魔法少女リリカルなのはKreuzung (神原和人)
しおりを挟む

番外章 人物設定集
なのは世界編


登場人物に

結城 明日奈
アリサ・バニングス
月村 すずか
茎道 涯
の四名を追加。


【桜満家】

 ◆桜満 朔夜(おうま さくや)

 多数存在する転生者の一人にして本作の主人公。

 アニメ【ギルティクラウン】の主人公、桜満 集の双子の兄として生を受ける。

 ギルティクラウンに関してはアポカリプスウイルスが存在しないことから、ストーリーそのものはないと見られ、また同時にヴォイドも存在しない。

 転生特典として三つの願いを叶える。

 ①努力が実る為の才能

 ②デバイスが入手しやすい環境

 ③リリカルなのはに関する全ての知識の消去

 

 ◆桜満 集(おうま しゅう)

 朔夜の双子の弟にしてギルティクラウン原作の主人公。

 朔夜に良く懐いており、傍に近づくと喜ぶ。

 

 ◆桜満 真名(おうま まな)

 朔夜・集の姉。

 原作ストーリーが存在しない関係上、アポカリプスウイルスに感染していない。

 二人の弟を溺愛し、特に朔夜に執着している。所謂ブラコン。

 平行世界の【桜満 真名】と同一存在の記憶を夢という形で見る、というレアスキルを持っている。

 その影響で朔夜の存在に違和感を覚えるが……?

 朔夜に執着するのは、そのレアスキルに関係あるらしい。

 

 ◆桜満 玄周(おうま くろす)

 真名・朔夜・集の実父。

 ミッドチルダの片隅で、デバイスマイスターとして勤務している。

 その道では知らぬ者は存在しないと言われる程の技術者。

 

 ◆桜満 冴子(おうま さえこ)

 真名・朔夜・集の実母。故人。

 朔夜・集の一歳の誕生日を目前に交通事故で死亡。

 

 ◆桜満 春夏(おうま はるか)

 真名・朔夜・集の義母。

 元々は玄周の助手として同じ職場で働いていた。

 冴子の死後公私共に玄周をサポート。その縁から入籍する。

 

 

【高町家】

 ◆高町 なのは

 桜満家の近所に住む高町家の次女。

 公園に一人でいたところに朔夜が声をかけたのが本格的な付き合いの始まり。

 その関係上、自分の寂しさを埋めてくれた朔夜に懐いている。

 

 ◆高町 士郎(たかまち しろう)

 高町家の大黒柱。

 近所ということもあり、桜満 玄周とは家長同士として付き合いがあった。

 無事退院し、今では喫茶【翠屋】の店長を務めている。

 彼の入れるコーヒーはマニアの間で絶賛される程の出来。

 

 ◆高町 桃子(たかまち ももこ)

 なのはの母。喫茶【翠屋】のパティシエ。

 士郎も復帰し、店の方にも余裕が戻る。

 元々洋菓子が美味しいと評判だったが、士郎の入れるコーヒーや新しく始めたランチメニューが更なる評判を呼び、今では海鳴でも人気のある店となっている。

 最近新しい従業員を雇ったようだ。

 

 ◆高町 恭也(たかまち きょうや)

 なのはの兄。

 士郎が回復しはじめてからは表情からも険がとれ、穏やかな表情を見せるようになった。

 なのはが朔夜をお兄ちゃんと呼ぶことにショックを受けるも、それをバネに兄らしい姿を見せようと奮闘。

 高町家での微笑ましい光景の一部となっている。

 最近はなのはに構える時間も増えた為、美由希を含めた三人兄妹で散歩をする様子が見られるようになった。

 

 ◆高町 美由希(たかまち みゆき)

 なのはの姉で恭也の妹。

 真名の料理の腕前を知り触発されたのか、桃子に料理を習い始める。

 成果はまだ出ていないようだが、徐々に上達して来ている様子。

 

 

【転生者関連】

 ◆如月 神威(きさらぎ かむい)

 朔夜たちが転生した世界を管理している神の、人間世界における代行体。

 転生者の中でも特に、原作知識を持たない・原作に積極的に関わりたくない・転生後を穏やかに暮らしたいといった考えを持つ、所謂穏健派を集めたクラスの担任を勤める。

 神の代行体故に、転生者とそうじゃない存在を見分けることが出来、また転生者個々人の叶えた願いを知ることが出来る。

 

 ◆樋口 綾(ひぐち あや)

 転生者特別クラスに所属する転生者の一人。朔夜のクラスメイト。

 自己紹介の時に、その容姿と名前から吹き出した生徒が多数。

 自分がとあるゲームの主人公と同じ名前・容姿を持っている自覚がない。

 その為、その事実を知っているクラスメイトから色々と心配されてるが、本人は何故そんな態度をとられているのか理解出来ていない。

 貰った特典は一つ。

 ①生命に関わる場面で必ず発揮する運の良さ

 これは運のなさから死んでしまった前世に起因する。

 

 ◆春日野 翔(かすがの しょう)

 朔夜のクラスメイト。綾を気にかけている人物その一。

 運動神経がよく大抵のスポーツは何でもそつなくこなすかわりに、勉強は苦手、と運動一辺倒の熱血少年。

 貰った特典は一つ。

 ①健康で運動神経が良い肉体

 これは生前体が弱く、運動をすることが出来なかった為。

 思いっきり体を動かしたいという願望があった為、サッカークラブに所属する。

 

 ◆来栖 葵(くるす あおい)

 朔夜のクラスメイト。綾を気にかけている人物その二。

 運動も勉強も平均以上に出来る、文武両道の大和撫子。

 実家が茶道の家元で彼女自身の腕前も良く、両親からも将来を有望されている。

 物腰も柔らかく丁寧な言葉遣いをするので、早くも教師の信用を勝ち取った。

 貰った特典は三つ。

 ①地球に生まれること

 ②リンカーコアの未保有

 ③自分が生まれた家庭が家庭円満であること

 彼女が生前、虐待を受けていた影響によって選んだ特典。

 リンカーコアの未保有に関しては、原作に巻き込まれることを確実に防ぐ為。

 

 ◆斎藤 慎吾(さいとう しんご)

 朔夜のクラスメイト。綾を気にかけている人物その三。

 運動は苦手だが勉強は葵以上に出来る秀才。

 頭の回転も早く、満場一致で委員長に選ばれた。

 貰った特典は二つ。

 ①生活に困らない程度に稼いでいる家庭に生まれること

 ②借金に無縁な一生

 生前、父親が借金まみれで家族離散してしまった経験から。

 親孝行の為に勉強している最中で、彼の頭脳はその賜物。

 

 

【友人たち】

 ◆立華 奏(たちばな かなで)

 奇しくもなのはと同じように公園で見つけた少女。

 銀髪に金色の瞳という日本人離れした容姿と、生来の体の弱さが原因で同年代の子供から軽いイジメを受けていた。その影響で感情の起伏が薄い。

 両親がミッドチルダという世界の人間であり、彼女もその血を引く異世界人。

 両親は共に管理局に所属。しかし、勤務中に殉職してしまう。

 現在は両親の上司の援助で生活をしている。

 

 ◆結城 明日奈(ゆうき あすな)

 なのはのクラスメイト。

 父親が大手電子機器メーカー【レクト】のCEOを務めている。

 その関係でアリサ(後述)とは以前からの知り合い。

 

 ◆アリサ・バニングス

 なのはのクラスメイト。両親が実業家のお嬢様。

 気が強く、中々素直になれない性格。大の犬好き。

 入学式の翌日にすずか(後述)といざこざを起こし、それが縁でなのは・すずかと親友と呼べる間柄になる。

 明日奈とは両親の縁で以前からの知り合い。

 大変仲が良く、なのはたちに明日奈を紹介する際も親友だと伝えた。

 

 ◆月村 すずか

 なのはのクラスメイト。

 資産家の娘で大きな屋敷に姉やメイド達と共に暮らしている。大の猫好き。

 アリサとは反対に大人しく引っ込み思案な性格の持ち主だが、運動神経が抜群でなのはたちの中では一番運動が出来る。

 尚、作者はとらハ未プレイの為、夜の一族に関しての設定はオミットされています。

 

 ◆茎道 涯(けいどう がい)

 春夏の兄、修一郎の養子。

 集のクラスメイト。集とは正反対の性格だが、波長があったのかすぐに仲良くなった。

 活発的な集に憧れを抱き、集の真似をしはじめる。

 今までと反対の性格になりつつある涯に対し、修一郎は少し不安を覚えている様子。

 親子仲は良好。養父のことを尊敬している。

 

 

【その他】

 ◆リーゼロッテ

 奏の両親の上司に当たる人物が、奏の世話をする為に派遣した女性の片割れ。

 平日は基本的に奏が自宅に居る朝・夕のみ。休日は一日奏と生活をしている。

 どことなく猫っぽい雰囲気のする女性。

 

 ◆リーゼアリア

 奏の家に派遣されているお手伝いさんのもう一方にして、リーゼロッテの姉。

 快活なリーゼロッテとは対照的な性格の持ち主。

 

 ◆ギル・グレアム

 リーゼロッテ・リーゼアリアを奏の家に派遣している、亡くなった奏の両親の上司だった男性。

 仕事が多忙なのか、奏と直接顔を合わせられるのは年に一回か二回ほど。

 奏に友達が出来たということで、急遽休暇をもぎ取り海鳴に訪れる。

 奏の他にもどこかに援助しているという話だが……?

 

 ◆茎道 修一郎(けいどう しゅういちろう)

 涯の養父にして玄周の親友。春夏の兄でもある。

 デバイスマイスターとして優秀な玄周とは違い、AI関係に特化している。

 その才能は玄周も認めており、ギルティクラウンのAIを組んだのも彼である。

 

 ◆ハル・デザイア

 ギルティクラウン制作に関わったダアト所属の科学者。

 ギルティクラウンに使用した生体スキャンを構築し、スキャンに必要な朔夜の遺伝子データを登録した人物。同時に真名の遺伝子データを入手したようだが……?

 朔夜と面会後、突如ダアトを退社した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リィンバウム編

今まで文字数が足らなくて更新出来なかった設定がやっと更新出来る……。
最新話のキャラクターも掲載済みですので、ネタバレが大丈夫な方のみご参照下さい。


 ◆アルディラ

 ラトリスクの護人。

 融機人(ベイガー)と呼ばれる機界・ロレイラルの住人。

 クノン(後述)の感情プログラムを発達させる為、朔夜に対してクノンと出来るだけ会話をするように頼む。

 

 ◆クノン

 アルディラの身の回りの世話をする、看護医療用機械人形(フラーゼン)と呼ばれるロレイラルの機械人形。

 感情プログラムは優秀な物だが、普段アルディラとしか接しない為未発達。

 召喚された朔夜を最初に発見した。

 

 ◆キュウマ

 鬼妖界・風雷の郷の護人。

 鬼忍と呼ばれる鬼妖界・シルターンの住人。

 ミスミ(後述)の夫であるリクトに仕えていたこともあり、リクトが亡くなった後も遺言でミスミとその息子を主君と仰いでいる。

 

 ◆ミスミ

 キュウマの現・主。実質的な風雷の郷の長。

 その見た目に反して白南風(しらはえ)の鬼姫と呼ばれるほどの武人。

 スバル(後述)は亡夫・リクトの忘れ形見であり、溺愛している。

 

 ◆スバル

 ミスミの息子。

 豪雷の将と名高いリクトの血を引いているだけあり、その戦闘センスには目を見張るものがある。

 そんな亡父に強い憧れを抱いており、いつかはリクトの様な立派な戦士になりたいと思っている。

 

 ◆ゲンジ

 風雷の郷に住んでいる、名もなき世界出身の老人。

 元の世界に帰れないことを知って姓を捨てている。

 緑茶好きがこうじて自分で茶葉を育てている。

 

 ◆ファルゼン

 霊界・狭間の領域の護人。全身白い甲冑を纏っている。

 生体上長文の発声が難しい為、副官のフレイズ(後述)が代弁することが多い。

 

 ◆フレイズ

 ファルゼンに仕える天使。ファルゼンに絶対の忠誠を誓っている。

 

 ◆ヤッファ

 幻獣界・ユクレス村の護人。

 フバース族と呼ばれる虎型の亜人。幻獣界・メイトルパの住人。

 マイペースで面倒臭がり。

 

 ◆マルルゥ

 幻獣界・メイトルパに咲くルシャナという花の妖精。

 何事にも物怖じしない性格でとても人懐っこい。

 人の名前を覚えるのが苦手で、相手を自分が付けたあだ名で呼ぶ。

 最近は朔夜に言われて人の名前を覚えようと努力している。

 

 ◆パナシェ

 バウナス族と呼ばれる犬型の亜人の少年。スバル・マルルゥの友達。

 気弱な性格で怖がり。初対面で人に懐くことはあまりない。

 

 ◆アティ

 元・帝国軍人の女性。

 軍学校を主席で卒業するも、とある出来事で自分が軍人に向かないことを痛感し、そのまま退役する。

 退役後は軍務で知り合った帝都一の豪商・マルティーニ家の主人に乞われ、彼の娘・ベルフラウ(後述)の家庭教師を勤めることに。

 ベルフラウと共に軍学校のある工船都市パスティスを目指す為に船に乗るが、その船が海賊に襲われるわ謎の嵐に巻き込まれるわで散々な目にあう。

 嵐に巻き込まれた際にベルフラウが海に投げ出された為、その後を追うも酸欠により力尽きてしまい、その結果見知らぬ島で目覚めることに。

 ベルフラウを助ける為に継承した不思議な剣は、今後アティに大きな運命を背負わせることとなる……。

 

 ◆ベルフラウ・マルティーニ

 帝都一の豪商・マルティーニ家の令嬢。妹が一人居る。

 勝ち気な性格をしており、特に男性に対して強い反抗心を持っている。この反抗心は普段忙しい父に構って貰えない寂しさから来るもの。

 母親は妹を生んで間もなく死亡しており、当時ベルフラウ自身が幼かったこともあって、その容姿などもぼんやりとしか思い出せない。

 マルティーニ家のメイド長であるサローネに対し、口では使用人であることを強要するも、実際には忙しい父や亡くなった母に変わって自分を育ててくれたことに対して非常に感謝している。

 そのこともあり、サローネのことは第二の母の様に感じている。

 

 ◆サローネ

 マルティーニ家に仕える優秀なメイド長。

 気性の激しいベルフラウに対して普段から良くお小言を言うが、それは愛情の裏返し。

 ベルフラウも口では反発するがそれを理解している。

 亡くなったベルフラウの母に代わり姉妹を育てて来た為、内心では娘や孫のようにも思っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 原作前
/00 キミは死んだのさ


必要な機材が揃い、原作の再プレイが終わるまでの中繋ぎです(´・ω・`)
こちらの原作やクロス先の作品に関しては完全に個人の趣味になります。ご了承下さい。


「さて、一体ここは何処なんだろうね?」

 

 何というか。ここは目が痛くなる程真っ白な空間だった。

 そもそも僕は何故こんな所にいるのだろうか?

 頭を唸らせてみるけど、中々思い出せない。

 

「頭が痛くなって来た」

「大丈夫かい?」

 

 聞きなれない声に顔を上げると、そこには見知らぬ少年がいた。

 最初に周りを見回した時に誰も居ないことを確認している。

 ということは、この少年は行き成りこの場に現れたことになる。

 

「混乱しているみたいだね」

「現在進行形で混乱中なんだけど……君は?」

「君たちにわかりやすく言うと、神様ってやつさ」

「…………は?」

 

 余計に混乱して来た。

 神様? よりにも寄って神様と来たか。

 こんな場所にいる理由もわからないし、自分のことを神様だという怪しい人間も出て来た。

 なんだこれ。ドッキリか?

 

「ここがどこかも、自分がここにいる理由もわからなくて不安かい?」

「そりゃ不安さ。おまけに自分は神様だ、なんていう怪しい奴もいるし」

「ま、行き成りそんなことを言われて信じる人もいないよね」

 

 ボクだってそうだし、と肩を竦めてそいつは言う。

 だったら聞くな! と声を大にして言いたい。

 

「ここは生と死の狭間の世界。

 言ってしまえばあの世とこの世の中間点って所かな。

 ……ここまで言えば、自分がこの場所にいる理由もわかるよね?」

「……いやいや。そんな、まさか」

「うん、そのまさか。

 ――――キミは死んだのさ」

「……ちょっと、ちょっと待ってくれ。僕が死んだ?」

「うん。思い出せないかい? 君は、君の幼馴染を庇って事故にあったんだよ」

 

 あ。思い出してきた。

 そうだ、僕は居眠り運転のトラックからアイツを護って。

 

「思い出して来たみたいだね」

「あぁ。そっか、そのまま僕は死んだのか」

「残念ながらそういうことだね」

「……アイツは無事だったのか?」

「かすり傷程度で大きな怪我はなかったみたいだよ」

 

 そっか。それなら良かった。

 突き飛ばした直後に意識が消えたから、心配だったんだ。

 

「ということは、アンタが神様だっていうのも」

「ホントのことさ」

「……で、その神様が死んだ僕に何の用だ?」

「うん。ちょっと転生して貰おうと思ってね」

「転生? 輪廻転生ってやつか」

「それそれ」

 

 どっかで見たことのある展開だな、おい。

 所謂神様転生ってやつか?

 

「ちょっと他の神の管轄内の世界で、予想外の死人が出てね。

 バランスが崩れて世界が崩壊しそうになってるんだ。

 そんな訳でタイミング良く死んだキミにそっちの世界に移って貰おうと思って」

「拒否権は?」

「あると思う?」

 

 ですよねー。

 詳しい話を聞いて判明したのは以下の点。

 

 ①他の神様の管轄内の世界で予定外の死者が大量発生し、その補充の一人として同時期に死亡した僕が選ばれた。

 ②補充する人数の関係上、転生者は僕以外にも多数存在する。

 ③転生先はアニメ【魔法少女リリカルなのは】がベースの世界。

 ④拒否権がない代わりに、この場で転生後に関してある程度の融通が効く。

 ⑤原作に関しては気にする必要は無く、好きにして良い。

 

 うーん、こうして聞くと正に神様転生のテンプレだな。

 

「僕の願いは三つ。

 一つは努力が結果に結びつくのに必要な才能」

「あれ、キミは力を直接貰おうとは思わないんだ?」

「そんな貰い物の力、うまく使うだけの知恵も経験もないからね。

 正直使いこなす為に特訓するなら、最初から才能だけ貰えば良いじゃん。努力するのに変わりはないんだからさ」

「力そのものは駄目でも才能なら良いんだ」

「才能は神様の贈り物、ってね。力だけポンと貰うのと才能を貰うのとでは、僕の中では別のこと」

 

 大体、貰った力が自分の知っている通りに使えるとも限らないし。

 個人的には今ある力を使いこなす為に努力するより、努力の結果力が付く方が好きだしね。

 

「二つ目はデバイスが手に入りやすい環境」

「直接デバイスをくれ、でも良いのに」

「最初からデバイスを持ってたら不審すぎるだろ?

 原作主人公みたいに偶然手に入れた、とかなら兎も角さ」

「まぁ別に問題はないけどね。それで最後の願い事は?」

 

 最後の願い。

 僕にとって、これがある意味一番重要だ。

 

「原作知識の完全抹消」

「…………」

 

 ぽかんとしている神様。

 僕は何かおかしいことを言っただろうか?

 

「正確にはベース世界であるリリカルなのはの主要人物やストーリーに関する知識の消去、かな」

「……いやいやいや。それはおかしいでしょ」

「……? 折角生まれ変わるのに、先のことがわかったら面白くないじゃん」

 

 僕はそんなにおかしなことを言ってるだろうか?

 

「大体、未来のことなんかわからないのが普通なんだしさ。だったら原作知識はむしろ邪魔でしょ?」

「いや、普通そこは原作知識を使って原作ブレイクしてやるぜ! じゃないの?」

「僕や他の転生者っていう異物がいる以上、原作知識に頼る必要がないじゃん。

 だって僕らが存在してる時点で既に【原作ブレイク】してる訳だし」

「屁理屈だよ、それは」

「それに原作ブレイクってだけなら、記憶のあるなしは関係ないしね」

「……うーん、キミがそれで良いなら問題ないか」

 

 何だか微妙な顔をしていたが、何やら頷いた所を見ると納得してくれたのかな?

 

「それじゃ、それそろ時間もなくなって来たことだし、早速転生の準備に入ろうか」

 

 えい、と神様が言った瞬間、フッと足元の感覚が消えた。

 すぐに浮遊感が襲ってくる。

 

「ちょ!」

 

 落とし穴かよ! と突っ込む間もなく、僕の意識は暗闇に飲まれた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 神様が気を利かせてくれたのか、【僕】という意識は一歳の誕生日に戻った。

 意識がある状態での授乳や下の世話は精神的にクルものがあるから、個人的には大助かりだ。

 この点に関しては感謝しても良いね。

 ……ただ、一つだけ言うなら。

 

 僕の顔を見ながらニコニコと笑う、目の前の少女を見る。

 ピンクの長髪に薄赤い眼。歳は六歳くらいだろうか?

 彼女のことは良く知っている。何せ前世で見ていたアニメのキャラだ。

 僕は転生前にベース世界の知識の消去を願ったから、彼女のことを覚えているということは彼女がいる作品が舞台ではない、ということだ。

 

 桜満 真名。それが、生まれ変わった僕の姉となった少女の名だ。

 ……ホント、どうしてこうなった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 改めて自己紹介をしよう。

 僕の名前は桜満 朔夜。所謂転生者というやつだ。

 家族構成は父・姉・弟、そして僕。

 父の玄周はミッドチルダという場所でデバイスマイスターなる職業についている。

 

 ……ここまで来れば自ずと弟の名にも見当がつくと思う。

 集。それが僕の双子の弟の名前だ。

 何の因果か、僕は【ギルティクラウン】の主人公一家の一員として生を受けたのだ。

 ただ、出来る範囲で調べてわかったのは、どうやらこの世界にはアポカリプスウイルスが存在しない、ということだ。

 それは研究者であった父が別の職業についていることからも伺えた。

 取り敢えず原作のような事件は起きないと見ていいだろう。心配事の一つはこれで片付いたと言える。

 

 問題は、ベースの原作が違う世界に【ギルティクラウン】のキャラが存在すること。

 つまり他にも別作品のキャラが混じって存在する可能性がある、ということだ。

 ここにベースとなった原作が存在する以上、別作品の【物語】が一斉にはじまると厄介なことになる。

 こんなことなら前世の記憶そのものを消去して貰うべきだったかな? ベースとなる原作の知識が無くて余計にこんがらがってきたぞ。

 

 それに問題はそれだけじゃない。

 僕たちの実母は【ギルティクラウン】の原作通り、僕と集を産んで暫くして死亡しているのだ。

 アポカリプスウイルスには感染していなかったのに、まるでかわりのように事故にあった。

 父の助手に春夏という名の人物がいることも判明している。

 一つのことに熱中すると周りが見えなくなる父を上手くサポートしているらしい。

 母の死亡から考えると、父も亡くなる可能性が出て来た。

 

 ……とりあえず、今は出来ることからはじめよう。

 今の年齢では本格的な運動はどう考えても無理だ。

 そこで父さんと姉さんの会話を聞いて判明した、魔法方面からアプローチをかけようと思う。

 

 魔法。前世の世界ではおとぎ話にしか存在しなかったものだ。

 魔法の行使にはリンカーコアという器官が必要であり、それを持たない者が魔法を使うことは出来ない。

 また、効率良く魔法を使う為にはデバイスとやらが必要。但しデバイスなしで魔法が発動出来ない、という訳ではないようだ。

 二人の会話を聞いていると、どうやら僕も魔法発動に必要なリンカーコアを持っているらしい。

 

 そんな訳で、とりあえずは魔力を感じる所からはじめることにする。

 まずは自分の中にある、リンカーコアを把握する為に集中する。

 若干胸の辺りに違和感を感じたけどそれだけだ。

 これだ! と断言出来るような物は把握出来なかった。

 

 次に、姉さんも魔法を使えるようなので、姉さんと魔法が使えない父さんとを一緒に観察し、二人の違いを探す。

 これは姉さんの発する魔力を探知する為だ。

 ただ見るだけじゃ当然違いなんてわからないので、意識して強く集中する。

 

 結論から言うと、さっぱりわからなかった。

 普通に目を集中させただけではわからない物なのだろう。

 勿論、はじめたばかりで結果が出るとは思っていなかったので、今後も継続していくことにする。

 本格的に運動が出来るようになるまでには、せめて簡単な魔法を使える位にはなっておきたい。

 当分は姉さんと父さんの違いから魔力を探知する訓練と、自分の中にあるリンカーコアを把握する訓練を続けようと思う。

 元々こういった風に努力を重ねることは嫌いじゃない。空いた時間を積極的に使っていくとしよう。




割と最近、誰かの活動報告で多重クロスの話が出ているのを見て、つい衝動的に書き散らかしてしまった(´・ω・`)
携帯サイトとかで良く見ましたよね。
なのはをベースにして、リトバスやSHUFFLE! とかD.C.の多重クロス。
今見ると何が面白かったんだろ? と思う人もいると思いますが、今でも割と好きなんですよね、私。
そういった個人的な理由や、何も更新しない、ということに対して妙な罪悪感が沸いたので、中継ぎ的な意味での新作です。
黄龍伝で本編に関係のない番外編が書ければ良かったんですが、流石に三話の状態で閑話を挟むわけにもいかず……。
新作の方が自分の首を絞めることになる、とはわかっているんですけどね(;´Д`)

黄龍伝と違い、こちらは簡単な設定を用意してあるだけでプロットも碌に作っていない状態なので完全に行き当たりばったりになると思います。
只ゲーム原作と違ってアニメ原作の作品なので、その点に関しては話は作りやすいと思います。原作の確認がしやすいですからね。
多分原作に入る前の空白期を更新している内に、黄龍伝の方も更新出来ると思いますので、それまでは出来るだけこちらの更新を入れたいと思います。

さて、本編について少し。
一応あらすじでチラッと言及してますが、基本的に本編では転生前の主人公の名前や職業、幼馴染の名前などが全く出て来ていません。
これは主人公の死亡が確定しているのであえて書かなかった、というのが理由です。
今後の本編にあまり関係のないことを延々と書くのもなぁ、と思いましたので。
そんな理由から、実はこの話はプロローグと一話を併合してプロローグとして投稿しています。
当初は転生まででプロローグだったのですが、転生前の描写をバッサリカットしたので、その影響で文字数が2500字位まで落ちてしまったんですよね(;^ω^)
これじゃマズい、ということで急遽一話の予定だった部分と併合。
その結果転生前と転生後の繋ぎが割と無理矢理気味なので、妙な違和感が出ています。
この点に関してはご了承下さい。

長々と書きましたが、黄龍伝が本格的に始まったあともこちらの方も出来れば定期的に更新したいと思いますので、両作品共々宜しくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/01 何で泣いてるの?

 あれから何事もなく二年の時が流れた。

 肝心な魔力に関しては、どうにかそれらしきものを感知することが出来た。

 

 それは姉さんの心臓付近に、父さんには見られない現象を見つけたのが最初だった。

 そこを中心に真紅の靄のようなものが集まっていたのだ。

 どうやらその靄が魔力らしい、ということに気が付いたのは後日自分にも同じ現象を見つけることが出来たからだ。

 僕の場合は銀色だったことから、色には個人差があるようだった。

 

 感知出来た理由は、恐らく無意識に魔力を操作して視力を強化したからだろう。

 あるいは何らかの魔法を使っていた可能性もある。

 一度意識出来たからか、次に試した時には意識的に操作することが出来た。

 今は効率良く、またスムーズに強化出来るように訓練中だ。

 

 特典として貰った才能が凄いらしく、操作が上手くなっていくのが実感出来る。

 ついつい夢中になって魔力切れを起こして昏倒してしまったことも、一度や二度じゃない。

 ……最近は漸く加減を覚えて来たので、魔力切れで昏倒はしなくなったけど。

 何事も程々が一番だよね、うん。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 さて、困ったことになったぞ。

 目の前で泣いている、同い年位の少女を見て思う。

 その手はしっかりと僕の服の裾を握っている。

 一体何がどうしてこうなったのか……。

 

 ことの発端は三十分程前のことになる。

 今日も僕は、日課の魔力操作の訓練をしようと思って、近所の公園に来ていた。

 最近は姉さんが何か感付きはじめたのか、じっと見られることが多くなったので、訓練はこういった外でやることが増えていた。

 この世界、少なくともうちの近所には魔力を扱えるような人が居ないことが確認出来たので、その例外である姉がいる実家よりはマシだろう、という判断だ。

 

 何時ものように、木陰で日向ぼっこをするふりをしながら魔力操作の訓練をはじめる。

 基本的には体全体に魔力を行き渡らせる訓練と、体の一箇所に集中させる訓練、後はスムーズに魔力を移動させる為の訓練の三つを代わる代わる繰り返す。

 それがこの二年の間に、精密な魔力操作技術を手に入れる為に考えた訓練方法だった。

 今の所は功を成しているのか、最初の頃と比べると格段に上手くなったと思う。

 

 訓練を続けていると時間も遅くなり、夕暮れ時になった。

 そろそろ帰らないと皆が心配する。他の子たちも皆親が迎えに来て帰路についている。

 そんな中、同い年位の少女がブランコに座っているのが見えた。

 髪の色は茶色。長さはセミロングだろうか? ツインテールに結んである髪型が特徴的だった。

 今は心なしか萎れているように見える。その表情は俯いている為、わからない。

 迎えが来る様子もなかったので、何となく声をかけて見ることにした。

 

「――――何で泣いてるの?」

 

 そんな彼女が、涙を流していることに気が付いたのは、そのすぐ傍に近寄った時だった。

 どこかで見たことのある髪型だと思ったら、近所に住んでいる子だ。

 確か、高町さんちのなのはちゃんだっけ?

 そう言えば父さんと姉さんが、士郎さんが入院した、って話してたっけ。何となく事情が読めてきたぞ。

 

「なのはちゃん、だよね? 僕のことわかる?」

「……」

 

 泣きはらした顔を見せ、彼女は頷いた。なのはちゃんで間違いないようだ。

 どうやら僕のこともわかっているようだった。

 確かお兄さんとお姉さんがいた筈だけど、どちらも迎えに来ないことから、家の方が忙しいのだろう。

 確か士郎さんが事故に遭うちょっと前に喫茶店をはじめた、という話しを聞いたことがある。

 恐らく居場所が無くてこんな所に一人でいるのだろう。

 

「どうして泣いてるの? 何かあった?」

「……お父さんが」

 

 なのはちゃんの話の内容は、大体予想通りのものだった。

 父である士郎さんが仕事中に大怪我を負い、入院した。意識はあるものの、身動きが出来ない程の重傷らしい。

 母である桃子さんは、はじめたばかりでまだ軌道に乗ってない喫茶店の運営で忙しい。

 兄の恭也さんはそんな桃子さんの手伝い。姉の美由希さんは動けない士郎さんの看病にかかりきり。

 必然的に、幼く出来ることの無いなのはちゃんは一人でいることが増えたそうだ。

 

 なのはちゃん自身もそれを理解しているようで、我侭を言うことなく留守番をしていた。

 我侭を言って嫌われるのが怖い。だから良い子でいる。

 普段は公園で見かけないなのはちゃんが今日ここにいたのは、桃子さんたちに構って欲しかったからだ、となのはちゃんは語った。

 いくら聞き分けの良いなのはちゃんでも、所詮はまだ幼い子供だ。

 今まで溜まっていたものが吹き出してしまった故の行動だろう。

 泣いていたのは、ここで家族と仲良く遊んでいる他の子たちを見て、寂しさに耐えられなくなったからだという。

 

 涙でくしゃくしゃになっているなのはちゃんの顔をハンカチで優しく拭い、頭をそっと撫でる。

 ここで桃子さんたちになのはちゃんのこともしっかり見てやれ! というのは簡単だろう。

 それでは多分、解決しないのだ。

 それに家や近所での評判を聞く限り、桃子さんが自分の子供のことに気付いていないとは思えない。

 それ程までに切羽詰っている、というべきだろう。

 一家の大黒柱が倒れ、生活や治療費の為に店を休むわけにもいかない。

 かかる重圧は大きいだろう。

 

「なのはちゃんは、寂しい?」

「……うん」

「お母さんたちじゃなくても、一緒に誰かがいたら寂しくない?」

「うん」

「じゃあ、僕と一緒にいようか」

「…………ふぇ?」

 

 うん。それが良い。

 最近鍛錬ばかりだったから、そろそろ息抜きをしようと思っていた所だ。

 なのはちゃんは寂しくなくなる。僕は息抜きの相手が出来る。

 一石二鳥ってやつだね。

 

「なのはと一緒にいてくれるの?」

「うん。一緒に遊ぼう」

「……ふぇ」

 

 あ、泣きそう。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そしてこの状況の出来上がり、である。

 相変わらずなのはちゃんは泣き止まない。

 その割に強く服の裾を握るものだから、僕も困ってしまった。

 泣き止むように頭を撫でてやる。

 すると、ぐずってはいるものの涙は止まって来たようだ。

 

「もう時間も遅いし、おうちに帰ろう? きっと皆心配しているよ」

 

 なのはちゃんは頷くものの、手を離さない。

 仕方ないか。相当寂しかったみたいだし。

 また一人になるんじゃないかと心配なのだろう。

 

「明日はなのはちゃんちまで迎えに行くから、ね? 今日は帰ろう?」

「……うん」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんな訳で、高町家です。

 なのはちゃんが離れようとしないので、簡単な事情を説明したところです。

 事情を聞いて、皆バツの悪そうな顔をしている。

 こちらとしてはあまり責める気はなかったけど、あちらにしてみれば負い目からか責められてるように感じられたのだろう。

 特に恭弥さんの反応が顕著だった。まるでお通夜のような表情をしている。

 大方士郎さんが居ない今、男が自分しかいない状態で相当気負っていたのだろう。

 そこに来てこれだ。自責の念で苛まれていると見えた。

 人のことは言えないけど、とても中学生とは思えない反応だ。

 

「あの、良かったら忙しい間はなのはちゃん、うちで面倒見ましょうか? 父さんたちも反対はしないと思います」

 

 とは言ってみるものの、そう提案しているのは何せなのはちゃんと同い年の僕だ。

 改めて第三者の視点から見ると違和感ありまくりな光景だな。先程の恭弥さんの比じゃない。

 桃子さんも困った顔になってしまった。

 うーん、やっぱり最初に父さんたちに相談すべきだったか?

 いや、今からでも遅くないか。

 

「なんなら今聞いてみますか?」

 

 という僕の提案はあっさりと受け入れられた。

 高町家の電話を借りて家の番号にかける。ワンコールの後、電話がつながった。

 

『はい、桜満です』

「もしもし父さん? 朔夜だけど」

『朔夜? 一体今どこにいるんだい?』

「高町さんち。それで少し相談があるんだけど……」

『朔夜が相談? 随分珍しいね』

「うん。高町さんちのなのはちゃんのことで。

 ちょっと待ってて。今、桃子さんに変わるから」

 

 受話器から耳を離し、桃子さんに手渡す。

 横耳で話を聞いていると、桃子さんが父さんに僕の提案のことを話すと、父さんは快くOKしたようだ。

 何度も電話越しに頭を下げている桃子さんを見てホッとした。

 大丈夫だとは思ったけど、提案した手前、万が一があったら申し訳ないからね。

 

「電話口で申し訳ありませんが、なのはのこと、どうか宜しくお願い致します」

 

 お、通話が終わったようだ。

 やはり喫茶店の方が忙しいのか、直接会うような時間を作れないことをしきりに謝っていた。

 これでとりあえずは解決、で良いのかな?

 相変わらず僕の服の裾を握るなのはちゃんを見る。自分に構ってくれる人間を失うのが怖いのだろう。

 一度得た物を失うこと程怖いものはないからなぁ。僕にもその気持ちは良く理解出来た。

 

「朔夜君。なのはのこと、宜しくね」

 

 電話が終わった後、桃子さんは僕に目線を合わせながらそう言った。

 自分が構ってやれないことの罪悪感や、そういった自分に対する自己嫌悪。

 色々な感情が見え隠れしていた。

 

「はい」

 

 僕はしっかりと頷く。

 未だに裾を握っているなのはちゃんに顔を向け、頭を撫でる。なのはちゃんはされるがままだ。

 

「なのはちゃん、明日から毎朝迎えに来るよ」

「……うん」

 

 その時、僕はようやくなのはちゃんの笑顔を見ることが出来た。

 それは花が咲いたような、そんな笑顔だった。




所謂テンプレ回です。
違和感ありまくりな三歳児どもですが、なのは世界の子供は早熟だということで一つご勘弁を。

士郎が事故にあった時期に関してですが、アニメ9話の会話となのはwikiの時系列考察を参考にしました。
wikiを参照すると、有力なのはなのはが二歳の時期とのことだったのですが、会話させる関係で少し時期をずらしています。
それにしても口調がしっかりしすぎてますけどね(;´Д`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/02 お兄ちゃん、って呼んで良いですか?

