ViVid Strike! バトローグ (紅乃 晴@小説アカ)
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プロローグ.

 

 

ストライクアーツ。

 

それは「打撃、組技、寝技を用いた徒手による打ち合い」を主体とし

 

リングに立ち、相見える選手、そのどちらが強いか。

 

多彩な強さを証明する格闘技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナに歓声が轟く。

 

熱狂する観客たちの声にミッドチルダのクラナガンにある総合アリーナが震えているようだった。渦中にあるのはリング。その上では鈍い音を立てながら二人の少女が熾烈な争いを繰り広げていた。

 

 

【ここでレヴェントン選手の強烈な膝蹴りが決まったぁーっ!】

 

 

実況を務める女性アナウンサーの声が会場に響くと、それに追従するように熱狂の嵐が吹き荒れる。首裏まで手でしっかりと捕まえて放った膝蹴りが、深々と腹筋へと突き刺さる。

 

固く阻まれる感触に、フーカ・レヴェントンは顔をしかめる。急所には入らなかった。ダメージはあるだろうが、硬い筋肉に守られた場所に打ち込んでも効果は見込めない。

 

ハッと息を呑む。膝蹴りのために抱えられるほど近づいているのだ。視界の端にとらえた右回りのフック。ギリギリのところでフーカが手を離すと、風切り音と共に訪れた一撃が眼前を掠めていく。

 

トンっとリングを蹴って距離を取る。目の前には左手を下から抱えるように構えるファイティングスタイルをとった高町ヴィヴィオがいた。鋭い赤と翠の眼光に、フーカは息を吐いて拳を構えた。

 

 

(相手はヴィヴィさんじゃ……迂闊に近づけばさっきみたいな電光石火のカウンターが飛んでくる)

 

 

クンッと左手がぶれた瞬間、ヴィヴィオが踏み込みと同時にジャブを放ってきた。

 

すぐさまガードで受けるが、その衝撃はガード越しでも充分にフーカの闘争本能を削り取ってくる。手の甲で炸裂弾が爆発したかと思うほどの衝撃が断続的に襲いかかってくる。こんなものをモロに受ければ意識など容易く刈り取られるだろう。

 

すぐさま距離をとってリングの端に逃げたくなる情けない思考をフーカは奥歯で噛み殺した。

 

 

(ここで前に出られんようじゃ強くはならん!強くなりたい……だから……!!)

 

 

断続的な連打。そのタイミングを測ってフーカは意を結した。ヘッドスリップで大きく上半身を揺らして続いていたヴィヴィオのジャブを避ける。青い魔力の炎が宿った拳がヴィヴィオには見えた。

 

ガァンッ!凄まじい打撃音と一緒にヴィヴィオは大きく後退させられる。ガードは間に合ったものの、その一撃によって今まで有利だった攻撃のリズムが絶たれた。続け様にフーカの連打がくる。このままでは流れがフーカに持っていかれる。

 

 

(優勢は渡さない……!!)

 

 

そこからは至近距離でのパンチ、キックの応酬だった。超至近距離での技の差し合い。12000あったライフは、互いに3000を切っている。頬を掠める閃光のような拳。ジリジリとポイントを削り取ってゆく。その見応えのある打ち合いにアリーナの観客たちはさらに熱気に包まれた。

 

 

【DSAA主催、ミッドチルダ地区でのチャンピオンカーニバルもいよいよ大詰めとなってまいりました!アンダーU15の選手は今年も豊作でしたね!】

 

 

実況席にいる女性アナウンサーが解説役であり、DSAA(ディメンジョン・スポーツ・アクティビティ・アソシエイション)の運営メンバーの一人であり、大会解説者へと言葉を投げた。

 

熱狂に包まれる観客の耳に届いているかは定かではないが、中継されている映像を見ている人には伝わっていることだろう。

 

 

【惜しくも敗退したリオ・ウェズリー選手、ミウラ・リナルディ選手もトーナメントでは迫力ある試合を演じてくれました!!】

 

 

チャンピオンカーニバル。それは各地区で行われるトップランカーたちによって争うトーナメント大会だ。ウィンターカップや、サマーカップとは違い、このチャンピオンカーニバルは娯楽的な要素が強い。普段は当たらない同ジムのランカーたちが優勝を目指して凌ぎを削り合うのだ。

 

ミッドチルダ地区では春に行われるチャンピオンカーニバルには、ナカジマジムを筆頭に名のあるジムが参戦。そしてフーカとヴィヴィオが争っているのは大会の準決勝である。

 

ベスト8で惜しくも敗退したリオとミウラの弔い合戦を制した二人は準決勝で相見えることになったが、二人とも優勝を目指すためにトレーニングを重ねてきたのだ。仲間であろうとリングに立てば関係ない。

 

リングで相手と向き合った以上、あとは「どちらが強いか」。それを証明するのみである。

 

 

【レヴェントン選手は去年は悔しい結果となっています。今年は雪辱をはらすためにトレーニングを積んできたんでしょうね】

 

 

フーカ自身も前年度のウィンターカップ決勝戦で敗退している。アインハルトが認めたセンスとフットワーク、そして努力を重ねてきたフーカはさらに成長してヴィヴィオの前に立ちはだかった。

 

実況席からすぐそこにあるリングでは拮抗が崩れようとしていた。

 

連打の中で繰り出されたフーカの後ろ回し蹴りをバク転で躱したヴィヴィオは、大きく拳を構えた。大技を放つ準備だと一目見るだけで分かる。

 

 

【ここで高町選手も動く!】

 

 

ヴィヴィオのライフは残り2000で、対するフーカは1800。ここで勝負をきめにきたのかと、観客や実況席もその展開に大きく沸き上がる。

 

だがフーカは冷静だった。

 

後ろ回し蹴りから着地し、すぐにステップインでヴィヴィオへ距離を詰める。ヴィヴィオの大技、アクセルスマッシュは中距離(ミドルレンジ)から放つ。その距離を潰しにかかるフーカだが、突如としてフーカの顔がリングの照明がある天井へとはね上げられた。

 

 

【強烈な蹴りがレヴェントン選手の顔を跳ね上げたぁー!これは効いたかぁー!?】

 

 

ヴィヴィオの下から放たれた蹴りがフーカの顎を綺麗に捉えた。つま先からのトーキックを受けて攻めに意識を向けていたフーカの体はふわりと宙へと打ち上げられた。

 

実況席もどよめく中、ヴィヴィオは足先の手応えに歯を食いしばった。その感触は芯を捉えておらず、軽く感じられた。フーカのライフ表記が全てをものがっている。

 

削れた数値は200程度。

 

直撃だったら1000は固い威力の蹴りのはずだが、フーカはカチ上げられた姿勢からくるりと後転してリングへと着地すると、何事もなかったかのように拳を構えた。

 

誘そわれた上で下から蹴り上げたというのに、フーカは咄嗟の判断で上へと体重を逃したのだ。その結果、ヴィヴィオのキックの威力は半減。勢いに身を任せたフーカは軽いダメージでピンチを切り抜けたのだった。

 

構えるフーカにアリーナが大いに盛り上がる。

 

なんというセンスの塊か。ヴィヴィオは背筋に冷たいものを感じながら、アインハルトの元で凄まじい成長を遂げるフーカを見据える。

 

 

(ヴィヴィさん……笑っておる……あぁ、私も、か)

 

 

好敵手。今目の前にいるのは自分の全身全霊。これまで積み重ねてきた努力。与えられた才能という名のギフトを存分に活かしても倒し切れるかわからない相手だ。

 

そんな相手と、「どちらが強いか」と戦うことへの高揚感。命のやりとりはなく、ルールに則った上で示す力と力のぶつかり合い。これほど楽しい戦いはない。ワクワクする。ドキドキする。そして神経が研ぎ澄まされてゆく。

 

ヴィヴィオの片足が浮く。そのままステップイン。距離をとったフーカの元へと距離を詰める。途端、鋭くしなやかに振り上げられた左のハイキックが炸裂した。それのインパクトをガードで吸収する。

 

足による追撃、決まればノックアウトするほどの威力だが止められればその威力と引き換えに大きな隙ができる。

 

その隙を突く。

 

足を受けたままフーカは左手のジャブをヴィヴィオの顔面に叩きつけた。

 

 

【なんというバランスとタフネス!レヴェントン選手、カウンターを見事に決めました!】

 

 

実況の声が響き渡る中で、ひとつ、ふたつ、みっつと鋭く打っては引く拳がヴィヴィオに襲い掛かる。普通なら片足を上げた状態でそんなものを食らえばひとたまりもない。そのまま倒れても不思議じゃないのに、ヴィヴィオは堪えた。

 

だが顔は痛みに歪み、足がおぼつかない。今にも崩れ落ちそうだ。

 

 

(ここだ!!)

 

 

ジャブでの牽制は、相手を怯ませる狙い。本命はヴィヴィオが後ろに引いた瞬間だ。右拳を腰に構えて踏み込む。位置はドンピシャ。足の指先から腰へ、腰から上半身全体を巻き込んで肩へ。青い炎に全部を乗せて放つ。

 

 

「ハルさん直伝ッ!覇王断空……」

 

 

ドンッ。フーカが何が起こったのか気づいた時。それはすでに彼女がリングに腰を落としていた時だった。同時にフーカのライフが0ポイントになったことを示す表記が現れ、試合終了のブザーがアリーナに響き渡った。

 

 

【鮮やかなカウンターが決まったぁー!準決勝、勝者は高町ヴィヴィオ選手!!】

 

 

試合が終わったことを現実と共にフーカは自分の身に何があったのかを思い出した。絶好の間合いとタイミングで放とうとした覇王断空拳。その強烈な一撃をヴィヴィオは待っていた。全部を拳に乗せて放つ、文字通り一撃必殺の攻撃。そのインパクトをヴィヴィオはカウンターでフーカに返したのだ。

 

踏み込んでいた体は止まることができず、フーカの攻撃が完了する前に叩き込まれたカウンターの一閃は、一時的に彼女の意識と記憶を根こそぎ刈り取ったのだった。

 

リング中央に座り込んでいたフーカ。決まると思っていた攻撃。その過程すら狙われていたとは……勝ちを確信していた彼女にとってはあまりにもショックが大きかった。

 

そんなフーカに、試合が終わったヴィヴィオは手を差し伸ばす。

 

 

「強かったですよ、フーカさん」

 

 

強者。勝者からの言葉。強かった……なんて言葉は何の価値にもならない。けれど、ヴィヴィオはフーカの努力を見つめてきた。その頑張りに似合った強さをフーカは会得していた。

 

ただ、その強さよりも、ヴィヴィオが優っていた。ただ、それだけの事実。強さの優劣を決める試合でフーカは確かに敗北したのだから。

 

