貴方の為の交響曲 (冬樹 蓮)
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序:はじまりのはじまり

灯台下暗し。とは、よく言ったものだ。

 

 

大型モニターに映し出された映像。

それはとある都会の防犯カメラの一部だ。

死角ギリギリの不鮮明なその一角。拡大された極々小さなそれを見つめて唇を吊り上げた。

 

「見つけた」

 

長く探し求めていた。

人工的に生み出された最強のポケモン。

ソレを探し続け。求めて。やっとの思いで発見したのは予想を大きく外れた街の中だった。

そして、それは自分たちのアジトの直ぐ傍だったのだ。

 

 

 

「ミュウツー‥!」

 

 

 

遂に見つけた。

もう、逃がしはしない。

 

 

 

--

 

 

 

 

都会の中心に位置する巨大なビルの一つ。

ここは一企業の持ち物らしく屋上には人の出入りもなく、喧噪も遠い。まるで外界から切り離されたように静かだ。

 

 

果たして私はいつから此処に居て。

いつまで此処に在るのか。

私が生み出してしまったコピーのポケモン達は各々自分の世界を生きているのだろう。

 

 

野生として生き、パートナーを見つける者。

人間と共存する者。

最早、彼らの行方など私の知り得る事ではない。

彼らはもう二度と誰の干渉を受ける事もないのだから。

 

……私のように人から隠れ住む事もなく。

 

 

 

『それは、仕方がないことだ』

 

 

 

しかし、この心許無さは堪らない。

誰にも知られてはならない虚しさ。孤独。

まるで世界にたった一人きり、取り残されるような不安。

 

思わず口からは嘲笑が零れ、何も持たない両手を握り締めた。

 

『あの赤い帽子の少年は‥何処に行ったのか‥』

 

いっそ追いかけてしまえば。

否。むしろあの時、湖で出会ったあの時、連れて行って欲しいと言えたなら。

そこまで考えて首を振る。

 

『馬鹿な』

 

私が行ってどうする。

あの子に迷惑が掛かるだけだ。

 

あゝ。この自問自答も幾度した事だろう‥

 

呆れた頭を冷やす為に空を仰いだ。

この世界で一人きり。

それは、決して私だけではない。

神や。幻も、また同じ。

 

ならば。

 

 

『ミュウ‥』

 

 

お前ならば、こんな時はどうしているんだ。

全ての始祖でもあるミュウは。

そして、神、幻と呼ばれる彼らはこの虚しさをどう慰めているのか。

悩めどヒントを得られる訳もなく、熱を求めた両手は無意識に空へと伸ばされる。

 

 

 

『!』

 

 

 

背後の扉が。

唐突に打ち破られた。

 

 

 

---

 

 

 

「やばーーーいい!!!!!!!」

 

 

果たしてこの目覚ましは本当にアラームをかけてくれていたのだろうか。

 

窓の外は晴天。

白いカーテンはわたしの騒々しさから僅かにはためき、窓際のミュウツーぬいぐるみをほんの少し揺らした。

その隣でポテッと倒れたのはリザードンだ。

ミュウツーを囲むリザードンとフシギバナ、カメックス。

彼らはつい先日劇場公開された「ミュウツーの逆襲」のリメイク作品にあやかって揃えた宝物。

 

「わ!ごめん!」

 

倒れてしまったリザードンぬいぐるみを起こしてミュウツーの隣に再び並べ、スポーツバッグを引っ張り上げた。

 

「リク!あんた学校は!?」

「今行くの!」

 

お母さんの声を聞きながら階段を駆け下りる。

食卓に並べられた朝食は、内心複雑ながらも有り難い事に私の寝坊を見越していたようだ。

香ばしく焼けたピザトーストを齧り、そのまま玄関へと走る私の後ろでため息一つ。

 

「あんた。また遅くまでゲームしてたの?」

 

ギクッ!

 

「………えへへ…」

「はあ……今日は早く帰ってこれるの?」

 

お咎め無し!

そうと知るや冷や汗も引っ込んで、振り向くと満面の笑顔がそこにあった。

 

「うん!早く帰る!」

「今日はあなたの誕生日なんだから、お祝いするわよ?空良(そら)も帰ってくるから」

「兄さんが?!わかった!」

 

爪先を叩いて足を押し込み、ドアを開く。

そうして、もう一度振り向いた。

 

「いってきます!」

「いってらっしゃい」

 

お母さんの見送りを背中に走り、トーストを口の中に詰め込んでいく。

現金な体は朝から調子も良くて、これなら電車も余裕で間に合いそうだ。

定期を引っ張り出し、ふと、母の言葉を思い出す。

 

「兄さん‥」

 

今日、兄が帰って来る。

 

大学を卒業するなり就職の為に家を出てしまった兄が今何の仕事をしているのか私は知らない。

いつも空っぽの兄の席。

それが、今日は久し振りに埋まるらしい。

年に数回しかない、家族全員揃った一家団欒だ。

 

そう思うと足は軽いし、頬は緩む。

 

「楽しみ!」

 

こんなに体が軽いなら階段をいつもより早く下れそうだ。と、不意に震えたスマホに気付いて探しながら、駅のホームへ続く階段を踏み出した。

 

 

 

あゝ。衝撃。

 

 

 

「へ?」

 

 

 

なに?

