セレブリティームーブが止まらない~王立学院は本日も平和です~ (行雲流水)
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0001:孤児って大変。聖女って何さ?

 タイトル酷いですが、考えるのが苦手なのでこのままで。
 割とゆっくりと話が進みます。ので一話冒頭に辿り着くまでしばらく掛かる予定。キャラに名前を付けるのが苦手なことが判明しました。名付けは最低限、必要になってきたら登場人物に名前を付ける形を取ります。作中の設定はだいぶ適当です。


 王立学院へ入学して約二ヶ月。学院主催の建国を祝うパーティーにて一人の男子生徒が静かに壇上へと現れると、それは突然始まった。

 

 「ソフィーア・ハイゼンベルクっ! これまでは見逃してきたが彼女への蛮行は許しがたいものである、よって俺は貴様との婚約破棄をこの場をもって宣言するっ!」

 

 会場の隅々にまでよく通る声だった。学び舎にこんなにもお金をつぎ込まなくてもと言いたくなるほどに贅を尽くした会場は、一瞬静まり返ったのち困惑と動揺の声が広がり、その場にいた者たちは三者三様の姿を見せている。自身の名を呼ばれ壇上に立つ男子生徒を背筋をきっちりと伸ばし真っ直ぐ見据える、その顔はうかがい知れない。だって私はその背の後ろに立っていたのだから。

 

 ――何故、こんなことになっているのだろう?

 

 おめでたい日であったはずだ。理解が追い付かない頭でいろいろと考えてみても仕方のないことだし、そもそも私は当事者でもなければ関係者でもない。ないのだけれど、この状況に少々思う所がある。

 

『なんつーセレブリティークソガキムーブ』

 

 アニメ漫画にゲームとインターネット徘徊が趣味のクラスメイトの男子が、良家の子女が通う女子校を舞台にした文庫本を流し読みして口走った言葉が、ふと思い浮かんだ。舞台となった作品の物語や登場人物の立場、そして現在進行形で繰り広げられている現状や置かれた立場と比べても、同じ状況だとは言い難い……が。

 

 静に状況を見守る野次馬の中の一人としてもう一度、名を呼ばれた女子生徒の背を見れば、その細く長い腕の先にある手が小さく震えているのが見えてしまった。

 

 記憶の底から蘇った随分と遠く懐かしい彼の言葉がしっくりくるなと、私はその場で意を決し一歩踏み出した。

 

 ◇

 

 若くして死んだ、何故か転生した。でも、生まれた先は最底辺である貧民街の孤児だった。

 

 ――死ねば無に還るだけ。

 

 そう思っていたのに。目の前にある現実は酷かった。頼るべき親が居ないうえに現代社会であった日本とは程遠い環境で生き残るというのはかなりの難題。不衛生だし、まともにご飯にありつけない日がザラにあったし、寒さに凍えて死にそうだったりと小さな子供にはハードモードだった。

 貧民街という小さなコミュニティーで孤児仲間で徒党を組み、盗みやスリも当然働いたり、悪さをしてようやくあり付けた食べ物を大人に奪われたりと、精神を随分と鍛えられたものだ。

 

 そんな日々を過ごしながらようやく十歳――多分だけれど――を迎えた頃に転機が訪れる。

 

 街と貧民区域を隔てるただ一つの通りに武装した兵士たちが道を塞ぐと、ぞろぞろきょろきょろと厳しい視線をあちらこちらへと向けながら進んでいき少し広くなった場所で立ち止まる。

 

 『黒髪黒目の餓鬼の女が居るはずだ! 調べはついている、出せっ!』

 

 周囲に響くように張ったその声は、異様な雰囲気を感じ取り身を隠していた私たちにも届いた。その言葉に自分が当てはまるなあと、どこか他人事のように考えていれば周囲の視線が刺さる。

 こうして兵士が貧民街に現れるのは、罪を犯した者を捕らえるときだけ。身に覚えがありすぎるし幼い子供でも容赦なく連行されるので、孤児仲間のみんなで建物の物陰に隠れていたのだけれど、どうやら今回の標的はピンポイントで私だった。

 

 ――『出てこい』ではなく『出せ』か。

 

 貧民街で黒髪黒目は私しか居ないし、街に繰り出しても黒髪黒目の人を見たことがない。この街に住む人たちは、約半数がブロンド系で残りは茶や赤。驚いたことに、紫色や青に緑色をした髪色をしている人も見たことがある。瞳の色も様々で、前世の日本ではあまり――というよりもテレビの中ですら見たことのない色彩の人が居るのだから驚きである。

 

 『ナイ、お前のことだ。どうする?』

 

 私に声を掛けたのは、ここ数年の付き合いである双子の兄のジークフリード。ざんばらに切られた短い赤毛を揺らし、濃い紫の目を細めて心配そうに私を見ている。

 ナイ、は私に名前が付けられていなかったので適当に自分で付けた。生まれ変わる前の名前はこの辺りの街だと特徴的で使えないし、生まれ変わった先の文化や情勢を知らないので無難な所と考えていたのだけれど、結局思いつかず適当だった。もちろん家名なんて立派なものはない。

 

 『このまま隠れていても仕方ないし、行くよ』

 

 隠れたまま逃げることも出来るけれど、貧民街の扱いは低いうえに雑である。兵士の指示に従わないならば、強制的に家探しが始まってしまう。以前に罪を犯した貧民街の住人を捕まえに来たときは大変だった。

 犯人が逃げたから、しらみつぶしに家探しを敢行されて荒らされ、見つからないことに腹を立てたまま帰っていったのだ。もちろん探しに来る兵士にもよるのだろうけれど、貧民を丁寧に扱う人間などほぼ居ない。

 

 『……行っちゃ駄目』

 

 ぼろぼろになっている私の服の裾を引っ張ったのはジークフリードの双子の妹のジークリンデ。少し涙目になりながら私に行くなと見据えている。周りにいる他の孤児仲間数人も同じように行くなと無言で訴えているけれど、このままの状態ではいけないことは確か。

 

 『出ていかないと大変なことになるし、逃げても失敗するだろうからね』

 

 十歳程度の子供が逃げてもたかが知れている。お金も頼る人も居ないので、この街の出入り口である門にすらたどり着けない可能性だってあるのだし、私が逃げれば必然いつもつるんでいる彼ら彼女らも一緒に付いてくるだろうから、その先の未来に起こることを想像するのは簡単だった。

 それならば私一人の犠牲で済めば安いものである。運が良ければ、またここに戻ってこられるだろう。苦笑しながらジークリンデが握っている裾の手に自身の手を伸ばしてやんわりと離すように促した。

 

 『ジーク、みんなをお願いね』

 

 『……戻ってこいよ』

 

 今まで見たことのない真剣な表情で私へ言葉を投げたジークフリード。大人に媚を売ることができなかった仲間と徒党を組んで生活していた。同年代の子たちよりも私は小柄だったので力仕事には向いていなくて頭を働かせていたのだけれど、いつの間にか大人に媚を売れなかった孤児たちのリーダー格に納まっていた。

 ジークフリードとジークリンデは一番長い付き合いで、いろいろと一緒に考えながらこの場所で数年間生きてきたのだ。私が居なくても二人が居れば、他の子たちも大丈夫だから。

 

 『ん』

 

 こくりと頷いて彼の言葉の返事とした。貧民街に住む大人が街の治安を司る兵士に捕まり戻ってくることは早々ない。戻って来たとしても、ぼこぼこにされて暫く身動きが取れないほど痛めつけられている。

 一応子供の身なので酷いことにはならないだろうという楽観もあるのだけれど、どうなるやら。最悪、死ぬことも覚悟しておかなければならないだろう。

 

 わざと物音を立てて、隠れていた物陰から身を表すと兵士たちの視線が一斉に刺さる。本日は雲一つない晴天。貧民街にぽっかりと空いた小さな広場には遮るものがなく、目を細めて少しだけ装備が違う大柄な中年男性の下へと歩いていくと、その周りにいた兵士数名が私を捕らえようと手を伸ばす。

 

 『待て。――乱暴はするなと厳命されているだろう』

 

 『隊長、ですが……逃げられては困ります』

 

 やましいことをしているから、貧民街の子供は兵士をみると静かに距離を取って隠れるからその人の判断は正解だ。出来ることならば逃げ出したいけれどもう遅いし、覚悟は決まっている。

 

 『おとなしく出てきたんだ。逃げやしねーよこのお嬢ちゃんは、多分……な』

 

 ふうと浅い溜息をひとつ零し私に近づいて隣に立つ隊長さんが数舜後に怪訝な顔になった。何事だろうと顔を見上げると、嫌な顔をしてこちらを見下ろす。

 

 『うおっ、くっせっ! お前、かなり臭うぞ』

 

 うっさいやい、大きなお世話だ。マトモにお風呂に入った記憶なんてゼロだし、貧民街だなんて環境の所為で水浴びや清拭すらできないのだから。嫌な顔をしながら距離を取ると、装備していた槍の石突で私を小突く隊長さん。

 

 『隊長、子供相手にそれは酷いッス』

 

 まだ年若い青年が、隊長さんと私のやり取りをみかねて苦言を呈したのだけれど、まあ臭いのは事実だろう。お風呂、入ってないし。

 

 『んなっ、物凄い臭いぞ、コイツ。お前も嗅いでみろ』

 

 『……――、っ! げほっ、げほっ!!』

 

 膝に手を突き腰を曲げすんすんと鼻を鳴らして私の臭いを嗅いだ青年は、見事に咽込んだのだった。

 

 『まあ、いい。行くぞ、悪いようにはせんから俺たちについてこい』

 

 そんなこんなで兵士たちに連れてこられたのは、この街で一番大きい聖教会。時折炊き出しを催しているので何度かお世話になったことがあるが、そういう時だけにしか近づかない場所だった。

 正面の大きな扉を兵士数名と一緒に通り抜ける。静かに閉まる大扉の蝶番の音がホールに響く。数多くの信徒席が左右に別れて設置され、正面には主祭壇があり周囲の窓は立派なステンドグラス。聞いた話によると、正教会に関わりの深い情景が表されているそうだ。

 

 『よくきてくれたね。――…………まずは身を清めようか』

 

 祭壇には長い白髪に白い髭を蓄えたいかにも神職ですと言わんばかりの格好に身を包まれた年を取った男性が立っており、にこやかに迎え入れられた。

 が数秒後には顔を顰めてそんなことを言われた。口には出さなかったが、また言われてしまったことに若干ショックを受けつつ、新たに現れたシスターの格好をした年配の女性数名に地下へと案内され、水浴びを強制されたのだった。出来ることならシャンプーを使って髪も洗いたかったが、贅沢は言っていられない。

 むしろ体を布でこすれば数年間分の垢がごっそり取れたのだから、随分とさっぱりした記憶が今でも鮮明に残っているのと同時、ガリガリにやせ細っていた私を見て同情の視線を寄せるシスター数名の視線も忘れられない。

 

 そうして中古品ではあるが子供用の服を与えられて主祭壇へと戻ると、先程の男性が水晶玉のようなものを携えていた。

 

 『これに手を翳してみてくれるかな』

 

 『……』

 

 彼に言われるまま水晶に手を翳すと、丸く奇麗な珠が光り輝く。周囲でそれを見ていた兵士やシスターが驚いた顔をして、少しざわつき始めた。

 

 『おおっ!』

 

 『これは……すごいっ!!』

 

 状況を掴めない私は目を白黒させていた。感心していないでこの状況をまず説明して欲しいし、すごく眩しいので目が変になってしまいそうなんだけれども。周囲が歓喜の色に包まれる中、変化が訪れた。

 

 『あ……げっ』

 

 割れた。割れたのだ、それはものの見事に。孤児の私が一生かかっても弁償できそうもない正体不明の水晶玉が。ヒビが入ると一瞬だった。一筋の亀裂が幾重にも分かれて最後に悲鳴のような割れた音が鳴り、主祭壇を煌々と照らしていた光が消えると、私の背には冷や汗が流れる。

 

 『素晴らしいっ! 長く司祭として生きてきたが、測定器がこのような反応を見せたのは初めてだっ!!』

 

 何が素晴らしい、だ。私の人生を賭しても返済できないようなモノが壊れてしまったというのに。

 子供に返済義務はないのかもしれないが、流石に教会の備品であろうものをこうしてしまった責任はあるだろう。無償奉仕とかで済めばいいけれどと色々と考えていると、機嫌よさげに年配の神父さまは私にこう告げた。

 

 『よくいらしてくださいました。――聖女候補さま』

 

 そうして深々と頭を下げ周りにいるシスターも頭を下げていたし、兵士は胸に手を当てて礼を取っていた。事情を全くもって呑み込めない私は、十歳の子供に大人たちが頭を下げるという異様な光景を大人しく見ていることしかできなかった。

 



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0002:聖女の務め。公爵閣下。入学打診。

 貧民街で兵士に取っ捕まって教会へ連行され、魔力測定を受け超お高そうな水晶玉を破壊――汎用品でそう高いものではなかった――し聖女候補として修業を受ける日々が始まってから約四年。私の年齢もようやく十四歳となり、成人まであと四年となった。

 

 王城の一角、石造りの部屋で一人、静かに佇む私。

 

 ――体の中の魔力が消失していく。

 

 何秒、何分、何時間。時間感覚もなく、魔法陣の上で一人……祈りすら願いすら唱えない。己の魔力が奪い取られる感覚だけが、生きているという証拠で。

 

 本来ならば神にささげる詠唱が必要らしいのだけれど、以前に偶々一節を忘れてしまい唱えられなくなった時があった。その時詠唱をしなくても自身の魔力が、魔法陣へと吸い込まれていることに気が付いたので、それ以降は最初の一節――魔法陣の起動するための詠唱だ――だけを唱えてそれで済ませてる。

 バレたら大問題になるだろうけれど、生憎とこの部屋には聖女の資格を有した一人しか入れないので誰にもバレない不正である。

 

 そんな無駄なことを考えつつただ時間が過ぎるのを待ってれば、ようやく魔法陣から光が消えて。

 

 「疲れた……お腹空いた」

 

 王国を守る障壁を維持する為、過去の魔術師たちの知恵と技術をたらふく詰め込んで開発した専用の魔法陣の上でひとりごちた。

 この魔法陣とは長い付き合いで早くも四年が経とうとしている。聖女候補として貧民街の孤児から教会に救い上げられ、魔力適性と魔力量が十分だった為、聖女候補から聖女へと格上げされて今に至る。最初の頃はこのお勤めに慣れず、愚痴を零したり逃げ出したい衝動に駆られていたけれど、まあ四年も務めを果たしていればルーチン作業のようなものだった。

 

 「眠い」

 

 この役目を終えるといつも空腹感と酷い眠気が襲ってくる。おそらく大量の魔力を魔法陣に提供した結果なのだろうけれど、どうにもならない。

 まあ諦めてさっさとご飯を食べてお風呂に入ってベッドにダイブするというのが、魔法陣へ魔力提供した時の日課である。

 資格のある者だけが開けるという扉を押し外に出ると、そこにはよく見知ったそっくりのふたつの顔。白を基調に濃い青の差し色が特徴の教会騎士服を見事に着こなして壁際に立っていた二人が、こちらへと歩を進める。

 

 「お疲れ」

 

 「ナイ、お疲れさま」

 

 赤い髪に濃い紫の瞳に顔面偏差値がとても高い為にすばらしく整った顔の二人に出迎えられた。二人とも背が高いので、見上げる形になるのはご愛敬なのだけれど、私の背が伸びなくて同年代の人たちよりも小柄だということも含まれた。

 というかこの国の人たち、整った顔の人が多いし、背も高い人が多い。特に貴族やお金持ちの人にはその傾向が顕著だった。目の保養には良いのだけれど、平凡顔の私からすれば羨ましくもある。

 

 「ジーク、リン。ごめん、遅くなったね」

 

 二人とも普通に平民として生きる道もあったというのに、聖女となった私の護衛を務めてくれている。

 二人が教会騎士として職に就けたのは身体能力が高かったことが起因していた。私専属の護衛にならなくても他の聖女さまの護衛に就くことだってできるし、筆頭聖女さまの護衛に就く話もあったと聞いている。最上位の聖女さまの護衛ともなればお給金だって沢山貰えるというのに、それでもこうして気の知れた仲の二人が私の側にいてくれることは有難いことで感謝している。

 

 「いや、いつも通りだ。――疲れているから部屋に戻ろうと言いたい所だが、今から公爵さまの所に行かないとな」

 

 「……」

 

 私の言葉に返事をするジークと、もともと喋ることが得意ではないリンは会話を聞いて頷くだけだけれど、いつの間にか私の横にぴったりとついていた。

 

 「うん。呼び出し貰ってるし、流石に忘れると後が怖いから」

 

 苦笑をしながら足を進め、長い廊下の外へと向かうと陽が沈み星空が浮かんでいる。まだ科学文明が発達していない為なのか、明かりの少ない地上のお陰で空には星々が煌々と輝いていた。

 月っぽい大きな衛星が二つあるのは不思議な感覚だけれど、この夜空は奇麗で美しい。こうして空を見上げる余裕ができたのは聖女として教会に保護されてから。孤児時代を思い返すと随分と無茶をしたものだと、口元が伸びる。

 

 「ナイ……どうしたの?」

 

 「いや、あの頃に比べると平和だなあって」

 

 うん、本当に。年中腹を空かせ、空きすぎて眠れないこともあれば、隠していた食料を貧民街に住む大人に無理矢理に奪われたこともある。女だったからという理由で寝込みを襲われた――仲間内全員で襲ってきた大人をボコったけれど――こともあった。

 

 「ナイのお陰だよ?」

 

 「ああ。あの時つるんでいた全員が死なずにこうして暮らせているのは、お前のお陰だ」

 

 「大袈裟だよ二人とも。みんな自分で頑張ったからこうして生きていられるんだよ。私はその切っ掛けを作ったに過ぎないだけだから」

 

 よくこの話になる事がある。別に大したことをした覚えはない。世情的に、生きようとする意思がなければ生きられない世界だったし、最底辺から抜け出すには努力が必要だった。んー、と照れ隠しで歩きながら背伸びをすれば二人はやれやれといった感じで顔を見合わせて肩を竦めていた。

 

 先程の場所より少し趣が変わると、空気も一変する。

 

 ここから先は王城に努める人たちが行き交う廊下になるので、聖女として真面目を装って歩かなければならないので、二人は私の後ろに控えた。

 平民でこの城に努めている人たちや騎士爵や準男爵位の人たちは私の顔をみると、廊下の隅に移動して一旦立ち止まり軽く頭を下げる。そしてそれ以外、ある程度位の高い貴族階級の人たちはそのまますれ違いながら私を見定めるような視線を送ってくる。

 体裁上、聖女である私が頭を下げる必要があるのは王族のみとなっているのだけれど、あくまで体裁上だ。ちなみに聖女として最高位の『筆頭聖女』となると平伏せんばかりの勢いで頭を下げられるので、あまり就きたくはない職位である。

 

 今代の筆頭聖女さまは高齢で代替わりを検討しているそうだが、私の他にも聖女は複数人存在しているし、高位貴族出身の人も居るから政治の都合上、孤児である私がその地位に就く可能性は低い。

 

 そんなこんなで王城の長い廊下を歩いていれば、呼び出しを受けている公爵さまの執務室まで辿り着いていた。

 公爵さまは王族に次ぐ地位の立場の人で扉の外にも警備の近衛騎士が立っているので、ジークが代表してその方に声を掛け部屋の中へ居る人へと取り次いで貰う。気楽にノックと入室の声掛けだけで済めば楽で良いのだけれど、貴族という人たちは面倒なものでこうした手順やしきたりを重んじる。

 

 「聖女さま、閣下の許可が下りました。中へどうぞ」

 

 私の名前が城に努めている人たちに呼ばれることはほぼない。王城の中でならば、顔はそれなりに売れている。理由は聖女だから。でも孤児出身の聖女は嫌われている風潮があるので、名前を覚える気はないのだろう。まあ貴族の人たちにとって、孤児出身の聖女なんて付き合いがあったとしても得することがないのだから当然か。

 

 「よく来たな、ナイ」

 

 で、ガタイの良い巨躯にかなりいかつい顔で渋く低い声を発する公爵さまは私の事を名前で呼ぶ例外だった。ロマンスグレーの髪をかっちりと後ろへ撫で付け、生えている髭もきっちりと整えてある。

 執務机の椅子から立ち上がり、応接用のソファーへと移動すると一人掛けの椅子に腰掛けた公爵さまに、ゆっくりと頭を垂れる。ジークとリンは、静かに壁際で警備をしている騎士たちと並んでいる。

 

 「ごきげんよう、閣下。命により馳せ参じました」

 

 あまり使え慣れないカーテシーをして顔を上げると、公爵さまは苦笑いを浮かべていた。貴族ではないけれど、礼儀作法はきっちりと教会のシスターたちの手によって施されている。貴族の相手も時折努めなければならなかったので、本当必要最低限ではあるが。

 

 「そう畏まるな、気持ち悪い。――さあ、座り給え」

 

 気持ち悪いだなんて失礼なと思いつつ、それはおくびにも出さない。失礼しますと一応の断りをいれてソファーに腰掛けると、随分とお尻が沈んでいく。高級なのは理解できるけれど、この沈み込み過ぎのソファーは何度座っても苦手。そんな私を知ってか知らずか、公爵さまはお付きの老執事さんにお茶を用意するようにと命じていた。

 

 ご用件は、と問いたいところだけれど平民と貴族との間には天と地ほどの差がある世界だ。用事があって呼びつけたのは公爵さまだけれど、位の低い、それも平民である自分から問いかけるだなんてあり得ない。

 貴族であっても、最上位にあたるのは目の前の公爵閣下となるので話しかけるのは彼からが定石。気軽に声を掛けられる人は王族や同格になる公爵家の人たちくらいに限られている。

 

 「仕事の後だというのに、こんな時間に呼び出して済まないな」

 

 「いえ、仕方ありません。閣下もお忙しいでしょうし」

 

 「引退間近の身だよ。大事な仕事などそうそうないさ」

 

 公爵さまの言葉に同意しそうになるけれど、引退間近でも忙しいはずである。国軍のトップを務めているのが彼だ。忙しくない訳がない。魔物が出れば軍を派遣することになるし、それでも手が足りないならば騎士団や魔術師団の方に要請をしなければならないと聞いている。

 軍と騎士団は余り仲が良くないそうで、騎士団との協力を取り付けるのはかなり骨を折ると、以前苦言を漏らしていた。

 

 用意されたお茶に閣下が手を付ける。めちゃくちゃ極上であろう茶器に手を伸ばし私も一口飲むけれど、味が分からない上に熱いというオマケつき。

 

 「そういう所はまだまだ子供だな――いや、子供か。可笑しな言い回しではあるが……聖女として初めて会ったのが懐かしいよ。もう四年になるのか、いやはや年は取りたくはない……確か十四歳になるのだな?」

 

 猫舌なので少量しか飲めない私を見て公爵さまが鼻で笑うと、どうやら本題に入るらしい。膝に肘をついて顔の前で手を組んで私を見据えた。

 

 「ええ、ようやく十四になりました。初めて閣下にお会いした時が懐かしいものです、この四年間いろいろと必死でしたから随分と昔に感じますが」

 

 本当に色々あった。とりあえず聖女候補という枠に納まり、聖女としてこの国の障壁を維持運用する為の基礎知識に魔法陣の使い方や魔力の運用方法。時間があるのならば治癒魔法も覚えるようにと教会から言われ、聖女として務めていた先任たちから教えを受けた。

 どうにも私の魔力量は一般の聖女よりも高いらしく、求められることが多岐に渡っている。今でも教えを乞う事があるし、知らないことは沢山ある。知識を蓄えることは嫌いではないので忙しくも楽しい日々であるし、前世でブラック企業に勤めていたこともあるのでそれと比べれば何という事はない。――時折、逃げ出したくなる時もあるが。

 

 「ふむ。そこで、だ。あと一年弱で十五歳になるのだから学院に通ってみないか?」

 

 「学院ですか、もしかして王立の?」

 

 「ああ、そうだ。この王都にあるあの学院だよ」

 

 私が住む街は王都なので教育機関はいくつか存在するのだけれど、その最高峰が三年制の王立学院。もともとは貴族の子女のみが通う場所で卒業と同時に成人するので、貴族としての在り方や交流を学ぶ場所。

 時代の流れなのか商家などのお金持ちの平民も学費と一定の学力があれば入学できるようになり、更に門戸を広げようと成績優秀であれば学費を賄えない者も奨学生や特待生として入れるようになった。学科も貴族として学ぶだけではなく騎士や魔術師の優秀者を獲得を目的する為に増設されたそう。

 

 「有難いお話ではありますが、聖女としての仕事と学業の両立は難しいかと。そもそも試験で落ちてしまいますよ」

 

 聖女も割と忙しいのである。軍や騎士団にくっついて従軍医師のような扱いで魔物の処理に向かうこともあれば、治癒師の居ない町や村を訪ね慰問の旅に暫く出ることもある。

 貴族出身の聖女さまたちは、こういう泥臭いことを実行するのは苦手だから嫌がるし、子供や家族が居る聖女さまも参加を渋る。こういうときに未婚でサバイバルに長けている孤児として白羽の矢が良く刺さったりしてた。それはもう割と頻繁に。

 軍や騎士の人たちと仲良くなることもあれば、村や町の人たちから特産品や野菜やらを頂いたりすることもあるので楽しくはあるのだけれど、私の護衛として付き合わされるジークとリンには申し訳ないのでいつも平謝りである。

 

 「その辺りは融通が利くように教会と話を付けておく。学力に関してなら『普通科』ならば問題ないと判断しているし、足りないところは補えばいいだろう」

 

 あれ、これはもう公爵さまの中では決定事項では、と頭の片隅で考えてしまう。ぶっちゃけあまり興味はないのが本音だ。これ以上の暮らしなんて求めていないし、現状維持で十分である。

 

 「孤児だったので一般教養はからっきしなのですが……」

 

 「教会で神父や修道女に教えを乞うていると報告を受けているし、それも平民では難しい内容もきちんと学習しているそうではないか。ならば、なんの心配もあるまい」

 

 「確かにいろんな方に勉強を教えて貰っていました……ですが貴族の方たちと一緒に混じって同じ学び舎でともに時間を過ごすのは緊張してしまいますし、やはり無理があるのでは?」

 

 「ぶっ! はははははっ!! お前、言うに事欠いてその台詞かっ! 公爵であるワシと面と向かって会話をしている時点でその言葉に信憑性などあるまいてっ!!」

 

 呵々と笑い膝を叩く公爵さまは破顔する。そんなにおかしなことなのだろうか。平民が貴族と混じって勉強するとか面倒なことこのうえないのだけれども。前世でだってお金持ちが通う私立校と公立校では隔たりがあるし、貧乏人がお金持ちの子が多く通う学校に入ればいじめられるとかで有名だったし。

 

 「……」

 

 腹を抱えてまだ笑っている公爵さまにジト目を送りながら、どうしたものかと考える。

 

 「そもそも初対面でワシと取引したナイが、貴族といえど同年代の子供相手に後れなぞとるものかっ!」

 

 嫌なことを思い出されてしまった。貧民街から教会へと行き魔力測定を行ったあの日から一ヶ月後、突然に公爵さまが教会へとやってきて私の後ろ盾となると宣言したのだ。

 公爵位をもつ当主がただの孤児にそんなことを宣うことはないはずだし、何か裏があるのだろうと踏んだ。政治的に利用できるのか、個人的になにか目的があるのか、それが何かは分からなかったけれど。

 何か打算があったとしても、孤児の私の後ろ盾になってくれるのは有難いことではある、でもいいように利用されるのは癪だった。

 だから貧民街の仲間を全員救い上げて欲しいと願ったのだ。前世の記憶がある私にはおまけのような今の命なのだから、必死に生きようと足掻いている彼ら彼女らを救って欲しいと。最低限でいい、暖かい食事と寝床を、と。

 

 「……はあ。分かりました。努力はしますが試験に落ちても知りませんよ」

 

 溜息を吐いて、公爵さまの提言に乗ったのだった。仕方なく。嫌々。面倒だけれど。でも目の前の彼に悪意なんてないのだろう。純粋に私の行く末を案じて、最善の道を示してくれているのだ。

 

 「なに、まだ時間はある。家庭教師もつけてやろう」

 

 にやり、と笑う公爵さま。ああ私を学院へと入れることにどうやら本気らしい。こりゃ逃げられないと諦めていると、さらに口を開いた。

 

 「ジークフリード、ジークリンデ。お前たちは『騎士科』に入れ」

 

 壁際に控えていたジークとリンに視線をやって公爵さまは有無を言わさぬ様子でふたりを見据える。

 

 「はっ!」

 

 「……はい」

 

 公爵さまの言葉に短くふたりが答え、胸に右手の握りこぶしを置き騎士としての礼をする。普通なら公爵さまの言葉にはこうして二つ返事で返すよねぇと遠い目になりながら、また私の事情でふたりを巻き込んでしまったことに心の中で謝罪するのだった。

 

 「足りぬものがあるのならば、こちらで用意しよう。勿論、もろもろの学費もだ」

 

 ここまで言ってくれるのならばお金に関しては心配はいらないのだろう。試験に受かれば制服代に教科書代なんかも必要になってくる。受かってもいないのに、受かった先のことを心配しても無駄だし、とりあえず試験に向けていろいろと慌ただしくなってきそうだった。

 



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0003:準備。入試。

 公爵さまの話の数日後、ジークとリンと私が住んでいる王都の教会近くにある教会関係者用宿舎に入試対策の為の資料がどっさり送られてきたり、家庭教師が現れたりと少々騒ぎになっていた。

 周囲の人たちは私たち三人が学院へと入ることを歓迎してくれていて、聖女としての仕事は以前よりも減っているし、魔物討伐の遠征も公爵さまから入学の話を貰ってから請け負っていない。権力を持っている人の圧力って本当に効くんだなあと、目の前の本へと視線を向け、ふと隣に座っている彼女の方へと顔を向けた。

 

 「リン。そこ間違えてる」

 

 「?」

 

 かりかりとペンを走らせながら入試対策の為にジークとリンそして私、三人で集まって勉強会を開いていたのだけれど、リンは勉強が苦手なようで。よく頭を抱えて悩んでいるし、所々でこうしてミスをしている。今も私が指摘した理由が分からず、首をひねっていた。

 

 「ほら、ここ。――あてる数式はこっちだよ」

 

 「……本当だ。ありがとう」

 

 さりさりと紙に二重線を描いて訂正するリン。助言すればこうして気付いて正解を書き込めるのだから、問題はなさそうだ。真剣に問題を解いている彼女を見ながら、笑っていると横から声が掛る。

 

 「ナイ。お前はお前で間違えてるぞ」

 

 「え?」

 

 「数学や化学の難しい問題は解けるのに、何で簡単なはずの地理や文化はてんで駄目なんだ……?」

 

 呆れた声でジークが頬杖を突いたまま、間違えている所を逆の手で指差した。だって仕方ないだろう。数学や化学は前世での知識が役立っている。

 

 前世も孤児として生まれ、ものの見事に荒れに荒れた若かりし頃。

 

 学生時代は不良と呼ばれても差し支えないくらいの行動をとっていた。そんな私が高校を卒業して社会人になったのだけれど、学生時代の悪行が祟ったのか、就職先はまともな企業とは言い難かった。ブラックという噂だけあって仕事内容は過酷を究め、このままでは自殺か過労で死んでしまうなぁとおぼろげに感じ始めた頃、精神より肉体が先に悲鳴を上げてぶっ倒れたのだ。

 そうして仕事を辞め次の仕事先を見つけたのだけれど、そこは大手企業の百パーセント出資の子会社。労働基準法で定められている三六協定も順守していたし、有休消化にも積極的。仕事に必要な資格試験は会社負担だったり、割安で通信教育なんかも受けられた。――実にホワイトだ。

 

 仕事内容も専門職で、全くの素人でも出来るようにとマニュアルはあるが、深く掘り下げるためには知識が必要だった。そのことに関して職場の上司は意欲的に教育してくれたし、分からないことがあれば丁寧に教えてくれていた。

 学生時代よりも学ぶことが楽しかったし、仕事自体も楽しかったから、学生時代に嫌いだった勉強も苦にはならなかったのだから不思議である。そうした経緯から修得した専門知識のお陰で理系や化学の知識はそれなりに詳しかったから、こちらの世界のものにも転用できたので割とあっさりと覚えられた。

 

 逆に苦手なものは、この世界の常識や知識、地理に歴史だった。それらはゼロからのスタートだったし、覚えるべきことも大量にあったので苦戦していた。割とすんなり覚えていた二人をうらやましく思うくらいには。

 

 入学試験に受かるには問題ないレベルには到達しているそうだが、成績優秀者は学費が免除されるのでソレを狙っている。公爵さまにお金の心配は要らないと伝えられているけれど、出来ることならば自力でどうにかしたいものだし。

 

 あとは実技試験、ようするに魔術関連の実技があるのでそっちをどうするべきかを考えるだけなのだけれど、初歩的な魔法を使えるならば問題はないそうだ。

 一応、教会の聖女として治癒魔法は十二分に使えるし、魔物討伐の遠征にも出るから基礎魔法は使えるのだ。だからこちらに関しては問題ないだろうと、何も対策をしていない。兎にも角にも筆記試験を頑張る、という状態だった。

 

 ジークとリンも騎士科に受かる為のボーダーラインは超えていて、実技試験も難なくクリアできるレベルに達しているとのこと。私は普通科に通うつもりなので、二人とは分かれてしまうけれど登下校や休み時間は三人で過ごすことも出来るだろう。

 

 「うーん。苦手な所、もう少し力を入れないと駄目かなあ……」

 

 「だな」

 

 「頑張ろう」

 

 前世の学校生活は小学生の時から荒れていたという黒歴史全開の我が人生をやり直すことが出来るのは幸運。――異世界でだけれども。

 

 貴族の人たちと一緒というのは少々の不安要素ではあるけれど、どんな学生生活になるのか楽しみだと、三人でテーブルの上で拳を軽くぶつけ合うのだった。

 

 ◇

 

 そうして十五歳になる少し前――入学試験当日。

 

 どうやら貴族の子女の皆さまは試験は免除――後から聞いた話であるが一定の教育水準まで各家庭で施されている為――だそうで、会場では平民の人のみで試験が取り行われるようだった。それでもなんとなくではあるが商家やお金持ちの人たちとそれ以外では隔たりがあるようで、試験前の会場となった学院の教室は見えない線引きがあった。

 

 「机に記載されている番号に従い着席してください」

 

 かたりと教室の引き戸を開けて、試験官が数名やってきて、部屋へと入るなり教壇に立ち声を上げる。

 受験者数はさほど多くはないので、当日に試験結果が出るという早業。夕方には結果に関わらず公爵さまへと報告に行かなければならないので、今日は忙しくなりそうだ。まあ、何日も試験結果を気にしながら過ごすよりも、こうしてすぐ結果が出る方が心穏やかでいられるだろう、捉え方次第だろうけれど。

 

 「机上には試験番号と受験票、そして問題用紙と回答用紙が揃っていますね? もし、揃っていない場合があれば申告を――」

 

 こうして試験官からの諸注意から始まり、開始の合図までそう時間はかからず。静かな教室内は独特な雰囲気に包まれ筆を走る音だけが響いていた。

 筆記試験は無事に終了し実技試験へと移行する為、試験会場から出て学院に併設されている運動場へ受験者と共に向かうことになる。学科別で筆記試験が行われたので、別の学科の人たちとも合流。きょろきょろと辺りを見渡せば、背の高い二人を簡単に見つけたのでそちらへと足を向けた。

 

 「ジーク、リン」

 

 少しざわついているグラウンドだったけれど声が聞こえたのか、こちらへ視線をくれた。二人とも笑ってゆっくりと体を私が居る方に向けた時、ちょうどその場へと辿り着く。

 

 「ナイ、手ごたえは?」

 

 「ん、それなりに。二人は?」

 

 「そうか。――多分、大丈夫だ」

 

 「騎士科は筆記より実技が重視されるから……そっちで頑張る」

 

 それなら気張らないとねぇとリンの言葉に返事をする。騎士科や魔術科は机上での勉強よりも実地でどれだけ動けるかの方が重要だそうだ。

 もちろん貴人の護衛等を行う時もあるので礼儀作法も必要となるのだけれど、それは在学中にということだろう。騎士科と魔術科が普通科や特進科よりも受験者の数が多いのは、騎士や魔術師といった職が、安定した就職先プラス高給取りとしてよく知られているからである。街で職人や商家に弟子入りして腕を磨くよりも、強さに自信があれば良いのだから。

 

 「番号を呼ばれた者は、開始線へ」

 

 小声で雑談をしていると、どうやら始まったようだ。いまグラウンドで相対しているのは騎士科受験の少年二人だった。

 

 「剣技を競うんじゃあないんだね」

 

 そう。騎士科なのだから剣の扱いに長けた者を合格者にしそうなものだけれど。無駄話をしていると、一番初めに呼ばれた組の手合わせが、試験官の開始の声と共に始まった。

 

 「訓練を受けていないと、木剣でも流石に危ないからな。問題が起こり辛いように、徒手空拳で実力勝負をすることになっているらしい」

 

 「へえ。じゃあ本格的に剣を扱うのは学院に入学してからなんだね」

 

 身体能力の高い人を集めるだろうし、基本的な剣技の習得は早そうだ。騎士を目指して騎士科に入るのだから、ある程度の嗜みはありそうだしね。ただ試験で事故が起こって責任問題となると困るのだろう。学院に入ってから起こっても問題かもしれないけれど、一筆書いてもらっていれば回避できるだろうし。

 魔法もあるし、王政なんてものをとっている国が多いので命の価値が安いからなあ、この世界。人権が保障されるような文化レベルになるには、もう何百年か必要になりそうだ。

 

 「うん。慣れたら実習で王都近くの魔物が住む森に行ったりするみたい。……全学科合同訓練もあるって聞いてるから、一緒になれるといいな」

 

 リンと私で頷きあう。入学すればそんな行事があるのだと聞いているのだけれど、一緒になれる確率はどんなものなのだろうか。

 

 「決着がつきそうだな」

 

 ぼそりとジークが呟く。どうやら第一試合が終わりそうになっていたらしい。視線をそちらへと向けると、確かに対戦相手の片方は満身創痍で肩で息をしている。素人目でも分かるのだから、もう終わりなのだろう。しばらくしてボロボロだった方の少年が白旗を上げたのだった。

 

 「次の者、前へ!」

 

 「……行ってくるね」

 

 ざっと力強く踏み出して袖をまくりをしながら開始線まで歩いていくリン。そのリンと同じように開始線へと歩いていく対戦相手は、がっしりとした少年だった。

 

 「相手は女かよっ! 相手にならん! 試験官殿、相手の変更を求める!!」

 

 切りそろえた短い髪を逆立て興奮した様子で抗議している。女の子で騎士科の試験を受けているのはリンだけなので、対戦相手が弱いおかげで勝ったのだと他の面子から揶揄されるのを恐れているのだろうか。

 身なりも小綺麗なので、お金持ちである程度の教養と実力は持っているようだった。自信があるというのに、相手は背が高いとはいえ細身の女子である。だから彼は余計に腹立たしく対戦相手の変更を求めた。

 

 「ジーク、対戦相手強そうだけれど……大丈夫なの?」

 

 心配になりジークを見上げると、にっと笑い顎で彼女の方を指した。それに習い視線の方向を変えると、リンは無表情のまま静かに様子をうかがっている……というか何も考えていないかなアレは。

 

 「大丈夫だよ。アイツだぞ」

 

 言葉を聞き、それもそうかと視線を戻して開始線へと向かったリンを再度見る。彼女は私たち三人の中で一番単騎での物理攻撃能力が高いのだから。

 彼の対戦相手変更の願い出は許可されることなく、不満たらたらといった様子で開始線へと立つ。

 

 「おい、女が相手だからって手ぇ抜くんじゃねぇぞっ!」

 

 「よかったじゃないかっ! 楽が出来て合格できるなんてっ!!」

 

 仕合を見届けている人たちのヤジと笑い声を聞いてふと思い浮かぶことがあった。

 

 「……これって勝敗で試験結果決まるのかな?」

 

 「さあな。一度手合わせをしたくらいじゃあ能力有無の判断は難しいと思うが。――まあ内容次第じゃないのか?」

 

 筆記試験の成績はともかく、実技である。良い試合内容であれば勝敗は関係なさそうに思えるんだけれど。それを見定める為に試験官が複数名グラウンドに居るのだろうし。ちなみに試験官の説明では勝った方が受かる、とは言っていなかった。

 その為合格基準が謎ではあるが目の前の勝負が始まったので思考を止める。リンは構えも取らず自然体のままだった。自分の護衛を務めてくれているのだから、彼女の実力は知っている。知ってはいるが、不安になるものである。ずっと一緒につるんでいたし、仲が悪いわけでもない。むしろこれまでのことを考えれば、リンやジークを含めた孤児仲間は家族のようなものだから。――だから。

 

 「リン、頑張ってっ!!」

 

 声を張る。嬉しそうにこちらを向いて笑って一つ頷くと、前を向き先程までと同じ顔へと戻った。こういう時どう声を掛ければいいものか迷ったけれど、多分きっとこれでいい。

 

 「双方、共に礼!」

 

 リンは表情を変えないまま、対戦相手の少年は苛立ちを隠せないまま礼。試験官の『始めっ!』の合図が鳴ったのだった。

 

 「――余裕そうにしやがって……――はっ!」

 

 開始の合図から数秒、一足飛びで相手がリンとの距離を詰めつつ利き腕であろう右を後ろへと引き絞った。

 

 「大振り過ぎだ」

 

 冷静に状況を見ていたのだろう。私の横に立つジークが小声で呟くと同時、少年は引き絞った腕を前に出す為に射程圏内へ入ると一瞬だけ動きを止め腰を入れ踏ん張った。

 

 「シッ!」

 

 吐き出される呼気と共に腕がかなり早い速度で繰り出された。私の目では捉えるだけが精一杯で、ジークのように観察しながら状況を察するというのは無理だった。

 

 「……っ」

 

 絞り出された腕を体の軸をずらして相手の懐へと踏み込み難なく弾き、小さく二歩だけ動き相手の背に回るリン。

 

 「ごめんね」

 

 小さく呟いた声がたまたま風に乗り聞こえた直後、手刀を繰り出し相手の意識を刈り取ったのだった。

 

 「――……勝負ありっ!!」

 

 一瞬の事で目を白黒させつつ試験官が勝敗がついたことを告げる。意識を失った少年は、どこかに控えていたのだろう職員たちが担架に乗せられてどこぞに運ばれていった。ゆっくりとこちらへリンが戻ってくれば、ジークが声を掛けていた。

 

 「筋は良いと思う」

 

 「相手が悪すぎたな」

 

 一瞬で勝敗がついたけれど、相手の少年もどうやら実力はそれなりなのだろう。ジークやリンの年齢で、私の護衛といえども魔物討伐に駆り出されるのが異常なのだ。実戦経験のアドバンテージがあるので少年には不利な相手だった。リンもリンで手加減をすれば失礼だと考え、一瞬で終わらせたのかも知れない。

 

 「次は俺の番か」

 

 「兄さん、手を抜いちゃ駄目だからね」

 

 リンが真剣な眼差しでジークに声を掛けるのには理由がある。公爵さまから学院に通えと打診された時、通う意味が本当にあるのだろうかと三人で疑問を呈していたのだ。

 公爵さまの好意は有難くはあるが、もう既に働いているのである。成人になるにはまだ時間はあるが、平民ならば働いていてもおかしくはない年齢だ。だからあまり学院に通う意味が見いだせなかった。

 

 ――でも、良い経験にはなるんじゃないかな?

 

 貴族の子女も通っているので少しばかり特殊な環境下ではあるけれど、学ぶということに関してならば王国国内では最高の学び舎である。それに世間を知らない孤児出身ということもあるから、いろいろと足りていない所もある。

 

 これから将来どんなことが起こるか分からない。

 

 魔物が攻めてくるかもしれない、他国が攻めてくるかもしれない。地震雷火事オヤジというように、自然災害だってあるだろう。そういう時に知識がなければ途方に暮れる場合もある。だから学ぶことは悪いことではないし、二人は騎士として、私は聖女として吸収できるものがあるのならば良いことだと三人で結論付けた。

 

 「行ってくる」

 

 「気を付けて」

 

 ぐっと握りこんだ拳を軽く上げ、土のグラウンドを踏みしめてジークが開始線を目指す。ジークは騎士科受験生の中でもっとも身長と体格が良いのであまり心配はしていない。

 ジークもリンに負けず劣らず強いけれど、指揮官としての適性が強いと魔物討伐の時に一緒になった軍の隊長さんが言っていた。街で偶然会った隊長さんと話し込んでいると、騎士科を卒業した後は軍学校に入らないかと誘っていたので、実力というか将来性が高いのだろう。

 

 「お互いに、礼っ!」

 

 すらっとした背の高いジークの相手は、筋肉をしっかりと纏ったパワータイプ……のように見える。素人だから彼がどんな実力なのかは、始まらないと分からないけれど。

 緊張した様子も見せず落ち着き払った様子で口元を真一文字に結んで片端を歪ませているから、こういうことには慣れているのかも。ジークもジークでいつも通りなので大丈夫だと思うけれど、実力差は見ただけでは分からないのでどうなることか……。

 

 「――始めっ!!」

 

 試験官が真正面へ伸ばした右腕が真上にあがり、試合が開始されたのだけれど互いに動かない。その様子に試合を観戦していた人たちからどよめく声が聞こえ始める。意図が分からずリンの方を見ると、私に気が付いたのか少し苦笑いをみせて、こう言った。

 

 「……兄さんの悪い癖が出てる」

 

 ジークの悪癖は物事を進める際に凄く考えながら行動を始める。訓練でもいろいろ試しており、なるべく動かず相手の力を利用して勝つことが多いと聞いている。試験だというのに、ジークは何か思いつき試すつもりなのか。でも騎士科の実技試験は魔術の使用は禁止されているから、出来ることも少ないように思えるけれど。

 

 「焦れた相手が先に動いたね」

 

 表情ひとつ変えずただ開始線で立っているままの相手に焦りを感じたのか咆哮を上げて前進すると同時、距離を詰められまいとようやく動き、長い足を生かして後ろへと下がるジーク。後ろへ下がることを想定していなかったのであろう相手は、一瞬きょとんとした表情を見せたのち顔を紅潮させ怒りを露にした。随分と短気だと思考がよぎり、ジークはコレが目的だったのかと悟る。

 

 「この野郎っ! 馬鹿に、するなああああっ!!」

 

 体格の良い少年は勢い任せに左右から大振りの拳をジークの顔に当てようとするけれど、軌道が単純で読まれていることに気が付かない。落ち着いた様子でしっかりと目を向けて、その軌道を読み当たる直前で小さく体の軸をずらして避けているジークを睨みつけ、怒りの炎をあげる対戦相手。

 

 「……あ~」

 

 「挑発に乗ったから、兄さんの意図通りかな」

 

 あまり感情の変化を見せないのはこの双子の兄妹の特徴なのだろうか。ジークも澄ました顔をしているし、試合を観ているリンも顔色ひとつ変えていない。

 周囲はジークの挑発にようやく気が付いてざわざわとし始める。リンの試合がすぐ終わってしまったので、血気盛んな若者はこういう展開を望んでいたようだ。明らかにボルテージが上がっていた。

 

 「どうするつもりなんだろう」

 

 「ね。早く終わらせればいいのに」

 

 妹のリンですらジークの行動は理解できないようだった。そうして対戦相手の両の腕から放たれる幾回もの攻撃を軽くあしらいながら、途端視界から消えた。

 

 「え」

 

 自然とそう声が出た刹那、相手は地面に転んだ。

 

 「足払、だね」

 

 リンの言葉でようやく理解が追い付いた。どうやら自ら倒れ込み地面へぶつかる寸前に片手を付き、それを回転軸にして足払いを相手に放った。

 おそらく相手の勢いと向きも計算の内に入っていて、軽い足払いで済んだのだろう。視界から消えてしまったのは、地面へとしゃがみ込んだから。長い手足を生かし寝技に持っていき体重を乗せながら首を絞め、意識を奪い取るつもりらしい。

 

 「――このまま落とすこともできるが、どうする?」

 

 「…………っ! 降参だ」

 

 二人の言葉を聞き試験官が『それまでっ!』と勝負がついたことを告げると同時に、ゆっくりと腕を解き立ち上がるジークに周囲の受験生は静まり返る。

 

 「どうしてあんな遠回しに? ……兄さんの実力ならすぐに勝てた」

 

 「最近習った足技を試したかっただけだよ」

 

 こちらに戻ってきたジークにリンが問いかけていた。教会騎士の人から試験が近いからという名目で二人は扱かれていたから、その鬱憤が溜まっていたのかも。

 

 なんだか妙な空気が流れていると感じつつ試合は順調に進み――泥仕合だったり、長丁場になったりと面白い――騎士科受験の人たちの試合が終わり、次は魔術試験へと移行し先に魔術科への入学を希望する人たちから実技試験が始まった。

 流石は魔術科を志望している人たちだけあって、魔術行使に淀みがない。慣れていないと詠唱に手間取って威力が落ちたりもするし、緊張で魔術が発動しないとか結構あるのだけれど、自信を持っているのだろう。そういう人は居なかった。派手な魔術には歓声が上がり、威力が高く行使することが難しいといわれている魔術にはどよめきが上がる。

 

 流石、王国内での最高機関を受ける実力のある人が集まっただけはあるなとひとりごちていると、普通科の番になるのだった。

 

 ◇

 

 普通科だというのに魔術試験が行われる理由は、埋もれている優秀な者を逃さない為だそうで声が掛れば栄転として魔術科へ転科する人もいるそうな。魔力は全ての人々に備わっており、魔術を使えるかどうかは魔力量とその人が持つ魔術に対するセンスが重要になるそうだ。だから教育を施せば魔術師として芽が出そうな人を、普通科から引き抜く。

 魔術が使えるようになれば、冒険者となってパーティーを組み一儲けできることもあるから夢を見たい人はそっちを目指すし、危ないことが嫌ならば普通科で勉強して役所や城勤めに就けるように励む。

 

 とはいえ普通科を目指す人たちの魔術のレベルは高くない。本当に稀に適性の高い人が居て、偶に引き抜くくらいだそうで。

 私はもう就職先は決まっているので気楽なものである。ぶっちゃけ公爵さまの好意を無碍にしても良いのなら、落ちても構わないとは思ってるけれど後が怖いから全力を尽くす所存だ。

 

 ――そんなこんなで考えごとをしていると、私の出番がやってきた。

 

 「君の得意な魔術は?」

 

 「治癒です」

 

 「――ふむ。だがここに怪我人や病人はいない、他には?」

 

 わざと怪我人や病人をつくる訳にはいかないし、骨を折られてそれに治癒を施すのも気が向かないし試験官の人がまともで良かった。教会で治癒魔術を教わった際に、教えを請うた人の思考がヒャッハーだったのか自分で骨を折ったからなあ。レンガをひとつ持ち出し顔色一つ変えず振り下ろして骨を折ったあの音は、今でも耳にこびりついている。

 ちなみにその人は魔術で無痛状態にしており、私が失敗しても他の聖女さまが治してくれるからと、とても素敵な思考をしていた。よくよく考えると怖すぎるその思考回路に、その人には絶対に逆らわないようにと心に誓っている。

 

 「基礎魔術なら一通り使えますが……」

 

 「君は普通科志望だな、ならばそれで構わない。君の全力を持って魔術を行使しなさい」

 

 流石に魔術となると危険なので、試合形式にはなっていない。少し離れた場所に的があり、その的へ魔術を当てればそれで終わる形だ。それぞれ得意な魔術を披露して、的に当てたり壊したりしていた。今回公爵さまの好意で送られてきた家庭教師には魔術を教える教師もいたので、治癒しか使い道がなかった魔術に新たな可能性を見出せた。

 けれど魔力量が高すぎるので、危なくて仕方ないからと基礎や初級魔術しか教えて貰えなかった。魔術科を目指す訳でもないし、ソレで十分だろうと家庭教師は判断したのだと思う。

 高威力の魔術にも興味があったのだけれど、教わらなければ使えないし仕方なく諦めた。学院に入って併設されている図書棟で魔術を指南している専門書を読めば、自分で習うことができるらしいのでそれに期待していたりする。何が起こるか分からない魔物討伐の時、身を守る方法は多い方がいいに決まっているんだし。

 

 「はい」

 

 試験官の言葉に返事をして、さてどうしたものかと考える。一応基礎ならば大抵のものを行使できるのだけれど、建物に延焼しそうな火や雷系統はあまり使わない方がいいだろう。

 とはいえ派手さに欠けるよなあと頭の隅によぎるけれど、これは試験である。魔術の起動速度や魔力消費とかも合否判断に加味されるだろうから、地味でもいいのかと考えを改めた。

 

 「"吹け、一陣の風"」

 

 かなり小声で口ずさむ。恥ずかしいんだよね、この詠唱。ひゅっと吹いた風が的に当たり、その威力で前後に数度揺れた。

 魔術を使う際には必ず詠唱を行うのが決まりだそうだ。出来れば使いたくはないのだけれど、起動の為には必要なモノらしい。

 

 「詠唱から発動までの時間が早いな。もう少し威力があれば良かったが……君の番は終了だ、下がりなさい」

 

 あっさりとした試験官の対応に、塩だ塩と苦笑いを浮かべながら元の場所へと帰る。まあ魔術科志望の人たちの実技が終わった時点で、普通科はオマケのようなものだ。魔術にセンスがあるのならば、魔術科を受けるだろうし。栄誉の転科なんてそうそう起こるはずもなく。

 

 「お疲れ」

 

 「お疲れさま」

 

 二人に迎え入れられ言葉を交わしながら、後に続く人たちの試験を眺めていた。普通科を受ける人だけあって大体の人は魔術に関してはどんぐりの背比べ状態。見ていることに飽きた人たちは欠伸をしたり、知り合いと雑談を始めたりしていた。そうして時間を持て余していればようやく実技試験は終わって。

 

 「筆記試験の結果が張り出される。実技の結果も追ってすぐ張り出されるので各自、自分の合否を必ず見てから帰宅するように!」

 

 どうやら実技試験の間で採点を行っていたようだ。えらく早い仕事に驚きつつ、採点作業も魔術を利用すれば出来ないことはない筈だから、それが理由かと納得して。

 掲示板に張り出された紙には、無事三人の名前が載っていた。実技については二人とも問題なかったようで、そちらの方にも二人の名前が記載されていた。ちなみに普通科は例外なので実技は採点されない。普通科から魔術科への転科があれば特記事項として名前が書かれ呼び出しされて、どうするのかを決める面談があるそうだ。

 

 「みんな合格、よかった」

 

 「ああ」

 

 「これで一緒に通えるね。嬉しい」

 

 右の拳を三人でぶつけ合いながら、満面の笑みを浮かべる。この一年弱、あまり知識や常識のない私たちはその辺りには苦労したのだから、この喜びは当然である。公爵さまが寄越した家庭教師や教会の人たちにも感謝しなければ。彼らの協力がなければ、筆記試験は危うかっただろう。

 

 「さて、公爵さまの所に行かないとな。今日はどっちに呼び出されたんだ?」

 

 「うん。――公爵邸の方にって」

 

 公爵さまは執務があるなら王城の方へ来るようにと手紙にしたためてあったので、おそらく今日はオフの日なのだろう。まあ王城へ向かうより、公爵邸の方が気楽ではある。貴族の人たちの視線が刺さりまくるので、苦手なのだ王城は。

 

 「歩いて行くの?」

 

 「そうしよう。教会に戻るより、公爵邸の方が近いから」

 

 王都は王城を中心に円状に区画が決まっている。王城に一番近い第一区画が伯爵以上の爵位を持つ人たちが住む居住区となり、第二区画が伯爵以下の爵位を持つ人たちが。第三区画は騎士爵や準男爵、そして豪商の人たちが住む区域と併設されるように立ち並ぶ高級商業施設。第四区画は商人や宿泊施設に職人たちが住む区画。で、王都を囲む城壁沿いが第五区画となり平民や貧民が住む区画となっている。

 きっちりと円状にという訳ではないけれど、ざっくりと簡単に手っ取り早く説明するとこうなる。

 

 公爵さまの住む家、というかほぼ城にちかいような滅茶苦茶お金を掛けている屋敷は勿論王都の中心部。爵位の高い人が住む地区なので治安も良く学院も近くに建てられており、移動は徒歩でも安全。

 仮に、第五区画を学院の制服で歩けばすぐにスリに会う羽目になるから、身を護る術を持たない人は近寄らない方がいい。元孤児だから分かる、極上のカモでしかない。

 

 「行こうか」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 そうして学院の門をくぐり外へと出る。整備された道は石畳で整えられており歩きやすいし、馬車用と歩行者用に分かれているので通行人にさえ気を配ればいいのだが、貴族街なので歩いている人などほとんど居らず気楽なものだ。

 すれ違う人は燕尾服やクラシカルなメイド服に身を包んでいる人が歩いているので、主人から用事でも頼まれたのか、仕事で野暮用でも済ませる為なのだろう。そうしてどこからともなく馬車を引く馬の蹄の音が近づいて大きくなり、また遠くなっていく。

 

 「なんだか、こうして歩くのって新鮮かも」

 

 「基本、移動は馬車だからな」

 

 ジークの言う通り基本の移動は馬車である。王城に行く際は教会が所有している馬車を利用するし、魔物討伐の際も最後尾の方で幌付きの馬車に乗り込むことが殆ど。

 歩くことって少なくなったよなあと、取り留めのない会話を交わしながら、高級区画をしばらく歩いていればようやく公爵邸が見えてきたのだけれど、端から門までがまた遠いのが笑えてくる。

 

 「貴族ってよくこんな広い家に住めるよね。維持管理が大変だし、無駄な気もするんだけれどねえ」

 

 元々孤児で貧乏性だからこういうことにはあまり憧れないし、掛かる費用とかが凄く気になる口である。

 

 「まあ見栄やら栄誉やらで、ああせざるを得なくなった連中だ。一応、優秀な血で代を経てるんだから、問題ないだろう?」

 

 「ジーク、辛辣だね」

 

 「かもな」

 

 鼻を鳴らして不機嫌になるジークは、あまり貴族が好きではない。貴族から治癒依頼の要請があり、私と一緒に護衛でくっついて来たときに偶々その貴族が横暴な人だったので、その辺りが関係しているのだろう。

 私はその貴族からお金をぶんど……ふんだ……いや違う、寄付という形で頂くものは頂いているので、悪態をつかれようが暴言を吐かれようが、命にかかわらない限りはどうでもいいと割り切っているけれど、若いジークには無理からぬことのようで。

 

 大きな門柱横に立つ警備をしている公爵さまが雇っている私兵に声を掛け手紙を見せると、屋敷の中へと案内され絵画ルームを通り抜けて客間へと通された。

 公爵さまはまだ部屋には来ていないので、屋敷の使用人が呼びに行ったのだろう。壁際で立っているジークとリンには申し訳ないけれど、ここでは仲間ではなく聖女とその護衛となる。

 

 「済まない、待たせたかな?」

 

 「大丈夫です、閣下」

 

 座っていたソファーから立ち上がり、部屋へとやって来た公爵さまに頭を下げる。手紙でのやり取りは月に一度程あるものの、そうそう簡単に会える人ではないので久方ぶりに会った。また少し皺が増えたなあと感慨深く、立ったまま公爵さまの動きを見守り『座れ』と言われてようやく座る。

 

 「さて、お前さん相手に貴族のやり取りなど不要だろう。――結果は?」

 

 「閣下のお陰もあって、みんな合格することが出来ました。ご支援とお心遣い感謝いたします」

 

 そう言って着座したままではあるが頭を下げた。

 

 「かまわんよ、気にするな。それにまだ若いのだ、聖女としての務めも大事だろうがそれ以外にも道はある。学ぶこと知ることは選択肢を多く増やすということだ。学院で何を得て何を掴みとるのかもお前さん次第、精進しなさい」

 

 「はい。――では用も済みましたので、これで」

 

 「ああ、また手紙を送ろう。近況の知らせはそれで頼む」

 

 片手を挙げて従者の人に送り届けてこいと合図を送る公爵さまに、また頭を下げて退室し、長い廊下を歩きエントランスホールへと辿り着くと、従者の人が経っており馬車で送ってくれるそうな。断る理由もないので快諾し、教会の宿舎へと帰路についたのだった。

 

 一方、屋敷を後にする私たち三人を、公爵さまは私室の窓から見ていたようで。

 

 「――年を取るものではないな。我ながら似合わぬことをしている」

 

 「御館さま? ――ええ、確かに珍しいことではありますが」

 

 「聖女としての役割を理解して大人のように振舞ってはいるが、あの暴れ馬が大人しく学院で過ごせるのか……さて、あの子はどんなことを仕出かしてくれるやら」

 

 公爵さまとお付きの老執事がこんなやり取りを交わしていたことなど露知らず、私の学院生活がもうすぐ始まるのだった。

 



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0004:孤児院。高貴な人たち。クラス編成。

 試験を受けた二週間後、試験結果が送られてきた。細かく分析された採点結果は苦手部分を補えということなのだろう。この結果は合格者のみに送られるそうで、落第者には結果が知らされることはない。

 

 「凄いじゃないか、ナイ」

 

 「うん、凄い」

 

 「うーん。……凄いのかなあ」

 

 教会の宿舎に併設されている食堂で三人が集まり、試験結果の用紙を回し読みしていた所だ。

 私の筆記試験の結果は全て満点に届かずのところで終わってた。どこかしらでケアレスミスをして点数を落としている。締まらないなあと苦笑しながら、ジークとリンの結果にも目を通す。

 

 「騎士科のボーダーラインを余裕で超えてるジークも凄いよ。リンは……ギリギリだったね、筆記は」

 

 リンは元々勉強が苦手だったから仕方ないけれど、もう少し点数を上げることも出来たように思える。実技の結果は二人とも有無を言わさずの結果だった。

 私は普通科に入るので実技の結果は白紙状態。まあ魔術科に引き抜かれた人がいるなら、詳しく分析されているんだろうなあ。魔術科の教師は変態が多いと噂だから。良い意味でも悪い意味でも。

 

 「……ナイを守れる力があればそれでいい」

 

 「嬉しいけれど、自分のことを一番に考えようね」

 

 その言葉を聞いて、突き放されたような子犬みたいな顔になるのは罪悪感が湧くので止めて欲しい。

 私を一番に据えずに自分の事をもっと優先して考えて欲しいものだけれど、孤児時代から一緒なので離れるという考えには至らないのだろうか。

 いまだにしょげくれてるリンの頭を撫でると、抵抗する素振りはみせないのでどうやら少しはご機嫌が戻った様子。年を追うごとに身長と体格にも差が出てきているので、知らない人が見ると年下が年上を慰めている構図になるというヘンテコな光景は、実情を知っている教会の宿舎では微笑ましく見守られていたりする。

 

 「良い匂いしてきた」

 

 くんくんとリンが鼻を鳴らしながら、先程とは打って変わってへにゃりと笑う。部屋には微かに甘い匂いが漂っているので、嬉しいのだろう。

 ジークはあまり甘味やお菓子には興味を示さないので、黙って椅子に座ってるのだけれど、部屋に戻らずこうして付き合ってくれるのだからマメなんだろう。

 

 「もうすぐかな」

 

 かたりと音を鳴らして木製の椅子から立ち上がり、石釜へと近づいて火力を見る。このままでも十分に焼けるかと椅子へと戻る。

 

 「順調?」

 

 「うん、今回は上手くいくはずだよ」

 

 教会が運営している孤児院に行こうと、お菓子の差し入れを作っていたのだ。あまりお金はかけられないのでバターや砂糖は少なめになっているけれど、甘味なんて滅多に食べられない故に喜ばれるんだよなあ。

 前世で飽食時代を体験している身としては、切ない限りである。この世界での庶民には砂糖やバターは高級品だけれど、教会に寄付として貢がれるために神父さまが使い切れないから『おさがり』だと告げられ頂いたのだ。

 

 「楽しみ」

 

 菓子でも作って花嫁修業しなさいという神父さまなりの配慮なのだろうけれど、結構大変だったりする。オーブンレンジなんてないし、道具もお粗末だし、ベーキングパウダー……ようするにふくらし粉なんてないので、美味しく作るには時間と労力が随分と必要になる。

 

 教会は清貧を旨としているから魔術具で作られる冷蔵庫も満足にないのでバターなんて日持ちしないだろうし、消費することもままならなくて、それならば孤児院に訪問することになっているから作って持っていこうという話になった。小麦粉は王国では安価に手に入れることが出来るので、クッキーを作るのに適しているといわれる品種のものを購入して作っている。

 

 庶民に普及しているクッキーは滅茶苦茶硬かったりするので、初めて食べた時は歯が折れると錯覚するくらいには硬かったし味があまりしない。

 なんぞこれと疑問を感じつつ、五年前はお菓子なんて口に出来なかったので、咀嚼しているとほんのりと口の中に広がる甘さに幸福感を覚えたものだ。五年前が懐かしいと苦笑しながらもう一度釜の様子を見れば、火は十分に通ったようでいい色をしていた。厚手の手袋をはめて道具を使って中から目的のものを取り出す。

 

 「ん、大丈夫かな」

 

 どうにか奇麗に焼けた。試行錯誤しながら、何度か失敗しているのでこうしてきちんと焼き上がりをみると嬉しくなる。一応魔術具としてオーブンレンジっぽいものは存在するそうだが、手に出来るのは極一部。

 手に入らないなら仕方ないし、こうして工夫するのは嫌いじゃない。それに娯楽が少ないので時間が余るということもある。本を読むことも出来るけれど、教会にある蔵書はこの五年間で読破してしまったので、暇つぶしの為の道具を見つけるのが大変だ。で、見出したのが料理である。作れるレパートリーがかなり少ないけれど。

 

 「味見していい?」

 

 「いいけど、まだ熱いよ」

 

 「ん、気を付ける」

 

 鉄板から皿へと移したクッキーを手に取り幸せそうに頬張るリンを見ながら、ジークの方を見る。

 

 「俺はいい。すまん、甘いものは苦手なんだ」

 

 「知ってる。一応ね」

 

 知っていて聞いたので肩を竦めながら笑うと、ジークも笑い返してくれたので気にしてはいないだろう。

 

 「ナイ、口開けて」

 

 「あ」

 

 背丈の違いもあるのか親鳥がひな鳥に餌をやるようだったと、後からその場に居た人から聞いた。

 リンと私の年齢は一緒の筈なのにどうしてこうも成長に差があるのか、身長もそうだけれど出てる所は出てるし引っ込んでる所は引っ込んでる。私は顔もそうなんだけれど、凹凸が少ない。神さまなんて信じていないけれど、こればかりは絶対に捻くれてる神さまの嫌がらせだと思ってる。

 

 半分に割られたクッキーを口の中に放り込まれて咀嚼すれば、ほんのりとバターの味が広がる。自分で作っておきながら、会心の出来だと目を細めながら、とりあえず袋に包んで孤児院に行こうと二人に声を掛ける。

 教会が運営している孤児院へと向かう、といっても教会関係者の宿舎からほど近いので直ぐにつく。きいと鳴る蝶番の音と同時に、部屋の中で遊んでいた子供たちがこちらに気付きわらわらと私を取り囲む。

 

 「聖女さまっ!」

 

 無邪気に笑い私に群がって来るんだけれど、クッキーを持参しているのを目敏く嗅ぎつけたのだろう。前に今度来るときは何か差し入れをすると伝えていたし。一人の子に渡すとシスターの下へと走っていく。時間以外に食べることは基本駄目だと教え込まれているから、食べていいのか許可を取りに行ったのだろう。

 

 「元気だね」

 

 「だな」

 

 顔を見合わせて笑う二人を見ていると、また奥から他の子どもが出てくる。

 

 「ジーク兄、リン姉っ! 遊ぼうっ!!」

 

 二人の手を握り外へと出ていった。子供の相手は慣れているし、いつもの事だから放っておいても問題はない。先程の子供たちよりいくぶんか年上の線の細い少年がこちらへとやって来て、私と対面する。

 

 「ナイ」

 

 「やっほ。久方ぶり、と言っても二週間弱ぶりか」

 

 彼は私が孤児だった頃の仲間の内の一人だ。この孤児院で住み込みで働いている。

 同じ境遇の子供を見て見ぬふりは出来ないからと、孤児院の職員として生きることを決意した優しいヤツである。

 

 「入学手続きとかで忙しかったんでしょ? こうして顔を見せてくれるだけでも有難いよ。子供たちは『聖女さままだ来ないの?』って待っていたから」

 

 「食べ物につられてるだけのような気がするけれどね。もろもろの手続きは終わったからこっちに来れる回数増えると思うよ。相変わらず忙しいんでしょ?」

 

 一応聖女としてある程度のお勤め代を貰っているので寄付をしても良いんだけれど、この辺りは貴族の役目でもあるので余計なことは出来ない部分もあるし、いろいろと制約がある。

 大金を寄付して横領されたりとかザラにあるから、お金に関してはだいぶ敏感である。なので必要な物品の方が有難い部分もあるそうで。あまり品物を寄付することは出来ないけれど、こうして顔を出すだけでも良いそうだ。 

 

 「ああ、うん。公爵さまに援助してもらってから大分環境は良くなったけれど、それでも人手は足りないから大変だよ」

 

 実はこの孤児院は公爵さまの援助を受けている。まあ私が公爵さまに願い出て快諾されたのが縁なのだけれど。それまではもっとぼろぼろで経営もいっぱいいっぱいの状態だったそうだ。

 

 「何か手伝うことある?」

 

 「午後の仕事は殆ど終わったから大丈夫、有難う。――あ、熱を出してる子が居るんだけれど診て貰ってもいいかな?」

 

 会って真っ先に言われなかったので容体は酷いものではないのだろう。一定の年齢に達していなくても子供の生存率はあまり高くないから、熱でも楽観視は良くないけれど。赤子になると更に低くなる。特にお金を持っていない貧民街の孤児ともなると。

 

 「了解。そうだ、ちょっとだけ先にシスターに挨拶してからでも良いかな?」

 

 「わかった、部屋で待ってるね」

 

 片手を挙げ部屋へと向かっていく彼の背を見送り、院長室の前に立つ。ノックをすれば直ぐに『どうぞ』と少ししわがれた女の人の声が扉を通して聞こえてきた。

 

 「失礼します、シスター」

 

 「聖女さま、ご機嫌麗しゅう。それと合格、おめでとうございます。――まさかあのどうしようもなかった子が、王立学院に通うようになるだなんて、世の中なにが起こるか分かりませんね」

 

 五年前、聖女候補として召し上げられた際、公爵さまに次いでお世話になったのが目の前の人である。にっこりと笑い深いシワを刻むその人は、規律に厳しい人だったのでかなり迷惑を掛けている。

 

 「昔話は勘弁してくださいシスター。あの頃のことは恥ずかしくてしかたないので、出来るだけ内密に……」

 

 ジークやリンをはじめとした仲間内には知られたくないのである。

 

 兵士に取っ捕まって教会へと連れてこられ、聖女候補としてそのまま教会へ住む流れになった私は焦った。

 戻ると約束をしたというのに、自分一人だけ温かい食事と寝床を安易に手に入れてしまったことは認めがたく、食料を持って脱走を図ったこともある。直ぐにバレて教会騎士が追っかけてきて捕まり戻されを何度も繰り返した。

 

 そしてあの測定で突然目覚めた大量の魔力を持て余した。

 割ってしまった水晶玉には魔力測定をするだけでなく、本人が気づいていない魔力を呼び起こす機能も付与されているそうだ。本来はきちんと教育を受けてから測定を行うのだけれど、『黒髪黒目の少女を探せ』と筆頭聖女さまから告げられ、ことを急いでいた教会は忘れていたそうで。

 

 仲間を見捨てたという感情を苛立ちとして抱えた私は、体の中を巡る大量の魔力を持て余し暴走させた。

 魔力を御せないこともストレスだったし、仲間を見捨てたという感情も余計に拍車を掛け周囲を巻き込んだから。その頃は必死で周囲を見る余裕もなかったけれど、死人がでなくて本当に良かった。教会が私の扱いを持て余したところで、筆頭聖女さまを経由して公爵さまに私の話が伝わったらしい。こうして公爵さまとの縁が繋がった訳なんだけれど、こうしてまだ繋がっているのも不思議である。

 

 「ええ、約束は違えませんよ。それよりもいつもありがとうね。貴女がこうして顔を見せてくれれば子供たちは喜ぶもの」

 

 「食べ物につられているだけのような気もしますがねぇ」

 

 あんなものでも喜んでくれるのだから、ここでの生活がうかがい知れる。もちろん貧民街で暮らすより、こちらのほうが安全で快適で質素ではあるが食事はきちんと出るし、寝床もある。

 けれど親の加護なんてものはないし、教育を十分に受けることも出来ない。読み書きが出来ない子が殆どだし、職員の人も教える暇はないのだ。機会があれば外に出て、地面に文字を書きながら教えているけれど、読み書きができることの大事さを子供自身が理解していないから、あまり身に付かないし。ままならないなあと笑うしかないが、こういうものは根気が必要なのだろう。

 

 「それでもいいのですよ。笑うことさえ忘れてしまった子もいるのですから」

 

 シスターの言葉にこくりと頷く。環境が酷い所為で感情をどこかに置いてきた子もいる。そういう子が少しずつ色んなことに興味を持ちはじめながら、少しずつ変化を見せてくれる時は素直に嬉しい。

 

 「そうですね。――さて、熱を出した子がいるみたいなので様子をみてきますね」

 

 ここに伺っているのは、こういうことがあ時折あるからで、聖女としての仕事を果たす為である。まあ本当に緊急性が高くなれば職員の誰かが私の下に走って来るけれど。宿舎が近いんだし。

 

 「ええ、お願いしますね、聖女さま」

 

 シスターに役職で名を呼ばれることにむず痒さを覚え『勘弁してください』と言い残して部屋を出た。そうして院長室を抜け大部屋へと向かうと、ベッドに横たわる少女と先程の少年が。

 

 「様子は?」

 

 「うん、まだ熱が下がらないみたい」

 

 足音をなるべく立てずにベッドサイドに立つと顔を紅潮させた少女が胸を上下にさせながら眠っていた。少し辛そうだなあと、頬に触れると手に伝わる体温が随分と温かい。

 

 「そっか。――"君よ陽の唄を聴け"」

 

 病気の治療の為というよりも、彼女が持つ本来の自然治癒を高める魔術を掛けた。あまり魔術に頼るのはよくないし、重病という訳ではないのだからこれで十分だろう。

 医者に診てもらうのが一番なのだけれど、治癒魔術や聖女が存在する為に科学的治療の進歩は牛歩の歩みだからなあ、この国。身体の欠損を治すこともできるので、全くと言っていいほど進まないんだよね科学的研究が。

 

 「大丈夫かな?」

 

 「うん、体力落ちてるだけみたいだから、栄養のあるもの食べて寝てればすぐ治るよ」

 

 素人診断だから怖い部分もあるけれど、みた感じは風邪の初期症状ぽいし子供の治癒力に期待しよう。これ以上に酷くなるようなら、もっと上級魔術を掛ければいいだけだ。

 

 「よかった。寝てるだけじゃあつまらないし、みんなと早く遊びたいよね」

 

 ふうと安堵の溜息を吐くと、布団を掛けなおしてる。

 

 「ま、宿舎の食堂からなにかかっぱらってくるよ」

 

 「え……それって怒られないの?」

 

 「んーまあ、上手く誤魔化すから」

 

 「ようするに怒られるんだね……でも、いつも有難うナイ」

 

 彼と出会った頃は『有難う』ではなく『ごめん』が口癖だった。あまりにも連呼するからその言葉より感謝の言葉の方が嬉しいと伝えると、頑張って変える練習してたから彼の口癖は『有難う』になっている。優しいが少し気の弱い部分があるので心配していたのだけれど、孤児院で職員として頑張っているようでなによりだ。

 

 「気にしないでいいよ、一応仕事でもあるからね」

 

 そう、聖女としての役目でもある。欲のある聖女さまはお金をふんだくっているそうだが、私は基本的にお金持ちか貴族さまからしか受け取らない。

 もしくはその人が払える限界にあわせて料金設定を変える。憧れるよね、前世で読んだ漫画の某無免許天才外科医のカッコよさとあの人間臭さには。私は聖女であって医者ではないけれど。

 

 私がこうして孤児院をマメに訪れるのは、仕事の一環ともう一つ理由がある。

 

 この孤児院は私が公爵さまにお願いして支援をしてもらい、逼迫した状況を変えて貰っており、金銭支援も続いている。 

 公爵さまはノブレスオブリージュ――身分の高い者はそれに応じて果たさねばならない社会的責任と義務――としか考えていないだろうけれど、世間の目というものは存外厳しいもので。子供がよく死ぬ孤児院だなんて噂された日には、公爵さまの顔に傷がつく。あの公爵さまが噂ごときに折れることはないだろうけれど、貴族なのだからどこから何を言われるか分からないし、用心しておいた方がいいという下心がある。

 

 「また明日も様子みにくるから。――それじゃあ、また」

 

 「うん。有難うね」

 

 我ながら打算的な生き方してるなあと木板の廊下を歩きながら外に出てジークとリンに声を掛け宿舎へと戻り、食堂で下働きをしている人を捕まえ小金を渡し、明日の買い出しでついでに買ってきて欲しいものがあると頼んで用事を済ませた。

 

 明日も明日で忙しい。

 

 一ヶ月後には学院で着用することになる制服の採寸やら教科書の受け取りやらがあるし、登城して障壁維持の為に魔力を注ぎ込みに行く予定であるし、孤児院にも顔を見せると約束している。

 暇を持て余すよりいいのだろうけれど、時折何もしない時間も欲しいなあと欲が出てしまう。そうして忙しい日や、そんな忙しい日に嫌気がさして一日なにもしないと決めた日を繰り返していれば。

 

 ◇

 

 ――入学式、当日。

 

 一ヶ月なんてあっという間に過ぎていった。学院の正門すぐ横では桜のような木の花が咲き乱れ、花を散らして地面を桃色へ変えている。慣れない真新しい制服に身を包み、学院がここまで通学する為に用意している乗合馬車に乗り込んで、ジークとリンそして私は王城近くの学院までやってきた。

 

 「生徒、結構居るんだね」

 

 「ほとんど御貴族さまだけどな」

 

 ジークの言葉通り、この学院に通う生徒のほとんどは貴族の子女である。民間にも門戸が広がったとはいえ、その門は狭い。

 騎士科や魔術科は学科の特性上、貴族と平民の割合が逆転するけれど、お貴族さまの方が幅を利かせるのは自明の理。学院の騎士科出身だった教会騎士の人から聞いた話であるが、その鬱憤はそのうち始まる試合で晴らすのだとか。

 

 学院の敷地内に馬車は緊急時以外は入れない決まりなので校門前が渋滞してたことに驚いたし、それを見届けるそれぞれの家の使用人の数にも驚いた。使用人を侍らせてその数を競い合っている学院生がいるそうで、私たち三人は冷ややかな目でその横を通り過ぎてきた。

 

 「兄さん、ナイ……あっちにクラス編成と今日の予定が張り出されてるから、先に見ておけって」

 

 案内役の教師から聞いたのかリンが掲示板の方を指差した。

 

 「行くか」

 

 「ん」

 

 人だかりが出来ている方へと三人で歩いていき、前が捌けるまで待っていた時だった。

 

 「邪魔だ、どけっ!」

 

 「っ」

 

 待っていた私に新入生男子の腕がぶつかると、私の顔を睨みつけて文句を言われた。元気が有り余っているなあと目を細め、私の横に立つジークとリンの気配が一変したことで、少し頭に昇った血が急激に元に戻る。

 

 「申し訳ありません、次から気を付けますのでお許しいただけますでしょうか?」

 

 悪いのは向こうだけれど、私は平民であるので無用な争いをしても負けてしまうのがオチだし、下手をすれば不敬だと言われて首と体がお別れしてしまうこともある。

 なので、無難に頭を下げ謝罪の言葉を紡ぐと、かなり嫌そうな顔と舌打ちをされたのだけれど、これ以上は不味いと思ったのだろう。

 

 「っ、――ぼけっとするな、チビっ! くっそっ!!」

 

 捨て台詞を吐いて、掲示板の前へと進んでいくのだった。先程の彼は爵位が高い家出身なのだろうか。まあ高位貴族の子女ならば顔を覚えているはずだし、彼らの記憶の中に私の顔はなかったと判断してああいう言葉と悪態をついたのだろう。

 寄り親や寄り子、敵対している家。成人前とはいえ貴族の皆さまはこういうことを気にして生きていかなければならないし、嫡子となれない男子は自力で就職先を探したりどこかに婿入りしなければならないのだから大変である。楽しく馬鹿ができるのは学院生までだろうし、羽目を外したい年頃なのかとひとりごちる。

 

 「いいのか、ナイ」

 

 「いいもなにも、逆らっても意味ないし波風立てない方が余計な恨みを買わないで済むよ。それにどこの家の人か分からないからね」

 

 面子を大事にする貴族だ。平民に言い負かされたなんて噂はなんて不名誉だろうし、どんな人かも分からないから。

 横の繋がり縦の繋がり下の繋がり、どこで何が繋がっているのかなんて不勉強だから分からない。彼を貶めようという人がいれば、女子生徒に無理矢理に難癖を付け罵倒し、貴族の品位を落としているとでも噂を流されれば彼自身。

 

 高位貴族の出身者くらい覚えておけと公爵さまから言われ、姿絵入りの貴族名鑑が送られてきたのである程度覚えてる。

 ただ、先程の彼に既視感がなかったので、伯爵家以下の出身だろうなと当たりをつけたけれど、貴族から売られた喧嘩は買わない方が無難だ。公爵さまの後ろ盾があるとはいえ、迷惑を掛ける訳にもいかないし。子供同士の喧嘩で親を出すようなものだから、恰好悪いし。

 

 「それに他の人も同じような目にあうだろうし、我慢するしかないよ」

 

 ムキになって言い返していたら、相手も意固地になりそうだもの。平身低頭、ことなかれ主義。ああ素晴らしきかな日本人であった会社員時代の教訓よ。セクハラ、パワハラを受けた訳でもないし、あれくらいならば可愛いものだ。

 

 「……」

 

 「そう怒らないでよ。それにジークやリンにも降りかかることもあるんだから、絶対に何か言ったり手を出しちゃ駄目だよ」

 

 「わかってはいるが……」

 

 「不条理だよねえ。でもこれが今の現状だからね。変えたいっていうなら革命起こして平民の中から代表者を選出するようにしなきゃ変わらないと思うよ」

 

 「っ!」

 

 「?」

 

 民主化なんて夢のまた夢か、何百年もかかってしまうかだろうな、この感じなら。

 ジークはハッとした顔をし、リンは意味が分かっていないようだった。少々危険な発言だったかなあと、周囲を見渡すけれど私たちを気にしている人はいなかったので大丈夫だろう。

 

 「順番きたよ」

 

 「……ああ」

 

 割り込まれてしまった分、少々遅くなってしまったけれど順番になったのでようやくクラス編成を確認できる。

 

 「――兄さんと私は同じクラスだね」

 

 騎士科は二クラス、魔術科一クラス、普通科三クラス、特進科一クラスというのがこの学院の一学年の学科編成である。さて私は普通科のどのクラスかなと、張り出された紙を左から右へと視線を動かして確認していく。

 

 「は?」

 

 「ん?」

 

 「?」

 

 普通科の編成が書かれた紙の最後に『右記二名は筆記試験の結果を考慮し、特進科へ転科とする』と書かれた場所に私の名前が載っていたのだった。

 

 「意味が分かんない、なんで……?」

 

 「だが、書かれてることは事実だろう」

 

 「すごいよ、ナイっ!」

 

 無邪気に喜んでくれるリンには悪いけれど『特進科』は貴族出身の成績優秀者のみが入れると聞いていたので、二人も普通科から転科しているのか意味不明である。

 しかも普通科よりも勉学の内容が難しくなるので、大変になるのは確実だ。さらに授業で周辺国の言語を習得しなければならない。

 貴族の子女ならば、入学前にある程度知識を身に着けているだろうけれど、私はゼロからのスタートになるので不利極まりないのだけれど。人間関係は期待していない。貴族の、しかも雲の上の人たちと仲良くなれることはないだろう。彼らは彼らの付き合いがあるのだし。

 

 「え、嘘っ! 私が特進科にっ!?」

 

 どうやら私の隣に居たお嬢さんが、もう一人の特進科に転科となった生徒の一人のようだ。随分と可愛らしいこだなあと、一緒のクラスになる人がどんな人なのか横目で見ていた。

 緩くウェーブの掛かったピンクブロンドの長い髪に若草色の瞳に少し涙を浮かべ、胸の前で両手を組み無邪気に喜んでいるけれど、私はこれからの事を考えると彼女と一緒の気持ちになる事はなかった。

 

 



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0005:入学式。自己紹介。名を呼べ。

 普通科から特進科への転科に驚き、掲示板側にいた年若い教諭をひっ捕まえて事情を聴いた。――曰く。

 

 歴代から合わせて、試験で初めて満点と次点をたたき出した受験者がおり、職員会議の結果その二人を特進科へと転科させることを満場一致で決まった、と。本来ならば特進科は貴族の子女で成績優秀者のみの編成だと聞いていたのに、こんなことになるだなんて。

 学院側は何を考えているのだろうか。目の前で困り顔を披露している教諭に問い詰めても仕方なさそうだし、ここは諦めてさっさと教室へと向かった方が良さそうだ。少し時間が押しているし、特進科クラスで一番下っ端になることが決定しているのだから、遅れると不味いだろう。先ほど私の隣で喜んでいたピンクブロンドの少女の姿が見当たらないので、急いだほうが良さそうだ。

 

 「大丈夫か?」

 

 「どうにかなるよ。それに、あの頃に比べたら全然マシでしょ」

 

 私に付き合ってくれているジークとリンも入学初日に教室に遅れて入る訳にもいかないから、笑って大丈夫だと伝えると呆れられた。

 呆れられたことに噛みつくと、私の周りでいろいろと事件が起こり過ぎてて『これもお前が引き寄せた運だろう』と言われるのがオチ。それに栄養失調寸前の孤児だった頃に比べれば些末なことなのだ。面倒事は増えてしまうけれども。

 

 「行こう、遅れると不味いし」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 校舎の方へと歩き始めてしばらくすると、騎士科と特進科の校舎が別の為、二人と別れなければならなくなった。

 

 「ここまでだな」

 

 「ナイ、無茶したら駄目だよ」

 

 「無茶なんてしないし、無茶するようなことが起こる訳ないよ」

 

 リンが言った無茶なんてするつもりはないし、学校生活なのだから無茶をすることなどないだろう。ジークもリンも心配しすぎなのである。先程の掲示板の所で出会った貴族の人はたまたまガラが悪かっただけだ。殆どの人は私――というか平民なんて相手にしないから空気扱いするだろうし。

 

 「じゃあまた後で」

 

 手を軽く振り二人と別れて特進科の校舎へと続く道を歩く。整備された草花や木が実る小さな庭を突っ切りながら、周りを観察しつつ少しばかり早歩きで進む。校舎は近代と中世を混ぜ込んだような、不思議な感覚の建屋だった。

 中世っぽい国だというのに、この学院は不思議なもので日本的なもの――例えば桜――ぽいものがあったり、水洗トイレ――かなり近代的な造りだ――があったりと時代が混ぜこぜである。制服もスカート、ブレザーにネクタイという随分と服飾センスが新しい。外に出ると目立ちそうなのだけれど、街中で見かけた学院生を気にしている人など居ないので馴染んでいるのだろう。

 

 こういう時はこういうものなのだと納得した方が早いのは、魔力や魔術、魔物や魔獣が存在すると知った時に学んでいる。

 

 「待て」

 

 唐突に何の前触れもなく横から声を掛けられ、声の主へと向き直る。

 そこに立っていたのは陽に光る金糸の髪をシニヨンで纏め、端整な顔立ちの同じ制服を着こんだ女子生徒。またしても私より背が高いのは、どうにかならないものだろうか。夜にこっそり山羊のミルクとか飲んでいるのだけれど、私の背が伸びる気配は一向にないのだが。

 

 他所事を考えながら、もう一度目の前の生徒の顔を見る。どこかで感じた既視感をそうしてようやく思い出した。

 ああ、そうだ。公爵さまに貴族の顔や名前は覚えておいて損はないと、手紙で書かれていたのと一緒に送られてきた貴族名鑑に彼女によく似た姿絵が乗っていたのだ。その人物と言うのが公爵さまの孫娘となる、ソフィーア・ハイゼンベルグ公爵令嬢。公爵さまとは似ても似つかないのだけれど、まあ公爵さまの血は薄くなっているのだろうから、似ていなくても問題はない……はずだ。

 

 「ネクタイが曲がっている、直せ」

 

 薄紫色の目を細めながら高圧的な言葉を紡ぎ、不快そうな顔をありありと浮かべ私へと言葉を投げつけた。顔を下に向けると確かに私のネクタイが曲がっていたので、彼女の指摘を無碍にする訳にはいかない。慣れないネクタイに暫く悪戦苦闘しつつ、どうにか直すことができた。鏡があればもう少し早く結びなおせたのかもしれないが、ないものは仕方ない。

 

 「ありがとうございます。お陰で恥をかかずに済みました」

 

 教室に入って後ろ指をさされながら笑われるよりは、こうして指摘された方が助かるので頭を下げて礼を述べる。

 

 「ふん。こうして頭を下げる前に、最初から気を付けておけ。――身だしなみはきちんとしろ」

 

 普通、身分の高い人が下の者、というか関係もないのにこうして簡単に声など掛けない。一瞬公爵さまが彼女に私の話をしたのだろうかと考えが過るが、それはない。

 あの人は仕事のことを家庭に持ち込まないだろう。夫婦円満で今でも冷める気配がないと、公爵さまの部下から聞いたことがある。そんな人が家庭に仕事の話を持ち込みそうにはないから。

 

 注意してくれた当の本人は鼻を鳴らして踵を返しさっさと校舎の方へと向かっていった。

 

 腕時計――公爵さまから入学祝いだといって頂いた――をみると、もうすぐ集合時間になる。急ぎ足を駆け足に変え、校舎の中へと入り教室を目指すのだった。

 

 ◇

 

 ――い、居場所がない……。

 

 特進科に用意されている教室へと入ると、異様な視線を向けられてしまった。覚悟はしていたけれどこうもあからさまとは。

 仕方ないので教室の片隅に移動し手持無沙汰なので、周囲を観察しているのだけれど、これは関わるなという視線なのだろう。

 どこの誰とも分からないし、貴族でもないのだから不審人物としか映らないよね。彼らからすれば。廊下には護衛の人たちが何人か居るので、よほど高位の人がクラスに在籍するのだろう。先程の公爵令嬢さまも、この国においてかなり重要な立ち位置だろうし、警備を受け持つ人たちは大変だ。問題が起これば、自分たちの首が飛ぶんだし。比喩ではなく実際に飛ぶものなあ、この世界。

 

 「各自適当に席に着け~」

 

 随分と軽いノリで教室へとやって来た無精ひげを生やし猫背ぎみな中年男性。こげ茶色の髪をざんばらに伸ばし後ろで緩く結び、たれ目姿が彼のやる気のなさそうな雰囲気に拍車を掛けていた。

 

 「ごめんなさ~いっ! 遅れましたっ!!」

 

 ガラリ、と教室の引き戸を開けて突然に入って来たのは、掲示板の前で特進科へと転科出来ることを喜んでいたピンクブロンドの女の子。息を切らしながら空いている席を目指して、着席したのだった。

 

 「間に合ったんですね~よかったあ。――あ、よろしくお願いしますね!」

 

 元気だなあと視線を彼女へ向けていると、隣の席となった男子生徒へと無邪気に声を掛けていた。その人はこの国の第二王子殿下だよ……。顔を知らないのか、それとも無邪気すぎるのか。

 

 「ああ、よろしく」

 

 いいのかなあ、あんなに簡単に声を掛けて。隣国の王子さまや王女さまが学院へ留学して彼に声を掛けたのならば、何ら問題はない。むしろ仲良くなれるならば好都合だろう。

 平民出身の彼女と仲良くしても得することはない。寧ろ隙を見せていると周りから見られてしまうのがオチだろうに。とはいえここは平民も学院生である。あまり横柄な態度を取るわけにもいかないのか、殿下は無難に声を返していた。

 

 誰にも分からないように心の中で溜息を吐くと、ピンクブロンドの少女へ厳しい視線を向ける人がいることに気が付いた。その視線のもとは公爵令嬢さまだった。

 私のネクタイのことを注意した時よりも更に険悪な雰囲気だった。自分に向けられている訳でもないのに、背中にたらりと汗が流れるのを感じると、その空気を打ち破る人が居たのだった。

 

 「俺を無視せんでくれんかねえ……――まあ、いい。今日の予定と今後のことを簡単にだが話していくぞ~」

 

 呆れ声を上げた教師はこの特進科の担任教諭だそうだ。これから始まる入学式の説明と今後の学院行事をざっくりと説明して、早々に講堂へと移動するようにと促される。集まっていた在校生の席を抜け、一年生にと用意されていた椅子へと腰を掛けると開会のアナウンスが流れた。魔術具で作ったマイクで講堂の隅から隅へと聞こえるように配慮されたのだろう。

 お偉いさん方の挨拶が終わり在校生挨拶となる、どうやら生徒会長を務めているようで学院に早く馴染めるようにと心遣いをしていた。サラサラの髪に良い顔立ち、身体の発育の良さから高位貴族だというのがうかがい知れた。同じ制服を着ているというのに空気が違うんだよね、私たちとは。そんなことを考えていると、先程教室にいた第二王子殿下が新入生代表として壇上に立つ。

 

 「学院に咲く桜の花が私たちを迎え入れ、本日から――」

 

 声変わりがまだ終わっていないのか少しだけ高い音を感じさせる声色で、奇麗なテンポで原稿を読み上げていく殿下。その姿にキラキラと目を輝かせながら、顔を上げている令嬢たちが何人も居た。

 ついでにピンクブロンドのクラスメイトもその中の一人だった。若いねえと、周囲を見ていると数名の女子は何かを考えているような顔で殿下を見上げていた。どうやらいろいろと思うことがあるらしい。それが何なのかは分からないけれど、まあみんなお年頃である悩みの一つや二つ抱えているものだろう。

 

 校門の桜もどきは桜だったのだなあと妙な感じになりつつ、さっぱり分からない学院の校歌を披露されて、無事入学式も終え。教室へと戻り、自己紹介へと相成るのだった。

 

 ◇

 

 今度は空いている席に適当に座るのではなく、キチンと個人に割り当てられている席へと座るように担任から促された。

 

 「あー。そんじゃあ、まずは自己紹介からな」

 

 本来は必要ないものではあるが、と付け加えられてピンクブロンドちゃんと私へと視線が向けられた。

 あー貴族ばかりなら勝手に名前は知っているのだ。高位の子女の皆さまであれば名前が売れているから必要ないものだしなあ。平民が特進科へと入るのは初の事だから、目の前の教諭は先ほどから面倒くさそうな顔をしているのだろう。

 

 「特進科担任のトーマス・リーデルだ。二年や三年、他の学科の教諭の名前は追々覚えていけばいいだろう。これから一年間よろしく頼む」

 

 問題は起こさないでくれよ、という幻聴が聞こえたような気もする。

 

 「殿下、よろしくお願いいたします」

 

 自己紹介なんて必要ない方のような気もするけれど、形式は必要なのだろう。

 

 「みなも知っていると思うが、ヘルベルト・アルバトロスだ。三年間よろしく頼む」

 

 新入生挨拶での柔和そうな雰囲気は何処へやら。語気を強めながら端的に自己紹介を終えた、こちらが素のようだった。サラサラの金色の髪、スカイブルーの瞳に高い鼻筋、きりりと整った眉に切れ長の目。

 イケメン美女率が高いこの国だけれど、この教室を見渡すと街の人たちよりさらに一段顔面偏差値が上がってる。顔面偏差値が普通か少々下になる私の立つ瀬がないというか、なんというか。微妙な気持ちになりながら、次の人が席を立つ。

 

 「ソフィーア・ハイゼンベルグです。みなさま、これからどうぞよろしくお願いいたします」

 

 校舎前でみだしなみを整えろと注意してくれた本人だ。その時とは言葉遣いを使い分けているのか、物腰が柔らかくなっている。外交用なのだろうなと、この年齢で使い分けをしていることに感心しながら、次へと移った。

 

 第二王子殿下の将来の側近候補、侯爵家三男『ユルゲン・ジータス』

 近衛騎士団団長の息子であり伯爵家嫡男『マルクス・クルーガー』

 魔術師団団長の息子であり子爵家嫡次男『ルディ・ヘルフルト』

 教会の枢機卿の一人を務める子爵家三男『ヨアヒム・リーフェンシュタール』

 

 随分と国の政や重要機関の関係者の子息たちの名前が並んでいた。ついでに第二王子殿下の取り巻きのようで移動の際は、よく一緒に行動していた。

 

 殿下の金髪、側近の緑髪、騎士団長子息の赤髪に魔術師団長子息の青髪そして枢機卿子息の紫髪。

 日曜朝に放映されている戦隊モノか博士に違法改造されるバイク乗りの番組に出演すれば、子供と一緒に観ている奥さま方から黄色い歓声を上げそうなほど完成されているイケメン軍団を形成してる。現に爵位の低いご令嬢たちは滅多に見られない光景に、目を輝かせているものなあ。うん、売れるのが確実だよ、俳優として出演すれば。演技力なんて後からついてくるだろうし。

 

 一塊の男子が終わると次へと移る。カタリと椅子の音を立てて、口を開いた瞬間。

 

 「セレスティア・ヴァイセンベルクですわっ! 殿下方をはじめ、みなさまよろしくお願いいたしますわっ!!!」

 

 圧巻の声量だった……。確か、辺境伯のご令嬢だった気がする。派手なドリル髪――正しくは巻髪か――が特徴的だけれど、出ている所は出ているし奇麗な人だった。

 持っていた扇を開いて高笑いを始めそうな雰囲気だけれど、流石にそんなことにはならないようだ。

 

 ――ゴトリ。

 

 彼女の落とした扇が木の床へ刺さった。え、刺さった。リアルに。一体どういうことなのだと目を丸くしながら、彼女は扇を拾い上げそのまま開いて口元を隠す。

 

 「あら、失礼。――教諭、修繕費は家へ請求いたしてくださいませ。わたくしの不覚ですもの、学院に修繕をせよとは言えませんわっ!」

 

 開いた瞬間に金属が擦れるような音がしたので、まさかの鉄扇なのだろうか。私を含めたぎょっとした人数名を他所に、にこやかに流れるように教師へと言葉を投げかけていた。辺境を護る家の出身だから、鍛えることを家訓にでもしているのだろうと無理矢理に納得させ。

 

 「……まったく初日から」

 

 辺境伯令嬢の挨拶から数名の自己紹介を経て、最後に出番が回ってきた。

 

 「――次、最後だな。転科となった二人、どっちが先でも構わんぞ」

 

 「じゃあ私から! いいよね?」

 

 教室の真ん中の席となったピンクブロンドの彼女が、教室の入り口後ろの一番隅の席となった私に声を掛けてきたので、どうぞと返すと同時にがたんと音を立てながら席をたつ。

 

 「アリス・メッサリナです! 学院で沢山学んで、沢山お友達を作って、沢山思い出も作って卒業したいと思いますっ! よろしくねっ!!」

 

 無邪気に笑いながらピンクブロンドの女の子は小さくお辞儀をして席へ着くと、まばらな拍手が教室に響く。家名があるのならば、商家出身の教育を満足に受けることが出来たお嬢さんなのだろう。さて今度は私かと、椅子を引き立って腹に力を入れた。

 

 「ナイ、と申します。家名はありません。――世間知らずで、しきたりに詳しくはなくご迷惑をお掛けすることが多々あるかと思いますが、みなさまの寛大な優しさを望みます。これから卒業までよろしくお願いいたします」

 

 腰を深く折って頭を下げるのだった。『何故、あんな奴が』『本当に十五歳か?』『黒髪黒目なんて初めてみたぞ』『珍しいな』とまあ口々に男性陣から小さく声が上がっているけれど、キチンと手続きを経て入学したのだから、文句があるのならば学院へお願いしたい。

 年齢は多少前後するかもしれないが、公爵さまが後ろ盾になると宣言してくれた時にこの国の戸籍は得ている。もちろん孤児仲間も。その時に決めた年齢で年をとっているので、公式には十五歳なのだから問題はない。あと十五歳に見えないのは諦めて欲しい。幼少期の栄養不足と血筋的なものだろう。そろそろ成長が止まりそうな予感がある。

 

 そして女性の皆さま。黙っていないで何か不満を口にして下さい。心の中で何を思っているのかが分からなくて、怖くて仕方がないのです。

 

 「君たちは黄金世代と呼ばれている。他の者に後れを取らぬようにな~」

 

 今年度の学院の一年生は、第二王子殿下を始めとした有名貴族が多く所属しているため『黄金世代』と教諭たちの間でまことしやかに囁かれているらしい。

 貴族たちのベビーラッシュが始まるのが第二王子殿下の誕生から一年程度は遅れそうなものだけれど、どうやら本当に奇跡的にこうして高位貴族の令息とご令嬢が同じ年に固まって生まれたようだった。なんとも大変な世代の時に学院へと入学してしまったものだ。不審な動きとかしたら直ぐに疑われそうだし、自身の行動には注意を払わないと。

 

――あれ、これ乙女ゲーのキャラ配置じゃない?

