錬鉄の英雄の居る店 (三和)
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1

冬木市郊外の住宅街の一角にその店はある…

 

店構えはお世辞にも大きいとは言えなく外から見ても大量の貼り紙や看板のカオスっぷりによりそもそも何の店かも初見では判断できない…

 

注意深く見て辛うじて飲食店と分かる程度である…

 

一見さんお断りどころか普通はまともな感覚なら訪れようとも思わないその店…

 

……だがこの店、実は冬木市どころか、市外からも人が訪れる程の隠れた人気店であり夜毎人の声が絶えない場所なのである…

 

店に入ると体格の良く肌は日焼けとは思えない程の褐色と白一色の頭髪でとても日本人には見えない店員が流暢な日本語で迎えてくれる…

 

そして厨房に立つのは無精髭の目立つ若者…

 

「……店主、三番テーブルからの注文でお子様ランチとポトフとパスタ、それから六番テーブルからカレー、次に八番テーブルから麻婆豆腐、それと……」

 

「いい加減にしろ!衛宮!注文は一遍に取ってこないで一つずつ持って来やがれ!コッチは一人しかいねぇんだぞ!?…後八番テーブルの奴は泰山に行けと言え!」

 

「仕方なかろう?この店に居るのは私と君の二人だけだ。どちらかが注文を受けどちらかが料理をしなければ店は回らん。そうまで言うなら人を雇い給え。そうすれば私も料理に集中出来る。……それから八番テーブルの客はあくまで君の麻婆豆腐をご所望だ」

 

「……阿呆。何処の世界に俺とお前に着いてこれる奴が居るって言うんだ。使えない奴雇ったところで余計に手間が増えるだけだろうが。」

 

「あら?ここに一人いるわよ?店主さん?」

 

「遠坂凛!何勝手に厨房に入って来てやがる!客なら客らしく座って待ってやがれ!」

 

「中々注文の品が来ないから手伝いに来たんでしょ。……この私が手伝うんだからバイト代は弾んでもらうわよ。後、今日の夕食は店の奢りね」

 

「ああ、助かるよ、凛。では私は今来た客を案内して来る。」

 

「チッ!衛宮!そろそろ店はキャパオーバーだ!その次の客は帰ってもらえ!遠坂!テメェが勝手に手伝うつったんだ!バイト代は時給950円!そしてテメェが働くのは三時間だけだ!後飯は賄いで良ければ後で食わしてやる!」

 

「……シケてるわね。まあ良いでしょう。それで手を打つわ。……ああ、それから私は中華しか担当しないからね。」

 

「安心しな。他には期待してねぇよ。俺か衛宮が作った方が美味いからな。」

 

「……言ってくれるじゃない。良いわ。いずれ絶対美味いって言わせてみせるから覚悟しなさい!」

 

「無駄口聞いてねぇで手を動かせ!コッチは一杯一杯なんだ!さっさとしねぇと叩き出すぞ!」

 

口の悪い無精髭の目立つ店主と紳士的な褐色の店員と臨時の美人バイト。店は今日も賑やかで平和である…



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2

ようやく客の捌けた店内にて私は古い友人と盃を交わす。

 

「あんたたちいつもこんな調子なの…?人雇いなさいよ、私がいても手が足りて無いじゃない…」

 

グッタリしてテーブルに突っ伏している凛

 

「そう言われてもだな…」

 

私は相棒の方を向く。先程からわざとらしく執拗に鍋を洗う彼は……

 

「俺らについてこれる奴がいねぇよ。」

 

「……この調子だからな。」

 

「まぁそれは分からないでも無いけど。そう言えばあんたはあいつとどうやって出会ったの?」

 

「むっ?話したことは無かったか?まあ話しても良いんだが……」

 

私はいつの間にかキッチンから出て来た相棒を見る。話の内容は聞いていたようで……

 

「……好きにしろよ。」

 

そう言うと私たちが飲んでいた酒の瓶を掴みそのまま瓶に口を付け残りを飲み干してしまった。

 

「新しいのを持って来る。」

 

そう言って奥に入って行く奴の背中を見送ると凛の方を見る

 

「さて、何処から話したものかな……」

 

「何よ?そんな勿体ぶるような話…?」

 

「あいつとの出会いは戦場だからな。そもそも私にとっても恐らくあいつにとっても愉快な話では無い。」

 

「……」

 

「……私が初めて奴と会ったのは私が外人部隊にいた時の事だ。……一応補足しておくと、そもそも私は切嗣のコネを利用しすぐにでも一人で活動を始めるつもりだったが出来なかった。……内戦をしている国は普通の方法では入れない。コネが必要だが利用しようとした切嗣のコネは先方が既に死亡していたりで使えなかった。……結局後ろ盾と実績を得るため私は雇われの身となった。」

 

「その時同じ部隊に所属していたのが奴だ。奴は炊事班で私は戦闘担当だった。」

 

「その場は意気投合した。……私より前から戦場を渡り歩いた彼の料理は斬新で素晴らしかった。朝から晩まで戦闘の無い日はずっと料理について語っていた。」

 

「そしてしばらくその部隊で経験を積んだあと私は部隊を抜けた。後から聞いた話だがその後少しして奴も部隊を辞めたらしい」

 

「……次に会った時は敵だった。……ある魔術師を追っていた時、その魔術師が雇った傭兵の中に奴がいた。」

 

「目を疑ったが友人と戦うことになろうと私のやる事は変わらん。私は他の傭兵を片付けるといち早く私の攻撃から逃れた奴を追った。……そして私は奴に敗北した。」

 

「はあ!?あいつ普通の人間でしょう!?」

 

「まぁその時は正攻法で負けたわけじゃないからな。」

 

「奴が逃げた先が森だったんだよ。……奴が仕掛けた即席の罠が思いの外効いてな……いや、あの時はさすがにヤバいと思った。」

 

「酒持ってきたぜ。」

 

「ふむ。では乾杯しようか。まあ私と凛は既に飲んでいるが。」

 

私は一旦話を中断し盃を掲げた…



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3

「おいおい…俺も飲むのか?お前ら会うの久々だろ?古い付き合い同士水入らずでやれよ。」

 

「うわぁ…」

 

「……何だ遠坂、その顔は?」

 

「何か…あんたがそういう事言うと不気味だわ。」

 

「おう。喧嘩売ってんなら買うぞ。」

 

「くだらん事で喧嘩するな二人とも。今話してるのは我々の過去の話だ。君もいた方が話は分かりやすいだろう。」

 

「ハッ。別にお前の口から喋っても一向に構わないんだがな。……で、何処まで話したんだ?」

 

「私と君が二度目にあったところだ。」

 

「ああ、あん時か!あれは傑作だったな。俺の仕掛けた罠をほとんど突破した癖に一番構造的に簡単な逆さ吊りに引っかかったんだったな。いや〜あれは笑ったぜ。」

 

「……」

 

「ねぇ、士郎?あんたそれで負けたの?あんたなら普通にロープ切って脱出出来るんじゃ……」

 

「そりゃあ無理だな。」

 

「何でよ?」

 

「……この男は私が引っかかったと同時に矢じりに毒を塗った矢を放ってきてな……それで身動きが取れなくなったんだ……」

 

「…南米の先住民族から調合の仕方を習った特製の毒だ。普通なら三日はまともに動けん代物だ。最悪並行してでる発熱や下痢などの症状で死に至る代物だな……恐ろしい事にこの人外はしばらく意識があったんだが。」

 

「そんな事されてよく一緒に居られるわね……」

 

「あのなぁ……昔のよしみで即効性は無いがちゃんと解毒剤を置いていったし、三度目の時は俺も反撃されてんだぞ。」

 

「へー…何したの、士郎?」

 

「私が作った落としに穴に落ちた所に汚物を上からぶっかけただけだ。」

 

「汚物って?」

 

「……聞かねぇ方が良いぞ?」

 

「あー…何となく察しちゃったわ…」

 

「ちなみに四度目は組んだ。あん時俺は正規軍と連携してあるテロ組織の壊滅をする予定だったんだがたまたまこいつの標的がその追跡を逃れてそのテロ組織に合流した。その縁でこいつが共闘の話を持ち込んできたのさ。」

 

「一応聞くけどどうなったの?」

 

「…ほとんど俺たち二人だけでテロ組織を壊滅させちまったよ……おかげで正規軍の連中や同業者は皆機嫌が悪かったがな。」

 

「うわぁ……」

 

「失礼な想像してるみたいだがその時は俺らは誰も殺してないからな?」

 

「私が追っていた魔術師も含めてな。」

 

「まぁ死んだ方がマシな目にはあわせてやったがな。」

 

「……何したのよ?」

 

「身動き取れない状態にして顔に落書きしただけだぞ?」

 

「めちゃくちゃえげつないじゃない……」

 

「自分の目的の為に大量に人を殺しておいて、生きたままさらし者になるぐらいで済むならまだマシだろ?」

 

「最もその後は正規軍に引き渡したからしっかり裁きを受けた筈だがな。」

 

「……それなら結局死刑にでもなったと思うけど…ちなみにどっちのアイデア?」

 

「俺だぜ。」

 

「何で殺さなかったの?確かにこいつが居たなら制圧はしやすいとは思うけど…そっちの方が楽じゃない?」

 

「決まってる…その方が笑えるだろ?」

 

「うわぁ…」

 

「こら。そんな下らない事で嘘をつくな。」

 

「嘘?」

 

「あっ!衛宮テメェ…!」

 

「彼はな…アジトに籠城した奴らを殺す事を視野に入れる私にこう言ったんだ…『衛宮、お前の力なら殺さずに制圧出来るだろ?だったら殺すな。あいつらと同じになっちまうぞ』…とな。」

 

「同じって?」

 

「…自分の魔術の材料にする為、自由の為…そんな理由付けをして大量殺戮を行う連中と…そういう輩を平和の為に殺そうとする私…傍から見れば大差は無いんじゃないか…そう言われてな…だから私は殺さなかったんだ…それ以上に彼が上手い作戦を考えてくれた、と言うのもあるが。」

 

「へぇ…」

 

「チッ…余計な事を…」

 

「だったら意味の無い嘘をつかなければ良いだろう?」

 

「そういう事言うと遠坂が揶揄おうとするだろうが…おい、ニヤニヤするな遠坂。」

 

「え~…してないわよぉ?」

 

「うぜぇ。殴るぞ。」

 

「凛、その辺にしたまえ。何せ彼は本当に殴るからな。」



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4

「さて、五度目の時は…」

 

「……ちょっと?何処行くのよ?」

 

「凜、ほっといてやれ……話していいんだな?」

 

「好きにしろと言ったぜ。」

 

奴は席を立つと厨房に入って行った。

 

 

「……何なの?あいつ急に……」

 

「やはり奴はまだ吹っ切れてないんだな……」

 

「何があったのよ?」

 

「……あの時は我々は別行動だったが偶然にも同じ国に居てな。始まりは奴から私の携帯に連絡があったんだ。」

 

「四度目の共闘の際に連絡先を交換したが、それからしばらくは何の連絡も無かったから面食らったよ。それで電話に出た私が聞いたのは初めて聞く奴の必死な声だった……」

 

「……相当切羽詰まっていてな、当初要領を得なかったから何度も落ち着くように言ったが効果が無くてな……苦労して聞き出したんだが内容が……魔術師に愛する女性を攫われたから救出に手を貸してくれと言ってきた。」

 

「え!?あいつそんな人居たの!?」

 

「さすがにその驚き方は失礼じゃないか?まあいい。」

 

「まともな魔術師相手だと奴には荷が重い。幸い私は同じ国に居たし奴の突き止めた魔術師のアジトは私の居た場所の近くだった。だから私が行くから待っているように言ったが聞かなくてな……仕方なく合流したんだ。」

 

「…で、さっきのあいつの態度で何となく分かるけど、結果は……」

 

「……その女性を助ける事は出来なかった……だがその魔術師の実験材料になったわけじゃない。……現地に駐在していた正規軍に犯され殺されていた。」

 

「……」

 

「私の制止を聞かず奴はその場でそいつらを射殺した。」

 

「……そして私は奴を連れその日のうちにその国を脱出した。」

 

「…で、どうなったの?」

 

「奴はこれ以上借りを作りたくないと言った。だから私は奴と別れた。……その後再び出会った時は今度は奴自身がテロリストになっていたよ。」

 

「……私は正規軍と協力し奴の所属していたテロ組織を潰した。」

 

「……各国からお尋ね者になった奴は顔を変えこの国に帰って来た。奴が何で外人部隊に入りその後傭兵になったのかは知らないが元は日本人だったらしい。そして奴の愛する女性を救えなかった私は自分のやっている事に限界を感じ遂には投げ出し私もこの国に帰って来た。そして奴に連絡を取り……その後は君も良く知る通りだよ。」

 

「何と言うか……あんたが辞めた理由って別にあいつが何かしたとかじゃないのね……」

 

「……切っ掛けではあるがね……まあ奴が心配ではあったが奴が帰国する時はまだ私は正義の味方を名乗っていたしな……」



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5

翌朝…

 

「…で?このお嬢様を乗っけてきたのは良いがそろそろ起こさなくて良いのか?」

 

「……ああ、そうだな……凛、そろそろ起きろ。」

 

「ふわぁ……痛っ!?あれ?士郎……ここ何処!?」

 

「朝っぱらからうるせぇな……俺の車ん中だよ。お前また明日から仕事で海外なんだろ?次いでに空港まで送ってやろうと思ってな。」

 

「……いや。ありがたいけど……それはさすがに……ん?次いで?」

 

「二週間前に台風の直撃を受けた国があっただろう?大分現地の状況が安定してきたそうだから我々もこれから現地に飛んで一足先に着いて支援活動を行っているNGO法人と合流する予定だ……昨晩話したはずだが……」

 

「……あんだけ飲んでりゃ記憶も飛ぶだろうよ……にしても飛行機の乗り換えあって単なるボランティアでしかない俺たちと違って飛行機一本で行ける国に仕事で行く人間が二日酔いとはな。」

 

「くっ。返す言葉も無いわね……イタタタタ……」

 

「取り敢えず凛、薬と水だ。」

 

「ほれ、ブレスケア。こいつも使いな。酒の臭いがヤバいぞ。」

 

「……ありがとう。」

 

「申し訳ないが部屋を改めさせて貰った。荷物はこれで全部か?」

 

「あんたらは別に変な事しないでしょ。別に良いわよ……うん。これで全部ね。」

 

「にしても良く男しかいない所に平気で泊まれるな。お前も知っての通り衛宮は自分の家があるしあの店には俺しか居ないんだぞ。」

 

