トランスフォーマー:Alternation of Cybertron (pova)
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プロローグ:War Dawn

お久しぶりです、3週間ぐらい前にTwitterやDiscordともどもハーメルンのアカウントを消したら戻せなくなって投稿してたこれも全話書き直し中なTF好きのポヴァです。
今回は旧版同様前日譚の短編となります。
それではどうぞ。


惑星サイバトロン_アイアコンシティー_4メガサイクル前*1(内戦直前)_

 

 

金属と歯車からなるサイバトロン星*2

その首都、アイアコンには"眷属"らを称える聖堂や主要な政治機関である議会場、統治者のゼータ・プライムの居城等の重要施設が多く置かれていた。

その中でもひときわ大きくそびえ立つ建造物が惑星全土の治安維持組織を取り仕切る"アイアコン・ガード"総合本部であり、そしてその最上階には隊長の執務室があった。

 

その部屋の主はさながらメンターに連れ帰られている幼体のような不機嫌そうな表情を隠しもせず、執務室に入るなりデスクに陣取った。

アイアコン・ガードの現隊長は名をオライオン・パックスといい、その若々しい顔立ちや振る舞いとは少々かけ離れた貫禄のある声色をもって訊いた。

「アイアンハイド…ゼータ・プライムはなんと?」

 

名を呼ばれた副隊長は特に動じる風もなく淡々と応える。

「特には…状況によっては即時出動してもらうことになるかもしれないとは言っていましたが。それより隊長」

 

オライオンは呼び戻された際の不機嫌な感情を反芻するかのように億劫そうな顔をする。

「何だ」

 

アイアンハイドは機嫌を損ねた彼に平然として、しかし怒気を滲ませながら諭した。

「もう仕事を勝手に抜け出して例の闘技場に通うのは止してもらいますよ」

 

「単なる状況の確認だ」

彼は右の手で無意識に口元を覆ういつもの癖を見せつつ、眼を細めた。

両腕を組んで後頭部に当て、そっぽを向きながらオライオンは用意していた建前を言う。

 

ぶっきらぼうな返答を受けたアイアンハイドは瞬間的に激昂し、デスクを殴りつけた。

「オライオン!!」

それはかつて新兵だった彼を指導していた頃のような気迫をもって部屋の空気を振動させる。

「いや失礼…次はハイウェイパトロールに止めさせますので、そのおつもりで」

気圧された様子で反射的に姿勢を正したオライオンの顔を見やって、また新しくできたデスクの凹みを見下ろしつつアイアンハイドは嘆息して言った。

 

「メガトロニックスの様子を見に行っていただけだ…」

「彼の友人としてな」

オライオンはデスクに肘部をつき、組み合わせた両手に額部を当てながら力なく言う。

 

「今じゃディセプティコン運動の扇動者、"メガトロン"ってあだ名の方が通りがいいですがね。あのダイ・アトラスにまで応援演説をぶち上げさせるあたり、あのグラディエーターの口八丁は大したものですよ」

アイアンハイドは忌々しげにそう応じた。

「…プロールの話だとクーデター紛いの暴動まで画策してるって話ですし、次あの魔都に行く時があれば…死人を出さずに帰ることは不可能でしょう」

 

オライオンは薄く青みがかった上等なガラス張りとなっている執務室の一面を見やり、窓の外に物憂げな眼差しを投げかけた。

「彼らはあくまで抗議者だ。決して破壊者などでは…」

 

そう言う間に席を離れ、窓のそばに立ち不安げに外を見下ろすオライオンを横目にアイアンハイドは続ける。

「気持ちは分かりますがね、しかし本当にそうでしょうか?」

 

「ゼータは"プライマスの眷属"に選ばれた傑物ではあれど、その統治は決して完璧ではない。それに議会にはトマンディやトラッコン、そしてセンチネルのような悪辣な輩もいる。このままでは彼らを暴発させかねないのも事実だが…」

かすかに畏怖混じりの懸念を露わにしたオライオンだったが、デスクの通信装置からけたたましい音が鳴り響き、彼は素早くそれを手に取った。

「通信だ」

 

「プライムからですか?」

駆け寄りそう尋ねたアイアンハイドにオライオンは画面の表示を見せた。

 

「その右腕からだ」

ディスプレイには『発信者:ゼータ・プライム第一補佐官"ウルトラ・マグナス"』の表示があった。

 

「マグナスですか。珍しい」

 

よく似通った声色を持つ二人だったが、そっけなく応じたアイアンハイドとは対照的にウルトラマグナスの声は焦燥に駆られていた。

「こちらウルトラマグナスだ!応答してくれオライオン!!」

 

ノイズや銃声混じりの音声からただごとならぬ気配を感じ取り、オライオンの表情が普段の柔和なものから鉄面皮に転じていく。

「こちらパックスだ…どうした友よ」

 

「叛乱だ!!」

半狂乱にそう叫ぶマグナスの後ろで、また一つ大きな爆発音が響いた。

「五つの都市*3で"ディセプティコン*4"の大規模な暴動が発生している!」

マグナスが一言発していくたび、オプティマスは自身の表情が強張りブレインが空白になっていく感覚に襲われた。

「現在負傷者の数は不明だ。もはやゼータが今どこにいるかさえ…とにかく周辺の被害は壊滅的だ!すぐに応援の部隊をよこしてくれ!!」

次第にマグナスの声が震えていき、そして重苦しいものになっていった。

「戦争が始まるぞ…!」

 

惑星サイバトロン_

4メガサイクル前(内戦直前 内戦状態)_

アイアコンシティー改めサイバトロン防衛対策本部_

 

 

*1
およそ420万年

*2
土星に近い体積を持ち、180億の人口があった

*3
大闘技場のあるケイオンのほかターン、ヴォス、ポリヘックス、タイレストの五つ

*4
反体制派のうち、メガトロンに率いられた主流派閥の呼称 "We are being deceived"の意が転じたもの




一話以降は遅ければ来年になるかと思います。
内容的には復元でも加筆修正でもなく、まるっと書き直しですしね。
変わらぬ応援よろしくお願い申し上げます。
あと今はただTF二次創作が増えてほしいなと思ってます。


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オートボット-地球編①:Earthfall,Part1

オルタニティみたいな作品タイトルで紛らわしいからいい題が欲しいなと去年からずっと思っているTF好き、ポヴァです。


闘技場はじめ複数の場所で同時多発的に起きたディセプティコンのクーデターはやがてその争いを惑星全土に広げながらも尚規模を拡大させ続け、その過程で多くの無関係な星々が戦渦に呑み込まれていった。

650サイクルほど前、軌道上の要塞ダークマウントでの一大攻略戦が終結した。

それからほどなくして、内戦を起こされた側であるオートボットは重要拠点ムーンベースⅡを失う大損失を被り、もはや彼らの敗北は必至となっていた。

…しかしその圧倒的優勢のさなか、内戦を起こした側であるディセプティコンで内乱が発生。

反逆者ブラジオンの一派により軍は二つに割れ、最終的には半壊した。

その後しばらくは、互いに甚大な被害を受けた両軍の事情もあり…戦線は長い膠着状態にあった。

そのせいかサイバトロン星を脱出するためのオートボット避難船、アーク号の建造は物資とエネルギーの不足に悩まされながらも順調に進み、とうとう出航当日を迎えた…

 

 

惑星サイバトロン_アイアコン近郊_アーク打ち上げ場_400サイクル前_

 

 

アイアコンからそう遠くない一帯にアーク号の発射場は築かれていた。

その地表に座り込み、最後の艦を見上げていたオライオン・パックス_もといオプティマス・プライムに後ろから声がかけられる。

「…出来ることなら、ついて行きたいんですがね」

 

「ジャズか」

自身の背後をとった特殊作戦指揮官の変わらぬ技量に感心したかのように、オプティマスは眼を丸くした。

「私もお前なしでは心細い…」

「が、サイバトロンに残りお前がマグナスを支えてやってくれ。彼は責任感の強さからか気張りすぎるところがある…それに、戦線の大収縮で多くの同胞がこの星に戻ってくるはずだ。彼らを安全に迎え入れてほしい」

オプティマスは目線をアークに向けたまま、努めて平静に伝達事項を告げる。

「別れは惜しいが…サイバトロンを頼んだ」

そこまで言うと彼は立ち上がり、マスクを取ってジャズに向き直り顔を見合わせた。

 

「えぇ…ご立派になられた。私が武器の扱い方を教えていた頃とは似ても似つきませんね」

オプティマスの傷だらけの頭部やマスクの下に、かつてと変わらない素顔があることにジャズは気づき、朗らかに右手を差し出した。

 

「変わらないさ。少し虚勢を張るのが上手くなった以外は何も」

ジャズの手を取り短くも力強い握手を交わすとオプティマスはマスクを付け直し、半壊したアイアコンの街並みを見やった。

 

「ご武運を」

感傷に浸りつつ名残惜しそうな眼差しを向けるオプティマスを送り出すようにそう言葉をかけ、ジャズは敬礼した。

 

さっと敬礼を返し、オプティマスは何も言わずにトランスフォームした。

そのままアークに向かって行く後ろ姿を見送りつつ、ジャズも変形して打ち上げ施設の方へと向かった。

スロープを駆け上り、建物に外付けされたリフトを昇り、ビークルモードのまま扉を勢いよく開けて屋内に入る。

そして更に長い廊下を走り切った先が、目的地のアークの管制塔だった。

そこでようやく変形を解き、車体をアクロバティックに回転させながら人型に転じた。

複雑な機構で何重にもスライドした重厚な耐爆扉が開き切ると、部屋の空間の大半を占有する青い巨躯がまず彼の目に入る。

 

「あぁジャズか…司令官はなんと?」

部屋前面の中央に陣取っていたウルトラマグナスはやや大仰に体ごと振り向くと心配そうな面持ちで言った。

 

「サイバトロンを頼むってさ、それと今の司令官はあなただマグナス」

ジャズは常通りの軽い調子でそう答え、彼の隣に並んだ。

 

マグナスは生命維持用の強化アーマーを全身に着込んだ*1自身の腰あたりまでの背丈しかないジャズを見下ろしつつ、右の掌を額に当て、顔を覆った。

「そんな風に呼ばれると落ち着かんな…これからもただのマグナスでいい」

 

並んだ二人から見て右側、計器と睨み合っていたカップが一人ごちる。

「しかし…これからどうなることやら」

緑の老兵は険しい表情のまま腕を組む。

「ディセプティコンどもがこんな機会を逃すはずはない」

「そうは思わんかスカイファイア」

 

ちょうど部屋の反対側で同じように機器の操作を行っていたスカイファイアは少し辟易とした調子で、手を止めずに早口で言う。

「元ディセプティコンとしての意見を求められているのだろうが、今我々にできるのは万全の準備を持って送り出すこと以外にない。打ち上げまでの残り時間はわずかだ…余計なことに気を回してはいられないよ」

「…ただ、彼らも戦艦を建造しているという話は確かなようだ」

そこまで言うと彼は椅子に収まりきらないほどの白い巨体を窮屈そうに揺らした。

「アーク、そちらの様子はどうか」

 

「こちらアーク号、万事順調です」

 

「もう間もなくカウントダウンを開始する」

 

「了解」

 

「おやおや少し…遅かったかしら」

淡々とした事務的な会話に突如艷やかな声が混じる。

全員が声を追って入り口を見やるとそこには鮮烈な青をまとった風のような男がいた。

 

「ブラー…」

「思ったより早かったじゃないか」

 

「アタシを周辺のパトロールに駆り出しておいて随分な言い草だこと」

覇気のない様子でそう言ったマグナスに対してブラーは鋭く切り返す。

 

「それで、敵は_」

 

「いたら報告も何もせず戻って来ないって言うの」

ブラーはどかどかと部屋を進みながら得意の早口でマグナスの言葉を遮った。

「あとグリフ!タップアウトに伝言頼める?」

 

「そ、それはどのような?」

少し気圧され、カウントダウンに注意を向ける余裕もなくグリフは訊き返した。

 

「あのぶきっちょにステイシスポッドは丁重に扱うように言っといて」

「あれは仲間の命そのものなんだから」

そう言い終えてすぐ、ブラーはもう用はないとばかりに踵を返す。

 

「はい、分かりました。伝えておきます」

 

神妙な面持ちで言うグリフの後ろから声がかかった。

「グリフ、すまないが代わってくれないか」

 

「あぁはい、もちろんですプロール」

グリフは声の主を見やると滑らかかつ品のある動作で席を譲った。

 

「マグナス、そちらの準備は」

カウントダウンの音声を聴覚の端に追いやりながらプロールは訊いた

 

「例の準備か。無論、とっくに済んでいるさ」

不安そうに眉間を寄せてかすかに前かがみになったプロールを見て、マグナスは優しく言い含めるようにゆっくりと告げた。

 

「…心配性だな、私も」

そのマグナスの仕草でプロールは自分がいかに愚かな質問をしたか気づいたように小さく苦笑した。

 

「次会う時までには直しておいてくれよ」

マグナスは大きくなるカウントダウンの音声に負けないぐらいの声量で告げたが、プロールの返事は打ち上げ時のエンジンの爆音と激震のせいでマグナスの聴覚に捉えられることはなかった。

 

 

 

 

サイバトロンの地表からは預かり知らぬことだったが、星を発ったアーク号はしばらくして軌道上で待ち構えていたディセプティコンの新造戦艦"ネメシス"と遭遇。

激しい戦闘の末に両者ともに制御を失い、宇宙を漂ううち、偶然にワームホールへと突入してしまう。

そして無事にそれを通り抜けた矢先、二隻の船はそれぞれ原始的な未開の惑星に落着した…

 

 

謎の惑星_アーク墜落地点_現在_

 

 

「オプティマス!」

少しくすみ灰色がかった体色になったオプティマスをホットスポットが抱え上げる。

 

続いてその顔を覗き込むようにしてレッドアラートが叫んだ。

「プライム!」

 

レッドアラートの胸部のライトに照らされたオプティマスは艦の内装のオレンジを凝縮したような赤だったが、よく見ればアークの内部には他にもそこかしこに似たような、明確に艦のそれとは異なる色の物体が転がっていた。

グリフと名のつけられたくすんだ緑色の残骸のように、それらの多くは既に生命体と呼べる状態になかった。

しかし現在のオプティマスも力なくくすんだ体色をしており、その様は見る者にその生存の絶望的であることを強く印象づける。

 

そのオプティマスに駆け寄ったラチェットは彼の胸がほんのわずか、かすかに光り輝いているのを見定めると側頭部に口を近づけて大声で叫ぶ。

「プライム!起きてくれ!!」

その叫びはオプティマスの頭の中をつんざき、ブレインモジュールを揺り起こし…あるいは叩き起こすようにして彼を呼び覚ましてみせた。

 

「ラチェットか…どこだ、ここは」

オプティマスは突然の衝撃に頭を抱えながら力なく立ち上がり、そして周囲を呆然と見回して言った。

 

「アークです、司令官。上部ブリッジの中央」

レッドアラートが胸のライトを消し忘れたまま言い含めるように答えた。

 

「あれから…どれほどの時間が…経ったか、分かるか?」

オプティマスは二階層分の高さのあるブリッジの左側面の階段まで歩き、そこに散らばったグリフを見下ろしながら言った。

 

「ざっと400サイクルほど」

ラチェットは手元の工具箱から修理器具を取り出しつつ答えた。

 

「どこに辿り着いたんだ…我々は」

階段を降りきり、足元にあったディセプティコンの残骸を足でのけ、視界の端に追いやりながらオプティマスはブリッジ中央の真っ黒なモニターと周囲の窓を眺めた。

 

「小さな惑星です。有機的生命体の住む星で文明のレベルは……まぁ擬態できるだけの機械は存在するようですね」

その巨大なモニターの下でハウンドと共にその修理に当たっていたブロードキャストはオプティマスの方へ向き直り、現在までの調査で判明したことを簡潔に告げた。

 

「そうか…」

「仲間達はどこだ?全員無事なのか?」

転がるグリフの残骸から目をそらしつつも、オプティマスは縋るように誰にともなく尋ねた。

 

「残念ながらロードホーラー、ストリートワイズ、トレイルブレイカー、タップアウト、トキシン、スタンピード、ビーチコンバー、アラゴン、バンパー、パイプス、グラスノスト、ジョイライド、ドロップショット、フリント、ボアビット、ヤードアーム、ホイールアーチ」

「そしてそこのグリフは全員死亡が確認されました」

「数百と積み込んだステイシスポッドも健在なのは数基のみです」

ブリッジ下部の席の一つに腰かけていたプロールが淡々とそう告げる。

 

「そうか…後でリストを」

青く光る画面に照り返されたプロールの生気のない渋面を見つつオプティマスは力なく言った。

 

「承知しています」

プロールは短くそう言い終えると辛うじて健在な操作盤とデータパッドへと向き直り、足を組み直すと慌ただしく作業を開始した。

 

「まずはこの星の情報が欲しい。原住民と接触を行う必要がある。あくまで慎重にだが」

先ほどまで真っ暗だったブリッジの照明とそのモニターが弱々しくではあるが点灯し、オプティマスは目を細めるようにしながら言った。

 

「スカイスパイならもう飛ばしてありますが」

ブロードキャストはプロールの席へ近づき、ラムホーンとスチールジョーを射出し、情報機器にトランスフォームしつつそう短く応じた。

 

「オルトモードのデータの収集と同時に言語や気象、自転・公転周期の解析は行っているか?」

 

「えぇ、それはもちろん」

プロールは作業の手を止めることなくそう答えたがふと何かを聴覚に捉えると、ブリッジ下部中央の出入口の方を見た。

 

「オプティマス!目覚めましたか!!」

どかどかとやってきたアイアンハイドはその足音以上の音量で歓喜の声をあげた。

 

「あまり気分は良くないがなアイアンハイド」

ラチェットに引き続いて聴覚レセプターに不調を引き起こされかけたオプティマスは耳元を覆うような仕草をしながら静かに言い含めた。

 

「アイアンハイド、船内の捜索は…」

椅子ごと向き直るとプロールは手を止め、じゃれるスチールジョーに構いつつ訊いた。

 

「終わった」

「ただなプロール、妙な事に遺体の数が合わん」

アイアンハイドは怪訝そうに両の手を顎部や肘部に当て両目の間隔を狭めた。

 

「なんだって?」

「戦闘で外に出たのは?」

ブロードキャストが素頓狂な声を上げ、突発的に人型へとトランスフォームしてから尋ねた。

 

アイアンハイドに続いてブリッジ下部の出入口からやって来たサイドスワイプが両手をパイルドライバーから戻しながら答えた。

「いないはず。一人だけ煙のように消えたってことになる」

 

モニターの修理を切り上げたハウンドはラムホーンに工具を預けサイドスワイプに歩み寄りつつ尋ねた。

「でも誰が?」

 

()()()()()()だ」

*1
ウルトラマグナスはゼータ・プライムを庇った際に命に関わる傷を負ったとされている



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オートボット-地球編②:Earthfall,Part2

地球_アーク号落着地_2027年_

 

 

アークのブリッジの下部出入口から見て右側には巨大な複合コンピューター"テレトランⅡ"が備え付けてあった。

「こいつがいつまで保つか分からない」

「スキャンは早いうちに済ませよう」

ブロードキャストは記憶装置に変形しつつテレトランⅡの操作盤の上に陣取った。

「最初は誰だ?」

 

「俺は後でいいや、気が乗らね」

サイドスワイプは億劫そうにモニターの方を見て、床に座り込んだ。

 

「何か厭な思い出でもあるのか?」

ブロードキャストが喋ると同時に彼の体の画面やボタンが点灯した。

未だ薄暗い艦内にあって彼のそのジェスチャーは激しい明滅に見え、周りはかすかに目を細めた。

 

「まぁ、色々とね」

そばにいたラムホーンを抱きかかえつつ、サイドスワイプは苦い顔をした。

 

「なら私がやる」

そう言うとプロールは作業を中断して席を立ち、ブリッジの中央位置についた。

 

「さぁじっとしてくれたまえスキャンを開始するよ」

ブロードキャストの隣についたパーセプターは神経質に機材を見つめ慌ただしく手を動かす。

 

「あぁ、やってくれ」

そう短く言ったプロールに青い光が当たり、内部構造が露わになる。

その光はブリッジの暗がりを吹き飛ばすかのような輝きを放ち、プロールの体内に備わった無数の歯車や梃子、ボルトやシリンダーが浮かび上がり、光に当てられて並び方とその形を変えていく。

人型を構成する内部と表面とのパーツが原型から位置を変え、それらの形状は緩やかにこの星の自動車のそれへと転じていく。

そのプロセスが終わりきり、ゆっくりと光の照射が止まった。

パトロールカーに転じたプロールは小さく言う。

「いつやってもあまり良い気分ではない。が…このオルトモードは懐かしささえ覚えるな」

プロールは上機嫌に車のライトを点滅させ、ギアを鳴らしながら淡々と言った。

 

「よく馴染むって?」

彼の新しい装いを見たブロードキャストは多少意地悪くからかうように言った。

 

「そうだな」

プロールは機械的にそう応じ、変形を解いた。

 

「少しいいかパーセプター」

その時、ブリッジに声が響いた。

声をかけられたパーセプターはブリッジにやって来たオプティマスとサンストリーカーの姿を見やり、しばらくしてからオプティマスのその言葉と視線が自分に向けられていることに気がついた。

「司令官」

 

オプティマスは心労を顔つきに滲ませたような面持ちで静かに切り出した。

「パーセプター、ステイシスポッドの件なんだが_」

 

「無事だった数個のうち誰を最初に復活させるべきかというお話でしょうがその資源と環境が今の我々にあるという前提についても説明する必要がありそうですね」

パーセプターは手元のデータパッドを慌ただしく操作しながら言う。

 

「問題…ないよな?」

サンストリーカーが不安げに口を挟む。

 

「あぁサンストリーカーもちろん簡単だともそれはもうターボフォックスがブロードサイドと戦って勝つぐらいには簡単さ」

パーセプターは彼の精一杯のユーモアを交えて応じ、おどけるように手を振った。

 

「時期尚早ってやつだ」

横で様子を見ていたハウンドはサンストリーカーの方に歩み寄って肩に手を置き、そうゆっくりと言い含めた。

 

「船の損傷具合からして、この星の住民の協力抜きではほとんど何も出来ません」

「スキャンが終わり次第、メンバーを決めて船外に出ます」

プロールは装いも新たにオプティマスに向けて生き生きとそう言った。

 

「分かった…警戒と準備を怠らないようにしてくれ」

オプティマスはそう言い、胸部の辺りを押さえながら俯きがちにのそのそとリペアルームに向かって行った。

 

「で、誰が行くんだ?」

ブリッジ中央に歩み出し、スキャンの用意をしつつハウンドが億劫そうに訊いた。

 

「まずお前と…そしてホットスポットは私と来い」

プロールはハウンドを見据え、次に上部ブリッジを向いてそう言った。

 

「どちらまで?参謀殿」

ホットスポットの声が遠くから聞こえ、続いて徐々に足音が近づく。やがて彼は上部ブリッジから身を乗り出し、ぶら下がりながらホットスポットは逆さまに顔を出した。

 

「スカイスパイからのデータで近辺の地形や都市の分布は概ね把握できた」

ブロードキャストが変形を解き、説明を開始した。

彼に促されたハウンドがアーク号と周囲の地形のホログラムを空中に投影する。

 

「ここは複雑に入り組んだ地形のちょうど谷となっている部分だ。アークは…ここだ。火山もいくつか近くにある。この船はそんな中にちょうど収まるように落着している。周辺には建造物等がある様子もないな」

 

「へぇ…そんなんだから400サイクルの間、上手く隠れてて誰にも見つからなかったんだな」

今の講釈の間に勢いよく真っ逆さまに床へと落ちたホットスポットが手で頭を抑えつつ言った。

 

「あぁきっと恐らくはね」

パーセプターは少し引き気味に短くそう応え、彼から目を背けた。

 

「夜になったら二人とも出発だ。それまでにスキャンを済ませておけ」

そう言い終えるとプロールは踵を返してブリッジを後にした。

 

「夜闇に紛れてってか?」

そう言うとホットスポットは不安げにハウンドの方を見た。

 

「得意だろ」

プロールは出口の縁を掴み振り返りざまに微笑を浮かべ、通路の向こうに消えていった。

 

 

 

 

おおまかに言えば半円状のアーク号の船体の、その左舷艦尾に位置するリアクタールームそばの通路の一つ。

そこは敵味方の死骸の仮置き場と化している。

爆走する自動車の駆動音と、それに少し遅れてより良く通る大声が響いた。

「サイドスワイプ!」

 

背後から飛んだ怒号に動じる風もなくサイドスワイプは普段のトランスフォームの要領で上半身だけをぐると回転させ、平然と応じる。

「どうしたホイスト」

 

「死体の整理が全然済んでないじゃないか」

周囲の荒れ模様を見ながら、ホイストは先程手に入れたばかりのレッカー車の姿に変形しつつ言う。

 

「脇には寄せてあるだろ、一応」

「それに今はそんな気分じゃないんだ。あまり触りたいもんでもないしな」

出力の安定しない照明のせいで通路に出来た暗がりと、半ば同化するようにサイドスワイプは生気のない顔で佇んでいた。

そこらに散らばった敵味方の残骸のうち、敵兵の遺した重火器を適当に束ねたものをサイドスワイプは椅子代わりにして前傾姿勢で座り込んでいた。

彼はホイストを横目に見ると両の掌を合わせ、顎部と額部に当てるような仕草をとった。

 

「量が量だ、必要なパーツだけでもリペアルームに運び込む。修理の素材ぐらいにはなるからな」

ホイストはレッカーアームを振り回し、ビークルモードのヘッドライトを明滅させながらそう喋った。

 

「分かったからホイスト、変形を解けよ」

「…よっぽどその姿がお気に入りみたいだな」

サイドスワイプは消え入るような調子でそうぼやいた。

 

「この星のビークルとは相性がいいらしい。お前も怖がってないでこれが終わったらスキャンしてもらえ」

ホイストは上機嫌にそう言い、軽やかに変形を解いた。

続いて荷台に載せていた大仰なケースを床に起き、それを開けて中に収まっていたノズルガンを投げ渡した。

 

「これは?」

サイドスワイプは本体とホースで繋がれたその装置を手に取り、中を覗き込むようにしながら訊いた。

 

「給油機みたいなものだ」

「持ち手の横に付いてる青のボタンを押せ。それでリバースモードに切り替わる」

ホイストは自身の右腕にホースを接続し、通常なら手のある位置に備え付けられた砲口を操作しながら言った。

 

「…死体からエネルゴンを吸い出せって?」

「400年熟成されてちゃ使い物になんかならないんじゃ…」

 

「その心配は要らない」

「仕分けや濾過は内部装置が自動でやるから冷却液でも潤滑油でも取れるものは何でも吸い込め」

 

「…これじゃまるで電磁ヒルだよな」

サイドスワイプは軽い冗談を飛ばし、周囲の死骸を転がしていた。

彼はノズルを差し込む位置を探りながらふと口を開く。

「………なぁホイスト、なんでスキャンが怖いのかって話なんだけどよ」

「昔俺レーサーだったろ」

 

「あぁ」

ホイストは興味なさげに生返事をした。

 

「最後のアイアコン5000でクラッシュした時にさ、ボディのリスキャンをしたんだ」

死骸からこぼれた部品や剥ぎ取った部品を照明にかざしつつ、サイドスワイプは思い出に浸るような口振りで続けた。

 

「へぇ…」

ホイストの声に少し好奇の色が混じった。

 

「救助ヘリに変形出来る奴にコースから運び出されて_」

 

そこまで聞くとホイストはなにごとか得心の行ったような顔をして、堰を切ったように喋りだした。

「…思い出した。あの時ジャンプ・ジョイントのカウンター席でレースの中継映像を見てたよ、まだ頭が爆発する前のアイアンフィストと一緒に」

 

「あれも大層な事故だったな」

そう言うとサイドスワイプは幾分うつむき、苦い顔になった。

「…その後俺はサーキットのリペアルームまで愛想の悪いトレーラーの奴に載せられて連れてかれる途中、チームメイトに何て言われたか今でも覚えてるよ」

「"サイドスワイプは終わった"だの"所詮素人"だの"無謀なシェルフォーマー"だの"ガワだけのルーキー"だのまぁ散々」

 

「それで、ボディはちゃんと新調出来たのか?」

 

「今の体がそうだ。結局レーサーは追放同然に引退させられたんだけどな」

「心的外傷がどうこうとか言われたが…そういう細かいことは分かんね、フィクシットの診断も受けたけどちゃんと聞いとくべきだったかもな」

そこまで言うとサイドスワイプは彼を真似て両手からドリルを展開してみせた。

「どうせブラーに勝てないことは分かってたんだ。踏ん切りがついたって側面もある」

煮え切らない表情でそう言った後、サイドスワイプは黙り込んだ。

 

「分かるさ、そういう気持ちは」

「…すまない。無神経だったか」

サイドスワイプのその顔を見やり、ホイストは憐憫の眼差しを向けてそう言った。

 

「レッカーズの副隊長が随分と丸くなったもんだな」

サイドスワイプはそんなホイストを一瞥し、軽く嘆息した。

 

「副隊長だったのはあの組織がまだ土建屋やら大工やらの自警団もどきだった時だけ。そんな時代はレッカーフック達が死んだ時に終わったんだよ」そう言い捨て、ホイストは言外に話を打ち切った。

 

「新しいボディ、か…気が進まないなぁ。この上なく」

そう吐き捨て、サイドスワイプは足元に散らばり転がる敵味方の残骸を漁り始めた。

 

ホイストは膝を付き名状しがたいモンスターに変形していたディセプティコンの死骸を分解し、胸をこじ開けた。

「この死体、妙だな」

「赤い…レッドエネルゴンか?」

 

隣で同様に残骸を物色していたサイドスワイプはホイストの調べていたその死骸に近寄り、取れかけていたロボットモードの頭部を引き抜いた。

「テクトニックスだろこいつ…噂通りだな。やっぱりトレモルコンどもはハイなジャンキー集団だったか」

そう言いつつ、サイドスワイプは自分の獲物に向き直った。

「…おっと、こっちのコンズに流れるエネルゴンは……黄緑?」

 

「黄緑だと…まずいぞ、触るな!」

サイドスワイプの一言を耳ざとく聞きつけたホイストは血相を変えてそう叫んだ。

 

「分かってるっての…不治の病が伝染しちまうもんな」

 

死骸を遠くに投げ捨て、事もなげにそう返したサイドスワイプに少し呆れながらホイストは左手の指をさして言う。

「それとスパークケース内のエネルゴンの回収も忘れるなよ」

「一番希少で上質な部分だ」

 

「んならトランスフォームコグとかスパークは?」

 

「万が一動く状態なら回収しろ」

ケースの内部装置に繋げた右腕部の砲口から周囲のエネルゴン等をあらかた吸収しつつホイストは短く応えた。

 

「なぁなぁ」

「ドロップショットのトランスフォームコグを埋め込んだら俺もトリプルチェンジャーになれるのかな?」

彼のものによく似たちぎれかけの胴体を見つめながらなんの気なしにサイドスワイプは訊いた。

 

「無理だな」

「トリプルチェンジャーはいわば突然変異だ。誕生する仕組みさえ解明出来ていないんだよ」

そう講釈しつつホイストは通路を歩いて更に奥へと前進しようとした。

その時、不注意からか裂けた天井から垂れる構造材にホイストはしたたかに頭をぶつけ、彼の片眼にヒビが入った。

 

「…なぁ、これってトレイルブレイカーか?」

サイドスワイプもホイストの後に続いて奥に進み、そこに散乱していた手付かずのガラクタの内、特に損傷が酷いものをふと見つけてそれを抱え上げた。

 

「どうかな、手と脚はどうした?」

ホイストは懸命に周囲に目を凝らすが、彼の視界は明瞭ではなかった。

 

「…ない」

「頭もない」

「背中もごっそり抉り取られ_」

 

「…待ってくれ」

半ば慄然としながらそう言ったサイドスワイプを遮り、ホイストは暗くともはっきりとわかる程苦悶の表情を浮かべたトレイルブレイカーの頭部を見つけた。

ホイストは屈んでゆっくりと歩み寄って、左右に引き裂かれかけたそれを手に取りしばらく見つめた後、サイドスワイプの方に力なく見せた。

「彼だ」

消え入るようにそう言ったホイストの両眼から何かがこぼれ落ちた。

が、その事にも、それが彼のひび割れた蒼い瞳の欠片であったことにも、サイドスワイプはおろかホイスト自身でさえついぞ気が付くことはなかった。

 

「みたいだな」

「能力を持った奴ってのは大抵早死にだ。いつも一人で背負い込もうとしやがる」

投げやりにそう言いながらサイドスワイプはわずかばかり感傷的な面持ちになった。

 

「それを言うなら我々の種は皆早死にだ」

「老衰による自然死などそうそうさせてはもらえない。寿命が長過ぎるのも考えものだ」

ご先祖はプライマスに嫌われたかな、とホイストは目元を拭いながら小さく言った。

その時、また小さな蒼の破片が床に落ちた。

 

「ここら辺の残骸はあんまり使えそうなものもないか」

概ね周囲の探索を終えたサイドスワイプは損傷の激しい残骸を見下ろしつつ小さくそう言った。

「…なぁ、トレイルブレイカーのフォースバリアってこのボディから抜き取ったパーツで使えるようになったりするのか?」

抜き身の状態になったトレイルブレイカーの胴体を内部コードごと掴んで引っ張り上げながらサイドスワイプが訊く。

 

「同型のボディを持っていればあるいは」

「無論可能性は低いが」

背中のライトで光源不足の辺りを照らし、トレイルブレイカーの手と脚を探しつつホイストは短く答えた。

 

「あんたみたいに?」

 

「…言われるまで気がつかなかったが、確かにそうだな」

ホイストはサイドスワイプのその言葉を聞くと呆気にとられたように彼の方を向いた。

「試してみよう」

 

「冒涜的な気がしないでもないけどな」

 

「彼の形見とでも思っておくんだ」

「気持ちは分かるが先が見えない状況だ、使えるものは何でも使わざるを得ない」

そっけなくそう言うとホイストは自身の背中と大腿部から工具を取り出し、ようやく見つけた彼の右手、そして銃座付きの脚と自分のそれとをすげ替え始めた。

 

 

 

 

オレンジ一色のアーク艦内にあって、リペアルームは幾分殺風景であり、並べられた充電スラブに患者が横たわるほかこれといった色彩はなかった。

今はオプティマスの他に患者はなく、赤と青の塊が濃灰色の空間に浮いていた。

扉が開き、暗い室内に通路から光が漏れた。

ラチェットが戻って来た気配を察知したオプティマスは胸部を開け放ち、彼自身の魂たるスパークと半ば結合したマトリクスを晒した。

濃灰色の空間はその光に当てられ、鮮やかな青にじんわりと染まった。

「マトリクスから声が聞こえる」

「…たまにあるんだ、そういうことが」

接近を感知した充電スラブは自然に台ごと傾き、寝そべるオプティマスの上体を起こしていく。

 

「幻聴ですか」

ラチェットはこれまでにあらゆる種類の修理や措置を施し、彼にしてみれば自分のものよりも見慣れた感のある胸部を眼を凝らし観察した。

眩いばかりの光を放つ中央の青い結晶部にもそれを取り囲むオレンジの球体にも変化は見られず、ナノコンや電磁ヒル等の痕跡も認められず。

内部からアルファトリンの顔が浮かび上がったりもしなかった。

 

「直に体感した者でなければ、信じ難いことなのだろうな」

結晶内で乱反射したマトリクスの光を映し出し、投影された星図のように色鮮やかになった天井を見つつ、オプティマスはそう言った。ボディ各部には先程スキャンしたばかりのこの星のトラックの意匠がちらほらとあり、その姿を見やるとラチェットはその見慣れた姿との差異に少し怪訝そうな顔をした。

 

「ダイアトラスとサンダークラッシュの発艦式を戦前、あなたとダイオン、エイリアルと一緒に見た時のことを思い出しましたよ」

「彼ら英雄達は今頃どうしてるんでしょうかね」

ラチェットも天井を見やり、そこに放たれた無数の光のうち一際大きくサイバトロンに似たものを眺めつつ、そう言った。

 

「懐かしいな…アルファトリンのあの時のスピーチは殊更に素晴らしいものだった」

四人のうち今生きているのはこの場にいる二人だけであり、そのことに思いを巡らせたオプティマスは少し苦い顔をした。

「私は指導者とはどういうものかを彼に仕込まれたのだ。リーダーとしての立ち振る舞いや演説の技術を」

 

「あなたの今の喋り方もその頃からでしたな…そういえばまだテトラヘックスが空爆される前、マトリクスを付け続けることに痛みを覚えていたと話してくれましたね、オライオン。まるで自分の力が吸い取られているようだと」

数百万年来の主治医として、あるいは友人としての話のトーンでラチェットは語りかけた。

 

「…あぁ。そういった意味では今は自由かもしれない…今の私はどことも知れない星で、漂流する集団を率いるただのリーダーだ」

オプティマスはかすかに自嘲気味にそう返した。

 

「ならそれを胸から外しては?」

マトリクスを指さし、ラチェットは重々しく、かつ慮るように問うた。

 

「そうするべきではない。リーダーである以上、まだ私にはこれが必要だ。今はまだな…」

そこまで言うとオプティマスは自身の肩部にあしらわれた傷だらけのオートボットのエンブレムを眺めた。

その時、オプティマスの前腕部に備え付けられた通信装置から緊急の着信を示すアラート音がけたたましく鳴り響いた。

 

「プロール達が戻って来たようです、オプティマス」

アイアンハイドはブリッジからそう告げたが、通信装置から得られる情報は声とモニターに映るその波形だけであり、話者の顔色は伺えない。

 

「了解だ。すぐに向かう」

そう言うとオプティマスは飛び起き、マトリクスを収めた。制止するラチェットと消え去った天井の星図をよそに猛然と走り出し、彼はブリッジへと向かう。

 

「それが…妙なんです」

アイアンハイドの口調は困惑と警戒の色を強めていく。

 

「妙?」

通路をひた走りながらオプティマスは聞き返した。

 

「大勢の車輛を引き連れているようで、それも恐らく戦闘用のものを。脅されて連れて来られたんでしょうか」

通信装置のモニターに波形のほか、周辺の地図とそこに配された仲間のマーカーが割って入るように表示される。

三つのオートボットの印のほか、八つの詳細不明の移動物体の所在を示す輝点がアーク号に接近している様子が映されていた。

 

「…ともかく、私がブリッジに向かうまで一切動くな」

「いいな」

オプティマスは決然とそう言い、ブリッジのある階層を目指しリフトを登り始めた。

直後、艦全体に激震が走った。




故ドリームウェーブ社の「War Within」ではエネルギー不足で暗い色彩のサイバトロンと煌々と燃え上がるフォールンで対比がなされているとか言ってた人がいたのでそれを参考にしつつ全体的にダークなお話にしてみたつもりです。
まぁこの回を読み飛ばしても本筋にはさしたる影響はありませんがね…

今回のホイストみたくメカが泣く描写って好きなんですよねー、こういう時ひび割れパターンは少ないかもですが。


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オートボット-地球編③:Human Alliance

最近読んでばっかで久々の更新なTF好きのポヴァです。
ネタを盛り込み続けたらそのうち必要な予備知識が多過ぎるって言われちゃいそうだなーと思いました。
今回はファーストコンタクト編となります。


地球_アーク落着地_2027年_9月17日_

 

 

地平線の向こうまでただ岩山が連なるだけの空間を三台の車が走っていた。彼らのライトはこの広大な荒れ地の中で、雲の向こうの月明かりよりも朧げに行く先を照らす。

並走していた三台のうち、最も大きく威圧的なシルエットを地面に落とす水色の消防車がサイレンともクラクションとも異なる音を発した。

「なぁプロール」

 

「何だ」

その名を呼ばれた白と紺のパトカーは短く問い返す。

 

「そもそもこの星の住民が平和的な種族でないとしたらその時はどうするつもりなんだ?」

 

「武装の類は持ち出して来ていない」

「全く、我ながら不用心だな」

そうつぶやくように言うと、パトカーは押し黙った。

 

「注意深く策謀を巡らせてその上他人を信用しないあんたらしくないな」

水色の消防車、ホットスポットはヒトが片眉を上げるような仕草をひそかに浮かべ、そっけなくも意地悪げにそう言った。

 

「嫌われたものだな…だが不思議と、そういう気にさせる環境だと思わないか?」

 

「分かる気がするな。ここはかつてのネビュロンやフェミニアのように雄大な世界だ」

意図せずわずかばかり速度を落としていたことでいつの間にか二台の後ろに位置していたハウンドは、とうに滅んだ星の名をあげしばし感傷に浸ろうとした。

「何世紀も続く地獄の内戦とは縁遠いだろう」

そう言葉を続けかけたその時、プロールが遮った。

 

「それは疑わしいな」

「ハウンド、お前のビークルは恐らく戦闘用の車輌だ」

 

「そうなのか?」

 

訝しげに訊くホットスポットに対して、ハウンドは雄大な景色にあてられてかなんとものんびりした調子で言葉を返す。

「言われてみるまで気がつかなかったが、そういえばやけに体が重いし装甲も厚い」

 

ホットスポットはその返答を聞くと速度と車高を落とした。

「となると融和的な種じゃなさそうだな」

「つまりこれから俺達は平和主義者のニュートラルどもよろしく丸腰で原住民とコンタクトを取った挙句血祭りにあげられる末路へまっしぐらって訳なのかね」

 

彼の辟易しきった口調に引っ張られプロールの物言いも精彩を欠いていく。

「そう悲観的になることもないだろうが…」

 

「目的地まであとどのくらいだ?」

 

「このマップが正しければ_」

そこまで発言すると、プロールは訝しげに言葉を止める。

「…何だあれは」

 

「俺がスキャンしたのと同じビークルか」

「それも武装している…逃げた方がいいんじゃないか、これ」

暗い緑を車体にまとい、花のサイケデリックなペイントが小さく施されているハウンドのビークルモードとは異なり、彼らを取り囲まんと四方から向かってくる車輌群はどれも無機質なサンドカラー一色に染められ、車体の上部には黒々とした機銃が繋がれていた。

 

「…いや、向こうから来てくれたんだ。手間が省けたってもんだろ…元々燃料もそんなにないんだしな」

迫り来る異星の機械にホットスポットは少し戸惑ったものの、頭脳回路を駆使して懸命に考えを巡らせていた。

 

「一理ある」

「全部で八台か」

自身と同じ姿の装甲車を見やりつつ、ハウンドは特にうろたえる風もなく言った。

 

「プロールは?どうするんだ?」

ホットスポットは普段のどこか鷹揚とした様子で指示を仰いだ。

 

「…分かった、停車する」

「だがトランスフォームはするな…車両の窓もドアも閉め切っておけ」

プロールは周囲を見渡し、静かにそう言いながらも苛立ちまぎれにエンジンを吹かした。

 

並んで停車している三台の周囲を遠巻きに取り囲み、全方位からライトの光を浴びせかけていた装甲車から、この星の住民が慌ただしく降車する。

武装した彼らは即時攻撃の体制に移りじりじりと距離を詰めていった。

三台の中央に陣取った一台からスピーカーに乗って怒号が飛ぶ。

「そこの装甲車!どこの所属だ!」

「なんで消防車とパトカーが一緒なんだ。乗員は全員ただちに車から降りて来い」

 

三台に詰め寄り様子を見ていた兵士達のうち、パトカーの中を覗き込んだ一人が叫んだ。

「少佐!」

 

「何だ!」

 

「中には誰もいません」

「それと妙なエンブレムが…」

よく見ればそのパトカーにはボンネットの前部にあしらわれた真っ赤な紋様があった。

 

「紫の奴か!」

少佐と呼ばれた男は忌々しげな口調で問い返し、すぐさま車を降りた。

 

「いえ、赤の…形も似てますが違うものです」

兵士は彼に駆け寄り、パトカーのボンネットを指さした。

 

「…なんてことだ」

「まさかとは思うが…そこの三台!お前らも変形できるのか!?」

 

「…やむを得んか」

「あぁ」

そう小さく返事をし、プロールは変形を解いて車の姿から人型ロボットに転じた。

「撃つな。こちらに攻撃の意志はない」

プロールはそう言いながら両手を上げた。

丸腰であることを隠すためか彼は武器を装備していないとは言わず、じろと辺りを見回した。

「私はプロール。オートボットのプロールだ」

「こっちの二人はハウンドとホットスポット」

「我々は惑星サイバトロンからやって来た金属生命体だ」

あっけにとられる周りの人間をよそに、淡々とプロールは告げた。

名を呼ばれた二人も装甲車と消防車から人型へとそれぞれ変形し、その青く無機質な双眸で人間達を見下ろした。

 

「私はカイル・ボウマン、この国の軍人だ」

「…貴様らに訊きたいことは山ほどあるんだ」

「せいぜい貴様らを蜂の巣にしないだけの理由となる情報を教えてもらうぞブリキども」

横柄な態度のまま自身の数倍の体躯を持つ相手を睨みつけつつそう言い、周囲の兵士にも警戒は解かせなかった。

「お前達は一体どこから湧いて出た」

 

「我々の乗ってきた宇宙船が谷に隠されている。つい先ほど目覚めたばかりだ」

プロールは来た方向にある谷を指で示すジェスチャーを小さく行った。

 

「どうだか…なら次に、貴様らはこの星をどうする気だ」

「植民地にでもしに来たか」

少佐はなおも高圧的に問いかける。

 

「航行中に偶発的な戦闘の影響で落着しただけだ。必要な補給さえ受けさせてもらえればすぐにでも発とう」

プロールは膝立ちになり、両の手を広げ諭すように告げる。

 

「なら今地球を侵略している連中は何だ!」

「そのエンブレムによく似た紫のマークを付けた連中は!」

少佐は苛立ちを見せながらそう言い、彼の胸部となっている車のボンネットにある赤のエンブレムを指さした。

 

「そうか」

「…その特徴には心当たりがある。我々と同じ惑星で暮らしていたかつての同胞だ。遥か昔、政治的な対立によって我々の星は内戦状態に陥った」

「彼らは名を"ディセプティコン"といい、元は革命を志して立ち上げられた集団だ。だがいまや侵略・独裁をもくろむだけの組織に成り下がった」

その言葉を受けたプロールは重々しく鬱屈とした口調で言う。

 

「待て」

少佐は話を遮り、通信装置を手に取った。

「…はい、ボウマンですが」

「えぇ…は、了解致しました」

彼は機械的な口調に憤懣と怒気を滲ませながら、会話を打ち切った。

「なんてことだ全く!」

少佐はそう言い捨て、腕を組み直してプロール達の方に向き直った。

「あぁ、この星を出て行くのは構わんが…少なくともまず連中を殲滅するまで出発は延期してもらうことになりそうだ」

 

プロールはふと呆気にとられたような顔をした。

「無論、他の星に彼らが被害を及ぼしているのなら止める義務が我々にはあると考えている」

彼の脳裏には今まで見てきた様々な星の最期の光景が浮かんでいた。

 

「今までの経験から言って避けられないだろうと思っていたさ、どうせな」

ハウンドは地平線を見やり、憂うような眼差しで人間達を見つつそう言った。

 

「いいぜ。火消しは俺の専門だ」

ホットスポットは意気揚々とそう言い放ち、右手の第一指を立てるポーズをとった。

 

少佐はプロールの周りを囲んだ兵士に目配せし彼らに武器を下ろさせた。

「…ついて来い、案内したい場所がある」

そう言いながらもプロール達と顔を合わせず、踵を返して車に向かった。

「……本意じゃないがな」

自身の車輛に乗り込む際小さく言ったその一言を、プロールだけは聞き逃さなかった。

 

 

 

 

プロールらが招かれたのは地下の大空洞に築かれた秘密の軍事基地とでもいうべき施設だった。

地上に密かに設置された入口から通じているなだらかなスロープを降りつつ少佐は説明した。

「ここはベース217と呼ばれている。もっとも、普通の地図には載っていない場所だが」

 

「しかしちょうどいいサイズだな、この通路」

"紛らわしい"という理由で装甲車に変形しないよう言われたハウンドはのそのそと歩きながら言った。

地下に掘られたトンネルの高さには余裕があり、オプティマス・プライムであろうと頭をぶつけずに済むほどであった。

 

「ところで、お前…プロールだったか」

「そろそろお前達の話を聞きたい」

「ここまでの経緯をな」

そう言うと少佐は車を降りた。

通路を見るとスロープはそこで途切れた。その前方には壁がそびえ立ち、左右には駐車場らしき空間への通路があるのみだった。

残りの兵士達を乗せた八台の装甲車はそこで止まり、左右の通路へと消えていった。

「ここから先は更にデリケートな区画でな」

「盗み聴きの心配なら無用だ」

そう少佐が言うと彼らの目の前に広がる無機質な灰色の壁は重厚な音を立てて左右に開く。その奥にはレールを通じて下層部へと繋がるリフトが待ち構えていた。

 

細い梁に支えられたレールを移動するリフトに三台と一人とが乗り、微かな振動とともにリフトが動き出すとプロールとホットスポットも変形を解き、それと同時に喋りだした。

「どこから話せばいいんだろうな?」

「戦争が始まったのはおよそ四百二十万年前だし、俺達が母星を飛び出したのは四百年ほど前だ」

 

天井に照明の類はわずかであり、薄暗い空間の中で声が響く。

「俺も事情が呑み込めていないんでな、必要な所は一通り頼む。端折りつつでな」

 

「難しいこと言いやがる」

ホットスポットの特徴的なくぐもった声が空間に満ちた。

「…いや、あれがあるだろコミュニキューブ」

「プロール、持ってないか」

 

その問いにプロールは素早く反応し、胴体部から薄い灰色をした立方体を取り出した。

「無論こうした事態に備え所持している」

「記録映像の投影を開始するぞ」

その立方体の蓋が開き、上方に向けて青い光が放たれる。

それらはやがて球状の物体を中空に描き出し、デジタルノイズ混じりに少しづつ描画のディテールを増していく。

彼らの眼前に浮かび上がるそれは機能的な階層構造と精緻なテクスチャ、そして雄大な自然美を融合させたようなフォルムを持つ天体であり、彼らの宇宙では"サイバトロン星"と呼称されていた。

「金属と歯車の星、サイバトロンはかつて平和と繁栄の象徴だった」

「そもそもの始まりはメガトロンの起こしたクーデターだ」

その地表にある大きな窪みへと映像はズームインし、闘技場らしき建造物を背景に幾つもの瓦礫やスクラップとなったロボット達が転がっていた。

戦闘機や戦車らしき乗り物が入り乱れる中、その中心にいたのは幌らしき布きれをたなびかせ、亡骸を踏みつけながら剣を片手に敵の首級を高々と掲げた銀のロボットだった。

「最初に五つの都市が彼らの一派によって陥落した」

次いで映像はサイバトロン星全体を映したものに戻り、その地表の五か所では大きな爆発、そして衝撃波が広がっていた。

「次いで彼らはゼータ・プライム以下当時の為政者達を皆殺しにし星中に侵略を広げ、いくつもの大きな戦いが起きた」

メガトロンの掲げていた首へと映像が移り、その形状や派手な装飾が見えたかと思うと同じように高貴そうな装いの頭部が積み上がるイメージ映像が映し出され、それらはみな先程の爆風の中に呑まれていく。

「今の我々の組織はそのさなかに設立された」

地球を荒らしている侵略者達に備わっている紫のエンブレムと同じものが浮かび上がったかと思うと、今度はプロールの胸にあるものと同じオートボットのエンブレムがまるで裏表が入れ替わるように映し出された。

「リーダーはオライオン・パックス」

演壇らしき場所で力強く拳を握り締めた青と赤のロボットは口を大きく開け叫んでいるようだった。

「彼に率いられ終わりの見えない戦いを続ける内、やがてサイバトロン以外の星にまで戦火は拡大した」

そのロボットが両手に銃と斧を持ち、爆風の中先陣を切っている姿へと場面が変わった。

大勢の部下が後に続くが、先程と異なりマスクを着けているため彼自身の表情は窺えない。

「最終的に、資源の枯渇により我々は星を脱出した」

続いて幾つもの惨たらしい戦場の映像が目まぐるしく映し出された後、最初のシーンとは打って変わって荒廃しきった星全体が映し出されたところで記録映像は終了した。

 

「えらくスペクタクルだな」

少佐は腕を組みながら映像に見入っていたが、それが終わると片眉を上げてそう言った。

「そういえばなんだがお前達はロボットなのか、それとも生き物なのか…」

 

ハウンドはお決まりの映像にさして興味を示さず未だ見えない終着点を見下ろしながら答えた。

「よく訊かれるが、その両方と答えるしかないな」

 

「次に…これは単純な興味からだが、なぜ他の星に戦禍を持ち出す前に戦いは終わらなかった?そもそも自分らの星を丸ごと滅ぼすまで戦いをやめない種族とはなんだ。お前達の種族ってのはそんなに血気盛んなものなのか」

 

「返す言葉もないな」

ハウンドがお手上げといったジェスチャーをとる。

 

「我々の種が他の星に戦禍を持ち込んできた歴史があり、またそれによって忌み嫌われてきたのも事実ではある」

「だが、我々の星が滅んだ以上は…戦いはこの星で結着がつく。ここにいる全員がその結果と無関係ではいられない」

「…どちらが勝つにしても地球が、最後の戦場だ。多くの星と住民の命運が我々の活躍にかかっている」

「我々に、な」

プロールは平静を保ちながら言葉を選んでそう告げた。

 

ホットスポットは前方に広がる光景が明るさを増し、移動が終わりを迎えつつあることに気づくと、少佐に向き直って言った。

「俺達は平和と自由のために作られた組織だ、元々はな。有機生命体の星だろうとなんだろうとその務めは果たすべきだと考えている」

 

「彼らはこう言っていますが、将軍」

少佐はリフトの終着点で待ち構えている人影に向けて、そう言い放った。

 

「あぁ…無論、聞こえていたよ」

「予期していた通りだ」

重々しく響いたその声の主は彼らに背を向けていた。

 

「あなたは?」

 

プロールに素性を問われると彼は振り返って言った。

「皆と同じように"将軍"とでも呼んでくれたまえ、よろしく頼むよ」

その姿は老い衰えているように見え、白い体毛と骨のような生気のない風貌であった。

「…ところで君らのようなロボットの場合は、製造番号で呼び合うのかな?それとも名乗るような名があるのだろうか」

将軍は基地の奥へと進み、彼らにもついて来るように手ぶりで促した。

 

プロールは動じずに言葉を返すが、どことなく気圧されていた。

「我々は皆が名前を持ち、工場の製造ラインからではなく、星に満ちるエネルギーから生命体として産まれ落ちたのです」

 

「君はプロールだったか」

 

「はい将軍」

 

「部下達があまり君たちのことを快く思っていないのはどうか許してやってくれ。ディセプティコンの侵攻によって失われたものも多いのだ」

 

「我々にその討伐に参加しろというお話だと聞きましたが」

 

将軍は黙して答えず、そのまましばらく歩いたのち、彼のものと思しきデスクにつくと机上に肘をついてから告げた。

「あぁ、そうそう…その前に、一つ…君に頼みたいことがある。ここに君達のリーダー…」

「"オプティマス・プライム"を連れて来てくれたまえ。彼と直接話がしたい」

 

「…一旦船に戻らせていただきたい。仲間達と話をしなければ」

プロールの鉄面皮に綻びが生じた。

 

将軍はその返答を予期していたというような顔を隠さずに言った。

「良かろう…少佐!」

「道中彼らを警護してくれたまえ」

 

「お気遣いはありがたいですが、その必要はありま_」

 

プロールが言い終わるのを待たず、将軍は強い語気で言った。

「いいや必要だとも。君達に"万が一のこと"があってはならんのでね」

両の手を組み深くうつむくその表情はその場にいた誰にも読み取れず、プロールらは将軍の値踏みするような視線を感じながら踵を返し、黙ってリフトへと向かった。

 

 

 

 

相も変わらず荒野を八台と併走している中、ホットスポットが不満げに漏らした。

「…やっぱりおかしい」

 

「何だいきなり」

 

問い返したハウンドにホットスポットは語気を強めて続けた。

「招いた客をろくにもてなさずにさっさと帰したことも無論そうだが…」

「プロールは"オプティマス・プライム"なんて名前は出してない。そして"オライオン・パックス"の名前だって組織の創設者としか言わなかった」

 

「…我々が乗ってきた船に彼もいると確信しているかのような口振りだったな、今思えば」

「人間はどんな情報源を有しているのか…既に彼らはディセプティコンを何体か確保しているのかもしれん」

プロールはそう言いながら考えを巡らせ、納得がいったというような口ぶりになっていった。

 

「そもそも、あの基地はアークの落着地点から妙に近い」

「あんな僻地に秘密基地を建てて何になる?」

ハウンドはプロールの論に納得しつつ新たな疑義を唱えた。

 

「お前達の監視塔ってところか?」

少佐が話に応じる。

「思えば色々妙な事が多過ぎる」

口調はぶっきらぼうながら不信の色が見え隠れしていた。

 

「なぁ軍人さん、付き添いはここまでにしてもらえないか?」

その言葉を受けたホットスポットは突如そう言ったがその口調におどけたものは一切なかった。

 

「いや…しかし命令は命令だ、それは承諾出来ん」

 

「隊長さんは隊員の命を守る義務があるだろ?」

そう言うとホットスポットは変形を解いて膝立ちになり、姿勢を低くして少佐と顔を見合わせた。

 

「それがどうした」

少佐は物怖じもせず問い返す。

 

「俺達の船の防衛システムが動き始めたらしい」

「敵が接近したのを確認すると迎撃する仕様になってる」

アークの埋もれている谷間から緑の光が漏れていた。

 

「その車輛が敵だと認識されているんだ!」

プロールも変形を解き、周囲の装甲車を指さした。

 

「それがお前らのハッタリでないとどうして信じられ_」

その言葉を遮るかのように辺り一面が揺れた。

彼らがアークの方向を見やるとそこには複数のミサイルが接近していた。

 

「死にたくなければ、ここを去れ」

ハウンドはそう告げる。

 

「まったく…我々の土地だぞここは!」

少佐は忌々しげにそう吐き捨て、部下達に車を反転させた。

 

「心配はいらない、話がまとまり次第オプティマスをそちらに向かわせる」

プロールは走り出した彼らにそう約束した。

 

「…いいハッタリだったじゃないか」

ホットスポットは二人の後ろで腕を組み、首を傾けそう言った。

「今のミサイルはお前のホログラムだな?」

「…ハウンド?」

 

「……おっと」

「いや、本物だな。あれ」

「…どうする?」

ハウンドは二人の方を向いて、そう尋ねる。

直後、辺り一帯を爆風が覆った。




人の名前はなんかTFwiki見てて出て来た姓名をシャッフルして使ってます。
お話上彼らをあんまし表に出す気はないかもです、今のところは。
あと、旧版の頃からオプティマス以外のデザインは朧げにしか決まってないです(オプのデザインがそもそものスタート地点だったのもありますけどね)
次ぐらいには戦闘の一つも起きるかもです。


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オートボット-地球編④:CONfrontation,Part1

一話に詰め込み過ぎるのも良くないかなーと思うようになりました、TF好きのポヴァです。
GW中に更新出来そうとか抜かしておいてこのざまでございますが、今回はようやっとの初戦闘です。
さあ戦いだー


地球_ベース217_2027年_9月19日_

 

 

プロール達に呼ばれたオプティマスら三人はベース217へと赴いていた。

長いリフトでの移動を終え、広大な地下空間が彼らの眼前に広がる。

整備ドックや工場区画、研究施設と思しき建物が並び、それらはアーク号さえ収容出来そうなほどの敷地面積に効率的に配置され、さながら地下都市といった趣だった。

 

アイアンハイドは怪訝そうに言う。

「ベース217ねぇ」

 

打って変わって興味津々といった様子のパーセプターは辺りを忙しなく眺めていた。

「大変良い設備だ」

 

アイアンハイドは疑念を持ちながらも基地の細部まで目を凝らすとその威容に圧倒されていた。

「妙だ…サイバトロニアンの生態を知らずにこうまでお誂え向きの代物が作れるものか」

 

オプティマスは自らの数歩前を歩く人間に声をかけた。

「少佐」

 

「プライムだったか、何か?」

 

プロールから聞いた話を受けてか、警戒心を解かず短く事務的な口調で尋ねる。

「我々の処遇に対してどのような命令が出されているのか聞かせてもらえないだろうか」

 

「…それならこれから直接、聞くことになる」

そうにべもなく返し、少佐はまた歩き出した。

 

しばらく進むと整備ドックらしき空間に彼らは招かれた。

クレーン等を備えた巨大なメンテナンスハンガーはサイバトロニアンのサイズとちょうど同じぐらいの高さまで六つの階層に分かれていた。

彼らのおよそ中腰あたりに位置する三階に老人が一人、佇んでいた。

「やぁ」

「待っていたよ」

彼はちょうど梯子のような構造の手すりに両肘をのせ、前のめりの姿勢で親しげにそう言った。

 

「お連れしました、将軍」

 

彼らの足元で声を張り上げそう告げた少佐に将軍はそっけなく応じる。

「見れば分かるさ、ご苦労…下がってよし」

「さて、君が彼らのリーダーか」

 

「オプティマス・プライムです、将軍」

オプティマスは膝をついて姿勢を低くし、彼の位置に目線を合わせた。

 

「もう随分長いこと待っていたよ…今か今かと、君に会うのをね」

「まぁ、座りたまえ。あいにく君に合う椅子はまだしばらくは用意出来そうにないが、そこのコンテナにでも」

そう言うと将軍はオプティマスのそばにあった資材用のコンテナを指し示した。

 

「はい」

オプティマスは言われたようにコンテナを引きずり出し、将軍と向かい合うようにして座った。

「将軍、お聞きしたいことが」

 

「分かっているとも」

「君らの当面の資材・燃料の補給は我々が受け持とう」

「このベース217も諸君らの好きに使ってくれて構わんと、まぁそういうことになっている」

 

「…」

オプティマスは相手が自分の名を知っていたことへの疑問を一旦呑み込み、話を進めた。

「ディセプティコンの討伐に参加する見返り、ということでしょうか」

 

「そうした意味合いもある…が、私としては単に君達に拠点を提供したいと思っている」

「必要なら君らの船に機材を運び込んでくれても別に構わないが」

「好きな方を選んでくれ」

「それと、君を呼んだのには他の理由もあってな」

 

「何でしょうか」

オプティマスはわずかに身構え、訝しむように訊いた。

 

「部隊の質というのは指揮官の顔を見ればある程度は分かるものだ…その意味では既に目的は果たしたと言えるな」

老人の視線は獲物を見るような目に変化する。

「しかし、君はなんというべきか…まるで背負った重荷に耐えかねているかのようだ」

そう言うと将軍の値踏みするような睨めつけるような視線はかすかに憐憫を帯びたものに変わる。

 

「…」

オプティマスは無感情にその言葉を聞いていた。

 

「いやすまんすまん、年寄りの意地の悪さが出てしまった」

「君達は得難き人材だ…我々は大いに信用し、また期待している」

 

「それは光栄です」

柔和に見えて取り付く島のない将軍の話し方に、オプティマスは努めて平静に返す。

「ところで将軍…現在、この星でのディセプティコンはどれほどの規模の攻撃を仕掛けているのですか」

 

ハンガーの正面に備え付けられたモニターが起動し、地図が映される。

「始まったのは今から八か月ほど前だったか」

「辺鄙な田舎町が一つ二つ地図から消えた」

「以来世界の各地で確認された数は全て合わせても三十にも満たん」

この星全体を写した地図のうち、侵攻を受けた地域であろう数十~数百箇所に赤点が重なる。

「しかし彼らは一体一体が従来の兵器で対抗することが困難な存在だ。中には特異な能力や三つの形態を持つものさえいた」

「それに彼らの拠点の所在も依然として掴めないままでな」

 

「連中の母艦はステルス機能を有しています」

 

オプティマスのその言葉を受け将軍は手を叩いた。

「そう」

「それだよプライム」

彼はオプティマスを指しながら愉快そうにそう言った。

「我々には今敵の情報が不足している」

「それも我々が諸君らに期待していたことだ」

 

「…ではその侵攻はどこか一点に集中しているのでしょうか?」

モニターを見てそうでないことを理解しながらもオプティマスは訊いた。

 

「これまでのケースを見るに散発的かつ場当たり的な傾向が見られる、全体的にな」

将軍も横のモニターを見、言い含めるようにそう答えた。

 

オプティマスは顎部に手で触れ、考え込むように体勢を低くした。

「今までディセプティコンが他の星を侵略する際は、入念かつ高度な事前準備を経てからの殲滅戦が基本でした。聞いた限りではここでのやり口は今までの彼らの物と大きく異なります」

 

「それは妙な話だ」

そう応じながら将軍はモニターを操作する。

「関連しているかは不明だが連中の指揮をとっていると目されているのはこのNBE-03…Non-Biological Entity-03(非生物型地球外生命体3号)だ」

画面が切り替わり、映ったのは鮮やかな赤や青、そして白に彩られ、でかでかとタトゥーを入れた戦闘機だった。

 

「"非生物型"…ですか?」

オプティマスは怪訝そうに返す。

 

「その呼び方が気に障ったのならすまないが…単なる"地球外生命体"の呼称は先客にもう使われてしまっているのだよ」

「これが3号だ。我が軍の戦闘機に擬態している」

 

「スタースクリーム…ナンバー2の奴にそんな権限はないはずです。銀色の戦車や戦闘機は確認されていないのでしょうか」

 

「今のところはな…本来指揮権を持つのは_」 

 

将軍がそう応じ言い終えるのを待たず、オプティマスは答えた。

「リーダーのメガトロンです。奴は我々の船を襲った際に確実にネメシスにいました」

 

「ではなぜそのメガトロンは姿を現さないのだろうな」

 

かつてメガトロンの体は人型から更に二つの形態へと変形可能なトリプルチェンジャーへと変貌させられていた。

オプティマスの脳裏に浮かんだその光景は彼に戦慄という感情を思い出させるに十分であった。

「メガトロンの体は新たな擬態を行えないものになってしまったのでしょう。他の星へ潜入するに当たり自ら出てくることは考えにくいかと」

 

「そのうち乗り込んで確かめてきてもらいたいな」

将軍は冗談めかした口調と本気の目で短くそう言った。

「オプティマス・プライム。我々は彼らに対抗出来る戦力を求めている」

「元は諸君らの星から持ち込まれた災厄だ。それを終わらせるため、命を懸けて戦ってもらいたい」

「無論、そのためのサポートは惜しまないよ」

 

「命に代えてもこの務めは果たす所存です」

オプティマスは将軍の眼前にまで近づき、決然とそう言った。

 

「あぁそれと君達のチーム、というよりこの基地に所属する部隊は今後…」

Counter Deception Earth Force Gamma(対ディセプティコン地球軍ガンマ部隊)と呼称されることになる」

将軍は何気なくそう通達したが、オプティマスは降りていく将軍を見ながらその珍妙なチーム名に少し呆気にとられたような顔をし、背後に控えていたアイアンハイドらと苦笑した。

 

 

 

 

ベース217の司令塔とも言うべき中央作戦室はこれまたサイバトロニアンにとっても不自由のないサイズが確保されていた。

ドーム状の建物の内部空間は三段ほどに分かれており、各円周上に人間用の通信端末や情報機器が整然と立ち並ぶ中、最も下段に位置する中央には巨大な立体映像を映し出す円形のホログラム装置があった。

 

その傍らに佇む参謀に呼ばれ、三人のオートボットが作戦室にやって来る。

「呼んだか?」

 

「何の用だ?」

 

口々にそう言ったウィンドチャージャーとクリフジャンパーに対し、プロールは迅速かつ的確に通達する。

「この星で最初の任務だ。ディセプティコンの攻撃を感知した」

「救援に向かうぞ」

 

「へいへい、行って参りますよ参謀殿」

「ん…?向かうってお前今_」

 

戸惑うクリフにハウンドが割って入り、忙しなく尋ねる。

「で、アシには何使うんだ?」

 

「手配してもらった輸送機の出発準備がもうじき完了する」

「急いで乗り込め」

プロールはそう促し、走り出した。

 

「こんな連中のために戦ってやる義理があるのかどうか」

改造車に変形して後に続きながらもチャージャーは怪訝そうに言った。

 

「暇だしいいじゃねぇの…久々に連中の顔も拝みたいしな!」

クリフはプロールを追い越すほどに活発に走りながらそう答えた。

 

二つのプロペラを横並びに備えた大型の輸送機がニ機、今にも飛び立ちそうな様子で佇んでいるのをハウンド達は発見したが、そこでふと我に返ったかのように彼は訊いた。

「待て、そもそもどうやってこの穴ぐらから輸送機を飛ばす?」

 

プロールは何も言わずに含みのある微笑を浮かべ、真上を指さした。

輸送機の駐機していたちょうどその場所の天井がスライドして開いていき、下からは無機質な天井に代わって空が見えた。

 

「無駄に凝った仕掛けだな」

クリフジャンパーはやや呆れ混じりにそう言い、輸送機後部の積み降ろし口に向かった。

 

「ハウンドとウィンドチャージャー、クリフは先に出ろ」

「レッドアラートとホットスポットに私が後から向かう」

輸送機に乗り込んだハウンド達にプロールは機体後部の積み降ろし口から顔をのぞかせてそう言い、去っていった。

 

輸送機はその場から垂直に離陸し、基地から飛び立つと速度を増して目的地へと大急ぎで向かった。

その操縦席の中で操縦士の一人がふと口を開く。

「妙な感じだ」

「人や荷物を運ぶのは慣れっこなんだが…」

 

その声を聞きつけたクリフは彼らの種の基準からしても小さなその体を更に縮め、上半身を縦にして音もたてずに操縦席のすぐ後ろまで迫る。

「そりゃ悪かったな、なんなら車に変形しといてやろうか?」

 

彼はさして物怖じもせず短く答える。

「そらいい」

 

「冗談だよパイロットくん」

クリフはそう軽く応じながらのそのそと後部へと戻っていき、ハウンドとウィンドチャージャーに言った。

「で、武器の準備は?」

 

そう問われたチャージャーは機体の床に寝転びたまま、無造作に積み上げられている武器を見やって訊いた。

「ハウンド、このガトリングはお前のか?」

 

「これか、そうらしい」

ハウンドはガトリングガンを手に取り、両手で抱え上げた。

「…六銃身のものが三つ束ねてある、計十八の銃口が相手に向く訳か。頭の悪そうな代物だ」

「大いに気に入った」

ハウンドは右手で銃をがっちりと保持し、肩に担いで不敵に笑う。

 

隣に鷹揚と構えているもう一人とは対照的に、神経質そうな面持ちの副操縦士はその様子を振り返って見ながら言った。

「細かいスペックやらはそこの説明に書いてある、文字は読めんだろ?」

「…そういやなんであんたら三人が真っ先に運ばれてんのか、良ければ教えてくれないか。上の連中はどいつも秘密主義の機密信奉者なんだ」

 

ハウンドは座り直し、説明書を探しながら返事をする。

「あぁ…俺はハウンド、本物そっくりのホログラムを展開出来るガンマンだ」

「隣のこいつはウィンドチャージャー、両腕から強力な磁力を放射出来る」

ハウンドは端にいたチャージャーを向けた手で示しながら言った。

 

そう紹介されたチャージャーはふてぶてしく寝転んだまま気怠そうに応える。

「よろしく有機物」

 

彼の不躾な返答を気にした素振りもなく操縦士が訊き返した。

「んでこの赤いチビは?」

 

黙って近くの箱に腰かけていたクリフは自分の話題に勘づくと意気揚々と答える。

「俺か?…俺ァ不死身だ」

クリフジャンパーは大口を開けて笑った。

 

「こういう奴なんだ」

「名前はクリフジャンパー。"不死身のクリフ"を自称してる」

ハウンドはなるべく彼の方を見ないようにしつつ、そう補足した。

 

「別にいいだろ事実なんだから、そんな目で見るなよ!」

クリフは自身に向けられた視線と微妙な空気に向けてそう言い返す。

「そんでさ、目的地の到着まであとどのくら_」

 

「もう着くぞ」

 

副操縦士の返答を受けてハウンドが慌てて通信を試みた。

「…プロール、下の状況は!?」

 

「この工場地帯では八体が確認されたと聞いた」

互いに飛行中であるためか通信の状態は芳しくなく、プロールのその言葉はノイズ混じりに彼らに届いた。

 

「誰がいるかとか分かんねーのかよ?」

 

「無理だな」

「健闘を祈る」

クリフの問いにプロールはそう返し、通信を切った。

 

「現場に満足に情報が降りてこないのはお互い様だな。同情するぜエイリアン共」

操縦士はしきりに操縦桿やボタンを操作しながら、呆れるように言って笑った。

 

その様子を見ていたウィンドチャージャーがゆっくりと立ち上がる。

「降りて確かめりゃいい」

「さぁ行くぞ」

言い終わらないうちにチャージャーは磁力を手から放って後部の扉を跳ね飛ばし、そこから飛び上がって地上へと身を投げ出した。

 

「へいへい」

「よっと!」

 

「…向かうか、初仕事へ」

彼に続いてクリフとハウンドも事もなげに強風と重力の中に身を投じる。

 

その様子を口を半開きにしながら振り返って見ていた副操縦士はふと、向き直って問うた。

「…あいつらパラシュート付けてたか?」

 

「さぁ?」

操縦士はあまり考えずにそう返し、二人は押し黙った。

 

 

 

 

三人が一切の制動や減速を伴わないまま、地面に向けて真っ逆さまに落ちていくまさにその最中、ハウンドが口を開いた。

「しかし八対三か」

「サイバトロンにいた頃よりはマシな戦力比だが」

 

眼下に広がる工場地帯が徐々に露わとなっていき、チャージャーはその詳細に目を凝らす。

「気が滅入るな」

「…見えて来た。空にいるのはアストロトレインとブリッツウィングだろう」

 

「ミックスマスターに…」

「クランプルゾーン」

「そしてあれはオンスロートか」

ハウンドは地上に目を向け、うごめく影に焦点を合わせた。

「走ってるのはハードケースとドレンチ」

 

「報告は八体だろ?あと一人誰が隠れてる…」

クリフは両手の指を折り曲げて数を数えながら怪訝そうに言う。

 

「さぁな」

「着けば分かる」

ウィンドチャージャーは短くそう言いかけ、地面に激突した。

辺りに衝撃音と土煙が広がる。

それとほとんど間を置かずに赤と緑の影が空を切って墜落した。

 

「やっぱ痛ってぇな」

なにごともなく起き上がった三人のうち、苦い顔をしてクリフはそう言った。

着地の衝撃によって彼らにもたらした影響といえば、さしたる損傷もなく土と砂がボディの表面を汚したのみであった。

 

「さて、どう攻めるか」

チャージャーは動じず、軽く首をひねりながら悠然とそう問うた。

 

「俺がホログラムを展開しながら撹乱する、二人は左右に回り込みつつ前進しろ」

「まずトリプルチェンジャーを潰す。クリフはアストロを、チャージャーはブリッツを相手するんだ」

基地の簡易的なホログラムマップを展開し、ハウンドは短く説明した。

 

「他の連中は?」

 

「一人残らず俺に任せろ」

「俺のホログラムにアストロトレインとブリッツウィングが注意を向けた瞬間に不意を衝け」

 

チャージャーは説明を聞き終えると、ハウンドの肩に手を置いた。

「分かった」

「俺ら二人の命をお前に預ける」

 

「もう何度目か分かったもんじゃないけどな…!」

クリフはそう言ってハウンドと軽く拳を打ち合わせた。

 

「行くぞクリフ!」

 

二人が二台へと変形して目標へ向かっていく様を眺め、特大のホログラムの投影準備をしながら、ハウンドは小さく呟いた。

「掩護が止まった時は死んだ時だ…」

「それはないがな」

「…多分」

 

 

 

 

工場地帯の空中を飛び回っていたスペースシャトルのような物体はその姿を人型へと瞬間的に変え、同じく戦闘機から変形した人型のロボットに衝突しそうな程の勢いで向かって叫んだ。

「ブリッツ!」

 

自身の倍はある質量に押し潰されかけたブリッツウィングは苛立ちながら怒鳴り返す。

「ぁあ!?何だよアストロ!?」

 

掴みかからんばかりの勢いでアストロウィングは問いかけた。

「こっちが訊きたいぐらいだ…後ろを見ろ」

「全くどういうことだ」

「どうするブリッツウィング」

 

ブリッツウィングは強制されるように促されてその光景を見、そして戦慄した。

工場の周辺には荒れた道の他には何もなく、荒野が広がるのみ…

そのはずだったが、今その地には巨人がゆっくりと歩き出し、彼らに向かって迫っていた。

「ハロニクス・マキシマス*1…」

かすかに呟いたその名は彼に古い記憶を呼び覚まさせるものであり、かつて見た忌まわしい景色が彼の脳裏に浮かぶ。

「全員、聞け…逃げるぞ」

その声は震え、バイザーの焦点は定まっていなかった。

 

「何言ってんだブリッツウィング!!ここを破壊してエネルギーを頂いてくってのがサウンドウェーブの指令だったろうが!」

 

異議を唱える通信に怒鳴り返しつつ、戦闘機に変形し逃げようとして体を反転させた。

「黙れドレンチ!!お前らは奴の恐ろしさを知らねぇから_」

 

「落ち着けブリッツ」

アストロトレインはそんなブリッツウィングの尾翼を左手で掴み、戦闘機のエンジン噴射を相殺し制止しつつ慎重に語りかけた。

「奴は何ギガサイクルも前にスクラップになった」

「よく見ろ、あれは見せかけのホログラムだ」

そう言いながらアストロトレインは右腕に二基備わった二連装の砲塔から光弾を放った。

吸い込まれるようにして巨人へと向かった四つの光弾は弾かれもせずに巨人を貫通し、ハロニクスの姿を霧散させたその勢いのまま、遠方の山を抉った。

「俺が知る限り、そんなことが出来るのは_」

 

「ハウンドか?でもアークはこの星に落ちた時に潰れたんじゃ…」

ハロニクスが幻影であると悟ってか、幾分落ち着きを取り戻したブリッツウイングは人型に戻り、地面に降り立った。

 

「だとしても俺達はその瞬間を見ていない。見てはいないんだ」

そう言いながらアストロトレインもその巨躯を地面に下ろす。

「そして奴がこんな真似をした目的は撹乱だ」

アストロトレインは彼の腰ほどの高さのブリッツウイングを見下ろすようにしながらそう言った。

「となれば_」

 

そう言いかけたアストロトレインに向かって、クリフジャンパーは変形を解除しながら急接近し叫んだ。

「そぉらよっと!」

 

クリフの振りかぶった右ストレートを片手で受け止め、拳を握り潰しつつアストロトレインは呟いた。

「そんなことだろうと思った」

 

「…このデカブツめが」

右手を潰されながらも忌々しげに、あるいは愉悦を滲ませながらクリフはそう吐き捨て、左手から愛用のメイスを展開し素早く振りかぶった。

 

棘が不規則に配置された戦棍による斬撃を胸に受け、アストロトレインは苦悶の表情を浮かべる。

「チビめ、今日こそ……殺してやろう」

 

「残りのボッツはどこに_」

クリフジャンパーをアストロトレインに任せ、ブリッツウィングは飛び立ち、上空から周囲を見回した。

突然、何かに弾き飛ばされたかのように体勢を崩し、彼は真っ逆さまに落下して工場のタンクに激突した。

「何だ!?体が弾かれた…!?」

「さてはお前か、磁石野郎!!」

内側から燃え上がり始めたタンクから飛び上がってブリッツウィングは大声でそう叫びながら、敵影を探した。

 

「珍しく大当たりだ、戦バカ」

チャージャーは無表情でそう言い、転がっていた重機の残骸の上に降り立った。

 

自身に燃え移った火も意に介さず、ブリッツウィングは叫ぶ。

「ふざけた野郎だ…クランプルゾーンとオンスロートはハウンドを迎え撃て!」

「残りはせいぜい、死なないように作業を続けてろ!」

ブリッツウィングは最後まで言い終わる前に、背中の砲塔を前方に向けるとすぐさま発射した。

轟音とともに高速で放たれた砲弾が一直線にチャージャーを吹き飛ばした。

 

「余計な手間だな」

「ついて来い!」

指示を受けたオンスロートは不服そうにそう言い、トレーラーに変形した。

クランプルゾーンも一つの前輪と二つの後輪を持つドラッグレースに用いられるような改造車に変形し、後に続いた。

 

クリフはアストロトレインのレーザーとミサイルの猛攻を跳びはね、あるいは弾を殴り飛ばしていなしつつその様子を視界の端に捉えていた。

「ハウンド!二体そっちに行った!!」

 

「見えている」

猛然と迫る二台のディセプティコンに対してハウンドは動じず、再度のホログラム投影の準備をしていた。

「ホログラムに質量はない…」

「これは目くらましだ」

ハウンドは自身の姿を投影した数十体のホログラムを横一列に展開する。

 

「奴に似合いの姑息な手だ」

「クランプルゾーン、まとめて消し飛ばせ!」

オンスロートはそう号令を出しつつ二連装の砲塔を展開させ、自身も砲撃を放つ。

 

クランプルゾーンは車両のまま、両肩の二基の砲口を前方に展開させ、光条を放った。

放たれた光は数十と並ぶハウンドの姿を薙ぎ払い、跡形もなく消し去った。

そのうち一つだけは光だけでない確かな実体を伴い、攻撃にもわずかに耐えてみせたものがあった。

だがそこから巻き起こった爆風が霧散した後には最後の一つも彼らの足元に緑の残骸を散らばせているだけであった。

「いい気味だ」

 

突如として彼らの真後ろに影がさした。

「それは良かった」

一体残らず消し飛ばされたはずのハウンドは彼らの背後からクランプルゾーンにそう言葉を投げかける。

 

「なんだ!?」

そう驚愕し、振り向こうとした二体が最初に目にしたのは彼ら自身に向けられたガトリングガンとそこから放たれる無数の弾丸だった。

一度に三発を同時に発射し、一分に数百という弾丸を発射可能なその火器によって二体の体躯は瞬く間にズタズタに引き裂かれ、オンスロートとクランプルゾーンは地に倒れ伏した。

 

「不思議そうな顔をしてるな」

瀕死のディセプティコン二体を眺めながらハウンドは訝しむような表情を浮かべた。

「ホログラムの中にたまたまそこらに転がってた緑の車を紛れ込ませ、俺は周囲の景色を車体に映しながら迂回しただけなのに」

オンスロートは這う這うの体ながら尚も立ち上がろうとし、右手で素早く銃を取り出した。

「しぶといじゃないか」

ハウンドは感心しつつそう言い、彼の右腕を踏み潰した。

 

「甘く見てくれるな…!」

オンスロートは痛みにわずか顔を歪め、呻きながら背中の双砲から弾丸を放った。

「勝った気でいるから足を掬われる!」

直撃したハウンドは吹き飛ばされ、爆炎とともに彼の視界から消えた。

 

ハウンドは一瞬で吹き飛ばされ、胸と右肩に大穴が空いた状態で倒れていた。

その表情に生気はなく、穴から漏れ出たエネルゴンは小さく水溜りを作っている。

オンスロートはなんとか立ち上がり、無事な左手で銃を構え直し、ゆっくりと歩き出す。

足元に横たわるハウンドをしばし見下ろし、銃を左手に保持したまま、右手をなんとか動かして彼の頭を掴んで持ち上げ、その苦しむ様を見届けようとした。

 

その瞬間ハウンドは意識を取り戻し、胸部に隠していたナイフを左腕で掴んだ。

彼はすぐさまオンスロートを蹴り飛ばして姿勢を崩させる。

オンスロートは体勢を乱しながらも反射的に銃を放ち、それはハウンドの側頭部を抉った。

しかしそれとほとんど同時に、彼の首筋にハウンドの左腕がねじ込まれ、頭部と胴体の繋ぎ目はナイフで引きちぎられた。

割れたオンスロートのバイザーからは急速に光が失われていき、そのまま彼は力なく地面に倒れた。

 

ハウンドは膝をつき、定まらない足取りの中でつぶやいた。

「勝った気でいたのはどっちだろうな、軍師殿」

背を丸め、右腕を力なくぶら下げながらハウンドは周囲を見回す。

「このテの武器は扱いが難しいな…こっちは終わったぞクリフ」

「…クリフ?」

 

ハウンドに上空から声がかかる。

「赤いチビならこの通り真っ二つだが…縦にな!」

「もしやこいつをお探しだったかな?」

アストロトレインは意地悪げにそう言うと、引きちぎられたクリフジャンパーの右半分をハウンドのもとに投げ落とした。

 

「…またか」

ハウンドは静かにそう言い、特に感情を乱された風もなく、上を見据えて叫んだ。

「クリフ一人に随分と手酷くやられたようだなアストロトレイン!」

アストロトレインは胸部を裂かれ、左脚、そして顔の左半分を潰されていた。

「図体ばかりデカい割に情けない」

ハウンドは笑い飛ばすようにそう言い、挑発をかけた。

 