 

 まさか、ねえ。彼ら彼女らには貴族としての義務がある。恋愛にかまけている暇などないはずだ。幼い頃からそう教育されているはずだし、私なんかよりもよっぽど覚悟ガン決まりの人たちだろう。

 

 だから何も起こらないさと、教諭の言葉を聞きながら学院初日が終わりを告げたのだった。

 

 ◇

 

 学院の正門を目指して歩いているのだけれど、校舎からここまで結構歩いた気がするのにまだ辿り着かない。道のりが長いので歩く速度を上げるかと、気合を入れたその時だった。

 

 「ナイ」

 

 「……ナイ」

 

 騎士科所属のジークとリンもどうやら一日目を終えたようで、私の方へと歩いてくる。

 

 「ジーク、リン。お疲れ」

 

 「ああ、ナイもお疲れ」

 

 「うん」

 

 左隣にジーク、右隣にリンがならび私が真ん中となるのだけれど、外から見ると捕らえられた宇宙人みたいに見える構図はどうにかしたいのだけれども。

 私がどちらかの端が良いと伝えると、駄目だとすげなく断られる。小さい時からずっとこうだから、この先も続いて行くのだろうなあ。

 今日の放課後は聖女として王城へと向かうことになっているので、そのまま歩いて王城へと向かった。制服のままで大丈夫なのだろうかと心配したけれど、王城に入る為の許可証と制服がある意味で身分証明となるらしい。着替えなくていいのは楽でいいし、このまま街中をウロウロすることもできる。聖女としての服はちょいと恥ずかしいんだよね。

 

 簡素な真っ白な布である。染色代でもケチっているのだろうかと愚痴りたくなるけれど、聖女としてのイメージが白なんだろうなあ。在り来たりであるが、わかりやすい符号だから何年も変わらないままなのだろう。

 

 王城を護る門兵に許可証を見せるとあっさりと通された。私が入れるのは警備のレベルが最も低いエリアと障壁を張る為の魔法陣のある特別エリアだけだ。もちろん謁見場になんて入ったことはないし、王族の居住エリアにも行ったことはない。王家が貯蔵している図書部屋はかなりの蔵書があるらしいので、興味があるのだけれど、残念ながら許可が下りなかった経緯がある。

 

 今日も今日とて敬意を払ってくれる人とそうじゃない人との差が大きいなあと感じながら長い廊下を歩いていく。

 

 「お前は……何故ここに居る?」

 

 不意に声を掛けられ顔をそちらへ向けると、制服からドレスに着替えている同じクラス編成となった公爵令嬢さまが護衛の騎士と侍女を数名引き連れて立っていた。

 ドレスに隠れて見えないが、高いヒールを履いているのだろう。学園で視線を合わせた時よりも、見上げる形になっている。学園でも感じたけれど、彼女の姿勢は凄く奇麗である。筋力がないと維持するのは大変だから、ある程度は鍛えているのかも知れない。

 

 とりあえず廊下の壁際へと寄り礼を取ると、ジークとリンもそれに倣う。彼女が王城に居るのは何の不思議でもない。高位貴族だから王族の人との付き合いがあったっておかしくないし。むしろ平民である私の方がこの場所に相応しくないのだろう。その視線はいろいろな人たちから向けられているのだから。

 

 「本日は聖女としての務めを果たしにまいりました。若輩の身ではありますが、誠心誠意己の職務を全ういたします」

 

 廊下の床を眺めながら、私の方が立場が下であると周囲にアピールしつつ、言葉を紡ぐと不機嫌な様子の公爵令嬢さまは、私の言葉を聞き息をひとつ吐いて力を抜いた。

 

 「すまない、聖女だったのか。――知らなかったでは許されないかもしれないが、先程までの非礼を詫びよう」

 

 「いえ、聖女の身でありながら学院へと通うことは異例ですから」

 

 そう、知らなくても仕方ない。平民出身の聖女が学院へ通うことになったのは私が初めてだし、彼女がこのエリアを通って私と出会うことはなかったのだろう。だから、いままで私を知らなかったとしても何ら不思議ではない。

 

 「そうか」

 

 「では、仕事があるので失礼いたします」

 

 少々失礼ではあるが先に辞する為に頭を下げると、彼女は少し考えているような表情を浮かべた。何事かと一瞬頭に浮かぶけれど、辞することを述べたのだからさっさと行かなければ訝しがられるので、一歩踏み出そうとした刹那。

 

 「――おい」

 

 彼女の声で足が止まる。

 

 「はい?」

 

 何事かと首を傾げると、数は少ないけれど今まで見た表情の中でも一番の柔らかさを見せていた。とはいえその表情はまだまだ硬いけれど。

 

 「……名で呼ぶことを許そう」

 

 かなり唐突ではあるが、伝える機会はここでしかないと彼女は考えたのかもしれない。

 

 「いえ……しかし……」

 

 平民が公爵令嬢さまの名を呼ぶって大分不敬になってしまのでは。現に彼女の護衛の人たちは口を挟めない為に黙ってはいるけれど、驚いた顔をしているのだし。

 少し抵抗すると、彼女は一度だけ軽く鼻を鳴らす。

 

 「場所と場合を考えていれば問題はない。それに私自身が願ったのだ、何の問題もなかろう」

 

 ということは問題視された場合には彼女が私の味方に付いてくれるのだろう。もちろん時と場所を十分に弁えて発言しなければならないけれど。

 

 「分かりました、ハイゼンベルグさま」

 

 「……――何故、家名になるっ! 名で呼べと言ったのだから普通にソフィーアでいいだろうが、馬鹿者っ!」

 

 持っていた扇子で顔を覆って表情を隠したから、あまり見せられないものだったのだろう。少し口は悪い彼女ではあるが、嫌悪感は感じなかった。本当に嫌な人ならば、私が平民という時点で人として扱ってくれないのが貴族という人たちで。

 

 「ソフィーアさま?」

 

 「ああ、それでかまわん。――ではな、ナイ」

 

 そう言い残して護衛を引き連れて颯爽と去っていく背中を見守っていたのだった。

 




 なろうに投げてる方が本命だったりするので、アカウントをお持ちの方は軽率にお気に入りや評価に感想を入れてくれると助かります。知名度皆無なので(汗

 もちろんハーメルン様でもお待ちしております! 二次創作も頭を悩ませますが、一次創作は一から作っていかなければならないので難しいorz


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0006:お風呂。授業開始。昼休み。

 教会の宿舎にある共同風呂にリンと一緒に入っていた。二人か三人は入れる広さなので、公爵さまの庇護を得てから彼女とはよく一緒にこうして湯浴みをしている。

 孤児時代からは考えられない贅沢だけれど、魔術具のお陰でお水を張って魔力を通せば勝手に適温にまで上がるという、便利さ。機械文明に慣れ親しんできたけれど、魔術文化も魔術具を手に入れられる環境ならばそれなりに快適だ。

 

 魔術陣に魔力を提供した後なので寝落ちしないようにというリンの配慮もあるのだけれど、私が小柄な為、彼女が後ろに回って抱きかかえられている状態だ。背中から伝わるリンの胸の大きさに嫉妬するのは何度目だろう。しかも未だ成長途中だそうな。羨ましい。

 

 「ナイ、疲れているのは分るけれど寝ちゃ駄目……溺れるよ」

 

 「大丈夫、その時はリンが助けてくれるから」

 

 「もう」

 

 ぱしゃんと音を立てて私の腹に回しているリンの手に力が入ると、背中に当たる胸の感触も強くなった。

 むにむにしてんねえ、と碌に回らない頭でくだらないことを思い浮かべつつ、彼女は呆れつつも嬉しそうな気配を醸し出している。

 

 「あ、そうだ。騎士科は問題なさそう? 他の女の子と仲良くなれる?」

 

 個人の実戦能力ならばジークよりもリンのほうが優れているので、そっちに関しては心配していないけれど、その強さの分対人関係能力がオミットされてしまっているので不安ではある。ジークがついているだろうから何か問題が起きても、大体のことは切り抜けられる。ただ女の問題となるとジークは助け船を出し辛くなるだろうから、彼女一人で切り抜けられるのか心配だ。

 

 「大丈夫だよ」

 

 「……本当かなあ」

 

 「うん。仲良くなれなくても問題はないから。あ、そうだ。試験の時に兄さんと私の相手をしてくれた人が騎士科に居たんだけれど、すごく不機嫌だったんだ。――どうしてだろう?」

 

 そりゃ女の子に負けたというレッテルと遊ばれながら負けたというレッテルを騎士科の人たちに張られるからではないだろうか。男の子ってそういうプライド高いから。

 

 「うん……リン、その二人が突っかかってきても相手しちゃ駄目だよ。ジークに対応まかせてね」

 

 「心配性だね。――ナイはどうなの?」

 

 いつも三人で行動しているので、離れる時間が出来てしまうと心配してしまうのは親心というヤツなのだろうか。でも独り立ちするなら、私の側から離れていろいろと経験を積んだ方が良いだろう。だから二人のことを信じるしかない。

 

 「んー。第二王子殿下に将来の側近四人、それでもって公爵令嬢さまに辺境伯令嬢さま。他の貴族さま諸々。――凄い面子になってるから、気を使うかも」

 

 「大変そう」

 

 「平民だから関わることはないだろうし、向こうも平民に関わろうだなんて奇特な人は居ないはずだから、勉強だけ出来ればいいや」

 

 利益がないから一緒に居るなんてことはないだろうし、貴族令嬢の嗜みであるお茶会に誘われるなんてこともないだろうし。あったらあったで絶対に親睦を深めようという意味ではなく、逆の意味だし、きっと。そんな理由から友人もできそうにないよなあと、遠い目になる。もう一人平民の女の子がいるけれど、私と波長が合うのか微妙な所だ。まだ話したこともないし、決めつけるのは良くないので仲良くなる努力はしなきゃならないけれど。

 

 「でもお城で挨拶した女の子は?」

 

 名前で呼ぶことを許可していたじゃない、とリンが小さく呟いた。

 

 「例外でしょ。私が聖女だってことを今まで知らなかったみたいだし、たまたま気が向いたんじゃない?」

 

 我が儘な人ならば明日になったら名前で呼ぶなとか、そんなことは言っていないだなんて言われる可能性もあるのだ。貴族と平民では、こうして理不尽がまかり通る。貴族同士でも爵位の差で理不尽がまかり通ってしまうのだから、怖いものである。

 

 「そう、なのかな」

 

 「どうしたの、リン」

 

 基本的に本能や直感で動いている子だから、リンが考える素振りを見せるなど珍しい。

 

 「どうしてかな、ちょっと寂しい……」

 

 そう言って私の肩に顔を埋めると、視界に彼女の頭の天辺が映り込んだ。

 

 「今まで一緒に居過ぎたんだよ、直ぐに慣れるから」

 

 手を伸ばし、まだ濡れている頭に置いた。少しだけ身動ぎしたあと抵抗はないので、嫌という訳ではないのだろう。ひとしきり撫でていると満足したのか、ようやく顔を上げるリン。顔が赤くなってきているので、そろそろ限界のようだった。

 

 「上がろう、のぼせちゃう」

 

 「うん」

 

 ざぱんと音を立てて浴室から脱衣所へと向い薄布を手に取って体についた水気を取っていると、リンの姿が見える。

 

 「リン、そんな拭き方だと髪が痛んじゃうよ」

 

 「?」

 

 あまり気にしていないのか、かなり雑な拭き方だった。その姿を見て苦笑し、洗濯されている奇麗な布を手に取る。

 声を掛けると、リンはあまり理解していないらしく首を傾げる。

 

 「ほら、座って」

 

 竹もどきで編んだ丸椅子に座ってもらい、身長差をなくす。先程手に取った布を頭皮と髪の根元 頭全体をタオルで包み込むようにし、頭皮と髪の根元を押さえるようにゆっくりと水分を吸収させる。いつも纏めているから髪の状態は分かり辛くはあるけれど、せっかくの赤髪だし長く伸ばしているのだから綺麗な方が良いに決まっている。

 

 「風邪引くよ?」

 

 前を向いたままで声を掛けられたことに苦笑を浮かべながら、腕を動かしながらリンの言葉に答える。

 

 「大丈夫。――服はもう着たから。それをいうならリンも風邪引くよ」

 

 まだ油断はできないけれど暖かい季節だし大丈夫だろうけれど、薄布を体に巻いてはいるもののリンは裸同然である。

 

 「鍛えているから平気だし慣れてる」

 

 昔は薄着だったから寒さには鍛えられているようだ。育った環境は似たようなものなので私もある程度慣れているけれど、ジークやリンの方が寒さには強かった。

 

 「はいはい。――ほら、終わったよ」

 

 「有難う」

 

 「ん。ちゃんと着替えて寝よう」

 

 いい加減に眠いし、明日も学院へと向かわなければならないのだから。まだ本格的に授業は始まっていないので時間が捻出できているけれど、これからどうなるのか。楽しみなような不安なような、いろんなことを考えながらベッドの中へと潜り込むのだった。

 

 ◇

 

 入学から二日目。

 

 今日から授業が始まった。特進科となるので難しい内容のものも多いと聞いているのだけれど、流石は公爵さま。

 私が転科することを知っていたらしく、すでに対策を取っていた。どこから情報を得たのか知らないけれど、本当に耳が早いというか。昨日の夜に届いた手紙には、予習本を送ってやろうと文字が躍ってたので、数日後には使いの人が教会の宿舎にやってくるのだろう。予習本を送ってもらうよりも普通科に留まることをお願いしたかったと昨晩は嘆いたものだ。

 

 「あなたはどちらの方に付きますの?」

 

 「もちろん寄り親であるハイゼンベルグ家のソフィーアさまですわね」

 

 「あら、あなたはそちらへ。――私はセレスティアさまに従います」

 

 昼休み食事を終えて教室へと戻った女子たちの間でこんな会話が繰り広げられているのである。もちろんこんな会話が聞こえてくるので男子生徒は居ない。部外者の私が聞いていいものかと冷や冷やするけれど、彼女たちは平民である私に聞かれても問題はないと判断したのだろう。

 

 壁に耳あり障子に目あり、と言われて久しいのだから――もちろんこの国や世界ではないけれども、格言はどこでも通じるものがある――用心するに越したことはない。脇が少々甘いのではと目を細めつつ、自身の机でぼーっと教室を眺めていたら昼休みが終わり、昼の授業が始まった。そこから先はつつがなく予定を終える。

 

 そうして同じような日々を過ごすこと一週間が経った。

 

 教室内は落ち着いた雰囲気ではあるものの、ある程度のグループ分けがすんでおり、私は見事に孤立してた。もう一人の平民出身の彼女は上手く男子たちに取り入って、このクラスのマスコットキャラと化してるのだけれど、女子からは顰蹙を買っているのだけれど、上手いこと立ち回って衝突する危機は回避している。上手いこと立ち回るなあと感心しながら、いつまでも続くものではないと危ぶんでいるのだが。

 

 「う~ん、難しいなあ……」

 

 一限目の授業を終えた休み時間。教室のど真ん中で割と大きな独り言が響く。確か彼女はアリスさんといったか。ほぼ貴族だけの特進科なので、こういう独り言ってあまり推奨はしないのだけれども。大丈夫かなあと心配していると、彼女の背後に近づく男子。

 

 「分かりませんか?」

 

 男性としては少し長い新緑色の髪を揺らしながら、にこやかな笑顔を浮かべて殿下の乳兄弟であり側近候補の緑髪くんが声を掛けている。ズレた眼鏡の位置を直しながら彼女の肩にしれっと手を添えているのだけれど、これ大丈夫だっけ。彼に婚約者がいるのならば結構な問題のような気もする。

 

 「!」

 

 「!!」

 

 教室内にいた約二名の女子が、とんでもない眼光で教室のど真ん中で繰り広げられる光景を見つめていた。

 ソフィーアさまは第二王子殿下の婚約者だそうな。平民への告知は学院卒業後に発布するそうで、貴族の人たちの間では公然の秘密だそうだが。ドリル髪が特徴の辺境伯令嬢さまも近衛騎士団団長の息子であり伯爵家の嫡男であるクラスメイトと婚約関係にあるそうだ。彼女の持つ鉄扇がぎしりと異様な音を醸し出した。ちなみに緑髪の側近くんも、年下の婚約者さまが居るそうで。

 

 数日前からこの風景は日常と化していた。

 

 なぜか彼女を中心に男子生徒が集まっている。それも有名な貴族ばかりで殿下の側近四人を含み、あろうことか第二王子殿下も彼女との距離を突然詰めていた。

 当然そうなると教室の女子の怒りを買ってしまうのは、ふたりが視線で射殺しそうなほどの眼光を向けている時点で察せるのだけれど、ピンクブロンドのヒロインちゃん――……ここ数日の出来事で心の中でこう呼ぶことにした――が気付く様子は全くない。鈍いのか無視を決め込んでいるのか分からないのが怖い所だ。

 女としての演技力が高ければ無自覚で男子を垂らし込んでいると思い込ませることができる。

 

 そう判断するのはまだ早計だろうし、何かが起こると決まった訳ではない。

 

 むしろこの状況ならば、彼女の暗殺計画あたりでも誰かが企てそうだけれど、学生の身分だし成人はまだなので爵位を持っている人は居ないので、まだそうなるには時間があると願いたいが。

 

 ふうと深い溜息を吐いて、頭を抱えたくなるのを堪えるのだった。

 

 ◇

 

 ――ついに……この時がきてしまった。

 

 各派閥に別れていた女子だけれど、この時ばかりは共闘戦線を選んだようだ。我慢のならなかった女子たちがヒロインちゃんを取り囲んで、責め立てている。滑稽なのは婚約者本人ではなく、その取り巻きをしている子たちでありで家格の低い人が多かった。

 

 「あなたっ! 殿下や他の殿方の周りをうろちょろして一体どういうつもりですかっ!! しかもその中には婚約者がいらっしゃる方も居るというのに!」

 

 「?」

 

 首を傾げると同時、ゆるいウェーブの掛かったピンクブロンドの髪を揺れ、瞳はきょとんとなっている。状況がつかめていないのだと片手で顔を覆う。参ったなあ。教諭たちが居る職員棟までには距離があるし、今から走っても間に合いそうにない。

 

 「平民だからといって許されるとお思いになっていらっしゃるのかしら? でしたら甘いとしか言いようがありませんわねっ!!」

 

 「あの、どういうことでしょうか? わたし、なにかしちゃいましたか?」

 

 昼休みの人目に付き辛い中庭の一角。たまには一緒にお弁当をと幼馴染三人が集まって食べ終え、図書棟から本を借りていたので読書に勤しんでいたのだけれども。

 

 「……正直関わりたくはない、というか関わらない方がいいな」

 

 「……」

 

 ジークがぼそりと呟き、リンは目を細めて状況を見ている。

 

 「だねえ。――とはいえ、口までならいいけれど手が出そうなら止めないと」

 

 一応学院内だ。貴族の人が平民を下にみているのは周知の事実なので、こういう時の為の学則が存在する。

 魔術なんてものが存在するし、魔力さえ備わっているのならば基礎や初歩魔術であるなら割と簡単に使えてしまうのだ。手を出せば貴族の少女たちは負けになるが、頭に血が上っているようなのでどんな行動に出るのかが分からない。危なそうなら、止めに入った方がいいだろう。

 

 「ナイ、行くなよ」

 

 「いや、見ちゃったし不味いでしょうこの状況。お互いに得がないよ」

 

 ヒロインちゃんは貴族のご令嬢たちに囲まれている理由も理解していないようだから、彼女たちが去った後にひっ捕まえて理由と対策を教えないと、まともに学園生活が出来なくなる。

 今のところただの弱い者いじめにしか見えないし。理解していないなら学べば良いだけである。

 学院内だけに留まるならまだいいけれど、各家に報告でもされたらどんな処遇になるのか想像したくはない。舌打ちをしたくなるのを我慢しながら、状況を見守ってタイミングを見計らう。

 

 「――何をしている!」

 

 唐突に落ち着いた澄んだ、でも少しばかり怒気を含んだ声が中庭の片隅に響く。

 

 「で、殿下っ!」

 

 取り囲んでいた貴族の子たちが、彼を視認した瞬間にばっと頭を下げた。

 ヒロインちゃんだけ状況を理解できていないのか、またしてもきょとんとしていたが頬が紅潮していたからヒーローがやって来たとでも考えているのだろうか。

 

 「一人を多数で取り囲み、口々に罵るなど貴族としての品格に欠ける。今回は一度目だ、見逃してやろう。理解したならば去れ」

 

 右手で彼女らを追い払うようなしぐさをとった殿下。言ってることは的確なんだけれど、殿下のやってることは結構彼女たちと同じでは、と訝しむ。婚約者がいるのにヒロインちゃんとの距離感がバグっているのだから。

 頭を悩ませていると、蟻の子を散らすように彼女を取り囲んでいたご令嬢たちが去っていく。流石に一年生で一番権力を持っているであろう殿下には、文句は言えなかったようだ。気が強ければヒロインちゃんの駄目な所を殿下に諭して、悔い改めてもらうのが本来の行動のような気もするけれど、そこまでの胆力はなかったみたいで。

 

 「ありがとうございますっ! ヘルベルトさま!」

 

 ばっと両手を前で揃えて頭を勢いよく下げるヒロインちゃんに、目を細めて微笑む殿下。いや、名前で呼ぶことをいつの間に許可したのだろうか。というか目を合わせて見つめ合うな! 視線を合わせるな! と心の中で叫ぶのだけれど届くわけはなく。

 

 「いや、気にするな。大勢でよってたかって君を責めているのが見えたからな」

 

 見たのは良いけれど取り囲んだ経緯も聞かないまま一方を悪者にして追い払ってしまったし、状況を彼女から聞くしかないのだけれどその雰囲気が一向になさそう。

 

 殿下は女の機微というか、女子特有の社会システムに疎いのだろう。男の人だから仕方ないけれど、今回のことは遺恨を残してしまうだろうに。彼が下手な勘違いを起こさなければいいなあと横目で見守りつつ、流石にこれ以上は出歯亀になりそうだし、なんがか甘い空気を二人で醸し出している。

 

 若い人が恋に燃えるのは構わないけれど、身分や権力を持っている人がその分を弁えないと痛い目を見るのは、古今東西老若男女、どの世界でも一緒だろうに。

 

 彼が公爵令嬢さまを正妻に置き、彼女が愛妾――身分的に側室ポジションすら無理――という立場で満足できるのかは謎。まあいろいろと抜け道もあるけれどね。外面だけでも整えて、内面はぐちゃぐちゃのどろどろでも問題は表面化することはないのだし。

 

 「リン、見ちゃ駄目だよ。――行こうか」

 

 教育上よろしくありません。あんなものは見ない方がいい。

 

 「だな。これ以上は見ていられん」

 

 そう言って午後の授業を受けるために移動を開始する。しばらく並んで歩いていると、はあとジークと私が長い溜息を吐いた。本当に最近ため息が多いよなぁと、ジークと顔を見合わせて苦笑したのだった。



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0007:問題勃発。説得。

 ――誰か胃薬を下さい。

 

 聖女なんだから胃痛なんてテメーで治せばいいじゃないかと突っ込みが入りそうだけれど、残念ながら己に自分の魔術は掛けられないタイプの人間だった。

 以前、腕を自ら折って教えを施していたデンジャラスなシスターに、小さなナイフで腕を浅く切られ笑顔で自分の魔術で治しなさいと告げられ、魔術を発動したものの自分には効果がなかった。

 デンジャラスシスターにも人の心が備わっていたのか、慌てた様子で治癒魔術を掛けてくれた経緯があったりする。誰かに頼むと依頼料もしくは寄付が必要となるので、我慢できる痛みならば我慢するしかない。

 

 「あーら、ソフィーアさんっ! あなたの寄り子を使ってみっともなく平民を脅していると耳に挟みましたわ。――公爵令嬢としての自覚はあるのかしら?」

 

 ソフィーアさまが自身の机でハードカバーの本を読んでいると、仁王立ちをしながら鉄扇をばさりと広げ、随分と高圧的な態度と言葉をとっているのは辺境伯令嬢であるセレスティアさま。

 いつもテンションが高いけれど、ああ見えて優秀らしい。人は見かけにによらないけれど、公爵令嬢に言い寄っている時点で愉快な人認識になってしまったのだけれども。

 

 「は、どういうことだ? 仮に私がそれを命じた所で一体なんの得がある、意味がない。――それに貴様もその私と同じことをしていると聞いたが?」

 

 「は?」

 

 読んでいた本から目線を外し真顔で答えたソフィーアさまの言葉に、きょとんとした辺境伯令嬢さま。

 

 「…………?」

 

 すわ龍と虎の対決かと教室の片隅で静観していた人たちの間と二人との間で時が止まる。あれどうしたのだろうと疑問を浮かべると、辺境伯令嬢さまが片眉を上げて口を開いた。

 というかヒロインちゃんに取り巻きの人たちを寄こしたのはどうやら彼女たちではないようだ。ならば自主的な行動だったのだろう。どちらにしてもその行動の責任は今対峙をしている二人に行きそうだけれどねえ。

 

 「――何故わたくしがそのようなみっともないことをしなければならないのです! コソコソと下の者をやるくらいならば、暗殺や毒殺でも企てた方が手っ取り早いでしょう。それにくだらない者であれば首を叩き斬ってくれましょう!」

 

 傷モノにすると言わなかったのは情けだったのだろうか。貴族の人たちの間では純潔が重んじられているから、結構な問題なんだよね非処女であることは。

 そういえば平民だとそのあたりは少々ガバいのだけれど、大丈夫かなあヒロインちゃん。まあお金持ちの商家出身だから貴族に嫁いだり、婿を取ったりすることもあるだろうから、教育は施されている…………はずだよなあ……。

 

 「確かにそうだがバレた時に不味い、己の権限で勝手に平民を斬るなよ。――まだ学院生なのだから、行動に起こすな」

 

 言っていることが危ない人そのものだった。はあと溜息を吐いて片手で顔を覆って頭を振ってはいるものの、ソフィーアさまは成人したらオッケーのような口ぶりだし貴族怖い。というか平民をそう簡単に殺めないでください。そして周りの貴族の人たちも頷かないで……。

 

 「あら、殿下のお心を引き留められない貴女に言われる筋合いはありませんね!」

 

 「それはお互い様だろう。立場的には貴様の方が不味いのは理解しているのではないか? アレを御せていない時点で無能を晒しているようなものだぞ」

 

 近衛騎士団団長の子息は確か伯爵家出身、そして彼女は辺境伯令嬢である。同じ伯爵位といえど辺境伯となると侯爵位と同じくらいになるから、完全に団長子息くんより辺境伯令嬢の方が立場が上になる。

 だから好き勝手している彼を諫められないのは、彼女自身の資質を疑われてしまう訳で。ソフィーアさまにも刺さるような気もするけれど。王族の方が立場が上だし、殿下が『黙れ』と言ってしまえば黙るしかなくなるしね。

 

 ただ彼女たちも指を咥えて見ているだけではないだろう、家に報告するだろうし周囲に根回しやらして機を見計らっているのかも知れないのだし。私が出来ることなんてほとんどない。

 

 「…………喧嘩ならば買いますわよ。ええ、今ならば格安で!」

 

 「馬鹿を言え、そんなことをしてどうする」

 

 もうやだこのクラス……殺伐とし過ぎてると嘆いていると、外に出ていた男子たちが戻って来たのでこのやり取りは終わりを告げると同時、教室内は一瞬で殺気に包まれた。

 

 戻ってきた男子たちの真ん中にはヒロインちゃんが居たのだ。

 

 これを視認したこのクラスの女子たちから殺気が駄々洩れた。それに気付いていない男子の鈍さにも困りものだけれど、殺気を平然と受け流しているヒロインちゃんの肝は太い。何故この騒動を引き起こしている人たちではなく、私が胃痛を感じねばならないのだろうか。むーんと考えつつ予鈴が鳴ったので、とりあえずこの場は凌げたのだった。

 

 ここ、頭のいい人たちが集まる特進科だよねえ、頭緩すぎじゃないかな。いや若いから、気持ちはわからなくはないけれどね。イケメンたちにちやほやされて逆ハーレム築いている状態。でも婚約者である立場の人たちの事を考えると、きっちりと清算してから男女の付き合いをしろと言いたくなる。

 

 しかしまあこのままこの緊張感を抱えている訳にはいかないよなあと考えて、ちょっと動いてみるかと自分を鼓舞し。

 

 「メッサリナさん、ちょっといい?」

 

 授業が終わり休み時間となるったので、ヒロインちゃんに声を掛けた。

 

 「……どうしたの?」

 

 少し警戒した様子を見せるけれど、彼女の反応は仕方ない。おそらく何度か女子に諭されているのだろう。彼女の行動は貴族の常識を超えているのだから、諫めるのは当然である。

 

 「うん――話したいことがあるんだけれど、時間取れる?」

 

 「今からだよね、かまわないよ」

 

 席を立つ彼女に笑みを返す。

 

 「…………」

 

 彼女を連れだした私の行動にどんな波紋が起きるのか、この時は知る由もなかったけれど。人気の少ない特進科の校舎にある階段の物陰へと入るのだった。

 

 ◇

 

 物陰になっている所為なのか、階段横は少し薄暗い。

 

 「こんな所で、なにを?」

 

 警戒したように私に問いかけるヒロインちゃん。この場所は死角になっているし、密談をするには丁度良いスポットになる。逆に相手を問いただしたり締め上げたりする時も、好都合な場所になってしまうので彼女の警戒は理解できる。

 

 「んー……聞きたいことがあって。ごめん、あまり人に聞かれたくはないからこんな場所になった」

 

 同い年だし、彼女は貴族ではないのだから、タメ口でも構わないだろう。口調が上から目線になるのは良くはないだろうけれど。

 

 「そっか。それで、なにかな?」

 

 中庭で貴族の女子に囲まれたことがある所為なのか、随分と警戒している。その様子は子猫が逆毛を立てているみたいで微笑ましくはあるけれど、私が今から問いただす内容が内容だった。私が本気でボコるならばジークとリンを連れている。武力に関してなら二人の方が、圧倒的に強い。

 

 「婚約者のいる人と、どうして仲良くしているの?」

 

 仲良くなるのは悪いことじゃない。ただ貴族と平民である以上、節度や距離感は大事な訳で。

 

 「え、どうしてって。――仲良くなっちゃ駄目なの?」

 

 ああ、問題は彼女が貴族のルールを認知してないことがそもそもの発端なのか。彼女に詰め寄った人たちは、婚約者のいる人、というより異性と安易に触れないのが当たり前で、目の前の彼女も知っていると勘違いしていたのだろう。

 そりゃ諭す人がいないならば仕方ないけれども、彼女が侍らしている男子たちも注意しないのはどうだろうと疑問を呈してしまうが。

 思春期真っただ中の男の子が可愛い女の子に無邪気に言い寄られたらほだされるのも仕方ないけれど、ハニートラップの可能性を導き出せないのは貴族としてどうなのだろう。ワザと引っ掛かっているかもしれないけれど、周囲に根回ししている様子はないから、演技や彼女を騙しているということはなさそうだった。

 

 「学院だからダメってことはないだろうけど、相手は貴族の人たちだよ。住む世界が違うから、常識やルールも違ってくるのは分るよね」

 

 王立学院じゃなくて、普通の……王都にある他の教育機関であれば良かっただろうね。彼女自身もこの学院に通うより、そっちに通った方が良かったのかも知れない。

 

 「え?」

 

 え、って……。自然に口から漏れた彼女の言葉に頭を抱えそうになるけれど、ぐっと我慢する。私が呆れた様子をみせれば、彼女も不快に感じてしまう。出来れば穏便に諭したいのだから。

 

 「貴族の女子の子たちがメッサリナさんに怒ってる理由って、異性にみだりに触れてはいけないってルールがあるからだよ。婚約者が居る人や既婚者なら特に敏感になる問題だから」

 

 街中で無邪気にじゃれ合う子供じゃないし、平民同士ならばああして男の人を連れまわしても大丈夫だろう。何人も男の人をキープしても問題はあまりない。彼女、可愛いし。まあ常識的には周囲から冷めた視線でみられるだろうけれども。

 

 「でも私は貴族じゃあないよ」

 

 「確かに。でも相手の人は貴族だよ。この学院に居るほとんどの人がそう。その人たちには立場や義務があるからね」

 

 どう伝えれば、彼女が納得して正確に理解してくれるのだろうか。私には社会人としての経験があるし、時間は短いけれど公爵さまとの付き合いもあってその時にいろいろ学べることがあったから、ある程度は貴族というものを知っているけれど。

 

 「学生なのに?」

 

 「学生でも、だよ。言葉はすごく悪くなるけれど、領地の人たちから税金を取って、そのお金で暮らしている人たちだ。もちろんお金を取るだけじゃなくて、有事の際は命を懸けて領民の為に戦わなきゃいけないこともあるけれどね」

 

 「命を懸ける……?」

 

 王都育ちだからその危機感は薄いのだろう。魔物や魔獣の脅威は辺境領の方が高いし、隣国が攻めてくるのも辺境からだ。仮に王都が火の海に包まれてしまえば、王国は終わりといっても過言ではない。だからこそ国境沿いや、地政学的に危ない場所は爵位の高い軍事に長けた家が領地を護っている。

 

 「魔物や魔獣の被害から領地を護らなきゃいけないし、隣国が攻めてくれば指揮官として現場に立たなきゃいけないよ」

 

 この場合は爵位持ちの人や嫡子の人だろうけれど、領地が危機となれば親族一同呼び戻されるだろうから、危険な場所へ向かわなければならないのは一緒である。

 

 「カッコいいんだね……!」

 

 ズッコケそうになった。

 

 確かに騎士服や鎧を纏っている人たちはカッコいいけれども……! 彼女のズレた感覚に頭を悩ませこれ以上は無理なのだろうかと諦めそうになるけれど、もとよりこういうタイプの子に言葉が伝わり辛いのは経験済みである。頭にお花を咲かせている場合じゃあないんだよと心の中で愚痴りながら、もう一度気合を入れなおした。

 

 「そうだね。――覚悟を決めてる人はカッコいい。ならその人たちの顔に泥を塗る訳にはいかないよね?」

 

 「泥なんて私は塗ってないよ! それにみんな私に優しくしてくれるものっ! 笑顔が可愛いねって、無邪気な君が好きだよって! 家でもパパとママはそう言ってくれるよっ!!」

 

 パパとママときたか。十五歳ってこれくらいの幼さだっけ。反抗期を迎えて、糞親父とか糞婆とか口にしそうだけれども。擦れた子供時代を過ごしたものだから、どうにも一般的な十五歳がよく分からなくなってきた。

 

 「家ならそれでいいけれど、学院だからね。人目もあるし十分に気を付けた方がいい。実際、クラスの子たちに詰め寄られて嫌な思いしてるでしょ?」

 

 「でもっ、詰め寄られたからって優しくしてくれるお友達を突き放したくないよっ!!」

 

 「気持ちはわかるつもりだよ。でもその友達の立場を悪くしてるって考えたことはある?」

 

 理解したならゆっくり彼らからフェードアウトすることもできる。今ならまだ間に合うんだよ。長くなるほど、目の前の少女と殿下を始めとする男子生徒の立場がどんどん悪くなっていく。

 

 「え?」

 

 思ってもいなかった言葉が彼女に刺さったのか、目を丸く見開いた。

 

 「メッサリナさんはそれでいいかも知れないけれど、相手の人は立場を悪くする時だってあるから」

 

 この国の王太子は既に決まっており第一王子殿下だから、第二王子であるヘルベルトさまが立太子する可能性は天変地異でも起こらない限り低い。

 貴族だから派閥があって第一王子殿下を引きずり降ろそうと企んでいる人も居るかもしれないが、こちらも成功する可能性は低いだろう。

 

 それに第二王子殿下にも政に関しての仕事はあるだろうに。その為に今現在、乳兄弟である側近や将来の重役に就くであろう年の近い人が彼の周りを固めて、予行演習をしているのだろうし。

 

 「…………そう、なんだ」

 

 「少しクラスでの立ち回り方を頭を冷やして考えた方が良いよ」

 

 「うん、考えてみる」

 

 下を向いてスカートの裾を力強く握りこんでいた。本当は家同士の確執や女子特有の派閥やらも伝えるべきだろうけど、考えることが出来るのならば全てを説明する必要はないだろう。

 

 「説教臭くなってごめん。でも、このまま続けてもお互いに良いことなんてないだろうから。――それじゃあ」

 

 頭を軽く下げて踵を返すのだった。

 



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0008:牽制。仲間内。

 食堂で昼食を取って残りの休憩時間を潰そうと、陽の光が当たる中庭の木陰へと向かい、図書棟で借りた本を手に取って読んでいた。

 ジークとリンは授業終了が遅れ食堂へやってきたので、中庭にいることを伝え私は先に出ていた。広い食堂だけれど、ほとんどの席は貴族専用だ。

 庶民である私たちの席数はかなり限られているので、食べ終えると次の人に席を譲るという暗黙のルールが存在していた。まあ貴族の人と一緒に食事を摂れる時点で、恵まれているよね。欧米社会じゃあ、ホワイトカラーとブルーカラーは一緒に食事を摂ることはない――日本が異端らしい――と聞くのだから。社会的背景は違うかもしれないが、似たようなものだろう。

 

 木陰になっている芝生の上にハンカチを敷いて座って手元の本に目を通しながら、ゆっくりとした時間が流れていた。

 

 「――?」

 

 唐突に、本に影が差した。ジークとリンがようやくやって来たのかと顔を上げると、意外な顔ぶれが並んでいる。

 

 「おい、貴様!」

 

 第二王子殿下を一番後ろにして、残りの取り巻きというか側仕えというか将来を約束されている四人が、彼を守るようにして立っている。

 私に声を掛けてきたのは赤い髪が特徴の近衛騎士師団長の息子であり伯爵家嫡男のマルクス・クルーガーさま。ジークとリンと同じ赤色の髪が特徴であり、騎士家系の為か短く切りそろえている。顔も良いし鍛えているから肉付きもいいのだけれど、背はジークの方が少し高い。今ですら大人たちの身長を超えているというのに、まだ成長は止まっていないそうでジークはどこまで成長するつもりなのか。

 

 「はい?」

 

 座ったままという訳にもいかず本を置き、ゆっくりと立ち上がってお辞儀をした。

 

 「お前は昨日アリスになにを言った!」

 

 多数で一人に詰め寄っているんだけれど、この状況は第二王子殿下にとってブーメランとなっているのだけれど、気にしないのだろうか。

 ああ、そうか。今、私の目の前ですごい剣幕で怒っている彼の諫め役としてついて来たのかもしれないし。

 

 「……もう少し自分の行動を省みろとお伝えしました」

 

 「なにが省みろだっ!! お前の所為でアイツは……アリスは泣いたんだぞっ!」

 

 泣いても喚いても、大人たちに伝われば引き裂かれる関係だ。それならば双方ともが納得して離れた方が傷は浅く済むからと考え、彼女に伝えたつもりだったのだけれど。どうやら伝え方が甘かったようで、別れることに対して哀しみを覚えてしまったようだ。

 

 「貴族さまと平民では背負うものが違い過ぎます。――線引きは必要かと」

 

 彼らも彼らだ。本来ならば彼女を突き放すべきなのにこうして、庇っているし。

 どういうつもりなのか聞き出したい所だけれどそれは出来ないので、彼らの言動で判断しなければならなく解決する為の難易度を上げてしまってる。

 彼らや彼女とは友人という訳でもないし放っておいてもいいのかもしれないが、最悪の事態になった時の周囲の影響を考えると頭が痛くなってくる。出来れば、学院内で穏便に解決して欲しいというのが本音だ。

 

 「……っ!」

 

 私の言葉に思うことがあったのか赤髪の彼は口を噤む。入れ代わりに緑髪の側近であるユルゲン・ジータスさまが私の前へと立った。

 

 「確かに我々は貴女とは違い、多くのモノを背負っているのは事実。ですが、彼女を……誰かを傷付けることは悲しいことではありませんか?」

 

 このやり取りを交互にこの五人とやらなきゃならないのかと、眩暈を覚える。でも逃げるわけにもいかないので、非礼がないように答えなきゃなあ。

 

 「メッサリナさんを傷付けたというのなら、後で彼女と話して必要であれば謝罪をいたします」

 

 あまり彼らに言い掛かりをつければ不敬といわれそうなので、中途半端なことしか言えない。ぶっちゃけ、本心をぶちまけられるなら一番楽で良いんだけれど。

 そうすると後ろ盾の公爵さまや教会に迷惑がかかる。

 一応聖女という立場で、王国の防御壁を張る魔術陣に魔力を提供できる数少ない人間の一人であるから、少々の不敬なら見逃されるかもしれないが。

 

 ただ下手に彼らの怒りを買えば、王城にでも監禁されて魔術陣に魔力を提供するだけの人生を送らされそうだ。そうできる権力を持っているだけに不興は買わない方が賢いだろうし。

 

 「ナイ。――どうした?」

 

 ざりと土を踏む音を立てて、聴き慣れた声がこの場に響く。

 

 「っ!」

 

 しまった。ジークとリンとは後からここで合流すると話していたのだった。

 殿下方の顔が見えなかったのか、それとも故意なのかは分からないが……いや、ジークならこの状況を見て故意に声を掛けたのだろう。

 

 「これは失礼いたしました、殿下、みなさま方」

 

 間髪入れずに、不敬を働いたことに対する謝罪の為に、丁寧な教会式のお辞儀をするジーク。

 教会騎士なので礼儀作法は仕込まれているのだけれど、自分たちもこの状況に加わる為の方便である。私を庇うようにいつの間にか側にいるリンもいた。

 小さく誰にも聞こえないように、ありがとうと口にするけれど、彼らまで巻き込む訳にはいかない。どうするべき、か。

 

 「――ヘルベルト殿下、このような場所でどういたしました?」

 

 また新たな人物が現れる。その人は第二王子殿下の婚約者であり、公爵令嬢さまであるソフィーアさまだった。

 いつもならばこの場所に近づかない人なのだけれど、殿下の姿を見たからやってきたのだろうか。私に刺さっていた五人の視線が、彼女へと移る。

 

 「ソフィーアか……なにしに来た?」

 

 殿下とソフィーアさまが顔を合わせると、露骨に不機嫌さを露にする彼。あれ、二人の仲はあまりよろしくはなさそうだ。そういえばクラスが一緒だというのに、二人が並んでいる所を余り見ない。むしろ殿下とヒロインちゃんが一緒に居る所をよく目にする。

 

 「所用があり中庭を通っていれば、殿下のお姿が見えましたので。なにかお困りごとでもあったのかと」

 

 他人の目がある所為なのか、婚約者同士というよりも主と臣の関係のようだった。――いや、うん、まあ、そうなんだけれど。

 いつから婚約関係にあるのかどうかは知らないけれど、もう少し砕けた感じでも良いような。特進科内では殿下とソフィーアさまが婚約者であることは周知の事実だし。

 

 「はあ。城での貴様の口うるささにはほとほと呆れている。俺が学院で何をしようと自由だろう、放っておいてくれ。――みんな、戻ろう」

 

 滅茶苦茶おおげさに溜息を吐いて殿下が割と酷いことを言い放ち踵を返すと、それに倣うように他のメンツもこの場を去っていく。

 

 「――アイツは……」

 

 ジークとリンの顔を横目で一瞬確認して、聞こえないように口に出したのだろうけれど風に乗ってその声が微かに聞こえてしまった。

 

 「行くぞ、マルクス」

 

 「っ、はい!」

 

 二人と彼との間になにかあるのだろうかと訝しむけれど、貴族さまと孤児に繋がりなんて早々ある訳はない。気の所為だと頭を振ってソフィーアさまへと向き直り三人で一礼する。

 

 「殿下方になにを言われた?」

 

 不機嫌そうな顔を引っ提げ、様子をうかがうようにじっと見つめるソフィーアさま。婚約者である殿下のことだからこうして情報収集も兼ねているのだろう、マメな人だ。

 

 「大したことではありません。昨日にメッサリナさんと話した内容を聞かれただけですので」

 

 嘘は吐いていない。二人には言い寄られたけれど、殿下からは結局なにも言われなかったのだから。

 

 「……本当だな?」

 

 「はい」

 

 ソフィーアさまはこうして会話を交わしている時は視線を全く外さない。彼女自身の意思の強さなのか、はたまたそうであれと教え込まれたのか。

 年若いのに実行できているのは凄いことだ。私の言葉を聞いて、薄紫色の目を軽く瞑り、もう一度開く。

 

 「わかった。――貴様が不用意に殿下方に近づくとは思えんが、距離を誤るなよ?」

 

 「肝に銘じておきます」

 

 ヒロインちゃんのように無邪気に振舞えれば一番簡単なのだけれども。

 私が一番踏み込めるのはヒロインちゃんだから、昨日彼女と話したというのに事はそう簡単に運ばなかった。昨日のあの短い時間で納得できるような子であれば、そもそも殿下方や殿方たちに近づきはしないだろうけれど。

 

 「そうしてくれ」

 

 本当はソフィーアさまにもどうするつもりなのか、聞きたい所ではある。あるのだけれど身分差があり過ぎて迂闊に踏み込めない。

 

 「はい」

 

 「ではな」

 

 そう言って去る彼女の背中を見送ったのだった。

 

 ◇

 

 ソフィーアさまの背がかなり小さくなった頃、息を吐き二人に向き直る。

 

 「ジーク、リン、ありがとう」

 

 二人が面倒ごとに巻き込まれなくてよかった。聖女の称号を持っている私なのである程度の不敬ならば見逃してくれる可能性があるけれど、二人はただの護衛であり平民である。

 難癖を付けられれば確実に負けてしまう立場なので、こういうことには巻き込みたくはないし、十分に配慮をしなければならない。

 

 「いや、結局なにもしていないからな」

 

 「大丈夫?」

 

 「うん。ちょっと詰め寄られただけで何かされたって訳じゃないから、平気」

 

 私の言葉にぴくりと片眉を上げたジークは、じっとこちらを見つめてくる。

 

 「――何をされた?」

 

 今度は腰を曲げて視線を合わせられたので、誤魔化すなよということらしい。

 

 「ナイ?」

 

 今度はリンまで加わって。

 

 「……んー」

 

 大したことはしていないのだ。単に彼女に言ったことが伝わらなかっただけである。

 メッサリナさんがあの後にどういう行動をとったのかは分からないけれど、殿下たちが私に詰め寄ったということは彼らに『距離を取った方がいい』という話はしたのだろう。ただ、彼らの態度から推察するに、感情を煽るような伝え方をしたのだろう。もう少しキチンと丁寧に話すべきだったと、今更ながらに反省するのだった。

 

 「言え。というか昨日なにをした?」

 

 高圧的な言葉であるけれど、二人の場合は本当に心配してるから。そしてもう一つ私がなにか面倒ごとに巻き込まれていないかという、確認作業だったりする。

 生まれ変わってからというもの、面倒事が舞い込んでくることが多々ある。私と一緒にいた時間が長い幼馴染組は、それをよく知っているのからか、知らないことがあるとこうして問い詰められて吐かされるのだ。

 

 「あー……うん」

 

 話すか話さないか迷うけれど、話したところで状況に変化はないだろうし、ウチのクラスではこんなことがあると知っておいた方が巻き込まれないで済むだろう。

 

 「誤魔化すのは無しだ」

 

 「だね。ナイはいつも私たちに肝心な所を話してくれない」

 

 「わかった。話すから、とりあえず二人とも顔、近いって」

 

 結局、二人に詰め寄られて話すことになったのだけど、起こったことと私の推測を聞いてジークは呆れ、リンはあまり理解できなかったようだ。

 だからリンには貴族のルールと庶民の常識を説明して、ようやく理解してくれた。これでリンに貴族と平民の距離感が掴めたのならば、ヒロインちゃんのあの行動も無意味なものではなくなる。関係者には迷惑極まりない行動だろうけれども。

 

 「その女、物語に憧れすぎてるな」

 

 「んー、そんなもんじゃない? だってまだ十五歳だし」

 

 「確かにな。だが、この学院に通うならお貴族さまのルールは必修だろう。平民なら尚更だ。それに俺たちも十五だぞ」

 

 「彼女と私たちじゃあ育った環境が違い過ぎるもの。子供の頃に読んだ絵本とかに憧れてるんじゃない?」

 

 「本気か?」

 

 「そうじゃなきゃ、王子さまになんて近づかないでしょ。顔はいいし、お金持ちだし」

 

 この場には三人しか居ないので、言いたい放題である。とはいえ声量は押さえてあるけれど。

 

 「……他には?」

 

 「愛があるんじゃないの、多分……」

 

 恋とか愛には縁遠いのでよく分からないけれど。でも殿下たちとヒロインちゃんたちの間では甘い空気が流れているし、まあそういうことなんだろう。私的には、王子さまと結婚なんて面倒で大変なだけってイメージしかないから、付き合うなんて選択肢が存在しない。

 

 ――面白え女。

 

 なんて少女漫画や乙女ゲーム的な展開がある訳もなく。そもそもそのヒロインポジは件のヒロインちゃんである。

 でもまあ現実での出来事なのだから、ゲームや物語の感覚で行動しないでよと思うし、無責任なものを作って世の女の子たちに夢を与えているものだ。

 どうにも捻くれて生きてきたからか、そういう夢物語には唾を吐くタイプだった。シン〇レラとか典型的だろう。継母や義姉たちにいじめられて王子さまに見初められる、なんて展開。

 

 基本王族は王族同士での婚姻を結ぶもの。国内の有力貴族と強固なつながりを持ちたければ、その貴族との婚姻を結び関係を持つ。

 シンデ〇ラの家って有力な貴族だったかどうか分からないし、むしろ王太子ならば外交の為に他所の国の姫さまを娶れよと突っ込みを入れたくなる。しかも彼女、王太子妃教育なんて受けてないだろうから、結婚後は超大変である。政を執り行わなければいけないし、諸外国や国内の有力貴族との繋がりの維持。それに奇麗ごとだけではなく汚れ仕事もあるだろうに。

 

 そんなことを前世で友人に愚痴ればお前は捻くれすぎていると、白い目で見られた。

 

 ソフィーアさま経由で今回の件は伝わるだろうけれど、これは公爵さまに報告案件だ。ソフィーアさまから伝われば十分だと思うけれど、他人の目から見た証言も必要だろうし、大人組の判断も必要になってくる。筆不精だから手紙は苦手なんだよなあと、心の中でまた愚痴るのだった。

 



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0009:準備。私が主人公。

 入学から一ヶ月が経った。

 

 相変わらずヒロインちゃんは殿下たちと一緒にくっついているのだけれど、あれだけ憤っていた女子たちの殺気やヒロインちゃんを問い詰めたりする光景はなくなった。

 おそらく問題視したソフィーアさまと辺境伯令嬢さま辺りが、貴族の女子のみんなを諫めたか、家から放っておけと告げられたのか。ただ剣呑な空気は漂ったままなので、腹の中ではいろいろと思うことがあるようだ。難しい年ごろだし仕方ないが、時間だけは無情にも過ぎる。

 

 日々変化が訪れるように、学院にもちょっとした行事がある所為なのか学院生たちは浮足立っている。

 

 ――全学科合同訓練。

 

 訓練というのは名目上で、魔物や魔獣が出る森に二泊三日の一年生全員でのキャンプである。時期的に親睦を深めましょう的なものなのだろう。

 お貴族さまが多い学院だとというのに何故こんなことをするのだろうと頭に疑問符を浮かべていると、担任教諭からの説明があったのだ。

 

 魔物や魔獣が出るといっても軍や騎士団からの護衛もつくので、有事の際は彼らが対処する。担任教諭曰く、何事も経験だから一度くらいは外で寝ることを体験しておけ、とのこと。

 

 騎士科や魔術科は自身の実力を試す機会であるし、評価にもつながるので気合が入っているそう。普通科や特進科のお貴族さまたちは、何故私たちがそんなことを……という不満の方が多い。それ以外の人たちは、楽しめればそれでいいかくらいに考えているらしい。それでもやはりこの一ヶ月間過ごした学院の空気が違うのだから、楽しみな部分もあるのかも。

 

 説明によると二泊三日の訓練は目的の場所近くまでは馬車移動となり、そこから徒歩で目的地へと移動。

 各々で用意したテントや寝袋で寝床を確保し、食事は学院側が用意したものを調理しろとのこと。それで足りなければ現地調達だそうだ。そして寝床も最低限である。これもまた現地調達をして、自分たちなりに工夫するのならば問題ないと聞いた。

 

 そんなこんなで合同訓練の為に必要な買い出しをしようと、学院が休みの日にいつものメンバーで街へと繰り出している。

 

 外にお出かけするのも久方ぶりだよなあと、まるでおのぼりさんのようにきょろきょろと街を歩く人たちを眺める。

 石造りの商店の軒先には店員さんが呼び込みをしたり、接客をしていたりとさまざま。流石王都、活気があって品ぞろえも良い。いろいろと見てみたい気もするが、目的があるので今は我慢。

 

 「おすすめの店ってどこなの?」

 

 三人並んで――何故か私がいつも真ん中――人波を掻い潜りながら前へと進む。

 

 「もう少し先だ。地味だが、良いものを造ってるぞ」

 

 このご時世、売れれば良くて騙された方が悪いみたいな風潮もあったりするので、目利きが出来なければよく出し抜かれたりする。

 だから信用できるお店というのは大事なのだけれど、ここ数年…というよりも孤児時代からお店になんて縁はなかった。孤児の時はお店の人たちから煙たがれる存在だったし、聖女の仕事を始めてからは教会の中で生活が完結してるから、あまり用事がなかった。

 

 だから今日の私のテンションは高めだ。学院行事の為の買い出しではあるけれど、久方ぶりの自由時間でもあるし。

 

 「ジークとリンが使ってるヤツはそのお店で?」

 

 「うん」

 

 「愛想はないが、使う人間に合わせて丁度いいものを見繕ってくれるぞ」

 

 「鍛冶屋さんって行ったことないから、楽しみ」

 

 「そうか」

 

 「……ふふ」

 

 二人を見上げて笑うと、笑い返してくれたジークとリン。他愛もないことを喋りながら歩いていれば、どうやら目的の店に辿り着いたようだ。大通りから一本入ったその場所に、静かに小さく木製の看板が垂れ下がっていた。

 

 「らっしゃい」

 

 木で造られた重い扉を開けると、気怠そうに来客を迎える男性の声が響く。

 

 「なんだ、お前らか」

 

 少し薄暗い店内には、びっしりと刀剣が並べられており大きさや種類も様々だった。

 

 「……悪かったな、俺たちで」

 

 ジークとリンの顔を見た途端に悪態をつく店の主人。全く商売っ気というものがないのだけれど、店内に人はいないので儲けようというきはあまりないのかも。

 よく見る王都の平民の人が着る簡素な服の上に厚手のエプロンを付けたまま、カウンターに座っている。

 

 「で、今日は?」

 

 「コイツが使う、小さめのナイフと鉈を。軽くて取り回しのいいやつがあれば出してくれ」

 

 「何に使うんだ?」

 

 ジークが口を開こうとしたけれど彼の袖口を引っ張って、質問の答えならば自分でやるべきだし、商品を買うのも私なので店主と喋るのを交代して貰う。

 

 「学院で二泊三日で森へ行くことになったので、その為の必要な道具を揃えようと。二人は私の付き合いで、鍛冶屋ならここがおすすめだと教えてくれました」

 

 「そうか。――少し待っていろ」

 

 一度視線を私に寄こしてそう言ったジークの言葉を聞いて、ゆっくりと店主の人は立ち上がり店の奥へと消え、しばらくするといくつもの商品を抱えて戻ってきた。

 おもむろに紐を解いた帆布ナイフポケットには、もちろんナイフがいくつも収納されていた。どれがいいのかさっぱり分からないなあと、商品を見ながら目を細める。

 

 「扱いに慣れてないってえなら、鍔付きのナイフがいいだろう」

 

 そう呟きながらさらに何本か机の上に並べる店主の人。私が頭の上に疑問符を浮かべているのを察したのか、数を絞ってくれたようだ。

 

 「見るだけじゃあ分からん。握って、持ち易いものを選べばいいだろう」

 

 あとは慣れの問題なのかなあ。

 

 「どう? 軽いのあった?」

 

 「それだと折れたりしないの?」

 

 「切るものによるが、森で使うものだし二、三日使うだけだろう。握りやすいヤツでいいさ、難しく考えなくていい」

 

 「そう簡単に折れるもんなんてウチには置いてねえよ。というか手が小せえな、子供用があればいいが生憎と作ってねえんだ」

 

 私がまるっきりの素人だと分かったのだろう。折れると失礼なことを言ってしまったというのに気にした様子もなく、顎に手を置いて『子供用』と口にした。また小さい言われたなあと微妙な心境になりながら、並べられているナイフを何度か持つ。

 

 「……これかなあ」

 

 「いいんじゃないか」

 

 「うん」

 

 今持っているナイフが一番手にしっくりとくる気がする。刀身もそんなに長くないし、包丁代わりも十分に果たせそう。

 森の中だし取れた果物やきのこがあれば切るくらいだろうから、折れる心配はいらないか。二人にダメ出しをされないし、大丈夫だろう。

 

 「あとは鉈だな」

 

 「鉈はあっちだ。薪を割りたいなら両刃、枝や紐を切りたいなら片刃の腰鉈がおすすめだ」

 

 ナイフは森で取れた果物やらを切る為に。鉈は雑草やら生い茂っているかもしれないので、それを切る為に。

 店主の人が言ったように鉈は草木やらをはらう為に必要だろうとジークが言っていたので腰鉈がいいのか。これも軽いものがいいのだろうなあと、見てみるけれど素人にはさっぱりである。

 

 「どれがいいかなあ?」

 

 「ナイならこのあたりじゃないか。あまり重くないし、長さも丁度いいだろう」

 

 「うん、これくらいなら丁度いいんじゃないかな」

 

 ジークが一本の鉈を手に取って何度か軽く振った後にリンに渡し、彼女も柄の握り心地や振った時の感触を確かめた。

 

 「じゃあ、これで。――二人は?」

 

 「俺たちは帯剣が許されてるし、予備もある。ナイフも何本か持っているし、大丈夫だ」

 

 「そっか。――じゃあ清算お願いします」

 

 そう言って店主の元へと行くと、不意にジークが横に立つ。

 

 「待て、革鞘とベルトも付けた方がいいぞ。――どうする?」

 

 別売りだったのか、知らなかった。危ない、剥き身のまま持ち歩くことになる所だった。

 

 「それじゃあ、お願いします」

 

 「あいよ」

 

 とまあこんな感じで清算を済ませ、他の店でも耐水布などの必要な買い物がもう少し続き。一通り買い揃えてたので、どこかでお昼ご飯でも済ませようと、商店が並ぶ大通りへと戻った所だった。

 

 ――あ。

 

 見なくてもいいものを、見てしまった。なぜこうも肉眼に捉えてしまうのだろうか。

 

 「どうした?」

 

 「ナイ?」

 

 「…………いや、うん」

 

 私の視線の先を二人が向けると、どうやら目敏く見つけてしまったようだ。

 

 「見なければ良かった」

 

 そう、第二王子殿下とヒロインちゃんが仲良さそうに手を繋いで歩いていたのだ。楽しそうにヒロインちゃんは笑いながら、それを微笑ましそうに見つめている殿下の姿が視界に入ってしまった。

 

 「いや、あれは目に付くだろう」

 

 「凄く、目立ってる」

 

 二人が言うように視線の先の彼らは周囲からの視線を集めている。殿下は簡素な服装であるが、やはり布の質は一般の物とは違うし彼の纏うオーラと言うべきか何というべきか、独特の雰囲気があるのだ。

 それにヒロインちゃんも可愛いので、男性陣からの視線を特に受けている。受けている視線を何事もなく流して、二人していい雰囲気を垂れ流しているのは感服するけれど。

 

 「部外者に出来ることはないから、行こう。――ご飯、美味しい所で食べたいね」

 

 「だな」

 

 「だね」

 

 妙な光景を見たことを上書きするために、ちょっと値段の張った昼食になったのは笑い話なのかもしれない。

 

 ◇

 

 ――乙女ゲームの世界だっ!

 

 そう気づくことができたのは、鏡をのぞきながらあたしのフルネーム『アリス・メッサリナ』と呟いた時だ。その名を聞くと何故かどんどんとゲームの情報が頭の中を駆け巡り、この世界がゲームの世界なのだと信じさせてくれた。

 それに私の顔はゲームの中の主人公そっくりで緩いウェーブのかかったピンクブロンドに若草色の大きな丸い瞳。前世の自分の名前と同じというところにどこか親近感が沸いたんだ。

 

 豪華有名声優をふんだんに起用し、絵師の人を集めてかなり話題になった。シナリオは賛否両論だったけれど、標準的なよくある異世界を舞台にしたゲーム。人気というだけあって続編やファンディスクも発売され、あたしも当然発売日にゲットして寝ずにクリアを目標にして楽しんだ。

 

 「よし、みんなに会う為にがんばろう!」

 

 平民が学院へ入学するには試験がある。パパとママにお願いして受験をしたいとおねだりしたら二つ返事だった。

 勉強は前世での知識があるので簡単だった。語学もちょっと難しかったけれど、直ぐに覚えられたので家庭教師の先生やお店の人に家族みんなが褒めてくれた。万全を期して受けた試験結果は、なんとっ! 全教科満点っ! しかも、特進科へとクラス替えをすることができたの!

 

 ――ファンディスクのルート!!

 

 逆ハーレムを築く唯一のルートで攻略キャラみんなで幸せな未来を掴むシナリオだった。第二王子殿下に側近のみんなに魔術師団副団長や騎士のジークフリード。

 

 だというのに……。

 

 あの子は一体誰だろう? そしてジークフリードの隣に並ぶそっくりな女の子と小柄な黒髪黒目の子。

 しかも黒髪の子はあたしと一緒に普通科から特進科へと一緒に変わった。彼女との接点はないから、きっと偶然だったのだろう。

 

 本来居ないはずのキャラがどうして居るのか。気になって騎士科の男の子に聞いてみると、ジークフリードにそっくりなジークリンデという子は彼の妹だそう。

 

 ゲームの中では、孤児だった彼の妹は幼い時に死んでいて、紆余曲折あって騎士科へと入学し、異母兄弟である近衛騎士団長を務める伯爵家嫡男のマルクス・クルーガーと一悶着あるというのに。和解ルートも敵対ルートもあって、彼らの行く末をひやひやしながらテキストを読み進めていたのに。

 

 何かが違うと入学式のその日に不安を感じたけれど……。

 

 でも、特進科の五人みんなとは仲良くなれたのっ!

 

 『可愛いね』『好きだ』って甘く優しく囁いてくれるの!

 

 放課後、街へと繰り出して遊んだり学院の休み時間にこっそり会って抱きしめてくれる。

 

 良かったと安心しながら、悪役令嬢であるソフィーアとセレスティアとは、あまり関りがない。幾度か婚約者が居る貴族の男性に不用意に近づくなと言われただけ。ゲームの中では人の婚約者に手を出してと沢山『アリス』を虐めて、その度にみんなが助けに来てくれたのに。

 

 みんなは彼女たちとの結婚を望んでいなかった。貴族として王族としてきちんと振舞えといつも口うるさく言われ、私のように楽しそうに笑うことも、お喋りすることもないんだって。

 じゃあ、別れてしまえばいいよね。だってそんなにつまらなければ誰も幸せなんて手に入れられない。

 

 だから頑張ってみんなと一緒に居られるののなら、ハーレムを築きたい。ヘルベルトは王子さまだから、上手くいえば沢山の人と結婚しても問題ないように法律を変えてくれるかもしれないし、無理なら多重婚が認められている国へと行くことも出来る。

 

 私が聖女として覚醒して活躍するイベントまでもう少しだから。

 

 ――アタシがヒロインなんだからっ!

 

 今の体は何不自由もなく、軽くて、沢山動けて、走ることも、大声を出すことも出来る。前世は体が弱くて学校にも通えなくて、親しい友人なんて皆無だった。

 

 病院と家の部屋だけが自分の世界だった、私の前世に決別してやるんだからっ!!