「…あら?私を襲いたくなる…?」

 

「……んな引きつりまくりの笑顔でんな事言われてもな。大体何で俺がお前みたいなガサツな女襲わにゃならんのだ。」

 

「……へぇ……それは私に女としての魅力が無いと?」

 

「……酔っ払って絡み酒してどれだけ辛辣に返しても絡んで来てしまいに大泣き始めたり服脱ぎ出したりバランス崩して酒もツマミも床にぶちまける女の何処に魅力があると言うんだ。……あの後片付けるの大変だったんだぞ……」

 

「何よ!大体あんたらが強すぎんのよ!何であれだけ飲んでケロッとして……イタタタタ…!」

 

「凛、静かにしていたまえ。大人しくしてないと吐くぞ。」

 

「ここは高速だ。サービスエリアまでまだかなりある。生憎エチケット袋なんてこの車に無いから吐きたくなったら窓開けてその場で吐いてもらうことになるからな。」

 

「うぷっ……ごめん…限界。」

 

「窓は開けてやった。存分に吐け。衛宮、きっちり撮影しとけよ。後でこの女をからかうネタに出来るからな。」

 

「……君は私に死ねと言うのかね?」

 

「ちょっと止めてよ!そんなの撮られたら「お前その女に結構貸しがあんだろ?」待って!?士郎止め「それもそうだな。」ちょっと!?」

 

 

 

「良く撮れてるか?」

 

「我慢していたようだが限界に達した様だ。今盛大に吐いてるよ。……後で桜に送るとしよう。」

 

「……お前も大概酷いよな…」

 

「フッ。君程じゃない。」



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6

「……凜……気を付けてな……ククク……いや。失敬。」

 

「何よ……笑いたかったら笑えば良いじゃない……あっちは今も爆笑してるし……」

 

「さすがの私も追い討ちかける趣味は……ププ……いや。すまん……やっぱり無理だ……」

 

「あ~笑った笑った!衛宮は……何だ今頃爆笑してんのか。よぅ遠坂災難だったな?」

 

「……」

 

「……そんな顔すんなって。俺らも別に身内以外には見せねぇからよ。」

 

「映像を消しなさい……!」

 

「怖いねぇ。言っておくが俺は今映像を持ってない。撮ってたのは衛宮だからな……あー…でも後々見せられてからかわれるのが嫌とかならもう手遅れだぞ?衛宮がさっきお前の妹に送っちまったからな。」

 

「!…嘘でしょ……」

 

「こんな所でしゃがみこむな。ほれ立ちな。残念だが嘘じゃない。さっきお前がサービスエリアのトイレに二度目のゲロの為に駆け込んだ時あいつは俺の目の前で送ったからな。」

 

「そんな……」

 

「つーか、お前妹の所に全然顔出してないらしいじゃねぇか。現地に着いたら連絡した方が良いぞ?」

 

「……そんな醜態見られて連絡出来るわけないでしょ……」

 

「だから何だ?死んだらそんな醜態所か顔ももう見せられなくなるんだぜ?生存確認なんて言うと無粋だが生きてるなら声くらい聞かせてやれよ。二人きりの姉妹なんだろ?」

 

「……分かったわ。着いたら連絡する。」

 

「良い顔になったな。……ん?そろそろか。俺たちは先に行くからな、おい衛宮、お前何時まで笑ってんだ…さっさと立て。」

 

「……ああ。すまん。悪かった遠坂。」

 

「もう良いわよ……気にしない事にしたから……」

 

「悪いが気にはしてくれや……ほれ、これ昨日お前が落として壊した皿とグラスの請求書。アレ自前じゃなくて客にも出してる奴だからな」

 

「……え!?ちょっとこれ嘘でしょ……!?」

 

「嘘なもんか。俺たちの場合料理の素材はもちろん皿にもこだわるからな……ついつい高いの選んじまうんだわ。」

 

「いや。それは君の趣味だろう?私は何度も言っているだろう?客が誤って壊した食器の価値と料理の金額が釣り合ってないから払えないんじゃないか?と。」

 

「料理の値段に関してはお前の経営努力の賜だな。何処であんな良心的な商売相手探して来るんだか……俺も別にわざと割ったんじゃなきゃ一々請求しねぇよ。だがこいつは酔っ払って割りやがったからな。」

 

「まあそうだが…と、そろそろ行かないと間に合わなくなるぞ。」

 

「ん?マジか。じゃあな遠坂。ちゃんとそれ払えよ。」

 

「待って!?こんな額私払えないわよ!?」

 



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7

「何時もすまないな。」

 

「……何だ突然?」

 

「こうやって私の我儘に付き合ってもらっていることについてだ…」

 

「良いさ。俺はお前に借りがあるからな。まあ人を救う為には人を殺さなきゃならないという不文律に取り憑かれていた頃よりずっと健全じゃねぇのか?」

 

「……」

 

「ここはそう治安は良くはないが…別に内戦の起きている国じゃない。最もここまで災害の被害がデカいと恐らくそれどころじゃないだろうが……」

 

「正直目からウロコが落ちる思いだったよ。君から人を殺さなくても人助けは出来るんじゃないのかと言われた時は…」

 

「被災地域のボランティアな。根無し草の頃と違い生活基盤は別の所にあると言う感覚もあるから長居はしない。変な情が移ることもない。身も蓋も無い言い方をすればそういう事だ……が、お前から与える善意は結局それくらいドライでも良いんだよ。お前は一々重すぎるんだ。しかも善意を受けた側がどう思うかなんて考えもしないからな。」

 

「……私の言う正義の味方とは単なる自己満足だった。」

 

「もっと言えば承認欲求の一種だな。……そんな独りよがりの善意……本当にキツイ連中にとって迷惑なだけだ。救われたと感じる連中もいるだろうが実際はお節介通り越してありがた迷惑だとすら思われてるだろうよ。」

 

「……だからこれくらいの距離感で良いのさ。お前は出来るわけもないのに相手の立場に立とうとする。その癖そいつらが本当に求めているものが分からず間違える。」

 

「……私はこれで良かったんだな。」

 

「あっさり納得してるが別にお前の命題は解決してないだろうに。」

 

「……いや。私はこう思っている。私は君に救われたとな。」

 

「大袈裟な奴だ。お前がそう思ってんならそれで良いんじゃねぇの?」

 

「……そうだな。」

 

「ところで一つ聞いて良いか?」

 

「何かね?今は機嫌が良い。何でも答えよう。」

 

「……お前、何で遠坂から距離を置いているんだ?」

 

「……どういう意味かね?」

 

「お前は一見すると遠坂凛を名前呼びし親しげだが……お前今朝遠坂凛を遠坂、と呼んだのに気付いているか?」

 

「……私が凛をそう呼んだと?」

 

「空港でお前が爆笑して座り込んでた時に既に復活していた俺が立たせた事があっただろう?あの時遠坂凛に謝罪しようとして素が出たんだろうお前は遠坂と呼んでいたよ……」

 

「……」

 

「……そもそもお前のその言葉遣い……外人部隊所属の頃はしていなかったよな?」

 

「……」

 

「なぁ、何でお前は遠坂から距離置こうとしてるんだ?」



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8

「何処までもお節介だな、君は……最も私も人の事は言えないが…」

 

「別に聞いて欲しくねぇなら聞かねぇよ。答えを出すのは結局お前らだしな。」

 

「私としてもこればっかりはな……一筋縄ではいかない問題なのだよ……」

 

「ちなみに遠坂がお前に向けてるもんには気付いているんだよな?」

 

「……散々その辺りでは色々あった。女心そのものは分からなくても愛憎については多少の理解はあるつもりだ……。当然分かるよ……」

 

「なら、俺から言う事はねぇな。……ただ見てて焦れったいんだわ。さっさとケリつけてくれや。」

 

「……善処しよう。」

 

「そうかい。んじゃ明日も早いからとっとと眠るぞ。ってもう深夜…!衛宮……」

 

「どうしたのかね?」

 

「今夜一晩は寝てる場合じゃなさそうだ。見てみろ…」

 

「……これは…!」

 

「第二波、だ。こりゃあ日本でも中々お目にかかれない規模だな。」

 

「……台風…いや。こちらでは普通…」

 

「…ハリケーンだ。さて、来ても良いように備えをしますかねぇ。」

 

「……」

 

「衛宮、魔術を使うなよ。お前のその力は自然に反してる。察知されて執行者なんてやって来たら対応出来ないぞ。」

 

「……すまないがそれは約束出来ない……私は使うべきと判断したら迷うことなく使わせてもらう。」

 

「ハッ。そこまで言える覚悟があるんなら良いんじゃねぇの。」

 

「……すまない。」

 

「謝る必要はねぇよ。何なら俺は自分に危機が迫ったらお前を見捨てて逃げるからな。」

 

「……ああ。そうだったな。君はそう言う奴だったな。」

 

「笑いながら肯定されるとすげえ気持ち悪いんだが。」

 

「いや、こういうのは…そう、なんて言うんだったか……確かツンデ…!そう怒らないでくれ。争ってる場合じゃないだろう。」

 

「だったら戯けたこと言ってんじゃねぇ。ほれとっとと行くぞ。取り敢えず今いる町の住民を避難させる。……多分法人の連中はまだこの事を知らない筈だ。」

 

「……時間との勝負だな……上陸予定は?」

 

「今出た。後約六時間後……早いのか遅いのか分かんねぇ……」

 

「後六時間…一応この町の住人の避難には十分か……」

 

「予定通りにはいかんだろうよ…。どうせ何らかの理由で自力で動けない奴とかいそうだしな…」

 

「……二手に別れよう。その方が早い。」

 

「了解。あ~あ…こんな事しなきゃならねぇなんて聞いてねぇぞ……無報酬だから尚悪い。」

 

「人の命がかかってるんだ。そうも言ってられまい。」

 

「へーへー。んじゃ行きますかねぇ……出来るだけ魔術は使うなよ?」

 

「……さっき言ったはずだが?」

 

「マジで使わないで欲しいんだがな……仕方ねぇか。さて、行きますかねぇ……」



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9

「それで…どうなったんですか…?」

 

「……どうとは?」

 

「だから…!その後の事です……!」

 

私は横で酒を飲んでいる相棒を見る。肩をすくめ、溜息を吐き、顔を背け、私に手を向ける。……そのまま私から言えという事らしい……まあ奴から散々大騒ぎしておいてあのオチでは自分の口からは言いづらいか……

 

「……逸れた。」

 

「は?」

 

「ハリケーンは逸れた、つまり雨風は多少酷くなったもののそれ程被害は無かったという事だ。ましてや避難などする必要も無かったという事だな。」

 

私がそう告げると脱力したように力なく椅子に背を預ける桜。

 

「安心しました…先輩たちに何かあったらと思って……」

 

「ねぇ桜?あれから一ヶ月も過ぎててこの場にこの二人が揃ってるんだからそれは無いと思うわよ……」

 

「……私も既に終わった話として話していたしニュースも見てるとの事だったから何の気無しに話したんだが……まさかこうも過剰に反応されると思わなかったな……ああ。すまない。桜が心配してくれたのは分かっている……」

 

「本当ですよ…あんまり危ない事はしないで下さいね……」

 

「分かっているさ。私はここに帰って来る。ここが私の帰る場所だ。」

 

「……なぁ衛宮?旦那の前でナチュラルに人の嫁とイチャつくの止めてくんない?」

 

「あら?兄さん嫉妬ですか?」

 

「桜、いい加減その呼び方止めてくれ……何か背筋が寒くなるし罪悪感がやばい……」

 

「兄さん、この場にいる全員が全部知ってるんですから取り繕っても意味無いですよ?それにこうやって責任を取ってくれてるんですから私は満足です。」

 

「桜…」

 

「イチャついてるのはどっちかしらね……」

 

「言ってやるな。紆余曲折あってくっ付いて未だに新婚気分なんだろう。……もう数年経つわけだが……」

 

「経緯は聞いたが、改めて考えると思いの外業の深い夫婦だよな。元は義理の兄妹だって言うんだからよ。」

 

「私は何度も止めろって言ったんだけどねー…結局折れて戸籍を一度こっちに戻したわ。」

 

「義理とは言え兄妹だと結婚は難しいからな。合法的な裏技か。」

 

「俺はその辺詳しくないんだが元々別の家に養子に行って完全に戸籍から出た人間を本来の姉が後見人になるからってまた戸籍に戻すのは合法なのか…?」

 

「……凛、ちゃんと正式な手続きを踏んだんだろうな?」

 

「……さぁ?どうだったかしら?」

 

「まぁ本人たちが良ければ良いか。」

 

「追求を諦めやがったな。」

 

「さて、何の事だか。」

 

「つうか妹に先越された姉よ、お前は何時結婚するんだ?……おいおい怒る場面じゃねぇだろ?」

 

「……何よ…あんたには関係無いでしょ……」

 

「ククク。せっかくすぐそこに意中の相手がいるのによ…!酒瓶で殴ろうとするな、暴力女。」

 

「凛、落ち着きたまえ。せっかく皆揃ったんだ。台無しにする事も無かろう?」

 

「だって、こいつが…!」

 

「はん。俺の言いたい事は分かってんだろうが。」

 

「何よ…人の事気にしてないで自分の事考えたら良いじゃないの……」

 

「考えとくわ。さて、そろそろお開きで良いか?」

 

「むっ。もうこんな時間か。」

 

「士郎、家まで送ってってよ。」

 

「無論だ。承ろう。」

 

「桜、忘れ物をするなよ。」

 

「寧ろ忘れるのは兄さんだと思いますけど……」

 

「おいお前ら!後片付け位してけっての!」



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10

仮に前日飲んでようが基本休みの無いこの店は今夜も営業中である。……食材の確保などの時間を考えると昼間の営業は今の所断念せざるを得ない……私たち二人は酒が残りにくいのと飲み過ぎない上に同年代と比べても体力があるのが救いか。……そしてその営業スタイルが今私たちの首を絞める要因になっている

 

「……大丈夫かね?」

 

「捌ききれねぇ…。半分趣味でやってるような店だからあんま大きく取り上げ無いでくれと伝えたはずなのによ……!」

 

閉店後の店内……私たちは息も絶え絶えだった。

取材が来て初めは断るつもりだったのだがあまりに熱心だったため渋々受けた所現在この店は普段の倍以上の客の入りとなっていた。

 

「……さっき慎二が持って来た雑誌に出てるぞ。表紙を飾ってそこをめくると三ページのカラー特集。」

 

「マジで抗議してやろうか……!」

 

