ただお前と馬鹿なことやりたい、それだけの話 (迷探偵)
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1話

悪神は倒された。

かくして世界に平和が訪れ、認知世界は消え、怪盗団は日常へと戻っていく。

自分はといえば、地元に帰るために仲間に見送られながら電車に乗る。

またね

元気でな

さようなら

かけられる言葉1つ1つに返事を返し、扉が閉まっても手を振る仲間に自分も手を振り返す。

さようなら

また会おう

別に今生の別れではない。また近いうちに会えるのだ………覚えられているかは別として。

やがて電車が発車し、仲間達の姿が見えなくなってきた頃、適当に空いてる席を見つけて座る。

カバンの中の黒猫はここで声を出すとマズイと理解してか、ずいぶん静かだ。カバン越しに撫でて、じんわりと僅かに伝わってくる温度に安堵する。

そのうちウトウトと瞼が重くなり、微睡むように眠りに落ちる。

『なんで、あと数年早く出会わなかったんだろうね、蓮…』

ああ、そうだな。俺もそう思うよ。

隔壁の向こうに消えて行った言葉に同意して、ブツリと意識が途切れた。

 

 

 

 

****

 

雨宮蓮が祖父母の家にやってきたのは、中学校に上がる直前だった。

小学校の卒業式を控えたある晩、なんの前触れもなく高熱を出して倒れたのである。さらにタイミングが悪いことに、どこからか風邪をもらってきてそれが悪化し、1週間も寝込んだ。卒業式には出られなかった。

共働きの両親は、また怪我や病気になっても看病できないことと、どちらも出張することを理由に父方の祖父母の家へ蓮を預けることにした。

小学校を卒業し、中学校にまだ入学していないタイミングだったので、蓮はそのまま八十神中学校に入学することになった。

ガタンゴトンと電車の音が聞こえる。

いつもなら東京行きの電車に揺られているのだが、何故か今回は八十稲羽という聞いたこともない場所行きの電車に乗っていた。

高熱を出したあの晩、蓮は未来ともいうべき高校2年生から1年間のことを思い出した。

風邪は本当になんで罹ったのかはわからないが、あの高熱が記憶を思い出すキッカケだったのではと考えている。

いつもは実家へ帰る電車に揺られ、いつの間にか1年前の東京行きの電車に乗っているというのが常だったので、正直蓮も困惑していた。

何故5年前なのかも不明であるが、今なら罪を犯す前の彼と出会えるのでは?と浮かれたのも束の間、祖父母の家に預けられることになった時の気持ちを想像してほしい。そもそも彼が5年前にどこに住んでいたのかも知らないが。

『次は〜、八十稲羽〜…八十稲羽〜…』

いないだろうなぁ……なんて考えながら電車を降り、両親のメモを頼りに祖父母の家までの道のりを歩く。

慣れない地形に悪戦苦闘し、人に聞きながらもやっと着いた祖父母の家をぼんやりと眺める。

和風建築で、表札には『雨宮』と掘られていた。間違いなくここだろう。しばらく厄介になる家を見上げていると、誰かが近づいてくる気配がする。

そちらに目を向けると、同世代くらいの少年が歩いていた。だが蓮の目を惹いたのはその少年の容姿だった。

少し長めの栗色の髪、髪と同じ色の瞳。

とても整った顔立ちで、なるほど未来で探偵王子と呼ばれるのも頷ける容姿だ。

傍から見れば普通に歩いているが、蓮は違う感想を抱いた。

───つまんなそうにしてるな。

記憶より少し幼さが残るその少年から目が離せないでいると、向こうもこちらに気づいたのか伏せていた目線を上げる。視線が絡まり、数秒。

怪訝な顔をしていた少年が、何かに気づいたように視線を動かす。視線の先を追うと、祖父母の家の表札を見ていた。

『雨宮』と掘られた表札は先程とは何も変わっていないが、目の前の少年はそれで何か答えを得たらしい。

「……雨宮蓮?」

ふは、と笑いが込み上げる。

なんてところにいるんだ、アンタは。

どうやら怪盗として培ってきた勘は、今回は外れたらしい。

「また会ったな、明智」

あと数年早く出会えていたら。

そう言っていたのは彼の方なのに、本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

****

 

明智吾郎がそれを思い出したのは熱に魘されていた時、自宅としていた施設でのことだった。

自分の犯した罪から最期まで、キッチリ全てを思い出した明智は困惑した。死んだはずなのに何故生きているのかと。

熱で茹だる頭では考えは纏まらず、まず回復に専念しようとひたすら寝ると3日で完治した。体になんの異常もないことを確認してからの行動は早かった。

ここはどこか、今はいつか、そして鏡を見てわかったのだが何故か縮んでいる──探偵とは縮む運命なのか?

ここは幼い頃から住んでいた施設で、今は信じられないことに約5年前。縮んでいるのも当たり前だ、なにせ今の明智は中学校2年生になろうとしていた。

そして一通り調べ終わった後、明智がとった行動は

 

完璧な猫かぶりで養子にしてくれる人を探すことだった。

 

施設ではなかなか自由に調べ物ができず、まず施設を出て自由に調べ物ができる環境を作ることが良いと考えたのだ。何を調べてるって、もちろん実の父親の不正や、片手間程度に人探しである。

やがて猫かぶりに騙さ……目を止めて、是非にと言ってくれる夫婦に引き取られていった。

その夫婦の住まう場所が、八十稲羽だった。

「また会ったな、明智」

憎くて、恨めしくて、憧れて、嫉妬して。

かつてこの手で亡き者にしようとしたアイツがそこにいた。

確かに何年か前に出会えていたら、と切望したのは自分だし、探してもいたが、まさかこんなド田舎で出会うなんて思わなかった。

思わず顔を思い切り顰めた。

 

 

 

 

 

****

 

感動(?)の再会から一夜明け。

明智と蓮は朝から神社にいた。

結局あの後は祖父母に挨拶、荷解きとやることがある蓮が話し合う時間を取れなかった。

なので今日、わざわざ明智が迎えに行ったのだ。完璧な笑顔と共に蓮の友人だと名乗れば、蓮の祖父母は喜んで孫を外に送り出した。

「なるほど?つまり君が思い出したのは1、2週間前なんだ。僕は2ヶ月前かな」

「そうか」

「……そうかって、君、気にならないのか?何故こんな現象が起きているのか、何故二人で思い出した時期に差があるのか」

「そういうのは気にするだけ無駄というか、調べてもわからないからな」

そう言うと蓮は眠たげに大きな欠伸を1つした。昨夜は荷解きに思いの外時間がかかってよく眠れなかったのだ。

蓮は経験則から言ったのだが、明智は納得していないらしい。

「それより明智、お前まだ人殺してないよな?」

それよりってなんだ、それよりって。

大体そんなことを聞いてくるなんて、デリカシーの欠片もない奴だな。など、蓮には言いたいことは山程あったが。

嘘は許さないとばかりに真っ直ぐ明智を見るものだから、居心地が悪くなってしょうがなく答えることにした。

「殺してないし、ペルソナも覚醒してない。それでも僕が人殺しなのは変わらないけど、」

「それでも、今殺してないならやりようはいくらでもある。生きて、償うんだ。生きているから、償えるんだ」

「…………」

なんだこいつ。と、思っているのがありありとわかる顔をする明智に苦笑する蓮。

「明智の言う通り、過去に戻ろうがお前がやってしまったことは変わらない。だけど、やり直せるんだ。今度は、って思うのはいけないことじゃないだろ?」

「……今度こそ、とは思わないのか?」

「ないな、もうお前は獅童に復讐するにしてもあんな方法はとらないよ」

まるでそうであってほしいと祈るかのように即答を返す蓮に明智は顔を顰めた。

事実、獅童に対する恨みは変わらずあれど、誰かを殺す手段はするつもりがないのだが、それを蓮に間髪入れず見抜かれたのが不服だった。

「知ったような口ききやがって」

「知っているからな」

なんなんだ、こいつは。

さっきから落ち着き過ぎていないか?

先程の「調べてもわからない」という発言といい、慌てた様子がないし、まるで無意味だということを知っているかのようだ。明智は同じく『前回』の記憶を持った蓮が目の前に現れた時、それはもう驚いたのに、蓮にはそのような様子がない…明智のように表情に出ないだけかもしれないが。

肝が据わってるとかそういう次元じゃない、もっとなにか、そう、まるで老人と話しているような───。

そう考え込んでいると、視界にヒラヒラと手が映り込む。

「なあ、明智。聞きたいことがあるんだが」

「………」

「明智?おーい」

「…なに」

「お前、どこまで知ってる?」

「は?」

ヒラヒラと明智の目の前で手を振る蓮の言葉の意図が分からず聞き返す。

「『前回』のこと、どこまで覚えてる?」

「……獅童のパレスで、死んだところまでだけど」

「なるほど…じゃあ、明智から見て『俺』ってどんな奴だった?」

「さっきからなんなんだ、それを聞いてどうする」

「俺にとっては大事なことだ。無口だったとか、暗いやつだったとか、なんでもいいんだ…頼む、聞かせてくれ」

何故そうまでして聞きたいのか、明智にはわからない。わからないが……そこまで言うなら、彼にとって大事なことなんだろう。

それなら、遠慮なく、思いのまま、言わせてもらおう。

「お人好しの甘ったれ」

「………」

「困ってる人を放っておけないし、自分から厄介事に首突っ込んで痛い目見て、それでもやめない偽善者。どんな逆境でも諦めない馬鹿。口数は多くないけど無口というほどでもなかったね。暗いやつでもなかった。いつも何事にも一生懸命だったよ」

「……そうか」

フッと笑った蓮に、嫌味は通じているのだろうか。それとも、通じているからこそ笑っているのだろうか。

「それで?」

「ん?」

「それを聞いて、何がわかったんだい?」

「わかったことはある。が、お前に言ってもしょうがないことだから」

「あ"?」

馬鹿にされたようなので蓮の胸倉を掴もうとするが、するりと避けられる。明智は大きな舌打ちをして、もう一度胸倉を掴もうと…

「なあ明智、俺と友達になろう」

……したところで、ピタリと体を止めた。

今、目の前にいる男は、なんと言った?

確か直前に人のこと馬鹿にしておいて、それで友達になろうって?

俺と?お前を殺そうと、認知のお前とはいえ蓮を殺した俺と?友達に?