その言葉を聞きアストロトレインは顔を歪めてクリフジャンパーのもう半分を全力で投げ飛ばす。

ハウンドはナイフを投げ捨て、空いた左手で背中からショットガンを取り出し、迎撃の構えを取る。

眼前に迫るクリフの残骸を一顧だにせず側転して避けつつ、ロボットモードのまま低空飛行で急接近するアストロトレインに向けてハウンドは数度銃を発射した。

アストロトレインが掴みかかるように伸ばした左腕がハウンドに届くほんの数秒前に、アストロトレインの左半身に散弾がめり込み、その衝撃で体勢を崩した彼は地面に激突した。

 

「クリフ、さっさと目を覚ませ」

ハウンドは空となった銃を投げ捨て、半分に引き裂かれたクリフジャンパーにのそのそと近づき、静かにそう告げた。

「無理そうだな」

クリフジャンパーの断面からは体内を循環していたエネルゴンが漏れ出し、彼の内部機器が乱雑にはみ出していた上、瞳とそのスパークの輝きはもう残っていなかった。

 

地に伏したアストロトレインと入れ替わるように、戦車とも戦闘機ともつかない奇怪な姿をした燃え上がるなにかが遠く上空からハウンドに迫っていた。

「…ブリッツウィングか、あれは」

 

機体下部の砲塔から砲撃を放ち、それと同時に翼の下部に備えたミサイルを発射しながら、高空から急降下しつつハウンドを猛追するブリッツウィング。

しかし動けないハウンドにそれらが迫りくるさなか、凄まじい速さで迫る影に下からその体躯を穿たれ、アストロトレイン同様に墜落した。

「何だ!?…誰がや、やりやがった…!?」

 

「砲弾が俺に効くと思うか?」

「撃たれた勢いのまま吹き飛ばされたついでにドレンチ達の胸に風穴を開けて来てやった」

無傷のウィンドチャージャーは変形したままブリッツウィングにそう言うと、ハウンドの横に停車した。

「なぁハウンド、俺のマグネットパワーがなければお前は今頃粉々に消し飛んでたと思わないか?」

チャージャーは空中で車体をひねるようなアクロバティックな回転を見せながら素早く変形しつつ、ロボットモードで隣に並んだ。

 

「今のは一体…」

ハウンドはそう言いつつ体を動かそうとしたが、今の攻撃の余波で彼の片足は動かすことさえ難しくなるほど損傷していた。

 

「砲弾をも止めるのが俺のマグネットパワーだ」

「当然その逆も出来る」

ハウンドの左肩を抱いて持ち上げつつ、ウィンドチャージャーはそっけなく言った。

 

「はっ…なるほど、そういう…ことかよ」

ブリッツウィングは落着した自身が地面に空けた大穴から手を伸ばして這い上がった。

「さながらレールガンだ…な」

「大したもんだぜ、磁石…野郎!」

胴から流れ落ちるエネルゴンのせいか、尚も勢いを増しつつある体の炎に気を取られる風もなくブリッツウィングは立ち上がる。突然彼の背中に備わった砲塔が左右に割れ、中に格納されていた剣が飛び出し、地面に突き刺さった。

ブリッツウィングは嗜虐的な、あるいは被虐的な笑みを浮かべつつ、それを力強く引き抜きチャージャーらに迫らんとした。

 

「まだやるか?」

ハウンドは焦燥に駆られた声音で諭すようにそう問うた。

 

ふとその言葉を聞くとブリッツウィングは考え込むような顔をして歩みを止め、通信を試みた。

「…スタースクリーム!!アストロが負傷した!オンスロート達もだ!!」

「オートボットどもが来てんだよ…俺とあと二人でなんとかする」

「残りは全員今すぐ帰還させろ、トランスワープだ!緊急転送しろ!」

 

「お前はいいのか?逃げ帰らなくて」

そう言いながら、ハウンドは背中に備えたキャノンを展開し、発射した。

 

不意を衝いたその一撃は命中するかに思われたが、ブリッツウィングは片手に持った剣で難なくそれを切り飛ばした。

「ヤラレっぱなしで帰れっかよ」

「この…俺が!!」

弾頭が剣に触れると同時に爆風と爆炎が広がり、周囲の色彩は黒と橙に染め上げられたが、その奥から悠然と炎を纏いながらベージュと紫の影が徐々に露わになる。

 

「さ、始めるか」

ウィンドチャージャーは力を使い果たしたハウンドを磁力を使って弾き飛ばし物陰へ遠ざけてから、かすかに笑みを湛えてそう言った。

 

「始めよう」

笑いながらそう返したブリッツウィングはさながら燃え上がる剣を振るう炎の化身だった…



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オートボット-地球編⑤:CONfrontation,Part2

エネルギー強奪のため工場を襲撃したディセプティコンと、それを防衛するために出撃したオートボットらの戦いは激しさを増し、尚も続いていた。

大まかに長方形の敷地のうち、主戦場はその西側だったが、東方面にも二体、オートボットが展開しつつあり、その片割れであるホットスポットは焦っていた。

彼は水色に彩られた消防車の姿で奥へ奥へと進みながら潜伏しているはずの敵の位置を探っていた。

「どうするよ参謀殿!工場棟、燃料タンク、駐車場、倉庫…あちこちから火の手が上がってる」

 

辺り一面彼らの目に入るものはどれも燃えているか薬品や高熱で溶けだしているか、さもなくば焼け落ち崩れ落ちて黒煙を上げているものしかなく煌々とした色彩が周囲の全てを包み込みつつあった。

「アラート!そっちはどうだ!?」

 

「今逃げ遅れた何人かを運んで避難してる最中だ!言われた通り、丸腰でな!」

大声で問いかけるホットスポットに対して通信越しにも不服そうと分かる調子でアラートは叫んだ。

 

「それはぼやいても仕方ないだろ、今は人数分の武器も揃わないんだし」

ホットスポットは歯切れ悪くそう言い含めた。

 

「だからといっ_」

 

「後だ」

鋭い声でそう遮ったプロールは、不満に腹を立てたといった様子でもなく、ただ強い警戒心を露わにした口調でそう言った。

「より優先的に対処すべきものが他にある。悪いがアラート、通信は終わりだ」

口早にそう告げたプロールは変形を解いて立ち上がり、前進するホットスポットを手で制した。

プロールは姿勢を低くし、両の目を閉じて瓦礫が崩れる音や建造物の燃え盛る音の中に紛れる走行音を捜した。

 

その様子を見つつ、ホットスポットも瞬時に通信を切ってロボットモードとなると周囲を訝しげに見回した。

ふとその赤い双眸が真正面から爆走する重機を捉える。

「あっと…なんか見えてきたな、黄緑と紫の_」

「この星で目にしたくはなかったカラーリングの…ミキサー車が」

 

「ボッツども!酸の海に溺れたことはあるか?」

そう叫びながらミキサー車は加速したままぐんぐんと距離を詰めていき、その勢いのままに人型へと変形する。

段差から跳ね上がった車体は一瞬にしてその姿を崩し、車体の外壁だったパーツはそれぞれが剥がれ落ちるように形を変えながら、人型の四肢を形作る。

落下しつつ手足が、続いて頭が露わになったそのシルエットは宙返りの体勢となりながら一回転し着地する。

両足で地面をスライディングしつつ、雄叫びとも取れる奇声を上げた。

 

「しかもハイだぜありゃ!」

半狂乱に迫って来るミックスマスターを見るやいなやホットスポットは呆れざまにそう言いつつ、タイヤではなく今度は足を使って逃げ出した。

 

「まだ自分が巨人の左足だとでも思い込んでいるんだろうが…ここの廃油でも吸い込んだとみえる」

プロールもそれに続いて走り去りつつ、そう毒づいた。

 

「どう対処するよ」

背中から武装を取り出そうとしつつ、ホットスポットは走りながら訊いた。

 

「お得意の酸の大波が来ると見ていいだろうが、対処法…はまだないな、周囲の状況が不利過ぎる」

建物に囲まれた通路は尚もあちこちから火の手が上がっており、もはや車の姿を取って移動することは困難なまでになっていた。

 

「俺のシールドに耐腐食性能があれば良かったのに」

そう冗談めかして言いつつ、ホットスポットは盾を素早く構えると崩落してきた柱を受け止め、はね返した。

「この通り耐火機能なら自慢の逸品なんだがな」

 

「ホットスポット、改めて訊くが今所持している武器は?」

プロールは後ろを見やり、ミックスマスターから名状しがたい色合いの液体が彼らに向けて大量に放たれたのを確認しつつ口早に訊いた。

 

「さっきの消火活動でほぼすっからかんの放水銃と、いつもの盾と斧と…ん、あと何だっけ持たされたこの…」

 

「火炎放射器だろうな」 

 

「消防士に何てモン持たせてんだあの連中は!!」

「俺は炎や爆風の出る武器は使わない主義なんだが…プロール、あんたもほぼ丸腰だったろ、これ持っててくれ!!」

そう言い、ホットスポットは火炎放射機を投げ捨てるように渡した。

 

「"ほぼ"な。だがいいのか…?」

それを片手で受け取りつつ、プロールは言った。

「ホットスポット!…後ろを見ろ、奴の流してる液体の成分を分析している暇はないが…引火しているようだ」

 

「油も混じってんのか」

「なおさら火炎放射器は使えないな…もし使ったら奴らが今ここでしてることの数倍の被害をもたらすぞ」

 

「それでも奴を焼き払うことは出来る」

にべもなくそう返し、プロールは接近する目標に狙いをつける。

 

「待てって!」

ホットスポットは慌てて火炎放射器を下に押さえつけた。

 

「本来の私の武器なら適切な効果範囲に火を放てたんだがな…まだ使える段階ではない」

「私がミックスマスターごと周囲を焼き払う。奴が燃えきってからお前が火を消せばいい」

 

「そんなの無理だ!奴のことだ、ここらで燃え上がってる炎もどうせ水ぐらいじゃ消えないものになってる!」

「もう俺達には化学消防車の知り合いだっていないんだぞ!?」

 

こちらを意に介さず揉めだした二人に業を煮やしたか、ミックスマスターは苛立ち叫んだ。

「うだうだ喚いてねえで…!さっさと消えろオートボットども!!」

 

彼がそう言い終えるよりわずか早く、その体にある変化が起きた。

ビークルモードに戻るかのような動きをして体の各部が収納されていくかに見えたが、変形の途中で脚部を構成していたパーツやミキサー部分が腕部に合体し、上半身全体が異様に肥大化した印象を与えるものに様変わりした。

対照的に両足だった箇所は養分を吸われたかのようにフレームのみになったアンバランスな形態と化し、その重みのままに前傾姿勢となった。

そして四分割されたミキサー部の中からは巨大な砲塔がゆっかりと起き上がり、静かに鎌首をもたげるようにして標的を見定める。

 

「こいつで吹き飛ばしてやらぁ!!」

彼の顔は胸部の間に沈み込み、ミックスマスターのその叫び声はくぐもった響きをもって辺りに伝わった。

 

「なぁプロール!ミックスマスターはいつの間に砲台に変形出来るようになったんだ!?」

頭部の真上に備えた砲塔をぶら下げつつのそのそと迫るミックスマスターを二度見してから、ホットスポットは驚きと焦りを隠しもせずに大声で叫んだ。

 

「私が知るかその拳で本人に訊け」

そう言いつつ、プロールは振り返りざまに周囲の状況を見渡し、ミックスマスターの前方に真新しい瓦礫と酸溜まりとが横たわっていることに気がついた。

「…奴の酸が溜まっている地点に留まったままでは奴がキャノンを発射すると同時に爆発が起きるな」

 

「…巻き込まれないうちに逃げるか」

そう言い終わる頃にはホットスポットは脇目も振らずに全力で走り出していた。

 

「ホットスポット」

プロールは後ろから踏み潰された瓦礫の砕け散る音が燃え盛る火の音に混じってゆっくりと近づいて来るのを感じつつ、口を開いた。

 

「あー、何だ?」

地面の瓦礫を飛び越しつつ、倒れてくる支柱は斧で切り裂きつつ走っていたホットスポットだったが、声をかけられ上半身ごと彼の方へ向き直る。

 

「これは推測なんだが、思うにミックスマスターは砲台に変形した訳ではないのだろう」

顎部に手を当てるようにして考え込みながらプロールは言う。

 

ホットスポットは思考に集中して躓きかけたプロールを軽く持ち抱えつつ、不思議そうに応じた。

「トリプルチェンジャーじゃないのか?12人目の」

 

「多分あれは一種のステルスフォースだ。ビークルモードのまま武装を展開出来る」

プロールは背部のパトランプを掴むホットスポットの手を不機嫌そうに払いのけながらそう答えた。

 

「レッドフットみたいにか」

ホットスポットは知り合いの特殊部隊長の名前を出した。

ちょうどその時、背後から迫っていた足音が不可解にも止まり、それを察知した彼が振り返るとそこにミックスマスターの姿はなかった。

ミックスマスターは後ろ肢を折り畳んでから大きく跳躍し、空中から二人に接近し、砲塔の射程圏内に捉えようとしていた。

 

「…彼らがビークルモードから武器を露出させるだけのただのトランスフォーマーと異なるのは_」

それに気づかずに話を続けるプロールの言葉を遮るように轟音と爆風が巻き起こり、二人の間を砲弾がかすめていった。

彼らのほんの数メートル先に着弾した砲弾は、けたたましい爆発音と爆炎を一瞬にして辺りに拡げた。

不安定な姿勢のまま行った砲撃の反動でのけぞったミックスマスターは空中で一回転し、四脚を地面に突き刺すようにして滑りながら着地するとすぐさま体勢を整え、続けざまに二発目を放った。

咄嗟に斧を投げ捨てて両手で盾を斜めに構えてプロールの前に歩み出たホットスポットだったが、半身を覆うシールドごと左腕を抉り飛ばされた。

「この火力か」

痛みに顔を歪めるでもなく、平然とそう言い捨てたホットスポットは足早に斧を拾い上げた。

 

当たりに酸の飛び散っている場所で弾を撃ったミックスマスターの体は砲撃と同時に黒煙にまみれ、それが晴れた頃には周囲の火が燃え移っていた。

「案の定奴に引火したぞ、取り残されて破れかぶれだな」

ミックスマスターが燃え移った炎に気を取られている間に、ホットスポットらは走り出した。

 

「彼らはその攻撃力を変則的かつ適切に行使出来る。体の一部としてな」

プロールはそう答えつつ、炎をまといながらゆらゆらとうごめくミックスマスターを見た。

 

「お前らだけは…逃しちゃおけねぇ…」

ミックスマスターは揺れる炎に身を焼かれ、ふらつきながらも、一歩一歩を静かに踏み出す。

 

「今のうちに隠れるぞ」

建造物とその残骸に囲まれていた通路も終わりに近づき、周囲にはうず高く積み上げられたコンテナが現れだした頃、ホットスポットが小声で言った。

 

「あの跳躍力と砲の射程を鑑みると、奴を倒さずに撤退は困難だな…」

「となれば待ち伏せぐらいしか手がない。ホットスポット、あそこのコンテナ群の上から斧で叩き潰せ」

 

ホットスポットはその指示を聞くやすぐさま片手で斧を持ったまま両足で器用に飛び上がり、配置についた。

「囮任したかんな」

「得意の弁舌でとにかく煽りまくれ」

 

「了解した」

プロールはホットスポットの顔を見上げると、かすかに顔をほころばせてそう返した。

 

「そこかぁ!!」

燃え盛る音と、機械の駆動音とを綯交ぜにしたかのような音を響かせながらミックスマスターが迫る。

前後の可動肢を慌ただしく動かしながら猛然と接近しプロールを射程に捉えると、すぐさま四肢を地面に突き立て体を滑らせながら急激に勢いを殺す。

その体躯が静止したまさにその瞬間、三発目が放たれた。

 

プロールは一射目と二射目の動作から発射のタイミングと弾道を見切り、最小限の動きで避けてみせた。

「動きが遅いな…怖気づいたか?」

 

「何だと…?」

ミックスマスターはわずかに後ずさり、戸惑いがちに呟いた。

 

「その距離では当たらんよ。出来るものなら捕まえてみたまえ」

両手を広げ、呆れた調子でプロールはおどけてみせた。

 

「…もっぺん言ってみろよ」

ミックスマスターはプロールの自信に満ちた顔を目にして静かに激昂した。

 

「聴覚にまでガタが来たか?」

「あの"嵐の巨人"の左足だったんだろう?もっとやるものと思っていたのだがな…」

ミックスマスターの近くのコンテナに移ったホットスポットと目を合わせ、プロールは彼への合図代わりに伸ばした両手を前に翻すようにし、動作も交えてミックスマスターの注意を引いた。

 

もはや何も言わずに静かにプロールへと迫るミックスマスターだったが、その過程でちょうどホットスポットの真下を通ってしまう。

「そぉらよっと!」

その瞬間、ホットスポットは右手に構えた斧を力強く振り下ろした。風を切る音ととも刃がミックスマスターに突き刺さる。

 

「やりや、がっ…たな」

オプティマスでさえ本来は両手で扱うサイズと重量の戦斧はモーメントと重力、そして高熱と振動によってその威力を増し、ミックスマスターを深々と切り裂いた。

彼の胸から下は切り落とされ、ほどなく燃え尽きた。

「許、さ…ねぇ」

 

「おっと。怒らせちまったらしい!…巻き添えに自爆でもしかねない勢いだな」

 

「消し飛べ!」

そう叫び前足だけで砲塔をホットスポットに向けようとするが、その動作を補助する後ろ脚をなくしたために鈍く重たい動きになり、ホットスポットはすぐさま飛び退いた。

 

「させん」

とどめとばかりにプロールは火炎放射器を投げつけて転ばせ、隠し持っていた唯一の武装であるハンドガンでそれを正確に撃ち抜いた。

 

「奴が燃え尽きるまで耐えきればこっちの勝ちだな」

「火事場は俺の独擅場よ」

ホットスポットは斧を掲げて意気揚々とそう言った。

 

「このペースだとあと十数分でお前のスパークは灼き尽くされるだろう」

ミックスマスターに迫り、プロールはそう告げる。

 

「ただで死ねるかよ…」

ミックスマスターの砲塔が四分割されたミキサー部と素早く合体し、ミックスマスターはそれを勢いよく上へ向けた。

 

「プロール!」

「また酸を出そうとしてる!」

ホットスポットが叫ぶよりも早く、粘着質の液体が周囲に放たれる。

 

溶岩流のようにも見えるそれはミックスマスターごとプロールを絡め取り、その動きを封じた。

「足を取られたか。私もガタが来たな」

そう言いながら持っていた銃でミックスマスターを撃った。

 

その残弾はたった二発だったが、プロールはそれぞれ的確に胸部と眼を撃ち抜いてみせた。

ミックスマスターは損傷で歪んだ体と顔を近づけてプロールに言った。

「抵抗も無駄だ。こいつは外気に触れるとほんの数秒で全体が固形化する」

「お前だけでも一緒に丸焼けになってもらうぜ、プロール」

 

「させられないな、そんな真似は」

ホットスポットは捨て身のミックスマスターを見ると声色に若干の憐れみと畏れを滲ませ、決然とそう言うと斧を構えて突進した。

 

「お前に用はない、先に向こうで待ってろ」

自身の右腕に深々と突き刺された斧にも動じず、ミックスマスターはそれを左腕で引き抜き、そばに投げ捨てた。

 

「ホットスポット!お前は撤退ポイントに向かえ、これ以上戦闘を継続するのは合理的ではない」

プロールはじわじわと身を焼かれながらも冷静に指示を叫ぶ。

 

「あんたの理論なんぞ知らん!」

ホットスポットは跳び上がってミックスマスターの上に乗って、全力で彼を殴り飛ばした。

 

あまりの膂力に固形化した酸ごとぶち抜かれ、ミックスマスターはプロールから引き剥がされるように吹き飛んだ。

だがミックスマスターはホットスポットに向けて、再度ミキサー部を向けた。

「ならお前には、こいつをくれてやる…!」

 

「ホットスポット!!」

そう叫ぼうとしたプロールの眼前で溶解液に直撃したホットスポットの右半身が消失して行く。

放出された液体の勢いのまま、彼はプロールの真後ろまで弾き飛ばされた。

 

「後悔…させんなよプロール」

小さくそう言い、力尽きたホットスポットの胸からは鮮やかかつ力強いスパークの輝きが漏れ出ていたが、プロールが彼を見た頃にはその光は消えていた。

 

「なぁポリ公」

絞り出すようなミックスマスターの声が低く響いた。

 

「遺言を聞いてやる義理はない」

かつてない程の渋面を浮かべ、プロールは崩れ落ちるミックスマスターを振り返った。

 

「自分じゃ気づいてねぇだろうがよ…あんたは最高のディセプティコンだよ」

ミックスマスターは乾いた笑い声を発しながら、ノイズ混じりのかすれた声でゆっくりと言った。

「残忍で利己的で狡猾だ、そして何より…_」

「強烈なエゴがある。どうして俺ら、付けてるバッジの色が違うんだろうな?」

そう言いながら、ミックスマスターはぎこちない動きでゆっくりとプロールの胸のエンブレムを指した。

「もしあんたが頭目だったなら、俺達はバラバラになんてならなかったろうに…」

そう言いかけた時、彼の片眼に大きくひびが入った。

 

「…付き合いきれん」

そうつぶやくように言い、プロールはかすかに俯いた。

 

「へっ…そ、うか…よ_」

炎に揺らめく視界の中、ミックスマスターはただプロールを見ていた。

彼の瞳は炎を反射して赤く染まり、辺りを覆う陽炎の中ではプロールの体は黒く、胸のエンブレムも紫に見えた。

彼はほんの一瞬存在したその光景を意図せず眼に焼き付けた。

最後に笑みを浮かべ、ミックスマスターは程なくして全身を炎に呑まれた。

 

「プロール!そっちの状況は?」

通信機から届く叫び声がプロールの意識を呼び戻す。

「このままだと全滅だぞ」

 

半ば唖然としたまま、プロールは思考を巡らせた。

「チャージャーか…」

「分かった、戦闘を放棄し合流地点へ向かえ」

ホットスポットの一撃のおかげで剥がれかけた酸を引きちぎり、体の火を払ってからプロールは力なくそう言い、自分の手足が動くか確かめた。

 

「クリフとハウンドを引きずり回しながら逃げろって?」

「といっても連中が逃してくれるかは………訊いてみるまでもないな。少々いいカッコし過ぎたよ…!」

「で今そっちはどこで何してる?」

 

「私とホットスポットは今工場のちょうど反対側だな。敵を排除し終えたところだ」

残っている方の肩を抱き上げてホットスポットを起こしながら、プロールはそう返答した。

 

「ん…ならアラートは?」

 

「残った人間達を連れて合流地点へ避難中のはずだ、今から我々も向かう」

その言葉を最後に会話を終え、プロールは燃え続ける周囲の瓦礫も、その中に小さく残った焼け跡も振り返らずに去った。

 

 

 

 

行きと同じように輸送機に積み込まれた面々はようやく帰路につくことが出来た。

「それで?俺らの星での初任務はどうだった?」

操縦士があくび混じりにそう尋ねた。

 

「全滅しなかっただけマシと言えるな」

瀕死のハウンドは同じく死にかけのホットスポットとプロールとともに先行して帰還したため、ウィンドチャージャーが相変わらず不機嫌な顔のままそう答えた。

 

「不死身がどうとか抜かしてた赤い奴はどこ行った?」

副操縦士がふと思い出したようにチャージャーに訊く。

 

「「それなんだが…」」

揃ってほぼ同時にそう言ったアラートとチャージャーとが、機内の床に散らばる残骸を見た。

 

「呼んだか?」

雑多な破片の中からその声とともに右手が飛び出した。その腕は飛び跳ねるように這い回りながら胴体の右半分に近づき、すると磁極同士が引きつけ合うようにその肩口へと接続され、破壊される前の形へと戻った。同じように脚や腕がそれぞれの胴体へと結びつき、頭部ごと両断された胴体も噛み合うように接続される。

その瞬間、双眸とスパークには蒼の光が戻り、それと同時に痙攣するように手足が不規則にうごめいた。

 

「うわ…、生きてるんだな」

痛々しい傷跡を全身に残し、焦点の定まらない瞳のまま頭部の角を撫でているクリフジャンパーを見、操縦士らは気味悪げに言う。

 

「左右半分に引きちぎられたんだ、いくらサイバトロニアンとはいえ無事じゃ済まない」

「…普通はな」

チャージャーはそう言いつつ、呆けたクリフの方を見やって、その頬を強く叩いた。

 

「でもこいつはこうなんだよ、色んな意味でな」

アラートは軽く頭を抱え、怪訝そうな顔をして答えた。

 

「これもプライマスの加護ってやつかね」

顔を叩かれた勢いで数周した頭部の回転が止まり、何事もなかったかのようにクリフは意気揚々と大口を開けた。

 

「死神に嫌われてるだけだろうよ」

アラートは目をそらすようにしてそうつぶやいた。

 

「あれ、アラート…なんで一人増えてるんだ?」

クリフはふとアラートの足元に転がっているサイバトロニアンの姿に気がついた。

 

「合流地点に向かってる途中出くわしたんだよ、その後プロールに言ったらついでに拾っていけって言われたから」

アラートはそう答えながら、横たわる損傷のひどいボディを引きずり、クリフにその顔を見せた。

 

「誰だっけこれ」

灰色と紫、そして黄色で彩られた細く繊細なシルエットが彼の視界に映る。

「…おいおいディセプティコン連れて来ちゃったのか!?捕虜かぁ、やれやれ…面倒なのはここからだな」

クリフが足元のディセプティコンの顔を覗き込んでそう言いかけた時、彼女の眼に光が灯った_

 




この章は番外編を含めず全11話ほどに収める予定です(今出来てるのはそれぞれ2~3割程ですが)執筆の同時進行のせいで矛盾なり齟齬なりが生じている可能性が高いので容赦なく指摘していただけると幸いです
説明した気になってる設定も多いですしね
ちなみに拙作のコンストラクティコンは大半が故人なので六体合体出来ませんが、元々一個の独立した生命体が分裂しちゃったのが今の彼らなのでどのみち再合体は出来ないです。
さながら六等分の土建屋って感じですかねー


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番外編:はこぶね

どうも、忌明けのポヴァです。
今回は散らばった要素をまとめていく感じの回となります。
視点はアーク→クンタッシ三(四)兄弟です。


「…我の眠りを妨げるは誰ぞ」

我は思考するより早く、そして明瞭に言を発した。

我は目覚めぬ筈だった。嘗て王は我を永遠に封じるよう配下に命じられた。

「何故、今になって…」

而して期せず覚醒した意識が感知した異変は其れだけに留まらなかった。

ふと体の内側から懐かしく暖かな光が広がったのを感じる。

放たれた光は弱々しくも素早く体の隅々へと行き渡り、宵闇に沈み曖昧だった我と外との境界をじんわりと染めて行く。

其の仄く蒼い光は正しく王の証たる、叡智を包む結晶のものだった。

聖なる律動にうかされたかの様に我は目を凝らし、緑の光条を岩々の隙間から微かに天へと巡らせた。其の光は触れた岩を瞬く間も無しに塵芥へと変える。

眼前の景色を遮る岩々を消し飛ばすと、其の向こうに在ったのは緩やかに昏くなり行く空であった。だが其処に浮かぶ星々の並びは我の知る物とは異なっていた。

故郷の空には二つ、時期に依っては三つ…否もっと多くの衛星が大きく輝いていた物だったが…

衛星が一つしか無い夜空という物は考えられない光景であり、慣れ親しんだあの景色と比して何と寂しい物だろうかと、小さく息を吐く様に低く呻った。

そうして天に向けていた意識を体に戻すと、体と岩との隙間から吹いた風がふと我を軽く撫で、其の儘に通り過ぎていく。

此の姿で倒れ伏している以上、頭を回して確かめる事はもはや叶わなかったが、表面の鎧から感触や温度を知る事は出来た。

その結果からして、やはり我の横たわる体躯を支えているのは懐かしき金属の大地では無い様だった。

我は眼窩から発した光を収め、体内の独立情報制御機構との通信を試みた。

「テレトランⅡ、応答せよ…テレ、トラ…ンⅡ_」

繰り返し呼び掛けた時にふと、動作が覚束無くなった。

其の事から体内の燃料の殆どが残っていない事に気がつくのにそうはかからず、同時に眠っていた間の旅路の過酷さも朧げながら悟る事が出来た。

同時に此の異界が旅の、そして旅人たる我ら自身の終着点に相違ない事を理解した。

明瞭になりつつあった視界が再び曖昧な物になる中、辛うじて機能する聴覚から我は程近くに接近する物体の在る事を微かに感知した。体の調子が十全であればもっと早くに感づけたに相違無いが…我の中にいた"操りし者"の意識も既に無いのだとしたらそれも無理からぬことだ。

そして今、我がどうにか知覚できたそれらは幾つかに分かれて地上から迫っている様だったが、其の詳細を確かめる時間は多く残されていなかった。

意識が急速に薄れ行く中、我は最後の力を使い接近する物体の方向に向け、己を律し規定する規範に従い艦に残った全ての攻撃力を解放した。

 

 

 

 

今、俺は先日捕まえたディセプティコンが意識を取り戻すのを待っている。

この前工場から帰る道中、輸送機の中で目を覚ました時は流石に慌てたものだが、チャージャーの磁力とクリフの馬鹿力でどうにか沈黙させることが出来た。

しかし、目の前の彼女から得られる情報の中に有益なものがあるかは、実を言うと少々…疑問だった。

そもそもどのような手段を用いて訊き出したものか、俺はまだ決めかねている…

 

「その音…誰だ?」

物思いにふけっていた自分の意識を引き戻すように、どたどたという足音が迫って来た。

 

「ようアラート。俺だよ」

「どうだい調子は?」

騒がしい走り方で迫ってきたクリフはそう言った。彼はなぜかいつも陽気そうな笑みを浮かべている。

 

「…別に」

その様子に俺は少し辟易し、にべもなく突き放す。

「分かってて訊いてるようならその角折るぞ」

 

「あー…捕虜の見張り役だっけか」

若干の申し訳なさを見せながらそう言う彼の姿はわざとらしくも見えず、この単細胞はシンプルに忘れていただけのようだった。

 

「それと目を覚ましたら尋問だ」

鬱屈とした気分のまま溜息じみた排気をしつつ、体ごと彼の方を向いてそう返す。

 

「アークに引きこもってるサンストリーカーに来てもらえよ」

クリフはそう言うが、数百万年の時間を共に過ごして来た兄弟として、一つ確信に近いものがある。

あの難物は決定的に他者の扱いに向いていない。

 

「駄目だな、せめてサイドスワイプの方がいいか?でもあいつバカだしな…」

俺と同じことを思ったのか、クリフは考え込むような仕草をして、小ぶりな体躯を更に丸くした。昔どこかよその星で見た赤いボールみたいな虫に良く似ている。

 

「お前がそれを言うか…」

気がつけば俺は呆れ混じりの漏れ出るような声で、半ば反射的にそう言っていた。

 

「ねぇ」

艷やかかつ冷徹な声が辺りの空気を震わせる。寒気のする刺々しい風が運ばれてきたかのような錯覚が、俺のセンサーに訪れた。

「…あたしもお話に混ぜてくれてもいいんじゃない?」

正面に向き直り、その姿を見るとにわかに自分の意識が先鋭化されて行くのが感じられた。

 

「げぇ」

「またなアラート!」

クリフジャンパーは眼前のディセプティコンに対して面倒そうな顔と態度を隠しもせず、踵を返した。

「チャージャーに呼ばれてたのを思い出した!」

「フルステイシスのルールを人間達に教えてやらないとなんだ!!」

 

「逃げたな」

そう軽くつぶやき、それを最後に意識を切り替えた。

立ち振る舞いや言葉は非番の時のものから保安員としてのそれへと、自分の中で緩慢に…しかし明確に変化していく。

「さてサンダーブラスト。気分はどうだ?」

 

「まぁまぁね…確か、あんた…レッドアラートだったかしら?」

サンダーブラストは手足に枷を付けられた状態で座らされ、更に椅子に縛り付けられていた。

 

「ようやく俺が色替えしたサイドスワイプじゃないと分かったらしいな…迷ったらこの頭で見分けろ」

俺は頭部の二つの突起を指してそう言った。

 

「傷だらけの方がアラートって訳ね」

サンダーブラストはそっけなくそう言い、斜に構えて俺を見た。

俺の頭部は左側面に大きく切り裂かれたような跡が残っている。とある事情から修繕は行っていないが…そろそろ皆に理由を告げるべきだろうか?

…ちょうどそんなことを考えていた時、部屋の入口から音も立てずに滑り込んだ影があった。

敵に侵入されたかとも思ったがよく見ればそれはしなやかなフォルムを持つ四足歩行の小さな…しかし頼れる仲間だった。

「スチールジョーか、いいタイミングで来てくれた」

その言葉に耳を傾ける素振りも見せずに彼は軽く伸びをして、ひょいと肩に飛び乗った。またブロードキャストの中から勝手に出て来たらしい。後で俺もまとめて怒られそうな気もするが…

左手で軽く撫でてやると彼は気ままにゴロゴロとギアの軋むような音を発した。

「さて、ディセプティコンについて知りたい情報ならいくらでもある…それをお前から訊き出す手段もな」

発声回路から絞り出すような低く重いトーンのままそう言うと、スチールジョーも一転して同調するような歯ぎしりをしながら唸った。

「手始めに手足を鋳融かして拷問器具の素材にでもしてやるところからか」

そう告げると彼女の顔色がにわかに曇るのが感じられた。

…別にこの言葉は脅しではないし、実際昔はそうした処置をすることも少なくなかった。自分には元々医師を志していた時期があり、その手の技能は多少有していた。

「事と次第によってはスチールジョーの隠された機能をお披露目することになる。それを見て来た全員に知らないまま死にたかったと言わしめた物をな」

スチールジョーはブロードキャストの中に籠もっていることが多いが、彼とて単なる諜報だけが任務だった訳でもない。

誇るべき戦闘力があることからも分かるように、暗殺や拷問もお手の物である。

だが、この話の内容は半分ハッタリだ。

彼にそこまで過激な機能は搭載されていない、はずだ…恐らく。

 

「…そ、その前に一つだけ!」

「なんであんたにはあたしのシークレットパワーが効かないの?」

重苦しい部屋の空気を吹き飛ばすように彼女は棘のある声色でそう問うた。

 

「最初にここはどこかと訊きそうなもんだが」

この基地の場所を突き止められてしまう危険を侵さずにアークに連れて行った方が良かったのだろうが、ここは少なくとも今にも動力が落ちそうなアークよりかは安全な場所だった。

 

「じゃあそう訊けば教えてくれる?」

俯きがちに問い詰めるような眼差しでサンダーブラストは俺を見た。

 

「まさかな」

スワーブあたりなら彼女のこの表情に悩殺されていただろうと、ふと思った。

「…あの後プロールから聞いたんだが、お前の力は相手を魅了して操ることだそうだな」

聞けばサンダーブラストの名はそこそこ知られていたらしく、そのせいか俺が捕獲したのが彼女だと知った際はかなり驚いていた。

もっともこの場合、初の戦闘でいきなり敵を生け捕りに出来たことへの驚きがその半分以上を占めるのだろうが…

 

彼女は俺の言葉を聞くと先程までのような眼を見合わせるような動作をやめてわずかにのけぞり軽蔑混じりの睨めつけるような顔をした。

「なーんだ、結構有名だったの」

 

「奴いわくお前に差し向けた部隊が操られて同士討ちの果てに全滅なんて話も何度かあったらしいが」

彼女の能力は眼と眼を見合わせることが発動の条件なのか?

思えば輸送機の中でもまずチャージャーの顔を覗いていたが…あれも恐らくは彼の眼を見ていたのだろう(すぐに磁力で弾き飛ばされたが)

その勢いのままクリフの方に行った時はクリフの眼を見ようとしていた。

しかしあの単細胞にそんな高尚な仕掛けが通じるはずもなく、全力のパンチであっさりと沈黙させられていた。

彼女の整った顔立ちが歪んでないといいが。

ただこの気持ちはサンダーブラストへの同情というよりかは、誰しも有している価値や美しさを持つものが破壊されることへの忌避感や惜しさといったものに近いのだろう。

 

「えー?覚えてなーい」

にべもなくそう言いながら、彼女の顔は愉悦に浸るように色んなパーツが跳ね上がっていた。

 

「調子狂うな。そもそもその能力が効かないのは俺だけか?もしそうなら、その力でお前がディセプティコンの幹部らに取って代わることだって出来ただろうに」

俺は単純な興味と知的好奇心からそんな疑問をそっけなく投げかけた。

こうして語らせていくうちに彼女の口も軽くなるだろうという意図もなくはない。

 

サンダーブラストは表情を変えながら思案し、しばらくしてから答えた。

「いいわ、教えてあげる…まず、メガトロンにはそもそも近づかせてもらえなかった。居場所を知ってる奴はごくわずかだし、そもそも万が一失敗でもしたら命はないじゃない?」

 

「お前なんか能力がなきゃ俺でも倒せるぐらいだしな」

戦闘の経緯は…ごく単純だった。

何人か逃げ遅れた人間を乗せながら合流地点に向かって走っていた時、ちょうど待ち構えるように進路上にサンダーブラストがいた。

彼女は手に持ったランチャーからミサイルを一気に全弾放ち俺を吹き飛ばそうとした。

俺は中の人間達の乗り心地や車内の快適性を引き換えにした全力疾走で辛くも回避に成功した。リアが少し焦げたが。

その場で変形しつつ乗員達を外へ放り出して(後で知ったが、一応軽傷で済んだそうだ)奴のもとへ足を使って走った。

俺は全力で接近して距離を詰めてすれ違いざまに飛び蹴りを胴にクリーンヒットさせ、そのまま弾き飛ばされたサンダーブラストは沈黙する…かに見えたが素早く体勢を整え、着地すると同時に跳び上がって蹴りをかまそうとしてきた。

そのハイキックを避けきれずに傷のある方の側頭部に喰らい、俺は視界が揺れ動く中、地に倒れ伏した。

聞こえるのはノイズ混じりの電撃音だけだった。

傷口が開いたせいで起きた漏電現象の音だと理解した頃にはサンダーブラストは悠々と俺を蹴り飛ばして転がしていた。

一瞬、空が見えたかと思ったら、俺はそれを覆うように上下逆さになった奴の顔が近づけられたのを見た。

煌くような蠢くような視線を俺に向けながら、奴は口をゆっくり動かして何かを喋っていたが…頭の寿命が縮む音にかき消されて俺には何も聞こえなかった。

彼女は屈み込んで顔と顔とが触れ合う程に近づいた。

ちょうどその瞬間。

体の制御が戻ったのを俺は本能的に感知し、眼前に迫る顔に思いっきりの頭突きをかましたのだった。

今まで煩わしいとしか思ってこなかった頭部の放電現象はこの一撃に想定以上の威力を付加することに成功していたらしく、彼女は一撃で完全に沈黙した__

 

…と、そんな経緯を思い出したからか、サンダーブラストは悔しさと鬱陶しさを滲ませた顔になった。

「…ほんっとそういう言い方嫌い。油断してなきゃあんたぐらい訳ないっての…」

この言葉も嘘ではない。その後気づいたことだが、彼女はまだ小型の銃を隠し持っていた。

「まぁ後は?…スタースクリームが好きなのは自分だけだし、サウンドウェーブはペットどものガードが堅いし、ショックウェーブは感情と呼べるものなんてほとんどないし、ブリッツウィングは戦うだけのバカだし、アストロトレインには逃げられるし」

彼女の語り口がにわかに勢いづいて来た。

 

「ならオプティマスは?その能力を使って敵の大将首を取れば幹部に昇進するのは確実だったろ」

彼に対してあの妙な能力が効くのかは確かめておく必要がある気がした。

いずれにしても俺達の司令官に近づかせる訳にはいかないだろう。

 

「プライムの場合は…」

そこまで言いかけると彼女の顔が、恐怖に歪んだ。

「あ…あの時が一番恐ろしかった」

 

「オプティマスは誰かを愛したりしなさそうだな」

うなだれる彼女にあえて軽くそう返し、続きを促した。

 

「違うのよ、その逆だったの」

その顔はにわかに慄いていた。

「あいつの愛は大き過ぎた…惑星すら覆うほどに…サイバトロン星を丸ごと愛してるなんてほとんど狂人だわ」

 

「へぇ」

無感情にそう返事をしながら、ふと昔聞いたある話を思い出した。

前アイアンハイドが話してくれたが、オプティマスに友人の写真を見せてくれと言ったら、なんと彼はサイバトロン星の写真を見せたらしい。まだウィングド・ムーンが衛星軌道上にあった頃にあそこの展望台から自分で撮ったものだそうだ。

あそこはそう気軽に行ける場所でもなかったはずだが、アイアコンガードの隊長としての権限を行使でもしたのだろう。

…写真一枚のために?

俺が知る中で二番目に大きな公私混同と職権濫用だ。

ま、実行犯は一番目と変わらんのだが。

 

「メガトロンより相手したくない」

頭を垂れてそう言ったサンダーブラストを見やりつつ、その意見に密かに同意した。 

 

「シークレットパワーとやらが効かない俺も今のどれかに当てはまってるのかも知れんな」

 

「…何か原因があるはず。例えばさ、あんた…恋人を亡くしたりしてない?」

サンダーブラストは無神経にそう訊いてきた。

 

「命を預けあった仲間なら大勢亡くしたぞ。兄弟さえ惨めに殺されたさ」

よりにもよってディセプティコンに連中のことを訊かれたからか、今の自分がこの土くれの星に降り立ってから一番殺気立っているのを、近くの箱を蹴り倒したその少し後に自覚した。

金属でできた箱が転がる音が低く重く部屋に響く。俺の語調に低く重い怒気が滲んでいたせいか、スチールジョーはかすかに怯えているようにも見えた。

 

「兄弟を殺されたって…誰それ?あんたには二人兄弟がいるじゃない」

「味方殺しのサンストリーカーと_」

 

「……それ絶対本人の前で言うなよ、体中をハニカム構造みたいにされるだけじゃ済まん」

実際、そうなったオートボットは多い。そうなったディセプティコンはもっと多い。

…あいつがまだオートボットでいられることについて俺の中に疑問と納得が同居している主な理由はこれだ。

 

「あと元レーサーのサイドスワイプ君」

俺は昔から有名なあいつに間違えられてばかりだったし、その名を聞こうともはや大した感慨もなかった。

それにしても君付けとは…

 

「知らないのか?俺達はずっと四人で生きて来たんだ」

ムッとして俺は衝動的にそうは言ったものの、考えてみれば四人でいた時のことを知ってる奴はもう殆ど死んでいる。

「俺とその二人と、あとコルドンだよ。ずっと昔にデッドロックに殺された」

奴を殺すためサイバトロンに残るか、かつての俺は随分と悩んだ。

結局その仇討ちはホットロッドに託すことに残った兄弟全員で決め、俺達はアークに乗った。

 

「あぁそう。で、他には?大事な知り合いとかさ」

彼女は顔を横に傾けると、興味なさげに続きを促した。

 

「…そうだな、サイバトロンに置いて来た奴らの中で特に心残りなのは…シュアショット、パイロ、そしてインフェルノか」

俺は四百年ほど前に見たあの消防車どもの顔を思い浮かべてそう言った。

彼らももう生きてはいまい、と思うと一抹の寂しさがスパークをよぎる。

「恋人もなにも、そもそも俺はファイアスター以外の女性型とろくに話をしたこともないぞ」

 

「へー」

そう言ったサンダーブラストは無関心そのものといった面持ちになっていた。

「一体だけでもいるんじゃない、女性型の知り合いが」

これがどういった種類の感情に起因するものかは分からないが、辛うじて言えば…嫉妬めいたものをかすかに感知し、俺は話題を他の差し障りのないものに変えるべきだと判断した。

「そもそもお前のような女性型がなんでまだ戦争に残ってるんだ?」

それはこの星でこいつを最初に目にした時からの疑問ではあったが、答えに全くの見当がつかない訳でもなかった。

とっさにより適切な話題が思いつかなかったのだ。

 

「別に?あたしだけじゃないけど、残ってるのは。全部合わせても両手の指で数えられるぐらいでしょうけどね」

彼女はそう言ってから無意識に両手でジェスチャーをしようとしたらしいが、拘束されていたため徒労に終わり、両手のある位置をバタつかせながら軽く身をよじっただけだった。

 

「三百人だか四百人だかいた女性型はその殆どが船でサイバトロンを脱出したはずだぞ」

女性型が戦争に利用されることの危険性は当初から指摘されていた。彼女らのシークレットパワーの存在はあまりに重く、中には戦局を一変させうる能力まであったと聞く。

結局、ボタニカやオーバーライドらがよその星への避難計画を主導した。

そもそもの発案はジアクサスだった。

つまり時期は恐らく星のコアが封鎖されるほんの数サイクル前だ。

船の名は、確かオギュイギアとか言ったか。

計画の性質上、当然乗員は全員が女性型だった。

……忍び込もうとしたバカを何人か知ってるが。

 

「どうして女性型のサイバトロニアンがそんな扱いになったかは?」

サンダーブラストの艶やかな声が俺を現実に引き戻す。

 

「百八十億の総人口に対して、女性型はそれだけしかいなかった。あまりに希少だったからだろ」

パーセプター曰く、サイバトロン星はこの星系で最も大きな惑星と概ね同サイズらしい。そういえば"オーバーホールの回数より多くウーマンタイプと会った奴はいない"というのが、昔の勤務地の近くにあった下品な酒場での定番のジョークだった。

…ちなみに、これを広めたのも店主だったスワーブだ。

実際、よっぽど特殊な職に就いていなければ一生のうち数体も出会うことはないとされていた。

 

「彼女らのほぼ全員がシークレットパワーを持ってたことは知ってた?皆能力の種類は違ったけど。そのファイアスターちゃんの能力は何だったの?」

 

「言うなればテレパシーだ」

ずかずかと無遠慮な口調と内容に対しての憤りを押し殺しつつ、努めて無機質に短く返した。

 

「さぞ仲が良かったんでしょうねぇ」

幼体をあやすような口調で煽りつつ、サンダーブラストは意地悪げにそう返して来た。

 

「そう思うか?」

卑下するような視線を意に介さないようにしつつ、俺はそう言い返した。

 

「顔に出てるもの」

「…まぁそれはともかく、かつて強力な能力を持った希少な存在として、私たちは皆宝のように扱われてた」

「眷属達の伝説は知ってるわよね」

 

「多少な」

この後苦手な話題が出て来るような気がして、俺は自然とそっけない返事をした。

 

「"四人目"はその中で唯一の女性型で、蜘蛛の下半身と人型の上半身を併せ持っていたそうよ」

「エルロンの与太話をどこまで信じていいかは分からないけど、彼女に言わせれば…私達が半神的な存在な理由はね、サイバトロンと一体化することで命を育む"礎"と化した彼女の…直系の子孫だからなんだとか」

 

「その手の宗教臭い話は嫌いなんだが…」

又聞きにしてはなんとも流暢な講釈を聞いてるうち、本来の目的を達成するのにこれ以上の時間を費やすのが億劫になった。

「十分付き合ってやったぞ、そうだろ?これ以上の回り道はごめんだ」

「下らんお喋りに満足したなら、そろそろこちらが必要としていることについても訊かせてもらおうか」

 

「あっそ。どうせあたしの知ってることなんて大してないわよ」

拗ね気味にそう言いながらもサンダーブラストの表情は明るく、どんな話題にしろ会話を続けたくて仕方がないようにも見えた。

 

「味方の情報を教えることに抵抗は?」

そんな疑問がふと口をついて出た。

 

「強い奴について行くだけよ、あたしはあたしにとって一番強い奴の味方って訳」

彼女はそのなんとも薄っぺらく浅はかな矜持を誇らしげに語る。

信用に値するかは甚だ疑問だが、少なくとも今のところ表面上はオートボットについたらしい。

 

「さ、何から訊きたい?」

そう言うと今度は自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべた。

 

…無邪気にコロコロと表情を変える彼女を前に、俺は今日一日ここから出させてはもらえないだろうと半ば確信し、スチールジョーにラムホーンを呼ぶよう伝えた。

 

 

 

 

ベース217、その中心部とも言えるドーム状の司令室の端っこの方の空間に寝転がりながら、俺は誰に尋ねるともなく言った。

「アークってそもそも何なのさ?」

 

「なぜ今そんなことを気にする。お前が今やるべきことと何か関係があるか?」 

一段下にいたアイアンハイドが言った。

戦っている時とは違って、こうして部屋に詰めて事務作業をしているこの人はどうにも覇気がなく、わざわざ揃って新調した赤もどこか錆びついて見える。

手伝いに駆り出した俺がこんなとこで寝っ転がってるからかもしれないが、そもそもその手の仕事に俺を呼ぶのが間違いというものなのだ。

 

「艦種はヴァンガード級深宇宙艇だ…だが元々ただの船ではない」

 

「へぇ?」

どこからか聞こえた声に軽く相槌を打って俺は続きを促した。

 

「かつて"アルティメット・オートボット計画"というものがあった。戦中…ポリヘックス奪還作戦に向けて全軍が準備を始めつつあり、失地回復が現実味を帯びて来た頃の話だった」

見れば声の主だったプロールはサイバトロニアン用の通信端末に目を凝らし、人間サイズの書類にも(外付けの連装モノクルを使いながら)器用に目を凝らしていた。

「……ところで"最初の戦争"において、最も活躍した戦士は誰だと思う?」

 

「また随分と話が飛んだな」

この利己的で粗暴で陰湿な参謀殿にしては珍しい茶目っ気のある口調に驚きつつ、俺はそんなことを言った。

 

「少々付き合え、無関係ではないんだ」

プロールは俺の言葉を聞くと山積みの資料から目を背けつつ、俺に言った。

 

「…しかしそんな何千万年も昔のこととなるとそれこそおとぎ話みたいな物語しか知らないな」

下層都市のチンケな家で同居してた俺達の中で、コルドンだけはその手の話が好きだった。

あいつの講釈は俺には響かなかったが、近所の連中には大層受けたらしい。

彼の休暇の過ごし方は主に歴史の講釈を聴かせることだった。

…相手と場所を選ばずに。

 

「剣士スターセイバーと忠龍デスザラスの話とかか?」

アイアンハイドが気だるげに口を挟んだ。

 

「あーそうそう。他に何があったっけなー」

そう空返事しつつ、俺は適当に話を合わせて適性のない労働から逃れようとした。

 

「口を動かす暇があるならいい加減仕事をしろ」

アイアンハイドは片手で造作もなく俺を持ち上げ、プロールのいる中央の通信コンソールまで転がした。

視界が目まぐるしく移り変わる。

 

「双雄サンダークラッシュとダイアトラスの話は外せんな」

部屋の入口の辺りから重い足音とともにそんな声が聞こえてきた。

重厚ながら張りのある、一度聞いたら忘れないと大抵のサイバトロニアンが評する声だ。

…どうやら彼が来たらしい。

 

「オプティマス?何しに来たんです?」

俺は視界が逆さのまま、プライムを見上げてそう尋ねた。

 

「それは私のセリフだサイドスワイプ。君が高速戦闘員からボールに役職変えをしたという話は聞いていないぞ?」

俺がオプティマスのユーモアのセンスに言及するのは避けるとして、その柔らかな口調からはなんとなく上機嫌なのが伝わって来る。

「プロール、私とパーセプターは少し用事があってここに来た。将軍を呼び出したい」

その声色のまま、オプティマスは中央の装置を挟んでプロールの真正面に位置した。

 

「了解です」

俺は新しい体になったばかりで慣れていないのとタイヤやらの重みのせいもあって立ち上がることが難しかった。

あんまり暴れるとボディに傷が付くな…

「あー…それとオプティマス?サイドスワイプは続きが聞きたいらしいですよ」

じたばたする俺を見かねてかプロールが装置を操作しながら言った。

 

「サンダークラッシュはサイバトロンの歴史上最も偉大な勇者の一人だ。私の師父でもある」

「しかし…ディセプティコンとの戦いが始まってからは、もう当時のことを知るオートボットはそれこそカップやウルトラマグナス、スカイリンクスぐらいだったか」

彼は拾い上げるようにして俺を両手でひっくり返し立たせた。

 

「記録によれば後のゼータ・プライムはマグナスともども一兵士としてこの戦いに参陣していたそうだ」

オプティマスに続いて入って来ていたらしいパーセプターがそう言った。

 

「当時はマグナスの方が上司だったんだっけな…彼は酔うと毎回その話をしてた」

疲れ果てたらしいアイアンハイドは"頬杖をつく"とかいう動作をしてぶっきらぼうに呟いた。

 

「英雄譚ばかり後世に語り伝えられていった結果、真に勝利をもたらした者達は記憶の彼方に忘れ去られていくこととなった。それが巨神達だ」

プロールは両手の軽いジェスチャーを伴いながら普段より饒舌に語る。

 

「誰それ」

そんな様子を見て自然と、俺の返しは随分と味気ないものになる。俺はしばし考えを巡らせ、ハウンドがよく使う巨人のホログラムを連想した。

「あぁ…ハウンドのあれもそうなのか?確かハロニクスとかいったろ」

何でかあいつはあの技をよく使う。

ハウンドは彼の姿が最も相手の本能的な恐怖を呼び覚ますのだとか理屈を並べてたが、結局のところあいつがハロニクスのファンなだけだと思う。

 

「彼だけがそうだったという訳ではないのだけどね」「ヴィジレム」「グランダス」「クロートン」「アイアコナス」「ハイタイド」「ウェイポイント」「ブレイブ・マキシマス」「オートノマス・マキシマス」「ハロニクス・マキシマス」「ダイミクロン・プライマル」「オメガ・スプリーム」「メトロ・フレックス」「13の巨神がいたとされている」

パーセプターの早口は興味や好奇心の高まりによって更に加速する。

聞いたことのあるようなないような名前の羅列に俺の興味はどんどん減退する。

 

「へー…戦争が終わった後は?」

最初の戦争がいつ始まっていつ終わったのか、俺は知らない。

そもそも何と戦ってたのかすらよく知らない。

ほとんど神話とか伝承とかそういうのの類だからだろう。

…それとも何かが隠されているのだろうか?まさかな。

 

「最後には皆星と一体化した」

「文字通りな」

プロールは平然とそう言った。

つまり死んだってことか。星と一体化…

…俺はふと、ある場所を思い出した。

「そういやアイアコンのオートボット本部ってさ…」

あそこは妙な場所だった。

不定期に息づかいか鼓動のような振動が聞こえ、そしてたまに部屋の配置やらが変わった。

二十三階にあった武器庫は次行った時は十九階、その次には五十七階になっていた。

 

「察しがいいな」

プロールはおどけるようにそう言った。

誰でも気がつくだろうとは思ったが、単に皮肉を言いたかっただけという可能性を捨てきれないのがプロールという奴なのだ。

 

「たまに動いたんだよな、あれ。手の込んだ防犯対策かと思ったが」

俺もとぼけたようにそう返してやった。

 

「アイアコンガード時代からそうだったな」

オプティマスは力尽きてうなだれるアイアンハイドを軽く叩き起こしながらそう言った。

 

「…確かそのせいで初日に大遅刻をやらかした訓練生がいましたな。誰とは言いませんが」

おどけるようにそう言ってから、アイアンハイドはその場でトラックに変形した。

これ以上働かされる気はないという彼なりの意思表示だ。

俺をオートボットに引き込んだ時からこの人のこうした根の頑固さ…というかある種の幼稚さは治っていない。

微笑ましいような呆れ返るような感情を抱え、俺は微かにその様子を笑った。

 

「かつてサイバトロンに勝利をもたらした巨神達の失われて久しいその力を再現しようとして、アルティメットオートボットの計画は始まった」

プロールはそこで話を仕切り直した。

アークの話に辿り着くまでの回り道はまだ終わらないらしい。

 

「ようやく話が戻って来たな」

俺は意趣返しとばかりに皮肉混じりにそう言ったが、彼にこの手の意図は大抵伝わらない。

 

「彼らには戦艦サイズのオルトモードが与えられる予定だったがオプティマスは資源の浪費だとして建造を中止した。その後になってジャズの提案で脱出船に転用されることになったという訳だな」

 

「あのままアルティメットオートボット計画を進めていた場合、最大の障壁だった資源問題さえ解決させられれば勝利していたのは我々だっただろう。その上ディセプティコンの支配地域は1%たりとも残らなかったはずだ」

「しかしその後に残るのは…廃墟と残骸、そしてそれらをもたらした大量破壊兵器だけだ。星の復興など叶うはずもない」

 

「私も当時同じことを聞かされたよ。ジャズもその場にいた…結論を言うと、アーク自体は元々一体のトランスフォーマーとして作られ、その後自我を封印された存在だ」

 

「へぇ」

もしそれが封印されてなかったとしたら?

…ふと、ある記憶が呼び覚まされた。

「なぁプロール、そういやマグナスと話してた準備って何のことだ?」

 

「…知らないな、聞き間違いじゃないか?」

 

「確かに聞いた。アークが出発するほんの直前にな。いや物のついでに話してくれって…何を隠すことがある?」

低くうなるような声色になり、俺はプロールにそう言っていた。

 

「オプティマス、将軍は"ラボ"の方にいるようで、現在通信は行えないかと…直接行ってはどうでしょうか」

プロールは俺の言葉を無視していた。

忙しない視線や手元に彼のうろたえる様がかすかに見てとれる。なんだかんだで彼はイレギュラーな事態には弱い。

 

「プロール、この前ハウンドらと一緒に人間達と話した帰りに何が起きたんだ?」

アイアンハイドが変形したまま、そう喋った。

俺の言葉を受けて何か思い出したらしい。

 

「アークからミサイルが勝手に発射されたそうだな。自動防御システムが動かせる状況だったとは思えんが」

険の混じったオプティマスの声色は一瞬にして場の空気を重々しく変じさせる。

「この件についての話はまだだったな、プロール?」

 

「ついでに言わせてもらうとだね私もオプティマスと同じ意見だアークの防御システムが機能不全を起こしていたことは確認が取れている」

パーセプターが誰かの意見に同調することは珍しい。

好奇心が刺激されそうな方に反射的についたといったところだろうか。

 

「巨人は本当に封印されたのか?」

「アイアコンの本部だってなんたらとかいうデカブツが変形した生きた姿だったんだろ?アークは違うのか?」

俺達はこの艦に乗り、短いようで長い間命を預けてきた…

が実の所アークのことを俺も皆も良くは知らないのだ。

 

「それは杞憂というもの_」

 

「そう信じさせてもらいたいものだな、プロール」

「私とパーセプターがラボから戻って来るまでにアークのスパークとトランスフォームコグをここに持って来い。この命令の意味は分かるな」

「…アイアンハイド、ここは君に任せた」

去り際にオプティマスは厳然とそう言い、もはやプロールに有無を言わせなかった。

 

 

 

 

俺は今、周囲の残骸と同調しつつある。

壁や床に散り散りになって横たわるもの達を感じながらスパークを鎮めている。

この星で言うところの…四百年前まで遡れば、彼らは皆自分と変わらぬ一個の命だった。

しかしながら戦いは我々から容易にそれを奪い去る。

斧や剣、あるいは銃弾によって胴が穿たれ、貫かれる音を聴いた。

鋼の体躯が引き裂かれ、内蔵機器が抉られた結果として、切断面から液体が迸るのを感じた。

苦悶混じりの戦士の雄叫びが、俺の聴覚に何かを訴えかける。

それらが俺のブレインの間隙を満たしていく。みっしりと…

その昔、小さな闘技場でグラディエーター紛いのことをさせられた時の残響とでもいうのだろうか。そうしていつも最後には誰かの「逃げろ」という声…

 

「……なぁサンストリーカーよ」

「兄弟の真似事か?何なんだそのステイシス寸前の体たらくは…そんなに黄色く丸まってるとまるでバンブ_」

 

「また俺のことを言いふらすか相棒?…"妄想癖の画家崩れ"ってな」

反射的に遮ってそう言い、苦笑混じりに振り返るとそこにいたのは。

「誰かと思えば…」

白と黒に彩られた自分の似姿でもなく、白一色の銃撃手でもなく、青と赤の不機嫌そうな面持ちの同僚だった。

「ギアーズか…何か用か?」

現実に意識が引き戻されていく感覚に悪酔いしながら、痛む頭を押さえる。

 

「もう聞いたか?パーセプター曰く、この星の金属だけじゃサイバトロニアンの修復は不完全なものになるらしい」

ギアーズは周囲の残骸を見やりながらそう言った。

数日前、一旦こちらに戻って来た際に"地上に存在する最高級の素材を使ったところで水増しにもならない"とかぼやいていた。

セイバートロニウムの欠乏がどうとか言っていた気がする。

 

「敵味方の死骸を漁ってるのもそのためだろ?」

集中を乱された結果として、いつかのように頭の中を虫が這い回り、痛みを伝播させていくような気分に歯噛みした。

アークの中に積まれている連中はサイドスワイプとホイストのおかげで半分片付いたものの、エネルゴンやら何やらを吸い出された後の抜け殻にはまだ素材としての利用価値が残っているという訳だ。

 

「…変な話さ。そうだろ」

ギアーズの口調は同意を求めているというよりかは、有無を言わせぬ押しの強さがあった。

 

今、俺はその言葉の真意を図りかねている。

敵仲間の死体を溶かして使うこと自体に忌避感があるオートボットもいるか。なるほど真っ当な感性かもしれないが、今となってはそんなものは大して役に立たない。

 

「そもそもアークはなんでこんな所に来た?」

投げかけた言葉に対して何らリアクションを起こさない俺を横目に、ギアーズは話を続ける。こんな星で目を覚ますよりずっと前から、起きているのはおかしな事ばかりだが…

それでも現状の元を辿れば半ば必然的にその話になる。

 

「さぁな、俺も知りたいよ」

「パーセプターの仮説とやらを聞くにどうやらサイバトロンの衛星軌道を出てネメシスとやり合ってるうちにワームホールを通ったらしいが」

俺の視界と思考の揺れはまだしばらく収まる気配がない。

 

「まずオプティマスの狙いはなんだ?彼は何の目的を持ってアークを打ち上げた?」

ギアーズは俺に背を向けながら後ろに手を組み鷹揚に語り始めた。自分に酔ってる奴がよくやる仕草だ。

 

「どういう意味だ…それは?」

 

「前々から思ってたことなんだが、アークは大きな艦だ。だが死んだ連中を含めても乗員が少な過ぎる。仲間を連れて星を脱出するにしては妙だ。サイバトロンに残ってるメンバーだって大半は連れて行けたはずだ」

落ち着きなく顎部に手を当てるようにしてから、ギアーズは首を傾けて語る。その目線や表情が揺らがないところを見るに、推測の中に何か確信めいたものを持っているようにも感じられた。

 

「運び出せるエネルゴンが少なかったのと、マグナス達が残って戦うことを選んだからだろう」

既に限界を通り越していたエネルギーの枯渇と最悪な戦況の中でも、誰かはあの星に残る必要があった。

というのも、ムーンベースⅡ陥落の時点でオートボットは様々な星に展開していた部隊全てに戦闘行為の中止と本星への撤退を命じ、降伏の準備をしていた。

ブラジオンの反乱でディセプティコンが傾きさえしなければもはや大勢は決していたと言っていい。

その反乱が起きる少し前、ディセプティコンが最も優位に立っていたその時期には一日に数万体のオートボットが殺されていたという噂さえあった。

圧倒的な蹂躙によってオートボットという組織は前線への通信能力や指揮系統に壊滅的な打撃を受けた。

…無論そうなる前に降伏の打診はそれこそ何度もなされていたのだろうが、絶対的な優勢という状況にあってメガトロンがそんな条件を呑む道理はなかった。

降伏が通らない以上は揃って星を脱出するしかないとしたオプティマスだったが、ジャズかマグナスあたりが残ってよその星の部隊の帰りを待つと言い出したのだろう。

その頃のサイバトロン上のオートボットの勢力圏は全土の25%ほどだったが、その領域内でも宇宙船を安全に迎え入れることは一応可能だった。

当然それまでに撃墜されなければ、の話だったが。

 

「……なぁストリーカー、ここだけの話だが…オプティマスはな、最初から艦ごとメガトロンを道連れにするために俺達をアークに乗せたんだ」

彼の抱いていた確信の正体はこれか…

オプティマスが脱出船を建造していることは当然メガトロンも把握していたに違いない。

そして奴はその対抗策、ネメシスとかいう名らしい新造の戦艦を作ることを選んだ…実際ここまではオプティマスの計算通りなのだろう。

メガトロンには他の選択肢もあっただろうが、結局彼は自らの手で宿敵を追い詰めることを選んだという訳なのか。

…しかし道連れというのは理解出来ない。

そこに理屈を結びつけるのは不可能だ。

俺は俺なりに積み上げた推理がそこで崩れ落ちるのを感じた。

 

「証拠でもあるのか?」

結局俺はそれを昔スワーブの店に屯していた陰謀論者どものような論理の飛躍だと断じることにした。早死する奴の特徴の一つだ。

 

「ジャズは言っていた。アークは脱出船として作り変えられると…」

「そこでだ、アークはアークになる前何だった?」

この地域の言語では"アーク"は災厄から逃れる脱出船だとか聖者の棺だとかいう意味らしい…ということを思い出しかけたが、ギアーズの口ぶりに謎かけを楽しむような素振りは一切なく彼はただ俺に問いかけていた。

 

「…あれもトランスフォーマーだって言うのか…?」

俺達にとって、そこらの施設やドロイドと同族のサイバトロニアンとの間には明確な認識の区別がある。セイバートロニウムやCNAなどが深く関わってくる(らしい)話で、それこそターボフォックスとルストワームぐらい違うのだが、往々にして他種族には理解されない。

しかし俺達にとってただの施設でしかない艦船や基地が、その実同族であるというケースも非常に稀とはいえ…ない訳ではない。

 

「ブロードサイドみたいな超弩級の個体だ。違うのは…自然に生まれたものじゃないって点だ」

ブロードサイドは空母に変形する。

甲板の上に中型艦数隻を載せられる程の巨体の持ち主でオートボットの持つ最大にして最強の戦力の一つだったが、今どこにいるのかは誰も知らない。

「昔、奴らが研究所の中で暴走するところを俺は見ている」

ギアーズは慄くように、体を微かに縮こまらせる。

…奴"ら"か、複数体となるとさぞかしこの世の終わりといった光景だったことだろう。

その中で怯え硬直するギアーズを想像すると…

少しだけ、滑稽だな。いやかなり滑稽だ。

 

「その欠陥兵器どもを転用したのがこの艦だってところまではなるほど理解したが、それがなんで俺達が捨て駒の生贄にされたことになるんだ?」

しかし結局アークの出自がどんなものであれ、それがオプティマスによる道連れ…ある種の集団自殺へと結びつくとは思えない。

戯れに叩いてみせたアークの壁も反応を返すことはなかった。

 

「恐らく消えたあいつ…」

「バンブルビーが鍵だ」

 

「……あの目立たない黄色の奴がか?」

思い出すのに少し苦労したほど、何の印象にも残っていなかった。

くすんだ土のような体色だったことは覚えている。

色同様、彼自身も目立たない存在だった。

「オプティマスでさえバンパーと区別がついてなかっただろ」

それでも彼は二度目にはきちんと差異を認識出来ていたから、あの記憶力はオプティマスの非凡な才の一つと言っていい。

 

「そう。あの"クリフジャンパーじゃない方"がだ」

ギアーズはゆっくりとそう言い、俺の方に向き直った。

二人は体色と角の形状を除けばほぼ同じ姿をしていた。

片やメガトロンの右腕をもぎ取りスタースクリームを半殺しにした歯止めの効かない猛獣、片や何の実績もない斥候。

バンブルビーにそんな個を否定するかのような蔑称がつくのも無理はない…"サイドスワイプじゃない方"だった身として、一抹の同情を禁じ得ない。アラートも同じことを考えただろう。

「真相に気づいてプライムに消されたにしろ、俺達の様に四百年寝ぼけるでもなく外に出て狩られたにしろ奴が答えだ」

 

「つまらん推理だ」

瞬時にそう断じてはみた…が言われてみれば、気になることもあった。

あの時、アークとネメシスの戦いは防衛戦だった。

つまり俺達はコンズどもの上陸を必死に食い止めようとしていたのだから、逆に向こうの艦に移動出来た者などいるはずもなかった。

なのにバンブルビーだけは艦にいない。

(生死不明といった方が適切だろうとは思うが)殺されたとしたら犯人は誰だ?

畢竟、それはアークの中にいた誰かということになる。

 

思考を纏めようとブレインの稼働が激しくなり、虫食いの頭の中で駆動音が大きくなるのが分かった。

唸るような重低音と歯ぎしりにも似た金属音が複合的なノイズを奏でるのを意識の底で感知しかけたその時、ふと別の音が聴覚に捉えられた。

 

金属の壁に何かが打ち付けられる軽い音。

「やぁ大変そうだな。死骸漁りは」

 

声と分かるそれに体ごと向き直ると、そこには壁にもたれかかる白と紺のオートボットがいた。

個体名はプロールで、性格面においては今この空間にいる三人のうち誰よりも難があると言える。それはとりもなおさずこの星にいるサイバトロニアンの中で右に出るものはいないということだ。

「その死骸漁りを手伝いに来たか?らしくないな」

 

「あることをオプティマスに頼まれた…少し手が要るんだ。二人ともついて来てくれ、すぐ終わる」

そう言った彼は常通りの傲慢さを滲ませながらも妙に言動に覇気がなく、怒鳴りつけられた後の幼体にも似た勢いのなさだった。

 

「頼まれた?何を…あぁ言わなくていいぞ。この艦の正体がバレたんだな」

ギアーズは特段動じた風もなく、呆れたような視線をプロールに向けた。

 

プロールはしおらしく微かに肩を落として目線を俺から逸らした。

「この反応を見るに、どうやらそうらしいな…どうしたもんかな。俺は今やギアーズの仮説を少し信じかけてるよ」

 

「仮説?どんな仮説だ」

プロールは消え入るような声でそう問うた。

 

「アークの中に誰がいたのか、って話だよ。言っとくが、乗員がどうたらって意味じゃないぞ!」

ギアーズは食ってかかるようにプロールに迫りながらそう叫んだ。

 

「…お前も知りうる立場だったな、失念していたよ。"元"一流技師様のご想像通り、オプティマスの命令もそれ絡みだ」

プロールがジェスチャー混じりに"元"を強調し、嘲るように力なく言い返した。

 

「このアークにもサイバトロニアンとしての名があるのか?」

ふと、そうした疑問が口をついて出た。

 

「確か…"ノア"と…いつからかそう呼ばれるようになった。呼び始めたのは一人のスクランブラーだ」

プロールはギアーズを押しのけて俺に近づきながら、説明を始めた。

スクランブラーは巨神と通じ合う特殊な機能を持つサイバトロニアンの通称で、生贄の印としてか炎のような模様を目元から下に伸びるように入れているのが特徴だ。

コルドンの話によれば、巨神一人を稼働させるのに一人の命が必要らしい。

「巨神を模して作っただけの代物なら普通に話せるだろう。あんな生贄が必要か?」

 

「そのはずだったんだがな…」

俺の横を通り過ぎながらそう言ったプロールの顔色は幾ばくか憔悴しているようにも見えた。

 

「この扉の向こうだ」

プロールは分厚い壁を軽く一度叩き、言った。

その重低音は周囲に反響し、背丈の倍はある空間に広がってすぐに消えた。

 

「ロックを外す。少し待て」

そうと知らなければ壁にしか見えない扉の端にある小さなパネルの前に陣取って、ギアーズが難儀そうに呟く。

「多少手間取るが…爆破していいならもっと早く終わるんだが」

 

「構わん、そうしてくれ。あまり時間がない」

プロールは腕組みをしながら扉にもたれかかる。

 

「そりゃあいい…腕が鳴るね」

懐から爆発物を取り出し、ギアーズは不敵に笑った。

「よし、下がってろ」

俺とプロールが見守るなか、ギアーズは扉の中央あたりを殴りつける勢いで、爆弾を壁面に叩きつけて吸着させた。

爆弾に雑多に取り付けられたレバーやスイッチを素早く操作し、最後に拳を振り下ろして表面のボタンを押し込んだ。

 

ギアーズが後ろに飛び退いたと思った次の瞬間、爆音と爆風が広がり、俺は咄嗟に顔を覆った。

胸の内側で反射的にスパークの鼓動が強まるのを感じ、足が竦むような感覚に襲われた。

「…開いたな」

 

「アークの頭部が配置されているのがこの区画だ」

「中からブレインモジュールを引きずり出す」

ろくに明かりもない道を、プロールは胸のライトで照らしながら進んでいく。

 

「あまりいい気はしないな…何でそんな真似をする必要がある?」 

既に葬られている死体を暴く行為は母星に限らず、今まで行った大半の星で禁忌の重罪とされていたのを思い出す。戦場の死体を漁って有効活用するのとは訳が違う…

ケイオン郊外の墓地を連想して、ひどく気分が悪くなった。

「そもそもオプティマスにはなんて言われて来たんだ?」

訊くのが遅かったなと、言ってから気がついた。

 

「ブレインとスパークを持って来いと言われた」

「身の潔白を証明するためにな」

プロールはこちらを振り返りもせず、口早にそう言った。

 

「身の潔白ねぇ…体は半分以上黒だけどな」

ギアーズは失笑を浮かべてそう言った。意見には同意するが、彼の体色は白と紺だ。

 

「中身はもっと黒いぞ」

俺がそう言いかけた時、先頭のプロールが足を止めた。

気分を悪くしたかとも思ったが、行き止まりらしい。

奥に行くにつれ低く狭くなっていくこの道の終着点には、巨大な半球状のものが床に埋め込まれたかのように配置されていた。

「…これがそうか」

「幅だけでもそこらの脱出ポッドの倍はあるが…ブレインは運び出せるサイズなのか?」

 

「この通りな」

プロールがそう言って半球状のものの隙間に手を入れると、それはゆっくりと殻のように割れた。

なにかを引きずる音とともに揺れが起き、殻の内側から巨大な頭部が現れた。

体積で言えば、ディセプティコンのマローダーにも負けないだろう。

プロールは後頭部の装甲を剥き、いくつかのパーツをかき分けて内側から球状のものを引き抜いた。

 

「もっと丁寧に扱えよな」

ノアとやらのブレインであろう球状のパーツは何本ものコードが絡まりながら繋がったままだった。

「雑に切り離してデータが破損したらどうする気だ」

ギアーズは道具を取り出して素早く駆け寄った。

 

「そもそもなんでこいつが身の潔白とやらの証拠になる?」

慌ただしく動く二人を遠巻きに眺めながら、俺は訊いた。

 

「こいつがかけられている疑惑はアークを勝手に目覚めさせたかどうかってことだ。もしそうなら何らかの接触の記録は必ずスパークかブレインに残っている」

アークの大きな頭部に半ば潜り込むようにしてギアーズが早口に言う。

あの頭の内側で音が反響していた。

「スクランブラー越しに何らかの操作をした場合、痕跡が残るのはスパークだ」

「知ってのとおり、巨神を動かすにはスクランブラーが一体、その身を丸ごとあの巨大な緑のスパークに浸して融合させる必要がある」

ギアーズはブレインごとプロールを引っ張り慌ただしく手と頭を働かせていた。

 

「その様はある種の寄生状態と言えるが、両者の意識は混じり融けあい一体となる…らしい。体験した者にしか分からない感覚だろうな」

ブレインを左手に持ったまま、屈んで話すプロールの様子は見ようによっては…愉快だ。

 

「こいつにはどんなスクランブラーがくっついたんだ?ノアって名前を付けた奴か?」

 

「そうだ」

「単なる俗説ではあるが、スクランブラーは巨神とボディの色が似ている者、あるいは小柄で強く明確な意思を持つ者がいいとされている…だからその条件に合致したものを選んだ」

プロールはオレンジに彩られている壁を指さし、俺も辺りを見回した。

「本来なら同じく緑のスパークを持つ女性型こそが望ましいとされていたが、当然それは叶わなかったのでな」

そう言い終える頃にはギアーズに引きずられてプロールも大きな頭の中に吸い込まれるかのように消えていた。

 

「勿体ぶるなよ、誰なんだ?」

俺は言葉を投げかけるかのようにしてそう問うが、頭の中に入った二人には聞こえているかも怪しい。

 

「覚えておく価値もなければ、思い出す価値もない」

「そんな奴だ」

しばらくすると反響とともに、プロールの投げやりな返答が聞こえた。

 

その少し後、ギアーズとプロールがのそのそと這い出るようにして戻ってきた。

「次はスパークだ」

「切り離し方を間違えると…」

 

「どうなるって言うんだよ」

 

「地平線の向こうまで焼け野原になるって寸法だ」

そっけなく訊いた俺に、ギアーズは重々しくも愉快そうな口ぶりで言った。

 

「それで?こいつを持って帰って解析すればいいのか?」

 

「二人がラボから戻る前にベースに持って行くように言われている。その後はパーセプターがデータを精査するだろう」

 

「アラートに読み取らせた方が早いな」

あいつにはどういう訳か超感覚とでもいうべきものが備わっている。

理屈は知らないがそれなりに万能な力らしい。

 

「それはなしだ、あの力は不安定かつ乱用出来ないらしいからな」

ギアーズが咎めるようにそう言った。

 

「仕方ない…ラチェットを呼ぶか」

「今この艦にいるよな?」

 

「あぁ」

「ラチェット!私だ、少し力を借りたい。艦首側の下層燃料室の更に奥の所に来てもらえるか…あぁ、そうだ。扉は開けてある」

プロールはやや億劫そうになりながらラチェットに通達し、返答を待たずに通信を切った。

 

ろくに明かりのない空間で三人揃ってじっと待っていると、赤い光が近づいてきた。

「話は聞いたが…この歳にもなってまさかスパークの分離手術とは」

俺が暗がりの中で虚ろな思考を抱えているうち、ギアーズはラチェットにここまでのナビゲートをするついでに仔細を告げていたらしい。

ラチェットは苦笑混じりに言って、救急車から変形した。

 

「厳しいのか?」

とてもそうは思えなかったが、俺は一応そう尋ねた。

 

「その反対だ…まぁ見ていろ」

そう静かに告げながら、ラチェットは両手を広げ作業に入る前に指をそれぞれ同時に忙しなく曲げ伸ばしして動作を確認した。

アラート曰く、あれは大抵の医師が手術前にやる一種のルーティンらしい。

あの動きでマニピュレータの稼働状態や感度を事細かに把握することができるのだという。

 

「外し方の手順がどうとか言ってたが…あれはどういうことなんだ?」

 

俺の問いに対し、ラチェットは軽く苦笑を返す。

「彼らにどういう意地の悪い話を吹き込まれたかは知らないが…スパークはエネルギーの塊のようなもので、サイバトロンの生命体固有の機関ながらその種類も多い」

ラチェットの両腕はまるで独立した生命体のように繊細かつ整然とした動きで動作する。

「こういう緑色のものは"ナチュラル"と呼ばれる。これはかつてのサイバトロニアン本来のスパークの形で、最も内包するエネルギーが多い」

ラチェットは手を止め、奥底に見える光球を指さして言った。

淡い緑の照り返しを受けるラチェットの体はよくよく見れば傷だらけであり、胸の窓にも細かいヒビが入っているのが分かった。

「彼に使われているものは更に大型で溜め込んでいる量が桁違いだ。そんなものを制御から解き放ってしまえば…地形が変わるぐらいのことは起きるさ」

 

「俺らの青色のは"レギュラー"とか言ったか…」

 

「よく覚えていたものだね。青のスパークでは弾けても大した爆発は起きないんだ」

「…他の種類でいうとグリムロックは半ナチュラルとも言うべき青緑色の大きな"ブライテスト"だし、ショックウェーブのような単眼は黄色のエラー品"クリンカー"だ。古龍の群れがサイバトロンを闊歩していた時代には赤紫の"エンバー"なんてものもあったと聞く」

 

「へぇ」

 

「命の色はひとつではないということさ」

 

「しかし鮮やかな手並みだな」

そう言いかけた時、やけに二人が静かなことに気がつきふと振り返って見るとギアーズは床に崩れ落ちるようにして寝転んでおり、プロールはそばの壁にもたれかかって神経質そうに自分の頭部のツノに触れていた。

 

「これはまだ準備運動のようなものだ」

「ここから先は爆弾の解除と似た作業になる」

 

「なら黙ってた方がいいな」

 

「そうでもない。手を動かすついでに少し話をさせてくれ」

 

「そんなことをして集中を乱していいのか?ただでさえこの頃手の調子が悪いとかぼやいてただろう」

黙って作業の様子を眺めていたプロールが静かにそう言った。

 

「別に大したことはない」

「これを見ていると私には同じスパークを分けた双子がいることを今思い出してね」

 

「本当か?誰だそりゃ…」

ギアーズが興味津々といった様子で口を挟んだ。

 

「それが知らないんだ。存在することは教えられたんだが、その頃にはもう戦争で医療記録の大半は消失していてね。確かめようがなかった」

スパークの端に纏わりつくように接続されている固定具を左手の丸鋸と右手のエネルゴン色のメスで解体しながら、ラチェットは平然として問いに答えた。

「彼がブライテストだったとは聞いていたが…それだけでは手がかりにならない」

 

「双子でスパークタイプが違うなんてことが?」

プロールが何かを連想するような顔をして怪訝そうにそう言った。

 

「言うまでもないとは思うが…我々の生態においてスキャンした対象が同じであること、ボディタイプが同じであること、スパークを分けた双子であることはそれぞれ全く別に分けて考えるべきものだ」

「私とアイアンハイドのボディが体格などの生まれ持った身体的特徴が似通った同型だがスパークには何の繋がりもないようにな」

 

「…説明になってるのかそれって?」

 

「いやそれもそうだな、すまない癖でね」

「種火状態のスパークがレギュラーとブライテストに分裂するなんて、普通はそう起こることではないが…彼は突然変異だったと聞いている」

 

「で、その情報を教えたのは誰だ?」

ギアーズはごろごろと転がりながら先程摘出したブレインを眺めてそう訊いた。

 

「ベクトリウムが死に際に教えてくれたが…結局それ以上のことは分からなかった。あるいは生き別れた彼には名前もなかったのかもしれない」

 

「きっとさぞや手先が器用な奴だっただろうさ」

プロールはラチェットの手さばきを真似たジェスチャーを交えてそう言った。

 

「どうかな…私の知る限りでは、いわゆる双子は気質や特性が正反対だった」

そう言ってラチェットは考え込むような表情をした。

今まで診てきた星の数ほどの患者の中から何組もの双子を想起しているのだろう。

 

「じゃあ饒舌で粗暴な殺しのプロかもな」

特に考えた様子もなくギアーズがそう呟いた。

 

「私はかつて戦士になりたかったんだ。ならきっと彼は医者を目指しただろうさ」

ラチェットは呟くように小さく言った。

 

「戦士か…戦うラチェットって訳だな」

そう言ったプロールは自らの言葉とその想像図になんとも言えない顔をした。

「…意外に想像出来なくはないな」

 

「サイバトロンにいた頃も結構最前線で見かけたしな」

俺がそう言うとラチェットはちらとこちらを見てきた。

 

「あの頃は手が足りなくてな、救護から治療まで一人でやらなくてはならなかった…敵が迫る中、時には撃ち返しながらね」

ラチェットはそう言ったが、オートボットに手が足りてた時期などないと思う。医療チームなら尚人材不足だったはずだ。

 

「俺達が眠っている間にファーストエイドも向こうで似たような苦労してたんだろうな。トリアージとアークタスもついてたけど」

ギアーズの言葉が"苦労している"ではなく過去形だったのに少し引っかかったが、あの戦況で400サイクル経過した現在で彼らがまだ無事などということもないか。

 

「それでも医者はファーストエイドだけだしな…ホットスポットはなんで置いてったんだか」

 

「彼は部下それぞれの意志を尊重し、強制はしないと言っていた」

プロールはどこかここではない遠くを見るようにしてそう言った。

 

「立派だな、誰かと違って」

ギアーズの皮肉は静かで暗い空間の中で一際鋭く響いた。

俺は彼ほどオプティマスを嫌ってはいないが、これについては同感だった。

 

「終わったぞ」

ラチェットは両の手を握り合わせてそう告げた。

「無事に切り離せたのでよほど下手な扱いをしない限り、爆発はしないだろう」

 

「後はベースに持って行くだけだが全員で行く必要はないな…私とラチェットだけでいい」

プロールは取り出されたスパークをのぞき込んでそう言った。

 

「…いや、俺とラチェットはこの艦でまだ作業がある。代わりはサンストリーカーだ」

ギアーズはごく自然にそう言いすんなりと俺に厄介事を押し付けた。

 

「勝手に決めるな…」

そう言いかけた俺はラチェットに一抱えはある巨大なスパークを有無を言わさず受け取らされ、その重みが手に伝わってきた。

「…仕方ない。重い部品を背負って異星人達と顔合わせといこうか」

観念した俺はおどけるようにそう言って出口に向かったた。

顔合わせとは言っても、当然武器の一つや二つ忍ばせてだが…プロールは怒るだろうがこれは俺の流儀みたいなものだ。

 

「まだ人間と会っていないオートボットはお前が最後だ」

後ろについてきたプロールの口調は諫めるものではなく、どことなく呆れが混じっていた。

 

「分かってるさ…連中と良好な関係を築くコツは?」

ブレインを大事そうに両手で抱えるプロールの姿にこみ上げる笑いを抑えつつ、俺はそう言い返した。

 

「頭を使え」

皮肉っぽく響いたプロールの言葉で、一段と視界が暗くなった気がした。




サブタイが日本語な回は一人称形式で本筋があまり進まないというのは旧版の頃からのしきたりです。
今後もため込んだ設定の開示をそれとなーくしていきたいですね。


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オートボット-地球編⑥:CRUSH'n'BURN!

