チート能力を駆使して転生人生謳歌します! (八重歯)
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トム・リドルの幼馴染編
01 異世界転生とか小説の中だけだと思ってた!


俺はいたって何処にでもいる一般人だ。

少々漫画やアニメ、ゲームなどのファンタジックなものが大好きでバイト代のほぼ全額をグッズや漫画に消費し、一人暮らし先の家賃と生活費は親の仕送りで生活しているどうしようもないクズな一般オタクと言えるだろう。

今日も今日とてビルの警備バイトに勤しみ8時間も立ちっぱなしで足は既に棒だ、めちゃくちゃ痛い。

 

 

欠伸を噛み殺し、暗い夜道をスマホを見ながらとぼとぼと家へと向かう。最近俺がハマっているのはハリポタとファンタビだ、子供の頃見ていたハリポタの小説と映画を大人になってから見ればまた違った印象を受け、さらにファンタビの映画を見てどっぷり沼にハマった。SNSで情報収集し、グッズを買い漁る日々。呪いの子が日本で舞台化されるとしり、発表された役者さんの錚々たる顔ぶれに思わず「なんでなんだよぉぉおおお」と某役者ぶりに叫んだ、東京。遠い。金。無い。

 

 

「セブルスのクッションとか相変わらず公式が病気」

 

 

マホウドコロオンラインショップを見て思わず呟く。いや、これ誰得?製作者の衝動的な悪意を感じるぞ?──まぁ買いますけど…

 

引き渡しは4月ごろらしい、うん。セブルスせんせーを連れてファンタビ3を見に行こう。きっとそう考える人は俺だけでは無いはずだ。

 

 

思わずマスクの下でニヤけながら明るいスマホの画面を見ていた俺は何も考えず曲がり角を曲がった。

 

途端、何やら悲鳴が聞こえふと足を止める。

周りにいた帰宅途中の人たちが皆上を見上げていた。

 

なんだろう、と俺も同じように上を見上げて──。

 

 

 

───あ。

 

 

と思った時には俺の意識はブラックアウトしていた。

 

 

 

 

 

 

 

───れ?

 

 

気がつけば真っ白な空間に立っていた。

いや、立っているかどうかはわからない、何となく立っている、気がしたが視界に映るのは白一色で俺の手も身体もスマホも無い。

最後の記憶にあるのは、建設中のビルのだかマンションだかの上から何やらでかいものが俺目掛けて落ちてきていた所だった。いや、安全義務違反では??そんなのが落ちるってどんな確率??別に風が吹いていたわけでも無いのに──どんな死に方だよ。

 

そう、たぶん、おそらく。俺は死んだのだ。

痛みを感じなかったのはよかった、俺は痛いのが大嫌いだし、即死できたのはありがたい。

 

だが、死して思考できるとは思ってなかったな。ここは死んだ者が皆行く場所なのだろうか?何もすることが無い、こんな場所でずっと居るなんて、流石に…かなりごめんだ。

 

 

 

「いや、皆がここに行き着くわけではない」

 

 

突然声がした。その声は男とも、女ともとれる中性的な声で子どもなのか大人なのかも分からない、奇妙な声音だった。っていうか誰?

 

 

「君たちは私の事を神と呼び、創造主と呼び、或いは全と呼ぶ」

 

 

ハガレンかよ!

いやいや、神?神様なんていないっ!じゃなくて。俺はなんでここにいるんだ?死んだのは間違いないのか?

 

 

 

「きみは死んだ。──だが、きみは本来なら35歳の時にある女性と恋に落ち結ばれ、子宝に恵まれ孫に囲まれながら98歳にその生涯を終えるはずだった」

 

 

──待て待て!あと3年待てば運命の相手と出会えていたのか!?良い大人になってもまだ親の脛を齧ってる俺が!?まともな職にもつけず、未だに女性経験皆無の魔法使いとなった俺が!?そんな素晴らしい未来があるのに、何故俺は死んだんだ!

 

 

「ちょっとしたミスで」

 

 

ミスなら仕方ないな、誰にでもミスはあるから──ってそんな言葉で許せるか!

思わずノリツッコミを繰り広げてしまうくらいにはショックだった。ごめんね俺、童貞のまま死んで。俺の息子は日の目を見る事無く玩具しか知らずにその生涯を終えてしまった…。

 

 

「神にも過ちはある。──元の世界の君は死んだ。それはもう覆す事は不可能だ。であるからして──君が望む世界線へと連れて行こう」

 

 

い、異世界転生!?

最近はやや下火ではありつつもなろう系の小説の中で最もよく読まれていたあれ!?不運な事故に巻き込まれて死んだらなんかめちゃくちゃチートになって「俺、またなんかやっちゃいました?」とか言って様々な種族の女の子達をメロメロにさせるハーレムものの、あれ!?

よくよく思えば俺の死は確かになろう系異世界転生によくありがちな死に方だ。そうか、あれは実話だったのか…!いやいやいや。そんなわけないだろう。

あれは物語の中であり、偶像だ、まさか、本当に──?

 

 

 

「本当だ。さて、どの世界線を望む?先程君が居た世界に限りなく近い世界、物の怪や怪異が蔓延る世界、AIと人間が共存する世界、異能力に溢れた世界──どのような世界であれ、実現可能だ」

 

 

…待ってくれ!

俺がその世界にいくとして、めちゃくちゃファンタジーな世界に行くとしてだ。俺の戸籍やら出生はどうなる?それは神様の力でちゃちゃっとなんとかしてくれるものなのか?知らない世界に放り出されて数日後に飢え死フラグなんて俺は嫌だぞ!

 

 

 

「勿論、ある程度不自由無く、かつ、矛盾のない生まれに世界が受け入れるだろう」

 

 

 

おお、それは…便利な事だ。

──さて、どうしたものか。一番良いのは元いた世界と限りなく似た世界に行く事だろう。そうすれば俺は今まで通り親の脛を齧りオタク活動に勤しむ事が出来る、神様の言う通りならそれなりに幸せに暮らせるのだろう。

だが、こんな機会──きっと、普通なら、あり得ない。それなら、いっそのことファンタジーでクレイジーな世界に飛び込むのも悪くない、夢にまで見た素晴らしい世界に行くことができるのであれば、安心安全で──退屈な世界におさらばしよう。

 

…いや、待て俺。早まるな。

こういう転生にはある程度パターンが存在する。所謂チート能力の方は、どうなってるんですか?

 

 

 

「世界が拒絶しない程度ならば、3つまでその身体に設定をインプットした上でその世界に送り出す事が出来る」

 

 

 

──やったぜ!!

俺はぐっとガッツポーズを決めた。多分、見えないからわからないけど。

チート能力を決められるのはありがたい、それなら何をするか、もう決まっている。

 

 

何度夜寝る前に妄想しただろうか、スマホのメモにぽちぽちと妄想を打ち込み、それを見ながら長い空想に浸っただろうか。

 

 

「──どの世界かを、まずは聞こう」 

 

 

 

それはもう、決めた。

俺が行く世界は───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!起っきろー!」

 

 

俺はベッドの膨らみに飛び乗ったが、寝ていたと思われるその人はさっと起き上がり毛布ごと俺を軽く抱きとめる。相手の胸元にしこたま鼻をぶつけた俺は痛む鼻を思わずさすった。

 

 

「何するんだ!俺の高い鼻が曲がったらどうする!」

 

 

恨みがましく見上げれば、その人──トム・リドルはくすくすと楽しげに笑いながら俺の額に軽く口付け「おはよう、ノア」と耳元で囁く。うーん、耳元ぞわぞわする!

 

 

「確かにそれは由々しき事態だね。君の唯一の長所が失われる」

「ひでぇ奴だな!──ま、いいや朝食だ!早くいこーぜ」

 

 

俺は抱きすくめられていた腕から逃れベッドの側に降り立つ。 

 

 

──そう、俺は紛れもないハリポタの世界に来ていた。このかなりの美しい少年は若きヴォルデモートである、トム・マールヴォロ・リドル少年だ。ちなみにまだ10歳である、10歳でこの美貌!他の子供達より背が高く!そして足も長い!既にモデル体型!

 

 

今までの俺なら羨ましいっ!となっていたが、もう俺は今までの平々凡々な俺では無い。

 

 

壁にかけられている鏡の前に立ち、髪の乱れを整える。そこに映るのはリドル少年に負けず劣らずの超絶美少年だ。──やや、男の娘よりの外見なのは俺の好みだといえよう。うん、男の娘、最高!

 

さらりと流れる銀髪はこの孤児院の安っぽい固形石鹸でも痛む事はなく美しく肩下まで伸び、それと同じ色のまつ毛はふさふさとしていてつけまつげ何枚重ねですか?と聞きたくなる程の長さと量だが、これは自前だ。

目は大きく、瞳の色はブルーグレー?と言うのだろうか、やや青みのある灰色で、まるで宝石かと思うほど輝潤んでいる。肌もくすみひとつないもちもちとした赤ちゃん肌でこれは全世界の女性の嫉妬を受けること間違いなしだ!──背がやや低めなのは男の娘だから仕方がない。

何処からどう見ても美少年。それも、特別愛らしい男の娘。そんな見た目に俺は異世界転生していた。

 

──そう、俺が神様に願ったひとつ目のチート能力はこの見た目!誰からも愛される世界で最も美しい見た目にしてくれ、そしておれは男の娘が好きだ!と言ったらこうなった。

 

 

「はぁ…俺、今日も世界で一番可愛い…そなたは美しい…」

「また見惚れてるの?溺死しないように、水辺には近づかない方がいいんじゃない?」

「ははは!こんな可憐な人を見たまま死ねるなら、ナルキッソスになっても構わないさ!」

 

 

だって、まじで可愛いから。これが大人になっていったらどう成長するか楽しみすぎる…っていうか俺この歳になって下の毛生えてないけどこんなもんなの??男の娘には毛なんて生えないの?脛毛すら生えないけど。…ま、こんな可憐な面しててワキゲーボ・ボーボボも嫌だわな。

 

 

「…ほら、行かないの?」

「おっと、忘れてた。ごめんヴォル」

「…良いよ別に」

 

 

リドル──もといヴォルはもう俺が長時間鏡の前でうっとり見惚れる事も慣れっこなのか深く気にする事無く許してくれた。うーん懐が広い。

俺の記憶ではこの年齢のヴォルの心は硬質化した結晶内に居るアニのように閉じこもっていた筈だが、俺がうっかり溶かしてしまったらしい。もしかして俺がアルミンだったのか?──アルミンも中々に男の娘としての素質があるんだよなぁ。

 

 

「ノア」

「おー」

 

 

ヴォルが手を差し出す。

俺はその手を何の疑問も抱かず握り、ヴォルの部屋から出た。…こいつ手冷たいなぁ。

 

 

 

「おはよう、ノア」

「エイミーおっはー」

「ノア、今日もかわいいね」

「当たり前だろ?」

「ノア!今日のパン、好きだったろ?ひとつあげるよ」

「まじ?サンキュービリー」

 

 

超絶モテモテである。まぁこの外見と?俺の内面では仕方のない事ですが?

しかし隣にいるヴォルの機嫌は徐々に降下していく。うん、初めて知ったときは驚いたけどトム・リドルはかなり嫉妬深く、そして俺に対する依存度が高い。まぁ、ヴォルに気に入られる為に俺が昔から色々構って来たのと、俺とヴォルだけが持つ力のせいでもあるのだろう。二人だけが、この孤児院では特別なのだ。

 

俺は握られている手を強く握り、ヴォルを見上げ「食べよーぜ!もー腹ペコ!」と笑った。ヴォルは少し機嫌が戻ったようで子どもたちに呪いをかける事無く席に着く。うん、良かったよかった。

 

 

 

俺がこの孤児院に来てもう5年になる。

神様にハリポタの世界がいいと頼み、とりあえず若きトム・リドルと交友を深めてみようとワクワクしながら目を開けたら──殺人現場でした、草。──草生やしてる場合じゃなくて、流石にその現場に俺は「ひぇぇ」と情けない声をあげてちょびっと漏らした。

後々知った事だが、強盗により殺されていたのは俺の親だったらしい…全くもって記憶にないが流石になんか、ごめん!って感じだ。俺がこの世界に滞りなく現れる為の必要な犠牲だったのか、それがこの人たちの運命だったのかはわからないが、とりあえず月命日にはこっそり花瓶に花を生け、死に顔しか知らない両親に謝っている。

 

 

その後警察に保護され身寄りの無かった俺はここ、ロンドンにあるウール孤児院で生活する事となった。ハリポタファンの俺はピンと来たね。俺じゃなきゃ見逃してたな──。

というわけで5歳の幼いトム・リドルと積極的に関わり、既に魔法を出現させ、周りから気味悪がられていたリドルの凍った心にズケズケと入り込み続けた。まぁ、それは簡単だった。俺も不思議な力が使える。そういい魔法を見せればリドルは割とすぐに俺がそばに来ることを許した。

ここまで心を開かれ依存されるとは、流石に思っては無かったが。うーん、まぁヴォルの見た目は今はイケメンだし!美少年と男の娘の共演は最の高だから問題なし!俺は今を目一杯楽しむと決めたんだ!

 

 

「あ、ヴォルー、マーマレードとって」

「…ん、これ?」

「おお、サンキュー」

 

 

ちなみにヴォル、と言うのは愛称だ。俺が命名したが孤児院で使っているのは俺だけだ。可愛いし言いやすいのに皆「トム」と彼のことを呼ぶ。トムと呼ばれるたびに嫌そうな顔をしていたヴォルに、知ってはいたが8つの時に何で嫌なのかと聞けば単純明快、よくあるトムという名前が嫌いなのだ。

彼は自分が特別だという自信がある、そんな特別な自分にトムなんていうありふれた名前はふさわしくない、という事だ。…まぁ、確かにトムと呼ぶのはいささか奇妙な感じがする。二次界隈ではもっぱらリドル呼びだったし──オタクだから知ってるだけで腐男子ではない、少々ディープな世界を知っているが、いたってただのオタクだ。いや、もちろん別にBLが嫌いなわけではないけれどどちらかというと百合派なのだ、ちょっとショタコンロリコンなだけで──兎も角、「んじゃ、マールヴォロからとってヴォルって呼ぶよ」と言えば、リドル、もといヴォルは少し考えていたが嬉しそうにそう呼ぶ事を許した。

ヴォル──ヴォルデモート。彼を好むオタク達はよくそうやって呼んでいた。勿論俺もヴォル様!なんて言っていた時代もあったものだ。

 

 

「あんまり食べ過ぎると太るよ」

「俺はヴォルと違ってぇー本の虫じゃないんでぇー大丈夫なんですぅーこの後ぉーサッカーするんでぇー」

 

 

語尾を伸ばしてからかえば周りの子どもたちの顔色は一気に強張りちらちらとヴォルを見つめる。この子たちはヴォルを怒らせたらまた奇妙で不気味な事が起こると思っているのだ。──それは間違いなく、正しいのだが。俺はこんなからかいでヴォルが俺には、怒らないと知っているためノープロだ。

 

 

「…ノア、君はもう少し知性を学んだほうがいいね」

「大丈夫、俺は愛嬌とこの美貌だけで世間を渡り歩くつもりだから。大きくなったら大富豪の女捕まえて逆玉するから。それかトップモデルになっても良いかも」

 

 

軽く言えばヴォルは黙った。

間違いなく俺にはそれが出来る可能性がある、とヴォル自身も認めているのだろう。それ程、俺は美しい。

 

 

「それに、ヴォル?俺の今学期の成績は君と同じオールAなのをお忘れかな?」

 

 

ふふん、と鼻高々に言えば少しヴォルはご機嫌斜めになったのか、むすりとしたまま食パンを齧った。

まぁ、俺の中身は30をゆうに超えている。俺の側の人がイギリス人だからか言語の問題は元々無かったし、10そこらの子どもの勉強など少し教科書に目を通せば余裕のよっちゃんである。…まぁ、いつか全然わからなくなりそうな予感はしているが。

 

 

 

 

「──よし!サッカーしよーぜ!」

「うん!」

「行こう行こう!」

 

 

 

食べ終わった俺は勢いよく立ち上がりビリー達に声をかける。皆はぱっと顔を赤らめ──俺の面が良すぎるあまりにこの孤児院にいる子どもたちは皆、年中リンゴ病のようになっている──すぐにあまり広くない庭に向かった。

 

 

 

「うなれ!俺の右足!ハイパーローリングシューーーット!!」

 

 

そんな事を言いながらきゃっきゃと子どもたちとボールの蹴り合いを楽しんでいたら、うっかり白熱し過ぎてビリーと思い切り衝突し、そのまま2人揃って転倒してしまった。頬と膝にぱっと熱い感覚があったが、気にせず立ち上がり、ズル剥けになり血が流れる膝を見た。

 

 

「うーわー…見たら痛くなってきた」

「ノ、ノ、ノア!!きっ、きみの、顔が!」

 

 

ビリーが顔を蒼白にさせて俺を指差し、ぱくぱくと口を開閉させる。──へ?顔?

 

頬に手を当てればチリッとした痛みと、ぬるりとした感触。そっと手を目の前に持ってきてみれば──。

 

 

「──なんじゃこりゃあっ!」

 

 

べっとりと血がついていた。

ここの庭は整理されているとはいえない、きっと尖った小石か何かで引っかけてしまったのどろう。ああ、俺の美しい顔に傷がっ!

 

 

「ま、いいや。ビリー怪我は?」

「え、ええ?な、ないけど…ノアの方が…」

「はん!俺の顔面の美しさは傷ひとつで失われない!…それに、血で彩られた俺も中々に美しくないか?」

 

 

ポケットから小さな折り畳みのコンパクトを取り出しうっとりと眺める。頬を流れる血を指で掬い唇を撫でれば紅を差したかのように扇状的に見えた。うん、俺だってわかっていてもゾクゾクする見た目だな!

 

 

「──ノアっ!」

「ヴォル?」

 

 

庭に飛び込んできたのはヴォルだった。いつもの冷たいポーカーフェイスが見事に崩れ、驚く程狼狽している。血に濡れた俺がそんなに色っぽいか?ん?子供には刺激が強すぎたか!

 

 

「顔に傷が…!君のたった一つの美点が!」

「おーい、まてまて、俺は顔面は勿論国宝級だが、中身も良いと思わないか?」

「っ…ビリー!君がわざとぶつかったんだろう、ノアに触れるために!」

「なっ…!そ、そんなこと、してない!」

「俺の言葉は無視か」

「どうだか、いつもノアばっかり見てるだろ。よくもノアの顔に傷を作ったな…」

 

 

強い目でヴォルはビリーを睨む。ビリーは顔を蒼白にさせ、可哀想なほど震えながら縮こまった。

ざわり、と風もないのに植えられていた木々が騒めき、その葉っぱが奇妙に舞い狂う。

──あーこりゃいかん。魔力が暴走してる。

 

 

 

「いやいや落ち着けヴォル、ビリーが俺を見るのは当たり前だ、こんなに美しいんだから仕方がないさ!ぶつかったのはサッカーで白熱し過ぎたから!俺も悪い!な?──んな怒るなって!ヴォルの大好きな俺の美貌はこんな傷では失われねーよ!」

 

 

ビリーは動きのおかしい葉っぱに襲われ今にも気絶しそうな程震えその場にへたり込んでいた。流石に可哀想だし、ぶつかったのはどっちも白熱していたせいでビリーが悪いわけではない。

俺はヴォルの固く握られ、冷たい手をそっと握ってそのうっすらと赤くなった目を見つめた。二次創作では常に真っ赤な瞳で描かれている事が多いが、彼の瞳は基本的には暗い灰色だった。ただ、どうも激昂するとその目が赤く変色するらしい。──うん、初めて知った。怒ったら目が赤くなるとかクルタ族か何かかな?

 

 

「──…ノア」

 

 

リドルがふっと手の力を抜くと、途端に舞っていた葉っぱは落下し、自然の風により地面スレスレを飛んでいた。ビリーは顔を蒼白にさせたまま、恐々見守っていた子どもたちと共に蜘蛛の子を散らすように孤児院内に逃げ帰る。

 

リドルはポケットから白いハンカチを出すと俺の頬に当てた。また、チリッとした痛みが走る。

 

 

「君の顔が…」

「…本っ当に俺の顔面が好きだなぁヴォルは!」

「そこしか良いところが無いしね」

「ひでぇ」

「将来トップモデルになるんでしょう?…痕が残らなかったらいいけど…」

「ふふん、── 大丈夫(・・・)さ」

 

 

俺はハンカチを押さえるヴォルの手に自分の手を重ね、悪戯っぽく笑った。

 

 

「──ほら、元通り」

「え?──ノア、そんな力()あったの?」

 

 

俺の言葉に訝しげに眉を顰めたヴォルだったが、ハンカチをそっと頬から外してみればその下にあった筈の傷はかけらも残っていなかった。

異世界転生にあたって神様に頼んだチート能力その2、どんな魔法(・・・・・)も使用可能!

きっと、俺の頬は相変わらずのつるりとした美しく滑らかなものだろう。まぁ、血の跡はついているっぽいな。 

 

 

「まーね、一応言っとくけど。ヴォルだから教えたんだぜ?誰にもいうなよ」

「わかってる。…やっぱり、君は特別だ」

 

 

ヴォルは頷き、嬉しそうに──満足げに目を細める。

特別、にこだわるヴォルは俺と、そして自分に対しても良くその言葉を使った。

 

 

 

「まぁ、特別な美貌だな!」

「そういうわけじゃないけど」

「え?ああ、そうか、奇跡的な美貌だ!」

「…もういいよ」

「はい、ありがとうございましたー」

 

 

漫才の締めとして言ったが、ヴォルにはジャパニーズマンザイなんて通じる訳もなく、また訳の分からない事を言ってる、という呆れたような目で見られてしまう。

 

 

「本当、君は何にも喋らない方がいい」

「おいおい俺が人形みたいに可愛いって事か?照れるなー」

「褒めてない」

 

 

ついでにズル剥けた膝の怪我も手で撫でて治す。流石に完全に治癒したのを他の子に見られるのは面倒な事になりかねない。木の幹のそばに置いていた俺の鞄からテープとガーゼを取り出しいかにも処置しました!と見えるように両膝と頬に貼った。

 

 

「うーん。こう怪我してる美少年ってのも中々に良いんじゃね?儚い感じがするよなぁ庇護欲そそられるだろ?」

 

 

ヴォルを見上げて言えば、ヴォルは暫く黙った後大きなため息をついた。

 

 

「何も喋らなかったらね」

 

 

どれだけ俺に黙ってて欲しいんだよ。

俺しか喋り相手居ないくせに!

 

 

 



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02 トム・リドルは変態なのか?

 

「トム?お客様ですよ」

 

 

ヴォルの部屋のベッドの上で寝転びながら本を読んでいたら突然部屋がノックされた。珍しい、コールママが自分から進んでヴォルの部屋に来る事なんて滅多にないのにさらに客人とか年に一回あるかどうかで、何回か精神病院の医者がヴォルを見にきた事があるくらいだ。

まさかまた医者かな?同じベッドに座って本を読んでいたヴォルもそう思ったのか嫌そーな顔して形のいい口をへの字にしていた。

 

 

「ノア!あなたまたこんな所に…」

「ママぁ…」

「まぁ、良いでしょう」

 

 

きゅるるんとした目で見つめて甘く言えばコールママはすぐに許した。ママちょろい。まぁ俺のこの美貌で可愛いお願いを言われたら老若男女人類皆俺の言う事を聞いてしまうのも仕方がない。ヴォルですらある程度俺のお願いは聞いてくれるし。

 

 

「こちらはダンバートンさん──失礼、ダンダーボアさん、この方はあなたに…まぁご本人から話してもらいましょう」

 

 

そう言ってコールママはすぐに出ていった。あまり、ヴォルと一緒の空間にいたくないのだろう、この孤児院にいる者は皆腫れ物を扱うようにヴォルに接する。最近ビリーのペットの兎ちゃんが怪死したせいもあるんだろう、皆ヴォルのせいだと思ってる。──実際そうだけど。

 

 

コールママの言葉に促され入れ替わりに入ってきたのは濃い紫色のビロードの派手な背広を着た人だ。──おお、ダンディダンブルドア。うーん、イケオジ。服装は奇妙すぎる、魔法使いのファッションセンスは謎だ。映画版だとわりと普通なんだけどなぁ。

 

 

「はじめまして、トム」

 

 

ヴォルは現れたダンブルドアに怪訝な目で答える。ダンブルドアはちらりと俺を見たけど何も言わずにベッドに近付くとトムに手を差し出した。

 

 

「私はダンブルドア教授だ」

「教授?」

 

 

ヴォルは嫌そうながらも握手をする、すぐに手を離した所を見るとまじで嫌だったんだろう。ダンブルドアは気にする事なく木の丸椅子を近くに寄せて座り込んだ。この人の眼宝石みたいで綺麗だよなぁ。俺の目には劣るけど?

 

 

「ドクターと同じようなものですか?何しに来たんですか?あの人が僕を診るように言ったんですか?」

 

 

冷たい口調でヴォルは詰問する、やはりヴォルも精神病院の先生か何かだと思っているのだろう。今まで客人ってそれしか居なかったから疑心暗鬼になる気持ちはわかるけど、こんな奇抜な服を着ているドクターが居るならそれこそ貴方が患者さん?だ。

 

 

「いやいや」

「信じないぞ。あいつは僕を診察させたいんだろう、真実を言え!」

 

 

目上のものに対する敬意と言うものを母の胎内に忘れてきたヴォルはかなり強い口調で命令した。本人は無自覚のようだけど、その言葉には僅かに魔力が込められている。…今までこうして命令された人はそれを拒否する事が出来なかった。

だが、ダンブルドアは相変わらず優しく微笑んでいるだけだ。子どもの駄々など全く気にしてない。暫くしてこの人は自分の命令を聞かないとわかったヴォルは睨むのをやめたが警戒心はより強まったようだ。

 

 

「真実を言おう、だが…他の人が居る前で話す事は出来ない。…レディ?退出して頂いても?」

「へ?」

 

 

レディなんてどこに居るんだ?──あ、俺のことか。まぁおれはどこからどう見ても由緒正しい男の娘だから仕方がない、それも超弩級美人の。

 

 

「…そんなぁ、おじ様?私も秘密のお話聞きたいですぅ」

 

 

起き上がってダンブルドアに近付き、胸の前で指を組み目を潤ませて甘えた声を出してみる。ダンブルドアは少し目を見開き──実際間違いなく俺の美貌にくらりと来た筈だ──にっこりと微笑んだ。

 

 

「まぁいいだろう」

 

 

ちょろすぎぃ!

「嬉しいですわおじ様ぁ」なんて言えばダンブルドアは俺の頭に手を伸ばして撫でようとしたらしい、けどヴォルがすぐに俺をダンブルドアから引き離すように抱きしめた。

強く抱きすくめすぎて俺の首がしまっている、うえ、ギブギブ!腕を叩きながらちらりと見上げれば射殺さんばかりにダンブルドアを睨んでいる。「変態」とその口が音もなく動いたのを俺は見逃さなかった。うーん、まぁロリコンって言うより孫を可愛がるお爺さんみたいな目じゃないか?

 

 

「…あなたは変態ですか?」

「違う!…先も言ったが、私はダンブルドア教授で、ホグワーツという学校に勤めている。私の学校に入学を勧めにきたのだが──君が来たいのなら、そこが君の新しい学校になる」

「ぐえっ」

「騙されないぞ!精神病院だろう。そこからきたんだろう?教授、ああ──そうだろうさ、僕は行かないぞ、わかったか?僕はエイミー・ベンソンとかデニス・ビショップなんかのチビ達に何もしてない!聞いてみろよ、あいつらもそう言うから!」

「く、苦しい」

「トム、いいのかい?──レディが今にも気絶しそうだが」

 

 

ヴォルはダンブルドアを信じず憤慨し、俺の首を絞め落とさんとばかりに力を込める、「ギブギブ!」と腕をかなり強めに叩いて、ヴォルはようやく俺が気絶しかけていた事に気付き腕の力を弱めた。

 

 

「─はっ!ノア!」

「おえっ!─げほっげほっ!し、死ぬかと思った」

「……良い顔だね?」

 

 

思い切りえずくし、咳が止まらない。批難的にヴォルを睨んだが、少し申し訳なさそうだったものの、俺のおそらく苦しさから赤く染まり潤んだ目を見ると、寧ろなんかヴォルは嬉しそうに目を細めて俺の頬を撫でた、まぁ確かに俺は物凄く俗物的に言えばエッチな顔をしてるだろう。「ふーんえっちじゃん」とスカして言ってもいいのだよ少年!

 

 

「トム、私は精神病院から来たのではない。私は先生だよ、大人しく座ってくれれば、ホグワーツの事を話して聞かせよう。勿論、君が学校に来たくないというなら、誰も無理強いはしない」

「…はっ!やれるもんならやってみろ」

「ホグワーツは、特別な能力を持った者のための学校で──」

「僕は狂っちゃいない!」

「君が狂っていない事は知っておる。ホグワーツは狂った者の学校ではない。魔法学校なのだ」

 

 

何度もダンブルドアに噛み付いていたヴォルはぴたりと動きを止めた。

無表情だったが、その言葉に嘘がないのか、必死に読み取ろうとしている。ヴォルは超能力かなんかだと思っていたからなぁ、まさか魔法だとは思わなかったのだろう、魔法はお伽噺の中だけでしか出てこないファンタジーなものだ。

 

 

「魔法…?」

「魔法少年トム・リドル!」

「…じゃあ、僕が出来るのは、魔法?」

 

 

ヴォルは俺の言葉を無視することに決めたらしい。やめろおれが滑ったみたいになるだろ。ダンブルドアも可哀想なものを見る目で俺を見るな!開心術をしなくても「この子は見た目に全振りしてオツムはパー」とかそんな目で見るな、事実だから辛い!

 

 

「…君は、どういう事ができるのかね?」

「いろんなことさ」

 

 

珍しい、ヴォルの青白い頬がちょっと子どもらしく赤く染まっている。俺の美貌を持ってしてもヴォルの顔色が変わることなんて滅多にないのに!

 

 

「物を触らずに動かせる。訓練しなくとも、動物を僕の思い通りにさせられる…僕を困らせるやつには、嫌な事が起こるように出来る。やろうと思えば、傷付ける事だって…出来るんだ」

 

 

正直でよろしい。今までしていた悪行を全て赤裸々に語ってるけどいいのか?自分から呪ったとかダンブルドアにいうと目をつけられるぞ。…ああ、ほらダンブルドアが微笑みを消してじっとヴォルを観察してるぞ?目がきらりと光ってるし。

 

 

ヴォルはベッドに腰掛け、頭を垂れ祈るような姿勢で両手を見つめた。

窓からの光と相まって宗教画のワンシーンのようだ、うん、ヴォルってやっぱり特別美形。俺には負けるけど。

 

 

「僕は他の人と違うんだって…知っていた。僕は特別だって…わかっていた、何かあるって、知っていたんだ」

「ああ、君の言う通り。君は魔法使いだ」

「あなたも魔法使いなのか?」

「いかにも」

「証明しろ」

 

 

流石にダンブルドアはヴォルの物言いに片眉を上げると優しく、しかしめちゃくちゃ圧を込めながら窘めた。

 

 

「きみに異存はないかと思うが、もし、ホグワーツへの入学を受け入れるつもりなら──」

「勿論だ!」

 

 

ヴォルは立ち上がり、食い気味に答える。

いつもの涼しいポーカーフェイスはどこへいったのやら、喜びと隠されていた狂気がチラリズムしている。うん、凶悪な美少年も悪くない。

 

 

「──それなら、私を教授、または先生と呼びなさい」

 

 

ヴォルは一瞬表情を硬くすると、初めて自分の感情が大きく揺れていたことに気づきすぐにいつものような冷ややかな笑みを浮かべ仮面を被る。

 

 

「すみません、先生。あの──教授、どうぞ、僕に見せていただけませんか?」

 

 

ヴォルの言葉を聞きダンブルドアは背広の内ポケットから杖を取り出すと部屋の隅にある洋箪笥に向けて一振りした。

炎上。しでかした芸能人ばりの瞬時な炎上を見せ洋箪笥が燃え上がり、ヴォルは飛び上がるとダンブルドアに食ってかかろうとした。うん、だって私物は全部あそこに置いてあるしね、裕福じゃない俺たちは少しの持ち物しか持ってないけどそれが燃やされたのならこうなる気持ちもわかる。

 

しかし、炎はすぐに消え、大炎上していた筈の洋箪笥は無傷だった。

 

 

「そういう物はどこで手にいれられますか?」

「全て時が来れば──何か、君の洋箪笥から出たがっているようだが。…扉をあけなさい」

 

カタカタと小さな音が洋箪笥から響く、ヴォルは初めて少し怯えたような表情を見せた。珍しい表情その2だ。ヴォルは基本的に何も怯えない。

ちらり、とヴォルは俺を見た。ダンブルドアも俺を見た。俺は訳がわからず「ん?」と首を傾げた。確かこの先には子ども達のものをぱちった証拠──戦利品が隠されてるんだよな?確か。

ああ、流石に俺に知られたく無いのかな?そんなコソ泥のような真似をしているのが。

 

ヴォルは諦めたようにゆっくりと洋箪笥に近づき扉を開ける。中から小さな小箱を取り出し、ベッドに戻った。小さな箱は中に何か動物でもいるのかと言うほどカタカタと震えている。

 

 

「その中に、君が持ってはいけないものが入っているね?」

「──はい、そうだと思います。先生」

「開けなさい」

 

 

ヴォルは随分長い間躊躇ったが、項垂れたまま蓋を取りベッドの上に空けた。

中から出てきたのはほらやっぱりガラクタ──あ?

 

 

「…おいおい!何だこれ!?」

 

 

俺は流石に叫んでベッドの上に散らばった物を見た。

子ども達から盗んだおもちゃの中に混じってあるのは袋に入れられた赤黒い染みのつく白いハンカチ。なくなったと思っていた俺のヘアピン、なくなったと思っていた俺の靴下。なくなったと思っていた俺のスプーン。そして、散髪した時に捨てたはずの銀髪の毛が一房。

 

 

「俺のものばっかじゃん!ってか、これ!半年以上前の怪我の時のやつじゃん!うわ!流石に病んでる美少年はノーセンキュー!」

「…勿体無かったから、つい」

「つい、じゃねーよ!何に使うつもりだったんだよアブノーマルソロプレイか??」

 

 

ツンツンと俺の無くしていたと思った物を突く。下着がなかったのは本当によかった、流石にこの中に混じって俺の下着があったら…こんな時、どういう顔をしたらいいのかわからないもの…。

 

 

「それぞれの持ち主に謝って、返しなさい。きちんとそうしたかどうか、私にはわかるのだよ。注意しておくがホグワーツでは盗みは許されていない」

「…ノア、このハンカチと髪の毛は僕のものだ、あとは返すよ」

「い、いらねー!心からいらねー!やるよ!そんなに欲しいなら!もうコールママに新しいの買ってもらったし…」

 

 

流石に、これを返されても対応に困る。

ヴォルは「そう?」と軽く言うと微塵も恥じ入る様子は無くむしろ吹っ切れたように俺の物だった物達を箱の中に戻した。…いや、考えるのはよそう。きっと何にも使ってない。うん。

 

 

「ホグワーツでは、魔法を使う事を教えるだけでなく、それを制御することも教える」

 

 

ダンブルドアが静かな瞳でヴォルに言い聞かせる。ヴォルは詰まらなさそうに感情の籠らない目でダンブルドアを見つめ全て聞いた後に「はい、先生」と答えた。

 

ヴォルはお金がない事を素気なく告げたが、なんとホグワーツには苦学生でも通うことが可能らしい。何ともまぁ手厚い事だ。

ふんふん、と俺が話を聞いているとダンブルドアは下ろしていた杖先を俺に向けた。え?なんで?

 

ヴォルはまさか目の前の人が俺に杖を向けると思ってなかったのか、驚いたような目をしてそっと俺とダンブルドアの間に立ちはだかる。──優しいところもあるんだよなぁ。

 

 

「あのー、何をするんですか?」

「マグル…非魔法族の事だが。君に魔法界の事を知られるわけにはいかないんだよ。忘却魔法をかける決まりだ」

「──え?ちょっとまってくれよ。俺は?俺はホグワーツに行かないの?」

 

 

少し慌てる。

全くダンブルドアが俺のことを気にしていなかった事で嫌な予感がしていたがどうも的中してしまったようだ。俺に全て聞かせたのは後で記憶を消すつもりだったのか!

ダンブルドアは片眉をあげ、幼児に言い聞かせるように俺を見た。

 

 

「マグルは行く事は出来ない」

「…先生、僕が魔法使いなら、ノアも魔法使いの筈です」

「そうそう!まさか年齢!?…いや、俺ヴォルと同じ年に生まれたはずだ!」

「──何?君も、魔法が…?」

 

 

俺とヴォルの言葉に、ダンブルドアは眉を少し顰め懐から羊皮紙のリストを取り出すと杖で軽く突いた。ここからは見えないが、入学者の名前が書かれているのかも知れない。

 

 

「…君、名前は?」

「ノア、ノア・ゾグラフ」

「──無い。このリストに無いと言う事は、別の魔法学校のリストにあるのだろう」

「ええー!!そんな!」

「ノア…そんな…」

 

おかしい!おかしすぎる!ヴォルも動揺してるぞ!

たしかにハリポタの世界だ神様!それでもホグワーツに行けないなら意味ないじゃん!別の学校とかそれはそれで楽しそうだけどさ!

 

 

「…同名の男子なら居るが、君は女子だろう?」

「──ってそういう事かーい!」

 

 

俺は思わずダンブルドアの腹めがけて突っ込んだ。俺の容姿が男の娘なのを忘れていた!成程、そりゃ見つからないわけだ!

 

 

俺はベッドの上で立ち上がると穿いていたズボンをパンツごと下ろし、腰に手を当てぐっと前に突き出し仁王立ちスタイルを決めた。ヴォルは額を押さえ、ダンブルドアはぎょっとした目をしていた。

 

 

「残念だな!俺は男だ!」

「…まさか──いや、それなら許可証はある。後で対象の男子を探そうと思っていたんだが、…すまないね」

「あーー良かった!」

 

 

仁王立ちスタイルのまま胸を撫で下ろせばヴォルが「パンツ穿きなよ」と呟いた。

なんだ?俺の息子も美しいぞ?まだ使いこなせてないのが残念だが、きっと成長すれば数多くの女を泣かせることになるに違いない!

童貞のまま生涯を終えるなんて絶対にいやだからな、女を取っ替え引っ替えするために容姿に全フリしたというのに!

 

 

「ノア、パンツを穿きなさい」

「はーい、せんせ!」

「君は、どういうことが出来るのかね?」

 

 

パンツとズボンを穿いている俺にダンブルドアが聞いた。その目は一切笑ってない。きっとヴォルと仲が良く見える俺も同じような事をしているのかと警戒しているのだろう。

俺は胸を逸らし指揮棒のように指を動かした。

 

 

「こんなのとか!」

 

 

部屋にあったベッドとついでにヴォルがふわりと浮き上がる。「うわっ!やめろ!」ヴォルが何か叫んでいた。──おお!浮遊感!

 

 

「こんなのとか!」

 

 

洋箪笥に向けて指を差せば中からヴォルの服がぱっと飛び出し、透明人間がダンスを披露するように動いた。

 

 

「こんなのとか!」

 

 

ダンブルドアに向けて指を差せば、ダンブルドアの着ていた服がショッキングピンクに早変わりした。

 

 

「後は──」

「もういい」

「そう?」

 

 

思ったより喜んで貰えなかったな。君は魔法界で最も優れた才能と魔法センスを持つ!偉大な魔法使いの誕生だ!とでも言われると思っていたのに、ダンブルドアは硬くなった表情のまま杖を振るい俺の魔法を全て消し元に戻した。

ガタン、と音を立ててベッドが床に落ち、服は元通り箪笥に収まりヴォルはよろめきながらちゃんと床に着地した。

 

 

「…自由に使えるのか?」

「まぁね!」

「…君は、トムよりもホグワーツで学ぶ事が数多くありそうだ」

 

 

ダンブルドアは重いため息をつく。

うん?やっぱ杖なしでやりすぎたかな?ヴォルデモートもダンブルドアも映画でバンバン杖なしでやってたから良いかなって思ってたけど。──俺またなんかやっちゃいました?──言えた!

 

 

俺もヴォルと同じようにずっしりとした金貨の入った袋と教材リスト、そして封筒を受け取る。うぉ、小金持ちになった気分!

 

ダンブルドアは俺とヴォルにダイアゴン横丁の行き方──ヴォルが俺とランデブーするって言った為付き添いは無しだ──や、ホグワーツへ向かうための汽車の切符が封筒の中に入っている事を告げた後にまずはヴォルに向かい合い手を差し出した。

ヴォルはそれを一度目よりはしっかりと握ると、最後に驚かしてやろう、と思ったのかダンブルドアを窺うような目でゆっくりと告げる。

 

 

「僕は蛇と話が出来る。遠足で田舎に行った時にわかったんだ、向こうから僕を見つけて囁きかけたんだ。魔法使いにとっては当たり前なの?」

「──稀ではある。しかし、例がないわけではない」

 

 

ダンブルドアがあまり驚いていなかったことに、つまらなさそうにヴォルは「ふぅん」と答えた。それでも不機嫌ではなかったのは、稀だと言われたからだろう。ヴォルにとってはなによりも特別である事が重要なのだ。

一瞬二人の視線が混じり合った後、その握手が解かれダンブルドアは俺に向かい合った。

 

 

「俺も蛇とおしゃべりできるぜ!なんなら鳥でも!兎でも!虫は無理みたいだけどな。魔法使いにとっては当たり前なの?」

「…ごく稀ではあるが、…まぁ例外がいない訳ではない」

 

 

なんだ、小説の中には出て来てなかったけどやっぱ他の動物と話せる人も居るのか。

ダンブルドアは俺をじっと見た後ゆっくりと手を離した。

 

 

「さようなら、トム、ノア。ホグワーツで会おう」

 

 

それだけを短く告げてダンブルドアは帰って行った。

俺とヴォルは顔を見合わせる。

 

 

「…動物と話せるなんて初耳だし、あんな魔法まで…どうして使えるの?」

「俺もヴォルが蛇と話せるとはなぁ。魔法はほら、俺のこの麗しい見た目で完璧な魔法使いじゃ無い方がおかしくない?」

 

 

ふっと笑いさらりと髪を手で後ろに払う。

ヴォルはなんとも言えない顔をしていたが、両手で持つ封筒をまじまじと見つめて居るうちに機嫌が戻ったようだった。

 

 





ダンブルドアの見た目は45くらいのはずなので、ファンタビイメージで書いてます。ハリポタ映画の初老は無かったことに…。


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03 俺の美貌に酔いな!

 

 

「ダイコン横丁!」

「ダイアゴン横丁だよ」

 

 

俺とヴォルは早速ダイコン横丁──もとい、ダイアゴン横丁を訪れた。沢山の魔法使いや魔女、見慣れない生き物、摩訶不思議な道具やお菓子の数々、そしてなにより会話がもう俺たちのいた世界とは違う。

奥様達が井戸端会議していてもその話題は野菜の値上げに対する苦言では無く、クビナシイモリの肝臓の値上がりについての苦言だった。その肝臓どうすんの?食べるの??

 

 

 

「何から買う?」

「杖だ、行こう」

 

 

ヴォルも流石にこの世界に浮き足立っているようでどこか楽しげだ。うん、わかるよ!今までの退屈で窮屈な世界とは全く違うもんな!

 

 

 

「杖って、場所知ってるのか?」

「知らない、けど…歩いてれば見つかるでしょ」

 

 

ヴォルにしては珍しい割と適当な返事だった。いつもなによりも簡潔に!無駄なんて大嫌い!なヴォルだったが、流石にこの場においてはウィンドウショッピングを楽しみたいのかもしれない。

 

 

「適当に歩いてもいいけど、俺の美貌に犯罪者が出ないうちにしような?」

 

 

そう言うと俺はちらりと俺を見てぽかんと口を開け真っ赤に顔を染めている男に向かって微笑んだ。男は「ヴィーラ…」と呆然と呟くと壁に激突した。

後ろを振り返れば死屍累々、俺の歩いた痕跡に残るのは鼻血だけだ──。カッコ悪いな。

 

ヴォルもチラリと後ろを振り返りため息をついた。

ヴォルは幼い頃から俺を知っていてある程度俺の美貌に免疫が出来ている、まぁヴォル本人が人並み外れた美貌を持っているし、美形には慣れたものなのだろう。

だが免疫のない人達は違う、俺を見るだけで茹蛸のように顔を赤くする者、興奮しすぎて鼻血を出す者、恋人らしき人に引っ叩かれる者、「お、お、お嬢ちゃんイイ魔法を教えてあげようはあはあ」と言う者──有象無象が俺に 一撃必殺(ノックアウト)されていた。

 

俺の美貌が素晴らしすぎてもはやアズカバン行き!とならないためにも早く買い物をすませてしまいたい。シャレにならん!

 

 

「…早く行こうか、…ほら、あの看板は杖じゃない?」

 

 

ヴォルが俺の手を握る。その瞬間周りの有象無象はヴォルを睨んだが、ヴォルの顔の良さにすごすごと退散した。

そんな人達にもにっこりと俺は微笑みかけ投げキッスをしてみれば少なく見積もっても10人が胸を押さえてその場に倒れた。

 

 

「やっべ、俺ってば死の魔法使わなくても人を殺したかも」

「…そんな魔法あるの?」

「あるだろ、多分」

 

 

うっかりしてた。アブラカタブラ──あれ?なんか違う?──の事をぽつりと揶揄ればヴォルは目敏く反応した、こういう力!って感じの魔法が大好きになる片鱗が見え隠れしてるぞ、目を輝かすな。

 

 

そんな事を話しながら到着したのはオリバンダーの杖屋さん。カラン、と小気味いい音を立てて扉を潜れば見渡す限りの杖の山。

 

 

「壮・観!」

「…まさか、これ全部…杖…?」

 

ヴォルはぐるりと店内を見渡した。まぁそう言いたくなる気持ちもわかる。天井まである高い棚全てに杖の箱が収められていて店内の薄暗い奥までそれは続いている。埃を被り蜘蛛の巣が張っているものもある…売り物なんだから綺麗にしてあげなよ…杖ちゃん可哀想…。

 

 

「いらっしゃいませ」

「うぉうびびった!!」

 

 

いきなり暗がりから声がした。

店の奥からゆらりとふたつの眼が輝きながら現れる。えーと。

 

 

「守護霊はバジリスクですか?」

「はは、面白いお嬢ちゃんだね」

 

 

オリバンダーまで俺の性別を間違えている!

まぁ杖選びに性別は関係無いだろうからあえてその間違いを訂正する事はない。女の子のように可愛い俺が悪い。

 

 

「こんにちは!杖を買いにきました!」

「よしよし…さて、どちらからがいいかな?」

 

 

オリバンダーは小さな魔法使いと魔女かっこ仮かっことじを優しい目で見る。ヴォルは直ぐに「僕からだ」と言うと胸を張り一歩前に進み出た。

 

 

「よろしい。君の名前は?」

「トム・マールヴォロ・リドル」

「それではリドルさん、どっちが杖腕かな?」

 

 

こうしてヴォルの杖選びが始まった。

オリバンダーは小さなメジャーを浮遊させながらヴォルの身体の色々な部分を測っていく。鼻の高さや腕の長さ、股下の長さ…。

 

 

「脚なっが!!」

 

 

つい率直な感想を言ってしまうくらいそのメジャーが止まったメモリの数字はとんでもないものだった。間違いない、ヴォルは闇の帝王笑になるんじゃなくてモデルになった方がいい。この美貌が将来蛇みたいになるなんてまぁ…悲しすぎる…世界の損失だ、冒涜だ!

 

 

「よし、ではまず──サンザシの木にドラゴンの心臓の琴線、34センチ、しなりやすく強靭。さあ、どうぞ」

「…あぁ」

 

 

オリバンダーは棚から一つの箱を取り出すとそっと蓋を開け、中から黒い杖を取り出した。ヴォルはそれをしげしげと見つめる。その目は不思議と輝いていて、将来闇に染まる、といっても今はまだ11歳の子どもだ、きっと魔法使いの証…特別な杖が嬉しいのだろうな。可愛いやつめ!

 

 

ヴォルは杖をしっかりと持ち軽く振ってみた。途端にガシャン!と机の上に置いてあった花瓶が粉砕する。それを見てヴォルは満足そうだったのは、もともと破壊的な性格をしているからだろう。──でも、これは正解の印ではないんだよなぁ。喜んでるところ悪いけど。

 

 

「いかんいかん、次はこれじゃ。──カシノキにユニコーンの毛、32センチ、良質で柔らかい」

「……」

 

 

ヴォルがまたも杖を振った。

今度は店の窓が粉砕破壊された。ヴォルは「これはいいな」と納得したように頷いていたけれど、いやいやどう考えてもダメだろう。ほらオリバンダーも「いかんいかん」って言ってる。

 

 

「次はこれじゃ。イチイの木に不死鳥の尾羽、34センチ、とても強力」

 

 

さっきのでも良かったのに、と言いたそうなヴォルだったが杖選びはやはり専門家の意見を聞くのが賢いのだと、ちゃんとわかっているようで文句も言わず杖を受け取るとぱっと振り下ろす。

 

今度は何も割れなかった。その代わりに杖先から黒と銀色の光が溢れて店の中に広がる。幻想的、とも言える光景にヴォルは少し目を見開いた。今までの反応と全く違う事に気がついたのだろう。…これだ、と思ったのかもしれない。

 

 

「おおー綺麗だなあ」

「へぇ…これが正解なんだ」

「ブラボー!リドルさんの杖はこれで決まりですな。さあ次はお嬢ちゃん、前へ来なさい」

「よし!」

 

 

ヴォルは自分の杖をしげしげと見ながら俺とその場所を交代した。ヴォルと同じようにオリバンダーは俺の身体の至る所を測ると、店の奥に杖を取りに行く。

 

 

「良かったな、杖が決まって!」

「うん…これで、色んな魔法を…使えるようになるんだ…」

 

 

その声はしみじみとした嬉しさが滲み出ていた。早く色々な魔法を学び、試してみたくて仕方がないのだろう。──そういや、マグル界で魔法使ったら退学になるのって知ってるのかな?…いや、まだ入学してないから今は使ってもギリセーフ?杖なしで俺もヴォルも魔法を使っていたけどアズカバン送りにはならなかったもんなぁ…そのあたり謎だ。

 

 

「さてさてお嬢ちゃん、名前は?」

「ノア・ゾグラフ」

「おお、君に相応しい美しい名前じゃ…ふむ、──さあ、ゾグラフさん。ナナカマドの木にドラゴンの心臓の琴線、32センチ、柔らかい」

「わーい!」

 

 

笑顔で受け取りびゅん!と振り上げた。つい心の中でウィンガーディアム・レビオーサ!なんて唱えちゃったりし──て──あれれ?

 

 

「何という事でしょう」

 

 

これぞ、匠の技かもしれない。

店中の床の上にあったものが浮遊した。勿論俺やヴォル、オリバンダーも例外ではなく床上3センチのところに浮遊しているし、杖を納めている棚は降り積もった埃を吐き出しながら浮いた。

 

 

「い、いかんいかん!ちょ、ちょっとまっとれ!」

 

 

オリバンダーは器用に空をかき、平泳ぎしながらスイスイと店の奥に進む。そ、そのまま進むんだ?

 

 

「ノア、おろしてよ」

「無理無理、杖が言う事聞かねーもん」

「もん、じゃないよ」

 

 

ふわふわと浮いているヴォルは嫌そうにいうが、そうは言っても何度杖を振り下ろしても俺たち全てが浮遊したままだった。

しばらくして今度はバタフライでオリバンダーが戻ってくる。なかなかバイタリティ溢れた老人だな!

 

 

「はぁはぁ…よ、よし、次はこれじゃ。ギンヨウボタイジュ、ヒニクツの尾羽。30センチ、バネがある」

「──ほいっとな!」

 

 

受け取ったそれで、また杖を振るった。今度は心の中でついついルーモス!なんて唱えちゃったり。だってほら、ユニバでも使えたからね?

 

 

「まっ眩し!!」

「う、うむ、これもいかん!」

 

 

目が潰れる!!杖先から強烈な光が溢れてオリバンダーのちょっと薄い頭部に激突し、そのちょっと薄い頭部が信じられないほど光り輝き出した。ハゲてないのに!ハゲてないのに!!

 

頭だけ電球になってしまったオリバンダーは頭を手で抑えながら──それでも光は溢れていた──すぐに引っ込んだ。暫くガタガタと音が響き、そしてまた現れた。手には5個くらい箱を持っている。…これ全部試すの?

 

 

 

 

結局そのあと18本の杖を試したが、俺に合う杖は一向に見つからない。もう店の中はここだけ戦争地帯かというほど荒れ果て、ヴォルなんて5本目あたりから店から出て行きさっさと一人退散してしまった。酷すぎる!冷酷すぎる!!──まぁ俺の5本目の魔法が天井に黒々とした雷雲を作ったせいだろう。うん。

 

 

何故生きているのかわからないが、雷に撃たれ黒焦げになったオリバンダーは身体中からぷすぷすと煙と焦げの臭いを漂わせながら目だけは爛々と輝き楽しげに俺に杖を渡し続けた。

 

 

「心配なさるな!必ずぴったりの杖を見つけて見せる!…さあ次はとっておき、これじゃ!」

「おおー…お?…真っ白」

「美しかろう?もう見た目に全フリした杖じゃが、君にピッタリじゃ。ヤマナラシの木、水仙の花、34センチ、良質でしなりが良い」

 

 

 

19本目の杖は今まで見た杖の中で最も美しく、俺が持つに相応しい!象牙のように滑らかで、持ってみると不思議と手に馴染んだ。

空を横切るように杖を振れば、杖先から銀色の光が溢れ戦場地だった店内をダイアモンドダストのように舞う。

 

 

「ブラボー!これじゃ!これで決まりじゃ!──あー良かった」

「心の声が漏れてますよ!」

「…やっと終わった?」

 

 

カラン、とベルの音が鳴り、何やら大きな袋を持ったヴォルが戻ってきた。俺が苦戦してる間にショッピングを満喫したなこいつ!!

 

 

「決まりましたよ、お待たせしましたな…」

 

 

やれやれ、と言いたげにオリバンダーは肩をぐるぐると回しぼきぼき音を響かせる。俺は自分のものになった杖をしっかりと握って「よろしく!」と小さく杖に語りかけた。ヴォルは何やってるんだと言いたげな目だったが、オリバンダーは嬉しそうにうんうんと深く頷く。杖が、主人を選ぶらしいしな!俺みたいなパーフェクトヒューマンを選ぶなんてこの杖は中々目の付け所がいいな!

 

 

俺の分の資金も持っていたヴォルがオリバンダーが言った金額をきちんと払い。俺たちはやっと杖選びを完了した。

 

 

店から出て、大荷物のヴォルを見上げその袋をジロジロと見る。…なんだ、お菓子でも買ったのかと思ったけど、来年の教科書か。──あれ?一人分しかなく無い?

 

 

「なんだ、自分の分しか買わなかったのか?ケチな野郎だなぁ俺の分も買ってくれれば良かったのに、金はあるだろ?」

「それが、無いんだよね。あの先生は古本で買わなきゃならないって言ってたでしょ」

「──俺が古本か!」

「僕、他人のお下がりだなんて絶対に嫌だから」

 

 

ぷい、とヴォルはそっぽを向き絶対に渡してなるものかとその袋を抱きしめた。くそっ、まぁわかってはいたさ!

本屋へ向かいながら、なんとか新品を買う事は出来ないかと考える。俺だって古本は嫌だ!書き込みだけならまだしも、知らんやつの体液がついてたり毛が挟まってたら俺は憤死する!

 

 

「ちっ…仕方ない。最終手段だ。本屋に行くぞ、どっちだ?」

「え?あっちだけど。…古本屋は反対方向だよ」

 

 

二つの場所を順に指し示すヴォルに、俺は「チッ、チッ、チッ」とセブルスせんせーよろしく指を振った。

 

 

「──イケメンなだけでは、どうにもならんらしい」

「はぁ?」

「トム・リドル。1つ聞こう、俺の美貌は世界ランク何番目かな?」

「1番目じゃ無い?ぶっちぎりで」

「さよう。──トム・リドル。人は美しいものに近づく為に…古来から贄を捧げてきたのだよ…そう、例えば金とか金とか金とか」

 

 

にやりと笑えば、ヴォルは胡散臭そうな目で俺を見るだけだったが、そんな目を気にする事なく俺は颯爽と本屋の戸を開けた。

 

 

 

 

 

 

「ほーら俺の美貌にひれ伏しな!どうだ!新品の教科書ゲットだぜ!」

「君って……品性を何処で無くしてきたんだい?」

 

 

ジャジャーンと数々の新品の教科書を見せびらかす。うん、リストに書いてあった教科書は無事全て手に入れることが出来た。

どうやったって?簡単だ、ちょっと店員に近づいて「私、パパから貰ったお金を新しいスケスケでひらひらのパンティを買うのにつかっちゃったの…どうしましょう、新しい教科書こんなに必要なのに…困ったわ…」と潤んだ目で言えばイチコロだった。

店員は俺の下半身を食い入るように見つめその鼻下を伸ばしリストにある教科書を全てに持ってきた。

「これを美しい君にプレゼントするよ!」だなんて言ってくれたものだから有り難く受け取り「ありがとう!チュッ♡」と投げキッスを送ってサービスサービスゥ!とばかりにちらりと服を上げてヘソを見せれば、店員は投げキッスを必死に掴んで唇に当て、恍惚の表情で前屈みになっていた。

うん、正常な反応でよろしい!

 

 

 

 

「よーし、後は制服だな!…まさか、制服の金も使ったか?」

「…いや、多分…大丈夫だと思う」

 

 

ヴォルは袋の中に入っている金貨を確認して答える。まぁ、制服分は流石に残していると思っていた。教科書が古本よりも、制服が古い方が辛い。何より美しい俺に合わない!

 

俺たちは洋装店へ向かい、新しい制服一式を購入した。なんとなく、中学生時代の制服採寸を思い出した。あー、懐かしい。

 

 

 

「金はまだ余ってる?」

「…そうだね、少しは」

 

 

かなり萎んでしまった袋を揺らし、小気味いい音を立てながらヴォルが言った。ふむ、もう必要なものは買ったし、ここらで少し休憩でもしたい。ずっと歩きっぱ立っぱで俺のしなやかな細い脚が筋肉質になってしまうのは避けなければならない。

 

 

「あそこ、アイスクリーム屋だって!行こう行こう!」

「ま、…そうだね。ちょっと魔法界の食べ物って…気になるし」

 

 

 

俺の提案にヴォルも頷く。

いや、アイスは普通だろ。ゲロ味とか耳糞味とかのアイスなんて食べたく無いけど?

 

ヴォルは空いている手で俺の手を握る。

──いつもより、その手は少し暖かく感じた。

ちらりと見上げれば、その目は楽しそうに細められダイアゴン横丁を眺めている。色んなものを見る目はキラキラと少年らしく輝き、喜びと興奮が滲んでいた。

 

こうしてれば、まじで普通の美少年だよな。あと数年したら闇にどっぷり沼って鼻を無くした禿頭になるなんて誰が想像出来たでしょうか。

これこそ衝撃のビフォーアフター!

 

 

 

 

 

 

 

 



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04 ほぐほぐわつわつほぐわーつ!

キングズ・クロス駅!9と4分の3番線!

プラットホームにはホグワーツに向かう子どもやその見送りの大人で溢れ、がやがやと賑わっていた。

新入生だろうか、不安そうな、けれど魔法学校に胸を高鳴らせているのか、その顔は皆赤く染まっている。

 

──いや、違う!みんな俺を見てその頬を染めているのだ!

 

 

「ふっ…俺のファンクラブが出来るのも時間の問題だな…」

 

 

沢山の視線を受けながら、俺はさらりと髪を後ろに流す。俺の色香にヤられたホグワーツ生の何人かがその場でよろめき頬を真っ赤に染めた。き、気持ちいいぃ!

 

 

「馬鹿やってないで、早く乗るよ」

 

 

ヴォルは大きな鞄を両手で重そうに持ち、額に僅かに滲んだ汗を手で拭いながら俺に言った。

俺は足元に置いていた同じように大きな鞄をヒョイっと軽く持ち上げると先を急ぐヴォルに駆け寄る。

 

 

「重そうだな、軽くしてやるよ。──そーれ!」

「──っ!?…な…」

 

 

いきなり軽くなった鞄に、ヴォルはバランスを崩したが流石にひっくり返る事はなく俺と鞄を目を見開いて見比べる。にやり、と笑えば少し嫌そうに目を細めた。

 

 

「何その魔法」

「浮遊魔法の応用さ、便利だろ?」

 

 

怪訝な目で見られた。

教科書を買ってからヴォルは食事も忘れてそれを読み耽っていた、きっと、自分の知らない魔法を俺が使う事が気に入らないのだろう。特別、にこだわる悪い癖だ。だが、俺はこの世界の全ての魔法を使える魔法使い!ヴォルなんて足元にも及ばない!──多分。

 

 

 

俺とヴォルは空いているコンパートメントに入り、移りゆく窓の景色を見ていた。 

汽車はスピードをあげ濛々と黒煙を上げている。窓にうっすらとコンパートメントの扉が反射し、その先の光景を映し出していた。

 

 

「これで142人目だ」

「何が?」

(アイドル)を見に来た人の数さ」

 

 

ちらちらと扉の小さな窓から何人もの生徒が頬を染め興奮しながら中を覗いていた。ヴォルはちらりと扉を見て嫌そうに眉を顰める。まだ誰も扉を開けていないからヴォルは何も言わないが、もし俺の魅力に近づきたい人がうっかり開けてしまったらその瞬間に呪われてしまうだろう。

 

 

「ノアは、顔だけは良い。きっと中身を知ったら幻滅するさ」

「俺は外見も中身も一級品だっつーの!…お、速度が落ちてきてるな、もう着くかも」

「…着替えようか」

 

 

ヴォルは読んでいた本をぱたんと閉めると鞄を開け中から新品の制服を取り出す。俺も同じように制服が入った袋を手に取った。そういえばタグとかついてたらどうしよう、ハサミなんて持ってきてないしなぁ…魔法でどうにかなるかな?

 

 

「──ここからは有料だぜ?」

 

 

俺はコンパートメントを覗き込んでいた男の子ににやりと笑い──男の子は顔を真っ赤にして鼻血を垂らした──ポケットに入れていた杖を振り、窓を黒く塗りつぶした。

 

 

「よし、これでオーケー。ヴォルは友情価格で100ガリオンな」

「そんな価値があるのかい?」

「ひどい!」

「見飽きて代わり映えのない物に払う金は無いね」

 

 

冷めた目で見られ、俺は胸を隠すように身体を抱きしめ「ヴォルのえっち♡」と可愛く言ったが、ヴォルは全力でスルーし、さっさと着替え始めてしまった。ちぇ、つまらん。

 

 

 

「──あれれー?」

 

 

 

俺は広げた制服を見て某少年探偵よろしく呟いた。

ヴォルは俺が手に持つ制服を見て、何故かその美しい顔を盛大に歪めていた。

 

おっかしーなー?

…まぁいっか!

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

ホグワーツに到着した俺とヴォルは他の新入生達と共に大広間に集められていた。

天井には幾千もの蝋燭が大広間を明るく照らし、幻想的な雰囲気を出している。──おお。流石に、胸に来るものがあるな。ここは夢にまで見たホグワーツ魔法学校だ。感無量…ここにくるために、ここで、過ごすために 俺は全てを捨てた(・・・・・・・・)んだ。

 

 

「俺のサンクチュアリー…」

 

 

教師陣が揃う場所をみればダンブルドアやスラグホーン、ディペット校長がいる。映画で見たまんまだなぁ…知らない顔も多いけど、それは仕方ないか。

 

俺たち新入生を引率していた男教師が教師たちが座る机に向かい、入れ違いにダンブルドアが長い羊皮紙を持って現れる。ん?ダンブルドアが組み合けを仕切るのか。…もしかして変身術の先生が行う決まりでもあるのかな?

 

 

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り組分けを受けるように」 

 

 

静かなその声に、周りの生徒達は緊張からかごくりと唾を飲み込んでいた。魔法族生まれじゃない子は、壇上にある古びた帽子がなんなのかわからなかったんだろう。

隣にいるヴォルはダンブルドアをじっと見つめ、そして静かに組分けを待っていた。うーん、古本屋でホグワーツの歴史を見た後は絶対スリザリンに入りたいって言ってたっけなぁ。──まぁ、それは叶うんだけど。

 

 

数名の生徒たちが組分け帽子によりそれぞれの寮へ組分けされ、顔を赤らめて各寮の生徒が待つテーブルへと移動する中、ついにトム・リドルの順番が来た。

 

 

「リドル・トム!」

 

 

隣にいるヴォルは固く唇を結んだまま壇上に上がる。振り向いたそのヴォルの顔面の良さに上級生からの騒めきが響いた。

 

 

「スリザリンッ!」

 

帽子が頭を隠す前にフライング気味にスリザリンと声高らかに叫び、大きな拍手と落胆のため息が大広間を満たす。

ヴォルは満足気そうに微かな微笑を浮かべ、スリザリン生のテーブルへ向かう。隣を通り過ぎる時、ちらり、と俺を見ていたが…何も言わなかった。…何だ?

 

 

粛々と組分けは進められる。

そう、俺の頭文字はZだ。間違いなく最後だろう。

 

 

「美少女が残ったぞ!」「是非我が寮に…!」「お近づきになりたい…!ああ、あの目で見つめられたい!」「この世のものとは思えない…!」

 

 

 

「ゾグラフ・ノア!」

 

 

俺の名前が呼ばれた途端。

どの生徒よりも一際大きく、さらに興奮に満ちたざわめきと願いが大広間に響いた。椅子の前でくるりと振り返り、穿いていた スカート(・・・・)を美しく、可憐に翻せば、「はぁ…」と感嘆の吐息がそこかしこから漏れた。

うん、俺のファンクラブは間違いなく出来たな!

 

 

「何でそんな格好を…」

「お店の人が間違えたようです。…せんせーみたいに」

 

 

呆れたような目で俺の制服を上から下まで見るダンブルドアにぱちんとウインクをすれば盛大なため息をつかれた。ため息ばっか吐くと幸せが逃げるって知ってた?

 

 

そう、俺の制服は女子生徒のものだった。

デザインは男子生徒のものとあまり変わらない。ただ、ズボンではなくスカートであり、それは膝上10センチという際どいところで揺れている。勿論、元々はもう少し長かったが俺の美脚を見たいものは多いはず!女子中高生がするように腰あたりで数回折り曲げればはいこの通り短いスカートの出来上がりです!──魔法で切っても良かったけどな。

 

 

俺は帽子を被り、椅子に座った。

大きなその帽子は俺の視界を完全に黒く塗りつぶす。──うえぇ、なんか湿ってる。何人もの生徒の後に被るのは嫌だなぁ。毛じらみとか持ってるやついるー?まさか…いねぇよなぁ?

 

 

「フーム…さてはて、どうしたものか…」

「こんにちは帽子さん!俺の寮はどこ?」

「待ちなさい。…フーム…何も見えん」

 

 

ええ…。全てを見る賢い帽子じゃなかったのかよ…。

狼狽える帽子の声に思わず脱力しした。

って、そうか、たしか帽子は開心術でその人の本質を読んでいるんだったな、全ての魔法が使える俺はオートで閉心術を行っている。帽子が組分けをできないのはきっとそれが原因だろう。…ちょっとだけ閉心術を解いておこうかな。

俺はもっとハリーのように幾つか候補を出されて「うーんどうしよっかなぁ」とか「スリザリンはだめだスリザリンはだめだスリザリンはだめだ」って呟いて擬似ハリーを体験したかったのに!

 

──それか、俺が魅力的かつ才能に溢れすぎてどの寮になってもオールオッケー無問題すぎて決められないかのどちらかだな!

 

 

 

「ほう、スリザリンは嫌だと」

「え?いやー別にどこでも良いですよぉ、どこにいっても俺の魅力で老若男女骨抜き腰砕けのメロメロにしてノア王国を築き上げるんで!むしろ宗教でもいいかな?パーフェクトノア教」

 

 

もはや神がかっている俺の美貌!そして魔力!魔法界では敵無しだ!ハーレムにして酒池肉林の未来も夢じゃない!美女を侍らせ童貞ともおさらばさ!

 

 

「──スリザリンッ!!」

「えぇー…」

 

 

帽子は高らかにスリザリンを宣言した。

スリザリンのテーブルから誰よりも大きい拍手と歓声が沸き起こり、それに負けないくらい各寮から嘆きと落胆、そしてブーイングが響く。

さっと帽子をとったダンブルドアは、厳しい顔で俺を見下ろしていた。新入生に見せる目じゃねーよ!俺何もしてねーし!ブーイングは俺のせいじゃない!…いや、俺の美貌のせいか。

 

 

「美少女を取り逃がした!」

 

 

誰かが嘆くあまりに大声で叫ぶ。

俺はそれを聞いて壇上で不敵に微笑んだ。

 

 

「──美少女?」

 

 

俺の鈴が鳴るような美しい声に、一気に大広間は静まり返る。誰もが俺の声を聞き逃さんとして耳を傾け幾百の目が俺を射抜いた。──た、たまらん!癖になりそう!

 

 

ぞくぞくとなんとも言えない快感が背中を駆け巡る。一向にスリザリンテーブルに向かわない俺に、ダンブルドアが訝し気な顔で俺を見ていたが気にしない。

 

 

「美少女?…残念だな…俺は──」

 

 

ポケットから杖を出す。

何をするつもり何だと皆が俺を見る。

その中でヴォルだけが表情をこわばらせ「まさか」とその口が動いた。

 

 

「──男の娘、だ!!」

 

 

杖を一振りすれば俺が着ていた服が弾け飛んだ。バトルグルメ漫画で美味しすぎるものを食べて「はぁん♡か、身体が、喜んでりゅのぉっ♡♡」と言わんばかりのはじけっぷりだ。

バトルグルメ漫画では美味しいものを食べるとみんな心象風景で裸になる。それはきっとこの世の真理でもあるのだろう。

ローブや制服は裂け、勿論下着もビリビリだ。白いハイソックスだけは離れてなるものかと必死に体に食らいついていたが。

 

 

「きゃーーッ!」

 

 

女生徒の黄色い叫び声が響く。顔を真っ赤にして手で覆い隠しているが、その指の隙間から俺の体をチラチラと見ている女子の多いこと多いこと。男子は目の前の光景が信じられずあんぐりと口を開けて何人か顎が外れてしまったようだ。ヴォルは──うん、頭痛がしてるみたい。

 

 

「何をしている!」

 

 

ダンブルドアが杖を振り生徒たちから俺のジュニアを隠した。おお、これはよくちょいエロゲームで見る謎の白い光線じゃないか!別の機体に移植されたら何故か白い範囲が増えるやつ!

試しにぴょんとジャンプしてみればその光は同じようについてきた。おお、すげえ。

 

 

「君は露出狂なのか!?」

「チッチッチッ──ダンブルドア教授。違いますよ。俺の肉体は爪先から頭の先、ましては性器まで全てが芸術品なのです」

 

 

ふふんと胸を逸らし堂々と裸体を誇る。

しかと見よ、この素晴らしき肉体を!

 

 

「そう、俺の身体に隠さなければならない箇所はどこにもない。かのダビデ像に引けを取らない俺の裸体はまさに、芸術だ!」

 

 

自信に満ち溢れた高らかな俺の演説に、混乱した生徒たちはパチパチと拍手を送った。

その拍手に片腕を上げてにっこりと「ありがとう!」と微笑めばさらに拍手喝采!「ノア!」「ノア様!」「男の娘最高です!」うんうん俺の王国建設に一歩近付いた。ちょっと何人かの性癖を歪めてしまったかもしれない、美しさって罪。

 

 

「…なら何故靴下は履いたままなのかね?」

 

 

 

ダンブルドアは俺の足元に視線を落とす。なん…だと…?この人にはこの、着エロの極意がわからないのかっ!?下着は剥ぎ取っても、男の娘の靴下は脱がさない!これ鉄則!

 

 

「靴下まで脱がしたいだなんて…ハレンチです」

「はっ…?」

「えっちぃのは嫌いです」

 

 

胸の前で手を交差させ、頬を染め悩まし気に視線を落とせば何人かの男子生徒が机の上に突っ伏した。うん、わかるぜ?激しく主張するブツを気付かれないようにするのって意外と大変だよな?

 

ダンブルドアは無言で杖をもう一度振る。

するとどこからともなく新品の男子生徒の服が現れると、シャツは無理矢理俺の頭をくぐりパンツは足元からギュンっと上にあがった。

 

 

「──早く、スリザリン寮に行きなさい」

「はぁーい」

 

 

額を押さえ、重々しく告げられた言葉にこれ以上ふざけたら入学が取り消されかねないと考えすぐに従った。他の教師たちやディペット校長は何が起こったのか、神聖な組分けで全裸を披露する者がいるなんて信じられないのか──信じたくないのか。一様に「これは夢だ」と自分に言い聞かせていた。

 

 

「やぁ同じ寮だったね」

「話しかけないでくれる?同類だと思われたくない」

「俺とヴォルはマブダチだろ?」

「そうか、よし絶交だ」

「絶交だなんて!友達だったという事は認めるんだな?」

「…黙れ」

 

 

ヴォルの隣に座ったら、視線を俺に合わせないまま低い声でそう言われてしまった。

近くのスリザリン生が俺をちらちらと見つめて一切話しかけて来ないのは、きっと俺の裸体を思い出して恥ずかしいのだろう。──そんな遠慮しなくてもいいのに!

 

 

 

校長が何やら新入生を祝う言葉を述べ、手を叩けば机の上に見た事もないご馳走様の数々が現れた。

美味しそうな骨つき肉に目を輝かせ、腕まくりをした後俺はそれを一つ取り、がぶりと噛み付いた。うわ!肉汁すごい!ジューシー!うまい!

 

夢中で食べていると肉についていたソースが手から伝い落ちる、おっと、──布巾はないしハンカチやティッシュなんて持ってない。

腕を上げて垂れたソースをペロリと舐めれば、周りがしん、と鎮まりかえった。

 

 

「──ん?」

 

 

指についた肉汁を舐め、首をかしげる。

ちょっとお行儀が悪かったかもしれない、何となく照れて笑えば、それを見ていたスリザリン生は顔を赤くし無言で俯く。

 

 

んー?俺、またなんかやっちゃいました?

 

 

 

 

奇妙な食事は終わり、スリザリンの監督生に連れられて俺たち新入生はスリザリン寮の地下牢へと向かった。口では絶交とか言っておきながら、ヴォルは俺が隣を歩いても何にも言わない。ふふん、可愛いやつめ。

 

 

「各部屋に名前が張り出されてある。荷物の確認をするように」

 

 

そう監督生に言われ、俺は男子寮へと向かった。石造りの男子寮は、どこか独房を思い出させる。至る所に蛇のモチーフがあり、緑色の火が薄暗い廊下を怪しく照らしていた。

 

 

「運命かな?」

「…、…」

 

 

俺とヴォルは1つの扉の前に立ち、そこに貼られた紙を見ていた。そこには俺と、ヴォルの名前が書かれている。…つまり、2人部屋なのだろう。3人か4人部屋の中で唯一、俺とヴォルだけが2人部屋らしい。

ヴォルは無言で扉を開けた。孤児院の個室よりも数段に広いその部屋は、本来なら4人くらいは余裕で寝泊まりできそうな広さがある。

 

俺とヴォルが余ってしまったのか。

それとも、俺とヴォルを他の生徒に近付かせないためなのか。──まぁ、どっちにしろ。

 

 

「あーよかった!他に人が居たら俺の尻処女の危機だった!俺の美貌に幼気な少年を犯罪者にするわけにはいかないからな」

「…はぁ…ノアと一緒か…」

「なんだ?嬉しすぎて言葉もでないか?」

「嘆いてるんだよ」

 

 

 

ヴォルは自分の鞄を見つけると直ぐに荷物の整理をしながら深いため息をついた。俺はそっとヴォルに近付き、その顔を覗き込みにんまりと笑う。

 

 

「…嘘つけ、ホントは嬉しいくせに」

「……馬鹿じゃないの?」

 

 

俺の開心術はヴォルであってもその心を覗くことが出来るようだ。…ま、今のヴォルは閉心術なんて知らないだろうしな。いくら賢くホグワーツ史上2番目の──1番目は勿論、この俺ノア様だ──才能を持つと言ってもまだ魔法界1日目だからなぁ。

 

ヴォルの心は、嘆きの中でほんの僅か、かけらほどだけど──喜んでいるのが見えた。

 

 

 

「これからもよろしくな、ヴォル」

「…あぁ、…よろしく、ノア」

 

 

改まって微笑みかけて手を差し出せば、散々憎まれ口を叩きながらもヴォルはしっかりと俺の手を握った。

 

 



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05 俺はどこからどう見ても美しい

ホグワーツでの生活はそれはそれは楽しいものだった。

俺の想像以上にホグワーツは平和だったし、何よりあまりスリザリンとグリフィンドールが歪みあっていない。勿論両手を上げ「へい兄弟!」というわけではなく、スリザリンには純血主義者も多いが、それでも廊下でいきなり魔法を使っての戦闘は始まらなければスリザリン生がグリフィンドール生を表立っては、バカにする事も無い。──ま、裏ではちょっと純血以外を見下してはいるが。貴族と平民のような区別だろう。

 

スリザリン生の中でも普通にグリフィンドール生と仲がいい生徒が居て、他のスリザリン生はそれを見てもなんとも思っていないようだ。何故こんなに平和なのだろうか?親世代でも子世代でも蛇VS獅子はいつもバチバチやりあっていたのに。

 

 

 

「…あー。そっか、ヴォルがいたからだな」

「…何、いきなり…」

「うんにゃ、何でもねー」

 

 

談話室で暖かい暖炉に当たり図書館から借りてきた数多くの本を読んでいたヴォルは俺のいきなりの呟きに怪訝そうに顔を上げたが、すぐに視線を本に落とした。

 

俺はヴォル──トム・リドルをじっと見る。

 

きっと、この後ヴォルが魔法界を闇に染めて行く過程でスリザリン生とグリフィンドール生の中が決定的に離別したのだろう。過去の創設者たちのように。

ヴォルデモートがスリザリン出身だと言うのは周知の事実だった。こんなとこまでヴォルデモートの影響があるなんてなぁ。

 

 

ま、何となくそんな気がしていた。

ヴォルは、魔女とマグルのハーフだ。勿論今それを知っている者は少ないが、きっといずれバレてしまうだろう。隠すことは出来ない…夏休みにマグルの孤児院に行く事なんてすぐバレそうだし。

それにも関わらず、小説内でトム・リドルは生徒や教師からの信頼を得ていた──ダンブルドアを除き──きっと、まだスリザリン寮が真に排他的な寮ではないから、ヴォルはこうして生活できているんだ。

 

 

…ってか、もしヴォルが混血だと知ってスリザリン生から疎まれていたなら、ヴォルはマグルも魔法使いも滅ぼそうとしたのかなぁ。

 

 

ふと、そんな事を考え、まだマシなのだろうかと──そう思ってしまった自分に苦笑いした。

 

 

 

「…何、急に笑って…気でも狂った?…ああ、元からか」

「失礼だな!…あ、そうそう俺この後用事があるんだ」

 

 

壁にかけられている時計を見て立ち上がる。ヴォルは少し眉を寄せ「どこにいくの」と聞いた。

 

 

「寂しいか?ん?」

「別に。ノアに僕以外で話しかける人なんていたんだって思っただけ」

「またまた失礼だな!いるわ!ヴォルが図書室に入り浸っている間に俺は親交を深めてスクールデイズしてるわ!──今から撮影だ」

「…何の?」

「俺の」

 

 

あっさりと答えるとヴォルは眉を寄せたが何も言わず再び本に視線を落とした。自分から聞いておいて興味のない事にはこれだから!

 

──ちなみに、ヴォルは俺以外の人の前では人当たりの良い優しい笑顔を浮かべ対応している。思いっきり猫をかぶったその姿にこっそりと魔法で猫耳カチューシャを出し寝ている隙にそっと頭につけたら翌朝猫耳カチューシャはバキバキに粉砕していた。──合掌。

 

 

 

 

ーーー

 

 

「いいね!さいっこうだよ!」

「そうか?」

「さぁ振り向いて!手は腰!悩ましげに目を伏せて!」

「…こう?」

「あぁあ!イイ!イイよぉ!」

 

 

パシャパシャと何度もシャッターが押されその度に俺はポーズを決めた。

写真を撮るのは俺のファンクラブの隊長のハッフルパフ5年生だ。鼻息荒く写真を撮られまくり、すぐにネガを特殊な魔法薬で現像し俺に嬉々として出来を見せる。

 

 

「おおー!!すげえ!」

「だろう?僕らのノアはどの角度でも完璧だ!」

 

 

写真にはゴスロリの服を着た俺が写っている。この服は俺が魔法でひょいと変化したものだが、うん、やっぱ男の娘は何を着てもさまになる!

 

 

「売ったわけ前の8割は俺、2割はベインのだからな?」

「金なんていらないよ!この写真さえあればいいんだ!」

 

 

沢山複写しながら男はうっとりと恍惚の目で写真を眺める。

俺は金がない。しかし金が無いのはつらい。金が無いのなら作ればイイ。その単純明快な思考により、ちょっと写真を撮っていると言うわけだ。

 

 

「ベイン、次はどんな服にする?」

「そうだなぁ──って!ノア!僕に触れないでくれたまえ!」

 

 

ほんの少し肩が当たったというだけなのに、ベインは飛び上がるとずざざっと一気に壁まで後退し、ずれた眼鏡を必死に戻しながらぶんぶんと首を振る。戻したそばからまたメガネがずれた。

 

 

「君に触れるなど、もってのほかだ!」

「…変わってるやつだなぁ」

 

 

恐れ多い!と顔を赤らめ必死に叫ぶベインに苦笑する。ファンクラブの隊長であるベインはほんの僅かにでも俺に触れようとしない…勿論いやらしい意味ではない。俺を神聖化するあまりに触れたら穢れるとでも思っているのだろう。うーん、アイドルの握手会には来れないけどめちゃくちゃ金を積むタイプだな?

 

 

「あ、そうだベイン。俺って男子生徒からの人気はあるけど、女子生徒からは…そこそこだろ?どうしたらイイと思う?」

「え?うーん。そうだなぁ。…リドルと一緒に写真を撮るとか。一部の女の子たちは美少年のツーショットが好きなものだからね!」

「ああ…成程!天才だな!」

「光栄だね!」

 

 

成程、どの世界でも、どの年代でも一定数の女の子は見た目麗しい男子の絡みが好きなのか。

それなら早速ヴォルを連れてこよう!イイ感じの絡みを取らなければ!──濃厚なのは流石にのーせんきゅーだけどな。

 

 

俺は服をいつもの制服に戻すとすぐにスリザリン寮へ戻り「離せ、どこに連れて行く気だ」とうるさいヴォルを無理矢理空き教室へ連れて行った。

 

しかしかなりの抵抗もその空き教室にベインが居る──他の誰かが居ると分かると直ぐにやめ、ベインに対してにっこりと微笑みかけ、その笑顔のまま俺を見た。おーおー目がちっとも笑ってねぇ。

 

 

「ノア、いきなり連れて来て何だい?説明してよ。…この人は?」

「この人はベイン、撮影係だ。んで、今から俺とヴォルでツーショットを撮る。…な?写真くらいならいいだろ?」

 

 

おねがい!と言えばヴォルは少し眉を寄せながらもため息をつき「…いいよ」と答えた。

くるりとベインを振り返ったときにはいつもの爽やかな笑みを浮かべているのだから、相変わらずブレない。

 

 

「じゃあノアとリドル。壁のところまで下がってくれるかな?」

 

 

ベインはパン、と手を叩き直ぐに俺もヴォルに指示を出す。ヴォルは普通に撮るだけだろうと思い込んでいるため特に何も言わずに壁に寄るとその背を壁に預けた。

 

 

「違う違う!壁に背をつけるのはノアだ。リドル、君はノアの前に立って、壁に片手をつく。──おお、いいね!ノアはもっと目を潤ませて!恥ずかしそうにして!──いいよいいよー!」

「……なにこれ」

「ん?俺とヴォルのツーショット」

 

 

ヴォルの目は死んでいた。──かなりキレている。

それでもベインが近づけばすぐに表情を取り繕う徹底ぶりだ。その猫被りが自分を苦しめていると分かっていても、ヴォルはどうする事もできないのだ。

 

 

「よーし!次は──リドル!そのまま自分のネクタイに手をかけて!…ああ、違う!完璧に外しちゃだめだ!君はなにもわかっていない!」

「誰がわかってたまるものか……」

 

 

ヴォルが俺にだけ聞こえる程度の小声で重々しく呟いた。

 

 

 

 

撮影大会はその後も続き、壁ドンしてるヴォルと悩ましげな俺。ヴォルにより机に押し倒された俺。ヴォルによりその胸の中に抱きすくめられてる俺エトセトラエトセトラ…かなりの枚数とポーズで撮った後、ベインは満足げに顔を輝かせ「これは高く売れる!」とウキウキしながら現像しだした。

 

 

「こ、…これを売る気なのですか?…他の人に…?」

「独り占めしたいか?ごめんなぁヴォル」

 

 

ヴォルは表情を引き攣らせ、一応先輩に向かって敬語で怖々と聞いた。どうか聞き間違いであってほしい、あんな写真が大衆に見られるなんて、考えるだけで頭が痛い。──間違いなくヴォルはそう思っていただろうな。うん、顔が真っ青。

 

 

「あ!心配しないで!売り上げ報酬はノアとリドルで半分ずつでいいよ。僕はいらないからね!」

「やったなヴォル!これを売れば小金持ちになれるぜ!」

 

 

はっはっは!と高らかに笑う俺とベインにヴォルはその端正な微笑みを引き攣らせるとポケットから杖を出し「アクシオ!」と唱えた。

 

 

「ああっ!リドル、何をするんだい!?」

「ひでぇ!独り占めにする気か!?」

「捨てるつもりだよ」

「独り占めにしてナニするつもりか!?」

「そんなわけないだろう!」

 

 

ヴォルはその写真をすぐにポケットに入れると俺とベインを睨んだ、少々本性が漏れ出しているが、まあ11歳だから仕方がない。

 

 

「あーあ。まぁ僕は人の嫌がることはしない主義だ。その写真はリドルにあげるよ」

「ちぇっ一攫千金も夢じゃなかったのに…」

「…ノア、君は本当に…こんな見せ物みたいになって…僕なら耐えられないよ」

「俺の魅力を知らない人が居る方が耐えられないね!」

「そうとも、ノア、君は何よりも素晴らしい。僕には君の魅力を周知する義務がある」

「───はぁ…」

 

 

ヴォルは大きなため息をついた。

最近よく頭を押さえている。頭痛ばっかだな?医務室行った方がいいんじゃないか?

 

 

 

 

後日談として、無事だったネガで再び写真を現像しヴォルにバレないようこっそり写真を売り捌き、なかなかの値段になった事を記述しておこう。

 

女生徒たちが何やらこそこそと俺とヴォルを見て囁き合い「あの子が上の子よ!ほら、みて…」と言っていたのは聞こえないふりをしたし。ヴォルは何のことかわからなかったようで首を傾げていた。

 

 

「…最近視線を感じるんだけど」

「そりゃ、俺とヴォルは美しいからな、注目もされるだろ」

「ふーん…ま、そうだね」

 

 

自分の顔面に自信があるヴォルはすぐに納得すると、俺が通販で買ったやたら闇の魔法が多い本を機嫌よく読み出した。

 

 

「こんな本、買うお金あったの?」

「ああ、俺のゴスロリ写真はなかなかの売れ行きだしな。──嫌な思いをさせたお詫びさ」

「…ま、これに免じて許してあげるよ」

 

 

ご機嫌なヴォルの言葉に「ありがとうマイダーリン!」なんて言って飛びついたが、いつものヴォルなら人前では嫌そうにするのに余程本が嬉しかったのか振り払うことはなかった。

俺が抱きついた途端周りの女生徒たちがきゃっきゃと喜びひそひそと小声で話し合って居たため、そちらを振り向いてにやりと意味ありげに笑えば女生徒はさらに色めきたち興奮したように頬を赤く染めた。

 

 

 

 

 

 

 



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06 ツンデレ幼馴染?大好物です

俺がホグワーツ生になって半年は過ぎた。

ヴォルは当たり前のようにどの授業でもなんなくこなし既に生徒や先生達から注目されている。俺は魔法は使える、それこそなんでもだ。だが魔法と座学はまた別問題であり、初めは楽しかった魔法史は今では俺の仮眠の時間となっている。

 

俺は相変わらず美しくて愛らしい!

毎日毎日フクロウ便で愛のこもった手紙を3通は受け取っていた。なんだが男子ばっかりなのは気のせいだろう。見た目が男の娘だから仕方がない!いつか絶世の美少年になってやる!

 

 

「ノア、ちょっと残ってくれるかな」

「ん?いーですよ」

 

 

変身術の授業の後、ダンブルドア先生に呼び止められた。

なんかしたかな?変身術の授業はまじめに受けているし、成績もかなり良いはずだ。

 

ヴォルはちらりと俺とダンブルドアを見たが何も言わずにさっさと他のスリザリン生と共に行ってしまった。ヴォルは相変わらずダンブルドアを苦手…というか警戒してるらしい。まぁ、ヴォルの闇をちらりと見せちゃったし、しゃーないか。

 

 

「で、なんですか?…はっ!まさか!」

「そうだ話は──」

「2人きりになって俺にあんなことやこんなことをするつもりなんですね!いやー!色ボケジジイがいるー!」

「そんな事するわけないだろう!」

 

 

胸の前で手を交差し、ずざざっと下がれば呆れた目で見られ思い切り否定された。

 

 

「ま、まさか、そんな事まで…!ダンブルドア先生はイケおじだから許します!」

 

 

ぐっと親指を立てれば、ダンブルドアは手で顔を覆い大きなため息をついた。

 

 

「君は…少しは真面目に話せないのかね?」

「え?ガチなやつですか?そうと言ってくれればふざけませんって──で、話は?」

 

 

てっきり俺の美貌にくらりときたのかと思ったぜ。

俺は教壇の側に立つダンブルドアに駆け寄り近くに椅子を出現させて座りその青い瞳を見上げた。

ダンブルドアは俺が杖も振らずに椅子を出現させた事に目を見開いて何か言いたげに俺を見つめる。俺は肩をすくめて「それで?」と促した。

 

 

「…ノア、君は一体何を考えている?」

「…何をって、…ホグワーツで俺のハーレムパーフェクトノア王国を作ること以外に考えてませんけど」

「…仲間を集うつもりか?」

「仲間っちゃ…仲間?」

 

 

ダンブルドアは俺の眼をじっと見つめた。イケおじに見られると照れるなあ。じゃなくて、開心術を掛けようとしているようだ、最近わかった事だが、この術をかけられると頭の後ろ辺りがぞわぞわとする。…まぁ、見れない筈だけど。

 

 

「…もういい。…何か、困った事があればいつでも相談に来なさい」

「はぁい、ダンブルドアせんせ」

 

 

なんだ、もう良いのか。まぁホグワーツ始まったばかりだしな、…うーん、これは五年生になった辺り面倒くさくなりそう。

そう考えながらも顔だけはにっこりと笑い、完璧で愛らしい笑みを貼り付けたまま頭を下げるとすぐに部屋から出ていった。

 

 

 

「…何の話だったの」

「──うわ!なんだ、待っててくれたのか?」

 

 

扉のすぐ近くに居たヴォルがいきなり話しかけてきてびっくりした。

てっきり置いて行かれたと思ったが、何故かヴォルは俺を待ってくれていたようだ。…このツンデレさんめ!

 

 

「図書室、行くよ」

「あーはいはい」

 

 

ヴォルは時間さえあればつねに図書室に居た。周りからはかなり勤勉な少年に見えているだろう。実際かなり勤勉だ──闇の魔術を学ぶ事に置いては。

 

2人で図書室へ向かい、ヴォルがさっさとしろとばかりに司書の方を顎で指す。わざわざヴォルが俺と図書室に来るのは俺に利用価値があるからだ、なければ教室の外で待つなんて幼馴染みたいなことしないだろう。──あれ?一応幼馴染なのか?

 

 

「なぁ、ヴォルと俺って幼馴染なの?」

「はぁ?……まぁ一般的な定義ではそうじゃない?」

 

 

ヴォルは心からどうでもよさそうに答えた。

ヴォルが幼馴染かぁ、今度先に着替えて寝てるヴォルを起こして「もうっ!遅刻しちゃうよヴォルくん!」って幼馴染ヒロインのお約束をしてやろう。

 

さっさと行け。と手でしっしっと払われてしまい、俺は司書の元へ向かう。

司書は俺を見ると顔を真っ赤に染めて「や、やぁノア」としどろもどろに話しかけた。

 

 

「キースさん、いつもの…良いですか?」

「ま、まいったなぁ…本当は…こんな事…」

 

 

カウンターの向こうでもごもごと口籠る司書、しかしその目は期待に揺れていて、このやりとりを楽しんでいるのだと見える。

仕方がない、俺の美技に酔いな!

 

俺はカウンターの上に座ると周りに人がいないことを確認し、小悪魔的微笑を浮かべながらゆっくりと司書に顔を近付ける。

 

 

「キースさん…お・ね・が・い♡」

「はあぁぁ…」

 

 

ふっと耳元に吐息をかけながら甘く囁けば、司書はカウンターの下に崩れぴくぴくと痙攣し、恍惚の表情を浮かべたまま気絶した。禁書棚の鍵をしっかり持っていた。

 

 

「──よし、行こうか」

「ああ、…キースさん、ごめんなー」

 

 

ヴォルは司書の手から鍵を取るとすぐに禁書棚へ向かった。人が周りにいない事を確認してさっと鍵を開け入ると、俺をチラリと見る。一緒に来いって事だろう。

 

 

「今日はどこから読もうか…」

「俺はあっちを見るよ、立ってるのも暇だしな」

 

 

一応声をかけたが、ヴォルはもう沢山の禁書に目を輝かせ俺の声は聞こえていなかった。

ヴォルの関心は間違いなく闇の魔術だ、その人を好きにする事が出来る──命をも手中に収めることができる強力な魔法に魅入られている。後は──秘密の部屋探しだろう。

純血でもないのに、純血思想にどっぷりとハマったヴォルは自分こそ、サラザール・スリザリンの意志を引き継ぐ継承者だと信じている。うーん、厨二病!

 

ってか、名前を変えたり闇の印っていうシンボルが髑髏と蛇だったり、まじで厨二じゃねーか。まぁ、そんなところも可愛いよな。子供らしくて!

 

 

「…んー…おぉ……これって…」

 

 

俺は1つの本を手にする。

魔法と錬金術と書かれたその本をペラペラと捲り──これって、賢者の石の製造方法?

 

 

「フラメルさんの料理レシピ100種じゃねーのな」

 

 

中を見るが、うん、全くわからん。

俺は魔法とつくものはなんだって完璧だ。勿論、それは魔法薬でも同じだ。何故か、完璧に調合出来てしまう。作り方さえ知っていれば、適当に作っても、何故か完成してしまう事を知ったときには流石にチート過ぎると思ったが。

 

しかし脳がアップグレードされているわけでは無いので、その製造方法を見てもさっぱりわからん。

材料も見たことがないものばかりだし、製造するには膨大な時間と根性がいる事だけは、わかった。

 

 

「…ってか、こんな所に作り方かいてないわな」

 

 

著者を見ても、ニコラス・フラメルではない別の人の名前が書いてある。賢者の石を作ることは錬金術の悲願だったのかな?その人なりの不完全な賢者の石の製造方法が書いてあるのかもしれない。

 

俺は本を戻し、また別の本を手に取った。

 

 

「げぇ」

 

 

中にはおどろおどろしい絵と共にスプラッターな人間が描かれている。俺、グロ耐性無いんだよな。それでも怖いもの見たさで目を極限まで細めながらそこに書かれている魔法を見る。

なになに…人の中身をひっくり返す魔法…脳みそをプリンに変える魔法…血の流れを止める魔法…便秘にさせ腹を爆破させる魔法…とんでもないのが数個あるな。

 

死因は脳みそがプリンになった事ですって笑って良いのか泣いて良いのかわかんねぇよ。

 

 

本を戻し、適当にまた読んで戻して。

それを何回か続けているうちに一つの魔法が書かれた箇所で目を止めた。

 

 

「何読んでるの?」

「ん?」

 

 

ヴォルは数冊の本を手に取りローブの下にこっそりと隠しながら俺の手にある本を覗き込む。──あー…。まあいいか。

 

 

「血の誓い…?…ねえ、ちょっと見せて」

「はいはい」

 

 

ヴォルは俺から本を取ると熱心にその魔法を見始めた。無意識のうちにぶつぶつ呟きながら読んでいるところを見ると…余程お気に召したのだろう。

 

 

「ふーん…中々に面白いね。この本は…魔法契約についての本か」

 

 

そういうとヴォルはその本もローブの下に隠した。あーあ、ごめんねキースさん。ちゃんと本は返すから。……多分。

 

 

「行くぞ」

「はーい」

「…ノアは何か借りないの?」

「うん、俺はいいや。難しい本読むの嫌いだし」

 

 

眠くなるから!と笑顔で言えばふっと鼻で笑われた。

いや、ヴォルが勤勉なだけで俺は普通だからな?

 

ヴォルは禁書棚を歩いていたが、ふと足を止めて振り返った。首を傾げて「どした?」と聞けばその綺麗な目はすっと細められ俺を見下ろす。

 

 

「ノア、なんで君は何も言わないの」

「何が?」

「…僕が、こういう魔法を学ぶ事に…何故協力してくれる?…何が狙いなの?」

 

 

この年代でも、勿論闇の魔術は忌み嫌われている。それを学ぼうとするヴォルはきっと異常なのだろう。ヴォルも俺以外には闇の魔術に興味がある素振りなど、微塵も見せない。

 

 

「逆に、なんで俺には教えるんだ?…闇の魔術を学んでる事を」

「……ノアと僕は、特別だからね」

 

 

ヴォルはぽつり、と呟いた。

…まるで愛の告白じゃないか!

 

 

「俺はヴォルの幼馴染だからな」

「…だから?」

 

 

俺はにっこりと笑った。多分、いつものあえて作っている愛らしい笑顔じゃなくて、俺の素の笑顔だろう。──ヴォルが、少し驚いているし。

 

 

「幼馴染はずっとそばに居るもんなんだって…決まってるんだよ」

「…意味が分からない」

 

 

ヴォルはぷいとそっぽを向くと出口に向かって歩き始めた。

──とかいいつつ?なんか背中が嬉しそうなのは俺の気のせいかなトム・リドルよ!

 

 

 



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07 賢者の石の作り方

俺はもうすぐホグワーツ2年生になる。

男の娘らしかった俺ももうすぐ12歳だ。

やや美少年に近づいたと言えるだろう。背も少し伸びたし、流石にスカートを履いても女児に見られることは多分ない。…いや?頑張ればいけるか?

 

 

夏休み中、ヴォルと俺を迎える孤児院の対応は、それはそれは微妙なものだった。俺たちが魔法使いと言うことは知られていない筈だが、みんなヴォルをさらに遠巻きにしていたし、帰ってこなければよかったのに、と囁いていた。まぁ俺は大歓迎されたわけだが?

 

 

「あんな場所すぐに出ていってやる」

「ふーん、じゃあ将来家買ってシェアハウスする?」

 

 

部屋で憎々しげに吐き捨てたヴォルに軽い気持ちで聞けば「そうだね」と返事が返ってきたのはかなり、予想外だった。てっきり絶対嫌だと言われると思ったが。

うーん、賢者の石が作れたら金なんてざっくざくなんだけどなぁ。

 

──作るか!賢者の石!

 

 

俺は寝転んでいた身体を起こし、ヴォルに「ちょっと出かけてくるわ」と告げ自分の部屋に行った。

 

 

 

杖を持ち、ニコラスのところに飛ぼうとしてふと考える。

 

 

「魔法使うとまずいかな?……ま、いっかなんとかなるなる」

 

 

ならなきゃ魔力の暴走って事で。

 

 

俺はニコラス・フラメルの事を考えながら姿現しをした。

 

 

身体が引き伸ばされる感覚と、かなり強い電撃が走った気がした。四肢が離散したのではないかという激痛に俺は意識を飛ばした。流石に居場所を特定してなきゃ無理ゲーだったかな?

こ、こんなところで死ぬなんてマジかよ──。

 

 

 

 

 

「──ぅ…」

 

 

俺はふと目を覚ました。

どうやら、──死んではなさそうだ。

見慣れない天井を見つめ、身体を起こしてあたりを見回す。…うん、知らん場所だ。

手と足がしっかりとある事を確認してそっとベッドから足を下ろした。

近くの机には水の入ったグラスと共に「起きたら飲みなさい」と書かれた手紙と、チョコレートが二つ。

うーん。ここはどこでこれはだれの置き手紙だろうか。

流石に毒入りってことは、ない──よな?

 

 

喉も乾いてるし…飲むか。

俺は水を一気に飲んだ。──うん!うまい!もういっぱい!

チョコも食べてみたけど普通に美味い。

 

 

人の家なら勝手に探索しちゃダメかな?

しかし、どこかで気を失った俺が美少年過ぎて攫われた可能性も微レ存だ。さっき飲んだ水が実は媚薬の可能性も微レ存だ。

 

ベッドに腰掛けて見れる範囲だけでキョロキョロしていたら扉が静かに開いてかなりよぼよぼでミイラのような真っ白なご老人が現れた。老人はじっと俺を見ながら少し離れた椅子に座った。

 

この人はかなり、見覚えがある、簡単に言えばファンタビ2だ。

 

 

「おお、目が覚めたかね」

「はい。…えーっと…ここはどこであなたは?」

「私はニコラス。ニコラス・フラメルじゃ。君は私の家の前に倒れていたんだ、覚えてないのかい?」

「はい。…気を失っていたようです」

「そうかそうか…ちょっと待っとれ」

 

 

よっこらせ、と言いながら立ち上がったニコラスさんはよぼよぼと元きた道を戻り扉を開けて「目覚めたようじゃ」と誰かに声をかけた。奥さんかな?名前なんだっけなぁ…。

 

 

「あれぇ?ダンブルドア先生なんでここに?」

 

 

めちゃくちゃ険しい顔をして現れたダンブルドアをみて思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。あー、そっか、友人だって書いてたなぁ。夏休みだし遊びに来てたのかな?

 

 

「それはこちらの台詞だ。…ノア、どうやってここに?」

「姿現しで」

「…何が目的かな?」

「賢者の石の製造方法を知りたくて」

「つくる?…奪う、ではないのか?」

「え?奪ったらニコラスさんたち死んじゃうでしょ?……って待って。もしかして俺に真実薬でも飲ませてる?」

「…」

 

 

口がペラペラとダンブルドアの質問に答えていく。別に嘘つくつもりなんて微塵もないのになぁ。ちらり、とニコラスさんを見ればびくりと肩を震わせて俺とダンブルドアを交互に見ていた。

 

 

「何故、賢者の石を求める?」

「金のため。俺金がないから手っ取り早くお金持ちになりたい!…あのさあダンブルドア先生?俺別に嘘つくつもりなんて無いですよ、自分の意思とは関係なく口が動くの気持ち悪いんですけど…」

 

 

しかし、ダンブルドアは油断ならない目で俺を見るだけで何も言わなかった。

 

 

「ノア、君は永遠の命に興味はないのか?」

「無い」 

 

 

 

暫く沈黙が落ちた、するとおどおどとしながらニコラスさんが近づき、俺に何やら悪臭のするゴブレットを手渡してきた。

 

 

「アルバス、もういいじゃろう。こんな幼子が危険なわけあるまい…それに、真実薬は絶対じゃ、私の命を狙ってもいないじゃろう」

「…しかし、ニコラス…」

「さあ、ノア、といったかね?」

「ノア・ゾグラフ」

「よしよし、これを飲みなさい。真実薬の効能が消えるだろう…」

「わぁ!ありがとうございます!」

 

 

にこにこと笑ってお礼を言えばニコラスさんは目を細めてうんうんと頷いていた。孫に喜ぶおじいちゃんみたい!

 

 

 

「うーんまずい!もう一杯!」

「もう一杯いるかね?」

「いりません!あっでも口直しのチョコは欲しいです!」

「よしよし…」

 

 

ニコラスさんは笑いながら戸棚をそっと開け中からチョコを取り出すと俺の手にそっと置いた。

 

 

「わーい!」

 

 

ぱくっ。もぐもぐ、ごくん。

 

 

「美味しい!ありがとうございます!」

「さて、君の真の狙いは何かな?」

 

 

ニコラスさんがにっこりと俺に聞く。

俺はにっこりと「賢者の石の製造方法を聞いて金持ちになる事です!」と答えた。…俺の口が勝手に。

──って、おいおい。まさか。

 

 

「真実薬いりのチョコじゃよ」

「──なんて日だ!」

 

 

食えない爺さんすぎる。ニコニコと笑ってる分、ダンブルドアより怖い!まぁこのくらいの強かさと用心深さがないと、ここまで生き残れないのかな?賢者の石を狙う人って多そうだし。

 

仕方ない、心を込めてお願いするしかない。

きっと美少年の真剣なお願いなら聞いてくれるはずだ!

 

 

「賢者の石を作りたいだけなので、作り方を教えて下さい!」

「おお良いとも」

「そう言わずにお願い──え?」

 

 

がばっと下げていた頭を上げる。

きょとんとしてニコラスさんを見れば戸棚に近づいて何やら分厚いノートを持ってきた。ダンブルドアは「ニコラス!」と険しい口調で止めたけど、ニコラスさんは相変わらずの笑顔で俺にノートを渡した。

 

 

「これが賢者の石の製造方法じゃ」

「ほ、本当に?」

「真実薬入りチョコでも食べようかね?」

 

ニコラスさんは悪戯っぽく笑って戸棚からチョコを取り出したが、俺はぶんぶんと首を振った。

 

 

「いいよ!そこまでしなくて!信じてますから!」

「ニコラス…何故、製造方法を…」

「もともと特に隠してはおらんのだよアルバス。どうせ作れるわけが無い。見に来た魔法使いは皆作り方を見て諦めて帰るんじゃ」

 

 

ニコラスさんの言う通り、作り方はかなり難しく大変そうだった。

だが、俺にはどんな薬も作り方さえ知っていれば作れてしまうチート能力があるのだ。

これが本物の賢者の石の製造方法なら、材料さえ揃える事が出来れば俺には作れるはず!

 

 

 

「あのーこの材料ってどれも入手困難なものばっかりですか?」

「そうじゃのう。あまり市場には出回らん」

「えー…そっかあ…地道に集めるしか無いかぁ…」

「本当に作るつもりなのかい?」

 

 

ニコラスさんは驚いたように目を見開き、ダンブルドアは怪訝な顔で俺を見ているが、気にせずにっこりと笑って頷く。

 

 

「作る!俺、お金持ちになりたい!」

「そうかそうか…吉報を期待しておるよ」

「はーい!…あ!もうちょっとこれ読んでても良いですか?」

「構わんよ」

 

 

ニコラスさんの許しを得て、俺は1ページ1ページゆっくりと読んだ。うーん…ダメだ!全くわからん!何より難し過ぎて眠くなってきた。

ニコラスさんはヨボヨボと部屋から出ていったが、ダンブルドアは俺の側に椅子を持ってきて座ってしまった。多分、俺が変な事をしないかどうか見張るつもりなのだろう。

えーと、材料は人間の命!…なわけないか。本人の魔力7割、ユニコーンの血2割その他1割だな。ユニコーンの血って呪われるんじゃね?直飲みじゃなきゃオーケーなの?

 

 

「ノア」

「何ですかー?」

「…君とトム・リドルの関係は?」

「幼馴染です」

 

 

──あ、やばい。

真実薬の効果が聞いている間にいろいろ聞くつもりだな。それはちょっと困るな、ヴォルの事はあんまこの人に言いたく無いんだよなぁ、ヴォルに怒られそうだし。後で面倒なことになりかねない。

 

 

「他には?」

「ルームメイトです」

「…ノアは闇の魔術について、どう思うかね?」

 

 

ダンブルドアのメガネの奥で目がきらりと光った。まぁ、この質問ならまだギリセーフかな?

 

 

「忌み嫌われているものだと理解してますし、特に興味もありません」

 

 

俺の勝手に動く口、ナイスすぎる。

少しだけダンブルドアの警戒が緩んだような気がした。

しかし、まだ質問は続けるつもりらしく少し考えてから口を開いた。頼む、変な質問はやめてくれ!

 

 

「…ゲラート・グリンデルバルドについて、どう思うかな?」 

「イケメンです」

「……は?」

「イケメンです」

 

 

大切な事なので2回言いました。

ファンタビを見た人は絶対イケメンだって思っただろう、間違いないはずだ!俺はネタバレNGな人間だからあんまりグリンデルバルドについて詳しくないからなぁ、この年代では、もうダンブルドアに倒されて捕まってなかった?あれ?…どうだっけ?

 

ダンブルドアは黙り込んでしまった為、俺はもう良いのだろうかとまたノートに目を通した。真実薬の効能いつまで続くんだろ…。

 

 

暫くは俺がノートを捲る音のみが静かな部屋に響いた。眠たい目を擦りながらなんとか全て読み切り、ぐっと大きく伸びをする。理解しなくても、読み流すだけで多分作れるはず、…はずだ!

 

 

「…よし!俺はもう帰ります!」

「そうか。…ああ、渡し忘れていた」

 

 

ダンブルドアは軽く頷くと内ポケットから何やら封筒を差し出した。きょとんとして受け取り中を開き──。

 

 

「げっ…て、停学!?」

「当たり前だ。未成年は魔法を使う事を禁じられておる」

「ま、魔力の暴走です!」

「ほう?さっき私に姿現しと言ったではないか。何故君が姿現しができるのか…私は大いに興味があるよ」

「くっ…停学かぁ…まあ、退学じゃなかっただけ…」

「次、同じ事があれば退学を言い渡さねばならん」

 

 

停学、とは…!いや、まぁ仕方がないか。魔力の暴走って事にしておきたかったが、この人の前で姿現しだと言ってしまった。もういくら取り繕っても無駄だろう。

 

 

「んー…じゃあ、帰りは送ってもらえますか?」

「…仕方ない」

 

 

にっこりと笑えばダンブルドアはため息をつき立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「遅かったね、何をしてたの?」

 

 

ヴォルの部屋の扉を開けて力なくヴォルのベッドに倒れ込む。

 

 

「あーまぁちょっと魔法使ったらバレて2カ月の停学になった」

「……はぁ?…ノア…馬鹿なの?」

「うるせー!お前いつか俺に賢者の石下さいって言ってもあげねーぞ!」

「…なに、賢者の石持ってるの?」

「持ってるわけねーだろ」

「だよね、期待して損した」

 

 

ヴォルはため息をこぼしまた読書を再開した。

どうせ、いつもの戯言だと思っているのだろう、へん!絶対に賢者の石をつくってやる!んでぼろぼろの生者と死者の中間になっても目の前で賢者の石を振って「あーげない!」ってしてやるんだからな!

 

 

 



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08 一線は守ろう

 

停学が開けてホグワーツに向かった俺に待ち受けていたのは宿題の山だった。

普通停学中の宿題って免除されるんじゃ無いの?停学なんてなった事ないから分からないけど。

 

勿論2ヶ月間の停学中俺は大人しくしていたわけじゃ無い。賢者の石を作るためにとりあえず魔石をなけなしの金を払ってノクターン横丁で買った。ちょいっと加工してピアスにし常に装着している。…こんなビーズみたいな小粒なのに何十ガリオンもしたんだよなぁ…映画では手の平ぐらいの石だったよな?ニコラスさん金持ちすぎじゃね?

 

魔力を注ぎ込み続ければ透明な石に変わるらしいが、作り方によればそれだけで何年もかかるとの事。うーん、気が遠くなる。ダンブルドアが協力したのはこの辺かな?──知らんけど。

 

 

 

ちなみにヴォルは俺のためにノートを見せて宿題を手伝ってくれた。なんだかんだ言って優しい!と感動していたらスラグホーンの指示だから仕方なく、と言われた。…こいつ、ツンデレかよ!

 

 

「あー。飽きた。めんどい」

「…早く終わらせて秘密の部屋を探しに行きたいんだけど」

 

 

事実の卓に突っ伏して言えば、ヴォルはため息混じりにそう言う。独りで探せないのかと思ったが、どうやらあまり個人行動をし過ぎると疑われるから、らしい。まぁ独りでこそこそしてたら怪しいわな。

 

 

「目星はついたのか?」

「…スリザリン所縁の場所は粗方探したんだけどね」

「ふーん」

 

 

ベッドの上で本を読んでいたヴォルはパタンと本を閉じて「これも、たいした魔法はないや」と呟いた。

スリザリンの秘密の部屋の場所は、まぁハリポタファンなら誰だって知っている。しかしそれを教えればハグリッドがまだアラゴグを飼っていない──そもそも、入学すらしてない時に犠牲者を出すわけにはいかない。色々と未来が変わるのも、それはそれで面白そうかもとは思ったものの…不確かな未来を生きていけるほどこの世界は生優しくないからなぁ。ま、俺のチート能力ならそれでも生き残れるかもしれないが、俺が変に原作を変えたせいで生まれなかったキャラが出てきても困る。

 

 

「ホグワーツは千年前に造られたんだろ?城もその時代時代で増築してる筈だし、スリザリン所縁の場所とは限らないんじゃね?」

 

 

ふわりと杖を振り勝手にレポートを書かせながら言えば、ヴォルは驚きで少し目を見開き考え込んだ。どうやらその発想は無かったらしい。…あれ?助言しすぎたかな?

 

 

「…次から色々探してみるよ。──それより、それ。どうにかならない?」

「んん?」

 

 

ヴォルは俺のベッドの隣にある僅かなスペースに小高い山を作っている手紙と小包を嫌そうに指差した。

俺が停学中に届いたファンレターやら捧げ物だ。俺は着々とファンを作り、俺の親衛隊達も順調に俺の魅力を広げていってくれてるらしい、うんうん、躾けられてるなぁ。

 

 

「俺はホグワーツ1…いや、世界一魅力的だから仕方がないな!」

 

 

その山の中にあった小包を開けば美味しそうなチョコが現れる。差出人は名も知らぬ女の子だ。カードを読めば「トム君と一緒に食べてください♡」と書いてあった。へえ、珍しい。まぁヴォルも顔はいいからなぁ。

 

 

「ヴォール?」

「何──んぐっ」

 

 

ヴォルが俺の言葉に振り向いた時にその口にチョコを押し込んだ。暫くヴォルはもぐもぐと口を動かしていたが、彼には甘すぎたのか嫌そうに眉を顰め口を抑える。

試しに一つ食べてみたが、──うん、くっそ甘ぇ。

 

 

「…、…?」

「ん?どした?」

 

 

ヴォルは自分の胸に手を当て、不思議そうに首を傾げる。心なしかいつも青白いその頬が僅かに赤い気がする。…あれ、なんか、身体。熱い…?

 

 

「…ノア」

 

 

ヴォルの目は何故か潤んでいて声はいつもより低くて顔は赤くて…きっと俺も同じだ、何故かヴォルを見ると心臓が嫌に脈打つ。

 

 

「こ、これ薄い本で見たやつだ!」

「ねえ…こっち来なよ」

「うわっ!?」

 

 

読んでいた本をベッドの脇に捨てたヴォルは俺の腕をぐっと引っ張った。触れられた所にビリビリと電流が走ったような感覚、体の奥がずくずく熱を持ち始めていて──やばい、これ間違いない!愛の妙薬とかいう媚薬じゃねえの!?なんで…はっ!!あのチョコは腐女子からのあれか!?あれなのか!?翌朝俺の首元につけられたキスマークを見てニヤニヤしたいのか!?待ってくれヴォル、俺は色々知っているだけで至ってノーマルなんだ!!

 

 

「何とかなれーー!!」

「──ぐっ…」

 

 

小さくて可愛いやつみたいに叫び、俺に顔を近づけるヴォルの顔面を手で押さえ、必死に杖に手を伸ばし思いっきり突きつけた。

何とかなってくれ俺のチート魔法!このまま尻処女喪失なんて絶対に嫌だ!

杖先から黄金色の光が出てヴォルの身体を覆った、暫くキラキラとした粒子に包まれていたヴォルはその粒子がふっと溶けたころ、ゆっくりと目を瞬かせ僅かに困惑していた。

 

 

「…なに、…今の…」

「多分、愛の妙薬入りのチョコだったんだな」

「…そんなもの食べさせないでくれる?」

「俺だってそんなのとは思ってなかった!」

 

 

じろりといつもの冷ややかな目で睨み、ヴォルは押し倒していた俺の上からさっさと身をひいた。─思わず、服の袖を掴んでしまい、ヴォルは「何?」と嫌そうに俺を見て──目を見開く。

 

 

「ごめ…俺も食べたから…んー…身体あっつ…」

「…自業自得」

「ぐうの音もでねぇ…──トイレ行ってくる」

 

 

自分の身体を抱きしめながらふらふらと立ち上がる。ヴォルの時はまだギリギリ冷静に魔法が使えた、今は頭がぼんやりして喉が酷く乾く、身体中が熱くて、震える。こんな状態で流石の俺でも魔法は使えないだろう。

 

 

「…そんな顔で出ていったら襲われるよ?」

「っ……ヴォル、愛の妙薬とか媚薬の効能打ち消す魔法、使える?」

「無理だね」

「…だよなぁ…」

 

 

その場にずるずるとしゃがみ込む。いかん、足が立たない、力が入らないのに俺の息子はエベレストじゃねぇか!流石にマジでまずい。

 

 

「ちょっと…大丈夫?」

 

 

ヴォルが流石に苦しそうに呻めく俺を見て心配になったのか、俺の肩をぽんと叩いた。

 

 

「───っ!」

 

 

肩から電撃が走り体の芯を打った。びくっと大きく身体を跳ねらせた俺は下着の中に広がる中学生以来てんで無かった嫌などろりとした感覚に眉を寄せ、顔を覆った。

 

 

「…スコージファイ」

 

 

杖を降り全てを清め何も無かったかのように立ち上がる。

 

うん、気分爽快賢者モード。

ヴォルは俺のスッキリした顔と、清め魔法を見て何を清めたのか理解したのか、ドン引きな目で俺を見ていた。

 

 

「早漏…」

「うるせぇ!!」

 

 

ヴォルの呟きに俺は叫んだが、残念ながら全く──その通りである。

 

 

 

 



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09 お気に入りのあだな

2年目のクリスマス休暇。勿論孤児院に戻る気のないヴォルはホグワーツに残っていたし、俺も同じように残った。孤児院の子供たちと会いたくないわけではないが、それよりもこの休み期間中にどうしても探さなければならないものがある。

 

 

「さて、どこにあるかなー」

 

 

禁じられた森の中、昼間にもかかわらず木々が鬱蒼と茂っているせいでかなり暗い。何か危険な魔法生物が居ないとも限らない為、一応杖をしっかり握っておいた。

 

 

ギィディッド(導け)

 

 

 

杖を軽く振れば、ぽっと杖先が光りその先を白い光線が道標のように示した。多分この先を辿っていけば、賢者の石の材料のうち最も重要な1つがある──筈だ。

 

 

1時間ほど歩き続けると、突如茂みが途切れ開けた場所に出た。

 

 

「うわ…きれーだな…」

 

 

思わず呟く。森の中にこんな湖があるとは思わなかった。天使の通り道が空から差し込み、水面を照らしキラキラと輝いている。ベールのように薄い霧が立ち込め、それはそれは幻想的な雰囲気だ。

この森には多くの生き物がいる、水辺がなければ生きられないだろうし、無くても不思議ではない。

ただこの鬱蒼とした森には似合わないあまりの美しさに、そこだけが別次元のようだった。

 

その湖の畔の向こう側に、数匹のユニコーンの群れを発見し、俺の杖から伸びた光が一頭を指し示していた。──あいつだ。

 

 

「やぁ俺はノア。君たち喋れる?あ、危害を加えるつもりはないよ」

 

 

俺はふわりと浮遊し湖の中程で足を止める…つま先が微かに水面に触れ、同心円上の波が少しだけたった。

──これ以上近づいたら、逃げられちゃうかな?

 

 

「…我らの言葉がわかるのですか」

「おおー。…うん、わかるよ」

「そんな人間…聞いた事もありません」

 

 

群れの中で最も美しく、大きな個体の純白のユニコーンが俺に応えた。

その一頭がこの群れのリーダーなのだろう。周りのユニコーン達はじりじりとその背の後ろに後退し、俺を警戒しながら見つめている。

 

 

「ほら?俺って美しいから?ユニコーンと近いんじゃね?」

「──、まぁ、あなたは穢れなき身のようですが」

「童貞で悪かったな!」

 

 

ユニコーンは処女を好むというが、まさか童貞でもオーケーなのか。そうなのか、童貞で良かった──いやよくないけどな?

 

 

「我らに何故近づくのですか」

「ん?それは──」

 

 

俺がここにきた理由を話せば、ユニコーンは困惑し暫く黙った。彼(?)は暫し一頭のユニコーンを見ていたが、俺に視線を向けると「いいでしょう」と答える。

 

 

「ほ、ほんとか!?やった!」

「──ただし、我らは月草しか食べません。その日までそれを毎日届けるのなら」

「勿論!この森にあるんだろ?探すよ!…んで、いつ頃になるんだ?」

「後3年」

「え?」

「3年後です」

「えぇー…わかった」

 

 

仕方ない。杖はあの一頭しか指さなかった。つまりあの個体以外に当てはまるユニコーンは居ないのだろう。それなら三年間毎日月草を届けるしかない。目的のために!金持ちになるために!

 

 

「この湖畔に届けてください」

「はーい、じゃあ、身体に気をつけてな!」

 

 

ついでに指を鳴らし呼び寄せた月草をユニコーン達の前に届けた後、俺は手を振りすぐに姿現しをして森の入り口まで戻った。ホグワーツで姿現しを出来ないというのは、俺と──ダンブルドアには当てはまらないようだ。まぁ偉大な魔法使いだから、当然といえば当然か。

 

 

もう場所は覚えた、徒歩なら1時間かかる距離でも姿現しをすればすぐに向かう事が出来る。毎日であっても特に問題はない。

 

 

「ま、思ったより話がわかるやつだったなぁ」

 

 

拒絶されると思ったけど、想像以上にあっさりと頷いてくれた。

…やっぱり、会話できるっていうのが決め手だったのかな。どの動物も、何故か会話できるとわかるとすぐに心を開くし。

仲間だと認識するのかな?なんにせよ、良かった良かった。

 

 

教師に森に行っていた事がバレないよう無人なのを確認してさっさと玄関ホールへ向かい、地下牢への階段を下る。

自室に戻ればヴォルは何やら机に向かい、ノートに書いていた。宿題は終わった筈なのに、予習でもしてるのか?

 

 

「ただいまー」

「ああ、ノア。──見て、僕の新しい名前だ」

「んん?」

 

 

ヴォルは珍しく満足気なにっこりとした満面の笑みでノートを見せる。沢山の文字が書いては消されている中、一つの言葉が丸で囲まれていた。

 

 

「ヴォルデモート卿、僕は今日からこれを名乗る」

「ヴォルデモート卿ねぇ…呼びにく!」

 

 

名前の倍以上あるじゃん。率直な感想を言えば、ヴォルは片眉を上げて不機嫌そうにそっぽを向いた。そんなにお気に入りだったのか、…いや、知ってるけど。後何十年も使うもんね。

 

 

「…折角、君がヴォルって呼び続けられるようにしたのに」

「え?」

 

 

ヴォルはちょっと頬を赤くしてた。片手で口を押さえていて「言うんじゃなかった」と明らかに動揺している。

俺はにんまりと悪戯っぽく笑い、ヴォルのその珍しい顔を下から覗き込んだ。

 

 

「へぇ?俺のために??」

「…うるさい」

「可愛いとこあるじゃん!」

「黙れ!」

 

 

いつもの命令口調で睨まれても全く怖くない。むしろ可愛らしさすらもある。

こんな子どもが将来闇の帝王になるなんてなぁ、まぁその片鱗は見せてるし既に人を見下しまくってるけど…人生何が起こるかわからない。

 

 

「…この名前を、いつか誰もが恐れる名に…口にするのが阻まれるほどの名にする。…必ず」

「折角考えたのに誰からも呼ばれないとか悲しくない?」

 

 

ヴォルの決意を込めたその力強い言葉に思わず突っ込めば、じっと真剣な目で見られた。

 

 

「ノア、君だけが呼べばいい」

「……へーぇ?」

 

 

ヴォル──トム・リドルは愛を知らない。愛を認めない、俺はそれを良く知っている。ヴォルが俺を見る目も親愛や友情なんて微塵も篭っていない。誰も信頼せず、全てを見下し孤高を美徳としている。

おそらく、ヴォルが俺に対して持つ感情は──強い執着心だ。こいつ…想像以上に俺のこと好きだな。

 

 

ヴォルと交流を深めていく内に、ヴォルは俺にその心の内に秘めた凶悪性を見せるようになった。

他の人の前では優等生のトム・リドルを見事に演じている。彼らは自分こそが優秀なトム・リドルの友人だと思っているだろうが、ヴォルにとってはただの使える駒でしかない。

 

けっして他人を信用しないヴォルが、何故俺にだけ本性を見せるのか。──そもそもこの魔法界に来る前からの事で、今更偽るのを無駄だと思っているのかもしれない。

それとも、隣に立つ事を無意識のうちに許してくれているのかも。

 

 

 

「ま、俺だけは呼んでやるよ、ヴォル?」

 

 

 

ヴォルは俺の言葉に目を細めて薄く笑った。

 

 

 



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10 パパ活?

ホグワーツ3年目のビッグイベントといえば!

そう!ホグズミード行き!勿論今はまあまあ平和なので問題なく、いく事が許されている。ヴォルはイギリスで唯一魔法族のみが暮らす村にかなり興味があるようで早く行きたがっていた。

 

 

「ハニーデュークスに行ってお菓子を山ほど買いたい!」

「…金があるの?」

「うーん、無い!」

 

 

俺もすごくホグズミードは楽しみだ。ハニーデュークスのお菓子はたまに貢ぎ物で貰うけれど、どれも美味しい。中にはこれなんで商品化したんだ?というゲテモノ系もあるが、それはほら、飲み会とかで使うのかもしれない。あとはネタでちんちんキャンディとかおっぱいチョコとか、マグルの世界でもあるのは知ってる──よくお土産屋さんに売ってるやつだ。

 

しかし、そんな美味しい菓子も、ネタ枠の菓子も。当たり前だが売り物なので万年金欠の俺たちが買うことなんて不可能だろう。ホグワーツからは1年間まとめてある程度の金は支援されて学業をこなす分には問題がないが、娯楽の為のお金は…まさに、雀の涙ほどしかない。バタービールも飲めないくらい。

 

一年生の時のゴスロリ写真での売上は賢者の石を作る為に使ってしまってすっからかん。

さて…パパ活でもするか。俺はまだ美青年、ではなく美少年の域だからな。

 

 

そうと決めたら即行動、今日は休日だし自分の研究室にいるだろう。

 

 

「ちょっくらパパ活してくる!」

「何それ」

「イケオジとデートしてくる!」

「はぁ?…ちょっと、ノア!」

 

 

ヴォルが何故か焦ったような声を出していたけど無視してイケオジ──ダンブルドアの元へ向かう為に自室を飛び出した。

 

 

 

 

「ダンブルドア先生ー!いますか?」

「…ノア、なんだね?」

 

 

ダンブルドア先生はやっぱり変身術の教室の隣にある研究室に居た。

沢山の本や羊皮紙の山が乗っている机の奥で、なにやら書き込んでいる。普通の羽ペンではなく、美しい大きな真っ赤な羽のついている羽ペンを忙しなく動かしている…もしかして、不死鳥羽ペン?