悔しい気持ちを押し殺して、フーカは好敵手から仲間に戻ったヴィヴィオの手を握りしめて、立ち上がった。

 

 

「えぇ、ヴィヴィさん。けど……次は負けません」

 

 

そういったフーカの瞳にはリベンジに燃える光が宿っていた。リングに立つ二人れアリーナにいる観客からの拍手と称賛が降り注いでくる。見応えのある試合だったと誰もが納得できるものだった。

 

 

【苛烈な戦いを繰り広げた両選手に拍手が降り注ぎます】

 

 

手を振りながらリングを後にするヴィヴィオ。それに続いて、リングに深く礼をしたフーカが去る。これで本日の試合は全て終了した。熱狂が冷めぬアリーナの中で、アナウンスが響く。

 

 

【明日は決勝。無敗のチャンピオン、アインハルト・ストラトス選手と、高町ヴィヴィオ選手となります。そのあとは3位決定戦となり……】

 

 

フーカがリングから降りて選手の待機室に向かう。通路を少し歩けばアリーナで響いていた歓声が嘘のように聞こえなくなった。

 

 

「フーカちゃん」

 

 

一人で会長であるノーヴェや、師匠であるアインハルトが待つ部屋に向かっているフーカに、誰かが声をかけた。悔しさに歯を食いしばって俯いてるフーカは、声の聞こえる方へ視線を上げた。

 

 

「ナイスファイトだったよ、フーカちゃん」

 

 

そこにいたのは同じく、準決勝でアインハルトに敗北したリンネ・ベルリネッタだった。彼女もアインハルトと互角の戦いを繰り広げたのだが、最後は懐に潜り込まれたと同時に放たれた覇王断空拳で意識を失い、KO負けとなった。

 

リンネの優しい笑顔と一緒に聞いた「ナイスファイト」という言葉。だが、結局負けた。負けてしまった。しかし……敗者に対してかける言葉など、それくらいしかないということをフーカは知っている。

 

アインハルトに負けて落ち込むリンネにも、フーカはそんな言葉しか掛けられなかったのだから。

 

 

「……リンネ」

 

 

立ち止まるフーカの背中をリンネは何も言わずに見つめていた。その肩は微かに震えていた。自分の弱さに打ちのめされて、求めた強さの証明に手が届かなくて。

 

それでも、自分の親友は諦めずに前を向くことを知っている。

 

 

「なに?フーカちゃん」

 

「もっと強くなるぞ……もっと、もっとじゃ」

 

「……うん、そうだね。フーカちゃん」

 

「落ち込んでる暇はない。早く帰って……練習じゃ!」

 

「うん…!」

 

 

立ち止まっていた足を前へ。弱さに打ちひしがれて止まってしまえば、自分の求めた強さへの嘘になる。

 

だから、この悔しさを糧に前に進もう。

 

フーカの目は、もうすでに前だけを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第一話 新たなる一歩に向かって

 

チャンピオンカーニバルが終幕して一週間が経った。

 

私が経営するナカジマジムも、随分と有名になったものだと今更ながら思ったりする。ジムがすごいと言うより、所属しているアインハルトやヴィヴィオ、八神家の教えを受けて選手になったミウラ。彼女たちをとりまく環境や、センス、そしてトレーニングに打ち込む努力があってこそだろう。

 

ほんの少し前まで、私がこんな未来を歩むことになるなんて想像すらできなかったはずだが、人生とは何があるのかわからないものだ。

 

チャンピオンカーニバルは、ヴィヴィオと激戦を繰り広げ、辛くも勝利を収めたアインハルトがチャンピオンとなり、トーナメントは終わりを迎えた。

 

雑誌やテレビの取材も落ち着いて、ジムにも大会前のピリピリとしたムードはなくなり、普段通り格闘技のトレーニングに励む日常に戻りつつあった。

 

 

「ラッシュをかけろー!最後まで持つスタミナが大切だぞー」

 

 

私の声に全員が大声で返事をしている。

 

今やっているのは、二人でペアを組み大型のミットシールドを互いに持ち合って拳、蹴りを打ち込む練習だ。

 

アインハルトやヴィヴィオ、リオとコロナが鋭い連打や蹴り技をミットに叩き込んでゆく。その横では、両手にパンチングミットを装着したリンネと、そのミットに打ち込むフーカの姿があった。

 

リンネはフロンティアジム所属ではあるが、突出した才能を持つ彼女について行ける選手も少なく、コーチであるジル・ストーラから相談を受けた私は定期的にナカジマジムへ出稽古に来るよう手配をしていた。

 

バンバンとミットを叩く音が響く。時間はDSAA公式試合と同じく、4分間のラウンドでメンバーが入れ替わり、パンチを主体としたミット打ち、拳や蹴りを全体的に使ったミット打ちを繰り返す。

 

それを5セット。

 

休憩時間は1分も無い中でミット打ちを順繰りに行ってゆくトレーニングは基礎体力の向上はもちろん、体を動かし続ける負担に慣れること、そした柔軟な筋肉を作ってゆくのも目的の一つだ。

 

5セットの内一度訪れるシャドーも重要だ。対戦相手の影をイメージして攻撃を重ねてゆくトレーニングを行うミウラは、随分とシャドーが上手くなっている。今では外から見た私でもミウラがイメージする影を想像できるほど、その影は鮮明に映し出されているように思えた。

 

4分経過のブザーがなり、インターバル中にミットの前へと移動する。今度はフーカがシャドーをする番だ。フーカはまだイメージがおぼつかないのか、首を傾げながらシャドーを続ける。こればっかりは本人の意思やイメージが強く反映されるため、フーガが時間をかけて打ち込んでいくしかないだろう。

 

トレーニング再開のブザーと共にトレーニングルームにはミットに打ち込む鈍い音が響き渡る。

 

 

「よーし、じゃあミット役と交代だ。水分補給も忘れるなよー」

 

 

5セットを乗り越えたヴィヴィオやリオが膝に手をついて息を整える。フーカもかなり堪えたようで、肩で息をしながらマネージャーのユミナ・アンクレイヴから受け取ったスポーツドリンクを飲み干していた。

 

その様子を見ながら私は考える。たしかにチャンピオンカーニバルも終わって、ジムのムードは良くなってはいた。あのトーナメントでそれぞれが自覚したこともあるだろう。

 

次に来るのはウィンターカップの予選。トレーニングは充分だが、選手の練習試合が当面の課題だ。

 

ナカジマジムにいるヴィヴィオやアインハルト。彼女たちは間違いなくワールドチャンピオンを目指せる逸材だ。アインハルトが見つけてきたフーカ。フロンティアジムから出稽古に来ているリンネも前の敗戦から大きく成長している。

 

そんな彼女たちに足りないものは、実践経験。つまり大会に出場する場慣れ。

 

ナカジマジム内でも模擬戦は何度もしているし、夏季休暇では私が懇意にしているルーテシアのトレーニング施設で合宿も行っているが……実戦形式なトレーニングでは大会の場慣れ感を培うには心許ない。

 

とにもかくにも、今のメンバーに必要なのはDSAA公認の大会形式参加することだ。

 

しかし、DSAA公認のトーナメントは冬に行われるウィンターカップと、春先に行われるスプリングカップだ。チャンピオンカーニバルのようなトーナメントもあるが、まだまだ選手人口も足りないので大会や試合に出る回数は制限される。

 

どうしたものか、と考えていると端末に連絡が入ってきた。

 

選手であるヴィヴィオたちに引き続きトレーニングするよう伝えて私は会長室へと向かう。デスクに腰を下ろして通信に出る。そこに映し出されたのは今朝、挨拶をしたばかりの姉と、その相棒だった。

 

 

「やっほー、ノーヴェ」

 

「チャンピオンカーニバル、見たわよ?みんな頑張ってたじゃない」

 

 

開口一番にそう言ったスバル・ナカジマと、彼女の相棒であるティアナ・ランスターだ。

 

二人もヴィヴィオたちが出場していたチャンピオンカーニバルの中継を見ており、ヴィヴィオを下して無敗回数を上乗せしたアインハルトの活躍をお祝いしたばかりだ。

 

そんな二人との世間話はそこそこにして、スバルは以前、私がダメ元で頼んでいたことについて切り出した。

 

 

「前に話していた事だけど、正式に了承してもらえたよ」

 

「ほんとうか!?助かるよ、姉貴」

 

 

スバルのサムズアップに、思わずガッツポーズをした。感謝の言葉を伝えるとスバルはえへん、と大きな胸を張ってドヤ顔で答えた。

 

 

「妹のお願いを叶えるのもお姉ちゃんの役目、だからね!」

 

「アンタは昔の伝で頼み込んだだけでしょ」

 

「ティア〜!ここはお姉ちゃんの顔を立ててよ!」

 

 

相棒からのツッコミに頬を膨らませるスバル。そんなやりとりを見つめながら私は集めていたパンフレットや資料を見つめる。

 

 

(これで土台は整った。あとはあいつら次第か……)

 

 

まだヴィヴィオたちには話はしていないが、一つ間違いなく言えるのは、今年の夏は大いなる躍進につながる。それだけは確かなことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「集合!!」

 

 

ミットに拳を打ち込む音が響くトレーニングルーム。全員が集中している中で会長室から戻ってきたノーヴェが声を上げた。

 

 

「フーカさん、行きましょう」

 

「はい!ハルさん!」

 

 

アインハルトは持っていたパンチ用のミットを外した。フーカもグローブやサポーターを外して、軽く水分を取る。

 

他のメンバーもミット打ちや、対人スパーをしていて、ノーヴェの呼びかけに皆もタオルで顔を拭いながら集まった。

 

全員が集まったのを確認してから、彼女は腕を組んで言葉を続けた。

 

 

「今年の夏休みだが、例年通りに合宿を行う予定だ。けど、今回は期間が長い」

 

「期間が長い?どれくらいですか?」

 

「二週間だ」

 

 

その期間の長さに只事ではないと皆がどよめく。ルーテシアのところで合宿をするなら大抵は一週間。それが二週間に伸びるなんて……。そう思っていると、付け加えるようにノーヴェは今回の夏は普段のものとは違うと言った。

 

 

「それに、今回はいつも使わせてもらっているルーテシアのところじゃない」

 

 

ノーヴェは用意した資料を集まった全員へと配ってゆく。どういうことなのか、と全員が資料に目を落とすと真っ先にユミナとヴィヴィオが驚きの声を上げた。

 

 

「アーセナルロッジ!?ここって……」

 

「そうだ、プロの選手が使用するストライクアーツ専門の宿泊施設だ」

 

 

アーセナルロッジ?首を傾げていると、隣いたリンネが少し興奮気味に教えてくれた。

 

アーセナルとはDSAA公認のスポーツメーカー……特にストライクアーツに力を入れている企業だ。自社でプロチームを持っているほどストライクアーツに深く関わっており、自分達が使っているサポーターやミットもアーセナル社のロゴが入っている。