ポヴァです。
小説って持ってる玩具の種類に縛られない形式なんだなーと今更ながら思いました。
今回はタイトル通りグリムロックのお話です。


地球_アーク_2027年_9月26日_

 

 

03:12

 

 

ギアーズはアークの後部、船底に設けられた燃料貯水槽のほど近くに腰掛け、小さくつぶやいた。

「グリムロック…」

彼の声はとうに空になっているエネルゴン用のプールの中で大きく反響する。

「彼はサイバトロンの生ける伝説だった。アイアコンガードの元隊員にして第一緊急即応部隊の隊長」

この暗い空間には孤独を好む性分の彼以外誰もおらず、しいて言えば貯水槽の底にはエネルゴン目当てのフリズラットら害獣の死骸がちらほらと見えるばかりだった。

「クラスⅣの双砲塔型サイバトロニアンタンクに変形」

「カルペッサの大火、ポリヘックス争奪戦、ザロンバレー戦、フォート・サィク陥落など数々の戦闘において活躍」

「アイアンハイドが一時的な負傷から復帰するまでの短期間ではあるがディセプティコン撃破ランキング一位の記録を保持」

ギアーズはアークから持ち出すよう言われ運び出した機材と眼下の死骸とをちらちらと見やりながら、思い出すようにそう続けた。

「率いていたのはスラッグ、スラージ、スナール、スワープ、スラッシュ、スコーン、スカウル、パドルら通称"ダイナボット部隊"だ」

ギアーズは彼の下で野垂れ死んでいるフリズラットの死骸の数がちょうど八匹だったことにふと気がついた。

 

 

10:47

 

「作業の進行は?」

プロールの鋭い声がベース内の作業場に響く。

 

「あぁプロールちょっと待ってくれたまえ今現在設計の最終調整が終わったところなんだが」

パーセプターは素早く向き直ると手元の端末を軽くかざしてみせた。

そこには生物的な意匠を持ったロボットの三面図が表示されている。

 

「そもそもなぜボディをタンクから変える必要が_」

 

「知っての通りグリムロックのスパークはブライテストでね」

パーセプターはほぼ間髪入れずにプロールの疑問に対しての説明を開始する。

 

「そうだったな」

意図せず彼の丁寧を通り越し冗長な説明の再生スイッチを入れてしまったことを理解してか、プロールの返事には少しの間があった。

 

パーセプターはそんな彼の逡巡に気づく風もなくジェスチャーと端末の操作と語り口とをにわかに加速させていく。

「ブライテストは強靭かつ輝きの強いスパークを持つ一方で、燃費はもちろん変形そのものの遅さなど多くのデメリットがあるのだけれどその中でも特に大きいものはスパークとボディの結び付きが強過ぎる点でね」

 

「あぁ」

プロールはひどく億劫そうな顔でうつむきがちに短く返した。

 

「そうそう例えばポッド内部には彼の胴体部が丸ごと入っていたんだが、これが通常型ならばブレインモジュール・スパーク・トランスフォームコグの三つを適切な配置で収納するだけで保存の手順は済む」

パーセプターは端末の画面を切り替え、簡略化したポッドの構造図と中に収められているグリムロックの図を表示させた。

 

「そのことなら知っている」

彼の顔に苛立ちとも遠慮ともつかない表情が浮かぶ。

 

「本来スパークとボディを切り離す処置はそれこそ困難を極めるのだけれど、幸いなことに純化エネルゴンブレードの代替品がこの星の素材と技術で調達出来たんだ完成度も申し分ない」

 

「それで浮足立っている訳だ」

彼のその言葉を聞くと、パーセプターは一瞬不思議そうな表情を見せた。

「…話を脱線させてしまったな、続けてくれ」

 

「…彼のボディはもはやその機能を果たしていなくて完全に壊れきっていると言っていい」

 

「そこまでの損傷が?」

プロールは腕を組み、壁にもたれて片眉を上げるような仕草でそう問うた。

 

「結局ボディ全てを新造するにあたって元のタンクに機能や質量の近しいオルトモードの中から私の趣味で選んだ訳さほら見てくれたまえ」

パーセプターは自慢げに端末から立体映像を見せた。

それは強靭な後脚と太い尻尾、大きな頭部とそしてそれらとは対照的に小ぶりな前脚を備えた生物だった。

 

「…土着の大型爬虫類か?これは」

 

「彼にピッタリだと思わないかこの強靭な大顎と優美なスタイル」

 

「気に食わんな。…動き出したら真っ先に私を噛み殺しに来そうだ」

プロールはパーセプターの満足そうな口振りとはうって変わって不機嫌そうにゆっくりと口を開いた。

 

「そういえば彼は君を死ぬほど嫌っていたねぇいつかその理由を聞きたいと前々から思っていたんだ」

パーセプターは嗜虐的な笑みをかすかに浮かべ、意地悪げに言った。

 

「死んでも言わんさ」

「ともかく、グリムロックを復元するのならせめて制御出来る状態にしてからだ」

 

「彼自身がかいそれとも我々が彼を制御しろと?」

パーセプターは顎部に手を当てて考え込むようなポーズをとった。

 

「その両方だ…いいか、暴走して大切な拠点を壊滅させるようなことがあってはならないということだぞ」

遮るように鋭くそう言い含めると、プロールは踵を返した。

 

「承知したよではそろそろ製造した部品の組み立てに取りかからなくては」

 

「…邪魔したな」

プロールは来た時と同じように丁寧にドアを開け、そしてドカドカと重く響くような足音を出したまま乱暴に閉めた。

 

 

21:02

 

 

「ホイスト!」

「助けてくれ」

 

「レッドアラート!!」

ホイストがけたたましい爆音とともに感知したのは咆哮とも地響きともつかない重低音だった。

「一体何が起きてるんだ!?」

走ってこちらに向かってくるレッドアラートの後ろには、巨大な恐竜がいた。

あちこちパーツが欠けた未完成な機械仕掛けのそれは足音を地面に響かせ、口から火焔の息を吐いて彼らに迫っていた。

 

「分かるかそんなこと!突然走ってきて暴れ出し_」

 

「オレ、グリムロック」

「グリムロック」

「グリムロック」

「グリムロック」

レッドアラートの声を遮るように無機質にグリムロックが叫んだ。

自らの名を機械的に発しながら、その恐竜は獲物を飲み込んだ。

 

「次から次へとだな!」

眼前でレッドアラートが砕かれ飲み込まれた瞬間、ホイストはかつてトレイルブレイカーのものだった右腕と両脚をグリムロックに向けた。

「フォースバリア!!」

 

「グォオオォ…」

ホイストは薄くオレンジに光る球状のフィールドにこもり、それはグリムロックの突撃を跳ね返してみせた。

大きくよろけたところにホイストは脚の銃座を連射する。

放たれた弾はバリアをすり抜け、何発もグリムロックに直撃したが、しかし彼は受けた傷も意に介さず平然と起き上がる。

ホイストは右腕が体に馴染んでいないせいかフォースバリアを長くは維持出来ず、その光は今にも消えかかっていた。

 

「なんなんだ、この怪物は…」

そう呟いた次の瞬間には、バリアは消え失せホイストは呑み込まれていた。

そうしてグリムロックが走り去っていった後、辺りにはいくつかの手と足が散らばり、巨大な足跡が床を歪ませて残っていた。

 

 

21:17

 

 

オプティマスはドーム状の中央作戦室の中で苦い顔をしていた。

「パーセプター」

「ホイルジャック」

「…状況を」

静けさの中に重々しい声が低く響く。

 

「ホイストとレッドアラートが喰われました」

パーセプターを従えて入ってきたホイルジャックはドームの中央部に駆け降りながら素早く応答する。

 

「それで、救出は可能なのか」

プロールは睨めつけるような視線を向けつつ、二人にそう問うた。

 

「グリムロックの腹の中に閉じ込められているだけでしょうし、十分可能かと」

「口から取り込んだものを粉砕・消化する機構はまだ未搭載なもので」

 

「そんなもの付ける気だったのか?聞いていな_」

 

「彼の攻撃手段の一つとして足すことになったのでね」

プロールの問いが言い終わるのを待たずパーセプターが早口に返した。

 

「今彼はどこにいる」

オプティマスはドーム内の中央にある通信端末に基地全体の構造を立体表示させた。

 

「彼の固有シグナルの反応から言って、この基地の最深部に向かったのではないかと」

 

「原因に心当たりは?パーセプター」

オプティマスはグリムロックがいると目される最深部の位置関係やルートを計算しながら訊いた。

 

「今しがたサンダーブラストが姿を消したと連絡がありましたおそらくは彼女の能力で操られているのではないかと」

 

「鎮圧するための武器が必要だな」

「何か手はないのか」

プロールが焦り気味にうつむき、そう言った。

 

「もちろんだとも」「この銃を使ってくださいすでに中には非殺傷弾を三発装填してありますので」

パーセプターは胸部と背中からパーツを取り出して素早く組み立て、完成した銃をオプティマスに手渡した。

 

「弾の特性は?」

受け取った銃を軽く構え、感触を確認しながらオプティマスが言った。

 

「一種のダートガンですね弾頭の先端部から体内へとエネルゴンを固形化させる循環阻害剤を流し込む仕組みになっています」

 

「一応訊くが、効果は確かか?」

プロールが割り込むようにして訊いてきた。

 

「正直なところ不安が残りますな」

「グリムロックの表皮はかなり強固なもので急所へ的確に当てる必要があります」

 

「上等だ」

「エナジーアックスの方はどうなっている?」

 

「どうにか組み立て直しました」

「出力はかなり落ちるでしょうが…この際ちょうどいいかもしれませんな、フルパワーではグリムロックを細切れにしてしまいかねませんから」

そう言い、ホイルジャックはくたびれたエナジーアックスを手渡した。

 

「そうしよう、迅速な武装の手配に感謝する」

武装を完了したオプティマスは複雑な基地構造を頭に叩き込み終わり、トレーラーヘッドに変形して素早く駆け出していった。

 

 

02:32

 

 

「彼の容態は?」

プロールは慌ただしく扉を開け、忙しなく訊いた。

 

「ちょうど検分を完了したところだよ」

「彼がどういった攻撃を受けたかもおおよそ見当がついたのだけれどまずあのねじ切られたフレームとその断面を見るに左腕は砲撃か何かを防御しようとして弾き飛ばされたといったところだろうね続いて右半身は最初は粒子燃焼砲にでもやられたものかと思わされたが溶断面を精査したところ、化学薬品のようなもので構造を分解させられていたらしいという所までは解析出来たので」「…つまるところどうやら君から聞いた話の通りらしいねプロール」

パーセプターは壁に投影した画像を見せながら口早に説明を終えた。

 

「…わざわざそんな手間をかけて、私には信用というものがないのか?」

反対側の壁に寄りかかり、プロールは嘆息した。

 

「自分の胸に訊いてみたまえと言いたいが時として記憶にさえ全幅の信頼を置くことが出来ない場合もあるさともかくそれらの損傷はいずれもブレインモジュールやスパークなどの重要な部位に届いていないことは確認がとれた」

からかうような笑みを浮かべて、パーセプターは整然とそう告げた。

 

「それで…次はどうする?私はホットスポットを治したいんだぞ」

プロールは苛立ちと戸惑いの混ざったような面持ちで、パーセプターを睨んだ。

 

ホイルジャックが奥の扉から顔を出し、パーセプターに大型の端末を渡した。

「それはもちろん分かってますがね」

「パーセプター、参謀殿にご説明してくれんか」

「こっちは数百年も放置されてた武器の復元で手が離せん」

ホイルジャックはそれだけ言うと扉の奥に引っ込み、向こう側からは微かに鋸の重い駆動音や鎚を打ち付ける音が漏れていた。

 

パーセプターは端末を受け取り、立体映像を出しながらプロールの方を向いた。

「彼の体はボロボロで治療に耐えきれないからまず治療するにしても外部装置に繋いで回復を図らないといけないのだけれど今我々が持つ外部装置とはすなわちステイシスポッドのみでそれらはどれも空いておらず新造するにしても最も重要な部品である結晶構造スパーク格納容器の素材が手に入らないと言う訳でなぜかと言えばあのクリスタルは元々サイムファーからのみ産出され_」

 

「少し待て」

プロールはパーセプターの説明を短く遮り、聴覚から彼のブレインへと流れ込んできた情報の奔流の整理を試みた。

 

「サイムファー…そうかサイムファー!グリムロックだ!グリムロックを代わりに復活させればいいんじゃないか!彼なら戦力的にも申し分ない上に一番大きなステイシスポッドが一つ空くことになるよいやどうしてこんなことに気がつかなかったんだろう」

パーセプターは語り口と表情を一瞬ごとに一変させ、絶え間なく思考とその発信を繰り返し、プロールの記憶容量を圧迫していた。

 

「おいパーセプター…」

 

「早速構造の検討に取り掛かろうアークからいくらか道具を持って来なければ」「ギアーズ!聞こえていたら返事をしてくれ!いくつか調達して欲しいものがあるんだが!」

通信先にそう大声で叫びながら、どたどたと駆け出してパーセプターは部屋の外へと消えていった。

 

「…ホイルジャック、ちょっといいか」

取り残されたプロールはしばし啞然とした後、奥の扉を強く叩いた。

 

「何ですかな」

ひょいと体を乗り出したホイルジャックはそのまま奥へとプロールを促した。

 

「説明も終わらないうちにパーセプターが出ていったんだが…奴はどうやらグリムロックを復活させる気らしいぞ」

 

不服そうな口ぶりのプロールをよそにホイルジャックは分解された銃や斧のパーツを慎重に組み上げていく。

「理には適ってますな」

「今ホットスポットの体は…端的に言えば機械に繋いで生かされている状態です。長引く程望みは薄くなる」

「彼もそれは理解しているのでしょう。治療に耐えられない彼の体を回復させるにあたってグリムロックのポッドに入れるのは合理的な判断です」

 

「あぁして理詰めの話ばかりするようなのは…正直、息が詰まって苦手でな」

 

プロールがそうつぶやいた時、部屋の作業台の向こうからくぐもった笑い声か聞こえた。

その向こうからオレンジ色の光球の形をしたフォースフィールドが飛び出し、台の上に積み上がった工具箱や材料を跳ね飛ばしながら、壁に激突した。

 

二人が光球の出て来た作業台の奥に目を向けると、そこにいたホイストが体を縮め、申し訳なさそうに言った。

「…これは失礼。トレイルブレイカーの右手を介して彼のフォースフィールドを使えないかと模索中なんですが、どうやらこの体とは相性が悪いのか不意に強い感情や集中の乱れが発生すると暴発してしまうようで」

 

「その感情の中には嘲笑も含まれるらしいな」

プロールは冷たくそう言い、頭をわずかに傾けた。

 

 

21:36

 

 

二階層に分かれた構造のアークのブリッジの中で、クリフジャンパーは上部に位置する艦長の席にふんぞり返っていた。

「"ダイナミックなオートボット"を略してダイナボットね…言い出したのは誰だっけか」

クリフはそばにいたラムホーンを抱き寄せ、角を撫でながらふとそうつぶやいた。

 

「オプティマスだ」

下にいたブロードキャストがその声を聞きつけ、忙しなく動かしていた手を止めて短く答える。

 

「嘘だろ?」

上機嫌に首を振るラムホーンを脇目に、クリフは反射的にそう言っていた。

 

「本当だ」

身を乗り出して下を覗き込むようにしながら訊いたクリフをちらと見上げ、ブロードキャストは答える。

「タイガーパックス戦の時にそう言っていた」

 

「二人は結構古い仲だからな」

クリフの後ろから野太い声がかけられた。

「アイアコンガード時代からよく殴り合ってた」

振り向いた先にはアイアンハイドがおり、ゆっくりとブリッジに入って来ると艦長の椅子に寄りかかった。

「ある時グリムロックの作った王冠のデザインにオライオンが派手過ぎて下品だと文句を付けたなんてこともあった。喧嘩の内容としては俺が知る限り最もくだらないものの一つだ。この戦争が始まった理由の次にな…」

「で、その後は毎回モーターマスターか俺が止めに入る羽目になってたんだ」

アイアンハイドは笑みを浮かべながらクリフジャンパーにそう語り、どこか寂寥感を滲ませた表情を浮かべた。

 

「センチネルの一声で対コンズの実働部隊が編成されてからもか?」

クリフジャンパーは座面に寝転がり、そう訊こうとしたがラムホーンが彼の腹部の上に乗りそのまま寝始めたため、少し声を落とした。

 

「相変わらず反目することは多かったが…部下を持つようになったからか、柔軟に動くようになった」

アイアンハイドは懐かしむように目を細め、その口調は穏やかだった。

 

「互いに協力するぐらいの知恵はついたってか。スラッグと一緒に癇癪起こして街の一角吹き飛ばしてたのは俺の見間違いだったかな?」

クリフはわずかに顔を引きつらせるようにして呆れるようにそう言った。

 

「いや、確かこの件で彼は26度目の営倉入りを命じられている」

「ガード本部の警備記録にあった、間違いのない事実だが…真っ当に教官をしてた頃のグリムロックしか知らない奴が聞いたらひっくり返りそうな話だ。アフターバーンなど特に」

 

「死人の心配かよ」

クリフジャンパーはそうにべもなく返し、彼の上ではラムホーンが小さく寝返りを打ち、伸びをしながら大口を開けて咆哮混じりに排気した。

「…でもなんでそんな奴がポッドに入るようなことになった?」

 

「知らんが…スラッシュ、スカウル、スラージ、スナールはその時に死んだそうだ。錆の海から逃げて来たって聞いたが」

アイアンハイドはますます渋い顔になり、そう言った。

 

「ショックウェーブのラボぐらいしかないだろ?あそこ………あぁ、そういうことか、気の毒なこった」

クリフジャンパーは背もたれの方をちらと向き、静かにつぶやいた。

「で、今向こうで暴れ回ってんだろ?行かなくていいのか?」

 

「オプティマスさえいれば大丈夫だ」

アイアンハイドは自信満々に腕を組み、唸るようにそう言った。

 

「何で?」

 

「彼以上にグリムロックの対処法を心得てるオートボットはいな_」

 

「そのオプティマスから通信だ!…アイアンハイドに来てくれと言ってる」

二人の会話をブロードキャストが鋭く遮った。

 

「加勢しろと?」

アイアンハイドは急いで身を乗り出し、ブロードキャストに問うた。

 

「いや…どうも妙だな」

側頭部を押さえるようにしながらブロードキャストは聴覚を研ぎ澄まし、かすかに眉をひそめるような仕草をした。

 

 

21:28

 

 

床に残されたグリムロックの巨大な足跡と彼の口から漏れ出たであろうエネルゴンを追って、オプティマスはトレーラーヘッドの姿となって基地の最奥をひたすら走っていた。

行き止まりらしき巨大な空間でかすかに咆哮が響いた。

「グリムロック!!」

「ホイストとアラートを解放しろ!」

オプティマスの怒声が遠くまで響く。

 

重い足音で床を鳴らし、空気を震わせてグリムロックが姿を表した。

びっしりと生え揃った金属の牙の隙間からは紫のエネルゴンが漏れ出し、ゆっくりと滴り落ちていた。

「グ…」

「誰だ…敵か」

 

「…私だ」

オプティマスの口調には怒りが滲み、かすかに低く震えていた。

 

グリムロックは彼をもう使われていない古い名で呼んだ。

「…オライオンか」

 

「そうだ、お前の敵じゃない」

「そしてお前が飲み込んだ二人もそうだ。彼らを解放しろ」

オプティマスはマスクを取り、説き伏せるようにゆっくりとそう言った。

 

「ならどこだ?敵は…オレの敵は」

「オレ達の敵は?」

グリムロックは取り乱し、首を強く左右に揺らした。

ベチャベチャと音を立てて紫の飛沫が床に散った。

 

「そんなものはここにはいない!」

 

「…お前がそうか」

グリムロックはそう言い、続けざまにオプティマスに凄まじい速さの体当たりをかました。

重い衝撃音と、少し遅れてバネの弾けるような音、そして金属のねじ切れるような音が暗い空間に響いた。

 

「私を敵に回すか…!」

大きく弾き飛ばされたオプティマスは軽く頭部を振って立ち上がり、斧と銃を背中から取り出した。

 

「…お前もそうだ。メガトロニックスと組んで戦争など始めるからだ」

グリムロックは口腔から火炎を吐き、彼の蒼かった目は内側から赤く染まった。

 

オプティマスは両脚を軽く動かしつつ、首を捻って損傷度を確かめた。

「聞くに堪えん」

そう告げて彼は左手の銃を一発撃つと同時に真っ直ぐ走り出した。

放たれた特殊弾はグリムロックの胸部中央に直撃したが、表面の装甲には刺さりもせず、多少の綻びを生じさせるばかりであった。

 

「オレを黙らせてみるか?」

そう言いグリムロックは前脚で軽く胸元を払うと、ドタドタと床を踏み鳴らした。

 

「そうさせてもらおう…いつぞやの喧嘩の続きといこうかグリムロック!」

右手に持った斧を掲げ、オプティマスは力強く叫んだ。

その場で銃を素早く投げつけて注意を反らし、助走をつけて跳び上がった。

「力比べだ」

オプティマスは落下の勢いのまま両手で斧を力強く振り下ろした。

 

「頭目としても戦士としても、成長は感じられない」

グリムロックはオプティマスの攻撃を右の前脚だけで受け止め、動きの止まったオプティマスの左腕を肩口から食いちぎった。金属を噛み砕く音とフレームの軋むような音が暗い空間に響き渡った。

 

「お前の方こそ何か変わった気でいるらしいが…」

片腕を失ったオプティマスは大きく後ろに飛ばされ、憎々しげに吐き捨てた。

 

グリムロックは片足を強く地面に叩きつけた。

「トランスフォーム…!」

そう叫ぶと彼の体はゆっくりとロボットモードへと変形していく。

「今の自分を見てみろオライオン!」

グリムロックは真っ直ぐ腕を伸ばしてオプティマスを指さした。

「勇猛さは無謀さに変わり、使命感は冷徹さに変わり、自信は傲慢さに変わった。醜いな…所詮二代目のプライムよ」

体内にこもった高熱の影響か、グリムロックのバイザーは嘲るように歪み、朧げに赤く光っていた。

 

「醜くて結構だ。勝つためなら、終わらせるためなら私などいくらでも醜い怪物になってみせる…プライムは自由のための称号だ。戦いのための称号ではない!」

オプティマスがそう言いかけた時、彼も気がつかないうちに、その胸からは青いかすかな光が漏れ出していた。

 

「片手だけで何が出来る?」

食いちぎったばかりの左腕を見せてグリムロックは挑発した。

 

「片手だけでも変形は出来る…戦うこともな!!」

そう叫び、オプティマスはトラックに変身した。

左腕が構成する車両の左側面が丸ごと欠落しており不安定な状態であったが、その重量がない分より鋭く加速していく。

 

「お前にそんな器があるのか?相も変わらず生意気な…!」

グリムロックは腕を投げ捨て、地面を踏みつけてそう唸った。

「お前は!相応しくない!!」

感情的にそう叫ぶとグリムロックは姿勢を低くし、加速しながら迫るオプティマスを前に拳を構えた。

大きく振りかぶった巨大な右拳がそのまま彼に激突し、その破壊的な一撃が赤いトラックを大きく抉り飛ばす…

と思われたが、グリムロックの右ストレートは空を切った。

そのコンマ数秒の後、オプティマスの突進がグリムロックを弾き飛ばした。

オプティマスは一瞬宙を舞ったグリムロックに追いつきそのまま引き摺りながら、尚も加速する。

「いいか!我々の状況を教えてやる聞けグリムロック!!」

そう叫び、オプティマスは旋回を始めた。

こぼれ落ちた両者のパーツが地面に掠り一瞬火花を立てては凄まじい速さで後ろへと流れていく。

「アークは墜落した!このどことも知れない未開で、原始的な星に!!ここがかつてサイバトロンとそこに残る仲間を見捨ててまで選んだ旅路の終着点だ!」

引っ張られるように傾いたグリムロックの片脚が床に触れ、火花の軌跡は尾を引いて円を描いた。

「そのうえ我々は今なおディセプティコンの脅威にさらされている有様なんだぞ!それもこの星ごと!!」

「部下の数はサイバトロンを出発した時の半分にも満たない!」

オプティマスは減速して変形し、グリムロックは勢いのまま弾き飛ばされた。

倒れ伏したグリムロックにオプティマスがゆっくりと迫る。

時折転びそうになりながらも、片脚を引きずるようにして歩いていた。

オプティマスは最初に銃を落とした場所まで戻るために旋回したのだとグリムロックが気づいた頃には、彼は残った片手でそれを静かに拾い、迷いなく構えた。

「共に戦わなければ…生き残れないぞ」

 

「生きるために戦っているのか、戦うために生きているのか…その区別さえまだ付けられないお前に_」

そう忌々しげに唸ったグリムロックの頭部は今や半壊しており、割れたマスクの内側からは食い縛ったかのような剥き出しの歯が並んでいた。

 

「頭を冷やせ」

グリムロックのかつてオートボットのエンブレムがあった胸部へ向けて、オプティマスは二発、銃を撃った。

 

 

__:__

 

 

グリムロックは自分がどこにいるのかも分からぬ状態で機械に繋がれていた。

重い駆動音が暗い部屋に響いたかと思えば、突如扉の開閉音と共に外から何かが彼に迫ってきた。

外の通路から漏れた光が角ばった紫のシルエットを照らす。

「グリムロック」

かけられたその声に抑揚はなく、一片の感情さえ汲み取れないものであった。

「…グリムロック、気がついたようだな」

グリムロックは四肢を拘束された状態でもがき、唸った。

「あぁそう吼えるな」

揺らめく黄色の目が、グリムロックを真っ直ぐと見つめていた。

何かを操作する音がした後、部屋は照明で照らされ、グリムロックの両隣にはそれぞれ二人づつ彼の仲間が同様に拘束されたまま並んでいた。

彼らは皆、半ば同化するように無機質な箱型の機械に囚われていた。

グリムロックは怒りと混乱のさなか、自分に視線を向けてきているその目をただ睨みつけていた。

「事態が呑み込めていないらしいが…ダイナボット。君らは揃って見ての通り虜囚の身だ。私には君達に頼みたいことがある。少しその体を貸してもらいたいのだが…」

 

「噂は本当だったってのか」

グリムロックの隣にいたスカウルが平然と言った。

部隊の中で一番の巨体の持ち主は引き剥がされた手足をそこらに転がされた状態で機械の中に押し込められていたが、彼はそれに特段動じる風もなかった。

 

「そうともスカウル。オートボットが掴んだ情報の通り私はここで究極の兵士を作る研究を行なっている」

「なぜ知っているとでも問いたげな顔をしてくれるな…その情報を流したのは私だ。ショックかな?」

 

「くだらんな」

グリムロックは嘲るように短くそう言い、落ち着きを取り戻して辺りを見回した。

 

「結果的にオートボットは不足していた実験台を補ってくれた。予測通りに」

 

「御託なんぞ聞きたかねぇ」

 

「殺るならさっさと殺れ!」

 

スラージとスナールの恫喝を聞き流し、ショックウェーブは演説を続けた。

「これからもたらされる結果の前には…諸君らを確保するまでのドロイドやビーコンの損失など物の数ではない。君ら五体はこれから完全に革新的かつ非常に有意義な実験に用いられることになる。コードは"Beast"としよう」

 

「まったく…私達は何番目の実験体な訳?」

スラッシュが不愉快そうに口を開いた。

 

「ふむ」

「ついこの前までその場所にいた七番目がどうなったかは…知らないままにしておきたまえスラッシュ、その方が皆幸福というものだ…さて全員目覚めたようだし、既に機材の準備も整った」

「それでは私の理論の検証、それに付随する侵襲的な外科的措置がグリムロック、貴様とその仲間達の体を歪めていく様をこの目でしかと見させてもらおう」

 

「私達に何をする気だ」

グリムロックは愉快そうに語るショックウェーブに対して、怒気を滲ませながらそう詰め寄った。

 

「じき分かるさ。なるべく耐えてくれたまえ、旧式君…意地とやらの見せ所だよ」

ショックウェーブは黄色の目を全開にしてグリムロックの顔を覗きこみ、あざ笑うようにそう宣告した。

「そして…全ての手順が終了した時、諸君らはこれまで互いに信頼し支えあってきた仲間とより一層、親密になれるだろう。私が保証する」

照明が赤色に染まり、部屋全体が振動を始める。

「"諸君ら"と複数形で呼べなくなる前にあえてこの古い、古い言葉を送ろう」

「…宇宙を一つに_」

その言葉を最後に、その部屋に並べられていた五つの命は器ごと、その形を歪められた。

 

 

23:51

 

 

特注の電磁柵を挟んで、二人は相対していた。

グリムロックはズタズタに裂けた体でただ座り込んでいた。

「オレの攻撃を…見抜いていた、訳か」

オプティマスをわずか見上げ、グリムロックはそう呟いた。

「左腕を食わせたのは…わざとだな?」

「オレが、右拳で殴って…来るのを勢いを殺さずに、回避するために…」

 

「片腕の分がないというだけで走行姿勢は随分と不安定になった。もし転がっていたらと思うと分の悪い賭けだったが、真正面から来る敵には馬鹿正直に対応する…私の記憶の中のグリムロックはそんな戦い方だったからな」

オプティマスの左肩の接合部はほんの少し掠っただけのグリムロックの拳によって更に損傷し、散り散りに裂けた結果、フレームの接続さえままならない状態となっていた。

「…何がお前をそうさせたんだ、グリムロック」

オプティマスはグリムロックを見下ろし、厳然とそう問うた。

 

「お前、には…分かるはず…だ」

グリムロックはうつむいて胸部を手で押さえ、ただ痛みをこらえていた。

「オライオン、お前の率いていた"第四"がどうなったか、俺は…オレは、覚えている。忘れられるはずもない」

「お前だって知っているはずだ…この苦しみ」

「仲間を失うこの痛みを」

 

オプティマスはいくつか指の欠けた右手でマスクを付け直し、左腕のあった場所を見て言った。

「違いがあるとすれば…私は彼らを失ってなお止まることは許されなかった。しかしその過程で多くの間違いを犯した。お前の言う通り、誤った選択をした」

 

グリムロックはその無機質な顔に虚ろに笑みを湛え、自嘲混じりに告げた。

「今更それを悔やんでも…償ってやり直す方法はないぞ」

「こんなどことも知れない星ではなおさらだ」

 

悲痛な顔をして、オプティマスは押し黙った。

「…お前はしばらくそうやって頭を冷やしていろ。そこが相応しい場所だ」

 

「お前も檻の内側にいた方がずっと楽だろうにな…まだ無茶を続ける気か_」

 

「まだもうしばらくはな」

オプティマスは右手で軽く目元を覆い、そう遮った。

足取りのおぼつかないままのそのそと歩いて去っていくその姿を、グリムロックはただ眺めていた。

 

 

22:43

 

 

「私に話とは何かな、プライム」

画面の向こうの将軍は常通り、柔和な表情を浮かべて穏やかに訊いた。

 

「グリムロックの処分について、先程休眠状態とすることを我らの技術チームから提言されました」

オプティマスは画面に向けて屈み込み、左肩を隠すような姿勢をとった。

 

「そう何度も暴れられては困るからな…私もそうするべきだと思うよ。先程プロールから聞かされた彼の事情を思うと気の毒ではあるが」

 

「…それとグリムロックが基地の奥底で暴れたおかげでそこに秘蔵されていた資料などが散乱してしまったことなのですが_」

 

「その件なら聞いている。片付けは手間取っているようだな…あそこにはそれなりに秘匿性の高いものが所蔵されていてね」

将軍の視線が鋭くなり、声色が低くなる。その口調に相手を慮るようなものはなく、相手の出方を伺うようにゆっくりと言葉を発した。

 

「グリムロックを檻の中まで運ぶのにもアイアンハイドと二人がかりで随分と手間がかかりましたが、あのような単なる力仕事よりも細々とした資料の片づけの方がよほど我々には不向きです」

「ところで将軍、秘蔵された資料の中に気になるものが写っていたのですが」

 

「何かな」

 

「アークが埋まっていたあの山の写真、それに…ショックウェーブが他のサイバトロニアンと戦っている写真です。どちらも数十年は昔のもののはずだ」

「そもそもショックウェーブはサイバトロンに留まりこの星に来ているはずがない!…将軍、何が起こっていたのか。私はオートボットの代表として詳細な説明を求めます」

 

「君らにそこまでの機密を知る権限を与えた覚えはないのだが…報告はもういい。今は腕の修理に専念したまえ」

将軍は有無を言わせぬ強い口調で遮り、重く唸るようにそう言い渡した。

 

「人類はつい最近になって我々の存在を知ったものと思っていましたが…違うようですね」

オプティマスが毒づくようにそう言い終え、交信が終了するのと、彼の左拳が画面を殴りつけ液晶の破片が辺りに散らばるのとはほぼ同時だった。

 

 

翌日

 

 

「なぁサンダーブラストよ」

 

「何よ」

 

「結局俺があいつの腹の中に押し込められた原因はお前なのか?」

 

「半分はそう。半分だけね」

「そもそもあたしは逃げ出そうとした訳じゃなくて、拘束を解きたかっただけ。私のシークレットパワーは常に完璧な制御が出来るものではなくてね…グリムロックを引き寄せてしまったのはあたしが気を抜いてたから起きた不慮の事故よ」

 

「それで?」

 

「あの子は拘束具を噛みちぎってくれてね」

「自由の身にしてくれたお礼に軽く撫でてやったら暴れ出しちゃって…あの見た目で結構ウブみたい」

「…多分その後すぐにあんたが喰われた」

 

「半分どころか全部お前のせいじゃないか…」

「しかも自由になったらなったで結局外に出ただろうが」

 

「あんたが連れ戻しに来てくれるか試したの」

「居場所は勘で分かったでしょ?」

 

「分かったさ…俺の超感覚はこういう時にだけは役に立つらしい」

「腹の中から引きずり出されて腕を付け直されて、すぐお前を探しに行ったよ。まったく、何が俺を試しただ…見え透いた嘘も終わりにしろ」

 

「ここにいたんじゃネメシスに連絡の取りようもないし…いよいよ本格的に鞍替えを考えるべきなのかも」

 

「もし万が一お前がオートボットの一員になるというのなら歓迎…は難しいが真っ当に扱われるよう努力する」

 

「へー優しいんだ…でも、あたしオートボットについた覚えはないんだけど」

 

「…この前強いやつの味方だとか言って_」

 

「あれあんたのことなんだけど。あたしの能力がまるで通じない上に見透かしてくるようなのは他にいない」

「これからもついてくから」

 

「驚いたな…獣の腹の中にいた方がマシだったなんて」




今後投稿するものと話の順番は多少変えるかもしれません
それと作品に関するご意見ご感想は常に募集中です
追記修正および更新を加速させる効果があります


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オートボット-地球編⑦:Total Devastation,Part1

ポヴァです。
クリスマスなので真っ赤な連中のお話をお届けします。
それではどうぞ。


月_観測基地建設地_10月30日_

 

 

地球という惑星には一つだけ、恒久的な自然衛星があった。それは人類が初めて到達した地球以外の天体でもあり、月と呼称されていた。

月面に中立の観測基地兼研究施設を建てるという計画が、月に初めて到達した者が地球に帰還してから何十年もの間密かに進行していた。数年前にようやく実際の作業が開始され、今はまだ月の地表に資材の集積所や整備ドック、通信塔や作業員の居住する施設など粗末なものが点々と存在するのみである。

そんな空間に位置する施設群に仮設されていた観測用カメラがふと妙なものを捉えた。

「ん……な、何だあれは!?」

通信塔の職員は彼らのいるちょうどその場所に向かって接近してくる不審な物体を、息を呑むようにしながら観察していた。

 

その声を聞いたもう一人も画面にかじりつくようにして、その光景に慄いた。

「これはまるで…戦艦とでも言うのか!?」

カメラの朧げな画像の中に浮かぶ、その数百メートルはありそうな刺々しい船体を見た彼はそう形容するほかなかった。

 

「エイリアンのか!?…減速しきれてない、ぶつかる!」

接近するにつれ戦艦の姿は鮮明になり、その光景を俯瞰するカメラの画像から船体の表面にあしらわれた文字のような無数の意匠が見てとれた。

が、彼らがそれを目にしたのは衝突で通信塔が根元から粉々になるまでのほんの一瞬のことであった。

二人の職員はその凄まじい衝撃で天井と床を何往復かし、ほどなくして点々と広がる赤いシミに転じたが、戦艦の乗員達がそれに気づくはずもなく、よしんば気づいたところで彼らはそれを悼むような気性など欠片も持ち合わせてはいなかった。

戦艦の不時着の勢いは止まらず、通信塔を根本から折り、次に職員達の宿舎をすり潰した。

整備ドックに半分ほど乗り上げるようにして戦艦はようやく停止した。

戦艦は船底から赤みがかった土煙を上げながら、静けさの戻った月の地にただたたずんでいた。

 

 

地球_ベース217_12月5日_

 

 

プロールは中央作戦室に呼び出され、モニター越しに将軍と渋面を突き合わせていた。

「二ヶ月ほど前のことだ」

「月面の観測基地からの連絡が途絶した」

 

プロールは視線を空に投げ出し、自身の記憶を思い返すようにしながら言う。

「そういえばそんなニュースを見かけたような気がします。確か調査のために月に無人探査機を送るとか」

 

「先日、その探査機が観測基地の最後の記録を入手し、地球へのデータ送信に成功した。受信した映像・音声を分析した結果、謎の宇宙船の不時着に巻き込まれる形で基地が被害を負ったことが分かった」

大きなモニターに映された将軍の表情には懸念というより疲れが色濃く見られ、その話し方にも覇気がなかった。

 

「ディセプティコンでしょうか」

 

「その点について専門家の、つまり君の意見が欲しいのだよ。船の不時着を捉えた記録映像は朧げなものが数秒あるのみだが、見てもらうとしよう」

ゆっくりとそう言い、将軍は画面を切り替えた。

「無論、口外は厳禁だ。一応は最高機密だからな…エイリアン絡みの事案となると優先的に情報が回される我々でさえ、この映像を渡してもらうにはそれなりに手こずったのだ」

言い含めるような口調で将軍はそう話した。

 

「あの基地は政治的に中立なものと聞いていましたが…」

プロールは聞き流していたニュースの音声の記憶を辿りながら、そう言った。

 

「もちろん我々だけがこの映像の存在を知っている訳ではないよ。あの基地の建設に関わった主な国々の情報機関もこの映像を入手しているだろうが、彼らもこんな凄惨なものを衆目に触れさせたりはせんよ。知っている者は少ない方がいいのだ。こんなことは…」

出来ることならプロールにも知らせたくはなかった、とでもいうような調子で、将軍は苦い顔をして目をそらした。

 

「それによって無用な混乱や信頼の低下を招きかねないということですね」

プロールは記録映像を再生しながら淡々とそう返答し、将軍の様子には触れなかった。

 

「それに、生存者の報告は今のところない。恐らく全滅だろう…観測基地の計画も…私達の夢も、これで終わりだな」

そう続けた将軍は、最後の方は小さく消え入る声になっていた。

 

「あなた方の?」

事務的な連絡に挟まれた場違いな言葉に、プロールはつい動画を止めてそう聞き返した。

 

「友人の影響で少しね…いやすまない、関わりのないことだったな。忘れてくれ」

 

「この映像に他の角度からのものはありませんか?」

プロールは数秒の映像を再生し終えると、少し早口になってそう訊いた。

 

「ないな。無事に記録が残ったまま地球に転送されてきたものはそれだけだ」

 

その返答を聞き、プロールは片手で小さく頭を抱えた。

「なるほど…この形状の戦艦に…心当たりがあります。そうであってほしくないですが…これは_」

「ヘキサティコンの艦です…名は、この星の言語で言えば"レヴィアサン"とでも申しましょうか」

 

「ヘキサティコンとは?」

 

「ディセプティコンの一部隊ですが…我々の手にも余る相手です。彼らが衛星にまで来ていたとは…」

「率直に言って、この星の明日は危ういでしょう」

 

「ありがとう。よく分かった…なるほど、次から次へだな」

 

「どういう意味です?」

 

「これだ」

将軍はある一枚の画像をモニターに表示した。

「そのレヴィアサンとやらを追ってかつい数時間前、地球の外側を監視していた衛星が軌道上に不審な航行物を捉えた」

それは一見、白い流星にも見えたが、その形状は人工的なものであった。画像の中央から端へと宇宙を滑るように噴射炎が尾を引き、その先頭の人工物にはよく見れば巨大な航空機の意匠があり、太い機首と大きく力強い主翼が確認できた。

 

「この姿は…まさか…!?」

プロールはまず自身の眼を疑い、そして初めて必然というものを信じてみようという気になった。

 

 

 

 

ベース217内の広大な地下空間のうち、航空機を収納している駐機場はその中核部に位置し、その端の方にはメンテナンスハンガーを備えた整備ドックが広がっていた。

ギアーズは解体点検されている輸送機や戦闘機の間を変形して走り抜けながら、考えを巡らせていた。

ふと彼の視界にウィンドチャージャーとアイアンハイドが映り、ギアーズは急旋回して彼らに近づいた。

減速しきれずに前のめりになりながら変形し、つまづくようにしてギアーズはアイアンハイド達の前に躍り出る。

 

そこら中に積み上がっているのと同じ貨物用のコンテナに寝そべりながら、チャージャーはふてぶてしく言った。

「どうしたせっかち」

 

ギアーズはチャージャーの隣に座っていたアイアンハイドに視線を移し、早口に訊いた。

「なぁアイアンハイド、ヘキサティコンってなんだ?」

 

アイアンハイドは虚を突かれたような表情を浮かべ、チャージャーとしばし顔を見合わせた。

「聞いたかチャージャー。ヘキサティコンだと」

 

「久々にな。何千年ぶりか分からん」

ウィンドチャージャーは寝転がりながら遠い天井の壁面を見てそう言った。

 

「プロールがオプティマスと話してたのをたまたま聞いたんだが…」

ギアーズは調子を整え、真剣な声色で二人にそう切り出した。

 

「サイドスワイプかクリフあたりに何か誇張だらけの冗談みたいな伝説でも吹き込まれたのかと笑ってやろうと思ってたのにな。その二人の会話に出てきたってことは多分そのうち本物と会うことになる」

チャージャーは不機嫌そうに言うとアイアンハイドの方に視線を向け、言外に説明を促した。

 

「大昔、六つの形態を持つディセプティコンがいた。それがヘキサティコンの由来だ…まだいくつも形態を隠し持っているなんて噂もあったが、まぁともかくそう呼ばれてた」

アイアンハイドは内緒話でもするように軽くうつむいて顔を近づけるような姿勢になると、芯のある声色で静かに語り始めた。

「次に奴は五人の手練れを引き抜き、今度はその部隊の名前がそれになった」

 

「そいつらが来たのか」

慌ただしくギアーズが口を挟む。

 

「いや最初のメンバーで今も戦ってる奴は一人だけだ」

「他は全員別人だよ」

ギアーズが言い終わるのを待たずにチャージャーが遮った。

 

「リーダーはどんな奴なんだ?」

 

ギアーズの問いにアイアンハイドは少し間を置いて答えた。

「…"破壊の使者"ことオーバーロード、ある日突然ディセプティコンに現れた怪物だ」

 

「強いのか?」

 

「確かに強いが、それだけじゃない。奴らは体の構造からして普通とは違うんだ……」

考え込むように体勢を低くして、アイアンハイドはそうこぼした

 

「ヘッドマスターって聞いたことあるか?」

アイアンハイドの説明に割って入り、チャージャーは問うた。

 

「どこかよその星でフォートレス達がやってたって言うあれだろう。確か最初はエネルギー危機の対策として有機生命体を取り込むことで燃費を改善するとかそういうアイデアだったと思うが」

ギアーズは昔聞いた話を思い出しつつ、そう答えた。

 

「元々は、そうだったんだろうがな。その様子じゃあの星がどうなったかまでは知らないらしいな…もう時間か。じゃ、俺はそろそろ戻る」

チャージャーはそう言い終えると起き上がり、飛び降りざまに素早く変形してどこかへと去っていった。

 

「勝手だな…いつものことだが」

ギアーズはその後ろ姿を眺めながら、ため息混じりにつぶやいた。

 

「あいつ…例のマグネットパワーが不調らしくてな、最近じゃ一日に何回か特殊な処置を受ける必要があるそうだ」

アイアンハイドはチャージャーの姿が消え去ってからしばらくして、重い調子で切り出した。

 

「話はもう終わりなのか?オーバーロードの」

そう軽口を叩いたほかにはチャージャーを気にする素振りも見せず、ギアーズは続きを促した。

 

「実際に戦ったこともあるが…俺がオプティマスと二人でかかっても勝てなかったような相手だ」

「奴とまた戦うことになるとしたら…正直、 考えたくはない話だ」

アイアンハイドは遠い目をしてそう言い、かすかにうつむいた。

 

「あんたにそこまで言わせるとはな。奴がヘッドマスターだからか?」

ギアーズは彼のその様子をぼんやりと眺めて、興味深そうに訊く。

 

「ヘッドマスターね…オーバーロードは異星人を二人も頭にぶち込んで思考や反応速度を向上させ、その結果イカレちまったんだ。本人がそう言ってた…」

「もっともその本人が三つのうちどれだったのかは分からん。あの頭の切り替えの早さが厄介なんだ…奴の行動には致命的な隙というものがまず存在しない」

アイアンハイドはゆっくり思い出すようにして途切れ途切れにそう告げた。

 

その時、ふと彼らが背を向けていた方から重い走行音が迫ってきた。

二人が揃って振り返ると、接近してきた赤と青のトレーラーヘッドは減速しながら車としての形を崩し、散らばるように投げ出されたパーツは一瞬で組み替えられるようにして人型に転じた。

「噂話はそこまでだ。アイアンハイド…奴は強敵だが無敵ではない」

オプティマスは悠然と歩きながら、そう諭した。

 

「…そう思いたいものです」

 

神妙な様子のアイアンハイドを意識の外に置き、ギアーズは不思議そうに尋ねた。

「オプティマスは何しに来たんだ?」

 

オプティマスはギアーズを見下ろしてしばし考え込むような仕草をとり、そしてアイアンハイドの方を見て言った。

「用があって探していた、私と来てほしい」

「…ギアーズ、君に頼みがあるのだがクリフを探してきてくれないだろうか」

オプティマスはギアーズを指してそう付け足した。

 

 

 

 

薄暗い閉ざされた空間に、牢獄の柵だけが鈍く光っていた。赤や紫、あるいは黄色に変わるその柵はエネルギーの奔流であり、実体はなかった。

かといって囚人が脱出を試みれば瞬時にしてその装甲は溶融し、内部機器は焼き切れる。

柵の弾けるような駆動音の他に音はなく、その部屋はまるで誰もいないかのように静かだった。

扉が騒々しい重低音を響かせ、外側の白い光が隙間から漏れた。

「グリムロック」

声の主は背後から差す光のせいで影としか伺えなかったが、中の囚人にはそれだけで十分だった。

 

「…サンストリーカーか」

「何の用だ」

ゆっくりと、くぐもった声が空間を揺らした。

 

「つれないな」

サンストリーカーは牢に近づき、ゆらゆらと歩きながら少しづつ暗がりに同化していく。

 

うずくまるようにして柵の光に埋もれていたそれはゆっくりと体の向きを変えた。

「報復にでも来たか、私がアラートにしたことで」

グリムロックはかつてのような落ち着きを取り戻し、嘘のように穏やかな口調でそう問うた。

彼の赤くひび割れたゴーグル状の眼が迫るサンストリーカーをじろと睥睨する。

 

「銃も持たずにか?今のあんたがどの程度元に戻ってるか見に来たんだ」

柵の向かいの壁に寄りかかり、サンストリーカーは相手を睨み返した。

 

「お前の知ったことではない」

激情とは程遠く、憤怒の眼差し以外は平静そのものといった様子でグリムロックはゆっくりと告げた。

 

「自分でもそう思うよ」

サンストリーカーは自嘲を含んだ声色でそう返した。

「最近、チャージャーにフルステイシスの相手にされたんじゃないか?」

 

「かなり惜しかったのだがな。最後の手を打ち間違えたが、駒の配置は悪くなかったはずだ」

どこか拗ねるような態度でそう言い、グリムロックは軽く首を傾けた。

 

「あいつ相手にそこまでやれたんなら、思考は回復しつつあるらしい。全く…幸運な奴だ」

ため息にも似た排気音混じりにサンストリーカーは厳しい顔色でつぶやいた。

 

「自分ではそうは思わん。むしろ真逆だ」

そう言いかけた時、グリムロックの口元の割れたパーツが剥がれ落ちた。

床に落ちたそれは小さく音を響かせ、すぐに見えなくなった。

 

「自分が誰か…それを生きてるうちに、思い出せる奴は…幸せ者だ」

目元を覆うようにして途切れ途切れにそう言い、サンストリーカーは押し黙った。

 

「結局は獣になれずじまいで狂えもせずにここにいる。だから苦しむ」

 

「そうでなければ俺達は生きてるとは言えない…それは単にまだ死んでいないというだけだ。ただ苦痛のみが俺やお前のような存在を定義する」

サンストリーカーは忙しなく腕を組み直して、片方の手を震わせながらグリムロックを指差した。

 

「今の私はただ生かされているに過ぎない」

座したまま、静かにそう告げるとグリムロックは背を向けた。

 

「そう言う割に、お前の眼は諦めてもいないし迷ってもいない…そんな色をしてる」

 

「スペクトル主義の信奉者にでもなったつもりか?今日はやけに口数が多いな」

ゆっくりと、グリムロックは吐き捨てるようにそう言った。

 

「お互いにな。そういえば聞いたか?ホットスポットの回復は順調だ、もうじき意識が戻るようになるって話らしい」

 

「それがお前がお喋りになった理由か?」

 

「いいや断じて違う、お前以外のポッドにいた兵士の再生が始まってな。正直難儀してるんだよ、色々」

 

「…私に何か関係があるか?」

 

「多少後遺症があるとはいえ…まともに自我や思考、意識が確立されてるのはグリムロックだけだ。気づいちゃいないだろうがお前は恵まれた存在なんだよ」

 

「そう言われればそうなのかもしれんな。このところ私にはかつてのような望みや欲さえも再び芽生えつつある」

 

「それは知らなかった。お前が本当に正気に戻った証かもな」

サンストリーカーは羨むような蔑むような視線を向け、どこか投げやりにそう返した。

 

「戦い。勝利。そして報復」

拘束具のような意匠のマスクが剥がれ落ちたグリムロックの顔は、牙をむき出しにしているような風貌となり、その隙間から低い唸り声が漏れた。

 

「いいね。俺も全く同じことを考えてたよ…そのせいで、ここしばらく銃を取り上げられてる」

サンストリーカーは揺れる両手で銃の形を作り、撃ち抜くジェスチャーをした。

 

ちょうどその時、サンストリーカーの腕に格納されていた通信端末からブロードキャストの声が響いた。

「サンストリーカー!」

「プロールが呼んでいる!すぐに武器庫に来てくれ!!」

 

いきなり鳴り響いた爆音に反射的に聴覚をカットしかけながらも、サンストリーカーは喜悦を滲ませながら返答した。

「ブロードキャストか。いよいよだな…待ちかねてたぞ」

「…すぐ向かう」

そう言い終えた時、手の震えが収まったのを感じながらサンストリーカーは歩き出していった。

 

「存分に望みを果たして来るがいい」

彼の後ろ姿が見えなくなる刹那、グリムロックはゆっくりとそう告げ、また動かなくなった。

 

 

 

 

クリフとアイアンハイドを連れたオプティマスは作業場に辿り着き、ホイルジャックを見つけて声をかけた。

「新兵器の方はどうなっている?」

 

「問題なく進んでますでな」

老眼鏡にも似た連装式のルーペをかけ直し、側頭部のパーツを明滅させながら名を呼ばれたホイルジャックはにこやかに返答した。

 

「火力と射程そして継戦能力を高めるための武装をとのことでしたので肩口と脚部に追加装甲を兼ねた可変フレームを増設、そこに接続する二連装の長射程粒子燃焼砲と八連ミサイルポッドをご用意しておきました。一応装着したままでも変形は可能です」

「それとこれは私のお節介ですが…胸部とマトリクスをカバーするための手段として、増加アーマーを用意しました。衝撃を受けると自動で起動モードに入る仕組みになっています」

クレーンや工作機械の散乱するなか、ホイルジャックの指した方には、長砲身の双砲が備わった赤色の肩部装甲と長方形のコンテナを上下に二つ備えた青色の脚部装甲が二つづつ、オプティマスと同様の意匠を持ったそれらが壁面に懸架されていた。

その下にはオプティマスの胸部全体に被さる銀色の複雑なカバーパーツのようなアーマーが重々しく鎮座していた。

「それと銃の方のアップグレードも完了しています」

そう言うとホイルジャックは慌ただしく作業台を片付け、黒々と輝く二挺の銃を見せた。

 

「内容を詳しく頼むよ博士」

オプティマスを差し置いてクリフが興味津々に尋ねた。

 

「他の武装との兼ね合いで射程より火力を重視し大型の弾頭に換装した他、複数の弾種を装填したカートリッジを用意しました」

「銃本体は二挺を同時に携行するとのことでしたのでサブグリップを取り除き、他にも先端センサーの撤廃・短銃身化をすることで軽量に仕上げました」

オプティマスに図面を見せながら、ホイルジャックは流暢に語った。

 

「エナジーアックスはどうした?」

オプティマスは説明を聞き終えると、ふと思い出したようにそう訊いた。

 

「補修はくまなく済んでいます。性能の低下を解消することには成功しましたが特段の改修は施していません。ホットスポットのものを使いますか?」

工具箱を兼ねた手押し車を引っ張り出し、ホイルジャックは早口に告げた。

 

「そうしたいが…同時に装備することは可能か?」

 

「やれないことはありませんが…いささか重装過ぎるかと」

「それこそ過剰積載(オーバーロード)です」

そう言い終えた後、似合わないジョークに恥ずかしくなったのか、ホイルジャックは顔を背けた。

 

「愉快だなホイルジャック、俺にも何か新しい武器はないのか?」

アイアンハイドはその様子を呆れ気味に眺めてから、そう問うた。

 

「他にもホイスト達と一緒にアークの武器庫から回収した装備をいくらか復元していたところでね、好きなものを選ぶといい」

ホイルジャックは天井に吊り下げていた武器を下ろしながら、そう言った。

 

「メイスもう一本もらうぞ」

クリフは目ざとく自分の愛用していた武器を見つけ、ぞんざいに取り外した。

 

「確かこのナックルガードはお前さんのだったろうアイアンハイド。それとこの腕部外付け式のキャノンを持っていって構わんよ。もはや説明は不要だろうが…ただし、形こそ似ているがこの前のものと違って試作品なので安全性は保証せんよ」

ホイルジャックはアイアンハイドに鈍い銀色の手甲を手渡し、次に作業台の下から何本ものコードが様々な機器と繋がったままの武骨な一対の重砲を取り出した。

 

「安全性なんか気にしてる場合か、扱いなら分かっているし任せてもらうぞ。こっちも無事に返す保証はないがな」

繋がっていたコードを引きちぎりながら、アイアンハイドは自分の腕に強引に接続し、特有の言いようのない異物感にしばし苦い顔をした。

 

「どうせならパスブラスターとかくれよ」

慌ただしく作業台の下を覗き込みながら、クリフはそう喚いた。

 

「廃棄していなければお前さんに渡したろう。威力も反動も絶大な銃なんて考えれば考えるほど君が適任だ」

ホイルジャックはクリフジャンパーを抱え上げ、オプティマスに投げ渡した。

「…それとオプティマス、この際ヘキサティコンに対してグリムロックを使ってみては?」

 

「却下だ。不安定で危険過ぎる。起動状態さえ安定しているとは言い難い」

受け取ったクリフを床に立たせ、オプティマスは厳然とそう言った。

 

「ならばヘキサティコンの対策部隊には誰を?あれが相手では人間達の活躍は期待出来ないでしょう。ウィンドチャージャーを出すことも今は難しい」

顎に手を当てるようにして考え込む仕草をとりながら、ホイルジャックはそう問うた。

 

「…アイアンハイドとクリフジャンパー、そしてハウンドにサンストリーカー、それに私とプロールでチームを編成する」

連れてきた二人をはじめにちらと見やりながら、オプティマスは言った。

 

「プロール?まさかご冗談でしょう」

ホイルジャックは驚愕しながらそう言い、側頭部を激しく明滅させた。

 

「いや、この人は本気だとも」

アイアンハイドは取り乱すホイルジャックの肩に手をつき、ゆっくりと言った。

 

「…なんで?」

クリフが首を傾げ、間の抜けた声で言った。

 

ブロードキャストの声がオプティマスの頭部に響いた。

「司令官!ディセプティコンが確認されました。急行しろとの指令が出されています」

 

「位置は!?」

反射的に左手で側頭部を押さえ、オプティマスはそう訊き返した。

 

「二箇所です。第一地点はこの地点から数十キロメートル離れた比較的大きな都市部で、ヘリや爆撃機の姿もあったことからヘキサティコンも恐らくはここに展開しつつあるものと思われます」

「もう片方はそこからほど近い高台に位置する化学工場です。今まで通りのエネルギー強奪作戦かと…こちらに関しては空からの機影も確認されておらず車両のみのようです」

 

「…了解した。プロールとサンストリーカーを第二地点へ急行させよう」

「残りのメンバーは私と第一に向かう。クリフとアイアンハイドは少佐に輸送機を準備するよう伝えてくれ」

オプティマスは重々しく告げ、通信を切った。

 

「了解」

名を呼ばれた二人は鋭く返事をし、駆け出して行った。

 

「それとホイルジャック、この装備の装着を手伝ってくれないか?」

オプティマスは所在なげにしているホイルジャックの名を呼び、戸惑いがちにそう頼んだ。

 

 

 

 

化学工場へと続く道路を白と濃紺のパトロールカーと黄色の改造車が縦に並んで疾走していた。

傍目には速度違反の取り締まりにでも見えたかもしれないが、実際には彼らはペアでの作戦行動の最中であった。

「サンストリーカーだ。ディセプティコンの陸上戦力を確認。ドレンチ、それとクランプルゾーンだ」

黄色の改造車は黒煙の立ち昇る工場を見やると静かにそう告げ、速度を上げた。

 

「了解、発見されないように注意しつつ、排除にかかってくれ」

ブロードキャストの音声が車内に響き、その波形と周辺地形がメインモニターに表示された。

 

「どうする?額を撃ち抜けと言われればすぐにでもやるが」

そう言いながらサンストリーカーはルーフ後部を展開させ、銃器を露出させようとした。

 

「こんな状況とはいえ、今のお前に銃を持たせることには反対だったんだがな」

「平常心をなくしている」

後ろについていたプロールが軽く車体を当て、諫めた。

 

「オプティマスだって許可してくれた。それに、俺は正常だ」

ふてくされるように吐き捨て、サンストリーカーは工場の門をフロントバンパーで蹴散らしながら侵入する。

二人はその勢いのまま変形し、足で地面を抉りながらスライドして、やがて停止した。

 

「…二つの目標のうち、口の軽い方を生かしておく必要がある。目的が知りたい」

プロールは注意深く周囲を見回し、ゆっくりと歩き出した。

 

「どうせ普段通りエネルギーやらなんやらを奪いに来ただけだろうに…で?口の軽い方ってのはあのバカ二人のうちのどっちだ」

屋根の上に登ってのそのそと歩きながら咆えているクランプルゾーンと、あちこちを慌ただしく駆け回りながら時折挙動不審に空を見上げるドレンチが二人の視界に入った。

 

「ドレンチはサウンドウェーブの部下だった」

 

「哀れにも奴のペットよりも下の立場だろうがな…あの小心者で決まりか。じゃあクランプルゾーンはどう料理してもいいんだな?」

そう言い終えるとサンストリーカーは銃を構え、ドラミングのような構えをとったクランプルゾーンに狙いを定めた。

 

「その通りだ、ドレンチは私が受け持とう」

プロールは背中に吊るしていた銃を展開させ、力強く右手に握りしめた。

 

「…あんたがか?」

呆気にとられたような顔でサンストリーカーが訊き返した。

 

「この武器も使える状態になった。お前だけに撃たせることにはならん」

手触りを確かめるように軽く弄びながら、プロールは銃のロックを外し、初弾の装填を開始した。

 

「ストリークの真似事かよ」

偏執的な手さばきと無駄に形式ばった機構の銃を見て、サンストリーカーはそう茶化した。

 

「…まぁ、そんなところだ」

プロールは戸惑いの表情を見せた後、図星を突かれて苦い微笑を浮かべた。

 

 

 

 

専用に開発された大型輸送機の余裕あるスペースでさえも標準的な体格の三人と、小柄な者が一人、計四人の重装したサイバトロニアンが快適に過ごせるスペースとは言いがたかった。

押し込められるようにして収容された四人が一言も発さずに押し黙る中、操縦席は大慌てだった。

操縦士らは下の都市の惨状に目を覆いたくなり、次いでそれも叶わない状況を呪いたくなった。

「こいつは…間に合わなかったようだな」

 

「街中火の海だ!既にそこそこ焼けてるらしい」

眼下の光景に慄きながら、副操縦士が後部の彼らに向けて叫んだ。

 

「すぐ降下する。準備を」

オプティマスはそう返答し、急いで立ち上がろうとして頭をぶつけ、天井をへこませた。

 

「了解だプライム」

 

「おい!!」

「さっさと開けてくれって間に合わねぇよ!」

クリフがいち早く身軽に駆け出し、後部の積み降ろし口の前に立った。

 

「黙ってろ赤チビ!!」

操縦士がいつものようにそう返答し、素早く後部の扉を開放した。

 

「言いやがったな!?てめぇ帰ったら覚えと_ 」

 

「ほら開いたぞ行け」

ハウンドはなにごとか言いかけたクリフを無造作に蹴飛ばした。

 

「俺達も行くぞ」

アイアンハイドも身を乗り出し、ハウンドと顔を見合わせて告げた。

 

「あぁ」

「最近聞いたんだが、この星ではこういうものはスカイダイビングと言うのだそうだ」

ハウンドは凄まじい速さで流れていく下の景色を見つめながら、そんなことを口走った。

 

「パラシュートなしでもか?」

 

「…多分な」

ハウンドはアイアンハイドにそう言って笑い返し、二人は互いの拳を突き合せると勢いよく飛び降りた。

 

「クリフ!着地したか?」

オプティマスは装備を満載してかさばった人型のままでは降下に支障が出ると判断し、素早く武装類を牽引したトレーラーヘッドに変形しながらクリフに通信した。

 

「えぇ、傷一つなく、今は瓦礫に紛れてます」

クリフの鷹揚とした返答はノイズや爆音混じりに周囲に伝わった。

 

「アイアンハイドとハウンドは着地したら散開、身を隠して私の指示を待て!」

 

「「了解」」

オプティマスのもとに低く落ち着いた返事が二人分返ってきたのを聞くと、オプティマスはトレーラーヘッドのまま発進した。

 

「ひどい有様だな…爆撃音と砲撃で何がなんだか分からん」

砲塔やミサイルで武装したとはいえ単なるトラックが輸送機から真っ逆さまに落ちていくさまはサイバトロンの基準でも異様な光景であったが、オプティマスは素早く人型へと再変形した。

四基のパラシュートを展開しながら緩やかに降下し、オプティマスは銃を抜きつつ周囲の状況を注意深く観察した。

 

「…音が近い、真上だ!」

一方、ハウンドは自身が落下時に瓦礫に変えた家屋だったものに紛れながら身を潜めていた。

 

「まったく大した歓迎だよなあ!!」

クリフジャンパーは瓦礫の山から抜け出し、どたどたと走り回りながら逃げ惑っていた。

 

「一時的に聴覚をオフにでもしておけ、爆音でセンサーがイカれかねない」

アイアンハイドはクリフの叫びにいらつきながらそう言った。

 

爆撃の音や風を切る航空機の音、家屋が燃える音に砲撃音、それら全てが一過し、辺りがかすかに落ち着いたその時だった。

「…各自そのまま聞いてくれ」

上空からオプティマスの声が響き、次いでパラシュートを切り離したオプティマスが落下してきた。

「降下中に砲撃を受けた。それも二箇所からだ。そして上空に見えた機影は武装ヘリと爆撃機が一機づつ、他は戦闘機が三機、それぞれ全て別のタイプだった」

煤汚れにまみれたオプティマスはそう告げると、軽く頭を振って汚れを振り落とした。

 

「それだと七体で数が合わないんじゃ…」

クリフが訝しげに首を傾げた。

 

「オーバーロードは戦車と戦闘機が合体して一体を構成するんだ。数は間違っていない」

アイアンハイドが素早く訂正した。

 

「あぁ、そうだった…かも」

クリフは今度は反対側に首を傾げ、ゆっくりとそう言った。

 

「先が思いやられるな」

ハウンドは片手でガトリングを担ぎ、軽く頭を抱えた。

 

「まず爆撃機を潰す。空の敵に対してはハウンドが牽制弾を放ち、次に私のキャノンで仕留める手で行こう」

オプティマスは航空機群とそこから投下される爆弾が染め上げている上空を見やり、ハウンドの肩に手を置いてそう伝えた。

 

「目くらましにありったけの弾をバラまけって訳ですか」

呆れ気味の笑みを浮かべ、ハウンドは愉快そうにそう返した。

 

「全て撃ち尽くす勢いで盛大にやってくれ。将軍達には敵の航空戦力を最低でも半分は排除し終えるまで、増援は送らないよう通達してある」

 

「で、戦車は俺とアイアンハイドで行くのか?」

クリフはアクロバティックに変形しながらそう訊き、エンジンをアイドリングさせた。

 

「そうだ。落下中に受けた砲撃から逆算したおおまかな座標を今二人に転送した。彼らも移動し始めているだろうが…速度ならばこちらが勝る」

「戦車のうち、最初に私に攻撃してきた大型単砲塔のものが恐らくオーバーロードの半身だ。これを第一目標とする。第二は四つの砲塔を持つ対空戦車…こちらはデモリッシャーと見ていいだろう」

「クリフは第二を排除。そしてアイアンハイドは第一を足止めしろ、合体さえさせなければ勝ち目は必ずある」

腕の通信端末を連動させ、オプティマスらは即席のブリーフィングを開始した。

 

「責任重大って訳ですか!やる気が出ますね久々に!」

アイアンハイドは両腕のキャノンを見せつけるようにしてそう言い、今度は自分の両拳を突き合せた。

 

「張り切り過ぎて体壊すなよ!」

クリフが冷やかすようにそう言い、その場を軽くウィリーしながら一回転した。

 

「オートボット、作戦行動に移行せよ…!!」

オプティマスが力強く号令を発すると、四人は迅速に移動を開始した。



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オートボット-地球編⑧:Total Devastation,Part2

くぐもったような乾いた発砲音が小さく響いた数瞬後、半狂乱になって暴れていたクランプルゾーンの胸部は正確に撃ち抜かれ、その破片が弾けるようにあちこちへと飛んでいった。

「…意外だったよ」

対象の無力化を確認したサンストリーカーはスコープ越しに獲物と睨み合うのをやめ、立ち上がってそうつぶやいた。

「あんたの銃の腕がここまでとはな」

持ち上げた銃を折り畳み、腰にしまいながら、サンストリーカーは足元に広がるプロールのもたらした結果を視界に入れた。

「いつも前線にいててくれてりゃ死ななくて済んだ兵士も大勢いたろうに」

棘のある声色でそう吐き捨て、サンストリーカーは忌々しげな顔をした。

 

そんな彼の様子をちらと見たプロールは、臆する風もなく毒づいた。

「率直に言って、お前を含めた大半のサイバトロニアンの感覚は非論理的で野蛮に過ぎる。指揮官には指揮官の役割があるんだ…単に戦えればいい兵士と違って私に代わりはいないのだよ」

そう言うと、彼は手にしていた銃からアンカーフックを引き抜く。

足元に転がるいくつかの物体へと繋がっており、それらを引き寄せてきたワイヤーが無造作に投げ落とされた。

 

「へぇ」

「そうなると…誰よりも偉いのにバンバン前線に出てきてたうちのトップがまるでバカみたいじゃないか」

サンストリーカーは途中で失笑混じりになりつつ言い返した。

 

「あれが…バカでなくてなんだ?全軍の総指揮を執る役目にありながら戦場のど真ん中で、それもメガトロンと違って雑兵を庇いながら戦うような奴を他になんて呼べばいい?」

頭全体をわずか傾げて虚空を睨むような顔で、プロールは問うた。

 

「分かった分かったそこまでだ。お喋りが過ぎるぞ参謀殿」 

付き合いきれないといった様子でサンストリーカーはプロールのツノを指で弾き、話を打ち切った。

 

「…止めても聞かない相手を説得するいつものような苦労を思い出させてしまったなら、それは悪いことをしたな。この通り心から謝罪しようじゃないか」

プロールはある種の感覚器官である部位を触られた不快感を滲ませ、サンストリーカーを見下しながら不満げに言った。

 

「へ、仲間割れかよ。お前_」

プロールの足元に転がっていたドレンチが言葉を発した。

意識を取り戻すまでの間に体中の銃創からエネルゴン漏れを起こし、彼らのいる場所には紫色の水たまりが出来ていた。

 

「おっとそこまでだドレンチ、余計なお喋りをすれば分かってるよな」

いずれも異なる特殊弾頭で傷つけられたドレンチの体のうち、唯一損傷していない左脚をサンストリーカーは蹴り飛ばした。

 

「ここで何をしていた?」

プロールは怯えた様子のドレンチの顔をしゃがんで覗き込むようにして近づき、ゆっくりと訊いた。

 

「だ、誰が…言うかよ。撃ちたきゃ撃ってみろってんだ」

 

「なるほどいい案だな…」

サンストリーカーはそのドレンチの挑発に反射的に銃を取り出して彼の片眼に近づけ、その銃口を押し付けて眼を潰そうとした。

 

「あぁ分かった分かったってば!!」

「…は、話すがよ…」

 

「まだ若干の心理的抵抗があるらしいが…なるほど、お前は情報を漏らせば確実にサウンドウェーブの制裁を受ける」

ビークルのフロントガラスごとひび割れたドレンチの胸にはアンカーが突き刺さっており、裂け目からはエンジンの煙とエネルゴンが漏れ出していた。

「それを恐れているのだろうが、我々はどのみちお前を彼らのもとへ返す気はない」

そのアンカーを掴み上げて彼を引っ張りながら、プロールが淡々とそう通告した。

 

「まさか保護してくれる…って訳でもねぇよな」

そう言ってドレンチは小さく笑った。

 

「誰も手を出せないような遠い遠いところに送ってやってもいいぞ」

サンストリーカーが素早くそう返した。

 

「それならそれで向こうには俺を待ち構えてる連中が大勢いるだ_」

ドレンチがそう言い終える前に、持ち上げられていたワイヤーから手を離されて彼は倒れ込んだ。

「…なぁオートボット、こんな場所で何をしていたのかって訊かれてもな、それについちゃ俺は大して知りゃしないんだ」

 

「殺すか」

サンストリーカーがそっけなくそう言いながら素早くドレンチの頭を踏みつけ、彼のマスクにひびが入った。

 

「早まるなよ。まだ少しだけ早い…ドレンチお前、サウンドウェーブには何も聞いていないのか?」

プロールはサンストリーカーを軽く諌め、淡々と尋ねた。

 

「も、もらった任務はこうだ」

ひび割れた顔をひきつらせ、上ずった声でドレンチは喋りだした。

「クランプルゾーンを引き連れて工場にある装置を取り付けろと…装置の目的は知らないが…あ、あの形じゃどうせ爆弾かなんかだろう」

 

「どうする?念のため場所を移すか?」

サンストリーカーが少し屈み、声をひそめた。

 

「そうだな…物によっては対処する必要があるかもしれない。ここが爆発したら…まずいぞ」

プロールは神妙な面持ちで考え込みながら、ゆっくりとそう告げた。

 

「なんでだ?」

目線だけを動かし、サンストリーカーは不思議そうにゆっくりと訊いた。

 

「ここでガス爆発でも起きようものなら、下の市街地は全滅だ」

プロールは短く返答し、苦い顔をした。

 

「…あぁ、なるほどね」

 

 

 

 

オプティマスは肩の砲塔や両手の銃に脚のミサイルを放ちながら、それらにかき消されることのない声量でそばにいた仲間に向かって指示を叫んだ。

「ハウンド!もっと正確に狙いを付けるんだ!」

 

ハウンドは抱えおろしたガトリング砲を正確に撃ち鳴らしながら、負けない声量で怒鳴り返した。

「言われた通りにやってはいるんですがね!この際連中が変形してこっちに襲いかかるよう誘い込みます!」

 

「それでは時間がかかり過ぎる!爆撃機だけでも_」

空中を目まぐるしい速さで飛行する標的を相手にしながら、オプティマスは整然と返答する。

 

「当てました!目標がフラついてます!!」

鈍い大型の全翼式爆撃機は右側の翼のあちこちにズタズタに穴が空けられ、その箇所から黒煙を上げていた。

 

オプティマスがその言葉を聞き、肩部の双砲がビームを放つまでは一瞬だった。姿勢を制御出来なくなりつつあった爆撃機に着弾するまでの時間はさらに短かった。

 

「直撃を確認、目標は高度を落としてますが_」

「…上空から一機が突っ込んで来ます!!」

姿勢を大きく傾けて今にも墜落しそうな爆撃機と入れ替わるように、灰と黒に彩られた戦闘機が急速に二人のもとへ近づいていた。

 

「久々だなァ…プライムさんよ」

その一機は速度を残したまま地面に近づいていき、翼の下から両脚をのぞかせて段階的に人型へ変貌していった。

脚部の爪を地面に突き立てて滑りながら減速し、砂塵と瓦礫を撒き散らして停止した。

 

「ニトロゼウスだ」

オプティマスは辺りを舞う土煙に遮られながら体のパーツを組み替えるようにして変形していくニトロゼウスのシルエットを見据え、その中心にある黄色い一つの眼と睨み合った。

「ハウンドは爆撃機の追撃に専念しろ!ここは私に任せてもらう」

オプティマスは両手の銃を撃ち放ちながら命じた。

 

「了解!」

慌ただしく装甲車に変形して去っていくハウンドをよそに、二人の戦いは始まっていた。

 

「俺の相手は一人で十分って思ってンのか?まァ今度こそ邪魔抜きでやれるならいいか。さっさと始めっぞ…!!」

オプティマスの銃撃を右腕の装甲で防ぎ、ニトロゼウスは叫んだ。

 

オプティマスは左脚のミサイルを一斉に撃ち放つ。

「こっちにもミサイルはあンだよ!!」

それに対してニトロゼウスも背中のエンジンブロック上部に備えたミサイルを全て撃ちだし、それらがぶつかり合い両者の間に爆煙が広がった。

吹き飛ばされかけたニトロゼウスは一度空中で翻り、眼下に広がる煙の中に向けて左腕と一体化したキャノンを五連射した。

 

「その手は食わん」

吹き飛ばされたオプティマスは変形しながら最初の二発を的確に回避し、残りは粒子燃焼砲で焼き払った。

 

地上から煙を貫いたその光条はニトロゼウスの肩先をかすめ、先端を熔解させた。

「ビームも撃てるようになったか?」

ニトロゼウスは飛翔して横一直線に急接近し、トレーラーヘッドから人型へと再変形している途中だったオプティマスの側頭部を殴りつけた。オプティマスが振り下ろしてきた斧に対しては柄を右腕で受け止めながら、左手で頭部を押さえつけその勢いのままに地面に叩きつけた。

「そういやお前はコレを味わったことはまだなかったっけな。邪魔もないし久々にブチかますか?」

力なく倒れ伏したオプティマスを踏みつけながら、意気揚々とニトロゼウスが言い放った。

「雷に、灼かれちまいなァ…!」

ニトロが眼を黄色く光らせてそう叫ぶと、彼の全身から閃光が迸った。

 

 

 

 

ハウンドは黒煙を上げながらゆっくりと落下する爆撃機を追走していた。

「もうじき墜落するな…いや_」

地面に激突する寸前にそれは形を変え、無限軌道とミサイルを備えた形態へと変化し、そのまま地上を走り出した。

「変形した?…戦車にもなるってのか。さながら、周囲に破壊を撒き散らすだけの装置だ」

そう言うとハウンドは変形を解き、屈んで銃を構えた。

「動きが単調になった分、狙いはつけやすくなったか…」

後部に配置されたままのエンジン部に狙いを定めた瞬間、ハウンドは上空から足元に銃撃を受けた。

 

「オートボットの割にやってくれる…GB (ギガントボム)!さっさと起き上がりなさい!」

空中に浮遊してハウンドを見下ろしながらそう叫ぶと、その戦闘機らしきトランスフォーマーは再び両手に保持した機銃を連射した。

 

「誰だお前!?」

装甲車へと変形しながら攻撃を回避しつつ、ハウンドは動揺を隠せずにそう問うた。

 

「スモークスナイパーって名前、聞いたことない?」

腕を組んで相手をじっと見下し、首を傾げるようにしてスモークスナイパーが訊いた。

「…じゃあ、スモークジャンパーって名は?」

 

「生憎だが、ないな!」

ハウンドはルーフの上に増設したガトリングを走行しながら撃ち返した。

 

スモークスナイパーは左右に翻って銃撃を軽やかに回避した。

「残念…だけど、あなたが最後に聞く名はそれになるわよ」

そして上下逆さに空中で一瞬静止し、背中に格納されていた砲塔を素早く展開させて赤い光条の束を解放した。

 

「そうはならんさ…そちらさんが最後に聞くのが俺の銃声になるだけだ!!」

ハウンドはそう叫んで跳び上がる。

スモークスナイパーの放ったビームが起こした足元の爆風に吹き飛ばされながらも踊るように変形し、彼は上下の二体に対してショットガンと肩部のキャノンを向け、決して外れぬ狙いを定めた。

 

 

 

 

クリフジャンパーがビークルのまま、廃墟と化した家屋の壁を突き破った。

「ようデモリッシャー!殺しに来たぞ!久々にな!」

 

その声を聞き、デモリッシャーは素早く戦車から変形して振り向いた。

「赤いチビか!生意気な口を!」

彼は反射的に両手の五指に備えられた機銃を連射させ、とっさに弾幕を張った。

 

「そんな動きで俺に当てられんのかー!?」

デモリッシャーの銃撃は辺りを囲む家屋や車に弾痕を刻むばかりで、すばしこく動きながら変形を繰り返しつつ挑発するクリフには当たらなかった。

 

「遊んでやる気はない!さっさと帰れ!!」

しびれを切らしたデモリッシャーは両肩の二連装砲を放ち、周辺の障害物を残らず粉砕する。

「よし…黙らせたな」

 

「ヘリまで飛んで来たか…誰だっけなあいつ」

クリフはその衝撃に紛れ、ディセプティコンの爆撃で出来た地面の凹みにビークルの姿で潜みつつ改めて様子をうかがっていたが、ふとヘリのローター音を聴覚に捉えて上を見上げた。

 

「ブルーバッカス!ニトロはどうした!?」

デモリッシャーは空から降りてきたその闖入者に向かって怒鳴り散らした。

 

「目を離すなとは言われてたが、俺が増援に来たのはオーバーロードの命令だ。契約主はあの人なんでな」

ブルーバッカスと呼ばれた彼は人型に戻って不遜にそう言い放ち、掴みかかってきたデモリッシャーを軽く払いのけた。

「今ニトロは向こうでプライムどもと遊んでるが、あいつもクリフジャンパーがこっちにいると知ったら飛んでくるだろうよ…」 

そう言いのけるとブルーバッカスはその右腕と一体化したテイルローターとブレードを変形させて後方に畳むことで収納されていた砲身を展開させた。

そして左腕の翼に装備されている四門の機銃とともに前方へ銃口を向けつつ、彼は側頭部のアンテナを伸ばして慎重に索敵を開始した。

 

「奴が来るなら…そうなる前に、片付けないとなぁ…!」

そう小さく叫んでからクリフジャンパーは全速力で駆け出した。

 

「随分見くびられてるらしい…赤チビ風情が」

彼が動き出す前に反応したブルーバッカスは全身の武装を駆使して迎撃したが、小柄で機敏なクリフジャンパーにはどれも致命的な有効打になり得なかった。

彼はその赤い装甲にいくら弾痕を刻まれようともいささかも勢いを止めず、跳躍や変形を繰り返した立体的な機動で素早く距離を詰めるのだった。

そしてブルーバッカスは両手に持ったメイスでクリフに胸部を殴り飛ばされてしまう。

 

「誰が赤チビだよ、金次第でどっちにも転ぶクズ野郎が」

クリフはブルーバッカスの胸にあるディセプティコンのインシグニアが削れ、下にあった傭兵のそれがところどころ露出したのを見て、静かにそう言い返した。

 

「そう簡単に片づくかよ…」

胸に向けた衝撃で大きく吹き飛ばされ、ブルーバッカスは地面に落ちた。立ち上がりざまにそうつぶやき、彼は左腕の機銃を掃射した。

 

「飛べばいいだろ。ご自慢の羽はどうした?」

ブルーバッカスの銃撃を受けてもものともせずにクリフは全力で近づき、そう言い放つと同時に胸を蹴りつけ、両腕のメイスで殴り飛ばした。

 

「っ…俺の羽なら_」

のけぞったブルーバッカスは咄嗟に右腕の装備を組み換え、メインローターの転じたブレードを左右から展開させることで瞬時に鋏を形成してみせた。

「今見せてやるさ…!」

そう言うと同時にブルーバッカスの放った一撃はメイスごとクリフの左腕を切り落とした。

 

「片腕ぐらいで仕留めた気になってんじゃねぇぞ!」

クリフはすぐさまブルーバッカスの側頭部を回し蹴りで吹き飛ばして距離を取り、そう吠えて自らを鼓舞した。

 

「いいぞ!そのままズタズタに_」

その様子を後ろで眺めていたデモリッシャーがそう言いかけたが、間の悪いことにブルーバッカスはそれをクリフに向けての言葉と思ったのか、苛立ち紛れに左腕の機銃を向けて彼を沈黙させた。

 

「妙だな…お前_」

クリフは拾った片腕を傷口にあてがって繋ぎ直しながら、何ごとか言いかけていた。

 

「考えごとをする余裕があるか?」

断続的に重く鋭い音をたてながら右腕の鋏を開閉させ、一歩一歩クリフににじり寄るブルーバッカスをよそに、デモリッシャーは戦車に変形して隙を見せたクリフに一斉射撃を浴びせた。

 

「おっと」

「忘れてたぜデモリッシャー!お前もいたんだったな!!」

反射的に飛び起き、クリフは両足で駆け出した。 

割って入った砲撃に驚いて後ろを振り返ったブルーバッカスを真横に蹴り飛ばし、右手に持ったメイスを乱暴に振り回しながら迫りくる弾幕を防いだ。

 

「生意気を!」

そう言い後退しかけたデモリッシャーだったが、クリフジャンパーの投擲したメイスに左肩の砲塔を刺し貫かれてしまった。

 

「チンケなランチャーとバイバイしなぁ…!」

緊急時の手段である肩の砲身そのものを噴進弾として撃ち出すという攻撃の寸前だったことが災いして、デモリッシャーは誘爆とともに焼けただれた肩口から吹き出す火と煙で身動きが取れなくなった。

 

そんな彼を前にクリフは猛然と迫る。

「代わりに俺の腕をくれてやる!!」

クリフは両の手を握り合わせ、くっつきかけていた左腕を引きちぎると、凄まじい勢いで回転しながら右肩の砲塔に向けてしならせた左腕による一撃を叩き込んだ。

 

「この…小癪な赤チビめ…砲塔がイカれた…!」

主砲とその上部にあった五指からなる機銃までも潰されたデモリッシャーは攻撃機能を喪失し、その場に擱座した。

 

「どうよ…俺の全力は…?結構、効いたろ_」

ひしゃげた左腕をどうにか繋ぎ直そうとしながら、クリフも力なく地面に両膝をつき、そして倒れ伏した。

 

「チッ…ブルーバッカス!俺を運べ!撤退だ!!」

大慌てで走り出そうとしながら、デモリッシャーが喚いた。

 

「重いし御免だね、そんな面倒は…」

履帯を損傷したのか、がたがたと震えるばかりで一向に動き出す気配のないデモリッシャーを眺めながらブルーバッカスは呆れ気味にそう返した。

「だいたい俺に何の得がある?」

 

「ディセプティコンとしての義務はどうした!」

デモリッシャーは変形を解いてブルーバッカスに詰め寄ろうとしたが、履帯で構成されている脚部を損傷していたためすぐに転けた。

 

「戦力にならない者にかける慈悲はねぇやな…俺は別に誇りとやらを持って紫のエンブレムをつけてるわけじゃないんだよ」

そう告げつつブルーバッカスは悠々とクリフに近づいた。

「赤いのに縁がなかっただけさ」

意識を失っているクリフジャンパーの首元を左腕で握り潰さんばかりに力を込めて掴み上げ、右腕の鋏で胴を斜めに切り裂いた。

クリフの体は左肩から深く切り込まれ、右脚が落ちた。

そしてブルーバッカスは鋏を勢いよくクリフの胸元に突き立て、ねじりながら鋏を開いて深く抉った。

紫の飛沫が辺りに飛散し、空気とともに呻き声のような音が彼の胸から漏れた。

 

「全く、前のメンバーの方がマシだったかもな…」

デモリッシャーはブルーバッカスを見ながらそう吐き捨て、慎重に起き上がった。

 

「嫌味か?あぁ分かったよいいぜ運んでやる。席に乗りたいなんて贅沢だけは言うなよ」

ブルーバッカスはそう言い返すと手にしていたクリフを放り投げて素早くヘリコプターへと変形した。

「それにこの運賃は高くつくぞ…ボスには敵を仕留め損ねたのはお前のせいだと言うからな」

デモリッシャーは腕である機銃部を損傷しながらもヘリのスキッドにどうにか器用に掴まると、彼はぶら下がりながらブルーバッカスのその言葉を不服そうに聞いていた。

 

 

 

 

荒野に成り果てた市街地の瓦礫に紛れ、銀の手甲と黒々とした銃砲だったものが転がり落ちていた。

「お前が来るとは思わなかったよアイアンハイド」

名を呼んだ相手をその履帯で踏みつけ、押し潰しながら、戦車はこともなげに言い、発進した。

 

「グ…」

走り出した戦車の下敷きになりながら地面と履帯に挟まれ、アイアンハイドは低く唸った。

 

「悪くなかったが、俺も忙しいのでな…作戦の最終段階に移らせてもらおうか」

嘆息するようにその戦車は言い、わざとゆっくりと時間をかけて停止した。

「メガジェット!」

力強くそう叫び、戦車は砲塔を地面に突き刺し前のめりになるようにその場に直立した。

 

「させ…るものか!!」

アイアンハイドはそう叫んで立ち上がろうとしたが、彼の脚は思うように機能しなかった。

 

「素晴らしい。そのガッツは見上げたものだ」

戦車は座して動かぬままに、愉快そうに言った。

でも無駄よ。私達をただのツーインワンと侮ったが運の尽き

上空から降下してきた大型航空機がそう声を発し、辺りに爆風が吹き下ろした。

「今だ!!」

分かっている

叫んだ戦車に航空機は冷静に反応し、合体が開始された。

その機首は分離し、エンジンブロックを中心として左右に伸びる腕部の肩口へと接続された。

戦車は左右に割れ、両脚と腰部とを構成した。

それら二つの塊は腰を境目として接続され、接合部から火花が散り、光の筋が全身を伝った。

「「合体…オーバー…ロード!!」」

オーバーロードはタイミングを合わせて叫び、アイアンハイドの首を掴んで持ち上げた。

恐怖と闘志に満ちたなんていい顔…よこしなさい。私に

彼女は嗜虐的な笑みを溢れさせ、喜悦を滲ませた声色でそう言った。

 

「な_」

アイアンハイドが何か言いかけた瞬間、その顔にオーバーロードの手が差し込まれ、顔面の表皮が剥ぎ取られた。

 

ハンサムね…

掌に載せたそれを眺め、アイアンハイドを踏みつけながらオーバーロードは恍惚の表情を浮かべ、彼の顔であった物にその唇を当てた。

 

「まだだ…思い通りには…」

表皮を剥がれ、地面を這い回るアイアンハイドの顔面は蠢くようにしながらどうにかそう言葉を発した。

 

…ナンセンスよ

オーバーロードはより力強くアイアンハイドを踏みつけ、履帯で彼の腰をズタズタに押し潰す。そして彼を両手で掴み上げ、上下に引き裂いた。

 

「これでお前も上下バラバラ…俺達とお揃いだな。まぁざっとこんなものだ…待て、それを持ち帰る気か?」

オーバーロードは足元に転がるアイアンハイドの上半身と下半身を一瞥した。

これでコレクションに新顔が加わった。文字通りね

そう言いながら彼女は右手に持ったアイアンハイドの顔を胸部に収納しようとした。

「来たようだぞ…奴が!!」

オーバーロードが走行音を聞きつけ、彼は雄々しくそう叫んだ。

遅かったじゃない_

彼女はそう言いかけ、艷やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「なぁプライムよ、いよいよアンタも終わ_」

ニトロゼウスは電撃に灼かれたオプティマスを踏みつけながら、鷹揚に言いかけた。

 

「よく見ろ。自分の体をな」

オプティマスはゆっくりとそう言い放ち、左手に持った斧の全エネルギーを解放させて突きを繰り出し、その一撃でニトロゼウスの胸を貫いた。

 

流し込まれたエネルギーが閃光を放って弾けた後、辺りに一瞬静寂が広がり、風が凪いだ。

ニトロゼウスは胸に大穴の開いた状態で、片膝をついた。

「なァプライムよ、種明かしは…なしか…?」

 

体のあちこちをひしゃげさせ、内部から黒煙を立ち昇らせながら、オプティマスはすっと立ち上がる。

「お前の雷とやらのエネルギーの大半はこのマトリクスに吸収させてもらった。それを突き返してやったまでだ」

オプティマスはそう言いながら関節部の可動を確かめるように斧を片手で振り回した。

 

「マトリクス…チンケなアクセサリーだと、ばかり…思ってたよ。俺のと、違ってな…」

ニトロゼウスは首元にぶら下げたいくつもの砕けたオートボットのエンブレムを誇示するように見せてそう言った。

「そんな機能が、な…道理であのメガトロンが、手こずる訳だ_」

ニトロゼウスは悟ったようにそう言い、力が抜けたようにその場に倒れ伏した。

 

「次だ」

機能停止した彼を意に介さず、オプティマスは変形して走り出した。

ふと辺りの潰れた家屋や噴き上がる煙の先にオーバーロードの巨躯が立ち上がるのを発見し、彼はスピードを上げた。

 

「来たようだぞ…奴が!!」

遅かったじゃない_

「「…プライム!!」」

ビークルモードのまま猛然と迫るオプティマスを見るとオーバーロードはにわかに色めき立ってそう叫んだ。

 

「確かに…どうやら遅かったようだ。あとは任せてくれ」

オプティマスは変形を解いたその勢いのままにオーバーロードに飛び蹴りをかますと、足元にあったアイアンハイドの体を見下ろして言った。

 

「肩に砲台を付けたぐらいで勝てる気でいるようだな」

見え透いている…

事もなげに立ち上がったオーバーロードは嘲るようにそう叫び、腹部の六連砲を斉射した。

 

オプティマスは咄嗟に飛び退き、両手に持った銃で迫る弾幕を一発づつ確実に撃ち落としていった。

「やはり速射性は多少落ちたか…改良の余地はある」

 

行け!メガチャイルド!!