 



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0010:訓練開始。

 馬車に乗って王都の門を抜けのどかな田園風景を眺めながら一路森を目指す。二時間ほどかけて整備された道を行き馬車を降り、そこから暫くは荒れた道を一時間ほど歩くそう。

 数日前に購入したナイフや鉈をぶら下げ、必要な荷物も纏めており今は幌付き馬車の私の足元に鎮座している。

 

 「のどかだねえ」

 

 春まきの麦の目が小さく土から顔をだしており、辺りは一面緑一色。

 はるか遠い霞んでほとんど見えない先には、山脈が見え微かに雪を被っていた。

 

 「どこも代り映えのない景色だけどな」

 

 「王都や領都をでると、変わらないよね」

 

 私が住むアルバトロス王国は一大穀倉産地であり、生産が賄えない他国にも輸出するほどに余裕がある。

 王都は海からも遠いし、穀物類の生産が盛んなので畜産物や海産物が少なく、少々値が張る。

 狩りをすれば手に入るけれど、王都周辺だと狩場に気軽に行ける距離でもない。だから久方ぶりにお肉が食べられるかもと期待していた。

 

 とはいえ魔物と対峙する時以外は魔術の使用は禁止だし、無暗な乱獲も駄目と通達が出てる。一応、簡単な罠を作って持ってきてはいるものの、そう簡単に野生動物が捕まるかどうかは神のみぞ知る。

 

 「楽しくなるといいなあ」

 

 遠征で王都を出る以外は、基本教会と城と学院の往復だから、こういうことでもなければ外に出ない為に、気分はもうキャンプのそれである。

 学院の制服ではなく一般的な平民服を着こんで、馬車へと直接座り込んでいるから、余計に学院行事だと思えないのも助長しているのかもしれない。

 

 「偶には息抜きするのもいいかもな」

 

 「うん」

 

 訓練の内容は騎士科と魔術科がメインなので普通科と特進科はオマケのような存在。というか騎士と魔術師の護衛対象とでもいうべきだろうか。

 将来の為に森の中で護衛対象を守るというのが目的なのだろう。それでもルールは結構ざっくりとしていて、班分けは自由で一人でも複数人でも構わないし、学科やクラスを超えてチームを組んでもいいと。

 

 ならば幼馴染三人組が一緒になるのは当然で。馬車には他にも何人か乗り込んでいるのだけれど、見知らぬ人たちばかり。

 ジークとリンも知らないようなので魔術科か普通科所属の人なのだろう。何度か短い休憩を挟みながら、馬車は目的地へと辿り着く。

 荷物を持って馬車から降りて、一度荷物を下ろして片手で腰を抑えて背伸びした。整備されている道とはいえ防振機構がしっかりしていないので、身体に堪える。

 

 「ん~。流石にきつかった」

 

 身動きがあまり取れないし。ごぞごそすれば他の人にも迷惑が掛かるだろうと、じっとしていたのだから仕方ない。

 

 「だな」

 

 「だね」

 

 ジークとリンが平気そうなのは鍛えているからだろう。荷物を持ったままで私を見て苦笑いをしている。

 

 「――っ!」

 

 軍服に身を包んだ人がひとり、軍靴を鳴らしながらこちらへと近づいてくる。

 

 「待ってください、今日は学院行事なので……」

 

 見知った顔、というよりもその人との付き合いはもう五年になる。貧民街に私を探しに来た兵士の中の一人、というよりもその時の隊長さんだ。

 私の顔を知っているし、聖女として何度か一緒に魔物討伐に参加したので仲が良くなってたので、私の顔を視認した途端にこちらへと足を運んで、敬礼しようとしたので申し訳ないけれど止めたのだ。足先から頭まで視線を動かしていたので、今日は学生としての参加だと理解してくれたのだろう。ジークとリンも隊長さんに黙礼してた。

 

 「あーそっか……。スマン、理解した」

 

 とまあ身分の上下関係を取っ払えば親しみやすい人である。かなり年上みたいだけれど。

 以前、奥さまの産後の肥立ちが悪く、土下座する勢いで診てくれと頼まれたことがあるのが切っ掛けで、こうして言葉を交わすようになった。気さくな人で、軍の仲間の間でも人望があるようで、五年前よりも出世してる。隊長さんは後ろ手で頭を掻きながら、少し猫背ぎみになって視線を合わせ謝ってくれたのだった。

 

 「隊長さんはお仕事で?」

 

 話しかけてくるなというよりも、聖女として扱わないで欲しいというものなので気軽に声を掛ける。

 

 「ああ。毎年、軍も騎士団も学院からの依頼で駆り出されるんだが、今回は人数が多いうえに数は少ないが魔術師団からも人が来てやがる。――まあ、そういうこったろーなあ」

 

 だって今年は第二王子殿下を始めとした有名所が揃ってる。学院側も何か起きた時に責任を背負わなくてはならないから、軍や騎士団をいつもより多く借り受けるのは当然。

 しかも魔術師団まで出張ってきているとは。学院の気合の入りっぷりが違うなあと、隊長さんを見ていると一度息を吐いて、面倒そうな顔から真顔に戻る。

 

 「あの森ならばそうそう問題なんておこりはしないが……」

 

 「何かあるんです?」

 

 「うんにゃ。お貴族さまが多いからな、あの学院は。その手のことで毎年なにかしら俺たちが奔走しなきゃならなくなるんだよ……」

 

 凄く面倒そうに息を吐いた隊長さん。まあ色々とあるのだろう。騎士団も貴族出身の人が多いから、平民がやるような仕事はやりたくないと言っちゃう人も居るし。

 で、そのツケが軍の方にとくる訳か。そんなことをしていると騎士団は公爵さまの逆鱗に触れそうなものだけれど、今はまだ大丈夫な様子。

 

 「騎士団や魔術師団の方たちは?」

 

 「あいつらは森の入口で待機中だな。――先に行って安全を確かめるんだとよ」

 

 不機嫌そうな物言いなので、何か一悶着でもあったのだろう。森の安全が確保できるのは良いことだけれど、獲物が警戒して逃げてしまうので勘弁して欲しい。

 久しぶりの肉にありつけると思って、こっそりと鞄の中に塩と胡椒を忍び込ませているのに……。ちなみに塩は安価だけれど

 

 「私たちは危なくならないのなら、それで」

 

 楽しく無事に二泊三日を超えられればいい。警備に入った大人の人たちの気苦労はしれないけれども。黄金世代と呼ばれる第二王子殿下以下、有名所の大物ぞろいだものね。女性が怪我をして、傷が残るなんてなった日には切腹――この国にそんな作法はないけれど――もの。そりゃ隊長さんも溜息がでるはずだ。

 

 「ま、お嬢ちゃんたちは気軽に野宿を楽しめばいいさ」

 

 隊長さんの気苦労は窺い知れるが、この二泊三日を無事に乗り越えたい。騎士科と魔術科の訓練を兼ねているということなので、倒すことが安易な魔物は出るのだろうから軽い怪我を負う人は出てくるかもなあ。

 軽い怪我ならば魔術科の生徒でも治せるだろうから大丈夫かなと考えていると、それじゃあなと軽く手を挙げて隊長さんは去っていった。

 

 ◇

 

 草木が生い茂る獣道を歩くこと約一時間。

 

 どうやら先に騎士団の人たちが道を作ってくれたようで、随分と歩きやすくなっていた。足踏みで潰された草花が倒れているし、邪魔になる木の枝も切り落としてくれている。

 せっかく鉈を買ったのに使う機会を失ったとぼやくと、ジークが『まだ機会はある』と慰めてくれたりと道中の会話が途切れることはない。いつも三人一緒だから、仮に話が途切れて無言だったとしても問題はないけれど。

 

 わいわいと騒がしく歩く生徒たちと無言で嫌そうに歩きながら歩く生徒に別れているので、慣れている人と慣れていない人の差が如実に出ていた。

 お貴族さま――とくに位の高い人――は不機嫌で、近寄るなオーラが漂っているから、気を付けないとどんなことを言われるか分からない。

 

 「辺境伯令嬢たるもの、このくらいのことでヘコたれませんわっ! みなさまも最初からその調子ではこれからの三日間乗り切ることが出来ませんよっ!!」

 

 例外は居るけれど。

 

 高笑いしながら歩いて行く愉快な人であるが、周囲の人を鼓舞しているから悪い人ではないのだろう。成功しているかしていないかは別として、余裕があるのは良いことだし、みんなの上に立っているという自覚があるのだろう。

 

 「歩き辛いな……っち!」

 

 ソフィーアさまは慣れていないようで、珍しく舌打ちをしていた。

 

 「大丈夫か、アリス?」

 

 「僕たちの後を付いてきてくださいね」

 

 「ああ、歩き辛いだろうから少しでも均した所を歩いた方がいい」

 

 「魔術が使えればよかったのですが……」

 

 「禁止されたからねえ」

 

 魔術は戦闘時以外は禁止となっている為に、困っている人もいる模様。ただまたしてもヒロインちゃんと殿下方"色情戦隊アタマオハナバタケー"はくっついている。

 

 「みんな、ありがとう!!」

 

 嬉しそうに笑うヒロインちゃんは、最近また彼らとの距離を詰めてきた。私の助言は全くの無意味となってしまった。そして周りのご令嬢たちは冷ややかな視線を向けているし、婚約者――ソフィーアさまと辺境伯令嬢さまは、彼らに腐った魚のような目を向けるようになった。

 

 当事者ではないから、こうして心の中で余裕を持って考えることが出来る。彼ら彼女らの婚姻後が心配である。

 

 まさか白い結婚となってお貴族さまの義務はどうするつもりなのだろう。ヒロインちゃんが愛妾ポジに入って彼女に産んでもらっても、婚姻した片方の家の血は一滴も入っていない訳で。揉める原因になりそうなものだけれど、そうなったらどうするつもりなのか。その責任も取れないなら、ああいうことを人前でしない方が良いに決まってる。

 

 ……しかもハーレム状態だから、誰の子か分からないんだよ。

 

 科学的に検証できるような技術はこの国にないのだし。本当、なんというか幸せな人たちで、それを見せつけられている婚約者の人に同情を禁じ得ない。

 肉体関係がなくとも不貞行為だよなあ。そして大人たちが認める訳がないはずなのだけれど、若さゆえの過ちなのだろうか。

 

 最悪、国外追放や幽閉やら処刑となってしまうだろうに。

 

 「ナイ、あまり気にするな放っておけ」

 

 「私たちには関係ないよ」

 

 二人はそういうけれど、このとばっちりを受けるのは彼らの家かもしれないが、王国民も受けることになる。

 将来を担う重要なポジションへと配置されるだろうし、その人たちが不在になるのは不味い気がするのだけれども。まがりなりにも高い水準の教育を受けてきたのだから、勉強や仕事は優秀だろうに。

 

 「そう、なんだけれどねえ」

 

 そういう人が居なくなって一番被害を被るのは、彼らの下である平民だ。二人の言葉に苦笑いをしながら、ようやく森の入口へと辿り着くと物々しい雰囲気で騎士団と少数の魔術師団の人たちが待ち構えていた。

 

 「お待ちしておりました、殿下」

 

 一番装備の装飾が派手な人が外套を翻らせ地面に片膝をつき胸に片手を当て臣下の礼を取ると、それに倣って他の騎士団と魔術師団の人たちが一斉に礼をする。

 

 「ああ、よろしく頼む。――だが、この三日間は学院行事だ。あまり出張りすぎるなよ」

 

 こうしていると普通なのだなあと目を細めた。ただ殿下の後ろではヒロインちゃんが『カッコいいっ!』と喜色満面の笑みを浮かべ、他の四人は微妙な顔をしているけれども。

 

 「はっ!」

 

 膝を擦りながら少しだけ後ろへ下がった騎士は次にソフィーアさまの方へと向かっていった。どうやら挨拶回りをするらしい。

 

 「けっ!」

 

 いつのまにか遠巻きに眺めていた私の横にいた隊長さんが、わざとらしく声にして悪態をついていた。んー軍と騎士団ってそんなに仲が悪いのか。軍と騎士団の依頼で仕事をすることもあったし、実際に軍と騎士団と一緒に共闘している所も見たことあるのだけれども。

 

 「見られて困るのは隊長さんですよ?」

 

 片眉を上げて苦笑しながら隊長さんを見上げると、凄く不機嫌そうな顔をして。

 

 「いいんだよ。殿下に挨拶に行こうとしたら、さっきのいけ好かない野郎に俺らの責任者は止められたからな」

 

 「その責任者の方はお貴族さまなんです?」

 

 「貴族だが爵位が騎士爵なんだよ。良い人なのになあ、ああやって家格で舐められた行動を取られる」

 

 「そこは我慢すべき所なんでしょうね」

 

 「だがなあ……そうだがなあ……」

 

 「気持ちはわかります。――理不尽なことは沢山ありますから」

 

 本当に。お貴族さまの我が儘にはほとほと困る時がある。聖女として治癒に赴いたとき直面したことがあるのだから。まあでも、最初に隊長さんが言ったように私たちは野宿を目いっぱい楽しむだけだ。

 

 「暇なんです?」

 

 「うっせ!」

 

 横まだうんうん唸っていた隊長さんをせっつくと、私の下を離れて部下に指示をだし始めたのだった。

 

 



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0011:訓練開始。名を呼びなさいな。

 森の中へと続くけもの道を歩くこと暫く、ようやく目的地へ辿り着いたようで一団が止まる。学院の生徒たちは興味津々に周りを見る人に、つまらなそうにしている人、虫が嫌いで大声を上げる人さまざま。

 時間はお日様が真上に昇ろうとする少し前だから、森の中でも光は差し込んでいるし足元も悪くないから、丁度良い場所なのだろう。

 

 「これから夜までは自由行動だ。普通科と特進科は各自、狩りに行くなり寝床を確保するなり好きに動け。ただこの場所から離れる場合は俺たち教師に一声掛けろ」

 

 引率の教諭を代表して男性の声が上がる。確かあの教諭は騎士科の受け持ちだったはずだ。その為なのかガタイはシッカリしているし、腰には剣を下げている。

 

 「騎士科と魔術科はこれから魔物狩りに行く。もちろん普通科や特進科の連中で腕っぷしに自信のあるヤツや狩りに興味のある奴はこの場に残れ」

 

 腕っぷしに自信のある人は理解できるけれど、興味があるって人を連れて行ってどうするのだろうか。

 

 「ナイも行くか?」

 

 「一緒に行って良いものなの、邪魔にしかならないような……」

 

 隣に立っていたジークにそう声を掛けられたけれど、正直戦闘火力という意味合いでは役に立たないので荷物扱いだろう。

 

 「――興味のある連中は騎士科や魔術科の連中が護衛に就く。もちろん軍や騎士の方も一緒だから安心しろ」

 

 タイミングを計っていたかのように教諭の言葉が続いたのだった。なるほど、いわば興味のある人間を護衛対象に見立てて周囲警戒をしながら移動し、魔物と出会えば護りきれということなのだろう。

 

 「邪魔じゃないし、一緒に行こう?」

 

 とまあ二人に言われると、逆らえない訳でして。水場の確保やら寝床探しとかするつもりだったのだけれど、あとから三人一緒にすればいいか。

 それに森の中で娯楽がないから、ほとんどの人たちが狩へと繰り出そうと、この場に残っているのだから。

 

 「それじゃあ、よろしくお願いします」

 

 仕事で軍や騎士団について行ったこともあるけれど、基本は最後方で治癒師として治療に専念していたので前線になんて立ったことはない。

 むしろ聖女が前に出ると『聖女を守る』という余計な仕事が出来てしまうので、後方で待機している方が多かった。もちろん状況によるし、前線で危ない目にあったこともあるけれども。

 

 「おう」

 

 「うん」

 

 二人に頭を軽く下げたあと、三人の拳を突き合わせて笑いあう。小さい頃から変わらない、孤児仲間で協力する時にいつもこうして拳を突き合わせていた。そうして暫く、班分けがされて行動を開始するのだった。

 

 ――鬱蒼と草木が茂る道なき道を進んでいた。

 

 時折、伸びた木の小枝が邪魔をするので、鉈で払いのける。先行するのは騎士科であるジークだ。毒を持つ蛇に遭遇しないようにと足元を拾った長い枝でぺしぺしと叩きながら前へと進む。

 私の後ろにはリンが居て、周りを警戒してた。人を襲う蜂や虫がいるので、それに注意を払っているそう。周りにいる騎士科の人たちも、同じように倣っているので森の中でやるべきことなのだろう。

 

 それにしても騎士科の人たちは凄い。護衛対象に見立てられている人は軽装だけれど、彼らは大きな荷物を持って道なき道を歩いている。

 疲労の度合いは私たちより大きいだろうに、それを感じさせないのは鍛えているからだろう。騎士科所属の女の子も男子と同じだけれど、涼しい顔をしているのだから凄いものである。

 

 「おい、ここから先へは進むな」

 

 そう言ってきたのは一人の男性騎士。その言葉にこくりと頷き、進むなと言われた方向へと視線をやると、殿下たちとヒロインちゃんの姿。そしてその後ろにはソフィーアさまと辺境伯令嬢さま以下、お貴族さまたちが群れをなしていた。彼らの周囲を護衛しているのはおそらく貴族の騎士科や魔術科の生徒なのだろう。その外縁を正規の騎士や軍の人が、注意を払っている。

 

 警備が厳重なのは理解できる。この国の未来を背負う人たちなのだし。けれども過保護過ぎではと思ってしまうのは、私の心が擦れているからだろうか。

 険悪な雰囲気が流れているなあと横目でみながら歩いていると、ジークの背中が突然鼻にあったった。

 

 「ナイ、止まれ。……ゆっくり後ろに下がるんだ」

 

 いつもよりトーンの低いジークの声に従って、ゆっくりと下がっていくとリンは私を背に庇って前に立ち腰に下げている両刃の剣を抜いて構えた。

 

 「兄さん」

 

 「大丈夫だ。数は少ない。大方、群れからはぐれた個体だろう」

 

 そう言って前を見ると王都の街中で見る犬よりも二回りほど大きな狼が三匹。凶暴な顔をみせ牙をむき出しにているので、私たちを標的として狙うことを決めたのだろう。

 

 「どうするの?」

 

 「前の一匹を俺が。後ろの二匹、いけるか?」

 

 「ん、わかった」

 

 腰を低くして剣の柄に手を伸ばすジークはゆっくりと長く息を吐いた、その刹那。

 一足飛びで前で唸っていた狼の首を斬ると同時、リンが構えた剣を横薙ぎに一閃すると奥にいた狼の腹を斬る。最後に残った一匹が一瞬怯み、こちらへと向かう様子を見せたけれど怖気づいたのか、深い森の中へと姿を消したのだった。

 

 「……肉」

 

 生い茂る草の上に倒れた狼をまじまじと見つめて、小さく口から零れる。

 

 「肉だな」

 

 「肉だね」

 

 「食べられるよね?」

 

 「魔物じゃないからな」

 

 「うん。食い出がありそう」

 

 動物を殺めてしまった罪悪感はほとんどなく、昼食と夕ご飯が豪華になるという元孤児らしい考え方だった。

 幼い頃の食生活が悲惨極まりないものだったので、植物や動物を見ると食べられるか食べられないかで判断する癖がついている。食べられそうなものに手を付けてお腹を壊してしまったことは、何度もあるし。

 

 寄生虫が怖いけれど焼いてしまえば問題なくなる。今なら治癒で治せてしまうから、お腹を下しても問題はない。無傷で仕留めたならば水場に行って狼を水へと漬け込みたいとこだけれど、今回は刀傷が既についているのでナイフを手に取り血抜きを始めた。

 

 「奇麗に剥げば毛皮になるかな?」

 

 「どうだろう、そのあたりは専門じゃあないから」

 

 冒険者登録でもして納品すれば、どうなるのか受付の人から情報を貰えるだろうけれど。生憎と冒険者じゃないし。

 

 「でもこれ移動に邪魔だよね。まだ続くんでしょ、行軍訓練」

 

 割と大型の四足動物二頭分だから、結構な量だし捌くのに時間が掛かる。

 

 「必要な分だけ持っていこう。あとは埋めて処理するか。死体で何を引き寄せるかわからんからな」

 

 三人で意見を出し合っていると、私たちのグループの監督者である顔見知りの軍人が近寄ってくる。

 

 「仕留めたか」

 

 「はい。それでこの肉をどうしようかと……」

 

 「死体といわないで肉というのはどうかとおもうぞ……いや、君らはもしかして平民出身か?」

 

 その言葉にこくりと頷く。孤児だということは隠していないけれど、大っぴらに吹聴することでもない。

 

 「なるほどな。――しかしこの森で狼とは珍しい」

 

 「?」

 

 なるほどという声から後は小声で聞き取ることが出来なかった。

 

 「まあ、せっかく食える肉を捨てるなんて馬鹿のすることだな。――よし、手の空いている連中で運んでおいてやるよ。報酬はわかってるな?」

 

 肉を融通してくれということなのだろう。軍も食事は出るけれど、街で食べるようなものは出ないだろうし。

 ちゃっかりしているなあと苦笑いするけれど、三人ではこの三日間で食べられない量である。だったら好意に甘えておくかと、お願いしますと頭を下げたのだった。

 

 ◇

 

 ――行軍訓練は続いてる。

 

 森の中で一体どのくらいの時間をさ迷ったのだろうか。流石に体力のない人たちは疲れているようで、途中で休憩を挟んだりしていた。慣れない森の中、魔物や生き物に気を配りながら、歩いているのだから当然か。

 

 「ん?」

 

 「あら」

 

 「なんだ貴様らか」

 

 前が見えないほど生い茂っている草むらから抜けると、ソフィーアさまと辺境伯令嬢さまに、騎士科の女性数名に護衛の人たちと鉢合わせしたのだった。私たちの姿を視認した途端に安堵の表情を浮かべていたので、どうやら魔物か獣にでも間違われていたようだ。

 

 しかしまあ護衛の人数が凄いことになっている。

 

 学院の騎士科の人たちが彼女たちを守るのは訓練だから当然として、私たちには軍の人が数名一緒に行動を共にしているけれど、彼女たちには軍の人間数名と正規の騎士が十名ほど就いていた。随分と大所帯ではあるけれど、彼女たちは殿下や伯爵家子息の婚約者。今更死なれて婚約者探しなんて大変だから、こうして警備も厳重なのだろう。

 

 「血が付いていますわね?」

 

 「怪我をしたのか?」

 

 「いえ。先ほど二人が倒した狼の肉を捌いていたので、その血が服についてしまったようです」

 

 ジークとリンに視線を寄こして、彼らが倒したのだとアピールしておく。私は狼を倒せるような魔術は使えないので、勘違いされても困るし。

 彼女たちは貴族だからおそらくそれなりの魔力を有しているだろう。そして幼い頃から十分な教育も受けているから、狼くらいならば簡単に倒せそうだ。

 

 まあその前に騎士科の彼女たちの出番だろう。

 

 その為の訓練だ。護衛対象に獲物を取られたなどと噂を立てられれば、メンツが潰れてしまうだろうし。

 

 「そうか」

 

 「しかし、生臭いのは頂けませんわね。近くに沢がありましたから、落としてくるといいですわ」

 

 「だな。――他の魔物や獣が臭いにつられる可能性もある。騎士や軍の人間が居るとはいえ魔物が出る森だ、用心するに越したことはない」

 

 確かに臭うのかも。獣の生血だし、変なものを引き寄せてもジークやリン、そして軍の人たちを危険に晒してしまうから助言をありがたくいただこう。

 

 「お気遣い、感謝いたします。ソフィーアさま、ヴァイセンベルクさま」

 

 名を呼ぶ順番にも気を付けてたのだけれど、不敬になっていないよね。難しいよね、こういう貴族特有のしきたり、とでも言おうか。

 

 「かまいませんわ、同じ学び舎で共に過ごしてきたのですから、そのような畏まったものなど必要ありませんことよ? ――ところで何故わたくしだけ家名なのです?」

 

 「呼べんだろう。彼女は平民だ」

 

 辺境伯令嬢さまにソフィーアさまがため息を吐きながら、私の代わりに答えてくれた。

 

 「あら、あの娘も平民でしょう? この間、アレに苦言を呈していましたら話に割って入ってきて、わたくしに向かって堂々と名を呼びましたわよ? ――とても愉快でしたが」

 

 アレというのは婚約者のあの人だろう。何故こんな森の中にまで鉄扇を常備しているのか理解できないけれど、どこからともなく出てきた鉄扇が軋む音が聞こえてきたのだけれど口元だけ笑って、目が笑っていなかった。同じ屋根の下で学んできた人間にカウントされていないヒロインちゃんに少々同情しつつ、怒りを露にして辺境伯令嬢さまは言葉を続けた。

 

 「躾が必要かしら……?」

 

 「どちらに……いや、アレらに躾が入るのか?」

 

 割と酷いことを二人とも言っている気がするのだけれど、あの五人とヒロインちゃんの行動を見ていれば疑うのは仕方ない。

 殿下も伯爵家嫡子も彼女たちから、なんらかのアクションを起こされているというのに変化が一向に見える気配がない。特進科だけだったものが周囲にも噂が広まり始めているので、どうするのやら。

 

 「どちらにも。そして入らないのならば無理矢理にでも言い聞かせましょう――って話が逸れていますわね。わたくしのことは家名で呼ばず名を呼ぶことを許しましょう」

 

 「ご厚意有難うございます。セレスティアさま」

 

 「ええ、ナイ。立場さえ弁えていれば、こうして友好な関係を築けることでしょう。それに気付かせて頂いた貴女には感謝いたしますわ」

 

 私の名前を憶えていてくれたことに驚きつつ、とんでもございませんと答えて小さく礼をする。

 そうやって気付くことが出来たのは本人の素直さ故なんだろう。平民を貴族ではないからとあからさまに嫌う人もいるから、こうして仲が良くなれるのなら喜ばしいこと。とはいえ滅多にお近づきにはなれないだろう。やはり、貴族と平民には壁がある。

 

 「では、血を落としに行ってまいります」

 

 「ええ。十分に汚れを落とすのことですわ」

 

 「ああ、気をつけてな」

 

 二人と女騎士候補の人たちに頭を下げて一路沢を目指せば、彼女たちも再び森の奥へと消えていったのだった。

 

 ――ところで狼の肉って美味しいのかな?

 

 



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0012:言い掛かり。夕食。

 沢で血を落としてから暫く行軍訓練が終わり、森の中の広場へと戻ってきた。周囲のみんなは緊張していたのか疲れを見せているけれど、これから夜ご飯の準備や寝床の確保などやることは沢山ある。

 

 「とりあえず、水の確保か」

 

 「うん。さっきの沢がこっちに流れているはずだけれど……」

 

 訓練の最中に森に自生していた果物やきのこに食べられる野草なんかもゲットしている。学園から支給されるものは麦と塩のみだから、水を確保しなければ調理もなかなか難しいものになる。

 味のしない麦粥でも作ろうかと三人で決めていたのだけれど、肉を手に入れているので少しはまともな食事になりそう。

 

 「ナイ、俺たちは水場を探してくる。一人で平気か?」

 

 とりあえず寝床を作る場所は確保した私たち。面倒な人は寝袋や毛布で凌ぐみたいだけれど、教会から借りてきた大きな布とロープがあるので、かなり簡易的ではあるけれどテントを張ることにしている。

 まだ作業には取り掛かれていないけれど、やるべきことをやった後でその作業に移る予定だ。

 

 「うん。この辺りウロついて枝を拾って火を熾しておくよ。――二人とも気を付けてね」

 

 火の確保は野宿において重要なものなので、大事な仕事である。

 

 「ああ。――無理するなよ、戻ったら手伝う」

 

 「行ってくるね」

 

 革の水筒を腰からぶら下げているジークとリンが踵を返し森の中へと消えていった。おそらく先程教えて貰った沢の延長線上にこの場所があるから、そう時間は掛からないだろう。

 

 「よし、私も枝を拾いますかね」

 

 そうひとりごちて作業を開始するのだけれど、周りの人たちも目的は似たようなもので行動を開始していた。これは早い者勝ちになるのだろう。

 出遅れれば今の場所より遠くまで足を運ばなければならなくなる。水を確保をお願いした二人には申し訳ないので、気張らなければと歩き始める。

 

 「勝手に遠くへ行くなよー。行くなら一言告げていけー」

 

 あまりやる気のなさそうな特進科担任教諭の声が聞こえてきた。とりあえず広場からあまり離れず枝を拾いに行く。薪の前に焚き付けしやすい、ようするに火が最初につきやすい材料を集める必要があるので細い小枝を探す。

 スギの枯れ葉や松ぼっくりがあればいいのだけれど、残念ながらこの森には自生していないようだ。地面に落ちている木枝で乾いたものを選び折ってみて『パキッ』と音がするものが極上の焚き付けに適しているので、いくつか折って確かめる。

 

 あとは薪となる太い枝だ。硬くて重い木は火が点きにくいけれど一度燃えれば火持ちが良いので、そういうものを選んだ。

 そうして何度か拠点を往復する。体がちんまいので他の人より回数が多くなってしまうのはご愛敬。

 

 「あ」

 

 「……」

 

 そうこうしていると、何故だかヒロインちゃんと殿下方ご一行とばったりと出くわしてしまった。こうして面と顔を突き合わせるのは、学院で貴族の人となりを彼女に話したとき以来だし、殿下方ともその翌日に詰め寄られて以来になる。基本的に関わることはないのだけれど、どうしてこうなってしまうのだろうか。

 

 「――何か?」

 

 殿下とヒロインちゃんを守るように、側近候補の緑髪くんと他三人が前に出た。どうにも彼らからの印象が地に落ちてしまったようで、良く思われていないようだ。

 目の前の人たちはヒロインちゃん至上主義のようなので仕方ないけれど、その行動で周囲にどのような影響を与えているのかを考えたことはあるのだろうか。

 

 「いえ、殿下の行く手を阻んでしまい申し訳ございませんでした」

 

 深々と頭を下げる。彼らと鉢合わせになったのは本当に偶然だ。薪拾いの為に下を向いて歩いていたことが、仇となってしまった。

 

 「以前は邪魔が入ってしまい伝えられませんでしたが、卑しい者が我々に近づくべきではありません」

 

 「ああ、貴様の経歴を調べさせたが貧民街出身だそうだな。素性も分からない者が俺たちに近づくなっ!」

 

 側近の緑くんと偉丈夫な赤髪くんが、私に詰め寄る。

 

 素性はある程度調べればすぐに分かるので、私が孤児だったことを知っている人がいても不思議ではない。

 ただ、私が聖女であることを吹聴しないで欲しいと周囲の人たちにお願いしているだけなので、素性は調べたのなら直ぐに分かりそうだけれども。軍や騎士団の人たちにも知られているのだけれど、誰が調査したのだろうか。

 

 というか彼らから見れば『卑しい者』という言葉にはヒロインちゃんも含まれてしまうような……。その言葉にはいろいろな意味があるけれど、今回の場合は身分や社会的地位が乏しいという意味が適当なはず。いいのかな、お気に入りの子を蔑む言葉を簡単に口にしてしまうなんて。

 

 「ですね。教会で信者たちからの寄付で生活をしているというのに、身を弁えず……聖女の仕事もしているようですが、どうせ碌な働きではないでしょう」

 

 あ、流石に知ってたのか。

 

 私が聖女だと言ったのは、教会の枢機卿子息の紫髪くんだった。教会の宿舎は確かに信者の方からの寄付で賄ってはいる。いるんだけれど、全てを無償で行っている訳ではない。

 食費やら光熱費やらを毎月寄付という形で納めている。私だけじゃなくてジークやリンに宿舎に住んでる人たちは全員だ。もちろん事情のある人は免除されるけれど。

 

 最近は学院があるので、聖女としてお勤め回数は減っているけれど、根回しは済ませてる。

 私がやるはずの仕事を誰かが肩代わりしてくれているのは明らかなので、他の聖女の人たちや治癒を施せるシスターたち。そして遠征に同行する軍や騎士団の人たちにも。

 

 「それに魔術の授業でも貴方は碌に発動できていない。そんな者が聖女としての務めを果たすことなど出来るはずがありません」

 

 魔術師団長子息の青髪くんだった。確かに広域殲滅魔術をぶっ放す聖女さまも居るけれど……。『聖女』というのは称号であって、個々人の能力にかなり左右される為に適材適所で配置される。

 この辺りのことは王国や教会は黙っているので、知らなくてもしかたない。

 なんでもできる万能型ではないし、学院の魔術の授業は基礎をすっ飛ばした応用編。普通科に進む予定だったのに特進科へと転科になってしまったので、攻撃魔術に関してはおろそかにしており基礎や初歩しか使えなかったから仕方ないのだけれど。

 

 反論したらしたで恐らくまた『卑しい者』と言われてしまいそうなので黙っておく。

 

 沈黙は金なり。――よく言ったものだ。

 

 「――反論する気もおきぬのか……アリスに詰め寄ったことを謝っていないそうだな、貴様はっ!」

 

 彼女と話したかったけれども、貴方たちがしっかりとガードしてて近づけなかったのです。彼女の家を知らないし、家に行ってまで話すことでもないしなあ。どうしたものかと考えていると、意外な所から助け船がやって来た。

 

 「みんな、止めようっ! ――私にはみんなが居るけれど、彼女はクラスにお友達がいないから寂しいんだよっ! きっと!!」

 

 五人と私の間に入り、両手を広げてヒロインちゃんは叫んだ。

 ぐさり、と胸に刺さる言葉を彼女は口にした。いやだって特進科はお貴族さまと平民二人しかいないのだから、交友関係は随分と限定される。で、唯一友人になる可能性があった彼女は殿下たちと仲良くなっているのだから、原因の一端は彼女のような……。

 

 いや、人のせいにするのは良くないなあと頭を振ると『アリスは優しいな』とか『目の前の女とは大違いだ』とか好き勝手言っている。

 

 早くこの状況から逃げられないものか……と頭を抱えるのだった。

 

 ◇

 

 殿下たちとヒロインちゃんとばったりと出くわしお小言を貰ったのだけれど、勝手に盛り上がって勝手に去っていった。

 去り際にヒロインちゃんが、彼らに見えない角度でにやりと笑ってた。どうやら前回の話し合いで嫌われたのだろう。

 

 「……災難だったな」

 

 「側にいてあげられなくて、ごめんね」

 

 水を確保して戻ってきた二人は戻ってすぐ、私の話を聞いて頭を下げた。

 

 「大丈夫。むしろあんな所に二人が出くわさなくてよかった」

 

 ジークとリンは私と一緒に居ることで受けてしまうとばっちりだ。聖女として行軍している時も、時折お貴族さまからお小言を頂くことはあった『こんなみすぼらしいのが聖女……』『子供になにができるというのだ……』とか。他の聖女さまはぼんきゅぼんの人が多いし、見目麗しい人が多いので私に向けた『みすぼらしい』という言葉は正解である。

 わざわざ口に出す必要はない気もするけれど。どうにも、お貴族さまはこうしてマウント合戦をしたがる人が多い。

 

 「ああ、居たな。ほら、さっきの肉だ、受け取れ」

 

 顔見知りの軍人さんは私たちを探していたようだ。小脇に肉を抱えたまま、暫くさ迷っていたのだろう。

 

 「ありがとうございます、助かりました」

 

 「いんや、俺たちも配給食だけじゃあ足りんからな。任務中で狩りも出来ないから助かった」

 

 例年より警備の人数が多いので、人手が余っていたのだろう。余裕がなければ肉を運ぶだなんて申し出はなかったはずである。

 

 「上手いヤツに捌かせておいたから、あとはお前たちで好きにしろ。――そうだ、捌いたヤツが今度一緒になった時に教えてやると意気込んでいたぞ。食える所を無駄にした素人の捌き方だと嘆いていた。じゃあな」

 

 有難いことに、こうしていろいろと知識が増えていく訳である。

 布に包んでいた肉を渡してくれた彼は、片手を挙げながら去っていく。手渡された肉は随分とあるので、三日間そうそう飢えることはなさそう。

 

 「ん?」

 

 抱えてた肉に違和感があったので、その場で開けてみる。

 

 「どうした?」

 

 「?」

 

 「お肉以外に、なにか入ってる」

 

 三人で見ると中にはレモンが一個入っていた。肉にかけて味変でも楽しめという気遣いと、肉の礼も含まれているのだろう。

 

 「律義だね」

 

 肩を竦めながら笑うと、ジークとリンも笑う。

 

 「火熾して、ご飯の準備するね」

 

 そろそろ陽が沈み始める頃合いなので、明るいうちにやれることはやっておきたい。

 

 「なら寝床やら準備しておく」

 

 「私は?」

 

 こてりと首を傾げたリンにジークがこっちを手伝ってくれと言っているので、調理に関わる気はないようだ。

 

 前世で自活していたので一通りの家事はできる。道具が全く違うのは頂けないけれど、もう慣れた。支給された麦と塩に持参してきた底の浅いダッチオーブン。大きなものは流石に移動の際に疲れてしまうので、小さめを用意したのだ。

 それでも重いけれど、重宝する。麦粥を三人分用意するくらいならなんとかなるし、煮る焼く蒸すなんでもござれなのだから。

 

 周囲のみんなはサバイバルに慣れている人と慣れていない人に別れていた。

 

 寝床造りや火熾しに悪戦苦闘している人もいれば、さっくりと済ませている人に寝袋だけだして広場をウロウロしていたりと様々で。

 初日なのでご飯抜きで過ごそうという猛者もいるようで、火熾ししている合間に視線を向けるとそれぞれの特徴がでていて面白い。

 

 「――さて、美味しいものが出来るといいんだけれど」

 

 そうはいっても麦に塩で味付けしただけなので、期待は出来ないなあ。孤児時代ならばこんなものでもご馳走だったというのに、この数年で美味しいもののレベルが上がってる。

 肉があるので、そっちに期待だなあと横目で見ながら、沢の水を一度煮沸し粗熱がとれたら違う革の袋へと流し込む。これで飲み水の確保は完了だ。

 

 持参していた水というか、ワインを水で薄めたもの――アルコール度数は低い――を用意していたけれど、量を持てないので現地で確保することにしていた。

 水場は見つけたのでちびちびと飲む量を考えながら消費しなくてもよくなったので、水場を見つけられたことは有難かったし、粥に使うと味が移るので使いたくなかったのだ。

 

 小さく鼻歌を口ずさみながらぐつぐつと煮えてくる鍋を見つめてると、陽も随分と落ちてきており西の空は茜色に染まり、東の空は藍色へと変化していた。もうすぐ一番星――金星じゃあないけれど――がみられるなあと鍋から視線を外して空を見上げるのだった。

 

 ◇

 

 ぱちぱちと音を鳴らしながら火が燃える。熾した火の回りには枝に肉が突き刺されており、焼けてきたのか油が落ちていた。少ないけれど。

 

 「お肉っ!」

 

 「肉だな」

 

 「肉だね」

 

 幼馴染三人組の中で一番騒いでいるのは私なのかもしれない。だって久方ぶりだし、美味しいものにありつける方法はお金をださなきゃならないし。甘味も砂糖類は貴重でありお貴族さまの御用達なので、庶民には中々口にあり付けない。王都で肉は高いし、平民であればお祝い事があったときに食べるくらい。

 

 牛は神事の時に捌いて振舞われるくらいなので、聖女の仕事をこなしている場合が多いのでありつけない。それに牛や馬は耕作の為に使われる為、重宝されているので中々捌かれることがない。

 となれば鳥か兎か豚くらいが主になってくるのだけれど、豚は量産がしやすく何でも食べる上に更に糞便も処理してくれる為重宝するのだけれど、王都は糞便をまき散らすことを禁止にしたのでなかなかに育成が難しくなってしまったそう。兎は飼育するよりハンティングで得るという意識が強い。鳥も捕まえて食べるのが主流。王国で畜産業が発達するのはまだまだ先だろう。

 

 牛肉が食べたいけれど、諦めるしかないのである。

 

 それでも肉が口にできるので贅沢ではあるけれど。牛肉、久方ぶりに食べたいなあとしつこく思いつつも日本で食べていた和牛のような味には届かないだろうなあ。品種改良された上で、日本人好みのものに仕立て上げたのだから。

 

 「熱いぞ」

 

 「ありがとうジーク」

 

 「兄さん、ありがとう」

 

 肉を焼くのは何故かジークの役目になっていた。器用にナイフで焼いた肉を切り分けてリンと私に渡してくれた。

 熱いのは苦手なので少し冷ましてから口にする。独特の臭いがあるけれど食べられないことはないし、腐りかけの肉を食べた時よりも美味しいので文句はない。まあ胡椒で塩で味を誤魔化しているという部分もあるだろうけれど。

 

 「レモンかけてみよう」

 

 くし切りにしていたレモンをひとつ掴んで、適量を滴らせる。見ているだけでよだれが出てくる光景で、

 

 「どうだ?」

 

 「かけたら、凄く味があっさりするね。その人の好みによるだろうけれど」

 

 私の言葉を聞いて、おもむろにレモンを手に取って掛けている二人。なるほど、レモンがどんな味なのか分からなかったから躊躇して、私に聞いてきたのかと苦笑い。

 

 「ああ、確かにあっさりするな」

 

 「うん。面白い味」

 

 お試しで食べてみようと味見をしただけなので、一旦口にするのをやめる。椀型の木でできたお皿をだして麦粥をよそって、二人に渡す。

 

 「すまない」

 

 「ありがとう」

 

 「味付けが塩だけだから、物足りないかも。一応食べられるようにはなってるよ」

 

 味見はしておいたので十分口に出来るものには仕上がったのだけれど、出汁とかが手元になかったので物足りないというのが本音。

 

 「いただきます」

 

 「いただきます」

 

 「いただきます」

 

 日本ではおなじみの挨拶を口にし手を合わせる。以前、つい癖で口走ったことがあり、言い訳につぐ言い訳をして二人を納得させた。

 二人は神に祈りを捧げるよりもこっちの方がしっくりすると言って、食べる前に手を合わせるようになった経緯がある。ちなみに王国ではキリスト教のように神に祈りを捧げるのが主流だった。

 

 神に祈りを捧げない聖女ってどんなもんよ、と疑問になるけれど教会の人たちは無理強いはしない。

 

 聖女としての役目を果たせれば、文句はないそう。孤児院では神の教えを説いているので、いろいろと思惑があるのだろう。

 

 「お肉美味しい。ごちそうさまでした」

 

 「ごちそうさん。そりゃ良かった」

 

 「食べたい、食べたいって言ってたもんね。ごちそうさまです」

 

 三人でもう一度手を合わせる。王都で贅沢な食事といっても野菜がメインであることが多い。多少の肉が入っていることもあるけれどがっつり食べる選択肢はかなり少ないので、今日は本当に良い日である。

 

 「さて、明日に備えて早いが寝るぞ。リンと俺は交代で夜番だな」

 

 騎士科は歩哨に立つことを課せられているので、他の学科の生徒とは少し違っていた。

 

 「私は?」

 

 流石に二人だけに任せるというのも気が引けるというものである。

 

 「ナイがやっても意味ないだろう。騎士科じゃないし、寝てなるべく疲れを取っておけ」

 

 「うん。明日も食料の調達しなくちゃだし、ゆっくり寝てて」

 

 行軍でも聖女は優遇されていて夜番なんてやったことはないからなあ。二人にごめんねと頭を下げて、寝床に就く。

 そういえば教会は肉を食べることを禁止してないなと頭の片隅によぎり、適当だよなあと呆れた顔を浮かべながら目を閉じたのだった。



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0013:孤児のように強く。前兆。

 夜の帳が下りる。

 

 鬱蒼と茂る木々が星明りを遮って、暗闇を更に暗くしていた。周りの人間は各々食事をしたり既に眠っている者など様々だ。

 私は食事を済ませたあと時間を持て余し、周囲を軽く歩いて回っている。一度寝床に入ったが野宿など慣れない身の上、まったく眠気が襲ってこなかった。

 

 笑い種だ。公爵令嬢として他の者に示しがつかぬと一度息を吐きながら頭を振る。

 

 お付きの侍女も執事も居ない――もちろん護衛の騎士は就いているが――状況に違和感を覚え、彼らがいなければ何もできないのだと思い知らされる。

 この森に居る学院生で平民出身の彼ら彼女らには当たり前のことなのだろう。水場を確保し、火を熾し、寝床を用意することなど。時折聞こえる笑い声は、貴族出身者ではなく平民からなのだから。

 

 何故そんな不慣れな人間を合同訓練に参加させるのかは、騎士科や魔術科の訓練と学院の生徒と仲を深めるという意味合いが名目ではあるが、何もできない貴族の子女にこうして野宿を経験させることが一番の目的なのだそうだ。

 おそらく有事の際に我が儘を言わせないようにとの配慮なのだろう。二泊三日で大きなものが得られるとは思い難いが、経験しておくのは悪いことではない。

 

 「――貴族とは、か……」

 

 特権を備えた名誉や称号を持ち、それ故に他の社会階級の々と明確に区別された社会階層に属する集団。

 公爵家ともなればその責務は多大で王国軍の元帥の地位を担う祖父は、大陸の近隣情勢がまだ安定していなかった頃は国の防衛の為と若かりし頃は西へ東へと奔走していたし、騎士団や魔術師団との折衝に苦心していたと聞く。父も次期元帥候補と呼ばれ名高いし長兄も軍属となっており、ハイゼンベルグ公爵家は軍人家系としてその名を馳せている。

 

 私も祖父や父の背に憧れたが生憎と貴族の女の役割など、他家との繋がりを求めるのみだった。

 

 もちろん家族は私の幸せを願ってくれるが公爵家としての自負もある、数々舞い込む縁談から良きものをみつけようと難儀している父と母の姿を知っていた。

 そんな折に第二王子殿下との婚約話が降って湧いたそうだ。話があると告げられ父の執務室へと赴けば、祖父の姿まであった。これは何かあったのだなと幼いながらに感じ取っていた。

 

 『第二王子殿下との婚約打診が王家からきた。ソフィーア、君はどうしたい?』

 

 選択肢を与えてくれていたのは親の愛だったのだろう。執務机に座る父と応接用のソファーにどっしりと構えていた祖父の顔は、嫌ならば断っても良いと如実に語っていたのだから。

 第一王子妃の婚約者は他国の王女が据えられていたから、その座はあり得ない。

 公爵家ともなれば王家との繋がりに旨味は薄いのかも知れないが、掲げるものがあった当時十歳の私には都合がよかった。

 

 『よろしくお願いいたします、お父さま』

 

 そうして二つ返事で頷いたのだった。それから第二王子殿下との顔合わせに、王子妃教育の開始。公爵家での勉強にと忙しい日々が続いたが、苦を感じることはほとんどなかった。

 とはいえ器用な方ではないから、難儀することもあったし心が折れそうになることもあったが、五年の間に婚約を白紙にされていないということは、私が認めて貰えたという証。

 

 ヘルベルト殿下との仲は良くもなく悪くもなくという関係だったが、学院へ入ると状況が変わった。

 

 月に一度の茶会も初めて取りやめる旨の知らせが届いたし、私の窘めもなかなか受け入れてもらえない。特進科へと転科した平民の内の一人が原因であることは明らかであったが、愛妾にするというのならば問題はないのだが殿下から明言されていない。一抹の不安を感じつつ、学院へと進んでから一ヶ月の時間が過ぎるが、日々は変わらず過ぎていった。

 

 どこかで引っ掛かりを感じていたものが、今日氷解した。

 

 彼女たち三人に王城で声を掛けた時から抱いていた違和感だった。

 

 ――今でもあの光景は私の心の中に強く鮮明に残っている。

 

 仲良さそうに熾した火を三人で囲み、和気あいあいとしている彼らの幼き頃を。

 王国では珍しい黒髪黒目の少女と赤髪で瓜二つの顔の男女。どうして忘れてしまったのかが不思議に思えるほどにするすると簡単にあの時の光景が蘇る。

 

 とはいえ彼らは私が知っているとは露にも思わないだろう。――いや違うか、知っていたと言う方が正しい気がする。

 

 『どうしたのです?』

 

 まだあどけなさの残る八歳頃の筈だ。社交シーズンを迎える時期となる故に父と母に連れられ公爵領から王都へと入った直後のことだった。

 突然止まる馬車に疑問を浮かべると、父と母も同じ様子だった。まだ城下街だから公爵邸までには距離がある。

 

 『――ああ、どうやら事故のようだね』

 

 『まあ』

 

 馬車の窓から御者に声を掛け、外の様子を聞いたようだった。時折起こるもので、そう珍しいことではない。おそらく前を行く馬車が脱輪でも起こして立ち往生したのだろうと溜息を吐いた。久しぶりに祖父に会えるというのにこんな所で足止めを喰らうなど、と幼いながらに考えていた記憶がある。

 

 『待つしかないね、仕方ない』

 

 避けることがままならない場所なので、苦笑を浮かべながら窓枠に肘を掛けて頬杖をついている父にため息を吐く母。直ぐに動き出すのかと思えば、随分と待たせている。公爵家の家紋が付いた馬車が後ろに止まっているというのに、前を塞ぐ人は何を考えているのだろうか。痺れを切らしたのか父が再度御者とやり取りをしていた。

 

 『なにか揉めているようだけれど……出る。――二人はここで待っていなさい』

 

 話すこと暫く、父が公爵家嫡男としての顔になる。どうやら窘めに行くようだ。父が出ていけば大抵の問題は解決してしまうだろう、荒業にはなるが公爵家の名を出せば逆らえる者は居ないのだから。

 

 『旦那さま……遅いわね』

 

 母がポツリと零した言葉は純粋に心配してのことだろう。そうして御者と一言二言交わすと、公爵家お抱えの騎士が数名現れて『待っていなさいね』と私に告げて外へと向かう。

 一体なにをしているのだろうと少しばかりの苛立ちを感じて、言いつけを我慢できずに外へと向かってしまったのは、若さ故の無知と無謀さだったのだろう。

 

 『――あっ……』

 

 お待ちくださいお嬢さまという護衛の言葉を無視し、父と母の下へと駆けよればそこには路面に倒れた血塗れの少年とその彼を抱きかかえる黒髪黒目の少女の姿を私は捉えたのだった。

 

 ◇

 

 馬車から飛び出した私の姿を見た父は大きくため息を吐き、母は目の前の凄惨な光景に持っていた扇で口元を隠していた。護衛の騎士たちもこの様子を静かに見守っている。

 

 『ソフィーア、来てはいけないよと言ったのに』

 

 『見ては駄目よ、ソフィーア』

 

 『……いや、見せるべきだよ。――凄惨ではあるが見るべき現実だ』

 

 こちらへと近づき目を塞いで隠そうとした母を父が止めると、周りの騎士たちもぎょっとした顔を露にする。今更だが八歳の子供に見せるべき光景ではないが、父の判断はきっと間違っていなかった。

 

 『仲裁に入ろうとしたんだけれどね……女の子が凄い剣幕で怒ってて、情けないことにこれ以上事を荒立てないようにと見守るしかなかったんだ』

 

 機を逃してしまったねえと目を細めながら、顎に手を置く父。事情は周囲の野次馬たちから護衛の騎士が聞き出したようで、それを父が私に語り始める。

 

 どうやら馬車の前を横切った少年に馬が驚き興奮したので、その場に留まることを余儀なくされたようだ。馬車の家紋をみると、当時は成り上がりで良い意味でも悪い意味でも評判だった貴族家。黒髪の女の子が少年を庇い馬車の前を横切ってしまったことを、馬車に乗っていた当主に謝罪をしたが腹の虫が収まらなかった。

 護衛の騎士から剣を抜き少年を叩き切ったそうだ。身寄りのない孤児だと知ったうえで。誰も咎めるものがいないと理解したうえで。

 

 『どうしてっ! 何故、切ったのですかっ!!』

 

 食べることもままならず痩せ細っているというのに、よく響く声だった。そして周囲の人間を惹き付けている。身動き一つしない同じように痩せ細った少年をか細い腕で抱え、泣いていた。

 

 『あ、何故切っただと? 笑わせるな、貴族の馬車の前を遮るという大罪を犯した貧民街の餓鬼を処分したまでのことだっ!!』

 

 疑問を投げかけた少女に醜悪な顔を晒しながら剣を彼女の鼻先へと向け咆哮した。

 

 『彼は必死に毎日を生きていましたっ! そんな理由でっ……!』

 

 そんな男を真っ直ぐに見据え目を反らすこともせず、ただ見上げ叫び睨みつけていた。ここで屈してしまってはいけないのだと如実に語るように。まるで死など恐れていないように。

 

 『――もう止めろ、戻るぞ』

 

 『帰ろう、ね?』

 

 そんな少女の下に新たな少年と少女が現れた。どうやら少女の仲間内らしい。肩を掴み戻ろうと説得しているけれど、血塗れの少女はそれを拒む。

 貧民街の子供が街の大人に……しかも貴族相手に真っ向から問い詰める光景など初めて見た。場所柄故にいろいろと諦め、なし崩し的に生きることだけに主眼を置いているそんな人間たちだ。――だというのに。

 

 『貴方が彼の命を奪う必要までなかった筈ですっ!!』

 

 何故命まで奪ったのかと責め立てる。隣で誰かが飢え死んでしまっても、泣き叫ぶこともなくただただ死んだという事実を受け入れ、死体回収が訪れるのを待つだけだというのに。

 野次馬たちは叫んでいる貴族よりも、嘆いている少女たちに同情的だった。その場の空気は、興味本位で覗いていた好奇心から少女たちへの同情的なものへと変質する。

 

 『五月蠅いぞ、餓鬼っ! 貴様も同じような目になりたいのかっ!!』

 

 場に流れる空気を敏感に感じ取った貴族が慌て始めた。どうやら事を早々に収めたいらしいが、やりすぎれば悪評が立ってしまうと理解していたのだろう。

 口々に呟かれる王都の民の声を聞き焦っている貴族は言葉とは裏腹に、三人を切ることができないでいるのだから。

 

 『……ぐぅっ! 貴様ああああああああああああ!!』

 

 『――待ちなさい』

 

 大上段で構えた剣を振り下ろそうとしたその時、父の静かな言葉が街中へ響くと同時に剣と剣が鍔ぜり合う音も鳴る。

 護衛の騎士が貴族と少女たちの間に入り、両の腕で振り下ろそうとした剣を一閃し片腕一本で剣を携え静止させていた。

 

 『これ以上は貴卿になんの得にもならぬだろう?』

 

 『あ、貴方さまはっ……!!』

 

 『この場を大事にしたくないのならば、もう引きなさい。ここらで潮時だ』

 

 あくまで穏やかな声で相手を諭すように言ってはいるが、父に逆らえる者などそうそういない。次期公爵家当主という肩書は貴族の世界では幅を利かせるものなのだから。野次馬たちからは安堵の息が漏れ、孤児の少年少女たちへと同情的な視線が向けられていた。

 

 『…………っ、はい。お目汚し、申し訳ございませんでした』

 

 ここで悪態をついて去るようならば貴族なんてものにならない方が本人の為である。いかなる理由であれ公爵家の人間に謝罪がなければ言い掛かりをつけられていた可能性もあるから、成り上がりと言われるだけの実力はあるのだろう。ただ小物ではあるが。

 

 『ここに居る彼らも明日になれば今のことを忘れているよ。そのくらい貧民街に住む人や孤児の命は軽い』

 

 騒動が収まり出来ていた人だかりは、まばらに散り始めた。その光景を見ていた父は私に語り掛ける。

 

 『お父さま、それはどうしてですか?』

 

 『難しい質問だがこれだけは答えられる。貧民街は無法地帯、犯罪の温床になっているからそれを街の人間は煙たがっているんだ』

 

 巻き込まれたくない気持ちはまだ幼い当時の私でも理解は出来ていた。ただ何故弱者である彼女たちがあのように虐げられているのか、軽視されているのか納得ができず。

 

 『腹が立つかい?』

 

 道の端へと寄り、切られた少年を抱え血に塗れた黒髪黒目の痩せ細りいまだ涙を流す少女と赤毛の双子のきょうだいを見て、言葉にはせず小さく頷くだけに留めた。

 

 『そう。――ならば沢山知識を手に入れ咀嚼し考え、行動に起こしなさい。君にはその力があるのだから』

 

 父の言葉に再度無言で頷くと、私の頭に手を置いて優しく微笑んだ。手を置いて撫でるなんて初めてではなかろうかと考えながら、親の温かさすら知らず彼らは生きているのだと、子供ながらに苦い気持ちを抱いた。

 

 ――何故、忘れていたのだろう。

 

 火を囲んでいる三人を見る。幼い頃の面影はあまり残ってはいないが、記憶と照らし合わせれば十分に彼らだと断言できた。黒髪黒目は珍しいというのに学院で初めて声をかけ、ネクタイを締めなおさせた時に気付けなかったのは随分と間抜けである。

 

 ただ成長した彼女と昔の彼女とは違っていた。貧民街に住む人間と思い込んだ所為もあるのだろうが、随分と肉付きが良くなっていたし背も伸びて悲壮感というものが全くなかった。

 

 そしてようやくあの時を彷彿とさせる血濡れた彼女の姿で、忘れていた記憶が蘇った。

 彼女たちは過酷な環境下で生きて……生き延びていたのだな。

 

 『ソフィーア、きっと君が将来守るべきものだよ。――さあ、馬車へ戻りなさい』

 

 彼らは取りこぼされた者たちだ。救いの手を誰も差し伸べず、見捨てられた者。父は彼女たちを救えといった訳ではない。彼女たちと似た境遇の子を、自身で手に入れた力で救い上げろいったのだ。

 だから……私は、弱き者を救い上げてみせると誓った。肥え太った理不尽な大人に立ち向かった強さと勇気に、私もああやって立ち向かう為の強かさを。

 

 あの日あの時、何もできずに見ていただけの私が思うことではないのかもしれないが、それでも彼らが生きていたことに嬉しさを覚て。

 

 ――もう一度誓おう。

 

 誰も知ることのない独りよがりの誓いだけれど。私はきっとその立場を手に入れることが出来るのだから。

 

 楽しそうに喋っている彼ら彼女らをもう一度見る。

 

 私が上を目指すと決めた立脚点だ。その姿を目に焼き付け彼女たちに神の加護がありますようにと願いながら、その場を後にするのだった。

 

 ◇

 

 目が覚めて、起き上がる。

 

 「腰、痛い」

 

 寝床があるだけマシだけれど、痛いものは痛いのであった。欠伸をしながら手を上に伸ばし、固まった筋をほぐしてから立ち上がる。どうやらジークとリンはすでに起きているようで、寝床には誰も居ない。ぼさぼさになっている髪を手櫛で治しながら、外に出た。

 

 「おはよう」

 

 「ああ、おはようナイ」

 

 「ナイ、おはよう」

 

 「……ごめん、遅くなった」

 

 陽が昇ると同時に活動を始めるのが王国の民では基本だ。夜に煌々と明かりを灯せるのはお金持ちや貴族の特権であり、それ以外の人間はなるべく暗くなる前に一日に行うべき仕事を済ませてしまう。

 平民に子供がぽんぽん産まれて大家族になってしまう原因はこの辺りだろう。ヤることないものね、そりゃそっちに流れる。とはいえ赤子の生存率が低いので人口が爆発的に増えたりすることは稀だし、農村部では労働力入手の為に増やすという理由もある。

 

 既に作業を開始していた二人は小脇に燃料にする薪を拾ってきたようだった。一度火を消してしまうともう一度熾すのは手間なので、夜番の間絶やさずにいたのだろう。軍や騎士の人たちも周囲を警戒しつつ、自分たちの食事にありつくようだった。

 

 「朝ご飯どうしよう?」

 

 薪拾いは二人が終わらせていたのだから食事くらいは私が用意すべきだろう。といってもいろいろと制限があるので、美味しいものはなかなか作れないけれども。

 

 「昨日ウロウロしてた時に採ったものでいいんじゃないか?」

 

 「うん」

 

 二人の言葉にこくりと頷いて、袋を取り出す。昨日に木の実や果物を採っておいたから、それで済ませてしまおうということだ。

 何か他にも食べたいところだけれど……なにもなかった。干し肉とか作れたら良かったけれど、道具もないしそもそも時期があまりよろしくなかった。諦めるかと、ナイフを手に取り果物を切り分けていき、簡単に朝食を済ませた。

 

 二日目となると一日目の疲れが出ているのか能動的な人は少なく、貴族の人たちは動くことを躊躇っている。

 動けば喉も乾くしお腹が空くと学んだのだろう。あと一泊あるのだけれどこんな調子で大丈夫なのだろうか。安全は確保されているので死にはしないかと一人納得して、二日目は何をするのだろうか。

 

 特に指定はされていないし、各々自由に過ごしているようだ。それなら私も適当に過ごせばいいかなと、とりあえずお手洗いを済ませようと茂みの中へと足を運ぶ途中だった。

 

 「また、狼か?」

 

 「ああ。よく出るな……それに小物ばかりだが魔物を処理する回数が昨日より増えていると聞いた」

 

 狼の死骸を前にしながら軍の人たちがそんな言葉を漏らしていたのだった。



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0014:襲撃。覚悟の違い。

 ――何故、こんなことに……。

 

 何故か特進科のみんなが集まり行動を共にすることになった。どうやら原因はヒロインちゃんの鶴の一声で決定したそう。

 

 『せっかくだからみんなの親睦を深めようっ!』

 

 そう殿下たちに進言すれば彼らは彼女の言葉を叶えるのは当然で。赤子の手をひねるより簡単なのである。言葉にすればいいだけだもの。

 何故という疑問と、巻き込まれるのは勘弁してくださいという懇願を心の中で口にする。特進科生徒二十名と騎士科と魔術科の護衛役が三十名に本職の護衛である軍と騎士の人たちが数えるのが面倒になるくらいの大所帯になっていた。

 

 只今、拠点である広場を離れて森の中を探索中。

 

 先陣を切るのは言い出しっぺの殿下たちとヒロインちゃんの六人。その少し後ろにソフィーアさまとセレスティアさま特進科の女性たち。その左右に別れて男性陣が。

 で、私はというと一番後ろでぽつんと歩いてる。いや周りに護衛の人たちやらが居るので、この言葉には語弊があるけれど。特進科の人たちと一緒に居ないということで、一人なのだ。ここ一ヶ月間で当たり前となってしまったが。そしてその周りには騎士の人たちが固め、軍の人はその外縁部を守っているようだ。

 

 「……なんだろう、空気が重いような?」

 

 ああ、そうか目の前で見えない火花を飛ばしている彼らたちの感情でも移ってしまったのだろうか。

 セレスティアさまは鉄扇を広げたり閉じたりして忙しないし、他のご令嬢たちも気が気でない様子。ソフィーアさまは無言で前を向いて歩いているので、感情が読み取れない。参ったなあと、目を細め頭を振る。

 

 「どうした?」

 

 「?」

 

 一日目に一緒に行動していたのが功を奏したのかジークとリンがまた一緒になっていた。

 

 「ん、気の所為かな、天気も悪くなってきてるし……」

 

 違和感を感じ取りそう言って空を見上げると晴れ渡っていた朝の時間よりも、随分とどんよりとしている。木々の葉の間から零れる陽の光も弱かった。

 

 「ああ、確かにな。……明日まで持ってくれればいいが」

 

 「兄さん、多分持たない」

 

 顔を上げすんすんと鼻を鳴らすリンは何かを感じ取ったのだろう。こういう勘はリンが一番的確であまり外れない。

 

 「雨具用意しておいてよかったね」

 

 天気予報なんてない世界だから空を見上げてなんとなく予想するしかないし、ことわざ的なものがあるのでソレを当てにしてる。今回は念の為に荷物の中に雨具を忍ばせておいたのだけれど、降らない方がいいのでお天道さまには頑張って欲しい所。

 

 「ん?」

 

 「どうしたのジーク」

 

 「前が止まったな。何をしているんだ……?」

 

 「魔物が出たみたいだね」

 

 どうやら前を行く一行が魔物と遭遇したようだ。殿下たちを危険に晒す訳はないので、斥候部隊がある程度は魔物の選別しているだろう。心配する必要などないなあと、最後方で前の様子を伺うだけで気楽なものだった。

 

 「彼女には指一本触れさせない!」

 

 「ヘルベルトさま、お気をつけて!!」

 

 風に乗ってそんな声が聞こえてくる。勝手に盛り上がっている最前列の人たちとその後ろに居る人たちの温度差が酷い。ここ最近、常態化している光景なのだけれどあと三年弱耐えなきゃならないのだろうか。

 

 「アリス、下がって」

 

 「ああ、怪我をしたら大変だ」

 

 「大丈夫、僕たちが付いていますからね」

 

 「うん、こんな雑魚なんかに僕たちは負けない」

 

 彼らの目の前で対峙しているのはゴブリンだった。数は五匹と少ないし、武芸にある程度嗜みがあるのならば楽に倒せる。

 厄介なのは巣を作り繁殖して数が増えることだ。近隣の村や町の農作物に被害が出るし稀に人攫いもするので、数が増えてしまうと舐めてはいけない相手。

 

 「大丈夫かな?」

 

 「大丈夫だろう。一通りの教育は受けているお貴族さまだ。あとは切れるか切れないかの覚悟次第だな」

 

 「切ったことがないなら、躊躇するかも」

 

 相手が人間じゃないだけマシなのだろうけれど、一応は生き物である。切れば血が出るし叫び声も上げて痛がりのたうち回る。

 その光景に耐えれる人ならば問題はないけれど、精神的に駄目になって切れなくなる人も一定数は居るそうだ。度胸試しの一環だろうけれど、女の子がいるし良い所を見せたいだろうから表面上は取り繕うだろう。

 

 男の子も大変だ。

 

 私たちがこんなに余裕をこいていられるのは一度経験しているからである。初めての魔物討伐、いわゆる初陣の時なんてビビりまくりだったし、なんなら漏らしてしまうような目にもあったことがある。

 

 ヒロインちゃんの前に殿下が立つと、護衛の人たちの緊張感が一気に上がる。

 殿下は周囲の人たちの様子に気が付かないまま、ゴブリンと相対して細身の剣を構えている。装飾されているの見て、売り払ったらどんな値が付くのかが気になる所。

 

 そんなこんなをしている内に、それぞれの得意分野でゴブリンを一人一体ずつ倒したようだ。中身をぶちまけているし、魔術で倒された影響なのか生臭さと糞尿の臭いが混じって、こちらまで届く。

 臭いに充てられたのか、吐いている人がいた。強がっている人は気丈に振舞いながら、気分がすぐれない人たちを鼓舞している。こればっかりは慣れがあるから仕方ないので、その人たちを笑うなんてことはしない。

 

 「倒せたようだな」

 

 「だね。進むかな?」

 

 「死体処理があるからもう暫くは足止めだろうな」

 

 死体をそのままにすると獣や魔物が寄ってきて危ないので、大事な作業だ。殿下たちの度胸試しは終わったから、次は彼らの後ろを行く女性陣になるのだろうか。そうして暫く待っているとようやく前へと進み始める。

 

 殿下たちに怪我がなくて良かった。

 

 「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」

 

 私たちが居る場所よりも奥の方から、軍の人数名が走りながら叫ぶ。突然の咆哮に動揺が走り、この場が騒然とするのは言うまでもない。

 

 ◇

 

 「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」

 

 森の奥から駆けてきた斥候の言葉にいち早く反応したのは、急な事態に慣れている軍や騎士の人たちだった。

 

 「全員抜刀っ! ――まだどうなるか状況がわからん、慎重に対処しろよ!」

 

 殿下やソフィーアさまたち貴族の前に立ち一人の騎士が叫ぶ。他の騎士よりも装飾が派手なので、彼が現場指揮官なのだろう。

 

 「殿下方を護りきれっ!」

 

 騎士や軍人は腰に下げていた剣を抜き、魔術師は詠唱体勢に入る。逃げるべきなのかこの場に留まるべきなのか判断のつかない学院生たちは、戸惑っていた。その中で一番に行動へと移したのは、あの二人だった。

 

 「ヘルベルト殿下、おさがり下さいっ!!」

 

 騎士や軍人を前にしながら殿下を庇うように立つソフィーアさま。

 

 「し、しかし……!」

 

 ヒロインちゃんを庇いつつ、この状況に戸惑っている殿下は彼女の言葉に従うべきか迷っている様子。

 

 「ええ、殿下。――貴方は総大将、後ろでどっしりと構えてわたくしたちに命じればよいのですわ!」

 

 開いた鉄扇を閉じながら高らかに宣言するセレスティアさまは、ソフィーアさまの横に立つ。普段罵り合っているふたりだけれど、こういう時には息が合うようだった。

 

 「……っ、すまない。アリスここは危ない、下がろう」

 

 「え、でもっ!」

 

 「ええ、アリスは殿下と一緒に下がってください」

 

 「ああ、俺たちに任せろ……必ず、守ってみせる。ユルゲンとヨアヒムは殿下たちを守ってくれ」

 

 魔術師団長子息の青髪くんと近衛騎士団団長子息の赤髪くんがそんな声を掛けて。緑髪くんと紫髪くん、そして殿下とヒロインちゃんに下がれと告げる。

 

 「……わかった、気を付けてくださいね」

 

 「……」

 

 緊張した面持ちで赤髪くんの言葉に頷いた二人は、殿下と一言二言交わしてこちらへと下がってきた。

 

 「――来る」

 

 リンが小さく呟いたと同時に、ゴブリンの群れがこちらに走ってやって来たのだけれど、様子がおかしい。後ろを気にしながらこちらへと走ってきており、数も多い。

 

 「近づけさせるなっ! 第一小隊っ、突っ込めぇ!!」

 

 切り込み役なのだろう、騎士六人がゴブリンの群れへ走って突っ込んでいくのだけれど、彼らを無視してどこかに去ろうとするので切ること自体が難しい。

 小柄でありながらゴブリンの素早さに追いつけず、群れの塊を散らすだけ。そうして男子生徒の一団まで走っていくと、震えながら剣を持つ少年が歯をカチカチと鳴らしながら叫ぶ。

 

 「ああああっ! 来るなっ! 来るなぁぁああああっ!」

 

 叫ぶ少年を庇い一人の軍人が迫るゴブリンの首を剣で一閃し、地面へと倒れ込んでしばらくもがき苦しみながらこと切れた。

 

 群れで行動するゴブリンはそれなりに知恵が回るようで、波状攻撃を仕掛けたり人間の武器を鹵獲し使い、様々な手段を使う魔物だ。そんなヤツらが怯えた様子を見せながら、こちらに走って来るだなんて。しかも怯えている人間を標的と定めていないだなんて。

 

 「なんか変だよね……」

 

 「ああ、気を付けた方がいい」

 

 ジークと話しながら魔術を発動させるための前準備となる、体内の魔力を活性化させると、私の黒髪がふわりと揺れる。逃げ惑うゴブリンは騎士団と軍の人たちが難儀しつつ確実に数を減らしていた。

 

 「ゴブリン共は怯えているっ! 何故か我々を標的としていない、逃げるゴブリンは捨て置けっ! 殿下方や生徒たちの安全が最優先だっ!!」

 

 「――はっ!」

 

 指揮官の声に何人もの声が答え、軍の人たちも機能している。私の出番はこの戦闘が終わってからだろう。

 

 「なっ、今度は狼だとっ!?」

 

 「何故、狼がっ!! ――っ、なんだこの数はっ!!」

 

 また森の奥から新たな敵が現れた。でも狼なので魔物ではないけれど、図体がデカいし足がゴブリンよりも早い。鋭い牙で喉元を噛まれ首を振られたら、おそらく死んでしまうだろう。そしてなにより数が多かった。

 

 「日ごろの訓練を思い出せっ! ――取るに足りん狼ごときに我々が後れを取る訳がない、焦らず落ち着いて対処していけっ!」

 

 想定外の獣の出現に怯む様子が見受けられたけれど、こういう現場に慣れているのか立ち直りは早かった。

 

 「俺たちを完全に敵として捉えているな……」

 

 「……ああ、なにかいつもと様子がちがう気がするが」

 

 数メートル先で距離を取って狙いを定めている狼の群れに息を呑みつつ、出方を伺う。お互いに動けず、状況が止まってしまった。どうなってしまうのか予想がつかないまま、睨み合ったまましばしの時間が流れる。

 

 「なっ! うそ……だろ……」

 

 「馬鹿な……なんで、なんでこの森にっ!!」

 

 勇敢に学院生を守りながら戦っていた騎士や軍の人たちの口々から漏れる言葉は、恐怖と驚き。そして私も彼らと変わらず。

 

 ――ああ、なんでこんなことに。

 

 「フェンリルだっ!!」

 

 「フェンリルが出たっ!!!!」

 

 王都にほど近いこの森で魔物ではなく魔獣と呼ばれるフェンリルが出るだなんて。一体誰が予想できたのだろうか。

 そしてヒロインちゃんが喜色に溢れていたことなど、露とも知らなかったのである。

 



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0015:魔獣。魔術具。

 魔物ではなく魔獣の出現により森の中は大混乱を極める。

 

 恐怖におびえる学院生たちを騎士や軍の人たちが必死に宥めて、後ろへと逃げるように指示をしているのだけれど、上手くいかない。理由は怯えて動けなくなった人と闘おうとする人たちが入り交じっているからだった。

 

 貴族の子女が多く通う学院らしい理由で、家格次第で不敬と問われてしまう為、騎士や軍の人たちは強制や無理強いが出来ずに難儀していた。彼らが逃げないならばその場に留まり魔物や獣を倒さなければならない。

 

 「何故、襲ってこない?」

 

 フェンリルは私たち一団を威嚇しつつも、手を出してこない。圧倒的強者であるというのに、何故と疑問を浮かべる指揮官。

 

 「ナイ、見ろ。――足元だ」

 

 ジークの言葉に従って視線を動かすと、酷い怪我を負っていた。痛みで半狂乱になり、眷属である狼にも影響を及ぼしているのだろうか。

 

 「……」

 

 手負いの所為で動きが鈍いのならば有難いことだけれど、それでも目の前の魔獣と狼の数が多すぎる。

 

 「大丈夫だよ、三人一緒なら……絶対に」

 

 「うん」

 

 リンの言葉に頷く。そう、きっと大丈夫。孤児のみんなやジークとリンが居れば、どんなことでも乗り越えてきたのだから。

 失ってしまったものもあるけれど、手に入れたものや守りたいものがあるのだから。小さい頃の無力なままの孤児だった私ではない。

 

 「――全隊員に告ぐっ! 非常事態だっ! 魔術師は森の被害を気にするな、得意な魔術を畜生共にくれてやれっ! 騎士や軍は一人で行動するなっ! 必ず二人一組以上でかかれ! 相手がどういう行動をとるか分からん、フォローし合え!!!」

 

 その言葉に騎士の人たちが答えてフェンリルへと突っ込んでいき、剣を繰り出すけれどどれも効果が見られない。軽く前足で払いのけられて、何人もの人が軽く数メートル吹っ飛ぶ。

 

 「――"汝ら、陽の唄を聴け"」

 

 吹っ飛んでしまった人たちに基礎の治癒魔術を施した。気持ち程度だろうけれど痛みは和らいでいるはず。

 

 この緊迫した状態で何もしないというのはあり得ない。騎士や軍の人の能力を上げる魔術を使えるし、王城の魔術陣に魔力を提供してる為に、他の聖女さまやシスターたちから防御系の魔術についての理解と運用には自信があるつもりだ。全員を守ることは不可能だけれど、限定的に支援すれば少しは有利に働くだろう。

 

 「――ふう」

 

 息を大きく吐く。体内にある魔力を巡らせる。

 

 「ジーク、リン」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 私は魔術が使えるといっても、攻撃特化ではなく防御や補助に治癒といった後衛向きのものしか使えない。

 

 「引き付けるよ、派手にいこう」

 

 特進科の人たちも守らないといけないので、二人に前衛を任せるよりほかない。――また三人で拳を合わせた刹那。

 

 「……――っ」

 

 「っ」

 

 踵に力を入れ足先へ力を伝えて二人は走り出す。その加速は人のものとは思えないほどに早かった。

 

 ――生き物全てに魔力は宿る。

 

 そう、大なり小なりと生き物全てに魔力は宿っている。そして体内に眠っている魔力を呼び起こすことが第一段階。次に、己の魔力を体内から外へと自分の意思で出せるかどうかで、魔術行使の鍵となる。

 

 ジークとリンは魔術は使えない。けれど全ての生き物には魔力が宿るので、彼らも漏れず魔力持ちである。

 公爵さまに願い出て無事保護されて落ち着いたころ魔力測定を行った結果は、二人も一般的な魔力量よりも多く宿っていたそうだ。魔力持ちなのだけれど、外に放出することができないタイプ。

 

 そういう人には顕著に表れる特徴がある。魔術が使える人たちよりも肉体が強いとでも表現すればいいだろうか。だから騎士や軍に所属する人たちは、こういう人たちが多い。

 

 運動能力が高いし力も強い。ジークとリンが同年代の男女よりも背が高いのは、それも関係しているのだろう。魔術を使うことは出来ないけれど、腕っぷしに関してはかなりの使い手。――だから私はふたりを頼る。

 

 「――"吹け一陣の風"」

 

 右手を前に出し起動詠唱を兼ねた風属性の基礎魔術を行使すると、背から風が吹き髪を揺らす。――一歩。

 

 「――"かの者たちの追い風となれ"」

 

 段階を踏んで、次となる中級の風魔術。先を走るジークとリンの走る速度がさらに上がった。――また一歩。

 

 「な!?」

 

 「おいっ! なんで出てきたっ!!」

 

 「いや、まてっ! 赤髪の双子――……黒髪聖女の双璧だっ!!」

 

 どうやら騎士の人たちが誰なのか理解してくれたようだ。教会騎士の装いではないし、殿下の護衛を全うしなければならないから余裕がなかったのだろう。

 魔物討伐で一緒になった人たちの中には、軍の人だけじゃなく騎士の人もいる。軍の人たちの方は私が隊長さんに『学院行事なので』と告げたから、知らぬ存ぜぬを決め込んでおけとでも言いまわってくれたのだと思う。

 

 ――ものすごく恥ずかしいけれども!

 

 黒髪黒目の聖女なんて王国には私しかいないし、そしてチビである。ふたりは大人よりも既に背が高いのだ。魔物討伐の時は私から側を離れず、付き従ってくれている。私の身に危険があるならば、その脅威をさっさと片づけてしまうし軍や騎士の人たちが手古摺る魔物も難なく倒すことができる。

 なのでいつの間にか騎士団と軍の間で勝手に二つ名が生まれてた。『黒髪聖女の双璧』――と。私が呼ばれている訳じゃないけれど、何故か凄く恥ずかしいんだよね。何の捻りもないし、何故こんな二つ名がジークとリンに付いてしまったのか。二人はまんざらでもなさそうだったので、私が恥ずかしいだけという理不尽。

 

 「リンっ!」

 

 「――兄さんっ」

 

 一番前へと飛び出した二人は狼の集団は無視してフェンリルに一直線に向かったけれど、巨体ゆえに急所には届かない。だからジークが先に前に出てしゃがみ込むと、遅れて走るリンが彼の背中に思いっきり片足を乗せた。――私の歩はゆっくりと前へと進む。

 

 「行けっ!!」

 

 「――"吹け、吹け、吹け"」

 

 魔術が途切れないように。リンやジークの助けになるようにと、また発動させ。それと同時にジークが立ち上がると、リンが異常な高さにまで飛びフェンリルの目の位置にまで差し迫る。

 

 「――はあっ!」

 

 迫るリンの剣劇をフェンリルは避けようとして、出来なかった。怪我をしていた足にジークが剣を突き立てた為に一瞬怯んでしまい、目を狙っていたリンの剣が掠る。目から血を流しながら、痛みの所為で大きな口を開けたフェンリルが咆哮する。――さらに前へ。

 

 「ぐあっ!」

 

 「なんだ、これは!!」

 

 「耳がっ……痛い……!」

 

 最前にいた人たちが耳を抑えながら何かに耐えている。――これは……。

 

 「――"母の腕の中で眠れ"」

 

 やはり人前で詠唱しながら魔術を行使するのは恥ずかしい。無詠唱でも使えるけれど、その場合は魔力の消費量が半端なく跳ね上がるので、勿体なさすぎる。何が起こるか分からない現場で無駄なことをすべきではないから、恥など捨て去る。

 

 「聖女さまっ!!」

 

 雄たけびによる余波で苦しんでいた人たちに魔術が効いたようで、意識がしっかりしていた。驚いた顔で騎士団の指揮官が頭を下げた。

 

 「申し訳ありません、遅くなりました」

 

 「何故、こちらに?」

 

 「説明は後で。――今は騎士団や軍の人たちの立て直しと共闘で、目の前のフェンリルをどう倒すかを考えましょう」

 

 戦う意思は折れていない。ならば魔獣の打倒は可能だろうと前を向く。

 

 ――さて、みんなを守りながらどこまでできるやら。

 

 そう独り言ちて私の側に来たジークとリンに顔を向けるのだった。

 

 ◇

 

 「ごめんねナイ。一回で決められなかった」

 

 しょぼんと犬が耳と尻尾を垂れているような顔をしながら、私の側へと寄ってくるリン。

 

 「ううん。片方の視界を奪えたから十分だよ」

 

 生き物が視覚から得る情報の割合は多大である。狼の視界は三六〇度あると言われているので、単純計算で半分には減った。

 死角から攻めれば、ある程度有利に運ぶだろう。だからリンの行動は決して無駄ではない。未だに痛みに耐えかねて、こちらを襲ってくる様子はないのだから。眷属である狼もつられているのか、今のところ動きはない。

 

 「だが、どうする?――魔獣退治は難しいと聞くが……」

 

 討伐報告例が少なく攻略法が確立されていないし、特出した力を持った人間が倒すことが多いが故の弊害だった。沈黙が下りていた為なのかジークが問うてきた。

 

 「どうにか……学院の生徒や教諭方だけでも無事に逃がしたい所ではありますが」

 

 「その意見には我々も賛成です」

 

 フェンリルを気にしつつ、いつの間にか近づいていた騎士団と軍の指揮官が苦悶の表情を浮かべて隣に立っていた。

 

 「殿下や他の方々は?」

 

 あまり気にしていなかったので聞いてみる。殿下たちもであるが他の人たちも怪我なく無事であろうか。本来ならこんなことにはなっていない筈なのに、運が良いのか悪いのか。

 

 「後ろに下がっては頂きましたが、未だゴブリンや狼共がウロウロしているので単独で避難させるには危険です。しかし人数を割けば目の前の魔獣にやられてしまう可能性が上がってしまう」

 

 殉職者なんてだしたくはないだろう。被害が大きければ大きいほど遺族に対しての弔意や隊の再編等、やる事が多くなってしまうのだから。

 

 「その場にとどまって頂くしかないのですね……」

 

 危険ではあるけれど、小物が時々彼らを襲っているだけである。ソフィーアさまとセレスティアさまが指揮を執りながら生徒を鼓舞しつつ無難に倒しているので、今のところ問題はなさそう。

 

 「そう……なりますな」

 

 「……申し訳ありません」

 

 私に負担がかかってしまう場合があることを考えてのことだろう。

 

 「いえ。――被害が大きくなってしまう前にカタを付けましょう」

 

 殿下たちの警備に人数を割かなければらないし、フェンリル討伐の為の人数も割かなければならないので、采配が難しい。

 本当なら、騎士団と軍を全てフェンリル討伐に割り当てて、殿下たちの護衛は私が請け負うと言いたい所だけれど、失敗した時は何故警護を疎かにしたと罪に問われる。だから勝手は言えないので、全力を尽くすしかない。

 

 「アリスっ! 出ては駄目だっ!!!」

 

 「大丈夫だよ、ヘルベルトさまっ! 私だって魔術は使えるものっ!」

 

 殿下や二人の静止を押し切ってヒロインちゃんが前へと走ってくる。まさか学院生が出てくるなんて誰も考えていなかったようで、彼女を止められる人が居なかった。

 

 「痛いよねっ! 苦しいよねっ! でも、大丈夫だよっ!! 私が助けてあげるから!! ――さあ、心を開いて!」

 

 フェンリルの前へと躍り出て両手を広げて、大声を張っている彼女。殿下や側近五人は、悲惨な顔をして彼女の名前を呼びながら戻れと叫ぶ。

 ソフィーアさまとセレスティアさまも珍しく驚いている顔を見せ、慌てている様子なので危ないと分かっているのだろう。

 

 「死にたいのか!」

 

 「馬鹿なことをっ!!」

 

 指揮官二人が舌打ちをしそうな勢いで、言葉を漏らした。

 

 「逃げろぉおおおおお! アリスぅぅぅううう!!!」

 

 殿下の裂けるような叫び声が響くと同時痛みから立ち直ったフェンリルが彼女を一瞥して咆哮。

 

 ――"目覚めは明日の腕の中"。

 

 怪我をしていない方の前脚でヒロインちゃんへと狙いを定める。

 

 ――"堅朗たる父よ、かの者を守り給え"。

 

 フェンリルの咆哮に耐えられるようにとまた魔術を発動させ、次いでヒロインちゃんを守るための障壁魔術も施行させた。一瞬でやり遂げねばならなかったので、無詠唱である。無駄に魔力を消費したことが告げるように、身体がずんと重くなると同時に指にはめていた魔術具が壊れた。

 

 「――ナイ?」

 

 「まさか……無詠唱」

 

 察しのいい二人がいの一番に気付いてこちらを向く。

 

 「まだ余裕はあるから――他の人には黙ってて」

 

 不安にさせてしまう。魔力量は限られているものなので、使用した魔力の量と自身の総魔力量を考えながら使うのが常識である。だから無詠唱で魔術行使なんて滅多にしない。それより、きょとんとしながらその場にへたり込んだヒロインちゃんを回収しにいかないと。ついでに拘束魔術を使ってでも大人しくさせなければ、被害が大きくなってしまう。

 

 「指……魔術具が……」

 

 リンが私の手元を見てぼそりと呟いた。よく分かったなあと苦笑いをしがなら彼女に視線を向ける。

 

 「大丈夫だよ。制御が甘くなるけれどね」

 

 私の多すぎる魔力量は体の中を駆け回っていろいろと不都合をおこしてしまう。それをみかねた公爵さまが、家で雇っている魔術師に魔力を抑える魔術具を作らせて私に与えてくれた。

 公爵さまは精度が良くないと漏らしており、もっと良いものを作れる人を探しているようだけれど、見つからないそうだ。頂いたもので十分だったのでまるで気にしていなかったのだけれど、ここにきて壊れてしまった。魔術の使用は可能だけれど、制御が甘くなってしまうだろう。マイナス要素はなく威力の加減が難しくなるくらいなので、あまり問題はない。

 

 「無茶……はするんだろうが、無謀は止めろよ」

 

 「わかってる。二人とも心配しすぎ」

 

 そう笑って、こちらへと殺気を向けたフェンリルに向き直るのだった。

 



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0016:対峙。退治。

 フェンリルの前へと出たヒロインちゃんはその場から動けずしゃがみ込んだままだった。障壁を張ってあるので大丈夫なのだが、騎士や軍の人たちから見れば邪魔でしかない。

 

 「その女子生徒を下げろっ!」

 

 「はっ!」

 

 殿下と懇意にしている女子生徒ということで、扱いが難しいようだ。無碍に扱うと殿下の怒りを買うかもしれない。

 ただ今は非常時でそんなことを言っていられない状況になりつつある。

 

 「……どうして、なんで……? だってゲームじゃあ聖女として覚醒したんだよ? なんで何も起きないの……!」

 

 「さあ、向こうへ戻りましょう。ここは危険です」

 

 本来ならば首根っこを掴まれて引きずられていてもおかしくはないのだけれど、殿下の威光が邪魔をして近寄った騎士の人は強く出られない。

 

 「待ってっ! もう一回……もう一回試してみるのっ! 絶対にシナリオ通りになるはずだから!」

 

 この子はなにを言っているのだと周囲に困惑が走る。微かに聞こえた『ゲーム』と『シナリオ』という言葉にぴくりと反応してしまうけれど、今は置いておく。

 

 「駄目ですよっ、早くいきましょうっ!」

 

 聞く耳を持たないヒロインちゃん。殿下がヒロインちゃんの下へと駆けつけようとしているが、ソフィーアさまとセレスティアさまに殿下の側に残った緑髪くんと青髪くんが引き留めているので、こちらへこれない。

 

 「仕方ない、か」

 

 そう呟いてヒロインちゃんの下へと歩いて行く。障壁は未だ破られる気配はないので安全ではあるが、フェンリルの本気がどんなものか全く分からないので気を付けないと。

 

 「下がるよ、メッサリナさん――"風が吹く"」

 

 「え?」

 

 そう言い放つときょとんとした顔で私を見上げる彼女の襟首を持って、元の位置というよりも殿下たちが居る場所まで引き摺って歩いて行く。

 殿下とプラスアルファくんたちがなんだか言っているけれど、全て無視。自分に身体強化魔術はかけられないので、ヒロインちゃんに軽量化の魔術を付与してここまで運んだので疲れはない。

 

 「ここでじっとしてて。邪魔だよ」

 

 「貴様っ、アリスになんて酷いことをっ!!」

 

 「殿下、彼女が大切だというのならば、その腕の中にでも閉じ込めておいてください」

 

 ヒロインちゃんに暴言を吐くと殿下が怒ったのだけれど、そんなに大事だというのならば外に出すべきではなかったのだ。

 王城のどこかしらの一室に大事に大事に閉まっておけばよかっただろうに。最低限の生活はそこで出来るし、殿下たちがことのほか甘やかしてくれるだろうから不便もなさそうである。

 

 彼女の勝手な行動の所為で騎士や軍の人に被害があれば、その責任は誰が取るというのだ。殿下たちは取らないだろうし、ヒロインちゃんが取れるはずもない。

 不用意な被害を出した責任は指揮官へと下るのだ。きっちり仕事をこなしている彼らにその責任を押し付けるのは、理不尽である。

 

 「……!」

 

 殿下が私の言葉に言い返せなかったのは、言葉通りに腕の中にでも閉じ込めておきたいからなのか。

 取り合えず今は言葉の応酬をするつもりはないので、踵を返して指揮官さんの所へと戻る。

 

 「聖女さまの障壁で我々に被害がありませんが……」

 

 「突破口がない、ですね」

 

 ただいまフェンリルくんは絶賛暴れ中なのだけれど、障壁のお陰で被害はない。

 ないけれど、いつまでもこうしている訳にはいかない。ここは王都に近いので、仮に撤退しても逃してしまっても、王都に被害が出てしまうと軍や騎士団が糾弾されてしまう。だから倒してしまいたいのだろう、彼らは。

 私も魔術具が壊れてしまったので、普段よりは長く障壁を張れるだろうけれど、どこまでもつかが未知数だ。魔力量が少なくなれば眠くなるという前兆があるので、ある程度の予想は出来る。今のところはまだ大丈夫だけれど、さてどうしたものか。

 

 「ナイ」

 

 「ジーク?」

 

 ジークが私の側による。もちろんリンも一緒に。

 

 「もう一度、リンと試してみる。いけるか?」

 

 「いけるけれど……」

 

 「この中で身体能力と剣捌きが一番高いのはリンだ。――それに賭ける」

 

 「……でも」

 

 「大丈夫だ。お前の援護があればなんの心配もない」

 

 「だね、兄さん」

 

 私は二人の信頼を失う……いや、私が失敗したことによって彼らを失ってしまうのが怖い、と言った方が正しいだろうか。

 ずっと一緒に苦楽を共にしてきた。挫けそうになった時、支えてくれた。

 

 「そんな顔をするな」

 

 「大丈夫だよ、ナイがいるから」

 

 考えていることはいつもバレバレである。――情けないなあと心の中で息を吐いて、二人に視線を向ける。

 

 「わかった。全力で補助するよ……――だから、ちゃんとウチに帰ろう」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 五年も住めば、教会の宿舎は我が家も同然である。魔獣の出現で合同訓練どころじゃないし、直ぐに帰還命令が下るだろう。

 

 「聖女さま、我々は?」

 

 「彼らの援護と狼やゴブリンの処理をお願いできますか?」

 

 「承知いたしました」

 

 「了解」

 

 指揮官それぞれが部下の人たちへと指示を出す。

 

 私がこうして彼らに指示を出せるのは、私が作戦の中心人物になることが彼らより認定されているからである。普通、指揮権なんてものは指揮官がいるならばその人が担うべきである。指示系統が二つあるだなんて、社会主義で政治将校が大きな顔をしているくらいだろう。

 なので彼らは私の指示に従ってくれる。もちろん不服があれば異議申請は出来るし、彼らが作戦を練ることもある。今回はたまたま私が指示を出すことになったというだけだ。

 

 「邪魔をしてすまない、私たちにも出来ることはないか?」

 

 「守られたままじっとしているのは、性分ではありませんもの」

 

 作戦を練っているとソフィーアさまとセレスティアさまが、真剣な面持ちでこちらへとやって来ていた。

 

 「いや、しかしっ!」

 

 公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまに何かあると困るので、指揮官が慌てている。

 

 「魔術なら上級のものをいくつか使える」

 

 「ええ、わたくしもですわ!」

 

 マジですか。おそらく護衛として就いていた魔術師たちより威力があるものを放てるようだ。戦力にはならんか、と視線を反らさず私を視界に捉えている。

 

 「私の側を離れないで――」

 

 「――面白そうなお話をしていますね、僕も混ぜてくださいませんか?」

 

 唐突に背後から現れた人が楽しそうな調子の声を上げて、こちらへとやって来るのだった。

 

 ◇

 

 ――誰だろう、この人。

 

 というのが正直な疑問だった。この緊迫した状況で、おどけた調子で話に割って入ってきた男性。

 歳は二十代後半といったところだろうか。細身で銀色の長い髪をひとつに纏めて、柔和に笑っている。そして、またしても顔面偏差値が凄く高い。

 

 「貴方は……何故、魔術師団の副団長殿がどうしてこちらに?」

 

 騎士団の指揮官が驚いた様子で彼に問いかけた。どうやら顔見知りらしい。

 

 「――いえね、念の為にとウチの団長殿からの命令だったのですが、いやはや……このような事態になってしまうとは」

 

 団長というのは魔術師団長のことだろう。魔術師団に所属しているという証の紫色の外套を身に着けているのだから。

 過保護ですよねえ、と小さく呟いて視線を殿下たちがいる方向、つまり青髪くんへと視線を向けていた。なるほど、今回の魔術師団からの派遣要員はいつもよりも充実しているようだ。

 

 「そして異様な魔力を感じ取れば魔獣が出現しているではないですか。――これはいろいろと試すチャンスだと思い、お声がけをさせて頂いた次第なんですよ」

 

 軽い調子で喋りながら視線を私へと向けて、礼を取る。

 

 「お初目にかかります、聖女さま。――魔術師団副団長、ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。以後、お見知りおきを」

 

 家名を名乗ったという事はお金持ちの家の人かお貴族さまなのだろう。粗相をするわけにいかなくなったので、私も頭を下げる。

 

 「ナイ、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 「先生」

 

 「お師匠さま」

 

 「おや。奇遇ですねえ、お二人とも。元気でしたか?」

 

 簡単な挨拶を終えると、ソフィーアさまとセレスティアさまが副団長さまへと声を掛け何度かやり取りをしている。

 言葉尻から察するに魔術の家庭教師でもしていたのだろう。どうやら、師弟関係のようだった。

 

 「しかし、いまだに魔獣の攻撃に耐え障壁の維持をされているとは驚きです」

 

 「打開策が見つからず、膠着状態なのであまり良いとは言えませんが……」

 

 「なるほど。では僕に任せて頂いても?」

 

 「それは構いませんが……」

 

 おそらく剣などの物理ダメージは魔獣相手だとあまり通らないようだった。ならば高威力の魔術となるのだけれど、それを行使できるだけの人がおらず困っており、こうして知恵を寄せ合っていたのだけれど。

 魔術師団の副団長を任されるようなひとで、高位貴族のご令嬢の家庭教師を出来るほどなのだから、実力は間違いないだろう。

 

 「では聖女さま、ひとつお願いがございます。魔術を今から行使しますが、周囲の安全を確保して頂けますか?」

 

 「分かりました」

 

 そのくらいならば今障壁を展開維持しているままなので、応用すれば他の範囲にも適応することができるので問題はない。

 

 「ふふふ。――久方ぶりに全力が出せそうですね」

 

 にやりと口角を歪に上げて副団長さまの足元に魔法陣が浮かぶと同時、ぶわりと彼の魔力の奔流が流れて髪を揺らした。

 

 ――なんつー馬鹿魔力。

 

 多分今まで出会った人の中で一番魔力の量が高いのではないだろうか。魔力を多く有していると、相手の魔力にも敏感になることがあるそうだ。私は他の人の魔力を感知しやすい体質らしく、彼の魔力を感じ取る。

 

 「……すごい」

 

 「何をおっしゃいます、聖女さま。魔力量ならば貴女の方が僕よりも何十倍も上でしょうに」

 

 魔術を発動させるための詠唱を唱えながら、器用にこちらへと話しかけてくる。どうやら彼も他人の魔力量が分かるようだけれど、随分と余裕そうに語りかけてくる。

 場馴れしているのか、器用なものだ。魔術詠唱を一節、二節、三節と唱え、発動威力をどんどん高めていく。

 

 「――"一条の光となりて、降り注げ""彼の者を貫き、絶命させよ"」

 

 四節目、五節目を唱え終わると術が発動した。

 

 「――"風よ、強固なる風よ""我らを害する者から阻み給え""安寧を恵み給え"」

 

 強力な攻撃魔法はフェンリルを包み込み、肉体を霧散させていく。その影響で周囲には強力な衝撃波が襲う。

 これは側にいるだけで大怪我どころか死んでしまうレベルであった。そりゃ、副団長さまが私に障壁展開を願うはずだと納得しつつ、割と必死になりながら詠唱を続ける。衝撃波の威力が半端ないので、常に唱えていないと障壁もフェンリルと同様に霧散してしまう。

 

 「ああ、やはり高威力の魔術をこうして撃ち放つのは気持ちいいっ!!」

 

 「……あの人は、いつも変わらんな」

 

 「ええ。相変わらずのようですわね」

 

 いや二人とも、そんなに落ち着いた様子で会話を交わさないでください。その代わりに私が必死なのですから。

 はははと笑いながらいまだに魔術を放っている副団長さま。フェンリルは木っ端微塵どころか霧散しているというのに……楽しそうでなによりではあるけれど、そろそろ止めて頂きたい。

 

 「副団長さま。フェンリルはもう消滅しております」

 

 周りへの被害が大きくなってしまうので、さっさと高威力すぎる魔術行使を止めて欲しい。

 

 「ん、ああ。申し訳ありません、聖女さま。こうして僕が遠慮なく魔術を放てる機会はかなり限定されておりますので」

 

 にっこりと気持ちよさそうな笑顔を私に向けながら、ようやく魔術を解いてくれるのだった。はあ、と溜息を吐いて私も魔術の行使を止める。

 

 ――一体、なんだろうこの人は。

 

 突然現れ、フェンリルという魔獣をあっさりと倒してしまった魔術師団副団長さまは、大きくけ伸びをしながら『すっきりしました』と一人で喜んでいたのだった。

 ちなみに彼の教え子以外の面々はあっけにとられたまま、暫くの間放心しているのだった。

 




 もっと文章で情景を描く力が欲しい……orz


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0017:副団長さま。治療の順番。

 討伐が困難とされる魔獣のフェンリルをいとも簡単に塵芥に葬った、魔術師団副団長さま。

 周囲の人は絶賛放心中で、状況を落ち着いて把握しているのは彼と師弟関係にあった二人とジークとリン、そして私だけ。副団長さまの顔は騎士団や軍には知れ渡っているだろうし、実力を……というよりも本気の実力を見たことがない人が多数のようだった。

 

 「本当に申し訳ありませんでした。再度になりますが、滅多に高威力の魔術を行使する機会がごく限られているので、今回は本気を出せることが嬉しくて、嬉しくて、もう」

 

 いやあスッキリしましたし楽しいですねえ、と声を出していた。ただでさえ細い目をさらに細くし、口元には笑みを浮かべながら礼を取る副団長さま。

 火力が足りなかったので有難い申し出だったし、どうにか周囲に被害は及ばなかったから良いものの。もう少し術の発動時間と燃費等も考えて、なにか方法をみつけなければ。彼のような人物だったり魔獣だったりがまた現れるかもしれないし。研鑽を怠らないようにしないと。

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 魔術師には変態が多いとどこかで耳にしていた。それをこの人は体現している気がする。

 取り合えず礼を取ると、こちらへとやって来たソフィーアさまとセレスティアさまに今の魔術の術式と詠唱を教えているけれど、彼女たちも彼と同レベルの魔力量なのだろうか。

 え、副団長さまレベルの使い手が増える未来が……と、三人を眺めているとぐるりと彼の首がまわり私の方へと向く。

 

 「時に聖女さま。貴女さまの魔力量は素晴らしいのですが、十全に使いこなせていないように見受けました」

 

 「――唐突だな、相変わらずとも言うが……」

 

 「あら、そこがお師匠さまの魅力ではないですか」

 

 呆れた様子と鉄扇を広げて口元に当て愉快そうに笑っているので、急に話を終わらせてこちらに来たことは不問のようだ。

 とばっちりが来そうだからやめて欲しいなあと目を細めて、背の高い彼を見上げて口を開いた。

 

 「副団長さまの仰るとおり、わたくしは魔術に関して十全に使いこなせているとは言い難いでしょう」

 

 何より優先されたのは城の魔術陣への魔力の補填。次いで聖女としての治癒に関連する魔術。そして魔術討伐時に行う後方支援だった。

 基礎を教わってはいるものの、それ以上のものを扱える人が教会には居なかったということもあり、教えを乞う人が居なかったとでもいうべきか。

 

 多すぎる魔力量は体に負担がかかるし、多すぎるが故に行使した魔術に過剰に魔力が乗っかってしまうので、威力調整が難しい部分もあった。

 過剰に魔力を込めすぎだと怒られることがあったし、体に負担が掛かりぶっ倒れたこともある。

 

 それを危惧した公爵さまが魔術師に依頼した魔道具を壊してしまったのだけれど、不味いよなあと溜息が出そうになる。

 

 「ええ。ですから、僕の下で魔術を――」

 

 「――ご歓談中、失礼いたします」

 

 騎士と軍の指揮官二人が私の下へと来て膝をつく。

 

 「どういたしました?」

 

 おや、と軽い口調で彼らの言葉に返事をする副団長さま。

 

 「申し訳ありませんが、負傷者の治療をお願いしたく……」

 

 軽い怪我人ならば問題はないだろうし、今この場にいる人たちに大きな負傷はないのでそう時間もかからないだろう。

 殿下たちは騎士団の人たちががっちりとガードしているし、ヒロインちゃんにも余計なことをさせないようにと見張りがついていた。さっさと終わらせて戻る準備をしますかと、返事をする為に口を開いた。

 

 「わかりました。申し訳ないのですが、怪我を負った方たちを一所に集めて頂けると有難いのですが。もちろん、動けない方はそのままで」

 

 「僕は生憎と治癒魔術を使えません。――火力に特化しすぎてしまいまして。彼女たちもてんで駄目ですし、申し訳ありませんが協力できそうにありませんねえ」

 

 治癒魔術というものは苦手な人にはとことん苦手で、基礎の魔術でさえ使えない人が居ると聞く。

 目の前の副団長さまが当てはまるみたいで困ったような顔をしているけれど、深刻には捉えていない雰囲気が醸し出されている。

 

 「得手不得手がありますから、仕方ありません」

 

 そして副団長さまの口ぶりだとソフィーアさまとセレスティアさまも、治癒系統の魔術は使えないようだ。本当にこればかりは仕方ないし、恨み言をいっても始まらない。

 

 「すまない、手伝うべきなのだろうが……」

 

 「……こればかりはどうしようもありませんものね」

 

 いつも自信満々なセレスティアさまが肩を落としているし、申し訳なさそうな顔をしているソフィーアさま。――学院ではそういう感情を見せないので、珍しいことである。

 副団長さまは悪びれもなく言い放っていたのに、教え子であるお二方は真っ直ぐに育っているようで、どうかそのまま穢れのないまま育って欲しい。――貴族社会で生きるならばいろいろと黒い部分もあるだろうけれど。

 

 「いえ、聖女としての務めでもありますので――では、失礼いたします」

 

 三人に頭を下げて踵を返していると、手を振る副団長さまが視界に入った。随分と調子の軽い人が副団長をやっているのだなあと感心して、実力で選ばれたのだろうと頭の中で過る。

 

 「――ジーク、リン行こう」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 ずっと側にいてくれているジークとリンに声を掛け、負傷者の下へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 指揮官の人が前を行き、案内をしてくれる。どうやら魔術師団副団長さまとソフィーアさまにセレスティアさまと喋っている間に、いろいろと整えていたようだ。

 

 「貴女さまが居てくれて本当に助かりました」

 

 「ただの偶然ですよ。――きっと神の導きがあったのでしょう」

 

 全く信じていないというのに尤もなこと口にしながら、指揮官の人と一緒に歩いて怪我人の下へと向かう。この言葉を聞いて私の後ろを付いてきているジークとリンが、吹き出す寸前だったけれど我慢したようだった。

 

 『黒髪の聖女』とバレた時点で、孤児出身であることも理解しているはずだ。そうなると露骨に態度に出る人もいるので、指揮官の人は紳士的である。

 ならこうして嘘でももっともらしいことを言っておけば、納得してくれるのだから使い方次第であろう。

 

 歩くこと少し、怪我人の様子が見えてきた。どうやら軽症者ばかりのようで、人数は多いけれど手古摺ることはなさそう。

 

 「じっとしていて下さいね。直ぐに治りますから」

 

 怪我を負い蹲っている騎士や軍の人たちに声を掛けながら、一人ずつ治癒を施していく。ジークとリンは簡単な手当てならば習得しているので、治癒をかけるほどの怪我を負っていないひとの手当をしていた。

 どうやら輜重部隊も小規模ではあるがついてきてたようで、そこから薬や包帯を受け取って各々手当をしている。

 

 何人かの施術が終わる。見る限り重傷者はいないし、これで急ぐ必要はなくなった。あとは怪我をしている人たちに出来るだけ治癒を施すだけ。

 

 しかしまあ、これから訓練を続けるわけにもいかないし、王都へと戻るのだろうなあと空を見上げる。

 張り出した雲は空を覆っているし陽が沈む方へと視線を向けると、黒い雲が張っていた。そろそろ雨だろうなと視線を戻す。

 

 「みんな聞け、脅威は去ったが学院から直ぐに戻るようにとの指示だ。急いで拠点に戻って準備をしたのち、森を抜けるぞ」

 

 護衛の人たちを連れ慌てた様子で特進科の担任教諭がやってきた。殿下たちの様子に驚いたものの、直ぐに鳴りを潜めさせて彼らの下へと向かい説明をしていた。

 そして側にいた騎士の人たちから今回の経緯を聞いたようで、ヒロインちゃんを見て溜息を大きく吐く。

 

 「よし、行きましょう」

 

 説明を終え現場指揮官へと声を掛ける先生。面倒事は嫌いだというのに、やるべきときはやるのだなあとギリギリまで治癒を掛けながらその様子を見ていた。

 

 「ええ。――歩けない奴には肩を貸せ!」

 

 「最悪、背負ってでも行くぞ!」

 

 負傷者が居るので足早とはいかないが、それでも早いペースで進み森の広場へと戻る。

 

 「これは……」

 

 「……何故、こんなことに」

 

 フェンリルの脅威から逃れようとしたゴブリンと眷属である狼の襲撃にあったのだろう。フェンリルと闘った騎士や軍の人たちよりも、怪我の状況が酷い。

 学院の生徒も怪我をしているようで、治癒の魔術を使える人が苦悶の表情を浮かべながら診て回っている。

 

 「――っ、精鋭をこちらに割いてしまったのが裏目に出たのか!」

 

 くそっと悪態をつく指揮官の人。フェンリルが出現するなど誰も考え付かなかっただろうし、殿下の警備を怠る訳にはいかない。

 この人を責める訳にはいかないし、私もさっさと行動しなければと取り合えず一番側にいた中で傷の酷い軍の人に声を掛けた。

 

 「――今から治癒を施します。もう少しだけ我慢をお願いします」

 

 「す、みません、お願いします」

 

 痛みに耐えているのだろう。声にしづらそうに私に視線を向けた。

 

 「"君よ陽の唄を聴け""光よ彼の者に注ぎ給え"」

 

 「あ……痛みが消えた」

 

 「違和感はありませんか?」

 

 「はい、全くありませんっ!」

 

 「しばらく、無茶はしないでくださいね」

 

 奇麗に治るには時間が掛かるので、無茶をすると皮下で傷が悪化して膿んでしまう可能性もある。その時はもう一度術を施せばいいけれど、治癒代が掛かってしまう。

 だが軍や騎士団に同行している聖女が治療を行えば、実質は無料である。個人レベルの話だけれど。

 

 軍や騎士団は同行費としてお金を払っているので、その中に治癒代も含まれている。だから治癒魔術を行使すればするほど聖女は損をすることになるので、聖女さまたちからの魔物討伐が不人気な理由がそこにある。

 

 私からすれば十分なお給金なので魅力的なのだけれど、お貴族さま出身の聖女さまは金銭感覚が狂っているので、安いと感じるようだった。まあ仕方ないよねと苦笑いを浮かべつつ、次の人へ移ろうとしたときだった。

 

 「おいっ、貴様っ! 何故怪我人である俺を無視するのだっ! さっさと治せっ、この糞女っ!」

 

 騎士服に身を包んだ青年が私に文句を付けてくる。時折、お貴族さま出身の人が我先にと、軽い怪我だというのに声を掛けてくる時がある。

 大抵は同僚である騎士の方にぶん殴られて止められるのがオチなのだけれど、今回はソレがない。

 

 ああ、そういえば今日は平民服だから私が聖女であることに単純に気が付いていないだけか、彼が高位貴族出身で暴言を止められる身分の人が居ないのだろう。

 私の背後に控えているジークとリンが殺気を漏らすけれど、動かない。動いたら私が不利益を被ると理解しているからだ。

 

 面倒ならばさっさと彼に治癒を施して、次へと移るのが一番簡単ではあるけれど。

 

 彼よりも重症を負っている人はまだ沢山いるので、そちらを優先させたいのが本心だけれど、世の中不条理なことなんて一杯ある訳で。

 仕方ないと息を大きく吐いて、件の彼の方へと歩みを向けようとしたその時。

 

 「お待ちなさいな。――怪我もさほど酷くないようですし聖女さまにそのような暴言……貴族として見過ごせませんわね」

 

 「珍しく意見が合うな。――あまり失礼な態度をとるなよ、彼女は聖女であり国を守る障壁を維持することが出来る数少ない人物だぞ」

 

 いつの間に側にいたのだろうかソフィーアさまとセレスティアさまは。間に割って入ってくれたことは有難いけれど、恥ずかしいので止めてください。周りに居る人たちがぎょっとした顔をする。

 

 軍や騎士団の仲の良い人たちには私が聖女であることを話してはいるけれど、王国の障壁を維持しているなんて伝えていないんだものっ!