 

ストライクアーツをする選手でアーセナル社を知らない者はいないのだとか。フーカは知らなかったようだが……。

 

そして、アーセナルロッジとはDSAAと共同で建設したストライクアーツに特化した訓練施設なのである。他の競技や、魔法に関するトレーニング施設とは違い、完全なるストライクアーツ専門の施設なので設備がものすごく充実しているのだ。

 

 

「本来なら予約を取るなんて無理だし、アマの選手が利用するのも難しいんだが……」

 

 

ふっふっふっ、とノーヴェは得意げに、全員へアーセナルロッジの使用許諾証を見せた。

 

そこにはナカジマジムの選手のアインハルトたちと、フロンティアジムの選手であるリンネの名が記入されており、その選手らが夏休みの二週間、アーセナルロッジの使用を認めると言う内容であった。

 

 

「今回は特別に夏休みの前半から使用する手筈が整った!もちろん、周りにはプロで活躍する選手もいる。環境も抜群だ。その中で得られるものは多く、学ぶことは多い。私としては、このチャンスをお前たちに活かしてほしいと思う!!」

 

 

ノーヴェの言葉にヴィヴィオたちは歓声を上げた。この時期にするトレーニングは後の試合で絶対に大きな力になる。特にリンネは大いに興奮していた。

 

アーセナルロッジは、DSAA公認の訓練施設であり、そこには無論プロの世界で活躍する選手なども利用しに来るのだ。

 

リンネも施設を使いたいと憧れていたようだが、プロが出入りする施設にアマチュアの選手が入る空きはなく諦めていたようで、今回の話で普段は見せない子供らしさや、はしゃぎっぷりを見せていた。

 

全員の視線を感じて恥ずかしそうに肩を縮めていたが、気を取り直してノーヴェは全員を見渡した。

 

道は示した。道しるべは置いた。

 

この道を進むか、進まないか、活かすも殺すも選手達次第。

 

 

「で、チームナカジマ創設以来の長期夏休み合宿。参加するやつは?」

 

【行きます!!!】

 

 

全員が声を揃えて答える。示した道に全員が迷わず足を向けてくれた。それこそが彼女たちからの信頼の証だった。

 

そう答えたヴィヴィオたちは大いに盛り上がって、トレーニングを再開してゆく。熱も先などよりも高まっていて、リンネは縦にサンドバックを揺らしていた。負けない!と他のメンバーたちもスパーリングやシャドーに打ち込んでゆく。

 

選手たちの様子を見てから、ノーヴェは深く息を吐いて安心したような表情になる。

 

 

「よかったぁ……用事があるって断られたら先方に何て言おうかと思ってた……」

 

「ノーヴェさんって変なところで弱気なんだから」

 

 

となりにいるユミナにそう指摘されるが、こう言ったことは慣れないものだ。

 

もし断られたら色々と動いてくれた姉であるスバルやティアナに頭を下げまくることになったのだが、教え子たちはそんな心配をしなくとも全員、ノーヴェの計らいに応えてくれる。どこか不安だったと言うのは心に留めておこう。

 

 

「けど、どうやってアーセナルロッジの枠を取ったんですか?あそこってかなり倍率高いですし……費用も……」

 

「そこは少し伝があってな」

 

 

そう言ってはぐらかすノーヴェに、ユミナは首を傾げるがとにかく今は夏休みの合宿まで、ジムでできることを続けるだけだ。

 

他のジムとの練習試合や、勉強。やることは山のようにあって、時間は瞬く間のうちに過ぎてゆく。

 

 

 

そして、時期は夏。

 

 

 

 

ヴィヴィオたちの通うStヒルデ魔法学校も、夏休みへと突入したのだった。

 

 

 

 



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第二話 強者たちの鍛錬場

 

 

アーセナル・ボディメーカー。

 

略名でアーセナルと呼ばれるそのメーカーは、ストライクアーツ発展の礎となったDSAAと共に歩いてきた。

 

最初は吸水性、速乾性に優れたアンダーウェアなどを扱うメーカーであったが、ストライクアーツの競技人口が増え始めた頃に格闘技向けのウェアや防具、トレーニング用アイテムを展開。ほどなくして設立されたDSAAとメーカー初の業務提携を結び、爆発的な成長を遂げたのだった。

 

今では単なるスポーツウェアのメーカーではなく、DSAAとの共同出資によるアマチュア大会の主催や、イベント運営、選手向けのトレーニング機材などを手掛け、数年前から大規模なストライクアーツの専門施設を作ると同時に企業チーム「アーセナル」を発足。

 

プロリーグにて上位に位置し続けるほど、アーセナルのストライクアーツへの力の入れようは他に追随を許さないものとなっていた。

 

アーセナル・ロッジは、同メーカーが生み出したストライクアーツを主眼においた訓練施設であり、その施設の充実性は他の競技と共用で作られた施設とは根本的に異なっている。

 

特に目立つのは選手の独自性を優先した造りであり、アーセナル・ロッジは新たなる発見と才能の発掘、ストライクアーツの更なる発展と進化を目的に設立されたのだ。

 

ミッドチルダで初となるアーセナルロッジは自然豊かなアルトセイム地区に建設され、自然の覚悟さと柔軟性を取り入れた施設はプロチームにも人気で、予約も数年待ちという状態が続いていた。

 

 

 

 

 

 

「すごーい!!トレーニングルーム広っ!!?」

 

 

到着早々、リンネがぶっ壊れた。

 

普段はクールビューティーとファンから呼ばれ、親友であるフーカにも落ち着いた態度を見せるリンネが、まるで幼少期に逆戻り……というより、テンションが爆上がりして腕をブンブンと振るいながら施設を見て回っていた。

 

ドドド!!と言わんばかりに施設を走り回るリンネを、まさか全員で止めに行くことになるとは思っても見なかった。とりあえずアインハルトやフーカがはしゃぐリンネを捕まえてから改めて施設を見て周る。

 

アーセナル・ロッジは予約が半年先まで埋まっているとまで言われる最高峰のストライクアーツ専門施設。

 

普段使うトレーニング機材は最新式。さらに最新式として導入された仮想空間でのVR模擬戦。各階級のスパーリング相手が常駐するファイトルーム。そして広大な敷地を利用し数々のアクティビティが備わっている。

 

 

「見ろ、リンネ!ランニングコースめちゃくちゃあるぞ!?」

 

 

あっても5コースくらいだろうとタカを括っていたフーカが思わず仰天する。コース数は現実世界では15。仮想空間での擬似コースだと百種類近くあるのだ。しかも平坦なコースではなく、上り勾配や下り勾配も再現する最新式のランニングマシーンが備わっている。

 

 

「オーソドックスなコースから山道などの勾配がきついコースまで……」

 

 

現実のコースもそれに引けを取らない。アルトセイム地方の雄大な自然を活用した山道や、自然道。湖畔沿いを走るコースなど多種多様。とりあえず現実世界のコースは制覇すると息巻いてるリンネに、付き合うことが確定しているフーカは少しゲンナリした顔をしていた。

 

 

「宿舎大きい!!高級ホテルみたい!!」

 

「プールもすごい!!逆流プールとかもあるの!?」

 

 

宿泊施設も豪華。ロッジの名の通り、宿泊施設は五カ所存在し、それぞれが契約したチームが貸し切るスタイルとなっている。近くには競泳用のプールと、トレーニング用のプールの二種類があり、ヴィヴィオとミウラが目を輝かして見ているのは水流が進行方向と逆に流れる高負荷のプールだ。

 

少し歩けばアルトセイムの自然湖も利用できるため、水中でのトレーニングは申し分ない。

 

 

「ちなみにリングも五つ施設があって、その内一つがうちの貸切だ」

 

「ふおおお!!」

 

 

再び、その場にいる全員のテンションが上がる。とくにリンネとアインハルトは早くトレーニングがしたくてずっとソワソワしているようにも見えた。

 

アーセナル・ロッジは5チームが入れ替わりで入り、契約期間中は貸切でリンクも宿泊施設も利用できる。

 

5チームが定員なのは、せっかく充実した訓練施設が混雑して利用できない、などと言った要素を排除する目的もある。故に予約が半年も取れない施設となっているのだが、宿泊時の訓練密度は普段の練習とは比べ物にならないのだ。

 

まずは入場手続きをするためにメインエントランスに向かう必要がある。ついた途端に辺りをウロチョロするはしゃぎメンバーをとっ捕まえて、引率兼代表者のノーヴェは疲れたようにため息をついてきた。

 

 

「ありがとう、ザフィーラ。付き合ってくれて助かるよ」

 

「ミウラの引率のようなものだ。それに弟子でもあるしな」

 

 

横を見ると両肩にトレーニング用のウェアや防具、備品諸々が入ったバッグを抱えるザフィーラ。その後ろにはリンネの引率として同行するジルもいる。

 

今回は長期の合宿。ロッジという宿泊施設はあれど選手のサポートや飲料水の準備、トータル的なマネージメントや技術指導とやることは山のようにある。この二週間をヴィヴィオたちにとっていかに有意義にできるかはノーヴェや同行するコーチの采配に掛かっている部分もあった。

 

 

「……で、何でお前もついてきてんだよ。ウィンディ」

 

 

そう言ってノーヴェはザフィーラの影に隠れていたお手伝い役その1であるウィンディを睨みつけた。

 

 

「えぇー!だってノーヴェ姉が人手足りないからって言ってたから」

 

「だからザフィーラに声掛けたんだろうが……」

 

 

できればギンガに来て欲しかったのだが、彼女は夏季休暇中に別件の仕事がある。無理強いもできないので、ザフィーラとジルと自分でどうにかスケジュールを回そうと考えていたら、ナカジマ家の姉と妹が手伝いの名乗りをあげたのだ。

 

 

「まぁ良いじゃないか。二週間の合宿。色々とやることは多いだろう?」

 

 

ウィンディと共に参加してくれるチンク・ナカジマ。彼女は主に選手たちの記録や体調管理などを行ってくれる頼りになる姉だ。

 

 

「チンク姉。付き合わせちまうのが申し訳なくて……」

 

「スバルからもよろしく言われているからな。ここは姉として手伝わないわけにはいかないぞ」

 

「そうだそうだー!」

 

「ウィンディは余計だっての!」

 

 

チンクの脇に立って鬱陶しがるノーヴェに絡むウィンディと、それに声を上げるノーヴェ。間に挟まれるチンクはやれやれと言った表情で妹たちの喧嘩を眺めていた。

 

 

「なんだか、素の会長見るのは新鮮じゃなぁ」

 

 

ノーヴェの新しい一面を見てフーカが頷いている。その様子を見たヴィヴィオとアインハルトはなんとも言えない顔で、ザフィーラはとても優しい目をしているのが印象的だった。