 

 

「あのー次の週末ホグズミード行きですよね?お小遣いくださーい!」

 

 

机まで駆け寄り両手を差し出してみた。

ダンブルドアは片眉を上げてすぐに首を振り拒否の姿勢を見せる、ま、そうだよな。

 

 

「個人的に生徒を優遇する事は出来ん」

「ですよねー…なら、ビジネスの話をしましょう」

「…ビジネス?」

 

 

ダンブルドアはきっぱりと拒否するとすぐにまた羊皮紙に視線を落としたが、俺の言葉に手を止め訝し気に俺を見上げた。

青くてキラキラとした瞳がその言葉の真意を探ろうと俺を見つめる。

 

 

「そ!ビジネスです。俺の時間を売ります、10分3ガリオンで。──一緒にお茶しながらお喋りするわけです、友人や恋人のようにね!嬉しいでしょう?あ、えっちぃのはダメですよ?」

「……ふむ」

 

 

ダンブルドアは短い鷲色の髭をさすりながら考え込んだ。10分3ガリオンはぼったくりかな?まぁ俺にはそれくらいの価値は十分にある筈だ!

 

 

()()()、か…ふむ、良いだろう。では30分買おう」

「はーい!まいどあり!──なんて呼べば良いですか?先生?パパ?お爺ちゃま?…ダーリン?」

「…先生で」

「はーい、先生!」

 

 

部屋の中央にあるソファに座るよう手で促された俺は、すぐソファに座り、対面するようにもう一つのソファに座ったダンブルドアを見た。ダンブルドアは真面目な顔で「まずは──」と言い出す。

ダメだ!この人はパパ活の何たるかをてんでわかっちゃいない!

 

 

「まずは、ノア君は──」

「ストップ!」

「…会話するのでは無かったか?」

 

 

言葉を遮られたダンブルドアは目を細め俺を少し睨んだが、気にせず悪戯っぽく笑う。

 

 

「チッチッチッ。…()()()()()()()()()()ですよ?先生?」

 

 

そう言えば小さなため息と共に杖が振られ、目の前の机にティーセットや茶菓子が現れた。うんうん、これがパパ活だろう。残念ながら未経験だが。

 

 

「これで良いかね?」

「はい!──真実薬入りだったらすぐ帰りますからねー?勿論代金はもらいますが」

「そんな無粋な真似はしない」

 

 

ティーポットは1人でに浮かびカップに琥珀色の紅茶を注ぐ。温かな湯気が揺蕩うそれを持ち、一口飲んで「では、どうぞ?あ、えっちな質問は別料金です!」と話の続きを促した。

 

 

「ノア、君は──賢者の石をまだ諦めてないのかな?」

「ん?はい。まだ暫くかかりそうですけど、まぁ作れると思いますよ…今のところ順調です」

「…ニコラスが聞けば仰天するだろう」

「ニコラスさんと俺はペンフレンドなのでもう伝えてますよー!応援してくれてます」

「…いつの間に」

 

 

ダンブルドアは目を見開き、俺の耳にあるピアスに目を止めた。うん、間違いなく気づいているだろうな。これがただのピアスじゃないって。真っ黒だった石は僅かに灰色っぽくなっている…気がする、まだほぼ黒に近いけど。

 

 

「…トムは元気かね?」

「え?ふつーに元気ですけど」

「…ならよい。君たちは…友人なのか?」

 

 

俺は皿の上にあるクッキーを掴み口の中に放り込んだ。──うん、バターの味がしてすごく美味しい。──ダンブルドアの質問に少し考えて苦笑する。

 

 

「俺と彼は幼馴染ですよ。5歳からのね。──友人、という言葉では充分ではありませんね」

「…私は、彼が闇に飲み込まれないか心配だ。…ノア、君はどう思うかな?」

 

 

ダンブルドアの目が鋭く光る。

その言葉はヴォルを心配している、というよりも、この魔法界の未来を憂いているようなニュアンスだった。あれ?もう目をつけていたんだっけ?

 

 

「さー?飲み込まれる事はないと思いますよ」

 

 

むしろ食らいつくくらいの勢いだと言う事は秘めておいた。

 

 

「…ノア、君は彼のそばに居ることが出来るのかな」

「それを、あいつが望むのなら。──先生?他の男の名を口にするのは無粋ですよ」

 

 

にっこりと笑えば、ダンブルドアは少しだけ目を翳らせ長いため息をついた。何を思い出しているのだろうか。…自分とたった1人の親友の事かな?

……もしかして、俺とヴォルが自分達の二の舞になるんじゃないかと思っている?まぁ確かに俺たちは眉目秀麗で魔法の力も他者とは比べ物にならないほど優秀だろう。それこそ、歴代のホグワーツ生の中で一番と言ってもおかしくないほどには。

 

 

 

「…グリンデルバルドと先生みたいになると思ってます?」

 

 

ダンブルドアは答えず、俺の目を見つめるだけだった。…閉心術が使えて本当によかった。そういえば、ヴォルはもう使えてるのかな?閉心術はオートでかかってそうだけどな、あいつは。

 

 

「ノア、他の男の名前を口にするのは無粋じゃなかったのか?」

 

 

少し揶揄うように、ダンブルドアは言った。

その言葉に俺は肩をすくめ「そうでした」と言いそれ以上追求せず紅茶を一口飲む。

 

 

「だが──何故、私と彼の関係を知っている?」

「え?──俺には色々教えてくれるパトロンが居るんです」

 

 

しまった。ハリポタファンだったら周知の事実である2人の関係、ちょっと親友以上であるその事は、一般的に知られていないのか。

…もしかして、友人関係って事も知らない人が多いのか?まぁ学校は違うし、出会ったある意味偶然であり、必然なわけだから…そうか、知られてなかったのか。

 

 

「…まぁよしとしよう。…ノアとトムが対等な友人関係を築ける事を、私は願っているよ」

「はは、それはどーも」

 

 

本当に願っているのか、その言葉には若干の皮肉が混じっているような気がした。

まぁ、俺とヴォルは友人関係を築けないだろう、俺がいくらヴォルを友人だと認めてもそれは永久的に一方通行だ。ヴォルには、友人なんて必要ないから。

 

 

「先生。俺は、綺麗なものが好きです。俺のこの顔も、彼の顔も──」

 

 

俺は言葉を切ってダンブルドアの青い宝石のような目を見つめた。

 

 

「あなたのその心もね」

「──私の心?」

「ええ、綺麗だと、思ってますから」

 

 

全ての人を操り黒幕だとハリポタファンの中では言われているダンブルドア。勿論、それは間違いではない、人を操る術に長けていて、未来を見通す力と、確実なカリスマ性を持っているからこそだろう。だが、この人はただの黒幕では無い──人の愛や、人を信じる事を美徳とする何よりも善人なのだ。

 

この人が真の黒幕──ヴィランなら、ヴォルはきっとまともな学生生活を過ごせていない。まだ成長していく少年の心にきっと性善説があると、今は、ヴォルを信じているのだろう。

 

ダンブルドアは虚をつかれたように押し黙り、少し疲れたような、曖昧な顔で微笑んだ。

 

 

「ノア、君は愛の魔法を知っているかな?」

「愛の魔法?」

「ああ──愛は全てに勝る力を持つという考えだ。どんな呪いも打ち破ることが出来る…その力をどう思うかね」

「そうですねぇ」

 

 

愛は全てに勝る。それは知っている。のちにリリーが息子のハリーを守る為にヴォル──ヴォルデモートの死の呪いを跳ね返す。自分の命を犠牲にして。

たしか、神秘部では愛についても研究してるんじゃなかったかな?それほど深い学問なのだろう、最早哲学かもしれない。

 

 

「もし、愛が全てに勝るのなら、全てに愛される俺はこの世で一番強いってことですね!」

 

 

完璧な笑顔を見せれば、ダンブルドアは閉口し紅茶を飲んだ。彼の望んでいた答えでは無かったかもしれないが、愛を否定しなかった俺に安堵しているようにも見える。

 

 

「さて、もうすぐ30分です。延長しますか?」

「──いや、充分だ」

 

 

紅茶を飲み干して言えば、ダンブルドアは立ち上がり机の引き出しから袋を取ると中から9ガリオンを取り出し、俺の手の上に乗せた。

 

 

「またのご利用の程をお待ちしてます!」

「…そうだな、…また」

 

 

ダンブルドアは部屋の扉を開け、俺を見送った。手のひらでちゃりちゃりと音を鳴らす金にホクホクとしたまま自室へ戻る。この金が有ればホグズミードで充分楽しめるはずだ!ヴォルにバタービールくらいなら奢ってやろうかな!

 

 

「たっだいまー!」

「何してきたの」

「うわっ!」

 

 

扉を開け放ったら、思ったより近くにヴォルが腕組みをして待っていて少しびびる。その顔は嫌そうに歪められていて、背の高いヴォルは俺を睨むように見下ろした。

 

 

「何って、別に?楽しくデートしてただけさ。ほら見ろよ30分で9ガリオン!」

「君がそんな売春婦みたいに低俗な真似をするとは思わなかったよ」

 

 

一体ナニしたら30分で9ガリオンも貰えるんだか、とトゲトゲしく言うヴォルに、にやりと笑う。

 

 

「俺の時間を買うか?10分3ガリオンで」

「……人のお古なんて僕は嫌なんでね、全く君がそんな人間だとは思わなかったよ」

「はは!何勘違いしてんだよ、ただ茶ぁ飲んで喋っただけさ、指一本触れてないっつーの!」

 

 

 

けたけたと笑えば、ヴォルはムッとしたまま椅子に座ってしまった。ただのおしゃべりでナニを想像したんだか。

 

 

「──いや、君は30分あればイけるだろ」

「うるせえわ!早漏馬鹿にすんな!」

 

 

まだそのネタ引っ張るのかよ!と突っ込めばヴォルは意地悪気に笑った。──どうやら揶揄われたらしい。けっ、可愛くねえやつ!

 

 

 



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11 世界を手に入れる第一歩!

世界で最も美しく魅力的であるパーフェクトヒューマンノアの時間が10分3ガリオンで買えるらしい。

 

という噂は2日後にはホグワーツ全体に広がっていた。何でそんな話が広まったかというと、単純明快こりゃいいビジネスになる!むしろ何で今まで気が付かなかったんだろう!──と、いうわけで、自分でスリザリン生達に売り込んでみた。

 

 

10分3ガリオン、料金先払い。

お茶してデート可能、えっちぃ事は禁止。ただし手繋ぎハグはオッケー。お茶してデート以外は要相談。

 

 

「ノ、ノノノノノア、ぼ、ぼぼぼ」

「えーと…?」

「い、い、今からに、にに20分コース、大丈夫っ…!?」

「あ、はーいオッケーです」

 

 

名前も知らん童貞らしい上級生と校庭にあるベンチに座って取り止めもない話をした。ちなみに話すだけではなく、小指だけ手を繋ぎたいという──サマーウォーズかよ!突っ込んだ──要望も叶えられた。

 

 

 

「ノッ…ノアくん!10分だけ…図書館で一緒に…」

「はーい、今日の昼休みでいい?」

 

 

純朴そうなハッフルパフの女の子に声をかけられ、図書館で一つの本を一緒に読んだ。

 

 

 

「ノア様、今日の夕食時の三十分を私に買わせていただけますか?」

「いいですけど、何をするつもりで…?」

「ふふ、勿論…あーん♡をしてあげたいの」

「あっ、俺がされる方なんですねオッケーです」

 

 

スリザリンの7年生のお姉様に言われ食べさせてもらったら、それはそれで周りがざわついた。おねショタというやつだろう多分。

 

 

 

「ノ、ノア君!今度のホグズミードは誰と行くの?勿論トム君だよね?ね?そうだよね」

「お…おうそのつもりだ」

 

 

廊下を歩いていたら6人の女の子達に囲まれてしまった!にげる?戦う?──話を聞く!

最後は疑問符では無い何故か威圧感を滲ませながら女の子が俺に聞く。頷けば嬉しそうに笑い「1時間!」と叫び、その時間の長さに周りにいたギャラリー達がどよめいた。

1時間──つまり18ガリオン!物価が安い魔法界では破格の値段だ。今まで1時間を指名した者は居なかった。

 

 

「ホグズミードに行く前の1時間、私達が買うわ!」

「私達…?」

 

 

6人の女の子達が頬を染めて頷く。成程、1人なら高額でも6人なら手が届かないわけでもないのか。──うーん…まぁいいか。

 

 

「オッケー!」

「ありがとう!1時間前に寮に迎えに行くわ!」

 

 

きゃっきゃと嬉しそうな黄色い声をあげて、女の子達は去っていった。

 

 

 

ーーーー

 

 

ホグズミード行きの日。

玄関ホールに沢山の生徒がそわそわと楽しげに会話する中、ヴォルは生徒たちを見回し少し眉を顰める。「ちょっと用があるから!時間に玄関ホールで待ち合わせな!」と言って早く寮から出たノアがどこにも居なかった。

誰よりも目立ち、どんな場所、どんな集団に紛れていても1人輝きを放つその特別な人を、この僕が見つけられないわけがない。トム・リドルはそう思っていた。

 

 

期待と興奮のざわめきを交わす生徒達にまぎれてまさかこんな日に遅刻してくるのかとリドルがやや不機嫌になっていた所──それを見たとある女生徒達はいつも居る人がいなくて寂しいのね、きゃっ!と囁いた──後方にいた生徒たちが後ろを見ていきなりぴたりと動きを止め言葉を無くした。

その奇妙な動作に誰もが怪訝な顔をしながら振り返り、玄関ホールに続く大理石の階段の一番上に立つ人影を見上げた。

 

 

 

「よ、妖精…」

 

 

その言葉を口にしたのは誰だったのだろうか──。

 

 

 

 

俺はホグズミード行きを楽しみに待つ集団を見下ろしていた。誰かが俺を「妖精」と呼ぶ声が聞こえたが、今の俺はまさにその通りだ。

 

真っ白で清楚なワンピースにはフリルやらレースがふんだんに使われていて、俺はレースで出来た肘までの長い手袋をはめ、それとぴったりな白い日傘を持ち──残念ながら空は曇天だが──肩下の髪は腰下まで魔法で伸ばし、そして薄らと唇には紅が引かれている。

 

 

そう、6人の女の子達は俺を着飾る為につかったのだった。

 

 

 

「な、なんて事なの!?ファンデーションなんていらないわ…!」

「アイメイクで誤魔化さなくても大きな目…あ、ああっ…そのまつ毛になりたいっ…!」

「折角だから髪は少し編み込みましょう!──まって、これは髪なの?絹じゃなくて??」

「今日のためにハイブランドのグロスリップを買ってきたわ!ぷるぷるつやつやよ!」

「服もノアに合わせて特注で作らせましたのよ?──ああっ!推しのニュースタイル最高!」

「推しに課金できる幸せ!!」

 

 

以上が6人の女の子たちの会話のごく一部を抜粋したものである。

結局、化粧という化粧はされていないのだが、いつもより頬と唇は赤く、瞼には少し青色のシャドウが塗られている。青なんて似合うのか?と思ったが不思議と似合うのだから流石俺の美貌だと言えるだろう。 

着飾ることに1時間もかからず、残りの時間は俺の撮影大会になっていた。正直俺でもどこの二次元キャラですか?と言いたくなる見た目なのだ。

 

 

間違いなく俺を見上げ口をぽかんと開けている者たちには俺が妖精か天使に見えているはずだ。

 

俺が一歩階段を降りれば感嘆の息が漏れ──「美しすぎる」

スッと視線を向ければ何十人かが胸を抑えふらつき──「こ、この胸の苦しみはっ…恋のクルーシオか!?」

玄関ホールに降り立ち、くるりと優雅にスカートをひらつかせくるりと軽やかに周り、微笑みながらパチンとウインクをすれば何百人が気絶した。──「もう、今死んでもいい」

 

 

ヴォルの周りには男女問わず倒れていて、一見するとヴォルが何か闇の魔法を使って惨殺したのかと思ってしまうほどの光景だが、彼らの死因は萌死だ。

 

 

ふと、足を止める。

困った。倒れている人が多すぎてヴォルの側に行けない。

 

 

「…どうしよう、ヴォルのところに行けないなぁ」

「踏んでください!」「どうか!その御足で!」「わ、私の背中を踏んでくださいまし!」

 

 

屍が口々に懇願する様子に流石の俺も若干引いた。俺女王様になりたい訳じゃないんだけど?

 

全体重を乗せるのは気が引け、俺自身に重さ軽減魔法をかけその背中をそっと踏んでいく。その度に嬉しそうな悲鳴があがったが、この際気にしないでおこう。

多分また敏感なお年頃の子供たちの新たな性癖の扉を開いてしまったのだ。

 

 

「ヴォル、おまたせ」

「…ノ、ノア…」

 

 

ヴォルは唖然とし目を見開き俺を見つめていた。いつもよりその頬の血色は良いように見える。

ふっと笑えばヴォルはぐっと口を閉じたが、少しして大きなため息をついた。

 

 

「…本当に何を考えてるんだか…」

「ま、美少女な俺もなかなかだろう?」

「…顔だけが、唯一の美点だからね…」

 

 

否定しないヴォルは足元に倒れている者たちを嫌そうに見下ろしたが気にせず俺の手を繋いでさっさとホグズミードへ向かった。

ちなみに、ヴォルがホグズミードに入る前にぽつりと「いつものノアの方がいい」と拗ねたように言ったため、女の子達には悪いが化粧はスコージファイし、服装や髪も変化させた。

 

 

その後俺は3本の箒で芸能界にスカウトされ、ディペット校長に報告したらなんとまぁ許可されてしまい、俺は学生とモデルという肩書きを持つことになった。

 

俺の魅力がホグワーツだけでなく、イギリス中に広がるのもそう遠くない話なのかもしれない。

どうやら、ヴォルがイギリスを手に入れるよりも先に俺が手に入れる事になりそうだ!

 

 



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12 グループ名、勢いでつけると後悔する。

最早俺の快進撃を止める者はこのイギリスには…いや!世界にはいない!!

 

ホグズミードでスカウトされ、華々しく5000年に1人の美貌として芸能界デビューを果たした俺は瞬く間に色んな雑誌の表紙を飾り、それはメンズ雑誌であったり、レディース雑誌であったりした、化粧と表情、そして服装1つで美少年にも美少女にもなれる俺のプロフィールの性別の欄には 男の娘(rossdresser)と書かれていた。多分、俺のファンクラブ元隊長で今は別の所属でもあり、そして魔法省に勤めているベインがどうにかして教えたのだろう。

今でも俺の誕生日やクリスマス、イースター、ハロウィンなどの祝い事やイベントごとにはプレゼントを贈ってくれるイイ奴だ。ちなみに手紙はかなりの頻度で送られてくる。

 

 

魔法界のファッションは奇抜なものが多いのは知っての通りだろう。一部の上流貴族は古風な礼服やドレスを着ていることが多いが、一般的魔法族は頭にハゲタカの剥製つきの帽子を被り、クリスマスには激しく点滅する電球のついたギラつくセーターを着て、ビビッドカラーのタイツを履くのだ。

どんなファッションセンス!!立体的に見せればイイというもんじゃない!

 

勿論俺はファッションリーダーなので?クライアントのどんな服装でも着こなす自信がありますが??

しかし、普通に可愛い服を着たくないわけではない、マグルの服、かわいい、ジャパニーズアニメ、サイコウ!

 

というわけで少々服装に注文をつけ、マグルよりの服装を流行らせてみた。

はじめはこんな──魔法族にとって──服彼らに受け入れられるはずが無い!と嘆いていたマネージャーも俺が着て見せれば「君のセンスにハリウッドを見た」と言い出した。

幸運にも俺が活動の拠点としているイギリスではそのいたって普通のマグルらしい服も受け入れられた。──いや、一部の服が動いていたり勝手に色が変わることを除けば、普通の服に見えなくも無い。

純血主義者はマグル被れな俺のファッションを快く思っていなさそうだが、その子ども達が密かに俺の雑誌をチェックしているのは知っている。まぁ、純血主義だとはいえ、子どもは子ども、ファッションはファッション、流行に乗らなければこの狭い世界で途端に置いてけぼりになってしまうのだ。

 

 

そんなこんなで3年生の時に始めたモデル活動は軌道に乗り、4年生に上がる頃、俺の手元には大金と呼んでおかしくない金額が毎月定期的に払い込まれている。ついに俺は自分の銀行口座──扉?部屋??──を持つことも許された!つい高く積まれているガリオンの山にダイブしてしまったが、ただただ金属臭いだけだった。

孤児院のコールママ達にモデル活動の事は言ってもないし、知られてもない。マグルだから仕方がない、とも言えるだろう。

 

 

今、ホグワーツには俺のファンクラブが、非公式にして他のクラブ活動を押し退け最多生徒数を保持している。

ノアクラブと称されたそのファンクラブは、俺が一年生の時、ホグワーツに来てたった一日でベインにより創設された。

 

今は数百の生徒を抱えるそのファンクラブの経営と運営は俺が行なっているわけではない。その会長が全ての生徒に会員証と称してナンバー入り俺のブロマイドを渡しているのだ。基本緩いノアクラブは、ミーハーな者もまぁ、多いだろう。ファンクラブというものは、そういうものだ。まぁ、俺の王国を作る!という希望は概ね叶えられただろう。

 

残念ながら、酒池肉林ウハウハハーレムはできてない。

 

勿論、モデルデビューを果たした俺にはノアクラブとは別の社会人チームが多いファンクラブもあるらしい、マネージャーから聞いた。

 

 

そうそう、ファンクラブといえば。

実はノアクラブとは別に、より熱狂的で盲信的で変態的な者のみで結成され、ホグワーツOG.OBも参加している少人数の密かなファンクラブ(集団)が存在する。

方舟の騎士と名乗るその組織はあまりにちょっと過激すぎるため俺が直々に統括せざるを得なくなった。

有り余る金で銀のブレスレットを買い、それを魔法でちょいちょい細工し増やしてメンバー達に渡している。

 

 

「ノア様、これは…?」

「ん?座右の銘。──男は度胸、女は愛嬌、美少年は宗教!」

「最高ですノア様!」

 

 

腕輪に刻まれた一文を不思議そうに見ていた男に軽く悪戯っぽくいったのに。

冗談のつもりだったとは口が裂けてもいけない雰囲気だった、感涙する男に苦笑するしかなかったが、苦笑した途端「ああ!ノア様の微笑みは愛のアバダケダブラ!」とか言って床にもんどり打って倒れてしまった。

──このシーンだけでどれだけ頭のイかれた集団か、わかるだろう。

 

 

(ノア)のために生き。

(ノア)のために死ぬ事も厭わない。

絶対神(ノア)に忠実な騎士。

 

 

──それが 方舟の騎士(Knight Ark)だ。

そこはペルセウスじゃないんかーいと内心でツッコミを入れたが、まぁまだセブルスもリリーも影も形もないのだから誰にもこのツッコミは伝わらない。

そして厄介なことに、この騎士達は中々に優秀なのだ。天才鬼才秀才(勿論俺には劣る)にして脳内はポンコツでド変態なのだから、まあ、うん。お察しください。

 

 

ちなみにヴォルに方舟の騎士に入団する?って聞いたら鼻で笑われた。

 

 

──だが、四年生の後半にヴォルが優秀でちょっぴり闇深い同級生達を集めてトム・リドルの一団を結成したところを見ると、あまりの対抗心に爆笑した。

ま、まぁわかるよ。この年頃の年齢の子どもって秘密結社とか秘密組織とかに憧れるよな?誰だって一度はそういうグループを仲間と作った事があるよな??ちなみに俺も無意味に腕に包帯を巻き左目を疼かせていた時代に友人達と闇の組織を作ったが、かなりのアイタタな黒歴史なので、これ以上思い出すのはやめよう。古傷が疼くぜ!

 

 

「ト、ト、トム・リドルの一団って!もっと名前なかったのかよ…!まんまじゃん!は、腹が、痛ぇ…!」

「方舟の騎士に言われたくない!」

 

 

顔をちょっと赤くして怒るヴォルは中々に可愛かったし、面白かった。

ヴォルは爆笑する俺を見てむっつりと拗ねたようにぼそりと呟いた。

 

 

「…本当はヴァルプルギスの騎士ってつけようとしたんだけど…ノアと被るの嫌だったし…正式名称はまた考えるよ」

「も、もう何も怖くない?」

「…はぁ?」

「円環の理に導かれて?」

「相変わらず、意味がわからない」

 

 

僕と契約して魔法少女になってよ!という畜生のアニメ声が脳内をリフレインしたが、それよりも身体を震わせ笑う俺を見てヴォルは怪訝な目をしていた。

いやいや。箱舟の騎士は俺がつけたんじゃない。あいつ達が勝手に名乗ってるだけであって。

いやー 死喰い人(デスイーター)でよかった!ヴァルプルギスの騎士だったら俺は、彼らを呼ぶたびに円環の理に思いを馳せなければならなくなるところだった!

 

 

暫く俺を見ていたヴォルは、俺の笑いが収まった時に一つため息をこぼしベッドに座ると長い足を組んだ。

近くにある羊皮紙をひょいと掴み──何やら人の名前が書いてあった、きっとそのトム・リドルの一団のメンバーが記されているのだろう──それに目を落としたまま言った。

 

 

「ノアは、僕の一団に入るよね。今度の会合は──」

「え?入らないけど」

「…何で」

 

 

ヴォルは疑問形では無く低く呟き。羊皮紙から視線を上げ俺を睨み、見るからに不機嫌になった。

 

そんなに俺に入って欲しかったのか!──ま、変な深読みをすれば、俺が入れば将来安泰だろう。知名度能力美しさカリスマ性全て兼ね備えている俺の価値は高い。 色んな意味(・・・・・)で。

 

 

「いやいや、俺が入ったら俺の騎士達も入るぞ?間違いなく。絶対に」

「それは──…それは、嫌だね」

 

 

ヴォルはその端正な顔を少し歪めた。

俺の騎士達は優秀だが狂っている、褒め言葉的な意味で。

将来イギリス魔法界の征服と魔法界の純血化を模索しているヴォルは、それに従いそうにない俺の騎士達を仲間にはしたくない筈だ。

 

 

「…はぁ…ノアは入ってくれると思ってたのに」

「まぁなあ…俺が居れば便利だろうしな」

 

 

苦笑して言えば、ヴォルは大人に変わりつつある顔を珍しく、子どもっぽくきょとんとさせ首を傾げた。

 

 

「便利?…何のこと?」

「え?」

「…え?」

「……待て。単純に、俺に入って欲しかったのか?」

「…。…──っ!」

 

 

ヴォルにしてはかなりその思考に至るのが遅かったと言えるだろう。

暫く首を傾げていたが一瞬目を見開き何故俺に利用価値があるか、それに気付いたらパッと顔を逸らした。

 

 

「ふーーん?」

 

 

ニヤニヤ笑いながらヴォルの顔を覗き込めば憎々しげに睨まれた。…ま、その目元が僅かに赤くて迫力は一切無かったが。

 

 

つまり、ヴォルは俺の利用価値がどうだとか、駒として使えるだとか、そんな事は一切考えず──ただ、俺がずっと側にいるのが当然だと微塵も疑っていなかったのだ。

 

 

 

「なんだかんだ言って、ヴォルは俺のこと大好きだよなぁ!」

「…ノアの顔だけはね」

「中身も最高だろ?」

「喋らなきゃね」

 

 

この会話も最早お決まりのようなものだ。

楽しげにけらけら笑ってヴォルの隣に座れば、むっつりと気難しい表情はしていたが、立ち上がる事も、俺がヴォルの肩に回した腕を振り払う事もなかった。

 

つまり、まぁ──ヴォルにとって俺はそんな相手なのだ。

 

 

 



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13 方舟の騎士

突然だがイカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 

方舟の騎士(Knight Ark)所属

元ファンクラブ会長、ベイン・ポッター!

あれ?なんか聞き覚えのあるファミリーネームだな?まぁポッターって多いし…と思っていたら本家ではないが分家のポッター家ではあるらしい。

俺の5つ上今は魔法省の神秘部で愛と神について研究をしているようだ。(ノア)の研究をしていると言った彼の口調は軽かったが目は本気だった。

ちなみにノアマニアでもあり、俺の知らない俺の事までよく知っているからちょっと怖い。彼の部屋の壁という壁には俺の写真が貼られていると自慢げに教えてくれた。

 

 

「ノア、その腹痛は昨日夕食のデザートにアイスを食べ過ぎたせいだよ」

「何で知ってるんだよ」

「ノア、次の撮影内容は猫と一緒だよ」

「何で知ってるんだよ」

「ノア、新しい写真集の提案が明日あるよ」

「何で知ってるんだよ。ベインは占い師か?それとも預言者か?それともストーカーか?」

「僕はただのファンさ!」

 

 

何が怖いって、ベインはホグワーツを卒業している。

そしてこの一言の手紙はほぼ毎日郵送で届けられ──内容が間違いや外れた事は一度もない。

朗らかで純朴そうな見た目なのにイカれっぷりは間違いなくNo. 1だ。

 

 

 

 

方舟の騎士(Knight Ark)所属

7年生スリザリン寮首席、アブラクサス・マルフォイ!

あれ?なんか聞き覚えのある略!

まぁどうせ分家だろーと思ってたら本家のゴリゴリの坊ちゃんで一人息子だと知り仰天した。

純血主義じゃなかったの?と思ったがノア主義に鞍替えしたらしい。お前はそれでいいのか!?

元々美しいものが何より好きだったらしいが、ホグズミードで俺が女装し現れた一件で、俺の姿を見た途端脳天から爪先まで衝撃が走り天啓を得たようだ。──このお方こそ至高だと。

うん、至高なのは間違いではないかな?騎士達の中で最も裕福であり金に物言わせて色々な俺の写真をかき集めているようだ。この前俺の時間12時間買うとか言い出した時は流石に拒否したが。12時間何するんだ?と聞けば笑顔で「見てるだけです」と言いやがった。流石に狂ってる。

 

 

「ノア様。ベインに聞いたんですが…新しい写真集が発売されるらしいですね」

「何で知ってるんだよ、俺まだマネージャーから聞いてないんだけど」

「まぁまぁ。100冊ほどまとめて購入したいんですが、どうすればいいです?」

「100冊もどうすんの?握手券なんてついてないぞ!」

「握手券?!…そ、そんな罪深いものをつけるなんて事考えてはいけません!会場が血の海になります!」

「えぇ…」

「それに、もしそれをつけるなら私が全ての書籍を買い占める事になります!」

「えぇ…」

「因みに、96頁の写真集ですので、全て1ページずつ額縁に入れます。後は保存用です」

「…その写真集だけで一部屋埋まりそうだな?」

「埋めるつもりですが?」

 

 

それが何か?と当然のように言うアブラクサスはちょっと頭のネジが緩んでいると思う。既に俺のコレクションルームが何部屋もあるらしい、流石金持ちはやる事が違う。

 

 

 

 

 

方舟の騎士(Knight Ark)所属

レイブンクロー1年生、マートル・ワレン!

もしかして彼女将来トイレのマートルさんになるんじゃないですか?ねぇ??

彼女は元々俺の一般的なファンだったが、虐められてる辛い日々の中、俺の存在が支えとなり自殺を踏み止まったらしい。

心酔してからは例え虐められていても、俺の事を考えてつい「ふふふ…」と思い出し笑いしているうちにドン引きされ、いじめが止んだそうだ。そうして俺に心酔したと。俺は天使で女神で神だと。──俺の影響力やばくね?

今では彼女は嘆きのマートルではなくニヤ付きのマートルとして俺の強烈なストーカーと化している。

なんかノートにノアの設定──実は5000年前から生きている妖精王で不死の呪いにかかっている、ホグワーツには真実の愛を見つけに来た──とか書いてあったのはもうツッコむことしか出来ない。

 

 

「マートル、…何書いてんの?」

「きゃっ!ノ、ノアさんっ!これは…その、ノアさんの事をまとめているんです」

「へえ?見ていい?」

「も、勿論です!」

「…………俺は5000年前から生きてないし妖精王でもないからね?パーフェクトヒューマンだからね?」

「ご冗談を!同じ人種なわけがありませんよ、妖精王でないなら、きっと神様の落とし子で世界を救うために遣わされた天使様です!ノア様はきっと満月の夜にはその頭上に光り輝く天使の輪が現れ、背中には純白の羽が生え、その歌声は生きる全てを癒すのです!」

「まって」

「そして現れるのは混沌から生まれし悪魔…!大天使ノアはその者も救おうとするのですが──」

「ねぇ、まって」

「悪魔と天使…相容れない2人の間にいつしか愛が芽生え──」

「おーい」

「──そして大天使ノアは永遠の眠りにつくのです」

「俺死んだ?」

「大丈夫です。千年後目覚めます」

「……これが二次創作!」

 

 

マートルは元々空想する事が好きだったのか、このように俺が人間では無いと割と本気で信じているようだ。

生モノの二次創作は厳しいからやめた方がいいぞ?…ま、俺は気にしないけど。何か俺の相手がヴォルみたいな見た目設定なのは触れない事にした。

 

 

 

 

方舟の騎士(Knight Ark)所属

グリフィンドール1年生、ミネルバ・マクゴナガル!

最早何も言えねぇ!どこからどう見ても若きあの人である!

もともと変身術に興味があった彼女は俺が校庭で遊び感覚で半獣──背中に羽を生やしたり、下半身を魚にして人魚にしてみたり──に変身するのを見て心が奪われたらしい。

確かに人間が別のものに変身するのは難しいらしいから、俺に憧れを抱くのはわかる。

それに彼女は他のメンバーと比べてまだまともで理性的な人だと言えるだろう。

ただ彼女が持つ俺の写真は全て半獣と化したものであるところから、他の人とは少しニッチな収集家である事を記述しなければならない。

 

 

「ノアさん、猫にはならないんですか?」

「ミネルバ猫好きだねぇ」

「ええ、ノアさんの美しさと猫の愛らしさが合わさればそれは無限大の可能性を秘めていると、私は思うのです。猫は万人に愛されますよね?ノアさんは全てに愛されますよね?きっと、その姿を見るだけで皆はマタタビを嗅いだ猫のようになります」

「わかるようで分からん!まぁやってみるか!──ほいっとな!…猫耳と尻尾と両手を猫っぽくしてみたけど…どう?」

「スゥーーーーー…ノアさん、私を今すぐ殴ってください」

「えぇ…──えい」

「ああっ!!ぷ、ぷにぷに肉球!真っ白な中にピンクの花が咲いているよう!──こ、これは…これは駄目です、いけません。死人が出ます。ええ、間違いなく10人は見ただけで心臓発作で死にますね」

「……そんな事言っちゃヤダにゃん♡」

「ぐうっ!」

「ミ、ミネルバ!しっかりしろー!!」

 

 

聡明なミネルバは賢いのに。──とっても賢いのに俺に対しての知能指数が激減してる気がするのは気のせいか?

 

 

 

 

 

まだ他にも騎士達は居るが、とりあえず…あっ何となく知ってますね、一方的なものですけど?って人はこの4人だろう。──俺の知らない、覚えてないだけで、他にも原作に出てきたキャラの親戚とかはあり得るのかもしれないが、残念ながらそれを調べる手段はない。ここに俺の 聖書(バイブル)は無いのだ。

 

 

 

 

「…あ、そういえば秘密の部屋は見つかったのか?」

 

 

狂ってる騎士達の事を考えていたが、ふと思い出してヴォルに聞く。

ヴォルは読んでいた本を閉じ、難しそうな顔で首を振った。

 

 

「見つかってない。…あるとは思うけど、ここまで見つからないと流石に嫌になってくる。入れるところは全部探したんだけどね」

「ふーん?城の外も?」

「勿論だよ。…まぁ、森の奥とかは…流石に行ってないけど」

「風呂場も?監督生専用の風呂とか」

「探した」

「職員室とか図書館は?」

「勿論」

 

 

どうやって監督生専用風呂場や職員室を探したのかはわからないが、ここまで見つからないとなるとやや諦めにも似た目を見せるヴォルに、ついついヒントをぽろりと言ってしまう。

 

 

「トイレは?」

「…え?トイレ?…探してない、けど」

 

 

まさかそんな所に秘密の部屋に繋がる入り口が有るとは思えなかったのだろう。怪訝な顔をして俺を見る。

ま、確かにいくら隠されていてもスリザリンの秘密の部屋の入り口がトイレに在るなんて発想にはならないよな。それも、女子トイレだし。

 

 

「ほら前にも言ったけど、本来の入り口の場所とは色々変わった可能性があるだろ?」

「…まぁ、そうだけど…トイレは盲点だったな…念の為探してみようか…」

「連れションしてやるよ」

 

 

軽くいえば何だか嫌そうな目で見られたが、気にしない。1人でトイレを調べる事は難しく、見張りが必要だとヴォルも分かっているが、その連れションというワードが嫌なんだろうなぁ。今まで何回もトイレ一緒に行ってるのに変なやつ。

 

 

「ノアは、秘密の部屋にどんな生き物が居ると思う?」

「ん?んー…そうだなぁ…まぁ、スリザリンの好きなのは蛇だろうし…蛇じゃね?」

「やっぱりそう思う?…バジリスクなら素晴らしいんだけどね」

 

 

どこか嬉しそうに言うヴォルを見て、ご名答!という言葉をなんとか飲み込んだ。

いやー、しかし。バジリスクかー。

魔法薬の素材になりそうだし、ちょっと鱗とか毒とかくれないかな。

 

 

 

あと数日で夏季休暇がやってくる。

それがあければヴォルは秘密の部屋を見つけ出し、何人かのマグル生まれを石にするのだろう、それで──マートルが殺される筈だが、もう彼女は虐められてないしトイレに籠らない、筈。

いや、お腹痛くてトイレに篭る事もあるかな?世界は決められた物事に沿うのか、それとも修正が入るのか。──知りたく無いような複雑な気持ちだった。

 

 

 




キャラの年齢など調べてもわからない所は妄想です。
間違っていたらこっそり教えていただけると幸いです…。


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14 トイレ大捜査線

ついに5年生になった。

つまり、待ちに待った日がやってきたのである。

 

 

「頑張れー!」

「うぅっ…!」

「ほら!ひっひっふー!ひっひっふー!」

「うっ…!んんー!」

「あと少し!ほらもう前足出てきた!が、頑張れー!」

 

 

おぎゃあおぎゃあ!…とは言わなかったが、ずるんと勢いよく赤ちゃんが銀色の血と羊水に塗れ生まれ出た。

お母さんははぁはぁしてめちゃくちゃ疲れてるけど、すごく優しい目で赤ちゃんを見てぺろぺろとその小さな体についた血や汚れを舐めている。

 

 

「誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう!お母さんお疲れ様!」

「ありがとう…貴方が毎日運んでくれた月草のおかげで…充分な体力で出産に臨めました…」

 

 

この日禁じられた森の中で、新たにユニコーンが生まれた。

キラキラと輝く純白の毛は少しぺっとりとして汚れてはいるが、それでも尊さを感じるほど美しい。純粋無垢、世界で最も穢れを知らない存在だ。

生まれたばかりのユニコーンの赤ちゃんはぶるぶると顔を振るい、よろよろしながら何とか立ち上がると、草の上に横たわる母の元へゆっくりと向かいその腹部からお乳を飲んでいる。…おお、すげぇ…。牧場ふれあいパークみたい…。

 

 

「じゃあ…これ、貰ってもいいかな?」

「ええ…でも、こんなので良いのですか?」

 

 

ユニコーンママは少し離れた足元にあるものを不思議そうに見下ろした。

俺はそれを浮遊させ清潔な袋の中にそれを入れる。ずっしりとした重みと、独特の生臭い臭い。まだ生暖かいそれを袋の上から撫でて、俺はにっこりと笑った。

 

 

「勿論。じゃあ、子育て頑張って!」

 

 

ユニコーンママとこの集団の長であり、多分パパに手を振りすぐに城近くまで姿現しで戻る。

 

ようやく、手に入れる事ができた!3年間待ち続けていた、賢者の石の材料の一つ…!これだけどう頑張っても他では入手できなかったんだよなぁ。

 

 

「ユニコーンの血!…もとい、胎盤!」

 

 

ユニコーンの血を取ろうとすると傷付けなければならない。そうすると血は穢れて呪われてしまう。

ということは、呪われない血が必要になる。それも、大量で、可能な限り生命力に満ちたもので無いとダメだ。たまたま木にひっかけて流れた血ではきっとうまく作れないだろう。

何よりも生命力に溢れ、穢れなき血。──それをどうやって手に入れるか…かなり悩んだが、野生の生き物は出産時に自分の胎盤を食べる事がある、そんなシーンをテレビで見た事があった。正直グロテスクだったが、出産で失われた鉄分補給にはちょうど良いのかもしれないな。

自分自身で口にする事が出来るのなら、きっとそれは呪われていない血だ。あのユニコーンは胎盤を食べなかったが、赤ちゃんについていた血を舐めとっていたのはちゃんと確認済みだ。

 

 

まぁ、そんなわけで。

 

 

「ユニコーンの血、ゲットだぜ!」

 

 

俺は早速魔法薬学の空いている作業机に行き賢者の石を作り始める。スラグホーン先生は空き時間に先生から許可されている生徒が自由に薬を作る事を認めている。勿論、それはスラグ・クラブの者や成績優秀な生徒であり、俺は両方に当てはまっている。

 

既に真っ黒だった魔石は水晶のように透き通っている。これで何とかなるはずだ!

 

 

ピアスを取り、金具から魔石だけ取り出し大鍋の中に入れる。袋からユニコーンの胎盤を取り出し杖を振りぎゅっと絞ればぼたぼたと銀色の液体が滴った。

後は事前に用意していたいくつかの材料を放り込み…。

 

 

「後は煮込む!」

 

 

杖を振り炎を点火させ、匙を突っ込み魔法をかけて一定方向にゆっくり混ぜ続ける。

 

 

「ただ煮込むのめちゃくちゃかかるんだよなぁ…後でスラグホーン先生に研究室に鍋ごと移動して良いか聞かなきゃな」

 

 

椅子に座り、少しずつ薄い桃色に変わりつつある液体を見て、俺の気持ちは上機嫌だった。

今俺は一生遊んで暮らしても余裕な程の金を持っている、賢者の石は、まぁ金目的でいえば必要無いものかもしれない。──けど、折角材料が揃ったんだし、ニコラスさんも出来たかどうか気になってるみたいだし!

最近よく手紙で賢者の石の進歩はどうか聞いてくるペンフレンドの事を思い出して思わず笑う。

そういや、今あっちは大変なんだっけ?よく考えたら、いきなり現れた俺に真実薬飲ませるのも仕方ないよな、グリンデルバルドの手先だと思われていたのかも。

 

 

「さて…次は呪文学だったかな」

 

 

椅子から降りて、杖を振るい台座ごと浮かせ誰もいないスラグホーン先生の研究室に運ぶ。とりあえず一筆書いて置いておけば大丈夫だろう、授業行く前に職員室寄ろうっと。

 

 

 

 

 

ヴォルはよくトム・リドルの一団と連むようになったが、相変わらずの完璧な笑顔を振り撒き、誠実な善人に擬態している。最早俺以外の前ではほぼ優等生のトム君なので、どっちが仮面だかわかったもんじゃない。

新学期が始まってすぐ、秘密の部屋を探すためにトイレを散策しているが、まぁこの城はめちゃくちゃ広くてトイレの数も驚くほどある。つまりそう簡単にトイレ全てを見て回る事は、なかなか難しかった。

 

それに、トイレというものは、休み時間人が多いところである。

──当たり前だ、だって休み時間しかトイレいけないもんな、手を上げて「先生トイレ!」なんて、下級生じゃあるまいし、流石に五年生になってそれは恥ずかしすぎる。

ヴォルもそれはわかっているのか、なんと俺に頼んできた。

 

 

「ノアが先生に腹痛でトイレ行きたいって言ってよ、僕は付き添うから」

「何でだよ!流石の俺も恥ずかしいわ!」

 

 

呪文学の授業中、一番後方の席でまじめに授業を受けているとヴォルがとんでもない事を言い出した。いや、流石に1年生の時ならいいけどさ、もう5年生だぜ?いい年だ、俺もそこそこ美青年に変わってるのに、排尿のタイミングミスったとか、日刊ノア新聞の見出しになるよ??

 

 

「僕は嫌だから。僕の完璧なイメージが崩れる。それにひきかえ、ノア、君は大丈夫だ」

「どこが!?っていうか別に俺が部屋探してるわけじゃないし!」

「きっとまたアイス食べすぎたんだろうなって思われるだけだよ。──ねえ、幼馴染がこんなに困ってるのに、助けてくれないのかい?」

 

 

ヴォルは都合の良い時だけ俺の事を幼馴染と呼ぶ。これを言われたらついつい俺が甘くなると言う事がわかっていんだろう。

それに、ヴォルの顔面はさらにイケメンになっている。美少年とは違う、男らしくも涼しげなイケメンだ。──そんなイケメンに至近距離で微笑まれてみろ?イエスしかねーよな?

 

 

「……これは貸しだからな!いつかこの借り返せよ!──先生!トイレ!」

「ノア、先生はトイレじゃありません」

「…昨日リドル君が俺の毛布を取っちゃって…お腹冷やしたのかもしれません、なのでトイレに行かせてください」

「──なっ…!」

 

 

悔しかったので、恥ずかしそうに頬を赤らめ悩ましげに視線を伏せれば教室内がざわついた。

勿論一緒のベッドで眠るなんてそんな事実は無いが俺の一言に何を勘違いしたのか、色めきたつ者、ヴォルを呪い殺さんとばかりにぶつぶつ呟く者…様々だった。

ヴォルは口をぱくぱくとさせて「そんな事してない!」と狼狽を露わにしたが、生徒達からの視線に気づくとすぐに「何か問題でも?」と涼しい表情を取り繕った。少々顔が引き攣っているがその切り替えの速さは流石だ!

教師は冷ややかな目でヴォルを見て、ため息を一つ零す。

 

 

「リドル、貴方のせいなら付き添ってあげなさい。あまりに体調が悪ければ医務室へ。……わかってますね?…まさかとは思いますが、より腹痛になる行為は──」

「そんな事しません!──ノア、行くよ!」

「はぁい」

 

 

全力で否定したヴォルは強く俺を睨む。周りの好奇と呪いの視線に耐えきれなかったのかすぐに俺の手を取って教室を出た。

 

 

「…何であんな事言ったの。…僕のイメージが…」

「ふん、ヴォルが自分でトイレ申告するよりはマシだし、一緒に抜け出せただろ?」

「……」

 

 

ぐぬぬ、みたいな表情で睨まれた。

それに僕のイメージが、とか言うけど、おそらく、一部ではイメージ通りだと思いますよ。

 

 

すぐに近くのトイレへと向かい、無人なのを確認して入り口の痕跡が無いか、何か目印は無いかと探したが、やはりこの男子トイレには無かった。

 

 

「やっぱり無いね」

「まぁ、いきなり見つかるものでも無いだろうしなぁ…」

「…そうだね。じゃあ見つかるまでよろしく」

 

 

にっこりと笑われた。

まさか、見つかるまで俺に「先生!トイレ!」って言わせる気か?その度に一緒に出たらそれこそ色んな意味で疑惑の人になるぞ。

 

 

「…あー…女子トイレは探さないのか?男子トイレはいつでも入れるけど、女子トイレなんて中々探せないけど」

「…それもそうだね。ついでに探そうか」

 

 

これで、いつかあの3階のトイレにたどり着くだろう。

 

 

「…ねえノア」

「ん?」

 

 

2階の女子トイレの中を探しながらヴォルがぽつりと呟く。ここに入り口がないことは知っているが、とりあえず探しているふりをしながら返事をする。

 

 

分霊箱(ホークラックス)って知ってる?」

「ああ…なんか魂を分けて肉体が死んでも、安心してください!生きてますよ!──ってやつだろ?この前見つけた本に書いてあったな」

「やっぱり、知ってたんだね…僕はそれを作りたい。…だけど、どの書物を調べても詳しく書かれてないんだ…」

「ふーん…まぁ、危険だろうしなぁ、魂を分けるなんて」

「危険でも、やってみる価値はある。そのホークラックスが無事である限り…不死になる。…僕にはできる」

 

 

振り向いてみれば、ヴォルは手洗い場にかけられている鏡をじっと見ていた。俺に言っているというよりも、自分に言い聞かせているのだろう。

ホークラックスの作り方は知っている。どんな呪文かは書いてなかったから分からないが、殺人を犯して分かれた魂を別のものに固定する。幾つも作るうちにヴォルは蛇面になってしまう。こんなイケメンなのに勿体ない!

 

 

「ノアも、作る?」

 

 

ヴォルが鏡越しに俺の目をじっと見た。

何もせずとも不老不死になれるのなら楽しそうだが、俺の!素晴らしい!この姿が!あんな風になるのは耐えられない。

醜く生きるくらいなら死を選ぶ。──とは、流石に言わず、すぐに首を振った。

 

 

「俺は不死に興味無いから。…死んだあと、意外と楽しい人生が待ってるかもしれないぜ?」

 

 

にやり、と笑えば「死んだら何も無くなるんだ、──何も」とヴォルは低く呟いた。

いや、死んでも意外と別世界に転生してスリリングでデンジャラスでカオスな運命が待ってるかもしれないぜ?

 

ヴォルはまたいつもの意味のわからない話か、と興味なさそうにすぐ俺から視線を外すと手洗い場の鏡や洗面台、蛇口を調べ始めた。

 

 

終業のベルが鳴ったところでヴォルは諦めたようなため息をつき、出口の方を顎で指した。

 

 

「先に出て」

「何で?」

「女子トイレから出てくるなんて見られたく無いから。ノアならいつもの奇行かって思われるだろうし、なんとか誤魔化せるよ」

「俺は奇行種か!」

「奇行種?…いいから早く」

 

 

なんだか、孤児院時代の方がヴォルは優しかった気がする…これが反抗期か?!

 

 

 



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15 君の名は!

 

3度目の正直と言うべきか、授業中に先生トイレ!と言い、生徒達の注目を集める事に耐えきれなくなったと言うべきか。

なんとかヴォルは秘密の部屋を見つける事が出来た。それとなく3階の女子トイレに誘導した甲斐があったぜ!

 

 

深く長い穴を降り、体感温度が10度は低く、じめじめとし、苔むした暗い通路を進む。足元には何か小動物の骨が散らばっていて、流石のヴォルも表情は固く緊張していた。

 

スリザリンの継承者には従順だと言われている怪物が、本当に従順なのかは出会ってみなければわからない。従わせる為に、何かしなければならないのかもしれない。──そう、ヴォルは思っているのだろう。

 

2匹の蛇が絡み合う扉の前で止まり、ヴォルが開け、と蛇語で呟いた。

音を立ててその蛇たちは動き、そして壁は二つに裂けぽっかりとした空洞が現れる。

ヴォルと俺はちらりと視線を交わし、どちらともなく頷くとその先へ足を踏み入れた。

 

その場所は薄く仄かな明かりが灯り、蛇の彫刻が施された太い柱が天高く伸びていて、その先はかすみ見えなくなっていた。

あたりを見渡すが、これ以上進むべき扉は見つからない。きっとここが終点なんだろう。奥には一際巨大なスリザリンの石像が聳え立っている。

 

 

あまりに広い部屋に、これ程広い空間が必要とされるほど、巨大な生き物が生息しているのか──ヴォルは緊張と、言いようのない興奮から目を光らせ少し後ろにいる俺を振り返った。

 

 

「ノア、もしバジリスクなら──目を見たら死ぬからね」

「わかってるって」

「さて…何が出るかな…ここに棲む怪物よ…現れろ

 

 

たしか、スリザリンの石像の口が開いて出てくるんだっけ?

何か物音がしたらすぐに目を閉じる為に薄目で見ていたが──何も出てこない。

ヴォルは少し黙った後、また「出てこい!」と叫んだが、かえってきたのは沈黙だった。

 

 

「…まさか、秘密の部屋はあっても…怪物は居ないのか?」

 

 

その声に苛立ちと狼狽が滲む。

ヴォルにとってそれは喜ばしくない結果なんだろう、ただ隠された部屋を探し出す為に五年もかけたなんて、何か収穫がなければ納得できないようだ。

うーん?ここにバジリスクいるはずなんだけどなぁ。

 

 

「出ておいでバジリスクちゃん!パパですよー!」

 

 

おーい!と叫んでみた。

「そんな呼びかけで来るわけがないよ」と言いたげにヴォルは俺を見たが、その言葉は突如聞こえた何か大きなものを引き摺るような異音に飲み込まれる。

 

 

スリザリンの口が音を立てて開き、土煙が舞う。

そして中から黒くて巨大なものが音を立てて這い出てきた。ヴォルはまさかそんな呼びかけで出てくるとは思わず驚愕し、それを見たまま動かない。

 

 

「危ねぇ!死ぬぞ!?」

「──っ!」

 

 

咄嗟に後ろから引き寄せ、ヴォルの目を腕で隠す。あっだめだ蛇がゆっくり顔を上げている!えーと、何か、何か目を隠すもの…!

 

パッと思い浮かんだのは五条先生のアイマスクだった。強くそれを思い浮かべ、バジリスクを睨む。

すると、小さな破裂音と共にバジリスクの頭に俺にとって見覚えのありすぎるアイマスクが現れ、その目を隠した。──間一髪だったな。

 

俺は息を吐き、腕の中で身を固まらせていたヴォルを離した。

 

 

「もう大丈夫、目は隠したから」

「……ありがとう」

「どーいたしまして。…うわ、デカすぎ…」

 

 

バジリスクは目を隠されても特に嫌がる事は無く、じっと俺たちを見下ろしていた。赤い舌をちろちろと出しているところから、俺たちの匂いを嗅いでいるのだろう。

 

 

「どちらが、スリザリンの継承者だ?」

「僕だ。…僕こそが、スリザリンの思想を継承する者だ」

「俺は遊びに来ただけだ。なあなあバジリスク!上に乗ってもいい?」

「構わないが…」

「やったー!」

「ちょっと…ノア!」

 

 

ヴォルの声を無視してバジリスクの側まで駆け寄り、自身に魔法をかけて高く跳躍する。

バジリスクの頭に飛び乗れば、バジリスクはしゅーと小さく鳴き声をあげ、俺が落ちないように少し頭を上げ水平を保った。

おお、冷たい!ツルツル!持つところが無いから少し不安定だな。

 

 

「すっげ!おい、ヴォルも来いよ!」

「嫌だよ…」

「見晴らし抜群だぞ?勿体ない!バジリスクに乗るなんて人類初かもしれないのになぁ」

「そもそも…乗ろうと考える事自体が人類初だと思う」

 

 

何だか蛇の頭に乗るって、既視感があるな…アニメで見た気がする…。

 

 

「──はっ!大蛇丸か!」

「何それ。…オロチマル?…何かの名称?」

 

 

いやいや、ちょっとショタコンの蛇顔の麗人です。…ヴォルにそういや似てなくも…ないかも。

 

 

「ねぇあなた!トトロっていうの?オロチマルっていうの?」

「…名はない。好きに呼べ」

「うーん、じゃあバジジで!」

 

 

トトロの発音で言えば、バジリスクは少し黙った後はっきりと答えた。

 

 

「断る」

 

 

ひでぇ!好きに呼べって言ったじゃん!

バジリスクは俺の名付けがお気に召さなかったのか、顔を上げ俺を頭の上から下ろした。

 

 

「うわっ──はははっ!すげー!滑り台じゃん!」

 

 

ちょうどバジリスクの身体を滑り降りる形のようになり、そのツルツルする鱗も相まってかなりの速度が出た。

めちゃくちゃスリリングな滑り台に、嬉々としてもう一度頭の上に登りまた降りる、鳩尾がひゅっとなる感覚は滑り台よりジェットコースターが近いかもしれない!

 

 

何度も滑り降りていると、バジリスクはついに俺を頭から振り下ろす事を諦め、地面を這うように身体を下ろしてしまった。──楽しかったのになぁ。

まぁ、あまり怒らせて暴れられても面倒だな。噛まれたり尾で叩かれるのはノーサンキュー。

俺はバジリスクの頭の上から降りると「ありがとう」と言って頭をぽんぽんと撫で、何か考え込んでいるヴォルの隣に並んだ。

 

 

「何考えてんの?」

「名前だよ。…さっきのオロチマルって言うのは何なの?…聞き慣れない響きだけど」

 

 

まぁ、日本の言葉だしヴォルが知らないのも無理はない。

日本の有名な漫画のキャラ名です、なんて言っても意味不明だろうし、そもそもまだこの時代には無い。…いや、この世界ではその年代になっても存在しないかもしれない。

 

 

「あー。…日本語で蛇ってオロチ、とも言うんだよ。丸──マルっていうのはだな。日本名でよく男につける言葉…みたいな?」

「ふぅん?…オロチマル…オロチマル…うん、いいんじゃない?」

「まじでか」

「オロチマル──って呼ぶよ、いいだろう?」

「いいだろう」

「まじでか」

 

 

バジリスクはオロチマルになりました。

オロチマルとか、シリアスなシーンが台無しじゃん!まだバジジの方が100倍マシじゃん!

 

残念ながら俺の心の叫びはヴォルとバジリスク──もとい、オロチマルには伝わらず、2人…1人と1匹は何やら納得したような雰囲気を見せている。まじでいいの?オロチマルで??し、知らんぞ…俺のせいじゃない…よな?

 

 

「オロチマル、僕らが呼んだ時にはすぐに現れろ、いいな?」

「──ああ、いいだろう」

 

 

バジリスク──じゃなくて、オロチマルの言葉にヴォルは満足そうに笑う。

だ、だめだ、笑うな俺!俺の表情筋よぴくりとも動くな!

 

 

ヴォルはオロチマル──だめだ、笑ってしまう。耐えろ俺──に近づき、ゆっくりと手を伸ばし、一瞬躊躇したが、すぐにその大きく艶やかな鱗を撫でた。

 

 

ヴォルが、──未来の闇の帝王が、スリザリンの部屋を見つけ、中にいた怪物と出会った重要なシーンだ。闇を思わす危険な魔法生物との遭遇は、かなりシリアス雰囲気のあるシーンだ。

 

 

「僕が君を使ってあげるよ。──オロチマル」

 

 

 

──名前のせいで全てが台無しだ!

 

 

 

 



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16 重大な問題

重大な問題がある。

今、ホグワーツで秘密の部屋が開かれ中から恐ろしい怪物が現れ、マグル生まれの何人かが石になっていることでは無い。

 

いや、もちろんそれもマグル生まれの生徒たちからしてみれば重大な問題だろうが、そんな事ではない!

 

 

「何で俺はまだ童貞なんだ…!」

 

 

自身のベッドの上に寝転び、枕を叩く。ぼすぼすと鈍い音が響き飛び出た羽毛が部屋の中を舞った。

少し離れたベッドの上で同じように寝転び何やら小難しい本を読んでいたヴォルは身体を起こすと楽しげに俺を見る。

 

 

「へえ?まだなんだ」

「うるせー!お前はどうなんだよ!」

「──ま、この外見で女に困る事はないね」

「くそっ…!」

 

 

俺は全てのものに愛される外見を手に入れた。

16歳になった俺は勿論声変わりもとっくに終わり、鈴を転がすかのように高く透明度のある声は、低くて柔らかで暖かみのある声へと変わっている。

身長も、ヴォルの隣に並んでも少し低いかな?程度だろう。勿論スタイルは申し分ない、ズボンの丈など逆に脚が長くて困ってしまう程だ。顔も頬の膨らみはなくなり、すっきりと美しく整っている。

 

世界一の美青年、誰もが感嘆を漏らす美貌。その弊害がまさかこんな所で現れるとは思っても見なかった。

 

女の子達は俺のあまりの美しさに誰も告白も夜のお誘いもしてこない。ファンクラブ内で手出し厳禁という俺にとって残念すぎる暗黙のルールがあるらしい。

いや、そもそもそのルールがなくとも、俺の美しさに不相応だとして、誰も名乗りをあげなかった。

 

それなら俺から声をかけよう!きっとどんな女の子も二つ返事でベッドへダイブするだろう!と思ったが。

 

声を掛けたいと思う女の子が居なかった。いや、俺の息子がピクリと反応する子がいないというのが正しい言い方だろう。

 

つまり、興奮しない。

何度かこの子なら…!とお誘いをしたものの、いざその時が来ると俺の息子はもじもじして俯いたままだった。

不能だと思われるのは耐えられず女の子にはオブリビエイトをかけてそっと廊下の端に座らせる事となった、情けなさ過ぎる。

 

 

俺はあまりに美しく、完璧だった。

つまり、そう。 美形()を見過ぎた結果──俺並みの外見じゃないと、興奮しない!

 

 

「俺の見た目が完璧に理想すぎて興奮出来ないなんて…!」

 

 

ガッデム!と枕に顔を埋めて叫ぶ。

ヴォルは俺を見て少し沈黙した後、本を脇に置いて俺のベッドに座った。

 

 

「…ノアって 同性愛者(そっち)なの?」

 

 

ちらりと枕から顔を上げてヴォルを見れば、ヴォルは何とも形容し難い複雑な表情をしていた。

 

 

「違う。俺はノーマルだ。ただ、俺の幼少期が完璧すぎて…理想の少女すぎて…いや、男なんだけどな?」

「ふーん」

 

 

身体を起こしてベッドに座り、ヴォルを見る。

ヴォルは俺の隣に並んでいても見劣りしない程の美貌だ。俺とは違い、美青年…と言うよりはイケメンでハンサムという言葉がぴったりだろう。

 

 

「──僕、ノアならいける気がするけど」

「…何がだ」

「セックスの話でしょ?」

「……」

 

 

形のいい口からセックスという直接的な言葉が発せられるのがなんとも奇妙だ。

俺はじっとヴォルを見つめる。ヴォルは少し、目を細め挑発するように笑っていた。こんな目で見られたらくらりとくる女の子は多いだろう。

 

 

「──俺だって、俺とはヤれるな。でも、俺は処女を失いたいんじゃなくて、童貞を卒業したいんだよ!」

「それは難しいね、僕ヤられるのは嫌だし」

 

 

残念、とヴォルは笑う。

──いやいやいや、違う、なんかおかしい!

いつの間にか俺とヴォルがヤるだのヤられるだのそんな話題になっているが、論点はそこじゃなかった筈だ!

 

 

「ヴォルは、どっちでもいけるのか?」

「さあ?男となんて経験無いから。ただ、ノアは男臭さが無いからね。まだ生えても無いでしょ」

「……ナニ見てるんだよ…その通りだけどさ…」

 

 

天然のツルツルである。

いや、産毛のようなものは生えているが、黒々したものでは無い。そもそも体の色素が薄い俺は足や腕、脇までも永久脱毛要らずだ。

 

 

「何処かに俺レベルの美人いないかなぁ…」

「いないでしょ」

「…童貞のまま死ぬなんて嫌だ!」

「ホークラックス作れば?」

「そんな動機で作ってたまるか!……いや、待てよ?」

 

 

作る。

成程、彼女が出来ないのなら、作ればいいのか!

 

 

「決めた!俺は俺の理想を詰め込んだ彼女を作る!」

「……はぁ?流石に、人を作る魔法なんて…見たこと無いけど」

「いや、いけるいける!俺なら出来る!人間じゃなくても、ほら、コッペリアとか…そういう人形的な…」

 

 

ヴォルは少し考え、呆れたようにため息をつく。

 

 

「…それって、結局精巧な 愛玩人形(sex doll)でしょ?」

「……はっ!そ、そうか…童貞卒業したことにならないか…所詮人形…オナニーだもんな…」

 

 

魔法界ではかなり人間に近いダッチワイフが存在している。しかし、あくまで人形は人形。どれだけ見た目が人間のようで、動き反応するとしても、だ。

がっくりと項垂れる俺の肩をヴォルはぽん、と叩いた。

 

 

「まぁ、ノアが女とするのなんて誰も望んでないよ」

「何でだよっ!俺が望んでるわ俺が!」

 

 

俺は膝を抱えていじけてしまった為、ヴォルが小さくため息を吐き「残念」と言葉に出さず口の奥で呟いたことに気が付かなかった。

 

 

 

「それよりもさ、ヴォル。あれからオロチマルを何度も出してるだろ」

「ああ…そうだけど」

 

 

いじけていたポーズから気を取り直し、話題を変える。

数ヶ月に一度ヴォルはオロチマルをホグワーツに放ち、何人もの生徒が犠牲になり石化している。

石化で済んでいるのは、偶然窓ガラス越しや水たまり越しに見るなんて奇跡が起こっているわけではなく、ただ俺がオロチマルにサングラスをかけさせているからだ。

 

 

「あのダサいサングラス、外してほしいんだけど」

「ダサく無いわ!そんな事すると死人が出るだろ?今ただでさえ夜に出歩くことも出来なくなってる、このまま犯人が見つからなかったらホグワーツの閉鎖も視野に入れてるって、ダンブルドアが言ってただろ?閉鎖されたらずーーっと、あの孤児院で過ごさなきゃならなくなるけど、いいのか?」

 

 

事実、今ホグワーツではクラブ活動や夜の出歩き、休み時間の自由行動、全て禁止されている。唯一監督生や首席は見張りと称しある程度許されているが…これ以上被害があれば、それすら禁止されるのは時間の問題だろう。ヴォルとしても、ホグワーツの閉鎖は避けたい筈、かと言って名乗り出る気はさらさら無いようだし。

ヴォルは俺の言葉に眉を顰め少し考え込んだ。

 

 

「…それは困るね」

「だろ?あの怪物を使ってマグル生まれを一掃するなんて、現実的じゃねーよ」

「…良い案だと思ったんだけどね」

「そろそろ潮時だな」

「…そうだね…」

 

 

はあ、と残念そうなため息を漏らし、ヴォルはそのまま仰向けに倒れ込む。目は鋭く天井を睨んでいた。

ヴォルは年々純血思想に染まっている、魔法界からマグル生まれを一掃したいのだろう、それは自分のルーツが本人的に認められるものではなかったことも、原因の一つなのかもしれない。

父親こそ魔法使いに違いない、そうヴォルは思い込み何度もホグワーツで父親の軌跡を探していたが一切見つかる事はなかった。そのかわりに見つかったのは、マールヴォロのなを持つ一族が居るということ、それは母親の一族由来の名前であり──ヴォルは渋々ながら死ぬことしか出来なかった母親が魔女だったのだと、ついに認めざるを得なかった。

 

 

「ノア」

「何だ?」

 

 

ヴォルは自分の顔を腕で隠した。

表情が見れない中で、露わになっている口だけが何か言葉を探すように開いては、閉じる。

 

 

「…ノアは、──僕の幼馴染だ」

「…そうだな」

「…昔言った事は、今でも変わらないよね」

 

 

ヴォルにしては、珍しくちらりと不安そうな、声だった。人を見下し全ての頂点に立とうとするヴォルからは想像も出来ない声で、少し俺は目を見開き、寝転ぶヴォルのその顔の隣に手を置き、表情を見ようと覆いかぶさった。…完全に隠してやがる。

 

 

「変わらない」

「……そう。ならいいんだ」

 

 

ヴォルは何でもない事のように、軽くいうと腕を顔からどけた。

嬉しそう、と言うよりは──安心してるような表情に、何とも言えない気持ちになる。

 

 

「ま、俺は人道から外れた事はしない方が良いと思うけどな」

「…それを言うには、もう遅すぎない?」

 

 

ヴォルは手を伸ばして俺の頬を撫でた。

ま、その通りだな。止めるなら秘密の部屋を開ける前に止めるべきだった。…いや、闇の魔法に陶酔する前に止めるべきだっただろう。──止まるとは思えないが。

もうヴォルは引き返せない、まだギリギリ殺人を犯してはいないが、それをする事を何とも思っても無いと、俺は知っている。

それに──本気で、止める気もない。俺は聖人でもなければ、善人でもない。

 

それがヴォルもわかっているから、俺に全てを曝け出し、側に置いているんだろう。裏切る事がないと、ある意味で俺を信頼している。

 

 

「俺は俺の好きなようにするから、ヴォルもそうすればいい」

「そうだね、そうするよ」

「…いつまで触ってんだよ」

「ん?いや、やっぱりその辺の女の肌よりノアの肌の方が手触りがいいって思って」

「ぐっ…!そりゃそうだが、その言葉は胸に刺さる…!」

 

 

余裕の表情で笑うヴォルを睨む、それは童貞の俺に対する嫌味なのか!?

 

 

 



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17 トム・リドルの告白と誓い

 

 

ノア・ゾグラフは何よりも崇高な人間であり、誰よりも端麗で、圧倒的な魔力を持つ。

その強すぎる光に寄せられる羽虫のように、ノアの周りにはいつも人が群がっていた。ただその甘い蜜を吸おうとする卑しい者が現れないのは、単にノアがあまりにも人智を超えた存在に見えるからだ。

自分と違い過ぎる存在に、誰もが憧憬こそすれ、触れる事は出来ない。

 

自信に満ち、輝き、身体中からエネルギーを発しているかのような、関われば全てを虜にしてしまう魔性の男。ノアはそんな人間だ。

 

しかし、知性は些か足りて無い、と言うべきだろう。その形の良い口から発せられる声は勿論歌の一つでも歌えば聞き惚れ、何も考える事が出来なく成る程の美声だが、言葉は年相応にやや粗暴で愚かで途方もなく馬鹿だ。

何も言わなければ完璧。そう思ったのは僕だけでは無い筈だ。──まぁ、欠点が1つある事で、人々はノアが同じ人間なのだと安堵しているのかもしれない。

全てにおいて油断なく完璧な人間だったなら、ノアの周りにこれ程人が集まる事は無かっただろう。人間は異質を嫌う、受け入れない。──マグルのように。

 

 

 

天は美貌と魔力と力を与えはしたが知能はいっそポンコツだった。

そして、倫理観もやや欠如しているのは、僕の行いを止めようとしないところを見れば、すぐにわかることだろう。

いや、ノアがもし──万が一全てを博愛し、性善説を解き、愛を語り、守るべき秩序を尊む人間なら、僕はそもそもノアを受け入れなかっただろう。

 

 

ノアは完璧に見えて、酷く歪な人間だと、最近気が付いた。

何を考えているのか掴み所がなく、霞のように捉えられない。捕まえたと思っても、簡単にするりと抜け出てしまう、そんな人間だ。

 

聞けばなんでも答えてくれる、それは耳障りの良い言葉ではあったが、酷く薄っぺらい言葉でもあった。彼は本気で何かに悩んでいる事も、真面目に説くことも無い。

ごく稀に、本音を吐く事はあったがすぐにいつものふざけた言動に戻ってしまうのだから、ノアという人間はよくわからない。

 

 

先にも言ったように、彼には人が群がる。

しかし、友人と呼べる者は──実は、ごくごく少ない。本人はそれに気づいているのか、あえて深く付き合うものを作らないのかは分からないが、踏み込ませない一定のラインがノアには存在している。

 

1番近くにいる僕ですら、ノアの心の奥底まで踏み込めているかといえば、疑問を感じざるを得ない。

ノアは何よりも特別で誰からも愛されている。しかし、本人にとっての特別が誰1人として存在していない。

ノアは先日、あまりに自分が完璧すぎるから彼女の一つも出来ず童貞なのだと嘆いていたが、それを聞いて妙に納得した、納得してしまった。

 

ノアの周りには人が群がるが、ノアは、独りだ。

それはきっと、ノアがノアであり続ける限り仕方のない事なのだろう。

完璧すぎるが故、永遠に理解者が現れない──永遠に孤独だ。

 

 

 

このホグワーツに来て魔術を学べば、間違いなく自分は優れた魔力とセンスを持ち、誰よりも偉大な力を持っていると知った。同級生も、上級生も、教師でさえも、上辺に騙される馬鹿ばかり。──ただ、ノア、1人を除いて。

 

ノアの異質な才能に気付いたのは早かった。何でも出来たのだ、彼は。どんな難しい魔法もたった一度で難なく、それも適当に、面倒臭そうに、つまらなさそうに、成功させてしまう。

無言魔法は勿論の事、杖を使わずともどんな魔法だって、杖を使った時と同等の力で使えた。本来杖を使わずとも、ある程度の魔力を持つものなら魔法を繰り出す事は可能だ。ただ杖を媒介に魔法を使った方が、理に適っている。しかしそんな理を、最も簡単に壊してしまうのがノアという人間だった。

 

正直、彼の力を畏れたこともあった。

間違いなく、自分がこれから行おうとする事の唯一の障害になるだろう。あのダンブルドアより──ノアに勝てるビジョンが一つも浮かばない。

本気で戦闘をすれば、間違いなく負ける。それは僕がどれだけ凶悪な魔法を習得しても、力を得ても、拭い去ることの出来ない事実だった。

 

 

しかし、ノアは僕が何を考えているか、これから何をしようと思っているのか──知りながら、何故か止めなかった。ただ「好きにすれば?」と、気軽に答えたのだ。

いっその事、罵り軽蔑してくれたほうが良かった、安心してノアから離れられる。勝てないまでも、対策を立てる事ができる。

だが、ノアは、何か裏があるのではないかと、そう思ってしまうほど普通だった。僕らの関係に何の影響も無く──普通に、隣に居た。

 

 

僕は思う、ノアは結局。

自分さえ良ければそれで良いのだろう。

 

 

究極の身勝手、誰よりもナルシスト。

ノアは自分が好きに生きる事が出来れば、いくら他者が心を痛め嘆き、命を落とそうと、少しも心を揺らせる事は無いのだろう。

名前の如く、自分の方舟だけが、自分の少しの世界さえ無事ならたとえ大きな戦争が起ころうとも、それを止められる力があろうとも、何も気にしない。ノアにとってはどれもこれも対岸の火事の如く、清々しい程他人事だ。

 

 

僕にとって幸運だったのは、ノアの方舟に──間違いなく、自惚れでも無く、自分が乗っている事だ。

だから、ノアは僕が何を起こそうと気にしない。他者よりは、大切に思ってくれている、と考えて良いのだろう。

 

 

ノアは善人でも無い、聖人でもない。

圧倒的カリスマ性と人を魅了し本気を出せば世界を掌握出来る可能性を秘めながらも、何もしない。謙虚さからくるものでは、きっと無いだろう。

 

──10年以上そばに居ても、僕はノアのカケラほどしか理解していないのかも知れない。

 

 

 

 

「ヴォルの考えている事を当ててやろうか」

 

 

ノアの事を考えていると、にやりと悪戯っぽく何よりも美しい笑顔で言われた。

 

 

「…何だと思う?」

「ずばり!今日の晩ご飯はステーキが良いでしょう!」

「全く当たってないけど」

「あれれー?」

 

 

一瞬何を言われるのか身構えていたが、ノアの口から出たのはいつものような他愛もない戯言だった。

 

 

ノアの隣は、居心地がいい。

唯一、素が出せるからかもしれない。

──他者に心を許すなど、愚かな事だ。親しい者を作れば障害になり弱点となってしまう。そんな生ぬるいもの、僕には必要ない。

 

ただ、そう、きっと、ノアは弱点にはなり得ないから、守るべき存在では無いから。だから、側に置いているだけだと、自分に言い聞かせている。でなければ、なにかが──僕の中での何かが、僕自身を赦せない。

 

 

ノアから友情のようなものを、確かに感じている。だが一方で、ノアが自分との関係に友人という言葉を避けている事も、知っている。冗談や揶揄い混じりに友情を示唆する事はあれ、本気で友だとは言わなかった。

 

 

それなら、僕とノアの関係は何なのだろうか。

同じ孤児院に居るただの隣人。

ホグワーツでのルームメイト。

──たった1人の、幼馴染。

 

 

 

「なぁ、暇だし、森に行こーぜ」

「…そうだね」

 

 

また思考に耽ってしまった僕を、ノアが覗き込んだ。

艶やかで絹のような銀髪が、さらりと重力に従い流れる。この完璧な体が、誰からも穢されて無いと知り、僅かに安堵したのは何故なのだろうか。

 

愛でも独占欲でも無い。

 

ただ──きっと、僕は誰よりもノアという存在を、神格化している。たった1つ、たった1人の僕の世界。(ノアさえいれば、それでいい。)

愛人にしたいわけでも、穢したいわけでも無い。ただ、逃げる事も離れる事も許さないだろう。今のところノアが自分から離れる事は無さそうだが、きっとノアがそれを口にし選択した時、僕は──。

 

 

 

「ねぇノア」

「んー?」

「血の誓い、しようよ」

 

 

森の入り口でそう言えば、ノアは驚きにただでさえ大きい目を見開き、ぱちぱちと瞬かせた。

 

 

 

 

 

 

「血の誓いぃ?」

「うん」

 

 

ヴォルは何をさっきから考えてるのかと思ったが、まさか血の誓いの事だとは思わなかった。

素っ頓狂な声を出した俺にヴォルは簡単に頷き、やや真剣な目で俺を見る。

 

周りには、おあつらえむきに人っ子1人いない。

まぁ バジリスク(オロチマル)がホグワーツを徘徊していて何人も石にされている中で、こんな所にわざわざ来るなんて俺たち以外は居ないだろう。

森には愉快な生き物とか居るんだけどなぁ。何で立ち入り禁止なんだろ、そんなに危険には見えないけど。

 

 

「内容は?」

 

 

何となく落ちていた木の枝を振り目の前の茂みを叩きながら森の奥へと進む。

ヴォルは顎に手を当て考えながら、小さく呟いた。

 

 

「──互いに裏切らない」

「裏切らない?漠然としてるなぁ…どこからが裏切りか判別つき難いだろ。誓うならもっとシンプルな方がいい」

「…そうだね。…互いに戦わない、にしようか」

 

 

俺はくるりと振り向き、ヴォルと向かい合った。

その言葉は、俺がいつかヴォルにとって敵となり得るかもしれない未来を牽制しているかのようだった。…んな事しないのになぁ。

 

 

「血の誓いなんてしなくても、俺はヴォルと戦わねーよ」

「わかってるよ。でも──これは僕にとっての誓いでもあるんだ」

「…お前が俺を攻撃する事の無いように、か?」

 

 

ヴォルは頷いた。

真意は、その目から読み取れない。それが上辺なのか本気なのか、俺にはわからなかった。

うーん、別にそれで満足するなら良いけど。無駄じゃ無いかな?

 

 

「まぁ、良いけど」

「…本当?…本当に、いいの?」

 

 

自分で提案しながら信じ難い目で見られた。何でだよ!その目をするのはお前じゃ無いだろう。

それに、予想ができなかったわけではない。血の誓いを知ったヴォルが、最強で最高である俺を野放しにするとは思ってなかったしなぁ。

将来、俺がヴォルの障害になる前に、その手段を塞ぎたいんだろう。いくら口で敵にはならないと言ってもだ、──疑い深過ぎる!何年の付き合いだと思ってるんだよ。少し悲しいぞ!

 

 

「お前がそれで安心出来るなら良いさ」

 

 

持っていた枝を捨て、杖を手に取る、掌を切り裂けばチリッとした痛みが走り、真っ白な掌からじわじわと鮮血が溢れ出した。

 

 

「──俺のたった1人の幼馴染のワガママくらい、叶えてやるよ。…俺は誓う。ノア・ゾグラフは…ヴォル──トム・マールヴォロ・リドルと戦わない」

 

 

指先を天に向け、手を差し出した。

真っ赤な血は手首をつたい、白いシャツを赤く穢す。

ヴォルは同じように掌を杖で傷つけ、そっと俺と掌を合わせる。俺たちは無言で指を絡ませ、強く握り合った。

 

 

「誓う。──僕、トム・マールヴォロ・リドルは…ノア・ゾグラフと、戦わない」

 

 

視線と鮮血が混じり合う中、俺たちは同時に古の魔法を唱えた。

双方の手から混じった血の塊が空を舞い、そして1つのペンダントが現れる──誓いの結晶だ。

 

 

空に浮いたそれをヴォルが開いた手で掴み、じっと見つめる。

不思議な感覚だった、この契約を交わす前と、何ら変わらないように見えて、ただ当然のようにストンと理解した。

 

──俺はヴォルと戦えない。

 

 

 

「これ、僕が持ってても良い?」

「ああ、俺持ってたら無くしちゃいそうだし。ヴォルも無くすなよ?」

 

 

手を離し、血がついた掌をまじまじと見つめる。…他人の血が体に入ったらまずくなかった?

 

手を軽く振れば血の汚れはさっと溶けるように消え、ついでに傷口も治癒させる。うん、痛みももう無いな。

 

 

「無くさないよ」

「ホークラックスにもするなよ?」

「………しないよ」

 

 

先に釘を刺せば、ヴォルは途端に目を逸らした。こいつ…絶対ホークラックスの一つにするつもりだっただろう。

 

ヴォルは美しいペンダントを首からかけた。しっかりと服の下に隠し、その上から酷く、優しく撫でる。

 

 

「つか、今思ったんだがお互いに戦わないよりも、攻撃しないとかにした方が良かったかもな」

「そう?戦わない、の方がわかりやすくていいよ」

「ふーん?まあ良いけど」

 

 

言葉のニュアンス的に考えれば。

戦う──とは、魔法を使って戦うだけではなく、心理的な意味も含まれるのでは無いか。うーん、ややこしい。

 

 

 




マートルについて2通りのルートを考えているのですが。
どちらが見たいですか?期限は20日一杯です、よければ投票お願いします!


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18 分岐点

 

6月のある日、俺はダンブルドアに呼び出された。

まぁ何のために呼び出されたかなんて、想像に難くない。

指示された時間にダンブルドアの研究室の扉を叩けば返事はすぐに返ってきた。

扉を開けて中を見る、既にダンブルドアはティーセットの準備をバッチリとして膝掛け椅子に座り、俺を待っていたようだ。

 

 

「ノア、そこに座りなさい」

「はーい。何分ですか?」

「そうだな、30分で」

「はーい、先生」

 

 

30分コース入りましたー!

と頭の中の黒服君が元気良く叫んだ。

 

ダンブルドアが杖を振るえばティーポットは浮かびカップに温かな紅茶を注いだ。うん、良い匂い。

 

 

「ノア、秘密の部屋の事で…何か知ってる事はないか?」

「さあ、知りません。俺の両親はマグルなんで、ちょっと怖いですよねー」

 

 

紅茶を一口飲む。

流石にこの人にヴォルの事も、 バジリスク(オロチマル)の事も言う気はない。言えば数々の不幸な未来をとめられるのかも知れない。秘密の部屋を開いたのがヴォルだと言えば、彼はアズカバン行きに……あれ?ハグリッドって退校だけだったか。んじゃホグワーツを退校する。…で?……少し闇の道に染まるのが早まって本筋は変わらなさそうだな。ああ、でもダンブルドアに警戒されたら死喰い人集団を作れなくなるか?

今はまだ、疑われてるだけだし。ヴォルは一見すると模範的な優等生であり、闇に堕ちてるとは思えない。

 

 

「…そうか…では、一つゲームをしないか?」

「ゲーム?」

 

 

ダンブルドアは鸚鵡返しに聞いた俺の言葉に頷き、杖を出した。何する気だよこのイケオジ。もしかしてゲームという名のちょっと過激でいけない事か?

 

 

「えっちぃ事はだめですよ?」

「そんな事しない。…お互いに、一つずつ質問をしていく。それには嘘をついてはいけないと…絶対的な誓約をする。しかし、黙秘する事は出来る──どうかな?」

「うーん、でもそれずっと黙秘していたら、結局ゲームは成立しないのでは?」

 

 

言いたくない事は黙っていたら良いんだし。

しかしダンブルドアは薄く笑い、瞳をきらりと光らせた。

 

 

「黙秘という確かな答えもあるのだよ」

「…沈黙は肯定と取る。なんていう格言もありますしねぇ──まぁ良いでしょう」

「そうか。…そうか。わかった。──手を出してこの紙の上に乗せる。嘘をつけば指の爪が一枚剥がれる」

「げぇっ!えげつな!」

 

 

ダンブルドアが杖を振り机から取った一枚の紙を見せながら説明をした。な、なんつーえげつないもんあるんだよ…あれじゃん、捕まったスパイが拷問される時に生爪剥がされるやつじゃん…それの魔法バージョンかよ…。

しかし、初めからこの紙があるという事は、そのつもりで準備してたんだなぁ。

 

何やら複雑な呪いが書かれているその紙を、ダンブルドアは机の上に置き、自分の手を置いた。先行はダンブルドアから、という事なのだろう。

 

 

「さあ──どうぞ?」

「んー」

 

 

ダンブルドアは挑発的な目で俺を見る。俺がどんな質問をするのか、それすらも試しているようだ。…実際、試してるんだろうなぁ。何で俺こんなに警戒されてんの?我最強の美青年ぞ?

 

さて、どうしようかなぁ。まぁ、何でもいいか。

 

 

 

「──俺は、将来どうなると思います?」

「……」

 

 

おや、それ程答えにくい質問だったか?

まさか一発目から黙秘かと思ったが、十数秒後ダンブルドアは口を開いた。

 

 

「──闇に飲まれると思っている」

 

 

 

彼の爪は剥がれない。つまり、それは──ダンブルドアの本心だ。

 

 

「ええええ…俺がぁ?闇に飲まれるなんて、そんなことあり得ます?こんなに見た目光属性なのに?光り輝いてるのに?」

 

 

闇すら照らして見せますよ!なんて冗談で笑いながら言ってみたが、ダンブルドアは険しい顔をしたまま無言で紙の上から手を離した。視線が次は俺の番だと訴えている。──ちぇ、つまんね。もうちょっとこのゲームを楽しめば良いのに。

 

俺は肩をすくめ、その紙に手を置いた。

 

 

「ノア、君は秘密の部屋を開いたのが誰か知っているかな?」

 

 

まぁ、そりゃ流れ的にこの質問が来るとは思ってた。そもそも呼び出したのも、秘密の部屋について知りたかったのだろうし。

 

さてさて、YESと答えればすぐに真実薬の一つ飲まされるかもしれない。黙秘すれば、何故黙っているのかということになり──結果同じ事だ。

 

…このゲームを始める前から覚悟は出来ていたさ。

 

 

「いいえ、知りません」

 

 

にっこりと特別な笑顔を見せた。

ダンブルドアはすぐに紙の上に置いた俺の白魚のような手を見る。

五本の指、全ての爪は綺麗なままで剥がれる事は一切ない。

 

ダンブルドアはしばらく俺の爪を見ていたが、深い息を吐くと見るからに表情を緩めた。

 

俺は紙の上から手を離し、机の端に追いやられている茶請けのクッキーを一つ掴んだ。

 

 

「まーだ疑ってたんですか?知らないって言ったのになぁ。先生ひどーい!」

「すまない…」

 

 

揶揄うように茶目っ気を見せ頬を膨らませ口の中にクッキーを放り込む。

 

 

うん、血の味がする。舌を噛みすぎた。

冷や汗が流れる。耐えろ俺。

 

 

何気ない動作でよよよと肘掛けにしな垂れかかり、手で顔を覆い「あんまりですぅ」と演技じみた声を出し、眉間に伝う冷や汗を拭った。

 

 

起き上がる際に左手を机の下に何気なく隠し、痛みの走る左薬指を治癒した。

ようやく燃えるような痛みから解放されて小さく一息をつきながら右手で紅茶のカップを掴み、ため息と共に一口飲み込んだ。

 

 

嘘をつくと、爪が剥がれる。

どの爪が剥がれるか分からなかった俺はとりあえず左手の爪に魔法をかけ、何が起こっても通常の爪が見えるように、した。

実際、俺の薬指の爪は音もなく剥がれた。激痛につぐ激痛だ。血が流れてしまえばバレかねない。すぐに血を止めたが、あまりにダンブルドアがじっと見ているせいで治癒までは出来なかった。

治療するってなるとどうしてもその箇所に光の残滓が現われるからなぁ、身体から出る血液を止めるのとは、またわけが違う。

 

激痛と引き換えに、ダンブルドアの疑惑を晴らす事が出来るのなら安いものだ。

…ま、バレるかちょっとヒヤヒヤしたが。

 

俺の爪は透明になってどこかに転がっているんだろう。それは見えないだけで、確実に机の上にあるはずだ。すぐにアクシオを無言で唱えれば机の下にある手の中にコロリとした薄いものが飛び込んできた。ひぇえ、生爪…!

 

 

「じゃあ次はまた俺の番ですよ!手を置いてください」

「ああ…」

 

 

ダンブルドアは一気に肩の力を抜き、すぐに手を紙に置いた。

あーそうそう、質問、質問ねぇ、別に聞きたい事無いんだけどなぁ。

正直あの痛みを経験して頭が回らない。今痛みがないとは言え一度引いた血の気はなかなか戻らず吐き気と眩暈がする。うわ、俺の馬鹿。初めから痛覚消しときゃ良かった!

 

 

「んんー。じゃあ、好きな人は誰ですか?」

「………黙秘する」

「ええー恋バナ出来ないじゃないですかー」

 

 

そんな重大な質問だったか?

あー、そうか、もしかして今でもグリンデルバルドの事が好きなのかな?この辺の事、まだ詳しく明かされてなかったからなぁ。

 

 

「私とそんな話をして何になる?」

「ゴシップ好きなもんで、つい」

「ノアにはそのような存在がいるのか?」

「…まだ俺、手置いてないですけど」

「ただの雑談だよ」

 

 

つまり、嘘をついても爪が剥がれる事はないと。

俺は少し悩んだ。好きな人ねー。

──めちゃくちゃ沢山いるわ。ヴォルも好きだしこの人のことも好きだ。ってかハリポタファンだぜ?みんな好きに決まってるじゃん?

 

「居ますよー俺はみーんな好きなんで」

 

 

軽く言えば、ダンブルドアは目を細め、ただ「そうか」と呟いただけだった。

 

その後何度か質問を交わしたが、ダンブルドアの質問も取り止めのないもので、もう秘密の部屋の事を俺に聞くことは無かった。

 

30分が経過し、俺は金を受け取りポケットに爪ごと入れた。

 

 

「はぁー…無駄に疲れた」

 

 

窓の外はもう真っ暗だ。さっさと部屋に戻ろう。

今日、ヴォルは バジリスク(オロチマル)を秘密の部屋に戻すと言っていた。はー、何とかマートル死亡ルートは回避出来たのかな。…一応、女子トイレ行ってみるか。

 

スリザリンの地下寮に向かいかけていた足をくるりと移動させ、誰もいない廊下を歩き三階の女子トイレに向かった。

 

 

トイレの扉を開ければその先の洗面台の前にヴォルが1人で立ってるのを見つけた。物音がして驚いたのかヴォルが杖を持ち勢いよく振り返ったが、俺だと分かるとほっと息を吐き杖をおろす。

 

 

「…誰かと思ったよ」

「はは、悪ぃ。…もう バジリスク(オロチマル)は戻したのか?」

「いや、今から── オロチマル、おいで

 

 

彼方からずりずりと何かが這いずる音が響く。洗面台が動き秘密の部屋への入り口が開き、その奥からにょろりとオロチマルが顔を出した。サングラスをしているとはいえ、目を見てしまったら石になってしまう。俺たちは視線を下に向けその目を見ないようにした。

 

 

「呼んだか…?」

「ああ、今日はお別れを言いにきたんだ。これ以上事を起こすと学校が閉鎖されるからね──暫くのお別れだ」

「またな!オロチマル!」

「そうか…ならば私はまた、継承者が現れるまで眠りにつこう…」

 

 

ヴォルと俺が手を伸ばしてオロチマルの頭を撫でれば、するりとオロチマルはヴォルの体に頭を擦る。…うーん、殺傷能力が無ければめちゃくちゃ良いペットになりそうなのになぁ。ヴォルも心なしか嬉しそうだし。あーまぁこいつ動物から嫌われて蛇しか懐かないからなぁ…。

 

 

「よし、サングラス外すから。ヴォル目を閉じとけよー」

「うん、わかった」

 

 

ヴォルが目を閉じたのを横目で確認し、オロチマルの顔あたりを手で撫でる。真っ黒のサングラスはこれで消えた筈だ。

 

 

「じゃあな、オロチマル──」

 

 

かちゃり、と異音が後ろからした。

後ろを勢いよく振り向けば、その扉が薄く開くところで──。

 

 

「──眠れっ!!」

 

 

扉が開き切る前に強く叫ぶ。ゴツっと何かがぶつかり続いて倒れた音が響く。

隣にいるヴォルは目を閉じたまま体を硬くし「何が…」と困惑し呟いていた。

 

 

「ヴォル、オロチマルを早く戻して」

「あ、…そうだね」

 

 

ヴォルがバジリスクに別れを告げ、またずるずると引き摺る音が聞こえ小さくなっていった。開かれた秘密の部屋は、音を立てて閉じる。洗面台はいつものように、普通の洗面台のフリをして静かに鎮座する。

 

 

てっきり誰も居ないと思っていた、マートルはもうここに籠る理由なんて無いはず、だが──。

 

 

「…マートル…」

 

 

扉を開けば、床に倒れ込むマートルが居た。

その足元にはいつものノートと羽ペンと中身をぶちまけているインク壺が転がっている。開かれたページには──。

 

 

「あーはいはいなるほど。そりゃ人気が無いところ探すわなぁ…」

「……何これ」

「こらこら、こういうのは見ちゃ駄目だ」

 

 

隣からトイレの個室を覗き込み、床に広がっているノートを見たヴォルは怪訝な顔をしてノートを指した。

そこに書かれている──描かれているのはえっちな絵だ。わかる…わかるぞ、背伸びして描いちゃうよな、18歳じゃなくても、そういう妄想をして描きたくなるよな。うん、俺は絵の才能が無かったが何回か描いたよ…いっそ画伯的な絵だったからちっともエロくならなかったが…。

誰にも見られたく無くて、このトイレに篭って描いてたわけだ。まさかそんな理由でトイレに篭るなんて思ってなかったぞ──危ねぇ!

 

 

「どう見ても僕とノアだ」

「…他人の空似だろ」

「なんでノアの背中に羽が生えて鎖でぐるぐる巻きにされてて僕は悪魔の羽が生えてるの」

「マートルの流行りなんだよ…」

「なんでノアの服は──」

「お前はなぜなぜ期か!」

 

 

これ以上マートルのイラストノートを晒すのはかわいそうだ、俺が他人に見られたら憤死する。そっとノートを閉じれば「天使と悪魔の 恋の冒険(アバンチュール)No.4」と表紙に書かれていた。

まさかこれ4冊目!?どんな大作なんだよ。…ちょっと気になるじゃん。

 

 

「…どうする?…聞かれたよね」

「蛇語だし、何を言ってるのかわからなかったと思うけど…俺の姿、見たかもなぁ」

「殺す?」

「おいおいおい…物騒な奴だなぁ…」

 

 

マートルは完全に眠っている。死んでは無い、ちょっといきなりすぎてあまりに強い眠り魔法をかけてしまったようだ。多分──俺が解呪しなければ永遠に目覚めない程の、強制的な眠り。ヴォルの事を考えればこのまま眠りの少女になってもらった方がいいだろう、でもこのまま永遠に眠るなんて可哀想だな、うん。せっかく…この世界のマートルは楽しい学生生活を送れているんだし…。

 

 

「殺さなくていい、マートルは俺の騎士だ。俺には忠実だから…黙っていてと言えば守るかもしれないけど…」

 

 

いや、流石に良心の呵責に耐えきれず、報告しに行くかな。それに、共犯者にさせるつもりはさらさら無い。

 

 

「ちょこっと記憶を弄ろう」

 

 

しゃがみ込み、マートルの額に手を当てる。掌が熱くなり、ぽう、と淡い光がマートルの頭を包み込み消えた。

 

 

「よし、これで大丈夫。ここで見た事、聞いた事は全て書き変わった。あとは…5分後に目覚めるように解呪して……──うん、戻るぞ」

「…そうだね」

 

 

マートルが小さく唸っているのを聞き、すぐに俺たちはトイレから廊下へ飛び出し、誰にもバレずスリザリン寮へ戻った。

 

 

翌日、朝食を取るために大広間に向かっていたら、マートルが興奮して顔を真っ赤にしながら俺たちの前に飛び出してきた。

あまりの勢いに、俺とヴォルは少し身を引いた程だ。

 

 

「ノ、ノアさん!わ、私!私昨日見たんです!」

「──何を?」

 

 

興奮するマートルの言葉にヴォルは一瞬目を鋭く光らせ、俺とマートルの間に入ると首を傾げた。途端にマートルはぽっと顔を赤らめ「大天使ノアを堕天させた悪魔トム…!」と呟いた。──聞かなかったことにしよう。

 

 

「昨日の夜、私トイレでノアさんの身体が光に包まれて輝き、そして、そして──女神様になっていました!」

「あー…」

 

 

成程、記憶を弄って俺がトイレにいた理由を適当にマートルが考えられる最も違和感の無い理由に置き換えた。辻褄を合わせる為だったけど、まさかそんな理由で納得するのか。

 

 

「黙っててくれる?」

「も、勿論です!黙ってます。誰にも言いません、私驚いて気絶しちゃって…あまりにノアさんが美しすぎたから…」

「ごめんね、俺びっくりして置いて行っちゃって」

「そんな!大丈夫です!…ふふっリドルくんとお幸せに!」

 

 

とんでもない捨て台詞を吐いてマートルはパタパタと走り去った。

唖然としてマートルを見送ったヴォルは俺を睨む。うん、何も言わなくとも言いたい事は伝わった。

 

 

「仕方がなかったんだよ、記憶を消すだけだったらトイレで何で気絶したのかって不審がられるだろ?」

「…そうかもしれないけどさ、…何?女神って…」

「そりゃ…女子トイレに俺が居たから、そう置き換えられたんだろ。少なくともマートルは俺が実は女体だと信じ込んでるな」

「……はぁ…」

 

 

ヴォルは額を押さえ深いため息をついた。

きっと、マートルのイラストノートの内容が書き換えられるのも、時間の問題だろう。

 

 

 

 





短い期間だったにも関わらず、沢山の投票ありがとうございました!
マートル生存ルートに入りました。
ちなみに死亡ルートだと概ね原作通りに進みますが、マートルはノアの背後霊よろしくずっと周りに浮遊することになっていました。


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19 いざアメリカ!

 

ヴォルは バジリスク(オロチマル)を再び秘密の部屋へ戻した。

しかし犯人が捕まらなければホグワーツの厳戒態勢が解かれる事は無かった為、俺の知ってる通りハグリッドが彼の飼っている厄介な蜘蛛のせいにされ犯人といわれ──ホグワーツを退校する事となった。

ああーごめんなハグリッド、まぁ、うん。蜘蛛を飼うのはバジリスクを匿うのと同じくらいやばかったからな?あれ繁殖したらホグワーツがバイオハザードみたいになるからな?見つかったらどっちみち退校だっただろう。

 

 

一応、ホグワーツは以前のような日常を取り戻したと言える。ただ1人マートルだけはいつもの日常とはいかなかったようだが、楽しそうなので無問題だろう。

俺は相変わらずヴォルの隣に居たし、ヴォルもまた、俺の隣に居た。

 

 

 

5年目が終わり、俺たちはまた夏季休暇を孤児院で過ごす事となる。イギリスにあるこの孤児院は成人となる21歳までは、ここにいる事が許されている。まぁ、許されているとはいえ大体が18歳で孤児院を出る。

将来俺とヴォルは魔法界で生きていくだろう、魔法族の成人年齢は17歳だ。その後どうするか…まぁ、働くだろう。

 

俺のモデル活動はもう軌道に乗りまくっている。働かないでも楽に暮らせるが、俺の美貌を知らない魔法族が居るなんて…それこそ悲劇だと思う、うん。

 

 

 

「アメリカぁ?」

「そうさ!ノア、君の名前はイギリス中に広まっている!世界に羽ばたく時が来たんだ!」

「今?…なんか、あっちやばいらしいじゃん?」

「だからこそ、だよ!」

 

 

夏季休暇が始まった初日、俺のマネージャーのメイソンは目を興奮で輝かせながら孤児院を訪れ、そんな事を唐突に言い出した。

彼は俺を世界に知らしめる事が使命だと思っているようで、親子ほど歳が離れた男だが、目は少年のそれと同じ輝きを持つ。

 

 

「闇に支配されている今!君のような存在が救いになるんだよ!君は光そのものだ!見るだけで幸せな気持ちになる!闇を照らす救いの使徒だ!」

「そ、そうかぁ?流石にやばくね?」

 

 

メイソンは俺の騎士に負けず劣らず、盲信的で狂っている。あんな戦争の真っ只中に行くなんて…流石に不謹慎過ぎない?色々と。

 

 

「いいや!今がチャンスだ!乗るしかないこのビッグウェーブにっ!──それに、グリンデルバルドは多分アメリカにはいないと思う、ヨーロッパの何処かじゃない?表面上アメリカは今落ち着いてるって聞いてるよ…ま、多少事件はあるようだけどさ!」

 

 

ぐっとガッツポーズを決めるメイソンはもはや俺の話を聞こうとはしない、もう有名な出版社とアポとってあるんだー!と楽しげに…なんと今日からの予定を話した。今日出発するって、俺に予定があったらどうするつもりだ。

 

それに、えーと、グリンデルバルドって今どこにいるんだっけ。ヨーロッパだっけ?アメリカだっけ??…ダメだ、分からん。この辺まだ曖昧だったしなぁ…。それに残念ながら俺は世界の地理がいまいち怪しい。ぶっちゃけ何処から何処までがヨーロッパなのかわからん。…俺が馬鹿なわけではない、うん、中身は日本人だし、ずっとイギリスから出てないし!地球儀なんて見てないし!!

昔ヴォルと通ったスクールで教えられたことなんてホグワーツでの生活で綺麗さっぱり消えてしまった!

 

……いや、待てよ?

 

 

 

「ちょっと占う(見てみる)から待ってろ」

「え?ノア…君って預言者だったの?」

「俺に不可能はない!」

 

 

杖を振り透明な水晶玉を出現させ手を翳す。暫くすると1つの光景がぼんやりと浮かんできた。うーん、…何処だここ。

メイソンは隣からひょこりと顔を出し水晶玉に映った景色を見た。暫く彼も首を捻っていたが、「あっ!」と声を出し手を叩く。

 

 

「ここ、ヨセミテ国立公園だね」

「…公園?」

「うん、アメリカのカリフォルニア州にあるよ、公園っていっても…自然公園だね。めちゃくちゃ広いよ。霊山として有名でね、なんでもそこでしか手に入らない希少な魔石の群生地なんだってさ。魔力があの場では満ちてるみたいで──命の水があるんじゃないかって噂もあるぐらいだよ。まぁまだ見つかって無いらしいけど…」

「ふーん…ここの近くまで行ってもいいか?」

「命の水探しでもするの?」

「──秘密」

 

 

にっこりと笑えばメイソンは「ぐはっ」と叫び胸を抑えその場に崩れ落ちた。

うん、メイソンと旅行するのは別にいい、けどその間に心臓発作で死ぬんじゃね?

 

 

「ちょっとヴォルに伝えてくるわー」

 

 

メイソンがぴくぴくと痙攣し倒れたまま頷いたのを見て、隣の部屋まで行き扉をノックなしで開けた。

ヴォルは勉強机に向かってホグワーツから出された宿題に取り掛かっているところだった。真面目君かよ!

 

 

「俺、ちょっと出かけてくる」

「どこに?」

「ん?アメリカ」

「……はぁ?…ちょっとどころじゃないでしょ。…それに、イギリス以外は…今危険だって──まぁ、ノアなら大丈夫か」

 

 

戦争地帯でも1人生き残りそうだもんね、とヴォルは納得したように呟く。いやいや──まぁその通りだろうな!

 

 

「どのくらい行くの?」

「さあ……──メイソン!滞在予定はー?!」

「──2週間だよー!」

「長いな!?…2週間らしい」

「ふーん。まぁお土産楽しみにしてるよ。…僕も、ちょっとやりたいことあったしね」

「お互い頑張ろうぜ!」

 

 

 

こうして俺のうき★ドキ♡アメリカ旅行が始まった。

長距離移動はポートキーであっという間にアメリカに入国し、後はなんと鉄道と市バスで移動した。何の戸惑いも無く切符を買い駅員に見せるメイソンを見ていると、彼は少し不思議そうに首を傾げた。

 

 

「何だい?」

「いや…メイソンってマグル生まれ?」

「あれ?言ってなかったっけ?そうだよ。マグル生まれマグル界育ちさ。両親ともにマグルだからね」

「ああ…だから、汽車の乗り方にも詳しいんだな」

 

 

普通、魔法界で暮らしているのなら、こうして簡単にマグルにまぎれて移動する事は出来ない。

メイソンの服装は何処からどう見てもその辺にいるマグルと至って変わらない。まぁ、俺も今は普通の格好をしているが。

 

 

「ノア、僕はいつか君をマグル界でもデビューさせたいんだ!」

「え?…マグル界でも?」

 

 

その発言はあまりにも突拍子のないものだった。この時代マグル界と魔法界は交わる事は無い、機密保持違反者には重い罰則が科される事となる。

メイソンは目を輝かせ、夢を語る少年のように無垢な表情で頷いた。

 

 

「そうさ!秘密保持しなければならないのはわかっているよ。でも魔法使いとバレなければ無問題さ!ノアは魔法界だけで留まっていい存在じゃないんだよ、マグル界にも進出し、その名を両方の世界に残すんだ!」

「…はは、世界征服じゃん」

「いいね!ノアならそれも夢じゃないよ!いつか──いつか、きっとノアの名前を皆が覚え、ノアの姿を皆が知る事になる!君は全てを手に入れる事が出来るんだ!」

 

 

興奮し力説するメイソンは、何だか新興宗教を進める胡散臭さすら感じた。

グリンデルバルドとも、ヴォルデモートとも違う。己の美貌一つで世界征服!

──いやいやいや、ねーわ。流石に。いや、ある意味でハッピーな世界になるのか?…こいつ騎士になれそうなくらいちょっと危ういな。

 

 

「メイソン、これやるよ」

「えっ!ノ、ノアからのプレゼント…!?」

 

 

手をくるりと回し銀色のブレスレットを出現させる。それを手渡せばまるで途轍もなく高価な物を受け取ったかのように、メイソンのそれを受け取った手は震えていた。

 

 

「俺の仲間の印」

「何たる光栄!」

方舟の騎士(Knight Ark)って言うんだけど、…まぁいつかメンバーに会わせるよ。──俺の為に生き、俺の為に死ぬことも厭わない、俺に忠実な騎士団さ。ま、俺の信者ばっかだな」

 

 

冗談混じりに信者だと言えば、メイソンは神妙な顔をして頷き、そのブレスレットを腕に嵌めた。

 

 

「それ、俺が皆を集めたい時は少し熱くなって俺の側に姿現しが出来るようになってるから、メイソンは大人だしいつでも来れるな」

「ええ!?凄いね…」

「後、ある程度の守りも掛かってる。護身アイテムとしても優秀だから」

「す、凄い…」

「まーね。俺に不可能はない」

「…ノア…きみ、本当に世界征服出来るんじゃない?」

 

 

メイソンの目は真剣そのものだった。それは、モデルとして世界征服するという意味なのか、それとも、全く別の意味なのか。

 

 

「ノア王国、作っちゃう?」

 

 

にやりと笑えば、メイソンは頬を紅潮させどっぷりと俺に堕ちた目を向け、恍惚とした表情で頷いた。うーん!俺の美貌は罪深い!

 

 

 



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20 グリンデルバルド

アメリカ滞在は中々に忙しかった。

魔法界はメイソンの言う通り、大きな内戦も混乱も起こっていなかった。アメリカ版魔法省の組織、通称マクーザが頑張っているんだろう。グリンデルバルド本人がここに居ないというのは、本当なのかも知れない。──ま、それは違うんだけど。

 

ニューヨークで色んな人と面会し、俺の輝かしい美貌に何人もの人がぶっ倒れ、写真を撮り、カメラマンがレンズ越しに俺を見て鼻血を出し、服を変え、スタイリストが5回は変わり。

俺はこうしてニューヨーク、カルフォルニア、テキサス、ワシントン…色んな場所に移動し沢山のファンと気絶者を生み出した。

結果、行った先全ての出版社と契約を交わす事が出来た。まじでアメリカでも有名になれる気がしてきたけど──いやーちょっと俺の勢いが怖い!美しさって罪!

 

 

 

滞在しているホテルの一室で、百万ドルの夜景を見下ろす。

ついに明日はアメリカ滞在の最終日だ。

 

 

「メイソン、ヨセミテ国立公園に行こう」

「うん、最終日は観光したいかな?って思ってフリーにしてたし良いんだけど…僕も一緒かい?いや、もちろん喜んでお供するよ!」

 

 

机の上で紅茶の準備をしていたメイソンはすぐに満面の笑みで頷いた。

 

 

「俺未成年だからな、次魔法使うと退学なんだよ」

「ああ…そっか」

 

 

本来ならメイソンを連れて行くべきでは無い。メイソンはただ観光と魔石発掘、命の水探しとでも思っているんだろう、だが、まぁ俺の目的はグリンデルバルドと会う事だ。

別に深い意味はない、ただファンタビ好きとして会うチャンスがあるなら、会いたいじゃん?

 

 

「んー、メイソンちょいちょい」

 

 

手でこっちこっち、と呼べば、メイソンは首を傾げたまますぐに手を止め、ベッドに座る俺の元に駆け寄り跪き俺を見上げた。──めちゃくちゃ犬みてぇだな…。

 

 

「何だい?」

「守護魔法かけるから。明日何があるか…わからんしな」

「あー…魔獣も居るって噂だしね」

 

 

魔獣より、厄介な物かも知れないからな。

メイソンの頭に手を置き、俺が使える限り最大限の守護魔法をかけた。

途端に、俺の身体から何かが大量に減った気がして、ずっしりとした重い倦怠感が体を襲う。

 

 

「あー…うん、よし。多分 死の魔法(アバダ ケダブラ)以外は完璧に防御出来る。物理攻撃でも悪意のある魔力が込められた物は効かない」

 

 

つまり、魔法で石が飛んできても弾かれる、と言うわけだ。

 

 

「そ、そんな守護魔法…聞いたことないけど」

「俺に不可能は無い!…けど、流石に疲れたー!」

 

 

そのままベッドに倒れ込む。

メイソンの慌てた声に手をひらひらと振り大丈夫だと示し、「紅茶」と言えばすぐにメイソンは紅茶の用意を再開させた。

 

うーん、どれだけ探しても死の魔法を防ぐ魔法は無かった。無い、わけではない。愛の魔法を使えば跳ね返せるがそれって結局1人は死ぬ事になる、俺が探してるのはそういうのじゃないんだよなぁ…。

まぁ、死の魔法は当たらなければ良いから、不意をつかれ無ければ避ける方法は幾らでもある。

 

最悪、ヤバくなったらメイソンは強制離脱させよう。…後は、グリンデルバルドが魔法族には優しい人だと期待するしか無いな。

 

 

重い体を起こし、手渡された紅茶を飲みながらぼんやりと考えた。

 

 

しかし…自然公園ってめちゃくちゃ広いんだよなぁ…。そんな広大なところでたった1人を探せるだろうか?

 

 

 

ーーー

 

 

 

「んん?」

 

 

朝、目が覚めて一応グリンデルバルドの居場所を確認しておこうと思い水晶玉を出し見てみたら──どこだここ。

 

水晶玉に映ったのは、2週間前に映った自然公園とは全く異なる場所だった。どこかのカフェだろうか、白いソファと机、軽食やティーセットを運ぶウェイトレスの姿が映し出されていた。

こんな情報だけでは探すのは難しいかもしれないなぁ。

 

 

「メイソン、ここ何処かわかる?」

 

 

ダメ元で聞いてみれば、メイソンは水晶玉を覗き込み「ああ、うん」とすぐに頷いた。ま、まじで?

 

 

「何処だ?」

「ここだよ」

「へ?」

「このホテルのカフェラウンジだね」

「へ、へー…」

 

 

何でこんなホテルに?…まぁ、グリンデルバルドも滞在する…かな?

それとも、何か目的があってここに来ているのだろうか。

なんにせよ、ラッキー?

 

 

「ちょっとラウンジに行ってくる。メイソンは待ってて!」

 

 

「わかった」という声を後ろに聞きながらカフェラウンジに急いだ。早く行かないと別の場所に移動されたらまた探さないといけなくなってしまう。

 

 

ラウンジに向かい、すぐに寄ってきたボーイににこりと愛想を振り撒けば何だかめちゃくちゃ良い席に案内された。窓際の近く、他の座席から少し離れた場所。うーん!良い景色!窓の外は何故か草原が広がってるけどなんか魔法がかかってるんだろう。

そんなに広く無いラウンジだ、すぐに見つかるかと思ったが数人いる人達はどう見てもグリンデルバルドには見えない。

 

つまり、魔法で変装しているんだろう。

お尋ね者が姿も隠さずのんびり朝のティータイムなんて、そりゃしてないよな。

 

片手で丸を作り、望遠鏡のように覗き込む。

一人ひとりじっと見渡し──あの人だな。

端の席で1人座っているなんの変哲もない老人に、見えた。

服装はなかなか裕福そうだが、かと言って特徴がある顔でも、服装でもない。つまり、少し経てば記憶から霞んでしまいそうな何処にでもいるご老人。

だが、そのご老人だけがぼんやりと二重になって見えた。

 

俺はすぐに立ち上がり、一度指を鳴らす。

 

少しして近くにいるボーイにあの老人が座っている場所に紅茶を2つ持ってくるように伝え、そのご老人の側に寄ると何も断りを入れる事なく机を挟んだ前に座った。

 

 

「こんにちは、おじ様?俺、遊び相手が急用で来なくなったんだ。ちょっとお喋りでもしない?」

 

 

にこりと微笑み机に肘を乗せ身を乗り出す。ふっ…俺の美貌が1番美しく見える角度に首を傾げた後、少しだけ覗き込むように上目遣いで見る事も忘れないぜ!

ご老人は目を見開き、少し黙った後静かに首を振った。

 

 

「残念だが、他を当たってくれ」

「えー?…じゃあ、紅茶1杯分だけ──ね?」

 

 

ちょうどボーイが大きなティーポットとカップを2つ持って現れた。ボーイは俺とご老人の前に静かに置くと「ごゆっくり」と軽く頭を下げ微笑む。

 

 

「ありがとう」

 

 

手を上げて笑い返せば、ボーイは胸を抑え一瞬よろめいたが──プロ根性なのか、倒れる事なくすぐに戻っていった。

俺は指を振りティーポットを浮かせ、それぞれのカップに注ぐ。

 

 

「…1杯分、これだけだ」

 

 

ただのナンパだと思ったのか、美しい人の気まぐれだと思ったのか、それともこんな美貌を持つ俺のお茶へのお誘いを断りきれなかったのか!…は、わからないが、ご老人はそれ以上拒否すること無く注がれたカップを見てため息を吐いた。

 

 

「ふふ、ありがとう──俺の名前はノア、ノア・ゾグラフ。あなたは?」

 

 

微笑んだまま手を差し出せば、ご老人は俺の手を握った。

 

 

「私はローガン・スミス」

「ゲラート・グリンデルバルドの間違いでしょ?」

 

 

何言ってんだこいつ。…あ、偽名か?

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

びしりと場の空気が変わった。

すぐに老人に変装しているグリンデルバルドは自分の服の内ポケットに手を突っ込む。だが、そこにあるべき杖は無く、緊張し一気に警戒の色を強め、顔色を変え目の前にいるノアを睨んだ。

繋がれたままの手を振り払おうとしたが、その細腕からは想像も出来ない力で繋がれている──いや、違う、手が何故か離せない。

 

 

「俺の用事が終わったらすぐに杖は返すよ」

 

 

楽しそうな声だった。くすくすと微笑混じりの言葉は、心からこの状況を愉しんでいた。

美しい顔、耳触りの良い声──しかし、決定的に何か異質なものをグリンデルバルドは感じていた。

プレッシャー、とも言えるだろう。ダンブルドアとはまた異なる威圧感に、グリンデルバルドは久しぶりに──背筋が冷えた。

何故変装がバレたのか、かなり強い魔法をかけている。実際この姿でどれだけ道を歩いても誰も気が付かなかった。

悠々と闇祓い達の前を闊歩する事だって出来た。──それに、いつ、杖がとられたんだ。何か魔法をかけられた覚えなど、無い。

 

 

「……」

「あ、俺の手は離さないでね?まぁ、無理だと思うけど」

「……何──」

 

 

特別な秘密を伝えるように、ノアは楽しげに笑う。グリンデルバルドは表情を硬くしたまま「何のつもりか」と聞こうと口を開きかけたが、ふと周りの異常な光景に気が付いた。

 

人が少ないとは言え、先程まではそれなりの人の声が聞こえていた。だが今は耳が痛くなるほどの、静寂だ。

グリンデルバルドは目の前のノアを睨んだまま視界の端で全く動かず停止している人や、羽ばたきを途中で止め空で停止している鳥を見た。

 

 

「俺に触れてる人だけが動けるんだ」

「……そんな事が…出来るわけがない」

 

 

グリンデルバルドは苦々しく呟いた。

もし、それが本当ならこの世の全てを停止させているという事になる。特定の者を停止させる事や、周りの空間を切り取り断裂する事は可能だが、全てを、世界を停止するなど──人間の領分を遥かに超えている。そんな魔法聞いた事がない、いや、そもそも不可能な事を、考える者など居ない。──魔法は、万能ではないのだから。

 

 

「まぁ、俺は最強だからな。──変装も解いて、顔を見せてよ」

 

 

ノアはくすくすと歪な甘い声で、それでいて綺麗に笑うと空いている方の手をグリンデルバルドの目前に掲げ軽く振った。途端に、グリンデルバルドの魔法が解けその姿が露わになる。

 

苦い表情に変わりは無いが、グリンデルバルドを見た途端ノアは目を輝かせると嬉しそうに笑い、その白い頬を僅かに赤く紅潮させた。

 

グリンデルバルドは、目の前にいるノアが何故そんな表情を浮かべるのか、全くもって理解出来なかった。会えて嬉しいとでもいうのか、心から嬉しげに細められた目に、少し心が揺れる。

 

初めて声をかけられた時、自分の力に自信があったグリンデルバルドは少しも警戒しなかった。それに、あまりに目の前に座った人が美しく、楽しげに笑うものだから──まぁ、紅茶の一杯なら良いかと考えを変え頷いてしまった。

大人になりかけている、青年独特の色香が本人の美貌も相まって一層、特別な──妖しい雰囲気を醸し出していた。

まさか、この虫も殺せなさそうな美しい青年に、ここまで心が乱されるなんて、誰が想像しただろうか。

 

 

「わぁ…グリンデルバルドさんマジでイケメン…イケオジすぎる…」

「…何のつもりだ」

「え?いやーただ会いたかっただけ!」

「…馬鹿な。ダンブルドアの手先か?…こんな人間を隠していたとはな…」

「違う違う、ダンブルドア先生は無関係だって」

「…ホグワーツ生か?」

「うん、もうすぐ6年生!」

 

 

6年生。まだ、成人もしていない子どもだと知りグリンデルバルドは閉口した。

世界で最も優れ、強大な力を持つ魔法使いはダンブルドアと自身の筈だ。まさか、こんな子どもがそれをも凌駕するなんて、成人し成熟すればどれほどの力を持つのか。

 

 

──欲しい。

 

 

グリンデルバルドはノアの力を知り純粋に、その計り知れない力に惹かれた。その力さえ──この青年さえいれば自分の野望は間違いなく達成されると感じた。

だが、服従させようにも杖が無い。生半可な服従魔法では、きっとうまくいかないだろう。より大きな善の為に何としてでもこの人物が欲しい。

 

 

「それで、──ノア、私に何の用だ?」

 

 

何のためにノアが話しかけたのか分からない、ただあまり悪印象を与え過ぎるのは不味いだろう、と考えたグリンデルバルドは人を魅了するような、優しく柔らかい声でノアに聞いた。

 

 

「サインください!」

「………は?」

「あっ写真もお願いします!」

 

 

ノアの想像もしない提案に、グリンデルバルドは暫し固まった。

 

 

 



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21 薄情な人

イケオジ!イケオジすぎる!!

変装するなんてもったいない、まじでイケメンじゃん…ああっ!若い時も見たかったなぁ…!

 

サインくださいって言ったけどグリンデルバルドは何も言わなくなっちゃった。あれ?こんな有名人ならファンからの写真やサインなんて経験済みじゃないのか?サインが無理なら写真だけでも撮ってみせる!

 

優しい声だったし、想像通り魔法族には優しいみたいだな、いやー初めから魔法見せといて良かった…まぁこのホテルは魔法族しか使わないけど、念のため念のため。

 

杖を奪ったのは、ニワトリの杖…じゃ無くてえーと。──何だっけ?忘れた。──ニワトリの杖は最強だから、流石にちょこっと警戒して奪った。

 

俺の神様から授けられたチート能力その3!

時をほぼ、止められる!ザ・ワールドでは5秒だが、俺は最大で5分だ。ただし満月を中心に3日間…72時間のうちの5分しか使えないし、完全に停止しているわけではない。

細切れに使えるが、合計5分を超えればもう止まらなくなって勝手に世界は動き出してしまう。発動条件がややシビアで限定的な能力だが、それでも世界を止められる能力は、俺が考える中で超チートだと思う。

 

 

初めて使ったけど、魔力消費が半端ないな、これ。メイソンにかけた守護魔法の比じゃねぇ。体からどんどん力が抜けていくのがわかる。けど、止めるのをやめたら、周りが動くし…グリンデルバルドは本当の顔を隠すだろう。いかんいかん、イケオジとのツーショのために頑張れ俺!

 

 

「写真…?」

「うん!俺、そのために来たんだー!」

 

 

片手を繋いだまま反対の手のひらをクルリと回転させカメラを出現させる。

そのまま隣に周り「はい、スマイル!」なんて言ってパシャリ。

 

 

「わー!すげー!」

 

 

お、俺グリンデルバルドと写真取っちゃった!

グリンデルバルドの顔はちっとも笑ってなかったけど気にしない。

 

 

「…これで満足か?」

「うん!ありがとうー!」

 

 

指を鳴らし、ぱっと手を離し元の椅子に座る。

途端にグリンデルバルドは顔を元の老人に戻し辺りを見渡した。

先ほどのような人の微かな会話が聞こえ、ボーイは注文を取りに向かっている。窓の向こうでは白い鳥が一羽空へ飛んだ。

 

 

「そろそろ杖を返して欲しいのだが」

「ああ、忘れてた。──はいどーぞ」

 

 

内ポケットからグリンデルバルドのニワトリの杖を出して机の上にコトリと置いた。

それをそっと手に取ったグリンデルバルドは、机の上に手を置いたまま杖先を何気なく俺の胸に向けた。

 

 

「ノア、私の仲間にならないか?」

「え?」

「君のような力を持つ者が来てくれると嬉しい。それに…君は、この魔法界に不満はないか?何故…力を持つ者が退けられ、疎まれ、阻害されなければならないか…疑問に思った事があるだろう?」

「うーん」

 

 

勧誘されてる?

だけど、俺の理想とこの人の理想は違う。

俺には崇高な思想も、世界を変える気も、全てを救う気も無い。

 

俺はただ、今を楽しく生きる事ができればそれで充分だ!

 

あっ!でもファンタビキャラには会いたい…あー…ニュート今どこにいるんだろ?戦争終わってからでも会えるといえば、会えるからいいか。

 

 

「いや!遠慮するよ!俺イギリスで活動してるモデルなんだけど、アメリカにはその一環で来てて…いつかマグル界にも進出しなきゃなんねーし、モデルに黒い噂は御法度だろ?」

 

 

ジャケットの胸ポケットから名刺を取り出し机の上に置いた。所属事務所と俺の小さな写真、それに名前が書いてあるもので、アメリカに来る前にメイソンから渡されていた。

 

 

「じゃ、縁が合えば、また!」

 

 

グリンデルバルドは何か言いかけていたが、何を言ったのか聞く前に俺は指を鳴らし時を止めた。

あー!疲れる!めちゃくちゃ疲れる!気力や精力が削がれていく!

 

 

「さっさと帰ろっと」

 

 

ここを戦争地帯にするわけにも行かないしな。俺はメイソンがいる部屋まで姿現しをし、そしてまた指を鳴らした。

 

 

「──あれ?いつの間に戻ったの?」

「さっき。帰るぞ」

「え?自然公園は?」

「もう良いんだ、ここに用は無い」

 

 

俺は首を傾げるメイソンの腕を掴み纏められていた鞄を掴んでそのまま孤児院の自室へ姿現しをした。

場所さえわかれば無問題!

しかし、まぁグリンデルバルドかっこよかったなー!いつ戦争終わるんだっけ?イギリスには来ないみたいだし、残念だなぁ。いつかまた会いたいけど、それは幽閉されてる城でしか──無理だろうなぁ。

 

 

 

ーーー

 

 

グリンデルバルドは「待て」とノアに言おうとし、口を開いたが──目の前からノアは消えていた。

いきなり消えた。姿現しではない、あの独特の音はしなかった。灯りが消えるように、ふっとその姿は消え、残り香すらこの場には無い。

一瞬、白昼夢でも見たのかと思ったが、机に視線を落とせば白い名刺と共に、2人分のカップがそこにはあった。

 

 

「ノア・ゾグラフ──」

 

 

グリンデルバルドは無造作に置かれた名刺を手に取り、ノアの名前を呟いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

自室ですぐにメイソンとは別れ、──何やらこれからのために色々準備があるらしい、仕事の内容は全て任せているからよくわからない──俺はヴォルの部屋へ向かった。

 

 

「ただいま!あー!疲れた!」

「…おかえり」

 

 

ベッドに腰掛け本を開いているヴォルにぶつからないようにベッドにダイブする。ぎしりとスプリング音を立ててベッドが軋み、少しの反発で身体が揺れる。

 

 

「お土産買ってるから、後で持ってくるよ」

「…うん」

「んー?」

 

 

ヴォルは些か元気が無さそうだった。…いや、心ここに在らず、というべきか。

ははーん?俺に会えなくて寂しかったんだろうな!可愛いやつめ!

 

からかってやろ!と思って身体を起こし、ヴォルの隣に座りニマニマ笑いながらヴォルを見て──あ、こいつ。

 

俺はすっと目を細め、ヴォルを観察する。その指には、前までなかった指輪がはめられている。──ゴーントの指輪だ。それを持つ意味を、俺だけは知っている。

 

 

「何があった?言いたくないなら言わなくてもいいけど」

「──…ゴーント家に行った。どんな素晴らしい血でも…あんな状況になってしまうなんてね、失望したよ。……近くに…僕の…──父親の家もあってね、のうのうと生きてた、許せるわけないよね。魔女の母を捨てて!ただの低脳の、マグルのくせに!」

「殺したんだな」

 

 

ヴォルは興奮していて、少し荒くなった呼吸を抑えるために何度か深呼吸をし、ゆるりと俺を見ると頷いた。

悪意のある殺人にヴォルの魂は穢れ引き裂かれた。

しかし、ヴォルの目は微塵も後悔も苦悩も浮かんでない、寧ろ以前より凶悪に光り輝いていると言っていいだろう。いつもの暗い灰色の瞳が、僅かに朱に染まっている。

 

 

「ああ、殺してやった。──そう、僕はやり遂げた」

「良かったな」

「…、…」

 

 

目標を達成出来た喜びを思い出したのか、噛み締めるように言うヴォルにそう伝えたが、俺の言葉を聞いたヴォルは目を見開き眉をひそめた。

 

 

「──ノア、本気で言ってる?」

「何が?」

「…君の真意が、わからない。…僕は、人を殺した。…その返答が…良かった(・・・・)だって?ノア、君は…君は、どこか可笑しい、完璧なのに──狂ってる」

 

 

酷い言われようだな。

……そんなに狂ってるか?