続・テンプレ回。


 そんなこんなで翌日の朝。

 僕は約束通りなのはちゃんを迎えに高町家を訪れていた。

 玄関先で桃子さんと挨拶を交わし、なのはちゃんを待つ。

 なのはちゃんは余程楽しみにしていたのか、随分とソワソワしているようだ。

 

「それじゃあ、なのはちゃんはお預かりします。

 夜になったら戻って来ます。送り迎えは任せて下さい」

「お母さん、行ってきます!」

 

 高町一家に見送られ、僕となのはちゃんは桜満家へ向かう。

 桜満家は高町家から歩いて数分の距離にある。

 僕はなのはちゃんの手をしっかり握る。

 誰かと一緒にいれることが嬉しいのか、なのはちゃんは終始笑顔だ。

 桜満家に向かう途中、僕はなのはちゃんと少し会話をすることにした。

 

「なのはちゃん、今日は何して遊ぼっか?」

「……んと、なのはは朔夜くんのお話が聞きたいです!」

「僕の話?」

「はい! ……駄目ですか?」

 

 少し不安そうな表情を見せるなのはちゃんの頭を撫でる。

 

「構わないけど、多分面白くないよ?」

 

 僕の返事を聞いて、なのはちゃんはパッと笑顔になった。

 

「それじゃあ僕にはなのはちゃんのお話、聞かせてね?」

「はい!」

 

 そんな会話を交わしている内に、家が見えて来た。

 玄関先には姉さんの姿が見える。

 僕たちのことを待っていたのだろうか?

 

「姉さん、ただいま」

「お帰りなさい朔夜。……それで、その子がなのはちゃん?」

「うん。なのはちゃん、この人は僕のお姉ちゃんだよ」

 

 知らない人が来てビックリしたのか、僕の後ろに隠れてしまったなのはちゃんに言う。

 姉さんの表情が少し怖いから、というのも理由の一つだろう。

 

「姉さん、眉間にしわが寄ってる。そんな表情だとなのはちゃんも怖がるよ」

「朔夜? お姉ちゃん、何時も言ってるでしょ? 私のことはお姉ちゃんか名前で呼んで、って」

「……はぁ」

 

 眉間のしわはそれが原因か。なのはちゃんも怖がってるし、原因が僕なら従うしかない。

 何時ものことと言えばいつものことなんだけど、ね。

 集にも同じことを言っていて、僕と違って本当に年齢そのままの集は、言われるままに姉さんのことを真名と呼んでいる。

 僕個人としては精神年齢的な問題で【お姉ちゃん】呼びは遠慮したいのだ。

 同じ理由で姉に対して名前呼びは以ての外だし、妥協点での【姉さん】呼びだったけど、姉さん的には気に入らないらしい。

 こうやってことあるごとに訂正を要求してくるのだ。

 

「……真名お姉ちゃん」

「それで良いのよ、朔夜」

 

 こうやって結局折れるのなら、最初からそう呼べれば良いんだけどねぇ……。

 気恥かしさが勝って中々うまくいかない。

 

「父さんと集にも会わせたいから、自己紹介は中でまとめてお願い」

「お邪魔します」

 

 姉さんの話だと皆リビングに居るみたいだから、まずはそっちに通して顔合わせから。

 なのはちゃんを伴って洗面所で手洗いとうがいを済ませ、リビングに向かう。

 

「ただいま」

「お帰り、朔夜」

 

 集と父さんはテレビを見ているようだ。

 集の方はテレビに夢中で僕たちに気付いていないらしい。

 

「集。お客さんが来てるから挨拶だけしようか」

 

 父さんに声をかけられて、ようやくこちらに気が付いたようだ。

 テレビに向けていた視線をこちらに向ける。

 

「はじめまして、高町 なのはです。今日からお世話になります」

 

 相変わらず年齢に似合わない程しっかりした子だなぁ。

 頭を下げて挨拶をするなのはちゃんを見て、つくづくそう思う。

 

「朔夜の父の玄周です。おじさんと呼んで貰って構わないよ」

「桜満 集です! 宜しくなのはちゃん」

「朔夜と集の姉の真名よ」

「これでうちの家族は全員。改めて、宜しくね? なのはちゃん」

 

 挨拶を交わしている間に時間が来たようで、父さんが出勤の準備をはじめる。

 今日は仕事がないって聞いてたんだけど、こういう風に突発的に仕事が入ってくることは珍しくない。

 いつものように急な仕事が入ったのだろう。

 

「今日はちょっと仕事が入っちゃったから。真名、朔夜。後は任せるよ」

「うん。帰りはいつぐらいになる?」

「あんまり長くならない予定だから、夕方には帰って来れると思う」

「わかった。いってらっしゃい」

「いってきます。それじゃあ集のこと、よろしく」

 

 出勤と言いつつ、父さんが向かうのは外じゃない。

 その行き先は地下室だ。そこから転送装置を使用してミッドチルダに向かうのだ。

 ミッドチルダは地球とは別の次元世界にある、という話を聞いた時にはびっくりしたものだ。

 

「どこでお話しよっか」

「なのはは朔夜くんのお部屋が良いです」

「うん。それじゃあ僕の部屋に行こうか。真名お姉ちゃん、暫く集のこと任せるね?」

「お昼になったら降りて来るのよ?」

「わかった。……なのはちゃん、行こっか」

 

 そんな訳で僕の自室である。

 うちは父さんの方針で、三歳と言えども一人部屋を与えられている。

 そういう訳だから僕と集も一人部屋を使っているのだけど……。

 お世辞にも僕の部屋は、三歳児のものとは思えない状態になっている。

 まぁ、普段からこういう言動だから、うちの家族はあまり気にしていないみたい。

 

「……わぁ」

「本だらけでしょ? 飲み物持ってくるから、なのはちゃんは座って待ってて」

「はい!」

 

 小説・漫画・参考書。兎に角本なら何でも集めた。

 どんな本でも情報量が多いから、この世界のことを把握する為には丁度良かったのだ。

 一階に降りてリビングに戻り、お茶の用意をする。

 そう言えば何を飲むか聞いて来なかったけど、麦茶で大丈夫かな?

 一応ジュースもあるから、そっちにしとこうか。

 

「はい。オレンジジュースだけど、大丈夫だったかな」

 

 頷くなのはちゃんを見て、ホッとした。

 

「それじゃあ何からお話しよっか」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……もうこんな時間だ。そろそろお昼にしようか」

 

 僕が普段どんなことをしているか、とかなのはちゃんが聞きたがっていたことを粗方話し終えると、いつの間にかお昼時になっていた。

 

「退屈じゃなかった?」

「そんなことないです。朔夜くんのこと一杯聞けて、楽しかったです」

「……なのはちゃん」

「ふぇ?」

 

 うーん、やっぱり気になる。

 

「今から敬語禁止! 友達なんだからさ、もっと砕けようよ」

「……友達?」

「うん、友達。……嫌だった?」

 

 そう聞くとなのはちゃんはブンブン、と首を横に振って笑顔を見せた。

 そんな様子を見てついついその頭を撫でてしまう。

 

「嬉しいの!」

「良かった。そろそろお昼の時間だし、下に降りようか」

 

 なのはちゃんを伴ってリビングに入ると、丁度姉さんが昼食の用意をしている所だった。

 

「今日はお姉ちゃんが作ったから、後で感想聞かせてね?」

 

 部屋に入って来た僕たちに気づき、姉さんが声をかけてきた。

 その作った発言に驚いたのか、なのはちゃんのツインテールがぴょこんと上に跳ねた。

 ……一体どういった原理で動いてるんだろうか。凄く気になる。

 

「作ったって、真名さんが?」

「そう、真名さんが」

 

 そう言いつつ心なしか胸を張っている姉さんを見る。

 年齢以上にしっかりしていて大人びている姉さんも、妙なところが子供っぽい。

 この場合は、僕や集に褒めて貰いたいのだろう。

 

 視線を食卓に向ける。

 そこには見るからにふわふわな卵焼きと焼き鮭にサラダ、そして味噌汁が並んでいる。

 日本だとどの家庭でも見ることが出来る和食の風景だ。

 八歳の子供が作ったと考えられないぐらいしっかり作られている。

 

「流石真名お姉ちゃん。えらいえらい」

 

 そう言って頭を撫でる。

 この口調も別に馬鹿にしたものではなく、褒める時はこんな感じの方が姉さん自身が喜ぶのだ。そういった所も合わせて【妙なところが子供っぽい】という訳だ。

 

 姉さんがこうして料理をするのには、無論いくつかの理由がある。

 母が亡くなっていて、かつ家には普段料理を作らない・作ったことのない父しかいない、という点。

 普段は、一年程前に父さんの助手になった茎道 春夏(けいどう はるか)という女性が作ってくれる。

 その春夏さんが今日の様に来れない日がある、という点。

 主な理由を言えばこの二つになる。

 後は外食や出前だと、似たようなものばかり食べて栄養が偏る、というのも理由の一つだろうか。

 その辺は自分で言うのもなんだけど、僕たちはしっかりしているから大丈夫だと思う。

 ただ出歩ける範囲には似たようなお店しかない、っていうこともあって心配なのだろう。

 高町家が経営する翠屋が選択肢にないのは、翠屋がある商店街は三歳や八歳の子供だけで行くような距離にはないからだ。

 

 そういった諸々の事情から、姉さんは春夏さんに料理を教わっているのだ。

 勿論最初の頃から一人での料理を許されていた訳ではない。最近になってようやく許可がおりたのだ。

 さっきの得意げな様子ははじめて一人で料理をした、という所からも来ているのだろう。

 

「皆お腹すいてるだろうし、早く食べよ?」

 

 頭を撫でるのをやめ、ニコニコしている姉さんに言う。

 もうちょっと続けてあげたいんだけど、ちょっと集のお腹が限界そうだ。

 そこでタイミング良く、隣のなのはちゃんのお腹がくぅ~と可愛らしく鳴く。

 癖のように僕は彼女の頭を撫でた。いかんいかん、気をつけなければ。

 

 それはそうと、部屋で喋ってる最中は夢中になって気付かなかった空腹感が、今になって襲ってきたのだろう。

 頬を染め顔を下に向けてしまったなのはちゃんを見て、姉さんが正気に戻った。

 

「それじゃあ、手を洗って食事にしましょ?」

 

 手洗いをすぐにすませ、席に着く。

 席順は僕の隣になのはちゃん。僕の正面が姉さん。そして姉さんの隣が集だ。

 僕となのはちゃんが席に着くのを見て、姉さんが合掌する。

 

「いただきます」

 

 僕たちもそれに続いて合掌しつつ、いただきますと口にする。

 姉さんは感想が気になるのかチラチラとこちらの方を見る。

 その横では集が一心不乱に鮭と格闘していた。

 骨が心配になったけど、見た所食事前にほぐしてもらったのか、骨もない状態のようだったので大丈夫だろう。

 

 それを横目に、僕は卵焼きに箸を伸ばし一口かじると、口の中にダシの良い味が広がった。外観からは気付かなかったけど、だし巻き卵だったようだ。

 父さんが甘党なのもあって、うちは基本的には砂糖入りの卵焼きなので、これはどちらかというと僕好みの味付けだ。

 うん。美味しい。

 

 隣に視線を向けると、なのはちゃんもだし巻きに口をつけた所だった。

 ツインテールが天井に向く。

 ……またしてもツインテールで感情表現をしたなのはちゃんを見て、ホントにどういった原理なのか気になってくる。

 

「凄く美味しいです!」

 

 なのはちゃんは興奮しながらそう言った。

 確かに、この歳で一人で作ったとは思えない程美味しかった。

 

「うん。真名お姉ちゃんは将来良いお嫁さんになれるね」

 

 集の世話をしていた姉さんが、ガバっとこちらに顔を向けた。

 行き成りの行動にびっくりする。

 

「ホントにそう思う?」

「うん、ホントホント。集もそう思うよね?」

「お嫁さん? は良くわからないけど、美味しいよ!」

 

 集の目もキラキラと尊敬の眼差しを送っている。

 

「ありがと」

 

 頬が若干赤く染まっている。照れているのだろう。

 なのはちゃんも楽しそうだ。

 僕たちはそうして、笑顔を見せ合いながら食事を続けた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 食事を終えて部屋に戻った後、今度はなのはちゃんの話を聞いた。

 今までのこととか、士郎さんが事故にあった時の話だとか。

 事故に関しては話しにくいかと思って何も聞いていなかったのだけど、なのはちゃんの方から話してくれた。それだけ僕に心を開いてくれたということだろう。

 当時は凄く寂しかったけど、今は僕が居てくれて寂しくない、となのはちゃんは笑顔を見せた。

 

 そうやって話を続けていると、そろそろ日が暮れる時間帯になってきた。

 いくら近所と言っても、暗くなるとそれだけで危ない。

 僕は会話を切り上げ、なのはちゃんを送ることにした。

 

「はのはちゃん。そろそろ暗くなるし、お家に帰ろうか? 送ってくよ」

「…………」

 

 僕の帰りを促す言葉に、なのはちゃんが目に見えて暗くなる。

 ツインテールも心なしか萎びて見える。

 僕はそんななのはちゃんの頭を撫でる。こうして何回も頭を撫でると、何だかお兄ちゃんになった気分になる。

 

「明日は真名お姉ちゃんたちと一緒に遊ぼ? また朝迎えに行くよ」

「……ホント?」

「うん、約束する」

 

 空いていた方の手の小指を差し出す。

 その理由に気付いたなのはちゃんも、同じ様に小指を差し出し、僕の小指に絡める。

 

「指切り拳万、嘘付いたら針千本のーます。……指切った!」

 

 小指を離し、僕は笑顔を見せた。

 

「約束」

「……うん!」

 

 やっぱりこの年頃の子供は笑ってるべきだよね。同い年の僕が言うことじゃないけど。

 ……? 何だかなのはちゃんの頬が赤い。

 そこでようやく、僕はまだなのはちゃんの頭を撫でていることに気がついた。完全に無意識だったらしい。

 

「ごめん、嫌だったかな?」

 

 慌てて手を離した僕を見て、なのはちゃんは首を横に振った。

 何だか少し嬉しそうな表情だ。

 

「……何だか、朔夜くんてお兄ちゃんみたい」

「え?」

「あの!」

 

 急に力強い眼差しを向けてくるなのはちゃんに、少し後ずさる。

 

「朔夜くんのこと」

「うん」

「お兄ちゃん、って呼んで良いですか!?」

「…………うん?」

 

 何ですと?

 

「ごめん、もう一回言って? 聞き間違いしたかもしれないから」

「朔夜くんのことお兄ちゃん、って呼んで良いですか?」

 

 聞き間違いじゃなかった。

 いや。いやいやいや。僕たち同い年だよ?

 そりゃあ確かに、口調とか行動とかが年相応じゃない自覚はあるよ?

 いや、でも流石に同い年の女の子からお兄ちゃん呼ばわりはちょっと……。

 

「だめ?」

 

 若干涙目だよ。そんな表情されたら断れないじゃんか。

 しかし友達! と言ったその日にお兄ちゃんにクラスチェンジか。どうしてこうなった。

 許可は出しても、これだけは言わなくちゃ。

 

「……恭也さんの前じゃ、駄目だよ?」

 

 何で? と首をかしげるなのはちゃん。

 昨日の沈んだ恭也さんの様子を見ると、他人のことをお兄ちゃんと呼んだだけで死んじゃいそうだからだよ。……とは、流石に言えない僕であった。




春夏さんは人物設定では桜満になってますが、まだ再婚前なので茎道さんです。
多分後二・三話したら桜満さんになってるかな?

そんな訳で、久しぶりの更新です。
今回は特に新しい登場人物は居ないので【New!】付きの人物紹介の更新はありません。
ちょっと強引だったかなぁ? とは思いましたが、なのはの二次を書く上でちょっと憧れていたなのはのお兄ちゃん呼びをぶち込みました。
後、個人的には書いていてちょっと真名のキャラが定まってない気がしましたが、どうでした?
重要キャラだったのに原作での露出が少なく、正直あまり把握しきれていないんですよね。
課題点としてはそこと集のセリフの少なさですかね。
集はもうちょっと年を重ねて原作幼少期辺りの年齢になると喋らせやすくなるんですけどね(;´Д`)

長々と書きましたが今回はこれにて。
尚、次回更新は毎度のごとく未定です。いつかは連日更新とかしてみたいですね……。


追記
アニメでは無かったと思いますが、この話で登場したなのはのツインテールを使った感情表現は、わかりやすく表現する為の措置なので、出来ればこの件に関してのツッコミは無しでお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/03 これが僕からのプレゼントだよ

予定が狂いに狂ってしまったので、前言撤回で/03のみの更新になります。
次話は半分近くは完成してますので今回のように間が開くことはないと思います。


「集、朔夜。誕生日おめでとう」

「集くん、朔夜お兄ちゃん。お誕生日おめでとう!」

 

 そんな訳で、本日は僕と集の四歳の誕生日である。

 時間が流れるのは早いもので、なのはちゃんと友達になってもう一年近く経つ。

 二ヶ月程過ぎた辺りからはなのはちゃんの表情も明るくなり、今では少しヤンチャな面を見せるようにもなった。

 最近は翠屋も軌道に乗ったのか、恭弥さんもちょくちょく顔を見せるようになったし、中々順調だと言える。

 それと重傷だった士郎さんはこの一年で回復の兆しを見せている。

 まだ起き上がることしか出来ないけど、リハビリ次第では普通に歩けるようになるだろうとの話しだ。

 これには医者もびっくりで、本来なら歩くことは愚か起き上がることすら難しいと言われてたから、それも当然の反応だろう。

 

 それ以外にこの一年で大きく変わったのは僕たちが幼稚園に通い始めた、ということだ。

 おかげで鍛錬に回す時間が少し減ってしまった。

 とはいえ、通うのは幼稚園なので早い時はお昼から時間が空く。

 つまり極端に時間が減る、ということではないので実質的には何も問題ないんだよね。

 

「お父さんは少し遅れる、って話しだから先に食べちゃいましょ?」

 

 そう言って姉さんが指すのは翠屋特性のバースデーケーキである。

 この日の為に桃子さんが腕によりをかけて作ってくれた作品だ。

 なのはちゃんも久しぶりに桃子さんのケーキが食べれるとあって、少し興奮しているようだった。

 

「その前にロウソクに火をつけようか。集、消したいでしょ?」

「うん!」

 

 ホントは子供だけで火を使うのは駄目なんだけど、料理の許可を得ている姉さんは必然的に火の使用も許されている。

 姉さんに頼んで、ロウソクにマッチで火をつけて貰う。

 火が付け終わると姉さんとなのはちゃんがバースデーソングを歌いはじめる。

 何だか気恥ずかしいな。

 

「集、もう消して良いよ」

 

 バースデーソングが終わると集を促す。

 促された集は息を強く吹きかけ、四本立ったロウソクの火を消した。

 火を消した集はどことなく満足そうな顔をしている。

 

「それじゃあ切るわね」

 

 姉さんが手際よくケーキを切り分けるのを見て、手馴れたものだなぁと思う。

 これでもまだ料理を習い始めて半年も経っていない。

 年齢のことを加味すると元々そっち方面の才能があったのだろう。

 今はここに居ない父さんと春夏さんの分を合わせて六つ。ほぼ均等の大きさになっている。

 

「集が先に選べば良いよ」

 

 ただ、大きさは同じでも場所によってはデコレーションの違う部分があるので、集に先に選ばせる。

 殆ど迷いなく選ぶ集を見て苦笑が浮かんでしまう。続いて僕も選ぶ。

 いつもならなのはちゃんや姉さんに先に選んで貰うのだけど、今日は一応僕の誕生日でもあるのだ。

 こういった日にいつも通りにしてしまうと、二人共絶対怒る。どうして先に選ばないんだ! って。

 ……去年姉さんにやって怒られたのは、ここだけの秘密だ。

 

「なのはちゃん、先にどうぞ」

「……良いんですか?」

「子供は遠慮しないものよ」

 

 姉さんも子供でしょ、と言いたい。

 ホントここら辺に住む子供って精神が早熟な子が多いよね。

 姉さんしかり、なのはちゃんしかり。恭弥さんとかもそうだ。

 幼稚園でも割とそういった子がチラホラ居るし。

 何かそういった子供が育ちやすい環境が整っているのかな? 気になる所だ。

 

「ありがとうございます、真名さん」

 

 二人共選び終わったので、早速ケーキを頂くことにする。

 うん。流石桃子さんと言うべきか。

 子供に合わせて、通常に比べて甘めの味付けになっている。

 大人といっても父さんは甘党なので、そこを考慮した上でもあるだろう。

 予約に対しては、味付けを好みに合わせてくれるサービス。翠屋の人気が出て来た理由の一つでもある。

 

 久しぶりに食べたけど、美味しい。

 うちでは最近洋菓子を買う時は大抵翠屋だ。謙遜抜きで、ここらで一番美味しい。

 甘いものに関して、父さんはかなり厳しいからね。

 その父さんが翠屋の洋菓子を絶賛することから、如何に翠屋の商品の味が良いかがうかがえる。

 

「集くんにはこれで、朔夜お兄ちゃんにはこっち」

「私からはこれよ」

 

 ケーキも食べ終わり、なのはちゃんと姉さんからそれぞれプレゼントを受け取る。

 なのはちゃんからのプレゼントは集とお揃いの腕時計。

 少し大きめのサイズなので、大切に使えば中学までなら持ちそうな程だった。

 子供のお小遣いで買ったにしてはしっかりとした作りの物だ。

 ……四歳の子供に同い年の子が上げるようなプレゼントじゃない、というツッコミはもう出ない。慣れって怖いよね。

 

「これ、結構高そうな時計だけど良かったの?」

「うん」

「大事に使わせて貰うね。ほら、集もお礼言って」

「なのはちゃんありがとう!」

「……えへへ」

 

 照れるなのはちゃんを横目に、今度は姉さんからのプレゼントを取り出してみる。

 こちらは僕と集で別々の物だ。集の方は最近集がハマっているテレビアニメのグッズのようだった。

 目を輝かせてはしゃぐ集を見ると微笑ましく感じる。

 一方、僕の方はどこか見覚えのあるデザインのロザリオだった。

 それも当然だろう。何せギルティクラウン本編で恙神 涯がつけていた物と、全く同じデザインだったのだから。

 ただ、ちょっと違和感を感じる。中央に何かをはめ込む様なくぼみがあり、形も若干歪だった。

 

「朔夜のそれ、お姉ちゃんの手作りなのよ? 大事にしてね」

「ありがとう、真名お姉ちゃん」

 

 通りで少し歪な筈だ。

 折角なので首にかけてみる。

 

「……どうかな?」

「とっても似合ってるわ。ね? なのはちゃん」

「はい!」

 

 そこまで絶賛されると、少し照れくさいな。

 ついでだからなのはちゃんから貰った腕時計もつけてみる。

 うん、しっくりくる。僕の好みに合わせてくれたのかあまりゴテゴテしていない、割とシンプルな作りの腕時計だ。

 

「腕時計も似合ってるわよ、朔夜」

「ありがとう」

 

 こういうイベントは前世でもあまり経験がなかったから、本当に照れくさい。

 なのはちゃんも僕が受け取ったプレゼントを付けてくれる様子を喜んでくれた。

 集は相変わらずおもちゃにはしゃいでいる。

 

「ただいま」

 

 そうやってプレゼントを受け取っている間に、父さんが帰って来たようだった。

 父さんの後ろには春夏さんの姿も見えた。

 

「おかえり父さん、春夏さん」

 

 もう今は春夏さんも殆どうちで生活をしているような状態で、父さんの話では今年中には式をあげる予定、とのことだ。

 そんな訳で実質春夏さんは義母も同然だった。

 白衣を着たままなのを見ると、着替える間も惜しんで家に向かってくれたみたいだ。

 些細だけど自分たちの誕生日を祝って貰えていることが実感できて、嬉しく感じた。

 

「お父さんお帰りなさい!」

「集。走ると危ないよ」

 

 走り寄った集が父さんに抱きつき、その様子に苦笑した父さんが集を抱き上げる。

 

「仕事の方は大丈夫なんですか?」

 

 そんな集の様子を尻目に、僕は春夏さんにそう尋ねた。

 最近は少し忙しくなって来ているようだったし、今日の出勤も殆ど予定外の物だった。

 遅くなる、と聞いていたのにまだ誕生日会が始まって一時間程度だ。

 この場合の遅くなる、というのは父さんたちの仕事の関係上二・三時間は覚悟していただけに、ちょっと意外だった。

 

「大丈夫。……ここだけの話」

「……?」

「今日までのは別に仕事が増えたからじゃないの。

 どちらかと言うと玄周さん個人の用事で、私たちはそのお手伝いをしていたのよ」

「父さん個人の用事?」

「ええ。……でも、ここから先は玄周さんに直接聞いてね?」

 

 父さんに直接聞け、ということは僕たちにも関係のあることだろうか?

 これ以上は答えてくれそうに無かったので、僕も父さんの方に行くことにした。

 

 僕が父さんに声をかけるより前に、父さんが僕に気付く。

 抱き上げていた集をおろし、白衣の内側を漁る仕草を見せた。

 

「朔夜、集。誕生日おめでとう。……これが僕からのプレゼントだよ」

「ありがとうお父さん!」

「ありがとう、父さん」

 

 そう言いつつ父さんは僕たちの目線に合わせるために膝をつき、白衣の内側から手を出す。

 その手の中にはビー玉サイズの妙な珠と、父さんがよく付けていたブレスレットがあった。

 

「集にはこっちのブレスレットだ。

 僕がいつもつけていたやつに、ちょっとした細工をしてある」

 

 そう言って集の腕にブレスレットを通す。

 すると不思議なことに、集の手にフィットするサイズに変化した。

 

「今は必要ないかもしれないけど、何時か集の役に立つ時がくるから必ず手につけておくように」

 

 そんな父さんの言葉に、集は頷いた。

 次に僕の方に珠を渡してくる。

 

「こっちが朔夜の分。真名から受け取ったロザリオのくぼみにはめてごらん」

 

 言われるままに珠を受け取り、くぼみにはめ込む。

 ピッタリとフィットすることから、はじめからこの為にあったくぼみだと解った。

 

「これってもしかして」

「うん、デバイスだ」

 

 ということは集に渡したのもデバイスだろう。

 集にも魔法の才能があることは確認済みだ。

 つまり、父さんたちが最近忙しかったのは、このデバイスを作っていたからだろう。

 

「じゃあ最近仕事が忙しかったのって」

「恥ずかしながら、このデバイスを作る為だよ。

 僕としても、父親として出来るだけ君たちには最高のプレゼントを渡したいからね」

「でもデバイスって高いんじゃ……」

「作成費用は仲間も出してくれたし、僕の今までの稼ぎも使った。心配の必要はないさ」

「ありがとう。大切にするよ」

 

 ロザリオをキツく握り締める。

 

「名称設定がまだだから、後でマスター登録と一緒に正式登録すると良い」

「うん、そうする」

「そうそう。インテリジェントデバイスだから、登録と一緒にモードも幾つか設定しておいてね?」

 

 横から出された春夏さんのセリフに、僕は硬直した。

 確かインテリジェントデバイスは一般に普及しているストレージデバイスより制作費が高かった筈。

 量産できるストレージと違って完全なワンオフ機になることも合わさり、魔導師としてかなりの実力を持たないと扱いきれないと聞く。

 

「ついでに言うとカートリッジシステムも積んでいる」

 

 追い討ちをかける父さんの一言。

 

 カートリッジシステム。

 今は衰退したベルカ式が使用するアームドデバイスに採用されているシステムだ。

 カートリッジは弾薬の形をしており、使用することで瞬間的に莫大な魔力を発生させ、発生した魔力の制御の難しさからベルカ式衰退の理由の一つとしてあげられる存在だ。

 当然、今の僕が持ってて良い代物ではない。

 

「うちはデバイスは全般的に扱うからね。当然、ベルカ式も扱っている」

「そうやって皆で色々悪乗りした結果……」

「二人のデバイスはベルカ・ミッドチルダのハイブリット式になった、という訳だ」

 

 二人して照れたように後頭部に手をやる。

 

 どうしてそうなる……!

 いや、僕たちのことを思って力を入れてくれたんだろうけど。

 その気持ちは純粋に嬉しいし、ありがたいと思う。

 けれどその結果とてもじゃないけど扱い切れそうにない代物になっている。

 

「カートリッジシステムに関しては僕の方で使用にプロテクトをかけてあるけど、デバイス側の判断で解除できるようになっているから、念の為体がしっかりと出来るまでは使おうと思わないように」

「わかった」

 

 正直、色んなことが一度に起こりすぎて思考回路がショート寸前だった。

 とはいえ、どれもこれも僕と集のことを純粋に考えた結果なので、怒ることも出来ない。

 結局この日はそれ以降まともな思考を維持することが出来ず、なのはちゃんたちに盛大に心配される羽目になってしまった。




予告なしの更新になりましたが、出来れば今月中に一話は上げたかったのでご了承下さい。
ギリギリまで同時更新できないか粘ったんですけどね(;^ω^)
新キャラ登場はお預けになりました。
次の更新時は予定通り新キャラ投入になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/04 天使を見つけてしまった

大変長らくお待たせしました。
……何とか今年中に間に合って良かった(;´Д`)


 現在の時刻は午後八時。

 僕は今自室で、先日貰ったデバイスを起動させてみようとしている所だ。

 というのも貰ってすぐの時はあまりの出来事に思考回路がまともに働かず、とてもじゃないけどデバイスの起動なんて出来る状態じゃなかったからだ。

 日中は幼稚園だし、その後は集やなのはちゃんと遊んでいたので、結局こんな時間になってしまったのだ。

 

「――――起動」

《起動。本機の名称設定をお願いします》

「機体名、ギルティクラウン。愛称をクラウンと設定」

《設定完了。マスター登録をお願いします》

「マスター名、桜満 朔夜。以後、同マスターの指示がない限りマスター変更機能をロック」

《マスター登録完了。同時に変更機能のロックを確認。――――はじめまして、マスター》

「これから宜しく頼むね、クラウン」

《こちらこそ》

 

 取り敢えず名称設定とマスター登録は完了。

 マスター登録の変更機能をロックしたのは念の為なので、特に意味はない。

 名称については色々と悩んだけど、結局記憶に残っているものから取ってしまった。

 本当はもっとしっかりとした名前を考えてあげられると良かったんだけどね。

 生憎と僕のネーミングセンスは壊滅的なのだ。

 

 続いてモードの設定に移る。

 取り敢えず今考えているのは近距離用の剣型と、中・遠距離用の拳銃型の2タイプだ。

 体が出来ていない今の内に刀剣類を扱うのには不安があるけど、遠距離しか対応出来ないのではベルカ・ミッドチルダハイブリット式の名が泣く。

 銃に関しては魔法使い然とした杖と迷ったけど、結局ロマンを取ることに。

 そして剣のデザインに関しては、折角なので名称のギルティクラウンに肖ることにした。

 

「そう言えば起動用のパスワードを聞いてなかったけど、初回起動時は必須だったよね?」

《はい。しかしマスター専用に調節されている私には不要です》

「あれ、でもマスター登録はさっきしたばかりだよ?」

《あれは単に形式の問題です。

 マイスター玄周より必要な情報は受け取っていましたし、そもそも私はマスター専用機として開発されました》

「そういうものか」

《そういうものです》

 

 しかし随分と人間らしいAIだな。もうちょっと機械的な物を想像していただけに意外だ。

 ついでに言うと音声は女性の、それも姉さんの物だった。

 これは多分父さんじゃなくて姉さんの仕業だな。

 

「それじゃあバリアジャケットとモードの設定に移ろうか」

《仰せのままに》

 

 バリアジャケットの設定は、どのデバイスでも初回起動時にすることになっている。

 そんな訳で基本となるモードとバリアジャケットは一度セットアップする必要がある。

 術者の脳裏に自分のバリアジャケット姿を想像することで、それをデバイス側で読み取って想像通りに生成するのだ。

 

 ベルカ式とミッドチルダ式が混じりあったような魔法陣が広がるのを見ながら一旦目を閉じ、頭の中に自分のバリアジャケット姿――黒いコートを着て赤いマフラーをつけている姿を思い浮かべる。

 そう。原作において前半では涯が使用し、そして後半で集に受け継がれたあのコートだ。

 そのコートの背中には父さんの仕事場のエンブレムを刻む。

 マフラーの色は合わせたというより、姉さんの好きな色から貰った。

 あまり魔導師らしくない格好かもしれないけど、僕には一番しっくりくるものだった。

 ここまで肖ったのだから、最後まで肖ろうという魂胆もある。

 

《バリアジャケット生成》

 

 魔力光である銀色の光が溢れ、視界一杯に広がる。

 光が収まった頃には、僕の姿は想像通りの物に変わっていた。

 

「続いて基本モードの設定。以後、このモードをリッターフォルムと呼称」

《名称設定完了。形状の設定をお願いします》

 

 ロザリオを握り締め、想像する。

 

「――――ギルティクラウン、セットアップ」

《セットアップ》

 

 足元に広がるハイブリット式の魔法陣。

 同時にロザリオにはめ込まれたコアの形状が変形する。

 魔法陣から溢れた光が収まると、僕の右手には【剣のヴォイド】が収まっていた。

 無論、形状が同じなだけでヴォイドではない。

 唯一違う点を挙げるとすれば、カードリッジシステムが装備されていることにより、若干ゴツイ印象を与えるようになった所か。

 

「続いてセカンドモード設定。以後、このモードをガンナーフォルムと呼称」

《名称設定完了。形状の設定をお願いします》

 

 こちらはハンドガンの形を選択。

 状況に応じて補助用のバレルを展開することで、遠距離にも対応出来るようにする。

 スナイパーライフルの形にして長距離に特化させることも考えたけど、ひとまずはこの形で様子を見ることにする。

 慣れてきたらバレルを廃止して、新しく長距離特化のモードを作れば良いだろう。

 

「今はこれ以上は必要ないかな。

 ところでクラウンの中には今どれだけの魔法が登録してあるの?」

《防御魔法三種に捕獲系魔法が一種、移動魔法二種に補助魔法が一種、そして結界魔法が二種の計九種になります》

「順に説明をお願い」

《了解しました。まずは防御魔法三種から説明します。

 一つはバリアジャケット着用に必要な物です。

 次がシールドタイプのラウンドシールド。最後がバリアタイプのサークルプロテクションになります》

 

 聞いてみるとシールドとバリアの違いは、範囲と強度になるようだ。

 問題点があるとすれば、デバイスによる自動防御に設定出来ない物しか登録されていない点か。

 これは僕の戦闘スタイルに合わせた防御魔法を選ぶ必要がある為、あえて登録しなかったらしい。

 

《捕獲魔法はバインドタイプの基本形である、リングバインドになります》

 

 これも色々な種類があるとのことで、スタイルに合わせて最適化する必要があるだろう。

 特に魔力変換資質を持っている人間は、その資質に合わせたバインドを習得する必要があるという。

 

 魔力変換資質というのは、特に意識せず魔力を炎や電気に変換する為の資質のことを指す。

 僕も姉さんもこれを持っていて、姉さんは補助用のバインドをきちんと習得していると聞く。

 ちなみに僕は風と電気、そして水といった三つの性質を併せ持つ嵐の魔力変換資質を持っている為、この場合優先して学習するべきなのは風系の魔法を補助するガストバインド、電気系の魔法を補助するライトニングバインド、そして水系の魔法を補助するストリームバインドになる。

 勿論属性補助以外の用途の物も多岐に渡って存在しており、念の為にそういったバインドも幾つか覚える必要があるだろう。

 

《移動魔法は飛行用の魔法と転移用の次元転送魔法で、補助魔法に関しては念話用の魔法になります》

 

 この飛行用と念話用、先のバリアジャケット着用の魔法の三種は、魔導師にとって必須のものなので必ず初期登録されているらしい。

 転移魔法は何らかの事故で地球以外の場所に転移してしまった場合に必要だろう、との判断で入れられているようだ。

 

《結界魔法はサークルタイプのフローターフィールドと、エリアタイプの封時結界になります》

「封時結界っていうのは?」

《魔法が周囲に被害を及ぼさないようにする為の結界です》

「訓練する時に使えってことかな」

《ですが結界魔法でも上位に値するので、まずは魔法に慣れる必要があります》

 

 なら、ある程度魔法に慣れるまで魔力を使った大規模な訓練は控えるべきだな。

 すぐに出来るのは魔力負荷をかけたり、後はクラウンに協力して貰ってイメージトレーニングを行うくらいか。

 姉さんが結界魔法を使えるのなら、姉さんに頼んで結界を張って貰うのも有りか。

 

「何はともあれ転移魔法用のマーカーだけ打ち込んじゃおうか」

《仰せのままに》

 

 マーカーを打ち込んでおくと安全、かつ楽に転移をすることが可能なのだ。

 座標指定を詠唱でこなす方法もあるらしいけど、そちらは指定する座標がかなり複雑なのだ。

 そういった理由から僕の使う転移魔法はマーカー形式になっている。

 

 早速自室にマーカーを打ち込む。

 念の為にリビングにも打ち込み、後はいつもの公園にも打ち込んでおこう。

 大量に打ち込む必要はないけど、万が一機能しなかった時のことを考えて、複数個打ち込んでおくのは判断としては間違っていないだろう。

 

《マーカーの打ち込み、完了しました》

「今日はこれ位にしておこうか。バリアジャケット解除」

 

 指示を出した直後には、元の私服姿に戻る。

 今日は魔法に関することはここまでにして、後はクラウンと交流を重ねることにしよう。

 

「それじゃあ、寝るまでお話しようか」

《はい、マスター》

 

 結局この日はクラウンとの話に夢中になって寝るのが遅くなり、翌日姉さんにこっぴどく叱られてしまうのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 クラウンを入手してから、僕の鍛錬にはクラウンを使用した物が加わっていた。

 早い段階でデバイスになれる必要性を感じていたし、本格的に魔法を使ってみたいと思っていたのだ。

 そんな時にデバイスを入手したものだから、スキを見ては鍛錬をする日々が続いた。

 

 勿論、だからといって家族やなのはちゃんをないがしろにしていた訳じゃない。

 鍛錬は寝る前のちょっとした時間など、空いた時間をイメージトレーニングを利用した仮想訓練に当てた。

 ……イメージトレーニング? と思うかもしれないけど、これが案外馬鹿に出来なかったりする。

 何せ高性能なAIであるクラウンに協力して貰うことにより、脳内を擬似的なシミュレーターにしてしまうのだ。

 イメージトレーニングというより、もはやシミュレーションというべきだろう。

 それ以外には魔力負荷を常時かけてもらうようにして、魔力強化を図ったりもした。

 

 まぁ、実際にはそこまで時間のことを気にする必用もなかったんだけどね。

 一つは先程も言ったイメージトレーニングが空いた時間でも可能だったから。

 もう一つは士郎さんの体がかなり回復して来ている為、桃子さんたちもなのはちゃんとの時間を持てるようになったからだ。

 その結果、僕自身が家族といることを勧めたこともあって、今は前ほどなのはちゃんと一緒に居る訳ではないのだ。

 

 休日は家族との間に一定の時間を取った後は、基本的に鍛錬に注ぎ込んだ。

 特に複数の思考行動・魔法処理を並列で行う、所謂マルチタスクの鍛錬には力を入れた。

 継続して二つの思考行動を取れるようになってからも、マルチタスクそのものの訓練は継続して行い、今では四つ同時に思考行動を取れるようにもなった。

 正直なところ比較対象が姉さんしか居ないので、この四つという数字がどれ位のものかはわからない。

 その姉さんが九つのマルチタスクを操ることから、僕個人としては普通なのかな? とも思う。

 今後の為にも平均を調べておいて損はないだろうから、今度時間を見つけて父さんや姉さんに聞いてみるつもりだ。

 

 話を戻して。

 このマルチタスクが思った以上に便利で、時間の問題を解決するどころか、常に鍛錬を可能にしてしまった。

 マルチタスクによって安定して複数の思考行動を取れるようになった為、思考の一つをイメージトレーニングに当て、残りの思考で会話をする、という風に会話と鍛錬を同時にこなすことが出来るようになったからだ。

 その結果、今まで鍛錬に割いていた時間を減らしてその分集や姉さん、なのはちゃんに構う時間を増やせたのは大きい。

 集は兎も角、姉さんやなのはちゃんは表情に出していなかったけど、少し寂しそうだったから、僕としてもこうして皆との時間を増やせるのは嬉しいことだ。

 

 しかし残念なことに、今日は僕一人だった。

 集は最近出来たという友達と遊びに。姉さんは父さんについてミッドチルダに。

 そしてなのはちゃんは家族でお出かけをする予定だという。

 そんな訳で息抜きの為に何時もの公園に、最近していなかった日向ぼっこをしに来たんだけど……。

 

「…………」

 

 僕は視線の先に、天使を見つけてしまった。

 いや、正確には天使と見間違う程綺麗な女の子、になる。

 

 銀色に輝くストレートロングの髪。そして金色の瞳。

 どこか沈んだ表情をしているその少女の姿に、僕は目を奪われた。

 この辺りでは見かけない顔なので、他所から来た子だろうか……?