 

メインエントランスへと着くと、ノーヴェたちが手続きのために受付へと向かった。残ったヴィヴィオたちはエントランスに待機。フーカとリンネは壁に飾られているDSAAの初代チャンピオンの写真やサイン入りウェアを見学していた。

 

アーセナルの歴史などの資料を見ながら歩いていると、フーカは前を見てなかったため、不意に誰かと肩がぶつかってしまった。

 

 

「おっと、失礼し……」

 

「どこ見て歩いてんだ、テメェ!!」

 

 

フーカの謝る声を遮ってぶつかった相手が凄まじい剣幕で怒りの声を上げた。咄嗟にフーガを庇うようにリンネが前に出る。

 

 

「な、なんじゃ!?不注意はすまんとは思ってるが……」

 

 

唸り声が聞こえてきそうなくらい威嚇する相手。毛先はブロンドで頭の天辺は黒髪。黄土色の瞳。耳には存在感を主張するピアスをつけていて、ジャージを着崩している姿はいかにもヤンキーといったような風貌だった。

 

そんな相手はジロジロとフーカとリンネを見る。彼女らが身につけるジャージには見覚えがあった。

 

 

「はん?ナカジマジムだぁ?ここはテメェのような雑魚が来る場所じゃねぇんだよ!」

 

「……なんじゃと!」

 

 

売り言葉に買い言葉。フーカの腹の底から響くような声に少し離れていた場所にいたアインハルトたちも何事かと視線を向けた。

 

リンネに止められながらも前に出ようとするフーカ。大切なジムを貶された上に雑魚呼ばわりとはどういうことだと怒りの表情を露わにしたと同時。

 

 

「やめなさい」

 

 

威嚇しまくっていた相手の頭に入場用の分厚いファイルが落とされた。ゴンっと明らかに硬い音が響き、喧嘩ムードだった相手は激痛に頭を押さえてうずくまった。

 

 

「すいません、うちのバカ娘が。この子少々拗らせていて」

 

 

私、こういうものです。レディースのスーツ姿で、ヤンキー娘を沈黙させた女性は呆気になるフーカとリンネに名刺を差し出した。

 

〝ブラッディ・グローブ。メインコーチ〟

〝エイコ・ロードスター〟

 

 

「こっちで蹲ってるのが私の教え子、レオナ・ルーチェ。見た目はアレだけど、結構強いのよ?」

 

 

その名刺を見たリンネが小さく声を上げる。ブラッディ・グローブはミッドチルダとは異なる世界、第3管理世界「ヴァイゼン」でワールドチャンピオンとなったチームの名だ。

 

リンネも試合でブラッディグローブの選手と戦った経験があり、まだストライクアーツを初めて間もない頃で、敗北した記憶が鮮明に残っている。

 

ニコニコと笑うブラッディ・グローブのメインコーチであるエイコ・ロードスター。彼女もヴァイゼンでのストライクアーツ覇者であり、引退後に名コーチとして名を轟かせる人物だった。

 

 

「拗らせてなんかねぇーッ!!」

 

 

ようやく立ち上がりながらエイコに噛み付くレオナ・ルーチェ。どうせまた誰かれ構わず喧嘩を売ってるんでしょう?とエイコは呆れ顔で言うと、レオナはうぐぐと言葉を詰まらせる。

 

 

「い、いえ、私も不注意でぶつかってしまって……」

 

「レオナ、年下の子に謝らせて自分は知らんぷりでもするつもり?」

 

 

先に謝罪したフーカに、エイコは罰悪そうに顔を背けるレオナにそう問いかける。ん?謝らないの?と詰めると、彼女は顔を背けたままつぶやいた。

 

 

「……すんませんした」

 

 

声ちっさ……ッ!そう思ったけど声に出さなかったフーカは偉かった。声に出していたら余計拗れること必須だった。騒ぎを聞きつけてアインハルトやヴィヴィオもやってくる。

 

必然的にナカジマジムの面々と、エイコとレオナが向き合う形になる中。

 

 

「またトラブル起こしてるの?勘弁してほしいものね」

 

 

横から竹刀袋を肩にかけた少女がレオナに声をかけた。全員の視線が集まる中、アインハルトは目を見張って驚いた様子だった。

 

 

「……レオ?」

 

 

竹刀袋を肩にかける彼女も、驚いた様子のアインハルト見て手を振って応じた。

 

 

「ハロー、アインハルト。まさかこんなところで再会できるとは思ってなかったわ」

 

 

私もです、と挨拶を交わす二人。フーカが不思議そうに二人を見ていると隣にいたユミナが困ったような顔をしていた。

 

 

「あー、話せば長くなるんですが……あの人はレオ・アーウィンさんで、アインハルトちゃんと、私の友人です」

 

 

飛燕式剣術、師範代のレオ・アーウィン。かつてDSAA、ミッドチルダの地方予選でアインハルトと対峙した古流剣術使いだ。アインハルトの覇王流の対となる飛燕式剣術の正統後継者であり、その剣術の発祥は覇王流と同じく古代ベルカのシュトゥラである。

 

彼女の祖先はアインハルトの側近騎士であったが、ベルカでの戦乱で二人は袂を分かち、殺し合いをした。結果、現代まで続く遺恨となったのだが、アインハルトの誠実さと覇王の遺恨を解消したことによって、レオとも和解。

 

後日、アインハルトの紹介でユミナとも出会い、三人は交流を続けていたのだった。

 

 

「飛燕式剣術……前にハルさんが言ってた古流剣術ってやつか……」

 

 

ストライクアーツはナカジマジムなどの近代格闘技といった系統が一般的だが、中にはベルカの戦乱期や、さまざまな文化で花咲いた流派を駆使して戦う古流武道の選手層もいる。だが、古流武道を極める者たちはDSAAの試合に出ない傾向が強い。

 

レオの有する飛燕式も同じくで、DSAAのミッドチルダ地区予選に出場したのは覇王として名を馳せるアインハルトの真意を確かめる目的があったから。

 

それ以来、彼女は公式の試合の場に出ることはない。飛燕式剣術は「人を殺す技」である以上、使い方を誤れば相手に癒えない傷を与えてしまう。それを悪戯に伝播すること、試合でひけらかすことを代々から禁じてきたのだ。

 

だが、トレーニングをしないとはいっていない。レオ曰く、飛燕式の流派は管理局や警備組織から高く評価されており、護身術兼、制圧武道として年に数回講師として招かれるのだとか。

 

飛燕式剣術の門下生を連れてアーセナル・ロッジにきたのもひとえに流派の鍛錬のためだと言っていた。

 

 

「レオ!今年こそはお前の生意気な顔面に一発入れてやるからな!」

 

 

そんなレオに噛み付くのは、ブラッディグローブのレオナである。二人には因縁があるらしく、レオナの吠え声にニヤリと笑みを浮かべながらレオは煽りを返した。

 

 

「できるならやってみなさい。できるものならね?」

 

 

ほら、この右頬に一髪入れてみてよ。とさらに煽るとレオナは瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして吠えた。

 

 

「ムッキィィイ!公式戦で出ないくせに偉そうに言いやがって!!」

 

「はいはい、落ち着いて」

 

 

バタバタと足を振って今にも掴みかかろうとするレオナをコーチであるエイコが羽交締めにして押さえていた。煽り顔をやめないレオ相手に鼻息を荒くする一方、それを見ていたアインハルトは状況が飲み込めずにいた。

 

 

「あの……お二人は……?」

 

「あぁ?!アタシらはチーム、ブラッディグローブ!そっちは古流剣術でチーム組んでる!アスアスなんとかってやつだ」

 

「チーム名はアストライアですよ、レオナさん」

 

「はん!クソライアで充分だろ」

 

「喧嘩なら買いますよ?」

 

「売ってんだよクラァっ!!くわわわーっ!!」

 

「やめろっつてんだろっ!」

 

 

放っておくとレオとレオナが延々と悪態と喧嘩の売り言葉買い言葉の応酬が続きそうだ。我慢の限界を超えたコーチのエイコが敵意丸出しで威嚇するレオナの頭にゲンコツを落とす。

 

一撃の元、元気いっぱいに喧嘩を売っていたレオナは地面に突っ伏して何も言わなくなった。最初にみた大人びた顔とはかけ離れたエイコの形相に全員が絶句すると、彼女はそれに気づいたのか「あはは」と笑って取り繕う。

 

 

「失礼。昔のクセが」

 

「あははは……」

 

 

ヤンキーチームを率いるエイコもまた、現役時代はオラオラ主義を地で走ってきた選手だったんだろうな、とその場にいる全員が察した。とりあえず首根っこを掴まれて大人しくなったレオナはエイコと共にメインエントランスの出口へと向かってゆく。

 

すると、去り際にレオナはフーカを睨みつけた。

 

 

「最初に言っておくが、お前らみたいなアマチュアでワイワイ楽しむなら……他所でやりな。アタシは、ストライクアーツに生活が掛かってる。この期間に邪魔をするなら容赦はしねぇからな」

 

 

怒り……というよりもそれは侮蔑。差別するような目をしているようにフーカは思った。

 

ストライクアーツに生活が掛かっている。奇しくもそれはフーカも同じだった。ミッドチルダでの上位ランカーになったフーカは補助金などが支給されている。

 

けれど、あそこまで張り詰めたような空気感はなかった。それはアインハルトやヴィヴィオたち、そしてリンネがいてくれたおかげだとも思う。

 

去ってゆくブラッディ・グローブのチームをフーカは何も言わずにじっと見据えていた。

 

 

「……全く、愛想がないと言うか好戦的というか、誰にでも喧嘩を売るというか」

 

「師範代ー!」

 

 

レオナのいい草に呆れるレオも、飛燕式剣術の同門や、チームメイトに声をかけられた。竹刀袋を持ち直して、彼女はアインハルトとユミナに手を振った。

 

 

「じゃあ、アインハルト、ユミナ。私も行くね」

 

 

去ってゆくレオと入れ違いになるように手続きを済ましたノーヴェたちも戻ってきた。

 

受け取ったパンフレットで、自分達が宿泊するロッジの場所と、貸切のリングなどの施設の説明の後、ノーヴェはこの施設内には他にもチームがいることを話し始めた。

 

 

「他のリングにはプロ、アマのチームが入ってる。暇があれば見学にでも行けばいいさ」

 

 

貸切ではあるが、ちゃんと話をすれば他のチームの練習を見学することもできるし、コミュニティも好きに構築してもいい。それがアーセナル・ロッジの基本方針だ。

 

学べる機会を貪れ。パンフレットの中にもその言葉が書かれている。

 

しかし、フーカは思った。あの喧嘩っぱやいやつのチームの見学にだけは行きたくないな、と。

 

 

「ノーヴェさん、どんなチームがいるんですか?」

 