いや、だって知ってたし。ヴォルが自分の父親の家族たちを殺すことも、その犯罪にゴーント家の者が濡れ衣を着せられるのも。

それに、ヴォルの憂いがさっぱり消える事は、良かった事だろ?

 

 

「狂ってねーよ。俺は、普通さ。ヴォルが殺したくて、殺したんならいいんじゃね?納得してるなら──よかったんだろ?」

 

 

ヴォルは息を飲み、何故か苦虫を噛み潰したような表情になる。俺は正直困惑した。何でこんな表情を見せるのかさっぱり分からない。ヴォルなら嬉しがりそうなものなのに、何でそんな──苦しそうな目で俺を見るんだ?

 

 

「──ノア、君は…自分の範囲外の事は…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

吐き捨てられたヴォルの言葉に、俺は胸に剣が刺されたのかと思った。

──ああ、そうか。成程、普通は人殺しなんて聞けば、それが自分に関係無くとも、そりゃ驚愕して非難して罵倒するよな。

俺だって元いた世界では、理不尽な殺人を──自分と関係がないと分かりながら嫌悪した。それなのに、この世界では、あまりそんな気持ちが芽生えない。悲劇だな、とは思う。それだけだ。

 

ここはハリポタの世界だ。

…だから、どうしても交流のある 人物(キャラクター)以外がどうでも良くなってしまう。それこそ、俺の範囲外は本の中の出来事だと、無意識で思っていたのか。

 

もうこの世界で何年も過ごしている。ヴォルや騎士達の事は俺()生きている人だと、しっかりと思う。──だが、ああ、そっかあ。

 

 

「──俺はそんな人間なんだよ、ヴォル」

 

 

自分のあまりにも薄情でどうしようもない部分に気が付き、少しだけ苦笑した。

ヴォルの言葉は、俺にとって紛れもない真実だ。

 

 

「幻滅した?」

「…別に、わかってたしね」

「そ、ならいいや」

「…そういうところだよ」

 

 

ヴォルはため息を零し、手につけている指輪を撫でた。

目を伏せたヴォルが何を考えているのか、もう俺にはわからない。

きっと薄情な奴だなぁとでも思われているんだろう。

 

 

 

 



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22 ホークラックス

 

6年生になった。

今ヴォルが頭を悩ませているのは、きっとホークラックスの作り方だろう。ホークラックスを知ってからというもの、禁書棚で探してはいるが言葉と存在が書かれているだけで、詳しい内容が書かれているものを、まだ見つけることができてない。

どこかには、あるのかもしれない、だが限られた時間で探しきれるほど図書館の禁書の本は少なくない。

また今年も探しまくるんだろうなぁ。 

 

 

「ノア、教師で誰か知っている人が居ると思う?」

「さあ?ダンブルドア先生とスラグホーン先生は知ってるんじゃね?」

「…取り入るならスラグホーンだな、僕は彼のお気に入りだし」

 

 

ヴォルは禁書棚から借りてきた──パクってきた本の一つから目を上げ、思慮しながら呟く。

 

 

「今度のクラブで聞いてみたら?貢物一つでも持っていけば喜ばれるかもな」

「そうだね…何がいいかな」

「そりゃ──知らないのか?」

「知らないよ流石に。教師の好物まで把握してないしね。…知ってるの?」

 

 

不思議そうなヴォルの言葉に、俺は首を傾げる。あれ?開心術使えないのか?閉心術は世に知られてない魔法ってセブルス言ってたよな、…開心術もそうなのか?

 

 

「開心術は?」

「ああ…あれは、練習相手が必要でしょ。アイツらに僕の心を覗かせると思う?」

「あー…」

 

 

アイツら、とはエイブリー達を指してるんだろう。確かにヴォルが彼らに練習したいといえば、当然彼らもその魔法を習得したくなるに違いない。そうなると──お互いに開心術を掛け合う必要がある。ヴォルは、それが嫌なんだろうな、…ま、友達じゃないってバレるわけにもいかないだろうし。

 

 

「んじゃ、俺と練習する?」

「え…。…いいの?」

「俺は開心術も閉心術も使えるから練習する必要は無いしな」

「…閉心術?それは…書いてなかったな、ノア、どこでそれを?」

「ま、いーからいーから」

 

 

ヴォルはすぐにどちらも使えるようになるだろう。

ベッドに寝転んでいた身体を起こし、立ち上がる。ぐっと伸びをして同じように立ち上がったヴォルと向かい合う。

 

 

「呪文と、やり方は知ってるよな?」

「まぁ…。…良いんだね、本当に」

「良いって。──開心術と閉心術の個別授業の開始だ!俺のことは先生と呼ぶように」

 

 

何故か困惑してるヴォルに、からかい混じりに言えば、ヴォルは少し呆れたような顔をして苦笑した。

そのあとヴォルは、いつも教師達に見せるように緩く微笑み、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「ノア先生?開心術を教えて頂いても?」

「ははっ!…勿論だよ、トム君?」

 

 

こうして俺とヴォルの個人授業が始まった。

結論から言えば、ヴォルはすぐに開心術も閉心術も使えるようになった。

元々才能があったのだろう、数回で俺の心の奥まで入り込みかけた為、俺が防がなければならなくなったほどだ。

見られた記憶はこの世界に来てからの日常だったから特に問題は無かった。賢者の石を作ってるところを見られた時は少しヒヤリとした。俺が賢者の石持ってるって知ったら絶対欲しがるだろうし…ヴォルはただ薬を調合しているだけだと思ったのか、なにも追求しなかった。…危ねぇ、そうか、知られる場面が選べるわけではないのか。

この世界に来る前の事が知られなくて本当によかった!

 

 

「…これを使えば秘密を知る事も出来るし、僕の真意を誰も知る事がなくなる」

「だろうな」

「…ありがとうノア。今日ほど君と…幼馴染で良かった事はないよ」

「いやいや!もっと他にあるだろ!?」

 

 

そうかな?と笑うヴォルに少し不貞腐れてベッドに座りそっぽを向けば、ヴォルは楽しそうにくすくすと笑い俺の隣に座った。

 

 

「本当に、良い幼馴染だよ」

 

 

新しい魔法を習得したヴォルはご機嫌な声でそういうと俺の顔を覗き込む。

そんな顔を見ると──ま、良いかって思ってしまうあたり、俺も大概だな。

 

 

 

それからヴォルは開心術を密かに使い沢山の情報を集めた。勿論バレないように──ダンブルドアに不審がられないように──するのは簡単では無かったが、ホークラックスの為だと考えれば、ヴォルには苦では無かったのだろう。

クリスマス休暇が始まる前に開催されるスラグ・クラブでホークラックスの事を聞くつもりなのだろう、ヴォルはスラグホーンの好物の砂糖漬けパイナップルや彼の気に入りそうな話題を幾つか用意し、万全の準備を整えた。

 

 

「ノアはスラグホーンの接待をしてね」

「報酬は?」

「…レポート2教科分、どう?」

「のった!」

 

 

夜の8時から開催されたスラグ・クラブでは俺とヴォルを含めた6人の生徒たちが招待されていた。その中にはヴォルの一団のメンバーであるエイブリーやレストレンジも居る。まぁ由緒正しい家柄だからなぁ。

 

 

「ああ、ノア!さあさあここに座りなさい」

「ありがとうございます、先生」

 

 

俺が部屋に入るとスラグホーンは嬉しそうに俺を歓迎し、自分の隣の席を指した。そういや、俺がこのクラブに来るのは久しぶりだったな、スラグホーンは悪い人じゃ無いんだけど話がつまらないからなぁ…。

 

 

「先生、俺ワイン持ってきたんです。仕事で──あ、俺の仕事(芸能活動)の事は知ってますよね?──それで、先方から頂いたのですが、良いものなので是非先生に、と」

「ありがとうノア!」

 

 

喜んでワイン瓶を受け取ったスラグホーンはいそいそと棚にワイングラスを取りに行った。ちらりとヴォルを見れば「良くやった」と満足げな褒めるような目で俺に向かって微かに頷いた。

 

俺たちが席につき、スラグホーンが手を叩けば目の前に豪華なティーセットが現れる。それからは取り止めのない話や、スラグホーンのいつものような輝かしい過去の 生徒達(コレクション)の話に適当に相槌を打ち大袈裟なまでに誉めてみた。「先生凄いです!」

さすがです、知らなかったです、すごいです、センス良いですね、そうなんですか?

男を喜ばせるさしすせそを大量発生させているお陰でスラグホーンは大変心地良さそうにワインに舌鼓を打っている。──俺だけキャバクラみたいになってねぇ?まぁ、手のひらで転がすのって意外と楽しいし悪い気はしないけどな!

 

 

「先生、メリィソート先生が退職なさるというのは、本当ですか?」

「トム、トム。たとえ知っていても君には教えられないね」

 

 

ヴォルの言葉にスラグホーンは叱るように指を振ったが、表情は明るく意味ありげなウインクをこぼす。

 

 

「まったく、君って子は…どこで情報を仕入れてくるのか、知りたいものだ。教師の半数より情報通だね、君は」

 

 

ヴォルは謙遜を思わせるように薄く微笑し何も言わなかった。他の生徒達はスラグホーンの言葉に笑い、ヴォルに称賛の眼差しを向ける。ちなみにメリィソートが退職するという情報は、ヴォルがメリィソートを開心術した時にたまたま知った。

 

 

「知るべきではない事を知るという、君の謎のような能力。大事な人間を喜ばせる心遣い──ところで、パイナップルをありがとう。君の考え通り、これは私の好物だよ。君は、これから20年の内に魔法大臣になれると、私は確信しているよ。引き続きパイナップルを送ってくれたら15年だ。魔法省には素晴らしいコネがある」

 

 

くすくすと笑い声が響く。それが冗談なのか、本心なのか──きっとエイブリー達は冗談だと取ったのだろう、だがこの言葉には僅かにスラグホーンの本心が混じっている。パイナップル云々ではなく、つまりこれからもスラグホーンにとって良い人間であり、彼のおかげで魔法大臣になれたと将来感謝するのならそのバックアップは惜しまない──という事だろう。

 

 

「先生、僕に政治が向いているかどうかわかりません。一つには、僕の生い立ちが相応しいものではありません」

「馬鹿な。君ほどの能力だ。由緒正しい魔法使いの家系である事は火を見るより明らかだ。──ああ、ノア!気分を害したかな?そんなつもりで言ったわけではないんだ」

「え?」

 

目の前のチョコケーキを食べていた俺はいきなり名前が呼ばれ首を傾げる。俺の顔を見てどう勘違いをしたのか、スラグホーンは焦ったように目を泳がせ眉を下げた。

 

 

「私は今でも君が魔法族生まれでないと信じられないのだ──いや、君のご両親を蔑むつもりではなく──その、つまり──わかるだろう?」

 

 

何がだ。と言いたい気持ちを堪え、にっこりと笑った。

 

 

「ええ、わかってますよ」

「そうか、それなら良かった。──トム、君は出世する。生徒に関して私が間違った事はない。ノア、君は将来どの道に進むかね?このまま…芸能界で?」

「うーん…そうですねぇ…まだあまりしっかりと考えてはいませんので…また、今度ご助言を頂いても?」

「勿論だとも!」

 

途端にスラグホーンは嬉しそうに何度も頷く。うん、扱いやすい人だ、悪い人では無いが、うーん。この人絶対キャバクラ行かない方がいいと思う。間違いなく尻の毛まで抜かれる羽目になる。

魔法界のキャバクラ…ちょ、ちょっとだけ気になる…!大人になったらヴォルと行こうかな。いや、俺とヴォルが行ったら逆にホストクラブみたいになるか?

 

スラグホーンの背後で、机の上の小さな金時計が11時を打った。もう11時か、そろそろお開きかな?

 

 

「なんとまあ、もうそんな時間か?みんな、戻った方がいい。そうしないと困ったことになるからね。レストレンジ、明日までにレポートを持ってこないと罰則だぞ。エイブリー、君もだ」

 

 

エイブリーとレストレンジは肩をすくめ、スラグホーンに背を向けたあと嫌そうに舌を出しくすくすと含み笑いをこぼす。

彼らが出て行った後、残ったのは俺とヴォルだけだった。

 

俺も、戻った方が良いか?と扉に視線を向けヴォルに聞けば、ヴォルは小さく首を振った。つまり、ここに居ろと言うことだろう。

スラグホーンはワイングラスを片付けていたが、俺たちの気配に気付くと振り返り、少し怪訝な顔で帰ることのない俺たちを見た。

 

 

「トム、ノア。早くせんか。時間外にベッドを抜け出しているところを捕まりたくないだろう。トム…君は監督生なのだし」

「先生、お伺いしたい事があるのです」

「それじゃ、遠慮なく聞きなさい、トム、遠慮なく…」

「先生、ご存知でしょうか…ホークラックスの事ですが…」

 

 

スラグホーンはじっとヴォルを見つめた。無意識だろうか、指で忙しなくワイングラスの足を撫でている。

暫くヴォルを見ていたスラグホーンは俺に視線を移すと、「ノア、君も聞きたいのかね?」と低い声で聞いた。えーと、どうしようかなぁ。

 

 

「…そうですね、知識に穴があるのが耐えられなくて。本には言葉しか載ってませんでしたから」

「ふむ……まぁ…ホグワーツでホークラックスの詳細を書いた本を見つけるのは骨だろう、闇も闇…最も闇深い術だ」

「本が、あるんですか?」

 

 

あれだけ探しても見つからなかったのに、スラグホーンの言い方だと何処かにあるのだと示しているように聞こえた、つい思わず口にすれば、スラグホーンは頷き「たしか、深い闇の秘術という本に載っていた筈だ」と、とんでもない事を言った。

本の名前まで教えてくれるなんてまぁ…ほらヴォルめちゃくちゃ喜んでるじゃん。

 

 

「でも、──先生は全てご存知なのでしょう?つまり、先生ほどの魔法使いなら──すみません。先生が教えてくださらないなら、当然──誰かが教えてくれるとしたなら、先生しかないと思ったのです。ですから…僕らは、先生に──伺ってみようと」

 

 

ヴォルの言葉は流石、人の心を掌握する術に長けている。遠慮がちに思慮深く、慎重にスラグホーンを煽て上げ、彼の弱い部分をくすぐり、俺という存在もさりげなく強調している。本が見つからなかった事を考えて、スラグホーンに引き続き聞くつもりなのだろう。

 

 

「まぁ──勿論、ざっとした事を君たちに話しても別に構わないだろう。その言葉を理解するためだけになら。ホークラックスとは、人がその魂の一部を隠すために用いられる物を指す言葉で、分霊箱の事をいう」

「でも、先生…どうやってやるのか、僕にはよくわかりません」

「それはだね、魂を分断するわけだ。そして、その部分を体の外にある物に隠す。すると、体が攻撃されたり破滅しても、死ぬ事はない。なぜなら魂の一部は滅びずに地上に残るからだ。しかし、勿論そういう形での存在は…」

 

 

スラグホーンは言葉を切り顔を顰める。まぁ、ゴーストとも言えないぼろぼろの畜生みたいになるからなぁ…映画館で見たあの姿はなかなかに強烈だった…。

 

 

「トム、ノア。それを望むものは滅多におるまい。滅多に。死の方が望ましいだろう」

「どうやって魂を分断するのですか?」

 

 

ヴォルは気持ちを抑えきれず、食い気味にスラグホーンに聞いた。いつもの微笑を消し、その目には凶悪な闇が宿っている。あー、スラグホーンが当惑してるぞ、ヴォル?いいのか?

 

 

「それは──魂は完全な一体であるということを理解しなければならない。分断するのは暴力行為であり、自然に逆らう」

「でも、どうやるのですか?」

「邪悪な行為──悪の極みの行為による…殺人を犯す事によってだ。殺人は魂を引き裂く。分霊箱を作ろうと意図する魔法使いは、破滅を自らの為に利用する。引き裂かれた部分を物に閉じ込める──」

「閉じ込める?先生、どうやって──」

 

 

結論を急がせるヴォルの袖を引いた。なんだ、と怪訝な目で見られたが、スラグホーンを顎で指せば、ようやく自分が急ぎ過ぎたのだと気付いたヴォルはぐっと唇を噛んだ。

 

 

「呪文がある、聞かないでくれ、私は知らない!私がやった事があるように見えるかね?私が、殺人者に見えるかね?」

「いいえ、先生、勿論違います。すみません…お気を悪くさせるつもりは…」

「先生、そんなつもりじゃなかったんです。…ただ、俺たちは知りたかっただけで」

 

 

スラグホーンは首を大きく振り、それ以上何も言う気が無いのはすぐに見てとれた。

しかし──やはり、気を悪くしたのは間違いない。いつもの目ではなく、どこか厳しい目でヴォルを見て「いや、気を悪くしてはいない」とぶっきらぼうに伝えた。

 

 

「こういうことに興味を持つのは自然な事だ…ある程度の才能を持った魔法使いは、常にその類いの魔法に惹かれてきた…」

「そうですね、先生」

 

 

この言葉は、スラグホーンのせめてもの言い訳──に、俺は聞こえた。

 

 

「でも、僕がわからないのは──ほんの好奇心ですが──あの、一個だけの分霊箱で役に立つのでしょうか?魂は一回だけしか分断出来ないのでしょうか?もっと分断する方が、より確かで、より強力になれるのではないでしょうか?つまり、例えば7という数は、1番強い魔法数字では無いですか?7個の場合は──?」

 

 

どうやらヴォルはこの機会に全てを聞き出すと決めたらしい。つまり、それからいくら疑われたとしても──ヴォルにとってスラグホーンはもう、用済みなのだ。

 

 

「とんでもない、トム!7個!1人殺すと考えるだけでも充分に悪い事じゃ無いかね?それに…いずれにしても…魂を2つに分断するだけでも充分悪い…7つに引き裂くなど…」

 

 

スラグホーンは困惑し、ヴォルをじっと見つめていた。この話をヴォルに伝えるべきでは無かったと、僅かな疑念と後悔がその目に揺れている。

 

 

「勿論、全て仮定の話だ。我々が話している事は。そうだね?学問的な…」

「ええ、勿論です」

「そうですよ、先生」

「しかし…いずれにしても、トム…ノア…黙っていてくれ。私が話した事は──つまり、我々が話した事は、という意味だが──我々が分霊箱の事を気軽に話したことが知られると、世間体が悪い。ホグワーツではこの話題は禁じられている…ダンブルドアは特に、この事について厳しい…」

「一言も言いません、先生」

「先生、ありがとうございました」

 

 

 

俺とヴォルは視線を交わし、頭を軽く下げると直ぐに部屋を後にした。

 

誰もいない廊下を足速に進み、無人のスリザリンの談話室を横切る。自室に入った後、ようやくヴォルは顔中に暗い歓喜の色を見せながら俺に向き合い、笑った。

 

 

「ノア、ありがとう。まさか本の名前を聞き出してくれるなんてね…これで、探しやすくなった…」

「ヴォル。お前は不死になりたいのか?」

「勿論」

「ふーん、なら俺が死んだ時は泣いてくれよ?」

「…ノア、僕と永遠に──一緒に生きるつもりは、ないの?」

 

 

その言葉は、なんていうか──あれだな。

ヴォルの中で俺への感情がまた溢れてるぞ。それじゃあまるで、俺がいないと嫌だって言ってるようなものじゃないか。

 

 

「俺は不死を望まない。まぁ、死ぬまでなら…側に居るさ。幼馴染だからな」

「…ま、今はそれでいいよ」

 

 

ヴォルは俺がすぐに頷くとは元々考えてなかったのだろう、気にせず少し肩をすくめただけで、それ以上深く聞く事はなかった。

いやいや、今はって、ずっとこの気持ちは変わらない。

……まぁ、賢者の石持ってるし、ある程度長生きするつもりでは、あるんだけどな。

 

 



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23 とんでもないお茶会

めんどくさい事になった。──いや、そう言ったら悪いな──大変な事になった。

 

 

クリスマス休暇1日目の朝食時の大広間で、沢山の貢物やファンレターが小山を作っているのを見ていると、1通の手紙が少し遅れてひらりとその山の頂上に落ちた。

一眼見ただけで、強い呪いがかけられている事に気付いた。生徒がかけられるとは思えない、強い呪いに眉を寄せながら杖先でチョンと突き解呪する。

 

嫌だなぁ、なぁんか嫌な予感するなぁ…と思いながらその封筒を開いてみる。──その中には一枚の写真と、一行の短い手紙が書かれていた。

 

 

「──洒落が効いてるねぇ…」

 

 

その写真には、床に力なく倒れているメイソンが写っていた。写真には『Gellert Grindelwald』のサイン付き。文章は『ここで待つ』──以上!

 

 

何でこれにサインするんだよ!悪趣味過ぎるわ!ツーショにサインしろよ!此処ってどこだよ!もっとヒントくれよ!

 

色々叫びたい気持ちはあったが、俺はその写真と手紙をローブの内ポケットに入れ──とりあえず落ち着こうと深呼吸しながら紅茶を飲んだ。

 

…メイソンが攫われたのか。

何で?何でグリンデルバルドは俺に会いたいんだ?まさか、あの勧誘まだ諦めて無いのか?グリンデルバルドにとっての天敵──ダンブルドアがイギリスにいる以上、俺には手出ししないと思ったが、まさかメイソンを攫うとはなぁ…。

絶対仕事の打ち合わせでアメリカに行ってるところを攫われたんだろうな。

 

…何でメイソンが…あいつ、グリンデルバルドに姿見せてないはずなのに…──あ、…俺名刺渡したわ!自分からモデル活動してるって言ったし!うっわー…やらかした…。

 

 

「俺の馬鹿…」

「…いきなりどうしたの?」

 

 

両手で顔を覆って天を仰いだ俺を見て、ヴォルが眉を顰めて小さく聞く。

いやー…言えねぇ。流石の俺でもグリンデルバルドに会ってちょっと面倒な事になったなんて…どうせ「馬鹿だね」って言われて絶対零度の目で見られるだけだ。

 

 

「ちょっと…あー…仕事でミスった。呼び出されたから…ちょっと校長に言ってくる…」

「ふーん?ミスするなんて珍しいね」

「あー…まぁ俺も人間だから」

 

 

曖昧に言葉を濁し、すぐに立ち上がると食事中のディペット校長の元へ向かう。あーあーなんて言おう、説明…は、しなくてもいいか。今日からクリスマス休暇だし、万が一何日か戻れなくなっても、変には思われない筈だ。

 

 

「校長先生」

「ん?…ゾグラフか、どうしたかね?」

「あー…あの、ちょっと仕事で呼び出されて…急なんですけど、仕事場に行かなくちゃならなくなって…本当は今年もホグワーツに残るつもりだったんですけど…出てもいいですか?帰宅者リストに、名前書いてないですが…」

「それは…大変な事だ。勿論許可しよう。汽車は後──1時間程度で出発するが、準備は間に合うかね?」

「何とかします、ありがとうございます」

 

 

礼を言うとすぐにその場から離れ自室に戻った。

用意なんて別にする必要はない、ただグリンデルバルドがどこで俺を待っているのか、それを突き止めないと行くこともできない。

メイソンの元に姿現ししてもいいけど…ニコラスさんの所に姿現しをした時みたいに気絶したらちょっと流石に──やばそうだ。手篭めにされてしまう、色んな意味で。

 

 

ベッドに座り水晶玉を出しグリンデルバルドの現在地を確認する。浮かんできたのは…えーと…。

 

 

「どこだよ此処…わかんねーよ…」

 

 

ぽつりと呟き、頭を掻いた。

いや、マジでわからん。俺は地理にも有名なスポットにも詳しくない。気絶覚悟で姿現しするべきか?──いやーでもなぁ…。

 

 

「何してるの?」

「あー…なぁ、此処ってどこだと思う?」

 

 

部屋に戻ってきたヴォルに水晶玉を見せながら聞けば、ヴォルは少し首を捻ったが肩をすくめて首を振った。

 

 

「さあ?知らない。…どこかの城じゃない?」

「だよなぁ…」

「…?…仕事に行くんじゃないの?早く準備しないと、汽車が出るよ」

「あー…それは嘘だ。…メイソン──俺のマネージャーが攫われた。この前孤児院に来てたあいつだよ。助けに行かねーと…」

「…え?」

 

 

ヴォルは目を見開き、驚愕と戸惑いの表情で俺を見る。そうだよなぁ、まさか俺も、メイソンが攫われるなんて思ってなかった!

 

 

「…助けに行く?──ノアが?」

「俺以外に誰がいるんだ?」

「何で、…助けに行くの」

 

 

ヴォルの声は低く硬い。

グリンデルバルドの事を言うわけにもいかず「だって、大切なヤツだし」と言えばヴォルはぐっと眉を寄せ唇を噛んだ。

 

…まてよ、ヴォルさっきなんて言った?

──城?

 

 

 

「──そうか!わかった!」

 

 

ヌルメンガード城だ!きっとそうに違いない、いや、そうであってくれないと俺は世界中の城を探す羽目になる!

 

 

「ありがとう!」

「なっ──何?」

 

 

勢いよくヴォルに抱きつけば、暗い目をしていたヴォルは一瞬で元のように戻り、少し慌てたように表情を取り繕う。──なんかヴォルの様子が可笑しい。

…いや、今はメイソンを救う事が先決だ。流石に俺のせいで死なれたら俺は後悔してもしきれないし、多分、うん──グリンデルバルドを嫌いになっちゃうかも。

メイソンは俺にとって紙の上の人ではない。俺に近い人間だ。俺の、騎士だ。──助けに行かないと、またヴォルに薄情な奴だと思われる。…主人に守られる騎士ってどうなんだ。

 

 

「行ってくる!」

 

 

俺はヴォルを離し、杖を振りその場で姿現しをした。ヴォルの目が再び驚愕に見開いているのをちらりと見た後──俺は、ヌルメンガード城のほとりに立っていた。

 

 

辺りを見渡す。うん、ここだ、間違いない。水晶玉に映った城壁と同じ──だと思う。…多分。

 

 

その城は巨大で、空高く聳え立っていた。ホグワーツ城とはまた別の──どこか、暗鬱とした雰囲気がある。高い塔の頂上は雲がかかり、その先まで見通す事は出来ない。──っていうか寒い!コート着てくればよかった!うっかりした!

すっかり雪化粧の城に綺麗だなーなんて見惚れてる場合じゃない、凍死する。城の中に入りたいけど勝手に入ってもいいものか…いいか、招かれてるんだろうし!呼び出したのはあっちだ!

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

大きな扉に向かって払うように手を動かせば、ギギギ、と鈍い音を立てゆっくり扉が開いた。

 

先には──うん、誰も居ない。

 

 

城の中は壁に沿ってポツポツと魔法の火が灯り、明るく照らされている。中も極寒だったらどうしようかと思ったが、中は快適な気温が保たれていた。

腕を擦っていた手を離し、玄関ホール──だろうか?──を進み、辺りを見渡す。

城、と言う割にはあまり生活感の無いところだなぁ。ホグワーツとは全然違う。

 

てっきり城の中にはグリンデルバルドの仲間がたくさんいて迎撃体制を整えてるかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。

 

メイソンを探さないとな…とりあえず、進むか。

俺は石造りの冷たい印象を与える玄関ホールを通り過ぎ、その先にある扉を開いた。

 

 

 

「──ノア、本当に来るとは…」

「グリンデルバルド…」

 

 

その先の部屋でグリンデルバルドが俺を出迎えた。

応接間のような、先ほどのホールに比べれば少し温かみを感じる装飾品や家具──大きな机に椅子がある。部屋にしては質素だが、まぁ余計な物が無くて合理的かつシンプル、ともいえるだろう。

 

無言で自分の周りに防御魔法を出しておく。流石に戦闘になれば、俺がいくら最強とはいえ──不利だ。俺は今まで戦闘行為をした事がない。勿論、逃げるが勝ち!というように、逃げ勝つ事は出来るだろう。ただ今俺はメイソンの無事を確認し、どうにか守りつつ帰還しなければならない。

今は見当たらないが、この城にはグリンデルバルドの部下がいるだろう。あまり、下手な事をするとメイソンが殺られる。

 

 

「また会えて嬉しいよ」

「はは、そうですか…」

「座りなさい」

 

 

革張りの高級そうな椅子に座るよう促され、無言で座った。うん、呪いの椅子では無い。

グリンデルバルドは机を挟んだ反対側に座り、杖を片手に持ってはいたが、優しく俺に笑いかけた。イ、イケメン…。

 

 

「さて──紅茶1杯分、お付き合い願おうか」

 

 

グリンデルバルドが指を鳴らせば机の上にティーセットが現れ、1人でにカップに紅茶を注いだ。美しい琥珀色の紅茶、うん、普通に良い匂いはするけれど、怪しさMAXである。

 

 

 

「…メイソンは無事か?」

「地下牢にいる。…そんなにあの男が大切かな?」

「──俺のミスで巻き込んだからな」

「安心しろ、眠らせているだけだ…今はね」

 

 

こういう時、悪役は大切なものが何だと分かると脅しに使うって色んなアニメやマンガで見た!…ほら、グリンデルバルドなんかニヒルに笑ってる!

 

 

「それより、俺に何の用?──俺に惚れちゃった?」

 

 

会話の主導権を握らせるわけにはいかない。こっちのペースに引き込まないと、…でもこんな経験豊かでめちゃくちゃ精神的にも鍛えられてる人を揺さぶることなんて出来るかなぁ。あー服従の呪文かけて従わせた方が手っ取り早いか?──流石に、防がれるか…?

 

瞬時に色々考えていると、グリンデルバルドは、朗らかに笑った。

 

 

「そうだ」

「…わー…俺ってすげー…」

 

 

あのグリンデルバルドまで惚れさせちゃった!?…いやいやいやんなわけねーだろ。

どう見てもこの人の目は俺に心酔してる目じゃない、もっと…そう、どちらかといえば──獣のような目だ。それも、大人の余裕たっぷりの。

 

 

「ノア、正直に言おう。──君の力に魅了されたよ。心が震えたほどだ」

「会いたくて会いたくて震える?」

「私の元に来なさい。悪いようにはしない。共に魔法界を──変えよう」

 

 

甘い言葉だった。…これは、簡単に頷いちゃダメなやつだ。

ただの口約束ではない、グリンデルバルドの言葉には魔力が宿っている──魔法契約は、破るのが難しい。炎のゴブレットがそうであったように、魔法契約は絶対だ。あの、ダンブルドアでさえ破れなかった。

…まぁ、俺の方が最強の魔法使いだけど、僅かにでも破れぬ可能性があるのなら…頷くのは愚かだろう。

 

 

グリンデルバルドの元かぁ。

いやー…うーん。どっちみち後何年かでこの人負けるからなぁ…。一味として捕まってアズカバン行きなんて絶対に嫌だしなぁ…。見た目はイケオジだから、多分俺がヴォルに出会わず…過去のこの人に出会っていたのなら、俺はこの人の側にいたかも知れない。──なんて、ふと、考えた。

 

 

「…えーと…俺まだ成人もしてないし、急にいなくなったらダンブルドア先生が不審に思うんじゃない?」

「自分からこちらに来た者をわざわざダンブルドアが追うとは思えんな」

 

 

ダメかー!ダンブルドアの名前出したら引いてくれるかと思ったのに!

 

 

「モデルに黒い噂はご法度なんでね」

「私の組織の広告塔になればいい。その魅力があればついてくる者も…多いのではないかな?」

 

 

やべー!

間違いなくその通り!いや、俺の騎士は…俺の騎士はまだ理性的だと信じたい!

うわーでも何人か普通にこっちの陣営に入りそうだし、社会人の熱狂的なファンとかもやばそう。

 

 

「い、いやー…」

「考える時間はある。…紅茶、冷めてしまうよ?」

「……」

 

 

俺が難色を示しているとあっさりとグリンデルバルドは言った。ぐぬぬ、聞く耳を持たん!

グリンデルバルドの一団には入りたくない、この人の事は嫌いじゃない。だって俺ファンタビも好きだし…でも、負け戦には興味がない。かといって、メイソンを見捨てることも出来ない。

今日は、時を止める事が出来ない。それでも最強である事には変わらないけど。

…とりあえず杖を奪うか…?前みたいに杖を奪えば、ワンチャンあるかも…?

 

 

──杖を、奪えば…?

 

 

俺はじっとグリンデルバルドが持つ杖を見た。

ニワトリの杖だ。確か…あれは、他の杖とは違い所有者の変更が特殊だ。力のある者が奪えば、たしか…殺さずとも所有者が変更されてしまう。その後、所有者以外はうまく杖を使う事が出来なくなる。

まさか、グリンデルバルドがわざわざ俺を呼び出したのって──?

 

 

「グリンデルバルド、そのニワトリの杖──」

「ニワトコの杖だ」

「あっはい」

 

 

即座に強く訂正された。惜しい!ニワトコの杖だったか!

 

 

「──もしかして、この前、俺が奪った時に…所有者が変わった?」

「……何故この杖について、そこまで詳しく知っているのか…本当に、不可思議な人だ。──ああ、その通りだ。私にとってそれは、途轍もなく耐え難い事でね」

「…俺をここに呼んだのも、本当は杖のため?」

「私の物になって欲しいと言うのも、事実だよ」

 

 

グリンデルバルドのチャームボイス!(ノア)に40のダメージ!

──って、脳内でポケモンしてる場合じゃ無い。

 

 

「杖を元に戻せば…つまり、所有者をグリンデルバルドに戻すから。俺とメイソンを帰してくれないかな。じゃないと、俺…その杖が今あなたのもので無いなら、俺は──容赦しないよ?」

「……」

 

 

──よし!

生還のルートが見えて来た!

グリンデルバルドは、俺の力を過小評価していない筈だ、計り知れないと思っている、はず!無駄な戦いは避ける人だと願うしか無い…!

 

 

「……君の杖を貰おう」

「…いいよ──どーぞ」

 

 

グリンデルバルドの言葉に素直に頷き、杖を机の上に置いた。グリンデルバルドはあっさりと杖を渡した俺が意外だったのか、少し目を見開き、すぐに細めどこか疑いの目で俺を見つめる。

俺から視線を外さないままに俺の杖を手に取った。

 

 

「で?どうすればニワトコの杖の所有者を変更出来るんだ?俺がニワトコの杖を持って、グリンデルバルドが奪えばいいのか?」

「──そうだ」

「んじゃ、ニワトコの杖を渡してくれよ」

 

 

手を差し出すが、グリンデルバルドは俺をじっと見たまま渡そうとはしない。

何だ?所有者変更したくないのか?

 

 

「君がこの杖を持ち、姿を消されては困る」

「はあ?んな事しねーよ、俺そんな杖いらないし…俺には俺の杖があるし」

「信じられると思うか?…この杖の力を知らないわけではあるまい?……ノア、紅茶を飲みなさい」

 

 

紅茶推しである。

これだけ押すってことは、間違いなくなんか盛ってるだろう。こんなところで真実薬を使う意味は無い、服従させる薬か?死ぬ──のは嫌だな。

 

 

「わかるかな?お願いでは無い。──飲みなさい、ノア」

「…メイソンを先に解放してくれるなら、…飲むよ」

 

 

死ぬのも、服従させられて傀儡になるのもごめんだが。

それよりも俺のしょうもないミスでメイソンが死ぬ方が、嫌だ。

 

 

グリンデルバルドはじっと俺を見ていたが、無言で杖を振る。

すると近くに光が集まり、床に倒れたメイソンが現れた。

 

 

「──ぅ…」

 

 

呻いてる、うん。生きてるし、本当に怪我もしてなさそうだ。何か呪いがかかっている様子もない。──良かった。

俺はメイソンに手のひらを向け、くるりと回転させた。空間がぐにゃりと歪み、覚醒しかけていたメイソンがその場から消える。

強制的に、姿現しをさせた。とりあえず、これでメイソンの命は助かった…あーよかった…!ちょっと姿現し先では大混乱してそうだけど、あそこが1番安全だし、色々わかってくれるだろう、…たぶん。

 

 

「お見事」

「…どーも」

 

 

グリンデルバルドが手で俺の前に置かれたカップを指す。

もう此処で退散した方が良いんじゃね?──あーでも、ニワトコの杖の件が片付かないと、しつこく狙われそうだな。メイソンだけでなく…他の人たちが。

 

グリンデルバルドは相変わらず優しく微笑んでいる。…まさか、好きなキャラとのデートがこんなデートになるなんて思わなかった!

 

暖かそうな湯気を出すカップを掴み、ため息を一つ。毒や、傀儡にする薬でなければ大丈夫だ、死の呪い以外は効かないように防護魔法をかけている。…これであっさり殺されたら笑うけどな。

 

ぐいっと煽った瞬間、視界が揺れ──一瞬、脳裏にヴォルが「馬鹿なの?」と言ってる心底冷ややかな表情が浮かんだ。走馬灯にしては、あんまりだ。

 

 

手からカップが滑り落ち床に落ち、つん裂くような音を出して割れた。俺は椅子に深く背を預け強制的に落ちていく意識の中、グリンデルバルドが狂気的な笑みを見せているのを、最後に見た。

 

 

 



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24 違和感に気が付かなかった

 

「くっ…!殺せ!」

 

(ノア)は声を震わせながら叫んだ。

手につけられている手錠は魔法が使えないようにする特殊な魔法具らしい。ノアを見下ろすグリンデルバルドは目を細め不敵な笑みを浮かべ、ノアにゆっくりと近づく。

せめてもの抵抗で、必死にノアがもがいたが、じゃらじゃらと天井から繋がれている鎖がぶつかり、不快な音が響いただけだった。

 

 

「悪い子にはお仕置きが必要だ…」

「なっ…!や、やめ…!」

 

 

グリンデルバルドが杖を振るとノアの服がびりびりに敗れて弾け飛んだ。何故か肌が傷ひとつつかないのもはやお約束なんだろう。

露わになった裸体、──何故か靴下は履いたままだった──ノアは寒さか、それともこれから起こることを理解しての恐怖か、蒼白な顔で震えていた。 

 

グリンデルバルドはにやりと笑い、ノアに手を伸ばし固く閉じた足を無理矢理開かせ、そのまま首筋を舐め上げ──。

 

 

 

 

「───はっ!!」

 

 

 

俺は意識を覚醒させた。──な、何だ、夢か。

どうりでエロ漫画で見た展開だと思ったんだよ!

 

地下牢にでもぶちこまれたり拘束具の一つでもつけられて、夢のようにくっ殺展開かと思ったが、目の前にはグリンデルバルドが居て、意識を失う前と同じように、俺は椅子に座っていた。俺の息子もテントを張ってない、ちょっとやばかったな。

 

 

「──驚いたな、もう目覚めたのか」

「いやー夢で良かった。童貞の前に処女を失うところだった…」

「…何を言っている?」

「あ、こっちの話です。中途半端で残念なような安心したような微妙な夢を見た…何の薬だったんだ?」

 

 

淫夢薬か?

 

 

「わからないかな?」

 

 

淫夢薬か。

──いや、なら途中で夢が終わる訳ないか、あ、いや別にヤられたいわけでは無い。うん。ただ俺がヤられそうなのを第三者の目線で見ていたから──夢ってそんなもんだろ?──あ、俺ってマジで美しいなちょっと続き見たいかもって見惚れてしまっただけで、うん。

 

俺はまだ少し鈍い頭を抑えながら身体を起こし、床に砕け散り水溜りを作る紅茶を見ながらぼんやりと考える。

うーん、苦しくはない。

思考もだんだんはっきりしてきた。

自分の意識は、ちゃんとあるし…傀儡にされたわけでもない。

まぁ、殺されることはないだろうと思ってたけど。

──けど、なんだろう。この、喪失感は。

 

 

「……魔力か」

「そう。君の力は厄介だからな」

「…はぁ…」

 

 

魔力を失ったら俺はただの世界一の絶世の美青年である!

試しに砕けているカップを直そうと強く思ってみたが、カップは僅かに震えるだけで直らなかった。…動くってことは魔力がゼロになってるわけじゃないのか。…グリンデルバルドは気付いてない…か?

大方、魔力を一時的に失わせる薬だろう。そんなのあったなんて魔法使いクラッシャーじゃん!!

 

 

「杖の主導権を返してもらおうかな」

「…はいはい」

 

 

俺が魔力を失わない限り安心出来なかったんだろう。そりゃ、世界最強の俺と、世界最強の杖が合わさったら凄い事になりそうだ。ただでさえ最強なのに、敵無しどころか俺の好きに世界だって作れてしまうかもしれない。

けど、俺はこの世界が好きだ、今後生まれてくる親世代とも会わなきゃならない!悪役にはなれない!

 

 

渡されたニワトコの杖を持った途端、グリンデルバルドが俺の杖を使い武装解除魔法を俺に放つ。バチンと強い音と衝撃がして、俺の手からニワトコの杖が飛んだ。

空でうまくキャッチしたグリンデルバルドは、何かを確かめるように杖を振る。

 

 

「──おぉ!?」

 

 

途端に俺たちの周りに青い炎が円を作り揺らめいた。熱っ!──くはないな。

 

 

「…杖は、私の元に帰ってきたようだ」

 

 

グリンデルバルドは満足気に言うと杖を再度振り、青い炎を消した。

良かった!と言うことは俺はもう用無しだよな。

 

 

「じゃあ俺はもう帰ります」

「──帰すとでも?」

 

 

机の上にある俺の杖を手に取り、立ち上がってくるりと背を向け入ってきた扉に向かおうとしたら、腕を掴まれ引き寄せられた。俺は驚いてグリンデルバルドを見上げて──くっ!顔が良い!

俺には負ける、それは間違いない。だがこの大人の色気はまだ俺には出せない!くやしい!

 

 

「ノア、君は魔力が戻ってないだろう。そのままの状態でどこにどうやって帰るつもりだ?」

「誰のせいですか、誰の!」

「私かな?」

 

 

にこりと微笑まれる。

…グリンデルバルドって、めちゃくちゃ口の上手い詐欺師っぽかったもんなぁ…俺の魔力が戻るまでの間で、俺を陥落させるつもりなのだろう。

一刻も早く此処から出たい。ホグワーツのクリスマスディナー食べたい、俺が居ないとヴォルは一人で三角の帽子をかぶってクラッカーを鳴らす寂しいクリスマスを過ごす事になる!──可哀想じゃん!

 

しかし、まぁ…魔力が戻らないとどうする事も出来ないのも事実だが、勝機はある。グリンデルバルドは俺の力の全貌を、この世界で最強である俺の力を理解していない。魔力を失わせる薬?そんなもので世界最高最強の魔法使いである俺が抑えられるとでも思ったのか?

 

 

「いや、帰るよ」

「…いけない子だ」

 

 

バリトンボイスで囁かれる。

さっきの夢は正夢だったのか!?やめろ!俺は何度も言うがノーマルだ!…くっ殺な展開にさせるものか!残念だな俺はただでヤられる程、安い美青年じゃないんだよ!

 

 

グリンデルバルドの腕の中でくるりとまわり、向かい合う。不敵な笑みを浮かべていたグリンデルバルドの表情が、少し変わった。

 

 

「──俺をあんま舐めない方が良いぜ?」

 

 

失われていた魔力が少しずつ戻っていくのを感じる。

 

俺はグリンデルバルドの手を繋ぎ指を絡め、顔をぐっと近づけて笑った。グリンデルバルドが眉を顰め、小さく呻く。──気が付いた時には、もう遅い!

 

 

「残念、俺の方が強い」

「貴様…私の──魔力を…」

「ふふ、わからせてやろーか?」

 

 

眉を顰めるグリンデルバルドの耳元で囁き、息を呑む彼の肩を強く押すと、そのまま俺はふわりと空に浮いた。

少しでも魔力が戻ったのなら、あとは簡単だ。俺の少ない魔力を使い、グリンデルバルドが持つ魔力全てを奪い、自分のものにした。身体がカッと熱くなる。──うーん、他人の魔力ってなんか、なんか気持ち悪いな。

 

 

部屋の中に、まるで嵐のように風が吹き荒れ窓が、城が、軋む。

 

 

「さようならグリンデルバルド!」

 

 

俺は高らかに宣言し、来た時と同じように姿現しをした。

逃げるが勝ち!ってね!

 

 

 

 

 

「───っと」

 

 

軽い足取りで床に降り立ち、ぐるりと辺りを見渡す。うん、ホグワーツの自室だ。

あー何とか、無事帰って来れて良かった。

もう軽い気持ちに革命家に会いに行こうだなんて思っちゃダメだな、うん、反省反省。

 

 

「「ノア!」」

「ただいま、ヴォル──お…?」

 

 

 

部屋の少し離れた場所にヴォルとメイソンを見つけ、ほっと安心した途端──緊張の糸が途切れたのか、ぐらりと視界が揺れ足から力が抜ける。

床と正面衝突だ、と思っていたら駆け寄ってきたヴォルに抱き止められ何とか床とキッスする事は無かった。

他人の魔力なんて吸い取って使うもんじゃないな、めちゃくちゃ気持ち悪い。例えるなら忘年会でしこたま酒をちゃんぽんしたような猛烈な吐き気とダルさと目眩。──あれはもう最終手段でしか使いたくないなぁ。グリンデルバルドと俺の魔力の相性悪かったのかも。…魔力に相性なんてあるのか疑問だが。

 

 

「…メイソン、怪我は?」

 

 

俺の背中に回っていたヴォルの手に力が篭った。…なんだよ、ちょっと苦しいぞ。

メイソンは狼狽え、顔を蒼白にさせながらこくこくと何度も頷く。

 

 

「なんとも、無いよ。それよりノア!君の方が…!」

「メイソンが無事なら、いいんだ」

 

 

メイソンは瞳を揺らし、泣きそうに顔を歪めている。そりゃ、怖かったよなぁ…いきなりグリンデルバルドに攫われて訳がわからなかっただろう。もう俺のマネージャーやってくれないかも。

 

 

「ごめん、ヴォル…ちょっと座らせてくれないか?」

「……」

 

 

俺の言葉にヴォルは無言で俺を抱き上げ──所謂姫抱きというやつだが、まぁその方が運びやすいのだろう。──ベッドに座らせた。勝手に身体が後ろに倒れそうになるのを何とか堪え、隣に座ったヴォルに支えられながら、メイソンを見上げる。

 

何だか申し訳なくて、何も言えずへらりと笑いかけたらメイソンの目から涙が出て溢れ俺の側に膝をつきそのまま俺の足に縋るように抱きついた。

 

大の大人が肩を震わせて泣く姿なんて初めて見た。…さ、さすがに申し訳ない。

手を伸ばし頭を撫でて「ごめんな」と呟けば、メイソンは泣きながら首を振った。

 

 

「…ヴォル、この事を知ってるのは…?」

 

 

ヴォルは何故か、かなり不機嫌そうだった。…不機嫌というか、なんか──なんだ?何でそんなに嫌そうな顔をしてるんだ。

 

 

「……僕だけだ。…ノアがわざわざ校長に嘘をついたからね。…知られたく無いんだろうと思って…とりあえず、あの人はこの部屋から出てないよ」 

 

 

何度も校長室に行こうとするの、止めるの大変だったんだから。とヴォルは低く吐き捨てる。

 

 

「ありがとう、流石ヴォルだな」

 

 

流石俺の幼馴染、俺のことをよく分かってる!グリンデルバルドが手を出さない補償があるのは、ダンブルドアがいるこのホグワーツだけだ。メイソンを此処に無理矢理転送させる事は難しく無い、だがヴォル以外に知られたら──それこそ、ダンブルドアに知られたらめちゃくちゃ面倒な事になる。折角疑いが晴れてきてるのに、また逆戻りだ!それだけは避けたかった。

ヴォルなら、俺の考えを理解してくれるだろう、何より校長やダンブルドアに助けなんて求めないだろうと信じていた。 

 

 

「何があったのか、僕には説明してくれるんだよね」

「ああ…その前に──メイソン」

 

 

俺の声にメイソンは涙に濡れた目を上げた。

俺は杖先をメイソンの額に突きつけ「 オブリビエイト(忘れろ)」と囁く。ついでに眠り魔法もかけておこう。──全ては悪い夢だったんだ。

驚愕に目を見開いていたメイソンの目はぼんやりと虚になり、そのまま目を閉じて俺の足にもたれかかって眠った。

 

また、メイソンが狙われないとも限らない。暫く俺の関係者にはイギリスから出ないように言わないとなぁ。

 

杖を振るい、メイソンを浮遊させ俺のベッドに寝かせながらぼんやりと思う。グリンデルバルド、めちゃくちゃイケメンで怖い人だった。うーん、敵意はあんまり感じなかったけど、やっぱり最強でも──守るのって難しいんだな。

俺の体力が戻るまで、メイソンには寝てて貰おう。記憶も少しいじって、グリンデルバルドに攫われたことは忘れてもらおう。俺の過激なファンが犯人って事にしとこうか。…事務所にも、しばらくはイギリスから出ないように伝えないと。後で連絡しなきゃ。…や、やることが多すぎる…! 

 

ヴォルをチラリと見れば、俺が説明するまでは寝かせないとでも言いたいのか、強い目で俺を見ていた。疲れたし眠いし気持ち悪いけど、…ヴォルには説明をしないとな。

 

 

「グリンデルバルド、知ってるよな?」

「そりゃあ…」

「メイソンがグリンデルバルドに攫われたんだ。まぁ、狙いは俺だったんだけどな。…んで、助けに行って今に至る」

「……何で、グリンデルバルドなんかに狙われるの?」

「あー…この前アメリカ行った時にちょっとした好奇心で話しかけちゃって」

「はぁ?」

「それで、ちょっと興味持たれたみたい」

「…馬鹿なの?」

「馬鹿なんだよ。流石に反省した」

 

 

走馬灯?で見た通りの冷ややかな絶対零度の視線で射抜かれる。

流石に、今回ばかりは俺のミス、ちょっと考え無し過ぎたな。何も反論できない!

 

 

「……守るものがあるのって、大変なんだな」

 

 

俺はヴォルの肩に頭を乗せて呟いた。

俺が最強でも、周りは普通の人間だ、すぐに命の炎は消えてしまう。大切な者が、守りたい人が増えるほど──難しくなる。

最強すぎるのも、考えものだなぁ。

 

 

「…そんなの、作らなければいい」

「いやー…もう遅いな」

「………そんなに、あの男が大切なんだね」

「そりゃあそうだ。──…ヴォル?」

 

 

隣からの気配が、何だかいつもと違う気がしてヴォルの顔を覗き込む。

ヴォルは何でもないというように、微笑した。その笑顔は、俺には見せることが無かった、上辺だけの作られた笑顔だった。

 

 

「何、怒ってんの?」

「…別に」

「俺に、そんな顔で笑うなよ」

「いつも通りだよ」

 

 

いや、美しい完璧な微笑だけどな。俺にはそんな顔をしなかっただろ?…何で──。

 

俺は訳がわからず閉口した。

だめだ、思考がまとまらない、でも、何か──ヴォルに言わなければいけない、このままだととんでもないことになりそうな、そんな嫌な予感がした。

 

 

「…あー…ヴォル?」

 

 

まとまらない思考を必死に働かせ、ヴォルが何故そんな…そんな目をしているのか考えた。

ヴォルは、多分、俺の思い違いでなければ、それなりに俺を大切に──思ってくれている。多分、そう、信じたい。つまり、心配してくれていたのか…な?

 

 

「何?」

「…その…あー…心配かけてごめんな?」

 

 

そう思ったが、なぜかヴォルは少し──傷付いたような目を、一瞬だけ見せた。

見間違いかと思う程の刹那的な感情の揺れに、俺は言葉を間違えたのだと理解する。

 

 

「ヴォル──」

「ノア、疲れてるんでしょ?休んだら?」

 

 

ヴォルの言葉は優しいのに、声の響きは酷く冷たい。

な、なんだよ。これドラマとかで見たことあるぞ、ドロドロ系のドラマで…不倫した男が妻のいつもと違う微妙な優しさに背筋凍るやつじゃん!何で俺が二股した男みたいな気持ちにならなきゃなんねぇんだよ!二股とか、した事ねぇよ!童貞なめんな!

…え?──もしかして、ヴォルがこんな状態なのって…。

 

 

 

ヴォルはさっと立ち上がる。

俺は、つい──ヴォルの腕を取った。掴まれると思ってなかったのか、ヴォルはバランスを崩しあっさり俺の腕の中に収まった。

 

 

「──何」

「ヴォル、──」

 

 

一度言葉を区切った。

いや、…まさか、ヴォルが、ヴォルデモートが?闇の帝王が?…嫉妬するわけ、ないよな?そんな、子どもみたいな独占欲をいつまでも俺に持つわけないよな。確かに昔…ホグワーツに来る前は俺に執着していたように見えた、でもそれは同じ力を持つ俺だったから、あの場で2人が特別だったから。その感情なんて、魔法界に来て、薄れたと思っていた。…俺に本性を見せるのは、昔から知っている()()()()()()、じゃないのか?

そんな──もし俺の想像があっているのならヴォルはもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──俺にとって、ヴォルはただ1人の幼馴染だ」

「……そうだね。──うん、わかってるよ」

「…そっか」

 

 

ヴォルのため息が静かな部屋に響いた。

ヴォルは俺の腕の中から出て立ち上がり俺を見下ろす。いつも通りの表情に、少しだけ、安心した。良かった、──伝わったんだろう。

 

 

「顔色悪いよ」

「んー…少し休むわ。ヴォル、3時間後に起こして。…ヴォルのベッドで寝ていい?」

「仕方ないね、いいよ。…おやすみ」

「…ありがと、おやすみ」

 

 

俺のベッドにはメイソンが寝ている。

礼を言ってそのままベッドに寝転び、すぐに目を閉じた。

起きたらやらなきゃならないことがたくさんある。

それに少し、思考がまともに働くようになったら、ちょっと…色々考えないとな。ヴォルの事も、しっかり考えないと──。

 

 

ヴォルが、俺の頭を撫でていた。…珍しい、ホグワーツに来る前は、よくこうやって寝かしつけられていたっけ。

 

俺はすぐに意識を手放し、ベッドから香るヴォルのほのかな匂いに包まれながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

(俺はヴォルにかける言葉を間違えた。はっきりと、ヴォルも大切だと言えば良かったんだ。その事を後悔するのは、まだまだ先の話だけど。)

 

 

 




グリンデルバルド編はお終いです。
この時グリンデルバルドがどこに居て何をしていたのかまだ明かされてないので、きっと間違ってます…ファンタビが進めば、こっそり書き直すかもしれません。

そしてお察しの通り、ヴォルとノアの感情は暫くすれ違います。今の予定は、ですが!
ノアが転生者でハリポタファンである限りどうしても事前情報に引っ張られてなかなか噛み合いません。
可哀想なヴォルと、一生童貞のノアです。

いつも感想や評価ありがとうございます!
皆さんのコメント、面白くてにやにやしながら見てます笑



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25 リドルの日記

6年の後半。ホグワーツは至って平和だった。まぁ、裏でマグル生まれが呪われたりしていることが平和だと言えるのかどうかは怪しい所だが。

俺の周りは平和だと言えるだろう。マートルは相変わらず俺のストーカーをして気がつけば視界の端に居たりするし、ミネルバは相変わらず熱心に変身術に取り組みこの前アニメーガスになる為に頑張っているのだと教えてくれた。あれからグリンデルバルドは俺にコンタクトを取ってこない、たまにダンブルドアがいなくなってる所を見ると、もう彼らの戦いも佳境になってるのかもしれない。

 

そういえば、メイソンを早く騎士達と会わせないとなぁ。次の夏休みに皆に収集かけようかな。

 

 

後数週間で夏休み、という時に、俺とヴォルはついにホークラックスの詳細な作り方が書かれた本を見つけ出す事が出来た。

残りのかけたパーツだった呪文を知ったヴォルは暫くずっと上機嫌だったが、一方で何を分霊箱にするか、自分の魂を入れる物に相応しいのかかなり熟慮していた。

 

 

「魂の器になる物は…無機物じゃなくて生き物でも大丈夫なのかな」

「さあ?書いてなかったな、いけんじゃね?」

 

 

確か、ナギニが最後の分霊箱だったし、ハリーもたまたま分霊箱になっていたんだっけ?

ヴォルは暫く目を伏せ考え込んでいたが、じっと俺を真剣な目で見つめた。

……嫌な予感がする。

 

 

「お願いがあるんだけど」

「だが断るっ!」

「まだ何も言ってないでしょ」

「だが、断る断る!!碌なこと考えてねーだろ!どうせ俺を分霊箱にすれば安全安心じゃんとか思ってるだろ!」

「…なんでわかったの?良い案だと思うんだけどなぁ」

「確かに?俺は誰にも負けない魔法使いだけどな?──よく考えてみろよ、俺は不死じゃない、いつか死ぬ。それは、分霊箱の破壊とも言えるだろ。つまりその時ヴォルの魂も消えるんじゃねーの?」

「…そうか…やっぱりノアも不死になるべきだね」

「変な勧誘するなよ…」

 

 

未だに俺への勧誘を諦めないヴォルにはいっそ呆れを通り越して感心すらしてしまう。

…そういや、肉体が寿命で死んでも他の分霊箱が無事なら──魂が無事なら、それは死ではなく…肉体を変えれば生き続けられる、とヴォルは仮定して不死に近くなれると思い込んでるが…本当に合ってるのか?

肉体を手に入れるのも、めんどくさそうだよなぁ。…いや、待てよ?確かリドルの日記はジニーを殺して魔力と魂を吸う事で実体として復活する事を狙っていた。

分霊箱が全部無事なら、本人の魂以外の6人のヴォルが誕生する世界線もあったのか?──何それ怖い。せめて日記のようにイケメンで復活をしてくれ。じゃないと辛い、色々と。

 

 

「一つ目は、もう決まったんだ。…この日記に、魂を入れる。…秘密の部屋について、僕はやりたい事全て出来なかったからね…卒業したら…中々ここには戻ってこれないかも知れない。その時は──」

 

 

それから先は何も言わず、ヴォルは机の上に置いてあった黒い日記の背表紙を撫でた。

ヴォルがスリザリンの継承者だと知っているのは俺だけだ。どうやらヴォルはそれでは満足出来ないらしい。

 

ヴォルは日記を左手で撫でながら、ぽつりと呪文を詠唱した。──え、今?こんな気軽にやっちゃうの?

 

ヴォルの体に赤黒い光が纏わりつく、自室の中はまども開いてないのに風が吹き、俺の髪が美しく靡き、部屋にあった羊皮紙がふわりと舞った。

杖先を自分の胸に向けたヴォルは、詠唱しながらゆっくりと、日記の方へ杖先を移動させた。何か薄水色の発光体がヴォルの胸から溢れ、それに周りの赤黒い光が混ざりとたんに発光体の色は濁った。──あれが魂か。

杖先で日記を指したヴォルが最後の呪文を唱えれば、その発光体は日記に吸い込まれ、日記は一度赤黒い不吉な光を発した。

 

 

「──はぁっ…!」

「おっと!──大丈夫か?」

 

 

ホークラックスを作り終えたのだろう。ヴォルは胸を抑えその場に膝をつく、慌てて駆け寄ってその顔を覗き込んでみれば、やけに顔色は悪い。土気色で今にも倒れそうだったが、目だけが凶悪に赤く光っていた。

 

 

「でき、た…?」

「多分な。──痛いのか?」

「いや、痛くは無い。…ただ、なんていうか…言葉では表せないね。──これが魂を分けることなんだ…」

 

 

本人にしか分からない何かがあるのかもしれない。ヴォルは自分の手のひらをじっと見つめていたが、その手が痙攣するように震えていた事が許せなかったのか、強く握り込んだ。

 

 

「ちょっと座っとけ」

「ん…」

 

 

指を振り部屋の中にふかふかとした肘掛け椅子を出し、ヴォルをそこに座らせる。背凭れに深く身を沈めるヴォルは、長い溜息を吐き、かなり疲れているように見えた。

机の上にある黒い日記は先ほども何も変わらない気がする。ただの何も書かれていない、普通の日記だ。

 

 

「……ねえ、何か書いてみて」

「ん?…おっけー」

 

 

俺は日記を開き、手のひらをくるりと回し羽ペンを出し日記に向かい合った。うーん、何を書こうかな。

 

 

『heyヴォル!今日の天気は?』

 

 

日記に書けば、インクはすっと吸い込まれ暫くしてじわじわと文字が浮かび上がる。

 

 

『わからないよ。その呼び方は──君はノアだね』

「す、すげー!!」

 

 

す、すげぇ…これがマジもんのリドルの日記!グッズで売っていたただのノートとは全く違うぜ!昔はコレクターだったからなぁ…ハリポタのグッズも金が許す限り集めたっけなぁ……。欲しい物が非売品なら、なんとか似てる物を探し出してそれっぽく作ったっけなぁ…!

デスノを履修してる人なら間違いなく黒いノートを買って、修正ペンで表紙にDEATH NOTEって書いたよな…俺も何冊か作ったよ…。

 

 

「…ちゃんと機能してるみたいだね」

「ああ、まじですげぇ…なぁ、これってもう1人のヴォルって事?」

「魂に今までの記憶が情報として含んでるからね」

「うわー…」

 

 

すげぇ。

もう一度呟く。まじで凄い。この日記は忌み嫌われるべき存在で、褒める物では無い。

それはわかっていても、やっぱファンとしてこの実物に出会えた衝撃が強すぎる。欲しい…。

珍しく感激し、興奮してしまった俺を見て、ヴォルは嬉しそうに微笑んでいた。

自分のホークラックスが誉められて嬉しいんだろうな。

 

もう全部日記にしたら良いのに…つか、一つくらい人形とかに入れたら良いじゃん。そうすれば話せるし動けるし最高では…?

 

 

「なぁ、ホークラックスの事書いてる本ってまだ返してないよな?」

「うん、引き出しの1番奥にあるよ…──興味出てきた?」

 

 

ヴォルの机の引き出しを探り黒い本を取り出す。振り向いてニヤリと笑い「ちょっとな」と言えば、ヴォルは俺が頷くとは思わなかったのか驚きに目を見開いた。

 

 

「え、ノア──本当に?」

「えーと、ホークラックスのページは…」

「ちょっと、ねえ、聞いてる?」

「ふんふん、なるほどなるほど…」

 

 

ヴォルの言葉は無視して詳細に書かれたホークラックスのページを読んでいたため、ヴォルは暫くして俺に話しかけるのを諦めちょっと不機嫌になってしまった。

 

 

 



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26 騎士団集合!

 

7年生になる前の夏休み。

俺はマルフォイの屋敷を訪れていた。でっけ、流石に旧家は違うな。まさか正面玄関から馬車で広大な庭を通って屋敷に向かうとは思わなかった。

 

 

「アブラクサス!久しぶりだなぁ」

「ああっ!お久しぶりです、ノア様…!」

 

 

でかい屋敷の時期当主が俺の前に跪き、ローブの端を持ち口付ける様子は中々に衝撃的な絵面だ。だがここにそれを止める者も、非難する者も残念ながら居ない。

 

 

「…ミネルバ、私…こんなお屋敷初めてきたわ…」

「マートル、私もよ」

 

 

マートルとミネルバは寮こそ異なるが騎士同士で、尚且つ同じ年齢という事もあり割と親しくなっていた。ファーストネームで呼び合う程度には親しい。そしてマートルは自分のノートをミネルバに見せているらしい。この前2人がノートを見ているところに遭遇したが、ミネルバは顔を真っ赤にしてマートルの背中をぽかぽか叩いていた。マートルはけらけら笑ってなんだか楽しそうだったなぁ。うん、もう嘆きのマートルではない、マートルは普通の女の子だ、ちょっとイカれてるけど。

 

 

「アブラクサス、この前の限定盤ブロマイドのシリアルナンバー、No.何だった?」

「No.3だった…ベイン、君は…?」

「ふっふっふっ…僕はNo.2だ!」

「くっ…負けた…!」

 

アブラクサスとベインも、そこそこ仲がいいらしい。成人済みの彼らは時々会っていると手紙で書いてあった。互いに俺のコレクターでもあるから、その辺、意気投合するのだろう。

あれ、この二人のどっちかがNo.1だと思ったけど…2人より早く手に入れた人って誰なんだろ。

 

2人が俺のブロマイドの話をしていると、他の何人かの騎士達が「私No.5だったの」「どうやったら一桁とれるの?僕はNo.12だった…」と口々に言いながら話題に加わった。

 

 

少し離れた場所でぽつんと立っているのは俺のマネージャーのメイソンだ。ここに連れてくるにあたって、マネージャーだということは説明していた為、きっと彼らはこの後俺は仕事に行くと思っているんだろうな。

 

 

「皆、ごめんな急に呼びかけて。予定あったんじゃないか?」

 

 

和やかに話している騎士達に言えば、ぴたりと話を止め皆が俺を見て一様に首を振った。

 

 

「ノアよりも大切な用事はないよ」

 

 

とベインが当然のように言えば、皆が頷く。──うーん、コイツら調教されすぎだろ!した覚え無いのに!

 

 

「新しい騎士に、俺のマネージャーのメイソンを加入させた。それを伝える為に集まってもらったんだ。──ほら、メイソン、前にこいよ」

「えっ…あ、ああ。メイソン・キャンベルだよ。よろしく。──お近付きの印に、これ…」

 

 

メイソンは注目される事に慣れてないのか──まぁ、マネージャーは陰で動くからなぁ──1番年長者なのに年下の彼らに対して少ししどろもどろになりながら鞄から何かを取り出して配った。

 

 

「なっ…!」

「こ、これは…!」

「こんな、こんなの…!」

 

 

受け取った騎士達はわなわなと震え驚愕に目も口も見開き言葉が出ないようだ。…え、何?

 

 

「写真集に入れられなかった写真だよ、気に入ってもらえたなら嬉しいけど…」

「…こいつらにとってはどんな貢物より嬉しいだろうよ…」

 

 

感激に身を震わせながら大袈裟な身振り手振りでそれぞれの写真を見ては「神よ…!」「この写真載せなかったなんて、そんな…!」「はああっ!ノアさんのドラゴンスタイル…!」「美しい…!」などなど叫び合っている。俺にとっては懐かしいなぁとしみじみ思う程度の光景だが、メイソンはマネージャーとして俺が褒められる事がなによりも嬉しいらしく、頬を紅潮させて騎士達の元に駆け寄ってはリアルなファンの声を熱心に拾っていた。次の写真集に騎士達の声を生かすつもりなのだろう。

 

 

「そうだ、ノア様は…次7年生ですよね。就職先は…このまま、芸能活動をするつもりですか?」

 

 

青白い頬を僅かに朱に染めていたアブラクサスはこほんと咳をしてから俺に聞く。他の騎士達も俺の今後が気になるのだろう、会話をやめてじっと俺を見ていた。

 

 

「んー、一応そのつもりかな。他国の幾つかの出版社と契約してるし」

「ああ…素晴らしい。ノア様の美しさが魔法界の隅々まで広がるのも時間の問題ですね」

「まぁな。──まぁいずれはホグワーツの教員になろうかなと思ってるんだ」

「えええっ!?そ、そんな…!」

「最高です!私が在学中に戻ってきて下さい…!」

「えー魔法省は?楽しいところだよ。一緒に神秘部で働かない?愛と神について解き明かそうよ」

 

 

メイソンは愕然とし、ミネルバは目を輝かせ頬を染め、ベインは残念そうに眉を下げた。

 

 

「ノ、ノア本当に?辞めちゃうのかい?どうして…」

「勿論、メイソンの夢は知ってる。それを叶えてからの話だ。元々長く続ける気は無いんだ」

「そんなぁ…」

「全盛期にさっさと引退した方が、伝説になれるだろ?」

「ノアはいつまでも全盛期さ!」

「はは、ありがとう」

 

 

その通りだろうな。

だが、俺はモデルとして全世界──魔法界とマグル界で有名になるよりも、したい事がある。

そう、どうせなら親世代のキャラクターとも会ってみたい!流石にいつ入学するのか覚えて無いが、多分20年ちょいだろう。…まだまだ先の話だが、それまでに…ヴォルデモートが頭角を表しだすまでに、ホグワーツで実績を積まなければならない。

今後、ヴォルはヴォルデモート卿としてイギリス魔法界に陰を落とす。過激になり出した後では──ダンブルドアは俺をホグワーツにいれないだろう、信頼されてないっぽいし、俺とヴォルは仲良いし。

そうなる前にホグワーツに入って、親世代達のキャンパスライフを見てみたい!

悪戯仕掛け人を追いかけ回したい!セブルスに睨まれたい!

親世代の甘酸っぱい学生生活をニヤニヤしながら見守りたい!

 

 

「…引退の時期はまた今度話そう…まだ先の話みたいだしね」

「ああ、それまではよろしく!」

 

 

俺が妄想してニヤニヤしてると、メイソンは小さくため息をついて苦笑した。

 

 

 



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27 最後の一年

 

ついに学生としてホグワーツで過ごす、最後の年が始まった。

ヴォルは相変わらず優等生であり、模範生である。教師からの信頼も厚く、寮を超えて生徒達から羨望の眼差しで見られていた。秘密裏に結成したトム・リドルの一団の人数はその誰もを魅了出来る話術と見た目も相まって、中々に増えてきている。優れた純血の者や、この魔法界の現状に不満がある者、陰でグリンデルバルドの思想を支持していた者達を引き入れ、けっして表に出ることも、悪さの証拠も残さない集団だったが既に死喰い人としての片鱗を見せている者も居た。

 

 

「ヴォルは就職先どうすんの?」

 

 

校庭の芝生の上に寝転び、暖かい日差しを浴びながら俺は木陰で本を読むヴォルに何気なく聞いた。

 

 

「ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教師になりたいかな」

「リドル先生になるのかー。悪くないけど、いきなり一歳しか変わらない生徒を教えるの…なんか気まずくねぇ?後輩がまだ在学してるし」

「そう?僕は気にしないけど。──確かに、断られるかもしれないね」

 

 

一つ年上の先輩が先生になる。

そんな経験、中々無いことだろう。

まぁヴォルはただ教師になりたいだけではなく、このホグワーツでひっそりと闇の勢力を拡大させるつもりなのだ。今は防衛する事に重きを置いている科目だが、もしヴォルが教員になれば防衛だけではすまないだろう。

 

 

「ってか、ダームストラング校の教師になれば良いんじゃね?あそこの学校は闇の魔術や実践的な決闘に力を入れてるらしいし」

「それも、考えたけどね」

 

 

そうなのか。

ヴォルは「でも」と言葉を続け顔を本から上げると、少し遠くに見えるホグワーツの古城を目を細めて見た。

 

 

「──ここが良いんだ」

 

 

その声には、確かな愛着、のようなものが含まれていた。なんだかんだ言ってホグワーツで過ごした日々はヴォルにとって楽しかったんだろうな。

 

 

「教師になれなかったら…ボージン・アンド・パークスに就職するつもりだ」

「へ?」

「ノクターン横丁にあるアンティークショップ」

「ヴォルがショップ店員ねぇ…」 

 

 

ヴォルの言葉にしみじみとつぶやく。

 

レジ打ちとかするの?ヴォルが??お金数えたりすんの??「合計12ガリオンです」とか言って笑顔で袋詰めするの?品出しとか在庫確認とかするの?「奥さん、本日の目玉商品はこちら!なんと3つ合わせて 298(ニーキュッパ)ガリオンです!」とか宣伝しちゃうの?に、似合わねぇ…!

 

そんな店…あーなんかぼんやり覚えてるような…大きなイベント以外はちょっと記憶が曖昧になってきてる。流石にもう15年以上前の記憶はあやふやだ。たしかその店で分霊箱にする物を買うんだっけ?なんか違うな…あ、殺して奪うんだっけ?

 

 

「ノアも一緒に働く?」

「うーん、俺が店員になったらこの世の秘宝全て集まりそうだな」

 

 

何せ顔面が良く、世界的に有名になりつつあるハイパーモデルノアのいる古物店である。そんなの代々伝わる秘宝をみんな喜んで持ってくるんじゃね?

 

 

「俺はもうちょっとモデル活動して…ホグワーツの教師になりたいんだ」

「…ノアが教師?…科目は?」

「そうだなぁ、呪文学か、魔法薬学か、変身術か…」

「誰かに教えるほどノアに学力があるとは思えないけどね」

「うるせー!座学は残念でも実技試験はヴォル以上の成績だって事をお忘れかな?ヴォルくん?」

 

 

くるりと寝返りをうち、芝生の上に肘をつき顎を乗せてにやにやと笑いかける。

そう、俺はチート能力のおかげで実技試験はヴォル以上の成績を収めている。今まで誰一人として負けたことはない。まぁ頭脳は平均並…より少し良いくらいなので、合計の成績でいえばそこそこな結果になっているのだが。

 

 

「せめてノアにもうちょっとまともな頭脳があれば良かったね」

「俺がヴォル並みの頭脳を持ってたら、向かうところ敵なしだな!…ま、俺は最強だから?今でも何だって思いのままさ!」

「…僕ら2人でなら、世界を変えられると思わない?」

 

 

…あれ?なんか既視感のある言葉だな。

ヴォルは静かに微笑んだ。たまに、ヴォルはこうやって優しい目で俺を見ることがある。まぁ優しい目なんて数ヶ月に一回で冷ややかな目がデフォだけど。

 

 

「俺はこの世界が好きだ」

「…そう」

 

 

俺はこの世界が好きだ、大好きだ!

征服なんてとんでもない。そんな事やる気は毛頭もない、ただ目の前で起こるさまざまなドラマを、少し離れたところから見たいだけだ。──悪趣味、と言われようがこれだけはやめるつもりはない!

 

 

上半身を起こし、太陽の光を浴びて輝く湖を見た。世界はこんなにも綺麗で──残酷だ。

まぁ、進撃の巨人のミカサちゃんの言葉はなかなか真理をついていると思う。

 

 

「──あ」

 

 

ばしゃん、と湖から巨大イカが鯉のように跳ねた。

ただのイカではなく、小山ほどある巨大イカのジャンプは少し水が掛かる程度で済む──はずもなく、俺は手を突き出し降りかかる水を防いだが、ヴォルは反応が遅れ──。

 

 

「…よっ!水も滴る良い男!」

「……」

 

 

ヴォルがこんな失態をするなんて珍しい。襲い来る水に反応が遅れるほど…それ程気にかかる何かがあったのだろうか?

水を頭から被ったヴォルの身体を手で撫でれば、すぐにその体に暖かい春風が吹きさっぱりと乾いた。ま、暖かいとはいえもうすぐ10月だしな。

 

ヴォルは乾いた身体を見て、何故か驚いたように目を見開き、勢いよく俺を見た。

 

 

「なんだよ」

「何で…血の誓いがあるのに、魔法が…」

「ああ、そりゃ…誓いは互いに戦わない、だろ?俺は()()()と思って魔法かけてねーもん」

 

 

何を驚いているのかと思ったら、何だそんなことか。

俺たちが誓ったのは、戦わない。それだけだ、何を基準にして戦わないなのかわからないが、少なくとも契約を破るような事はしていないし考えてもいない。血の契約の内容に背くことを考えただけで、肉体的に傷付くらしいし。

 

 

「多分、互いに魔法をかけないーとかなら、無理だっただろうなぁ。治癒魔法とかも、今ならかけられると思うけど」

「そうか…」

 

 

ヴォルは乾いた自分の体を見下ろしぽつりと呟くと何か考え込んでいるようだった。

 

 

「水の滴る良い男のままの方がよかった?」

「そんなわけないよ」

「ですよねー」

 

 

俺は再び空を仰ぐように寝転び、頭の後ろで腕を組んだ。

戦わない──それを深く考えるだけでも、肉体的に傷つく契約。ま、俺は戦うつもりなんて無いけど、ヴォルはこれから…どうなるんだろうなぁ。

 

遠くから昼休み終了の鐘の音が響く。

ヴォルは本を鞄の中に入れ、俺も立ち上がり服につく汚れを魔法で払った。

 

 

「ヴォルがショップ店員になったら遊びに行くよ」

「来なくていい」

 

 

からかいながらいえば、キッパリと拒絶されてしまった。いや、絶対見に行って客という立場を利用しニヤニヤしてやる!

 

 

 

 



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28 しゃーうぃーだんす?

 

 

告白ラッシュである。

俺、人生初のモテ期到来か!?何故か世界一の美貌の筈なのに誰もを告白してこなかったもんなぁ。

 

 

「いやーモテる男は辛いぜ!」

 

 

毎日2.3人の人から告白される。女子だけではないのは、俺の美貌だから仕方がないだろう。そう、今は12月、もうすぐクリスマスだ。ホグワーツ最後のクリスマス。生徒たちは最後の思い出を作りたいのか、当たって砕けろ精神で俺に告白してくる。

このままのペースでいけばクリスマスまでにホグワーツ中の生徒から愛の告白を受ける事になりそうだ。

 

 

「はあー断るのも胸が痛むよ…」

「ノアは、誰かと付き合わないの?」

「うーん、好きな子居ないしな…ヴォルは?」

「居ないね」

 

 

まぁそうだろうなぁ。

日中はほぼ俺か愉快な仲間達と一緒だし。夜にこっそり出かけてるのはただの性処理なんだろう、…ヴォルに泣かされる女の子は多い。罪な男だな!

 

 

「ダンスパーティの相手は決まったのか?ヴォルならより取りみどり、入れ食い状態だろ」

 

 

今年はクリスマスの日に、ホグワーツでダンスパーティが開催される。この7年間一度もなかったが、多分グリンデルバルドが捕まり世間が明るく祭ごとを楽しみたい雰囲気にあるからだろう。──そう、グリンデルバルドは少し前にダンブルドア軍団により退けられ彼が作った城に投獄された。今後魔法史に語り継がれるだろうという大戦だったらしい。

ちょっと見に行こうかなぁと思ったけど、前回のようにめんどくさい事になりかねないと思って諦めた。いつ戦いが始まるかもわからなかったしなぁ。

 

で、その祝いなのか何なのか、ダンスパーティが開催される事になり、クリスマス休暇だというのに殆どのホグワーツ生がここに残るらしい。

俺が沢山の生徒に告白されるのも、そのダンスパーティのお誘い──という面もあるのだろう。

 

 

「僕はパートナーを決めないつもりだ」

「へえ?何でまた」

「彼女面されるのもめんどくさいしね」

「ああー…なるほどなぁ」

「…ノアは?」

「んー、俺も決めないかな」

 

 

一流モデルで注目の的の俺が個人的にパートナーを決めれば、それだけでゴシップ記事が半年は騒ぐだろう。婚約者か!?秘められた恋の行方は!?なんて言葉が踊るのは間違いない。メイソンから大事な時期だからくれぐれも気をつけるように釘を刺されてるしなぁ。

 

しかし、ホグワーツの美形ランキングぶっち切りで一位の俺と、二位のヴォルが誰もパートナー居ないなんて、ちょっとダンスパーティの華やかさが欠ける気がするが。

…そもそも俺、踊れないし。

 

 

「ノアが女ならパートナーにしたのに」

「へ?」

「後腐れなくていいでしょ?」

 

 

ヴォルはそういうと小さく笑う。

まぁ、確かに他の女の子はヴォルに誘われたとなれば恋人の座は私のものだ!とばかりにふんぞりかえるだろう。俺はヴォルと踊っても、そんな心配はない。

──そうか!その手があったか!

 

 

「ヴォルは踊れるのか?」

「あれだけ練習させられたらね」

「まじで?俺全然無理だわ」

 

 

授業の時間を少し使い、ダンスパーティに向けて簡単なワルツだけ練習させられてはいるが、残念ながら俺に美しさはあっても踊りのセンスは無かったようだ。ダンスなんて中学校の林間学習でキャンプファイアーを囲み同級生とマイムマイムした事しかないのだから、仕方ない。

 

 

「よし!ちょっと出てくる!」

「何いきなり。…わかった」

 

 

俺のいつもの行動には慣れっこなのか、ヴォルは少し眉を寄せたが気にしなかった。

俺は自室を飛び出し寮を抜ける。階段を駆け上がり──えーっと、この時間なら、やっぱ寮かな?

 

 

「あ、なあなあ、ミネルバ・マクゴガナル呼んできて欲しいんだけど」

「ひぃっ!!も、もちろんです!」

 

 

グリフィンドール塔の前で下級生らしい女の子に声をかければなんか人狼に出会ったような悲鳴をあげられたが、こくこくと何度も頷き寮へ走り去っていった。

 

壁にもたれて待っていると、息を切らせてミネルバが俺の元に走ってきた。

 

 

「ど、どうしました?」

「ああ、ごめんな。今大丈夫?」

「ええ、この後変身術の個人授業がありましたけど、ダンブルドア先生には急用が入ったとフクロウ便を飛ばしました」

 

 

ミネルバがいいなら良いけど、それって結構大事な授業じゃないのか?

まぁミネルバは俺の騎士だ、俺の用事がなによりも大切なんだろう。

ミネルバは胸を抑え何度か深呼吸し息を整えると、少しツンとすました表情で顎を少し上げながら俺を見つめる。うーん、マクゴガナル先生!って言いたくなる表情だな。

 

 

「俺にダンス教えて欲しいんだ」

「え…?…わ、私が、ですか?」

「うん」

「勿論、ノアさんの頼みとあれば…ただ、私…その、それ程うまくありませんよ?」

「良いの良いの。簡単なワルツだけで良いからさ。それに知りたいのは──」

 

 

少し体を曲げミネルバの耳元に顔を近づけ──途端にミネルバはりんごのように真っ赤になり視線を泳がせた──囁いた。

周りの生徒達に聴かれるわけにはいかない。当日まで秘密にしておかないと、楽しくないだろう?

 

 

「…なるほど、わかりました。それなら何とかなりそうです」

「ほんと?ありがとうミネルバ!」

「その日、猫耳はつけますか?」

 

 

猫のしっぽでも良いですけど。と真顔で言うミネルバに、流石につけないかなーと苦笑すれば至極残念だと言うようにため息をつかれた。

そのかわり新しい獣人になって写真を送るよと言えば、ミネルバは興奮して目をキラキラと輝かせ嬉しそうに笑う。うーん、ミネルバ妹みたいで可愛いんだよなぁ。マートルもだけど。

 

 

早速俺とミネルバは誰もいない空き教室で練習を重ねた。ミネルバは俺の思った通り──かなりスパルタだった。少しでもテンポがズレれば直ぐに一度音楽を止め間違いを指摘する。うまくいくまで何度も何度もワンフレーズのみを繰り返すのだから、マジで容赦がない!!

きっと、マートルなら俺が間違えても「そんなノア様も素敵です!むしろ立ってるだけで良いのでは?」と、言っただろう。…だから、練習相手に選ばなかったんだけど。

 

 

何とか途中で止められる事なく一曲を踊り終え、ポーズを決める。──完璧だ!

ミネルバはパンッと強く手を叩き俺に向かってにっこりと満足げに笑った。

 

 

「──いいでしょう!かなり上達しましたね!」

「は、はい…マクゴガナル先生…」

 

 

ついついマクゴガナル先生、なんて呼べば、ミネルバは少し目をぱちくりとさせたが満更でもないようで得意げに笑う。うーん、何だかハーマイオニーみたい。

 

 

「ノアさん、パートナーは決まりましたか?」

「うん、決まってる。ミネルバは?」

「私は…その、…同級生に誘われて…」

「あらやだっ!」

 

 

頬を染めて恥ずかしそうにするミネルバに、ついついオバサンみたいな反応をしてしまった。ミネルバに春!?春なのか!?この初々しい反応…っか、可愛い!

ついついミネルバの頭をぐりぐりと撫でれば、ミネルバは挙動不審になりかなり焦っていた。

 

 

「どんな男だ?付き合ってんの?」

「えっ…い、いえ、そういう…仲では無いのですが」

「えー?誘ってきたんだろ?その男は絶対ミネルバのこと好きじゃん!」

「そ、そうですかね?」

「悪い男なら俺に言えよ?懲らしめてやるから!」

「まぁ!」

 

 

ミネルバは驚き困ったような顔をしたが、それでも頬は赤く、悪戯っぽく笑った。

 

 

 

ーーー

 

 

クリスマスのダンスパーティ当日。

俺もヴォルも男性用の礼服に着替えていた。

深い紺のシャツに黒いドレスローブ、ネクタイの色は俺の髪に合わせた絹製のもので美しい銀色だ。いつもは弄ってない髪も、片側をかきあげ整髪料で硬め後ろに流している。

 

 

「俺、美しすぎない?大丈夫?」

「…顔だけは良いからね」

 

 

姿見に映る俺に見惚れながら振り向けば、ヴォルも丁度着替え終わったところだった。ヴォルのシャツはやや赤みがかかった黒で、ドレスローブは俺と同じものを着ている。ま、苦学生が新品のドレスローブなんて買える筈もなく、俺がプレゼントしたものだ。

 

 

「うん、ヴォルも相変わらずイケメンだぜ?ただし──」

「俺には負けるけどな。──もう何度も聞いたよ」

 

 

ヴォルは俺の口調を真似して皮肉混じりに言う。それでもその表情がどこか楽しげなのは、ヴォルも今まで暮らしてきた中で最も規模のでかいクリスマスパーティの雰囲気に当てられているのかもしれないな。

 

 

俺とヴォルは2人でスリザリン寮を出ると、パーティが開催される大広間へ向かった。

すれ違う生徒たちが何人も俺の美貌を見て頬を赤らめ感嘆の吐息を吐く。まぁ、いつもの格好ではない俺は自分で言うのもなんだが──今までの中で1番、男らしく、カッコいい!

 

 

 

「──あ、俺忘れ物してきたわ。ちょっと先に行ってて!」

「わかった」

 

 

ヴォルと別れた途端、ヴォルは数名の女生徒に囲まれてしまい、すぐにいつものような人の良い朗らかな笑みを浮かべ対応していた。俺がモテモテなのと同じように、なんとかしてヴォルとせめて一曲は踊りたいという女の子は多いのだろう。

 

 

「ノアさん!そ、その!私と一曲だけでも…!」

「ごめん、先約があるんだ!」

「え…ええええっ!?」

 

 

美しい淡いピンク色のドレスに身を包んだ女子に声をかけられたが、止まることなくそういえばその女の子だけでなく周りの生徒たち皆が驚き悲鳴をあげた。「誰!?」「どこの女よっ!?」「ノアと踊るなんて羨ましい!」という叫びを聞き後ろを振り返り、もう一度「ごめんな!」と言えば、生徒達に混じって驚き目を見開くヴォルと、一瞬目があった。

 

 

俺は生徒たちの喧騒から離れ、誰もいない廊下にたどり着くと、そっと空き教室に入り直ぐに支度に取り掛かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

大広間に続く玄関ホールや大理石の階段の至る所で生徒たちがパートナーと楽しげに会話をしダンスパーティの開催を今か今かと待っていた。

豪華絢爛な飾りが施された大広間には有名な合奏団が大広間の壇上に現れ、シックな礼服に身を包みそれぞれの楽器を手に持ち小さな音を奏で、ダンスパーティ開始時刻まで音合わせをする。

リドルは同じ寮生──所謂、トム・リドルの一団と言われる仲間たち──や、香水の甘ったるい匂いを漂わせ媚びた熱い視線を向ける女達に囲まれ、相変わらずの微笑を浮かべていたが内心ではピクリとも笑えずむしろ、苛立ちすらしていた。

 

 

──ノアにパートナーが居たなんて聞いてない。数日前は誰とも踊らないって言ってたのに。

 

 

リドルはボーイが運んできたグラスを手に取りつつ──周りの生徒達の自分への賛辞の言葉を右から左に聞き流し──スパークリングを飲みながら心の内で呟く。

隠さずとも、良いじゃないか。別にパートナーくらい、言ってくれれば──。

 

 

突如後方で大きな音が続いた。

何かが複数倒れる強い音に、誰か転倒でもしたのかと何人もが振り返る。

ホグワーツ中の生徒達が集まり、ざわついた大広間では人々の後頭部しか見えず、何が起こったのかリドルには分からなかった。

 

 

悲鳴、倒れる音。──そして静寂。

 

 

誰もが大広間の閉められた扉を怖々と見ていた。教師達は立ち上がり表情を険しくしながらさっとその場に向かう。ダンブルドアは、まさかグリンデルバルドの残党か──と、グリンデルバルドから奪ったニワトコの杖を強く握った。

 

 

バタン、と大きな音を立てて扉が開く。

その先には──彼らが今まで見たことも無い光景が広がっていて、それを見たダンブルドアは頭を抱えた。

 

 

 

「め…女神…」

 

 

誰かの呟きがしんとした大広間に響く。

リドルはその言葉にデジャヴを感じながらも──否定出来なかった。

 

 

深海を思わせる群青色のパーティドレスは宝石を散りばめたようなスパンコールが胸元にさりげなくあしらわれ、シンプルだがその人が着るために作られたのかと思うほど着こなしていた。美しく滑らかな質感のそのドレスよりも、さらに絹のようにさらりと流れる銀髪は緩く編まれ、ハーフアップに結い上げられている。

 

生徒達の視線を集めたその人──ノアはふっと軽く微笑んだ。

 

 

その途端扉を中心に皆がふらりとよろめきその場に倒れる。

そう、現れたのは魔法により女体となったノアだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

俺が大広間の扉を開け、近くにいた生徒達に微笑みかければ、懐かしい光景が広がる。

 

俺の美貌にやられて倒れる者の多いこと多いこと。

一歩足を踏み出しヒールをならせば、ざっと道が開き大広間の中心まで一気に人が避ける。

 

何人かが跪き指を祈るように組み──「貴方様の輝きはまるでルーマス・ソレム!」

ちらりと流し目を向ければ胸に手を当て恍惚とした顔で──「歩みだけで全てをインペリオ…!」

さっと流れた髪を後ろに払えば──「今、永久の魅惑の呪文にかけられた」

 

 

三年生の時を思い出す──いや、当時よりも明らかに倒れる者が多く俺に跪き首を垂れる生徒が多い気がするが、俺は気にすることなく開けられた道を軽い足取りで進む。

 

まぁ、ただの女装ではない。

魔法で完全に性別を変身させている。胸は下品でない程度にあるし、腰は蠱惑的にくびれ、なんともエロい曲線を描いている。

昔女装した時とは違い、俺は今間違いなくむせ返るような色気がある事だろう!

勿論体だけでなく、顔立ちもちゃんと女にしている。いつもより頬は丸みをおび、目は大きいだろう。鏡見てないから分からないけど…化粧も魔法で少しだけ。──濃い化粧をしなくても俺は美しいのだから無問題!

 

 

 

生徒たちが道を開ける先には、目を見開き俺を見つめるヴォルが居た。

 

 

「ヴォル、何か言う事があるんじゃないか?」

 

 

うん、声まで女の子だ。

いつもより高く、すっと耳に馴染む声に近くにいた生徒は耳を抑えその場に倒れた。──「祝福の鐘の音を聞いた」

 

 

 

「…──綺麗だ」

「いやいや、当たり前だろ?…そうじゃなくてさ」

 

 

ぽつりと、思わず溢れたようなヴォルの言葉に、笑う。綺麗に決まってるだろ!

 

 

俺は苦笑し手を差し出した。

ヴォルはそれが何を意味するのかようやく察すると手に持っていたグラスを、ヴォルの隣で顔を真っ赤にして呆然としているエイブリーに押し付けて俺の前に近づいた。

 

 

Shall we dance?(僕と一緒に踊りませんか?)

 

 

ヴォルはすっと膝をつき、俺の白く、いつもより華奢な手を取ると手の甲にそっと口付けを落とす。

 

 

I’d love to!(喜んで!)

 

 

俺が笑顔で答えるとヴォルは俺の手を引き、腰に手を回し舞台へ上がった。

俺はちらりと壇上の合奏団に目配せをする──と、はっとしたような表情になった彼らは直ぐに楽器を持ち直し、美しいワルツを奏でた。

その魔法が込められた音楽に引き寄せられるように、何組ものカップル達も俺たちに続いて舞台へ上がり楽しげに音に乗る。

 

 

「女性役の踊りなんていつ学んだの?」

「ん?ああ、ミネルバに教えてもらったんだ」

 

 

何とか躓くことも、ヴォルの足を踏むことも無く、美しい曲──何故か、気分が昂揚する、多分そういう魔法が込められているんだろう──に合わせ踊りながら答える。

うん、ワルツなら完璧だ!これだけしか踊れないけど。

 

 

「…僕と踊る為に?」

「折角のダンスパーティだ、花を添えるのは俺の役目だろ?」

 

 

いつもは身長がさほど変わらないが、女体になった俺は頭ひとつ分はヴォルより低く、ヒールを履いていても見上げる形になってしまう。まぁ、あまりデカすぎたら上手く踊れなかったし丁度いい身長差だろう。

 

 

「…そう」

「ま、俺も踊るならヴォルがよかったし」

「…ふーん」

 

 

素気ない返事だったが、俺にはわかる。ヴォルは超絶ご機嫌である。

まぁこの音を聞いて、世界一の美女となった俺と踊れて上機嫌にならない人間など居るわけがない!

 

一曲踊り終えた俺は、少し息を弾ませながらやりきった達成感をじんわりと噛み締めてた。ミネルバどこかで見てるかな?ミネルバ──いや、マクゴガナル先生のおかげで俺、完璧に踊れましたよ!

 

 

「──少し熱いね、向こうに行こう」

 

 

熱いというのは体感的な温度なのか、それとも生徒たちの無数の熱視線なのか。

ヴォルは俺の手を引き、舞台から降りると──ちゃんとエスコートされてしまい、何だか変にこそばゆい──生徒たちの視線から逃れる為に大広間の端へ移動した。

 

暫くちらちらと頬を染めながら何人もが俺を見ていたが、新しい曲が奏でられるとすぐにそちらに意識を向け、自分のパートナーと踊り出す。音楽は何にも勝る素晴らしい魔法じゃ!──なーんて。

 

 

「ノア」

「何──」

 

 

何だ。と、ヴォルを見上げたら、ヴォルの濃い灰色の目が俺の視界を埋め尽くしていて。

ぎりぎり口ではない頬あたりから小さなリップ音が響く。

……な、何しやがったこいつ…。

 

 

「…何…だよ」

「ダンスのお礼にこうするんだよ」

「へー、知らなかった」

 

 

まぁ外国は割と仲良い人にキスするっていうし?うん、口じゃなかったしギリオッケー?

なんか遠くでそのシーンをばっちり見た女の子たちが口を抑えて目を輝かせているけど、いいのか?

 

 

その後、俺は杖を振り元の姿に戻し服も変化させて──残念そうな声と、色男中の色男の俺に黄色い悲鳴が上がった──ダンスを踊る人たちを見ながら豪華な料理を食べた。立食パーティー?って言うんだっけ?

 

 

「あ、ヴォル、ちょっとまってて!」

 

 

ダンスが一段落ついたのか、合奏団は今までとは違う控えめな曲をバックミュージックとして大広間に響かせていた。生徒たちが思い思いの場所で談笑し食事や飲み物を取る中、見覚えのある後ろ姿を見つけ駆け寄った。

 

 

「ミネルバ!マートル!」

「ノア様!」

「ノアさん!」

 

 

ぱっと振り向いたミネルバとマートルは頬を真っ赤に染めながら俺を見てちょっと残念そうに肩をすくめる。

 

 

「ノアさん、凄く──凄く美しかったです…私、初めてです、人を見て震えたのは…」

「ノア様はやはり女神様だったのですね…!本当の姿に少しでも戻れて良かったです!」

「うんうん、ありがとな」

 

 

ミネルバの言葉は率直な賛辞だったが、マートルのはかなりずれていた。まぁ気にしないでおこう。マートルは俺が女だと未だに信じてるっぽいし。

 

 

「ダンス、失敗しないでできたよ、ミネルバのおかげだ!」

「ノアさんのお力添えが出来て、光栄の限りです」

「ミネルバも、ダンス楽しめた?」

「えっ…あ、はい…まぁ…」

「ミネルバったら、顔真っ赤にして踊ってたんですよ」

「マートル!」

 

 

にやにやと笑いながら茶化されたミネルバは恥ずかしそうに怒りながらマートルの名を呼んだが、マートルはにやにや笑いを止めなかった。流石にやつきのマートルである。

 

 

「ははっ!2人とも楽しめよ?」

「ええ、ノアさんも」

「ノア様も楽しんでくださいね!」

 

 

手を振りその場から去ろうとしたが、俺は途中で振り返りマートルとミネルバにもう一度向き合った。2人はきょとん、とした目で俺を見上げ首を傾げる。

 

 

「ミネルバ、マートル。ドレス似合ってるぜ?」

「ノアさんには負けますよ!」

「ノア様には負けます!」

 

 

本当に可愛らしい格好をしている2人を誉めたつもりが、逆に真顔で言われてしまった。

うーん。2人からの愛が重い!

 

 

途中で飲み物を2つ取り、俺は1人壁に背を預けるヴォルの元に向かった。

その後、俺はもうヴォルとは踊らなかったし、ヴォルも誰とも踊らなかった。

 

なかなかこういうダンスパーティも、悪いものじゃないな。ワルツ以外も踊れるようになろうかな。

 

 

「次踊る機会があったらヴォルが女性役な」

「絶対嫌だ」

「そこはオッケーしろよ」

「──ははっ!」

 

 

即座にきっぱりと却下したヴォルの言葉に脱力すれば、ヴォルは楽しげにくすくすと──珍しく、声を出して笑った。

いつも澄ましたような顔をして大人びた表情のヴォルだが、その笑顔はいつもの微笑みよりもかなり、子どもっぽく見えた。──レアすぎる。

 

 

 






感想にあった歩くインペリオを少し言い換えて使わせていただきました、ありがとうございます!

そして英語は誘い方を調べたのですが、全く自信が無いので間違っていてもスルーしてくださると嬉しいです…。




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29 卒業

よく話題沸騰の人気ドラマが最終回に近付くにつれ○○ショックとか言う言葉が流行ると思う。

今、間違いなくホグワーツはとあるショックに包み込まれている、そう──ノア・ショックだ。

 

生徒たちは俺が居なくなるホグワーツに耐えられず泣き出す者や心を病む者が続出した。勉強する気が起こらず、試験前だというのに皆ぐったりとしている。うーん、今年は間違いなくホグワーツ史上最もテストの点が悪くなるだろうな!

 

 

 

もうすぐ卒業だ。

N.E.W.Tテストを終えた俺たち7年生は9月を迎えれば、新たな世界に旅立っていくのだ。

就職が思うようにいかない生徒たちは嘆き焦っているようだが、それも僅かであり殆どの生徒たちは既に進路先を決めている。

 

ヴォルは勿論成績優秀でオール O()であり、魔法省の幾つかの部署から誘われたそうだが、やはりアンティークショップ店員になるらしい。誰にも言わないで欲しいと言われたから、俺はちゃんと黙秘している。

因みに俺の成績は変身術、呪文学は O()で魔法薬学はE()だが後は A()だった。うん、不合格が無い分、俺にとってはまずまずの納得のいく結果だ。これも夜にヴォルが勉強に付き合ってくれたおかげだな!

 

 

 

俺はこのままモデルを続け、芸能活動をさらに活性化させるつもりだ。メイソンの願いであるマグル界での進出も、既にイギリスやフランス、アメリカで有名な事務所に売り込み同時契約をしている。

ま、売り込みなんてしなくても俺の姿を見せれば皆ぽーっとした顔になって彼方から契約を持ちかけた、その事もありかなり俺にとって優位な契約が結べただろう。

 

 

 

「ヴォルは卒業したら、どこで暮らすんだ?」

「アパートを借りるつもり、孤児院には居たくないしね」

「そうか、場所教えてくれよ。遊びに行くから」

「…ノアはどうするの?」

「んー、家を買ってもいいんだけど、帰れそうにないし。…ホテル暮らしかな」

「……ま、そうだよね」

 

 

ヴォルは俺を見て小さくため息を吐き、残念そうに目を伏せた。ん?…ああ、そういえば何年か前に卒業したら家買って一緒に暮らす?とか言ったな。冗談のつもりだったけど、期待してたのか?

 

 

「ヴォル、今でも俺と一緒に暮らしたいのか?」

「…別に。金の面で助かるなって思っただけ」

 

 

家賃も馬鹿に出来ないし。と貧しいヴォルは呟く。確かになぁ、暫く働いてある程度の給料手に入れるまではなかなか厳しい生活になるだろう。魔法省に勤めれば給料良いのに。

 

 

「ふーん?じゃあ家買うよ。一緒に暮らそうぜ。どんな家がいい?」

「…本当に?」

「俺は殆ど帰らないと思うけどな。好きに使って良いし」

 

 

 

俺は机の引き出しから魔法カタログを取り出し「家」と呟き本を撫でる。するとぱらぱらと本は勝手に捲れ、売り出し中の家が載っている箇所で止まった。通販で家まで買えるとか便利だなぁ。まぁ、ここでできるのは仮契約で、ちゃんと購入する為には店頭に行かないといけないけど。

 

 

「…守りが強い家がいいな」

「そうだなぁ」

 

 

俺はヴォルのベッドに座り、隣にいるヴォルに家のページを見せる。ちゃっかり要望を出すあたり、こいつはじめからそのつもりだったな…。

 

 

「んー、魔法飛行ネットワークはいるだろ。んでー…」

「…魔法飛行ネットワークはいらないんじゃない?君の熱烈なファンが来ることになるよ。…書斎が欲しい。地下牢も」

「確かにそうかも。──書斎はともかく、地下牢って普通の家にいらねーだろ…」

「そう?便利だと思うけど」

 

 

不思議そうに首を傾げるヴォルだが、その顔をするのは俺だと思うぞ。

地下牢は兎も角、隠し部屋は欲しいな。魔法の家っぽくてワクワクするし!

 

 

「家の守りは俺がかけるよ、それが一番最強だからな!…あ、俺が居ないからって家をヤリ部屋にすんなよ?」

「しないよ。誰も入れない」

「いや、別に友達…知人くらい招待してもいいけど」

 

 

ヴォルはカタログをペラペラと捲る、んー、あんまり、これだ!という家は無いな。

 

 

「…僕、本当に今はお金無いけど。ちゃんと払うから」

「俺は有り余ってるからいいけどなぁ…。…んじゃ。出世払いで。35年ローンにしてやるよ」

 

 

確かに、全額払われた家では落ち着かないのかもしれないな。ヴォルは俺と対等になりたいような、そんな気もするし。…その気持ちもわからないことも無い。

住む場所はこの辺りが良いとか、家の間取りはこんなのが良い、とか決めていると何だか家庭を持ったような奇妙な気持ちになるな。

…俺はこの世界で誰かと結婚したり、子どもをもったり、出来るのだろうか…俺並みの美貌を持つ人と早く運命的な出逢いがしたい…!

 

 

「ま、ある程度の家と敷地を買って適当に改造しようぜ?隠し部屋も作りたいしな」

「そうだね」

「じゃあ場所は──ここでいいか?卒業したら、すぐに契約結んで…ちょっとメイソンに事情説明して1週間くらい休み取るよ」

 

 

ヴォルが頷いたのを見て、羽ペンで一つの家に丸をつける。途端にその家はぶるりと震え『発売中』から『仮契約済み』と家の謳い文句が変わった。

よし、後は指定の口座に契約金突っ込んだら大丈夫だな。

 

カタログ本を閉じて机の上にぽんと投げる。あー食器とか家具とかも買わなきゃなぁ。…ヴォル、35年ローンで大丈夫なのか?こいつ金ないくせに中々高級品が好きだからなぁ。──ヴォル、破産するんじゃね?闇の帝王が自己破産するとか笑えないぞ?

 

 

「…僕と暮らすことは内緒にした方がいいんじゃない?トップモデルが誰かと暮らしてるなんて事が漏れたら…──スキャンダルは厳禁なんでしょ?」

「あー…そうか?」

「そうだよ」

 

 

ヴォルは真剣な顔で頷く。

女性と暮らすなら兎も角、相手は男のヴォルだ。誰も気にしないとは思うが──いや、まぁ俺は男女問わず魅力するからな、…残念ながら女パートナーが居ない俺は実は同性愛者じゃ無いのかという噂があるのは知ってるし。

 

 

「じゃ、内緒にするよ」

 

 

俺がそういえばヴォルは満足げに目を細め薄く笑う。それを見ながら俺は立ち上がりぐっと背を伸ばす。

 

 

「俺、ちょっと校長に呼ばれてるんだ。行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「あ、カタログで家具を探しといてくれよ」

「…どんなのでもいい?」

「エグい呪いがかかってないなら良いさ」

 

 

手を振りながらそう答え、俺は校長室に向かった。うーん、何の用事だろう。俺のサインでも欲しいのかな?

 

 

 

校長室に入れば、ディペッド校長が優しい目で俺を迎え入れた。校長室、やっぱダンブルドアが校長の時とは違うなー。

 

 

「やぁ、ノア。さあ…座りなさい」

「はーい」

 

 

校長はにこりと微笑み机の上にティーセットを出し俺を歓迎した。向かい合うように座った校長は、俺が温かい紅茶を飲んだのを見て嬉しそうに目を細める。

 

 

「ノア、君はこのまま芸能活動を続ける気かね?」

「はい、後…そうですね、3年から5年…程度ですが」

「おや、やめてしまうのかい?勿体ない…実は私の妻もノアの大ファンでね──ここにサインを貰えるかな?」

「勿論ですよ!」

 

 

まじでサインだったのか。

ファンサービス旺盛な俺はすぐに頷き、出された俺の最新写真集を受け取り、くるりと手を回しペンを出し慣れた手つきでサインをした。

 

 

「ありがとう。何よりも喜ぶだろう」

「ファンに支えられて俺は成り立ってますからねー」

 

 

これくらいいつでも良いですよ、と言えば校長は朗らかに笑った。もうかなりの老年に見えるが、その目は輝いていて優しい。校長になるには目の輝きが必要なのか?

 

 

「君の仕事が落ち着いたら…つまり、芸能活動を辞めてしまったら。…ホグワーツの教師になるつもりはないかね?」

「え?──い、良いんですか?やった!実は俺ここの教師になりたいなー!って思ってたんです!」

「そうか、それならちょうどいい…私ももう歳だ。後はゆっくり余生を妻と過ごしたいと思っていてね…。ノア、これは…誰にもまだ内密にして欲しいのだが、次期校長にはダンブルドアを推薦するつもりだ。変身術の教員に空きが出たら…君にその教師になって欲しい。君以上の適任は居ないからね」

 

 

校長はサプライズプレゼントを披露するように楽しげに俺に言う。変身術か!それなら大丈夫だ!──あれ、ミネルバっていつ変身術の教師になったんだろ。…親世代では既に教師だったよな?…ま。いいか。ミネルバより俺の方が才能あるのは間違いないし。

 

 

「ありがとうございます、必ず連絡します!」

「楽しみに待っているよ」

 

 

その後ほのぼのとしたお茶会をした後、俺は浮き足立ちながら自室に戻った。

よし!これで、これで親世代を見る事ができる!

 

卒業した後、俺の未来は安定だな!

 

 

 

 

そして、ついに俺とヴォルはホグワーツを卒業した。

ホグワーツ中の生徒が泣き俺の名前を叫ぶ光景は中々に壮絶な光景だった。「いかないでー!」「いやぁ!」「ノア様ー!」沢山の悲痛な嘆きの声に手を振り「またな!」と言えば皆泣きながらもちぎれそうなくらいに手を振っていた。

 

 

ホグワーツ特急に乗り、流れる景色を見つめる。

もうこの汽車に乗ることは無い。──少なくとも数年は。

 

ヴォルもまた車窓を眺め、遠くなっていくホグワーツ城を見つめていた。

7年間…色々あったなぁ。楽しかったし、面白かった、中にはヒヤリとした出来事もあったけど──うん、楽しかったな!

外の景色を見ていたヴォルは、ちらりと俺を見つめる。

 

 

「ノア、僕らはもう──子どもじゃない、大人だ。何だって出来る」

「そうだな。とりあえず家買おうぜ!」

「…。…そうだね」

 

 

ヴォルは何かいいたそうに口を開いたが何も言わずにまた窓の外を見た。

何とか休みもとったし、後は家買って、家具を揃えて──うん、やる事が多い。

 

 

「これからもよろしくな、ヴォル」

「…うん、よろしくノア」

 

 

改めて──ホグワーツに来た時のように、手を差し出せば、ヴォルはあの時と同じように微笑み、俺の手を握った。

 

 

 

 



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30 何気ない日常

俺はホグワーツを卒業し、多忙な日々を過ごしていた。

毎日写真撮影に移動にインタビューに…魔法界だけでなく、マグル界でも活躍する俺は、最早普通に外を歩くことが出来なくなっていた。

 

特に、昔から俺を知っている魔法界はまだマシだが、マグル界での俺への熱狂ぶりはマジ半端ねぇ。

ちょっと時間ができたし買い物でも行こうかと思えばすぐに人に群がられてしまい、かなり人々は混乱し押し合いへし合いの大騒動になり、何度か警察が出動するハメになってしまい──俺としては少し納得してないが、認識阻害魔法が掛かったメガネをかけるはめになった。

 

これをかけていれば、俺が超有名人だと気付かれないらしい。ま、といっても俺の溢れる魅力はこんな魔法道具では抑えきれず、本来なら一般人に見えるその効果はあまり発揮されてない。

5000年に1人の美貌が、500年に1人の美貌レベルに下がり認識されている。つまり…それでも、中々の美貌なのだ。

結局俺は──まぁ、自由時間なんてほぼほぼ無いし、いいんだけど──見る人が見ればハイパーノア様だとバレてしまうため、外出があまり出来ていない。

 

 

 

「──ただいまぁ」

「お帰り。…久しぶりだね」

「んんー流石に疲れた。まぁ…明日の朝にはまた戻るけど」

 

 

夜遅く、アメリカの事務所から、自分の家へと姿現しをし一時帰宅する。こんな長距離を姿現しする事も、最早慣れたものだ。

 

俺は家を買い、ヴォルが家具を選び──俺のセンスは壊滅的だと言われた。酷すぎる──そうして過ごしてもう半年が経つ。

 

ヴォルは毎日ここから出勤しているらしいが、俺は月に数回家に帰って来れたら良い方だろう。最早家主は俺ではなく、ヴォルだ。俺名義の家なんだけどな。

こうしてヴォルと顔を合わせるのも…うーん、数週間ぶりかな。

 

 

「夕飯は?」

「食べてない」

「残りでいいなら、あるけど?」

「ん、食べるー」

「待ってて」

 

 

俺はジャケットを脱ぎ暖炉前のふかふかとしたソファに身を沈める。ヴォルは俺の言葉に頷くと作った料理を温めに台所に向かった。──奥さんみたい。なんて思ったけど、前にそれを茶化しながら言えばヴォルはなんか嫌そうな顔をしてたから心の中で思うだけにしておこう。

 

 

本当は屋敷僕(ハウスエルフ)を雇おうと思ったが、生き物が居るのは嫌だとヴォルに却下されてしまった。居たほうが家事やってくれるし、便利だと思うんだけどなぁ。

そんなわけで、この家で暮らしているヴォルは大体の家事を自分でしている。勿論魔法を使っているが、その光景は──何となく違和感が強い、だって、ヴォルだぞ?ヴォルデモートがご飯作るとこ、想像した事あるか?俺はなかった!!

 

 

料理なんて、きっとヴォルはしたことなかった筈なのに、たまに食べた事がある料理は中々に美味しい。天才は何をやっても上手く出来るらしいな。

 

 

ヴォルが運んできたシチューを食べながらぼんやりと思う。

ヴォルは机を挟んだ向こう側に座り、新聞を読みながら紅茶を飲んでいる。もう遅い時間なのに、こうして俺の食事に付き合ってくれるなんてなぁ。

…うーん、ヴォルはこのまま普通に暮らした方がいいんじゃ──いや、俺が 他人(ヴォル)の幸せを決めちゃダメだな。ヴォルにとっては俺と暮らすなんて、一時的なものなのだろう、きっとこの後勤め先のボージン・アンド・バークスで秘宝をゲットして、後に死喰い人となるエイブリー達とここを離れ、世界中を旅し、闇を深める。

俺は、それについていくことは無い。それに──ヴォルも、誘わないだろうな。

 

ヴォルを見ていると、その視線に気付いたのかヴォルは顔を上げ少し眉を寄せ「何?」と首を傾げる。

んー…。ま、いいか。

 

 

「…俺さ、別に家を買わなくても良かったんだ。会いたかったらヴォルの家に遊びに行ったら良かったんだし」

「……」

「けど、こうやって帰ってきて。誰かが居ると──ヴォルが居ると、なんか嬉しいなって思う。…うん、ホッとするって言うのかなぁ」

「……そう」

「うん。だから、俺はあんまり帰ってこれないけど…俺が戻る時には、家で待っててくれないか?」

 

 

紛れもない、俺の本音だ。

俺は──俺は、あまり何かを、誰かに真剣に頼まない。何か頼みたい時も、なるべくいつも軽い調子で話しかけるようにしている。

 

俺は世界最強の魔法使いだ。──俺が真剣に本音を漏らすと、どうも魔力が篭ってしまう。元々その兆しが無かったわけではない。幼い時から()()()()は大体叶えられていた。それは美貌故だと思っていたが、それだけではないらしい。…それに気付いたのは最近だ。…いや、成人に近づくにつれ、俺の魔力は成熟し、その効果が顕著に発現したんだろうな。

まじで、ただの真剣な会話のつもりがインペリオかけてることになりかねない。

 

本音に、なるべく魔力が籠らないよう制御した、つもりだけど…大丈夫だった、かな?

 

 

ヴォルは俺の言葉に驚き目を見開いた。

暫く、ヴォルは何も答えなかった。だが、ふっと優しく笑うと手に持っていた新聞を机の上に置き、頷いた。

 

 

「──いいよ」

「…まじで?」

「この家は僕の家のようなものだし」

「まぁ…滞在時間を考えたらそうだな」

「…ちゃんと帰ってきてね」

 

 

それは、俺のセリフだが。

ヴォルは心なしか嬉しそうで、その言葉は少しぬるくなったシチューと一緒に飲み込んだ。

 

これで──これで、もし、ヴォルが闇を求めて旅をしなければ、ヴォルはヴォルデモートになる未来が回避、されるのかもしれない。…いや、本人はまだその気だろうが、エイブリー達と時々会ってるって聞いてるし。だが、少なくとも──俺の手の届く範囲にいる事になる。

 

ヴォルが本当にやりたい事が、純血思想のそれしかないのなら…俺は止めない。

 

だが、俺と会って、多分、きっと──何度か考えた事だが──ヴォルは俺の知っているヴォルデモートではもう、無い。

人を信頼せず愛も知らないトム・リドルでは無いのだと、俺は思いたい。

俺に対する感情は、ただ都合の良い存在で利用価値があるから側に置いているだけではなく、きっと僅かに──僅かだとはいえ、確かな親愛が含まれていると、俺は思う。ま、親愛が無ければ今一緒に住めないだろうし。

 

不死にはなりたいようだけど。

分霊箱2つで充分じゃないか?もう、まだ今はイケメンだし、このまま…ひっそりと、俺と生きてくれないかなぁ。

 

 

 

 

夕食を食べ、軽くシャワーを浴び魔法で身なりを整える。

居間へ行けばヴォルは少し眠そうに目を細めながら煌々と燃える暖炉の前にある広いソファに座り、本を見ていた。

俺が見る限り、ヴォルはこうして本を読んでいる事が殆どだ、本の内容はお察し下さい的な闇についてばかりだが。

ふわりと欠伸を噛み殺したヴォルの隣に座れば、眠そうな目を瞬かせながらヴォルは俺をチラと見上げた。

 

 

「先に寝ても良かったのに。待ってたのか?」

「待ってない。本が読みたかっただけだ」

「ふーん?それにしてはさっきから目が動いてなかったけど」

「……うるさいな」

「素直じゃないなぁ。…寝る前にホットワイン、飲む?ブランデーにするか?」

「…ブランデー」

 

 

前にある低い机に向かって指を振ればブランデーが入れられた小さなグラスと小瓶が現れた。俺とヴォルはそれを手に取り、グラスを合わせ、キンと小さく乾杯をした。

 

 

「…んーっ…美味い!」

「…飲み過ぎたらナイトキャップにならないよ」

「まぁまぁ、後一杯だけ」

 

 

瓶を浮かせグラスに注げば、ヴォルは少し窘めるように言う。深酒は良くないな!明日も撮影だし、まぁ、後一杯くらいなら大丈夫だ!

 

ブランデーを飲み切ったヴォルが無言でグラスを俺に差し出したのを見て、その空のグラスに新しく注いでやった。なんだ!ヴォルも2杯目欲しいのかよ。

 

 

2杯目を呑んだあと、流石に3杯目は自粛し俺とヴォルは寝室へ向かった。

流石に、今寝室は別だ。孤児院で過ごした時のように隣の部屋である。ヴォルはべつに同じ部屋でも良いんじゃないか、滅多に帰ってこないんだし、と言ったが。流石にそれは…なぁ?

 

 

「おやすみ」

「おやすみ」

 

 

互いに寝る前の挨拶を交わし、寝室へ入った。

久しぶりに戻った部屋だが、空気は澄んでいて埃ひとつ落ちていない。きっとヴォルが定期的に魔法で清めてくれているんだろう。

 

靴を脱ぎふかふかとしたベッドに倒れ込み、アルコールのせいでぽかぽかと気持ちのいい暖かさの中、俺はヴォルがこのまま平凡に過ごす未来を考える。──そうしているうちに、気がつけば寝てしまい。

 

 

相応の歳をとった俺とヴォルがこの家の暖炉の前でゆったりとソファに座り、取り止めもない会話をしている。

 

 

そんな、夢を見たが、目が覚めた時にはすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 



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31 お仕事体験

社会人になって、早いもので2年が過ぎた。

つまり俺は20歳になった。

 

最早俺の知名度は知らない人なんてこの地球に存在しているのか?というレベルになっている。魔法界でも、マグル界でも俺の美貌は全てを虜にし、熱狂的なファンがいる。

メイソンの事務所には常に夥しい量のファンレターや小包が送られ、途絶えることなくフクロウ便が飛び込んだ。

マグル界で活動するにあたり、ちょっと色々細工してそちらにも仮初の事務所を作り──メイソンが経営者として拠点を置いているそちらの事務所にも、郵便配達の人が毎日大変そうに手紙やプレゼントの山を届けた。

 

 

最近オーバーワーク気味だった俺は三日間の休みをなんとかもぎ取り、家に帰ってきていた。およそ1ヶ月半ぶりの我が家は知らない間に新しい家具が増えている。きっと、ヴォルが勝手に買ったのだろう。まぁ、別に文句はない、ヴォルのセンスが良いのは間違い無いし。

 

 

「ヴォルは明日も仕事?」

 

 

確か、明日の曜日は日曜日だったはずだ。

芸能活動に定められた暦通りの休日なんて勿論無い為、曜日感覚が狂うなぁ。ヴォルの店はいつ定休日なんだろ。

夕食後、暖炉の前のソファに座り赤ワインを飲んでいたヴォルに後ろから聞けば、ヴォルはグラスを少し下げて頷いた。

 

 

「うん、外商があるんだ。かなり珍しい宝物を持ってる資産家…コレクターが居てね。それを手放すように説得するのが僕の役目」

「へー?明日遊びに行ってやろ!」

「…だから、外商だってば。店に来ても僕はいないよ」

「つまんねー」

 

 

ソファの前に周り、ヴォルの隣に座る。せっかく店員してるヴォルを見に行こうと思ったのになぁ。

ヴォルは俺をじっと見て、「…一緒に来る?」と聞いた。え、仕事について行っていいものなのか?

 

 

「いいのか?」

「うん、外商先の女…ヘプジバ・スミスっていう老女なんだけど、ノアのファンらしいし、喜んで宝物の一つや二つくれるかも。僕は信頼されてるからね、店主は何も言わないさ」

 

 

ヘプジバ・スミス…。

うーん?聞いたことあるような、無いような。

まぁ、ヴォルの敏腕ぶりを見れるチャンスだ!せっかく誘ってくれたし、行ってみようかな。

 

 

「じゃあ、行く!楽しみだなー!」

「…あんまり楽しい外商じゃないよ。…ほんと、あの老女鬱陶しくて…仕事じゃなきゃ絶対関わりたくないね」

 

 

ヴォルはため息を一つ溢した。

めちゃくちゃ嫌そうに眉を寄せてるところを見ると、なかなかに偏屈な人なのかな?超頑固でなかなか宝物を売らないとか?ヴォルが相手の勢いに押されてたじたじになってるところなんて想像出来ないけど、それはそれで見てみたい!

 

 

「ふーん?まぁ、明日は邪魔にならないように大人しくするさ」

 

 

指を振りワイングラスを出現させる。俺がワイン瓶を手に取る前にヴォルがさっと手に取ると何も言わずグラスに注いだ。

 

 

「明日は、ちゃんと接待してね。…魅了させるんだ。お手の物でしょう?」

「はいはい…ま、ノア様の美貌にかかれば余裕だな!」

 

 

少し辛味の強い赤ワインを飲み、笑う。ヴォルがそれ程手こずる相手なら、ちょっと頑張っちゃいますか!

ぱちぱちと暖かい火の粉が弾け、ゆらりと暖炉の火が揺れた。

 

 

「…にしても、ヴォル。髪伸びたなぁ」

 

 

俺は手を伸ばしてヴォルの顔に陰影をつけるその黒髪をさらりと撫でた。

俺よりは短いけど。男にしては長い方だろう。

 

 

「切った方がいい?」

 

 

ヴォルは首を傾げ、自分の毛先を指で摘む。うーん。いや、普通にめちゃくちゃ似合ってる。久しぶりにじっくりとヴォルの顔を見たけど、年相応に成長してさらにイケメンに磨きがかかってるな。

 

 

「いや、似合ってるから良いんじゃね?俺の次にはイケメンだ」

「まぁ…そうだろうね」

 

 

ヴォルは俺の言葉に、あまり嬉しく無さそうだった。自分の顔を幾ら褒められても何とも思っていないような薄い反応に、首を傾げる。俺なら褒められたら嬉しいけどな。

 

 

「ヴォルって、自分の顔嫌いなのか?」

「…便利な顔だと思う。それだけさ。…母を捨てた奴と似てるなんて、嬉しくも何ともない」

 

 

ワインを飲みながらヴォルは低く呟いた。

あ、そういえばそうだったな。普通に忘れてたわ。

 

 

「そ?俺はヴォルの父親見たこと無いから知らないけどさ。ヴォルの顔は好きだけどな」

「……」

「…ヴォルって、まだ分霊箱作る予定なのか?もう2つでいいんじゃね?」

「いや、7つは作る」

「ええー…魂分け過ぎたら外見に影響出そうじゃね?実際ヴォルの顔色…昔とくらべてちょっと悪いし。ヴォルの顔面が醜くなったら……つ、辛すぎる…」

 

 

醜くなるどころか、鼻も無くなってまじで蛇みたいになるんだけどな。

まぁ、あの顔も、鼻がないのと、肌がなんか土気色を通り越して灰色なのと髪の毛がないハゲな事を無視すれば、目だけは綺麗なんだな、うん。

 

 

「──そんなに、この顔が好き?」

「俺は綺麗なものが好きなんだよ!俺のこの顔も勿論だけどな?」

 

 

ふふんと胸を逸らして言えば、ヴォルは呆れたような目で俺を見る。実際、美しいものは眼福なのだから仕方がない。

 

 

「ノアを分霊箱にしていいなら、それで終わっても──良いよ」

「……まじで?」

「うん」

「…ちょっと考えさせて」

「良い返事を期待してるよ。…お互いのためにね?」

 

 

ニヒルな表情で笑われた。

俺を、俺を分霊箱に!?まだその事考えてたのかよ…いや、まぁヴォルは7の魔法数字に拘るというか、それ程多くの保険をかけなければ不安だったのだろう、もし一つが壊されたとしても、まだ六つある、そう思いたい気持ちがわからないでもない。

だが、俺が分霊箱になれば、なによりも安全であり、それ以上作るつもりは無い…まじで?

 

さ、流石に即答できん!

これ、頷いたらなし崩しにヴォルに付き合ってマジで不死にされそうだし。

い、いやそもそも?万が一…もし、原作通りヴォルが闇の道に突き進んだら、俺最終的に死ぬやつじゃん!い、いやいや…それは…。まぁ、ヴォルを無惨に死なせるつもりは…もうあんまり、無かったけど…俺は善人じゃないし。

 

 

「ヴォルの顔面か、俺の分霊箱化か…」

 

 

唸る俺を見てヴォルはなんか楽しそうだった。

いや、流石に即答は出来ない!ちょっと暫く考えよう。うん。

 

 

「俺の分霊箱化は、まぁひとまず置いといて…明日、何時に出る?」

「四時に屋敷を訪問するから、…三時ごろかな」

「おっけー、んーっ…もう、俺は寝る」

「おやすみ。──よく考えてね」

「うっ…お、おやすみ…」

 

 

くすくすと笑うその声に、俺は口先をひくりと引き攣らせ、手を振って自室に向かった。

 

 

 

 

翌日。

ヴォルはヘプジバの屋敷に行く前に真っ赤な薔薇の花束を購入していた。イケメンに薔薇って、似合い過ぎて寧ろ気持ちがスンッてなる。飾り気のないシンプルな黒スーツ姿も、なかなかに似合っている。

俺も流石に私服じゃまずいかな、と思って同じような黒スーツを着ている。イケメンが2人道を歩けば自然と女性の目は俺たちを捉えて離れない。うんうん、イケメンのスーツっていいよな、めちゃくちゃわかる。

 

 

「ノア、その魔法具(眼鏡)…ちゃんと効いてる?」

「いやー俺の美貌はこんな道具で抑えられないんだよなぁ。騒ぎになって大混乱してないからさ、まだマシだぜ?マグル界で何度警察が出動したことか…」

「…これで、マシ…?」

 

 

ヴォルは怪訝な顔で後ろを振り向いた。

俺の魅力に当てられた人達は立つことが出来ず皆壁にもたれかかり胸を抑えている。…あ、あの女の子気絶しちゃってるなぁ。

 

 

「ノアって、…もしかして、本当にヴィーラの血をひいていたりしてね」

「それはないだろ、…俺の美しさはヴィーラ以上だ!年々神がかってきて、正直自分の魅力が怖くなる時があるな。美しさは罪…!」

 

 

肩をすくめて苦笑する。

昔、戯れに──冗談でこの顔面で世界征服しちゃおうか、なんて言ってたが、なんだかマジで出来そうな状況だ。

 

 

そんな事を話しながらヴォルは迷う事なく道を進み、一つの馬鹿でかい屋敷の門前にたどり着いた。うーん、アブラクサスの屋敷と同レベルのデカさだな。…まじで、大金持ちが住んでるんだな。…いや、俺の財産を持ってすればこのくらいの屋敷、買えるっちゃ買えるんだけど。既に俺のグリンゴッツの金庫は1つでは収まらず──ガリオンと、贈り物の宝石と金で埋め尽くされた金庫がなんと4つある。資産にすると、数えるのが馬鹿らしくなる程の金額だ。

 

ヴォルは大きな門扉を開け、玄関まで進む。

しかし呼び鈴を押すことはなく、じっと腕時計を見てしっかり四時になるまで待つつもりなのだろう。

 

 

「ヴォルの敏腕っぷりを見るの楽しみだ」

「…ま、頑張るよ。…色んな意味でね」

 

 

小声で言えば、ヴォルは同じようにひそひそと囁き、腕時計から顔を上げ玄関のベルを鳴らした。接待するなら、眼鏡は外して胸ポケットに入れておこうかな。

 

 

チリンチリンと高く澄んだ音が鳴り、少しして扉が開く。俺のヴォルを迎えたのはハウスエルフだった。

 

 

「お待ちしておりました…マダムは、貴方様を大変お待ちしております。さあ、中に──今日は、2人ですか?」

「ああ」

 

 

ヴォルはハウスエルフにぶっきらぼうに伝え、それ以上何も言わなかった。ハウスエルフは少し迷ったが、ヴォルを連れて行くことが最優先だと思い直したのか、俺とヴォルを通した。

 

 

う、うわー。

部屋の中がすげぇ。俺には宝物の価値なんて分からんけどさ、色んなものが無造作に詰まれ過ぎてない?これ泥棒きたら一発で全部盗られるんじゃね?…ちゃんと大事な物は隠してるのか?