 沈んでいる表情がどうしても気になったので、僕は声をかけてみることにした。

 なのはちゃんの時と良い、僕はこういった場面に出くわすと放っておくことが出来ない性分なのだ。

 

「こんにちは」

「……?」

「隣、良いかな?」

「……かまわないわ」

 

 よっこいしょ、と隣に座る。

 年甲斐もなく緊張してしまうのは、前世ではあまり女性との付き合いがなかったからだろうか。

 しかしこの歳で同じ年頃の女の子に緊張してしまうのは僕ぐらいのものだろう。

 

「………」

 

 背に太陽の光が当たり、丁度いい感じにぽかぽかしてくる。

 隣に座ったのは良いものの、何を話すか悩んでしまう。

 

「僕は桜満 朔夜。キミは?」

「……立華 奏」

 

 首をかしげてそう答えられた。しかも表情に変化がない。

 うーん、感情表現が乏しい子なのかな? いや、単に初対面の相手に警戒してるだけか。

 まぁ行き成り知らない人間が話しかけて来たら警戒もするだろう。

 

「奏ちゃんって言うんだ。良い名前だね」

 

 いやぁ困った。会話が全く思いつかない。

 響きが良かったので思わず名前を褒めたけど、普通に考えてこれは違うだろう。

 同年代の子とは、集やなのはちゃん以外はあまり接点がないからなぁ。

 二人共、どちらかと言えば他の子に比べて精神的に成熟している方だから、あまり参考にはならないし。

 

「奏ちゃんはここで何してたの?」

「……」

 

 やっぱり警戒されてるのかな?

 まぁ見知らぬ子に話しかけられれば、警戒もするか。

 

「何も」

「……?」

「何もしていないわ。ただ、ボーッとしていただけ」

「それじゃあ、僕と一緒に遊ばない? 今は僕も一人だから、遊び相手が欲しいんだ」

「貴方は」

「ん?」

「何も言わないのね。私の容姿のこと」

 

 確かに、彼女の容姿は日本人とは言えないものだ。

 染めたりしない限り、純粋な日本人が銀髪を持つことはない。

 とは言え彼女の両親、あるいは片親が日本人じゃない場合はその限りじゃない。

 普通僕らの歳でそういったことには気付ないから、自分たちと違う彼女を避けるのだろう。

 そういったことを気にしない子も居ただろうけど、周りに流されて避けていた、と考えるべきかな?

 

「皆、私のことを気味悪がるわ。私だけ違うから」

「僕は綺麗だと思うけど」

「綺麗?」

「うん。その銀色の髪も、金色の瞳も綺麗だと思うよ」

「……不思議な人ね」

 

 そう言って奏ちゃんは少し笑った。

 少しの間の後、奏ちゃんは自分のことを少しずつ語りだした。

 

「お父さんとお母さんは、ミッドチルダって国の人なの。だから私の髪と瞳はこんな色をしているのよ」

 

 成程、ミッドチルダか。あそこなら銀髪金眼何て珍しくもないか。

 実際もっと凄い髪の色をしている人を見かけたこともあるし。

 ……ん?

 

「って、ミッドチルダ!?」

「……?」

 

 ミッドチルダといえば、僕にとっては父さんの職場のある異世界のことだ。

 まさかこんな魔法に縁のない所でその名前を聞く羽目になるとは……。

 つまり彼女は、厳密に言えば日本人どころか地球人ですらなく、異世界人だということになる。

 通りで日本人離れした容姿を持っている訳だ。

 

「ごめん、知っている名前だからビックリしただけ。奏ちゃんはミッドチルダに行ったことあるの?」

「いいえ、ないわ。調べたけどそんな国はなかったもの」

 

 言い回しが少しおかしい?

 

「お父さんたちに連れて行って貰わなかったの?」

「…………もう、いないわ」

 

 どうやら僕は特大級の地雷を踏んだらしい。

 もういない。つまり既に亡くなっている、ということだ。

 

「ごめん。無神経なこと聞いた」

 

 奏ちゃんは黙って首を横に振り、話を続けた。

 

「警察官のような仕事をしている、と聞いていたわ」

「それって……」

 

 奏ちゃんは頷いた。

 つまり、彼女の両親は仕事中に殉職したのだろう。

 確かにミッドチルダには、管理局という組織が存在する。矛盾点はない。

 

 ここで寂しい? とは聞けなかった。流石にそこまで無神経じゃない。

 寂しくない訳がない。

 だから僕は違うことを言うことにした。

 

「今度、僕の友達を紹介するよ」

「……?」

「人と違っても絶対避けたりしない子だよ。

 ……奏ちゃんが寂しく感じる暇がないくらい、一杯遊ぼう?」

「!」

「嫌、かな……?」

 

 奏ちゃんは勢い良く首を横に振った。

 孤児院で生活していたとしても、大人は奏ちゃん一人につきっきりでいる訳でもない筈。

 周りの子供には避けられ馴染めず、ずっと一人だったのだろう。

 なら僕は、せめてその寂しさを少しでも和らげてあげたい。

 きっとなのはちゃんも賛成してくれるだろう。

 あの子は一人で居ることの寂しさを知っている子だから。

 

 その後、奏ちゃんは迎えに来た女の人と帰っていった。

 簡単に話を聞くと、今は両親の知り合いだという人に援助をして貰って生活をしているらしい。

 迎えに来たのはその知り合いの人が寄越してくれた、所謂お手伝いさんとのことだった。

 ちなみにお手伝いさんは二人居て、一週間ごとに交代で面倒を見てくれるとか。

 今日迎えに来たのは、リーゼロッテさんと言う名前の人だった。

 

 この時に聞いたんだけど、奏ちゃんが僕より三つも歳上だということには驚いた。

 同い年だとばかり思ってたから少し焦ってると、リーゼロッテさんが笑いながら、今後も奏ちゃんと仲良くしてくれ、と言ってきた。

 

 勿論、僕の返事は決まっていた。




そんな訳で最新話をお届けしました。

ちなみに作中の魔法に関するものは、なのはwikiに記載されているもの以外は殆ど憶測です。
特にバインドや転移魔法に関しては独自解釈が含まれますのでご注意下さい。

さて、今回から新たにクロスするのは Angel Beats! になります。
といっても今回のクロス先からは、主にキャラクターのみの拝借になります。
後は今の所、音無とゆり辺りが出せるかなぁ? と言った感じです。予定は未定。

長々語るのもアレなので、今回はこれ位で。
それでは皆様、良いお年を。


※1/28追記
感想の方で、ViVidの方で炎熱と電気を併せ持つ炎雷と呼ばれる魔力変換資質が登場していることを指摘されました。
通常のwikiを見ると確かにその存在の確認が取れましたので、一部設定を変更します。
漫画版の方はどれも手付かずの状態だったので盲点でした。
本編での変更点は以下になります。

風と電気の魔力変換資質を持つ
→風と電気、水の三つの性質を併せ持つ嵐の魔力変換資質を持つ

水が追加されたのは、単純に風と電気を合わせた場合の魔力変換資質に関する名前が思い浮かばなかったからです(;´Д`)
複合属性は恐らく原作の方でもかなり稀少だと考えられますが、主人公だけの特異性を表すには若干弱いので、新しくもう一つ何か特性を追加する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/05 貴方が、私の運命だからよ

大変お待たせしました。
何とか月刊更新は保てて良かった……(;´Д`)

それと/04において、感想で追加情報を頂いたので設定を変更しています。
文章の一部を変えただけなので読み返す必用はないですが、ご報告させて頂きます。
ちなみに変更点は【風と電気の魔力変換資質】が【風・電気・水の性質を合わせ持つ嵐の魔力変換資質】という点です。

ついでに。Twitter もはじめたので、そちらの方も宜しくお願い致します。
今後執筆状況はあちらの方で呟いて行く予定です。
更新情報はこちらの方でも続けます。


 最近、姉さんの視線を感じることが以前にも増して多くなった。

 もう隠しごとも無理かな? と思えてくる。

 とはいえ、実はあなたの弟は前世の記憶を持ってますよ~。何て言っても普通は信じないだろうしなぁ。

 こればかりは誰にも言うつもりはないのである。

 

「朔夜」

「何? 真名お姉ちゃん」

「朔夜が何を隠しているか、お姉ちゃんに教えて?」

 

 ところがどっこい。もはやバレているらしい。

 そんな簡単にわかるような隠し方じゃなかったと思うんだけどな。

 歳不相応の振る舞いが駄目だったのか? けど僕としてはあんまりバカっぽい真似は勘弁だしなぁ。

 いや、でも年単位で隠せたからもった方なのか?

 とりあえずシラを切っておくか。

 

「何も隠してることなんかないよ?」

「嘘。お姉ちゃんにはわかるんだから」

「あ、こないだお姉ちゃんのプリン、勝手に食べちゃったこと?」

 

 秘技・誤魔化し。

 ちなみにプリンを勝手に食べちゃったのは、本当は集です。

 

「いいえ。それ以外の、食べ物とかに関わりのないことよ。誤魔化さないで」

 

 しかし効果は無かったようだ。

 うーん、これは本格的にバレてるのかな?

 まぁバレて何か困るようなことでもないし、別に問題はないんだけどね。

 でも弟が実は前世の記憶を持っている、なんてことになったら、余計な心配をかけそうだしなぁ……。

 それに言うつもりはないけど、仮に自分が創作物に登場する人物だって知ったら、嫌な気分になるだろうし。

 

「僕の態度が歳不相応なことに関して?」

「それは私の弟だもの、当然よ。それ以外のこと」

 

 姉さんちょっと弟に夢見すぎじゃないですか……?

 自分の弟なら当然、ってそれじゃあ集はどうなるんだよ。

 とはいえここまで来ると確定だ。

 姉さんはどうやら僕が他の人間とは違うことに気がついているらしい。

 まぁ、この街は僕以外にもやけに精神年齢が高い子供が多いから、そういった点に関してはあまり疑問を抱いていなかったのだろう。

 

「……」

「お姉ちゃんはね? 朔夜のことが全部知りたいの。全部、ね」

 

 誤魔化しはきかない。

 本当のことを言うまで引き下がるつもりはさなそうだ。

 とはいえ、本当のことを言っても信じるかどうかは別問題だし……。

 仕方ないか。

 

真名(・・)は何を聞きたいの?」

「朔夜のこと、全部。

 そうね。まずはどうして最初から(・・・・)私のことを知っていたのか知りたいわ」

「……どこで気付いたの?」

「あなたが一歳になった時。私の顔を見て少しびっくりしたでしょう?」

 

 正に自業自得。いや、その僅かな表情に気付いた彼女が凄いのか。

 

「……真名は、輪廻転生って信じる?」

「ふーん、それが朔夜の秘密?」

「うん。真名を知ったのはその前世で」

「私と同じ存在を見たことがあるから?」

「どうして……」

 

 僕の言葉を遮って発した彼女の言葉に、僕は衝撃を受けた。

 彼女はそれをどこで知った?

 

「お姉ちゃんの秘密も教えてあげる」

「え?」

「平行世界っていうのかな?

 お姉ちゃんはね、色んな桜満真名の記憶の断片を持っているのよ」

「断片?」

「そういった別世界の自分の記憶を、断片的に見るレアスキルを持っているの」

「レアスキル!」

 

 成程。そういったレアスキルを持っていれば、この反応も納得がいく。

 

「まぁ自発的に見れるような物じゃなくて、夢という形で不定期に発生する、酷く限定的なレアスキルなんだけど、ね?」

「……そっか。つまり、どの平行世界にも僕の存在が無かったんだね?」

「ええ。いくつもの平行世界の私の記憶を見たけど、何時も弟は集だけだったわ」

 

 それと僕の自意識が生まれた直後の反応を合わせて、僕が何かを隠していると考えたのか。

 

「ねぇ。お姉ちゃん、朔夜のこと全部(・・)知りたいな」

「……はぁ」

 

 つまり、彼女はこう言いたいのだ。

 僕の前世を含めた、その全てを聞かせて欲しい、と。

 

「良いよ。あんまり面白い話でもないけど、教えてあげる」

 

 文字通り、僕の全てを。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そうして僕は、全てを真名に語った。

 僕の前世のこと。死んで神様に会ったこと。

 この世界のこと。転生したこと。

 話せることは全て話した。

 真名は僕の話を聞いている間、ずっとニコニコと笑っていた。

 

「……僕が話せるのはこれで全部」

「ありがとう、朔夜」

 

 どういたしまして、とは言えなかった。

 真名は何故、僕のことを知りたがったのだろうか?

 

「安心して。このことは誰にも言わないから」

「どうして」

「ん?」

「どうして真名はこんなことを知りたがったの?」

 

 僕の疑問に、真名は花の咲くような笑顔を見せて答えた。

 

「それはね? ――――貴方が、私の運命だからよ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 結局、あの言葉の意味は教えて貰えなかった。

 その後も表面上は普段と何ら変わらず僕と接する彼女を見て、疑問は深まるばかりだ。

 今までと違う所があるとすれば、それは僕が彼女を名前で呼ぶようになったことぐらいか。

 今までは肉体の年齢と、僕の精神衛生上の理由からお姉ちゃんと呼んでいた訳だが、今回の件で僕が精神的には歳上であると知った真名から、殆ど強制に近い形で呼び捨てにするよう乞われたのだ。

 しかも父さんや集の居る目の前でやられたので、二人も後押しする始末。

 結局押し切られる形で真名、と呼び捨てで名前を呼ぶことになってしまった。

 

 まぁ僕としても真名の願望を叶えることはやぶさかじゃない。

 良い機会と言えば良い機会だった。

 

 ……そう言えば、気になることと言えばもう一つ。

 他の転生者の存在だ。

 転生する際、神様が言っていた他の転生者の存在。

 その存在が今まで全く感じられない。それがいささか不気味だった。

 話を聞いた限りこの世界に転生を果たした存在は一人や二人ではない。

 それこそ数十、下手をすれば百人以上が転生している筈なのだ。

 何せ世界が崩壊しかけたのだ。生半可な数じゃないだろう。

 しかし、今に至るまで僕は誰一人として他の転生者に遭遇していない。

 都合良く日本に転生したのが僕だけ、何てのはちょっとありえないだろう。

 

 まぁ、他の転生者に会わないからと言って問題がある訳でもない。

 頭の片隅に置いておく程度でも良いかな? とは思う。

 けれど一度気になりだしたら、どうにも収まりがつかない。

 それとなく情報収集もしておこうかな。

 

「朔夜お兄ちゃん?」

 

 おっといけない。

 考えに集中するあまり、ボケっとしていたようだ。

 マルチタスクを使い慣れて来たとは言え、まだまだ未熟だな。

 

「ごめんね、なのはちゃん」

「……大丈夫?」

「うん。奏ちゃんもごめんね」

 

 今現在、僕はなのはちゃんと奏ちゃんの二人と公園で遊んでいる最中だった。

 先日の宣言通り、僕はなのはちゃんと奏ちゃんを引き合わせた。

 昔の自分と重なる所もあってか、なのはちゃんはすぐに奏ちゃんと仲良くなった。

 今では奏お姉ちゃん、なのちゃんと呼び合う程仲良しさんだ。

 

「そう言えばこの間の約束」

「……? あぁ、奏ちゃんの家に行くって話のこと?」

「ええ。ロッテさんが来週の日曜なら時間が作れるから、その日なら良いって」

「わかったよ。その日はアリアさんも居るの?」

 

 僕の言葉に頷く奏ちゃん。

 ちなみにロッテとはリーゼロッテさんの愛称だ。

 アリアというのはロッテさんと交代で奏ちゃんの世話をしている、リーゼアリアさんの愛称になる。

 二人共何回か顔を合わせて簡単な会話を交わしたことはあるけど、本格的な顔合わせははじめてだ。

 最初に会った時、自分たちの名前は少し長くて呼びにくいだろうから、と愛称で呼ぶように言われたのだ。

 

「グレアムおじさまも時間を作って顔を出してくれる、って」

「グレアムさんが?」

 

 グレアムさんとは、ロッテさんとアリアさんを奏ちゃんの家に派遣している、奏ちゃんの両親の上司だった人のことだ。

 二人が殉職した際、現場に居たものの助けることが出来なかったと当時のことを悔やんでおり、その関係で奏ちゃんに援助をしている、というのは以前アリアさんから聞いた話だ。

 グレアムさんと直接顔を合わせるのははじめてになる。

 何せ相当忙しい人らしく、奏ちゃんも年に一回か二回会えれば良い方だという話だ。

 今回、奏ちゃんの家に遊びに行くのにここまで時間がかかったのは、グレアムさんの休暇とタイミングを合わせる為だったとか。

 どうやらリーゼ姉妹から僕のことを聞いているみたいで、直接会って挨拶がしたいという。

 

「そっか。なのはちゃんも行くよね?」

「うん!」

「それなら僕が迎えに行くよ。ついでに翠屋で何か差し入れを買ってこう」

 

 最近になって、父さんから商店街まで一人で出歩く許可を貰ったのだ。

 年齢以上にしっかりしていることが評価された形になる。

 とはいえ、出歩けるのは昼間に限定されている。

 夜の外出や夕方の行動範囲は基本的に今まで通りで、と釘も刺された。

 僕としても無闇に言いつけを破るつもりはない。

 

「お昼はどうする?」

「アリアさんが用意してくれる、って」

「それなら買い物だけしたらすぐ向かうね。集合場所はここで良い?」

「問題ないわ」

 

「お~いかなで~! 帰るぞ~!!」

 

 そんな会話を交わしていると、奏ちゃんの迎えが来た。

 今週はロッテさんらしい。

 

「ロッテさん、こんばんは」

「こんばんは」

「お、朔夜となのはか。元気にしてたか~?」

 

 なのはちゃんと二人で頭を下げると、ロッテさんが少し乱暴に撫でて来た。

 痛くはないけど、少し気恥ずかしい。

 

「はい。それと来週のこと、奏ちゃんに聞きました。

 翠屋で何か買ってから行こうと思うんですけど、何が良いです?」

「それならシュークリーム! あそこのシュークリームは美味しいから、父様にも食べて貰いたいし」

 

 ロッテさんの言う父様とは、グレアムさんのことだ。

 

「えへへ、そう言って貰えるとなのはは嬉しいです!」

「そっか。そういえば翠屋のパティシエはなのはの母さんだったね」

 

 ロッテさんは僕の頭から手を離すと、今度はなのはちゃんの頭を撫で始めた。

 なのはちゃんはこういったスキンシップが好きな方なので、今も喜んでいる。

 こういう所は年相応といえる。

 

「それなら少し多めに持って行くので、良かったら持って帰って貰って下さい」

「うん。父様にも伝えとく」

 

 撫で終わるのを待ってから話を続ける。

 そろそろ時間も遅い。

 僕もなのはちゃんを送る必要があるので、名残惜しいが今日はここまでだ。

 

「じゃあ奏ちゃん。また今度」

「ばいばい! 奏お姉ちゃん」

「またね。朔夜、なのは」

 

 ロッテさんに連れられて帰っていく奏ちゃんに手を振り、僕たちも帰路につくことにする。

 

「良し。僕たちも帰ろうか」

「うん!」

 

 そうして、僕たちも手を繋ぎながら帰路についた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 時間が流れるのは早いもので、早一週間の時が流れた。

 そんな訳で本日は約束の日である。

 父さんたちには事前に話をしてあるので、時間まで集と遊ぶことに。

 最近は僕も付き合いが悪かったので少し拗ね気味である。

 

 時刻は九時。

 集の機嫌取りに終始していたけど、そろそろ時間だ。

 まずはなのはちゃんを迎えに行くことに。

 

「気をつけていってくるんだよ?」

「うん。それじゃあいってきます!」

 

 歩くこと十数分。高町家に到着である。

 インターホンを鳴らして暫くすると、恭也さんが姿を現した。

 

「おはようございます、恭也さん」

「おはよう、朔夜くん。

 なのはならもう少しで準備が終わる。中で待つか?」

「いえ、ここで十分です」

「そうか。今日はなのはのこと、宜しく頼むよ」

「はい」

 

 恭也さんも、ひと月程前に士郎さんが退院したこともあり、以前はあった険が取れて余裕が戻ったようだ。

 そう。何と士郎さんはリハビリを済ませて退院したのだ。

 一時期は起き上がることすら絶望的、とまで言われてたけど、今では日常生活を問題なく送れる程に回復した。驚異的な回復速度と言える。

 今では翠屋のオーナーとして、桃子さんと一緒に働いている。

 

「朔夜お兄ちゃん、お待たせっ!」

 

 玄関先で暫く恭也さんと会話を交わしていると、なのはちゃんがやって来た。

 

「あれ、そのリボン……」

「えへへ。昔朔夜お兄ちゃんに貰ったリボンなの」

 

 なのはちゃんの言う通り、今彼女の髪を結んでいるピンク色のリボンは去年僕がプレゼントした物だった。

 女性物にはあまり詳しくなかったけど、なのはちゃんも女の子なんだし、女の子らしい物をプレゼントしようとしてリボンをチョイスしたのだ。

 

「その服も新しいやつだよね?」

「前の休みの時に皆でお買いものに行った時に買って貰ったの」

「うん。良く似合ってるよ」

「にゃはは」

 

 なのはちゃんは照れくさいのか、少し顔を赤くしている。

 

「それじゃあ恭也さん、いってきます」

「ああ。翠屋に寄って行くんだろ? 二人共、道中気をつけて」

「はい」

「お兄ちゃん、いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 恭也さんに見送られて、僕たちは高町家を後にした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 三十分程歩くと商店街に差し掛かった。

 流石にこれだけ歩くと子供の体には少し堪える。

 更に五分程歩くと、ようやく翠屋が見えて来た。

 

「いらっしゃいませ。……あら? なのはと朔夜くんじゃない」

「桃子さんこんにちは。シュークリーム十個程、テイクアウトで貰えますか?」

「今から奏ちゃんのお家に行くの!」

「そういえば今日だったわね。ふふ、それじゃあ少し待っててね?」

「はい」

 

 桃子さんがシュークリームを包んで箱に詰めるのを待つ間、店内を少し見回してみる。

 十時前にも関わらず、店内にはそこそこお客さんの姿が見えた。

 

 最近翠屋も評判を上げてきており、常連さんも増えて来たという話を以前恭也さんから聞いたことがあるけど、確かにその通りのようだった。

 元々美味しい洋菓子が食べられるということでその下地はあったし、士郎さんが退院してからは彼の入れるコーヒーが絶品だと、コーヒー好きの間で噂にもなっている。

 昼に出すようになったランチセットも、値段も量も手軽に食べられると評判をよんでいる。

 そういった諸々の理由が合わさって、翠屋は今人気急上昇中なのだ。

 最近は新しく従業員も雇ったという話だし、かなり軌道に乗っているのだろう。

 

「はいお待たせ」

「ありがとうございます。……ええと、お代は」

「1050円になります」

「じゃあ1100円からお願いします」

「はい、お釣り。二人共気をつけていってくるのよ?」

「はーい!」

 

 なのはちゃんの返事と共に僕も頷く。

 手をつなぎ直し、反対の手にシュークリームの入った箱を持つ。

 今度は来た道を戻る必要がある。

 とはいえ、自宅より公園の方が近い距離にあるので来る時より時間はかからない。

 子供の脚だということを配慮してか、箱の中に保冷剤を入れてくれたみたいだし、そこは流石桃子さんといった所か。

 

 なのはちゃんと会話を交わしながら歩いていると、公園が見えて来た。

 入口には奏ちゃんとアリアさんの姿が見える。

 

「奏ちゃんにアリアさん、こんにちは」

「こんにちは!」

 

 二人も近づいて来た僕たちに気が付いたのか、手を振っている。

 僕は両手が塞がっていて振り返すことは出来ないけれど、なのはちゃんは空いている手を大きく降っていた。

 

「こんにちは」

「アリアさんはお久しぶりです」

「ふふ、久しぶり。父様たちが待ってるわ。早速行きましょう?」

「はい」

 

 今度は四人で歩き出す。

 他の同年代の子と比べてまだ体力のある方の僕は兎も角、なのはちゃんは流石にバテてきているようだ。

 とはいえ、友達とのお出かけが嬉しいのか笑顔が絶えない。

 

 更に十五分程歩くと、他の家に比べて少し立派な一軒家が見えて来た。

 どうやらあそこが奏ちゃんの家になるらしい。

 

「ただいま」

「お~! 朔夜になのは!! いらっしゃい」

 

 奏ちゃんの声に反応したのか、ロッテさんが姿を現した。

 そのまま僕たちの方に飛びかかって来る。

 

「シュークリーム持ってますから、危ないですよ?」

 

 その言葉に反応して急ブレーキ。目と鼻の先でストップする。

 相変わらず驚異的な身体能力だ。

 

「ロッテさんこんにちは!」

「こんにちは、なのは」

 

 その代わりと言わんばかりになのはちゃんの頭を撫で始める。

 少し髪型が崩れたけど、なのはちゃんは嬉しそうだ。

 そんなロッテさんの様子にアリアさんは少し呆れている。

 

「ほら、父様も待っているんでしょう?」

「おおそうだった」

 

 アリアさんに諫められ、なのはちゃんの頭を撫でるのを止める。

 ここまでの移動でかなり堪えている筈なので、僕としてもそろそろなのはちゃんを休めたい。

 

「おじゃまします」

「おじゃまします」

 

 リビングに入ると、そこには見事なひげを蓄えた壮年の男性が居た。

 恐らくこの人がギル・グレアム氏だろう。

 ……それにしても、何て力強い魔力の鼓動だろう。

 僕が見た中でも一二を争う程、強い魔力の輝きだ。

 

「おじさま」

「おかえり、奏くん。そちらの二人が……?」

「私の友達です」

「紹介して貰えるかな?」

 

 奏ちゃんは頷き、まずは僕の方に手を向ける。

 

「男の子の方が桜満 朔夜くん」

「はじめまして、桜満 朔夜です」

 

 自己紹介と同時に頭を下げる。

 ついで、奏ちゃんの手はなのはちゃんの方に向く。

 

「女の子の方が高町 なのはさん」

「はじめまして、高町 なのはです!」

 

 なのはちゃんも自己紹介と同時に頭を下げる。

 流石に普段から礼儀正しいなのはちゃんだけのことはある。

 

「はじめまして、私はギル・グレアム。

 君たちのことは奏くん、ロッテやアリアから聞いている。これからも奏くんのことを宜しく頼むよ」

「はい」

「はい!」

 

 自己紹介も終わり、促されて椅子に座る。

 今日は暫くグレアムさんと会話をして、その後奏ちゃんの部屋で遊ぶ予定になっている。

 名目的にはお茶会、ということになる。

 その割にお茶請けがシュークリーム、というのも変な話だけど。

 

「これ、なのはちゃんの実家の喫茶【翠屋】のシュークリームです。

 お茶会の分と合わせて少し多めに買って来たので、残った分は良ければ持って帰って下さい」

「気を使わせてしまったようだね」

「いえ、そんなことは」

「アリア」

「はい、父様」

 

 グレアムさんに促されて、アリアさんがお茶を入れに向かう。

 何か手伝おうと思ったけど、お茶に関して素人の出る幕はないか、と会話を続けることにした。

 

「それにしても桜満、か……。玄周は壮健かね?」

「はい。……あの、父のことをご存知で?」

「ああ。彼の勤めるダアトには随分世話になっててね。その関係で彼にも世話になった」

「そうだったんですか」

 

 とはいえ、予想はしていた。

 父さんの工房はデバイス業界ではかなり有名だと聞いたことがあったし、管理局に商品を卸していても不思議じゃない。

 

 そうやって暫く会話しているとお茶を入れ終えたアリアさんが戻って来た。

 

「それじゃあ、お茶会をはじめましょうか」

 

 アリアさんが用意したお皿の上にシュークリームを並べていく。

 残りは箱ごと冷蔵庫に入れておく。

 お茶請けと紅茶が全員に行き渡った所でお茶会がはじまった。

 

 グレアムさんも翠屋のシュークリームを気に入ってくれたみたいで、絶賛してくれた。

 なのはちゃんも喜んで、僕としても嬉しい限りだ。

 奏ちゃんもこういった集まりは初めてのようで、凄く楽しそうだ。

 そんな奏ちゃんを穏やかな表情で見るグレアムさんが、酷く印象的だった。




ちょっと詰め込み過ぎな気もしますが、/05更新です。
本当は真名関係をもう少し多めにするつもりだったのですが、ちょっと予定を変更して立華家訪問を同じ話に組み込みました。
そのせいか今回は場面転換が少し多くなりました。
見にくかったなら申し訳ないです。

そう言えばいつの間にかお気に入りが80件になってました。
流石になのはのネームバリューは凄いですね。
これからも精進していく所存です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/06 私は諸君を歓迎する

お待たせいたしました。/06更新です。
次の話までが所謂導入部です。
話が大きく動き出すのは、/08からになりますので、もう暫くお付き合い下さい。


 今日は小学校の入学式だ。

 僕と集は、姉さんと同じ私立聖祥大学附属小学校に通うことになった。

 私立だけあって受験があったけど、僕も集も問題なくクリアした。

 とはいえ小学校の受験だけあって、図画・工作や簡単な運動、集団行動での協調性を調べるといったあまり勉強と関わりのない部分を見られることが多かった。

 僕も集も運動神経は良い方だし、転生者として一度人生を経験済みの僕は勿論、集も協調性はある方だ。

 私立での勉強に関しても、僕に関しては言わずもがな。集だって悪い方じゃない。

 面接の方も問題は無かった。

 

 なのはちゃんに関してだけど、彼女も同じ聖祥大附属小学校に通うことになった。

 これはなのはちゃん自身の僕や集と一緒に居たい、という希望が大きい。

 普段はあまり我が儘を言わないなのはちゃんだから、士郎さんも桃子さんも嬉しくてすぐに許可を出したそうだ。

 

 勉強の方は受験前には簡単に一年生レベルの勉強を教え、入学以降も姉さんが中心となって面倒を見ることになっている。

 試験で出る問題がわからないので、ある程度余裕を持たせる為の措置だ。

 その時は聖祥に入学を決めた後から受験まで、割とスパルタで勉強をすることになった。

 その甲斐あってか、入試に関しては難なくクリア出来たようだった。

 

 そんな訳で現在僕と集は、父さんの運転する車で学校へと向かっている。

 なのはちゃんも今頃は士郎さんの運転する車に乗っている筈。

 ちなみに入学式以降はバス通学になる予定だ。

 車で移動してることからわかるように、徒歩で通学するには少し遠い場所にあるのだ。

 

 車内で集と会話をしているうちに学校の校舎が見えてくる。

 さて、どんな学校生活を送ることになるやら。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 入学式は特に何事もなく終わり、新入生は振り分けられた教室に向かい出す。

 僕はというと双子である集は兎も角、なのはちゃんとも別のクラスだった。

 まわりは知らない人だけになるだろうけど、だからといって気後れする訳でもないので、とりあえず悪目立ちしない程度に生活するつもりだ。

 

 そんなことをつらつら考えている内に、教室についた。

 ドアを開け、中に入る。まず感じたのは違和感だ。

 席の数があからさまに少ない。二十あるかないか、といった所だろう。

 入学式で参列していた生徒数を考えると、これは些かおかしい数字だ。

 

 違和感に首をかしげつつも、黒板に書かれている席順を参考に、指定の席に着く。

 生徒が全員席に着き、十分程した頃だろうか? 担任の先生が教室に入って来た。

 先生は全員が席に着いているのを確認すると、黒板を消す。

 続いて流れるように名前を書いた。

 

「私の名前は如月 神威(きさらぎ かむい)。今日から諸君の担任を務めることになる」

 

 ポニーテールにしている黒い髪。少しつり気味な黒い瞳。

 顔立ちは男か女か良くわからない、中性的なものだ。

 ただ、今聞いた声質からすると男性だろうか?