 

遠く聞こえる人の悲鳴。

生暖かい感触。

何より痛む体に耐え切れず、視界は暗く沈んでいく。

 

 

 

 

 

  リク‥来て‥

 

 

 

 

 

私を呼ぶのは、だれ?

 

 

 

 

 

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第1話:コピーのポケモン

 

翼を広げて空を駆ける。

俺の心中とは裏腹に空は良く晴れ渡った青空だ。

あの頃羨望の思いで見上げていた青空は、今、無性に俺の心を苛立たせた。

 

疾く。

疾く。

時間が無い。

 

気持ちばかりが急いてしまう。

そんな俺に驚き隠れる奴らを尻目に眼下の森を見渡し、ただ進んだ。

 

 

『馬鹿野郎が…!』

 

 

頭の中にあるのは何時かのアイツだ。

 

諦めの表情。

傷つき、苦しみ呻いて俯く姿。

そして、俺達を命を掛けて守るその背中。

 

『チッ』

 

思い出すだけで腹立たしい。知らず舌を打つ。

頭を振り、再度見下ろした森の中に人影を見たのはその時だ。

 

 

「こちらです、サカキ様!」

「ああ」

 

 

サカキ。

アイツ、また‥!

 

 

『ミュウツー!』

 

 

頼むから、もう一人で戦わないでくれ。

独りで何もかも背負わないでくれ。

 

今度は、俺がお前を助けるから…!

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「う‥」

 

 

私は。どうなった?

 

数回瞬きを繰り返して漸くクリアになっていく世界。

覚悟していた体の痛みはなく、しかし、目の前の光景に言葉を失って正気も失いかけた。

 

『起きた?』

「!!?!!」

 

階段から落下した筈の私の体は地面の上。駅のホームから一転して森の中。

そして、緑豊かなそんな場所でふわふわと体を浮かせて私を見つめる桜色の生物は?

 

「は?」

『?』

 

何故。

何故、この子が此処に居るのか。

私の知っているこの子はアニメ、ゲームに登場する仮想生物だ。

リアルで存在してる筈もない。

 

そう。

"ポケットモンスター" はゲームやアニメの話であり、 "ミュウ" は架空の世界のキャラクターなのだから。

 

「…こんな夢見るなんて疲れているのかな」

『大丈夫?』

「ううん。大丈夫じゃない‥」

 

夢だろう。

しかし、だとしたらこの柔らかな草の感触は?緑豊かな森の匂いは?

これが夢だとしたら余りにもリアルだ。

 

ゲームのやりすぎかもしれない。ポケモンの言葉がわかるなんて夢だとしても都合が良すぎだ。

逞し過ぎる自分の妄想力に呆れ半分。恐怖も半分。

戦々恐々と冷や汗流して起き上がるとミュウの空色の目が丸く開かれて私を見つめた。

 

「…うん?」

『?!』

 

なんだか驚いてる。

 

「なに?」

『な、何って‥ねぇ‥ボクの言葉わかるの?』

「うん」

『!!?』

 

ミュウが驚き固まった。

なんだなんだ?可愛いな。

 

「どうかした?」

『なんで君との会話が成り立ってるのかな?』

「え?さあ?」

『ボクの言葉、わかるの?』

 

そして、唐突にミュウの言うことを理解した。

冷や汗がどっと溢れて背中を伝う。

知らず私の声も震えていた。

 

「ミュウが‥人間の言葉を話してるんじゃないの?」

 

頼む。

そうだと言ってくれ。

それでないと、私はいよいよ本格的に妄想力豊かな異常者だ。

これが夢だろうと自分の頭を疑ってしまう。

 

だと言うのに、現実はかくも非道なものである。

 

 

『ボク、人間の言葉なんて話せないよ』

「………」

 

 

意識が遠のく。

これは病院に行かなければならない。

 

 

『そうだ!こんな事してる場合じゃない!』

「うお!?」

『丁度いいや!一緒に来て!!』

「うおおお!!!??」

 

悲観する間もなくミュウに手を引かれて私は森の中を走り始めていた。

やがて抵抗も、自分の足で走るのも諦めて引き摺られるようになるまであと数分。

ミュウは私に何をさせるつもりなのか。

 

 

 

……足痛い。

 

 

---

 

 

 

頭を揺らす轟音。

薙ぎ倒されていく森と、巻き込んでしまった逃げ惑うポケモン達を横目に念を込めて影を見据える。

 

「大人しく我らダークロケット団の配下に付け!ミュウツー!」

『誰が貴様らの配下に下るかっ』

 

奴らの胸にあるのは "×" で潰されたRの文字。

記憶とは少し違うようだが、見覚えのあり過ぎるその一文字に舌を打つ。

面倒だ。

 

『失せろ!』

 

手の中でシャドーボールを形成して打ち出した。その瞬間。

 

 

『ツー!』

『!』

 

 

不意に届いたテレパシーに愕然と森の中を見遣る。

叢を掻き分け、顏を出したのはミュウと、一人の少女だ。

 

『ツー‥やっと見つけた!』

『ミュウ‥?』

 

何故、此処に?