「止めたまえ。下手に刺激すると我々が不利になる。……客が増えるのは本来は喜ばしい事なのだろうがな。……まあ一週間も前に発売していたのに約束していたサンプルは届かず身内が持って来るまで当事者に内容も知らされないのは問題だと思うが。」

 

とにかくこれはさすがに不味い。現在この店にシェフは一人ならウエイターも一人……これではこちらがもたない……

 

「人を雇おう。もう我々だけでこの店を回すのは無理だ。」

 

「しゃあねぇか……来るかねぇ……」

 

「即戦力になるような者は望めまい……数を雇うのも良いが全員が使えないとかえって邪魔になる……」

 

「分かってるじゃねぇか。」

 

「君の言い分もよく分かるつもりだ。人を増やせば私も厨房に入れるが肝心のバイトが役に立たなければ意味が無い。……そう言う意味では今研修をさせるのは問題と言える。」

 

多数の注文と客の案内を捌ききれなければすぐにこの店はパンクする。今の若者にそこまでの能力を望めるか……ふむ。私も歳を取ったかな。

 

「アテはあんのか、衛宮?」

 

「……私のコネには頼れんよ。知り合いは同年代ばかりだ。……さすがに我々と同レベルの仕事量をこなせる人材はいない。」

 

「取り敢えず若い連中を中心に募集かけてみるか……衛宮、募集要項は任せるぞ。」

 

「承った。君は営業マニュアルの作成をしたまえ。」

 

「その辺が妥当だな。やれやれ忙しくなるな……」

 

「……贅沢な悩みだな。」

 

「うるせぇ。他人事みたいに言ってんじゃねぇ。客が増えてんのに運営危機なんざ笑えねぇ話なんだからな。」

 

「危機か…それほどじゃないだろう?ただ従業員が足りないと言うだけの話だ…体力があってやる気のある若者が来てくれれば持ち直せる。」

 

「来ればの話だろうが…」



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11

「……」

 

「ちょっと……どうしたの、こいつ?」

 

「うむ。雇った若者が意外と有能だった事実にショックを受けている所だ。」

 

「何人ぐらい来たのよ?」

 

「……一人だ。だが彼は一人で複数人並の働きをしている。……即戦力と言う程では無いかもしれんが少なくとも接客態度には申し分無い。……寧ろお釣りが来る程の逸材だな。……私もつい本気で色々仕込んでみたいと思ってしまったよ。何せ覚えが早い。正しくスポンジだ。聞けば接客業自体は経験があったらしい。……ここ程忙しくは無かったそうだが。」

 

「……思わぬ拾い物をした筈なのに何でこいつは凹んでるわけ…?」

 

「彼は有能過ぎてね……営業形態にまで口を出して来てな……」

 

「こいつの性格的に突っ張るだけでしょ、それ?」

 

「向こうは今時の若者とは思えない程丁寧だし、しかも飛んで来た要望は彼のやり方を黙認していた私にも耳の痛い正論ばかりでな……すっかり言い負かされたショックとジェネレーションギャップで苦しんでいるところだ。」

 

「……あんたたち、バカじゃない?」

 

「返す言葉も無いよ……所で今日は何か用かね?帰国するとは聞いてなかったのだが……」

 

「ああ、その事ね……向こうでやる事は粗方終わったの。私はこっちに戻る事にしたのよ。」

 

「!…そうなのか?」

 

「ええ。それで頼みがあるんだけど……」

 

「嫌な予感がするな、断っても?」

 

「まずは聞きなさいよ……私は業務を完全にこっちに移したわ。当分向こうには渡らない。……それでね、昼間はともかく夜は暇なのよ、だから……」

 

「!…おい、その先は「私をこの店で雇って欲しいのよ。」やはりか……」

 

「もちろん断らないわよね…?」

 

「決めるのは私じゃないな。」

 

「でしょうね。ねぇ?ちょっと?」

 

「……ん?何だ、遠坂?何か用か?」

 

「あー…改めて注意されるのも分かるわね……これは客に対する態度じゃないわ。」

 

「うるせぇな、これが俺なんだよ。文句は言わせ「いえ。これからは口に出すわよ」あ?」

 

「私この店で働く事にしたから。文句無いわよね?店主さん?」

 

「あ?何言ってやがる。文句しかねぇよ。」

 

「何が不満なのよ?」

 

「……何処の世界に上司にタメ口聞くバイトがいんだよ。」

 

「ここにいるけど?」

 

「ふざけんな。大体お前アレだろ?どうせ衛宮とイチャつきたいだけだろ?」

 

「あんた…!「凛、止めてくれ。そこで君が怒ると私にもダメージが入る」士郎……」

 

「お前らなぁ……仕事中にそれやられると困るんだよ、俺は。」

 

「いや、君は基本的に厨房から出て来ないだろう?」

 

「そうね。何が困るのかしら?仕事が出来ていれば何も文句無いでしょう?」

 

「チッ!好きにしやがれ。」

 

「凛、ありがとう。これで私も料理が出来る。」

 

「あんた本当に料理好きねぇ……」

 

「数少ない趣味の一つだからな。こればっかりは早々譲れんよ。」

 

「接客担当で雇うつもりなんでしょうけど私にも料理させなさいよ?腕を錆つかせるつもりは無いから。」

 

「ふん…ついて来れるか?」

 

「ふざけないで。あんたの方こそついて来なさい。」

 

「ハア…アホなやり取りしてないで取り敢えずお前らもう帰れよ。」



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12

「…で、何だかんだこの店の事を把握してる君に一日彼の教育を担当してもらった訳だが……どうだったかね?」

 

「……いや、あれ私が教える事って何かあるの?あんたの言う通り接客のやり方については文句無しよ?……機転も利くタイプみたいだし言うなら百点満点のテストで百以上を付けざるを得ない……みたいなタイプなんだけど……」

 

「君もやはりそう思うか?」

 

「教える方が泣くタイプね。たまに不備があっても自分である程度対応出来るし二度目は同じミスしないし、教えれば一回で覚えてコツも掴む。……居そうでなかなか居ないわね……こういう人材……何でこんな店に来たのかしら…?」

 

「近くの喫茶店で働いていたんだが店主が年配の方で最近限界が来て店を閉めてしまったそうだ。……残念ながら私は顔を出した事は無いがかなり評判の店だったらしい。……ちなみにそこはバーも兼ねていたようでな……今回君は確認してないだろうが彼は酒の銘柄にも詳しいぞ。」

 

「……もったいないわね……他にもっといい働き場所あるでしょうに……」

 

「おい、遠坂?さっきから随分人の店を貶すじゃねぇか。文句あるなら何時でも辞めて良いんだぞ?」

 

「……あら?辞めていいの?」

 

「強がりは止めたまえ。彼女が正式に働くようになって一番恩恵を受けているのは君だろう?」

 

「チッ!あの若いのといいどうしてこううちの従業員はこんなんばっかなんだ……」

 

「……ほう?それは私にも喧嘩を売ってるということで良いのかね?」

 

「何だ?今更こんな事で怒んのか?……良いぜ。久しぶりにサシでやるか?」

 

「良いだろう、吠え面をかかせてやる。」

 

「ちょっと人巻き込んで喧嘩しないでよ。」

 

「凛、心配は要らない。私たちが本気で争うと面倒な事になるのでな……」

 

「要するに直接の殴り合いはしない事にしてんのさ。……以前こいつを煽り過ぎてブチ切れたこいつが宝具出しやがったもんだから店が半壊しかけてな……」

 

「……いい歳して何をしてんのよ…あんたらは…」

 

「だから……これだ。」

 

「酒…という事は?」

 

「飲み比べ、だ。……ちなみに俺たちの戦績は……俺が五十一勝、衛宮が五十勝……」

 

「むっ!サバを読むんじゃない!あれは私の勝ちだ!」

 

「何言ってやがる。あん時先に目を覚ましたのは俺だ。」

 

「いや!私が先だ!」

 

「あんたらねぇ…」

 

「仕方ねぇ、分けにしといてやるよ。今この場で俺が勝ちゃあ良い話だ。」

 

「言ったな。悪いが勝利は私が頂く。凛、審判を頼むぞ?」

 

「……はあ?今日は慎二の奴が遅くなるって言うからこの後桜と飲む約束をしてるんだけど?」

 

「ならば丁度いい。この場に桜を呼びたまえ。店の酒を提供しよう。……店の食材も好きに使うといい。……もちろん飲食代はタダだ。料理は自分でしてもらうがな。……それで構わないか?」

 

「好きにしろよ。食材や酒の用意してるのはテメェだ。俺は決着着けれりゃ何でもいい。」

 

「本当にタダなのね?ならいいわ。今桜を呼び出すから。」



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13

「……それでこの惨状…ですか。」

 

「わざとこの展開に持ち込んだのは何となく気付いてたけど…それでもこれは無いんじゃない?」

 

「言葉も無い。まあ気にせず楽しんでくれ。」

 

「……それならそこで寝てる奴を片付けてよ。てか酒に薬混ぜてまで何でこいつを眠らせたわけ?」

 

「気にするな……と言っても無理か……そもそも桜が来る前に終わらせるつもりだったのが……まさかここまで奴が粘るとは……」

 

「何よ?そんなに深刻な話?」

 

「二人には話しただろう?彼の恋人の話を。もうすぐ彼女の命日なんだ。」

 

「それと店主さんを眠らせた事に何か関係が…?」

 

「……命日は三日後だ。この時期になると奴は仕事に粗が出始める。……未だに吹っ切れて無いからだろうな。」

 

「?…仕事って……墓参りは…?」

 

「現地にいる彼女の友人に連絡を取ったが……どうも一度も訪れていないようだ……」

 

「じゃああんたの目的って……」

 

「彼女の墓参りをさせる事だ。しかも彼女の両親は存命らしい……滞在中彼も世話になったらしいからな……最低限のケジメは着けさせる。……もちろん私も同道する。……彼女を救えなかったのは私の責任でもあるからな……」

 

「じゃあ明日出発ですか?」

 

「もうチケットも手配した。……今まで散々色々やられたが恩もあるからな、私からのお節介というやつだ。」

 

「……迷惑がられそうだけど?」

 

「今までの仕返しも兼ねてる。」

 

「……士郎…あんた性格悪くなったわね…」

 

「褒め言葉と思っておこう。」

 

「先輩…私も一緒に行っていいですか…?」

 

「……桜?」

 

「何故かね?あちらはあまり治安も良くない。それに今は一旦終結した内戦がいつ再開してもおかしくない状態だ。……更に言えばこれは私たちの問題だ。さすがに遠慮してもらいたいのだが……」

 

「……それでも行きたいんです……ダメですか…?」

 

「桜…あまり我儘は「良いだろう。」士郎!?」

 

「そこまで言うなら私から言う事は無いさ。だが条件がある。」

 

「……何でしょう?」

 

「……慎二を連れてきたまえ。それが条件だ。」

 

「……はい!分かりました!」

 

「ちょっと士郎?そんなに簡単に決めていいの?飛行機の席は「奴がゴネて暴れる可能性があったからな。一般客に迷惑をかけないように何席か確保している」過保護過ぎでしょ……」

 

「ねぇ?どうせなら私も行っていい?あんたらが向こうにどれくらい滞在するか知らないけどその間店は休みなんでしょ?」

 

「……桜に許可を出してしまったしな……好きにしたまえ。」



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14

「……おい、衛宮……何で僕がこいつの横なんだよ?」

 

「君は自分の妻を他の男の横に座らせたいのかね……?」

 

「いやおかしいだろ!?何でマイクロバスなんて借りて来てわざわざ僕だけ後部座席でこいつと一緒に座らなきゃいけないんだよ!?」

 

「決まっているだろう?君の役目は……猛獣を抑える役目だ。私は運転に集中しなければならないのでね、女性陣に被害がいかないようにしっかりと奴を抑えてくれ。」

 

「頼むわよー!慎二!」

 

「すみません、兄さん……」

 

「……朝早くから叩き起こされていきなり旅行とか言われて……僕の意見は……」

 

「あんたの仕事は有給扱いになっているし、あんた新婚旅行以来桜と旅行行ってないんでしょう?丁度いいじゃない。」

 

「あのなぁ……新婚旅行はお前がくっ付いて来たし僕だってちゃんと計画は立ててたんだけど……」

 

「……兄さん……そうなんですか…?」

 

「え!?もっ、もちろんだよ!?」

 

「……どう思う?」

 

「多分考えてはいたが一切形にはなっていない代物だろうな……まあ桜は気付いていてわざと期待の眼差しを向けているんだろうが。」

 

「…まっ、結果的にあいつの尻を蹴る事になったのかしらね……」

 

「そのようだな…」

 

「……ん!?何処だここは!?」

 

「おい衛宮、こいつ起きたぞ。」

 

「お目覚めかね。随分と早い目覚めじゃないか?」

 

「!…おい衛宮!何だこの檻と手錠は!?足枷まで着けやがって!」

 

「これから君をある所へ連れて行く。その前に逃げられては困るのでね。」

 

「ふざけんな!俺を一体何処に「墓参りをさせようとな」!…ざけんな!おい間桐!こいつを外せ!?」

 

「鍵は衛宮が持ってる。それに話聞いたら僕もお前を逃がそうと思わないさ。」

 

「!…おい遠坂!?」

 

「拒否するわ。」

 

「桜!?」

 

「ごめんなさい。」

 

「いい加減諦めたまえ。」

 

「……チッ!わぁったよ。墓参り位「彼女の両親にも会ってもらおう」あ!?何言ってやがる!俺は顔を変えて「ちゃんと君の今の顔の写真を送ってある」おい!?」

 

「観念したまえ。私も一緒に行くしな。」

 

「てかあんた人にあれだけ偉そうに説教しといて自分は恋人の墓参りにすら行ってないのね……」

 

「はっ!何言ってやがる。墓参りになんて行くのなんざ日本人くらいだろうが。」

 

「いや君は生粋の日本人だろう?少なくとも私は君からそう聞いたが?」

 

「というか日本人以外も普通墓参り位は行くわよ?」

 

「うるせぇ!離しやがれ!」

 

「人に偉そうに言う割に自分はこんななのね……」

 

「そう言うな。彼は口は悪いがこれでも気遣いの出来る優しい人間なのだよ。「衛宮!適当な事言うんじゃねえ!」ククク」

 

「……あんた、楽しそうねぇ……」

 

「そうだな…私は今、とても楽しいよ。」



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15

「……」

 

「何をしている?早くノックしたまえ。」

 