 

「ちなみに、男子諸君には申し訳ないが私は男だ」

 

 先生はどうやら男らしい。

 けれど、ここでまたしても違和感を覚えた。

 だって普通に考えて小学校に入学したての子供に対して、男子諸君に申し訳ないが、何て言い回しは必要ないだろう。

 この年頃の子供は、担任が男であろうが女であろうが特に気にしない筈なのだから。

 そういったことが気になり出すのは、普通はもう少し年をとってからだ。

 

「まずは特別クラスにようこそ」

 

 教室内は異様な空気に包まれていた。

 何故か二十人前後しか生徒が居ないクラス。

 それに加え、やけに顔立ちが整っている子が多い。

 何より一番の問題点は、クラスに居る半数近くが魔力を持っているということだ。

 これで何かあると思わない方がおかしい。

 

「もう気付いているとは思うが、諸君には共通点がある」

 

 かくいう僕も、このクラスに居る顔ぶれを見て嫌な予感を持つ一人だった。

 もうね。答えが見えているというか。

 ホント、勘弁して下さいとしか言い様がないね。

 

「このクラスは【転生者専用】特別クラスだ。

 ――――ようこそ転生者諸君。私は諸君を歓迎する」

 

 うん。薄々そんな予感はしていた。

 だって、このクラスの半数以上が魔力を持っているんだよ?

 今まで僕以外には、姉さんたちしか存在しなかったのだ。

 それが急にこれだけ増えると、もう答えはそれしかないだろう。

 

 転生者専用。

 要するに、このクラスの生徒の全てが転生者だということになる。

 ただ一つ気になることがある。

 学校の方で意図的に転生者を一纏めにした、ということになるのだけど、一体どうやってそれを成し遂げたのだろうか。

 

「諸君はどうしてそんなことが出来る? と疑問に思っているだろう。

 答えは簡単だ。私にはそういった、転生者とそれ以外の存在を判別する為の力がある」

「ちょっと待って下さい」

 

 先生の話を遮り、一人の少女が声を上げた。

 黒い長髪に黒い瞳と、この中では比較的日本人らしい容姿をしている。

 ただ、どこかで見たことのあるような子だ。

 どこで見たんだったかな……?

 

「質問を許可しよう、樋口」

 

 樋口。やはりその苗字にも聞き覚えがある。

 猛烈に嫌な予感がして来た。

 

「はい。そう言った力を持っている、ということは如月先生も転生者なのですか?」

「いいや違う。私は諸君と違って、転生者ではない」

「それだとおかしいです。そんなレアスキルを持っているということは……」

「あぁ、そこが違うんだ。

 これはレアスキルじゃなくて、私に備わってるデフォルトの能力さ」

「デフォルト?」

「そう。私はこれでも神の一柱だからね」

 

「……え?」

 

 樋口さんが絶句するけど僕らも絶句した。

 ここに来てこの展開は正直予想していなかった。

 単純に、この世界そのものに転生者の存在が認知されている為、そういったレアスキルが存在していても不思議じゃない、と思っただけ余計に。

 

「私は諸君をこの世界に送るよう頼んだ、この世界を管理する神の代行体だ」

「代行体、ですか?」

「わかりやすく言うと、人間世界で活動する為の分身みたいなものだよ」

「つまり、如月先生の本体とも言うべき存在が、私たちをこの世界に呼んだ……?」

「そう。神だ」

 

 信じがたいことだが、矛盾はない。

 僕としては先生も転生者、と片付けてしまえた方が助かったんだけど。

 だって考えても見てよ? 神が直々に転生者を一箇所に集めるなんて、何かありますと言っているようなものじゃないか。

 

「それで、先生が転生者を一箇所に集めたのは、一体どういう理由からなんです?」

「桜満 朔夜。いい質問だ」

 

 先生はそこで、教室を見回した。

 

「ここに集まっている転生者には、もう一つ共通点がある」

「共通点?」

「そうだ、樋口。諸君の中には、既にここが※※※※※※※の世界だと気がついている者も居ると思う。

 ここにいるのはそもそも原作知識を持たなかったり、あるいは単純に第二の人生を静かに暮らしたいと思っている者たちだ」

 

 ※※※※※※※? 何やら聞き取れない言葉が出て来たぞ。

 周りの生徒も聞き取れなかったのか、怪訝な顔をしている。

 

「あぁ、聞き取れないのは仕様だ。

 諸君もこの言葉を口にすることは出来なくなっている筈だ」

 

 ますます意味がわからない。

 

「フフ。

 何やら転生者の中に、この世界の原作知識の消去を願った面白い奴がいるらしくてな。

 これはその人物が、後天的に原作知識を入手するのを防ぐ為の措置だ」

 

 ああ、僕のことですね。

 そんな所に影響が出て来るとは思いもしなかった。

 とはいえ、僕個人としては願ったり叶ったりだ。

 確かに未来をわからなくする為の願いなのに、後から知識を得てしまっては願いの意味がない。

 

「さて、話を戻そう。

 つまりこのクラスの生徒は、全員がいわゆる穏健派の者だということだ」

「強硬派もいる、ということはないですよね?」

「安心すると良い、桜満。基本的には無害な性格の者が優先して選出された筈だ」

 

 恐ろしくなって思わず質問をしたけど、その心配は少ないみたいだ。

 ……筈、というのがちょっと気になるけど。

 

「諸君がこうして同じクラスに集められたのは再発の際、神が迅速に介入する為だ」

「再発?」

「そもそもの発端は、この世界で想定外の死者が出たことから始まる」

 

 そういえば転生の際、確かにそんな話を聞いたな。

 

「原因はわかっているんですか?」

「そこなのだよ」

 

 突如、先生の雰囲気がより真剣な物に変わる。

 

「全く原因がわからない。今でも原因不明だ。

 突如、この世界から千人以上の人間の存在が消滅したのだ」

 

 ……千人以上だって?

 

「存在そのものの消滅の為、当然記憶や記録からも消えてしまっている」

「それが世界崩壊の原因なんですね?」

「そうだ。それを防ぐ為に、私は諸君を転生させる形で喚んだのだ」

 

 確かに、一度に千人以上の人間の存在がなかったことにされれば、世界が崩壊しそうになるというのも頷ける。だけどそれだと、数の帳尻が合わないような……。

 

「無論、ここから過去。あるいは未来に転生した者もいる。

 それに諸君がもと居た世界は、こちらの上位世界に当たる。魂の情報量に差があるのだよ」

「その魂の情報量というものが釣り合えば、必ずしも人数が同じ必要はないんですね?」

「そういうことだ。話を戻すぞ。

 要するに諸君をこうして集めたのは、同じことが起こった際に代行体の私が介入する為になる」

「転生者を招くのも、繰り返し使える手段ではないということですか……」

 

 樋口さんの言葉に、先生は静かに頷いた。

 つまりこのクラスが転生者専用なのは、先生が転生者を保護する為、という訳だ。

 

「でもそれってつまり、次は転生者が狙われる可能性が高い、ってことですよね……?」

「まぁ、そうともいう。言っただろう? 諸君の魂の情報量は、この世界の人間より多いと」

「はい」

「この現象が対象にするのは、そういった者である可能性が非常に高い」

 

 成程。そういうことか。

 確かにそういうことなら、一箇所にまとめておく方が対応もしやすい。

 

「さて。長々と話したが、私からの話は以上だ。

 今からは自己紹介の為の時間とする。あいうえお順に開始するぞ」

 

 先生からの話も終わり、クラスメイトの自己紹介が始まる。

 先生の話の内容が唐突過ぎたので、まだ気持ちの切り替えが出来ていない生徒が多いけど、まぁそれも仕方のないことだろう。

 何せ、自分以外の生徒も全員転生者で、おまけに担任が神様なんて話を聞いたのだ。

 そうそう簡単に落ち着けるか、というものだ。かくいう僕も、内心で動揺しまくりだし。

 

「……次。桜満」

 

 そうやって気を落ち着けている間に、僕の番が来たようだ。

 名前を呼ばれたので立ち上がる。

 自己紹介、といっても基本的なことしか言う必要はない。

 精々が名前と趣味、特技くらいなものだ。

 

「桜満 朔夜です。趣味は読書と鍛錬。

 得意なことは運動全般と魔法を少々。後、マルチタスクの運用には自信があります」

 

 我ながら、他の生徒も転生者だからこそ出来る自己紹介だな。

 しかし、僕の容姿を見て首をかしげ、名前を聞いて吹き出すのは勘弁して欲しい。

 いや、多分ギルティクラウンを知っている人たちなんだろうけどさ。

 

「同学年にいる桜満 集の兄になります。弟共々、宜しくお願いします」

 

 必要なことは伝えたので着席する。

 続く自己紹介を聞いている傍ら、僕は先程の樋口さんのことが気になっていた。

 彼女のこと、多分どこかで見たことがあると思うのだ。

 それも桜満 朔夜になってからではなく、前世で。

 延々とそのことについて考えていると、樋口さんの番が回ってきた。

 

樋口 綾(ひぐち あや)です」

 

 思わずむせた。

 先程は自分がやられて勘弁して欲しい、何て思ってたのに。

 これじゃあ、他の人のことを言えないな。

 良く見ると僕以外にも何人かむせてる人が居る。

 

「……?」

 

 当人である樋口さんは、何でそんな態度を取られたのかわかっていない様子だった。

 これは本人に自覚のないタイプだな、とすぐにわかった。

 

「ああ、ゴメン。ちょっと喉の調子がおかしくて」

 

 余計な心労をかける必要はない。そう判断して、僕はそう伝えた。

 樋口 綾という名前に、あの容姿。通りで見たことがある筈だ。

 

 前世でプレイしたことのある、サモンナイトというゲーム。

 最初に四人の男女の中から主人公を選んで始めるんだけど、その主人公の一人が樋口 綾という名前なのだ。そしてその容姿もそっくりそのまま。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 そして本人に、自分の名前と容姿がゲームの主人公と同じである、という自覚が見えない。

 必ずしもゲーム本編のように召喚される、と決まった訳ではない。

 けれどそうなる可能性も少なからずある訳で……。

 

 ため息をつきたくなるのを堪え、もう一度彼女の方を向く。

 首をかしげ、こちらを心配そうに見ている。

 神様になったつもりはないし、誰もかも救える、何て自惚れるつもりもない。

 けれども、そういった可能性が少しでもある以上、見捨てることも出来ない。

 

 明日からまた、忙しくなるなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そんな訳で、鍛錬の量を増やしました。

 並行して樋口さんにプレゼントを渡しても不自然じゃない程度に仲良くなる為、学校の方でも、樋口さんと積極的に接している。

 目的としては、防御魔法を組み込んだ装飾具を渡すことだ。

 あまり仲良くない人間からプレゼントを貰っても、常に身に付けてくれる訳ない。

 とりあえず致命傷を負いそうになったら発動するように術式を組んで、プレゼント用のペンダントに組み込んでおく。必要ないに越したことはないんだけどね。

 万が一があると怖いので、準備だけはしておく。

 

 僕以外にも何人か同じような行動を取った人たちが居たので話を聞いてみると、全員が彼女のことを心配している人たちだった。

 それもそうだろう。

 先生の言葉を信じるなら、あのクラスに居るのは原作知識が無いか、第二の人生を穏やかに過ごしたい人ばかりなのだ。

 それなのに彼女は、今後場合によっては事件に巻き込まれるかもしれないのである。

 そういうことで僕たちは、彼女の平穏を可能な限り維持する為に同盟を組むことにした。

 このメンバーの内、誰か一人でも親密な関係になれれば、僕の作った道具も渡しやすい。

 

 幸か不幸かクラスの生徒数が少ない事もあって、ほぼ全員と話をする機会があった。

 前世のことを聞かない、という暗黙のルールがあるとはいえ、全員が転生者だという共通の話題もあってか会話の種に困ることはない。

 特定の人物に対してだけ突出して関わりを持つと怪しいので、この際全員と仲良くなることにした。

 友達は多くて困ることもないし、第一打算からなるものでもない。

 そんな訳で休み時間など学校にいる間は極力教室で過ごし、クラスメイトと親睦を深めることに注力した。

 その分疎かになってしまいがちな集やなのはちゃんの相手は、休日に纏めてしている。

 そんな努力の甲斐もあってか、二週間が過ぎる頃にはクラスメイト全員と日常会話を交わす程には仲良くなることが出来た。

 特に件の樋口さんを中心に、彼女のことを何かと気にかけている三人とは特別仲が良くなったと言える。

 

 まずは樋口 綾。

 思った以上に天然の入った子で、何もない所で転ぶなど運動神経は切れてる模様。

 まるで誰かさんとそっくりだ。

 勉強は平均的。但し理系は得意なようで、恐らくクラスでも上位だろう。

 何よりの特徴はリンカーコアを所持している、魔導師の資質を持つ一人だということ。

 術式を組み込んだペンダントに関しては父さんたちにも協力して貰い、一応は完成している。

 もう少し仲良くなったら渡すつもりだ。

 

 次に綾ちゃんを気にかけている三人の内の一人目。春日野 翔(かすがの しょう)

 運動神経がよく大抵のスポーツは何でもそつなくこなす。

 変わりに勉強は苦手、と運動一辺倒の熱血少年。

 早速サッカークラブに所属し、もうレギュラーの座を勝ち取りそうな勢いだとか。

 思い込んだら一直線なのが長所で短所。

 個人的にはもうちょっと落ち着いて欲しいところ。

 

 二人目は来栖 葵(くるす あおい)

 運動も勉強も平均以上に出来る、文武両道の大和撫子。

 実家が茶道の家元とかで、彼女自身の腕前も良いと聞く。

 物腰も柔らかく丁寧な言葉遣いをするので、早くも教師の信用を勝ち取っている。

 

 三人目は斎藤 慎吾(さいとう しんご)

 運動は苦手な方だけど、勉強は葵ちゃん以上に出来る秀才。

 転生者であることを抜きにしても頭がいい方で、聖祥一といっても過言ではないと個人的には思っている。

 頭の回転も早い方で、そう言ったところから満場一致で委員長に選ばれた。

 

 彼らとは最近では外で遊んだりもする。

 そろそろ集やなのはちゃんたちを紹介しようかな、と思う。

 

「オッス、朔夜!」

「おはよう翔。今日も元気だね」

「それだけが取り柄みたいなもんだからな!」

 

 席について翔と会話を続ける。

 彼を呼び捨てにしているのは、翔自身からそう呼ぶように頼まれたからだ。

 

「おはよう、朔夜。翔」

「おはよう慎吾」

「オッス、慎吾!」

 

 暫く二人で会話を続けていると慎吾が教室に入って来た。

 相変わらずの翔の様子を見て、苦笑いしている。

 慎吾は熱血タイプの翔を少し苦手としているのだ。

 

「おはようございます」

 

 慎吾を加えた三人で会話をしていると、今度は葵ちゃんがやって来た。

 僕たちが集まっているのを見つけて、こちらに寄って来る。

 

「朔夜さん、翔さん、慎吾さん。おはようございます」

「おはよう葵ちゃん」

「オッス、葵!」

「おはよう、来栖」

「綾さんはまだ来ていないみたいですね?」

 

 そう言われて教室を見回して見ると、確かにいない。

 普段はもっと早い時間に教室に居るから何かあったのだろうか?

 

「そう言えば今日はまだ見ていないね。何かあったのかな?」

「いや、樋口の運の良さからいってそれはないだろう」

「だよなぁ~」

 

 慎吾や翔の言う綾ちゃんの運の良さとは、恐らく彼女が得た特典のことだ。

 この二週間で痛感したけど、彼女はありえない程運が良い。

 運の絡む遊びなんかは常勝無敗。

 気分で別の道を通った帰り、後日普段通りの道を行っていたら事故にあっていた可能性があったことが判明したり。

 

 恐らく彼女の周りに僕たちが居るのも彼女の運の良さが影響している筈だ。

 サモンナイトを知らない人間だけしか居なかった可能性もある訳だし。

 もはやこの運の良さは一種の才能と言っても良いレベルだった。

 

「とはいえ、気になりますね。万が一怪我をしてたら大変です」

「俺はないと思うけどなぁ」

 

 翔がそう呟いた時、教室の出入り口から綾ちゃんの姿が見えた。

 と同時に思いっきり転んで鼻を打ち付ける。

 ビターン! という音が似合う転びっぷりだった。

 

「だ、大丈夫?」

 

 思わず駆け寄り、体を起こしてやる。

 

「い、痛いれふ……」

 

 涙目で見上げてくる綾ちゃん。鼻が赤くなってしまっている。

 少し血が見えたのでハンカチで拭ってやる。

 心配してか、クラスメイトの皆がいつの間にか出入口付近を囲っていた。

 

「ありがとう、朔夜くん」

「ハンカチは貸しておくから、暫く抑えておいた方が良いよ」

「すみません、そうさせて貰いますね。皆さんも心配して下さってありがとうございます」

 

 大丈夫そうだとわかると皆も席に戻っていく。

 残ったのは何時ものメンバーだ。

 

「それで今日はどうしてこんな時間に?」

 

 気になっていたことを、葵ちゃんが代表して聞いた。

 

「ああ、忘れ物をしたんで家に一度帰ったんです。

 そうしたら戻ってきた時に事故があったとかで、遠回りで学校まで」

「それじゃあ忘れ物をしてなかったら……」

「事故に巻き込まれていたでしょうね」

 

 正に危機一髪。

 

「事故に巻き込まれなくて良かったじゃねーか」

「誰か巻き込まれたりは?」

「いえ、幸いにも巻き込まれた方は居ないみたいです」

 

 一安心である。

 この後は先生が来るまで、昨日のご飯は何だったとか、昨日見たテレビの話だとか、そういったとりとめもない会話が続けられた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 次の日曜のことである。

 僕は朝食の後、父さんに呼ばれて父さんの私室に居た。

 

「会わせたい人?」

「そう。父さんの親友と、同僚なんだけどね。今日家に招待しているんだ」

「あ、それって……」

「うん。ギルティクラウン制作の中心に居た人たちだよ」

 

 以前から僕は、ギルティクラウンの制作に関わった人にお礼を言いたいと思っていた。

 そのことを何回か父さんに伝えたことがあったんだけど、今までは相手の仕事の都合で中々時間があわなかった。

 今日は漸く一休み出来るとかで、父さんがその人たちに僕が会ってお礼を言いたいといっていることを伝えた所、こちらまで出向くことを快く承諾してくれたそうだ。

 

「多分そろそろ来ると思うから、地下室に行こうか」

「うん」

 

 そんな訳で父さんに連れられ、僕は地下室に足を運ぶ。

 ここにある転送ポーターはミッドチルダにある父さんの職場、ダアトとのみ行き来が出来る様に設定されている。

 暫く待っていると、転送ポーターが淡く光りだした。転移の兆候だ。

 

「……おや、少し待たせてしまったかな?」

 

 最初に入って来たのは、紫色の髪と金色の瞳を持つ青年だった。

 一瞬、僕の方を観察するように見てこちらに寄って来る。

 

「はじめまして。ギルティクラウンの生体スキャン機能を構築した、ハル・デザイアだ」

「はじめまして、桜満 朔夜です」

「ギルティクラウンの方は気に入ってくれたかね?」

「はい。僕の要望に良く答えてくれる、いい相棒です」

「それは何より」

「こちらのハルくんは様々な分野に精通した優秀な科学者だよ。

 今回彼が構築したスキャン機能は、彼独自の高度な技術によって、より完全な形で認証を行うことが出来るようになっているんだ」

 

 暫くハルさんと会話を交わしていると、転送ポーターが再び光りだした。

 次に出てきた人物を見て、僕は納得した。

 自分が知っている姿より幾分か若い、茎道 修一郎(けいどう しゅういちろう)の姿がそこにあった。

 

「君のことは春夏や玄周、真名から良く聞いている。

 はじめまして、茎道 修一郎だ。ギルティクラウンの開発ではAI関連を担当した」

「修一郎は、AI関連では僕も適わない程凄い奴なんだよ」

「はじめまして、桜満 集です。今回はご足労頂き、ありがとうございます」

「いや、私もハルくんも一度君に会ってみたいと思っていた所だ」

「ああ。所で、今日は我々にお礼を言いたいとか?」

「はい。ギルティクラウンのこと、ありがとうございます。

 思った以上に馴染む作りだし、僕の癖もわかってるみたいで助かっています」

「君の生体データを登録する際、癖や身体情報の登録もすませたからね。

 そのデバイスは君にしか扱うことの出来ない、完全なワンオフ機になっている」

「ハルくんは君の成長に合わせて、デバイスが独自に進化するように自己進化機能何て物をつけてしまう位には優秀だからな」

 

 茎道さんの言葉に、思わず吹き出しそうになってしまう。

 自己進化機能って……。

 

「勿論、定期的なメンテナンスは必要だけどね。我ながら会心の出来だよ」

 

 そういってハッハッハと笑うハルさんに、僕の笑顔は若干ひきつる。

 正に天才とはこういった人のことを言うのだろう。

 デバイスに自己進化機能を付けれる人なんて、他に居るのか?

 

「さて、私は別件で仕事が入ってしまったので先に失礼するよ」

「おや? お茶ぐらい飲んでいけないかい?」

「少し緊急の仕事でね」

「……そうか。それは残念だ」

「桜満 朔夜くん。

 いずれまた、会おう(・・・・・・)

 

 呼ばれたのでハルさんの方に顔を向け。

 ――――そして、まるで実験動物を見るかのような視線に、悪寒が走る。

 

 

 

 

 

 彼がダアトを辞め、姿をくらませたと聞いたのは、それからおよそ一週間後のことだった。




そんな訳で転生者のバーゲンセール回でした。
このクラスメイトたちは、基本的にはモブです。
流石にこれだけの数の名前・特徴などを考える余裕はありませんし、読者の方から募集しても使いこなせる自信がありません。
名前の登場したオリキャラ四人と樋口 綾に関しては、今後も少し出番があります。

ちなみに、次回は集となのはたちに新しく出来た友達のお話になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/Interlude

とある世界での一幕。
同時更新されている /07 とこちら。お好きな順でお読み下さい。


 五界の狭間。

 ここはそう呼ばれている場所だった。

 今現在、この五界の狭間には六つの存在が集っていた。

 その姿を見ることは出来ないが、巨大な存在感と燐光によってその存在を把握することが出来る。

 

「さて、我々にも予想外の事態が発生した訳だが、対策を相談せねばなるまい」

「対策といってもな……。この世界に関しては我の管轄外だと思うのだが?」

 

 この場で唯一、体を持つ存在がボヤいた。

 流れるような金髪。血より尚紅い瞳。

 黒いドレスを着たその少女は、この場において一・二を争う存在感の大きさの持ち主だった。

 

「言わずとも解っているのだろう。

 ――――名もなき世界のエルゴよ」

 

 名もなき世界のエルゴ、と呼ばれた少女はその顔に壮絶な笑みを浮かべた。

 一瞬、少女以外の五つの存在がその威圧感に慄く。

 

「ククッ。度し難いものよ。

 一度は弾いた我の力を求めるか、サプレスのエルゴ」

「事態は急を要する。このままでは世界そのものが滅亡する」

「だが、我の世界には然程影響しない」

「……」

 

 名もなき世界のエルゴの言葉に間違いはなかった。

 実際他の世界が崩壊した所で、彼女の守護する世界に大きな影響はないのだ。

 

「……つまらん」

「何?」

「貴様ら、随分とつまらん存在に成り下がったな」

「その言葉、聞き捨てならんぞッ!」

 

 赤く光を放つシルターンのエルゴがいきり立つ。

 その怒気を正面から受けて尚、名もなき世界のエルゴは微動だにしなかった。

 

「事実であろう?

 我を弾いた時の貴様らなら、力尽くで押し通したろうに」

「ぐっ」

「まぁ、よかろう」

「……何?」

 

 前言を翻した名もなき世界のエルゴに、黒い光を放つロレイラルのエルゴは訝しげな声を上げた。

 名もなき世界のエルゴの性格を把握していれば当然の反応だった。

 

「介入させるに打って付けの人間がいる。そいつを貸してやろう、と言っておるのだ」

「どういうつもりだ」

「何、簡単なことだ。我はそやつ以外に、力を預ける気がない(・・・・・・・・・)

「――真逆ッ!」

 

 名もなき世界のエルゴはその言葉に、先程とは違い可憐な笑みを見せた。

 

誓約者(リンカー)の資格者が、我の世界に存在する。それも二人(・・)な」

「おぉ、誓約者足り得る者が二人も……!」

「残念だが、我が認めるのは一人だけだ。故に、派遣する人間は我が選ぶ」

「だが、資格者が複数存在するのなら両者に試練を与えるべきだ」

「ほざけ。言っただろう? 我が認めたのは一人のみだ。

 それに二人共まだ幼い。戦闘手段を持つ方を選ぶのは当然のことであろう?」

「……しかし」

「くどい! 我は奴以外の人間を誓約者とは断じて認めん。前回のこと、忘れた訳ではあるまい?」

 

 名もなき世界のエルゴが言うように、彼女は前回の誓約者には一切力を貸していなかった。

 それ故に弾かれ、名を失った。名も【失き】世界とはそういうことだ。

 

「安心するがいい。

 我の選んだ人間は前回の誓約者を超える才覚を持つ。間違いなく、な」

「それはどういう意味だ?」

「誓約者の資格を持つのは二人共転生者なのだがな?

 我が選んだ資格者は、転生の際に才能を望んだのだよ」

 

 エルゴたちの間に、激震が走る。

 彼女の言葉にはそれだけの衝撃があった。

 

「正確には努力が結果に結びつくのに必要な才能なのだが……。

 問題はそれを限定しなかったことだ。

 故に、意図せず必要以上の才能を授かってしまった、という訳だ」

「つまり」

「ククッ。そういうことだ。

 言わば【主人公としての才能】を生まれながらに持っていると言える。

 それこそ間違いなく、今後は奴を中心に世界が動くだろうな」

「貴様程の存在がその人間に入れ込むのも……」

「奴が神に愛される程の才能を持っているからだ。

 無論それだけではない。我がその程度の理由で一人の人間に入れ込むような存在でないことは、貴様らが良く知っているだろう?」

「……確かに、な」

「奴はな、あろうことか必要のない物を背負おうとしている。

 例えばそれは、本来誓約者となるべき人間であったり、未来で事件に巻き込まれ、命を落とす可能性がある人間であったり、とな。

 無自覚に理解しているのだろうな。自分が授かった物の大きさを。

 だからそれに見合う対価を払おうとしている。我は、奴のその愚かしい姿を気に入った」

「馬鹿な。才能に対価など必要ないだろう。それが真実、神より授かった物であるなら尚更だ」

 

 緑に光るメイトルパのエルゴが呻く。

 名もなき世界のエルゴはその様子を見て、面白そうに笑った。

 

「しかし奴は心の奥底ではそう思っていない。故に愚かしい。

 だが、その様は同時に人間らしくもある。

 ――――だからこそ、そんな人間らしい奴が愛おしいのだよ」

「……成程。それが理由か」

 

 白く光るリィンバウムのエルゴの問いかけに、名もなき世界のエルゴ(しょうじょ)は笑みで返答した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/07 そんなに笑う必要、ないと思います!

大変お待たせしました。/07更新です。
ちょっと急展開過ぎて、読者の皆様がポカーンとしないか心配です……。


 入学から既に三ヶ月が経過していた。

 僕の学校生活は、当初の予想を覆して良い状態が続いている。

 というのも、今のクラスに集められた転生者はその全てが、新しい生を穏やかに過ごしたいと願っている者ばかりだったからだ。

 そんな訳でトラブルが起こることもなく、僕は人生二度目になる小学校生活を満喫していた。

 

 綾ちゃんに渡す予定だったペンダントに関しては、彼女にリンカーコアがあることがわかった時点でペンダントではなくデバイスに変更になった。

 というのも、彼女に魔導師としての才能があるなら、ただ術式を組み込んだペンダントよりもデバイスである方が都合が良かったからだ。

 そんな訳で当初作成したペンダントは別件で使うことにして、父さんに頼んでデバイスを組んで貰うことにした。

 基本的には身を守る為の物なので、性能としては防御特化を予定している。

 それに合わせて、デバイスのコアを組み込む為の外装は僕が手作りすることになった。

 翔、慎吾に葵ちゃん。そしてなのはちゃんと奏ちゃんの分も一緒に作る。

 翔たちには友達になった記念に、と渡すつもりだ。形は全部、僕とおそろいのロザリオになっている。

 近々なのはちゃんたちに紹介しようと思っていたから、その場で全員に渡そうと思う。

 何でもなのはちゃんたちも新しく出来た友達を紹介したいという話だし、丁度良いだろう。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「良い天気だなぁ」

 

 本日は晴天。日差しが気持ちいい。

 僕たちとなのはちゃんの新しい友達の予定を合わせ、今日が初顔合わせということになる。

 当然、僕の方も奏ちゃんを合わせた五人に声をかけてある。

 集も最近出来た友達を連れてくるとかで、朝から別行動だ。

 姉さんは残念ながら、急遽父さんと一緒にミッドチルダに行ってしまった。

 

「お待たせ」

「おはよう奏ちゃん」

「ええ。おはよう、朔夜」

 

 一番乗りは奏ちゃんだった。

 白いワンピースと麦わら帽子がマッチしている。

 

「今日は一段とおめかしして来てるね」

「変?」

「いや、とっても似合ってるよ」

「……そう。ありがとう」

 

 そう言う奏ちゃんの頬は微かに赤く染まっていた。

 そんな可愛らしい彼女の様子に、笑みが浮かぶ。

 

「他の皆は?」

「まだだよ。奏ちゃんが一番乗り」

 

 そんなことを言っていると、公園の入口に翔と綾ちゃんの姿が見えた。

 僕が気付いたようにあちらも気付いたようで、綾ちゃんが軽く手を振っているのがわかる。

 僕はそんな二人に対し、手招きをしてこちらに来るように促す。

 

「オッス! はやいなぁ~、朔夜は」

「おはよう、朔夜くん」

「おはよう翔、綾ちゃん。紹介は皆が来てから、で良いかな?」

 

 三人に確認を取ると、皆頷いてくれた。

 流石に、来る度に紹介していると手間がかかる。

 それから五分も経たない内に、全員が集まった。

 ……しかし。

 

「まさかこんな人数になるとは……」

「にゃはは」

 

 なのはちゃんも思わず苦笑いする人数。総勢、十二人の子供が集まっていた。

 僕もここまで人数が集まるとは思っていなかった。

 内訳としては、僕の友達が四人に僕。

 なのはちゃんの友達が三人になのはちゃん。

 集の友達が一人に集。そして奏ちゃん。合計十二人、という訳だ。

 

「何か想像してたより人数が多いし、座れる場所に移動しようと思うんだけど、良いかな?」

 

 皆同意してくれたので、移動することに。

 

「でも、移動って言ってもどこに行くの?」

 

 金髪の勝気そうな女の子が聞いてくる。

 まぁ、これだけの人数が一緒にいれる場所など限られてくる。

 ここから近い位置だと、もう一箇所しかないだろう。

 

「僕の家。

 ここから割と近いし、今家には誰もいないけど、鍵は持ってるから」

 

 そう言ってキーホルダー付きの鍵を見せる。

 

「冷房が効いた部屋の方が良いでしょ?

 なのはちゃんの家も近いけど、確か今日は美由希さんたちが勉強会で使ってる筈だし」

「うん」

 

 なのはちゃんに確認を取ると、確かに勉強会で使用中のようだ。

 

「邪魔をしちゃ悪いし、かと言ってここから翠屋までは遠いからね」

 

 僕の意見に、反対はないようだった。

 流石に七月だけあってか、気温が高い。

 日差しが気持ちいいと言っても、この炎天下の中、商店街までは歩きたくない。

 

「先導するから、皆は僕の後について来て」

 

 そんな訳で、僕たちは桜満家へ向けて出発することになった。

 十分程歩いた所で、軒先が見えてくる。

 一応鍵がかかっていることを確認し、鍵を開ける。

 

「とりあえず皆は手洗いとうがいを先にしといて。

 僕はリビングのエアコン、つけてくるから。集、案内任せたよ?」

「うん、任せて!」

 

 自己紹介もまだな状況だけど、公園を占拠しちゃう訳にもいかないし、今は冷房と飲み物の準備が先だ。

 僕の方は台所で手洗い・うがいを済ませることにして、直接リビングに向かう。

 

「うーん、麦茶残ってたかなぁ……?」

 

 流石にこれだけの人数が集まることを想定していなかったので、人数分の飲み物が出せたかどうか……。

 手早く手洗い・うがいを済ませ、エアコンのスイッチを入れた後に冷蔵庫をのぞく。

 

「あ、オレンジジュースがある。麦茶も大丈夫かな?」

 

 どうやら先日作った麦茶がまだ残っていたようで、これなら十二人分あるだろう。

 とりあえずお茶を人数分用意する。

 お菓子類は自己紹介の後に用意するとして……。

 

 そんな風に準備を進めていると、ガヤガヤと会話音が聞こえてくる。

 皆手洗いをすませてこちらに向かって来ているようだ。

 

「飲み物は用意したけど、とりあえずは自己紹介から始めようか」

 

 皆が座ったのを確認し、飲み物を配りながら言う。

 まずはこの会合を企画した僕・集・なのはちゃんの順に自己紹介をすることに。

 

「先ずは僕から。僕は桜満 朔夜。こっちの集の、双子の兄です。宜しく」

「朔夜の弟の桜満 集です」

「高町 なのはです!」

 

 次に、僕たち三人共通の友人である、奏ちゃんを紹介する。

 彼女だけ一人なので、最初に紹介して接点を持たせたいという思惑もあった。

 

「で、こちらは僕たち三人共通の友人、立華 奏さん」

「……立華 奏。宜しく」

「奏ちゃんは年上で先輩になるけど、皆年上だからって遠慮したりしないで、普通に接してね?」

「私も、その方が嬉しいわ」

 

 奏ちゃんの言葉に、他の皆も頷いてくれた。

 後は、僕たちがそれぞれの友人を紹介する形で自己紹介を続ける。

 

「じゃあ僕から。向かって右側の黒髪で元気の良い男の子は春日野 翔くん」

「春日野 翔だ。遠慮なく翔、って呼んでくれ! ヨロシクなっ」

「その右隣の黒髪のほんわかした女の子は樋口 綾ちゃん」

「樋口 綾です。私のことも綾と呼んで下さい。皆さん、宜しくお願いします」

「更にその右隣の茶髪でメガネをかけた男の子は、斎藤 慎吾くん」

「斎藤 慎吾だ。苗字でも名前でも、好きな方で呼んでくれ」

「最後に、その右隣の黒髪の大和撫子然とした女の子は来栖 葵ちゃん」

「来栖 葵です。私のことも、宜しければ葵とお呼び下さい」

「この四人が、僕のクラスメイトで特別親しい友達だよ」

 

 僕の方の紹介は終わったので、集の方を促す。

 集は隣に座る少年の肩に手を乗せ、紹介を始めた。

 僕はその、金髪に灰色の瞳を持つ少年の顔に、非常に見覚えがあった。

 

「じゃあ次は僕の番。こいつは茎道 涯。ほら、涯!」

「茎道 涯です。宜しくお願いします」

「涯のお父さんと僕のお父さんは、同じ仕事をしている友達同士なんだよ」

 

 茎道。その苗字から予想するに、どうやら修一郎さんの息子さんらしい。

 その割には今まで直接会ったことはなかったんだけど……。

 どうも単純に、顔を合わせる機会がなくてそのまま今日に至った、ということのようだ。

 

「正確には、養父なんです。二年程前に養子にして貰って……」

 

 顔に出てた表情を別のことと受け取ったのか、涯くんが答えてくれた。

 場が少ししんみりしてしまう。

 特に、奏ちゃんは人ごとじゃないので、より一層暗くなってしまう。

 

「湿っぽいの禁止! 次はなのはちゃんっ」

「ふ、ふぇ!?」

 

 暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように集が声を出し、なのはちゃんにキラーパス。

 行き成り投げられたなのはちゃんはあたふたと慌ててしまう。

 そんななのはちゃんの様子に、場の雰囲気も和らいだ。

 僕も思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「も、もうー! なのははそんなに笑う必要、ないと思います!」

「ごめんごめん」

 

 頬を膨らませ怒る様は、怖さよりも可愛さが目立つ。

 頭を撫でて宥めると途端に怒気が萎んでいく。

 

「ふにゃあ」

「次はなのはちゃんのお友達を紹介してくれる?」

「わかったの」

 

 なのはちゃんはまず、自分の隣に座る金髪の女の子に手を向ける。

 

「最初はなのはの隣に居るアリサちゃんから。この金髪の子はアリサ・バニングスちゃん」

「アリサ・バニングスよ。

 名前で呼ばれ慣れてるから、アリサで構わないわ。宜しくね」

「次に、その右隣に居る紫色の髪の子は月村すずかちゃん」

「月村すずかです。私のことも良ければすずか、って呼んで下さい。宜しくお願いします」

「最後に、すずかちゃんの隣に居る栗色の髪の子は結城 明日奈(ゆうき あすな)ちゃん」

 

 ……ん?