───馬鹿にしてるのか。してたな。

「テメェ馬鹿にしてんのか」

「まさか。本心からの言葉だ」

「馬鹿にされた直後に友達になろうなんて言われてもなるわけないだろ」

「馬鹿に……?」

「『言ってもしょうがないことだから』って言っただろうが」

「ああ、あれは…本当に、言ってもどうしようもできないんだ。言ったからといって現状が変わる訳でも、なにかヒントが得られる訳でもない」

「じゃあなんで聞いてきたんだ」

「言っても混乱するだけだし、聞かない方がいいぞ?」

そこまで言われたら、むしろ聞きたくなるのが人のサガである。明智は今度こそ蓮の胸倉をガッシリ掴み、真正面からその灰色の目を睨みつけた。

「言え、お友達ごっこはそれから考えてやる」

「………」

正面から見てる分、いつもより蓮の顔がよく見え、その目に色んな感情が乗っているのが見えた。

迷い、戸惑い、少しの諦念。

たっぷり数十秒考え込み、蓮は努めて簡単なことを言うように笑ってみせた。

「『前回』の記憶を持って時間を遡るのは、俺はこれが初めてじゃないってだけ」

その言葉に明智は最初、どういう意味かわからなかった。ゆっくり、噛み砕いて、それが言葉の通りだと気づいた時、息が止まるかと思うほど衝撃を受けた。

正しく、その時明智に電流走る、という衝撃だった。この現象を調べてもわからないと言われたことも、納得した。きっと自分でも調べたことがあるのだろう、そして無駄だったのだ。

しかし、それがさっきの質問とどう関係しているのかはわからなかった。

「……いろいろ聞きたいことはあるが、まずそれが聞いてきたことと何か関係があるのか」

「どの時期の明智かな〜って」

「わかるように話せ、お前そんなにコミュ障だったか?」

「……なんて言えば伝わるか…」

ポツリ、ポツリと、慎重に言葉を選びながら蓮は話し出す。明智は一言一句その言葉に隠された意味も逃さぬよう、静かに耳を傾けた。

「戻されるんだ、どうやっても。……お前が死んでから、色々あったけど地元に戻ることになって。地元に戻る電車に乗ると、いつの間にか時間が戻ってるんだ……俺が保護観察で東京に行くための電車に」

「………」

「何度か繰り返すうちに、疲れてきて。最近の俺は、お世辞にもお前の言う『何事にも一生懸命な俺』じゃなかったから……ああ、比較的最初の方の周回の明智なんだなぁって」

「きっと最近の周回の明智に聞いたら、真反対の印象が聞けると思う」と、淡々と語る蓮は……本人が言うように、とても疲れているように見えた。

知らず力を込めていた胸倉を掴む手をそっと外し、蓮を解放する。

どう反応していいやら、わからなかった。

蓮も反応を期待していなかったのだろう、軽く咳き込むと何事もなかったかのように「な、明智にはどうしようもないことだっただろ?」と明るく宣う。

……それが、これ以上なく不愉快だった。

胸倉を掴んでいた手を握り閉めて、蓮のボディに拳を捻り込む。顔ではなくボディというところがまた明智らしいところではあった。

「……っが、ぁ…!」

「ヘラヘラすんな、吐き気がする」

地面に倒れ蹲る蓮に、明智は憎々しげに吐き捨てた。痛みで涙が浮かぶ目で、明智を睨み上げる蓮に、明智も睨み返した。

両者一歩も引かない睨み合いの末……蓮は、知らず知らず涙をポロポロと流していた。

嗚咽を漏らし、拭っても拭っても流れ続ける涙に、明智は世話の焼ける奴だと溜め息をついた。

蓮の話が本当かどうかはわからない。確かめようもないし、明智には蓮曰く『最初の方の周回』の記憶しかない。

しかし、本当だとしたら、それは……なんて残酷な話だろう。同じ1年を繰り返すなんて、そんなの正気でいられない。

ヘラヘラ笑っていられるはずがないのだ。

痛みから泣いていた蓮は、だんだん今まで泣かなかった分を取り戻すかのように涙を零し続けた。泣き叫ばないのは、意地だろうか。

しかし泣かせておいてなんだが、こういう時は背中でも摩るべきだろうか。考えた末、明智はただ隣で蓮が泣き止むのを待つことにした。

しばらくすると、目を真っ赤に腫らした蓮が口を開いた。

「…久しぶりに泣いたらスッキリした」

「あんだけ泣けばな」

「お前ちょっとやり方が強引過ぎないか?」

「またその貼っつけたようなニヤケ顔晒したらぶん殴ってやるよ」

「……明智には…言われたくないな」

余計な言葉が聞こえたので蓮の頭を叩いた。涙は相変わらず流れてるし、お世辞にも綺麗とは言い難いが、さっきよりはマシな笑顔だった。

「なあ、明智。やっぱり友達になろう」

「お前ドMなの?」

「いや、本当はずっと、お前と友達になりたかったんだ。探偵王子のお前でもいいけどさ、素のお前と、ちゃんと友達になりたかった」

「……いいのかよ、俺で」

「うん」

そこに含まれるものに気づいて、また明智はそれはそれは長い溜め息を吐き出した。

「勝手にすれば」と言ったのは、彼への負い目があったから。でもとても嬉しそうに喜ぶ蓮を見てまた溜め息をついたのだった。

 



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2話

「明智ー」

「………」

「明智ーー」

「……」

「あーけー」

「……なんだい」

「おはよう明智」

「おはよう、あと先輩付けてね」

明智は辟易していた。何にって、今まさに隣に立って一緒に登校する構えを見せている男に。

どこから聞きつけたのか明智が世話になっている家に遊びにくるし、逆に自分の家に誘ってくるし、登下校の際も見かけたら駆け寄ってくる。

遊ぶといっても、スマホもゲーム機も互いに持っていないため、やってることは課題をこなしたり無駄話をするだけなのだが。

最初は何が目的だと勘ぐったりもしたのだが、すぐにやめた。蓮が友達になろうと言っていたのを思い出したからだ。

こいつは友達になろうとしてる。俺なんかと。そう思うと変に勘ぐるのは馬鹿馬鹿しく思えた。

以前の自分には、友達と呼べるような間柄の人間はいなかった。唯一それに近いものがあったのが蓮だったのだが、それさえ友達だからというより怪盗団に近付いて情報を得るためという打算にまみれたものだ。

それなのに。なんで、こいつは。

「明智、今日カレー作るんだが食べに来ないか?」

「本当は?」

「課題手伝ってくれ」

「なんで高校の問題はスラスラ解けるのに中学校の問題はつまづくのかな……」

「で、来るか?コーヒーも付けるぞ」

「……行こうかな」

………カレーとコーヒーに釣られる俺も大概馬鹿かもしれない。今更ながらに明智はそう気づいた。

「うわっ!」

ドタン!と転ぶ音がして目を向けると、男性が倒れて、手に持っていたビニール袋からコーラらしきものが転がり出ていたところだった。

明智は咄嗟に自分の近くまで転がったコーラを手に取り、蓮は男性に近寄って声を掛けていた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、ありがとうね」

蓮の手を借りて立ち上がった男性は恥ずかしそうにしていたが、見たところ怪我はなさそうだ。

明智がコーラを渡すと、「君もありがとう」とニッコリ礼を言われた。

「開ける時気をつけてくださいね」

「ゲッそうだった……あはは、ありがとう…君達学校だろ?気をつけて行ってらっしゃい」

引きつった顔をしながら男性は明智と蓮を見送ってくれた。さて学校に行こうと歩き出すとすぐ、蓮が止まった。

「蓮?」

「……なんでもない」

顔が、青い。少し具合が悪そうだ。

さっきまで普通にしてたのに突然どうしたのだろうか。いや、だからどうした。本人がなんでもないと言っているのだから放っておけばいい。

放って、先に行けばいい。

「……馬鹿が移ったか」

「明智?」

「こっち、ベンチがあるから。少し休もう」

「いや、明智は先に行っててくれ」

「いいから」

腕を掴んで強引にベンチまで連れていけば、蓮は観念したかのように大人しく座った。明智に苦笑を向けている。

「少し眩暈がしただけだ、すぐ治る」

ふと、思い出した。

怪盗団を嵌めるために一緒に行動していた時、蓮が「大丈夫」と言っていても心配していた蓮の仲間達。それを少し離れたところから冷めた目で見る明智。

あの時の自分は……羨ましかったんだと、思う。

心配してくれる仲間に囲まれて、正義のヒーローみたいな怪盗団のリーダーしてて。明智と同じ獅童に人生狂わされて、周りに厄介者扱いされて、なのに、こいつは。

「……」

「ほら、もう大丈夫だ」

そう言った蓮の顔色は、もう元通りになっていた。そう確認すると、明智は歩き出す。

「ありがとうな、明智」

その言葉には、舌打ちで返した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

それはゴールデンウィーク2日目のこと。

明智の自宅に一本の電話がかかってきた。

「吾郎、雨宮さんよ」と手渡された受話器に、蓮なのに家電にかけてくるのは珍しいなと電話に出ると、それは蓮ではなく蓮の祖母からだった。

「え……蓮が?」

『そうなのよ、そっちにお邪魔してないかしら』

「いえ、来てませんが…」

『あら、どこ行っちゃったのかしら……。あの子、泊まりに行く時は必ず連絡入れてたのに……ごめんなさいね、ありがとう。他を当たってみるわ』

「いえ…あの、僕も探してみるので、詳しく教えてもらえますか?」

しばらく話し、ピッと通話終了して思考を巡らせる。

蓮が昨日の昼から帰っていない。正確には、昨日の朝に見たきりいなくなってしまった。祖父母と朝食を一緒に食べて、昼食を食べようと探したところいなくなっていた。靴は全部揃っている、家には屋根裏まで探してもいない。

最近この平和だけが取り柄の町には、物騒な事件が続いている。殺人が2件、誘拐が1件、誘拐は被害者が帰ってきたらしいが。

それもあって蓮の祖母は電話越しでもわかるほど不安そうにしていた。今日帰って来なかったら警察に捜索願を出すそうだ。

あの馬鹿、何かに巻き込まれてないだろうな…。

「あら、どこ行くの?」

「ちょっと町中歩いてきます」

「気をつけて、いってらっしゃい」

「………い、いってきます…」

気恥ずかしくて走って家を飛び出した。

あの挨拶には、まだ当分慣れそうにない。

 

 

歩いて歩いて、時々人に尋ねて、あらかた町は見て回った。疲れたが、収穫はあった。

「クソッ……どこ行った」

少なくとも蓮は外には出ていない。

町中や学校まで見てきたが姿は見えず、目撃者もいない。靴も揃ってたというし、外に出た可能性は限りなく低い。裸足で出たらそれこそ人目を惹くだろう。

じゃあ家の中、いや違う。祖父母が家中探して見つからなかったのならいない。蓮の性格からしてどこかに隠れているイタズラという線もない。

じゃあどこにいる?まるで家の中で忽然と消えたような……。

歩きながら考えていたのがいけなかったのだろう、ドンッと誰かとぶつかってしまい、明智は尻もちをついた。

「うわっ」

「大丈夫か?ぶつかってすまない」

「いえ、大丈夫です……」

見上げると、高校生くらいだろうか。灰色の髪の男性がこちらに手を差し伸べていた。それを取らずに自力で立ち上がる。男性の連れだろうか、男女がこちらをみている…今日聞き込みをしてない人達だ。

可能性は低いとわかっていても、一応聞いてみることにした。

「あの、今日黒髪の癖毛の男子見ませんでしたか?身長は僕くらいなんですけど」

「うーん…俺は見てないな、皆は?」

「俺らも見てないぜ、人探しか?」

「今朝から連絡つかなくて…町中探したんですけどいなくて。最近物騒でしょう?心配なんです…」

ピリッと空気が張り詰めた気配がした。

この空気は知ってる。何か知っている、もしくは心当たりがある時のものだ。ようやく引けたビンゴに笑いたくなるのを必死に抑えた。

「あの、何か心当たりありませんか?」

「えっ!?えーと……」

「ごめんなさい、知らないの。見たら探してる事伝えるわ」

「…そうですか、ありがとうございます」

茶髪の女性が言い淀むのを、黒髪の女性がフォローした。しかしここで食い下がっても意味はない。この人達が蓮の行方を知っている確たる証拠もないのだ。明智が疑っているのは、いわば勘であった。

