハッキリ言おう、暴走寸前だった。

普段は兄から勧められた機能的で男性的な服装で全くと言っていいほど露出が少なく、なおかつゆかりお気に入りのうさ耳パーカーをしているおかげでゆかりは可愛い、美しいというよりカッコいい・あざとい系が似合うのだが服を脱いでみればあら不思議、どちらかと言えば小動物と変わりないほどほどのかわいらしさを持ち合わせた少女となる。(ちなみに髪型も普段はポニーテールで縛っている。)

もちろん、そんな姿を見たマキが暴走しない訳でもなく自身の家のプライドとか親友としての友情を投げ捨ててでも(性的に)襲い掛かるのは必然的なことだ。

だがマキがそれを実行しないのは―――

 

(でも―――なぜ邪魔をするスノー君!!)

「...キュ~?」(ゆかりには見せないように邪悪な笑みを浮かべている)

 

スノーが丁度いい位置にスノーが陣取りマキがゆかりに襲われないように牽制しているのだ!

スノーが溺れない様にと桶に入れられているが、スノーはそれを完璧に操り見事に(マキにとって)とても邪魔な位置に陣取って、挙句マキを煽る様にゲスのような笑顔を浮かべているのだ。

 

「キュッキュッキュ、キュイキュ~イ(特別訳:残念だったねぇマキくぅん?ゆかりちゃんに手を出そうだなんて100年...いや10000年早いよぉ?悔しかったら男の子になって出直すんだよォ!)

(畜生ッ!なんか微妙に馬鹿にされてる気がする!!)

「キュイ、キュイキュ~、キュイキュイキュ~イ」(特別訳:というか体を洗ったときにしこたまイタズラしたんだからもう十分だろうが!貴様それでも親友かぁッ!!)

(それでも、恋する乙女としてイタズラしたいんだぁッ!!)

「キュイ!?キュキュ、キュイイイ!?!?」(特別訳:な、なんて変態な奴だ!?というかお前それ恋する乙女って言うよりか好きな子にイタズラする男子だろうが!!)

 

なぜこいつらは脳内で会話しているのでしょう。というかスノー君の言葉はマキちゃん分からないよね?どうして会話成立しているのぉ...?

...一人と一匹はふにゃふにゃしているゆかりには気付かれないようにバチバチと視線で火花を散らせている。

なおこの時、マキはこのマスコットから目を盗んでゆかりにイタズラするかを(リチャード町の戦いのときの作戦立案速度より)素早く考え、スノーは(変身解除して暴れた時以上に)隙を見せないと気を張り巡らせている。

 

……なお、2人が激しい攻防戦を繰り広げている間にゆかりはお風呂から上がっていて更衣室に移動していたのは、気づいていない恋する乙女とマスコットなのであった。

 



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第17話 ~弦巻マキ が 仲間になった!~


(´・ω・`)

アイディアが浮かばないとどうしてもこうなるんだ…申し訳ない。



 

リチャード町が襲撃され、一日経った。いまだに町は消火と復興作業に当たっている。一日や二日で直るものではなく、町が元通りになるまでかなりの時間がかかることだろう。

 

「……はぁ。」

 

そんな街をゆかりはため息をつきながら歩いていた。

理由は簡単、表彰代わりに渡された剣が結構高いものだったのだ。

 

「……これ、誰がどう見てもオリハルコンですよね?」

 

オリハルコンとは、ゆかりたちの世界における貴重な鉱石の一つだ。

『オーレタートル』と呼ばれる亀型の魔物の背中に生成されるとされていて滅多に見つかるもののない。兄が譲ってくれたショートソードでさえ鋼のショートソードなのだ。まあ、あそこまで貰ってくれと言われて断れるはずもなく、左の腰脇には兄から貰ったショートソード。右の腰脇にはマキ父から譲られたオリハルコンのロングソードがぶら下がっている。

 

「……まあ、適当に時間を潰しますか。」

 

まあそんなことはどうでもいいのだ、今ゆかりは適当に時間を潰さなければならない。

今日旅立つ予定だが、マキが来るまで待つのである。

 

~~~~~~~

side:maki

~~~~~~~

 