 

ヴォルは何度もここに来た事があるのだろう、沢山の物に躓く事なく部屋を通り抜け、その奥にある扉に向かった。きっとこの先にそのヘプジバが待ってるんだろうなぁ。

 

 

俺は何回か床に転がってる物を踏み潰しそうになりながらさっと扉の向こうに消えたヴォルの背中を追った。ちょ、ちょっとくらい待ってくれよ!

 

何とか奥の小部屋に入ると、その先も同じように様々なもので溢れかえっていた。部屋の中央にある大きなソファには、ちょっと…いや、かなりふっくらともっちりと、でっぷりとした老婦人がヴォルをうっとりとした目で見ている。化粧のやりすぎで顔だけが白くのっぺりと浮いていて、頬は驚くほど赤い。

 

ヴォルはヘプジバの短く肉のたくさんついた手を取ると、深々とお辞儀をしその手に軽く口づけした。うっ…よ、よくやるなぁ。これも仕事のうちなんだろうけど…い、いや、俺もファンサービスはするから、うん、サービスの大切さはよくわかるよ…。

 

 

「お花をどうぞ」

「いけない子ね、そんな事しちゃだめよ!」

 

 

口でダメだと言いながら、ヘプジバは満足げに笑いすぐそばの空の花瓶に直ぐに大輪の薔薇の花束を飾り、うっとりとその花弁を撫でた。

 

 

「トムったら、年寄りを甘やかすんだから…さあ、座って、座ってちょうだい──」

 

 

ヴォルはヘプジバに促され、小さなテーブルを挟んだ前に座った。すると、丁度その少し後ろに居た俺と、ヘプジバの小さな目がパチリと会う。

 

 

「う、嘘──あ、あたくし、夢を見てるのかしら、トム?あ、ありえないわ、ノア…ノア・ゾグラフが居るように見えるの…」

 

 

ヘプジバはわなわなと口を震わせた。ヴォルは無言で俺を見て、顎でヘプジバを指し示す。あー、懐かしい!スラグホーン先生への接待を思い出す!

 

 

「夢…ではありませんよ、マダム?…無礼をお許しください、今日は…貴女に会うために、彼に無理を言って連れてきてもらったんです」

 

 

にこり、と微笑みヘプジバに近づいた。

ヘプジバの顔は頬のチークの色を超えて真っ赤になり、まるで恋する少女のような目で俺を見つめる。うーん、俺のファンだっていうのはマジだな、……あ、ヘプジバ!思い出した!

 

 

「マダム…いえ、ミス・ヘプジバ、とお呼びしても?」

「ノ、ノア…ノアに名前を…!も、勿論、勿論よ、ノア…!」

「ブルー・ダイヤモンドの指輪を、贈ってくれましたね?俺の誕生日に…ありがとうございます。いつも沢山の宝石や、珍しい品々…そして、何よりもファンレターを送ってくださってますね」

「あたくしの事を、知ってるの…?まぁ…!な、何てこと…!」

 

 

そりゃ、貴女の贈り物で俺のグリンゴッツの金庫が一つ埋まってますからね。流石に名前くらい覚えますって。

返事は出した事ないけど。これは事務所の方針だから、仕方がない。

 

 

「彼──トムは、俺の友人なんです。ミス・ヘプジバに会うと聞いて、感謝を…貴女だけに、直接伝えたくて」

「なっ…そんな、そんな…!大した事は、してないわ…!ああ、ノア、ねえ、その…こ、これからも応援しているわ」

「ありがとうございます」

 

 

ヘプジバが震える手を差し出してきた。

ファンサービスだ。流石に口付けは出来ないが、俺はその手をそっと握り微笑んだ。

 

ヘプジバは「この手、もう洗えないわ」と呟き恍惚とした顔で自分の手を見つめている。

ちらり、とヴォルを見れば、しっかりとした対応が出来る俺を意外に思ったのか、少し複雑な表情をしていた。

俺だって社会人になってそれなりだからな、この業界も長い、ある程度人を喜ばせる話術は習得してる。──ま、ヴォルには負けるけど。

 

 

「俺の事は、気にせず…トムと話をしてくださいね」

「えっ…ノアも話しましょう?ね??ねっ?いいでしょうトム?」

「勿論です」

「ね?ほら、トムもこう言っているわ。…ノア、ほら、座って?」

 

 

なんと、ヘプジバは少し体をずらして自分の隣をぽんぽんと叩いた。

隣…かなり狭くねぇ?普通にくっつくんじゃねえ??いや、魔法で椅子出現させてくれよ…──いや、この顔は確信犯だな!?んで、ヴォルは……はいはい、この人を不機嫌にさせるなと言いたいんですね。わかりましたよ!

 

 

「…失礼します」

「ふふふっ!ノア、ああ、可愛いノア…」

 

 

俺が隣に座り何とか離れようと身を縮こませたが、ヘプジバは甘えたような声で俺の耳に囁き、俺の太ももの上にそっと手を置いた。──俺はホストじゃねぇ!!

 

 

「それで?トムはどういう口実でいらっしゃったのかしら?」

「…店主のバークが、ゴブリンが鍛えた甲冑の買値を上げたいと申しております。五百ガリオンです、これは普通ならつけない、よい値だと申して──」

「あらまあ、そんなにお急ぎにならないで。それじゃまるで、あたくしの小道具だけをお目当てにいらしたと思ってしまいますことよ!」

 

 

ヘプジバは睫毛をぱちぱちとさせ、悪戯っぽく意味ありげな目配せをヴォルにする──そうしながらも俺の太ももを撫でる手は止まらない。耐えろ、俺、この外商について行きたいって言ったのは俺だ。ヴォルの仕事の邪魔をするわけには…!ヴォルの言う、絶対関わりたくないの意味がようやく理解できた!

 

 

「…そうした物のために、ここに来るよう命じられております。マダム、私は単なる使用人の身です。命じられた通りにしなければなりません。店主のバークから、お伺いしてくるようにと命じられまして──」

 

 

ヴォルの声は静かで、機械的な言葉だった。うーん、ヴォルの仕事大変すぎる、こんな人ばっか相手してるのか?まぁ、この人はヴォルにメロメロ状態──いや、今は俺か?──だけど、ストレス溜まりそうだなぁ。

 

 

「まあ、バークさんなんか…!ふふっ!まぁ、でもいいわ、ノアに会わせてくれたお礼に、500ガリオンでお売りするわ!」

「…ありがとうございます、マダム」

 

 

ヴォルもこれ程スムーズに決まると思ってなかったのか、少し目を開いたが薄く微笑んだ。よし、仕事終わったか?んじゃさっさも帰ろう。

 

 

「そうだわ!ノアもいるし…トムとノアにだけ、特別に我が家の最高の秘宝をお見せするわ!でも、秘密を守ってくださる?バークさんには、あたくしが持ってるなんて言わないって、約束してくださるかしら?バークさんにも売らないわ、誰にもよ!…でも、トム、あなたには、その物の歴史的価値がおわかりになるわ…ガリオン金貨が何枚になるのかの価値じゃなくってね…」

「ミス・ヘプジバが見せてくださる物でしたら、なんでも喜んで拝見します」

 

 

ヴォルも、ミス・ヘプジバ呼びになっている。名前を呼ばれたヘプジバは少女のように頬を赤らめくすくすと笑った。

 

 

「ホキーに持ってこさせてありますのよ…ホキー?どこなの?トムとノアに、我が家の最高の秘宝をお見せしたいのよ…ついでだから、二つとも持っていらっしゃい……」

「マダム、お持ちしました」

 

 

このハウスエルフはホキーと言うらしい。

ホキーは二つに重ねた革製の箱を運び、ヘプジバに渡すと少し後ろに下がった。

 

…おや?…なんか、この流れ…知ってるような…?

 

 

「きっと、気に入ると思うわ、トム、ノア…ああ、あなたたちにこれを見せていることを親族が知ったら…あの人たち、喉から手が出るほどこれが欲しいんだから!」

 

 

ヘプジバが蓋を開け、絹の中にすっぽりと埋まる、金の小さなカップが姿を現した。なかなかに細やかな細工された二つの取手がついている。

 

 

「何だかお分かりになるかしら、トム?さあ、手にとってよく見てごらんなさい!」

 

 

ヘプジバが囁くようにいい、ヴォルはすらりとした手を伸ばしカップを掴み上げた。

その暗い灰色の目が一瞬赤く光る、うーん、やっぱり、これってあれじゃん。

 

 

「穴熊。…すると、これは…?」

「ヘルガ・ハッフルパフのものよ、よくご存知のようね。なんて賢い子!」

 

 

ヘプジバは前屈みになり身を乗り出すと、茶目っ気たっぷりに笑い、ヴォルの頬を撫でた。ヴォルの眉がぴくりと動いたが、こちらずっと足撫でられてるんだぞ??頬くらい我慢しろよ。

 

 

「ほらほらノア、あなたも見て?」

「…ええ、ありがとうございます」

 

 

ヘプジバはヴォルの手からカップを取ると、俺の手にそっと乗せた。

うん、確かに美しい品だと思う。つまり、ということは。この後この人はヴォルに殺されるのか。やべぇ…これ、俺が分霊箱化しなきゃ、ヴォルがこれとあれを分霊箱にする流れになってしまう!

 

 

「…とても綺麗なカップですね」

「そうでしょう?ああっ、ノアが持つと一段と輝くわ…!あたくし、ハッフルパフのずっと離れた子孫なの。これは先祖代々受け継がれてきた物なの。こうして、安全にしまっておかないと…」

 

 

ヘプジバは俺の指を掴み、一本一本ゆっくりと離すと、甘ったるい顔で微笑み、カップを戻した。うーん、先祖代々か、こっちは流石に手に入れるのが難しそうだ。

 

 

「さて、それじゃあ。ホキー、これを片づけなさい。…トム、ノア…あなた達はこちらがもっと気にいると思うわ」

 

 

カップの入った箱をハウスエルフに渡したヘプジバは、平たい箱をよく見えるように机の上に置いた。

 

 

「少し屈んでね、よく見えるように…もちろん、バークはあたくしがこれを持っている事を知ってますよ。あの人から買った物ですからね。あたくしが死んだら…きっと買い戻したがるでしょうね…」

 

 

ヘプジバはくすくすと楽しげに笑い、留め金を外し、箱を開ける。箱の中では、滑らかな真紅のビロードの上に金のロケットが静かに鎮座していた。

 

ヴォルはそれを見るとヘプジバの言葉を待たずに手を伸ばし、ロケットを明かりにかざしてじっと見つめる。うーん、やっぱスリザリンのロケットだったか。

 

 

「スリザリンの印」

 

 

ヴォルが小声で囁く。

魅入られたようにじっと見つめるその表情を見てヘプジバは手を叩いて喜んでいたが、ヴォルは間違いなくただ魅入られているわけではない。

このスリザリンのロケットは、もともとヴォルの家系のものだった。…絶対手に入れたいと思ったに違いない。

 

 

「身包み剥がされるほど高かったわ。でも、見逃す事は出来なかったわね。こんなに貴重なものを…どうしても、あたくし…コレクションに加えたかったのよ。バークはどうやら、見窄らしい身なりの女から買ったらしいわ。その女はコレを盗んだんでしょうね、全く価値がわからなかったようだもの」

 

 

その言葉を聞いた途端ヴォルの目が赤く光った。ロケットの鎖にかかる手が、血の気が失せるほど白くにぎられ微かに震えている。

 

 

「さあさあ、ノアも見て?美しいでしょう?」

 

 

ヴォルは手を離さないかと思ったが、その手からするりとロケットはすり抜け俺の手のひらに収まった。…うーん、確かにめちゃくちゃ輝いてて綺麗。別に俺はいらないけど。

ヴォルは──凄い目で見てる、そりゃ、欲しいよなぁ。元はと言えば自分の家系のものだし。

 

 

「ヘプジバ」

「な、なぁに?ノア?」

 

 

俺はそのロケットの銀色の鎖を持ち、自分の首にかけた。鎖に巻き込まれた髪を手で払い、小首を傾げ、ヘプジバの座るソファの背に腕を乗せ、至近距離でヘプジバの目を見つめる。ちょっと上目遣いの特大サービスだ。

 

 

「知ってると思うけど、俺…スリザリン生だったんだ。かなりスリザリンには思い入れが深くてね…ねえ、これ、俺にちょうだい?」

「えっ!…そ、それは…それは無理よ、だって、凄く高価で…その、凄く美しくて価値があるものなの…」

「ヘプジバ、その高価で、美しくて、価値があるもの…俺に相応しいと思わない?」

 

 

ヘプジバの声は狼狽えていたが、俺が彼女の耳に揺れるなんかでかいピアスを優しく撫でて甘く──強く、力を込めて囁けばびくりと肩を震わせ恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

「ええ…ええ、そうね…たしかに、よく考えれば…あなたに1番相応しいわ…ええ、そうよ、ノア…あなたに1番相応しい…」

「これ、くれるよね?」

「勿論よノア…」

 

 

いやぁ、ちょっと魅了して服従させちゃったかな?まぁ、ほら、俺は普通に喋っただけだから無問題。俺の魅力が凄すぎるせいだから!

 

 

「ありがとうヘプジバ。代わりに何が欲しい?」

 

 

流石にただで貰うのは気が引ける。

幾ら高額な金を言われても出せる程度には金持ちだし、服をくれと言えば脱ごう、サインなら喜んで!

 

 

「ノア……あなたの唇がいいわ」

「……えぇ…」

 

 

まって。

いや…流石に…。

いや、でも、このロケット…俺のキス一つ分くらいの価値はあるのか?俺のキスって、値段つけるとしたら100000ガリオンくらいするんじゃね?

…仕方ない、ヴォルの為だ!!

俺は覚悟を決めると、ヘプジバの顎を掴んだ。

 

 

 

「──ヘプジバ、目を閉じて?」

 

 

うっとりとした目を見せていたヘプジバはそっと目を閉じる。ちらり、と横目でヴォルを見れば、…何だその顔。ショックと苦虫噛み潰したような顔でめちゃくちゃ渋い顔になってる。

 

キス──するわけねぇだろうが!!

魔法で何とかするわ魔法で!!

 

 

俺は無言でヘプジバの口元に手をかざす、「チュッ」と小さくリップ音を舌で鳴らせば、ヘプジバはびくりと体を震わせそのまま──気絶した。

 

 

「……ミス・ヘプジバー?……イっちゃってるな」

 

びくびくと痙攣し、口から涎を流すヘプジバの目は薄く開いて白目を剥いている。うーん、軽くホラーだ。

 

 

「えーと、ハウスエルフの…ホキー?だっけ、君の主人はこうなってるから、俺たちは帰るから」

「か、かしこまりました」

 

 

俺はロケットを首から外し、革の細く平たいケースに戻すとしっかりと留め金を閉じ、ポケットに無造作に入れた。

 

 

「ヴォル、帰るぞ。もういいんだろ?」

「…うん、そうだね」

 

 

俺たちはまたごちゃごちゃとした物の間を通り、屋敷から出た。

いやーちょっとヴォルの仕事っぷりが見たいと思ってたけど、とんでもないタイミングだったな。

 

周りに人が居ない事を確認した俺はヴォルの腕を掴み、家に姿現してすぐに屋敷を後にした。

 

 

「あーー!疲れた!俺めちゃくちゃ頑張った!」

 

 

スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイに指をかけ緩めぽいと捨てた。ジャケットとネクタイはふわふわといつもの洋服ダンスに勝手に収まる。

 

暖炉の前にあるソファに座り、撫でられすぎて気持ち悪い前腿をズボンの上からゴシゴシと撫でる。

ぐったりとしていると、ヴォルはジャケットも脱がずに俺の前に立つと急に目線を合わせるようにその場に膝をついた。

 

 

「ノア…そのロケットだけど──」

「ああ、やるよ。…はいどーぞ」

 

 

俺はポケットに手を突っ込みヴォルに向けて差し出した。ヴォルは目を見開き、その箱を受け取ると「いいの…?」と呟く。

 

 

「だって、それ…スリザリンの子孫のならさ、ヴォルのなんだろ?」

「…うん、そうだ。…あの老女が言ってた女は──きっと僕の母親だ」

「そうだろうな。なら、俺が持つ物じゃない、ヴォルが持った方がいい。…ってか、その為にあの人から貰ったわけだし」

「…ノアが欲しかったんじゃないの?」

「別に?綺麗なロケットだとは思うけど、興味ないね」

「……僕のために?」

「そうだけど」

 

 

ヴォルはぐっと言葉を詰まらせた。そんなに欲しかったのか、そりゃそうだなぁ。スリザリン家系の家宝でもあり、母の形見…のような物なのか?

 

 

「ありがとう、ノア…」

「もっともっと言ってくれ!俺マジで頑張ったんだからな!褒め称えよ!」

 

 

踏ん反り返り、茶化すように言えばヴォルも少し笑って俺の隣に座り「流石ノア、凄いね」と素直に言った。…何だかその言い方が子どもに対して褒めるような声音だったのはもう無視しよう、うん。

 

 

「ハッフルパフのカップも欲しいな」

「…今度は俺の唇じゃなくて、体を要求されそうだ」

「魔法で何とかなるでしょ」

 

 

キスも回避してたし。とヴォルは簡単に言うが、そういう問題ではない。

 

 

「何とかなる。──だけどな、あの老女の中で俺とヤったっていう事実がある、それに俺は耐えられない!」

「…確かに気持ち悪いね」

「だろ!?さっきの唇が欲しいっつーのも大概ぞわぞわしたのに…危うくファーストキスがあの人になるところだった…俺最強の魔法使いで良かった…」

「…え。…童貞なだけじゃなくて、キスもまだなの?流石に……ちょっと引くね」

「てめぇ!!ロケット返せ!」

「嫌だ」

 

 

ファーストキスはレモンの味なのかどうかを早く知りたいのに、何故俺は童貞で、キスの一つもしてないんだ。

 

ぶつぶつ文句を言っていると、ヴォルは何故か笑っていた。そんなに俺がファーストキスもまだなのが面白いのか!?

 

 

 



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32 アルバニアの森

 

 

次の日、ヴォルは一度仕事先に向かいヘプシバからゴブリンの甲冑を買う事が出来たことを店主に伝えに行き、店主と共にヘプシバの屋敷を訪れたらしい。

 

ヘプシバは俺が居ないことをとても残念がりながら何度も指先で唇を撫でていたそうな。…い、いや、実際キスしたわけじゃないし…うん、あの人の中で俺がどんなキスをしたのか──真相は闇の中の方が、俺の精神的に良いだろう。

 

 

ヴォルはバークから買取成功のちょっとしたボーナスを貰ったらしく、ご機嫌だった。まぁ、そんな小金だけじゃなくてスリザリンのロケットを手に入れた事が何より嬉しいんだろう。

 

仕事から戻ってきたヴォルはすぐにスーツを脱いでラフな格好に着替えた。どうやら今日はもう仕事は無いらしい。2人の休みが会うなんて、卒業以来初めてかもな。

 

 

「ヴォル、今日この後…どーする?」

「出掛けたい所があるんだ、ちょうど良かった…ノアにも手伝ってほしくて」

「ん?…いいけど、何処に行くんだ?」

「アルバニア」

「アルバニアぁ?…何処だそこ?遠いんじゃないのか?そんなの1日で……待て、俺に連れて行けって事だな?」

「それ以外に何があるの?」

 

 

当然という顔をするヴォル。俺はお前の専属ポートキーでもお抱え運転手でも無いからな?それに、正しい移動先がわからなければ気絶するからな?気絶だけで済むのは流石俺様だけど。…あ、やべ、ヴォルデモートみたいなこと考えてしまった。

 

 

「アルバニアね…」

「流石の僕でもそんな長距離の姿現しは疲れるし」

「疲れる程度なら自分でやれよ…国境いくつ越えるんだか…」

 

 

やれやれと溜息をつき、目の前に世界地図を出す。アルバニアって何処にあるんだ?やけに聞いた事のある名前だけど、場所は知らないし…。

 

 

「ここだよ」

 

 

隣から世界地図を覗いていたヴォルが一箇所を指差す。──あ、そんなに距離ねぇな。アメリカ行くよりは近い。

 

 

「ここ、ダジティ山の森、麓には先住民がいるらしい」

「森?…何で森に行くんだ?」

「ああ、レイブンクローの秘宝…髪飾り(ティアラ)がここに隠されてるんだ。在学中…ま、色々調べてたらわかってね。スリザリンのロケットは手に入ったし、ハッフルパフのカップの居場所は突き止めた。後はグリフィンドールの剣だけど…ま、それは後回しかな」

 

 

グリフィンドールの剣はなぁ。あれって確かグリフィンドール生しか手に入れられないんじゃなかった?それならヴォルは一生無理だろうし、今持ってるのは…ディペッド校長?それか、既にダンブルドアの所有物なのかな?

 

 

「へー全部集めたらなんか良い事あんの?」

「良い事、というより。僕の分霊箱にする。僕の魂を入れるのに、相応しいと思わない?」

「…もうスリザリンのロケット、分霊箱にしたのか?」

「まだ。ノアが分霊箱になるなら…するつもり無いしね」

 

 

決断するなら、早くね。と笑うヴォルに俺は顔を引き攣らせ乾いた笑みを浮かべた。

どんどんヴォルの分霊箱候補が集まっている。ま、まぁスリザリンのロケットを渡したのは俺だけど…。

 

 

「とりあえず、そのダージリンティ山?」

「ダジティ山。…どんな言い間違いだか…」

「そうそこ、そこに行こうか。うん。分霊箱云々は後で…な?」

「──ま、良いけど」

 

 

俺は地図を消し、コートを羽織る。ヴォルにもコートを渡し、外出の用意が整ったのを見るとヴォルに手を差し出した。

ヴォルは俺の手を取り、そのまま俺たちはアルバニアへと向かった。

 

 

 

ーーー

 

 

森!!

一面の森!!!そしてなんか魔獣の鳴き声も聞こえる!!

 

 

「…なんか、あれだな。ホグワーツの森みたいじゃね?」

「確かに…魔獣も、居るらしいよ」

 

 

ヴォルは辺りを油断なく見渡しながら内ポケットから杖を取り出した。ま、どんなのが居るかもわかんねーしな、用心に越したことは無い。

 

 

「ここ、マグルは来るのか?」

「…来る」

「えー、めんどくせ。んじゃさっさと探して帰ろうぜ、何処にあるんだ?」

「木の虚」

「…どの木だ?」

「知らない、この森にあることは間違いない。隠れ家が何処かにあって、その隠れ家近くの古木の虚だってさ。──さあ、探して?」

 

 

にっこり、と笑うヴォル。

いやいや、お前…少しくらい自分で探せよ。

 

 

「このめちゃくちゃ広い森の隠れ家ねぇ…」

 

 

ぐるりと辺りを見渡す。流石に俺1人ではめんどくさそうだ。

俺はヴォルに向かって手をかざす。ヴォルは少し目を開いたけど、特に何も言わず突っ立っていた。

 

 

「今、ヴォルに認識阻害魔法のめちゃくちゃ強いのかけてる。ま、俺には見えるけど。──何を見ても喋ったりしないように、動く時も慎重にな」

 

 

ヴォルは小さく頷き、木の側に近づいた。

俺はそれを見てさっさと足を森の奥に進める、暫く歩いていると、周りの空気が変わったのを肌で感じた。──んー?なんか見られてるな。話のわかる奴なら良いけど。

 

ガサガサと茂みが揺れる音と共に、俺の目前に黒い影が飛びかかった。

 

 

「──おっと」

 

 

手を前に出して空中でぴたりと止めた。

なんだこれ。

頭はライオン、胴体は…なんだ?山羊?尻尾は爬虫類…うーん、ドラゴン?なんかゲームでよくみるキメラみたいだな。大きさは…ま、ライオンくらいかな?

 

 

「こんにちは。ここ、お前のテリトリーだったのか?ごめんな、俺の言葉わかる?」

「いいよぉ、ぼく話したの、はじめて!」

 

 

見た目は中々に奇怪だが、声は異様に高くて可愛らしい子供の声だった。…こ、この見た目でチョッパーみたいな声なの違和感強いな!!

 

 

「この森に、人の住む家とかある?」

「うーん、いえって何?」

「えーと、…お父さんかお母さんいますか?」

「いるよ!あっち!」

 

 

キメラ(?)はどしどし足を鳴らしながら俺の周りを駆け回り尻尾をびゅんびゅん揺らせた。おおー中身はゴールデンレトリバーか?

 

驚愕してるヴォルにこっちだ、と顎で指し、先に進み「はやく!」と言うキメラの後を追いかけ、更に深い森奥へ向かう。

 

 

その後紹介されたキメラパパとキメラママは象よりもデカかった。普通に攻撃されそうだったが、キメラジュニアが宥め、俺と言葉が通じると分かるとキメラパパとキメラママも少し落ち着いた。

 

 

「この森に、人の家ってない?」

「…太陽の沈む方に、見覚えがある。だが、あの場所は穢れている、森に居る生物は近付かない」

「そっか!ありがとう!」

 

 

キメラパパから有力情報をゲットした俺はキメラジュニアの喉元を撫でて──目を細めてぐるぐる言ってた──すぐにその太陽の沈む方向、西へ向かった。

 

 

「ヴォル、もう喋っても良いぜ。魔法はまだかけとくけど」

「…ノア、動物だけじゃなくて…魔法生物とも、話せるんだ」

「流石、俺だよなー!あっちに家があるらしいって言ってた」

「…キメラが?」

「そう、キメラが」

 

 

やっぱキメラだったのか。

なんか、人に作られた合成獣って言うよりは、普通にそういう生き物として生息してますって感じだったなぁ。中身ゴールデンレトリバーみたいで可愛かったけど、流石に象サイズになるんだったら飼えないな。

 

暫く歩いていたけど、普通に疲れてきた。

「ヴォル」と少し離れた後ろを歩くヴォルに声をかけ、駆け寄ってきたヴォルの腰に手を回す。

 

 

「…何」

「歩くのめんどい。飛ぶぞ」

「え?──っ!?」

 

 

そのままふわりと浮き、空を滑るように飛んだ。手をかざして鬱陶しい木々に「退いてねー」と伝えれば、木々は慌てて太い幹をしならせ道を開ける。

 

 

風が頬を打ち髪が靡く。──遠っ!めちゃくちゃ遠いな!?なんつー最奥に潜んでたんだよレイブンクローの娘!!千年前だし、森の形状も変わってんのか?

 

 

「──お、あったあった」

 

 

ふわりと停止し、地面に足をつける。

ヴォルを離せば少しふらつきながらもしっかりと立ち、怪訝な顔で俺を見た。

 

 

「何その魔法。箒も使わずに…そんなの、きいたことない…」

「俺は世界最強の魔法使いだぜ?不可能なんてねーよ。知りたいなら、教えようか?」

「…うん、教えて」

 

 

ヴォルは自分が知らない魔法があるなんて嫌なのか、割と真剣な顔で頷いた。

まぁ、すぐ使えるだろう。元々ヴォルが使ってたのを原作で知ってたから…俺も使えるんじゃね?って思って使ってるんだしなぁ。

 

 

「普通の家だな。キメラはこの場所が穢れてるって言ってたけど…」

「そんなこと言ってたんだ?…とくに、呪いがかかってる…ってわけでも無いね」

「ま、家に用は無いだろ?」

「…そうだね、木を探そう」

 

 

手分けして近くの木を探す。

古木…って言ってたけど、見る限りどれも古そうだなぁ。

 

 

「──ノア、あったよ」

「まじ?」

 

 

家の裏辺りを探していたヴォルから声がかかり、そちらに行けば一際大きく古い木の虚にちょうど手を突っ込んで居る所だった。

引き抜かれた手に持っていたのは、確かに、髪飾りだ。撮影で何回か使ったなぁ…それにしても。

 

 

「汚ねぇ!」

「…何百年もここにあったんだろうね」

 

 

土や泥で汚れ切ったそのティアラをヴォルの手からひょいと掴み、ふっと息を吹きかける。すると汚れは綺麗さっぱりなくなり、キラキラとした輝きを取り戻した。真ん中に大粒の青い宝石がついていて、大鷲のような銀細工が美しくティアラに鎮座している。なるほど、間違いなくレイブンクローのものだな。カラーのブロンズと青、そして大鷲。…なんか寮の創設者達って、自己顕示欲凄くね?

 

 

「頭につけた者に知恵を与えるらしいよ。ノアつけてみなよ」

「まじで?…やってみよ」

 

 

頭にティアラを乗せる。

……。

 

 

「どう?少しは知性がついた?」

「……」

「…ノア?」

「……」

「ノア!…もしかして何か呪いが?」

「いや、俺は全てを理解した」

「え?」

「そう、世界の全て、叡智──全てを理解した、この世の理も、真理も、創られし命運も──」

「……」

「──はっ!?お、俺は一体…?」

 

 

なんか真理の扉を開いたのかと思った…!

ヴォルは神妙な顔でティアラを手に持っていた。そうか、ヴォルが外したからあの全智感は失われたのか…いや、でも俺って知ったらなんでも出来ちゃうチートだからなぁ。

今なら人体錬成出来そうな万能感すらある!一度得た知識というものは無くなるものでは無い。

 

 

「ヴォルもつけてみろよ」

「…いい、変になりたくないから」

「そんなに変だったか?」

「馬鹿みたいに目がイってた」

「……」

 

 

ヴォルは小さな木箱を魔法で作るとその中にティアラをいれて、つけようとはしなかった。あの万能感…凄かったけどなぁ、確かに見た目アホの子になってるヴォルはあんま見たくない。…いやちょっと見てみたい気もする。

 

 

「じゃあ、帰ろうか」

「はいはい、──お手をどうぞプリンセス?」

 

 

からかって恭しく頭を下げ手を差し出せば、ヴォルは片眉を上げたが何も言わずその手を取った。

 

 

 



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33 読めない心

 

俺は世界最強の魔法使いであり、世界最高のハイパートップモデルとなった。

世界を股にかけた生活も、もうすぐ3年目となる。俺は21歳になったが、俺の見た目は自己ベストを更新し続け成長するたびに美しさを増している。それに比例するかのように、俺の過激なファンも増えているのだが。まぁ、トップモデルの定めだといえるだろう。

 

因みに、ヴォルは少し前にボージン・アンド・バークスの店を辞めた。かなり引き止められたらしいが、見聞を広める為にと強く言い今はニート…無職だ。

ヴォルはハッフルパフのカップは入手していない。手に入れたい気持ちはあるが、それ程固執しているわけでも無さそうだ。今は他にやる事があるから、とか言ってたな。無職なのに。

 

 

 

「仕事、辞めてどうするんだ?」

「次の就職先は決めてる」

「へ?そうなのか?」

 

 

ソファに座り、ウイスキーを飲んでいたヴォルは軽く答えた。へえ、いつの間に…ってか、これで未来は確実に変わったな。…主要キャラが生まれない世界になったらどうしよう…ちょ、ちょっとそれは困る…ヴォルが平穏に過ごせるのは、嬉しいけど。

 

 

「うん、ノアの事務所だ」

 

 

にっこりと、何かを間違いなく企んでいる顔でヴォルは笑った。

 

 

「え?モデルすんの?まぁヴォルの顔面なら問題無さそうだけど」

「しないよ。見せ物になるなんて嫌だし」

「見せ物って…」

 

 

見せ物って!一応俺の仕事なんですけど?

まぁ、ヴォルはモデルなんてしそうに無いな、とは思っていた。絶対人気出ると思うけど。

 

 

「週明けからノアの付き人になる。…聞いてない?」

「は、…はあぁ?聞いてねーわ!…い、いや、メイソンの代わりに人を雇うとは…言ってたけど」

 

 

メイソンが仕事を辞めて故郷に帰ることになったと聞いたのは数日前だ。両親共に病気で寝たきりになってしまったらしい。兄弟がいないメイソンは、かなり悩んだが──高齢の両親の側にいる事を決めた。

メイソンの両親はマグルだ…これから、気軽に会うことも出来なくなる、かもしれないな。

正直、メイソンとずっと2人でやってきたから、めちゃくちゃ…残念だけど。こればっかりは仕方ないからなぁ。

メイソンは気丈に「僕の夢は叶えられたから、良いんだよ」と笑ってたけど。──どう見ても泣き腫らした後の目だったし。

 

 

「不服?」

「いや、嬉しいよ!普通に、めちゃくちゃ!」

 

 

今までメイソン1人で全てやっていたのも、俺の付き人になる人は俺に完全に魅了されない事が絶対条件だ、メイソンはまぁ、俺に心酔しているがオフとオンの区別はついている。何より、俺と()()()()なりたいとは考えていない。

過去に何人か雇った事はある、だがどの人も俺に魅惑の呪文をかけようとしたり、愛の妙薬入りの飲み物を飲ませようとした。そういう理由で、メイソンが俺のマネージャー兼付き人として今まで頑張ってくれていたのだ。

 

そりゃ、ヴォルなら安全だけど。

 

 

「なら、いいでしょ」

「うーん。いいけど、次の就職先探しとけよ?俺、後1.2年で辞めるつもりだ。ホグワーツの教師になる」

「…それ、本気だったんだ」

「まぁな」

「…ノアが辞める時に、僕ももう一度志願しようかな」

 

 

若すぎるからって断られたけど。今なら大丈夫だろうし。とヴォルは気軽にいう。

うーん、確かに。確かに今ヴォルはギリギリ闇落ちしてない…いや、何人か殺したか。

それさえバレなければこのままなら教員になれるかも?まぁ、それを決めるのは俺じゃ無いからなんとも言えないけど。まだダンブルドア先生は校長では無いって聞いたし。ダンブルドア先生が校長になる前ならワンチャンあるんじゃね?

 

 

「でも…いいのか?俺、マグル界にも行くけど」

「嫌だけど。…我慢するさ」

 

 

…いや、待てよ。

マグル界──マグルの印象最悪のヴォルが、マグルの知り合いとか出来て、意外と悪い奴らじゃ無いって思えば…闇落ちルート完全回避じゃね?

今、ヴォルって何考えてるんだろ。勿論闇の魔術は好きみたいだし、エイブリー達との交友も途絶えてないし。…かと言って魔法界の征服と混血の追放をあんまり考えてる雰囲気でもないしなぁ。

そもそも、混血の追放って、めちゃくちゃブーメランじゃね?俺なんて両親マグルだぞ。俺も追放する気か?

 

 

「じゃあ…まぁ、よろしく」

「こちらこそ」

「…仕事場でも会うって変な感じしそうだな…。それにしても、メイソン…両親共に急に倒れるって不運だよなぁ」

「本当にね」

 

 

ヴォルは薄く笑ったまま丸い氷が溶けて少し色が薄くなったいるウイスキーを飲んだ。

…俺も飲もうかな。

 

 

「チョコってまだあった?」

「あるよ」

 

 

ヴォルが手を振れば戸棚が開き魔法界で有名なチョコ専門店のものがふわりと漂い机の上に乗った。俺の分の大きな氷入りグラスも少し後からふわふわと現れる。

珍しいな、このチョコ高いし、何か良いことでもあったのか?

就職決まった祝いに買ったのかな、…可愛いところもあるじゃん!

 

 

「ヴォルの脱無職に乾杯!」

「…他に言い方無いの」

「ヴォルの再就職に乾杯!」

「……ま、いいか。…乾杯」

 

 

ウイスキーの入ったグラスを合わせれば小気味いい音が小さく響いた。

口の中にチョコを入れてじんわりと溶かし、甘苦い味を楽しむ。

ウイスキーにはやっぱチョコだなぁ。ナッツ系でもいいけど。

ヴォルも俺も、酒には割と強いほうだし嫌いでは無いため、時間が合えばこうやって一緒に晩酌をする。

 

一度、限界まで挑戦してみよう!と俺の思いつきで大量のワインやウイスキー、シャンパンを買い込みがばがば飲んでみた。

酔ってるヴォルを見てみたかったが、ヴォルはちっとも顔色を変えず涼しい顔で何本ものワインを空けていた。

俺はというと。どうやらこの体は飲み過ぎると眠くなってしまうようで、ヴォルが酔っ払う前に寝落ちしてしまった。

泣き上戸や笑い上戸になるヴォルを見たかったが、残念ながらヴォルはかなりの酒豪だった。

 

 

 

 

 

週明けに俺と一緒に事務所に来たヴォルは、まず初めにデカい倉庫の3つが俺への()()な贈り物で埋まってることに唖然としていた。

 

 

「…なにこれ」

「呪いのこもった貢物」

「…こんなに?」

「まぁな、熱烈なファンからの死へのお誘いや、愛の妙薬。同業者からの恨み辛みが込められた呪物。呪いの手紙。顔面崩壊のアイテム。…ま、そんなとこかな」

「…意外と恨まれてるんだ」

「愛と憎悪は紙一重なんだよ、ヴォル君?」

 

 

だからこの倉庫のものは触らないほうがいいぜ?と言えば「使えそうな呪具だけもらってもいいかな」なんて楽しげに飄々と言われた。

そうか、メイソンが手に負えられなかったものも、ヴォルなら確かになんとでも出来そうだな。一つ一つ解呪するのも面倒で、今まではある程度溜まったら俺がまとめて消してたけど。

 

 

「まー…いいけど、そんな暇無いと思うな。…ほら、俺のスケジュール」

「……ノア、今までよく体調崩さなかったね」

 

 

ヴォルは俺が渡した手帳を開き、暫く無言で見ていたが、そのハードスケジュールが信じ難いのか感心と呆れ混じりに呟いた。

 

 

「自分に疲労回復魔法かけ続けてるからな」

「…。…ま、いいや。じゃあ行こうか」

「ん、わかった。今日からよろしくな、新人君?」

「馬鹿言ってないで、早く」

 

 

仕事モードのヴォルはなかなかにノリが悪かったが、数日間一緒に働けば、やっぱりヴォルってめちゃくちゃ有能だとしみじみと思った。

 

新人なのにいつの間に仕事を覚えたのか的確なスケジュール調整をし、先方への贈り物も欠かさない、物腰の柔らかく謙虚で仕事が出来て尚且つイケメンのヴォルはすぐに事務所内で信頼された。

 

メイソンも有能だったけど、やっぱヴォルってすげえな。

まぁ、マグル界の事も一応幼少期に過ごした世界ではあるからなのか、この仕事に就くにあたって学んだのか、何とかなってたし。…マグル界に行く時はいつも嫌そうだったのは、まぁ仕方ないか。

 

 

なんでヴォルが俺の付き人になったのか。

はじめは疑問だったが、暫くしてわかった。ヴォルは、俺が撮影してるときにこっそり抜け出して世界各地の魔法を学んでるようだ。…確かに死喰い人引き連れて旅するよりは、安全だし、撮影が終わる前には戻ってるから…まぁ、いいか。

 

 

 

 



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34 ありふれた祈り

ヴォルが付き人になり半年後。

優秀なヴォルに時間を調節してもらい、なんとか空き時間を捻り出した俺は独り、ホグワーツを訪れた。

 

 

「あー…懐かしいなぁ…」

 

 

ホグワーツ城近くまで姿現しで移動し、その後は流石に徒歩で向かう。

ホグワーツで姿現し出来るのは、多分誰にもバレないほうがいいだろう。…あ、ヴォルは知ってるな、そういや。

 

今、ホグワーツはクリスマス休暇なのだろう。城の中はしんと静まり返っていて人気がない。

…待ち合わせの時間まで後少しあるし、ちょっと見て回ろうかな。

 

城の中を歩き回り、色々な教室の扉を開ける。

無人でも、やっぱ懐かしいな。寒いし…皆談話室にでも居るんだろう。この古城独特の、微妙に古い埃っぽい匂いも嫌いじゃない。

最後に校長室の前の扉に立つ、腕時計の針は待ち合わせ時間の五分前を指している。ガーゴイルが脇に引いているし、これは入っていいという事なんだろう。

 

 

校長室に入れば、奥の机にはディペット校長が座り、その隣にダンブルドア先生が立っている。ディペット校長は俺を見ると優しく微笑み、手を広げ歓迎した。

 

 

「よく来たね、ノア。会えて嬉しいよ。かなり多忙だと聞いていたが…」

「光栄です、校長。…ま、優秀な付き人が居るんで大丈夫です」

 

 

ヴォルは今事務所で書類系の仕事を頑張っている筈だ。天才で優秀なヴォルはついに経理仕事も任されるようになり、割と大変そうだ。そういや俺の契約金の高さに何度も「これ、0が5個くらい間違ってない?…本当に?」と書類を見比べて愕然としてたなぁ。

 

 

「そうか…トムが、君の事務所に居ると噂できいたよ。本当なのか?」

「ええ、そうです。ま、俺の仕事先めちゃくちゃ給料良いので…」

 

 

その代わりに休む時間ほぼ無いですけど。と軽く言って肩をすくめる。

お互い本題に入る前に、簡単に朗らかな会話を楽しむ。ダンブルドアは会話に入らずただじっと聞いていた。

 

 

「それで…ディペット校長先生?俺をここに呼んで…ダンブルドア先生が居るってことは、卒業前のあの約束の件を、…受け入れてもらえたと思っていいんですか?」

「そうだ。…手紙を受け取った時は驚いたよ。君の名前は至る所で聞いたからね、まだ辞めるのは先だろうと思ったが…」

「この件はまだ内緒にしてくださいね?もう俺の名前は充分広まりました、悔いはありません」

「そうかそうか…妻が聞けば3日は寝込むだろう」

 

 

ディペット校長は肩を下げ、力なく笑う。いやー確かに、間違いなく寝込む人は続出するだろうなぁ。──俺はもはや社会現象だし。

 

 

「ダンブルドアともその事を話し合ってね。…彼はいきなり1人で担当を持つには荷が重いのでは無いかと考えているようだ。…ほら、ノア…きみは座学はあまり得意ではなかっただろう?」

「あー…俺、感覚型タイプなんで」

 

 

…確かに。親世代が見たいために気軽に教師になっちゃお!って思ったけど、……俺教えられるかな?まぁ、クィレルやロックハートの授業で許されるんだから、俺にも出来る…と思いたい。それに──実は、レイブンクローの髪飾りをかぶってから、俺の知能は上がったんだよなぁ。知らなかった知識も何故か当然のように知っていたし。まぁ、知能があることと、人に教える事はまた別問題…かな?

 

 

「そこでだ。特例として、1年間ダンブルドアの元で研修生として、授業の進め方を学ぶのはどうかな?」

「え?研修生、ですか?」

 

 

少し驚いてダンブルドアを見る。そんな制度あったんだ。ダンブルドアは「嫌かね?」と静かに聞いたが、俺はすぐに首を振った。

 

 

「いえ、じゃあ…よろしくお願いします。…来年度からですよね?」

「ああ、そのように手筈を整えておこう。また、時期がくればこちらから連絡をするよ」

「ありがとうございます。お待ちしてますね!えーっと、フクロウ便はイギリスの事務所に届けてください、暫くはそこを経由しようと思って…。俺の家がファンにバレたら…ちょっと大変なので」

「そうだね、そうしよう」

 

 

やった!

マジで俺、ホグワーツの先生になれるんだ!

青少年達の甘酸っぱい恋愛模様をこっそり覗き見できるんだ!う、嬉しすぎる!

 

嬉しさに思わず笑みが溢れてしまえば、それにつられるようにディペット校長もにっこりと笑った。

 

 

「…あ、すみません。そろそろ。──俺あまり長く滞在出来なくて…」

 

 

流石に1日休みは取れなかったしな。

ディペッド校長は頷くと、俺に手を差し出した。

 

 

「君が来るのを楽しみに待っているよ、ノア」

「ありがとうございます」

「…さ、ダンブルドア、駅まで送って行ってあげなさい」

 

 

しっかりと握手を交わした後、俺と俺の見送りをする事になったダンブルドアと校長室を出た。1人で帰った方が姿現し出来るし、楽なんだけどなぁ。

 

 

「ノア、本当にトムが君の事務所で働いているのか?」

「え?はい、そうですよ。めちゃくちゃ優秀なので助かってます。メイソン──俺の前のマネージャーも優秀でしたけど、急にご両親が病に臥せってしまって。…その代わりにヴォルが俺の付き人に」

「そうか。まぁ…昔、私が言ったこと…──ノアと2人でゲームをしたことを、覚えているかね?」

「ああ。覚えてますよ」

 

 

俺の生爪が剥がされたやつですね。いやーあれはヒヤヒヤしたなぁ。マジで激痛だったし。

 

少し前を歩いていたダンブルドアは立ち止まり俺の方を振り返る。その表情は、俺に今まで見せていた目の中で、1番優しげに、それでいて何故か悲しそうに、細められていた。

 

 

「どうやら、私の予想は外れたようだな。君が──君たちが闇に飲まれず過ごせているようで、本当に良かった」

 

 

おお…。

これって、もしかして…ようやく、少しは信頼を得たのか…?研修生とか言うから、てっきり俺を監視する為なのかと思ったが、単純にマジで俺の学力を心配していたのか?

 

 

「──そうですよ!俺はどっちかっていうと光属性ですからね!ヴォルは、まぁ、最近変わってきてると思いますよ」

「ノア、君の力だね。…トムと君は…その、…──直接的な聞き方で、許してほしいのだが──恋人関係にあるのかな?」

 

 

ゴシップ好きの親戚のおばさんかよ。

恋人関係、いやいや、俺と、ヴォルが?

 

 

「ははっ!そんな関係じゃないですよ!ただの、幼馴染です」

 

 

学生の時、女子達がこそこそ俺とヴォルの関係について、きっと()()なのだと噂していたのは知っている。ってか、目を見ればわかる。だが俺とヴォルは恋人同士ではない。

確かに、5歳から一緒でホグワーツでもずっと隣に居て、実は同棲してるし仕事先もなんの縁か同じになったけど。確かに誰といるよりも落ち着くし、楽しいけど、まぁそれは気のおける間柄だからだ。

俺とヴォルを表す関係は、幼馴染で腐れ縁、だろう。

 

 

止まっていた足を再開させて、隣に並びながらくすくすと笑う。

 

 

 

「そうか…すまないね。君達がこれからもその関係でいる事を願うよ」

「ありがとうございます。…あ、そういやヴォルもホグワーツの教師になりたいって言ってましたよ。知ってますか?」

「ああ…ノア、君はどう思う?」

「んー。()()()大丈夫じゃ無いですかね」

「それは──願望、と捉えていいかね」

 

 

願望。

ああ、そうかも知れない。

昔、俺はヴォルが普通に教師をしてるなんて想像が出来なかったし、少しも考えなかった。だけど今では──そんな未来が本当に可能なんじゃないかって、思う。

そうすれば──未来は大きく変わる。それもとてつもないハッピーエンドに!

ただ、もしかしたら、生まれないキャラがいるのかも知れない。

このまま親世代に突入すれば俺とヴォルはここで教師をする。ま、ちょっとは闇深い授業をするかも知れないが、ダンブルドアの目がある中で派手な事はしないだろう。

 

そうなると、ジェームズとリリーが結婚したとして、ハリーは両親を亡くすことはない。…あれ、でもリリーってもともとセブルスと仲良かったんだっけ?セブルスが闇落ちしなければ、リリーと結婚する未来になるかも…そうしたら、ハリーは生まれない…?……いや、もう、運命の流れに身を任せよう。

 

 

「願望…。いえ、祈りです」

 

 

どうか、神様──この世界に大きな不幸が起こりませんように。

俺の静かな言葉に、ダンブルドアは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

その後、8月1日に発表された、俺、ノア・ゾグラフの引退宣言は魔法界とマグル界に激震を走らせた。

その事実を受け入れられず寝込み仕事を休む人が続出して、双方の世界は大混乱している。ちょっとそこまで影響力があるとは思わず魔法界のスタッフ達が事務所で怒りの抗議吠えメールを、マグル界のスタッフ達が事務所で苦情電話を受け取るハメになってしまった。

 

でも、俺はもう決めたんだ。モデルはスッパリやめて、ホグワーツでノア先生になるって!俺の魅力に当てられて授業にならないようにだけ気をつけないとなぁ。

 

 

 

8月下旬、俺はホグワーツで研修するために一応、昔の教科書とかを読んでいた。うーん、やっぱ知能上がってる気がする、昔は全く分からなかった魔法の仕組みを完全に理解している。

 

 

「ノア、本当に教師になるんだね」

 

 

ソファに座り読んでいると、ヴォルが何だか感慨深そうな表情でしみじみと呟き俺の隣に座った。

 

 

「1年間は実習期間だけどな。…悪いな、ヴォルはまだこれないだろ」

「…あの状態の事務所を放り出すわけにもいかない。誰かさんのせいで」

「うっ…耳が痛い」

 

 

ヴォルは俺が引退した後の事務作業に追われていた。表舞台から姿を消すとはいえ、諸々の契約を破棄しにいったり、混乱を抑えたり、事務所への暴動を防いだり──中々に忙しそうだ。

 

 

「1年経てば落ち着くでしょ。どうせホグワーツの教師になる事は直ぐに魔法界で知られるし。マグル界の事はどうでもいいし」

 

 

ヴォルは少し疲れたような顔で言い、ソファに深く身を委ねた。

 

 

「その後で、僕もホグワーツに行くよ」

「ん?ディペット校長に言ったのか?」

「まだ。…だけど、必ず行く」

 

 

ヴォルはマグルの事はやはり受け入れられないようだった。マグルのスタッフと会話する時も完璧な笑みは崩さないが、目は全く笑ってない。それに気がつけるのは、まぁ俺だけだろうなぁ。

 

 

「待ってるぜ?」

「…うん、待ってて」

 

 

おや、ヴォルにしては素直な言い方だな。最近、本当にヴォルは穏やかになったと思う、うんうん、良い兆しだ!ダンブルドアが俺の力だとか言ってたけど、まぁ…そう思っても良いのかもしれないな。

 

 

「でも、本人しか破棄できない契約もあるから、ホグワーツから…たまには戻ってこないとダメだよ」

「まじで?…めんどくさ…いや、最後の仕事だと思ってちゃんとやり切らないとな」

 

 

読んでいた教科書を閉じ、疲れた顔をするヴォルの顔を覗き込む。

その暗い灰色の瞳には、何よりも美しい俺が映っていた。

 

 

「…ヴォル、本当にありがとう」

「…何、急に」

「いや?日頃の感謝をな?」

「ふーん…」

「何か欲しいのとかある?何でも言えよ」

 

 

引退の件で迷惑かけてるし。きっとヴォルも本当ならすぐ教師になりたかっただろうし。

 

ヴォルは俺の目をじっと見つめる。

 

 

「──ノア」

「ん?何だ?」

 

 

首を傾げれば、ヴォルは少し目を伏せ、長いため息を吐いた。

 

 

「……。…別に、いらない。分霊箱にはなって欲しいけど」

「そ…それは、うーん」

「…もう少しだけ待ってあげるよ」

 

 

もう少しと言わず、一生待ってくれねーかな。

 

 

 

 



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35 研修生として

9月1日。

俺はホグワーツにやってきた、…帰ってきた、というべきかな。

 

 

初めに同僚となる先生達──まぁ俺は研修期間だから、正しくは同僚じゃなくて、先輩になるのか?──に校長室で紹介された時には、あらかじめ知っていたダンブルドア以外は皆ぽかんと口を開けて驚愕していた。

 

 

「お久しぶりです、先生方!よろしくお願いします!」

「ノア!久しぶりだね、いやはや、モデル活動を引退したと聞いた時はショックだったが…まさか君が教師になるとは!」

 

 

いち早く冷静さを取り戻したのはスラグホーンであり、嬉しそうに笑いながら俺の手を取り強く握手をした。

他の先生達も第一陣の衝撃をなんとか飲み込めば、すぐに笑顔で俺を歓迎してくれた。

俺は模範生でもなければ、完璧な優等生でもない、まぁでも学生時代に教師達から嫌われてなかった事だけは間違いない。

だって、あんまり悪いことしてないしな!…うん、あんまり…!

 

 

 

先生達に紹介した後は、勿論生徒たちへの紹介が待っている。

本来なら大広間の教師陣の席に座り、新入生の組み分けが終わった後で発表されるのだが。俺が初めから居ては組み分けがスムーズに進まないだろう、というダンブルドアの言葉に教師たちと校長は神妙な顔で同意したため、俺は組み分けが終わった後で大広間に登場する事となった。

 

 

いや、いいんだけどな?

めちゃくちゃ目立つやつじゃね?

 

 

ホグワーツ生全員が大広間に入り、新入生の組み分けが進められる中、俺は大広間の扉の前で漏れ聞こえる大きな拍手や歓声を聞いていた。

 

懐かしいなーもう10年か?…時が経つのは早すぎる。あの時、もしスリザリンじゃなかったらヴォルと今の関係が続いてなかっただろうなぁ。本当、どんな些細なことで運命が変わるのかわかったもんじゃない。

 

 

 

「──さて、今学期から、新たに研修生を1人迎える事となった。彼はダンブルドア先生の元で、変身術の教師になる為に学ぶ、紹介しよう──皆、くれぐれも、冷静さを失わないで欲しい」

 

 

どんな前フリだよ。生徒たち不安そうにざわついてるじゃん。

俺は苦笑しながら両手で扉を押し開けた。薄暗い廊下に、大広間の眩い光が差し込む。

 

 

「ノア・ゾグラフ先生だ」

 

 

俺は大広間中の視線を集めながら、ディペット校長のいる壇上まで進む。

──おや?てっきり叫ばれるかと思ったが、やけに静かだ。

 

カツカツと俺の靴音だけが響き、校長の隣に並んでくるりと振り返った。

生徒たちは皆、溢れそうなほど目を見開き、口は顎が落ちそうなほどぽっかりと空いている。

 

 

「ノア・ゾグラフです。よろしくな!」

 

 

途端。

俺は自分の鼓膜が爆発したのかと思った。

 

ぎゃあああ!という耳をつん裂く悲鳴が轟く、きゃー!とかいう可愛らしい悲鳴じゃない。まじで雄叫びだ。いや、うん野太い声のうおおおみたいな叫びも混じっていた。

 

生徒達の爆発的な歓声と手の骨が砕けてないか心配になるほどの強い拍手は大広間の窓と言わずホグワーツ中を震わせた、間違いない、だって地面揺れてるし。「ノア!?」「ノア様!!」「う、嘘!これは夢!?夢なの!?現実なの!?」「目の前に神が…」「ああ、お母さん、僕をこの歳に産んでくれてありがとう…」様々な叫びがそこかしこから上がる。

とりあえずへらりと笑って手を振ってみれば、俺に近い方から順番に、ばたりと机の上に伏せて倒れたり後ろにひっくり返る生徒の多い事多い事…。

 

教師陣の席では皆が頭を抱えていた。

うーん、俺って罪な男だぜ!

 

 

「静まりなさい!」

 

 

校長が必死に叫び、手に持っていたベルを鳴らす。まだ興奮した表情の生徒達だったが、何とか口を閉ざし──無理矢理手で抑えている者も居た──俺をじっと見つめる。

 

 

「…ふう。やれやれ…まぁこうなることはわかっていた。──ノアは研修生だが、あくまで、教師だ。皆くれぐれもそのように接するように。…ノア、君もだよ」

「はぁい校長先生」

 

 

先生らしく振る舞います。──多分!

俺は教師陣の卓に向かい、空いているダンブルドアの隣に座った。直後目の前の金の皿や杯に料理や飲み物が現れ、新年度最初の宴が始まった。

 

 

俺も皿に少しポテトサラダを取って食べながら、俺の方をチラチラと見る生徒達を眺める。あー上級生の何人かは見覚えがある顔もいるなぁ。俺がここを卒業したのは…ちょうど四年前だから、俺と一緒の時期に過ごした後輩はまだ残ってるのか。

マートルとミネルバはもう卒業してるから、今のホグワーツに俺の騎士は居ない。…残念だなぁ。

 

 

「ノア、後で私の部屋に来なさい」

 

 

食事が終わった後、ダンブルドアがそっと俺に耳打ちをした。

 

 

「先生?俺が生徒じゃなくなったからって手を出しちゃダメですよ?」

「そんな事しない。…明日からの打ち合わせだよ」

 

 

ダンブルドアは肩を下げてため息をつく。俺のこのからかいを何度も経験しているダンブルドアは、このくらいでは動揺しないか。まぁわかっていて言ってるんだけどな。

 

 

 

 

 

俺がホグワーツに研修生として現れた。

その話は瞬く間に生徒達によりフクロウ便でそれぞれの親に伝えられ──爆発的に魔法界中に広まった。

 

9月2日の朝には何百羽ものフクロウ便が俺のホグワーツへの帰還を喜ぶ手紙を運び、かなりの山になっていた。

その中には俺の騎士達の宛名が書かれた手紙もあり、試しにアブラクサスの手紙を読んでみれば「何とかして潜入します」と書かれていた、いやいや、無理だろ。え?ルシウスと同じでアブラクサスもホグワーツの理事だったりするのか?

ベインからは「どうにかして写真を送ってほしいんだ」という文書が何度も言葉を変え切実にしたためられていた。うん、後で撮って送ろう。メイソンからは「教師かぁ、生徒達を魅了しすぎちゃダメだよ!頑張ってね!」と割とまともな応援の言葉が綴られていた。

 

騎士達とも、ゆっくりと会えてないな。

モデル活動が忙しすぎて、なかなか皆と会えていない。…まぁ、サイン会には必ず皆来てたから、その時にちょっと喋ったりはしてるけど。

サイン会に来なくともいつでもサインくらいするけど。と言えば、俺の騎士達は皆真剣な顔で首を振り「何もわかってない!」と嘆いていた。

どれだけオフで親しくとも、こうしてサイン会に赴きファンとしてサインを受け取るのが重要なのです。って、アブラクサスは熱を込めて語ってたっけなぁ。

 

 

俺は騎士達には返事をしようと決め、数枚の手紙を内ポケットに入れ、後の数百枚はそっと鞄の中にいれた。──うん、呪いかかってないのだけ読んで、後でこっそり処分しよう。

 

 

 

 

ーーー

 

 

俺の研修は、そこそこ上手く順調にいっていると思う。

学期の後半にはダンブルドアの代わりに一人で授業を進めることも多くなった。生徒達は皆俺の言葉ひとつたりとも残してなるものかとばかりに食い気味で聞くし、質問を投げ掛ければ皆がハーマイオニーのように爪先立ちになり手を上げた。

うん、間違いなく生徒達の中で呪文学のレベルだけが鰻登りだな。

 

俺は校長から許可を貰い、特別に魔法飛行ネットワークを使い隔週日曜日は家に帰っている。モデル活動の契約の事でどうしても俺本人が行かなければならない事があると言えば、割とあっさりと許してくれた。

ただ、本採用し、教師になった時にこの特別待遇は出来ないとハッキリと釘を刺されてしまったのだが。

ま、教師達もホグワーツで生活しなきゃダメだもんなぁ。夜の見回りとか、校舎は広いのに教師は少ないなら、意外と大変だし。

 

 

「ただいまー」

「お帰り」

 

 

5月のとある日曜日。

俺は魔法飛行ネットワークを使い、一度事務所に飛び、その後いつものように姿現しをして家に戻った。

 

 

「もう、あっちは落ち着いた?」

「魔法界はね。──ただ、マグル界は未だに五月蝿いよ。どうしても復帰して欲しいみたい」

「あー…マグル界には全く姿を見せてないからなぁ…」

 

 

仕方がない事だけど、俺は魔法使いで、やっぱり魔法界にいる方が楽だ。

魔法を使わないなんて考えられないし、自然と服を着たりするだけでも魔法に頼っているのだから、マグル界で間違いなくうっかり魔法を使いかねない。マグルの前で魔法使ったら、魔法省が五月蝿いからなぁ。

 

 

「まだ何社か、契約破棄に同意してないんだ。…頑なすぎてちょっとインペリオしようか、って何度思ったことか…」

「えーっと、…思うだけでまだ済んでるのか」

 

 

それは、かなり奇跡だと思う。ヴォルがマグル相手に我慢するなんて、今まで考えた事もなかった。ぶっちゃけ、インペリオしてると思ってた。

 

 

「…次に向こうに行くのは7月だ。その時、ノアも連れて来いって言ってる。それで無理だったら…まぁ、魔法に頼るしかないね」

「ああ…悪い、夏休みだし、行けると思う。その時ちゃんとわかってもらえるように()()()()する」

「よろしく。僕はもうマグルと話したく無い」

「はは…」

 

 

どうやら、寧ろよりマグル嫌いになったようだ。うーん、まだ呪い殺して無いから、オッケー!だと、うん、思っておこう。

 

 

 



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36 ノアのために

ホグワーツでの研修期間を終えた俺は、来年度からの本採用の為に幾つか書類を持ち帰り家に戻ってきていた。

後は契約書にサインし、それを持っていけば俺は晴れてホグワーツの教師となる。

 

 

「ヴォルはいつディペット校長に言うんだ?」

「この仕事が片付いたら。…だから、くれぐれもよろしくね」

「俺に任せとけって!」

 

 

この仕事、とはマグル界で駄々をこね続けている会社との契約破棄の事だ。契約が切れてないのは後一社だけだ。他の会社は1年間俺が一切現れず目撃もされてない事から流石に諦めたようだ。マグル界でどれだけ俺を探しても、まぁ、見つかることはないから彼らの苦労は身を結ぶ事なく、終わったわけだ。

 

 

「ノア、まだ君にはかなり熱狂的なファンが多い。くれぐれも気をつけて」

「ん?俺は世界最強の魔法使いだぜ?マグルに遅れなんかとると思うか?それに、ヴォルもついてきてくれるんだろ?」

「マグル如きに何かされるとは思ってない。…マグル界でも、魔法使いはいるからね。…まぁ、…確かにノアにそんな心配しなくてもいいか」

 

 

マグルを下に見ているわけではない。

ただ俺は世界最強の魔法使いだ、流石に魔法を知らない彼らに何かされるなんて、あり得ないが、そうか、ヴォルの言葉も最もだな、人混みに紛れて不意打ちで魔法喰らわせられる可能性もあるか。熱狂的で自己中心的で妄想癖のあるファンに、トップアイドルが襲われる事も、まぁ稀にあるし。

 

 

「一応…守り魔法かけておくか」

 

 

マグル界での事務所は場所があるだけで中は既に無人なため、気にすることなくヴォルを連れて姿現しをして件の会社へ向かう。

流石に電車や市バスを使って移動すれば、間違いなく俺を見たマグルは大混乱する、せっかく鎮火しかかって俺が過去の人になりつつあるのならあまり姿を見られるのは良くないだろう。

ヴォルにタクシーを呼んでもらい、しばらく待った後なるべく顔を隠して事務所前に停車したタクシーに乗り込んだ。

 

運転手のおっちゃんは俺を見て目を見開き手を震わせながら運転をしていた。ちょっと急ブレーキ急ハンドルすぎない?事故らないでくれよ。後々の処理が面倒だからな。

 

 

「…もっと丁寧に運転しろ。──誰を乗せてると思ってる?」

「っ…は、はい!申し訳ありません…!」

「こらこら、威嚇しないのヴォル」

 

 

運転手に低く冷たい声で言うヴォルを宥めるが、ヴォルは嫌そうに眉を顰め、頬杖をつき窓の外を見た。

 

 

数十分タクシーに揺られ、目的地に到着する。このタクシー運転手が「ノアを見た」と誰かに言われたら後々面倒だった為、しっかりと降りる前にオブリビエイトをかけ、俺の存在は消しておいた。

 

 

最後の会社との契約破棄は、まぁスムーズにいっただろう。時間が経つに従ってヴォルの機嫌が急降下してたから、まぁちょっと強めに言って無理矢理サインをさせたのだが。

 

 

「はあー終わった終わった!」

「早く帰ろう。こんな所少しでも居たくない」

「はいはい。路地に行くか」

 

 

会社の事務所を出てぐっと伸びをする。通行人が俺を見てざわつき出した。──あ、やべ。通行人が目の前に現れた俺に混乱している内にさっさとヴォルの手を取って近くの路地裏に身を隠す。遠くで俺を探す声が聞こえてるし、もうちょっと奥に行かないと見られるか?

 

 

「──ノア!!」

 

 

後ろから俺を呼ぶ知らない人の声が聞こえた。

あっぶね、姿現ししなくて良かった。間違いなく見られる所だった。

振り返れば肩で息をし、頬を染め俺を見つめる女性が立っていた。間違いなく俺の熱狂的なファンの1人だろう。

 

 

「あー…」

「ノア!わたし、絶対会えるって信じてたわ!ああ、やっと会えた!ずっと探して…!」

 

 

胸を抑え感激に打ち震える女性。

俺の後ろにいたヴォルが苛立ちから舌打ちを溢すのが聞こえた。──げ、めちゃくちゃ機嫌悪い。ファンを手にかけるのは流石に、心が痛む、何とか穏便にお帰りいただきたい。魔法をかけるのは最終手段にしよう。

 

 

「もうどこにも行かないで!ずっと私の側にいてよノア!」

「ヴォル、ちょっと待ってて──」

 

 

振り返り、嫌そうに顔を歪めるヴォルに伝える。──俺は一瞬、女性から目を離した。

 

 

「──死が2人を別かつ時も!」

 

 

叫び声と共に数回の高い破裂音が響く。

刹那、俺の身体に強い衝撃が走り、体がぐらりと震えた。

 

 

「──ぐっ、げほっ」

 

 

身体を折り曲げ、込み上がってきた何かを吐く。ぼたぼたと夥しい量の血が俺の口と胸や腹から流れているのを見て、ようやく撃たれたのだと理解し、すぐに致命傷を優先的に治癒していく。

すぐ脇から緑の光線が飛び、女性を貫き、目の前で恍惚の目をしたまま女性が倒れ込むのがちらりと視界の端に映った。

 

 

「ノア!!」

 

 

ふらついた俺の身体をヴォルがすぐに支えた。…何で魔法で防げなかったんだろ。

 

不思議と痛みは無いため──体は急激に冷えるような感覚があるが──少し冷静に考えながら、身体の中にある弾丸を押し出し、残りの傷を治癒した。

 

発砲音を聞いたのか、人々のざわめきが近づいて来るのが聞こえる。

俺はヴォルの胸にもたれたまま無言で手を出し、地面に流れた俺の大量の血や、ヴォルによって殺された女性の遺体を黒い炎で包み、塵ひとつ残さず消滅させた。

 

 

「──帰る、ぞ」

 

 

全ての痕跡を消した後、俺はそれだけを呟き家まで姿現しをする。

 

家に戻った後、ヴォルが俺を近くのソファに運ぶ。…なんつー情けない顔してるんだよ、ヴォル。

 

 

「ノア、大丈夫…だよね。あんな…あんなマグルの攻撃で、君が──死ぬわけない」

「…俺は不死じゃ、ねぇよ」

 

 

長く細いため息を吐く。

怪我は全て治癒した。痛みもない、ただ、傷口が塞がったからといって、失われた血液は戻らない。強い倦怠感と、身体の震え、目の前が白く点滅する。…血を消すんじゃなくて持って帰ってれば良かったかな。

 

 

「ノア、顔色が──病院に」

「…いい、騒ぎにしたくない。…寝てれば治る」

 

 

あの女の人、俺の心臓を的確に撃ち抜いてたからなぁ。心臓普通に止まったわ。心臓が止まっても少しなら思考できるってマジだったんだな。まぁ狙われたのが頭じゃなくて良かったと思うべきか…流石に意識を失ったら魔法は使えなかったし。

 

 

「…寝る」

「ノア…」

 

 

心配そうに覗き込み、俺の頬を撫でるヴォルの指が震えていた気がしたが。それを確かめる間も無く俺は気を失った。

 

 

 

 

 

ふと目が覚めた。

暫くぼんやりと天井を見て、居間ではなく自分の寝室で寝かされているのだと気付く。ヴォルが運んでくれたんだろう。

 

 

「──っ…」

 

 

身体を起こせば頭痛がし、頭を押さえてすぐに痛みを消す。ふと、俺の足元あたりでヴォルがベッドの上に腕を乗せ、組まれた腕に頭を乗せて寝ているの事に気付く。

どれくらいの時間、気絶してたんだろ。とりあえずめちゃくちゃ喉が乾いた。

指を振り水の入ったグラスを出現させ、冷たい水を飲む。うーん、生き返った!

 

 

「…ん……」

「あ、起きた?」

「──ノア!」

 

 

ヴォルが小さな呻き声を出し、身体を起こす。声をかければ──抱きしめられた。

 

グラスに残っていた水が揺れ、ぱしゃりと跳ねて手にかかる。

 

危ねぇなぁ。そう言おうとしたが、俺を抱きしめる腕は少し震えていてそんなに心配かけてしまったのか、と、少し申し訳なく思い言葉を飲み込んだ。

 

 

「心配した?」

「…っ…当たり前だ!丸一日、目が覚めなくて…!」

「え?そんなに?寝過ぎたなぁ」

 

 

せいぜい数時間だと思っていたのにな。

押さえつけられているせいか、くぐもった声で軽く答えればヴォルはその力をさらに強めた後、ゆっくりと俺を離した。

 

 

「出血死一歩手前だったんだと、思う。…造血薬を飲ませたから…うん、少しは顔色がマシになってる」

「まじで?うーん。心臓撃ち抜かれてたからなぁ。すぐ治癒したけど、ちょっと…動揺した。何で守り魔法発動しなかったんだろ」

 

 

何で効かなかったんだろ、と首を傾げれば、ヴォルは硬い息を吐いて、俺をじろりと睨む。

 

 

「…それって、魔法に対する守り魔法でしょ」

「そりゃ──ああ、そうか。俺は銃で撃たれた…あー成程なぁ」

 

 

マグルの武器には、魔力は勿論込められていない。

魔力が無い攻撃に対してその守り魔法は発動されなかったのだろう。

そうか、魔法界暮らしが長過ぎて、危害を加えるのは魔法だと思い込んでいた。うーん、マグルの武器って結構厄介だな。

今度から、…もしマグル界に行くことがあれば、魔法攻撃だけじゃ無くて魔力の込められてない物理攻撃も防げるようにしなきゃな。

 

 

「…ノアも、人だったんだね」

 

 

ヴォルは俺の顔をじっと見つめて低く呟いた。あまりに真剣な顔に、苦笑する、人じゃなかったらなんだと思ってたんだろう、ヴィーラか?

 

 

「当たり前だろ?」

「……。…何か食べる?」

「うーん。…スープくらいならいけそう」

 

 

あまり食欲は無いし、体も怠いけど。

まぁ、何か食べてるうちに体力も回復するだろう。

ヴォルは「ちょっと待ってて」と言い部屋から出ていった。

俺は後ろ向きに倒れ、もう一度ベットの上に寝転がる。

 

 

「……びびった…」

 

 

小さく呟き、顔を手で覆う。

ヴォルの表情があまりにも泣きそうに歪んでいて、柄にも無く動揺した。

…そういや、ヴォルが泣いたとこなんて見た事ないな──想像も出来ないけど…。

 

 

暫くベットの上でごろごろと転がり、ヴォルの到着を待つ。

倦怠感はあるけど、別に病人ってわけじゃない。まぁ、でも心配させてしまったし…大人しくしとくか。

 

変身術の本を読みながら暫く待っていると、ヴォルがスープと、少しのパン、そしてワインを持って部屋に戻ってきた。

 

 

「ありがと」

「…気分はどう?」

「ちょっと怠いだけ、痛みもないし。…そんな心配しなくても大丈夫だぜ?」

 

 

ヴォルは俺に食事の乗った盆を渡すとベッドの側に丸椅子を出し座った。

俺の様子を見て少し安心したのか、いつものような表情に戻っている。…まぁ、なんとなく暗いけど。

 

 

スープを一口食べれば、じんわりと身体の中から温まってきた。あんまお腹空いてないけど、やっぱ体は栄養を求めてるのかもしれない。

いつもより時間はかかったが、何とか用意された食事を全て食べ終えることが出来た。

ヴォルは俺がちゃんと食べるところを見ないと不安…なのか、ずっと黙って見ていた。

…そんなに見られたら、なんか気まずい。

 

 

「造血薬と、栄養剤。…飲んで」

 

 

ヴォルが杖を振れば、空になった食器はふわりと浮かび1人でに部屋を出ていく。きっと目的地は台所だろう。

渡されたコップに満たされた薬は、あまり美味しそうな色をしていない。血を作る為なのかやけに赤いしドロリとしている。

 

 

「まずそう」

「全部飲んで」

「わかってるって…」

 

強めに言われてしまい、過保護過ぎやしないかと内心でそんな事を考えながら息を止め、一気にコップの中の薬を飲み干した。

まずい!ま、不味すぎる!スープであったまっていた体が一気に冷え、指先まで氷水につけたような感覚にぶるりと身体を震わせた。

 

 

「──ぁ?」

 

 

がくん、と手から力が抜けコップが落ちた。

力が入らず、そのまま横向きにベッドの上に倒れる、な、んだ…?

 

 

「──…ヴォ、ル…お前…!」

 

 

黒く塗りつぶされていく視界で、必死にヴォルを見上げる。

ヴォルはにっこりと微笑んだまま無言で俺を見下ろしていた。──その目は僅かに赤く染まっている。

 

 

「──ノア、君を苦しめるものは全部無くしてあげる」

 

 

ヴォルはベッドに倒れた俺に目線を合わせるように膝をつき、酷く甘く、どろりとした声で囁き、俺の頭を優しく撫でた。

ちょ、ま、まて。何が…何で?

 

 

「やっぱり、マグルには粛清が必要だ。あんな穢らわしい、弱小の、愚かな存在に、君が…傷付けられるなんて間違っている。…魔法族の母も、マグルの父のせいで死んだ。…ノアまで…あんな女のせいで…──大丈夫だよ、ノア。ちゃんと全てが終わったら、起こしてあげるから、──正しい世界で共に生きよう」

「ヴォ…ル…」

 

 

視界がぼんやりとして思考が虚になる。

そうか、ヴォルの母親もそうだった。きっとそれは──その過去はまだヴォルの中で突き刺さる、パンドラの箱だ。それが、俺がマグルに傷つけられ…死にかけた事で、開かれてしまった。

おそらく、飲まされたのは強力な睡眠薬だ、生ける屍のヤツか?回復魔法を──。

 

必死に解毒すれば少しずつ意識が鮮明になってきて、俺はなんとか腕に力を込めヴォルを強く見る。まだ完全に解毒はできてないが、ヴォルは俺の意識がまだあることに驚いたような顔をした後すぐに目を細め笑った。

 

 

「寝なよ、ノア。──ね?」

「寝るかっ!…ヴォル、俺はそんな事望んでな──」

ジュロース・サンメル・デュオ(深い眠りに堕ちよ)…僕が、そうしたいんだ」

「てめっ…話し、聞きやが…──」

 

 

再び手に力が篭らずベッドに力なく横たわる。

だめだ、こいつマジでヤンデレ化してる!ああそういえば孤児院時代でも俺の怪我にはうるさく反応してたっけな。せっかく、すべてうまくいきそうだったのに──。

 

 

「目覚め、て…ジジイになって、たら……ブチギレるから、な…早めに、起こしに来い…!」

 

 

流石に魔法薬と睡眠魔法のコンボではどうしても抗えない。それに、うまく魔力が練れない、なんつーもんを飲ませたんだよ!

もう運命は止められない、ならば──ヴォルのさせたいように、するしか無い。

起きた時が何年後なのか──それとも、ヴォルは俺を起こす事が出来るのか、とりあえずこの美貌を損ねる事だけは嫌だと伝え、俺は意識を飛ばした。

 

 

 

「…ノア?──やっと、眠ったか…」

 

 

リドルは死んだように眠るノアの髪を優しく手で撫でた。

こんな美しく、何よりも崇高な存在が傷付くなんて、許せるわけがない。

罵倒の一つでもするかと思ったが、最後の言葉が目覚めた時の自分の状態を心配する言葉であり、つくづくノアは奇妙な人間だと、リドルは思った。

 

 

「…ノア…僕の、たった1人の──」

 

 

 

リドルは小さな声で呟く。

杖を自分の胸に当て、何度目かのその呪文を唱えた。

呪文を唱えながら顔を隠すノアの前髪を払い、露わになったその綺麗な額に口付けを落とす。赤黒い閃光がノアを包み──消えた。

 

 

リドルは少し眉を顰め、一度苦しげに重い息を吐くとそっと魔法を使わず、その重みを感じながらノアを抱き上げた。

 

 

「僕は、もう十分待ったよ、ノア──」

 

 

ノアの手はだらりと力なく垂れたが、リドルは気にする事なく抱えたまま自身の寝室のにある地下室へ向かった。その密かに作られた隠し部屋は、家主であるノアの知るものでは無かった。

 

地下部屋にはただ一つシンプルなベッドが置かれているだけだった。

その純白のベッドにノアを寝かせたリドルは、杖を振るい万全の守り魔法をかける。

 

その日、リドルは夜が明けるまで、ただノアの閉じられた顔をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 




ヴォルと幼馴染編はここで一度終了です。

原作のヴォルデモートと、この世界のヴォルデモートは目指す先は少し違います。

ギャグの練習の為に書き始めたのに、後半全然ギャグじゃなかったですね…難しいです、ギャグ…
沢山のコメント、評価、閲覧、ありがとうございます!
いつも励みになっています。これからまだ続きますので、どうぞよろしくお願いします!



追記、アンケート設置しました。
純血主義の場合は、純血の魔法使いのみの社会を作ることが目的です。
魔法族主義の場合は、魔法族のマグルの支配を目的とします。

今この状態のヴォルは何を思っているのか、予想でアンケートに答えていただけると参考になります!よろしくお願いします。
(文章を訂正しました、前のアンケートに投票してくださってありがとうございました。)


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番外編 ポリジュース薬

本編がギャグになりそうにないので暫く番外編を書いていこうと思います。


五年生の時の、本編に入らなかった短いお話です。




 

 

5年生になり、スラグホーンはちょっと難しい薬を調合しようと伝えた。

どんな薬を作るのかと思っていたら、ポリジュース薬らしい。

ポリジュース薬ってそんなに難しかったっけ?ハーマイオニーが2年生の時にトイレで作ったやつだよな?材料さえ揃えば下級生でも出来るんじゃねぇの?…ハーマイオニーが優秀過ぎただけか?

 

ポリジュース薬は、変身したい人の一部が手に入れば、1時間変身できるっていうハリポタお馴染みの薬だ。たしか原作でも何度も出てきた気がする。

 

思春期の男ならば一度は女の体に変身して、女の子の体の作りはどうなっているのか調べてみたいと思うはず。勿論卑猥な意味ではなく、ほら、うん。──あくまで、学術的興味です。

 

 

どの子とペアかな!とワクワクしていたが──異性に変身してしまったら、ややこしいことになるとスラグホーンも重々承知なのか、組まされたのは同性間でのペアだった。ま、そうだよな。

 

お互いに変身するポリジュース薬をつくる、それが今回の課題だ。ポリジュース薬は製造に1ヶ月はかかる為、同時進行で幾つか他の薬の調合も行う。

 

 

というわけで。俺とヴォルはペアになりそれぞれのポリジュース薬を作り、1ヶ月後、見事完成した。後はお互いの体の一部を入れるだけだ。

 

 

「さて、後は対象者の体の一部か…うーん。…やっぱ髪の毛…?」

「…人のかけらが入っているなんて、飲みたく無い」

 

 

ほぼほぼ仕上がっている俺とヴォルは、濁り悪臭を放つ二つのゴブレットを見て暫く考える。

いや、俺だって飲みたく無い!けど、爪よりは髪の毛の方が、ほら、うん。精神的にマシだ。

 

 

「まぁ、やってみようぜ。せっかく作ったんだしさ」

 

 

俺は髪の毛を一本抜いてヴォルに渡した。ヴォルは髪の毛を掴む事は特に嫌では無いらしい──まぁ、こいつ昔俺の散髪した後の髪の毛集めてたからな。──髪の毛を受け取ると、ゴブレットの中に入れて杖を振るう。

 

すると悪臭を放ちヘドロのような色をしていたポリジュース薬は一気にキラキラと輝き、黄金のような美しい色に変わる。やべぇ、俺のポリジュース薬までも特別仕様じゃん…不味いでお馴染みのポリジュース薬のはずなのに。

 

 

幸運の水薬(フェリックス・フェリシス)みたいになったな」

「…あんな色だったのに…」

 

 

ヴォルは少し顔を近づけて匂いを嗅いだが、先ほどの悪臭もしなくなったのか、首を傾げて「何で」と呟いていた。

 

 

「俺はポリジュース薬までも美しい!!──えいっ!」

「いっ…!か、勝手に抜かないでよ!」

「ヴォルのポリジュースどんな色になるのか楽しみだ!」

 

 

頭を押さえ睨むヴォルを無視し、おれは自分のゴブレットの中にヴォルの髪の毛を入れ杖を振るう。

途端に何故かヘドロ色だったのは、凝固仕掛けの血のような濁った赤色になった。え、えぐい。

 

 

「うぇえ…まずそう」

「ポリジュース薬はまずいものなんだ。ノアの、これが異常なんだよ」

 

 

まぁとりあえず何とか薬は出来た。

スラグホーンは生徒たちを見て周り、様々な色と悪臭を漂わせる様子をどこか頷きながら見ていた。

 

 

「さあ、飲みなさい。ただし1時間、この教室から出てはいけないからね?」

 

 

スラグホーンの号令に合わせて、俺たちはゴブレットを持ち一気に飲み干した。

 

ゔっ…な、なんだろ。めちゃくちゃ喉が痛い、うん。味はそれほど…いや、舌がぴりぴりする、辛くて酸っぱい、のか?

 

身体が捻られるような感覚に、思わずふらつき慌てて机を掴む。

俺の美しく白い手が、少し角張った手になり、俯く視界に、黒い髪がちらりと見えた。そんなに、大きな変化は無い気がする。まぁ体型とか、そんなに差はないしな。

 

 

「おお、ヴォルだ──うわ、変な感じ」

 

 

喋っているのは俺なのに、俺の口からはヴォルの声が聞こえる。

俺は手鏡を出していろんな角度で顔をじっと見る。おおよそヴォルがした事のないような満面の無邪気な笑みだって出来てしまう!キス待ち顔だって出来てしまう!

 

 

「僕の顔で変なことをしないでくれる?」

「ヴォ──なんて美しいんだ…」

 

 

腕を組み、ため息をつく ノア()はめちゃくちゃ美しい。かわいい。そんな嫌そうなゴミ虫を見るような目も最高っ!!

 

 

「…俺…──僕に、君の名前を教えてくれませんか?」

「…はぁ…ノアだよ」

「なんて美しい名前なんだろう、ノア…君の目は宝石のように美しい」

「…僕の真似ならやめてくれる?」

「どうして?…こんなに美しい人に愛を囁かなければ失礼でしょ?」

「……はぁ…」

 

 

ノア(ヴォル)の肩に手を回し耳元に楽しげに愛を囁いたが、 ノア(ヴォル)は少しもキュンとこなかったようで、嫌そうに顔を顰め額を押さえた。

どこか孤高でアンニュイで闇を思わず美青年の俺の姿にキュンっ!

陰のある美青年も良いよなぁ。俺って客観的に見たらこんなに美しいのか、わかってたけどこうして動いて表情を変える姿を見ているとめちゃくちゃきゅんきゅんする!

 

 

「なあなあ、俺のポリジュース薬、どんな味だった?」

「…無味」

「え?」

「だから、水みたいだった。…僕のは?」

「うーん、なんか辛くて酸っぱいかんじ。見た目ほど不味くは無かったな」

「ふーん…(本当は凄く甘くて、美味しかったけど、何となく黙っていよう)」

 

 

ポリジュース薬の効能が切れるまで、俺は手鏡を見ながらヴォルの顔でいろんな表情を作り遊んでいたが。

ヴォルは椅子に座り、長い足を組んで俺の様子を嫌そうに見ていた。めちゃくちゃ、女王様!って感じの見下しっぷりである。

 

 

「なぁ、──跪いて、(こうべ)を垂れろ──って言ってみてくれよ」

 

 

キラキラとした目でヴォルを見れば、 ノア(ヴォル)は少し黙って机に肘をつき、その美しい顔を少し傾げながら手で支え、薄く微笑した。

 

 

「……跪いて、靴を舐めろ」

 

 

くい、と足先を動かして愉しげに微笑む ノア(ヴォル)。俺はちょっとセリフ違うじゃん!とは思ったが、中々にゾクゾクするなぁなんて。

 

 

「是非!舐めさせてくださいノア様っ!」「舐めるのは俺だ!」「私よ!埃ひとつ残さないわ!」

 

 

がたがたと椅子を蹴飛ばしながら ノア(ヴォル)の言葉を聞いた同級生達が駆け寄り ノア(ヴォル)の足元に跪いた。

 

 

「うわっ…」

 

 

流石のヴォルも驚いてドン引きの蔑みの目で彼らを見る。その冷ややかな視線すらも嬉しいのか、顔を真っ赤に染め新たなSMの扉を開いた同級生達がその場に倒れた。

 

 

「あーあ。チームメイトの性癖を歪めてどうするの?ノア、僕もう知らない。ふんっ!」

「…僕はそんな馬鹿みたいじゃない」

「ノアの馬鹿っ!もうしらない!」

「……いい加減にしろ」

「えーん!トム悲しい!」

 

 

ヴォルの顔でえーんえーんと泣きまねをしていたら、ヴォルがゆらりと立ち上がり俺の頬を強く掴かみ、ぐっと顔を近づけ耳元で低く囁いた。

 

 

「泣かせてやろうか?」

「……ノ、ノア様…」

 

 

ブチギレれていらっしゃる。

でもこの顔で泣かされても、泣くのは自分の顔だということを、ブチギレてるヴォルは気づいてなさそうだ。

 

 





アンケートです。参考までによろしくお願いします!
純血主義の場合は、純血の魔法使いのみの社会を作ることが目的です。
魔法族主義の場合は、魔法族のマグルの支配を目的とします。

今この状態のヴォルは何を思っているのか、予想でアンケートに答えていただけると参考になります!よろしくお願いします。  




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番外編 リドルとのファーストコンタクト

ヴォルとノアのファーストコンタクト。
お互いに5歳ごろです。




両親が強盗に殺され、頼ることができる親族も居なかった俺は入所する孤児院が決まるまで暫く警察の保護施設で過ごし、ロンドンのウール孤児院で暮らすこととなった。

 

孤児院の応接間に通された俺は、警察官と孤児院の経営者の事務的な話を聞きながら、ソファに座り足をぶらぶらと揺らせる。

うーん、此処ってもしかしてもしかするんじゃね?確かウール孤児院だったよな。

 

警察官が帰った後、俺は経営者に1人の女性を紹介された。

 

 

「ノア、彼女は今日から君の家族であり、母になるコールだ、…コール、ノアにここでの暮らしの説明と…部屋の案内をしなさい」

「はい、わかりました」

 

 

経営者は俺ににっこりと微笑みかけ、俺の頭を優しく撫でる。俺も彼を見上げて少し笑えば、満足そうに笑みを深めたあと経営者は直ぐにその場を去った。忙しいのかな?

 

 

「…さて、ノア。私のことはコール夫人、またはお母さんと呼びなさい」

「はーい、…コールママ?」

「うっ……ええ、そうです、私があなたの(ママ)になります」

 

 

ママと愛らしく呼べばコールママは胸を抑えよろめいた。それも仕方がないだろう。俺は自分でも驚く程の美形だ、──いや、美形だという言葉では十分ではない!齢五つにして天使かと見間違うほどの完璧な美貌!愛らしさ!鈴の転がる音のような澄んだ声!どこからどうみても完璧である。

 

ただ、中身は30のおっさんに片足を突っ込んでいる元脛齧りの穀潰し野郎だ。…自分で「ママ?」とか言ったが、正直鳥肌が立つ!!

いかんいかん、慣れないとな。俺はもうただの三十路男性ではない、美しい男の娘である、5歳だ。俺は5歳…俺は5歳…コナンくんになりきるんだ。可愛らしくあれれー?って言えばオールオッケー!

 

 

「食事は朝7時、昼12時、夜の6時の3回です。ティータイムは昼の3時。おやつが出ますよ。ノアは…7つになったらスクールに通いましょう。それまではここで歳上の兄弟達に家事のやり方を学んでくださいね?」

「はい、コールママ!」

「なんて愛らし……ごほん。さて、今日は疲れたでしょう。部屋はこっちです…8歳までは2人部屋ですからね。ルームメイトを紹介します」

 

 

ついてきてください。とコールママは俺に優しく言う。

素直に頷いて、俺は荷物の入った鞄を持って立ち上がる、とてとてとコールママの隣に並んで手を握り、彼女を見上げた。子どもってこんなもんだろ?多分。いや、知らんけどさ。どこ行くにしても迷子にならないように手を繋ぐんじゃね?

 

コールママは手を握った瞬間何故か急によろめいたが、ぎりぎり倒れることはなく俺の手を握り返してすぐに歩き出す。

 

 

 

「…トム。開けますよ」

 

 

コールママは一つの扉の前で軽くノックをし、返事を待たずに扉を押し開いた。

え?…トム?…いや、まさか…ありふれた名前だけど…。

 

 

 

「トム。今日から新しい家族が増えました。あなたのルームメイトとなります。…さあ、ノア、トムにご挨拶をしなさい?」

 

 

ベッドに座って本を読むその少年は。

真っ黒な髪に大きな暗い灰色の瞳。俺には負けるがなかなかに可愛らしい少年だった。

 

 

「俺はノア・ゾグラフ。…君は?」

「…トム・マールヴォロ・リドル」

「………へぇーよろしく!」

 

 

声は子どもらしく高い。表情が欠落してやや無表情だけど、俺を見て少し驚いたような顔をしていた。間違いなく俺の美貌にびびったんだろうな!

だけどそれも一瞬で、少し嫌そうにその可愛らしい表情を歪める。

 

 

「ルームメイト…?…僕、1人部屋がいい」

「トム、ワガママはいけませんよ。空いている部屋はここしかありませんからね…さあノア、荷物の整理をして…2時間後に夕食です、その時に皆を紹介しますからね」

「はーい!」

 

 

元気よく手を上げ返事をすれば、コールママは頬を染めて口元を緩め、俺の頭を優しく撫でた後部屋の扉を閉めた。

 

 

「なぁ、俺の箪笥ってどっち?」

「…あっち、机はそこ、ベッドはそれ」

「そ、ありがと」

 

 

部屋の中にはベッドが2つ壁際にあり、その奥に勉強机、ベッドの手前側──扉近くに洋箪笥があるだけのシンプルな部屋だった。窓は一つあるだけで、ちょっと薄暗い。ま、外が曇りだから仕方ないのかな。電気は通っているが、電球の明かりはどこか頼りない。この時代の電気って、こんなもんなのかな?

 

 

俺は鞄を持ち上げベッドに乗せ、数着の服や下着を箪笥に片付ける。あとは細々とした貴重品や、両親と俺が映る写真立て。俺の持ち物はそんなもんだ。

家には他にも色々あったが、正直特に思い入れはない、亡くなった俺の両親を忘れないためにも、写真を一枚だけ持ってきた。

 

写真立てを机の上に飾って、俺はリドルをじっと見た。

うーん、リドル!可愛い!普通に美ショタ!

 

 

「何読んでんの?」

「…寓話」

「ふーん?面白い?」

「別に」

「面白くないの読んでるんだ?」

「僕に構うな」

 

 

リドルは俺を睨み、強く伝えた。

…おや?なんか言葉に威圧感があるな、ちりちりと肌に何かが突き刺さるような。もしかしてこれが魔力か?…こんな年齢から魔力の出現してるのかー、凄いことだっけ?

 

 

「いいじゃん。同室なんだから仲良くしよーぜ。暇なら俺と話そう!」

「嫌だ」

 

 

ばっさり断られてしまった。

リドル少年の心の扉は固く閉ざされているようだ。

 

「んなつれないこと言うなよ!あと3年は同室だろ?」

「……お前、…男?…女?…どっちだ」

「…どっちだと思う?」

 

 

話すのは嫌だと言いつつ、話の主導権が握られるのは癪なのか、リドルは怪訝な顔で俺をじろじろと見る。何だかんだいって、まだまだ沢山のことに本当は興味深々な子どもなんだろう、闇の帝王も今は5歳だしな!

 

俺はにっこりと笑い「どっちでしょう」と聞けば、リドルは暫し黙ったあと「女に見える。…けど、同室ってことは、男なのか」と小さく呟いた。

 

 

「正解!なんならパンツ脱いで見せようか?」

「見せなくていい。…僕は、本を読む。話しかけるな」

「だが断る!」

「……」

 

 

リドルは俺を強く睨んだ。また皮膚がピリピリとするが気にせずヴォルの隣に座り、本を覗き込む。読んでいた本はどうやら不思議の国のアリスらしい。おおーなんか可愛いの読んでるじゃん?…いや、5歳なら普通なのか?俺5歳の時何してたかなぁ、──流石にそんなに覚えてねーわ。確か新幹線が大好きでプラレールでゴーゴゴーしてた記憶はぼんやりとあるけど。

 

 

「ゾグラフは親に捨てられたの?」

「ノアでいい。…いや、親は両方とも殺された。2週間くらい前に。んで、ここにきた」

「……ふーん」

「リドルは?」

「……」

 

 

ちょっとズケズケ聞きすぎたか?いや、でも会話の流れ的には聞くしかないだろ。ってか初対面で何でここに来たのかなんてデリケートな事を聞くなよ、俺だから良いものの、他の子ども絶対嫌がるだろ!…わかってやってんのか!?

 

 

「──母親が僕をここで産んで死んだ。…父親は、知らない」

「へー?そっか。んじゃここの暮らしも長いんだ?わからないことがあったら教えてくれよな」

「何で…他の子に頼んで、僕は嫌だ」

「良いじゃん!」

「嫌だ」

「つれない事言うなよー!どうせ暫く同じ部屋だろ?」

 

 

俺がリドルの肩に手を回せば、リドルはすぐに振り払いさっと立ち上がると俺を見下ろし強く睨みつける。

 

 

「嫌だ!」

 

 

するとその怒りに呼応するように、窓がガタガタと揺れ、電球の光が点滅し、ベッドの上に投げ出されていた本がぱらぱらと風もないのに捲れた。

おおー…これが魔法の片鱗か!?

 

ヴォルは点滅するライトをちらりと見上げ、蔑むような目で俺を見る。

その目は──どうだ怖いだろう、恐ろしいだろう。だから、もう話しかけるな。と言っているようだった。

肩で息をしていたリドルが、長い息を吐き、気持ちを落ち着かせると、自然とその現象は収まる。

 

まぁ、たしかにポルターガイストっぽくて普通ならちびってるな。だが俺は普通ではない!

 

 

「落ち着けって、電気がチカチカしてたぞ」

「……驚かないのか?」

「ああ、だって──」

 

 

俺は静かになった本を手に取り表紙を開いた。

すると先ほどの光景と同じように、本は勝手にぱらぱらとページを捲る。

それを見たヴォルの目が、こぼれそうなほど見開かれ口が微かに開いた。

 

 

「俺も、不思議な力が使えるから。…他のみんなにはナイショだぜ?」

 

 

某魔法少女のように言えば、ヴォルは小さく頷き、はじめて俺の目をちゃんと見た。

 

 

「…僕──僕だけだと、思ってた。…ゾグラフ──」

「ノア」

「──ノア、君も…不思議な…特別な力があるんだ」

「ああ、そうだ。──俺に興味出てきただろ?よろしくな」

「……うん、よろしく」

 

 

リドルは、なんか嬉しそうに、安心したように目を細めて、初めて少しだけ笑顔を見せた。

 

激かわショタである!!

 

 




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ルシウス・マルフォイの執事編
37 ぐっともーにんぐ世界!


 

 

はい、どうも。

何の因果か、ただ1人の幼馴染の男が闇堕ちヤンデレ化し、俺を永遠の眠りに堕としました。草ァ!……笑えねぇ。

 

あの魔法は使用者本人が解呪するか、死ぬかしないと解かれない強い強い魔法だったが。

 

 

「…う……──よ、ようやく解呪できた…」

 

 

まぁそれも、一般人の話であり最強の魔法使いである俺には当てはまらない話だ。

俺は上半身を起こし、周りを見渡す。…あれ、ここ俺の自室じゃないな。…こんな部屋、家に作った覚えないけど。

 

 

石床に足を下ろせば、ひやりとした冷たさを感じぶるりと震える。窓は一つもない、ただベッドと、天井にある扉につながる階段があるだけの部屋だ。…これ、地下室か。…あいつ、勝手に作ったんだな。

靴を出しブランケットを羽織り、俺は立ち上がり一度大きく伸びをした。ぼきぼきと骨が軋む音が響く。うーん、どれくらい眠らされてたんだ。

 

 

目の前に姿見を出現させて、思わずそこに映る姿を見る前に目を閉じた。

…目が覚めてよぼよぼのジジイだったらどうしよう。手は、あんまシワとか無かったけど…。

 

覚悟を決めそろそろと目を開ければ、鏡には恐々とした表情の美しい俺が写っていた。

 

 

「…──あんま変わってねぇな。そんなに時間経ってないのか?…良かった」

 

 

寝てる間に初老とか、流石にショックすぎて立ち直れん。何度も角度を変えて自分の姿を見て見てみたが、──うん、美しい俺だ。

まぁきっと俺はジジイになっても美しいだろうけどな!

 

 

階段を登り扉を押し開ける。バチっと強い電撃のような物を手のひらに感じた。…なんか魔法かかってたな、これ。

 

 

「…ヴォルー?……ここ、ヴォルの部屋か」

 

 

しかし、人気は一切ない。

それに俺が寝ていた地下室とは違い、どこか埃っぽく空気が澱んでいる。

けほけほ咳き込みながらヴォルの部屋を抜け居間へ向かうが、廊下までも全てが薄らと埃に覆われ、長く誰も訪れていないのだと知る。思わず、俺の足跡が残る床を見て、ため息をついた。

 

 

「ヴォルー?…やっぱいねぇか」

 

 

こんな埃が溜まるくらい、誰もきてないんだな。…とりあえず、掃除だ掃除。

指をパチンと鳴らせばすぐに空気は清められ埃も綺麗さっぱり消滅した。

家の中をうろうろと歩き周り色んな場所を探してみたがヴォルはやっぱり居なかった。

 

ソファに座り、暖炉に火をつける。ぽっと部屋の中が温まり、俺はとりあえず水晶玉を出し、ヴォルの居場所を占ってみたが。

 

 

「…わかるわけねぇよなぁ…」

 

 

見えたのはどこかの雪山だったが、どこにでもあるような特徴のない木とそれを白く染める雪しか映らない。見覚えがあるような、無いような。

 

 

「…騎士達呼び出してみるか」

 

 

そうすれば、今世界で何が起こっているのかわかるだろう。…もし、俺の想像より長く眠らされていて、全て終わってしまった可能性も、無いわけではない。

眠らされた時に肉体の成長が止まっていた可能性もある。長い冬眠のような、仮死のような状態だったのかもしれない。

 

 

俺は方舟の騎士たちに配っている銀の腕輪を出し、指先で撫でた。するとほのかに腕輪が熱くなり、暫くして聞き慣れた姿現し独特の音がする。

 

 

「久しぶ……り?──あれ?」

 

 

現れたのは、知らない人たちでした。

──いやいや、違う。1人だけめちゃくちゃ知ってる顔があるし、なんとなく皆面影がある。

 

 

「ベイン…アブラクサス…ミネルバ…マートル…だよな?ええ…何年経ったんだよ…」

 

 

俺を見て愕然と目を見開き固まっている人たちは、どう見ても10年以上歳をとった騎士達だった。

 

 

「ノア様…?そんな、まさか…」

「嘘…本当に…?」

「あ、あり得ない…ノア、君なの?」

「本当に…ノアさんですか?」

 

 

その反応は些か奇妙だった。

いつも俺を見て目を輝かせ頬を染める彼らの顔色は蒼白で、俺を見る目はまるでゴーストを見ているように、見開かれている。顔は強張ってるし…なんだ?

 

 

「俺が眠ってる間に、何があった?」

「…ね、眠って…?──あ、貴方は…死んだと、言われていました」

「へ?死んだ?」

 

 

アブラクサスが目に動揺を走らせながら怖々と呟く。…死んだ?行方不明じゃなくて?

 

 

「本当に、ノアさんですか?」

「こんな美しい存在が俺以外にいると思うか?」

「…ノアさんが、死んだという噂が流れて…14.5年ほど経ちました。でも…その姿は…」

「ええ…どうりで…皆大人になってるもんなぁ…ま、とりあえず座ってくれよ。ちょっと話を聞かせてくれないか?」

 

 

暖炉の前に四脚の肘掛け椅子を出し、座るように促せば、アブラクサス達は顔を見合わせそろそろと静かに座った。…なんか、警戒してる?

 

 

「俺が居なくなってから…いや、少し前くらいから何があったか、客観的に知りたい。教えてくれないか?」

「…私も、全てを知っている訳ではありませんが…ノアさんがホグワーツの教員になるのを断られてマグル界へ行き──」

「ちょっと待て」

 

 

ステイ。とミネルバに手を出し言葉を止める。教員を断る?そんな事してない──いや、する暇もなく、俺は眠りについた。

 

 

「…遮ってごめん、続き話して?」

「は、はい…そのあと…マグル界で、…熱狂的なマグルのファンにノアさんが──撃たれ、て…重症のまま姿をくらまされ…死んだという噂が流れました」

「…へえ?」

「──当初は私達も信じられず、ノア様に一目会いたい気持ちから…何年も探しておりました。…ですが…」

 

 

アブラクサスは言葉に詰まり口を閉じてしまったミネルバの代わりに続きを話し出した。

まぁ、どうあがいてもこの家は見つける事が出来なかっただろう。

だってこの家には俺がかけた史上最強の守り魔法と認識阻害魔法がかかっている。家主である俺が招かなければ、誰も入れない。

 

 

「ここ、俺の家なんだ。誰にもバレないように魔法かけてたからな、そりゃ見つからないさ」

「…それで、…その後…ヴォルデモート卿が魔法族による世界の支配を目論み、死喰い人を名乗り、今──かなりの力を持っています」

「あー……なるほど」

 

 

アブラクサスがヴォルデモート卿の名前を知っていると言うことは、やっぱりもう原作通り魔法戦争が始まっちゃってるのか。

 

 

「ヴォルデモート卿は、…マグル達の為に、私たち魔法族が隠れ暮らす事は間違っていると。…魔法族によるマグル界の支配。──それが死喰い人達の目指す先です」

「…んん?」

 

 

なんか、ちょっと俺の知ってる事実と違うな。原作では、ヴォルデモートはマグル界の支配よりも、魔法界を支配して純血が魔法族を支配する世界を作りたいんじゃなかったか?混血なのに、純血主義になって。

 

 

 

「マグル界を支配するのか。何で?」

「それは──それは、ノア様がマグルに傷付けられたからでは…?」

「え?」

「…?……マグルにより撃たれたノア様の姿は、たくさんの魔法使いとマグルが目撃していました。…マグルの記憶は魔法省が消したようですが…魔法界にすぐにその事実は広まり…数年後、ノア様が亡くなられたのではないかと噂が広まり始めた頃…ヴォルデモート卿が現れ、そのファン達と共に立ち上がったのです。 同胞(ノア様)の仇を取るために」

「…あー……なるほど」

 

 

俺は額を押さえため息をついた。

ヴォルは、おれが眠ってる間に俺の姿で色々動き回ったらしい。

教員を断ったのも、俺の姿をしたヴォルだろう。そのまま人前でマグルに撃たれ──たとは考えにくい、服従の呪文で操りそう見せかけたのか?

なるほど、ヴォルは俺の信者(ファン)達にいつものうまい言葉で取り入り、勢力の一つとして加えたのか。まぁ中々に人数は多いだろうし。俺のために馬鹿な事をしないファンがいないとも限らない。実際──過激なファンに俺は撃たれてるし。

 

 

「ヴォルデモート卿は、…ノア様と仲良かったですもんね。やっぱり彼は堕天使…いえ、魔王だったのですね」

 

 

ぽつり、とマートルが呟いた。

その聞き流しそうになった言葉に、俺は顔を上げてマートルを見る。

マートルは、久しぶりに俺に会い昔のように頬をぽっと赤く染めた。

 

 

「…ヴォルデモート卿が誰か知ってるんだ?」

「え?リドルですよね?…ああ、ノア様は眠っていましたね。…今、リドルはヴォルデモート卿を名乗ってるんです。いつもヴォルと呼ばれてましたから、知ってるのかなぁって思ってました」

「あー…いや、うん?…オーケーオーケー…それって、皆知ってるのか?それとも、同じ世代だけか?」

「えーと…私たちは学校で面識があったので、すぐにわかりましたが…ここ十数年はヴォルデモート卿だと言ってますし、知らない人もいるかもしれませんね」

 

 

トム・リドルが、ヴォルデモート卿だとバレている。

マートルの言い方からして、それは少なくない人数でもなければ、とくに秘匿ともされていないようだ。

…何故だ。トム・リドルだとバレてたら、ほら、将来リドルの日記とか速攻処分対象じゃねぇの?

普通にダンブルドアにぽいされるぞ?

 

 

──ああ、そっか。

 

 

ふと、頭の中に天啓のように何かを理解した。…レイブンクローの髪飾りをつけてから、今までにはなかった直感と思考が結びつく事が多くなっている気がする。これが智力ってやつか?

 

 

「ヴォルは、純血主義の社会を作ろうとしてるわけじゃないんだな」

「そうだね…うーん」

 

 

ベインは少し正しい言い方を悩む様に顎を手で摩っていたが、言葉を探しながらぽつぽつと呟いた。

 

 

「ヴォルデモートは、純血を尊いものだと言って、特別な感情はあるみたいだし、特別な待遇をしてるよ。側近だと言われてる人たちはみんな純血だしね。…死喰い人は、二つの派閥があるんだ。昔からの純血主義派と、ノアを傷つけられた怒りで突き進むノア派だね。ノア派には混血も多いから…。はじめは純血主義派は居なかったんだけど、ヴォルデモートの力が強まるにつれその理念に賛同していった…って感じかな。」

「…つまり、ヴォルが混血なのは、みんな知ってる?」

「リドルがマグルの孤児院に居たって知ってる人はね」

 

 

つまり。

俺の存在により大きく未来は変わってしまったのか。

ヴォルデモート卿はどこからともなく現れた闇の帝王ではなく。

どちらかと言うとグリンデルバルドのような理念を掲げた革命家なのか?…うわ。それってやばそうだな。原作では純血主義だったからこそ、それに反発する混血やマグル生まれが多かった。だが、魔法族の為に活動するのなら──わりと、受け入れる人も多そうだ。

勿論、マグル界に友を持つ者や、マグル生まれは反発するだろうが。…閉鎖的な魔法界で、その声は少数だろう。

 

…いや、そもそも。

もし、ヴォルの目指す先が本当に魔法族の為を思って、マグル界を制圧したいのであれば…そんなに、悪くない…?

いや、だめだ。マグルにもいい奴はいる。しっかりしろ、俺。

 

 

「ちなみに、その死喰い人に対抗してる組織とかはあるのか?」

 

 

アブラクサスに聞けば、彼はすぐに頷くが少し気難しそうな顔をした。

 

 

「そうですね…ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団です。尤も…死喰い人達は全国各地にいます。…不死鳥の騎士団は、不利だと言えるでしょう」

「ははぁ…なるほどなぁ。…ちなみに、お前達は…死喰い人か?不死鳥の騎士団か?どこにも属していないのか?」

 

 

俺はアブラクサス達を見て聞いた。

アブラクサスは、マルフォイ家だし、ベインはポッター家だ。確か死喰い人になったのはルシウスからだったが、今の状況では彼らが死喰い人になっていても可笑しくはない。

 

 

しかし、アブラクサス達は顔を見合わせると、何を当たり前の事を聞くのだろうと、不思議そうに首を振る。

 

 

「私は、ノア様の忠実な騎士です」

「…ノアがいなくなっても、それに変わりはないよ」

「ええ…人数は減ってしまいましたが、私はずっとノアさんの騎士です」

「当たり前ですよ、ノア様!」

「お、お前らぁ…」

 

 

ちょっとうるっとしてしまった!

15年程おれが寝こけていたにも関わらず、なんて忠誠心なんだ、だって…交流した期間より、離れていた期間の方が長いんだぜ?よくもまぁ、死んだかもしれない俺のことを…!

 

 

「…あれ、そういや…メイソンは?」

 

 

感激していると、そういえばメイソンの姿がない事に気がついた。メイソンはベイン達の様にかなり俺にどっぷりと心酔していた。呼べば来そうなのに、ご両親の体調が良くないのかな?

 

 

しかし、俺がメイソンの名を出した途端、ベイン達は顔を硬らせ、ちらちらと視線を交わした後、悲痛な面持ちで唇を噛んだ。

 

 

「…メイソンは、──亡くなりました」

「…は?…なん、で…?」

 

 

ミネルバはそれだけを小声で言うと目を伏せて口を抑えてしまった。マートルが心配そうにミネルバに駆け寄り、震える肩を気遣い撫でる。

ベインは足の上で腕を組み、祈る様なポーズになると重々しいため息と共に、ぽつぽつと話し出した。

 

 

「…ノア。メイソンのご両親もね、13年前に亡くなったんだ」

「…病気だって…移るものだったのか?」

「…ううん。違う──呪いだった。…メイソンは、親が急激に…命が削られていくのを見てただの病気じゃないと思ったんだろうね。それも、2人同時だったし…調べているうちに、強い呪いだとわかったんだ。…でも、それがわかった所で、ご両親はもう、手遅れで──そのあと、同じ呪いでメイソンは、10年前に亡くなった。ご両親のものより呪いの速度が早くて、聖マンゴではどうする事も出来なかったんだ」

「…呪い?…そんな、誰が──」

「わからない。痕跡は一切残ってなかったんだ。──僕、メイソンの遺書を預かってるんだ」

 

 

ベインはそう言い、内ポケットから杖を取り出すと自分の腕時計をちょんと突いた。ぱかりと文字盤が開き中から飛び出る様にして、一通の手紙が現れそれはふわふわと俺の手元に飛んでくる。

 

 

「遺書…」

 

 

こんなものを、用意していたのか。

死期を悟って、俺に何か伝えたい事が…?

俺はその手紙の封を切り、中の文章を読んだ。

 

 

『親愛なるノアへ。

 

この手紙を読んでいると言うことは、僕は死んだのだろう。

僕の人生は、素晴らしいものだった!ノア、君と出逢えた事が、君と共に世界を回れた事がなによりも幸せだった!

僕の夢──魔法界でも、マグル界でも君の名を轟かす。皆が知っている存在にする。その事も叶えられた。本当に、ありがとう。

 

僕の身体には呪いがかけられている。

なんとか解呪しようと思ったけど、僕の力ではどうにもなりそうにない。…この呪いは両親にかけられたものと同じで、長く近くに居た人も、呪ってしまうらしい。だから僕は──。

ノア、僕は君が居なくなったなんて信じない。いつか、僕の墓前に来てね、僕は天国でそれを見ているから。

 

ありがとうノア。僕は幸せだった!

メイソンより、敬愛を込めて』

 

 

「…メイソン…」

 

 

ぐっと胸の奥から苦しみが込み上げてくる。

俺は、親しい人の死をこの時初めて経験した。…それも、俺の知らないうちに、知らない何処かで──俺が居たなら、きっとその呪いを解呪できた。なのに、俺は、肝心な時に役立たずだ。

 

一体、誰が、どうして。

何故メイソンの両親と、メイソンを呪った?

そんな事をして、誰が得を──。

 

 

「…まさか……」

 

 

知恵のついた頭脳は、とんでもない結論を俺に突きつけた。

まさか。──ヴォルが?

あのショップを辞めた時期と、メイソンの両親が倒れたのは同時だ。

タイミングが良かったのだろうと思っていたが、まさか。

解けないほど強い呪い。…それを、俺の周りで使えるのは──間違いない。ヴォルだ。

 

俺はその事を思いついた瞬間、一瞬、ヴォルに対して今までは感じたことの無い感情と、そして、思考に陥った。

 

 

「──ぐっ…!」

「ノア様!?」

 

 

その瞬間、俺の皮膚の上に見えない鎖が這い、強く身体を締め上げる。

腕や首に食い込んだそれは手でいくら掻いても触れる事はできない、腕の皮膚がぎちぎちと嫌な音をたて、ついに裂けた。

 

拗られるような傷と、流れる血にアブラクサス達は悲鳴を上げ俺に駆け寄った。

ぼたぼたと鮮血が垂れ、鼓動に合わせてずきずきと痛む。

痛みで思考が拡散すると、ふっとその強烈な締め付けが消えた。

 

 

「──くそが」

 

 

思わず毒づく。

ああ、そうだ。俺は一瞬、ヴォルをぶん殴ってやりたいと思ったさ!

だが、身内が呪い殺されてぶん殴りたいって思うくらい許してくれよ!血の誓いはそれすらも、戦いだとみなすのか!これが、裏切りだというのか!!

 

 

 

腕を振り怪我を治癒し、俺は頭を掻きむしった。

やばい、俺が想像するより遥かに──血の誓いは厄介っぽい。ちょっと気軽に血の誓いしすぎた。

戦いたいわけじゃない。だが、騎士を手にかけたのは許す事が出来ない。…いや、考えすぎかもしれない。ヴォルに聞かなきゃ…アイツどこにいるんだよ…。

 

 

「はあーー……どうするかなぁ…」

 

 

俺はおろおろと心配そうな目で見る騎士達に「大丈夫だから」と告げ、ソファにもたれて天を仰いだ。

 

 

 





アンケートに投票いただき、ありがとうございます!
これから新章が始まります。
ノアにはいつも笑ってて馬鹿な事をしてて欲しいのですが、どうも難しそうです。

しかし、この小説はギャグコメディが基本なので、頑張って馬鹿になってもらいます!




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38 天使か悪魔か

「今、俺の騎士はこの4人だな?」

「ええ、…嘆かわしい事に、他のメンバーは死喰い人のノア派になりました。…悪事に使えないよう、私が騎士の証(ブレスレット)を預かってます」

 

 

屋敷に大切に保管してあります。とアブラクサスは真剣な目で伝えた。まぁ、悪事っていうか。俺のお手製のものだ、プレミア価値ついてめちゃくちゃ高額で取引されそうだな。

 

 

「…ヴォルが今どこにいるか、知ってるか?」

 

 

今のヴォルなら、意外と隠れたりせず堂々としているのではないかと思ったが、騎士達は顔を見合わせて首を振った。

 

 

「ヴォルデモート卿本人はあまり表に出てこないんだ…神出鬼没だからね。魔法界やマグル界で…よく騒動が起こってるんだけど、部下の死喰い人しか出てこない。うーん…ノアはヴォルデモートに会いたいの?」

「ああ……」

 

 

俺は言葉を切り騎士達を見つめた。

この4人は、俺の事をひたすらに信じた。15年も長い時を、生きているのかもわからない、死んでいるかも知れない俺を信じ続けた。──うん、俺も騎士達を信じよう。この中に、ユダはきっと居ない。

 

 

「…大事な話がある。──その前に」

 

 

真剣な俺の声音に、ごくり、と騎士達は固唾を飲んだ。

しんと静まり返った居間に、俺の腹の虫がぐうう、と割と爆音を響かせる。

 

 

「腹減ったからさあ。どっか行こうぜ!」

 

 

飯食いに行こうぜ、飯!この家、なんも食べ物無いし!と俺が笑って言えば、騎士達は呆けた様に口を開き──そして吹き出すとくすくすと笑い出した。

 

 

「ノア様らしいですね!」

「ええ…本当に!私は、正直…ノアさんの偽物かと思ってました」

「ノアはいつも平常運転だねぇ、そこが最高だよ!」

「ノア様はそうでなくてはいけません。いつも私達の想像を凌駕する…尊いお方です。──私の屋敷に行きましょうか、沢山ご馳走を振る舞わせてください」

 

 

アブラクサスがくすくすと控えめに笑いながら立ち上がる。

今までどこか緊張し不安げだった騎士達の顔はさっぱりと憂いがとれたように晴れやかだ。

なんだ?なんか俺ちょっと馬鹿にされてない??ねえ??

お腹減ったら力が出ないんだぜ?頭も回らないんだぜ?食欲は三大欲求の一つだ!無視できん。

 

 

「アブラクサスの家って、昔行ったところから変わってない?」

「ええ、今は私が当主なので」

「んじゃ俺が皆を連れてくよ」

「──え?」

 

 

俺は腕で空気を真一文字に切り裂く様に薙ぎ、全員を強制的に姿現しさせた。

 

 

視界がぐるりと周り、移動したのか景色が変わる。

俺は軽い足取りで地面に足をつけ、ぐーっと腕を伸ばした。

 

 

「…あれ、どうした?」

「ノ、ノア様、私たち…もう姿現しできますよ?」

「っていうか触れずになんで…まぁノアだから」

「そうですね、ノアさんですもの…う、でも私、いきなりで酔ってしまいました」

 

 

後ろを振り向けば、騎士達はなんとも微妙な顔で気分が悪そうにしていた。あ、そうか。もうこいつらはいい大人だもんなぁ…俺より10も年上になってしまったのか。そりゃ、姿現しくらいお茶の子さいさいだったな。

 

 

「ノア様。我がマルフォイ邸です。…すぐに料理を作らせましょう」

 

 

気を取り直したアブラクサスが大きな扉を開けて俺を先に通す。

何度か来たことがあるこの屋敷は、昔と変わらず俺を迎え入れた。

 

アブラクサスは指を鳴らしハウスエルフを呼び寄せる。あ、ドビー?…ドビーじゃ無いか。そのハウスエルフは少し老いていたが、静かにアブラクサスの命令を聞くと恭しく頭を下げてパチンと姿を消した。

 

 

「大広間はこちらで──」

「父上?」

 

 

アブラクサスが俺たちを案内しようとしたその時、近くの螺旋階段の上から明るく、高い声が降ってきた。

 

俺はぱっと視線を上げる。

その先にいたのは──天使か?

 

 

「何あの子」

「ああ…私の息子です。…ルシウス!降りてきなさい。ノア様にご挨拶を」

 

 

ルシウス!と呼ばれた天使は俺を見て白い頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに視線を伏せながら階段を軽やかな足取りで降りてきた。

 

 

「…ルシウス・マルフォイです。…お目にかかれ光栄です」

 

 

ルシウスってこんなに美人だったの?まぁ、ドラコも可愛いしなぁ。

ルシウスはさらさらとした美しい金髪を片側に寄せ、真っ黒なリボンで軽く結い、前に流していた。色も白いし、俺には負けるけど中々に美少年だ。それも、男の娘よりの。──髪型のせいかな?

 

 

「めちゃくちゃ可愛いじゃん!」

「そうですか?まぁ…ノア様の次には愛らしいと思います」

 

 

人が聞くと、こいつ自分の子どもに何言ってんだと思いかねない言葉だが。俺の次って実質めちゃくちゃ褒めてるなこれ。

たしかに、かなり可愛い、うん。愛らしい。

膝上のショートパンツに真っ白のニーソ、絶対領域がまぶしい破壊的な膝小僧とチラリズムする太もも。真っ白で首元にフリルがついたシャツに、真っ黒なサスペンダー。

うん、英国美少年男の娘寄り、そのままだ!

 

 

「男の娘じゃん!」

「私が、育て上げましたので」

 

 

にっこり、とアブラクサスは笑う。

…何それ怖い。

 

 

「ルシウス、おいで」

「は…はい…」

 

 

おいでと招けば、ルシウスは耳まで赤くして俺に近づき、おずおずと見上げた。くっ…か、かわいい…俺のそばに居なかったタイプだ!ヴォルとは違う美少年…!

 

 

「はうー!かぁいい!お持ち帰りぃー!」

「っ!?」

 

 

胸がきゅんきゅんして某「嘘だっ!」少女の様にルシウスを抱きしめ頬擦りすれば、ルシウスは小さな悲鳴をあげてびくりと身体を震わせ──くたりと気絶した。

 

 

「ちょ…だ、大丈夫かルシウス?お、おーい…」

「ノア様…」

「ご、ごめんアブラクサス。俺の魅力、ルシウスには過激すぎたかな?」

「物心つく前から写真を見せてますから、多少の耐性はありますが… お触り(ハグ)はダメですよ、ノア様。息子だとは言え許せない羨まし──ごほん、さて、食事ですね」

「……うん、食事だ」

 

 

ルシウスをこのままにするわけにもいかず、抱っこしたまま行こうかと思ったがさっとベインが俺の腕で気絶するルシウスを奪った。

 

 

「あ」

「ちっ!!──ベイン、抜け駆けはだめよ!」

「マートルの言う通りです!公平にジャンケンすべきです。決闘でもいいですが」

「ははん!間接ハグは僕のものだ!!」

「……俺より、お前らの方が平常運転だろ…」

 

 

ルシウス(俺の間接ハグ)を奪い合うマートル、ミネルバ、ベインを見て俺は苦笑いをした。──ま、変わらないことがあるっていうのは良いもんだな。

 

 

ぎゃいぎゃいと賑やかな3人は学生時代と変わらず狂ってる。愛すべき俺の騎士。

 

 

「アブラクサスは間接ハグ、いらないのか?」

「ルシウスのあの服は後でコレクションの一つにいれますので、きっと髪の毛の一つついてるでしょう」

「…お前も平常運転だよ…」

 

 

アブラクサスは平然と言いながら俺たちを大広間へ案内した。

 

 

 

 

立派な長机には所狭しと御馳走が並び、当たり前のように俺は上座を勧められた。

一応、この後大事な話があるのだとわかっているアブラクサスは気絶したままのルシウスを部屋に運び、俺たち以外誰もここに入れないようにした。

 

 

「めちゃくちゃ美味い」

「こんなもの毎日食べたら太っちゃうわね…」

「舌がこえてしまいます」

「流石マルフォイ家…」

 

 

それぞれそう褒めながら数々の料理に舌鼓をうつ。うーん、うまい。なんか、賑やかに食べるのってホグワーツぶりだなぁ。…懐かしい。

 

 

食事が一段落し、俺の腹の虫も十分に満足したようで。俺は食後の紅茶を飲みながら「さて」と切り出した。

騎士達も会話を直ぐに中断させ、姿勢を正して俺をじっと見る。

 

 

「正直に言ってくれ。俺は嘘がわかる、隠し事はしないでくれ…ちょっと悲しいし」

「ノア様に嘘なんて言いませんよ」

 

 

マートルがすぐに答え、ベイン達も同じように頷く。おお…流石俺の騎士。

 

 

「…お前たちは、ヴォルデモートの理念に賛同してるか?」

 

 

少し待ってみた。

しかし、誰も手を上げない。…あれ、アブラクサスは手を上げると思ったんだけどな。

 

 

「正直に申しますと。…私は…マルフォイ家は、死喰い人に勧誘はされました。聖28一族の殆どが勧誘され、ブラック家やレストレンジ家…幾つかの一族は死喰い人になったと聞いています。──確かに魔法族がマグルを支配する世界…悪くはありません。ですが、ノア様の御両親様はマグルでした。…私は、ヴォルデモートが言うように、純血に誇りを持っています。ですが──私は、あくまで貴方様の騎士です」

「僕は…ポッター家は、マグルとも親交があるからね、どっちかと言えば…うーん。反対してる。確かに…僕たちは力を持つ。けどそれで彼らを服従させようとは思わない」

「私は…そうですね。…魔法族が、隠れ暮らすことはないのかもしれないと思った事もあります。しかし…マグルの支配は…すこしやりすぎですね。今のように全く隠すのではなく、魔法族の事を周知し、互いに尊重しあう…そうなればいいと思います」

「私は、…その、私の主人はマグルなので…」

「えっマートル結婚してんの??」

「は、はい…」

「僕もだよ」

「私もです、…死別しましたが」

「……ねぇなんで俺には結婚相手がいないと思う?」

 

 

騎士達は顔を見合わせ、同時に「ノア様だからですね」と答えた。

辛い。時の流れが憎い。俺みんなの結婚式参加したかった!!

 

 

「じゃなくてだ。…そうか…意外と反対派は多いのか?」

「うーん…ただ、ヴォルデモートは自分に従うのであれば、家族には手を出さないと言ってるんだよ。それで安心してる混血も多いから」

「そうか…上手い手口だな…。…ちなみにだ。…ヴォルデモートはどうやって、勢力を拡大してるんだ?友好的な話し合いか?」

 

 

その言葉に騎士達は少し押し黙った。

…この痛いほどの沈黙!間違いなく友好的話し合いじゃないな!

 

 

「友好的話し合いと。…強制も、あると僕は思うよ。…マグルを擁護する魔法使いが…何人も死んだり、行方不明になってる」

「ええ…それって、独裁者的な?」

「その側面もあるよ。…ただね、証拠が無い。全て噂でしか無い。死喰い人達は魔法族をまとめ上げるために強硬手段は取ってない、同族には手を出さないって言ってる。ただの偶然で、自分達の管轄外の出来事だってさ」

「…それ、みんな信じてるのか?」

 

 

流石に、子どもでも少し考えたら分かりそうなものだが。

怪訝な俺の言葉に、アブラクサスは難しい顔で紅茶のカップの持ち手を撫でた。

 

 

「…と、いうより。ヴォルデモート卿率いる死喰い人達の数は膨大です。そして──間違いなく力を持っています。誰もが察してはいますが…新しい犠牲者になるのを恐れ、口をつぐんでいる…と言うところですかね。…実際、対抗する勢力には容赦無しとして、不死鳥の騎士団や魔法省の魔法使いや魔女達は何人かが決闘の末、死亡しています」

「…なんつー…」

 

 

数の暴力は恐ろしい。という事か?

 

 

「まぁ、マグルに対してそれほど思い入れの無い魔法族達は、無言を貫くのが賢いとわかっているのでしょう。ヴォルデモートが魔法界の頂上に立ち統治し、マグル界を制圧した時に…甘い汁が吸えるように」

「…なるほど。…皆も、無言だったのか?…ああ、いや、責めるとか、責めないとかじゃない。ただ聞きたいだけだ」

 

 

今の言い方だと、それを責めているように捉えてしまうだろう。俺は慌てて手を振ったが、騎士達は少し表情を暗くして、俯いた。

うっ俺の馬鹿!

黙り込んでしまった騎士達に、俺は無理矢理話の話題を変えた。

わかりきった事だ。彼らもまた、何もできなかった。それは責める事じゃ無い。ってか責められない、俺は1人のうのうと寝てたんだ!