オプティマスの着地の瞬間を狙い、オーバーロードは左肩に装備した機首ユニットを分離させた。

 

「騒々しい!」

機銃を連射しながら急接近した子機の突撃を腹部に受け、上空へと吹き飛ばされながらオプティマスは呻いた。

 

「隙だらけだな!」

オーバーロードは落下するオプティマスめがけ、腹部の一対の砲塔からロケット弾を放った。

 

「まだだ」

とっさに胸部の増加装甲を切り離して囮にし、オプティマスは姿勢を崩さずに着地した。

パージされた装甲はロケット弾の直撃を受けた部分からじわじわと溶け落ちていき、やがて消滅した。

 

オーバーロードはすかさず低空を飛行して急接近し、その勢いのままオプティマスに左肩からタックルをしかけた。

突っ転ばされたオプティマスだったが着地すると同時に銃を捨てて掴みかかる。

オーバーロードは素早く反応し、オプティマスの突進の動きを見切って胸部を蹴り飛ばした。

私達、こうして拳を突き合わせたのは初めてかもしれないわね?プライム

オーバーロードはそう言いながらオプティマスへと迫り、両者は互いの両手を握り合わせて押しあった。

「俺達がずっと望んでいた瞬間だ。お前一人の選択のために星は死に絶え、戦う力のない者さえ命を奪い去られた」

オーバーロードは顔をぐいと近づけて一言一言を絞り出すように発し、またその度に一歩づつオプティマスを押し返した。

そのせいで今ではこんな姿に…メガトロンについたのもこの瞬間のためよ。引き裂いて簡単に殺すのでは飽き足らない

そう告げて、オーバーロードは至近距離のオプティマスめがけて腹部の全砲門を一斉に展開した。

 

「結構なことだな。執念に免じて左腕くらいはくれてやる…」

オプティマスはフレームごと左腕を切り離して素早く飛び退いた。

 

「外れた…いや外したのか!」

オーバーロードの放った砲撃が両者の間に爆風を起こし、両者は吹き飛ばされた。

 

「報いを受けるのはお前達の方だ」

爆音に遮られるようにして、オプティマスのその声はくぐもって小さく響いた。

そして辺りを包み込んだ煙が晴れる前に、それらを突っ切って高く飛翔する影があった。

 

「跳び上がったな!いい的だ_」

いや違う…あれは!?

オーバーロードが気取られ、見上げたそれの正体はオプティマスではなく、 彼が脚を蹴り上げると同時に切り離した右のミサイルコンテナであった。

 

「私ならこっちだ…!」

煙に紛れて距離を取り、銃を回収していたオプティマスが力強くそう叫び、続いて二発の銃声が響いた。

 

「…謀られたか!」

オーバーロードは最初の一発で腹部を砲塔ごと撃ち抜かれ、脚部から素早く引き抜いて構えた銃も遅れてやってきた二発目に破壊された。

 

「この斧もくれてやる」

銃を地面に置いてそう言うとオプティマスは展開させていない小振りな状態のエナジーアックスを起動し、素早く投擲した。

 

ぐ…この程度

首元に投げ斧の直撃を受けてもオーバーロードは怯まずそれを引き抜こうとし、切り口からは肉塊を踏みつけたような粘着質な音が響いた。

しかしその瞬間に乾いた音が上から連続して響き、落下音が近づくのを察知した彼は反射的に空を見上げた。

「あれは!上のミサイルが!?」

オプティマスが切り離したミサイルコンテナから散弾が撃ち放たれ、雨霰のようにオーバーロードに降り注いだ。

 

「これで肩の子機は潰れたな」

オプティマスが言い放った通り、メガチャイルドと呼称されたそれは推進器やキャノピーに機銃を損傷し、オーバーロードの表皮もろともズタズタに引き裂かれていた。

 

「もはや生かして帰さんぞプライム。俺達の星を滅ぼしただけにとどまらずまだ罪を_」

武装と表面の装甲以外には損傷もなく平然と歩き出すオーバーロードの口調には、より強い怒りが滲んでいた。

彼らは遅れて落下してきたミサイルコンテナを無造作に何度も踏みつけ、潰した。

 

「お喋りが過ぎるな」

にべもなくそう言い放ち、オプティマスは拾い直した銃でオーバーロードの首と眼を撃った。

 

私のすぐ眼の前に来て_

オーバーロードの顔面の半分ごと左の眼が砕け散り、彼女はその真新しい傷を手でそっとなぞった。

「ここに立ってそう言ってみろよ」

 

「そんな義理はない」

そう言うとオプティマスは弾切れとなった銃を投げつけた。

 

「そうかな?」

そう問いかけ、オーバーロードは戦車と航空機とに素早く変形し、投げつけられた銃を避けながら突進した。

 

「分離か…」

上下から迫りくる敵機を見据え、オプティマスは思案した。

 

挟み撃ちよ

「潰れろ!」

彼らは同時にそう叫び、オプティマスへと迫った。

 

「爆撃する気か」

上空を覆うように飛行するジェット機を見てそう言い、オプティマスは近づいてくる戦車に立ち向かった。

「少し…役に立ってもらおう」

轢かれる寸前に飛び移り、オプティマスは戦車の上にしがみついた。

 

「降りろ!!」

左右に揺れながら戦車はオプティマスを振り落とそうとする。

 

「メガジェットとかいったか、お前の脚となる戦車ごと撃つがいい」

オプティマスがそう叫んだ瞬間、戦車は崩れた屋根を利用して飛び上がり、オプティマスを振り落としてジェット機に接近しようとした。

 

「ドッキングだ!」

了解

そう叫んでから間もなくジェット機は戦車を下部に吊り下げた形態となり、同時にありったけの爆弾を一帯に投下した。

その数秒後、地上は局所的に爆炎と黒煙に包まれ、瓦礫もろとも辺りの建物は完全に消滅した。

 

「右脚が消し飛んだか」

嵐のような爆風が一帯を覆い、音が止み煙が晴れた後になってようやくオプティマスは自身の状況を把握した。

「…それでも戦車の重さの分、向こうの動きは鈍くなっているはずだ」

その場に転がり、ゆっくりとそう判断したオプティマスは右肩の粒子燃焼砲を起動させた。

「残るはこれか…直撃させる!!」

背を向け、撤退しようとしている様子のオーバーロードを狙い、オプティマスは右肩からエネルギーの奔流を解き放った。

それはオーバーロードの左の翼を撃ち抜き、辺りに轟音をとどろかせた。

 

「この星での初任務でこの体たらくか…感覚が鈍っているな」

最後に出来ることはまだあるでしょう?

「…では行くか」

ゆっくりと旋回し、黒煙を上げながらオーバーロードはオプティマスの方へと一直線に突っ込んできた。

 

「粒子砲はエネルギー切れか…来るがいい!」

装甲ごと右肩部の粒子砲を切り離し、オプティマスはその場で左脚だけでどうにか立ち上がり、右手を広げてそう告げた。

 

「我らの恨みを思い知れ!」

全ての武装を失ったオーバーロードが猛然とそう叫び、体当たりの特攻をしかけてくるのを前にして、オプティマスは何も言わずにただ立ち尽くしていた。

 

「否…お前なぞに狩られてやる気はない」

オプティマスはオーバーロードが直撃する瞬間にもう一本のエナジーアックスを引き抜き、脚のバランスを崩して倒れるタイミングですれ違いざまに全力の一撃を浴びせた。

「これは私の斧ではない。ホットスポットのものだ」

そう言ったオプティマスは辺りを覆う爆炎の中に倒れながら、意識を手放しつつあった。

「しかし、無事に…返せるだろうか」

遠くには引き裂かれたオーバーロードのオルトモードがバラバラの状態で佇んでいたが、間もなくトランスワープで転送されて消えた。



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オートボット-地球編⑨:Total Devastation,part3

「そっちの状況はどうなってる!?」

プロールの怒声が通信越しにクリフの頭へと響いていた。

 

「とりあえず敵さんにはお引き取りいただいたよ…ただ、アイアンハイドとオプティマスが死にかけてるし、ハウンドももう戦える状態じゃないみたいだな。どうやらトランスフォームコグをもぎ取られたとか言ってた…らしい」

地面に寝転がりながら、クリフはノイズ混じりの声で小さくそう答えた。

 

「ところでお前はどうなんだ?」

サンストリーカーが訝しげな口調で通信に割って入った。

 

「あぁ俺か?俺はなんとか手足を繋ぎ直したところだ。なんたって不死身だからな、ただちょっと気になる奴がいた…まぁその話は後だ。でそっちの状況はどうなんだプロールよ」

 

「じき援軍が来る」

プロールの口調は事務的なものだったが、その中に微かな高揚がうかがえた。

 

「援軍だって?へぇ、そんな人手が俺らにあったか?」

クリフは寝返りを打つようにして転がり、夕焼けに染まりつつある空とあちこちから上がる黒煙を眺めながら言った。

 

「聞けクリフ、先日レヴィアサンが捕捉された際、その艦を追う機影が確認されていた。そしてついさっき…軌道上にそれと同一らしき飛行物体が観測された」

「今しがたブロードキャストから送られた画像を見て確信したよ」

プロールはそう通達し、クリフジャンパーに画像を転送した。

「あれは…スカイファイアだ」

 

「なるほどね。なら勝ちはもらったな」

彼はその言葉に静かに微笑み、起き上がってそう言った。

 

「あと数分でお前のいる地点に向かうはずだ」

 

「ヘキサティコンどもの暴れた跡を嗅ぎつけてか?」

クリフジャンパーはふらつきながらそう問い返した。

「で、その後はどうするよ」

 

「落ち着いて聞いてほしいのだが、ドレンチを締め上げた結果この化学工場にディセプティコンが細工をしたせいで下の市街地を巻き込んだ大規模事故が発生する可能性が高いことが分かった」

 

「そんなん俺らにどうしろって?ロクでもねぇ場所に工場なんて建てやがって」

がっくりと肩を落とし、クリフは呆れるようにそう言った。

 

「スカイファイアのD.O.Cと私の頭脳を使う」

 

「待ってくれプロール、今通信が繋がったぞ!…スカイファイア!ブロードキャストだ」

プロールとクリフの通信にブロードキャストが割り込み、その興奮気味な叫び声が全員の聴覚レセプタに響いた。

 

「あぁ、こっちでもずいぶんと懐かしくて白くてデカい飛行機の姿が見えてきた」

クリフジャンパーはその時、夕日を背にゆっくりと接近する機影を見つけた。

 

「こちらも聞こえている。再開を喜んでいる時間はないようだ、状況を教えてほしい」

凛とした口調でそう告げた声は地球の言語ではなかった。しかしその言葉を受け取った三人が三人とも瞬時に意味を理解できた。

 

「サイバトロン語なんて久々に聞いたな…まぁヘキサティコンの攻撃で都市が半壊、そこに俺らが出張ってドンパチが始まった。もう動けるのは俺だけってな具合だ」

古い仲間から馴染み深い母星語を聞き、クリフは同じ言語で素早くそう応えた。

 

「とりあえず今はクリフだけ拾って私のいる地点に合流してほしい。ブロードキャストのナビゲートに従ってくれ」

プロールも遅れて適応し、サイバトロン語で指示を飛ばした。

 

「長らく宇宙を漂っていた君の体はまだ久々の重力に適応しきれていないだろう。地球の重力はサイバトロンほどではないが…」

 

「問題ない…今こちらもクリフジャンパーを発見した、回収する」

ブロードキャストの言葉を聞き終える前にスカイファイアはそう返し、眼下の赤い小さな目標に向けて高度を落とし、減速した。

 

「そっちに飛び移るぞ!」

クリフジャンパーは思いきりよく跳び上がり、ゆっくりと目の前を通過していくスカイファイアの底面から展開したグリップを掴んだ。

「よう!アークが出航した日以来だな!!」

クリフはぶら下がりながら機首の方に向けてそう叫んだ。

 

「およそ0.4キロサイクルぶりだ。今のサイバトロンの戦況について話したいことも多いが…」

スカイファイアはそう応えたが、ふと景色を見下ろして言葉を失った。

「これをヘキサティコンがやったというのか…これではじきこの星もサイバトロンやネビュロンと同じようになってしまうだろう…惨いことだ」

スカイファイアは速度を落として静かにそう言った。

 

「残念ながら感傷は後にしてもらうほかないね。スカイファイア、君に今地図データを転送した。サイバトロン仕様ではないがそれは勘弁してくれ」

ブロードキャストがそう応じると、スカイファイアの航空管制インターフェースにマップがインストールされた。

次にそれがノイズ混じりの立体映像としてキャノピーの内部にぼんやりと浮かび上がる。

 

「目的地を確認した。急行する…クリフ、振り落とされるなよ」

スカイファイアはそう告げ終わる前に急加速をかけ、白い矢のように夕焼け色の空を貫いた。

 

「さすがにこの速度だと約束は出来ねぇな…!相変わらず加減を知らない奴だ」

クリフは体中の関節が軋む音を風を切って聞きながら、どこか嬉々としてそう言った。

 

「あの小さいのか?見えてきたな」

一方、工場のサンストリーカーは空の彼方を見据えてそう呟いた。

 

「…待て、ドレンチはどうした?」

プロールがふと思い出したように彼に訊き、ふと足元の重い感触に気がつきゆっくりと視線を下ろした。

 

「おっと」

サンストリーカーは足元を見、物言わぬドレンチが転がっているのを見つけた。

「……奴は自分自身の最後のスイッチを押したみたいだな。この通り、もう使い物にならない」

サンストリーカーはドレンチの眼を覗き込み、胸板をこじ開けて彼のスパークがボディごと輝きと色彩を失っていくのを見てからそう告げた。

 

「何だと!?まずいな…余計にまずい」

プロールは顎部に片手を当てて考え込む仕草をしながら深くうつむき、もう片方の手で神経質にツノを掻いた。

 

「つい油断してたよ…理由は間違いなくあれだろうな」

上空を見渡していたサンストリーカーの頭がある一点で止まった。

彼の視線の先では鳴き声を発しながら鳥のような影が、旋回するように空を飛び回っていた。

「サウンドウェーブの愉快なペット達だな。裏切り者の口を封じに来たか?」

 

「レーザービークか…」

「単に作業の進行を確認するための偵察だったんだろうとは思うが…ドレンチにしてみれば裏切りの瞬間を見られた訳だからな。奴なら情報を漏らした者の末路はよく知っていただろう」

プロールはスパークを露わにされたまま倒れるドレンチとそこから彼のエネルゴンを軽く味見しているサンストリーカーを見下ろした。

そしてそのどちらかを、あるいは両方を哀れむようにそう言った。

 

「誰よりもな…まぁそれはさておき、来たぞ」

サンストリーカーがそう言った時、轟音とともに強風が彼らに吹き下ろした。鳥のような影を蹴散らして直進し、スカイファイアはゆっくり高度を下げながら二人に迫ってきていた。

 

「よっと」

低空を浮遊するように空を漂うスカイファイアからクリフが飛び降りた。

 

するとスカイファイアはゆったりと降下し、その巨体を地球の大地に触れさせた。

そして彼の体は様々な音をあちこちから立てて航空機から人型へと形を変えていった。

「到着した。プロール、ここでは何が起きている?」

スカイファイアは膝部を地につけるようにしてプロールと目線を合わせ、厳粛に声を発した。

 

「これからここで起きることを防ぎたい。D.0.Cを使えるか?」

プロールはスカイファイアを見上げて口早にそう答えた。

 

「…いいだろう。君の様子からしてもただならぬ状況のようだ」

彼の整いながらも無機質な顔つきでしばらく思案した後、スカイファイアは了承した。

彼の背部にあるバックパックの側面装甲が開き、内部から小さな楕円状のものが発射された。

 

「なんだこのチビどもは」

それらはおびただしい数が放たれ、地面を転がったかと思うと前後に引き伸ばされた球体のような形から上下に伸延し手と頭らしき部位を露わにした。

半透明のドーム状の頭部を感情表現でもするかのように点々と発光させ、彼ら"D.0.C"はその翅のような両手を羽ばたかせるようにして浮遊した。

 

「奇跡の使いさ」

辺りに浮いて漂うドロイドの群れを見て、プロールは笑みながらそう言った。

「…ディセプティコンがこの化学工場のガス貯蔵施設に何らかの細工をした。爆発の破片やそれによって漏れ出るガスが下の市街地を襲う前に対処したい」

 

「了解した、D.0.Cを作戦モードに移行。爆発物の探知を開始」

配下らにそう告げると、スカイファイアはバイザーとアンテナを備えたヘルメットを展開させた。

指示を受けたD.0.Cは両手を格納し、下部の推進機を吹かして列になって規則正しい軌道を描きながら辺り一帯へと散らばっていった。

 

「よくこれだけの量を運搬出来たもんだ」

整然とタンクに取りついて蠢くように表面を精査するD.0.Cの群れを見ながらクリフが言った。

 

「私のペイロードはそこらの輸送艦にも劣らないよ。よし…爆発物の反応を感知した。全部で63箇所だ」

 

「やはり爆弾か?装置の詳細と残された時間が知りたい」

プロールはスカイファイアの顔を振り返って見上げながら、そう尋ねた。

 

「今彼らが分析中だ…」

そう言ったすぐ後、スカイファイアはヘルメットの額部に手を当てて深く俯いた。

「やってくれる…凝った仕掛けだ、しかも相当に悪辣な」

 

「んで、チビどもはなんて?」

苦々しい口振りでそう告げたスカイファイアを見てクリフが訊いた。

 

「彼らの分析によれば、これは爆弾でもあるがそれ以上に別の何かだ…この装置は分かりやすく言うなら、ガスの貯蔵タンクに噛みつき、その牙から内部に充填された化学剤を噴射してガスを変質させるものだ」

ディセプティコン(私の古巣)でこの手口のものを作る化学者となると限られるな…悪趣味さで言えばミックスマスターやオイルスリックというよりスピッターかコンタギオンが近いか…」

 

「で、そのガスが漏れるとどうなる?」

サンストリーカーが考え込むスカイファイアに鋭くそう言い、先を促した。

 

「変化した気体は有機生命体に対して強い毒性を持つものだ。私は獣の生体構造には明るくないことをあらかじめ断っておくが、恐らくは呼吸器官や循環系などの機能不全を誘発するものだろう。だが我々のような機械には大した影響はない、せいぜい吸気系のフィルターの劣化が多少早まる程度だろう」

スカイファイアはゆっくりとそう言って肩口にあるインテークを軽く指で叩いた。

 

「…これは明確に人間のみを対象にした毒ガス攻撃という訳か」

プロールは渋面を浮かべたまま、頭を傾けてそう言った。

 

「この装置はガスの作業が終わり次第、吸着部からタンクを爆破させる。中から弾け飛んだ気体は素早く拡散し、恐らくはその比重のために下へ下へと移動するはずだ」

スカイファイアはそう言って街を見下ろした。

 

「で、爆発までの時間は?こんな議論してる暇はあるのか?」

サンストリーカーはやや慌て気味にそう問うた。

 

「ガスが変化し終わるまでは…あと0.2ヴルームだ」

 

「ぇえーっと…今度からはまず最初に言ってくれよな、それ」

静寂の中、クリフが小さな顔に引きつった笑いを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

そこはほんの数十分前まで激闘が繰り広げられていた場所だった。二体の巨大なロボットが本気で殺しあった末の結果として、見渡す限りの家々や道、車に至るまでその巨体にすり潰され、あるいは流れ弾を受けて燃えていた。

戦いの果てに両者の一方は去り、もう片方は煙や生々しい肉の焼けるような臭いの中屍同然の状態で取り残されていた。

「プライム!動けるか!!」

倒れていたオプティマスの側頭部に少佐がバギーで駆け寄り、全力でそう叫んだ。

 

「私よりハウンドとアイアンハイドを頼む…それとこの斧だ。これだけでも…」

右手に掴んだままだった斧を手放し、プライムは暗くなりゆく空を見上げた。

 

「二人なら既に部下達が回収に向かっている最中だ」

少佐はオプティマスの側頭部に備わる円状のグリル部に近づき、それが彼の耳と思ったのかそこへ向けて告げた。

「それより聞けプライム、第二地点の状況が分かってきた。ディセプティコンがガス貯蔵タンクに細工したせいで、このままだと下の市街地を巻き込んだ毒ガステロが起きかねない。目的は不明だが、向こうが本命だったのかもしれん」

 

「何…!?」

オプティマスは少佐の言葉を聞いてその方を振り向き、急いで立ち上がろうとした。

 

「無理に動くな。さっきスカイファイアとかいう奴が来てプロール達と事態の解決に当たっている。お仲間なんだろ?お前達の」

体を無理やり動かして起き上がろうとするオプティマスと顔を見合わせ、少佐はゆっくりとそう言い含めた。

 

「彼がこの星にいるのか?」

「なら出来るだけ早く話がしたいものだが…」

右腕と左脚でどうにか座り込むような姿勢へ体を持っていき、オプティマスは遠くを見るようにそう言った。

 

「あぁ、俺だ…今プライムを見つけた。連れて戻る」

思い出したかのように少佐は胸元の通信機にそう言い、次にオプティマスを見上げて訊いた。

「輸送機を待機させてある。基地まで戻るぞ…変形は出来るか?」

 

「右前輪と左後輪以外は失った。走ることは難しいな…私をそのバギーで牽引してくれないだろうか」

「…待て、それより街の被害はどうなっている!?」

オプティマスは緩慢な動作で体を変形させ、左腕と右脚の欠けた体は不自然にパーツを喪失したボロボロのトレーラーヘッドへと姿を変える。

 

「まだ調査中だが…よくて半壊ってところだろうな。あちこち焼け野原だよ」

バギーの後部からウィンチを取り出し、バンパーに取り付けながら少佐は応えた。

「…プライム、お前達の星はどこもこんな景色だったのか…?」

彼はふと手を止めて夕焼けに浮かぶ黒煙やそのたもとにある崩れた商業施設や押し潰された学校、折れ曲がったビルを見た。

 

「どうだっただろうか…もう、思い出せもしない」

そう返したオプティマスの声はバンパーのすぐ上から低く響いた。

 

「そいつはいい。こんな凄惨な光景は忘れるに限るな」

オプティマスに、あるいはそれ以上に自分に言い聞かせるようにして少佐は輸送機の待つ地点に向けてバギーを乱暴に発進させた。

 

 

 

 

「1ヴルームってさ…」

クリフが恐る恐る口を開いた。

 

「地球で言うとおよそ8.3分だな。そもそもヴォスなどの一部の地方でしか使われてなかった単位のはずだ。随分と久々に聞いた」

プロールが投げやりに短く答えた。

 

「あぁ待ってくれ、正確に説明するとガスが変化し終えるまでの猶予は0.2ヴルームだが、D.0.Cが爆弾を分析すると同時にそれぞれ制御に介入して今は一時的にガスの変化を遅らせている」

「タンクは7つ。一つにつき9個の爆弾が付いていてそれらが同時にガスを変化させていた。おそらく完了まではあと数%だろう」

 

「焦らせるな…それで?次はどうする」

暗さを増す空を見上げながらサンストリーカーがそう訊いた。

 

「このまま逃げ帰ることは出来ん」

プロールはそう言うと、変形してタンクの方へ走った。

 

「爆弾をハッキングして止めてるなら安全だと思うんだが…」

「爆破されたらガスが下に溜まるってんなら地下に沈めりゃいいんじゃないか?それこそうちの基地にでも」

クリフはプロールを追いかけざまにそう言った。

 

「だが基地までは空輸になるだろう。もし間違いがあったら下にある街に危険が及ぶことになる、プロールもそれは嫌だろうさ…そんな犠牲は計算外だからな。あの偉そうな爺にどやされるのがオチだ」

サンストリーカーが嫌味ったらしくそう応じた。

 

「しかしとにかく今の私達には、議論の時間も満足にありはしないんだ。ヘキサティコンがこの星でもたらした破壊を超える惨劇さえ起きかねないだろう」

スカイファイアが足で三人の後ろを走りながらそう諭した。

 

「我々が下手を打てば眼下に広がる街が丸ごと死の景色に早変わりする可能性もある、という訳だ…この際、将軍らの指示を待つ気はない。ブロードキャストが状況を伝えているとは思うが、こうした事案に彼らが適切な判断を下せるとも思えん」

「スカイファイア、9体のフォースフィールドを展開させたD.0.Cを使えばガスを封じ込めたままこのタンクを移動出来ないか?」

プロールはガス貯蔵タンクの列の前まで迫り、変形して停止した。

 

「可能だろうとは思うが…彼らの寿命と引き換えだな」

球状の巨大なタンクとその表面に蠢くD.0.C達を見下ろし、スカイファイアはそう告げてフォースフィールドを起動させた。

 

「ならそれをスカイファイアに宇宙まで持ってってもらえばいいんじゃないか?」

クリフはそう言い、タンクを覆うフィールドに触れようとした。

 

「まず上に持っていくアイデアから離れろ…輸送中に落下したら何が起こる?」

サンストリーカーが呆れた面持ちでそう言い、クリフのツノを引っ張り上げて制止した。

 

「いっそ爆発させてしまうか…?」

プロールがふとそう言った。

 

「となれば下だね。土壌のことを考えれば後々に問題になる可能性も考えられるが…」

スカイファイアはそう応え、屈んで地面に手を触れた。

 

「下か…穴でも掘るかね、昔みたいに」

クリフはそう応じ、小さく笑った。

 

「穴か…ブロードキャスト、この周辺に適した地下空間はないか?廃坑でも何でもいい!」

ブロードキャストに向けて、プロールは冷静さを欠いた様子で早口に問うた。

 

「分かった、調べてみよう」

「…どうやら、工事したものの結局運用されずに終わった区間の地下鉄道がそのまま放置されているらしい、他の路線との接続も物理的に封鎖されているだろうとは思うがその大元の路線はそこからそう遠くない地域でまだ現在も運行している…」

ブロードキャストはすぐにそう返答した。

 

「スカイファイア、今すぐ粒子砲でこの真下をぶち抜け…!」

 

「待ってくれプロール、今、君に当時の駅の配置マップを転送した。正確な位置を把握してから作業に当たってくれ」

慌てて制止し、ブロードキャストはそう言い含めた。

 

「…確認した。タンクを運ぶ距離と時間を考えれば…この辺りでいいだろう。線路跡はおよそ何フィート下だ?」

タンクの列から少し離れた何もない空間までマップを頼りに移動し、プロールはそう訊いた。

 

「今スチールジョーが持ってきた資料によれば90だ」

そう言ったブロードキャストの声にスチールジョーの吠える声が混ざった。

 

「スカイファイア、その粒子砲でここを90フィート下まで撃ち抜けるか?」

プロールは地面に印を付けてから少し考え込んだのち、そう尋ねた。

 

「フィート?」

 

「まぁそういう反応になるよな、分かるぜスカイファイア。俺もそうだった」

クリフジャンパーはスカイファイアを見上げ、鷹揚にそう返した。

「…サイバトロン流に言やぁ、地面をだいたいスワーブスの地下二階の深さまでぶち抜いてほしいんだと…酒蔵ごとな」

そう冗談めかして言い、クリフはスカイファイアの脚を軽く叩いた。

 

「了解だクリフ。最適な出力に調整さえすれば問題ないよ…では、危ないから少し離れていてくれ」

スカイファイアはクリフの方を見下ろしながらにこやかにそう応じた。

そして三人が大急ぎで距離を取ったことを確認すると、彼は背部から一対の粒子砲を取り外した。地面に重い金属音を立てて落ちた砲塔の下部を展開させて持ち手を引き出し、両手に把持しながら高く飛び上がった。

次に粒子砲を左右に連結させて一点に狙いを定め、そっと引き金を引いた。すると暗くなりゆく空から赤い光の奔流が降り注ぎ、途端に辺り一帯は昼以上の明るさに包まれた。

その一撃は衝撃で土砂を飛び散らせ、全てを赤一色に染めながら地面に大穴を開けた。

 

「いつ見ても大した破壊力だな」

赤く熔融した穴の側面を見ながら、クリフが感嘆した。

 

「底が見えたが…D.0.Cのフォースフィールドでタンクを包んだまま7つともこの下に運ぶ。…には浅いし狭いな」

プロールはヘッドライトで底を照らしながら見下ろし、スカイファイアが戻ってくるのを待ってから彼にそう伝えた。

 

「もしかして今結構無茶なことしようとしてるのか俺ら?」

クリフは思いついたようにそう言い、遥か下にぼんやりと見える赤く焼け焦げた穴の底を見下ろした。

 

「"不死身のクリフ"らしからぬことを言うんだな?…他に選択肢がない場合に限ってはいかなる無茶も無茶とは呼ばれない」

サンストリーカーはクリフを笑うようにそう返した。

 

「…クリフ、お前が下に行って様子を見てくれ。ちなみに今気がついたがスワーブスは他と違って酒蔵を含めても地下90フィートには少し足りん」

プロールがヘッドライトをつけたまま立ち上がり、クリフに向き直ってそう命じた。

 

「あぁはいはい降りりゃいいんだろ?けど別に着地する時も全く痛くないって訳じゃな_」

プロールにいきなり光を浴びせられたせいかクリフは言い終える前に穴の縁で足を滑らせ、そのまま赤く煮えたぎる穴の底へと叩きつけられた。

「熱っ、あれ?…崩れた!?」

今度はその底が落下の衝撃で崩れ、更に底へと沈んでいくさなか彼は反射的に叫ぶ。底が抜けた先にあったのはただただ広大な細長い横穴だった。

その朽ちかけの空間に駅らしき面影を残すものは少なく、線路だったであろうものの上に崩れた壁や柱が散乱するのみであった。

 

「やはり崩れたか…」

プロールは穴の底から崩落音とともに響いたクリフの叫び声を聞き、そう呟いた。

 

「"やはり"って言ったよな今。通信で聞こえてんぞコラ」

「まぁ…こっちは見る限り、あのデカいタンクが入るだけの高さと奥行きはありそうだ。人間どころか野生動物の気配もなし、それに風も吹いてないしどことも繋がってはいなさそうだ」

 

「了解した…スカイファイア、近いものから移動を開始させてくれ!」

プロールはクリフの報告をじっと聞き終えるとそうスカイファイアに告げた。

 

「待った、レーザービークがまた近づいて来たらしい。鳴き声がしやがる」

側頭部を手で押さえ、サンストリーカーが忌々しげに言った。

 

「サンストリーカー、排除はお前に任せる。お前は夜目が利くだろうし、私とスカイファイアは手が離せないんでな」

オレンジのフォースフィールドに包まれて鈍く光るタンクを見つめ、その方へ歩き出しながらプロールが告げた。

 

「…よく見ればラットバットとバズソーもいるな。俺の見間違いだと思いたいんだが、俺のオプティックサイトに限ってはそんなことはあり得ない。また損な役回りだ…プロール、お前の銃借りっぞ」

一つに思えた敵影が三つに分かれるのを見たサンストリーカーは言い終えるより早く、プロールの腰から銃をもぎ取った。

 

「そういえばついさっきそこに落ちてた銃を拾ったのだが、これは君のかい?これも使うといいサンストリーカー」

立ち上がったスカイファイアはサンストリーカーを見下ろして、手から持っていた何かを放り落とした。

 

「これはドレンチのだが…まぁ使えないことはねぇやな。そういやあんた手癖が悪いんだったか」

スカイファイアの落とした銃を拾い、サンストリーカーは戸惑いがちに言った。

 

「何でも拾ってしまう性分でね。収集癖があるらしい」

スカイファイアはD.0.Cに指示を飛ばしながら、短くそう言った。

 

「まぁいいさ、狩りの時間だ」

夜空に浮かんだ三つの影が自分めがけて一気に降下するのを見て、サンストリーカーはそう言うと一気に変形して飛び出していった。

 

「降ろすぞ!」

プロールが通信でクリフに呼びかけ、フォースフィールドに包まれたタンクが取り付いているD.0.Cごとゆっくりと降下を始めた。

 

「了解だ!」

クリフは穴の底から少し離れたところでタンクが穴のあちこちを掠りながら降下していくのを見上げていた。

「問題発生だ!バリアの中でガスが漏れ始めてる。穴のサイズが少し小さかったからか?」

体に備わったライトでタンクの表面を照らしながら、クリフはオレンジ色のフォースフィールド内に気体が吹き出しつつあるのに気がついた。

「…この際一気に降ろせ!一応言っておくが俺を潰さない程度にだぞ!!」

そう言い、クリフはゆっくりと重い音を響かせて目の前に軟着陸したタンクを広大な横穴の奥の方へと向かわせるべくD.0.Cらを誘導した。

 

「最初の投下が終了した。残りも順次投下するぞ」

プロールがそう告げると、スカイファイアは次のタンクの操作を開始した。

高度に統率されたD.0.Cにより次々とタンクは暗い穴へと運ばれ、フォースフィールドが消えると同時に彼らも動かなくなった。

「チビどもが止まったか、見かけの割に大した根性だったな。…スカイファイア!こっちもだいぶ煙たくなってきたし帰りたいから俺を引き上げてくれ!!」

クリフジャンパーは穴の底で両手を振ってそう伝えた。

 

「了解だ。今行くよ」

スカイファイアはそう言って穴の中へと飛び降り、クリフが伸ばした手を取ると勢いよくそのまま上へと放り投げた。

 

「そういうことじゃねぇっての…」

クリフは穴から投げ出され、山なりの軌道を描きながら地面に激突すると、土くれにまみれて大の字になりながらそう言ってふてくされた。

「それよかサンストリーカーよ!そっちの様子はどうなんだ?」

 

「大したことはない。バズソーに片指を食われたぐらいだ」

思い出したようにそう訊いたクリフらの前にサンストリーカーが戻って来てそう告げた。

「それに…ラットバットを捕まえたぞ」

右腕に逆さ吊りにしたコウモリのようなものを掴んで、彼は自慢げに続けた。

 

「久しぶりだね」

穴から飛び出したスカイファイアは着地すると同時に膝をついてラットバットと向き合った。

「そういえばパーセプターが君のことを解剖してみたいと言っていたよ。叶えてあげられそうだねラットバット」

 

「ジョークのセンスは"ディセプティコンのジェットファイア"だった頃から進歩がないな!所詮お前もこちら側の存在という訳だ!」

バタバタと羽をはためかせて、ラットバットは逆さにされながらまくし立てる。

「プロール!お前には直ちに私を解放する義務がある!議員への暴行は明確な倫理規定違反のは_」

 

「暴行?ペットに躾けを与えたまでだ…喚くなよコウモリ野郎」

サンストリーカーは心底苛立った様子でそう告げると、ラットバットの翼と足を片方づつ折った。

 

「よく言うよなこいつも。よその星への侵攻がどれだけ重い罪かは分かってるのか?」

クリフが嘲るようにそう言い、怯えたように押し黙ったラットバットの顔を上機嫌に見下ろした。

 

「私の初任務は無事に終了したようだね」

二人と一匹の様子を見下ろしながら、スカイファイアはプロールに向き直ってそう言った。

 

「改めて…よく来てくれたなスカイファイア。早速苦労をかけてしまったが、D.0.Cについては後日回収してもらうことにしよう」

プロールは右手を差し出し、そう伝えた。

 

「もし回収出来ても、もう彼らは動かないよ。今回のことを含めずとも長旅で無理をさせ過ぎたからね」

スカイファイアはその大きな右手の指を二本伸ばして握手に応じた。

「よその星であのレベルの機器を使うのは星間協定に抵触する恐れがあったのだが…そのあたり厳格な君が止めなかったのは意外だ。元は植民惑星の原住生物を殺戮するための兵器として私が設計したものなのは知っていただろう」

左手を顎部に当ててうつむきがちに考え込む仕草をしながらスカイファイアはそう訊いた。

 

「事情が事情だ。ディセプティコン製でも使えるものは利用するさ」

プロールは彼に背を向けて短くそう言った。

 

「だがそれに、現地の知覚生命体との接触はオートボットコードにも明確な規定が_」

スカイファイアは胸部のオートボットエンブレムから該当部の文面を立体映像で浮かび上がらせた。

その時、彼の背部からガタガタとくぐもった音が響いた。

 

「…スカイファイア、バックパックから異音がしている」

プロールがツノを立て、怪訝そうに振り返って言った。

 

「え…?あぁ、そうらしいが中身に心当たりがありすぎて分からないな。一旦外してみようか」

そう言ってスカイファイアはバックパックを外した。

バックパックは地面を凹ませて着地し、倒れると同時に内側が開いた。

 

「収集癖か…中がこうまで散乱しているとはな」

プロールが二人か三人は入りそうなスペースの中にはミサイルや工具類に予備の翼とタイヤ、謎めいた牙や死骸、それに燃料タンクやエネルゴンキューブなどが取りとめなく乱雑に散らばっていた。

その片隅からガタガタと震える音が響いた。

 

「あぁ、これか!フリィトの卵が孵ろうとしているらしい。D.0.Cに一機だけお守りをさせていたんだが…」

片手を損傷しているD.0.Cの一機が慌てふためくように無事な方の手をはためかせて卵を見ていた。

 

「サイバトロン星から原生生物を持ち出したのか!?」

プロールは何気なく言ったスカイファイアにそう怒鳴った。

 

「いやいや、これはよその星で譲り受けた変種だよ。感染症の媒介や生態系に与える影響のことを考えればある意味余計にまずいがね…」

旧友譲りのしたり顔めいた笑みを浮かべながら、スカイファイアがにこやかに言った。

「おっと。か、殻が割れ始めた!」

 

「…なんとも無愛想な顔つきだ」

殻を割って飛び出した竜のような小動物と顔を見合わせ、プロールは心底つまらなそうに言った。

 

「元気に咆えている…君を親だと認識してしまったようだね」

「この子がこの世で最初に見たものが君の顔だとは、愉快な話じゃないか」

スカイファイアはとても愉快そうにそう言って笑った。

彼の大きな手に乗ったその幼体は瞼を重そうに目を細めて、体を震わせながらプロールに小さく火を吐いた。

 

「こんなに釈然としない気分は久々だ…さっさと基地に戻るぞ」

竜の子は飛び上がってプロールの頭にくっつき、爪を突き立てて掴まるとそこであくびをするように口を開けてプロールのツノを挟んだ。

「ツノを噛むな!!」

 

「そういえば、グリフは元気にしているかな?ビーチコンバーにも会いたいところだ」

 

「時間をかけて話させてもらうつもりだ…仲間のことも、この星のこともな」

能天気に言ったスカイファイアと対照的に、プロールは重い口調で消え入るように、しかし決然とそう告げる。

夜闇の中、四人と連れられた二匹はゆっくりと基地に向けて歩き出した。



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オートボット-地球編⑩:An old friend,Part1

「このキャラのイメージCVは誰ですか」という趣旨のコメントを旧版書いてた時にもらいましたが、マグナス&アイアンハイドとロディマス以外は特に考えていなかったので好きにイメージしながら読んでください。


サイバトロン星_シルヴァート戦域_17561サイクル前_

 

 

辺り一面が、灰色の荒れ地だった。

無機質な岩肌や崩れ落ちた廃墟、スパークの劣化で褪色した死体はそこら中にあったものの、それらもみな景観に色を添えはしなかった。

そんな殺風景な空間の中に、何体かのオートボットが潜んでいた。

「コロッサスの部隊が来た!デッドロックもいる!!」

そのうちの一人、スピードストリームがそう叫ぶ。

彼らの前方には装甲車や改造車からなる敵の群れが高速で迫りつつあった。

 

辺り一帯に無数に転がってる自然のものなのかそうでないのかも判然としない、複雑な構造の遮蔽物や鉄塔が両者の視界を妨げる。砂混じりの乾いた風に吹かれながら、先頭に躍り出た改造車が更に加速を強めた。

暗闇のような黒と鮮烈な赤に彩られたその車体は瓦礫に乗り上げると同時に空高く跳び上がった。身を翻しながら空中で人型へと変形したそれは、落下も早く銃を抜き、着地よりも早く弾を撃ち放った。

「賭けてみるか?逃げ出すチャンスなんか与えねぇがな…」

乾いた銃声が何発か響き、オートボットの集団がいた隠れ場所の端で何かが潰れ、弾けるような音がした。

そこかしこに刺さるように位置している構造物の隙間を吹き下ろしていた風は凪ぎ、辺りは何も聞こえなくなった。

 

「クリフはまだか!?」

撃たれたスピードストリームの隣にいたオートボットが発作的にそう叫び、半狂乱に飛び出していった。

 

「おい!よせスクラム」

周囲の景色と同化するように身を潜めていた灰色のオートボットが言いかけたが、次の瞬間には何かが貫かれる音がした。遅れて彼の苦悶の叫びが響き、すぐに静かになった。がその数クリック後には何かが引きちぎれる音と、地に落ちる音がした。

 

「ダウンシフト、スカイワープとレッドウィングが上から来てる」

サンストリーカーが落ち着き払った様子でそう呟いた。名を呼ばれた灰色のオートボットが空を見上げると、彼の言葉通りそこには黒い残像と赤い雷が尾を引いて飛んでいる姿が見られた。

 

「正面にバリケードが!」

前方へと身を乗り出したホットライダーがそう叫び、それを聞いた二人も慎重に顔をわずかに覗かせ、向こう側を見た。

彼らは次の瞬間には銃撃を受け、二人はすぐさま頭を引っ込めたが、ホットライダーはそれほど素早くはなく、またそれほど幸運でもなかった。

二人は"バリケード"が障壁などの装備を指しているのではなく、個体名の方であることを確認し、同時に彼ら自身の置かれている状況の悲惨さについても理解した。

 

「…なぁ」

ダウンシフトはふとそう呼びかけていた。

 

「何だ」

体に首がついている者は彼の他にはもうサンストリーカーだけだった。

 

「お前は逃げろよ」

ダウンシフトは、自身の発言に彼自らも意外に思ったような表情を浮かべて告げた。

 

「冗談だろ?今更そんな馬鹿言うなよ」

サンストリーカーは怪訝そうな顔で言い返し、銃を構えた。

 

「この世界で…いや、どの世界でもお前が一番の相棒だ」

 

「そんな真似して英雄でもなるつもりか?馬鹿な真似はよせ…お前が命と引き換えにするほどの価値は俺にない」

 

「いつも散々自分に酔ってるくせに、らしくない…まぁ、そうかもしれないがな。サンストリーカー、お前はまだ俺達のところには来るな。逃げろ、お前は逃げて生き延びろ…あばよ」

ダウンシフトは決然とそう言い残し、銃を両手に持つと返事を待たずに飛び出した。

サンストリーカーの視界から消えた彼が、灰色の荒れ地を構成する無数の残骸の一つとなるのに時間はかからなかった。

 

 

地球_ベース217_ 2027年_11月28日_

 

 

サイドスワイプはサンストリーカーの覚醒したてで虚ろな顔をじっと見下ろしていた。

「また悪い夢でも見たか?酷い顔だ」

 

突然声をかけられたサンストリーカーは驚いて反射的に車に変形し、そのまま盛大に転んだ。

「…言わなくても分かるだろう。単なる記憶の反芻だ」

彼は居所が悪そうにそう告げ、立ち上がろうとして変形を解いた。

 

「分かるさ、長い付き合いだからな」

「しかしレッドアラートが喰われかけた時はどうなることかと思ったが…グリムロックがまともに動けてれば、まぁ他の仲間の再生にも希望が持てらな」

 

「いつにも増してよく喋るな…こっちは寝起きなんだぞ」

頭部を二、三周右に回転させながら、サンストリーカーは億劫そうにそう返した。

 

「あーそうそう、次に復活させるのはダウンシフトと決めたとさ。ホイルジャックが言っていたのを聞いた」

サイドスワイプは偶然思い出した風を装って、そう伝えた。

 

「…」

サンストリーカーは動きを止め、複雑な表情を浮かべながら押し黙る。

 

「でも俺は正直反対だ、今からでも止めに行こうと思ってる」

サイドスワイプがそう続けると、サンストリーカーの表情はにわかに険しくなり、まっすぐに彼を睥睨した。

「そんな顔するな。ハウンドも言ってたろ、時期尚早。焦り過ぎなんだよ皆揃って…そりゃあお前は相棒に会いたいかも知れん。だがグリムロックが目覚めた時どうなって誰に何をしたかを思い出してみるんだ」

サイドスワイプは兄弟を諭すようにそう言い含めた。

 

「別に俺があいつに会いたい訳じゃない、ただ…ただその義務があるだけなんだ」

サンストリーカーは短くそう言い、踵を返した。

 

「なら一つだけ教えろ。もし奴が暴れ出して仲間に被害が及びそうになったら…お前、奴を撃てるか?」

サイドスワイプの表情が変わり、彼は戦士の顔でそう問うた。

 

「な…」

サンストリーカーはつまづきそうになりながら、足を止めた。

 

「その必要に迫られればお前は撃てるのか…まず無理だろ?お前だって味方を撃つのはもう厭だろうし、まして相手があの_」

 

「今の俺は敵でも味方でも撃つさ…兄弟と呼んだ相手でもな。分かったら黙れよ…!」

顔を向けられず、サンストリーカーは静かに怒鳴った。

 

「……お前必ず後悔するぞ」

「この俺が保証する。全財産賭けてもいいぜ」

口調とは裏腹に、サイドスワイプの面持ちは真剣そのものだった。

 

「なら今に見ていろ、スッカラカンにしてやるさ…!」

言い捨てるようにそう叫んで、サンストリーカーはがむしゃらに走り出していった。

 

 

 

 

リペアルームには白いサンストリーカーのようなボディをした物言わぬ機械が座らされていた。

サンストリーカーはその白いロボットを屈み込んで見つめ、しばらくすると大きく嘆息した。彼は立ち上がるとその黄色い腕でパーセプターの首を躊躇なく掴み上げ、そのまま壁へと叩きつけた。

「さてパーセプター、訊いてもいいか?」

引きつったような笑みを浮かべ、サンストリーカーはゆっくりと言葉を発した。

「ボディのデータはくれてやっただろう…なのになんでこんなことになってる?」

 

「スパークそのものの適合は問題なく行われた上変形も問題なく行えるがブレインモジュールが目覚めきっていない」

首関節を掴まれて壁に半ば埋もれながらも、パーセプターは平静そのものといった様子でサンストリーカーを睨み返した。

 

「俺はどうすればいい」

顔をぐいと近づけ、サンストリーカーが凄んだ。

 

「こういった症状の場合にブレインを目覚めさせる手法の一つとして誰かが付き添い彼を導いて自身の記憶を思い出させるというものがある」

パーセプターは手足を力なくぶら下げたまま、淡々とそう告げた。

 

「それでもエラーを起こしたまま暴れ出したらどうする!?」

サンストリーカーは彼を持ち上げ、無造作に床に放り投げた。

 

「そうなれば私のスパークかブレインモジュールを抉り出して詰め替えてもらっても構わん」

パーセプターは変形の動作を織り混ぜた動きで機械的に素早く立ち上がり、無表情のままそう言うと胸のウィンドウを開け放ってスパークを見せた。

 

「その時はそうさせてもらう、必ずな…行くぞダウンシフト。ついて来い」

サンストリーカーはそう言って出口に向かい、パーセプターにわざと肩をぶつけて去っていった。

ダウンシフトも緩慢な動きで立ち上がり、規則正しく四肢を動かして後を追った。

 

「…彼は大丈夫なのか?」

サンストリーカーが作った壁の凹みの反対側の部屋から、オプティマスがそう言って出てきた。

 

「ダウンシフト次第ですな」

同じく作業場から顔を出したホイルジャックはそう応じ、不安そうにパーセプターの方を見た。

 

「サイドスワイプの懸念は正しかったように思える…ホイルジャック、それとパーセプター。次に誰かを復活させることがあれば必ず一報を入れろ、勝手な行動は許さん」

ダウンシフトが閉め忘れた扉に向かって虚ろな視線を向けるパーセプターに、オプティマスはそう厳命した。

 

「努力しましょう」

パーセプターは頭部だけを回転させてオプティマスに向け、整然とそう返した。

彼はそれを言い終えると、回した首を戻して部屋を出ていった。

 

「今日はパーセプターの様子が妙だな」

オプティマスはホイルジャックの方を見てそうつぶやき腕を組もうとしたが、彼の左腕はまだ修理されてはいなかった。

 

「ブレインモジュールを最適化するリスキャニングを自分で行ったとか言っていましたが、それでしょうな」

 

「つまり以前の彼以上に合理性の塊な訳か?今のパーセプターは」

オプティマスは訝しげにそう問い、壁に出来た凹みを見ていた。

 

「二ヶ月前のグリムロックの失敗に思うところがあったのかもしれませんな」

連装式のルーペを外して作業場に戻り、工具の整理をしながらホイルジャックはそう返した。

 

「彼はそこまで軟弱ではなかったはずだが…私の知るパーセプターはもっと不遜で無遠慮な科学者だった」

 

「サイバトロンにいた頃とは状況が違います。ただでさえ頭数が少ない以上、レッドアラートとホイストが食われただけでも戦力の低下は無視できません」

自身の助手に対するオプティマスの評を否定するでもなく、ホイルジャックはそう続けた。

「更にもしあなたがグリムロックに殺されていれば我々にはこの星で生き延びる術もディセプティコンに勝つ方法も残らなかったでしょう」

 

「パーセプターがそれを後悔したと?」

そうとは考えにくい、というような口調でオプティマスは短く言った。

 

「どうでしょうな。案外、彼の関心はあなたそのものよりもあなたが死んだら頓挫する計画の方かもしれません」

 

「サイバトロニアンX…いや、C-Xか。あの件、進捗はどうなっている?」

 

「数機分は基礎フレームと駆動部の組付けが完了したと聞いています。現在、無人状態で自律稼働可能なものが一機のみあるそうで…これです」

ホイルジャックはオプティマスを元いた椅子に座らせ、データパッドを彼の膝部の上に載せた。

 

「…装甲を紫色にしたのか。人間達もあまりいい趣味とは言えんな」

右手で三面図や製造ラインなどを写した画像をスクロールし、オプティマスは嘆息のような排気混じりに小さくそう言った。

 

「データ元のあなたよりも若干巨大化していますが、武装類は全て共用出来るように設計を改良しています」

 

「これか。粒子燃焼砲…偏執的なアウトラインと飾り気の無い構造だな。パーセプターらしい仕事ぶりだ」

オプティマスは更に数ページ進み、表示された武装類の設計図を細部まで眺めた。

 

「相変わらず鋭いですな。今現在、彼のブレインは記憶や感情を司る脳領域の割り振りを減らし、その分を思考や処理能力に回している状態です。より効率的な兵器開発が行えるはずです」

自身の側頭部を指でつつくようにし、ホイルジャックはそう告げた。

 

「元の彼に戻すことは可能か?」

 

「あれは可逆的な処置ですので、領域の割り振りを戻せばなんの問題もなく元通りですが…」

そう言いながら溶接器具のタンクを取り替えたところで、ホイルジャックはオプティマスが立ち去ろうとしていることに気がついた。

「どちらへ?まだ施術は完了していませんが」

 

「少しだけ休憩だ。今月何回目かも忘れたが、ガード時代の昔から腕のフレームを組み付けられる時の感覚には未だに慣れられないな…」

そう言い、オプティマスは椅子の背もたれ部に手をかけた。

「…しかし、気がかりだな」

 

「何がですか?」

 

「パーセプターのこともそうだが、ダウンシフトの身にもし間違いがあれば、失うものは大きいだろう。そしてそれはきっと…目に見える以上に大きな損失だ」

消え入りそうな調子でゆっくりとそう言い、オプティマスは部屋を出た。

 

 

 

 

サンストリーカーはアークの艦内を模した装飾の自室に二人の仲間を招き入れた。

「ダウンシフト、お前に聞かせたい話がある」

転がっていた箱を椅子にして腰掛け、サンストリーカーは自分と同じボディを持つ眼前の相手に対してゆっくりと話を切り出した。

「お前が聞くべき話だ。俺が誰かも思い出せるはずだ」

 

「この波形を見るにブレインも活動自体はしているようだが…それらを発声や体の動作にまで結びつけることが出来ていないらしい」

ブロードキャストは情報機器に変形し、座らされたダウンシフトの後頭部にコードを繋げていた。

「その辺りはダウンシフト、君次第だな」

 

「悪いな時間取らせて」

ダウンシフトらの真横の作業台の上に佇むブロードキャストを見て、サンストリーカーは少し気まずそうにそう言った。

 

「気にしないでくれ。私がやりたくてしていることだから…ねそれに、パーセプターのスパークがかかっているのだろ、他人事のような気がしなくてさ」

画面やボタンなど体のあちこちを点灯させながら、ブロードキャストは快活に答えた。

「…さて、彼にはどこから話す?君との出会いからか?」

 

「あぁ。まず俺はサンストリーカー、お前の相棒でガンマンだったオートボットだ」

第一指で自らを指し、サンストリーカーは語りだした。

「ことの始まりは…雨だったかな。サイバトロン星で俺は兄弟達に支えられながら、画家としての勉強を続けていた」

 

「いいね、その調子だ」

反応を示さないダウンシフトの代わりに、ブロードキャストが応じた。

 

「画家とは言うが、まぁ結局なったのは壁画家だな。この基地の壁もいくつか勝手に作品にさせてもらった」

サンストリーカーはそう言い、部屋の天井を見上げた。彼の自室*1も創作対象の例外ではなく、大胆で奇妙な筆致の絵が書き殴られるようにいくつもその壁にはあった。

「ダウンシフト、覚えてるか?俺は画家仲間と二人で雨の中、ヘリックスの辺りを走っていた。雷が落ちたちょうどその時、俺達は転がってたお前を見つけたんだ」

「ひどい様子だった。ここがどこかも分かってないような虚ろな顔をしてたよ、今みたいにな。話しかけても応えやしない。何もかも忘れてたんだ。"ダウンシフト"って名前以外」

「最初聞いた時は妙な名前だと思ったさ…俺がメンターなら絶対つけない名だ」

「その後不思議なことを口走ってたっけな。"司令官はどこだ!?"ってさ。とりあえず二人でお前を抱えて家に連れて帰っていったんだ」

 

「そういえば君らは当時どこに住んでたんだ?」

ふと思い立ったようにブロードキャストが口を挟んだ。

 

「当時で言うところの"窯"の辺り…いわゆる下層都市ってやつだ。たまたま見つけた同型の何人かと兄弟と呼び合い、身を寄せ合ってどうにか生きてた」

後半は自嘲気味にそう言い、サンストリーカーは物憂げにダウンシフトの方を見た。

 

「羨ましい話だ」

 

「嫌味じゃないだろうな、全く…」

表情を伺うようにブロードキャストの表面を眺めながら、サンストリーカーは訝るように言った。

「お前を家に連れ帰った後も大変だったんだ。サイドスワイプは大声で質問攻めにするし、アラートは怯えて部屋に閉じこもる有様だった」

「しかしあの時コルドンが発作的に始めた歴史の講釈がなかなか有効でな、あのバカあれで語りは上手いから…場の混乱は収まったが、お前にも良い影響があった。この世界のことを知るたびにお前は少しづつ自分のことを思い出していったんだ」

「だから俺も今こうして話をしている。とうに空っぽの頭をどうにかフル回転させてな。俺は歴史はあまり好きじゃないが…あぁ、それにあの頃と違ってもう俺達の種には、誰かに教えられるような輝かしい歴史はもう何も、なーんにも残ってないんだ」

少し俯きがちになり、サンストリーカーは力なく笑ってそう告げた。

「そしてあの後すぐ、でもないか。しばらくして…始まったんだ、あの…戦争が。お前が四兄弟の五人目になる前にコルドンは死んだし俺の画家仲間もみんな兵士になった。俺とお前で会いに行った最後の日、あいつは紫のバッジを付けてたんだよ」

「アラートは警備員からオートボットになったし、サイドスワイプもレーサーを辞めてしばらくした後オートボットに入った。でも俺はまだ絵描きをやっていたかった。火薬の臭いと死臭が染みついた壁でも塗り潰す俺でいたかったんだ」

「ほら、俺って結構自分に酔いがちだからな…悪い癖なんだ。現実から眼を逸らすために…俺が見てたのは俺自身だった」

サンストリーカーは眼を伏せ、小さく首を振るとダウンシフトを見つめた。

「…いつ頃だったかな、お前もオートボットに入るって言い出したのは。ずっと俺に遠慮してたみたいだったが、俺はその時いよいよかと思ってさ…だから俺もついてくことにしたんだ」

「加入の儀式で誓いを述べて赤いバッジをもらった後、二人揃ってブラーの所に送られてな…銃の撃ち方なんて知らない俺らは何をするにも揃って大慌て。随分とひどい目に遭った…揃って味方の爆撃に巻き込まれたこともあったし前線に置き去りにされたこともあったし…他にも色々だ」

 

「ブラーは遠慮というものを知らないんだ。なまじ本人が優秀過ぎるばかりに他人にかける期待も大きい。もし戦争末期ならろくな育成もなしに激戦区に放り込まれてただろうね」

ブロードキャストは懐かしむように言った。

 

「大して変わらないじゃないか」

 

「君達は敵よりも先にブラーに撃たれただろう?彼に一定未満の能力しかない兵士と見なされればその時点で送り返されるんだ。君ら二人は認められたからこそ彼の部下になれたんだ。元はカップの方針らしいが…通過した後は戦術的思考と基礎動作をフレームの節々にまで叩き込むのだと、昔言っていたな」

 

「"銃の撃ち方から先のことは自分で学びなさい"って言われたのは忘れもしないがね…今となってはオートトルーパーと扱いは大して変わらなかったような気さえする」

そう言い、サンストリーカーは渋面を浮かべながら笑った。

「ブラーの下にいたのはだいたい830サイクル程だった」

 

「地球の感覚で言えば一つの国が生まれてから滅ぶに足る時間だろうね」

 

「有機生命体ってのはどいつも脆くて儚いものさ。昔から馴れ合うとロクなことはない」

 

「短命な種は何百万年と争い続けるようなこともない分、幸せだと私は思うな」

 

「だとさ、ダウンシフトはどう思うよ」

そう言い、サンストリーカーは何気なくダウンシフトの頭を軽く小突いた。

 

ダウンシフトは小突かれた頭を振動させ、サンストリーカーの方に焦点の定まらない視線を向けた。

彼はその口を震わせながら途切れ途切れに発言する。

「不幸…幸福」

「定義:不完全」

「状態:不可解」

「推奨:リスキャニング」

 

彼の発作的で不器用な動作を見て、ブロードキャストは後ろへと翻りながら人型へと変形しつつ言った。

「ほう…聞いたことを理解して自ら考え、機械的…という比喩も妙ではあるが、返事をすることは出来ているらしい…ただ意思や情緒のようなものはあまり感じられないな。私も人のことは言えないが…」

「ともかく、まだ時間が必要らしい」

 

「一旦、切り上げるか。ブロードキャスト…こいつのブレインの最適化を頼む」

そう言い、サンストリーカーは寂しげに部屋から去っていった。

残ったブロードキャストはダウンシフトの後頭部を押さえつけ、操作を開始した。

 

 

 

 

パーセプターとプロールの手で、ダウンシフトは中央司令室運び込まれていた。

「ダウンシフト。君の知能を貸してほしい」

プロールは硬直したように立たされているダウンシフトの瞳の奥を覗き込むようにして、そう告げた。

 

「質問者のパーソナル認証を要求」

異物を睥睨するように、ダウンシフトは顔を動かさずに彼を見下ろした。

 

「プロールだ。この顔を忘れられたのは初めてだな」

汚いものでも見るような視線を返し、プロールは不機嫌そうにそう返した。

 

「大抵は忘れたくても忘れられまいそれにエンブレムを見れば嫌でも思い出す」

パーセプターは睨み合う二人を遠巻きに眺めながら口を挟んだ。

 

「…ともかくダウンシフト、君を蘇生させたのは私だ。そして君に頼みがあるのもこの私だ。今の我々オートボットには何としてもスペースブリッジが必要だ。ディセプティコンと違い移動拠点を持たない我々は行動範囲でも展開力でも遥かに劣る。この星を守りきることは難しくなるばかりだな」

プロールは大仰なジェスチャーを伴い、鷹揚に言った。

「そこでパーセプターをしばらく君の助手に付けよう」

 

「久しぶりだダウンシフト思い出したことをこのデータパッドに書き出すか私に話すかしてくれればいいどんな些細なことでも」

大ぶりなデータパッドを雑に投げ渡し、パーセプターは事務的に淡々と告げた。

 

「データの欠落を確認」

「ターミナルとのリンクを要求」

受け取れず床に落ちた端末を屈んで拾い、ダウンシフトはそれを見つめながらしばらく思案するように頭を巡らせて言った。

 

「パーセプター、今テレトランⅡは動かせる状況か?」

プロールは顎部に手を当て、ふと思い出したようにそう訊いた。

 

「ホイストが修理を試みてはいたようだが無理だな」

簡潔にそう返答し、パーセプターはプロールの方を見もしなかった。

「この基地の機器に接続するにしても言語も機器の規格もまるで違う以上は望み薄だブロードキャスト今来られるか」

パーセプターは短い通信を送った。

 

「な、何かな?」

パーセプターらしからぬ口調にうろたえながら、ブロードキャストはそう訊き返した。

 

「ダウンシフトのデータリンクの中継をしてもらいたいそれと再生してほしい会話ログがある」

事務的にそう告げ、パーセプターは返答を待たずに通信を切ろうとした。

 

「分かった。とにかくそっちに向かうよ、話はそれから詳し_」

ブロードキャストの返答はパーセプターが通信を終了したことで遮られた。

 

「会話ログ?」

プロールが片眉を上げ、素頓狂な声を出した。

 

「生前のダウンシフトと私との会話がブロードキャストの記憶に残っていたはずだ」

パーセプターはプロールの訝しげな顔をじろと見やり、億劫そうに意図を説明した。

 

「分からないな、その手の記録を取っていたのはリワインドだろう」

 

「よりにもよってプロールがこの仕様を把握していないとは嘆かわしい」

心底そう思っているといった調子で言い、パーセプターはわざとらしく肩を落とした。

 

「あ、待たせてしまったかな」

入室してきたブロードキャストは少し不服そうな面持ちで、そう言った。

 

「それより会話ログ"T02-XX-omni"のデータを呼び出してほしい」

 

「…性急だね」

ブロードキャストは動揺を隠せずにそう言い、変形した。

 

「リワインドが記録していたようなデータがお前の記憶の中にあるのか?」

情報機器へと変わっていくブロードキャストを見ながら、プロールがそう訊いた。

 

「そういう風に作らせたのは誰でしたっけね…カセットボットと親機は相互に連動していた方が効率的だとかなんとか言ってさ…」

愚痴るようにそう言い、ブロードキャストは苦笑した。

「おっと…データを見つけた」

「多少の破損はあるが、なんとか再生してみよう」

 

顕微鏡…お前か、俺を呼んだのは」

 

「時間を取らせてすまない」「スペースブリッジについての講釈に興味があってね」

 

「論文でも読み漁った方が早いんじゃないか?解説ぐらいならしてやれそうだが」

 

「そうしてもらいたいがお互い忙しい身だからね」「それでも技術者も記録も多くが既に失われていてスペースブリッジ関連のものはロストテクノロジーと化しつつあるし私もその貴重な話を聞けるうちに聞いておきたかったんだわざわざ書類を書き上げるよりは時間を食うこともないだろうしね」

 

「こいつを侍らせてるのはなぜだ?…いや、貴重な話とやらの記録係ってところか」

 

「あぁ、こっちのことは気にしないで。ちなみに頭のここが赤く光ってるのは録画中ってサインだ」

 

「よし、じゃあ歴史のお勉強からだな…顕微鏡、最初のスペースブリッジがどこにあったか知ってるか?」

 

「どこに"あったか"というなら巨神達の体内だと思うね」

 

「そう。彼らのみに備わった器官の一つ…言うなれば俺達にとってのコグのようなものだった。今の技術でもトランスフォームコグは修理こそ可能なものの、あのサイズと性能のまま新造するのは難しい」

「当然、より大きく複雑なスペースブリッジの製造など簡単なはずがなかった…だからスペースブリッジ工学はゆっくりと発展していった。巨神達に端を発する他の技術と同じように、解剖学やリバースエンジニアリングといったものと密接に連動しながらな」

 

「黄金期になってようやく最初のスペースブリッジが作られたのだったね」

 

「…一番最初の製作者についてはよく議論の対象になるな。ジアクサスかプリマクロンという説が有力ではあるが…いずれも"実験装置"の域を出ないものだった。腕一本通せるかどうかというゲートの小ささや、送る側と受け取る側が別々な"ステラスパナ方式"を取っているのが後の実用モデルとの違いだ」

「稼働時に多少の放射線が漏れ出すという特徴もあったが…これは結局実用モデルでも大した改善はなかったな」

 

「使用者の体に影響はなかったのか気になるところだね」

 

「緑のスパークが"発芽"する時に比べればマシらしいが、黄金期を終わらせたコズミックルストの蔓延の原因の一端はこの放射能でスパークやCNAが傷ついて免疫機能が低下していたせいだという説もある」

 

「その際に隔離政策の一端としてスペースブリッジは全てが停止させられたのだったね」

 

「ちょうどパーセプターが歴代最年少でパターナーになった頃の話だね。おっと失礼、つい口を挟んじゃったよ」 

 

「パターナーっていうとあれか…地下に潜って天体の研究してたとかって連中だな。彼らがあの当時スペースブリッジを使えるうちに回収してくれていれば話も違ってたんだろうが…」

「いや、技術的な話に移ろう。スペースブリッジってのは要するに空間を歪める装置で、クリスティアス-ティマイオス理論の上に成り立っている。この中核を成すのは一定の気象条件下でワームホールを生成・制御するための8つの長ったらしい理論式だ」

 

「クリスティアスとティマイオス…聞いたことのある名だ。同じ解剖学者だったロッサムとの確執は有名だね」

 

「それについては解説付きの資料を後で送ってやる…さて、元々巨神達の器官を模して作られたスペースブリッジという精密機器の塊は…ある種の生命体とも呼べるような特性を持つんだ。巨神達のスーパースパークを動力とするオリジナルと違い、スペースブリッジの稼働に使う動力はイオンエンジンや反物質、濃縮エネルゴンなど何種類かあるがそれによって出力特性や稼働の安定性が大きく違う。他にも大半の部品はその装置固有のもので互換性に乏しいのが特徴だ。それらは一つ一つが最高峰の職人たちの手作業で製造されていた」

 

「なるほど道理で"星の門の鍛冶"なんて大層な称号が彼らにあった訳だ」

 

「要はスパークに繋がれて機能する構造のものを他の動力源で動かそうとするからそんな手間が必要になるんだ。一定以上の品質を持つスーパースパークでもそこら辺から収獲できればそこまで難しい話じゃなくなるがそんなものは滅多に…」 

「いや、もし聞いた話の通りに()()()()()()()()()()()プライマスなら、最初の…そして恐らく最後に残ることになるスペースブリッジはこの星のコアにあるんだろうな。もはやそっちを探しにいった方がいくらか現実的だろう」

 

「星のコアはオプティマスがベクターシグマごと封印を施したせいで到達できない」

 

「あぁそうか…あいつ(プライム)はメガトロンにベクターシグマを奪わせないためにこの星そのものを緩やかな死へと導いたんだった。とんだ名采配だよな?」

 

「体制批判は編集の手間が増えるから控えめにしてもらえると嬉しいな。このところまたプロールとマグナスの検閲が厳しくなっててさ…ところでちょっと録画のデータを入れ替えようと思うんだけど、まだこの話続くよね?」

 

「いや…そうしたいところだが、ちょうど今用事が出来た。スクラムが俺を呼んでるらしい。残りは今度だなリワインド」

 

「続きのデータはないのか?」

プロールは聞き入りながら傾けていた頭を戻し、そう尋ねた。

 

「この後は知っての通りだ彼は戻って来なかったのでな」

パーセプターは目を閉じたままそう言った額部に手を当てて俯いた。

 

「あぁ、命令を出したのは私だったな。コロッサス隊に対する時間稼ぎのつもりだったが…」

プロールは思い出したようにそう言ったが、パーセプターは聞いていなかった。

 

「どうかしたのかブロードキャスト」

情報機器の姿のまま転げ落ちたブロードキャストを見やり、プロールが言った。

 

「え?あぁ悪いね、久々にリワインドの声を聞いていて…なんというか、胸の隙間が広がっていくような思いがしたものだから」

床に転がりながら人の形へと戻るとブロードキャストは頭を押さえ、よろめきながらそう言った。

 

「そうかもう聞けないんだったな」

特段の悪意もなく、パーセプターは自然とその言葉を口にしていた。

 

「……パーセプター、私が言えた義理ではないが今の発言は…」

しばし逡巡したかのような間を空けて、プロールが見かねたように口を挟んだ。

 

「いやいいさどうでも…あぁダウンシフトも聞いていたのか。どうかな、昔の自分の_」

「…データパッドに何を書いているんだ?」

ブロードキャストが見たのはその場に座り込んで、渡された端末に必死に何かを書き殴っているダウンシフトだった。

 

「思い出したんだ。顕微鏡、お前に書いてやる予定だったものを」

取り外したペンをパーセプターに向け、ダウンシフトは決然とそう言った。

 

「目覚めてから与えられた情報だけでここまで回復するとはな」

プロールは信じられないという顔で彼の様子を眺めていた。

 

「これも自我の強さのなせる業か」

パーセプターは小さくそうつぶやいた。

 

「ずっと忘れていた。とても多くのことを」

「もっと知らなければならない。この星のことも」

ダウンシフトは口惜しげにそう言い、辺りを見回した。

そして忙しなく頭を振り、震える手でそれを押さえた。

 

「素晴らしい…君だけが頼りだ。大いに期待しているとも」

プロールは彼を見下ろすと口角を上げ、愉快そうに語った。

 

「もし君が失敗に終われば私達はこの星ごと滅ぶ以外にない」

対照的にパーセプターは冷淡にそう告げる。

 

「…君ならそれを避けられるんだ。出来ることがあれば言ってくれ…ここにいる皆もそれに命をかける気でいる」

ブロードキャストはダウンシフトと目を見合わせ、彼の肩に両手を置き真剣な面持ちでそう言った。

*1
と彼が言い張って勝手に占拠している空き倉庫の一室



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オートボット-地球編⑪:An old friend,Part2

「なぁサンストリーカー」

「平行世界ってやつを信じるか?」

レッドアラートはリペアルームの天井を茫然と見ながら、そう訊いた。

 

「突然妙なことを訊くな」

サンストリーカーは寝かされているアラートの顔を覗き込むようにして、呆れ気味にそう言い返した。

「猛獣の腹に呑み込まれてどこかイカれたのか?」

 

「この世界とは別のどこかによく似た世界があるってやつだ。そんな戯言を信じてたのは俺の知る限りコルドン以外だとベクトリウム、ホットロッド、アラゴン、スキッズぐらいだが…」

そこまで言い、アラートは起き上がった。

「思うにダウンシフトもそうだったんじゃなかったか?」

 

「さぁな」

彼の左側頭部にある古い傷を眺めながら、サンストリーカーはそっけなく応えた。

 

「あいつはやたらスペースブリッジの原理や構造に詳しかっただろう。それこそバルクヘッド並みだ」

「今になってみると、奴だけは本物だったんじゃないかって、そんなことを思うよ」

痛む頭を押さえつけ、熱に浮かされたようにアラートはそう続けた。

 

「そのうち訊いておいてやるよ。病み上がりは大人しくしていろ」

サンストリーカーは心配そうな顔のまま、ぶっきらぼうにそう返した。

 

「別に今は…大人しくするほどの不調だってない。サンダーブラストに振り回されたことと眼が片方機能してないのが不愉快なぐらいだ…それで、お前なんかがなんでここに?」

アラートはそう言って強がり、サンストリーカーを見上げて訊いた。

 

「俺が仲間の見舞いに来るのがそんなに不思議か?」

屈んで目線を合わせると、サンストリーカーはアラートの額部を指で弾いて言った。

 

「当然だろ。頻度で言えばよその星で一つの文明が滅びる程の期間に一回あるかないかだ」

アラートはムキになってすかさずそう強弁した。

 

「否定はしないが…じっと落ち着いていられなくてな」

サンストリーカーは観念したようにそう言い、話を切り上げた。

 

「なんというか…お前やけに、張り切って…いや忙しないと言った方がいいか」

アラートは虚を突かれたような表情を一瞬浮かべ、サンストリーカーを片眼でまっすぐ見つめながらそう告げた。

 

「その眼じゃ物の見え方も違うらしいな?」

図星を突かれたらしいサンストリーカーは苛立ちを隠さずアラートの左眼を指差し言った。

 

「お前がそういう顔する時は…昔からろくなことはない」

アラートは顔を伏せ、虚しげにそう言いながら深く嘆息した。

 

「俺が画家だった頃から?」

 

「もっと前からだ、兄弟…」

サンストリーカーが言い終わるのを待たず、アラートはそう言い聞かせるように告げた。

 

「レッドアラート、具合はどうかな?」

リペアルームに救急車の姿のまま入室してきたラチェットがそう言い、期せずして彼は部屋を支配していた気まずい沈黙に割って入った。

 

「散々休んだんだ…左の眼以外はもうほとんど問題ないさ。俺も昔は衛生兵の端くれだったんだ、自分のことぐらいは分かるよラチェット」

早口にそう言い、アラートは立ち上がってラチェットの方を見た。

 

「なぁドクター、ダウンシフトのことなんだが…ポッドの中身の再生が上手くいかないだけであんな風になるのか?」

アラートのことを意に介さず、サンストリーカーはラチェットに尋ねた。

 

ラチェットは並んだ二人を見て、少し考え込んだ顔をした後、椅子に腰掛けゆっくりと口を開いた。

「あの領域に関しては私よりもホイルジャック達の方が詳しいとは思うが…通常ならあぁはならない、というのが私の意見だな。原因としては…そのボディのデータと彼のブレイン、そしてスパークの相性が悪かった、なんてことも考えられなくはない」

そこまで言うとラチェットは2つの椅子を取り出し、アラートとサンストリーカーに座るよう促した。

「戦前のサイバトロンでは…特にヘリックスやナイオンの周辺だったか、非合法にブレイン・コグ・スパークの三つを新たなボディに移植するような腐った闇医者がのさばっていた。しかし新たなパーツに体が適合出来ずにか、単に施術者の腕が私よりも悪かったからか…手術を受けた者は粗悪な体で過ごすうち、事故や劣化などで死に至ることが少なくなかった」

ラチェットは脚を組み直し、自身のツノの先を撫でるようにしながら続けた。

「ただ…彼はどうもそうした通常の例には当てはまらないように思えるんだ。特異な構造をしている」

 

「アラートも前そんなようなことを言っていたな…」

サンストリーカーは昔の記憶を思い出し、それと同時に言った。

 

「…あぁ、あいつは俺の感覚でも読み取れないんだ。まるで頭の中に何人もいるみたいな量の感情と思考が渦巻いてたんだよ」

 

「今のあいつの考えも読むことは出来ないのかよ?」

 

隣に座りながらも顔を背け合いどこか投げやりな会話をする二人を見て、ラチェットは決心したように口を開いた。

「その…サンストリーカー、レッドアラートのあの力は強力だがこれ以上使わせる訳にはいかない。これは医師としても、彼の友人としてもだ」

 

「ん…待ってくれラチェット、それはどういう…」

サンストリーカーはその言葉を聞いた後、少し遅れて反応した。

 

「以前、グリムロックの腹の中から吐き出された君とホイストのバラバラだった体を組み立て直すついでに、ブレインとスパーク、コグの精密検査をした。言うべきかどうかずっと迷っていたのだが…」

ラチェットはアラートと顔を見合わせ、思いつめた様子で切り出した。

 

「あぁ。そうだったな…」

アラートは消え入るように笑い、頭を小さく横に振った。

 

「結果は最悪だった、二人ともだ。特に君はそのサイコメトリーじみた力のせいか、ブレインの方に相当ガタが来てる。左眼を接続しようにも神経回路の損傷が激しく中枢まで視覚情報を伝達することそのものが難しい」

自身の左側頭部を指でつつき、ラチェットは自身の左側に座っているアラートを見て悲痛な表情を浮かべた。

 

「へぇ」

「最近、能力を使ってない時でもたまに漏電するようになってさ…なんか頭から寿命が流れ出してるような気分になるよな、あれ」

アラートは誰とも眼を合わせず、視線を空に投げ出して言った。

 

「何だよ…なんだよ、それ」

サンストリーカーは愕然とし、振り返ってアラートの方を見た。

 

「そんな顔するなよ兄弟…自分のことぐらいは分かる、って言ったろ」

俯きがちになり、アラートはゆっくりと見えない方の眼をサンストリーカーに向けた。

 

「…あ…あぁ、邪魔したな。悪かった」

その短い言葉さえも上手く発音出来ず、サンストリーカーはまとまらない思考と揺れる視界の中その部屋を後にし、当てもなく歩き出した。

 

 

 

 

「何か用か?ストリーカー」

ウィンドチャージャーはこちらによろめきながら近づいてくるサンストリーカーを見つけ、不審がってそう訊いた。

 

「見ての通りチャージャーと俺はフルステイシスの真っ最中だ。もう小さな観客らもいなくなったし勝負も決まりかけだが…」

ギアーズも振り返ってそう言いかけた。

「何だお前、ひどく思いつめた顔してるぞ」

 

「そうだろうよ。なぁ…命って…」

「命ってなんなんだろうな」

 

「俺達が今まで散々鉄屑に変えてきたものがそうだろうが」

ウィンドチャージャーは妙な問答に動じもせず淡々と返した。

「望ましくない感傷だ。ダウンシフトのことでも考えてたとみえる。精神性は成長がないな…そんなことだからあの時ボンブシェルにつけ込ま_」

盤上の駒を磁力で操作しながら、サンストリーカーを睥睨した。

 

「悪いかよ…!」

刺激されたサンストリーカーは対局している二人に殴りかかる勢いで近づいた。

 

「そうは言わん。例えばそうだな…この駒も、かつては命だったとしたらどうだ?」

チャージャーは片腕から磁力を放射してサンストリーカーの振り下ろした拳をたやすく弾き飛ばし、諭すように手元の駒を見せた。

 

「それが?」

転ばされたサンストリーカーは立ち上がり、怒気を滲ませた顔のまま訊いた。

 

「あぁ。グリフの亡骸を削って作ったからな」

指の先で駒を回しながら、チャージャーはそれを見つめていた。

 

「だが、それは…」

 

「…ある種の弔いかな。こうした形見をとる文化は黄金期より前、戦士の時代からあったものらしい」

 

「流儀こそ少し異なるがホイストもトレイルブレイカーのパーツを引き継いでいたし、俺の体もあちこちパイプスとビーチコンバーからの借り物だ。いつか返せる日が来るといいんだが」

ギアーズがそう補足し、色の違う腕の装甲を見せた。

 

「地獄の底でまた会えるだろ。で、チャージャーはなんでグリフを選んだんだ?」

 