 

「結城 明日奈です。結城でも明日奈でも、好きなように呼んでね」

 

 んん? この子も何だか見覚えのあるような……。

 いや、誤魔化すのはやめておこう。うん、どう見てもSAOの結城 明日奈だね。

 これはちょっと、調べることが増えたかな?

 でも今は横に置いておこう。こんな時にそんなことを考えるのは、無粋だしね。

 

「さて、一通り自己紹介も終わったことだし、暫くは親睦を深める為に色々とお喋りしようか」

「賛成なの!」

「昨日、今日の為に翠屋でケーキを買っておいたから、今用意するね」

 

 皆お茶も飲み終えつつあるようだし、ジュースを持ってくるついでに取りに行く。

 親睦を深める、と言っても本当はこうやって喋っているより一緒に遊んだ方が良いと思うんだけど、流石にこの人数で一緒に遊ぶとなると色々と限られてくる。

 今日ここ二・三年の間の最高気温を更新してしまったので、そんな中外で走り回ると熱中症で倒れかねない。そういった理由から必然的に室内での遊びに限定されてしまう。

 そうなるとあんまり遊びに詳しくない僕では、トランプなどしか思い浮かばないのだ。

 グループを分けるようではこうして集まった意味がないし……。

 

「喧嘩になるといけないから全部同じ物を選んだんだけど、大丈夫かな?」

「私たちは問題ないです」

 

 持ってきたショートケーキを見て、綾ちゃんが答える。

 

「なのはたちも大丈夫」

 

 次に、なのはちゃんが自分の友人に確認を取りながら首を縦に振った。

 

「こっちも大丈夫」

 

 最後に、集と涯くんも頷く。

 集やなのはちゃん、転生組である僕のクラスメイトに関しては心配していなかった。

 この年頃だと好き嫌いはあまりないと思うけど、一応無難なものを選んでショートケーキにしたんだけど、特に問題がなさそうで良かった。

 

「おかわり用にジュースも持ってきたから、欲しい人は自分で注いでね」

 

 そう言いつつ机の上にケーキの入った箱を置く。

 流石にケーキと一度に持ってくるのは無理だったので、今度はジュースのペットボトルを取りに行く。

 

「あ、そうそう。こんなタイミングで悪いけど、翔たちに渡したい物があるんだ」

「渡したい物?」

「うん。取りに行くからちょっと待ってて」

 

 目的のペンダントは自室に置いてあるので、まずはそれを取りに行く。

 

「お待たせ」

 

 五分程かけて目的の物を用意し、部屋に戻ると皆そこそこ打ち解けて来てるようだった。

 リビングから楽しそうな声が漏れている。

 

「ちょっと歪で悪いんだけどね」

 

 そう言って手に持った小袋を見せる。

 全部同じ形をしているので、万が一にもデバイスをつけたペンダントを間違えないようにする為の措置だ。

 正直、そんなミスは犯さないと思うけど、念の為だ。

 

「とりあえずは翔たちと集、なのはちゃんと奏ちゃんの分だけなんだけど……」

 

 小袋を順に手渡していく。

 

「これ、今開けても良いの?」

 

 なのはちゃんが聞いてくる。

 僕はそれに頷く。

 なのはちゃんをはじめ、小袋を受け取った皆が袋を開ける。

 

「あ、これって……」

 

 そこから出てきたペンダントを見て、なのはちゃんが少し嬉しそうな声を出した。

 喜んで貰えたようで、僕としても嬉しい。

 

「朔夜くんのとお揃い、ですね」

 

 綾ちゃんがペンダントを掲げながら言う。

 贔屓にならないように、デバイスのコアがついてないペンダントにもコアを模した珠をはめ込んである。

 それぞれ僕がイメージする皆の色の珠だ。

 

 集には赤色。

 奏ちゃんには銀色。

 なのはちゃんには桜色。

 翔には緑色。

 慎吾には青色。

 葵ちゃんにはオレンジ色。

 そして綾ちゃんのデバイスコアは空色になっている。

 

「まあ、改めてこれからも宜しく、っていう意味で。

 今日初めて会う涯くんたちの分は、また今度改めて用意させて貰うよ」

「僕たちも?」

「うん。折角知り合ったんだから、これからも仲良くしていきたいと思ってる。

 珠の色に希望があったら今の内に言ってね?

 集たちのは勝手に僕のイメージで合いそうな色を選んだけど、大丈夫だった?」

 

 皆、頷いてくれた。

 

「それで涯くんたちは希望の色はあるかな?」

「それなら僕は金色で」

「私は真紅にして貰おうかしら」

「だったら私は紫が良いかな」

「じゃあ、私はなのはちゃんとお揃いの桜色で」

 

 それぞれの希望を聞き、それをメモに書く。

 

「了解。ちゃんと皆の希望通りの色にするよ」

「楽しみにしてるね」

 

 明日奈ちゃんの言葉に頷く。

 

「あ」

「どうかした? 綾ちゃん」

「いえ、私たちは何も用意してないと思って……」

「ああ、気にしなくて良いよ。これは僕の自己満足、っていう意味合いが強いし」

 

 何を気にしていたかと思えばそんなことか。

 

「そうですね。私たちも今度何か用意します」

「葵ちゃんも、それに皆も気にしなくて良いよ。

 僕が主催者のようなものだし折角だから、って用意しただけだから」

「……朔夜さんがそう仰るなら」

 

 綾ちゃんも葵ちゃんも特に義理堅い方だから、私も、と思ったんだろう。

 この空気を打破する為に、僕は空になったコップにジュースを注いでまわる。

 

「折角だから乾杯しよう!」

「何に?」

 

 アリサちゃんが僕の様子をニヤニヤとした表情で見ながら言ってくる。

 ……これは、僕の照れ隠しに気がついてるな。

 他の皆もわかっているのか、口元に笑みが浮かんでいる。

 

「――――新しい友人と、僕たちの友情に!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 皆でわいわいと話し続けている内に、いつの間にか夕方になっていた。

 外は既に夕焼けで赤く染まっている。

 話をしているだけでこれだけの時間が過ぎたことに、少し驚く。

 

「……今日はここまでね」

 

 外の様子に気がついた奏ちゃんが、時計を見ながら言う。

 時刻は六時近くを示していた。小学生には遅い時間だ。

 何人かは残念そうな顔をしている。

 意外かもしれないけど僕もその一人だった。

 転生者以外の子たちも想像以上に聡明で、僕も話に熱中していたのだ。

 すずかちゃんとは読書関連で話が合ったし、涯くんとは集関連で話した。

 アリサちゃんや明日奈ちゃんとはなのはちゃんのクラスでの様子だとか、僕と一緒に過ごした休日の話しなんかで盛り上がった。

 奏ちゃんは綾ちゃんと気が合うようで、時折小さいながらも笑い声が聞こえてきた。 

 集は翔と気性が似ているのですぐ意気投合したみたいで、一緒にサッカーをする約束を交わしていた。

 なのはちゃんは葵ちゃんや慎吾に、僕のことを聞いていたようだ。

 まだ会って一日しか経っていないのに、何だかもっと長い時間一緒に居たかのような気がする。

 

「……少々名残惜しいですが、そろそろお暇させて頂きますね」

「それなら今電話で迎えを呼ぶから、送るわよ?」

 

 葵ちゃんの言葉に、アリサちゃんが声をかけた。

 

「家がすぐそこのなのはと、ここが自宅の朔夜と集を抜いて九人。

 これくらいの人数ならうちの車に十分乗れるわよ?

 家の場所さえ教えて貰えれば、近い所から順に送るけど……」

 

 その言葉に、皆顔を見合わせている。

 

「ふふ。じゃあお願いしようかな」

 

 この中で一番アリサちゃんと付き合いの長い明日奈ちゃんが、口元に手をやりながら答えた。

 不思議に思ってアリサちゃんを良く見ると、その頬が少し赤くなっている。

 

「珍しいんだよ? アリサちゃんがこんなに早く友達認定するの」

「ちょっと、明日奈!」

「なのはちゃんたちとお友達になった時のことを抜きにすれば、今までで一番早いんじゃないかな?」

「へぇ、そうなんだ」

 

 ちなみに。その友達になった時のことというのは、取っ組み合いから友情を育んだという、何とも漢らしいエピソードのことを指す。

 すずかちゃんのカチューシャを取り上げたアリサちゃんと、それを偶々見ていて平手打ちをかましたなのはちゃんの間で取っ組み合いになり、それを見かねたすずかちゃんが二人を止めた、というのがそのエピソードの全容だ。

 

「そういうことなら、私たちもお願いします」

 

 完全に真っ赤になってしまったアリサちゃんに、綾ちゃんが声をかけた。

 普段はあまり笑みを見せない奏ちゃんも、この時ばかりは微笑を浮かべていた。

 

「迎えはどれくらいで来そう?」

「そうね……。大体十五分、って所かしら」

 

 と、アリサちゃん。

 電話が繋がったのか、答え終わるとすぐに会話をはじめる。

 

「じゃあお願いね、鮫島」

 

 通話と言っても迎えを呼ぶだけ。二・三会話を交わして、それで終わりだ。

 アリサちゃんはこっちに顔を向けると、指で丸を作った。

 

「オッケーよ」

「それじゃあ迎えが到着するまでもう少しだけお話ししてようか」

「それも良いけど、次のことを話しましょ」

「次?」

 

 なのはちゃんが首をかしげる。

 

「そう、次よ! 今日は朔夜のうちだったけど、次はどこで集まるかって話し」

 

 思わず皆で顔を見合わせる。

 そんな様子を見て、アリサちゃんの頬が紅潮した。

 

「な、何よ?」

「……なら次は、言いだしっぺのアリサちゃんちにしようか!」

「ちょっ、明日奈!?」

「言いだしっぺのほうそーく!」

「……し、仕方ないわねぇ」

 

 そんな二人のやりとりを見て、思わず笑みがこぼれた。

 周りを見ると、他の皆も穏やかな表情をしている。

 

「じゃあ次は私の家でお茶会ね」

「う。なのははお作法とか、あんまり詳しくないの……」

「馬鹿ねぇ。そんなの適当で良いのよ、適当で。

 集まるのは友達だけなんだから、小難しく考える必要なんてないの」

 

 アリサちゃんの言葉に安心したのか、なのはちゃんはホッとしているようだった。

 皆の都合の良い日を照らし合わせ、その日の都合は良いかアリサちゃんの家族に聞いてみる、という所まで話が進むと、アリサちゃんの携帯に電話がかかって来た。

 時計を見ると、いつの間にか十五分経っていたようだ。

 

「迎え、来たわよ」

「なら玄関先まで送るよ。なのはちゃんはどうする?」

「なのはもそろそろ帰るの」

「それなら見送りの後、そのまま家まで送るよ」

 

 そんな訳で見送り後になのはちゃんを送る為に、帽子を被る。

 

「――――ッ!」

 

 廊下に出て玄関に向かおうとした瞬間、頭に痛みを感じた。

 思わず壁に手をつき、頭を抑える。

 

「……朔夜?」

 

 最後尾を歩いていた奏ちゃんが声をかけてくるが、それに答えるだけの余裕がない。

 頭痛は収まるどころか、酷くなる一方だ。

 ついには、膝をついてしまう。

 

「朔夜、大丈夫?」

 

 尋常じゃない僕の様子に、奏ちゃんが駆け寄ってくる。

 そんな奏ちゃんの様子で異変に気付いたのか、皆が僕の傍に寄って来た。

 

「朔夜くんどうしたの?」

「……頭、痛っ」

 

 言葉が続かない。

 頭の中で、知らない女の人の声が響いている。頭痛の原因は恐らくこれだろう。

 

「何だこれ、朔夜の体が……!」

「光ってる?」

 

 手のひらを見ると、確かに淡く光っている。

 一体何が起こっているのだろうか。

 いや、待てよ?

 この現象を、僕たち(・・・)は知っている。

 頭痛を堪え聞こえる声に集中してみれば、この声もどこか聞き覚えのある物だとわかる。

 

「まさかこの現象……」

 

 薄目を開けてみれば、葵ちゃんが口元を抑えている姿が見えた。

 翔と慎吾の二人も呆然としている。

 そうか、やっぱりこれは……。

 

『王……於い……』

「朔夜お兄ちゃん!?」

 

 なのはちゃん。顔が青ざめ、今にも倒れそうな雰囲気だ。

 僕はそんななのはちゃんを安心させる為に、無理矢理笑顔を浮かべた。

 

「だい、じょうぶ、だから……。泣か、ないで?」

『疾……為し…ま…!』

 

 その瞬間、僕の意識は急速に闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さくや、おにいちゃん?」

 

 





これだけ大人数を動かすことはもうない、と思いたい……。
何人かはセリフが極端に少ないですし、要反省(;´Д`)
次回更新はいつもと同じ。つまりは未定です。
それではまた次回、お会いしましょう。

追記。
忘れてましたが、なのはの一人称が【なのは】なのは故意です。
もう暫くしたら原作同様【私】になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 忘れられた島編
/08 忘れられた島


月末ギリギリで申し訳ない(;´Д`)
キリの良い部分が見つからなかったので、文量もかなり少なめです。
次回はもう少し文量も増える、筈……。
尚、活動報告にて皆様にお聞きしたいことを記事にしたので、そちらの方もご覧頂けると幸いです。

また、今回は字数の関係上人物設定の更新がありません。
次回新キャラ登場時に纏めてやる予定です。ご了承下さい。


 ここは一体どこだろうか?

 というお約束を言うまでもなく、ここが自分のいた世界とは別の世界だということはわかっていた。

 僕に起こったあの現象。まず間違いなく、召喚術による物だろう。

 それにあの時聞こえてきた声は、恐らく2に出て来たメイメイさんの物だ。

 頭痛、というのも今にして思えば、無印で主人公が召喚された時に感じた物と同じ物の筈だ。

 

「……」

 

 辺りを見回す。

 この世界がリィンバウムだろう、ということまではわかるけど、ここが一体どの国かまではわからない。

 しかも、周辺の様子からして僕の知識にない場所の可能性が高い。

 何せ僕の知っている知識の中には、今目の前に存在する巨大な門のことなどないのだ。

 知っている物の中で最も近いのは2に登場したクレスメントに関わる遺跡だろうか。

 仮に関連性のあるものだとしたら、この時点で既に厄介事の気配をさせている。

 

「しかし、これからどうしたものか」

 

 試してみない事にはわからないけど、転移魔法が上手く発動するか、怪しい所だ。

 転移魔法が上手く発動しなかった場合、別の帰還方法を考える必要がある。

 僕が知る限りは膨大な魔力にモノを言わせた帰還法の存在があるくらい、か。

 その方法にしたって、僕にその方法が使える程の魔力があるかもわからない。

 

 ……あれこれ考えても仕方がない。

 とりあえず行動することにして、先ずは人里を探すことにしよう。

 情報がなければ対策もたてようがない。

 

《マスター》

「うん、わかってる」

 

 視線を反対に向ける。

 何かがこちらに向かって、近づいて来ている。

 

「クラウン、セットアップ」

《セットアップ》

 

 クラウンを構え、剣先を視線の方へ向ける。

 ここでは何があるかわからない。用心に越したことはないだろう。

 

「………」

 

 果たして、出て来たのはどこか人間離れした雰囲気を持つ、一人の少女だった。

 

「ここは立ち入り禁止区画です。早急に立ち去って下さい」

「?」

 

 行き成りそんなことを言われても、僕はここがどこかを知らない訳で。

 しかも武器を向けられて動じた様子もない。

 全くの無反応というのも、些か不気味だった。

 そんな僕の様子に合点がいったのか、少女は無表情なその顔を一つ頷かせた。

 

「成程。召喚されたのは貴方ですか」

「召喚、っていうのが妙な光に包まれることを言うなら、そうだと思う」

「兎に角ここは危険な場所なので、一旦主の元へ案内します」

 

 そう言ってずんずんと来た道を戻っていってしまう。

 僕はほんの一瞬迷ったものの、彼女の後を大人しくついて行くことにした。

 ついでにクラウンをコアの状態に戻しておく。バリアジャケットは念の為にこのままだ。

 

 暫く歩くと、今度は景色が一変していた。

 今目の前に広がるのは、機械仕掛けの街。恐らく、ロレイラルの技術による物だろう。

 ロボットたちがそこかしこを動き回っている。

 

「こちらです」

 

 少女は僕を先導したまま、街へと入っていく。

 どうやらここからも見る事が出来る、あの一番立派な施設を目指している様だ。

 

「……あら? 随分と早かったわね、クノン」

 

 その施設の一室に入った僕を迎えたのは、そんな女性の声だった。

 

「アルディラ様」

 

 クノン、と呼ばれた少女が女性の名前を呼ぶ。

 それに対して、女性はこちらに体を向けた。

 そこでようやく、アルディラと呼ばれた女性は僕の存在に気が付いたようだった。

 

「喚起の門は確かに起動していました」

「……そう。つまり、その子が召喚された子なのね?」

「はい。恐らくは」

 

 しかし僕にはその話の内容が今一理解出来ない。

 恐らくは僕が召喚されたことを話しているんだろうけど……。

 あの時聞こえた声がメイメイさんの物であるなら、恐らく僕は彼女に召喚された筈なのだ。

 間違っても、喚起の門とやらに召喚された訳ではない。

 

「すいません。色々わからないことだらけなので、出来れば説明をして欲しいんですけど……」

 

 そんな僕の言葉に、アルディラさんは改めてこちらに向き直った。

 

「色々と聞きたいこともあるでしょうけど、纏めて説明した方が良いから、少しだけ待って貰えるかしら」

「わかりました」

「時間が来るまでは、お茶でも飲んで待っていて頂戴。クノン」

「かしこまりました」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「機界集落・ラトリスクの護人(もりびと)、アルディラ」

「鬼妖界・風雷の郷の護人、キュウマ」

「霊界・狭間ノ領域が護人、冥界ノ騎士・ふぁるぜん」

「幻獣界・ユクレス村の護人、ヤッファ」

「この四者の元、会合をはじめます」

 

 今現在、僕たちは集いの泉と呼ばれる場所に居る。

 道中アルディラさんに簡単な説明を受けた所、判明したのは以下の点。

 

 ①この世界は【リィンバウム】と呼ばれる世界であること。

 ②リィンバウムを取り巻くように【機界・ロレイラル】【霊界・サプレス】【鬼妖界・シルターン】【幻獣界・メイトルパ】という四つの世界が存在すること。

 ③その四つの世界と【名もなき世界】から使役対象を呼び出す【召喚術】が存在すること。

 ④召喚術を行使した術者が死亡した場合、召喚対象は元の世界に戻れなくなること。

 

 ここまではこの世界の簡単な知識。

 次に聞いたのは、今僕たちが居る場所に関して。

 

 ⑤ここは名前のない、地図にすら載ってない【忘れられた島】であること。

 ⑥この島にはリィンバウムを取り巻く四つの世界を模した集落と、それを護る護人と呼ばれる四人が存在すること。

 ⑦喚起の門と呼ばれる装置が、ごくまれに無差別な召喚を行うこと。

 

 僕にとって重要なのは次の二点。

 

 ⑧喚起の門によって召喚された召喚獣は、一つの例外もなく元の世界に戻れないこと。

 ⑨この島は結界によって守られている為、出入りが不可能だということ。

 

 喚起の門によって召喚された召喚獣は、厳密には召喚者がいないという扱いになる。

 つまりこの場合④の情報に抵触しているのだ。

 とはいえこの件に関してはあまり気にしなくても良いと思っている。

 というのも、僕は僕を召喚した人間が喚起の門ではない可能性があることを知っている。

 そう。あの時聞こえた声の主。メイメイさんである。

 あの声が聞き間違いである可能性は少ないだろうし、もし本当に召喚者がメイメイさんなら、僕がここに喚ばれた理由がある筈だ。

 僕の知っている情報が通用するのなら、あの人に限ってミスで召喚した、ということはないだろう。

 

 それよりも問題なのが、島からの脱出が出来ないということ。

 僕としては何としても元の世界に戻りたい。

 目的を持って喚ばれたのならそれを果たせば恐らく帰れるんだろうけど……。

 そうじゃなかった場合のことを考えておく必要がある。

 

 一応、当てがない訳じゃない。そう、転移魔法だ。

 とはいえ転移魔法が発動しなかった場合、それ以外の方法を探す必要がある。

 その為には必要とあらばリィンバウム中を回るつもりだった。

 この場合に問題になるのが、先程の結界の話だ。

 出入りが出来ない、ということは入ってくることは勿論、こちらから外に出ることも不可能だということだ。

 これでは外に情報収集に行くことなど無理である。

 

「……ということよ」

 

 そんなことを考えている内に、大方の事情説明が終わったようだった。

 

「ですが、彼はどう見ても人間です。シノビであるようにも見えない……」

「獣人にも見えねぇな」

「霊体デモないヨウダ……」

「そして、見る限りは融機人(ベイガー)でもない」

 

 四人の視線が僕に向く。正直、居心地が悪い。

 

「……まぁここは手っ取り早く、本人に聞こうや」

「ソウダナ」

「その前に」

「何か?」

「いえ、私たち、まだこの子の名前を聞いていないと思って」

 

 あ。そう言えば僕も名乗った覚えがない。

 

「すみません。僕は桜満 朔夜と言います」

「珍しい名前ね」

「桜満が家名で、朔夜が名前になります」

「こちら風に言うならサクヤ・オウマといった所ですか」

 

 キュウマさんの言葉に頷く。

 

「宜しければ朔夜と呼んで下さい」

「で、話を戻すが……」

「貴方がどこの世界に居たのか、教えて貰えるかしら?」

「ここに呼ばれる直前までは日本、と呼ばれる国に居ました」

 

 四人は顔を見合わせる。

 

「ゲンジ殿と同じ世界のようですね」

「ナラバ、名もなキ世界ノ住人カ」

「過ごしやすい様に、貴方が居た世界に最も近い集落に案内しようと思ってたけれど……」

 

 アルディラさんは溜め息をついた。

 

「貴方の出身世界が名もなき世界なら、話は変わってくるわ」

「あの」

「……? 何かしら」

「その住む集落に関して何ですけど、必ず固定でなければならないんですか?」

 

 僕の質問に対して、アルディラさんは目を瞬かせた。

 表情を伺うことが出来ないファルゼンさんは兎も角、キュウマさんもヤッファさんも固まっている。

 

「あぁ。良く良く考えりゃ、別に一箇所に定住する必要はねぇのか」

 

 ヤッファさんが後頭部を掻きながら言う。

 

「ダガ、狭間ノ領域は人間ガ住ムにハ不便だゾ?」

「霊たちにはファルゼンが言い聞かせるとしても、確かに寝泊りするにゃちと不便だな」

「最低限眠る場所さえあればどうにでもなります。

 僕としては、この世界のことや皆さんが元々居た世界のことを詳しく知りたいと思っています。

 その為にはその世界それぞれの住人と交流するのが一番だと思うんです」

「違いねぇ」

「それに、出来れば召喚術に関しても詳しいことが知りたいですし」

「……貴方まさか」

「今はなくても、恐らく昔はあった筈ですよね? 送還術と呼べる術が」

 

 召喚に対して送還。

 確か送還術から必要な部分を抜き取って出来たのが、召喚術だった筈。

 ただ長い年月の間に、その術式は失われてしまった。

 それが僕の知っている知識だ。

 いざという時リィンバウム中を回るのは、その失われた送還術に関して調べる為だ。

 四界のことを調べるのも、そこから送還術のヒントになりそうな情報がないかを調べる為。

 召喚術そのものにも興味があるし、この情報にヒントがなかったとしても、益にはなっても不利益になることはない筈。

 

「……やっぱり無理、ですかね?」

 

 僕の発言を聞き、アルディラさんが溜め息をついた。

 ヤッファさんもしかめっ面だし、キュウマさんも眉間にしわが寄っている。

 唯一ファルゼンさんは顔面を全て覆うタイプの兜を被っているので、その表情まではわからなかったけど、多分良い感情は抱かなかっただろう。

 

「召喚術に関しては即答出来ないわ。けれど住居に関しては貴方の意見を尊重しましょう」

 

 召喚術に関してはあまり期待していなかった。

 僕なら人となりもわからない相手に、自分たちを害することが出来る様な力を与えたりはしないからだ。

 当然、アルディラさんたちもそうだろうとは思っていた。

 それだけに、住居に関して許可がおりたのは少し意外だった。

 何も召喚術だけが攻撃方法じゃないのだ。

 危険性を考えればどこか一箇所で監視するだろうと思っていたんだけど……。

 

「私としてはそこで改めて、貴方が召喚術を扱っても問題ないか見極めさせて貰うわ。召喚術を教えるかどうかの判断はその後ね」

「良いんですか?」

「まぁ、思うところがない訳じゃないわ。貴方がリィンバウムの人間だったらもっと頑なだったでしょうね。

 それに元の世界に戻りたい、という貴方の気持ちもわからないでもないし、ね。貴方たちはどう?」

「俺はそれで問題ねぇと思うぜ」

「こうして少し話ただけでも、サクヤ殿の人となりはある程度わかりました。私の方も、問題ありません」

「……見極メは、慎重ニサセテ貰ウ」

「ありがとうございます!」

 

 条件付きとは言え、召喚術を学べる機会を手に入れられたのは非常に大きい。

 

「送還術に関しては術式は愚か資料すら残っていないから、私たちの方で手助けすることは出来ないと思うけど……。

 召喚術を教えても問題ないと判断が下った場合は、最大限の助力を約束するわ」

 

 アルディラさんの言葉に頭を下げる。

 条件としてはかなり良い方じゃないだろうか。

 ここまで良い条件を出して貰ったんだ。後々火種になりそうな隠し事はするべきじゃないな。

 

「あの」

「……隠し事があるなら、それを言うのはもう少し後で良いわ」

 

 びっくりして、思わずアルディラさんの顔を凝視する。

 そんな僕の様子にアルディラさんは苦笑した。

 

「そんなに思いつめた顔をしていれば誰でもわかるわよ」

「我々も全てを話した訳ではありませんからね。

 サクヤ殿の秘密も、話す場合はもう少し我々の人となりを知ってからにするべきですよ」

「けど、僕の持っているこれは……」

「俺たちを害する危険のある物だ、ってか?」

 

 そこまでわかるのなら、知っているのと知らないのとでは違う、ということもわかる筈。

 

「ダガ、ソレを自分カラ伝えようトシテイル。ナラバ問題ハない」

「本当に私たちを害する気持ちがあるのなら、自分から伝える必要はないでしょう?」

「それが貴女たちの信頼を得る為だとしたら?」

「その時はその時よ。私たちの見る目がなかった、ということね」

 

 アルディラさんはそう言うが、あまり納得出来ない。

 とはいえ、言っていることはわからないでもないのだ。

 彼女たちの実力は、今の僕が何人束になった所で敵うものではないだろう。

 その気になればこの瞬間に僕の命を刈ることも可能だろう。

 

「……お前は優シイのダな」

「安心しろ。餓鬼に遅れを取るようなら護人は務まらねぇよ」

 

 ヤッファさんはそう言って僕の頭をかき撫でる。

 

「では、話を戻しましょう。

 ローテーションはどうします? 加えて滞在期間も決めるべきでしょう」

「一日ごとじゃ滞在の意味がねぇしな。まずは慣れる意味で一週間って所じゃねぇか?」

「ソノ後は様子を見テ変えレバ良イ、カ」

「最初に彼を見つけたのは家のクノンだし、まずはラトリスクね」

「ならば次は風雷の郷にしましょう。ゲンジ殿の話を聞くに、日本という国に一番近いのは風雷の郷のようですし」

「次は狭間ノ領域ダナ」

「で、締めはユクレス村か。まあ位置関係的にも妥当な所だな」

 

 ヤッファさんがそう締めくくる。

 

「島の案内に関してはまた別に日を設けるとして……」

「そろそろ日も暮れて来ますし、今日のところは解散ですね」

 

 キュウマさんの言葉を皮切りに、皆席を立つ。

 

「それじゃあ、貴方は私に着いて来て頂戴。

 夜になるとはぐれ召喚獣の活動も活発化するから、私の傍を離れないようにね」

 

 アルディラさんの言葉に頷き、その後について行く。

 これから先のことに色々と不安はある。けれど今は難しく考えるのはやめようと思う。

 考えたところでこの状況が好転する訳でもないのだ。なるようにしかならないだろう。

 とりあえずは【今】を精一杯生きるとしよう。

 

 




大変お待たせいたしました。
こんな状態では週刊なんて夢のまた夢ですね……。
もう少し計画的に作業が出来る様になりたいです(´・ω・`)

長々とあとがきを書くのも時間を圧迫しますので、今回はこれにて。
誤字・脱字報告やご感想など頂ければ幸いです。また次回更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/09 交流

何とか月刊は保たれました……。
予想以上に筆が進んで切りどころがなくなってしまったので、今回は若干長いです。


 一夜あけて。

 今の僕にわかる範囲で試して見た所、どうやら現状、転移魔法は使用出来ないことが判明した。

 この島に貼られている結界が原因なのか、マーカーの位置を特定することが出来なかったのだ。

 憶測ではあるけど、出入りが不可能であるという点に引っかかったのだろう。

 奥の手とも言えるこの一手が使用不可能である以上、やはり送還術の知識が必要になる。

 そもそも根本的な問題として僕がメイメイさんの物だと思っている声が、本当に彼女の物であるかは現時点でははっきりしていないのだ。最悪の場合を想定しておくべきだろう。

 寝起きの頭で、ぼんやりとそんなことを考える。

 

「朔夜様」

 

 聞こえて来た声に顔を向けると、そこには一人の少女の姿があった。

 彼女の名前はクノン。

 召喚された僕と一番最初に接触した、あの感情表現に乏しい少女だ。

 自己紹介された時に知ったことだが、どうやらクノンは人間ではなく看護医療用機械人形(フラーゼン)と呼ばれる、アルディラさんのサポートをする為に召喚されたロレイラルの機械人形らしい。

 こうして見ると普通の人間と変わらないように見える。

 感情表現が乏しいのは単純に、普段アルディラさんとしか接しない為感情プログラムが未発達だから、という話をアルディラさんからこっそりと聞いた。

 初めて会った時の反応は感情発達が不十分だったから、ということだ。

 このことを聞いた際、良ければ積極的にクノンと話をして欲しいと頼まれた。

 どうもアルディラさんは、クノンの感情表現が乏しいのは自分のせいだと思っている節があるようだ。

 

「おはようございます、朔夜様」

「おはようクノン」

 

 ちなみに、僕が彼女を呼び捨てにしているのは、単純にクノン自身から頼まれたからだ。

 彼女の方がこういう口調なのは元からで、尚且つ僕がここでは客として扱われているからだろう。

 

「朝食の準備が整っています。アルディラ様もお待ちですので、お部屋へどうぞ」

「ありがとう、すぐ行くよ」

 

 礼を言いつつ部屋を後にしたクノンを追う。

 彼女がこうして僕に対して、メイドの様に振る舞うのには理由があった。

 昨晩ラトリスクに戻って来た時、アルディラさんがクノンに対して滞在中の世話を命じたのだ。

 クノンと接触する機会を増やす為の措置だろう。

 

「そう言えばラトリスクにはアルディラさんとクノン以外に人は居ないの?」

「以前は他に二人ほど居ましたが、現在は私とアルディラ様のみです」

 

 移動の際、少し気になっていたことをクノンに聞く。

 ラトリスクに来てまだ一晩しか経っていないけど、どうにも人の気配というものを感じない。

 今まで見たのはひと目で機械とわかるようなロボットだけだった。

 

「その方々も元は体の治療の為に滞在していただけです。

 ですが別に集落を出て行った訳ではありません。

 治療が完了したので、こちらの方から住居を移すことをおすすめしました」

「へぇ、そうなんだ」

「今はユクレス村に居を構えている筈です。

 あの集落は自然が豊かなので、病み上がりの人間が療養するにはラトリスクより適しています」

 

 ここで治療をしていた、ということは相当重傷だったのだろうか?

 それに加えて昨日の会合でアルディラさんが僕に対して、リィンバウムの人間なら頑なな態度をとっただろう、というようなことを言っていたのを思い出す。

 命に関わる怪我に対しての治療に関しては、リィンバウムの人間に対してもするだろう。

 けれど住居を移すことまではさせない筈。

 この対応を見る限り、恐らくは僕と同じ様に召喚された人間だろう。

 ……とはいえ、僕に他人のことを根掘り葉掘り聞く趣味はない。

 これ以上詳しい話を聞く必要もないだろう。ここは一つ、話題を変えることにしよう。

 

「確か今日はクノンがこの辺りを案内してくれるんだよね?」

「はい。アルディラ様からそうするようにと」

「この辺りっていうのは大体どれ位の範囲のことなのかな」

「正確には島全体を案内することになると思われます」

「あれ? 昨日聞いた話だとラトリスク周辺だけ、ってことだったと思うけど……」

「全体と言っても各集落を回るだけです。

 日数をかけた所で余計な手間がかかるだけなので、私の方から進言しました」

 

 これは僕に関心がある、というよりはアルディラさんの手を煩わせたくないと考えての行動だろう。

 そもそも僕に対してどうこうするほど付き合いがある訳じゃない。

 相手が感情面において未発達なクノンなら、尚更そうだろう。

 

「今までは各集落間での交流は必要最低限に抑えられて来ましたが、今後はそうも言ってられません。

 アルディラ様からもいい機会だろう、ということで許可を頂きました」

「……? 今後はそうも言ってられない?」

 

 僕の疑問の声に、クノンは一瞬目をこちらに向けた。

 ほんの一瞬のことだったので、僕が彼女の方に視線を向けていなければ気がつかなかっただろう。

 

「恐らく、貴方が召喚されたからでしょう」

 

 その言葉にすぐ気が付いた。思わず眉尻が下がる。

 

「僕が滞在する集落を一つに固定しなかったからか。……何だか、悪いことをしたな」

「いいえ。アルディラ様も私も、遅かれ早かれ必要なことだと理解していましたから。

 貴方が定住しなかったことはアルディラ様が仰ったように、むしろいい切欠になるでしょう」

 

 これはもしかしなくても、慰めてくれている?