 

 

「俺に何があったのか話すよ。臆測の部分も多いが──まぁ、多分、間違ってはない。…俺はたしかにマグルのファンに撃たれた。…だが、撃たれたのは路地裏で、それを見たのはヴォルだけだ」

「…え?…で、でも…」

 

 

マートルは何かを言いかけたが、俺はそれを手で制する。すぐにマートルは口を閉ざし困惑した目で俺を見た。

 

 

「それに、俺はホグワーツの教員を断ってない。俺は…マグルのファンに撃たれた日、ヴォルと家に戻って、そのまま…次の日に強制的に眠らされた。強い魔法と、生きる屍の薬で。15年間眠り続けていた。7月…だったな、ホグワーツで研修期間を終えて直ぐのことだ。そのあと…多分、ヴォルが俺を眠らせ、ポリジュース薬を作り、ホグワーツに行き俺の姿で教師の採用を断り、マグルに撃たれる芝居をしたんだろう」

「…そんな──でも、何のために?」

 

 

ベインが呆然と呟く。それなら、今ヴォルデモートの元でノアの為に動いている死喰い人達はただのピエロじゃないか、そう、ベインの目が俺に語った。

 

 

「…俺のためだってさ。…ヴォルは、…俺がマグルに傷付けられた事が許せなくて、正しい世界にしたいって言ってたな」

「そんな…でも、それなら何故、ノア様を眠らせるのですか?」

「そりゃ。俺はそんな世界望んでない。否定されて、止められると思ったんだろうな。…俺はそのままの世界が好きだったから」

 

 

じゃないと。生まれないキャラがいるかも知れないし。そう心の中で呟く。…いやーもう手遅れかな…?

 

 

俺の言葉を聞いた騎士達は、目を見開き、少し微笑んだ。

 

 

「ノア。──僕はノアの騎士だ。ノアのために生き、ノアの為に死ぬ事も厭わない。その気持ちは今も変わらない」

「ノア様が、ヴォルデモートを止めたいと言うなら。…私は、死喰い人と戦います!…そ、そんなに強く無いけど…」

「私もです。ノアさん。何なりとお申し付けください」

「ノア様がしたいように、我々は全て、従います」

 

 

俺の騎士達はこんなにも一途だ。

ちょっと危うくないか?

 

 

「…もし、ヴォルデモートに賛同して…マグルぶっ殺!…っていったら?」

「従います」と即答するアブラクサス。

「世界を変えよう」と目に熱を込めるベイン。

「家族さえまもってくれるのなら」と静かにマートル。

「共に地獄に堕ちましょう」と覚悟を決めたミネルバ。

 

 

静かに狂った目を見せる俺の騎士。

なんで俺の周りは闇落ちフラグが乱立するんだ?いやいや、流石にこいつらを闇落ちさせることは出来ない。

 

 

「冗談さ。…でもなーー…うーん、ノアには政治はわからぬ!」

「ノア様は、どうしたいのですか?」

「…俺は…。…ヴォルと話し合いたいな。マグルの支配じゃなくて、マグルと魔法族の共存に変えてくれるのなら…俺はいいと思う。どうせ、魔法族のことを…遠く無い未来、マグルに隠しきれなくなる」

 

 

だって、将来マグルの世界ではケータイが普及しネット社会になり、SNSが乱立し情報がすぐに全世界に発信される。

いくら魔法使いとはいえ、その姿を完全に消すことは無理だ。一度発信された情報はなかなか消せないだろう。

魔法省がいくら頑張ってオブリビエイトしたところで間違いなく手に追えなくなってしまうだろう。魔法使いは、マグルの機械の技術をなめまくってるからなぁ。

 

それで──将来、2020年ごろになった時、魔法族の未来は二つしかない。

徹底的に隠れ、より離別するか、共存するか。

 

 

「それは…預言ですか?」

「そう、ノア様の大預言さ。俺の預言は当たるぜ?…そもそも、ヴォルはどうやって魔法界を手に入れて…マグルを制圧するんだ?数は圧倒的に不利だろ。流石にマグル達も戦争になったら黙ってないし…世界中の魔法使いも立ち上がるだろ?」

「…それは…」

 

 

アブラクサスは言い淀む。

言っていいのか、と悩んでる風であり、俺のことを気にかけているようにも見えた。

俺…?……ああ。そうか。…成程。

 

 

「それは──」

「わかったよアブラクサス。…俺だ、俺が悪いんだな」

「いいえ!…いいえ、けっして、ノア様の責任ではありません!」

「いや、俺の魅力のせいだな。…俺の狂信者は全国各地にいる。それこそ、世界中全てに…ヴォルが俺の狂信者を仲間に入れたのは…全国の魔法族を俺の存在で縛り付けて…叛乱を起こすためか。マグル界にも俺の狂信者はいる。時が来れば…失われた記憶を戻してマグル同士の殺し合いを考えてるんだろう」

 

 

俺の魅力が高すぎるあまりに!

俺は既に世界を掌握している、人々の心を征服してしまった。

ヴォルの力なら、失われた記憶を無理矢理こじ開けるのも不可能ではないのか?

 

 

「…それなら、死喰い人の勢力を激減させるために…ノアさんが姿を見せるのはどうでしょう。死喰い人側のノア派は大打撃です。多分すぐ寝返ると思います」

「おっ!──あ、だめだわ」

 

 

ミネルバの案、めっちゃいいじゃん!

と思った瞬間今度は右腕に猛烈な痛みが走り再び大出血した。

俺は血がぼたぼたと流れる腕を青い顔をする騎士達に掲げる。

 

 

「俺、ヴォルとちょっと…若気の至りで契約したんだ。…それに違反する事は出来ない。考えるだけで、思うだけで…こうなる」

「そ、そんな…破棄する手段は?」

「ある。ヴォルが契約に関わるペンダントを持ってる。それを破壊したら…まぁ、契約は破棄される。まだどうやって破壊するのかわからねぇけど…俺なら何とかなると、思う。…それにしても…俺が世間に姿を見せるのは──」

 

 

ヴォルに対しての戦いになるのか。

騎士達に姿を見せても大丈夫だったって事は、多分、人数と影響力によるのかなぁ。死喰い人を、故意に激減させる事は出来ない。

 

 

「…とりあえず。方舟の騎士はあくまで別組織って事で。魔法族とマグルとの共存の道を切り開こう」

「わかった。…ノアが姿を見せたら一発なのに、難しいね」

「そうだなぁ…こればっかりは、ヴォルにあって…まぁ話し合いしたら、わかってくれるかも…知れないし。どうやって会えばいいのか…」

「集会がたまにありますよ。賛同する魔法族を、死喰い人に勧誘する為に…まぁ。かなり人を選んでいるようですが」

「どうやればいいかな?」

 

 

俺の言葉に騎士達は少し悩んだ。

ミネルバが沈黙の中、おずおずと手を上げる。

 

 

「…私…今、ホグワーツで教師をしているのですが…ホグワーツで、若いうちに子どもを取り込もうとしている…死喰い人の子供たちが密かに集会に誘っている。という噂を聞きました」

「成程!じゃあホグワーツに潜入するか!潜入方法が問題だな…」

「…マルフォイ家は、使用人か執事を連れて行く事が出来ますが」

「まじで?すげぇ特権じゃん」

「で、でも…ノア様のお体が…」

 

 

マートルが心配そうに俺を見る。

俺は立ち上がり、指をぱちんと鳴らす。

 

 

「んじゃ、これでどうだ?」

 

 

俺の銀髪は黒髪に、目は燃えるように赤く。

髪は少し長く身を包むのは漆黒の燕尾服。

 

 

「──悪魔で、執事です」

 

 

しかし俺の言葉を誰もわかってくれず。驚いた目で俺を見るだけだった。

 

 




King Gnuの白日という曲は、今のノアのイメージソング
Three Day GraceのPAINという曲は今のヴォルのイメージングで

良く交互に聞いてます
気になりましたら、是非!



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39 待ってました!親世代!

 

俺の姿は世界一の美青年から、めちゃくちゃイケメンな悪魔執事に早変わりした。

俺の柔らかで少し高い声は聞いただけで耳が孕みそうなバリトンボイス。おお、これアニメで聞いたことある声だ!

 

 

 

「どうだ?」

「ノアさんの変身術は…流石です。ポリジュース薬も使わずに…他人に変身するのは、とても高度な魔法です…私ですら、出来ません」

「これなら、ノアだってわからないね」

「ノア様とはまた違った美しさです!」

「…どことなく、ヴォルデモートを彷彿とさせますね」

 

 

アブラクサスは苦笑しながら俺をまじまじと見る。

そうか?共通点なんて、黒髪長身イケメンくらいしかなくね?赤目…なのは、感情爆発した時だけのクルタ族だよな?

 

 

…い、今のヴォルの外見…気になる…聞こうか…いやでも…。あれから分霊箱作ってるのかな…もし作ってたらもう蛇面ハゲかな…。

 

 

「…ひとつだけ確認したいんだけど」

 

 

俺は姿を戻し、手を上げた。

なんなりと、という目を向ける騎士達に、おずおずと俺は聞く。──聞いちゃう!

 

 

「…ちなみに、今ヴォルってどんな見た目?ほら、15年経ってるし、変わってたら見つからないかも…」

「そうですね…あまり姿を見せませんので…今の姿は少々変わってるかも知れませんが。…噂では、身体中に火傷のような怪我があるそうです。右半分の顔も火傷のような引きつれがあり、前髪で隠すか…ハーフマスクをつけているとか…ミステリアスな姿で魅了しているらしいですよ。ノア様には劣りますが」

「ファントムかよ…」

「ああ…まぁ、そのようなマスクらしいですね」

 

 

頭の中でオペラ座の怪人の姿が現れ、脳内にお決まりのテーマソングが流れる。

オペラ座の怪人コスのヴォル…それも見た目はあのまま。

なにそれ似合いすぎて怖い!マジで早く会って見てみたい!!妄想が具現化したのか!?

この場合俺はクリスティーヌか?天使の歌声聞かせようか?

 

 

「ホグワーツに潜入するとして。…流石に校長に言うべきだよな。今の校長は…ダンブルドアか?」

「ええ、そうです。…ダンブルドアは…ノアさんが居なくなって、大層心配しておりましたよ」

「そうか…あーあ、俺も今頃は教師してるはずだったのに…」

「もし、来年度からホグワーツに通われるのであれば…何でも言ってください、必ず力になります」

 

 

ミネルバは芯の篭った声で俺に伝えた。たしかに、ミネルバが居てくれるのは心強い。少しでも俺の事を知っている人がいるのと、居ないのとではまた訳が違う。

 

 

「今日はもう遅いですから…明日にしてはどうですか?早い方がいいでしょう。ちょうど夏休みですし」

「ダンブルドアって、ずっとホグワーツにいるのか?」

「ええ、基本は」

 

 

それなら明日、姿現しでこっそり行こうかな。

しかし、ヴォルの見た目が俺の知ってるヴォルと少し変わってる。って事は…幾つか分霊箱作ってるっぽいな。俺が知る限り分霊箱は日記と指輪だけだった。…可能性があるのは、やっぱりスリザリンのロケットか…あれからハッフルパフのカップを奪っていてもおかしくない。あとは、レイブンクローの髪飾りか。

 

俺が手っ取り早くヴォルの元に姿現し出来たら良いが、無理に姿現しして気絶したら間違いなくまた魔法をかけられてジ・エンドだ。同じ15年後に目覚める、となると…親世代ぶっ飛んで子世代ルートに突入してしまう。

…それに、何より…ヴォルがその前に世界を征服してしまう可能性が高い。

 

 

「今日は泊まって行きますか?客室は十分にありますが…」

「あ、その前に。この屋敷と、お前らの家と、お前らと…その家族に守り魔法かけに行っていいか?何があるかわからないしさ」

「ノ、ノア様が私の家に!?ど、どうしよう掃除しなきゃ…!」

「家に入らなくても魔法はかけられるから大丈夫だぜ?」

「僕のコレクションルームをついに見せる機会が来た!!」

「いや、だからな?家の中には──」

「私のコレクションも負けてはいませんよ。必ずノアさんを満足させます」

「聞いて?」

「ふん、私のノアルームに勝てるとは思わんな」

「おーい」

 

 

おらが村にアイドルが来たぞ!のようなおかしな興奮を見せる騎士達は、いつも真面目な時は俺の話を聞くくせに、こう言う時は全力でスルーするスキルを持っている。おい、ノア様の言葉だぜ?聞いてくれないと悲しいじゃねぇか。

…ま、楽しそうだから、いいんだけどさ。

 

 

そのあと、俺は姿を悪魔執事に変えてそれぞれのお宅訪問をした。

マートルの家は割と普通の一軒家で、旦那さんはなかなかに優しそうな人だった。仕事場に近いカフェで運命的な出逢いを果たしたらしい。ニコニコとした朗らかな笑顔を見せるその男は。…うん、なかなかにマートルの事を愛して大切に思っているようだ。

ちなみにルシウスと同じ歳の1人娘が居て、なんともマートルにそっくりだった。来年からマートルの娘も、ホグワーツに通うらしい。

 

 

「お嬢さん、お名前は?」

「ルカよ。あなたは悪魔なの?それとも、漆黒なる闇より出し堕天使様?」

「ああ…お前の娘だよマートル…」

「そんな…光栄です」

 

 

 

 

 

 

ベインの家は、なかなかに広い屋敷だった。

本家ポッターでは無いにしろ、なかなかの裕福さを持っているらしい。子どもは居ないそうだ。…しかし。

 

 

「僕の父さんの兄の子供…だから、従兄弟かな?ジェームズって言うんだけど。その子にも魔法かけて欲しいんだ。自分の子どものように可愛がってるから!ちょうど今おじさん達が旅行中で預かってて…ジェームズ!こっちおいで!」

「どうしたの、ベイン?…うわ、何この人かっこいいね!」

「ただの執事です」

「へー?新しい執事雇ったの?」

「うーん…」

 

 

ベインはジェームズの言葉に苦笑した。

ジェームズ。かの有名なジェームズ・ポッターとこんなところで会うなんて思ってもみなかった。あと5年後くらいにホグワーツでバッタリするかなぁって思ってたんだが。

ま、ベインの頼みだし。守り魔法かけとこう。……うん、今はかけられるな。そりゃそうか、まだ何の力もない子どもに守り魔法をかけたところで、契約には反しない。

 

 

 

 

 

「ミネルバは?」

「私は殆どホグワーツです、子どもも居ませんし…あ、よければ、今度私の姪と甥に…守り魔法をかけていただけませんか?」

「りょーかい、流石に夜に訪問するのもあれだな、今度かけにいくか」

 

 

気軽に言っているが。めちゃくちゃ凄い魔法である。

この守り魔法は死の魔法以外を俺が死ぬまで永久的に退けるノアスペシャル防御魔法だ。勿論前回の反省を活かして魔力の無い攻撃でも、悪意のある攻撃は弾くようにしている。

…ちなみに、死の魔法が当たりそうになった時に一度だけ生贄にネズミが現れ、代わりに犠牲になるようにした。

それって結局どの魔法も呪いも効かないってことではないか、とも思ったが、俺は最強なので仕方がない。

この守りが防げないのは、まぁ天災だけだろう。悪意が無いと反応しないからな。フル防御五条悟も考えたけど。

その魔法をかけるには本人の魔力を消費する必要があった。流石に一般人にかけたら一瞬で魔力切れで戦闘不能になってしまう。

 

──まぁ、俺にはかけてるけど。

 

 

最後の仕上げにマルフォイの屋敷と、ルシウス、アブラクサスとその妻にちょいと魔法をかけて終了。あー…流石のノア様も疲れた。

ばんばん最強魔法使いすぎた俺はアブラクサスの好意に甘えてその日、マルフォイ邸に泊まった。ミネルバもついでに泊まって、マートルとベインは家に帰った。

 

 

 

次の日の朝、俺はミネルバに何も言わず独りホグワーツへ向かった。

姿現しをした先は、勿論校長室だ。

 

 

 

「久しぶりですね、ダンブルドア先生。…あ、今は校長でしたっけ?」

「……ノア…?」

 

 

突如現れた俺に、ダンブルドアは眼鏡の奥の目を驚きに見開いた。記憶の中にあるよりも老いたその顔は、瞬時に警戒の色に染まる。ダンブルドアは机から悠然と立ち上がり、俺に向かって杖を突きつけた。

 

 

「いきなりですね」

「…わしの予想が、外れていて欲しかった。──そう、ずっと祈っておったよ」

「ええ?ゲームの事ですよね。前にも言ったように、外れてませんよ。…さて、ダンブルドア先生?俺の時間を買いますか?10分3ガリオンで」

 

 

俺は両手を上げ戦う意思のない事を伝え、目の前に椅子と机、紅茶セットを出現させ片方の椅子に座り、足を組んだ。

 

 

「どうぞ、座ってください。楽しいお喋りでも、ゲームでもいいですよ?俺の時間が10分3ガリオンだなんて、破格ですよ!」

 

 

からかうように笑ってみた。今、俺の時間を買おうとしたら0が10個は足りないだろう。俺の茶目っ気たっぷりの冗談を、ダンブルドアは深刻な表情で受け止めてしまう。洒落の分からんじーさんになってしまったのか!?

 

しかし、ダンブルドアは静かに俺の向かい側に座った。杖を手放さないってことは、警戒心マシマシだろうな。

 

 

「では、30分で」

「お決まりのコースですねぇ」

「…ノア、君は…トムと一緒ではないのか?」

「え?…あー、そう思ってたんですね。だからこんなにも警戒してる、と」

 

 

俺は肩をすくめて紅茶を一口飲む。

心配していたのは、俺の安否では無かったわけか。俺が闇に堕ちたのだと心配していたんだな、この人は。それがどれだけの意味を持つのか、きっと──知っているから。

 

 

「違いますよ!この姿を見てください」

「…魔法で、肉体の年齢を止めたのか?」

「ええぇ…。え、そんな事出来るんだ。へぇ…。…じゃなくて!俺が今から言う事は真実です。俺はホグワーツの研修期間が終わって…その後すぐにヴォルに眠らされました」

「…何じゃと?」

 

 

少し俺の話を聞く姿勢になったようだが、…まぁ、まだ疑心は拭えていない。そりゃそうか、この人は俺の騎士じゃ無いし、あいつらみたいに物分かりが良くない。

 

 

「マジですよ、大マジ。それで、昨日目覚めたばかりです…ま、この15年で何があったのか…俺の騎士達に聞きました。ヴォルが死喰い人を連れて魔法族によるマグル界の制圧を企んでるって」

「…ノア、君は…それに賛同しているんじゃろう?」

「賛同してませんよ。けど、まぁ…上手いこと俺の魅力を利用したなぁって感心してますけどね。そりゃあ、俺の力を使えば世界征服なんて──6日あれば世界創造する事だって出来ます」

 

 

なんて、レベルの高い洒落をダンブルドアは深読みしすぎている。…この人の辞書には冗談という言葉が乗ってないのか?アブラクサスやベインなら「流石、ノア様神様!」とノリノリで手を合わせて来ると思うぞ。

 

 

「…ならば、何故その力を持ちながら…そうしないのかね?」

「何故って。うーん。俺は神様になりたいわけじゃないんです。俺はこの世界が好きですからね。…それに、ヴォルの思想は俺の思想と少し違ってるんですよね。ってか、俺マグル嫌いじゃないし、そもそも親はマグルだったし」

「…ならば、君の力を使い、トムを止めればいいじゃろう。姿を見せるだけで事足りる。…何故そうしないんじゃ?」

「出来ないからです」

「…何?」

 

 

おいおい、いつもの口調が素に戻ってますよー?

半月眼鏡の奥の目がきらりと光る。俺の言葉の真意をなんとか探ろうとしている、その鋭い視線に俺は小さくため息をついた。

 

 

「仕方ないですねー…俺、痛いの嫌いなんだけどなぁ…」

 

 

俺が右手をダンブルドアに向かって突き出すように掲げれば、ダンブルドアの指は強く杖を掴んだ。

 

 

「俺は──ヴォルを止める」

 

 

姿を現して。

そう強く思った途端、何度目かの強い締め付けが俺を襲う。

見えない鎖は俺の腕を締め上げ、今度は火傷のように皮膚を爛れさせそこから血が溢れ、すぐに鮮血が机やティーセットの上に雨のように降り注いだ。

 

 

「ぐっ──い、痛すぎ!!ほら見ろ!!思うだけだ!それだけで俺の美しい腕がこんな事になっただろ!」

 

 

すぐに魔法で治癒したが、契約の呪いは俺の守護魔法であっても防げない。そりゃ、そうだ。あの契約は俺の魔法でもある。

 

ダンブルドアは俺の怪我と、俺の目を見て「…まさか」と呟いた。

よーし、これで流石に気付いただろう。気付かなかったら鈍すぎる。この事は、この人にとって割と突き刺さる事だと思うし。

 

 

「…血の誓いを…トムと…?」

「…まーね。だから、俺は世界にこの美しい姿を現せない。…死喰い人を意識的に無力化する事は、俺には出来ないんですよ。それは、俺とヴォルとの契約に反する…裏切りになる」

 

 

ふと、思った。

…もしかして、俺が何も()()()()に、あの日外に出て、ヴォルの思想も何も()()()()()()()姿()()()()()()()()。戦う事について()()()()()()()()()()は、契約の違反には当てはまらなかったのでは無いか。

 

……。…いや、…まさかな。

 

流石に血のかかった紅茶を飲む気になれず、机の上に散った血やティーセットを消した。

 

 

「……ならば、ノア、君はどうするのかね?」

「新年度からルシウス・マルフォイの執事になってここに通う事になるんで、よろしくお願いします!」

「……何?」

「姿を変えて、ルシウスの執事になります!」

「…何故、そうなるんじゃ…」

 

 

にっこりと笑って言えば、ダンブルドアは頭を押さえ深いため息をついた。この人は俺と会話するとよく頭が痛くなってしまうらしい。俺の魅力にあてられたか、俺の発言が理解できないか、どちらかだな!

 

 

「ヴォルと会うためです」

「…会って…果たして、どうするんじゃ?」

「会話します。…俺とヴォルは、1番近くに居た…なのに、…多分、本音で何かを語り合う事があまりにも少なかった。…一度くらい、本気で話してみたいんですよ」

 

 

俺の顔は今、どんな表情だろうか。

笑っているのか、困っているのか、悲しんでいるのか。

ダンブルドアは暫く無言で俺を見つめた。俺を信じていいのか、まだこの短い会話では判断が出来ないんだろうな、ここまでしても、全てがパフォーマンスだと思われているのかもしれない。

 

 

「…話して、トムが止まらなければ、どうするのかね?」

「その時は…ま、その時に考えますよ」

 

 

その時。

俺はどうするんだろうな。

諦めるのか、誓いを破棄し、争うのか。そんなの──その時、ヴォルと目を見て話さないと、わからない。

 

 

「……執事として、ここに来る事を認めよう」

「やったね!」

「ただし。生徒には手を出さない事。そして、週に一度わしとこうして会話をする事。…それが条件じゃ」

「本指名頂きました!」

「…ノア、少しはまじめに話しなさい。…学生時代は、いつもそうじゃったな…」

 

 

ダンブルドアは、僅かに目を細めて口先で微笑む。

警戒心はまだあるだろう。俺がどこかに行き範囲外に出られるよりは、目の届くホグワーツで監視したいのかも知れない。

まぁ、他にも理由はありそうだな。この人はこの人で、間違いなく俺を利用しようとしている。俺の心を、多分──きっと。

 

 

「んじゃ、そんな感じで頼みます。俺の見た目は──こんな感じなので」

「…それにしても、執事としての品格を君は保てるのかね?」

「それは、──その、今から勉強しますよ」

 

 

俺は変身していた姿を戻し、肩をすくめた。

たしかに…マルフォイ家の執事たるもの、これくらい出来なくてどうします?としか言えなくなっちゃうかも、あとはあくまで執事です。とか。

ルシウスには迷惑をかける事になるし、せめてマルフォイ家の執事として立派に勤めなきゃなぁ。アブラクサスにどうやればいいか聞こう。

 

 

「ノア、不死鳥の騎士団に入るつもりは無いかね?」

「ないない、ってか無理です。考えさせないでください俺痛いの嫌なんで!…それに、俺には方舟の騎士が居ます。──俺の目標は、マグル族と魔法族の共存ですので」

「それは──そんな、夢物語を…本気で…?」

「割と本気で」

 

 

夢物語、かもしれない。

人間は自分に無い力を、理解できない力を恐れ怯え、迫害する。

…だが、俺には──俺の確かな智慧は、たった一つの突破口を示している。

細い、糸のような可能性だ、だが…可能性はゼロじゃ無い。

 

 

「ま、ダンブルドア。俺は不死鳥の騎士団の力添えは出来ませんけど、俺はダンブルドアの敵には、なりませんよ」

 

 

今のところは。

と心の奥で呟き、立ち上がる。

 

 

「さようなら、ダンブルドア」

「…また会う時まで、ノア」

 

 

俺は握手はせずに──ダンブルドアも、俺に手を差し出さなかった──その場から姿現しをしてマルフォイ邸に戻った。

 

 

 



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40 執事の風格

 

 

 

「違います!ノアさん!マルフォイ家の品格を落とさぬよう、主人の右斜め後ろで控え、目線は少し下です!」

「は、はいマクゴガナル先生!」

「そう、…ほらルシウス、後ろを振り返ってノアさんを見てください──さあ、早く」

「はい…こう…ですか?」

「よろしい!…ほらノアさん!主人が用事があって振り返りました──どうしますか?」

「えーと、…こう?」

「落第です!!」

「そんなぁ…」

 

 

ダンブルドアに執事としてホグワーツに来る事を許された俺は、マルフォイ家の執事になる為に全力で特訓している。

ミネルバは相変わらずスパルタで、執事なんて見たことも無ければどんな仕事かもわからない俺は勿論、ミネルバの満足のいく執事になれなかった。

 

 

俺があまりに残念執事だった為、ミネルバは購入した執事(バトラー)について詳しく書かれた本を読みながら俺にビシバシ指導してくれる。勿論、俺も読んで完璧に頭に知識として入っている。

…だが、知識があっても、執事のような振る舞いは出来ない。

 

俺のレッスンに付き合ってくれるルシウスはかわいそうなくらいオロオロとしていた。勿論、ルシウスはマルフォイ家の長子であり、次期当主である。

由緒正しい純血貴族の彼は、ちゃんとマナーや教養もあり、どのように立ち振る舞えばいいのか理解している。

しかし、隣に俺が居る。その事でかなり緊張してるし、目を合わせるだけで真っ赤になり挙動不審になってしまう。

 

それも、仕方のない事かもなぁ…。

俺の美貌は勿論だが、ルシウスにとって俺は神に等しいらしい。流石、アブラクサスが育てただけあって俺への刷り込みは完璧だ。

毎日お祈りする時は俺の写真に祈るらしく──その神様が、自分の付き人になるなんて、ルシウスはその事を聞かされた時、たっぷり5分は思考停止していた。

 

 

「ちょっと休憩しようぜ?」

「…仕方ありませんね。入学まで1ヶ月半…それまでに何としてでもノアさんを一流の執事にしてみせます」

「…目的が変わってねぇ?」

 

 

練習の邪魔で端に寄せていた長机を近くに引き寄せれば、待ってましたとばかりにハウスエルフがティーセットの用意をテキパキと始める。…成程、こういう気遣いが必要なのか。

しかし、ハウスエルフは執事では無く、一種の下僕だ。彼らに教えを乞う事は…多分良くない。一流の執事たるもの、(へりくだ)りすぎるのも、良くない──って教科書に書いてあった。

 

 

「ルシウス、お前もちょっと休め」

「は、はい…」

 

 

ぼけっと立っていたルシウスに声を掛ければ弾かれたように何度か頷き、俺とかなり離れた場所におずおずと座る。

 

 

「…何でそんなに離れるんだ?」

「そ、れは…貴方様のような方に…私が近づくなど…本来あってはならないのです…」

「…。…アブラクサス!」

 

 

アブラクサスの名を呼びながらぱちんと銀の腕輪を弾く。すると呼ばれた事がわかったアブラクサスは、すぐに俺の側に姿を現した。

 

 

「どうされました?」

「ルシウスを躾すぎだ!…俺に対して萎縮しまくってるぞ」

「まぁ。…ノア様を神だと思ってますからね」

 

 

ルシウスと俺の距離感をチラリと見たアブラクサスは平然と答える。

それって、俺がいくら頑張って執事っぽい振る舞いが出来たとしても、ルシウスに主人らしい振る舞いが出来なければ…かなりめんどくさい事になりかねないんじゃね?

主人があんな態度を取る執事って何者だとヒソヒソされるかもしれないし。何より…マルフォイ家の品格を下げてしまうのでは無いだろうか。執事におどおどする次期当主なんて…一般人の好きそうなネタだろう。俺は、なるべくルシウスに迷惑はかけたくない。

 

 

「かといって…うーん。俺に対する感情を消すことも出来るけど。俺あんまり人の心を弄りたくないしなぁ…」

「っ…貴方様の事を忘れるなど、この感情が失われるなど…耐えられません!」

「ルシウス…」

 

 

ルシウスは顔を真っ青にして小さく叫ぶ。俺と目があった途端、ぱっと視線を下げて祈るように指を組み震える手を唇に当てていた。

…絵になる美少年だなぁ。

 

 

「ふむ……では、暫く2人でのんびりと過ごしてはいかがですか?…私も、ノア様の事は敬愛し崇めておりますが、ただ唯一の人として、です。──ルシウスは普段のノア様をまだ知りませんから、ノア様の事を同じ人だと思えないのでしょう。まずは距離を縮めてみては?」

「アブラクサスお前頭いいな!よし、ミネルバ、今日はもうレッスンは無しだ!」

「仕方ないですね…」

「光栄です。この屋敷の中…全て、好きに過ごしてください。──ルシウス、わかったか?」

「はい、父上」

 

 

ルシウスは、しゃんと背筋を伸ばしてアブラクサスを見る。静かにいうその姿はどこからどう見てもよく躾けられた貴族のものである。…んだけど、俺を見た瞬間びくりと肩を震わせあわあわしてしまうのだ。

 

視界に俺が映る度に、こうして驚かれる。

ルシウスにしてみれば、生まれて物心ついてから俺の事は神のような存在だと教えられてきた。朝晩()に祈る生活をしていたルシウスは、まだ俺が本当に今こうして存在し、話しかけているのが信じられないのだ。まだ半分夢だと思っているのかもしれない。

 

 

「ルシウス、隣においで」

「…は、……はい」

 

 

怖々と俺の隣の席に座ったルシウスの手は酷く震えていた。

うーん。緊張もここまでくるとやべえな。

 

俺は小さくため息をこぼす──と、ルシウスの目に絶望が走ってしまう。なにか不敬をはたらいたのかと自分を責め続けるルシウスは、かわいそうなほど俺に狂わされている。

 

 

「ルシウス、──この姿なら、俺の目を見れるか?」

「……!──は、はい」

「そ?んじゃ、暫くこの姿でいるよ。んで、慣れたら元の姿に少しずつ戻そう。ま、ホグワーツでは元の姿に戻る事はないけど。…少しは俺の本当の姿に慣れてくれないとなぁ」

 

 

あまり、この黒髪黒目の悪魔執事の姿でいるのは嫌なんだけど、まぁ…俺も絶えず変身魔法をかけ続ける練習になるか。

 

目の色は、赤だと目立つのでは、という尤もなミネルバの意見により黒に変えた。つまり、俺はエセ悪魔執事だ。

 

ルシウスは、俺の姿が変わったことで少しだけ表情を緩めた。とはいえ、隣にいるのは姿こそ違うが中身が俺である事に変わりはなく──ずっと固まっている。

 

 

俺をまじまじと見ていたミネルバは、静かに俺に近づくとそっと耳元で囁いた。

 

 

「…ノアさん、その姿で…烏のような羽を生やせますか?」

「…ミネルバ……。…マートルの本、読んだな?」

「さて、なんのことでしょうか」

 

 

ちらり、と見上げればミネルバはふいっと視線を逸らした。──そういえばマートルのあの大作はNo.何まで作られているのだろうか。流石にもうあんな妄想はしていないだろう、とは思うが…俺が目覚めて収まっていたマートルの中の獣も、目覚めさせてしまったのかもしれない。

 

 

ハウスエルフが持ってきた紅茶を飲みながらルシウスを見つめる。

ルシウスは美しく、気品漂う絵になる姿で紅茶を飲んでいたが。

 

 

「……!──あっ!!」

 

 

俺と目があった途端、激しく動揺し紅茶が手にかかってしまった。

 

 

「…ま、ぼちぼち頑張ろうぜ」

「は…はい、申し訳ございません…」

「いや、俺のわがままに付き合わせてるんだ、…俺の方こそ、ごめんな。…執事がくることで…何も言われなかったらいいけど」

 

 

ルシウスの赤くなった手を治癒しながら申し訳ない気持ちを吐き出す。

過保護だの流石純血貴族様だの、ヒソヒソされて灰色の学生生活を過ごさせるなんて耐えられない。

しかし、ルシウスはきょとんとした顔をすると、微かに首を傾げた。

 

 

「言わせたい者には、好きにさせればいいのでは…?程度の低い者達の声など…私は気になりませんが…」

「…そう?」

「…あっ!で、出過ぎた真似をしました…!」

 

 

一気に恐縮してしまったルシウスに苦笑いを溢す。そうやってあわあわせずに普通にしてればいいのになぁ。

 

 

「いや、言いたい事はなんでも言ってくれ。俺はルシウスの執事になるからな。気軽に命令出来るようにならないとダメだぜ?」

「めっ…命令…?そ、そんな…」

「大丈夫、お前なら出来るよ、ルシウス」

 

 

ルシウスの肩をぽんと叩けば、ルシウスは頬を赤く染めたがおずおずと頷いた。

 

 

 



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41 なんだって出来る

 

 

マルフォイ邸の大広間。

研ぎ澄まされた高貴で厳粛な空気が立ち込めるこの場所にはアンティークな長机が中央にあった。

その上座に座り、食後の紅茶を楽しむ幼き次期当主ルシウスは目を伏せカップを受け皿の上に置いた。

 

 

「坊ちゃん。本日の予定は10時から呪文学の復習。13時から忘れ薬の調合。──そして、16時から私と魔法訓練です」

「ああ、わかった」

「紅茶のおかわりは?」

「下げろ」

「かしこまりました」

 

 

白く清潔な布巾を渡せば、ルシウスはお上品に唇に当てる。そっと手を出せばルシウスは振り返る事もなく当たり前のように俺の手に布巾を乗せた。

立ち上がるルシウスの椅子を引き、胸に手を当て頭を下げる。

 

 

「ノア。時間まで私は──」

「こちらに用意してあります」

 

 

ぱちんと指を鳴らし机の上にルシウスが今言おうとしていた書物を3冊出現させる。ルシウスは特に感激も何もせず少し顎を上げて俺を見上げた。

 

 

「自室に行かれますか?」

「…ああ、そうしよう」

 

 

颯爽と歩くルシウスの後ろをつきながら、当然のように本を浮遊させ運ぶ。

扉に足速に近付き、片手で押し開け頭を下げた。

ルシウスはそのまま俺に一瞥する事もなく通り過ぎ、俺も少し後で扉をくぐり、音を立てないように閉める──。

再び大広間には静寂が落ち、いつもと変わらぬ荘厳さを見せていた。

 

 

「──どうだった!?」

 

 

ガチャリと再び扉を開けて、大広間にある長机の奥にいたアブラクサス、ミネルバ、ベイン、マートルに聞く。

 

 

「完璧です」

「ノア、君は何でも出来るね!」

「素晴らしいです。幼き君主と忠実な執事…最高です!」

「合格ですよ。よく頑張りましたね、ノアさん、ルシウス」

 

 

騎士達はスタンディングオベーション!見事執事と幼君主を演じ切った俺とルシウスに拍手喝采と賞賛を送る。

俺はぱっと笑って隣に立っていたルシウスの背中を軽く叩いた。

ルシウスはほっと安堵の息を吐き、俺を見上げて嬉しそうに笑った。

 

 

「ルシウス!良かったな!」

 

 

執事の姿を元に戻しても、ルシウスは動揺する事なく──頬は少し赤いが──俺を見つめ何度も頷いた。

 

 

「はい…何とか、間に合いましたね」

「ああ…これでホグワーツでもちゃんと執事と主人になれるな!」

 

 

ルシウスの手を引き騎士達の元へ戻る。

今日は俺とルシウスの訓練の成果を見てもらうテスト日だった、騎士達のお墨付きをもらった、と言う事は間違いなくホグワーツに行ってもバレる事は無いだろう。俺のする事は何でもイエスマンな3人とは違い、ミネルバは教えを乞う時に限りかなり厳しめ忖度なく俺を見てくれるし。

 

 

「見た目はあの姿だとして…名前はどうするの?」

 

 

ベインがふと思い出したかのように首を傾げる。

名前、変えた方が良いか?

 

 

「え?そのままのつもりだったけど。…ゾグラフは名乗らないけどな」

「今でもノアという名前は不動の人気を誇ってます、まぁ…変に疑われる事は無いでしょう」

 

 

俺の人気に比例し、我が子にノアと名付ける者がこのイギリスでは特に多い。勿論ノアという名前は元々英国圏で人気の高いものではあったが、ここ何年もぶっちぎりのNo. 1人気ネームとなっている。俺が消えてから落ち着いてきているとは言え、やはりノアという子どもは多い。

 

 

「後は年齢ですね。執事として控えるのか、それとも同年代として支えるのか…」

「…未成年の執事とか、貴族的にはありなのか?」

「勿論。貴族に代々仕える一族も居ますから。その者達は幼き頃より主人を決め、生涯支える事を美徳とします」

「へぇ…。…いや、未成年だと好きな時に魔法使えないし、このままの年齢でいくよ。俺はもう楽しい学生生活を満喫したからな!」

 

 

勿論、親世代の子どもたちと同じ目線で交流したい気持ちはある。一緒にスクールライフを過ごすなんて、想像するだけでめちゃくちゃ楽しそうだ!

だけど、今の俺の目的は、ヴォルと会う事──何とかして死喰い人の収集にルシウスが呼ばれるように補佐しなければならない。

楽しい学生生活を送っている場合じゃないだろう。うん。……いや、でも魅力的だな…!

 

 

「名前なー…うーん。ノア……。…ノア・キャンベルにしよう」

 

 

俺の呟きに、騎士達は息を呑んだ。

どう思う?と言えば、少し悲しげに微笑み、皆が頷く。

 

 

「キャンベル…いいと思います。珍しいファミリーネームではありませんし、()()()()()()とは思われないでしょう」

 

 

ミネルバが静かに言った。その目は少しだけ潤んでいるように見える。

 

 

 

「じゃあ、報告しに行ってくるよ」

「どこに──…いえ、いってらっしゃいませ」

 

 

俺の言葉にアブラクサスはどこへ行くのかと聞きかけたが、すぐに察すると胸に手を当て頭を下げた。

俺は笑って、執事姿に姿を変えて、その場から姿を消す。

 

 

 

 

 

俺は独り、メイソンの墓の前で立っていた。

その墓標には死者の魂を弔う言葉と、メイソンの親の名前。そして本人の名前が亡くなった日とともに記されている。

 

 

「……メイソン…」

 

 

メイソン──メイソン・キャンベル。

世界が離れていたとしても、俺はずっとメイソンを忘れない。その身に起きた悲劇を、過ごした日々を忘れない。俺自身が決めたこの名前は、その誓いだ。

 

そっと、そのメイソン・キャンベルと書かれた名前を撫でる。冷たいひやりとした感覚に、一瞬、指が震えた。

 

 

「……本当に、死んじゃったんだなぁ…」

 

 

魔法界では無い、マグル界にあるそのひっそりとした墓地には誰も居ない。

──ああ、今日は丁度満月だ。

 

 

指を鳴らし時を止める。

墓前の奥にあった大きな木から散った葉や上空を流れていた雲も、ぴたりと動きを止めた。

 

俺は姿を戻し、その墓前の前にしゃがみ込む。

 

 

「……少し、話そうか──メイソン?」

 

 

墓石の上の景色が歪み、ふわりと黒いモヤがかかり1つの影を形成する。

目を閉じていた人は、そっと目を開け──どこか呆れたような目で俺を見下ろす。

 

 

「…ノア、君って何でも出来るんだね」

「俺は、世界最強の魔法使いだからな。死者の魂を呼び寄せるくらい何でもないさ」

「……何でも有ると思うけど」

 

 

ゴーストにしては色彩があり、生者にしては薄いメイソンは、ちょっとだけ笑った。

重さを感じさせない、ふわりとした軽さで俺の隣に並ぶと、目線を合わせるように膝を抱えて俺の顔を覗き込む。

 

 

「会いに来てくれたんだね、ありがとう」

「…礼を言われる事じゃねぇよ。…メイソン、お前は……」

 

 

俺のせいで死んだかもしれない。その言葉はどうやっても俺の口から出る事はなく、俺はぐっと唇を噛み締めた。

メイソンは困ったように笑い俺に手を伸ばし頭を撫でる。

 

 

「ノア。──僕の大切なノア。…僕は君と会えて幸せだった、ノアと出逢ってから僕の世界は変わったんだ、ノア。…君に感謝こそすれ、…恨んだり、憎んだりしないよ?」

「…でも、メイソン…お前の死は……俺のせいで…!」

「……ノアのせいじゃないよ」

 

 

メイソンは何かを悟ったような優しい目で俺を見る。

 

 

「僕は幸せだった。…ノアが生きていてくれて、本当に嬉しいんだ!僕はずっと見守ってるからね!」

「…メイソン、俺は多分…死者を蘇らせる事も出来る。……だけど…」

 

 

蘇りの石がある。

つまり、それを使わなくとも、()()()出来る。だが、一度死に、世界から離脱した魂はけっして生者のようにはなり得ない。──それも、わかっている。

 

 

「僕は、蘇ることは望んでない」

「……そっか」

 

 

きっぱりと断言するメイソンに、俺は少し黙った後で笑った。

…そうだよな。この世界に縛り付けて、輪廻を邪魔するのは、俺のエゴだろう。

 

 

()()()も悪いところじゃないしね。ゆっくり輪廻を待つよ。それまではずっと君を──君たちを見守ってる」

 

 

メイソンは立ち上がって俺に手を差し出した。俺はその手を掴み、立ち上がる。

質感はある、だが、温度は一切ない。冷たくもなければ、暖かくもないその手。

 

 

「ありがとう、ノア。僕は…僕は幸せだった!」

「メイソン、俺もだよ。お前に会えて良かった。…さよなら、メイソン」

「さようなら、ノア」

 

 

メイソンの輪郭が歪み、空に溶ける。

最後までメイソンは優しく笑っていた。

最後の残滓まで見送った俺は、姿を変えて時を進める。

 

さわ、と風が吹き俺の髪を揺らした。

 

 

 



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42 ここからリ・スタート

 

 

プラットホームにはホグワーツ特急が停車し、発車時刻まで静かに煙を出しながら出発の時を待っていた。

まだ何人もの子供たちが家族との別れを惜しみそこかしこで別れの挨拶の声がザワザワと聞こえる。

 

 

「坊ちゃん。本日の紅茶はフォートナム&メイソンのロイヤルブレンドです。お茶菓子はチョコレートに、プレスタ社の物をご用意しております」

「…良い香りだ」

「光栄です」

 

 

勿論ここはコンパートメントの一室だ。

執事たるもの坊ちゃんにはいつでも快適なティータイムを過ごしていただけるようにコンパートメント内を拡張し、美しく品のあるテーブルや椅子を出し、丁寧に紅茶を淹れる。…勿論魔法を使って、だが。

 

 

「……ここだけ別世界じゃない」

「ベラ、私もこんなカッコいい執事が欲しいわ…」

「ベラトリックスお嬢様、アンドロメダお嬢様。お口に合いますか?」

 

 

ルシウスの斜め後ろに立ったまま、机を挟んだ向かいに座るベラトリックスとアンドロメダににっこりと声をかければ2人は「美味しいわ」と答えてくれた。

 

ベラトリックスは真っ黒な髪にやや焦茶の瞳。

ブラック家は美形揃いという通説もしっかりと彼女は当てはまっていて、強気で鋭い目をしているがそれでもまだ四年生の女の子、フツーに可愛い。将来ヴォルデモートに狂わせられる片鱗はまだ見えてない。いやーでも映画でも美女だったからなぁ、実は俺のタイプの見た目をしてるんだよなぁ。あんな感じの強気の美女が好きだ!

 

ベラトリックスの隣にいるのは彼女の妹のアンドロメダ。

ベラトリックスとよく似ている黒髪だがその目はベラトリックスに比べると丸く優しそうに見える。アンドロメダはルシウスの1つ年上、つまりホグワーツの2年生になる。

もう1人、お馴染みのナルシッサはルシウスの1つ年下の為、来年ホグワーツに入学するだろう。

因みにだが、ナルシッサとルシウスは既に婚約関係にあるらしい。純血貴族としては幼い時から婚約者がいるなんて当たり前らしいが…なにそれ羨ましい。俺はもう一生童貞で独身なのか?ど、独身なのはもう仕方ないとかて、童貞だけは何としてでも卒業したい!

 

 

 

「いつの間にこんな執事を雇ったんだい?」

「ホグワーツ入学にあたって…父上からのプレゼントさ」

 

 

ルシウスは俺をチラリと振り返り、ふっと笑う。上下関係を表すこの微笑も、めちゃくちゃさまになってるよなぁ。

 

 

「私を選んでいただけて光栄です」

「…相変わらず、アブラクサスさんは過保護ねぇ」

 

 

アンドロメダは俺を見て呟く。優しげに微笑んで見せればアンドロメダはその青白い頬をぽっと染めてはにかんだ。

うーん、これが俺の元の姿だったらアンドロメダもベラトリックスも簡単に気絶させられるのに!いや、まぁこの姿も十分イケメンだけどさぁ。どっちかというと背景に黒薔薇でも背負ってそうな見た目だからな。前までは多分…後光が射してたかな?

 

 

汽車ががたんと揺れてカップに入っていた紅茶が僅かに波紋を広げる。窓の外を見ればゆっくりと景色が動き、その速度は徐々に速くなっていた。

 

ついに、ホグワーツに行く。

ここでルシウスは死喰い人の子どもから集会に誘われなければならない。目星はまぁ、ついてる。ベラトリックスは原作ではかなりヴォルデモート狂いだったし、彼女に近付いていたら自然と誘われる…と思いたい。

ブラック家はヴォルデモートの思想を肯定してるとはアブラクサスから聞いてるし。純血主義を掲げてないヴォルに、まだそこまで狂ってないかもしれないが…まぁその辺りはおいおい探っていこう。見た限り、ふつーの女の子なんだけどなぁ。

 

ヴォルと会う事は、1、2年で叶うとは思っていない、きっとそれなりに高学年にならないとダメだろうな。…ヴォルがそれまでに世界征服しなきゃいいけど。

 

新入生の時、ヴォルと一緒にホグワーツに向かった事や、ホグワーツで過ごした日々の事を俺はぼんやりと思い出していた。

 

 

 

ルシウス達の話を聞きつつ──何やら舞踏会や懇親会の話しをしていた。貴族は色々パーティが好きらしい。──三度目の紅茶を入れ始めた時、汽車中に間も無くホグワーツに到着するという無機質な声が響いた。

 

 

「坊ちゃん、制服に着替えないといけませんよ」

「ああ、そうだな」

 

 

俺は指を振りコンパートメント内から机や椅子を片付け、鞄の中からルシウスの新品の制服を取り出す。ルシウスは立ったまま無言で俺を見上げていた。

ああ、そうそう服の着替えもしなきゃならないんだったな。

 

しかしここには女性がいる。──確かこういう時は隠さないといけないって書いてあったな。

 

 

俺は指を鳴らしコンパートメント内を真っ暗にした。

 

 

「きゃっ!」

「な、何が…!?」

 

 

アンドロメダとベラトリックスの悲鳴と動揺の声が聞こえる。すぐにルシウスの服を魔法で着替えさせ──ああ、ついでに2人の服も着替えさせておこう。──また指を鳴らしコンパートメント内の光を戻した。

 

 

「え…あっ、服…!」

 

 

突如戻った明かりにアンドロメダは眩しそうに目を瞬かせていたが、自分の服が制服に変わっていることに気付くと驚いてスカートを摘みローブを広げた。

 

 

「…ノア、彼女達に一言かけるべきだ」

「申し訳ありません坊ちゃん」

 

 

驚いているアンドロメダとベラトリックスを見たルシウスは低い声で呟き俺を見上げる。

ぐいっとネクタイを引っ張られ、体をかがめる。不敵に微笑んだルシウスの顔と距離が近くなった。…ま、まつ毛長っ!

 

 

「──お仕置きが必要だな?」

 

 

ルシウスの背後に黒薔薇が見える。

「なんなりと」と答えればアンドロメダは俺とルシウスの耽美さに顔を真っ赤に染めて頬を抑えた。目はキラキラと輝いている。

 

 

「……ルシウス。…あんた…。……まぁいいわ。ほら、もう汽車が止まったみたいだよ」

 

 

ベラトリックスは何とも言えぬ顔で俺とルシウスを見ていたがその頬はアンドロメダと同じで赤い。彼女達はどんなお仕置きがされるのか間違いなく気になったに違いない。

 

……ってか、このお仕置きうんぬんってマートルに「絶対絶対必要です!!」って力説されたから習得したけど、ミネルバが買った教科書にこんなの載ってなかったよな。

間違いなく、マートルの趣味だなこれ。

 

 

 

「ルシウスは新入生だから別だね。…じゃあ、スリザリンで待ってるよ」

「またね、ルシウス!…ノア!」

「ああ」

「行ってらっしゃいませ、ベラトリックスお嬢様、アンドロメダお嬢様」

 

 

ルシウスがスリザリンに組分けされる事を微塵も疑ってない彼女達はそういうとコンパートメントから出て行く。

残された俺とルシウスはチラリと視線を交わした。

 

 

「──なんとかなりそうだな?」

 

 

扉に魔法をかけ外から見れない聞こえない開けないようにし、コンパートメント内の状態をもとに戻しながらルシウスに声をかける。

ルシウスはほっと胸を撫で下ろし「ええ、」と頷いた。

 

 

「さて、…ルシウス?俺にお仕置きするんだって?」

「そ、それはっ!あ、あの…その…!」

 

 

ルシウスの腰を引き寄せ囁いてみれば、ルシウスは可哀想な程真っ赤に顔を染めてあわあわと狼狽えた。

うーん、すましてるルシウスも可愛いけど、いつものルシウスがやっぱ良いな。

 

 

「冗談だって。…よし、ここから先はまた執事と主人だ。…頼むぜ?ご主人様?」

「は、はい…頑張ります!」

 

 

ルシウスはぺちぺちと自分の頬を叩き気を引き締めると、先程のような凛々しい表情に戻り、ちょっと顎を上げて俺を見上げた。

 

 

「…行くぞ。ノア」

「はい、ルシウス坊ちゃん」

 

 

俺は胸に手を当て扉を開く。

ルシウスは一度深呼吸をして、その開けられた扉を通った。

 

 

 

 

俺が駅に降り立った時、あからさまにあの大人は誰だという目で見られたが、ルシウスは何も反応を返さず──主人が反応しないという選択をしたんだ、執事である俺が何かを言う権利も理由も無く、そのままちょっと若いハグリッドに引率されて行ったルシウスを見送った。 

 

 

「えーと。確か他の生徒が着く前に教師に説明するんだっけ…」

 

 

集合場所も時間も聞いてないが、今ホグワーツ生はまだ馬車に乗らずここにいる。今のうちに城の中に入って挨拶を済ませるべきだろう。

 

人気の無いところまで移動し、さっさと姿現しをしてホグワーツ城の玄関にたどり着く。扉を押し開け、とりあえず1番近い大広間に向かう。多分先生達はここで生徒の訪れを待っているだろう。

 

 

大広間に続く扉を開ければ、無数の蝋燭が天井近くを漂い広間全体を煌々と照らしている。並べられた長机の上には特別な日のみ出される金の食器が並び、生徒達の到着を待っていた。──懐かしいな。

 

 

その先、教師陣が座る上座にある机には、俺の想像通り先生達が既に着席して待っていた。

あー…懐かしい、スラグホーン先生まだ現役だったんだ?ミネルバも居るし…うん、かなり映画で見た顔ぶれが並んでいる。少し若いけど。

 

突如俺が現れたにも関わらず、先生達はそこまで警戒をしていない。と、いうことは俺の事はダンブルドアから予め聞いているのだろう。

 

俺は上座へ向かい先生達が見渡せる場所で足を止め、胸に手を当て深々と頭を下げる。

 

 

「ノア・キャンベルと申します。坊ちゃん…ルシウス様の執事として、この学園に滞在する許可を頂きました。勉学の邪魔になる事は致しませんので、ご安心を」

 

 

よろしくお願いします。と微笑めば先生達は口々に自己紹介を始める。うんうん、良い反応だ!とりあえず警戒心は無いし、俺の事は誰も気付いてないっぽいな。

 

 

「…ノア。君が過ごす部屋を用意しておる。…ミネルバ、案内を頼めるかね?その後、手筈通り新入生を迎えに行ってくれんかのぅ」

「はい、ダンブルドア校長。…さて、こちらです、私についてきてください」

「ありがとうございます」

 

 

もう一度先生達に頭を下げた後ミネルバの後ろを静かについていく。

そっかー流石にルシウスと同室は無いか。ま、そうだよな。執事とはいえ大人が居たら、ルシウスのルームメイトになる子が可哀想だよなぁ。…しかし、スリザリンの談話室には入るぞ、うん。執事だしいけるだろ。

 

 

「…バレてませんか?」

 

 

学校の廊下を歩きながら、ミネルバが俺にだけ聞こえるほどの小さな声で聞いた。…一応、どこにゴーストがいるかわからねぇし、声が漏れないように遮断しておこう。

 

 

「ん、今のところ、ブラック家の子供たちにもバレてない。…そっちは?」

「ダンブルドアがマルフォイ家から執事が来ると、初めに説明がありました。今まで無かった事では無いので…特に疑いの目で見ている人は居ないと思います」

「そっか…よし。もし何かあったらすぐに知らせて」

「はい、わかりました。……ノアさんの部屋はここです」

「……んん?」

 

 

どう見ても校長室である。

ミネルバがガーゴイルに「コットンミントシュガー」と伝えれば、ガーゴイルは音を立てて脇に避け、その先に見慣れた校長室へ続く階段と扉が現れた。

 

つまり、俺は校長室で寝泊まりするのか。…えっダンブルドアと毎日同衾しなきゃなんねぇの?…いやいやどんだけ俺の事信用してないんだよ。

 

 

「校長室の奥、ここがノアさんの自室です」

 

 

校長室の奥には前までは無かった扉が一つある。

ミネルバが開けて俺を通せば、その先には四畳半くらいの狭い部屋。どことなく孤児院の自室に似た作りなのは気のせいなのか、ダンブルドアの嫌味なのか…微妙なところだなこれは。

部屋の中にはシンプルなベッドと、タンス、机に椅子。以上!それだけ!ベッドの上にはコンパートメントに置いてあった俺の服が入っている小さなトランクがポツンと置かれていた。

ま、いつでも姿表しで家に帰れるから良いけど。

 

 

「私はこれから新入生の元に行きます。ノアさんは、大広間に戻る方が良いでしょう」

「オーケー。ミネルバは引き続き生徒の監視を頼む、何か異変があったらすぐに知らせてくれ。腕輪に触って俺の名を呼べば良いから。…これからよろしくな、マクゴガナル先生?」

「…はい、よろしくお願いします。ミスター・キャンベル」

 

 

俺が手を差し出せば、ミネルバは薄く微笑んでしっかりとその手を握った。

 

 

 

 





アンドロメダとベラトリックスの口調が迷子です。
アンドロメダの生年月日がわからないので、
ベラトリックス四年生、アンドロメダ二年生、ルシウス一年生として書いてます。


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43 信頼

 

ところ変わって大広間。

既に新入生以外は集まっていて大広間の後方にいる俺をチラチラと見ていた。どうやらマルフォイ家の執事が同伴しているらしい、という話はアンドロメダとベラトリックスからスリザリン生全員へ広まり、それを小耳に挟んだ他の寮生の元へと驚くべき速さで広まった。ホグワーツって、何でこう噂の流行るスピードが早いんだろ。

 

組分けの儀式を待つ、ざわざわとしたざわめきの中、ミネルバが扉を開け大広間を進み、その後ろから不安と興奮に満ちた顔をした初々しい新入生達がついていく。

ルシウスはいつもの威厳たっぷりの涼しい顔をしているが、何処となく緊張しているように見える。…あ、マートルの娘も居るな、俺を見てなんか嬉しそうにしてる。

 

ミネルバは壇上に椅子を出すと組み分け帽子を置いた。とたんにふるりと震えた組分け帽子は、四つの寮の特色を声高らかに歌い出す。

 

生徒や先生達からの拍手が収まった後、ミネルバは新入生達を見回した。

 

 

「これより、組分けの儀式をはじめます。ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り組分けを受けるように」

 

 

ミネルバは丸められた羊皮紙を広げ、淡々と組分けを始める。

グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ。それぞれの寮に新入生達が組分けられ、みんな顔を赤くして上級生達の待つ場所へと向かった。

…そういえば、原作ではルシウスの友達とか出てきてたっけ?……あんま記憶にないな。

 

 

 

「マルフォイ・ルシウス!」

 

 

名を呼ばれたルシウスは静かに椅子に座る。

帽子が頭に被せられて5秒後に「スリザリン!」と組分けされ、ルシウスは満足気にスリザリン生の居る長机へ向かう。

俺は大広間の後ろからそっとルシウスの元に近づき、席についたルシウスの少し後ろで何食わぬ顔で立った。多分、こうするのが正解だろう。

 

 

組分けは滞りなく終わり──マートルの娘のルカはレイブンクローだった──ダンブルドアが新たな生徒達を歓迎する言葉を告げた後手を叩けば、数々の豪華な料理が並んだ。

 

……勿論、執事は主人と一緒に食事を取れない。うん、それは知ってるけどめちゃくちゃ美味しそうだし普通にお腹すいた。…え?俺っていつご飯食べるの?1人悲しく部屋で食べるの??

 

 

 

豪華な食事を食べ逃した俺はルシウス達スリザリン生と共に地下牢──スリザリン寮へ向かう。引率する監督生も、俺がいる事に何も文句は無さそうだ。

それほどマルフォイ家の名が凄いという事なのか、それとも貴族にとって執事なんて当たり前なのか、俺にはよくわからない。

 

 

「よーーーぅ!新入生ちゃん達、かわいいねぇ」

「ピーブズ…」

 

 

ふわりと通せんぼをするようにピーブズが現れた途端監督生は嫌そうに顔を顰める。にやにやと楽し気に笑うピーブズを初めて見た一年生達は驚き足を止めさっと監督生の後ろに隠れた。

 

 

「どけ、ピーブズ。血みどろ男爵が黙ってないぞ」

 

 

ピーブズの苦手なものは、血みどろ男爵ただ1人である。スリザリンのゴーストである彼の名前を言えばすぐに退くかと思ったが、ピーブズはその場でくるくると何度も回転したまま意地悪気に笑う。怖い血みどろ男爵も、この場に居なければ気にしないのだろう。

 

 

「そんな事言われても、ちぃーーっとも怖くないよぉ、ほらほらチビちゃんども!ピーブズ様にご挨拶はぁ?」

 

 

ピーブズは勢い良く生徒達の頭上すれすれを飛び、そこかしこで悲鳴が上がる。

 

 

「ノア」

 

 

ルシウスが俺の名前を呼び、ピーブズを顎で指す。あ、はい。どうにかしろって事ですね。

 

俺は手を上げピーブズの目の前で指を鳴らす。

 

 

「───ぅああ!?」

 

 

ピーブズは引き伸ばされるようにぐにゃりと歪み、風船が萎むようにシュルシュルと辺りを飛び回り──ふっと消えた。

 

 

「い、今のは…?」

「少々煩い方でしたので、消えてもらいました。──マルフォイ家の執事たるもの、羽虫1匹を排除できずにどうします?」

 

 

にこり、と笑う。

監督生や他の一年生は唖然としてるけど、ルシウスは満足そうだしこれで間違い無いはずだ。

存在を消したんじゃなくて、まぁ、強制的に別の場所に吹っ飛ばしただけだ。今はここから1番離れたグリフィンドール塔辺りにぷかぷか浮いてるだろう。

 

 

「…執事、名前は?」

「ノア・キャンベルです。──ルシウス様の忠実なる僕です」

「…ノア…」

 

 

監督生の男の子は俺の名前を呟く。

まぁ、これで俺に対する評価は少し上がっただろう。ピーブズって割と厄介だって原作でも言われてたしなぁ。面白いやつだと思うけど。

 

その後監督生が率いる新一年生集団は問題なくスリザリン寮まで辿り着くことが出来た。俺が過ごしていた時と、そこまで見た目は変わらない。談話室の壁に沿ってある本棚の本が少し増えたり減ったりしているくらいだろう。

 

ルシウスが7年間過ごす自室とルームメイトを確認している間、俺は静かに談話室を見渡していた。

 

 

「ノア、君は純血かな?…まぁ、マルフォイ家の執事だから当然そうだとは思うが」

「ええ、勿論です」

 

 

話しかけてきた監督生に言えば、当然だよな、というように頷く。

純血のマグルですけどね、ええ。という言葉は飲み込みにっこり笑う。

 

 

今日からルシウスの執事として、うすーく闇の雰囲気を漂わし、魔法をかなり使えると示していかなきゃな。

俺のキャラじゃないし、自分を出せないのはめちゃくちゃ面倒臭い。今までほんと、好き勝手生きてたからなぁ…。

 

ヴォルに早く会いたい。──なんて心の奥で呟きバレないようにため息を溢した。

 

 

 

ーーー

 

 

生徒が寝静まる頃、俺はホグワーツの廊下を静かに歩いていた。

照らすのは窓から差し込む月明かりのみで、見回りの教師1人、ゴースト1人存在しない。

 

 

「……どこだったかな…」

 

 

目当ての部屋は7階にあると覚えているが、流石に場所までは分からない。

燕尾服のポケットから杖を出し軽く振る。ぽっと明かりが灯り、白い光線が杖先から伸び、向かうべき道を示す。

 

少し歩けば、白い光は何も無い壁を指し示していた。ああ、ここが──必要の部屋か。

 

 

杖を振り光を消し、ポケットに戻す。俺の──ノア・ゾグラフの杖は見た目に全フリしてる為、正直かなり目立つ。真っ白な象牙のように滑らかで美しい唯一無二の杖。一つとして同じ造形の杖が無いこの世界で、流石にこの目立つ杖を使うことは出来ない。

杖無しの魔法も、特に問題なく使えるから別に良いと言えば、良いんだけど。

 

 

3回往復するんだったな。確か。…あれ?4回だっけ?

そんな事を考えながら壁の前を歩けば、壁だった場所に突如扉が現れる。周りを見渡し誰も居ないことを確認し、俺は扉を開けた。

 

 

「おお…ガラクタやら、宝物やら…色々あるな」

 

 

現れた広い部屋は、奥まで見通すことが出来ない程塔のように様々な物が積み上げられ、中には高級そうな首飾りや甲冑もあるが、どれもこれも長くここに置かれているのだろう──埃をかぶってくすんでいる。

 

原作だと、ヴォルデモートは分霊箱にしたレイブンクローの髪飾りをここに隠した筈だ。この場所を、自分しか知らないのだろうと思って隠した…んだっけ?普通に考えて、これだけ物があったら他にも知ってる人が居るって思いそうなもんだけどなぁ。

 

心の中でアクシオを唱え手を差し出してみる。

 

 

 

「──……んん?」

 

 

しかし、どこかで何かが動く音も、固く積み上げられた物が崩れる音もしなかった。

もう一度強く念じるが、やはり何の反応もない。俺の最強魔法が効かないわけはない…という事は。

 

 

「……ここには無いのか」

 

 

手を下ろしポケットの中に突っ込む。

他に、ヴォルが隠しそうな場所って……どこだろう。

暫く首を捻っていたがあまりピンと来る物がなく、試しに水晶玉を出して占って見る。特徴的な建物なら、その場所がわかるかもしれない。…また森とかだったらどうしよう。

 

 

「…ここは……」

 

 

水晶玉にぼんやりと浮かんだ場所は、俺にとってよく知るところだった。

 

 

「…ま、たしかにヴォルにとっちゃ1番安全な場所か」

 

 

水晶玉に映ったのは、俺の家だった。

灯台下暗し、というべきか。目覚めてからろくに家に戻ってなかったからな、よく探せば良かった。

 

 

すぐに家へと姿現しをして、心の中でアクシオを唱える。

すると空を切り裂くように俺の前に輝くレイブンクローの髪飾りが現れた。

 

 

「…もしかして、全部揃ってたりして」

 

 

この家の守りは万全だ。俺とヴォルしか、当時は入れなかった。今は俺の騎士も俺が呼べばここに入る事は出来るが、自分でこの家を見つける事はできない。

…ほら、家主は俺でも、この家はヴォルの家でもあるし。あんまり他の人連れ込んだら、ヴォルが嫌がりそうだし。

 

 

スリザリンのロケット、ゴーント家の指輪、リドルの日記、ついでにハッフルパフのカップを強く心の中で渇望する。

 

 

ばたんと遠くで扉の開く音が聞こえ、闇の中から何かが俺に近づく。前に差し出された両手の中に、暗闇から現れた物達が収まった。

 

 

「……めちゃくちゃ信頼してるじゃねーか」

 

 

俺は、手の中に収まった黒い日記と、ロケット、指輪を見ながら苦笑した。

 

 



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44 久しぶり

 

 

 

俺は見つけた戦利品を持ってホグワーツの与えられた自室へ戻る。

 

誰も入れないよう魔法をかけ、盗み聴きするための呪いがかかって居ない事も確認し、姿を元に戻した後、ようやく一息をついた。

 

机の上にトレーが置かれ、温かな湯気をあげる料理が沢山乗せられていることに気付く。

途端に空腹感を思い出して、とりあえずベッドの上に日記、指輪、ロケット、ティアラをぽんと投げ置き、椅子を引き寄せ食事にありつく。

 

うーん、ひとりで食べるのはなんか寂しいな。ずっと誰かと一緒だったからなぁ…。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

スプーンを咥えたまま後ろに放っていた日記を掴み、くるりと右手を回す。

俺はトレーを少し奥に押しやりスペースを作ると机の上に日記を広げた。

あ、ミネストローネがついた。…トマト系って取れないんだよなぁ…まあ、いいか。

見方によっては、血のように見えて雰囲気が倍増しているように…うん、きっと見える見える!──後で怒られるか?

 

 

気を取り直して真っ白なページに『おーい、暇だから話そうぜ』と書く、インクは暫くして淡く輝き日記の中に溶けた。

 

 

『…誰?』

『ノアだ。…文字だけだったらわかんねーの?』

『ノア?…そりゃあ…わからないよ。見えるわけじゃないし』

 

 

ただの文字だが、何となくヴォルと話しているような気がして思わず笑ってしまった。懐かしいなぁ、…いや、俺にとっちゃまだ数ヶ月しか経ってないけど。

しかし、筆談はめんどくさい、レスポンスが遅いし、何より食事の手が止まってしまう。

 

俺は両効きなわけでは無い為、食べながら書こうとすればどうしてもタイミングがずれてしまう。

 

 

「筆談…めんどくさっ!」

 

 

ヴォルの『何でノアがこれを持ってるの?』の言葉に答えるためには割と長文を書かなければならない事に気がつき、思わず面倒だと正直に吐き出してしまう。

面倒なら、面倒じゃなくせばいい!

羽ペンを消した後、俺は膨大な魔力をこめながら手で日記を撫でた。

 

 

「──な、…何…?」

「よぉ」

 

 

日記からすうっとゴーストのように現れたヴォルは困惑しきった顔で床の上に立ち、自分の手や体を見ていた。そのヴォルの懐かしい姿を見た途端、俺はとんでもない事に気づいた。

 

 

「…うわ!ちょ、ちゃんと立ってみろよ!」

「ノ、ノア…?何で、僕、実体が…?」

「そんな事どーでもいいから!ほら!」

 

 

俺は椅子から立ち上がりヴォルの隣に並ぶ。

ヴォルは戸惑いつつもしっかりと立ち少し俺を見上げ──何が何だかわからないという表情をするヴォルを見て、俺はにやりと笑った。

 

 

「俺の方が背が高い!!」

「……はぁ?」

「ほらほら!一回も抜かせなかったのに…!今はヴォルを見下ろせる!…優越感!!」

 

 

16歳のヴォルと競うのはおかしいかもしれないが、それでも10センチは身長差があるだろう!!ふふん!初めてヴォルに勝った!

ヴォルの頭をポンポンと叩けば、ヴォルは嫌そうに眉を寄せて俺の手を払った。

 

 

「…僕が実体化出来たのは?」

「そりゃ、俺が魔力込めまくってるからだろ」

「………そうなんだ」

 

 

ヴォルは少し考え込むように顎を押さえてじっと床を睨んだ。

俺には不可能なんて無いんだぜ?と笑えば、「…ま、僕の考えすぎか」とヴォルは俺をじろじろと見て低く呟く。

 

ヴォルは辺りを見回した後怪訝そうに眉を顰め、ベッドの上に座った。

 

 

「ここ、どこ?…なんか、孤児院みたいで嫌だ」

「やっぱそう思う?ここはホグワーツだ」

「…ホグワーツ?…留年でもしたの?」

「んなわけあるか。…あー話せばめちゃくちゃ長くなるなぁ」

 

 

スプーンで料理を掬い食べながら向かい合うように椅子の上に胡座をかく。うーん、さて、どこから話せばいいんだろうか。

 

 

「──俺、何歳だと思う?」

「…22くらい?…成長したね」

「惜しい!見た目は24歳だけど、なんと実際は40歳である!」

 

 

多分!と心の中で呟く。

…いや、実際は30歳プラス35歳で……いや、考えるのはやめよう。精神年齢俺って低すぎか?…いやいやそれは見た目に引っ張られてるからだろう、うん。

 

ヴォルは目を見開き、俺をまじまじと見つめ首を傾げた。

 

 

「肉体年齢を止めてるの?」

「止めてねーよ。ヴォル、お前に24歳の時に眠らされて、15年くらい経ったんだ、んで、2ヶ月くらい前に起きたとこ」

「……何で、僕はノアを眠らせたんだ…?」

「さあな。俺が聞きたい」

 

 

空になった食器をトレーの上に置き、ヴォルの隣に座る。

16歳のヴォルは信じがたいような目で俺を見ていて、ちょっとだけ狼狽していた。

 

 

「えーっと…話せば長くなるんだけどな──」

 

 

俺は今ヴォル──ヴォルデモートは何をしているのかを説明した。

静かに聞いていたヴォルは大人になった自分が魔法界で名を轟かせている事に満足げにしていたが、それでも俺が話し終えると眉を寄せたまま深く考え込んでいる。

 

 

「…僕が日記に、魂と記憶を込めて分霊箱にした時は…そんな事考えてなかった」

「…そうなのか?」

「少なくとも、マグルの制圧なんて…マグルになんて興味なかったね、滅びれば良いとは思うけど。…イギリス魔法界を掌握して、純血だけにするつもりだった」

「…それ、俺に言っていいの?」

 

 

ヴォルはちらりと俺を見る。

 

 

「…ま、別に。ノアは…マグルなんて気にしないでしょ?好きにすればいいって言ったのはノア、君だ」

「………いやー…」

 

 

ヴォルは、俺に何を期待して、俺がどんな人間だと思ってたんだ!そんなに周りに興味なさそうだったか、俺?

…いや確かに言ったわ。あの時は、本当に身近な人以外、この世界の事がどこか──他人事だった。

 

ヴォルの言葉を聞く限り、16歳の──この日記を作った時のヴォルは、少なくとも原作通りの征服を考えていたらしい。それが何故変わったのか。…俺が、マグルに傷つけられたから、だろうなぁ。

 

 

「多分、俺がマグルの銃撃で死にかけて…んで、方向転換したんじゃねぇ?」

「…死にかけた?…ノア、君が?」

「ああ、まぁちょっとしたミスでな。…その次の日に俺がお前に眠らされて、その時からヴォルデモートとして活動してるっぽいし」

「………ふーん」

「…なんだよ」

 

 

16歳のヴォルは、俺の言葉に納得してないような微妙な声音で答える。

ヴォルはじっと俺を見て、少しため息を落とす。

 

 

「…多分、それだけじゃ無いでしょ」

「え?」

「僕が、ノアが殺されかけただけでマグルを制圧しようとするなんて…そんな心の優しい人間だと思う?…僕ならそのマグルと親族全て皆殺しにして、その後で魔法界を制圧する」

 

 

ヴォルは薄く笑った。

ああ、そうか。このヴォルは16歳なんだ。その後俺たちが過ごした日々の記憶は、このヴォルには無い。

 

 

「…あー…いや、割と優しかったぞ。一緒に暮らしてたし、仕事も…あー…俺の付き人したりして」

「はぁ?本気で、一緒に暮らしてたの?…それに、ノアの付き人?」

「いやまぁ色々あって」

「教えろ」

「いやぁ…」

「ノア」

 

 

ヴォルに強い声で言われ、俺は肩をすくめる。色々、の部分を言葉で告げるのは難しい。少なくとも8年もの記憶なんだ。

俺がその時何を思ったのか言葉にし難い。…ヴォルが何を思ったのかも、予想でしか無いし。

…いや、別に。隠すようななんかちょっとアレな事は何もしてない。普通に良き幼馴染だった筈だ。

 

 

あまりに強いヴォルの眼差しに、俺は降参するように両手を上げ自分の眉間に指先を当てた。

 

すっと手を引けば銀色の絹糸のようなものがキラキラと輝き俺の頭から流れ出る。

 

 

「…何、それ」

「俺の記憶。説明するの難しいし。普通の人なら見れないけど…ま、ヴォルは記憶体だし、いけるだろ」

 

 

憂いの篩なんて持ってないし。扉を開けて校長室にヴォルと行ってダンブルドアにバレたらかなりややこしい。 分霊箱(この日記)破壊されかねないしな。

 

俺はリドルがこの日記を作った日の後から、俺が眠りに着くまでのヴォルに関わる記憶を、ヴォルの頭にそっと差し込んだ。

 

 

ヴォルは顔を硬らせ身をひいたが、そのまま銀色の俺の記憶はヴォルに吸い込まれていった。

一瞬、ヴォルの目が虚になる。だがそれもほんの僅かな間でゆっくりと目を瞬かせると、顔を手で覆った。

 

 

「……なるほど」

「うん、…色々あったんだよ」

 

 

ヴォルはくぐもった声で低く呟いていたが、黙ったまま手を離し俺を見る。

 

 

「……そうだね」

「で?結局、今のヴォルは何がしたいんだと思う?」

「…さあ、あくまで見たのは…ノアの記憶だ。僕の記憶でもないし、思いでもない」

「ふーん?そんなもんか」

 

 

てっきり、今のヴォルの考えている事がわかっているのだと思ったが、そう言うものでも無いらしい。

 

 

「ただ…ノアと僕は、特別だ」

「うん?」

「…僕は、ずっとそう思っている。きっと、今もそれは変わらない」

「そりゃ、俺は特別で奇跡的な人間だが?」

「…はぁ……」

 

 

ヴォルはやけに真面目な声で言ったが。

そんなの当たり前だ。俺とヴォルは特別だと、何度もヴォルが言っていた。──それに深い意味なんて、…あったのか?

 

 

「やっぱ…ヴォルに会って話さないと本当のところはわかんねーか」

「そうなんじゃない?」

「…たまには俺の話し相手になってくれる?」

「…暇だしね、良いよ」

 

 

ヴォルは仕方がない、とため息をついたが、過去に何度か見せたように、僅かに──優しく笑っていた。

 

 

 



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45 その名は今も

 

 

執事としてルシウスの側で影のように仕えてから数ヶ月が経った。

 

ルシウス含めて新入生達もホグワーツでの生活に慣れ、授業も問題なく過ごせるようになった頃。俺はいつものようにスリザリン寮でソファに座り優雅に休日を過ごすルシウス(坊ちゃん)のために一級品の紅茶やお菓子を用意する。

 

談話室の一角、寒くなってきた今では暖炉に1番近いここが特等席だが、当たり前のように一年生のルシウスが座っている。

その事に近くに座るベラトリックス、アンドロメダ、そして監督生やほかの純血一族は誰も文句は言わない。

勿論、ベラトリックスとアンドロメダはブラック家の子ではあるが、本家ではなく、男でもない。この中で最も高貴な血が流れているのは、マルフォイ家の次期当主であるルシウス・マルフォイ、その人なのだ。

 

下級生が何食わぬ顔でいい席に座ることができる。

それ程、スリザリン寮の中で純血というものは尊く特別なものになっているらしい。

 

俺が学生の時はそうでもなかったが、ヴォルデモートという今1番アツい話題の人が純血を何よりも敬っている──らしい──という噂なのか事実なのか微妙な話が一人歩きし、今ではスリザリンでは純血であるほど偉く、発言力を持つようになっている。 

 

 

彼らの話を聞いている限り、どうやらヴォルが混血だと言う事は…子ども達はあまり知らないようだ。子どもの親なら同世代もいるだろうし知っていてもおかしくないが、緘口令を敷いているのか、それともスラグホーンのように優れた魔法使いや魔女の血は当然のように尊いものであり、混血などありえないという根強い思想があるからなのか、──それとも、混血をトップに置く事が、彼らは耐えられず見て見ぬふりをしているのか。

 

 

スリザリンは昔と比べてやや閉鎖的にはなっている。まぁ純血が圧倒的に多いのだから仕方がないだろう。

だが、それでも闇の魔法使いばかり排出している寮、というイメージはそれ程なく、何となく他の寮とも交流がある者も多い。

勿論、混血やマグル生まれを元々下に見ている者が多いのは事実であり、やや白い目で見られてはいるが。

 

まぁ、ヴォル…ヴォルデモートの思想に賛同しているのはなにもスリザリン生だけではない。レイブンクローやハッフルパフ、グリフィンドールにも、表立って「ヴォルデモート様万歳!」とは言わないが、隠れて不便な生活をしなくてもいいのならいいんじゃない?というものは多い。

いや、マグルの制圧がどのレベルなのか、気になっていて沈黙を守っている者が多いと言うべきだろう。──最も、マグル生まれはかなり肩身の狭い思いをしている。

家族は手にかけないとはいえ、隣人やマグルの友人はその制圧対象なのだから、彼らの気持ちはよくわかる。俺の親はマグルだった。

……と、俺はずっと思ってるんだけど、実際のところどうなんだろ?マグルの強盗に殺されて、マグルの警察に保護されて、マグルの運営する孤児院に入所した。──多分、マグルなんだよな?知らんけど。今更マグル生まれって言いまくっていて実は魔法族ですなんてちょっと恥ずかしくて言えないな。

 

 

話がずれた。

とりあえず、マグル生まれは肩身の狭い思いをしているが、かといって反乱するわけでも、不死鳥の騎士団に入るわけではない。誰だって負け戦には参加したくないだろう。──それ程、ヴォルデモートの力は大きくなりつつある。

皆、どちらに付くべきなのか、流れに身を任せる事にするのか、悩んでいるのだ。

子どもですらこうなのだから、きっと大人たちはよりそれが顕著なのだろう。

 

マグルの世界でも隠れる事なくいつでも好きに魔法を使い不便なく暮らしたいけど、マグルの制圧までは望んでいない。──だが、ヴォルデモート率いる死喰い人の数が多すぎて、何も言う事が出来ない。

 

そんなとこだろうな。

 

 

 

「ベラやアンはヴォルデモート卿とお会いになった事があるのか?」

 

 

ルシウスが、クッキーを摘んでいたベラトリックスとアンドロメダに静かに聞いた。

2人は顔を見合わせた後、特にその質問に関する不信感も見せず首を振る。

 

 

「会ったことは無いわ」

「父様は集会でお会いになった事はあるらしいけど。…私たちはまだだね」

「そうなのか…」

「…ルシウスは、ヴォルデモート卿の思想に賛同しているのかい?…あんたの父さんは──断ったらしいじゃないか」

 

 

ベラトリックスは目を細めてルシウスを見る。

ルシウスは一口紅茶を飲み、肩をすくめた。

 

 

「父上は、別の人に忠誠をお誓いだったからな」

「何?…それは、初めて聞いたね。…まさか…ダンブルドアなんて馬鹿なこと言わないよねぇ?」

「いや、ノア・ゾグラフだ」

 

 

ルシウスは俺の名前を呼び捨てで言う。少し指が震えていたがそれでもぴくりとも表情は変えない、きっと内心では後悔と懺悔が渦巻いているだろう、開心術を使わなくてもわかってしまう。

 

 

「ノア・ゾグラフ…ああ、ノア様かい?」

「ノア様!本当に、美しいお人ですよね…」

 

 

ベラトリックスは怪訝な顔をしていたが、納得するようにあっさりと頷き新しいクッキーを口の中に放り込む。アンドロメダはぽっと頬を赤らめうっとりとした声で呟くと感嘆の吐息を吐いた。……おやおや?

 

 

「同じ人だとは思えないわよね?父様と母様も写真を持っていたの、初めて見た時…絵本の中に出てくる天使様だと思ったわ!」

「亡くなられた今でも熱狂的なファンは世界中にいるからねぇ。…歩くだけで全ての人を魅了し侍らしていたらしいじゃないか?実は、唯一の男ヴィーラじゃ無いかって聞いた事があるよ」

「ルシウス、マグルの手であんな素晴らしい人が…殺されたって噂…本当なの?あなたの父さんは何かおっしゃってた?」

 

 

本人を目の前にして、噂話を聞くなんて思わなかった。

 

 

アンドロメダは声を顰めながらルシウスに聞く。ルシウスは紅茶を飲んでいるふりをしていたが、なんと答えていいのか悩んでいるようだった。

ルシウスは知っている。俺がマグルのせいで居なくなったのではなく、ヴォルデモートの手によって眠らされていたのだと。

 

 

「…何も、仰らなかった。その日の事は思い出すだけで辛い最悪の記憶らしい。──ただ、何処かで必ず生きておられる。…そう、ずっと言っていた」

「ふーん…?まあ、狂信者達はまだ生存を諦めずに探してるって聞くしね。どっかの国で幽閉されてるとかなんとか、聞いた事があるよ」

「囚われのお姫様なのよね?ヴォルデモート卿も、ノア様を探しているらしいわよ?…何でも、ノア様はかなり優れた魔法使いでもあられたから…」

「まぁ、死喰い人の半数はノア様の信者だったからねぇ…」

 

 

色んな噂が一人歩きしているようだ。

15年も経つんだ、きっと色々言われていると思ったが、なんともまぁ──俺の魅力は尚も健在のようで。

 

 

「同じ名前の、ノア。…お前はノア様について何か知ってる事はあるのかい?」

 

 

アンドロメダが俺を見て笑った。

俺とノア様では全然魅力が違うと言いたげな目だが!この外見もイケメンだぞ!?ブラック家がイケメンパラダイスすぎて基準がおかしくなってるだけだ!

 

 

「そうですね。私は…微かにノア様が生きておられた時の事を覚えています。…歩くだけで全てをインペリオし、その流し目により恋のクルーシオに苦しめられた者が多数居る。──その噂は正しく。何よりも美しい人でしたね」

 

 

自分の事を過大評価するのは恥ずかしい事だろう。

だが、この評価は過大評価でも何でも無い──事実だ!

 

 

「一度でいいから、写真じゃなくて本物を見てみたかったわぁ…」

 

 

アンドロメダは目を輝かせて虚空を見つめる。その脳裏にどんな妄想が巡っているのか…ちょっと開心術しようと思ったけど、乙女の妄想ほど強烈なものはない。マートルの一件で嫌ほどわかっている俺はアンドロメダから視線を外し、ベラトリックスににこりと微笑んだ。 

ベラトリックスは少し目を見開き、青白い頬を染めると紅茶をごくごくと一気飲みした。

 

 

「ルシウスは、ヴォルデモート卿の考えに賛同するのかい?」

「ああ…魔法族が隠れ暮らすのは間違っている。…それに、今の魔法界には…純血を第一に考えない者が多すぎる…ある程度分らせなければならない。…そう、思う」

 

 

 

気を取り直したベラトリックスが話題を戻せば、ルシウスは静かに答える。

ベラトリックスはすっと目を細めてルシウスを見ていたが、満足そうに笑うと無言でまたクッキーに手を伸ばした。

 

 

「父様に言っておくよ。父様は、何度か集会に呼ばれるからね…純血貴族を代表して、ヴォルデモート卿と話す機会があるらしい」

「そうなのか。…ああ、是非頼む」

「お前に借りを作っておくのも悪くない。…将来シシーの旦那になるんだしねぇ?」

 

 

くすくすとベラトリックスは何かを企んでいるような顔で笑う。

ルシウスはナルシッサ(シシー)の名が出て少し表情を硬らせたが、それも瞬き一つでいつものように戻すと「そうだな」と挑戦的な目でベラトリックスを見て笑った。

 

 

「──さて、皆様そろそろ就寝の時間ですよ」

 

 

俺は手を叩き机の上からティーセットを消す。

彼らは壁にかけられた時計を見てもうそんな時間か、と立ち上がりぐっと伸びをする。

 

 

「坊ちゃんは、寝る前に()()()()()をしましょうね?」

「…ああ、わかった」

 

 

机の上に教科書や羊皮紙を出せば、ルシウスは頷き一度上げていた腰をもう一度椅子の上に下ろす。

ベラトリックス達はこんな遅くまで大変だな、という目でルシウスを見たが、1人、また1人と部屋に戻って行く。

談話室には俺とルシウスのみが残り、しん、と静まり返った。

 

 

「さて──」

 

 

俺はルシウスと自分自身を囲うように防音魔法をかける。これで誰かが談話室に戻ってきても黙って勉強しているようにしか見えないだろう。

 

 

 

「ルシウス、そんなに急がなくてもいいんだぜ?」

「申し訳ありません…」

「謝らなくていいって。まぁ、暫くは何も言わなくていい。ベラトリックスの動きを待とう」

「はい。このまま…純血主義を掲げて、ヴォルデモートに賛同を示せば…良いのですね?」

「ああ、頼むよ。ありがとうな」

「はい…。──ノア様!」

「な、何?」

 

 

ルシウスは突然俺に向かって祈るように指を組み、その手を額に押し付けぎゅっと目を閉じた、僅かに手は震えていて、顔色もとても悪い。

 

 

「私はとんでも無い罪を…!ノア様を、──よ、呼び捨てにするなど…!」

「…は?」

「お許しください…!」

「いやいや、俺全然気にしてないから!」

 

 

慌てて言えば、ルシウスは少し表情を緩めたが、それでも自分自身が許せないのかぎこちない表情で俯いてしまう。

うーん、主人してる時は堂々としてるのになぁ。

 

 

「大丈夫、ちゃんとわかってるから。…な?」

「……はい…お慈悲を、ありがとうございます…」

 

 

慈悲とかでは無いのだが、ここでまた違うと言えばルシウスは変に深読みして鬱々としてしまうだろう。俺はルシウスの肩を慰めるようにぽんと叩いたが、その瞬間ルシウスはびくりと震え俺の顔を情けない表情で見た。

 

 

「…さ、もう部屋に行って寝ちまえ」

「はい…おやすみなさいませ、ノア様…」

 

 

俺は周りにかけていた防音魔法を消し、ルシウスに笑いかけてすっと美しくお辞儀をした。

 

 

「おやすみなさいませ、坊ちゃん」

 

 

ルシウスは少し虚をつかれたような目をしたが、小さく頷くと無言で自室へと上がった。

 

 

 

誰もいない事を再度確認して、俺も自室へと戻る。

ベッドの上にある鞄を開き、なんとなく中から日記や指輪──家から持ってきたものを出して並べた。

 

 

「……分霊箱、増えてないよな?」

 

 

なんとなく、どれもぼんやりと魔力を感じる。日記を除き、それなりに力のある秘宝ばかりだからかな。

 

だけど、ヴォルの力を感じるのは、日記と指輪の二つだけだ。何度調べても、それは変わらない。

最後に見たヴォルと、今生きているヴォルの外見の差から何個か分霊箱を作っているものとばかり思っていたが、スリザリンのロケットとレイブンクローの髪飾りにはヴォルの力を感じない。

あの後アブラクサスに調べてもらったが、ヘプジバはまだ在命だ。──おそらく、ハッフルパフのカップもまだ彼女が所有しているのだろう。

他に、ヴォルが分霊箱にする可能性があるものといえば。

 

 

「……まさか、あいつ…」

 

 

血の誓いのペンダントか?

……あり得るな。あのペンダントは、間違いなくヴォルにとって価値のあるものだ。大切に肌身離さず持っているだろうし、可能性は高い。

 

 

俺は、血の誓いを破るつもりは──本心を言えば、したく無い。

だが、俺とヴォルが出会い、交渉が決裂した時、俺はきっとそのペンダントを破壊しなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()つまり──()()()()()だ。

そうなった時、もしペンダントが分霊箱となっていたら──俺の手で、ヴォルの魂の一部を消滅させる事になる。

 

 

それは、嫌なんだよなぁ。

こうやって、分霊箱を集めてみたけど、別に壊したいわけでも、交渉の材料にしたいわけでもない。

ただ、今のヴォルの姿が気になったから、それだけだ。

原作通り分霊箱作りまくってたら蛇面になっているだろうし、そうじゃ無いなら──アブラクサスの言うように、まだ人間らしくイケメンなのだろう。

 

 

「…40歳のヴォルかぁ……めちゃくちゃイケオジになってそう」

 

 

想像も、出来ないが。

どーしても蛇面のお辞儀様が出てきてしまう。愛すべき蛇面。ちょっと抜けてて癇癪持ちの闇の 帝王(俺様)

 

 

「ほんと、どこで何をしてるんだか…」

 

 

俺は黒い日記の表紙を優しく撫でた。──ちなみに、前につけたミネストローネの汚れはまだ残っている。

 

 

 

 



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46 クリスマスは誰と過ごす?

 

クリスマス休暇前、一年生達はようやく一度家へ帰る事ができるその日を心待ちにしていた。特に、一年生はそれが顕著だろう。今まで親元を離れて子供たちと教師だけで長期間の共同生活だなんて経験の無いものが殆どだろうし。

あえて帰らない選択をする者も、勿論居るがルシウスはクリスマスの日に貴族たちとパーティがあるらしくクリスマス休暇は家に帰るらしい。この前リストにちゃんと名前を書いていた。

 

騎士達集めてクリスマスパーティしようか!

と、思ったが、ミネルバは教師としてホグワーツに残らなければならない、うーん、残念だ。

 

 

「校長は家に帰ったりしないんですか?そもそも、家ってあるんですか?」

「わしにとっては、ここが(ホーム)じゃよ」

「へー、賑やかで良いですね」

 

 

俺は普段の変身を解き、校長室で週一のお茶会に付き合っている。

どんな話をするのだろうかと思ったが、わりと当たり障りのない雑談が殆どだった。

たまに、過去を懐かしむように俺とヴォルの学生時代の話をする事もあるが、それぐらいで俺の心は微塵も揺れない。俺にとっては楽しい日々だったからなぁ。

 

 

「ノア、本当にトムの居場所を知らんのか?」

「そうですって。知ってたらこんな面倒臭い事してませんよ」

 

 

用意された紅茶を飲み、俺は肩をすくめる。実際、本当にどこに居るのかわからない。ヴォルが学生時代交流のあったトム・リドルの一団のメンバーとも、緩い付き合いしかして無かったし、エイブリーの子どもが確かいつか入学するはずだ、セブルスと同級生だったっけ?その子が入学したらとりあえず接近するつもりではあるけど。

トム・リドルの一団に会おうと思った事もあったが、そのままの姿を曝け出すのは契約に反するらしく、一回足の骨が粉砕したからなぁ。本当、ただの攻撃じゃ無くて心理的攻撃や、陣営を減らす事も攻撃になるのだから、縛りがきつい。

 

 

「校長は、魔法族の事がマグルに知られるのは否定的なんですか?」

「…上手くいくとは思えんからのう。夢物語じゃよ、マグルに魔族が迫害された歴史を知らないわけでは無いじゃろう?」

「知ってますよ。…けど、まぁ…俺は不可能じゃ無いと思いますけどねぇ」

 

 

そりゃ、ある程度の犠牲と迫害は覚悟しなければならないだろう。自分が持たぬ力を持つものに対し、畏怖するのは仕方がない事だ。

 

 

「でも、その考えを模索していかないと…いずれ、魔法界は間違いなく数十年のうちに周知されますよ」

「…何千年もの間、秘匿されておった。…それが変わるとは思えんがのぅ」

 

 

ダンブルドアは半月メガネの奥の目を輝かせながらたっぷりとした髭を撫でる。

うーん、この人もマグル界の事を全く理解していない。1960年後半ではまだパソコンは名前がようやくで始めたくらいで性能もかなり限定的なものだ。だが、これから半世紀もしないうちにその性能は研ぎ澄まされ一家に一台パソコンを持つようになり、それが携帯電話になり──誰もが情報を一瞬で発信出来るようになる。

 

 

「俺の預言、あたりますよ」

「……そうか」

 

 

ダンブルドアは静かに紅茶を飲む。間違いなく信じて無いな?マジなんだけどな。

時代に取り残される化石になる前に、順応した方が賢いとは思うが。きっと──ここが、魔法族にとっての分岐点なのだろう。

 

 

魔法族(俺たち)も、進化する時が来たんですよ、ダンブルドア先生」

 

 

腕時計を見て約束の30分が終わったのを確認し、俺は立ち上がる。

 

 

「延長は?」

「…いや、また来週」

「はーい、では…また」

 

 

俺は姿を変える。

ダンブルドアは校長室にある肖像画にかかっていたカーテンを外した。視界を遮り音も聞こえないようにしていたそれは、きっと歴代校長達に俺の存在を知らせない為だろう。

…ま、何処から俺の事がバレるかわからないし、別にいいんだけど。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

クリスマス休暇にはルシウスは勿論家に帰る選択をしたため、俺もマルフォイ邸へ戻っていた。執事としてクリスマスパーティに参加しそれとなく顔を見せなければならなかったし、まぁ、純血ばかりのそのパーティでそこかしこで会話されるヴォルデモートに対する評価を聞く事ができて、まぁかなり有意義なパーティだっただろう。

 

クリスマスパーティが終わった後、俺は自宅へ戻った。

 

 

「ただいまー」

 

 

がちゃり、と扉を開ける。

だが帰ってきたのは沈黙だ。

 

薄らと埃が被った廊下を見ながら居間へ向かう。清めてもどうせすぐに元通りだし、──どうでもいいか。

 

 

暖炉に火を灯し、埃っぽい肘掛け椅子に座る。隣の肘掛け椅子は、勿論空席だ。

 

変身を解いて一息つきながら、煌々と燃える火をぼんやりと見ていた。

 

 

暫くそうしていたが、掌をくるりと回し、この家から持ち出していた品々を出し、指を振って元の場所に戻した。──日記だけは、返さなかったけど。

 

 

「…明日は…アブラクサスの所に戻ろうかな」

 

 

ここに居ても、食事は出てこないし、喋り相手が居なくてちょっと寂しいし。16歳のヴォルと喋るっていう手もあるけど、結局食事が出てこないこの家は不便だ。…買いに行くのも、面倒だし。

アブラクサスはいつでも大歓迎!って感じだったしな、むしろ一度家に戻るって言った途端なんか悲しそうにしてたし。

 

 

「…今日は、ここで寝るか…」

 

 

懐かしい我が家。

まぁ、家主の俺は殆どここに居なくて、ヴォルが家主みたいなもんだったけど。

クリスマスくらい、ルシウス達も家族で過ごしたいだろう。さっきまでパーティしてたし、あとはゆっくり家族だけの時間を過ごしてほしい。そこに他人の俺が居るのは、やっぱダメだろう。──クリスマスは家族か恋人と過ごす日だし。

 

 

「……そういや、一人でクリスマス過ごすの初めてだな」

 

 

ホグワーツではヴォルと一緒だったし、卒業してからもヴォルと過ごしていた。別に示し合わしていたわけでも、約束していたわけでも無い。ただ…ヴォルも俺もその日は休みだったし。一緒に過ごす恋人がいたわけでもないし。

 

欠伸を一つこぼし、暖炉の火を消す。パチパチと爆ぜる音が消えたこの場所は、一気に無音になってしまった。

 

 

俺はなんとなく、ヴォルの部屋に向かってそのまま隠し扉を開け地下室へ降りる。

 

ここだけが、空気が澄んでいる。一体どれほど強力な守り魔法と、清め魔法をかけたんだか。

 

白く清潔そうなベッドに寝転び、灰色の天井を見る。部屋の端には絶えず魔法の灯りが灯っていて、ぼんやりと明るい。

俺は暫く、天井を見ていたが──気が付いたら、眠ってしまった。

 

 

 

 

 

夜が深まった時刻。

ノアが静かに寝ているその地下室の扉が開いた。

こつ、こつ、と小さな足音が響き階段をゆっくりと降りる。

 

 

「………ノア」

 

 

十数年ぶりに家を訪れたリドルは、変わらず静かに目を閉じ眠っているノアを見て、ほっと安心したように息を吐き、そのベッドのそばに近付く。

柔らかな眼差しでノアを見つめるその瞳は魔法の灯りを反射し鈍く揺らめいていた。

 

リドルは長い前髪で顔の半分を覆う広い火傷を隠し、闇に紛れるような漆黒のローブを来ていた。白くくすみひとつないノアの頬に触れようとしたリドルは、触れる前にその手を止めたが──そっと、頬を撫でる。

 

 

「…?…温かい……魔法が、切れかけてるのか…」

 

 

リドルがノアにかけた魔法はただの強力な睡眠魔法ではない。その生命活動をほぼ止める──仮死状態にする魔法だった。その頬も、体も、本来なら冷たく生命活動をほぼ停止させている筈だ。

 

リドルは杖を出すと呪文を唱え、15年ぶりにその魔法をかけなおし、満足したように緩く微笑む。

 

 

暫くリドルは眠っているノアの顔をじっと見つめていた。

ここに来て、ノアを見たのは10年以上ぶりだろう。今まではあえて来ないようにしていたが、ようやく──来る事が出来た。

 

 

「もうすぐだ…。もうすぐ、君を目覚めさせる事が出来る…次に来る時は──…」

 

 

リドルの声には紛れもない歪んだ喜びが滲み出ていた。

暫くリドルは眠りにつくノアを見ていたが、夜明けが近づく頃にはその場から溶けて消えるようにして──姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーーっ!!」

 

 

朝…かどうかはわからないが、俺はすっきりと目覚める。ここ窓がないからよくわからないな。

この地下室で寝るつもりは無かったけど、気がついたら寝ちゃってたなぁ。…いや、だってこのマットレスめちゃくちゃいいのだと思う。ふわふわなのに柔らか過ぎず体を包み込む…!ホグワーツのベッドは安物なのか、いまいちだったからなぁ。

 

 

俺は身体を起こしぐっと両腕を上に伸ばした。欠伸を噛み殺し、涙が滲んだ目を擦りながら──思わず失笑する。

 

 

「…どんな夢なんだよ」

 

 

クリスマスの夜に、ヴォルがここに来る夢を見た。

前髪が片方やけに長くて、その切間からは火傷の痕がちらりと見えていたけど。──ああ、確かに男前だったなぁ、ヴォルが成長すると、ああなるんだ。

 

 

ヴォルは俺を起こす事も何もせずただ、俺の頬を撫でてなんか魔法かけて出て行った。

よくわからない夢だ。きっと、クリスマスの日にヴォルとずっと一緒だったと、寝る前に考えていたからあんな夢を見たんだろう。

 

 

「…守り魔法かけてなかったらまた眠らされてたな……ま、夢だけど」

 

 

 

俺は苦笑し、そのままマルフォイ邸へ姿現しをした。

 

 

 



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47 ノア・ゾグラフという男

 

俺とルシウスの一年目は特に大きな問題も無く終わった。

…どれだけハリーが毎年やばかったのか良く分かるな。…いや、この世界のハリーはどうなるのかわからないけどさ。

しかし、ホグワーツ内で問題が無いだけで世間はゆっくりと闇に覆われていっていると言えるだろう。

ヴォルデモート率いる死喰い人達の思想は最早魔法省の手に追えないほど広がり、それに感化され枷の外れた流れ者や無法者がマグルを吊るし虐殺を繰り広げていた。各国の闇祓いが捕まえたとしても、末端も末端。中にはヴォルを見た事が無いだけではなく、死喰い人ですら無い者までいた。

彼らは抑圧された世界に不満を持ち、グリンデルバルドが成せなかった願いをヴォルに託しているのかもしれない。

 

グリンデルバルドは政治の面から魔法省や魔法連合を乗っ取り牛耳ろうとしたが、失敗に終わった。

ヴォルはきっと、全く別の組織と仕組みを作ろうとしているのだろう。添え置きの組織や人間には興味がなく、多勢を引き連れ新たな組織を作ろうとしている。

魔法省は所詮公務員であり、群衆の民意をある程度は聞かなければならないから、まぁ…これ以上民間人の声が大きくなれば無視できなくなるだろうなぁ。まじで国くらい作ってしまいそうな勢いだ。

 

マグルを擁護し、ヴォルデモート卿を批判する声は、不審死が乱立する中で潜められて行く。これ、ヴォルが世界を牛耳ったら将来マグルと結婚する事禁止しそうだな。

 

 

「ヴォル、今のお前は混血でありながら頂点に立ち魔法界を変えようとしてるんだけどさ、それって上手くいくと思う?」

「無理じゃないかな。…なんで今の僕はそれを隠してないんだろう。時期が来たら…トム・リドルという人間を消すつもりだったのに」

 

 

ホグワーツで与えられている自室で16歳のヴォルと話し合う。一人でもやもや考えているより、こうして誰かと意見を交わす方が思考が纏まりやすい。

本当のヴォルを知っているのは俺だけだから、騎士達にも相談出来ないし。

ヴォルはベッドに座り、その長い足を組みながら嫌そうに顔を歪める。ヴォルにとって自分が混血と言うのは恥ずべき事で、なによりも隠したい事のはずだ。

学生時代は隠せるものでもなく、ある程度ヴォル──トム・リドルを知っているものなら、彼がマグルの孤児院で暮らしている事を知っている。混血だとは知らないにしても…察する事はできる。魔法界の孤児院ではなく、マグルの孤児院にいるのだ、親のどちらかがマグルなのだろうと。

 

 

「だよなぁ、ヴォルって純血思想だろ?」

「…そうだよ」

 

 

混血のヴォルにこの事を聞くのはちょっと嫌味っぽかったかな?ヴォルは低い声で呟いて視線を床に落としたが、俺は気にせずヴォルの隣に座り顔を覗き込む。

 

 

「何で、今のヴォルは混血やマグル生まれを許容してるんだと思う?」

「………ノアのせいじゃないかな」

「は?俺?」

 

 

ヴォルの口から出た言葉に──ちょっと意味が理解できず首を傾げた。俺のせい?何でまた、…いやいや、それは、()()()()()()()。だが、まさか、とすぐにその考えを消した事だ。

ヴォルは睫毛一本一本見れそうな距離で俺を見つめ、嗤うように囁く。

 

 

「わからない?……本当に?」

「……」

「ノア、君っていつもそうだよね。…気付いているのに分からないフリでとぼけてすぐに誤魔化す。…全てにおいて深い関わりを避ける。子どものような責任逃れをする。…誰も隣に立たせようとしない、手を伸ばさない、踏み込ませない!……だから、僕が()()()()()()()()

 

 

ヴォルは微笑んでいたけれど。

目と言葉は冷たく俺を射抜いた。

 

めちゃくちゃ刺さった。刺さりまくって血吐きそう。きっと俺の顔は血の気がひいている事だろう、ヴォルは俺の傷付いた表情を見て笑みを深める。

 

 

「……やっぱ、俺のせいか」

「わかってたんでしょ?」

 

 

ヴォルの目を見れず、そのまま無言で後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。ぎしりとベッドが悲鳴を上げたが、そんな事気にする余裕もなく、俺は手で顔を覆う。

 

 

わかっていた、見て見ぬふりをしていた。

ヴォルにとって、俺は間違いなく特別な存在だった。それを否定するのは馬鹿らしいだろう。眠らされる時に、ヴォルは()を苦しめるものは全部なくしてあげる。そう、言っていた。

その言葉は、魔法族を守る言葉でも何でも無い、深読みせず──愚直なまでそのままの意味だった。

 

ヴォルデモート卿である彼にとって、混血とマグル生まれを許容する未来は本来は無かった。

だが──俺が居たから。マグル生まれの俺を生かす為に、ヴォルは世界を彼が思う正しい姿に変えようと思っている。

俺の意志に叛いて、俺の気持ちがわからずに。ああ、それも、当たり前だ。

 

 

俺はヴォルと全てを語り合う事は無かった、ヴォルはきっと俺の知っているヴォルデモート卿ではもう無くなり、勝手に輝かしい未来を──二人でホグワーツの教師になる未来を勝手に夢見ていた。浮き足立っていた。

 

俺は、ヴォルの心の闇を本当の意味で理解できていなかったし、──しようとも、思わなかった。

 

ずっと隣に居た、誰よりも長い時間、隣に。

けれど、俺は一度だって、()()()()()()()()()()()()()

たった1人の幼馴染にすら()()()()()()()()()()

俺は、ヴォルの友人では無かった。

 

 

だって、そんなの。

 

 

「俺は──」

 

 

ノア・ゾグラフ()では無いから。

ヴォルが気に入っているこの外見も、人々が羨む能力も、騎士達が敬愛する俺と言う存在は()()()()()()()()

 

ノア・ゾグラフという1人の男の皮を被った、ただの平凡な男なんだ。

 

 

勿論、ヴォルはたった1人の幼馴染で、騎士達は仲間だ。

だが、そう。俺にとって彼らは──それだけだ。

メイソンが死んで、悲しかった。後悔もある。それは紛れもない事実だ。だが一方で心を狂わせ怒り狂うほどでは無かった。

どこかで、俺はまだ自分が異物なのだと、理解し、誰とも深い付き合いを避け、心を開かなかった。──ヴォルにさえ。

 

 

だから、ヴォルは、ああなってしまった。

1人の人間として、ヴォルと向かい合っていなかったから。ヴォルは、狂い壊れた。守れるのは──救えるのは、多分、俺だけだったんだ。彼の闇を知っていて、それでいて離れる事の無い俺だけがトム・リドルという少年を救えた。ちゃんと本心を曝け出せる程の関係になれる未来だって、きっとあったんだ。

だが、俺はその可能性がある時にその分岐点を見逃し──見ようとしなかった。

 

ヴォルにとって俺は、幼馴染であり、ただ1人のノア・ゾグラフという男だった。

だが、俺にとってヴォルはハリポタ世界にいるノア・ゾグラフの幼馴染だった。

 

ヴォルにとってこの世界は紛れもなく本物だ。…当たり前だ、彼はこの世界に生きている。だが、俺にとってこの世界は…──。

 

 

「……ほんと、俺は馬鹿だな」

「今更?ノアはずっと馬鹿だったよ」

 

 

ヴォルはとても楽しげに笑った。

 

 

「……ああ、わかってる。…もう、同じ過ちはしない。俺は──俺は、ヴォルと向き合うよ、俺の本音を言う」

「…本音って?」

 

 

俺は顔から手を退けて、楽しげに細められたヴォルの目を見た。

 

俺は、静かに16歳のヴォルにそれを伝える。

 

 

「…それは…うん、…今の僕は聞きたくないかもね」

 

 

ヴォルは目を見開き──苦しげに笑った。

 

手遅れだと思うよ。

そう、ヴォルは呟いたが、俺の気持ちは変わらない。

 

きっと、そうだ、ヴォルの言う通り、何もかも起こってしまった後で、全くもって手遅れだ。

だが、俺はヴォルに伝えなければならない。

 

確かな決意を込める、早く、ヴォルに会わないと。

 

 

 

 



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48 過去の記憶

2年目が始まった。

ルシウスは学年トップの成績を収め、スリザリン生からの評価を上げつつ、交友関係を広めていった。

まぁ、由緒正しい純血一族であるルシウスの評価は元々かなり高かったが。

1年目とあまり変わりのない日々を過ごしていたが、その中でも僅かに変化はある。

変わった事といえば、ルシウスの将来のお嫁さんであるナルシッサが入学した事だろう。とても愛らしく可愛い少女と、美しいルシウス。2人が座ってるだけでまじで絵画かな?って思うほどの圧倒的な美!

 

そこに、紅茶を渡すイケメン執事の俺が加われば、ただの談話室が一気に華やかになる。

 

ルシウスは決められた許嫁であるナルシッサの事を、とても優しい目で見つめていた。多分、普通に愛してるんだと思う。決められた結婚だとしても、その2人の間に確かな愛があるのだと、俺は知っている。

 

──いや、違う、駄目だ。

 

 

俺は幸せそうにゆったりとした時間を楽しんでいるルシウスとナルシッサを見てそう思ったが、内心ですぐにこの考えを否定した。

 

 

駄目だ、()()()()()()()()()()()

彼らは今を生きている、俺の知っている人とは別だ、情報に引っ張られるな!ちゃんと、1人の人間として、見ないと──。

 

 

「ノア?」

「──、申し訳ありません、坊ちゃん」

 

 

ルシウスの怪訝な声にハッとして笑みを作り、空になったカップに向かって指を振り紅茶を注ぐ。ルシウスも、俺がこんなミスをするのは珍しいと思ったのか少しだけ心配そうに目を揺らせたが、2人きりでない今、俺に気遣う声をかける事は出来ない。

 

 

頭を下げる俺に、ルシウスは何も言わずにナルシッサとの会話に意識を戻した。

 

 

駄目だ、ちゃんと俺は今を生きる。

そう、ヴォルと話した時に決めたんだ。

 

16歳の記憶であるヴォルに突きつけられた言葉と、紛れもない事実──俺の過ち。

 

俺は彼らがこの世界の登場人物だから──その未来を知っている。

ルシウスとナルシッサの間には愛があり、将来生まれるドラコを愛し慈しむのだと、知っている。

だけど、それが、俺の過ちだ。

俺はこの世界に生きる彼らを知っているあまりに──本当の彼らを見てなかった。

 

俺が持つ情報とは、既に乖離した世界だ。それもわかっている、だがどうしても知っているキャラクターを見ると「この人の性格はこうだ」とわかってしまう。それが、駄目な事だと、ヴォルと話していて、ようやく理解した。

俺は、ヴォルをもっと──理解しないといけない。

 

 

「…坊ちゃん、ダンブルドア校長に呼ばれておりまして…少し、失礼しても?」

「……構わない」

「申し訳ありません。すぐに、戻ります。──ナルシッサお嬢様、失礼致します」

「ええ」

 

 

俺は2人に深々と頭を下げ、踵を返す。

そのままの足で校長室まで向かい、ガーゴイルに合言葉を告げる。その先に現れた螺旋階段を駆け上がり、扉を開けた。

 

 

「ダンブルドア校長、聞きたいことがあります」

「なんだね、ノア。…急ぎかな?」

 

 

奥にある机に座り何やら事務仕事、だろうか?羊皮紙に目を落とし羽ペンを動かしていたダンブルドアは視線を上げると眼鏡の奥の目をきらりと光らせる。

 

俺は指を振り、校長室にある肖像画にカーテンをかけ遮断すると姿を元に戻した。

ダンブルドアと2人きりの時は、こうして姿を現している。まぁ、俺なりに偽るつもりはないという、誠意を見せているつもりだ。

 

 

「ヴォルの事を教えて欲しいんです。…俺が眠らされてから…ヴォルは、あなたに会いにきてませんか?」

 

 

机の前に立ち、ダンブルドアを見下ろす。

ダンブルドアは探るような視線を俺に向け、暫く沈黙したあと「一度、来たのぅ」と顎髭を摩りながら答えた。

 

 

「じゃが、それを知って何になる?」

「それは──…」

 

 

俺は言葉を止め、深く息を吐いた。

少し、力無く笑う。俺がこんな顔をするのが珍しいのか、ダンブルドアは目を瞬かせた。

 

 

「何にも、ならないかもしれません。──ただ、俺はヴォルと向き合うと、決めたので」

「……いいじゃろう」

「ありがとうございます!」

 

 

険しい顔をしてるから、無理かなって思ってたけどダンブルドアはゆっくりと頷いてくれた。嬉しくてぱっと笑顔を見せたが、ダンブルドアは硬い表情のまま立ち上がる。

 

 

「わしは、確かに一度…10年前に、トムとここで会った。しかし──その時の記憶を見せるのならば、ノア、君の記憶も、わしに見せてくれるかね?」

「…俺の、記憶?」

「ああ、そうじゃ」

 

 

ダンブルドアは校長室の中央にある低い机に向かって杖を振り、憂いの篩とクリスタルの小瓶を出現させた後、俺をじっと見つめた。

 

俺の、記憶。

──間違いなく、ヴォルに関わる事だろう。

そして、内容によっては俺の身体を傷付けかねない。

 

 

「どの、記憶ですか?」

 

 

ダンブルドアは押し黙った。

おそらく、彼の中で幾つも知りたい記憶はあるのだろう。その中で何を優先すべきか──その冴え渡る頭脳で考えているんだろうな。

どの記憶だろ、普通に家で過ごしてる記憶とか、ヴォルの付き人時代の記憶ならいいんだけど。あー学生時代のバジリスク(オロチマル)騒ぎの事なら困る。分霊箱に関わる記憶だったら流石に無理だ。

 

 

「…君がトムに眠らされて居たと証明出来る記憶を」

「え?」

 

 

眠らされた記憶。つまりマグルに撃たれてから次の日までの記憶か。いや、別に良いけど。その流れは既に会った時に説明したよな?

何でそれが最優先する記憶なんだ。

 

──あ、成程。

 

 

「ダンブルドア校長、俺が…ヴォルのスパイだと思ってたんですね」

 

 

俺の頭脳はすぐに結論を出す。

言葉で何を言おうと、この人は俺を一度も信用して居ないんだ。ホグワーツにいる許可を出したのも、やっぱり見張るためだったのか。

 

ダンブルドアは否定も肯定もせず沈黙したままだったが、まぁ、──沈黙は肯定である、って、この人とゲームした時にわかった事だ。

 

 

「良いですよ」

 

 

俺はクルリと手を回し、クリスタルの空き瓶を出現させる。そのまま指先をこめかみに当て、ゆっくりと引き抜いた。

 

 

「あ、一回寝てるので…記憶は分割されてます。…ついでに、本当に15年間寝ていた証拠に起きた後の記憶もおまけにつけましょう」

「…言っておくが、細工をすれば──」

「はは、分かってますよ、──取引に細工するほど俺は愚かじゃない」

 

 

真剣なダンブルドアの声に俺は苦笑する。

マグルに撃たれてから家に帰って寝るまで、起きてからヴォルに眠らされるまで、目覚めてから騎士達に会うまでの記憶を小瓶に詰めコルク栓をしっかり閉めた後、ダンブルドアに投げ渡した。

 

ダンブルドアはしっかりとそれを受け取り、手のひらに収まった小瓶の中で渦を巻く銀色の靄を見つめる。

 

 

「先に、俺の記憶から見てください」

「…ノア、君も共に見なさい」

「え?何で。…自分が撃たれるところとか2度も見たくないんですけど…」

 

 

この時のミスが原因だし。と喉の奥でもごもごと呟けば、ダンブルドアはさらりと「わしが覗いている間、君がここで何をするかわからないじゃろう」と答える。

いっそ清々しいほど信頼のかけらもない俺への対応に、肩をすくめため息をつく。

うーん、こんなに嫌われるの普通に心に刺さる。

 

俺はダンブルドアの隣に立ち、憂いの篩を見下ろす。渦を巻いたその中に、ダンブルドアはゆっくりと俺の記憶を注ぎ込んだ。

 

 

「ノア、先に入りなさい」

「…はいはい」

 

 

俺は屈み込み、篩の中で波打っている銀色の物質に顔を沈めた。

途端に体が引き込まれ──俺は、路地裏に立って居た。

すぐに隣にダンブルドアが現れ、少しも見落しの無いように注意深く辺りを観察する。

 

 

「ここは?」

「マグル界の路地裏ですよ」

 

 

微かな足音が二つ聞こえ、それが近づきすぐに走りながらヴォルの手を掴んでいる俺とヴォルが現れる。

 

苦笑いする俺と、めんどくさそうな表情をするヴォル。──この時はあんな事になると思ってなかったなぁ。

 

足を止めた俺とヴォルの後ろから、すぐに目をぎらつかせた女性が現れた。この人さえいなければ、あんな事にならなかったのに、と──思わず暗い感情が俺の胸に浮かんだ。

 

 

『──ノア!!』

『あー…』

 

 

喚く女性と宥めようとする俺、苛立ちを隠せず嫌そうな顔をしてるヴォル。

ダンブルドアと俺はそれを静かに見つめていた。

 

乾いた発砲音が複数響き、俺の胸から鮮血が流れる。ぐらりと体が傾く俺の後ろで、ヴォルが目を見開き杖を掲げ死の呪文を放った。

 

 

『ノア!!』

 

 

俺の身体をヴォルが支える。

その顔は蒼白で、支えた時に手についた俺の血を見て顔を強張らせた。目に映るのは──焦燥感だろうか?…必死な声で俺を呼ぶヴォル。…そんな顔してたんだな。

 

 

『──帰る、ぞ』

 

 

俺は女性の死体と血を消して姿をくらます。その途端周りの風景が自宅の居間へと変わった。

俺を支えたヴォルはソファに俺を座らせると、血の気の引いて死人のような顔の俺を心配そうに見ていた。

 

その後俺は少しヴォルと会話をして気絶するように眠る。また、場面が変わり、今度は寝室へと移動した。

 

 

「…ノア、君とトムは共に暮らしていたのか」

「…ええ、卒業してからずっと」

 

 

ダンブルドアは俺を何か言いたげな目で見たが何も言わずにベッドに眠っている俺と、ベッド脇の椅子に座り上半身をベッドに乗せて眠っているヴォルを見た。

 

眠っていた俺が起きて、頭を押さえる。暫く痛そうに眉を寄せていた俺は水の入ったグラスを出現させ飲みながらヴォルの寝顔を物珍しげに見ていた。

 

あー、たしかに、ヴォルの寝顔ってあんまり見たことないなぁ。ホグワーツでも同じ部屋だったけど、勿論ベッドは別だしいつもカーテンが引かれてたし。

 

少ししてヴォルが身じろぎをして覚醒し、俺に声をかけられた途端、切羽詰まったような表情で俺を抱きしめる。

 

 

『心配した?』

『…っ…当たり前だ!丸一日、目が覚めなくて…!』

『え?そんなに?寝過ぎたなぁ』

 

 

いや、俺客観的に見たら酷いやつだな!

全然深刻そうにしてないけど、ヴォルの表情やばいぞ、まじで、何でこの時の俺はこんなに飄々としてるんだ!…いや、まぁ…怪我治ってたし、うん。ヴォルがそんなに──心配してくれるなんて思ってなかったし。

 

ヴォルの表情は、見ているこっちが申し訳なくなる程顔色が悪いし俺のことを心から心配していたんだろう事が読み取れる。

抱きしめられてるせいで見れなかったけど、…この顔をあの時見てたらなぁ。

 

 

その後ヴォルと俺は暫く話していたが、ヴォルは食事を作るために部屋を出て行き、暫くして戻ってきた。

俺は渡された料理を食べ、進められるままに薬を飲む。

 

俺はベッドの上に倒れ込み、暫く眠気と格闘し、なんとかヴォルに訴えかけていたが、睡眠魔法により、ついに眠りに落ちた。

ヴォルは満足気な狂気が宿る目で笑い──そうして場面はまた暗転する。

 

 

その後俺は再び目覚め、家の中を歩き回りヴォルを探していたが諦めたように騎士達を呼び出す。

現れた騎士達は戸惑った目で俺を見ながら、何があったのかを話していた。

 

 

「──もうそろそろ終わりますよ」

「…ああ、戻ろう」

 

 

俺が言えば、静かにダンブルドアは頷く。

俺たちは無意識の中を上昇し、校長室に戻った。

 

憂いの篩。初めて入ったけど──なかなか良いな。客観的に記憶を見るのは、確かに有意義だ。それが俺にとって辛い記憶でも、その時はわからなかった事を知る事が出来る。

 

 

「…ご感想は?」

 

 

くるりとダンブルドアに向き合い、おどけたように言えばダンブルドアは篩から俺の記憶を抜き出ししっかりと小瓶の中に戻した後で俺を見た。

 

 

「…確かに、ノアの言葉に嘘は無かったようじゃ」

「ええ、勿論です」

「トムは…本当に、君の事を大切に思っていたようじゃな……。君のために、世界を変えようとする程に」

 

 

ダンブルドアが低く呟いた言葉には、悲しげな色が含まれていた。

全てを敵に回しても、ヴォルは俺だけは離れないと微塵も疑っていない。

だから、ヴォルは今世界を変えようと──それが俺の望みでは無いと知らずに、心を攻撃しているとわからずに──する事ができる。

 

 

「そうですね。…俺たちなら世界を変える事だって出来る──そう、思っていた時期もありました」

「今は、思っていないと?」

「いいえ、今でも思ってますよ。きっと出来ます。…けど、出来る事と、望む事はまた別でしょう?」

 

 

ダンブルドアは、少し微笑んで目を伏せた。

彼が何を──誰を思ってるのかは、まぁ俺はわかる。けれどこの考え方は駄目だ、本心はこの人のものなのだから。

 

 

「──そうじゃな」

「…校長の記憶を、見せてください」

「ああ…。10年ほど前、トムがわしを訪ねてここに来た──その時の記憶じゃ」

 

 

ダンブルドアは小瓶を開け、中に銀色の物質を流し込む。

渦を巻いた篩に向かって手を広げ「さあ」と俺を促した。

 

 

俺は、先程のように身を屈め記憶の渦の中に身を委ねた。

 

 

 



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49 それぞれの分岐点

 

着いた先は、今と変わらない校長室だった。…いや、物の配置が少し違うかな?

 

机の向こう側にはダンブルドアが座っていて、誰かを──ヴォルを待っている。

その後ろにある窓の外は暗く、ちらちらと雪が降っているのが見えた。外の窓枠には雪が沢山積もっている。

 

辺りを見回したけれど、ダンブルドアは俺の隣には現れない。…まあ、1人で見る事に異論はないかな。別に。

 

少しして扉を叩く音が聞こえた。

 

 

「お入り」

 

 

ダンブルドアが扉に向かって言えば、静かに扉が開き──ヴォルが現れた。

 

 

「──あ?」

 

 

ヴォルのその姿は、俺が寝ている時に見た夢の姿によく似ていた。今現れたヴォルの方が若いが、それでも──似ている。

あれはただの夢だと思っていたけど、実際は…予知?だったのか?

 

 

ヴォルは黒く長いマントを纏い、その肩に白い雪をうっすらと乗せている。…雨とか避ける魔法使えば良いのに。

 

顔色はなんか悪いけど、イケメン度合いは変わらずで、最後に見た姿のままで年相応のイケメンに成長している。10年前って事は、30歳くらいか。

顔の半分を隠すように黒い仮面をつけていて、なんとも──雰囲気のあるダークサイド主人公のようだ。どこぞの怪人だよ。

 

アブラクサスの話では火傷のような跡を隠してるって言ってたっけ。…うーん、今は見えないな。

 

 

「こんばんは、トム。掛けるがよい」

「ありがとうございます」

 

 

ヴォルはダンブルドアが示した椅子に座り、目の前にいるダンブルドアを見据えた。ダンブルドアは寛いだ様子で柔和に微笑む。

 

 

「…貴方が校長になられたと聞きました。素晴らしい人選です」

「君が賛成してくれて嬉しい。──何か飲み物はどうかね?」

「いただきます。…遠くから参りましたので」

 

 

ヴォルは立ち上がり棚に向かうダンブルドアを横目で見ていたが何もせず、ただ座って待っていた。

差し出されたワインの入ったゴブレットを受け取り、静かに口をつける。うーん…絵になる!

 

 

「それで、トム…どんな用件でお訪ねくださったのかな?」

「…私はもうトムとは呼ばれていません。この頃私の名は──」

「君が、なんと言われているかは知っておる。しかし、わしにとっては、きみはずっとトム・リドルなのじゃ。気分を害するかもしれぬが、これは年寄りの教師にありがちな癖でのう。生徒達の若い頃を完全に忘れる事は出来んのじゃ」

 

 

ダンブルドアは笑いながらヴォルに乾杯するようにゴブレットを掲げた。ヴォルは目を細め、無言のまま少しだけゴブレットを上げる。

無表情だがわかる、ヴォルはめちゃくちゃ機嫌が悪くなってる。

トム・リドルと言う名前が昔から大嫌いだったヴォルにとって、ダンブルドアのこの言葉は受け入れ難い事だろうなぁ。…それに、会話の主導権を握られたっぽいし。

流石のヴォルも、ダンブルドアの交渉術には敵わないか?

 

 

「貴方がこれほど長くここにとどまっている事に、驚いています。貴方ほどの魔法使いが、なぜ学校を去りたいと思わないのか、いつも不思議に思っていました」

「さよう。わしのような魔法使いにとって1番大切な事は、昔からの技を伝え、若い才能を磨く手助けをする事じゃ。わしの記憶が正しければ、君もかつて教えることに惹かれた事があったのう」

「今でもそうです」

「そうか…。…トム、君とノアが…同時期に教師になるのではないかと思っておった時期もあったのじゃが…ノアはまだ見つかっていないのかね?」

「──ええ」

 

 

ヴォルはワインを一口飲み、視線を落とした。

そういや、この時期は行方不明者扱いだったっけ?目の前にいる俺を行方不明にした張本人は、涼しい顔で沈黙している。

 

 

「あれ程教師に憧れ、研修期間を終え──後は書類にサインするだけじゃった。…何故ノアが考えを改めたのか、トム、君にはわかるかのう?」

「…ノアは、不相応だと思ったからだ、と…私に伝えましたが。…そのように言ったのではないでしょうか?」

「おお、その通りじゃ。その言葉に違和感を──トム、君は抱かなかったのかね?」

 

 

ダンブルドアは楽し気に微笑み、ヴォルを見つめる。ヴォルは暫し沈黙した後、無表情のまま首を傾げた。

 

 

「──いえ、特には」

「そうかの?わしは、ノアらしくない言葉だと思ったが…。あの子が、自分に不相応な事があると考える慎ましい性格をしているかね?」

 

 

教員を断りにダンブルドアの前に現れたのは間違いなくポリジュース薬を飲んで俺に変わったヴォルだからな!違和感を抱くのは当たり前だけどさ、なんか酷くね?褒められてるのか貶されてるのかわかんねぇなこれ。

俺だって少しくらい慎ましくする事だって……いや、無かったか。

 

 

「……さあ、私にはわかりません。…彼が戻ってきた時にお聞きになればいいのではないでしょうか」

「ほう。トム、君はノアの生存を信じているんじゃな?巷ではもう…誠に残念な事に、亡くなったのだと囁かれておるが」

「ええ、ノアは生きています。…きっと」

 

 

初めてヴォルは口先だけで微笑んだ。

いや、生きてるってか眠ってるけどな。

 

 

「ダンブルドア。…私は戻ってきました。ディペット校長が期待したよりは遅かったかもしれませんが…この城に戻って教えさせていただきたいと、あなたにお願いするためにやってまいりました。ここ数年、私はノアを捜索しながら──多くの事を成し遂げ、見聞しました。私は、生徒達に他の魔法使いからは得られない事を示し、教える事ができるでしょう」

 

 

ヴォルのお願いは、教職に就く事だった。

…やっぱり、まだそれを思っていたのか。ってことは、断られたからその代わりに死喰い人の勢力を拡大するプランに変えたのか?

 

 

「そうかもしれんな」

「私の知識と、私の才能を、貴方の手に委ねます。──教師として、戻る事をお許しくださいますか?…貴方の指揮に、従います」

「すると、君が指揮する者たちはどうなるのかね?──死喰い人、と称する者たちはどうなるのかね?」

 

 

ダンブルドアは眉を吊り上げ、厳しい目でヴォルを見る。

あ、既に死喰い人の存在を知っているのか。ヴォルが予想外だって顔をしてるから、多分…まだ、あんま広まってはないのかな?