飛行機を乗り継ぎ現地にて雇った男の運転でこの村にようやく辿り着いた。……その間一悶着所か私の横にいる男のお陰で何度目か分からない程のトラブルに襲われたが割愛しよう……全く。現地の警察に捕まらなかったのが不思議な位だ。まさか現地に着いてからまで逃げようとするとは……

 

「……しゃあねぇな。」

 

奴がドアをノックする。……私は彼女の両親に面識は無い。私は後ろに下がる。……そんな目で見るな。さすがにそこまで面倒見切れんよ。ドアが開けられる……

 

「!…お前今まで何処にいたんだ!?」

 

中から出て来た老夫婦に抱き締められ目を白黒させる奴を見て笑いを噛み殺す……ふと後ろを見ればおまけ三人が全員泣き顔だった。……慎二お前もか……全く。これでは私が薄情な奴ではないか……

 

 

 

「……そうか。」

 

私たちは全員二人の家に招かれ中にいる。私と奴で今彼女の事を話し終えた所だ。

 

「すまねぇ……俺のせいだ……」

 

「……」

 

口を挟もうとしたが止めた。……私にも責任があるのは確かだがここでは私は発言すべきではないだろう……

 

「あの子が死んで…お前までいなくなって私たちがどんな気持ちだったかお前には分かるまい……」

 

「……ああ。俺は親じゃないからな。」

 

「お前は言ったな。あの子とこの村に骨を埋める覚悟だと。」

 

「……ああ。あの時は本当にそのつもりだったさ。」

 

「お前がこの村にボロボロの状態で辿り着き、あの子に拾われ、この家に住んでいた半年間……たったそれだけの期間だが本当に楽しかったよ。……今からでも遅くない。儂らの息子としてここに留まる気は「悪いが無い。もう俺には他にやるべき事が見つかっている。」そうか。」

 

「……邪魔したな。あいつの所に寄っていくよ。」

 

奴が外に出た。

 

「すまない…せっかく会ったというのにあんな態度で……」

 

「良いさ。あいつの事は良く分かっている。ところであんたはあいつの何だ?」

 

「……戦友かな?奴とは仲間だった事もあるし争った事もある。……今では同じ店の共同経営者だ……実態はただの雇われ従業員に近いがね……」

 

「あいつの事を頼んでも良いか?」

 

「……すまないが約束出来ない……奴は本来根無し草の方が性に合ってるタイプだと思う……多分今一つの国に住み店をやってるのも単なる気紛れじゃないかと思っている……」

 

奴はやりたい事を見付けたと言った。だが奴が満足すればまた奴は旅立つだろう。

 

「あいつは飽きっぽいからな。苦労させられてるだろう。」

 

「……ええまぁ、それなりに……」

 

「あいつが飽きる迄で良いんだ……宜しく頼む。」

 

頭を下げる老人……ふむ。これでは断れないではないか……

 

「分かりました。私で良ければ……凛、桜、慎二、そろそろ行こう……」

 

そう言って家を後にしようとする私たちに奥さんが……

 

「今日は泊まっていって?そろそろ日も暮れるわ。」

 

……言われてみれば時間も時間だ。……そう言えばこの辺は観光地でも無いから宿は無い……ならば……

 

「お言葉に甘えるとしよう……三人もそれでいいか?」

 

三人は頷く。……特に異論は無いようだ……そもそも選択肢は無いような物だが……

 

「では奴を呼んでくる。待っててくれ。」



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16

「俺の親父は料理人だったんだ……」

 

彼女の墓の前で黄昏ていた奴に声をかけると奴からちょっと聞いてくれと言われ飛んで来た第一声がこれだ……

 

「何故今そんな話を?」

 

「……取り敢えず聞いてくれ。俺がお前に会う前の話だ。」

 

「……俺の家は定食屋でな、物心着いた頃から母親のいなかった俺はおふくろの味って奴を知らない。俺の原点は親父の作る飯だったんだ。」

 

「俺は勉強が出来なくてな、他の兄弟たちが俺を置いていくのを指をくわえて見てるしか無かった。……幸い兄貴も弟も親父の店を継ぐ気は無かったみたいだからな、将来は俺が店を継ぐもんだと思ってた……」

 

「……中学三年の時だ。俺は親父と大喧嘩した。……俺は高校なんて行かず親父の元で修行して将来店を継ぐつもりだったんだ……だが親父はどれだけランクが低くても良いから高校に行けって聞かなかった……」

 

「何なら専門学校でも良いと言う親父に俺は言った。あんたが俺に教えてくれりゃすむ話じゃねぇのかってな。……それに対しての親父の返事が……」

 

「何と言われたのかね?」

 

「……店は老朽化が激しくもう持たない。それにここは区画整理に入っており立ち退きを言われている、だ。」

 

「……」

 

「ガキだったのさ、俺は。結局俺と親父の話は平行線を辿り俺はその晩荷物を纏めて店を飛び出し家出した。」

 

「まさかと思うが君は……」

 

「俺はそれから親父には会ってない。俺は家を出た後親戚を頼り日本各地を転々とし後に海外に渡った……んで手っ取り早く生活費を稼げる手段として外人部隊に入った。」

 

「君は何をしたかったのかね?」

 

「……今となっては分からん。当時俺は若かったからな。身一つでも何とかなると勝手に思っていたのさ。……何の根拠も無いのにな。」

 

「親父さんに会う気は無いのかね?」

 

「……去年亡くなったらしい。新聞に載っていた。」

 

「……」

 

「衛宮、俺はどうすれば良いんだろうな?」

 

「君は断ったが……迷っているのかね?」

 

「この村に留まるのも悪くない……そう思ってる俺もいるのさ……」

 

「私は口を出さない、自分で決めたまえ。」

 

「めんどくせぇなぁ……」

「……そろそろ日も暮れる。今日はあの家に泊まることになった。」

 

「…なるほどな、まあ確かにこの村に宿は無いからな。……うわぁ行きづれぇ……」

 

先程あんな態度を取っていたからな……

 

「自業自得だろう?さぁ、行こうか?」

 

渋々着いて来る奴を見て今でも十分ガキじゃないかと思ったのは黙っておく事にしよう…



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17

「そういや衛宮?」

 

「何かね?」

 

「お前あの二人に写真送ったんだろ?俺の近況について話してなかったのか?」

 

「……私は外人部隊時代から最近迄の私と君が写った写真と共に私が近々君を連れていく旨について書いた手紙を送っただけだ。……まあ君は顔を変えてしまったし私も魔術回路の過剰使用の影響で大きく見た目は変わってしまったが。」

 

「どうりで荒い歓迎だったわけだ、何で言わなかった?」

 

「君も良く知ってる彼女の友人に連絡を取り彼女の両親の居場所こそ聞いたが……そもそも私は面識が無いからな……突っ込んだ話をするよりまずは君を連れていくのが先と思った迄だよ。」

 

「というか良く届くと思ったな?こんな村まで。」

 

「……都市部に住む彼女の友人の話では一応届くとの事だった……まあ治安状況を考えればしっかり配達されるかは賭けだったがな……届いていたようで何よりだ。」

 

「行き当たりばったりにも程があるだろ……」

 

「何の計画性も無く日本を飛び出した君に言われたくは「ブーメランって知ってるか?」……」

 

「言わせてもらうが正義の味方になるって言って高校を卒業しただけのガキがガチの戦場にいきなり身を投じようとするのも十分ヤバいからな?」

 

「止めたまえ、この話はどちらにも不毛だ。」

 

「了解。俺もこんな所まで来て争いたくは無い。」

 

「……そっちでは無い、こっちだ。方向音痴では無いだろう?」

 

「遠回りしてんだよ、察しろ。」

 

「この辺は街灯が無い。日が暮れたら面倒な事になる」

 

「へいへい。」

 

「……結局君はどうするつもりだ?」

 

「お前はどうすんだよ?仮に俺が店畳んでこっちに残るって言い始めたら。」

 

「その時は私は正義の味方に戻るつもりだ。……もちろん出来るだけ人を殺さない、な。」

 

「ま、良いんじゃねえの?取り敢えず俺は今回は帰る。んで「親父さんの店の合った場所迄行くのだろう?」……言っとくが今度はお節介は要らねぇぜ?」

 

「その間は私が代わりに店を営業しよう。……帰って来なくても構わないぞ?」

 

「お前本当に性格悪いな。たまには素直に話せねぇのかねぇ……」

 

「天邪鬼は寧ろ君の特権……いや、君の場合ツンデ「止めろ、気色悪い。」ククク。」

 

「大体ツンデレならその称号に相応しいのが連れにいんだろ?」

 

「違いないな。彼女は紛うことなきツンデレだ。」

 

「で?そんな女がお前は好きなんだろ?」

 

「うむ、私は彼女を好いている。昔からな「良し!録った!」は?」

 

「今のはしっかり録音させてもらった!これでしばらくお前をからかえるな!」

 

「まっ、待ちたまえ!まさかそれを凛に!?」

 

「お前らこうでもしねぇと進展しねえじゃねぇか。」

 

「それを渡したまえ!」

 

「やなこった!」



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18

理由付けてごねる奴を引っ張って来て一時間……普通に行けば十五分もかからない場所でこれだけ無駄に過ごし、今は……

 

「暗くなってしまったな…」

 

「……悪かったよ、つっても何度も俺は言ったぜ?先行ってろって「君は一人にすると戻って来ないだろう?」……」

 

「せめて否定してくれ。」

 

「お前なぁ…同じ立場なら戻りたいと思うのか?」

 

「論点のすり替えをするな。さっさと戻るぞ。」

 

「……方向分かんのか?「誰に言ってるのかね」だよな。」

 

隙を見て逃げようとする奴を引っ張る。……ようやく見えて来た……

 

「おい、もう離せよ……ここまで来たら逃げねぇって。」

 

私は手を離…!

 

「往生際が悪過ぎるぞ、君は……」

 

家を目の前にしてまだ逃げようとする彼の首に後ろから干将を当てる。

 

「……何も宝具出さなくたって良いじゃねぇか……下ろしてくれ。もう逃げねぇって。」

 

私は干将を消した。

 

「ハァ…なぁ何て言って入りゃいいんだ?」

 

「子供かね、君は?普通にただいまで良いだろう。」

 

「……お前先「断る」……」

 

しばらく私とドアを睨んでいたがやがて奴はドアを開けた。

 

「……ただいま。」

 

「おかえりなさい。」

 

あっ、泣き出した。良し。ここは写真を「衛宮、その携帯を仕舞えばさっきの音声消してやるよ」なっ…!?

 

「それは卑怯だぞ!?」

 

「何とでも言え。」

 

というかもう涙が止まってしまっているでは無いか!?

くっ!しくじった!

 

「つーかもう送ったんだけどな~…遠坂に。」

 

「……は!?」

 

何という恐ろしい事をするのだこの男は!?

 

「士郎…」

 

今私の目の前には何と言うかとても潤んだ目をしたあかいあくまが……!

 

「急用を「お前ここの人間じゃないだろ。何処にお前の用事があんだよ。」私は先に「ここら一帯は治安が悪いから今夜は泊まる事になったんだろうが。」……」

 

「お前他人には色々言う癖に自分の事になるといきなり日和るよな?」

 

「僕も同感だな、ここらで責任を取れ。お前の義弟なんて癪だけど今回は納得してやるよ。」

 

「先輩……姉さんをちゃんと幸せにして下さいね…?」

 

くっ!桜が怖すぎる……!私の味方はこの場にいないのか!?彼女の両親もニコニコ顔でこっちを見て……!

 

「こら!?この状況で一人だけ逃げようとするんじゃない!」

 

私はこっそり外に出ようとする奴の襟を掴む。

 

「おいおい俺は独り身だぞ?この場にいたら肩身が狭いだろうが。夫婦同士仲睦まじくやってくれや。俺は外で寝るから。」

 

「私はまだ結婚していない!」

 

奴の心配などしている場合では無かった…!この状況をどうするか考えなければ……!



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19

彼女の両親の家にある食材で手料理を振る舞う……いや待て…何故私が率先してやっているのだ…?

 

「君はせめて手伝ったらどうかね?」

 

「あん?お前料理好きだろうが。」

 

「……そもそもこの場は君が腕を奮うのが筋じゃないかね?」

 

「めんどくせぇ。金にならないしな。」

 

こっ、この男は……!

 

「衛宮、放っておけよ。」

 

「そうそう、やる気の無い奴に何言ったって無駄よ。」

 

この場で何もしてないのは奴だけだ……慎二でさえ手伝っていると言うのに……

 

「兄さん手が止まってます。」

 

「ヒィ……」

 

……率先してやっているという事にしておいてやろう。慎二の名誉の為に。少なくともここでゴロゴロしている奴より何倍もマシだ……

 

「ふむ、では君は飯抜きで良いのだ「良し!やるか!」……」

 

現金にも程があるだろう……

 

「おう!衛宮、何ボサっとしてやがる!俺は汁物を担当してやる!お前もそのメイン早く仕上げろや!」

 

『……』

 

三人で(慎二は今脇目も振らず作業中だ)かなり冷たい目を向けている筈だがこいつには堪える様子が無い……とっとと作るか……

 

 

 

料理が仕上がり、運ぶ……

 

「君は何をしているのかね?こっちはもう出来たが?」

 

「何って仕上げだろうが!良いから先持ってけよ!」

 

……デザートでも無い以上普通メインと同時に持っていくものでは無いだろうか…?

 

「……急ぎたまえ。」

 

私は呆れつつも料理を運んだ。

 

 

 

結局奴が料理を持ち込んだのはこちらが粗方食べ終わってからだった……何をやっているんだ……

 

「……美味い。」

 

思わずそう口に出てしまい奴の方を見る……ドヤ顔か。こういう顔なのだな。そしてとてつもなくイラつくというのを今理解した。

 

「どうだ、衛宮?美味いか?」

 

「……ああ美味いとも。少なくとも和食以外は君に勝てないと思っている。」

 

チッ!と舌打ちする音が聞こえた。……貴様の行動パターンは分かっている。わざわざからかうネタを提供するつもりは無い……

 

「二人は本当に仲が良いのね。」

 

奥さんが聞いてくる。

 

「……んなんじゃねぇさ……ただの腐れ縁だ。」

 

憎まれ口と周りは思っているようだが違うだろうな……奴は多分本気でそう思っている。まぁ私としても同感だし思う所は無いが。

 

 

 

「んじゃあ、俺は外で「逃がさん。」チッ。」

 

外で寝ようとする奴を捕まえる。あかいあくまが私を狙っているのだ……何としても道連れを増やさなければ。

 

「往生際悪いのはどっちだっての「君は調子に乗って酒を飲みまくり出来上がる所か顔色が土気色になって今にも吐きそうにしている女性に絡まれたいと思うのか!?」……」

 

「し~ろう~!早くこっち来なさい!?」

 

「……ほれ、ご指名だ。逝って来い。」

 

「嫌だ!食われる!」

 

さすがにああも酔っ払った女に関わりたくない!何であの暴走を誰も止めてくれんのだ!?誰でも良いから助けてくれ!?