「彼女は俺の次にフルステイシスが上手かった」

 

「何か関係あるのか?途中まで話して説明した気になるのはお前らの悪い癖だよな本当にさ!」

サンストリーカーは呆れ気味にそう言い、頭を抱えた。

 

「何のためにグリフがサイバトロンに残ったのか、考えてもみろ…要は死んでもチャージャーから離れる気はなかったって訳だよ。タップアウトには気の毒な話だがな」

ギアーズは愉快そうに言い、盤面の駒を神経質な手付きで整列させた。

 

「彼女は昔、自分のメンターの遺骸の欠片の話を俺にしてくれた。遺骸を世話になった皆で分け合ったから、何かを作るだけの量はなかったのが心残りだったらしい」

「戦争の中でロクな死に方はしないだろうが、その時は残った部分だけでも俺に持っててほしいと言ってた。互いに、そういう約束をした」

 

「…チャージャーはこの不細工な駒をいっつも持ち歩いてるんだったよな?」

ギアーズは意地の悪い笑みをこぼし、チャージャーの顔を見てそう言った。

 

「泣ける話だ。あいにくとそんな上等な機能は持ち合わせちゃいないが」

サンストリーカーは無機質にそう言い、目元をなぞって涙を払う仕草をして見せた。

 

「ギアーズ…やはりお前は底意地の悪さより口の軽さを真っ先に直すべきだな」

「結局、彼女は死んで俺だけが残った。ビーチコンバーもタップアウトももういない…正直、この命にしてももうそろそろなんじゃないかという気がしてくるな」

 

「やけに弱気だな?」

サンストリーカーは寂しく笑ったチャージャーの顔を見つめ、怪訝そうに言った。

 

「…自分でも段々と力の制御が効かなくなりつつあるんだよ。いつだって厄介事は向こうからやって来る」

ふと次の手を指そうとした瞬間、磁力の暴発で駒ごと盤が吹き飛んだ。

 

「…あの局面じゃどの道俺の負けだな。とはいえ片付けはお前にやってもらうぞ」

しばらく熟考していたらしき間の後、ギアーズはそう言った。

 

「そういえば人間らにフルステイシスのルールを教えるとかいう話はどうなったんだ?」

サンストリーカーはチャージャーの方を見てそう訊いた。

 

「連中の頭には複雑過ぎたらしい。人間の脳じゃたったの8×8マスぐらいがちょうどいいそうだ」

ギアーズはそう言い、微かに嗤った。

「というかあの時クリフがやけに張り切ってたのはなんでだ?」

 

「あいつは下手も下手なんだが遊ぶのと教えるのは好きだからな。それでだろう」

「アストロトレインに真っ二つにされたその日にボロボロの体で対局したいと言ってきた時は面食らったが」

チャージャーはその場面を思い出したのか苦笑を浮かべた。

 

「あいつなんで死なないんだ?」

サンストリーカーはクリフジャンパーの不遜な顔を脳裏に浮かべながら、思い出したようにそう訊いた。

 

「今更だろ。流星群行きの片道シャトルに縛りつけられてた時とかラグナッツに衛星軌道から叩き落されてた時は結構惜しかったのにな」

ギアーズはそう言い、途中で堪えきれずに笑い声を漏らしていた。

「今まで不死身を自称する奴は大勢いたが…」

「その中でも八つ裂きにされた後くっついて元に戻る奴はあまり例がない」

 

「思うんだが命ってのは…スパークでもブレインでもコグでもないんじゃないか?それを切り取ったところで命は手に入らない」

チャージャーはどこか遠い目をしてそう言った。

 

「有機生命体はそのあたりいくらか簡単でいいよな。俺達はどんなパーツも換装したり組み付けたり出来るせいで余計複雑だ」

「スパークとブレインを他人の体に移し替えることだって出来る」

ギアーズはサンストリーカーの方を見、自分の頭を指さして言った。

 

「…それが悩みの種ってやつだ。何しても死なないバカみたいに頑丈なバカが身内にいるせいもあってか、ますます分からなくなってる」

「あいつの命は…今どこにあるんだろうな」

そう言い終え、サンストリーカーはまたふらふらと歩き出した。

 

 

 

 

作業場に続く廊下はいつも薄暗い。その光に照らされて灰色の人影が顔をのぞかせた。

「ダウンシフト?」

ブロードキャストがそう言いかけると、作業場からパーセプターが這い出てきた。

 

「今すぐ逃げた方が賢_」

出入口から出ようとしたパーセプターは、ダウンシフトに後頭部を踏みつけられ、上から銃で撃たれた。

 

「パーセプター!?」

部品を散らしながら力なく倒れ伏したパーセプターを見、ブロードキャストはただ驚愕した。

「どうしたんだダウンシフト!彼に何をした!?」

 

「(¢℃№⁇…№°”’\;~⊗≯」

ダウンシフトの目は焦点が定まらず、半開きになった口からノイズ混じりの電子音が漏れた。

 

「アラート!サイドスワイプ!いや誰でもいい、これを聞いた者は今すぐ中央通路まで来てくれ…なるべく早く、適切な人選で_」

反射的に来た道を引き返しながら、ブロードキャストはオートボットの全員にそう通信を送った。

彼が最後まで言い終える前に、ダウンシフトの銃が火を吹き、ブロードキャストの意識は消失した。

 

「おい具合は?」

サンストリーカーは胸に大穴の空いたブロードキャストを見つけ、冷静にそう声をかけた。

ブロードキャストは何分経っても目覚めず、とうとうサンストリーカーは苛立ちながら彼を蹴りで叩き起こした。

 

「アラートが来るものだと思っていたが…」

ブロードキャストは揺れる視界の中、眼前の人物を頭部の色と形状で把握した。

 

「俺ならここだ。平気か?」

サンストリーカーの後ろにいたアラートがブロードキャストを起こし、傷を見た。

 

「平気なものか…意識が不安定になってきた。空っぽな胸の隙間も底が抜けて風通しがよくなったよ」

「ダウンシフトはどこに?」

ブロードキャストはどうにか立ち上がり、そう尋ねた。

 

「基地の外に出ようとしているらしい。走って上に向かっているとかプロールが言っていた。それと…」

サンストリーカーはそう言い、苦々しい顔をした。

 

「パーセプターは?」

ブロードキャストは思い出したように作業場の方を振り返って訊いた。

 

「そう、それについて言おうと思ってたんだ。パーセプターは頭を撃たれた。今サイドスワイプとチャージャーが運んでる」

 

「分かった。ダウンシフトを追うぞ」

ブロードキャストは基地の複雑な内部構造を改めて確認し直し、そう言って走り出した。

 

「その体で?」

サンストリーカーは心配そうな顔をしてそう訊いた。

 

「私に寝てる暇なんてない」

「まだしばらくは動ける。元々こういう時のために頑丈に出来ているんだ…」

 

「事がことだ、サンダーブラストを連れてきた。鎮圧用の装備も一緒にな」

アラートはサンダーブラストを従え、そう告げた。

 

「信用してもらって結構」

サンダーブラストは意気揚々とそう言い、ブロードキャストを見た。

 

「…了解だ。こんな状況では仕方ないか」

煮えきらない表情を浮かべながら、ブロードキャストは諦観を滲ませて言い、変形して走り出した。

サンストリーカーとアラート、サンダーブラストも後に続き、地上へとつながるいくつもの出入り口の一つを目指した。

 

薄暗いトンネルの中に、灰色の人影がさまよっていた。

「いたな。まるで道に迷ってるみたいだ」

ブロードキャストはそう言い、変形して人型に姿を変えた。

 

「ダウンシフト!!」

サンストリーカーはそう叫び、彼に向かって走った。

 

「あの銃はなんだ!?」

ブロードキャストはその様子を目にし、彼がサンストリーカーに向けようとしているものを見て大慌てで走った。

 

「どうせそこら辺に落ちてたんだろ…サンダーブラスト!」

アラートはそう返し、仲間の名を叫んで何かを投げ渡した。

 

「裏技行くわよ、全方位に眼光をお見舞いしてやる」

サンダーブラストは跳び上がってそれを受け取り、頭部に装着した。

それは特殊な素材でできたバイザーであり、彼女の眼光を乱反射させ、空間全体にその効果を及ぼすことが出来た。

薄暗いトンネルが彼女の眼差しに包まれ、空間ごと焼けたような赤に染まった。

相手を操るサンダーブラストの能力によって、アラートを除く全員が動作を強制的に停止させられるはずだった。

しかしサンストリーカーは不愉快そうな顔をして足を止め、転倒した。

ダウンシフトとブロードキャストはその場に倒れ込んだが、一瞬で再び立ち上がった。

 

「思ったより効かない…!もう何なのこの連中…?あんたらまともな頭してないんじゃないの!?」

サンダーブラストは呆れ気味にそう叫んだ。

 

「返す言葉もないね」

ブロードキャストはダウンシフトの銃を奪い取ろうと揉み合いになりながら振り返ってそう言った。

 

「俺の頭は虫食いだらけだ…そんなもんが…効く、か…」

両者の足元に転がりながら、サンストリーカーがそう吐き捨てた。

 

「m∝∂∇≫⊕∀∌∷%」

ダウンシフトは銃を取られそうになり、ブロードキャストを蹴り飛ばして何かを発音した。

 

「何言ってるか分かんないけど、でも私多分バカにされてる気がする…」

ダウンシフトの態度を見て、サンダーブラストは苦い顔をしながら直感的に言った。

 

その時、トンネル内にエンジン音を響かせ、下から赤い車が高速で迫っていた。

「ブロードキャスト!怪音波みたいな奴やってくれ!!」

人型へと前転めいた動きで変形しながら、サイドスワイプがそう叫んだ。

 

「もう戻ったのか!その手があった…やるだけやってみるさ」

胸部の扉を開け放ち、ブロードキャストはダウンシフトに向けて音波攻撃を放った。

 

「効いてるの?あれ」

サンダーブラストは遠巻きに二人の様子を眺め、不審げにそう言った。

ダウンシフトは軽くのけぞり、苦しげに身震いしたが動きを止める様子はなかった。

 

「やはりもう大した出力も得られないか…彼に銃を向けたくはないが、そうも言っていられない!」

ブロードキャストは素早く銃を取り出した。

 

それを見るとダウンシフトは手にしていた銃を収めて変形した。

「逃がすか!!」

サイドスワイプがそう叫び、真っ先に変形して後を追った。

 

残った四人も彼らに続き、上へと続く通路を走り出した。

「なぁストリーカー、やはり奴はお前の体のせいで暴走しつつあるのかもしれないな。サイドスワイプも躍起になる訳だ」

何も言わずに目の前を走るサンストリーカーにアラートはそう切り出した。

 

「もう少しこう言い方ってものがあるだろうが…」

 

「私もう帰っていいかしら」

最後尾に続くサンダーブラストがしんどそうにそう言った。

 

「ダメだ」

 

「そう…で、なら何か勝算は?」

 

「それよりなぜあいつが上に逃げようとしているのかが気になる」

二回続けて彼女の言葉を撥ねつけ、アラートは何食わぬ顔で疑問を口にした。

 

「悪い虫にでも憑かれたんじゃなーいの?」

サンダーブラストはアラートに向かって投げやりにそう応じた。

 

「相手を操るのはサンダーブラストの得意分野だったな。寄生虫が宿主を操るようなことも宇宙を見れば珍しくはないが…彼の状況はそうした類のものではない」

その言葉を聞いたブロードキャストは納得したような表情で静かに言った。

 

「じゃあ何だっての…」

 

「プロールとパーセプターは彼を、テレトランⅡの代わりにこの基地内のネットワークとデータリンクさせようとしていた。本人の想定以上の回復を見て彼らは考えを改めたようだが…となれば自分で接続をしたとしか…」

「まさか、彼を頼るあまり重圧をかけ過ぎてしまったせいか…!!」

悔しげにそう漏らし、ブロードキャストは速度を上げた。

「…これは私の経験からだが規格の合わない情報の奔流にブレインが長時間晒された場合、大抵は処理にかかる負荷に気が狂いそうになる」

 

「あいつはそれに耐えきれず逃げ出したのか?…錯乱してるのもそのせいだと?」

アラートはブロードキャストにそう尋ね、サンストリーカーの方をちらと見た。

 

「あぁ。そういえば彼は目覚めてから基地のあちこちにあった落書きみたいな壁画を見ていたな…」

ブロードキャストは思い出しながらそう言うと、静かに考えを巡らせた。

 

「だからもっとマシな言い方がいくらでもあるだろ。だいたい、なんで描いた奴の前でそう言うんだ」

サンストリーカーは不服を通り越し、呆れたようにそう言った。

「それで?俺の落書きとあいつの行動に何か関係でもあるってのか」

 

「サンストリーカーの絵を見て何か思い出したのかもな。それで上に行こうとしてるとか」

 

「俺を呼んでるとでも言うのか?」

サンストリーカーはアラートにそう言い返しながらも、彼の言い分に一旦納得することにした。

 

「ここの扉が破られている…彼は地表に出たか」

ブロードキャスト達は地上へと続く通路の最後の区域に到達したが、隔壁じみた扉は車が突っ込んだような裂け方をした丸い大穴を空けられていた。

それを見た四人はすぐさまその穴を走り抜けて、外へと出た。

 

「だいぶ曇ってるわね。この様子じゃ、噂の雪ってやつにもお目にかかれそう」

サンダーブラストは久々の外出に体を伸ばし、能天気にそう言った。

 

「…いた」

サンストリーカーは灰色の景色の中に自分の似姿を見つけた。

「ダウンシフト?」

その足元に転がる黒と赤のものと紫の飛沫から目を逸らすようにしながら、彼は名を呼んだ相手に近づいた。

 

「…サンストリーカー」

ダウンシフトは呆然と立ち尽くしたまま、ぎこちない動作で振り向いた。

 

「分かるのか?俺のことが…!?」

 

「忘れる…ものか」

ダウンシフトは静かにそう言い、サンストリーカーを見て微笑した。

「また…灰色の空だ。連中の残りはどこから来る?今度は前のようにはいかない」

手にした銃を構え直し、彼は空を見上げた。

 

「落ち着けダウンシフト、この星に敵はいない。俺達だけだ。だから_」

サンストリーカーは諭すようにそう言い、彼に歩み寄った。

「…だから。お前の足元に転がってる奴の顔をよく見ろ…!それとお前がさっき頭を撃った奴のことも思い出してやれ。どんな顔をしてたか…」

ダウンシフトに厳然とそう言い渡すと、サンストリーカーは乱暴に彼の頭を掴んで下を向かせた。

 

「サイドスワイプ…!」

アラートは二人の足元に転がったものに目を向けるとそう言って驚き、走って近寄った。

 

「これは…これを、あいつらを…俺がやったのか」

ダウンシフトは短く悲鳴を上げ、エネルゴンを流して力なく倒れたサイドスワイプを見ると反射的に銃を落として数歩後ずさった。

 

「あぁ、そうだ…」

怒気を滲ませた口調でサンストリーカーはゆっくりとそう言った。

 

「どういうことだ…俺は…何をして_」

ダウンシフトは自分の頭を両手で押さえ、うずくまった。

 

「何って、あんたがかわいそうなパーセプターとサイドスワイプ君をその銃で撃ったんじゃない」

残る三人も彼に近づき、サンダーブラストは蔑むように見下ろして言った。

「…っていうかそれ私の銃じゃない!返しなさ_」

 

「気が散る。少し黙ってろ」

サンダーブラストが喚きながら伸ばした手を踏みつけるとレッドアラートがそう吐き捨て、慎重に銃を回収した。

 

「ダウンシフト、君は自分で接続を行ったのか?」

ブロードキャストは屈んで彼の目を見ながら訊いた。

 

「多分そうだ…が、よく思い出せない…意識が濁ってる」

過呼吸のような排気音混じりに、ダウンシフトは歯切れ悪く答えた。

 

「もしそうならそれは我々が君に期待をかけ過ぎたせいだ。すまなかった」

ブロードキャストは悲痛な面持ちでそう言い、拳を握りしめた。

 

「プロールも呼んでくれば?検分なら得意でしょ」

 

「…サイドスワイプはとりあえずは大丈夫だ。最悪でも今すぐ死にはしない」

アラートはサイドスワイプの上体を起こして傷口を観察し、そう言った。

 

「分かった。だが急いだほうが良さそうだな」

ブロードキャストはそう言い、サイドスワイプを丁寧に抱え上げた。

 

「そうか…俺の方はもう限界らしい」

安堵したように排気を漏らし、ダウンシフトは諦観したようにゆっくりとそう言った。

 

「何よ、役に立たない奴」

「…?」

そう吐き捨てたサンダーブラストは、ふと体表のごく微かな温度変化に気がつき、上を見上げた。彼女とよく似た色の空から白い雪がほのかに降り出し、彼女らの体に斑点のような模様を作りつつあった。

 

「ディセプティコンでも真っ当なことを言う奴はいるんだな…なぁ相棒_」

サンダーブラストを力なく睨み返し、ダウンシフトはそう言った。

「なんて呼ぶ資格はもうないな。サンストリーカー…最期の始末付けてくれよ。兄弟の仇をとると思えば優しいお前でも出来るはずだ」

ダウンシフトは起き上がり、サンストリーカーに掴みかかるようにして言った。

 

「勝手に自分だけ楽になる気か?まだ終わらせてやる気はないぞ」

レッドアラートは彼の肩を後ろから掴み、静かに怒声を張り上げた。

 

「まさかそのためにサイドスワイプを撃った…とは言わないよね」

ブロードキャストはそうだと信じたくはない、というような口調で不安そうにこぼした。

 

「アラート…ブレインが痛んで狂いそうだよ、俺は」

「自分の考えや思いついたことは全部書き残しておいた…少しはお前達の役に立つはずだ。後は、好き、に…」

言葉を言い終えるより早く、ダウンシフトは足取りを崩しその場に倒れ込んだ。

 

「でも今ここで殺しちゃっていいの?データの確認とか」

とっさに彼の顔を覗き込んだアラートを横目に、サンダーブラストはそう問うた。

 

「眼を見てみろ、もうオプティックの過収縮が始まってる。ブレインモジュールの記憶領域の破損、それにスパークの劣化が手当て出来る段階を超えた証拠だ…どの道もう長くはないし、ここから回復させる術もない」

その場にいた全員にそう通達し、アラートは銃の残弾を確認した。

 

「こいつにはこの雪も見えてないのかしらね」

 

「俺がお前にとってそうだったように、お前は俺の最高の相棒だったよ。俺はまだしばらくお前のいる場所には行けないだろう」

サンストリーカーは倒れたダウンシフトを立ち上がって見下ろし、白く染まりゆく大地に落ちた自分の影に重なるように横たわる似姿に向けて言葉を送った。

 

「‰θνωΖ⊄∵」

ダウンシフトの眼からは光が失われ、もう閉じることのない口から雑音が漏れた。

 

「そして最後には混線した神経回路が焼き切れ、発語機能も失われる。そして何も見えず、何も言えず体も動かずノイズ以外何も聞こえないまま…スパークの劣化に伴いエネルゴンの循環が止まり、ゆっくりと体を褪色させながら死んでいく」

アラートは淡々と言葉を続け、目を伏せた。

白一色だったダウンシフトの体は生体機能の低下により徐々に色褪せていき、白雪の中に澱みのように沈んでいった。

 

「二度も御免だ…見ていられない。アラート、銃を_」

自身の死骸が眼前に転がっているかのような奇妙な感覚に襲われ、サンストリーカーは神経質に側頭部のパーツを掻き鳴らした。

 

「…アラート?」

反応を見せない彼にサンダーブラストがそう名を呼んだと同時に、銃声と光が弾け、雪を紫に染めた。

 

 

 

 

「何が起きたのか、私に説明してくれ…」

たとえ通信が音声のみでも、憔悴しきっていると分かる調子で、オプティマスは言った。

 

「ダウンシフトの蘇生は、失敗に終わったというほかないでしょう。原因はボディとの相性や地球の機器への強引な接続などが考えられますが…アラートがダウンシフトの頭部を銃撃し破壊したため、ブレインの検分は不可能です」

プロールは通信コンソールの大画面を見上げ、端的に述べた。

 

「負傷者について報告します」

彼の横にいたラチェットが慣れた様子で発言した。

「胸部を撃たれたサイドスワイプは命に別条はありませんが…負傷の度合いから言って、しばらく戦闘には出せませんね」

「ブロードキャストは胸部を損傷しています。一通りの処置は試みましたが、彼の部品には替えがないものが多いので完全な修復は出来ません」

「現状、カセットボット達との連動や自力での通信などに難がある状態です。機能を十全に発揮させるためにはいくつか彼のボディタイプ専用の内部電装パーツを用意する必要がありますが…」

 

「新造は出来ないのか?」

オプティマスは確認を取るようにそう尋ねた。

 

「テレトランが頼りにならず、ホイストの頭の中にもその手の設計図が存在しない以上、難しいです」

 

「同型がいれば…となるとサウンドウェーブに協力させる必要があるな。考えておこう」

 

「そして、パーセプターですが…」

「頭部に銃撃を受けた影響でブレインが変質してしまったようです。意識は戻りましたが…あれではまるで別人です」

「思考や発言に倫理感や情緒の欠如が見られ、口数が大きく減りました。他に発声器官が不可逆な形で損傷しており、今の彼の声は聞くに堪えません」

 

「回復の見込みは?」

 

「一向に…ですがホイルジャック曰く、彼の新たな頭能はダウンシフトが書き残したデータの解読に役立っているようです」

ラチェットは哀れむような口調で言った。

 

「そうか…サンストリーカーは今どうしている?」

 

「一日中、自室で呆然としているようです。一応チャージャーを見張りにつけてはいます」

 

「…そうか、分かった。クリフとアイアンハイドが戦闘から帰還し次第、彼らに引き継がせよう」

「それと今後、ステイシスポッドの兵士達の再生計画は中止する。やはり我々はまだそれが可能な段階に達していなかったということがよく分かった」

「ところでラチェット、ホットスポットの回復はどうだ?」

 

「現状、特に問題はありませんが、快調ともいい難いですね。まだ少しの時間が必要かと」

 

「時間か…この二ヶ月、ディセプティコンとの戦いは増えるばかりだ。私も彼の回復を待ち続けているが、それに十分な時間が我々に残されているのだろうか?スタースクリームやサウンドウェーブ、オンスロートは接敵もできたが…メガトロンはまだ姿を見せんな」

「だがいずれ必ず現れる。その時に備えるためにも我々には助けが必要だ。それも強力な助けが…」




特に誰かが幸せにもならないし何かが成功することもないが今後の展開に必要かもしれないお話
多分旧版の方がまだ救いがありましたね
ボツになる予定でしたがいつの間にか書き上がってたので投稿しました、やっぱりそのうち消すかも
次回からはいよいよ一章一部たるボッツ編の終盤戦です


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オートボット-地球編⑫:Flow My Tears,The Policecar Said.Part1

タイトルは以前読んだ小説のオマージュです。
世界線を変える服用薬は出てこないので安心してください。
それではどうぞ。


地球_ベース217_12月12日_

 

 

「ここが地獄ってやつか?」

ホットスポットは希薄な意識が徐々に明瞭になるのを自分でも感じながら、かすれたような声でそう言った。

 

「意識が戻ったようだな」

ホットスポットの収まっているタンクの正面に立っていたプロールは、無感情な眼差しを投げかけて言った。

 

「誰かと思えばプロールか。やっぱりお前もこっちに…」

白焼けしたような視界の中に聞き馴染んだ声と紺色の影を捉え、ホットスポットは観念したようにそう言った。

 

「ここはベース217だよ…目を覚ませ。お前も私も、まだ死んではいない」

タンクに腕を激しく叩きつけ、プロールはゆっくりとそう言い聞かせた。

 

「あぁ…そうか、それであれからどのくらい経った?」

タンクの中を満たす液体の中をたゆたいながら、ホットスポットは呂律の回らない様子で言った。

 

「およそ三ヶ月だ」

 

「その間起きたことは?」

 

「説明しきれるものか…度重なるディセプティコンの襲撃、復活したグリムロックの暴走、アラートの連れ込んだアバズレ、ダウンシフトの復活にパーセプターの合理化、人工のロボット兵士…ハウンドのコグ、スカイファイアの合流…まぁ厄介事だらけだ。おかげで最近は誰も私の話を聞かない」

プロールはごく簡潔にそうまとめ、嘆息した。

 

「なるほどね、だから前より情けない感じがするんだろうな。性格は丸くなってるらしいが…なんというか、(かど)が取れたって感じだ」

タンクの中で上下逆さになりながらプロールを眺め、ホットスポットは見透かしたように言った。

 

「嫌味か?この(つの)は噛まれてこうなったんだよ。おかげで平衡感覚が狂ってよく転ぶようになった」

自らの頭の赤い触覚を指し、プロールは忌々しげに告げた。

 

「衰えたもんだな、ツノなんか替えてもらえばいいのに」

ホットスポットはそう応じながら、状態を確かめるように自身の頭部に触れた。

 

「私みたいな古いボディタイプのパーツなどもうアークには残っていない。新造しようにも、この複合センサーは見かけの割に複雑でな」

忌々しげに吐き捨て、プロールは小さく嘆息した。

 

「へぇ、ところでダウンシフトとグリムロックが復活してるなら会いたいんだがここから出してくれないか?」

何ともなしにホットスポットはふと、試しにタンクを内側から殴りつけてみながら言った。

 

「ダウンシフトならもう死んだぞ。グリムロックにしたっていつ暴走するか分からん…資源の浪費、結果的には失敗だな」

腕を組み、頭を傾けてプロールが冷淡に告げた。

 

「そういう自分を外側に置いた物言いは変わらないんだな、逆に安心さえ覚えるよ。とても頼りになる」

マスク越しに可能な限り最高の笑顔を向けて、ホットスポットは快活に言った。

 

「…お前に言われたことをずっと考えていた」

ホットスポットの皮肉を受けてプロールは何事か言い返そうとしたがそれを呑み込み、やがて言いにくそうに切り出した。

 

「俺なんか言ったっけかな」

ホットスポットは逆さのまま顎部に手を当ててわざとらしく考え込む仕草をとった。

 

「お前は"後悔させるな"と言った。その…私を…庇った選択に、ついてだ」

プロールは歯切れ悪そうに言葉を並べていき、一語言うごとに逡巡した。

 

「あれそうだったか」

ホットスポットはあっけらかんとした様子を装ってそう応じ、慎重に相手の様子を観察した。

 

「憎まれることには慣れている。軽蔑され失望されるのも毎度のことだ…だが所詮それは、私にとってやるべきことをやった結果に付随するごく些細なものだった」

プロールは彼が理解できないものに直面した時のような狼狽を滲ませながら、言葉を紡いでいた。

 

「そうならないように立ち回ることだって出来なかったわけじゃないだろ?やらなかっただけで」

彼の言動に引っかかるところがあったのか、ホットスポットが割り込むようにそう訊いた。

 

「当然だ。前線の雑兵の"心証"ごときにそこまで配慮する必要を感じなかっただけということだな」

プロールはそこで普段の高圧的かつ流暢な喋り方に戻ったものの、またすぐにしおらしく覇気のない語り口へと変わっていく。

「…だが、後悔されないようにする…というものがどういうことなのか私には分からない。私は誰かに身を挺して庇ってもらったことなどあっただろうか」

 

「別にそんな哲学してもらうために言った訳じゃないぞ。結局こうして生き返ったんだし、チャラでいいって」

腕を頭の後ろに組んだだらけた体勢で身を浮かばせながら、ホットスポットは眼を細めるとひどく面倒そうに返した。

 

「そうはいかん…私は必ず正しい解を見つけてみせる」

釈然としない顔をしながら、プロールは足元にあるホットスポットの上下逆さの顔を見下ろした。

 

「妙なところで融通が利かないというか生真面目というか…そんならもうあれだ、正直に生きてみるとかでどうだ?」

ホットスポットは彼の真新しい指をプロールに向け、おどけるように言った。

 

「正直?私のライブラリには存在しない単語だ」

しばし意表を突かれたような顔をして、プロールは臆することなくそう言い返した。

 

「言うと思ったよ…そんなままだと、いつの日か嘘や秘密を抱え込んだまま死ぬことになるぞ。溜め込んでるもんを吐き出してみないか?俺が水に流してやらんこともない。消防車だけにな」

彼を指した指でそのままコンとタンクをつつき、ホットスポットは呆れ顔で忠告した。

 

「酷いジョークだな…もう一度寝かせてやろうかと今本気で思ってしまった」

一瞬肩を震わせて小さく失笑し、プロールは笑みを浮かべてそう言った。

 

「正直で結構」

そう返し、ホットスポットは豪気に笑った。

 

 

 

 

「"カルペッサの大火"か」

「我が種族の大戦の歴史において比較的初期の出来事…カルペッサ市の通信塔を三十数名のニュートラルが占拠し、停戦と講話を叫ぶ内容の放送を流し続けた。そのような状況がおよそ数クリックほど続き、その間に周囲を取り囲んで睨み合っていた両軍の緊張も高まっていた……結果、通信塔の足元に仕掛けられた爆弾により塔は大爆発」

「中にいたニュートラル達は全員死亡…そこからの騒ぎは堰を切った様にすぐさま大規模な戦闘に発展した。解析の結果、用いられた爆弾はディセプティコン製のものだと判明。現場周辺に敵特殊工作部隊のものらしき痕跡あり」

「ニュートラルが被害を受けた事例で言えば他にもテトラヘックス空爆やナイオンの水路で発生した大洪水があるが、カルペッサにおいて非戦派の意見が封殺されたことが遠因となりこれらの事件は引き起こされ、サイバトロン星からニュートラル勢力は一掃された」

「この事件の犠牲者の数は分かっているだけでも32000以上…ナイトビートやジオセンサスにスモークスクリーン、デトライタスもいた」

ブロードキャストは探していた記録を読み上げながら、自分でも気づかぬ間に通信をオープン状態にしていた。

 

「声がすると思ったら…過去の事件記録を読み上げてたのか。通信が開いたままだったぞ…とうとう俺にも幻聴が聞こえるようになったのかと思った」

開いていた扉からハウンドが顔を出し、司令室の中央部へと降りながらそう言った。

 

「あぁ本当だ、なんでだろうか…いやすまないハウンド、ところで具合の方は…」

ブロードキャストは彼の動作を観察し、歩き方が不自然なものになっていることにすぐさま気がつき言葉を止めた。

 

「あのスモークなんたらのせいでコグが取られた以外、これと言って…まぁそのうちキツイお返しをかましてやるさ。ブロードキャストの方こそ、中の大事な部品がやられたとか聞いたが」

どこかぎこちない歩みのまま、ハウンドはブロードキャストと中央の通信設備を挟んで反対側に座った。

 

「替えがきかない内部電装が故障してるんだ。暴走した例の彼のせいでね」

少し言いにくそうに、ブロードキャストがそう応えた。

 

「…仕事に支障は?」

少し相手を慮るような顔をしてから、ハウンドは事務的に訊いた。

 

「ない、とは言えない。さっきの通信が開きっぱなしになっていた原因もこれなんじゃないかと思うね…それにカセットボット達の声がうまく聞こえないんだ、その上変形中は通信装置が動作しなくなった。まぁそのうち原型機(サウンドウェーブ)に提供してもらうさ…こっちには今彼の大事な部下がいるし、希望はある」

 

「そうか。あのラットバットも今は檻の中なんだったな」

伝え聞いたことを思い出した様子でハウンドは気味良さげに言った。

 

「それで彼の尋問をしてもらう時に話のネタでもないかと探していたら…自然と過去の事件記録に辿り着いたんだ」

ブロードキャストはボタンとパネルを操作し、事件記録や独房の映像などを一斉に映し出した。

 

「サンストリーカーが羽をもいだとかで、随分大人しくしてるらしいな」

正面の球状のスクリーンに投影されたラットバットの写真を見つめ、神妙な顔でハウンドが言った。

 

「…最近、彼をこれまで優れた兵士たらしめていた攻撃性が過剰かつ不安定なものになりつつあるように思える。オプティマスも手の付けようがないとこぼしていたよ」

そう言いながら、ブロードキャストはサンストリーカーがグリムロックの房に行き会話をしていた際の映像とその様子を思い出していた。

 

「今はあいつ銃を持ってないと手が震えるようになってるってな、サイバトロン星じゃ珍しくもない症状だったが。まぁ今はどうしてやることも出来ん」

諦観するように小さくそう言い、ハウンドは虚空を見つめた。

 

「それについては…まだ二人残っている兄弟達に任せるしかないだろう。撃たれたサイドスワイプも先程意識を取り戻したようだし」

ブロードキャストはそう言いながら、表示を切り替えて別の作業を開始した。

 

「昔は五人ぐらいいたのにな。俺も最後にアウトバックの顔を見たのは千年も前だったか…無論あいつはただの同型機ってだけだが」

ハウンドは面倒そうに懐からエネルゴンスティックを取り出し、咥えながらそうこぼした。

 

「同型機と兄弟機は違うのか?私にはそうしたものがないから感覚がよく分からないんだ」

完全にくつろぐ気でいるハウンドに、ブロードキャストは慣れた様子で振り返りそう尋ねた。

 

「アイアンハイドとラチェットやオプティマスとウルトラマグナスがそうでないところを見るに…同型機の中である種の契りを交わした状態を慣習的に兄弟機って呼ぶってだけのことだろうな」

そう言いつつ、ハウンドは胸のポーチ類を手探った。

「…ところで火ないか?ダウンシフトの件以降基地での武器やらの管理が厳しくなってるだろ?隠し持ってるとすぐバレるし」

ハウンドはブロードキャストに近づきながら、そう言った。

 

「大昔の連中の真似じゃないよね、まさかそれ」

ブロードキャストはいささか引き気味にそう言って、スティックを噛みかけのハウンドの暇そうにだらけた顔を見た。

「以前君が実包を燻らせてるのを見た時に比べれば驚きもしないが…」

そこまで言いかけると、思い出したようにブロードキャストは胸のパネルを開きその内部機構を露わにした。

「あぁ、これでいいかな?最近胸部を開けるとスパークやオイルが漏れ出したりしてしょっちゅう火花が散るしたまに燃えるんだ」

その言葉通りに、損傷した胸部はあちこちから火花が溢れ出す有様だった。

 

「助かるが…それは直した方がいいな。寿命にゃまだ早いだろう」

そう言いながらハウンドは火花に向けて手を伸ばし、持ったスティックに不器用に着火させた。

 

「そうでもないさ。私の命は燃えさしのようなものだよ」

作り笑いを浮かべてそう言い、ブロードキャストは穴の空いた胸をそっと閉じた。

 

「所詮代用品だな」

「…ところでお前の場合、サウンドウェーブは同型じゃないのか?」

吸ったスティックを味わうようにしみじみとした調子で言ってから、ハウンドは話題を変えてそう訊いた。

 

「いや…私は彼に似せて作られただけの紛い物だよ?機能だけを求められた模倣品。そう、それこそ君が今吸ってるのと同じ代用品さ。コピー商品なんだよ」

彼の最初の言葉に動揺したのか、ブロードキャストは慌ててそう応えた。

 

「卑屈だな」

紫煙を吹きかけ、ハウンドは彼の機微をじっと観察するように見ながら言った。

 

「もっとも、能力なら私の方が遥かに上だが…なんてね」

無理やりにブロードキャストはそうポーズをとり、言いきる前に咳込みながら力なく笑った。

 

「その調子だ。いつも通りの自信たっぷりなお前を見てると妙に安心する」

ハウンドは不味そうな顔をしながらもスティックを離さず、しんみりとした調子でブロードキャストを指さした。

「カセットボット達もいいボスを持てて幸せだろうさ。邪魔したな、長居する気はなかったんだが…あぁそうだ近くの庭園に出かけるって伝えといてくれるか?それが用事だったんだ」

立ち上がりざまにそう告げ、ハウンドは踵を返した。

 

「いや待ってくれ、君は今変形できないだろう。歩いて外出する気なのか?」

ブロードキャストはハウンド自身がそのことに思い至るよりも早くそう制止した。

 

「あぁ…確かにそうだったな!そうか、となると意外に不便だな。でも最近は植物に囲まれてるとなんだか妙に落ち着くんだ。エネルゴンや火薬の臭いよりは健康的だし…」

「よし、じゃちょっと使えるコグがないか探してくる。こいつの味は褒められたもんじゃないが、たまには代用品も悪くないもんだな…」

ハウンドはそう言い置き、煙をたなびかせて飄々と去っていった。

 

「あぁ、健闘を祈るよ」

彼が司令室を出ていった後、ブロードキャストはそうつぶやいた。

「…にしてもこんな僕がいいボスか。そんなんじゃないよハウンド、君はいつも面白いことを言うね」

また不意に通信を開いていないかと確認してから、彼は堪えきれなくなったかのようにそう言葉を溢れさせた。

「…本当に」

ドーム状の空間には残響のような弱音が吐かれたが、畢竟彼自身の他にそれを聞くものはいない。

 

 

 

 

「スカイファイア。彼女の復元は?」

オプティマスは足早に作業場に訪れるとまず、スカイファイアを見上げてそう訊いた。

 

「概ね順調かと。現状、ポッドの中身を組み込んだ基礎フレームの適合性に若干の不安は残りますが」

スカイファイアはひどく窮屈そうにしながらも、それを顔に出すことなく淡々としていた。

 

「意識は?」

オプティマスはタンクを見つめ、青とも緑ともつかない液体が充満された器に歩み寄った。

 

「流石に彼女ですからね、回復も早いですよ」

オプティマスと再生タンクの両方をじろと見下ろし、スカイファイアは快活にそう答えた。

 

「………誰だ、お前達?」

艷やかながらも芯の通った冷たい声が、タンクの中から鋭く響いた。声を発したそれは青く丸い瞳を大きく見開き、首と眼の可動域を試すように忙しなくあちこちを見た。

 

「オプティマスです、クイックシャドウ」

どこか嬉しそうな様子でそう言いながらも、オプティマスの声色は力ないものだった。

 

「…誰かと思えばサンダークラッシュとコデクサが可愛がっていた幼体か」

寝起きのような胡乱な調子でその声は響き、クイックシャドウは視界が明瞭になるにつれて意識を緩やかに覚醒させていった。

「パックスとか言ったな。しかし目が覚めるやいなや手足もなしにタンクの中というのは_」

「待て…これは本当に私の体か?まるで形が違うが。それより、どこなんだここは」

怪訝そうに、しかし慌てた様子もなくクイックシャドウは整然とそう訊いた。

 

「その…クイックシャドウ」

オプティマスは不安そうに、あるいは慮るようにそう名を呼んだ。

 

「何か?」

つぶらな瞳を機械的に動かしてオプティマスを見下ろし、クイックシャドウはごく短くそう返した。

 

「まず最初に念のため、お尋ねしたいことが…」

オプティマスは捕食者に威嚇された小動物のような慎み深さをもってそう発言し、ゆっくりと眼を合わせた。

「今現在の日時を言っていただいても?」

 

「3rdサイクル:3531」

クイックシャドウはその問いに対し、怪訝そうな顔をしながらもごく自然に答えた。

 

「…失礼しました」

予期していなかった返答にオプティマスは一瞬絶句し、うろたえたようにそう返した。 

 

「私の質問は無視か?」

尊大な態度でそう問い、クイックシャドウはオプティマスを睨めつけた。

 

「お気づきかとは思いますが、ここはサイバトロンではありません。いずれ事情はお話しますが、とても信じてはもらえますまい…失礼、すぐ戻ります」

オプティマスはそう言いながらスカイファイアに目で合図をした。

「スカイファイア、どういうことか訊きたいのだが…何が起こっている?」

二人は足早にリペアルームの方に移動し、オプティマスは不思議そうに小声で切り出した。

 

「時間に関する記憶が正確でなく…あるタイミング以降の記憶が欠落しているようですね」

そう応じた彼の口調は想定外の事態に対する不安さよりも未知の現象への好奇心の色が強く、それは彼がその鉄面皮に浮かべていた表情についても同様だった。

 

「それがいつ頃だったか分かるか?」

 

「恐らくはコデクサ女史が星と一体化した少し後でしょうか」

 

「それが起きたのは彼女がポッドに入るよりも遥か昔のはずだ。あの場に立ち会った私が言うのだ…間違いない」

少し言いにくそうにして、オプティマスは顔を伏せた。

 

「私はフィクシットではないので精神的な問題は分かりかねますが、彼女の中でその一件が大きなものだったことは想像に難くありません」

 

「クイックシャドウがステイシスポッドに入るまでの経緯は分かるか」

 

「当時私はまだディセプティコンのジェットファイアでした」

スカイファイアは更に屈んでそう言い、申し訳なさそうに小さく微笑んだ。

 

「あぁ…そうだったな。君がよく働いてくれるあまり、時折忘れそうになる」

オプティマスは呆気にとられてスカイファイアの顔を見上げ、嘆息しながらそう早口に応えた。

 

「もったいないお言葉です。恐らくラチェットなら事情を知っているものかと…」

スカイファイアがそう言いかけると、二人は揃ってラチェットの方を見た。

 

「えぇまぁ一応は。まず最初に、コデクサが星と一体化した前後の彼女の医療記録は…記憶している限りだと_」

ラチェットはサイドスワイプの処置を中断し、端末を操作しながら億劫そうに答えた。

「…オートトルーパーの件です。あれが彼女のクローン兵だったことは無論ご存じでしょう」

 

「知っているとも。確か今回彼女のスパークを入れるボディとして適合できたというのもそれが理由だそうだな…だからこそ私も君の案を承認し、我々の以前下した決定を覆してまで彼女を復元させる許可を出したのだスカイファイア」

不機嫌そうに低く唸るような声色でそこまで言い終え、オプティマスは怒気を顔に滲ませた。

「…話を遮って悪かった。オートトルーパーが最初に実戦投入されたのはさらに数百サイクルは後だったはずだが?」

 

「彼女のCNAサンプルの採取とクローン第一号の製造がちょうどその時期なんです」

最後まで言い終える前に、少し食い気味になりながらラチェットは続けた。

「もっとも作業そのものはアークタスやクォークら科学局がやっていたので、細かい内容までは知りませんが…彼女のスパークはその時のことを覚えているのでしょう。恐らくはその際に何らかの侵襲的な措置があったものと思われます…同意の上であったにしろ」

苦い顔をして言いにくそうにしながら、ラチェットは思い出していた。

 

「禁忌とまで言われたあのスパークを自己複製させる例の処置だろうか…?しかしならなぜそれが今になって…ラチェット、彼女がステイシスポッドに入ることになった原因は_」

 

「ケイオン近郊の墓地領域でのコロッサス部隊との戦闘だったはずだ。やはり君がまだディセプティコンだった頃だな」

「確かその時の損傷は…無数の銃創と胸部のカギ爪の跡、更に実剣で頭部を真後ろから穿たれ、抉られた」

 

「となると…デッドロックだね」

スカイファイアはラチェットが最後まで言い切るより前にそう確信し、気の毒そうな表情で言った。

 

「あぁ。その際のブレインモジュールの損傷がより彼女の状況を悪化させたのだろう」

ラチェットはスカイファイアを見上げてそう言うと、オプティマスに向き直った。

「スパークとブレインモジュールの傷によりそれらとリンクしているトランスフォームコグも機能不全に陥っています。今の彼女は手足を取り付けたとしても変形は_」

 

「…戦力にならないって?」

扉の開け放たれた音とともに、強引に入室したホットスポットが低く唸るように会話に割り込んだ。

手をかけた入り口の壁に指をめり込ませ、地響きとともに床を踏み潰しながら彼は音を立てて三人に近づいた。

 

「ホットスポット…もう歩き回れるまで回復したのか」

部下の勢いに気圧されながら、オプティマスは彼の顔を驚いた表情で見つめていた。

 

「えぇ、ラチェット達のおかげですよ。俺にも彼女と話をさせてくださいオプティマス」

ホットスポットはその背丈のせいでオプティマスを見下ろしそうになりながら強く頼んだ。

 

「しかし…」

 

「彼女の能力がまだ機能するのかを確かめたいのです。それに今は武器も持てずに暇ですしね」

「…頼みます」

ホットスポットの懇願を受けたオプティマスは観念し、彼を連れて作業場へと戻った。

 

「パックス、この青いのは誰だ?お前の身代わりか?」

 

「彼はホットスポット、頼りになる私の部下です」

 

「ホットゾーンやディフェンサーと呼んでいただいても構いませんよ。あなたと同じように、俺にも多くの名前があるのです」

彼女の冷徹な眼差しにも物怖じせず、ホットスポットは前に歩み出ながらそう名乗った。

「…覚えておいでではないのでしょうが、俺は以前あなたの部隊の一員だったこともあります。話があって来ました」

 

「誰だか知らんが不思議なことを言う、面白い冗談だな」

興味深そうに首を傾げ、クイックシャドウは眼前の相手を慎重に値踏みした。

 

「えぇ、では少しだけついでの与太話に付き合ってもらいましょう」

にこりともせずにホットスポットはすぐさまそう返答し、彼女が反応を見せる前に続けた。

「あなたが長い眠りについていた間…その間に我々の多くは、あなたの兄弟達…オートトルーパーに何度も命を助けられた。本物に勝るとも劣らない優れた働きでした」

 

「…」

不思議そうな、あるいは困惑しているような表情をその端正な顔に浮かべながらクイックシャドウは沈黙していた。

 

「第一世代型はあなた譲りの柔軟な思考と対応力に警備ドロイドの即応性が合わさった傑作だった。彼らのおかげで戦わずに済んだ者もいれば、命を救われた者もいました。きっと、それがあなたがクローニング元に立候補した理由だったんでしょう」

 

「ふっ…何だなんだ突然、よその星との間に戦争でも起きたか?」

堪えきれなくなったように笑いだし、クイックシャドウはおどけてそう言った。

 

「戦争は起きました。あなたの予見通りに…」

彼女の反応に驚いたのかしばしの沈黙を挟み、ホットスポットは語りだした。

「しかしもたらされた被害は我々の想像を遥かに超えるものでした。サイバトロンはもう死の星です。私も、友も、あなたも、オートトルーパー達も、皆がみな懸命に戦いました」

そこまで言うと、ホットスポットは絞り出すような声色でつぶやいた。

「だが結局、何も残らなかった」

 

「…それで、お前達は負けたのか?」

ホットスポットの真剣な返答を聞いて、クイックシャドウは平静に戻ってそう問うた。

 

「少なくとも勝ってはいません。ある意味では、まだ終わってさえいません……ギアーズじゃなくても、戦いの後に残ったのは敗者だけだと言うことでしょう」

 

「サイバトロニアンの敵は、同じサイバトロニアンでした。私達は星を二分した内戦を繰り広げ、同族で殺しあったのです…私は一方の勢力を率いたリーダーでした。授けられたプライムの称号に報いるべく死力を尽くして戦いましたが、結局は敗れ、母星どころか仲間さえ守れず置き去りにして、この辺鄙な星に逃げ延びてきたのです」

オプティマスがホットスポットの横に並び、補足するようにそう説明した。

 

「愚かしいことを…お前のような若造に背負わせる業でもあるまいて。信じがたい話だが、アイアコンの連中もよほど指導者に困っていたとみえる」

どこか遠い目をして、クイックシャドウは哀れむようにそう言った。

 

「いえ、彼は私達の知る最も優れたリーダーでした。その所業はゼータプライムもセンチネルもなし得なかったことです」

ホットスポットは彼女に近づいてそう力説した。

「…クイックシャドウ、覚えておいでか分かりませんがサイバトロニアンの女性型には皆イレギュラーとしての能力がありました。あなたのそれは触れた物の記憶を読み取る力です」

「私の頭に触れてください。私はこれまで戦いの全てを誰よりも近くで見てきました」

更に一歩進み、クイックシャドウのタンクに頭突きをする勢いでそう語りかけた。

 

「確かに私にはそれを知る権利が…義務があるのやもしれん。それに思考に靄がかかったままなのも癪だし、気になることもある。だが…手足もないのにものに触れろというのか?」

思案しながら頭を巡らせ、クイックシャドウはホットスポットを見下ろして訊いた。

 

「ラチェット、タンクを空にして開けてもらえないか」

懇願というより脅しのような気迫をもって、彼はそう頼んだ。

 

「まぁいいだろう。当てがあるらしいしな」

ラチェットの操作によって内部に充填されていた青とも緑ともつかない液体は抜かれ、タンクは左右に分かれるようにして解体された。

クイックシャドウは液体ごと放り出され、手足のない体が床に転がった。

 

「額を合わせて…今からあなたに数キロサイクル分の地獄をお見せすることになります、心してください」

ホットスポットはずぶ濡れで胴体のみのクイックシャドウを優しく拾い上げ、自身の頭部に近づけた。

 

「さっさとやれ」

 

「では…」

ホットスポットの額がクイックシャドウのそれと触れ合い、しばらく時間が止まったかのような静寂が広がった。

周囲が息を呑んで見守る中、ホットスポットは目を見開いてこれまでの記憶を思い出していた。

クイックシャドウは目を閉じ、受信に専念していた。

しかしやがて彼女の体は恐怖と絶望に震え、口からは徐々に悲鳴や苦痛の叫びが漏れだし、ホットスポットは途中でそっと頭を離した。

 

胴体を大きな両手で抱えられたまま、クイックシャドウは力なくうなだれる。

「少しづつ…思い出した。惨いな、本当に…無知のままでいたという一点で、私はほんの数クリック前の自分がひどく羨ましいよ」

彼女は言葉を続けようとしたが何も言えず、その目元を雫が伝った。

 

「クイックシャドウ…」

オプティマスはただ名を呼ぶことしか出来なかった。

 

「オプティマス。もし今、私に手と足が付いていたらお前の眼が飛び出るまでその顔を叩き潰してやるところだ…!」

名を呼ばれた方を振り返り、クイックシャドウは抑え込んだ想いを溢れ出させるように厳然と恨み言を放った。

 

「あなたの四肢の用意はもうじき済みます。それと彼もあなたに殴られる覚悟は既にあるようですので、これより"再建"の最終プロセスを開始しましょう」

箱を抱えたスカイファイアは二人の様子を見て愉快そうに言い、中に入っていた四肢の部品の山を彼女に見せた。

 

 

 

 

スパーク達の再生はスカイファイアの協力もあってようやく形になりつつある

作業場にいたパーセプターはノイズのような声で機械的に発言した。

負傷の結果として新調されたゴーグル状の右眼からも、以前と変わりない左眼からも生気は感じ取れない。

 

「トレイルブレイカーやビーチコンバー、それにグリフのためにも私は自分の出来ることをこれからも全力でやるよ」

 

トレイルブレイカーといえばあのD.O.Cとやらにはフォースフィールドが搭載されていた報告がある

 

「あぁ、その方法については…企業秘密という訳にはいかないかな?いや冗談さ、そんな顔で睨まないでくれたまえ。あれは私の古巣(ディセプティコン)での、イレギュラー能力をコピーして保存する研究の賜物さ。D.O.C自体、元は惑星の原住民を死滅させる兵器を作れという注文をされて出来たものなんだが、実はあれでもフルスペックとは程遠いんだ」

 

大した才能だアークを追って来れたのにも不思議はない

 

「才能ではなく運のおかげ。私はただ単にヘキサティコンを追ってきただけ…というごまかしが君に通るはずもないか」

「実を言うとプロールの施したある細工のおかげで大まかな航路と現在の位置はサイバトロン側でもキャッチ出来てはいたんだ」

 

志願したクルーの一人をアークのスパーク波長と連動した特大の発信機に作り変えたのはパーセプターだ

 

「だが君達が消息を絶っても我々はすぐに追いつくことが出来なかったのさ。そうしてこっちの時間で言うところの…だいたい二百年が過ぎた頃、私は周りの反対を押し切って一人で星を飛び立った」

 

長い寄り道をしたらしい

 

「そんな状態になっても相変わらず嫌味は言えるんだね。恐らく君達は偶然ワームホールに巻き込まれたことで地球に辿り着いたんだろう?途中で航跡が途絶えていて苦労したんだ。もっとも…ちょっとだけ、寄り道もしたがね」

にこやかな表情を崩さずに、スカイファイアはパーセプターを見下ろしてそう答えた。

「それでも希望はあった。今はオートボットであり、かつてはディセプティコンでもあった私にはアークとネメシス両方の痕跡を拾うことが出来たんだ…まぁそれでも手探り状態ではあったんだが」

 

そこでヘキサティコンの艦と遭遇した

 

「レヴィアサンが今は連中の艦なのは知っていたし、オーバーロードの性格的にもこの星系にいるなら呼んだのはメガトロンで間違いないと思ったから迷わず後を追った。これについては本当に偶然だったよ、これがなければさらに後二世紀は遅れて来ていただろう」

 

そうなれば我々は原住民ごと滅ぼされて地球もディセプティコンの星になっていただろう現状もそうなりつつあるが

 

「問題はそこだ。では思い出話はここまでにするとして…さて今の我々に足りないのは兵士の頭数というよりも作戦地域へ展開する機動力だろう。私も力になれなくはないが、根本的な解決にはなりにくい」

 

パーセプターもかねてより同じことを考えていた

 

「…君のその喋り方、やはり気になるな。何が君をそんなにさせてしまったのか、それを…教えてはもらえないかな?私は今話せることを全て話したのだが?」 

スカイファイアは見かねたようにそう訊いた。

 

その会話の内容を他の者に聞かせる必要がある

 

「わざわざ言わなくても、どこかでブロードキャストが聞いていると思うよ。プロールやオプティマスには既に概ね同じ内容を話してある。もしブロードキャストが聞いていなくともレッドアラートの"耳"には入ると思うが…あぁ、だから答えたくないのかね?」

片眉を跳ね上げるような顔をして、スカイファイアはからかうように訊いた。

 

ダウンシフトという名を聞いたことはあるか

不機嫌そうな低い声音で、パーセプターは短く言った。

 

「ないね」

 

そっけないスカイファイアの反応を見ると、パーセプターは気が変わったのか口を止めてデータパッドを開いた。

このパッドの中には彼の遺した2443ページの資料がある

確認すべきはまずこのぺージ17だ

 

「私としては質問に答えてもらえると嬉しいのだが…まぁ、察するにあまり触れられたくない話のようだね」

苦笑混じりにそう応じ、スカイファイアは渡されたパッドを指で潰してしまわないよう慎重に受け取った。

「このパッドは私が見るには小さいな。スペースブリッジの基礎理論式のように見えるが…」

不便そうに大きな指で操作し、苦難の末に彼はページ17にたどり着くことができた。

そこには機械的ながら雑な筆致で長い式がいくつも書き連ねられていた。

 

そこまでは読み解けたがパーセプターの専門外な上に用いられている記号の34.7%は意味を読み取れていない

パーセプターは顔色一つ変えず、しかし悔しげに聞こえる声色でそう言った。

 

「この星の自転周期や重力、質量…そして大気などの気象条件に合わせたものになっているらしい。単位や体系など根底から全く異なる文明同士の科学式を強引に繋ぎ合わせたかのように型破りだが…なんと美しい」

興奮をどうにか抑えながら、スカイファイアは饒舌に語った。

 

つまりこれは"グランドブリッジ"の根幹を成す数式であると

 

「そうとも…しかしこいつは面白いな」

「こっちには疑似人格構成のプログラムか…これは使えそうだ。そうか、なるほど!パーセプター、アークにあるテレトランⅡに関しても相談なんだが…」

 

聞こう

彼はスカイファイアを見上げ、まじまじとその顔を眺めながら口早に言った。

 

「基地の管理専用にダウングレードしたものをこのベース217に置くというのはどうだろうか。この資料は貴重な示唆に富んだ宝の山さ。この際ホイストも巻き込んでしまおう」

幼体のように悪戯っぽく笑い、スカイファイアは愉快そうに言った。

「どうにも面白い趣向を思いついてしまったな…ホイルジャックにも話しておきたい」

 

非合理的な選択だ現在ホイルジャックが必要な状況ではない上に今やパーセプターの頭脳は彼の能力を凌駕している

 

「自惚れはよしたまえ。それが君の常とはいえ…度が過ぎるようなら私が直してあげようか、無論一度頭を破壊してからになってしまうが」

スカイファイアは当然のようにそう反応し、表情を変えずに平然と言い放った。

「君の思考速度が向上しているのはよく理解している。だから長生きしたければそろそろ少しは謙虚さというものを学んでくれ」

パーセプターの胸ほどもある顔をぐいと近づけ、スカイファイアは困ったような顔をしながらそう通告した。

 

客観的事実に対してのその反応は非論理的かつ不可解な感傷と評価できる

恫喝に全く動じず、パーセプターは無表情でそう言い返した。

 

「あぁ、感情的になってしまってすまない…昔の君への愚痴まで今の君に言っても仕方がないな。私は物も文句も溜め込んでしまう性分でね」

スカイファイアは我に返ったようにそう謝罪し、顔を手で覆いながら慌ててそう付け足した。

 

ホイルジャックは先週からC-Xの実機調整のため秘匿されたラボに常駐している

 

「彼も今は忙しいのだったか?悪かった、君が正しい。彼には後で話すとするよ…秘密の研究所では通信も届かないだろうしね」

大仰な動作でそう詫びながら、スカイファイアはある言葉に興味を示した。

「ところでC-Xというのは…」

 

簡潔に表現すると人工のロボット兵士であり変形こそしないが完成すればプライムと遜色ない戦闘能力を発揮できる

パーセプターはスカイファイアからデータパッドを取り上げて別のタブを開きページを進め、彼にある画像を見せつけた。

 

「…なるほど、これはホイルジャックがかかりきりになる訳だ」

そこに映されていたのは人工のオプティマスプライムとも言うべき紫色のロボット達の列だった。



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オートボット-地球編⑬:Flow My Tears,The Policecar Said.Part2

クイックシャドウの修復が終わったのを見届け、ホットスポットは無機質なリペアルー厶に戻ってきていた。

彼はそこの寝台に横たわっていた者を見るなり反射的に言った。

「久しぶりだなサイドスワイプ」

 

「お前にしてみれば大抵の奴が久しぶりだろうさホットスポット…おかげでこっちは酷い寝覚めになった。アイアンハイドの方がまだマシだったろうよ」

つんざくような彼の声に呆れながら、サイドスワイプは彼の生の中でも最悪の部類に入る目覚めの実感を覚えていた。

 

「声のボリューム調節を間違えた、悪いな。なんだか数サイクル寝てたような気分で…」

ホットスポットは手のジェスチャーで軽く謝意を示すと、恥ずかしげにそう吐露した。

 

「あぁ俺もほんの何日か寝てただけなのにそう思うよ」

サイドスワイプはそう応じながらふらふらと起き上がろうとした。

「人間達の慌ただしさと忙しなさに影響されてか生き急いでるんだよな。おまけによ、辛いことまでもがすーぐ通り過ぎていく…」

彼はそうこぼし、目眩のような感覚に襲われてまた寝転んだ。

 

「その、お前の兄弟は…ダウンシフトは本当に死んだのか?」

訊きにくそうにそう言い、ホットスポットは憐れむような顔をした。

 

「もう知ってるとはな。いや、俺もその現場は見てないんだ。途中であいつに撃たれたし…今日目が覚めたらいきなり死んだとそう伝えられてさ。俺も残骸を見るまで信じられなかった」

「あいつはバルクヘッド並みにスペースブリッジに詳しかったのを買われて蘇生させられたらしいんだ。昔から、妙に抱え込んじまう癖があってさ」

 

「…そのせいで?」

 

「細かい理屈は分からないんだが…要は頭に情報を詰め込み過ぎてパンクしちまったってことらしい」

「どんどん取り残されていくような気分だ。皆が俺を追い越して先行きやがる。レースじゃ抜かれることなんて滅多になかったのによ」

そう言い、サイドスワイプは疲れきった顔で下を向いた。

 

「…そうだ、ブロードキャストからもらったものがあったんだった。データディスクか?再生してみよう」

場の空気に耐えきれずに、ホットスポットは話題を変えた。

 

"兄弟達よ。私はアイアコンガード隊長・第四緊急即応部隊教官、オライオン・パックスだ。

改めて我々の呼びかけに応えてくれたこと、感謝する。

今、サイバトロンが、我々の生まれ育った星がかつてない程の苦境に…"

 

「音でかいな、ってかこれ何だ?オプティマスの演説?」

サイドスワイプは驚いたような顔をして、億劫そうに反応した。

 

「あぁ…オートボット宣言の記録映像か。ブロードキャストからの俺への励ましなんだろうか…」

ホットスポットはアークから持ち込んだリペアルームの機器に飲み込ませたデータディスクを吐き出させてからそう言った。

「せっかくだし最後まで見てみるか」

そう言い彼は音量を調節すると、ディスクを同じようにまたねじ込んだ。

 

"…苦境に立たされている。知っての通り6サイクル前、メガトロニックスの起こした運動に対してセンチネルは徹底抗戦を訴えた。

しかし彼が舞台を降りてから…いや、ゼータ・プライムが撃たれこの星に恐怖と暴力が広がりはじめたあの日から、我々は一つになりきれずにいる。

私の望みは卑劣なディセプティコン達を吊し上げ、メガトロニックス…いやメガトロンの首を獲ることなどではない。

たった一つの言葉を今日、現実のものとすることだけだ。

「宇宙を一つに」

かつてプライマスの眷属達がデルタ・レグルスをゼータ・プライムとしたその日に生まれたこの言葉を、私は今ここで深く胸に刻むとともにオライオン・パックスという古き名を捨て去り、オプティマス・プライムとして…我ら全てを一つとするため、このスパークの輝きがある限りあらゆる形で戦い続けることをプライマスに、そして諸君ら一人ひとりに誓う。

よって我らは今日から不揃いな民衆ではなく、自律した意思を持つ一個の集団として、"オートボット"として、ディセプティコンの暴虐に立ち向かうことが出来るのだ。

私はこの星に真の自由をもたらす日が必ず来ることを信じ、またそれ故に何物をも恐れない!オートボット、出動だ!!"

 

「後のものに比べると若干荒削りではあるが、その分力強さのあるいい演説なんだ」

聴き終えると同時に、ホットスポットは雄弁にそう語った。

 

「詳しいんだな。俺はテトラヘックスがあんなになるまではニュートラルだったが…ホットスポットはこの頃からオートボットだったのか?」

 

「この時はまだ単なる消防隊員だった。そう…確か、この少し後にストリートワイズに誘われてオートボットに入ったんだ。ストリートワイズを誘ったのはハイウェイパトロールの上司だったプロールらしい。他のプロテクトボットのメンバーとはオートボットになってから知り合ったな」

眼を閉じて腕を組み、ホットスポットは記憶を辿りながら言った。

 

「そういやストリートワイズはアークに連れて来たのにファーストエイドはそうしなかったんだよな。なんでだ?」

思い出したようにサイドスワイプは疑問を口にし、首を傾げた。

 

「知らないのか?俺は部下に強制をしない。プロテクトボットであり、このホットスポットの部下である限り…選択の自由は常にある」

どこか誇らしげにそう言い、ホットスポットは自信に満ちた笑顔を見せた。

「ファーストエイドは医師が足りないからとサイバトロンに残ることを選んだ。グレイズはどうせ長くないなら母星で最期を迎えたいと言っていたな…その頃ルークとヒートロックはもう死んでいたし、グルーブはもっと酷い状態だった」

「皆の顔が懐かしいな…」

ホットスポットはそう続けたが、その声は徐々に勢いを失い、最後の方は消え入るように小さくなっていた。

 

「あー…その、こういう時ってどうも昔のことを考えちまうよな」

肩を落として顔を伏せたホットスポットを横目に、サイドスワイプはそう言葉をかけた。

 

「ファーストエイドはただの医学生だったのを俺が引き抜いてさ…戦地をあちこち連れ回したおかげで随分たくましくなったんだ。グレイズはシルバーボルトから引き取った。航空員を続けられなくなったあいつに救助ヘリとして飛んでくれないかって頼んだんだ。あいつは…アルファブラボーって前の名前を捨ててまでよく働いてくれたよ。皆大切な仲間だったのにな」

ホットスポットは俯いたまま、ゆっくりと語った。

 

「視界をシャットアウトすれば皆が一人も欠けずに笑顔でそこにいるってのに…まったく、時々現実と向き合うのが嫌になるよ」

小さくそう言い、サイドスワイプは己を嗤った。

 

「俺達、逃げることも出来たはずなのにな。サイドスワイプはなぜオートボットに?確かかつては名うてのレーサーだったろう」

ホットスポットはサイドスワイプの虚ろな顔を見ると、自分がされた質問を彼に返した。

 

「あーまぁ、色々さ。色々だよ。どうしても知りたきゃクリフにでも訊きな…」

サイドスワイプはどこか照れくさそうにはぐらかし、ため息のような深い排気をしてまた眼を閉じた。

 

 

 

 

ベース217の司令室の一角に、黄色のコンピュータが設置された。

それはサイバトロニアンの標準的な背丈ほどのサイズがある本体と内蔵されている大型モニターの他に、操作パネルの脇に二箇所ある円柱状の台が設置されている形状をしていた。

「これがテレトラン1.5だ」

パーセプターを従えたスカイファイアは、集めた面々に向けてそう発表した。

「D.0.Cに当初搭載予定だった戦術思考プログラムをベースに二系統の疑似人格を搭載、基地の警備システムの管理や戦略の立案、及び部隊の編成を効率的に行う」

 

「よく分かんねぇな。そんなもん使えるのか?」

クリフジャンパーは不安げになりながらスカイファイアを見上げ、大声でそう問うた。

 

「これから我々がそれを確かめるのさ。では実際に起動してみようか」

スカイファイアはその大きな手で機器のコンソールを操作し、電源を入れた。

 

「テレトラン1.5:起動状態」

「ユーザー承認:スカイファイア」

無機質なシステムボイスがそう応じ、ボタンやモニターが一斉に点灯した。

 

「自己対話モードを起動」

スカイファイアが大きなボタンの一つを押し込みながら、慎重に言った。

 

「起動:自己対話モード」

 

「項目設定を…そうだな、我が方の戦力評価にしよう」

彼はしばし考え込むと、ひらめいたような顔をしてそう言った。

 

「…スカイファイアが過去一度たりとも失敗作や欠陥品を作ったことがないのはよく知っているが、こればかりはどうだろうな。私の補佐に使うならともかく_」

様子を見かねたプロールがそう口を挟んだが、その声はかき消されることになった。

 

敵の戦力が不明瞭な以上正確なことは言えへんけど、アイアンハイドとスカイファイア、それにオプティマスプライムをはじめとする戦闘部隊は全宇宙のオートボットの中でも精強なものと言えると思うで!

無機質なシステムボイスとうって変わって快活な合成音声がテレトラン1.5の右スピーカーから司令室に響いた。

そらもう宇宙に碌なオートボットは残っとらんからな。全盛期のレッカーズやエアリアルボットに比べたらカスや。そもそもヘキサティコンごときに手こずってるようじゃメガトロンに勝てる訳ないやろ

左のスピーカーから今度は暗く低い調子の合成音声が響いた。

せやから、グランドブリッジによる弾力的な戦力運用のみでは勝利の可能性は著しく低く、ゲシュタルトのような非現実的な戦略兵器の存在がなければ敗走は免れへん

まぁ敗走なんて言うても次に逃げ込む星なんてどこにもあらへんけどな

それでもC-Xが完成して量産体制に入ればまだ可能性はあるかも知れへん。人間との協力が勝つ鍵なんや

まだ一機も完成どころか動かせてもいないのに期待し過ぎとちゃうか。どのみち技術者のスペック通りの性能なんか実戦で出せる訳ないのはこの星の猿どもの歴史も証明しとる

せやけど諦める理由にはならへんよ。それこそスカイファイアの他にも助けが来るかもしれんやん…オメガスプリームとか

もともとワテらに勝ち目なんかあらへんし負けて死ぬだけや、戦争からも開放されるし万々歳やんけ。んでもって地球じゃ圧政による恒久的平和の実現や

そう言いきったきり、テレトラン1.5は沈黙した。

 

「…なぁ、今のは俺の聴覚がおかしくなったのか?出来ればそうだと言ってほしいんだが」

ひとしきり激論が終わると、クリフジャンパーが静まった場の中で遠慮がちに発言した。

 

「あぁ多少のバグが生じているのは無視してくれ、読み込ませる言語モデルを間違えたのかな…ダウンシフトのアイデアを完全に再現するには私は力不足だったようだ。まぁ人格プログラムともどもそのうち直すよ」

スカイファイアは苦笑いしながらそう応じ、テレトランの裏側を軽く叩いた。

 

「すぐ直せ」

プロールはスカイファイアを見やるとそう言い放ち、嘆息した。

 

このテレトラン1.5はそれぞれが正と負の感情を持ち対話によって最適解を導き出す別名"プロールいらず"だ

パーセプターは淡々とそう説明し、テレトランの分解を始めたスカイファイアとホイストを無感情に見下ろした。

 

「いい名前だ」

クリフジャンパーはそうつぶやき、若干の間を置いて笑いだした。

 

「そうか…私は構わんぞ、ようやく参謀の重責から解放されるというのなら何でもいい。作戦がどうなろうと知ったことか」

プロールはしばし思いつめた顔をして周囲を見ると、吹っ切れたような顔をして言った。

「面倒な仕事は後任のつまらん機械に任せて、私はペットとの時間を作るとしよう」

彼が投げやりに言い放つと、外から鳥ともドラゴンともつかないような生物が飛んできた。

 

「気に入ってくれたようだね、そのフリィトを」

じゃれるペットを鬱陶しそうにしながらも構ってやるプロールを見下ろして、スカイファイアは微笑んで言った。

 

「懐かれてしまったのでな、不本意ながら」

面倒そうに言いながら、プロールは小さく笑った。

 

「いつになく穏やかなツラしてやがる。らしくねぇな」

クリフは気色悪いものでも見たかのような調子で言った。

 

「だとさ。グリーン、お前もそう思うか?」

「…この際、生き方と自分自身を変えるべきなのかもしれないという気さえしてくる」

 

「パトカーの次は哲学者にトランスフォームする気なのかな?」

スカイファイアは愉快そうに彼を見下ろし、穏やかな顔でそう言った。

 

「…まさかな。私がそんな真似をする訳がないだろう、冗談だと思っていつものように聞き流せ」

諦観を滲ませたように笑い、プロールは億劫そうに言い放った。

 

「それと本題はこっちだ。"グランドブリッジ"の土台が完成した。アークのスパークを動力源にすることで課題の多くをクリア出来た」

スカイファイアは司令室にグランドブリッジの概略図を映し出した。

 

転送試験の被験者を募集する

パーセプターは短くそう言い、集めた者達を両眼で見つめた。

 

「ちなみにさっきそこらの適当な車を300km先の無人地帯に試しに転送してみたところ、左右にねじ切られた状態で発見されたそうだ。そして空間に干渉した反作用としてかこっちにはおおよそ同じ質量の土や石が送られてきた。実用試験はあらかた済んだから…後は生命体を運べるかどうかのテストが残ってる」

にこやかにそう言いながら、スカイファイアは変わり果てた車の画像を見せた。

 

「冗談だろ。そんなの俺でも嫌だぞ、直るのだって時間がかかるしものによっちゃあ直せない損傷だってあるんだからな!?」

頑丈さを買われてか、場の視線を集めることになったクリフジャンパーが周囲に言い訳するように慌てて言った。

 

「…私が、行こう」

プロールが何事か思いつめたような顔をして、静かにそう言った。

 

理解不能:聴覚回路に異常の発生した可能性を認める

パーセプターは想定外の現象に錯乱し、表情を変えて言った。

 

「…冗談だろ?」

クリフは苦笑を浮かべ、プロールを見ながらそうこぼした。

 

 

 

 

独房まがいの狭いスペースの中に、鳥籠のようなケージが置かれていた。

「ラットバット」

レッドアラートが部屋の扉を開け、薄暗い室内に光が射し込んだ。

 

名を呼ばれた蝙蝠はケージの中で眩しさに目を細め、逆さの視界で発言者のシルエットを見定めた。

「レッドアラートか…下っ端ごときでは話にならんな。何と嘆かわしい…私が元議員であることを知らんとみえる」

整然とした語り口で、しかし喚き散らかすように彼は乱暴に言った。

「相応しい扱いがあると言っているのだよ。プライムかせめてプロールでも連れて来ねば釣り合わんぞ」

 

「言うと思ったよ。オプティマスはいないが、お前のためにサンストリーカーを連れてきてやったぞ」

レッドアラートは片手でケージを持ち上げ、顔を突き合わせて笑顔で言った。

 

「…笑えない冗談だな、まずその銃を下ろしてくれたまえ黄色い友よ」

彼の後ろに黄色い姿が見えた途端にラットバットは怯えだし、ケージの中でぶら下がっていた棒から落ちた。

 

「誰が友だ、今度は胴体とおさらばするか」

アラートからケージを奪い取り、サンストリーカーはその隙間に銃を差し込んで冷淡に言い放った。

 

「待て、待ってくれ。私には利用価値がある、この体は丁重に扱った方が身のためだ。私次第でお前達を原住民ごと塵にすることも出来る…」

止めようともしないアラートを助けを乞うような眼で見ながら、ラットバットは反射的な保身の手段としてそう脅しをかけた。

 

「ほう」

サンストリーカーは微動だにせず、ひどくつまらなさそうに言った。

 

「いやメガトロンにお前達と話をさせてやれることだって出来るし和平の橋渡しだって_」

 

「蝙蝠野郎ってお前のためにあるような言葉だな。ラヴェッジやレーザービークの方がよっぽど律儀だったよ」

アラートがそう嗤った。

 

「失礼な奴だ、あんな畜生風情と一緒にしないでもらおうか…生まれが違うのだよ生まれが」

ラットバットは分かりやすく苛立ちながらそう憤ったが。

 

「それが今じゃ落ちぶれたものね」

そう挑発し、サンダーブラストは扉の脇に寄りかかって哀れな虜囚を冷たく見下ろしていた。

 

「サンダーブラスト…そこらで野垂れ死んだものかと思っていたが驚いた。いや昔から信用できない奴だったよお前は」

嫌味たらしくそう吐き捨て、ラットバットは鳴き声混じりに彼女を非難した。

 

「あっそ。私は常に勝者の味方ってだけだけど」

 

「サンダーブラスト…連れてきた理由は分かるな?俺の指示通りに動いてもらう」

アラートはすっかり上機嫌になった彼女に改めて命じた。

 

「はいはい要はこいつに口を割るように仕向けろってことでしょ?私の能力で」

サンダーブラストは浮ついた足取りでサンストリーカーからケージをつまみ上げ、思いきり振り回した。

彼女は思いのままに腕を伸ばし、ケージをあちこち壁にぶつけながら何周も回転させた。

 

「…私に何を、訊きたいのかな…?」

突然ケージごと振り回され、その中で何度も何度も跳ね回る憂き目に遭いラットバットは忌々しげにそう尋ねた。

 

「まずこうやって思考力を奪った方が色々都合がいいの。さぁ私を見つめて…あっ目を逸らしたらサンストリーカーのお仕置きだから。そう、いい子」

顔を合わせ、愉快そうにそう言うとサンダーブラストは目を赤く光らせた。

 

「よし、ラットバット…通達しておこう。真実を話せばオートボットがこれ以上お前に危害を加えることはない」

「では訊こう…ディセプティコンは現在どこを拠点にしている?」

彼が発言すると同時に、アラートの触角のような突起から放電が起きた。

 

「とある国と協力関係にある、とでも言おうか。お前達と同じように居候の身さ。しかし彼らは随分と強欲で見下げ果てた存在でね…我々にエネルギー泥棒のような真似をさせるんだ。お前達の守ろうとしている人間どもは果たしてその価値があるのかな?」

薄ら笑いを浮かべるだけの余裕を見せながら、ラットバットはつらつらと答えた。

 

「…メガトロンが姿を見せない理由は?」

ラットバットと顔を合わせることはせずに、アラートは部屋の壁を見つめながらそう問うた。

 

「スタースクリームがとうに殺してしまったよ。休眠状態から目覚めることさえなかった」

彼は失笑するようにそう吐き捨てた。

 

「ショックウェーブはどこだ?」

 

「知っているだろ?サイバトロンに置いてきたよ。留守を預かって忠臣ぶる奴に褒美として滅びかけの星をくれてやったまでよ」

首を傾げ、無感情にラットバットは淡々と答えた。

 

「ディセプティコンはあと何人残っている?」

 

「二十を切ってもう残り少ない、満足か?やったな。お前達のお手柄だよ」

 

「ヘキサティコンは誰が呼び寄せたんだ?」

 

「サウンドウェーブだ。削られた戦力の補充…というよりかは、幅を利かせていたスタースクリーム派の抑えとなる者を増やしたかったのだろうなぁ。まったく忠誠心もあそこまでいくと病的だよな?わざわざ招集を命じた通信の固有シグネチャーをメガトロンのものに偽装してまで…片腹痛い」

呆れるような顔をして、ラットバットはアラートの方を見て愚痴るように語った。

 

「で、お前達は今何を目的に動いている?」

 

「メガトロンに率いられ宇宙を野心の色に染め上げるなどと息巻いていたのも遠い昔、今のディセプティコンはただ生きるためだけに略奪を繰り返すばかりの集団だ。あの連中に私はほとほと愛想が尽きた。スタースクリームの統率力には感心させられるよ、心底なぁ」

芝居がかった身振りでそう答えながらも、ラットバットはどこか複雑そうな表情を浮かべた。

 

「…次で最後だ。"カルペッサの大火"って覚えてるか?」

 

「突拍子もない…哀れなニュートラルが吹き飛ばされた、というだけの珍しくもない悲劇だな。それがオートボットのプロパガンダキャンペーンに利用されたという点を除けば、だが。忘れもしないね…仕組んだのが誰にしろ大した手管だ」

 

「お前から見て犯人は誰だと思う?」

今まで黙り込んでいたサンストリーカーがふと、そう口を挟んだ。

 

「センチネルか、あるいは内部の反メガトロン勢力か…見当もつかんな」

ラットバットがわざとらしくそう言ったのを合図に、アラートの放電現象は止まった。

 

「よし、戻るぞサンダーブラスト。じゃあなラットバット」

そう言い、アラートら二人は扉の外へと出た。

 

「ご満足いただけたならいいんだが」

 

「あぁ……十分だ」

アラートはそう言い、ケージとその鍵をサンストリーカーに手渡してサンダーブラストと部屋を後にした。

彼らの去った後、閉じた扉の隙間からラットバットの甲高い悲鳴が漏れた。

 

 

 

 

以前オプティマスがグリムロックと戦った基地の奥底に、グランドブリッジは仮設されていた。

無機質な部品の寄せ集めのような、奇怪な風貌のブリッジは中央部の円筒型の転送装置とその制御盤に加えてそれぞれ両脇に位置する動力源と鉱物用の貯蔵タンクで構成されていた。

「転送準備、開始します」

この閉鎖的な空間の中ではスカイファイアは身を屈めて機器の操作をするほかなかった。

 

臨界到達まで残り312.8秒リアクター正常放射線量規定値の通り送電の安定を確認各部異常はない

パーセプターがブリッジの制御盤を素早く読み取り、秒ごとに変わっていく表示を確認していく。

 

「皆、集まったか。オプティマスは?」

プロールは転送装置の中で、そう訊いた。

 

「私ならここだが…」

くぐもった声に呼ばれて、オプティマスは前へと歩み出た。

 

「…では、皆に聞いてほしい話がある。これは懺悔であり、後悔であり、報告でもある」

プロールは通信を開き、ゆっくりとそう切り出した。

 

「なんか始まったぞ」

彼に外出を許されなかったハウンドが怪訝そうな顔をして、転送装置に備えられた窓からプロールを見ようとした。

 

「妙な…空気だな」

自分がかつて錆ガスで処刑されかけた際の光景を思い出しながら、ギアーズは戸惑いがちに言った。

 

「戦争に勝つ手の一つが、最初に敵に撃たせることだ」

聴衆の反応を気にする風もなく、プロールは続けた。

 

「オートボットの言うこととは思えないね」

スカイファイアはそう苦笑し、手を止めそうになった。

 

「コンズにでもなったつもりか?」

ウィンドチャージャーはつまらなさそうに問いかけた。

 

「当時私は何度もディセプティコンに勧誘された、無慈悲で効率的な戦略家として。確かに私は今まで戦いに勝つのがどちらかと問われ、それを外したことはない…だがどちらが正しいかと問われたら、きっとその時私は答えられないだろう」

 

これから発言する内容はグリムロックがプロールを嫌っていた理由に関係があるか?