「僕はゴールデンウィーク中はこの河原付近で聞き込みしてるので、何か思い出したら教えてください」

「ああ、わかった」

灰色の髪の男性一行とはそこで別れた。

その日はあまり眠れなかった。

翌日、言葉通り昼頃まで河原付近で聞き込みをしていた明智に、話しかけてくる人がいた。

昨日の、灰色の髪の男性だ。

やっと来たか、という本心は隠してこんにちは、と挨拶した。

「昨日言ってた友達のことなんだけど、もう少し教えてほしい。なんでもいいんだ、こんな性格だとか興味のあったこととか、あと名前とか」

なんか最近似たような問答したな。

「ええと…名前は雨宮蓮で、性格はお人好しです。困ってる人を放っておかない、根っからの善人。どんな逆境でも諦めず自分の正しいと思ったことをする自由人。だから何か事件に巻き込まれてないといいんですが。興味のあったこと……こ、コーヒーとカレーとか…?」

今更ながらに蓮の趣味も知らないことに気付いた。だからといって蓮=コーヒーとカレーは酷いと自分でも思う。

「コーヒーとカレー?」

「彼のコーヒーとカレー、美味しいんですよ。弛まぬ努力の成果です」

それは事実だった。蓮の最初のコーヒーなんて、苦すぎて飲めたもんじゃなかった(飲んだ)が、回数を重ねるごとにどんどん成長する様はなかなか面白かった。最近では振る舞う人によって豆の配合を微妙に変えてるらしい。おかげで蓮の祖父母や明智の義両親はすっかりコーヒーにハマっていた。

カレーも、最初こそ激辛カレーを作りがちだったが、今では夕食がカレーの日は明智もご相伴に預かっている。これがまたコーヒーと合うのだ。聞いた話だと、昔の周回でルブランのマスターの免許皆伝を何度ももらっているので、今はそれを元に独自のカレーを模索中なのだそうだ。

「僕が知ってるのはこれくらいです、役に立ちそうですか?」

「ああ、もちろん。俺も積極的に探してみるよ、じゃあ」

「──そうは、させませんよ?」

去ろうとする背中をガシッと捕まえる。

ギョッと目を剥く灰色の目に、ニコリと微笑みかけてやる。

「心当たりがあるなら、連れていってください」

灰色の髪の男性─鳴上悠に連れられてきたのは、ジュネスというデパートだった。鳴上は迷いなくエレベーターに進み、屋上階のボタンを押す。しばらく待つと、屋上のフードコートの一角の机に、昨日見た男女が座っているのが見えた。

「ん、鳴上どうだった……って、昨日の」

「なんでここに?」

「心当たりがあるなら連れていかないと誘拐犯として通報するって言われて…」

実際は通報したところで証拠不十分でなんのお咎めもなく解放されるだろうが、思った以上に効果的だったらしい。

何か警察沙汰になると不都合なことがあるのだろうか。ボンヤリと静観していると、茶髪の男性が話しかけてきた。

「俺、花村陽介。お前は?」

「明智吾郎です」

「あ、そうだった、まだお互いの名前も知らないもんね。あたし里中千枝」

「天城雪子です、よろしくね、明智くん」

呑気だな、と思った。人が行方不明で、やっと手がかりを見つけたと思ったのに自己紹介なんてやってる場合か?

わかってる、これは焦りだ。それは明智にもわかっている。

鳴上には待っていてほしいと言われた。危険だからと。それを危険ならなおさら行くと突っぱねたのは明智だ。第一、昨日今日知り合った赤の他人を信じて待つなんて、明智には無理難題に等しかった。

「それで、連れていってもらえますか?」

「……本音を言うとね、待っていてほしい。本当に危険な場所なの」

「でもね、友達がそんな危険な場所にいるのに自分だけ待つのは出来ないっていう、君の気持ちはとっっってもよくわかる」

「だから、条件だ。連れていくから、俺達の指示に従うこと。これ以上は無理だと判断したら、すぐさま撤退する。いいか?」

「わかりました」

花村の提示した条件を、妥当だと了承する。

「じゃあ、行くか!」

屋上を出てどこに行くのかと思っていると、家電製品コーナーの大きなテレビの前で止まった。テレビで何をするのかと思う間に鳴上が素早く周りを確認して、人がいないことを確認するとテレビに手を伸ばした。

その手はテレビの画面に触ることなく、ずるりと画面に手が飲み込まれた。言葉を無くす明智に「あたしも最初そんな感じだったわ」なんて里中が感慨深げに呟く。

「里中もまだ2~3回しか行ってないだろっと」

テレビの中に姿を消した鳴上に続くように花村もテレビに突っ込んだ。傍から見たらシュールなことこの上ない。

「明智くんも、あたし達と一緒なら入れると思うから」

テレビに半身突っ込みながら手招く里中を不気味に思いながら、恐る恐るテレビに触れる。まるで水面に手を入れたようになんの障害もなく入った。

──あの馬鹿、見つけたら1発殴ってやる。

そう覚悟を決めて、体をテレビに入れた。

ふと、思い出す。

確か蓮の家にはこれより少しサイズが小さいテレビがあったな、と。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

テレビの向こうには、まるでテレビ番組のセットのような舞台装置があった。そしてそこには熊がいた。

「およよ、初めましてクマ!先生のお友達?クマはクマだクマ!よろしクマ!」

訂正、熊の着ぐるみを着た何かがいた。もはや熊なのかもわからないデフォルメのされ方だが、本人がクマと名乗っているから熊なのだろう。

「えっと……僕は明智吾郎、よろしく」

「ゴロークマね!」

やたらグイグイ来るこの熊の着ぐるみは何なのか、助けを求めて鳴上を見ると、苦笑してクマを宥めてくれた。

「すまない、クマはこの世界に元々いたやつなんだ。娯楽に飢えてるから新しく来た君にも積極的に絡んでくると思う」

「ま、ウザったいなら無視すればいいからな。それよりクマ、情報持ってきたぞ。これで本当にわかるんだろうな?」

「まーかせんしゃい!クマの鼻からは逃れられないクマー!」

「逃れてるからこうして明智が来たんだろうが…」

花村が呆れながらクマに話している間に、天城が明智に教えてくれた。このテレビの中の世界では無闇に歩くと危険なので、まずクマの鼻で蓮の場所を探知してから向かう。ただその探知に必要な情報が足りなかったため、明智から聞いた情報をクマに聞かせることで探知が可能になる…らしい。なにぶん天城達も初めてのことらしく、全てクマ曰く、になるらしい。あんな情報で本当に探せるものなのか?しかし今はそれしか手がかりがない。

その問題のクマは、花村と話した後しきりに周囲をクンクンと嗅ぎ回り、ビシッとある方角に向けて指を向けた。

「こっち!こっちから臭うクマ!」

是非クマには警察犬の訓練を受けることを勧めたいが、それは一旦置いておこう。

こっち、と示された方へクマが歩いてゆくのを皮切りに、それに続いて歩き出す。本当は一歩下がった距離から着いていきたいのだが、何故かこの世界は濃い霧が漂っていて、ピッタリと固まって行動しないと明智が迷子になる可能性が高かった。

「そういや聞いてなかったな、その雨宮ってやつと明智は学年いくつだ?」

暇つぶしとばかりに花村が問いかけてくる。正直こうなる予感があったから離れて着いていきたかったのだが、まあしょうがない。無理言って着いてきた自覚はある、それくらいは答えよう。

「僕が中2で蓮が中1です」

「中坊!どーりで見ない顔だと思った」

「雨宮くんに至っては、ついこないだまでランドセル背負ってた歳じゃん」

ランドセルを背負った蓮。

出会った時期にはもう卒業していたので見ることはなかったが、想像しても違和感を覚える。

蓮が持っているのは、モゾモゾと動くバッグが1番しっくりくる。

「そんな小さい子がここに……」

すいません、そいつ精神年齢貴女と同い年くらいなんですよ。とは、明智もさすがに言えなかったが。知らないところで小さい子扱いされている蓮に笑ってしまった。

「お、言ってたら着いたぜ」

花村の言葉に視線を前に向ける。濃霧でよく見えないが、どうやら目的地に着いたらしい。さらに近付いたら、明智にもボンヤリとその建物が見えた。

「刑務所……」

それを呟いたのは明智だった。明智しかそれがなんの建物か分からなかったといった方が正しい。

ただの学生には縁のないもの。明智がそれを知っていたのは、『前回』探偵をしていた関係で少し知っていただけだ。

一見なんの変哲もない建物だが、窓は鉄の棒が嵌められて逃げられないようになっている。いかにも、という出で立ちだ。

「新しい場所だ、皆油断せず行くぞ」

鳴上の言葉に、周りの空気がガラリと変わる。なるほど、鳴上がリーダーらしい。

戦えない明智を守るように鳴上達が周りを囲ってくれている。どこにそんなものを持っていたのか、武器まで構えている。……そういえば、このテレビの世界が危険だというのは聞いていたが、どう危険なのか聞くのを忘れていた。どう危険なのか知っていれば、丸腰なりに対処のしようがある。

あと単純に、武器まで持ち込むほどの危険がなんなのか、気になる。

「そういえば、危険って何がどう危険なんですか?」

「ああ、ここはシャドウっていう化け物が出る」

「シャドウ!?」

答えてくれた鳴上の言葉に被せるように驚いてしまった。首を傾げる鳴上に、慌てて謝って何でもないと取り繕う。

足は探索をしながら、頭は忙しなく動いていた。『シャドウ』…明智にも馴染み深い単語だ。ではここはパレスかメメントス?しかし明智の知るソレとは違うような…。

「言ってたらお出ましだよ!」

「シャドウクマ!」

その声に思考に沈んでいた頭を切り替える。顔を上げると、すでに明智とクマ以外は戦闘態勢に入っていた。

鳴上の前に何かのカードが現れ、それを握り潰すと背後から何かが現れる。あれは、あれは……。

「ペルソナ!」

思っていたものズバリを鳴上が吼える。

ペルソナ。ということはやはり、ここは明智の知っている異世界と似て非なる世界なのだろう。

鳴上のペルソナは素早くシャドウに接近し、制服姿のシャドウ─場所が場所なので看守なのだろうか─を真っ二つにした。

先を急ごう、と皆が進み出す。その中で明智は真剣な表情をしながら内心溜め息を出した。

護られるなんてガラじゃない。なのに自分がそれに甘んじているのは、ロビンフッドもロキもいないからだ。いたら単独で乗り込んでる。イセカイナビもペルソナもシャドウを暴走させる力もない自分は、惨めなほど無力だった。