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20

翌朝…

 

「……もう帰るのか?」

 

「店があるからな、じゃあな…イテ!?何しやがる衛宮!」

 

「君という奴は……別れの挨拶くらいちゃんとしたまえ。」

 

「……世話になったな。次はもう少し長めに休みを取る……昨夜の話だが考えとくよ……ああ…後、この国は今きな臭いからな、何か起きたら呼んでくれ。すぐにそっちに向かう……衛宮が…イテ!」

 

「行くのは別に吝かでは無いが……そこは君が率先して動くべきだろう。」

 

「うるせぇな。行かねぇとは行ってねぇだろ!?人の頭を何度も叩くんじゃねぇ!お前は俺の母親か!?」

 

「一応、君の義理の両親から君の事を見ているよう頼まれたのでね。今まで放置した分、これからは厳しく行くぞ。」

 

「チッ…こっちは頼んでねぇ……まあいい。帰るぞ、衛宮。」

 

「……君を連れて来たのは私なんだがな。」

 

彼女の両親に見送られ村を後にする。

 

飛行機に乗り一息吐く。……横のバカが爆睡してるのを見て今度は溜息が出てきた。

 

「全く、呑気なものだ……」

 

まあ私以外のメンバーは皆寝てるのだが。……私も寝るとしようか。さすがにこの後問題が起きたりもしないだろう……私は目を閉じた。

 

 

 

「……士郎……士郎……士郎!」

 

「…むっ……凛?」

 

「やっと起きたわね…日本に着いたわよ。」

 

「……そんなに寝てしまったか……」

 

「ほら、早くして。あんた以外は皆降りる準備出来てるんだからね。」

 

「すまない。」

 

 

 

「……おい!何でまたこの扱いなんだよ!?」

 

「このバスとその檻をレンタルするのに割と費用がかかっていてね。要は元を取りたいのだよ。」

 

「ざけんな!出しやがれ!」

 

「……お前ら仲がいいのは良いんだけどさぁ、集中出来ないからもう少し静かにしてくれない……?」

 

「それはすまなかった。だが主に騒いでるのは私では無い。」

 

「そんなの分かってるよ。だからそいつを黙らせてくれ。」

 

「承った。では、黙れないならこいつを口に貼る。」

 

「ふざけ…!ンー!ンー!」

 

私は奴の口にガムテープを貼り塞ぐ。

 

「……これでどうかね?」

 

「……まだ煩いけど妥協してやるよ。」

 

「すまないな、バスの運転を任せた上に騒がしくて。」

 

「良いさ。そいつの見張り役よりは気が楽だ。」

 

「姉さん……あれはさすがにやり過ぎなんじゃ…?」

 

「あいつはあれくらいで良いのよ。」

 

……そう言えば…行きは何とか高速をパスしたがこれではさすがに不味いのでは無いだろうか……と疑問が頭に浮かんだが気にしない事にした。……まあ何とかなるだろう……多分。



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21

「またお前らか!?」

 

「……」

 

今私の目の前には怒り顔の現職の刑事がいる……いや。私は何もしていない。やらかしたのは奴だ。

 

 

二時間前

 

「おい!金を「うるせえ!こっちは忙しいんだ!強盗ごっこなら他所でやれ!」ごっ、ごっこ……」

 

店の営業中堂々と黒のフルフェイスヘルメットを被ったまま入店……唖然とする私や凛、バイト君、客をスルーし厨房に直行。厨房から聞こえて来たやり取りがこれである……

 

「……ちょっと士郎?放っといて良いの?」

 

「ん?彼の強さは「見た事は無いわよ?」そう言えばそうだったな……まあ彼に任せ「ふざけんな!ぶっ殺してや…ぶぎゃ!?」「うるせえって言っただろ!」……」

 

「……今凄い音したけど?」

 

「……恐らく強盗の脳天をフライパンで殴ったんだろう……」

 

「……ずっと悲鳴が聞こえるんだけど?」

 

「凛、この番号に電話をしてくれ……多分虫の居所が悪かったんだろう……殺してしまう前に止めてくる。」

 

「……ちょっと!これ誰の番号よ?」

 

「知り合いの刑事だ。電話をして、アレがやらかしたと言えば通じる。」

 

「分かったわ。なら私は連絡を「僕は客のフォローをしておきます。」そう?なら、任せるわね。」

 

「帰りたい客にはお詫びとしてこれを渡してくれ、店の無料クーポンだ、それと今夜の料金はタダでいいと伝えてくれ、それから残る客にもアルコールをサービスしてくれればいい。」

 

「分かりました。お酒のチョイスは?」

 

「……君に任せる。」

 

「……分かりました。」

 

……優秀なバイトで助かった……

 

 

 

「おい!俺は被害者だぞ!?」

 

「君がやったのは過剰防衛だ。存分に絞ってもらいたまえ。」

 

「おら!行くぞ!」

 

「離せコ…ぶごっ!……おい!警官が一般市民殴ってタダで「お前の何処が一般市民だ!良いからさっさと来い!」クソッタレが!」

 

 

 

「どうなるの?あいつ…」

 

「相手は見たところ、全治二ヶ月はかかる大怪我だからな、一週間は留置所だろう……」

 

「というかそれで済むの?立派な傷害だけど?」

 

「だから彼に頼んだ。彼なら何だかんだ厳重注意で収めてくれるだろう……それに我々には優秀な弁護士の知り合いがいるだろう?」

 

「哀れね、慎二……完全にタダ働きじゃない……」

 

「何を言う、ちゃんと報酬は払うさ。この店の一週間のタダ券だ。」

 

「……」

 

「さて!明日の仕込みをするか!」

 

「……嬉しそうね、士郎……」

 

「久しぶりに私の料理を客に振る舞えるからな。……明日から忙しくなる。……凛、頼むぞ?」

 

「私はバイトでしょ?バイト代は弾んでよ?」

 

「もちろんだとも。さて、今晩の夕食をご馳走しよう……君も食べるだろう?」

 

私は離れた所にいるバイト君に声をかける

 

「遠慮します……と、言いたい所ですが衛宮さんの料理は興味あります。頂きましょう。」

 

「うむ!遠慮せず食べるといい。」

 

私は二人を連れ店に戻った。



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22

「ねぇ、士郎?何なのこれ?」

 

「見ての通り食器だ。…奴の用意する食器だとトラブルの元になるからな…安物を購入して来た。」

 

「これほとんどキャラ物だけど?」

 

「…一般客用ならそれ程デザインに凝る必要も無いし足りなくなっても私が投影すれば済むが、子供にはさすがに受けが悪いだろう?私は昨今の人気も良く分からないからな、こうして大量購入して来た訳だよ。」

 

「…慎二か桜に聞けばある程度絞れたんじゃない?」

 

「!…あっ…」

 

「身近に子持ちの身内がいるんだからそっちに聞いた方が早いじゃない……どうするのよ、こんなに皿買って来て?どう考えてもこんなに子供連れの客来ないでしょ…」

 

「…まあ良い。これはあくまで予備だ。最悪一般客用にも使え「この皿に盛れる量なら普通の大人には少ないんじゃない?」……」

 

「あんたねぇ…」

 

「フッ。気にするな、凛」

 

「…まあ良いわ。店主代理はあんただからね。…あっ、そろそろあいつ来るんじゃない?」

 

「むっ…バイト君の来る時間か……!いかん。これを隠さなければ……!」

 

「力関係逆転し過ぎでしょ……もっと堂々と出来ないわけ?」

 

「そうは言うがな、凛。彼は基本正論しか言わないからな…こういう浪漫を少しは分かって「無駄遣いを浪漫とは私は呼びたくないし少なくとも昔のあんたよりずっとユーモアあるわよ、あいつ」……」

 

「…いや、拗ねないでよ、別にあんたよりあいつが良いって訳じゃないから。」

 

「……拗ねてなどいない。」

 

「突っ込まないからね?というかさっさと開店準備しないと。」

 

「分かっている。…!覗きとは趣味が悪くないかね?」

 

「…すみません。出るタイミングを失ってしまって……」

 

「まあ良いさ。今回はこっちに落ち度があるからな「それはそうとその皿の山はどうする気です?今から片付けてる時間あるんですか?」……」

 

「…仕方無いですね、僕がやっておきます。」

 

「すまない。給料に上乗せ「貴方はあくまで店主代理でしょう?あんまり勝手な事をしては不味いのでは?」問題無い。奴なら私が黙らせて「別にこの程度の事でそこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。」そ、そうか……」

 

「士郎、あんたねぇ……ハア…取り敢えず私はOPENの札掛けて来るから。」

 

 

 

「衛宮さん、さっさと仕込みをお願いします。さっきも言った通りこれは僕が片付けますから。」

 

「……」

 

「…あー…人にやらせるより自分でやりたいタイプでしたっけね、確か。僕の手際、悪いですか?」

 

「…いや、問題無い「でしたら仕込みをお早く。そろそろ最初のお客が来る頃でしょう?」うっ、うむ。分かった、そっちは頼む。」

 

「了解しました。」



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23

「よし、こんなものか。」

 

チキンもケーキも準備良し。もちろん通常料理も準備済みだ。

 

「…そっちはどうかね?凛?」

 

「万事抜かりないわ。まあ中華担当の私の出番がどの程度あるかは分からないけどね。」

 

「無くは無いだろう。クリスマスには割と中華を食べる家庭も多いんだぞ?」

 

「…日本だけよね、割と多国籍で料理が並ぶのって。ほとんどの国は大体定番料理が決まってるし、クリスマス自体祝わない国もあるしね…。」

 

「宗教にも寄るがね。そもそも日本は自由な多神教だからな。…後は商業的なイベントに取り入れられるならなんでも祝うだろう。」

 

「そう言うと身も蓋もないけどね。…というかせっかくの祝い事の前に何でこんな俗っぽい話しなきゃならないのよ…。」

 

「…人手が足らないからな。君がいても三人しか料理を作れる者がいないのに我が店の店主は未だ留置所の中だからな、必然的に私の比率が増える……」

 

「ボヤかないボヤかない。…私も中華以外も作れるから手伝うわよ。というか、何で例のバイト君を寄りによって休みにしたのよ?」

 

「…実家でクリスマスパーティーだそうだ。一応引き止めたが、ね。」

 

「…何か、それ…恋人と二人きりとかと違って強く言いづらいわね…。」

 

「私たちは二人とも親がいないからな…それを大事にしたい彼に強くは言えないさ…。」

 

「…でもまあ、私はずっと捕まえられなかった奴が今目の前にいるからね、今夜はこの後一緒に過ごしてくれるんでしょう?」

 

「うむ。エスコートさせて頂こう。」

 

「期待してるわよ?…ところであんた衣装は?」

 

「…私も着るのか?君が着てるからいいと思うのだが?」

 

「何で一人で着なきゃいけないのよ。店員が着ても店主代理が着てないと不自然でしょうが。…ちなみに似合うかしら…?」

 

「……ああとても良く似合っているとも。最もミニスカートで大丈夫かね?一応店の暖房は強めにしてあるが…」

 

「似合ってるなら良かったわ。…少し寒いけど、こういうのは少し我慢してこそなの。」

 

「…君が良いなら良いが…とは言え、足はともかく露出した肩は見過ごせんな。こちらを着たまえ。」

 

「…赤いコート…」

 

「ちゃんと衣装に合うデザインで投影したぞ。」

 

「…案外センスあるじゃない。それじゃ有難く。…ほら士郎?あんたもとっとと衣装着なさい?そろそろ開店時間よ?」

 

「……着ないと駄目か…?」

 

「何でそんなに嫌が「奴の色だからな」あー…でも、良いじゃない。アーチャーの事が分かるのは私だけ「今日は桜たちも来るんだが」良いじゃない。あの二人が笑ったって他の客には何の事だか分からないんだから開き直れば良いのよ。ほら時間無いんだから観念してさっさと着る着る!」

 

「分かった分かった!着てくるから!すまないが、先に来た客がいたら相手をしておいてくれ。」

 

「了解よ。…士郎?」

 

「?…何かね?」

 

「今夜は楽しみましょうね?」

 

「…ああ。そうだな…だがまずは仕事を終わらせよう…」

 

クリスマスか…この私が戦場以外の場所でしかも好いた女性と迎える事になるとはな…



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24

「で?遠坂とはしたのか?」

 

「……いやさ、もうちょっとオブラートに包めよ。」

 

「右に同「衛宮、ちょっと黙ってろ」理不尽だ…。」

 

現在十二月二十五日、昼。

 

店は休みにして今日は男四人とことん呑もうとなり早朝からグラスを傾けている。…かなりの量の瓶が転がっているが全員酔っては「間桐、お前だって気になるだろ。こいつが遠坂の」「止めろって。今は昼間だ。…夜なら良いって訳じゃないけどね。」「据え膳食わぬはと言いますしさすがに衛宮さんも一晩二人きりでいたんでしょ?それはやってるでしょ。」

 

……酔ってはいないはずだ。つまり慎二が二人に突っ込んでるのは気の所為だ。

 

「そこのバイトはともかくよ、俺は素で言ってるぞ?」

 

「何ですか?僕が酔ってるとでも?」

 

「相当酔ってると思うよ。今傾けてるその瓶…もう空だし…。」

 

「……君たち、もう少し静かに呑めないのかね?特に君は出所したばかりだろう?少しは大人しくしたらどうかね?」

 

「ハッ!クリスマスに辛気臭く呑めるか!」

 

「同感ですね。」

 

「衛宮、僕を頭数に入れるな。」

 

「つか話が逸れてんだよ!だからよぉ!お前は遠坂としたのか!」

 

「ええ!そこの所を是非!」

 

「……癪だけど僕も気になる。どうなんだよ?」

 

「……黙秘権を行使する。」

 

「間桐、どうだ?」

 

「どうなんです!?」

 

「何で僕に振る?…でも、これはそうだな……遠坂に同情するよ…。ヘタレたな?」

 

「なっ!?何を言う!この私が一晩女性と過ごし手を出さないわけが「お前戦場時代からヘタレだろ?何プレイボーイ気取ってんの?」……」

 

「はっ?戦場まで行ってヤッてないの?こいつ?」

 

「正規の兵士も良く現地で女犯したり、戦場専門の娼婦もいたりするから普通はとっくに経験人数豊富な筈だけどな、こいつは天然記念物さ。」

 

「衛宮さん…さすがにそれは……。」

 

「何かね!私はそんな邪な気持ちで行ったわけでは「戦場で助けた女のアタックに気付かず、埒が明かなくて裸で抱きついて来た女に肌冷やすなって説教した馬鹿だぞ、こいつは。」…くっ!」

 

「「うわぁ…」」

 

「止めろ!止めてくれ!そんな目で私を見ないでくれ!」

 

ヘタレでそんな悪いのか!?