 

「それそのものだ…"カルペッサの大火"という事件が大昔にあった。戦争が始まって間もない頃のことだ」

 

「あぁ、ニュートラルが3万体死んだってあれか?珍しくもない話だろうよ。ブロードキャストが通信で垂れ流してたから概要は分かってる」

ハウンドが話を聞き終える前にそう口を挟んだ。

 

「偶然というのはあるものだなブロードキャスト。お前の通信で忌まわしきカルペッサの名が聞こえてきた時は、とうとう戦場以外でも幻聴が聞こえるようになったかと思った…あの事件ではニュートラルを殺した爆弾は卑劣なディセプティコンの仕掛けたもの…そういう筋書きになっていた。私は素材を調達させ、クォーク達を使ってディセプティコン式の爆弾を仕立てさせたんだ」

 

「つまり…それって」

クリフジャンパーが引き気味に口を開いた。

「じゃあ、あの戦闘そのものがお前の仕込みだった訳か」

彼は腕を組んでうつむき、やがて納得するようにそう言った。

 

「別にお前ならそのぐらいやりそうだなって思ってる俺がいるな」

チャージャーはそう言いながら、短く嘆息した。

 

「訊かれる前に言おう…後悔している」

 

「どうだろうな。ディセプティコンの卑劣な行いに仕立て上げたことで、オートボットの勧誘にも効果的だったろ?戦争継続の大義名分も出来た!」

ギアーズはそう鋭く糾弾し、プロールを強く蔑んだ。

 

全くもって大した戦略眼であると言わざるをえない」 

 

「あの事態のどこまでがお前の想定内だった?いや…こう訊こう。何人までの犠牲が、お前の許容範囲内だった?」

ハウンドは慎重に言葉を選びながら、そう問うた。

 

「200名程度までは、覚悟していた。本来なら敵味方のみの被害はその程度の数だったはずだ」

 

「だがそうはならなかった…!最終的にはオートボットだけでも3000は死んだもんな、実行犯は誰だ?まさかお前が自分の手を汚したわけでもあるまい」

プロールの返答に憤りを見せながら、ハウンドは静かに質問を重ねた。

 

「爆弾を運んだのはバンパーとファストバックだ。グリムロックらダイナボットはあの時近隣の臨時基地で待機していたんだ」

「不自然な動向を見せた二人の後をスワープが追った。程なくして連中は全てを悟った」

 

「…なぜグリムロックはその事実を明かさなかったんだ?」

ずっと黙っていたオプティマスが、ゆっくりとそう尋ねた。

 

「相手の落ち度をこちらが握っている場合、交渉というものは常にやりようがあるんです。それに…もし明かせばオートボットという組織そのものが空中分解しかねないことぐらいは奴も理解していましたよ」

 

「…オプティマスは知っていたんですか?この事実を」

 

「手際と都合の良さにかつて自作自演ではないかと疑いを持ってしまったことはあったが…プロール、お前の手引きだったとは……」

どこからともなく聞こえた誰かの疑問の声に、呆然と立ち尽くしながらオプティマスは口元を手で覆い、言い淀んだ。

 

「"まさか"とは言わないんですね。もっと驚いてくださいよ… そう信用されちゃいなかったってことですか。後任も出来ることだし、もう私には何の価値もない。殴りたければここから引きずり出して殴ればいい」

プロールは転送装置の小窓に近づき、オプティマスと顔を見合わせて言い放った。

 

「アークのブレインとスパークの件じゃ疑って悪かったと思っていたが、その矢先にこれとはな!」

クリフは我慢の限界に達し、転送装置に掴みかかろうとした。

 

「プロール、お前の口車に乗せられた奴の死体を集めれば…錆の海も埋まるだろうよ」

クリフの動きをマグネットパワーで止めながら、チャージャーはプロールを見下ろして嘲るようにそう言い放ち、去っていった。

 

「センチネルがお前を副官に命じたのも納得だ…!」

なおも暴れるクリフを静かに抑えたハウンドは窓越しにプロールの顔を見据え、頭突きする勢いで近づいた。

 

「待て」

見かねたように、オプティマスは声を絞り出して制止した。

 

「オプティマス…あなたに譲りますよ」

二人はその場で逡巡した後、どちらがそう言うと揃って拳を収めた。

 

「…」

オプティマスは黙って拳を握り、それを見つめた。

 

「今ここで私を殴ればいい。何を躊躇することがあるんです?私は大勢死なせた。よく尽くしてくれたバンパーとファストバックだってさんざん利用した挙句使い捨てた…爆弾はね、彼ら諸共吹き飛んだんですよ、不幸な事故だったんです。全部がそ_」

プロールがそう言いかけた時、機械の作動音が最大に達し、辺りに光が迸った。

 

 

 

 

サンストリーカーを残し、サンダーブラストとレッドアラートはリペアルームに向かった。

「サイドスワイプ、調子はどうだ」

レッドアラートは寝台に横たわる赤い影を見るなり、すぐさまそう尋ねた。

 

「アラート?尋問は終わったのか」

ラチェットの席に座りながらパッドの画面と向き合っていたオプティマスが声を聞きつけ、振り返ってそう訊いた。

 

「オプティマス…なぜここに?」

 

「…また腕を痛めてしまってな。ラチェットを待ちながらついでにC-X用のデータを確認していた。それよりラットバットの扱いについてだが…」

アラートとその後ろにいたサンダーブラストを見やり、オプティマスはそう説明した。

 

「えぇ、"真実を話せば危害は加えない"と尋問の前に通達しました」

 

「なんか…やっぱり俺のいない間にいろいろ進んでるんだよな」

呆けた様子で二人の会話を眺めながら、サイドスワイプが言った。

 

「あぁ。お前が取り残されてないか心配で見に来たんだ。目覚めた気分はどうだ?」

 

「別に…体がどうこうよりもよ、ヘキサティコンとの戦いに参加できなかったことの方が俺は辛い」

腕や足をしきりに動かしながら、サイドスワイプはそう吐露した。

「アイアンハイドも連中にやられたらしいな…道理で顔を見に来ない訳だ、そこのポッドに半分づつ詰められてたんだから。俺は最初てっきり嫌われたのかと思ったよ」

二つのポッドには黒と銀に変色したアイアンハイドの欠片が、それぞれの中で浮いていた。

 

「私も居合わせることは出来なかった。駆けつけた時には既にオーバーロードによって…」

 

「それで、オプティマスは結局奴を倒したんですか?」

 

「重傷を負わせることは出来たはずだ…しばらくは顔を見せることはないだろう。しかしこちらも深手を負ったし強化装備はなくしてしまった」

 

「顔を見せないといえば…あれ、サンストリーカーはどうしたんだ?」

 

「きっと遠慮してんだ、お前に合わせる顔がないってな」

言いにくそうに、アラートを眼を逸らして言った。

 

「あいつに落ち目はないさ…暴走したダウンシフトを不用意に追っかけて無様に撃たれたのは俺の責任だ」

 

「俺もそう言ったんだがな…今はラットバットの房で八つ当たりしてるよ、無論殺さない程度にだが」

 

「あいつ嘘ついてたものね」

サンダーブラストは思い出したようにそう応じた。

 

「お前は早めに気づいていたな。俺は案外いい相棒を持ったのかもしれん」

アラートは厭そうな顔をしてそう言った。

 

「褒めても何も出ないけど?」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、サンダーブラストは彼の後ろでそう囁いた。

 

「お前から出るのは愚痴と嫌味と皮肉だけだからな」

 

「あら、そのうちキスでもくれてやろうかしら?"死を呼ぶキス"をね」

 

「その…レッドアラート。詳しい説明を希望してもいいか?」

オプティマスは二人の応酬に気圧されながら、遠慮がちに訊いた。

 

「あぁ失礼。サンダーブラストが出した指令でラットバットは発言を強制された状態になり、その上で俺が思考を読み取ったんです」

「あいつは口が回るのでとっさの嘘は吐けますが…思考と言葉を同時に偽れるだけの器じゃない」

「それでも…自分の吐いた嘘を自分で信じ込む傾向があるホットロッドみたいなタイプの奴はやはり余計な面倒と無駄な手間がかかって疲れますね」

「質問はブロードキャストと話し合って決めました。オプティマスにも確認してもらった通りです」

 

「なんか、すげーな…」

アラートの説明を半分以上聞き流しながら、サイドスワイプはそうつぶやいた。

 

「その結果から言って…ディセプティコンはネメシスを拠点としているとみて間違いないでしょう。メガトロンも単に眠っていただけのようです。人為的なトリプルチェンジャーであることが関係してるんですかね?」

「ショックウェーブについての質問には正しい答えを返していた。まぁもとよりそのつもりで混ぜた質問だ。おかげで他が嘘だと確信できたんです」 

「ヘキサティコンを呼び寄せたのも恐らくはメガトロン本人でしょう。多分スタースクリームを牽制するためという点については事実ですね」

「ディセプティコンの目的については…どちらでもない、というよりラットバット自身も理解していないような感触でした。半分は真実と見てもよさそうです」

「"カルペッサの大火"についてはブロードキャストたっての希望で入れましたが…こちらも誰が首謀者かは確信しているようでしたね。プロールです」

「今更驚きはしませんが」

 

「…待て、お前また能力を使ったのか。体に悪いんだろ?」

ふと気づいたのか、サイドスワイプは兄弟にそう尋ねた。

 

「これは俺の寿命よりも大事なことなんだ、少なくとも俺はそう考えている。ものにはなんでも適切な使い道と…そのタイミングがある」

レッドアラートは決然とそう言い、自分の頭の傷を指で軽く叩いた。

「以前アイアンハイドがスタースクリームから聞いた話と合致する部分も多いですね。ネメシスのステルス機能とトランスワープさえ攻略できればこの星の戦争は終わりそうですが…」

 

「それについては我らが白き巨人に考えがあるようだ。私はスカイファイアから彼の出発した時点…およそ200サイクル前のサイバトロンの状況を聞かされたが…その内容からしてほぼ間違いなく、地球がこのサイバトロニアン内戦の最後の戦場だろう」

「だからか彼はコズミックルストやヘッドマスター、ゲシュタルトも含めたあらゆる手を使う気でいるらしい。元ディセプティコンの彼ならじきにネメシスのステルス機能の対策を思いつくはずだ」

オプティマスはそう言いながら、パッドに次から次へと送信されてくる補給計画や作戦のデータに目を通していた。

 

 

 

 

電磁柵のほかは何もない暗い部屋に、クイックシャドウはゆっくりと入っていった。

「グリムロック。私が分かるか?クイックシャドウだ」

 

「蘇らされたのか」

声を聞いてからしばらくの間をおいて、グリムロックは驚きと悲しみの入り混じったような声色でそう発言した。

 

「不本意ながらな…後悔しているよ。かつてもう二度と逃げぬと誓った時、あの日以降の記憶を失った状態で最初は蘇ったのだが……そのままでいれば楽だったろうにな。部分的に記憶が曖昧なのがある意味、救いだ」

そう言いながらクイックシャドウは何かに駆り立てられるようにグリムロックに触れようと手を伸ばし、電磁柵に阻まれて指先を灼かれた。

 

「コデクサも星と一つとなってもう随分と経つな。伴侶を失ったサンダークラッシュの悲痛な顔は昨日のことのように思い出せてしまうが」

壁と向き合い暗がりを見つめたまま、グリムロックはそう返した。

 

「パックス…いやオプティマスはあの二人に育てられたのだろう?」

クイックシャドウは溶けたばかりの指先を見つめると、反射的に口に含みながらそう訊いた。

 

「そう長い期間ではない。アイアコンガードに入ってからはカップと私が引き継いだからな」

そっけなくそう応じて、グリムロックはまた押し黙った。

 

「しかしなぜパックスがリーダーになったのだ?アイアコンガードのリーダーとしてさえ十全に務まってはいなかったように記憶しているが」

つぶらな青い瞳をバイザー越しにのぞかせ、クイックシャドウは首を傾げて不思議そうに訊いた。

 

「…ゼータもセンチネルも消えた当初はウルトラマグナスが総指揮を執っていたが、奴一人では不十分だったのだ」

「その頃パックスはアイアコンガードの地下牢に籠っていた」

 

「…なぜ?」

 

「オライオンはセンチネルを殺した。その自責の念からだな」

嘆息するようにそう言い、グリムロックはしばし押し黙った。

 

「彼の行動の全てはその贖罪か。しかし動機は?」

クイックシャドウは慄然とし、声を小さく震わせて訊いた。

 

「"第四緊急即応部隊"を当時オライオンは教官として率いていた」

苦々しい顔をして、グリムロックは語りだした。

 

「お前が第一の隊長だったようにか?」

 

「私の隊とは違いオライオン以外はズブの新兵だ…バックストリート、ドッグファイト、オーバーラン。皆が訓練生だった」

 

「…その、それで彼らはどうなったんだ?」

クイックシャドウはその答えに勘づいていたが、やはり訊かずにいられなかった。

 

「無論死んだとも。センチネルの指示で孤立無援のまま敵陣に突っ込まされ、最後は…」

 

「味方の砲撃に巻き込まれ、か。奴らの常套手段だったな」

唾棄するようにそう言い捨て、彼女は反対側の壁を背に座り込んでグリムロックの背中を眺めた。

 

「逃げ延びたオライオンはアイアコンのオートボット本部に殴り込み、そのままセンチネルを上顎から引き剥がし、ブレインを引きずり出して踏み潰した」

「一部始終を映した映像が警備記録に残っていた。奴はセンチネルのコグを引きちぎり、最後にはスパークを握り潰して殺したよ。慣れない手つきの割に合理的な動きで、残忍かつ手際よく初めての殺しをこなす様に私は震えたものだ」

グリムロックは途端に饒舌になり、その光景を思い出しながら愉快そうに言った。

 

「魅入られたの間違いではないのか?しかし、なんとまぁ…メガトロンがゼータプライムを殺った時の手法が上品に思えてくるな。強きに従うのが信条のお前にしてみればいい主だったかもしれんが」

クイックシャドウは後ろからでも彼が笑みを浮かべているのが分かり、呆れたように言った。

 

「同時によい練習台でもあったがな。さて…お前は今何を望む?私は目覚めてすぐに奴と身が震えるような戦いをした。お前はその手を…いや顔と態度を見るにもうオライオンを殴った後だろう」

グリムロックは穏和な口調で、体ごとクイックシャドウに向き直って顔を見合わせ、ゆっくりとそう問いかけた。

 

「私の的外れな八つ当たりを、彼は何も言わずに受け止めたよ。それで心の整理もつけさせてもらったことだし今は…蘇らされた以上は、オートボットとして務めを果たすべきだと考えている…かな」

赤いひび割れた彼の眼を見つめながら、歯切れ悪くそう言ってクイックシャドウは渋面を浮かべた。

 

「そうか。で、あるなら…我々の中に道を踏み外しかけてる者がいる。俺の代わりにそいつの様子を見てやってほしい」

 

「プロールか?それともクリフジャンパーかギアーズか_」

クイックシャドウは彼の深刻そうな表情から思い当たる人物を羅列した。

 

「サンストリーカーだ」

彼女の言葉を遮り、グリムロックは重々しくそう告げた。




以前Twitterにて、現状における最終回の構想を形にしたものを投稿しました(https://twitter.com/pova_AlCy/status/1619392619653791745 )
当然ネタバレの嵐ですが、気になった方は読んでみてください。
あと、トチ狂ったテレトランの元ネタはお察しの通りいちごーといちまるです。


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オートボット-地球編⑭:You Were Our Eyes,Part1

地球_ベース217_2027年_12月15日_

 

 

ハウンドは横倒しに積まれたドラム缶の上に座り、眼下の兵士達を眺めながらふと訊いた。

「有機生命体と俺達の明確な違いを一つに絞るとして、お前なら何にする?」

 

「不死身かどうか」

同じく基地の一角でくつろいでいたクリフジャンパーが、寝返りながら投げやりにそう応えた。

 

「死なないのはお前と他に何人かだけだろ。頑丈で長寿って話ならともかく」

赤く丸まった彼を蹴飛ばして、サンストリーカーはつまらなそうに言った。

 

「ならお前は?」

ハウンドは真新しいパイプを燻らせながら、サンストリーカーを見やって尋ねた。

 

「エネルギーの摂取方式だな。人間どもはエネルゴンを補給する俺達を見て"車が自分で給油するようなものだ"と言っていたよ。笑わせる…連中のちっぽけな認識の枠に当てはめればそうもなるんだろうが」

サンストリーカーは、談笑する兵士達を物憂げに見下ろした。

 

「人間らは一日に三回も燃料の補給が必要らしいが…回数も種類も、俺らの数万倍だろうさ。しかも見ろよ…大抵はどっかの獣でできてんだぜありゃ」

人型に戻ったクリフは覗き込むようにして眼を凝らし、彼らが口にしているものを気味悪げに観察していた。

 

「他の命を殺して糧にしてるって点じゃ俺達も大して変わらん。サイバトロンじゃ敵味方の死骸からエネルゴンを抜き出して啜ってたしな」

ハウンドは昔を思い出すように小さくそう言い、口から昇らせた煙を眼で追った。

 

「たまにハズレのスパーク持ってた奴のを吸っちまって痙攣しながら地面に転がってるのがいたよな。んでそいつが次の餌になって被害が拡大してくあれだ」

ハウンドの口から吐かれた紫煙を目で追いながら、クリフは呆けたような顔でそうつぶやいた。

 

「そんなこともあったな、今にしてみると懐かしくさえ思える。しかし以前から不思議だったんだがサイバトロンの食事…いや、そんな風情のある呼び方も似合わないか。"補給"は平和な星のそれと違って娯楽的な要素はまるでないのはなぜだろうな?戦争前だったらどうだか知らんが」

 

「戦前のタイプも…黄金期に生きてた連中でさえ基本構造は俺達とそう違わないはずだろう」

ハウンドの言葉にすかさずサンストリーカーはそう反応した。

「俺達のご先祖どもにそんな高度な"食事"がもし出来たとして、それらを楽しめるだけの発達した味覚や嗅覚…そしてそれらを受け入れて処理するだけのキャパシティが、機械の体にあるはずがない」

諦観や嘲笑の滲む声色でそう言い、サンストリーカーは苦い顔をした。

 

「なーんだお前羨ましいのか?人間が」

俯く彼の様子を横目に、クリフジャンパーは興味なさげに訊いた。

 

「そう聞こえたか?」

 

「まぁな」 

 

「違う。これはただの嫉妬だ」

 

「じゃあ違わないだろ」

みるみる躍起になっていくサンストリーカーに対して、クリフは平静のまま淡々と反駁した。

 

「…あんな連中がなんで俺が欲しい物の全てを持ってる?平和で色鮮やかな世界に住み、兄弟も友人もいて…その上、安心して眠ることさえ出来る」

サンストリーカーはここではないどこかに羨望の視線を向けながら、不服そうにこぼして苛立った。

 

「昔のお前も持ってたもんだろうが。自分でそれ全部捨てといて言うもんじゃねーよ」

クリフは呆れるように嘆息し、その言葉を聞いたサンストリーカーは拳を握りながら立ち上がって彼に近づいた。

 

「言ってやるな。八つ当たりの一つや二つ、かましたくもなるだろうさ」

ハウンドは諌めるように慌ててそう告げながら、クリフに殴りかかろうとしたサンストリーカーを片手間に抑えつけた。

 

二人の取っ組み合いをなんとも言えない顔で眺めながら、クリフジャンパーは揉み合っている持ち主の手を離れて転がってきたハウンドのパイプを拾い上げた。

「ま俺としちゃ、今でも十分満足してるし別にお前の感傷にも大した興味はないんだけどなサンストリーカー…味も匂いもしなくたってこの星じゃ退屈しねぇしよ」

手にしたパイプを口に含みながら、クリフはまずそうな顔をして寝転んだ。

 

「味はどうだクリフ?そいつはそうそう味わう機会のないとっておきなんだが_」

クリフの言葉で激昂したサンストリーカーを容易く押さえつけながら、ハウンドはそう尋ねた。

 

「不味いし痛いし痺れるし焼けた回路の臭いがする。まるで拷問器具だぞ、劣化してるんじゃないのかこれ?」

咳き込むような仕草をしながら、クリフは息苦しそうに言った。

 

「そいつは灰のような味気なさと飢餓感、吸油ポンプを裁断機にかけられたような痛み、そしてインテークに走る電撃のような痺れ、ブレインが焼き切れた香りが特徴のフレーバーだ。それが本来の味だし、お前の感覚器も正常だ」

 

「エンジェックスやシーガー、サーキットブースターもそうだったが…サイバトロニアンの嗜好品は単に酩酊か痛みを引き起こすだけのものしか存在しない。当然だな」

造作もなくハウンドにひねられたサンストリーカーは倒れ込みながらそう言い、パイプに咳き込むクリフを冷ややかに見つめていた。

 

「そういう意味じゃグラディエーターの闇試合が流行ったのも根っこは同じかもな。あそこは痛みに酔う場所だった…サンストリーカーが良く知ってる」

クリフは寝っ転がってつまらなそうにパイプを吹かした。

 

「…忘れたさ」

右腕が逆方向に曲がった状態で座り込みながら、サンストリーカーは無愛想に返事をした。

「味覚も嗅覚も反応として検知するなら俺達でも出来る。でも結局それは、"口にしたものや周囲の状況が危険や異常なものでないか"という…個体が生存するための事象の区別や判定以上の機能を持たない」

気を逸らすようにそう口にしながら、彼は無理やりに腕を戻そうとする。関節の軋む音が広がり、サンストリーカーも少し顔を歪めた。

「…そして俺達の種は無味無臭の生活の中で、痛みと陶酔感に縋った訳だ。他の文明に比べて視覚を楽しませる娯楽が多かったのも理由は同じかもな…別に俺が壁画家だったから言う訳じゃないが」

 

「視覚ねぇ…そういやハウンドはヘリックスの庭園に入り浸ってたらしいな。俺達が新兵の頃よく噂になってた」

クリフは燃え尽きたパイプを雑に投げ返しながら、ハウンドにそう尋ねた。

 

「ボタニカの花園のことか…あそこはよその星から来た難民の受け入れ先でもあった。今思うとなんとも薄気味悪いし臭い場所だったが、当時の俺にとっては一番の楽しみだった。よその星から来た友人もいたしな」

そう言ってハウンドはパイプを器用に片手で受け取ると、胸にぶら下げたポーチ類に手際よくそれをしまった。

 

「一番?銃を撃つことよりもか?」

 

「…あれはその必要があるからやってるだけだ。そういう意味じゃ俺だってこの星の連中が妬ましいな。大半の人間達はトリガーの感触も火薬の臭いも知らずに豊かな自然を享受している」

口を挟んだクリフにハウンドは気だるげな顔でそう答えた。

「そんな連中の巣窟でも、俺はこの星の風景が好きだ。もしサイバトロンに帰る算段がついてもここに残るかもな。地球を守り、この星の自然の中にその一部として生きるために」

 

「…今まであぁいう手合いと組んでロクな結果にゃならなかったろ。ネビュロン人よか話せる奴らだけど、その価値があるのかどうか」

クリフは冷めた口調でそう言い、かつてのネビュロン星でのことを思い出していた。

 

「それは俺達次第でもある。ともかく、オートボットとしては受けた恩は返すべきだろう…オプティマスならそう言うだろうし、俺もその気だ」

ハウンドは諭すように、クリフに向けてそう言った。

 

「事実として、連中の支援抜きじゃ野垂れ死んでたってのは理解できるし感謝の念もなくはないんだがな…それでも受け入れがたいものがある」

サンストリーカーはハウンドに同意しつつも、浮かない顔をしてそう続けた。

 

「…そういやさぁ、あいつらみたいな有機体をエネルゴンに変換する技術があったよな」

クリフは兵士達を見下ろし、以前別の星で見た凄惨な光景を連想した。

 

「唐突だな。ピンクアルケミーのことか?効率の悪さで有名だが技術としては完成されてるものだ、お前が最近気に入ってるとかぬかしてた"クリフ君専用ドリンク"の正体もそれだ。あの一杯はこの基地から出た生ゴミと地上に生えてた草木から出来てる」 

サンストリーカーは倒れたままクリフを見上げ、そう言って笑う。

 

「許せねぇな、どこのどいつだ!そんなふざけたアイデア出しやがったのは」

クリフはしばし呆気にとられ、次に瞬間的に顔を真っ赤にするとサンストリーカーの方を振り返って訊いた。

 

「お前だけは何入れても動くから実験台にちょうどいいって、プロールが」

そっけなく言いながら、サンストリーカーはゆらりと立ち上がった。

 

「あいつ…戻ってきたら殺す」

引きつった笑みを浮かべて、クリフは静かにそう言った。

 

「プロールといえば…」

人間のあくびを真似て大きく吸気する動作をしながら、ハウンドは思い出したかのように切り出した。

 

「何だよ?」

 

「この前試しに射撃訓練装置のランキングを見てみたら、一位があいつだったんだよな」

胸のポーチの一つからプロールの認識票を取り出し、見つめながらハウンドは続けた。

 

「別に意外でもないな…腕前をこの眼で見た身としては。あいつの銃を使ってみて分かったんだが、あれに内蔵されてた弾は一発ごとにそれぞれ異なる特殊弾頭だったんだ。つまりあいつはどの弾をどの順番で撃つかを全て出撃前に決めた上で戦っていたことになる」

サンストリーカーは懐かしむような小馬鹿にするような口調で言った。

 

「そらぁ大したもんだな。特に状況がプラン通りに進んでる時のことしか考えてないってとこが流石参謀殿だ」

クリフは特に驚いたふうもなく言い、小さく笑った。

 

「案外、あの自白も劇的なワープもあいつのプラン通りだったりしてな」

ハウンドはプロールの名とIDがサイバトロン語で刻まれた認識票をかざして小さく言った。

表面に染みつき、こびりついた紫の液体の跡が光を反射し、彼は眼を細める。

 

「一連の流れが奴の予測のうちだった可能性はある。最後に残った結果以外はな」

サンストリーカーは考え込むように顎部に左手を添え、そう告げた。

 

「あいつの上半分は今頃どこで何してんのかねぇ」

クリフはグランドブリッジから弾き出されたプロールの、引きちぎられて紫に染まった下半身を思い出して言った。

 

 

 

 

「…それで、結局プロールは見つかったのかね?」

グランドブリッジの調整をしていたスカイファイアに、ホイルジャックは後ろからそう問うた。

 

「下半分とペット以外は影も形もありませんでした。それよりホイルジャック、C-Xの武装仕様を拝見しましたがそれについて幾つか意見してもよろしいでしょうか?」

ホイルジャックの質問に簡潔に答えると、スカイファイアは手を止めた。

 

「忙しいのじゃないか?私がオプティマスなら小言の一つも言っているところだろう。今は他に注力してほしいことがあると」

 

「おっしゃる通り、それはそれは多忙ですよ。ブロードキャストのパーツを手に入れるためにサウンドウェーブにラットバットの身柄を引き渡す算段をつけなくてはなりませんし、その機に乗じてネメシスを攻略する手を考えておく必要もあります。預かっているマトリクスの解析とデータパッドの解読もやらなければなりません。余計なことを考えて後ろ向きになる暇もなくていいですが、休む間もありませんね」

矢継ぎ早に言葉を発し、スカイファイアは神経質そうな面持ちでホイルジャックを見下ろした。

 

「こっちに来てから働き詰めにさせてすまない、本当に」

少し気圧されたような様子で言い、ホイルジャックは忙しなく側頭部を明滅させた。

 

「私は200年分のインスピレーションを形にする機会を得たのです。内心、舞い上がっていますよ」

スカイファイアはにこやかにそう言い、含みのある笑顔を見せた。

 

「ネメシスを落とすのに、お前さんはどういう手を考えている?この老いぼれに少し教えてはくれないか」

 

「内面はともかくとして製造年で言うなら私の方がずっと年寄りですよ、ホイルジャック。ではまずネメシスを陥落させるため、現状では私の体をオプティマスと合体させることを考えていますが…あぁご安心を」

合体のことを聞いた途端に険しくなったホイルジャックの表情を見て、スカイファイアは慌てて付け加えた。

「当然それはあくまで選択肢の一つとして、です。現状の最有力候補ではありますが…ガラスガス弾頭の開発も順調ですし、加えてパーセプターに大脳検知弾やセレブロシェルの製造を進めさせています。また最悪の場合には、保管しているモザイクウイルスやコズミックルストを使うことも考えてはいますが…」

 

「合体とは…まさか"ゲシュタルト"を作る気なのか?あの呪われたコンバイナー技術の結晶を」

ゆっくりと発言したホイルジャックの声色は驚きや怒りよりも困惑が強いものだった。

 

「あくまで私を分解したパーツを彼に合体させるだけです。意識の混濁が発生する可能性は否定できませんが、被験者が発狂するようなことには絶対になりませんよ」

忍耐強く言い聞かせるような口調で、スカイファイアはそう豪語した。

 

「それにガラスガスは人間達にとっても有害ではないのか?」

理知的に相手を問い詰めるように、ホイルジャックは質問を続けた。

 

「危険性はありますね。しかし彼我の戦力差を鑑みれば、有機生命体らの多少の犠牲はやむを得ないと考えます」

なんでもないような顔をして、スカイファイアは整然とそう言い放った。

 

「許容できん。スピッターやコンタギオンのようになるつもりか?あれの開発は凍結しろ。私を後悔させたくないのならな」

間違いを諭すように厳しくそう言い、ホイルジャックはスカイファイアの胸のインシグニアを指で叩いた。

 

「…ご、ご命令とあらば」

最後の一言に動揺したのか、スカイファイアの返答はぎこちないものになった。

 

「その上、大脳検知弾とセレブロシェルだと?危険過ぎる。お前さんはどんな対策を講じる気だ?」

ホイルジャックはスカイファイアと目線を合わせると、彼をゆっくりと問い詰めた。

 

「弾頭や機器の制御をオートボットIDと連動させることで、もしこれらの兵装がオートボットに対して使用された場合は即座に自壊し使用不能になります。つまり敵に奪われたとしても味方への被害を防ぐことが可能なのです」

たじろぎながらも、スカイファイアはデータパッドの概略図やプログラムを見せて理解を得ようとした。

 

「制御をサウンドウェーブに乗っ取られることは考慮したか?そして何よりお前さんはこれらの兵器が安全だとアイアンフィスト達に誓えるのだろうな?」

にわかに語気を荒げ、ホイルジャックは重々しく問うた。

 

「無論です」

すがるような眼差しを向けて、彼は決然と言った。

 

「どうもお前さんは未だにディセプティコン時代の気性が抜けきっとらんと見えるな」

ホイルジャックは目を逸らし、肩を落として言った。

 

「戦争が終われば、あるいは下卑た手に頼らずとも勝てるほどに我らが優勢であれば…それも変わるはずだと考えています」

小さく丸まって見えた背中に向けて、スカイファイアは悲痛な面持ちで告げた。

 

「だが今はそのために細菌兵器まで持ち出す気でいるのだろう?」

両手を後ろに組むと、ホイルジャックはちらと振り返って言った。

 

「ですから…最後の手段として、です。そろそろ私の方から最初のプランについてご説明させていただきましょう」

スカイファイアは彼を寂しげに見つめると、話を続けた。

「この案は私ではなくテレトラン1.5のメンバーセレクト機能が導き出したものなのですが…今はこの計画に沿って自分の体の改修を進めているところです。手足を分離させ自律稼働が可能なよう、内部構造の置き換えや固定兵装、ハードポイントの増設も行っています」

そう言いながら彼は自らの左腕を取り外そうとした。

 

「…ところでお前さんはかつてプリマクロンが説いた優れた科学者の条件を知っているかね?」

ホイルジャックは葛藤を滲ませた表情でスカイファイアの左腕に触れ、意を決したようにそう切り出した。

 

「自分を実験台にすることに躊躇のない者…でしたね。大昔に聞きましたよ、彼から直接。ショックウェーブやジアクサスの例を見るにそう的外れな論ではないとは思いますが…」

ホイルジャックの様子に戸惑いながら、スカイファイアは歯切れ悪く答えた。

 

「彼らは優秀だったが他者に犠牲を強いることにもいささかの躊躇はなかった。私がショックウェーブを追放したのもそれが理由だ」

 

「長くなりそうですね」

 

「思い出話さ。付き合ってくれんか?」

 

「構いませんよ。つまり彼の頭脳と才能をディセプティコンに明け渡してしまったのは…他でもないあなただったと」

懺悔のような口調のホイルジャックに対し、スカイファイアは平静を装って応じた。

 

「それを言われると返す言葉もないがね。そういう意味では今でも未練や後悔は残ったままだ」

うなだれたまま腕から手を離し、ホイルジャックは手近なコンテナに腰掛けた。

 

「あなたが悔いているのは彼がディセプティコンとしてあなた方オートボットにもたらした被害に関して…」

スカイファイアは常以上の観察眼と洞察力をもって、眼前の相手の真意を探った。

「いやあなたに限ってそれは考えにくい。理解者とその才能を失ったことの方が重要だったでしょう」

 

「確かにそうだった…だから私はかつて、一つの許されない実験に手を出した」

ホイルジャックは慟哭のようなノイズの入り混じった声で答えた。

 

スカイファイアは彼の表情と口ぶりから一つの確信を得た。

「独創的で型破りなあなたがそこまで忌避する所業となれば、マシンクローニングぐらいですか…そうか!思えば初めからオートトルーパーがそう簡単に何体も生み出せたはずはない。原型となる存在を生み出した実験がない方が不自然なんだ」

 

「私は何体ものショックウェーブを作った。元は彼のスパーク…エラー品でしかない"クリンカー"の代替品になるものを生み出せないかと始めたものだった」

納得したような面持ちのスカイファイアに対して、ホイルジャックは答えを絞り出すようにか細く言った。

 

「そしてあなたはいつしか一線を越えた…ディセプティコンの価値観をもって評してもなお、倫理に悖る行為と言って差し支えないでしょう」

スカイファイアは自らの言葉がホイルジャックを傷つけてしまう可能性と彼の行いに対して科学者としての評価を下すことの重要性を秤にかけ、そして後者を優先した。

 

「ニ千個の失敗作を経て、正常なスパークを二つだけ生み出すことが出来た…今やその片方はサイバトロンに、もう片方はこの地球に存在する」

 

「なるほどあの二人がそうでしたか。となれば納得できることも多い…しかしショックウェーブのCNAや諸々のデータはどうやって…」

 

「元々ショックウェーブは自身の本来の姿に興味を抱いていた。彼はあるべき自分へと変わるための研究を行っていた時期があった…その産物の転用だ」

 

「しかしそれ以上進められなかった原因は何です?あなたの中に残っていた良心が咎め…いや、それはなさそうだ。きっと何か解決できない問題があったのでしょう」

ホイルジャックの反応や動作に注視し、スカイファイアは更なる推論を述べた。

 

「オートトルーパーの耐用年数が短い理由と同じだ。クローニングで作られたスパークの摩耗は純粋なサイバトロニアンのスパークに比べて短い。個体差はあるが最短で30サイクル、最長は…分かっている範囲では200万サイクル以上」

 

「十分だとは思いますが…ほとんど限りのないサイバトロニアンの寿命と比較してしまえばそういった評価にもなりますか」

 

「その後のマシンクローニングの計画は私の手を離れてクイックシャドウを素体にしたものに変わっていき、科学局主導になっていった。プロールの手引きでな」

ホイルジャックは両手を頭に載せるとプロールのアンテナを模して空元気のようにおどけてみせた。

「正直なところ…意志のないロボットの人形とはいえ、C-Xの…よりにもよってオプティマスを象った兵器の製造開発など苦痛でしかなかった。スカイファイア、お前さんはこれ以上ろくでもないものをその手で生みだしてはいかん」

 

「経験者の言葉は重く響きますね。貴重なお話を聞かせていただき感謝します」

スカイファイアはゆっくりとそう言って頭を垂れ、ホイルジャックを見た。

「しかし…ショックウェーブがディセプティコンに渡った後、行った研究や開発したものが、もしあなたを見返すためだったとしたら…納得のいくことが多いですね、驚くほどに。わざわざコンバイナーの実験にグリムロックら五人を使ったのもあなたとの付き合いが深かったからでしょうし…」

暗い表情でそう発言しながら、スカイファイアは自身のブレインを辿り関連する記憶を探していた。

「思想扇動や二種融合等の人工生命体とスペースブリッジに関しても、彼のかつての性急ぶりを見るに…私には彼があなたの先を行こうと躍起になっていたように思えてなりません。ディセプティコンの科学者達がオートボットに後れを取るまいとしていた、というだけでは説明できないものがあそこにはありました。結局は彼の出した犠牲もあなたの罪に_」

スカイファイアがそこまで言い終えた時、彼はホイルジャックが倒れていることに気がついた。

 

 

 

 

リペアルームに寝かされていたブロードキャストを横目に、パーセプターは自身の工作に従事していた。

ブロードキャストは人工のサイバトロニアンと聞いた

彼はふと流れていた音楽と作業の手を止め、つぶやくようにそう言った。

 

「作業中の雑談にしては華がないね」

力なく笑い、ブロードキャストは彼の横顔を見た。

 

残念だが今のパーセプターにそうした要望に応える機能はない

パーセプターは椅子ごと寝台の方へと向き直り、鉄面皮のまま申し訳なさそうにも聞こえる声色でそう告げた。

 

「構わないさ…」

かすれた声でそう言い、ブロードキャストは薄汚れた灰色の天井へと視線を移した。

「人工でなければなぜ僕はサウンドウェーブと同じ構造を持っている?奴は本物の例外、同型機など存在しない。彼に似せて造られたのが僕だ」

 

ボディ形状・パーソナリティいずれも特筆すべき類似性はない

そう短く言って、パーセプターは作業台の上に工具を引きずり出し、溶接の準備を始めた。

 

「そうかな…案外似た者同士だと思うんだ。望まれていた通りの能力を持って生まれ落ち、任務に必要なものだけを与えられて生きてきた」

ブロードキャストはゆっくりとそう言い、パーセプターの後ろ姿と散る火花を眩しげに見つめていた。

「ただ…僕は自分という存在さえよく知らなかった。そう、僕は他者との接し方も知らなかった」

 

自己と知識を伴って誕生するサイバトロニアンは元より存在しない

慰めのようにも訂正のようにも聞こえる口調で、パーセプターは補足するように言った。

 

「僕はありもしない自信を身に纏わせて必死に気丈に、陽気で軽薄に振る舞ってみせた。そうすることで頼りにされるのだと思ったんだ。元の性格はサウンドウェーブより陰険さ」

 

ブロードキャストはロールアウトから460,350サイクルの間人格構成プログラムに従って鷹揚かつ不遜かつ軽薄に行動しその一環として個体の一人称に"俺"もしくは"俺っち"を用いていた

パーセプターは両手に持った部品を慌ただしくも整然と組み立てながら、期せずして一つの単語でブロードキャストに過去の自分を思い出させた。

 

「あぁ…思い出したらこっちが恥ずかしくなってきたよ。その後からずっと使ってる"私"も未だにしっくり来ないんだ、オプティマスを意識してるんだけどやっぱり僕には似合わないらしい」

そう言って小さく笑いながら、ブロードキャストは両手で顔を覆った。

 

一人称の変更はカセットボットを喪失した時期と重なるが当時の詳細な記録はない

パーセプターの何気ないその言葉の後、室内は鋭い静寂に包まれた。

 

「経緯を聞きたいのか?ならはっきり言ってくれ……まぁ、君になら…いいか」

ブロードキャストは悲痛な表情をしばし浮かべた後、吐きそうになりながら言った。

「カセットボットは生まれたばかりの僕にとって頼れる先輩みたいなものだった。でもラムホーンとスチールジョー以外は皆、いつの間にか僕を置いていってしまった…グラフィとイジェクト、スラムダンスとレッグアウトは戦死。リワインドとナイトストーカーにノイズは今も行方知れず。そして最後に残ったストライプス…そしてサンドル、フリップサイズの三人は…」

声に混じる焦燥と雑音が大きくなっていき、そこまで言うと彼は一瞬、言葉に詰まった。

「この手で殺した」

 

パーセプターは動機の開示を求める

パーセプターは手を止めず振り向きもせず、ただ抑揚のない調子でそう言った。

 

「彼らは皆ディセプティコンのスパイだった。話し合おうとしたら襲い掛かられた_」

「いや銃を向けていながら話し合いというのもないか…ともかくそこから先は乱闘だ、何もかもを憶えているよ…」

ブロードキャストは右腕を上げ、震えている手に紫の飛沫を幻視した。

「フリップサイズの首を折った時の絶叫と力なく垂れる四肢」

「引き裂いたサンドルの胴からフレームを抉り出して引き抜いた時の感触」

「ストライプスに腕を噛まれた際の痛みと、彼の喉を噛み潰した時の怒りと高揚…穴を空けた喉元から吹き抜ける彼の消え入るような悲鳴」

 

共通規格品と比較して32%高性能な音感センサでは極めて明瞭に聞こえたものと推察する

全て言い終えたブロードキャストが短く上げた甲高い悲鳴を何も言わずに聞くと、パーセプターは慮るようにも茶化すようにも聞こえる口調でそう言った。

 

「そのせいかな、あの時僕も所詮獣だと分かったんだ。いつしか彼らの亡骸を見てそれをなんの感慨もなしに至極当然の結果だと思うようになっていた。そしてとうとう、虚勢で自分ってやつを装うのにも限界が来た」

ブロードキャストは右手で目元を覆うと、力なくそうこぼした。

 

パーセプターが今まで腕だと理解していたブロードキャストの部位は前脚だったか

 

「あぁ…いつも周りに誰かがいるオプティマスプライムなんかとはまるで違う。いつかはあぁいう風になれたらいいが実際は生まれてこの方、群れを知らない獣さ」

自嘲するように言い、ブロードキャストは小さく獣の鳴き真似をした。

 

群れという概念など個体間の共同幻想に過ぎない

 

「気休めに聞こえるよ。僕は今でも仲間達の輪に馴染めないままだ…僕に親でもいれば違ったんだろうが」

 

サイバトロニアンに親は存在しない

 

「仮定の話さ。それは設計の基礎となったサウンドウェーブか…あるいは僕を産み出した科学者達か…それともそれを命じたプロールか」

 

機械がより優れた機械を作り出したことに変わりはない

 

「そうでもないんだ…このバイザーあるだろ」

 

他の者がそれを見た回数は少ない

 

「これにはリアルタイムの自分の"残り時間"が逐一表示される…まぁなんとも悪趣味な機能があってね」

青く光るバイザーを展開させ、ブロードキャストは言った。

 

サンダーブラストのバイザー以上に製造は困難だった記憶がある

 

「これを用意したのはプロールだったが、作ったのは君だったのか?ある意味、君も僕の親の一人だね」

 

もし以前のパーセプターなら確かな記憶がありブロードキャストが理解しやすい説明ができた可能性がある

 

「気にはしないよ、この身に宿る誰かさんのスパークもどうせあと十年だ」

ブロードキャストはそこまで言うと、立ち上がって寝台を離れた。

「君と話すといつも不思議と本音がこぼれてしまうな。ところでパーセプター、君はさっきから何の作業をしているんだ?」

 

プロールとサンストリーカーの銃を解体している彼らに使われることはもうない

作業台の上には二丁の銃とその部品、そして工具が乱雑に散らばっていた。

 

「なら君が使ってみたらどうだ?」

ブロードキャストがそう言うと、パーセプターは真後ろまで頭を傾げて意外そうな顔をした。

「…いや、冗談だよ」

そう言った彼をよそにパーセプターの瞳の奥には閃きが宿っていた。



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オートボット-地球編⑮:You Were Our Eyes,Part2

オプティマスに同行したホイストとラチェット、それに無断でついてきたクリフジャンパーらはベース217から遠く離れたラボの地下でC-Xの起動実験に協力していた。

広大な空間の中にはオプティマスに似た紫と紺のロボットC-X(サイバトロンX)が整然と列をなし、そのうちの一体がぎこちない動作でクリフジャンパーと手合わせしていた。

 

「これがC-Xの性能だって言うのか…」

実験の様子を遠巻きに観察しながら、ホイストが感心したように言った。

 

「私も動いている姿を見たのは今日が初めてだが…無人での自動操縦ではやはり動きが鈍いな。パワーを活かしきれていない」

横にいたラチェットは屈み込んでモニターの表示を注視しながら言った。

ちょうどその瞬間、クリフジャンパーはC-Xに素早くよじ登り一気に相手の頭を引きちぎった。その瞬間、C-Xの手足は動きを止めてゆっくりと倒れ込む。

 

「クリフ!どうだ?」

オプティマスは自身の似姿が倒された様子を気にもせず快活に尋ねた。

 

「どうもこうもないですよ!こいつらパワーだけならオリジナルと遜色ない性能してます。その証拠に、途中何回か死にかけましたよ」

もげかけた腕と折れた角を直しながら、怒鳴り返すようにクリフは威勢よく答えた。

 

「お前は最初に景気づけとして一発喰らう癖を直すべきだな。さて…私も試してみよう」

愉快そうにオプティマスも身を乗り出し、次の一体が起動されると勇んで向かっていった。

 

「…今日は彼、やけに情熱的ね?」

ラチェット達の足元でC-Xのデータをモニターしていた博士が、意外そうに彼らを見上げて言った。

 

「博士…オプティマスは今、胸のマトリクスを外しているのでそのせいかと」

ラチェットは彼女を見下ろし、手短に説明した。

 

「あなたが彼の主治医?」

眼鏡を上げ、値踏みするような視線を向けながら博士は訊いた。

 

「えぇ、ラチェットと呼んでください。あなたのことはホイルジャックから聞いています、曰く彼女は自分と良く似ているが自分以上に科学者である…と」

慣れた様子で自身に向けられた好奇心を受け流しつつ、ラチェットは簡潔にそう答えた。

 

「嬉しいこと、本気かは疑わしいけれど…それでそのマトリックスって?」

白衣をはためかせてにこやかに言うと、博士はラチェットの足元に脚を軽く当てながら訊いた。

 

「マトリクスとは代々伝わるリーダーの証にして叡智の結晶、他種族には理解しがたい価値があります」

ホイストは怪訝そうな顔をしたラチェットを横目にそう補足し、オプティマスの戦いに視線を戻した。

 

「でもさぁ、なんであれ外すとオプティマスは元気になるんだ?」

入れ替わって戻ってきたクリフが転がりながら不思議そうに訊いた。

 

「気分の問題…という訳ではないのは、これらの数値から明らかだ。スパークの活動も基礎エネルゴン循環レベルも飛躍的に活発化している。やはりマトリクスそのものに装着者の機能を制限する効果があるのだろう」

ラチェットはモニターに表示されたオプティマスのスパークの固有波長の変化に眼を丸くした。

 

「ほーん。しかしこいつはなんで作られてたんだ?力だけで頭の回らないロボをこんな数揃えたって実戦じゃ役には立たないだろ」

 

「要約するとオートボット抜きでディセプティコンと戦うため…とかいうなんだか妙に長ったらしい説明を受けた。それも嘘ではないのだろうがそれだけという様子でもない雰囲気だっだ。ホイストの話ではC-Xの設計や基礎構造はサイバトロニアンよりかは重機に近いらしいが…」

ラチェットはクリフの疑問にそう答え、博士らの向こうで取っ組み合っている一人と一機を訝しげに見つめた。

 

「言ったなそんなこと、確か図面を盗み見した時」

ホイストはラチェットの発言に自分の名が出たのに一瞬驚いた後、思い出したようにつぶやいた。

 

「なんですって?」

博士は棘のある声音でそう言い、ホイストの方へ振り返った。

 

「その件はさておくとして…この様子じゃそのうちこの紫の司令官達を災害救助や建設の現場で見かける日も来るかもしれないな。さながら平和と復興の象徴」

鋭く睨まれたホイストは怯えたようにしばし動きを止めたが、気にせずに言葉を続けた。

 

「そんなら大いに結構だし文句もないんだがよ…連中にしてみりゃ、コンズどもの侵攻をいいことにC-Xを他の国々に売りさばくって手もある。珍しくもないことだ」

クリフはオプティマスと彼より一回り大きいC-Xが一進一退の攻防を繰り広げるのをよそに、それを取り囲む多数の観測用の機器とそれを操る人間達を見下ろして言った。

 

「あら賢いのね。背丈の割に」

機器類の操作から手を離さず、片手間に博士はからかうような口調で言った。

 

「子供扱いはよせよ、お嬢ちゃん」

クリフは慣れた様子でそう言い返した。

 

「…って年齢でもないだろう。俺達の感覚じゃ生まれたばかりだが、三十二年は人間にしてみればおよそ寿命の35%に相当する」

ホイストが割って入るようにそう訂正し、意図せず逆鱗に触れた。

 

「じゃあ…オバサ」

クリフはホイストの言葉を受けて言い直しかけた。

 

「そこまでだ二人とも…博士、仲間達の非礼はお詫びします。…のでどうか機嫌を直していただきたい。まだ起動試験が途中です」

眼下の相手から生じる殺気を察したラチェットは二人を慌て気味に制止し、彼女には真摯にそう言い聞かせた。

 

地形を変えかねない程の怒りが吹き出しかけていた博士は、しかし突如として自身の方へ飛び込んできたC-Xに対して驚きの悲鳴を上げた。

「なに!?」

 

オプティマスが放り投げたそれは奇跡的に全員をかすめるだけで済み、一度バウンドしてロボットモードのまま後ろの壁へと激突した。

「…力の加減を間違えてしまった、怪我はないか!?」

頭に手を添え、平身低頭になりながらオプティマスは博士らの方に近づいた。

 

「オプティマス、一体そりゃどういう…」

普段と比較して軽快な動作や発言に決定的な違和感を覚えながら、ホイストはそう言いかけた。

 

「すまない。どうにも抑えが利かなかった…力が湧き上がるような、まるで昔に戻った気分だ」

戸惑いがちに謝意を述べながらも、オプティマスは両の拳を勢いよくぶつけ合わせて勢いよく火花を散らせた。

 

「んー…オプティマスからマトリクスを取ってオライオンに戻すと若返るのか?」

クリフジャンパーは釈然としない顔をして、首を傾げた。

 

「興味深いな」

気絶した博士を抱え上げながら、ラチェットは胸を空にしたオプティマスの様子を新鮮そうに見ていた。

 

 

 

 

バギーに変形したギアーズは都市内のビルの隙間を走り抜けながら、不服そうにエンジンを吹かした。

「今更ながら一つ訊いていいかサイドスワイプ」

 

「なんだ?」

赤く先鋭的なスポーツカーへと変形しているサイドスワイプは周囲の車を躱しながら爆走し、ギアーズの遥か先にいた。

 

「お前はともかくどうして技術職の俺まで駆り出された?こういう任務こそクリフかホットスポットの役目だろう」

ギアーズが平然とそうぼやく間にもビル群は砲撃を受け、その瓦礫は街から避難しようとする自動車の列に雨霰のごとく突き刺さる。

 

「もちろん人手が足りないから。あとクリフはオプティマスに勝手についてってどこかに行ったきり…ホットスポットは体がグランドブリッジに入りきらなかったせいで普通に走ってこっちに向かってるらしい。そこで俺達が二~三体のコンズぐらい軽く片付けてこいって放り込まれた訳だ」

道路を逆走しながら都市の中心部へと向かうついでに、サイドスワイプは簡潔に答えた。

 

「グランドブリッジに入れられた時は俺もバラバラにされるのかと思った」

慌ただしく過ぎていく周囲の車列の隙間を縫うような器用なドライブを見せながら、ギアーズは言った。

 

「でもなんともなかったろうが」

 

「なぜプロールだけがあんな目に?」

ギアーズは恐怖や不安よりも好奇心を露わにして言った。

「動力源にしたスパーク内のスクランブラーの意思か…?」

 

「知ーらね。きっと罰だよ罰、天上への扉よろしく罪ある者は通れないってね」

そこまで言ったところで、がらんどうの大通りに出たサイドスワイプは勢いよく人型へと変形した。

 

「SW-04及びGR-85、既に作戦区域内です。私語は慎んでください」

二人の聴覚に割り込むようにオペレーターからの通信が入った。

 

「ん…なぁお姉さんよ、ブロードキャストはどうしたんだ?」

サイドスワイプは側頭部を指で押さえながら、居心地悪そうに尋ねた。

 

「BC-38はメンテナンス中のため通信機能を使用できません。作戦のオペレーティングは私が担当します」

 

「そーかいよろしく頼むよ」

オペレーターの形式ばった返答に雑に応じ、サイドスワイプは意識を切り替えて周囲に目を向け、潜んでいる敵を探した。

 

「で、こんなビルだらけの街でどうやって戦えって?」

合流したギアーズも変形を解き、不満げにこぼした。

 

「つい先程、あの地点で三体の目標が確認されました。紺色の装甲車とカーキの戦車、そして赤い高級車です。そちらに画像とそこから推測される車種の情報を転送しました」

 

「この戦車はブロウルだろうが後の二人は…ギアーズ、これ誰だか分かるか?」 

オペレーターから送られた画像を瞬時に解析し、サイドスワイプはそう問うた。

 

「…向こうから答え合わせに来てくれたぞ」

ギアーズはそう言うとすぐさま戦闘態勢に入った。

一際大きなビルの中層ほどの裂け目からブロウルと二人のディセプティコンが顔を出し、彼らはオートボットを認識するとそこから素早く飛び降りた。

 

「なるべく都市の中心部での戦闘は避けてください、市民の避難が進行中です!」

剣を抜いて走り出したサイドスワイプを抑えるようにオペレーターは警告した。

 

「そっちの事情は知らねぇ…って、居候の身じゃ言いにくいのがな…!」

銃撃を避けて接近しながら、サイドスワイプはそうつぶやいた。

避けた砲弾がまた一つビルを崩壊させていく様を横目に、彼は変形しながら高速で迫る赤いディセプティコンに剣を振り下ろす。

ボンネットに剣が触れるかと思った瞬間にそのディセプティコンは自身の周囲に光の枠を形成し、透明にでもなるように姿を消した。すぐさま別の場所から光の枠を伴って現れると彼は左腕に備え付けた刃でその一撃を容易く受け止め、もう片方の刃をサイドスワイプの剣ごと突き立てんとした。

 

「なんだその剣。お前の新しいおもちゃか?」

紺色のディセプティコンとの撃ち合いに興じながらその様を見ていたギアーズは、剣戟の末に足元に弾き飛ばされたサイドスワイプに向けて言った。

 

「そっちにしたってなんか持ってきたんだろ?」

確信を持った口調でそう言うと、サイドスワイプは変形の動作を利用してアクロバティックに起き上がった。

 

「そのうち見せてやるさ。そん時までお前が生きてりゃな」

そう返したギアーズが飛び込んでいくのと同時にサイドスワイプは借り物の無骨で幅と厚みのある直剣を構え直して一気に駆け出す。寒空の下、甲高いアイドリング音が通りに響いた。

 

 

 

 

「見たまえ、これがマトリクスだ。古い神話に謳われる"叡智の結晶"さ」

スカイファイアは仰々しい口調でそう言い、オプティマスから預かったマトリクスを掲げた。

 

「これもアルファトリンの創造物の一つだというが、あの話は事実なのか?」

クイックシャドウは懐疑的な目線を向け、冷ややかにそう問うた。

 

「少なくともサンダークラッシュはそう信じていたようだが…どうせなら触れて確かめてみればいい_」

スカイファイアはそう言って手渡そうとしたが、ふと思い出したように手を止めた。

「…とは言えないね。この中には君の許容量を遥かに超えるほどのものが詰まっている」

 

「で、中には何が?」

呼びつけておいていちいち持って回った言い方をする眼の前の科学者に対して、クイックシャドウは苛立ちを隠さずに言った。

 

「情報を入力すると、マトリクスはエネルギーとしてそれをオレンジの外殻部に蓄える。エネルギーを注ぎ込めば、それを情報に再構成して青の結晶体の内部に蓄える。あえてゼータの言葉を信用するなら、これはそういう代物らしい」

自分でも信じていないような様子でそう言いながら、スカイファイアはマトリクスをD.0.Cに持たせた。

「ここからは私の仮説になるが…マトリクスはある意味では、生命体なのだろう。これは情報とエネルギーとを相互に変換する生体機能を持ち、体内にそれらを蓄え続けるんだ。アルファの言った叡智の正体がそれであり、同時にそれはマトリクスの記憶でもあると考えられる」

辺りを浮遊しながら不思議そうにマトリクスを眺めるD.0.Cを横目に、スカイファイアは楽しげに語った。

 

「つまりこの中には長きに渡る星の記憶が収められていると?若造をリーダーに仕立て上げるためだけにある飾りつけの錘にしては、遠大な話だな」

手短にそうまとめ、クイックシャドウは嘲るように言った。

 

「グリムロックと似たようなことを言うね。流石に古い仲なだけはある…もっとも、君らの間柄はそれだけではないようだが」

にこやかにそう言いながら、スカイファイアは興味深そうに彼女を見下ろした。

 

「そんな話はいい。本題に入ってもらおうか」

 

「よろしいクイックシャドウ、近く我々はディセプティコンの戦艦ネメシスに殴り込みをかける予定だ」

 

「今の私は変形もできないんだぞ…それに、プロール抜きでやる気なのか?」

クイックシャドウは不信感を滲ませてそう言い返し、懸念を顔に浮かべた。

 

「彼など元から当てにしてはいないよ。そして今回の任務に変形能力は必要ない…君にはその能力を活かして艦内のディセプティコンと接触し、情報を奪ってもらいたいんだ。彼らの記憶をね」

スカイファイアはその反応を気にすることもなく、冷徹にそう言い渡した。

 

「私の戦闘スタイルを知らないらしいな、あのコンバットマニューバには変形機能が必要不可欠だ」

 

「それは知らなかった…思えば私達は今まで敵としても味方としても戦ったことがなかったね。さて、この任務を滞りなく遂行するために君にはいくつかのイレギュラー能力に慣れておいてもらう必要がある。これらの保存容器にはそれぞれハウンドのホログラム、ホイストのフォースフィールド、チャージャーのマグネットパワーが収められている。使用すれば一定時間その能力を手にすることが出来る…誰にでもやれることじゃないが、君なら使いこなせるはずだ」

 

「最近はそんな便利な代物があるのか…待て、これは何で出来ているんだ?」

感心したように言いかけたクイックシャドウの表情が凍りついた。

 

「以前廃棄予定だったコグとブレイン、スパークをいくつかマトリクスの力で再構成したんだ。あまり適切な表現ではないが、資源の有効活用だね」

 

「お前…」

 

「すまない、だから数には限りがあるんだ」

褒められたものではない行為に対しての拒絶反応を大量に用意できないことへの落胆と勘違いしたのか、スカイファイアは的外れな詫びをした。

 

「…まぁいい。クリフジャンパーの能力はないのか?」

湧き上がりかけた言葉を一旦飲み込み、クイックシャドウは冗談めかしてそう言った。

 

「もしそんなものがあったら我々は完全な不死生命体になれてしまうよ」

 

「レッドアラートとその連れのものは?」

マトリクスを被って飛び回るD.0.Cを意識から締め出して、クイックシャドウは思い出したように尋ねた。

 

「今彼から能力をコピーしたら負担で死にかねないからね。それとサンダーブラストについては…私は彼女に近づかないでおいた方が安全なんだ、色々と」

 

「そうなのか?」

意味ありげなスカイファイアの口ぶりに気づけばクイックシャドウは訊き返していた。

 

「あら、流石に勘が鋭くてらっしゃる」

作業場の空気を裂くように甲高く艷やかな声がゆっくりと響いた。

「…ねぇ二人揃ってそんな怖い顔しないでってば。あんたらの顔を見に来ただけだって。レッドアラートが寝込んでる間に」

揃って殺意を向けられようとも、たじろぐこともなくサンダーブラストはからかうように言った。

「久しぶりじゃないスカイファイア。私達これからは仲良く協力出来ると思うの…昔のことは水に流してね」

屈んでいた彼の額を撫でるようになぞりながら、彼女はささやくように告げた。

 

「君のその軽薄な立ち振る舞いはいつも私を苛立たせる…」

平静のまま、スカイファイアは左手で素早く彼女の頭を掴んで軽々持ち上げた。

 

「ちょっと何するのよ!私の神話的美貌が_」

サンダーブラストは突然頭を握り潰されそうになりながら、宙に浮いた手足をばたつかせてそう喚いた。

 

「…よせよせ、労力の無駄だ」

クイックシャドウは彼女の騒がしさと動揺しながら動き回るD.0.Cに辟易し、スカイファイアの脚をノックするように叩いて制止した。

 

スカイファイアはマスクを装着して目を合わせないようにすると、サンダーブラストから手を離した。

「あんたがクイックシャドウ?聞いてた話と違うっていうか…噂の割にお優しいこと。女同士のよしみってやつ?」

着地に失敗し転んだ彼女はひどく狼狽した表情のまま、クイックシャドウを見上げてそう訊いた。

 

「バカを言うな。掃除が面倒になると思っただけだ」

縋るように差し出された手を蹴り払い、クイックシャドウは彼女を冷徹に見下ろした。

 

すねた顔をして軽やかに立ち上がると、サンダーブラストは前傾姿勢になり、クイックシャドウをじろじろと見回した。

「へぇ。しかしよく見るとあんた…年増の割に童顔ね。体も私が昔よくおもちゃにして遊んでた子達に似てる。オート…トルーパー、だっけ?同士討ちさせると広い広い戦場が真っ白になって綺麗だったのよね。懐かしい」

彼女の顎に手を触れ、サンダーブラストは追憶するように恍惚と言った。

 

「サンダーブラスト…!」

スカイファイアは彼女の言動に強い憤りを見せ、右腕のブレードを展開させて構えをとった。

 

「別に構わん…それよりお前、何に変形する?」

クイックシャドウは動じず平然とそう言い、サンダーブラストを注視しながら尋ねた。

 

「え?昔のオルトモードは船だったけどぉ…」

予想外の質問にうろたえながら、サンダーブラストは歯切れ悪く言い出した。

 

「…」

クイックシャドウはその様子をつまらなそうに眺めると彼女の胸元を掴んで引きずり寄せ、記憶を読み取りつつ言外に続きを促した。

 

「で、でも車に変えてもらったのよね、最近。前は興味もなかったんだけど…そっちの方がお揃いっていうか_」

目を逸らし、恥ずかしげにそう白状したサンダーブラストはほのかに顔を赤くした。

 

「お揃い?」

スカイファイアは素頓狂な声を上げ、呆れたようにそう言った。

 

「あ…いやその、色々と都合いいし?」

サンダーブラストは取り繕うようにそう言い訳し、照れ隠しで手足を忙しなく動かした。

 

「確かに。それは好都合だ」

クイックシャドウは渋面のまま口角だけを上げ、左手をサンダーブラストの胸部中央の丸い部位に触れさせた。

 

「え?ちょっどこ触っ_」

 

サンダーブラストが言い終わるのを待たず、クイックシャドウは指を鉤爪状に変形させて彼女の胸を貫いた。

「お前のコグ、もらうぞ外道…」

 

 

 

 

サイドスワイプは四方八方に動き回りながら、軽口を叩いた。

「ブロウル!前からその砲塔邪魔くせえと思ってんだ、さっぱりさせてやんよ!!」

跳び回って回避を繰り返し、サイドスワイプはとうとうブロウルに肉薄することができた。彼は巨大な戦車となったブロウルによじ登り、肩口に接続されていたミサイルを蹴り飛ばして踏みつけ破壊することに成功した。

 

「この…サイドスワイプ!今度は左腕をオンスロートへの手土産にしてやる!」

ブロウルは苛立ちながら素早く変形し、左腕のクローを振りかぶった。

 

「下手な狙いじゃ俺には当てらんねぇよ」

サイドスワイプはあざ笑うに飛び退き、右手の銃を放った。

 

「SW-04、市民の避難には最低でもあと40分は必要です。敵の破壊活動を阻止してください」

オペレーターは彼に向けてそう言い聞かせるように伝えた。

 

「無茶苦茶言ってる自覚はあるんだろうな!?二人じゃ限度があるってんだ!」

呆れざまに愚痴をこぼし、サイドスワイプはまた回避に専念した。ブロウルの体躯から降り注ぐ砲撃が辺り一帯の道路や建造物を一瞬で瓦礫に変える。

 

「分かっています。どうか…お願いです」

反駁したサイドスワイプに対し、事務的な口調から一変してまるで祈るようにオペレーターは懇願した。

 

ふと足を止め、下に目を向けた彼はそこかしこに積み上がる瓦礫のもとがどれも赤黒く染みつき、隙間から何本もの腕や足が力なく垂れている様を見た。

「あーあ、ヤなもん思い出しちまったよ…!」

サイドスワイプは過去の光景を思い出し、ゆっくりと厭そうにそうこぼした。

 

「およそ三千人がまだ避難を完了できていません。どうか…頼みます」

縋りつくようにオペレーターが言い、それをきっかけにサイドスワイプの中で何かが弾けた。

 

「あーもう…んじゃそこで見てな、久々に俺のギアが最高速に入る瞬間をよ!」

サイドスワイプは走り回って砲撃を避けながら意を決したようにそう言い、すると彼の体にある変化が起きた。

背中から吹き出すエキゾーストノートとともに、彼の脚はパーツが組み変わるように更なる変形を遂げる。

膝下から先が逆関節状へと変化し、サイドスワイプは人型のまま脚部のタイヤで走行することが可能になった。

 

「何だありゃ?アスファルトの上を滑ってるのか!?」

足を使っての歩行とは違いタイヤで道路を滑るように爆走するサイドスワイプを見て、ブロウルは戸惑うように言った。

 

「おいブロウル!トップレーサーの意地を見せてやるぜそれも特等席でな!!」

サイバトロニアンでも捉えきれない速さで接近し、サイドスワイプはブロウルの顔面に蹴りを喰らわせた。

 

「キザな野郎だ…粋がるのも大概にしろ!」

顔の半分をタイヤに潰され、今やブロウルの苛立ちは最高潮に達していた。

蹴りの反動でサイドスワイプが宙に浮いた瞬間にブロウルは渾身の右ストレートを叩き込もうとした。

 

「おっと危ねぇ」

サイドスワイプはとっさに片脚で着地し、コマのように回りながら急加速して素早く拳を避けた。

 

「ナメてくれるなよ…この!!」

通りをバック走しながら距離を離すサイドスワイプに狙いを定め、ブロウルは全ての火力を解放した。

 

「燃えてきたぜ。お前なんかに負ける気がしねぇよ!」

機敏に砲撃を避けながらビルを背にして急停止し、サイドスワイプは意気揚々と叫んだ。

 

しかしサイドスワイプが避けた砲弾は彼の止まったビルの中層に直撃し、ビルはそこから折れ曲がる。

「そうかな?…上を見てみな」

ブロウルが得意げにそうつぶやくと、降り注ぐ瓦礫と化したそれらはサイドスワイプのいた辺り一帯を押し潰した。

土煙を巻き上げ、しんと静まり返った空間にブロウルの疲れきった哄笑だけが響く。

 

「…いい気になるなよ」

サイドスワイプが弱々しくそう言ったのを、ブロウルは聞き逃さなかった。次の瞬間、自身に覆い被さった瓦礫を吹き飛ばしてサイドスワイプが立ち上がった。

彼の体はかつてないほどの熱気に包まれ、周囲の人間に辺りの季節が夏に戻ったかと錯覚させるほどであった。全身から黒煙を吐き出し、体表からの放熱で近くの空気を歪ませるその姿ははたからは赤と黒の霧のように映る。

爆音を響かせながら、サイドスワイプは今までにない速度でブロウルに向かって走り出した。

 

「お前、今何を_」

ブロウルはそう言い終える前に、反射的にサイドスワイプへと全ての砲門を向けて撃ち放った。

 

サイドスワイプは凄まじい輻射熱と瞬間的に音速を超えるほどの高速移動の反動で、みるみる内に全身の塗装が剥げ落ちた。

サイバトロニウムの地色である銀一色のボディとなった彼は、靄がかかったような鈍い色をした体表に太陽の光を鋭く反射しながらジグザグの軌跡と黒いタイヤ痕だけを足跡のように残していく。彼はそうして爆走しながら移動し、向かってくる弾丸全てを剣で斬り伏せた。

「俺の見せ場が、まだだろうが!!」

力強くそう叫ぶとサイドスワイプはブロウルを左手で殴り、吹っ飛ばした。ブロウルの無骨な胸が大きく凹むと同時にサイドスワイプの左腕は反作用で煙を吹き出し砕け散る。

空中で無防備になったブロウルに彼は跳び上がって猛然と迫り、右手に振りかぶった剣をその胸に突き立てて地面に押し付けた。何度かバウンドしながら背中を道路にすり潰され緑がかった裂け目を通りに刻み込みながら、ブロウルはとうとう動きを止めた。

 

「ぐ…_」

力尽きかけながらもゆっくりと手を伸ばして何事か言いかけたブロウルを踏みつけ、サイドスワイプはその首を刎ねた。

その途端に彼は足元がふらつき、剣を手放して力なく倒れ込んだ。

 

「そっちは騒がしくて結構だな、こいつら一言も喋らん」

爆発と爆音の果てに勝負がついた二人を傍目に、ギアーズは動じる様子もなくそうこぼした。

 

「…」

彼が相手にしていた紺色のディセプティコンは黄色の一つ眼を光らせ、淡々とギアーズに対して掴みかかってきた。

ギアーズに眼を殴りつけられても怯まずにその右腕を掴み、彼は腹部のクローを展開させてギアーズを捕縛した。

 

「離せよこの単眼野郎…!」

胴体を挟まれながらもギアーズは右腕を切り離し、左腕で殴りかかった。

 

「ペイロード、そのまま抑えていろ。サイドスワイプは俺が仕留める」

手を出さずに物陰から様子を眺めていた赤いディセプティコンは取っ組み合いをしている二人の前に現れ、そう言ってそばに倒れているサイドスワイプに近づいた。

 

「…」

指示を受けたペイロードはギアーズの左腕をもぎ取り無力化し終えると、特に反応も返さず微動だにしなかった。

 

「残念だがそうは行かない。隠し玉だ」

ギアーズは笑いながらそう言って懐からあるものを飛び出させた。

飛び出したのは赤い蜘蛛のような形をした何体もの小型のドローンであり、それらはペイロードの眼に取り付くと一斉に自爆した。

爆炎が二人を遮り、ペイロードは驚きのあまり反射的にクローを収納する。

その隙に解放されたギアーズは右脚を動かして落とした銃を爪先と踵部に挟み、片足立ちをしながら器用に保持した。彼は右脚を怯んだペイロードにまっすぐと向け、スコープを覗き込んだ。

十字線の中心に彼の黄色い眼を捉えた瞬間、爪先の突起を動かしてトリガーを引き、残弾の全てを撃ち込む。

断末魔のような機械音とともに辺りを覆った爆風が晴れた後、ギアーズは警戒を解かず慎重にペイロードに近づき撃破を確認した。

 

「一体仕留めたからと言って油断したか?」

自分の姿を探していたギアーズの背後に、赤いディセプティコンが四角い光の枠とともに突然現れた。

 

「ホログラムか!?だがなぜ_」

ギアーズはすかさず振り向いて蹴りかかったが、言い終わる前に頭を掴まれ地面に叩きつけられた。

 

「相変わらず詰めが甘いなギアーズ…」

叩きつけを更に何度か繰り返すと赤いディセプティコンは青い眼を彼に近づけ、昔を懐かしむように言った。

 

「急に饒舌になったと思ったら…随分、馴れ馴れしいな…」

そう吐き捨て、ギアーズは顔を歪めた。

 

「死なない程度に料理してやる。オプティマスによろしく頼むぜ」

そのディセプティコンは両腕の刃を展開させ、ギアーズの胴に突き刺した。

 

「お、おい新参野郎!この作戦は俺の仕切りだろうが。勝手な真似は_」

転がってきたブロウルの頭部が跳ねながらそう喚きたてた。

 

「そんなザマでよくもほざく…銃もらうぞ。後は俺が片付けるからお前らはトランスワープで帰還しろ」

ブロウルの頭を蹴り飛ばし、ディセプティコンはブロウルの体まで歩くとそこから銃を取り外した。

 

「ふざけるな…!オンスロートにこんな失態を報告できるか」

 

「なら後で俺から伝えてやろうか?足手まといだからさっさと失せろ」

近くに倒れていたサイドスワイプに向けて銃を構えながら、ディセプティコンはブロウルにそう言った。

 

「…お前は、誰だ?」

ギアーズは滲む視界と半狂乱になったオペレーターの声が響く聴覚の中、戸惑いがちに赤いディセプティコンに尋ねた。

 

「ディーノ…あるいは"蜃気楼"」

ゆっくりとそう告げ、ディーノはサイドスワイプの背中を何度も撃った。

「プロールにそう伝えろ」

向き直ったディーノがそう言いギアーズの胴体に銃口を近づけ、閃光と発砲音が弾ける。

遠くからサイレンの音が近づいてくるのを知覚したが最後、彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

変形能力を得たクイックシャドウは白いセダンに変形しながら、勢いよくベース217の外へ出た。

オートボットの反応を頼りにしばらく進むと、彼女は雪の中佇む黄色い影を見つけた。

「お前がサンストリーカーか?」

 

サンストリーカーは半ば雪に埋もれながら、放心したように空を見つめていた。

「なんだ銃でも返してくれるのかよ」

そう言い、彼は接近してきたセダンを不思議そうに眺めた。

 

「久々の変形だ…」

クイックシャドウはゆっくり人型へと変形すると、両腕を伸ばして心地よさげに言った。

「あぁ、私はクイックシャドウだ…グリムロックに頼まれて様子を見にきた。それと銃ならもう二度と戻ってこないぞ」

 

「なんだと…!?」

彼女の言葉を聞いてサンストリーカーは狼狽して立ち上がる。すると彼の体表に載っていた雪が落ち、音をたてた。

 

「さっきパーセプターが分解していた。聞けば自分用に作り直しているらしい」

クイックシャドウはサンストリーカーの慌てっぷりを気にもせず、彼の隣に座った。

 

「あいつがスナイパーにでもなるってのか?悪い冗談だろ…」

サンストリーカーは緩慢に座り直すと手を震わせながら頭を抱え、端正な顔立ちに絶望を浮かべた。

 

「彼なりに責任を感じているのかもな。自分のしでかしたことのせいで誰かさんが銃を持てなくなったからだろうか」

バイザー越しに好奇の眼差しを向けながら、クイックシャドウは訳知り顔で言った。

 

「あまり知った風な口をきいてくれるなよ…あんたがどれだけ優れた戦士だったにしろ、気安く立ち入っていい話じゃない」

 

「それは悪かったな」

憤ったサンストリーカーに対して悪びれる風もなく、クイックシャドウは涼しげな顔をした。

 

「だいたいなんでグリムロックが俺の心配をするんだ。俺には何の心当たりも_」

 

「あるのだろう?何か思い当たる節が。理由を訊いても彼には古い縁だ、としか言われなかったが」

クイックシャドウは言葉に詰まった彼に畳みかけるように訊いた。

 

「…闘技場ってあったろ。戦前のサイバトロンの話だ」

厭そうな顔で逡巡した後、サンストリーカーは口を開いた。

 

「あまり思い出したくない場所だな」

 

「あそこで奴と会ったんだよ。リングの上で、敵同士でな」

説明するのも億劫そうに、彼は途切れ途切れで言った。

 

「意外だな。サンストリーカーもグラディエーターの一人だったとは」

驚いたように笑い、クイックシャドウは彼を指さして言った。

 

「別になりたくてなった訳でもないし、楽しんでやってた訳でもない。旅の途中で手持ちが尽きたからやらされただけだ」

その事実が自身の名誉に関わることであるかのようにサンストリーカーは真っ先にそう付け加え、訂正した。

 

「そこでお前はグリムロックに認められたのか」

面倒そうな顔でクイックシャドウは結論を急いだ。

 

「まぁきっとそういうことになるのか…ただ認められたにしろそれは腕っぷしじゃなくて、プライドと負けん気だけだ。戦い自体はボロ負けだった」

 

「戦う信念や能力がある相手は誰でも気にいる。分かりやすい男なんだ、私のグリムロックは」

笑ってそう言い、クイックシャドウは遠くの方を見た。

 

「クリフと似たようなタイプなんだろうよ…昔はあぁじゃなかったらしいって聞くが」

 

「昔の彼はもっと理知的だったし、戦いの他にも大事なことを知っていた」

サンストリーカーがこぼした一言にすかさずクイックシャドウは反応した。

 

「あんな戦車に変形してたようなやつが?あんたの記憶は信用できないんだよな」

震える左手で頭を軽く押さえ、サンストリーカーは嘆息するように言った。 

 

「なんだと?」

 

「ホットスポットから記憶を吸い上げたからってあんたの記憶が元通りになる訳じゃないだろ。ただでさえブレインに傷が入ってたって話らしいしな」

頭を指でとんと軽く叩くジェスチャーを織り交ぜ、サンストリーカーは続けた。

「フィクシットやクロームドームみたいな連中が患者の記憶を自分のものと混同してしまうって症状と同じで、あんたの記憶は多分…全部が全部あんたのものって訳じゃない」

サンストリーカーは真剣そのものの面持ちでそう言い聞かせた。

 

「ふっ、そうかもな…きっとどれを切り捨てどれを信じるか選ぶ時がそのうち来るのだろう。まさか私が諭される側になるとは思わなかったが…」

そう言いかけ、クイックシャドウは笑った。

 

「俺は思われてるほど狂っちゃいないし、かといって見かけほどまともでもない。奴には余計なお世話だって言っとけ」

サンストリーカーもつられて小さく笑い、その後また苦い顔に戻った。

 

「邪魔したな。たまにはアラートの様子でも見に行ってやれ」

彼に対しての認識を改めたクイックシャドウはそう言い、変形して基地へと戻っていった。

その後ろ姿を漠然と眺めながら、サンストリーカーは揺れる視界の中で思案に耽っていた。

 

 

 

 

「それでパーセプター、気になるものが見つかったというのは?」

基地に戻ってきたオプティマスはリペアルームに駆け込みながら、変形を解くのも忘れて言った。

 

ギアーズとサイドスワイプの傷跡と刺さった刃から興味深いものが

パーセプターは完成した銃を隠しながらそう言い、オートボットのインシグニアが刻印されたチップをつまんで渡した。

 

「中にデータチップを隠していたのか…?中には何が?」

オプティマスは渡されたそれを手に取り、まじまじと見つめた。

 

「艦船らしきものの運航記録と、制御コードらしい文字列が収められていました」

寝台に寝かされていたギアーズの処置をしつつ、ラチェットが説明を始めた。彼はそこで修理を中断しようとしたが、オプティマスは何も言わずに小さく掌を伸ばして制止し、仲間の治療を優先させた。

 

パーセプターは内容物がネメシスかレヴィアサンのものである可能性が高いと考えるブロードキャストとスカイファイアにも急ぎ検証させる必要性あり

その様子を見たパーセプターはオプティマスに向き直って話を続けた。

 

「確かに艦船の記録がこの形式のチップに入れて送られてきたとなればそれしかないか。罠の可能性も含めて慎重な調査が必要だろう…しかし誰がなぜこんなものを?」

オプティマスは難しい顔をしてそう言い、ギアーズを見た。

 

「…俺達を襲ったのはディーノって赤いディセプティコンでした。こっちのデータベースに該当する者はいやしません…でも最後にプロールへの言伝を頼みながら奴はこうも名乗った。確か…シンキ_」

恨みがましくそう言いかけ、ギアーズは治療の痛みと自身の悔しさに顔を歪めた。

 

「…"蜃気楼"か?」

オプティマスはその名を聞いてすぐ、納得と疑問の入り混じったような顔で尋ねた。

 

「ご存じだったとは驚きました…教えてくれればいいじゃないですか、貴重な部下を危険な戦場に放り出すその前にね」

ギアーズは呆れたようにそう言い、力なく笑った。

 

「すまなかった…私もまさか"蜃気楼"がこの星にいたとは知らなかった。奴のことはかつてオートボットの諜報員の一人がそんな符牒を使っていたということと、彼らが機密情報の伝達にオートボットの刻印がされたデータチップを使う、ということぐらいしか私にも分からない。そのディーノなる者の素性にしてもプロールならともかく私には何も…」

ギアーズの猜疑の視線を受けて、オプティマスは歯切れ悪くそう答える。

「だがもしかすると彼こそが我々の戦いを、いやこの星の運命をも決する存在なのかもしれない」

そうつぶやくと彼の中で初めて、終わりの見えない現状への希望の光がほのかに灯った。




以前読者様から「地球という新天地に来ているのに雰囲気が後ろ向きで暗い」「性格的にアンケート一位のキャラを死なせそう」などの意見をいただいたことがありましたが、大変興味深かったです
他にも作者は作品に対するご意見ご感想を楽しみにお待ちしております


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番外編:The Creation Myth

むかーしむかし


PRIMUSは宇宙の中心に産まれ落ちた

未だ世界のいずこにも光はなく

空間全ては無秩序の支配するところであった

そのさなか目覚めた彼は体躯を震わせ

眼を見開き宇宙の端までを見据えられた

そして自らの周囲に漂うばかりの岩塊に

その力の一端を注ぎ込み

無数の星を作られた

次いでPRIMUS

宇宙の隅のそのまた隅にまで

数多の星々を整然と並べられ

創造主となられた

 

やがてPRIMUSはその鏡像たる力を

最も深き深淵より見出され

迫る闇から身を隠さんとした

それは昏き宇宙の主たる有角の魔帝であり

だが元を辿れば自身と

何ら変わるところのない存在であった

その影に備えPRIMUSは自身の体躯を

歯車の星へと作り変えられ

持てる力を秘匿された

そして最後に残されたわずかばかりの力で

PRIMUSは星に住まう命を幾つも作られた

多くの獣が産み落とされ

そして身を滅ぼした

あるものは愚かさ故に

またあるものは愛故に

とうとう最後には

六つの眷属のみが残った

 

一人目は賢き神として

叡智を包む結晶と尽きぬ知識を持ち

神の書にそれを記した者

 

二人目は戦う神として

何ものにも揺るがぬ剣と勇気を持ち

最初の戦士となりし者

 

三人目は創る神として

暗黒を司る銃と無限の姿を持ち

一つの意志に殉じし者

 

四人目は母なる神として

命を産み育てる力と獣の体躯を持ち

星のその全てとなりし者

 

五人目は守る神として

か弱き者を庇うための巨体と星々の鍵を持ち

根付いて街となりし者

 

六人目は司る神として

宇宙へと漕ぎ出す船たる姿と結び付けの匣を持ち

命とその形を操りし者

 

永い時間を経て四人目が転じた礎により

星の地表には光る命の珠が産み出されていった

歯車の星はそれにより

消えぬ緑の輝きを纏い続けていた

荒れ果てた地表に生まれ出でた

燦々たる珠らを前に

残る五人はそれぞれ

生きる為の知識

湧き上がる勇気

人ならざる形態

清らかなる希望

尽き果てぬ闘志

を与え育て上げた

かくて一廉の形を得た珠は

それとして実り星を満たして

歯車の星は永く栄えることとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全て嘘だ

こんなものは

こんなものは全て

神話は偽りだ

 々はグルだ

 も信 まい な

近 は ターセ バーでさえ

 の事となると

顔色を変 て

不信心者と糾 する

デル やア ファ

 グマに関 ては

言 迄も無い

故にプリ クロ や

ジ クサ に叱責される

方が遥 にマシと言える

眷 どもも巨神ど も

何故気 かぬ

"最初の戦争"で

 々が対峙し 獣こそ

神 の欺瞞の

揺ら ぬ証拠だ いうに

 は神学者だ

彼ら 皆 を

杖をつい ば りの

モ フォーマ と思っ いる

私には も知 ぬ

多 の形 がある

もは この に用はな 

PRIMUSと同 の 在は

私の 測が正 け ば と三つ

何とし も

MAXIMOofFORGOTTENPLANE




…残る五人の眷属たちのうち、一人でも"思いやり"や"道義心"を教えていればあんな蛮族は生まれなかったかもしれませんね

Q.眷属らはプライム?
A.違います だって人数が素数(Prime)じゃないじゃないですか


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オートボット-地球編⑯:Far from over

ビー覚を見に行きたいけれど諸々の都合が合わないpovaです。
久々の更新ですが、この章のラストスパートももう間近となりました。
それではどうぞ。


地球_ベース217_2027年_12月18日_

 

 

レッドアラートは自身に近づいてくる足音に気がつくと、ゆっくりと起き上がった。

「ホイスト?」

悄然とした顔で彼は周囲を見渡し、そこに映った者の名を呼んだ。

 

「…なんだい」

ホイストはアラートに背を向けて探しものをしながらそう言い、ちらと振り返って彼の方を見た。

 

「起きた途端にベソかいたサンダーブラストに泣きつかれたんだが」

アラートは手をついてベッドから慎重に立ち上がると、辟易したような口調でホイストの背中に言った。

 

「クイックシャドウが今彼女のコグを奪って使ってるから」

あぁ、と小さく声を発してからホイストは短く説明を返した。

「スカイファイアによれば、弟達を弄んだとかゼータ時代の法がどうとか言ってたらしいが…要はグリムロックを色香で誑かして脱走させたのがよほど許せなかったのかもな。例の脱走ついでに一度喰われた身としては、ようやくあの女にも罰が下ったかと思わんでもない…少し軽い罰な気もするがコグの摘出刑と思えばまぁ、悪くはない」

ホイストは伝聞を思い出そうとして眼を閉じ、そして最後に少し本音をこぼした。

 

「サンダーブラストの扱いを中途半端なものにしてしまった責任は俺にもある…悪かったなホイスト」

 

「別に恨んじゃいない。お前のことも、誰のこともだ…それにあの時喰われたのはお前もだろう」

 

「そうだったな…あぁ、あと俺に会いに来たサイドスワイプがなぜか銀色になってたが…」

ふと不思議そうな表情をして、アラートはまたつぶやいた。

 

「彼の全開走行の熱と摩擦に塗料がついていけなかった結果だ。もちろん塗り直しも提案したが、あのままでいいと」

ホイストはそう言うとふと、黒くなったアイアンハイドが収められているポッドを見やった。

 

「サンストリーカーが会いにも来ないのは……別に珍しいことじゃないか。ホイルジャックはなぜ寝かされていたんだ」

まだ彼の機熱と剥げ落ちた塗装の欠片が残っていた隣のベッドに触れながら、思い出すようにアラートは問うた。

 

「精神的なものだろうと思うけど、ここにはクロームドームもフィクシットもいない」

歯切れ悪くそう答え、ホイストはため息をつくようにマスクの隙間から排気しつつ少し肩を落とした。

 

「そしてこれは一番の疑問なんだが…」

レッドアラートは近くにあった小さな鏡を見た後、困惑した声色で切り出した。

 

「うん」

 

「なぜ俺の下半身がプロールのものになってるんだ。ジャンプスタートのつもりか?」

 

「凄いだろ。色を変えると案外分からない」

普段の調子を崩さず、しかしどこか上機嫌になっていると分かる口調でホイストは返した。

 

「やったのはお前か?」

 

「やっぱり分かるもんか」

そう言うとホイストは手を止めてレッドアラートの方に近づいた。

 

「その口振りからして…それにラチェットなら患者の同意抜きにこんな処置はしない。彼はドクターだからな。かといって武器も珍妙なギミックも仕込まれていないから、ホイルジャックでもスカイファイアでもギアーズでもない。一通り見たところ、内部機器の配置といいリベットの留め具合といいパーセプターの几帳面で偏執的な精密さもない」

レッドアラートは一歩づつどうにか足を動かしてゆっくりと歩き回りながら、彼の推理を語った。

 

「塗装も雑だしな。そ、俺がやった。あの時ギアーズはともかく他の四人の手が空いていればよかったんだが…どうだ、下半身の感覚は?」

腕を組んで興味深そうに推理を聞くと、ホイストは感心したようにそう言った。

 

「いや…だがまた動かせるようにはなった。礼を言うよ」

ぎこちなさの残る緩やかな所作ではあったが、レッドアラートの脚部は問題なく歩を進められていた。

 

「礼なんていい。ブレインの容態が悪化してるって話をラチェットから聞いてはいたんだが…いきなり寝込んだと思ったら、神経回路の指令伝達が上半身までしか行き渡らなくなっていたとはな。ここまで深刻な例は見たことない」

屈んで彼の足取りを観察しながら、ホイストはそう言った。

 

「俺は山程見た。そう珍しい症例でもないし、それにまだこれで終わった訳じゃない」

試しに飛び跳ねたり片足立ちをしながら、レッドアラートは語気を強めてそう言い返した。

 

「その意気だ。あぁ一応、施した改造の説明をしておこう。プロールの下半身は適切な処置が迅速に行われたおかげで、復元作用*1の兆候を示していた。あと_」

ホイストはどこか自慢げになりながら流暢に語りだした。

 

「ホイストがそんな用語を知っていたことが驚きだ…なるほどそれで俺の体と結びつけられた訳か。変形は出来るのか?」

そう言い終える前にレッドアラートは変形の動作に入っていた。

 

「可能にはなってるはずだがその前に…まずは歩き回って今の体に馴染んでからだな。でないとコグが焼き切れる可能性があるし、もちろん変形対象の再スキャンも必要」

前と後ろで別々の車両へと変形しかけのアラートを見下ろしながら、ホイストは慌ててそう告げた。

 

「先に言え。大事な患者を脅かすなよ」

すぐに変形を止め、ゆっくり人型へと戻りながらアラートはそう諌めた。

 

「患者?あぁ、確かにそういうことになるのか…いつもの通りに機械を直しただけってつもりだった」

意外そうな声で訊き返し、ホイストはふと我に返ったように言葉を続けた。

 

「事前の同意も説明もなし、患者を蔑ろにしておまけに不必要な改造まで加えるようじゃ医療行為とは呼べないからな。そこんとこ、自覚があるようで安心だ」

渋面を崩さずにそう続け、アラートは人型への再変形を完了させた。

 

「これでも、コンズの連中よりかは分別があるつもりだ」

そう言いながらホイストはアラートの様子に異変がないか眼を走らせていた。

 

「かといってこんな調子だとサイバトロンじゃ開業から廃業までにナノクリックもかからないだろうな。それと…膝の駆動部にシリンダーが増設されてるのはなんでだ?動かしにくいんだが」

手足の動作確認でふと気がつき、アラートは膝部関節の違和感に顔を歪めた。

 