 

久しく目にしていなかった自分のオリジナル。

しかし、再会の余韻に浸っている余裕はない。

 

『ミュウ!逃げろ!!』

『え?』

 

ミュウは、完全に油断している。

 

『っ、うわ!』

「ッ!!!?」

 

ロケット団のギャラドスの破壊光線がミュウと、傍らの人間を襲う。

驚くミュウと、驚愕からか悲鳴すら上げられない少女を庇う様にテレポートして立ち塞がった。

 

が。

 

『くッ‥!』

 

急ぎ張ったバリアは脆く打ち砕かれる。

肌を熱が煽り、背後まで突き抜ける衝撃。

 

「きゃああああ!!!」

『うわああああ!!』

 

『ミュウ!人間!!』

 

巻き込まれたミュウと少女は崖の下へ落されていく。

助けようと身を乗り出すが、しかし、次いで注ぐ相手の攻撃は私をその場に留まらせた。

スピアーのミサイル針が鋭い軌跡を描いて足元に降り注ぐ。

 

『これを連れてはいけないな‥』

 

ならば、せめて。

 

 

 

『せめて、あの二人が逃げられる時間を‥!』

 

 

 

ミュウが一緒ならば最悪の事態は免れる筈だ。

ならば、私がやるべきは此処で敵の目を集中させ、殲滅する事。

それが叶わないとしても時間を稼ぐ事だろう。

 

増員された敵を前に再び集中した。

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サカキ様、この少女は?」

「ミュウが連れていた。この戦いに巻き込まれたのかもしれん」

 

薄い世界。

何処か遠くから聞こえる人の声。

水の音と、額に触れた冷えた温度が心地良い。

 

「う‥ぅう‥」

 

意志とは関係なく、薄っすらと開いていく私の目。

ぼんやりと霞む視界のピントが少しずつ合っていく。

 

「気が付いたか?」

「?」

 

私はまた気絶していたのか。

ミュウツーを見つけた直後、何者かに崖から叩き落された記憶を最後にまた場所が移動したようだ。

川の音を聞くに、私は崖から落とされて流されたのかもしれない。

 

「体は痛むか?」

 

ミュウが守ってくれたんだろう。

体はどこも痛くない。

そして、パッと。世界がクリアになった。

 

 

「えっ。私の人生終わる?」

「貴様。目覚めて第一声がそれか?」

 

 

私を覗き込む極悪面は話を聞いてくれる優しさくらいは有るらしい。

 

「まあ、いいさ。ケガもないようで何よりだ。一応病院で検査を受けさせよう」

「検査?」

「崖から落ちたようだ。痛みは無くとも、検査は必要だろう。まあ、ミュウがバリアボールを張っていたから平気だろうが」

 

頭に乗せられたのは冷やしたハンカチだったのか。

もう少し休んでいろ。と、大きな掌で頭を撫でられて、ふと、思い出す。

 

 

「そうだ!ミュウは!?」

「あっ」

 

 

 

  ゴッ…。

 

 

 

「ッ、ン!!??!?」

『!!!!!!!』

 

 

衝撃。

起き上がったそのまま目玉が落ちるんじゃないかと錯覚しうる衝撃に、覚醒した筈の意識が明滅する。

 

「あ‥ああああああ……!!!」

『みゅうううううううううううう……!!!』

 

「だ、大丈夫か?」

 

大丈夫じゃない。

あまりの衝撃にチカチカと星が飛ぶ。頭が揺れる。

それを耐えつつ顔を上げると、私と同じく頭を押さえたまま悶える桜色。

起き上がった拍子に‥追突した‥のか‥

 

「ッ‥ミュウ…?」

『元気そうで何よりだよぉ‥』

「さーせん…」

 

痛む額を擦りながら顔を上げれば私を守ってくれたらしいミュウがいる。

(頭の瘤は別として)ケガをしている様子もなく、(頭突きしたこと忘れてくれねえかなあ、と、思いつつも)安堵した。

そして、漸く私を看病してくれていたらしい御仁を振り向き。言葉を失う。

 

「へ、ひ‥?!」

「どうかしたか?」

 

オレンジ色のスーツに胸のR文字。

強面だが顔立ちは整っていて、大人の色気たっぷりな御仁。は。見覚えがあるぞ。

 

「あの‥トコロデ‥?」

「ああ。私はロケット団の首領、サカキだ」

「!!」

 

ロケット団のボス!!

 

「サカキ‥!?」

 

数分前までの迂闊な自分を殴りたい思いだが、しかし、思わず身構えた私は先までの光景を思い出して脱力した。

 

「あれ?」

 

目の前にミュウが居るのに何もしない。

ミュウも、すぐ真後ろにマフィアのボスが居ると言うのに油断しきってる。平然と背中を向けてる。

 

「あれえ?」

 

この世界のロケット団は私が知るマフィアとは違うのか?