「―――以上、今回の戦いにおける衛兵隊の被害でした。」

 

言えた。何とか、噛まずに言えた。

今、私がいるのはお父さん―――ツルマキ卿の執務室だ。私は、衛兵隊の総指揮官としての立場として今日はこの場に立っている。娘としての私ではなく、騎士としての私としてだ。

 

「…ふむ、町の被害は想定より最小限、されど衛兵隊は被害甚大。遺族への手厚い弔慰金の手配の手腕、その後の衛兵隊に対するケアも完璧、見事の一言だ。」

 

厳格な一言共に私に鋭い視線が送られる。送り主は私の父、アレックス・リチャード・ツルマキ卿。

お母さんの話では20年前の帝国との戦争で不利だった戦場をたった一手でひっくり返した英雄。私と同じ、金髪碧眼のナイスミドル…って、ここは私的な場じゃないんだからそんな考えはやめないとね。

ともかく、ツルマキ卿は鋭い視線のまま、私を見つめている。

 

「はっ、お褒めの言葉感謝いたします。」

「…それで、一つ聞きたい。また此度のような襲撃があった際、どのような対策を?」

「はい、まずは―――」

 

戦いが終わってすぐ衛兵隊で会議した対策を具体的に上げてゆく。

まずは、まだ整備が整っていないがワイバーンライダーによる早期警戒網の構築、稼働。

その次に、精鋭遊撃隊の設立だ。この案はゆかりちゃんの活躍あってこそだが、自由に動ける戦力はあった方がいいという判断のもとである。そしてあの戦いで発覚した外壁扉の脆弱性を改善し、万全な状態にする。

 

「なるほど、素晴らしい案だ。では、遊撃隊の隊長は?」

「……衛兵隊に所属しているウルリッヒ隊員に指名しました。」

()()ではないのかね?」

「―――ッ!」

 

ツルマキ卿が、私に多少の怒りを見せる。

確かに…ゆかりちゃんなら、今回のように町への被害を最小限に抑えたうえで、単騎であの強さなのだ…このリチャード町の衛兵隊……ひいては、ツルマキ卿の私兵としても最大戦力となることは間違いないだろう。

 

「失礼ですが、彼女は」

「あぁ、わかっている。民間人、なのだろう?偶然居合わせた。」

 

…わかってて言っている。

公的なお父さんは、ゆかりちゃんを自分の戦力の鬼札にしたいのだろう。

ゆかりちゃんのあの強さ、そしてゆかりちゃんに懐いてるスノー君…森の白い怪物の存在。

それを持って王国を安泰にするつもりなのだろうか…そんな考えばかり浮かぶが、私はただの衛兵隊の総指揮官。そして、ここは公的な場だ。荒れ狂いそうな私的な考えを抑え、何とか意見を出す。

 

「確かに彼女ならば、精鋭遊撃隊にふさわしい戦力でしょう。しかし、彼女はあくまでそこに居合わせた一般人です。それに、いくらツルマキ卿とは言え、王国の定めた徴兵法に違反するのではないでしょうか。」

「…なら、潔く諦めよう。それで、()()――――――

 

 

―――いつあの子と結婚するんだい!?」

 

 

「急に何言ってるのお父さん?!」

 

 

重苦しい雰囲気が吹き飛んでいき、真面目な顔をしていたお父さんは一気にアホみたいなことを言いだした。もちろん私も公的な雰囲気など吹き飛んでしまっているが、急な温度差に驚き顔を赤くしつつも叫ぶ。

 

「いやだって、ジョンから聞いたよ?マキとその子結構距離が近くてデートもしてたって。」

「うっそ、みられてた!?しかもジョンってどのジョン!?」

「チャラ男のジョン」

「畜生、よりにもよってそのジョンかよ!!」

 

どうやらお父さんはこれ以上公的な話をするつもりはないようだ。

完全に雰囲気が、家族に対するそれになっている。これが20年前の戦争をたった一手でひっくり返した軍神なんだからなぁ…いやそんなことはどうでもいいんだよ!!