 

 緘口令という訳ではないが、王城で働く人たちはむやみやたらと城の内情を話せないので、必然的に情報遮断されている。

 もう一つ筆頭聖女さまがいらっしゃるので、同格の聖女を生み出したくないという思惑もあるのだろう。お貴族さまたちが勝手に後ろ盾になって、いろいろ画策して面倒になった過去があるのだとか。

 

 私の後ろに控えているジークとリンはしてやったりという顔をしていた。割とよくあうこの状況を良く思っていなかったらしく、貴族の子弟よりも国の障壁を維持することのできる一人だと周囲に認知されたことを良しとしているようだった。

 

 ああ、もう余計なことを言わないで下さいと心底願いながら、彼の相手をするのは面倒なので状況を見守る。

 

 「こんな子供が国の障壁を維持できるものかっ!」

 

 「ならば彼女が聖女の衣を纏い王城に居るはずなどあるまい。聖女といえども城に入れるのは筆頭聖女さまと彼女に連なる者たちだけだ」

 

 彼女に連なる者とは、ようするに障壁を維持する為に魔術陣に魔力提供している聖女のことである。

 

 「んなっ! 嘘だろ……こんな餓鬼が」

 

 「それ以上の発言は私に対する不敬にもなるが?」

 

 「そうですわね。わたくしの言葉も否定していらっしゃるようですが、まだ続ける覚悟がおありですの?」

 

 彼女たちの言葉を嘘だと言って否定しているから、すなわち彼女たちの家の言葉を否定することになるそうだ。

 

 「……っく!」

 

 流石に公爵家と辺境伯家を敵に回す気概はなかったようで、青年は押し黙った。

 

 「ありがとうございます、助かりました」

 

 「いや、くだらぬことをすまないな。――それに手伝うことができんしな」

 

 「ええ。確か彼は伯爵家の四男坊でしたか。爵位を継ぐこともできず騎士として燻っているのでしょうねえ」

 

 可哀そうだこと、と零すセレスティアさまだけれど顔は真顔だから微塵も思っちゃいないのかも。貴族として振舞えないのならば、腹を斬って死ねと言い出しかねない、この人ならば。

 

 「それに、治癒の魔術の使い手は少ないですから。貴女がわたしくたちに頭を下げる必要などありませんことよ」

 

 「それでも助かったことは事実です。本当にありがとうございました――では、失礼いたします」

 

 お貴族さま相手に少々失礼ではあるが、ここで無駄話をしている暇などないのでさっさと切り上げた。もちろん二人が私を咎めることなどなかったのである。




 私は、苦労人主人公が好きです。


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0018:帰り支度。一悶着。

 そろそろ雨が降りそうな感じだった。リンの勘が当たったなあと空を見上げる。魔術の使い過ぎで少々眠気が襲っているけれど耐えられないことはないし、戻る準備もしなければならないのだから眠っている暇などない。

 

 「持ちそうにないね」

 

 王都へと辿り着くまでに。まあ馬車に乗れば幌がついているので問題はないけれど、道が整備されていない所はぬかるみで車輪が嵌まって抜け出せなくなったりするから避けたい所だ。

 

 「だな」

 

 「だね」

 

 怪我をしていて治癒が必要な人たちは粗方治したので、そろそろ移動が始まるはず。帰る準備をしようと陣取っていた場所へと荷物を取りに来ていた。

 沢から汲んでいた水を念のために火を熾していた場所にかけ、寝床として利用した木材やらは邪魔にならない場所へと移動させ。出したゴミは持ち帰って、教会の宿舎で処分しなければ――といってもそんなに量はないけれど。

 

 「嬢ちゃんたち、すまんな。気軽に楽しめと言ったのにこのザマだ」

 

 片づけに追われていた私たちの下にやって来たのは隊長さんだった。どうやら怪我もなく無事に切り抜けたようでほっとする。

 

 「隊長さんの所為ではないですよ」

 

 本当に。魔獣が襲来するなんて誰も予想していなかっただろうし、本来ならばお貴族さまたちに野宿や野営を経験させるというのが、一番の目的だったはずだ。

 ジークやリンも彼とはやり取りする仲なので、私の言葉に頷いている。

 

 「まあ、魔獣なんてもんが出現したってーのに、死んだヤツがいないことだけは有難い。新兵共も初陣を生き残ったんだ、これからの糧になるだろうよ」

 

 そんなことを言いながら私の足元から胸にかけて視線を動かす隊長さん。

 

 「羽織っておけ。その格好よりはマシだろう。また今度会った時にでも、返してくれればそれでいい」

 

 施術をしていた為に服が血で染まっている。おそらく洗っても落ちないだろうなあと苦笑いしつつ、頭から被せてくれた隊長さんが使用している官給品になる黒色の外套の裾を掴んで、キチンと羽織る。

 

 「――ありがとうございます……ちょっと臭いますが」

 

 冗談ではなく、少々中年臭がしたのだった。性別が違うので余計に感じ取りやすいのだろうし、一日中着ていたらそりゃ匂いも移る訳だから、仕方ないし許容範囲だけれど。とはいえ、以前に言われたことを私はしっかりと覚えていた。

 

 「おい、まさかお前さん、最初のあの言葉をいまだに根に持ってたのか!?」

 

 「さて、どうでしょうか」

 

 くすくすと笑いながらそう返すと、後ろ手で頭をボリボリ掻きながら困った顔をする隊長さん。

 『臭い』と連呼されたあの時の意趣返しがようやくできたとほくそ笑んでいると、魔術師団副団長さまがこちらへとやって来た。

 

 「先ほどは話を遮られましたから、きちんと貴女とお話をと思いまして」

 

 細い目を細めこちらへぐっと顔を近づけてくる副団長さまの勢いに気圧されて、少しだけ背が反ってしまう。一体なんの話だろうか。

 隊長さんは自分よりも偉い人が来たと悟ったのか、礼をしてこの場を後にした。

 

 「……はあ」

 

 「僕の下で魔術を――いえ、違いますね。貴女のその下手糞な魔力の扱い方から学びましょうか。魔術はその後からでも十分に間に合うでしょうし、むしろ先にそちらを習得しなければ貴女の本領が発揮されない」

 

 私の言葉を待たず口を開くので、答えを返す暇がない。この手の人って自分が満足するまで喋り続けるだろうから我慢するしかない。

 

 「魔術を愛する全ての者に対する冒とくですよ、本当に。何故教会は貴女に優秀な教師を付けなかったのか甚だ疑問です。いえ、その魔力量であれば城の魔術陣に魔力を補填することは余裕でしょうから、そちらの方に重点を置いていたのかも知れませんね」

 

 ジークとリンは話が長くなると早々に判断したのか、近くで帰る準備をいそいそ続けていた。いや、一緒に聞いて欲しいんだけれど、この副団長さまの長口上。

 

 「嗚呼、やはりなんたる失態。教会より先に貴女を知っていれば聖女になどならず、私の下でその有り余る魔力を十全に問題なく……いえ、魔術を超えた前人未踏の魔法の域へと到達していたかも知らないというのにっ!」

 

 それ、教会より先云々は問題発言ではと首を傾げつつまだまだ副団長さまの言葉は続く。誰か止めてくれないかなあと願うけれど、助けてくれる人は居らず。

 頭を抱えたり両腕を広げたりと忙しなく動いている。やはり魔術師は変態なのだなあと強く実感し、どうしたものかと考える。

 

 魔術をきちんと使えるようになるのは有難いけれど、正直、学院と聖女の仕事を両方こなすので手一杯である。

 

 「副団長さま。有難い申し出ではありますが、公爵さまからのご厚意によって学院へと通いながら、聖女としての務めも果たしております。非才な身故、三つも掛け持ちをする器用さを持ち合わせておりません。――ですので……」

 

 「なるほど……残念ですねえ……僕の見立てが正しければ、貴女はこの大陸を一人で落とせる力をも手に入れられるというのに……」

 

 「流石にそれは」

 

 「冗談ではありませんよ。魔術に関しての嘘は僕は吐きません。そのくらい貴女が有する魔力は多いのです。――仕方ありませんね、諦めるとしましょう」

 

 お邪魔をして申し訳ありませんでした、と礼をして私の下を去っていった。

 

 ふと、彼は魔術以外のことに関してならば嘘をついてしまうのだろうか……。

 

 雨が降る前に嵐がやってきたような気分になるのだった。

 

 ◇

 

 ――ついに雨が落ちてきた。

 

 日暮れに近い時間、暗くなるのはいつもより早く。隊長さんから借り受けた外套は、軍の官給品だからか防水仕様だった。

 おそらく雨が降ることも想定していたのだろう。顔に似合わず気遣いのできる人である。

 

 「大丈夫か?」

 

 心配そうにジークが私の顔を覗く。

 

 「大丈夫だよ」

 

 「本当に?」

 

 リンが横に並んだまま、手に持っていた私の荷物を一つやんわりと奪われてしまった。

 

 「疑い深いなあ……」

 

 「そう言って倒れたことが何度ある」

 

 はあと溜息を零すジーク。魔力の使い方が下手糞で治癒を施したあとに倒れたことが何度もある。どうやら多すぎる魔力量が体に負担をかけているらしい。

 だから魔力を制限する魔術具を公爵さまより賜っていた。今回、壊れてしまったので制御が甘々なまま、魔術を何度も使ったので心配なのだろう。

 

 そんなやり取りをしつつ荷物を背負い歩くこと暫く、森から抜け入り口で待機していた帰りの馬車へ乗り込もうとしたその時だった。

 

 「おい、何故アリスが拘束されているっ!!」

 

 「殿下、彼女は無謀な行動で我々騎士や軍の人間を危険に晒しました。その為の処置であり当然のことかと」

 

 すごい剣幕の第二王子殿下と、森の中にいた指揮官さんよりもさらに上の階級のお偉いさんだった。お偉いさんはずっとこの場で待機をしていたようである。

 野営の為に天幕がいくつかあるので、有事の際には動くつもりだったのだろう。――魔獣襲撃の報を受ける前に魔術師団副団長さまが倒してしまったので、出番はなかったようだけれど。

 

 「なんだと……! 守るのが貴様らの仕事だろう、その職務を怠慢した貴様らの方が余程罪深いではないかっ!!」

 

 「部下から報告を受けましたが、確かにあの場でその女を止められなかったことは痛恨の極みでしょう。彼女が余計な行動を取らなければ、殿下方は安全に後方へと避難できていた」

 

 「貴様ぁ……!」

 

 殿下が騎士団のお偉いさんに噛みつくけれど、あまり相手にされていない様子だった。雨に濡れている所為なのか、美男子度が上がっているけれど、その台詞は如何なものか。本来ならば、彼女を諫める立場であるはずなのだけれども。

 

 「ヘルベルトさまっ……! この人たち怖いっ!」

 

 騎士に囲まれ槍で抑え込まれているヒロインちゃんが必死に助けを求めているけれど、あの突然の飛び出しを知っている人たちは冷めた目で見ている。

 可哀そうと呟いている学院生もいるけれど、それは平民出身者と家格が低い出の人たちだった。

 どうにもヒロインちゃんが殿下たち五人にチヤホヤされているのを見て、一部の人たちは羨ましそうな視線を飛ばしてた。

 外側だけみるなら玉の輿だし逆ハーレム状態だから、夢見る女の子たちの間では持て囃されていた。『私もあの女の子みたいに、カッコいい男の子たちから可愛がられたい』と。

 貴族の男性に可愛がられても女性側に確りとした地位がなければ、将来の立ち位置は愛人まっしぐらだし下手すれば、婚約者や奥方からのやっかみで最悪処分されそうなんだけれども。

 

 夢をみれて羨ましいなあと目を細めつつ、助ける術も理由もないなと首を左右に振る。

 

 「待っていろアリスっ! 必ず助けるっ、父上に話を通せば悪くなるのはこいつらだっ!」

 

 職務を忠実に全うしている人に自身が持つ権力を使って追い落としを掛けないで欲しい。

 

 「殿下、これ以上は……――貴様ら、彼女には絶対に手を出さぬな?」

 

 事態を見かねたのかソフィーアさまが殿下の助け舟に入る。理由は分からないが、取り合えずこの場を収めたいらしい。ヒロインちゃんに手を出さないことを騎士の人たちに確約を求め、この場では殿下に納得してもらおうという腹積もりらしい。

 彼女にしては珍しい行動だなと、視線を横に少しずらすとセレスティアさまが鉄扇を広げて忌々しげな顔をしていた。真意は分からないけれど、この事態はあまり好ましいものではないようだ。

 

 王族の無様を晒しているだけだものねえ。

 

 「はっ! この剣に懸けまして」

 

 騎士が持つ剣は国王陛下から貸与されているものと聞く。正規の騎士団へ入ると国王陛下から直接授与されるそうだ。そして騎士を辞める時は国へ返還する。

 王国に忠誠を誓っている騎士が、ああいう言い回しの時は絶対に嘘はなく、己の命を賭けての言葉である。

 

 「わかった。――殿下、この場はお納めください。後ほど、彼女には弁明の機会が与えられることでしょう」

 

 「………………っ!」

 

 ソフィーアさまはヒロインちゃんが助かるとは言っていないし、弁明の場が与えられると言っただけで、どういう処遇になるのか決まっていないようなのだけれども。

 大丈夫かと若干心配になりつつ私ではどうしようもない。心配そうにヒロインちゃんを見つめている、五人衆から視線を反らして二人へと移すと私と視線が合う。

 

 「すまないな、私がもっとしっかりしていれば良かったのだが……」

 

 「ええ、そうですわね。手綱はきちんと握っておかねばなりませんもの。もちろん、あの女もですわ」

 

 ゆっくりと私に近づき、何故か二人でまた罵り合っている。恒例行事と化してるな、これ。苦笑いをしながら、余計なことを言いそうなのでだんまりを決め込んでおいた。

 

 「……それは貴様にも言えることだろうに、全く」

 

 はあと盛大に溜息を吐きたい所だろうけれど、周囲に人がいる為にそんなことは出来ない二人。気ままに生きている私からすれば、彼女たちは家に縛られた囚われの身である。

 そんな囚われの身であるはずの彼女たちと今日はいやに絡む日だった。接点なんて無かった……いや、彼女たちに名前呼びを許された時点で、縁は出来てしまっていたのか。

 

 公爵家や辺境伯家の当主ではないのだし、同じ学院生なのだからこうして話すことも不思議ではないかと一人納得して、空を見る。

 

 「酷くなってきたな」

 

 私は借りた外套で雨を凌げているけれど、二人は雨ざらしだった。

 

 「自慢の髪が台無しですわ……」

 

 おそらく朝に侍女の人が丁寧にセットしてくれているであろうセレスティアさまのドリル髪がしな垂れていた。この雨では仕方ないのだけれど、今日は誰があの形状に仕立て上げたのだろうか。

 まさか自分でやったというのならば、辺境伯家のご令嬢だというのに器用なものである。辺境伯家の立地的には、有事の際に自分自身のことは自分で出来るようにと、仕込まれているかもしれない。

 

 「――"雨よ止め"」

 

 防御系魔術の応用だ。詠唱が凄い雑というか最初に術を組んだ人の適当さが思い知らされるというか、そのままの詠唱で最初に習った時には笑った記憶がある。

 こういうのってセンスが問われるし、ダサい詠唱だと笑われてたりする。でも最初に術を組んだ人なので、魔術師として尊敬はされているそう。

 そこからアレンジを加え威力を強化したり、攻撃速度を上げたり、連撃するようにしたりと、術師の技量が問われるらしい。私はセンスや技量なんてないので、豊富な魔力量で誤魔化しているだけだ。

 

 「雨が」

 

 「止みましたわね」

 

 本当に雨が止む訳ではなく、頭上に防御魔法が展開しているので止んだように錯覚するだけである。傘がないし、これで少しはマシになる、だろう。

 

 ――あ、まずいな。

 

 そう感じると、鼻から暖かいものが垂れるのを感じて手をあてる。魔力を使い過ぎたのと、術を行使しすぎたようだ。

 

 「なっ、おい!」

 

 「血が!」

 

 単純に鼻血が出ただけなので、慌てる二人に空いている方の手を上げて『大丈夫』と伝えた。

 

 「――んぶっ」

 

 ジークの手が顔に伸びてきたと同時、手ぬぐいがあてられた。割と雑にあてられ、鼻に痛みが走ると同時に抱きかかえられる。

 

 「貴族のご令嬢方には刺激が強いでしょう、この場を辞することをお許しください、では。――行くぞ、リン」

 

 「うん、兄さん」

 

 私の耳元で声が響いたのはリンの声。どうやらリンが私を抱えたらしい。

 

 「あ、おいっ!」

 

 ぽいっと幌馬車に乗せられて、顔を見合わせて困惑している二人が見えたのだった。



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0019:目覚め。仲間内。庭園にて。

 ――目が覚める。

 

 たしか鼻血を出してジークに手ぬぐいをあてられ、リンに抱きかかえられそのまま幌馬車の中へと放り込まれたのは覚えてる。

 馬車の中ではなく、自室のベッドの上だった。木目の天井に石造りの壁、少々硬いベッドに部屋唯一の小さな窓。

 

 「あ、ナイ。目が覚めたんだね」

 

 「……リン」

 

 いつもよりゆっくりと起き上がり、ベッドサイドで椅子に座っていた彼女へと顔を向けた。どうやら一日眠りこけていたようで、昨日降っていた雨は止んでおり、外は晴れている。

 

 「馬車の中で、気絶するみたいに寝ちゃったよ」

 

 無理をするから、と一度ため息を吐き小さなテーブルから水差しをおもむろに手に取って、水を入れたコップを手渡してくれる。

 

 「ありがとう。――いつものことだよ。ジークは?」

 

 本当にいつものことだ。どうにも術の行使と魔力量の分配を間違えると、鼻血を出したり気絶したりと忙しい。一度にそうなってしまったのは初めてだが、魔道具の指輪も壊れていたので体が追い付かなかったのだろう。

 

 「兄さんは神父さまの所に報告してくるって」

 

 いつも三人で私の部屋に居る時は片隅で壁に寄りかかっているのだけれど、今日は居なかった。

 

 「……どう説明するつもりかな……」

 

 「さあ?」

 

 一日目は順調だったものの、二日目で魔獣の襲来。聖女としての務めを果たしていたのは問題ないとして。

 

 あそこで第二王子殿下とその側近くんたちが平民の少女を囲いながら、森を探索したあげく騎士や軍の人たちを危険に晒すし、窘めた騎士に対して暴言を吐く。

 あれ、これは不味いのではと頭によぎる。学院内だからヒロインちゃんを囲っても見逃されていた節はある。王族として成人すれば遊ぶ暇なんてないだろうし、政略婚で公爵令嬢であるソフィーアさまとの婚姻を結ばなければならないのだし。学生といえども王族という立場を忘れてはいけないよね、と苦笑いしながらコップの水を一口、二口と嚥下していく。

 

 割と殿下の立場が危ないのでは?

 

 騎士団や軍から報告という名の苦情が入るだろうし、婚約者であるソフィーアさまを蔑ろにしていたこと。

 演技でもいいからソフィーアさまと仲良くして、周囲に良好アピールした方が将来の為にも良かっただろうに。あと少しでもいいから軍や騎士の人たちに労いの言葉でもかけていれば、ヒロインちゃんといちゃこらしていても印象は違っただろうに。

 

 立ち回り方次第で、良くも悪くも印象が決まってしまう。今回の件は、第二王子殿下や彼の側近の人たちの資質を疑われる事件になったような気がしてならない。

 でもまあ、関係ない……というよりも手を出せない案件だ。手を出せばとばっちりを受けて巻き込まれるだけなのだから、碌な目に合わないだろう。

 

 私は孤児仲間の五人と共に確りと地に足着けて生きていければそれでいい。大変なこともあるけれど、その為に聖女の肩書を背負っているし、ジークとリンが一緒に居てくれるのだから。

 

 「お腹空いたよね?」

 

 「空いてるけれど、先にお風呂に入りたいかも」

 

 孤児生活だとお風呂になんて入れなかったのに、慣れると一日入らないだけで不快に思える。贅沢だよあと

 

 「じゃあ、用意してくるよ。一緒に入ろう」

 

 椅子から立ち上がってリンは部屋を出ていった。なんとなくベッドサイドに座ってぼーっとリンを待っていると、直ぐに戻ってきた。

 手には自分の部屋から持ち出したであろう服とお風呂セットが。私も簡素な衣装箪笥から下着や着替えを出して、その上に置いているお風呂セットに手を伸ばす。

 

 「持つよ」

 

 「ありがと。――でも過保護過ぎじゃないかなあ」

 

 「いいんだよ、ナイはそのくらいでも。行こう」

 

 そう言いながら一緒に風呂場を目指して身綺麗にすると随分とさっぱりした。隊長さんに借りた外套も洗って返さなければと、部屋に戻ってハンガーに掛けられたソレを見て思う。

 次の魔物討伐遠征はいつになるのだろうか。学院生活が始まっているし一学期が終了するまではなさそうだ。あるとすれば長期休暇の時分だろう。

 

 「――聖女さま」

 

 「はい、どうされました?」

 

 「公爵さまからのお手紙が届いております」

 

 食堂でリンと一緒にご飯を食べている最中に教会関係者の人が、申し訳なさそうな顔を浮かべながら声を掛けてきた。手渡された手紙には封蝋が施されており、家紋を見るとハイゼンベルグ公爵家のもの。

 なんだろうと首を傾げるけれど、思い当たる節はない。手紙を持ってきてくれた人が『この場で開封なされますか?』と問うてきたのでお願いしますと返せば、どこかしらからペーパーナイフを取り出して丁寧に開封してくれた。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 少しお行儀は悪いけれど公爵さまからの手紙なので、さっさと内容を確認した方が吉だ。緊急性があるものなら、何故早く対応しなかったと言われるだろうし。

 

 ――公爵邸に来なさい。

 

 要約すれば、この一言で収まるものだった。

 

 ◇

 

 手紙を受けて取って内容を確認したあと、教会の人に先触れを頼んで公爵邸へと赴く準備をする。公爵邸ともなると通常の平民服という訳にはいかず、学院の制服をチョイスしておいた。

 聖女の格好は恥ずかしいことこの上ないので却下。こういうときは制服というものは便利である。

 

 「ナイ、いいか?」

 

 「ジーク、ごめん……ちょっとだけ待って」

 

 ドア越しのノックの音が響くと直ぐにジークの声が聞こえてきた。着替えている途中だったので、流石にジークを部屋に招き入れる訳にはいかない。

 

 「お待たせ」

 

 ドアノブの音と蝶番の音が響くと、目の前にはジークとリンの姿が。既に二人とも着替えていたようで、同じタイミングで部屋に戻り着替え始めたというのに早いものだと感心する。

 

 「いや、大丈夫だ」

 

 「どうしたの?」

 

 いつもなら教会が用意してくれる馬車の近くで待機しているというのに。

 

 「公爵さまの所へ行く前に話がしたかった。直ぐに終わる、いいか?」

 

 「了解、入って」

 

 先触れの人に伝えた時間までには余裕があるので、二人を自室に招き入れる。三人で居るといってもジークは男性なので、部屋の扉は開けたまま。

 聖女なので異性関係にはかなり敏感で、貴族の女性相当の扱いをされているんだよね。だからジークと二人きりという状況は皆無で、三人セットで行動するのが基本。

 ジークは孤児仲間なので男女の関係になるだなんて、おかしな話である。ただ周りはそう見てくれなくて、教会に保護された初期のころは距離が近いとか、いろいろと苦言やアドバイスを他の人から頂いたものだ。

 

 「公爵さまには手紙で、教会には口頭で今回のことは伝えておいた。俺の判断で、だ」

 

 ジークは教会や公爵さまに報告に行くときは、私に事前に話す内容を伝えてくれるのだけれど、珍しいこともあるものだ。

 

 「善し悪しの判断はジークに任せるけれど、何かあったの?」

 

 判断が出来ない彼ではないのでソレについては任せても大丈夫だ。私の言葉にジークの肩眉がピクリと動いて、目を細めて私をみる。

 

 「少し前の話にはなるが、あの女……俺たちにまで接触してきた。言うに事欠いてリンに『どうして貴女は生きているの?』……だ」

 

 何故リンが死んでいることを望んでいるような台詞を言ったのだ、ヒロインちゃんは。ふと思い浮かんだことに、まさかと頭を振る。

 しかしまあ、殿下たちだけでは物足りず、ジークとも接触を図ったのか。いつの間にと思うけれど、彼女の行動を逐一監視している訳でもないし、学院だと学科が違うからずっと一緒という訳でもない。だから私が居ない隙に二人と話がしたければ、学院が一番好都合な場所である。

 

 「私は気にしてないよ、兄さん」

 

 「お前が気にしなくても、あの女は今後お前やナイにどんな悪影響を及ぼすか分からん。しかも、ナイのことについてはあの女は俺にとっての何? と聞いてきた……しかも愛称呼びなんざ許していないのにな」

 

 二人の言葉に私の肩眉がぴくりと動き口端が伸びるのを感じ取り、それを隠すために片手をあてる。

 

 何と問われても、無難に答えるなら小さい頃からの幼馴染であるし、もう少し踏み込むならば貧民街でボロボロの子供なりに知恵を働かせて共に生き抜いた仲間であり家族である。

 ジークが彼女に興味があるのならば、それは彼の自由だし好きにすればいい。引き留める権利は私にはないのだから。ただ、愛称で呼ぶことは王国の習慣では『親愛』を示すもので、家族や当人が許可しなければ呼ぶことはないのだけれど。

 

 「あ、そういえば兄さんのことジークって呼んでた……」

 

 リン、言われて今気づいたのか。あまり他人の感情の機微については鈍いのでしかたないけれど、私は心配になるよ。もうすこし周囲に目を配ろうとリンに視線を向けると、へにゃりと笑う。

 どうやらヒロインちゃんのことは彼女にとってどうでも良いらしい。言われたことも気にしていないようだし、本当にもう少し周りに興味を持とうと心配になる。

 

 「お前なあ……」

 

 「……リン」

 

 「?」

 

 こてんと首を傾げるリンを見てから、ジークと目を合わせて『育て方、間違ったかな?』とアイコンタクトを取ると、ゆるゆると首を振る彼。どうやら育児放棄を宣言したようだ。

 

 「リン、もう少し周りを見ようね」

 

 「見てるよ。――兄さんやナイに危険があるなら私は全力を持ってそれを排除する」

 

 その言葉にもう一度ジークを見て『やっぱり育て方……』と再度視線を送ると『諦めろ』と顔に出ていた。拳を握ってふふん、とドヤ顔をしているリン。可愛いけれど言ってることが物騒だし思考が脳筋だよ……と意識が遠くなりかける。

 小さい頃に貧民街で育ったことも影響しているのだろうけれど、ジークと私でいろいろと生き残る術を教え込んだのが裏目に出てしまったか。

 

 「……まあリンには俺たちがついている。――それより、あの女には気を付けろよ。騎士団に拘束されたらしいが、今後の展開次第でどう転ぶか分からんしな」

 

 リンに付いては既にジークは諦めているようだった。目下はヒロインちゃんの方を注視するようだけれど。殿下たちがその範疇に入っていないのは、彼らが貴族だからだろうか。

 お貴族さまと平民では枠組みが違う。ようするに住む世界が違うので、本来ならば関わることなんてない人たちだものね。

 

 「大丈夫、だと思うけれど……ここで考えてても仕方ないし、公爵さまの所に行こうか」

 

 魔獣との戦いで力もないのに前に出ちゃった前科があるので、大丈夫だと言いきれない所があるよなあ。でも騎士団に拘束されたなら、取り合えず解放されるまではこちらに影響はないけれど。

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 話をほどほどに公爵邸へと向かう私たちであった。

 

 ◇ 

 

 教会の馬車に乗り込んで街の整備された道を軽快な蹄の音を鳴らしながら、徒歩より少し早い速度で進んでいく。窓のカーテンを開け街並みを眺めなていると、新しい店が出来ていたり見たことのない屋台があったりと王都には活気がある。

 

 そうして商業地区を抜けると貴族街となって景色は一変する。まだ家格の低い人たちが住むエリアだけれど、それでも漂う空気はお金持ちの匂いをまき散らしている、とでもいうべきか。

 外観が白色で統一されているの為なのか、街並みに違和感が少ない統一されている景色だ。まるで景観条例でも発布されているのかと思えるくらいには。外を眺めること暫く、更に高級感が増すエリアを突き進み城にもほど近い場所で、どえらくでかい門扉が見えてきた。

 

 先触れをだしていた為に、御者の人と門兵との簡単なやり取りで屋敷内へと入ることを許され、ただ広い庭園を抜けるとようやく屋敷が見えてきた。

 相変わらずでかいよなあと、馬車から出た私は公爵邸を見上げる。玄関の扉の前で待ち構えていた執事さんに挨拶をし、公爵さまの下へと案内され。

 

 「よく来たな、ナイ。昨日とは打って変わっていい天気だからな、こちらでよかろう」

 

 案内されたのは前の部屋ではなく庭園内の東屋だった。

 腕の良い庭師によって整備されている庭にある、小洒落た東屋にロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けた偉丈夫な男の人が一人座り、こちらに顔を向けている。

 周囲には護衛の騎士や侍従の人たちが控えて、こちらを見ている。顔見知りなので敵としては見られていないだろうけれど、職務に忠実な人たちなので手抜きはしていないだろう。私が不審な行動を取れば、直ぐに取り押さえられそうである。

 

 しかしまあこの絵面はあまりに合わないなあと、公爵さまと東屋のアンバランス感に吹き出しそうになるのを堪えながら、着席を促された為に足を進めた。

 

 「お気遣い、ありがとうございます」

 

 「倒れたと聞いているが、調子はどうなのだね?」

 

 そういって私の手元へ視線を動かす公爵さまの視線は厳しい。ジークから報告されているだろうから、知ってて聞いているのだろうなあと

 

 「いつものことで、調子は問題ありません。――しかし頂いた魔術具を壊してしまいました、申し訳ございません」

 

 テーブルにおでこをぶつける勢いで頭を下げる。公爵さまが怒るとかなり怖いし、空気が緊張するのだけれど今はそれがない。おやと思い頭を上げると、目を閉じて口元を伸ばしながら紅茶を口元へと運ぶ彼の姿が私の目に映り込む。

 

 「構わんよ。魔獣が出現したと報告を受けている。犠牲者が一人もいなかったことは奇跡に近いだろう。――だが、あの魔術馬鹿がフェンリルを消し炭にしてくれたお陰で、貴重な討伐事例が一緒に霧散してしまったがな」

 

 魔術馬鹿……誰のことかなど言葉を聞けば分かってしまうのは、どうなのだろう。公爵さまは犠牲者を出してでも討伐事例を作って、魔獣に対抗する術を編み出したかったのだろう。

 魔術師団副団長さまのように、戦闘技能に特出した人間がいつも居るという訳ではないのだから。

 

 「あれのトップにも困ったものだ。子供が心配だからとアレを護衛部隊に組み込んだからな」

 

 「しかし助かったのは事実です。魔術師団副団長さまが居なければ、あの場は膠着状態から抜け出せなかった可能性が高いですから」

 

 「わかっておるさ、ただの愚痴だよ。――さて、今日は二つほど話がある」

 

 軽い調子から、少し重たい声色になった公爵さま。こっちが本題なのは明らかなので、伸ばしていた背をさらにぴしりと伸ばした。暖かな陽気で優しい風が頬を撫でているというのに、一体何の話をするのやら。

 

 「第二王子殿下たちに子鼠が粉をかけておると聞いてな、それの事実確認をしたいのだが、本当かね?」

 

 「愚問では? 閣下であれば調べはついているでしょう」

 

 子飼いの草やら密偵やらが居るはずだし、公爵さまならば軍の関係者に命令すればその人たちの子供から情報を聞き出すことくらい、赤子の手をひねるより簡単だろうに。

 

 「確かにな。だが情報の出処が一つだけでは確証が足らん。だから貴様に聞いておる」

 

 「私の証言が、証言足りうるのでしょうか……」

 

 「十分になる。お前さんは、聖女としての価値を低く見積もりすぎだ。――あと、国の障壁を維持している一人という事を自覚しろ」

 

 はあとデカい溜息を吐かれる。確かに聖女の仕事を務めているし、ある程度の信頼はあるかもしれないけれど、お貴族さま基準だとまだ未成年である。

 成人するにはあと三年弱時間が必要だし、いいのかなと思う部分もあるのだけれど。

 

 公爵さまに学院へ入学からの出来事を粗方話す。手紙でもやり取りをしていたので、ほぼ被っているけれど黙って聞いてくれているので問題はないのだろうし、ジークや他の人たちからの報告との差異を比べているのかも知れないし侮れない。

 どうにかしたいけれど手を出したら火傷するのは私だし、何も出来ないというのが現実である。こうして公爵さまに話した時点で、ヒロインちゃんの行く末が決まっているような気がする。

 

 「――こんなもの、でしょうか」

 

 「ふむ、酷いな」

 

 ぽつりと一言漏らした。普段から厳つい顔をしているけれど、余計に顔が怖い。が、口に出すと余計に酷くなりそうだ。沈黙は金とはよく言ったものである。

 

 「ソフィーア、こちらへ」

 

 そう声を出すと、どこかに控えていたのかソフィーアさまが時間を置かずに現れたのだった。

 

 ◇

 

 公爵さまの言葉でしずしずとこちらへとやって来る彼女。

 

 「はい、お爺さま。――昨日ぶりだ、ナイ。体調は大丈夫か?」

 

 突然のソフィーアさまの登場に驚きつつ、立ち上がり礼をする。簡素なドレスに身を包んでいるけれど、生地はかなり高級品で流石は公爵家令嬢といったところ。

 

 「お陰さまで」

 

 何を以て彼女を公爵さまが呼んだのかが読めないので、最低限の会話にとどめると苦笑いをしている二人。

 

 「そう勘ぐるな、裏などない。ただ単純に知り合いだと聞いていたから会わせただけだ」

 

 「ああ。昨日の様子が気になっていたからお前が来ると聞いてお爺さまに頼んだだけだ」

 

 この流れで彼女を呼ぶのは、何かあるとしか思えないんだけれども。だって第二王子殿下の婚約者さまだし、後ろ盾になろうとしている公爵家だって何か思惑があるのだろうし。

 

 「そうですか……」

 

 「ナイ、子鼠をどう思う」

 

 「本心を言ってしまえば、殿下方に取り入っているのは自由にすればいいかと。――その代償をその身で払うのは彼女自身ですから。ただ――」

 

 殿下とソフィーアさまがどういう関係を築いているかも知らないし、ソフィーアさまはヒロインちゃんの存在を認めている節がある。

 ヒロインちゃんが愛妾で収まり正妃の座とその誇りを損なわないならば文句は言わなさそうだし、彼女。

 

 「ただ?」

 

 一旦言葉を区切った私に公爵さまが次を促す。

 

 「ジークやリンを困らせるようなことになるのならば、私は彼女を許すことはできません」

 

 もし彼女が殿下たちを頼ってジークやリンを困らせるようなことになるのならば、私は黙っていられない。知らない間に接触を図っていたようだし、一体どういうつもりなのか。ぶわりと内包する魔力が外へと流れ出ると同時に髪がぶわりと逆毛立つ。

 

 「おい、魔力を暴走させるな」

 

 「ああ、すみません。甘くなってしまいました」

 

 ソフィーアさまの言葉で、魔力をどうにか抑える。二人や周囲の護衛の人や侍従の人たちは少々面を喰らったようだけれど。公爵さまとソフィーアさまの状況把握は的確で、直ぐに落ち着いていた。

 

 「丁度いい、二つ目だ。――壊れたものよりいい魔術具を作ってもらう。ただし依頼する先は件の魔術馬鹿だ。覚悟が必要になる」

 

 私が彼と既知だと知っているから、ああいう言い回しなのだろう。ただあの人と再会するのは少々気が重い。

 

 「……私を戦略兵器にでも仕立て上げるつもりですか、公爵さまは?」

 

 本来ならば口答えになってしまうが、つい出てしまった。付き合いはそれなりなので咎められることはないだろうけれど。

 

 「それは流石に……いや、うむ。すまん……」

 

 ジト目で公爵さまを見つめること暫く、先に折れたのは公爵さまだった。多分、魔術師団副団長さまの性格を把握しているに違いないのだ。

 魔術の事に関してはどこまでも純粋に追い求めていくタイプである。おそらく私が彼の下へといけば、魔術のイロハから始まって上級魔術以上のモノを習得させられそうな気がするのだ。

 

 「しかし魔術具がないのは問題ではないのか? 先程のように感情に流されて魔力を暴走させるのはあまりよろしくないと聞く」

 

 ソフィーアさまが公爵さまを見かねたのか、黙った公爵さまの後にそう告げて。

 

 「ああ、それに関しては事実だな。暴走させて死んだ人間がいたと随分と昔の文献に残っていたからな。いずれにせよ、急いだほうが良いだろう」

 

 「しかしどうするのです、お爺さま」

 

 「依頼だけだせばいいだろう。お前さんにアレが興味を持っているのならば好都合だ」

 

 確かに公爵さまから頂いた魔術具の制作者には会ったことがないので、会って話をして作るというのは特殊な場合らしい。ただ、その後が怖いなあと広く晴れ渡る青空を見上げて現実逃避を決め込む。

 

 「――戻ってこい」

 

 「……はい」

 

 直ぐに呼び戻されてしまった。悲しい。

 

 「話を元に戻す。――ソフィーア、殿下との婚姻を続ける気はあるのか?」

 

 「正直、迷っています。お爺さまの言う子鼠を殿下が飼うのは構いませんが、側近まで熱を入れている始末です」

 

 肉体関係を持って誰の子か分からないなんて洒落にならないものね。愛妾にするのは構わないけれど、厄介ごとのネタを増やされるわけにはいかないし。

 

 「ふむ。ならばどうするのが最善かね?」

 

 「殿下を諫めてはおりましたが、改善される傾向がありません。自身の力不足は否めませんが、愛妾に据えるとも聞き及びません……ですが今回の件で女は騎士団に拘束されましたが」

 

 「子鼠がどうなるかは殿下次第であろうし、陛下次第でもあろうよ」

 

 ということは解放される可能性があるのか。ヒロインちゃんを解放するとダシにして殿下と取引を持ち掛ければ、今の行動が改められる可能性も出てくるし、頭のいい人ならもっといい考えがあるのかもしれない。

 

 「第二王子殿下妃の席は魅力的ではありますが、現状を考えればその価値は下がる一方かと」

 

 「側室腹で少々甘やかされて育ったお方だ。母親も母親で少々覚悟の足りん方だからな」

 

 本人の資質もあるのだろうけれど育て方にも問題があった模様。お二人とも私の前で王族をこき下ろしてるけれど、良いのだろうか。最初の挨拶の時の話はどこにいってしまったのか、政治の話に私を巻き込まないでくださいな。

 多分、何か理由があるのだろうなあと、遠い目になりながら暫くこの話に付き合わされるのだった。

 

 



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0020:登校。牢屋にて。

 公爵家に呼び出されてから二日後。

 

 本来、二泊三日の合同訓練を終えた後はお休み。森から王都の学院へと戻った際には、教諭たちから予定通りに今日から授業を行うと通知されていた。

 怪我人とかいるというのに進学校みたいなものだから、この処置は仕方ないのか。用意した通学用の乗合馬車に指定の時間に乗り込んで、暫く揺られてようやく目的の場所まで辿り着く。学院の大きな門扉まではすぐそこで、馬車から降りてくるお貴族さまたちが使用人に見送られながら門へと入っていく。

 

 ――視線が刺さるなあ。

 

 とくに一年生から。身に纏う制服はみんな同じではあるが、ネクタイの色で学年が分かるようになっている。

 

 「聖女さまだ……」

 

 「……聖女さま」

 

 お貴族さまが多く通う学校だから、あとから保護者の人から苦情がでないよう、となるべく治癒魔術を施したのが裏目に出たのだろうか。

 魔獣を倒したことも、何故か曲解されて広まっているような気がするし、噂の流れ方が異様で尾ひれがつきまくっている。二年生や三年生にも噂が広がるのは時間の問題だろうなあと考えていると、この一ヶ月間一緒に並んで歩いている二人が両隣に居ない。

 

 「なんで下がって歩くの二人とも……」

 

 立ち止まり後ろを振り返る。

 

 「立場があるだろう」

 

 「ごめんね」

 

 しれっとした顔で言い放つジークと耳を垂れてしゅんとしている犬のような雰囲気のリン。二人とも四日前までは普通に隣で歩いていたじゃないかと、不貞腐れる。

 

 「聖女と露見したんだ、諦めろ」

 

 理解はしているけれども、納得がいかないというかなんというか。二人とは主従関係ではないけれど、公の場に出るとどうしてもそうなってしまう。

 はあとため息を吐いて、前を見て歩き始める。耳に届く声は相変わらず『聖女さま』というものと『あれが?』という上級生たちの疑問の声。

 聖女の役に就いている人の特徴は美人が多いし、スタイル抜群のばんきゅっぼんである。一説には豊富な魔力量が身長や胸の生育を促すのではと噂されていたりするが、絶対嘘である。だったら私はこんなにチビではないはずだ。

 

 畜生と毒づきながら途中で二人と別れ、特進科の教室へと入る。少し早い所為かまだ生徒の数がまばらで、席が埋まっていない。

 ヒロインちゃんは無事に解放されたのだろうかと、意識を巡らせていると教諭がやって来たのだった。

 

 「よーし、訓練では散々な目にあったが、みんな怪我もなく無事で戻ってきた。しっかり授業を受けろよ~」

 

 担任教諭がそんな声を上げながら一日が始まったのだけれど、教室のど真ん中の二席は空のまま。

 ヒロインちゃんは解放されていないし、第二王子殿下はソレについて騎士団に抗議をしている最中なのだろう。他の側近くんたちは登校しているけれど、いつものイケメンオーラが萎れている。

 んー、ヒロインという太陽がいないから仕方ないのかもしれないが、あからさま過ぎて少々哀れというか……なんというか。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまは普段通りである。ぴしりと背を伸ばして机に向かっている。

 他の人も概ねいつも通り。――というか問題児のヒロインちゃんが居ないから、教室は平和という皮肉っぷり。関係者は萎れているけれどね。

 

 ヒロインちゃんは牢屋に捕らえられたまま一生そこで過ごすのか、それとも解放されて自由を得るのか。

 

 彼女次第かなと苦笑いをしていたら、授業開始の鐘が鳴るのだった。

 

 ◇

 

 ――昼休み。

 

 久方ぶりに穏やかな時間が流れていた。食堂で昼食を済ませ図書棟から借りてきた本をいつもの定位置、ようするに中庭の隅っこで三人一緒に本を読んでいる。

 ぽかぽか陽気で気持ちいいし寝てしまいそうだけれど、寝たら確実に授業に遅刻する。頑張って目を開けておかないとなあと本に視線を落としていると、影が差した。

 

 「おい」

 

 立っていたのは、騎士団長子息の赤髪くんに魔術師団長子息の青髪くんだった。

 

 「はい」

 

 「アンタたちと話がある、いいか?」

 

 あんた"たち"というのだから三人一緒なのかと、横に居た二人に視線を投げてどうすると聞いてみると、どうやら大丈夫らしい。

 

 「わかりました」

 

 立ち上がろうとすると赤髪くんがどっかりと芝生の上に座り、青髪くんがゆっくりと腰を下ろして対面する羽目になったのだった。

 彼らが芝生の上に座っているのだから、このままだといけないので私は正座になる。ジークとリンも居住まいを正して彼らに向かう。

 

 「あーその、なんだ……。一昨日は助かった」

 

 「ありがとうございます。貴女たちがいなければ、魔獣は倒せなかったでしょう」

 

 その言葉にきょとんと三人で顔を合わせる。一体なにが起こったというのだろうか、若干むず痒さを感じながら言葉を口にした。

 

 「いえ、聖女としての務めを果たしたまでです。――どうかお気になさらず」

 

 倒したのは魔術師団副団長さまなので、私はその補助というかあまりにも高すぎる火力に周囲に被害が出ないようにと障壁を張っていただけだし。

 それに私的にはいつものように仕事をこなしただけである。どうやら臨時ボーナスもでるらしいので、危ない目にはあったけれどこれからの生活費を手に入れられたので文句はない。

 

 「アンタは俺たちのことが嫌いじゃないのか?」

 

 「何故そう思うのですか?」

 

 「その……アリスのことで突っかかっちまったからな。だから助けてはくれないだろうと考えていた」

 

 「ええ、そうですね」

 

 「それとこれとは分けて考えるべきかと」

 

 私情で見捨てたら怒られるのは私だし。しかも高位貴族のお坊ちゃんたちである。恋愛にうつつを抜かしているとしても将来は国を背負って立たなきゃいけない人だし。

 それにあのくらいで彼らを嫌いにはならない。呆れるくらいである。それに運が良かったのかソフィーアさまが割って入ってくれたし。不良の脅しとかヤクザの恐喝より怖くなかったしなあ。前世での経験もそれなりにヤバいことがあったよなあと、遠い目になる。アハハ。

 

 「まあ、アリスのことに関しては謝るつもりはないが……」

 

 ないんかーーいと心の中で突っ込みを入れてしまった。いや、いいけれどそろそろあの状況が不味いと自覚しよう。赤髪くんは伯爵家嫡子で婚約者はセレスティアさまなんだし、気付かないとあの人そろそろ切れるぞ。

 

 「とにかく、だ! すまなかった、ありがとう」

 

 そういって頭を下げる赤髪くんと青髪くんのつむじを見つつ、おかしなこともあるものだと首を傾げたのだった。

 

 まあお礼を言えるだけ素直なのか、な?

 

 ◇

 

 学院の生徒のみなさまに聖女だとバレて数日。今日は城の魔術陣まで赴いて、魔力を供給する日だった。

 

 といっても学院の授業が終わってからだし、学院から王城は近いのでそう手間の掛かるものではない。

 いつものようにジークとリンを引き連れて、城の奥まった孤立した場所にある建物の中へと進み一人で魔術陣のある部屋へと入る。

 

 魔術陣を起動する為の詠唱を紡いで、それ以降はなにもしない。私の魔力が魔術陣へ充填されるまで、突っ立っているだけだった。

 

 「――眠い」

 

 この気怠さと眠さは毎度のことで慣れてきてはいるものの、抗いがたい睡眠欲には難儀している。

 

 「お疲れ」

 

 「お疲れさま」

 

 「おまたせ」

 

 「大丈夫なのか?」

 

 「なにが?」

 

 「魔術具がないのに、魔術陣に魔力を供給しても平気なのか?」

 

 「うん、大丈夫。魔力を吸われてるだけだから。むしろちょっとだけ楽かもしれない」

 

 「そうか、ならいい」

 

 部屋を出ると毎度のようにジークとリンが出迎えて言葉を交わしていたのだけれど、今日は何故かもう一人居る。

 

 「――失礼いたします、聖女さま」

 

 「どうしましたか?」

 

 合同訓練の時に殿下たちの護衛に就いていた騎士の指揮官の人が片膝をついて礼をする。礼は不要なんだけれど、形式上必要なことなので口には出さない。

 ここは許可が出ている人だけが立ち入れる場所なので、騎士団の人が居るのはかなり珍しい。勝手に入ってきたということはないだろうが、一体なんだろうか。

 

 「失礼を承知でお願いにあがりました。――アリス・メッサリナとの面会をお願い致したく……」

 

 「……――それは構いませんが、理由を聞いても?」

 

 なんで私がという言葉を飲み込んで、どうにか違う言葉にすり替える。目の前の指揮官の人は私に頭を下げる理由はないというのに、その状況に陥っていること。

 何故、接点のない彼女に私が会わなければならないのかと疑問ではあるので聞いてみる。

 

 「アリス・メッサリナが貴女を呼んでくれ、の一点張りで……殿下方との面会も望んでいますが……」

 

 殿下たちとの面会は上から圧力でもかかって、接触禁止でも言い渡されていそうである。

 教会からは『会うな』とは告げられていないので、教会内で彼女を問題視する声はないようだ。あれ、枢機卿の子息である紫髪くんがいたけれど、教会はノータッチなのだろうか。

 

 目の前の人もほとほと困っているみたいだし、会って話をするだけならば問題はないかと、指揮官さんの言葉に頷いて城の魔術陣がある真逆の区域へと案内されるのだった。

 

 王城の片隅にポツンと立つ石造りの塔。指揮官さんによると犯罪者を隔離するための施設で、それも王族に関する犯罪を……ってヒロインちゃんが既に犯罪者扱いになってるじゃないか。

 でもまあ第二王子殿下と側近四人に近寄り、しかも誑かしたのだからそう判断されても仕方ない。どこか別の国からの刺客かもしれないし、王家を良く思わない国内からの刺客かもしれないしねえ。会うのが気が重いなあと、階段を降りていく。どうやら地下に幽閉でもされているのだろう。暗いし湿気が多いし、とにかく不快だった。

 

 「ああ、やっと来てくれたあ! ジークっ!!」

 

 あー……私と話がしたい訳じゃなくてジークが本命だったのか。鉄格子を掴んで微笑むヒロインちゃんはそういう所には頭が回るのねと感心しながら、ジークを見るとすごく不愉快そう――を通り越してる気がするんだけれど気のせい気のせい。

 少しやつれているヒロインちゃんには悪いが、ジークと話をさせる訳にはいかないので私が前に出る。

 

 「どうして貴女はいつも邪魔をするのっ!」

 

 邪魔、ねえ。自分中心で物事を考えるヒロインちゃんに分かるように大袈裟に息を吐いた。

 

 「私が邪魔?」

 

 「ええ、いつもシナリオの邪魔をするものっ!」

 

 また『シナリオ』発言。どうにも不思議な感覚なのだけれど、彼女は本や漫画の世界の中にでも居るつもりなのだろうか。確かに、魔法――というより魔術なんてものが存在し魔物に魔獣なんてものも存在する世界だ。

 

 ファンタジーな世界だとは思う。仮にこの世界が物語の世界だとしても、誰かの行動が一つでも違えばその『物語』は別の物語となってしまい完成しないだろうに。

 

 「シナリオってメッサリナさんは言うけれど、生きることにシナリオなんて必要なのかな?」

 

 少し前髪を邪魔くさく感じて、利き手で一度掻き上げる。

 

 「要るよっ! みんなと仲良くなって結婚して幸せになるんだもんっ!!」

 

 「男の人とばかり仲良くなっても……それに王国だと多重婚は無理じゃあ」

 

 不都合が生じすぎるし、王国では国王陛下や王太子殿下にしか認められていない『特別』である。

 

 「大丈夫だよ、ヘルベルトさまが王さまになれば出来るから!」

 

 ええ、国王陛下の意向を無視する気なのだろうか。王太子の座はもう決まっていて第一王子殿下なのだけれども。他国から王太子妃殿下として婚約を結んでいるし、覆すことは困難だろうに。

 やばい、政治犯だよこの子。国家転覆狙ってるよ。そりゃ牢屋から出せる訳がない……思想が危なすぎる。上層部がまともで良かったと安堵して。

 王族に連なる人たちがどんな人たちかは、第二王子殿下しか知らないけれど。この子をこの場に閉じ込めた判断は正しい。そして騎士団から国王陛下へと報告されているだろうし。この子と第二王子殿下を隔離して正解だ。

 

 「無理、どうあっても覆ることはない」

 

 「どうして? どうして思い通りにならないの? ジークだって私の味方になるんだよ……フェンリルのリルくんを使い魔にして聖女になる筈だったんだよ……?」

 

 魔獣の前に飛び出したのは、そんなことが理由だったのか。馬鹿な子だなあと憐みの視線を向ける。

 

 「思い通りになんていかないよ、人生なんて。だから自分でしっかり考えて前に進まなきゃね。シナリオなんてものを頼りにしてる場合じゃないんだよ。本の世界じゃあるまいし――……もう遅いだろうけれど」

 

 彼女がどこかのスパイでないなら、このまま幽閉か流刑くらいかなあ。陸の孤島の修道院という手もあるけれど、処分を下すのは私じゃないし考えてもしかたない。

 

 「大丈夫だよ、私は主人公だもん……困っていたら誰かが……みんなが助けてくれるっ!」

 

 「――言葉が通じない……堂々巡りかあ」

 

 諭すのは無理そうだなあ。反省して刑を軽くできる道もあっただろうに、彼女にその意思はなさそうである。

 

 「ジークっ! 助けてっ! ここから出してっ!」

 

 彼女の望み通りになるのか試してみるかと、ジークに顔を向けて場を譲ると、深々と溜息を吐いたけれど言いたいことがあるのか仕方なくといった様子で変わってくれた。

 

 「無理だな。――それに名も知らぬ女に俺の愛称を呼ばれるのは不愉快極まりない」

 

 「だってジークがそう呼んでって……」

 

 「俺はそんな事をアンタに一言も言ってはいないし、許しているのはこの場に居る二人と残りの仲間だけだ」

 

 「なんでっ! どうして……ジークはその女と付き合っているの?」

 

 凄いところに飛躍したなあ。彼女の頭の中を見てみたいけれど、お花畑だったか。

 

 「…………」

 

 ジークがかなり辛そうな顔をして押し黙るのだった。

 

 ◇

 

 急に喋らなくなったジークに違和感を感じて、ヒロインちゃんを見る。一体彼女はジークになにをしたのだろう。

 

 「ジーク?」

 

 「……兄さん?」

 

 「っ! すまない、なにか……」

 

 顔を抑えて数歩下がるジークはリンに任せて、鉄格子の向こうに居るヒロインちゃんを睨む。

 

 「何をしたの?」

 

 「え?」

 

 「……何をしたと聞いている」

 

 自分でも驚くくらいに声色が下がっていた。

 

 「な、なにも……私は何もしてないよ!」

 

 「何もしていないのに、ジークがあの状態になるはずがないでしょう!?」

 

 「でも……でもっ!」

 

 怒りで魔力が体の中で渦巻くのがわかってしまう。ぶわりと溢れる魔力と同時に私の髪も揺れて、鉄格子の金属が魔力と反応して声高い妙な音を奏で始めた。

 

 「ナイっ!」

 

 「聖女さまっ!」

 

 リンと護衛だとついて来た騎士が声を張るけれど、構っている余裕はない。目の前のコレはジークに一体何をしたというのだ。

 鉄格子の隙間に手を入れて、目の前の物体の胸倉を掴んで顔を引き寄せて互いの鼻先まで近づける。至近距離で合う目と目。若草色の瞳に私の顔が映り込んでいるけれどそれより奥から何かを感じ取る。

 

 「――っ!! ……魔眼」

 

 「え?」

 

 きょとんとした顔を浮かべ呆けたままの目の前のアレを何の遠慮もなしに突き放すと、石畳の床にどさりと尻餅をついたのを横目にジークとリン、そして見張り役でついて来ていた指揮官の人に声を掛ける。

 

 「すみません、急いで魔術師もしくは呪術師の手配を。――ジーク、大丈夫?」

 

 私の言葉に指揮官さんは同じ場所にいる他の騎士へと伝達。走って塔の階段を昇って行ったので、手配はしてくれるようだ。

 

 「あ、ああ。少しくらっときただけだ……」

 

 額に手を充てて片膝をついて耐えているジークに治癒魔術を掛けるけれど、効果があるのかは分からない。

 

 「無理しないでいいから、取り合えずここから出て外の空気吸おうか」

 

 「行こう、兄さん」

 

 「聖女さま……!」

 

 「申し訳ないのですが、先に彼を外に出させてください」

 

 「それは勿論です。――お時間を取らせて申し訳ないのですが、あとで事情の説明をお願いしたく」

 

 「ええ、承りました」

 

 押し倒されたことから回復したのか、ヒロインちゃんが鉄格子に縋りながら髪を振り乱して叫ぶ。

 

 「待ってっ! 待ってよぉ!! 私を置いて行かないでジークっ!! 大好きなのにどうしてアタシに振り向いてくれないのっ!!」

 

 「…………アンタじゃあ勃たねえんだよ。趣味じゃない」

 

 「……っ!!」

 

 女として完全否定されたなあ、ヒロインちゃん。

 

 ジークがこうして口を荒らげるのは珍しいからよほど腹に据えかねてたんだろう。きょとんとしたのちに顔を真っ赤に染めていたヒロインちゃんを置いてけぼりにして、入口へと向かう。

 ちょっとアンバランスだけれど左側にリン、右側を私が支えてようやく外にでて、王城の敷地内で少し行儀が悪いけれど緊急事態だとジークを芝生の上に座らせる。

 

 「――すまん」

 

 「ジークの所為じゃあないでしょ。一応治癒を施してるけれど、気持ち悪いとかある?」

 

 「お水貰ってくる!」

 

 どうやら騒ぎを知って駆け付けた騎士団の人たちがこちらへとやってくる。それならば護衛は不要だろうとリンが水を貰いに走っていった。

 

 「…………ジーク」

 

 「どうした?」

 

 少し顔色の戻ったジークにふと湧いた疑問を投げかける。

 

 「不能なの?」

 

 「……っ! 言葉を慎めっ!!」

 

 「あだっ」

 

 頭に遠慮のないジークの手刀が落とされるのだった。

 

 



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0021:魔眼。どうする。

 ヒロインちゃんと牢屋で面会した翌日。

 

 ――王城。とある一室。

 

 調度品がすんごい豪華です。ええ、粗相をして壊したものなら一生働いても返せそうにないくらいに。

 そんな場所なので貧乏性の私は戦々恐々として落ち着かないのだけれど、目の前の二人は私のことなど全く気にせずに報告する騎士の言葉に耳を傾けている。

 

 私がこの場に呼ばれた理由は昨日に騒ぎとなった件だ。騎士からの報告とつじつま合わせの為だろう。違う部分があれば即訂正しろと二人から言い含められている。

 

 「――魔眼ですってぇぇえええ!」

 

 座っていた椅子から勢いよく立ち上がり彼女のドリル髪が揺れる。

 

 「声がデカい……」

 

 セレスティアさまの声が大きいのはいつものことであるが、今のは殊更に大きかった。今日も彼女は元気だなあと眺めつつ、耳がきーんとするので気づかれない程度に左右に振って違和感を打ち消す。

 

 「はっ。――魔眼技術を専攻している魔術師と呪術師に調べさせたところ、生まれ持っての能力だそうで……」

 

 セレスティアさまの大声を華麗にスルーを決め込んだ騎士の人がさらに続けた。

 

 魔術師と呪術師は少々区分けが違う。魔力持ちで魔力を外に放出できるならば、基本は誰でも魔術師である。

 

 ただ変態が多いと言われる魔術師は時折突拍子もない魔術式を開発し、突拍子もない効果を生み出すことがあった。ようするに呪いの魔術である。

 派手な攻撃系の魔術より、地味で陰湿で汚い手だと言われているので、それを使う魔術師は嫌われる。だからこそ区分けされたという、なんともいえない過去がある。

 

 そのことが魔眼に繋がる理由は、昔々に自身の眼に魔術式を刻み他人に呪いをかけた変態がいた。

 

 確か動機は愛している恋人を寝取られた、とかだった気がする。随分と昔の文献でうろ覚えではあるが。

 で、相手を呪いで始末したものの、眼に刻んだ術式が消える訳もなく。そうして時間が過ぎて新たな恋人ができ、後に結婚。

 

 その人の胎の中に新たな命が宿る。

 

 十月十日後、産んだ子供も何故か同じ術式を眼に持っていたそうで、それを気持ち悪いと言われ両親から捨てられた。

 訳も理由も分からないままどうにか子供は大人になり、捨てられた理由を知る。他人に呪いをかける魔眼の持ち主だったからだ、と。

 発動条件も理解しないまま、その子供は両親を呪うことに成功し、時が経ちそしてまた子を産む。――その繰り返しが脈々と受け継がれたらしい。もちろん誰にも呪いをかけずに一生をすごした者も居れば、自覚のないまま生き抜いた者もいるんだとか。

 

 そうして魔眼持ちが増えていき、体質や資質で効果が変質・変化していった、と。

 

 今現在、その魔眼持ちだった血脈は随分と薄くなっており、先祖返りや隔世遺伝で魔眼持ちが生まれるようになった模様。

 

 科学的に検証された訳でないし信じがたいことではあるが、口伝や書物で細々と伝えられていたらしい。

 

 「魔眼の術式を仕込める技術を持っているものはいないからな」

 

 「ええ。存在するならば、今頃争奪戦ですわね……まあ、魔眼持ちも貴重ですが」

 

 ばさりと鉄扇を開くセレスティアさま。まさか呪いをかけたい相手でもいるのだろうか。ふと彼女の婚約者である赤髪くんの顔が浮かぶけれど、呪ったところで彼女や家にメリットがないなあと気付く。

 今から新しい婚約者を探すとしても有力どころは売却済みだろうし残っているのは、まあ……そういうことだろう。

 

 というか彼女ならばコソコソするより、正攻法で理由をつけて切りそうだなあ、もちろん物理的に。

 

 「しかし、よく気が付いたな、ナイ」

 

 私を見てソフィーアさまが問いかける。

 

 「偶然です。アレがジークを罵らなければ気が付かなかったでしょうし」

 

 「報告で聞きましたわ。――少々下品ではありますが愉快ですわね、あの女に対してのあの言葉は」

 

 壁際で置物と化しているジークの顔がちょっとだけ歪んだ。まああの言葉は言われた方は実際に不快だっただろうし、仕方ない。ただ、お貴族さまからすればジークの言葉は下品なのかもしれないけれど、良い嫌味になっていたと思う。

 くつくつと鉄扇を開き口元を覆いながら笑うセレスティアさまの視線はジークに移ってた。彼女に無言で、揶揄われてるなあジーク。頑張って耐えておくれ。

 

 というかよく五人ものハーレム作ろうと思うよね。ジークを入れると六人になるし。まさか、他に粉をかけていた人はいないのだろうか。

 

 若さと無知って凄い。枯れている私には無理な行動である。

 

 「彼女の処分はどうなるのですか?」

 

 「王族と側近候補を誑かしたからな。ただでは済まないだろう」

 

 「ですわね。――温い処分を下せば他の方々に示しがつかないでしょうし、第二第三のアレを生み出しかねませんもの。――どうなるのかはまだわかりませんが……」

 

 二人の言葉に押し黙る。どう考えてもそうなるよなあ、正論だから何も言えないし。

 まあアレをどうにかしようとは考えていないけれど、ジークに言い寄っていたことは許せなし、リンに『なぜ生きているの』と言い放ったことも許せるはずもない。

 

 ただ私が処分に口を出せる立場ではないから、黙っておくしかないのだろう。口を出したいなら、それなりの身分や立場を手に入れなければ無理である。

 ふうとため息を小さく吐くと、二人は目敏く見つけてしまったようだ。私に顔を向けて苦笑いを浮かべる。

 

 「どうした?」

 

 「いえ、いろいろなことが起こり過ぎて、少し疲れただけです」

 

 「確か昨日は城の魔術陣に赴いていらしたと聞いていますわ」

 

 「ええ、丁度折よく騎士の方に捕まった訳です。――まあ、その騎士の人に責任はありませんが」

 

 仕事だしね。ヒロインちゃんを取り調べして、にっちもさっちもいかなくなって私を頼ったようだ。

 そうして牢屋へと連れていかれて、昨日の出来事である。あの後も騎士の人たちからいろいろと聴取されていた。とはいえ犯人でもないし、きちんともてなしを受けながらであったケド。

 次の日というか、今日も学院で授業があったから確実に睡眠不足である。

 

 「結果としては私たちは助かった訳だが、ナイからすれば巻き添えのようなものか……」

 

 殿下たちの行動を正せないなら、無能と判断されるものね。ヒロインちゃんが故意なのか無意識で魔眼を使ったのかはまだ分からないけれど、洗脳状態だったと判断されれば逃げ道が出来る。

 ふうと息を吐いて椅子に凭れるセレスティアさま。何かを考えているようだけれど、怖くて聞けない。

 

 「……確かにそうですわね」

 

 美人二人に見つめられると迫力あるなあと、現実逃避を決め込むのだった。

 

 ◇

 

 ヒロインちゃんの行動がアレすぎて、殿下たちのことを忘れていた。彼ら、一体どうなるんだろう。

 

 気になるならソフィーアさまとセレスティアさまが目の前に居るんだし、聞けばいいか。

 学院だと、近寄れないから丁度いい機会である。一応、ヒロインちゃんに巻き込まれた被害者だから不敬にはならないだろう。

 

 殿下たちが気になるというより、彼らの婚約者の将来が気になる。お貴族さまとして真っ当なのに相手の所為で地に落ちるとか笑えない。

 

 「ところで、殿下たちはどうなるのですか?」

 

 「あの女が故意か無自覚かで多少は左右されると思うが、陛下や彼らの家の当主が決めることだからな。残す価値ありと判断すれば罪は軽くなるだろうし、必要ないと下されれば、まあ……そうなるだろう」

 

 「ですわね。陛下の決定を一番に重んじるでしょうが、当主の決定も重要視されますから。――事実確認に裏取りにと、少々時間が掛かるかもしれませんわね」

 

 国王陛下や家の決定次第ということか。こればかりは待つしかないのだろうなあ。裏取りとかもしなきゃならないだろうし、他に工作員やらが忍び込んでいたら大事だし。

 『シナリオ』に従ったヒロインちゃんの所為でとんでもないことになってきた気がするのだけれど。

 

 「やっかいなことを起こしてくれたものだな」

 

 「あら、その割には深刻そうに捉えていないようですけれど」

 

 「自爆だろうアレは。――頭が回るならもっと上手く立ち回るし、こうも簡単に失敗せんだろう」

 

 ですよねえ。五人もの男の人に同時にアタックして成功させたことは凄いけれど、五人もいれば相手するのが大変なんだもの。

 

 「確かに」

 

 「ナイ、お前がアレと同じ立場で魔眼持ちだとしたら、どう振舞う?」

 

 「え」

 

 なんで私に聞くかなあ。頭は回転は遅いし、世渡りは前世の上澄みがあるからそれなりに繕える訳で。ソフィーアさまが期待するほどでもないのだけれど。

 まあ私からすれば、一択なのだけれどね。

 

 「何もしませんよ。第二王子殿下に粉かけるなんて大それたことをする勇気なんてありません」

 

 小心者ですよ、私は。あれ……ということはヒロインちゃんは大物になるのか。確かに肝は太いと思う。初対面で知ってか知らずか殿下に声かけてたし。

 無邪気だなあ、で済ませていたのが裏目に出たか。初手に止めることが出来れば……たらればはもういいか。考えても無駄だ。

 

 「普通はそうなるよなあ……」

 

 「普通、であればですわね」

 

 「仮に手を出すなら商家の人か騎士爵持ちの人くらいでしょうか。――お二人は彼女と同じ立場であれば、どうされますか?」

 

 平民であればここいらの人で妥協しておいた方が良い。仮に商家生まれでお金を持ってて販路や後ろ盾が欲しいなら、政略でお貴族さまを狙っていいと思うけど。

 それでも子爵家くらいまでではなかろうか。伯爵家より上ともなると歴史が長い家が多いだろうし、周りが止める。

 今回は学院という特殊な場であったからだ。お貴族さまと平民の垣根をもう少し低くしようと試みていたから、今回初めて特進科に平民を入れたそうだ。

 初手でおおゴケしとるやんけと突っ込みを入れたくなるが、学院側もこんなことは想定外だろう。

 

 「ん?」

 

 「まあ。――面白い仮定ですわね」

 

 私から話を発展させる言葉が珍しかったのか、一瞬不思議そうな顔をする。まあヒロインちゃんと一緒にされるのは、快くは思わないだろうけれど。

 興味本位で聞いてみただけである。

 

 「私もお前と同じだよ、手を出さん。王家が無能という訳でもない直ぐに気付かれて適切な時に処分されるのが妥当だろうな」

 

 「わたくしも何もしませんわね。欲をかくなら豪商の家の者を狙いますけれど」

 

 「……ですよね」

 

 結局三人とも意見は同じであった。あんな無茶振り誰もやらん、と。

 

 「しかし……わたくしたちの立場も危うくなりますわね」

 

 婚約者がやらかしているものね。そりゃ自分の足元は確りとしておいた方が良いことである。実家で肩身の狭い思いをするなんて嫌だろうし、嫡子に奥さんが居るなら出ていかなければだろうしなあ。

 あれ、お貴族さまって小姑の扱いってどうなってるのだろうか。まあお金は持っているだろうから一人養うくらいは簡単だろうけれど、浪費癖とかあるなら邪魔だよね、正直。

 

 「ああ、何か手を打っておかねばな」

 

 だから私を政治の話に巻き込まないでくださいってばっ!