 思わずクノンの顔を凝視してしまう。

 今までの彼女の様子を見る限りこういったことはしないような感じを受けていた。

 

「……先入観で物事を考えたらいけないな」

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

 思わず口に出していたらしい。咄嗟にごまかす。

 そんなことを話している間に目的地に到着したようだ。

 部屋に入ると既にアルディラさんが席に着いていた。

 

「おはようございます、アルディラさん」

「おはよう、朔夜。昨日は良く眠れたかしら?」

「はい」

 

 挨拶もそこそこに席に着く。

 クノンの姿がいつの間にか見えなくなっているのは、恐らく食事を取りに行ったからだろう。

 

「もう聞いているとは思うけど、今日はクノンに島全体を案内して貰いなさい」

「昨日の会合を見ていた限り、集落間の交流は活発ではないようでしたけど、良いんですか?」

「貴方がそんなことまで気にする必要はないわ。

 ……集落間の交流に関しては、いずれどうにかする必要があること。

 ずっとこのまま、というのは無理だと他の護人たちもわかっていることよ」

 

 紅茶を一飲みし、アルディラさんは続ける。

 

「クノンが案内につくことは昨日も話したし、恐らくこうなることもわかっている筈よ。

 そういった意味では、貴方がこのタイミングで召喚されたことはいい切欠になると思うわ。

 ……召喚された当事者の前で言うには不謹慎だけど、ね」

「いえ、気にしていませんよ。お役に立てるのなら光栄です」

 

 そんなことを話している間に、クノンがカートを押しながら戻って来た。

 

「お待たせ致しました」

 

 見た所二人分しか用意されていないようだ。

 クノンが人間ではなく機械人形だということはわかっているけど、どうにも居心地が悪い。

 食事の為の機能が付いてないのなら話は別だけど、介護用の為に感情を表現出来る様になっているからてっきり食事も出来る物だと思っていた。

 

「クノンは食べないの?」

「私には食事は不要です」

「食事の為に必要な機能が備わっていない、ってこと?」

「いいえ。食事でエネルギーを確保することも可能ですが、その必要性を感じられません」

 

 ……あぁ、要するに他の機械人形と同じ様なエネルギー補給で問題がないから、食事でエネルギー補給をする必要性がない、と言いたいのか。

 

「クノン、そこ座って」

「……?」

 

 アルディラさんは面白そうにこちらを見ているだけで、止める気配がないので続ける。

 僕に配膳された食事を半分に分ける。

 

「はい、クノンの分。

 食事の最中に一人だけ立っていられると気が散るからね。

 食事が出来るなら最低限僕がいる間は、必ず一緒に食事をとって貰うよ」

「ですが必ずしも食事をとる必要は」

「あら、いいじゃない。折角食事をとる為の機能がついてるんだから」

「アルディラ様……」

「この機会に三食食べるようになさい。

 ……それとも、私たちと一緒に食事をとるのは嫌かしら?」

「いいえ、決してそのようなことは」

「なら決まりね」

 

 つまり普段から食事の際は横に控えていた、ということか。

 前にここに居た二人というのは怪我人だったという話だし、食事は一緒じゃなかったのだろう。

 

「ほら、クノンも早く座って」

 

 手招きして横の椅子を引く。

 僕たちに引く様子がないことを悟ったのか、クノンは素直に椅子に座った。

 それを見届けた後、クノンの前に分けた朝食を並べる。

 幸い朝食はパンだったので箸はない。変わりに、用意されていた予備のスプーンを取って配膳する。

 クノンは戸惑った様子を見せるけど、僕たちは見事にそれを無視して手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 さて、食事も取り終わったので早速島を回ることに。

 ラトリスクからなので、昨日決まった滞在順に集落を回ることにする。

 集落以外は、とりあえず立ち入り禁止の区画を教えて貰う予定になっている。

 

「朔夜、これを」

 

 いざ出発、というタイミングでアルディラさんに呼ばれた。

 その手には鞘に収められた剣が握られている。

 

「この島には集落に馴染めなくて野生化したはぐれ召喚獣が居るから、自衛の為に持って行きなさい」

「……ありがたくお借りします」

 

 一瞬、断ろうと思った。僕にはデバイスがあるからだ。

 とはいえ好意を無下に断ることも出来ない。加えて昨日言われたこともある。

 ここはありがたく借りることにしよう。

 

「それじゃあいってきます」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 さて、まずは風雷の郷だ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ようこそ、風雷の郷へ」

 

 そう言って僕たちを迎えてくれたのは護人のキュウマさんだった。

 

「クノン殿も案内ご苦労さまです」

「いいえ、これが私の仕事ですので」

「まずはミスミ様の元へ案内させて頂きます。お二方、どうぞこちらへ」

 

 キュウマさんの先導に従い、風雷の郷を歩く。

 目的地に行く前に簡単に集落内を案内して貰うことに。

 集落内を軽く見渡してみると、そこには確かに昨日キュウマさんが言っていた様に、どことなく日本に似た風景が広がっている。

 特に水田や家屋を見ると日本を彷彿とさせ、たった一日のこととはいえ元の世界を懐かしく感じてしまう。

 

「いい集落ですね」

 

 走り回る子供たちの様子を見ながら言う。

 集落の住人の顔に浮かぶ笑顔を見れば、それが良くわかった。

 

「そう言って頂けると、住人の一人としては嬉しいですね」

 

 話しながら進むと一際立派な屋敷が見えて来た。

 どうやらあそこが目的地のようだ。

 

「良くぞ参ったお客人。妾がこの屋敷の主、ミスミじゃ」

 

 そう言って僕たちを迎えたのは頭に特徴的な二本の角を持つ、一人の綺麗な女性だった。

 キュウマさんを見てても思ったことだけど、見てるとついつい触りたくなってしまう形をしている鬼の角だ。

 

「お初にお目にかかります、ミスミ様。桜満 朔夜と申します」

「うむ。実に礼儀正しい童じゃな。クノン、そなたも久しいの。アルディラは息災か?」

「はい。アルディラ様は融機人(ベイガー)故ワクチンの接種は必須ですが、問題ありません」

「それは何よりじゃ。さ、そんな所に立っておらんと座るがよい」

 

 ミスミ様の勧めに従い、座布団の上に正座する。

 クノンも僕に習って正座をした。慣れてないのか、若干動きがぎこちない。

 

「気にせんとも足は崩してよいぞ?」

「いえ、慣れてない訳ではないので。それこそ長時間で無い限りは問題ありません」

「そうか? 今時の童にしては珍しいの」

「恐縮です」

 

 僕の返答に頷き、ミスミ様はお茶をひとすすりした。

 

「さて、風雷の郷を軽く回って見てどうじゃった?」

「何というか、落ち着く感じがしました。

 多分僕が住んでいた世界に近い住居の形と、見慣れた水田のある光景が影響しているんでしょうね。

 それに住民の方もみな楽しそうで、率直に良い所だな、と感じました」

「そう言ってくれるか。ありがたいことじゃ」

「……所でこの集落には僕と同郷の方が居ると聞き及んだのですが」

「おぉ、ゲンジ殿のことじゃな。既に呼んでおる。もうそろそろ着く頃だと思うのじゃが」

 

 ミスミ様がそう言うと、いつの間にか部屋の中から姿を消していたキュウマさんが障子を開けて現れた。

 その後ろにいるご老人が恐らくゲンジさんだろう。

 

「ミスミ様。ゲンジ殿がお見えです」

「良いタイミングじゃな、ご老公」

「それではこちらの方が……?」

「うむ。そなたの同郷のゲンジ殿じゃ」

 

 ゲンジさんの顔をしっかりと見て、頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります。桜満 朔夜と申します」

「……若いのにしっかりしておるな。

 ワシは召喚されて日本に戻れないと知ってからは、未練を捨てる為に苗字を捨てておってな。今はただのゲンジと名乗っておる。

 今日はまだ他にも集落を回る予定なのだろう?

 時間があいた時にワシの家を訪ねるといい。色々と話を聞かせてやろう」

「はい。時間を作って必ずお伺いします」

「そういう訳じゃ、ミスミ殿。幼子とはいえこの子は聡い様子。

 加えて同郷のモンじゃからワシにも色々と話したいことがある。折角呼んで頂いたが話をするにはちと時間が足らんな」

「ふむ、残念じゃ。妾もそなたらの話に興味があったのじゃがなぁ……」

「そう面白い話でもないと思うがの」

 

 ゲンジさんが苦笑いをしながら頭を掻く。

 

「でしたら一日時間が取れる日に風雷の郷に来て、ミスミ様も交えて話しましょうか?」

「よいのか?」

「ゲンジさんの仰るように聞いていて面白くはないかもしれませんが、ミスミ様とゲンジさんがよろしければ」

「ご老公」

「まぁ、ワシもミスミ殿が問題ないと言うのであれば構わんよ」

「おお! ならばあらかじめ前日辺りにゆうてくれれば、良い茶葉と茶菓子をこちらで用意しようかの」

「いや、それならば茶葉の方はワシの秘蔵の逸品を持って来よう。次に会う時が楽しみじゃな」

 

 ミスミ様とゲンジさんの言葉に頷く。

 その時良い考えが浮かんだので、チラリとクノンの方を見る。

 正座でも微動だにしない様子は、流石機械人形といった所か。

 

「……あの」

「ん? どうした」

「その席に彼女も同席させてもよろしいでしょうか?」

「クノンのことかの?」

「はい、ミスミ様。アルディラさんから、クノンとなるべく会話を交わして欲しいと頼まれてまして。

 彼女の感情プログラムの発達させる為には、色々な人と会話を交わす必要があるそうなので。

 会話を聴かせることも一助となるかと」

「そう言ったことなら妾に断る理由はない。ゲンジ殿はどうじゃ?」

「ワシの方にも問題はない」

 

 クノンが何かを言いたそうにしているが、この二人の許可があるなら押し切ってしまおう。

 

「アルディラさんには僕の方から許可を貰うから、クノンも一緒で良いよね?」

「いえ、ですが……」

「クノンの感情プログラムが発達すれば、きっとアルディラさんも喜んでくれるよ」

「そういうことでしたら、了解致しました」

 

 渋々とはいえ、了解を得た。

 まぁアルディラさんが喜ぶというのもあながち間違いではない。問題はないだろう。

 

「詳しい日程が決まりましたら、改めてお伺いします」

「うむ。今度来た時は昼餉を馳走しよう。楽しみにしておるがよい」

「はい。それではお暇させて頂きます」

 

 挨拶もそこそこに、立ち上がる。

 僕が立ち上がる頃には、場の空気を察してか既にクノンも退出の準備を済ませていた。

 改めてミスミ様とゲンジさん、障子の傍に控えていたキュウマさんに一礼し、その場を後にする。

 最初の集落で予想以上に時間を使ってしまった。次の目的地は狭間の領域だ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 狭間の領域に来てまず目に入ったのは、至る所にそびえ立つ水晶が光を反射して作り出す、幻想的な風景だった。

 

「ここが狭間の領域……」

 

 ラトリスク以上に生き物の気配を感じない場所だ。

 まぁ聞く限りサプレスの住人というのは月のマナを好むという話だし、月の見えない日中にはあまり行動しないのだろう。

 そういった意味では生き物の気配を感じないのも、仕方がないかもしれない。

 

「クノンはここに来たことはあるの?」

「はい。アルディラ様からの伝言を伝える際に何度か」

「それなら案内とかも大丈夫かな」

「大まかな箇所でしたら把握しています」

「じゃあファルゼンさんの居そうな所に案内頼めるかな?」

「了解致しました。この時間帯だと恐らく瞑想の祠でしょう。案内致します」

 

 クノンに先導を任せ、奥に進もうとした瞬間。

 どこからか翼が羽ばたくような音が聞こえて来た。

 

「その必要はありませんよ」

 

 そんな言葉と共に僕たちの目の前に降り立ったのは、背中に羽を持つ青年だった。

 あの羽の形状からして、恐らくは天使だろう。

 

「はじめまして。私はフレイズ。ファルゼン様の副官を務めております」

「はじめまして、桜満 朔夜です」

「クノンさんもあまり詳しくはないでしょうし、ここから先の案内は私がしましょう」

 

 そういったことなら、とフレイズさんに先導を任せて瞑想の祠を目指す。

 途中、異鏡の水場といった場所に寄りつつ、主要な箇所を回っていく。

 ファルゼンさんの言付けもあってか、この集落で僕に襲いかかる住人は居ないけれど、なるべく入らないように注意する場所を教えて貰った形になる。

 案内の途中でマネマネ師匠という妙な存在にモノマネ勝負を挑まれたりと、ちょっとしたハプニングのようなこともあったけど、特に大きな問題もなく目的地にたどり着いた。

 

「ここが瞑想の祠になります」

 

 一見するとただの洞窟のように見えるけど、うっすらと魔力のような物がこの場に充満しているのがわかる。恐らくこれが、サプレスの住人に必要なマナなのだろう。

 

「ファルゼン様、お客様をお連れしました」

「良ク、来た……。何モ無い場所ダガ、歓迎スる」

「申し訳ありません。ファルゼン様のお体は、見ての通り言語を用いるのにあまり適しておりません。

 これから先は私、フレイズが代弁することをお許し下さい」

 

 フレイズさんの言葉に頷く。

 

「この集落に滞在する際の注意点は道中説明しましたが、見ての通りこの集落は元来人が滞在するには適していないです。

 そこでファルゼン様と事前に話し合った結果、貴方が滞在する際にはこの瞑想の祠を使用して貰うことになりました。

 本来ならこの場はファルゼン様以外が使える場所ではないのですが、この件に関してはそうも言ってられませんから……」

「お手数おかけしたようで申し訳ないです」

「いえ、ファルゼン様も私も、貴方の他の世界を理解しようとする姿勢は嫌いではありませんよ」

「食事ニ関しテも、口ニ合うかハわかラヌが、こチらで用意シよウ……」

「ありがとうございます」

 

 ファルゼンさんの言葉に、改めて頭を下げる。

 

「必要な連絡事項は以上になります」

「わかりました。他にも回る所があるので今日はこれで」

「はい。貴方が滞在しに来る日を楽しみに待っていますよ」

 

 ファルゼンさんとフレイズさんに礼をしてその場を後にする。

 さて、次の目的地はユクレス村だ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ま、楽にしてくれや」

 

 村に入って僕たちを迎えてくれたのは、護人のヤッファさんだった。

 彼自身に案内された先にあったのは怠け者の庵と呼ばれる、彼の自宅だ。

 

「本来ならマルルゥって言う花の妖精に案内を頼もうと思ってたんだがな、すっかり忘れてるようで何時まで経っても来やがらねぇ。案内の方はまぁ、後日ってことで勘弁してくれや」

「それは構いませんが……」

「そこの機械人形の嬢ちゃんも最低限の案内は出来るだろうが、マルルゥの奴はどうもお前さんに興味があるらしいからな」

 

 そう言って頭を掻くヤッファさん。

 クノンの方も特に思うことはないのか、相変わらずの無表情だ。

 アルディラさんに言いつけられたことだから、もう少し感情の揺れが見えるかと思ったんだけど……。

 

「この集落に滞在する間は、空家を使って貰うことになる。その辺の案内もマルルゥに任せる予定だったからな。悪いが、滞在前にもう一度ここに来て貰うことになる」

「わかりました」

「その時にはマルルゥを使いに出す。体長がこれぐらいのちみっこい奴だから、すぐわかるだろうよ」

 

 そう言って彼の示す長さを見ると、確かにすぐにわかりそうだ。

 

「ま、リィンバウムの人間じゃないってことで住人の反発も少ない。

 妙な真似さえしなけりゃ襲いかかられることもないだろう。

 お前さんもそこら辺は言われなくてもわかってるようだがな。俺からは以上だ」

 

 ヤッファさんの性格なのか、本当に必要最低限で終わってしまった。

 ユクレス村についてから二十分も経っていないけど、どうやら話すことは本当にこれ以上ないようだ。

 思ったより時間があいてしまった。

 

「朔夜様。宜しければ後一箇所、案内したい場所があるのですが」

「……? うん、クノンに任せるよ」

 

 怠け者の庵を出て暫く歩いた頃、唐突にクノンが声をかけて来た。

 特に断る理由も無かったので頷く。

 クノンの先導に任せて歩いていくと、どこか見覚えのある建物が見えて来た。

 

「ここは……」

「この島で唯一物を売っている場所です。

 基本的に日常用品はこの場でしか入手出来ません」

 

 そう言って店の中に入っていくクノン。

 その建物に呆然としていた僕も、慌ててクノンの後を追う。

 

「にゃはは、いらっしゃ~い」

 

 店内に入った僕たちを迎えたのは、一人の酔っ払い(メイメイさん)だった。

 

「メイメイ様。今日は朔夜様の衣服を買いに来ました」

「いや、でもそこまでして貰う訳には」

「問題ありません。必要な資金はアルディラ様より預かっています」

 

 クノンの発言に思わず声をかけるが、取り合っては貰えない。

 どうも今日のことを話している間にアルディラさんが決めたことらしい。

 とはいえ、ここまでお世話になりっぱなしなのは些か心苦しいものがある。

 

「朔夜、ってのはそこの少年のことね? じゃ、ちゃちゃっと採寸しちゃうからこっちに来なさい」

 

 そんなことは関係ないと言わんばかりに、メイメイさんに連行されてしまった。

 まぁ店を利用してくれさえすれば、彼女には関係のないことだろう。

 カウンターを離れて別室に案内される。

 

「さて。……色々と私に聞きたいこともあるでしょうけど、まずは宣言通り採寸を済ませちゃうわね?」

 

 彼女の言葉に黙って従う。

 これはどうやら、僕の仮説は当たっていたようだ。

 

「はい、終わり~。さ、何が聞きたい?」

「とりあえず率直に。僕を召喚したのは貴女ですか?」

「えぇそうよ」

 

 思った以上にあっさりと答えが返って来た。

 

「ま、正確には、貴方を召喚して欲しいという依頼を受けたのよ」

「依頼?」

「そ。――――界の意思(エルゴ)に、ね。

 だから申し訳ないけど、ことが終わるまで貴方を元の世界に戻すことは出来ないわ」

「そのこととやらが終われば、僕を元の世界に戻してくれるんですか?」

「正確には、その為に必要な送還術(パージング)の術式を伝授するよう、言付かっているわ」

「つまり帰還は自力で、ってことですか……」

 

 思わず溜め息が出てしまう。

 

「必要なことと思って諦めて頂戴な。

 誓約者(リンカー)たる資格を持つ貴方は、遅かれ早かれこの世界に関わることになっていたわ。

 送還術の術式を与えて、自力で帰還させるのにはそういった理由もあるのよ」

「要は後々必要になるから、ついでに覚えていけってことですよね?」

「にゃは、そうとも言うわね~」

 

 しかしわからないでもない。

 この感じだと、今後戦闘することもあるだろうし、送還術を覚えて損はない。

 色々と気に食わないことはあるけど、ここは素直に従っておこう。

 

 しかし、問題はこの場で僕が誓約者の資格を持つ、ということが判明してしまった点だ。

 これでサモンナイト1の本編に関わることが決定してしまった。

 色々と予定がてんこ盛りだ。

 そう言えば帰還した後に調べ物もしなきゃならないし……。体がもつか、心配だ。

 まぁどれも自分が決めて関わることにしたのだ。泣き言を言っても仕方ない。

 

「近い内に時間を作って一人でここに来て頂戴。その時に、送還術を伝授するわ」

「わかりました。明日にでも時間を作って来ます」

「じゃ、戻るわよ~」

 

 カウンターに戻り、クノンが選んだ日常雑貨を購入した後、僕たちはメイメイさんの店を後にした。

 服に関しては採寸したサイズを元に、メイメイさんが仕立てるようだ。

 というのも、売り場にある物だとどれもサイズが合わないのだ。

 この島には僕ぐらいの年齢の子も居るが、基本的にその子たちは家で家族が仕立ててるらしい。

 しかし僕が来ているような服を作れる人は居ない。

 和服ぐらいならミスミ様が仕立てれるようだけど、そこまで迷惑はかけたくないので、ここで纏めて作って貰うことにした。

 まぁそれもこれも必要なお金を他人に出して貰って今の僕に、どうこう言えたことじゃないんだけどね……。

 お金に関しても、どこかで稼いで返さなきゃなぁ。

 色々と先が思いやられる一日だった。

 

 

 





滑り込みセーフ。
書いていたら10000字超えて少し焦りました……。
今回は当初の予定を変更して簡単な交流回になっています。
当初は集落を回る描写をもう少しカットして、初実戦まで行く予定でした。
とはいえ、交流の描写をあまりおろそかにしたくなかったので、主要な人物を紹介するついでに簡単に集落を回る話に変更しました。
本当なら文中に名前だけ登場したマルルゥや、名前すら出てこなかったスバル・パナシェも話に組み込みたかったのですが、思った以上に長くなりそうだったので泣く泣くカットする羽目に……。

尚、今回作中に登場したクノンの設定に関してですが、食事の機能に関する部分は原作では特に言及されてなかったと思います。
鍋の時の描写を見る限り恐らく食べれるだろう、という憶測の元書かれてますのでご注意下さい。

次回は恐らく実戦回になる筈です。
同時に、以前言ったように次回の更新から暫くは二話同時の更新になります。
時系列は一緒ですが、視点が朔夜視点と原作主人公視点に分かれる為です。
その為、普段以上に更新に時間がかかるようになるでしょうが、ご了承下さい。
一応、次の話に関しては原作主人公視点は完成済みなので、何時もと同じように更新出来ると思います。

それでは、今回はこれにて。
感想や誤字・脱字の指摘などもお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/10S 初実戦

S=朔夜の頭文字
お読みの際はS・Aお好きな方からで問題ありません。


 この島に召喚されてはや三週間。今日からはユクレス村に滞在する予定だ。

 帰る方法はわかったものの、やっぱり一筋縄ではいかないらしい。

 というのも単純に僕の練度が足らないのだ。

 帰る為には送還術と転移魔法を同時に使う必要があるのだけれど、今の僕にはどちらか一方なら兎も角、それを同時に行うことが出来ない。

 メイメイさんは経験と効率の問題だと言っていたので、今は送還術に慣れて術を行使するのに必要な時間を短縮出来ないか、色々と試行錯誤している最中だ。

 

 後は、ここから帰った時にあっちの世界の時間がどうなるか気になったけど、メイメイさん曰く、この島の中は外界と時間の流れが違うらしいので、地球との時間の流れも違うことを祈るばかりだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「さて、まずはヤッファさんに挨拶かな……?」

 

 マルルゥという子が案内につくという話だったけど、それらしき姿は見えない。

 ここで待っていても埒があかないので、とりあえず先にヤッファさんの家に行くことにした。

 怠け者の庵に向かう傍ら、改めて集落の様子を観察する。

 ここ、ユクレス村は他の集落に比べて自然が多い。

 元々メイトルパは自然に溢れた世界らしいし、メイトルパの住人のいる集落の自然が多いのも当然か。

 

 少し歩くと果樹園や畑などが遠くに見えてくる。

 流石にそこまで入る訳にはいかないので遠目に見るだけだけど、ここからでもよく手入れされているのがわかる。さて、そろそろ怠け者の庵に行くとしようか。

 

「よく来たな」

 

 怠け者の庵に入ってすぐ、ヤッファさんが迎えてくれた。

 手招きする彼の勧めに従い正面に腰を下ろす。

 

「俺から言うべきことは前回言った。

 後はしっかり注意事項さえ守ってくれりゃ、俺の方からは何もねぇ」

 

 ヤッファさんから、ここの果樹園で取れたであろう果実で作ったジュースを受け取る。

 一口飲んで見ると非常に口当たりのいい味が広がった。

 

「結局滞在がはじまる今日まで、時間が取れなかったみてぇだからな。

 前回出来なかった案内は今日済ませちまおうと思って、マルルゥを呼んである。

 そろそろ来ると思うんだが……」

 

 ヤッファさんがそうぼやくと、外がにわかに騒がしくなった。

 暫くすると、出入り口からひょっこりと小さな少女が姿を見せた。

 

「これは確かに、一目でわかりますね」

 

 それもその筈。何と彼女の体は手のひらサイズ(・・・・・・・)だったのだから。

 流石にこの展開は予想していなかった。

 

「シマシマさん、呼びましたかぁ~?」

「おせぇぞマルルゥ。お前の会いたがっていた奴だ。ほら、挨拶しろ」

「あや?」

 

 そこで僕の存在に気付いたのか、こちらの方に寄って来る。

 妖精というのは皆このサイズなのだろうか?

 

「はじめましてー、マルルゥといいます」

「はじめまして、桜満 朔夜です。朔夜で良いよ」

「ゴメンなさいです。マルルゥ、名前を覚えるの苦手なんです。だから人間さんって呼んで良いですか?」

 

 眉をハの字にしてマルルゥが言う。

 とはいえ、人間さんだと他の人間と区別がつかないからなぁ……。

 

「ゲンジさんのことは何て呼んでるのかな?」

「お爺さんのことですか?」

 

 あぁ、そういう呼び方になるのか。

 うーん、でもなぁ。このままだと彼女の為にもならないだろうし。

 

「他に人間が召喚されないとも限らないし僕の名前を覚えるまで、っていうのはどうかな?

 僕にとって人間っていうのは種族名だからね。

 あんまり自分が呼ばれている気がしないんだ。マルルゥだって妖精さんって呼ばれるのは嫌だろう?」

「はいです」

「うん、良い子だ。すぐには無理だろうけど、ちょっとずつ覚えていこう?」

 

 マルルゥの頭を撫でる。

 くすぐったそうにしてはいるけど、嫌がってはいないみたいだ。

 

「マルルゥのことはそれぐらいにして、そろそろ集落を回ってきたらどうだ?」

 

 ヤッファさんが苦笑しながらそう言った。

 確かに結構話し込んでしまった。

 

「良し、それじゃあ案内頼めるかな?」

「喜んで~!」

 

 指を掴んで引っ張るマルルゥに大人しくついて行く。

 何だか懐かれてしまったようだ。

 ヤッファさんに頭を下げ、怠け者の庵を後にする。

 向かう先はどうやらあの大木のようだ。集落の名前にもなっている、ユクレスという名前の木らしい。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「だいたいわかった。案内ありがとう、マルルゥ」

「どういたしましてー」

 

 あの後一周しながら簡単な説明を受け、今は最初に回ったユクレスの木の下に戻って来ていた。

 途中、滞在中に使う予定の空家にも案内して貰い、荷物を置いてきた。

 空家という割には掃除もしっかりしてあったので、必要以上に時間を使うこともなく、すぐにでも使えそうだったのはありがたい。

 

「おーい、マルルゥ!」

 

 マルルゥと休憩がてら会話をしていると、遠くの方からマルルゥを呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「ヤンチャさん」

「あれ、兄ちゃんも一緒だったのか?」

 

 こちらに走り寄ってきたのは鬼の少年、スバル。ミスミ様の実子だ。

 その後ろには初めて見る獣人の子が居る。

 

「ス、スバル。このヒト、知り合いなの?」

「おう! 朔夜兄ちゃんはゲンジの爺ちゃんと同じ、名も無き世界の人間なんだぜ」

「それじゃあ、この前言っていた一週間郷にいた人って」

「兄ちゃんのことだな」

「……あ、あの。僕パナシェって言います」

 

 どうやら人見知り、というよりも人間が苦手なのだろう。

 パナシェと名乗った少年は少しビクついた様子で話しかけてきた。

 とはいえ、スバルからいくらか話を聞いていたようで、これでもまだマシな反応なのがうかがえる。

 

「はじめまして、僕は朔夜。宜しくね?」

 

 目線を合わせながらそう言う。

 こういう人が苦手な子に対して行き成り頭を撫でたり、あるいは近づこうとすれば必要以上に警戒心を煽ってしまう。

 この場合は目線を合わせるだけの方が良いことを、僕は経験上良く知っていた。

 

「う、うん」

「そう言えばスバルはマルルゥに何か用事?」

「あぁ、マルルゥが何時まで経っても来ないから、オイラたち探してたんだ」

 

 どうやら今日は午後から遊ぶ約束をしていたらしい。

 元々僕の案内は午前で終わる予定だったのだけど、僕が必要以上に質問を重ねたのが原因だろう。悪いことをしたな。

 

「ヤンチャさんとの約束を忘れてたマルルゥが悪いのです」

「いや、マルルゥは悪くないよ。ごめんな、スバル。色々聞きたいことがあって、僕が引き止めてたんだ」

「それなら兄ちゃんも一緒に遊ぼうぜ!」

「誘ってくれて嬉しいけど、ちょっとこの後メイメイさんと会う約束をしてるんだ。また今度、誘って欲しいな」

「ちぇっ。そういうことなら仕方ないや。約束だかんな!」

「うん、約束。マルルゥも練習のこと、忘れないようにね」

「はいです!」

「それじゃあまた明日」

 

 手を振って三人と別れる。

 さて、一旦家に帰って戦闘準備(・・・・)をしてくるかな。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「さて、まずは復習からね」

「はい」

 

 メイメイさんの言葉に頷き、精神を集中する。

 

「良い感じよ~。そのまま、今度は体内の魔力を動かして」

 

 指示に従い、魔力を操作して循環させる。これがなかなか難しい。

 

「宜しい。魔力操作に関しては及第点ね」

「ありがとうございます」

 

 魔力操作を中止して息をつく。

 想像していた以上に神経を使う作業だから細心の注意が必要なのだ。

 助かるのは、体内の魔力を操作するだけなので、操作に失敗しても直接的な被害はなく、精神的に非常に疲れるだけですむ、という点だろう。

 

「この技術をうまく扱えれば送還術を円滑に行使出来るようになるから、訓練は可能な限り続けること。

 慣れてくればそれこそ呼吸をするかのごとく、自然と出来るようになるから当面の目標はそこになるわね」

「はい」

「ではでは、お次は送還術に関してのおさらいね~」

 

 送還術(パージング)

 現在リィンバウムで使われている召喚術(サモーニング)の元となった技術。その効果は異界の存在を元の世界に追い返す、というもの。召喚術はこれを逆利用することで成り立っている。

 その大元の術式は既に失われており、現在は召喚術の術式に使われている必要最低限の術式が残っているのみである。

 

「その二つの術式の違いは?」

「前者が自分が召喚した対象以外にも効果を発揮するのに対し、後者は自分が召喚した対象以外には効果がない点です」

「良く出来ました~」

「茶化さないで下さい」

 

 頭をぐしゃぐしゃと撫でるメイメイさんを睨みつける。

 この人は僕が見た目通りの子供ではないことを知っている。

 褒めるまでもなく、答えられて当然なのだ。

 それがわかっている上での反応だからタチが悪い。

 

「まぁこれは豆知識だけど、召喚術の方の術式を拡大解釈して応用することにより、擬似的に送還術を再現することは可能なのよ」

「え、そうなんですか?」

「えぇ。もっとも、この場合でも元来の送還術のように強力な物にはならないわ」

 

 でも考えてみれば当然か。

 必要最低限とはいえ、術式そのものは残っているんだから応用次第ではどうとでもなるのか。

 

「その応用にしたって相当な才能と実力が必要になるから、今は頭の片隅にでも入れておけば問題ないわね~」

「わかりました」

「……さて、と」

 

 雰囲気の変わったメイメイさんのその言葉に、居住まいを正す。

 

「想像はついていると思うけど、そろそろ本格的な修練を始めようと思うわ」

「はい」

「召喚術に関しては、もう護人たちから使用許可が降りた?」

「いいえ。まだユクレス村に滞在しはじめたばかりなので。審議は、それが終わってからになります」

「そうなると少し厳しいか……。

 召喚術にある程度慣れてから、と思っていたけど、ちょ~っと時間が足らないわねぇ」

 

 そう言ってメイメイさんは思案顔になる。

 

「順番が前後するけど、はじめますか。

 ……良し! 少し予定を変更して実戦訓練に入りましょう」

「実戦、ですか」

 

 訓練自体は既にはじめていたし覚悟もしていたけど、改めてその言葉を聞くと緊張と恐怖で手が震える。

 何せ元々命のやり取りとは無縁の場所に居た人間だ。

 これからそんな殺伐とした場所に身を置かねばならないと考えると、それだけで体が硬直してしまう。

 

「まずは実戦で剣を使うことに慣れましょうか。とりあえず今回はそのデバイスの使用を許可するわ」

「魔法の方は」

「今回はOK。ただし戦闘に慣れてきたら使用頻度を落とすように。それと、武器の形状は剣固定で」

「わかりました」

「まずはこの辺りでも特に弱い召喚獣が相手だから、過度に緊張する必要はないわ」

 

 メイメイさんはそう苦笑するが、それは無理な相談というものだ。

 

「さて、実戦に移る前に一つ。

 ――――非殺傷設定を解除なさい」

「ッ!?」

「実戦未経験者のあなたでは、手加減をしながら勝てる相手はいないわ。まずはそのことを理解しなさい」

 

 理屈としては理解できる。

 そして同時に、相手を殺せと言っている訳ではないということも。

 要するに相手に対して物理的に効果を発揮するようにし、それをもって追い返せば良いのだ。

 相手はこちらの事情などお構いなしに命を狙ってくる。

 敵を気絶させる程度でどうにか出来るほど現実は甘くない。

 

「……命を奪うことに禁忌感を持つ、貴方のその反応は正しいわ」

 

 震える僕の手を、メイメイさんが握る。

 そうだ。僕が怖いのは、一つの命を奪うことが出来る(すべ)を自分が持っている、ということだ。

 命を奪われることも勿論怖いが、同じくらい命を奪うことが怖い。

 

「その気持ちを忘れない限り、貴方が自分の力の使い方を誤ることはない筈よ」

《微力ながら私もお力添えさせて頂きます、マスター》

「はい。クラウンも、ありがとう」

《いいえ、マスターのサポートが私の存在意義。当然のことです》

 

 その言葉に答えるように、僕はデバイスコアを撫でた。

 

「クラウン、非殺傷設定を解除」

《仰せのままに》

「準備はいいかしら?」

「はい」

「とりあえず今日は私もついて行くけど、基本的には一人で訓練して貰うことになるわ。

 はぐれ召喚獣の数が少ない場所を幾つか教えるから、今後はそこで訓練して頂戴。

 戦闘に慣れて来たら私の方で特別な訓練場を提供してあげる。

 そこで経験を積んだら、今度は護人たちに協力して貰って連携の訓練ね」

「わかりました」

「さ、こっちよ」

 

 メイメイさんの先導に従って店を出る。

 向かった先は砂浜だった。

 

「ここが現状、一番はぐれ召喚獣の数が少ない場所ね。

 集団が出て来ても三匹くらいの小規模なものでしかないから、当分はここを活用することになるわ。

 当面の目標はここで実戦経験を積んで、戦闘しながらの送還に慣れること。

 無理は禁物。危険だと感じたらすぐに逃げること。その際、これを使うと良いわ」

 

 そう言いながら渡されたのは幾つかの木の実が入った小袋だった。

 

「この辺りで出て来るはぐれ召喚獣が、主に食べている物よ。

 これでいくらか相手の気を引けるでしょうから、これを食べている間に逃げなさい」

「はい」

 

 小袋を受け取り、ズボンのポケットに入れる。

 

「クラウン、セットアップ」

《セットアップ》

 

 剣になったクラウンを握る。

 視線の先にはゼリー状の召喚獣、マリンゼリーの姿があった。その数二。

 一体じゃない以上油断は禁物だ。

 確か話しではマリンゼリーには遠距離攻撃が出来る個体がいた筈。

 なら、

 

「こちらから仕掛ける!」

《仰せのままに》

「ウインドエッジ!」

 

 キーワードによって魔法が発動。不可視の風の刃が周辺に出現、射出される。

 狙いは向かって左側に居るマリンゼリー。

 一発は直撃させる軌道で、もう一発は丁度二匹の間に当たる軌道で進む。

 僕の方は結果を見ずに次の行動に移る。

 

「加速!」

《ファストムーブ》

 

 瞬間、僕の足元で魔力が爆発する。

 直線にしか進路が取れない、使い勝手の悪い移動魔法だが今の僕が満足に使いこなせるのはこれだけだ。この辺りも今後の課題の一つだな。

 

「プグルァ!?」

 

 ウインドエッジは二発とも狙った箇所にヒット。

 至近距離に当たってびっくりしたのか、もう一体の方は距離をとっている。

 

「纏え疾風(はやて)! 風牙、一閃ッ」

 

 狙いは勿論、ウインドエッジが直撃した方のマリンゼリーだ。

 風を纏って殺傷性を上げたクラウンで切りつける。

 

《警告。右方より遠距離攻撃来ます》

「――――ッ!」

 

 クラウンの警告に従い、即座に右手をかざす。

 

《ラウンドシールド》

 

 直後に水流が直撃する。

 これがマリンゼリーによる遠距離攻撃か。

 

「ファストムーブ」

 

 とはいえ、ダメージを与えた方のマリンゼリーがどうなったかも確認出来てない。

 即座にこの場を離脱する。

 

「捕縛する」

《チェーンバインド》

 

 確認してみるとダメージを負ってはいるものの、撤退させるには足らないようだ。

 そのまま発生した鎖型のバインドを投げつけ、捕獲する。

 

「せいっ!」

 

 捕縛したマリンゼリーはそのままに、鎖を振り回す。

 マリンゼリーの鳴き声が聞こえてくるけど勿論無視した。

 マリンゼリーごともう一体に投げつける。

 

「プグル、」

《ファストムーブ》

「ハッ!」

 

 斬撃を加える。

 

「ルァ!?」

 

 一閃。二閃。三閃。

 魔力による身体強化にものを言わせた、稚拙な攻撃。

 とはいえ、今の僕の魔法を使わない攻撃なんてこの程度でしかない。

 

「これで、」

 

 クラウンの刀身に電撃が奔る。魔力変換資質によるものだ。

 

「終わりだッ」

《雷光閃》

 

 直撃。斬撃で吹き飛ばされ、砂煙が舞う。

 砂煙が晴れると、電撃によって焼け焦げたマリンゼリーの姿が見えた。

 もう一匹はどうやら斬撃で真っ二つになっているようだ。

 

 ……人ではないとはいえ、命を二つ奪ったというのに、驚く程何も感じなかった。

 そんな自分に嫌悪感を抱く。

 

「お疲れ様。課題は見えてきたわね」

「……はい」

「命を奪った直後はそんなものよ。罪悪感はね、後から来るの。

 今夜は眠れないだろうから、これを持って行きなさい。一種の睡眠薬よ」

「ありがとうございます」

 

 本当に、そうなのだろうか?