刑務所の中は監獄のような雰囲気で、道の両側に壁に埋め込まれる形の牢獄があった。全体的に薄暗く、電灯は頼りなく薄青い光を放っていた。

「なんなんでしょうね、この建物。テレビセットから離れてない場所に刑務所って、ちぐはぐだ」

「ここは人の抑圧された心が作り出した場所クマ」

「抑圧された心?」

「悩みとかー、コンプレックスとかー、そういうのクマ」

歪んだ認知でできるパレスとはまた違うらしい。当たり前か、ここは認知の世界じゃない。

となると、ここは蓮の抑圧された心が作り出した場所ということになる。怪盗たる蓮と、刑務所の中の監獄。うーん、切っても切り離せない因縁である。

牢獄の鉄格子に見せかけた扉を何度か開けながら、時々出るシャドウは鳴上と花村が率先して蹴散らしながら進むと、広い部屋に出た。

「ここは……」

「なにもないな、先に進もう」

キョロキョロと見回しても広いだけで何もない。先に進もうと足を踏み出して、気づく。

進行方向に、何かいる。

さっきまでいなかったのに、何か…誰か、いる。

鳴上も気付いたのか、驚いた声をあげた。

当然だ、そこにいたのは、鳴上の後ろで控えているはずの──明智だった。

「僕…?」

夢か幻か、明智は逃避しかける頭を無理矢理引き戻してなんとか目の前の明智の姿をした何かを観察する。

背丈も服装も、今の明智の生き写しのようだ。だが、目が違う。その金色の目には覚えがある。散々見た色だ、忘れるはずもない。

「明智くんのシャドウ…!」

「下がれ、明智!」

背に庇われる明智に、可笑しくてしょうがないという嘲りの声が耳に届く。

『庇われる資格なんてないのにな?』

「!」

ぞわりと鳥肌が立つ。

なんだ、こいつ。喋るのか。

思えば明智は他人のシャドウは腐る程見てきたが、自分のシャドウは獅童の認知の自分以外見た事がなかった。ペルソナ使いのシャドウは出ないから当たり前といえば当たり前なのだが。

目の前に自分がいるのは、あの時のことを思い出して苦い気持ちになる。

『お友達ごっこは楽しいか?お前が与えられなかったモン押し付けられて、満足かよ』

「それは……」

『──反吐が出る』

明智の全てが、シャドウの明智を拒否しているかのような忌避感。口にする言葉を耳にするだけでも拒否反応が起きそうだ。

『今が満たされるほど、『前回』の俺が惨めになるなぁ。蓮を裏切って、殺して、獅童に処分されて。挙句また復讐のためにお友達ごっこ?ハハハッ我ながら酷いことを考えるもんだな』

「違う」

『何が違うんだよ。まさか本当に友情とやらを感じていた訳じゃないのに。蓮とこんなくだらないごっこ遊びしてんのは利用価値があるからだ。そうじゃなかったら誰があんなウザったい偽善者と一緒にいるか』

「違う、違う!!」

『違わねぇよ!!』

聞きたくないと耳を塞ぐ。わかってる、心当たりなんてないのならば堂々と否定すればいい、そんなことわかってる。

相手はシャドウ──つまり、もう1人の明智なのだ。

自分がそんなこと思っているなんて知りたくない、聞きたくなかった。

だって。だって、初めてだったのだ。なんの見返りも求めない親愛の情など、向けられたことがなかったのだ。

それを、あいつは当然のように差し出してくるから。自分もやらなければ、と。

『俺はあの時から全く変わっていない…ガキのように駄々を捏ねて、見たくないものは見ないフリ……それに比べてどうだ?あいつは変わったぞ?………置いて行かれる日も近いかもな』

置いて、行かれる。

そうなればきっと、明智はまた──。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ!!!

「お前なんざ、お前なんざ……」

「落ち着け、明智」

お前なんざ俺じゃねぇ。そう言いかけた時、優しく背中を叩かれる。

ハッと周りを見回すと、鳴上が明智を真剣な瞳で見つめていた。

「雨宮くんを助けるんでしょ?」

「あんなもん、タチ悪く暴走してるだけだ」

「私達もついてるから落ち着いて」

気付くと明智を護るように立っていた鳴上達が、心配そうにこちらを見ていた。その姿が、怪盗団とダブる。

「しっかりしろ、落ち着け……」

そうだ。シャドウは嘘をつかない。

誇張は多少あろうが、あのシャドウの言うことは明智の本心なのだろう。それは異世界でシャドウ相手に仕事をしていた明智が1番よく知っている。

………復讐に利用するためでしか友達を作れないなんて、知りたくもなかったが。

シャドウは、こちらを探るようにジッと見つめていた。

「…僕は復讐することしか生きる意味を見いだせない。それでいいと思ってた」

『………』

「でも、蓮は友達になろうと言った。僕のやってきたこと知ってるくせに、それでも友達になろうと言ってきた」

『利用価値があるから、了承した』

「それも否めない。僕には復讐しかないから。でも、それだけじゃなかったんだ。

一度裏切った。築いてきたものも、情も、全部捨てて。

だから今度こそ、蓮を裏切りたくない。あいつが許す限り、望む限り、今度こそ隣に並び立ちたいだけ」

『……くだらねぇ』

「そうだね、くだらない。でも、僕にはこれだけで十分だ」

それが、今明智が嘘偽りなく望むことだ。

隣に立って、くだらないことして、話して、出かけて、遊んで、喧嘩もして…。

蓮と一緒なら、そんなことも悪くないと思うから。

シャドウは呆れたような顔した。

「君は僕で、僕は君だね」

苦笑しながら認めると、シャドウは同じく苦笑しながら頷いた。

シャドウの体が淡く光を放ち、その姿が掻き消え、現れたのは白い義賊。大きな弓を手に持ちマントをたなびかせ、明智を見ている。その姿が1枚のカードに変わり、明智の前に降りてきた。

「おかえり、ロビンフッド」

明智の半身、その片割れ。『嘘』の仮面の帰りを、存外穏やかな心持ちで迎えた。

と、同時にとてつもない疲労感に思わず膝をつく。この感覚は覚えがある──ペルソナに覚醒するととてつもなく疲れるのだ。ということは……。

「明智、大丈夫か?」

「大丈夫です、それより今のは…」

「明智のペルソナだ」

鳴上の言葉にやはりと内心ほくそ笑む。

これで守られずに戦える。やはり守られるのは性にあわない。というか、1人で蓮を助けられるかもしれない。元々1人で行動する時が多いから、そっちの方が気が楽だ。

「今日はここまでだな、鳴上」

「そうだな」

「えっ」

「えっ?」

「もう帰るんですか?」

「ペルソナ覚醒して明智くんも疲れてるでしょう?」

「先に行きたいのはすっっっっごくわかるけど、ここは無理せず一旦帰ろ?」

里中の言うことももっともだ。現に明智の体は休息を求めて立つのもやっとなほどクタクタに疲れている。

一理どころか百理もあるが、家で不安な思いをしているだろう蓮の祖父母のことを考えると、1日も早く蓮を助けてとっとと帰したい。というか、恐らくペルソナを覚醒させていない蓮をこんなシャドウが普通に襲ってくる異世界に放っておくのは不安だ。

「僕はまだ行けます」

「気持ちはわかるけど……」

「明智、ここに来る時の条件覚えてるか?」

『これ以上は無理だと判断したら、すぐさま撤退する』

忘れてない、が。だけど……。

それでも何か言いたげな明智に、里中が「わかるわかる…」と神妙に頷いていた。

「落ち着けって、この世界は現実世界に霧が出ない限りはシャドウは大人しいから。だよな、クマ」

「そうクマよ。逆にこっちの霧が晴れる日は現実世界は霧に包まれるクマ。そうなったらシャドウは凶暴化するクマ」

「……つまり、現実世界に霧が出てこない限り蓮は安全?」

確認するように口にすると、皆一様に頷いていた。

「多分雨宮くんこの監獄の一番奥にいるだろうし、ここからまだ長いかもしれない。立つのもやっとでしょう?その体で行くのは無茶だよ」

「そーそー、雨宮くん助けるのに明智くんが倒れちゃ意味ないよ」

一番、奥。

今行くと言っても止められるだろう。押さえ付けられでもしたら抗う術がない。ならば、一度家に帰って休んで、明日また来ればいいか。里中の言う通り、ここで明智が倒れてたら意味がない。

そう自分を納得させて、皆に着いて退散する。

歩くのも辛い明智を気遣ってか、休憩も入れながらゆっくり進んだ。明智は鍛えよう……と心に決めた。

その道中、休憩していた時。ふと、思い出したように花村が話しかけてきた。

「なあ、明智」

「はい?」

「あー…お前の…シャドウが、言ってたじゃん、殺したって。………お前、この町に今起きてる殺人事件に関わってるのか?」

「ないです」

怖いほど真剣な花村が問いかけてくるのを、間髪入れず否定する。本当に関わりがないし、そんなことをしようものなら蓮が黙っていないだろう。

即答で返した明智に花村はポカンと呆けた後、破顔した。

「おう、そっか!……って、そんな即答されたらかえって怪しいぞ?」

「本当に違いますって」

「わかったわかった。ま、話したのがシャドウだしな。シャドウが話したことは深くは聞かない、暗黙の了解っての?お前が雨宮のために今必死なのはわかるしな」

「………そう、見えますか?」

「見える見える」

その言葉に明智は自嘲の笑いを浮かべそうになるのを必死に堪えた。自分も変わったものだ。一度死んで、文字通り生き返ったからだろうか。いつも苛んでいたイラつきや虚無感が和らいでいた。

……いや、生き返ったから、だけじゃないのは明智にもわかっていた。わかっていたけれど、認めるのは癪だった。




明智吾郎(中2)
死んだら逆行してた元高校生探偵。
この小説における蓮の相方。時間を遡った仲間であり、ライバル(蓮公認)
最近の悩みは蓮が鬱陶しいこと。蓮の前では嘘の仮面はつけてないから楽なんだけど、ちょっと一人の時間もほしい。
蓮と再会した後、この地域で売られてるコーヒー豆でいかに美味しく淹れられるかの実験台になった。ルブランほど良いコーヒー豆がないので最初はただただ苦かったが、最近は美味しいものを淹れられるようになったようで内心ホッとしてる。


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3話

この話の次でオリジナルの話は終わります。
以降はP4Gのストーリーに合流しますので、P4Gネタバレを避けたい方はどうか自己防衛をお願い致します。
ここまで読んでくださりありがとうございました。


ゆっくり体を休めて、翌日。元気を取り戻した明智は、ゴールデンウィーク明けの学校に登校した。さすがに元気なのに休んでテレビの中の世界に行くのは義両親の手前できなかった。

らしくなくそわそわと落ち着かない明智を、クラスメイトは「いつも一緒にいる1年の男の子行方不明らしいよ」と訳知り顔で話していた。田舎の連絡網早すぎだろ。授業にもイマイチ集中できなかったが、終礼のチャイムが鳴り次第さっさと帰宅して、着替えてジュネスに向かった。

一応ちらりと屋上に足を運ぶも、まだ誰もいなかった。確認したら、再び屋内に戻る。

テレビコーナーを見ると人はいなくて、これならテレビの中に入っても大丈夫そうだ。ペルソナを使える者はテレビの中に入れることは昨日クマに教えてもらってる。

あとは霧の中をどう進むかだが、それも昨日休憩中に教えてもらってる。メガネだ。クマがくれるメガネは霧を見通す特別仕様なのだそうだ。通りで明智以外の皆がテレビに入った途端にメガネを装着し始めたはずだ。

テレビに手を突っ込むと、水面に手を入れるようにずるりと入っていった。頭から慎重に、一応売り物だから傷を付けないようにテレビの中へと入っていった。

相変わらず霧に包まれて1m先も危ういが、どうやら昨日と同じスタジオに降り立ったらしい。入ってきたテレビの場所と出てくる場所は決まっているのだろうか、と思いながらどこかにいるクマに声をかける。