「そうそうそれだ、各関節には駆動機構を新しく仕込んだ。今はいいがアラートのブレインも先のことを考えると、エネルゴンを刺激して駆動部を動作させる指令信号自体が弱まっていくこともあり得るんだ。お前の上半身はプロールの下半身が復元作用によってスパークとコグに結びつき、それによって一種の共生関係にある訳だが…ブレインモジュールの劣化が進めばリンクしている二つも弱まっていく。だからこの伝達経路がいつまで保つかは、誰にも分からない」

危機感を滲ませる口振りで、ホイストは慎重に言葉を選びながらそう告げた。

 

「ブレインから末端への信号伝達を、ブレインと連動しているスパークからの伝達に変えた訳か。なるほど…理に適っちゃいるが、都合よくちぎれた下肢が適切に保存されてなきゃ到底出来ない芸当だな」

ホイストの懸念を笑い飛ばすように、アラートはややオーバーなリアクションを返した。

 

「もしあってもまともなドクターならやらない。今回はお前のブレインもその損傷も特殊なものだったから偶然上手く行ったんだろう…そして俺はもしもの時のために盗み見したC-X用の関節パーツの図面を思い出して、持てる技術の限りを尽くしてそれを小型化した。強度も多少は落ちたが」

ホイストも小さく笑い返すと、アラートの膝に外付けされた駆動パーツを指さした。

 

「感触は最悪だな。で伝達経路がどう動かす?」

 

「ここにコントローラーがある。例えばこのボタンを押せば…」

ホイストはアラートの後ろに回って彼の腰から何かを取り外し、今度は正面に立って掌に収めたそれを見せながら言った。

 

「…勝手に人の脚を動かすな」

アラートは急に両脚が動き出したことに驚愕し、悲鳴のように短く呻いた後で不愉快そうにあるいは恥ずかしげに言ってホイストを小突いた。

 

「施術中や戦闘中に腕で足を操作するというのもナンセンスだが、あくまでこれは仮の形だ。電源に関してはお前が擬態している車に搭載されているものに近いバッテリーが手元にあったからそれに軽く細工を施したものを背中に内蔵してある」

彼の照れ隠しめいた攻撃を気にもせず、ホイストは淡々と説明しながらアラートの背中にあるバッテリーの外装を叩いた。

 

「普段は重りだよな」

思わず転びそうになりながらアラートはそう返した。

 

「走行時の補助動力にも出来る。これでお前も流行りのハイブリッドカーだ…ビークル時のその機能も関節の増加パーツに積んである。それでもトータルで約七十ポンドは重くなってるが、プロールの脚の軽さで帳消し」

 

「何がハイブリッドだ、そんなものが必要になる前に俺か戦争のどっちかは終わりを迎える」

流暢な解説に毒づくように、アラートはそう切って捨てた。

 

「このリモコンは渡しておく。いざという時のためにも動作の感覚には慣れておいた方がいい」

ホイストはそう言って掌に収まるサイズの黒い直方体のコントローラーを投げ渡した。

 

アラートは投げられたそれを受け取ろうとして脚を動かし、また転倒しかけた。

「程遠いな…完治には」

 

「まずは慣れることだ、その体にも…周りの変化にも」

忌々しげな顔をして言った彼を見て、ホイストは重々しくつぶやいた。

 

 

 

 

「チップの解析があらかた完了しました。内容物はやはりネメシスのセキュリティコードと航路データです。テレトランも同様の結論を出しています」

ベース217の中央作戦室に、沈着としたホイルジャックの声が響いた。

 

精査したところ内部データにウイルスの存在は確認できなかった

彼の後ろに控えていたパーセプターが補足するように続けて発言し、テレトラン1.5を操る手を早めた。

 

「そしてネメシスの辿ったルートはここ八ヶ月のディセプティコンの目撃情報や戦闘記録とも符合することから、信憑性は高いと言っていいでしょう」

スカイファイアがテレトランの影から身を乗り出し、その巨大コンピュータの天面に両肘をつき気楽そうな面持ちで告げた。

 

「よし。それについてはディーノを信じて賭けてみるとしよう…C-Xのアップデートは?」

オプティマスはスカイファイアを見上げてそう返答し、次に目線を下ろしてホイルジャックに尋ねた。

 

「変形機構や武装ともども現在最終調整中とのことです。博士はニ日以内に三機は有人操縦での実戦投入が可能になるとか」

ホイルジャックはパーセプターに合図し、中央にC-X計画の概要データや完成予想図、進捗状況を表示させた。

 

「なるべく、急がせるように言ってくれ…それとラチェット」

オプティマスは物言わぬ自身の似姿らと剣呑な研究員達の様子とを交互に思い浮かべながら、口早にそう応えた。

 

「はい、次に現状戦闘不能な者たちの詳細ですが…アイアンハイドは変わらずステイシスポッドで療養中です。意識が戻る見込みは薄いでしょう…ウィンドチャージャーはマグネットパワーの暴発がひどくなり、最近は処置の時間以外は一日のほとんどを地上の森で過ごしています」

ラチェットは手元のパッドを見ながら一人づつそれぞれの容態を述べていく。

「プロールの上半分は現在も見つかっていませんし、サンストリーカーは銃を持たせること自体が彼と周囲の危険につながるでしょう。ブロードキャストやレッドアラートはブレインや通信機能に問題があり、サンダーブラストとハウンドはコグがなく…それぞれ戦力としては計算しにくい状態です」

淡々としながらもどこか悄然とした様子でラチェットはそう言い、最後には絞り出すように言葉を発していた。

 

「…グリムロックは?」

言いにくそうに、オプティマスは質問を重ねた。

 

「相変わらず房の中で固まったまま、動きもしませんが…彼はすでに知性と賢さを取り戻しつつあると、クイックシャドウは言っていました」

ラチェットはどこか憂いを帯びたまなざしを向けながら、オプティマスの問いにゆっくりと答えた。

 

「分かった、後で彼と話をしてみよう」

 

「彼を含めると戦闘可能な者は八名と三機程度、といったところでしょうか」

スカイファイアが場の全員を見下ろしてそう言った。

 

「君と私と、クリフジャンパー、グリムロック、ホットスポット、サイドスワイプ、クイックシャドウ…後の一名には誰を_」

怪訝そうにオプティマスはそう返そうとしたが、言い終える前に答えがそれを遮った。

 

このパーセプターが狙撃兵として後方支援を担当する

表情を伺わせない無感情な鉄面皮のまま、パーセプターは自身の導き出した結論を整然とただ述べた。

 

 

 

 

当てもなく基地内をふらついていたホットスポットは、いつの間にやら最下層の空間のほど近くまで迷い込むとそこから漂ってくる煙と異臭を感知した。

「異常反応を検知したか、これは"焦げ臭さ"のパターンだったか?…まさかグランドブリッジの故障!?まずいな、もしディセプティコンにハッキングでもされてたら…」

彼は半ば反射的に変形して走り出しながらそう言った。

 

暗がりの地下空間に突如として水色の消防車が飛び出してきたのを見て、ホイルジャックは手を止め驚きの表情を浮かべた。

「どうしたねホットスポット、そう慌てて」

そばを浮遊していたD.0.Cも工具を持ったまま忙しなく動き回り、ホットスポットとぶつかって墜落した。

 

ホットスポットは急停止すると、嘆息するように一度大きく排気してから乱暴に変形してホイルジャックに詰め寄った。

「近くまで来たら煙が見えたから俺はてっきり発火事故かと思って…こいつは修理中か?」

そして足元に倒れたD.0.Cと工具を拾い上げると、ふと思い出したように口を開いた。

「あとホイルジャック、あんた寝てなくていいのか」

 

「良い訳もない。しかしやれるうちにやれることをやっておくと決めた。今はグランドブリッジをお前さんでも使えるサイズにする改修がそうだ」

ホイルジャックは暗がりに側頭部を青く明滅させながら、投げ渡された工具を受け取ってそう言った。

 

「殊勝な心がけだな…そもそもなんでグランドブリッジを最初から俺が入れるサイズにしてなかったんだ?」

近くの岩の上に座り込み、溶接の光や切断時に散る火花を眺めながらホットスポットは尋ねた。

 

「コイツの図面を引いてた頃はホットスポットが戦線復帰するなんて予定はなかった。転送可能なサイズはオプティマスの体格までという仕様にしていたんだ」

ホイルジャックが解体した筒状の転送部を見下ろすと、中にこびりついた紫の液体が光を反射した。

 

「それだとスカイファイアも入れないよな」

両手に抱えたD.0.Cを揺り起こしながら、ホットスポットは何気なくそう返した。

 

「彼は飛べるだろう。そもそも素材に余裕がない」

ホットスポットの言葉ににべもなくそう返答し、連装式のルーペ越しに眼を凝らした。

 

「でも俺が入れるサイズのものは作れたんだ」

 

「…微妙に内部の容積が足りなかった。つまり頭を引っ込めた状態で中に入ってもらうことになるか」

 

「酷いなそりゃ」

驚いたようにそう言うと、ホットスポットは胸のランプを点灯させて筒状のパーツの大きさを確かめた。

「…最初に入ったのはプロールなんだって?上半身がどこに消えたのか見当はついてるのか?」

 

「原因も不明な事故だ、分かるはずもない。次元の狭間か、宇宙の果てか…あるいはサイバトロンか」

ホイルジャックは諦めと後悔の混じった口調でそう言い、部品の継ぎ目を見つめた。

 

「この星のどこかじゃないのか、だってグランドブリッジなんだろ?」

 

「スペースブリッジというのは空間構造そのものを歪める装置だ。制御を誤れば常識の通用しない世界に飛ばされることも考えられる。それに用意できるものだけで作り上げたこの不安定な装置は動力源にアークのスパークを、制御にはブレインを用いている…そのことから巨神の体内器官と言えなくもない存在になったことも無関係ではないだろう」

規則正しく整列された位置にリベットを留め直しながら、ホイルジャックはどこか愉しげにそう語った。

 

「巨神は故郷を忘れない、だっけか…そんな言葉があったな。なるほどそれでサイバトロンか、上半分だけで飛ばされて生き残れる場所でもないが」

 

「それはこの宇宙のどこにでも言えることだ、最高レベルの医療惑星以外の全てに」

 

「それもそうか。行き先は巨神のみぞ知ると…スパークをクイックシャドウに触れさせるのはどうだ」

今彼の手の中に収まっているものの白さと丸さから連想してか、ホットスポットはかつての上官の名を挙げた。

 

「それは我々も考えはしたことだ。アークそのものか、あるいはそのスパークに同化したスクランブラーの意志か。二つの人格が複雑に絡んでいるような意識と接触するのは彼女にとっても危険を伴う。この件についてはスカイファイアやパーセプターとも何度か話をしたが、プロールはもはや地球にはおらず、そしてクイックシャドウをみだりに用いるべきではないということ以外は三者とも全てにおいて異なる結論に至っていた」

 

「まぁ俺が口を挟む話でもないか、それは専門家に任せるよ。生き死にだけでも分かれば区切りもつくんだが」

煮えきらない様子でそう言い、ホットスポットはグランドブリッジにこびりついた紫色の汚れから眼を逸らした。

「そういえば…なんだがなホイルジャック、この前の出撃で気がついたことがあって…」

彼はランプを消灯すると思い出したかのように切り出した。

 

「持たせた盾のことか?」

ホイルジャックは予期していたかのようにそう尋ね、しかし意外そうな顔をした。

 

「そう…盾だ。この前の作戦に持っていったがありゃレプリカかなんかか?耐火性能も防御力もまるで前のと比べ物にならないクズ鉄じゃないか」

ホットスポットは思い出したかのようにまくし立て、やや大仰なリアクションを返した。

 

「あの盾を戦場で失くしたのが誰だったか…お前さん忘れたとは言うまいな。あれはC-X用の量産品で、だから性能を抑えて数を揃える必要があった」

 

「今度から二つ重ねて装備するかな。それと未だに斧をオプティマスに返してもらってないんだが…」

ホットスポットはすねた様子で独り言のように言った。

 

「二つともまだ修理中だった。だから代わりに刀を持たせたろう」

ホイルジャックは軽く諭すように言い、また一瞬相手の幼稚さを懐かしむような顔をした。

 

「サイドスワイプのと同じやつな…あんなの誰が使うんだよ、俺達の中に剣士なんていないし。建物への侵入経路を作ったり瓦礫をかき分けるぐらいの役にしか立たなかった」

 

「私が自分用に作ったものを貸してやっただけだ。あまり文句を言うようなら今度は斧も劣化コピーを渡してやる」

茶化すようにそう言って笑い、ホイルジャックは広げた工具の片付けを始めた。

 

「そりゃないだろ。俺にとってあの斧がどれだけ重要か知らないのか…」

過去の苦労を思い出しながらホットスポットはそう言いかけたが、ふとホイルジャックの妙な発言に気がつき表情を強張らせた。

「待て、あんた今自分用って言ったか?」

 

「私も戦うことぐらいは出来る」

 

「それって、ホイルジャックのやれることに含まれるのか?あんたやりたくもないし得意なことでもないだろう」

瞬間的な激情とは裏腹にひどく冷静な顔をして、ホットスポットは問い詰めた。

「厭だな、なんかそういうのは…非戦闘員にまで矢面に立つ戦況になると、その度に自分の力不足を実感させられる。殴られるのも撃たれるのも俺だけで十分だろ」

 

「ならお前さんの後ろに隠れて戦わせてもらうのが良さそうだな」

 

「もしその気なら、今度の盾はもうちょっとマシなの用意するんだな」

ホイルジャックの冗談めいた反応にホットスポットは小さく笑い、幾分気が紛れたような顔でそう返した。

 

 

 

 

サンストリーカーはリペアルームに転がり込み、ラチェットの手術台の上に置かれている紫の小さな物体を見下ろした。

「ラットバットの修理は済んだのか?」

 

「ほんの数日前まで君が痛めつけていたとは誰も思わない程度には綺麗に、巧妙に仕上げられたな。ひとまずこれで一安心だ」

ラチェットは自身の成果を誇っているようにもラットバットの悪運に感嘆しているようにも見える様子でそう返した。

 

「意識はあるのか?」

もの言わぬラットバットの虚ろな顔を注視し、サンストリーカーは何の気なしに訊いた。

 

「一応は…ただ今は休眠状態だ。そうでなければ怯えて逃げ出しているところだろうさ」

ラチェットはそう応え、ラットバットを覗き込むサンストリーカーを遠ざけた。

 

「そうか。ギアーズの新作を借りてきてな、ちょうど試したいと思ってたところだったんだが…」

手持ち無沙汰といった様子で、サンストリーカーは落ち着きなく辺りをうろついた。

 

「今度は黒だそうだな。そもそもなぜ彼は爆発する蜘蛛型ロボなんかを作っているんだ」

呆れた様子でそう言い、ラチェットはギアーズの行為に眉をひそめるような表情を作った。

 

「最近見たなんかしらに影響されたんだろうよ。今アークのあいつの部屋は山積みになった紙の束が工具や作業台を覆い尽くしてる。人間の描いた妙なヒーローの絵が描いてあるやつだ」

 

「インスピレーションの爆発だな。屈折した英雄願望のようなものが燻ってでもいるのか…そう長い仲でもないが、彼のあれは毎度あまりいい終わり方をしない」

 

「今度はワイヤーフックを両腕に仕込もうとしてる。スキッズの真似事か知らんが_」

 

「…サンストリーカー、レッドアラートのことなんだが」

軽口を叩く彼に対し、ラチェットは思い切ったようにゆっくりと言葉を発した。

 

「なぁドクター。一体あいつの脚は何なんだ」

猜疑や困惑を顔に表出させて、サンストリーカーは思いつめた様子で尋ねた。

 

「ホイストが図に乗りすぎたらしい」

 

「そのせいか知らんがな、サンダーブラストもいつもに増してやかましいんだ。昔、あんたが捕虜の発声回路を切除する方法を何かのついでで教えてやるって言った時に素直に聞いときゃよかった」

 

「いつのことだ…?医者としての職業倫理に悖る行為だな」

ラチェットはその言葉を聞いて頭を抱え、自嘲するように小さく笑った。

「話を戻すが、アラートに関してはもはや残りの時間をいかに有意義に過ごさせてやれるか…もうそういう段階だ」

 

「医療の力が及ぶ範囲はとうに通り過ぎたと?…全く、俺もあいつもプライマスに嫌われるようなことをした覚えはないんだがな」

 

「私も残念でならない。彼にはこの老いぼれの後を継いでもらおうとさえ思っていた」

 

「あんたも変わったな。昔ならこんな無様は晒さなかったろう」

ふと棘のある声音でサンストリーカーは突き刺すようにつぶやいた。

 

「…今何と?」

ラチェットは一瞬、自身の聴覚機能の劣化を疑い、次にサンストリーカーの性格を疑いかけた。

 

「気を悪くしたか?その…なんだ、要するに俺が言いたいのはだな。醜く老いさらばえる前のあんたは凄かったってことだよ」

 

「褒められながら貶されるとは珍しい体験だな…今も昔もただの医者だよ、私は」

サンストリーカーが一つ言葉を発するごとにラチェットはうつむきがちになり、そして短く吐露した。

 

「ザロンバレーの戦いじゃ、次々に送られてくる負傷者を八人同時にリペアしたらしいな…他にもケイオンの大脱走じゃメガトロンのエネルゴンシグネチャーを偽装して囚人を解放したとか。ディセプティコンが戦場であんたを見つけても誰も殺そうとしなかったって聞いたぜ。死なせちゃ種族全体の損失だってな」

ラチェットが彼自身を力のない老人に貶めようとしている様を冷ややかに見据えると、サンストリーカーは堰を切ったように言い放った。

「これでもまだ自分のことをただの医者なんて言えるか?」

 

「皆揃って、私を買いかぶる。君の言う通り実際は老いた救急車に過ぎんよ。サイバトロン星どころか、君一人のことさえ救えなかった」

背中を丸めきった状態で顔だけを上げ、ラチェットは疲れきった眼でサンストリーカーを見た。

 

「…虫食いになった頭を直せる奴がいるか?あんたに出来なきゃ賢人アルファトリンとて無理だろうよ」

 

「マトリクスが私にも使えればあるいは…」

悔恨と羨望の入り混じった口調で、ラチェットはそんなことを口走った。

 

「眼は蒼いようだが、あんたには無理だ」

 

「確かに無理だ、その通りだな。ただ…眼の色がどうだとか、胸板が厚いだとか、弛まぬ意志を持っているオートボットだとか…実のところ、いわゆる"マトリクスを扱える者の条件"には何の裏付けもない。もっともらしくアルファトリン、ゼータ…そしてオプティマスの共通項をどこかのバカが言いふらしただけだ」

 

「あの珠っころを扱える者って括りならスカイリンクスとサンダークラッシュにロディマス、そしてスカイファイアも考慮に入るな。こうなると最後の条件も間違いだってのは分かるが」

 

「メガトロンやショックウェーブ、スタースクリームらには扱えなかったというのは確かだな。そして君も私も扱えない…万が一私がマトリクスに適合して創造の力や啓示を得られたとして、代わりに出力を制限されても困るが」

 

「啓示?」

 

「スカイファイアが言うには…あれを付けている間だけスパークの出力が吸い取られる代わりに、様々な知識や思考がアルファトリンの言葉となって頭に流れ込んでくるらしい」

 

「情報の押し付けと思考の誘導…そこらの洗脳装置と似た仕組みか。道理で"あの"スカイファイアと相性がいいわけだ」

 

「オプティマスの言葉の意味も今なら理解できる。下手な冗談だとばかり思っていたが、彼がマトリクスを付けることが苦痛だった理由も…」

手術台の上に散らばる工具を一つ一つ所定の位置に収めながら、数百万年分の記憶を辿るように言葉を続けた。

「昔の彼は"私らしくないことを言ってしまった"とよく言っていたな…オライオンは既に亡く、今はプライムでしかないのだろうか?」

 

「この前マトリクス外して元気に大暴れして騒ぎになった話を聞くに、余計な心配だと思うがねドクター。結局、スカイファイアのその啓示とやらに従ってあんたはラットバットに細工したわけだ」

サンストリーカーはラチェットの感傷には大した興味を示さず、そして一つの確信を言葉に変えた。

 

ラチェットは衝撃で手にした工具を落とし、強張る指を作動させてそれを拾い上げた。

「やはり君は隠し事に敏感だ。相変わらず」

観念したようにそう言い、彼は微かに顔を背けた。

 

「今さっきの"仕上げられた"って物言いと態度が少し引っかかった。中身は追跡装置とかウイルスとか、あるいは爆弾か。プロールならすぐに思いついた策だろうってとこが一番大きいな」

 

「私が摘出したパーツをスカイファイアがマトリクスを用いて追跡装置を作り上げ、それを私が元の場所へと戻した…分かりやすく表現するとそうなるかな」

 

「発信機ごときにマトリクスの力をわざわざ使う必要が?」

 

「正確には、スカイファイアはマトリクスを用いてラットバットのブレインモジュールそのものを一定の条件下でのみ追跡装置用の発信機として働くように作り変えたんだ。パーセプターが以前、志願者に行った処置と似てはいるが…これはサウンドウェーブがいくらマインドスキャンをしても絶対に露見することのない仕組みだ」

 

「要はこいつの頭をいじくり回したのか。形が変わるまで殴った俺が言えることでもないが、惨い所業だな」

 

「君が言うと説得力が違うな。ただ所業の是非については…私も同意見だ」

 

「そいつは"職業倫理に悖る行為"のうちには入らないのか?」

 

「在りし日のサイバトロンにおいて史上最も愚かで自己保身に凝り固まった議員だった者に対してさえ、いかな事情においても許される施術ではないのだろうが…それでも今の戦いを有利に進めるためには必要なことだ」

不規則に震える右手を抑えながら、ラチェットは憔悴した様子でそう言い聞かせた。

 

「は…まさかその頭の中のブレインにプロールが宿ったりしてないよな?驚いたよ…」

 

「それについては返す言葉もないが、近頃はどうにも妙な予感が止まなくてな。プロールの疑り深さと神経質さが移ったか私が老いて衰えたかの証というのであればそれも結構だが…何か大きく暗く、そして重い存在の到来を感じるんだ。深くスパークの奥底から」

そう言い終えるとラチェットは近くのコンテナに座り込み、力なく腕を下ろした。

 

「あんた…引退するには遅過ぎたのかもな」

サンストリーカーは立ち上がって眼の前の相手を見下ろすと、振り返りざまにそう言った。

 

 

 

 

普段とは異なり電磁柵を解除した部屋は薄暗く、開け放たれた遠くの扉から漏れた光だけがほのかに空間を照らしていた。

「グリムロック。クイックシャドウから聞いて来た」

オプティマスは光を背負いながら名を呼んだ相手を見据え、静かに歩み寄った。

 

「用件なら…分かっている」

遠慮がちな、あるいは鬱陶しげな口調でグリムロックは短く答えた。

 

彼のその言葉を聞いてマスクを外すと、身を屈めてオプティマスはゆっくりと話を切り出した。

「我々と共に戦ってほしい」

 

「断る」

「今の私は半ば…休眠状態にある。解き放たれれば今度は誰を噛み殺して呑み込んでやろうかと楽しみだ」

粗暴な言葉とは裏腹に、グリムロックはひどく冷静な口調で疲れきったようにそうこぼした。

 

「今更そんなことを恐れるものか。そうなれば必ず私が止める」

赤いバイザー状の眼を覗き込むようにしながら、オプティマスは決然と言った。

 

「いや……そうなることを恐れているのは私自身だ。今は体が思うように動かないからこそ、どうにか内側の渇きや怒りを抑え込めている。憤怒の情炎が牙の隙間から漏れ出そうになることも幾度かあったが」

グリムロックがそう言いかけてわずかに体を動かそうとするとマスクや膝部などあちこちからパーツが剥がれ落ち、音を立てて消えていった。

 

「お前も仲間を失う痛みを知っているなら、償いのために戦うことが出来るはずだ。私の知るグリムロックならそうした、迷いもせずに」

座り込む彼の存在が半ば床と同化しつつあるような錯覚を憶えながら、オプティマスはそれを振り切るように言葉をかけた。

 

「お前一人で十分だろう?」

オプティマスに、あるいは自身に呆れるような表情を見せてからグリムロックは訊いた。

 

「オートボットと軍はじきネメシスに総攻撃をかける。その際ヘキサティコンを引きずり出して足止めをする役がどうしても必要だ」

オプティマスは口元を覆う癖を見せながら、慎重に言葉を発した。

 

「なるほど…今度はそういう建前か。理屈抜きに"俺について来て死ぬまで戦え"と宣う気はないようだ」

事務的な説明にどこか冷めたような眼をして、グリムロックはつまらなさそうに返した。

 

「そうした方がお前の好みだったな。今の私は昔と違ってそれほど無遠慮にはなれない」

言われてから思い出したといった様子でどこか懐かしげにそう言うと、オプティマスは扉の方をちらと見た。

「…ここは開けておこう。気が向いたらリペアルームに行け。ラチェットかホイルジャックに修理させ_」

 

「私が行くと思うのかオライオン?」

マスクをつけ直し、立ち去りかけたオプティマスの後ろ姿を一瞥するとグリムロックはそう尋ねた。

 

「必ず。でなければ我々には全滅の道しか残されていない。我々が_」

「いや、お前と私が今まで勝利のため大義のためと看過してきた四百万年分の部下達の犠牲が…たった数日のうちに全て、残らず無駄になるんだ」

オプティマスは向き直るとグリムロックを見下ろし、マスクで表情を覆い隠しながら厳然とそう告げた。

 

 

地球_ディープフォレスト_2027年_12月21日_

 

 

グランドブリッジなしでの移動は到底現実的ではないほどにベース217と距離のある暗い森の中には、少し開けた場があった。

その空間に躍り出るように、赤いホットハッチが爆走しながら先客の前に飛び出す。

「よぉオンスロート!約束のモンは持って来たんだろうな?」

車の形を一瞬にして手足のついた人型へと変え、クリフジャンパーは地面を滑りながら勢いよく着地した。

 

「それはこちらの台詞だクリフジャンパー。ラットバットを出せ」

オンスロートはクリフジャンパーを見下ろし、憮然とした様子でそう宣告した。

 

「ほらよ。サウンドウェーブが見たら泣いて喜ぶぜ…」

彼の後ろに控える複数の銃口を睨み返しながら、クリフは鳥カゴを取り出した。

 

「お前達、私はここだ!早く回収しろ!!」

ラットバットは檻にしがみ付くように前のめりになりながら、偏執的に叫んだ。

 

「感動の再会って気分がほんの一クリックで消え失せたな。まぁいい…サウンドウェーブの電装パーツだ、好きなだけ持っていけ」

ラットバットの傲慢に呆れた様子でオンスロートは手にした数枚のプレートを見せ、クリフが鳥カゴを放り投げると同時に投げ渡した。

 

人質と物質が空中を交錯し、クリフは跳び上がってパーツを掴み取った。

「なぁ戦略家さんよ、まさかジャンクで俺らを誤魔化そうってんじゃねぇよな?」

 

「貴様らこそラットバットに妙な細工なぞしていないだろうな」

持ち上げた鳥カゴを持ち上げ軽く振りながら、オンスロートはクリフに冷徹な視線を向けた。

 

「(ホイスト、どうだ?)」

クリフはホイストに視覚情報を送り、そう尋ねた。

 

「(意外だ。少なくとも俺の見立てじゃどれも本物のパーツだ…サウンドウェーブはよほど部下が大事らしいな)」

ホイストは中央作戦室のテレトランを通じてクリフと同じ景色を眼にし、驚いた様子でそう返した。

 

「問題はなさそうだ…交渉成立だぜ。じゃあな_」

クリフは意気揚々とそう言い渡して変形して帰ろうとしたが、その瞬間辺りの木々の間から爆音とともにスカイワープとアストロトレインが飛び出した。

 

「少し遊んでいったらどうだ?ホスト総出で歓迎するぞ」

オンスロートは銃を取り出すと愉快そうに言い、不敵に笑った。

 

「馬鹿正直な騙し討ちも嫌いじゃないぜ…!」

言葉とは裏腹に辟易したような渋面を浮かべて、クリフジャンパーは両の拳を握りしめた。

 

「(予測通りだな。さっさと片付けて戻ってきてくれ)」

ホイストはテレトランの前で頬杖をつくような姿勢になり、淡々とそう指示した。

 

「簡単に言いやがる…長い一日になりそうだ」

飛びかかってきたフレンジーを掴んで振り回しながら、クリフジャンパーはヤケ気味に哄笑した。

 

 

三日前

 

 

中央作戦室の上段のデスクの一つに座り込みながら、クリフは心の底から不服そうに大声で言った。

「俺が捕虜交換の交渉担当ってか?ジョーダンだろ」

 

「これまでの捕虜の返還事例を見るに、戦闘になる可能性は極めて高い。しかしこのセクションにあまり人数を割くことはできない…まぁパーツを無事に持ち帰るのが最優先であり、相手に勝つ必要はないから気楽に構えてくれ」

スカイファイアはクリフジャンパーを見下ろし、柔らかながら反論の余地を与えない語気でそう言い渡した。

 

クリフジャンパーの往生際の悪さとしぶとさがあればなんの心配もないやろ!

能天気にテレトラン1.5の人格プログラムのうち片方がそう言い、場は静まり返った。

 

「つまり寄ってたかってボコられても死なない俺が適任だと?俺はパーツの真贋を見極めるほど目利きじゃないんだが」

心底厭そうな態度を隠さず、クリフはそう言い返した。

 

「それは君の眼を通してホイストに見てもらうことにしよう。パーツを確保し次第、なるべく早くベースに帰還してブロードキャストの全機能を復元してほしい。迅速に作戦を次の段階へ進める必要がある」

 

「なぜそこまで急ぐ?日をおいても良さそうなものだが」

場を仕切って流暢に説明を続けるスカイファイアに、クイックシャドウはふと浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「連中もクリフジャンパーに返り討ちにされたすぐ後に殴り込まれでもしたら、士気が鈍るというものさ。これは私個人の経験も多分に含まれた打算だが…どのみちあまり時間をかけてしまうとこちらが不利だ。ブロードキャストのための電装部品を要求した意図を悟られる恐れもあるし、ともすればラットバットがこの基地のことを喋るかもしれない」

 

「奴はここの正確な所在までは分からない、それで間違いはないんだろうな」

ハウンドはそう言い、スカイファイアの打算的な案に少しの不安を覚えた。

 

「そうだね、もしサンストリーカーが破壊し尽くした彼の体内に発信機などがあったとして、ラチェットがそれを見逃すとも思えないし…ラットバットも地下施設であることぐらいは察しがついていたようだが、それ以上のことを思い出そうとしても…サンストリーカーの渋面と砕けた自身の翼が浮かび上がるだけだろう」

 

「気の毒な話だ」

ホイストが無機質に短くそう返し、言外に続きを促した。

 

「次にネメシス攻略には、私がオプティマスと合体した状態でクイックシャドウとサイドスワイプを載せて突入する算段で行う」

 

「ところでオプティマス、マトリクスはどうするのだ?置いていくのか?」

クイックシャドウは隣にいたオプティマスを見上げ、そう尋ねた。

 

「ディセプティコンの手に渡る可能性を考えればそうしたいところだが…あれの力があれば最低限の消耗で敵陣を突破できる。作戦指揮のためにも手放してはおけない」

オプティマスは彼女の肩に手を置き、はっきりとそう答えた。

 

「オプティマスが前のように暴れ出さないためにもマトリクスは必要だ。最悪の場合は私かサイドスワイプが預かることも想定してはいるが…いや、彼にはまだ伝えられていなかったか」

スカイファイアはそう補足し、サイドスワイプが不在にしていることを思い出した。

「ネメシスのステルス機能とトランスワープは、ディーノからもたらされたコードを使用して私とブロードキャストが艦の制御に介入することで突破する。要は不正アクセスというやつだ」

 

「その後、我々四人で内部に突入するのか?」

オプティマスは先を急ぐようにそう尋ねた。

 

「そうしたいところですが、ヘキサティコンを引きずり出す必要があります。それに私が動き回るにはネメシスの艦内は狭すぎる…まず二人を突入させた後、私はあなたと合体して空からネメシスを攻撃します。オーバーロードはあなたへの復讐に燃えているでしょうから、必ず部下を引き連れて追ってくるはずです。そして私は悟られぬようにあなたを分離させて艦内に向かわせつつ、ヘキサティコンをC-X数機とその護衛のホットスポットに後方支援のパーセプターらがいる待機地点まで連れて行きます」

 

「なるほどな。結局、俺の活躍に全てがかかってる訳だ」

クリフは話の半分も理解していなさそうな様子で自信満々にそう言い出し、腕を組んでスカイファイアの方を見た。

 

「その通り、まずブロードキャストの機能が回復しない限りネメシスの制御を乗っ取る難易度が上がる。君を速やかに回収するためにラチェットとホイルジャックにはリアルタイムでグランドブリッジの制御を担当してもらう。ホイストやハウンドにもピットクルーのように臨戦態勢でいてもらう必要があるね」

クリフジャンパーが遮った話の流れを、スカイファイアは彼に同調しながら修正した。

 

「つまりさ、要するに俺はヘキサティコンとの戦いには混ぜてもらえないのか?」

 

「私もさすがにそこまで君を酷使したくはない。と思っているのだが…どうしてもというならその時は君の判断に任す。それとホットスポット」

食い下がるクリフに短くそう返答し、スカイファイアは話を変えた。

 

「あぁ、俺の役回りはC-Xの護衛だったか。パイロットの連中とも知らない仲じゃないが…あの様子じゃどうだろうな」

ホットスポットは窮屈そうに屈んで座り込みながら、どことなく不安そうに返した。

 

「三機のC-Xはそれぞれ粒子燃焼砲装備型、大型ミサイル装備型、多連装砲装備型だ。彼らは後方支援を担う火力と射程に特化した移動砲台として調整させてある。君が敵の反撃から彼らを守りきるんだ」

 

「決行はいつに?そもそもどうやって向こうと連絡をとるんだよ」

黙って様子を見ていたサンストリーカーが口を挟んだ。

 

「それについては将軍に考えがあるようだ」

スカイファイアがそう言うと、テレトランの中央スクリーンの表示が切り替わった。

 

「聞けばスカイファイアは元ディセプティコンだそうじゃないか。適任だと思ったのでな……知っての通り、最近の連中の動きは少し様変わりした。ヘキサティコンが中心となって世界中に破壊と殺戮を撒き散らしてはいるが、かつてのような連携が取れているとは言い難い」

ノイズ混じりの音声を通し、将軍の柔和な声が空間に響いた。

「まぁ指揮系統の混乱した軍などどこもそんなものだ。スタースクリーム派とオーバーロード派で割れてでもいるような具合だな」

「そうなるとスパイは動きやすい。例のディーノとかいう以前の戦闘で新たに発見された赤いディセプティコンはこれまでと打って変わって最近目撃情報が群を抜いて多いが、ヘキサティコンと元のディセプティコン部隊どちらの出撃にも隊員として同行していることが確認された」

 

ディーノが意志薄弱か優柔不断か日和見主義者である可能性も考慮できるがパーセプターはディーノが単に双方の動きを探っているに過ぎないという印象を持った

 

「同感だなパーセプター、そうした訳で彼は今最も接触しやすいディセプティコンだ。察するに出撃を増やしたのは故意であり…スパイとして君達からの連絡を待っていると私は見ている」

 

「でどうやって接触すんのか教えてくれよ。あー、俺に分かるようにな」

 

「よかろうクリフジャンパー。ヘキサティコンが来て以降、彼らの行動にはもう一つ大きな特徴があるが_」

 

「だから回りくどいっての…なんだよそこら辺の資源の略奪に遠慮がなくなってきたこととかか?」

 

「その通り、正解だ。頭数が増えれば補給の問題も無視できん…最近は随分と見境のない野盗に成り果てたものだよ。そこで我々は囮のタンカー船を用意した」

 

「海の上にディーノは来れないだろ」

サンストリーカーが小馬鹿にするような調子でそう返した。

 

「重油を満載したタンカーが機器トラブルと" 蜃気楼"のために港から出航できないという情報を流す。船も港も数日間は人払いをしておく。そして当然積荷は空…今やガスも原油も輪をかけて高価で貴重な資源だ」

 

「あいつらニュース見るのかな?」

ホイストが気の抜けたようにそうつぶやいた。

 

「それどころか軍の情報網にまで一部侵入した形跡があった。ここだけの話だが、ラットバットがまだ生きていることぐらいは知られていると見るべきかもしれんな」

 

「ディーノ以外が来たらどうする?」

ディーノのホログラムを投射しながら、ハウンドは疑問を口にした。

 

「こちらの要求はあくまでサウンドウェーブの電装パーツを得たいという一点だ。それが伝わる相手ならば誰であれ最低限問題はないだろう。例えそうでないとしても危害を加えてしまっては話がこじれる以上、穏便に追い返すのが一番だろうな。場合によってはハウンドのその偽装機能が必要になる可能性もあるかもしれん」

「…対価がラットバットの解放である点に彼らが納得するのかは、私としては疑問だが」

 

「サウンドウェーブはカセッティコンの欠員を望みません。それにラットバットに関しては…昔の彼はあのコウモリを手元に置いてこき使うことを愉しみ、それに執着しているような様子でした」

 

「根暗クンの積年の恨みってのは怖ぇな…ま、相手があの元議員サマとなりゃ分からなくもないか。にしてもアンタ、意外と考えてんだな。棺桶に入りかけの爺さんの割には頭が回るらしい」

 

「クリフジャンパー、そうせざるを得ないという事情がこちらにはある。プロールは私の言うことをよく聞き優れた代理人として働いてくれたが、忠実な部下が消えた後はいつも上司の仕事が増えるものでな。感傷に浸る暇もありはしない」

通信越しにも悲嘆を伺わせる口調で将軍はそう答えた。

 

「その心情は理解できないものではありませんが、あなたが自ら指示を出すほどのことであるとは思えません」

 

「白状するがね…したくもない隠し事が多いせいで、それだけ部下も動かしにくくて困ってしまう。最近は輪をかけてそうした傾向にある」

 

「信用できる相手を見つけるのは難しいからな。俺達もこの星に来てから痛感してるよ」

 

「お互い様だと返しておこうかな、サンストリーカー…さて今回の作戦、成功すればディセプティコンの侵略も終わらせることが出来るだろう。我々に寄せられている期待は大きい、世間では謎のヒーローのように噂されている諸君らだが…今回の作戦が成功すれば表立って我々の同盟相手として公表できる。そして新たな拠点も与えられる段取りになっているようだ」

 

「ほう…その新拠点とやらにもこのC.D.E.F.Gというバカみたいな名前の部隊章を掲げるのか?謎のヒーローがこんなものを付けていてはお笑いだ。デザイン性も最悪だしな」

クイックシャドウは自身の肩に配されているエンブレムを指し、そう非難した。

 

「あまりに酷い言われようで驚いているよ。部隊名は、"デルタ"という前例に倣ったまでのことだ…デザインの発案は私だが、部下達の受けはそう悪くなかった」

将軍は落胆し、少し機嫌を損ねたような調子で続けた。

「あぁ、まだ言っておくことがあった…もちろん今回の作戦は非常に重要なものだ。故にこちらから君達に渡せる情報が少しばかり増えることになった」

 

「それは良い知らせです。この星に居候してる他の宇宙人の顔写真等なら願い下げですが」

人間達の秘密主義に辟易してか、オプティマスはそう毒づいた。

 

「今こそ君達に明かそう。NBE-01と、02についての真実を」

*1
致命的な損傷を受けたサイバトロニアンの体の一部が機能を保存された場合においては褪色とそれに伴う劣化は進行せず、部分的な自己再生及び他のサイバトロニアンを取り込んでの再生をしようとする



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オートボット-地球編⑰:Lethal Dose,Part1

地球_ヴァロンズ港_2027年_12月19日_

 

 

無人の港に停泊していたタンカーは、二つに裂かれて今にも沈もうとしていた。

その破壊をもたらしたもの達はたった二体のディセプティコンであり、いずれも有能にして残忍な兵士であった。

彼らはただ眼前の敵を叩きのめし、そして今かつての同胞でさえも躊躇なく屠らんとしている。

「さてとジェットファイア…今はスカイファイアだったか?話の続きはどうした?ないなら終わりにしちまおうか」

手足のうちいくつかを失って地面に倒れ伏したスカイファイアの首元に刃を押し当てると、ディーノは複雑な意匠の頭部に悪戯っぽい笑みを湛えた。

 

「よいのかディーノ、殺してしまって」

彼の後ろにいたオレンジ色の大柄なディセプティコンは、良心と道徳ではなく冷酷さと疑り深さを内包した声色でそう問うた。

 

「…ならお前はどうしたい?こいつを生きたまま、スタースクリームに引き渡すのか?」

腕のブレードを収納して彼から少し離れるとディーノは意外そうな、あるいは面倒そうな顔をして訊き返した。

 

「是非はともかく、そうした方が賢明ではあるのだろうが…あの愚か者はこやつを見つけたら生け捕りにして連れてこいと喚いてたそうだな?私のようなメガトロン派が何体もネメシスから蹴り落とされて地上に潜伏せざるを得なくなった、その後に」

そのディセプティコンは腕を組み、似た顔をしたディーノを見ると呆れたようにそうぼやいた。

 

「あのご聡明なる参謀殿はこいつが絡むとただでさえ希薄な合理性と冷静さが地に墜ちる。今思えば先に艦を降ろされてた連中は幸運だ…なんせスタースクリームの当たり散らしとオーバーロードとの大喧嘩に巻き込まれなくて済むんだ、サビだらけの廃材にまみれていたお前も案外似合いの住処に流れ着いてたのかもな」

互いに同情するような眼差しを向けながら、ディーノは皮肉混じりに返した。

 

「これでも元土建屋だ。壊すより作る方が性には合っている…降ろされた後になってわざわざ呼びつけられるとは、思ってもみなかったが」

そっけなく答え、もう一人のディセプティコンはスカイファイアに近づくと首を掴んで持ち上げた。

 

「ジェットファイアをパワーで止められる奴は少ない。そして今の状況で俺の言う通りに動いてくれる奴はなおのこと少ない…まぁそういうことだ、ブロウビート」

 

「私はメガトロン様以外の将になったつもりはないし、今後もなる気はない…だが、どんな命令であれあの方の利になるものである間は従ってやる」

ブロウビートはゆっくりとそう言い、地鳴りのような咆哮を上げながら左腕上部のキャノン砲を展開させた。

 

「相変わらず見上げた忠誠心だね、なんで君のような者がまだディセプティコンに_」

首を掴まれたまま刻々と大きくなるキャノンの駆動音を顔のすぐそばで聞かされながらも、スカイファイアは常通りの調子でそう言いかけた。

 

「ボディに見合ったその度胸も、憎たらしいその薄ら笑いも今となってはひどく懐かしい…陣営を変えても性根までは変わらんとみえる」

手の力を緩めてスカイファイアを放り落とすと、ブロウビートはどこか虚しそうにそう告げた。

 

「どうした?らしくないんじゃないのかブロウビート」

ディーノは片眉を上げるような所作を彼の複雑な顔面で表現すると、困惑の声を上げた。

 

「ディーノ、こやつの持ってきた情報はメガトロン様の役に立つのではないだろうか…それに裏切り者をこの手で誅するのにもいい加減飽きた」

ブロウビートはその薄汚れた体を揺らして、どこか物憂げな様子で言った。

 

「あれだけ味方を焼き殺していれば、まぁそうだろうさ。かつてはどんなディセプティコンもあんたのその雄叫びを聞くだけで震え上がったもんだ。スタースクリームやブラジオンなんかは特にな」

ブロウビートの胸から全身へ脈々と広がるマグマのような流路を眺めつつ、ディーノはそう語った。

 

「ラットバットにしてもそうだ、昔からいけ好かん小物だった。この胸の溶鋼炉にぶち込みたいと思ったことも一度や二度ではない…!」

憤りを隠しもせず、むしろ爆発させるかのようにブロウビートはその雄弁さを発揮した。

 

「それで?」

慣れた様子のディーノは億劫そうな顔で続きを促すように問いかける。

 

「…がな、それでもサウンドウェーブが作戦の後方支援を円滑に行う上でラットバットは重要な装置だ。あの偏屈な頑固者なら自分のパーツくらいは悩みもせずに差し出すだろう」

 

「それについちゃ間違いないな」

ブロウビートの語る言葉通りの情景が容易に想像できたディーノは、短く笑ってから同意した。

 

「私も同感だ」

スカイファイアは座り込んで二人を眺め、落ち着き払った様子で冷静な言葉を発した。

 

「…それに結局、あの船の積み荷は空っぽで我らはまんまと誘い出された。その上なんの成果もなしでは私はともかく…お前は帰るに帰れまい、ただでさえ薄く脆い鉄板の上を歩いているような立場なのだろうしな」

ブロウビートは一抹の憐憫を覗かせて、ディーノを慮るようにそう続けた。

 

「まぁ…お前がそこまで言うんだったら、仕方ない。スタースクリームもこいつからの話なら多少は素直に聞くかもな」

表面上は嫌々といった様子を見せたディーノだったが、彼の複雑な表情には安堵や自嘲と微かな後悔の色が浮かんでいた。

 

「ご理解いただけたようで幸いだ…では話の続きといこうか」

スカイファイアは攻撃によって引きちぎられていた手足をどうにか引き寄せ、ゆっくりと再接続するとおぼつかない動作で立ち上がりそう告げた。

 

 

地球_ベース217_2027年_12月21日_

 

 

仲間の待つリペアルームに、クリフジャンパーは力ない足取りで傷ついた体を向かわせた。

「も、持ち帰って来たぞ…ほらこの通りだ」

手足は根元から引きちぎられた痕跡があり、体中に裂傷や銃創を刻まれた状態でありながら、彼は苦痛ではなく疲労に由来する渋面を浮かべるとそう告げた。

 

「見てたぞ。でかしたな、いつもながら期待通り」

ホイストは短い言葉でそう応え、クリフに彼専用の人工エネルゴン飲料を手渡した。

 

「死ぬかと思った…てか実際何度か死にかけたけどよ、おーいブロードキャスト!」

受け取ったそれを一息に吸いきって放り投げるとクリフはその場に伏せるように倒れ込み、ごろと寝転がって言った。

 

「また借りができたなクリフ」

ブロードキャストは小走りでクリフに近づき、その傷だらけの体を見下ろして申し訳なさそうに言った。

 

「おしゃべりは後にしてもらわんとな。せっかくの時間を無駄にしちゃならん」

クリフに追いつく形でリペアルームに入室したホイルジャックが工具片手にそう言い、彼の後ろにいたラチェットもその発言に首肯した。

 

「ホイルジャック、ラチェットも来たのか」

ブロードキャストは少し驚いた様子でそう言いつつ、元いた医療用の充電スラブの上に体を預けた。

 

「下のグランドブリッジは一旦停止させた。今は君のリペアが最優先だ」

片手間にブロードキャストへそう応えつつ、ラチェットは手際よく治療の準備を進めていた。

 

「よし受け取れ!これが大事な大事な例のパーツだ」

ホイストにパーツを手渡すと、クリフはやや大げさにそう言った。

 

「あ…あれ、俺の見立てが間違ってなきゃ部品はそのまま使えるはずなんだが」

ホイストはブロードキャストの胸部を開き、受け取ったパーツと内部機構とを見比べて言った。

 

「お前さんの観察眼は時として当てにならんな」

ホイルジャックは手を止めずに呆れた顔でそう言い、ホイストを一瞥した。

 

「形状が違うか。少しの加工が必要だな」

ラチェットはパーツをホイストから取ってそう言い、ホイルジャックに投げ渡した。

 

「やっとる暇がありゃいいが…」

するとホイルジャックは言い終える前に体内から素早く工具を取り出し、受け取ったパーツを改造する音で発言の後半はかき消えた。

 

「ブロードキャスト、すぐ施術に入る。リラックスしていてくれ」

背後の作業音を意識的に聴覚から排除し、ラチェットは寝転がるブロードキャストに諭すように告げた。

 

「無理を言ってくれるな」

 

「自分の意識をはっきりさせておき、胸殻に感覚を集中させて接続を受け入れる用意をするんだ。言うまでもないがとびきり痛むぞ」

ホイストは深く考えずにそう発言し、次の瞬間には手術前の患者に緊張を与えるのをよしとしないラチェットに連れられていった。

 

「俺と話すか?」

クリフジャンパーは寝ているブロードキャストのそばまで来てそう言った。

 

「何もしないよりはいいか。さて何を話す?」

無機質な天井を見上げる視界の端に赤いツノが小さく見えたのを知覚しながら、ブロードキャストはそう返した。

 

「色んな奴からいろーんな説明を受けたんだが…俺は結局ブロードキャストがなんでこの作戦に必要なのかよく分かってないんだ」

 

「なるほど、雑に言うならテレトランと宇宙に浮かんでる人工衛星、そしてスカイファイアの三つの間のやり取りを適切に管理する役目がある」

 

「いないとどうなるんだ?」

クリフは不思議そうにそう訊き、ブロードキャストの視界の中の赤いツノが揺れた。

 

「軍事衛星と入手した航路データとを照らし合わせて、ネメシスの正確な捕捉を可能にすることが出来なくなってしまう。何もない大空で透明な敵を見つけることの難しさについての説明は必要ないだろう」

 

「テレトラン!ウイルスや不審なプログラムがないか確認してくれ!」

ホイルジャックがテレトラン1.5とリンクさせたD.0.Cに加工したパーツを渡してそう叫んだ。

 

「でもその後はどうなるんだ?制御を乗っ取ったらステルスも消えるだろ」

 

了解!スキャンしまーす

D.0.Cは愉快そうに飛び回りながら、テレトランからの音声を再生した。

 

「確かにそうだが、乗っ取るまでが大変なんだ。セキュリティコードを照合して問題なくアクセス出来たとして、そこからはネメシスそのものの制御に干渉しいくつもの機能を支配下に置く作業だ。いわば電子の世界での城落としが始まる」

 

問題はないで

テレトランの診断結果がD.0.Cから発せられるとラチェットはそれを渡すよう促し、素早く受け取った。

 

「俺の好きな表現の仕方だな。その世界じゃどんな武器を使うんだ?」

 

「こちらにはテレトラン謹製の新型ウイルスという爆弾がある。それを私が受け取って精査と再調整をし、スカイファイアに積み込むんだ。彼が城の前に陣取ったらまずは大量の兵力を、つまり意味ありげな情報の大群をネメシスへと送り込む」

 

「見せかけだけの囮ってことだな!」

 

「さすがだクリフ、本命は爆弾だ。思わせぶりな偽情報や置き換わっているファイルに混乱した向こうが焦って艦内のデータベースを精査すると…」

幼体をあやしおだてる様子でブロードキャストはそう言い、どこか得意げになって話し続けた。

 

「いくつも紛れ込んでいたウイルス入りの仕掛けも開かれてドカンか。なるほど面白いな!」

 

「大量の無意味な情報を送ることでネメシス自体の動作も遅く不安定なものになる」

 

「なら乗っ取りも遅くなるんじゃないのか?スカイファイアも墜落とかしそうだが」

 

「ウイルスは無意味な情報を食いながら成長し、ネメシスの制御プログラムそのものを書き換えていくんだ。侵食のスピードは最初こそ遅いが、どんどんと加速していく」

 

「すごいな、爆弾が爆発したら中から共食いして増えるナノコンが湧いて出てくるのか」

 

「スカイファイアについても心配はいらない。大量の兵士達は解き放たれるまで皆、マイクロチップよりも小さくまとまっているんだ」

 

「俺ぁ感動したぜ。皆最初からそういう言い方をしてくれれば、今までインテリどもを嫌うこともなかったのに」

 

「よし、準備できたぞブロードキャスト。クリフは下がってくれ」

戻ってきたラチェットは両手に多くの工具を持った状態でそう言い、ブロードキャストを見下ろした。

 

「でも俺もなんか手伝いた_」

 

「そこで成功を祈っていてくれ…静かに、だぞ」

クリフの発言を遮り、ラチェットは慎重に表現を選んでそう応えた。

 

「だよな。そりゃそうだな、うん」

 

「クリフジャンパー!聞こえているか!」

気を落としたクリフの聴覚に、突如として聞き慣れた声の通信が割り込んだ。

 

「おっと無意味な軍勢を積んでるスカイファイアからだ…どうかしたのか?」

 

「無意味?…いや、私はそちらの進行が今どうなっているか聞きたいのだが」

クリフの発言を普段通りにあまり意に介さず、スカイファイアはそう切り出した。

 

「パーツの規格がどうとかで少し手間取った。間に合わなさそうか?」

 

「ネメシスが予定地点を超えてしまう可能性は捨てきれない。そうなってしまうと…」

 

「まずいよな、空飛ぶ城に対して俺達にゃ待ち伏せのカードしかねぇ以上…なぁスカイファイア、オプティマスの調子はどうだ?」

ふと思い出したようにクリフは質問を付け足した。

 

「想像だが、恐らく難しい顔をしていると思うよ。話してみるかい?」

スカイファイアは手短にそう答えつつも、クリフの声の後ろから聞こえる叫び声と騒音が気になっていた。

 

「いやいいんだ、そっちはもう飛んでるんだったな…あ、こっちの作業は終わったらしい。ドクターらの怒号と患者の悲鳴と機械音が織りなす喧騒がちょうど止んだよ」

 

「聞こえているぞクリフ…さてブロードキャスト、調子はどうかな」

ラチェットは嗜めるようにそう言い、続けて自信なさげに患者に様子を尋ねた。

 

「自分の中に他の誰かが居座っているような違和感は拭えないが、任務には全く問題ないだろう。いい手術をありがとう」

どこかラチェットを勇気づけるようにブロードキャストは礼を言い、朗らかな笑みを浮かべた。

 

「だってよ。きっちりリペア完了だな」

クリフはスカイファイアにそう言い、ブロードキャストに通信を繋げた。

 

「聞こえているな…ブロードキャスト、手はず通りに進めてくれ。作戦を開始するぞ」

スカイファイアは真剣そのものの声色で手短にそう告げた。

 

「了解、これよりテレトランと連動する。ラットバットの位置情報を元に制御システムへの介入を試みよう」

すぐさま兵士としての顔へと変わり、ブロードキャストは中央作戦室へと走った。

 

「こちらホットスポット!C-Xともども配置は済んでるぞ。パーセプターもいい子にしてる」

 

「よし、んじゃ俺もあっち行ってくっか…ハウンド!武器よこせ」

ホットスポットから入った連絡を受け、クリフジャンパーは武器庫に飛び込んだ。

 

「整備はしておいた、どいつもピカピカに磨き上げてある…いくらでも好きに持ってけ。俺の分までぶちまけてこい!」

大量の銃火器を並べ、ハウンドは自慢げにそう言うと屈んでクリフと拳を合わせるジェスチャーを行った。

 

「恩に着るぜ…おいラチェット!ブリッジの操作は頼んだからな!」

 

「まったく慌ただしい…」

ラチェットは入り乱れる通信にそう返しながらも、活気の溢れる仲間達の様子にどこか懐かしさを覚えながらグランドブリッジへと走った。

 

 

 

 

薄暗いスカイファイアのコンテナの中で、落雷や雨音に混じって言葉が響いた。

「ブロードキャストが復活し、もう間もなく作戦の第一段階が始まります。それとオプティマス…クリフがあなたのことを心配していました」

 

「彼にまで気を遣わせてしまっていたとは…いよいよ指揮官失格だな」

発言に連動してホログラムで表示されたスカイファイアの頭部を見つめながら、オプティマスは自嘲するようにそう言ってマスクを外した。

 

「何をそんなに悩んでんです?オプティマスプライムともあろうお方が」

揺れる機体の中で隣に寝転がっていたサイドスワイプが不思議そうに、かつ能天気に言った。

 

「…将軍からある話を聞かされた。我々全員に深く関係していることだ」

クイックシャドウはオプティマスの肩に手を置き、心配そうに見つめながらサイドスワイプに言った。

 

「サイドスワイプはあの場にいなかったが、どこに消えていた?」

オプティマスはここ数日の多忙のうちに訊き忘れていたことをようやく尋ねた。

 

「シンシアちゃんってこの前のオペレーターを乗せてちょっとばかしドライブに」

悪びれもせずにそう言い、サイドスワイプは微かに照れ笑いをした。

 

「相変わらず手が早いなサイドスワイプ」

つられて苦笑し、オプティマスは懐かしそうに言い返した。

 

「なんせ俺の肩書きは高速戦闘員ですからね。あの娘も目を回してましたよ」

 

「軽率な…ディセプティコンに発見されでもしたらどうする気だったのか」

クイックシャドウは呆れの混じった怜悧な声色でそう言い、サイドスワイプを指さして静かに糾弾した。

 

「…事の始まりは二百年以上前の話になる。かつて人間達がアークの存在を把握したのは奇跡でも偶然でもなく、我々の方から接触があったからだという」

オプティマスは雷鳴と揺れがスカイファイアの機体を揺り動かす中、静かに語り出した。

 

「じゃあとんだ早起きが俺らの中に?」

片眉を上げるような仕草を見せ、サイドスワイプは起き上がった。

 

「そうだ。そしてその頃に何者かが"黄色い獣"の姿をとり、彼ら人類に遭遇したという。あの絵や伝え聞いた話から恐らく、我々のうちの誰かがこの星の原生生物をスキャンして変形したのだろう」

数日前の光景を思い返しながら、オプティマスは考え込んだ表を崩さぬままそう答えた。

 

「いくら機械が周りにないからって、有機物への変形なんてことを?そりゃ不可能じゃないんだろうが…」

サイドスワイプは突拍子もない話に困惑しながらそう言った。

 

「我々サイバトロニアンは他の惑星で何かに擬態する場合、その対象の文明レベルが低いほど本来の力を発揮できなくなる…確かに、最良の選択ではなかった」

クイックシャドウはそう応えると、胸部のボンネットを開いてその中から何かを取り出した。

 

「それで…その誰かさんが人間達のペットになって、餌欲しさに俺達の情報を吐きまくったと?」

どこか釈然としない様子でサイドスワイプは探るようにそう訊いた。

 

「そうではない…かつて、後のベース217となる施設は彼の手によって建設された。そして過去のいくつもの戦争に一兵士として従事し、我々はそれらにまつわる決して表に出ることのない記録を見ることができた」

オプティマスは己が聞かされた話を反芻するようにゆっくりとそう語った。

 

「興味が湧いてきましたよ。どこに行きゃその黄色い勇士に会えるんです?」

戦いの話が出た途端に眼の色を変えたように、サイドスワイプは前のめりに強い興味を示した。

 

「私も同じ気持ちだった、だがもはやそれも叶わない。我々はあまりに遅すぎたのだ…最後の大戦の折、彼は"ショックウェーブ"との戦闘で負った傷が遠因となって1984年に死んだ。少なくとも将軍はこの写真を見せて我々にそう言っていた」

そう言ってオプティマスは前腕部からある画像を投影した。

 

「へぇこいつが。このオルトモードは…あの娘から聞いた話に出てきたな、確か機関車ってやつでしたか。獣ほどじゃないにしろ、蒸気機関で動く原始的な代物ですね」

サイドスワイプは浮かび上がった荒い画像を眺めながら、記憶を辿るようにそう発言した。

画像には二体のサイバトロニアンが格闘しているところが収められており丸く小さい方はハンマーを手にし、もう片方は左腕と一体化している銃口を相手に向けていた。

「画質も悪いしおまけに白黒じゃあの一つ目野郎にハンマーを振り下ろしてることぐらいしか分かりません。でも俺の記憶に間違いがなけりゃ、あいつはサイバトロンにいたはずじゃないですか」

 

「我々もそこで新たな謎に直面した。これがショックウェーブ本体であり、既に倒されているのだとしたら心配も必要ないだろうが…そこまで楽天的ではいられない。パーツも含め、痕跡のほとんどが残っていないそうだ」

画像に映っている暗く無機質なシルエットを見つめ、クイックシャドウはそう言った。

その影は全身に前時代的な戦車かあるいは戦艦の意匠を纏ってはいるものの、彼らの記憶の中にある仇敵の姿に酷似していた。

 

「他に手がかりは?」

 

「彼の遺体は頭部やインシグニア、ハンマー等の一部を除き、本人の希望によって適切に処分・再利用されたそうだ…個体の情報が記録されているものといえばその認識票だけしか残されていない」

クイックシャドウが取り出したものを指して、オプティマスは言った。

 

「なぜか濃い靄のようなものがかかっていて、この物の記憶はろくに読み取れなかった。精度が低い上に得られた量も少ない…ここに記されている名は私には聞き覚えのないものだったが、サイドスワイプは何か知っているか?」

サイドスワイプに認識票を投げ渡し、クイックシャドウは訝しげに言った。

 

「えーとどれどれ、名前はバン…ブルビー?

 

 

 

 

ベース217の隠された通路の先には、埃と煤にまみれた古い部屋があった。

数十年ほど前には司令室であったのだろうその空間はクリフのような小柄なサイバトロニアン以外にはやや手狭なものであり、将軍は部屋の朽ちかけた椅子に座ると口を開いた。

「私が彼…NBE-01と最初に会ったのは父に連れられてこの基地の…ちょうどこの部屋にやってきた時だ」

 

オプティマスは出入り口の扉を破壊しながら窮屈そうに部屋を見回し、そして壁面に飾られている絵に視線を向けた。

「これは…サイバトロニアンですか」

その絵にはネコ科らしき獣の姿と、獣と同じ意匠を持った人型のロボットとが詳細に描かれていた。

 

「名は君らも知っているだろう。同じ艦で母星を旅立った仲なのだろうから」

将軍はまるで彼らが古い記憶を思い出すのを促すように、持って回った言い方をした。

 

「じゃあ、そいつは別の艦でこの星に来た訳でもなく…アークの乗組員?」

クリフジャンパーは絵に駆け寄って覗き込みながら、不思議そうに訊いた。

 

「こんな奴いたか?」

サンストリーカーは古びた絵画をつまらなさそうに観察し、その中の見覚えのない顔を見つめてそう言った。

 

「"バンブルビー"、諸君らも名を聞けば思い出す…とは思わん。彼曰く、当時はあまり目立つタイプではなかったそうだからな」

サンストリーカーを静かに見返し、将軍は淡々とそう告げた。

 

「アイアンハイドが数が合わないと言っていたあれか」

オプティマスは即座に該当する記憶を引き出し、驚愕しながら言った。

 

「バンブルビー?…まさか、あのビーがか?」

クリフジャンパーは動揺を隠さずに訊き返し、反射的に絵を眺めて被写体の中に旧友の面影を見つけようとした。

 

「クリフジャンパー…君は彼と同型だったか?そういえば彼から話を聞いたことがあったか」

将軍はどこか昔を懐かしむような眼差しで、クリフにそう語りかけた。

 

「芯も強いし小回りの利く腕利きでした。ずっと目立たなくてもいつも影で皆を支えてたんです」

 

「あいつが目立たない影になったのは他でもないお前の大活躍の前に埋もれていったからだろ。ずっと"クリフじゃない方のチビ"なんて呼ばれてたし」

サンストリーカーはクリフの言葉にそう毒づき、同情と侮蔑の混じった視線を絵に描かれたバンブルビーへと向けた。

 

「あまりよい評価を得られていないことは分かっていたが…まさかクリフジャンパーが一番彼に目をかけていたとは皮肉なことだな。そうそう、かつてこの基地もバンブルビーが一人で作ったものだ。温厚さや小柄なことで彼は侮られることも多かったようだが、その偏見を常に気概とハンマーで打ち砕いてきた強靭さの持ち主で…我らの最高の友人だった」

 

「その友人とやらには会えないのか?」

黙って聞いていたクイックシャドウはふと思い立ったようにそう口を挟んだ。

 

「バンブルビー…NBE-01は既に没した。遺骸もごく一部しか残っていない」

将軍は口惜しげにそう言い、壁に備えられている棚の引き出しを解錠すると何かを取り出した。

 

「それでもいい。私に見せてみろ、何か読み取れるはずだ」

身を屈めて高さを合わせ、クイックシャドウは好奇心を露わにしてそう促した。

 

「よかろう…このエンブレムと認識票がそうだ。それは君達サイバトロニアンのもの…持つべき者のもとへと返そう」

それぞれ大人の掌に余る大きさの形見を、将軍はそう言って丁重に手渡した。

クイックシャドウは厳かに一礼してそれらを手に取ると、黙して記憶の読み取りに集中した。

誰もが黙し静寂の広がる中で、クイックシャドウの呻くような声だけが断続的に部屋に響いた。

 

「なんか分かったのかクイックシャドウ、物の記憶がどうたらってのは」

作業を終えた彼女がふらつきながらゆっくりと立ち上がると、クリフジャンパーは待ちきれずにそう尋ねた。

 

「…駄目だな。理由は分からないが、あるいは相手のことを知らないからか?明瞭なものは大して見えてこなかった…ただ、話の内容に嘘偽りもなさそうだ」

 

「そしてNBE-02についても語らなければなるまい。彼の死にも関与した存在だ」

また別の棚を開けつつ、将軍はそう続けた。

 

「私がいつかの際に発見したショックウェーブらしき者がそうだと…そういうことでしょうか」

 

「その件については済まないことをしたと思っている。我々も君達にどこまで知らせてよいものか…後戻りの出来ないところまで巻き込んでしまうのではないかと悩んでいた」

憤りのこもったオプティマスの発言に、悄然と答えると将軍は何枚か写真を置いた。

「その写真の奴は…どこから来たのかや目的については謎だ、バンブルビーが呼んだ"ショックウェーブ"という名前以外に分かっていることはとても少ない」

将軍の説明をよそに、オプティマス達は古びた机の上の小さな数枚の写真を隅々まで観察していた。

こちらを見下ろすショックウェーブの顔を捉えた一枚の写真と眼が合い、オプティマスはふと形容しがたい震撼を覚えた。

 

 

 

 

テレトランの前に位置し、ブロードキャストはスカイファイアとの通信を再開した。

「こちらブロードキャストだ。調子が戻ったよ…待たせて悪かった」

 

「視覚的には見渡す限り雷雲ばかりだ、そちらでもラットバットは補足できているかな?」

スカイファイアはどこか心配そうな口調でゆっくりとそう問うた。

 

「天候のせいか少し不安定ではあるが問題ない、しっかり届いてる…座標確認。衛星とのデータリンク完了、進路はこっちの予測通りだ」

ブロードキャストはすぐに常通りの冷静な口調に戻り、任務の遂行に意識を集中させた。

「過去のデータからテレトランの予測した進路とスカイファイアの火器照準補正プログラムとを私がリアルタイムで連動させる。これで透明な標的でも狙った場所に当てられるはずだ」

 

「ディーノのセキュリティコードを照合する…アクセス完了。圧縮したデータファイルを送信。あと四秒ほどで増殖し始めるだろう」

スカイファイアは雲に紛れてネメシスの補正図と一定の距離を保ちながら航行し、眼前の戦艦へ介入を開始した。

 

「テレトラン、城攻め開始だ」

 

命令を確認…ウイルス起動。急速な自食作用の発現を確認

 

進行状況をモニターしているテレトランの表示に突如として異変が起きた。

「いや問題発生だ。敵艦の自己診断回路が自発的にこちらを締め出しつつある」

 

「これではまるでネメシス自体に意思があるような…」

 

「こ…こういう時プロールならどうしろと言うだろうか?」

ブロードキャストは動揺のあまりスカイファイアにそう訊いた。

 

「"想定外の事態だ"と言ったきり止まって考え込むか、あるいは銃と腕力で強引に突破するか…」

プロールに関する記憶を敵だった頃から思い出しつつ、スカイファイアは相反する二つの答えを出した。

 

「なら後者を取る。以前君が保管していると言っていたモザイクウイルスを使えないか?」

ブロードキャストはこれまで彼が見続けてきたプロールの姿と合致する選択肢を取った。

 

「乗っ取りたい制御プログラムそのものが根幹まで破損しかねないが…リスクを冒すのは嫌いではない。早速試してみよう」

スカイファイアはどこか愉快そうに言い、内部のデータチップに封印していたあるものをネメシスへと送信した。

 

「クリフに合わせて言うなら、共食いナノコンに加えて赤錆病をばらまいたようなものかな」

静かにそう独りごち、ブロードキャストは状況を注視した。

 

「ネメシスの自己診断機能、緩やかに低下を確認。ゆっくりと侵食の拡大が継続中だ」

 

「もしネメシスに意思があるとしたら、乗組員に異変を知らせるはずだが…なら警報の一つもないのは不可解だ」

 

「侵食、速度を上げて拡大中。制御プログラムの乗っ取りがおよそ半分完了」

 

「書き換えが概ね完了した。ネメシスの制御はもはやディセプティコンには行えない…操縦桿はこちらが握っているも同然だ」

嬉々としてそう言い、スカイファイアは加速をかけネメシスに接近した。

 

ネメシスのステルス機能を解除、トランスワープ含め航行の停止を命令

 

「猛威を振るったネメシスの防衛システムも、これで意味をなさない。出入り口の閉鎖まで自由自在…もっとも、それも君のウイルスが艦そのもののシステムを破壊するまでの間だけだが」

 

「あれは猛毒だが、遅効性だ…あの図体では毒が回るまで数時間はかかる。その頃には全てが終わっているだろう」

スカイファイアは雷雲の隙間から覗く紫の船体を睨み、後部の乗降口に向け鋭い機動で肉薄した。

 

 

 

 

地上の平原で、ホットスポットと彼が率いる3機のC-Xとパーセプターは静かに攻撃の時を待っていた。

雷雲に紛れていた紫の船体がゆっくりと墜落しながら、その威容を晒した。

「この距離であぁまではっきり見えるのか…かなりデカいな、今までずっとあんなのが空に浮かんでたのか!?」

C-Xの専任パイロットに選ばれた者のうちの一人が、物々しく狭苦しいコクピットの中でそう叫んだ。

 

「腰抜かしてるとこ悪いが野郎ども、驚いてる暇はないぞ!あれが憎きディセプティコンの母艦だ…すぐにスカイファイアが団体客を引き連れてくる。指示をしたら一斉に撃て」

ホットスポットはそう熱っぽく号令し、僚機を落ち着かせんとした。

 

「さっきの白いのが味方か」

冷静な声が通信に響き、C-Xのうちの一機が頭を巡らせて空中に浮かぶ巨大戦艦を見据えた。

 

「そうだ。俺達はあいつに釣られてやってくるヘリと戦闘機を落とせばそれでいい…作戦通り、こっちが死なない程度に撃ちまくれ!」

 

「C-X1、了解だ…俺の粒子燃焼砲が一番長射程だが弾道で居場所が丸分かりだな。護衛はファイヤーマンに任せる」

オプティマスが以前運用していたものと同様、無骨な長砲身を肩に担いだC-Xの中でパイロットがそう発言した。

 

「それを言うならファイヤーエンジンだな。しかし見ろよこの背中のミサイル、まるでロケットの柱に括りつけられてるようだ…」

微かに震える声で軽口を叩き合い、C-X2は各部に装備されたミサイルを見せびらかす動作をした。

 

「分かってるじゃないかジェフ、気に入ったぞ!辺鄙な片田舎にあるお前の実家が今後もし火事になったらいつでも駆けつけてやることにしよう。あとそのミサイルは懸架したまま飛行も可能だ。今日ここでお前自身が花火にならないことを願うぞ」

ホットスポットはかつて部下にそうしていたように2号機のパイロットに檄を飛ばした。

 

「無駄口を叩いてる暇はなさそうだぞロボット隊長殿、空が騒がしくなり始めてる」

 

出撃したヘキサティコンを確認

パーセプターはそう告げ、鋭い手さばきで銃を構え即座に狙いを定めた。

 

「予定通りに行く。ジェフの二号機とヘンリーの一号機、そしてパーセプターが敵を狙い撃って、俺が全員の盾になる。ダグの三号機は弾幕で連中を足止めすることに専念してくれ」

全員を一人づつ指さし、ホットスポットは途端に冷静さを取り戻してそう指示した。

 

「了解。ガトリングと特殊弾頭のオンパレードだ、腕が鳴るな…こいつ一機の弾薬費だけで一生遊んで暮らせる額だろうが」

両腕と肩部に多連装砲を懸架された特異なシルエットの機体の中で、パイロットが唸るようにそう言った。

 

「ようホットスポット。俺を忘れてちゃいないか?」

突然グランドブリッジが彼らのほど近くに展開し、空間の歪みと異音を伴いながら向こう側からクリフが飛び出した。

 

「クリフか!心強いな…お前だけは好きに暴れ回ってくれればそれでいい。なるべく俺達と離れた場所でな」

ホットスポットは掌を向け、跳び上がったクリフとハイタッチすると言い含めるようにそう告げた。

 

「分かってるさ。それより出撃前の号令はどうしたんだ隊長殿?」

浮足立っている様子でそう言い、クリフは陽気な笑顔を返した。

 

「…じゃあ久々に言うぞ、オートボット!鎮火開始だ!!」

ホットスポットはどこか照れくさそうな顔をしてから意を決してそう叫び、真新しい盾と斧とを力強く掲げた。



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オートボット-地球編⑱:Lethal Dose,Part2

スカイファイアはブロードキャストにネメシス艦尾のハッチを開けさせ、内部に進入すると慎重に体を着陸させた。

「準備が完了しました」

その巨躯を壁や天井にぶつけないようゆっくりと変形し、彼は背中から乗員を降ろした。

 

「よし。手はず通りにクイックシャドウは情報の収集、サイドスワイプはメインジェネレーターと脱出艇の破壊を頼む」

オプティマスは転げ落ちそうになりながらも上手く着地し、辺りを警戒しつつそう指示した。

 

「了解している」

クイックシャドウは前腕部を銃に変形させ、オプティマスに淡々と返答した。

 

「分かってますって、じゃさっさと始めますか」

サイドスワイプは脚部を展開しタイヤを接地させ、上機嫌にエンジンを吹かした。

 

「艦内の構造は複雑だろうが…二人の視覚がブロードキャストを介してテレトランへと伝わり、それを元に即席でマップを作成してくれるはずだ。あとサイドスワイプはせっかくの専属ナビゲーターの言うことにしっかり従いたまえ」

スカイファイアはサイドスワイプに向けてそう言い含めたが、その前に彼はタイヤ痕だけを残し通路の向こうへと消えていた。

 

「まさかあの方向音痴に付き合う物好きがいるとは、それも人間のパートナー…大事に扱ってやるべきだろうに」

クイックシャドウもどこか呆れ気味にそう言い、反射的に片手を戻して軽く頭を抱えた。

 

「んなこた分かってるっての」

二人に対して通信越しにサイドスワイプはひどく億劫そうな返答をしたが、それはすぐ甲高いエキゾーストノートとタイヤのスキール音にかき消された。

 

「私も移動を開始する…スカイファイア、あと少しばかりオプティマスを頼んだ」

クイックシャドウは表情と態度を一変させるとスカイファイアに対して真剣な眼差しを向けた。

 

「承知した。責任を持って彼のスパークを預かろう…スカイファイア、コンバイン!」

スカイファイアは一息にそう言い、自身の体を複数のブロックに分割させた。

 

「いい掛け声だな、かっこいいんじゃないか?」

呆気に取られたようにしばらく沈黙した後、クイックシャドウは優しく笑いかけるとアクロバティックに変形し走り去っていった。

 

「集中が必要なんだ!…からかわないでもらいたいな」

スカイファイアは腕や脚をバラけさせたまま、聞く者のない文句を空間に響かせた。

中途半端に変形させたような状態となった彼の翼や装甲などが周囲に散乱し、やがてそれはゆっくりとオプティマスの全身に引き寄せられるように自ずと集まりだしていった。

赤いボディの表面に白いパーツが触れ、少しづつ形を変えながら纏わりついていく。

腕部には彼の腕だったものが、脚部には脚だったものが覆い被さりオプティマスのシルエットをアンバランスに肥大化させていく。

最後に彼の背中にスカイファイアの推進機や火砲、翼と胴や頭に至るまでを一体化させた歪な塊が接続されると一連のプロセスは終了した。

 

「なるほど、これは慣れない感覚だな」

分割されたスカイファイアのパーツを身に纏ったオプティマスは、意識の混濁と数倍にもなった自重に戸惑いながらそう言った。

 

「訓練をする時間も作れませんでしたが、似たようなことは前にも何度かありましたね」

オプティマスの後頭部の方から、機首内に収納されたスカイファイアの頭がそう告げた。

 

「頭の後ろから声がするのも含めて妙な感覚だが…本番で乗りこなしてみせる他ない。そうだな…"スカイオプティマス"、これより攻撃を開始する」

オプティマスは即興で名をつけながら関節の出力を再調整し、強引な手法で重くなった自重に体の感覚を慣らそうとした。

 

「いい名前ですね。基本的な操縦はお任せします」

スカイファイアはそう言い、自身の制御と出力をオプティマスと同調させた。

「戦いの是非に悩むのは後でも出来ます。今は任務に集中しましょう…司令官」

 

「了解した…飛翔するぞ!」

オプティマスはたどたどしい動きでネメシスから飛び出し、雨に打たれながら上昇して船体を上から俯瞰した。

「念の為まずは推進器を潰しておきたい、粒子砲を使うか…」

背部に備え付けられた粒子砲を両脇から前方へと向けつつ、スカイオプティマスはネメシス艦尾の真下に回り込みトリガーを引く。

「目標確認、照準補正よし。発射する…!」

 

砲口からは轟音とともにエネルギーの奔流が迸り、ネメシスの推進器を一瞬でマグマのように溶融させた粒子の束はそのまま周囲の雲を引き裂き一帯の雨を蒸発させた。

「これは…過剰な火力だったかもしれません」

事前の出力調整を失念していたスカイファイアは苦笑混じりにそう言った。

 

「目立つにはちょうどいい。次は頭を潰す…外からブリッジを荒らしに行くぞ!」

オプティマスは意識を切り替え、そう言うと一体となった二人は風を切ってネメシスの艦橋に急接近した。

 

「いい案です。突撃しましょう」

 

「ブロードキャスト!ネメシスのブリッジ機能そのものを完全に停止させてくれ、ミサイルと機銃で窓から殴り込む。それとスカイファイア、腕部ブレードの起動は可能か?」

オプティマスはブリッジの天井にゆっくりと着地し、莫大な推力に振り回される負担に前後不覚になりかけて膝をついた。

 

「ご意思のままに動かせるはずです。試してみてはどうでしょう」

人間の乗り物酔いにも似た症状からか不安げなオプティマスに対し、スカイファイアはそう応じて試しに両腕からブレード状に収束させたエネルギー刃を展開してみせた。

 

その頃ブロードキャストの操作により暗転したネメシスのブリッジでは全員が混乱の渦中にあった。

スカイワープは反応を返さない操作コンソールを殴りつけるのに飽きると、苛立ちながら叫んだ。

「なんなんだ!?さっきから暗いし操作出来ねぇしロクに動かねぇぞ!」

 

「推進器がイカれたようだが各員、チェックはどうした?」

サンダークラッカーはその渋面に呆れと諦観を滲ませ、気怠げに通信を飛ばしたが反応はない。

 

ようやく勝ち得た指揮官の席でスタースクリームは自身と同じボディを持つ二人の部下を見下ろし、悠然と彼らの対照的な反応を眺めていた。

「サウンドウェーブ…艦の制御はどうなっている?」

次いでスタースクリームは情報部門の専門家の名を呼び、訝しげに尋ねた。

 

オートボットに介入された。そう見て間違いない

サウンドウェーブはコンソール上の手を止めずに抑揚のない応答を返し、冷静に機器の操作を試みていた。

復旧作業に移行する…

そう言いかけると彼はカセッティコンを胸部から放り出して走り出した。

恐らく奴に嵌められた、ジェットファイアの策に

去り際にそう言ったきり、彼らはブリッジの様子もスタースクリームも気に留めず去っていった。

 

「操縦を受け付けない上に推進器も死んでる…このままじゃ墜落す_」

サンダークラッカーがそう言いかけた時、艦橋の天窓を砕き割りながら、巨大な塊が艦内に落下してきた。

その塊には翼と銃と四肢があり、割れた天井から光が降り注ぐにつれてその奇形めいた姿が露わになっていく。

 

「腰抜けのオーバーロードはどこだ!無様に逃げ帰ることなど出来ぬようにこちらから出向いてやったぞ…さっさと奴を出せ!!」

窓の破片を吹き飛ばすほどの声量でオプティマスは啖呵を切り、ブリッジの空気を震わせた。

 

「侵入者か?…まさか、プライムだと!?」

火砲と装甲に包まれた異形と化したシルエットに惑わされたもののサンダークラッカーは程なくその正体に勘づき、二人が融合したかのような悍ましい姿に驚嘆した。

 

「気味の悪い姿だなまったく…オーバーロードをお望みか?なら今出撃させてやる。これ以上お前達に邪魔されてたまるか」

スタースクリームは心底厭そうに椅子からゆっくりと身を乗り出し、呆れ返りながら汚いものを見るような目線でそう応えた。

「ヘキサティコンども!ジェットファイアとプライムがブリッジに侵入してきた…変形して直ちに迎撃しろ!!」

彼は癇癪を起こしたかのようにそう怒鳴りつけ、相手が応答を返す前に通信を切った。

 

「素直だね、いい心がけだスタースクリーム」

睨み合いながらも忙しなく足を踏み鳴らし、不機嫌そうに唸り声を上げる旧友の様子を見てかスカイファイアは愉快そうに告げた。

 

「ジェットファイア…何もかも全部お前の計画だな!?俺を騙すとはいい度胸だ。せいぜい奴に泣かされるといいさ!」

スタースクリームはスカイオプティマスの気味の悪い姿に怯えながらも胸部のミサイルと肩部の機銃を一斉に放ち、相手の虚をついた隙に踵を返してブリッジから逃げ出した。

 

「おいスタースクリーム!どこに…」

スカイワープは無様にも逃げ出した指揮官の後ろ姿を見て、戸惑いと呆れ混じりにそう尋ねた。

 

「侵入者が二人だけな訳あるか!残りを探しに行くんだよ!」

長い通路からスタースクリームが怒鳴るようにそう返答したかと思うと、彼は変形して爆音とともに飛び去っていった。

 

スカイワープがふと振り向くとそこには無傷のスカイオプティマスがブレードを展開させてゆっくりと迫っていた。

「あー、サンダークラッカー、俺ぁメガトロン様の様子を見てこないと…後は任せたぞ!」

スカイワープは慌ててサンダークラッカーにそう言うと、光の跡を残してどこかへとワープした。

 

「待てスカイワープ!」

呆気にとられたサンダークラッカーはそう叫び変形して後を追おうとしたがその行動は仲間を制止するには遅く、敵の攻撃から逃れるにしても遅かった。

 

オプティマスは左手でサンダークラッカーの主翼を掴み取り、ゆっくりと引き寄せた。

「まずは一体、お前からだ…覚悟はいいな?」

怯えと恐怖を見せた敵に対して彼は淡々とそう宣告し、右腕の追加装甲からブレードを振り下ろした。

 

 

 

 

ホットスポットはネメシスを見上げ、敵と味方の数が一つづつ足りないことに気づいた。

「…話と違うな。スカイファイアがブリッジに突入していった所までは見たが…ブロードキャスト!どうなってるか分かるか!?」

 

「構いやしねぇ!撃ちまくれ!!」

3機のC-Xは寄せ集めの割に高度な連携を見せ、パイロット達は適切にこの兵器を使いこなせるようになりつつあった。

 

「オーバーロードは一人でネメシスのブリッジに向かったんだ。賢明な判断だと言える」

ブロードキャストはそう言い、ネメシス艦橋内で両者が格闘している様を見せた。

 

「となれば向こうが五、こっちが六か。久々に数で勝ってるならいけるはずだ…!」

ホットスポットは自軍のインシグニアを模した新しい盾を構え、自らを奮い立てるようにそう言った。

ホイルジャックが持てる技術を詰め込んだそのシールドは表面に青く光るフォースフィールドを展開し実際の強度以上の防御力を以て、降り注ぐミサイルや砲弾から味方を守っていた。

 

「俺はニトロゼウスと遊んでくっから、残りは頼む!」

クリフはハウンドから預かった山盛りの銃器を贅沢に撃ち放しながら、雲を切り裂いて迫る灰色の戦闘機に鋭く狙いを定めていた。

 

「よォ赤チビ!…久しぶりだなァ!!!」

六発のミサイルをクリフめがけて一直線に発射し、すぐさまニトロゼウスは羽の下から脚を露わにすると軽快に変形した。

 

「会いたかったぜ一つ眼のイカレ野郎、大昔に殺し損ねたのがずっと気がかりだったんだ」

迫りくるミサイル群に抱えていた銃をぶん投げ、クリフはその勢いのままメイスを構えて走り出した。

 

「さっぱりさせてやンよその未練、お前の命ごとなァ…!!」

他の全てを置き去りにして急接近する二人の間をミサイルの爆風が遮ったが、ニトロゼウスは臆せず叫び雷を纏って加速する。

 

「さぁ、始めるぞ!」

クリフは愉快そうに言い渡し、二人は他の誰にも追いつけない勢いでメイスと電撃の迸る拳とを激突させた。

 

早々に二人を眼で追うのを諦めたホットスポットは、クリフの残した銃を構えて空に視線を戻した。

「デモリッシャーだ!ヘリに吊られたあの戦車をまず狙え!!」

 

叫ぶようなホットスポットの命令をブルーバッカスの聴覚が拾い上げると、彼はその変わらぬ暑苦しさに嘆息した。

「またこういう役回りか。さっさと降ろすぞ、巻き込まれちゃ大損だ」

 

「ブルーバッカス、おい待って_」

デモリッシャーが慌ててそう言い終える前に、彼は落下を始めていた。

 

「贅沢言うな」

集中砲火に晒され逃げ惑う彼を見下ろし、ブルーバッカスはそっけなく呟いた。

 

そのブルーバッカスの真上を旋回して飛び回っていたスモークスナイパーは指揮官のホットスポットに固執していたが、ふと粒子砲が自身の翼をかすめたところでようやくC-Xの存在に注意を向けた。

「紫のプライムが三体?悪い冗談ね…GB、まとめて吹き飛ばしなさい」

彼は落下したデモリッシャーと降下するギガントボムとを援護するため、主翼に懸架した愛用の"スクリームワインダー"を発射した。

 

「ラジャ…」

彼の相棒の気取った名前のミサイルが敵の眼を引く間、ギカントボムはゆっくりと敵に近づき、持てる火力の全てを行使する用意を始めた。

 

「全翼機が上から来るぞ!散開しろ!」

ダグがC-X三号機の連装砲を懸命に空へと撃ち鳴らしながらそう叫んだ。

 

特殊弾頭を直撃させる

対空砲火の雨に晒されギガントボムの姿勢が鈍った一瞬を、パーセプターが見逃すはずもなかった。

彼は淡々とトリガーを二回引き、対象のエネルゴンを固形化する循環阻害剤を封入した二つの弾丸をギガントボムのコックピット付近へと直撃させた。

かつてグリムロックに用いたバージョンからスカイファイアによって改良を重ねられたそれは表面装甲からでも的確に浸透し、対象の生体機能を蝕んでゆく。

 

「あら、向こうにもスナイパーがいる…?狙いはいいみたいだけど。GBを止めるには火力が足りなかったようね」

スモークスナイパーは反射的に人型に変形し、右手をマスクのそばに当てて驚いた。

 

「あれは……パーセプターか?俺も偉そうなことは言えないが、変わるものだな」

ブルーバッカスは砲撃やローターの回転音に紛れて、誰にも聞こえない声でそう言った。

 

スモークスナイパーは迫りくる対空砲火の雨をひらりと躱し、上下逆さまになった状態で一機に狙いを定めた。

「二人がかりでまずビームの奴を潰す…ブルーバッカス、手ぇ貸しなさい」

そのまま肩口から二門の粒子砲を展開すると、スモークスナイパーはお返しとばかりにC-X一号機にビームの束を浴びせた。

 

「お前の相棒はいいのか?」

粒子砲が脚部に直撃し行動不能になったC-X1と、墜落していくギガントボムを見ながらブルーバッカスはそう返した。

 

「そんなにヤワじゃないわよ、私のGBは」

表情と声色に喜悦を滲ませ、スモークスナイパーは変形して急上昇した。

 

ギガントボムは墜落するその瞬間に変形して翼の下から履帯を覗かせ、大きく跳ねると勢いよく走り出しながら周囲にミサイルをバラまいた。

「爆撃機が戦車になったぞ!?」

粒子砲の充填に手間取るC-Xのコックピットの中で、ヘンリーはそう絶叫した。

脚部をビームで消し飛ばされ身動きがとれない彼の一号機に向かって、ギガントボムは猛然と迫っていた。

 

「俺が止める!」

二号機は空になったミサイルポッドをパージすると走り出し、一号機を飛び越えてギガントボムに掴みかかっていった。

 

 

スモークスナイパーは軽やかに身を翻して人型へと変形し、誰よりも高い位置から戦場を見下ろした。

「そんなのムリムリ、GBをナメ過ぎよ…焼き払いなさい!」

そう命じると同時に愛銃"ラジアルポッド"を狙撃形態に変化させ、彼は一帯に広がる爆風をスコープ越しに眺めていた。

 

「これならどうだ!!」

背負った巨大ミサイルを点火し、その推進力を得た二号機はギガントボムの突進をわずかづつ押し返していく。

 

「ラ…ラジャ?」

エネルゴンの循環が滞り出力を得られなくなったギガントボムは戸惑い混じりに憤ったが、その隙にも動きを止められた彼の体と武器は少しづつ破壊されていった。

 

「嘘…あの紫の奴、GBとパワーで互角!?」

集中砲火を受けているギガントボムの援護さえ忘れ、スモークスナイパーは眼下の光景にしばし呆然としていた。

 

「紫の奴もパワフルだが、それ以上に奴の調子が悪いらしい…弾を撃ち切って軽くなったにしては妙な様子だな。さっさとトランスワープさせた方が賢明だろ、後で修理費が嵩むだけだ」

 

「そうね…ネメシス!こちらヘキサティコン二番機、副隊長スモークスナイパー。GBを、ギガントボムをトランスワープで帰還させて!!」

スモークスナイパーは砲撃を回避しながら、必死にそう呼びかけた。

 

「…応答がない?通信を妨害されているのか、あるいはここで捨て駒にする気か」

ブルーバッカスは訝しんでそうこぼし、密かに動揺した。

「ここでも俺は見捨てられた…?オーバーロード!聞こえるか!?こちら六番機ブルーバ_」

そして彼は必死にオーバーロードに連絡を取ろうとしたその隙に、胸部を狙い撃たれて逆さまに墜ちていく。

 

 

 

 

オーバーロードは墜ちゆくネメシスの艦橋へ悠々と躍り出た。

「久しいな、ジェットファイア。見ないうちに随分と変わったものだ」

オプティマスと一体化しまるで寄生するように纏わりついているスカイファイアを嘲るように、オーバーロードは仰々しく彼をかつての名で呼んだ。

 

「一人で来たのか?残りの連中はどうした」

斜めに切り裂いたサンダークラッカーの胴から淡々と首を引きちぎり、オプティマスは意外そうに言った。

 

デモリッシャーやブルーバッカスに相手をさせても、大事な部下を無駄に損耗させるだけ…私にもそのくらい分かっているの

オーバーロードは二人を見下ろし、うんざりするようにそう言って右手に銃を抜いた。

 

「意外に冷静だったか」

オプティマスはそう言い、斧を引き抜いた。

 

「何より、俺が面白くない」

オプティマスが素早く振り下ろした斧を左手で受け止め、オーバーロードはつまらなそうに言い放った。

「俺が部下を引き連れてお前に勝ったとして…無論そうなるに決まっているが…それは誇れるような勝利ではない。屈辱を晴らすには不足だ」

彼はそのまま胸部の砲塔をゆっくりと展開させ、オプティマスへと向けた。

 

「読みはそう外れてはいなかったようです」

スカイファイアは苦笑混じりにそう応じ、オプティマスが撃たれる前に自らの意思で飛び上がって無数のミサイルを撃ち放った。

 

「始めるか…オーバーロード!」

互いの撃った弾が二人の間に割って入り、ネメシスの艦橋中に爆風が広がった。

 

えぇ、始めましょう…あなた達の終わりを!!