だって、あのサカキがミュウを前に何もしないんだもの。

 

「どうした?」

 

悪意のない顔で問われて、腕を組んだ私は悩みに悩んで口を開いた。

 

「……ロケット団って、マフィアじゃないの?」

「ああ。お前たち一般人はまだ知らない奴がいるだろうな。今はもう違う」

「は?今はって?」

 

ロケット団に何かあったのだろうか。

はて、と。首を傾げるも、いい加減現実を受け入れ始めているし折角のポケモン世界なんだから色々聞いちゃおうか。と、好奇心を持った矢先。

 

 

 

ゴォオオオオッッ!!!

 

 

 

「伏せろ!」

「!?」

 

サカキに押されて庇われた瞬間に空から受ける強力な炎。

それがポケモンの攻撃だと私が気付くより早く、サカキは立ち上がってボールを握った。

空にいたのは。

 

「リザードン‥!」

「ダークのポケモンか!」

「ダーク?」

 

ダーク‥?

そんな組織、ポケモンにあったっけ?

 

リザードンは火の粉を吐き出して私たちを見下ろす。

その瞳を染めるのは私でもわかる確かな敵意だ。

 

「熱い‥」

 

体を焼く炎の熱気はやはり妄想なんかじゃない。

だとしても、私のポケモンは現実世界のゲームの中だ。

ボールもないしリュックもない。ポケモンバトルになったらサカキに頼るしかなかった。

 

でも、あの模様は‥

 

『チッ!外したか‥』

「!」

 

あ!リザードンの言葉もわかる!

それを驚くより早くリザードンが炎を蓄えた。

 

「サカキ!」

「下がっていろ!」

 

サカキも既に臨戦態勢。

このままだとポケモンバトルだ。

憧れのリアルポケモンバトル。

 

でも。

 

 

『ロケット団に、ミュウツーは渡さねぇ!!』

 

「!!」

 

 

ミュウツー‥?

 

 

「待ってサカキ!」

「!?お前‥何を?!」

 

慌ててサカキの腕を引いてボールを抑える。

容赦なく迫る火炎放射はサカキが私ごと倒れて回避してくれた。

熱風を浴びた程度で済んだのはミュウが咄嗟に守ってくれたからだ。

明らかに私たちは攻撃をされている。でも、これはきっと反撃してはいけない。

サカキを抑えて立ち上がり、ミュウとリザードンの間に割って入った。

両手を広げて、空を見据える。

 

「何を考えている!」

「お願い!待って!!ミュウもやめて!!」

『!』

 

空が赤い。

炎が迫る。

 

その先に居るのは敵意を隠すこともしない、きっと、野生のリザードンだ。

そして、そのリザードンを私はきっと知っている!

 

 

 

『ミュウツーには近付けさせない!二度と、傷付けさせるものか!!』

 

「逃げろ!!」

 

 

 

あゝ。

やっぱりね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

『…なんの、つもりだ…』

 

頬がほんの少しだけ熱い。

リザードンの強力な炎は私を僅かにそれて背後の大木を焼き切り、地面を焦がす。

だと言うのに、私は一切の火傷もなく、そこに立ち尽くした。

それは、リザードンが本気で私たちを攻撃する気が無かったと言う事だ。

つまりは、ただの威嚇。

 

「……はぁ…」

『!』

 

そうとわかれば話が出来る。

数回深呼吸を繰り返し、私を見下ろし続ける空の上の暴漢を見上げてニタリと笑って見せた。

 

「さあ、話をしないかい?リザードン」

『話?』

 

呆気に取られる表情。

しかし、直ぐに敵を露わにサカキを、私を見つめた。

 

『ロケット団の言う事なんて誰が‥』

「私はロケット団の人間じゃないわ」

『ッ‥お前‥俺の言葉‥』

 

驚くリザードンがミュウを見下ろす。

ロケット団の首領であるサカキがミュウを害していない事に漸く気付いたんだろう。驚き、攻撃を止めた姿を見上げたまましたり顔で笑って見せる。

 

 

 

「私、どうもポケモンと話す事が出来るみたいよ。ミュウツーが生み出したコピーリザードン君w」

 

『!!?!』

 

 

 

予想は的中。

遂に戦意喪失し、地面に降りてきたリザードンに歩み寄り、手を差し出した。

私と、その手を交互に見つめてリザードンが困惑の表情を浮かべている。

 

『お前。何なんだ?』

 

一体私が何回あの映画を見たと思っているんだ。何回逆襲を繰り返し見。あれは私の生涯で一番の名作だぞ。

そんな事を言ったところで、すぐには信じてもらえないだろうけれど。

 

 

 

「私はリク。天音鈴紅。よろしくね、コピーリザードン君?」

 

 

 

敢えて逆撫でし、厭味ったらしく告げたのは散々人を驚かしてくれた意趣返しだ。

 

 

 

-to be continued-



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第2話:赤い焔

 

 

 

「ダークロケット団?」

「我々はそう呼んでいる」

 