 

 

「私の友達は──」

 

 

ヴォルは沈黙した。

と、友達って言葉がこれほど似合わないのはヴォルだけだぞ!──友達、うん、いや……俺が何か言う資格は無いか。

 

 

「私がいなくても、やっていけます」

「その者たちを友達と考えているのは喜ばしい。むしろ、召使いの地位では無いかという印象を持っておったのじゃが」

「間違っています」

 

 

当たってます、ビンゴです。

ヴォルは即座に反論したけど、どう見てもダンブルドアは信じてなさそうだった。

 

 

「さすれば、今夜ホッグズ・ヘッドを訪れても、そういう集団はおらんのじゃな?まさに、献身的な友達じゃ。雪の夜を、君と共に──彼らにとって、ノアは尊敬の対象ではあったが親しくは無かったじゃろう。そんなノアのために、これほどの長旅をするとは、わしは夢にも思わんかったよ」

「…勿論、彼らはノアと親しくはありませんでした。…ただ、──ノアという存在は心を捕らえて離れないものでしょう?彼らは何年経とうとも、ノアを信じているのです…生きていると」

 

 

えーと。

マルシベール達のことだよな?あいつら俺に心酔してたっけ?…いつも顔を合わせたら真っ赤な顔であわあわしてたけど、それは基本的にどの人たちもデフォだからなぁ。…正直あんま喋った事ないけど。…なんかヴォルが吹き込んでそうな雰囲気はあるな、これ。

 

 

「率直に話そうぞ。互いにわかってる事じゃが、望んでもおらぬ仕事を求めるために、腹心の部下を引き連れて、君が今夜ここに訪れたのは何故なのじゃ?」

 

 

ダンブルドアは空のグラスを置き、椅子に座り直して、両手の指先を組み合わせヴォルを見つめる。今まで見せていた微笑みを消した、疑い深く真剣そのものの表情だ。

だが、ヴォルはダンブルドアの言葉に冷ややかな視線を向け、少し驚いたように首を傾げる。

 

 

「私が望んでない?…とんでもありません。私は、強く望んでいます」

「ああ、君はホグワーツに戻りたいとおもっておるのじゃ。しかし、18歳の時も今も、君は教えたいなどとは思っておらぬ」

「それは──」

 

 

ヴォルは言葉を止めて、ゴブレットを机に置き、縁を指で撫でた。

 

 

「…そうですね。──ああ、そうかもしれません」

 

 

わりとあっさりとヴォルは認めた。

ダンブルドアは、まさかヴォルが認めるとは思っていなかったのだろう、怪訝な表情で片眉を上げてヴォルの真意を読み取ろうとじっとヴォルを見つめる。

 

 

「ノアにも、──昔、言われました。教師になりたいのなら、ホグワーツに拘らなくても良いのではないかと。…ですが、私は…この学校で教えたいのです。ここに居たいと…そう、…強く思っているのは事実です」

「……それは、何故じゃ」

「…貴方が私に仕事をくださるつもりがあるなら──」

「そのつもりは勿論ない。それに、わしが受け入れるという期待を君が持ったとは、全く考えられぬ。にも関わらず、君はやってきて頼んだ。何か目的があるに違いない」

「……、…」

 

 

ヴォルはゴブレットを見ていた視線をゆっくりと上げ、ダンブルドアを見据える。

小さくため息にも似た吐息を吐くと立ち上がり、冷ややかな目でダンブルドアを見下ろす。

 

 

「…他に何か言うことは?」

「何も無い」

「では、互いに何も言う事はない」

「…いかにも、何もない」

 

 

ダンブルドアのきっぱりとした低い声に、交渉の決裂がはっきりと示されていた。

ヴォルは無言で背を向け扉の方へ歩み寄る。

ダンブルドアは、どこか悲痛な、辛そうな目でヴォルを見ていた。

 

 

「──トム、もし、今でもノアが君のそばに居たのなら…わしはそう思うよ」

 

 

ヴォルは扉のノブに手を伸ばしかけていたが、ふと手を止めると振り返る事なく呟いた。

 

 

「そばに、居るさ」

 

 

静かな声はダンブルドアの耳にも届いたのだろう、ダンブルドアは目を見開き、「まさか──」と驚愕を滲ませたが、ヴォルは黙って扉を開け出て行ってしまった。

成程、このヴォルの最後の一言のせいで、俺はダンブルドアにずっと疑われていたんだな。どう見ても実はこっそり暗躍してますって感じの言葉だもんな、まさかベッドで眠り姫だとは思わねぇよな!

 

 

 

俺は無意識の中を上昇し、校長室に戻る。

 

身体を上げて、目を瞬かせれば、なんとも言えぬ表情でダンブルドアが俺を見ていた。

 

 

 

「さて、ノア…感想は?」

「うーん。ヴォルの最後の一言めちゃくちゃ余計ですよね」

 

 

苦笑すれば、ダンブルドアは同じように笑う。

 

 

「あの言葉を聞き、わしは君がトムと一緒だと思っていたのじゃ」

「まぁ、それは仕方ないですよ」

 

 

俺は椅子に座り、ダンブルドアを見上げる。

ダンブルドアは憂いの篩から記憶を戻すと棚の中に大切に仕舞った後、机を挟んだ反対側の椅子に座った。

 

手には、記憶の中で見たゴブレットと同じものをもっている。きっと、ワインが入っているんだろう。

 

 

「飲むかね?」

「どーも、いただきます。遠いところから来てないですけどね」

 

 

やっぱりワイン入ってた。

記憶見てたら飲みたいなって思ったから良いけどさ!その人のジョークはブラック過ぎてなんとも反応に困るんだよ!俺みたいな可愛いジョークにしてくれ!

 

 

「10年くらい前から、既に死喰い人は居て、ヴォルは活動をしていたんですか?」

「世界を周り闇深い魔術を得ておったのは事実じゃが…目立った活動は、当時はまだしてなかったのう。…あの会合の後、トムは更に世界中を巡り──己の理念を説き、賛同者を募り、ノアの狂信者を手中に入れたのじゃ」

「教師にしてあげればよかったのに」

 

 

ワインを一口飲んで言えば、ダンブルドアは厳しい目で俺を見る。その目はそんな事出来るわけがないだろうと、ありありと訴えていた。

 

 

「闇深い魔法ばかり得ている者を、ホグワーツに置くと思うかね?」

「んー。でも。校長の前でそれ程大きな活動しないと思いますけどねぇ。…裏で何しでかすかわかったものじゃないので、まぁ…うん、校長の考えもわからないでもないですが」

「…わしは、15年前なら…トムをここにおいてもいいと、考えていた。君と2人ならば、構わないと…」

 

 

ダンブルドアは悲しげな目で俺を見る。

俺は小さく笑って、ワインを飲んだ。

 

少しのズレで、こうも未来が変わってしまうなんて誰が想像しただろうか。ヴォルも、俺を眠らせなければよかったのになぁ。

 

暫く、何となく気まずい沈黙が流れる。

 

 

「ノア、君はトムが何故わしに頼んだのか、わかるかね?」

「んー…」

 

 

静かな問いかけに、俺は少し考える。

何故、ヴォルが叶えられないと分かっていて、わざわざダンブルドアの元に向かったのか。

俺は、少し前はホグワーツにレイブンクローの髪飾りを隠すつもりなんだと思っていた。だが、あの髪飾りは家にあった。つまり、願いにきた理由は──ひとつだけ、俺には分かる。

だが、その事をこの人に言ってわかるとも思えない、この人は俺たちの関係を知らないし、俺たちもそれを周りには見せなかった。

だから、まぁ俺が伝えるのはこの言葉だ。この言葉も、真実には近いだろう。

 

 

「真意なんて、無かったんですよ」

「…何?」

「ヴォルは、本当に…ホグワーツに戻るのを強く望んでいました。それに、まだギリギリ不可能では無いと、思っていたのかもしれませんよ。…最後の賭けだったのかもしれませんね」

 

 

俺の言葉を、ダンブルドアは理解できただろう。顔中に驚愕と、少しの後悔が広がる。

──もし、本当にただ教師になりたかった、ホグワーツに戻りたかっただけなら。

 

 

「…それは──なら、…わしは…」

「…俺にとっての分岐点は、学生時代でした。もっとヴォルと話し合うべきで…その機会を逃した。あなたにとっての分岐点は、きっとその日だった」

「…わしは、…間違ってしまったのか」

 

 

ダンブルドアは深く椅子に座り込み、眼鏡の奥の瞳を揺らせた。

何故か小さなただの老人に見えるその人を、俺はじっと見つめる。

 

 

間違いだった、かもしれない。

だが、それを責める事は出来ない。

何故なら、この人も俺と同じで──トム・リドルという人間を理解していないからだ。学生時代から…いや、孤児院で初めて会った日からの疑念を晴らすことが出来ず、心の奥に棘のように残り、どうしても懐疑的な目でヴォルを見てしまい、慎重に慎重を重ねてしまう。

それに、ヴォルは俺以外の他人には一切本当の姿を見せなかったのだから、──この人だけが悪いわけでは無い。

 

悪いのはきっと、──俺なのだから。

 

ただ、あの時にダンブルドアが頷けば、ヴォルは俺をすぐに目覚めさせただろう。

共に教師になり、ホグワーツで過ごし──まぁ、中から若くて純粋で無垢な魔法使い達を闇に引き込んで勢力拡大しようとしていたのかもしれない。

ただ、その隣には俺がいるのなら…それが俺の為にならないと、ヴォルは分かっただろう。

 

 

「さあ、わかりません。俺の話も想像でしかありませんからね」

 

 

ダンブルドアは無言で、ワインを一口飲んだ。この言葉が慰めにもならないと、ダンブルドアはわかっているのだろう。俺も、この人を慰めるつもりは無かった。

 

 

俺はヴォルの目的をわかっている。

ヴォルはただホグワーツに戻りたかったから、あの日ダンブルドアを訪ねたわけではない。

俺が──俺が教師になるのを強く望んでいたから。

俺の願いを叶えることのできる最後のチャンスだと、ヴォルはあの時思ったのだろう。

ヴォルにとって、俺を眠らせてからそのことだけが引っかかっていたのかもしれない。

 

 

空になったゴブレットを見て、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 



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50 何の日?

 

2年目のルシウスの学生生活が終わりに向かう頃、なんでもない休日の昼間に俺はベインに呼び出された。

いや、ベインが俺を呼んでいることが腕輪を通して分かったと言うべきだろう、何かあったのかとすぐにベインの元へ姿現しをする。

 

着いた場所は──どこだろ、全く見覚えのない場所だったが、座標はベインに固定していたため気絶する事なくベインの目の前に現れる事が出来た。

 

 

「どうした?」

 

 

事務所、のようなその個室にはベインしかいない。机の上には沢山の本や羊皮紙が積み上げられ雑然としている。部屋の両脇には書棚があり沢山の本が詰め込まれ、一つある丸テーブルの上には…なんか祭殿みたいに俺の写真が祀られていた。なんだこれ。

 

べインは俺が急に現れて驚いていたがすぐに真剣な顔で俺を見た。

 

 

「ノア。…ヴォルデモート卿が動いたんだ。まだ…これを知ってるのは魔法省職員のごく僅かだと思う。僕も──ちょっとしたツテがあって、ついさっき知ったんだけど…」

「…何があった?」

 

 

ベインは不安げな表情をすると、重々しいため息を一つこぼし額を抑える。

 

 

「ヴォルデモート卿が、国際魔法使い連盟に国際魔法使い機密保持法の撤廃の要求を出したんだ。期限は──1月11日」

「…大体半年後か…。…でも、グリンデルバルドの二の舞になるんじゃないのか?」

「僕もそう思うし、上層部もそう考えている。ただ──」

「…声明を出す事に意味があるのか…。各国に散らばる同士を纏めて…道標を指したのか」

 

 

ベインは肘掛け椅子に座り込むと、唸り声ともため息ともとれない吐息を吐いて脚の上で拳を作る。

 

 

「そう、だろうね。…否定するのなら各国に散らばる同士を煽って──戦争を本格的にはじめるつもりだ。むしろ、その口実作りだろう」

 

 

賛同しないのであれば、武力行使し、戦火を広げる。ヴォルも、幾ら軍事力があるとはいえ世界に散らばる死喰い人を一人でまとめ上げることは出来ない、上層部はともかく、末端の者は崇高な思想を持つ鍛えられた兵士でもなんでもない、ただ不満を燻らせ暴れたい無法者だ。──それでも、個人の力は微弱でも、それが集まれば大きなものになり、争いは争いを呼ぶ、一度広まった炎を鎮火させるのは容易では無いだろう。

 

 

「半年後、か…」

 

 

やばい。思ったより期間が短い。

考えさせないようにする為なのか?たった半年で世界が変わるわけがない。──いや、きっとその半年の間に痺れを切らせた魔法省がヴォルや死喰い人達を捕まえようと躍起になればなるほど、さらにそれを火種に反発し死を呼ぶ事になる。…そこまで、考えているんだろうなぁ。

 

 

「多分、それまでに…ヴォルデモート卿を止めなければ──もう……」

 

 

ベインは辛そうな顔で握りしめた自分の拳を見ていた。

その先を言わなくてもわかる。

一度死喰い人との全面戦争が開始されれば、数多の命が失われ歯止めが効かなくなる。

ヴォルは、魔法界に混乱を招きたいんだろうな、混乱した中で強い力を持つ者が現れ先導すれば──どうすればいいのかわからない人は、従う事しか出来なくなる。自分の家族や友を守る為に、ヴォルデモートの傘下に降る者が爆発的に増えるだろう。

ヴォルは、仲間の家族には手を下さない、らしいし。そしてその数が増加すれば、拒絶の声は更に小さくなる。

 

 

「…ヴォルが活動するなら、間違いなくイギリスだろうな。死喰い人の数も…他国と比べて多いし」

「うん…ヴォルデモート卿の勢力は──その、…ノアの信者の分布と同じだからね」

「…そうだろうな。──半年後か…」

 

 

俺は机に身を寄せ、少し考える。

俺が、ヴォルの立場なら──間違いなくこの半年の間にさらに勢力を拡大しようとする。力をより強固なものにし、一切反論させないように。闇をより深め、広める。

 

 

なら、きっと──。

 

 

 

「…間違いなく、ルシウスは──マルフォイ家はもう一度誘われるはずだ。ヴォルは純血に特別な感情を持っている。マルフォイ家はヴォルデモートに反抗する純血一族ではなく、今は中立だ。その血を絶やすことは…望まないはずだ。…ホグワーツには他の純血も居る…大きな集会があるだろうな」

「うん…。…その、ポッター家は、最近…ダンブルドア派…不死鳥の騎士団に属したんだ。──多分、半年後…どんな未来になっても、ポッター家は…滅ぶ」

 

 

ヴォルの要望が聞き入れられ、法律が変わったとしても、反乱分子は粛清されるだろう。

ヴォルの要望が棄却され、戦争が始まっても──結局、同じ事だ。

 

 

辛そうに眉を寄せ、肩を震わせるベインを見て、俺は──かけるべき言葉が見つからない。ベインは、守る、俺がこの手で。だが──ポッター家全ては守ることが出来ない。

死にゆく未来にポッター家は必死に抵抗するだろう、だが、それも──多勢に無勢だ。いずれ、終わりが来る。

 

ベインの家と幼いジェームズ・ポッターを守った時は、まだヴォルに対してその子どもはポッター家の者ではあったが脅威では無かった。しかし、今──ポッター家の者を守ることは、俺には出来ない。

 

 

半年後。

 

 

運命のその日までに、俺はヴォルと出会い──話をしたところで、今更、止められるのだろうか。

 

 

記憶体のヴォルが、「もう、手遅れだ」と言っていた言葉の意味を、俺は深く理解した。

 

 

たとえ──もし、本人は微塵も考えていないだろうが──ヴォルデモート卿が失脚したとしても、世界に広まった火は直ぐには鎮火されない。今、ヴォルデモートはただの殺戮者では無いのだ、きっとそれすらも口実に──今度は別の誰かが声を上げるだろう。

たとえ、ダンブルドアがどれほどの力を持っていても──彼はただ世論に反抗する市民を殺すことは出来ない。

 

 

「俺が、何とかしないと…」

 

 

そう呟けば、ベインは立ち上がりそっと俺の前に跪き俺の手を取った。

驚いてベインを見下ろす。彼は──今までこうやって、自分から俺には触れなかった。

 

 

「ノア。…僕の大切な人。──全てを1人で背負わないで。僕は…僕たち騎士は、いつでもノアの側にいる。ノアの…君の理解者にはなれないだろう、でも……君は、独りじゃないんだ」

 

 

真剣なその声に、俺の胸の奥にぐっと熱いものが込み上げてきた。

ああ、そうだ。──俺は独りではないと、彼等は強く思ってくれている。

 

心を完全に曝け出しているわけではないと、ベイン達も薄ら気がついているのだろう。それでも、彼らはこうして──正しい言葉を俺に向けてくれる。…俺が、あいつにかけられなかった言葉だ。

 

 

「…ありがとう、ベイン」

 

 

ベインは照れたように笑うとすぐに手を離し「ノアに、触っちゃった…」とぽつりと呟き、自分の掌を見つめていた。うーん、いい大人なのに目がキラキラして少年みたいだ。

 

ベインは照れを誤魔化すようにパッと立ち上がると「でも、まさか1月11日にするなんてね」と話題を急に変えた。

 

俺はベインの言葉に首を傾げる。その日は…何かあったっけ?イギリスの創立記念日でも無いし、何か大きなイベントがある日では無い。ギリギリポッキーアンドプリッツの日でも無いし。あー日本では鏡開きの日だっけ?鏡餅なんてヴォルが知ってるわけ…無いよな。

 

 

不思議そうな顔をする俺に、ベインは信じられないような目で俺を見た。

 

 

「まさか──気付いてないのかい?」

「え?鏡開き?」

「かがみびらき?…なんだって?」

 

 

ベインの怪訝な顔を見ると、どうやら鏡開きでは無いようだ。うん、当たり前だよな。いやーでも無病息災を願う行事だぜ?俺やったこと無いけど。

 

 

「誕生日でしょう?」

「誰の?」

「誰のって…ノア、君のだよ。そんな素晴らしい日を忘れるなんて、多分この世界でノアだけだよ、今でも世界中でファンの祝祭が開かれてるよ」

「……まじかよ」

 

 

いや、まじで?

 

祝祭が開かれてる事にも驚きだが、ヴォルがその日を選んだ事にも普通にびびる。

なんつー日を選んだんだ。俺の誕生日。ノアの誕生日か、普通に忘れてたわ。だってその誕生日は、ノア・ゾグラフの誕生日であり──本当の俺の誕生日では無い。

 

この体の──ノア・ゾグラフの両親が殺された後、警察が俺について調べた資料が孤児院先に送られ、1月11日が俺の誕生日なのだと知った。孤児院では入所する子どもの誕生日、その子どもにだけ小さなカップケーキが用意されていた。勿論あまり裕福ではない孤児院だ、それが精一杯なのだろう。

プレゼントのひとつも無かった為──まぁ子ども達は俺に手作りのおもちゃとかその辺の花とかくれたけど──俺にとってその日は誕生日というよりも、カップケーキを食べる日だった。

 

うん、そういや、そうだ。

俺の誕生日だ。

 

 

なんで、ヴォルはわざわざその日を指定したのか。

めちゃくちゃロマンチストなのか、そんな事一切興味ありませんみたいな顔してて?

たしかに、その日は一応形式のように「誕生日おめでとう」とは言ってくれたけど、それだけだったよな。

 

ただロマンチストだからその日を指定したなんて馬鹿な事はないだろう。ヴォルらしくもない!

 

死喰い人のノア派の士気を高める為だろうな、彼らにとってその日は意味のある特別な日だ。その日に世界を変える──ああ!なんつー喜劇だ!

 

 

──いや、まさか。

 

 

ひとつの考えが浮かび、俺は頭を抱えた。

 

 

 

「……あり得る…」

「え?…どうしたんだい?」

「……いや…なんでもない」 

 

 

ベインに向かって手を振り、俺は後ろに手をつき天井を見上げた。

 

 

「ロマンチストかよ…」

 

 

もしくは、とんだペテン師だ。

 

 

何のことかわからないベインは、困惑した表情をしていたが、それに構う余裕はなかった。

 

 

 



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51 世界は動き出した

ヴォルデモート卿が国際魔法使い機密保持法の撤廃の要求を出した事は数日後には魔法界全土に広がっていた。

日刊預言者新聞は連日ヴォルデモート卿の事について有る事無い事を書き、人々の興奮と不安を煽っている。

(ノア)の事も書かれているその記事は、九割は嘘ばかりだったな。

なんか俺はヴォルのロマンス相手って感じで書かれていて、ヴォルは美しき恋人を失った悲しき男みたいに書かれてるけどこれ見て誰が喜ぶんだ?一部の女性陣か??

 

 

俺とヴォルとの関係はともかく。

今までヴォルはその理念を掲げてはいたが、公の場に立ち宣言することは無かった、しかし正式に発表され指針が示された今、魔法界はヴォルを支持する魔法界に不満を持ちマグルを嫌う者が暴動を起こし混乱している。

まぁ、その暴動を収めるのが魔法省ではなく、なぜか死喰い人であるところを見ると──その暴動すら計算されたものである事は明確だ。

 

各国の魔法省は民間人から上がる賛同の声を出来る限り抑えようとするものの──その数は膨大であり、抑えることが出来ない。そもそも思想を持つ事は自由であり、声を上げる民間人は犯罪者ではない。

人々に冷静になるようには告げるが、ただそれだけしか出来ない。魔法省は苦渋の判断でヴォルに国際魔法使い連盟の選挙に出ないかと持ちかけたらしいが、ヴォルは何も答えなかった。グリンデルバルドの二の舞になるつもりは無いのだろう。まぁ、麒麟がヴォルにお辞儀するとは思えないな、うん。

 

魔法族達の中で、最も神聖な魔法生物であり、純粋そのものである麒麟は魂の本質を見る。良き魂の持ち主には、お辞儀をして服従を示す。

大昔には、麒麟に魔法界の指導者を選ばせていたらしい。今でも魔法族達は麒麟を神聖な生き物として崇め、愛している。

 

ヴォルはお辞儀されないとわかっているから、政治の中に身を置くつもりが無いんだろうな、麒麟にそっぽ向かれたら一気に風向きが変わっちゃいそうだし。

 

 

 

「ノアさん、生徒達の間でも動揺が広まっています…やはり、マグル生まれの者は特に…」

「そうだろうな。1月11日を境に…世界はどうしても、揺れるからなぁ…」

 

 

ミネルバは深刻な表情をして、胸の前で組んだ手を強く握る。

実際、マグル生まれや混血の立場はどう足掻いても危ういものになるだろう。それを感情に敏感な子どもたちは、周りからの視線と大人の雰囲気で感じ取ってしまっている。

 

ミネルバの研究室にある肘掛け椅子に座りため息をこぼす。

あの日からダンブルドアはたびたび学校から姿を消している、おそらく、魔法省か国際魔法使い連盟に呼び出されているのだろう。俺以外でヴォルデモート卿を止められるのは、グリンデルバルドを倒した偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアしか居ないと誰もが思っている。

しかし、ダンブルドアが動けるのは──少なくとも、ヴォルが世界に向けて攻撃を仕掛けてからだ。

ヴォルは国際魔法使い機密保持法に、反する思想を持ち集会を開いているが、まだマグル界には表向きには手を出していない。意味のない殺人を行っていない。──つまり、捕らえられる理由がない。

 

完全に潔白ではない、限りなく黒に近いグレー。

しかし、ヴォルを支持する声が多い今、あやふやで軽微な理由でヴォルを捉えれば暴動が起きかねない。

 

 

 

「ミネルバは、生徒達のケアを頼む。…ダンブルドアは今日、居ないよな?」

「はい…魔法省に呼ばれたようです」

「やっぱり?朝食の時もいなかったもんな」

 

 

ダンブルドアとも話したいが、機会がなかなか無い。

──いや、ダンブルドアが意図的に俺を避けているとも言えるだろう。

俺がヴォルのスパイでは無いと理解しているが、かと言って俺はダンブルドアの思想に賛同していない。どちらかといえばヴォルが掲げる思想に近い俺に、身の内を晒さないつもりなんだろうな。

 

 

「…ノアさん。…この前、マートルの娘が…噂を聞いたのですが」

「ルカが?」

「ええ…。レイブンクロー生の純血一族出身の者が…死喰い人の集会に誘われたらしい、と…」

「やっぱりそうなるよなぁ…」

 

 

保守的な老人達を納得されるより、若くまだ何もわからない子どもたちを洗脳する方が簡単だもんな。

レイブンクローに居る純血一族が誘われたのなら、ルシウスが誘われるのも時間の問題だろう。

 

 

「…ちょっと探るか…またな、ミネルバ」

「はい…ノアさん、お気をつけて」

「ははっ!…そうだな、気をつけるよ。──ミネルバも、気をつけてな」

 

 

ミネルバの静かな言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

俺に、気をつけて、だなんて。

そんな言葉かけるのはミネルバだけだろう。その優しさが、初めてかけられた言葉が、なんだかこそばゆい。

 

 

俺はミネルバの研究室からスリザリンの談話室へと向かう。合言葉を告げて入れば、談話室の中央にあるソファにベラトリックス達ブラック家の者と、ルシウス、他にも有数の純血一族達が勢揃いしていた。

 

いつものようにルシウスの後ろに向かい、静かに立つ。ルシウスはチラリと俺を見たが何も言わず、ベラトリックス達は俺に気付くと不自然に「じゃあ」と言って話を中断しそれぞれの自室に戻った。

ナルシッサは、どこか不安げな顔でちらちらとルシウスを見ていたが、二人の姉に手を引かれてしまえば振り払う事は出来ずそのまま姿を消す。

 

生徒がまばらになった談話室で、ルシウスはぐっと唇を噛む。

 

 

「──坊ちゃん、紅茶をいれましょうか?」

「…ああ…」

 

 

他の生徒の目がある前では、俺はあくまでルシウスの執事だ。彼もそれがわかっているから、何も言えない。

 

俺は窓の外に広がる夜空を見上げる。

湖の地下にあるスリザリン寮でも、外の風景を見る事が出来る様に一つの大窓には魔法がかかり外の景色と連動している。

星が瞬くその窓には、眩い満月が薄雲と共に浮かんでいる。

 

 

俺は魔法でティーセットを出し、ルシウスの前に置いた。

そして、一息ついて時を止め、姿を元に戻す。

 

 

ぴたり、とルシウスはカップに手を伸ばした途中で動きを止めた。

俺はルシウスの隣に座り、伸ばされていた右手をするりと握る。

 

途端にルシウスはびくりと肩を震わせ、驚愕に目を見開き俺を見上げた。

 

 

「ノ、ノア様?」

「大丈夫、今この世界で動いているのは俺とルシウスだけだ」

「え…?」

 

 

ルシウスは俺と握っている手を見て頬を一気に赤く染めあわあわとしていたが、俺の言葉に困惑すると辺りを見渡した。

話している者も笑顔を見せたままぴたりと止まり、談話室の奥で教科書と羊皮紙を広げ勉強している者はペン先を羊皮紙につけたまま固まっている。

ルシウスは、息を飲みどこか──恐々と、俺を見た。

流石に、びっくりさせちゃったか。世界を止めるなんて、きっと俺にしか出来ないだろうし。

 

 

「大丈夫、すぐに戻るから。──さっき、ベラトリックス達に何を聞いた?」

「…死喰い人の集会に、誘われました。1月11日(來る日)の前に、純血一族達を全て手中に引き込むつもりでしょう。…勿論、不死鳥の騎士団に属する一族は誘わないようですが」

「そうか…。詳細は?」

「はい…マルフォイ家次期当主として参加するよう、ベラトリックスに言われました。おそらく…父上は拒絶するだろうと思ってのことでしょう。名家の子ども達のみが集められ、ヴォルデモート卿も直々に現れる、と。──強制ではない、と言っていましたが…」

「実質、強制みたいなもんだな」

 

 

子どもしか集められないのは、純血一族の中に潜む 不死鳥の騎士団(スパイ)を警戒しているのだろう。まだ成人もしていない子どもならば、万が一何かあっても対応は容易だしなぁ。新たに集められるのは子どもだけでも、すでに死喰い人になっている大人も呼ばれるだろう。

その集会に参加すること自体が、ヴォルの思想に共感を示す事になり、逃れる事は──難しいだろうな。

まぁ、純血一族で、ヴォルの行動に否定的では無い子どもたちは特に深く考えず参加するだろうし、彼らの保護者もそれを喜び否定しないだろう。ヴォルの勢いを見て静観していた彼らは「我が一族はこれで安泰」とでも思っているんだろうな。

 

 

「ルシウス、その日は?」

「8月1日です」

「…そうか」

 

 

丁度ホグワーツは夏休みだ。子ども達はダンブルドアの監視と加護から外れる事になるその期間。

きっと、そうだろうとは思っていた。数日後に修了式があり、生徒達は家へ戻る。加護から離れた若き魔法使いと魔女達を、ヴォルが逃す事はない。

 

 

「…夏休み、家に帰ってから騎士達と話し合うか…」

「…はい…私は、ノア様に従います」

「……ありがとう、ルシウス」

 

 

ルシウスは顔を赤くしたまま微笑み、首を振った。まだ三年生にもなってない子どもだ、こんな子供を巻き込んでしまって──正直、俺の決断が正しかったのか、自信がない。

ルシウスや騎士達は、絶対不幸にはなってほしくない。誰よりも幸せなまま、過ごしてほしい。

 

 

「そろそろ時間だ。世界を進める」

「…はい」

 

 

俺はルシウスの頷きを見た後、手を離した。

ルシウスは俺を見たまま動きを止める。

少しだけ──世界の誰も、何も俺を見ていないこのわずかな時間に俺は深いため息をつく。

 

 

「…どうすれば、いいんだ…俺に──俺が、そうするしか無いのか…?」

 

 

誰にも吐けない弱音をこぼす。

俺は、先人達の叡智が詰まった思考と、唯一無二の力がある。ヴォルの宣言により未来は変わり、俺の脳は幾つか答えを指し示した。

 

だが、どれを選んでも俺の、望みでは無い。

 

修正が効かないほど、この世界はハリー・ポッターという世界から乖離してしまったのだろう。

 

それなら、俺はその導き出された答え達の中で──俺が納得のいく世界を示さなければならない。

 

 

「…ああ…これは、俺の──」

 

 

唐突に理解し、ソファの背に体を預け、四肢を投げ出す。

これは、ハリー・ポッターの世界では無い。

俺が恋焦がれた偶像の中にあるキラキラと輝く夢のような、お伽噺の世界では無い。

人が確かに生きて、憎しみや悲しみが蔓延り、生々しい人間の感情が剥き出しになっている、それでいて懸命に生きる人の息吹が美しい、紛れもなくリアルな世界だ。

 

そして、今この世界は──。

 

 

「──ノア・ゾグラフの物語なんだな」

 

 

世界すらも認識できないその呟きを吐き、俺は立ち上がりルシウスの後ろに回る。

 

 

ぐっと目を閉じた後、俺はいつものように──ルシウスの執事として姿を変え、目を開き、世界を動かした。

 

 

 

 



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52 愛

 

 

明日から2ヶ月間の夏休みが始まる。

生徒たちはホグワーツでの朝食を取り、汽車の出発時間までに荷物をまとめる為に足早にそれぞれの寮へ向かった。

 

俺も、少ないとはいえ与えられた個室に荷物があり、それを片付ける為に校長室へ向かう。

 

 

「ノア、座りなさい。…30分、時間を買ってもいいかね?」

「…えー俺忙しいんだけどなぁ…」

 

 

校長室に入れば、待ち構えていたダンブルドアがすでに部屋の中央に机や椅子、それにいつものティーセットを出していた。歴代の校長の肖像画にも、しっかりとカーテンが引かれている。

まぁ、夏休みになる前に少し話したい気持ちもあったし…いいか。

ダンブルドアの目に射抜かれて、肩を少し上げ「まいどありー」と呟き対面する椅子に座った。

 

 

「最近、忙しかったようですね?」

「…そうじゃのう」

 

 

紅茶の良い匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

この人が用意してくれる紅茶は中々に高級なものばかりで、菓子も美味しい。

 

 

「ノア…君は──正しい道を歩めるのか?」

「……俺はいつも正しい道を歩んでますよ?」

 

 

温かい紅茶を飲み、少し笑う。

ダンブルドアは気難しい顔をしたまま「そうか」と呟いた。

容易な道ではなく、正しい道を。俺はこの先に歩んでいくつもりだ。

 

 

「ダンブルドア。…一度、動き出した世界は止める事は出来ません。…あなたは、どうしますか?」

「…誰もが平穏に過ごせる世界ならば…否定はせんよ。…だが、それを叶える為には──()()が必要不可欠じゃ。容易では無い」

「…犠牲……。…貴方のいう()()が何を意味するのか、わかりませんが。……まぁ、大丈夫ですよ」

 

 

用意されていたチョコを食べる。やけに苦いな、これ。

ダンブルドアは悲しげな目で俺を見つめ、その美しい瞳を翳らせる。この人は保守的だが、愚かな人では無い。

数多くある未来を考えた時に、この世界の秩序と平和を守る為に何が犠牲になるのか分かっているのだろう。何よりも世界に対して、隣人たちに対して正しくあろうとするこの人の道もまた、平坦なものでは無かった。

 

正しい道を進む為には──沢山の命と、続いていたはずの未来が終わると、ダンブルドアは考えているんだ、きっと。

大きな戦争を予見しているのは、何もこの人だけでは無い。だからこそ、ダンブルドアや魔法省、不死鳥の騎士団は隣人の平和の為に争っているんだろうな。

 

だが、この人は俺の力の全てを知っているわけではない。──ヴォルも、知らないだろうけど。

 

 

「犠牲は1人で…すみますから」

「…何を──まさか」

 

 

ダンブルドアは目を見開き息を呑んだ。

彼は、誰をその脳に思い浮かべたんだろうなぁ。まあ、察することは出来るけど。

 

 

「しかし…()()したところで、戦火は止まるとは思えん。先導者を失った群衆は、混乱し新たな災いを呼び起こすだけじゃ」

「はは!…誰の事を考えたんですか?俺はヴォルを殺せませんよ、そんなの、したくないし」

「……ノア、君が──?」

「さぁね。どうでしょう?──さて、俺はもう行きます。時間の残りは…そうですね、また次回に貸しで。金も後日でいいですよ?」

 

 

残っていた紅茶を飲み干し、俺は指を振る。

俺の自室の扉が開き、中からトランクケースがふわりと現れる。持ち手を掴み、険しい表情をするダンブルドアに微笑みかける。

 

 

「また、会えるのかのう」

「会えますよ。貴方とのお茶会は嫌いでは無いし。──きっとね」

 

 

俺は少し頭を下げ、それ以上は何も言わず校長室を後にした。

早くルシウスの所に行かないとなぁ、ご主人サマに支度をさせるなんて、マルフォイ家の執事失格だ!

自分の荷物を消し、とりあえずマルフォイ邸の玄関に転送して、直ぐにスリザリン寮へ向かった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

キングズ・クロス駅に着いた俺はすぐにルシウスの手を掴みマルフォイ邸まで姿現しをして帰る。

家に入るまでは俺はルシウスの執事だ、ちゃんと扉を開けて頭を下げれば、ルシウスは少し顎をつんと上げいつもの涼しい顔で屋敷の中に入った。

 

ぱたん、と扉を閉め、俺は姿を元に戻す。

ルシウスは振り返るとさっと俺の手から自分のトランクを掴んだ。

 

 

「ノア様!すみません、持たせてしまって…」

「別にこれくらいいいのに。部屋まで運ぶぜ?」

「いいえ!そんな事…私が自分で…」

「はいはい、わかった!じゃあ大広間に行っとくからさ、後でこいよ?」

「はい、わかりました」

 

 

ルシウスは重そうなトランクケースを持ちながら俺に深々と頭を下げ、階段を駆け上がった。

 

大広間に行けば、既に大広間の中央にある大きな長机の席に着き、俺の騎士達が待ち構えていた。…ミネルバ到着早くね?教師なのにさっさと帰ってきていいもんなの?

 

 

「ノア様…ヴォルデモート卿が──もう、知ってますよね?」

 

 

椅子に座っていたマートルは不安げな声で俺に聞く。

俺は空白の上座にいつものように座り、硬い表情をする騎士達を見渡した。

ヴォルは、自分の配下に道を示した。

なら、俺も──彼らに道を示すのが道理だろう。

 

 

「まぁな。…ルシウスが、死喰い人の集会に誘われた。純血一族の子どもばかりが集められる集会だ。…ま、将来を見越しての投資だな」

「…ルシウスが…」

 

 

アブラクサスは難しい顔をして、机の上に乗せていた自分の手をじっと見つめた。

喜んでいいのか、その表情は複雑で──まぁ、自分の息子が任務を達成したとはいえ、これからする事はかなり危険なものになる、と、思ってるんだろうなぁ。

 

 

「大丈夫。ルシウスに手出しはさせない」

「…ありがとうございます」

「礼を言われる事じゃねぇよ。…俺の我儘に、付き合ってくれてるんだ、本当に…ありがとう」

「いえ。…私たちは、ノアさん。あなたの騎士です」

 

 

マクゴナガルは静かに言うと、少しだけ微笑んだ。アブラクサスやベイン、マートルも頷き、確かな信頼の眼差しを俺に向ける。

 

ガチャリ、と扉が開く音がしてそちらを見れば、荷物を片付け終わったルシウスが驚いたように──騎士達が揃ってるとは思わなかったのかもしれない──目を瞬かせ、慌てて扉を閉めようとした。

 

 

「すみません、部屋に──」

「いい、ルシウス。お前も座れ」

「は…はい…」

 

 

部屋に戻りかけていたルシウスは体を小さく縮こめながらアブラクサスの隣におずおずと座る。この大人ばかりの空間に自分がいていいのか、少し不安そうだった。

 

 

「8月1日に、俺はルシウスと集会に参加する。その時、ヴォル──ヴォルデモート卿もいるって話だ。その日にヴォルデモート卿と話して……俺は、彼の答えによっては──賛同するつもりだ」

「賛同…ですか」

「ああ、魔法界の存在をマグル界に知らしめる。…だけど、俺はマグル達を支配し、奴隷のように扱うつもりは無い。世界で魔法の存在を隠す事なく、当然の個性として受け入れる。そんな世界を目指す」

「…、…マグル達は、僕らを本当に受け入れるかな?魔法を恐れて、迫害…とか…」

 

 

ベインは不安げに呟く。

数の多いマグルに対し、俺たち魔法使いは力を持つが、弱い。力を持たぬ群衆でも、集まればそれなりの影響力を持つことは確かだ。

 

 

「…俺なら、可能だ。多分、俺にしかできない。──まぁ、ヴォルも同じような事を考えてそうだけどな──俺は、俺が持つ全ての力を使って、世界を掌握する」

「…世界を…」

「実質、世界征服だな。魔法界も、マグル界も…全て」

 

 

しん、と空気が張り詰められた。

流石の騎士達も本当にそんな事が出来るのかと思っているんだろう。

まぁ、世界征服だなんて誰も達成した事ないってか、考えないよな。そんな馬鹿げた夢物語は子どものうちに卒業するもんだ。

 

だけど、勿論世界全てを掌握するのは容易ではないかも知れない。どの程度反乱因子がいるのかも、蓋を開けてみないと──こればっかりはその時になってみないと分からない。

俺は世界最強の魔法使いだ。不可能は、無い。けれど、俺が考える計画に──俺の命の安否は含まれていない。

俺のチート能力頼りきりの計画だからなぁ、これがダメなら俺は普通に…犯罪者になるし。それもグリンデルバルド越えの。

ああ、でも…俺は本当は世界を変えるつもりも、神様になるつもりもなかったのになぁ。

 

 

「俺は出来る。だけど…勿論、お前達に強制はしない。着いてこいとは、言えない。世界の答えによっては犯罪集団となる可能性もある。…それぞれの立場があるし、家族がいるだろ?ある程度の反発も覚悟の上だ。血は流さないつもりだけど──」

「ノア様、我らは方舟の騎士。──それを名乗ってから、ずっと貴方様のみに忠誠を誓っています」

 

 

アブラクサスは俺の言葉を遮り、よく通る静かな声で言った。

その目にうつるのは、確かな覚悟か、それとも──。

 

 

「うん、ノア。…ここまで来て僕らを置いていかないで。僕らはずっと君の騎士だ。周りに何を言われようと、側にいるって…ずっと前から決めてるよ」

「ノア様!私は、あなたに命を──心を救われてから、ずっと恩返しをしたいと思っていました!それが叶うのなら、どうぞ…私を騎士として、側に置いて下さい!」

「ノアさん。今更ですよ。私たちはずっと──忠実な騎士です」

 

 

アブラクサス、ベイン、マートル、ミネルバは笑っていた。

子供ではない彼らは、これから何が待っているのか──わからないわけではないだろう。だが、それでも騎士達は、いつまで経っても俺を信じ、側にいる。

ヴォルのところにいる死喰い人になってしまった狂信者との違いは、これだろう。

4人は、俺を神聖化し、敬愛し、信頼しているが──ずっと側にいる。何があっても裏切らない魂の騎士。

 

 

「…ありがとう。アブラクサス、ベイン、マートル、ミネルバ…」

「いえ、当たり前のことですよ。…ですが、ノアさん。もし、ヴォルデモート卿がノアさんの考えに同意しなければ──どうするのですか?」

 

 

ミネルバの言葉に俺は少し黙った。

まぁ、その可能性もあるだろう。ヴォルは俺とあっても意見を変えずマグル界の制圧を臨むかもしれない。だが──ヴォルの計画には間違いなく、俺の力が必要だ。俺が賛同しないとわかれば、また俺を眠らせて俺になりきり世界を変えようとするだろう。

けど、それは俺に対しての()()になる。どれだけ違うと思い込もうとも、俺と対話した後で──俺の気持ちを聞いた後では誓いが発動し、ヴォルを縛る。

 

 

「…その時は、血の誓いを解かなきゃなぁ」

「ヴォルデモート卿と、戦うのですね」

「んー。…やりたくないけどな、大切な奴だし」

 

 

いかん。あんまり考えちゃダメだ。なんか腕と首元が苦しくなってきたし。

 

 

「ノアは…。…ヴォルデモート卿を愛しているの?」

 

 

ベインがぽつりと聞いた。

マートルは口元を隠しながら「当然でしょう!」とベインに囁く、いや、お前が何言ってんだ。

 

ヴォルを愛してるか?…って、そんなの。

 

 

「──そうだな、多分、そうだ」

「まぁ!ですよね!?」

「マートル、喜んでるとこ悪いけど、そういう事じゃなくてだな…。うーん…親愛とか…兄弟愛に、近い…のかな、なんか言葉にするの難しいけどさ」

 

 

多分、そうなんだろう。

俺がここまでヴォルを止めたいと思うのも、昔一緒に住んで1番心が平穏だったのも、そこにはヴォルに対しての愛があるからだ。

 

 

なんか残念そうなマートルはともかく、アブラクサス達は納得したような表情をしていた。彼らにも愛する人はいる。それは伴侶だったり友人だったり、俺だったりするだろう。それを守り、側に居たい気持ちはきっとわかるはずだ。

 

 

「俺は、お前たちの事も──愛してるぜ?」

 

 

ヴォルだけじゃない。

たしかにヴォルは俺にとって特別、だけど。

その次には騎士達の事を大切に思って愛している。

言葉にしなければ伝わらない、と嫌と言うほど学んでいた俺は騎士達を見て笑いながら言った。

 

 

「うぅ!!」

「ぐはっ!」

「し、心臓がっ!」

「くっ…!──はっ!ノアさん、だ、ダメです!ルシウスが気絶しましたよ!?」

 

 

途端、騎士達は胸を押さえて机の上に突っ伏した。ぴくぴくと震えるアブラクサス達だったが、ミネルバが胸を押さえ顔を赤くしながらその近くにいるルシウスが目を開けたまま気絶しているのを見て慌てて叫ぶ。

 

 

「あーちょっと、子どもには刺激が強すぎたか…」

「ノ、ノア様!もう一度、もう一度言っていただけないでしょうか…?」

 

 

アブラクサスはルシウスが気絶してるのに、はあはあと呼吸を荒げながら顔を上げた。

うーん、まぁこんな事で喜んでくれるなら、いいか、今まで頑張ってくれてたしな!

 

 

「──アブラクサス、愛してる」

「我が人生に一片の悔い無し…!」

「…おーい、死ぬな」

「ずるい!ノア、僕にも!」

「…ベイン、愛してるよ」

「生きててよかった…!」

「ノア様!わ、私にも…!」

「…マートル、愛してるぜ?」

「鼻血出そう…!」

「ノアさん…」

「ミネルバ、愛してる」

「今ならドラゴンにだって変身させれそうです…!」

「……屍しか残らねぇな」

 

 

再び机に突っ伏して悶絶する騎士達を見て、俺は本当にこの4人は俺狂いだと再確認した。──まじで変わらねぇな。

 

 

 





追記。
ヴォルの今の口調についてアンケートです。
もしよろしければ投票して頂けると嬉しいです、
期限は18日までです、よろしくお願いします!

例文、「1月11日はノアの誕生日、気がつかなかった?」

1.「その日は、ノアの誕生日だろう。気付かなかったのか?」
2.3「1月11日は、ノアの誕生日でしょう。本当に、気付かなかったんだ?」

という感じです。


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53 ようやく会えた

 

8月1日。

どうやってその集会場所に行くのかと思っていたら、その日にベラトリックスがマルフォイ邸を訪れた。

成程、使者が来なければその場所には行けないわけだな。活動拠点の場所の秘匿性を上げる為だろう。

 

ベラトリックスを応接間に通せば、彼女は何も言わずどかっと乱暴に椅子に座った。

対面に座るルシウスは、苛つきを押さえられない様子のベラトリックスを見て驚いている。まぁ、ベラトリックスは割と感情の波が荒い、静かだと思えば急に癇癪を起こし激しく激昂する事がある。

 

俺は無言で紅茶をルシウスとベラトリックスの前に置き、ルシウスの後方に下がった。

 

 

「…どうした?」

「別に、なんでもない」

 

 

ぶっきらぼうにベラトリックスは吐き捨てたが、足は苛々と落ち着きがなく動いているし、綺麗な眉間に深い皺が刻まれているし、さらに親指の爪まで噛んでいる。どうみても、何かあったんだろうな。

 

ベラトリックスの心を見れば。

──ああ、アンドロメダが誰と付き合ってるのか知ったのか。ブラック家にとってみればそれは裏切り行為だろうしな。

 

 

「…ベラ、どうやってその集会に行くんだ?」

「ああ…移動キーを預かってる。裏切り者が来ないようにね。──後、数分だ」

 

 

ベラトリックスはルシウスの言葉に、今はアンドロメダの事を考えるのを何とか堪えていた。彼女は家のゴタゴタを俺たちに伝えるつもりは無いんだろう、家の恥だと思ってるし。

紅茶を飲みなんとか気持ちを落ち着かせたベラトリックスは胸ポケットから銀色の物を取り出す。それはなんの変哲もない掌ほどの大きさの置物だった。ただ、──方舟の形をしていたが。

 

 

「この方舟に乗る事を許された──その意味をしっかりと、理解するんだよ」

「ああ…」

「…ベラトリックスお嬢様。…私も、坊ちゃんの執事として同行してもよろしいでしょうか?」

「…何でわざわざ執事が同行するんだい?」

 

 

ベラトリックスは怪訝な目で俺を見る。

うーん、まぁそう言われると思ってた。

ルシウスは沈黙し表情を僅かに変えたが、大丈夫、こんなの想定の範囲内だ。

 

 

「ベラトリックスお嬢様──お願いです、連れて行って頂けないでしょうか?」

 

 

しっかりと、ベラトリックスの目を見て告げる。言葉に魔力を込め、彼女の心を捉え惑わせる。──途端に、ベラトリックスの目は虚になり、小さく頷いた。

 

 

「…ああ、…まぁ、執事くらい──構わないか」

「ありがとうございます」

 

 

ベラトリックスは掌に銀の方舟を乗せ俺たちに向ける、俺とルシウスはそれに触れ、時が来るのを待った。

 

 

「──時間だ」

 

 

ベラトリックスが呟いた途端、臍の奥あたりからぐっと前に引っ張られる感覚がし視界に映っていた景色が変わる。

なっ、何これジェットコースターみたいだな!?よく考えれば、移動キー初体験じゃん!──き、気持ち悪っ…!

 

ぐんぐん前に進む感覚に内臓がぞわぞわする。ふと速度が緩み、俺は隣にいるルシウスの腰を自分に引き寄せた。

 

 

とん、と降り立った先は──鬱蒼とした森の中だった。

何とか転倒する事を防ぐ、流石にご主人様をずっこけて到着させるのはマルフォイ家の執事として回避しなきゃならねぇよな。

 

 

「大丈夫ですか?」

「ああ…ここは…?」

「さあ、私も詳しい場所は聞かされてないからね。…到着すれば──後は分かると聞いている」

「…成程。──あちらのようですね」

 

 

俺は森をぐるりと見渡し、前方を指差した。

木々の梢の隙間からちらちらと、人工的な灯りが見える。おそらくそこが隠された集会場所なのだろう。

 

それにしても、この森は目醒めた時にヴォルの居場所を探した時に見た森…だよな、多分。どこの森だろ。…俺の家にある森…では無いはずだ。

 

 

「…行くよ、ほら、さっさとおし」

 

 

ベラトリックスが顎で道を指し、俺とルシウスはその後を着いていく。

少し歩けばその光はさらに大きくなり、鬱蒼としていた森は突然終わった。

広い空間に現れたのは、岸壁を背に聳え立つ古城だ。──なんか、グリンデルバルドの要塞みたいだな。

 

 

俺たちが古城に到達した頃、至る所から足音が複数聞こえ、同じように死喰い人の配下にある者に先導された子ども達が現れた。

どの子どもも、緊張していて顔色が悪い。見慣れた顔も多く、彼らは無言のうちに探るように視線を交わすと──僅かに表情を緩めた。

同じような立場の者がこんなにも居るとわかり、自分の選択は間違いでは無いと安堵しているのかもしれない。

 

 

高く、大きな門扉の前に沢山の子どもと、少しの大人が集まる。

1人の男が先頭に立つと、なにやら呟き左腕を捲った。露出された左腕には髑髏と蛇の印がある──死喰い人の印だ。

んー?この男見覚えあるな。フードを深く被ってるから、ちょっとしか顔見えないけど…あー…エイブリーか?大人になったなぁ。無精髭まで生えてるし。何か目は窪んでて体調悪そうだけど。

 

 

エイブリーが印を掲げれば、門は錆びた軋みを上げながら開く。

場の空気に飲まれ、誰も言葉を発しない。

 

エイブリーは一瞬俺を見たが、何も言わなかった。ルシウスに専属の忠実な執事がいると言うことは聞いているのかもしれない。

純血主義のルシウスに従う俺も、純血主義と見えるように振る舞っていたし、ここで待ちぼうけを喰らうことはなさそうだ。

 

 

俺たちはエイブリーに連れられ、静かに門を潜り、その城の中に足を踏み入れた。

 

集められたのは、多分ホールだろうな。

机も何もない広い空間に、30人ほどの子ども達と、死喰い人関係者が集まったそこは、前方中央にステージがあり、自然と子ども達は──恐々と、その前に近づきやや高い場所にあるそこを見上げる。

 

 

「坊ちゃん、少し、後方に…」

「…ああ」

 

 

ルシウスにだけ聞こえるように耳元で囁く。ルシウスは頷き、集団から離れない程度の後ろに何気なく移動した。俺はその後ろに着き、部屋の中を見渡す。

 

壁に沿って等間隔でフードを深く被った者達が立っている。何かすれば、すぐに魔法が飛んでくるんだろうな。見えるように杖を出しているのは、牽制の意味があるんだろう。

 

子ども達はひそひそと言葉を交わし、いつになればその人が──ヴォルデモート卿が現れるのかと、何も説明しない死喰い人達を見たが、死喰い人達は無言でそれぞれの持ち場に着いている。

 

 

突如、部屋を明るく照らしていた蝋燭の光がふわりと揺れ、子ども達の影がぐにゃりと魔物のように歪んだ。

 

その影の不吉な揺らめきに合わせるようにステージ上に大きな黒い焔が上がる。

 

 

「──よく、来てくれた」

 

 

その炎が晴れた後、そこに立つのは──ヴォルデモート卿だ。

 

顔の右側に銀色の半仮面をつけている。髪は肩下まで伸び、顔色は悪い、うん、めちゃくちゃ青白い。

漆黒の長いローブを着て、手には黒く滑らかな皮手袋をつけている。

肌を極限まで露出させていないその格好は、奇妙なほど似合ってる。なんかラスボスの闇の帝王感あるな。いや、ファントムか?

 

 

それよりも。

めちゃくちゃイケメンじゃねぇか!

しかも、何だ?夢で見たヴォルと全く同じなんだけど!俺の妄想の具現かと思ったわ。……あれ、夢じゃなかったのか?

ってか40代にしては若く見える。魔法族って平均寿命長いし、魔力のおかげで多少は老いるのがゆっくりなのか?

 

 

ヴォルはステージ上から子ども達を見下ろし、優しく微笑んでいる。甘く闇を思わせる微笑に、何人かの子ども達が息を呑んだ。

 

 

「今、ここに来ている君たちは。選ばれた特別な者だ──。新しい世界の夜明けを、共に見る事が出来るだろう」

 

 

ヴォルはお得意の話術で耳障りの良い言葉をつらつらと噛む事なく言う。

無垢な子ども達はころりといってしまいそうなその言葉は、俺には薄っぺらく聞こえたが、まぁ…ヴォルはそんなやつだよな、彼らに本心を語るとは思えない。

 

 

長いヴォルの演説を静かに聞く。

純血の子ども達は、ヴォルが掲げる理念と世界の構造を聞き、果たして何を思ったんだろう。

 

ヴォルの演説が終わる頃には、子ども達はヴォルを羨望の眼差しで見ていた。ここに来ている段階で賛同しているようなものだし、わざわざ異議を唱える子供なんていないか。

 

 

 

俺はヴォルデモート卿に忠誠を誓い、首を垂れる子ども達を見てため息をつき、時を止めた。

 

 

そのまま姿を元に戻して、静かに微笑むヴォルの前に立ち、──そっと、手を握った。

 

 

 

「久しぶり、ヴォル」

 

 

ヴォルは目を見開き、表情を崩した。

 

 

「…ノア……何故…──本物?」

「この美貌と、力を持つ奴が他にいるなら知りたいね。──周り、見てみろよ」

 

 

からかうように笑う。

ヴォルは鋭い目で辺りを見渡し、俺の背後にいる子ども達や壁際に立つ死喰い人達の異変にようやく気づいたようだ。

 

 

「…これは……時を、止めて…?」

「時、ってか、世界そのものを止めてる。俺に触れてる奴だけが動けるんだ。──ま、そんなことはどうでもいい。時間もねぇしな…ヴォル、俺はお前と話したい。…家で待ってるから」

「………」

 

 

ヴォルは頷く事は無かった、俺の真意を読み取ろうと、じっと目を見つめるだけだが、沈黙は肯定と同じだし、俺の心からのお願いをヴォルが叶えない事はない。──ヴォルも、俺が何を考えているのか気になってるだろうしな、俺の行動によっては、ヴォルの計画が水の泡になるわけだし、無視できないはず。

 

 

 

「──じゃあ、後でな」

 

 

俺はぱっと手を離す。

うーん、あと数分はあるけど、時間は温存しておかないと──何があるか分からないし。

 

すぐにルシウスの後ろに戻り、姿を変えて世界を進める。

 

ヴォルは暫く無言で自分の掌を見つめていたが、子ども達や死喰い人達が急に沈黙したヴォルを不思議そうに見ている事に気付くと、すぐに彼らに対して完璧な微笑を見せた。

 

 

 

 

 



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ヴォルデモートと作る世界編
54 俺と、ワルツを。


 

 

俺はルシウスとマルフォイ邸まで戻った後、心配そうに俺らの帰りを待っていた騎士達にルシウスを預けてから家に戻った。

何もまだ、説明はしてない。ヴォルと話し合ってからじゃないと騎士達にも何も伝えられない。

 

 

「埃っぽいな…」

 

 

久しぶりに戻った家は、埃が積もって空気も澱んでる。

すぐに魔法で清めながら廊下を歩き、居間の扉を開ける。…まだヴォルは来てないな。

 

居間もざっと清めて、暖炉に火を灯し、その前にある大きなソファに座って、ヴォルが来るのを静かに待つ。

 

…来るよな?…うん、来るはず。これで来なかったら正直めんどくさい、あの古城の場所はもうわかって目印をこっそりつけたからとりあえずいつでも行けるけど…。

 

来なかったらどうしようかなーなんて考えてたら、背後から姿現し独特の音が聞こえた。顔だけ動かして後ろを見れば、先程会った時と同じ格好のヴォルが少し離れた場所で俺を見下ろしている。

 

 

「んなところで立ってないで、座れよ。…あ、眠らせようったって無駄だぜ?絶対破れない守りかけてるから」

「……そう」

 

 

ちょっと左側にズレてヴォルが座る場所を空け、隣りをぽんぽんと叩く。ヴォルは小さなため息をついてから、隣に座った。

長い足を組んで、俺をじっと見ていたが、残念そうに微笑んだ。

 

 

「…後少しで目醒めさせるつもりだったんだけど…いつ、目醒めたの」

「3年くらい前かな」

「何…?…2年前、確認した時には眠っていたのに」

 

 

怪訝な顔をするヴォル。

え?いつ確認しに来たんだ?ってか、俺はずっとマルフォイ邸かホグワーツに居たのに──いや、待てよ。

 

 

「2年前…。…あ、もしかして、クリスマス?」

「……そうだよ」

「…あれ、夢じゃなかったのかよ!」

 

 

危ねぇな!もしあの時俺が自室で寝るか、マルフォイ邸に居たら目醒めてた事バレてたじゃん!未来は間違いなく変わってたな…。

 

 

「その日だけ、たまたまここに来てたんだよ」

「…普段は、ここじゃなくて…どこで過ごしてるの?」

「えー?…ま、色々?」

 

 

ヴォルの機嫌が急降下してる。

細められた目が俺を突き刺す、いやいや、そんな「何勝手な事してんの?」みたいな目で見られても困るんだけど。

 

 

「…話って何?──眠らせていた苦情でも言う?見た目は老いずに──ちゃんと、そのままでしょう」

「まぁな、目醒めてジジイじゃなくてよかったよ。…ヴォルの姿を見てると、40代の俺も中々良さそうだけどな?──ワインか、ブランデー、どっちが良い?」

 

 

指を振り机の上にグラスを出す。懐かしい、これで暇が合えばヴォルと良くここで、飲んでたなぁ。

 

 

「──どちらでも」

「そ?じゃあ赤ワインにしよ」

 

 

ちょっと距離離れてるけどアブラクサスんとのから拝借しよう。まぁこれは俺の金で買ってマルフォイ邸のワインセラーに置いてあったものだから盗んだわけじゃない、うん。

 

赤ワインとチョコが現れ、ワイン瓶が勝手に2つのグラスに真っ赤なワインを注ぐ。俺はすぐにグラスを持って一口。うーん、うまい!

ヴォルは俺が飲んだのを見た後で、少しだけ口をつけた。

 

 

 

「なあ、ヴォル。ヴォルは1月11日に──どうするつもりなんだ?機密保持法の撤廃を要求した所で、叶えられるわけがないって…わかってるんだろ?」

「ああ、そうだろうね。叶えられなかったら──その日、ノアの姿になり世界に現れて、マグルへの恨みを伝え…各国に配置した君の信者に群衆を煽らせて…マグル同士殺し合わせて、数を減らすつもりだよ。死んだはずのノアが蘇り、マグルの粛清を望んでると理解させる」

「やっぱり?…でもさ…流石に、俺の信者を煽ったところで…暴動が起きるか?」

 

 

ってか、俺はマグルに恨みなんて無いけどさ。流石に殺人は大罪だ。そんな罪を──俺の信者でファンだとしても、そんな罪を犯すか?

 

普通に上手く行く気がせず、率直にヴォルに聞けば、ヴォルは少し黙った後で意地悪く笑う。

 

 

「…ノアが目醒めてから、何処にいたのか…まぁ大方、君の騎士の所だろう?…君の騎士は──優しいね?」

「…何、だよ」

 

 

くすくすとヴォルは冷たく、楽しそうに笑う。どこか酷く柔らかい声音でヴォルは含みを持たせて囁き、赤ワインを一口飲んだ後で俺を目を細めて見た。

 

 

「ノアがマグルに撃たれて重傷を負った後──まぁ、僕がそう見せたんだけど──マグル界では2.3日後にはノアが死んだと言う情報が回った。マグルに撃たれて殺されたってね。その後…そうだね、確か200人は超えてたかな?」

「……何──」

 

 

世界のトップアイドルが、ファンに殺されたり怪我をさせられる事は稀にある。

そして、世界一のアイドルが死んだ時──嘆いて後を追う者が、確かに存在している。

俺はそれに気付き、ぐっと唇を噛んだ。その顔を見てヴォルはまた、笑う。

 

 

「大丈夫、死んだのはマグルだけだ。自殺者も居たけど、殺された加害者の関係者を含めると──それくらいかな?」

 

 

マグルだけだし、気にする事ないよ。と軽くヴォルは言う。ヴォルはとことんマグル嫌いだし、その命を軽視している。

俺のせいで、どれだけの未来が変わったのか──最早、それを想像する事が出来ないくらいに、沢山の命が終わったのか。

アブラクサス達は優しい、きっと、俺にそれを伝える事がどうしても出来なかったんだろうな。

 

 

全盛期では無いとはいえ、騎士達の情報から俺の熱心な信者は変わらずに居ると聞いている。俺が変わらぬ姿で蘇り姿を現せば、マグル界は俺を奇跡の人だと、イエス・キリストの再来だと思ってさらに盲目なまでに俺に堕ちるだろう。

その俺が、マグルの粛清を望むのなら──魔法族達はマグルを鏖殺し、マグルの信者もまた、互いに殺し合う。マグルの狂信者は喜んで命を捨てるかもしれない。

ああ、その可能性は充分にあり得る。

 

 

「…そうか。…なら、まぁ…うん。俺がマグルと信者を煽れば──そうだな、多分マグルの数は半分にはなるかもな」

「良い案でしょう?…ああ、本当は世界が変わってから、君を起こすつもりだったけど…もう起きてるなら、ノアがする?」

 

 

とんでもない事をさらりと言うな。

俺は殺戮を扇動するつもりは一切ない。俺の目の開いているうちは、──もう、無駄な血を流させたく無い。

 

 

「──しねぇよ。んな事」

「じゃあ、黙って見てて」

「出来るか、馬鹿」

「……ノア、僕と──戦うつもり?」

 

 

ヴォルはグラスを机に置いて、低い声で呟く。

今、血の誓いのペンダントはヴォルが身離さず持っている筈だ。ヴォルが微塵も苦しんでいる様子がないのを見ると、やっぱりヴォルは俺に対して何をしているのか気付いていない。──ヴォルの行う全てが、俺の心を傷付けているのだと、理解出来ていない。

 

 

「戦わない。…俺は──そうだな、今日は話をしに来たんだ」

 

 

立ち上がればヴォルはぴくりと指を動かした。その指が無意識に何をしようとしていたのかは──考えたくないな。

 

 

俺はヴォルの前に立ち、俺より一回り以上離れてしまったヴォルを見下ろす。

…やっぱイケメンだなぁ、いや、蛇面俺様が嫌いなわけじゃないけど、そのままの美しさで居てくれてよかったと思う俺がいるのも事実だ。そのまま成長したヴォルを、俺はずっと見たかった。本当は、共に教師になって過ごす未来を1番──望んでいたけれど。

 

 

「ヴォル」

 

 

俺は、ソファに座るヴォルの前に膝をつく。驚いたようにヴォルが目を見開き、俺を見下ろした。俺が誰かの前に膝をつくなんて、信じられないんだろうな、──ま、確かに初めてだ。

 

ヴォルの、やけに青白い手に自分の手を重ねる。氷みたいに冷たいな、指先壊死してない?俺より色白ってか、青白いし病人みたいな手だな。

 

 

「ノア……何?」

 

 

ヴォルはするりと指をあげ、俺の手に絡ませた。ヴォルは嬉しそうに、小首を傾げる。さらり、とヴォルの長い前髪が流れ目元に影をつくる。

 

 

「俺は…今まで、ずっと本心を誰にも──ヴォルにも、悟られたくなかった。踏み込ませなかった、──心を開かなかった」

「…そうだね」

「それは、ヴォル…お前を信頼していなかったわけじゃない。…ただ──」

 

 

少し言い淀む。

ヴォルは、俺の事を神聖化している節がある。そんな俺がただの人間だと知って──彼は俺から離れていかないだろうか。

 

 

「…俺は、……怖かった」

「…怖い?──君が?」

 

 

ヴォルは眉を顰め、懐疑的な目で俺を見つめる。

 

 

「ああ。…俺は──ただの平凡な男なんだよ、ずっとそうだ、何年もただ虚勢を張ってるだけの、道化で、…弱い人間だ。──俺は、人と深く関われば生じる責任を取りたくなかった。…人と向き合う事を避けていた、ただ、世界を少し離れたところで見れたら充分だったんだ」

 

 

俺はハリー・ポッターの世界を、なるべく──壊したく無かった。

だから、彼らとは深く関わるのを避けていた。原作とは大きく乖離した後で、ようやくこの世界は別物だと気付いた時には、もう全てが遅かった。俺とヴォルの間には、透明な薄い膜が出来てしまっていた。

 

 

 

「……」

「だけど──今は、違う。俺は…ヴォルと、共に歩みたいと思ってる。それは──多分、昔からそう思っていた、…どうしても、言えなかったけど…俺にとって…ヴォル、お前が1番…大切な人だ。ヴォルとは、深く関わりたい。ずっと、側に居たいと──思ってる」

 

 

 

 

冷たいヴォルの手を強く握る。

俺の紛れもない本心だ。俺は、たった1人の幼馴染と共に歩みたい。ずっと、側に居たいし、幸せになって欲しいと心からそう思う。

自分で言ってて、めちゃくちゃ自己中な発言だし、今更な言葉だとは思う。

ヴォルが受け入れるのか、突き放すのかは──俺の頭脳を持ってしても、わからない。何故なら、俺はヴォルの本心を理解してないからだ。

 

 

ヴォルは暫く黙っていたけれど、長いため息を吐くと、どこか寂しそうな目で俺を見る。

 

 

「…何か企んでる?」

「何も、俺の本音だ」

「本当に?」

本当(マジ)だぜ?」

「…そういう、茶化すところが悪い癖なんだよ、ノア」

「あー、ごめん。性分なんだよ」

 

 

無理だったか、そりゃ、そうだよな。

誤魔化すように力なく笑う。

日記のヴォルが「手遅れだ」って言ってたしなぁ。ただ、うん、俺はヴォルに本心を告げる、そう決めていたんだ。

 

 

俺は立ち上がり手を離そうと思ったけれど、強く絡んだヴォルの指は俺を逃さなかった。

ヴォルの少し長い爪が俺の手の甲に食い込む。

 

 

「ノア、──本当に、側に居てくれる?」

「…ああ、そうだ。ヴォルが嫌じゃないなら」

「……別に、嫌じゃないよ」

「まぁ──ヴォルって割と俺の事好きだもんな」

「……見た目はね」

 

 

やや緊張感に張り詰めていた真剣な空気はふっと弛緩する。ヴォルはようやく掴んでいた手の力を緩め、昔と変わらずの視線で俺を見上げる。

 

わかってくれた──のかな?

ヴォルの心を理解出来てない俺はその答えがわからないけれど、まぁ──拒絶されてない事は確かだろう。

ヴォルは、昔と変わらない、ごく稀に見せる優しい目で俺を見ていた。

 

 

内心で安堵のため息を漏らし、気を取り直すように俺はヴォルが座る隣に戻り、じっとヴォルの顔を覗き込む。「何?」と首を傾げるその顔についてる仮面に手を伸ばせば、ヴォルはちょっと嫌そうに眉を寄せ俺の手を払った。

 

 

「…何、やめてよ」

「傷、あるんだって?見せてみろよ」

「……嫌だ」

「何で?減るもんじゃないし。ってか、外見に頓着無かったのに…傷は隠すんだな?」

 

 

ヴォルは自分の顔が父親に瓜二つだからか、どれだけイケメンでも気にせず分霊箱作りまくってその顔面を崩壊させていたし、全く気にして無かった。…まぁそれは、本の中でのヴォルデモートだけど、今目の前にいるヴォルも──自分の顔は好きでは無かったし、怪我しても気にしなさそうだったけどな。トップに立つカリスマ性を保つためか?

見た目化け物寄りよりも、イケメンの方が群衆の心は掴みやすいだろうしなぁ。

 

 

「…ノアは、この顔が好きなんでしょう」

「は?そりゃそう──…まさか、俺のため?」

 

 

ヴォルは視線を逸らした。

たしかに、俺は自分の顔が嫌いだと言うヴォルに、その顔が好きだと伝えた事がある。そりゃ、蛇面よりはイケメンの方がいいじゃん、普通に。鼻無くすよりはさ。

いや、それでも。まさかヴォルがそんな事を気にするとは微塵も思わなかったぞ。

俺がその綺麗な顔が好きだといったから、怪我を隠して見せないようにしているのか?

そうなら──いや、まじでこいつ俺の事好きじゃねえ?ちょっと、マートルの言葉もありがち間違ってなかったり…?

いやいや、うん、執着と親愛だろう──多分。

 

 

「そりゃ、俺はヴォルの顔は好きだから嬉しいけど。…いいじゃん、見せてくれよ」

「………」

 

 

まぁ、ともかく。治せる傷なら、治してあげたい。

と呟けば、今度はヴォルは抵抗する事なく──ちょっとムッとしてたけど──されるがまま、仮面がその顔から離れる。

 

赤黒く引き攣るその傷跡は、たしかに火傷痕のように酷い。身体中にあるって言ってたけど、なんか闇の魔法習得する時に負った怪我かな?魔力を伴う怪我は、残りやすいからなぁ。

 

指で皮膚の色が違う箇所を撫でれば、ヴォルの瞼がぴくりと震える。あ、目元だし触らない方が良かったか?ってか、痛かったりするのかな。

 

 

「痛むか?」

「いや、痛くはない」

「ふーん?治してやろうか?」

「……無理だと思うよ。…分霊箱を作った時に出来たものだし」

「え?あれから、作ったのか?…何を分霊箱にしたんだ?血の誓いのペンダントか?」

 

 

分霊箱を作った影響なら、治す事は無理だな。身体的な傷は治せても、魂が負った怪我は治せない。…いや、方法は有るけど多分ヴォルには無理な方法だ。殺人を心から後悔すれば、魂は修復される。…けど、少なくとも今のヴォルにはできないだろう。

 

分霊箱か…どれを分霊箱にしたんだろうな、探したけど、見つからなかったし。あり得るのは誓いのペンダントくらいだと思う。

 

 

ヴォルは傷を撫でていた俺の手を無言で掴むと、俺の目をじっと見て、そのまま頭の先から足先まで舐めるようにじっくりと見る。…何だよ。

 

 

「ノア」

「…なんだよ」

「…君って、本当に──わからない?」

「は?」

「生き物を分霊箱にしたのは初めてだからね」

「…、……はああ!?ヴォル、お前っ…!まさか、俺を──!」

「言ったでしょ。…ノアを分霊箱にしたいって」

 

 

いや、言ってたけどさぁ!

それは、ダメだろ!ってか俺は無断でそんな事するわけないって信用してたんだぞ!俺の尊厳ガン無視じゃん!

 

 

思わず批難的な目で睨んだけれど、ヴォルは涼しい顔をして俺の手を離すと、空いたグラスに赤ワインを注いで何食わぬ顔で飲む。

 

 

俺は自分の胸に手を当てて目を閉じ、意識を集中させた。

俺の、魂の輪郭をなぞれば──ああ、くそっ!マジで別の魂が身体の中にある!うっ…わかったら、なんか…こう、変な感じだ、体の中に別のものが入っているなんて──出来れば知りたく無かった異物感がある。

 

 

「マジか…」

「ノアも、僕を分霊箱にしてもいいよ」

「何でそうなるんだよ…」

「共に、生きてくれるんでしょう?」

「それとこれは話が別だ!」

 

 

頭を抱えて唸れば、ヴォルは楽しげに笑っていた。自分の手で俺の感情が揺れるのが面白くて仕方がないらしい。──性格が歪んでる!サディストか!いや!昔っからサディストだな!

 

 

──ああ、そうか!

俺がヴォルの夢を見たと思っていたのも、魂が繋がっていたからだ。そういや原作のハリーも同じような事になっていた。

 

それに、ヴォルの日記!流石に魔力注ぎ込むだけじゃ実体化なんて無理だったんだな。その時は俺が最強の魔法使いだから不可能を可能にしたんだと思っていた。だけど、違う。魔力だけじゃなくて、俺の中にあるヴォルの魂が影響していたのか!

 

魂、リリース出来ないかなぁ。

……、…ダメだ、俺の身体からヴォルの魂を引き剥がす事は出来そうだけど、返す事は出来ない、俺の直感がそう告げてる。それをした瞬間にヴォルの魂は消滅するだろう。

ヴォルの魂を、壊す事は──俺には出来ない。

 

 

「──っ…日記と、指輪と…俺だけだな?」

「うん、そうだね」

「…あっさりと白状しやがって…」

「ずっと、僕は言っていたつもりだ。気付いてないフリをしてたのか、本当に気付かなかったのか──ノア、君が欲しいと」

「…俺の鈍感さを舐めるなよ?何年人の気持ちを見て見ぬフリしてたと思ってるんだ!」

「清々しいほどに、自業自得だね」

「ああ、全くその通りだ!」

 

 

だからこそ、ヴォルを本気で責められない。

きっと俺がもっとヴォルを理解していたなら、簡単にその可能性に辿り着いていただろう。……ってか、分霊箱にするのって戦いにならねぇの?ヴォルは本気で俺と生きる為だけに分霊箱にしたって言うのか?

 

俺はソファの背に身体を預け、足を投げ出して暫く黙った。

多分、俺が思う以上に──ヴォルは俺に執着してるようだ。それが分かった今…やっぱり──メイソンを呪ったのは、ヴォルなんだろうな。

 

 

「ヴォル、お前メイソンの親と、メイソンを呪っただろう」

「ああ…うん、だってあいつのせいでノアはマグル界に進出なんて馬鹿な事をさせられていたからね。結局、マグル界に出たせいでノアは銃撃を喰らったんだし──もっと早めに処理してれば良かった」

「……」

 

 

黙り込んだ俺を見て、ヴォルは薄く微笑みながら白い皿からチョコを手に取ると、体を俺に寄せ、手を伸ばし──俺の唇にチョコを押し付ける。

 

 

「食べなよ、ノアはこれが好きだよね」

「……、…」

 

 

薄く口を開けばヴォルの冷たい指がチョコを押し入れて、唇に触れた。

ああ、クソ苦い。

 

 

「ヴォル。俺は本心を言うと決めた」

「うん、…それが?」

 

 

胸に沸々と湧き起こるのは、俺の後悔からくる怒りだろう、その相手はヴォルでもあり、俺自身でもある。

 

俺はソファに預けていた背を起こし、ヴォルを見た。ヴォルも、俺から視線を離さない。

これは、今までの俺ならヴォルには言わなかったかもしれない。けれどヴォルが俺の心を理解する為には必要な事だ。

 

 

「ヴォル──ヴォルデモート。お前が俺にした事は俺を傷付けている。俺に対する戦いだ」

「何を…誓いは反応してない。僕の行動は、ノアを傷付けてなんか──」

 

 

やっぱり、ヴォルにとっての判断基準はそれだったか。

ヴォルは、誓いが自らの首を絞めないから、こうして俺の心を攻撃し続ける事が出来る。──そりゃそうだ、ヴォルは俺の心なんてわかっちゃいない。お互いに、一切分かってなかったんだ。

 

 

「それは、ヴォルがそう思い込んでるからだ。俺にとって──メイソンは大切な人だった、死んで、呪われて、それを知った時…俺の心は間違いなく傷付いた!」

 

 

胸の奥から溢れ出る感情のままに叫び、俺は立ち上がる。ヴォルを見下ろせば、ヴォルは本当にそんな事を一切考えなかったのだろう、驚愕し目を見開く。

 

 

「っ…俺は!マグル界の制圧なんて、彼らを奴隷化する事なんて…虐殺なんて望んでない!俺はあのままの世界が好きだった!愛していた!──っだから、ヴォル、お前がした事は…俺の心を攻撃しているのと同じなんだよ!」

「何、を──」

 

 

ヴォルは小さく呟いた。俺の辛そうな表情と、叫びの意味に──それが嘘ではないと理解したヴォルは、目を一瞬揺らした。

 

 

「ぐっ…!!」

 

 

途端に苦しげに身体を曲げ、喉を掻きむしる。その手すら、細かく震えていて誓いの凶暴性がよくわかる。

今までしてきた事の意味に気付いたヴォルに、血の誓いはその行為を許さない。ぶつんとヴォルの首元から飛んだ誓いのペンダントは机の上に落ち、その鋭利な切っ先を机に突き立てギリギリと長い傷を作る。皿やグラス、ワイン瓶が倒れ床に落ちて割れた。

 

ヴォルは、身体を曲げたまま呻き、もがく。うまく呼吸が出来ない程に、その誓いはヴォルを責める。

 

 

攻撃を考えるだけで、その気配を察知する誓いだ、自分が何をしたのか理解したヴォルを襲う苦しみは、俺が経験した以上のものだろう。

 

 

「っ──ぐ、ぅっ…!」

「…理解しただろ?だから、もうそれを考えるのは止めろ。──じゃないと、誓いが手脚を裂くぞ」

 

 

苦しげに呻き、身体を震わせ額に汗を滲ませるヴォルを見下ろしながら呟く。

……苦しそうだな、マジで。……誓いを破棄した方が良いか?

机に無数の傷をつけるペンダントは真っ赤に光り輝き、裏切りを許さず怒り狂っているようだ。

 

 

「考えを止めないなら、誓いのペンダントを破壊する。このままだと──」

「っ…駄目だ…!」

「……死ぬぞ?」

 

 

息も絶え絶えにヴォルは叫び、苦しげに俺を睨む。ペンダントを破壊されるのが嫌なら、さっさと考えを改めないと──本当に、誓いがヴォルを殺しかねない。

 

 

「ヴォル」

「──だ、めだ…!」

 

 

ヴォルは強く目を閉じ、絞り出すように吐き出す。

すると、ようやく──ようやく、誓いのペンダントは動きを鈍くし、机からヴォルの首元に飛んでいった。

 

しん、と鎮まる部屋にヴォルの荒く苦しげな呼吸音が響く。暫く呼吸を整えていたヴォルは、ゆっくりと袖を捲り──青白い肌に残る鎖の赤黒い痕を見下ろしていた。服で隠れて見えないが、きっと首にも同じような痕が残っているだろう。──所々肌の色が一部違うのは、分霊箱を作ったせいで出来た痕だな。

 

 

 

「──わかっただろ。これで、ヴォル。お前はこの誓いがある限りマグル界を制圧できない。俺の信者を利用しての虐殺と、戦争の誘発は不可能になった」

「…、…」

「──血の誓い、壊すか?多分、俺には出来るけど」

 

 

 

ヴォルは胸あたりの服をぐっと掴む…きっとその下にペンダントがあるんだろう。俺の行動を今まで縛っていたように、これからはそのペンダントがヴォルを縛る。

 

誓いに苦しめられていない今、ヴォルが破壊を望むのなら。

それは──多分、俺との決別も、意味する。

俺を傷付けていると分かった上で、マグル界を制圧したいのなら、俺はヴォルと戦わなければならない。誓いがなくなれば、それは簡単に出来るだろう。

側に居る、ずっと側にいたい。──だけど、 幼馴染(ヴォル)の愚行を止めるのは俺の役目だ。

 

 

ヴォルは前髪をかきあげ、長く細いため息をついて椅子にもたれかかる。

そのまま手で顔を隠した。──表情を読まれないようにしているんだろうな。

 

 

今、ヴォルは揺れているのだろうか。

誓いのペンダントは間違いなくヴォルを縛る。だが──俺を縛る事も出来る。

ヴォルは世界に対して、俺が傷付くような事を行使出来なくなったが、今はまだ──俺も、ヴォルに対して何もできない。完璧なまでに均衡状態だ。

どちらの方がメリットがあるのか、考えを巡らせているのだろう。

ヴォルはかなり、長い間黙っていたが、ようやく顔から手を離すと感情を欠いた瞳で俺を見る。その目は、薄らと赤く光っていた。

 

 

「ノア、君はどうしたい?」

「え?…俺?」

「僕にばかり決めさせるのはフェアじゃない。…本心を告げると、決めたんだろ?…どうしたい?」

 

 

聞かれるとは思ってなかったな。

うーん、どうしたいか…ねぇ。

ぶっちゃけ、厄介な誓いだと思う。言いたいことも中々言えないこの誓いは破壊した方が間違いなく良いだろう。

けれど、そうすれば──きっと、ヴォルは俺に失望する。うん、多分。俺がそう思うんだから、間違いない。

 

 

「破壊したくない、かな。…厄介な誓いだとは思う。そのせいで2年も外に出れなかったし色々不便だったからな!…けど、まぁ──その誓いが、ヴォルをもう2度と傷付けないのなら…」

「…ノアの為だと…思ってたんだけどな」

 

 

ヴォルはぽつりと呟いた。

彼らしくない、弱々しい微かな自嘲混じりの声だ。

 

 

「わかってるさ、だから誓いはヴォルを傷付けなかったんだし。別に、恨んでない。辛くないかと言われると…ま、嘘にはなるけどさ。メイソンは戻らないから」

 

 

死者を蘇らせる事も、俺なら出来るが、俺たちと同じような生者にはなれない。ゴーストでもない別の存在になってしまう。それを死んだ彼らは知っている。多分、死んだ後に天啓のように理解するんだろう、もう世界には戻れないと。

 

 

「…誓いは、壊さない」

 

 

ヴォルは、はっきりと断言した。

色々なものを秤にかけた上で、それを決めたのなら──うん、これで俺の考える世界に大きく近づいた。

 

 

「──そうか、うん。…それがいいと思う」

「…だけど。…死喰い人達をいまさら止める事は…不可能だ」

 

 

ノアも、それはわかってる筈だ。とヴォルは呟く。

まぁ、それもわかってる。

今、きっと俺は世界に姿を見せる事が出来るようになっている。

ヴォルが俺に対しての攻撃を今──考えていないのなら、俺が世界に姿を表す事は何の問題もなく、誓いは反応をしない。

 

だが、俺が平然と魔法界に戻って、ヴォルが「マグル界の制圧やっぱ止めます」なんて言えば、間違いなく全ヘイトはヴォルに向かうし、全国各地でただ暴れたいだけの無法者が我慢の限界を迎え狂ったように暴動を繰り返すだろう。

最悪、ノア派と純血思想派の死喰い人達の戦争になって魔法界が大混乱する。

 

 

「わかってるさ。そこで、一つ提案だ」

「…何?」

 

 

俺はにやりと笑い、ヴォルに手を差し出す。

 

 

俺と、世界を変えよう(change the world together!)!」

 

 

 

俺は今まで世界を変えるつもりはなかった。

だが、これが()()()()()()()()()()ならば、俺は俺のせいで歪んでしまった世界を正しい形に変えなければならない。

バッドエンドなんて俺は見たくない、どうせなら、ハッピーエンドの方が良いに決まってるだろ?

 

 

「…… 喜んで(I’d love to)

 

 

ヴォルは虚を()かれたような顔をした後、少し呆れたような顔で笑い──俺の手をとった。

 

 

 

 

 





アンケートのご協力、ありがとうございます!
ヴォルはノアの前だけ昔のように話し、他の人の前にはヴォルデモート卿らしく話します。


察しの通り私は過去のと対比が大好きな人間です。
英文は自信がないので間違えていましたら温かい目でスルーお願いします…


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55 タイトル

 

 

ヴォルの手を握ってて思うけど、マジでこれ血通ってんのかってくらい冷たい。俺の手がどんどん冷えてくぞ、末端冷え性にも程があるだろ。つい、にぎにぎしながら真顔で青白くて綺麗な手を見つめる。血管浮いてるし、手フェチは喜びそうな手してるなぁ。

 

 

「…あれ、集会では革手袋つけてなかった?」

「ああ…。…──それより、ノアはどうやってあの場に来たんだ?内通者は…居なかったはずだけど」

「え?…まあどうせ後で言うつもりだったからいいか…」

 

 

そういや革手袋は?と思ったけど、ヴォルは俺から手をするりと離すと思いついたように話題を逸らした。

まぁ、別に革手袋の有無はどうでもいいけど、末端冷え性ならつけておいた方がいいんじゃないか?

 

 

「俺、今ルシウスの執事やってんだよ」

「…君が?…執事?」

 

 

ヴォルの前に背筋を伸ばして立ち、指を振れば──俺の姿はすぐにあの真っ黒なイケメン執事に変わる。服装まで燕尾服で美しい悪魔で執事だ。

そのまま胸に手を当てて、完璧な角度で頭を下げてみる。

ついでに机の周りの悲惨な状態をさっと消滅させ、新しいワイン瓶とチョコを出現させる。

あのワイン高かったんだけどなぁ。…グラスはレパロで直せたから、まぁいいか。

 

 

「──申し遅れました、ヴォルデモート卿。私はルシウス・マルフォイ様に仕える忠実な執事、ノア・キャンベルです」

「……ノアだったのか」

「ええ、…意外とわからないものでしょう?──さて、ヴォルデモート卿、ワインのおかわりをお継ぎしましょうか?」

「……頂こうか」

「かしこまりました」

 

 

ヴォルが珍しく俺の戯れに乗ってくれている!

どこか口調が偉そうなのはそれが部下や他人に見せるヴォルの仮面の一つなんだろうな。…俺の前だけで、少し気を抜いて話してくれているのなら、それはそれで──まぁ、嬉しい。うん。

 

 

「何故、執事をしているんだ?」

「ああ…貴方様に御目見するためですよ、ヴォルデモート卿。私は──貴方様に一目、会いたかったのです」

「…()()姿()で言われるのは、奇妙な心地になるが…まぁ、いいだろう」

「──と、まあ。こんな感じで姿変えてホグワーツに潜入して、ルシウスが集会に呼ばれるように色々裏で動いてたってわけだ」

 

 

隣に座りながら指を鳴らし姿も服も戻して、自分のグラスにワインを入れて飲む。

ヴォルは俺にしてやられたとでも思ってるのか、何かちょっと嫌そうな苦い顔をしていた。

 

 

「俺の方が一枚上手(うわて)だったな?」

「…君が執事の真似事をするとは、思わなかったからね」

「俺もだわ。…ま、こうして会えてよかったけどさ」

 

 

しみじみそう思う。

もし俺の目覚めが後三年遅ければ、世界は戦争真っ只中で大混乱の中、ヴォルは闇の帝王となり君臨していたのかもしれない。

ヴォルは俺を偽り、()()()()()()()()()()()()として、俺の姿を世界に見せるつもりだったらしいし、それをされた後──俺はヴォルと同じで世界最強最悪のヴィランにならざるをえなかった可能性もあるしな。

 

 

「……それで、…この後、どうするつもり?」

「世界を変えよう!」

「それは、わかったから。──どうやって?マグルを殺したり、制圧する気は無いんでしょう?」

「殺すつもりも、恐怖で支配するつもりも一切ない。──ヴォルは隠れ暮らす魔法族の事をマグル界に知らしめて…魔法族がマグルを支配して奴隷化したかったんだよな?俺は魔法族の事をマグルに周知するのは、いいと思うんだよ。もう隠れ暮らさなくてもいい──そんな世界を作りたい。だけど、一方的な支配じゃなくて…お互いを知りながら尊重出来る…平和な世界にしたい」

「それは──…かなり、お伽噺のような世界だ」

 

 

軽い嘲笑を溢しながら吐き捨てるようにダンブルドアと同じことを言うヴォル。

まぁ、何千年も魔法界とマグル界は分断していた、関わっていなかった。その二つの世界が手を取り合うなんて──確かに夢物語かもしれない。

 

 

「そのために世界征服をしようと思う。俺は世界一の犯罪人になるよ」

「…平和な世界とは乖離してるね?」

「ま、平和に見せかけた()()()()()()()ってとこかな。マグル界も、魔法界も──全て俺が支配し、管理する」

「…流石の君でも、力で屈服させずに…そんな事──」

 

 

怪訝な顔をするヴォルに、俺は「出来るさ」と呟いてワインをちびちびと飲みつつチョコを齧る。

世界征服だなんてガキみたいな夢物語を、俺は本気で叶えるつもりだし、それがこの世界にとって──そして、俺とヴォルにとって、数ある可能性の中でもっとも被害者が少ない、正しい未来だ。

 

 

「まず、1月11日に、俺は魔法界に姿を現す。ヴォルと…ヴォルデモート卿と俺、ノア・ゾグラフが手を組んだ事を伝える。ただ、この時ヴォルには──別に形式上でもいいからさ──俺の組織に属する事を明言して欲しい。俺の思想の()()()()()()()()()()()を支持する。その時にマグルの虐殺はきちんと否定する事、じゃないとヴォルが誓いで傷付くからな?…それで、死喰い人達を俺の配下──方舟の騎士にする事を伝えてほしい」

「…死喰い人の内半分は問題なくノアの配下になるかな、もともとノア派の信者達だ……。後の半分は、純血思想が強い、…反発するだろう」

 

 

ヴォルは顎に手を当ててぽつりと呟く。

ま、それもわかってるさ。俺の信者以外はこんな事認めないだろうってな、ヴォルが有する死喰い人の半数はちょっとヤバいやつらもいるし。

 

 

「俺の信者以外は、俺に従うのを良しとしないだろうなぁ。…だから、まず、魔法界に居る全ての魔法族に服従の呪文をかける」

「…それは──…途方もない事だね」

 

 

ちょっと鼻で笑って小馬鹿にするようにヴォルは言った。

そりゃ、一人一人服従の呪文かけてたら何百年かかるか…という話になるだろう。流石の俺もそんなめんどくさい事をしてられない。

 

 

「方法はある。俺の存在自体に呪いをかける。俺の名前と、存在に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を知る、もしくは目にするだけで()()()()()()()()()()()()ように呪う。…俺は世界最強の魔法使いで、世界一のトップモデルだからな。俺の知名度を利用すれば、不可能じゃない。…まだ俺の写真集、かなり売れてるらしいしな?」

 

 

アブラクサスとかベインは同じ写真集を何度も購入していたらしい。15年前の写真集なんてなんで何度も買うんだろう…と思ったが、回り回って俺の金になるんだし、ありがたい事だ。

15年以上経っても俺の存在は当時を生きていなかった子どもたちですら知っている。それ程俺の知名度と影響力はまだ、衰えていない。

それに、まだ書店や雑貨店で俺の写真集やブロマイドが販売されているのは確認済みだ。

 

 

ヴォルは俺の作戦を聞いても、疑念は拭えないのか難しい顔をしていた。

全人類なんて──何十億人だ?まぁ正しくはわからないけど、多分30億くらい?…多分。

 

 

「…そんな事、本当に…?」

「出来るさ。名前に呪いをかけて、その名前が世界のどこかで口にされたら──その居場所がわかる、そんな魔法もあるしな」

 

 

まぁ、それは原作でのヴォルデモートがやってた事ですけどね。

自分を呪い、名前と身体に呪いをかける。いわば──俺そのものが、凶悪な闇の魔法道具ともいえるだろう。

この世界には見るだけで呪われるなんて恐ろしい道具が山ほどある。その効能を利用し、俺の魔力と叡智を練り込み全人類を呪い、ノア・ゾグラフという存在で縛る。

 

 

「──とは言っても…ある程度力のある魔法使いには効かないだろうし、タイムラグは生じる。俺が活動してなかった国とかはどうしてもな…。魔法界全土を呪った後マグル界でも姿を表して同じようにマグル達も呪う。マグルの方が、まぁ簡単だろうな。抗う術を持たないから。魔法界でも──8…9割は俺に従うと…思う」

 

 

服従の呪文は、強い抵抗の意志があれば解く事が出来る。多分ダンブルドアや有能な魔法使い達には俺の呪いは効かないだろう。本人に直接かけるなら兎も角、名前と姿を媒体にしてるから…少しは効果が弱くなるだろう。

 

 

「懸念は──あるけど」

「…何?」

「うーん……いや、ヴォルに影響があるかどうかがなぁ…魂が繋がってるだろ?…世界中を呪う代償として…俺が人では無くなったり、動けなくなったり、まぁ抜け殻状態になる可能性がある。そうなってもヴォルさえ動けてたらポリジュース薬で俺を偽れるから良いんだけど。俺を完璧に模倣出来るのなんてヴォルくらいだし」

 

 

世界中の人々を呪う。

その弊害や反動が俺の身体に起こらないとは言い切れない。

何せ30億人を同時に、それも持続的に呪い続けなければならない。俺の人の範疇から外れた魔力も、流石に枯渇しないとは言い切れない。最低でも20年程度は人々を呪い続けなければならないだろうし…その期間、眠り続ける可能性もある。

そうなった時に俺は何の対価を払い、呪い続ける事になるのか──魂か、(せい)そのものか。

多分、死ぬ事は無いだろうけど、それに近い状態にはなるかもしれない。呪いの範囲が広まれば広まるほど──つまり、世界を変えていくほどにその罪は重くなっていく。

人々の心を惑わせ無理に従わせるんだ、ある程度覚悟はしておかないといけない。

俺が動けなくなっても、ヴォルなら俺の代わりを引き継げるだろう。

ただ、ヴォルは俺を分霊箱にしてしまった。俺の身体にあるヴォルの魂が影響を受けて同じように動けなくなってしまったら──流石に、指導者が居ない世界は綻び、破滅する。

 

 

「…ノア。その世界に君が居ないのなら、僕は従えない」

「え?…いや、…概念として存在出来るかも」

 

 

円環の理(鹿目まどか)のように。

…いや、ちょっと違うか?

 

ヴォルは眉を寄せたまま真剣な目で俺を見た。

その眼差しの強さに、ちょっと…たじろぐ。

 

 

「いや…ほら、可能性の話で…何にも無いかもしれないし…」

「ノア」

「流石に、犠牲者を1人も出さないのは難しいかなー」

 

 

俺だけが犠牲者になる。

正しい世界を作るためには必要な犠牲だ。──いや、俺がすることを思えば、犠牲という言葉はおかしいかな?……生贄?

 

 

「……ノア」

「んんー…よし。んじゃヴォル、ちょっと手出せよ」

「……これでいい?」

 

 

ヴォルは俺の手を血の誓いをするように握った。

目を閉じて、じっとヴォルの掌に意識を集中させれば──掌からヴォルの鼓動と、魔力の流れを感じる。

昔、グリンデルバルドの魔力を奪ったように、ゆっくりとヴォルの魔力を自分の体の中に流す。

 

 

「…?……何か、してる?何だか…妙な感覚だ…」

「魔力吸ってる」

「……はぁ?」

「ちうちう」

「馬鹿なの?」

 

 

冷ややかな声が俺を突き刺す。久しぶりにヴォルの「馬鹿なの?」を聞いたな。ツンデレ幼馴染のテンプレ台詞だよなこれ。

なんだか懐かしい、と思いながら手を離して目を開く。

暫く自分の手を握ったり開いたりしていたが、グリンデルバルドの魔力を奪った時のような吐気も寒気も無い。視界も点滅しない。

つまり、ヴォルの魔力は俺の身体に良く馴染むようだ。…多分、運命とかそんなあやふやなものじゃなくて、ヴォルの魂が俺の中にあるからだろう。

 

 

「何とかなるかも」

「……意味がわからない」

 

 

ヴォルは若干イラついてるのか、鋭い目で俺を睨んだ。

 

 

「ヴォルはさ、多分俺がいなかったら世界一の魔法使いだろ?」

「…まぁ、…そうだろうね」

「ちっとも謙遜しないとこ、嫌いじゃないぜ?」

「事実を言ってるだけだ」

「まぁ、それで。──ヴォルが俺に力を貸してくれたら…多分、まぁ……いけると思う」

「……共に、世界を変えるんでしょう」

 

 

ヴォルは俺をじっと見た。

……そうだな、俺だけで世界を変えるんじゃない、ついつい俺はあまりにも完璧で最強だから自分一人で完結しようとしてしまうけれど。

 

俺には、ヴォルがいる。

たった1人の、幼馴染が。

それも俺の次に世界最強の魔法使いである男だ。

ヴォルは賢く、人を誑かせる話術に長けているだけではなく、その魔力量も膨大で魔法のセンスもピカイチ…まぁ俺の次にだけど。

 

 

「世界全てを呪う罪を、共に背負ってくれるか?」

 

 

ヴォルは少し目を見開き、そして薄く微笑んだ。

 

 

「ノア──君が望むのなら」

 

 

ヴォルは俺の手をとって、甲に掠めるような口づけを落とす。

 

 

「…俺の騎士になっちゃう?」

「ならない」

 

 

…そこは、頷けよ!

手を振り払えばヴォルは何が楽しいのかくすくすと小さく笑う。

 

ヴォルは俺の騎士にはならない。

きっと、ヴォルは俺に仕えるのではなく、あくまで対等な存在で隣に居たい──んだと思う。聞いたことが無いからわからないけど、ヴォルの性格的に誰かの下につくなんて有り得ない。…いや、決めつけは良く無いとは分かってるけど。

 

 

俺はため息を一つ付き、ソファの肘置きに手を置いて頭を支える。

えーっと、どこまで説明したっけ。

 

 

 

「魔法族を呪った後、ヴォルの力を借りて俺が無事──動けるレベルで生存したとする。すぐに俺は、マグル界に行って魔法を見せつける。魔法界の存在を明らかにする。──ま、俺が15年以上たつのに変わらない姿で現れるだけで、マグルにとっちゃ奇跡だろう。それだけで奇跡の人だって大盛り上がりさ!魔法省は暫くマグルの記憶を消そうと躍起になるだろうから、俺の姿を見たら思い出すように呪っておいて…俺はマグル界である意味の神として君臨した上で…魔法界とマグル界をひとつにする。

魔法族は隠れ暮らす事が無く、マグルも魔法の事を知っている世界。仲間になれとは言わないさ、──ただ、良き隣人であればいいと思う。勿論、暫くは混乱するだろうな、世界全員を服従するのは流石に時間がかかる。俺の力をもってしても多分な。

ある程度世界の形が作られてきたら、魔法族に対する迫害、マグルに対する無意味な暴行はすぐに感知できるようにして、違反者は厳しく罰する。すぐに、じゃなくていいんだ。何年か後に、互いに共存していこうと皆が思うように──そう、世界を作り変える」

 

 

 

ヴォルは暫く黙っていた。

……あれ?いい案だと思うんだけどな。ヴォルの力もあれば多分すぐに動けなくなることもない、かもしれない。

──その後の俺の魂がどうなるのかは、まぁわからないけど。

 

 

 

「──不可能じゃ無いだろうね」

「本当か!?…いやー良かった、そう言ってもらえるとちょっと安心するよ。俺が考える中で1番犠牲が少ない方法だったから…まぁ、服従の呪文かけてるから…道徳には反してるし、闇の帝王になっちゃうかな?」

 

 

俺が闇の帝王だなんて、戯言もいいところだ!

俺の冴え渡るジョークにヴォルはくすりとも笑わなかった。ちょっと高度過ぎたか?

 

 

そう、人の心を操作する。無理矢理服従させる。

勿論それが一般的に正しい事ではないと、わかっている。そんな事望んでいない人もいるだろう。だが、この方向が俺にとって1番()()()()なんだ。

 

 

やっぱり、俺は魔法界に長い間いたから、魔法界の方が──まぁ、好きだ。俺たちが隠れ住まなくていい世界が見たい、どうせ遠くない未来…魔法界の事を隠せなくなるのだとしたら、その時を20年くらい早めたって問題ないだろう。

 

 

それに、今の魔法界ではマグルを虐殺しないのであれば、マグル界に姿を示してもいいんじゃないか、という思想を持つ魔法族が多いのもわかっている。

ただ、表立って言えないのは──単純に、そんなハッピーエンドは夢物語だと思っているんだ。

マグルと魔法使いが手を取り合って仲良くなんて、出来るはずがない。

力の持たぬものは、強大な力を畏れ忌避し、迫害する。

今までの歴史がそれを物語っている。

 

だからこそ、魔法族は今まで黙っていた。

それに、数は圧倒的にマグルが多い、最高の力である魔法も、いわば──マグルが使う兵器には、勝てないのかもしれない。

 

お互いのために、世界を分けていた。

だが、それもインターネットの世界が発達した後必ず綻びる。

その時に混乱し戦争にならないように、──俺は一時的に世界を征服する。

 

 

一世代分でいい、2.30年もすれば保守的な魔法使い達も理解できるだろう。隠れ暮らす事の難しさ、マグル界の技術の進歩を。

 

魔法のことがマグル界で、ただの個性として受け入れられるようになった頃、俺は少しずつ呪いを解呪していく。

子どもたちの脳は柔軟でなんでも受け入れる、生まれた時から魔法使いとマグルがいる世界ならば、きっとそう言うものだと受け入れるのだろう。

思い込みというものは、世界の理や常識を捻じ曲げる。サンタクロース現象、ってやつだな。皆がサンタクロースは居ると言えば──その子どもにとってサンタクロースはたしかに存在するのだ。

 

 

ああ、それで、きっと。そう遠くない未来──俺の支配は必要ではなくなる。

 

 

そこまで来て、やっと俺は自分の物語を終わらせる事が出来る。

 

 

 

──もし、この物語に名前をつけるのならば、

 

 

『ノア・ゾグラフと闇の幼馴染』かな?

『ノア・ゾグラフと方舟の騎士』は、なんかパクリっぽいよな。

 

 

いや、違うな。

 

 

『チート能力を駆使して転生人生謳歌します!』

 

 

って、とこだろうな!

 

 



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56 ノアの世界

 

誰かが俺の肩を揺する感覚に、薄らと目を開けた。

 

 

「ん…。…後…」

「後?」

「……6時間…」

「寝すぎだ」

「っ…なん、だよ……ヴォル…」

 

 

ばしりと割と強めに頭を叩かれた。

頭を押さえながら起き上がれば、身体が重くて、腰が痛む。

 

 

痛っ(いっ)……昨日…何したっけ…?」

 

 

腰だけじゃない、頭も痛む。

周りは俺の寝室では無く、居間のソファの上だ。覚えのないブランケットが背中からするりと床に落ちたのを拾い上げ、頭をがしがしと掻きながら首を傾げる。

 

 

「…覚えてない?」

「えー…と。ヴォルと世界征服する事に決めて…あー…ワイン…シャンパン……」

 

 

机の上にはワインやシャンパンの空き瓶が10本くらい並んだり、転がったりしていた。

昨日、久しぶりに会えて──まぁ、色々思う事はあるし、考えないといけない事も多かったのだが、とりあえず──嬉しくて、酒が進みまくってしまった。

 

近状報告がてら、俺が眠ってからヴォルが何をしたのかなど聞きつつ、そこそこ楽しい会話をツマミに普通に飲みすぎた。

 

ヴォルは、俺を眠らせた翌日からポリジュース薬を作り、そして夏休み中ギリギリにはなったらしいが──薬を完成させ、ホグワーツを訪れて教師の件を断ったそうだ。

 

その後はエイブリー達死喰い人を連れて、俺の信者を取り込みつつ世界各国を周り、闇の魔法を習得していったらしい。

その後、ダンブルドアの記憶で見たように、一度ホグワーツを訪れたようだ。

 

 

 

 

 

「ヴォル、まじで教師になるつもりだったんだ?」

 

 

何本目かのワインを開けて──今度は辛口の白ワインだ──それにあったチーズをつまみつつ聞けば、ヴォルもまた、指を振り何杯目かの赤ワインをグラスに注ぎながら首を傾げた。

 

 

「…何のこと?」

「五年前?それくらいにダンブルドアと会っただろ?その時の記憶を見たんだよ」

「……ああ…そんな事もあったね」

「ダンブルドアは、ヴォルが何か企んでるって思ってたみたいだけどさ、あれって…もしかして、俺のためだった?あの時、ヴォルが教師になってたら…俺を起こしていたんじゃないのか?」

 

 

ヴォルはくるくるとワイングラスを回し、赤ワインがゆらめくのを見ていたが、「そうだよ」とあっさり認めた。

 

 

「ノアは、教師になりたがってたでしょう。…ずっとその事が引っかかっていたから」

「やっぱり?…ふーん?優しいとこあるじゃん!」

 

 

いや、眠らせた張本人だ、優しいところなんて無いんだけど、アルコールのせいで頭はふわふわしてるし思考が働かない。けらけらと笑ってヴォルの背を叩いたが、ヴォルは特に咎める事もなく静かにワインを飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー…思い出した…あのまま寝落ちしたんだな、俺…」

 

 

頭が痛むのは久しぶりに酒を飲みすぎて、二日酔いっぽいな。

気がつけばヴォルが透明なグラスに水を満たし、俺の手に握らせていて、こめかみを指先で揉みながら回復魔法をかけ、渡された水を飲む。

 

 

「ヴォルって、全然酔わないよな?」

「まぁ……そうだね」

 

 

冷たい水を飲めば、多少思考がクリアになる。ぐっと伸びをしてグラスを机の上に置く。昨日あのまま寝ちゃったし、 清め魔法(スコージファイ)するか。

 

指を振り服を脱いで、ふわふわと浮いている服や下着に清め魔法をかけ、ついでに自分の体も清める。

魔法の何が便利って、風呂入らなくても清潔が保てる事だよなぁ。…まぁ、湯船に浸かるの嫌いじゃないけど。平和になったら温泉とか行きたいなーって思うのは、俺の心がまだ日本での生活を忘れていないからだろうか。

 

 

「……せめて、自室で着替えなよ」

「え?…別に気にする事なんてねーだろ?」

 

 

清められパリッとした長袖の白いシャツが勝手に俺の腕に通る。沢山あるボタンがプチプチととまっていき、浮いていたパンツを履いてソファに座り足を上げれば勝手にズボンが足を通る。

 

靴を履き身なりを整えてくるりとヴォルの方を振り返れば、何とも苦い顔で俺を見ていた。

 

 

「よし、ヴォルは?」

「昨日、済ませてる」

「そ。じゃあアブラクサスの家に行くか。多分…待ってるだろうし」

 

 

壁にかけられている時計が指す時刻は朝の7時前。流石にもう起きてるだろうし、朝食くらいは食べさせてもらえるかもしれない。

 

色々説明して、これからの事も…騎士達には伝えないといけない。彼らは俺のことを思い、信じて今までついてきてくれたんだ。

 

 

ぐう、と控えめに腹の虫が鳴った後、俺はヴォルの腕を掴みそのままアブラクサスの家──マルフォイ邸に向かった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「到着!」

 

 

ヴォルの腕を掴んでいた手を離し、慣れた道のりを進みマルフォイ邸のノッカーを叩く、するとすぐにバタバタと珍しく慌てたような足音が響く。いつもは静かに開くその扉が、勢いよく開かれ──少々髪が乱れたアブラクサスが現れた。

 

 

「ノア様!」

「よお、おはようアブラクサス」

「お、おはようございます…」

 

 

強張った表情をしていたアブラクサスが、ほっと表情を緩め、胸を押さえて大きくため息をつく。

 

その後ろからすぐに心配そうな顔をしたベインやマートル、ミネルバとルシウスも現れた。

 

 

「心配しましたよ!何の話もなく、1日戻られないなんて…!」

「また眠らされたんじゃないかって…!大丈夫?ヴォルデモート卿に何もされてない?」

「ノア様!ヴォルデモート卿と蜜月を過ごされたのですか!?」

「ノア様…ご無事で…良かったです…」

 

 

上から順にミネルバ、ベイン、マートル、ルシウスが口々に叫び俺に詰め寄る。マートルだけなんか方向性がおかしいが、いつもの事だ。

彼らは頭の先から爪先までジロジロと見て俺がいつもと変わらない状態なのを確認してはじめて、アブラクサスのように胸を撫で下ろした。

 

 

「ごめんな、昨日家で酒飲んでさー久しぶりに寝落ちしたんだ。お腹すいちゃって、なんか食べるもんない?」

「勿論、すぐに用意します」

「ヴォルも食べるよな?」

 

 

後ろを振り返りながら言えば──ヴォルは少し離れた場所で、無表情で騎士達を静観していた。

俺しか見ていなかった騎士達はびしりと固まり、場に立ち込めていた和やかな空気が一瞬にして緊張感を孕む。ルシウスなんて真っ青な顔をしてびしりと固まっている。

 

 

「ヴォルデモート卿…何故、ここに…」

 

 

アブラクサスがルシウスを庇うように立ち、強く睨む。ぴくりと手が杖を掴むべきか悩んで動いていたが──ぐっと掌を握っただけで終わった。

 

 

「ノアに聞け。…私とて、望んでここにいるわけではない」

 

 

ヴォルが低い声で嘲るように吐き捨てる。

いやいや、アブラクサスのとこ行くって説明した時、別に嫌がらなかっただろ。何でそんなに喧嘩腰なんだよ。

 

 

「俺が連れてきたんだ。ヴォルは誓いの関係で…まぁ敵意は無いし、お前達に何もしないから。なぁ?」

「………」

「そこは、イエスって言えよ…」

 

 

ヴォルは見下すように顎を少しあげるだけで何も言わない。この中で1番長身のヴォルがそうしているだけで、かなりの威圧感だ。これ、わざと威嚇してるだろ。

……俺、身長180センチは超えてるけど、ヴォルって身長何センチなんだろ。…190センチ…は、無いよな、流石に。

 

 

「アブラクサス、入ってもいいか?」

「…ええ…構いませんが…」

「大丈夫、まだ誓いは続いてる。ヴォルが苦しんで無いって事は、マジでお前達に何かしようとは考えてないって事だ」

「……ノア様の判断に、従います」

 

 

アブラクサスは淡々と頷き、道を開ける。

ミネルバ達はいつでも杖を出せるように一切警戒を解かず、硬い表情のままヴォルを見た。

 

先頭を歩き大広間まで足速に案内するアブラクサスの後に続こうとしたが、ふとルシウスが硬直したまま動けていない事に気が付いた。

ルシウスはまだ子どもだし、あの集会で見たヴォルデモート卿と、今この場にいるヴォルデモート卿の雰囲気が違いすぎて戸惑い恐怖しているのだろう。それ程、ヴォルの視線は冷たく鋭い。この表情なら闇の帝王を名乗れるだろうなぁ。

 

 

「ルシウス、ほら、おいで」

「っ…ノア様…」

 

 

小さく震えるルシウスの肩をぽんぽんと叩けば、ルシウスは蒼白な顔で俺を見上げる。 アブラクサス(父親)や騎士達は余程ヴォルと近くに居たくないのか先に行ってしまった。まぁ、ヴォルは今まで沢山の命を葬ってきた可能性がかなりあるし、本人を前にすれば嫌悪感はあるのだろう。

 

 

仕方がなく、その場にしゃがんでルシウスの背中と脚に腕を通し抱き上げれば、ルシウスは青白い顔を一気に真っ赤に染めて息を飲み、一瞬逃れようとしたけれどバランスを崩して慌てて俺の胸元にしがみついた。

 

 

「暴れたら落ちるぞ?」

「そ、そんなっ!お、落として下さい!ノア様にっ…だっ…抱き抱えられる、なんて…!」

「はいはい大丈夫だからなー。…ほら、ヴォルも行くぞ」

「…魔法で運べばいいだろう」

 

 

ヴォルは何故か機嫌を損ねている。

多分、歓迎されてない様子に不機嫌なんだろう、うん。

折角頬が赤くなっていたのに、ルシウスはヴォルの低い声と視線に射抜かれてまた顔をさっと青くした。

 

 

「ルシウス軽いし、問題無いぜ?なールシウス?」

「ノ、ノア様…」

「どした?」

「──っ!!」

 

 

安心させようと思って微笑めば、ルシウスはぼっと赤面し、くたりと俺の胸に頭を預けるように気を失う。意識を失った身体は少し重さが増えたけれど、まぁ普通に運べる程度の軽さだ。

 

静かになったルシウスと、元からむっつりと黙ったままのヴォルだったが、俺は2人を気にせず見えなくなったアブラクサス達の後を追った。

 

 

「…それの、執事だったのか」

「それとか言うなよ。ヴォルの好きな純血魔族様だぜ?可愛いだろー?俺のお気に入り」

「……」

 

 

ヴォルは純血が好きなはずなのに、ルシウスを見る目はとても冷ややかだった。

仕方ないだろ、ヴォルの威圧感に耐えられなかったんだ、まだ13歳程度の子どもにはキツかったんだろう。

ルシウスの見た目は初めて会った時と比べて美少年らしく成長していた。きっと、将来イケメン間違いなしだ!

 

 

「ルシウス、おーい」

「……はっ!!」

「起きた?降ろすぞ?」

「は、はい…」

 

 

大広間に入る前、ルシウスに声をかければ何とか意識を覚醒させ、震えながら頷いた。

そっと降ろせば、よろめきながらも自分の足で立って、申し訳なさそうに眉を下げて俺を見る。

俺は扉を開き、先にルシウスを通す。

ルシウスが扉を通った後で少し早く歩き、大広間の中央にある長机のいつものルシウスの席に向かい、自然な動作でルシウスが座る椅子を引く。

ルシウスも何も言わずに座り、俺はいつものように斜め後ろに立つ。

 

 

「…ノアさん」

「あ。…つい、癖で」

「あっ!!も、申し訳ありません!気が動揺、していてっ…!」

 

 

ミネルバの声にハッとした。

いやーうっかりしてた。ルシウスが座るときはいつもこうやってたから、身体が自然と執事らしく振る舞ってしまってたな。

ルシウスも、執事では無い俺に執事らしく従わせてしまったことに気付き慌てて立ち上がろうとしたが、苦笑してそれを制し、俺はいつもの上座席へと向かう。

…そういや、この席。今まで気にしてなかったけど、映画でヴォルデモートが座ってたとこだな。それにこの長机も、机の上に瀕死状態のマグル学教師を置いて、ナギニにペロリとさせていたあの長机だ。

 

 

「ヴォル、…何突っ立ってるんだよ」

 

 

ヴォルは扉の前から動かず、大広間をぐるりと見渡していた。

そんな警戒しなくても、ヴォルを捕らえようと隠れている闇祓いなんて此処には1人も居ないのにな。

 

声をかけても動かないヴォルに小さくため息をこぼし、駆け寄ってその手を取る。…あれ、いつの間にか革手袋してる。外出するときはつけるのか?

 

無理矢理ヴォルを机の側まで引っ張る。

あ、どこに座らせよう。流石に警戒心バチバチな騎士達の隣に座らせるのはなぁ…。

上座の席は、一脚しか無いし。──ま、いいか。

 

 

俺は指を振り、椅子を一脚浮遊させ俺の隣に置く。ヴォルに座るよう顎で指せば、無表情のまま、その席にちゃんと座った。…よしよし、とりあえず同じ席につけば、いきなり乱闘が始まる事はないだろう。

 

 

「ノア様、昨日何があったのか…お聞きしても?」

「うん、その説明の為に来たからな…」

 

 

何から話そうか、と沈黙し、誰もが真剣な顔で固唾を飲む中──俺の腹の虫が「ぐう」と控えめに鳴った。…デジャヴだな、これ。

 

ちらり、とアブラクサスを見れば、少し呆れたような──それでいて、ほっとしたような顔で手を叩く。すると静かにハウスエルフが現れ、アブラクサスの囁きに耳を傾けていたが、軽く頷くと指をパチンと鳴らした。

 

途端に机の上に豪華な朝食やティーセットが並ぶ。

俺はすぐに手を伸ばしたが、残念ながら俺以外は全く手をつけなかった。

 

 

「ノア、食べながらでいいから教えて。…昨日……ヴォルデモート卿と()()()()話せたの?」

「ああ、話せたし、ヴォルはもうマグルの虐殺をする事は考えてない。…それが俺に対する攻撃だともう理解したからな。ほら──血の誓いで、俺が姿を見せられなかっただろ?それと同じ状況なんだよ」

「そうなんですね…じゃあ、とりあえず…死喰い人達はもう何もしないのですか?…何もしないで、今更……終わる事が出来るのですか…?」

 

 

ベインはとりあえず納得はしたようだ。きっと俺が血の誓いにより苦しんだ光景を思い出したんだろう。

おずおずと言うマートルに、ベイン達も同じように頷く。大人ではなく、世間を知り、賢い彼らも──今更死喰い人が止まる事など無謀な事だと理解している。

 

 

「このままだと、無理だな。だから俺は──」

 

 

サンドイッチを食べ終わり、美味しい紅茶を飲んだ後言葉を切る。

ヴォルは、俺の考えを理解してくれた。それは単に──ヴォルが特別であり、世界を支配したい気持ちがあるからだろう。

騎士達はそんなことを考えていない。勿論ミネルバなんかは魔法族が隠れ住むことなく平和に暮らす事が出来れば良いとは思っているが、それはあくまで机上論だ。現実的ではないと、思っている。

 

そんな彼らが、俺が今からする事を──俺の騎士だとは言え、理解してくれるだろうか。

 

 

「俺が、世界を統治する。ヴォルには昨日説明したんだけど…。…俺の存在に強い呪いをかけて、世界中の人々を呪う」

 

 

呪う。という言葉に騎士達は流石に動揺していた。世界を征服するとは、既に伝えていたが方法まではその時明言しなかったからな。

 

1月11日に何をするつもりなのか、俺は全て彼らに話した。

 

魔法族と、マグル──世界の人々に服従の呪文をかけて呪い、理を無理矢理に変え、まやかしの世界を作り上げる。その後マグルに魔法の存在を周知し、それを認めさせる。

勿論リスクも伝え、それを望まない人間も居るだろう事、俺がどれだけ罪深い事をしようとしているのか、それもちゃんと伝えた。

服従の呪文は1人に使うだけでアズカバン行きなんだ。アズカバンに行くつもりはないが、それだけの罪を俺は背負っているのだとちゃんと考えなければならない。

 

 

説明が終わり、一息をつく。

騎士達を見れば、彼らは──驚愕し、言葉も出ないようだった。

 

 

「ノアが…神様になるの?」

 

 

ベインがぽつりと呟いた。

神様。まぁ、マグルにとっちゃそれに近い存在になるだろう。

 

 

「そうだな、──俺は新世界の神になる」

 

 

デスノートは持って無い、俺がもっている武器は圧倒的な魔法と、世界一の美貌だ!

 

 

「ノア様が…神様に…夢でも、妄想でもなく…」

「世界を統べるとすれば…ノア様、貴方様以外に相応しい者は存在しません」

「ノアさんなら、不可能は有りません。何だって…そう、世界ですらもその手に入れられる事でしょう」

 

 

騎士達は、静かに言い、俺の考えを否定も、咎めもしなかった。

正直、非難されると思ってたから──信じられなくて、黙り込んだのは俺の番だった。

 

 

「…ついてこいとは、言わない。…沢山の人の運命を変えるんだ、その罪の重さを俺はよく、わかってる」

「ノア。前に言ったよね。僕らはノアの騎士、君に忠誠を誓う。ノアがそれを望むのなら、僕らは…何だってする」

 

 

確かな意志と僅かな狂気を目に宿し、騎士達は頷いた。

意志は固く、変わる事がない。彼らの心を、つい見てしまったが──そこに一欠片もの嘘はなかった。

彼らは 俺の騎士(Knight Ark)──忠実な俺の、盲信的な(狂った)騎士だ。

変わらない忠義と、狂気の眼差しに安心したような──薄寒いような。

 

 

「…ありがとう。…絶対に、守るよ」

 

 

誓いを込めて呟けば、アブラクサス達は少し笑った。

 

 

「守らせて下さい。その為の騎士ですから」

「そうだよノア。君主に守られるって…どうなんだい?」

「あー…でも、私は守ってもらわないと…その、強くないので…も、勿論ノア様の為に頑張りますが!」

「ふふ、そうですね。守り、守られる…それでいいのでは?」

 

 

守り、守られる。

俺は人に守ってもらわなくとも、生きていけると思っていたが──そんな事、あるわけが無いんだと、今気付いた。

いや、守られっぱなしだ、俺は。

世界一の力を持とうが、1人では生きていけない。きっと、騎士達が俺の()()()()()()を、守ってくれていたんだ。

 

騎士達が居なければ俺は目覚めた時、何もわからず、世界に飛び出していた。

その先の未来がどうなったのかわからない、

 

いや、そもそも。俺にとって大切な存在で、守るべき者がヴォルだけなら──きっと、俺はヴォルと共に彼が望む世界を作り上げていただろう。預言の子が生まれる前に、ポッター家を滅ぼし、戦士が生まれる前にその芽を踏み潰していた。

 

闇の帝王となるヴォルの運命に付き添い、俺は2人きりで完結した関係を維持する為に、心を痛める事なく、殺戮を繰り返していたかもしれない。

 

俺がその道を選ばなかったのは、ヴォル以外に大切な存在がいて、彼らの世界を守りたかったからだ。

ヴォルのように特別ではない、普通の魔法使いである彼らの事も愛したから──きっと、俺の手は血に染まる事がなかった。

 

世界はたった一つの現象により、無数の可能性を秘めている。

 

例えば、俺がヴォルと心から語り合い、友情を育み、闇に染まらずホグワーツで共に教師をする未来。

 

例えば、ヴォルと共に世界を圧倒的な災いにより、支配する未来。

 

例えば、ヴォルと決裂し、俺がヴォルを倒さなければならなかった未来。

 

例えば、目覚めた時にヴォルが肉体を失い、英雄であるハリー・ポッターが生まれた後の未来。

 

 

分岐点は幾つもあった。

その数多くある未来の中で、俺が今居るのは、方舟の騎士達と、ヴォルと──魔法族の世界とマグルの世界の認識を統一する世界なんだ。

 

 

 



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57 清き魂?

 

 

「一面の森であるっ!」

 

 

ヴォルと再開してから数日後。

俺はアイスランドにある鬱蒼とした森を訪れた。目の前には森…というか山と、大きな滝がある。

かなりの落差がある荘厳な滝が美しくて素晴らしい!マイナスイオンでまくりである。ちょっと寒いけど。

 

 

「こんなところで…何の用事?」

「んーちょっと探しもの」

 

 

俺の少し後ろにいたヴォルは、滝から細かな水の粒子が飛んできてるのを嫌そうに見つめ、杖を振るって自分の周りに透明な壁を作った。

 

 

「探しものって?」

「麒麟」

「…麒麟、…って。…ここにいるの?…本当に?」

「ああ、昨日占っただろ?水晶玉はこの滝を写したって事は、間違いなくこの辺にいる」

 

 

麒麟とは、魔法界においてもっとも尊い魔法生物である。

人の魂を見ることが出来て、過去には魔法界の次の指導者を決める役割を担っていたとか。グリンデルバルドは昔、麒麟を使って国際魔法連盟のトップに君臨し、魔法界の指導者になろうとしていたって過去の記事──というか、グリンデルバルドの事を書いた本で読んだ。

国際魔法連盟を黙らせるには、やっぱ麒麟を使役させるのがもっとも手っ取り早いだろう。エリートには俺の呪いが効かないかもしれないし、一応、考えられる保険はかけておくべきだ。

麒麟の居場所を占った時にこの目の前にある大きな滝が見えた。勿論地理や観光名所に疎い俺は全くこの滝がどこの国にあるのかはらわからなかったが。ミネルバが暫く考えた後「アイスランドにある滝ですね」と教えてくれた。滝の場所を調べて実際見てみれば、水晶で見た滝と全く同じでミネルバの言葉は間違いではなかったのだ。…何でみんなそんなに外国の観光名所とか地理に詳しいんだろ。俺が興味ないだけか?

 

 

 

「…麒麟まで呪うつもり?…グリンデルバルドの二の舞になるんじゃないかな」

「そんな罪深いことしねーよ。ふつーにお辞儀してもらうんだよ」

「……ノアに、首を垂れるかな…」

「は?余裕だろ。俺の魂ほど完璧なものはない!」

 

 

いや、無理なら諦めるけどさ。

俺の美貌とチート能力が宿る魂なら、いけるんじゃね?ってわりと思ってたんだよなぁ。だって、ユニコーンだってキメラだって…どんな魔法生物とも話せるんだ。お辞儀の一つくらいしてくれそうじゃね?

 

久しぶりに杖を振るいながら「 導け(ギィディッド)」と魔法を放てば、杖先が白い光線を放ち道なき道の中に道標をつくる。

さくさくと歩いていけばしばらく無言だったヴォルは難しそうな顔をして「どうだろ、無理じゃないかな」と呟く。

 

 

「そうか?わりといける気がするけどなぁ」

()()()()()()ならね」

「は?……あっ!」

 

 

一瞬、意味がわからなかったが直ぐに察してしまい、あちゃーと顔を抑える。

ヴォルは「忘れてたの?」と呆れたような声で言った。

忘れてた。魂が2つ入ってる場合麒麟はどんな反応するんだろ。

 

 

「本当。馬鹿だね」

「そうか…俺の中にはヴォルの魂があったんだ…麒麟がヴォルにお辞儀──」

 

 

ちらり、とヴォルを見る。

清き純粋な魂にしかお辞儀をしない麒麟。

 

 

「──するわけねぇな!」

「…ま、それは僕も同意する」

 

 

ヴォルの魂が清くて純粋なら、多分世界中の魂は聖人の魂ということになるだろう。

いや、まぁ、ヴォルは()()()()真っ直ぐで純粋かもしれないが。普通に殺人してるし、魂分けてるし、お辞儀される可能性が微塵もない。

 

 

「うーん…ま、無理なら良いさ。麒麟はいわば保険だから。…とりあえず会ってみよう」

「麒麟か…本物は、見たことないな」

「俺も無いなぁ。ってか、かなり 希少(レア)らしいし?」

 

 

個体数は驚くほど少ないらしい。

別に魔法使いに乱獲されたとかではなく、単純に寿命が長く、魔法族から大切にされている麒麟はかなり強いらしく、天敵も少ない。

つまり、無理に子孫を大量に産み出す必要が無いのだ。何十年──いや、百年以上を生きる麒麟は生涯に1度か2度しか出産を行わない。寿命に対して回数が少なく、結果あまり個体数が増えなかったのだろう。…まぁ、絶滅するほどでは無いけど。

 

 

森の奥へ進むうちに、気がつけば上り坂になっていた。ふ、普通に急勾配でしんどいっ!

いや、ほら、魔法使いって肉体派じゃないから!ぶっちゃけ、魔法で何でもする癖がついてて若干筋力の衰えを感じるっていうか…!