 

リオが手を上げて質問する。ノーヴェは貰ってきた責任者用の資料をパラパラとめくりながら答えた。

 

 

攻撃主体の喧嘩殺法、ブラッディグローブ。

 

公式戦には出ないが管理局や警備組織に認められるほどの強さを誇る古流剣術使い、アストライア。

 

その二つはさっきフーカが遭遇したレオナ・ルーチェと、レオ・アーウィンが属するチームである。

 

 

「それに加えて、防御を主体とするガーディアン・トロイアと、もうひとつとんでもない奴らが今日からロッジに来ている」

 

「とんでもないやつら?」

 

「アーセナルが抱えるプロチームだ。なんでも今年は怪物がチームに加わったらしい」

 

「怪物……?」

 

「第4管理世界、カルナログ地区出身のワールドチャンピオン。アンネローゼ・ヴェルファイア」

 

 

その名を聞いて、アインハルトとヴィヴィオが息を呑む。

 

アンネローゼ・ヴェルファイア。

 

その名はストライクアーツを学ぶ者なら一度は聞いたことがある名前だ。

 

かつて、無敗のチャンピオンであるジークリンデ・エレミアとの激闘を繰り広げ、僅差で敗北してからはさらに鍛錬を積み、今では手がつけれないほどの強者にやっている。

 

圧倒的なセンスと攻撃力を持つそんな選手が、自分達と同じ施設でトレーニングをしている。

 

 

「そんな選手が……ここに集まってるんじゃな……ッ!」

 

 

フーカは鳥肌が立った。普段目にしない強者たちの鍛錬。それを見て学べることは多く、深い。リンネもアインハルトもヴィヴィオもリオもコロナとミウラも、みんなワクワクした顔をしていた。

 

 

「さて、じゃあとりあえず挨拶にいくぞ」

 

 

全員が荷物を持ってメインエントランスを出たところで、ノーヴェは進路を右に変えた。宿泊用のロッジは左だというのに。

 

 

「挨拶?」

 

 

全員が首を傾げると、ノーヴェは笑みを浮かべてこう続けた。

 

 

「私たちが二週間、お世話になる相手だ」

 

 

 

 

 



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第三話 アーセナルのコーチ

 

 

 

 

アーセナル・ロッジには中央区画に管理施設と併設してメインアリーナがある。ミッドチルダの首都、クラナガンにある総合アリーナよりも幾分か小さい規模であるが、地方予選程度なら問題なく開催できるほどの収容人数と広さがあった。

 

ノーヴェたちについてきたアインハルトたちもメインアリーナの入る施設へ入り、そのまま管理施設へと向かう。

 

管理施設はアーセナル・ロッジに常駐するスパーリングパートナーや、メディカルスタッフ、トレーナーたちのオフィスがあり、ノーヴェは受付の案内にしたがって一つのオフィスの扉を開けた。

 

 

「久しぶりだな、ノーヴェ」

 

「ケイスも相変わらずだな」

 

 

ジャージ姿でデスクワークをしていた男性が入ってきたノーヴェやアインハルトたちを見渡した。とりあえず全員入室して挨拶をする。彼はデスクから立って全員の前に立った。

 

目の肥えた選手、とくにアインハルトやヴィヴィオは直感で理解した。目の前にいる男性は、相当な実力者であるということを。

 

 

「初めまして、ケイス・テレインだ。今回のロッジの管理とサポーターを任されている」

 

 

ケイス・テレイン。その名前を聞いてリンネとジルが驚いた顔をした。テレインは、アーセナル・ボディーメーカー社の創設者、ウェルソン・テレインと同じ家名だったからだ。

 

単なる同家名なら狼狽えなかったのだが、ケイスは何度かアーセナルの発行する雑誌にも掲載されていた選手でもあり、プロリーグに上がる前の企業チーム「アーセナル」の主将も務めていた実力者だった。

 

 

「テレイン……って、アーセナルの創設一族じゃないですか!?」

 

「俺の親がな。あんまりうれしくはないけど、風呂敷が大きくなっただけだよ」

 

 

テレイン家の出自をケイスは複雑そうな顔で答える。なぜ複雑なのかは、ケイスが魔法使役に必要なリンカーコアを持たなかったからだ。プロリーグは魔法使役も可能になるため、魔法なしのケイスは格闘選手の名家になりつつあるテレインの名で騒がれるのが苦手だった。

 

 

「ちなみにケイスも無魔法のオーディナリークラス(18歳以上の一般クラス)で、三年世界優勝経験者だぞ」

 

「さらっとすごいこと言ってません?」

 

 

無魔法のストライクアーツといっても体術のみでワールドチャンピオンに三年も君臨した強者。なんともないようにいうノーヴェに思わずフーカがツッコミを入れた。

 

アインハルトとリンネは目をギラギラさせてケイスを見つめている。後で手合わせをお願いするんだろうか、とフーカがユミナとヴィヴィオを見たが、二人ともにっこりとした笑顔で「諦めて」と圧で返事をしてくれた。

 

 

「まぁ過去の栄光ってやつだ。引退してるし、仕事も管理局の法務部だし」

 

「え、ケイスさんはここの経営者じゃないんですか?」

 

 

驚くリオに、ケイスはうなずく。彼の本業は時空管理局の法務部だ。次元犯罪者などの処罰を管理し、データとして保管する部門であり、基本的にデスクワーク。出張るといっても犯罪者の裁判や、拘置所での任意調書程度だ。現場に出ることはほとんどない。

 

故に、こうなって夏季休暇もしっかりと取得できる部門でもある。ヴィヴィオの親であるなのはとフェイトは夏季合宿として、教官のヴィータとシグナムと共に、訓練生を扱き倒しているだろう。

 

地獄の夏合宿を味わっているだろう訓練生たちにノーヴェとザフィーラは心の中で合掌するのだった。

 

 

「親に「夏季休暇くらい実家の手伝いをしろ」って言われてな。だからこの時期だけは俺も手伝いをしてるのさ」

 

 

ちなみに手伝いとは言っているが、ケイスのコーチとしてのスキルは一流だった。過去に一人の後輩を指導した結果、地区予選止まりだった彼女をワールドトーナメントのベスト8まで導いた実力を持っている。

 

その話を知る企業チームや、プロチームから指導の依頼がくるが無魔法であることや、すでに引退したことからケイスは断り続けているのだとか。

 

 

「ちなみに会長とケイスさんはどういったご関係で……?」

 

 

フーカの質問にノーヴェとケイスは顔を見合わせる。

 

 

「俺とノーヴェ……というより、俺と彼女の姉がって感じだな。昔、俺が事件に巻き込まれた時にスバル・ナカジマとティアナ・ランスターに助けてもらったのさ」

 

 

過去にケイスは〝ロストロギア級〟の遺失物をめぐる事件に巻き込まれたことがあった。その時に助けてくれたのが、スバルとティアナであり、ケイスがストライクアーツの優勝者であることや、テレイン家の出があったことから、ナカジマジムを運営するノーヴェと知り合ったのだ。

 

今でも魔法なしの撃ち合いならノーヴェやスバルとタイマンを張れるほどの実力を持ってあることから、暇があれば相手をしている。

 

今回のアーセナル・ロッジの予約についてもスバルとティアナがケイスに頼み、実現した話でもあった。

 

 

「さて、おっさんの身の上話しはここまでにしてここに来たということは君たちは強くなりたいということでいいんだよな?」

 

 

ほがらかな笑みを消したケイスの言葉に全員が真剣な表情に切り替わって、大きな声で答えた。

 

 

「アーセナル・ロッジは見てもらった通り広いし、設備は充実してる。トレーニング方法なんて山のようにあるが、それをがむしゃらにすればいいっていうわけじゃねぇ」

 

 

その表情からは僅かな畏怖と圧があった。この場所で何を得るか。それでアインハルトたちがどう成長できるか、可能性が大きく変わってくる。思い出作りだとか、遊びに来たわけじゃない。この場所にきたということは、「強くなる」以外の選択肢など存在しないのだから。

 

 

「この二週間。存分にこの場所を有意義に使え。取れるものは取り尽せ。貪れ。お前たちが強くなるために」

 

【はい!!!】

 

「あー!先に会ってるなんてずるいですよ、先輩!!」

 

 

ピリッとした空気の中で響いた声。全員が扉の方に視線を向けるとトレーニングウェア姿の女性が不満げな顔で立っていた。

 

 

「えっと、ケイスさん……こちらの方は?」

 

「あとで紹介するつもりだったんだが……このアーセナルに所属するコーチだ」

 

「初めまして、皆さん!ルイズ・ロールスロイスです!ここでの皆さんのお世話を任されてます!何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね!」

 

 

コーチ?そう不思議そうにするアインハルトたちだが、ルイズは不満げな顔に戻るとズンズンとケイスの元へと大股で向かってゆく。

 

 

「先輩ひどいじゃないですか、ナカジマジムの方が到着したら連絡するって言ってたのに!」

 

「あー、悪かったよ。こっちにも段取りってもんがあるんだよ」

 

「そう言って私のこと雑に扱いすぎてません!?お父さんに言いつけましょうか!?」

 

「それはマジでやめてくんない!?」

 

 

本気で嫌がるケイスに頬を膨らませるルイズ。二人の言い合いを見ながらノーヴェが説明してくれた。

 

二人は先輩後輩であり、ケイスが指導して地区予選止まりだったのがワールドトーナメントのベスト8になった選手がルイズ・ロールスロイスだった。それ以来、ルイズはケイスに頼み込んでコーチとして指導してもらい、今では名コーチとして雑誌にもコラムが載るほどに成長している。

 

言い合いを見られていたことに気づいたのか、ルイズは苦笑いしながら全員に向き直った。

 

 

「お、お見苦しいものをお見せして……あはは。じゃあ皆んなの部屋に案内するからついてきてくださいね!」

 

 

そう言ってメインアリーナ施設から出るアインハルトたち。ルイズを先頭にロッジを目指す中、ヴィヴィオが彼女へ話しかけた。

 

 

「ルイズさんはロッジ専属のコーチなんですか?」

 

「普段は違うけど、夏季休暇の時は先輩……じゃなかった。ケイスさんのお手伝いをしてるの」

 

 

一時期はアーセナルの企業チームでのサブコーチもしていて、今は第6管理世界「アルザス」にあるジムでコーチをしている。ほんわかした雰囲気が特徴的だが、彼女の指導でアルザス地区のワールドチャンピオンも誕生している。コーチとしての手腕はお墨付きだった。

 

 

「相変わらずケイスにベタベタなんだよなぁ、ルイズって」

 

 

そんなルイズにノーヴェがにやにやとした笑みで茶化す。彼女がケイスにベタ惚れなのは二人を知る者たちの周知の事実であり、それでもくっつかない二人をノーヴェはいつも茶化していた。