あの後懸命な捜索も虚しくミュウツーは見つけられなかった。

しかし、きっとミュウツーによって倒されたのだろう伸びた敵とそのポケモンは捕縛されている。

ついでに言うなら、此処はサカキのアジトらしい。

 

 

帰り道がわからない。

 

 

どうやって来たのかも謎。

むしろ、この世界の人間じゃない。等々。

 

いくらポケモン世界と言えど馬鹿らしい私の訴えを「そうか」の一言であっさり飲み込んでくれたサカキには本当に驚かされた。

ゲームやアニメ。

私の知っている "サカキ" と、この世界の "サカキ" はどうやら随分違う様だ。

この世界にいる悪も。

 

「じゃあ、そのダークの連中がミュウツーを捕獲しようと?」

「ああ。我々がダークを追っていたのもそれが理由だ」

『……』

「良かったね、リザードン!サカキは味方だって!」

『信用できるか』

「……」

 

そう吐き捨てながらもリザードンの目は焦げたサカキのスーツを盗み見た。

素直に「ごめんなさい」は言えないのか。

 

『何か言ったか?』

「別に」

 

リザードンから目を逸らしてジュースを一口。

ふと、ノックの音に振り向いた。

サカキが入室を促すとそこにいたのは女性の団員だ。彼女から荷物を受け取って、私に差し出す。

 

「?」

「ところで、リク。このアジトに身を置く間、組織の一員として手伝う気はないか?」

「手伝う?」

「悪人退治だ」

 

言われて、ポカン。

悪人っぽい人が悪人退治とか言ってる。

 

「何か言ったか?」

「別に?」

 

心を!読まれた!!

 

「で、どうなんだ?」

「いやあ、そんなの‥」

 

改めて言われて、窓の外を見つめた。

 

美しい景色。

私が憧れ、焦がれてきた世界。

大好きなポケモンの世界を守る事が出来るなら…

 

「やる!」

「よし」

 

そんなの考えるまでもない!

荷物を受け取って、数回頷いた。

 

「ならば、リク。お前にはミュウツー救出の任務についてもらう。ミュウツーをダークから守りながら、奴らを殲滅してくれ」

「わかった!……へ?」

「我々の世界の事を知っているならバトルも慣れたものだろう?」

「は?ちょっ…」

 

待て待て待て。

一人でその任務をやれって?しかも、何の躊躇もなく命令してきたって事は最初から私に拒否権無かったですよね?

無茶を言いますねこの御仁‥!

 

「ちょ、私、手持ちも居ない‥!ってか、一人でそんな連中に挑めってミッション厳し過ぎやしません!?」

「それは問題ない。この任務に参加しているのはお前を初め複数人居るからな」

「……それは早く言って欲しい…」

「お前のような子どもを一人に責任重大な任務をさせるか。準備も必要だろう。暫くはこれを私服にすればいい」

「これ着替え?」

「ああ。部下に用意させた。流石に子どもサイズの制服は用意していないからな」

「うん?」

 

荷物の中は‥うん‥言われた通り子ども服だ。

ポケモン世界の女の子が着るような可愛らしいワンピースから、シンプルなシャツやショートパンツまで。

だが、待て。

いくら私が身長的に少々小柄の部類に入るとは言え、このサイズは流石に無理がある。

 

「どうした?」

「あの、サイズ」

「サイズ?制服ならばお前が旅に出る前に女性職員が採寸してしっかりとした制服を‥」

「ちがっ」

「?」

「……えっ」

 

え?

何その反応?

 

「リク!?」

『っ、おい、どうした?』

 

あゝ。

嫌な予感がする。

 

 

………。

 

 

違う。

嘘だと信じたかったのだ。

 

 

いつもより低い世界。

背の高いサカキや他の団員。

何より明らかにサイズの合っていない元々着ていた私の制服。

 

突然走り出した私を追いかけるサカキとリザードンなんて構っている余裕もなく、広い階段を駆け下り、踊り場に立った。

元悪の組織のアジトだったらしいコンクリートが打ちっ放しの廊下。その一つの階段に鏡があったことは覚えていたのだ。

意を決してその前に立った私は、しかし、無情にも信じ難いリアルが叩きつけられる。

 

 

「あ‥」

「どうした?」

『何なんだお前』

 

 

あゝ。

 

 

 縮 ん で る 。

 

 

見た目10~12歳。

18年間という人生を歩んできたのに、その内半分近くが無かった事にされている。気分はまるで某小学生探偵だ。

ゲームの主人公と年齢が近くなったのはある意味喜ばしい事なのかもしれないけれど。

 

「リク?」

 

体の力が抜けた。

突然目の前で床に両手を突いた私を、果たして背後の二人はどう思ったのか定かじゃないが、確かに言えることは。

 

 

 

この後、私は気を失った。

 

 

 

---

 

 

 

ミュウツーを保護し、ダークロケット団を殲滅する事。

 

 

それが私に与えられた任務だ。

幼児退行(物理)と言う逆境を乗り越えた私はサカキのアジトの一部屋を自室として与えられ、そこで数日を過ごして今日に至る。

鏡の中の私の姿にももう慣れた。

真新しい制服に袖を通して、首を縦に振る。

 