 

「さっきまでこう…なんかシリアスな雰囲気だったじゃん!!なんでそんなときに急にそんな話するかなぁ!?」

「いやだって、町の被害は最小限だし衛兵隊の対応や対策に関してケチ着けようとしても完璧だから言う必要もないんだもん!そんなことより、将来のもう一人の娘が気になるわァッ!!」

「いや、それ以前に返事すら貰ってないから!!デートのは認めるけどまだ正式に恋人になったわけじゃないから!!」

 

ゼェ…ゼェ…とお互いに息をきらしながら、不毛な言い争いが終わる。

「お戯れは終わりましたかな?」と、爺やが紅茶とクッキーを手に持ちながら入室してくる。

若干目が笑っていない気がするが、静かにクッキーがのったお皿を机に置くとテキパキとお茶の時間の準備を進める。そういえばもうそんな時間だった。

 

「まあ、ともかく…早く手を出してあの子をうちの子にしてくれ。」

「まだいうかクソ親父。」

 

流石の私も暴言が飛び出る。爺やがムッと睨んでくる…と思ったけど、爺やも白い目でお父さんを見つめている。

そして私の悪口が聞いたのか即座に机に突っ伏し「娘からクソ親父言われた、反抗期か…」とウソ泣きをかましている。

 

「まあともかく、私はあの子…ゆかりちゃんと一緒に旅に出るからね?」

「ああ、わかってる。衛兵隊はアドルフ隊員に任せるんだろう?」

「うん、あの人ちょっと過激だけど町と町の人のことを第一に考えてくれてるからね。」

 

爺やが入れてくれた紅茶を一口飲み、お父さんを見る。

厳格とした雰囲気はないけれど、しっかり者のいつものお父さんだ。

ちなみにチラチラと私を見ている。そしてそれはお父さんが私を心配してくれている証拠である。

 

「大丈夫だよ、危なくなったらすぐに逃げるし。ゆかりちゃんも強いからね!」

 

私がそういうとお父さんの目つきが変わる。

お父さんとしての雰囲気だが、少しだけ不安げな様子だ。

 

「そのことなんだが、マキ。」

 

声は厳格、これは真面目なときのお父さんだ。

 

「……彼女と行く旅は、常に危険がある。そう考えなさい。」

「え、うん。まあ旅だし、ゴブリンや猛獣に―――」

「―――いや、そうじゃない。」

 

…もしかして、スノー君のことなのだろうか。

ううん、考えたくはないけど()()()()()()という可能性もある。

 

「…私は、そのゆかりちゃんと出会ったとき一つ、嫌な臭いがした。」

「…いやな、臭い?」

 

お父さんは、一族譲りの鼻の良さを持っている。

毒や火薬の臭い、それを嗅ぎ分けることができるのだが、お父さんは特に先祖に近しい鼻の良さらしく、毒や火薬だけでなく『死の臭い』や『危険の臭い』を嗅ぐことができるのだ。

私にも一応その能力は備わっているらしいのだが…どうやら私には残念ながら毒の臭いを嗅ぎ分けられるかどうかだ。

 

「あぁ、それも…20年前のあの時

 

―――『氷血戦争』の時とまったく同じの…いやそれ以上の、な。」

 

『氷血戦争』。

私も本で読んだりお母さんから教わった程度しか知らないが、それだけでも王国と、そしてその敵国だった帝国との間に起きた前代未聞の大戦争。

冬の時期に開戦され、血が凍るような寒さの中戦いが続いたことからついたとされる、地獄の戦争。発端は一切不明だが、とにかく血を血で洗う大戦争だったという話だった。

 

「アレは、そう…私が第4騎士団を率いて戦場に向かっていたころの話だ。それはそれは寒い吹雪の中、私たちは行軍していた。一刻でも早く、最前線にたどり着かなければ当時第4騎士団が運んでいた物資を待っている第2騎士団が飢え死にしそうだったからな。長い長い道のりの中、第4騎士団はようやく最前線まで間近というところまでついたところ、吐き気を催すほどの血の臭いを纏ったとある兵団に襲われた。

その時、帝国は兵力不足を隠すために帝国の冒険者や傭兵を雇うことがあった。その傭兵団に襲われて、私たちは危うく全滅しそうだったんだ。その傭兵団の名前は『アイスラット』。帝国の傭兵団、その最大戦力と呼ばれていて、そして戦争の名前にもなった『氷血』という傭兵が率いていた最強の傭兵団だったんだ。」