 

 

 

 




 間違えて半分しか載せてなかったので、直しましたorz


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0022:処分決定前。

 ヒロインちゃんが魔眼持ちと発覚してから、一週間。どうやら殿下と側近くんたちとヒロインちゃんの処分が決まった。

 

 それまでにはちょっとしたこともあって、ヒロインちゃんが隔離されている牢屋へとまた来るようにと公爵さま経由で命令がきた。

 なんでまた召喚されるのだろうと疑問に感じつつ、割と厳重な護衛の騎士たちとジークとリンで塔の前に足を運んだ時だった。

 

 「またお会いしましたね、聖女さま。――再会できて嬉しいですよ」

 

 足音を立てながら他の護衛の騎士とともに魔術師団副団長さまが現れて、銀髪を風に揺らしながらこちらへとやって来た。

 

 「副団長さま……――お久しぶり、というにはまだ早いかも知れませんが、魔獣討伐の際は本当にお世話になりました」

 

 「いえいえ。こちらこそ、あのように遠慮せず魔術を使ったのは久方ぶりでしたから」

 

 左様ですか、と無言のままで会話を流すと、まだ終わっていないのかこの場を離れない副団長さまはじっと私を見つめる。

 

 「――どうしました?」

 

 「いえ、何故そんなに私を凝視しているのかな、と」

 

 「それについては、後ほどご理解いただけることでしょう。――さあ、参りましょうか」

 

 「ちょ!」

 

 ふふっと笑って私の背をやんわりと押す副団長さま。身長差があるので歩幅の差が明確にでる。副団長さまの一歩が私の約三歩くらいなので、私だけ早足になっているんだけれど。

 周りの人は普通に歩いてついて来てるし……畜生。ってその前に言わなきゃならないことがある。

 

 「待ってくださいっ!」

 

 「おや、如何しましたか?」

 

 私の言葉に立ち止まる副団長さまが不思議そうな顔をして私を見る。

 

 「彼女の下へと行くのならば、ジークとリンを護衛から外してください」

 

 ふむと考える仕草を見せる彼よりも先に反応する人が居た。

 

 「おいっ!」

 

 「駄目だよ、ナイ」

 

 「でもまた何か影響が出るかもしれないから、二人はここで待ってて」

 

 私の護衛としてついてきているのだから、二人の反対は理解している。

 

 「――お二人の事が心配なのですね」

 

 「ええ。彼女の魔眼のこともありますが、それ以前に二人に関わらせたくありませんので」

 

 魔眼の影響というよりも不快な発言をしまくるヒロインちゃんと会わせたくないというのが、正直な気持ちである。

 

 「と、聖女さまは仰っていますが、お二人はどうしますか?」

 

 見下ろしていた私から視線を外してジークとリンの方へと向く副団長さまに、二人がばっと敬礼のポーズをとった。

 

 「俺たちは聖女さまの護衛騎士です。なにがあろうとも側にいます」

 

 「兄さんと同じです」

 

 「だそうですよ、聖女さま。――許してあげればいいではないですか。それに貴女が心配しているようなことにはなりませんし、彼らならば何を言われても受け流しそうですけれどねえ」

 

 副団長さまの言葉にこくりと頷いたジークとリン。ここで問答しても仕方ないかと諦める。あと副団長さまには私の心配を打ち消すような確信があるみたいだし。

 そうしてまた一行は進み始め前に護衛の騎士二人、そして副団長さまと私が、少し離れてジークとリンがついて来て、更にその後ろにも護衛の騎士が二名。塔の外にも護衛が待機しているので、王城の中でここまで厳重なのは初めてのような気がする。

 

 「……だあれ?」

 

 入口の扉を開いて直ぐに、ヒロインちゃんの声が聞こえる。顔は知っているはずだというのに、なぜ疑問を呈したのかは直ぐに理解できた。

 

 「目隠し……」

 

 「ええ。単純ですが一番効果がありますから。まあ術者……彼女には酷な処置かもしれませんがねえ」

 

 ヒロインちゃんは『ハインツさまぁ!』と副団長さまの名前を連呼しているのだけれど、彼はガン無視を決め込んでいた。

 何かあったのかなと勘ぐってみるけれど、そういえば彼女の魔眼について調べると言っていたから、その時にでも名乗ったのだろう。私は彼女に用はないので、無視を決め込む。

 

 「というか私が居る意味あります?」

 

 「ありますよ。――聖女さまは尋常ではない魔力量をお持ちのお方。無意識下で常に外へと魔力が放出されているので、魔眼の呪いにある程度は対抗できているのです。そしてその恩恵は周囲の者にも効果があります」

 

 「それ、不味いのでは……」

 

 周囲に何かしらの悪影響を及ぼしそうなのだけれど。感情がフラットな時は良いけれど、ヒロインちゃんの胸倉を掴んだ時のように、金属が音を鳴らしてなにかしらの影響が出ていたし。

 

 「ああ、心配はいりません。聖女さまは魔力操作が下手糞ですから、周囲に影響を及ぼすほどの力がないのですよ」

 

 「…………」

 

 にっこりと微笑みながら遠慮のないドストレートな酷い言われように、無言になってしまう私。

 

 「ふふ、それに関しては追々きちんと魔術のお勉強をしましょうね。――で、これを見てくださいますか?」

 

 懐から小さな箱を取り出す副団長さまが、手のひらに乗せて反対の手で小箱を開く。

 

 「魔術具ですね」

 

 指輪型の魔術具だった。見た目はただのシルバーリングだけれど、刻んだ術式で効果は千差万別なので見た目では判断がつかない。

 

 「ええ、魔術具です。僕が作りました。――そしてこちらも」

 

 もう一度懐に手を入れてまた小箱を取り出す。

 

 「見た目は同じですが……」

 

 どちらもただのシルバーリング。魔術具の見た目を凝る人はゴテゴテのものを好んで作るそうだけれど、副団長さまはシンプル志向のご様子。

 火力と魔術馬鹿の副団長さまだから派手なものを好みそうなので、これは意外だった。

 

 「ええ。見た目は同じですが、効果は少々違います」

 

 「?」

 

 「貴女用とそこに居る人用ですね」

 

 「はあ」

 

 「反応が薄いですねえ。ハイゼンベルグ公爵からの魔力を抑える魔道具を作って欲しいと依頼がきましてね。普段は個別依頼は受けないのですが、内容を読むと貴女が使うものだと直ぐに理解し了承しました」

 

 そこは気付かずに断って欲しかったなあ。副団長さま、察しが良いのはどうなのだろう。

 

 「術式自体は簡単なものなのでそれほど手は掛かりません。直ぐにできたのでお届けに参ろうとしたのですが、王家から勅命がありまして……」

 

 少し間をおいてヒロインちゃんを見る副団長さまの目が細くなる。

 

 「魔眼持ちを見つけたというではありませんか。そして魔眼の効果を抑える道具を作れという命令も同時に僕に下ったのです」

 

 両手を広げて嬉しそうに語る彼はまだ言葉を続けていた。

 

 「いやあ、魔眼持ちが現れるなんて奇跡ですよ。あとあの人の一族全て調べ上げませんと。貴重な魔眼持ちがまだいる可能性もありますからねえ!」

 

 「はあ。――でもそれとこれとに私に関係があるようには……」

 

 「聖女さまをここへと呼んだのは、僕たちの盾役になって欲しかっただけです。そこの人は無意識下で効力を発揮しているようですから対抗手段を立てにくい。そこで魔力を無駄に駄々洩れさせている聖女さまの出番という訳です」

 

 「……」

 

 魔術具が壊れ自分の多すぎる魔力量の制御がなっていないから、ヒロインちゃんの魔眼の威力を下げているだなんて思ってもみなかった。

 

 「あ、もちろん公爵さまや教会の許可は取っていますからね。このことを後で知られると怖いですし、敵には回したくありませんから。――まあ無意識下で良かったですよ。指向性を持つと狙い撃ちや威力の調整もできてしまうでしょうから」

 

 ああ、貴女が居てくれてよかったと嬉しそうに笑う副団長さまが、片方の魔術具を手に取る。

 

 「――さて、魔眼の効果を下げられるか実験してみましょうか」

 

 その言葉に騎士の一人が鍵束を取り出して牢の鍵穴へと刺すと、錆びた鉄の音が部屋に鳴り響くのだった。

 

 ◇

 

 ――実験って言った。

 

 実験って言い切りやがりましたよ、目の前の副団長さまは……。

 でもまあ問答無用に処刑されるよりも、モルモットとして生きる道もありなのかな。衣食住は王国から保証されるわけだし。ただ、彼女の親類縁者はとばっちりだろう。

 彼の言葉を信じるなら血縁者が魔眼持ちなのか調べるみたいだし、仮に魔眼を所持している人が居れば、魔眼持ちを輩出する家系として保護か監視となるだろうに。ヒロインちゃんの軽率な行動が大事になっている。

 

 「扉を開けてくださいますか?」

 

 「はっ!」

 

 「――聖女さまはそこでじっとしていてくださいね」

 

 「わかりました」

 

 一緒にこの部屋へと入っていた騎士が四名が副団長さまより先に牢の中へと入り、そのうちの二人がヒロインちゃんの両腕を掴んで拘束する。

 

 「な、何? 怖い、やめてっ!」

 

 「じっとしていなさいっ!」

 

 「痛いっ!」

 

 「喋るなっ!!」

 

 拘束から逃れようとする彼女が暴れると締め上げている腕が余計に締まってた。痛みに負けたのか抵抗するのを止めたのか、どちらかは分からないけれど黙り込むヒロインちゃん。

  

 「さて、じっとしていてくださいね。痛くはしませんし、少し待てばその目隠しから解放されますよ」

 

 あくまで声色は優しく、でも彼の顔は微塵も笑ってない。ああ、本当に目の前のヒロインちゃんを実験扱いである。

 

 「ハインツさまぁ……」

 

 「大丈夫ですよ、怖がらないで。――その人の手を前に」

 

 「はっ!」

 

 「――"メディスンは森で撃たれ"」

 

 副団長さまの詠唱のあと声高い金属の音が短く鳴る。おそらく魔術具の効果を発動させる起動詠唱なのだろう。

 

 「メディスン?」

 

 聴き慣れない言葉につい復唱してしまった私の言葉が届いたのか、振り返ってにっこりと笑う副団長さま。

 

 「ああ、呪術師のことですよ。随分と古い言い方なので、聖女さまが知らなくても仕方ありません」

 

 「はあ」

 

 「反応が薄いですねえ。――あまり魔術には興味がありませんか?」

 

 「いや、それより彼女を放っておいてもいいんですか?」

 

 「おっと、そうでした。魔術具の効果は発動していますし、目隠しを外して頂いても大丈夫ですよ」

 

 質問に質問を返したことを気にもせずに、騎士へと目隠しを外すように促す。おもむろに手を伸ばす騎士の人は、少々怯えている様子だった。

 ヒロインちゃんの魔眼が誰に発動するか分からないから、自分の身に降りかかるのは怖い。呪いというよりも洗脳みたいな感じだしなあ、ヒロインちゃんのソレは。

 

 「ハインツさまぁ!」

 

 「……」

 

 「助けに来て下さったのですか?」

 

 「いいえ、貴女が持つ貴重な魔眼の様子を伺いに来ただけですよ。――ふむ、どうやら一定の効果はあるようですねえ。取り急ぎはこれで良いでしょう。キチンとしたものはまたあとで制作すればいいですし」

 

 騎士の人たちと一言二言交わしてから、副団長さまが一番先に牢から出てくる。どうやらヒロインちゃんはこのまま置き去り決定のようだ。

 まあ目隠しが外れたのでここで生活するには支障はあるまい。ベッドや机に椅子、そしてお手洗いなどの最低限の一式は揃っているし、食事も運ばれてくるだろうし。

 

 「先生」

 

 「お師匠さま」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが階段を降りて出入り口で副団長さまに声を掛けたようだ。

 

 「おや、こんな所に来ては駄目ですよ。お二人とも」

 

 副団長さまの言葉に同意する。どうしたってこんな所に貴族のご令嬢が来る場所ではない。

 

 「陛下や家の許可は取りました。そして先生が居るうちに行ってこい、とも」

 

 「ええ。お師匠さまが居れば心配は必要ないだろうと言われまして」

 

 どうやら王家や自身の家の人たちの許可は得ていたようだ。手回しが早いなあと感心しつつ、二人と視線が合ったので、黙礼をする。

 

 「はあ、仕方ありませんね。しかしどうしてこちらに?」

 

 「あの女には思う所がありますので、少々聞きたいことがあるのです」

 

 「ええ、わたくしもですわ」

 

 「分かりました。――尋問はかまいませんが暴力は駄目ですよ。貴重な魔眼持ちなのですから。あと時間は限られていますので手短に」

 

 「有難うございます」

 

 「感謝いたしますわ」

 

 貴族の礼をして鉄格子へと進む二人を見つめていると、私の横に副団長さまが並ぶ。

 

 「大丈夫でしょうか」

 

 「あの二人なら大丈夫ですよ。むしろ魔眼持ちのあの子の精神が彼女たちの圧に耐えられるかどうかが心配です」

 

 壊さないでくださいね、と副団長さまが二人にこの場所から声を掛けると、振り返りこくりと頷いたソフィーアさまとセレスティアさま。

 なんだかいつにも増して二人が纏っている空気に圧があるのだけれど、ヒロインちゃんは大丈夫なのだろうか。数日間の牢屋暮らしで少々参っているようだし、精神的にさらに落ち込めば自殺やら命の危険もあるかもしれないし。

 

 「どうして殿下方に近づいた、目的を言え」

 

 ソフィーアさまの言葉から始まった尋問に対する答えは、以前と似たり寄ったりであった。

 曰くシナリオの通りになるはずだから、ヒロインちゃんもシナリオ通りに動けば最初は同じように進んだ。

 けれど、ソフィーアさまやセレスティアさまからの嫌がらせやいじめは殆どなかったし、私やリンというイレギュラーも居たこと。どうして自分の思い通りにならないのか、どうして自分が一番ではないのか、と我が儘放題言い放つ。

 

 「どうしようもありませんわね」

 

 「これ以上は無駄か……」

 

 「ええ。――これならば周囲からの証言を得た方が良いですわね。どうやら錯乱しているようですし」

 

 二人はヒロインちゃんが言うゲームやシナリオという言葉の意味が伝わらなかったようだ。まあこの世界にゲーム機やパソコンは存在しないし、ましてや乙女ゲームなんてものも存在しない。

 あとで補足説明をしておけば、頭の回転の早い二人ならば乙女ゲームの話を持ち出さなくても理解するはずだろう。

 

 あまり手ごたえのなかった尋問に二人は顔を見合わせて溜息を吐いたのだった。

 



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0023:処分決定。決意。

 ソフィーアさまとセレスティアさまがヒロインちゃんに対して尋問を行ったり、意味不明な彼女の補足説明を二人にしたり。

 魔術師団副団長さまとヒロインちゃんの魔眼研究の為に何度も王城へと呼び出されたりと、割と忙しかった。

 

 「さて僕個人のアリス・メッサリナ氏が持つ魔眼の能力の見解です」

 

 また王城へと呼び出され、何故か王国の政を司る重鎮たちが非常に重い雰囲気の会議室内で、副団長さまの椅子の横にちょこんと座る羽目になっていた。

 

 「――彼女の魔眼の力は一定の指向性があると推測されます」

 

 そうして副団長さまの見解が続く。不特定多数に洗脳や魅了の効果がある訳ではなく、彼女が気に入った人物、または気になる人物に強く反応するものらしい。

 でなければ殿下たちを狙い撃ちできないし、他に彼女の犠牲となる人物が生まれてしまうのだけれど、そういう人物はいない。

 

 ジークに粉をかけたことも理由に挙げると、何故か私の名前が出てくる。どうやら私の近くで長く過ごしていたことで、耐性を得ていたらしい。

 そんな馬鹿なと副団長さまの顔を見上げると、黙っていてくださいねという視線を頂いたので、黙るしかなくなる。

 

 「おそらく発動条件は視線が合うことと術者である彼女が特段の好意を持っていることが条件でしょう。――『シナリオ』『ゲーム』という言葉を僕は余り理解できませんが、ここにいる聖女さまが上手い例えをしてくれたので、彼女に代わって頂きます」

 

 は、ちょ、待って。何の説明もなしにバトンを渡されても困るのだけれど、この人は一体どういうつもりなのか。

 兎にも角にもお偉いさんばかりが集まる会議室である。粗相のないように、静かに椅子を引いて立ちあがる。

 

 「みなさま、はじめまして。聖女を務めさせていただいております、ナイと申します。――至らぬ身ではありますが、魔術師団副団長さまの補足をさせて頂きたく存じます」

 

 うわあ、怖いよ視線が怖い。マジモンのヤクザがメンチ切ってるくらいに怖い。まあ王国の未来に関わることだから、心配なのはわかるけれど今回私は副団長さまのとばっちり。

 仕方ないなあと、深く息を吐いて吸い込んで団長さまやソフィーアさまにセレスティアさまへと例えとして話したことを、もう一度彼らへと語る羽目になったのだった。

 

 「ありがとうございます、聖女さま」

 

 「せめて事情を説明して頂けると助かります」

 

 「いやあ、申し訳ありません。ギリギリまで魔眼のことを調べていたものですから、ついおろそかになりまして」

 

 聖女さまのことを信頼していますからと、にこりと笑っているけれど絶対適当に喋ってるよ、この人。

 魔術馬鹿だから仕方ないとはいえ、もう少し説明とかいろいろと社会人としてやるべきではなかろうか。

 

 そんなこんなで、いろんな人に振り回されていればあっという間に時間が経つ。そんなこんなで魔獣討伐から一週間強。

 

 側近くん四人は学院でヒロインちゃん不在の席とぼーっとみつめていたり、時折、こちらに視線を向けて申し訳ない顔をしていたり、赤髪くんがセレスティアさまに罵られていたりと割と忙しいというか。

 

 ヒロインちゃんと殿下たちの処分が決定した。

 

 ヒロインちゃんの言動があまりにもアレだったが為に周囲の理解を余り得られず精神錯乱状態と判断され、本来ならば処刑だった所を貴重な魔眼持ちということで一生幽閉。モルモット。

 彼女の家族もそのとばっちりを受けていて、王家に仇をなした商家と世間の皆さまから判断され、売り上げがガタ落ちしているそうなので、そのうち潰れてしまうのではと言われてる。しかも親類縁者の中に魔眼持ちが居ないか調査された為、いろいろと憶測が憶測を呼び、尾ひれ背びれがくっついた噂が街中に流れているそうな。

 

 第二王子殿下と側近くんたちは、魔眼による洗脳状態だったという理由で、これから一週間の謹慎処分の後に再教育コースが決定した。

 

 罰が軽くないか、と言われそうだけれど将来は国の重要な職に就く人たちである。まだ若いし将来性もあるので、こってり絞られた上で次やらかしたら分かっているなと国王陛下からお言葉を頂いているらしい。

 婚約者がいる人たちには家と家で相談の上、婚約を継続するなり白紙に戻すなりしていいし、なんなら王家がお相手探すよという、お言葉もあったそうだ。男側は知らんけど、らしい。

 

 殿下は帝王学やそのあたりを強化し、乳兄弟の側近くんも殿下の下に就く為の教育を再度、他の三人もそれぞれの分野のエキスパートの下で鍛えなおされる。全員学院に通いながらである。

 

 特進科に所属しているので勉強が大変だろうけれど、このくらいは出来て当たり前という判断なのだろう。無理ならやらせないだろうし。

 

 「私は継続する。――やるべきことがある。それを成し遂げるには、やはり第二王子妃の地位の恩恵は大きいからな」

 

 「わたくしもですわ。そもそもヴァイセンベルク辺境伯家からクルーガー伯爵家へ願ったものですし、仮にも十年近く婚約を結んでおりますし」

 

 ハイゼンベルグ公爵家が王家と婚姻を結ぶことの旨味は薄いそうだ。ただソフィーアさまがやりたいこと、成し遂げたいことがあるので今回の殿下のやらかしは公爵家としては不問。次はないとのこと。

 ヴァイセンベルク辺境伯家は近衛騎士団長を務める伯爵家との婚姻で、魔獣や魔物に国境からの外敵から領土を守る為に伯爵家を利用したいそうなので、そのまま継続。こちらも次はない、とのこと。

 

 お貴族さまって大変だなあと、学院のサロンの中で紅茶を啜る。味、よく分からないけれど。

 

 「で、だ。ナイ、お前に頼みたいことがある」

 

 「ええ。わたくしも」

 

 魔獣討伐以降、何故かこの二人に出会ったり呼び出されたりと忙しい。なんで私がと愚痴りたくなるけれど、お貴族さまの前でそんなことは言えないのが悲しい所。

 

 「そう嫌そうな顔をするな。――まあ、少々面倒かもしれんが……」

 

 「まあ、貴族の社交の場なんて貴女からすれば面倒そのものですわね。――わたくしも社交場よりも狩りや魔物狩りに出かける方が楽しいですわ」

 

 おっと顔に出ていたか。一月前ならばソフィーアさまに怒られそうであるが、交流が増えた所為なのか多少の失礼ならば見逃してくれるようになっていた。

 

 「すみません。――それで頼みたいこととは?」

 

 「ああ、すまないが……――」

 

 なんでそんなことになるのかなあ、と窓から見える空を眺めるのだった。

 

 ◇

 

 ――何故、上手くいかない。

 

 アルバトロス王国の第二王子として生まれた俺は、兄の予備として育てられ求められる基準も高い。帝王学をはじめとした外国語に剣術、魔術、他諸々。

 幼い頃から遊ぶ暇も休む暇もあまりないまま、育てられてきた。父や王妃の期待には応えてきたし、強制的に宛がわれた婚約者とも貴族としてそれなりにやってきた。

 

 『ヘルベルトさまっ!』

 

 ピンクブロンドの髪を揺らし、若草色の丸い目を細めて笑う彼女の姿を幻視する。

 

 「……アリス」

 

 王立学院へと入学して直ぐ、無邪気な笑顔を向けて話しかけてくる面白い奴がいた。誰も彼もが俺を王族として扱い敬う中、彼女だけが俺を俺として見てくれる初めての感覚だった。

 身分の高いものに、それも異性に安易に触れてはならないと教えられてきた。だというのに彼女はいとも簡単に、自然に俺の制服の腕を掴むとふんわりと笑い無邪気に楽しそうにする。

 勉学で分からない所を教えてやれば『ヘルベルトさまは凄い!』とはにかみ俺を褒めてくれる。城をこっそり抜け出して街へと繰り出し二人で行った安い露店の食べ物を、美味しい美味しいと頬張る姿は見ていると自然に笑みが浮かんでいた。

 

 本当に、こんな感情は初めてだったんだ。

 

 「アリス……」

 

 平民出身だというのに何の躊躇いも見せず俺に話しかける彼女に、何か裏があるのではと疑っていたがどうやら違う。

 屈託もなく笑い、政治の話も経済の話も軍事の話もしないのだ、彼女は。ただ俺が素敵だとカッコいいと手放しで褒めてくれ、優しい所が好きだという。

 

 生まれて初めて言われた言葉だった。

 

 母から『愛してる』と言われたことはある。ただ上辺だけで言っていることは、どことなく感じていた。

 父と望まぬ婚姻を求められ、義務と責任で望まぬまま生まれた俺に『愛してる』と言われても嘘だとしか思えない。父からは第二王子として国を父を兄を支えよとしか言われてこなかった。

 

 誰も俺を愛してくれはしないのかと幼い頃は嘆いていたものだ。

 

 アリスは今、王城の片隅にある幽閉塔の中へと閉じ込められている。俺や俺の側近候補に近づき魔眼で誑かしたという理由で、だ。

 

 彼女が俺たちに害をなした訳でもない。王国に意を唱えた訳でもない。それなのに俺の婚約者であるソフィーアや側近たちの婚約者たちは揃って声を上げ『その女から離れるべき』だと。そしてアリスにまで詰め寄り、彼女と同じ平民で聖女の地位に就いている女までアリスに意見し、あまつさえ彼女を泣かせた。

 

 ソフィーアも平民の女にもアリスを困らせるなと注意をしたが、反省した様子もなく平然とした顔をしたままで、何を考えているのか全くうかがい知れない。

 感情を露にするアリスの方が万倍も良い女だと、再認識させてくれたことには感謝するが、彼女を虐めて良い理由にはならない。

 

 そして、彼女が貴重な魔眼持ちなど俺を、俺たちを騙す為の理由に違いない。

 

 そう言えば俺がアリスを愛している気持ちは偽物で、彼女を諦めさせる為の嘘方便なのだ。

 

 「――……必ず、助けるからな」

 

 そう。父が用意した婚約者など知るものか。愛した女一人助けられないで、何が第二王子だ。

 しかし彼女をどう助ければいい。城の警備は厳しい。さらに幽閉塔の警備ともなればさらに警戒しているだろう。俺が近づけば簡単に近衛騎士や騎士の連中に見つかり、連れ戻されるのが目に見えている。どうすれば、いい。

 

 ――ああ、そうか。

 

 王族を誑かしたというならば、王族でなければいいのではないか。この国の第二王子という椅子に執着心はない。生まれた先がたまたま王族で、そうであろうと虚勢を張っていただけである。愛している女と平穏にどこか片田舎で暮らすのも悪くはないのではなかろうか。――ああ、そうだ。良い方法があるじゃないか。

 

 そうだ、アレをやってしまえば俺は解放されるだろう。そして彼女も解放されるに違いない。

 

 だからまだ我慢をしよう。舞台は俺が謹慎処分から解放された数日後にある行事でやればいい。

 誰も彼もが俺に情報を与えようとしないことが気掛かりではあるが、幽閉塔であれば食事や暇つぶしの本が与えられると聞く。今すぐ助けたい衝動に駆られるが、今行動に起こしても取り押さえられるだけだ。彼女には申し訳ないが、我慢してもらうしかない。

 

 そうすれば大勢の人間の目に晒され、アリスの無実も俺の愛も証明される。

 

 父も兄も公爵家も目を瞑るしかなくなるだろう、と俺は自室のベッドに腰掛けて笑いが止まらなくなるのを抑えきれなかった。

 

 

 

 




 キャラに適当に名前を付けすぎて、ソフィーアさまとセレスティアさまの家名が……orz なおすのもアレなのでこのままいきます、ごめんなさい。ところで何でこんなに評価されてるのだろうか……。有難いし嬉しいんだけれど、この後の展開次第で評価が逆転する可能性があるので胃が痛い。

 ちょいと捕捉。魔眼効果と恋愛脳で殿下はブースト掛かっておりまする。こういうときの一人称は不便です。まあ技術がないので三人称は書けないのですがorz

 2022.03.24→タグをイジりました。


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0024:足場固め。お茶会。

 学院のサロンの一室で話は続いていた。いい天気だなあと呑気に窓の外を見ている私に、二人の視線が降り注ぐ。

 

 「私が主催する茶会に参加してくれないか?」

 

 「立て続けになりますが、わたくし主催のお茶会にも参加して下さりませんこと?」

 

 「…………何故です?」

 

 嫌ですという言葉を寸での所で飲み込んで、理由を聞いてみた。というか最近は二人や副団長さまに質問してばかりのような。

 

 お茶会は女性貴族同士での社交の場だと聞いている。流行りのドレスや品物の情報を集めたり、貴族の情報を交換しあったり噂であったり。家同士で対立していればマウント合戦に発展したりするらしい。

 

 そんなものに縁はないと高を括っていたのだけれど、どうしてこうなってしまうのか。

 

 「魔獣討伐からナイの評判が学院の一年だけに留まらず、上級生たちの間でも噂になっていてな」

 

 「ええ。それで魔獣討伐から後はわたくしとソフィーアさんが貴女の周りを固めていたことで、近寄れないご令嬢方が沢山おりまして――」

 

 そういえば魔獣討伐からは学院内に限らず城でも彼女たちとよく過ごしていた。そりゃかなり高い位の公爵家と辺境伯家のお嬢さまが側にいれば、他の人たちは声をかけ辛い。

 時折視線を感じていたのはこの所為かと理解するけれど、でもそれがどうしてお茶会に繋がるのか。

 

 「お茶会に私が参加することに意味があるんですか?」

 

 「あるぞ」

 

 「ありますわよ」

 

 二人の声が同時に響く。私がお茶会に参加することに意味を見出せていないことが不思議なのか、微妙な顔をしているのだけれど。

 いや一聖女でしかない私が彼女たちが主催するお茶会に参加しても置物にしかならないし、他のご令嬢方と会話をしなきゃならないだなんて面倒なのだけれどなあ。仕事の依頼であれば払える金額をぶんど……ふんだく……いやいや、寄付して頂くのだが。

 

 「魔獣討伐の件もあるにはあるが、お前は筆頭聖女候補の一人だろうが」

 

 「ええ。教会の関係者から聞き出しましたわ。引退間近の筆頭聖女さまの後を継ぐ最有力候補だと聞き及んでいますわよ」

 

 「ありえませんよ。私は平民で孤児出身ですので。通例だと貴族のご令嬢ですよ、筆頭聖女さまは」

 

 政で外交の為に各国のお偉いさんの相手を務めることもあるし、他国に行って王国のイメージアップの為に慰問の旅にでることもあるらしい。

 外国へ出ることはお貴族さまでも滅多に出来ないそうなので、ステータスとして人気なのだそうだ。最近は筆頭聖女さまの年齢を考慮されて、実施されていないそうだけれど。これ次の筆頭が決まったら絶対に忙しいパターンだし。

 

 お貴族さま出身だと教養レベルが高いので外国語を習っていたり、社交も十二分に通用するから、そういう人が重宝される。

 

 「通例、だろう?」

 

 「ええ、例外もありえますものね」

 

 にやにやという擬音が似合いそうな表情を浮かべる二人にため息を吐く。最近はもう二人の前では取り繕っていない気がする。

 むしろ嫌がられて距離を置いてくれないかなあとさえ、思うこともあるのだけれど利益があると彼女たちは言っているので無理かもしれない。

 

 「そもそもチビで見栄えのしない顔なので、選ばれませんよ」

 

 外見って結構重要視されるから、地味な黒髪黒目で平凡顔でチビですとーんな私は絶対に筆頭聖女に選ばれないと確信している。

 

 「……」

 

 「…………本気で扇で殴っても?」

 

 「防がれるのがオチだ。――誰も見てはおらんが、止めておけ。というか聖女を殴るな」

 

 痛いのは嫌だから防ぐけど。というか彼女が持っているのは鉄扇なので、受けたら死んじゃうから簡単に殴るとか言わないで欲しい。

 

 「ですが彼女、筆頭聖女の椅子の価値も理解しておりませんし、周囲の評価も分かっておりませんわよ。――殴りたくなる気持ちを理解させませんと、正直この後が不安ですわ」

 

 筆頭聖女の座には興味がないのです。今のままで十分満たされています。学院に通って勉強ができることと、図書棟で本が読み放題という環境は凄く有難い。

 って、公爵さま、まさか私に教養を身に着ける為に、学院に通わせたのだろうか。あれ、公爵さまの好意だって思ってたけれど、まさか裏があったっていうの。……マジか。

 

 「それは言えてるな」

 

 ふうとため息を吐いて片目を瞑るソフィーアさまと、むすっとした顔をしたままのセレスティアさま。なんだか二人で好き勝手言ってくれているけれど、お茶会の話はいいのだろうか。いや、まあこの状況を作り出したのは私だけれど。

 

 「とにかく、だ。――お前さんは筆頭聖女候補の一角で魔獣討伐の件でさらに名を上げた。――縁を繋げたい貴族はごまんと居るということだ。申し訳ないが、それを利用させてもらう」

 

 「ええ。――ですが、それでは筋が通りません。貴女にもきちんと益を齎すと確約しましょう。父に約束を取り付けましたわ、貴女の後ろ盾となることを。もちろんハイゼンベルグ公爵家の了解も得ております」

 

 「え?」

 

 なんでそうなるのかなあ……。どんどん大事になっていっているんだけれど。まあ後ろ盾があることは有難いことである。厄介ごとに巻き込まれた時に頼れるのは正直有難い。二人が私を利用したいのは、殿下たちのやらかしで不安定になってしまった足場固めだろう。

 

 「茶会で必要なものはこちらで用意するし、マナー講師も寄越そう。講師はあまり必要ない気もするが、念のためだ」

 

 一応作法は習ってる。その時は、なんでこんなことを教会が教えるのか理解できなかったけれど、こうしてお貴族さまとの縁を繋いで自分の立場を確保する為だったのか。

 

 「そのような情けない顔をしないでくださいまし。――そもそも聖女となった時点で貴族と関わる覚悟は出来ていたのでしょう? それならば利用してやるくらいの気概でいませんと」

 

 治癒魔術の報酬額が良いのはもちろんお貴族さまで、私もお貴族さまからは寄付という形で割と法外な値段をふんだくっている。――一応、教会が設けた参考の値段表があるのでそれに則ってはいるけれど。それ以上にふんだくっている聖女さまもいるそうだけれど、文句が出たことはない。治癒魔術を使える者が貴重だからである。

 病気や怪我の治療法が科学的に立証されていないので、魔術で治せるというのは奇跡に近いものらしい。だからお貴族さまも法外な値段を要求されても、命には代えられぬといって支払うのだ。

 

 「そうだな。持ちつ持たれつなんて甘いことは言わん。私もコイツもお前を利用している。だからお前も私たちを利用すればいい。その地位はもう手に入れているのだからな」

 

 いや、無理だと思うけれど。公爵家や辺境伯家の皆さまが黙っていない筈である。家の大事なご令嬢をアゴで使うとか出来ないでしょうに。

 

 「はあ、分かりました。お茶会に出席させて頂きます」

 

 「すまないな」

 

 「ええ、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたしますわ」

 

 仕方ない。そもそも言われたら断れない立場である。せめてお茶会で残ったお菓子を持って帰る許可を取り付けようと、口を開くのだった。

 

 ◇

 

 ――怖ぇえ!

 

 怖いよ、貴族のご令嬢方って。扇で口元を隠し、うふふと奇麗に微笑んで優雅に茶をしばいているけれど内心ではなにを考えているのやら。

 

 数日前にソフィーアさまとセレスティアさまからお茶会のお誘いに了承し、派遣されたマナー講師からの教習を受けつつ、超高級店でワンピースを数着購入して挑んだ、ソフィーアさま主催のお茶会。

 本来なら爵位の低い人から着席するというのに、ゲスト扱いでソフィーアさまと一緒に公爵家の庭へと登場することになった。

 

 何故かその中にはセレスティアさまも居るので、おそらく二人と協議したうえで参加したのだろう。知らないご令嬢があと三人ほどいるのだけれど、爵位から順に伯爵家の人が二名に侯爵家の人が一名。

 事前に誰が参加するのか教えられていたし、姿絵も見せて貰っていたので知っているといえば知っているのだけれど、顔が怖いし何を考えているのかが読み取れない。

 三人ともすでに学院を卒業しているそうで、伯爵家のお二人はもう少しで婚姻するそう。侯爵家のお嬢さまは、独り身だと二人が言っていた。

 

 何か打算があって私との繋がりを持ちたいというのは理解しているので、私と接触するのは構わないのだけれど。にこやかに挨拶を交わし、数度言葉を交わすとタイミングを見計らったように、侯爵令嬢が口を開いた。

 

 「あら、このようなみすぼらしい聖女さまが居ただなんて知りませんでしたわ。――わたくし、聖女として教会に何度も足を運んでいるというのに知らないだなんて、貴女はきちんと務めを果たしておりますのかしら?」

 

 ――開始早々コレですか。

 

 何となく口調がセレスティアさまに似ている、丁度私と対面となる席に座る彼女が声を上げる。まあ似ているだけで、声量や迫力はセレスティアさまのほうが何倍も上であるが。

 伯爵家のご令嬢二人には穏便に挨拶を済ませ一言二言世間話を交わしたというのに、一体なんでこんなことになるのだか。私と縁を繋ぎたいから、二人を頼ってお茶会を開いて貰ったはず。あーあ、ソフィーアさまとセレスティアさまの額に青筋が立っているのを見てしまった。

 

 彼女たちから侯爵令嬢にはマウントを取られるかもしれないと告げられていたので、まあ驚きはない。ただ本当にこうしてマウントを取って来るとは思わなかっただけである。

 

 あんた、ソフィーアさまに頼んで私と顔見知りになるつもりだったんだよね、と。あと私はソフィーアさまが連れてきたゲスト扱いなのだけれど。

 

 というより彼女が聖女という事実を初めて知った。教会、それも王都の教会なので序列の高い聖女が多く所属しているのだが、彼女の顔を一度も見たことがない。

 ただ単純にタイミングが合わなくてずっとすれ違いを起こしていたという可能性もあるから、お互いに顔を知らなかったことは置いといて。

 

 「孤児院への慰問や騎士団や軍の魔物討伐への同行に城の魔術陣への魔力補填を微力ながら務めさせて頂いております」

 

 学院の卒業生だから仕方ないのかも知れないが、魔獣騒ぎは知らない模様。結構騒ぎになったので、お貴族さまだというのに噂に鈍いのはどうなのだろう。貴族のお嬢さまなので外に出ることは殆どないだろうし、情報が入らなかったのかもなあ。

 

 今は学院に通わなければならないので、仕事量は押さえてある。ただ学院へと入る前は、度々魔物討伐に参加していたし、孤児院への慰問も時間があれば顔を出しているのだけれど。

 

 聖女としてマウントを取るつもりならば、私もマウントを取るだけである。それにソフィーアさまからの許可はお茶会前に出ているので、彼女に対しての不敬は許される。

 

 「ああ、そうだな。城で初めて見かけた時は驚いたよ」

 

 相手が侯爵家ということと年齢が上ということでソフィーアさまの口調がいつもより少しだけ丁寧だった。

 

 「魔獣討伐の時は命を救われましたわ。――騎士や軍、そして学院生の死者が出なかったことは奇跡といっても過言ではありませんもの」

 

 ふ、と笑うソフィーアさまと、鉄扇を広げて笑うセレスティアさま。援護射撃ありがとうございますと、目で礼を伝える。

 

 「……なっ!?」

 

 私の言葉に二人が補足してくれた。伯爵家のお二人はどうやらその話は知っているようで、ゆっくりと紅茶を啜って状況を観察している。この状況で誰に就くかなんて火を見るよりも明らかで。

 侯爵令嬢さまは、知らなかったようだ。情報収集を怠るだなんて、お貴族さまとしてどうなのだろうと首を傾げながら、ティーカップを持ち上げ、一口紅茶を啜る。

 

 というか私に向けられていないというのに、ソフィーアさまとセレスティアさまの圧が怖い。

 

 「し、城の魔力補填といっても半年か一年に一度程度でしょう! たまたま偶然ソフィーアさまが見かけただけのことっ! それをさも当然のように言うだなんて……わたくし、城の魔術陣へは二ヶ月に一度赴いておりますものっ!」

 

 「…………???」

 

 ワタシ、シュウニイチドハオモムイテイマスヨ……。アレ、ナニカガオカシイヨ。

 

 「どうした、ナイ?」

 

 「どういたしましたの?」

 

 「い、いえ。なんでもありません……」

 

 ま、まあ個人の持つ魔力量や回復量で城の魔術陣へ行く回数は異なると聞いていたので、これは仕方ないのだろう。

 私の回数多くないかなと疑問に思うけれど、眠くなるのと少々疲れるくらいで大したことはないし、お給金が支給されているから文句はない。

 

 「体調が悪いのなら直ぐに言え、途中退席しても何の問題にはならんぞ。無理はするなよ」

 

 「ええ、無理はよくありませんわ。――そういえばナイ、貴女はどのくらいの頻度で城へ?」

 

 セレスティアさま、よりにもよって流したと思ったことをなんで掘り返すのでしょうかね。いや、これワザとなのか。天然なら、それはそれで凄いけれど。

 

 「週に一度、ですね」

 

 「なっ!! 嘘でしょうっ! 魔力補填を週に一度のペースで貴女は行っているというのっ!?」

 

 「はい」

 

 「どうして、そうして余裕そうにしていられるの!!」

 

 「え?」

 

 「魔力の補填後は二、三日寝込んでしまうのが普通ですっ! それを一週間に一度のペースだなんて異常でしょうっ!!」

 

 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる侯爵令嬢さま。その時テーブルに手を思いっきり机に叩きつけたので、ティーカップの中身が零れてる。お貴族さま的にはこの行動はどうなのだろうか。

 

 「私は魔力量が多いと聞き及んでおります。ですから他の聖女さまよりも補填の回数が多いのは仕方のないことですし、魔力の回復も早いと聞いておりますから」

 

 この辺りが彼女とは違う所だろうなあ。

 

 「自慢のつもりなのっ!?」

 

 「そういうつもりはありませんが……」

 

 出来ることをそれぞれがやればいいだけの話である。こういうものは、命令する人や組織が無能でなければ、適材適所に配置されているだろうし。回数のマウントを取った所で何もならないから。

 

 「その辺りで止めておきましょう。――これ以上口論したところで事実は変わりません」

 

 「……っ!!! 今日の所はこれでお邪魔いたしますわっ! 申し訳ありませんが気分が優れないのでお先に失礼します!!」

 

 そう言い放って踵を返し侯爵令嬢さまは庭を後にしたのだった。いいのかなあ。普通は主催者が解散を宣言してからお開きになるのが通例なのだけれど。

 まあ体調不良と言って帰ったし、大丈夫かなと主催者さまの顔を見る。

 

 「…………ふ」

 

 怖ぇえええ! 怖いよソフィーアさまの顔。先に退席したことに腹を立てているのか、尋常でないオーラを放出している。

 

 「愉快な方ですわねえ。お二人も、あのような軽率な行動を取らないようにお気を付け下さいませ」

 

 伯爵家のご令嬢二人に釘を刺すセレスティアさま。彼女も何故か凄いオーラを発しているけれど、私数日後にはまた彼女主催のお茶会に参加しなければならないんだよなあと、気が遠くなるのだった。

 

 あ、余ったお菓子はきちんと頂きました。甘味は貴重なので、いくらでも持って帰っていいという主催者さまの言葉に遠慮なく袋に詰め込んだ私だった。

 




 長引かせるつもりはないのですがそろそろ山場が近いので、次の種もちょっとづつ撒いておかないと。

 あとタイトルとタグを少し弄りました。ご了承をば。


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0025:建国祭。

 ヒロインちゃんの魔眼解析の為に魔術師団副団長さまから、魔眼の効果抑止として呼ばれることが何度あったのか数えるかも億劫になってきた今日この頃。

 またしても城へと呼び出され、幽閉塔へと足を向ける。途中、ソフィーアさまに会ってそのまま幽閉塔まで一緒に行ったり。

 

 その時、護衛兼監視付きの殿下と会って一悶着があったりと、中々に騒がしい日々を送っている。

 

 そんな中でソフィーアさまのお茶会の後にセレスティアさまのお茶会にも参加した。

 

 「領内で魔物が出まして……」

 

 「ウチもです。――最近、討伐依頼が増えて困っておりますわ」

 

 どうやら主催者が辺境伯家出身ということもあってか、家業が軍事関連のご令嬢方が多く参加されていたようで話の内容もなんだか物騒。

 私は私で魔獣討伐の時のことを聞かれたので、素直に答えておいたら無難に終わると思っていたのがいけなかった。

 

 とある一人のご令嬢が私の護衛役で付いてきたジークとリンに目を付けたようで。

 

 「聖女さま。――聖女さまの専属護衛を私に譲ってくれませんか?」

 

 「彼らは教会に所属し、教会の命で私の護衛を担っております。彼らが欲しいというのであれば、教会を経由して頂ければと思います」

 

 ジークとリンが私の護衛に就いているのは彼らの意思が大きいけれど、対外的には教会が私に付けた専属護衛。

 実力がなければ聖女の護衛任務になど就くことはできないので、結構厳しい審査があったりする。

 教会も魔物討伐の際や他国からの嫌がらせで聖女を死なせたり逃したりしないようにと、努力している為だ。

 

 「なるほどそうですね。聖女さまには愚問でした。――後日、教会を訪ねてみましょう」

 

 と高々に告げるご令嬢さま。私の言葉で高身長イケメン美男美女を侍らせられると胸を高鳴らせていたのか、怒りで青筋を立てているセレスティアさまに気付かなかったようだ。

 

 「面白いことをおっしゃいますわねえ、そこのアナタ。――彼らは聖女さまに忠義を尽くしております。くだらぬ心でその邪魔立てをするというのならば、このセレスティアが全力でお相手致しますが、どうなさいます?」

 

 ご令嬢に圧力をかけたのだった。そうして彼女のオーラに簡単に折れてしまったご令嬢は、お茶会の間肩身の狭い思いをしながら時間が過ぎるのを待っていた。

 

 やっぱりお貴族さまの空気には慣れないというのが、二回のお茶会に参加した感想である。

 

 お茶会ではお茶は飲んでいたけれど、出されたお菓子にはほとんど手を付けなかった。まあ、その分持って帰ることが出来たので、構わないけれど。

 そんなに持って帰ってどうするのだと問われたので、自分たちの分を少しと孤児院に持って行って配ると言ったら、もっと持って帰っても良いと二人は言ってくれたので有難かった。良かったことは、お菓子を持って帰れたことくらいだよねえと、教室の廊下側の自席でぼーっと教室を眺める。

 

 謹慎処分明けの殿下と側近くんたちが、登校をしていたのだった。

 

 ヒロインちゃんがこの教室から消えた時は、みんなホッとしている様子だった。一部の男子が残念がっていたようだけれど、日が経つに連れてそれはマシになっていた。

 そして謹慎明けの彼らが教室に戻ってきたのだけれど、空気が悪い。まあ第二王子殿下は無言で椅子に座っているだけだし、側近くんたちも元気がない。婚約者であるソフィーアさまとセレスティアさまも、積極的に関わろうとはしていない。

 

 この空気何とかならないのかと心の中で叫びながら一日一日が過ぎていく中、王国の建国を祝う日が近づいており、学院でもパーティーが開かれるとのこと。

 学院の一年生は初参加という理由でパーティーの準備はしないと連絡があったので、楽しむだけなので気楽なものである。

 

 「美味しいものあるといいね」

 

 「ナイ、食い過ぎるなよ」

 

 「この前も食べ過ぎてしばらく動けないって言ってたよね」

 

 いつもの三人が集まって、あと数日と迫った建国祭の話をしていたのだった。この日は王都全体でお祝いムードだからいろいろと騒がしい。

 孤児だった頃は関係のない話で、ご飯の調達をどうするかが一番大変だったけれど、本当に変わったものだ。三人で他愛のないことを話しながら、学院の大きな門を潜ろうとしていた。

 

 「次に城へ行くのは何時だ?」

 

 ジークが問いかけてくる。ソフィーアさまが主催したお茶会の時に私が城へ一週間に一度補填に行っていて、その回数が他の人より多いことを二人は知っていた。

 何故言ってくれなかったのと聞くと、聞かれなかったからと割と塩対応な答えが返ってきた。

 

 「明日だよ。建国祭の時は忙しいから、少し早いけれど補填しておいて欲しいって王家から要請がきたって言ってた」

 

 街中がお祭り騒ぎになるので警備等で人が駆り出される為、城の方が少々手薄になるそうなのでその前に済ませておきたいとのこと。

 

 「わかった」

 

 こくりと頷く二人を見ながら学院が用意してくれている乗合馬車へと乗り込んで、教会の宿舎へと戻るのだった。

 

 ◇

 

 ――建国日、当日。

 

 朝の早くからこの日はどこもかしこも騒がしい。教会もこの日は貧民街の人たちに向けて炊き出しを行ったり、無料で治癒院を開いたりと上を下への大騒ぎ状態。

 学院が終わったら手伝うと教会の面々には伝えて、学院へと登校。この日ばかりは授業もなく、お祝いのパーティーのみなので気楽に参加するだけである。

 お貴族さまたちは制服ではなく、ドレスや燕尾服で参加するそうな。平民は学生服でも構わないと通達がきていたので、お貴族さまと平民の融和への道は程遠い。

 

 会場は学院の敷地内にあるホールで開催するそうな。何気に政に携わる重鎮の人たちも参加するそうで、警備がいつもより厳重になっていた。

 

 「制服でいいのか?」

 

 「うん。学院生として参加するんだし制服で大丈夫」

 

 「聖女の服も似合うのに」

 

 何度も言うけれどあれは染色代をケチっているただの白い布で、しかも薄いときたもんだ。いやさ教会が見栄を張って、生地自体は良いものを使っているけれど。

 ばんきゅぼんな美人さんなら似合うけれど、こう起伏のない体つきの私にはどうにも似合わない。ただの嫌がらせとしか思えないのですよ。

 

 「流石にあの格好はねえ……」

 

 正装になるから聖女の格好でも問題ないけれど、目立つし恥ずかしいので今回は制服である。

 それに私が正装すれば二人は騎士の格好をしなくちゃならなくなるので、楽しめないだろうに。ということでパスだパス。

 

 道行くお貴族さまたちは既にドレスや燕尾服へと着替えている。流行りのドレスとかさっぱり分からないけれど、ぴしりと背を伸ばして歩く姿はカッコいいし奇麗である。

 学院内で婚約者が居る場合は一緒に入場するそうで、専用の出入り口が設置されているそうだ。順調な婚約関係を築けている人たちは仲睦まじそうに歩いているし、逆の人たちは出入り口で合流するそう。

 明暗が分かれているなあと目を細め、入場開始時刻までホール近場のベンチに座って待っている。

 

 学院に入学してから二ヶ月。いろんなことが起こり過ぎていて時間が過ぎるのがあっという間だった。

 今はまだお通夜状態の教室も、時間が経てば明るさを取り戻していくだろう。

 

 「ん――こんなところで何をしているんだ?」

 

 ソフィーアさまがベンチに座っていた私たちの前に立っていたのだった。 藍色のパーティドレスを身に纏い、繊細なレースにビーズや金糸の刺繍。指輪は端正で上等な細工物が嫌味にならない程度に身に着けていた。

 流石公爵家のご令嬢。どれも一流のものである。

 

 「いえ、ソフィーアさまこそ、何故こちらに」

 

 座ったままだと不敬になるので、がばりと立つジークとリンに少し遅れてベンチから立ち上がる私。

 本来ならばパートナーと一緒に待機部屋で開始時刻を待っているはずだというのに。ソフィーアさまが連れていた侍女や護衛の人たちの空気が、かなり妙なんだけれど何かあったのか。

 

 「恥ずかしながら、殿下にエスコートを断られてな」

 

 「は」

 

 あの人、一度アウト判定下っているのに、速攻でやらかしているんだけれど。

 

 どうしようかとジークの顔を見るけれど、ジークじゃあ彼女と釣り合わない。家格が。

 

 ジークの顔は整っているし身長も高いのでソフィーアさまと並ぶと良い感じなのだけれど、こればっかりはどうしようもない。

 せめて騎士服でも着ていればまだ良かったものの制服だから代理にはならないし、高位貴族でソフィーアさまの相手が務まりそうな人ってこの学院内だと居ないのでは。

 いや、学院なので夜会のように必ずパートナーと二人でというルールはないけれど……。

 

 「かまわんさ。――もう、何を言っても届かないのだろうな、あの人には」

 

 来賓の人とかいるんだし、二人で居ないと不味いだろうに。仮にもこの国の第二王子殿下なのだから体裁は大事だろう。

 十五歳の王族に婚約者の席が空いているなんて、国や本人が無能であると喧伝しているようなものだろうに。

 

 「大丈夫ですか」

 

 「ああ。やることは全てやっているさ」

 

 ようするに自分の評判は落ちることはないだろう、と。随分と落ち着いている様子なので、根回しや大人組への報告は既に済ませているのだろう。

 

 「セレスティアさまは?」

 

 彼女の婚約者はヒロインちゃんハニートラップ騒動に巻き込まれた一人である。ヒロインちゃんと離れて時間が経った所為なのか、元の調子に戻っているそうだ。

 セレスティアさま曰く『馬鹿は治っていませんが、まあ元々ですものね』と割と酷いことを言い放っていたけれど。幼い頃からのお相手なので、情がある雰囲気だった。

 

 「抵抗していたのを引っ叩いて連れて行ったな。強制参加ともいえるか」

 

 物理で納得させてパートナーとして一緒に会場へと行くようだ。しかし本当に、どうなってしまうのやら。

 公爵家の後ろ盾を失ったらどうなるかなんて、分かり切っていることだろうに。

 

 「さて、そろそろ時間だぞ」

 

 「すみません、先に行きますね」

 

 お貴族さまより先に入場しておかないといけないので、断りを入れてこの場を後にしたのだった。



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0026:婚約破棄。

 建国祭とあってみんな浮かれている様子で、建物の物陰で一悶着が起こっていることに気付いていないようだった。

 ホールへと移動途中に風に乗って届いた声がふと気になり、視線を風上へと向けたことを後悔するのは直後のことである。

 

 「殿下、アリスをどうするつもりなのですか?」

 

 「俺はソフィーアとの婚約を破棄し、アリスを助けてどこか遠くへ逃げる」

 

 物陰で密談をしている殿下と緑髪くんと紫髪くん。隠れてはいるものの、お貴族さまオーラとパーティー参加の為に着飾っているので見つけやすい。

 幽閉塔に隔離されているヒロインちゃんは、おそらく一生ソコから出られることはないだろう。貴重な魔眼持ち故に、研究対象として生かされる。

 仮に殿下が一騎当千の働きをして、塔からヒロインちゃんを救いだしても、伝手やバックアップする人が居なければマトモな生活を送れない筈である。

 

 「しかしっ!」

 

 「俺は真実の愛を見つけた。俺を俺として見てくれたのは彼女しか居ない」

 

 「……覚悟を決められたのですね?」

 

 「ああ」

 

 「わかりました」

 

 わかりました、じゃねーよ。ぶん殴って気絶させて婚約破棄なんて手段を取らせるな、と心の中で盛大な突っ込みを入れる。

 ああ、もうこの国……いや、第二王子がダメダメだと髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

 

 「……」

 

 「馬鹿だな」

 

 「ん」

 

 聞こえなければ良かったと心底思いつつ、二人も彼らの声が聞こえていたのか呆れているようだった。

 

 国の第二王子殿下という立場にある人だ、その生活基準は高い。

 

 第二王子殿下の顔を知らない人が居る田舎に逃げる外ないのだけれど、土いじりや家事に狩り。果ては水汲みなんかも全て自分たちでやらなければならないだろう。

 今まで侍女や下男に世話を焼いてもらっているのだ。急にそのような生活になれば、体調を崩すだろう。

 

 国外に逃げるとしても、旅券がなければ密入国者として扱われて、下手すればスパイ容疑とか掛けられそう。

 身に着けた教養や品は隠し通せないものがあるだろうし、身分を隠しても直ぐにバレる。

 

 嫌でも我慢して王家が用意した婚姻と義務を果たし王族の一人として結果を出せば、幽閉塔からヒロインちゃんを救い出し離宮で隔離処置とかも望めただろうに。

 殿下の逃げるという選択肢にデカい溜息を吐きながら、私たちは止めていた足を進めるのだった。

 

 建国を祝うパーティーが始まる随分と前に私たちは入場を済ませた後、次はお独りさまの貴族の人たちが入り、最後に婚約者持ちの人たちが家格順に入場を済ませる。

 会場の雰囲気も相まって着飾っているお貴族さまたちは凄く奇麗に見え、その姿を羨ましそうに平民出身の女子生徒が眺めているので、やはり憧れなのだろう。

 楽団の人たちが椅子へ着座しているので、そのうち生演奏も始まるだろうし、ホールの一角には美味しそうな軽食が用意されていた。

 

 早く食べたいなあと横目で見つつ、他の平民の男子たちも同じ気持ちなのだろう。

 女子はお貴族さまのカッコいい男子生徒に目を奪われているけれど、男子は美味しいものにありつけるチャンスと考えているようだった。

 

 「まだ食うなよ」

 

 「食べないよ、流石に」

 

 「時間になったら、いっぱい食べようね」

 

 とまあ三人でいつものように食い気全開の会話を交わしつつ、パーティ開始までの時間を潰していれば、ようやく学院が招待している来賓の入場が始まった。

 招待客もどうやら低い序列からの入るようで、次々に入り着席している。どんどん爵位が上がっていくなと眺めていれば、公爵さままで現れた。

 

 「……」

 

 そうして視線を合わせてくれたのだけれど、実の孫娘はどうでもよいのだろうか。いや、あの人たちならおそらくはもう知っているだろうし、対策もあるのだろう。

 貴族として公爵家として無様を晒す訳がないという、確信のようなものがどこかにあるのだから。

 

 少し時間が空いて、にこやかに会話をしながら学院長と国王陛下に陛下と同じ年齢くらいの見たことのない男性。護衛が沢山ついているので、隣国のお偉いさんなのだろう。

 学院の行事だというのに大変だと眺めていれば建国パーティーが始まり、お偉いさんたちの挨拶が始まる。

 

 件の第二王子殿下はどこにいるのだろうかと視線を動かしてみるものの、大袈裟に視線を振りまくわけにはいかないので、見つけることが出来なかった。

 パーティー、大丈夫かなと壇上に立つお偉いさんを眺めながら、時間だけが静かに過ぎていくのだった。

 

 ◇

 

 お偉いさんたちの挨拶が終わり、学院の生徒会会長が長い長い建国を祝う言葉を述べるとようやくパーティが始まった。

 

 ファーストダンスは第一王子殿下が務めるようで、婚約者である隣国の王女さまがこの日の為に数日前から王都に滞在していたそうだ。

 第一王子殿下は学院を卒業と同時に、立太子し王女さまと婚姻することになっている。有能で、王女さまも大切になさっているそう。

 隣国なので頻繁には会えないけれど手紙のやり取りや、こうしたイベント事で仲を深めているとのこと。

 

 「奇麗だねえ」

 

 第一王子殿下が王女さまをエスコートしながら、ホールのど真ん中へと立つ。しんと静まり返る会場内の視線を釘付けにさせているのは流石である。

 そうしてポーズを取りお互いに手を添えながらホールドを組むと、楽団の生演奏が始まりワルツのステップを踏み始める。

 基本のステップをいくつかこなすと上級者用のものへと変わり、足運びや体のしなり具合、緩急の付け方に頭の振り方、どれをとっても一流。

 

 「踊りたいのか?」

 

 ぼーっとホールの真ん中で踊る第一王子殿下たちを見ていると、小声でジークが話しかけてくる。迷惑にならない程度ならば、話しても咎められることはない。

 

 「似合わないし、踊れないから止めとく」

 

 「前に先生が付いたけれど、すぐに止めたよね」

 

 社交界にも出ることがあるからと、教会から教師が付けられたこともある。覚えても無駄な気がしたし身長差の所為でパートナーを務めてくれた人がやり辛そうだったので、すぐに止めたのだ。

 魔物討伐や治癒院での施術や孤児院への慰問とかで忙しかったこともあるし。一度にたくさんのことをこなせる能力を持ってなかったし、まあ妥当な判断だ。

 

 「うん。見てるだけで十分」

 

 リンの言葉に返事をして肩を竦める。早く軽食に手を付けたいところだけれど、まだ動くわけにはいかない。ファーストダンスが終わってないし、他の人たちが一曲も踊ってないのでこの場でじっとしておくしかないのである。

 パートナーを探している壁の花の人たちは、壁の染みを物色している。学院ならば婚約者のいない人ならば手を出し放題。いや、最後までイっちゃ駄目だけれど。

 玉の輿を狙っている人もいれば、逆を狙っている人もいる。家の事情で仕方なくという人もいれば、個人的な理由で探す人もいる。

 

 こうして観察している分には楽しいけれどね、貴族社会は。

 

 関係した途端に面倒事に発展するのは、これ如何に。治癒の依頼があり屋敷へと訪れ、治したらいちゃもんを付けられて寄付を踏み倒そうとする人がいたり。

 お金は払ったものの聖女にしては貧相だと、嫌味を言われたり。本当、面倒な人たちである。

 

 「あ」

 

 「どうしたの、リン」

 

 「ナイ、あそこ」

 

 目の良いリンが誰かを見つけたのか、視線で場所を促した。その先にはソフィーアさまが居て、隣にはセレスティアさまとパートナーの赤髪くんの姿。

 赤色のドレスを纏っているので、一応相手のことを思いやって入るらしい。婚約者の色を纏うということは相手を慕っているということなので。そういう事実が浸透しているので、上辺だけの人もいるかもしれないが。

 

 音楽が一度鳴り止むと一礼する第一王子と王女さま。そうしてまた次の曲が鳴り始める少し前、ホールの真ん中へと足を運ぶ貴族の人たち。

 セレスティアさまは赤髪くんと一緒に手を取って進んでいたので、一曲は踊るのだろう。ちなみに二曲以上連続で踊るのは、婚約者だけの特権である。

 

 ヒロインちゃんが居れば殿下たちとルール破りを平気で行っていたのだろうなと、遠い目になる。

 

 婚約者を差し置いて、来賓が居る……しかも相手の家の当主が居る場でそんなことをすれば、喧嘩を売っているようなもので。

 王家と公爵家の仲が悪ければ、すぐさま開戦しそうなくらいの問題だものなあ。

 

 爵位が低ければ――それでも問題ではある――笑って済ませられる事態かもしれないが、第二王子殿下はこの国の王族なのだから、身分は弁えておかないと。

 

 第一王子殿下のファーストダンスが終わり、二曲目も終わりを告げたので、そろそろいいかと周囲に居たの平民の学院生たちもぞろぞろと動き始める。

 恋仲にある人たちは、ここぞとばかりに甘い空気を醸しながらホールの片隅の邪魔にならない場所でワルツを踊ってる。お貴族さまのお家の事情が絡んでいない姿は、見ていて初々しくて微笑ましい光景だった。

 

 「そろそろ行くか」

 

 ジークが周りの様子を見ながら声を掛けてきた。食べ盛りの男子生徒は軽食の方へ群がっているから分かりやすい。

 その光景をあからさまに侮蔑の視線を向けているお貴族さまも居るけれど、しったこちゃあないのである。お腹空いてたら何も出来ないのだし。

 

 「うん」

 

 「だね」

 

 とまあ三人で軽食を漁りに出陣したのだった。

 

 ◇

 

 ざわざわとし始めたホール内は、学院の生徒で埋め尽くされている。来賓の人たちも和やかに歓談しているし、こういう所でも外交の場として役立てているようだった。

 

 「健啖だな。腹を壊すなよ」

 

 私に声を掛けたのはソフィーアさまだった。口の中のものを無理矢理飲み込むと、咽かける。

 

 「――っ、どうしました?」

 

 「一人で暇でな。声を掛けてみた」

 

 どうやら本当に手持無沙汰らしい。用もないのに声を掛けられるのは初めてのような気がする。

 第二王子殿下と一緒に居なくていいのかと、寸での所で言葉を飲み込む。彼女ならば、何も言わなくても殿下の側に居るだろう。ということは殿下に『近寄るな』とでも告げられたか。

 

 少し前に幽閉塔へ彼女と一緒に赴く際に、殿下に見つかってしまい口論となってしまった。

 それが切っ掛けで殿下の拒絶反応が強くなってしまったから、殿下とどう付き合えば良いのか考えあぐねている様子だし。これ以上、婚約を継続しても無駄なような気がするから、白紙に戻した方がお互いに良い気がするけれど、出来ない理由があるのかそれとも白紙に戻されているのか。

 

 「そうですか。――ソフィーアさまも食べますか?」

 

 掛ける言葉がみつからないので、適当に話題をふる。お貴族さまの女性の間ではこういうパーティーや夜会では食べないのが常なので、無駄な問いかけであるのは理解しているけれども。

 

 「いや、すまない。こういう時は食べないようにしているんだ」

 

 コルセットをぎゅうぎゅうに締め付けていると食べられないと、ちょっとふくよかなご令嬢が零しているのを聞いたことがある。

 私の横に立ったソフィーアさまならそんな心配は必要ないだろうに、それでも口にはしないようだ。ああ、そうか。毒殺の心配もあるもんなあ、お貴族さまは。毒味役のいない場で口に物を運ぶのは危険なのだろう。不特定多数がいる中で毒を盛るメリットは薄いけれど、可能性の話である。

 

 珍しく苦笑いを浮かべる彼女に苦笑を返すと、周囲の人たちが一か所へ視線を集めていた。

 

 周りよりも一段高くなった壇上に一人の生徒が昇っていく。その人はこの学院へと通っているのならば、名前と顔を知らないとは言えない人。

 

 ――第二王子殿下。ヘルベルト・アルバトロス、その人だった。

 

 どうゆうつもりなのだろうと壇上を見上げると、周囲の人たちも揃って彼へ視線を集めている。壇上へと視線を移したことで私の少し前に立つ形になったソフィーアさまの顔はうかがい知れない。

 ただ、複雑な心境で彼の行動をみているのは明らかだろう。ヒロインちゃんのお陰で溝が深くなったとはいえ、まだ婚約者同士なのだから。

 

 「ソフィーア・ハイゼンベルクっ! これまでは見逃してきたが彼女への蛮行は許しがたいものである、よって俺は貴様との婚約破棄をこの場を持って宣言するっ!」

 

 くらりと頭が揺れた気がした。周囲の人もこの突拍子もない第二王子殿下の言葉に呆然としたのちに、あまりの無茶振りに気が付いたのかざわざわと声がホール内に木霊する。

 どうやら殿下の中でのソフィーアさまは地に落ちているようだ。数日前の王城での出来事が決定打だろう。

 

 「…………」

 

 無言のソフィーアさまの手を見ると、小さく震えていた。彼女にしては珍しいと、視線を上げて壇上へと目を向ける。

 本来ならば幽閉塔へと捕まっているヒロインちゃんの姿もあったのだろう。創作物やゲームが舞台ならそうなっていたに違いない。ただ王子殿下を始めとした将来の重役候補をいとも簡単に篭絡してしまったのが不味かったし、魔物討伐の際に無茶をしなければ幽閉なんてされなかっただろうに。

 

 「何故、黙っている!? ――今もなおアリスは牢の中へ閉じ込められ泣いているのだぞっ!!」

 

 完全に頭に血が上っているなあと、冷めた目で見つめる。

 

 前世の私ならば彼とヒロインちゃんに同情したかもしれないが、この世界で十五年間生きてきていろんなことに遭遇した。

 理不尽なことや大変なこと、なかなかにハードな日々をここまで過ごしてきたが……。

 

 ソフィーアさまとの政略婚を続ける覚悟も持てない人ならば、ヒロインちゃんくらいのお花畑の子がお似合いなのだろう。

 

 しかし、彼の突飛な行動を止める人間がいないというのも、おかしい状況である。

 王族の人のやらかしだから、国王陛下が真っ先に止めなければならないのだけれど、何故止めないのだと視線を陛下の方へこっそりと向ける。

 厳しい表情を浮かべた、どことなく第二王子殿下に似ている陛下は椅子に深く腰を掛けたまま動かないし、その近くに座っている公爵さまも動かない。来賓で一番品格が高そうな人は面白そうに、この婚約破棄劇を眺めている。

 

 誰か止めよう、と願っても止める人は居らず。仕方ないか、と腹を括り一歩を踏み出してソフィーアさまの横に並び、両膝を付いて聖女としての礼を取る。

 

 「殿下、どうか怒りをお納めください」

 

 しまったなあ、聖女の格好をしてくりゃよかった。見た目は大事なので制服で行動するよりも聖女の姿で行動した方が、言葉の信憑性とでも言うべきか、ソレが上がるからなあ。

 

 「貴様は……」

 

 ソフィーアさまから矛先が私に変わることを願って、衆目の中での婚約破棄という晒し行為が止まることを願って。

 

 ◇

 

 衆目の中で婚約破棄を宣言した第二王子殿下の顔は怒りに染まったままだ。周囲は止めようともしないし、ソフィーアさま本人も黙り込んだまま。

 

 「……っ!」

 

 「本日はめでたい日、国王陛下や来賓の方々もいらっしゃる場です。――日と場所を改めて筋を通すべきかと」

 

 こうした方が派手でインパクトはあるし幽閉されているヒロインちゃんの同情を誘えるのかもしれないが、王家と公爵家に迷惑が掛かるだけである。

 破棄をするにしろ、白紙に戻すにしろ、継続するにしろ、兎にも角にも祝いの席でのこの愚行は止めた方が良い。

 陛下や公爵家が殿下の話を聞いてくれなかったとすれば、こういう強硬手段もアリなのかもしれないが、多分殿下の独断専行だろう。

 

 「殿下、私も聖女さまと同じ意見です。――日を改め当事者を招集し協議いたしましょう」

 

 ソフィーアさまも私の横で片膝を付いて殿下へと頭を下げる。私が聖女であると言ってくれたのは、知らない人向けにだろう。

 学院の制服を着ているなら平民扱いとなるので、来賓の知らない人たちの為の説明台詞だ。機転が早いなあと感心しつつ、感謝も同時に彼女へと抱く。

 

 そしてこの場で殿下に反論をした所で、どちらにも良いイメージが付かないし、日を改めた方が建設的だ。というか目上の人物を衆目の前で説教するなんて、相手がやっていることと同じ土俵に立ってしまうだけだし。

 

 「……それでは遅いっ! 今、この場で俺はっ! ――っ、何をする貴様らっ!!」

 

 ようやく彼の強行を止める為に近衛騎士や衛兵が取り囲むのだった。

 

 「殿下、失礼いたします! 陛下のご命令が下りました、この場から退場せよとのことです。さあ、こちらへ」

 

 ですよねえ、と連行される第二王子殿下を横目に立ち上がると、ソフィーアさまも同時に立ち上がった。

 

 「すまないな、巻き込んでしまって」

 

 「いえ、私がやりたいように行動しただけですから」

 

 勝手に行動しただけなので謝ってもらう必要もないけれど、私の後ろで並々ならぬオーラを出しているジークに『無茶をするな』と怒られるのは確実だろう。あと教会からもか。

 王家から不興を買って首ちょんぱされるのは私だけだから、まあいいかという覚悟は持っていたけれど、まだどうなるか分からないなあ。

 

 来賓席で腰を掛けていた陛下がゆっくりと雅な動作で立ち上がると、学院生が彼へと体を向ける。

 

 「――皆、我が愚息が騒ぎ立ててすまなかった。詫びと言ってはなんだが、少々の羽目は外しても構わない。今日は無礼講だ、楽しめ若人よ」

 

 陛下の言葉に拍手喝采が湧きおこるのかと思えば、深々と礼をするみんな。それに遅れること少し私もみんなに倣って礼を取り、顔を上げると静かに笑ってる。

 まあ、楽しい日にこんなことをやられても困るだけだよねえ、と周囲をきょろきょろと見渡していると、一人動きをみせた人がいた。

 

 「みな、若いな。――私も若い頃に戻るとするか……」

 

 そう言って陛下の横に座していた――おそらくアルバトロス国王陛下と同格の身分――がこちらへとやってくる。まだ横に居る彼女がぎょっとした顔をしたので、嫌な予感しかしない。

 モーゼの十戒のように学院生たちが道を譲ると、刺さる視線など一切気にもせずに足取り軽くこちらへとやって来た。

 年齢はアルバトロス王と同じくらいだろう。細身で温和そうな顔をして笑みを浮かべているので、人懐っこそうな雰囲気を醸し出している。美中年と表現しても差し支えない程度には、顔が整っていた。

 

 「初めまして、聖女さま。――私はヴァンディリア王国国王、ミハイル・ディ・ヴァンディリア。どうか見知りおきを」

 

 身長差がかなりあり、腰を直角に折っていて申し訳なさを感じつつ、また両膝を付いて深々と礼をとると、ジークやリンそしてソフィーアさまに、周囲にいる学院生も頭を下げる。

 というかなんで隣国の国王陛下を招待しているのだ。友好国と聞いてはいるけれど、来賓客の中に居るだなんて思ってもみなかった。

 

 「このような格好でヴァンディリア王の御前へ立つことをお許しください。――アルバトロス王国にて聖女を務めさせて頂いております、ナイと申します」

 

 職業を名乗ったのに正装ではないのは失礼にあたるしなあ。

 どうせなら王さまらしく偉そうに挨拶をしてくれれば良かったのだけれど、私のことを慮ってくれているのか下手に出てるものなあ。迂闊なことは言えないなあと、顔を下げたまま様子を伺う。

 

 「いいや、学院生として参加していたのならば、失礼なのはこちらだよ。今回は私の顔を覚えて欲しく、アルバトロス王の許可を得てこちらへと参った。あまり学生たちの邪魔する気はない故、本日はこれで」

 

 片手を挙げてまたしても軽い足取りで席へと戻るヴァンディリア国王。

 一体私になんの用事があったのだろうと首を傾げつつ、楽団の演奏が流されてきて建国を祝うパーティーが再開されたのだった。

 

 ところで第二王子殿下を気にする人が全くいないのだけれど、彼への信頼や忠義心は学院生たちから失われていた、ということで良いのだろうか。




 ようやく一話冒頭に辿り着きました。あまり派手さはありませんが、ぶっちゃけ王子が公爵令嬢相手に婚約破棄宣言をした後、令嬢が反論するのをみていると王族を侮辱しているようなものですし、一旦止めて別室で話し合いの方が穏便な気が……。
 ので本来ならばセレスティアさまが言わなきゃならない所を主人公にスライドさせました。……どうだろう。そして婚約破棄直後に言い寄ってくる自分が所属する王家よりも、良い物件が寄ってくるパターンも主人公にスライドです(汗
 苦労しかないけれどね、この作品の主人公には。やれやれ系の苦労人主人公大好きです。

 残るは殿下の処罰かな。


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0027:処分内容。

 ――イケメンの壁ドンだった。

 

 ただし、相手はジークなのでなんとも思えないのが残念な所。リンは私たちの様子を伺っているだけで、何もする気はないようだ。

 

「なんでお前はしゃしゃり出たっ!!」

 

 建国を祝うパーティーの最中、私が一人になった瞬間にホールから廊下へと連れ出され今に至る。

 カンカンに怒っているジークを見るのは久方振りだ。随分と昔に馬車から降りた貴族の前に出て行って、私がキレちらかした時以来か。

 

 「だって、誰もアレを止めないし……口も出さないし……」

 

 一人で踊ってる第二王子殿下を見ているのもしんどかったというのもある。あとソフィーアさまの面子が丸つぶれになるだけだし。

 一回アウト判定貰っている殿下だというのに、まだ婚約を続けるという優しさである。いや、まあ、なにかしらのメリットがあるから続けていたのだろうけれど。

 

 「阿呆っ! 言うだけ言わせてた可能性もあるだろうが!! 爵位も何もない聖女の役職だけのお前があの場に出ても意味がないっ!」

 

 勝手に自爆するのを待っていたという訳か。そこまで考えてなかったなあ、殿下のあの道化っぷりが哀れすぎて……。

 あのままじゃあ処刑一直線だし、公爵さまや隣国のトップも見ていたわけだし。ああ、でも根回ししていた可能性もあるのか。さすがに他国の来賓がいる席で、あんなことになると自国の品位を疑われるものね。

 

 「あだっ!!」

 

 ジークに手刀を頭に落とされる。以前に『不能』と言い放った時より痛かった。

 確かに王族に意見するなんて馬鹿がやることだけれど、見ているだけというのも耐えられなかったし、どうにかしたかっただけだ。

 首ちょんぱの可能性もあったけれど、やらかした第二王子殿下が更にやらかしてる。命までは取られない確信はあったし。私が出ていく場面でもなかったけれど、ね。

 

 痛みが引かない頭を撫でながら、リンに助けを求めて視線を移すと小さく左右に首を振られて、すげなく断られる。まだジークの説教は続くのかと諦めそうになった時、複数の足音が聞こえてきた。

 

 「もうそろそろ勘弁してやれ、ジークフリード。王族の前にしゃしゃり出た馬鹿への怒りは理解できるがなあ」

 

 私たちを見てくつくつと笑い巨躯を揺らしながら、こちらへとやって来る公爵さま。その隣には彼の孫娘であるソフィーアさまの姿もある。

 

 「……しかし」

 

 「心配はいらんよ。――あの娘の魔眼に惑わされたのみならず、本気で惚れこんで己の進むべき道を見誤った人間に未来などあると思うか?」

 

 魔獣討伐以降の彼は随分と錯乱していると判断された様子。ヒロインちゃんと隔離措置を取られ、魔眼の効果が薄くなってきていたというのに、まだ拘っていたからね彼は。

 他の四人はちょっと酔いが覚めたようで、少しずつ現状を理解していたようだし。パーティー前に見た第二王子殿下と緑髪くんと紫髪くんのやり取りで、最終判断されたのかもなあ。

 おそらく彼らから上に報告がいったのだろうね。そうでないと国王陛下や公爵さまたちの、あの異常な落ち着きっぷりに説明がつかないし。周囲の人間にも第二王子殿下はもう駄目だと、イメージづける為もあったんじゃないかな。

 

 「…………」

 

 「まあ、その辺りも加味していたのだろうが、無茶をしたなあお前さんは」

 

 公爵さまの言葉にジークは黙り込む選択肢しか取れなくなる。これで反論でもすると公爵さまの意見に楯突いたことになるし、これ以上喰い付いてもしかたないと判断したのだろう。

 ジークの渋面にくくと笑っている公爵さまなので、怒ってもいないし咎める気もなさそうなので、そろそろ話に加わってもいい頃合いか。

 

 「駄目、でしたかね閣下」

 

 「ただの学院生ならば、見せしめも兼ねて首を刎ねねばならぬだろうが、聖女だからなお前さんは。国としても処分は出来んし、厳重注意くらいだろうよ。――ヴァンディリア王を釣りだしよったし、妙なことをすれば外交関係にも問題が出てしまう」

 

 本当にお前さんはなにをやっているのだと、笑っている公爵さま。絶対に面白がっているよな、これと渋面をすると更ににやにやしているから、やっぱり面白がっている。

 

 「すまないな、私の問題に巻き込んで」

 

 「いえ、勝手に動いた結果です。――それよりもソフィーアさま……今後は?」

 

 第二王子殿下は地に堕ちたのは誰が見ても明らかだ。公衆の面前で国王陛下が『愚息』と口にしていたので、用済みと言われたと同じであろう。

 側妃さまの子供だし、正妃さまの子である第三王子殿下がいらっしゃるから、あまり問題視はされないかもなあ。第一王子殿下の立太子も決定しているのだし。

 

 「ああ、何の心配も要らんよ。殿下が強行すれば婚約は白紙に戻すという確約は王家から取ってある」

 

 「そうせざるを得んだろうなあ。一方的に破棄などしてみろ、陛下を葬ってワシも腹を切るわ。その時は一家全員連座だがなっ!」

 

 人の往来がある中で、このような会話を繰り広げられるのは、第二王子殿下が自爆したお陰だろう。普通は誰も居ない密室で話すような内容である。

 さっきからジークは微妙な顔をして周囲をきょろきょろ見渡しているし、公爵家の護衛の人たちも冷や汗を掻いているし。当の本人が一番あっけらかんとしてガハハと笑っているので、まあそういうことである。

 

 「……」

 

 笑っているけれど、笑えない冗談である。王都の人たちと公爵領の人たちをどうするつもりなのだろう。冗談だろうけれど、笑えぬ冗談だ。

 この人ならやりかねないし、人望があるので軍関係者の反感を王家は買うことになるのだけれど。

 

 「……お爺さま、それは如何なものかと」

 

 「冗談だ、冗談。――だが下手をすれば、それくらいのことを公爵家はやってのけねばならんということさ」

 

 まあ第二王子殿下に覚悟がなさ過ぎだが、と付け加える公爵さま。私が聞きたかったことは、第二王子殿下と婚約を白紙に戻してからのことを聞きたかったのだけれど。

 んー国を守る軍を統括している公爵家のご令嬢だから、第二王子の後釜に入る人はどんな方なのだろう。

 私が心配しても意味ないし、国王陛下も婚約者を見繕ってくれるだろうから妙なことにはならないかと、存外すっきりした表情を見せるソフィーアさまと公爵さまを見つめるのだった。

 

 ◇

 

 なんで私が王城の謁見場に……。

 

 事の起こりは早朝。学院が休みなので、今日は二度寝を貪るのもいいよねとジークとリンに話して、ようするに遠回しに起こさないでねとお願いしていたのに。

 何故か教会職員とシスターたちが部屋へとノックもせずに入ってきて叩き起こされ、風呂という名の地下の水場へと連れ込まれたのちに放り込まれ、丸洗いされ。

 ジークとリンも騎士服を着こみ、教会の馬車もいつの間にか用意が完璧に済ませていた。

 

 「王城へお願いいたします」

 

 私を馬車へと押し込んだ神父さまが御者に告げて、ぱしんと手綱が鳴る音をさせてると馬の蹄の音が、馬車の中へと響いてくる。

 

 「……なに、これ」

 

 「聞いていないのか?」

 

 対面に座るジークが私を見て不思議そうな顔をする。

 

 「聞くもなにも、答えてくれないし……みんな凄く必死な形相してたし、逆に怖くて聞けなかったってのもある、かも」

 

 「そうか。――第二王子殿下の処分が決定したから、陛下から関係者全員招集が掛かったそうだ」

 

 「……それであんなに焦っていたのか。せっかくゆっくり出来ると思ってたのに」

 

 陛下からの勅命なら仕方ないか。朝っぱらから王城からの使者が来て、教会の人間も驚いたことだろうし。

 

 「諦めろ、こればかりはどうしようもない。命令に背くわけにもいかんだろう」

 

 「知ってる。――ジークとリンも付き合わせてごめん」

 

 専属の護衛騎士なんて務めているから、どうしても一緒に行動しないといけないものね。聖女一人だけだと見た目も悪くなるから、こうして二人が私に付けられている理由の一端だし。

 

 「気にするな」

 

 「うん、気にしないで。でも、大丈夫?」

 

 私の横に座っているリンが首を傾げて問いかけるけれど、何に対してだろうか。

 

 「大丈夫って何が?」

 

 背もたれから体を離してリンと向き合う形にする。

 

 「えっと……難しいことはよく分からないけれど、ナイは怒られない?」

 

 「多分、大丈夫だよ。不味いなら公爵さまに会った時に説教されてるから。それがなかったってことはそういうことだよ、リン」

 

 「そっか。それならいい」

 

 第二王子殿下やその他諸々どうなっても知ったことではないというのが、リンの言いたいことなのだろうなあ。もう少し社交性を持って欲しいけれど、喋ることが苦手だし仲間内でも口数少ないものなあと、リンを見る。

 それに気付いたリンがヘラりと笑うのをみてしまうと、まあいいかと考えてしまう私もいけないのだろう。

 ジークもリンには甘いから、何も言わないし。ダメダメだなあと苦笑いをしながら、窓の外に流れる景色を見る。

 

 建国祭から数日。祭りの熱も冷めて、王都の街中は通常通りである。第二王子が婚約破棄をしたという噂は流れていないそうだ。

 あまりにも不味すぎる内容に、緘口令を敷いたのだろう。これで王都の住人に噂が広がれば、誰が発生源なのか徹底的に調べ上げられたうえ、徹底的な取り調べを行った上に首と体がさようなら、だ。

 やはり王家や権力者に逆らうなんてことはしない方が身の為だなと実感し、ようやく王城の入口へと辿り着く。

 

 どうやら話は既に通っているようで、あっさりと入り口を馬車に乗ったまま通り抜けて庭園を行く。庭師によって奇麗に整えられている薔薇や木々。

 その中を颯爽とゆっくりと行くと、ようやく馬車が止まる。どうやら城の停車場に辿り着いたようだった。

 

 「ご足労頂き感謝申し上げます」

 

 馬車の扉を開けると出迎えてくれたのは、近衛騎士で階級がそれなりに高い人である。珍しいこともあるものだと驚きながら、案内された先は初めて足を踏み入れた場所だった。

 数段高い壇上にはたった一つの豪華な椅子。おそらく玉座。なら、導き出される答えは謁見場。他にも貴族のみなさまが居るので、この場を持って第二王子殿下の処遇が決まるのか。

 

 ただの一聖女がどえらいことに巻き込まれてしまったなあと周囲を見ると、公爵さまにソフィーアさま。

 魔術師団副団長さまも居るし、建国祭のパーティーで見た第一王子殿下。他にもこの国の重鎮が揃っており、物々しい警備となっている。

 

 このオールスターの前で第二王子殿下が精神的に切られてしまうのだなあと、遠い目になるのだった。

 

 ◇

 

 陛下がようやく謁見場に姿を現し玉座に着座する。入場からは礼をして床を見ている状態なので、表情をうかがい知ることは出来ないが。

 いまから実の息子を裁かなければならないのだから、心中穏やかではないのだろう。

 

 「皆の者よく集まってくれた。――では、ヘルベルトの処断を始めよう」

 

 衆目に晒される中、近衛騎士の人たちに囲まれて件の人物が謁見場へとやって来た。難しい顔を浮かべて自身の息子を見下ろす陛下。

 王族がアレな行動を取りまくっていたし、あれを放置すれば王家への求心力が下がってしまうので、息子に対して厳しい態度を取るしかない。少し頬がこけているけれど身なりは綺麗にしているので、酷い環境下には置かれなかったのだろう。

 

 「っ! ――父上っ!」

 

 そこは陛下と呼んであげようと、心の中でため息を吐く。拘束されたまま騎士に囲まれて、玉座の下に連れてこられた第二王子殿下の第一声がコレだ。

 周囲の落胆ぶりもすごいけれど、国王陛下の顔もすげーことになっている。ああ、もうこりゃ駄目なのねと、諦めの境地。

 

 「黙れ、ヘルベルト」

 

 「ですがっ、私は……俺はっ! アリスをどうしても助けたいのです!」

 

 後ろ手で拘束されている騎士を振りほどかんとばかりに、前のめりになっている殿下。周りはこの状況を静かに見守っているだけなので、殿下の独り相撲に見えて仕方ない。

 

 「その女を助ける為ならばどんな処罰をも受ける覚悟が貴様にあるという事か?」

 

 「勿論ですっ! 彼女が救い出されるのならば、俺はどんな罰でも受けましょう!」

 

 「そうか。――だがあの女を幽閉塔から出すことはならん」

 

 「……では、では……俺は、どうすれば」

 

 「ああ、そうだなヘルベルト。お前は王族籍から外れ、その女と一生を幽閉塔で過ごすのだ」

 

 「え?」

 

 まだ恩情でもあると考えていたのか、きょとんとした顔を浮かべる第二王子殿下を見た陛下がゆっくりと一度目を閉じた。陛下の言葉に周囲の人たちがざわりと口々に何かを言い始めた。

 

 「温い」

 

 「陛下はまだ見捨てておらんのか……」

 

 「……情に厚いのは良いことではあるが」

 

 確かに温い処分である。彼を生かして孕める女と過ごすということは、子を産む可能性が残り将来どんな火種を起こすかわからない。

 その辺りを考えられない人ならば、国王陛下なんて職業には就けないので何か策があるのだろう。騒ぎ立てている人たちは、爵位の低い人や重要な役職に就いていない人が多い気がする。

 

 「俺は……彼女と、アリスと一緒に過ごせるのですか?」

 

 ヒロインちゃんが王族とその側近を誑かした重罪人だという認識は彼にはないようだ。恋は盲目とよくいったもので、本当に何もかもが見えなくなっている。

 

 「これで貴様の望む形になったか」

 

 「はっ、はいっ! 父上……いえ、陛下の恩情に感謝いたしますっ!!」

 

 陛下のこの言葉に何か裏がありそうだなあと、勘ぐっているのは私だけではない筈だ。

 

 ◇

 

 主人に褒められて喜んでいる犬のような顔をしたまま、陛下の命によって第二王子殿下が謁見場から退場させられたのだけれど、これで終わる訳もなく。静かになった謁見場は、この国の頂点に立つ陛下の言葉を待っている。

 

 「ヘルベルトへの処置が甘いと感じる者も多かろう。――だが、アレに話したことが全てではない」

 

 その言葉を切っ掛けに、陛下が続いて語り始める。

 

 どうやら彼は王族籍を外れヒロインちゃんと幽閉される前に、魔術で去勢処置を施されるようだ。下手に子孫を残されれば何処かの誰かが思わぬ形で利用しかねない。

 なら、生まれないようにすればいいだけである。扱いが犬と同等だなあと感じるけれど、実際王族としての覚悟はないようだし、そうなるのもしかたない。

 

 ヒロインちゃんは魔眼持ちなので研究対象として生かされるのだけれど、精神面がやや弱いようで既に幽閉塔の中で参っているそうだ。

 

 その保険として第二王子殿下、いや元第二王子殿下が彼女の心の支えとなる為に、一緒に放り込まれると。

 

 幸せな頭をしている二人ならば似合いだろう、と陛下が物凄い皮肉を効かせて言っちゃったのだけれど、誰も咎めない。むしろ重役や重鎮の人たちは陛下の言葉に同意していた。

 

 魔術師の人たちは、せっかくの魔眼持ちだというのに子を成さないのは勿体ないという意見が出ているそうで、そうなった時には適当に種を仕込むらしい。

 魔眼持ちにならなければ、ごにょごにょするか捨てるか何か方法があるのだろう。この世界、命の価値が安いし。

 

 怖い世界だけれど、それ相応に振舞っていれば益もあるので、簡単に切り捨てることができないのが痛いよなあ。

 聖女として働いているけれど、お賃金をだしてくれているのは国と教会だし。仲間内に就職先を斡旋してくれたのも彼らである。

 

 「――さて、次だな」

 

 その言葉から後も修羅場だった。

 

 陛下の言葉によって呼び出されたのは、第二王子殿下を生んだ側妃さまと側妃さまの生家である某伯爵家。

 側妃さまはこの状況を理解していないのか、何故この場に召喚されたのか理解していないようだが、隣に立っている伯爵さま――おそらく側妃さまの父親――は青白い顔をしてカチカチと歯を鳴らしてた。可哀そうになるくらいにこの状況に怯えているのだけれど、まともに反論や話が出来るかは謎。

 

 陛下の独壇場になりそうだなと、またしても薄目でこの光景を眺めている。

 あれ、私ってなんでこの場に呼ばれたのだろうか。関係ないじゃないかと愚痴を吐きたくなるけれど、我慢の時。そもそも発言権がないし。

 

 「へ、陛下。ご機嫌麗しゅうございます」

 

 「ほう、そのようなことが言える状況だと貴様は捉えるか」

 

 「ひぃ……」

 

 陛下の威圧と言葉に怯える伯爵さま。随分と小物に見えるが、どうして陛下に自身の娘を側妃として差し出したのか気になる所。

 誰かにそそのかされたかなあと、視線を動かしてみるけれど怪しそうな人が見つからない。

 

 「無理矢理に私へ側妃を付けたことが災いしたな、伯爵よ。当時と状況は変わっておるぞ、頼れる者はもうこの世に居ないのだからな」

 

 伯爵さまを誑かした人物はもう既に居ないのか。どうやら側妃さまと婚姻してから、追い落とし作業に取り掛かっていたのだろう。

 ソフィーアさまの横で公爵さまが不敵ににたりと笑ったので、今の状況を生み出した原因を知っているようだ。これ他の関係者も闇に葬られている可能性が高いだろう。

 そうでないと攻勢にでられないだろうし。以前の王家の状況をしらないのでなんとも言えないが、政権が安定して押し返しに出たということか。まあ、ほぼ既に終わっているようで、伯爵さまと側妃さまは最後の最後みたいだけれど。

 

 あ、もしかして元第二王子殿下とソフィーアさまの婚約も、伯爵さまの関係者が狙って結ぼうとしたのだろうか。

 

 公爵家が側妃さまや伯爵家に味方に付く可能性だってあるし、恩恵は大きいだろう。ただ読み間違えたのは、公爵さまは王家へ忠誠を誓っているということだ。

 おそらく伯爵さまたちのような、国家転覆を狙っているような人間は毛嫌いするはず。そして逆にやられちゃったのか。小物臭が凄いなあと思いつつ、小物で良かったと思う。

 あ、初めから分かってて公爵さまが相手に油断を誘う為に、ソフィーアさまを犠牲にして第二王子殿下に差し出した可能性もあるのか。やはり公爵さまは油断ならない人物である。

 

 まあ、真面目なソフィーアさまが第二王子殿下と婚姻して、あの殿下がマトモに王族として振舞えるか謎だったし。

 軽い神輿を作りたかったのかも知れないけれど、黒幕が居なくなった時点で詰んでたなあ、この伯爵。

 

 「貴様らの浅はかな考えで犠牲になった者もいる。――死んで詫びろ」

 

 周囲の人たちも冷めた目で見ているし、既定路線だろうね。あっさりと一族連座で処刑されることとなったのである。

 




 政治色をあまり強くする気はないので、既に黒幕は死亡していることにしました。ちょっと無理矢理繋げたので、不自然かもしれない。ネタが思いつかないというのもあります(苦笑普通の学園ドタバタが書きたいw




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0028:処分は続く。赤髪くん。

 謁見場にて陛下による処断も終わったので、さて帰るべーよと気を抜いた時だった。

 

 「聖女、ナイ。――前へ」

 

 「へ」

 

 小さく間抜けな声が出たのは仕方ない。終わったと思っていたのにまだ続きがあったのだから。うわー元第二王子殿下とソフィーアさまの婚約破棄劇に割って入ってことが、こんな所で響いてくるだなんて思ってもみなかった。

 こちらへとやって来る案内役兼見張り役の騎士に連れられて、陛下の御前へと立つ。取り敢えず両膝を突いて平伏するのだけれど、何を言われるのか。

 

 命までは取られない筈だ。そもそも問題があるならば、婚約破棄の現場で取り押さえられていただろう。そこまで間抜けな王家ではないだろうから。

 

 「王族であったヘルベルトとその婚約者であった公爵令嬢ソフィーア・ハイゼンベルクとの間へ割って入ったことは、聖女であれ平民である其方が取ってよい行動ではない」

 

 一旦話を切って陛下は私を再度見下ろす。理解はしている。聖女ではあるもののお貴族さまと平民では乗り越えられない壁があることも。

 

 「だが、この四年間の其方の振る舞いは報告として聞いておる。今は其方を失う訳にはいかぬが、不問という訳にもいかぬ……」

 

 取り敢えず首の皮一枚は繋がっていることに安堵して、陛下の言葉を待つ私。あとヴァンディリア王には感謝しないとなあ。外交問題となりかねないから簡単に私を切ることが出来なくなってる。

 

 「よって学院で特別講義を設け、貴族と平民との違いを叩き込んでもらえ。――ついでに我が国の歴史と周辺国の成り立ちや背景、歴史文化もだ」

 

 なんでやねんっ! と心の中で叫ぶ。これ国内のお貴族さまの相手や、諸外国のお偉いさんたちの相手をしろと言われているようなものじゃないか。

 

 私は一介の聖女だから外交なんて貴族家出身の聖女さまがやればいいのだ。魔力量が多いだけの平凡な容姿なんてハニトラ要員になりもしな……まさか逆に目立ってる? 