 

「衛宮、もしかしてお前不能なのか?」

 

「……そんな事は無い…。」

 

私はセイバーとしている…。

 

「…いや、もしかしたらこいつホモだったのかもしれんぞ…戦場に出るまで自分がそうだと知らずに普通に女としていた奴が軍に入り男所帯でそうである事に気付いたり目覚める奴もいるしな」

 

奴がそう言うと他二人が一斉に席を立った。待ってくれ!?

 

「風評被害は止めろ!私は普通に女が好きだ!」

 

何で私はこんな目に遭わなければならないんだ!?

私は酔ったわけでも無いのに頭痛を感じていた…。



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25

我が店は基本年末年始は休みを頂いている。

…その代わりと言っては何だが予約制のおせちを毎年千食限定で販売している…ちなみに営業終了日は毎年十二月三十日であり予約終了もこの日までとなる。…必然的に休みの開始日である大晦日から正月にかけておせちの用意と配達に追われることになる……

 

「……あんたたち…毎年これ、二人だけでやってた訳?」

 

「……」

 

「何も言うな、凛。毎年の事だから我々は慣れているのだ。」

 

「……そこの馬鹿が上の空だけど「気にするな」気にするなって言われても「気にするな」…はいはい。まぁあんたらが良ければ別に良いけどね。」

 

「いや、僕からは言わせてもらいます。はっきり言って無謀です。大体今年は数を千食から千五百食に増やしましたよね?僕や遠坂さんがいなかったら多分正月過ぎてましたよ?」

 

「……」

 

「私からはノーコメントだ。」

 

「来年は予約終了日と店の営業日をずらしましょう。間に合いません。…後、千食に戻しましょうね?」

 

「…やだ。」

 

「あー…通訳しよう。割と高い額取っても注文が来るからせっかく儲かるのに販売数を減らしたくないそうだ…。」

 

「そもそも間に合わなくてキャンセルなんてされたら無駄になりますが?」

 

「……キャンセル料を取っている。」

 

「アコギ過ぎるわよ…。」

 

「…キャンセル料を取るのは勝手ですが、余ったおせちは完全に無駄です。…処分に費用がかかりますから結局赤字になります。」

 

「…嫌だ。」

 

「子供じゃないんだから…。」

 

「…やだったらやだ。」

 

「ねぇ、こいつ何か可笑しくない?」

 

「奴は疲れると駄々を捏ね始めるんだ。」

 

「良い大人が…。」

 

「やだじゃありません。ちゃんと聞いてください!」

 

「やだやだ!」

 

「…幼児退行してない?」

 

「正月は毎年こうだよ…。もう慣れた。」

 

「慣れちゃ駄目でしょ…。」

 

そうは言うがな、こんな姿を毎回の様に見せられば慣れるしかなくなる…。

 

「君もその内慣れる。」

 

「だから慣れたら駄目でしょ。良い大人なんだから…。」

 

「どうせこんな状態じゃ言う事を聞かないからな。」

 

「ちゃんと聞きなさい!貴方のためを思って言っているんですよ!?」

 

「いや~だ!」

 

「え~っと…。」

 

「そもそも彼自身も疲れて可笑しくなってる様だな…。」

 

「…どうするの?」

 

「さっさと眠らせよう…。今から二人とも気絶させるから…すまないが、バイト君の方を車に運ぶのを手伝ってくれ…。」

 

「まぁ、良いけど…。」

 

「すまないな、その代わりバイト代を弾もう。」

 

……そんな何時もより少し騒がしい正月。



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26

「何をしているのかね…?」

 

「……見ての通り菓子作りだよ。」

 

「なかなか良く出来ているな、どれ一つ…」

 

「あっ!?おい!?」

 

「…味も上々だ。店で出せば売れるぞ?」

 

「……この店にわざわざ菓子食いに来る物好きはいねぇだろ。…つか、俺はガキが嫌いだからメニューに乗っけたくねぇ。」

 

「この味なら普通に大人も来る思うが…」

 

「スイーツ目的のうるせぇ女どもにはもっと来て欲しくないね。…てか、甘さ抑えてんのは当然だ。俺ぁ甘い物嫌いなんだよ。」

 

「なら、何故いきなりこんな物を?」

 

「……親父が良く作ってたんだよ…。親父は俺と違って子供好きだったからな…最も強面でガキに顔見せると大体ギャン泣きされるから、基本厨房からは出て来なかったがな。」

 

「それはまた意外な一面だな…。君の話だと職人気質の頑固親父に聞こえたからな。」

 

「その認識に間違いはねぇ。…おかげで来るバイトも長続きしなかったよ。最も…今ここに来てるあいつなら辞めないんだろうけどな。」

 

「ちょっと賄いはまだなの…あら?これ、クッキー?」

 

「あっ!?遠坂テメェ!」

 

「…結構美味しいわね。これ、あんたが作ったわけ?」

 

「悪いか?」

 

「何で喧嘩腰なのよ…。」

 

「ちょうどいい。遠坂、君も彼を説得してくれ。彼はこれだけ菓子を作れるくせにメニューに乗せる気が無いそうだ。」

 

「もったいないわね…子供にも大人にも大好評よ、これなら…」

 

「…気が向いたから作っただけだよ。面倒だからレギュラーでなんか作りたくねえっての。」

 

「そもそもレパートリーがクッキーだけならどうしようもないな。」

 

「ハッ。見くびんじゃねぇよ。焼き菓子なら大体作れるぜ、俺は。」

 

「やる気十分じゃないか。やはり店で出すべきだろう。」

 

「そんなに出したきゃお前が作りゃあ良いだろうが。」

 

「生憎と菓子は君ほど上手くなくてね。君が作るのが適任だろう。」

 

「大嘘こくなっての。」

 

「…ねぇ?いつまでこの話続ける気?そろそろ開店時間よ?賄いはまだなの?」

 

「もう出来てる、そこにあるから勝手に食え。」

 

「あら?出来てたの?なら、最初から言いなさいよ。」

 

「お前が出来てないと勘違いしたんだろうが。ほれとっとと持ってけ。」

 

「…そこのクッキーも持ってっていいかしら」

 

「そいつは俺のだ。お前さっき食っただろうが。」

 

「良いじゃない。少し貰ってくわね。」

 

「ふむ。では、私も少し…。」

 

「お前ら!少しと言いつつ鷲掴みにして持ってくんじゃねぇ!このクソッタレどもが!」



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27

「…美味しいですわ…年々腕を上げていきますわね。」

 

「そいつはどうも。」

 

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト…我々共通の知人で友人である。

 

「…このジンジャークッキーとも良く合いますわね。…やはり私の屋敷に来ませんこと?」

 

「以前断っただろうが。」

 

「本当に惜しいですわね…シェロと良い…貴方と良い…そんなに私がお嫌いですか?」

 

「衛宮はどうだか知らんが…ああ。大嫌いだね。…そもそもお前馴れ馴れしいんだよ。俺とお前は戦場で数度会っただけだろうが。おまけに店に来る時も何時も閉店間際に来やがって…何処に好く要素があんだよ。」

 

「…二人きりになりたい乙女心をご理解頂きたいですわ…それにしても、そうも意固地になられますとますます欲しくなりますわね。」

 

「…とっとと食って片付けて帰んな、屍肉喰らい。んで、二度と来んじゃねぇ。」

 

 

 

「…ねぇ?何時まで見てるの?」

 

「…仕方無いだろう…あの二人が本気で暴れると店が無くなる。」

 

あの二人は仲が悪いのでは無い…奴が一方的に嫌っているのだ。…奴も彼女も語ろうとしないがどうやら二人の出会いは彼女にとっては鮮烈な、そして奴にとっては最悪の出会いだったらしい…

 

「…奴はキレると女だからと容赦はしないからな…最もさすがに本気で殴るのは彼女だけだが…」

 

「…ルヴィアの場合…寧ろそれを愛情表現と捉えて反撃しそうね…」

 

「…以前それで店が無くなりかけた…正直私と奴が争った時より規模はやばいかもしれん…」

 

「…そんなに?」

 

「…うむ。」

 

正直私一人では厳しい…あの二人は横槍を入れても無視して戦い続けるからな…店内では宝具も使えんしな…

 

「…しょうがないわね…もしもの時は私がルヴィアを止めてあげるわ…あんたはあの馬鹿をどうにかしなさい。」

 

「…助かる。…すまんな、手間をかける…」

 

「良いわよ。…まあ強いて不満があるとすれば…今夜のデートの予定が潰れた事かしらね。」

 

「…すまん。後日埋め合わせはする…」

 

「期待してるわ。…さて、どうなるかしら…?」

 

 

 

「やはり諦め難いですわ…今夜こそ私に付き合って下さいませ。…貴方の言う通り私はハイエナ。欲しい物は必ず手に入れる主義でしてよ。」

 

「…なら、屍肉喰らいらしく死体でも相手にしてろや。戦場行けばいくらでも転がってんだろうが。…つーかお前は衛宮が好きだったんじゃないのか?」

 

「…彼の事を諦めたわけではありませんわ…でも、ある日気付いてしまったのです…これは…恋心では無く、憧れだと。」

 

「憧れだろうが何だろうが欲しいという欲には変わりねぇんだろ?お前は遠坂に負けた訳だ。」

 

「…私はあの勝負の場に立てていませんでした…私が好きなのはシェロでは無かったのですから…ですので、無効です。…私が好きなのはあの日私に敗北を刻みつけた貴方ですわ。」

 

「…イカレ女が。やっぱあん時殺しときゃ良かったか。」

 

「貴方に殺されるなら悪くありませんが…まだ死ねませんわね。まだ私は貴方を手に入れて無いのですから。」

 

 

 

「…臨戦態勢?」

 

「…の様だな…止めに行くぞ凛。」

 

「はいはい。気を付けなさいよ?」

 

「君こそな。では、行くとしよう。」



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28

「…参ったな…」

 

「…悪ぃ…さすがにやり過ぎた…」

 

現在店は跡形も無い…私と奴が戦った時もここまでの被害は無かった…

 

「…やってくれたわねルヴィア…」

 

「…申し訳ないですわ。つい、本気になってしまいました…」

 

「…君たち謝るのは良いがどうするのかね?」

 

彼らがどう反省しようと店は既に無いのだ…。

 

「…再建費は我がエーデルフェルト家で持ちますわ…もちろん貴方の宿代も。」

 

「……お前、日本に滞在する気だよな…?部屋は別なんだろうな?」

 

「いや君はそんな事言える立場かね?」

 

「お前も当初こいつにモーションかけられてただろ?なら、俺の言いたい事も分かるよな?」

 

「……頑張りたまえ。」

 

「おい!?」

 

元はと言えば君らが暴れたからだろう…。知らないぞ私は。

 

「…ねぇ?逆に聞いていい…?あいつの何処が良いの…?」

 

「リン…貴女がそれを聞きますの…?では貴女はシェロの何処が好きになったのですか?」

 

「ッ!…そっ、それは…」

 

「…彼の、全てではなくて?」

 

「…ふぅ。…完敗よ…。そうね私はあいつの全てが好きよ…。あんたも…そうなのね…。」

 

「当初、私はこの気持ちはシェロに向いてるものだと思っていましたが…結局それは少し違いました…正直に言えば今も全く気が無いわけではありませんわ…勘違いなさらないで下さいましね?私はそれを思い出に出来るくらいあの方を…」

 

「…あいつ、手強いわよ。そもそも相手がいた「彼女の事なら良く存じております。良き友人でした。」…そう。」

 

「彼女とあの方が添い遂げるなら私は身を引くつもりでした。…ですが私はハイエナ。彼女がもうこの世にいないのであれば躊躇はしません。」

 

「…それはエーデルフェルト家として、なわけ?」

 

「もちろん…ルヴィアゼリッタ個人としてですわ。」

 

 

 

「…あいつら…聞こえないと思ってるのか…?」

 

「聞こえるように話してるのかも知れんぞ?」

 

「…お前、遠坂から告白されたも同然なのに気にしないのか…?」

 

何を今更。

 

「君が変な焚き付けをしたおかげで当に腹を括った。」

 

「…チッ。あーあ…お前らを揶揄えなくなっちまった…」

 

そう何度も揶揄われてたまるものか。

 

 

 

「…親友として止めるべきなのかしらね…。あいつの性格を思えば…。」

 

「…そう言ってくれるのは嬉しいですが…男の欠点を受け入れてこその女でしょう?もちろん、その分こちらも我を通させて頂きますが。…せっかくのお言葉ですが突っぱねさせて頂きます。…貴女と再びいがみ合う関係になったとしても私は止まりませんわ。」

 

「…頑固ねぇ。」

 

「その言葉、そっくり返させて頂きますわ。…それに…厄介な…という事であればシェロも大概でしょう?」

 

「…確かに、ね。」

 

 

 

「……」

 

「…あいつら俺らがいるの忘れてないか…?」

 

「…かもしれん…。」

 

「…このままどっかに呑みにでも行こうぜ。さすがにそうでもしねぇとキツいわ。」

 

「…今の君がそれを言うのか…?…しかし、今回は同意しよう…。」



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29

「…何故私たちの部屋もあるのだ…?」

 

「あんたらがいなくなった後ルヴィアと盛り上がっちゃってね、何だかんだ会うのも久々だったから積もる話あったし…どうせあんたも私も店が再建されるまで暇になるでしょ?」

 

「その間はホテル滞在か…。…腕が訛ってしまうな…。」

 

「くれぐれもホテルの食事に口出ししないでね。…よっぽど酷いなら別だけど。」

 

「……分かっている。」

 

「…その間は何よ…。」

 

「ところで奴はどうしてる?当然ルヴィアと相部屋なのだろう…?」

 

「…ええ。私たちと違って最上階のスイートルームに二人でね…ちなみに桜たちも来てるわ。」

 