「…その時以上の臭いが、ゆかりちゃんからしたの?」

「あぁ、()()()()()()()()()()()だった。」

 

お父さんが俯き、爺やは心配そうに駆け寄る。

お父さんは爺やを手で制し…私に見せたことのない、怖がっている表情をしている。

 

「あの子をよく知るマキにこんなことを言うのは何だが、『アレ』から目と注意を逸らすな。」

 

私が、旅に出ることはあくまで止めないつもりなのだろう。だけど、とても怖がり…本当は止めたいという感情が伝わってくる。

そして私は、最初はゆかりちゃんを化け物扱いした事に対し憤怒した、したけど……すぐに落ち着いて納得してしまった。

成長した…今のゆかりちゃんと出会ってから感じていた些細な恐怖心や違和感。戦場で躊躇なく、蛮族とはいえ人を斬り殺していたあの姿。

私の知るゆかりちゃんと、今のゆかりちゃんは随分とかけ離れている。だけど私が恋して…うぅん。愛しているのは、今のゆかりちゃんだ。

だけど、お父さんの言い分もよくわかる。確かに、あれは気をつけないといけない。

 

「…あんまり気は乗らないけど。わかった。」

「すまない、だがこれだけは言っておこう。マキ、私はお前が進む道を否定するつもりはない、それがたとえ王国へと牙が向くものであっても、どんなことがあっても生きるんだ。」

 

お父さんは神妙な面持ちでそう私に伝えてくる。

…きっと、大丈夫。今回は外れてくれる。私はそう願いつつ、席を立ち…自分の旅の荷物を取りに行くのであった。

 

 

~~~~~

 

 

「……爺、いやオットー。」

 

マキが退出した執務室。

そこで一人の老執事とツルマキ卿が神妙な面持ちで話し合う。

 

「何でしょうか、旦那様。」

「……念のため、結月 ゆかりの過去を探ってくれ。」

「…そのようなことをすれば、お嬢様から本当に嫌われてしまいますが。」

「一切バレずにだ。」

「承知いたしました。」

 

コツコツと老執事が靴で床を鳴らすと壁から発生していた気配が消える。

 

「さて、あの娘からどのような匂いがしたんですかな?一つ、この爺におきかせくだ―――」

 

「―――()()だ。」

 

「はい?」

「最初から話そう。結月 ゆかりからは最初から死の臭いがした。最初に会ったときは薄く、気にも留めない程度だった。きっと、何らかの病気の臭いだったんだな。」

「…では、今纏っている二つの死の臭い…とは?」

「一つはさっき言ったとおりだ『咽かえるほどの血の臭い』、もう一つは俺にも分らないはっきりと伝えることのできない匂いだった。例えるなら…そう―――

 

『■■の臭い』だった。」

 

 

 

「な、んで…すと?」

 

 

 





【旅ウサギ】結月ゆかり

オリハルコンのロングソードをもらって困惑中。
二刀流はできるがあまりしたくない人。

【マスコット】スノー
今回は名前も出なかった。

【軍神の娘】弦巻マキ
ストンと最後のピースがハマり、ゆかりに対して少しだけ警戒するようになった。
しかし恋心は変わらない、今回の父親の予感は外れると信じている。

【軍神】アレックス・リチャード・ツルマキ
ツルマキ家6代目当主。たった一手で『氷血戦争』の戦況をひっくり返した。
ゆかりから感じ取った臭いに敏感。

衛兵:ウルリッヒ
未来の伝説の最強騎士(予定)まだ卵。
朝起きたらチキン食って剣を素振りして衛兵勤務してチキン食って剣の素振りしてチキン食って柔軟して寝るという。

衛兵:アドルフ
思想は(魔物討伐の)過激だがリチャード町と人命第1な人。
チェスが得意で、(チェスで)マキを唯一焦らせた衛兵らしい。
ちなみに負けると「チクショーメー!」と叫ぶ、ちょび髭がチャームポイント。

老執事:オットー
その昔は王国の王城の執事・メイド総括の立場にいた。
ちなみにオットーという名前は偽名らしい。


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