 お貴族さまって美男美女が多いから、こう珍獣的な意味合いで。チビだしすとーんな体形だし。

 

 まあ黙ったままだと印象が悪いので、言葉を発しなければと考えるのだけれど、あまり良いものが思い浮かばない。

 これ了承したら、政の現場に出されることは確定だ。でも拒否したら印象が最悪だし、国王陛下からの恩情を断った大馬鹿者になってしまう。

 

 「――陛下のお心遣いに感謝いたします」

 

 なので、私が取る選択肢は陛下の言葉に感謝を述べるしかなくなる訳である。

 首が繋がっただけ良かったのかもしれないけど、首輪を嵌められたようなものだよなあ。いや、まあ聖女になった時点で国に縛られているようなものだけれど。

 

 もう用は終わったとばかりに下がれと言われ。扱い悪くないかなあと感じるけれど実際はこんなものというか、破格の扱いのような気もしなくない。

 平民が王城の謁見場で国王陛下と顔合わせをするなんて、ないだろうしなあ。気苦労だけが増えたような気もするけれど、仕方ない。割って間に入ったのは間違いなく私なのだし。

 

 ふうと息を吐いて謁見場を出ると、公爵さまとソフィーアさまが待っていたようで、廊下の端に寄って立っていた。一番最後に退出した私に気が付いて、こちらへとやって来る。

 

 「よかったな、陛下に認識されたぞ」

 

 「よかったのでしょうか……嫌な予感しかしません」

 

 「それは自業自得だろう。あの場に割って出たということは、その覚悟があったという証拠だし命までは取られないと判断していたのだろう?」

 

 公爵さまは黙ってソフィーアさまと私のやり取りを黙って聞いているだけだ。

 

 「それは、まあ……そうですけれど」

 

 「諦めろ。国にとって利用価値があると陛下に認められたことは悪くない。貴族ではないお前は、不利益をもたらさなければ国を利用してやるという気概でいればいいさ」

 

 苦笑を浮かべながら背の低い私を見下ろすソフィーアさま。

 

 「そういうものですかね」

 

 「そういうものじゃないか? 私は貴族だから果たさなければならないものがあるが、お前は聖女ではあるが平民だ、貴族として振舞う必要はないからな」

 

 難しいところだよねえ実際。聖女を一定期間務めて引退したら、一代限りの男爵位を叙爵され年金生活ができる。

 歳を取っている場合が大多数だし、年金を与える為の名分だから社交にも出なくても構わないから気楽なもの。

 

 私はそれを目指しているだけで、国政なんてものには興味はないのだけれど。

 

 まあ、今は陛下から何かを命じられた訳でもないから考えても無駄だし、公爵さまとソフィーアさまはこれから陛下と話し合いだそうだ。

 おそらくは今回の件と婚約解消か白紙にすることの、理由説明や今後のことに謝罪も含まれるのだろうなと二人と別れ、教会へと戻る為にジークとリンと私の三人で馬車へと乗り込むのだった。

 

 ◇

 

 風の噂によると元第二王子殿下とソフィーアさまの婚約は白紙撤回となったそうだ。

 

 一度やらかしているのに殿下との婚約を続けていたのは不思議だけれど、お貴族さま的な理由があったのだろう。

 学院も第二王子殿下が処罰されたというのに、いつも通りである。むしろヤヴァイ王族が処分されて良かった、という雰囲気さえある気がする。

 

 お貴族さまはやっぱり怖いなあと震えつつ、特進科の教室へと向かう。

 

 殿下とヒロインちゃんの席に、殿下の側近だった緑髪くんと紫髪くんの席が空である。殿下とヒロインちゃんは幽閉となったのでその席が空なのは理解できる。ただ緑髪くんと紫髪くんは一体どうしたというのだろうか。

 

 私はお貴族さまでもないし情報を得られる人はいないので、知る由もない。

 どこかで機会があればソフィーアさまかセレスティアさまに聞くか、風の噂で耳に届くだろう。平民や爵位の低い者から喋りかけるのはご法度であるし、待っていれば彼女たちと話す機会がくるだろう。

 

 「……おい」

 

 「はい?」

 

 仏頂面を引っ提げて赤髪くんが私の机の前に立っていた。どうしたのだろうと顔を上げると同時、椅子から立ち上がる。

 

 「マルクスさま! 紳士として女性に声を掛ける方法は、もっと良いものがあるでしょうっ! 第一声が『おい』とは何事ですかっ!!」

 

 ばしん、といい音が鳴る。

 

 「痛てえっ!! どうしてお前は俺をいつも叩くんだ!!」

 

 セレスティアさまの鉄扇で肉付きの良い場所をシバかれた赤髪くんは、叩かれた場所を抑えて顔を歪ませている。

 遠慮のないセレスティアさまの攻撃に苦笑いを浮かべ、何事だろうと彼女らの夫婦漫才――物理ともいう――が終わるまで待つ。

 

 「貴方が貴族としてなっていないからでございましょうっ!」

 

 「なっ! 何故、俺が平民に気を使わなけりゃあならん!!」

 

 「確かに彼女は平民ではありますが、聖女ですわ! それも国の障壁を維持する為に身を捧げている方々の一人。敬意を持って接しなければならぬのは当然でございましょうに!」

 

 あまりにへりくだるのは貴族として問題があるけれど、国に貢献している人間を粗雑に扱うのは駄目だと彼女は言いたいらしい。尊重してもらえるのは有難いけれど、結局の所なんで彼は私に話しかけてきたのだろう。

 見ている分には面白いからいいけれど、そろそろ授業が始まるし早くした方がいいのではと、二人のやり取りが終わるのを待つ。

 

 「取り敢えず、自己紹介と名前を呼ぶことの許可をだしなさいな。――彼女はわたくしたちの名を呼ぶことを許されておりませんもの」

 

 仕方ないことである。お貴族さまと平民の間では見えない壁があるのだし。

 

 「は? アイツは俺たちのことを名前で呼んでいた。それに一番始めに自己紹介をしただろうが。それを覚えていない方が問題――痛ってぇ!!」

 

 またシバかれてる。許可もないのに勝手に名前を呼べませんって。最近この光景が日常化していて他のクラスメイトは見て見ぬ振り。

 まあ辺境伯令嬢さまと伯爵家子息さまなら、どちらが上かなんて一目瞭然なので、誰も止めないのだけれど。

 

 「――……あら、まだアレの話を持ち出しますの?」

 

 セレスティアさまの言葉の後に空気がずんと重くなる。あー……魔力で威圧してるなあコレ。

 

 「い、いや……うっ、その、すまん……」

 

 流石に今の発言は不味いと感じ取ったのか、赤髪くんがセレスティアさまに謝罪する。完全に尻に敷かれていて、彼がストレスで将来ハゲないか心配になってくるのだった。

 

 「お前に話したいことがあって声を掛けた。マルクス・クルーガーだ。マルクスでかまわん、呼べ」

 

 いかにも不服そうに言い放つ彼に礼をし、知っているだろうけど名を名乗る。

 

 「……はあ。もう少し言い方を考えればよろしいのに。まあマルクスさまですものね、仕方ありません」

 

 閉じていた鉄扇を広げて口元を隠し、こちらへと向くセレスティアさま。目が笑っていないので怖いけれど、彼女と視線を合わす。

 

 「――ナイ、こんなどうしようもない方ですが裏がある方ではないとわたくしが保証いたします。貴女に失礼な態度を取ったことを水に流せ……とは言いませんが、伯爵家から再教育もされますのでどうか長い目で見てくださいませ」

 

 「いえ、以前にマルクスさまからは謝罪は頂いておりますので、お気になさらず」

 

 「!? まぁ、そんなことがっ! あら、どうしましょう。明日は雪でも降るのかしら?」

 

 珍しくかなり驚いた表情を見せ、まじまじとマルクスさまを見る彼女。

 

 いや、この季節の王都で雪が降るには無理がある。大陸の北側ならばまだ雪は残っているだろうけれど、王都というか王国は温暖な地域なので雪はなかなか降らないから。だからこそ王都の貧民街で生き延びれたという理由の一端がここにある。

 

 「セレスティア。――俺の扱い、もう少しマシにしてくれてもいいんじゃないか……?」

 

 「は?」

 

 また魔力で威圧してる。空気が重くなるので止めて欲しいんだけれど、無自覚かなあこれ。高位魔術が使えると以前に言っていたので、セレスティアさまの魔力量は多い方なのだろう。でなければ圧を感じる程に魔力が流れる訳ないし。

 

 「い、いや。なんでもねえ……」

 

 鋭いセレスティアさまの視線がマルクスさまに刺さり、怯んだ彼。こりゃもう逆らうことなんて夢のまた夢だし、待遇の改善も遠い未来ではなかろうか。

 まだ本題に入らないのか、とため息を吐きたくなるけれど我慢する。流石にあからさまな行動過ぎて、怒りを買ってしまうのだから。

 

 「親父からだ。これをお前の騎士二人に渡してくれ」

 

 そういって一通の手紙を差し出すマルクスさま。裏には伯爵家の家紋入りの封蝋がされているので、伯爵さまからだというのは本当だろう。

 ジークとリンに伯爵さまが何の用だろうと疑問が浮かぶけれど、二人宛ということならば私はメッセンジャーとしてきちんとこの手紙を渡さなければ。

 

 「わかりました。授業が終わり次第、二人にお渡しします」

 

 「ああ、頼む」

 

 手紙を渡すとそそくさと私の下を去るマルクスさまと、その態度を咎めるセレスティアさまの背中を見送りつつ、この手紙が切っ掛けに少しばかりの波乱が起こるなんて思ってもいなかった。

 




 ちょっと手抜き感が否めませんが、次の話に行きたいと思います。


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0029:手紙の内容。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。とりあえず預かっている手紙を二人に渡しに行くかと、席を立って廊下に出て歩き始める。

 ぴかぴかに磨かれている床にローファーの靴底が当たって軽快な音を立てながら、特進科の校舎を進んで中庭へと出る。

 一定間隔に置かれているベンチは良い素材のものを使っているし、装飾も凝っていた。花壇も職人さんが手入れをしているのだろう。かなり整っており、見栄えも十分ある。ゆっくりとこうして歩くのは久方ぶりだな、と夏の風を乗せ始めた空気を肺一杯に取り込んで、騎士科がある場所へと辿り着くのだった。

 

 目的の人物を見つけるべくきょろきょろと、騎士科の廊下を進む。騎士科は二クラスあるのだけれど、二人はどちらのクラスへと編入されたのだろう。

 二人ならば大丈夫だろうと気にしていなかったので、聞いていなかったことを今更後悔する。ネクタイの色が違う生徒がちらほらと歩いているので、どうやら廊下には二年生や三年生も交じっているようだ。

 

 一年生の教室であろう一クラスをのぞき込むと、運よく二人をすぐに見つけることができた。実技の為に訓練場へと赴いていることもあるから、二人を直ぐに見つけられたので運がよかった。

 

 「ジーク、リン」

 

 教室の中へ入るべきかどうか迷い、出入り口の扉の所で迷惑にならない程度に声を上げた。

 お貴族さまの多い特進科よりも賑やかだし、私がこの場で声を上げたことに対して気にする人はいなかった。

 

 「珍しいな、騎士科まで足を運んでくるのは」

 

 「うん。なにかあったの、ナイ」

 

 座っていた席から立ち上がってこちらへとやって来る二人。騎士科の教室は特進科の教室よりも質素というべきか。飾り気があまりなくて、こちらの方が学校らしい雰囲気だった。

 

 「渡したいものがあって」

 

 「?」

 

 「?」

 

 学院にいる間は昼休みくらいしか合流することはないし、渡したいものがあるのなら教会の宿舎でやり取りするのが常である。

 不思議そうに顔を傾げる二人なのだけれど、傾げた角度と方向が全く同じ。流石は双子と笑いながら、赤髪くん――もといマルクスさまから受け取った手紙を二人の前に差し出した。

 

 「これ、二人にクルーガー伯爵さまからだって」

 

 「――何故……俺たちに」

 

 「……うん」

 

 差し出した手紙を受け取ってくれないまま、固まっている二人。クルーガー伯爵と繋がりがないから、困惑するのは当然で。

 でも切っ掛けのようなものはあったのだ。殿下たちに詰め寄られた一度目の時だ。

 お貴族さまは平民なんて路傍の石くらいに考えているので気にも留めないものだというのに、マルクスさまが二人のことを気にしていた様子を見せていた。

 

 だから何かはあるのだろうけれど。

 

 「取り敢えず中身を確認しよう。――考えるのはそれからでもいいんじゃないかな?」

 

 そういって二人に手紙をもう一度差し出すと、ジークがようやく受け取ってくれたのだった。

 

 「そう、だな。――宿舎に戻ってから確認してみる。内容次第で教会や公爵さまを頼るかもしれん」

 

 珍しく歯切れの悪いジークの姿に嫌な予感を感じつつ、笑顔を浮かべる。まだ伯爵さまの手紙の内容は分からないのだし、事態を重く受け取るにはまだ早いのだから。

 

 「うん」

 

 「ナイ、悪いがこの手紙はお前が持っていてくれ」

 

 「構わないけれど、どうして?」

 

 「お前が持っていた方が安全だ。――面白半分で中を見る奴が居るかもしれんしな」

 

 「どっちが持っててもあまり変わらないと思うけれど……わかった。預かっておくね」

 

 次の授業もあるのでここで時間を使う訳にはいかないと、ジークから伯爵さまの手紙を受け取って来た道を戻る。

 ジークの心配性に苦笑いを浮かべながら、特進科の教室を目指す。治安という意味では騎士科よりも特進科の方が良いけれど、流石に警戒しすぎじゃないかなあジークは。でもまあ、面白半分で手紙を開封して怒られるのは、開けた本人と管理を怠ったジークとなってしまうから、私が持っていた方が良いのかと一人納得する。

 

 ――そうして、放課後。

 

 授業が終わり、三人で馬車に乗り込み教会の宿舎へと戻る。兎にも角にも伯爵さまの手紙の確認が最優先だと、教会の人からペーパーナイフを借りて部屋へと戻る。

 ジークとリン宛の手紙だから、部外者である私が見てはいけないだろうと、部屋を出ようとしたその時だった。

 

 「ナイ、お前も居てくれ」

 

 「いや、ジークとリン宛の手紙なんだから、私が見ちゃ駄目だって」

 

 「大丈夫だよ、気にしないから」

 

 いや、リン。そこは気にしよう。個人に宛てた手紙なのだし、ジークとリンしか知っちゃ駄目なことを私が知ったとあれば伯爵さまから怒らてしまう。

 

 「お前が見て問題があったとすれば、黙っておけばいい」

 

 「うん、そうだね兄さん」

 

 うぐ。一応手紙の内容は気になっているし、手に負えないことならば公爵さまに助力を願うつもりだ。二人が私に悪影響があると判断すれば黙ってしまうだろうし、内容は一緒に確認した方が得策か。

 

 「わかった、見る。ただ面倒なことになるようならジークが言うように公爵さまや教会を頼ろう。お貴族さまのことはお貴族さまが一番理解してるだろうし」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 そうしてジークがペーパーナイフを手に取って中身を取り出す。少し緊張した様子の二人を眺めながら、ジークが手紙へと目を通すと次にリンへと渡し。

 彼女が読み終わったあとに私へと回ってきたので、手紙へと視線を落として綴られた文字を目で追う。

 

 ――ジークフリード、ジークリンデ。我が愛しい子よ……辛い思いをさせてすまなかった。

 

 あまり上手とは言い難い文字で書き出しはそう書かれていた。そのあとはお察しである。

 愛人の間に出来た子供を事情で手放さなければならなくなったこと。母親も見捨てなければならなくなったこと。後悔の念が綴られているが、捨てられたジークやリンはたまったものじゃないだろう。

 

 どうやら息子であるマルクスさまから伯爵さまへと伝わったようだ、親父とそっくりな双子が学院にいると。

 そして会いたい、と書かれてあったのだ。

 

 「これって……ジークとリンが伯爵さまの子供ってこと、だよね……」

 

 「――みたい、だな」

 

 「……」

 

 なんとなくは察していたけれど、現実を突きつけられるとこの状況をどうしたものかと考えてしまうのだった。

 

 ◇

 

 二人の燃えるような赤の髪を見ながら、どうしたものかと考える。しかし、私の意思や考えよりもジークとリンがどうしたいかが一番大事。

 

 「ジークとリンは伯爵さまと会うつもりはあるの?」

 

 兎にも角にも第一はこれだろう。伯爵さまが二人に会いたいと言っているのだ。伯爵さまならば部下に命じ、ジークとリンを強制的に伯爵家へと連れていくことも出来たはずだ。それをしなかったのは、これ以上二人の心象を悪くしない為にだろうか。

 

 「……今更、父親だと名乗られてもな。母さんが死んで連絡もなにもしなかった奴に父親面を今更されたところで、な……」

 

 記憶を掘り返す。ジークとリンが貧民街に現れたのは、七歳くらいの頃だろうか。母親が死に家主から家を追い出されて、貧民街に辿り着いた。

 空腹でお腹を減らして座り込んでいた二人を見つけて、声を掛けたのが最初になる。それからずっと一緒に居るのだから、本当に長い時間を過ごしているし、別離しないのも不思議な感覚だけれど。

 

 「うん、私たちの今の家族は五人だけだから」

 

 ジークとリンはなんとも言えない複雑な顔をして、私を見る。そしてここには居ないあと二人の姿を思い浮かべているのだろう。

 

 「でも伯爵さまの"お願い"を断る訳にはいかないよね」

 

 手紙には伯爵さまと会って欲しいと書かれていた。そして可能ならば息子であるマルクスさまに伝えてくれ、とも。

 愛人の子問題を、伯爵家嫡子であるマルクスさまも巻き込んでしまっていいものなのだろうかと疑問に感じつつ、高位貴族さまほど愛人を抱えているからその手のことは慣れているのかもしれない。

 

 「ああ、そうだな。いくら選択肢を与えられているとはいえ、俺たちが選ぶ権利なんて無いに等しいからな」

 

 「だよねえ……ジークとリンはさ、お父さんに会いたいの?」

 

 「……伯爵さまが父親だと決まった訳じゃない」

 

 「でも、なにか確信的な理由があるから手紙を寄越したんじゃないのかなあ」

 

 そうじゃないと噂とか立てられても困るから、考えなしの行動はとらないはずだしなあ。普通のお貴族さまならば。

 

 「切っ掛けはなにかあるんだろうが……」

 

 「さっぱりだよね」

 

 「ああ」

 

 「兄さん、どうするの?」

 

 悩んでいる素振りを見せている二人の会話を黙って聞きながら、今後のことを考える。取り敢えずは一回会った方が良いのではないだろうか。

 ジークとリンが伯爵さまの子供であるというならば、伯爵の籍へ入って家名を名乗ることが出来るのならば、それだけで恩恵は十分ある。

 伯爵家の人間として振舞うのは大変だろうけれど、家名も持っていない平民よりはいろいろと

 

 「……正直、今更だ。父親に興味はないが……会っておかないと何を言われるか分からんし、何をされるのかも分からん」

 

 私たちが伯爵さまの情報なんて持ってるはずがないので、人となりが分からない。断って逆上されたら困るし、ジークの言っていることは理解できる。

 

 「じゃあ会う?」

 

 「ああ。――ただ教会の誰かに相談はしようと思う。勝手に会っておかしな事態になってから連絡するんじゃあ遅いからな」

 

 「伯爵さまがどんな人かわからないから、私は公爵さまに連絡しておくね。後ろ盾になってもらってるんだし、伝えておいた方がいい気がするから」

 

 「すまん、頼む」

 

 「ん。――話が片付いたら美味しいものでも食べに行こう」

 

 久方ぶりに孤児仲間を集めて食べに行くのもいいかも。学院に通っているから、集まる機会が以前より減ってきている。いつも一緒に居られないのは寂しい気もするけれど、それぞれの道へと進んでいる証拠である。

 重い話だし、明るい話題も必要だよなあと話題を振った。食べることに比重が重くなるのは、年中欠食児童時代を経験している所為だろう。娯楽も少ないし、食べることが私たちの楽しいことになっている。

 

 「だな」

 

 「うん」

 

 緊張していた空気が弛緩して、いつもの空気へと戻った部屋。

 

 「そういえば、騎士科の人たちと上手くやれてるの?」

 

 騎士科の教室へと向かった際に二人は一緒に居たけれど、誰かとつるんでいる様子はなかった。そのことが少々心配になって問いかける。

 

 「……ああ、それなりにな」

 

 「……」

 

 少し言い淀んだジークと無言のままのリン。

 

 「言い掛かりとか付けられてないよね?」

 

 「…………ああ、大丈夫だ」

 

 「……」

 

 どんどん雲行きが怪しくなってきている。これ騎士科の人たちからなにか難癖のようなものを付けられているような。王国は十八歳が成人なのだけれど、成人前に教会騎士となって聖女の護衛に就くのは異例である。まあ私も十一歳から聖女として活動しているので、珍しい方だけれど。

 まだ子供でお貴族さまでもない奴が聖女の護衛なんて……と大人たちからでも言い掛かりをつけられることもある。軍や騎士の人たちに『黒髪聖女の双璧』と名前が売れるまでは、二人は大変な思いをしていたのだから。

 

 あれ、これは伯爵家の恩恵があったほうが、二人にとって得になるのではと考えを改める私であった。

 



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0030:予防策。

 伯爵さまからジークとリンに手紙が届いた数日後。

 

 ――クルーガー伯爵がジークとリンに会いたがっている、らしい。

 

 意訳だけれど公爵さまといつもやり取りしている手紙にそう書きこむと、直ぐに返事が返ってきた。手紙のやり取りの回数を増やして、妙な事態にならぬよう連絡を密にするようだ。

 ジークとリンの意思が大事だから無理矢理に伯爵が行動を起こしそうならば連絡を寄越せと、有難い言葉を頂けた。あとジークとリンが伯爵さまの家に入るなら、貴族間のバランスが崩れる可能性もあるから慎重に行動しろとも。

 

 伯爵さまの奥さま、ようするに伯爵夫人からすれば自身が産んだ子供を嫡子に据えているのに、今更ぱっと出の愛人が産んだ子がその座にすげ替われば、そりゃ伯爵夫人としてのプライドが許さないだろう。

 

 「ジーク、リン。公爵さまからの返事が来たよ」

 

 夜、教会宿舎の私の部屋で勉強をしようと集まっていたので、いち段落がつき話題として丁度良いと切り出したのだった。

 

 「そうか、公爵さまはなんと?」

 

 「会うだけなら大丈夫だって。でも伯爵さまが妙な話とか行動に出たりすれば、一旦保留にして持ち帰って相談しろだって」

 

 「だが、伯爵が無理矢理に話を詰めてくる場合もあるだろう。――その時は……」

 

 平民がお貴族さまに逆らえる訳がないので、強硬手段に出る可能性はあるけれど、今回は大丈夫じゃないのかなあ。流石に嫌がっている相手、しかも『会いたい』と言っている相手だし無理強いすると心象が悪くなる。

 関係を良好にしたいのならば下手な行動には出ないはずだし、伯爵夫人という抑止力もある。

 

 「公爵家の名前を出せって」

 

 「……――そうか。なら、ある程度はどうにかなるな」

 

 うん、公爵家の名前を出せるのならばそうそう無茶なんてすまい。安堵したように息を吐きながらジークは目を伏せる。まつ毛長いなあと横目で見ながら、ジークとリンもまだ十五歳で多感な時期。今更、親だと名乗り出られたところで困るだけである。既に教会騎士として自立しているから困っていないし。

 学院に通っているのは、公爵さまの好意を断れなかったことと、せっかく通うならちゃんと目的を持って通うと決め、知識や技術を手に入れて将来の為に役立てようと三人で相談した結果だ。

 

 ただ血縁者……本当の家族が出来るのならば、それも良いことではないかとも思える。

 

 前世でも孤児で施設育ちで今世も孤児で親の顔なんて知らないし、親からの愛情なんて一ミリも分かりはしないけれど。

 

 街で見かける親子が仲良さそうに手を繋いで歩いていたり、一緒にご飯を食べていたりするところを見ると、正直いいなあと感じることがある。

 だから二人が幸せなら、伯爵さまが家族として二人を大事にしてくれるのなら、良いことなのだろう。

 

 「ナイ?」

 

 「ん、リン。どうしたの?」

 

 椅子に座っているのだけれど立っている時と同様に、リンの顔を見上げる形になる。

 

 「どうしたのって、ナイの方がどうしたの?」

 

 「……」

 

 「変な顔してたよ」

 

 首を傾げると捕捉するリンに苦笑する。どうやら考え込んでいたらしい。

 

 「二人が幸せなら伯爵さまの所に行くのもアリなのかなーって考えてた」

 

 「え?」

 

 「おい……」

 

 「家名を名乗れるならやっかみとかは収まるし、今よりも良い生活ができるでしょう」

 

 ぶっちゃけ教会の宿舎は寒い時期になると隙間風とか入ってくるし、伯爵邸ならキチンとした屋敷だからここよりも環境は数段上になる。

 自立しているから侍従や侍女なんて必要はないけれど、手伝ってくれるならそれはそれで楽である。自分が出来ることを人にやってもらうのは気持ちいいって言われてるしなあ。

 

 「お前をっ! みんなを置いて俺たちだけが行ける訳がないだろうっ!」

 

 「そうだよ。ナイやあの二人を放って兄さんとだけ行っても意味ないよっ!」

 

 二人が本気でキレてる。リンがこうして感情を荒らげるのは珍しい。それほど彼女の琴線に触れるものだったのか。

 

 「でも、貴族として恩恵を受けられるのは良いことじゃない?」

 

 まあそれなりに振舞わなきゃいけないけれど、二人なら問題はないだろう。教会騎士として教育を受けているので、それなりにはやっていける。パーティや夜会に出るなら、社交を学ばなければならないけれど。

 

 「そんなのいらないよっ! だってそんなものがなくても生きてきたっ! みんなと一緒に、どうにかして乗り越えてきたんだっ! それを、それを……!」

 

 「ちょ、リンっ!」

 

 思いっきり立ち上がってリンは部屋から出ていき、どうやら自分の部屋に戻ったようだ。少し遅れて扉の締まる音が、こちらまで聞こえてきたから。

 

 「……お前は……もう少しリンの気持ちも考えてやれ。俺やお前みたいに物事を広く見るには、アイツはまだ少し時間が掛かる」

 

 ジークも随分と頭にきていたようだけれど、リンが先に怒ったせいでクールダウンしたようだ。

 

 「いや、ごめん。――あそこまで怒るなんて考えてなかった」

 

 「暫くは機嫌が悪いぞ、リンは」

 

 はあとため息を吐いてリンが倒した椅子を元に戻すジークに、後ろ手で頭を掻きながら苦笑いをする。本当にリンがあそこまで怒るのは珍しかった。

 

 「ちょっとリンの部屋に行ってくる」

 

 「ああ、頼む」

 

 そう言ってジークと一緒に部屋を出て、私はリンの部屋の前に立つのだった。

 

 ◇

 

 木で出来た扉を二度ノックするけれど、返事はない。仕方ない、勝手に入るかとドアノブに手を掛けて回すと蝶番の軋む音。

 普段よりもゆっくりと開けた扉の先、真っ暗な部屋の中にベッドの上がこんもりと盛り上がっているのが、暗闇にまだ慣れていない目でも見ることができた。

 

 「リン、入るね」

 

 「……」

 

 沈黙を保ったままだけれど、寝てはいないようだ。私の声に反応して、こんもりとなっている掛け布団が少し動いたのだから。

 

 「――座るよ、リン……よいしょっと」

 

 ぎし、と私の体重でベッドが沈む音が鳴るともぞりと動く塊は沈黙を保ち布団の中に潜ったままで、出てくる気配がない。その姿に苦笑を浮かべる私は体をよじり、布団からはみ出ている彼女の頭に手を置くのだった。

 普段から喋る方でもなく、私たちの会話を咀嚼するように静かに聞いていることが多い。部屋から出て行ってしまった気まずさもあるのだろう。

 

 「正直、リンがあんなに怒るなんて驚いた。私は二人が伯爵さまの家の子になっても、離れるだなんて考えていなかったから……」

 

 二人が伯爵さまの籍へ入れば嫌がらせのほとんどは止まるはずだ。聖女の護衛を続けるのならば、良い盾となってくれるだろう。

 

 「私は伯爵さまの下へ二人が行くことが悪い話だとは考えてないよ」

 

 伯爵さまに悪評や悪い噂があるならば『止めておけ』と公爵さまに忠告されるはず。それがないということは『個人』として問題ないのだろう。

 

 「私の側に居れば学院でも……多分卒業してからも絡まれることが一杯あるだろうから、そういう意味でも伯爵の名前の恩恵は大きいだろうなって」

 

 「…………」

 

 リンの頭を撫でていた手をゆっくりと離して、もう一度口を開く。

 

 「でも、それって私の勝手な考えに過ぎないから。――リンとジーク……二人で考えて答えを出さないとね。私は二人が出した答えならどちらでも肯定するよ。……言いたいことは言えたから、おやすみ、リン」

 

 ベッドから立ち上がろうとした瞬間に私の袖口へとリンの手が伸びていた。それに気付いて中途半端になっていた腰をベッドへと戻して、布団から覗かせているリンの顔半分を見て笑う。

 

 「どうしたの?」

 

 「……ナイは、どこにも行かない?」

 

 「どこにも行かないよ。――行くところもないからね」

 

 お金はあるので生活には困らないけれど、住む所を新しく探すとなると大変だ。王都の平民が多く住む区域の賃貸物件はほぼ満室で、地方からの移住者が空き待ちをしていると聞く。

 地方も地方で伝手がないと物件を探すのは難しいと聞く。だから今のままが一番なのだろう。孤児上がりの平民に、世間は優しくない。

 

 王国を出て周辺国へ行くとしても旅券がなければ身元の保証ができないので、怪しい人物とみなされる。

 

 「本当?」

 

 「本当。――私はこのまま聖女として働くしかないからね」

 

 私が学院の入学試験を合格できたのは前世の知識が役に立ったことと、公爵さまから寄越された家庭教師が優秀だったから。

 王都で仕事を探すには親の家業や伝手がないと難しいそうだ。飛び込みで『働かせて欲しい』と営業をかけても門前払いがオチ。聖女として四年も働いているのだし、今更職を変える気も起きない。

 

 「だから……どこにも行けないんだよ」

 

 尻すぼみになっていく私の言葉が分からなかったのか、見つめるリンの紫色の目が細くなる。彼女は……リンとジークには自由でいてもらいたい。

 

 私が王国から離れることはないだろう。自身が多大な魔力量を所持していることは理解している。

 それを国や教会が利用しているのも、公爵さまに思惑があって後ろ盾になってくれることも。ソフィーアさまとセレスティアさまが私と接触しているのは、なにかしらの益があるからだと。

 

 もちろんそれが全てではないことも理解しているつもりだ。

 

 聖女として務めを果たし余計なことをしなければ、彼らは国へ忠誠を誓っている人間として裏切ることなく私の、私たちの生活を保証してくれる。

 

 「ナイ」

 

 「うん?」

 

 体をずらしてベッドの端に寄り、布団を持ち上げたリン。

 

 「こっちに来て……一緒に寝よう」

 

 「珍しいね。ここ最近、そんなこと言わなかったのに」

 

 「偶にはいいかなって。それに久しぶりだから」

 

 リンの言葉に頷いて布団へと潜り込むと、彼女の腕の中にすっぽりと体が納まった。

 貧民街で暮らしていた頃、満足な寝床がなくて一緒に雑魚寝をしていたけれど、教会へ保護されてから歳を経ると部屋を分けたので、こうして一緒に寝ることは次第に少なくなっていた。偶にはいいかと、私の背に回った腕の温かさを感じながら、目を閉じる。

 

 「おやすみ、ナイ」

 

 「リン、おやすみ」

 

 深い眠りにつくまで、そう時間は掛からなかった。

 

 



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0031:伯爵さまの話。

 リンと同じベッドに寝たのはいいけれど、抱きしめられた腕に締められ――魔力で肉体強化されて抜け出せない――息苦しさで目が覚めた、数日後。

 

 伯爵さまと面会すると言って、ジークとリンは王都にある伯爵邸へと向かった。いつも一緒に三人いるが、こればかりは一緒に行けないのでお留守番である。手持ち無沙汰なので、教会に併設されている孤児院へと赴いて、子供たちの相手をしている。

 

 「聖女さま!」

 

 久方ぶりに姿を見せた私が珍しく感じたのか、子供たちがわらわらと寄ってきていた。時折、お菓子を持っていくこともあるから、それを狙っている可能性の方が高いけど。

 

 「どうしたの?」

 

 一人の子が手を取って私を見上げる。

 

 「前みたいに文字を教えてっ!」

 

 どうやら文字を覚えることに意欲的になってくれたようだ。王国内の識字率はお世辞にもよいとは言い難いので、覚えて損はない。

 子供たちの中に将来天才に育つ可能性だって捨てきれないし、そうならなくとも役に立つものである。

 

 「わかった。外に出ようか」

 

 「やった!!」

 

 子供に手を引かれて孤児院の横にある小さな庭に出る。庭といってもなにもない空き地のようなもの。適当に拾ってきた枝を筆代りに地面に文字を書く。

 

 王国の文字なんて全く読めなかった幼き日、貧民街の大人に聞いても読めない人が殆どを占めていたから、街中から聞こえる声と看板の文字とにらめっこをよくしていた日々が懐かしい。

 

 「ナイ、どうしてここに?」

 

 地面へしゃがみ込んで子供に文字を教えていると影が差す。聞き覚えのある声に顔を上げると同時に立ち上がり、礼を執る。

 

 「ごきげんよう、ソフィーアさま。――すぐそばの教会宿舎で寝泊まりし、時折こちらの教会に顔をだしております故に」

 

 突然、簡素ではあるが身なりの綺麗な女性が現れて子供たちが驚いているけれど、ソフィーアさまは気にしていない様子。なら、子供たちの相手よりも彼女を優先させる方がいいだろうと言葉を紡いだ。

 

 「そうだったのか。祖父が支援している孤児院だと聞いて慰問にきてみたが、こんなこともあるのだな」

 

 ふ、と短く笑う彼女の笑みは、以前とは変わり穏やかなものになっている――気がする。

 

 「?」

 

 「笑ってくれて構わんぞ。白紙になって王子妃教育を受けなくて済むようになったからな、時間が余って仕方ない。力を持てば私のやりたいことが叶うと考えていたが……」

 

 「考えていたこと、ですか?」

 

 「ああ、いやすまない。大したことではないんだ。お前のように、小さなことからでもやれることがあると気付かされただけさ」

 

 少し要領の得ない言葉に、彼女の言いたいことは何だろうと考える。

 

 「はあ」

 

 彼女は王子妃教育を受ける為に学院が終わった後、足しげく王城へと通っていた。

 そうして数週間前の第二王子殿下による婚約破棄劇で、八歳の頃から結んでいた婚約を白紙へと戻る。

 彼女が国外の高位貴族に嫁ぐことはないだろう。王子妃教育を受けていた身だから、アルバトロス王国の内情に詳しい人を外に出すなんて、王家が許さないし王家へ忠誠を誓っている公爵家も国内のお貴族さまへ嫁がせることを考えるはず。

 

 「気にしないでくれ。――さて、文字なら私も教えることが出来るが、何故地面に書いているんだ?」

 

 「紙を使うのはもったいないので。ここならばタダで文字が書けて消すこともできますから」

 

 黒板とチョークは高価だから用意できる訳もなく。地面になら誰にも咎められることなく書けるので、ここで青空教室を開いている。

 ソフィーアさまには屋外で座学を受けることが意外だったようだ。まあお貴族さまだから、仕方ないともいえる。

 

 「む。――そうだったのか、無知で済まない」

 

 頭を下げることはないけれど、お貴族さまが謝罪を口にするのは珍しいのだが、別に謝る必要もないような。

 生真面目な所があるよね彼女、と苦笑して適当に拾った枝を渡すと地面へとしゃがみ込み文字を書き始める。突然現れたどこの誰とも知らない女の人に戸惑っていた子供たちは、どうすればいいのか迷っていた。

 

 「こっちにおいで」

 

 手招きをしてソフィーアさまが書いた文字を指差して、一人の子供に読めるか聞いてみる。少し考えた末に正解をだした子の頭に手を置いて褒めると、無邪気に笑って次の問題をと強請られ。

 ソフィーアさまと子供たちに私とで暫く文字を地面に書きながらやり取りをしていたのだけれど、子供たちは飽きてしまったのか気ままに遊び始めていた。

 

 「無邪気だな、子供は」

 

 まだ十五歳で成人していないのだから、私たちも子供である。ただ背負っているものが、他の人たちより少々重い立場の人間だった。

 

 「ええ、本当に」

 

 「今日、ここに来てよかったよ。――時間は掛かるかもしれんが、お前には見ていて欲しい」

 

 「何をですか?」

 

 ソフィーアさまが何が言いたいのか分からず、質問で返してしまった。失礼にならなければいいのだがと、彼女の顔を見る。

 

 「そうだな、私が貴族として立派に振舞えているかどうか、かな」

 

 またしても要領の得ない彼女の言葉に首を傾げると、私を見ながら片手を腰に当てて奇麗に笑う姿に見惚れて。

 

 「私には目指すものがある。――取り敢えず、それだけ知ってくれていればいいさ。ではな」

 

 じゃりと革靴の音を鳴らして、颯爽と帰っていくソフィーアさまの背中をただ見送ることしか出来ない私だった。

 

 ――あ、教室からいつの間にか居なくなっている緑髪くんと紫髪くんのこと、聞くの忘れた。

 

 ◇

 

 クルーガー伯爵家へ招待されていたジークとリンが戻ってくる。

 空は青から茜色へと変わっており、伯爵との話し合いは時間が随分と掛かったようだった。

 

 「おかえり、ジーク、リン」

 

 「ああ、ただいま……」

 

 「……ただいま、ナイ」

 

 教会の馬車から降り疲れた様子を見せる二人を見て、私はなんとも言えない顔になる。伯爵さまが父親だったとして、今更二人に会いたがっている目的は何だったのだろうか。とはいえ伯爵さまとのやり取りを私から聞くのは不味いだろう。二人のプライベートな部分だから、覗いてはならない。

 

 「もうすぐご飯だって。着替えて、みんなで食べよう」

 

 暗くなる前に済ませる家庭が多いので、王都の街中にはいい匂いが漂っていて空きっ腹には刺激が強い。少し重い空気を変えようと、笑ってみたもののあまり変わらず。

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 普段より元気がない二人が気掛かりだけれど、かける言葉が見つからない。

 こういうものは時間が解決してくれるだろうと、三人一緒に宿舎へと入り二人は自室へと向かっていった。その後姿を見送って、食堂へと向かう。

 広くはない食堂には既に人がちらほらと入っており、各々好きな席へ座って食事を摂っていた。待っていれば二人はそのうち来るだろうと、定位置になっている席へと座る。

 

 ぼーっとしながら食堂のいつもの景色を眺めて、時間を潰す。

 

 「親、かあ」

 

 前世も今世も私には親というものに縁がなかった。家族というものが、どんなものかも理解できていない。

 教会にいる多くの人は親が居ないから、時折『家族』や『家庭』を持てるのかと会話をしている。自分以外がどう考えているのか興味深い話だったので、聞き耳を立てていた。親が居ても居なくても自力で生きていくしかないのだから、歯を食いしばって前を向くしかないのだと結論付けていた。

 

 聞き耳を立てていた話に、心の中で同意している自分が居ることに気がついて苦笑が漏れた。結局は己の人生なのだから、自分自身の手でどうにかするしかないのだから。

 私は恵まれている方だ。教会から保護命令が下り、無事に見つけ出されて聖女として働くことができるのだから。あのまま貧民街で生きていれば、いつかは力尽きていただろう。

 

 「すまない、待たせた」

 

 「ナイ、先に食べてても良かったのに」

 

 考え事をしていた頭の上から声が掛った。いわずもがなジークとリンで。

 

 「先に食べるのも気が引けるから待ってた。――さ、ご飯貰いに行こう」

 

 私の言葉に頷いて三人そろって食堂の職員さんへと声を掛ける。付き合いの長い職員さんと一言二言何気ない言葉を交わし、食事を受け取った。

 教会のいつもとそう変わらない質素なメニューに苦笑いを浮かべながら、席へと着き手を合わせる。暫く無言で食べ進めていると、ジークが真剣な顔をして口を開いた。

 

 「聞かないのか?」

 

 「伯爵さまのこと?」

 

 形の良い目を細めてジークが私を見る。隣に座っているリンも彼の言葉で、食べることを一旦止めた。

 

 「ああ」

 

 「気にはなるけれど、二人の問題だから私が口を出していいことじゃあないし、聞くことでもないでしょう」

 

 「そういう訳にもいかんだろう。公爵さまに報告しないと後でなにを言われるか分かったもんじゃない」

 

 「あ、公爵さまに手紙出したの忘れてた」

 

 ジークとリン、二人で悩むべきことだと決めていたからすっかり忘れてた。ぽんと手を叩いた私を二人は呆れた顔で見る。

 

 「お前なあ……」

 

 大袈裟に溜息を吐いてジークが肩を落とす。うん、公爵さまに頼ったことを忘れてた。問題がなくとも報告しないと、助力を願った公爵さまに失礼になってしまうから。

 

 「ごめんって。――問題になりそうなことは言われたの? てか、伯爵さまとジークとリンって本当に血の繋がりがあるの?」

 

 「血の繋がりはあるはずだ。髪の色と目の色は同じだし――なにより伯爵さまはリンにそっくりだったからな」

 

 「うん。兄さんに凄く似てた」

 

 「そっか」

 

 遺伝子鑑定なんて便利なものはないから、似ているのならそういうことだろう。伯爵さまが認め、周りの人間も似ていると判断したなら事実となる。

 

 「伯爵家の籍に入らないか、とは言われたな。あとは愛人だった母の最期の様子を聞かれたよ……」

 

 ジークの言葉に何とも言えない表情を浮かべているリンに、彼の大きな手がリンの頭の上に置かれた。気にするな、と言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫でられて、猫のようにリンは目を細めた。

 なら二人は伯爵さまの落胤となるのか。母親が亡くなって路頭に迷った子供を救い出すのが遅いような気もするけれど、声を掛けるだけマシと言うべきか。

 

 「他には?」

 

 「俺たちを籍にいれることに伯爵夫人がごねているが、なんとかするからもう少し待って欲しいそうだ」

 

 おや、伯爵夫人はあまり快く思っていないようだ。まあそうだろうねえ。赤髪くん、もといマルクスさまはやらかしているから、ジークが嫡子に変えられると困るのは伯爵夫人である。実家に顔向け出来ないだろうし、立場もメンツも潰れてしまう。そりゃ伯爵夫人の態度には理解できるものがある。

 

 「その言い方だと二人は伯爵さまの家の子になるつもりなの?」

 

 「――まさか。ある訳がない」

 

 「うん」

 

 伯爵さま議論の余地もなく断られている。ならば二人から断るよりも、公爵さまに圧を掛けてもらった方が、良さそうだ。

 

 「わかった。公爵さまにジークとリンに伯爵家の籍に入る意思はないって伝えておく」

 

 「ああ、頼む」

 

 「ごめんね、ナイ」

 

 そう言って少し冷めたご飯に再び手を伸ばすのだった。

 

 



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0032:相談。

 クルーガー伯爵さまのジークとリンを自分の籍へ入れたいという意思は本気のようだ。

 二週間の間に二度ほど食事に誘われ、断り切れず二人は指定の店や伯爵邸に赴いた。

 親子の会話を交わしているのかと思えば、そうでもないらしい。形式上の会話のみだ、とジークは苦笑いをしていたのだから。

 

 「――何が目的なのでしょうか?」

 

 二人が伯爵さまの提案に乗り気ではないのは、伯爵さま自身も理解しているはずであろう。

 父親の顔も知らぬまま、幼い頃に母親と死別して貧民街へと逃れてきた二人だ。今更現れた父親に対していい感情など抱く訳がない。

 

 「さあな。落胤問題など自身の管理の甘さを露呈しているにすぎんよ。――己の無能を晒しているようなものだ」

 

 「やるなら上手く隠せ……ということですか?」

 

 「ああ。貴族に愛人がいるのは、男でも女でも当たり前のことだからな」

 

 女性は孕むリスクがあり、それを避ける為に慎重に行動しなければならないので、露呈することは少ないのだろう。

 男の人は、女性側に子育てを丸投げにしてしまえば逃げることができる。お貴族さまなら、金銭支援だけで済ませる場合もあると聞く。王国では女性の社会的地位が低く、生きる術としてお貴族さまの男性とねんごろな間柄になり、お金を貰っている人もいるから全否定するわけにもいかない。

 

 「……それは、そうですが」

 

 愛人を持つのは、お貴族さま全員という訳ではない。目の前の公爵さまは公爵夫人一筋な人で、今でも熱は冷めていない。

 公爵邸の人払いのされた東屋で、紅茶を啜る。もちろん私たちから少し離れた所で、公爵家の護衛騎士や侍従や侍女が控えているし、ジークとリンも居る。ただ公爵さまの命令で下がったのだった。どこで漏れるか分からないので、伯爵さまの名誉を守る為なのだろう。

 

 学院で手紙のやり取りをしていたことは、特進科クラスの人たちは知っているし、私がその手紙を持って外に出ていき騎士科へと赴いたこともバレているだろう。

 情報収集を怠らない人ならば、ある程度の推測は出来るのではないだろうか。あとクルーガー伯爵さまの顔を知っているのならば、なおさらだ。

 

 そういえば何故噂にならなかったのだろうと疑問が浮かぶ。

 

 お貴族さまの子であれば、伯爵位を持つクルーガー家の当主の顔くらい知っているだろう。そこに騎士科に入学してきた伯爵さまそっくりな男女二人。入学から約三か月、噂になっていないから、知らぬ存ぜぬを決め込んでいたというのが有力か。

 

 「まあクルーガー伯爵が二人を見つけたのは偶然だろう。知っていたならば、もっと以前に声を掛けていただろうしな」

 

 持っていたティーカップをソーサーの上に戻して、公爵さまの顔を見る。いつも通りのロマンスグレーの髪をきっちりと後ろに撫で付けた、いかつい顔の彼。そういえば瞳の色はソフィーアさまと同じだなと、今更ながらに思う。

 

 「で、お前さんはどう考える?」

 

 「どう、とは?」

 

 流石に問いが抽象的過ぎて答えようもないなと、疑問を疑問で返す羽目になった。

 

 「クルーガー伯爵の真意、思惑。――なんでもいい、思うことを言ってみろ」

 

 「……正直、分かりません。ただ、伯爵さまの次代は既に決まっていますし、もし変える意思があったとしても伯爵夫人が許さないはずなので、二人を伯爵家の籍に入れるメリットはあるのでしょうか」

 

 憐みや憐憫で動くことはお貴族さまにはない。あるのかも知れないが、その時は益がある場合だ。正直、二人を伯爵家の籍へ取り込んでも益があるのかと問われれば、正直ないと思う。

 

 「伯爵夫人は子爵家出身だ。クルーガー卿と婚姻したのは優秀であったと聞くが、子爵家が伯爵家に抗議してもそう効果はないであろうな」

 

 結構意外だった。伯爵さまの奥さまなのだから、赤髪くんからジークへと嫡子が変わる可能性も考えているだろう。嫡子を変えるとなれば、自身の産んだ子が当主の座に就けないとなれば大問題である。

 

 「そもそも息子のマルクス……だったか、一度やらかしているからな。再教育となったとはいえ当主としての資質は問われ続ける。落ちたものを再び元に戻すには、相当に苦労するだろうよ」

 

 「しかし、セレスティアさまがいらっしゃいます。辺境伯家から突かれれば流石に……」

 

 辺境伯家にも顔向けできない気がするけれど。マルクスさまが当主になるからこそ、家同士の契約として結んだのだろうし。

 

 「確かに、辺境伯家が声を上げればクルーガー家は黙るしかなくなるな」

 

 テーブルに片肘を付きその手を顎に乗せて、くっと笑う公爵さま。あれ、これは試されていたのかなと、目を細めて彼を見ると更に笑みを深めるのだった。

 

 「まあ、二人の意思を優先させることが大事だがな」

 

 公爵さまの言う通りだろう。メンツや評判が大事なお貴族さまだ。自分の評価を――家の評価を落とすようなことはすまい。

 息子のマルクスさまはやらかしてしまったけれど、まだ若いからやり直しは可能だろう。既にセレスティアさまから、扱かれているし。

 

 「そうなるといいのですが……」

 

 「難しく考える必要はなかろうよ。――無理を押し通して失敗すれば、痛い目をみるのは伯爵一人だからな」

 

 学院でも注目されているようで、二人に視線が向かっているから今や時の人である。

 ジークとリンは迷惑そうな顔をしていたが、マルクスさまは渋面だ。

 

 伯爵さまが力技でジークとリンを家へ迎え入れれば、二人から嫌われるのは確実だし、家の人たちも良い顔をしないだろう。

 本当、なんで今更こんな問題を持ち込んできたのか、と頭を悩ませるのだった。

 




 投げるのをわすれていましたorz あと短いですが、一ヶ月連続更新の疲れとあまりこの話を鮮明に思い描けていないのが原因。まだもうすこし毎日更新を頑張りたい所。


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0033:申し込み。

 もうすぐ長期休暇……ようするに夏休みにはいるなあと教室の机で考えごとをしながら、そろそろ帰路に就くかと立ち上がったその時だった。

 

 「おい」

 

 最近よく聞く声に、鞄を取ろうとした手を止める。

 

 「マルクスさまっ!」

 

 「痛ぇ!!」

 

 ばしんと教室に良い音が響く。腰のあたりをシバかれるマルクスさまと、鉄扇でシバいたセレスティアさまが二人並んで私の席の前に立った。あ、これはまた夫婦漫才が始まるのだなと感じて、取り敢えず何も言わずに待つしかなく。

 

 「なんでお前はいつも俺を鉄扇で叩くんだっ!!」

 

 「マルクスさまの態度がなっていないだけでございますわ。前回も同じことを申しましたのに。――叩かれて言うことを聞くのは畜生や小さな子供と一緒。貴方さまはソレらと同義されて?」

 

 「そっ、それは……」

 

 返す言葉に詰まったマルクスさまと怒りを露にしているセレスティアさま。仲が良いのか悪いのか、よく分からない。これがセレスティアさまの愛情表現だというならドMが誕生しそうだと、妙な思考に走る。

 

 「そろそろ本題に入ってやれ。――困っているぞ」

 

 二人のやり取りに呆れた顔をしたソフィーアさまが止めに入った。珍しい、彼女がこういう行動に出るだなんて。こういうことには酷くならない限り、傍観していたというのに。

 

 「ああ、申し訳ございません。マルクスさまの態度があまりにもなっていないもので……」

 

 「……お前の態度もどうかと思うぞ」

 

 ぼそりと小声で呟くマルクスさま。なんで余計なことを言ってしまうのかと呆れると、また良い音が教室内に響く。最近、日常化している光景なので、他のクラスメイトは気にする素振りを見せなくなっている。

 このことに気が付いていないのは、セレスティアさまとマルクスさまだけだろう。当事者なので気付き辛いようだった。

 

 「本当に、その軽い口はどうにかなりませんこと!?」

 

 「仕方ねえよ、生まれつきだ!」

 

 「まあ。では魂からやり直さなければなりませんわね!」

 

 「あ? お前のその口の悪さも大概だろうが!」

 

 「わたくしの口が悪いですってっ!?」

 

 「お前が怖いからみんな何も言わねえんだろうよっ!」

 

 ついに始まった罵り合いに『どうします、コレ』というような視線をソフィーアさまへ向けると『どうにもならん』と彼女の目で言葉が返ってくる。はあとため息を吐いた彼女は、数舜おいて大きく息を吸う。

 

 「――いい加減にしろ、馬鹿共がっ!!!」

 

 びりと窓が揺れた。驚いたけれど魔力を纏わせれば可能だなあと一人で納得。ただクラスの中に居た人たちは驚いたようで、ぎょっとした顔をしている。

 普段、公爵令嬢として振舞っているので感情を荒げることは珍しいし、このように声を大きく張ることも珍しいことであった。

 

 「っ! 本題からズレてしまいましたわね。――申し訳ございません、ナイ」

 

 「いえ、気になさらないでください」

 

 話が大きくそれてしまったのは、確かにセレスティアさまの行動からなので彼女が謝罪すべきことだけど、マルクスさまは赤髪をボリボリと掻いて面倒くさそうな顔をしている。

 

 「お前が邪魔をしなけりゃな」

 

 「……っ! ――いえ、止めておきましょう。マルクスさま、ナイに用事があったのでしょう?」

 

 振り上げた鉄扇を下ろすことはないまま堪えたセレスティアさま。手元に青筋が立ってるから、相当に我慢したらしい。

 ふんと鼻を鳴らしたマルクスさまを確認して、さらに手元に青筋が増えたのはご愛敬。我慢したようだけれど、口元が歪み始めていた。

 

 「ああ。アンタの護衛騎士の所に案内してくれ」

 

 「……ご用件は?」

 

 彼の父親である伯爵さまの件もある。いったい彼はどういった目的で二人に会いたいと言っているのだろうか。私が一瞬、気を張ったのが分かったのか、マルクスさまの片眉がピクリと上がった。

 

 「あ? お前には関係ないだろうが。本人に直接言う」

 

 マルクスさまの言葉に、一度咳払いをするセレスティアさま。ソフィーアさまは一喝して事態が動き始めたので、静観するようだ。

 

 「……『黒髪聖女の双璧』と言われ強いと聞いている、勝負したい」

 

 あの恥ずかしい二つ名を彼は知っているのか。いつの間にとも思うが、魔獣討伐の際に聞いたのかも知れないし、話が逸れてしまうので話題にしない方が良いだろう。

 

 「勝負は二人の返事次第ですが、目的は?」

 

 私闘は禁止されているので、学院の教師を説得しなきゃならないけれど、勝負を言い出したからにはもう根回しは済んでいるのだろう。

 

 「自分の腕の実力がどんなものか知りたいだけだ。深い意味はない」

 

 むっとした顔のまま私を見下ろすマルクスさま。父親の隠し子問題が発覚したというのに呑気なもの……ああ、自分の実力を誇示する為に二人に挑むつもりなのだろうか。

 能力が劣っているとなれば、伯爵家嫡子から引きずり降ろされる可能性がある。ジークやリンに伯爵家を継ぐつもりなんてないだろうし、そもそも伯爵家の籍へ入るつもりもないから、無意味なものになりそうだけれど。ただ、噂が広がってきているからこのままでは彼の地位が危ぶまれるだけだ。

 

 腕に自信があるのならば、勝負するのもアリなのか。

 

 「わかりました。二人の下へ行きましょう」

 

 「わたくしも参りますわ。――婚約者として勝負を見届けますわ」

 

 「すまない、部外者だが私も行かせてくれ。――騎士科や魔術科には興味がある」

 

 セレスティアさまの言葉は理解できるとして、ソフィーアさままでついて来るとは思わなかった。ただ私が許可を下す権限は持っていない。持っているのはマルクスさまとセレスティアさまだろうから、黙って二人に視線を移す。

 

 「構いませんことよ。――見ている方は多い方が良いでしょうし」

 

 「ああ、好きにしろ」

 

 マルクスさまもう少し言い方を考えましょう、相手は公爵令嬢なのだけれど。

 

 「すまない」

 

 とはいえ言われた本人であるソフィーアさまは、気にする様子はないので問題はないかと頭を切り替え、お貴族さま三人を従えて騎士科の校舎へと足を運ぶのだった。

 

 ◇

 

 以前通った騎士科や魔術科の人たちが居る校舎への道を今度は四人で歩いて行き、廊下の真ん中を闊歩していると騎士科と魔術科の人たちが廊下の隅へと寄る。

 伯爵家、辺境伯家、公爵家の子女たちがこちらへと訪れるとこうなるのかと感心しながら、騎士科ニクラスの内の一つ、二人が居る教室の前へ立った。

 

 「ジーク、リン」

 

 高位貴族の登場にざわついている騎士科の教室内を見渡すと、二人が居たので声を掛けた。

 

 「ナイ。――っ」

 

 私の後ろに居る人たちに気付いたジークが礼をする。それを横目で見ていたリンが彼に倣って、静かに礼をしてゆっくりと顔を上げた。

 

 「マルクスさまが二人に話があるって」

 

 「わかりました。聖女さまはどうなさいます?」

 

 他の人たちの目があるので、ジークはあくまで聖女と護衛の関係で通すようだ。リンはジークの横に立って様子を伺っている。

 

 「このまま話を聞かせて欲しいけれど……」

 

 そう言ってマルクスさまたちに方へ体を向けると、ぼりぼりと後ろ手で頭を掻く彼。

 

 マルクスさまが母方の血を強く引いたのかもしれないが、彼とジークとリンの共通点は髪色くらいだなあと今更なことを思う私。

 伯爵さまに似ていたのならば、魔物討伐の際に騎士たちの間で噂が立ちそうだけれど、聞いたことがない。

 緘口令でも敷かれたのか、面倒な問題にならない為に騎士の人たちが伯爵へ存在を知られないように口を噤んでしまったのか。真意は分からないが、今まで話題にならなかったのはこんな所だろう。

 

 「あ? ああ、別に構わねえよ。大した話じゃねーんだし、コイツらも居るしな」

 

 マルクスさまの後ろに控えていた二人に顎をしゃくっているのだけれど、家格が上のソフィーアさまとセレスティアさま相手に随分と乱暴な言動だが二人は気にしていない。

 なら私が気にしても仕方ないと頭を振って、マルクスさまとジークにリンのやり取りを見守る為に、立ち位置を一歩ずらした。

 

 「ジークフリード、俺はアンタに勝負を申し込む。――つっても決闘って訳じゃねーし、手合わせ感覚で受けてくれ。貴族だろうが平民だろうが、勝っても負けても文句はなしだ」

 

 マルクスさまはどうやらジークの方に勝負を挑むようだ。個としての戦闘能力ならばリンの方が高いから、てっきり彼女へ勝負を挑むと考えていた私。

 リンは女性だし、女に負けたとあらば評判はガタ落ちになる。それはセレスティアさまも望まないだろうし、ジークは彼にとって丁度いい相手になるのだろう。

 

 ――けど。

 

 対フェンリル戦の時に動いたジークと動けなかったマルクスさまだ。勝負が見えているような。ジークは私に視線を向けてくるけれど、ここは学院である。

 先ほど聖女と護衛騎士として振舞ったけれど、試合を受けるか受けないかは本人が決めるべきである。

 

 「ジークが決めるべき、かな」

 

 マルクスさまが言ったとおり、手合わせということであれば死ぬことはない。仮にジークが負けても、評判が落ちることはないだろう。

 負けて評判が落ちるのはマルクスさまの方である。大丈夫かなと少し心配になりつつも、ここまで事態が進んでしまっては止めることも出来ない。

 

 本当に不味い勝負ならセレスティアさまが止めているだろう。彼の評判が落ちるイコール婚約者であるセレスティアさまの評判も落ちるのだから。

 

 「俺に決める権限はありません。試合というならば騎士科へ申請を出して頂ければ、場を整えることが出来るでしょう」

 

 「マジかよ、面倒だな。――まあ仕方ねえか。分かった申請書を出せばいいんだな」

 

 本当に面倒そうに言い放つマルクスさまだが一応出す気はあるようだし、面倒事をジークに押し付けないで自分でやろうとする所は好ましい。

 今日中に手合わせできないと分かって諦めたのか、マルクスさまは片手を挙げながらこの場を去っていった。おそらく申請書を貰いに職員室にでも行くのだろう。

 

 「わたくしの婚約者であるマルクスさまがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんわ」

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 彼の背を見送ってセレスティアさまが間髪入れずにジークとリンに謝罪した。お貴族さまに頭を下げられれば、謝罪を受け取るしかなくなるのが平民の辛い所だろう。ジークが目を伏せながら礼をしたのだから。

 

 「おそらくマルクスさまは、そのまま職員室へ向かったことでございましょう。――少々お時間を頂くでしょうが、お手合わせよろしくお願いいたしますわ」

 

 「はっ」

 

 流石に辺境伯令嬢さまの言葉には失礼になるだろうと考えたのか、敬礼をして答えたジークに微笑んでセレスティアさまも騎士科の教室から去っていく。

 

 「騒がしくてすまんな」

 

 「いえ」

 

 最後に残っていたソフィーアさまが声を掛けてくれた。二人とは関係がない気もするけれど、第二王子殿下の婚約者と側近とその婚約者だし、幼い頃から付き合いがあったのかも知れない。

 

 「マルクス殿に悪気はないのだろう、根は素直だからな。単純な腕試しのつもりだろうから、深く考えずに試合を受けてやってくれ」

 

 その言葉は逆を言えば、物事を深く考えていないと聞こえるけれど大丈夫だろうか。本人が耳にすれば怒りそうだけれども。ではな、と言い残して去っていくソフィーアさまの後ろ姿も見届けて、ジークとリンを見る。

 

 「結局、なんで二人はこっちについて来たんだろう?」

 

 「さあな。――まあ、見張り役じゃないか。これ以上やらかさん為の」

 

 ふうと力を抜きながら息を吐くジークに苦笑をしていると、私の横にリンが立った。

 

 「兄さん、受けるの?」

 

 「断れば失礼に当たるからな。受けるしかない」

 

 そうなるよねえと遠い目になりながら、試合の日は何時になるのだろう。取り敢えず、決まっていないことだと頭を振って二人と一緒に下校するのだった。

 



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0034:試合開始。

 どうやらマルクスさまの申請は無事に通ったようだ。

 

 落胤問題が教師陣の耳にも届いていたのか、いろいろと根回しをしていたようで、教会にもマルクスさまとジークの手合わせの報告が学院から通達があったそうなので、クルーガー伯爵家にも通知はしているだろう。

 不味ければ『止めろ』と苦情が入るから、後で試合をしたことがバレて怒られるよりも傷が浅く済む。学院も大変だなと、騎士科の訓練場の外側の柵に手を掛けて、二人の試合時間になるまで待っていた。

 

 「そういえば、入試試験の時みたいに無手になるのかな?」

 

 「ううん、今回は木剣を使うかな」

 

 他愛のないことをリンと話しつつ、周囲に目をやると結構なギャラリーが集まっていた。ほぼ騎士科の面子だと思われる人が殆どなんだけれど……。

 

 「野次馬が多いですこと」

 

 ぱんと鉄扇を開いて口元を隠すセレスティアさま。目を細めているので、野次馬が多いことを快く思っていなさそうだ。

 

 野次馬が多い理由は騎士科所属で平民出身の人たちが賭けをやっているから。賭け事は駄目だけれど、教師陣は見て見ぬ振りをしてくれている。

 掛け金は昼食におかずが一品増える程度だし、換金率もそう高くないそうだ。食べ盛りの若い人たちが多いから、おかずが一品増えたり減ったりするだけでも楽しいのだろう。

 ソフィーアさまが言ったように娯楽が少ないのだから、自分たちで工夫して楽しく生活できるように努力している訳だ。

 

 「娯楽が少ないからな」

 

 不快そうにしている彼女を横目にため息を一つ吐いたソフィーアさまも、擁護はすれど良いことだとは思っていない様子。

 何故か彼女たちは私の横に立って、試合を見届けるようだった。

 

 こうして騎士以外の人たちもいる訳で。セレスティアさまとソフィーアさまは、勝負の結果を家に報告する為だと推測している。

 学院内のことだし決闘ではなく試合なので、マルクスさまの進退が決まることはないと思うけれど、念の為にだろう。

 学生とはいえ既に家の為にと動いているのだから、本当お貴族さまって大変だ。

 

 「両者入場!」

 

 演出が随分とこっている。お互いの対角線上にある入り口の扉から入場しているし、自分で扉を開ける訳でもなく、騎士科の生徒が大仰に開けていた。

 ローマのコロシアムで行われていた剣闘士や拳闘士の試合みたいだと、声高に叫んだ教師を見る。

 

 「二人とも開始線へ。――お互いに礼!」

 

 互いに礼をとるマルクスさまとジークの左手には訓練用の木剣が握られており、無手で試合は行われないようだ。刃引きされていない実剣を使用することもあるそうだが、まだ一年生だし木剣が選択されたのだろう。

 マルクスさまより少し背の高いジーク。ジークよりも筋肉が付いているマルクスさま。上背で勝っているということは、リーチでも勝っているということだろう。

 距離の優位は如実に表れるときくけれど、力押しされたらマルクスさまの方が勝ちそうだし、勝敗が読めない。

 

 「始まるな」

 

 「ええ、そうですわね」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまの声に周囲の人たちの声が混じる中、審判役の教師の右腕が空へと突き上げられた。

 

 「――勝負っ!!」

 

 これまで一番に張った声と同時に掲げられていた右腕が、勢いよく下へと落とされると同時にマルクスさまが一直線にジークへと距離を詰めて飛び掛かる。

 大上段で振り上げられた木剣を、ジークが立ち位置を半歩ずらし斜め掛けに受け止めて、真下を目指す剣の軌道を反らして半円を描きながら立ち位置をずらして、そのまま横薙ぎに剣を振るジーク。

 

 「っ!」

 

 展開を読んでいたのか、バックステップで大股に二、三歩下がったマルクスさまが、にやりと口角を上げた。

 

 「ははっ! 届かなかったなっ!」

 

 嬉しそうに声を出す彼に『子供ですわね』『幼いな』と容赦ない言葉を呟く、女性陣二人。

 試合中の彼らにその言葉は届く訳もなく、上体を低くしたジークが足をバネのごとく使い木剣を下げたまま、一足飛びにマルクスさまに飛び掛かると下段から上段へと木剣を振り上げた。

 

 「っと! あぶねっ!」

 

 入試の試合の時とは違いジークが攻めあぐねているような。といっても開始から三手しか交わしてないし、決着がつくにはもう少し時間が掛かりそうだけれど。

 

 「兄さん、様子見してるみたい」

 

 「そうなの?」

 

 「うん」

 

 リンがそう言うのならば、そうなのだろう。双子で、どこか通じるものがあるのだろうし。私は剣技については素人だから、本気を出しているのか加減をしているのかは分からない。

 こうして二人で呑気に喋っている間も、一撃、二撃、三撃と木剣同士がぶつかり合っていた。

 

 「マルクスさまっ! あまり遊ばれていますと、あとでわたくしとも試合をして頂きますわよっ!!」

 

 「げぇ……!」

 

 セレスティアさまの言葉にゲンナリとした顔をありありと見せるマルクスさま。辺境伯家出身だから、彼女は令嬢教育や魔術の心得だけではなく武術も嗜んでいるようだ。

 

 「悪いな、最後だ。――決めるぞっ!」

 

 叫んだ彼女の言葉が効いているのか、試合場の土を摩擦で何度も滑らせてマルクスさまは後ろへ下がり、ジークと一旦距離を取る。

 ぐっと走り出したマルクスさまは、またしても大上段の構えを取ってジークへと突っ込んでいく。

 

 「そう同じ手にっ、乗るかっ!」

 

 大上段を受け流そうとしているジークにマルクスさまは口を開きながら木剣を振り下ろすと、受け流すのかと思われたジークの木剣の柄がマルクスさまの横腹に打ち込まれたのだった。

 

 「ぐふっ」

 

 え、えげつないなあジークは……痛そうに横腹を抱えて蹲っているマルクスさまに憐みを込めた視線を送ってしまう。

 

 「――そこまで!」

 

 流石に倒れ込んでしまったので、試合を続行するのは不可能と判断されたのだろう。審判が止めに入っていた。

 

 「はあ。――考えなしに打ち込むのは相変わらずですわねえ」

 

 「幼い頃から変わらんな」

 

 やはり彼女たちは小さい頃から交流があったのねと、私の横でぼやいた二人の言葉で理解するのだった。

 

 ◇

 

 打たれた横腹を擦りながら、ゆっくりと立ち上がるマルクスさま。試合が終わったので、野次馬の人たちから拍手が起こってた。

 

 「痛え……アンタ、容赦ねえな」

 

 「ご不快に思われたのならば申し訳ありません」

 

 「いや、試合を申し込んだのは俺の方だ。謝る必要はねえ。――それに魔獣討伐の時、俺は全く動けなかったのに、アンタは騎士として役目を果たす為に動いてた」

 

 俺とは大違いだよ、と自分に対して皮肉を言うようにマルクスさまは言葉を続けていた。

 

 「仕方ありません。俺は何度か魔物討伐へ駆り出されたことがありますから」

 

 実戦経験の有無で差は生まれるよねえ、実際。実力があっても恐怖におびえて動けなくなればそれでお仕舞で、命を失ってしまう。

 

 「けど、なあ。――ああ、上手くまとまらねえ! 取りあえず、親父が何を考えているのかは知らんし、俺は関知してねえ」

 

 いや、そこはお貴族さまの嫡子として関知して、状況把握しましょうよという盛大な突っ込みを心の中で入れていると、私の横で頭を抱えているセレスティアさまが居た。あ、うん。婚約者がこの調子じゃあ先がやられるよね、と少しだけ彼女に同情する。

 

 「面倒なことは嫌いだからこの際はっきり言っておく。俺の嫡男としての地位が危ぶまれないなら、お前たちは好きにすればいい」

 

 ようするに養子にはいろうが、そのままでいようが知ったことではないと言いたいのだろう。けれど伯爵家の頂点を務めなきゃならない次代が投げやりな発言をしてもいいのか謎である。

 

 「……こんな調子で大丈夫なのかな、クルーガー伯爵家って」

 

 「わたくしが牛耳りますから心配ご無用ですわ。――クルーガー家は代々奥方が支えていますもの」

 

 ぼそりと呟いた私にセレスティアさまが答えた。しまった、思っていたより声が大きかったらしい。ふふんと私を見下ろしながら笑っている。

 不味い発言ならば怒っているだろうし、私の発言はセーフだったようだ。しかし、婚約者に過ぎない彼女が牛耳るなんて言っていいものなのだろうか。

 

 「何故かその方が上手くいくのがあの家だからな」

 

 不思議なものだ、と付け加えるソフィーアさまに、セレスティアさまが頷く。そのうちクルーガー家乗っ取られないかなあと、遠い目になりつつ男系の血統さえ維持できればいいのか。

 この辺りはお貴族さまらしい問題といえようし、家に特色があるのならばそれを維持するのも役目なのだろう。

 

 「取りあえず、マルクスさまの治療をしてきます」

 

 後遺症が残ったと難癖を付けられると教会も私も困るし、何よりジークが困るのだ。どうせ私が聖女だということは、合同訓練の時にバレているし。

 

 「お願いいたしますわ。わたくしの婚約者がお手間をかけて申し訳ありません」

 

 「お気になさらず。――リン、中に入っても大丈夫かな?」

 

 セレスティアさまに黙礼して、リンの方へと向き直る。騎士科のことならばリンの方が詳しいはずだし、試合は終わっているので邪魔にはならないだろう。

 

 「ん、ちょっと待ってね。――兄さん!」

 

 「どうした?」

 

 「中に入ってもいい?」

 

 「構わんが……」

 

 言いよどむジークに何か感じることがあるのか、何かを補足するつもりなのかリンが口を開いた。

 

 「ナイが手当てしてくれるって」

 

 「わかった。リン、そこから入ってナイを抱えてやれ」

 

 こういう行動は特進科や普通科だと教師陣から咎められるのだけれど、どうやらこちらは緩いらしい。

 

 「うん」

 

 柵をひょいと乗り越えるリンが両腕を差し出して、私にこっちへ来いと誘う。確かに手っ取り早いけれど……衆目に晒されているというのに彼女は恥ずかしくはないのだろうか。

 子ども扱いだよなあと心の中でボヤきながら、柵に足を掛けてどうにか這い上がると、即座にリンの腕が伸びてきて私を抱きかかえてくれたので、仕方なく首に腕を回した。

 

 「微笑ましいな」

 

 「ぶっ」

 

 目を細めて私たちを見るソフィーアさまに、この光景に吹き出したセレスティアさまは鉄扇で必死に表情を隠している。はあとため息をだして、リンの腕を軽くタップする。

 

 「降ろして、リン」

 

 「兄さんの所まで連れて行ってあげるよ?」

 

 「有難いけれど恥ずかしいから、降ろして……」

 

 「むう」

 

 唸りつつも私の言葉に従ってくれ、ゆっくりと体を腕から解放してくれた。そうしてマルクスさまとジークの下へと自分の足で歩いて行く。

 

 「すまないな、ナイ」

 

 「ううん、見ているだけじゃあ何だしね。――マルクスさま傷を治します」

 

 面倒なことになったら困るしね、という言葉は飲み込んでマルクスさまに向き直る。

 

 「ああ、すまん。――しかし、いいのか?」

 

 本当なら治療代としてお金を取っているのだけれど、今回は例外である。こちらにも打算があるし、そもそも勝手に私が言い出したことだ。

 

 「構いません、後で私の質問に答えて頂けると嬉しいのですが」

 

 「あ? ああ、答えられることなら答えるが……」

 

 最後まで彼の言葉を聞かずに治癒魔術をかける。かけ終わった後不思議そうに、横腹を擦っていたので多分治癒魔術は初めて受けたのだろう。

 そうしているとセレスティアさまとソフィーアさまがやって来た。なんだかんだ言って婚約者であるマルクスさまを大事にしているようだ。

 

 「負けましたわね、マルクスさま」

 

 「うっ……。すまん!」

 

 マルクスさまとセレスティアさまが相対して、剣呑な空気が流れ始める。

 

 「負けた後のことを散々申して参りましたのに、ご理解をなさっていない様子」

 

 「騎士として強い奴と刃を交えるのは悪いことではないだろう、セレスティア!」

 

 「確かに。ですが、負けてしまった時のリスクを考えないのは如何なものでしょう。今回は黒髪聖女の双璧と称される方に負けたので影響は少ないでしょうが、次からはきちんと考えてから行動してくださいませ」

 

 ということでわたくしとも手合わせですわね、と言うと凄く嫌そうな顔をするマルクスさま。セレスティアさまはヴァイセンベルク辺境伯家の令嬢として武芸を嗜んでいるようだけれど、マルクスさまに勝てるほどの腕があるのだろうか。

 

 「強いぞ、彼女は。――実家は武闘派で名を馳せているし、血筋的にも強者を生み出しやすい家系だからな」

 

 私の心を読んだのかソフィーアさまが解説しつつ、私も負けていられんなと笑ってる。上級魔術を使えるだけでも十分に強者に分類されるというのに、まだ高みを目指しているようだ。

 

 ――あ、そうだ。

 

 ふと思い出したことがあったのでマルクスさまの方へと顔を向ける。これは治療代である、無報酬だと他の人たちに示しがつかないし。

 

 「ユルゲンさまとヨアヒムさまの二人の処分はどうなったのですか?」

 

 第二王子殿下の側近であった緑髪くんと枢機卿子息の紫髪くんのことである。殿下の側近候補で出世街道まっしぐらだったのに、ヒロインちゃんの魔眼に囚われた可哀そうな人たちであるが、赤髪くんであるマルクスさまと青髪くんのルディさまは学院に登校しているというのに二人の姿は見ない。

 

 「ああ、実家で再教育だとよ。俺たち二人よりも殿下に肩入れしていたからな……仕方ねえ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で答えてくれたマルクスさまが、感情を切り替えるように頭を後ろ手で掻き始め再度口を開く。

 

 「つか、アンタ聖女さまだろう情報くらい掴めたんじゃねーか?」

 

 「確かに知ることは出来ましたが、誰彼に聞いていいことではありませんので」

 

 公爵さまや教会の人に聞くことは出来たけれど、あまり頼りすぎると後が怖い。だから自力で成し遂げて情報を得る方が安全である。まあ情報の確度というものは下がるかもしれないが、マルクスさまの友人だから合っているはずだ。

 

 「……面倒くせえ。――痛っ!」

 

 不用意なことを口走るマルクスさまに鉄扇が飛んでくるのは当然だった。

 



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0035:お伺い。

 武闘派同士で意気投合したのか、セレスティアさまとマルクスさまにジークとリン、四人で剣技についての会話に華を咲かせていた。

 武芸についてはからっきしな私は完全に蚊帳の外で、それを見兼ねたソフィーアさまが何故か私の話し相手を務めてくれている。

 彼らはやはり幼い頃からの付き合いがあるそうで、王城でお茶会やらを開いて交流を深めていたそうだ。友人関係ですら、お貴族さまは親の決めた枠や道筋にハメられていて大変である。

 

 「なにやら楽しそうですねえ、僕も交ぜてくださいませんか?」

 

 にっこりと笑い、長い銀髪の髪を揺らし魔術師団の証である外套を纏って、こちらへと副団長さまがやってきた。相も変わらずイケメンだけれど、表情から感情が読み取り辛いのは如何なものか。

 

 「先生」

 

 「お師匠さま、何故こちらに?」

 

 魔術師団副団長さまが唐突に現れた。本当にこの人は神出鬼没だけれど、顔を見たのはこれで三度目だから知り合い程度。

 話の主導は彼の弟子であるソフィーアさまとセレスティアさまが適任だろう。マルクスさまたちとの会話が止まったので、ジークとリンは静かに私の側にやってくるのだった。

 

 「今日は特別講師として魔術科の授業へ参加させて頂いておりまして。偶々通りかかったのですが、見知った姿の方々が見えましたので声を掛けた次第なんですよ」

 

 年下相手だし弟子なのだから、もう少し砕けた喋り方をしてもよさそうなものだけれど、彼の癖なのだろうか。

 

 「そうでしたか」

 

 「魔術科の一年生にお師匠さまのお眼鏡に適う方はいらっしゃいましたか?」

 

 「そうですねえ、小粒揃いというところでしょうか。やはり特出した方は聖女さま、貴女お一人です」

 

 ぐるんと顔を回してこちらへと視線を寄越す副団長さまは、私への興味を維持したままのようだ。諦めてくれればよかったのだけれど、変人が多いと言われる魔術師の最高レベルに位置する人である。

 魔術に対する追求心や興味は尽きないらしい。が、彼が思うままに行動していれば、私はいずれ戦略兵器級の人間に仕立て上げられそうで怖い。

 

 「副団長さまに見初められるほどの実力は持ち合わせておりませんし、聖女としての務めがあります。お忙しい立場である副団長さまの手を煩わせることにもなりましょう」

 

 「ええ、ですので、学院の魔術科の特別教諭に名乗り出ました」

 

 それとこれに何処に関係があるのか……私は特進科所属なので関係はないのだけれど。にんまりとしている副団長さまには悪いけれど、関わることはないだろうと安堵する。

 

 「特進科にも出張授業へ参りますので、その時はどうぞよろしくお願いいたしますね、聖女さま」

 

 お貴族さまが殆どの特進科は家庭教師から魔術を習得している人だらけだし、卒業してから使う機会なんて殆どないから、時折特別授業が開催されるだけだったのだけど、どうやらそこに目を付けたらしい。魔術師団の副団長さまが学院側に申し出れば、そりゃ二つ返事で了承するわな。学院は。

 

 「私だけ特別扱いという訳にはいきません。確りと生徒に公平に授業を行うべきかと」

 

 「それはもちろんですよ。ですが機会はどこかで訪れるでしょうから。――こうして偶然に再会できているのですから、この先も偶然が起こる可能性は十分にあります」

 

 僕はそこに活路を見出しているのです、と副団長さま。嗚呼、完全に目を付けられているから、諦めるしかないのだろうか。私の魔力操作の制御が甘いのは、重々承知している。

 甘い操作でもなんとかなっているのは、人並外れた魔力量のお陰だ。魔獣討伐の時もなんとかなったし困ったことがないから、そんなに気にしていなかった。

 

 「ですので、その時はどうぞよろしくお願いしますね」

 

 「――……はい」

 

 身長差で腰を折って顔を近づけてくる副団長さまの迫力に気圧されて、返事をするしかない訳で。どうしてこうなってしまうかなあと頭を抱えながら、上機嫌でこの場を去っていく副団長さまの背中を見送る。

 

 「魔術には正直な人だからな。その、なんだ……諦めてくれ」

 

 「まあ、悪気はありませんから、あまりお気になさらないように。貴女にとって損にはなりませんでしょうし」

 

 「アレな人だからな。仕方ねえ」

 

 お貴族さま組からの評価が、褒めているのか貶しているのかよく分からないものになっているし、ジークとリンも私に同情の視線を向けている気がする。

 なんでこう妙な人に絡まれることが多いのかと考えてみるけれど、思い当たる節がない。真っ当に生きているはずなのに、ツイていないのは何故だろう。

 

 「ナイ、魔力の制御を教えてくれるというならいい機会だ。真面目に講義を受けておけよ」

 

 「うん。持て余して暴走させてる時があるから、丁度良いんじゃないかな」

 

 「分かってはいるんだけれどね……」

 

 あの魔獣を消し炭どころか霧散させた魔術を教えられるのかと思うと、嫌な予感しかしない。現在の国王陛下は穏健派である。

 諸外国との調和を標榜している方だし、隣国のヴァンディリア王も陛下と同様の政治方針。ただそれ以外の国の動向を知らないので何とも言えないが、代替わりや急変した事情で好戦論に走る国が出てもおかしくない。

 

 攻撃と防御に特化――しかも治癒も使える。魔力も膨大――した人間として戦争に駆り出されることになれば、私は確実に精神を病んでしまうだろう。戦時下で軍人同士の争いは合法だけれど、間接的な人殺しだ。

 そういう部分は前世の価値観を大いに引き摺っているので、狂う可能性の方が高い。それに私が戦場に出ればジークやリンも巻き込むことになる。それだけは絶対に避けなければならない事態だ。

 

 「どうした?」

 

 「ん、なんでもないよ。さて、終わったんだし帰ろう」

 

 もう済んだことだし、あまり深く考えても仕方ない。時間も時間だし教会の宿舎に戻ろうと、二人に声を掛けた。

 

 「――お待ちなさいな!」

 

 「え」

 

 ばさりと広げた鉄扇を口元にあてて仁王立ちになっているセレスティアさまが、帰ろうとした私たちを急に引き止めた。ソフィーアさまとマルクスさまが呆れた顔をしているけれど、一体なんだろう。

 

 「黒髪聖女の双璧と呼ばれているお二人にお願いがありますわっ! わたくしとも勝負してくださいましっ!!」

 

 「おい……お前、自分がさっき言ったこと反故にしてんじゃねーか……負けた時のことを考えろつっただろうが!」

 

 「勝てば問題ありませんわね」

 

 「……はあ」

 

 マルクスさまが大きな息を一度吐く。どうやら説得を諦めたようで両手を広げて肩を竦めたので、もう好きにしろということらしい。

 

 「セレスティア、流石に教師の方々の時間もあるし、騎士科の連中の自主訓練もあるんだ。試合の申請もしていないのだから、今日はもう諦めろ」

 

 諦めた彼の意思を継いだのはソフィーアさまだった。その言葉を聞いて、開いていた鉄扇がぱしんと閉じられた。

 

 「――……仕方ありませんわね。久方ぶりに実力のある方にお会いして血が騒いでしまいましたわ。――みっともない所をお見せいたしました。ですが、いずれお二人とは手合わせ願いたいものです」

 

 「未だ騎士としては未熟な身ではありますが、申請が通った際にはよろしくお願いいたします」

 

 セレスティアさまの言葉に礼儀的に返事を返すジークとその言葉に頷いて、騎士の礼を執るリン。まんざらでもないような顔をしているので、強い人と手合わせをすることは嫌ではない様子だ。

 騎士科で揉まれているだろうし、木剣や素手での対戦だろうけれど実力を試すにはいい機会なのだろう。

 

 ジークの言葉に微笑みを持って返事とし、優雅に去っていくセレスティアさまの後をマルクスさまが追いかけ、少し遅れて『ではな』と私たちに告げてから二人の後をついて行くソフィーアさま。

 

 「なんだか嵐が去ったみたい」

 

 「だな」

 

 「ね」

 

 訓練場に残った三人で、おかしくなって笑いあうのだった。

 

 ◇

 

 教会の宿舎で伯爵さまの所から帰って来たジークとリンが私の部屋にやって来た。私は宿舎の食堂で、二人は伯爵邸でご飯を済ませたので、あとはお風呂に入って寝るだけという時間。

 遅い時間だし手短な話だろうと踏んで、部屋の扉の前で立ち話でいいだろうと、そのまま二人の顔を見上げる。

 

「ナイ……」

 

 「……」

 

 「どうしたの、二人とも。――凄く重苦しい雰囲気醸し出してるんだけど……変なものでも食べた?」

 

 ふっと笑うと記憶が蘇る。随分と以前のことだ。三、四日もの間、食べる物もなくただただお腹を空かせて困り果てていた時だった。街にゴミを漁りに行っても、残飯はなく。

 飲食店の人に廃棄するものは無いのかと聞いても、邪険に扱われ。途方に暮れてまた食べられない日が続くのかと、孤児仲間で落胆していた時だった。

 

 本当に偶然……貧民街の片隅でたまたま見つけた、でっぷりと太っていた鼠の死骸。おそらく死んでからそんなに日は経っていない。

 

 どうすると顔を見合わせて、結局食べた。寄生虫やら病気を持っているかもしれないと、燃えるものを搔き集めて焼いて食ったのだ。

 そうして数時間後、ものの見事に全員がお腹を壊したことがある。――そりゃあもう大変だった。

 食べることに困り果てている痩せ細った子供が、うんうん唸りながらよろよろ歩き、穴を掘っただけのトイレに駆け込んだ。もちろん食べた全員食あたりを起こしているのである。

 

 いや、本当にアレは洒落にならなかった。

 

 トイレの数がある訳もないし、出すものもないのにお腹が痛いし吐き気もある。どうしようもないから動かずじっとして痛みと吐き気に耐えるしかない。

 そうしてどうにかこうにか痛みが治まって安堵したものだ。空腹は相変わらずであるが、まさか死因が鼠の所為にならなくて良かったと、苦笑いをみんなでした記憶がある。

 

 「クルーガー伯爵がお前に会いたい、と」

 

 「え?」

 

 「頼みたいことがあるって言ってた」

 

 苦虫を噛みつぶしたような顔のジークと困ったような顔のリン。部屋の前で背の高い二人がずーんと重い空気を背負って佇んでいる。

 内容的に誰かに話を聞かれるのは不味いだろう。

 

 「とりあえず、中に入ろう」

 

 「すまん」

 

 「ごめんね」

 

 「二人が謝る理由はないよ、大丈夫だから。あ、ちょっと待ってて、お茶淹れてくる」

 

 少し長くなりそうだなと考え、食堂からお茶を拝借しようと部屋を出る。

 ジークとリン、二人と交流を深めてクルーガー伯爵家へ迎え入れる話ではなかったのか。

 いや、二人から聞く分には、伯爵が家へ迎え入れたいというのは本心ぽいのだけれど。

 

 お茶を淹れながら考えてみるけれど伯爵本人ではないのだし、二人から話を聞いた方が早そうだなと、木で作られたマグカップを三つ持って部屋へと戻る。

 

 「お待たせ。――伯爵さまが私に会いたいって、治癒依頼かな?」

 

 個人としての私にお貴族さまが用なんてある訳ない。二人に淹れたお茶を渡しながら、椅子へと座った。

 

 ジークやリンのように落胤だというのならば、可能性が生まれてくるけれどそれはあるまい。黒髪はアルバトロス王国では珍しいそうだから。

 大陸の東端域になると珍しくはないそうだが、その地域の人たちがこちらに流入することは殆どないと聞く。私のルーツはそっち方面かと、一時考えていたこともあるが、答えを出しても意味のないことだ。

 

 私へ用があると言われれば『聖女』としてのみだろう。私という人間には、そこにしか価値がないのだから。

 

 「内容は伝えられていない」

 

 「……」

 

 「んー……。まあ、治癒依頼だろうね。私はジークやリンみたいに伯爵さまと接点がある訳じゃないから」

 

 しかしまあ二人とも渋い顔をしているものだ。これならお茶じゃなくて甘いモノでも淹れてくればよかったけれど、残念ながら山羊のミルクを温めるくらいしか出来ないし、ちょいと値が張るので許して欲しい。

 

 「日時とか聞いてる?」

 

 「ああ、そのうちに使者を寄越すと言っていた」

 

 「そっか。じゃあその時に内容が分かるかな」

 

 伯爵さまの要望次第で学院を休むことになるだろうし、いろいろと考えておいた方が良さそうだ。マルクスさまも同席する可能性だってある。

 今回はジークを経由せず教会に一報を入れて、念の為に公爵さまにも知らせておこう。治癒が目的だろうけれど、その裏に何が隠されているのかが全く分からない。

 というかクルーガー伯爵という人物の情報が少なくて、対策が立て辛いというべきか。

 

 「すまん」

 

 「ごめんね……」

 

 「だから、二人の所為じゃないんだから謝らなくていいってば。なんて顔してるのー」

 

 二人の問題が私に波及したから何か思うことがあるのだろうが、そんなに思いつめなくても。リンは先ほどから『ごめん』としか言わないし、元気もないし。

 

 「ほらー、リン。そんな顔しない」

 

 両手でリンの頬を挟んで、うにうにと手を動かす。流石にジークは男性なので、こういうことをするには無理があるし、彼もソレを理解しているのでリンに手を伸ばしたのだ。

 平民出身の聖女は準お貴族さまのような扱いである。役目を終えると一代限りの男爵位か子爵位を陛下から叙爵されるから、という理由だそうだ。

 なので男の人との接触は控えた方が良いし、二人きりになるとかも控えている。幼馴染だし家族みたいな関係だから、男女の仲とかは考えたことはないけれど、周囲がそう見てしまうとお終いだから気を付けている。

 

 「にゅう」

 

 「あはは! 変な顔~美人が台無し!」

 

 背が高く細身のリンであっても頬にはそれなりにお肉が付いているので、むにむに動いている。こういう時に遠慮なんてするもんじゃないから、他人には見せられない表情になっていて、面白い。くつくつと笑っていると、リンがもぞりと動く。

 

 「にゃい……うー……」

 

 私がリンの顔を揉んで楽しんでいたことに飽きたのか、彼女の手ががばりと腰に腕が回った。

 

 「――っと! 危ないよ、リン」

 

 座っていた椅子が傾いて、リンの方へ引き寄せられる。肩に顔を埋める彼女に、私も腕を回して軽く抱きしめる。

 

 「迷惑じゃない?」

 

 「どうして?」

 

 「だって、面倒なことになってる……」

 

 「――まあ……予想外の展開にはなっているけど、面倒だなんて思わないよ。もしかしたら私の働き次第でリンやジークの待遇が良くなるかもしれないから、頑張らなきゃね」

 

 リンの背中を撫でながら、ジークへ視線をやると微妙な顔をしていた。何か思うことがあるようだけれど、彼らの待遇は伯爵さまや本人が決めることである。

 私はいつも通りに治癒を施し、その働き次第で良い方向へ動くならば気張らないと。それに面倒や大変なことは孤児時代にさんざん経験しているから、このくらいならばそよ風程度だろう。

 

 「うー……」

 

 なにか消化しきれないものが彼女にあるのだろう。言葉にならず唸っている。

 

 「って、リンっ! リンっ!! 締まる、締まってるっ!!」

 

 痛い、かなり痛い。今、サバ折り状態になってるから。ジークも見ているだけで、止めようとしてくれないし。

 

 「あ、う。ごめん、ナイ」

 

 へにゃと情けない顔をする彼女に何も言えなくなる。リンのこの顔に弱いんだよねえ、孤児仲間みんな。だから甘い所があって、人付き合いが苦手な所とか喋るのが苦手な所とか、無理に直そうとしなかったから。

 

 「い、いいけれど……もう少し加減してくれると助かるよ」

 

 うん。魔力で肉体強化を無意識下でおこなっているから、力が強いんだよね。魔力を体の外に出せない人に強く出る特徴なのだけれど、逆に魔力を外に出せる魔術師は彼らに比べて体の力は弱いので、抵抗するのも難しい。