「…この扱いの差は「言わなきゃ分からない?」……」

 

「これはあんたに早く責任を取れって言うルヴィアなりのお節介よ。…まあ私からリード取りたいのかも知れないけど。」

 

「君たちは和解したんじゃないのか…?」

 

「それはそれ、これはこれ。…というか、昔から女はどっちが先に相手を見つけるとか、どっちが早く結婚するとかで争う生き物なの。…こればっかりは親友でも変わらないわ…しっかりしてね士郎。綾子には先越されたからね…。」

 

「一成と結婚したんだったな…。」

 

「私も驚いたわ。まあ喧嘩するほど仲が良いって言うしね。…そうなると私たちも「異議あり」…何よ?」

 

「聖杯戦争の時の事を言ってるなら違うだろう?私たちは結果的にとはいえ争う事は無かったからな。」

 

「…何よ、敵同士の関係性を乗り越えて恋仲になったって方が盛り上がるでしょ。」

 

「何で盛り上がる必要があるんだ?そもそも俺は元々遠坂の事は気になっていたのだが?」

 

「不意打ちは止めてよ、照れるじゃない…。」

 

「本当に魅力的だな。あの頃、もっと早くに声をかけるべきだったかな?」

 

「…そこで似非アーチャーに戻るのね…。正直に言えば私もあんたを気にしてはいたけど靡いたかは分からないわよ?」

 

「お互いに憧れだったと言うわけか。…ところで似非は止めてくれ。そもそも私と奴は並行世界上の同一人物だ。…辿った道が多少違えど似ることもあるだろう。」

 

「学生時代の恋愛なんて多くがそんなものでしょ。もちろん例外もあるだろうけど。…あんたの場合自分から似せて行ってるのよ。自覚しなさい、あんたとあいつは何処まで行っても別人よ。」

 

「…それもこれも、奴のおかげか。」

 

「認めるのは業腹だけどね…」

 

「正義の味方として自分をすり減らすのを止めたおかげで私は今の幸せを掴んだ…選んだのは私だが切っ掛けは奴だ。だからこそ…」

 

「幸せにはなって貰いたい、でしょ?あいつの事はあんまり好きになれないけどあんな話聞いちゃうとね…」

 

「…あれを全て私の責任と言い切れば奴にも彼女にも失礼だ。だが、だからこそ友人として奴の幸せを願いたいのだ。」

 

「あいつに合う女性なんているのかと思っていたけど…まさかルヴィアがあいつを好きなんてね…初耳だったけど…ある意味、あいつなら問題無いわ。…親友としては非常に心配だけど…」

 

「私にとっても彼女は友人だからな…奴を任せるのはかなり心苦しいが…」

 

「本人がノリノリだからね。私たちが口出す事じゃないわ。…まああいつに浮気の心配は無いからそこは心配してないけど。」

 

「奴についていける女性などそうはいないからな「ブーメランだからね、それ」分かっている。だからこそ私は君を求めるのだ…私には君こそ相応しい。」

 

「…どうしてそういう事を素で言えるのかしらね、この男は…」

 

「言える時に言わなければ、な。何時失わないとも限らないのだから…」

 

「…私はそう簡単にいなくならないわ。あんたが嫌って言ってもしがみついてあげるわよ。」

 

「頼もしいな。私も君に相応しい男になれる様、精進し続けよう…。」

 

「そうしなさい。追うのはあんたで先にいるは私よ。ついてこれるかしら?」

 

「…フッ。嘗めないでくれ。君の方こそ私についてきたまえ。」



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30

「…すまんな、付き合ってもらって。」

 

「…別に良い。と言うか今回は寧ろ感謝してるぜ。名目上、ここでこうしてる限りはあいつと一緒に過ごす必要が無いからな。」

 

ここはホテルのレストランの厨房である。朝食を一口食べた瞬間に我慢出来なくなり奴と慎二を連れて突撃した。今はシェフ全員を怒らせてしまったため私たちだけで料理をしている…。にしても…

 

「…彼女の気持ちを受け容れる気は無いのか…?」

 

「…今の所俺にその気はねぇ。」

 

「…君の恋人と彼女は友人だったと聞いたが本当か…?」

 

「…ああ。見てる限りでは仲が良かったと記憶してるぜ。…つか、俺もさすがに恋人が死んでその友人に乗り換える程クズじゃねぇつもりだ…そもそも俺はあいつが嫌いだしな…。」

 

「…一体何があったのかね…?」

 

「…今回ばっかりは言いたくねぇ。どうしても気になるならあのイカレ女に聞きな…最も奴も話すとは思えないが。」

 

「そうか。」

 

そもそもそこまで興味も無いが。

 

「…お前ら良いから手を動かしてくれよ…。そろそろ料理を運ばないと客が暴動を起こすぞ…。」

 

「ん?すまない…今、ペースを上げる…」

 

「…全く。しっかりしてくれ…人巻き込んどいて…。」

 

「すまんな、埋め合わせはする。」

 

「…良いから早く作ってくれ。…これは出来てるのか…?」

 

「ん?それならもう出来てる。」

 

「…そうか、なら運「おう慎二!こいつも運べや」そんなに運べるか!ちょっと待ってろ!」

 

「…君も人使いが荒いな…。」

 

「夫婦水入らずでホテルに来てたのを引っ張って来たお前が言う事じゃねぇだろ…。大体人手が足りねぇんだ。立ってるものは親でも使う主義だぞ俺は。」

 

「…なら、何故凛たちには手伝わせないのかね…?」

 

「……お前、あの空気の中踏み込めるなら行って来いよ。」

 

私は彼女たちの座る席を見…

 

「…止めておこう。」

 

「…ヘタレめ。」

 

「……」

 

目に見える程怒りで黒いオーラを漂わせる女性陣に手伝わせる勇気は無い。…と言うか一般人にもヤバさが分かるのか…彼女たちの周りのテーブルに誰も座ってないんだが…。

 

「…そもそも、お前が自重しなかったからこうなってんだからな。」

 

「…返す言葉も無い。…だが、あの味は君も気になるだろう…?」

 

「…一流ホテルのレストラン=シェフの腕も一流って限った話じゃねぇ。割り切れ、そのくらい。…まあ立場に胡座かきすぎだとは思うけどよ…。」

 

「…一日に相手する人数が多い、どうせ客に違いは分からない…そういう理屈を持ち出す輩を私は看過出来ないのだよ。」

 

「…お前のそれは病気だよ。」

 

「…褒め言葉と思っておこう。」



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31

「にしても…あの女や桜が機嫌悪いのは分かるが…遠坂がああまでキレてんのは妙だな…お前何をしたんだ…?」

 

「……」

 

「…だからお前ら手を動かしてくれって!お前らの店の収容人数よりずっと多いんだぞ!?…つか理由は簡単だろ!?どうせこいつの事だから一晩同じ部屋にいて手を出さなかったとかそんな理由だろ!?」

 

「…お前、どんだけヘタレなんだ…?」

 

「良いだろう、別に。私の勝手だ。」

 

「とにかく手を動かせ!後がつかえてる!…この料理持ってくからな!?」

 

「…ヘタレめ。」

 

「……」

 

私は黙々と手を動かす事しか出来なかった…。

 

 

 

 

「…ねぇ?料理にケチつけないでって、私言わなかった?」

 

「すまんな、どうしても我慢出来なくなってな…。」

 

「…まああんたの性格にはもう慣れてるけどね…。」

 

「…すまん…。」

 

「…明日は付き合ってくれるんでしょうね…?」

 

「…分かっている。エスコートさせてもらおう。」

 

「…期待するわ。…ところで今夜は期待していいのかしら?昨日はあんた、私に手も出さなかったから、ね。」

 

「…もちろんだとも。私もそろそろそちらの方も我慢出来なくてね…」

 

「私は良かったのよ?あからさまにこっちは誘ってるのに何で我慢するのよ?」

 

「…その、だな…私は君を満足させられるか分からなくてな…。」

 

「くだらない。結局するか、しないかの話でしょ。しなきゃそんな話以前の問題でしょうが。…良いわ。ならあんたは動かなくて良いわよ。私が勝手に動くだけだから…。」

 

「待ちたまえ。最初は私がリードさせてもらおう。」

 

彼女の程の女性が相手ならすぐに攻守逆転しそうだがこればかりは譲れない…!

 

「……出来るのね?」

 

「…自慢では無いが私はそもそも童貞では無いのでね…。」

 

「……一人だけでしょ。」

 

「そうだ。…むっ?何故分かった?」

 

「あいつが言ってたわよ、あんた今まで向こうで一人も手を出してないって…未遂はあったみたいだけど。」

 

「女性の方から手を出して来たのに手を出さないのは私もどうかと思ったが…どうしてもチラつくものがあってな…」

 

「……セイバーの事?」

 

「…そうだ。私は何処かで今も彼女を引きずっている。」

 

「……私はセイバーじゃないわよ?」

 

「…吹っ切るためだけじゃない。これは俺が遠坂を愛してる証明なんだ。」

 

「……信じて良いのね…?」

 

「もちろんだ。俺はこれから遠坂…いや、凛。お前だけを愛する事をこの場で誓う。」

 

「……重いんだけど。」

 

「…人が一世一代の告白をしているというのにお前は…」

 

「…言葉は大切だけど…それだけで伝えられるわけ無いでしょ。…行動で示して頂戴。」

 

そう言って目を閉じる凛に俺は口付けをする…。今までチラついていたセイバーの影が消えていくのを感じる……いや、お前はずっと俺の傍にいたんだな…俺を後押ししていたのか…。分かってるさ、セイバー。俺は絶対に凛を不幸にはしない。

 

「…これでどうかな?」

 

「……及第点、ね。…残りは身体に刻んでくれる?」

 

「承ろう。ではこれからお前が俺の物で俺はお前の物だとお互い身体に教え込むとしようか…?」



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32

「…何故赤飯が来るんだ…?誰が頼んだんだ…?」

 

「誰も頼んでねえっての。サービスだろうよ…。」

 

「…サービス?」

 

「…お前らにな。」

 

「…どういう事かね「言わなきゃ分かんねぇか?」…まさか…!」

 

「先に言っておくが、俺は別にお前らの関係をホテル側に言ってはいねぇ。」

 

「僕も否定するよ。」

 

「私もそんな事はしておりませんわ…。昔ならいざ知らず、今はリンもシェロも大切な友人ですから。」

 

「もちろん私もですよ、先輩。」

 

「…では、何故「そんなに言って欲しいのか?…そもそも俺らは似たような経験有るから雰囲気で分かるが…俺たちと違ってお前ら一般客室だろ?ランクの高いホテルとは言えラブホテル並にダダ漏れじゃなくてもそこまで壁が厚いわけでもねぇだろ。少なくともしてる最中の声は多少響いてたんじゃねぇか?んでもってそれだけ初々しい雰囲気出してりゃあ昨夜ようやく結ばれたカップルだと判断出来るだろうよ…。」……」

 

「…しかし、何故わざわざこんなサービスなど…」

 

「お前昨日何したか忘れたか?普通こんなデカいホテルでこんな下世話な事しねぇだろうけどよ、あれだけやらかしゃあここのシェフ共は尊敬半分、やっかみ半分みてぇな心境になるだろうよ。つまり純粋に祝っているのであり、嫌がらせでもあるんじゃねぇのか…?」

 

まるで奴の言葉を肯定するかのように忍び笑いが聞こえる…と言うか他の客も…

 

「…こういう事を言うのね…穴があったら入りたいって…」

 

「…好き好んだ者同士がずっと抱えてたものを吐き出す勢いでヤりゃあデケエ声も出んだろ、気にすんな。」

 

「…あんたに慰められるなんてごめんよ…」

 

「そりゃ失敬。」

 

「…ストレートに言うのは相変わらずとして…揶揄ったりしないのだな…」

 

私は意外に思っていた。この男の事だからてっきり全力で弄りに来ると思っていたのだが…

 

「そんなに外道じゃねぇよ。…てか俺は寝不足なんだよ、そこの色魔がしつこく迫ってきたんでよ…」

 

「そんな色魔だなんて人聞きの悪い。私は貴方に好意をぶつけてるだけでしてよ?」

 

「…言葉ならまだしもお前、何回裸のまま俺のベッドに入って来やがった…?この痴女が。」

 

「私は貴方にしかしませんわ。」

 

「どうだか。少なくとも衛宮にはしたんじゃねえのか?」

 

私に振るな…答えられるわけ無いだろう。

 

「ノーコメ「私も聞きたいわ。そこの所をゆっくりと、ね…」……」

 

何故ルヴィアでなく私をそんな目で見るのだ凛…私は悪くないだろう…。

 

「気になります?ご想像にお任せしますわ。」

 

何故そこで意味深な事を言うのだ!?

 

「お前の性遍歴に何か微塵も興味ねぇよ。…まっ、どうせ耳年増だろうけどな。たくっ。いい歳してよ…。」

 

「聞き捨てなりませんわ。では私がどれほど経験を積んだか今から部屋で「しねぇよ。朝から発情すんじゃねぇよ痴女が。」つれないですわね。余計に燃えますわ!」

 

「士郎?黙ってたら分からないけど?」

 

「兄さん、飲み込むのが早いですよ?もう少ししっかり噛んで食べてください。」

 

「桜、お前は僕の母親か…。」

 

「君たちもう少し静かに出来ないのかね?追い出されてしまうぞ…」



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33

「…はい、バレンタインのチョコよ?」

 

そう言い、ハート型の小さなチョコを口に咥える凛…ほう?それは私を侮ってると言う事で良いのかな?

 

「ほら~早く取り…!んん!?…んちゅ…くちゅ…ん…」

 

…どうも私が照れる所を見たかったようだが…私が今更躊躇するわけなかろう…お望み通り濃厚なのを与えようではないか!

 

「…はあ…あんた…さすがに…今のは…無いんじゃ、ない…?」

 

「…息も絶え絶えか。そんな所もそそるぞ、凛。」

 

チョコが溶けきり離した口からアーチが出来る…赤く火照り上気仕切った遠坂の顔とも相まって…うむ…多少下品な表現だが…エロいな。

 

「…慣れてるじゃない…?セイバーともしてたわけ?」

 

何とか回復した凛が聞いてくる…だから今更そんな事で動揺するわけ無かろう?