 

 

「あー、それいう?私に負けたからって腹いせにそれ言っちゃう?」

 

 

二人の出会いはノーヴェが現役だった時。ワールドトーナメンの1回戦でぶつかったのが最初だった。接戦となったが、一瞬の隙をつかれたノーヴェがポイントを削り取られて敗退したのだった。

 

 

「なっぐ……!そっちだって世界大会二戦止まりのくせに!」

 

「ノーヴェ、今行ってはならないことを言ったわねぇ!?」

 

「ちょ、会長〜!こんなとこで構えたらまずいですって!!」

 

 

いうがままにファインディングポーズをとるルイズと応じるノーヴェ。そのまま殴り合いに発展して、慌ててフーカが止めに入った。フーカも大概喧嘩っ早いがノーヴェも普段の凛々しさとは打って変わって、現役時代の子供っぽさが滲み出ているように思えた。

 

妹のイキイキとした姿を見たチンクは全員を連れてルイズから受け取った部屋割り表を見た。

 

 

「さ、皆。部屋割りもわかったので荷物を置いたら着替えるとしようか」

 

「はーい」

 

「誰も止めてくれんのじゃあ!?」

 

 

結局、フーカによる必死の抑えと、ザフィーラの仲裁が入って二人はフーフーと息を荒げながらもバトルを終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「今回の合宿にはノーヴェ、ザフィーラに加え、ケイスとルイズがアーセナル側で参加する」

 

 

ロッジに隣接したトレーニング施設で、遅れてやってきたケイスは改めてアインハルトたちを見渡す。全員、私服からトレーニング用のジャージに着替えており、目も真剣そのものだった。

 

 

「アーセナル・ロッジは選手育成の場だ。合宿に来た意味は強くなること。なら新しいエッセンスを外から注ぎ込むのが短期間かつ、効果的に作用する場合が多い」

 

 

アーセナル・ロッジは、リングは計5箇所。それぞれに臨時コーチとサブトレーナーがいて、合宿に来た選手たちをフルでサポートするのが売りの一つでもある。

 

 

「勘違いしてもらいたくないのであえて言うが、ここで俺たちのような部外者が入ることは君たちの指導者の教育や方針を否定しようって言う意味じゃない。ここに来るという以上、君たちの指導者は明確な目的や信念がある。その視点を変えず、別視点から選手の可能性を導き出すのが目的なんだ」

 

 

例えば普段では気づかない選手の癖や、特徴。どこに伸び代があるかは多方面から見なければわからないのだから、それを見つけ、伸ばすのがケイス達、アーセナル側のコーチの役目でもある。

 

 

「というわけで、さっそくだがアップをしてくれ」

 

 

全員、スパーリングの準備だ。

 

 

 

 

 

 



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第四話 U18の王者

 

 

宿泊施設の隣にある中型のホール。小規模なトレーニングルームと併設される形で、ストライクアーツ用のリングがそこにあった。

 

促されるままアップを終えたメンバーはコーチたちに連れられてリングのあるホールへと入る。

 

 

「ミーシャ、準備はできてる?」

 

 

リングの上、そこにはすでに一人の選手が立っていた。体に馴染むインナーの上から緩やかなトレーニング用シャツを身につけ、両手、両足にはスパーリング用のサポーターが備わっている。

 

 

「えぇ、コーチ。いつでも構わないわ」

 

 

片腕を二の腕から抱えるように肩甲骨の筋を伸ばすストレッチをしながら、ルイズの問いに答えた彼女。その顔を見て、ユミナやリオが「あっ」と声を上げた。

 

 

「あ、あの人!ミーシャ・アウトランダー選手じゃない!?」

 

「ホントだ!」

 

 

二人がそう言うと、コロナやヴィヴィオも凛々しい表情でリングに立つスパーリングパートナーを見てはしゃいでいた。アウトランダー?聞き覚えのない選手のことに盛り上がるリンネに、フーカはおずおずと言った風に問いかける。

 

 

「あの、その人はいったい……」

 

「ミーシャ・アウトランダー。アンダー18……アインハルトさんが王座に着く次の年齢層の王者で、来年からプロのストライクアーツ選手としてデビューする予定の選手だよ、フーカちゃん」

 

 

U18。いわゆる18歳までの制限が設けられたクラスの俗称。U16の絶対王者として君臨するアインハルト。年齢制限が一つ上のクラスの王者が、リングの上に立つミーシャ・アウトランダーだった。

 

彼女はクラッシュエミュレートの端末を起動するとリングのロープにもたれかかり、グローブを備えた手でフーカたちを手招きした。

 

 

「あんた達がコーチの言ってた期待のアマチュア選手達ね。揉んであげるからリングに上がってきなさい」

 

 

明らかな挑発だった。彼女は大体の内容を専属コーチであるルイズから聞いている。アマチュア、しかもミッドチルダで上位ランカーを張るナカジマジムの選手たちの相手をしてほしい。それもU18王者であるミーシャに対して。

 

つまりはそういうことだ。手加減は無用だし、仲良しこよしでやるつもりは毛頭ない。最初から挑発もするし、全力でいく。

 

真っ先に挑発に乗ったのはヴィヴィオだった。グローブを身につけてリングの上に上がる。

 

 

「いっけー!ヴィヴィオー!」

 

「高速カウンターでやっつけちゃえー!」

 

 

リオとコロナの声援を受けて、ヴィヴィオはクラッシュエミュレートを起動する。この端末を身につけておけば、体へのリアルダメージは防ぐことができる。その分、仮想……フィクションダメージを認識することで、擬似的な打撲や捻挫、骨折などのダメージを再現することが可能となっているのだ。

 

リアルでのダメージがないと調子に乗れば酷い目に遭う。現にフーカが最初にヴィヴィオたちとスパーリングをやったときは酷い目にあったのだから。

 

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 

元気いっぱいに挨拶をすると、ヴィヴィオはオーソドックスなファイティングポーズから一気にミーシャの懐へと踏み込む。軽快なステップで距離を詰めるのが得意なスタイル。

 

インファイトもお手のもので、迎撃でミーシャが放った左ジャブをヘッドスリップとスウェーで躱して、お返しと言わんばかりに右のフックをガードに叩き込む。

 

 

(なるほど、いい反応。ミッドチルダの上位ランカーにいるのも伊達じゃないわね)

 

 

右から襲い掛かるフックをそのまま受け流す。受け止めてしまえば更にヴィヴィオのエンジンが掛かると予測したミーシャは、ガードするのではなく受け流す方向へと切り替えた。

 

ガードと受け流しは防除というカテゴリーではあるが、その目的は根本的に異なる。

 

ガードとは受け。相手の攻撃を受け止めて反撃を狙う技。

 

そして受け流しは相手の威力を流すこと。殴るという一方向からのパワーを他所へと流すことで相手のエネルギー消耗を狙う技でもある。

 

事実、猛攻を仕掛けているというのに息が上がり、苦しげな表情をしているのはヴィヴィオだった。

 

 

(攻め続けたらいたずらに体力を消耗するだけ……だったら!)

 

 

受け流し直後のミーシャの迎撃。それを読んだヴィヴィオは後ろへステップアウト。放たれたミーシャの左拳にカウンターを合わせた。

 

ヴィヴィオの十八番であるカウンター技。アインハルトやフーカを沈めてきた鋭い切り返しだが、それを見てミーシャはニヤリと笑った。

 

 

(けど、こう言った真似はどう?)

 

 

パンっと音が響く。顔が横からカチ上げられた。視界が一気に吹っ飛び、リングの外を見ている。

 

 

(あ……れ……私……なんでリングの外を見てるの……?)

 

 

そこで千切れかけた意識が再生した。本能的に足が後ろへ下がる。鉄槌で顔を横から殴られた気分だ。痛みで視界がチカチカと霞む。それでもヴィヴィオはファイティングポーズを構えていた。

 

カウンターを狙ったはずなのに、吹き飛ばされたのはヴィヴィオだった。

 

 

「カウンターにカウンターを合わせた!?」

 

 

リング外にいるリオの驚きの声で、ヴィヴィオは自分が遭った目にようやく気がついた。

 

ステップアウトで距離をとって放ったカウンターパンチに、ミーシャは更にカウンターを重ねたのだ。トリプルクロス……そんな話をノーヴェから聞いたことがある。ストライクアーツでも、格闘技でも中々目にかかれない高等技術のひとつ。

 

ヴィヴィオがカウンターを合わせた攻撃はフェイントで、噛み合わさったと油断させたところでガラ空きの顔に更にカウンターを叩き込む。理屈はわかるけれど、それを受けるとでは話は全く別物だ。

 

何食わぬ顔で攻勢に出たミーシャの拳を受けながら、ヴィヴィオは困惑する思考を落ち着けさせることだけで必死だった。

 

 

「カウンターにカウンター。それだけでヴィヴィオの思考を混乱させるには充分か」

 

 

外から見ていたノーヴェも、ミーシャの技術力の高さに舌を巻いた。トリプルクロスなど、実戦……しかもはじめてのスパーリング相手にできるようなことではない。加えて、相手の技術力も相当高くなければ成り立たない技でもある。

 

ヴィヴィオのカウンターがU18クラスでも通用することが証明された訳でもあるが、それを甘く利用されては大損だ。

 

悔しげに顔を顰めるノーヴェとは裏腹に、落ち着きを取り戻したヴィヴィオの心中は歓喜に満ち溢れていた。

 

 

(すごい……凄い凄い!どうやって打たれたのか分からなかった……!)

 

 

アインハルトとの全力全開バトルで、やっと開いたレベル。そんな未知の領域をこんなにあっさりと超えてくるなんて、今自分の相手は遥か先の次元にいるのが肌でわかってしまった。

 

普通なら心が折れたり、ネカマティブな思考に陥るところだが、ヴィヴィオはそんな負の感覚を上回る楽しさを感じていた。

 

もっと見たい。もっと知りたい。強さの先、強さの飢え。それを手に入れられる場所に相手はいる。それを手に入れられる方法を知っている。

 

ならやることは一つだ。

 

体を素早く入れ替えて、防御一辺倒だったヴィヴィオは反撃を開始した。左拳を抱える形で構えるポーズ、ボクシングでいうフリッカーの構えに近いそれは、火の出るような素早いジャブを放った。

 

リンネや他の選手を大いに苦しめた鋭い攻撃。それをミーシャはステップを軽やかに刻んで避ける、避ける、避ける。

 

近距離と中距離の間合いを行き来することでヴィヴィオの鋭いジャブのタイミングを少しずつ狂わせてゆくのだ。

 

 

「ほう、体の出し入れが上手いな」

 

「彼女は元々アウトレンジからリズミカルに相手を翻弄するスピードタイプ。けど、一時期インファイターにがっちりマークされて、リズムを作る前に惨敗した経験があるのよ」

 

 

ザフィーラの呟きに、ミーシャの専属コーチであるルイズがそう答えた。ワールドチャンピオンまであと一試合というとこらで、ミーシャはインファイトを解くとする選手に惨敗したのだ。

 

それから、彼女はアウトレンジとリズムという組み合わせを捨てて、インファイトの戦い方を学んだ。

 

それこそ、血の滲むような努力を重ねて。

 

 

「その翌年の地区予選。同じインファイターに何もさせずに1ラウンドKO勝ちを掴んだわ」

 

「インファイトとアウトレンジを巧みに使い分ける選手か……こいつは攻略が難しいぞ」

 

 

事実、ヴィヴィオはとてつもないやりづらさを覚えていた。フリッカージャブで捕まえられなかった選手はいない。数発に一度は芯をとらえた手応えを感じられたというのに、ミーシャには擦りもしない。

 

焦りが心の中に巣喰い始め、段々と後がないような緊迫感が襲いかかってくる。

 

 

(ぜんぜん気持ちよく打たせてもらえない。下手に立ち回ろうとすれば絡め取られて後手に回る。なら、先手必勝あるのみ!)