 

 

「き、筋トレしなきゃなぁ…」

 

 

モデルやってた時は、一応ストレッチとか軽い筋トレをしてたからな、勿論俺は筋トレなんかしなくても世界一美しかったけど、やっぱ…有る程度引き締まってた方が、さらに魅力はアップするし。

 

荒くなってきた呼吸を落ち着かせるために一度足を止めて大きな木の幹にもたれかかる。もし、山頂まで行くのなら、まだまだ距離はある。

 

 

「よし、飛ぶか。──ヴォル、ついて来れるか?」

「…誰に言ってるの?」

「ま、そーだよな」

 

 

ちらりとヴォルを見れば、ヴォルは不敵な笑みを見せた。

いや。偉そうに言うけどあの飛び方教えたの俺だからな?新しい移動魔法を習得した時はわりと嬉しそうにして何度も家の中でささーって移動してたのになぁ。

ふわりと浮いて、そのままヴォルに向かって合図を送り速い速度で移動する。時々後ろを振り返れば──うん、ちゃんとついてきてる。

アルバニアの森でやったように木を退けて、森の奥へ、山頂へと向かい、開けた場所に辿り着きようやく地面に降り立った。

 

 

ヴォルにこれ以上近付くなと手で合図し、白い光線が示す暗がりの中にゆっくりと向かう。

 

草が生い茂る中に、体長3メートル程で、鹿に似ているが顔は龍のようであり、尾は牛、蹄は馬。全身が鈍色の鱗で覆われた麒麟が黒々とした眼で俺をじっと見つめていた。

 

 

「…何…」

「こんにちは、俺はノア・ゾグラフ」

 

 

麒麟の声は透き通り、よく耳に馴染む美しい声だった。

俺が話しかければ、麒麟は耳をぴくぴくと動かし、少し、首を傾げる。

 

 

「言葉…わかるの?」

「ああ、そうだ。俺はお前に危害を加えるつもりは無い…なぁ、俺の魂は、お前が納得する正しいものか?」

「……うーん…?」

 

 

芝生の上に座っていた麒麟は立ち上がって俺に近付き、ふんふんと匂いを嗅ぎながら俺の胸あたりをじっと見つめた。

 

 

「不思議な魂だね…清くて穢れが無い。全てを愛して、受け入れる…至高の魂だ…」

 

 

おっ、割と好印象?

お辞儀あり得るんじゃない?──と、思ったが麒麟は俺の目を見てパチリと瞬きをし「なんで魂が二つあるの。小さい方の魂は、導き手になれないよ」と続けた。

 

 

「そっかー。…お辞儀はしてくれない?」

「魂が2つある生き物なんて初めて見たけど…」

 

 

麒麟は少し考えた後ぷるぷると首を振った。

そっかー残念だなぁ、やっぱヴォルの魂が入ってる俺には無理か。

 

 

「ノア、君の魂は…不思議。…もう一つ大きな方の…魂は……なんだろう…」

「ん?…おお」

 

 

麒麟は俺の胸元にすりすりと頭をつけ、甘えるように「うーん」と言うと尻尾を振った。

 

 

「凄く…居心地が良い、ずっとその魂を見ていたいって思うんだ」

 

 

とろんとした声で麒麟は呟く。俺がそっと艶やかな鱗に覆われている体を撫でれば、嬉しそうに目を細め俺の肩に顎を乗せた。

なんか、めちゃくちゃ大きな犬みたいだな?尻尾ぶんぶん振ってるし。

 

ふと、麒麟は離れた場所に立っているヴォルに気がつくと耳を素早く動かし、俺から体を離す。

もう1人いるとは思わなかったのかな?なんか警戒してるし。

 

 

「…ノアの中にある魂と──同じだ」

「ああ、そうそう。あいつの魂が俺の中に入ってるんだよ」

「ふーん。…だめだね。清く無い。濁ってるし、傷ついてる」

 

 

ばっさりと言い切る麒麟は嫌そうにいった。

まぁ、殺人してるからなぁ、一度だけで魂は穢れて引き裂かれるし。

 

 

「ヴォル、お前の魂は清く無いってさ」

 

 

にやりと笑えば、ヴォルはどうでも良さそうに「だろうね」と答えた。

ま、ヴォルも自分の魂が清く無いって事は当然だとわかっているのだろう。

かといって、マジで俺の魂が清いとは思わなかったけどな。たしかに俺は世界一の魔法使いで、何よりも素晴らしい魔力が育つ魂がある。

けれど、今考えているのは──世界征服だし。…世界統一か?

 

 

「ノアの中にある、アレの魂。分けれないの?それが無くなれば…」

 

 

麒麟は俺のこと目をじっと見る。

ヴォルの魂を取り出せば、お辞儀をするよって事だろう。

だけど、俺にそれは出来ない。

ちょっと困ったように笑って、麒麟の綺麗な顔を撫でた。

 

 

「分けれるけど。それするとヴォル──アイツの魂が消えちゃうからさ。大切な奴なんだよ、そんなこと出来ない」

「……そう」

 

 

綺麗は俺の手に擦り寄り、暫く沈黙した後頷いた。

 

 

「──じゃあ、ノア。私の背に乗っていいよ」

「え?…乗る?飛べんの?」

「うん。勿論」

 

 

それらしい羽はないけど。麒麟って飛べたんだ?あんまり生態について詳しく書いてある図鑑も無かったからなぁ。

麒麟は脚を折り、俺が乗りやすいように体を下げる。…一見すると、これもお辞儀っぽいな?

 

乗らせてくれるなら、まぁ──乗ってみるか。

 

麒麟の背にひょいと飛び乗り、首元にそっと手を出して添える。

途端に麒麟はぐっと立ち上がり、そのまま強く地面を駆け──当然のように飛び上がり何もない空を踏み締めて飛んだ。

 

 

「おおーー!す、すげえ!」

 

 

守りが一望できるほど飛び上がった麒麟は何もない所で止まると、「空って気持ちいいよね」と楽しげに言った。

確かに、悪くない。箒とも飛行術とも違う、生き物と一緒に空を駆けるのは、また別の感覚だ。

 

 

日の光を浴びてキラキラと輝く川の上を、麒麟は滑るように走る。羽もないのにどうやって飛んでるんだろ、まぁ確かに、麒麟って飛ぶイメージはあるな。飛ぶって言うか、空を走る?

 

 

「ねぇノア。私たちが人間を背に乗せる意味、知ってる?」

「え?なんかあったのか?」

「友好の証だよ」

「へー!ありがとう!」

 

 

確かに、お辞儀よりよっぽどわかりやすい友好の証だ。

そういや魔法生物は賢くて背に乗せることを特別視する生き物が多いよな、ヒッポグリフとかケンタウルスみたいに。

……ふぅん?

 

 

「なぁ、俺と──」

 

 

麒麟は特に考えることなく「いいよ」と答えた。その声はとても嬉しそうで、俺の魂とそばに居たいってのはどうも本当らしい。

 

 

暫く空のお散歩を楽しんだ俺と麒麟は、ヴォルの待つ広々とした空き地に戻った。

ひらりと地面に着地し、麒麟の頭を撫でれば、また嬉しそうに尻尾をぱたつかせた。うーん、かわいい…。

 

 

「よし、じゃあ帰るか」

「…なんの成果もなかったね」

「いや?そうでも無いぜ?」

 

 

ニヤリと笑い、麒麟の首を撫でる。

…逆鱗があったらどうしようかと思ったが、首の下あたりに少し違う向きで生えている鱗はなさそうだ。

 

 

 



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58 レッツ調合

俺の家族を紹介します!

 

 

その1!麒麟ちゃん!

俺の家に遊びにくる?誘ったら「いいともー!」って某番組のようには言ってないが、ついて来てくれる事になった。

流石に3メートルの体はでかいな。俺の家そんなに狭いわけじゃ無いけど普通に圧迫感がある…。

 

 

その2!居候、ヴォルデモート!

新しい家族が増えたことに嫌そうな顔をしていた。

そういや生き物が家に居るの嫌だって言ってたな。…あれ?ナギニは?ナギニっていつ出会ったんだ?ってかお前、あくまで今は居候だぞ。35年ローン返済滞ってるんだが?

 

 

 

リビングのカーペットの上で寛いでいる麒麟を目を細めて見ているヴォルは、計画に麒麟はもう必要ないのに何故連れて帰るのかわからないとずっと文句を言っていた。

 

 

「ヴォルって、蛇とか飼ってないのか?」

「飼ってない。 バジリスク(オロチマル)なら飼いたいけど」

「ふーん?…ま、アイツを飼うには…ちょっと家の大きさが無理だな」

 

 

ナギニの名前が出てこない、という事はまだ出会ってないらしい。この世界では出会わない世界なのか、それとも単純にまだ出会うときじゃ無いのかはわからないな。原作でもいつ出会ったかは、書かれてなかったし。

 

 

 

「ノア、こっち来てよ」

 

 

ソファに座ってヴォルと晩酌してたら麒麟がつまらなさそうな声を出して、尻尾をぱたりと動かした。

 

 

「ん?どーした?」

「なんでもなーい」

 

 

 

ウイスキーの入っているグラスを机の上に置いて、麒麟の側に寄れば器用に前足で俺の腰あたりを引き寄せ、そのままぽすんと胴体部分に押しつけた。

麒麟の体ってちょっと内部から光ってて綺麗なんだよなぁ。この鱗も、艶やかだし。確かに敬いたくなる気持ちもわかるな。

そしてこの麒麟は見た目よりなんか…ちょっと幼いな?可愛いから良いけど。なんか…中学生くらいの女の子と喋ってる感じ。

 

 

「そういや、麒麟って何食べるの?」

「葉っぱとか、きのみとか」

「そうか、んじゃ──この中で食べられるものはある?」

 

 

ぱちんと指を鳴らしてボウルに入った果物や葉野菜を出現させた。ちょうど昨日マートルに頼んで買い出し行ってもらったところで、俺の家の中には十分な食材が揃っている。

 

麒麟はくんくんとボウルに鼻先を突っ込みながら、真っ赤なリンゴにぱくつき、美味しそうにしゃりしゃりと食べだした。

 

 

「美味しいか?」

「うん!」

 

 

嬉しそうな麒麟を見てると、なんだか俺まで嬉しい。やっぱりペットは良いなぁと思いながら麒麟の体を優しく撫でていたが、ヴォルが冷ややかな目をして俺と麒麟を見ていることに気がついた。

 

 

「なんだよヴォル。麒麟がお前に懐かないからって…やきもちか?ん?羨ましいだろー?」

「違う。…そっちじゃない」

「んなこと言ってもわかってるって!」

 

 

ニヤニヤと笑いながら言えば、ヴォルは重いため息を吐き無言でウイスキーを飲む。

まぁ、それか麒麟が何を言ってるのかわからなくてつまらないのかも知れないな。

…そういえば、ハリーが蛇語を話せたのはヴォルの魂が入って分霊箱になっていたからだ。じゃあ、俺がヴォルを分霊箱にしたら、ヴォルもどんな生き物とも会話する事が出来る様になるのか?

ちょっと興味はあるけど、流石にそんな理由でヴォルを俺の分霊箱にするのはなぁ。

 

 

「…昔…魔法族の指導者を決めるために清い魂を選んだことあったなぁ」

「へー?昔かぁ…どれくらい前?」

 

 

麒麟はリンゴをもぐもぐしながら思い出したように呟いた。

どれくらい前なんだろ。記録では麒麟が使われたのはグリンデルバルドの一件が最後だけど。

 

 

「さあ?わからないや」

 

 

麒麟の時間の流れと、俺たちの時間の流れは違うのかも知れない。

そもそも一年という単位や時間に縛られて居るのはきっと、人間だけだ。

 

麒麟の隣に座り、その温かい身体に身を寄せてあの森の話や普段何をして過ごしているかなど色々と教えてもらった。

あの森はそれ程危険な魔法生物もいなくて、清い空気で満たされてかなり居心地がいいらしい。あんまり沢山の人間のいる所に行きたくは無いようで、人間の穢れた魂を見たくないとか。 

 

 

「へえ…やっぱ、穢れた魂の側は嫌なのか?…疲れるとか?」

 

 

もし、その穢れた魂を見て疲れたり、何か不都合があるなら…俺がこの麒麟を使う計画は、この麒麟にとって良く無いのかもしれない。

 

 

「疲れないよ。ただ…うーん。悲しいんだ。魂が穢れるのは、人間だけだから」

「あー…そうだろうな」

 

 

この世で魂を穢すことが出来るのは、人間だけだ。

自己中心的な理由で、自分の利益のために同族を殺し、世界を汚しているのは、人間だもんなぁ。

他の生き物も勿論人間を襲ったり、同族で殺し合ったりはする。けれど、それは本能的理由であり、人間のような欲に塗れた理由ではない。

 

 

「うん…。本当に清い至高の魂を持つ人間なんて…。珍しいんだよ。指導者の器になれる魂を持つ者は、居るけど」

「俺、清い魂と指導者になれる器って同じ意味だと思ってたけど…違うのか?」

「全然違うよ。…だから、ノアの側は…居心地がいいんだ」

 

 

麒麟はすりすりと俺の頬に顔を寄せた。

顔の周りにあるふわふわとした毛がとても気持ちいい。

麒麟を撫でつつ、まったりしていたら、わりと強めにグラスを置く音が響き、俺はヴォルの方を見た。何、なんか…不機嫌?

 

 

「ノア」

「なんだよ?」

「ウイスキー」

「…自分で注げよ、全く…」

 

 

俺はキャバ嬢じゃ無いんだけど。と心の中で文句を言いながら麒麟から離れてヴォルの隣に戻った。

溶けて半分なくなっていた丸い氷を新しいものに変えてやり、黄金色のウイスキーを注げばヴォルは満足そうな顔でまたウイスキーを飲んでいた。…見てたら俺も飲みたくなってきたな。

 

 

「ヴォル、俺もおかわり!」

「自分でやれば?」

「……」

 

 

俺は注いでやったのに!と非難めいた目で見てたら、小さく笑ってちゃんと注いでくれた。

うん、ウイスキーも美味い!日本酒か焼酎も飲みたいけど、あんまイギリスには無いんだよなぁ。いやーヴォルにも飲ませてみたい。洋酒では酔わなくても、日本酒で酔う人もいるし。まぁ逆も然りだけど。

 

 

「9月になったら、また…君はホグワーツに行くのかな」

「んー。…行かないかな。もうヴォルに会う目的は果たしたし、行っても意味ないだろ?こっちで色々準備する事もあるし」

「準備って?」

「あー。世界を呪って、ヴォルの魔力を借りるけど。それでもダメだった時の為にな。ちょっと魔石に魔力貯めて、何個かタンク代わりに生成しとこうかなって」

「ふーん?…魔力か…」

 

 

ヴォルの魂が俺の中にあるから、俺はヴォルの魔力をとっても大丈夫な筈だ。…いや、そうあってほしい願望も含まれてるけど。

ヴォルはグラスを持っていない手で、俺の空いている手を握った。…相変わらず氷のように冷たいな。

 

 

「…俺の魔力、とるなよ」

「……いや、出来るものなんだな、って思って。これって誰でも出来るなら、その辺の魔法使いから奪えば?ノアの信者なら喜んで魔力くらい差し出すんじゃないかな」

「いやー…無理だろ。…ヴォル、俺の魔力とって、なんか違和感ないか?」

「……、…ん…?」

 

 

ヴォルと触れ合っている手から何かが流れ、抜け出しているのがわかる。体の中の魔力の流れなんて、あんまり意識した事はないけど。あんまり魔法連発すると、体から熱が消えていくような感覚になるから、きっと魂にはある程度の魔力量が個々で決まってるのだろう。

 

ヴォルは暫く沈黙して握っている手を見ていたが、「別に、何も?」と俺を見て首を傾げた。

…あれ?

 

 

「気持ち悪くなったりしないか?」

「いや…無いかな」

「んー?なんでだろ。俺がグリンデルバルドの魔力奪った時はマジで吐き気と眩暈のオンパレードで──」

「…グリンデルバルドの魔力を奪った?」

 

 

ヴォルが俺の手を強く握り、絶対零度の冷ややかな眼差しで俺を見据える。

声はどことなく、いつもより低くて…ってあれ、言ってなかったっけ。──言ってなかったわ。

 

 

「あー。ほら、グリンデルバルドに狙われた時に、一時的に魔力を失う薬を飲まされて、監禁されそうになって…まぁ、それで逃げる為にグリンデルバルドの魔力を奪ったんだよ」

「…よく無事だったね」

「まーそれは俺だし?」

 

 

呆れたような眼差しで見られてしまった。確かにあれは俺史上2番目くらいにやばいなって思ったな。1番目はもちろん拳銃で撃たれた時だけど。

 

 

「それにしても、何で平気なんだろ。…俺の中にあるヴォルの魂が、ヴォル本人にも影響してるから… ヴォルは俺の魔力吸っても平気なのか…?」

「さあ…どうだろうね」

 

 

分霊箱に関しては文献がマジで少ないから、色々とわからない事も多いんだよな。そもそも分霊箱作ったのって…ヴォルが二例目だっけ?

 

 

「多分、俺はヴォル以外の魔力は受け入れない、と思う。一時的に魔力が補充されても…なんていうかな、倦怠感と吐き気が強くてさー、めちゃくちゃ悪酔いした感じになるから。俺の信者の魔力は取れないかな」

 

 

そう言って手を離せばヴォルは納得した顔で頷いていた。

手っ取り早く魔力の篭った石を作るには、下準備が必要だし、早速明日ノクターン横丁に行って色々準備しなきゃな。

 

 

「明日、素材買いにノクターン横丁行くけど、ヴォルはどうする?」

「…そうだね、明日は…死喰い人達の元へ行く。1月11日までは大人しくするように伝えてるけど…ま、ちょっと()()()言いつけようかな」

 

 

その言葉にはいろんなニュアンスが込められていたが、あえて俺は気が付かないふりをした。

 

 

「…魔力を貯める魔石って、生成に時間かかるわりに…それ程魔力を貯めれなかった気がするけど。後数ヶ月で…作れる?」

「ん?…ああ…ま、本来なら魔石に自分の魔力を貯め続けて…まぁ年単位かかるけど。裏技…いや、力技かな?それですぐに作れるはずだ」

「その方法は…知らないな」

「あー…作ってみせようか。ちょうど一回分の素材はあった筈だし」

「うん、知りたい」

 

 

ヴォルは今でも自分の知らない魔法や魔術があると、意欲的に取り込もうとするようだ。かなり勉強熱心だな?

俺はチラリと麒麟を見て、麒麟はいつの間にか前足に頭を乗せてすぴすぴと寝ているのを確認し、無言でついてこいと手で合図してそっとリビングから地下室に向かった。

 

地下室は、がらんとしていて一階よりも空気が冷えている。

調合机と大鍋が中央奥にあり、素材棚と本棚が壁に沿って並んでいる。ヴォルの希望で作った調合兼実験室のここは、俺はあんまり使ってなかったが、ヴォルはたまにここに篭ってたっけ。今考えたらなんか悍ましい闇の魔法でも生み出してたのかな?

 

 

部屋の真ん中にあるがらんとした場所に大鍋を置き、棚から手のひらサイズの魔石やら薬草やら骨やらを取り出し、鍋の中にぽいぽいと無造作に入れた。

あまりの俺の適当さに、ヴォルは石壁にもたれながら「こんなので出来るのか?」と訝しげな目で俺を見るが、とりあえず最後まで見続けようと思っているのか何も言わなかった。

 

 

「さて、ここには何と5000ガリオンもする上位魔石と、希少な素材が入っているのだが…」

 

 

似非(エセ)セブルス教授ごっこをする。何となく薬を作ったりする時は、セブルスごっこがしたくなるのだから、仕方がない!

 

 

魔法界とマグル界の物価や価格帯が違うとはいえ、大体1ガリオンは日本円で3000円くらいだ。つまり…この石は一千五百万円くらいの価格だが、まぁ…全盛期、俺が1ヶ月に稼いでいたのは──それよりも高いとだけ言っておこう。

 

 

「…それ、そんなに高いんだ」

「さよう、上位魔石はビーズくらいのものでも100ガリオンはする。…さて、賢者の石の作り方にもあるように本来なら魔力を注ぎ込むのに数年かかものなのだが──」

「…賢者の石?……もしかして、持ってるの?」

「──え?ああ、うん。まぁそれは今は関係ないから置いといて──これより、ノア専用魔力タンク作りを開始する」

 

 

ヴォルのつっこみに思わず素で返してしまったが、気を取り直して背筋を伸ばし、手を後ろに組んでヴォルを見る。ヴォルは何か言いたげな目をしていたが、とりあえず黙り俺の茶番に付き合ってくれている。

 

 

「ミスター・リドル。賢者の石の生成方法は知っているかね?」

「…知らない」

「製作者の魔力、上位魔石、ユニコーンの血、ナギベルの葉、黄金魚の第二頚椎…そんな事もわからないのかね?スリザリン5点減点!」

「…本当に、それで賢者の石が作れるの?」

「さよう。…しかし、今賢者の石を作るには、圧倒的に時間とユニコーンの血が足りん。…その為、今回は特別に別の血を利用する方法を…教えよう」

 

 

俺は作業台の上にある小型ナイフを手に取り、そのまま大鍋が置いてある部屋の中央に向かう。

 

 

「そう。代替する血とは──俺の血だ」

 

 

俺はそのまま左手首を切る。

切る前に痛覚は遮断していたから特に躊躇いなくスッパリと切れば真っ赤な線からぷつぷつと赤い玉が出来て、すぐに溢れかえり流れ落ちた。くるりと傷口を下にすれば、ぼたぼたと割と大量の血が流れる。

 

 

「…それ…大丈夫?」

「ん?あー痛覚遮断してるから、痛くはない。まー問題は出血死しないギリギリまで血が必要って事で…あ、棚にある造血薬とって?」

 

 

動脈は切って…ない筈だけど、え?切ったのか?正直わからん。痛覚ないと割とすっぱり行くことがわかった、痛覚は危険を知らせる大切なサインであり、それを無視することは危険だって──なんかの本で読んだな。

 

ヴォルは苦虫を噛み潰したような顔で棚から取った造血薬が入った瓶を俺に渡した。

…あ、…ちょっと説明してからやれば良かった。ヴォルにとってのトラウマだったり…?

 

ヴォルの表情を見て、俺が拳銃で撃たれた時もそういえば出血死手前の出血量だったと思い出した。

 

 

「ヴォル、今回は大丈夫だから」

「……わかってる」

 

 

少し、体が冷えてきたし手の先が震えてきた。

大鍋の半分ほどに血が溜まり、部屋中が血独特の鉄臭いにおいで満たされていく。

ヴォルも、嫌そうな顔で溜まっていく大鍋を見ていた。

 

 

「──っと、こんなもんかな」

 

 

くらり、ときたところで造血薬を飲み、傷口を治癒する。

足がふらついてきたから大鍋の前に座り込み、匙でぐるりと鍋をかき混ぜた。

 

 

「…これで、どうするの」

「えーと、この鍋には既に俺の魔力が篭ってる血液で満たされてる。…あとは、魔力を注ぎ込んで、血液と魔力を魔石に定着させるから。俺が倒れたらとりあえず手を握ってくれ」

「は?──ちょっと」

「よし、レッツ調合!」

 

 

ヴォルのどこか焦った声を無視し、大鍋に手をかざして思い切り、俺の魔力を注ぎ込んだ。血液を媒介し、魔力を無理矢理魔石に定着させる。ぐらり、と真っ赤な血が混ぜてもいないのにぐるぐると渦を作り、その量が減っていく──それに合わせ、俺の体から急激に魔力が減る。ガタガタと音を立てて鍋が揺れ、みるみるうちに血液が減り、そして最後に真っ赤な石のみが大鍋の底に残ったのを見て、俺はその場に倒れた。

 

 

「ノア!」

「んー…」

 

 

ヴォルがすぐに膝をついて俺の手を強く握る。ヴォルの手がいつもより冷たくなく──むしろ、ほのかにあったかく感じるのは、俺の身体が冷えているからだろうな。

 

 

「…あー…疲れた…」

 

 

ヴォルの手から魔力を奪い、ようやく体に力が戻ってきてゆっくりと身体を起こす。

まだ立ち上がる余裕は無いけど、まぁ…寝て栄養を取れば回復するだろう。

 

 

「もういい。あんまりヴォルの魔力吸いすぎるわけにもいかないし」

「…本当、大丈夫?…顔色悪いし、手も…冷たい」

「まあ…魔力殆ど枯渇したから、単純に動けなくなったんだな」

 

 

鍋の底にある真っ赤な石を手に取り、しげしげと眺めてみる。んー、見た目はほぼ賢者の石だな。

 

 

「出来た。これで一つ目」

 

 

ヴォルの手に乗せれば、想像以上の重みだったのか、ヴォルは少し息を飲み「これ、賢者の石?」と呟いた。

 

 

「賢者の石もどき。俺の魔力と血液で作ってるから、見た目は賢者の石でも、俺の魔力を回復させるだけだ」

 

 

命の水を作るためには、やっぱりユニコーンの血が必要不可欠であり、その最も重要なものが欠落してるこの石はただの魔力タンクだ。命の水という名の、俺の魔力水?しか出てこない。

 

 

「作り方は簡単だから…ヴォルも一つくらい作っといたらどうだ?なんかあった時に便利だぞ。…まぁ、魔力切れするほど、魔法使うことって無いか」

「経験したことは、無いね」

「だよな。…ところで、ヴォル。俺を寝室まで運んでくれないか?姿現し出来ないくらい、魔力がないんだよなぁ」

「…はぁ…」

 

 

ヴォルは大きなため息をついて俺の手に石を握らせると、そのまま手を握り、俺の自室まで姿現しで運んでくれた。

 

丁度近くにベッドがあり、ぼすんと倒れ込む。

ふかふかの沈むような夢心地のベッドに、すぐに眠気が訪れる。

 

 

「…色々聞きたいことはあるけど、また明日聞くよ」

「んー…おう、…疲れたから、もう、寝る…」

「おやすみ」

 

 

もぞもぞと毛布を引き寄せ途切れ途切れに言えば、ヴォルはそっけなくぽつりと呟く。

すぐに俺の頭に手が伸びてきて、さらりと俺の髪を撫でる。懐かしいその手つきに、俺はすぐに意識を飛ばした。

  

 

 



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59 戦闘開始!

 

 

あれから俺は賢者の石もどきを2つ作り上げた。

姿を変えてノクターン横丁で必要な素材を買い、グリンゴッツに行きお金をおろした。いつの間にやら金が増えていたけど、多分まだ発売されてる写真集の売り上げが自動的に入ってきているのだろう。まじで働かなくても暮らしていけるなこれ。

 

そういや、ヴォルに「家のローン返済滞ってますが?」と言ったら全力で無視された。…まぁ、今革命家?侵略者?として活動してるヴォルは実質無職だから金なんて無いのかもしれない。……もしかして俺の金庫から勝手に金使ってたりするのだろうか。…いや、いいけどさ。今は共犯者みたいなもんだし。

 

 

今日は8月31日。明日からホグワーツでは新学期が始まる。

その前に俺は、一つやらなければならない事がある。

 

 

 

「こんばんは、ダンブルドア先生」

「……こんばんは、ノア」

 

 

俺が姿現しで校長室に現れても、ダンブルドアは特に驚くことはない。ただ、静かな目で俺を見ていた。

 

 

「俺、明日からここには来ません、今日はそのご挨拶にきました」

「…理由を、聞いてもいいかね?」

「そのつもりです。…ほら、時間も残ってますしね」

 

 

部屋の中央にいつものように椅子と机、紅茶セットを出現させて座り、両手を広げて「どうぞ?」と促せばダンブルドアは無言でその席についた。

 

 

「俺、ヴォルに会いました」

「…それで?話は出来たのかのう」

「ええ、出来ましたよ」

「…血の誓いは?」

「継続中です、ヴォルは破棄を望みませんでしたし、俺も…まぁ、望んでません」

 

 

紅茶を一口飲めば、ダンブルドアは探るような眼差しで俺を見据え、長いため息を吐き出した。

 

 

「ダンブルドア。俺は──ヴォルと共に生きます」

「それは…わしに対する宣戦布告ととっていいのかね?」

 

 

きらりと眼鏡の奥の目が光る。

その眼差しは生徒達に見せる柔和で優しいものではなく、肩書きを捨てたアルバス・ダンブルドアというただの魔法使いが見せる、冷たいものだった。

俺は、この人が好きだ。誰よりも自分に厳しく、誰よりも賢く、理解してしまうからこそ自分の心を殺す事になっても世界の正しさを求める。

この人の心が、好きだ。

だからそんな目で見られると…ちょっと辛い。だけど、俺はこの世界で俺の物語を終わらせると決めた。

俺の世界はこの人にとっては正しくないのかもしれない。──だけど、何が正解かなんて、結局、最後に世界に立ち続けた者が正解に、なるのだろう。

 

 

 

「俺は、俺が思う正しい世界に変える。…大丈夫です、前に言ったように…マグルの制圧は望んでません。魔法界とマグル界がお互いを周知し、混ざり合う。そんな世界に変えます。もし、あなたが…俺の世界を否定するのなら──そうなるかもしれませんね」

「ノア…不可能な事を夢見るほど、君はまだ子どもだったのかね?」

 

 

呆れて、揶揄うようなその言葉に、俺は小さく笑った。

 

 

「ダンブルドア。…あなたは夢を見ない、つまらない大人になってしまったんですか?」

 

 

輝く妄想に焦がれ夢を見る。

それは子どもだけに許された権利ではない。大人だって、誰だって、望めば──そう、なんだって出来る。世界に縛られ、責任を学んだ大人は、それを忘れがちだけど。

 

俺の言葉にダンブルドアは沈黙した後、悲しそうに笑った。

 

 

「わしは、子ども達に夢を見させる…そう、在りたいのじゃよ」

 

 

ダンブルドアは紅茶に一切手をつけず、立ち上がった。その手には、杖が握られ俺へ向けられている。

 

 

「ダンブルドア。俺と戦うつもりですか」

「わしは、君を止めなければならん」

「──その杖。ニワトコの杖でしょう。いいんですか、所有者が変わりますよ」

「…この杖の事を、何故それ程知っているのかね」

「──さあ?」

 

 

俺は笑って、目の前にある机や紅茶セットを消し、そのままぐるりと世界を反転させた。

 

校長室が突如真っ白な世界に変わる。薄ぼんやりとした地面しか見えない、無限に続く白い世界。現実と非現実の狭間に隔離されたがダンブルドアは全く動揺せず、俺に杖を振るう。

 

杖先から出た白い光線を手で弾き、そのまま威力を倍増させ反射させる。その先にダンブルドアはいなくて、すぐに俺は杖を取り出し後ろに光線を放つ。

 

何度も姿現しを繰り返し、そのたびに白い光線が飛び交い互いの脇をかすめていく──死の呪文を放ってこないのは、ダンブルドアの優しさ、なのだろうか。

 

 

接近戦では埒があかないと思ったのか、ダンブルドアは離れた場所に移動し、杖を天に向けて掲げる。途端に何も無かった白い空が暗雲に覆われ、雷鳴が轟く。

 

 

「──やべっ──うぉ!?」

 

 

カッと世界が白く光った途端、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音、咄嗟に頭上に防壁を貼ったがびりびりと手が痺れた。

 

とんでもない雷撃に、肌がぴりぴりと痛む。

 

ダンブルドアは自然現象をも作り出すのか!俺って自然現象だけは、ちゃんと守らないと当たっちゃうんだよなぁ。普通の魔法はオートで弾けるけど。

足元を見れば、真っ白な床が真っ黒に焦げて地面が抉れてる。なんつー威力だ、直撃したら普通に死んでるぞこれ!全然優しくねーわ!

 

 

またも頭上の雷雲が怪しい音を立てていて、俺は腕を大きく薙ぎ、烈風を出現させ黒々とした雲を飛ばす。ついでに特大竜巻をいくつも発生させ、そのままダンブルドアの元へ四方八方から挟み込むように突き進めた。

 

 

──あ、やり過ぎた。

 

 

一瞬、殺してしまったか。と思ったが、微かな地響きが鳴り、そのまま足元が大きく揺れる。

 

 

「流石、ダンブルドアは強いなー」

 

 

地面に立っていることが出来ず、ふわりと浮いて足元に出来た大きな地割れを見下ろす。地獄まで続きそうな程深く割れているその先は真っ暗だったが──暗黒の中に真っ赤な物がぐらぐらと蠢いているのが見え、再び守りをかけ直す。

 

地下から爆発し流出したのは、灼熱のマグマだろうか。俺の守りを破るほどではないが、じわりと熱が伝わる。…めちゃくちゃ殺すつもりなのか、俺なら防ぐことができると思ってるのか。

 

 

ダンブルドアの強みは、底知れぬ魔力と魔法センスだろうな。自然現象をここまで自在に操り、膨大な魔力を消費する魔法を連発できる魔法使いが、世界で何人いるんだろ、俺とダンブルドアと…ヴォルもいけるのかな?

 

魔力切れるまで続けるつもりなのかなぁ。ダンブルドアが俺の魔法をどれだけ防げるのかわからないから、下手に魔法使いたくないし。…実は、人と戦うなんて初めてだから、手加減出来ないんだよなぁ。

 

 

 

「ま、そんな事も言ってられないか」

 

 

杖を振るい、足元から出ているマグマを一瞬で全て凍らせる。

10メートルくらいあるだろうか。尖った形のまま固まった氷塊の上にふわりと降り立ち、軽く爪先で弾けば、氷塊はパッと小さな無数の粒になりキラキラと拡散した。

 

そのまま地面へ落下し──衝突の瞬間、自分の足元から放射線状に閃光を走らせた。

 

 

「──くっ…!」

 

 

ダンブルドアはその光を弾いたが、無数のそれはただの光ではなく、一本の光が防壁を貫きダンブルドアの胸を貫いた。

 

球体のようなダンブルドアの防壁は、無数の穴が開き──じわじわと解けていく。

 

俺はすっかり地割れしまくって元の白い世界のかけらもない床をゆっくりと歩きダンブルドアの元へ近づいた。

 

ダンブルドアは、胸を押さえて膝をついている。眉間に皺を寄せ──俺を睨み上げる。

 

 

「何を──」

「ま、ちょっとね」

 

 

杖を振るい、ダンブルドアの手からニワトコの杖を奪う。めちゃくちゃ強いよなこの杖。俺はいらんけど…間違いなく所有者変わったし、どうしたもんか。

 

 

「動けないですよね?」

 

 

まあ、そりゃそうだ。俺はダンブルドアを地面に動けないように固定している。

ニワトコの杖は俺の手元にあるし、流石に杖無しで魔法を放ってくる事は──あっても、自然現象を創造する事は出来ないはずだ。

 

 

 

「さてさて、──仕上げです」

 

 

俺は杖先をダンブルドアの額につける。

ダンブルドアは、覚悟を決めたみたいな目を向けるだけで、俺に恩情や情けを乞う事はない。

 

 

「…ノア、どうか。──正しい世界を作ってくれ」

「ええ、勿論、そのつもりです」

 

 

 

最後まで、尊い人だった。

信念を曲げず、自分を貫き通す。

 

 

ダンブルドアは目を閉じる事なく、キラキラとした青い瞳で、俺を見ていた。

そして、俺はダンブルドアに──呪いを放つ。

 

 

 

 

現実と非現実の狭間の世界から戻った俺は、特に何も壊れていない校長室をぐるりと見渡す。

変化は、校長であるダンブルドアが居ない事だろう。

 

 

「あー疲れた。俺、戦いって向いてないわ」

 

 

ため息を吐き、肩を揉み首を左右に倒せばごきっと音がした。

 

 

 

「ねーダンブルドア、そう思いますよね?ってかあなた俺殺す気満々だったでしょ。俺じゃ無かったら即死でしたよ」

 

 

後ろを振り返れば、困惑し声も出せないダンブルドアが立っていた。

 

 

「これは──…何、…何を…」

「めちゃくちゃ美少年ですねぇ!」

 

 

俺の胸の高さほどしかないダンブルドアを見下ろせば、ダンブルドアは困惑したまま自分の皺一つない手を見て、俺を呆然と見上げる。

理解できずわけがわからないと言った顔のダンブルドアの前に大きな姿見を出現させれば──ダンブルドアは、ぽかんとした顔で自分の姿を見たあと、いつものように頭痛がしてきたのか、頭を押さえた。

 

 

「……ノア、戻しなさい」

「嫌です。あ、ねぇせっかくなんで写真一枚いいですか?若きアルバス少年と!」

 

 

ダンブルドアの見た目は、多分ホグワーツ入学前くらいだろう。

ただ姿を幼くしただけではない。ちょっと彼の魂の時間を一時的に奪い、過去に戻した。記憶を失ったら面倒だったから、記憶だけは残したけど。

わざわざ幼くさせたのは、魔力の根源である魂を戻せば──ダンブルドアも人だ、この年齢の時に使えた魔法しか、使えなくなる。使おうとすればある程度は可能かも知れないが、それには魔力がどうしても不足していて結局、使い方が分かっても使いこなせない。

擬似、逆転時計魔法というべきだろうか。あれは中身も戻ってたけどなぁ。

 

 

イケオジだったからきっと美少年だったんだろうなぁ、って思ってたけど。…うん、美少年だな。

 

 

「そんなだぼたぼの服じゃなくて、可愛いのに変えてあげますねー」

 

 

指を鳴らし、俺が幼いときに着ていたような白いシャツと黒い半ズボン、サスペンダ、白いハイソックスに服装を変えれば──完璧な美少年の出来上がりである!

そのままくるりと手を反転させカメラを出して写真を撮れば、笑顔の俺と額を押さえたままのダンブルドアが写った。

 

 

「あ、ニワトコの杖どうします?所有権移ってますけど。自分の杖ってあるんですか?」

「……ああ、ある…」

「そ?んじゃいいや」

 

 

俺はくるくると指先で弄んでいたニワトコの杖をポケットの中に突っ込んだ。ダンブルドアはじっと杖を見てたけど、返せとは言わない。

 

 

「この、呪いはいつとけるのかね」

「ん?」

 

 

にっこり、と笑えば、ダンブルドアの表情が変わる。

もしかして一生このままなのか、と愕然としてるダンブルドアの肩をぽんぽんと叩けば鬱陶しそうに振り払われた。

 

 

「ははっ!明日までには、解きますよ。校長先生が美少年じゃあ…みんな困りますしね?」

 

 

俺が解かなければ一生このままなんだけどな。まぁ、このまま…というか、この年齢から歳をとりなおすって言った方が確実だけど。

 

 

「ダンブルドア、世界を変えた後、また会いましょう!」

 

 

俺は苦い表情をしているダンブルドアの前から、パッと姿を消した。

 

 

 




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60 世界を変えるための我慢

 

運命の日(1月11日)まで、後3ヶ月程。

魔法界はその日が近づくにつれ奇妙な緊張感に包まれていった。

まぁ、その日を境に世界は変わるんだ。ヴォルデモート卿の出した声明が拒否されたら、間違いなく大きな戦争になる事を誰もが予見している。

 

そんな中、魔法省は少しでも怪しい動きがあれば死喰い人達を捕らえるつもりだったらしいが、世界各国に散らばり、各々好き勝手に騒ぎを起こしていた死喰い人達は、ぴたりと活動をやめた。

それを、嵐の前触れだと怖がる者も少なくはない。実際は、ヴォルデモート卿が()()()言ったため、なのだがそれを知っているのは俺だけだろう。

 

 

俺はその日が来る前に、なるべく俺の理想通りに物事を進めるための下準備を行なっていた。

頭の中で何度も計算し、俺の頭脳が導き出した答えを遂行する。世界を変える事は、俺であっても簡単なことではない。

 

 

家でいつものソファに座りながら麒麟にリンゴを食べさせる。

麒麟は俺のそばを離れようとせず、初めはヴォルに近付くのが嫌だったのか、このソファには近付かなくて少し離れたカーペットの上に座っていたけど…2ヶ月もすれば慣れたのかこうやってソファの前に座る事が多くなった。

 

 

「ヴォル、お前の死喰い人にいるノア信者の中に…俺の仕事に関わってたやつっている?」

 

 

ワインを飲みながら優雅に本を読んでいるヴォルに聞けば、ヴォルは顔を上げ少し考えながら頷いた。

 

 

「…確か、いたね。魔法界の事務所で見た顔が何人か居るから」

「そ?じゃあさ…これ。そいつを通して魔法界とマグル界に…クリスマスの日に同時発売するように伝えといて。在庫は十分にあるから、在庫の場所はここ。理由は…まぁ、俺の学生時代からのファン達がノアを忘れないために作り上げた…とかでいいだろ」

「…何?」

 

 

在庫の住所が書かれたメモ用紙と紙袋を渡せば、ヴォルは中から薄い本を取り出し──怪訝な顔をした。

 

 

「何これ」

「俺の写真集。学生時代オフショットバージョン」

「こんなの…いつ撮ったんだ」

 

 

パラパラと捲るヴォル。

64ページのその写真集は、何も目覚めてから撮ったのでは無い。これは俺がホグワーツで過ごしている写真ばかりであり、俺の騎士たちによりこっそりと撮られたものだ──一部、隠し撮りもある。

今まで出版してきたような、衣装を着て、スタジオで撮ったものではない。

学校での写真や、俺が普通に勉強してるところなど、作られた笑顔とポーズではなく、本当にありのままの、自然体の俺が写っている。

 

 

「……誰が撮ったんだ」

「え?あー。アブラクサスだな」

 

 

スリザリンの談話室で、(ノア)はソファに座りすやすやと眠っていた。

つんつんと寝ている(ノア)を突けば、身じろぎをしてうっすらと目を開けて──眠そうな目でふにゃりと笑った。これ、3年生の後半だな。まだ幼くて可愛い。

 

 

 

「…これは」

「あー。ミネルバだろ」

 

 

猫耳と猫尻尾が生えている(ノア)が、猫じゃらしを振られて目を輝かせている。

あーあったあった。「猫のように振る舞ってください!」ってうるさかったなぁ。

 

 

 

「……僕がいる」

「あ、それマートルが撮ったんだってさ」

 

 

ぴたりと手を止めて低い声でヴォルは呟いた。

隣から覗き見れば、校庭にある湖に足をつけて笑いながらヴォルに水をかけている俺が居た。ヴォルはかかった水を嫌そうに見ていて。それを見た俺はまた楽しそうに腹を押さえて笑っている。どう見ても、隠し撮りだ。

 

 

「……拒否権は」

「無い!世界を変えるために我慢しろ!…ってか、普通にいい写真だと思うんだけどなぁ」

「大衆に晒されるのが、嫌なんだ」

「はあ?あんだけ目立つ活動してるお前が、よく言うよ」

 

 

晒されまくりじゃん。

むしろ、これからもっと目立つのに、何を言ってるんだか。

やれやれと首を振れば「そういう意味じゃない」とヴォルは低く文句を言ったが、俺は気にせず隣からその写真集のページを巡った。

 

 

「いやー。まじで俺って、綺麗だよな」

 

 

教室の窓から外を見ている(ノア)

カーテンが風に煽られ、ふわりと揺れる。(ノア)は靡いた髪を片手で抑えて、ふと写真を見ている俺を見て、微笑んだ。

 

こんな子が学生時代に居るなんて、マジであの年代の子どもたち恵まれてるよなぁとしみじみと思う。こんな世界一の美形がいる学校とか、奇跡じゃね?

 

 

「1月11日に、俺の呪いを円滑に世界に広めるためには、ノア・ゾグラフを忘れかけている人に…俺の存在を思い出させないといけないからさ。流石に15年以上たってるんだ。俺を忘れてるにわかファンもいるだろうし」

 

 

世の中は俺の熱狂的なファンだけじゃ無い。勿論芸能人に興味がない人だって居るし、俺のことなんて過去の人だと忘れてるにわかファンもいるだろう。

その人たちにも呪いはかけなければならない為、俺が世界に姿を表すより前に…ノア・ゾグラフの存在を再び彼らの魂に刻む必要がある。

 

 

「あ、勿論マグル界で売り出す方は写真は動かないし、ホグワーツの制服もただの私服にしか見えないように加工してるから」

「…わかった」

 

 

ヴォルは渋々と言ったように頷くと、写真集を閉じて元の紙袋の中に入れると、机に置いてあったワイングラスを持ち赤ワインを飲んだ。…酔わないわりに、結構酒飲むよなぁ。

 

 

初めて撮ったゴスロリの写真や、ヴォルとのツーショット写真は最後まで入れるか入れないか騎士達と悩んだが、やっぱ一度売り出したことのある写真はインパクトにかけるから、という理由で入れなかった。マートルは大喜びでヴォルと俺のツーショット写真を購入したが…それはヴォルに言わない方がいいだろう。

 

 

「麒麟も居るし、魔力タンクも作った、俺を忘れてる人達に俺を思い出させる事も出来る。……後、何かあるかな?」

 

 

ソファに背を預け、天井を見上げる。

いくら考えてもこれ以上考えは出てこない。…いや、少し気になってる点がないわけでは無いけど。

 

俺は、俺の騎士や騎士が守りたい人間に最高級の防御をかけている。その防御がかかっている人間には、俺の服従の呪いは効かない。

騎士達やその家族は割と俺に好意的だから、とりあえず良いとして。

 

その中で、ジェームズ・ポッター。彼にも…ベインが望んだから、かけているんだよなぁ。

ダンブルドアは俺との戦いに負けて、ニワトコの杖も失った、俺と自分の力量の差を感じただろうから、きっともう──俺が作る世界に血が流れないと知れば、無理に戦いを挑む事はないだろう。

 

しかし、ジェームズ・ポッターは未知数だ。

ベイン曰く、「あの子、クィディッチにしか興味ないんだよ」らしいから、多分俺のファンではないんだろう。

 

今はまだ、ホグワーツ入学前だし、特に俺の障害にはなり得ない。ただ──成長した後、周りが俺に支配されている中、たった1人だけ、俺に支配されないジェームズは何を思い、どう行動するだろうか。

 

単純に、世界の流れに身を任せて受け入れてくれるならそれが一番良いんだけど、こればっかりは、俺でも予測が出来ない。…俺は、ジェームズ・ポッターの事を知らないからな。

 

 

「──あ、そうだ。ヴォルにも守り魔法かけとくよ」

 

 

そういや、かけてなかったな、と思い出してヴォルの肩をぽんと叩く。これでヴォルに攻撃魔法は効かなくなった。

 

 

「悪意のある攻撃と、攻撃魔法を全て弾く。死の魔法も、一回だけなら防ぐから」

「死の魔法は…防げないはずだけど」

「んー反対呪文で相殺してるわけじゃないんだ。ただ死の呪文が当たる前に、周りに張った守りがそれを感知して、呪文の矛先の前に生贄が転送されるようになってる。──ま、ネズミなんだけどな。──一度だけ、ネズミが代わりに死ぬ」

「ああ…なるほど」

 

 

死の呪文は、当たったら死ぬ。

逆に言えば、当たりさえしなければわりと防ぐ事は可能なのだ。生き返らせる反対呪文が存在しない為危険な呪いの中に分類されているが、対策を取っていれば──そこまで、難しいものではない。

 

 

「俺の騎士と、その家族にも同じ魔法をかけてるから。──あ、ヴォルも、誰か守り魔法かけたい奴っている?恋人とか…愛人とか?誰でも良いけど」

 

 

ヴォルは無言でワイングラスを回し、揺れる赤ワインを見ていたが、何とも──無表情な目で俺を見据えた。

 

 

「……本気で聞いてる?」

「なにが」

 

 

まぁ、ヴォルに恋人なんて今まで想像もしてなかったけど。原作とは違うヴォルにそんな存在が居ててもおかしくはない。原作情報に引っ張られないと決めた俺は、いろんな可能性を考えてこの結論を出した──んだけど、ヴォルはなんか、苛立って怒ってるような、呆れてるような複雑な顔をした。…閉心術で何考えてるか読みにくいけど、多分そんなところだろう。

 

 

「──ノア」

「なんだよ」

「…はぁ……本当、つくづく…馬鹿だな」

「はぁ?…あ、そうか。まぁ恋人なんて作ってる暇なかったか?」

 

 

革命家だし、愛人…というか、学生時代と同じで性処理のお相手はいるだろうけど、そんなの作ってる暇なかったのかも知れないな。

ヴォルは図星だったのか、無言でワインを飲んでいた。守り魔法かけたい相手が居ないなら、素直にそう言えばいいのに。

 

 

「…ノアは、そういう…存在がいるの」

「え?あー…居ないなぁ。恋人作る前にヴォルに眠らされて、起きた後そんなん作る暇なかったし、俺以上の美形に会えなかったし……あ。でも…」

「…何」

 

 

俺はふと、ベラトリックスを思い出した。

あの時は学生だから手を出せなかったけど、ああいうキツい見た目の冷たい美人が好きなんだよなぁ。俺が純血じゃないから結婚とかは無理にしろ、…頼めば童貞を貰ってくれないだろうか。

確かもう学生じゃないし。…流石に18歳は犯罪か?

それか、ナギニの人間バージョンだな。映画でナギニが出てきた時はマジでビビったし、ナギニが人間で美女だったとか信じられない。

なんでヴォルに仕えることになったのか、マジでわからん。

…ま、ヴォルはナギニを知らないし、言えないけど。

 

 

「ブラック家の、ベラトリックス知ってる?」

「……知ってる。死喰い人だ」

「そうそう。美人だよなぁ!俺、ああいう冷たい美形っていうの?キツい見た目の子がタイプ!頼めば童貞貰ってくれねーかなって考えて──」

「駄目だ」

 

 

俺が全てを言い終わる前に、ヴォルは強く俺の言葉を遮った。

…なんでだよ、脱童貞は俺の悲願だぞ?この機会を逃したらいつ脱童貞するんだよ。ヴィーラの子孫が生まれる子世代まで待てというのか?

 

 

「…なんで?」

 

 

怪訝な顔で聞けば、ヴォルはしばらく沈黙し──俺から視線を離してぽつりと呟いた。

 

 

「…ノアは、魔法界とマグル界を征服し、神に近い存在になる。…そんな君がただの女と寝るなんて、それが知られたら…神聖さが失われるんじゃないかな。それに、その女がノアに選ばれたと吹聴すれば…面倒なことになる」

「んー?……そうか?」

「そうだ」

 

 

…たしかに、ヴォルの考えもわからない事もない。

世界を支配した俺と同衾するって事は、それ程重い意味を持つようになってしまうのか?…いやいや、ってことは、俺って…。

 

 

「…一生童貞とか、まじで嫌なんだけど…」

 

 

はあ、とため息を零し顔を手で覆えば、ヴォルはぽんと俺の肩を叩いた。

 

 

「世界のために我慢しろ──でしょう?」

「くっ…!」

 

 

俺が先程ヴォルに言った言葉をそっくりそのまま返されてしまったら、ぐうの音も出ない。

ヴォルはいつの間にか機嫌が戻っていて、くすくすと笑いながら涼しい顔でワインを飲んでいた。

 

 



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61 クリスマスプレゼント

 

 

クリスマスの日。

この日に俺のオフショット写真集は魔法界とマグル界に同時発売された。

何の事前情報もなかったいきなりの発売に、ファン達は喜びの悲鳴を上げ写真集は飛ぶように売れた。

魔法界でもマグル界でも常にSOLDOUT、品薄状態になり、一冊の写真集を巡って乱闘まで起こっているようだ。

俺の名前と姿を世界中が思い出し、過去に思いを馳せつつ奇跡の人を亡くしたという事実を思い出し──まぁそれは誤りだが──悲しみにくれていた。

1月11日には、マグル会で大きな祭りごとが行われる事が決まったそうだ。慌てて決まった事だが、ノアを悼み思い出すイベントとして俺の等身大よりもおおきなパネルが用意される予定だと、マグル界の動向を探っていたマートルが教えてくれた。

 

 

クリスマスは家族か恋人と過ごす日である。

だが俺には家族も恋人も残念なことに…まじで残念だがいない為、家でヴォルと、麒麟と過ごしていた。

 

 

「男2人でクリスマスって…」

「今更だね」

「いや、まぁそうだけどさぁ…」

 

 

カナッペとローストした七面鳥をつまみにスパイスを加え軽く煮出したモルドワインを飲む。ちなみに、この料理は買ったわけでは無くヴォルが作った。勿論魔法を使いながら料理していたが、凝り性なのかなんなのか…見た目もホテルとかで出てきそうなほど普通におしゃれで豪華だし、味も美味しい。

 

まぁしんみり飲んで食べるのは性に合わないしつまらない。

せっかくだから2人だけだけど楽しもうと、あらかじめ買っていたなんか無駄にでかいクラッカーを取り出し、思いっきり紐を引っ張った。

 

 

「メリークリスマーース!!」

 

 

と、言いながら引っ張ったつもりだったけれど、俺の声はクラッカーから出た爆音によりかき消された。

大砲でも撃ったのかというほどの轟音に、耳鳴りがし、頭の中で爆発音が鈍く反響している。魔法界のクラッカー凶悪すぎないか?

 

 

ヴォルは嫌そうに眉を顰め、クラッカーから飛び出た色とりどりの紙吹雪やハツカネズミと白兎、クリスマスツリーの形を模したネオンがぎらつく三角帽子を見る。

 

 

「五月蝿すぎる」

「いやー。凶悪だな」

 

 

俺は部屋の中をぴょんぴょんと跳ねる白兎とすたこらさっさと部屋の端まで逃げてしまったハツカネズミを見ながら机の上にポトリと落ちたド派手な三角帽子を被った。

滑稽なその帽子も、俺が被ると世界の最先端のファッションに見えてしまうのだから、俺ってやっぱりすごいな!

 

 

「そういえば。1月11日に…ノアはどこで姿を現すつもり?イギリス魔法省?…それとも、ホグワーツ?」

「ん?あー。国際魔法使い連盟本部」

「…本部に?…あそこは、姿現しできないようになってるけど…まあ、ノアなら出来るか」

「ああ。…ヴォルを先に転送させるからさ、秘密保持法の撤廃が棄却されたあとに…ま、俺と手を組んだって伝えればいい。俺が死んだと思って信じない人は多いだろうから…その時に俺は姿を現す。ヒーローは遅れて登場するもんだからな!」

 

 

カナッペを食べつつ軽い口調で言えば、ヴォルは「ヒーローよりも、ヴィランだね」と呟く。

 

 

「ヴィランがヒーローの皮を被るんだ。…俺は、そうなる」

「…そうだね」

 

 

ヴォルはワインを飲みつつ薄く笑った。

俺はヒーローにはなれないが、ヒーローを偽る事は出来る。

世界にとって俺がヒーローになるのか、とんでもないヴィランになるのかは俺の魔法にかかっていると言っても過言ではないだろう。

 

 

「…なんか、作戦に綻びがないか不安になってきた」

 

 

世界を呪う。

今まで誰もやった事がない奇跡を俺は起こさなければならない。…うん、俺からいける、大丈夫だ、と自分に言い聞かせてはいたが、やっぱ100パーセントの自信はない。血は流さないと、俺は自分に誓った。勿論、血を流し恐怖で支配する方が、まぁ…手っ取り早いのは事実だが。

 

 

「失敗すれば、世界中で戦争が起きるだけだね」

「…だけって…」

 

 

気軽に言うが、とんでもない事だ。

もし、万が一失敗すれば、闇払い達が死喰い人を捕らえようとし、抵抗する死喰い人との戦いになり──世界中で血が流れる。追い詰められた死喰い人や、ヴォルの思想に賛同していた者は道連れとして沢山の尊い命を葬るだろう。

 

 

「じゃあ、このクリスマスが最後の平和なクリスマスになるかもしれないな」

「退廃した世界で過ごすのも、悪くないと思うよ」

「…物騒な奴だな」

 

 

大きな戦争により退廃した世界でヴォルとダンスを踊るつもりはない。

ヴォルは俺の嫌そうな表情を見て何故か楽しそうにニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 

「1月11日に、俺は自分にかけてる防御魔法を消す。ちょっと特別な魔法をかけ続けてるんだけどさ、これめちゃくちゃ魔力消費がえげつないから…流石に、全世界を呪う時の弊害になるし」

「──そう。…わかった」

 

 

ヴォルは暫く黙ってから頷いた。

とりあえずこれを伝えていれば万が一、世界を呪う事が失敗して俺が反動で動けなくなり、俺たちを捕らえようとする魔法使いに攻撃魔法をかけられそうになってもヴォルが守って…くれると信じたい。うん、多分──ヴォルなら守ってくれるだろう。

 

 

「俺の騎士達には流石に荷が重すぎるからな。頼りにしてるぜ?」

「……はいはい」

「そんなヴォルに、ノアサンタからのクリスマスプレゼントだ!」

 

 

俺はじじゃーん!と口で言いながらポケットからニワトコの杖を出した。

ヴォルはその杖を見て少し怪訝な顔をした。…あ、流石にこのつえがニワトコの杖だとは気がつかないか?お伽噺のようなものだもんなぁ。

 

 

「これ、世界最強のニワトコの杖」

「…、…これが?……なんで持ってるの」

「ん?ダンブルドアと決闘して勝って、貰ってきた」

「……いつの間に…ダンブルドアは、死んでないけど」

「殺すわけないだろ。…所持者を殺さなくても、所有権を移動させる方法はあるんだよ。今は俺の杖だけど…いらないし」

 

 

ヴォルの手に渡せば、ヴォルはまじまじとその杖を見つめ指先で撫でた。何百年…いや、千年以上の時を経ているその杖は使い込まれて表面が滑らかな色を放っている。だが、少しも古びた雰囲気ではなく、奇妙な程に綺麗だ。

 

 

「この杖はさ、多分…主人との絆なんて必要無いんだ。ただ力のある者に、強い感情を持つものに渡っていく。…俺は、この杖を本気で必要としていないし──ヴォルは、欲しいだろ?」

「……欲しい。…どうやって、所有権を移すんだ?」

 

 

俺はヴォルの手からニワトコの杖を取り、くるくると指先で弄びながら笑った。

たしかに俺は世界一の力があるが、俺は杖を望んでいないし…今は、強い感情につき動かされてもいない。グリンデルバルドが武装解除魔法で所有権を取り戻したように、ヴォルも俺に武装解除をすればきっとこの杖はヴォルを主人だと認識する。

ヴォルは俺の次くらいには力があり、なおかつ杖を渇望している。

 

 

「俺に武装解除をすればいい。俺が許可してるし、戦いにはならないしな」

「…そんな事で?」

「ああ、ただ…ちゃんと、心からニワトコの杖を望めよ?」

 

 

ヴォルは内ポケットから自分の杖を取り出すと、暫く目を閉じて──薄く赤色に染まる目を開き、俺の手に向かって杖を振るった。

バチッと静電気のような衝撃と共に俺の手からニワトコの杖が離れる。

くるくると宙を回って飛ぶニワトコの杖を、ヴォルはすぐに掴んだ。

 

 

「…本当に、これで?」

「多分な。…試してみるか」

 

 

俺はヴォルの肩にぽんと手を乗せ、現実と非現実の狭間に移動した。

瞬き一つの間で真っ白で淡い世界になった場所に俺とヴォルは立っていた。ヴォルはすぐに辺りを見渡して、ここが先程居た場所ではないと分かると怪訝な顔をしたが──深く突っ込む事はなかった。

 

 

「…悪霊の炎よ(フィーンドファイア)

 

 

ニワトコの杖を軽くヴォルは振りながら低く呟く。

途端に杖先から灼熱の炎が噴射され、それは真っ白な世界を燃やし尽くすかのように突き進む。獅子や蛇、キメラの姿に変わり口を凶暴に開きながら悪例の炎は進むが、焼殺する対象がいる訳では無い為消える事無く何もない空間を燃やすだけだった。

 

 

「あっついなー」

 

 

熱風が髪をあおり、じんわりとした熱を感じる。じんわり、だけで済んでいるのは俺自身に守り魔法をかけているからだろう。

 

ヴォルは目を見開いてその炎を見ていたが、杖を一振りしてぱっと消すと、杖を掲げながら所々ある節を撫でた。

 

 

「…すごいな…たしかに威力が桁違いだ」

「ちゃんと、ニワトコの杖はヴォルの物になってるな。…それがあれば、使えない魔法は無いし、威力も上がる。…ま、うまく使えよ?」

 

 

俺は、既にどんな魔法でも使えるから、必要無いけれど。血の契約があるヴォルなら…変な事には使わないだろう。

 

 

「ありがとう」

「…大事に使えよ?」

 

 

ぶっちゃけ、ホグワーツ創立者の遺品よりもかなり貴重で取り扱いが難しい杖だからな。伝説で、お伽噺とされていた世界最強の杖なんだ。

 

 

俺は指を鳴らし元の世界に戻り、ソファに座り直してワインを飲んだ。

…俺には待ってても無駄な杖だったからヴォルにあげたけど、それを知ったらダンブルドアは怒るかなぁ…。未来永劫頭痛が治らないかもしれないな。

 

ヴォルは大切なものを扱うようにそっと自分の胸ポケットにニワトコの杖を入れたあと、ふと思いついたように俺の目を見た。

 

 

「…威力が上がるなら、ノアが持って世界を呪った方がいいんじゃない?」

「…いや、世界最強の俺と、世界最強の杖が合わさった魔法は──危険すぎる。俺の呪いが効きすぎて、傀儡にする可能性があるからさ。ちょっと思想を操りたいだけだからなぁ」

「…君がいいなら、良いけど」

 

 

呪いすぎても駄目なんだ。

世界を俺に服従させるが、傀儡のような思考のない人形にしたい訳ではない。──ただ、俺が提言する思想を受け入れさせたいだけだ。

 

 

いや、十分とんでもないことか?

…なんか、ちょっと自分の価値観と論理感がヤバくなってきてる気がする。

 

 

 

 

 



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62 前日

 

 

新年の日、ヴォルデモート卿は運命の日に国際魔法使い連盟本部に姿を現す、と伝えた。

まさか直接乗り込んでくるとは思わず、ここで開戦宣言でも行うつもりなのかと魔法界に衝撃が走った。

 

まぁ、どう考えても敵ばっかの所にノコノコ現れるなんて、よっぽど自分の力に自信があるのか考えなしの馬鹿かどちらかだからな。

魔法界ではヴォルの力を軽くみる事はなく、厳戒態勢を敷く事だろう。何も備えをしないわけがない。

 

向こうからすれば撤廃の棄却を伝えた後ヴォルが少しでも攻撃態勢に入れば捕らえるための準備ができるし、こちらからすれば、予め伝えておけばヴォルの言動を全魔法界に同時に伝える事ができる。ヴォル、というかその後の俺の姿や言葉を──と言った方が正しいだろう。

 

ヴォルは今最も注目されている、魔法省や国際魔法使い連盟としても、ヴォルを()()()()()として世界に伝えたいだろうし、間違いなく報道魔法を使い全世界に発信される。

今、ヴォルの思想を支持する魔法使いは多く、きっと新聞でヴォルを捕縛した事だけを伝えてしまえば、どこで反乱が起こるかわかったもんじゃない。

ヴォルの凶悪性を、魔法省としても民衆に伝え、彼が支持するその思想はとんでもない誤りだと周知させなければならない。

 

まー、なんか世界にいる上級魔法使い?だっけ?その称号を持つ人達がみんな集められるんだろうな。ダンブルドアはその裏に俺がいると言う事を、彼らに伝えてるかな?

…俺が実は生きているという噂はちっとも流れてこないから、黙っててくれているんだと思うけれど。

もし、そうなら何か裏がありそうな気もするし。…そうでなければ、俺が作り替える世界を──とりあえずは静観するつもりなのかもしれない。

 

 

 

今日は、1月10日の夜。

流石に魔法界にはぴりぴりとした緊張感が漂い、この日ばかりは仕事が手につかない者も多かっただろう。

今まで対岸の火だったものが、こちらに向かい巻き込まれる可能性が高い事に、大人達は気付いている。

 

 

「明日はなるべく、俺の魔法がかかってる家で待機していてくれ、ミネルバはホグワーツが1番安全だろう」

 

 

マルフォイ邸に集まり、いつものように大広間で紅茶を飲みつつ俺の騎士達に言えば、彼らは硬い表情で頷く。ミネルバもこの日ばかりは飛行ネットワークを使いこの場を訪れた。

 

 

「明日は、魔法界にある店がほとんど閉まるみたいだしね…魔法省職員は出勤するよう命令されてるけど…まぁ、僕は毎年この日は有給をとってるし」

「そうなのか?」

「うん、だってノアの誕生日だし」

「あー…なるほど?」

 

 

ベインは当然という顔で頷く。マートルも頷いていたところから、彼女も当然のように有給をとってるのだろう。

まぁ、推しの誕生日に休んで盛大に祝う人はいるからなぁ。

 

 

「ついに、明日…ノア様が神になられるのですね」

 

 

アブラクサスはしみじみと呟いた。

 

 

「はは、翼が焼け焦げて墜落しなきゃいいけどな」

「そんな事、冗談でも言わないでください」

 

 

茶化せばミネルバにぴしゃりと咎められてしまう。ベインとアブラクサスは何を比喩しているのかわからなかったようで首を傾げていたけれど、ミネルバは確か混血だ。きっとマグル界の神話のことを知っているんだろう。

 

傲慢ゆえに翼を失い墜落死したイカロス。

俺は墜落するわけにはいかない。…俺1人が犠牲になるのなら別に良いけどさ。

 

いや、死に場所を探しているわけでも、自殺願望があるわけでもない。ただ、俺が考えられる全ての努力をした上で、どうにもならない未来の先が俺の死ならば、受け入れるしかないだろう。

 

 

「ノア様…私の心は、信念はあなた様のそばにあります。…たとえ、何があっても」

「ありがとうマートル」

 

 

マートルに微笑みかければ、マートルは珍しく頬を紅潮させる事なく笑った。

マートルは、この騎士達の中で、唯一普通の女性だ。類を見ないとんでもない妄想癖はあるが、魔力や能力において、彼女は一般人の域を出ない。

そんな彼女が俺のために、ここまでついて来られたのは、きっと俺に対する思いが誰よりも深いからだ。

 

 

 

「…さて、俺はそろそろ家に戻るよ。お前らも早く休めよー?」

 

 

残りの紅茶を飲み立ち上がれば、騎士達もさっと立ち上がって胸に手を当てた。

 

 

「行ってらっしゃいませ。次に会うときは神様ですね」

「お気をつけて。何かあればすぐに呼んでください」

「ノア、 僕の方舟(My Knight)…いつでも、そばにいるからね」

「ノア様…どうか、ご無事で…」

 

 

それぞれ、考えていることは違うのだろう。

俺は騎士達にむけて、とびきりの笑顔で手を振った。

 

 

「ああ、またな!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

騎士達に別れを告げ、俺は家に戻った。

居間に入ればカーペットの上で寝転んでいた麒麟がぴくりと耳を震わせて、顔を上げる。

 

 

「おかえり、ノア」

「ただいま。良い子にしてた?」

「うん!」

 

 

麒麟の頭を撫でれば、麒麟は嬉しそうに尻尾を揺らせ目を細めた。

仄かに輝く麒麟は本当に美しい。…明日、ちょっと麒麟にも手伝ってもらわないといけない事があるし…嫌がらないといいけど。

 

 

「明日、俺と出かけないか?行きたいところがあってさ」

「やったあ!どこに行のく?」

「んーちょっと遠く。背中に乗せていって欲しいんだけどさ、長距離飛ぶの…疲れる?それに、人も…多いかも」

「ノアがそばにいてくれるなら、大丈夫だよ。ノアの魂のそばは…心地いいから」

 

 

甘えるように擦り寄る麒麟に、ふっと優しく微笑み首元に抱きつき、温かい身体を撫でた。俺が明日世界に何をするのかを知れば、麒麟はもう俺に懐いてくれないかな。世界を呪う事で、俺の魂が穢れる可能性があるし。

…こんなに可愛い麒麟にぷいってされるの辛いなぁ。

 

 

「…明日、よろしくな」

「勿論!あ、ねえねえ用事が終わったら、私も行きたい所があるんだ!」

「ん?…うん、全てが終わったら、行こうか」

「やったあ!」

 

 

麒麟が行きたいところってどこだろう。なんか綺麗な森とかかな?魔法生物が多い神秘的な場所だったりして。

全てが終わった後、麒麟との約束を叶えるためにも…頑張らないと。

 

 

暫く麒麟とイチャイチャしてたら居間の扉が微かな音を立てて開き、ヴォルが入ってきた。

 

 

「おかえり」

「ああ…ただいま」

 

 

1月に入ってからヴォルはずっと家を出ていた。俺に理由を告げることは無かったけど、多分全世界に散らばる死喰い人達に明日は大人しく自分の演説でも見るように指示しにいったんだろう。ちょっとは物騒な事をしてそうだけど…まぁ、俺が今からする事を考えればそれは些細な事なのかもな。

 

 

「…ワインでも飲むか?」

「…そうだね」

 

 

麒麟の顎を撫でて「おやすみ」と伝えれば麒麟は大人しくその場に座り込み、心臓の音を聞くように俺の胸あたりに顔を寄せた後、大人しく自分の前足に頭を預けた。

 

 

煌々とした火を燃やす暖炉が暖かく部屋を包み込む中、俺はいつものようにソファに座り、赤ワインとグラスを2つ、それとチョコレートを数個用意した。

 

 

「明日か…」

 

 

ヴォルはワインを飲みながら呟く。

なんだかやけにセンチメンタルだな?流石のヴォルも緊張とかしてるのか?

 

 

「なんだ、感傷的な言い方だな?」

「そんなんじゃない。…ただ、…そうだね。こうやって明日を迎えるとは思ってなかったから」

「んー?…あー、まあそうだな」

 

 

ヴォルが考え、望んでいた未来とはかけ離れてしまった。そこまで嫌そうにしてないのは、血の誓いがあるから仕方がなく従っているわけではないと、俺は信じたい。

 

俺だって、こんな未来になるなんて思ってなかった。

俺はこの世界を知っていたから、面白おかしく過ごす事が出来た、何があっても世界は変わらず歴史通りに進むものだと思っていた。

今、俺が知っている未来は当てにならない。どう考えてもその通りに進むことはない。…未来を知らない事が、こんなにも不安になるなんて思ってなかったな。センチメンタルなのは、俺の方か。

 

 

でもこれが普通なんだ。

普通は未来なんてわからない。暗闇の中で手に篝火を持ち、未来を進み──そして、沢山ある選択を、決意を込めて選ぶ。

もがきながら、喜びながら、苦しみながら、愛を育てながら。…それが、人間という者なのだろう。

俺は…ようやくこの世界の住人になれたのかも。

 

 

「ヴォル、これからもよろしく」

「…ああ、よろしく」

 

 

ワイングラスを上げれば、ヴォルは薄く微笑んでワイングラスをかちゃんと合わせた。

 

 

 

 



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63 1月11日

 

 

1月11日、ヴォルデモートが宣言を出した日の最終日。

国際魔法使い連盟は何度も会議を重ね、当然だが──機密保持法の撤廃は認めない決断を下した。

 

この日にヴォルデモートが国際魔法使い連盟本部に来るとは聞いていた。その場でこの決断を聞いたヴォルデモートは、おそらく全世界に散らばる死喰い人に指示を出し、戦火をあげ戦争を開始する。彼の望む世界である、魔法族によるマグルの統治と制圧のために。

少しでもそのような動きを見せれば捕縛できるように国際魔法使い連盟本部には有能な力を持つ魔法戦士が待機している。

世界各国に散らばる死喰い人に関しても、ある程度の居場所を把握していた。

 

彼らは世界の秩序を守る、彼らは無力では無い。ヴォルデモート1人の力を過小評価しているのではなく、全ての反乱分子を総合した上で危機感を募らせていた。

ただ、ヴォルデモートが今まで捕まる事が無かったのは滅多に姿を現さない事と、彼に明確な罪がまだ無かったからだ。思想を掲げるのは罪ではない。ただ、市民に対してその牙を剥けば、彼は一気に犯罪者として名を世界に轟かせる事になるだろう。

マグルを支持する魔法使いが不審死を遂げている事は、勿論把握されている。だが、それでも明確な証拠がない限り捕らえることは出来ないのだ。

 

 

その日、いつ訪れるのか──。

ピリピリとした緊張感が、国際魔法使い連盟本部だけではなく、魔法界全域に広がっていた。

 

国際魔法使い連盟本部はマグル界では霊山とも呼ばれる険しい山の山頂に建っている。

本部には姿現しを出来ないように魔法がかけられ、ここで勤務している職員達は近くまで姿現しで移動し、ポートキーを使い本部を訪れる。

ただ、本部にあるポートキーは通常のポートキーとは異なり、それに触れさえすればいつでも本部に来ることが出来るのだが──登録された魔法使いしか、正常に作動しない。

外部のものがポートキーを使い本部に侵入しようとしても、ポートキーは何も反応しないのだ。

 

 

 

ヴィセンシア・サントスは本部の前で、目の前に広がる白く雪に覆われた荘厳な山を見据えた。

彼女は聡明で優秀な魔女の1人であり、現在は上級魔法使いとして魔法界を導く立場にある。

彼女はヴォルデモートの思想がグリンデルバルドと同じである事に、まだグリンデルバルドが残した爪痕は深いのだと憂いていた。

ヴォルデモートはグリンデルバルドよりも凶悪とも言えるだろう。世界中に散らばる死喰い人や彼を支持する者の数は、グリンデルバルドの比ではない。

 

ノア・ゾグラフという存在を礎に、彼に従う死喰い人が多いという。

 

 

「…ノア・ゾグラフ…」

 

 

彼が生きてきた時代を知っている魔法族なら、その存在に特別なものを感じざるをえなかっただろう。完璧な美貌、人の良い笑顔、学生時代は中々に──実技において──優秀な生徒だったという。

そんなノアがマグルに撃たれ姿をくらませた時には、それこそ…何か重大な炎の一つが消えたといっても過言ではない程、魔法族は喪に付した。亡くなったのだという噂が流れ、それが噂だけですまなくなったのはノアが一切現れる事が無くなったからだろう。

 

沢山の人がノアを探したが、結局──もう20年近くなるが、その姿も、亡くなったのなら、墓すらも、見つかっていない。

 

 

死喰い人の半数を占めるノア派が、マグルの支配を求めるのも、仕方ない事だろう。彼はそれ程──彼を見てしまえば、誰だって虜になり夢中なる。人の心を掴んで離さない、限りなく尊い魅力があったのだ。

サントス自身も、ノアのファンだった。それは珍しい事ではない、当時、魔法族で──いや、彼はマグル界にも進出していた、マグルも写真を持っていただろう──あればノアの写真の一つでも持っているのが、当たり前だったのだ。

 

 

突如、一陣の風が吹いた。

険しい山を突き抜ける、肌が痛くなる程の冷たい風。

サントスはその強風に、一瞬目を閉じた。

 

 

 

「ヴィセンシア・サントス。…上級魔法使いが出迎えとはな」

「…ヴォルデモート卿…」

 

 

目を開けた時、サントスから離れた場所にヴォルデモートが立っていた。

まさか、姿現しは不可能な筈だ。彼はどうやってこの場に現れたのか。…姿現しではない移動術を、生み出し扱えるというのだろうか。

 

 

ヴォルデモートは漆黒の長いローブに身を包み、顔の右半分を半仮面で隠していた。

半分見える彼の顔は冷たさを感じさせるものの、端正な顔立ちであり、その表情は一応、笑みの形を作っている。

 

 

「期日だ。…答えを聞こう」

 

 

サントスは、ヴォルデモートがその手に杖を持っていない事に気付く。余裕を見せているのだろうか。確かに杖無し魔法は自分も使える、だが──一度(ひとたび)戦闘になれば、杖を持たぬのは愚行だ。

 

 

 

「…国際魔法使い連盟として、機密保持法の撤廃は認めない。という結論を出しました」

 

 

静かな目でそれを聞いているヴォルデモートに、サントスは油断する事なく杖をぎゅっと握り直した。

本部の中には魔法戦士達が控えている。何かがあればすぐに彼を捕縛する手筈は整っている。

 

 

「そうか。──まぁ、そうだろうな」

 

 

ヴォルデモートは特に怒る事も嘆く事もなかった。当然のようにその言葉を受け入れ、ただ静かに立っていた。

 

 

「ええ。…すぐに帰りなさい。そして、全世界に散らばる死喰い人達を解散しなさい。そのような思想は間違いであり、世界は変えることは出来ません」

「いや…──世界は、変える」

「…魔法界に対しての反逆と捉えますが」

 

 

サントスは杖先をヴォルデモートに向けた。

2人の視線が混じり、暫く張り詰めた緊張感が重くのしかかる。…いや、緊張感ではなくヴォルデモートが発する威圧感だろうか。何か、彼には底知れぬ圧を感じる。

 

 

「世界を変えるのは、私ではない」

「何を──…死喰い人だとでも?指導者があなたならば、同じ事です」

 

 

ヴォルデモートはくつくつと喉の奥で笑い、真っ青な澄んだ空を見上げた。

サントスはその視線の先に何があるのか気になったが──目の前のヴォルデモートから視線を逸らすことはしなかった。

 

 

 

「君には聞こえないか?──変革の音が」

 

 

怪訝な顔をしたサントスは、風が山を吹き抜けるひゅうひゅうと鳴る音の他に──何か、別のものが空を裂くような音を聞いた。

 

 

突如彼女の視界に影が落ちる。

空には、雲がなかった筈だ。新手だろうか──サントスは杖先をヴォルデモートに向けたまま、空を素早く見上げた。

 

 

 

「なっ──」

 

 

天から現れたのは、麒麟だった。

美しい身体、太陽の光を浴びて輝く鈍色の鱗、そして体内から仄かにひかる金色。大きな──おそらく、成体に近いのだろう。

 

まさか、ヴォルデモートは、グリンデルバルドのように麒麟からのお辞儀により、この世界を支配するつもりか。たしかに、麒麟は魔法族にとって特別であり、頭を下げられた者は尊敬され頂点に君臨する。──私のように。

 

 

「あ、ここでいいよ」

 

 

 

空から聞きなれぬ音が降ってきた。

麒麟が話した?いや、成体になった麒麟は多くを語らない。その言葉を理解する者など居ないが、麒麟はただ美しく未来を見据える目で、導き手になる者を示す──滅多に鳴かない麒麟の鳴き声は吉兆だとも、言われている。

 

 

突如現れた麒麟は、ヴォルデモートの隣に降り立った──そして、サントスはその背に乗る者を見て、目を見開く。

 

 

「そんな…!」

 

 

変わらぬ姿、衰えぬ美貌、間違いない、間違えようがない。

こんな人が世界に2人としているわけがない。

私が見ているのは、夢か、幻なのか?

 

 

 

「ヴォル、待った?」

「いや」

「そ?んじゃいいや。…さて、俺はノア・ゾグラフ。あなたは…ヴィセンシア・サントスですね?はじめまして!」

 

 

麒麟の背から降り、優しく麒麟の身体を撫でながらにこりと微笑むその男はどこからどう見ても、世界で最も有名であるノア・ゾグラフだった。

 

サントスは無意識のうちに一歩退いた。

あり得ない、亡くなったと言われていた。そんな彼がどうして此処に?ヴォルデモートと親しげに?いや、そんな事よりも()()()()()()()()()()()()()

 

 

驚愕し混乱しているのはサントスだけではない。

今、この状況は全ての魔法省、ならびに国民に向けて窓にその景色を写し放送されている。

変わらぬ美貌、そして、全てを包み込むような甘い声、ノア・ゾグラフが生きていた時代を知っている者も、その後に生まれた者も──全てが凍りつき唖然とノアの姿を見つめていた。

 

 

ノアはなんの反応も返さないサントスに向かって首を傾げて、自分の身体に甘えるように擦り寄る麒麟の方を向いた。

 

 

「固まっちゃったんだけど。やっぱ麒麟って珍しいから?」

「そうかなぁ。…んーと、この人、私会ったことあるような気がするんだけど…魂に見覚えがある」

「へえ?……え!?まじで?って事はあの人をトップに選んだのって…」

「私かな?」

「すげぇ偶然だな」

 

「あ、あなた…麒麟と、話が…?」

 

 

呆然としたままサントスは呟く、その声は震えかなり小さな声だったが、ノアは視線をサントスに向けると微笑んだまま頷いた。

 

信じられない、麒麟の言葉を理解する者など、今まで世界には現れなかった。

他の魔法生物の言葉を理解する魔法使いは居る。だが、麒麟は──魔法族にとって意味が異なる。

 

それに、その背に乗る事の意味を、この男は知っているのだろうか。

お辞儀で示される、清き魂や先導者の器どころの話ではない。

 

 

麒麟の背に乗る。

それは──この世界の統治者を、意味する。

 

 

 

ノア・ゾグラフは、世界中の混乱と驚愕を気にする事なく、優しく微笑んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

うーん。

サントス固まっちゃったな。

 

まあいい、俺は今から──世界を呪わないといけない。サントスの心情を察する暇なんてない。

 

 

 

「サントスさん。今、この状況を全世界が見てますよね?」

「っ…え、ええ…」

「──よし。じゃあ…そうだな。とりあえずは、俺に何があったのか、真実を話そうかな」

 

 

俺はぐるりと辺りを見渡す。うーん、どっちに放送魔法の元があるのかわからん、本当ならカメラ目線で世界に向けて話したかったけど、まぁ仕方ないか。

 

 

「俺は、数十年前、マグルによる銃撃で…死の縁を彷徨った。死ぬ事はなかったが──深く、長い眠りについていた。目覚めた時に…ヴォルデモート卿が俺の信者達を率いて、世界を変えようとしているのだと知り…俺は、その考えには一部、賛同出来なかった」

「…一部…?」

 

 

サントスが囁くように俺の言葉を鸚鵡返しに呟く。

その表情は、その先に続く言葉を恐れているようにも見えた。表情は固まり、顔色も悪い。

 

 

「ええ。…俺は、魔法族が隠れ暮らすのは間違っていると思う。俺の思想は──魔法族の事をマグルに周知させた上での魔法界とマグル界との共存だ。マグルの統治や奴隷化、残虐は望んでいない。…俺の両親は、マグルだったし、マグルにもいい奴がいるって知ってるから」

「そんな…そんな事…!」

 

 

愕然として首を振るサントスは、ダンブルドアと同じでそんな事できるわけがないと、視線で訴えかけている。

暴力を行使した支配ではない、平和的共存など、断交していた2つの世界が交わることなどあり得ないと思っているのだろう。

 

 

「俺とヴォルデモート卿は秘密裏に会い、何度も議論を重ね、意見の擦り合わせを行い…そして、互いに歩み寄り、一つの結論を出した」

 

 

ちらりとヴォルを見れば、俺の視線に気付いたヴォルが静かに口を開く。

 

 

「私は、ノアの傘下に入る。私だけではない、全死喰い人も同様だ。名を 方舟の騎士(Knight Ark)と改め、彼の掲げる思想──魔法界とマグル界の統一を支持する」

 

 

サントスはヴォルが告げた宣言に、言葉を無くしていた。彼女だけじゃなくて、これを見ている死喰い人達もだろうな。いや、もっと動揺してるかもしれない。

さて、そろそろ呪うか。

 

俺は両手を広げ、魔法界と、そして俺自身を呪うため──自分の言葉に強く、魔力を込めていく。

 

 

 

「…魔法族が隠れ住むのは間違っている、どうせ、それは長く続かない。マグル界に、魔法界の事を知らしめよう。──同胞よ、愛しき俺の子供達よ、今こそ立ち上がり、祝福の火を灯そう。

しかし、強制ではない。これは、あくまでノア・ゾグラフ個人としてのささやかな願いだ。

魔法界を、俺たちの存在を、世界に伝えるには君たちの力が必要だ。世界を平和に導く為に、魔法族の安寧の為に、マグルに迫害され命を落とした罪なき隣人の為に──愛と平和を持って、世界を作り替えよう!

どうか、俺の思想に賛同し、俺を支持してくれないか、その小さな声を…俺に聞かせて?」

 

 

 

呪いを発動させた瞬間、俺の身体から何か、とてつもない巨大なものが一気に消えた。

 

 

「──っ…」

 

 

視界が白く点滅する。疲労感、ではない、もっと何か強い力で押さえつけられ縛られているかのような感覚に、俺は麒麟の背に身体を預けた。だめだ、此処で倒れるわけにはいかない。

 

 

「…俺は、いつでも、君たちの味方であり、理解者だ…声を待っている。──ヴォル、帰ろう」

「…ああ」

 

 

ヴォルは俺をチラリと見たが手を出し支える事はない。

ヴォルの身体に触れ家まで転送させた後、俺は麒麟の真っ黒な目を見つめた。

 

 

「…その背に、乗せてくれるか?」

「勿論、さあ…乗って?」

 

 

呪った後、麒麟が乗せてくれるかどうかはわからなかったが、麒麟は変わらず優しい目で俺を見て、俺の前にお辞儀をするように跪いた。

 

その背に乗り、割れそうなほど痛む頭と、点滅する視界の中、俺は最後に唖然としたままのサントスに向けて笑いかけた。

 

 

「さようなら、サントスさん。──俺は世界を統治する。俺だけじゃない、世界中の人と共に…」

「待っ──」

 

 

サントスが俺に向かって手を伸ばしたが、それよりも早く麒麟は地面を蹴り、空へ舞い上がった。

麒麟の温かい背中にしがみつき、本部が見えなくなったところで、俺は…あーもうだめだ、限界。

 

 

「ごめん、家まで姿現しする」

「え?」

 

 

きょとん、とした麒麟の声を最後に、俺は家まで姿現しをして一気に戻った。

 

家の前から歩く余裕もなく、居間に姿を現した俺は身体を支えることがこれ以上出来ず、ぐらりと傾いた。

 

 

「ノア!」

「…ヴォル…」

 

 

床に身体を打ち付けるかと思ったけど、ヴォルがすぐに駆け寄って抱きとめ、なんとか衝突を免れた。

 

身体が凍える、勝手に痙攣する、視界が薄暗い、頭がぼんやりする。

 

 

 

顔を上げれば暗くなっていく視界で、ぼんやりと真剣な硬い表情をするヴォルの姿を見た。

きっと、強く手を握っているだろうに、握られる感覚も鈍い。そのまま、手筈通りヴォルの魔力を奪う内に…ようやく、体の痙攣が治まってきた。視界は暗いままだし、寒いけど。

 

 

「ノア、…大丈夫?」

「……まぁ、……無事では無いな」

 

 

正直喋るのも億劫で、目を閉じる。瞼が重すぎる。

20年くらい眠りにつきたい!…いや、だめだ。これは序章に過ぎない、俺はまだ世界の半分しか呪えてない。

 

 

なんとか腕を動かせる程度には回復し、呻きながらポケットから真っ赤な石を取り出す。ぐっと強く掴めば真っ赤な液体が溢れているのを感じて掌を口に近づけ、飲む。…うーん…美味しい…ような気がする。なんかかき氷シロップみたいな味だな。

 

ヴォルの魔力と、賢者の石もどきのおかげで大分マシになってきた。

多分、魔法界を呪うのは完了したんだ、魔力の大きな流失はもう無さそうだ、…絶えず流れてる感じはあるけど。

 

 

重い瞼を上げる。

──んん?

 

 

ぱちぱちと瞬きをして、自分の顔の前に手を持ってくる。

 

 

「…なるほどなぁ…」

「ノア?」

 

 

ヴォルの声は心配そうに聞こえた。

気のせいかもしれないけど、だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「魔法界を呪う代償は──俺の目だ」

「な……。…見えないのか?」

「うん、ちっとも見えん。真っ暗闇」

 

 

正しい世界を見たかった。

誰も死ぬ事が無く、平和な世界を。ヴォルと共に作り上げた世界を見たかった。

 

 

だが、カミサマはそんな俺を嘲笑うかのように、俺の目を、視力を奪った。

 

一応、治癒魔法をかけてみたけど効果は無い。俺が魔法界を呪った代償なら…それも、当たり前か。

 

 

俺は重いため息をついてヴォルの胸を押し、立ち上がる。

よろめいた俺の腕をすぐにヴォルは掴んだけど、そちらを見ても何も見えない。

 

 

「んー…麒麟、おいで

「どうしたの?ノア」

 

 

ヴォルに掴まれていない方の手を伸ばせば、麒麟の鼻先が俺の掌にちょんとついた。

そのまま滑らかな毛や鱗を撫でる。

 

 

「…俺の魂は、変わったか?」

「ううん、変わらないよ」

「そっか…。……そっか、よかった。ありがとう」

 

 

麒麟は言葉にならないくるくるとした甘え声を出し、いつものように俺の身体にすりすりと頭を寄せた。

 

 

「ヴォル、このままマグル界に行こう」

「…正気?」

「ああ、俺の名前と姿に対する呪いはもう発動されてる。俺の言葉を、マグルにも届けないと…。目が見えないからさ、一緒に来てくれるか?」

「……わかった」

 

 

 

ヴォルは俺の手を取り、そのままマグル界へ姿くらましをして移動した。

現れる場所は初めから決めていた。──俺が撃たれた場所、人の多い大通りだ。

 

 

突然現れた俺とヴォルを見たマグルがざわめき悲鳴をあげる声が聞こえた、だが、すぐに俺の存在に気がつくと興奮と動揺の叫びが混じる。

 

 

さあ、マグル界も、呪おうか。

魔法界を呪った代償は視力だった。

マグル界を呪った代償は──なんだろうな。

 

 

 

 




国際魔法使い連盟本部とかって原作で出てきてましたっけ…?
探しても見つからず、捏造です。
そしてこの時代サントスが率いてるかどうかもわからないので、ファンタビが進むにつれこっそり修正するかもしれません。


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最終話 ハッピーエンド 

 

 

俺は暖炉前のソファに座り、何をするわけでも無く目を閉じていた。

がちゃり、と扉が開く音がして、人が入ってくる気配がする。うーん、この足音はヴォルだな。

 

無言のまま入ってきたヴォルは、どうやら俺の隣に座ったらしい。ソファが僅かに沈む感覚がして、すぐに頬にヴォルの手が添えられた。

 

 

「ノア、また暖炉を消したね」

「んー?いや、だって…」

「身体、冷えてる」

「つけっぱなしって怖く無いか?見えないしさー…それに別に寒さ感じないし」

 

 

温かい暖炉の火はおろか、ヴォルの冷たい手の温度も、何も感じない。

マグル界を呪った弊害に、俺は季節の移り変わりを知ることが出来なくなった。

温度だけじゃ無くて、痛覚も消えている。まあ痛みがないのは良いけれど。気がつけばめちゃくちゃ身体が凍えてて動けなくなった事は何度かある。…あーでも、熱いスープ飲んで口ん中がべろべろになったのは困ったなぁ。

 

 

その度に俺の身の回りの世話をしてくれるマートル達はぷりぷり怒っていた。

まあ、聴覚を失わなかったのは良かった。思念を飛ばして話せないことも無いけど。

視力も、人がどこにいるか程度なら気配と魂の魔力を感じる事が出来るし、見えなくても割と魔法でどうにかできる。

 

 

世界を呪い続けてる俺は賢者の石もどきとヴォルの魔力を吸い取り、なんとか生きている。

多分、これが無かったら俺は眠り姫状態に逆戻りしていただろう。

今でも、時々ブレーカーが落ちるように昏睡して二日ほど目覚めない時はある。初めてそうなったとき、ヴォルとかミネルバ達はめちゃくちゃ焦ったらしい。焦る彼らを見たかったなぁ!

 

 

ヴォルはため息をついて、暖炉に火を灯した。熱は感じないし見えないけれど、パチパチと炎が爆ぜる音が聞こえる。

 

 

 

世界は俺が望んだ通りに進んでいる。

マグル界で俺は数々の奇跡の技──という名の魔法を使い、魔法使いの存在を示した。

はじめは大掛かりなドッキリかと思っていたマグルも、俺の姿が20年前と変わらない事や、手品では証明できない魔法の数々に魔法使いの存在を認めていった。俺はその後現れ出した魔法使いの中でも神として崇められ、宗教的な存在になってるとか。

 

 

魔法界でも俺の呪いにかかった人たちが俺の思想を次々と認め、声を上げた。

一人ひとりの声は小さくとも、何億人もの人が声を上げれば…魔法界はそれを無視できない。

俺に賛同する者は姿を隠す事なくマグル界へいき魔法を使い出し──はじめはその度に呪いが効かなかった各国の魔法使いが必死にオブリビエイトをかけたが、俺の写真を見たマグルは一度は忘れてもすぐに魔法についてを思い出し、結局意味がなかった。

 

魔法界からの機密保持法撤廃と、自由を求める声。マグル界からの魔法使いに対する認知に歯止めがかけられなかったこと。そしてなにより──俺が麒麟の背に乗ったという事。お辞儀よりは効果ありそうだなと思っていたが、俺の想像通り魔法界においてかなり重要な意味があったようだ。

 

 

それが原因で結局、俺の知らぬ間に魔法界とマグル界のお偉いさん達が話し合い、機密保持法はついに、その長い歴史に終止符を打った。

 

 

俺は今、魔法界では歴史上最も偉大な魔法使いとして、マグル界では神として生きている。

ぶっちゃけ初めの1.2年間はモデルしてた時よりもハードワーク過ぎて血反吐吐くかと思った!

俺の神格性を上げるためにマグル界に何度も行って内戦を止めたり難病を治した。盲目である事を悟られないようにする為にはどうしても同行者が必要であり、それはヴォルが担った。

魔法界とマグル界の共存のために様々な法律を作り替えなければならなかったし、政治的な面に関わらざるをえなかった。

 

 

「明日からの予定は?」

「明日は10時からアイスランド、14時から中国で各首脳との面会。その後は──()()()だね。明後日は各魔法学校の訪問」

「め、めんどくせー…俺お堅い話まじで苦手なんだよなぁ…」

「仕方ないね。君の仕事だ」

 

 

ヴォルは俺の手をとってグラスを握らせた。…ここまで甲斐甲斐しく世話しなくても魔法でどうにかできるんだけどなぁ。

 

グラスを傾けて口に含めば、赤ワインの味がした。

 

 

「お掃除はなぁ…騎士達が向かってるんじゃ無いのか?」

「勿論。でも、君が倒した方がいい」

「…ま、そうだな」

 

 

大きな内戦は起こっていない。だけどやっぱり反乱を企てるものは存在する。

マグルを殲滅したい魔法使い達が裏でコソコソ活動し、その度に世界にとっての警護組織となった方舟の騎士達が治安維持のため世界中を駆け巡る。

そして、俺は反乱する主犯格に呪いをかけ、さらに強く服従させていく。

 

 

はじめは魔法界もマグル界も混乱していたが、今では少しずつ、お互いの世界をすり合わせる為に模索し、良き隣人としての道を進んで行っているだろう。新しい(ことわり)になった世界に馴染めない古い考えの者は、魔法界の奥に自ら潜み、マグルと会わないようこっそりと暮らしているらしい。まぁ、それはそれでその人が望んでいるのならいいんだろう。

 

 

 

「来月の11日は、誕生祭があるから、そのつもりで」

「あーもう、そんな時期か…」

 

 

1月11日に世界統一記念日とかいうクソダサい祝日が世界で作られた。そんなわけわからん名前にするならノアの誕生日とかにしてくれよ…。

国際魔法使い連盟本部には麒麟に跨る俺の石像が立ち、サントスさんの後を引き継いで魔法界を導くのは…まぁ俺じゃ無くてヴォルがしてる。いや、だって政治とかめんどくさくてずっと関わるのは嫌だ。

ヴォルは俺を理解した上で、血の契約を結んだままだからマグルの迫害はもう出来ないし、任せても良いだろう。ヴォルがその立場になってからもう3年くらい経つけど、ちゃんと指導者として振る舞ってるらしいし。むしろ世界を好きに動かせる事に楽しさを覚えたようだし。

 

裏では俺に、マグル殺したい。とか呟くこともあるけど。苦しんでなさそうだったから多分、ヴォルなりのストレス発散か冗談…なんだろう、うん。

 

 

「…ノアの目は、いつ見えるようになるんだろうね」

 

 

ヴォルが俺の目に触れた。

痛みはなくても、普通に異物感があって目を閉じて身をひけばくすくすと笑われる。

 

 

「おまっ…眼球を触るな!デリケートなところだぞ!?」

「いや、全然違うところを見てるから、…腹が立ってね」

「…仕方ないだろ。見えねーし。…世界の呪いを解いたところで…見えるようになるのかなぁ。…あと20年くらい経ったら解呪するけどさ、そんときにはヴォルはもうおじいちゃんだな!」

「…君も、相応の歳になると思うけど」

 

 

何言ってんだみたいな刺々しい声で言われてしまった。

今俺の肉体年齢は30歳前後のはずだ。

20年後は50歳かー、ヴォルは65歳くらいになってるはずだし。まぁかなりいい歳になってるな。まったく想像出来ないけど。

 

 

世代が変わり、20年が経過した後で世界中にかけている服従の呪いを解くつもりではある。

無理矢理俺の思想に従わせなくとも、新しい世代は当然のように魔法を受け入れるだろう。

魔法使いだというだけで畏怖し迫害される事のないように、マグルだからといって下に見られ虐げられる事のないように。

もう新しい理が出来上がった後の世界には、俺の力は不必要な筈だ。…そう信じたい。

まあ…賢者の石使ってある程度長生きはするつもりだけど。ヴォルの分霊箱になっちゃったし、うっかり死んでヴォルの魂を失わせるわけにもいかない。

……世界の呪いを解いた後になら不老不死にだってなれるけれど。理として、神として存在する為にはそれもまた、必要な事なのかもしれない。…ヴォルに言ったら絶対自分も不老不死になりたいとか言いそうだからあと20年は黙っていよう。

 

 

 

「これで…よかったんだよな?」

 

 

 

ぽつりと呟く。

世界を変えた、理を変えた。

紛れもなく俺が望んだ事だ。

 

 

だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「君の望み通りの世界になったんでしょう?」

「…そうだよな、うん。…俺ができる最も犠牲の少ない世界だ」

 

 

俺の頭脳が数々の未来を映し出しては消えた。…あまり考えると、後悔してしまいそうだから考えないでおこう。

 

この結末が、俺にとって最善だったんだ。

ハリー・ポッターの世界を、ノア・ゾグラフの世界に変えた。

数々の人を巻き込み、心を惑わせ、支配して。俺の知ってる世界では無くなったこの世界では知っているキャラが生まれない可能性が高い。

ホグワーツを訪問しても、盲目の俺には誰がジェームズなのかセブルスなのかわからなかったし。

 

 

暫く沈黙が落ちる。

だけど、それもそこまで悪くない心地よい沈黙だ。

 

ふと、デジャヴを感じた。

たしかに、俺は今まで何度も暖炉前にあるソファでヴォルと共にいろんな事を話した事がある。

だけど──これから先も、ヴォルと敵対する事なく、堂々と共に陽の目を浴びて生きていける。

それを理解した時に、ふと胸の奥から込み上げてくるのものがあった。

 

 

 

ああ、多分、俺は──。

 

 

 

「…ヴォル…ありがとう」

「何が?」

「…さあ、好きにとってくれていいよ」

 

 

 

ヴォルは何も言わなかったし、俺も何も言わなかった。

ヴォルが居るだろうところに手を伸ばせば、すぐにその手を取られ、俺の手はヴォルの頬に触れた。

手のひらから伝わる動きで、ヴォルが少し微笑んでいるのが分かる。

 

 

 

「これで、よかったんだ」

 

 

 

物語は()()()()()()()()ハッピーエンドで終わる。

それが一番いい事だ。

 

 

 

 

 




2ヶ月余りの連載でした!
いつも評価、コメント、ありがとうございました。本当に書く気力につながりました!

終わり方や物語の進め方には賛否両論あると思いますが、ノアの物語としての落とし所はここで。

いくつか、分岐点を用意しておりまして、コメントに影響されたり時々のアンケートによって結末を変えていきました。
ギャグの練習に書き始めたのに、きがつけばギャグとは…?というお話になってしまい、ギャグを期待されていた方には本当に申し訳ないです…。


初め大まかな流れを考えた時は普通に原作通りヴォルと敵対するつもりでした。その終わりだけ書いていたので活動報告にでもいつか載せたいなぁとは思っています。

ノアがこの後失われたものを取り戻すのか、ヴォルとどうなるのか、ノアはどうするのかは、ご想像にお任せします。
いくつか書きたいネタはあるので、番外編として書こうかなぁとは思いますが、とりあえずヴォルの幼馴染としてのノアの物語はこれで完結です。


この後if世界線で兄・子世代の物語を書いていこうと思ってます。
(ファンタビも書きたいのですが、まだ完結してないのでどうしようかな…と模索してます。)
興味がありましたら、ぜひお読みください!

本当に、お付き合いくださりありがとうございました!




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その後の世界
番外編 ノアと幸せの形


 

 

俺が世界を変えてからおよそ10年が経った1981年の8月のある日。

 

この日、俺はベインと共にとある家を訪れることになっていた。

 

 

「ノアが会いに行くだなんて!きっと凄く喜ぶよ」

「そうかな?そうだといいけど」

「勿論さ!」

 

 

ベインはウキウキといったように楽しげに笑う。

盲目になって約10年、俺は外出する時は真っ黒なサングラスをかけてその視線がずれている事を悟られないようにしていた。まぁ、この生活にも慣れたしこんなものつけなくても相手の声の位置で大体の目の場所がわかるんだけどな。

 

だけど俺の騎士達は過保護なのか、俺と外出する時はいつも腕を掴むように口うるさく言うから、今日も仕方なくベインの腕を掴んでいる。

はじめは俺に触れられるたびに悲鳴を上げ「ノ、ノノノノア!だだだっだめだよ!」と言っていたベインも今ではすっかり慣れている。

 

ちなみに、ベイン、マートル、ミネルバ、アブラクサスの4人は上級騎士として、他の騎士とはまた違う立場にあり、騎士達を纏める要となってくれている。彼らは──アブラクサスは別として──元の仕事を辞め、今では新しく設置された大きな城のような方舟の騎士団本部で働いている。

方舟の騎士団本部は、新しい世界になったこの世界の警護団体であり、秩序だ。

新しい法律で、魔法族はマグルを、マグルは魔法族を理由もなく虐げる事は重罪となっている。もし、罪を犯せば新しく出来た…というよりも、再利用している元死喰い人集会所、現牢獄に入れられてしまう。

その判断基準は、まぁ、俺かヴォル、そして俺が認めた優れた開心術士により調査されるため、嘘をつくことはできない。嘘をついてもすぐにバレるしな。

 

 

 

「ここだよ!楽しみだなぁ、僕も初めて会うんだよね」

 

 

ベインは足を止め、扉のノッカーを打ち鳴らした。

すぐにぱたぱたと足音が響き、ガチャリと扉が開く音がする。

 

 

「いらっしゃい!久しぶりね、ベインさん!」

「久しぶりリリー、ジェームズは相変わらずかな?」

「ええ、相変わらずシリウス達と馬鹿な事してるわ。昨日も誕生祭だーっていって夜遅くまで馬鹿騒ぎしてたの。もう誕生日から半月も経つのに、本当困っちゃうわ!」

 

 

柔らかく、幸せそうな暖かい声だ。

くっ…!今ほど目が見えていたらいいのにって思った事はない!!

ハリポタファンとして、今リリーの顔が見れないのは拷問に近い!!

 

 

「それで──ああっ!ノ、ノア様!?も、もう来てらしたんですか!?」

「ごめんね、はじめまして。俺は…って知ってるか」

「勿論です!…えっと、私はリリー・ポッターです、ようこそおいでくださいました!」

 

 

リリーの声は緊張して、上擦っている。

まぁ、俺の呪いがしっかり効いている証拠でもあるが──なんとなく申し訳ない。

 

 

「そんな畏まらなくていいよ。ベインの家族は俺の家族みたいなもんさ」

「そ、そんな…!──あっ!どうぞお入りください!」

「ありがとう。…あ、これ。つまらないものですが、誕生日祝いもかねて」

 

 

リリーが居るだろう方向に、準備していためちゃくちゃ高級で可愛い(らしい、マートルとミネルバに用意してもらったから間違いではない筈だ)ベビー服と高級菓子が入った紙袋を渡す。

 

リリーは息を呑んで、俺の手から紙袋をそっと受け取った。彼女の魂が激しく動揺してるのが見てとれる。

 

 

「あ、ありがとうございます!!」

「ううん、ごめんな?急に…」

「いいえ!──ようこそポッター家へ!」

 

 

リリーに促され、俺とベインはその家の中に入る。

うーん、知らない場所はやっぱ少し身構えるな、転ばないように気をつけないと。

 

俺は、ベインの動きに合わせてゆっくりとその家の中に足を踏み入れた。

 

 

 

ーーー

 

 

リリー・ポッターとジェームズ・ポッターはそれを手紙で伝えられた時激しく動揺していた。

いや、動揺というよりも驚愕だろう。

 

 

「な、なんでノア様がこの家にいらっしゃるの!?」

「さあ…?あー、僕のおじさんが上級騎士だからかな?ノアさんとすっごく親しいってずっと言ってたけど…本当だったんだ…」

「ベインさんが!?まぁ…どうしましょう!家の中をピカピカにしないとっ!」

 

 

リリーは混乱したまま部屋の中を大改造レベルで掃除し、埃ひとつ落ちていないように磨きあげた。

まぁ、この家は結婚した時に買ったものでまだかなり綺麗だったのだが。

 

リリーにとってノアは、他の魔法族やマグルと同じく神様のように尊く、世界で唯一の偉大な魔法使いだ。おいそれと一般人である自分が交流する事機会があるなど夢にも思っていなかった。

ジェームズにとってノアは、確かに偉大な魔法使いである。世界を統一した、類を見ない非凡な才能と確かな力を持つ魔法使いだと思っている。

だが、彼は──他の魔法族やマグルほど、ノアに対して陶酔していない。

ただ、親やベインからノアの偉大さや素晴らしさを聞いていた為、凄い人なのだろうと思い尊敬は、していた。

 

 

 

「ジェームズ!ベインさんとノア様がいらっしゃったわ!」

 

 

ジェームズは妻、リリーの上擦った声に顔を上げる。リリーの頬は自分でもなかなか見た事が無いほど赤く染められ、どう見てもテンションが上がっていた。

 

 

「ジェームズ!久しぶりだね!」

「久しぶりベイン!会えて嬉しいよ」

 

 

まず部屋に入ってきたベインにジェームズはにっこりと微笑む。

世界が変革し、騎士であるベインは多忙を極めなかなか会うことが出来なかったが、世界が統一する前はよく遊んだり、家に泊まりに行った事があったのだ。

 

ジェームズはベインの後ろに静かに立つノアを見て少し、息を飲む。

真っ黒なサングラスはかけているが、成程、陶酔するのもわかるほどの美貌だ。もう40歳近いとは聞いているが、その見た目はどう見ても30代前半にしか見えない。きっと肉体年齢を止める魔法をかけているのだろう。

 

 

「はじめまして、ジェームズ・ポッターです。ようこそポッター家へ!」

「ノア・ゾグラフだ。…ありがとう、ごめんな急に…この日しか都合をつけれなくて」

 

 

ジェームズは少し悩んだが──こんな偉大な人に握手を求めてもいいのだろうか──手を差し出す。するとノアはベインにとん、と肘を突かれた後ゆっくりと手を差し出した。

握った手は、日溜まりのような温かな声とは裏腹にひんやりと冷たい。だが、しっかりと握り返してくれるのをみると、握手のタイミングはややズレていたが一般人と握手する事が嫌ではないのだろう。

 

リリーはすぐに紅茶の用意をするためにキッチンに向かう──この日のために用意した高級な紅茶だった──ジェームズがベインとノアにリビングの中央にあるソファに座るよう勧めれば、彼らはゆっくりとソファに座った。

 

ジェームズはノアの前に座り、ついまじまじと彼の姿を見てしまった。

 

今でも信じられない、写真や新聞の見出しでは見た事がある。それに何度か学生時代ホグワーツで訪問に来ていた彼の姿を目撃している。

それでも、まさか──ノア・ゾグラフが!世界で最も有名なこの人が、目の前にいるなんて──信じられない。

 

 

そんなジェームズの考えが伝わったのか、ノアは口元に手を当てくすくすと面白そうに微笑んだ。

 

 

「俺がここに来てるのが、不思議?」

「え…ええ、そりゃあ…」

「ははっ!…変なジェームズ」

 

 

ノアがジェームズの名前を低く、甘く呼んだその瞬間、ジェームズはぞくりとしたものが体を駆け巡るのを感じた。

呼吸が出来ないほど、胸が締め付けられる。

瞳を見せないでこれだ、もし──その目を見たらどうなるのだろうか。美しい瞳だとは聞いている、見てみたいような、見たくないような。

 

 

リリーが紅茶セットを運び、机の上に置く。彼女がそれぞれのカップに紅茶を入れ、「どうぞ」と頬を赤らめながら伝えれば、ノアは優しく微笑んだ。

ふわりとした良い匂いに、ノアは少し視線を下げて指を軽く振る。するとふわりとカップが浮かび、ノアの手元に飛んでいった。

 

 

「──美味しい」

「気に入っていただけて、良かったです」

 

 

リリーはほっと表情を緩めた。

もし気に入られず──何か不敬をはたらいてしまえばどうなるのかと、気が気では無かったのだ。

紅茶を運んでいたトレイを浮かせふわりとキッチンにある棚へ戻したリリーは、いそいそとジェームズの隣に腰掛けた。

 

暫くはお互い紅茶飲みながら近状報告を交わし、和やかな時間が過ぎる。

だが、ノアは聞き役に徹し一言も口を挟む事なく微かな笑みを口元に作ったまま静かにジェームズとリリーとベインの声に耳をすませていた。

 

 

「──ふぇ…」

 

 

小さい泣き声が響いた。

リリーはすぐにベビーベッドへ近づき、腹の上に乗せられていたタオルを足で思い切り蹴り目を覚ました赤子を抱き上げる。

 

 

「ああ、ハリー、起きちゃったの?泣かないで?」

 

 

リリーは懸命にあやしたが、ハリーはぐずぐすと目を擦りながらリリーに向かって手を伸ばし、必死に抱きつく。母の胸に抱かれても、不満げな泣き声を止める事はなかった。

 

 

「リリー、その子がハリーかい?」

 

 

ベインはリリーに駆け寄り嬉しそうに微笑む。腕の中で抱かれているハリーは、ちらりとベインを見ると、ちょうど人見知りをしてしまう時期なのか一際大きく泣いた。

だが、ベインは「ジェームズもこうだったなぁ」と懐かしく思っただけで、嫌な気持ちにはちっともならなかった。

 

 

「ええ、そうよ」

「僕にとっては孫のようなものだね!うわぁ!ハリー…はじめまして、ベインだよ!」

 

 

ベインは優しい顔をしてリリーの腕に抱かれているハリーに目を合わせるように身を屈める。

リリーの胸元に顔を押し付けているハリーは「うー…」と声を上げ、見知らぬ男の大人にいやいやと首を振る。

ジェームズはノアから視線を外し、なんとかハリーを笑わせようと変顔をするベインを見てくすくすと笑った。嫌がる様子も可愛い、愛しい我が子に思わず口元が綻んでしまう。

 

 

「──俺に、ハリーを抱かせてくれないか?」

 

 

ノアはサングラスをいつの間にか外し、美しく輝くブルーグレーの瞳で、リリーを見つめた。

美しい瞳に見据えられたリリーは顔を赤くしたが、少し悩むように視線を彷徨かせる。

一歳を越えたばかりのハリーは、かなり人見知りをしてしまう。ノアに対しても泣いてしまうかもしれない──不快にさせたらどうしよう。

 

しかし、ノアは優しく笑うとリリーの胸に顔を押し付けちらちらとノアを伺うハリーに向かって柔らかく告げた。

 

 

「おいで、ハリー」

「…うー!」

「わっ!──ハ、ハリー!」

 

 

ハリーはリリーの腕の中で、降ろせというようにもがく、慌ててリリーが床におろせば、まだたどたどしい足取りでハリーはノアの元まで向かい、その足にぽすんと体当たりをするように抱きついた。

 

 

「…良い子だね、ハリー」

 

 

ノアはそっとハリーの脇の下に手を差し、抱き上げる。

向かい合うようにして膝の上に乗せれば、ハリーはノアの顔をじっと見つめた後、にぱっと満面の笑みを見せた。

 

 

「あー!」

 

 

ハリーはきゃっきゃと楽しそうな声を上げながらノアの頬を小さな手でぺたぺたと触る。あまりに無遠慮な触れ方に、リリーとジェームズは顔を引き攣らせたがベインは「赤ちゃんと触れ合うノア!最高!!」と興奮していた。

 

 

「…ちっちゃいなぁ」

 

 

ノアは小さく呟いた。

ハリーはまだ一歳になったばかりであり言葉はわからない。ただ嬉しそうに笑い、頬を真っ赤に染めてノアにぺたぺた触れていた。

 

 

 

「…ハリー…俺はノアだよ」

 

 

 

宗教画のワンシーンのような、慈愛に満ちたノアの横顔にジェームズ達は息を飲む。何故か、そこだけスポットライトを浴びているかのように、キラキラと輝いて見えたのだ。

たしかに、陶酔するのもわかる──それほど、畏れてしまうほどの美しさだ。

 

 

ノアは愛おしげにハリーを見つめ、その柔い頬を撫でていた。

まるで壊れ物を扱うかのように、酷く、優しく。ハリーは頬を撫でられくすぐったそうにくすくすと笑う。

ノアの手は優しく頬を撫でた後、ハリーの綺麗な額に伸び、何かを確認するように何度も撫でた。

 

 

幸せで素晴らしい光景にベインは内心で最高のシャッターチャンスを逃した!と悔しがっていたが、ふと、ハリーの頬にきらりと輝くものが落ちたことに気がついた。

 

 

「…ノア?」

 

 

それがノアの涙だと気がついたのはすぐで、ベインはどうしたのかと慌てて駆け寄り顔を覗き込む。

 

ノアは、慈愛に満ちた目で微笑んだまま、ぽたぽたと涙を流していた。

 

 

「ノア、ど──どうしたの?涙が…」

「ん?……あー、ううん、大丈夫」

 

 

ノアは言われて初めて自分が泣いているのだと気付いたのか、ぱちりと不思議そうに瞬きをした後、困ったように微笑み涙を拭った。

 

ベインは、初めて見たノアの泣き顔に──動揺した、ノアが涙を流すところなんて、想像もできなかったのだ。

ただ、その涙はあまりにも美しく、慈雨のようであり──ノアは涙も完璧!カメラ持って来ればよかった!いや、むしろフラスコがあればその涙を永久保存できたのに!!──と2度目の激しい後悔をした。

 

 

リリーはまさか、ハリーが何か粗相をしたのか──例えばオムツから漏れてしまったとか──と思い、顔をさっと青ざめるとノアの前に跪き、ハリーを受け取ろうと手を差し出す。顔を蒼白にして動揺した彼女の声は喉から出なかった。

 

だがノアはそんなリリーに気が付かず「ちっちゃー」とまた、ハリーの柔らかな頬を撫でる。

 

無視された!やっぱり何かしでかしてしまったのか!!とリリーが衝撃を受け何も動けないでいると、正気に戻ったベインが「あ」と呟きノアの隣に行くとトントンと肩を叩く。

 

 

「ん?」

「リリーがきてるよ」

「あー…ごめん、ずっとハリー抱っこしてたらダメだな」

「えっ…い、いえ!むしろ、すみません…!」

 

 

リリーは何かしてしまったのかと慌てて頭を下げる。ノアはようやくリリーが居る方を見ると、困ったように微笑み、ハリーの肩をぽん、と一度優しく叩いた。

 

 

「ハリー、お母さんのところに行こうなー?」

「うー?」

「ハリー、おいで?」

 

 

 

リリーはおずおずとノアからハリーを受け取ると、すっかり上機嫌になったハリーを抱き上げる。ハリーはノアには人見知りをせず、むしろもっと抱いていてほしいと言うようにノアに手を伸ばしたが、ノアはリリーに向けて微笑んだまま、ハリーが差し伸べている手には反応を返さない。

 

ノアの様子をじっと見ていたジェームズは、その違和感に気がつき──ぽつりと呟いた。

 

 

「…まさか、目が…?」

 

 

ノアはふっとジェームズを見る。

しっかりと、目があっているような気がする。いや、僕の気のせいかもしれない、だが──ノアは朗らかな笑みを浮かべたまま頷いた。

 

 

「みんなには内緒だぜ?…そ、俺目が見えないんだよね。ちょっと色々あって」

 

 

ノアは肩をすくめ茶目っ気たっぷりに言うと──美しく儚い雰囲気が、急にガラリと変わった──胸ポケットに挿していたサングラスをかけた。

 

 

ああ、なるほど。その為のサングラスだったのかとジェームズは納得する。

しかし、ノア・ゾグラフが盲目だったなんて聞いた事がない、たしかに大衆の前に現れる時はいつもそばに騎士が居たが、ただの付き人か何かかと思っていた。

盲目だから、そばにいるのか。

 

 

「──さ、もうそろそろ時間だよ、ノア」

「ん?もうそんな時間かぁ…」

 

 

ベインに声をかけられ、ノアは立ち上がる。

ベインは盲目だとバレたのだから、と気にせずノアの手を取り、ノアもまた何も言わずにその手からするりと肘あたりに手を滑らせるといつものように腕を絡ませた。

 

 

「君たちに会えてよかった」

「…こちらこそ、いつでも来てくださいね」

「ハリー、ノア様の事が大好きみたいなんです、ぜひいらしてください!」

 

 

ノアは嬉しそうに笑うと、大きく頷いた。

 

 

「また、くるよ」

 

 

ジェームズとリリーとハリーに見送られながらベインとノアはポッター家から出てすぐに姿現しをし騎士団本部に帰る。

 

 

「ノア、そんなにハリーと会えて嬉しかったの?」

「ああ…うん。……幸せなあの子を知りたかったんだ。あーあ、目が見えてたらなぁ…」

 

 

ノアは残念そうにため息をついたが、仕方がないかと苦笑し、ぐっと腕を高く伸ばした。

 

 





盲目設定だと、ノア視点で書けなくて難しいですね…。




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番外編 彼らのその後

 

 

 

世界を変えて15年ほど。

当初ほど大きな混乱も無くなり、新しくマグル界と魔法界の間で作られた平和条約も、わりと守られている。

 

小さな反乱はすぐに騎士達が止めに行き、大きな戦火や混乱が起こる前に火種を消していく。

方舟の騎士は、ぶっちゃけもうその数を把握できない程いる。一応、能力テストや面接、学校での試験の結果が良くないと騎士にはなれないとはいえ、イギリスだけの組織ではない。イギリス以外は各国にいる上級騎士が取り纏め、俺とヴォルが抜き打ちでチェックしに行ってる。

 

 

独自組織だった方舟の騎士は、その力を一時的に提供する、という形で一部魔法省に席を置いている。まぁ、つまり、闇祓いは方舟の騎士に名を変えた。

 

 

勿論、闇祓いはまだ存在する。ムーディとかいるし。

だが、一般的に市民を守り、良からぬ企みを防ぎ、治安を維持する者を指す職業は方舟の騎士だ。

 

 

魔法界だけではなく、マグル界にも方舟の騎士は存在する。こっちは…まぁ、自衛隊や軍隊、はたまた宗教団体のようなもの、と言ってもいいだろう。

魔法族の騎士だけがマグルを見張るのも、なんか上下関係が生まれそうで嫌だったし、マグル界はマグルがある程度は収めるべきだ。

 

 

まぁ、何が言いたいかというと。

方舟の騎士はそんな超絶人気職業であり、世界的な憧れの職業になったと言う事だ。

さらに、かなり給料や職場環境もいい。危険がある仕事な事は確かだけど。

 

 

そして、俺が把握しているだけでかなりの親世代キャラが方舟の騎士になりたいと名乗りを上げた。

 

 

ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー、リーマス・ルーピン、レギュラス・ブラック、セブルス・スネイプ、ルシウス・マルフォイ、バーテミウス・クラウチ・ジュニア……。

 

 

有名親世代キャラは大体俺のツレ(部下)になる。

 

…いやいや!

いやいや!ジェームズとシリウスはわかるわ、なんとなくそれっぽいもん。その他何人か記念受験か?いいのか??ってか、裏切らない?ねえ??

 

 

「…どうすっかなぁ…」

「新しい就職希望者?…良いんじゃない?能力的には有能なんでしょ」

「そうだけどさぁ…」

 

 

俺は方舟の騎士団本部にある最も厳重に守護されている無駄に広い一室で、今期の就職希望者選抜リストを掴みながら唸る。

朗読魔法がかかったリストはこのイギリス騎士代表のベインの声でつらつらと楽しそうに名前を読み上げ続けた。

ヴォルは気軽に言うけど、やっぱ悩むぞこれ。…い、いや別世界の事は考えるな俺、うん、彼らを信じなきゃ…俺の呪いもかかってるはずだし…!

 

 

「あー…本業で働きたいのはジェームズとシリウスとジュニアだけか…あとは兼業ねぇ…」

「兼業は兎も角、本業は…まぁ、ノアのテストに合格できるかどうかじゃない?」

「まぁなぁ…」

 

 

方舟の騎士は、他の職業と兼業する事が可能だ。聖マンゴでヒーラーをしている方舟の騎士や、教師をしている方舟の騎士もいる。

普段はそれぞれメインの仕事をし、俺か上級騎士の呼び出しや命令に従い時々騎士として働く。マグル界でいう、町の消防団みたいなもんかな。

まぁ、誰でも入れるわけじゃ無いけど。ある程度のテストと学校の成績が必要だ。

 

 

 

勿論騎士じゃないのに騎士を名乗って悪さをする人がいないように、騎士には騎士の証拠に…右手の甲に方舟の紋章が入れられる。

 

いや、だって…銀のリング配ってたら盗難被害が凄かったから、仕方がない。闇の印みたいに痛みは無いし、普段は見えなくなってるし!

それに、ちょっとした守護魔法付きだから悪いものではない。

 

 

兼業騎士と本業騎士の差は、まあ給料だったり、仕事の危険度だったり、世間的なステータスだったり。世間的にステータスがあるのは勿論、本業の方舟の騎士だ。

 

そして、世界各国にいる本業騎士希望者は、最終選抜後、俺のテストを受けなければならない。

 

 

「…まぁ兼業の方はベインに最終面接してもらって…後の3人はテストしてから考えよ…」

 

 

俺はリストの朗読を取り消し、ため息をついた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「さて…名前は?俺から見て右から言ってもらおうか」

「バ…バーテミウス・クラウチ・ジュニア」

「シリウス・ブラック」

「ジェームズ・ポッター」

「うんうん、形式的な事だから、そんな名前言うだけで緊張しなくていーよ」

 

 

イギリス騎士団本部のとある試験会場。

俺の前には三脚の椅子があり、その椅子にそれぞれバーテミウスとシリウスとジェームズが座っている。

だだっ広いこの部屋は最終試験をするためだけの場所だ。余計な物は何も無い質素な部屋──だと思う、見た事ないけど、見えないし。

 

 

「さて、君たち3人はこの最終試験に残った優秀な魔法使いだ。…あ、ちょっとまって、ひとつだけ試験に関係ないこと聞いて良い?」

「はい」

「何でしょうか」

「なんでも聞いてください!」

 

 

元気がいいのはジェームズだな。後の2人は緊張してるなこれ。いやー…3人が見たかった!!

 

 

「ジェームズは知ってるからいいんだけどさ、シリウスとバーテミウスは結婚してんの?恋人とかいる?」

「は。…えっと、…恋人は、居ますが…?」

「私は…妻と、一人娘が居ます」

 

 

シリウスお前恋人いるのかよ!良かったな!幸せになれよ!

バーテミウスは結婚してるのか、いや、良かった。うん。

 

 

「あ。ベインに聞いてるかもしれないですけど、今度家族が増えます!男の子です!」

「ええ!?まじで?ハリーはお兄ちゃんになるのか?」

「はい!あ、また遊びに来てくださいね!」

「まじで?絶対行くわ」

 

 

シリウスとバーテミウスがなんか狼狽してる気配を感じる。多分俺とジェームズがなんか親しい事に驚いているんだろう。

 

いやー…それにしても、本当に世界は変わってる。

シリウスに恋人がいて、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは死喰い人にならずヴォルデモートの熱烈な部下になってない、なんか家族もいるらしいし。

そして、ハリーには弟が出来る。

 

後5年後、呪いを解いた後…まじで世界を見たいな。うん。

 

 

 

「ジェームズ、お前…陛下(Majesty)と知り合いってマジだったのかよ…」

「嘘だと思ってたの?」

「そりゃあ…」

 

 

こそこそとシリウスとジェームズが話している。陛下って、そんな畏まらなくても…まあ世間的に俺をそう呼ぶ人が多いけど、まだ慣れないな。ゾグラフ陛下とか、ノア陛下とか、ノア様だとか。…ま、ノア様は学生時代から言われてたから違和感ないけど。

 

 

「よし、緊張は解れたかな?じゃあ最終試験を始めようか」

 

 

俺がぱんと手を叩けば、ぴりっとした緊張が彼らの間で走ったのがわかる。

どんな試験なのか気になってるだろうが、試験内容はいたって簡単なものだ。

 

 

「3人同時でいいから、俺を攻撃しろ。俺を捕縛できたら終わり。制限時間は10分」

「ゾ、ゾグラフ陛下に、ですか?」

「ああ、大丈夫。俺って最強だから。あ、そうそう俺は()()()()()()()()()()1()0()0()%()()()()()──じゃあ、開始」

 

 

バーテミウスは動揺してたけど、お構いなしに俺は指を鳴らし彼らの椅子を消滅させる。

真っ先に攻撃を仕掛けたのはどうやらジェームズのようだ、すぐに手で弾いたが、連続して切り裂き魔法や拘束魔法が飛ぶ。

うーん、ジェームズはやっぱ俺の呪いかかってないな。通常ならバーテミウスやシリウスみたいに躊躇うんだけど。

 

少ししてバーテミウスとシリウスも攻撃魔法を仕掛けてきたけれど、どれも威力が弱い。正常に呪いがかかってるな。

…ってか、ジェームズは俺が盲目だって知ってるのにまじで躊躇ねぇな。

 

 

「もっと本気で良いんだぜー?」

 

 

目が見えなくとも、魔力の流れはわかるから特に問題なく防御する。

シリウスからの魔法を避けてふわりと空に飛べば、バーテミウスからの爆破魔法が飛ぶ。

うーん、単純!予想の範囲を出ない!まぁ、実践慣れしてない人はこんなもんかな。

意外とつまらないな、一度ミネルバ達とこの模擬戦をやった時は、ミネルバだけが俺を捕縛したなぁ。まぁ──裏技ともいえるけど。

 

 

シリウスとバーテミウスは連続で幾つかの攻撃魔法を繰り出してるけど、強い防壁を張れば簡単に防げてしまう。

 

さて、そろそろ10分かな。

 

いやー俺のヒントに、ジェームズは気付くかなって思ってたけど。

 

…そういや、ジェームズはさっきから大人しいな。

 

 

「──ノアさん捕まえた!」

「──お」

 

 

がしり、と後ろから抱きしめられ、ジェームズの嬉しそうな声が聞こえる。

 

 

「捕まっちゃった」

 

 

肩を竦めればジェームズはすぐに俺を離した。

 

 

「はい、試験終了。お疲れ様ジェームズ、シリウス、バーテミウス」

 

 

パチンと指を鳴らし先ほどのように椅子を三脚出す。

シリウスとバーテミウスはぽかんとしてそうだな。俺があっさりなんの魔法も使わず捕らえられたのが信じられないんだろう。

 

 

 

「何故…捕まったんですか…?」

「んー?」

 

 

シリウスは納得がいかないのか、ちょっと声が硬い。なんの魔法も使わずに普通に捕まった俺に不服があるのかもしれないなぁ。

 

 

「言っただろ?俺は魔力を見るし、魔法は100%効かないって。つまり、魔法を使わずに俺を捕縛する方法を、お前達は考えなければならなかったんだよ」

「魔法を使わず…?ですが、俺──私たちは、魔法使いです」

 

 

バーテミウスも低い声で言い返す。

ま、尤もな反論だな。

 

 

「俺の騎士になるのなら、魔法が使えない場に行くこともあるからな。マグル界の要人との会合とかは特に、互いに武器を持たず会うことが暗黙の了解となっている。そんな中その要人を暗殺しようとする者が居たとして、俺の騎士は魔法を使わずに無力化する力が求められる。自分の手と、身体だけでな。まぁ、さっきのジェームズみたいに魔法を使わず素手で捕縛する選択肢を…シリウスとバーテミウスは考えるべきだったな。…以上!反省会終わり!結果は後日郵送する!」

 

 

納得がいったのか、いってないのか、3人は「失礼します」とだけ言って退場した。

ジェームズはウキウキと退場したけど、シリウスとバーテミウスは沈んだ声だったな、…まぁ、結果は不合格だと思ってるんだろう。

 

 

俺はぐっと伸びをして、俺の部屋に姿現しで戻る。

 

 

書類を整理していたらしいカサカサという紙の音と、「お疲れ様」というヴォルの声が聞こえた。

手探りで椅子を探して座り、足を投げ出す。

 

 

「どうだった?」

「んー。ジェームズは騎士にしてもいいな。あいつ呪い効いてないし、まぁ…監視の意味も含めて。あの試験で初めてクリア出来た記念すべき1人目だ!シリウスとバーテミウスは…魔力はそこそこ高いけど、呪いのせいで俺に本気は出せてなかったし、試験の意味にも気付かなかったしなぁ…どうするかな」

「クリアしたの?…本当に?」

 

 

ヴォルが手を止め、怪訝な声を上げた。

あの試験は俺を捕縛すれば合格というわけではない。勿論試験の意味に気づいて魔法を使わず俺を捕縛するのが1番良いが、魔法使いにそれはなかなか難しい。彼らは息をするように魔法を使う事が癖になってるからなぁ。

 

試験の本質は、個人の魔力量と、俺の呪いが正常に効いているか──つまり、どこぞの組織の内通者ではないかを判断する試験だ。

 

 

「ああ、呪いも効いてないし、何より俺が盲目だって知ってたから」

「…ふーん……」

「シリウスもバーテミウスも、別に騎士になれる素質は十分あるけど……ま、後で考えるか」

 

 

それよりも、幸せになっている彼らのことが知れて本当によかった。

この分だと結婚してなかった原作キャラにも、子どもとかいる可能性があるな。親世代はちょうど25歳ぐらいだろうし、適齢期だろう。…うわーめちゃくちゃ気になる、気になりすぎる。特にセブルスとか…リリー一筋なのかなぁ…それとも別の人と恋に落ちてるんだろうか…。

ブラック家はシリウスもレギュラスも死んで血族が途切れるはずだったけど、この分だと普通に続きそうだし、ハリーには弟が出来るし。

 

 

「そういえば、ヴォルは…血を残さないのか?スリザリン家系ってヴォルが最後だろ?」

「まぁ、…そうだね。…一応、考えてるさ」

「へえ?そうか。なら良いけど。結婚式には呼べよ?友人代表のスピーチは任せろ!」

 

 

スリザリンの血に固執していたヴォルだ。きっと自分の子を持ちたいだろうし、血を残さないという結論は無いはずだ。

原作のヴォルは…あー呪いの子でまさかの娘ができるとかそんな情報をちらりと聞いたことがあったが、解釈違いです。ってかあの禿頭蛇面状態で性機能が備わってる事に驚いたわ。

今のヴォルなら、まぁ家庭を持つこともあり得るだろう。ぶっちゃけ想像は出来ないけど。

 

 

「いいなぁ、俺も自分の子とか欲しかったし、子育てしてみたかったけど。…もう諦めたわ」

「…へぇ」

 

 

ヴォルはあんまり興味がないのか、生返事をしながら再び書類を整理し始めた。

 

 

結局、悩んだがジェームズとシリウスとバーテミウスを正式に方舟の騎士に入団させる事にした。

まぁ…彼らの今後が気になるから近くで見たいっていう理由が大きいが、流石にこれは誰にも言えないな。

ベインからも、セブルス達が兼業として方舟の騎士を名乗ることになったと聞いた。

 

お、親世代キャラ集めて同窓会してみたい…!