「クマくん!いる?」

「ゴロー!」

「うわぁ!?」

背後の存外近い場所から声が返ってきて肩を跳ねさせた。振り返ると目の前にクマがいて、更に驚いた。バクバクと鳴る心臓を落ち着けながら愛想笑いを浮かべる。

「やあ、クマくん」

「はれ?先生達は?」

「ああ、ちょっと僕だけ先に来たんだ。クマくんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

「なにクマ?」

コテンと首─もはや体全体─を傾げながらこちらを見るクマに、思った以上に御しやすいクマだとニコリと笑う。

「鳴上さん達がかけてたメガネ、僕も欲しいんだ」

「なーんだ、そんなことクマ!いいクマよー、ちょうど渡したかったところクマ」

そう言ってどこからか取り出したメガネを受け取る。白いフチなし─確かリムレス─のメガネだ。かけると、1寸先は霧だったのが一気に視界が晴れる。

「おぉ……」

思わず声が漏れる。ここまでだとは思わなかった。これなら霧なんてないようなものだ。「すごいね」とクマに言うと「照れるクマ〜」と照れ照れと顔をだらしなく緩めていた。

「あっそうだ、もう1つ頼みがあるんだ」

「はいはい!なにクマ?」

むしろこれが本題なのだが。努めてなんでもないことのように言葉を紡ぐ。

「昨日の監獄、あそこまで連れていってほしいんだ」

「えぇ!?そ、そりは……」

難色を示したクマに、内心盛大に舌打ちを零す。1人で行くことがいかに危ないかをさすがに理解していたらしい。

面倒だな……。

だが、最初からいつ来るかわからない鳴上達を待つくらいなら1人で行くつもりだった。

「ダメかな?」

「ひ、1人で行くのは危ないクマ…先生達が来るまでクマと待つクマよ」

「そっか……じゃあ僕はそこら辺ブラブラしてるよ」

「えっ」

歩き出した明智にクマが驚いたような声を出す。当たり前である、明智の足はしっかりと自分が答えなかったあの監獄に続く道を進んでいたのだから。

実はスタジオの中心にはテレビが安置されていた。明智は昨日霧で視界不良の中怪しく光るテレビの画面を目印に、どの方角に歩いていたかを覚えていたのだ。すなわち、テレビの画面に背を向けるようにまっすぐ。なんとも覚えやすい方角で助かった。

「ゴ、ゴロー!待つクマ!」

「なにかな?」

「ク、クマ、あっちが気になるクマ」

「ごめんね、僕こっちが気になるんだ」

足を止めることなくクマと喋る。

着いてくる気配を察知すると、なんだかもう面倒になって走った。

「ゴロー!?」

「ごめんねクマくん、鳴上さん達によろしく言っといて!」

自分を呼ぶクマの声がどんどん遠くなる。

走ってるとあっという間に刑務所の外見の監獄に到着した。後ろを見るとクマはもう見当たらず、それを確認すると気を引き締めて扉を開けた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

監獄を進むと当然シャドウに襲われたが、基本は走って避けたり、どうしても戦わなければいけない時はペルソナで対処した。

ペルソナ召喚は気力と体力が必要なのだ、まだ最奥までのルートを確保できていない現状では戦いは最小限に留めたかった。

「射殺せ、ロビンフッドォ!」

召喚されると同時に大きな弓に矢をつがえて放つと、文字通り射殺されたシャドウが霧散した。

ペルソナを戻して昨日と同じルートを辿ると、30分ほどで昨日シャドウの明智と対峙した広間に辿り着いた。

持参したお茶で喉の乾きを潤していると、思い出すことがある。『前回』怪盗団と行動を共にしていた時、セーフルームでコーヒーとカレーを振る舞われたことを。どこから取り出したのか水筒と魔法瓶で出張ルブランだと蓮に言われた時は正気を疑った。ゾロゾロと一列に並ぶ怪盗団の仲間達に、今度は自分の正気を疑った。

ふっと懐かしさに顔に笑みが浮かぶ。

まだそんなに昔というほどでもないのに、もう随分と懐かしい。今なら、あの当時決して受け入れられなかった感情を素直に受け入れられる。

……楽しかったな。

「……よし」

喉は潤った。気合いも入った。休憩は終わりだ。ここからは初見の迷宮だ、気を引き締め直す。

広間から続く階段を登ると、一見して変わらず牢獄が続く通路があるように見える。通路を進みながら違和感を抱き、やがてその正体に気付く。

牢獄の中に、処刑道具が入っていた。

それはギロチンだったり、電気椅子だったり、首吊り縄だったり。ギロチンは時々刃が降りたものがあり、しかし血痕は見えなかった。

ギョッとしながら何故こんなものが蓮の抑圧された心で出来たこの場所にあるのか考えたが、わからなかった。

あいつ、自殺願望でもあったのかよ……。

時折扉かと思ったらだまし絵だったり、宝箱があるだけの部屋に繋がっていたりもしながら、そこまで難解な仕掛けもなく大きな階段の前まできた。

「この先が、最奥か……」

あきらかに階段の先から今までと違う空気が漂っている。ピリピリとした緊張感が肌を刺す。

道中のシャドウは徹底的に避けたため気力も体力も十分、蓮をぶん殴るという気合いも十分。

「待ってろよ……」

二重の意味で。

階段を登りきると、広い部屋に出た。

今までの通路は薄暗かったが、ここは明るい。窓から月明かりが差し込んでいる……いまはまだ夕方のはずなのだが。

あまり物は置いておらず強いて言うならド真ん中にドンと置いてある巨大なギロチン……。

「待て待て待て!!!蓮!?」

なんとギロチンにかけられているのは探していた蓮だった。これは突っ込まざるをえない。キランと月明かりを反射して輝く刃の下に、無防備に首と手を晒している。顔は俯いていて見えないが、声にも反応しないから気絶しているのだろうか。

すぐに駆け寄ってまず安否確認。

よかった、息してる……。

まずはそれにホッとして、次いでギロチンから解放しようと観察する。幸い手の拘束自体は簡単に外せそうで、カチャカチャと弄れば外せた、さあ次は首だと手をかけようとすると……

 

チャキ

 

……頭に、固いものを押し付けられる感触がある。覚えのあるそれに、一気に冷や汗が吹き出す。ピタリと止まった明智の体に、クツクツと笑いを浴びせる何か。

「ソレから離れろ、ショーが始められない」

ドスの効いた声でも、不快な声でもない。

でもどこか、強制力のある声。

……どこかで聞いた声だ。

そろりとゆっくり体を動かし、ギロチンから離れる。少し離れて振り向き、脅した張本人を視界に入れる。

癖の強い黒髪。顔の上半分を隠すドミノマスクから金色の瞳が愉しそうに覗いている。口元は不敵に弧を描いている。黒のロングコートに、真紅の手袋が映える。

「ジョーカー……」

正しくはシャドウなのだろう。

けれどその姿は、瞳の色以外在りし日のジョーカーそのものだった。聞いた事ある声なのも納得だ、つい4日前まで毎日聞いた声なのだから。

『久しいな、明智』

「……そうだね、本当に久しぶりだ。君、今メメントスでシャドウ相手にカツアゲするノリだろう」

『そう睨むな』

クスクスと笑うシャドウを横目に、さてどうするべきかと思考を巡らせる。自分も蓮も危ない。残念ながらこのテレビの中の世界はパレスやメメントスと違って身体強化なんてないから弾避けなんて芸当はできない。蓮は首を拘束されており、シャドウのすぐ傍にある縄を切れば繋がっているギロチンの刃が落ちる。せめて蓮の拘束を解けたら、負傷覚悟で突撃できるのに。

「彼の拘束を解いてくれたり…なんて」

『無理な相談だな』

ですよね。

ペルソナで突撃かますか?でもなにかの衝撃で縄が切れたら…。手数が足りないな。

これは素直に鳴上達を待つべきだったかもしれない、と明智は少し後悔した。

鳴上達がいれば蓮の救助、シャドウとの戦闘を同時に行えるのだが。弱くなったものだと自嘲する。たった1人抱えただけで、こんなに身動きが取れなくなった。

『弱くなったな、明智』

「ほんとにね、僕もそう思うよ」

『拘束を解くのは無理な話だが、目覚めさせるのはできるぞ?』

「えっ」

『起きろ』

「……ぐっ!?」

シャドウの振り下ろした足に脇腹を蹴られた蓮が、呻きながらモゾモゾと動く。

手が動き、首が動かないことに気付いて、動かないなりに理解しようと周囲を見渡す。

「あけ、ち」

「蓮、無事かい」

「……なんとか」

4日も飲み食いしていないせいか、ガサガサの声に自分で驚いているようで、喉元に手をやろうとして拘束されていることに気付いたようだ。ノロノロと首を動かしこちらを見ると、明智と対峙しているシャドウに驚いた声を上げる。

「俺…?」

『俺はお前で、お前は俺だ。ああそうとも』

忌々しいとでも言うように、シャドウは銃を降ろしながらナイフを取り出し、縄に這わせる。

もう明智なんて眼中にないとでもいうように、あっさり明智を解放した。

『よかったな?長年の願望がついに叶う』

「なに、を」

『何を?これは俺が望んだことだ。繰り返される1年に飽きた俺が、最終的に逃げた救いだ』

「ちがう……」

言葉で嬲るように、真綿でゆっくりと絞めるように、シャドウは蓮に毒を吐く。ペルソナを召喚しようとすると、這わせたナイフがゆっくりと縄に食い込む様子に、盛大に舌打ちをして召喚を止める。どうやら明智ことも警戒しているらしい。

『疲れた。飽きた。皆が求める怪盗団のリーダーであることにウンザリしてた。どんなに強固な絆を結んでも忘れてしまう仲間達なんて大嫌いだ』

「ち、違う…」

『何が違う。本当は辛い。痛いのもしんどいのも、忘れられるのも、もうたくさんだ。放っておいてほしい。眠らせてほしい。終わりにしてほしい。救ってほしい。助けてほしい。

………殺してほしい」

息を呑む。どうやってこの状況をひっくり返すか思考していた頭が止まる。

知らなかった。そんなこと、考えてたのか。

暴走したシャドウの言葉を一から十まで信じる訳ではないが、あれもまた蓮の本音なのだろう。

シャドウは、嘘をつかないから。

『だからこうして舞台を整えてやったのさ。世間を騒がせた心の怪盗団、その成れの果ての公開処刑ショーだ!大衆も盛り上がると思わないか?それとも……過去だから誰も見向きもしないかな?』