 

 

その焦りは、ヴィヴィオの闘争本能を刺激した。当たらないなら一撃必殺の技を叩き込むまでだ。フリッカージャブで距離を測り、相手が間合いに踏み込んだ瞬間、一気にステップイン。足から腰にかけて全てを巻き込む体制も整った。

 

 

(踏み込み、タイミング完璧!)

 

 

下から迫り上げる右拳のアッパーは、踏み込んだミーシャの真下から一気に振り上げられてゆく。

 

 

「アクセル……スマッシュッ!」

 

 

〝その瞬間を、待ってたよ〟

 

ぞくりと背筋に冷たい何かが走ったと同時、ヴィヴィオの顔面にミーシャの拳が突き刺さった。

 

上から振り下ろされた一撃は、アッパーを繰り出そうとしていたヴィヴィオの顔を押し返して、そのままリングへと叩きつける。バンっ!大きな衝撃音とともに糸の切れた人形のようにヴィヴィオの体は倒れてしまった。

 

 

「アッパーにカウンターを合わせたぁ!?」

 

 

アインハルトを除いたナカジマジム全員から驚愕の声が上がる。声を上げなかったアインハルトの表情も驚きの色に染まっていた。ピクリと動かないヴィヴィオに、すぐにマネージャーでもあるコロナが駆け寄り、クラッシュエミュレートを解除した。

 

 

「な、何が起こったの……?」

 

「お前のアクセルスマッシュに、彼女は完璧にカウンターを合わせてたんだ」

 

 

下層ダメージが抜け、目を覚ましたヴィヴィオは力のない声でつぶやき、ノーヴェも信じられないといった表情でその問いかけに答えた。その答えを聞いて、ヴィヴィオは更に信じられないと言った顔になっていた。

 

 

「そんな……完全に不意をつけたと思ったのに……」

 

「ええ、完璧だった。タイミングもフォームも何もかも」

 

 

起き上がったヴィヴィオを見下ろす形で、ミーシャはあのアクセルスマッシュの見事さを語った。足の回転をすべてパワーに変える踏み込み、腰の回転、腕の動き。全てがパーフェクトだった。

 

 

「だからこそ、狙いがわかった。あの技は一番に持ってきてはいけないことも。腰を落とした曲げた膝をバネに加速した拳で相手を下から突き上げるフォーム。たしかに当たれば大ダメージは必須。動きも早いからカウンターに遭遇するリスクも少ない」

 

 

〝けど、合わせられた〟

 

ミーシャの言葉が全てだった。完璧だったヴィヴィオの動きに合わせられた事実。それがヴィヴィオの一撃必殺という技の負の側面を浮き彫りにしたのだ。

 

そんな負の側面を目にした上で、ミーシャは「アクセルスマッシュ」の使いどころを個人的な視点で洗い出した。

 

 

「あの技は攻撃の最中。相手が安心した瞬間に放つべき一撃ね。警戒してる相手だと、下手をすればさっきみたいにカウンターを貰うことになるわよ」

 

 

もし、技が絶好のタイミングでハマれば誰にも避けられない必ず相手を倒す、まさに必殺の技になると付け加えて、ミーシャは他のナカジマジムのメンバーに視線を向けた。

 

 

「次、さっさとあがりなさい」

 

 

U18の王者のスパーリングは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 



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第五話 王者vs王者

 

 

 

怒涛のスパーリングが始まった。

 

 

「リオ・ウェズリーです!よろしくお願いします!!行きます!……轟雷炮!!ヤァアッ!!」

 

 

リオが得意とする古流武道、春光拳。その技とストライクアーツの技を掛け合わせた後ろ回りの飛び蹴り。鋭い回転と矢のような蹴りが飛んでくる技で、これを受けた者は文字通り体がくの字に折れ曲がるほどの衝撃があるのだが……。

 

 

「うわわわわーー!?」

 

 

これもヴィヴィオのアクセルスマッシュと同じく、技単体ではモーションが大きすぎてすぐにミーシャに見破られてしまった。

 

放たれた足蹴りは軸をずらすという最低限の動きで躱された上に足を掴んで思いっきりぶん投げたのだ。

 

自分の蹴りのインパクトと投げられた衝撃でリングロープの向こうに弾き出されたリオに、ミーシャは一括する。

 

 

「攻撃のモーションが丸わかり!次!」

 

 

リングアウトでスパーリング終了となったリオの代わりに今度はコロナが上がる。彼女はオーソドックスな選手であり、魔法なしのルールではヴィヴィオやリオに一歩遅れる点がある。

 

だが、それを押し返すほどの勇気と根性をコロナは獲得していた。

 

ミーシャの手解きを受けながらも倒れることなく前に進み続ける姿に、ミーシャは「フィジカルがついてくれば貴女の努力にきっと答えてくれる。数年後が楽しみよ」と笑顔で声をかけた。

 

ラウンドいっぱいまで手解きを受けて肩で息をするコロナと入れ替わり、今度はミウラが上がった。彼女は八神家で教わった抜剣スキルがある。

 

それを惜しげもなく発揮して打ち込むが。

 

 

「蹴り技にこだわりすぎ!」

 

 

蹴り技主体の攻撃に、カウンターを見事に合わせたミーシャの前にミウラは敗北。ヴィヴィオは決め技の使いどころ、リオは内家拳とストライクアーツの使い分け、コロナはフィジカルの強化、ミウラは足技以外の技の構築と、さまざまな課題が見つかるスパーリングとなっていた。

 

 

「何を迷っているの?」

 

 

そしてフーカのスパーリング。

 

そうミーシャに指摘されてからはボロボロだった。攻勢に出ようとしても後手に回り、攻撃も目に見えて威力が落ちているのがわかる。

 

ミーシャはほんの数打の撃ち合いで、フーカの弱点を見極めていたのだ。

 

彼女の弱さは〝勝負に徹する〟ということ。

 

もともと優しい性格故か、彼女の戦い方は追い込まれて、追い詰められてから本領を発揮する場面が多い。だが、相手が強ければ強いほど、迷いが自分の負けに繋がるリスクも高くなる。

 

そんなフーカの対極にいるのがリンネ・ベルリネッタだった。

 

 

「はぁぁあーーっ!」

 

 

まるで荒々しい暴風雨のようなリンネの剛腕をミーシャは軽やかに捌いてゆく。それもその場から一歩も動くこともせずに。

 

 

「そ、そんな……リンネの攻撃をあんな容易く……」

 

 

同行していたリンネの専属コーチであるジルも流石に驚きを隠せずにいた。

 

リンネはU16クラスでもトップランカーに位置する実力者。

 

U18クラスの王者にどれだけ通用するかという腕試し的な思いもあったが、その感覚は完全に砕かれていた。

 

 

(全然とらえられない……!連打のペースを上げてもついてくる!?)

 

 

顔面付近の上段、胸部から鳩尾にかけての中段、そして下半身を狙った下段。そのどれを撃ち込んでも手で軌道を逸らされる。しかも呼吸が乱れていない。

 

 

「制空圏……」

 

 

その捌きを見て、ザフィーラは過去の戦乱の時の記憶を思い出していた。

 

武道、武術、拳というものはどこで進歩したか?

 

究極的にその根源を辿れば、出自は全て護身や殺人拳など、戦いから身を守る術もしくは戦いの中で生き残る術として大成を果たしてきたものが多い。

 

今の世にあるスポーツ的な武術というもの、活人拳なるものも、戦いの中で洗練された武の研鑽をフィードバックしてきたものが大半である。

 

その戦いの最中、武が進歩の途中であった中で、ザフィーラは一つの技と出会った。

 

「圏」と言う言葉は武道においての〝間合い〟は基礎であり、多くの武術でも名を変えて現れる。

 

人の手が届く範囲、それらは螺旋円、円圏とも呼ばれ、ザフィーラが出会ったのはその間合いである〝圏〟を支配するものであった。

 

 

「ある一定の間合いの中で、自身の間合いである制空圏を構築し、その範囲内に侵入した全ての攻撃を捌く防衛の型だ……。だが、会得するには制空圏の確率と、その範囲内に意識を広める感覚、そして並外れた反射神経が必要になる」

 

 

ザフィーラも会得しようと鍛錬をしたこともあるが、対人戦ではなく、対魔法戦が多かった故か、会得には至らず遠い過去の一つとなっていたが、まさかこの時代でそれを思い出すことになるとは思ってもみなかった。

 

 

「制空圏に気づくとは、お兄さんはお目が高いですねぇ」

 

「あれ、ルイズが教えたのかよ?」

 

「あ、教えたのは私じゃないんですよ。ねぇ、先輩?」

 

 

ニコニコと笑うルイズの視線に、ケイスは気まずそうに目を逸らした。ザフィーラが色々と聞きたそうな目をしていたが、それよりも先にスパーリングの内容が動いた。

 

 

(拳の連打が効かないなら……!)

 

 

制空圏の防御に阻まれ、痺れを切らしたリンネが大きく姿勢を下げてミーシャへタックルを仕掛けたのだ。

 

 

(強引にでも自分の得意な間合いに持ち込む!!)