 

 「さ、もう遅いから、お風呂に入って寝よう。ね?」

 

 「一緒に入ろう?」

 

 「はいはい、甘え癖は治らないねえ。――ジークも後で入るでしょう?」

 

 片眉を上げながらリンを見て苦笑いをする私は、直ぐにジークへと視線を移した。

 

 「ん、ああ。そうする」

 

 この先、伯爵さまからの使いに、どんな内容のものかは分からないけれど。治癒依頼ならば教会を経由しなければならないので、こうなりゃ伯爵さまからお金を目いっぱいふんだくってやる、と心に決めるのだった。



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0036:伯爵邸。

 ――親子だと言われても仕方ない。

 

 こりゃあ、マルクスさまがジークとリンを見て、一瞬で既視感を抱くのは仕方ない。そのくらい伯爵さまと二人は似ていた。

 

 数日前、宿舎へとやってきたクルーガー伯爵家からの使いは当主からの手紙を持って、私へと寄越した。内容はその場で確認してよいとのことで、教会職員から借りたペーパーナイフを手に取って丁寧に開くと、奇麗とは言い難い文字で『伯爵家に招きたい』と書かれていたのだった。

 そして同時に教会からの要請が私の下へと入った。伯爵さまからの治癒依頼だと告げられて、日付や時刻も一緒に知らされた。伯爵さまの手紙に書かれていた日付と同じだったので、教会を経由して治癒依頼を出し、尚且つ個人的な"何か"があるのだろうと考えながら、今日という日がやって来たのである。

 

 公爵さまの家よりも敷地面積や建屋は小さいけれど、豪邸という域を超えている屋敷がどっかりと鎮座していた。

 貴族街に建てられている家々よりシンプルな造りなのは、騎士家系だからだろうか。正門を抜けて真っ直ぐに屋敷へと繋がる道を馬車がゆっくりと進み、停車場で止まるとジークとリンが先に馬車から降り彼が手を差し出してくれた。

 

 「ありがとう、ジーク」

 

 今日は聖女としての正式な訪問となっているので、聖女の衣装を身に纏っているし、二人も教会騎士として私の護衛として控える。

 

 「大きいねえ」

 

 公爵邸よりは小さい伯爵邸を見上げる。見慣れた公爵さまの屋敷よりもシンプルな造りではあるが、お貴族さまらしく凝っている所は凝っているし、修繕しつつ家の歴史を引き継いでいる部分が所々見受けられる。

 

 「伯爵さま、だからな」

 

 「うん」

 

 玄関前に控えていたぴっちりと燕尾服を着た妙齢の執事さんが迎えてくれる。ジークとリンとは顔なじみとなっているようで、挨拶を交わしていた。お互いに仕事中なので、かなり軽くではあるが。そうして招き入れられた玄関ホール正面、一番上の階段からゆっくりと降りてくるボルドー色――暗い赤の髪を揺らしながら降りてくる男性の姿。

 

 「――ようこそ聖女さま! ジークフリード、ジークリンデも来てくれたのだね、嬉しいよ!!」

 

 年齢は四十歳前後といったところだろうか。私の後ろに控えている二人にそっくりな男性は、その年齢の割に随分とテンションが高いと心の中でぼやきつつ、男性を見据える。

 騎士の人たちの間で今まで噂が広がらなかったものだと思えるくらいには、二人にそっくりである。面倒ごとに首を突っ込みたくないから、黙っていたのかも知れないけれど。

 

 「クルーガー伯爵閣下、本日はお招きいただき感謝いたします」

 

 静かに聖女としての礼を執る途中、伯爵夫人らしき人物が視界の端に映りこんだ。まるでこちらを品定めしているような目で見ているから、あまり良く思われていないのだろう。

 ジークとリンの件もある。奥方さまにとっては由々しき問題だろうから、厳しい目で見られても仕方ない。

 

 「いえ、とんでもない! わざわざ邸までご足労頂き申し訳ない。――ただ、屋敷で施術を行っていただける方がいろいろと問題が少ないもので……」

 

 「お気になさらないでください。さまざまな事情が御有りなのは教会も当方も理解しております。早速で申し訳がないのですが、治癒をご希望の方はどちらに?」

 

 元気そうな伯爵さまが治癒の施術を望んでいる人ではないだろう。奥方さま、使用人もしくは離れにでも匿っている愛人であろうか。

 

 「ええ、私の妻になります。――こちらへ来なさい」

 

 「はい、旦那さま」

 

 伯爵さまに呼ばれて一人の女性がしずしずと歩いてくる彼女の顔は、マルクスさまに似ていると瞬時に判断できた。

 どうやら治癒を希望する方は奥さまのようだ。教会経由で依頼は貰っていたものの当日まで内容は伏せたいと希望し、ジークとリンも伯爵さまからはなにも聞かされていない。てっきり匿っている愛人だろうかと失礼なことを考えていたので、伯爵さまの株が少しだけ上がる。

 

 「よろしくお願いいたします、聖女さま」

 

 「こちらこそ」

 

 長々と顔を見るわけにもいかないので、ほどほどの所で視線を逸らして、また聖女としての礼を執り顔を上げると彼女は微笑んでくれた。

 マルクスさまに似ているというのに、纏う雰囲気は穏やかで優しい。なんだか意外だと感じつつ、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 「流石にこちらで施術をする訳にはまいりません。別室をご用意いただけると助かるのですが……」

 

 玄関ホールに椅子やベッドはないので、出来れば落ち着いて施術できる場所が良いし、人目は少ない方が良いだろう。

 

 「ええ、勿論ですとも! 来賓室へご案内いたしましょう」

 

 テンション高めな伯爵さまと静かな伯爵夫人。玄関ホールから来賓室へと向かう二人の背中を見つつ、どういう夫婦関係なのかが気になる所だけれど、さっぱり分からない。

 

 ジークとリンは伯爵さまが作った愛人の子だから、夫人は快く思うはずはない。二人の過去を知れば同情心くらいは湧くかもしれないが、自分が産んだ子供の嫡男としての地位が危ぶまれるとなれば、心穏やかにはいられまい。

 

 ちなみに今日は普通に登校日だったが、学院を休んでこちらまで来ている。ジークとリンには護衛は教会騎士の他の人に頼めば良いから学院に行けと言ったのだけれど、聞き入れてくれず私について来た。

 実技だけじゃなく座学の授業もあるのだからと説得しても、首を縦に振ってはくれず。まあ、いつもの事だなと騎士服に身を包んだ二人に苦笑いをしながら、一緒に馬車に乗り込んだのだ。

 

 「――どうぞ、お掛けください。今、茶を用意させましょう」

 

 「閣下、申し訳ありませんが今は治癒を優先させて頂けないでしょうか? 伯爵夫人もご了承頂けると良いのですが……」

 

 「ああ、そうですな。では終わり次第に美味い茶を淹れましょうぞ。――聖女さま、どうか妻の病気を治してくださいませ」

 

 「はい、全力を尽くす所存です」

 

 やっぱり動作が大仰だよなあと、伯爵さまの身振り手振りを見つつ奥方さまへと向き直る。

 

 「夫人、少し聞き取りをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 「はい。答えられるものならば」

 

 とまあ椅子へと座り、夫人へ問診を開始する。どうやら長年腰の痛みが酷いようで、最近は歩くことすら辛くなってきているという。

 ドレスにヒールが標準装備のお貴族さまである。そりゃ余計に負担が掛かって仕方ないだろう。家でならばまだ楽な格好でいられるだろうが、外出や社交界へ顔を出すとなれば長い時間を立ちっぱなしだったり、馬車に長時間揺られることもある。

 

 我慢するばかりに酷くなってしまった典型例だなあと、目を細くしつつ夫人を見つめ。

 

 「よく我慢なされていましたね……」

 

 痛みに耐えて立派ではあるが、早く治癒を申し出ていれば簡単に治っていただろう。これ、何度かに分けて治癒魔術を掛けなきゃならないから、その辺りも説明しておかないと。

 伯爵さまも気付いていただろうに。ここまで放置していたのは一体どんな理由がと気になるが、患者のプライベートには首を突っ込まないのが鉄則である。

 

 「さて、治癒を施します。申し訳ありませんが、女性以外は部屋を出て行って頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 「ああ、構いませんが、どうして?」

 

 「服を着ていない方が魔術の通りが良いのです。少しではありますが、効果も上がりますので」

 

 「なるほど、そういうことなのですね。――皆、出るぞ」

 

 来賓室の中には夫人と壁際に控えている伯爵家の侍女数名とリンと私。外には伯爵家の護衛が居るだろうし、夫人に何かあればすっ飛んでくるだろう。伯爵さまが退室を簡単に呑んでくれたのは、そういう理由があるからだ。

 

 「――そろそろ大丈夫ですね。高貴な方にこういうことを申すのは気が引けますが、軽くで良いので服をはだけて下さい」

 

 流石に全裸になれとは言わないし、そこまでする必要もない。私の言葉に頷いてするすると服をはだける奥方さま。

 毎日侍女に着替えを手伝って貰っているだろうし、お風呂も介助が就いているのだろう。脱ぐことにあまり抵抗はなさそうだった。

 

 「では失礼します――"吹け命の躍動よ""君よ陽の唄を聴け"」

 

 そう言って治癒の魔術を施す。とりあえず悪い患部を治す為の魔術と自然治癒を促す魔術の二重掛け。地味な効果なので直ぐ現れるわけではないし、重ね掛けもしなきゃいけない。ただ長年、痛みに悩まされてきたというならば、高度の治癒魔術は控えた方が良いだろう。

 

 「あ……鈍い痛みが引きました」

 

 「良かったです。ですが先程も申した通り、長年我慢していたこともあり何度か施術が必要になりますので、何度か訪れることをご了承下さい」

 

 「わかりましたわ。――もっと早くに診て頂ければよかったのですね」

 

 まあいろいろと事情があるのだろう。我慢強さも美徳とされているところもあるし、弱みを見せられないこともあるのだろう。ゆるゆると首を振って奥方さまの施術を終える私だった。

 

 ◇

 

 治癒を終えたことを告げると、いそいそと伯爵さまやジークに護衛の男性陣が来賓室へと戻ってきた。

 

 「聖女さま、この度は妻の持病を治して頂き感謝申し上げます」

 

 お礼はいらないので、教会から後日申請される費用をきっちり払って頂ければそれで良い。後払いにしているからか、時折ゴネてケチをつけ値段を下げようとしたり、そのままバックレようとする人が居る。 

 その時はヤクザ並みに強面な騎士の皆さまが取り立てに伺うことになっている。

 ちなみにコレをやられるとお貴族さまには悪評が立つ。

 治して貰ったというのにお金が払えない、もしくはケチろうとしたのだと。お貴族さまって他人の追い落としに必死だよね。

 

 「いえ、お気になさらず。――まだ完治したと言い切れませんので、申し訳ないのですが何度か治癒を施します」

 

 「おや、一度での快癒は無理でしたか……」

 

 侍女の人がティーワゴンを押し、少し離れた場所で紅茶を用意し始めた。いい香りが漂っているので、上物を使用しているのだろう。猫舌だから味はあまり分からないが。

 

 「はい。高度な魔術を使用すると、術者が放った魔力に酔ってしまう可能性もあり、どんな影響を及ぼすのかがわかりませんので」

 

 施術をされた人の魔力量にもよるのだけれど、上級の治癒魔術を使用して怪我を治すと、時折魔力酔いを起こす患者がいる。

 そういう人は大抵、自身が所持する魔力量の低い人だった。膨大な魔力量を所持する私が、上級魔術に分類されている治癒を使うと、結構な頻度で魔力酔いを起こす人が多数居る。

 なので教会からは、ゆっくりと何度かに分けて治療するようにと仰せつかった。緊急時は致し方ないが、切羽詰まっていない案件はこうして何度か足を運ぶ。

 

 「それは、それは。――して寄付は増えてしまうので……?」

 

 侍女から差し出された紅茶を受け取った伯爵さまは、ソーサーからティーカップを持ち上げて一口紅茶を啜った。

 

 「いえ、完治までがお約束ですから、寄付に関しては教会が定めているもので構いません」

 

 私が特殊といえば特殊なので、こうして何度か足を運ぶにあたって料金の増額はされない。伯爵さまが気にしたのは教会が定めた馬鹿高い寄付金の心配だろう。

 いわゆる西洋医学は発展していないし、外科的治療も遅々として進んでいないのだから。治癒の魔術を使える人間が居るばかりに、本来進歩するはずの医学発展が滞っているのは如何なものか。

 とはいえ施術行為でお仕事をさせて頂いている身だから、文句は言えない。

 

 「そうでしたか、失礼を」

 

 にんまりと笑う伯爵さま。この家、金銭的に困窮しているのだろうか。歴代の当主は近衛騎士団長に任命されるから、そんなことはないはず。

 まあ気にしても仕方ないと、伯爵に笑い返して口を開く。

 

 「仕方ありません。馬鹿にならないものとなりますから」

 

 繰り返しになるが教会の定めた寄付額設定は高い。私なら絶対に利用しない、と言い切るくらいには。

 一応、お貴族さまと平民とで値段を分けて設定しているそうだが、ぼったくり価格には間違いない。

 

 「ええ、ええ。教会も、もう少し国民に寄り添って頂けると良いのですが」

 

 「教会に伝えておきますね」

 

 マルクスさまの言葉使いは乱暴だというのに父親である伯爵さまはかなり丁寧である。

 社会に出て揉まれてから身に着けたのかもしれないし、マルクスさまも変わる可能性は十分あるだろう。

 

 「親父、お袋、なにやってんだ……というかお前らもなんで居るんだ。学院、サボったのか?」

 

 いきなり来賓室の扉を開いて、顔を出したマルクスさま。噂をすれば影というのはこういうことだろうかと首をひねりつつ、どうして彼が顔を出したのだろうか。来客中にその家の子息であろうとも、失礼に当たる気がするけれど。

 

 ここ何度か彼がと接しているけれど、言葉遣いは乱暴ではあるが礼儀に欠けているとは思えない。なら、教会の馬車を見て従者から来客が居ると聞き、こうして顔を出したのだろう。

 黒髪黒目の聖女が来たと聞けば、王都では確実に私のことを指すのだから。

 

 「マルクス、お客人に失礼な態度を取るんじゃない」

 

 「確かに親父たちの客かも知れんが、学院で同じクラスだからなソイツ。ジークフリードとジークリンデは顔合わせしてるから問題ないだろ」

 

 どうやら随分と時間が経っていたようで、学院から戻ってすぐこちらに顔を出したようだ。

 

 「ソイツ呼びも止めなさい。彼女は聖女さまだよ」

 

 「知ってる」

 

 「なら、尚更ではないか」

 

 「……学院生じゃねえか。今はいいだろ……」

 

 確かに彼の言う通りまだ学生なので問題は……――いや、ある。今回は聖女として訪れているので、それなりの態度が必要なのだけれど。

 本当、この辺りの感覚は社会に出てからでないと身に付きにくいのだろう。ガシガシと頭を掻いているマルクスさまが特殊とも言えるが。

 

 ぶっきらぼうな彼の態度に苦笑いしつつ動向を見守っていると、どうやら伯爵さまが先に折れた様子。

 

 「聖女さま、息子が失礼な態度を取って申し訳ない。後で言い聞かせておきますので、お許しください」

 

 椅子に座ったまま黙礼する伯爵さまに、ゆっくりと首を左右に振る。

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 お貴族さまに謝罪されると受け入れなければならないのが辛い所で。とはいえもう慣れてしまっているというのが現状。そしてマルクスさまの言葉使いにも。

 

 「で、治ったのか?」

 

 どうやら母である夫人の持病が気になっていたようだ。どかりとソファーに座って私に視線を寄越してくるマルクスさま。

 

 「いえ、完治はまだですね。もう何度か施術を行うので、こちらに訪れることになります」

 

 「でも鈍い痛みは引いたし、随分と具合はいいわ」

 

 「そうか。――治るようで安心した」

 

 それを聞いたマルクスさまはもう用はないとばかりに立ち上がって、部屋を出ていくのだった。

 

 「本当に息子が失礼を」

 

 「母親思いの良い息子さんではありませんか」

 

 なんだか伯爵から寄付をふんだくるのは気が引けてきた。家族なんてものを持ったことは一度もないから、こういう感情は理解し辛いけれど。一般常識と照らし合わせれば、そういうことになるのだろう。

 私の言葉に、後ろで控えていたジークとリンが目を細めていたことなど露知らず、何度か伯爵とやり取りをして屋敷から去るのだった。

 

 ◇

 

 伯爵邸から帰った時はもう遅い時間だった。早々に夕ご飯を済ませ、お風呂に入り、学院の授業の自習やら予習やらをして就寝。

 そして朝。身支度をして馬車へと乗り込み学院へと着いた。いつもの場所でジークとリンと別れて特進科の教室を目指し、いつものように自身の席へと座り一限目の授業を受ける準備をしていた。

 

 ふっと陰る何かに気が付いて顔を上げると、そこにはむっとした顔のマルクスさまが。そしてその隣には彼の婚約者であるセレスティアさまが。私から声を掛ける訳にはいかないので、失礼にならない程度に顔を見ていると、ガシガシと頭を掻きながらようやく口を開いた。

 

 「悪いな、お袋の持病を診て貰って」

 

 「まあっ! あのマルクスさまがお礼を述べていらっしゃいますわっ! ――と言っても、もう少し言い方はなんとかなりませんこと?」

 

 「うるせえ!」

 

 いつもの夫婦漫才が始まったなあと二人を眺めながら、まさかマルクスさまからお礼を言われる日がこようとは。意外な展開に少々驚きつつも、言い合う二人は止まらない。高位貴族なので誰も二人を止められないなあと、遠い目になっていると救世主が現れた。

 

 「教室の出入り口近くで騒ぐな。邪魔だ」

 

 薄い紫の目を細めて、丁度登校してきたソフィーアさまが苦言を呈する。

 

 「あーらソフィーアさん。相も変わらず真面目で堅物だこと。そのような調子では新しい婚約者探しも大変でしょう?」

 

 セレスティアさまの漫才の矛先がソフィーアさまに移った。なんだかちょっと前の胃薬をくれと願っていた頃に戻ったような気がするけれど、気のせい気のせい。

 

 「そうだな。だが、碌でもない人間の妻を務めるくらいならば、独立して事業でも立ち上げた方がマシだろう。女は政略として嫁ぐことが宿命だが、別の道もあっても良いのではないか?」

 

 「――本当に貴女は嫌味な方ですわね」

 

 「そうか。お前に褒められて光栄だよ」

 

 なんだかこのやり取りが日常になっているよなあと、一限目の授業の用意が出来ないまま予鈴が鳴ると同時に試合終了となるのだった。

 

 ――そんな毎日を過ごすこと、一週間。

 

 もう一度夫人へ治癒を施す為に伯爵邸を訪ねると、何故か伯爵さままで家に居て私を出迎えてくれた。いつものようにジークとリンも一緒。今日は学院が休みだったので事前に打ち合わせて、この日が良いと伯爵さまに我が儘を聞いてもらっていた。

 

 「本日もよろしくお願いいたします、聖女さま」

 

 「よろしくお願いします。――ではさっそく治癒を行いますので……」

 

 以前と同じように玄関ホールで伯爵さまに出迎えられ来賓室へと案内されると奥方さまが部屋の中で待っていた。

 一度行っているので、もう慣れているのか手際が随分と良い。ならばさっさと済ませ、宿舎に戻って休日を謳歌しようと前回と同じ魔術を発動させる。どうやら奥方さまの調子は良いようで、日常生活が随分と楽になったと穏やかな顔で伝えてくれた。あと何度か施術が必要だけれど、順調に回復しているようで重畳だ。

 

 「次の施術で終わりにしましょうか。――また痛みがぶり返すようなことがあれば教会に連絡をしてください。その場合の寄付は望みませんので」

 

 「はい。――本当にお世話になりました」

 

 前回の時よりも穏やかな表情で笑う奥方さまに笑みを返す。長居をするのは趣味じゃないので、用が終わればさっさと退散すべきだろうと席を立つ。伯爵さまにまた玄関ホールまで案内され、もう一度別れの挨拶をしようと居住まいを正す。

 

 「聖女さま。――申し訳ないのですが、折り入ってお願いがございます」

 

 こういう時のこういうパターンって大体碌なことがない。ないのだけれど話を聞かなければ始まらないのが、悲しい運命。

 

 「どういたしましたか、閣下」

 

 「ええ、ここでは話し辛いので別室で……」

 

 そう言って伯爵さまに先程の来賓室とは違う部屋へと案内される。しかたない今日は少々我が儘を言って日程を決めていたのだ。このくらいは我慢するかと小さく息を吐いて、指定された椅子へと座る。

 

 「すまないが人払いを。――特に聖女さま以外の女性は出て行ってくれ」

 

 とまあ変わった命を下す伯爵さま。

 

 「ジークリンデ、君もだよ」

 

 いそいそと出ていく侍女の人たちを見ながら、リンの方へと顔を向ける伯爵さま。先ほどまでの雰囲気と打って変わって、なにか緊張したものを感じ取る。

 

 「……でも」

 

 剣呑な空気が流れ始めたのを敏感に感じ取ったのか、リンが少し嫌がった。彼女が拒むのは理由がある。

 

 「閣下、申し訳ありませんが聖女から離れることは教会騎士として失格と言われております。どうかご許可を頂けませんか?」

 

 教会が定めたルールで何があろうとも仕事中は聖女から離れるなと厳命されている。聖女が怪我や命を失い騎士だけが生き残ると、不忠者と後ろ指を指される。

 

 「しかし……」

 

 「では、この話はなかったということでよろしいでしょうか?」

 

 依頼ということであれば聖女には拒否権もあるので失礼ではあるが、断ることも出来る。ジークとリンに関わる話なら、リンを追い出そうとはしないだろうから、おそらくは治癒依頼だろう。教会を経由しない不正規のルートだけれど。

 

 「む……わかりました、仕方ありませんね」

 

 後ろに振り向いて、リンを安心させるようにと笑う私に彼女が笑みを返してくれる。

 

 伯爵さまに何をお願いされるのやら。

 

 可能性は薄いが愛人にでもなれ――以前、聖女の力を目的に望まれたことがある。もちろん教会にボコられてたけれど――とでも言われるのだろうか。

 それとも他になにか違うことを、伯爵さまの口から聞くことになるのだろうかと、ふうと息を吐き大きく息を吸って、心を落ち着かせる私だった。

 



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0037:要望。

 部屋には伯爵さまと、伯爵さまを護衛する男性騎士が数名にジークとリンと私だけしか居ない。先ほど居た来賓室よりも質素な部屋は、時計の秒針が動く音が聞こえるくらいに静かだ。

 対面のソファーに深く腰掛けて座る伯爵さまが笑みを深めると、両膝に乗せていた片方の手を上げ、手のひらを私の方へと向ける。

 

 「さて、大仰になってしまいましたが、これでようやく聖女さまと話が出来ますな」

 

 「話、ですか?」

 

 「ええ。――とても込み入った話となりますので人払いをさせて頂きました。驚かせて申し訳ありません」

 

 「いえ」

 

 一体なんだろうと考えるけれど、伯爵さまの行動が読めないので予測を立てることが出来ない。ジークとリンの話ならば歓迎だけれど他の話となると全く思い浮かばない。治癒は伯爵夫人に施したから、伯爵さまが病気ということではあるまい。

 

 「ずっと口の堅い聖女さまを探していたのですが、ようやく貴女さまを見つけることができました」

 

 貴族出身の聖女さまよりは平民出身の聖女の方が御し易いと伯爵さまは考えたのだろうか。何か伯爵さまの弱みを握ったとして、お貴族さまの方が上手く利用をするだろうけれど。私には公爵さまが後ろ盾についているので、公爵さまから吐けと告げられれば洗いざらい吐きつくさなきゃならないのだけれど、その辺りはどう考えているのだろうか目の前の伯爵さまは。

 

 「私の症状を治すには、腕の良い使い手が良いと聞きます。――黒髪聖女の双璧と二つ名を持つジークフリードとジークリンデが護る貴女さまです。そして騎士たちからの噂も聞き及んでおりますので、腕はさぞ良いのでしょう」

 

 伯爵さまもなにか病気を患っているようだ。見る限りは元気そうなので、病人という雰囲気は微塵も感じられないのだが。

 私の治癒の腕前は、それなりのレベルだろう。上手い人は失った肢体を再生できるし、これはもう無理だと諦めた人を治すことができるもの。

 

 自身の取り柄は魔力量の多さで数をカバーできるところだろう。

 

 先ほどの肢体を再生できるほどの腕前を持っている人や黄泉の世界へ旅立とうとする人を引き留めることが出来る人は、その為に魔術を一度使うと魔力が空になってぶっ倒れることもあるから。

 阿呆みたいな魔力量を有している私の取り柄は、術を発動できる回数の多さであって、腕前となれば普通なのだ。

 

 「私の治癒師としての腕前はごく平凡なものです、閣下」

 

 勘違いされても困るので正直に伝えると、ゆるゆると首を振る伯爵さま。面倒なお願いだったらどうしようと困り顔になるのを自覚すると、また彼は口を開いた。

 

 「ご謙遜を。妻の持病は何度か他の聖女さまに診てもらってことがあるのですよ。彼女が長い月日、痛みに耐えてきたのは治癒が効かなかったことも理由にあるのです」

 

 患者と術者の相性もあるので、たまたま合わなかっただけではなかろうか。何かを噛みしめるようにゆっくりと目を伏せる伯爵さまは、しばらくしてまたゆっくりと目を開けて私を見る。

 

 「彼らの母親が亡くなったことは残念でなりませんが……ジークフリードとジークリンデが生きていたことには感謝しております。二人から聞きました。貴女は命の恩人なのだと」

 

 随分と大袈裟に話を伝えられている。

 

 「それは違います、閣下。――あの頃の私たちは弱く、罪を犯したこともある。生きることに精一杯で、一人だけで生きていくことは叶わなかったでしょう」

 

 今でこそ笑い話で済ませられるけれど、教会に救い上げられる前までは死ぬか生きるかの瀬戸際だった。

 たった一人では生き残れなかっただろう。仮に生き残れたとしても精神的に病んでいただろうし。こうしてきちんと生きていられるのは、私に仲間がいたからである。

 

 「いま私の後ろに控えているジークフリードとジークリンデ。そしてあの時一緒に過ごしていた仲間がいなければ私は貧民街で死に、こうして生きてはいなかった」

 

 もちろん力尽きて死に別れてしまった子も居る。守れなかった子も居る。私たちは……私は、そんな彼らを踏み台にして生き残ったのだ。

 

 「みんなは私を命の恩人だと言いますが、彼らは私の命の恩人。対等な仲間なんです」

 

 聖女と騎士という明確な主従関係だから、分かり辛くはあるのは理解している。外から見ている人なら尚更だろう。まあ外面だけしか見えていない人や、見ない人には、どう思われようと関係ないけど。

 

 「いや、驚きました。聖女さまと二人は主従だと判断していたのですが。どうやら私の目が曇っていたようだ!」

 

 はははと笑う伯爵さま。それより話が逸れてしまった。

 

 「閣下。本題に参りませんか?」

 

 「――……ええ、ああ。そうですな」

 

 ごくりと伯爵の喉仏が動くのが確りと見える。

 

 「誠に口にし辛いのですが、私、たたなくなりまして……」

 

 「……」

 

 なんだか嫌な予感がしてきた。いや、うん、まあ…………本人としては大問題かもしれないが。顔を片手で覆いたくなる欲求を抑えて、伯爵さまの顔を見た。

 ああ、なんだか、先程まで伯爵さまに抱いていた、それなりに高かった評価が地の底まで落ちた気がする。というかリンをこの部屋に残すんじゃなかった……。

 

 「ええ。私の分身が、です」

 

 言い直さなくてもわかるちゅーねん、という突っ込みは心の中だけにとどめておく。

 

 「――ここ最近、なんだか元気がありませんで。年齢の所為もあるのかもしれませんが、まだまだ私は現役でいたいんです!」

 

 一応それに対応している魔術があるにはある。変態が多いといわれる魔術師の誰かが必死こいて考案したのだろう。

 いつまでも元気に現役でいたいという欲求は世界や時代が変わっても、不変なもののようだ。ただ、加齢に運動不足や喫煙その他もろもろの理由が原因かもしれないので、説明をしておかなければ。

 

 「聖女さま、どうか治して頂けないでしょうか!!」

 

 がばりと椅子から立ちあがり、机に身を乗り出して私の手を掴もうとした伯爵さまをジークが制して行動を止めた。

 

 「伯爵閣下といえど聖女さまへ簡単に触れてはなりません。失礼かと存じますが止めさせて頂きました」

 

 声がいつもより半トーンほど低くなっているジーク。なんで怒っているのかは不思議だけれど、正直伯爵さまの行動を止めて貰ったのは有難い。

 

 「……ジークフリード――いや、止めて頂き感謝する、護衛殿」

 

 「はっ! 出過ぎた真似、申し訳ありませんでした閣下」

 

 シリアスなのかなんなのか訳の分からない状況にどうしたものかと頭を抱える私。いや、お金さえくれるなら治すけれどね。……はあ。

 

 ◇

 

 突然別室へと連れ込まれ神妙な顔で何を言い出すかと思えば、勃起不全を治して欲しいと伯爵さまが言う。

 治すことはやぶさかではない。過去に変態魔術師たちが必死こいた末に考案した、対応した魔術が存在するのだから。しかしまあ、教会もよく聖女にこんなものを教えたものである。

 

 地位のある人ならば、子をたくさん残すのは義務みたいなものだ。ただ伯爵さまのように浮気癖が高い人は、面倒事の種をえっさほいさと蒔いているだけ。伯爵夫人はたまったものじゃあないだろうなあと、失礼を承知で伯爵さまをジト目で見る。

 

 「治りますか、聖女さま」

 

 先程、身を乗り出して制止したジークは元の位置へと戻っていた。背中に刺さる視線が痛いのだけれど、これは受けるなという無言の圧力なのだろうか。

 割と深刻な顔をしている伯爵さまに、呆れ顔をしている伯爵さまの護衛数名と怒っている雰囲気を漂わせているジーク。そしてこの部屋の中に女であるリンと私。

 

 「それは……施術をしてみて効果があれば改善できるはずですが……」

 

 この魔術を教わったのには理由がある。こういう悩みで相談してくる男性お貴族さまは多いそうで、教会からすれば良い金蔓なのだろう。

 そしてシスターや先任の聖女さまから教わったものではなく、神父さまから教えを受けた。一応、秘匿されている魔術だそうで、他言は無用と厳しく言い含められている。こういう依頼は年配の聖女さまや既婚している聖女さまへの案件なんだけれどなあ。予想外の個人依頼となるから、内容も予想外だった訳で。

 

 「ですが?」

 

 「原因を探らなければ根本的な解決にはならないかと」

 

 「原因は加齢なのでは?」

 

 もちろん加齢が一番の原因で簡単に説明しやすく理解も易いものだろうけど。他にも糖尿病や肥満に運動不足、心血管疾患や高血圧に頻繁な喫煙等々も原因にあがるし、他にも複合的な理由が重なる場合もある。

 何故こんなに詳しいかと言えば、前世で職場の上司が酒の席、ようするに酔った勢いで不満をぶちまけたのである。ドン引きする女性陣と、まだ正気を保ち宥めている男性陣を尻目にお酒を嗜んでいた記憶が残っているのだから。

 

 性欲は人間の三大欲求とも言うし捌け口を一つ失えば、そりゃストレスになるだろう。モテるなら尚更で、伯爵さまにはお金と権力があって、女好きときたもんだ。

 

 そんなこんなで、一連の説明をしたあと感心したようにこくりと伯爵さまが頷くのだけれど、私は彼に真面目に語っているのだろうか。本当お酒でも入ってればまた別だったのだろうけれど、成人してないので飲めないし。

 

 「お詳しいのですね、聖女さま。――やはり貴女を選んで正解でした」

 

 他の聖女さまも施術できます、とは言い出せず黙って伯爵さまの言葉を受け取るしかない私。治る可能性が出てきて安心したのかソファーの背もたれに背を預ける伯爵さまは、なんとも言えない幸せそうな顔をしていた。

 

 「では早速ですが、施術をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 「その前に確認したいことがあります。閣下、教会を経由しての依頼をお願いいたします」

 

 面倒事には巻き込まれたくはないし、教会を経由していればソレが盾になってくれるから、正式依頼として受けたい所。

 

 「いえ、それは無理な話でございます。――周囲に知られたくはないのでこうして機会を伺っておりました」

 

 「施術の内容には守秘義務が課せられますので、ご安心を。あと一つ、私の護衛二人を伯爵邸に招き入れたのは、そのだけの為だったのですか?」

 

 「ジークフリードとジークリンデを我が屋敷に呼んだのは単純に私の子供が見つかったからです。――二人は私にそっくりだというのに、今まで情報が入らなかったということは周囲は承知の上で黙っていたのでしょうねえ」

 

 いやはやマルクスの報告には驚きましたと言葉を付けたしたので、二人のことは本当に最近知ったようだった。

 

 「あと守秘義務の件ですがね、そんなものはあってないようなものですよ。貴族出身の聖女は自分の家が有利になると考えれば、その義務は簡単に破りますし、脅されて喋らざるを得なくなることもあるでしょう」

 

 だからこそ教会を経由しない個人的な依頼なのだ、と伯爵さま。彼の顔には気迫を込められているので、どうやら逃げることは不可能なようだ。

 ならば諦めて施術をするかと気持ちを切り替える。もちろん寄付という名のお金をふんだくる腹積もりで。

 

 「――ナイ、いいのか?」

 

 「うん」

 

 背を追って私の耳元で囁くジーク。もうこれは逃げられない状況だろうし、伯爵さまもある程度の覚悟を持って私に告げたのだろう。お世継ぎは居るし元気なのだから不要な気もするが、彼からすれば大問題なのだろう。伯爵夫人の気苦労が伺えるが、彼女の意思など無視される。

 

 「お待ちください、聖女さまっ!!」

 

 突然の乱入者にすわ何ごとかと、声が聞こえた方へと顔を向ける。それは伯爵さまもジークもそして護衛の騎士も同じで、一斉に部屋の扉へと向けられていた。

 

 「なっ! どうして入ってきた!!」

 

 「どうして入ってきたですって!? 侍女や侍従が部屋の外に立っていれば何かあったのだと推測は簡単でありましょうっ!!」

 

 誰かと思えば伯爵夫人だった。すごい剣幕で旦那さまである伯爵さまを責め立てているのだけれど、この構図どこかで見たことがある。

 あ、そうだ。マルクスさまとセレスティアさまの夫婦漫才だ。今目の前で起きているのは漫才というよりも、まさしく夫婦喧嘩と表現する方が正しいけれど。

 

 「え、私がたたないことバレてたの!!」

 

 幾度かの言い合いの末に伯爵さまが自爆した。私をこの部屋に招き入れた理由を夫人はこめかみを抑えて、もう一度口を開く。

 

 「バレるもなにも、食事に盛っていたのですよ!! 節操のない貴方の為にっ! これ以上の厄介ごとを家に持ち込まないでくださいませっ!!」

 

 あ、まさかの伯爵さまの不能の原因は奥方さまが薬を盛っていたようだ。本来なら犯罪だろうけれど、お貴族さまである。こういうことは時折あるらしく、死なない程度ならば良いらしい……。本当かどうかは分からないが。

 

 「今の今まで貴方が持ってきた厄介ごとを、私は秘密裏に処理していたのです! それを! なにも! 貴方は理解もせず次から次へと乗り換える始末!!」

 

 どうやら伯爵さまの女性遍歴は大変に素晴らしいもののようで。そしてその事後処理を伯爵夫人が行っていたと。

 隠し子が居ればどこか遠くの領地へと転居させて生活を支援したり、婚姻先を探したり。それを引き換えに伯爵の子供だと名乗らないことを、一筆書かせたりと苦労をした……いや現在進行形で苦労していると。

 

 「え、君が私に薬を盛っていたの……?」

 

 「ええ、わたくしが! ――聖女さま、どうか今回の件はなかったことになりませんか?」

 

 「勿論です。夫人から信頼を得られているとは到底思いませんが、此度の件は閣下と楽しくお話をしていただけということに」

 

 ジークとリンが伯爵さまの隠し子だったということで、長い時間一緒に暮らしている私からの近況報告を聞いていたとでも言えば信憑性はある程度あるだろうし、この部屋にいる護衛の人たちにもそう証言して貰えば良いだろう。

 

 「助かりますわ。――皆もそういうことにして頂戴」

 

 奥方さまの言葉に一同騎士としての礼を執り、私は聖女としての礼を執る。そうして部屋から出ていく伯爵さまは奥方さまに首根っこを掴まれて出ていく。

 クルーガー伯爵家って本当によく貴族として成り立っているよなと疑問符を浮かべると『代々奥方さまが支えている』とセレスティアさまの言葉が蘇る。

 

 そういうことかと納得しつつ、マルクスさまもセレスティアさまに婚姻後はしっかりと手綱を握られるのだろうなと、伯爵家の家令に玄関まで案内されながら微妙な心境で伯爵邸を後にするのだった。

 

 




 以前の話で主人公がジークに『不能』と言ったばかりに……伯爵にとばっちりが!! 最初の案は愛人の病気を治す依頼→性病を治す依頼→不能を治す依頼と変化していきました。
 しかしまあ、性病やら不能やらを治さなければならない女主人公。作者の底意地が悪いばかりに……不憫な子! 本当は伯爵さまの息子を拝むコースもあったのですが、書いている途中で夫人が出てきました。思いとどまった私は偉い。


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0038:詫び状。

 伯爵邸から帰る馬車の中。ジークが物凄く不機嫌だった。リンは不思議そうに首を傾げているけれど、あまり気にはしていない。

 君のお兄さんなんだからもう少し興味を持って何があったのとか聞こうよ……とか考えるけれど、この二人の関係は結構淡白だったりする。いやジークはリンを大事にしているし、リンもジークを兄として慕っているけれど。まあ思春期真っただ中だし、性別の差もあるから仕方ないのかも。

 

 「ジーク、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

 

 「……怒ってはいない」

 

 「?」

 

 つい、と私から視線を外すジーク。リンは伯爵邸での部屋の中の出来事をあまり理解していないようだ。夫人が乱入の際に、彼女がいろいろと色事に関して口走っていたから、ある程度は気付いているだろうと考えていたのだが。

 

 うーん、性教育がそろそろ必要だろうか。

 

 生理については教会の年上の女性たちと私が教えたから、初潮の際にはパニックにはならず『ナイ……きた』と神妙な顔をして告げてくれたけれど。十八歳になれば婚姻可能になるし、夜の知識もないと夫婦生活が上手くいかないだろう。娯楽が少ない世界なので、楽しんでいる人たちもいるだろうし。

 とはいってもどうレクチャーすべきだろうか。知識が乏しい子に赤裸々に語るのは気が引けるから『初めての時は目いっぱいに足を開いておけ』くらいしか思いつかない。

 

 どうしたものかなと頭を掻きつつ、口を開く。

 

 「これからもこういう事があるだろうし、慣れておかないとね」

 

 「……おい」

 

 「ん?」

 

 「お前は、平気なのか?」

 

 「平気というよりも、無心でやればなにも感じない、かな」

 

 平気という訳ではないけれど……。そもそも魔物討伐の際、治癒の為に脱がすなんてことはよくあること。怪我の状況を確認する為に全裸になってる男の人を時折診ることがある。

 最初は吃驚したけれどもう慣れてしまっているし、相手から下心を感じ取れないなら不快感はない。そもそも怪我をして痛みで苦しんでいるから、性欲なんて湧かないだろう。ナスやキュウリくらいに思っておくのが一番である。

 

 私の言葉にジークがありありと溜息を吐くと、その後は教会の宿舎まで無言だった。だらだらと三人で喋っていることもあれば、私が寝落ちして宿舎について起こされることも偶にある。無言でもなにも感じないのが常なのだけれど、今日は違和感があるような。

 まあ、こういう日もあるかと無言のまま教会宿舎へと辿り着き、食事を済ませいつも通りに学院から出た宿題や予習復習に時間を割いて、お風呂に入って就寝する。

 

 翌日、学院へ行くとマルクスさまが微妙な顔で私をみつつ、なにか喋りたそうにしてたけれど内容が内容だから結局諦めて席で静かに座っていた。

 彼を見たセレスティアさまが『明日は槍が降りますわね』と割と酷いことを言い放つのも、お決まりとなってきた今日この頃。また日を跨いで学院から教会宿舎へと戻った今日、職員の人から手紙を渡されたのだった。

 

 聖女さまと奇麗な文字で綴られた手紙の裏面を見るとクルーガー伯爵家の封蝋が押されており、微かに良い匂いを纏わせていた。

 これは伯爵さま本人ではないだろうなと苦笑いをしながら、いつものように自室で三人、私がペーパーナイフを使い丁寧に開封する。中身を取り出すと微かに香っていた匂いが強くなると、リンが鼻を鳴らして『いい匂い』と呟いた。

 

 「夫人は何と?」

 

 中身が気になるのかジークが問うてきた。

 

 「はい、読んでも問題ない内容だから」

 

 大したことは書いていない。先日の施術のお礼と伯爵閣下が迷惑を掛けて申し訳ないという内容だ。もちろん話はボカシてあるので、当事者だったジークならば読めば夫人の言いたいことが分かる内容だった。ジークが読み終わるとリンにも手渡すと、手紙へと視線を落とす彼女が微妙な顔をしている。

 

 「――夫人の苦労は察するが……」

 

 「ジークとリンからすれば複雑だよねえ。悪癖は治らないみたいだし……。リンはどう思う?」

 

 「えっと。難しいことは分からないけれど……あの人に迷惑は掛けたくはない、かな」

 

 「あの人って?」

 

 伯爵さまではないのだろうと感じつつ、抽象的な言葉なので確認を取る。

 

 「んと、夫人。最初に会った時に、伯爵さまの不始末で迷惑を掛けてごめんなさいって言ってくれたんだ」

 

 おや、そんなことが。奥方さまはどうやら伯爵さまの不始末に奔走するばかりか、その子供にまで頭を下げているようだ。お貴族さまだというのに人格者だと目を細めつつ、まだ何かを伝えようとするリンの言葉を待った。

 

 「上手くは言えないけど、あの家に行ったら駄目なんじゃないかなって」

 

 クルーガー伯爵家の状況を何となくではあるが感じているようだ。二人がクルーガー伯爵家に入ることは良いことだ。騎士科の学院生たちからのやっかみは減るだろうし、お貴族さまの女性陣から見目を目的に引き抜き要請を受けることも少なくなるはずだ。

 とはいえ本人たちの意思が一番大事である。伯爵さまからの命令となれば嫌でも籍へ入ることになるだろうが、そうなれば公爵さまに言えばなんとかしてくれるはず。

 

 「嫡子を挿げ替えたい人が居ればその可能性が出てくるからねえ。それで担ぎ上げられるのはジークだけれど……どうするの?」

 

 リンからジークへと視線を変えると微妙な顔をしている彼。まあ、答えは決まっているようなものだろう。以前から気乗りしない感じだし。

 

 「行く気は更々ないし、そろそろ食事会もいい加減に止めたいが……」

 

 「こっちからは言い出せないよね」

 

 「ああ」

 

 どうしたものかねと三人で知恵を絞っても、何の力を持たない私たちはどうすることも出来ないのだった。

 

 ◇

 

 ――数日後。

 

 公爵邸の来賓室にて護衛や侍従を必要最低限にして、公爵さまとの話し合いの席についていた。

 

 「困ったものだな、クルーガー伯爵も。夫人も苦労しているようだし……」

 

 そう言いつつ顔は面白そうに笑っているから、目の前の偉丈夫にとって大した問題ではないと判断しているのだろう。公爵さまが本気でキレるとチビる勢いで怖いから。

 呼び出しを貰ったと思ったら、伯爵邸で起きたことを洗いざらい喋れと『命令』されたので、なにも躊躇うことなく目の前の公爵さまに洗いざらい喋ったのが先程である。

 

 「私はお金さえきちんと頂けるのならばそれで良いのですが」

 

 奥方さまが薬を盛っていたので、お金をふんだくる機会を消失してしまったのは残念である。あとちゃんと効果があるのか試したかったというのも理由にあるけれど。

 

 「お前さんはもう少し恥じらいというものを持て。あと、いい歳をした大人が十五歳の聖女に言っていいことと悪いことの区別は付けぬと不味いであろうに……」

 

 「切実な問題だったのでしょう。男としての象徴ですからね」

 

 「……枯れとるのう」

 

 はあと深々と溜息をひとつ吐く公爵さま。

 

 「誰がですか?」

 

 「お前さんが、だ。もう少し恥じらいというものを持て。あと初々しさも」

 

 前世という経験もあるから、私はもうそういうものは随分と薄くなっているけれど、公爵さまも割と酷い気がするが。

 

 「そんなものは疾うの昔に置いてきました。――あの場所で生き残るにはそんなものは要らないものでしたから」

 

 孤児生活において、食べることには異常に執着するようになってしまったけれど。今では趣味みたいなものになっているのかも。王都のお店で美味しいものを探すことは楽しいし。行儀が悪いけど、出店で食べ歩くのも楽しいから。学院や聖女の仕事もあるので、最近出来ていないのが残念である。

 

 「はあ。――お前さんは……まあ、いい。本題だ。ジークフリード、ジークリンデ」

 

 「はっ」

 

 「はい」

 

 私の後ろで控えていた二人が公爵さまの言葉に短く返事をして直立になると、公爵さまがふっと笑う。

 

 「クルーガー伯爵家への籍に入る気はないと聞いた。だがこのままの状態であれば伯爵も諦めがつかんだろう。ワシが用意した寄り子の籍へ入る気はあるか?」

 

 「閣下発言をよろしいでしょうか」

 

 公爵さまの言葉にジークが許可を求める。地位に天と地ほどの差があるから、本来ならば公爵さまとジークは喋ることなんて一生ない間柄だ。

 

 「構わんよ、二人に問うているのだからな」

 

 許可が下りたけれど、少し考えをする素振りを見せるジークの言葉をゆっくりと待つ公爵さま。答えを急かす気はないようで、考えをまとめてからの方がいいと判断したのだろう。

 

 「――有難い話、であるとは思います。ですが……」

 

 「二人の進退の問題だ。言いたいことはきっちりと言っておけ。後で後悔しても遅いからな。貴様たちの意見はなるべく尊重するつもりだ」

 

 なるべく、がミソだよね。どうにもこうにもならなくなったら『命令』に変わってしまうのだろう。公爵という地位に就いているので王家に近しい存在だから、力は持っているのだ目の前のお人は。

 

 「俺たち二人だけが貴族籍になるというのも気が引けます」

 

 「そこにいる枯れている奴は貴族のようなものだろうに。本人はあまり自覚しとらんようだが、学院に入って名が売れてきておるだろう?」

 

 なんだか失礼な物言いだな公爵さまとジト目を向けるけれど、意に介さず。ジークとリン、二人の問題だから私が関われないのは仕方ないけれど、仲間外れにされたようでちょっと寂しい気持ちになる。

 というか現実から目を逸らしていたのに、現実に引き戻さないでくださいな、公爵さま。合同訓練以降はなんでか注目を浴びているし、私と接触したそうな人も多々居るんだよね。

 何故かソフィーアさまとセレスティアさまと一緒に居る時間が増えたので、遠巻きに見ているだけの人が殆どだけど。二人の家の力がなければ、直接治癒依頼とかされていたんだろう。教会を通すと馬鹿高い寄付を払わされるから、事情を話して同情を煽れば安くなるかもしれないし。

 

 「はい。入学当初より聖女さまは周囲からの視線に晒されております」

 

 「だろうなあ。元殿下に対する割り込み行為や魔獣討伐に貢献しとるが、枯れとる所為かそれを有用に使わんのはなあ。野心がないのは結構だが、無さ過ぎるのも困りものだな」

 

 「話がズレていますよ、閣下」

 

 にやにやと私の方を見る公爵さまに釘を刺す私。

 

 「おっと、すまん。――で、ジークフリートは仲間にも同じものを用意しろと申すか?」

 

 「いえ、そうではありません。仲間もおそらく貴族籍は求めてはいないでしょう」

 

 「では先程の発言は方便かね?」

 

 「申し訳ございません。少し、逃げた言い方になりました」

 

 目を伏せて小さく頭を下げるジークを公爵さまはじっと見る。

 

 「まだ若いな。――構わん、正直に言え。今回は何を言っても不問としよう」

 

 「有難うございます、閣下。我々が貴族籍に入れば貴族としての振る舞いをしなければならず、その為の教育を受けてはいませんし今更受けても遅いでしょう」

 

 ジークの言葉にゆっくりと頷く公爵さまは何も言わないので続けろということだろう。

 

 「もう十五になり、成人まであと三年。教会騎士として自活も出来ております。貴族籍に入る必要はないかと存じます」

 

 「いや、あるぞ。クルーガー伯爵の誘いをどうするつもりだ。のらりくらりと躱している訳にもいかんだろうに。ならばどこかの籍に入っておけば少しはマシになろう。ワシが関わっておるしな」

 

 「しかしこれ以上閣下にご迷惑をお掛けする訳には……」

 

 公爵さまには孤児院の支援に私たち三人の学費を出して貰っているからなあ。ジークが遠慮する理由もわかる。

 

 「何を言う、今更ではないか。それにな、そ奴の護衛を続けるなら家名は持っておいた方が良い。欲のある奴が現れてみろ、簡単に二人の地位を奪われてしまう。その時に寄り子であればワシも守りやすくなるのだよ」

 

 見返りは求めないけれど、公爵さまには公爵さまなりの事情があるとのこと。クルーガー伯爵家とハイゼンベルグ公爵家がどういう関係なのかは知らないけれど、騎士団長を務める家と軍のトップを務める家だから何かあるのかもと勘ぐってみる。

 

 「それに二人に対する伯爵の声も止まるだろうよ」

 

 にたり、と笑う公爵さま。どうやら伯爵さまが二人に粉をかけていたことを気に入らないようだ。

 

 「止まるのでしょうか?」

 

 「公爵家の寄り子の籍に入るのだし、そ奴は元伯爵家の人間だよ。当主の座を息子に譲って今は男爵を名乗っておるが、その伯爵家はクルーガー家よりも歴史が長いからな」

 

 そういうことならばクルーガー伯爵さまからの横入りの可能性は低くなるだろう。家が存続した長さも貴族として重要視される所だから。

 

 「クルーガー伯爵家の当主は騎士としては有能だが、家ではどうしようもないようだからなあ……夫人には同情するよ。お前さんたちの存在を知って、ほうぼう人を使って情報を得ていたようだがな」

 

 バレている時点で問題のような気もするけれど、相手は公爵さまである。伯爵夫人が公爵さまの情報網に掛からないようにするには、大分骨を折らなければならないだろう。

 

 「ならば余計にクルーガー伯爵家へ我々が籍を置く訳にはいきません」

 

 「だから用意した籍へ入れと言っておるのだよ。――お前さんたちが貴族を好きになれんのは理解しておるよ、汚い欲を側で見せられればそれは嫌にもなるだろうて。だがな意地を張るのはもう止めろ」

 

 あ、これ公爵さまの囲い込みが始まったかな。もう既に逃げられない気もするけれど、さらにジークを追い込むようだ。なるべく自分の意思で籍へ入って欲しかったのだろうけれど、随分と嫌がっているからなあジーク。でも気持ちは分かるつもりだ。

 

 「確認をよろしいでしょうか、閣下」

 

 「構わんよ、言いなさい」

 

 「ひとつ、貴族籍に入るとして我々は貴族としての生活を求められるのでしょうか。ひとつ、男爵家の嫡子の存在の有無に継承権争いが起こる可能性を教えて頂きたく」

 

 「尤もな質問だな。貴族としての振る舞いや生活は求めておらんが当事者には顔見せは必要だ。もう引退した夫婦でな、寂しいと零しておったから、彼らを気に入れば時折相手をしてやってくれ」

 

 どうやらこれはお願いレベル。あとは男爵家を継ぐようになるのかどうかだろう。ジークを当主に据えるとなれば、血縁者でもないし周りから止められそうだけれど。

 

 「家督争いは起こらんよ。男爵の爵位は元の伯爵家に戻るだけだ」

 

 お貴族さまのシステムに詳しくないのだけれど、その場合二人はどうなるのだろうと首を傾げる。

 

 「名はそのままだ。そして伯爵家の庇護下に入るしワシも居る」

 

 口には出さなかったけれど、伯爵さまには私の疑問がバレていたようで答えてくれた。

 

 「ありがとうございます、閣下」

 

 「さてどうする? 一度持ち帰って二人で考えてもかまわんぞ」

 

 「いえ、この場で返事をさせて頂きます。――よろしくお願いいたします、閣下」

 

 深く頭を下げるジークを見る。リンの意思を確認していないけれど、良かったのかなあと目を細める私だった。

 

 



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0039:籍入り。モブくんの憂鬱。

 ――学院の中庭、昼休み。

 

 随分と日差しも強くなり、木陰に入らないと汗をじんわりとかくようになってきた今日この頃。

 

 ジークとリンがラウ男爵家への籍へと入ることが決定した。どうやら公爵さまの根回しは済んでいたようで、本来もっと時間が掛かるはずの貴族籍登録は直ぐに済んだ。

 話し合いをしている時点で、公爵さまの腹の中では既に決定事項だったのだろう。でなければこれほど早く手続きが済む訳はないし、ラウ男爵さまとの面会だってジークが返事をした翌日の晩には行われたのだから。

 

 「ジークフリート・ラウ。ジークリンデ・ラウ。――うん、良い響きなんじゃないかな?」

 

 二人の新たな名前を口にして、舌触りを確認する。長ったらしい家名だと、ちゃんと舌が回るのか自信がない。時折、凄く長ったらしい家名の人に出会って、困る時がある。

 噛んでしまうと失礼に当たるので、何度も必死に口にして間違わないようにと練習することもあるのだ。ジークとリンはそんな私を見ておかしそうに笑っていたけれど、教会から怒られるのは私だ。我が身は大事だし、聖女としての品格を落とす訳にもいかないので、結構大変だったりする。

 

 「慣れないな。家名なんて名乗ってなかったから」

 

 「変な感じだね」

 

 書類にサインして提出して終わりだったものね。サインだけして、公爵さま経由で公的機関へと提出したみたいだし。その辺りは詳しくないから、任せっきりになってた。

 苦笑いをしている二人を見ながら、気になっていたことがあったのだ。聞くタイミングは今しかないなと、口を開く。

 

 「リンは良かったの? ジークが公爵さまに返事をして、そのまま話が進んじゃったけど……」

 

 「兄さんが一緒だし、問題はないよ。公爵さまの話だと今まで通りの生活で良いみたいだし、男爵さまも夫人も悪い感じはしなかったから」

 

 人の判断は付き合いの長さでようやくわかるものだけれど、リンは勘が鋭いから当たっている可能性の方が高い。

 私は男爵さまとは顔合わせはしていないので、どういう方なのかはさっぱりであるが、公爵さまの推薦人だしリンの勘も当たるだろうから、心配は必要なさげだ。

 

 「そっか。――お祝いって言ったら変かもしれないけど、みんなで集まってなにかしようよ。久方ぶりにみんなが集まるのも悪くないし、もうすぐ長期休暇だから時間取れるだろうしね」

 

 学院へと入学してから三ヶ月強、そろそろ長期休暇という名の夏休みに入る。領地持ちの人は王都から実家へ帰省する人が多いし、避暑地へと赴く人たちも居るそうだ。

 私たちは王都暮らしだから、基本的に王都から出ることはないから、夏休みの二ヶ月間は暇なのだ。討伐依頼で騎士団か軍の人たちに同行するかもと考えていたけれど、依頼が舞い込む気配はない。

 

 「俺たちを口実にナイが騒ぎたいだけだろう?」

 

 「みんな揃うのは久しぶりだから、いいかも」

 

 学院に入ってからというもの勉強に追われていたし、城にも行って週に一度は障壁を張る為の魔術陣へ魔力充填をしたり、魔獣が出たり、婚約破棄事件があったり、伯爵さまの落胤話が二人に舞い込んできたりと騒がしかった。

 偶には羽を伸ばしてもバチは当たるまい。孤児仲間を集めて、王都近くの丘にでもお弁当を持って出掛けるのもいいだろうし、どこかのお店に入って飲み食いするのも悪くはない。

 

 「まあ、騒ぎたいっていうのはあるかも。色々あったし、自由時間も大分少なくなってるから長期休暇くらいはゆっくり休むか遊び倒したい」

 

 私は遠巻きに見ていただけなので、当事者という訳ではないから気楽なものであるが。

 

 「だな」

 

 「うん」

 

 いつものように三人で会話を交わしていると、足音を鳴らしてこちらへとやってくる人がいた。何事だろうと顔を上げると、マルクスさまが仁王立ちしている。よっこいしょと口にすることなく立ち上がり私が礼をすると、ボリボリと片手で頭を掻いている。

 

 「あー……その、なんだ、親父が迷惑を掛けたな。スマン」

 

 相変わらず言葉にするのが苦手だよねマルクスさまと苦笑いしつつ、私に頭を下げられても困るのでジークとリンの方へ視線を向ける。

 それに気付いた彼は口を伸ばして気まずそうな顔をしたけれど、一度深い息を吐くと二人に顔を向けた。

 

 「また手合わせしてくれると有難い」

 

 「お気になさらず。――手合わせは申請さえ通して頂ければいつでも受けて立ちます」

 

 ジークが言葉を口にし、リンは黙って目を伏せる。落胤問題は伯爵さまが原因であって、マルクスさまが謝る必要なんてないのだけれど、近頃は視線を寄越されていたので気になっていたのだろう。

 人目があると誰かに聞かれてしまう心配があるので、どうやら機会を窺っていたようだ。セレスティアさまがこの場にいれば驚くだろうなあと苦笑する私。

 

 「言いたいことは言った。じゃあな」

 

 あっさりとしているのか不器用なのか判断のつかない行動だったけれど、何もないよりは良いのだろう。ジークとリンは何も言わないけれど、マルクスさまに原因がある訳じゃないし、むしろ彼は巻き込まれた側なのは理解しているはず。

 

 「そろそろ時間だね、教室に戻ろう」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 そう言って歩き出すと、スカートのプリーツを優しく撫でる風が吹く。いつもの場所で二人とは別れ、特進科の教室を目指すのだった。

 

 ◇

 

 ――どこか懐かしい雰囲気を持つ女だった。前世で一般的だった黒髪黒目で小柄、顔が平凡故にだろうが。

 

 死んだ、転生した、貴族だった。そしてこの異世界は『乙女ゲーム』が舞台の世界だと確信したのは、王立学院に入学し特進科の教室でピンクブロンドの少女が、第二王子殿下に無邪気に声を掛けた時だった。

 その瞬間を見た俺は正直何をやっているのだと、頭を抱えた。平民の女が学院内とはいえ第二王子殿下に声を気軽にかけるものではない。

 貴族と平民との融和を学院は謳っているが、そんなものは建前だ。ある程度のことは許されるが、第二王子殿下を始め側近を篭絡した手腕は女として素晴らしい。だが平民が、それも国の中枢を将来司る人物たちを腑抜けにしたのは不味かった。

 

 主人公補正など生きていく上では存在しないし、もっと現実を見ればよかったのにと教室の片隅で溜息を吐く。

 

 ヒロインが辿ったルートは恐らくファンディスクのルート。無印版の攻略キャラ七人を同時に獲得できるという滅茶苦茶設定だったが、齟齬が出ていた。

 騎士科に所属しているジークフリートと魔術科へ特別講師として招かれる魔術師団副団長のハインツ・ヴァレンシュタイン。その二人はヒロインに攻略されていない。ゲームではなく現実なのでこういうこともあるのだろうと、自分を納得させたのを今でも覚えている。

 

 前世で男の動画配信者が乙女ゲーをプレイし、突っ込みどころに突っ込むという映像を見ていただけなので、記憶は随分と不確かだが。

 幸せになっていたハズの王子もヒロインも今では幽閉塔の中。本来ならば破滅していた悪役令嬢二人は、普通に学院へ通っている。

 

 そして一番の大きな変化。

 

 ナイ、という平民の女の存在である。入学した時から既に聖女だというのに、ゲーム中に一度も登場してこなかったし、黒髪黒目の女キャラも出てはこない。

 明るい派手な色合いの連中が多いこの国だ。俺も生まれ変わって金髪とまではいかないが、くすんだ金に近い色の髪で瞳も青。そしてそれなりに顔も良く、背も高い。

 

 「イケメンだよな」

 

 誰にも聞こえないようにぽつりと呟く。前世よりは確実にイケメンであるが、周りがそれ以上に顔が良いので、埋もれてる。ようするにモブだ、モブ。

 こんな世界で主人公をやれるほど能力はないのでモブで十分だが。それなりの爵位の家に生まれた三男坊、それが俺のステータス。運よく特進科に入れたものの、目立つ連中が沢山いるので注目なんてされたことがない。

 

 「ごきげんよう」

 

 貴族だからクラスの女子連中のセレブリティーな挨拶の声が響く。縁遠い世界だと感じていたのに、直接こうして聞くようになるとは。

 机に教科書を広げ自習している振りをしながら、教室の中を観察していると、件の黒髪聖女が教室の入口を通り、席へと着いた。周囲よりも小柄な彼女に声を掛けたい連中が多く視線が刺さっているが、気にする素振りもなく鞄の中から中身を取り出し一限目の授業の教科書以外は仕舞い込む。

 

 そうして手に取った教科書を開いて自習を始めたのだった。彼女は俺たち貴族に関わる気はないらしく、教室の片隅で静かに自習や予習をしていることが多い。

 

 「熱心だな」

 

 「ですわねえ」

 

 我がクラスでのヒエラルキーの頂点に立つ二人、ソフィーア譲とセレスティア嬢が聖女の前へ立つと、ゆっくりと開いていた教科書を閉じて立ち上がり挨拶をする。

 聖女はどうやら二人のお気に入りらしい。おそらくは周囲への牽制なのだろう、聖女は平民だというのによく声を掛けている。第二王子殿下の婚約破棄事件の際に、ソフィーア嬢との間に割って入ったというのに不問になっていたから、陛下にも顔は覚えられているのだろう。

 

 ――主人公だよなあ、物語ならば。

 

 合同訓練の時も討伐困難といわれる魔獣の攻撃を防ぎきり、魔術師団副団長の馬鹿火力な魔術から味方を守ったと聞いている。

 

 「ジークフリートとジークリンデが貴族籍に入ったと祖父から聞いた。これで妙なやっかみも少しは減るな」

 

 「ですわね。わたくしとしてはマルクスさまの地位が揺るぎないものになったので有難いですが、クルーガー伯爵家に入る予定もあったのでしょう?」

 

 確かに男爵家に入るよりも伯爵家に籍入りした方がやっかみという部分は減るはずだが。

 

 「伯爵閣下から打診を頂いていましたが、二人は望んでいませんでしたから……」

 

 「それでハイゼンベルグ公爵が出てきたのですのね」

 

 ジークフリートというキャラはクルーガー伯爵の落胤で、彼の嫡子であるマルクスと因縁の対決を繰り広げていたが、そんなイベントは起こらないまま。

 しかも幼い頃に死んだ筈のジークリンデが生きているのだから、驚きだった。ただ聖女と幼馴染だと後で知ったので、どこかで大きくシナリオが変わってしまったのだろう。

 

 確かクルーガー伯爵のお手付きになった侍女が妊娠。当主や夫人に迷惑が掛かることを恐れ無断で伯爵家を辞め、王都のどこかに移り住み子を産んだという設定だった。

 途中、侍女を探し当てた伯爵か伯爵夫人が支援をしていたというのに、悪意ある人物に支援金を中抜きされ病気になった母親は治療を受けることもできず亡くなる。幼い二人は家を追い出され貧民街に辿り着き孤児として生活をする中、劣悪な環境で妹は死に、ジークフリートは身一つで学院の騎士科へと入学したはず。

 

 それがどうだろう。ジークフリートにはジークリンデと聖女が居るのだ。

 

 しかも既に教会騎士として働き学院に通うようになったのは、ハイゼンベルグ公爵が手配したと小耳に挟んでいる。

 あの三人には公爵が後ろ盾になっているのだ。ならば、幽閉されているヒロインなんぞより注目すべきではないだろうか。

 

 長期休暇を終え二学期に入るとゲームは『続編』と入るのだが。ゲームとどう違ってくるのだろうかと、俺は教室の片隅で溜息を吐くのだった。

 

 




 主人公が結婚したみたいなサブタイに(笑 モブくんはモブくんでしかない予定です。ノープランなので先のことは分かりませんが。


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0040:依頼。悪事露見。

 もうすぐ一学期も終わるという日の始業前、唐突に私の机の前に立ったセレスティアさま。

 

 「ナイ、お話があるのですが少し時間を頂いてもよろしくて?」

 

 着席したままだと失礼なのでゆっくりと立ち上がって礼を執ってから口を開く。

 

 「構いませんが、今でしょうか」

 

 もうすぐ予鈴が鳴るし、長い話ならば中途半端で終わってしまうだろう。少し考える様子を見せたセレスティアさまが開いていた鉄扇を閉じ、私を見下す。

 

 「そうですわね、ではサロンを一室借りましょう。申請しておきますので、放課後そちらで」

 

 「わかりました」

 

 また礼をして別れて席へ着くと予鈴が鳴り、やる気のなさそうな教諭が教室へとやって来て、朝のホームルームの時間が訪れるのだった。

 

 そうして昼休みも過ぎて午後の授業も終わった放課後。セレスティアさまの隣には何故かソフィーアさまが。

 話の内容に関係があるからジークとリンを借りたサロンへと呼ぶために、マルクスさまが使いっ走りにされていた。セレスティアさまに尻に敷かれているなあと、教室を大股で去っていく彼の背中を見つめ、小さくなった頃に二人に向き直る。

 

 「では参りましょうか」

 

 「はい」

 

 特進科前の廊下を真っ先に出ていくセレスティアさまを少し遅れてソフィーアさまが追い、私も後に続く。

 高位貴族のご令嬢が闊歩している所為なのか、学院生たちが自然と道を譲り廊下の端へと寄る。本当にお貴族さまの階級って顕著だ。私が一人で歩いていたらこうはならない。二人の御威光に預かりながら、早足で歩く。二人の足が長い所為か、同じ歩数で進んでも距離が空いてしまう悲しい事実に、チクリと胸が痛む。

 

 「こちらですわ」

 

 とある一室の前で立ち止まるセレスティアさまがドアノブに手を掛けて扉を開く。蝶番の音は全く鳴らないまま部屋へと踏み入れると、学院が手配している侍女の人がいろいろと用意をしてくれていたようだ。

 セレスティアさまが一番初めに入り、続いてソフィーアさま。最後に私が、侍女の人たちに黙礼をしつつ部屋の中へと私も入る。侍女の中には行儀見習いとして働き、貴族の人もいるから気が抜けない。

 

 「お茶の準備を。――そうですわね、四人分よろしくお願いいたしますわ」

 

 四人分ということは、ジークやリンは勘定に入っていないようだ。交流を深めたいというのならば、二人の分も用意するのが普通。これは仕事の話になるのかなと考えつつ、セレスティアさまが指示した席へと座る。

 

 「二人を連れてきたぞ、セレスティア」

 

 「マルクスさま、ご苦労さまです。――ジークフリード、ジークリンデ……突然の呼び出し申し訳ございません。本日は聖女さまにお話があって、お二人にもこちらに来ていただいた次第ですわ」

 

 最近爵位持ちになった二人だからか、他の人たちの接し方に少し変化があるような気がする。以前ならもう少し乱暴な物言いで後ろに控えていろと言われただろう。

 

 「はっ」

 

 「はい」

 

 話の内容から察した二人は私の後ろに回り込んで、後ろに並ぶ。二人の扱いに物申したい所だけれど、仕事の話ならば仕方ないと頭を振る。

 そうしているとずかずかとこちらにやって来たマルクスさまが、どっかりと乱雑に椅子へと座る。

 

 「マルクスさま、もう少し優雅に振舞えませんこと?」

 

 侍女の人はそれぞれ紅茶を置くと、礼をして退室していった。お茶を淹れ終えれば、戻るシステムのようだ。

 おかわりの際はどうするのだろうか。貴族の人が自分で行動を起こすことは滅多にない、と机の上に目を向けると呼び鈴が鎮座しているのでそれで呼び出すのかと、一人で納得。

 

 「いいじゃねーか、学院なんだし」

 

 「今から話す内容は領地の話となります。きちんとした態度で向かうべきでしょう」

 

 「そりゃそうだが……わかった、わーったよ!」

 

 ギロリとセレスティアさまに睨まれてたじろぐマルクスさま。そんな二人を横目で見つつ、侍女から差し出された紅茶を口にしているソフィーアさま。

 色濃い面子だよなあと感心しつつ、私を呼び出した本人の言葉を待っていると、ようやく夫婦漫才から抜け出したセレスティアさまが私に向き直る。

 

 「正式な依頼は後日教会へ出すのですが……聖女ナイ、長期休暇を利用してどうかヴァイセンベルク辺境伯家の領地と寄り子の方々の領地の魔物討伐に同行して頂けませんか?」

 

 そういえば以前、セレスティアさまのお茶会に誘われた時、ご令嬢方が魔物討伐の依頼が多くなっているとため息を零していたけれど、それと関係があるのだろうか。

 

 「教会を経た依頼となれば私に否やはありません、セレスティアさま」

 

 私の言葉にホッと胸を撫でおろしている彼女。お貴族さまが、こういう姿を見せるのは珍しい。いついかなるときも優雅に、感情はなるべく表には出さずが基本だから。

 依頼となれば教会からのお仕事として、従軍し魔物討伐へ繰り出すことはある。そういえば久方ぶりなので、持っていくものとかチェックをしないと、なんて考えているとセレスティアさまが私を窺いつつ口を開いた。

 

 「辺境伯であるわたくしの父の名で後日教会へ指名依頼を出す予定ですの。学院でこうして顔を合わせているのですから、先にお知らせしておいた方が良いと思いまして」

 

 確かに何も言われないよりは印象は良いだろう。私はお仕事になるので気にはしないが、他の聖女さまでお貴族さま出身の人なら文句くらいは言い放ちそうだ。

 

 「お気遣い感謝いたします。――そういえば以前のお茶会で魔物の出現が増えているとご令嬢の方々が申しておりましたが、それに関係が?」

 

 「よく覚えていましたわね。直ぐに話題が切り替わったというのに……」

 

 「偶々です。仕事柄、騎士団や軍に同行しますので情報は手にしておいた方が何かの役に立つ可能性もありますから」

 

 なんとなく、これ以上魔物の出現が増えれば間引きの為、教会や王家に依頼が行くだろうと予測はしてた。まさかセレスティアさま本人からこうして依頼を頂くとは考えていなかったが。

 

 「確かに。――わたくしも当事者として参加いたしますし、マルクスさまも腕試しと実戦経験を兼ねて参加します」

 

 お貴族さまにとって情報は大事なものである。時には大金を生み出すかもしれないし、時には醜聞となって家格を落とすことになる。

 

 「私も参加させてもらうぞ。辺境伯閣下に許可は頂いているからな」

 

 「本当、ソフィーアさんはお暇なのですね」

 

 「ああ。――だが、以前より充実しているよ。城では見られなかった光景が映るかもしれんしな」

 

 セレスティアさまの嫌味を奇麗に受け流すソフィーアさま。

 

 彼女は王子妃教育を受けていたから、学院が終わった後は直ぐに王城へ出向いていたけれど、最近は別のことに注力しているようだった。

 何をしているかは分からないが、以前『やりたいことがある』と言っていたので、それに関することだろう。

 

 けど、魔物討伐に同行するのは意外だ。

 

 セレスティさまは自分の領地のことだし、マルクスさまは婚約者の領地だし騎士として経験を積みたいのなら納得できる。

 

 閉じてしまった王子妃以外の道を模索して足掻いているのかもしれないと、ソフィーアさまを見た瞬間。

 

 ――あれ、長期休暇……下手をすれば魔物討伐で潰れてしまう可能性が出てきてる?

 

 疑問が頭をよぎり、私のささやかな楽しみも閉じてるじゃないか……。聖女ってある意味社畜だよなあと遠い目になるのだった。

 

 ◇

 

 セレスティアさまの実家であるヴァイセンベルク辺境伯家が治める領地の魔物討伐依頼の話が舞い込み、それを了承して解散しようと各々行動を始めた時だった。

 

 「ああ、そうだ。――ジークフリート、ジークリンデ……親父とお袋が話があるから屋敷に来いつってた。使いを今日出すらしいから、手紙の内容を確かめてくれ」

 

 お茶は冷めていたけれど、勿体ないので飲み干すまでジークとリンに待って欲しいと言って、私だけが椅子に座っていた時だった。ソフィーアさまとセレスティアさまは入り口付近まで歩いていたけれど、こちらに何故か残っていたマルクスさまの声を聞き振り返る。

 

 「わかりました」

 

 マルクスさまの言葉にジークが答え、リンは頷くだけ。珍しく――失礼なのかもしれないが――真剣な表情で少し声のトーンも落ちていたマルクスさま。

 一体どうしたのだろうと後ろに控えていた二人の顔を見るけれど、心当たりはなさそうだった。片手を挙げてすたすた歩くマルクスさまと合流したセレスティアさまとソフィーアさまは、私たちを残して部屋を出ていった。

 

 「何だろうね」

 

 「ああ。男爵家の籍に入ったし、週に一度の伯爵さまとの食事会は夫人が止めてくれたが……」

 

 「何かあるのかな?」

 

 とまあ三人で顔を合わせても伯爵さまと奥方さまの真意はわかるはずもなく。部屋の片づけは学院が雇っている侍女の人の役目なので、とりあえず教会の宿舎へ帰って使者からの手紙を受け取り内容を読んでから考えようと決め。

 片づけが他人任せで良いだなんて、お貴族さまが多く通う学院らしいと苦笑いしつつ部屋を後にし、帰路へと就くのだった。

 

 そうして宿舎へと戻ると教会の職員さんが顔を出し、ジークとリン宛の手紙があると手渡しされる。

 

 私は関われないから自室に戻ろうとすると、ジークに止められリンに両肩を掴まれてくるりと転換され、何故か彼女の部屋へと連行された。

 

 「いや、私が関わっちゃ駄目なんじゃ……」

 

 「妙なことになれば、お前に打ち明ける羽目になる。なら最初から知っておけば良い」

 

 「だね、兄さん」

 

 確かに私たちで持て余す案件なら公爵さまや教会に相談するけれど。でも最初から私が関わるのはなんだか違う気がするけれど、当事者がそういうのなら構わないか。

 

 「わかった、居ればいいんでしょ、居れば」

 

 とまあ投げやりな言葉を二人に言い放ち、リンの部屋のベッドに腰掛ける。ジークは机の近くで立ったまま、リンは椅子に座って丁寧にペーパーナイフで開封し始めた。

 

 「兄さん」

 

 リンが開封した手紙の中身を取り出してジークに渡すのは、信頼の証なのだろう。

 

 「ああ」

 

 手紙へと視線を落とすジークを二人して見つめる。どうやら手紙の内容は長くはなく、直ぐに目線が上がってリンへと手紙を渡すとリンも同じように視線を落とす。

 

 「ナイ、はい」

 

 「読んでいいの?」

 

 「いいんじゃないかな」

 

 「構わない。――大したことは書いていないからな……」

 

 なんだか微妙な顔をしているジークに違和感を感じつつ、受け取った手紙に視線を落とす。どうやら書いた人は伯爵さまのようだ。奇麗とは言い難い字で綴られている。

 

 「……なんで今更」

 

 そう、本当になんで今更この話題を持ってくるのだろうかと、ぼそりと口に出してしまう。

 

 「まあな。それになんで俺たちを呼ぶんだか」

 

 「ね」

 

 手紙の内容はジークとリンに関わること……二人の母親が亡くなってしまった元凶を捕まえたので二人の好きにしていいから明日伯爵邸へ来い、というなんとも言えない手紙。

 

 「ごめん、聞こえたか……で、どうするの?」

 

 落としていた視線を上げて、二人に問いかけた。貴族籍に入ったジークとリンだ。相手が平民ならば切っても咎められない。だから相手を『私刑』にしても問題にはならないだろう。

 もしくは伯爵さまの部下や関係者なのだろうか。それならば伯爵さまがケジメを付けなければならないし、処分を二人に任せるというなら理解は出来なくもない。罪を犯したら司法に預けるのが一番だと考えてしまうのは、前世の記憶があるからだろう。

 

 「取りあえず伯爵邸には赴く。来い、ということだしな……」

 

 ひとつ息を吐くジークに、彼を見ながら困ったような顔をしているリン。感情の置き所が分からないのか、部屋には妙な空気が流れているのだった。

 

 



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0041:地下室。

 翌日。急いでいたのか学院から宿舎へ戻ると、すでにクルーガー伯爵家から迎えの馬車が待っていた。

 御者の人が言うにはジークとリンだけではなく、私も同行して欲しいと言伝を伯爵さまから頂いているそうで、二人にどうすべきか聞くと一緒に来てくれとのことだった。

 

 「私、要るかな?」

 

 学院の制服を着たまま伯爵家の馬車へと乗り込むと、馬が歩き始めたのかかくんと体が揺れた。

 

 「後で俺たちから話を聞くより、現場にいた方が状況は正確に把握しやすい」

 

 確かにそうだけれど。妙なことになりそうなら公爵さまや教会を頼ることになるので、正確な情報は大事になる。

 先に知るのも後で知るのも一緒だし、ジークの言うとおり場にいた方が正確に状況は把握できる。報告の際に間違ったことを伝える心配は減るから、まあいいかと納得。

 

 クルーガー伯爵家の馬車に揺られ王都の整備された道を行き、貴族街へと入る。最初は騎士爵や男爵家、子爵家の家々が並び建つ景色から、さらに上の階級の人たちが住む区域へと入った。

 子爵家と伯爵家では家の規模が随分と違うなと、くだらないことを感じながらクルーガー伯爵邸へと辿り着く。

 

 「よくきたね。――聖女さま。ご足労申し訳ありません」

 

 馬車を降りると、玄関先で執事さんと一緒に待っていた伯爵さまがこちらへとやって来る。以前に会った時と変わらないが、奥方さまとの仲は大丈夫なのだろうか。家の中のことは私が心配すべきではないなと頭を振って、彼に確認したいことを口にする。

 

 「いえ。しかしジークフリードとジークリンデ、そしてクルーガー伯爵家の問題に私が首を突っ込んでも良いのでしょうか?」

 

 「構いませんよ。それにハイゼンベルク公爵家や教会に報告が行くのでしょう。ならば人伝の言葉より自身の眼で確かめてもらい、報告をなさっていただく方が良いと考えまして」

 

 あ、なんだろう。ジークとリンが男爵家へ籍入りしたことを根に持っているのだろうか。……先に二人に目を付けていたのは伯爵さまだ。

 公爵さまに横から掻っ攫われる形になってしまったから、なにか牽制の意味でもあるのだろうか。でも、相手はあの伯爵さまだ。彼の言葉通りの意味しかなくて、深い理由はない可能性だって十分ありうる。

 

 「少々、聖女さまには似つかわしくない場所になりますが、ご容赦ください」

 

 「ある程度の耐性はありますので、お気になさらず」

 

 劣悪な環境には慣れて――戻りたくはないが――いるし、凄惨な場面にも――魔物討伐同行時に内臓が出てる怪我人とかザラに居る――ある程度耐えることが出来るだろう。

 

 「ジークフリード、ジークリンデ。君たちもいいかい?」

 

 「はい」

 

 「はい」

 

 伯爵さまの言葉のあと寸分の狂いもなく二人が同時に返事をし、玄関ホールを抜け裏庭へと出る。そうしてたどり着いた先は別館だった。

 扉を執事さんが開け中へと入る。伯爵邸より小さい規模だけれど、置かれている調度品や建屋に使われている建材は質の良い物だと、素人が見てもわかる。しかし、ここに連れてこられたならば伯爵さまの『似つかわしくない』という言葉はどこで意味を発するのだろう。

 

 「ごきげんよう、聖女さま」

 

 「ごきげんよう」

 

 何故か別館の中に居た伯爵さまの奥方さまに挨拶をされるので、こちらも返すとにっこりと微笑む。

 

 「ジークフリード、ジークリンデ。――この度はわたくしたちの不手際、申し訳ありませんでした」

 

 「夫人、どうかお気になさらず」

 

 奥方さまが丁寧な言葉で二人に謝罪を伝える。流石に頭を下げたりはしないけれど、立場が下になる人間にこうして謝るのは本当に珍しいこと。

 一体、何があったのだろうと疑問を感じながら、執事さんを先頭に伯爵さま奥方さま、私、ジークとリンという順番で長い廊下を進み始めた。

 

 そうしてまたホールを抜け、別館の端へと辿り着くと重々しい扉が目の前にあり、伯爵家が雇っている護衛も数名控えていた。

 

 執事さんが鍵束を腰から取り出し、南京錠の鍵穴へと鍵をさし込んで回すとかちゃりと大きい音が鳴る。しばらく執事さんが扉の前でごそごそ作業をしていると、ようやく重い扉が開きこの場にいる全員の顔を執事さんが伺う。

 

 「足元には十分お気を付けください。――旦那さま」

 

 「ああ、行こう」

 

 執事さんを先頭に地下へと下りていく。そう深いものではなく、直ぐに下へと辿り着いた。地下室だからか、それとももう少しで陽の沈む時間だからか、暗く湿気が多いというのがこの場へ来て最初に抱いた感想だ。

 執事さんが持つ明かりだけだと、彼と伯爵さまと夫人が居る周りを照らすのが限界。ようやく目が慣れてくると、石畳の床に鉄格子が見え、その奥には鎖に繋がれた一人の中年男性の姿が。

 

 その更に後ろの壁には拷問器具が奇麗に並べられている。

 

 割と種類がある気がするのだけれど、伯爵さまの趣味なのだろうか。いや、まさかねと頭を振って、繋がれている男に目を向ける。

 

 「う……誰、だ……」

 

 少し弱っているのか目が虚ろで、あまり状況を理解できていない。頬がコケているし、所々に傷がある。おそらくは口を割らなかったので、尋問の果てに拷問へと移行したのだろう。ある程度の耐性があるとはいえ、良いものではないと目を細めて、男の顔をよく見る。

 

 ――あの時の……。

 

 じっと見つめ、記憶の端に微かに残っていた記憶を、無理矢理に取り出す。そうだ……この男は。頭を殴られたような衝撃の光景に眩暈を覚え、数歩後ずさる私だった。

 

 ◇

 

 暗く湿気た地下室の牢屋。あの目の前に居る繋がれた男は……。

 

 「……はっ」

 

 気持ち悪くなって、片手で口元を抑える。そうだ、目の前の男はジークとリン、私が八歳の頃。孤児仲間の一人が道を突然飛び出し、馬車を引く馬を驚かせ、その場に留まることを余儀なくされ苛立った男が、感情のまま仲間を切り殺した。その張本人が今、目の前に居る。

 

 「ナイ?」

 

 非公式な場だから、珍しくジークが声を掛けて、たたらを踏んだ私の顔を見る。

 

 「顔色が良くないな。外に出るか?」

 

 「だ、大丈夫。――ジーク……リン……覚えていないの……?」

 

 仲間を切り殺した男はおそらくお貴族さまだ。馬車に家紋があり、逆らってはならない人物だと理解していたのに、当時の私は怒りに身を任せて噛みついた。男が更に逆上すればジークやリンの身も危なかったと、後から気が付いて一人で猛省していた記憶がある。

 

 「何がだ?」

 

 「?」

 

 どうやら二人は覚えていないようだ。小さかった頃だし、生きるか死ぬかの毎日だったし、何人も孤児仲間は死んでいる。

 だから二人が覚えていなくても仕方ないし、責める気もない。前世の記憶がある所為か、幼い頃の記憶がはっきりと残っている私の方が異常だし、男が年を経て痩せているのも二人が気付いていない原因の一端だろう。

 

 「――閣下、夫人。申し訳ありませんが、少しだけお時間を頂けますか?」

 

 「ええ、構いませんよ」

 

 「水を持たせましょう、少しお待ちください聖女さま」

 

 ジークがこの屋敷の主人たちに声を掛けると、私の視界、ようするに牢屋の中の男が映らないようにに二人が前に立つ。伯爵家の騎士が急いで階段を登っていく音が、やけにはっきりと聞こえた。

 

 「ナイ、黙るな」

 

 「ちゃんと教えて」

 

 リンが私の片方の脇に腕を回して、おぼつかない足を支えてくれる。二人に伝えてもいいものなのだろうか。

 現場は二人も見ており、一緒に仲間の死を悲しんでいたのだから。そして仲間を埋葬することもできないまま、ただ彼の死体が街の衛兵に回収されるまで放っておくことしかできず、己の無力さを痛感したのだ。

 

 「随分と前になるけれど……あの子が馬車の前を飛び出して、切られた時のこと……覚えてない?」

 

 「お前、まだ覚えていたのか」

 

 「ナイも覚えてたんだ。でも、なんで今?」

 

 そっか。仲間が死んだことを覚えていても、その原因を作った男のことまでは覚えていないようだった。

 覚えていない方が良いに決まっている。私のように、こうして突然訪れた再会で、心の中に仄暗い感情が満ち始めているのだから。

 

 「あー……うん。覚えていないならいいんだよ。思い出さない方が良いだろうし」

 

 思い出さない方が良い、知らない方が良い。牢の中の男はジークとリンの母親が亡くなってしまったことに関わっている人物なのだから。

 さらに余計なものまで背負わなくていい。私の軽率な行動で、更に彼らの心に傷を負わせるようなことになって欲しくはない。

 

 「ナイの態度で何かがあったのは察することが出来るし、今黙っていても俺たちが思い出してしまえば結局は同じだぞ」

 

 「…………あの子を切った本人だよ。今、目の前に居る男の人」

 

 私を真っ直ぐ見据える紫色の瞳四つに射抜かれ、結局は吐露する羽目になる。

 

 「え」

 

 「そうか。――……言われてみれば確かにあの時の太った男に似ている」

 

 痩せているし、月日が過ぎている所為で随分と老けているし、ド派手で目立つ衣装だったあの時とは打って変わって、平民服に身を包んでいるから、同一人物と分かり辛い。

 

 「失礼いたします、水をお持ちいたしました」

 

 護衛の騎士の人に礼を言って、カップに入った水を一気に飲み干す。行儀が悪いけれど、今の気分をどうにか変えたかった。水を飲んで少し落ち着いた私を見て、伯爵さまがこちらへとやってくる。

 

 「聖女さま、ジークフリート、ジークリンデ。――あの男をご存じで?」

 

 私が居るから、敬語にならざるを得ない伯爵さまが、男を背にしつつ一瞥する。

 

 「はい。存じているかと思いますが、私は貧民街出身の孤児です。その時に少々……彼とは面識があります。ただ、覚えているかどうかは分かりませんが」

 

 孤児の存在なんてお貴族さまから見れば、路傍の石だ。そんな昔のことは覚えていないだろう。仮に覚えていたとしても、鼻で笑われるのがオチである。

 

 「少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 他愛のない話だし、伯爵さまに話したところで何の問題もない過去の出来事である。数分もしない内にあの出来事を話し終えると、伯爵さまと奥方さまは微妙な顔をして牢の中の男を見るのだった。

 

 「なるほど。二人だけではなく聖女さまとも関係があったとは。――とはいえ王都の中の出来事ですから、そういうことがあっても不思議ではないのでしょうね」

 

 そう言って、伯爵さまが訥々と語り始める。

 

 牢の中の男は二代目で、先代である父が功績を上げて叙爵したそうだ。その方法はヤクザの様な強引な手法を取り、悪名が広がっていったそうな。

 ただ男は王都の不動産を随分と多く取り扱っていた。伯爵は男と接触し、家を一つ用意して欲しいと頼むと、人好きのする笑みを浮かべて快諾した。

 

 「私の失敗でしたねえ」

 

 そう零しながら伯爵さまはまた言葉を続ける。

 

 迷惑を掛けないようにと黙って伯爵邸を去ったお手付きの侍女を探すことに、そう時間は掛からなかったそうだ。女の身ひとつで王都を出て、違う街で定住するには随分とお金が掛かる。伝手もない元侍女は、王都の安宿で日々をどうにか凌いでいたのを伯爵さまが見つけ、男が紹介した家を与え支援をした。

 

 そして奥方さまの妊娠と侍女の妊娠報告がなされ、伯爵さまが知ることになる。

 

 長子と同時期に腹違いの子が出来るのは不味いし、日々腹の大きくなる奥方さまの姿を見て、お手付きの侍女との再会は諦め金銭支援のみに徹したそうだ。

 

 「その考えが甘いというのです。何故、関りの薄い者に安易に金銭を渡すのか……」

 

 今度は奥方さまが、たじろぐ伯爵さまに代わって言葉を紡ぐ。

 

 金銭支援は家を用意した不動産屋、ようするに男を仲介して行っていた。ただ随分とアコギな手法で商売をしていた目の前の男は破滅する。

 お貴族さまの間では良い噂はなく、知らぬ間に地雷を踏んでいたのだろう。男の貴族としての栄光は直ぐに終わり、家も財産も失って露頭に迷う羽目になったそうだ。

 

 それが最近のこと。

 

 「ジークフリードとジークリンデは手に職をつける為に職人の家に弟子入りしたと聞き、独り立ちの準備を始めていると思い込んでいましたから、私。すっかり騙されていましたよ」

 

 母親を失いジークとリンが路頭に迷っていたという事実を、伯爵さまが最近まで知らなかった理由がようやくわかった。

 

 事業を手広く広げたあげく資金繰りがどんどん悪くなっていたので、小金を得ようと必死だったらしい。

 最初はきちんと手渡していたそうだが、お金に困っていた男は一家族分の生活費でも魅力的だったらしく、途中から着服し始める。伯爵さまには迷惑を掛けられないと、元侍女……ようするにジークとリンの母親はその事実を伏せたまま、働きに出て体を壊し治療を受けられないまま亡くなってしまったそう。

 

 お手付きの侍女が死んだ事実を隠したまま、お金だけ男は得ていたそうな。

 

 相手が伯爵さまだったので、ここ最近までバレなかったようだ。そうしてちょっと、いや大分間抜けな伯爵さまに代わって奥方さまが事態に介入して露見。

 

 「さあ、聖女さまでも、ジークフリードでもジークリンデでも構いません。目の前の男の首を落としてしまいなさい。――これで少しは気が晴れるでしょう?」

 

 果たしてそうなのだろうかと、三人顔を見合わせるのだった。

 

 




 ちょっと無理矢理に繋げてみました。荒いと思います。


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0042:三人の答え。

 目の前の男の首を切れと言われて、困惑する私たち三人。

 

 ――奥方さまに試されているのだろうか?