ネメシスの艦橋を穴だらけに吹き飛ばした爆風と陽炎が包み込む先には、歪んだ笑みを浮かべたオーバーロードがいた。

 

 

 

 

クイックシャドウはゆっくりと墜落しつつあるネメシスに潜り込み、腕を銃に変形させ慎重に通路を歩いていた。

「まだ発見できたのは二体…単独でうろついているディセプティコンが少ないな。フォースフィールドを上手く使えれば集団相手でもやりようはあるのだろうが…しかしホログラムはともかく、マグネットパワーはどこで使うというのだ?」

クイックシャドウは見渡す限り誰もいない通路を眺め、そうぼやいた。

「…ブロードキャスト、聞こえているか?」

記憶を読み終えた敵兵の頭を適当に放り捨て、彼女は思い出したかのように通信を開いた。

 

「聞こえているとも。マグネットパワーの使い道についてなら、ウィンドチャージャーにいくつか聞いてきた。応用を利かせれば壁に張り付いたり、扉をこじ開けたり、敵の頭を破裂させたり、敵の実弾を止めて跳ね返したり、鉄板に乗って飛んだりできるらしい」

ブロードキャストはテレトランのマップを観察しながら、どこか愉快そうに答えた。

 

「聞きたいことはそれではない。脱出の方法についてだ」

 

「スカイファイアに乗るか…彼が動けなければサイドスワイプとともに飛び降りてくれ。一応グランドブリッジも使用可能だ、これまでと違って今その艦はただゆっくりと沈んでいるだけで大して動いていないからね」

 

「動くものには使えないのか。オリジナルと違って、運用上の制約も多いのだな…」

 

「ところで、マップは正常に機能しているかな?」

 

「あぁ、助かっているが私がまだ行っていない場所まで見ることができるのはなぜだ?」

マップをバイザーに映しながら、クイックシャドウはそう尋ねた。

 

「理由その一として、サイドスワイプがナビゲーターを無視して艦内を端から端まで走り回ってるからだね。彼の移動したルートが反映されているんだ」

 

「なんと…嘆かわしいことだが、奴の軽率さもたまには役に立つのだな。敵に発見されていないのが不思議だ」

既にどこか慣れた様子でクイックシャドウはそう嘆息した。

 

「艦内の監視システムは我々が握っている…それが二つめの理由だね、こちらでも少しづつ敵のいる位置を特定している」

 

「奴らの母艦だというのに妙にディセプティコンの数が少ないな。といって戦いに駆り出されているのもヘキサティコンばかりとなると、残りは治療中か…?」

変形して艦内の通路を走りながらクイックシャドウは不思議そうに言い、マップに従ってリペアルームを目指した。

 

「間違いないだろう。オンスロートやブリッツウィング達は全員クリフジャンパーが一人で叩きのめしたから、当然出てもこれない…スカイファイアの読みが当たった」

 

「今後あいつとだけは喧嘩しない方がよさそうだな、私よりも小さいボディでよくもやるものだ」

クイックシャドウは呆れ混じりにそう言い、真っ直ぐな通路を走り出した。

 

 

 

 

その少し前、スタースクリームはネメシス内のある部屋に向けて一直線に飛んでいた。

「サウンドウェーブ、システムはまだ復旧しないのか」

部下を通信越しにそう詰り、現状に呆れ返った彼は荒れていた。

 

対応を継続している。しかし艦そのものが長く持たない

サウンドウェーブは淡々とそう応じた。

流し込まれた謎のウイルスがネメシスを蝕んでいる

 

「ジェットファイアが昔言ってた自信作だろうな…分かった、この沈みゆく戦艦を放棄する。ヘキサティコンどもが戦ってる隙にこっちは人数を集めて脱出艇の用意だ、それとクリフジャンパーの奴にやられたアストロトレインの修理…この二つを最優先で進めろ、俺の名前で何人使っても構わん」

スタースクリームは窓に映る地表が徐々に近づきつつあるのをちらと見、整然とそう命じた。

 

了解した

 

「あー…あとプライムと戦ってる最中のオーバーロードにもレヴィアサンの用意をするよう伝えておけ、お前の方からな」

 

…言われずとも分かっている

サウンドウェーブは久しくなかった的確な指示に対し、平静を装って返答した。

メガトロンについてはどうする気なのか

本来の指導者についての指示がないまま会話が打ち切られようとしていることを察し、彼は責め立てるような口調で問うた。

回復は順調に進行しているが

 

「そんなことに気を回してる場合か?目覚めれば俺が責任を持って連れ出すさ、だが眠ったままならそれまでだ。戦力にならない者にかける情なんざディセプティコンには存在しない」

この問答を予期していたのか、スタースクリームは答えをはぐらかす言葉を常以上の流暢さで並べたてた。

 

…そうだな

サウンドウェーブは短くそう言い、静かに憤った。

 

「恨むんならラットバットごときを盾にされてなんの策もなしにぽんとパーツを渡しちまった自分を恨むんだな」

スタースクリームはゆっくりとそう語りかけ、押し黙ったサウンドウェーブを諫めた。

 

無策ではない。こちらにも考えはある…

激情的な怒りを無機質な顔の奥に潜ませ、サウンドウェーブはそう返答した。

 

「……切りやがったな。納得しちゃいないだろうが、まぁいい」

静かにほくそ笑み、スタースクリームは変形を解いて歩き出した。

 

どたどたと騒がしい足音を彼が聞きつけたのとほぼ同時に通路の向こうから暴れ牛が迫り、スタースクリームの眼の前で人型に戻った。

「スタースクリーム!一体何がどうなっている!?」

 

「おいおい今度はタントラムか?…聞いてくれ、この栄えある不沈艦は残念なことにもうじき堕ちる。サウンドウェーブの命令に従って脱出の準備をしろ、今すぐにだ!」

面倒そうな顔を隠しもせず、しかしすぐさまよく回るその口を開きスタースクリームは部下を扇動した。

 

「なんだと…分かった!すぐに向かう!!」

タントラムはまた牛へと戻り、直情的に駆け出して行った。

 

「これでアホどもが全員…下層デッキかリペアルームに向かったはずだ、となればこの区画はがら空きだな」

スタースクリームは周囲に誰の姿もないことを確認すると、他と同じように制御システムに封鎖された扉を破壊して中へと入っていった。

 

「スタースクリーム、メガトロン様の様子が妙なんだ」

薄暗い部屋にはスクラップのように力なく横たわるメガトロンが繋がれた装置があり、そのすぐそばにスカイワープが控えていた。

 

「スカイワープ…?お前ここで何してる!」

直接ワープして来たのであろう部下に対し、スタースクリームは憤慨しながらそう叱責した。

 

「何って、俺はメガトロン様がオートボットどもに狙われるんじゃないかと…」

スカイワープは自身の行為に何の疑問も抱いていない顔でそう言い、八ヶ月以上が経過してなお眼を開けないメガトロンを見下ろした。

 

「こんなガラクタでボッツが釣れるかよ、連中はロクに動きもしないこの老いぼれがどこにいるかも知らないのに」

スタースクリームは心底つまらなそうにそう言い、動かすだけ無駄な装置の電源を切ろうとコードを辿った。

 

その瞬間、天井に大穴が空き銀色の物体が部屋へと降ってきた。

「いーや、釣れるかもしれねぇよ?とびきり輝いてて…とびきり動きのいいボットがな!」

意気揚々とそう言い、サイドスワイプは両腕を変形させたドリルを見せびらかした。

 

「テレトランよりルート案内を再構築中…SW-04、任務に専念してください。次のあなたの目標は脱出艇の破壊です。分かっているはずでしょう?」

淡々としながらもその中に困惑と呆れ、諦観と怒りを秘めた声色でオペレーターは通信越しにサイドスワイプへと語りかけた。

 

「い、色は違うがありゃサイドスワイプだ!どうする?」

スカイワープは眩い銀一色の敵を見ると、不安そうに指示を仰いだ。

 

「堅いこと言うなよシンシアちゃん、道に迷ったと思ったら思わぬ発見だ。ナビゲートより直感に頼った甲斐があった!メガトロンに弔辞の一つも述べてやろうか?」

サイドスワイプは剣を抜くとゆっくりと刃先を二人に向けた。

 

「勤務中はその呼び方禁止」

「…SW-04、メインジェネレーターの次は下層の脱出艇の破壊が作戦目標です。発着場に急行してください」

一瞬素の感情を露わにしたオペレーターだったが、すぐさま元の状態へと戻って指示を飛ばした。

 

「どうするだと…?スカイワープ、お前はまだ命令されなきゃ何も出来ないのか!?さっさと奴ごと名前のとおりにワープしてどっかに消えろ!!」

スタースクリームは目の前の二人に対して募らせた苛立ちを爆発させるようにありったけの声量で叫んだ。

 

「…あぁ、その手があったな」

自身の最大の武器の存在を思い出したスカイワープは、そうつぶやくとサイドスワイプへ猛然と迫った。

 

「俺も今、同じこと言おうとしてたぜ…!」 

そう言い終えるより速く、脚のタイヤを逆走させたサイドスワイプは素早く跳ね回りながら一瞬で部屋を飛び出した。

 

「敵との不用意な接触は避けてください、現在あなた以外にこの任務をこなせる者はいません」

重ねてそう言い、オペレーターはサイドスワイプの思考力と判断力を信じた。

 

「よし、逃げる!」

彼女の声色から事態の重さを再確認し、サイドスワイプは迷わずそう叫んだ。

その瞬間に彼は両手をドリル状に再変形させ、莫大な輻射熱とタイヤのスキール音を伴って高速で回転しながら床に大穴を開けて下の階層へと逃げた。

 

「な…なんだ?」

スカイワープは一瞬の出来事に混乱し、思考が追いつかず反射的にそう言った。

 

「最下層まで追っていけ!いいか、奴に好き勝手させるなよ!!」

スタースクリームの通信越しの怒号がスカイワープを目覚めさせると、彼も変形して床に開いた大穴へと飛び降りていった。



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オートボット-地球編⑲:Lethal Dose,Part3

墜ちゆくネメシスのそのすぐ下で、戦いはまだ続いていた。

戦況はホットスポット達の戦力がヘキサティコンと相対するにには不十分であったことを物語っており、もはや大勢は決しつつあった。

「弾が切れかけてる! 」

どのC-Xがそう叫んだのか、ホットスポットにも中にいる当人達にもそんなことを気に留める余裕はなかった。

デモリッシャーに加えてブルーバッカスとギガントボムが墜ちてなお、彼らは脅威だった。

 

ホットスポットが最後の決断を下そうとした瞬間、上空に歪んだ空間の輪が出現し、紫の光跡とともにそれは弾けて消えた。その中からは黒い戦闘機と、振り落とされた銀色の塊が飛び出した。それは勢いのままにみるみる高度を落としていき、その場にいた全員が正体を悟るのに時間はかからなかった。

「サイドスワイプが飛んできた!?ネメシスにいたはずじゃ…」

ホットスポットが驚き空を見上げる。すると叫び声を上げながら落下してくる銀色の車は、人型へと変形してホットスポットの水色を目印に着地する姿勢に入った。

 

足を地表に対して垂直に伸ばし、墜落しつつあるサイドスワイプは脚部のタイヤを使って着地を試みた。勢いよく落下した彼はタイヤの弾力で大きく跳ね返りながら体勢を整え、転びかけつつも地面に剣を突き立てて減速する。

彼は地面を滑りながら素早く戦闘態勢へと復帰した。

「やられたか…スカイワープの野郎」

悔しげにそう言いサイドスワイプは周囲を見渡して敵を探したが、真っ先に味方の惨状が眼に入ると彼の表情は呆れたようなそれへと変わった。

「っておいおい、何だよこのザマは」

 

この戦況についてパーセプターは弁解の言葉を持たない

パーセプターは空に向けて反撃を行いながら、淡々とそう告げた。彼は常通りの平静な様子を崩さず、しかし表情はかすかに苦々しいものに見える。

 

「六体で五体相手にしてこれだ、情けない話だよな」

盾に身を隠したまま悄然と言い、ホットスポットは倒れているC-Xを見やった。

 

「SW-04、もはや作戦目標の達成は困難です。脱出艇の破壊にはOP-01を向かわせます…あなたはその場でディセプティコンとの戦闘に専念してください」

オペレーターは冷静ながらも残念そうな口調で語りかけ、静かに溜息をついた。

 

「了解了解…そういやクリフはどうした?」

サイドスワイプは敵の対地攻撃を脚部のタイヤを使った移動で流麗に回避しながら適当な返事と質問を返した。

 

横切るような轟音が空に響きながら接近し、サイドスワイプの声をかき消した。

「ほうら、くれてやンよ」

先程の方角から再度接近してきたニトロゼウスが灰色の戦闘機として通り過ぎ、すれ違いざまにクリフの遺骸を放り捨てていった。

 

「へぇ。こりゃだいぶ念入りに割ったな…よほど怖かったらしい」

もはや無数の砕かれた破片と形容されるべき状態のクリフジャンパーの体を見ても、サイドスワイプは一抹の動揺さえ見せることなく、淡々と言い放った。

 

サイドスワイプのその言葉など聞こえていないかのように飛び去ったニトロゼウスは、ふと近くにいた黒い戦闘機に向けて急接近すると意図的に激突した。

両者がその強い衝撃で反射的に人型へと変形すると、彼は黒い機体のキャノピーから出てきたスカイワープの首を掴んで力づくに振り回し逆さに地面へと叩き落とした。

「なァ、スカイワープ…俺達だけに働かせるたァどーいう了見なンだ?」

ニトロゼウスは何気ない風を装ってそう問い詰めると、その巨体をスカイワープのもとへ落下させ彼を踏みつけた。

 

「…こっちは人質交換の時に出てったんだ」

スカイワープは怯えもせずに言い返し、自身を踏みにじって見下ろすニトロゼウスの背中にワープして彼の後頭部へと銃口を突きつけた。

「なら次は?お前らの番だろ」

 

スモークスナイパーも二人の諍いへと飛び込むように割って入り、瞬時に変形してスカイワープへと銃を向けた。

「待ちなさい!!…もちろんこちらもそれは理解してる。クリフジャンパー一人にあんたらの大半がやられたってことも…でもネメシスが攻撃されてるって時に、スタースクリームとサウンドウェーブは何をしてるっていうの?」

浮遊してスカイワープを見下ろし、彼は銃口を向けたまま冷ややかに言い放った。

 

殺気立った睨み合いが続く中、ニトロゼウスとスモークスナイパーのもとにひどくノイズ混じりの通信が届いた。

「こちらオーバーロードだ、ネメシスはもはや保たん。レヴィアサンの準備をしろ!」

彼らがネメシスを振り返ると、炎上する戦艦から戦車を懸架した大型の航空機となったオーバーロードが彼らのもとへと飛来していた。

 

「オートボットどもを始末してからじゃダメ?」

空から迫る機影を見上げながら、スモークスナイパーは銃を下ろしてそう問うた。

 

高度を下げつつ通過した航空機から戦車が投下され、三体のすぐそばへと着地した。

「それは俺が引き受けよう」

大柄な戦車は部下達に鷹揚とそう言い、緩やかにその場で変形した。砲塔や履帯が収納され、それは戦車としての形を失うと同時に複雑に組み変わり脚部と腰を形成する。

 

「プライムはどうした」

スカイワープはニトロゼウスに右肩部の銃を向けたまま、オーバーロードの上半分を成す航空機に視線と左肩の銃口を向け短く尋ねた。

 

逃げていったわよ。自分から誘っておいてみっともない男…

名残惜しげにそう返すと同時に、航空機は変形した脚部に接近した。

機首を上に向けてゆっくりと落下しつつ彼女は上半身へと形を変え、跳び上がった脚部と空中でドッキングした。

 

「レヴィアサンがネメシスの連中に壊されたりしてなきゃいいけど…GB、あんたは重いしデカいしおまけに不器用だから残んなさい。ブルーバッカス、デモリッシャーの回収と積込みお願い。スカイワープとニトロゼウスも私と来なさい」

オーバーロードを見上げ、彼らが戦意に満ちているのを確認するとスモークスナイパーは早口にそう言った。

 

「ま、向こうにいるジェットファイアとやり合うのも悪かねェな。名残惜しいがクリフジャンパーも殺れたしいっか」

銃を向けてきたスカイワープを片手で押しのけ、ニトロゼウスは渋々といった様子でそう返した。

「つーか雇われ、お前飛べンのかよその傷で」

そして倒れていたブルーバッカスがたどたどしく立ち上がったのを見て、彼はそっけなく訊いた。

 

「この程度問題にもならない。それより、また重い荷物だ…高く付くぞ」

言葉とは裏腹に苦しげな様子のブルーバッカスは意地を張り通し、異音やパーツの剥落を伴いながら変形して言った。

 

「ブロードキャスト、応援頼めるか?こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だ」

意識を取り戻したホットスポットは三機の戦闘機と戦車を吊り下げて撤退するヘリを見上げ、次にオーバーロードがこちらに迫っている様を見た。

 

「ちょうどいいメンバーを今送った…彼らなら役に立つはずだよ。絶対に」

ブロードキャストは断定的にそう言ってみせ、拭えない自らの不安をごまかした。

 

オーバーロードは愉しげに身を躍らせ、残骸の中からC-Xを引きずり出した。

さて。そろそろ死人の一人も出さないと…

偏執的な笑みをたたえ、彼女は凛とした声色でそう嘯いた。

 

 

 

 

クイックシャドウはネメシスの通路を歩いていた。

「…あの赤いディセプティコンは、確か奴がディーノか」

マグネットパワーを利用して天井を移動していた彼女は、上下逆さの視界の中でディーノが部屋に入って行くのを発見した。

 

「スタースクリーム?…お前、そこで何をしている?」

ディーノはメガトロンの横たわる装置の前でうなだれている現在のリーダーを発見した。

 

「…誰かと思えば…今賭けをしてんだ。ネメシスが堕ちるまでにこの老いぼれのスパークが輝き出すか、色褪せるかでな」

スタースクリームは装置に繋がれて生かされているメガトロンを眺め、悄然とした様子でそう返した。

 

「見え透いたことを言う。どんな細工をした…?」

ディーノは呆れたような顔で彼の後ろ姿を見ると、嘲るように言った。

 

「事故で装置に循環させるエネルゴン用のタンクに廃油と冷却液が間違えてぶちまけられたらしい。その程度でくたばるとも思えないがな」

スタースクリームは虚ろな声色でそう答え、憔悴した表情をディーノへ向けた。

 

「それは好都合だったな。メガトロンが完全にくたばれば話が早い」

 

「そうだろうな。お前はそのためにこの現状を作り出したんだもんな…ジェットファイアと組んで…俺達を陥れた!!」

スタースクリームは衝動的にそう口走り、腑抜けた様子のままディーノを糾弾した。

 

「被害妄想もここまで来ると…いや、言葉もないよ。ジェットファイアからの提案だと聞いてすんなり呑んだのはどこの誰だったか、その錆びついたブレインでは思い出すのも難しいらしいな?」

偏執的に責め立てる相手とは反対に、表情を変えず気怠げな声色でディーノは淡々と反駁した。

 

クイックシャドウは上下逆さの視界の中、ディーノの後を追うように通路の上側の壁を乗り越え天井から無機質な部屋に入っていった。

「ブロードキャスト、メガトロンを発見した。意識はなく機械に繋がれて生かされている状態らしい」

寝かされているメガトロンの前で両者が言い争う奇妙な状況に対し、彼女は隠せぬ困惑と戸惑いの混じった口調で報告した。

 

「さっきサイドスワイプからも同じ連絡があった。ネメシス内の医療機器を止められるか、試してみよう」

ブロードキャストはクイックシャドウの視界と艦内の監視システムの映像とを照らし合わせ、次にテレトランを通して作成した新しい命令を治療装置に実行させた。

 

次の瞬間、メガトロンに繋がれていた装置は駆動音や発光が消え間もなく動作を停止した。

「何だ!?」

スタースクリームは啞然としたままそう叫ぶと装置を再起動しようとスイッチに手をかけたが、しばし逡巡して動きを止めた。

 

「ほう、そういうことか…」

ディーノは何事か悟ったようにそう言い、吐息を漏らすように口腔から排気した。

 

「ブロードキャスト、上手く行っているようだが…何をした?」

クイックシャドウは慄くような声色で、訝るようにそう尋ねた。

 

「装置に停止命令を出しただけだよ。これで向こうの戦力を更に弱めることができた…なるべくならこんな手なんか、使いたくはなかったけれど」

表情を曇らせ、ブロードキャストは浮かない様子でつぶやいた。

 

手を震わせ、頭を抱えて思い悩んだ末にスタースクリームは彼の中の秤が一方に傾くのを感じた。そして彼は再起動の操作を行うが、しかし強制的に停止させられた装置は何度電源を入れてもなんのも反応も示さない。

「…自分だけ先に楽になる気か?負けもしなければ勝てもせず、勝手におっ始めたことを終わらせることさえ出来ず。アンタは老い衰えてこんな星で死ぬのがお望みなのか?」

口や胸にチューブを繋がれ横たわるメガトロンを見下ろし、スタースクリームは忌々しげにも虚しげにも聞こえる様子でそう言い放った。

 

「感傷は後にしたらどうだ。オートボットにメディカルマシンの制御まで乗っ取られたらしい…通信を開いてみろ。呻き声と悲鳴ばかりだ」

ディーノは聞こえてくる苦悶の声に眼を細め、響くノイズに辟易しながらそう告げた。

 

 

 

 

ホットスポット達の戦場では、オーバーロードによる一方的な蹂躙が始まっていた。

彼女はまず素手だけで三機のC-Xとパーセプターにサイドスワイプを叩きのめし、そして今ホットスポットの首を掴んでねじ切ろうとしていた。

見かけばかりプライムに似せたところで…代わりにもならない。揃いも揃ってつまらない男達

 

だがその瞬間、この平原に空間を歪めたような円状の力場が発生した。

その中から緑の影が飛び出し、オーバーロードに三連結されたガトリングの銃口を向けた。

「…遊び相手になってやろうか、多重人格の腐れ外道」

 

「おやおや、思わぬゲストの登場だな?」

オーバーロードは雑然とホットスポットを放り捨てると、彼はどこか愉しげな様子でギガントボムにそう言った。

 

「ラ…ジャ……」

重傷を負いながらもどうにか立っていたギガントボムは、途切れ途切れにそう答えた。

 

ホットスポットは誰が救援に来たのかを悟り、驚愕して眼を見開いた。

「ハウンド、なのか!?お前変形できないんじゃ…」

 

「変形できなくても戦える。それに…」

ハウンドがそう言い終える前に、オーバーロードは手にした銃を撃ち放った。

しかしその銃弾はハウンドに届くことなく空中で失速し始め、やがて完全に停止して落下した。

「…俺一人じゃあ、ないんだ」

ハウンドがそう言うとほぼ同時に彼の背後に先程と同様の空間を歪めた円状のゲートが顔を出し、その中から灰色とくすんだ赤に染まったオートボットが飛び出した。

 

「まぁ、そういうことだ…最後にもう一度だけ、戦場に惹きつけられた」

ウィンドチャージャーは念のためハウンドから距離を取ると、悟ったような顔で苦笑した。

 

「チャージャー!お前、具合は…」

ホットスポットはそう言いかけたが、ウィンドチャージャーの顔がかすかに苦痛に歪んでいる様子に気づき、それ以上の言葉は続かなかった。

 

「俺もいるぞ、今回だけはな」

チャージャーのトランクからギアーズが飛び出し、縮こめていた手足を伸ばして不遜にそう言った。

 

「ギアーズ!?なんでお前が…」

 

「お前らがこうまで不甲斐ないとは思わなかったから、来てやっただけだ。他に理由はない」

ギアーズはどこか照れ臭そうに答え、真剣な眼差しで両手に銃を構えた。

 

「発育不全のチビが増えたところで何が出来るのか…見せてもら_」

オーバーロードが嘲るようにそう言いかけたが、彼の言葉の続きは三連結ガトリングの銃声と爆風が残らず搔き消した。

 

仰向けに倒れ込んだオーバーロードを見下ろして、ハウンドは静かに憤った。

「聞き捨てならない侮辱だ…俺の仲間達への」

しばしの沈黙の中、彼の手にあるガトリングの赤熱した銃口から煙が静かに立ち昇った。

 

反応が遅れたギガントボムは驚きの感情とともに、緩慢な動きで心配そうに指揮官の方を振り返った。

「ラ!?…ジャ_」

次の瞬間、彼の巨体も無数の銃弾に貫かれて声を上げることもなく倒れ伏した。

 

オーバーロードは全身の装甲を穴だらけにされながら、ズタズタにされた顔で愉快にほくそ笑んだ。

「フフ…いい手応えじゃないか」

あちこちが原型を留めていない体で揺らめくように立ち上がり、彼は大口を開け哄笑しながら走り出した。

 

「最後の一人はグランドブリッジには入り切らなかった。少し遅くはなるが、それまで保たせるほかないぞ」

ウィンドチャージャーは決然とそう言い、彼らは猛然と殴りかかるオーバーロードへと向かっていった。

 

 

 

 

スカイファイアは艦内の破壊に向かったオプティマスと別れ、逡巡の末に墜落しゆくネメシスから離脱した。

「手狭な内部は司令官に任せるしかないとはいえ…歯がゆいな。ブロードキャスト、下の戦況は?」

 

「壊滅的だ!救援が輸送機で向かっているが、到着までもう少しかかる。君の助けが必要だ」

 

「オプティマスをネメシスと心中させないためにもここで待機しておきたかった…が、あの様子ではオーバーロード一人の手で全滅だな…!!」

スカイファイアはそう言い、素早く変形して眼下に広がる戦場へと飛び出した。

 

「またお前か。あらかた終わったところだが」

飛来するスカイファイアを見上げると、オーバーロードは周辺に広がった残骸を適当に蹴飛ばして挑発的にそう言い放った。その彼の足元を顔を剥がれたハウンドの頭部が音を立てて転がっていった。

 

「…ふざけるなよ、薄ら笑いも今日までだ」

スカイファイアは躊躇なくオーバーロードめがけて爆撃を行い、同時に上部のコンテナから大量のミサイルを撃ち放った。

 

迫るミサイル群を前に、既に全武装を喪失していたオーバーロードは両手を広げて立ち尽くし抵抗する素振りも見せなかった。

「いいね。お前もそんな声が出せるのか?」

彼の体は爆風に包まれ、笑みを浮かべたまま燃え盛る炎の中に見えなくなった。

 

スカイファイアは変形して着地し、辺りに散らばる無数の手足に向けてそう呼びかけた。

「誰か、生き残っているものはいるか!?」

 

「スカイファイアか?死ぬかと思った…」

ホットスポットはそう言いながら立ち上がろうとしたが、彼の膝から下はそれぞれ違う方向へとねじ曲げられていた。

どうにか無事な方の腕を動かしてその場に座り込むと、辺りを見回して絶句した。

「俺の他に生きている奴は?」

 

「いるぞ、ここにもな…」

サイドスワイプがかすれたような声で弱々しくそう答えた。

彼はゆっくりと両足のタイヤを使って立ち上がり、燃え盛る炎と瓦礫にように散乱した敵や味方だったものを眺めた。

「あーシンシアちゃん、いやブロードキャストでもいい…誰か聞こえてるか?」

彼は呆然としながら通信を開こうとしたが、返ってきたのはノイズだけだった。

 

「サイドスワイプ、クリフジャンパーもこの戦場にいたのだろう?彼はどうし…」

スカイファイアはそう訊いたが、彼の足元で赤い欠片のような部品が震えながら寄り集まっていることに気がつき驚いて数歩下がった。

「これは…驚きだ」

 

覆い被さっていた複数の破片を磁力で弾き飛ばし、ウィンドチャージャーが跳び起きた。 

「スカイファイアか。遅かったな」

彼の巨体を見上げ、チャージャーは繋がっている方の手でスカイファイアを指さした。

 

「すまない、だが君も無事だったようでなによりだ。ただ、少し距離を取ってもらえないだろうか?そこの彼に君の磁力は好ましくない影響を与えかねない」

スカイファイアは悠然と足元のチャージャーを見下ろしてそう言った。

 

チャージャーがスカイファイアの視線の先を眼で追うと、そこにはクリフジャンパーに戻ろうとうごめく欠片があった。

「そういうことか。まだ死ねないらしいな…俺もこいつも」

彼は乾いた笑い声を小さく響かせた。

「まぁ、その様子じゃ後もう少しはかかるか」

チャージャーは凝集した雑多な部品がクリフの頭や手脚を構成していく姿を見ながらそう言い、自らもちぎれた方の腕を引き寄せて繋ぎ直した。

 

「あとギアーズもいるという話だったが…」

スカイファイアは残骸を見下ろしながら、なにごとか察したように沈痛な面持ちでそう尋ねた。

 

「見事な自爆だったな。あぁまで派手なのは久々に見た」

凝集しつつあるクリフジャンパーの欠片の中にギアーズだったものを見つけると、ウィンドチャージャーは冷めた表情でそれをつまみ上げ虚しげにつぶやいた。

 

その時ふと平原に強い風が吹き下ろし、そこにいた彼らの金属の体表に熱を運んだ。

「体表の温度が普段よりも上がっている。これは"暑さ"ってやつだったか」

サイドスワイプは自身の体に漠然とした異変を感知し、ふとそんなことをつぶやいた。

 

「ネメシスの動力炉が暴走しているのだろう。あんなに黒煙を上げている」

スカイファイアはそう言い、燃え盛る船体を不安げに注視していた。

 

「この星での仕事もほぼ終わりか。長いようで短いようで、やっぱり長かった」

ホットスポットは風の吹いた方を見上げ、空から堕ちゆくネメシスを眺めた。そして彼が大地に視線を下ろすとそこには散らばる残骸のほかに、巨大な火柱がその中心に広がっていた。

「…ところでスカイファイア、あの眼の前で燃えてるのがオーバーロードか?」

 

「そうだね。気が動転していたんだ…こんな平原だというのに焼夷弾を使ってしまった、というか暑いのもあれのせいだね。申し訳ない」

スカイファイアは忙しなく両手を動かしつつ、ばつが悪そうに釈明した。

 

「放火は見過ごせないな、消防車としては…まぁ、あいつには似合いの末路か」

ホットスポットは虚しげにそう言い、大破したC-X達を見下ろした。

紫色の残骸のそこかしこに赤黒い液体が弾けたように染みついていることに気づくと、彼は密かに表情を強張らせて嘆息した。

 

「いや、まーだ死んでないみたいだが」

全身を炎に包まれてほとんど骨格だけになりながらうごめくように立ち上がるオーバーロードの影を眺め、サイドスワイプは気味が悪そうに言った。

 

「あれでも足りなかったか、ならこれで終わりに…」

苦々しい形相でそう言うとスカイファイアは粒子砲を展開させ、発砲準備を開始した。

 

「今ネメシス内部で異常な反応が発生した。何か恐ろしいものが暴れだしている!」

ブロードキャストが突然地上の全員と通信をつなぎ、慌てた様子でそう伝えた。

 

「何かが暴れている?ネメシスの中で、か…」

スカイファイアは手を止めてそうつぶやき、漠然とした不安感を抱いた。

 

「オプティマスかクイックシャドウじゃないのか?ならスカイファイア、こっちはもういいから迎えに行ってやってくれ」

サイドスワイプはホットスポットの脚に最低限の応急処置を施しつつ、そうスカイファイアに促した。

 

「正体は分からない…艦内の監視システムが機能していないらしい、不自然なノイズばかりだ。こっちで解析を進めておく」

ブロードキャストは半狂乱になりながら慌ただしくそう言い渡し、通信を切り上げた。

 

「SW-04、無事でしたか。現在…墜落中のネメシスから複数の飛行物体が発艦したのを確認しました。恐らく脱出艇かと思われます」

サイドスワイプの聴覚に無機質なオペレーターの声が淡々と割って入った。

 

「俺が生きてたんだ、もっと喜んでくれてもよさそうなもんだが…後だな。反応の数は分かるか?」

燃え盛りながら落下し前方の空を通り過ぎていくネメシスを見上げつつ、サイドスワイプは訊いた。

 

「確認できた数は十二です。ディセプティコン以外もOP-01やQS-41が脱出に使っている可能性はありますが…待って、そのうちの一つがそちらに向かっています。この軌道は…落下している?」

オペレーターのその言葉が終わる前に、ホットスポットとサイドスワイプにスカイファイアの目の前に白い物体が落ちてきた。

人型とわかるそれは手足を忙しなくばたつかせながら真っ逆さまに地面へと刺さった。

 

「グ…何だってんだ、一体…俺の計画、を_」

彼はぼやきながらどうにか立ち上がり、白を基調に赤や青を各部に取り入れた色合いのボディから煤汚れを手で払った。

 

「降って来たのは、ありゃスタースクリームか?」

サイドスワイプは突然の出来事に戸惑いながら、墜落してきた対象へと咄嗟に銃を向けてそう言った。

 

スカイファイアも同様に攻撃を開始しようとした瞬間、眼前の光景に驚愕したスタースクリームの眼の前で、紫と黒が奇怪に入り混じった球状の光が現れた。ごく小さくサイズのそれは瞬時に巨大化し、辺り一帯を眩い光で染め上げながら弾け飛んだ。

その衝撃に周りの全員が大きく跳ね飛ばされ、砂煙が吹き上がった。

「この光はなんだ…まさか!?」

咄嗟にバトルマスクを展開して視界を覆い、スカイファイアは転びかけた体勢になりながら予感が的中しないことを願った。

 

発光が止んだ先には鈍い銀色のサイバトロニアンがいた。

オプティマス以上に大柄な体躯を持つ彼は白煙を纏って現れ、同時に周囲の空気を凍らせた。

「話が違うだろ…そんな、ようやく_」

スタースクリームはよろめきながら最後にそうつぶやき、絶望を顔に浮かべたまま意識を手放した。

 

降り立った彼の体には戦車の履帯や航空機の翼の意匠が各部に備わっており、彼がそれら両方に変形する能力を持つことを如実に物語っていた。その体表は白く凍った霜のようなものに覆われ、彼が体を動かす度にそれが音を立てて剥がれ落ちる。

「…サウンドウェーブか。あぁ、体内のスペースブリッジが予期せず動作してしまったらしい。再起動時にはよくあることだ」

彼は側頭部に指を当て、冷酷かつ深みのある声でそう言った。

 

「おいおいおい冗談だろ…?こりゃ」

ホットスポットはその姿を見、スパークの底から戦慄した。

そうつぶやく間にも彼の銃を持つ手は微かに震え、視界は揺らいでいた。

 

「何が見えるか、だと?同じ星にいるのは確かだ。我がネメシスの真下にいる」

手脚に赤や黒が散りばめられた鈍い銀のボディを軽く身震いさせ、彼は首を回して辺りの様子を見下ろした。常通りに憮然とした表情と鋭い眼つきで、彼は無感情に眼前の状況を観察している。

 

瀕死の体で火柱から這い出たオーバーロードは、焼き付く意識の中にただ一点空気が凍りつくような気配を感じ取った。

遅かったわね

辺りを震わせるような低く響き渡る声色に、彼女は小さくそう言った。

「動けるように…なられたか」

靄のかかった視界のその中に、最後に彼は間違えようのない主の姿を見た。

 

彼はサイドスワイプやホットスポットにまるでガラクタを見るような冷たい眼差しを向け、ふと足元のC-Xの破片を手に取ってその肩部に刻印されているエンブレムを眺めた。

「まさか戦時規定を破り異星の獣どもに技術を売り渡したというのか…とんだ喜劇だな」

神経質そうな眼差しで手にしたものを投げ捨てると、彼は周囲の敵味方に意識を戻した。

「…ここは雑兵ばかりか。まだ死に損ないがいるようだが_」

 

「予想できなかった訳じゃないが、これは…」

ウィンドチャージャーは落ち着き払った様子でそうこぼし、静かに闘志を滾らせた。

「最後の相手には不足ない。あのよく転がりそうな頭を蹴り飛ばすか」

 

「…どれも馬草だ、取るに足らん…!!」

彼は、メガトロンは吐き捨てるようにそう言い放つ。

そして彼の右腕に外付けされた砲口がゆっくりと唸りを上げた。



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オートボット-地球編⑳:Lethal Dose,Part4

 

 

「ねぇアラート」

どこからか艶っぽい声が響き、それは名を呼んだ相手の神経を逆撫でしながら霧散するように薄暗い通路を通り過ぎていった。

 

辿々しい足取りで人気のない通路をゆっくりと往復していたアラートは、眼を閉じたまま一息に言い放つ。

「またお前か…見ての通り今忙しいんだが。歩行の感覚を取り戻すには継続と集中が一番重要なんだ、手伝う気がないなら帰れ」

 

「私だって貞淑ぶったイカレ女に胸に大穴開けられた後なんだけど?出力も安定しないし」

後ろから軽やかに歩み寄り、サンダーブラストは彼の両肩に手を載せて寄りかかった。

すると彼女に施された不十分な修繕の結果として、胸部の傷跡からオイルともエネルゴンともつかない粘性の液体が何滴か垂れて赤いアラートの背中と灰色の地面とを汚した。

 

「傷も塞がりきってはないらしいな。そんな状態で何しに来た」

にべもなくそう返し、アラートはぎこちない足音を断続的に響かせ来た道を少しづつ戻ろうとした。

 

「だから会いに来たんじゃない、応急処置をされた後は忙しいからってずっと放置…一応は衛生兵だったんでしょアンタ」

拗ねたような声色と表情を作り、サンダーブラストはアラートの肩に顎をのせた。

 

「正確には"元衛生兵志望"だが、それでよければ手を貸してやる。今はリペアルームも()()()の修理で手一杯だろうし……アークの方でやるか、急ぐぞ」

彼女の挑発的な挙動への反応に労力を割かないことは、アラートの中でいつしか反ディセプティコン主義以上に明確な行動原理となっていた。

 

「へぇ、変形できるようになったんだ?」

サンダーブラストはふとその場で立ち止まり、しばし間をおいてから驚きつつそう反応した。

 

「グランドブリッジを使う。俺はまだ変形する車種も決めてない」

振り返らずに言ったアラートは、時折りふらつく足取りで歩く速度を早めたために転びそうになる。

 

足早に後を追い、サンダーブラストは転びかけた彼を支えて隣に並んだ。

「ならあたしが自分用に取っておいたオルトモードのスキャンデータがあるんだけど、それにしない?絶対それがいいって」

どこか愉しげな表情で彼女はアラートにそう勧めた。

 

「船に変形する奴が車のスキャンデータを持ってるものか」

 

「その必要があったの。頼み込んで処置してもらったそのすぐ後にコグを取られたけど」

当時の痛みと屈辱を思い出したからか、言い終えるとサンダーブラストの表情は苦々しいものになっていた。

 

「あのオルトモードじゃ陸では不便だろうしな。納得だ」

アラートはクイックシャドウや彼女の行為について触れるのを避け、何も考えていない風を装って簡潔に言葉を返した。

 

「それだけだと思って?…思考を読み取る力はあるのに患者の心は分からなさそうね、レッドアラートって」

消え入るようにそう言って、サンダーブラストは悩ましげに彼の横顔を眺めた。

「…治しようもないか」

二人だけの通路で、彼女は誰にも聞こえないほど静かにそうこぼした。

 

 

 

 

メガトロンが放った融合カノンの一撃は周囲の空間そのものを削り取りながらスカイファイアへと迫り、彼の胴を容易に貫いた。

「当然の報いか、裏切り者には似合いの_」

 

その場にいたオートボットは負傷者揃いだったが、中でも一番脅威度が高いと彼が判定した者に対して瞬時にメガトロンは無造作かつ効率的な一撃を加えた。

「ジェットファイア…愚かな」

しかしメガトロンはどこか口惜しそうな様子でそうつぶやき、胸に大穴を開けよろめくかつての忠臣を見下ろした。

「今さら戻れと言っても聞くまいが…」

反動で揺らめいた融合カノンを向け直しつつ、彼はそう言ってゆっくりと歩み寄った。

 

「えぇ」

「確かに、あなたのもとにいた時より…私は愚かになったかもしれないが…」

途切れ途切れにそうつぶやき、スカイファイアは地響きとともに倒れ伏した。

「正しいことを為すために、この命を懸けていると…今は一分の迷いさえなく、そう言い切れる…!!」

彼は最後に決然とそう言い、自身に向けられた融合カノンを掴んでメガトロンごと投げ飛ばした。

 

「な_」

メガトロンは驚きと怒りの中にありながら冷静に相手の様子を観察した。スカイファイアが今の動作を最後に動きを止めたことを瞬時に確認し彼は残りの敵に注意と殺意の全てを向け直した。

 

「今なら無防備だ、変形させるな!」

宙を舞うメガトロンが反射的に飛行形態へ移行する様子を見たホットスポットはすぐさまそう指示した。

それを聞いたパーセプターが震える手で最後の一発を装填し、放たれた循環阻害剤はメガトロンの左足に直撃し変形途中のまま彼の体勢を崩させた。

 

「雑兵どもが、煩わしい…」

地面に激突すると彼はそうつぶやき、自身の右腕と融合カノン砲のジョイント部が着地の衝撃で破損したことに気がついた。

 

「俺が時間を稼ぐ!」

咄嗟にそう叫び、サイドスワイプは損傷した体を無理矢理に最高速まで持っていった。

 

ちぎれかけた融合カノンを気にしつつ、メガトロンは自身に刃向かう者の姿と朧げな記憶の中の名前と結びつける作業を終えた。

「銀色の…確かクロスカットとか言ったか」

複雑な軌道を描きながら高速接近するサイドスワイプに対し、メガトロンは悠然とそう言い放った。

 

「いい加減覚えろよ…俺の名前は!サイドスワイプだ!!」

サイドスワイプはそう絶叫し構えた剣を突き刺さんと突進した。

 

「違ったか?部下を忘れたことはないが…」

サイドスワイプの姿を捉え、咄嗟にメガトロンは地面に左手を叩きつけると彼らの足元は辺り一帯が瞬時に凍結した。

「敵の名まで覚えてはおれん」

凍った地面の上を制御不能になりながら滑るように近づくサイドスワイプに対し、メガトロンは左手で無造作に彼の首を掴んだ。

「今にその必要もなくなる。毎度のことだ」

 

「な…!?」

サイドスワイプは意外そうにそう呻いたが、その声はすぐに止まった。

メガトロンの左手から氷塊のようなものが析出するように現れ、数秒のうちにサイドスワイプの全身は氷で覆われた。

 

「凍らされたのか!?あいついつからそんな魔法を…」

ホットスポットは驚愕し、眼前の状況にブレインが悲鳴を上げつつあることを知覚した。

 

「メガトロンは惑星に辿り着くたびに新たな力を手に入れるというが…」

身震いするほどの寒気に意識を取り戻したスカイファイアは、定まらない視界の中悄然とそう言った。一つ言葉を発するたびに体中の熱が抜けていくように彼には感じられた。

 

彼の背後で何者が落下する重い音と氷の地面がヒビ割れた音が聞こえ、次の瞬間にはその発生源はスカイファイアに銃を突きつけていた。

その噂は事実だ。メガトロンが目覚めた今、全ての終わりは近い…

サウンドウェーブは数度トリガーを引いた後、無感情にそう告げた。

 

「サウンドウェーブ…"近い"のではない。今ここで終わるのだ」

氷柱となったサイドスワイプを乱雑に蹴り飛ばして大小いくつかの破片に変えつつ、メガトロンはそう訂正した。

 

「ったく…話にならねぇ。勝手にやってろ、こんな星なんかいるかよ…」

間の悪いことにスタースクリームもスカイファイア同様に意識を取り戻し、すぐさま呆れたようにそう言って変形した。

 

そのまま背を向けて飛び去ろうとした部下に対し、メガトロンは温和な調子でゆっくりと呼びかけた。

「あぁ、お前のことを忘れていたな。スタースクリーム…」

メガトロンは半ば無意識にスタースクリームの内部にある燃料やエネルゴンを凍結させて彼の機動力を奪っていた。

 

訳も分からぬまま飛べなくなったスタースクリームは反射的に変形を解き、凍りついた足をガタガタと震えさせながら振り返った。

「…あ、あんたが動けなくなっていたのは自業自得でしょう。そもそも俺ぁ特段ディセプティコンの不利益になるようなことはしてませんよ」 

寒気のするような冷気とともにゆっくり一歩づつ迫るメガトロンに対して、スタースクリームはもがくように言葉を並べ立てた。

 

「焦ることはない、まだ何も言っていないではないか…だがサウンドウェーブから話は聞いている。全てな」

言葉を続けるにつれメガトロンの態度から部下に向ける余裕や寛大さは抜け落ち、猜疑と憤怒が露になっていく。

「連中よりも…まずはお前と話す必要がありそうだな」

メガトロンは融合カノンを氷の大地へと薙ぎ払うように撃ち放ち、自分達とオートボット達とを隔てるクレバスを生じさせた。

彼らが深い地割れと崩落を前に慌てて後退していくのを確認すると、次にメガトロンは腰を抜かしたようにへたり込んだスタースクリームを静かに見下ろした。

 

「俺なんかに構ってる暇があるんですか?ネメシスはあんなになってるしプライムだってあん中に_」

恐怖に引きつった顔と上ずった声色でスタースクリームは口を開き、ネメシスを指し示しながらまくし立てた。

 

メガトロンは何も言わず怒りのままにスタースクリームの胴を力強く蹴りつけ、言葉を遮った。

「その足りぬ頭で我の真似事などするからだ。部隊の補佐官程度が本来、貴様の器だと…とうの昔に言ったはずだが」

彼の首を掴み右手で体ごと持ち上げると、メガトロンは顔を見合わせて厳然と言い放つ。

 

「何を…!!」

スタースクリームは激情に任せて右肩の銃口を咄嗟にメガトロンの頭へと向けたが、発射する前に銃身はメガトロンに左手で凍結された後に難なく引きちぎられた。

 

メガトロンは呆気にとられたスタースクリームの額を左手で掴み、触れた部分からスタースクリームの頭がゆっくりと氷に包まれていく。

「何メガサイクル待ったかもはや分からんが、つくづく貴様には失望させられた。いよいよ我の見込み違いだったと認めざるを得まいな…」

メガトロンは彼を後頭部から凍った地面に数度叩きつけ、地形が変わるほどのヒビを走らせた。そして続けざまにスタースクリームへ渾身の右拳を数度打ち込み整っていた彼の顔部を大きな一つの窪みに変えた。

「貴様の考えることなど手に取るように分かる」

ひどくつまらなそうに言い放ち、メガトロンは掴み上げたものを雑然と放り投げた。

「サウンドウェーブ、撤退後の合流地点は…」

スタースクリームの顔から散らばった破片を気にもせずに踏み砕きながら、メガトロンは振り返ってそう尋ねた。

 

既に通達は済んでいる

サウンドウェーブはスタースクリームを見下ろし、ひどく淡々とそう応じた。

 

「目立たぬよう上手くやれ、それと今後はスカイワープを飛行部隊の隊長とする…我が直接伝えておこう」

凍ったエネルゴンやオプティックの破片で汚れた手を軽く払い、メガトロンは淡々とそう返した。

 

「そんな…俺から何もかも全て奪い取る気ですか!?」

もはや口も眼も分からぬ程に痛めつけられたスタースクリームの顔部からノイズ混じりの悲痛な声が響いた。

 

「一つ大きな思い違いをしているらしいな。貴様の持つものは全て我が与えたものだ…もしディセプティコンでなければその哀れでちっぽけな自尊心と虚栄心以外、貴様に何が残る?」

メガトロンは己の足元に倒れ伏したスタースクリームの頭を潰れるほどに踏みつけつつ、彼の背中に融合カノンを突き刺しながら仰々しくもゆっくりと告げた。

 

「認められるかよ…こんな_」

伏せたまま悔しげにこぼしたスタースクリームの言葉は途中でかき消された。

 

「愚物が」

その短い一言とともに融合カノンの一撃はスタースクリームの胸を貫き、彼の体は内側から弾け飛んだ。

 

 

 

 

レヴィアサンの館内通路の一つを、スモークスナイパーは大慌てで駆けずり回っていた。

「ネメシスのトランスワープユニットをレヴィアサンに移植してみたんだけど…起動実験は成功したようね」

ブリッジに向けて急ぎながら、彼は早口に自身の成果を誇示し密かに己を鼓舞した。

 

「いつの間にそんなことを…」

ブルーバッカスは重傷を負いながらも、ヘリの状態で飛行するだけの余力は辛うじて残っていた。

 

「さっさとGBとオーバーロードを運びなさい、誰がこいつらを修理すると思って?」

負傷者を抱えて走る部下達に振り返ってそう叫び、スモークスナイパーは更に速度を上げた。

 

ニトロゼウスはオーバーロードを脇に抱えながらGBを引っ張って後を追っていた。

「覚えとけ雇われ、スモーキーは作業が早ェ。ンで心変わりはもっと早ェ」 

彼は至極真面目な様子で振り返り、ブルーバッカスにそう忠告した。

 

「何か言った?」

スモークスナイパーはムッとした様子で責めるように短く問うた。

 

「…いや、それよりデモリッシャーはどうする?」

ブルーバッカスは自分が吊って運んでいる負傷者について質問を返した。

 

「そいつは後回し、そのへんに寝かしときなさい」

ブリッジに到着したスモークスナイパーは短くそう言い放ち、飛び上がって手早く修理の準備を開始した。

 

「了解した」

ブルーバッカスは人型へと変形し、ブリッジにデモリッシャーを引きずり込むと辺りへ放り投げた。

投げ捨てられたデモリッシャーは床にぶつかり小さくうめき声を発したが、彼自身も含めてそれに気を取られるようなものはブリッジにいなかった。

 

ニトロゼウスがブリッジの艦長席にオーバーロードをそっと置くと、彼は意識を取り戻したのかノイズ混じりに発言した。

「スモークスナイパー…」

 

「あらオーバーロード、まだ口は利けるようね。何かしら」

名を呼ばれた彼はすぐさま駆け寄り、自身の側頭部をオーバーロードの口元へと近づけた。

 

「ネメシスの脱出艇が合流するポイントへ…向かうんだ」

 

「分かったから、安静に…ブルーバッカスとニトロ、操縦お願い。こっちにはステルス機能なんて便利なものはないんだから、あなた達の操縦の腕前に全員のスパークがかかってると思いなさい!」

スモークスナイパーは負傷した隊長の言葉に優しく応じた後、同じく負傷している隊員二人に檄を飛ばした。

一人の怒号と二人分の嘆くようなぼやきを操舵席から響かせながら、レヴィアサンはゆっくり高空の向こうへと消えた。

 

 

 

 

ホットスポットは揺らめく意識の中、ネメシスとは別の方角から機影が接近してくるのを知覚した。

「輸送機?あれが最後の援軍か」

サイズやスピードから戦闘機の類でないことを彼はすぐに理解し、少し遅れて彼の視界にスキャン照合結果が表示された。

 

その輸送機の後部には積み荷が、より正確に言えば最強の兵器が鎮座していた。

物資や車両の空輸を前提に余裕を持って設計されたはずの空間に、それは押し込まれるようにしてその巨躯を収めていた。

「メガトロン…出てくるのが少々遅過ぎたようだな、パイロット!速度を上げろ」

窮屈そうに首を伸ばして窓から地上を見下ろし、グリムロックはそうこぼした。彼が恐竜の姿で輸送機に収まるに至った経緯はごく単純であり、ホットスポットがそうであったようにグランドブリッジに入りきらなかったからである。

 

「無茶を言うなよ怪獣、お前さんのせいでいつになく機体は重いんだ」

パイロットは眼下に広がる氷の大地とその中心にあるクレバスに目を疑い、そこから吹き荒れる風に機体を持っていかれないよう必死に舵を取った。

 

「的になる前に積み荷を降ろすぞ!…ハッチ開放、頼んだぞメカザウルス!!」

サブパイロットは地上から何かが光ったのを視界に捉えるとすぐさま後ろに向けて叫ぶようにそう伝え、機体後部の積み下ろし口を開放した。

 

ゆっくりと開く搬出口の隙間から凍えるような風が吹き込む中、グリムロックは這いずるようにして移動した。

「次までにはもっとマシな呼び名を考えておけ…グリムロック、降下するぞ!」

彼は飛び降りる前にそう告げた。だがグリムロックがそう言い終わる前に機体に衝撃が走り、彼は投げ出されるようにして落下した。

 

融合カノンで輸送機を撃ち落とすと、メガトロンは墜落する機影とは別の何かがこちらへ迫ってきていることに気がついた。

「醜悪な…やはり有機生命体の姿を借りる奴の気が知れんな」

距離が縮むにつれて彼はそれが怪獣の姿をした同族であることに気がつき、穢れたものを見るような表情で厭そうに言った。

 

サウンドウェーブは淡々と彼の発言を諌める。

それは適切な発言ではない、少なくとも俺とカセッティコンがいるこの場では

それはディセプティコン運動の黎明期から有機生命体を蔑視するメガトロンと、動物に変形する部下を持つサウンドウェーブがそばにいれば必ず生じる毎度のやり取りであった。

 

「よく飽きもせずにそう言えるものだ、無論お前達は別だとも」

 

あれについても侮るべきではない。エネルギー放出量からスパークタイプはおそらくあなたと同じブライテストだ

二人の前方から高速で接近する鋼の恐竜と睨み合いながら、サウンドウェーブは平静のままそう告げた。

 

「…氷漬けか、貴様に似合いのつまらん趣向だ」

金属で構成された機械の恐竜はそう言い放ち、氷の大地に降り立った。着地点には墜落も同然のクレーターが生じ、そこだけが燃え盛るほどの熱を放っていた。彼は溶けかけた氷に爪を突き立てながら天に向けて力強く咆哮する。

「今日は何人殺した?その数だけ風穴を開けてやる」

グリムロックは口腔から炎を迸らせ、メガトロンを睥睨した。

 

メガトロンは眼前の相手に対して無造作に融合カノンを撃ち放った。だが空間を消滅させながら迫った光球は恐竜の口から放たれた炎に阻まれて勢いをなくし、やがてあらぬ方向へと逸らされた。

「サウンドウェーブ」

メガトロンは意外な結果に驚き、しかしどこかで予期していたようにただ部下の名を呼んだ。

次の瞬間、彼は突進するグリムロックに跳ね飛ばされて宙を舞った。

 

了解した。イジェクション…レーザービーク

彼はメガトロンのわずかな声の調子の違いからそれが攻撃命令だと悟り、瞬時に行動へ移った。サウンドウェーブは銃を撃つと同時に胸からデータディスクのような薄い形状のものを解き放ち、それは崩れるようにして瞬時に鳥のような獣へと姿を変える。

 

「今や私も古龍の端くれだ。よもや鳥如きが敵うとは思うまいな」

羽から銃を連射しつつ標的の周囲を鬱陶しく飛び回るレーザービークに対し、グリムロックはその動きに追従して炎を吐いて尾羽根を焼き払った。

 

聞くに堪えん世迷言だ

サウンドウェーブは肩部のキャノンを変形させ、全身のスピーカーと連動させた音波攻撃を放った。彼自身に影響を及ぼさない範囲での最大出力で撃たれた音の波動は周囲の空気を震わせながら一瞬でグリムロックへと迫った。

 

「何だ…こんなものか?」

しかしサウンドウェーブの放った爆音波に対して、グリムロックは動じる様子さえ見せなかった。

彼は尾羽根を失い、飛行能力が低下したレーザービークが高度を下げたところに跳び上がって更に半身を噛み砕いた。

 

レーザービークはサウンドウェーブの目の前に転げ落ち、スクラップも同然の有様を晒した。

「私が音波如きで止められると思われていたとは…古来より、敵の力量を見誤った代償が安く済んだためしはない」

 

跳ね飛ばされた際に空中で変形し飛行形態となっていたメガトロンは上からその様子を眺めつつ、融合カノンを撃ち下ろそうとした。しかしグリムロックによる突進のせいかチャージはまだ完了しない。

「そこのオートボット!こんな星の原生生物をスキャンした程度でサイバトロンの古龍種を名乗るか?甚だしい思い上がりだ」

代わりのミサイルを一斉に放ちつつ苛立ち混じりに彼はそう言い、しかし先程のような巨大な殺意の塊が自身に猛然と迫る様子に対しメガトロンは形容しがたい懐かしさを感じつつあった。

「だが獣とは…悪くない趣向だ。闘技場の栄光を思い出させる……!」

そう言い終えた頃にはメガトロンは変形を解いて素手で地上へ降りてきていた。その場にいた全員がその不可解な行動の理由を理解するのに時間を要した、彼自身も含めて。

 

「感傷に浸るのは結構だが_」

レーザービークを拾い上げ、距離を取ろうとしたサウンドウェーブをなぎ払った尻尾で弾き飛ばすとグリムロックは向かってくるメガトロンと激突した。

「試合をしているつもりはない」

グリムロックはその勢いのままにメガトロンの左肩に噛みつき、密着した状態で炎を吐くと一瞬のうちにメガトロンの腕をズタズタに焼き爛れさせた。

 

「痛みか…我が存在していることの証だ」

どこか愉快そうに言い、メガトロンはその感覚を懐かしみつつ凍結させた右の拳を叩き込んだ。しかし殴りつけられたグリムロックの頭部は非常に高温なため、彼の拳がまとった氷はほどなくして溶け去った。

 

尻尾に弾き飛ばされていたサウンドウェーブはグリムロックの頭部に飛び蹴りを叩き込み、噛み付かれていたメガトロンを解放させんとした。

イジェクション…ラヴィッジ、バズ_

彼はその言葉を最後まで言い終えることなく、胸部から発射しようとしていた二体ごと胴体を噛み砕かれた。

 

「させると思うか」

蹴られた衝撃でメガトロンを放してしまったすぐ後に、グリムロックはサウンドウェーブに対して爆発的な怒りのまま反撃した。サウンドウェーブは左右からグリムロックの強靭な顎に挟まれ潰れゆくまま奥底から響くような彼の声を最期に聞いた。

「私が戦車の頃と同じだと?見誤ったな」

 

「獣はただ無思慮に力を振るう…出来ることといえばやはりそれだけのようだな」

溶けた左腕を引き剥がし、メガトロンはそう嘲った。残る右手に取り出した剣を構えて眼前の獣に真っ直ぐ向けた。

 

「グリムロック、トランスフォーム…!!」

口に挟んで散々振り回していたものをそこらへと雑に吐き捨て踏み潰してから、グリムロックはゆっくりそう叫んで変形した。

 

その名を聞いた瞬間、メガトロンの表情に驚きと歓びの感情が戻った。

「まさか、とうの昔に死んだものと思っていたが…また見知った顔が出てきたものよ」

剣を携えた二人はゆっくりと歩み寄り、メガトロンはそう言いながら先程の自身の行動に今更ながら納得を感じていた。地球に墜落してから体は動かせず意識も定まらない日々を過ごしていた彼にとって、今この瞬間は既に比類なき充足の時間となりつつあった。

 

「変わらず傲慢を滲ませたような訳知り顔だ。忌まわしい」

グリムロックは憤怒の形相のまま手にした剣を振り回して言い放った。

 

「死に損なった上、再び獣風情に身を落としていたとはな…!」

力一杯に振りかぶった後に、両者の剣は激突した。メガトロンの剣は氷のように鋭く冷たい意匠を持ち、灼けた溶岩のようなグリムロックの剣と互いを侵食しあいながら剣戟を続けた。

 

「…メガトロンはその名を恐れぬ者だけが倒せると、貴様はかつてそう嘯いたな」

グリムロックは両手で振り下ろした剣に自身の重さを乗せた一撃を放った。剣が突き刺さった地点は煮立った火口のように変貌し、彼が一歩踏み出す度に足元には溶融する地面が広がった。

 

「我を恐れぬ者は存在し得ない。故に我を倒せる者もいない」

右腕だけのメガトロンは打ち合わず避けることに専念し、身を翻してそう応じた。それは遠回しな挑発でもあり、戦いの段階が明確に切り替わる瞬間だった。

 

「反証してみせよう…恐れは弱さの表れだ。なればこそ務まる者はあいつか私を置いて他にない」

グリムロックはネメシスを一瞥し、その中にいるはずの古い仲間を想起してからそう言い放った。

そして彼は剣の構えを変え、敵以外の全てを意識の外へと追いやった。

 

 

 

 

「人間とさ」

 

「何か言ったか?」

「人間と組んでたオートボットがいたんでしょ?バンブーだかビーブルみたいな名前の奴」

 

「バンブルビーがどうした」

 

「そんなに凄い奴だったの?」

 

「俺とサイドスワイプみたいなもんだ。目立たず影の薄い方は印象に残らず忘れられていく…黄色いクリフって呼んだ方が通じた」

 

「そんな端役がこの基地を作り人間どもと関係を築き上げたって訳?」

 

「同じ状況ならプロールでもサンストリーカーでも間違いなく同じことをした。たとえこの俺でもだ」

「まぁ…ここまで上手くやったのは褒めてやってもいいが」

 

「上手くやったって?」

 

「サイドスワイプがオペレーターから聞いた話だと、古くからこの国には"黄色い大きな妖精"の話が伝わってるんだそうだ」

 

「噂や伝説になってるのだったら完璧に隠れられてないじゃない」

「というかあのシンシアとかいう小娘を放っておいていいの?サイドスワイプが何考えてるのかも分からないだけど」

 

「兄弟の記憶は読まないと決めてるからな、それに彼女もお前に言われたくはないだろうさ」

 

「元ディセプティコンだから?紫のエンブレムをつけてた者は誰でも破壊と殺戮の使者だと言う訳?」

 

「お前はそれに当てはまるだろう…とはいえ医師団と口先だけの理想主義が存在することを除けば、オートボットもさして違いはない。どうせどちらも廃墟と憎悪のほかに、後世に受け継がせられるものなどありはしないのだから」

 

「悲観的…でも種族ぐるみでロクでもないのばっかりなのは否定しない。だからこそそういうものが希少だと感じるのかも。アンタもそう」

 

「治した奴は皆死んだ。ラチェットはともかく、俺も何も残せていない」

 

「私はまだ死んでないけど?」

 

「どうせ長生きしない」

 

「なんでそう思う訳?医者が患者にかける言葉とは思えない…なまじ実感はあるから反論できないのが腹立たしい」

「人間が羨ましいと思うことがね、あるのよ最近。短い命を紡いで後の世に何かを残していく様に憧れてるのかも」

 

「そんな機能が搭載されてるボディならよかったんだろうがな。自己増殖なんて最初期のサイバトロニアン数体だけの特権だ」

 

「サイバトロニアンがどうやって数を増やすか知ってる?」

 

「またその手の話を…どういうつもりか知らんが、好きなだけ話すがいい。長くなるようなら聴覚をカットしたまま施術を続ける」

 

 

 

 

「誰か聞こえているか?」

「私は今ネメシスの艦内にいる…脱出艇を全て破壊するには時間が足りなかった。最後に残った小型の一機にはマトリクスとクイックシャドウを乗せて発進させた、あとは上手く合流してくれることを願うばかりだ」

「この通信がもし誰かに届いているなら、メッセージがある。今の私にはマトリクスもスピーチ原稿もない…だからオートボット総司令官の訓示などではなく、ただのオライオン・パックスからの言葉と思って聞いてくれ…」

「私はいつも、平和を願っていた。団結し、持てる力を行使することでその実現に近づけるのだと信じたかった」

「だが今、我々はまた新たな星を戦火に巻き込みつつある。この地球に住まう人間は幼い種族だが、その賢明さと懸命さを以ていつかは我々の協力など必要としないほどに進化するだろう…スカイファイアの話の通りサイバトロンは既になく、ならば今はこの星の生命の為に全てを懸けて戦うと…私はそう決意した」

「日々…任務の合間に地球の歴史を読み解くうち、私はあることに気がついた。思想や民族の対立…それが招く破滅的な戦争はかつてこの星でも起きていたのだ。だがその度に、彼らは星を滅ぼすことなく踏みとどまった」

「我々には…出来なかったことだ。そして今まで見たどの知的種族も成し得なかったことを、彼らはとっくに成していた」

「そんな彼らに我々が何をしてやれるのかと悩みもした。将軍から与えられる物資や活動拠点の対価として共に戦ってきたが、すぐにでも星を出ていくのが人類のためには最も正しい選択なのではないかという思いは日ごとに募り、私の中で重みを増していった…力の使い方を誤り続け、母星のみならずいくつもの星を死なせてきた我々だ」

「種族の存在自体が宇宙の災禍と断じられたこともあった…だが、我々は幸運にもその評価が誤りであったことを証明できる機会を得た…我々はディセプティコンから、いやあらゆる脅威からこの星だけは守らなければならない。死んでいった仲間達と、バンブルビーのためにも」

「彼は人間との協力関係の礎を築いて、我々の目覚めを待ち続けていた…簡単なことではなかったはずだ。私は一オートボットとして彼を心から尊敬し、また深く感謝している」

「…長くなってしまったな、もう地表がすぐそこに迫っている。オートボットよ、可能性に満ちた人類を…その平和と尊厳を守るために、たとえ私がいなくとも戦い続けてほしい」

「クイックシャドウ、マトリクスはスカイファイアに預けておいてくれ。もし彼に何かあれば、ホットスポットに…」

「では…また会おう。戦士達よ」

 

 

 

 

「貴様は所属する陣営を誤り、そして戦う目的を誤った。闘技場で勝ち得た名声を捨て、粗暴な殺戮者でありながら幻想のような平和を追うことを選び_」

 

「一度は錆の嵐に晒されるだけの醜い怪物へと成り果てたはずだったが」

 

「グラディエーター崩れが、詩人にでもなるべきだったな…飾り立てた御託も聞き飽きた!」

 

「待たせて悪かったな、応援に来た」

 

「眼前で仲間を失う気分を思い出させてやる…」

 

「巻き添えを喰らいたくなくば、離れていろ」

 

「無用な心配と言っていい」

 

「手助けぐらいはさせてもらうぞ。そのためにここに来た!」

 

「邪魔だな。忌々しい…!!」

 

「雪?いや、霰ってやつか」

 

「顔だけ似せて奴になったつもりか」

 

「老いたロートルの説教はお断りだ!!」

 

「見えているぞ」

 

「グリムロック…トランスフォーム!」

 

「ブロードキャストだ。誰かそちらの状況を教えてくれ!霧と雪で何が起きているのか把握できない!」

 

「通信も通りにくくなってるな。この天気も多分メガトロンの魔法のせいだろう」

 

「グリムロック、お前の炎でなんとか出来ないのか」

 

「霧に紛れてこそこそと…破壊大帝だなんだと名乗っておいて、随分と狡い戦い方をするのだな!臆病者が!!」

 

「心の方に火がついたらしいな」

 

「全員聞いてくれ…今しがたクイックシャドウとオプティマスの反応が途絶した」

 

「士気が下がることを言うな、予想はしていたことだが」

 

「ま、それで燃えるやつもいるみたいだがよ」

 

「グリムロック、速やかにメガトロンを排除してほしい。君が奴を退けたらスカイファイアをネメシス内の二人の捜索に差し向ける」

 

「…了解だ。あと少しの間だけならどうにか動ける…メガトロンか融合カノンのどちらかが止まり次第、急いで向かおう」

 

「となれば残りの全員で突っ込むか」

 

「このままでは君も含めて全滅だ、君の力で二人を無事に生還させてほしい。」

 

「昔に比べて…煽り立てるのが上手くなったものだなブロードキャスト…奴の手管か?」

 

 

 

 

「…少佐、何人戻ってきた?」

 

「聞いても気が滅入るだけでしょうが、知らずに先の話は出来ないのがこの仕事の嫌なところですね。C-Xのパイロットはほぼ全滅です。2号機のジェフが辛うじて一命を取り留めました…が、あいつも気の毒です。ひしゃげたコックピット内でその、両足が…」

 

「彼はこの半年のうちに生まれ育った家と両親だけでなく…学生時代からの友人達と自らの脚を失ったか。ディセプティコンのせいで」

 

「意識が戻るのは来週か来月か、あるいは来年かもと…そう聞かされています」

 

「そうか、なんという…グリムロックを投下した輸送機のパイロット達は無事か?リックスとスチュアートは」

 

「えぇ、相変わらず頑丈な奴らです。人的な損耗はニ名のC-X専任パイロットのみですね…兵器の損害についてはC-Xが三機とも大破、全損しました」

 

「では次に…彼らについては?」

 

「オプティマス・プライムとクイックシャドウは未帰還…恐らくネメシスと共に爆散したものかと。ハウンドはオーバーロードに頭部をひきちぎられた上に顔を剥がされて死亡しました。彼は勇敢な最期だったと…そう聞いています。それともう一人、ギアーズは自爆で無数の破片になったそうで…奴がクリフジャンパーなら心配はいらなかったんでしょうが、聞いた話じゃ最近の彼は英雄気取りの発言が多かったとか」

「帰還したのはホットスポット、スカイファイア、サイドスワイプ、パーセプター、グリムロック、ウィンドチャージャーと、彼が拾い集めたクリフジャンパーのみです」

 

「三機と十一体でかかって、生き残ったのは一人と七体か。敵の旗艦を撃沈したからといって…浮かれていられるものでもないな」

 

「我々がいいように蹂躙されていた半年前を思えば、状況は遥かに好転しています」

 

「同感だよ少佐。死者達とその家族に詫びながら彼らの目覚めを待つしかなかった日々に比べれば…ずっといい。必要な墓の数も随分減らせた」

 

「えぇ、もしオートボット抜きでやることになっていれば今回の作戦だけで何人の部下を失っていたことか…」

 

「そうだ…私も異星の礼儀作法について教育を受ける機会はなかったが、彼らにとって適切なやり方で丁重に弔わねばならん」

 

「それとネメシスの墜落前に脱出艇が十二機ほど逃げ出していたという報告がありました。あの幽霊船を墜として終わりと思っていましたが…まだ残党狩りの仕事が残っているようです」

 

「散らばったとなると、我々だけで片付くものでもない。穴倉の隠密部隊からの協力要請ともなれば、どこもいい顔をしないだろうが…」

 

「我々の評判は散々ですからね。軍隊じゃなくて政府の特殊機関の私兵だって噂されてますよ」

 

「エイリアン絡みの案件における優先権に加えて極めて排他的で閉鎖的。注ぎ込まれた物資も予算も人員も、二度と戻らぬカルティストどもの部隊…誰に聞いても大抵そういう評判だそうだが、全くもって耳が痛いな。指揮系統も通常の軍隊組織から半ば独立している以上、機関の私兵という表現も否定はできない。私の出自のせいもあるだろうがな…」

 

「続いて残党狩りの任務に際しての人員についてですが…オプティマス・プライムが不在の状況下、彼らの指揮系統にもある変化が起きたようです」

 

「スカイファイアからは彼自らが司令官としての責務を果たすと聞かされたが」 

 

「新たにホットスポットがオプティマスプライムとアイアンハイドの代わりに現場でのリーダーをやるとか…新たにスカイファイアもプロールの代わりを担当すると言ってきています」

 

「三人分か。それだけの重責が務まるものかな…彼ら二人に」

 

「思想的・軍事的指導者であるプライムを中心にその直属の戦闘指揮官と作戦参謀…その絶妙なバランスのもとでオートボットの軍集団は運営されていたように思いますが…現状では、彼らの判断に任せるほかないかと」

 

「バンブルビーの話では防衛部門と諜報部門のトップ二人がそこに加わり、かつての最高意思決定機関を構成していたそうだ。何世紀昔の話か分からんが…ともかく他にふさわしい候補もいない以上、任せよう」

「どのみち我々に彼らの人事や作戦行動の采配を強制する権限がある訳でもないが、かといって事後承認と放任ばかりではそのうち残存オートボットが二派に分裂しかねんな」

 

「…何かいい手立てでも?」

 

「一つ、考えがある」

 

 

 

 

「この能力は…やはり物質の凍結で間違いないようだな。あまり使えん、やはり有機体のゴミどもをのさばらさせておくような星では大した力は得られんらしい」

 

「遊び…疲れたらしいな、老いぼれには…きつかったか?」

 

「む…サウンドウェーブを置いていく訳にもいかんな」

 

「一人忘れてるようだが?」

 

「もう一度言ってもらおうか、どうやら聞き逃したようだ…」

 

「この場は無事に逃げおおせても、次はそうはいかない。心しておけメガトロン…クイックシャドウとオライオンの分がまだ済んでいない」

 

「無事なものか。相変わらず加減を知らんらしい…では、先を急ぐのでな」

 

「…体内のスペースブリッジってのはずいぶんと便利な代物なんだな?俺にも付けられるかね」

 

「メガトロンは融合カノンの恒常的かつ致命的な余剰エネルギー放射にショックウェーブ製の反物質トランスデューサーを併用することでアクティブ状態のスペースブリッジを体内に飼っている」「メガトロンが自身に施した改造の最たるものだが実態はブライテストのスパークそのものを制御リソースとして限界まで用いることで強引に稼働を安定させているに過ぎない」

 

「誰か翻訳頼むよ」

 

「パーセプターはリターンとリスクが見合わないと言いたいんだ。最も強いスパークを宿すものでさえ体内に宿したスペースブリッジのコントロールに途方もないリソースを消費するとね」

 

「それにショックウェーブと彼の先進的な研究なくして実現は不可能だ。さて私はネメシスの方を見てくる。間に合うとは思えないが…この体が動かなくなる前に、確かめておかなければ」

 

「スカイファイア、空は任せた。で俺らはと…ハウンドとパイロットだけでも連れて帰らないとな。そうだろホットスポット?」

 

「あぁ…だが、この様子じゃ…」

 

「俺はギアーズの破片を磁力で寄せ集める。誰かクリフを見ててくれ」

 

「大した執着だなクリフジャンパー。新兵の頃からずっと、何がお前をこんなくだらない世界に縛りつけるのだろうな…?」

「…今、私を乗せてきた輸送機から連絡があった。重傷者から先に帰還させるらしい」

 

「一度には運びきれなさそうだな。ハウンドとダグとヘンリーは俺が連れて行くよ…傷がひどいウィンドチャージャーとパーセプターをまず_」

「…二号機の反応がある!?おいジェフ!返事できるか!?」

 

「生きてたパイロットがいたのか?あんな脆い生の肉体で…大した幸運だな」

 

「だがバイタルサインは今にも消えそうだ。負傷してるのか、おい返事を…」

 

「なぁ…今内部の生体反応をスキャンしたが、恐らく中の人間は_」

 

「分かってる。多分今全員が同じことを考えてるな。とりあえずコックピットブロックは三つとも回収する」

 

「とんでもない不運だな。俺達で言うなら半分スクラップになりかけで要修理って具合だが人間はこういう時…どう直すんだろうな?」

 

「シンシア、俺だ。サイドスワイプだが…C-X二号機のパイロットがえー………脚とかあちこちが潰れて死にかけてる。急いで迎えをよこしてくれ…それとそっちでモニターできてるとは思うが一応、四人の死亡を確認した。ギアーズは自分が花火になっちまったし、ハウンドは頭を割かれた。残りのパイロット二人は、そのだな………いわゆる肉ミンチってやつだ」

サイドスワイプは人間達への気づかいからか三人の被害についての婉曲表現を考えようと逡巡したものの、すぐに彼は自身の言語センスの稚拙さを否応なく自覚させられた。

「言い忘れてたが俺もひどい有様だ。首から下が全然残ってなくて死にかけてる、それもついでに伝えといてくれ」

 

「了解、残念です。救護班の回収用意を急がせます…あなたもお疲れ様…無事の帰還を」

サイドスワイプに寄り添うように、オペレーターは憔悴した口調で静かに語りかけた。

 

「ブロードキャスト、ホットスポットだ。そっちからスカイファイアに通信を送れないか?こっちでも今試してみたんだが_」

 

「霧の影響だろうか、あまり接続が安定しな_」

 

「俺とスカイファイアは昔からどうもお互い間が悪いというか反りが合わないというか_」

 

「…なんだ?」

 

「今、大きく揺れたな。とうとうネメシスが地表に激突したか…火の粉と灰混じりの風がここまで吹いてくる」

 

「ここで起きた戦闘がいずれ明るみに出ることは避けられないだろうが、墜落地点が辺鄙な平原である以上、残骸が見つかって世間の注目を浴びるまでにはまだ時間がありそうだ。証拠を隠滅するのに十分かは分からないが…うまく行けば大規模な森林火災にでも偽装できる」

「スカイファイアには今新しく指示を出した。彼にはネメシスの残骸の破壊を行ってもらう、もちろん二人の捜索と彼の治療が終わった後にだが…なので帰投には彼の助けは得られない。代わりに今グランドブリッジの用意をしている、もう少しすればラチェットをそちらに転送できるはずだ。」

 

「急げよ、仲間の命がかかってんだ。それもオートボット二人と…あと人間一人のな」

サイドスワイプは曖昧になりゆく意識の中でなお、自身のことを気にせず仲間の心配をしていた。

 

 

 

 

「スカイファイアとの任務ですか…別々に動く方が俺としてもやりやすいんですが」

 

「今やオプティマス・プライムもマトリクスも我らとともになく…であれば私はこの任務を通して君ら二人のリーダーとしての資質を問いたいのだよ。どちらがより適性の高い人物なのか、とね」

 

「それならもう_」

 

「話なら聞いたとも。だが君とスカイファイアはそうまで気心の知れた仲なのかね?むしろその逆だろうというのが、私の勝手な見立てだ。老獪な合理主義者と直情型な前線部隊の隊長とでは意見が対立しないことの方が少なかろう」

 

「それは…」

 

「覚えておけホットスポット」

「…指揮官同士の対立や見解の相違は、従う部下を容易く死に追いやるぞ。どちらが上か定めておく必要がある」

「この任務では…その辺りのこともよく考えて行動したまえ。プライムの後任だと言うならば_」

「それに恥じぬ戦いをしてみせろ」

 

「俺は常に実力を以て、己の価値を認めさせてきました。望むところです」

 

「再度任務の概要を説明しよう。平たく言えばディセプティコンの残党狩りだ…本隊からはぐれた一体の潜伏場所を突き止めた。個体名はブリッツウィング、これを排除しろ」

 

「二体でかかる程の相手でしょうか?」

 

「とのことだが…スカイファイア、君の意見も聞いておきたいな」

 

「気を抜いていい相手ではないのは確かです。私も十分に準備を重ね全力で当たります。が…それより将軍、一つ確認しておきたいことがあります」

 

「捕虜の扱いについてか?」

 

「あれを連れてきたというのは事実なのですか?しかしなぜ…」

 

「私も彼の諦めの悪さや狡猾さは脅威だと認識している。だがそれ以上に、彼の頭の中身は…我々の役に立つ」

 

「あなたはその為に…瀕死のスタースクリームをこの基地に連行させたのですか」



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