 

 

足を取ってマウントしてしまえば絶大な防御も無意味だ。しかし、それは相手へのタックルが成功すればの話。リンネがタックルをしたと同時、ミーシャはそのインパクトと共に体を後ろへと倒した。

 

 

(タックルを受け止め切れずに倒れ……)

 

 

その思考の刹那、リンネの体がぐるりと一回転した。視界が上下逆さまになったと思えば、体がリングのロープに叩きつけられた衝撃に包まれたのだ。

 

 

「かーー!タックルに合わせてわざと後ろに倒れて投げ技か、まるで機械だな」

 

 

静と動、剛と柔。近代格闘技であるストライクアーツの「打撃、投げ技、組み技」の全てを使って圧倒するミーシャ。

 

 

圧倒的な技量を誇るU18の王者の前にメンバーたちは完膚なきまでに敗北した。

 

 

「最後、アインハルト!」

 

「お願いします」

 

 

ナカジマジム最後の一人としてリングに上がったのは、覇王流の担い手であり現U16の王者であるアインハルト・ストラトス。

 

覇王流の独特な構えをし、静かに呼吸をするアインハルトの目はギラギラと闘気に燃え上がっているように見えた。

 

〝本気で行きます〟

 

ぞくりと何かが背を撫でる。アインハルトの声がミーシャには聞こえたような気がした。

 

 

「はっ!!」

 

 

一足で踏み込んだアインハルトの掌底。手のひらの硬い部分で叩きつける攻撃は、ガードする間もなくミーシャの鳩尾に叩き込まれた。衝撃と速さ、そして威力に思わずミーシャの顔が歪む。

 

 

(なるほど、これは強いわね)

 

 

咄嗟に距離をとって防御の構えを取る。だが、アインハルトはそれを許さなかった。大ぶりの蹴り技で制空圏を築こうとしたミーシャの間合いを一気に潰す。

 

止まったらいいようにやられる。動け!

 

ミーシャはヴィヴィオとの戦いで見せた軽やかなステップアウトとステップインで体を出し入れし、独特なリズムを刻むアインハルトの覇王流に挑んだ。

 

 

(右側から撃ち込む!!)

 

 

一、ニ、三と連打。蹴りも織り交ぜて機を伺ったミーシャは、攻撃を受けるために大きく左に逸れたアインハルトの隙をついた。右側から最短で、鋭い右のフックを叩き込む……。

 

 

「覇王断空拳!!」

 

 

ミーシャの拳が届く直前、アインハルトの踏み込んだ必殺の一撃が、彼女の左脇腹に深々と突き刺さったのだ。体に伝わる衝撃は、クラッシュエミュレート上で容易くミーシャの脇腹を粉砕したのだ。

 

今まで味わったことない一撃に、たまらずミーシャは膝をついた。

 

 

「うわーーー!!」

 

 

残心の構えをする王者と、リングに膝をついた王者。その光景にヴィヴィオたちの歓声がワッと上がった。

 

誰もが手軽くあしらわれた相手に地をつけさせたのだ。ヴィヴィオやユミナが後ろからアインハルトに抱きついて、凄い凄い!と大きな声で称賛を送っていた。

 

 

「やっぱりアインハルトさん強い!!」

 

「さすかハルさんじゃ!!」

 

 

U16の絶対王者というプライドを押し通したアインハルトは、当然ですと自慢げな笑みを浮かべて全員からの賛辞に応じると、更にみんなの声が大きくなった。

 

が、その時は誰も気づかなかった。アインハルトの少し焦ったような……何かにもがいてるような瞳の揺らめきに。

 

 

「ミーシャ、平気?」

 

 

ナカジマジムのチームメイトに囲まれるアインハルトの側、クラッシュエミュレートを解除して痛みから解放されたミーシャは、コーチであるルイズに声をかけられていた。

 

ふぅ、と擬似痛覚の精神ダメージを息を共に追い出したミーシャは、ヴィヴィオに抱きつかれているアインハルトを見据える。

 

 

「……油断していたわけじゃないわ。正真正銘の強者よ、彼女」

 

 

覇王流というイレギュラー。アインハルトの実践経験と相まったソレは確かに強者に相応しいものだった。

 

これほどまでの敗北は久しい。

 

ルイズからこのスパーリングパートナーを頼まれた時は、「これが自分にとって有意義なものなのか」と疑問に思っていたのだが、とんでもない。ナカジマジムの選手たちは粒揃い。

 

中でも自分に敗北をもたらしたアインハルトは群を抜いている。

 

だからこそ、ミーシャは笑みを浮かべた。

 

 

「けど、もう〝見た〟わ」

 

 

その笑顔には似合わないギラギラと揺れる闘志を宿して。

 

 

 

 

 



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第六話 見えてきた課題

 

 

 

「どうでした?ウチの選手とやってみて。……まぁ、聞くまでもないって感じですね」

 

 

スパーリングが終わり全員がコーチの前で整列する中、ふわふわとした口調のルイズの声が、妙に張り詰めた空気の中で浮いているように思えた。

 

最初に敗北したヴィヴィオをはじめ、これまで相応に自信を持っていたリンネやフーカたちもどこか打ちのめされたような、焦燥に似た雰囲気である。あはは、と苦笑いするルイズを横に、全体のバランサーを任されたケイスが落ち込むナカジマジムの面々を見渡す。

 

 

「このスパーリングをやった目的は二つ。まずはお前たちの実力がどの程度のものかを知ることと、もう一つは浮き彫りなった課題についてどう向き合うかだ」

 

 

ただ、設備が整った環境を提供するならアーセナル・ロッジじゃなくてもできるとケイスは断言した。この施設の目的は「訪れた選手を強くする」、その一点に尽きる。

 

なら最初にやるべきことは選手の〝現状把握〟だ。

 

強いやつには強いやつをぶつける。それが1番の目的作りにも繋がる上に、得るものも多い。

 

ケイスはそこで言葉を区切ると、スパーリング後に用意したデータシートをヴィヴィオたちの端末に送った。

 

今回のスパーリングの結果を見て、最初の一週間で行うトレーニングは二人一組でする。

 

ヴィヴィオとミウラ。

 

リオとコロナ。

 

フーカとリンネ。

 

組まれた二人はある種の共通点を抱えていた。ヴィヴィオは技の構築と、ミウラは足技以外の技の磨き。リオは古流武道と近代格闘技の使い分けで、コロナは全体的なフィジカルの課題。

 

そして迷いのあるフーカと迷いのないリンネは互いが互いの欠点を解消するにはもってこいの組み合わせだ。

 

ただ一人、このメンバーの中で二人組の表に入ってない選手がいた。

 

 

「アインハルトは、当面ミーシャと組んでもらう」

 

 

ざわりとアインハルトが雰囲気を纏っていた。不満というより、困惑に近い空気だ。表情には出ないものの、その口は一文字につぐまれていて、目にはわずかに焦りのような色が見えていた。

 

 

「私は特別メニュー、ということでしょうか?」

 

 

自分だけがスパーリング相手に勝ってしまったから?わざと負けておくべきだったかというダメな思考が頭をよぎろうとした途端、ノーヴェに軽く頭を叩かれた。

 

 

「勘違いするな。お前はまだ課題を理解できでない。それをまず分かることが重要だ」

 

 

自分自身の課題。そんなものいくらでもあるとアインハルトは思った。技に入る時間も理想とはいえないし、足運びや駆け引きの技術は圧倒的にミーシャに劣る。スタミナやエネルギー配分、突き詰めるところはたくさんある。

 

そう思考を巡らせるアインハルトに、ケイスは少し息をついた。

 

 

「おおよそわかっていることと、それを理解するとじゃ認識に雲泥の差がある。それを見つけることが重要なんだ」

 

 

余計にアインハルトには意味がわからなかった。ちゃんと認識している。自分の足りない部分はしっかりと。それこそが、認識の〝ズレ〟だと思えないほど真っ直ぐに。

 

こりゃあ手がかかりそうだと内心で思いながらケイスは手を叩いた。

 

 

「じゃあ、クールダウンして今日は解散!」

 

 

ミッドチルダ圏内とはいえ、アルトセイム地方までリニアレールで数時間かかる。移動の疲れもあるのでコーチ主体のトレーニングはここまでだった。

 

チンクやウェンディがまとめたデータシートなどをケイスやノーヴェ、ザフィーラが確認している後ろで、ヴィヴィオたちはさっそく自主練習へと入っていった。

 

移動の疲れもあるのに元気なものだ。汗を拭ってクールダウンしたミーシャが引き上げの準備をしていると。

 

 

「アウトランダーさん!」

 

 

いきなりヴィヴィオから声をかけられた。思わず肩を震わせて振り返ると、そこにはヴィヴィオ一人ではなく、コロナやリオ、ミウラもいた。なんだろうか、さっきのスパーリングの不満だろうか。

 

そうミーシャが警戒していると、その予想斜め上の答えが返ってきた。

 

 

「私たち自主練をするんですけど、よかったら一緒にどうですか?」

 

 

まさかの自主練習の誘いである。あれほどこっぴどくやられたというのに。やった側からしたら気まずいなんてものじゃない。「私は別に……」、と断ろうかと口を動かした瞬間、ズイッとヴィヴィオがミーシャへと迫った。

 

 

「さっきのトリプルクロスってどうやったらできるんですか!?私全然打たれたことに気付きませんでした!!」

 

「制空圏もカッコよかったです!!」

 

「あの足運びも是非教えてください!!」

 

 

矢継ぎ早に出てくる称賛の声。負けたというのに真っ直ぐ相手の選手を認めた上で、自分より上の技術を学ぼうと向き合う姿勢。そのどれもが、ミーシャにとっては新鮮だった。

 

プロを目指す以上、後輩やジムメイトにも一目を置かれていたからか……こうやってガツガツ教えを乞いにくる相手なんていなかった。

 

キラキラと期待を込めて見つめられるヴィヴィオたちの気迫とお願いに負けてか。そういったチヤホヤ感に感化されたのか。ミーシャは後ろでまとめた髪をくるくるといじりながら答えた。

 

 

「あ、足運びだけでいいのかしら?」

 

「わぁー!ぜひ、他にも教えてください!!」

 

「わははは、U18の王者もヴィヴィオたちにはタジタジってところか」

 

 

そのままヴィヴィオたちに取り囲まれてリングへと戻ってゆくミーシャに、ルイズは珍しいものを見るような目をしていて、片付けをしていたノーヴェは面白そうに笑っていた。

 

 

「じゃあチンク姉、私たちは準備があるからアイツらが無茶しないように頼んだ」

 

「あぁ、任せておけ」

 

 

コーチ陣は他にもやることがある。ノーヴェたちはロッジへと戻り、自主練の監督はチンクに一任していた。そして、彼女の隣でヴィヴィオたちの自主練を眺めていたウェンディの首根っこをノーヴェは引っつかんだ。

 

 

「ウィンディはこっち」

 

「えぇー!私もヴィヴィオたちの特訓みたいー!!」

 

「やることは山のようにあるんだから!ほら、さっさと手伝う!!」

 

 

ええー、と抗議の声を上げながら引きづられてゆくウェンディに手を振ってチンクは見送った。まぁ主体では動けないが、〝皮むきくらい〟ならできるだろう。

 

そんなことを考えながら、チンクは若き選手たちの自主練の記録をつけることに集中するのだった。

 

 

 



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