「なかなか可愛いじゃないか。この制服!」

 

お腹を出すのはロケット団の趣味なのかはわからんが、ムサシと同じ白のトップスに、ふわりと揺れる同色のミニスカート。

黒のロングブーツ。

胸元の大きな "R" の文字はまるでコスプレでもしている気分になる。

 

ロケット団の一員になったのだと実感が突然沸いた。

ちょっと楽しいぞ。

 

「用意は終わったか?」

「はーい」

 

それに、ノックをして入ってきたサカキも納得の顔をしていた。

「馬子にも衣裳」とか言うな。心の中に留めておけ。

 

「荷物はもう纏めたのか?」

「うん。抜かりはないよ!多分!!」

「多分?」

「た、旅なんてした事無いもん。わからん!」

「はぁ…見せてみろ。私が見てやる」

「へぁ!?あ、ありがとう??」

 

親切なサカキはこの数日何回か見てるけど違和感すごい。

そうは言っても、自分じゃ本当にわからんので最終チェックはサカキに投げるつもりでいた。

キャンプならともかく何日も続く、下手をすれば年単位で掛かる旅だ。そんなの知らん。

いや、直ぐにでもミュウツー助けてダーク殲滅するけどさ?

 

……。

 

サカキが荷物を確認する為に一度全部ひっくり返して眉を寄せる。

そして、荷物に彼が必要と判断したらしい物が増やされ減らされて‥ほら見ろ!やっぱり問題あったじゃん!

チェックが終わったのか、サカキは次々荷物をバッグに戻していく。

この世界のバッグの驚異的な収納力に戦慄する間もなくその作業は終わり、隣で覗いていた私の前にスマホが差し出された。

 

「なにこれ?」

「お前のスマホにトレーナー登録をしておいた」

「スマホに登録!?」

「それがどうした?」

「い、いや。てっきりポケギアとかかと思っていたんだけど‥この世界にもスマホあるんだ‥?」

「ポケギア?そんな昔の物、今は誰も使ってはいないが?」

「そ、そう‥」

 

他の世界の人間をどうトレーナー登録したのか甚だ疑問ではあるが、そこは元・マフィアたる所以だろう。敢えて追及はしない事にする。

私が少女に見えるからだろうスマホの色は赤。元の世界の物と大差無く馴染むそれを早速開いてみると確かにサカキの番号が登録されていた。そして、私のトレーナー画面も。

 

………。

出身地はトキワシティ。

ジムリーダーサカキが保護者ってまじか。すげえな私のステータス‥。

 

「どうした?」

「何でもない。とにかく、色々ありがとう、サカキ!」

「構わない。そういった案件は慣れている」

「悪い事してたんだねぇ」

「今は足を洗ったぞ。安心しろ」

 

もうマフィアではない。それは嘘ではなく、「使える物は使う」と、そういう事だろう。

自分の目的の為には方法を選ばない部分はまさに私の知る "ロケット団のサカキ" その人で、何処か安心しつつも末恐ろしさを痛感した。

そんな戦慄を他所に、ふと、サカキが窓の外で待つリザードンを見下ろし目を眇める。

 

「リク‥本当にアレを連れていくのか?」

「うん!そうだよ!」

 

アレ。とは、勿論ミュウツーが生み出し、つい先日最悪な出会い方をしたコピーリザードンの事だ。

当然だがジムバッチをまだ一つも獲得していないからリザードンを従える事なんて出来る訳なく、私自身、あんなに高レベルのポケモンが簡単に仲間になってくれるなんて思っていない。

だって、彼はボールにすら入っていないのだ。

 

ただ、 "ミュウツーを助け出す" と言う目的が一致しているだけ。

 

ミュウツーに危害が無いとわかるときっと去ってしまうんだろう。

そんな曖昧な所謂同盟だ。ポケモンは私がゲットして強くしなければならない。

しかし、サカキはそんな私に渋った顔を見せるばかりだったけれど。

 

「……何よ‥」

「いや‥」

 

ほら、やっぱり苦い顔する。

 

「何度も言うが、本当に良いんだな?ボールにも入らないようなポケモンだぞ。旅のパートナーならもっと慎重に考えて決めた方が‥」

「サカキ」

「………」

 

これ以上は言わせない。

話を遮ると、サカキは口を閉ざして私を真っすぐに見てくれた。

心配させているのがすごくわかる。でも、ごめん。これは譲れない。

深く息を吐き出してギアを手首に戻し、訝しむサカキをじっと見つめた。

 

「サカキ。リザードンとは同盟関係だよ?お互いにミュウツーを見つけたら解消される関係だろうと、ミュウツーを本当に想ってくれてる仲間と旅をしたいの。勿論、パートナーはちゃんと見つける」

「お前はそれで良いのか?」

「うん。それで十分!まずは、ミュウツーを探さないとね!」

 

同じ目的があるリザードンとなら達成するまでは良好な関係で居られると信じたい。

ダークはリザードンにとっても敵なんだ。きっと、力になってくれる筈。

サカキもそれを感じていたようで、渋々ながら頷いた。

 