 

 目の前の男は元貴族である。父親の代で叙爵されたと聞くので、高位貴族の可能性は低いだろう。二人は男爵位を持つ人の息子と娘として籍に入っている。

 私も、お貴族さまに準じる聖女という役職を持っている。そしてこの場には伯爵さまと奥方さまが居るという事実。

 

 男は伯爵さまに喧嘩を売っている。口頭なのか書面を交わしているのかまでは知らないが、伯爵さまとの約束事を破り、あまつさえお金まで着服したのだ。今、伯爵さまに切られても誰も文句は言わないし、むしろ迎合するのだろう。

 

 「誰か、剣を持て」

 

 「は!」

 

 奥方さまの命令に護衛の騎士が短く答え、地下室の片隅に置かれていた木箱から取り出し、恭しく彼女へと渡す。

 そうして奥方さまは片手で鞘を掴んで、何故か私へと渡してくれた。鞘を左手に、柄を右手で掴んで少しだけ腕を動かす。

 

 手渡された剣は飾り気はないものの、手入れの行き届いた両刃の剣だった。

 

 「ひいっ!」

 

 鈍く光った剣が男を射抜いたのか、怯えた声をだす。子供の頃、随分と大柄に見えたのだけれど、鎖に繋がれ膝を突いて怯える姿に以前のような威勢は全くなく。

 あの時の剣幕はどこに行ってしまったのだろ。怒りに任せて仲間を切った男は随分と震えている。死を目の前にして、少しくらいは切った子のことを思い出してくれただろうか。

 

 「――はあ」

 大きく息を吐いてから、目を閉じると同時に少し引き抜いた剣を納められた状態へ戻して、ゆるゆると首を振った。

 

 「目の前の男性に、私は確かに怒りを覚えています。――ですが、首を落とせと言われ嬉々として行動を起こせる感情は持ち合わせておりません」

 

 王国の、この世界のルールを知らなかった幼かった頃とは違う。またあの時と同じように感情のまま行動に出れば、今度こそ本当に大事なものを落としてしまう。それに目の前の男にも家族がいるだろう。どこかで悲しんでいると知ってしまえば、切ったことを後悔してしまう。――だから。

 

 「閣下や夫人のご厚意には感謝いたしますが……聖女としても個人としても、目の前の彼の命を奪うことは出来ません」

 

 深くお辞儀をして奥方さまに剣を返すと、納得してくれたのか受け取ってくれ、そのまま少し体をずらした。

 

 「ジークフリード」

 

 「俺は……私は聖女さまに仕える騎士です。剣を抜くときは彼女を脅かす存在が目の前に立ちはだかった時のみです。――なんの脅威もない無抵抗の男を切ってなにになりましょうか」

 

 私に一度視線を寄越して、奥方さまへ戻すジーク。

 

 ふうと一つ息を吐いて、奥方さまが次に剣を向けたのは、残りの一人。

 

 「私も、兄と同じ意見です。――母さんを……母を失った原因なのかもしれませんが……もう済んでしまったことだから」

 

 拙いながらも、キチンと言葉にして自分の気持ちを吐き出すリン。彼女へ向けていた剣を奥方さまは護衛の騎士へと返して、私たちに向き直る。

 

 「では、この男を不問に処すと?」

 

 「いえ、然るべきところ、司法組織へ預けるべき案件かと」

 

 未成熟ではあるけれど警察のようなものもあるし、裁判所もある。警察組織は軍や騎士が執り行い、そこから罪人が引き渡され裁判にかけられるそうだ。あまり関わったことがないので、詳しくは知らないけれど。

 

 「わかりました。二人はどう考えますか?」

 

 私から視線を外し、横にいるジークとリンへ視線を向ける奥方さま。伯爵さまは黙りこくっているけれど、良いのだろうか。

 

 「私も聖女さまと同じ意見であります。もう既に終わったことですから」

 

 「兄と同意見です」

 

 右に倣えのようになっているのだけれど、良いのだろうか。二人に視線を向けると目を細めて微笑んでくれた。どうやら『気にするな』ということらしい。

 

 既に乗り越えているのだから、後ろを向く必要はない。

 

 もう終わったことで、過去になっているのだから。そして死んだ人は戻ってこない。罪を犯したというのならば然るべき罰を受けるのが妥当だろう。私刑に処せば、そのことをずっと引きずってしまいそうだから。

 

 「三人の意見は承知しました。――旦那さま、如何なさいます?」

 

 「そうだね。格好よく男の首を切るべきだろうけれど、私は聖女さまとジークフリート、ジークリンデの意見を尊重したい。――騎士団、いや軍へ引き渡そう」

 

 忘れていたけれど伯爵さまは近衛騎士団団長さまである。その下部組織になる騎士団とは懇意なので、伯爵さまの力が及ばない軍の方へ引き渡すようだ。

 

 「わかりましたわ。手配いたしましょう。――貴方が侍女に手を出さなければ、こんなことにはなっていなかったというのに……」

 

 奥方さまの言葉は尤もだけれど、それだと私はジークとリンに出会えないので、微妙な顔になる。それを察知したのか、リンが半歩距離を詰めて肩が触れ合う。

 

 「それは……そうだけれどね」

 

 下半身が耐えられなかったんですよね。女癖が悪いと言われているから仕方ないとはいえ、まさか巡り巡ってこんなことになるとは。

 

 「妙な所で旦那さまは慎重になるのは何故でしょうか。あの侍女に手紙を出したり、接触していればわたくしが対処していたというのに……」

 

 「……だってバレると君が怒るじゃないか。だからこっそり金銭支援だけしてたんだ」

 

 「当たり前です! なぜ貴方は仕事のこと以外になると、こうもボンクラになってしまうのか……そして肝心な所は踏み外さない。どうしてこんな男を好きになってしまったのか……」

 

 尻すぼみになっていく奥方さまの言葉は私たちには届かず。結局最後は伯爵さまと奥方さまの夫婦喧嘩が始まる。

 

 「そろそろ去勢をいたしますか?」

 

 「え?」

 

 「陛下や聖女さまの後ろ盾である公爵閣下に連絡を取れば、可能でしょう」

 

 「待って、ねえ、待って!」

 

 ものすごく焦っている伯爵さまを尻目に、奥方さまは言葉を続ける。もしかして奥方さまワザと私と接触したのかな。公爵さまは後ろ盾だから、経緯を話せば協力を取り付けられるし、公爵さま経由で陛下にも話を持っていくことが出来る。

 伯爵家の恥部を晒すことになるけれど、どうにもならないと判断したなら後は進むだけ。

 

 「騎士団長としての仕事ぶりは部下から信頼を得ていますが、こと女性関係となると貴方の評価は地の底です」

 

 護衛の騎士の人たちが奥方さまの言葉にこくこく頷いているのだけれど大丈夫なのだろうか。まあ、それだけ伯爵家とは関係が優良なのだろう。

 

 「うぐっ……それは……」

 

 「今回で最後です! 次に女性関係の問題が発覚すれば、いろいろと立ち回らせて頂きます!」

 

 護衛の騎士の人たちが呆れ顔で見守っているのだけれど、伯爵さまの立場が危なくなってるよ。ちゃんと女性関係を断つことが出来るのかが問題……超難問な気がする。というか伯爵さま、女性関係の評判が悪いことは自覚してたのか。

 

 そうして夫婦喧嘩を眺めること暫く、また執事さんの後をついて行き帰路へと就いた。

 

 後日、奥方さまから謝罪の手紙が届いた。内容は私たちを試したこと。

 

 どうやら奥方さまは私たちが剣を取れば、その場で止めるつもりだったそうだ。過去に仲間を切られているとはいえ、その現場を証言してくれる者もいなければ、証拠もないのだから。

 私刑になってしまうし、聖女と聖女の騎士としての評判は落ちてしまう。悪評が立って困るのは自分たちなのだからよく考えて行動するように、と。

 

 貴族として聖女として真っ直ぐに生きていきなさいという激励と、貴族の矜持や立ち回り方が綴られたものが、もう一通添えられていたのだった。

 

 あ、男は軍へと引き渡され、裁判にかけられて『ガレー船送り』となったそうな……。

 

 ◇

 

 あと数日で終業式というところで、夕ご飯を食べている最中に声を掛けられる。

 宿舎から教会のお御堂へとシスターに案内され、中には神父さまの姿。

 そうして着席を促され、魔物討伐への従軍願いが舞い込んできたと説明を受けることになった。

 

 内容はヴァイセンベルク辺境伯家周辺地域に最近頻発している魔物の出現報告に、自領で対処できる域を超えたとのこと。

 軍や騎士団に魔術師団から人員を選定と編成を行い、国も協力して欲しいと嘆願され国王陛下の承認が下りた。

 

 学院で事前にセレスティアさまから聞き及んでいたので、特段の驚きもなく神父さまから話を聞いていたのだが、今回は規模が大きい。予定されている編成部隊がいつもより多く、輜重部隊の数も増強されている。

 

 そして国の要請で教会から派遣される聖女の数も増やされていた。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさま、マルクスさまも軍や騎士団に同行するようなので、長期休暇を狙い時期が合うように調整したのだろう。

 

 「何もなければいいけど……」

 

 「だな」

 

 「ね」

 

 神父さまの説明を聞き終えたジークとリン、私は顔を見合わせる。

 

 「いつもどうにかなってきたんだ。今回もどうにかなるさ」

 

 「だね、兄さん」

 

 「ん」

 

 ふっと笑うジークって言葉を紡ぐとリンと私が返事をする。自然と突き出された右腕に拳面を三つ合わさる。

 とはいえ気を抜くことは出来ない。魔物討伐とはいえ魔獣が出現する可能性だって十分にあるのだし。

 

 「買い出し、行かなきゃね」

 

 「いつ行くんだ?」

 

 「どうしようか。――もう日がないからなるべく早く済ませたほうがいいよね」

 

 「うん」

 

 食事や寝床は用意されるけれど、細々としたものは自前となっている。おそらく拠点を作ってそこから調査範囲や討伐領域を広げていくのだろう。

 以前に買った鉈やナイフは使えるけれど、火打石や革鞄を新調したい。ジークとリンも必要なものがあるだろう。

 王都の商業区域に出掛け、ぷらぷらするのも楽しいから。まあ、商品を手軽に取ったり試着をすることは出来ないので、本当に見るだけだけど。前回の鍛冶屋さんはジークとリンの紹介があったから、ああして手に取ることが出来たのだ。

 一見ならば手に取った瞬間に、窃盗を疑われて取り押さえられるのがオチである。

 

 「あ、終業式の後にしよう。午前中で帰れるし、王城に行かなくてもいいんだし」 

 

 とまあ何時ものように私が勝手に予定を決めたのだった。

 静かに頷く二人に笑みを向けて、お風呂に入りベッドの中へと潜り込むのだった。    

   

 そうして終業式前日。学院の教室。

 

 「ナイ、お前に会わせたいお方がいる」

 

 「……はい」

 

 ソフィーアさまが敬う言い方をしなければいけない人物はずいぶんと限られる。嫌な予感しかせず、彼女の言葉に答えるまでに少しの間を要したのだった。

 教室から彼女に連れられて学院のサロンへと辿り着く。扉の前にはセレスティアさまとマルクスさまの姿。そしてその後ろに控えていたのはジークとリン。

 

 「ジークとリンも?」

 

 「ああ、セレスティアさまとマルクスさまに呼ばれた。お前も来るから、と」

 

 ジークの言葉にセレスティアさまが小さく頷き、マルクスさまはその横にじっと立っている。

 夫婦喧嘩が始まらないのが珍しいなと目をぱちくりさせながら、話の内容は聖女として私と面会したいのだろう。

 

 ちなみに、聖女一人で行動させたり一人で行動すると、国や教会から怒られる。聖女自身も教会から厳しく指導されるし、相手側にも苦情の手紙を送るのだから。

 平民出身の聖女さまはお貴族さまのルールに慣れていない。昔、聖女さまの無知に付け込んで悪巧みをした輩がいたそうだ。そこから護衛の騎士が必ず就けられるようになり、公の場ではセットで行動するのが常になっている。

 

 「さて、すまないが待たせる訳にはいかない。――心配はしていないが、粗相のないようにな」

 

 「ナイならば、大丈夫ですわ」

 

 「まあ、俺よりはマシだな」

 

 ソフィーアさまの再度の言葉で、やはり高位貴族の誰かと面会するようだ。とはいえ、この学院にはソフィーアさまと同格の人はいない筈だけれどと首を傾げる。

 目的がなければこうして紹介はされないだろうし、一体誰なのだろうと開く扉を見つめ、部屋の中がはっきりと視界に捉える。

 

 ――第一王子殿下と婚約者の隣国の王女さま。

 

 金のサラサラの髪を窓から入る光に反射させ、奇麗に天使の輪が浮かんでる。切れ長の目に青い瞳。鼻筋も通っているし、口元も完璧。

 そして第一王子殿下の隣に静かに座っている女性は、隣国の王女さまで殿下の婚約者。王子妃教育と王国の文化に馴染む為に学院へ留学中だそうで。入学式や建国祭のパーティーで遠目に見たことがあるだけで、お二人とも三年生なので関わることはなかったのだが。

 

 「ソフィーア、手間をかけたね」

 

 元第二王子殿下の元婚約者なのだから、顔は知っていて当然だし交流もあるのだろう。

 セレスティアさまとマルクスさまも知っているようだ。軽く礼を執っている。

 

 「いえ、殿下の頼みです。遠慮なく申し付け下さい」

 

 椅子から立ち上がって私たちを迎える第一王子殿下は人好きのする笑みを浮かべ、こちらを見た。将来の王太子殿下である。

 万人に受けるように笑い方まで習っているのだろうか。それにしたってすごいイケメン。

 

 「ようこそ聖女殿。この度はいきなり呼びつけて申し訳ない」

 

 「お気になさらないでください、殿下」

 

 「さあ、座って。――是非とも味わって頂きたい上手い茶を用意した。口に合うと良いのだが……」

 

 着席を促されたので席へと座る。当然、ジークとリンは私の後ろに。正面に第一王子殿下、その横に王女さま。私の右側にソフィーアさま左側にはセレスティアさま、更にその横にマルクスさまである。

 妙な状況だなあと、目を細めるとこの部屋で一番位の高い第一王子殿下が口火を切るのだった。

 

 「此度は急な魔物討伐の命に従ったことに感謝すると、陛下からの言伝を頼まれてね。時間もなく使者も出さずこうして学院で伝える羽目になってしまったよ」

 

 嫌なら断る選択肢もあるが、断ると聖女としての評価が悪くなるので今回も受けた次第。殿下は簡単に謝ることが出来ないからか、遠回しに『すまない』と伝えているようだった。

 

 「殿下、お心遣い感謝いたします。国王陛下にも聖女としての務めを果たして参りますとお伝え頂けますか?」

 

 「ああ、それは勿論。――今回の件は普段よりも規模の大きいものになるし、期間も長い。城の魔術陣へ魔力補填を行う人材を長期間留守にさせるのは手痛いが、辺境伯殿からの依頼もあるのでね」

 

 そう言って殿下はセレスティアさまに視線を向ける。

 

 「はい、殿下。ヴァイセンベルク辺境伯家は此度の事態を重く受け止めております。魔物の出現が頻発していること、被害報告も増えていること。そして報告範囲が広いことも頭を抱える原因です」

 

 いつもの口調は鳴りを潜め、きちんと殿下と対話していた。セレスティアさまの独特なお嬢言葉に慣れているから、妙な感じだけれど。どうやら魔物の出現が多発している上に広範囲で報告が上がるので、手を焼いているようだ。辺境伯家周辺の領地も事態は同じで困っているとのことだ。

 

 「辺境伯殿でも持て余して、王家に助けを求めてきた。尋常ではない事態だよ」

 

 はえーそうなのか、と他人事のように話を聞いていると、殿下の顔が私へと向けられる。

 

 「聖女殿は魔獣出現の際に死者を出さなかったと聞いている。期待しているよ」

 

 「はい、殿下のご期待に添えられるよう尽力してまいります」

 

 そう言われるとこう返すしかないよなあと、遠い目になりながら味の分からないお茶を啜り、ほどなく解散となる。

 呼び出された意味を感じられなかったなあと帰路へ就き、翌日は終業式を終え。

 

 長期休暇は遊び倒すと決めていた予定を初っ端から砕かれ、長期休暇二日目までは旅支度を。三日目に王都から出発する為に、王城へと足を向けるのだった。



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0043:子爵領領都。

 ――日が昇る少し前。

 

 王城の広場には軍人や騎士団の高官の人たちや現場指揮官が集まっている。王都外の城壁側にも階級の低い平場の兵士たちが、待っているそうな。討伐遠征に同行する聖女も王城の広場に召喚されていた。教会の関係者も見送り役として、位の高い人たちが参加している。

 

 「凄い人数だね」

 

 周りを見渡すと、人、人、人。一堂にこんなに集まるのは本当に珍しい。学院でも全生徒が集まって終業式を行ったが、ここまで人数は多くなかった。

 

 「ああ。この規模に参加するのは初めてだな」

 

 「うん。――ん?」

 

 顔見知りの多い部隊だと嬉しいのだけれど。騎士団の方だと平民上がりだと言われ、蔑ろにされることが時折あるので、平民出身の人たちが多く所属する軍の方が気楽だったりする。

 

 「どうしたの、リン」

 

 「あの人、前に見た人だね」

 

 背が高いから私よりも周囲が良く見えるのだろう。顔を大きく左右に揺らしてようやく、前にソフィーアさまとのお茶会に同席していた侯爵令嬢さまが見えたのだった。確か聖女さまだと言っていたので、今回の討伐遠征に参加するようだ。

 

 「本当だ。凄い格好だけれど、大丈夫かな……」

 

 恐らく今後、どこかで築くであろう拠点も良い場所に設置させるとは限らないし、道なき道を進む場合もあるのだけれど。白を基調とした遠目でも上質なものを纏っていると分かる服装は、すぐ駄目になりそうだった。

 今の私は王城の中ということで聖女の格好だけれど、途中で隊列を一度離れて教会で平民服へと着替える予定である。割とサバイバルな環境なので、生半可な気持ちで参加すると痛い目をみる。

 

 「良い所のお嬢さまだからな。汚れても侍従たちにやらせるはずだ」

 

 「……彼女の周りに居る人たちも同行するのか」

 

 彼女の後ろにはクラシカルなメイド服を着ている女性や執事っぽい人も控えているので、世話役として一緒に向かうのだろう。

 一度だけ低位のお貴族さま出身の聖女さまと討伐に一緒したことがあるが、彼女は一人だけだったが侍女を同行させていた。着替えや身の回りのことはある程度出来るけれど、洗濯や食事の用意は無理だからと苦笑いをしていたのをよく覚えてる。

 

 「だろうな。一人で身の回りの世話を出来んだろうし」

 

 なんの為に討伐に同行するのやらと呆れた言葉は口には出さず。侯爵令嬢さまなので、自分の着替えすら出来ないのではないだろうか。学院だと着替えが必要になった際は、用意された部屋で学院が雇っている侍女に着付け作業を頼むらしいから。

 

 三人で少し呆れつつ、侯爵令嬢さまご一行を見つめるのを止め、次へと視線を移す。

 

 これまた若い聖女さまが同行するようだ。侯爵令嬢さまが二十歳前後らしいから、それより少し下だろう。

 身なりも良いのでお貴族さまっぽいのだけれど、学院では見たことがないので卒業生だろうか。こちらのご令嬢も人数は少ないが、彼女の周りに侍女たちを控えさせており、残り数名もお貴族さまの聖女のようだった。

 

 「聖女さま、お久しぶりでございます」

 

 「お久しぶりです、副団長さま」

 

 久しぶりと言ってもそう時間は経っていない気がするけれど、声を掛ける切っ掛けにしたかったのだろう。

 小さく礼を執って頭を下げる副団長さま。日が昇る前なのでまだ少し暗い広場で、彼の銀髪は目立つなあと目を細め言葉の続きを待つ。

 

 「ええ、本当に。――今回は貴女が参加なさると聞いて僕も志願したのですが、楽しい行軍になりそうですねえ」

 

 副団長さまは楽しいのかもしれないが、私は彼の餌食になってしまうのだろうか。いや、魔術で障壁を張るくらいならば問題ないけど、他の事となると困るのだ。

 魔力の扱いが下手糞らしいから、その部分が改善するのは正直嬉しいが、攻撃系の魔術を覚えるとなると嫌な予感しかしない。きょろきょろと周囲を見渡す副団長さまの視線は、私以外の聖女さまが居る場所で数瞬とまっていた。彼が他の聖女さまに興味を持ってくれるならば、僥倖だけれど。

 

 「先生」

 

 「お師匠さま」

 

 「おや。貴女たちも参加なさるので?」

 

 私たちが確認できたのか、聖女や教会関係者が集まっている場所へとソフィーアさまとセレスティアさまがやって来た。最近、一緒に行動していたマルクスさまが居ないので、違和感を少し感じつつ三人の会話に耳を傾ける。

 

 「はい。今回は見識を広めるために陛下や辺境伯閣下にご許可を頂きました」

 

 「ええ、当然ですわ。今回の依頼主は父であるヴァイセンベルク辺境伯ですもの。その名に連なる者としての義務を果たします」

 

 セレスティアさまは今回の討伐依頼主である辺境伯家の娘としての義務を果たす為に参加するようで、気合が入っている模様。

 

 彼女の特徴的なドリル髪が、いつもより巻いてある。

 

 これ、朝とか自分でセットするのか、それとも放置するのか。いやでも辺境伯のご令嬢さまだし、身の回りのことは侍女の人たちの仕事である。

 侍女の仕事を奪うことはご法度みたいなものだから、行軍から日数が経つと一体彼女はどうなってしまうのか。みっともない所は見せないだろうから、トレードマークとなっているドリルから緩いウェーブくらいになっていたら見物だなあ、なんて考えている。

 

 「そうでしたか。しかしまあこうして特進科の、しかも高位の子女の方々が参加なさるとは。聖女さまも彼女以外に参加なさっていますし、楽しみですねえ」

 

 いやいや。前回の魔獣討伐のようにはならないで、平穏に討伐を終えて欲しいけれど、無理だろうなあ。長丁場だから怪我人は出るだろうし、途中でリタイアする人も出てくるだろう。

 

 ――陛下御成り!

 

 高らかに声が上がると、この場にいる人たちが一斉に平伏する。しばらくすると『顔を上げろ』の声が響く。

 陛下の御前に立つのは二度目だけれど、討伐依頼でこうして顔を出すこともあるのか。おもむろに口を開いた陛下は今回の経緯について話し始めた。

 

 魔物の出現報告が多くなり困った辺境伯さまやその周辺の領主たちの嘆願で今回の遠征が決定したとは聞いていたけれど。原因究明も含まれていたとは驚きだ。てっきり間引きをして安全を確保するだけだと考えていたのだが。

 もしかして副団長さまが参加した理由は、それも含まれるのではないだろうか。魔術には愚直な人間だし、魔物の発生が多発している原因に魔術が関係しているとあれば嬉々として参加しそうだものな、副団長さま。

 

 「皆の者、王国を支える身として全霊を尽くせ!」

 

 その言葉に短く『はっ!』と答えると、一段高い場所にいた陛下が片手を挙げてこの場から去るのだった。

 

 ◇

 

 陛下からの激励を受け、ようやく動き始めた討伐部隊。一旦、王都の城壁で待機している人たちと合流する為に、少し時間が空く。

 途中で隊列を抜け、教会の宿舎に戻り動きやすい平民服へと替え、教会が用意してくれた馬車で城壁手前まで送ってもらった。もちろん教会騎士服を纏っていたジークとリンも着替えて、軽装ではあるものの革鎧を身に着けて冒険者のような格好になっていた。

 

 「手を」

 

 日がようやく昇り始め、朝日を浴びながら手を伸ばす。

 

 「ありがとう」

 

 馬車から降りるときは必ずと言ってジークが手を差し伸べる。一応、聖女と護衛騎士という立場なので問題はないのだけれど、男の人にエスコートされるのって少々気恥ずかしい気持ちがある。

 幼馴染で付き合いも長いけれど、相手はイケメン、顔が良い。背も高かく手足も長い、騎士として鍛えているから腹筋が割れてるのも知っている。

 そういう理由がある所為か、今回同行している聖女さまご一行の視線が痛い。この世界の顔面偏差値は高めだけれど、ジークは平均を軽く超えているので視線を浴びるのは仕方ない。

 けど、その視線を私にも向けるのは間違っているのではないだろうか。あからさまに嫉妬の眼差しである。欲しけりゃ、自分でアピールしてジークを射止めてみなよと言いたくなるのだが、ジークが好む異性ってどんな人なのだか。

 

 「兄さん」

 

 「どうした?」

 

 馬車から荷物を下ろしていたジークにリンが声を掛けた。

 

 「次は私がその役やる」

 

 「……そりゃ、構わんが」

 

 どうやらリンはエスコート役を自分もやりたかったようだ。時折、こうしたやり取りをしている双子を微笑ましく見ていると、二人してため息を吐かれる。

 エスコート役は基本男性だから、ジークが渋るのは無理はない。とはいえリンも騎士なので、そういう役回りをしてもいいのだが、周りは良く思わないかも。

 ジークが横にいるのに突っ立ってるだけならば、男の癖になにをぼーっとしているのだと言われるのだから。世知辛い世の中……というかお貴族さまの慣例というべきか。面倒だと思うこともあれば、良く考えられているなと思うこともあるので、一長一短である。

 

 「なんで二人ともため息吐くかな……」

 

 「ナイが笑うからだろう」

 

 「うん。――エスコートの回数は兄さんの方が多いから……偶には私がやってもいいと思う」

 

 むぅとリンが小さく唸って私の側へと来る。ジークが私をエスコートしていると彼女はいつも羨ましそうな視線を寄越していたから、憧れているのだろう。騎士の人が主人を敬っている姿はカッコいいものね。

 

 「無駄話はもういいぞ。そろそろ出発みたいだからな」

 

 遅れて来たからか、どうやら部隊は移動を開始するようだ。先頭を行く騎士団は馬に騎乗し整備された辺境伯領への道をゆっくりと進み始める。沿道には騎士団や軍の人たちの家族が見送りに来ていた。手を振り合っている人もいれば、照れくさそうにしている人もいる。

 

 長閑で平和な光景。

 

 その一言に尽きるなと、幌馬車に乗り込んだ私たちは隊列の真ん中ほどの位置で、長き旅路が開始されたのだった。

 

 「流石に今回は時間が掛かるな」

 

 辺境伯領まで十日間。道中、街に寄ったりできるけれど、この規模の人数を泊めることができる施設なんて存在していないし、野宿がデフォだ。野宿は野営するからいいとして、お風呂に入れないのが最大の問題か。

 

 「仕方ないよ辺境伯領までは遠いから。それに転移魔術を使える人は限られているし、この物量を転送できる人も限られるもんね」

 

 転移魔術なるものが存在するので人や物の移動は一瞬で済むのだけれど、人数や物の制限があるので、こうして大量になってしまうと地道に移動するしかなくなる。おそらくソフィーアさまにセレスティアさま、侯爵令嬢さま当たりは転移魔術を使用しての移動だろう。

 家お抱えの魔術師が居るはずだし、転移を使える魔術師を確保していてもおかしくはない。費用は掛かるが効果が高いから。国を超える程の距離を確保するとなればかなり数が限られてくるけれど、王家や公爵家レベルならば絶対に居るはず。

 

 高位のお貴族さまたちは転移を使用しているだろう。もちろん軍や騎士ならば、立場があるので行軍に参加しているだろうが。

 

 「まあな」

 

 「お尻痛くなりそうだね。敷物、もう少し用意しておけば良かった」

 

 「だね……。途中で他の領都に寄るみたいだから、そこで買い足せばなんとかなるよ、リン」

 

 クッションもないからなあ。木の板に直に――ある程度の布は敷いてあるけれど――座っているだけだし、馬車の衝撃緩和装置もお粗末だ。

 お尻に衝撃を加えすぎて痔になるのは頂けない。水洗トイレはあるもののウォシュレットまでは存在していないから、お尻は大事にしないと大変な目に合うことになる。他の聖女さまに治癒を依頼できるけれど、ねえ? 無理すぎる案件だ。よし、やはり途中で寄り道してお尻の安全を確保しようと、リンと確り頷きあうのだった。

 

 転移用の魔術陣を気軽に使えれば嬉しいけれど、あれは秘法中の秘法らしいので秘匿しておきたいのだろうし、まだ状況は切羽詰まってはいないということだ。本当に不味い事態だと転移陣を使用していたはず。

 

 「んー! 背伸びできるのがありがたい」

 

 何度か休憩を挟みながら今日の最終目標地点である、とある子爵さまが治める領都へたどり着き馬車から降りる。

 片手を腰に片手を天へと突きあげて、思いっきり背を伸ばすとぼきぼきと背骨が伸びる感覚が頭に伝わって、少し気分が良くなった。休憩を挟んではいるものの、ゆっくり休んでいる暇はないし、人間が休むというより馬の水分補給や餌をやる時間という側面の方が強い。

 

 しばらくこの場に待機していると最後尾の部隊がたどり着く。ほどなく輜重部隊や工作兵の人たちが野営用のテントをテキパキと張っていく。この人数を領都の中へと全員入れるのは無理があるので、本日は野営となっていた。

 

 買い出しなどは町の人たちから歓迎されているので、許可を得て領兵へ伝えれば入領賃を払わずに町へ入ることができる。野営を嫌う聖女さまだと、買い出しを兼ねてそのまま町の宿屋で過ごすこともあるが、私たちは野宿で十分。

 

 「さすがに持ってきた敷物だけじゃきついから買いに行こうか」

 

 「だね。移動はまだまだ掛かるし、無駄になるものじゃないから」

 

 また次の討伐で使えるとリンは言いたいらしい。さて、目的の物があればいいのだけれどリンからジークへ視線を移すと、荷物を

 

 「ジークはどうする?」

 

 「俺は野営の準備を手伝ってくる。二人で町へ行ってこい」

 

 男手は多い方が良いのだろうし訓練も受けている。軍や騎士の人たちの足手まといにはならないだろうと、考え一度頷き。

 

 「わかった。欲しいものはある?」

 

 「特には。――ナイ、無駄なものを買ってくるなよ」

 

 「か、買わないよ……多分……」

 

 ジークは私の行動を見越していようだ。美味しそうなものがあったら買い食いしようと考えていたのに、見破られていた。なんだか悔しいと感じつつ、町へ入れない人もいるのだしジークにお土産を買ってくるのは諦めて、聖女組を管轄している指揮官の人に町への入場許可をリンと二人で取りに行くのだった。

 

 ◇

 

 指揮官の人から頂いた許可証を持って、子爵領の門側に立っている衛兵へ提示する。差し出したままになっている紙の文字を追って、衛兵さんの視線が動きこくりと頷くと。

 

 「ようこそ、領都へ!」

 

 にかっと笑った厳つい顔の衛兵は、リンと私を子爵領領都の中へと促してくれたのだった。

 

 「奇麗に整備されてるね」

 

 王都よりも随分とこじんまりとしているが、碁盤のように張り巡らされている道とその間に設けられた石造りの家々は手入れが行き届いている。窓には花鉢があったり、三階建ての集合住宅からはロープが張り巡らされており、昼日中には洗濯物が空に泳いでいただろう。

 

 「うん。お店とかどの辺りだろう」

 

 王都暮らしが長いので、違う領主が治める街や村に入る機会は少ないけれど、この子爵領は王都にも近いということもあって、結構栄えているようだ。

 討伐部隊が一日目の野営の場所に選ぶのだから、立地に恵まれて発展してきたのだろううな。とはいえ領主の手腕がなければ、ここまで発展はしていないだろう。この感じだとメインストリートが今いる場所なので、先に進めば商業区画に辿り着きそう。広場があれば露店があるだろうけれど、時間も夕暮れ時だから少なくなっていそうだ。

 

 なら店舗営業している所を探す方が先決だなと、リンと雑談を交わしながら歩を進めていると意外な人物に出会うのだった。

 

 「おや」

 

 「副団長さま。どうしてこちらに?」

 

 私が先に声を掛けてしまったことを気にもせず、微笑みを浮かべながら副団長さまがこちらへとやって来る。どうやら買い出しに来ていたようで、魔術具を取り扱う店を覗いていたようだ。

 

 「いやあ、魔術転移で辺境伯領まで行くのも芸がないと思いまして。希望者だけを転移させて僕は軍や騎士の方とご一緒したのですよ」

 

 「術者の方だけ残る方法もあるんですね」

 

 本当に意外だった。術者と術者の魔力量で転移可能人数が決まるハズなのだけれど。おそらく行軍したくないお貴族さまたちを転移させたのだろう。

 

 「ああ、既存のものを改良して新たな術式を僕が組んだので。今回は実用段階の前試験でしたが上手くいって良かったです」

 

 にんまりと笑みを浮かべているけれど、副団長さま……高位のお貴族さまたちを実験道具にしていないかな、これ。

 転送事故が起こったならば、副団長さまは今この場には居ないはずなので、とりあえずは問題はなく終わっているのだろう。本当に、魔術師の人たちは変態というか自分の欲望に忠実な人たちが多い。

 

 「そうだ。――この後、聖女さまの野営場所を訪ねてもよろしいでしょうか?」

 

 「天幕に入ることは出来ませんので、外での対応となってしまいますが……」

 

 プライベートな部分となるので教会関係者以外が入ることをあまり良しとしていない。護衛の男性騎士でも天幕の入口は開放したままという条件があったりするので、来客ともなると外で迎えるのがルールとなっている。それに夜間にウロウロしていると、いろいろと疑われる要素を増やすだけで、良いことなんてないから。

 聖女を取り巻く環境を知っていて、副団長さまは話を持ち掛けてくれているので、有難い。夜に『俺の天幕に来い!』と命令した人も居て、それを聞いていた周囲の同僚たちに責められるわ、教会からも抗議の手紙が届くわで涙目になっていたけれど、その人。

 

 「ええ、結構ですよ。聖女のしきたりも大変ですねえ」

 

 知っている人と知らない人の差が大きい。副団長さまは魔術以外のこととなると、割と紳士的である。

 

 「正直、どうしてそこまで徹底しているのかと言ってしまいそうになりますが、慣れれば対応はしやすいですよ」

 

 覚えて実践して慣れればどうってことはない。慣れないことは……特にない、かも。孤児生活で凍死しなかったのは王都の気候が穏やかだからだし、食事も洋食中心でゲテモノ料理とかは出たことがない。

 時折、妙な魔物が出て『グロい』と零したくなって、それくらいだろうなあ、この世界に生まれて慣れないことって。スタートが最底辺だったので、ある程度のことに耐性が付いてしまったのが幸運だった。もし仮にお貴族さまのご令嬢の出発だったら、こんな環境に慣れていなかった可能性だってあるのだし。

 

 「僕も貴族としての習わしなんて放り出したいですが、簡単に捨てられるものではない……まあ有難いこともありますし、なんとも言えないですねえ、こればかりは」

 

 「そうですね」

 

 「さて、聖女さまのお買い物を邪魔をしてはなりませんし、僕はこれで。――よく眠れる茶葉を持ってお邪魔することにいたします。ではまた夜にお会いしましょう」

 

 「はい、また夜に」

 

 副団長さまと別れて、目的の店を探す。布屋さんにでも行けば生地は手に入るだろうけれど、どうせならクッションや座布団のようなものが欲しい所。

 ボロ布を布屋さんで安値で買って、服飾系の店に持ち込み詰め込んで貰えば、クッションが代わりにはなるだろうと、とりあえず布屋さんを目指す。恰幅の良いおばちゃん店員に声を掛けると、気さくに対応してくれる。王都のお店の人よりのんびりしている感じが漂っていて、場所で人柄の違いが出ているのが面白い。

 

 「確りとした生地を何枚か頂きたいのですが、おすすめはありますか?」

 

 「おや。小さいお嬢さんだねえ……お姉さんとお遣いなのかね。どのくらいのサイズがいいか言えるかい?」

 

 確かに同年代の人たちよりもチビだし、童顔だけれども! 心にナイフが突き刺さったような痛みを覚えるけれど、リンが笑いを堪えている気配を感じて後ろを向いてジト目を向けて抗議しておいた。訂正するのも面倒だし、目の前の女性にはあまり関係のないことで、目的は布の購入と心の中で自分に言い聞かせる。

 

 「馬車で移動をするのでお尻に敷くものが欲しいんです。ボロ布があればそれも購入して、縫って敷き物代わりにしたいなって」

 

 「ボロ布ならあるけれど、詰め物にするほどはないねえ……」

 

 「なら、安い布切れを長尺頂けますか?」

 

 「切って詰め込むのかい?」

 

 「はい。ないよりはマシですので」

 

 「確りしたお嬢さんだねえ。お姉ちゃんを頼らずにあたしと話ができるんだから!」

 

 呵々と笑って女性は店の奥へと引っ込んで、物音を立てながら何かを物色している様子。『リンがお姉さんって……』『私の方が背が高いからね』と視線で会話をしていると、店員さんがお店のカウンターに現れて、こっちへ来いと手招きされた。

 

 「はいよ。生地が分厚いものを選んだから早々破れたりはしない。あと詰め込むボロ布もこれだけあれば大丈夫さね」

 

 そう言って大量のボロ布を出してくれたのだった。

 

 「ありがとうございます。これだけあれば十分な物が作れます」

 

 「お礼はいいよ。代金をきちんと払ってくれりゃあね!」

 

 そうして店員さんの言葉通りに金額を払って、店を出る。こういう店だと値引き交渉も醍醐味だけれど、時間もないのでお金は渋らなかった。次は服飾をしている店舗に急いで作ってもらえるか確かめようと、リンと一緒に数軒先のお店へと入る。

 

 味のある内装に、並べられた服の数々。ゆっくりと眺めたい所だけれど、今は店員さんの下へと足を運んで。

 いらっしゃいませと、落ち着いた声色で喋る男性店員さんに経緯を話すと、丁度職人の手が空いているので急いで作らせるとのこと。作り方は簡単だし少し待っていれば出来上がるとの事で、前金を払って店を出てリンとそのまま町を探索。

 

 きょろきょろと町の中を歩くだけ。それでも目新しいものが多くて楽しく、指定の時間まで直ぐだった。

 

 「ありがとうございました」

 

 またしても『おつかい偉いね』と言われてしまって、微妙な心境になりながら町の外、野営をしている場所へと戻るのだった。



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0044:野営地にて。

 服飾店からの帰り道、元来た道を辿り町の出入り口を目指していた。荷物を抱えて少し足元が怪しいけれど、重くはないのでまだマシ。転倒だけしないように、足を確りと上げて前へと歩を進める。

 

 「早く戻ろう、リン」

 

 「そうだね。――っ」

 

 早く戻らないと日が暮れてしまうし、食事にありつけなくなってしまう。規模の大きい編成となっているので、炊き出しが行われ配膳されるのだ。片づけもあるので、暗くなる前に全てを終わらせてしまうだろうし、ジークも待っているだろうから。

 

 「どうしたの?」

 

 「ナイ、下がって」

 

 突然立ち止まったリンへと顔を向けると、ある一点に視線が止まっていたものが、少しして動き始める。

 

 「ヘヘヘ……お嬢ちゃんたち……日暮れ前に女二人で行動するなんざ、襲ってくれと言っているようなものだよなあ?」

 

 にやにやと笑う肉付きの良い男性と年若い男二人に道を塞がれた。確かに、ただの女性であれば問題行動かもしれない。でもリンは冒険者の格好をしているので、ある程度の腕っぷしは備えていると初見でも分かるはずだ。

 

 ということは目の前の男性三人は私たちよりも強いと判断したのだろう。市中での魔術行使は禁止だし『どうしよう』とリンを見ると『大丈夫』と視線で答えてくれる。なら平気かなと確信している辺り彼女の強さを信頼しているというべきか。

 

 「この町の人間じゃねーだろう。王都の連中なら金を持っている筈だ。有り金全部置いていけ」

 

 「嫌です」

 

 男の言葉にピクリと片眉が上がるリン。はっきりと耳に届いた声には、怒りが込められているような。

 あまり感情が外に出るタイプではないので、珍しいとリンの手元をみると青筋が立っているので、随分と力が入っているようだ。

 

 「舐めた真似してっと、お嬢ちゃんたちがどうなるか知らねーぞ。アンタはある程度力に自信があるようだが、後ろの妹がどうなってもいいのか?」

 

 「は? ああ、うん、そうか……そう。兄さんが居なくて良かった」

 

 あ、リンの地雷を踏み抜いた。ターゲットが私に向けられた為に、完全に切れている。ぶっちゃけこういう手合いに掛ける慈悲はないので合掌したい所だけれど、そんなことをしている場合じゃないし、こういう時に頼りになるジークが不在である。物理で彼女を止められる人間が居ないと頭を抱えて、リンの服の袖を掴む。

 

 「待って、リン!」

 

 「でもっ!」

 

 「良いから。戻ってご飯食べよう、ね?」

 

 頭に上った血が少しマシになったのか、私に意識を向ける為にリンの手を握ると憤怒していた顔から、へらりといつものリンに戻るのだから現金だとは思うけど。まあ、チンピラの人たちが助かったのならば、それでいいかと納得して二人で戻ろうとした時だった。

 

 「手前ら!! 勝手に話終わらせてんじゃねーよっ!!」

 

 逆上したチンピラ三人組が一斉に襲ってくる。魔術の使用は街中だと禁止。

 

 「ちょっとごめんね、ナイ。――ふっ!」

 

 「ぐべぇ」

 

 「ごぉほ」

 

 「ぶへっ」

 

 繋いだ手を離して男三人を瞬殺……地面にひれ伏しているのだけれど、大丈夫だろうか。世紀末列伝みたいな声を出しながら、倒れ込んでいたのでちょっと心配である。

 一瞬治療を施そうかと思ったけれど、この町って治癒魔術の使用って、許可制なのだろうか。王都だと聖女の資格を得ていれば個々人の判断で使用可だけれど、この町のルールはどうなっているのだろう。それぞれの土地や治める領主の考えで微妙に違うことがあるから、迂闊なことはしない方がいい。

 

 街の人に聞きたくても、危険を察知したのか周囲には誰も居なくて困り果てる。

 

 攻撃系の魔術は王国全体で街中では使用禁止と発布されているから、基本的に使えない。例外は魔術学院や王立学院等の教育機関や専門の訓練場となっており、冒険者の人も勝手に使うと資格剥奪とかあり得たりする。

 確認が取れなきゃ治癒魔法は使えないなあと地面へ視線を落としていると、騒ぎを聞きつけた町の警備兵が数名こちらへと駆けつけ、事態を飲み込めないのか唖然としてる。

 

 「だ、大丈夫ですか、聖女さまっ!」

 

 「騎士の方に守って頂いたので怪我もなく平気です」

 

 町へと入る際に許可証を確認した人がこちらまで来ていた。私の声を聞いて大きく胸を撫でおろす警備兵の方々。身分がバレているので、私の身に何かあると怒られるのは彼らである。騒ぎを起こすつもりなんて毛頭なかったけれど、こうして絡まれたら対処するしかないもの。

 

 「申し訳ありません、こいつらこの町のゴロツキでして……最近、行動が酷くなっていたので正直助かりました」

 

 警備兵の人たちは、聖女を襲ったという理由で捕まえて罪を問うようだ。三人に手際よく捕縛用の縄をかけていく。チンピラより酷いゴロツキと表現されるなんて、彼らは手に職付けぬまま無頼漢として生きてきたのだろう。

 

 「そうでしたか。――ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 町の警備兵とはいえお貴族さまが何処にいるかは分からないので、なるべく丁寧な言葉で対応する。聖女とバレているので粗相が出来ないというのもあるけど。

 

 「答えられることであれば、なんでも!」

 

 私の方が聖女なので身分が高くなるようだ。大人の男性が子供にこうした態度を取るのは、位が高いという証拠。

 あまり畏まられるのも妙な気分になってしまうので止めて欲しいけれど、仕方ないと諦めている。目の前の彼らとこれから仲良くなるというならば、敬語は止めて欲しいと願い出るけれど、おそらく今後会うことはないから。

 

 「この領都での治癒魔術の使用は許可制でしょうか?」

 

 「いえっ! 聖女さまであれば個人の裁量で可能となっております!」

 

 「なるほど。お答えいただき、感謝いたします」

 

 そう言って頭を下げると、なんだか凄く驚いた顔をしている警備兵の皆さま。とりあえず町のゴロツキの治療をしようと、チンピラ改めゴロツキ三名の側へとしゃがみ込む。

 捕縛されているので警戒する必要はない。適当な治癒魔術を発動させ怪我の治療を施すと、疑問符を浮かべているような顔になる。

 

 一瞬、答えてしまおうかと考えたけれど、結局答えは伝えないまま立ち上がり、警備兵さんたちの下へ。

 

 「お騒がせをして申し訳ありませんでした」

 

 「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けし誠に申し訳ありませんでした」

 

 それでは失礼いたしますと警備兵の人たちに声を掛け、領都の門をリンと二人で潜るのだった。

 

 「よかったの、ナイ?」

 

 門を抜けてしばらくすると、困ったような何とも言えない顔でリンが問いかける。

 

 「よかったって、私が魔術を使ったこと?」

 

 私が町のゴロツキに治癒を施したのには理由がある。リンが今回守ってくれたけれど、何かあれば過剰防衛だと騒がれると迷惑極まりない。

 大した罪にはならないだろうけれど、リンの教会騎士としての道が閉じてしまうのは避けたい所である。まだまだ先の長い人生だ。こんなところで、そしてつまらない理由で駄目にするのは馬鹿馬鹿しすぎる。

 

 「うん」

 

 「あの人たちが怪我して何かあったら困るのは私たちになるからね。念の為だよ」

 

 リンが誰かに責められる所なんて見たくはないし、と付け加えると嬉しそうに彼女は笑うのだった。

 

 ◇

 

 町の門を出て、野営場所へと戻ると数多くの天幕が張られていた。工作兵の人たち凄いなと目を細め周りを見ると、まだ細々としたところは終わっていないようで、忙しなさそうに軍や騎士の人たちが動いている。

 作業をしている人たちの中からジークを見つけて、そちらへとリンと二人で歩いて行く。

 

 「ジーク、ただいま」

 

 「ただいま、兄さん」

 

 「ああ」

 

 声を掛けると、振り返って短く言葉を返してくれたジーク。私たちが持ってきた荷物は天幕の中へと既に移されている。聖女用の天幕は教会のマークが描かれているので分かりやすい。

 そして自分用の天幕を見つけ、先ほど町で買ってきた商品を中へと運び入れ、また外へと出る。

 

 「何か手伝う?」

 

 取りあえず聞いた方が早いと判断して、まだ作業を続けているジークに問いかけた。

 

 「こっちは足りてる。給仕の連中が人手が欲しいと言っていたぞ」

 

 「じゃあ、そっちに行ってくる。リン、一緒に行こう」

 

 「うん」

 

 力仕事は苦手だけれど、給仕ならば手伝うことが出来るだろう。

 その前に教会のお偉いさんに許可を取ってからだなと、その辺りで暇そうにしていた責任者へ一声かけると、やる気なさげに許可を出してくれた。

 

 軍や騎士の人しか居ないとはいえ、聖女が一人で行動すると白い目で見られる。なのでリンと一緒に給仕部隊の人たちが集まっている場所を目指しつつ、きょろきょろと周囲を見渡しつつ、何処になにがあるのかを記憶していく。

 たった一晩しか滞在しないけれど、いざという時になにが何処にあるのかの把握は重要だ。誰かが火の不始末で火事になれば直ぐに燃え移るだろうし、指揮官や重要人物が滞在している天幕の把握は最優先となる。

 

 「ナイ、あれって」

 

 「ああ、ハイゼンベルグ公爵家の家紋と……隣はヴァイセンベルク辺境伯の家紋だね」

 

 家名が似ている所為なのか家紋も似ているのだけれど、なにか関連性でもあるのだろうか。軍の総帥を務める家と辺境の守りを担う家なので『盾』をモチーフにした家紋である。

 爵位の違いからか公爵家の方がデザインが細かい。これを考えた人のセンスが良いのか、悪いのか。美的センスは乏しいので、よく分からない。

 

 二家の天幕の前には騎士の人たちが数名、立ち番をしている。どうやら家から派遣されている騎士のようで、騎士団の人たちの装備よりも確りとしたものを纏っていた。

 びしっと微動だにしていないあたり流石だなあと横目で見つつ天幕を通り過ぎ、給仕部隊が作業をしている場所にたどり着いた。

 

 ほぼ作業は終わらせているのか、良い匂いがあたりに立ち込めている。ちょっと来るのが遅かったのかなと苦笑いをしつつ、片腕にだけ腕章をつけている料理番の偉い人を見つけ声を掛けた。

 

 「すみません。――お手伝いできることはありますか?」

 

 「おや、聖女さまではありませんか。ありがたいお言葉ですが、よろしいのですか?」

 

 味見のし過ぎで肉襦袢を纏っているその人とは、以前に参加した遠征時に自己紹介を済ませてあった。私の姿を見て笑みを浮かべる料理番長は、どうしたものかと考えているようだ。

 教会の聖女さまたちは天幕の中へ籠っていることが多く、力作業や細かい作業を手伝うことを嫌っていて、こういう食事も兵士や騎士の人たちと一緒に食べることはない。

 私のように外に出てウロウロしている聖女さまの方が珍しいので、最初の頃は兵士や騎士の人たちからの視線が凄かった。知り合いが増えるとずいぶんと減ったし、隊長さんのように気さくに喋りかけてくれる人もいる。

 

 「大したことは出来ませんが……教会からの許可は得ていますので」

 

 「では、配膳作業をお願いできますか? 今回は何分人数が多く我々の人手が足りていないもので」

 

 「わかりました。作業内容は係の方にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 「ええ。私が言っていたと伝えて頂ければ、話は通じますから。それでは聖女さま、お手を煩わせて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

 

 あとで食事にはイロをつけておきますね、と周囲に聞こえない程度に料理番長さんは囁いて、さらに笑みを深めるのだった。気を使わせてしまったなと苦笑しつつ、リンと二人で移動する。ほどなくして作業場に着いて適当な人を捕まえる。

 

 「すみません、人手が足りていないと聞いてお手伝いに参ったのですが」

 

 「せ、聖女さまっ!!」

 

 私の姿を見てびしっと直立不動になった青年は、どうしたことか緊張している様子。

 

 「ああ、聖女さま、お久しぶりです。ソイツ、前に怪我して貴女の治癒を受けたんですよ。本来なら高い施術料を取られますが行軍中だったので……」

 

 そういうことかと男性の言葉に頷く。

 

 個別で怪我の治癒を依頼すると教会から寄付をふんだくられるものね。魔物討伐での行軍の際は請求管理が大変なので、施術回数は数えず軍や騎士団から一括払いになっているもの。

 世知辛い世の中だけれど、そういう仕組みになっているのだから仕方ない。知り合いの料理番の人が私に礼をしてから、理由を話してくれた。そういえば、青年の顔はなんとなくであるけれど見覚えがある。

 

 「お久しぶりです。――怪我の具合は如何ですか? まだ痛みや違和感があるならば、もう一度治癒魔術を掛けますよ」

 

 今なら業務中となるので追加の寄付料は取られないもの。やるなら今である。

 

 「い、いえ! 聖女さまの魔術は完璧でした! 痛みや違和感もありません!! あの時は碌にお礼も言えず申し訳ありませんでした!!」

 

 またしてもびしっと九十度に腰を折って礼をする青年に『お礼は不要です、顔を上げてください』と言って、この妙な状況から抜け出す。周囲は微笑ましそうに見ているだけで、青年の行動を止めてくれないのだけれど。

 

 「ようやく礼を言えたな。よかったじゃねぇかっ!」

 

 べしっと青年の腰に太い手が思いっきり振られて当たる。

 

 「痛いですよ、何をするんですか!」

 

 「まあいいじゃねえか。聖女さま、仕事内容はコイツに聞いて下さい」

 

 「はい。――お手を煩わせて申し訳ありませんが、ご指導よろしくお願いいたします」

 

 軽く頭を下げると、物凄い勢いでテンパり始める青年を周囲の料理番仲間が茶化していた。

 

 「へ? お、俺が聖女さまに手ほどきするんですかっ!?」

 

 「ああ。何も問題はないだろう?」

 

 男性の言うように問題はないけれど、どうして青年はこうも慌てているのだろうか。

 

 「ほれ、ぐだぐだ理由を付ける前に行ってこい! 聖女さま、ちょいと頼りない奴ですが根は真面目なので、よろしくお願いします」

 

 「いえ、こちらこそお仕事の手を止めさせ、申し訳ありませんでした」

 

 「気にせんで下さい。――ほれほれ、さっさと行け! 仕事はまだまだあるんだぞっ!」

 

 「痛いっ!」

 

 そんな料理番の人たちの愉快なやり取りを見ながら、配膳作業に取り掛かるのだった。

 

 ◇

 軍や騎士の人たちへの配膳作業が始まってから暫く。リンは聖女の護衛として後ろで立っている。以前に暇じゃないかと聞いたところ『大丈夫。ナイが動いているところを見るのは楽しい』と言っていたのだが、そんなに面白いものだろうか。

 まあ本人はまんざらでもなさそうだし、時折、重いものとかは持ってくれるのでありがたいけれど。

 

 顔見知りの軍や騎士の人たちと短い会話を交わしながら作業をしていると、げしげしと頭を掻きながら私を見下ろす中年男性。というか隊長さんである。

 

 「なんだ、嬢ちゃんじゃねーか。相変わらず、暇人だなあ……」

 

 やっぱり行軍に参加していたのか、と苦笑いをしながら挨拶をすると、あまり畏まらないでくれと言われてしまう。

 私にラフに語りかけてくる人の数は少ないので、声で直ぐに分かってしまうのは付き合いの長さ故。暇人と言われてしまったのは、私のような行動を取る聖女は限られているから。まあ、私がじっとしている時間が苦痛だからという理由もあるけど。

 

 「以前は外套をありがとうございました。洗って持ってきてるので、どこかのタイミングでお返ししますね」

 

 「あいよ。――しかし、今回は聖女さまの参加人数が多いな。貴族出身のご令嬢だそうだが、初っ端からやらかしてくれていやがるよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして明後日の方向を向く隊長さん。その方向はお貴族さま出身の聖女さまたちが天幕を据えた方角で。どうやら一悶着があったようで、軍の人たちはソレを被ってしまったようだ。

 

 「大変そうですね」

 

 「他人事だなあ、嬢ちゃん。ま、関わらない方が平和だな。――と、ありがとな」

 

 「いえ」

 

 「まあ、今回の遠征期間は長い。またどこかしらで会うだろうし、世話にもなる。よろしくな、お嬢ちゃん」

 

 配膳を受け取り、片腕を上げ仲間の下へと戻っていく隊長さんの背を少しだけ見送って、次の人、次の人と捌いていく。本当に今回は参加人数多いなあと、終わらない配膳作業に飽き始めた頃意外な人たちの顔を見ることになった。

 

 「ナイは何故、こんなことを?」

 

 「ですわね。聖女である貴女がすべきことかしら?」

 

 何故こんな所にお貴族さま、しかも高位に位置するご令嬢が配膳の列に並び、あまつさえ配膳作業員から受け取っているのだろうか。疑問に思いつつも顔には出さず、聞かれた答えを言わねばと口を開く。私が参加しているのは二人は知っているので、それは省略。

 

 「単純に手持無沙汰だったので、こうしてお手伝いをしております」

 

 ようするにやることがなく暇というだけの理由だ。その言葉にぷっと一度吹いて私を見るソフィーアさまとセレスティアさま。

 そんなにおかしなことではない筈だけれど、彼女たちの琴線に何故か刺さったようで微笑ましそうに見ているのだけれど。こういう視線をよく貰うなあと頭の隅で浮かべながら、二人がこの場に居る理由を聞いてみる。ひとつ質問され答えたのだから、彼女たちに問うても問題はないだろう。

 

 「お二人は何故こちらに? 副団長さまの転移魔術で既に辺境伯領へ参っているものだと……」

 

 「転移で先行したのは、軍や騎士のお偉いさん連中だよ」

 

 「わたくしたちは参加させて頂いている身ですもの、無茶は言えませんわ。まあ、あの侯爵令嬢は貴女と違い見事な仕事振りのようですが」

 

 ふふふと不敵な笑みを浮かべるセレスティアさまに、こめかみに手を置いて頭が痛そうなポーズを取っているソフィーアさま。

 聖女さまの一人である侯爵令嬢さまは、どうやら侯爵令嬢として周囲に誇示しているようだ。聖女仲間の内の一人は確実に何かやらかしている様子だし、こうお貴族さまの務めを果たそうとしている真っ直ぐな人たちをみると眩しく感じる。

 

 「私たちも手伝うべきなんだろうが……」

 

 「……まあ、邪魔にしかなりませんわね。家名が周囲に圧を掛けてしまいますもの」

 

 真面目! 真面目過ぎだよお嬢さん方。

 

 もっとこう、わかりやすいお貴族さまムーヴを見せてくれれば、関わりたくない人物としてリストアップするのに。そういえば毒見役は必要ないのだろうか。手渡しで受け取っているし、そのまま箸を付けるつもりなのか。

 

 「毒見役なら、この場にいる連中で十分だろう?」

 

 「大鍋でまとめて作られていましたものね。偶にはこうした物も口にして庶民の方々を理解しなければ」

 

 どうやら心の中の疑問が漏れ出ていたようで、二人が答えてくれる。確かに大鍋で作ったものだし、同じところから配膳しているので毒を盛られていれば先に症状が出る人が居るはずだ。

 

 「それに毒を盛られたとしてもお前さんたちが居るからな」

 

 「ええ。聖女さまたちが随伴しているのならば、あまり心配することではありませんものね。ただアレの奉仕にだけは掛かりたくはありませんが」

 

 「その辺りにしておけ。侯爵令嬢だが、一応は聖女の称号持だ。立場はあちらが上になる」

 

 「ふふ、笑わせてくれますわね」

 

 うわあ……本当にあの侯爵令嬢さまは何をしたのだと訝しむ。この二人が人のことを悪く言って……いや、あったか。貴族としての務めを果たしていない人には割と……いや、めっちゃ辛辣だった気がする。

 

 「…………」

 

 「ああ、そうだ。先生が今回討伐参加しているが、話は出来たのか?」

 

 「話、ですか?」

 

 「ええ。以前貴女が魔力を消費しすぎて鼻血を出していたでしょう。そのことをお師匠さまに相談したのです」

 

 「ナイの身に何かあれば困るのはこの国に住む人間全てだからな」

 

 まって、ねえ、なんだか凄い事態になっているし、規模が大きくなっている! 私はただ魔術陣に魔力補填をしているだけの聖女に過ぎないので、過大評価は止めて頂きたいのですが。

 

 取り敢えず、副団長さまが先ほど私と接触してきた理由は分かった。まあ、魔術具も作って頂いているから無下にできないということもあるし、魔力操作が下手だということなので教示してくれるのは有難い話。

 

 「陛下は周辺国との調和を望んでいらしていますし、次代を継ぐ殿下もそれを標榜しておりますが、何が起こるかは分かりませんもの」

 

 代替わりで『平和』路線から『侵略』路線に切り替わる可能性だってあるし、何かが起こって独裁者や戦狂いと化す王さまが出てきても何らおかしくはないからなあ。

 

 「私たちの世代は歴史で学ぶしかないが、平和なぞ儚いものだ」

 

 人間の歴史なんて争いや戦争の繰り返しである。元居た日本は平和だったけれど外に目を向ければ、内戦やら部族間抗争、国同士で戦争なんてザラにある。大陸続きのアルバトロス王国だから、周辺国への警戒は怠れないのだろうね。

 

 「ええ。珍しく意見が合致しましたわね」

 

 「嬉しくはないがな」

 

 なんだか、以前の調子を取り戻してきているような。ところで最近くっついていたマルクスさまは何処にいるのだろうか。聞きたいけれど二人の話の中に入っていくのもなあと、遠慮する私だった。

 

 ◇

 ソフィーアさまとセレスティアさまがこの場を後にして暫く。まだまだ続く配膳作業に腕がちょっと疲れてきた、そんな頃。

 

 「あ、なんでアンタが此処にいるんだ。聖女だろうが」

 

 ぶっきらぼうな言葉とともに配膳している容器を受け取るマルクスさま。どうやら彼は騎士団の方に同道しているらしく、先輩騎士なのだろうか騎士装備に身を包んでいる方数名とご飯を受け取りにきていた。

 

 「痛て!」

 

 「馬鹿者っ! 彼女が聖女さまだというのならば、その態度はなんだ!!」

 

 遠慮なくマルクスさまに拳骨を落として大きな声で叫ぶ騎士さま。どうやら彼も真面目な部類にカテゴライズされるようで、すごい剣幕で怒っている。鍛えているからか声が凄く大きいし、先ほどとは違う意味で注目を浴びているのだけれど。

 

 「え、学院でクラスメイトなんですよ」

 

 「だから馬鹿者だと言っておる……ここは学院ではないのですぞ、マルクス殿。敬意を払わねばならぬ人間はきちんと見定めておきませんと」

 

 なんだか立場がチグハグな物言いになっている気がするけれど、気の所為かなあ。マルクスさまの事を敬っているのかいないのか。不思議な関係性だなあと見守っていると、訥々と理路整然にマルクスさまに諭している騎士さま。

 

 「その、スマン」

 

 「いえ、お気になさらず。――マルクスさま、セレスティアさまとご一緒しないのですか?」

 

 「ああ。今回は俺が騎士団に同行したいと親父に進言したら、こうなった。先任の連中に揉まれてこいとさ」

 

 やらかしまくっている伯爵さまではあるが、仕事に対してだけは信頼があるようなので、部下の人たちも伯爵さまの言葉を無下には出来ないようだ。まだ騎士になっていないマルクスさまを引き受けるあたり、面倒見が良い人なのだろう。

 

 「そうでしたか。――どうぞ」

 

 「ありがとうございます、聖女さま。しかし、マルクス殿の言うように貴女さまが何故このような場所に?」

 

 まあ、給仕を手伝う聖女さまなんて珍しいのか。後ろには護衛騎士を控えさせているし。

 

 「単純に暇を持て余していまして。何かお手伝いできることはないかと私がお願いしたのです」

 

 苦笑いを浮かべつつ彼の質問に答えると、目を真ん丸にして驚いた表情を作る騎士さま。

 

 「おお、なんという高潔な精神! 先ほどは失念しておりましたが、黒髪の聖女さまはお噂通りのようだっ!」

 

 さっきの言葉から推察するに、雑用係として軍か教会に同行する丁稚くらいに考えていたのだろう。マルクスさまの言葉から私が聖女だと気づいたようだ。

 

 「私の噂、ですか?」

 

 何かあったっけと首を捻るけど出てこない。目の前の彼は他の聖女さまの勘違いを……と思ったけれど黒髪の聖女って私しか居ないのだった。忘れてた。

 

 「なんと! ご自身のご評判を知らぬと申されますかっ!」

 

 なんだかテンションの高い騎士さまだなあとマルクスさまを見ると、ゆるゆると首を振って両手を広げ肩をすくめたので、どうやらこれが普段からの素の様子。伯爵家の嫡子を預ける実力や指導力はあるのだろうけど、如何せん独特なテンションの高さに慣れないなあと苦笑い。

 

 「平民や位の低い者にも丁寧に接し、あまつ気さくにお声掛けをされ、治癒の魔術も小さな怪我でさえ行使して下さるお方だと聞き及んでおりました!」

 

 立場があるからそう振舞うしかないだけなんだけれど。騎士さまはいたく感動されているようで、口が止まらない。

 

 「いやはや噂とは尾ひれ背びれの付くものですが……噂通りのお姿とはまこと感服いたしました」

 

 そうしてざっと膝をつく騎士さま。同道していた他の騎士さまも同じように膝をつき、腰に佩いていた剣を地面に置く。

 

 「この剣は陛下の為に振舞うもの。しかしながら国を守るという同じ志を持つ貴女さまに共鳴をいたしました」

 

 うーん、そんなに大仰にされると困るのだけれど。というか滅茶苦茶恥ずかしい。後に続く人たちが何事だと野次馬化している。聖女と騎士の誓いの場になっているのに、配膳用のお玉を持ったままだから締まらない光景になってるよ。

 気付いてくれないかなあと願うけれど、彼らの視線は地面に向けられている。マルクスさまは正式な騎士ではないので、一緒にこれをやるつもりはないらしい。

 

 「貴女さまも国と陛下と共に在るべき存在」

 

 嫌だー! 勝手に祭り上げないで! 貴方たちが忠誠を誓う陛下と同等に並べちゃ駄目だから!

 

 「非才な身ではありますが、どうぞ我らをお使い下さい」

 

 剣を預けられていないからまだマシだけれど、うわー……これ、断れない奴じゃないか! 騎士って国や陛下に忠誠を誓っている。それは絶対で、彼らの曲げぬルールだ。

 厳格で忠誠心の高い騎士ほど、最上位に置いているのだけれど、会ってから一、二分しか経っていない聖女に誓うことじゃない。

 

 まあ、位の低い騎士だと陛下に会ったことがあるのは叙任式の時くらい。騎士になると全員漏れなく騎士としての儀式を行うから。

 陛下と会える機会なんて早々なく遠い存在だだから、身近に居る存在の方が分かりやすいのだろうか。でも、やっぱりこの状況はおかしくないかな、と頭を抱えつつも放置する状況ではない。

 

 「感謝いたします。騎士の皆さまのお心遣い、しかと受け止めました」

 

 「我々も感謝いたします!」

 

ふわりと髪が揺れる。

 

 「――"神の加護を"」

 

 一節の魔術を発動させ、いまだ地面に膝を突いている騎士の人たちへと施す。神の加護と大げさに唱えたけれど、ちょっと運気が上がる程度の効果しかないものだ。

 ジークとリンが私の専属騎士になった時も同じことをした記憶がある。聖女の祝福と呼ばれるもので、効果は聖女によって効果が微妙に違うらしい。

 二人の時は、めっちゃ効果が掛かれ~掛かれ~神さまなんて信じていないけれど、この時だけは信じてあげるからと魔力を多めに込めた記憶が。

 

 「おお、まさか祝福を頂けるとは! ありがとうございます!」

 

 騎士さまの後ろに居る人たちも驚いた様子を見せる。まあ、そうそう祝福なんてしないけれど、誠意をみせられるとこうせざるを得ない。

 

 「いえ、筆頭聖女さま程の効果はありませんので、期待はしない方が……」

 

 「それでも、戦場を駆ける身としては有難いものなのです。このような機会は二度とありませんでしょう」

 

 効果が切れているなら重ね掛けするけれど、とは口にはしない。まあ術者の才覚に左右されるものだから、効果は本当に人それぞれ。筆頭聖女さまはこの手のモノが得意らしく、王国の戦力増強に一役買っていると聞いたことがある。

 

 「あまり長居をしてもいけませんね、では我々はこれで!」

 

 すちゃっと立ち上がり、すちゃっと敬礼してこの場を去っていく騎士御一行さまと若干呆れながら事態を見守っていたマルクスさま。

 そうして配膳作業が再開すると、並んでいた人たちから何とも言えない視線を頂く。いや、聖女の祝福をもらっても目に見える程の効果はないから。あの場はああするしかなかっただけだし。

 

 ようやく配膳作業が終わってリンに向き直る。

 

 「泣いていいかな」

 

 一部始終を見ていたリンだ。私の言葉の意味は理解しているだろう。

 

 「それは駄目。なにかあれば肉壁にすればいい」

 

 リンさん思考がデンジャー過ぎますよ、と突っ込むのは止めておく。むーと拗ねているので、先ほどの行為が気に入らなかったようだ。とりあえずこの場にいないジークと自分たちのご飯を受け取って、自分の天幕へと戻るのだった。



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0045:夜講義。

 日も沈み辺りは随分と暗くなっていた。ちょっと遅くなったね、とリンと会話をしながら自分の天幕へと辿り着く。資材で散らかっていた周囲も整理されており、様子がガラッと変わっていた。すごいな工作兵や輜重部隊の人と感心しつつ、目的の人物を見つける。

 

 「ジークただいま。遅くなったけれど、ご飯貰ってきたからみんなで一緒に食べよう」

 

 私の声に振り向いたジークはどうやら火を熾してくれたようで、赤々と薪が燃えていた。水もいつの間にか確保していて、小さな鍋でお湯を沸かしている。

 

 「ああ、すまない。――……リン、どうした」

 

 「……ナイが祝福施してた」

 

 ジークを見て先ほどの事を思い出してしまったのか、普段よりもテンションの低いリンに気付いていた。双子故のシンパシーなのか、小さな変化によく気付いたものだ。

 

 「は?」

 

 リンから視線をバッと外して厳しい顔で私を見るジーク。いやあ、ねえ。

 

 「だってあの状況じゃあ仕方ないよ。騎士の人の心意気を無下にする訳にはいかないし」

 

 とりあえず、視線を外してくれないジークに状況を説明する。難しい顔をしながら、腕を組んで静かに話を聞いてくれるのだけれど威圧感が凄いんですが。

 

 「何節唱えた?」

 

 「一節だけだよ」

 

 流石に二節が限度で、三節四節となると過剰に掛け過ぎだ。日常生活に支障が出るレベルになってしまう。

 

 「そうか、分かった。リン、不貞腐れるな。ナイも聖女として逃げ場がなかったんだ、その状況じゃあ仕方ない」

 

 リンの肩に手を置いて納得させようとしているジークにまだ不満げな視線を寄せているので、まだ納得は出来ていないようだ。時折、戦闘時以外に知らない人に祝福を掛けるとリンが拗ねる。子供じゃないんだからと笑いながら彼女を諭すけれど、まだ慣れないらしい。

 

 「リン」

 

 「むう……」

 

 「なんでそんなに嫌がるかなあ」

 

 「だって、ナイが取られたような気がして嫌だ」

 

 リンの言葉にジークと私はぱちくりと目を閉じたり開いたり。

 

 「私は誰のものでもないよ。それに私が一番に優先しているのはジークとリン、あと残りの二人だし」

 

 これ以上は仲間を失いたくはないから、聖女として救い上げられた時、優先すべきは彼らだと決めている。それがブレちゃいけないし、ブレさせる気もない。

 

 「それにリンとジークには二節唱えたでしょう。叙任式の時に」

 

 あからさまな優遇だったので、後で神父さまやシスターたちにしこたま怒られたんですが、私。身内だとしても、ああいう場で決まり事から外れたことをすべきじゃないって。神聖な教会の祭壇には、王国からも陛下の名代が寄こされており、その人は苦笑していた。ちなみに公爵さまである。

 

 「……そうだけど」

 

 「お年頃だねえ。リン~そろそろ機嫌直して、ご飯食べよう」

 

 「うー……食べる」

 

 少し悩んだ素振りをみせて数瞬のちに、お腹が空いていたのか先ほどのことは忘れて、ご飯を食べる準備を始めるリンだった。

 

 「いただきます」

 

 ジークもリンも私のこの台詞にはなんの違和感や疑問も抱かないようになっている。むしろ一緒に唱えているのだから、慣れている。偶々、この言葉を聞いた人は不思議そうな顔をしているけれど、突っ込んでくる人までは居ない。

 

 「明日も早い。食べたら直ぐ寝ろよ」

 

 ジークの言葉は尤もだ。体は疲れていないけれど、一日中馬車に揺られていた精神的な疲労はあるだろう。

 

 「あ、副団長さまがこっちに顔出すって言ってたから、まだ寝られないかも」

 

 食べ終えた食器を手に持ったままジークの言葉に答えると、深いため息を吐く彼。

 

 「あの人は何を考えているんだ……?」

 

 「申し訳ございません、ジークフリードくん。聖女さまは魔力制御が甘々なので、少しでもこの状況を改善したく、お話の時間を頂きたかったのですよ」

 

 ぬっと突然姿を現した副団長さまに、一同驚きの視線を投げる。ただ先ほど苦言を述べたジークが一番慌てていたけれど。

 

 「っ! 失礼いたしました、副団長殿っ!!」

 椅子代わりにしていた丸太から立ち上がって、騎士の礼を執るジーク。その姿を苦笑いをしながら彼の行動を制す副団長さま。

 

 「ああ、そう硬くならないで。そもそも自由時間にお邪魔したのは僕の方ですから、お気遣いは必要ありませんよ」

 

 副団長さまは爵位持ちなので、立場には雲泥の差があるのだけれど、気にしては居ない様子。おそらくは先ほど述べた通りプライベートな時間なので、立場は取り払いたいのだろうか。

 

 「ご足労申し訳ありません、副団長さま」

 

 「いえいえ。聖女さまが男所帯の場をウロウロするのも問題がありますし、お気になさらず。それに僕には目的がありますから、問題はないのです」

 

 まあ、副団長さまの目的は私を使った実験だろうなあ。一応聖女の立場があるので無茶はしないはずである。

 

 「こちらをどうぞ。眠りに就く前に少量でも良いので飲まれるとよく眠れますよ。女性に野営はキツイでしょうから」

 

 下げていた鞄の中から袋を取り出して手渡してくれる。どうやら町で言っていたよく眠れる茶葉のようだ。いつの間にか立ち上がっていたリンに茶葉の入った袋を預ける。頂いたものを地面に置くのは流石に気が引けた。

 

 「お心遣い感謝いたします、就寝前に頂きますね。――副団長さまのお口に合うかは分かりませんが、お茶を淹れますので少々お待ちを」

 

 「おや、もしや貴女が手ずから淹れて下さるのですか?」

 

 ジークやリンは騎士として仕込まれているけれど、こういうことには慣れていない。お客さまをもてなす為、教会から教えられたのは私だけである。もちろん、教会職員がこの場に居れば彼ら彼女らが用意してくれるけれど。

 

 「ええ。誰も淹れてくれる方が居ないので必然的にそうなりますね。あまり上手くはないので期待はなさらないで下さい」

 

 「それは楽しみです。筆頭聖女さまともなると、動作のひとつにも魔力を纏わせているそうで、彼女が淹れたお茶を飲むと若干魔力が上がると噂されています」

 

 「そんなことが起こるのですか?」

 

 真に信じがたいけれども。噂に尾ひれ背びれがくっ付いていないかな、ソレ。

 

 「まあ噂なので……魔力制御が甘い聖女さまならば、同じ現象が起きないかと期待しています」

 

 「あり得ませんよ。そこまで器用ではないですし」

 

 「いいえ、魔力量の多い貴女ならば可能性は十分ありますねえ……ふふ」

 

 なんだかマッドな視線を受けているようなと、背中に汗が流れる私だった。

 

 ◇

 

 お湯は火にかけていたので、直ぐにお茶の用意が出来るようになっていた。取り敢えずいつものようにお茶を淹れて、副団長さまへと渡す。

 

 「熱いのでお気を付けください」

 

 「ありがとうございます。――早速頂きましょう」

 

 そういえば毒見とかいいのだろうか。彼もお貴族さまだけれど護衛も付けずウロウロしているようだし。まあフェンリルを霧散させるほどの実力の持ち主だから必要ないのかもしれないけれど。

 

 「うーん……、変わりませんねえ。残念です」

 

 言葉の通りに本当に残念そうな顔を浮かべる副団長さまに、苦笑で返す。

 

 「さて、無駄話は止めて本題に入りましょうか。少し前にお渡しした魔術具は身に着けて頂いていますよね」

 

 「はい。頂いてから肌身離さず指に嵌めております」

 

 そう言って左手中指に嵌めている銀の指輪を右手でなぞる。

 

 「それは良かった。その魔術具は貴女の有り余っている魔力を制御する補助装置ですが、体の中で滞留している余剰分を外に放出させる役目もあります」

 

 「え」

 

 「それだけ聖女さまの魔力量は異常ということですよ。貴女の生育が悪いのも、おそらくはソレが原因でしょう」

 

 そんなに異常な量なのだろうか。他の人と比べたことがないし、いまいち副団長さまの言葉に実感が持てないのだけれど、滅茶苦茶うれしい言葉を耳にする。

 

 「では、この魔術具を身に着けていれば、身長がまだ伸びる可能性がっ!?」

 

 がばりと俯けていた視線を上げて、副団長さまを期待の目で見つめ彼の言葉を待つ私。

 

 「ふむ。女性の成長期が終わるのは早いと聞きますので、あまり期待しない方が良いかもしれませんねえ」

 

 「うっ……」

 

 「そう気落ちなさらずとも。小柄で可愛らしいではありませんか」

 

 副団長さま、女性に気遣いの言葉を掛けられる人だったのかと驚きを覚えつつも、私のテンションは上がらない。

 

 「いまだに子供のお使いだと勘違いされる私の気持ちを理解してくれる人がいない……」

 

 後ろで微妙な雰囲気を醸し出している二人。リンがなにやら言いたそうだけれど、副団長さまが居るので声を出せない様子。ジークは突っ込みをすれば地雷を踏んでしまうと理解しているのか、知らぬ存ぜぬを決め込むようだ。

 

 「まあ、その話題は置いておきましょう。――ここからが本題です」

 

 「はい」

 

 流石にがっくりしたままだと失礼なので、居住まいを正して視線も合わす。

 

 「本来ならば聖女さまの魔力を空にして時間をあけ回復させてを繰り返し、魔力が増減する感覚を養って欲しい所ですが」

 

 遠征中ですものねえ、と微妙な顔をする副団長さま。確かに私は魔力を全て出し切ったことは一度もない。時折、魔力を全て使い切りぶっ倒れる人を見たことがあるけれど、ああいう状態に陥ったことがないので不思議な光景でもあった。

 

 辺境伯領へと辿り着くまでにはまだ時間はあるけれど、道中何が起こるかわからないので、不確定要素を抱えたまま実験をする気はないらしい。微妙に常識人だよなあと副団長さまへ視線を向けると、彼も微妙な顔を浮かべている。

 

 「ということで、こちらを」

 

 「これは、一体?」

 

 「疑似的に魔力を空にできる腕輪です。仕組みは秘匿されておりますので詳しい説明は出来ません」

 

 随分と幅のある腕輪で、かなりゴツイ。日常使いはちょっと無理がある代物、とでも言えばいいだろうか。魔石が幾つか付けられているので、そちらにでも私の魔力を移動させるのかも。疑似的って言ってたし。

 

 「取り敢えず付けて頂いても?」

 

 「了解です」

 

 そう言うと腕輪を手渡ししてくれる副団長さま。腕輪を受け取ったのだけれど、装飾とか結構凝っているような。前回、譲り受けた魔術具の指輪はシンプルな物だったので意外である。

 

 「――あ……」

 

 「ナイ!」

 

 腕輪を身に着けた瞬間に訪れた浮遊感に平衡感覚を失って、くらりと体が揺れて地面へ倒れ込む……ハズだった。

 

 「ごめん、ジーク。ありがとう」

 

 「ナイ!?」

 

 魔力を使い過ぎて鼻血を出したときとはまた違う不思議な体験に頭が少し混乱する。魔術陣へ魔力を補填した後は脱力感と眠気が酷いけれど、この感覚をなんと表現すればいいのだろうか。ジークが片腕で倒れるのを阻止してから、リンの両腕が伸びてきてちゃんと体を起こして支えてくれた。

 

 「大丈夫か? ――ヴァレンシュタイン副団長殿!」

 

 「おお、そのような剣幕で怒らないでください騎士殿。大丈夫ですよ、疑似的に魔力が空になっただけなので、聖女さまの体が慣れないことに驚いただけ。直ぐに元へ戻りますので」

 

 両手を軽く上げて降参のポーズを取る副団長さま。多分、彼は自分の立場を脅かすようなことはしないだろう。だってその地位を剥奪されたら魔術師として好き放題出来ないんだもの。だから、その点に関してだけは信用は出来ると思う。

 

 「平気だよ、ジーク、リン。ちょっと体が浮いた感じがしただけだから」

 

 慣れない感覚に驚いただけである。ジェットコースターに乗って急に下降し始めた時に感じる、内臓が浮くような変な感触だった。

 

 「ふむ。ちゃんと機能しているようですね。では、腕輪を外してください」

 

 彼の言葉に従って腕輪を外す。すると浮遊感は収まって元の状態に戻ったのだった。しかし、これが何の効果をもたらしてくれているのかがさっぱり分からないのだけれども。

 

 「魔力が空になったことのない聖女さまです。空になるという感覚を身に着けて下さいね。魔力の操作に関しては、今回の合間と学院での特別授業で行いましょう」

 

 自分の限界を知らなければ、どこまで魔術を行使していいのか判断がつかないし、危険な状態の時に無茶をしない為なんだそう。

 それでもにんまりと満足している副団長さまを見て、なにかしらの収穫はあったようだと一人納得し、明日から寝る前に一度だけ腕輪を身に着けてこの感覚を覚えてくださいねと告げられるのだった。

 



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0046:馬車の中。

 ――朝。

 

 移動二日目。日が昇る前から行動を始めるために随分と早起きをしたけれど、就寝時間が早かったので難なく起きられた。これをまだ八回繰り返すのかと、白み始めた空を見上げる。

 

 「おはよう、ナイ」

 

 掛けられた声に視線をそちらへと向けると、ジークとリンの姿。

 

 「リン、おはよう。ジークもおはよう」

 

 「ああ、おはよう。二人共、ちゃんと眠れたか?」

 

 「うん。でもちゃんとベッドで寝たいかも。まだまだ続くから、先が思いやられるねえ。ジークとリンは?」

 

 通常の遠征よりも部隊数が多いし、日数も増えている。慣れているとはいえ、やはり落ち着いて部屋で寝たい気持ちが強い。

 

 「夜番があるが、問題はない。いつものことだな」

 

 「うん。十分眠れたから、心配ないよ」

 

 私は騎士でも軍人でもないので夜番に編成されていない。専用の天幕で一人で過ごしていたから、二人に申し訳ない気持ちがあるのだけれど、謝ると二人は決まって『気にしなくていい』という。

 自分たちの仕事を奪うなとも言われてしまうし、私は聖女なのだから気にしなくていい、と口癖のように言われてしまうから、最近はなるべく口にしないようにしていた。

 

 「片付けてご飯食べたら、出発だね」

 

 「ああ、毎度繰り返さなきゃならんが仕方ない」

 

 「楽しいよ。三人で作業するんだし」

 

 朝ごはんは後回しにして、出発のためにいそいそと作業を開始する。とりあえず天幕の中の荷物を外へと出して、天幕の幕を外し骨組みをバラす。

 力仕事になるとジークとリンに分があるので、その手合いのモノは二人に任せる。私は天幕を畳んだりと軽作業を担当。無言でそれぞれのやるべき作業をこなしていれば、慣れもあるのかそれなりに早く終わる。

 

 「終わったね」

 

 「ああ。飯、貰いに行くか」

 

 「うん」

 

 そうして三人揃って料理番の人たちの所へと歩いて行くと、既に準備は終わっていて良い匂いが辺りに漂っている。

 出発の準備を終えた人たちが既に並んでおり、受け取りを終えた人たちは各々好きな場所に腰を据えて食事を取っていた。お昼ご飯は準備されないので、時間に遅れたり確りと食べておかないと夜までひもじい思いをする羽目になる。

 

 列に並び雑に配膳された朝ごはんは『粥』。まあ妥当だよねと苦笑いをしながら受け取り礼を伝え、その辺りの空いている場所に三人で腰を下ろす。

 

 「味付けなんだろうね」

 

 「期待はしないほうがいいだろうな」

 

 「お腹が満たせればなんでもいいかも」

 

 出発の準備もあるし、料理番の人たちも朝から凝ったものを作るつもりはないようで、手早く作れるものを選んだようだ。作ってもらったんだし贅沢を言っちゃ駄目だよなと自分を諫め、スプーンを握って口へと運ぶ。

 

 「あ、美味しい」

 

 行軍中の食事の味はあまり期待していなかったのだけれど、どうしたのだろうか。作った人が料理上手なのかもしれないなあと、ぼそりと言葉を零す。

 

 「珍しいな、味がちゃんとついてる」

 

 「ね」

 

 味のしないものより、こうして味がちゃんとついている方が箸が進むので有難い。味を噛みしめながら食事を終えて、係の人へ器を返却。そうしている間に、御者の人たちは馬を馬車へと繋いで待機していた。

 天幕等の荷物もいつの間にか回収作業を終えており、あとは出発するだけ。自分たちが乗り込む馬車を探しあてると、幌馬車の中には既に乗っている人もいた。

 

 「お待たせして申し訳ありません、皆さま」

 

 集合時間までにはあと少し余裕があるものの、先に待っていた人がいるのならば、一言あった方が良いだろうと軽く頭を下げる。

 刺さる視線に苦笑いをしつつ空いている席へと座って、昨日お店で布を買いボロ布を詰め込んだクッションもどきをお尻の下に敷いて感触を確かめる。元から敷いていた布と合わせると幾分か衝撃が和らぎそうで、それなりに期待が出来そうだ。私の隣に座ったリンも一緒で、買ったクッションもどきを敷いてお尻に敷いて座り心地を確かめていた。

 

 「ちょっとはマシかな?」

 

 「うん。作って貰って良かった。兄さんの分も買えば良かったね」

 

 リンと言葉を交わしていると、ジークへと話題が移る。

 

 「俺はいいさ。これだけあれば十分だ」

 

 一応ジークの為に分厚い布を数枚買っておいた。必要ないと言われれば、リンと私で使えばいいだろうと相談して買ったものだ。

 乗り込む前に彼に渡しておいたのだけれど、元々使っていた物の上に敷いていたので、悪くはないようだ。迷惑にならないように気を付けながら、三人でお喋りをしながら時間が経つのを待っていると、ようやく馬車が動き出す。

 

 辺境伯領までまだまだ掛かるなあと、幌馬車の隙間から見える景色を眺めながら、馬車はゆっくりと進むのだった。

 

――そんなこんなを繰り返し。

 

 明日でようやく辺境伯領に辿り着く、というところまでになった朝。天幕を片付け朝ご飯を済ませて馬車へと乗り込む。

 そうしてまた馬車に揺られ始める。カラッとした夏風が幌馬車の中を駆け抜ける。辺境伯領へと近づいてくると、王都近郊の景色とはまた違った雰囲気がある。

 王都近郊は真っ平らな野原、ようするに平原がずっと続いているのだけれど、こちらは高い山々が近くにそびえ立ち並ぶ。山頂付近は雪がまだ残っているので、標高が高いのだろうと想像できる。

 

 本当に遠くまで来たものだ。

 

 今までの遠征は王