「違う……そんな、こと…思ってない!!」

『言っただろう、俺はお前だと。今のお前は反逆の牙も腐り落ちた、ただの凡人だ。せめて終わりくらい、華々しく散ってくれよ?』

「っ……!お前なんて…」

嫌な予感がした。

自分のシャドウを否定するとどうなるか明智にはわからない。ただ、良いことにはならないだろうということだけはわかった。

「蓮、だめだ!」

「お前なんて、俺じゃない!!」

『その言葉を待っていた!!』

ザクッと音がして、シャドウがギロチンの縄を切る。

スローモーションがかかったかのように、全てが遅く感じた。叫んだ声は、音となっていただろうか。

ギロチンの刃が、蓮に迫って、そのまま、

「イザナギ!!」

明智の横を風が通り過ぎる。

思わず目を瞑り、風が収まって恐る恐る開くと。

「蓮!」

迫っていたギロチンの刃を、寸でのところでペルソナが止めていた。あれは鳴上のペルソナだ。振り返ると、階段から走ってくる鳴上達が見えた。

追いついてきてくれたのか。

そのまま鳴上のペルソナがギロチンの上半分を破壊して刃を取り除き、拘束されたままの蓮を明智のもとへ運んでくれた。受け取ると鳴上の元へ帰って行く。

「大丈夫かい?」

「だいじょ…けほけほ」

「今外す」

どうやら喉が乾き過ぎているらしく、軽く咳き込む蓮の拘束を外しにかかる。

「外れたよ」

「あり、がとう」

とりあえず喋りにくそうなので明智はカバンからもう1本のお茶を出して蓮に渡す。

ぐびぐび飲む蓮を横目に明智は今の状況を把握しようと周囲に目を走らせた。

鳴上達は自身のペルソナを召喚して何かと戦っている。

鎖で体をグルグル巻きにされていて、赤い装束を身にまとっている。顔には不敵な笑みを浮かべながら、鎖からはみ出している翼でペルソナの攻撃をスイスイ躱していた。

それは、どこか蓮のペルソナであるアルセーヌと似ていて……。加勢に行くべきかと考えていると、自分の名前を呼ぶ声に気付く。

「ゴロー!」

「クマくん」

「ゴローひどいクマ!1人で行くなんてー!」

「ごめんクマくん、その話は後で。アレは何?」

アレ、と言いながら鳴上達が交戦中のものを指すと、クマは答えてくれた。

「アレはシャドウクマ。たぶんそこの黒髪の子のシャドウが、本体に拒絶されて暴走してるクマよ」

やはり自分のシャドウを拒絶するとろくなことにならないのか。蓮はだんだん状況がわかってきたのか、申し訳なさそうな顔で黙っている。言いたいことは山ほどあるが、まずは鳴上達に合流して加勢しようと立ち上がる。

「クマくん、蓮頼むね」

「任せるクマ!」

「すまない、明智」

「後で覚えてろよ…ペルソナァ!」

ロビンフッドを呼び出して鳴上に合流すると、シャドウに苦戦していたらしく加勢に入った。

「ロビンフッド!」

明智の指示にロビンフッドが祝福属性の攻撃を仕掛ける。避ける素振りもなく攻撃は吸い込まれるように命中した。

ガキン!!

弾かれる音がしてロビンフッドの放った攻撃が跳ね返ってきた。まさか跳ね返ってくるとは思わず、慌てて避ける。

祝福反射!?

「こいつ、氷結も反射するよ!」

「さっきから弱点が見つかんねぇ!」

「速い……!」

里中と花村が悲鳴のように叫ぶ。天城のペルソナが爆発を起こすがそれも躱される。

縦横無尽に飛び回るシャドウは、ケタケタと愉しそうに笑う。正直、目で追うのもやっとだ。

『我は影、真なる我…』

「イザナギ!」

「いっけー!ジライヤ!」

鳴上と花村のペルソナが攻撃するのをまたしても躱して、挑発するように笑う。

………躱す?

「ロビンフッド!」

試しにロビンフッドにもう一度祝福属性の攻撃をさせると、躱す素振りも見せず反射させてきた。わかっていたので難なくそれを明智も躱す。1つの仮説が浮かび上がった。

「里中さん!」

「えっなに!?」

「氷結属性の攻撃をした時、ヤツは躱していましたか?」

「へ?いや、受け止めて反射されたけど…」

「それと、皆さんこの戦闘中にダメージは受けましたか?」

その問いに、鳴上達はお互いに目を合わせ、互いに首を横に振った。

「あいつからはなにもされてないな」

「確かに…」

「私も」

「攻撃手段がないとか?ほら、あんなに鎖で簀巻きにされてたら殴れないし」

里中が思いついたと言わんばかりに放った一言に、全員の視線が里中に集中する。いきなり注目されて里中は訳がわからないように慌てた。

「へ?何かおかしなこと言った、あたし!?」

「いえ、案外そうかもしれません」

「どういうことだ?」

「まずこちらの攻撃ですが、躱すってことは多少なりダメージがあるのかと思って。現に、反射する属性の攻撃は躱さず受けていました」

「そっか、躱すってことは受けたくないってことだもんね」

「次にあちらの攻撃ですが、里中さんの言う通り、攻撃手段がない、もしくは攻撃するのにタメが必要なのかもしれません。よくあるでしょう、大技だけど発動まで時間がかかるって」

里中と花村が関心したように「へー!」と声を出し、天城が納得したように頷く。鳴上だけは理解したのか難しい顔だ。

そう、これではいつまでも平行線だ。

仮にシャドウの攻撃手段がタメる必要があると仮定する場合、こちらが攻撃する限りタメができない。だがこちらも攻撃が当たらず躱される。どちらにも決定打がない。

今こうして話している間もペルソナ達がシャドウを相手にしているが、正直いつまで持つか。

せめてあの異常に飛び回るのをどうにかできたら……。考え込み、眉間に皺が寄る。

「明智、明智!」

蓮の声がして振り向く。蓮がクマに支えられながらこちらに来ていた。どうしたのだろうか。

「明智、俺わかった。あいつがなんであそこまで攻撃躱せるか」

「……なに?」

「たぶんあいつ、俺が『前回』使ってたアルセーヌのスキル全部使える。氷結反射も祝福反射も付けてた覚えがある」

目を見開く。それは大きな情報だ。

似てる似てるとは思っていたが、まさかペルソナのステータス全てを反映しているのか。

「異様に躱すのが上手いのはアリ・ダンス覚えてるからだし、攻撃してこないのはタメが少しいるから。当たってるよ、明智の推理」

「……その、攻撃って?」

「……万能ブースタとハイブースタ込のメギドラオン…」

「………」

「ごめんて……」

思わずジト目で睨むと蓮がしょんぼりと謝ってくる。許さんからな。

どうしよう、勝てるかこれ。とりあえず攻撃の手を緩めることは絶対にできなくなった。

「あと、あいつの動き止める作戦も思いついた」

「へえ?聞かせてもらおうか」

「わかった…なんだか明智とこうして作戦会議できるの嬉しいよ」

「いいからさっさと話せ馬鹿」

緊張感のないやつだと頭を叩く。

それでも蓮は楽しげにクスクスと笑ってた。

 

 

 

 

****

 

明智に作戦を伝えると早速前線に戻っていった。こういう時自分のペルソナがないのが歯痒い。蓮がソワソワしていると、自分を支えてくれてた謎の着ぐるみXが気遣わしげに見てきた。

「無理しちゃダメクマよ」

「大丈夫だ、えっと……クマ?」

「クマはクマだクマ。君はゴローが言ってたレンクマね?」

「そうだ。よろしく、クマ」

謎の着ぐるみXはクマというらしい。なんとものんびりした自己紹介だが、前線でへは決定打のない戦いが続いていた。

「イザナギ!」

飛び回るシャドウをイザナギが追いかけ回している。特定の場所に追い込むように、じわりじわりと。

「今だ、ジライヤ!」

決められた場所までイザナギがシャドウを追い込むと、シャドウの近くに風の渦が出現した。逃げようとするシャドウをイザナギが阻む。場所が部屋の隅っこなこともあって、さすがに逃げ場所がないようだ。

翼があるってことは、風の影響を少なからず受けるんじゃないか。例えばそう、竜巻とか。

案の定、勢いの良い風に煽られてシャドウは上手く飛べなくなっている。これで逃げることも躱すこともできなくなった。

「明智!」

「やっちまえ!」

「逃げ道確保、ヨシ!」

「雨宮くん、乗って!」

別行動だった女性陣が戻ってきて、茶髪の女性に促されて背に体を預ける。高校2年の記憶を持つ男が同い年くらいの女性に背負われるのはいささか格好悪いが、今は中1だしと自分に言い訳をする。

「射殺せ、ロビンフッドォ!」

背負われている蓮以外が入口に全力ダッシュを開始する。残されたのは体勢を立て直しきれていないシャドウと、タメに入ったロビンフッドだ。

まあ、射殺せなんて言って実際は魔法攻撃なんだけどな。そこはご愛嬌だ。

周りが巻き込まれないように必死に走っているのを横目に、のんびりと蓮は思った。

───そして、目に痛いほどの光が辺りを照らし、メギドラオンが発動した。



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4話

オリジナルの話、終わりです。
次回からP4Gストーリーに合流します。
そして、私が書き溜めていたストックも終わりです。
これからは今までのような頻度では更新できません。
予めご了承ください。


「全員、無事ー……?」

「なんとか…」

「威力ヤバ過ぎだろ、アレ…」

 

全員がゼェハァと息を整えている中、里中に降ろしてもらった蓮は周囲をキョロキョロと見回す。物の見事に全壊している刑務所に、ぼんやりと立つ者がいる。

目当てを見つけた蓮は力の入らない体を引きずるように、しかし一歩ずつ瓦礫の山を歩く。

時々瓦礫に足をとられながら辿り着くと、シャドウの自分の目の前に立った。

 

「……いつからだったかな、お前を使わなくなったのは」

『………』

 

問いに答えるでもなく、ぼんやりとこちらを見つめるシャドウに、別に答えてほしい訳でもないので構わず話し続ける。

 

「いつもお前は俺の傍にいてくれたよな。それをすっかり忘れてた。今俺がすべきなのは、終わりを望むことじゃなく、少しずつお前と向き合うこと、だよな。

気付くのが遅れてごめんな、アルセーヌ」

 

ぼんやりと蓮を見ていた瞳に意志がこもりはじめる。無表情だった口元は口角が上がり、不敵な笑みを作る。

それと全く同じ表情を、蓮もしていた。

終わりたい、楽になりたい、そう思う自分が嫌いだった。それは、皆の求める俺らしくない。そう思ってた。でも、そうじゃない。

 

「俺はお前で、お前は俺だ。もう忘れない」

 

思ってもいい。きっと、諦めなければ、いつか。

満足げに頷くシャドウが淡く光る。姿が消え、赤い装束にシルクハットを被った怪盗紳士が現れた。見下ろされる視線に、蓮も見上げて応える。

その姿がやがて一枚のカードに変わり、蓮はそれを受け入れた。

 

「これからもよろしく、アルセーヌ」

 

急速に襲い来る疲労にガクリと膝から崩れ落ちそうになるのをグッと耐える。伊達に毎周ペルソナ覚醒させてから学校に登校してない。要は慣れだ。

 

「蓮!」

 

背後から明智の声がする。

振り返るとそこには、拳が迫っていた。

避けることも出来ずに、頬で受けた。

 

「がっ!?」

 

せっかく膝を付かなかったのに、殴られて背中から倒れ込んだ。背中にゴツゴツの瓦礫が食いこんで痛い。痛みで呻く蓮に、ゆらりと明智が歩き寄る。

控えめに言って怖い。直感でヤバいと感じる。

 

「明智……?」

「柄じゃないことだけれど」

 

見上げた明智の顔は、色んな感情を煮詰めたような、複雑な顔をしていた。拳を握りながら、明智は口を開く。

 

「お前とは1回、こうした方がいい気がして」

 

そう言ってまた、明智は殴りかかってきた。力が入らない体では避けることも出来ずに腹に直撃する。

 

「なんなんだよ、お前!なにが友達だよ馬ッッッッ鹿じゃねぇの!?俺はお前裏切ったんだぞ!!お前に全ての罪ひっ被せようとしたんだぞ!?そんなやつと友達になろうとかお前正気か!?」