 

 






平和な世界線の彼らなら、普通に恋人とか家族がいてもおかしくなさそうだな、と思います。
そして間違いなくハリーには兄弟が出来てただろうな、とも。

因みにミネルバがノアを捕縛出来たのは、アニメーガスになれるからです。



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番外編 龍痘と奇跡

 

「龍痘?」

 

 

俺の怪訝な声に、ミネルバは悲しそうな深刻な声で「ええ」と頷いた。

 

 

「はい…アブラクサスとベインが罹患しました。他にも騎士数名…騎士だけでなく、イギリス魔法界全土に広まりつつあります」

「厄介だな。…あの病気、致死率がそこそこあるし」

「ええ…聖マンゴで一部隔離病棟が設置され、罹患者を懸命に治癒してますが…」

 

 

ミネルバは言葉を濁した。

龍痘とは、魔法界にのみある病気だ。

龍の鱗のように皮膚が隆起し硬くなり、発熱する。完治したとしても、皮膚の色が緑になったり鱗のような痕が残って戻らなかったりしてしまうらしい。空気感染するその病気の死亡率は30%程だろう。

この病気を治す治療薬は無い、せいぜい熱冷ましと皮膚のひび割れを防ぐための塗り薬を塗る程度だ。

俺は自在に治癒魔法を使うことが出来るが、そんなことを出来る魔法使いは稀らしいな。ヒーラーであっても治せない病が多いと、最近知った。

 

 

症状が皮膚で終わるのならまだ軽いが──問題は病原菌が脳に侵入して脳炎を誘発する事だな。そうなると、死亡率はぐんとあがる。

 

うーん、魔法界って予防接種とか無いからなぁ。

……せっかく世界統一したんだし、その辺の体制も整えていこうかな。マグルの医療の進歩を組み合わせるように進言しよう。

魔法界って、基本的に対処療法しか進んで無いからな、予防に関して言えばそんな事全く考えてない、と言えるだろう。

マグル界でも似たような病気はあるが、子ども達は無料で予防接種受けてるし。

…あ、もしかして親がマグルの子が龍痘に罹っても軽症で済むのはそのおかげだったりするのか?

 

 

「じゃ、ちょっと診てくるわ」

「…ノアさん、危険です。もし、あなたが罹患してしまったら……」

「大丈夫だって、俺を信じろ」

「……わかりました。…私も、ご一緒します」

 

 

手を差し出せば、ミネルバは俺の手を掴んだ。

そのまま聖マンゴに姿現しで移動する。

 

 

現れた場所は聖マンゴのロビーに設定した。

そのためかいきなり現れた俺はとミネルバに周りから驚きの声が上がる。

 

 

「ノア陛下!どうされました?」

「龍痘患者の隔離病棟に案内してくれ」

 

 

すぐにパタパタと足音を響かせて現れたのは、聖マンゴのヒーラーだろう。俺の言葉に息を呑んだが──彼らにとって俺の言葉は絶対である。狼狽しつつもすぐに「こちらです」と答え、俺とミネルバを案内した。

 

縦移動だけではなく横にも移動するエレベーターのような箱型の乗り物に乗る。

体感的には……地下かな、たぶん。長い距離を降りている独特の鳩尾がひゅっとする感覚があるし。

 

 

チン、と小さな音を立ててエレベーターは止まり、俺とミネルバはその先に出る。

だがヒーラーは動こうとはせず、申し訳なさそうに俺たちに伝えた。

 

 

「陛下。…私は、ここまでしか…」

「オーケー、案内ありがとう」

「……お気をつけて」

 

 

 

後ろから扉が閉まる音と、離れていく音が聞こえる。

…この地下は、初めて来たな。聖マンゴは何回か来たことあるけど。

 

 

「…ノアさん。少し行った先にかなり厳重な魔法がかけられた扉があります。…罹患者を隔離するために…おそらく、病気そのものを封じ込めるつもりでしょう」

「ふーん?…ま、龍痘は怖いからなぁ。扉の前まで連れて行ってくれるか?」

「はい」

 

 

初めていく場所は、流石にどこに何があるかわからない。盲目なのはこういう時に辛いなぁ。…転ばないようにしなきゃダメだし、うっかり何かを壊さないようにしないと。

 

 

ミネルバに導かれるまま歩く。

数メートルほど行った時にミネルバはその歩みを止めた。

 

 

「…これが扉か?」

「はい、扉…というよりは、壁に近いですね」

 

 

手を上げればすぐに何かに触れる。

撫でてみればつるりとした、滑らかな手触りの扉だとわかるが──ドアノブらしきものはない。魔法でしか開けないようになっているのだろう。

 

まぁ、どれだけ強い魔法で閉ざされていても俺には関係が無いけど。

 

ぐっと手のひらに力を込めれば、俺の前にあっただろう壁は飴細工のように粉々になって消えた。

足を踏み出せば、ぱき、と壁の残骸を踏み締めたのだとわかる。

 

 

「よし、じゃあ行こうか」

「…はい」

 

 

ミネルバは静かに頷いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

聖マンゴ魔法疾患病院の地下深く。

面会など一切できない隔離病棟。感染力と致死率が高い病気が蔓延した時のみ開かれるその扉をノアとミネルバは──半無理矢理──通った。

 

その先は真っ白な廊下だった。

清潔、といえば聞こえがいいだろうが、どこか薄寒い印象を与えるほどの白さ。

壁そのものが発光している為か地下であっても薄暗くはない。無機質なその廊下には等間隔に扉が向かい合うようにあり、その先一つ一つに、龍痘を患っている魔法族が半ば軟禁されている、と言えるだろう。

 

 

ヒーラーは数時間おきに患者の様子を見るためにここを訪れるが、龍痘患者に出来ることは少ない。自身が持つ抵抗力と生命力に賭けるしかないのだ。

 

 

「…ここが、アブラクサスの病室です。…ああ、ベインもいるようです。他にも5名…7人部屋ですね」

「入るぞ」

 

 

ミネルバは扉の脇にある名前を読み上げ、ノアに2人がいる病室を伝えた。すぐにノアは手を伸ばしその扉を躊躇いもなく開く。

だが、ミネルバは──僅かに、身構えた。

龍痘は空気感染する。自分達は顔を守る泡頭魔法をかけていない。

 

ノアが、それをしていないのに──ミネルバは、自分だけその魔法をかけることができなかった。

 

 

「やぁ、体調はどうだ?」

「ノア様!?」

「ノ、ノア!──ここに来ちゃいけない!」

 

 

ベッドの上で寝たきりになり、苦しんでいたアブラクサスとベインは現れたノアを見て驚愕し、すぐに叫んだ。

その他の患者達も、呆然とノアを見つめ「ノア様…?」「陛下、何故…」と動揺する。

 

だが、ノアはふわりと優しく微笑むと、アブラクサスが横になっているベッドに近づいた。

途中で足をベッドの端でぶつけたが、ノアは気にすることなく手をベッドに添わしながらアブラクサスの頭上あたりで止まると、そのまま手を伸ばす。

 

 

「──いけませんっ!」

 

 

アブラクサスは悲鳴を上げ、痛む体をなんとか捩り、ノアが伸ばす手から逃れようとした。

だがノアは変わらず、慈愛に満ちた表情でくすりと笑うと、ひび割れ、深緑色の鱗のような瘡蓋に覆われたアブラクサスの頬を撫でた。

アブラクサスは血相を変え、ノアを見つめる。

アブラクサスだけではなく、ノアの挙動を信じられないベイン達も同じだ。

ヒーラーですら、素手で自分達に触れることは無い。

 

 

「…大丈夫。俺は世界一の魔法使いだぜ?──俺を信じろ」

 

 

ノアの言葉は甘く、優しくアブラクサス達の鼓膜を震わせる。

ダメだ、早く拒絶しないといけない。──そう思っても、アブラクサスはノアから目を離すことも、その手を振り払うことも出来なかった。

 

 

ノアは身を屈め、アブラクサスの乱れた前髪を払うと、カサつきヒビが入っているその額に軽く口付けた。

途端に白い光がアブラクサスを包み、体内が一度カッと燃えるように熱くなりアブラクサスは小さく呻く。

 

 

「──ほら、な?」

「な──え?…こんな…本当に?」

 

 

ノアは体を起こすと、アブラクサスの肩をぽんぽんと優しく叩き、辺りを見渡して「ベインー?」と声をかけた。思わずベインが「えっ!?あ、…ええ?」と素っ頓狂な声を上げれば、ノアはすぐに今度はベインの元に移動する。

 

 

アブラクサスは呆然としたまま、自分の手を見下ろしていた。

鱗のような瘡蓋が消えている。

絶えず自身を襲っていた痛みや苦しみも消えた。ただ、体の中がじんわりと心地よい暖かさはあるが。倦怠感も何もない。

先程までは起こせなかった体を起こし、アブラクサスは側の低い棚に置いてあった自身の杖を取り軽く振るう。

手鏡を出現させ、恐る恐るその先に映る自分の顔を見てみれば──龍痘にかかる前と変わらぬ自分の姿があった。

いや、少しやつれてはいるし髪もボサボサだが、しかし、あの特徴的な鱗は綺麗に消えている。

 

 

「本当に…治癒を…?龍痘の、治癒だなんて…」

 

 

アブラクサスが信じられず自分の頬をぺたぺたと触りながら見つめている間に、ノアはベインやその他の罹患者の元を訪れ全員の龍痘を治癒した。

 

 

「空気も清めとこうか」

 

 

ノアがぱちんと指を鳴らせば、この病室の中に蔓延っていたどこか重い空気は清い空気にすっかりと入れ替わった。

 

 

「…神様……」

 

 

ぽつり、と1人の魔法使いが涙を流し呟いた。

その男は重症化し、死の縁を彷徨っていた。もって2日の命だろうとヒーラーに言われ、会うことができない家族への遺書も用意したほどだ。

 

ノアは声のした方を振り向き、優しい笑顔で微笑む。

 

彼らは今、奇跡を目撃した。

そして──その奇跡により、さらに深くノアを信仰する事になるが、それも当然の事だろう。

 

 

「体力は戻ってないだろうから、後はヒーラーの診断を受けるように。たぶん1週間もせず退院できると思うから」

「っ…ありがとうございます…!」

「陛下、本当に…ありがとうございます!」

「いいって。──お前達はみんな、俺の大切な家族だから」

 

 

ノアは笑ったまますぐに病室を後にし、静かに扉を閉めた。

 

 

 

ぱたん、と扉を閉めたノアはそのまま数歩よろめく。すぐにミネルバがノアの体を支え、なんとか転倒を防いだ。

 

 

「ノアさん!」

「…大丈夫。…あー…いや、ウソ。大丈夫じゃない。…ヴォル、呼ぶわ…」

 

 

ノアのこめかみから汗が流れ、顎まで伝い落ちた。顔色の悪いノアに、ミネルバはすぐに杖を振るい椅子を出現させるとそこに座らせた。ノアは今にも眠そうなほど瞼をゆっくりと開閉させながら、気だるげに自身がつける銀の腕輪に触れる。

この腕輪を持っているのは、今ではベイン、アブラクサス、ミネルバ、マートル、それにヴォルデモートだけだった。

 

 

すぐに呼ばれたことがわかったのか、ヴォルデモートがノアの前に現れる。

辺りを見渡し怪訝な顔をしていたが、椅子の上でぐったりと力なく目を閉じるノアを見ると顔をこわばらせ駆け寄り手を握る。

 

 

「…ミネルバ、何があった」

「……龍痘患者を7名、治癒されました」

「何?龍痘を?……どれ程の魔力を消費したんだ…」

 

 

ヴォルデモートは苦々しく呟き、顔色の悪いノアの頬を軽く──優しく叩いた。

ぴくり、とノアの瞼が震え、目が開く。

ブルーグレーの瞳は何の色も映さない筈だが、しっかりとヴォルデモートの目を見た。

 

 

「いやー……龍痘って思ったより治療に魔力使うんだな?」

「そもそも、龍痘の治癒魔法など存在しない」

「あー…まぁ、だろうなぁ…だから難しかったのかぁ…」

 

 

余程疲れたのか、気だるげにノアは呟き苦笑する。

 

 

「んー…ミネルバ、ヒーラーに龍痘患者何人いるか聞いてきてくれるか?重病者から治していくからさ、1日では無理かもしれないから…」

「…わかりました。…大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 

 

ミネルバは心配そうにノアを見つめる。血色のなかった頬は僅かに赤みを取り戻して来ている。…魔力切れが原因ならば、私に手伝えることはない。

すぐにミネルバは踵を返し、ヒーラーが居るだろうロビーに向かった。

 

 

「…ノア、龍痘を治癒するのはいい。…けれど、その度に魔力切れを起こすつもり?」

「いや、ここまで消費するとは思ってなかったんだよ…普通の治癒じゃ無理だったから、色々魔法かけまくって…ま、何とかなってよかったけど」

「…次からは、僕が付き添うから」

「そうだな」

 

 

動けるほどに回復したノアはヴォルデモートの手を離し立ち上がるとぐっと大きく伸びをした。

 

気合を入れるために自分の頬をぱちんと叩く。

 

 

──俺は、ノア・ゾグラフだ。何も知らない市民の前で、こんな顔を見せるわけにはいかない。俺は彼らにとって神であり、絶対的な力を持っている存在でなければならない。

 

 

心の奥で唱え、ノアは瞬き一つする間にすぐにいつものような慈愛に満ちた微笑を取り繕った。

 

 

 

 

その日、ノアは重症患者の4名を治療した。

その中にはベインの兄──つまり、ジェームズの父も居たのだが、ノアは気が付かなかった。

 

 

そして1週間後には、イギリス魔法界の龍痘患者全員を治癒し、1ヶ月後には、各国を周り、世界中の龍痘患者を治癒した。

 

そしてその数年後には、マグルの医療と魔法界の医療が結束し、何度も治験を重ね──龍痘の予防薬が生まれる事となる。

 

余談だが、本来なら注射器で行われる予防接種だが──魔法族があまりに針を体内に刺すという事に拒否感を現した為、経口摂取できる予防薬である。

 

 

こうして、龍痘は魔法族にとって恐ろしい病の一つではなくなり、またノア・ゾグラフの伝説が一つ、増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 





アブラクサスとジェームズの両親の死亡回避です。

世界が変わってしまった今、ノアが本心で話せるのは呪いがかかっていない人物だけになってしまいました。



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番外編 ホグワーツの組分け

 

 

世界を統一して数年後。

 

俺は今、ヴォルと共にホグワーツの校長室を訪れている。

 

校長室の中央に机が置かれ、ふかふかとした肘掛け椅子が二脚。しっかりと赤ワインも用意されている。…まぁ見えないから、ヴォルにこっそり教えてもらったんだけどな。

 

 

遡る事、数ヶ月前。

ダンブルドア直々からの手紙が俺宛で届いた。朗読魔法で読んでみれば、今ホグワーツはちょっと大変なことになっているらしい。どうにかしてくれという内容に、まぁ母校だし、少しくらい助けに行こうかと決めてヴォル同伴で訪問する事になった。

 

 

「…まさか、世界を変えてしまうとは思わなかったのう」

「まぁ…なるべく血を流さない平和な世の中を作るためには、こうするしかなかったんですよ」

 

 

ダンブルドアは低い声で言う。多分、この人は俺が世界全てを呪った事に気が付いているのだろう。まぁ、急に世界中の人が俺を信仰しだしたら──その呪いにかかっていない魔法使いは気付くよな。

 

 

「代償も…あったようじゃな」

「まぁ…。死んでないだけマシですよ」

 

 

肩をすくめて甘めのさっぱりした赤ワインを飲む。ダンブルドアは、俺が変えた世界を見てどう思ったんだろう。表立って俺を非難する事がないし、まぁ──受け入れてくれてるのだと思いたい。

 

 

「トムとノアが…また、揃って同じ道を歩み続ける──ふむ、こんな世界を見る事が出来るとは、思わなかったのう」

 

 

ダンブルドアは感慨深いのか、静かに噛み締めるように呟く。隣にいるヴォルはあまりダンブルドアと話したくないのか──ずっと、ダンブルドアを嫌っていたからなぁ──黙ったままだった。

 

 

「ヴォルだけじゃないですよ。俺は世界の全てと、同じ方向を見ているつもりですからね」

「君が、そうさせておるんじゃろう」

「まぁ、そうですけど」

 

 

ダンブルドアの言葉はどこか刺々しい。まぁ、無理矢理同じ方向を向かせているから、それはダンブルドアが望んでいた正しい世界ではないんだろう。俺とダンブルドアは、見ている先が違う。きっと今ダンブルドアは、俯瞰的に世界を眺め、とりあえず──見守り沈黙している。

もし、俺たちが誤った道へ進むなら、すぐに俺たちの前に立ち塞がるのだろう。俺には勝てないと知っていても、彼は俺の次には偉大な魔法使いだし。

 

 

「…で。こんな時期に日を設定したって事は…新入生の組分けの件ですよね」

 

 

まあ。そんなことは今どうでもいい。

腹を探り合うために今ここにきたわけではないんだ。俺とヴォルも暇じゃないし、さっくり用件を済ませてしまおう。

 

 

「──おお、そうじゃ。ノアが陛下と呼ばれるようになった今…スリザリン寮への組分けを願う新入生が多くてのう」

「別に、本人が望んでいるのならいいんじゃないですか?」

「勿論。自ら望みスリザリン寮に選ばれる者はいいじゃろうが──…たとえ望んだとしても、組分け帽子はその者の性質を見る。中にはどれだけ望んだとしても、他寮へ組分けされる者もいるのじゃ。…その度に組分けのやり直しを要求され──組分け帽子は床に投げられ……年々ボロ布のようになってきておる」

 

 

ダンブルドアは嘆くようにため息をつく。

俺は盲目だから帽子の状態がどうなっているのかわからないが──かなりひどいのか?

 

 

「…帽子ではなく、布切れになるのも時間の問題だな」

「え、そんなに?」

「ああ…。至る所が裂け、繕われた跡がある」

 

 

ヴォルがそこまで言うってことは、スリザリンに選ばれなかった新入生の鬱憤と嘆きと怒りを、帽子は一身にうけてしまい…元々年代物で昔からボロボロだった組分け帽子は、かなりひどい事になっているのだろう。

 

 

「それで、今日…組分けの前に、俺にスリザリン以外の素晴らしさを伝えてくれって事ですか?」

「いやいや、そこまでは言わんよ。ただスリザリンでなくも、嘆くことの無いよう伝えて欲しい。…残念ながらわしが何を言おうと、ノアの盲信者達は意見を変えんのでな」

「はは…」

 

 

俺が世界の指導者になり、統べるようになってからというもの。

俺の出身校であるホグワーツは魔法学校の中で最も優れていると評価されて他国からの留学生や編入希望の魔法使いが後を立たないらしい。

さらに出身寮ということもありスリザリン寮は他の3寮と比べ大人気である。大人気ってか、最早ステータスの一部になっているらしい。

今までならやや嫌厭されていたスリザリンが、大人気寮になるなんて誰が思っただろう。

 

スラグホーンなんかはスラグ・クラブで俺と撮った写真を大きく引き伸ばして教室の1番目立つところに飾っていると聞いた、あの人はつくづくぶれないなぁ。

 

 

ホグワーツでは俺が過ごした学生生活が一部湾曲され広まっている。主に俺の美しさだったり魔法の凄さだったり。女装したり女体化してダンスパーティしたり、入学の時に真っ裸になった事も伝えられているが、まるで高級な美術品のように光り輝いていて決して性的な物ではなかったとかなんとか言われている、らしい。

いやー…若気の至りがこんな風に伝わってるのはちょっと……かなり恥ずかしい。若い時の黒歴史は掘り返す物じゃ無いのに!!

 

 

「もうすぐ組分けですよね?マダム・ポンフリーに空きベットの予約しといてくださいね、何人鼻血出して気絶するかわかったものじゃないので」

「そうじゃの…新入生を祝うゲストとしてわしが名を呼んだ後、現れてくれるか?」

「了解でーす」

 

 

ダンブルドアは俺の言葉に苦笑しながら頷いた。

俺が立ち上がればすぐにヴォルも立ち、いつものようにトン、と俺の腕に自分の肘をつける。ここに掴まれ、と言う事なのだろう。

 

俺はヴォルの腕に捕まりながら、校長室を後にした。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ホグワーツ、変わってないか?」

「…玄関ホールに、ノアと麒麟の石像があったな」

「まじで?うわー…なんか小っ恥ずかしい」

 

 

ヴォルデモートの言葉にノアは頬をかき恥ずかしそうに苦笑する。

盲目となったノアは、ホグワーツを見る事ができない。ただ懐かしい学舎の匂いを吸い込み、過去の思い出を噛み締めるように懐かしんでいた。

その美しいブルーグレーの瞳は、今は真っ黒なサングラスで隠されている。盲目であることを悟られないようにノアは大衆の前に現れる際はこうやって目を隠していた。

それでも、ノアの美しさは微塵も損なわれることは無い。

むしろ芸能人が──ノアは世界一の芸能人、だといえるのでこの例えは一部正しい──お忍びでバカンスに訪れているような格好に見えるだろう。

 

 

ノアとヴォルデモートは大広間に繋がる扉の前で、ダンブルドアから呼ばれるのを待っていた。

 

ふと、ノアはヴォルデモートの方を見てニヤリと笑う。その悪戯っぽい笑みに──何かまた厄介な事を思いついたらしい、とヴォルデモートはすぐに察したが長年の付き合いでノアに何を言っても無駄だとわかっているため、彼が楽しげに話す思いつきに耳を傾けるだけで何も言わなかった。

 

 

 

 

 

大広間では数々の上級生達が新入生の鬼気迫る表情を見て「わかる」と無言のまま頷いていた。

もうすぐ組分けの儀式が始まる。そこで7年間過ごす寮を決めるのだが、誰だってノア・ゾグラフの出身寮を望んでいるのだ。胸の前で指を組み必死に「スリザリンスリザリンスリザリン…」とぶつぶつと呪文を唱える者達がいる中で唯一余裕の表情を浮かべているのは代々スリザリンに組分けされている純血の子ども達だけだろう。

今やスリザリン寮は他の寮の中で最も尊く、選ばれる事は新入生にとって何よりも誇らしい事なのだ。中には親からなんとしてでもノア陛下と同じスリザリンに入るように、と切望されている子も多い。

勿論、中には代々グリフィンドール寮へ配属される家系もある。彼らはグリフィンドール寮に選ばれる事が嫌では無いが──やはり、誰よりも、何よりも素晴らしいノア・ゾグラフの出身寮に憧れはあった。

 

 

ダンブルドアは組分けの儀式の前に立ち上がり、必死な顔でスリザリンへの配属を願う新入生を見渡しながら微かに微笑む。──内心では年々強まるノアの影響力を少々危険視していた──組分けの前にダンブルドアが立ち上がったのは初めてであり、教師や上級生達はなんだろうかと静かにダンブルドアの言葉を待った。

 

 

「新しいホグワーツの家族になる新入生達に──勿論、既に家族である上級生達にもじゃが──今日はサプライズゲストが、祝いの言葉を述べに訪れてくれた。皆、服装は正しておるかの?寝癖がついておる者はおるまいな?…紹介する前に少々注意事項じゃ。……気をしっかり持つように、くれぐれも医務室が気絶した生徒で満員になる事はないよう、祈っておる」

 

 

その不可解な言葉に誰もが首を傾げ顔を見合わせた。

そんな危険な人物?怪我をさせるのか?──コソコソと生徒達は顔を見合わせ囁き合い、何も知らされていない教師達も怪訝な顔で「何か聞いているか?」と言葉を交わした。

新入生達は一層不安そうな顔であたりを見渡し、身を寄せ合う。組分け帽子で配属する寮を決めると聞いているが、もしかして別の方法に変わったのだろうか?スリザリンを望むものが多すぎて──たとえば、決闘、とか?

 

 

ダンブルドアは手を叩き大広間中の不穏な囁き声を鎮めると、果たしてこの大広間にいる中で何名の者が冷静さを保てるのか不安に思いながら、大広間後方の扉に向かって両手を広げた。

 

 

「ご紹介しよう。──ノア・ゾグラフ陛下じゃ」

 

 

その名が呼ばれた時、間違いなく大広間にいた者、皆が息を止めた。

勢いよく後ろを振り返り──そして、期待と興奮混じりに開かれた扉を見る。

だが、その先には誰もいなかった。

え?誰もいないじゃん。ぬか喜びさせやがって!と思ったのは全員だろう。だが、ダンブルドアは何故手筈通り居ないんだと、久方ぶりに頭を押さえていた。

 

 

 

「──やあ、こんばんは。ノア・ゾグラフだ」

 

 

 

突如、美しく低い声が大広間の前方から響く。

扉を見ていた生徒や教師達はすぐにその声のした方を──半ば反射的に勢いよく振り向き、壇上の中央に立つノア・ゾグラフと、彼の側近であるヴォルデモート。そして()()()()()4()()を見た。

 

慈愛に満ちた微笑みを浮かべるノアと比べて、ヴォルデモートはどこかめんどくさそうな目で生徒達を見ていた。

そして、ノアにより無理矢理転送された上級騎士の4人──アブラクサス、ベイン、マートル、ミネルバは虚をつかれたような顔をしてその場に突っ立っていた。

 

 

少しおいて、何人かの鼓膜が破れただろう大絶叫が大広間を──いや、ホグワーツ城を震わせた。

 

 

「ゾグラフ陛下!?」「そ、そんな!!!こ、これは夢!?」「きゃあああっ!ゾグラフ陛下ぁあっ!!」「今死んでもいい…!!」

 

 

「ここは…ホグワーツ?え…なんで?」

「私はロシア支部にいた筈ですが」

「……アメリカにいたよね、私…?」

「…ノア様、これは一体…?」

 

 

アブラクサス達はなんの説明もなく転送されたために、狼狽していたが、ノアは悪戯っぽく笑い「ちょっとホグワーツの為に力を貸してくれないか?」と告げる。

訳がわからなかったが──彼らは騎士である前にノア信者であり、ノアが望むならたとえ火の中水の中闇の中である。普通に仕事中だったが、なんの不満も漏らさなかった。

 

 

「えーと」

 

 

ノアが話し出した途端、なんとか気絶せずに済んだ生徒達は一言を聞き逃してたまるかという強い意志でノアの声に耳を傾けた。

 

 

 

「新入生の諸君、入学おめでとう。ホグワーツでの学びが…君たちにとって素晴らしい事であると願っているよ」

 

 

ノアはにっこりと微笑み、壇上の前に一列で整列していた新入生に向けて微笑みかける。

まさに、微笑みの爆弾だろう。彼らはふらりと倒れて折り重なるようにして気絶した。

 

 

「あー…マートル、ミネルバ。起こしてあげて?」

「わかりました」

「は、はい…蘇生せよ(リナベイト)

 

 

すぐにマートルは気絶してしまった新入生を蘇生させる。ミネルバも杖を振るい同じ魔法をかけ、机に伏せて気絶している上級生達を蘇生させた。

 

 

「今から組分けの儀式がはじまるようだね。…どうやら、スリザリンを望む子が多いと聞いて…うん、勿論スリザリンは素晴らしい寮だ。何より寮生同士の結束が高いし…真の友を持つことが出来るだろう。俺とヴォル…ヴォルデモートのようにね」

 

 

生徒たちはノアの隣に控えるヴォルデモートを羨望の眼差しで見つめる。あの、ノア陛下に友達と言われるなんて──自分だったら何を差し出しても、そう呼ばれたい。

しかしヴォルデモートは無数の視線に射抜かれても少しもたじろぐことはなく、寧ろ涼しい顔をしながら「友達だったのか」と内心で呟いていた。

 

 

「スリザリンは素晴らしい寮だ。だけど、俺は──グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフも同じように素晴らしい寮だと思っている。俺が最も信頼し、尊敬している彼ら4人は、それぞれの寮に配属されているからね。…ミネルバはグリフィンドール、ベインはハッフルパフ、マートルはレイブンクロー、アブラクサスはスリザリン…さて、彼らに寮の素晴らしさを話してもらおうか」

 

 

 

──そんな無茶振りしないでください。

 

 

 

彼ら4人は間違いなく同じ事を思っただろう。

彼らはホグワーツでスリザリンを望む子どもが多いと、勿論知っていた為何となく今自分達が集められた理由を察していたが──それにしても無茶振りである。

 

どうする?と4人は視線を交わした。

誰が先陣を切るのか──数秒悩んだのち、ミネルバが一歩前に出た。彼女にとってホグワーツは過去に教鞭を振るっていた事もある、まだ離職して数年だ、見慣れた顔も多く、とくに緊張もしていない。

 

 

 

「ミネルバ・マクゴナガルです。グリフィンドールの寮監だったこともあるので、その素晴らしさは十分に理解しています。

グリフィンドール寮の特徴としては、やはり何よりも勇気があり、騎士道精神に基づく者が選ばれます。──つまり、その勇気と騎士精神を持ち、ノア陛下の盾となり、剣となる確固たる信念を持つ者だけがグリフィンドール寮に配属される事でしょう」

 

 

 

ああ、そういう説明でいいのなら──とベインは一歩、前へ踏み出した。

 

 

 

「ベイン・ポッターだよ。ハッフルパフ寮は誰に対しても寛容で、正義感の強い人が集められるかな?つまり、ノア陛下の全てを受け入れる愛に満ちた世界を守るために──その世界を真の意味で理解して…ノア陛下と同じ視線で公平に全てを愛する世界見ることが出来る者が選ばれるよ」

 

「マートル・アーロンです。レイブンクロー寮は知識を求め、そして何よりも独創性を重んじる寮ですね、個性的だと言われる人が配属されると思います。…えーと…ノア陛下の側で、的確な進言をし、時にはお褒めに与る事も…あるかもしれません。ノア陛下の頭脳として、その力を存分に発揮できるものが選ばれることでしょう」

 

「アブラクサス・マルフォイだ。知っての通り、スリザリンはノア陛下の出身寮である。──何よりも確実に目的を達成する野心、そして人を動かす叡智、リーダー性を持つ者が配属される事だろう。ノア陛下の右腕として人々を導く事も不可能ではない」

 

 

グリフィンドールならば、世界の剣となり盾となる。

ハッフルパフならば、その公平さで世界を見通す。

レイブンクローならば、確かな頭脳で世界を照らす。

スリザリンならば、共に世界を作り上げる。

 

 

 

騎士達の演説を聞いた新入生達は、一度自分の性格を思い出し──そして、将来この世界のためにどうなりたいかを考えた。

 

 

「…な?どの寮も素晴らしいから、組分けで望み通りならなくても帽子に辛く当たらないように。──さて、新入生諸君、そして上級生諸君、君たちにとってこのホグワーツで過ごす時間が…友と過ごす時が、何よりも輝かしい思い出になっている事を願っているよ」

 

 

ノアは生徒達に向かって手を広げる。

すると水晶のようにキラキラと輝きながらそれぞれの寮の動物である獅子、蛇、穴熊、鷲が現れた生徒たちの頭上を幻想的に、楽しげに舞った。

歓声と拍手が上がる中、ノアは優しく微笑み指を鳴らし──何の前触れもなく、騎士達を引き連れ姿を消した。

 

 

その後の組分けは──割と平穏に終わったと記述しておこう。

 

 

そして、騎士団本部に戻った彼らは口々に自分の寮が最も素晴らしいと言い合い、仕事そっちのけで騒いでいたという。

 

 

 






コメントでホグワーツではスリザリン大人気になりそう!とあったので、ちょっとホグワーツのその後を書いてみました。

ダンブルドアの望んだ言葉ではないにしろ、ホグワーツではその後そこそこ平和に組分けが行われる事でしょう。


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番外編 人狼化研究その1

 

 

リーマス・ルーピンはホグワーツを卒業したが彼の忌まわしき()()という性質のため、就職する事が叶わなかった。

本当ならば、方舟の騎士団か──教師になりたかったがどう考えても無理だと始めから諦め応募することは無かった。

 

社会的地位が無いに等しい人狼は、就職する事が難しい。日雇いの仕事を幾つもこなし、なんとか賃金を稼いでいるがその日その日を生きるので精一杯であり、やり甲斐は勿論、なかった。

 

 

夜遅く、魔法薬になる野草を採取するバイトから自宅へ戻ったリーマスは、疲れ切りベッドにぼすんと倒れ込み目を閉じる。

 

 

リーマスは数年前に卒業したホグワーツでの日々を思い出し、胸が締め付けられるような苦しみを感じた。

 

人狼だと知っても嫌う事なくそばに居てくれたかけがえのない友人たちと、以前のように毎日は会えない。

とはいえ、一週間に一度はなんだかんだ会っているのだが、それは何よりも心安らぐ楽しい時間でもあり──充実した日々を、社会と繋がっている彼らを見るとどうしようもなく羨ましく思ってしまう自分に気付かされ、独りになった時に何度も自己嫌悪していた。

 

 

ため息をついた時、階下で両親の悲鳴と共に食器が割れる音が聞こえてきた。

 

 

「父さん!母さん!!」

 

 

何かあったのかとすぐに杖を持ち階段を駆け下りれば、広くはないリビングで2人揃って腰を抜かしぽかんとしている両親をすぐに見つける事ができた。

すぐに駆け寄り辺りを見渡し──特に怪しい人物がいるわけではないと分かると、ほっと胸を撫で下ろして年老いた両親を心配そうな目で見た。一体、腰を抜かすほど何があったのだろうか。

 

 

「リ、リーマス!こ、これ…!」

 

 

リーマスの母、ホープ・ルーピンは震える手で握りしめていた手紙を差し出した。

その手紙を受け取ったリーマスは、書かれている内容を読み──両親のようにぽかんと口を開いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

数日後。

ルーピン一家は彼らが持つ中で最も見栄えが良く、高価な服に身を包み家の玄関前で両親と共にそわそわと落ち着きなくその時を待っていた。

 

 

「ドッキリ…とかじゃないわよね。ほら、あなたの友達のジェームズってこう言うの好きじゃない?」

「いや…ジェームズでも流石に…」

 

 

リーマスはホープの言葉に苦笑する。

在学中は悪戯ばかりしていたジェームズも、流石にこんな悪戯は仕掛けないだろう。リーマスはそう思いながらも、これがジェームズの悪戯ならば──呆れはするがむしろ納得できる。

それ程、信じられない事だった。

 

落ち着きなく何度も腕時計を見ていたリーマスの父、ライアスが「時間だ」と震える声で呟く。

リーマスとホープは姿勢を正し、硬い表情で前方を見つめた。

 

突如バジン、と姿現し独特の音と共に──ノアがふわりと地面に足をつけて現れた。

飾り気のないシンプルな淡い水色のシャツに黒いパンツ、何処にでもいそうなそのラフ格好もノアが着ればドレスコードかのように何故か輝いて見えた。

 

リーマスは在学中、何度かホグワーツ訪問に訪れたノアを見た事がある。

新入生の組分け前にノアが突然現れた時のことは、今でも鮮明に思い出せる。

あまりの浮世離れした美しさ、目の前にいるにも関わらずまだそれが信じられないリーマス達は息を呑んでただ、ノアを見つめた。

 

 

「こんにちは」

 

 

ノアはにこりと微笑み、慌ててリーマス達は頭を深くさげ「こ、こんにちは、今日はおいでくださりありがとうございます」と緊張が滲む硬い声で伝える。

 

 

「ごめんね、いきなり」

「い、いえ…そんな」

「リーマス・ルーピンだね?はじめまして、ノア・ゾグラフだ。…よろしく」

「よ、よろしくお願いします!お目にかかれ、光栄です…!」

 

 

ノアが差し出した手を見て、リーマスはズボンで手を何度も拭き震える手を差し出し、しっかりと握った。優しい微笑みとは裏腹にひやりと冷たい手だったが、リーマスの緊張と興奮の熱を冷ますには丁度よかっただろう。

 

 

「…ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのに…」

 

 

ノアは何が楽しいのか、白い頬をほのかに赤く染めてくすくすと笑う。

リーマスはこの人を前にして畏まらずずけずけと話す事ができる者がいるのなら見てみたい──実は親友の1人であるジェームズが、その唯一の人物なのだが──と思った。

 

 

「さて…ホープ、ライアス。…リーマスをちょっと連れて行っていいか?」

「ど、どうぞ!!」

「ええ、いつまででも…!」

 

 

名を呼ばれた2人は顔を見て真っ赤に染めながら何度もうなずきリーマスの背を押した。

押されたリーマスは「ちょ、ちょっと!」と言いながらもノアの近くに立つ。

 

身長はリーマスの方が僅かに高いだろう。思わず見下ろすような形になってしまい、不敬にあたらないのかと狼狽したが、ノアは微笑んだままリーマスの服の袖を掴み、そのまま腕を絡ませた。

あまりの距離の近さに、リーマスは眩暈に似たものを感じ、倒れそうになったもののなんとか意識を保った。

 

 

「じゃあ──本部に行こうか」

「は、はい」

 

 

ふわりと漂った甘い香りに、リーマスはドキドキとしながら頷く。

ノアはすぐにリーマスを連れて姿くらましをして、方舟の騎士団本部へと移動した。

 

 

 

ーーー

 

 

リーマス!リーマス・ルーピンと話している!

ぶっちゃけそれだけでテンション上がる。姿が見れないのが残念でならないが、仕方がない。いつか見れるだろうと期待しておこう。

 

ああーリーマスの授業受けたいな…いやでもこの世界では教師にはならないのかなぁ…別にホグワーツの闇の魔術に対する防衛術はヴォルに呪われてないし。…あれ、今誰が教師なんだろ。

 

 

「さ、リーマス。座って座って」

「し…失礼します」

 

 

リーマスを掴んでいた手を離して近くに椅子と机を出現させた。見えないけど多分それなりに立派な椅子と机…だと思う、昔家具を選ぶセンスは壊滅だとヴォルに言われたからセンスがいい椅子かどうかはわからないけど。

自分の後ろにも椅子を出現させて座り、にこりと微笑めばなんか狼狽えながらリーマスが座ったのを、気配で感じた。

 

 

 

「リーマス、君をここに呼んだのは…人狼についてだ」

「…陛下は、ご存じなのですね」

「まぁね」

 

 

リーマスに陛下だなんて言われるのはなんかこそばゆいな、できたら名前で呼んで欲しいけど…無理かなぁ…もうちょっと仲良くなってからお願いしてみよう。

あんまり、一般人と仲良すぎるのも、威厳が無くなっちゃうし周りの嫉妬も凄いし…難しいところだ。

 

 

「ちょっと人狼について研究したくてね、力を貸してくれると嬉しいな」

「…はい、勿論です。この身が少しでも役に立つのなら…」

「うん、めちゃくちゃ役立つ!俺の理論が正しければ、人狼に変身することなく過ごせると思うんだよね」

「…えっ……そんな──そんな事が…?」

「理論的にはね、それを証明するために君が必要なんだ」

 

 

リーマスは動揺している。

まぁ今は脱狼薬で人狼になっても人間としての理性を留めておくことしか出来ないから、もし人狼に変身する事がなくなれば──人狼は、もう魔法界にとって差別の対象ではなくなる。

 

ずっと思ってたんだよな、人狼に代わる事なく過ごす事が出来ないのかなって。むしろ、それを考える人がいなかったのか不思議でならないんだけど。人狼の事を本気で考える人なんて、今までいなかったのかなぁ。

 

 

人狼は、満月の光を浴びて変身してしまう。

満月とは、魔法族にとって特別なもので、その日は魔力が誰だって向上する。それは俺のチート能力の一つで把握済みだ。

時を止めるその能力は、月の満ち欠けに影響される。つまり、月はそれ程、多大なる影響を与えるんだろう。

 

人狼に噛みつかれた事によりその性質を移される。一種の病気のようなものだ。

満月がトリガーである病気。その呪いとも言える病気を完治する事は出来なくとも、抑えることは不可能ではないはず。

 

まぁこの論理が正しいかどうかは不明だが、割といけそうな気がするんだよな。

 

 

「満月の1週間前からここで過ごして欲しいな。…あ、勿論給料は発生する。…そうだな、1日100ガリオンくらいでいい?」

「は…?…ひゃ…ひゃく…?い、1日ですよね?」

「うん、足りないかな?200ガリオンくらい?」

 

 

普通、幾らが妥当なんだろう。

俺は何億ガリオンって持ってるから、ぶっちゃけその辺の価値観があやふやなりつつある。えーと、1ガリオンをマグルの金で換算すると…今相場どれくらいだろう。魔法界って割と物によって相場が違うからよくわからないんだよなぁ。100ガリオンって10万くらい?もうちょっとレート下がってるかな。

 

本業騎士達は月に500〜800ガリオンに設定してたような、気がする。マクゴナガルはホグワーツより給料が良いって言ってたから、高給だとは思う。

まぁ全盛期の俺は1日で500ガリオンを稼ぐなんて余裕だったしなぁ。経理は俺が担当してないからぶっちゃけわからない。

俺の世界でも治験ってかなり高額だったし、リーマスが今後行うのは人体実験もいいところだし、もうちょいあげてもいいかな?

 

 

「そ、そんな!多すぎます!!」

「え?そう?…じゃあ、間をとって150ガリオンでどう?」

「それでも、貰いすぎです…」

「少なくないならいいや、じゃあ150ガリオンで、決まり!契約書にサインしてね」

「は…はい」

 

 

リーマスが頷いたのをみて、俺は手のひらを回転させ契約書を取り出す。

ついでに羽ペンも取り出して机の上にふわりと着地させれば、ことり、と羽ペンを持つ音と、暫くしてカリカリとサインする音が響く。

 

 

「…書き、ました」

「ありがとう!丁度1週間後に満月だから…早速今日からお願いするよ」

「はい…」

 

 

一体何をされるのか心配なのか、リーマスの声は硬いし不安げだ。ちょっと細胞と血が欲しいだけだし、うん、身体的負荷はそんなに無いと思う。…あーでも脱狼薬飲んでない時の情報も欲しいな。

 

リーマスに向けて微笑みかければ、リーマスはなんか息を呑んで「よろしくお願いします」と真剣な声で言った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

研究記録

 

1985.08.02

被験体名リーマス・J・ルーピン

脱狼薬服用。

 

満月まで1週間。

マグルの遺伝子研究者との共同研究初日。

リーマスの細胞や血液を採取し、マグル、そして一般魔法族としてリーマスの父、ライアス・ルーピン、他騎士5名。さらにノア・ゾグラフの物と比較。

 

結果、魔法族にはその細胞に特別な遺伝子を持つことが確認された。

さらに、リーマス・ルーピンにのみ他者とは異なる細胞を検出、これを人狼遺伝子(Werewolf Gene)と命名。

 

魔力値は測定初日である今日を0として日々計測するものとする。

因みに、ノア・ゾグラフの魔力値は測定不能の為今後計測はしないものとする。

 

 

 

1985.08.04

 

被験体リーマス・ルーピンの魔力値は僅かに上昇。他の比較対象も同等の上昇があり、格段目立った変化はないといえるだろう。

 

 

 

1985.08.09

 

被験体リーマス・ルーピン

天候、晴天

脱狼薬服用の為、人間としての理性は保つ。

その細胞と血液を調べた結果、WW遺伝子のみで構成された細胞を採取する事に成功。

ヒトとしての遺伝子情報は発見出来ず。

 

マグル界の脳波計を使用し測定。人間の時と変化はなし。

魔力値は他者と比較しても目立つ上昇は無し。

唾液をサンプルとして採取。

 

 

この日研究にミネルバ・マクゴナガルが参加。アニメーガスとなりその細胞と血液を提供。

猫となったミネルバ・マクゴナガルの細胞は猫と同等であることが分かった。

マグル界にある脳波計を使用し測定。ミネルバ・マクゴナガルも人間の時と変化はなし。

 

 

 

1985.08.10

 

被験体リーマス・ルーピンの細胞や血液は人間のものと同等。

魔力値も他者と比較してもこれといった差は無し。

倦怠感、体の痛みからまともに動けない様子。

 

ノアの提案により、犬の脳波を測定。

ノアが騎士一名を変身術を使用し犬に変身させた時の脳波は、犬が示す脳波と同等。

 

 

 

 

1985.09.08

 

被験体リーマス・ルーピン

天候、晴天

脱狼薬 不使用

 

人狼化を確認

脳波は乱れ、人であった時との変化が著しい。

あまりに凶暴化していた為、ノアにより眠らされる。

 

脱狼薬は脳に影響を及ぼしているのだと証明された。

おそらく、脳細胞のみに働きかける薬なのだろうというのがマグルの医者の見解。

 

 

 

1985.10.07

 

被験体リーマス・ルーピン 地下に隔離

天候、晴れ時々曇り

脱狼薬服用

 

人狼化を確認

 

 

 

1985.11.07〜08

 

被験体リーマス・ルーピン

ノア・ゾグラフと共に月が現れる時刻、ニュージーランドへ移動、そちらは朝のため観光をして過ごす。

夜が来る前にふたたび他国へ移動。

 

8日帰国。

人狼化、確認されず

 

 

1985.12.06

 

被験体リーマス・ルーピン

天候、ノア・ゾグラフの手により本部上空、夜間常に月が隠れる程の曇天

脱狼薬服用

 

人狼化、月が昇る時刻より数分遅れて確認

 

 

 

 

 

1986.01.05

 

被験体リーマス・ルーピン

天候 晴れ

脱狼薬 未使用

人狼化のち、すぐにノアにより眠らされる。

 

 

被験体A

秘密裏に人狼に噛まれる。

 

 

 

 

1986.02.05

 

被験体リーマス・ルーピン

天候 雨

脱狼薬使用

人狼化確認

 

 

被験体A

人狼化、確認されず

 

 

 

1986.03.02

 

被験体リーマス・ルーピン

天候、ノア・ゾグラフの手により世界全域、夜間常に月が隠れる程の曇天

脱狼薬服用

 

人狼化、確認されず

 

 

 

 



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番外編 人狼化研究その2

 

 

 

ノアは本部にある自室で大きなソファに座り、研究結果を聞きながら疲れたように目を閉じていた。

隣にはむすりとした表情のヴォルデモートがノアの手を握り「無茶をしすぎだ」と低く呟く。ノアは目を閉じたまま微かに笑うが、どう見ても生気が欠如し、顔色は悪い。

 

 

机を挟み対面するソファに座っているリーマスは、何を見せられているのだと少し思ったが──いい大人、それも男同士が恋人繋ぎをしている場面を見て冷静を保てる人がどれほど居るだろうか──何も言わず、ただ居心地悪そうに視線をあさっての方向に向けていた。

 

 

なんとも気まずい沈黙が落ちる中、ノアはゆっくりと目を開くとリーマスを見つめ、優しく僅かに微笑んだ。

 

 

「リーマス、この結果で分かったことは──人狼化を防ぐ事は可能だという事だ」

「…昨日の…実験ですね」

「うん、そうじゃないかなって思ってたんだけど…。ようは、月の光を浴びさえしなければ人狼にはならない。…地下は行けるかなって思ったけど…完璧な密閉空間じゃないと、難しいんだろうな。空気孔があると、光は入ってくる…から…」

 

 

ノアは転生前のハリー・ポッターの情報から、リーマスが満月の夜、()()()()()()()()()()()()()()()()事を知っていた。

もし、天候の影響を一切受けず、ただ満月が空にあるかどうかならば、あの夜──つまり、スキャバーズがピーター・ペティグリューであるとハリー達が知った時──リーマスは叫びの屋敷に行く事なく、自身の研究室で人狼になっていなければおかしい。

 

満月そのものがトリガーではなく、満月の光がトリガーならば、人狼化を防ぐ事は不可能ではない。

 

そう、ノアは確信していた。

 

 

 

「…ノア陛下、その、大丈夫ですか?」

 

 

 

途切れ途切れで話すノアの顔色はかなり悪い。人狼化した翌日の自分ですら、そこまで生気を失う事はないだろう。リーマスは何故そこまで疲れ切っているのか知らず、心配そうに眉を下げて恐る恐る聞いた。

だがノアは困ったように笑うとひらひらと手を振った。

 

 

「ただちょっと魔法使いすぎて疲れただけ。…世界の天候を操作するのは、さすがに…かなり、疲れるって…新しい発見だな」

「天候…?…まさか、昨夜の…?」

「うん。この前は、本部上空だけ操作したんだけど、無理だったから…かなり広範囲で頑張ってみました」

 

 

リーマスは力無くガッツポーズをするノアを見て言葉を無くした。

たしかに、偉大な魔法使いは天候をも操る事ができるとは聞いている。過去、ダンブルドアがグリンデルバルドと戦闘した際には空が割れたと本に書かれてあった。しかし、世界全てを覆うほどの広範囲を操るとなれば──それは、偉大を通り越して脅威と言えるだろう。

 

 

「手っ取り早いのは、満月の夜に俺が天候を操る事だな」

「…駄目だ。その度に動けなくなるのは困る」

「えー?…そうだけど」

「それに、根本的解決にならないだろう」

「…それもそうか」

 

 

きっぱりとヴォルデモートがノアの提案を切り捨てれば、ノアはため息混じりに頭を掻いた。

 

リーマスは、人狼になる事が無いのなら勿論、それは夢にまで見た──渇望だろう。

だが、満月のたびにノアがこれ程体力と魔力を消耗してしまうと知った今、それを喜ぶ事は出来ない。

 

 

「じゃあ。別パターンだな。案は2つある。──ひとつめは、完璧な薬を作り上げる。まぁ…毎月飲む必要はあるかもしれないけど。…ふたつめは、月の光を防ぐ防御魔法を開発する。…さて、リーマス、どっちにする?」

「えっ…」

 

 

どっちにするか、と言われても。

それは選べるものなのだろうか、そもそも脱狼薬が開発されたのは去年で、満月の日に理性を保つ事が出来る、それだけでもかなり革命的な薬だというのに。

完璧な──人狼にならず、理性を保つ事ができる、人のまま過ごすことの出来る夢のような薬など、本当に出来上がるものなのだろうか。何百年も、開発されていないのに。

それに、月の光を防ぐ防御魔法を開発する、だなんて──そんな凄そうな魔法、一般人に扱えるものなのだろうか。

 

 

リーマスはそう考え、自分にはどちらも不可能だと、無言で俯いた。

 

 

「薬も、魔法も…僕には──…」

「…ああ、いや…心配するな、どっちも俺が作るから。ただ、これからも協力はしてもらわなくちゃいけないけど」

「勿論です!…人狼にならずに済む可能性があるのなら…なんだって…なんだってします!」

 

 

リーマスの強い言葉に、少し顔色が戻ってきつつあるノアは優しく微笑んだ。

 

 

「じゃあ、また…そうだな、次の満月の1週間前に迎えにいくから、もう今日は帰っていいよ」

「はい…」

 

 

リーマスは何度も頭を深く下げ、静かにその部屋を後にした。

ノアは長いため息を吐くと、隣で魔力を分け与え続けるヴォルデモートに静かに問いかける。

 

 

「俺って、酷いやつかな?」

「…今更、何を言ってるんだか」

「….ま、そうだな」

 

 

ノアは指を鳴らし、被験体Aについて書かれた研究報告書の内容に耳を傾ける。

朗読魔法により無機質な声で読み上げられるそれは、淡々と「異常無し」と繰り返していた。

 

 

「人狼化は、…龍痘と同じで魔法界特有の病気だ。…マグルには感染しない事が判明した。──魔法族が持つ、魔法遺伝子と魔力に反応し、発病するんだろうな。…まぁ、マグルも感染するんなら、今ごろ世界は人狼で溢れてるだろうしな」

 

 

被験体Aとは、マグルの女性だった。

ノアに対し盲目なまでに心酔しているその女性を、ノアは被験体──いや、実験体にした。人狼は、はたしてマグルに感染するのかどうか。

人狼化という病気は魔法族固有の病気なのかを調べるためにはどうしても必要な事だった。

過去の文献を探してもマグルで人狼となったものが居ない事から、きっと魔法界特有の病気だとノアは確信していたが、それでも確かな証明の為に──ノアは非道な手段を選択した。

幸運にも、ノアの予想は当たり、そのマグルは人狼になる事はなかったが──もし、マグルにも感染する病だったのなら、ノアはそのマグルを処理していただろう。

 

 

 

「…魔法族とマグルとで遺伝子情報が異なるのなら…やっぱり、別の種族なんだね」

 

 

ヴォルデモートはマグルの事などどうでもよかった為、その実験体の運命や生死など気にもしていなかった。

それよりも、やはりマグルと魔法族とでは揺るぎない差が明確に存在していたのだと知り、珍しく嬉しそうに目を細めて笑う。

 

ノアはその嘲笑交じりの言葉を聞き、苦笑した。

 

 

「…この事は…まだ、広めるつもりは無い。魔法族とマグルとで優劣をつけたくないからな」

「…明確な答えがあるのに?」

「答えがあっても、明かさない方がいい事だってあるだろ」

 

 

ノアはヴォルデモートの手を離し、ぐっと大きく手を上に伸ばしながら立ち上がった。

ついでに、被験体Aについての報告書を燃やして消滅させ、無かったことにする。

 

被験体Aは後数回満月の夜を経験したのち、何も変化がなければマグル界に帰される。勿論、忘却魔法をかけた上で。

 

 

「…さて、薬を作るのは簡単だけど。割と高額になるしリーマスの今後を考えるのなら魔法を開発する方がいいな」

「…簡単、って…」

「あれ、研究結果、ヴォルも読んだだろ?わからないか?」

 

 

新薬の開発は簡単な事ではない。怪訝な顔をするヴォルデモートにノアは楽しげに笑いくるりと振り向いた。

ヴォルデモートは暫し沈黙する。彼は世界の真理を垣間見たノアには及ばないとはいえ、最も優秀な頭脳を持つ魔法使いだ。

とんとん、と指でソファの肘置きを叩いていたヴォルデモートは眉をひそめたまま「まさか…?」と呟く。

 

 

「それは…。──冒涜だな」

「そう?魔法族じゃなくなるのって、そんなに嫌?」

「僕は、耐えられない」

「えー?」

 

 

ノアはぼすんとソファに座ると腕を組み首を傾げる。

ノアの思考は単純明快──マグルが人狼にならないのならば、マグルになればいいじゃない。──どこぞの姫君のような思考である。

 

 

勿論簡単にはいかないだろう。

何より難しいのは、魔法族をマグルに変える魔法薬やその方法を生み出したとして──治験することが困難だということだ。

誰だってそんな恐ろしい薬を飲みたいとは思わない。効果の不確かな魔法をかけられたいとは思わない。果たしてそれが本当に一時的なものなのか、わかったものではない。

 

 

ノアは満月の夜のみ魔法族では無くなる薬を開発するつもりだったが、それを治験する為にはノアはさらに複数の罪を重ね人権を無視する必要がある。

 

さながらB級映画のマッドサイエンティストのように無慈悲に自己中心的に数々の実験を行わなければならない。

だとしても、この世界から人狼という病気がなくなるのならば良いんじゃないか。()()()()()()()()()()()。そう、ノアは考えていた。

 

 

 

不思議そうな顔をするノアを見て、ヴォルデモートはその目が微塵も曇っていないのを理解し──胸の奥がざわついた。

 

世界を変えた、世界中を呪った事は間違いなくノアの精神と価値観に多大な影響を与えている。ノアは世界全てを愛していると何度も群衆に向けて甘く囁くが、一方で今まで無かった残虐性、非道性が生まれているといって過言ではない。

 

 

世界の神として、世界の秩序を守る為に火種を踏み消す。

神に服従させる為に、抗えない強い呪いを何度もかけ、時には闇に葬る。

その手で沢山の命を救う一方で、その手は誰よりも血に濡れている。

 

 

本人は無自覚だろうが──いや、無自覚だから、タチが悪い。

それとも、神であり続ける為に、世界を保つ為に行っている行動が、途方もない矛盾を孕んでいる事に──気がつかないフリをしているのだろうか。

そうしなければ、精神が破壊されてしまうとでも、言うのだろうか。

 

 

「…ノア、そもそも人狼の為に治験を行おうとする魔法族はいない」

「そっかなぁ。両親とかは?」

「………」

 

 

さらりと返された返答に、ヴォルデモートは沈黙した。

ノアはいくら待ってもヴォルデモートから返事が無いことが分かると諦めたようにため息をつき、ソファの背に腕を置き、天井を仰ぎ気だるげに「じゃあ、やっぱ魔法開発かぁ」と呟いた。

 

しかし、「あ」と小さく呟くと体を起こし、目をキラキラと輝かせ、ヴォルデモートを見た。

 

「──っていうかさ。脱狼薬とポリジュース薬はどうだ?1週間前から脱狼薬を飲んで、満月の夜にポリジュース薬を1時間飲み続ける。ポリジュース薬は外見を変える…性別も変えることが出来るし、足が欠損している者の薬を飲めば、その通りになるし…思考は元のままだから──多分ポリジュース薬は、脳には…効果がないんだ」

「……。…その方が可能性はあるかもしれない。問題は薬を同時摂取した時の副作用かな」

「あー、そうだな。じゃあリーマスじゃなくて、捕らえてるグレイバックで試そうか。新薬も一応作って、飲ませちゃおう、サンプルは多い方がいいし」

「……」

 

 

フェンリール・グレイバック。彼は今騎士団の要塞に閉じ込められている。

ノアの呪いがかかっていても、子どもを噛む事に熱意を燃やし続け──彼は、ノアの為に強固な人狼の軍隊を作ろうとしていたのだが──あっさりと捕まった。

何度かノアは服従の呪文を重ねてかけたものの、彼の強い信念は揺るぎる事はなかった。今はノアにより半分死んでいるような状態のまま眠らされている哀れな男である。

 

 

 

ヴォルデモートは、ノアが持つ大きな矛盾と、世界を愛する博愛性の中にも明確な線引きがある事を理解していた。

ノアは人間でありながら世界の支配者であり、神だ。一線を引くのは当然かもしれない。

だが──その基準が、ヴォルデモートには理解が出来なかった。

 

 

 

上級騎士の4人や自分はわかる。長い付き合いであり、ノアの確かな方舟に乗っている。

相当に大切に思ってくれているのだと、理解出来る。

だが、時々──初対面にも関わらず、ノアはその方舟に当たり前のように人を乗せるのだ。

ノアがその者を見る目は、限りなく慈愛に溢れ、まるで旧知の友のように声をかける。会いたくて、会いたくて堪らなかったとでも言うように声が弾み嬉しげに笑ってみせるのだ。──そう、リーマス・ルーピンはそれに何故か選ばれた。

 

リーマス・ルーピンという男と、ノアに接点は無い。母校が同じという共通点しか見当たらない。

それにも関わらず、数多いる人狼ではなく、ノアは彼を選び、そして慈しみ、実験の時だって彼の身を第一に考えていた。

 

 

何故なのか、いくら考えても答えは見つからない。

 

 

ヴォルデモートはノアの美しい瞳を見つめ、その答えを探したが──ノアの心を見る事は叶わない。

 

 

 

 






人狼化が魔法界独自の病気というのは私の妄想が大きいです。
マグルでも人狼になった者って居ましたっけ?探したのですが見つから無かったので、記載がありましたらこっそり報告お願いします…。

魔法遺伝子云々は、ハリポタwikiからです。


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番外編 人狼化研究その3

 

 

それからグレイバックに行った実験の結果。

脱狼薬とポリジュース薬は相性が悪い、ということがわかった。

グレイバックはポリジュース薬を飲んだ途端大量嘔吐、発熱、四肢痙攣、意識混濁、という残念な結果になってしまった。

蘇生させたから死んではいないけれど。

 

ぶっちゃけ脱狼薬を飲まなくても、ポリジュース薬だけ摂取していれば人狼化は防ぐ事が出来るんじゃないか?とそっちも次の満月に試してみたけれど。

見た目は人間のままで脳は本人のものだから、なのか。めちゃくちゃ噛み癖と自傷癖のある凶暴な人間が出来上がってしまった。

 

 

グレイバックは実験を円滑に行う為に、騎士団の牢獄から本部の地下へ移送されている。

部屋全体に厳重に魔法をかけ、俺特製の拘束衣を着ているから逃げる事は不可能だ。

 

 

満月が昇る前、俺はいつものようにヴォルと共にグレイバックの元を訪れた。

俺の手には新しい薬が入った試験管が数本ある。

ヴォルは記録係として目が見えない俺の代わりに全てを記録する。リーマスの時は他の研究員が行っていたけど、なんかヴォルが自分からやりたいって言ってきたから任せてみた。

 

 

指を鳴らし厳重な魔法のかかっている扉を開ければ、グレイバックはすぐに俺の元に駆け寄って足にぴったりとくっついてきた。拘束衣で手が使えないからくっつくだけだけど、多分両手が自由なら抱きついていただろう熱烈ぶりだ。

 

手を伸ばして頭を撫でれば、ヴォルはなんだか嫌そうに舌打ちをこぼしている。

 

 

グレイバックにかけていた口封じ魔法を解呪すれば「ノア様!」と直ぐに叫んだ。

グレイバックも、他の魔族同様に俺の呪いにかかっている。

かかっていたけど、人狼を増やす信念はとまらなかったから…さらに強めに呪いをかけたら──信念は曲げる事が出来ず、むしろ俺に対する盲信っぷりが倍増してしまった。

 

グレイバックは俺にのみ尻尾を振る可愛いオオカミちゃんになってしまったわけだが、外に出せば俺のために人狼軍団作りますと言って聞かないため、出す事は出来ない。

 

 

「グレイバック、今日は新しい薬を作ってみたんだ」

「…そ、れは…?」

「これは、単純に魔力にアプローチする薬。一時的に魔力を1時間消失させる事が出来る。タイマーをセットしておくから、1時間ごとに一本ずつ飲んでね?」

「……は、はい!勿論です!」 

 

 

グレイバックの声が震えているのは、俺に貢献できる喜びだろう、きっとそうに違いない。

小さな机と試験管立てを出現させ、そこに薬入り試験管を置く。多めに12本用意したし、とりあえずこれで様子を見よう。

魔力を失わせる薬は、まぁ闇の劇薬と言われる分類だけど、こういう利用ができるなんて思わなかったなぁ。グリンデルバルドに使われたものを俺が使うなんて、変な感じがする。

 

 

「この治験が終わったら、ちょっと大掛かりな実験をするから」

「実験…?」

「うん。魔法族は、マグルとは異なる遺伝子情報を持っていてさ、それが魔力を帯びて魔法が使えて──あー…つまり、それを無くしたらどうなるのか?無くすことが出来るのか?という実験。マグルの医者の手を借りて、マグルから脊髄移植を行う。大丈夫、適応するかどうかは既に調べてるから。どこから魔法細胞はつくられてるんだろうなぁ、多分、骨髄だというのが俺と医者の見解だけど、こればっかりは調べないとわかんないかな。もし脳も影響しているのなら、そっちも研究したいけど、…脳はまだちょっと早いかなぁ……マグルの医療も思ったより進んで無いし……研究体を失うのは…ああ、でも死にさえしなければ培養して──」

「ノ…ノア様…?」

 

 

あ、ちょっと思考の海にどっぷりしてた。

グレイバックに実験内容を伝えても、マグルの医療なんて全く知らないからちんぷんかんぷんだろう。

ぶっちゃけ俺も医者に何回も説明されて、何日も本を読んだけどぼんやりとしかわからない。ロウェナの髪飾りは魔法界の知識しか与えてくれなかったし。

 

 

「大丈夫!…俺のために、頑張ってくれるか?」

「は、……はい、勿論です、ノア様…」

「ありがとう、グレイバック。薬はすぐに飲めよ?」

「はいっ!」

 

 

グレイバックのちくちくした無精髭の生えている顎を撫でて、俺は彼から離れた。

グレイバックはついてくることはない。この部屋にいなければならないと、しっかり躾けられてわかっているんだろう。

再び部屋の扉に鍵をかける。

直ぐそばで待っていただろうヴォルに向かって手を伸ばせば、すぐに手首あたりを握られた。あ、そこにいたんだな。

 

 

「あいつ、飲んでる?」

「ああ、今一本目が空になった」

「よし。…あの牢屋の窓と外は連動させてるし、月が昇るまで…あと1時間だな。これでなんとかなったら、楽でいいんだけどなぁ。後いくつか案はあるけど。月1でしか試せないから時間がかかる…」

「…他の人狼を使って、同時進行で試せばいいんじゃない?」

「え?そんなの可哀想だろ?」

 

 

こんな新薬をその辺の人狼に試す事は出来ない。何当然の事を言ってるんだ。

ヴォルも、そう思ったのか、無言で俺の手首を一度強く握ったあと離してため息をこぼし「君がそう言うのなら、そうなんだろうね」と低い声で呟いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

リーマスは久しぶりに騎士団本部を訪れた。

ノアがリーマスの元に突如表れてから既に一年と半年が過ぎていた。「暫く魔法薬と魔法開発に取り組むから」とノアに言われ、1年以上連絡がなく──やはり、無理だったのかと諦めかけていた時、なんの前触れもなく手紙が届き「完成した」という信じ難い言葉と共に日時が記されていた。

 

その日、リーマスは本当に薬か魔法が完成したのかと胸を高鳴らせながら浮き足立つ気持ちのままに、はやる気持ちを抑えられず本部へ駆け込む。

ロビーにいる魔法使いに手紙を見せれば、すぐにノアが居る部屋の前へ案内され──リーマスはドキドキとうるさい胸を押さえながら何度も深呼吸をして、扉を叩いた。

 

 

「リーマス・ルーピンです」

「ああ、入っていいよ」

「失礼します」

 

 

ノアの優しく低い声を聞き、リーマスは目に興奮を滲ませながら扉を開く。ノアはいつものように、優しく微笑み大きなソファに座り、その背後にはヴォルデモートが静かに立っていた。

 

 

「よく来たね。さあ、座って座って!──紅茶はいる?チョコレートは好き?」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 

促されるまま対面するソファに座ったリーマスは、期待を込めた眼差しを向け、ノアの言葉を待った。

ノアは机の上に紅茶セットと高級チョコレートを出すとリーマスに飲むように進める。

リーマスは紅茶を飲みながら──正直、早く人狼を克服するための方法を知りたくてたまらなかった。

 

辛抱強くノアの言葉を待つリーマスに、ノアは暫く紅茶を味わい美味しそうにチョコレートを食べた後、にっこりと笑った。

 

 

「完成したよ。改良版の脱狼薬だ」

「ほ、本当に…?」

 

 

ノアは机の上に真っ赤な液体で満たされたフラスコを置いた。

本当に、これが完璧な、人間の姿のまま過ごす事が出来る薬なのだろうか、自分だけでは無い、人狼になってしまった全ての者が──この薬の発明を渇望していた。これがあれば──僕は、人間として、彼らと共に生きる事が出来る…?

 

喜びの滲むリーマスの声を聞いたノアは、わずかに表情を陰らせ目を伏せた。

 

 

「──ただ、ちょっと厄介な事がある」

「厄介な事…?」

「うん。…この薬は、ポリジュース薬のように満月の夜、1時間に1度飲まないと駄目だし、この薬を飲んでいる間魔法を使う事は出来なくなる。さらに強い倦怠感があるようだ」

「魔法を使えない…?」

「うん、あと…そうだな、薬の制作費も、従来の脱狼薬の10倍、調合の難易度も桁違いだ」

「…そう、ですか…」

 

 

今売られている脱狼薬ですら、かなり高額だ。それを手に入れる為に沢山の日雇いの仕事を掛け持ちし家財を売ってきた。

ノアの元で研究費として毎月まとまった金額を得ることが出来ていたが、それは無限に続く金では無い。今は潤っていたとしても──いずれ枯渇する事が目に見えている。

 

 

「そう。だから…この薬はあくまで脱狼薬の改良に過ぎない」

 

 

ノアは指を鳴らし、リーマスの前に分厚い書類の束を出現させた。

真っ白な紙には『人狼化における脊髄移植の施術方法とその記録』と書かれており、リーマスはとりあえずそれを手に取り上から目を通したが──全くもって理解不能だった。

 

 

「これは…?」

「それは、魔法とマグルの医療を組み合わせて新しく生み出した人狼化現象を確実に食い止める方法。この施術を行えば、満月の日に人狼になる事は無くなる。費用も長い目で見れば薬を飲むよりは安い。人狼という病気を克服する画期的な施術だ。ただ、一切魔法は使えなくなる──つまり、マグルになる」

「マ、マグルに…?」

「うん、人狼ではなくなるけど、魔法を捨てなければならない」

 

 

リーマスは、かなり困惑した。

人狼でなくなるのなら、なんだって差し出していいと思っていた。どれだけの金がかかろうともその薬を得るためなら苦労は惜しまない。

だが──魔法を失う。

考えもしなかった言葉に、流石に即答は出来なかった。

20年以上、魔法族として暮らしてきた。この世界で生き、辛い日々もあったが幸せな時だって勿論あった。

魔法族では無くなっても、きっと、友人や家族達は変わらないだろう、だが──…。

 

 

「それは──…それは、僕には選べません…」

「ま、そう言うと思ったよ」

 

 

ノアはリーマスが持っていた書類の山を消すと、手のひらをくるりと回し、今度は一枚の羊皮紙を出現させリーマスに差し出した。

 

 

「んで、これが魔法を使用する方法。月の光を浴びないようにするための魔法だ」

「…か、開発出来たんですか?」

「うん。まぁ…なんとかね」

 

 

その羊皮紙には、ノアが開発した新しい魔法について記載されていた。

 

 

「この魔法はちょっと習得するのは難しいらしいけど、理論は単純だ。発動者の周りに太陽の光の膜を貼り続けるイメージかな。太陽と月は相対するものだから、月の光を退ける事が出来る。問題はめちゃくちゃ熱いし眩しいから、同時に守り魔法(プロテゴ・マキシマ)強化魔法(フィアント・デューリ)氷魔法(グレイシアス・マキシマ)闇をもたらす魔法(ノックス・マキシマ)をかけなければならない」

「えっと…合計で、5つの魔法を同時発動させるという事、ですか?」

「うん」

 

 

5つの魔法──それも、全てにおいて最上級と呼ばれる魔法を同時に使用する事が出来るのか、リーマスには全くわからなかった。リーマスは幸運にもかなり、優秀な魔法使いだ、一つずつなら可能だろう。

だがその魔法を、対象を自分にのみ制限し発動させる事は、理論的には可能だとしても、うまく使う事が出来る自信が微塵も無い。

だが、僅かにでも可能性があるのなら、やってみる価値は──あるだろう、魔法というものは修練により、研ぎ澄まされ魂に刻まれるものだ、生半可な努力では不可能だとしても、リーマスにはそれをやり遂げたいという強い意志はあった。

高価な薬を飲み続けるよりは、よっぽど良い。

 

 

「…必ず、習得してみせます」

 

 

リーマスは確かな意志と決意を胸に、ノアの目を見つめた。

ノアはその言葉を聞いて満足そうに微笑み、大きく頷く。

 

 

「うん、頑張って!練習にはヴォル…ヴォルデモートが付き合ってくれるから」

「え…ノア陛下じゃ…ないんですか?」

 

 

てっきりノアが教えてくれるものかと思っていたリーマスは驚き、ノアの背後に控えるヴォルデモートをちらりと見た。

しかし、ヴォルデモートは自身の名前が話題に上がってもなんの反応も返さず、無表情な目でリーマスを射抜く。

その視線を見たリーマスは困惑し、思わず視線を逸らした。

 

ヴォルデモートはいつもノアの側に居るが、特に話したことはない。ただいつも冷たい視線で見られることから、間違いなく人狼に対していい感情は持っていないと思っていた。

 

 

「俺、魔法教えるの苦手なんだよ。なんでも出来るからさ、なんで出来ないのかがわからなくて」

「……そうなんですね…」

 

 

天才は凡人の気持ちが理解出来ないのだろう。リーマスは学生時代、誰よりも優秀だったジェームズの事を思い出した。彼は優秀過ぎるあまりに、上手く魔法が使えず失敗ばかりするピーターに対し心から不思議そうに「なんで出来ないんだろう」と首を傾げていたが、きっと──この人はその究極だ。

 

 

ヴォルデモートに魔法を教わる。

かなり、厳しいものになる事は間違いない。だが、それでも──なんとしてでも、その魔法を習得したい。

 

 

「ヴォルデモート卿、…よろしくお願いします」

「…ああ」

 

 

リーマスとしては、かなり勇気と敬意を持ってヴォルデモートに頭を下げたが、頭上から降ってきた言葉は冷ややかで素っ気ないものだった。

 

 

こんな事で挫けてたまるか。

必ず習得して、ジェームズ達と満月の夜に、人間の姿で三本の箒に行くんだ。

リーマスはささやかな願いを──今まで夢でしか見なかった光景が、もう少しで手に入るのだと自分を鼓舞し、足の上に置いた拳に力を込めた。

 

 

「そしてこれが──」

「…ま、まだあるんですか?」

 

 

てっきりその魔法が最後の方法だと思っていたリーマスは驚愕する。わずか一年の間に、何通りの方法を生み出したのだろうか。

 

 

「これで最後だから安心して。──これは俺が作った人狼化を防ぐ魔法道具だ。作り方は…まぁ、商品化するには難しいかなぁ、危険度的な意味で。変に解析されてこれが暴走したら辺り一面焼け野原じゃすまないだろうし…」

 

 

ことん、と机の上に置かれたのは銀製のシンプルな指輪だった。

 

 

「この指輪にはさっきの5つの魔法がかけられていて、特別な詠唱を唱えればオートで人狼化を防ぐ魔法が発動するようになってる。満月まで毎日少しずつ魔力を貯めなきゃ駄目だから、倦怠感はちょっとあるらしいけど、日常生活には困らないってさ」

 

 

 

リーマスは、その小さな指輪を呆然と見下ろした。

 

 

 

「──それがあるなら初めから言ってくださいよ!!」

 

 

リーマスは思わず叫んだ。

不敬罪だとかノア陛下だとかいうことを一瞬で忘れた心からの叫びに、ノアはきょとんとした目を瞬かせ、ヴォルデモートは小さくため息をついた。

 

 

「この方法にする?毎日疲れるけど」

「それでも…!それでも、欲しいです。…値段は…?」

「ああ、あげるよ。研究に付き合ってくれたお礼として、そのつもりでサイズも合わせて作ってるし」

「ほ、本当ですか?…そんな…本当に?」

「うん、ただ…次の満月の夜、ここに来て正常に作動してるか見せてほしい。大丈夫だとは思うけど、念のため。それと半年に一回は指輪のメンテが必要かもしれないから、ここに来てね」

「勿論です!…本当に、ありがとうございます!」

 

 

リーマスは震える指でその小さな指輪を持つ。きらりと光を浴びて輝く指輪の中央には小さな赤い黒い魔石が組み込まれていた。

これで──これで、本当に、満月の夜に恐れる事はない。指輪をつけておくだけなら、薬のように飲み忘れてしまい、うっかり人狼になってしまう心配もない。

 

そっと、右手の薬指にその指輪をつけてみたが、ノアの言っていた倦怠感などはまだ感じない。本当に、ただの指輪のように見える。

 

 

「ありがとうございます…!」

 

 

リーマスは掠れた声で何度もノアに感謝の言葉を伝えた、何度言っても、足りない。こんなこと夢だと思っていた。

リーマスの頬を涙が伝い、止まることなく流れ続ける。

 

 

「よかったな、リーマス。これでジェームズ達と満月の夜に三本の箒に行く事が出来るな」

「っ…はいっ!」

 

 

ノアは手を伸ばし、リーマスの肩を優しく叩いた。

何故ノアが自分のささやかな願いを知っているのかはわからない、だがそんなこと、今のリーマスには些細な問題だった。

 

ノアに対する感謝と、惜しまない敬愛を胸に、リーマスは頭を深く下げる。ああ、この人が世界を統べる事になって、本当に良かった──…そう、心から思った。

 

 

 

目の前で繰り広げられるどうでもいい茶番劇をヴォルデモートは冷ややかな目で見下ろす。

 

この人狼は、感激に震え何も考えていないのだろう。

改良した脱狼薬を誰に試したのか。

脊髄移植手術を、誰に行ったのか。

 

 

それを知っているのは、自分とノア本人だけだ。

ノアの中にある異様な狂気に触れる事が出来るのは──自分だけでいい。

 

 

ヴォルデモートは目を閉じて、ノアが見せた心地良い闇を思い出していた。

 

 

 

 

 

その後、脱狼薬の改良版はノアにより世界に発表された。

だが材料の希少性と調合の難しさ、そして高額な値段により、あまり浸透する事はなかった、と言えるだろう。

 

一方で開発した魔法は、かなり難易度が高く習得する事が困難だったが──なんとか、習得できた人狼は、もう満月を恐る事は無くなった。

 

 

こうして、ノア・ゾグラフはまた歴史に名を刻む事となったのである。

 

 

 

 

 

 






人狼編でした!

原作を読んでて、人狼ってなんか防げそうだなぁと思ったのが始まりです。雲で覆われてるだけで人狼にならずに済むのなら、わりと魔法でなんとかなりそうだなぁ…と。
単純に、人狼の為に何かをしてあげようとする魔法使いがいなかったのですかね?脱狼薬も完璧なものじゃないですし。


そして世界を変えた後に絶対書きたいなぁと思っていたノアの狂気が少し見せる事ができて良かったです。


ノアは世界最強の魔法使いですが、世界最強のメンタルを持つわけではないので、世界を呪ってる罪悪感と重圧から少しずつ狂っていきそうだなぁと思っています。無自覚に。

大衆に向けては慈愛に満ちた偉大なる魔法使いであり神さまの面しか見せて無さそうですね。
ヴォルと上級騎士4人にだけ本音を見せるので、彼らの前では狂気的な面もチラリズムする事でしょう。それで何とか発狂せずに自己を保っているのですね。
いつかめちゃくちゃ弱音吐いてるノアとか書いてみたいですが、私が楽しいだけですね…。



ちなみに私は医療系さっぱりなので、ある程度調べたりしてますが間違っていても魔法パワーでスルーお願いします…。


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番外編 ノアが最も恐れている事

 

 

世界の呪いを()()解いたノアは、幸運にもその愛していた世界を再び見る事が出来るようになった。

色々なところに行きたい、というノアのささやかな願いは叶えられ、ノアはリドルと共に世界中を旅していた。

 

旅して──と言っても、世界の中心であるノアは長く騎士団本部から離れることも難しく、姿現しを使い日帰り、もしくは一泊する程度の小旅行だといえるだろう。

勿論、騎士達には表立って観光だとは言わずに、世界の治安を見て回るとそれらしい言い訳を添える事を忘れる2人ではない。

 

 

この日、ノアとリドルはいつものように認識阻害魔法をかけ──そうしないとろくに観光出来ないのだ──魔法族にとっての観光地を回った後、とある洋館に泊まる事にした。

 

 

「最近仕事頑張ってたしさ!酒飲みたいし、泊まって帰ろうぜ!」

 

 

ノアは窓の外に広がる深海の景色を眺めながら楽しそうに笑う。ここ数週間は山積みになった仕事に追われ、ノアはまともな休暇もとれなかった。

 

期待のこもった眼差しで見られたリドルは差し迫っている重要な仕事は暫く無かった筈だ、と思い「わかった」と頷くとすぐに通信魔法を使いイギリス本部にいるベインに明日に帰る事を伝えた。

 

ノアの側近である彼も、ノアと同じように何日も休めていない。──まぁ、日中の観光自体が休みのようなものだが、ゆっくり休んで帰るのも良いだろう。

 

リドルが頷けば、ノアはすぐに嬉しそうに笑い豪華なソファに勢いよく飛び乗り寝転がると、机の上に置かれたアルコール類が書かれたメニュー表に目を通す。

 

 

いつまで経っても落ち着きというものがない──学生時代と比べたら幾分もマシだろうが──ノアを見て、リドルは苦笑する。

 

 

ノアは、その美しい見た目のまま少しも老いていない。ノア程の美貌ならば、50歳を過ぎても美しく、威厳のある歳の取り方をするだろうが、ノアは自分の神格を保つ為に世界を呪い統一した時のまま姿を保っている。

余談だが、魔法族は基本的にマグルと比べ長命で年齢にしては若く見える。ノアがマグルの医者と研究した結果、魔法遺伝子と身体に流れる魔力が関係している事を突きとめた。

 

 

つまり、ノアの見た目は20代後半から30代前半程だ。

 

 

ノアが全く老いていない。それに数年後気付いたリドルがノアを問いただし──色々あり、結局ノアが根負けし複雑な魔法をかけ、リドルも同じように本来の年齢は60代後半だったが、見た目は30代後半程にしか見えないだろう。不老不死を願うリドルにとって、これで彼らはほぼ、不老不死になれたのだから──嬉しくない筈がない。

 

 

「んー。…ドンペリ・プラチナでいい?」

「なんでも良い、経費で落ちるからね」

「…いやまぁ経費っつっても元は俺の金だけどな」

 

 

これは断じて旅行では無く、世界の視察なのだ。業務として世界を回っている2人は諸々にかかった費用を経費として申請していたが、騎士団に関わる全ての金銭はノアの持つ莫大な資金で運営されている為──結局、ノアが払っている事と同じだ。

 

ノアは胸ポケットから杖を出すとメニュー表を軽く叩いた。するとすぐに机の上に美しい酒瓶とグラスが2つ現れる。もう一度杖を振るえばポン、と小さな音を立てて栓が開き薄いグラスに酒が注がれる。

 

ガラス製の机を挟み、ノアの対面に座ったリドルは小さな気泡が上るグラスを持ち、ノアが上機嫌で差し出すグラスとカチリと合わせた。

 

部屋の中は薄暗く、時折窓の向こうに色鮮やかな魚やマーメイド、ダイオウイカがゆらりと姿を見せていた。

 

 

高級シャンパンを飲み、楽しく喋る。ほとんどノアが話し役でリドルが聞き役だったが、それもいつものことだ。大きな瓶はみるみる内に空になり、すぐにノアは新しい高級シャンパンを頼むと、それも美味しそうに飲んだ。

 

 

「あまり飲むと、明日辛いんじゃないかな」

「たまには良いだろ?あと寝るだけだし!」

 

 

ノアの白い頬はうっすらと赤く染まり、目は何度もゆっくりと瞬きをし、どこか潤んでいる。間違いなく酔ってきているノアに、リドルは明日午前中に騎士団本部へ帰ることは出来なさそうだと思いながら肩をすくめた。

 

 

──ガタンっ

 

 

突如、第三者の音が部屋に響き、ノアとリドルはすぐにその音がした方に杖を向ける。

ガタガタという異音はちょうどリドルが座るソファの後ろにある洋箪笥の中から響き、中で何かが暴れるように揺れていた。

 

 

「なんだ?」

「…ボガート…だろう。割と古い洋館だから」

「ああ…一番恐れているものに変化するっていう、あれか。授業でやったなぁ」

 

 

ノアは指先でくるくると杖を回す。

洋箪笥には鍵がかかっており、たまたまその中に居たボガートが閉じ込められてしまったのだろう。

 

 

「ヴォルは何に変化するんだろうな」

「さあ…」

 

 

3年生の時に実物のボガートを使用し退ける訓練をする授業は行われた。だが、自分が恐れているものを他者に知られる屈辱をリドルが耐えられるわけもなく、リドルは生徒たちの一番後ろに並び、ノアもそれに付き合い後方にいた為2人はボガートと対峙する事はなかった。

 

悪戯っぽく笑うノアを見ながらリドルは首を傾げ、自分が最も恐れている事を考える。

昔の自分ならば、自分自身の死が現れただろう。

 

すぐにひとつ浮かんだが──ノアに知られても困る事はないか、とリドルは洋箪笥の鍵を開けた。

 

 

勢いよく扉が開き、中から静かに()()が現れる。それを見たノアは驚きに目を見開き、怪訝な顔をした。

 

 

「……なに?ヴォルって俺が怖いのか?」

「…見ていればわかる」

 

 

現れたノアは、今のノアよりも少し若く見えた。

少し後、ノアの白いシャツがみるみる内に真っ赤に染まり、口から血を吐き出したノアが蒼白な顔を苦しげに歪めた。

 

 

「…俺の死か」

「……いや、あの状況だな」

「あー……」

 

 

ノアはようやく、ボガートが何に変身しているのか分かった。

 

 

──これは、マグルに撃たれた時の俺か。

 

 

リドルにとって、その時の光景が、内容が、唯一恐れたものだった。

ただノアが死ぬだけではない。マグルによって完璧な存在が傷付けられる。それは間違いなく、リドルにとってのトラウマだった。

 

 

「リディクラス」

 

 

リドルは少しも動揺する事なくボガートに向かって杖を振るう。その魔法を受けたボガート──ノアは包帯でぐるぐる巻きにされそのままよろよろと歩き、ノアのそばに近付いた。

 

ボガートは次の狙いをノアに定め、しゅるしゅると包帯が解かれていく。

 

 

 

──ノアが、最も恐れる物はなんだろうか。何よりも自分の顔面が好きなナルシストだし、その顔が醜く変わってしまう事だろうか。

 

 

そんな少々失礼な事をリドルは考えて包帯が解けていくボガートを見つめる。

ノアもまた、シャンパンを飲みながら──俺が一番怖いのってなんだろうなぁ──と興味半分面白半分でボガートの変身を見ていた。

 

 

ボガートは、恐ろしい蜘蛛や怪物、醜くなったノアでは無く──どこにでもいそうな、ただの男に変わった。

 

 

リドルはその男を見て眉を寄せる。

こんな男が怖いのか?騎士団の誰か──ではないな、見覚えがない。日系…東洋人のようだが、ノアが恐怖する程の力を持つ魔法使いなど、いるわけがない。どこにでも居そうな、この男は一体…?

 

その正体がわからず、リドルは眉を寄せ怪訝な顔でノアを見る。

 

 

ノアは、目を大きく開き、その男を見つめていた。

手から滑り降りたグラスが床に落ち砕けたが、ノアは少しも視線を外さない。

 

 

「…なん…で」

「…ノア?」

 

 

こぼれたノアの声は、リドルが今まで聞いたことが無いほど震え、怯えていた。

酒を飲んでいて赤くなっていたノアの顔は、みるみる内に土気色になり、その唇は震えている。

 

 

「俺が愛した世界は壊れた」

 

 

その言葉を聞いてノアはひゅっと息を飲み、リドルは聞きとる事の出来ない言葉に、英語では無く他国の言葉だと解ったが──内容までは理解出来ない。

ノアの初めて見るその表情に困惑したが──ノアが何故、こんな男に対してここまで恐怖を示しているのか知りたい気持ちが強く、ボガートを退ける事を、リドルは選ばなかった。

 

 

「俺が愛した世界はもう存在しない。俺が壊した。こんな紛い物の世界に興味はない」

「──違う!」

 

 

ノアは悲痛な声で叫ぶ。

しかし、その男は無表情だった表情を歪にゆがめ笑った。

 

 

「違うわけがないだろ、俺は気がついているはずだ」

「っ…たしかに世界は変わった…だけど、この世界を、今のこの世界も愛している!その気持ちに嘘はない!」

「全ての者の正しい運命を狂わせまやかしを見せ──俺を愛する者が一人もいないこの世界を、俺は本当に、愛せるのか?借り物の身体…借り物の力…俺は少しも──俺ではないのに?この体と運命は、平穏に生きる筈だったノア・ゾグラフのもので──」

「──やめろっ!!」

 

 

ノアは絶望が滲む声で荒々しく叫び立ち上がった。部屋にある家具が軋み激しく音を立て揺れる。風のない室内に突如嵐が現れたかのように猛風が吹き荒れ重い家具が飛んだ。

ノアは、薄く笑うボガートに震える手を向け、強く拳を握った。

その途端ボガートはぐにゃりと歪み、この世の物とは思えない悲鳴を上げ、消滅する。

 

ボガートが消えた後も、感情の起伏が収まらずノアの凶暴な魔力は暴走をやめない。リドルはすぐに自身の周りにプロテゴを張り、嵐の中心に佇むノアの元へ向かおうとしたが──ノアから溢れ出る魔力は、リドルであっても簡単には近付けない程、重苦しさだった。

 

 

「違う…俺は…そんな…」

「──ノア!」

「っ!!──ヴォル…」

 

 

リドルの声に、びくりと肩を震わせたノアはゆっくりとリドルの顔を見た。

 

ふ、と部屋を満たしていた重苦しい魔力と、嵐が消える。部屋中の家具は破壊されガラクタとなり床に転がった。

リドルは身体にのしかかっていた重圧が消え、詰まっていた息を吐き出しながらノアの元に駆け寄る。

 

 

「ノア、あの男はなんだ。何を話した?」

「…何でも、ない…」

 

 

ノアは、感情の欠落した声でぽつりと呟くと、部屋の中の惨状をぐるりと見渡し、気だるげに指を鳴らす。すぐに壊れていた家具は修復され、元の場所に舞い戻り、一見すると何も無かったかのように戻った。

 

ソファに座り込んだノアは、自分の鼓動が変に早く、頬を冷汗が流れたのを感じた。

リドルは無言でノアの隣に座り、狼狽の色を見せるノアの瞳を見つめる。

 

 

「ノア──」

「ヴォル」

 

 

リドルが何かを言う前にノアが冷たい声でリドルの名前を呼び、深い闇を思わせる濁った目で見据えた。

 

 

「忘却魔法をかけられるか、今あった事を2度と口にしないか…選べ」

 

 

明確な拒絶の言葉に、リドルは暫く沈黙しため息をつくと杖を振るい水の入ったグラスを出現させ、ノアに渡した。

 

 

「…飲め。かなり、顔色が悪い」

「………ん」

 

 

ノアは一度瞬きをする間にいつものような眼差しに戻ると、ソファに深く背中を預けそのグラスを受け取った。

受け取る際、ノアの手は震えていたが──リドルは何も言わなかった。

 

 

ノアが最も恐れるもの、それは()()()()だった。

もう、前の世界での生活が朧げになり、数少ないが居た友人の事は忘れていた。昔は家族の事を重い、どうしようもなく切なくなる夜もあったが──それも、もうなくなっていた。

 

ノア・ゾグラフとして生きている時間が長くなるほどに元の世界の事を忘れていき、ようやく──ようやく、ノア・ゾグラフとして生きていけるようになったのに。この世界は物語ではなく、自分の世界だと認め真剣に向き合えるようになっていたのに。

 

 

ノアはぐっと奥歯を噛み締めた。

 

──あの姿を見て…隠していた罪悪感、そして、何よりも認めたくなくて、考えないようにしていた事を突きつけられた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

だから、いつまで経っても、どれだけ望んでも、自分の全てを知る理解者や、全てを受け入れ愛してくれるものは現れない。

──俺は、永遠に独りなんだろう。世界を変え秩序を守る為に、俺は世界の理になると覚悟を決めた。永遠に近い時を生き、全ての管理者になる事を受け入れた。

永遠に孤独なのは、自ら世界を変えた、罪なんだろうな。

 

 

ノアは冷たい水を飲み干し、自嘲した。

 

 

「ノア、もう休んだほうがいい」

「…そうする」

 

 

ノアは、唯一、最も近い場所に立つリドルを見つめる。

 

──ヴォルは、俺と同じようにほぼ不老不死となってしまった。

俺はヴォルが、それを望むと分かっていて…きっと、ヴォルなら俺の孤独に寄り添ってくれるから、独りになるのが怖くて──。

 

 

「…、…おやすみ、ヴォル」

「ああ、おやすみ」

 

 

ノアは気だるげに立ち上がり、隣にある寝室へ向かった。

 

 






ノアにとっての恐怖のお話。
目を背けていた事実を突きつけられるのがなによりも恐怖なのですね。



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番外編 ドラコ・マルフォイ


友情なのですが。
やや人を選ぶような、恋愛を匂わす箇所があります。
あくまで敬愛と独占欲です。一応。


 

 

ある日、俺は久しぶりにマルフォイ邸を訪れていた。

 

 

「ノア様!」

「ルシウス、結婚式ぶりだな」

 

 

門の前で姿現しをすれば、すぐに懐かしい声が聞こえた。訪れる時間をあらかじめ伝えていたから、きっとそれに合わせて待っていてくれたんだろう。

 

 

「ええ…今日は、忙しいなか…お時間をとっていただきありがとうございます」

「んー?いやいや、俺も会いたかったから」

 

 

肘にトン、と触れる感覚があり、俺はそのままルシウスの腕を掴んだ。

盲目である事を知っているルシウスは、俺と2人きりになれば──まぁ滅多にないが──こうして、ちゃんと気遣ってくれる。

今日はヴォルはそばに居ない。大体いつも居るけど…今日は仕事じゃない、完全プライベートだからな。

 

 

「ようこそ、マルフォイ邸へ」

 

 

俺はルシウスの執事だったのに、いつの間にかルシウスが俺の執事みたいになってしまったなぁ。…ルシウスが執事とか、似合わなさすぎる!

 

 

「ああ、ノア様!ようこそいらっしゃいました!」

 

 

マルフォイ邸に入ればすぐに足音が駆け寄ってきて、アブラクサスの声がした。

当然のように出迎えるけれど、今日上級騎士の4人はみんな仕事だった筈だ。

 

 

「あれ、アブラクサス今日仕事じゃなかった?」

「ノア様が訪問するのですよ?休みますよそんなの」

「…そんなのって…」

「ご心配なく。優秀な部下がおりますので」

「いや、別に良いけどさ」

 

 

少しくらい休んでも、直近で何か重大な案件は無かったと思うし。もう世界を変えて…かなり経つからなぁ。反乱の声も年々聞こえなくなってきてる。まぁ、より巧妙に隠れている可能性もあるから、油断は出来ないけど。

 

 

「こちらです、ノア様」

 

 

俺はアブラクサスとルシウスに案内され、長い廊下を歩いた。

どこを何回曲がってどの階段を登ったのかはわからないけれど、ふいに2人は足を止めてコンコンとノックをする。

どうやら、目的の部屋に到着したらしいな。

 

 

「ナルシッサ。入ってもいいかな」

「ええ…勿論です」

 

 

ルシウスが優しい声で聞けば、扉の向こうから綺麗なナルシッサの返事が帰ってきた。

ルシウスとナルシッサの結婚式では会ったことあるけど、こうやって個人的に会うのは初めてだな。──執事の時は、ノーカンだとして。

 

ルシウスに手を引かれて部屋の中に入れば「ソファはこちらです」と座る場所まで案内された。全く初めての場所はこうなるから──ちょっと恥ずかしい。白杖持つべきなんだろうけど…世間に盲目だとバレたく無いからそれも難しい。ノア・ゾグラフは完璧じゃないといけないから。

 

 

「ごめんな、ナルシッサ。こんな大変な時に」

「いえ…ようこそおいでくださいました、ノア陛下。お会いできて光栄です」

「そんな畏まらなくていいのに」

 

 

ちょっと笑えば、戸惑いながら「そんな…」と口籠るナルシッサの声が聞こえる。

まぁ、ナルシッサは俺に免疫の無い一般人であり、しっかり呪いがかかってるから…そうなってしまうのも仕方がないか。

 

 

「で、あの子はどこにいるんだ?…寝てるかな?」

「ああ、今連れてきますね」

 

 

ルシウスがすぐにそう言って、一度足音が遠ざかったが、すぐに俺のそばに近づいてきた。

そう、今日俺はルシウスとナルシッサの息子が生まれたと2人に聞いて会いにきた。

どうしても見てほしいと言われ、目は見えないけど…と思いつつ、触れることはできるし、俺も──赤ちゃんドラコ、気になるし。

 

 

 

「先週生まれました、息子です」

「先週!?思ったより生まれたてだな!?…ちょ、ちょっと待って、俺全身清めるから。──オッケー」

 

 

新生児っていつまでだっけ?一ヶ月だっけ??

とりあえず全身の隅々まで綺麗にして、そっと手を差し出せば、すぐにルシウスが俺の手を掴んでふやりと温かいものに触れさせた。

 

 

「う──わ。…あったかいな…」

 

 

多分、触れたのは赤ちゃんの腕…だと思う。もち肌で暖かく、想像以上に細い。もっと赤ちゃんってぷにぷにしてると思ってたけど、生まれて1週間ってこれが普通なのか?

 

 

「ノア様。よければ抱いてください」

「…え!?俺目見えないんだぜ!?生まれたては流石に怖いな…」

「大丈夫ですよ」

 

 

目が見えないから、落としたら…とか考えてしまう。こんな生まれたての赤ちゃんに魔法使って大丈夫なのかどうかも微妙だし。あんま小さい時に俺の魔力浴びせたら…なんか悪影響出そうで怖い!

 

だけど、赤ちゃんを抱いてみたいのも、事実だ。だって、この赤ちゃんは…間違いなく、ドラコ・マルフォイだ。

 

 

「…よし、じゃあ…腕の中に乗せてくれるか?…抱き方、おかしかったら教えてくれよ」

「はい、わかりました」

 

 

俺はソファにしっかりと座り、赤ちゃんって確かこんな感じで抱っこしてた…よな?と、腕を曲げる。そっと、何か毛布に包まれたものが腕に触れ、俺はびくりと肩を震わせた。

 

 

「ま、まって!」

「ノア様、腕はもう少し──はい、ここで大丈夫です」

「えっ!?いけてる?まじでいけてる??」

「大丈夫ですよノア様。赤子は腕の中で寝てます。……孫ですが羨ましい」

 

 

俺の隣に座っていたアブラクサスが腕の位置をやんわりと修正してくれて、俺は何とか赤ちゃんを抱っこする事が出来た。

まあ、殆ど毛布を抱いてると言っても良いかもしれないけど。

 

 

「え。めっちゃ軽い…こんなものなのか?」

「そんなものですよ、ノア様」

「これから、どんどん大きくなるのですよノア陛下」

「まじで…」

 

 

赤ちゃんのほっぺに触れてみたい!と思ってそっと右手を外し、赤ちゃんの顔があるだろうあたりでウロウロと迷っていたら──いや、だって万が一目とかに指が入ったら洒落にならん!──「頬は、ここですよ」とルシウスが優しく案内してくれた。

 

 

ふに、とした感覚が指先から伝わる。

か…かわ…可愛い!見えないけど、わかる。うん、もうこのぷにぷに加減でわかる。絶対可愛くなる!!──まぁ、ドラコだしな。

 

 

「この子の名前は?」

 

 

知ってるけど、まだ教えてもらって無いからドラコなんて呼んだら驚くだろう。

早く名前を呼びたくて、期待を込めてルシウスが居るだろう方向を見れば、想像より下からルシウスの声が聞こえた。

 

 

「まだ決めておりません」

「え?そうなんだ」

 

 

声の場所からして、これは──俺に跪いてるっぽいな。そんな事しなくていいのに。

…あ、いや。俺が赤ちゃん落としてもすぐ抱えられるようにかな?

 

 

「それで…その…本日、お越しいただいたのは──その、ですね…」

「…ん?」

「あー……その」

 

 

ルシウスは歯切れ悪く口籠っている。

気配からして狼狽…いや、違うな、悩んでいるのか。

 

 

「どうした?」

「…私の、息子の…名付けをしていただけないかと…」

「……は?」

 

 

いや、名付けって…名付けって何?ハリーのでいうシリウスみたいなもん??そういやシリウスって名付け親じゃ無い説あるけど本当はどうだったんだろう今度何かのタイミングでちょっと聞いてみようかなぁ。

 

 

「も、申し訳ありません!出過ぎた願いでした…!」

「──え、あ、ごめん。普通にびっくりして思考停止してたわ」

 

 

ルシウスが声を震わせてすぐに頭を下げる気配がした。

すぐにその肩を叩いて大丈夫だと伝えたかったけど、腕の中に赤ちゃんがいる状況で動くことなんて無理だ!

 

 

「名付けかー…いい、けど…」

「ほ、本当ですか!?」

「くっ…羨ましい!私だって本当は我が子(ルシウス)が生まれた時、ノア様に名付けてもらいたかったんです!」

 

 

ルシウスはぱっと明るい安堵したような声を出したが、アブラクサスは悔しそうに唸った。あールシウスが生まれた時は、俺はヴォルに眠らされていたからなぁ。

 

 

「ノア陛下…!ありがとうございます。ノア陛下に名付けられた…一生の誇りとして、この子は過ごしていけます…」

「そうだと俺も嬉しいよ…。うーん、名前なぁ…」

 

 

いや、ドラコ一択だが??

ドラコ以外にどんな名前がいいのかわからん。

えーと、アブラクサスもルシウスも、多分神話系の名前なんだよな。

…あーアブラクサスは、その名前に近いドラゴンが居たっけ。

…んで、ラテン語でドラゴンは…ドラコだからっていう理由だったんじゃなかった?ダメだ、流石にキャラの名前の由来まではうろ覚えだけど…。

よ、よし。由来は?って聞かれても答えられる!!ドラゴンと蛇を表すドラコからとりましたって言える!マルフォイ家の家紋には蛇がいるからそんなに不思議じゃないはず!

 

 

「…ドラコ・マルフォイとか…どうかな?」

「ドラコ…?」

「ドラコ…」

 

 

ルシウスとナルシッサがぽつりと呟き、沈黙した。

えっダメ!?ダメか!?いやいや、ドラコ以外にふさわしい名前なんて考えられないし、時期的にも間違いなくこの子はドラコだ…!

 

 

「ドラコ…良い名前です」

「ええ!とっても、マルフォイ家にピッタリです!ありがとうございます、ノア陛下」

「気に入ってもらえてよかった…」

 

 

ルシウスとナルシッサは嬉しそうに言った。その言葉には、多分嘘は無い、と思う!

無事、ドラコで決定したようで、ほっと胸を撫で下ろす。

あーあ。ドラコの顔が見れたらなぁ…後10年くらいは、見れないし…。

 

 

「…俺が、名付け親って事か」

「孫──ドラコの後見人になっていただければ、さらに嬉しいのですが」

 

 

アブラクサスが隣から呟く。

しかし本人もそれは無理だと思っているのか、冗談の色合いが強い言葉だった。

 

 

「いいよ、俺──ドラコの後見人になる。いいかな?」

「は、はい!勿論です!」

「ノア様、私は冗談のつもりだったのですが…」

「んー。名付け親だからな!まぁ、ルシウスとナルシッサに万が一なんてのはないから、必要無いとは思うけど」

 

 

世界はそこそこ平和だし、第二次魔法戦争なんて起こらない。

だけど──間違いなく、ルシウスとナルシッサはドラコよりも先に亡くなるだろう。その後で、俺が力になれることがあるのなら…ドラコの力になってあげよう。──ほら、名付け親だし?

 

俺はドラコの頬を撫で、そのまま丸い額を撫でた。

ふわふわとした柔らかな髪が指にあたる。きっと、美しいプラチナブロンドなんだろう。

 

 

 

「…ドラコ、君の人生が幸福でありますように」

 

 

俺はそっと身を屈めて、ドラコの小さな額に口付けた。…多分、かなりの加護がドラコにかかった筈だ。

一生幸せに暮らしてほしい、まじで、原作では散々だったからなぁ…いや、…ま、自業自得だったけど。

 

 

「あっ!ごめん、赤ちゃんにキスするもんじゃないよな!?ごめんナルシッサ…」

「え?…い、いえ!そんな…あまりにも美しくて、魅入っていました…大丈夫です、ノア陛下は清いので…」

「いいですねぇ私もノア様に名付け親になって欲しかったです、本当…ドラコ…羨ましい…」

「父上…」

 

 

まだ名付けのことで言うアブラクサスに、ルシウスは呆れたようなため息をついた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

俺がドラコの名付け親兼後見人になってから6年が経った。

時々マルフォイ家を訪れ、誕生日などはちゃんとお祝いしに行ってるから、そこそこ交流はあるしドラコは俺によく懐いてくれてると言えるだろう。

 

 

 

今日は昼から仕事がなく、日帰り旅行に行くほど時間の余裕もなかったからマルフォイ邸に遊びに来た。珍しくヴォルもいるのは、この後ヴォルと外食予定だからである。

 

扉のノッカーを打ち鳴らせば、ぱたぱたと軽い足音がしてがちゃっと扉が開いた。

 

 

「ノア!」

「やあ、ドラコ」

「ドラコ!!陛下とお呼びなさいとあれほど…!」

 

 

ぼすん、と腹辺りに衝撃があり、ぎゅっと背中に手を回される。いや、背中ってか、高さが足りてなくて尻だなこれ。

 

ドラコの後を追いかけてきたのだろうナルシッサが息を切らせ、声を震わせて叫ぶ。

どれだけ仲が良くても、不敬を働くわけにはいかないとナルシッサは何度もドラコを指導したが、ドラコは俺に対する呼び方を変えなかった。

 

 

「気にするなナルシッサ。ドラコは俺の名付け子だからな」

「ノア、僕に会いに来たんだろ?…1人…じゃないんだな」

「ああ、今日はヴォルも一緒だよ」

 

 

嬉しそうなドラコの声は、最後の方はなんか嫌そうに吐き捨てられた。

ドラコとヴォルはなんか相性が良くないらしく、ドラコはヴォルを無視するし、ヴォルも「あのガキには品性がない」と珍しく、純血なのに文句を言う。

 

 

「今日はどうしたんだ?……あ!入ってノア!僕が手を繋いであげる!」

「ありがとう、ドラコは優しいなぁ」

「へへ!」

 

 

俺が盲目な事も知っているドラコは、きゅっと小さな温かい手で俺ので繋ぎ、応接間まで案内した。ナルシッサはオロオロとしたまま先にどこかへと向かってしまった。…いきなり来すぎたかな?昨日には伝えてたけど。

 

 

「ノア、ここに座って?」

「はいはい」

「ヴォルデモートは仕方ないからそっち座っていいぞ」

「……」

 

 

部屋の中の温度が3度は下がったなこりゃ。

 

この世界では大虐殺してないとはいえ、大虐殺しかけていたヴォルデモート卿にそんな風に話しかけられるのは無知ゆえなのか、俺の加護があるからなのか。

ヴォルデモートと対等に話すなんて、俺か上級騎士の4人しかいないからなぁ…。

 

 

「僕は──ここ!」

「おー。…重くなったなぁドラコ!」

「……おい」

「僕、もう6歳だからな!夜だって、一人で寝ているんだ!」

「えー?すごいじゃん!」

「あ、でも。ノアが泊まりに来た時は一緒に寝ような!」

「うん?ああ、いいぜ!」

「……おい」

「…何だ?ヴォルデモート──うわ!やめろ!降ろせ!」

 

 

 

俺の膝の上に跨って俺の首元に腕を絡ませていたドラコの重みがなくなった。

多分ドラコの反応を見るに、ヴォルが魔法を使って無理矢理引き剥がしたんだろう。微妙に風が感じるから、ドラコは首根っこ摘まれた猫──いや、ケナガイタチみたいになってジタバタしてるんだろうな。

 

 

「貴様。──自分の目の前にいる人間と対等だとでも思っているのか?…無知にも程がある。子どもとて、無礼は許せん」

 

 

ヴォルの地を這うような低い声が響き、ドラコが怯えたように息を呑んだ。あれ?わりとマジで怒ってるなこれ。

 

 

「…っ…ノアーー!」

「まだドラコは子どもなんだから…ほら、おいでドラコ」

「ううー!」

 

 

ぱちっと指を鳴らせばドラコがふわふわと俺の胸の中に飛び込んだ。よほど怖かったのか俺の胸に顔を埋めて震えている。

可哀想に!まだ子どもなんだ。ちょっとくらい調子に乗っちゃうだろう。ほら俺とヴォルも子どもの時はなかなかやばかったし…。

 

 

「ヴォル、ドラコは俺の名付け子だし、俺は気にして無いよ」

「……」

 

 

ヴォルから小さな舌打ちが聞こえた。

かなり視線を感じる──が、これは多分ドラコを睨んでるな。ヴォルの冷たい眼差しとか、そんなのドラコ耐えられなさそうだ!

 

 

俺はドラコをヴォルの視線から守るように抱きしめて、よしよしと頭を撫でた。

 

 

「ノア…」

「ん?」

「大きくなったら…僕のお嫁さんになってくれないか?」

「んん?良いけど?」

「ノア!!何を言って──」

「本当!?やったーー!!」

 

 

ドラコはぎゅっと俺を強く抱きしめて頬擦りした。ふわりと子ども特有のなんか甘い匂いがする。うーん、後5年くらいで魔法を解いて、早く顔が見たい!!視力が戻ったら、いいけど…!

 

 

「…そんな、約束…馬鹿なのか?」

「はー?いやいや…」

 

 

ヴォルは低い声で唸る。

俺はぱちんと指を鳴らし、俺とヴォル以外に声が聞こえないようにして喋った。

 

 

「いや、子どもの戯言だろ?パパと結婚するーとか、それと同じだって!」

「………どうだろうね」

 

 

流石にこんな会話をドラコ本人の前ではできない。

ドラコは「あっ!また秘密の話をしてるな!?」と不満げに叫んだけど、まぁ仕方ない。

 

 

「心配性だなあ!ドラコはきっとホグワーツで彼女できるだろ?大丈夫大丈夫!」

「……はぁ…」

 

 

もう一度指を鳴らし、ドラコの言う秘密の話を終了する。

ちょうどその時ハウスエルフと共にナルシッサが現れて、ティーセットを運んできた。

 

 

数時間滞在した後、そろそろ帰ろうか、と俺とヴォルは立ち上がった。

はじめはしょぼんとして大人しかったドラコも、玄関口についたとたん「まだ遊びたい!」と駄々をこねだしてしまった。

ナルシッサが懸命に宥め、時には叱っているが──ドラコはひしっと俺に抱きついて離れない。

 

 

「ドラコ、また来るから」

「絶対?」

「絶対だよ」

「…ノア、この家に住んじゃえばいいのに。…そうだ!そうすれば、毎日会えるだろ?ノアも僕に会いたいよな?」

「んー…」

 

 

いやードラコと毎日一緒はちょっと疲れそうだな。可愛いけど。…なんて少し思ってしまった。

どう返事を返そう、と悩んでいると、ヴォルが魔法を使ったのか俺とドラコを引き剥がし、俺の腰辺りに手を回しぐっと抱き寄せた。

 

 

「ノアの帰る場所は、私の所だ──帰るぞ」

「え?あ、うん。またなードラコ!」

 

 

俺を掴んだままヴォルは姿くらましをしたようで、多分、俺たちの家に戻ったんだと思う。

 

 

「…アブラクサスに孫を教育するよう伝えないとな…」

「いやーアブラクサスまじでドラコに甘いからなー。俺も甘いからなー」

「……君の威厳が損なわれる」

「身内くらい、いいだろー?」

「…そもそも、勝手に名付けて…後見人になるし…」

「ん?ヴォルにも子どもができたら名付けてやるから!!」

「……、…はぁ…」

 

 

ヴォルは俺の首筋に額をつけて、重々しいため息を吐く。

僅かに体重がかけられていて、ちょっと重いな。何だ、勝手に名付け親になった事で怒ってたのか?もしヴォルが望むなら、ヴォルの子どもの名前の一つや二つつけてやるから!

そんな気持ちを込めて、ヴォルの背中をぽんぽんと叩いた。

 

 

「…あのガキの匂いがする」

「まぁ、そりゃあ、何時間もくっついてたからなあ」

「…スコージファイ」

 

 

すんすんと首筋の匂いを嗅いでいたヴォルが嫌そうに呟き、すぐに清めた。

清めるほど嫌な匂いじゃ無いんだけどな。上品な甘い匂いというか、子どもらしいシャンプーの匂いというか。

ヴォルは俺からドラコの残り香がなくなって、ようやく満足したのか俺から身体を離すと「じゃあ、どこに食べに行く?」なんていつものように聞いてきた。

 

 

「そうだなぁ。ワイン飲みたい気分」

「じゃあフランス料理にしようか」

 

 

ヴォルは俺の手を握り、楽しげに答えた。

 

 

 

因みに、10年経ってもドラコが俺と結婚する気満々だったから、流石に俺は自分の考えのなさをちょっと呪ったし、ヴォルは超絶不機嫌になるし、ルシウスとアブラクサスはノリノリだしでとんでもない修羅場が訪れることになるのだが──また先の話だ。

 

 

 



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番外編 子ども

世界への呪いを解いた後のお話です。
時間軸でいうとハリー達がホグワーツに入学した頃。





 

 

その日は俺の何度目かの誕生日だった。

世界の秩序と平和を守るために象徴であり、神に近い存在となった俺の誕生祭はそりゃあもう魔法界でもマグル界でも盛大に開催されて、俺はヴォルやアブラクサス達と三日三晩世界中を飛び回りなんとか招待された催しに全て参加した。

 

落ち着いた世界で忙しく飛び回るなんて久しぶりであり、なかなか大変だった。ほぼ不眠不休で魔法薬と回復魔法をフルに使いなんとかこなした──けど、アブラクサス達は俺とヴォルとは違い他の人と同じように歳をとっている。加齢による老いには勝てず、もう昔ほどの無茶はできないようでヨレヨレになってたなぁ。

 

 

「はあーー……なんとか終わった」

 

 

家に帰り、暖炉前にあるソファに深く腰掛け大きくため息をこぼす。肉体的にはそれほどの疲労感はないが、脳だけは疲れているというか、薬と魔法のせいで変にハイになってクラクラするなぁ。

1週間は大きな仕事はないはずだし、暫くゆっくりしよう。ってかゆっくり回復魔法かけなきゃ一瞬で寝落ちしそう。

 

 

「毎年の事ながら、大変だったね」

「まぁ…世界を統一した時と比べればマシだけど──何それ」

 

 

俺の隣に座ったヴォルは目の前のローテーブルに大きな箱を乗せた。真っ赤なリボンがあしらわれているその箱はどうみてもプレゼントらしい箱だが、ヴォルがこんなものを用意するなんて初めてだ。

 

 

「誕生日おめでとう」

「おっ、ありがとう!ヴォルから貰えるなんて思わなかったなぁ、初めてじゃね?」

 

 

ヴォルは今まで俺に誕生日プレゼントなんて用意していなかった。何でもない日に高級なものを買ってきて「あげる」と素気なく言いながら渡してくることはあっても、だ。

わりと大きな箱だけど、新しい服か何かだろうか?靴とか?ヴォルってセンス良いんだよなぁ。全体的に黒い服ばっかだけど──なんてワクワクしながら赤いリボンを外す。

隣にいるヴォルは杖を振りお気に入りの赤ワインとグラスを2つ出現させ美味しいワインを飲んでいた。

 

 

「ん?──タオル?」

 

 

蓋を開けたら中には白いタオルが詰められていた。綺麗に折り畳まれているわけではなく、何かを包んでいるようにぐちゃりとなっているタオル。うん?割れ物──だとしてもタオルで包むか?梱包材にしちゃ変だなぁ。

 

 

「な──」

 

 

ぴらり、とタオルをめくってみれば、中にはちっちゃな白い手があった。いや、手だけじゃない、その中に収められているのは、どうみても人の赤ちゃんだ。

 

 

「……ま、魔法道具…?」

 

 

精巧に作られた愛玩人形かと思って恐る恐る腕をつんつんしてみたが、その赤ちゃんらしきものはすやすやと眠り続けるだけだ。どうみても、多分、普通の赤ちゃんである。

 

 

「──ヴォル!お前まさか誘拐したのか!?元いたところに返してきなさい!」

「まさか、誘拐したわけじゃない。僕の子どもだ」

「……はぁ?」

 

 

にっこりと笑ったヴォルはタオルの中にいる赤ちゃんに向かって杖を振る。ふわり、と浮かんだ赤ちゃんはオムツは履いているが、服は何も着ていない。

魔法で宙吊りにされていても全く起きる様子はなくて、流石に異変を感じて浮かんでいる赤ちゃんを恐々抱き上げて調べてみれば眠り魔法がかけられていることがすぐにわかった。

 

 

「赤ちゃんに魔法かけるのは良くないって……っていうかさ、結婚したなら言えよ!スピーチくらいいつでも──」

「結婚なんてしてない、女に縛られるのは面倒だから」

「はぁ?」

「でもスリザリンの血は残すべきだからね。純血の女を適当に選んで作らせたんだ。ノア、きみは子育てをしてみたいって言ってただろう?そのささやかな願いくらいは叶えてあげようと思ってね」

「は…?」

「だから、誕生日プレゼントは僕の子ども」

 

 

赤ワインを飲みながら軽く言うヴォルの言葉に沈黙していると、ヴォルはにっこりと笑い俺の分の赤ワインを注いだ。

 

 

「ハッピーバースデー、ノア。勿論、名付け親にもなってくれるよね」

 

 

これほど祝う気持ちがなさそうなハッピーバースデーを俺は前の世界含めて初めて聞いたぞ。

 

 

「……いやいや──」

 

 

いや、ちょっと待ってくれ。そう言いたかったが、それを言う前に眠り魔法を解呪した赤ちゃんが火がついたように泣き出してしまった。

いや、うるさくはない。だってめちゃくちゃちっちゃいもん、まじでこれ産まれてすぐくらいじゃないか?──え?

 

 

「い、いつ産まれたんだ?」

「さあ?2週間くらい前だったと思う」

「…ミルクとか、おむつは?」

「何で僕が用意しなきゃいけないんだ?」

「……上級騎士!全員集合!」

 

 

ちっとも悪そびれず言うヴォルに、仕方がなくもう就寝してるだろう上級騎士であるベインとアブラクサスとマートルとミネルバに魔法で号令をかける。

数分も待たずそれぞれ寝巻きに着替えている4人が戸惑いながら姿現しをして現れる。俺がこうやって呼び寄せるなんて、何年振りだろうか。

 

 

「ノア様?いったいどう──」

 

 

現れた4人は俺の腕に抱かれた赤ちゃんを見るとびしりとその体を硬らせた。

 

 

「いつのまに産ませたんですか!?」

「どこのどいつですか!?」

「そんな!ノアの子どもなんて…前世にどんな徳を積んだらなれるんだい?」

「うっ……せ、聖母…!」

 

 

詰め寄って嘆いたり興奮する4人に、頭が痛くなりつつ一度「説明するから黙って」と、黙らせて俺の子ではないがとりあえず育児に必要なものを買ってくるように頼んだ。すぐにアブラクサスとマートルが買い出しに行き、赤ちゃんの世話をした事があるベインに赤ちゃんを抱かせた──が、赤ちゃんはまったく泣き止むことはなく、ほにゃほにゃと泣きっぱなしだ。

 

 

「ノアさん。最後のミルクはいつですか?」

「え…いつだ?」

「さあ」

「……おそらく空腹なのでしょう。さすがに私も産まれて間もない赤子を育てたことはありませんが、数時間おきに飲むものだと聞いていますよ」

 

 

ミネルバは涙を流さず泣き声を上げる赤ちゃんを心配そうな目で見る。俺もそれは知っているが、ここには母乳が出る人もいないし粉ミルクも無い。

 

泣き続ける赤ちゃんをどうにかしなければと焦る俺たちを無視してヴォルだけが涼しい顔をして赤ワインを飲んでいた。

くっ…殴りたいとか考えたらだめだ。血の誓いで俺が傷付くだけなんだから!──と、必死に赤ちゃんのことを考えてヴォルへの苛立ちを脳の奥に押し込み見ないふりをした。

 

 

「最高の誕生日プレゼントだろう?」

 

 

 

ワイングラスを緩く回し、目を細め、自信たっぷりに足を組み替えて笑うヴォルを見て、俺はつい「な、殴りたい」と本気で思ってしまい──。

 

 

「いててててっ!!」

「ノ、ノアさん!」

 

 

血の誓いが攻撃だと裏切りだと勘違いして俺の腕は結局、締め上げられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

赤ちゃんが俺の家にやってきて3日が経った。

 

アブラクサスとマートルに大量に買ってきてもらったベビーグッズやミルクやオムツなどを使い、2人に指導されつつなんとか俺はお母さんをしている。

 

 

──いやいや、おかしいだろ!

 

 

 

「おいヴォル!テオが泣いてるだろ!さっさとミルク作れミルク!」

「はー……面倒くさい」

「ううー…うぇーん!」

「ああ!テオー泣くなー大丈夫だぞー」

「きゃっきゃっ!」

 

 

泣いたテオの体を横抱きにしながらふらふらも体を揺らせば、ぴたりと泣き止んで白い頬を真っ赤に染めて笑う。うん、激カワ。

ヴォルはため息をついて杖を振り、哺乳瓶に水を入れた。初めて知ったのだが、魔法界の子育ては俺が微かに覚えているマグルの方法とはちょっと異なるようで、魔法哺乳瓶に水を入れれば500回分のミルクが作られるらしい。水の量を変えればかってにちょうど良い濃さであり、適温のミルクが出来る。もう面倒なミルク作りに翻弄しなくてもいいわけだ!マグル界でもこの魔法哺乳瓶は流通していて、ミルク派のママさんは大助かりなんだとマートルが教えてくれた。

 

 

テオ──テオフィーと名付けた赤ちゃんは黒髪に陶器のような白い肌、そして灰色の目というなんともミニチュアトム・リドルくんである。この子も感情が昂ったら赤い目になるらしく、めちゃくちゃ泣いた時にちらりと目の色が変わっていたところから間違いなくヴォルの子だなんだろう。

俺の朧げな前世の記憶では、たしかヴォルの子どもは女の子だったはずだが、まぁ、生まれてくる時期が違うから多分──この世界でのヴォルデモート卿の子どもは男児なのだろう。

 

 

テオに哺乳瓶を近づければ小さな口で必死にむしゃぶりつき、ごくごくと音を立てて飲む。うーん……めちゃくちゃ可愛い。結局俺は休めないしで薬漬け魔法漬けの日々だけど、普通に癒される。

 

 

「子育てって面倒なんだね」

「そりゃ、ほっといたら死ぬからな。でも──多分、俺たちもこうやって護られて育ったんだぜ?」

 

 

ミルクを飲んだテオを縦抱きにしてトントンと背中を優しく叩きながら言えば、ヴォルはなんだか嫌そうな顔をして鼻で笑った。

 

 

「テオは可愛いけどさ、俺は自分の子を抱いてみたかったんだよなぁ……まあ、もう普通に誰かと結婚するなんて無理だとわかってるけど」

 

 

すやすやと寝てしまったテオを抱いたままヴォルの隣に座る。ヴォルの子どもは可愛いし、普通に幸せに育ってほしい。結局ヴォルは誰との子なのか言う事は無かったが、まぁヴォルが好きな純血といえばかなり絞られてくる。中身はもうかなりいい歳だが、見た目は30代なわけで、イケメンだし地位もある。あの純血家も喜んで娘を差し出しただろう。

 

 

「そう?なら、これは返品する?」

「物じゃねーんだぞ。お前もちゃんと育てろ」

「返して、僕との子を作ってみる?」

「はあ?」

 

 

ヴォルはニヤリと笑い、テオの頬を指先で突きながら「いい案だと思うけど」と怪しく囁く。

 

 

「この前外国で興味深い魔法を見つけてね。まだ成功した者はいないようだけど、理論的には間違ってはなさそうだった。人を創り出す事は僕とノアならば、不可能じゃない」

「……」

 

 

ホムンクルスかよ。それはちょっと世界が違うんじゃねぇか。と内心でツッコミつつ首を振る。

 

 

「いや、そんな怪しい魔法でつくるんじゃなくて、俺は家族が欲しかったんだよ」

「なんだ、そうだったのか」

 

 

ヴォルは拍子抜けしたように言うと、机に置いてあったワイングラスを取り、赤ワインを一口飲みながらにこり、と完璧な笑みを見せた。

 

 

「なら、もう夢は叶っているじゃないか」

「はぁ?」

「僕がいる」

 

 

自信たっぷりに告げられた言葉に、呆気に取られ──普通の女の子なら感動するだろうが、俺は騙されないぞ。

 

 

「そんなこと言っても今晩のテオの夜泣き対応担当は変わらないからな」

「……チッ」

 

 

何十年付き合ってると思ってんだ!そんないい話風にまとめられて納得する俺じゃない。

──いや、嬉しくないといえば嘘にはなるが。

多分、ヴォルは俺にとって唯一の親友であり、重要な部下であり、兄弟のようなものだ。

平和になったが象徴として長く生き続けなければならない俺に付き合ってくれるわけだし、まぁ──家族といえば家族なのかもしれない。

 

 

「テオ、きみの人生に幸福がありますように」

 

 

寝ているテオの頭を優しく撫で、小さな体を包み込むように守護魔法をかける。白い光に包まれたテオは、相変わらずすやすやと心地よさそうな寝息を立てていた。

 

 

 



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