「なら、せめてトレーナーとしてモンスターボールを持っていけ。パートナーは多い方が心強い」

「うん!ありがとう!」

「あと、コレを‥」

「うん?マント?」

「ダークの影響で我々ロケット団は未だ悪の組織と誤解を受けるからな。街ではコレを着ていろ」

「へぇ‥」

 

渡されたのはモンスターボールを10個。

それに、上質な黒地のフード付きマントだ。

防水加工がされているが滑らかで暖かな生地。丈は足元までしっかり隠してくれる程。

何より、首元に施されたマントには大きな赤いリボン。真ん中にモンスターボールを嵌め込めるようになってる。

 

「か、可愛い‥!」

「気に入ったか?」

「う、うん‥!気に入った!」

 

正直、本当に可愛い。

こんなマントを選ぶセンスがあるなんて、まさかサカキはロリコンだったりするんだろうか?

 

「ニドキング、じしn‥」

「行ってきます!」

 

おっと!うっかり口に出してしまったようだ!

やる気満々のニドキングが(ご主人様そっくりの顔で)ニヤッと笑うのを目に慌ててバッグを引っ掴んで飛び出した。

 

 

 

---

 

 

 

「良い天気~」

 

空は高く。青くて風は穏やか。

慌ただしくアジトを飛び出した世界は旅の始まりに相応しく絶好の旅日和だ。

 

『早くしろ、人間』

「人間じゃない。リク!」

『人間で十分だ』

「あ"?」

 

リザードンの態度を前にしなければ。

 

前途多難。

自分で納得した事だけれど、当然ゲットしている訳じゃないリザードンはボールに入る事も無く、好き勝手に歩いて行ってしまう。

 

此方は子どもの体。

子どもの歩幅だ。

 

勿論、追い掛けるのだって一苦労。

 

『なんで俺がこんなガキと‥』

「ミュウツーとダークの情報を知りたくて私と行動しているんでしょう?」

『チッ!』

 

態度悪い。

唾を吐き捨てるように赤い火の粉を吐き捨てたリザードンは決して私を見ようとはしなかった。

 

「はぁ…」

 

リザードンは私に不信感を持っているのは間違いない。

"ポケットモンスター" を知っている異世界人で、しかも、ポケモンと話せるなんて普通の人間じゃないんだから当然だ。

まだポケモン扱いされないだけ良いのかも。

 

そうとはわかっているけど。

 

「あんまりだぁ」

『あ?』

「なんでもない」

 

苛立ちながらも振り返ったリザードンを足早に追い越す。

 

「先が思いやられるなあ」

 

せめて、早くポケモンを捕まえなければ。

ポッポ。コラッタ。比較的捕まえやすいだろう野生を育てないとダークに対抗なんて出来やしない。

不安しかない旅を憂うも状況が好転する訳じゃないけれど、今だけは頭を抱えたい気分だ。

 

 

 

『人間!!』

 

「へ?」

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「サカキ様。本当にリクにリザードンを預けたのですか?」

「あの子が自分で言い出した事だ。私はこれ以上の口出しをするつもりはない」

「ですが‥」

 

書類を睨む目をそのままにナツメへ返事を返す。

訝しむナツメの心境は、彼女と同じエスパー能力を持たない私であっても容易に想像出来る。

 

「不安か」

「はい」

 

異世界からやってきたリクという少女。

あの子がアジトを離れて数時間。早ければ明日の昼には近くの街につくだろう。

何も問題が無ければ。だが。

 

それはナツメも理解しているだろう。

だからこそリクが心配らしく、表情を暗く眉を寄せた。

 

「…サカキ様‥リザードンはあの子の手持ちではありません。せめて、一匹だけでもポケモンを貸し与えるべきではありませんか?」

「必要ない」

「ですが、野生に遭遇した時、危険な目に遭うのはリクです」

「必要はない」

「サカキ様!」

 

勿論、ナツメの心配は尤もだ。

しかし、私は出来るだけリクの意思を尊重してやるべきだと思った。

 

リザードンがコピーポケモンであると察したのはリク。

何より、彼女はポケモンと人間の言語で会話が出来る。

それは、誰よりもポケモンと心を通わせる事も可能だと言う事だ。

ナツメもそれはわかっているだろう。しかし、それでも心配なのだと語る瞳に首を振った。

 

「大丈夫だ」

「しかし‥」

「あのリザードンはミュウツーが生み出したコピー。奴と共に過ごしていたのなら其処らの野生ポケモンよりも遥かに知能は高い筈だ。奴にとって最善が何か。同じ目的を持っているのなら猶更あの子を無碍にはしない」

「…成程‥」

 

ミュウツーを救おうと抗い。

勘違いだろうがたった一人で我々に立ち向かったのだ。リザードンならリクの力になるだろう。

 

 

 

「私は、リクの判断を信じるさ」

 

 

 

きっと、大丈夫だ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「ハッ‥!はぁッ…!」

 

ポケモンに追われる。

それがこんなに怖いなんて想像もしていなかった。

 

『町まで急ぐぞ』

「う、うん‥!」

 

オニスズメとオニドリルの群れ。

私が遭遇してしまったのはそんな凶悪だ。

群れになって襲い掛かってくる奴らを蹴散らすリザードンの後ろを追い掛け、零れた嘴を払った。

 

「…っ」

 

爪が。

嘴が痛い。掠めた腕には赤い筋が残り、次の瞬間には赤く血が飛ぶ。

 

「い、いたっ」

『……貧弱だな』

「私はか弱い女の子なの!……ってか、なんでこんなに居るのよ!?」

『ダークの連中が乱獲していたエリアだ。縄張り広げに来てんだろ!』

「碌な事しないなあ!」

 

改めて心に決めた!殲滅決定!!