「えぇ……」

「お前が付き纏うようになってから散々だ!会うたびに負い目や引け目感じるし一人になる時間がほとんどないし!避けると探すし!ストーカーかよ気持ち悪ぃんだよ!!俺に構うな!!」

 

怒涛の明智の言葉に唖然とする蓮に構わず、明智は尚も言い募る。

 

「へらへらへらへら笑って済ませやがって!本音は隠して、それがお前の言う友達か!?………やり返せよ!!言われっぱなしのお前じゃないだろ!!」

「…じゃあ言わせてもらう!!」

 

売り言葉に買い言葉という訳でもないのだが、蓮は乗ることにした。明智が蓮に言いたいことがあったように、蓮にも明智に言いたいことがある。それこそ、まさに積年の思いが。

 

「毎回毎回どれだけ手を尽くしても死んでいくお前を見る俺の気持ちがわかるか!さっきだって気軽に銃向けられるなよ、心臓止まるかと思った!!」

「誰も好き好んで銃向けられてねぇよ!」

「校長も奥村社長も助けることはできる、だけど!お前だけは!助けることができない!親しいやつを救えないとわかった俺の絶望がお前にわかってたまるか!!」

「知ったこっちゃねぇよ、諦めろ!」

「お前は怪盗団のこと聞き出すために近付いたかもしれないけど、俺は普通に友達だと思ってるんだ!!諦められるか!!」

 

口論はやがて殴り合いに、ついにはペルソナまで召喚しての大喧嘩になった。蚊帳の外だった鳴上達が止めるのも聞かずヒートアップしていく喧嘩に、高校生組はお手上げ状態だった。

 

「ねえ、どうしよう!すごい怪我してるよ!」

「早く止めないと…でも2人のペルソナが強すぎて手が出せない!」

 

慌てふためく女性陣に、男性陣はずいぶんと落ち着いた様子で事の成り行きを見守った。もちろん危険だと判断したら全力で止めるつもりだが。

 

「男にはな、殴り合いでしか語れねぇこともあるんだよ…」

「>そっとしておこう」

「友達友達って、なんでそんなに俺にこだわるんだよ!友達ならいっぱいいるだろうが!」

「お前と!友達になりたいからだ!!他に友達がいるのと明智と友達になりたいのは関係ないだろ!というか俺は友達だと思ってるって言ってるだろ!!」

「……一応天城に回復準備してもらうかぁ」

「そうだな。見事なクロスカウンターだ」

 

結局そのまま大喧嘩はたっぷり1時間は続いて、最後は体力の限界を迎えた蓮が気絶して幕を閉じた。2人は天城のペルソナによって怪我を治療され、そのまま解散となった。

気絶した蓮は鳴上が背負い、明智の案内で家に帰された。蓮の祖父母が大騒ぎだったのは言うまでもない。どこで見つけたのかと聞かれたが、明智が適当な場所で倒れているのを見つけ、通りがかった鳴上が運んだことにした。

そして明智は鳴上と別れ、家路についた。

昨日と同じくらい、下手するとそれ以上にクタクタだったが、不思議と気分は晴れやかだった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

目覚めたと連絡がきて、明智は蓮の家に向かった。蓮の祖母から飲み物を2人分もらって、勝手知ったる様子で部屋に着く。事実、たまに泊まったりしてるので勝手は知ってるのだが。

ノックをして、返事を待たずに入る。

蓮は眠たげにしながら、別段気にした様子もなく明智を迎え入れた。

 

「眠い…」

「もう昼だけど」

「わかってる…」

 

なんとものんびりとした雰囲気だ。数日前殴り合いの大喧嘩をしたとは思えない。が、今回の件はその殴り合いの時のことだ。単刀直入に聞こうと、明智は口を開く。

 

「先日の件だけど」

「うん」

「君がどうしてそんなに僕に執着しているのか、気になって」

「……友達だから」

「度が過ぎてる。『毎回』僕を助けようとしてるんだろう?」

「かれこれ百周以上は」

「ひゃく……」

 

口元がひくりと引き攣る。

つまるところ、こいつの心は一年を百回以上繰り返してる訳だ。パレスでもできそうだ。

 

「最初は、小さな違和感だった。デジャブって言うのか、聞くこと成すことなんだか既視感があって。だんだんこうするとどうなるとかの未来もわかるようになって、ついにははっきりと『前回』の記憶を思い出して。

それで気付いた、今の俺は記憶を取り戻す前に数え切れない程の高校2年生の一年間を経験してる。何千何万と繰り返される一年、その隙間に生じたバグが俺だ。さっき言った百周以上というのは、俺が記憶を取り戻してからカウントしたものだ。それ以上は数えるのも面倒になって数えてない」

「待て、思ったよりスケールのデカい話になってきた。……その記憶を取り戻す前の周回の記憶もあるのかい?」

「実感は薄いけど、あるな」

「うげぇ……」

 

嫌そうに顔を歪めた明智に蓮は苦笑いで返す。実際思い出した時は自分も同じような顔をしたのだからそれを指摘することもない。

 

「初めは戸惑ったけど、チャンスだと思ったんだ。お前と奥村社長と校長を助けられるって…生きて、償わせることができるって。奥村社長と校長は助けられたんだ、だけどお前…お前が……」

「無理だったと」

「おのれ明智……」

「逆恨みやめてくれない?」

 

ベッドに突っ伏して「おのれ明智…」と呪詛を吐き続ける蓮に、呆れたように明智はコップのお茶を飲む。要するに百回以上やって一度も明智を助けられなかったのだ。

自虐でもなんでもなく、一つの事実として自分に害を成した明智をそこまでして助けようとする蓮の心理がわからなかった。

……まあ、そこまでして助けようとしてくれることに何も感じない訳ではないが、それより先に不可解さがくるだけだ。

 

「で、なんでそこまで僕を助けようとするんだい?友達だからって、そこまで執着する?」

「…本当に、友達だからなんだ。明智が俺に近付いた目的は何であれ、俺は明智と遊んだら楽しいし、死んで悲しい。明智はどうか知らないけど、俺は友達だと思ってる。だから明智が死ぬ未来を回避したいと思うし、お前の犠牲無しでは俺の生きる未来がないのが腹が立つ。……ようするに、意地と反抗心だ」

 

「たぶんゲームで明智に対する俺の好感度があったら、MAXになってるぞ」と笑顔で語るが、目が笑ってない。文字通り年季が違う。

 

「そんなに僕、君になにかしたっけ?」

「特に何も。お前、猫被ってただろ。おかげでずっと苦手意識あったぞ」

「ひとの処世術にむかって失礼なやつだな」

「……けど、だんだん全部がそうじゃないって思って、確信が持てたのは獅童のパレスでだな。その時思ったんだ、素の明智と友達になりたかった、もっと話したかった、遊びたかった……他の皆とはこれからもできる、でも明智はもうできない。それは、悲しい。寂しい。惜しい」

 

目を細めて口を歪ませる蓮を見て、明智はぼんやり考えた。

なんだか……こうして聞くと、自分は案外悪くない最期を迎えたのではないかと思える。無念ではあったが、蓮がここまで惜しんでくれたなら、満足だ。……もっとも、蓮本人は満足していないようだが。

 

「明智」

「なに」

「お〜ま〜え〜さ〜ぁ」

「だからなんだよムカつくやつだな」

「頼むからいい加減救われてくれ」

「………そんなに情けない声出すくらい辛いなら諦めたら?」

「諦めようとした。けど、どうしても諦めきれなかった。なあ、お前言ってたよな、『誰かに望まれる為に』って。それ、俺じゃダメか」

「……は?」

 

聞いて、理解するのに少し時間がかかった。やっと絞り出した声は、さっきの蓮に勝るとも劣らないくらい情けない声だった。

それは、欲しくても手に入らなかったもので。それは、努力してきた理由で。

いきなりそれを差し出されて、及び腰にならないほうがおかしい。

 

「俺が、お前がいるのを望んでる。友達として、ライバルとして、隣に並び立つ存在として、お前がいることを望んでいる」

 

明智が本当に望まれたかった人じゃない。

明智が俺に求めるものと違うかもしれない。

でも、それでも。

蓮は明智に生きていてほしかった。それは、『望む』ということではないだろうか。

 

「……俺、人殺しだぞ」

「うん」

「何人もの人生をめちゃくちゃにした」

「そうだな」

「正真正銘の、悪人だ」

「そのとおりだ」

 

ポツポツと俯きながら話す明智に、蓮は短く肯定の言葉を返す。言い聞かせるように、少しでも蓮の心が伝わるように、祈りながら。

 

「お前は、真反対だ。人を助けて、救って、善人だ」

「いや?そうでもないさ。一歩間違えれば、俺も明智と同じような道を辿る。俺は、俺達はそういう存在だ」

 

初めて否定の言葉を返すと、バッと明智が俯いてた顔を上げる。その顔は、迷子の子供のようだった。

事実、自分達はそういう『対の駒』なのだ。違いは、出会った人達というだけで。

 

「だから、お互いに支えあうんだ。俺が間違ったことしそうになったら、ぶん殴って連れ戻してくれ。お前が間違ったことしそうになったら、蹴っ飛ばして連れ戻してやる」

「それが、お前の、望み?」

「明智が何に囚われることなくお前の望むことをするのが俺の望み。それが間違ったことならさっき言ったように無理矢理にでも連れ戻す」

 

だから安心して、明智は明智の道を行っていいのだ。隣で見てるから。

 

「………お前、人たらしって言われない?」

「誰が呼んだか、魔性の男なら言われたことある」

「言い得て妙だと思うよ」

 

明智は深く深く息を吐き出した。それはただの溜め息ではなく、緊張を解そうとしたものだった。

それに蓮は不敵に笑う。『駒』やら『ゲーム』やらなんてもう知らない。明智は頂いていく。自分は怪盗なのだから、なんらおかしいことはない。今ここで、明智と悪神を繋ぐ糸を断ち切る。

 

「で、どうだ?俺じゃ力不足?」

「顔と言葉が一致してないんだよ。わかった、わかったから。力不足じゃないから、一旦ほっといて」

「よし、一緒に『約束ノート』作ろう」

「話聞いてる?よしじゃないんだよ」

 

何かを言ってる明智は華麗に無視して、蓮はベッドから立ち上がり机の上からルーズリーフを取り出して明智の前でぴらぴらと振った。

 

「ネタ、考えよう」

「まずその約束ノートとやらを説明してもらえるかな」

「目標みたいなもんだ。本当はスタンプとか一言コメントとか付けるらしいけど、まあ今回はいいだろ。明文化した方が守らないとって意識も芽生えるし」

「女子かよ」

「女子から教えてもらったんだよ」

 

笑いながら「俺からな」とシャーペンを持ってサラサラと書く蓮。

 

『1.明智と一緒に獅童を改心させる

2.明智に嘘をつかない

3.何事も一生懸命やる

4.趣味を作る

5.明智を裏切らない』

 

「君って無趣味だったの?」

「以前はモルガナのブラッシングが趣味だった」

「ああ…彼今いないしね……」

「あの温もりと毛並みが恋しい……比喩じゃなく一日中一緒にいたからまだペットロスが抜けてない…」

「ペットって。というか、5個中3個僕のこと?」

「ああ、俺の場合明智との約束ノートだからな。嘘も裏切りもないって明確に書けば明智も安心するかなって。ほら、次明智。明智は普通に目標でいいからな、友達たくさん作るとか」