 実は自分は命を奪っても何とも思わない、そんな薄情な人間なのではないだろうか。

 

「むぐ」

 

 そんなことを考えていたら、メイメイさんに抱きしめられた。

 顔をあげてメイメイさんを見る。

 

「あのね。命を奪うことに禁忌感を覚えていた人間が、薄情な訳ないでしょう?

 今はその衝撃に、心が麻痺しているだけなのよ。しっかりなさい。

 今日はここまでにして、ゆっくり休むと良いわ」

 

 その言葉に僕は返事をせず、ただ頷いた。

 




あとがきはA編で纏めて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/10A 始まりは突然に

A=アティの頭文字


 ここは一体どこなんでしょうか……?

 今私は、見覚えのない海岸にいます。

 どうやら倒れていたようですが、何故こんな所にいるのか記憶にありません。

 うーん、ちょっと状況を整理してみましょう。

 

 まずは私のこと。私の名前はアティ。

 元は帝国軍所属の軍人で、ある理由から軍を辞めました。

 軍を辞めた後は、軍務で知り合ったマルティーニ家の主人から請われ、彼の娘さんの家庭教師をすることになったんです。

 その子の名前はベルフラウ。

 

 ……あぁ、段々思い出してきました。

 そうです。確かそのベルフラウちゃんと、工船都市パスティスへ向かう為に船に乗ったんです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「貴女にはこれから、お嬢様を連れて軍学校のある工船都市パスティスに向かって頂くことになります」

 

 私にそう話しかけているのは、マルティーニ家のメイド長である、サローネさんだ。

 今私たちは工船都市パスティスに向かう船がある、アドニス港に居ます。

 丁度船の出発時刻が近づいている状況で、ベルフラウちゃんは既に乗船している状態でした。

 

「こうしてベルフラウ様と一緒に船旅をして貰うのには、無論理由があります」

 

 サローネさんはそこで一拍おき、少し言いづらそうに話を続けました。

 

「ベルフラウ様は見ての通り、兎に角勝ち気でして……。

 少しばかりわがままに過ぎ、自分の意に沿わないことは中々受け入れない、そんな部分があるのです」

 

 サローネさんの言葉に初対面でベルフラウちゃんからかけられた言葉を思い出し、おもわず頷いてしまう。

 

「特に殿方相手ですと、ムキになって逆らったり反抗したりする有様です。

 ……そういった諸々の理由もあり、今までの家庭教師はどなたも長続きはしませんでした」

 

 思わず苦笑いが浮かぶ惨状です。

 ですがこうして、教育免許も持たない門外漢の私にまで話が回って来ているのですから、相当切羽詰っている状況だと考えた方が良さそうです。

 

「ここまで話せばある程度はお察し頂けると思いますが、今回ばかりは今までのようでは困ります。

 格式と教師陣において帝都一と名高い軍学校に入学することは、必ずお嬢様の為になる筈ですから」

「察するに、工船都市パスティスに到着するまでに彼女との間に信頼関係を築け、ということですね?」

「そういうことです。

 入学試験までの期間のことも考え、仮に船旅の間に上手く信頼関係を築けなかった場合は、申し訳ないですが家庭教師の話はなかったことにして頂きます」

「それはまた、責任重大ですね」

「誰に対してもはっきりと物を言えるベルフラウ様の気質は長所でもありますが、行き過ぎればそれは短所にも成り得ます。

 特に殿方に対して、反射的に反発するあの気質だけでもどうにかなれば良かったのですが……」

 

 そう言ってサローネさんは溜め息をつきました。

 

「マルティーニ氏は仕事が忙しくて、あまり彼女の相手になれなかったと聞いています。

 男性に対しての反発心は、多分そこから来ているんでしょうね」

 

 私の言葉にサローネさんは頷きました。

 長年ベルフラウちゃんに仕えているだけあって、その辺りのことは良くわかっているんでしょう。

 

「そういった理由から女性且つ旦那様と面識があり、そして何より軍学校を主席で卒業した貴女に白羽の矢が当たった訳です」

「成程。通りで教育関連の資格を持たない私に」

「それだけ理解して頂ければ、恐らく大丈夫でしょう」

「わかりました。精一杯努力させて頂きます」

「ベルフラウお嬢様のこと、くれぐれも宜しくお願い致します」

「お任せ下さい!」

 

 サローネさんが深く頭を下げる。

 私はそれに頷き、船に向かいました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ――と、威勢良く啖呵をきったのは良かったんですが。

 先程、不用意な発言をして彼女の機嫌を損ねてしまいました。

 そう言った理由から、今私は少し頭を冷やす為に、船内を軽く回っている所です。

 万が一の為に、脱出経路を簡単に下見しておこうという意図もありました。

 

「いざ二人きりになると、何を話してよいのやら……」

 

 残念なことに、私にはあの位の年頃の子と話した経験があまりありません。

 その結果が今の状況に繋がってしまった訳ですから、今後はもう少し慎重に物を言う必要がありますね。

 そもそも良く良く考えてみれば、不安にならない訳がないんですよね。

 行き成り親元から離れて、見ず知らずの人間と一緒に船旅だなんて。

 話をするのは、少し時間をおいてからにするべきでした。

 

「はぁ」

 

 思わず溜め息をついてしまいます。

 こんな状態では前途多難です。

 

「あれ?」

 

 とりあえず経路の確認を終え、部屋に戻る途中。

 そこで私は、懐かしい影を見つけました。

 

「……帝国軍の軍人? どうしてこんな所に」

 

 何やら、監視のようです。

 あの先に軍に関わるものが保管されているのか、あるいは要人が居るのか。

 それにしてはおかしな話です。

 普通そう言った軍に関連するものは、軍の保有する船舶を利用するのが常です。

 仮に極秘の任務であったとしても、些か不自然です。

 大体軍服を来ている時点で怪しんで下さいと言っているような物ですよ。

 

 そんなことを考えていると、見張りの軍人の一人がこちらに気付きました。

 顔に入れてある刺青が特徴的な青年です。

 ……うーん、これはちょっとまずいことになりそうな予感です。

 

「おい、ここになんの用だ?」

「部屋に戻る道を間違えてしまって……」

「嘘だな」

 

 穏便に済ませようと誤魔化してみるも、嘘だと断言されてしまいました。

 うぅ。確かに若干の嘘を孕んでますが、そんなにわかりやすかったでしょうか?

 

「ビジュ! 何をしているッ」

 

 どうやって切り抜けようか考えていた所、近くの部屋からがっちりとした体格の巨漢が姿を現しました。

 相当鍛えられているのがわかりますが、鍛錬で、というよりは実践で培った物のようです。動作にも隙が見当たりません。

 

「……いやねぇ、副隊長殿。

 不審な女が彷徨ってたんで尋問していたんですよ」

「私は単に、道に迷っただけなんですけど……」

「おい、女。行っていいぞ。

 反対側に進めば甲板に出れる。そこからなら迷わんだろう」

「副隊長ッ」

「お前の過剰反応だ、ビジュ。

 ピリピリするのはわかるが、無関係の人間にまで当り散らすな」

「――――チッ!」

 

 何だか話は終わったようなので巨漢の方に一礼し、その場を去ることに。

 今日は色々と厄日です。

 

「戻って来たのは良いんですが」

 

 もう少し甲板辺りで時間を潰すべきだったでしょうか?

 ちょっと部屋に入りづらいです。

 

「でも、いつまでもこうしている訳にもいかないですよね……」

 

 まさかこの船旅の間一切会話無し、という訳にはいかないんですから。

 意を決して部屋に入る為にノックをしようとした瞬間。

 

「……あ」

 

 声が、聞こえて来た。

 

「寂しくなんか」

 

 今にも消えてしまいそうな程、小さな声。

 

「寂しくなんか、あるもんですか」

 

 やっぱりそうですよね。

 今にも泣いてしまいそうなその声を聞いて、少し後悔しました。

 あの時引き下がるのではなくて、無理にでも彼女と会話するべきでした。

 話してさえいれば、感じた感情が怒りであろうと寂しさを紛らわせることは出来た筈。

 例えそれが一時的な、その場しのぎのものでしかなくても、です。

 

「子供じゃあるまいし……。

 家が恋しくなるなんて。そんな、ことっ」

「――ベルフラウちゃん、アティです。部屋、入っても大丈夫かな?」

 

 意を決して戸を叩き、声をかける。

 家族が傍に居ない寂しさは、私にもわかるつもりです。

 そしてそんな時に、誰かが傍に居てくれる嬉しさも。

 今、彼女の傍には私しかいない。だったらこれは私がやらなくちゃいけないことです。

 

「………どう、」

 

 多分目尻をこすっていたんでしょう。

 少し間を置いて答えが返って来るその瞬間。

 

「きゃっ!?」

 

 船に衝撃が走りました。それに、この音は!

 

「ベルフラウちゃん、怪我はない!?」

「え、えぇ。どこにも」

 

 慌てて部屋に入り、怪我の有無を確認します。

 特に何もないようで、その答えを聞いて胸を撫で下ろす。

 

「念の為に避難経路を確認しておいて良かったです。

 ……ここも時期危険になります。今の内に脱出しましょう」

「何が起こっているんですか?」

「恐らく、海賊です。今のは大砲の砲撃が当たった衝撃でしょう」

「か、海賊!?」

 

 窓の外を見ると、海賊旗を見ることが出来ました。

 

「あの旗は海賊旗。やっぱり、海賊に間違いないですね」

「そんな」

 

 先程見た帝国軍人は、やはり何か極秘任務を遂行中だったんでしょう。

 恐らく海賊の狙いは彼らが護るモノ。

 そうなると軍人はそちらに護衛を集中させる筈。

 迎撃に出れるだけの人数が居るかも不明ですし……。

 

 この船自体にも警備兵は配備されているでしょうが、人数と練度に不安があります。

 やはり、ここは脱出の為に動くべきですね。

 私だけなら兎も角、今ここにはベルフラウちゃんが居ます。

 彼女を危険に晒す訳にはいきません。

 

「警備の兵士が居ますし大丈夫だとは思いますけど……。

 万が一の場合があります。脱出の為に避難艇の近くまで移動しましょう」

 

 次の瞬間、一段と大きな衝撃に船が揺れます。

 私はベルフラウちゃんを抱き寄せ、揺れが収まるのを待ちました。

 これは、悠長なことを言ってられる状況ではなさそうです。

 

「ベルフラウちゃん。悠長なことを言ってられる状況ではないようなので、今からこの船を脱出することにします。大丈夫ですか?」

「……えぇ、大丈夫」

 

「こう見えても私はそこそこ強いんですよ?

 ――――貴女のことは、私が必ず護りますから!」

「本当に?」

「えぇ。約束です」

 

 そう言ってベルフラウちゃんの手を握り、部屋を出る。

 幸いなことに、脱出の為のルート確認済みです。

 最短距離を走って甲板を目指します。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「――――やる気のねぇ奴はとっとと失せなッ!」

 

 甲板にたどり着いた私たちを待っていたのは、海賊の本隊でした。

 恐らく、今警備兵を一蹴した金髪の男性が船長でしょう。

 このままではいずれこちらに被害が及びます。

 それだけは避けないと……!

 

「ベルフラウちゃんはここで待っていて」

「え?」

「私はどうにかしてあの人を退けます。

 危ないですから、貴女はここに居て下さい」

 

 そう言いつつ持って来たサモナイト石を確認。

 未契約のサモナイト石、紫と白が一つずつ。

 残りはポワソとタケシー、そしてピコレットと契約済みのサモナイト石。

 装備に不安はありますが、これならどうにか出来そうです。

 私はどちらかと言うと召喚術を得意とするので、まずは遠距離から敵の数を削る戦法でいきます。

 

「貴方たちが逃げたら、誰が乗客を護るんですか!?」

 

 今にも逃げ出しそうな警備兵を鼓舞しつつ、影から飛び出す。

 ここで彼らに逃げられては勝率も下がります。

 

「……ほぉ。

 少しは骨のある奴が残ってたみたいだな。それにその装備。アンタ、召喚師か」

 

 手に持っていないとはいえ、腰に杖を差していれば流石に気付きますね。

 気付くまでのスピードが速いことから、相当戦い慣れていることが伺えます。

 バレてしまった以上、不意を突くことは出来ないでしょう。素直に杖を構えます。

 

「引いてくれ、と言っても引いてくれそうにねぇな」

「当然です」

「野郎共ッ! 軽く相手をしてやんな!!」

 

「ヘイッ! お頭!!」

 

 ……これは、結構な人数ですね。

 お頭と呼ばれた青年の傍に、六人の男性が集まります。

 対してこちらには、最後に残った警備員の二人と私の合計三人。

 こちらの倍の数を相手にしなければならない訳です。

 とは言え――――

 

「二人共、なるべく固まって行動して下さい!

 攻撃は私の後に、一人に対して集中的にお願いしますっ!

 それと、彼らには聞きたいことがあります。なるべく致命傷は避けて下さい!!」

 

 ――――こちらも、負けるつもりはありません。

 

「……お願い、力を貸して。召喚(サモン)ッ!」

 

 同時に私は詠唱を破棄して召喚術を行使。召喚対象はタケシー。

 

「ゲレサンダー!」

 

 標的を杖で示し、攻撃指示。まずは一番近くに居る敵から攻撃です。

 召喚されたタケシーはその方向に向かって、雷を落とします。

 電撃によるダメージで麻痺させることが目的です。

 とはいえ、最下級の術であるゲレサンダーではその効果も微々たる物にしかなりません。

 

「オォォォォォォォッ!」

 

 その隙を逃さず、警備兵の一人が飛びかかります。

 どうやら相手は電撃と攻撃の衝撃で気を失ったようでした。

 

「召喚! もう一度ゲレサンダー!」

 

 今度は気絶した敵の傍に居る海賊に攻撃指令。

 消費する魔力の関係上、そうそう連発は出来ませんが、まずは数を減らすことを優先します。

 攻撃を受けた海賊に警備兵が攻撃をしかけている間に、私は次の一手を打ちます。

 

「召喚。――――ポワソ!」

 

 今度は通常の召喚ではなく、ユニット召喚と呼ばれる術を行使。

 これは、タケシーのように攻撃する度に送還されてしまう通常の召喚術とは違い、対象をこの世界に固定出来る術です。

 とはいえ、ユニット召喚する為には特殊な術式を使って誓約する必要があります。

 

 私が召喚したポワソという召喚獣は、サプレスの召喚術を行使する召喚師には愛用されています。

 召喚術を習いたての初心者でも比較的容易に召喚しやすい割には、相手を攻撃したり眠らせたり、一通りのことが出来るのが理由ですね。

 

「左から来る海賊を引きつけて!」

「プイッ」

 

 数が劣っている以上、一度に複数の相手に攻撃されてはかないません。

 今はこちらが多対一に持ち込めてますが、これが逆転してしまえばほぼ勝ち目は無いでしょう。

 心苦しいですが、ポワソには一旦壁になって貰います。

 その間にまずは近場の敵を一掃しましょう。

 

「召喚・ピコリット!」

 

 エンゼルヒールによって傷ついた警備兵を回復。

 体勢を立て直し、ポワソの救援に向かいます。

 

「ピコリット。もう一度エンゼルヒールをお願い!」

 

 今度は警備兵の二人に敵を任せ、傷ついたポワソを回復させる。

 これで相手の数は四人。その間に警備兵の二人が倒したので、残りは三人。

 これで数の上では互角です。

 とはいえ、回復術は傷は癒せても疲労までは癒せません。

 ここから先が正念場になりそうです。

 

「オォォォりゃあああああ!」

 

 案の定、前衛の二人に疲労の色が見えます。

 その隙を突かれて、斧を持った海賊が一人、こちらに接近して来ました。

 ポワソも今は前衛にいる為、私の護衛はいません。

 恐らくそれを好機とみたんでしょうね。

 

「――ですが、甘いです」

 

 杖を素早く手放し、抜剣。同時にサイドステップで突進を躱します。

 空を切る攻撃を尻目に剣を横薙ぎ。

 狙いは下半身。特に脚。まずは機動力を奪います。

 

「があ!?」

 

 転倒することは防いだようですが、敵の動きが止まりました。

 その隙を逃さず、その間に手放した杖を拾い、召喚術を行使。タケシーを再召喚。

 

「ゲレレサンダー!」

 

 恐らく一番攻撃力を持っているであろう、斧持ちの海賊を無力化する為、一度に行使できる魔力をフルに注ぎ込み、ゲレサンダーの一つ上のランクの術を行使。

 電撃の威力が上がる為、相対的に麻痺の確率も上がります。

 

「ががががががががががが!?」

 

 ちょっとキツすぎましたかね……?

 ま、まぁこれぐらいなら彼らも耐えられるでしょう。

 

 ですが、これで暫くは召喚術の行使も厳しいです。

 確実性を求める為に、一度に行使出来る限界までの魔力を使用したので、タケシーに必要以上の負担がかかってしまいました。

 こんなことなら、攻撃用のサモナイト石をもう少し用意しておくべきでしたね。

 

 杖を腰に差し、剣を構えたまま次の敵に向かいます。

 召喚術が暫く使えない以上、接近戦で相手をする必要がありますからね。

 

 とはいえ相手は既に二人。

 ポワソが壁になって敵を分断している間に一人を集中的に攻撃しています。

 こうなれば私の目標はポワソの相手をしている方ですね。

 

「ハッ!」

 

 迂回して背後にまわり、剣を横薙ぎ。

 不意を突いたおかげか直撃です。

 その隙を逃さず、ポワソが突進。体当たりが顔面に直撃して敵は昏倒しました。

 残るは一人。

 その一人も二対一の数の暴力には勝てなかったのか、警備兵の二人にボコボコにやられてました。

 

「……凄い」

 

 ベルフラウちゃんの感嘆の声が聞こえますが、今はそちらに気を払う余裕がありませんでした。

 

「まだ、やりますか?」

 

 そして私は、剣先をお頭と呼ばれた男性の方に向けます。

 当然ですがまだ油断は出来ませんでした。

 警備兵の二人に気絶している海賊を縄で縛るよう頼みつつ、警戒は怠りません。

 

「……こいつはちぃとばかし、お前らには荷が重いな」

「お、お頭」

 

 お頭の青年は一歩前に踏み出すと、構えを取りました。

 徒手空拳。拳法家のようですね。

 海賊一家のお頭だけあって、腕っ節には自信有り、ということでしょう。

 それに彼の呼吸法を見ていると気が付くことがあります。

 

「ここから先は俺が相手だ」

「穏便に済ませる気はない、ということですね?」

「ここまで一家のメンツが潰されたんだ。悪いが、引っ込む訳にはいかねぇな」

 

 剣を構えなおしたその瞬間、今までにない揺れが船を襲いました。

 

「っとお!」

 

 お頭の青年も思わずたたらを踏んでます。

 思わず周りを見渡すと、あれだけ晴れ渡っていた空を暗雲が覆っていました。

 

「え!?」

 

 なんの予兆もなかった為、思わず唖然としてしまいます。

 強風と雨。嵐です。

 思わず唖然としてしまいましたが、ベルフラウちゃんのことを思い出し、慌てて彼女の居た場所を見ます。

 その瞬間、

 

「きゃああああああああああ!?」

「ベルフラウちゃん!?」

 

 私が目にしたのは、強風にさらわれ、船外に放り出される彼女の後ろ姿でした。

 考える間もなく私の体は動いてました。

 そのまま彼女の後を追い、迷わず海へと飛び込みます。

 後ろでお頭の青年が何かを言ってますが、聞いてる暇はありませんでした。

 

 だって、私は約束しました。

 絶対に護る、って――――。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 それが私が思い出した、ここに倒れるまでの経緯でした。

 あの後ベルフラウちゃんを見つけたものの、彼女を抱きかかえた時点で力尽きてしまった筈ですが……。

 確かその時、継承がどうだのといった声を聞いた気がします。

 

 そんなことより私がここに居る以上、ベルフラウちゃんもここに流されている可能性があります。

 早く彼女を探し出さないと!

 

「きゃああああ!」

 

 今の声はベルフラウちゃん?

 声のした方へ向かってみましょう。

 

「あっちへ行きなさい! 弱い者いじめなんて、恥ずかしいとは思いませんの!?」

「……ビィ」

 

 そこには小さな火の玉のような召喚獣を、他のはぐれ召喚獣から庇うベルフラウちゃんの姿がありました。

 武器も持たず、怖いだろうに立ち向かっています。

 咄嗟に腰に手をやるも、どうやら流されている間に武器を失ったらしく、剣も杖も見当たりませんでした。

 契約済み、未契約。そのどちらのサモナイト石も見当たりません。

 

 ですが当然、彼女を見捨てる気はありません。

 近場に落ちていた手頃な大きさの石を拾い、思いっきり投げつけます。

 

「プグルァ!?」

「あなたの相手はこちらです!」

 

 わざと大きな声を出し、標的をこちらに移します。

 武器がないとは言え、簡単な格闘術は習っています。

 一度に四体のはぐれ召喚獣を相手にするのは厳しいですが、泣き言は言ってられません。

 敵の注意を更に引きつける為、もう一度投石で攻撃します。

 

「武器はなくても!」

《武器なら……ある》

 

 え?

 

《我を、召喚せよ》

 

 この声、確か海で……。

 

《生き延びる為の力を欲するならば――》

「……先生?」

《――我を、抜き放て!》

 

 ッ!?

 その言葉に、無意識に手が虚空へと伸びます。

 まるでそこにある、見えない何かをつかむように。

 拳を握った瞬間、眩い碧の光が私の体を覆いました。

 

「こ、れは……」

 

 光が収まった時、私の姿は一変していました。

 まるでうさぎの耳のような形になった髪。色も白へ変色してしまってます。

 何より大きな違いは、半ば右手と同化している碧に光る剣の存在。

 そしてその剣から流れ込んでくる、膨大な魔力。

 

「これなら……」

 

 そう。これなら。

 この力があればベルフラウちゃんを護ることが出来る――――!

 

「プ、プグルゥゥゥ」

 

 異質な力を感じ取ったのか、はぐれ召喚獣に怯えが見え隠れします。

 加減は難しそうですが、威嚇を繰り返せば殺すことなく撃退出来そうです。

 

「行きます!」

 

 間違ってもベルフラウちゃんの方に敵をやらない為、今回も近場の召喚獣から順に相手をします。

 一番近くにいたマリンゼリーに対し、剣の腹で思いっきり殴りつけます。

 ぐにゃっとした感触と共に吹き飛ぶマリンゼリー。

 この感触から言って、これで十分そうです。

 切りつけた場合はそのまま命を奪ってしまいかねないので、彼らに対してはこの攻撃方法を徹底しましょう。ここがどこかわからない以上、彼らははぐれ召喚獣ではない可能性もありますから、殺生は避けるべきですね。

 

「ハッ!」

 

 後は単純な作業でした。

 一番奥に控えていたマリンゼリーは水流による遠距離攻撃をしかけてきましたが、剣を盾にすることで問題なく防げました。

 

 逃げていくマリンゼリーを見送ると、またあの碧の光が体を覆います。

 今度は逆に、元の姿に戻りました。

 ……今の力は一体何だったのでしょうか。

 

《力望みし時あらば、いつでも喚ぶが良い。

 我は、常にお前のココロと共にある…………》

 

 それっきり、その声は聞こえなくなってしまいました。

 助かったのは事実ですが、どこか不気味な声でした。

 

「……せんせぇ」

「ベルフラウちゃん、大丈夫? どこにも怪我はない?」

 

 ベルフラウちゃんの傍に駆け寄り、体を触って怪我の有無を確認します。

 見た所大きな怪我はないようで、一安心しました。

 

「うわぁぁぁぁん!」

 

 そのまま私に抱きついてくるベルフラウちゃんを、私は優しく抱きしめました。

 

 

 







たい、っへん長らくお待たせ致しました。
第十話更新になります。
以前から言っている様に今回から暫く、具体的には後二回分ほどは二話連続更新になります。
進行速度が落ちないように、出来るだけ月一で更新出来るようにしたいと思いますが、何分今回既に二ヶ月お時間頂いてる現状……。
どこまで予定通り出来るか怪しい所です(;´Д`)
それではまた次回にお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/11S 幽霊少女

 初戦闘から一夜開けて。

 日が変わってから何度か実戦を重ねる傍ら、見つかった問題点を洗い直していた。

 わかったのは、僕には中・近距離において銃を上手く扱えないということ。

 近距離では僕の方がテンパって上手く使いこなすことが出来ないのだ。

 剣と違って直接攻撃には使えないので何かと焦ってしまう。

 今まで中途半端にならないように、と銃に関して手を出してなかったのが仇になった。

 今後鍛錬を重ねればどうにかなるだろうけど、今はそれ程多くのことに手を伸ばしている余裕がない。

 そこで現在のガンナーフォルムを一旦破棄。新しく長距離用に作り直すことにした。

 長距離からなら僕も余裕を持つことが出来るだろうし、こちらの場合僕がすることは標的を定めてトリガーを引くことだけだ。

 後は中距離用に杖を追加した。こちらは召喚術を多用する際に使う予定だ。

 

 利用を控える、という意味では飛行魔法も控えることになった。

 というのもこの世界では純粋に人間が空を飛ぶことが出来ないからだ。

 対空攻撃法が存在しない訳じゃない。しかしその精度は低いと言わざるをえない。

 正々堂々と、何て言うつもりはないけど、今は少しでも戦闘に慣れたい。

 何らかの理由で飛行出来なくなった時に【飛行出来なくて戦えません】では話にならない。

 もう一つの理由としてはメイメイさんからも鍛錬中は使用を控えるように言われたから、というのもある。

 十全の力を出せないよう自ら枷をすることであえて苦境に身を置き、それによって鍛錬の難易度を上げるのが目的だと聞いた。

 後は普段から楽な方に流されないようにする為らしい。

 勿論、いざという時には遠慮なく使うつもりだ。

 

 他にも、多少は戦闘行為に慣れて来たので戦闘中にマルチタスクや送還術を使う訓練をはじめる、という話もあがってきている。

 マルチタスクの方は簡単な運動をしながら運用することはあっても、激しい運動をしながら運用したことはなかった。これが戦闘中に問題なく使えるのであれば、選択肢はグッと広がるだろう。

 

 そして召喚術に関して。意外なことに、ユクレス村に滞在し始めてすぐに許可が下りた。

 聞く所によるとヤッファさんは他の三人の意見を参考に、僕が滞在を始める前から決めていたそうだ。

 今はアルディラさんに初歩的なことを教わりはじめた所だ。

 また、許可が下りたことに合わせて僕が隠していた魔法についても一通り説明してある。

 驚いたことに、護人の皆は既にミッドチルダ式の魔法について知っていた。

 というのも以前ラトリスクに居た怪我人というのが、どうやら魔導師らしいのだ。

 らしい、というのは娘だというアリシアと名乗る少女には何回か会ったことがあるものの、その魔導師本人とはまだ直接会ったことがないからだ。

 どうもあまり出歩かない人のようで中々会う機会に恵まれない。

 元々重い病気を患っていたそうで、まだ万全な状態じゃないのが出歩かない理由だとか。

 ラトリスクでの治療は終わっているし、最近はちょっとずつリハビリに励んでいるようで、近い内に話す機会を作ってくれるとのことだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「朔夜様」

「あれ、クノン? 何か用?」

 

 ラトリスクの一角にてす振りをしていた僕は、近づいてくる足音にその動作を止めた。

 聞こえて来た声に振り向くと、そこには水筒を持ったクノンの姿があった。

 

「お飲み物をお持ちしました」

 

 夢中になって気が付かなかったけど、鍛錬をはじめて相当時間が経っていたようだ。

 それに気付くと、途端に汗と喉の渇きが気になってくる。

 

「こちらをどうぞ」

 

 渡されたタオルを受け取り、サッと汗を拭く。

 

「ありがとう、クノン」

「いいえ。……それとこちらも」

 

 そう言って渡された水筒の蓋に入れられたジュースを受け取り、一飲み。

 体に活力が戻るのがわかる。

 口の中に広がる酸味は、この島に来てから馴染み深い物だった。

 

「これ、もしかしてキッカの実のジュース?」

「はい」

「キッカの実ってこういった使い方も出来るんだ」

「実のまま使う方が珍しいです。本来はこうして、ジュースにして飲む物です」

「へぇ、そうなんだ」

「戦闘中に使う場合は持ち運びの観点から実のまま使用するので、実を使うのはそれがそのまま定着したものだと思われます」

 

 クノンの説明を聞きつつ、蓋に残ったジュースを一気飲みする。

 

「ありがとう。美味しかったよ」

「いいえ、お役に立てたのなら幸いです」

 

 そう言って微笑を浮かべるクノンを見て、彼女も随分と変わったものだと思う。

 この島に召喚されてからクノンとは特に意識をして交流を持つようにしていたけど、それも無駄じゃなかったと思えると嬉しい。

 ゲンジさんたちとの話し合いを皮切りに、僕は積極的に彼女を他人と関わらせた。

 その甲斐あってか、アルディラさんもビックリするくらいクノンの感情は豊かになった。

 

「……? どうかなさいましたか?」

「いや、クノンも良く笑うようになったな、って」

「そうでしょうか……。私は特別意識はしていないのですが」

 

 そう言って不思議そうな表情を見せる彼女に苦笑する。

 

「さて。鍛錬も一段落したし、部屋に戻るかな」

 

 ひと伸びして体のこりをほぐす。

 今日は週に一度の検診日なので、このままラトリスクに泊まる予定になっている。

 この世界において何が僕の体に悪影響を与えるかわからないので、一月の間は週に一回検査を受けることになっているのだ。

 一応同じ世界出身、ということで前例としてゲンジさんが居るけど、この場合は年が離れすぎててあまり参考にならない。今の所問題はないけど念の為に、ということだ。

 そんな訳で、僕はクノンと一緒に帰路につくことにした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「あら、良いタイミングで戻って来たわね」

 

 家についた僕たちを迎えたのは、そんなアルディラさんの言葉だった。

 

「良いタイミング?」

「えぇ。丁度朔夜に客が来てるのよ」

「客? スバルたちかな……」

「貴方がまだ会ったことがない人の筈よ。診察室で休憩中だから、会ってらっしゃい」

「わかりました。それじゃあクノン。また後で」

「はい」

 

 クノンに挨拶をして、アルディラさんに聞いた診察室へと向かう。

 

「ここだな」

 

 まずは扉をノックし、返事を待つ。

 

「入って来なさい」

 

 聞いたことのない声。

 アルディラさんの言ったように、初対面の人だ。

 返事を聞いてすぐに開閉のボタンを押す。

 部屋の中には、やはり見知らぬ女性の姿がある。

 

「会うまでは半信半疑だったけど、アリシアの言った通りね。

 どうして貴方がここに居るのかしら? ――――桜満 朔夜」

 

 相手はどうやら僕のことを知っているようだが、生憎と僕の方に見覚えは無かった。

 

「すみません、どこかでお会いしたことがありますか?」

 

 だから僕としてはそう聞くことしか出来なかった。

 女性は僕の反応に眉をひそめると、怪訝そうな表情を見せた。

 

「それは何の冗談かしら?」

「いえ、冗談でも何でもなく、本当に覚えがないんです」

「貴方、ジュエルシードという言葉に聞き覚えはある?」

 

 ジュエルシードという言葉に首をかしげる。

 それもまた聞き覚えのない言葉だった。

 

「すみません。聞き覚えはないですね」

「……そう。そういうこと」

 

 何やら一人納得しているようだが、こちらとしては何が何だかわからない。

 

「私はプレシア・テスタロッサ。アリシアの母よ」

「僕のことはご存知のようですけど、桜満 朔夜です」

「早速で悪いけど、デバイスを出して貰えるかしら。……少し、頼みたいことがあるのよ」

 

 プレシアさんの言葉に、素直にクラウンを渡す。

 何かをクラウンに転送しているようだった。

 

「元の世界に戻ってフェイトという名前の少女に会った後に、必ず今デバイスに転送した座標に次元転移しなさい。そこで何をするかは、貴方に任せるわ」

「わかりました」

 

 余程大事なことなのだろう。

 真剣な表情のプレシアさんに、僕は思わず首を縦に振っていた。

 

「あの、そのフェイトって子は貴女にとって大切な人ですか?」

「……えぇ。私の、もう一人の娘よ」

 

 そう言ったプレシアさんの表情はどこか悲しげで、寂しそうだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 プレシアさんとはあの後少し話をし、彼女はユクレス村へと帰っていった。

 まだリハビリの途中で体力が戻ってないそうなので、あまり無理は出来ないらしい。

 迎えに来たアリシアちゃんを伴って帰ってく姿は仲の良い親子そのもので、でもどこかぎこちないのが気になった。フェイト、という子がきっと鍵なのだろう。

 

 その後夕食を食べ終えた僕は一人、夜の砂浜へと足を運んでいた。

 この島には夜行性のはぐれ召喚獣が少ないので、こうして偶に散歩をしている。

 ぼんやりと考えるのは元の世界のことだ。

 時間の流れが違う、という話を聞いていても気になってしまう。

 時間が止まっている訳ではないので、きっと皆心配しているだろう。

 特にあの場で自分が召喚される瞬間を見ていた集たちは。

 何とか連絡だけでも取れないかと思って色々と試してみたけど、今の所はどれも空振りだ。

 

「はぁ」

 

 思わず溜め息をついてしまう。

 自分では平気なつもりだったけど、思った以上にキているようだ。

 ホームシックとは無縁なつもりだったんだけどなぁ。

 

「……あれ?」

 

 ぼんやりと砂浜を歩いていると、少し遠くにファルゼンさんの鎧姿が見えた。

 こんな時間に何をしているのだろうか。

 そんな印象はなかったけど、ファルゼンさんも散歩かな?