 

なら、まずは目の前の障害を乗り越えなければならない。

目前に迫ったオニスズメを寸でで避け、安心したのも束の間、次の瞬間にはなんとも不甲斐なく足を取られて盛大に転倒。肩を強打して息が詰まった。

 

『人間!』

「う‥」

 

なかなかに痛む。

衝撃でくわんと揺れた頭を振って、ふと、置かれた状況に息を呑んだ。

 

「やば‥」

 

ぐるりと私を囲む殺意。

翼を持ち上げ威嚇する姿。向けられた嘴は確実に子どもを一撃で殺す凶器だ。

しかし、それよりも目を惹いたのは戻ってくるリザードンと、彼を狙う数羽の敵。

 

「リザードン!」

『ッ、グッ?!』

 

リザードンが気付くより早く何本もの嘴が衝突し、倒れた隙に囲まれている。

 

「ッ!」

 

確かに、数分前まで私たちは喧嘩していた。

でも、そのリザードンが今は私を助けようとしてケガをした。

私が居なければ、無かったケガを。

 

「ッ!くそ!」

 

リザードンに気を取られた隙にオニスズメの攻撃を許してしまう。

スカートを掠めた爪に。しつこく受ける嘴に悲鳴を上げる事すら出来そうにない。

 

「リザードン‥!」

 

痛い。

怖い。

でも、それ以上にリザードンをこれ以上傷付けたくはない!

 

「リザードン!!」

『!』

 

その衝動のまま、リボンに嵌めていた空のボールを外して翳した。

 

「リザードン、お願い!ボールに入って!!」

『はぁ?!』

「お願い!今だけ、私に貴方を守らせて!!」

 

ボールの中ならきっと安全だ。

今この時を乗り切ってすぐに逃がしてあげるから。と。

掠める攻撃をそのままに強く叫んだ。

 

「わかって」

『………』

 

祈る様に告げる。

その瞬間、姿勢を低くしたオニドリルが私に狙いを付けた。

 

『ドリルくちばしだ!逃げろ人間!!』

「……」

『おい!!』

 

あゝ。

ダメだ。逃げられない。

 

 

 

『リク!!』

 

「!」

 

 

 

名前を呼ばれたその瞬間。

私の周りを強力な火柱が囲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何がおかしい』

「えへへ」

『気持ち悪い』

 

頬が緩む。

そっぽを向いて悪態つくリザードンに寄り掛かったまま手の中でボールを転がした。

 

「強いね、リザードン」

『当然だ』

 

私も。リザードンもボロボロ。

ふたりとも体中傷だらけで痛かったし怖かった。

けど、それ以上に名前を呼ばれた事がこんなにも嬉しい。

今はリザードン専用になったモンスターボールをみつめて咳払いの声に仰ぎ見る。

 

「どしたの?」

『…その名前で呼ぶのを止めろ』

「ん?」

 

脈絡のない文句に我ながら頭悪そうな声が出る。

リザードンの目は真剣そのものだ。だからこそ、わからない。

 

「何が?」

 

わからなければ聞くしかないので教えてくれと見上げていればため息ついて頭を抱えた。

 

『…リザードンは種族の名前だ。俺が気に入る名前を付けられたら仲間で居てやるよ』

「え?それ‥」

『ニックネーム?とやらを寄越せ』

「!」

 

恐らくリザードンの精一杯なんだろうぶっきら棒なセリフ。

けど、あまりに "らしい" 乱暴なセリフが今は嬉しくて顔がニヤけてしまいそう。

 

『何がおかしい』

「いやあ。君と仲良くなれるなんて嬉しいに決まってるじゃない」

『はぁ!?』

 

 

 

「火焔」

 

 

 

『…ヒエン?』

「貴方の名前よ。私の国で火。焔。と、書くの。強力な焔を操る貴方にはピッタリだと思わない?」

『…焔か‥まぁ、いいさ』

 

くつり。笑う火焔に安堵した。

 

「火焔」

『なんだ?リク?』

「呼んだだけ!」

『あっそ』

 

あゝ。

嬉しい!

ポケモンと心を通わせられた事が!私と旅を続けてくれる事が!

 

「よろしくね、火焔」

『ああ』

 

前途多難?

勿論、前言撤回!!

 

丘の上は満点の星空がとっても綺麗だ!

 

 

 

-to be continued-



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