「馬鹿にしてる?」

「だって明智交友関係広く浅くだろ。政治家から小学生まで絆を結んだ俺を見習え」

「むしろ君の交友関係がおかしいっていう自覚持とうか」

 

「いーからいーから」とシャーペンを押し付けてきた蓮の勢いに押されルーズリーフに向き合ったが、特に書きたいこともない。そもそも書くことに同意してないのだが。

……まあ、いいか。さっさと済ませよう。

 

『1.獅童に復讐する

2.蓮を裏切らない』

 

「書いたよ」

「少なッ」

「うるさいな、今はこれくらいしか思いつかないよ」

「まあ、後で書き足してもいいんだ。俺に教えてくれた子もそうしてた。あ、でもこれは追加」

 

そう言って蓮は明智からシャーペンを奪うと、明智の約束ノートに勝手に書き足した。

 

『3.自分をもっと大事にする』

 

「勝手に書くなよ!」

「これは譲れない」

「僕は十分自分を大事にしてるけどね」

「いのちだいじに。心も大事に」

蓮はルーズリーフを大切に机の引き出しにしまうと、またベッドに腰掛けた。

……そういえば、まだ聞きたいことがあったのだった。

「君、仲間が嫌いになったの?」

「………」

 

無表情ながらに満足げにしていた蓮が、ピシリと固まる。聞かれたくなかった質問のようだ。しばらく固まって、やがて重々しく口を開いた。

 

「……嫌い、というより、虚しい」

 

まあ、そりゃそうだよな。いくら仲良くなっても、心を砕いても、絆を築いても、その周が終わればまた初めましてだ。それは、こいつには辛いだろうなぁと明智はぼんやり思う。

 

「あ、俺も明智に聞きたいことあった」

「え?」

「俺、お前から離れた方がいいか」

「はあ?」

 

藪から棒になんだと蓮を見る。

 

「俺はお前といると楽だし、楽しいからいるけど。お前が俺に負い目や引け目感じるのはお前の罪だ、どうすることもできない。けど、俺は明智に心の負担をかけたい訳じゃない。お前がやめろって言うならやめる」

 

蓮の申し出は願ったり叶ったりだ。引け目、負い目、劣等感…それを感じる回数も減るし、一人になりたい時だってある。そもそも一人で生きてきたから誰かと一緒に行動するということにまだ慣れてない。

………が、蓮といると楽なのは明智もだった。無理に取り繕う必要もないし、蓮と話すことは有意義だと感じる。

 

「『前回』と同じでいい」

「わかった」

 

そこら辺の適切な距離は、蓮が勝手に取ってくれるだろう。人との距離の取り方が上手いのだ。

 

「そういえば、なんでお前テレビの中の世界にいたんだ?」

「ああ、うちのテレビの前で足が縺れて、そのままテレビの中に落ちたんだ」

「馬鹿だろ」

「知恵の泉と呼ばれた俺を捕まえて何を」

「二つ名多すぎない?」




雨宮蓮
百回以上高校2年を繰り返している元怪盗団リーダー。
ステータスオールMAX、だが中学生の問題に悪戦苦闘してるのは高校の勉強は解いてた訳じゃなくて暗記してしまっていたから。高校2年に繰り返し見たものなら教科書の問題から買った本の内容まで諳んじれる。
幾千幾万と繰り返した中で生じたバグ。今の状態はゲームで例えるとプレイヤーが操作していた『主人公』がバグで勝手に動き出したようなもの。
自我が芽生える前のことも薄らボンヤリと覚えてる。全ルートの記憶あり。
自我が芽生える前も後も、唯一明智が救えなくてSAN値がピンチだったが今回の周で順調に回復中。
明智のひっつき虫だったのは目を離すと死ぬんじゃないかと怖かったから。殴りあって「こいつ早々に死なないだろ」と一応納得した。
繰り返し過ぎて少しダウナー気味だがやる時はやる。


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5話

正直これを書きたいがために小説作ったまである


6/16(木)

 

その日、蓮は祖父母に頼まれて食品の買い出しに出ていた。商店街でもたまに買い物をするが、特にこだわりがないならジュネスに行けば大抵のものはある。食品コーナー特有のヒンヤリした空気を感じながら、今日の晩ご飯は煮物か、と野菜コーナーに足を向ける。買う物リストに書かれた野菜を祖母に教わった通り吟味していると、近くにいた客の会話が聞こえてきた。

 

「カレーって何入ってたっけ?」

「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ…」

 

カレーかぁ……今のところカレーだけは自分が作っているが、将来自立して一人暮らしする時にカレーしか作れませんじゃ辛いものがあるだろう。なのでカレー以外のレパートリーも増やしたいと思って祖母からも教わっているのだが、どうしても和食がメインになる。祖母以外にも誰かに師事したいところだ。

 

「ピーマン、まいたけに…ふきのとう?」

 

考えながら野菜を選び、カゴに入れる。

カレーにピーマンやふきのとうを入れるとは、なんとも個性的だ。まあ、家庭によって違うのだな。

 

「ねー、千枝。カレーに片栗粉って使うよね?」

「…?そ、そりゃ、使うんじゃん?」

「使わないと、とろみつかないよね」

 

ん?カレーに片栗粉入れるのか?カレーは片栗粉なくてもとろみはついてるが、それでは足りないのか。まあそういうご家庭もあるか……。なんだか声の主の作るカレーに興味が湧くが、構わずにんじんをカゴに入れた。

 

「じゃあ片栗粉と…小麦粉もいるかな」

「こ、小麦粉って、あれでしょ。薄力粉と、強力粉?どっちだろ」

「強い方がいいよ、男の子いるし」

 

んん?カレーに小麦粉?

思わずごぼうを持ったまま固まってしまった。

 

「トウガラシ。辛くないと、カレーじゃないよね」

 

トウガラシ。まあ、カレーは元々ある程度辛いが、スパイスとして入れる人もいなくはない、のか?少なくとも蓮の周りにはいなかったが。

すっかり話を聞くことに集中していたことに気付き、ごぼうをカゴに入れた。

 

「いいやもう…らしい物、何でも買ってこ。

なら、キムチも買ってかない?あと、胡椒?」

「胡椒は白と黒があるよ?」

「お、さっすが、旅館の娘!とりあえず両方買おっか」

「そうだ…隠し味も要るよね」

「そういや、テレビで言ってたな…

確か…チョコ…コーヒー…ヨーグルト…。

あたし、好きなチョコあるんだった!

けどあたし、コーヒー苦手だから、コーヒー牛乳でいいよね?」

「…あ、魚介も混ぜる?きっといいダシが出るよ」

 

隣の主婦と目があった。彼女も野菜を取ろうとした手を止めていた。語らずともわかる、目で通じあって頷きあった。

 

(一体どんなカレーを作ろうとしているのか!)

 

もうダメだ、好奇心が抑えられない。

気になって買い物してた手を止めて聞き入ってた。あきらかにカレーの材料ではない。

作ろうとしているのは誰なのか、思い切って振り向いてみると、見えたのは見覚えのある人物達だった。

 

「……あれ、君は」

 

連れなのだろう、カートの傍でオロオロしていた灰色の髪の男性がこちらに気付いた。頭を軽く下げて挨拶すると、「元気になったんだな」と嬉しそうにニッコリ笑った。

 

「その節はお世話になりました」

「ああ、気にしないでくれ。明智とは仲直りしたか?」

「はい。あの、ところで…あの二人は……」

「……>そっとしておこう」

 

苦笑いで見守る男性に何も言えなくて、カレーと称したナニカを作ろうとしている女性二人に目を向ける。まだ材料を吟味しているようだ。

そこでようやく、恩人の名前を知らないことに気付いた蓮は、少し慌てて名乗った。灰色の髪の男性は微笑んで、鳴上悠だと名乗り返してくれた。

 

「赤い上着を着てるのが天城で、緑の上着を腰に巻いてるのが里中だ。雨宮のことは明智から聞いてるよ。夕飯の買い物か?」

「はい、先輩は……そういえば、なんで三人で買い物してるんですか?」

「ああ、明日林間学校なんだ。同じ班だから夕飯のカレーの材料を買いにきたんだ」

「カレー……?」

「……本人達はカレーの材料を選んでるつもりなんだ…」

 

頭が痛いとでも言うように手を額に当てる鳴上に、どうやら困っているようだと蓮は感じた。ここで「そうですか」と会話を切り上げて帰宅することもできるだろう。だが、蓮はそれを選ばないことにした。

 

「よければカレーの作り方教えましょうか?」

「え?……そういえば明智が君のカレーは美味しいと言ってたな、いいのか?」

「はい、というか大抵ルーの箱に書いてますから、まず材料を買いましょう。俺はカレーにはスパイスを使うけど、カレーなんて肉と人参と玉ねぎとジャガイモとルーがあればとりあえず作れますから」

 

いつも無言で食べてる明智が鳴上に味の感想を言っていたことに驚いたし詳しく聞きたかったが、これは置いておくとしよう。いつか俺の前で言わせる。決意を新たに、蓮は材料探しに向かった。背後から慌てて鳴上が追いかけてくる気配を確認しつつ、人参や玉ねぎを鳴上のカートにポイポイ入れる。

 

「ジャガイモは芽のところは取ってくださいね、毒があるので。あと、皮を剥いても表面に緑がかってたら、そこも剥いてください。芽と同じく毒です」

「わかった」

「ルーはこのメーカーがオススメです」

 

全部を食べ比べをした訳ではないが、カレーといえばこれだろうという有名なメーカーのルーを勧める。時間とお金に余裕があれば食べ比べしてみたいのだが。

 

「あ、このメーカーは知ってる」

「有名なんで、一度は食べたことがあるかもです。作り方も書いてあるので、とりあえずその通りに作れば問題ないと思います」

「ありがとう、助かるよ。料理はよくするのか?」

「カレーは俺が作ってますが、それ以外は祖母に教わってる途中です。祖母は和食中心なので、洋食の師匠募集中です」

 

冗談めかして言ったのだが、鳴上は目を瞬かせた後、「俺もなんだ」と笑った。

 

「俺も今料理の練習してるんだが、どうにも和食があまり馴染みがないからかうまく作れなくて。よければ、お互いに教えあわないか?雨宮の作るカレーにも興味あるんだ」

 

今度は蓮がパチリと目を瞬かせた。

 

「……俺が和食とカレーで、先輩は?」

「洋食にはそこそこ自信あるぞ」

「なるほど」

 

ふむと考える。鳴上と接した時間は少ししかないが、それでも悪い人ではないとわかるし、洋食の教えも乞える。断る理由もないし、いいかもしれない。あとルブランのカレー布教できるかも。

 

「よろしくお願いします、先輩」

「ああ、よろしく」

 

ここに、奇妙な同好の士が結成された。

後日談。

蓮が鳴上にコロッケの作り方を教えてもらいに行った時、林間学校のカレーの件について、鳴上が蓮に深く深く礼をしたとかなんとか。




鳴上悠
イメージとしてはアニメ版。
なお、この小説ではアニメ版の良いとこ取りしてペルソナが傷ついたら本人も傷つくという設定。(でもイベントはゲーム版)
まだまだ慣れないことばかりで四苦八苦してるが、菜々子にお惣菜以外の料理を食べさせてあげたいと独学で料理を勉強中。
実は和食に馴染みがないのは仕事人間の親が手の込んだ和食をあまり作らないからという裏設定。


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