 あちらは僕に気付いていない様子だったので、僕の方から声をかけようとした瞬間――――

 

「…………は?」

 

 そこに、少女の姿があった。

 手を振るその体制のまま、体が硬直する。

 見間違いではない。

 一瞬鎧が光ったかと思うと、次の瞬間には一人の少女の姿に変わっていた。

 

「え?」

 

 頭が混乱する。

 つまり、あの少女がファルゼンさんの中の人なのだろうか。

 そこでようやく相手もこちらに気が付いたらしい。

 その可愛らしい顔に冷や汗が見える。

 

「……見ました?」

 

 頷く。

 顔を赤くするファルゼン? さん。

 

「ファルゼンさん、だよね」

「……はい」

 

 そう言ってファルゼンさんはもう一度見覚えのある姿に戻り、またすぐ少女の姿に変わる。

 

「これが私の本当の姿なんです」

「ファルゼンさんは」

「ファリエル」

「え?」

「こっちの時は、ファリエルと呼んで下さい。

 私の、本当の名前です。もうそう呼んでくれる人はフレイズ以外に居ないから……」

 

 その言葉から察するに、どうやら彼女はこのことを隠しているらしい。

 

「ファリエルさんは夜は何時もここに来るの?」

「いいえ、今日はたまたま。

 普段は狭間の領域の近くにしか出歩かないけど、今日はちょっと遠くに行きたい気分だったから」

「そうなんだ」

「……何も聞かないんだね」

「ファリエルさんは聞いて欲しい?」

「その聞き方は、ずるいよ」

 

 ちょっと意地悪な答え方だったろうか。

 

「ファリエルさんはさ。このこと、他の護人にも隠しているんだよね?」

「はい」

「だったら聞けないかな。

 交流は少なかったとはいえ、付き合いの長い護人にも話してないことを、会ってまだ一月程度の人間に話してくれ、とは言えないよ。けれど……」

「けれど?」

「ファリエルさんが話したくなったら、言ってね。その時はちゃんと聞くから」

 

 その言葉にファリエルさんはキョトンとして、その後少し笑顔を見せてくれた。

 

「必ず話しますから、もう少しだけ待ってて下さい」

「うん。それと、このことはちゃんと秘密にしておくから」

「ありがとう。……あの、また夜に会えますか?」

「良いよ。これ位の時間で良いかな?」

 

 僕の質問に、ファリエルさんは頷いた。

 

「それじゃ、また明日」

「はい!」

 

 今日はちょっと遅くなったのであまり話している時間はない。

 そんな訳で、今日のところは手を振ってファリエルさんと別れる。

 黙ったままだといらぬ騒動を招きそうだし、とりあえずフレイズさんにはファリエルさんのことを知った、ということを伝えないとな。

 明日は少し、忙しくなりそうだ。

 

 

 





同時更新につき、後書きは十二話に纏めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/11A 陽気な漂流者

遅くなりましたがアティサイドです。
もう一話の方は書き始める所なのでお待ち下さい。


「船から流れ着いたのはこれで全部、ですかね……」

 

 日が明け、目を覚ましてまずしたのは周辺の探索でした。

 ベルフラウちゃんを一人にしておくのは心苦しかったですが、いざという時の為に最低限この付近の地理を把握しておく必要があったので、今回だけは許して欲しいです。

 

 探索してる間に、私たちの乗っていた船から流れ着いたであろう物を幾つか見つけました。

 簡単な治療が出来る物が入った救急箱。恐らくは厨房にあった鍋。

 そして、警備兵の使っていた物と同型の剣。

 残念ながら私が装備していた杖やサモナイト石は見つかりませんでした。

 少々心もとないですが、何もないよりマシでしょう。見つけた剣を帯剣して探索を続けます。

 

「結局、これ以上の物は見つかりませんでしたね」

 

 暫く探索を続けましたが、どうやらこの付近に流されたのは先程見つけた物で全部のようです。

 僥倖だったのは、未契約とはいえ幾つかのサモナイト石と壊れかけの釣竿を見つけれたことですね。

 今の手持ちでは誓約の儀式を行えませんが、これがあるのとないのでは随分差があります。

 釣竿は一回使えば壊れてしまいそうな程ボロボロですが、これがあれば食料の確保も多少は楽になるでしょう。

 

「そろそろベルフラウちゃんも起きる頃だろうし、一度戻らないと」

 

 彼女が起きる前に傍にいないと、余計な心配をかけることになりかねません。

 今のあの子には私しか頼れる相手がいないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 私が戻った時には、ベルフラウちゃんは既に目を覚ましていました。

 少し不機嫌そうなのは不安の裏返しでしょう。

 

「どこに行ってたんですの?」

「ごめんね? 少し、周辺を探索していました」

 

 そう言いながら見つけた物を並べます。

 

「これ」

「……はい。恐らく、私たちが乗っていた船の物でしょう」

 

 これでは他の生存者は絶望的でしょう。

 そう考えれば、私たちがこの島に流れ着いたのは非常に運が良かったと言えます。

 それを聞いて少し震えているベルフラウちゃんの手を、私はそっと握りました。

 

「途中でまだ使えそうな釣竿を見つけたので、朝食はお魚にしましょう」

 

  暫くするとベルフラウちゃんの震えも落ち着いてきたので、まずはこの暗い雰囲気を変える為に、話題を変えます。

 それを聞いたベルフラウちゃんは私の言葉に怪訝な表情を見せました。

 

「お魚って貴女ねぇ」

「任せて下さい! こう見えても私、釣りは得意なんですよ?」

「餌はどうするのよ、餌は」

「まぁ見ていて下さい」

 

 まずは探索中に見つけておいた釣りスポットに向かいます。

 丁度良い感じの石があるので、それを上に持ち上げると……。

 

「ひゃっ!」

「これを使います」

 

 そこにはにょろにょろとしたミミズの姿が。

 餌はこれで十分でしょう。

 

「案外、釣れるものなのね」

 

 多少の時間を経て。

 私たちの前には、合計五匹の大小様々な大きさの魚の姿がありました。

 これだけあれば朝食としては十分でしょう。

 次に、魚を焼く為の火を起こします。火が起こったら今度は魚の下処理です。

 

「……凄い」

 

 ベルフラウちゃんが食い入るように私の手元を見ているのが少し気恥ずかしいです。

 最後に剣を使って削って作った手製の串に魚を刺し、遠火で焼いていきます。

 後は焼き上がるのを待つとしましょう。 

 

 魚を焼いている間、会話もなく時間が過ぎていきます。

 正直な所、あまりこれ位の歳の子と話をしたことがありません。

 どういった風に接すればいいのかわからずもごもごとしてしまいます。

 共通の話題でもあったら良かったんですけど、彼女と私の共通の話題と言ったら彼女の父親であるマルティーニ氏のことと、軍学校のことくらい。

 どちらもこの場においては避けるべき話題です。

 そんなことをもやもやと考えていたら、何時の間にかいい感じに焼けてきたようです。

 

「そろそろ食べ頃ですよ」

 

 と言ってみたものの、どうやらベルフラウちゃんはこの魚の食べ方は初体験のようで、少し戸惑っているのがわかります。

 これはお手本を見せる必要がありそうです。

 

「あむ」

 

 うん。丁度良い焼き加減です。

 

「さ、ベルフラウちゃんもどうぞ?」

「……うぅ」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」

「……えい!」

 

 意を決したのか、一口。

 

「美味しい」

 

 ベルフラウちゃんは一瞬固まったかと思うと、猛然と食べ進めます。

 三匹あったベルフラウちゃん用の魚はあっという間になくなってしまいました。

 

「ソースも何もかかっていない。ただ焼いただけなのに……」

「個人的には、お魚はこうして焼いて食べるのが一番美味しいです」

「……貴女は凄いのね」

 

 食事を終えて暫くして、ベルフラウちゃんがポツリと言いました。

 

「魚を釣ったり火を起こしたり。

 私一人だけだったら、きっと何も出来なかった……」

「そんなことありません。

 私だって、あらかじめ軍学校で習っていなければ出来なかったことです。

 ベルフラウちゃんも習えば、これくらいのことはすぐに出来るようになりますよ?」

「本当?」

「はい、本当です」

 

 慰めでも何でもなく、それは本心からの言葉でした。

 事前にやりとりをしていたマルティーニ氏から娘の自慢話を聞いていたこともあり、実のところ彼女がどういった性格をしているかは、親バカの主観を抜きにしてもある程度把握出来ています。

 それに加えて少し接しただけでも、何となく実際の彼女の人となりはわかって来ます。

 

「さて、朝食も終えましたしとりあえず移動しましょう」

「移動って言ったって……。行く当てはあるの?」

 

 不安そうなベルフラウちゃんの表情。

 勿論、何の当てもない訳ではありません。

 

「先程はベルフラウちゃんから離れすぎないようにあまり遠出は出来ませんでしたけど、探索の途中で道を見つけたんです」

「道、ですって?」

「獣道にしては整備された跡がありましたし、少なくとも以前この場所に人が住んでいた、ということでしょう。

 この砂浜周辺をもう一度探索した後、その道を進んでみようと思っています」

 

 先に砂浜を探索するのは、私たち以外に人が流されてないか、念の為に確認するのが理由です。

 行けなかった場所を探索すればまた何か見つかる可能性もありますからね。

 

「そう言えばその子は?」

 

 今まで後回しにしていましたが、ベルフラウちゃんの後ろに隠れているはぐれ召喚獣に目を向けます。

 見た所シルターンの召喚獣のようです。

 

「オニビのことかしら」

「オニビ?」

 

 ま、まぁ確かに鬼火のような形をしてはいますけれど……。

 

「ビビィ?」

「……昨日、目を覚ました私の傍に居たの。

 どこかに連れて行きたがっていたようだったけど、その前に」

「あのはぐれ召喚獣の集団に会ってしまったんですね」

 

 頷くベルフラウちゃん。

 

「それにしても随分人懐こい子ですね」

 

 ベルフラウちゃんに寄り添っている姿を見ると、彼女に懐いているのがわかります。

 一通り探索したら、この子が行きたがっていた場所に向かうのも良いかもしれないですね。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「…………」

 

 あれから暫く歩きましたが、はぐれ召喚獣が散発的に襲ってくる以外には何もありませんでした。

 この島に流れ着いたのは完全に私たちだけか、と思い始めたその時。

 ベルフラウちゃんが人影らしきものを見つけました。

 

「――い!」

 

 体格からして男性でしょうか?

 声はまだこちらまで届ききってないですが、声色からも男性っぽいです。

 人を見つけた、というのに何故か良い予感がしないのが気になりますが、ベルフラウちゃんの手を握って声の方向に向かいます。

 ベルフラウちゃんも私たち以外に人が居る事実に、表情が明るくなります。

 

「おーい!」

 

 もっともそれも相手の顔を見るまでは、でしたけど。

 そこに居たのは、船を襲った海賊のお頭でした。

 最後に相対していた相手なので見間違いはしません。

 

「あ、あなたは――!」

 

 ベルフラウちゃんの表情が固くなるのがわかりました。

 私は咄嗟に自分の後ろにかばう為に、彼女の正面に移動します。

 利き手をいつでも抜剣出来る様、剣の柄にやります。

 こうなってくると剣だけでも拾えていたのは僥倖でした。

 

 見た所相手は二人。

 一人は海賊のお頭の青年。もう一人は召喚師らしき青年です。

 二対一。それに加えてこちらはベルフラウちゃんを守りながら戦うことを余儀なくされます。

 状況は圧倒的に不利。ですが、諦める訳にはいきません。

 

「かぁ~っ! ようやく人に会えたと思ったらアンタたちか」

 

 相手もこちらに気付いた様で、額に手をやっています。

 

「お知り合いですか?」

「あぁ、嵐が来る直前に相手をしていたネーちゃんさ。

 船の乗客の一人だろうな。家の子分じゃ歯が立たなかった」

 

 そう言ってこちらに視線を向けてきますが、やはり友好的にはいかない感じですね。

 戦意がビリビリと伝わって来ます。

 

「アンタに恨みはネェが、俺らにも一応メンツってもんがあるからな。

 それに俺個人としても舐められっぱなしは気に食わねぇ」

 

 そう言って拳を握って構えを取る相手に、私も抜剣します。

 呆れたような召喚師の青年も、お頭さんの雰囲気にこの選択が覆ることがないのを悟ったのか、手に杖を握りサモナイト石を構えます。

 

「――――だから、あの時の続きと行こうや」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ビビィ!」

 

 戦闘が始まるかと思われたその時、アティに加勢する存在があった。

 ベルフラウにオニビと名付けられたはぐれ召喚獣だ。

 オニビはその小さな体をアティの傍まで近づけると、どことなく力強い表情を見せる。

 

「貴方も一緒に戦ってくれるんですか?」

「ビィ!」

 

 今は猫の手も借りたい状況だ。

 アティはオニビの提案を受け入れることにした。

 

「わかりました。一緒に戦いましょう!」

「ビビビィ!」

「ベルフラウちゃんはさがっていて下さい」

 

 これで二体二。数の上では五分になった。

 後はベルフラウを守りながら戦う、という条件をどうクリアするかだったが、アティは意外なことにベルフラウを遠ざける選択を取った。

 

 この二人以外にもいつはぐれ召喚獣が襲ってくるかわからない状況だ。

 本来ならベルフラウを傍に置いたまま防御を固めたい、というのが本心であったが、いかんせんアティ自身が万全とは言えない状態だった。

 相手の召喚師を見る限り、あちらには少なくとも誓約済みのサモナイト石がある、ということ。

 それに対してこちらにあるサモナイト石は未誓約の物のみ。

 ここだけを見ても、遠距離攻撃の手段を持つ相手に対し、不得手な接近戦を挑む必要がある。

 メリットデメリットを考えた時、待ちの戦法では勝ち目はない。

 そう考えたアティは即座に待つという選択肢を捨て、あえてこちらから仕掛けることで短期決戦を狙うことにした。

 

 当然、先に対処すべきは召喚師の方だ。しかしそれは相手も理解していること。

 召喚師はその場に留まり召喚術の行使に集中するだろう。

 そうすると必然的に前に出て来るお頭の方を相手にしなければならない。

 後衛型のアティが、明らかに前衛に特化している彼を抜くのは容易ではない。

 アティの取れる戦法は必然的に一つに限られていた。

 

「オニビ、頼みましたよ」

「ビビィ」

 

 そんなアティの狙いを正確に理解してたオニビは、その小さな体を素早く躍らせる。

 

 アティの取れるたった一つの戦法。

 それはオニビがお頭の足止めをしている間に、召喚師を倒すという物。

 二対一になれば数の利を活かして戦える為、とれる戦法も増える。

 

「ビィ~ッ!」

「うおっ」

 

 オニビの体当たりを咄嗟に拳で迎撃するお頭。

 勘が鋭いのか、急加速による不意打ちだったにも関わらず対応してきた。

 

「ビィ!」

「うおりゃあ!」

 

 そのまま体当たりと拳撃の応酬が繰り返される。

 その隙にアティは召喚師の方へ向かう。

 当然、お頭も狙いに気付いてアティの方に向かおうとするが、オニビがそれを許さない。

 巧みに進路を防ぎつつ攻撃を加えていく。

 

「へぇ、お前も中々やるじゃねぇか」

 

 一筋縄ではいかないと悟ったお頭は、まずはオニビを倒すことに専念することにした。

 

「誓約に答えよ。召喚(サモン)、タケシー!」

「ゲレレ~」

「ゲレサンダー!」

 

 一方その頃、召喚師とアティの間でも戦闘の応酬がはじまっていた。

 先手を打って召喚されたタケシーが出現した瞬間、アティは咄嗟に体を右方に投げ出す。

 剣を避雷針代わりにすることも出来たが、武器を手放す羽目になりかねないことから、考えるより先に体が動いていた。

 

「ゲレ?」

「――――ッ!」

 

 その結果、間一髪で雷撃の直撃は避けることは出来た。

 多少かすりはしたが行動に支障が出る程ではない。

 投げ出した勢いはそのまま、前転で体勢を立て直すと、ジグザグに動きながら召喚師の元へ向かう。

 

「タケシー!」

「ゲレレレ~」

 

 自分の方に向かってくるタケシーは完全に無視し、ただ愚直に目的地へと走る。

 当然、多少の被弾は覚悟の上だ。麻痺にさえ気をつければ問題はない。

 射程距離に入ったと判断した瞬間、アティは砂を蹴り上げた。

 

「ぐっ!?」

 

 狙いは召喚師の目を一瞬でも潰すこと。

 

「せい!」

 

 召喚師の視界が潰れた瞬間、アティは後ろか自分を追って来ていたタケシーに対し、裏拳を見舞う。

 不意を突かれたせいかその攻撃はクリーンヒットし、タケシーの小さな体躯が吹き飛ぶ。

 召喚師が体勢を立て直すよりはやくその懐に飛び込み、剣の柄で腹部を強打する。

 

「ガッ」

 

 衝撃に耐えかね、召喚師の手から誓約済みのサモナイト石がこぼれ落ちる。

 すかさずそれを蹴り飛ばし、同時に召喚師の足を払う。

 予備のサモナイト石を持っている筈なので、新手を召喚される前に完全に無力化する必要があった。

 

 召喚師が倒れている隙に蹴り飛ばしたサモナイト石を確保し、新たに魔力を流す。

 これによって召喚されていたタケシーを一旦送還。再び召喚しなおす。

 

「ゲレサンダー!」

「ゲレレ!」

 

 サモナイト石によって召喚される召喚獣は、基本的に誓約に使用されたサモナイト石に縛られる。

 その為、こうしてほんの少し前まで敵対していた相手の指示にも従わざるを得ない。

 

 攻撃が直撃したことを確認し、タケシーを再び送還。

 すぐにオニビの援護へと向かう。

 そのオニビは辛うじて渡り合っているというような状態で、相手も負傷しているとはいえ、お世辞にも優勢とは言い難かった。

 その体は既にボロボロで、今こうして立っているのが奇跡的とも言えた。

 あと一撃でも喰らえば恐らく立ち上がることは出来なくなるだろう。

 

「ゲレレサンダー!」

 

 アティが乱入したのは、お頭が今まさにオニビに対してとどめを刺そうとした瞬間だった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「客人はやられたか」

 

 お頭さんは十分以上に余力を残しているように感じられましたが、両手を上げて溜め息をつきました。

 

「流石に二対一で勝てるとは思わねぇし、降参だ」

「……」

「おいおい、信じられねぇって顔してるが、アンタも魔力とやらは十分残っているだろう?

 距離を取られちゃ俺に手出しは出来ねぇ。遠距離攻撃に対する対抗手段を、俺は持ってないからな」

 

 理屈は通ってます。

 通ってますが、それで警戒を解く理由にはなりません。

 

「……わかりました」

 

 ですが、それよりも時間が惜しい。

 警戒を解くことは出来ませんが、剣を収めます。

 念の為に何時でも召喚できるよう、サモナイト石は握ったままです。

 

「しかしアンタ、恐ろしく戦い慣れてるな」

「これでも元軍人ですから」

「成程な。――――気に入った!」

「へ?」

 

 突然大笑いを始めたお頭さんに、目が点となります。

 

「自己紹介と行きてぇが、まずはお互いのツレを迎えに行くか」

 

 釈然としませんが、確かにその通りです。

 いつまでもベルフラウちゃんを一人にはしておけませんし、オニビの怪我も気になります。

 私が相手をしていた召喚師の方も、大きな怪我はない筈ですけど、まだ麻痺しているでしょうし……。

 

「オニビ、大丈夫?」

「ビビィ……」

 

 駆け寄ってきたベルフラウちゃんがオニビを抱きかかえます。

 これは、ちょっとダメージが大きいですね。

 どうにかして回復させたいですけど、今の手持ちじゃ回復系の召喚獣と誓約することは出来ません。

 

「これを使うと良いですよ」

 

 そう行って来たのは、私の相手をしていた召喚師でした。

 麻痺はまだ暫く取れない筈なのに、もう回復しています。

 

「ピコリットの召喚石です。

 もう争いは終わったようですし、お使い下さい」

 

 召喚石を受け取り、召喚獣を召喚します。

 出て来たのは確かにピコリットでした。

 ピコリットの召喚石を持っていたのなら、これだけ早く回復したのも頷けます。

 ピコリットは戦闘能力を持たない、回復に特化した召喚獣です。

 当然、状態異常を治療することも出来ます。

 

「お願い、この子の傷を癒して下さい」

 

 私の声に頷いたピコリットは、すぐにその癒しの力を発揮します。

 オニビの傷がみるみる内に回復していくのがわかります。

 

「……ふぅ。ありがとうございます」

 

 ピコリットにお礼を言うと、ピコリットは嬉しそうな表情を見せた後、送還されて行きました。

 送還を見送り、今度は召喚師にタケシーとピコリットの召喚石を返します。

 

「宜しいのですか?」

「敵に対して、わざわざ回復用の召喚石を渡す人は居ませんよね?」

 

 少なくとも、今は敵対する気がないということでしょう。

 

「それにしても、そのタケシーの召喚石は少し変わっていますね」

「あぁ、これは特殊な誓約をかわして、比較的護衛召喚獣に近い働きが出来る様に調節してあるんですよ」

 

 こちらから送還しない限り、送還されなかったタケシーのことを聞くと、そんな回答が返って来ました。

 

「そこら辺で良いか? とりあえず軽く自己紹介だけ済ませちまおう」

 

 いつまでも話してそうな私たちの雰囲気を読んだのか、お頭さんが声をかけてきます。

 うぅ、ベルフラウちゃんの視線が痛いです。

 召喚術のこととなるとついつい熱中しちゃうんですよね。

 

「俺はカイル。知っての通り、海賊の頭をやっている。で、」

「私はヤード。カイルさんの海賊船に客分として同乗していました」

「私はアティ。この子の家庭教師です」

 

 ベルフラウちゃんは嫌そうな表情を見せますが、昨日の敵は今日の友、とも言いますし、彼らがあの時の海賊である以上、恐らく航海の手段を持っている筈です。

 

「ベルフラウ・マルティーニよ」

「マルティーニ……!」

 

 カイルさんが額に手をやり、天を仰ぎ見ます。

 

「……アンタらさえ良けりゃあ、俺らの所へ来ないか?

 今は壊れちゃいるが、船も一緒に流れ着いてる。

 修理が完了次第、アンタらを目的地へ連れて行ってやる」

「その言葉に二言は?」

「海賊カイル一家と先代にかけて誓おう。ここで交わした約束を(たが)うことはねぇ」

「それなら、お世話になります」

「ちょ、ちょっと貴女……!」

 

 何か可笑しなことを言ったでしょうか?

 

「私はベルフラウちゃんの身の安全と、パスティスへ向かう為の手段さえ手に入れることが出来れば、特に問題はないです。

 船に乗せて貰えるというのなら、相手が海賊だろうとなんだろうと関係はありませんね」

 

 そう。私にとって重要なのはベルフラウちゃん一点のみでした。

 

「即答だったが、俺らが集団でアンタらを襲うとは考えなかったのか?」

「その時は容赦はしません。

 さっきは私も本調子ではありませんでしたし、準備を整えればもう少し戦えますよ?」

 

 またしても大笑いをはじめるカイルさん。

 ベルフラウちゃんもその声にビクッとしています。

 

「ここで改めて誓う。先生と嬢ちゃんには危害を加えねぇ。

 船の修理を手伝ってくれりゃ、パスティスまで乗せていってやるよ」

「では、その条件で。お世話になりますね」

「早速船に案内するぜ。ついて来てくれ」

 

 カイルさんの先導にしたがい、移動をはじめます。

 まだ心配そうなベルフラウちゃんの手をしっかりと握り、私はその後をついて行きました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ある程度歩くと、大きな船が見えてきました。

 

「あれが俺らの――」

「少し待って下さい」

 

 私の声に、皆が足を止めます。

 

「少し、様子がおかしくありませんか?」

 

 何やら、剣戟の音が聞こえて来ます。

 それにこれは、女の子の声?

 

「はぐれ召喚獣か!」

 

 カイルさんの言葉通り、どうやら船にいた残りの人を、はぐれ召喚獣が襲っているようでした。

 目視出来るだけでも、相当な数が襲いかかっているようでした。

 こちらとは少し距離が空いているので、私たちには気付いていないみたいです。

 

「どこに行くつもり!?」

 

 私の行動を察知したベルフラウちゃんが声を荒げます。

 

「この状況は見過ごせません。助けに行きます」

「見ず知らずの、」

「違います」

「……え?」

 

 カイルさんたちも、思わずこちらを見ているようです。

 気にせず私は続けます。

 

「仲間ですよ? 助ける理由はそれで十分です」

 

 掴んでいたベルフラウちゃんの手をそっと離します。

 ここに来るまでにはぐれ召喚獣やカイルさんたちと戦い、余力はあまり残っていません。

 ですが、この状況を一瞬で覆す為の手段を、私は既に持っていました。

 

「――――来て下さい!」

 

 声を張り上げ、召喚獣の意識をこちらに向けさせます。

 距離があいているとはいえ、こちらを向きさえすれば視界に入る程度の距離です。

 声を出してしまえば視認することは容易です。

 

 同時に、あの剣を強く意識する。

 あの剣は言っていた。力望みし時は喚ぶが良い、と。

 

 手を虚空に伸ばし、握ります。

 次の瞬間にはあの剣がそこ握られていました。

 

「そ、その剣は!?」

 

 ヤードさんの驚愕する声が聞こえてきましたが、それを気にせず、剣に魔力を注ぎ込みます。

 当然使うつもりはなく、単なる威嚇にすぎません。

 ですがその効果は絶大で、魔力の奔流に恐れをなしたはぐれ召喚獣たちは一目散に逃げていきます。

 全ての召喚獣がこの場を去るのを確認した後、剣を送還します。

 

「どうにかなって良かったです」

「何故」

「……?」

「何故その剣を貴女が!?」

 

 どうやらヤードさんはこの剣に関して、何か知っているようです。

 

「それじゃ客人、その剣が?」

「えぇ。封印の魔剣、そのふた振りの内の一つ。碧の賢帝・シャルトスに間違いありません」

 

 どうやら、この剣にも色々と曰くがあるようです。

 はぐれ召喚獣に襲われていた二人がこちらに向かっている中、前途多難な状況に溜め息をついてしまう。

 心配そうなベルフラウちゃんの頭を撫で、何としてもこの子を護らなければ、と決意を新たにするのでした。

 

 

 





という訳で十一話アティサイドでした。
十二話に関しては今暫くお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

/12S 無限界廊

 フレイズさんにファルゼンさんの正体を知ったことを伝えた後。

 鍛錬をする為にメイメイさんの店に入った所、そこで難しそうな表情を見せるメイメイさんの姿を見つけた。

 

「どうしたんですか? メイメイさん」

「……あぁ少年。ちょ~っと予定が狂っちゃってねぇ」

「予定?」

「思った以上に早かったな、っていうお話」

「……?」

 

 何が何だかさっぱりわからない。

 わかったのは、メイメイさんが立てていた何らかの予定が狂った、ということぐらいか。

 

「貴方の鍛錬にも関わることよ」

 

 と、いうと予定とは僕の鍛錬の予定のことだったのだろうか。

 

「メイメイさんとしては、もうちょっと時間に余裕があると思ってたんだけどねー。

 そうも言ってられなくなっちゃったみたい。性急に鍛錬を積む必要性が出てきちゃったわ」

「それって、前に言ってた界の意思(エルゴ)の依頼と関係が?」

「ズバリその通り。本当なら、時間をかけてゆっくりと鍛錬を積ませて上げたかったけど……。

 けれどもう、悠長に時間をかけている余裕がないから、奥の手を使うわ」

 

 酷く嫌な予感がする。

 

「ついて来なさい」

 

 そうしてメイメイさんの後をついて行くと、島の中央にある集いの泉にたどり着いた。

 目的地はどうやらここらしい。

 とはいえ、既に何度か来たことのある場所だ。特別、今までと変わりがあるようには見えない。

 

「ゼラムにある至源の泉には及ばないものの、この集いの泉もまた、エルゴの王の遺産の一つ。

 四界の魔力が集まるこの場所は丁度良いのよ」

 

 四界。魔力。……まさか。

 

「だからやり方さえ知っていれば、こういったことも出来ちゃう訳」

 

 次の瞬間、メイメイさんの体から魔力が迸る。

 

 泉に、劇的な変化が起きていた。

 何もなかった泉の中央に、突如門が出現したのだ。

 僕はその門を知っている。

 

「……無限、界廊」

「正解」

 

 無限界廊。

 世界の狭間にある特別な空間に繋がった場所。

 その空間では、四界を巡って様々な戦いを試練として受けることが出来る。

 僕が知識として知っているのはその程度のことだ。

 

「ただし、今回繋げたのは言わば裏・無限界廊と呼べる場所よ」

「裏?」

「そう。通常の無限界廊と違って、こちらは時間の流れが早いのよ。

 当然、その分早く歳をとるということになる。

 そういった意味も含めて奥の手、ということ。本当なら使いたくない手なのよ」

 

 寿命を使って修行するようなものか。

 

「単純計算で外での一分が中での一日になるわ。

 相手の強さはこちらの方で貴方に合わせて調節するから、今から五時間、この中で過ごしなさい。

 勿論、食料や回復手段もこちらで用意するわ。それと、これを」

 

 渡されたのは幾つかの契約済みのサモナイト石と、未契約のサモナイト石。

 

「攻撃・回復・補助と用途に合わせて一通り揃えてあるわ。上手く活用なさい」

 

 それら全てをしっかりと受け取る。

 拒否権がないことはわかっていたし、時間がないというのもメイメイさんの焦った様子から理解出来た。

 この手段は、本当に奥の手。最後の手段だったのだろう。

 

「持てる技能の全てを駆使して、必ず生き残りなさい。

 生き残りさえすれば、結果として十分以上に経験を積むことが出来るから」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「クラウン、サーチャー散布」

《エリアサーチ》

 

 魔法の発動によって朔夜を中心に魔力流が奔る。

 それは敵が出て来る前に戦場の把握をしておくべき、という判断からくる行動だった。

 サーチを利用して地形の確認。障害物の位置や狙撃に有効な場所の割り出し。

 マルチタスクを活用しつつ、その全てを迅速に把握する。

 

「サーチャーは魔力が許す限りその場で待機。

 僕の記憶に間違いがなければ、恐らく一戦ごとに地形が変わる筈」

《仰せのままに》

「それからカートリッジシステムのプロテクトを解除。いつでも使用可能な状態にしておいて」

《ですが今のマスターには負担が大きすぎます》

「けれど、命には変えられない」

《……》

「乱発はなるべく控えるから」

《……仰せの、ままに》

「ありがとう」

 

 朔夜はクラウンのコアを優しく撫でた。

 

「使用したカートリッジの薬莢は可能なら回収したい。

 ここでは補充の当てがないから、再利用出来るなら再利用するべきだからね」

《カートリッジにマーカーを付けました。転移を利用して回収可能です》

「宜しく頼むね」

 

 次の瞬間、準備が終わるのを見計らったかのように敵が姿を現した。

 その数四。全て人間の姿をとっている。まずは肩慣らし、ということだろう。

 朔夜は相手は恐らく自分と同等以上の力を持っている、と予測を付けた。

 何せメイメイは生き残れと言ったのだ。ならば相手が弱い筈もない。

 

「加速ッ!」

《ファストムーブ》

 

 先手は朔夜が取った。

 否。取らざるを得なかった、と言うべきか。

 四つの人影の内の一つが、弓を装備していたからだ。

 対して朔夜は一人なのだ。遠距離攻撃が出来る相手は先に潰すべきだと判断した。

 

 加速魔法を使用して敵の前衛に突っ込みつつ、次の一手の為に仕掛けを施す。

 それによって何もない空間が一瞬煌めくも、敵がそれに気付くことはなかった。

 まずは一つの賭けに勝ったと言える。

 

《ショートジャンプ》

 

 当然朔夜も、無傷で前衛を突破出来るとは思っていない。

 そこで彼はあらかじめ散布しおいたサーチャーの魔力を、マーカーの代わりとして利用することで転移する。その結果、四人の兵士は朔夜の姿を見失う。

 そしてそれは十分な隙だった。

 

「雷光閃」

 

 言葉(コマンド)特定動作(アクショントリガー)によって魔法が発動。

 紫電を纏い、加速した一撃が弓兵を襲う。

 狙うのは首。一刀の元に断ち切る。

 通常なら不可能なソレを、纏った紫電と速度が可能とした。

 

召喚(サモン)ドリトル!」

 

 飛んだ首をサーチャーで確認しつつ召喚術を行使。

 誓約により縛るのではなく、嘆願によって助力を請う。

 

「ドリルブロー」

 

 ドリトルが召喚され、そのドリルを剣士の一人に直撃させる。

 正面からドリルの強烈な一撃を受けた剣士の体が吹き飛ぶ。

 同時に左右に気配。

 朔夜は、残った二人の剣士が左右から同時に向かって来ているのを、サーチャーによって既に把握していた。当然こう来るだろうと予測し、既に進路上には仕掛けを施してある。

 

《捕縛完了》

 

 設置型捕獲魔法・ライトニングバインド。朔夜が優先して覚えた補助系の魔法の一つだ。

 それは朔夜が前衛に突進する際、同時に発動させておいた物だった。

 攻撃を加えようとした二人があらかじめ設置されていたバインドによって捕縛され、動きを封じられる。

 ここまでくれば最早勝敗は決まったも同然だった。

 

「プラズマウェイブ!」

 

 朔夜を中心に雷光が迸る。

 強力な電撃属性による攻撃が、捕縛され防御すら取れない二人に襲いかかった。

 ライトニングバインドの効果によって大幅に威力を増したその一撃は、殺傷設定になっていることもあわせて剣士の意識を容易に刈り取った。

 

「リングバインド」

 

 二人共辛うじて息はあるようだが、麻痺の追加効果によって暫く動くことは出来ないだろう。

 そう判断しつつも、念の為に気絶している二人の剣士を二重三重に捕縛しておく。

 その間、サーチャーによって吹き飛んだ方の剣士の状態を把握することも忘れない。

 どうやらそちらは体勢を立て直した所のようだ。

 

《ウィザードフォルム》

 

 朔夜の意思を受け取り、クラウンが形態を変化させる。

 変化するのは最近追加した杖を使う形態、ウィザードフォルム。

 目的としては召喚術を使う際に使用する為に作ったものだが、近距離より中距離に対してリソースを割くことによって、リッターフォルムより射程距離を確保することに成功した形態だ。

 当初作成した近・中距離用のガンナーフォルムよりは使い勝手が良かったこともあり、朔夜はこれを、召喚術を使わない場合でも中距離射撃用のフォルムとして活用していた。

 

「転移」

《ショートジャンプ》

 

 後方に配置されていたサーチャーを利用して距離を取る。

 捕縛した二人と体勢を整えた剣士を一度に撃破する為だ。

 朔夜の意思に沿い、足元にミッドチルダ式の魔法陣が広がる。

 

「纏めて押し流す! ――――アクア、バスタァァァァァァァァァァッ!」

 

 敵に向けられた杖の先に円環魔法陣が出現。光が収束し、その直後、水による砲撃が発射される。

 進行方向にいる拘束された二人を巻き込みながら砲撃は直進するも、どうやら最後の一人は剣を盾に持ち堪えているようだ。

 

「それなら駄目押しの一撃!」

《エンチャント・サンダー》

 

 使用するのはその名のごとく、単に電撃属性を付与するだけの魔法。

 しかし朔夜のような電気の魔力変換資質を持つ者が使う場合においては、非常に強力な効果を発揮する。特に同じ魔力波長を持つ攻撃に付与する場合はそれが顕著だ。

 今回の場合は同じ魔力波長を持つ水に触れているので、ほぼ十割の伝達率で電気が通ることになる。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 十秒、二十秒。そして一分。

 砲撃が直撃した場所から敵が出てくる様子はない。

 けれど油断は出来なかった。

 緊張感を保ったまま時間だけが過ぎていく。

 

《反応消滅を確認しました》

 

 相手の数を確認するのは戦闘における基本。

 戦闘開始時に把握出来た相手には、あらかじめ識別マーカーをつけるように指示を出していた。

 その反応が消えた、ということはとりあえず最初に見つけた敵は倒したということ。

 けれどそれでも尚、油断は出来ない。

 

「……魔力の無駄遣いは出来ないけど、念の為にもう一度サーチするよ」

《仰せのままに。――――エリアサーチ》

 

 結果をマルチタスクで処理しつつ、周辺の警戒は怠らない。

 何て言っても、それで一度失敗して痛い目を見ているからね。

 いくらなんでも同じ失敗を繰り返す訳にはいかないだろう。

 

《完了。反応なし》

「……ふぅ」

 

 そこでようやく、一息つくことが出来た。

 だが今のは単なる小手調べ。その証拠に、相手の強さを感じる間もなく戦闘が終了した。

 戦闘準備をしっかりした状態で戦闘がはじまったから有利を保てたに過ぎない。

 今後はそんな簡単にはいかないだろう。僕としては気が気じゃない。

 メイメイさんは優しいけどスパルタだからなぁ。

 きっと、本当にこちらが死ぬギリギリのレベルの難易度で敵をけしかけてくる筈。

 この調子でバカスカ魔力を使っていけば、いずれこちらが息切れする。

 ここから出るまでに効率的な魔力の使い方と、魔力を使用しない戦い方を確立させない限り、僕が生きてここを出ることは難しいかもしれない。

 後悔しかけるも、同時に受け取った才能の凄さを実感する。

 何せまだ実戦経験の少ない僕が、十分に準備をしたといってもこれだけの結果を出せたのだ。

 

「でも、だからこそ気を引き締めなきゃいけないな」

 

 天狗になって痛い目を見てからでは遅い。その代価が自分の命でない保証はないのだ。

 これまで以上に気を引き締めてかからないと。

 

「とりあえず、魔力をもっと効率的に扱うことからはじめようか」

 

 新しいお客さんも来たことだし、ね。

 

「行くよクラウン」

《はい。何処までも共に》



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。