 

「セイバーとは色々段階すっ飛ばしたからな…まあこんな甘く濃厚なキスは多分無いかな…?」

 

…あった気はするが…ここは余計な事を言う必要は無いな。

 

「…さて、まだチョコは残ってるが…まだするかね?」

 

「……冗談でしょ。まだ明るいのに歯止めが効かなくなるわ…」

 

「ふむ。残念だ…」

 

「そんなに残念がらなくても夜にはちゃんと付き合ってあげるわよ…」

 

そう言ってチョコの入った皿を部屋にある冷蔵庫に仕舞う凛…。そそる後ろ姿だな…さっきので私も少し昂っているようだが…さすがに手を出すわけにはいかんか…

 

 

 

「…ホテル暮らしも大分板についたわね…」

 

「そうだな…時々、厨房も使わせて貰ってるから腕も鈍らんですむ。」

 

「それは普通ホテルでの過ごし方じゃないけどね。…そう言えばあれから結構経つけど店は今どうなってるのかしら?」

 

「…あー…実は私たち二人が厨房に入ってる日に奴と桜たちで見に行ったらしい…」

 

「何それ…?私聞いてないんだけど…?…というか歯切れ悪いわね、何かあったわけ?」

 

「察しが良いな。実は見に行った所…六割程完成した三階建ての大き目の建物を新店舗として見せられたらしい…」

 

「……デカすぎでしょ…ルヴィアはその辺の常識未だに知らないのかしら?」

 

「いや、どうも奴を煽るためわざとやったらしい…」

 

「何でまた…あー…成程。あいつ、ルヴィアに対して示す感情怒りのみだしね…」

 

「しかも店の隣に勝手に大きな屋敷が建ってたのも気に触ったらしい…」

 

「エーデルフェルト家…こっちに住む気なのかしら…?」

 

「…本気で奴を堕とす気の様だからな…まあ結局キレた奴とルヴィアが喧嘩を初めて…桜が鎮圧したらしいが…余波で店も屋敷も消滅したらしい…」

 

「…現場の人たちに同情するわね…」

 

「現場は阿鼻叫喚だったらしい…怪我人がいなかったのが幸いだな…とにかく少なくとも奴とルヴィアは当分ホテル暮らしだ…私たちはどうする?仕事の都合もあるから桜たちは一度家に戻るそうだが…」

 

「そうねぇ…もう少ししたら私たちも一旦戻りましょうか。」



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34

「…相変わらずパワフルな人だったわね…」

 

「…そうか、最近は店にも来なかったし、君はずっと海外にいたから藤ねぇに会うのも久しぶりか…」

 

私たちは先程藤村邸を辞した所だ…ホテルを出て自宅へ…とは思ったものの…最近姿を見せない藤ねぇの事を気にした私を見かねた凛が行こうと提案してくれたのだ…

 

「…にしても信じられないわね…あの藤村先生がもう長くないなんて…」

 

「…雷画さんが亡くなって随分になる…私がこっちに戻って来た時は既にこの世にいなかったが…あの時もすっかり糸が切れたかのように静かになっていたからな…しばらくして吹っ切れたのか昔のように元気になり店にもやって来るようになったが…」

 

「…その当時は私はずっとあっちにいたから見てないけど…それもとても信じられないわね…」

 

「…まさか癌になって更に元気を取り戻すとは、な…寧ろ私は昔以上に感じたよ…」

 

「…それでももう布団から出られないのね…」

 

「…末期だからな…後はそれこそ話に聞く例の封印指定の魔術師に頼むしかないが…」

 

「そんなの藤村先生は望まないでしょ。…大体、今の私たちじゃ代価も払えないし。…出来ればそうしたいけどね…桜の事も本当は頼みたいし。」

 

「…桜も望まないだろう…どれだけ人の身体にそっくりでも所詮は作り物の身体。自分の手で子供を抱ける事を心底から喜んでる彼女には…」

 

「でもこのままじゃ…桜も…!」

 

「…二人が話し合って決めた事だ…子供には悲しみを強いる事になるが…何、心配は要らんよ…桜は強い女性だ…それは君が一番良く分かっている筈だ…ましてや今の桜は母親だぞ?」

 

「…分かってるわよ…分かり過ぎる位に、ね…」

 

「…そろそろ湿っぽい話は止めるとしよう、もうすぐ柳洞寺だ…」

 

これもまた遠坂の提案だ…確かに私もずっと顔を出してなかったからな…

 

「…そうね…あんたもしばらく来てないんだっけ?」

 

「うむ。忙しくてついな…」

 

「…私はそれでも定期的に行ってたけどね…あんたもあいつの事言えないんじゃない?」

 

「…逃げてただけの奴と一緒にしないで欲しいのだが…」

 

「…どっちもどっちだと思うけど…あんたも桜から逃げようとしてたクチでしょ?」

 

「…そう、だな…そうかもしれん…」

 

 

 

「…着いたわね…それじゃあ私はお父様とお母様の方行くからごゆっくり「一緒に来ないか?」…私は遠坂家の当主よ。外様のそれも外道の魔術師殺しと交わす言葉は無いわ…最もあんたと正式に婚姻を結んだらそれも良いかもね…私にとっても義理の父親になるんだし。…あ、その時はあんたもこっちに来てもらうわよ?」

 

「…ああ、分かっている…ではな…」

 

 

 

……墓石の並ぶ中を進む…ここに来るのはもう冬木を出る直前のあの日以来だ…随分時間がかかったものだ…しかし、まだ道は覚えている…そして私はある墓の前で足を止め向き直る。

 

「…来たよ…久しぶり切嗣…遅くなってごめん…」

 

私は義父の眠る墓石に声をかけた…



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35

柳洞寺の一室…隣の部屋から女性二人の笑い声が響くのと対照的にそこは異様な程静かだった…

 

「…久しぶりだな、衛宮…」

 

湯呑みを置いた目の前の男、柳洞一成が声をかけてくる。

 

「…そう、だな…十年は経ったか?」

 

「…どうかな、俺はもう数えるのを止めてしまったよ…」

 

……柳洞寺を出る時、一成と美綴から(いや、今は彼女も柳洞だったな…)声をかけられた…来た時は気配を感じなかったのだが…私が切嗣の墓にいる間に戻って来ていたのだろう…そして凛と、美綴は二人で話をしに行き…残った私と一成も部屋に…

 

「…こっちに戻って来ていたなら連絡位しろ…あの遠坂でさえちゃんと近況報告に来ていたというのに…まあ奴の場合、家族の墓参りのついでに綾子に会いに来ていたんだろうがな…」

 

「…すまんな…」

 

私は…いや、俺は一成に会いたくなかった…。あの日言われた言葉をまだ俺は覚えている…

 

「…道は見つかった様だな…」

 

「…!……分かるか…?」

 

「…まあな…こんな仕事してると色んな奴を見る…」

 

…昔から洞察に優れたタイプだったが…更に拍車がかかったようだ…

 

「…あの日俺がした問を覚えているな?」

 

「…ああ…。」

 

「…お前が父親の墓に寄った後、俺にお前はこう言った…『正義の味方になる』…と。そして俺はこう問うた…『それは本当にお前の夢か?』…とな。」

 

「…俺は何も答えられなかった…」

 

「そして俺は言った。『自分の道を探せ』…見つかった様だな?」

 

「…見つけたよ…少々遠回りをし過ぎたがな…」

 

「そうか…」

 

「…今度ここに来ると良い…私が今やってる店だ…残念ながら店主は私では無いし、訳あって店は再建中だがね…」

 

俺は持ち歩いてる手帳に店の住所と私の携帯番号も書くとページを千切り一成に渡す。

 

「…有難いが俺はもう仏門に入った身だ「ウチなら精進料理も対応出来るぞ?」…そう、か…なら店が再建されたら連絡をくれ…ほら、携帯の番号だ…」

 

一成の方も手帳に番号を書き手渡して来る…

 

「…積もる話もあると思って誘ったが…案外何も話題が無いものだな…」

 

「…そう、だな…隣は騒がしいが…」

 

嫌な沈黙では無い…せいぜいお互い苦笑が滲み出る程度だ…会いたくなかったのも事実だが俺が身構え過ぎたのかもしれんな…

 

「…衛宮…」

 

「…ん?」

 

「妙な遠慮をするな…お前が自分をどれだけ卑下しようと俺はお前を友人だと思っている…」

 

「…やはり…分かるか…?」

 

「…俺には見えている…お前に憑いてる物がな…だが俺はお前を否定せんよ…」

 

「…そう、か…」

 

敵わないな、こいつには…それにしても…

 

「さっきから思ってたんだが何かお前丸くなったんじゃないか…?」

 

「……俺の伴侶は、どんな奴だ?」

 

……成程…

 

「…察した。お前も苦労してるんだな…」

 

「…お前程じゃない…遠坂と結婚するんだろう…?俺以上に苦労するだろうよ…」

 

「…違いない…」

 

その話を皮切りに俺たちの話は昔話に移行して行き、俺は漸く目の前の旧友と腹を割って話せた気がした…



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36

「…で、昔の友人とはちゃんと話出来たわけ?」

 

「…ああ。」

 

そこで私ははたと思い当たる…

 

「…凛…もしかして…お前は気付いてたのか…?」

 

「何を?って聞くのはわざとらしいか…ええ。あんたが妙な事考えてたのはね。」

 

「……」

 

「本当に馬鹿ね…学生時代の面倒臭いあんたから何があっても離れなかったあいつがあんたを理解してないわけないでしょうが。」

 

「…そうか。」

 

俺は良い友人を持ったな…そして良きパートナーを得た…見てるか切嗣?…俺はこの通り幸せだよ…だからもう安心して眠ってくれて良い…

 

 

 

「…ただいま。」

 

凛と別れ、誰もいない衛宮家に帰って来る…やはりこの家は俺には広すぎるな「おかえり、シロウ。」…私は声の聞こえた居間へ走る…!有り得ない…!彼女を私は救えなかった!今になってこの声を聞くわけが無い…!

 

 

居間の襖は閉じられている…中からは確かに人の気配がある…!よりによって彼女を真似るとは、な…!何者か知らんが…貴様は私の逆鱗に触れた!…私は剣を投影すると…一度深呼吸して激情を抑え込む…怒りのまま踏み込むなど愚の骨頂…!解析したところ中にいるのは寸分違わず彼女だという結果しか出なかった…だがそんな事は有り得ない!

 

……何故なら彼女はあの時確かに死んだのだから!…よってこの中にいるのはそれなりに手練。怒りに飲まれれば勝てないかもしれん…!

 

「…ふぅ…良し…!」

 

私は襖に手をかけると一気に引き開けた…!

 

 

 

「…久しぶりシロウ。」

 

その少女を見て身構えていたのが全て霧散していく…違う!彼女の筈は無いんだ…!

 

「…その姿を真似るのは止めろ…!何者だ?…どういうつもりか知らんがこれ以上は…!」

 

剣を握る手に力が籠る…!

 

「…やっぱり信じて貰えないか…私は、本物だよ?本物の「黙れ!イリヤは死んだ!俺の前でな!」…そうだね。私は確かに死んだ。」

 

白々しい事を…!私は目の前の少女の姿をした…イリヤの姿を真似る不届き者を斬りたいのを必死で堪える…!私の知らない所で何かが起こってる可能性もある…!まだこいつを殺すべきでは無い…!

 

「…取り敢えずその剣を下ろしてよ。そんなんじゃ話も出来ないし。」

 

「……分かった。」

 

取り敢えずこいつの言う通りにするか…妙な真似をすればまた剣を投影して即座に首を落とせば良い…!

 

「…さて、これでどうかなレディ?」

 

私は剣を消すと両手を振って丸腰を一応アピールする…最もわざわざ彼女の姿をとってここに来る程俺の事を知っているなら…

 

「…良く考えたらシロウは何時でも剣を出せるんだったね…でもこれ以上はどうしようもないし「何なら自己強制証明でも使ったらどうかね?人の神経を逆撫でする外道の魔術師にはお似合いの手段だろう?」む~!シロウ酷い!ちょっとお姉ちゃんを疑い過ぎじゃない!?」

 

…当然私の得意魔術も知っている、と…にしても本当にこれは演技なのか…?何となく疑ってる私が馬鹿みたいに思えて来たんだが…

 

「……分かった。君を信じても良い…だが保険はかけさせてくれ…この場に凛を呼びたい…構わないか?」

 

「…リン、ね。良いわよ?私も久しぶりに会いたいし。」

 

「そうか、なら少し待っていろ。」

 

私は少女に注意を向けたまま携帯を取り出し凛の携帯にかける…ややあって凛の慌てた声が聞こえて来る…また何かやらかしたのか…それにしても未だに携帯の扱いが苦手とは…まあ機械の大半がまともに使えなかった事を思えばこれも進歩か…取り敢えず手短に用件だけを伝え私は電話を切った。



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37

「…あんたねぇ…気持ちは分からないでもないけどもっときちんと説明しなさいよ…ただ、イリヤスフィールが家に現れた…なんて言われてもあんたの頭がおかしくなったとしか思えないわよ…」

 

「…すまん、な…」

 

俺に呼び出され正しく着の身着のまま駆け付けた遠坂は一目見て状況をある程度把握したらしく俺に小言を言い始めた…私も慌てていたようだな…いや、怒りに我を忘れたか…

 

「…で、あんたは結局何なわけ?」

 

「何って言われても私はイリヤだとしか言い様が無いんだけど…」

 

……遠坂の方は取り敢えず彼女にあまり警戒はしていないようだ…

 

「…そう。でもあんたは自分が死んだのは自覚あるのよね?」

 

「…そうね。私は殺された…英雄王に。」

 

「…じゃあ幽霊、とか…?」

 

虚勢を張ってるが顔の強ばる凛…

 

「…いや、私の解析したところ彼女は確かに生身だと出てる。」

 

「……あんたが言うなら間違いないか…なら答えは一つでしょ。ここにいるイリヤスフィールは多分…ホムンクルスじゃないの?それも何故か第五次聖杯戦争の記憶を持った、ね…」

 

「…成程。それが妥当だな。…しかし誰がそんな事を…」

 

わざわざ死んだイリヤスフィールの記憶を植え付けた理由は何だ?しかも死んだ時の記憶まで植え付けるなぞ悪趣味に過ぎる…!

 

「…さて、と。結論も出たし私は帰るわよ。…家の中片付けないと「彼女の事はどうするんだ?」…今の所害は無さそうだし私には関係無いわよ。はっきりしてるのは今この瞬間ここにいるのは確かにイリヤスフィールで、現状アインツベルン家は当に無くてそいつにはあんた以外身内がいないってことだけ。という訳で任せるわ。何か分かったら教えて頂戴。…それじゃあ悪いけど今日は忙しいから帰るわ…また今度話しましょ、イリヤ。」

 

「うん。またね、リン。」

 

「……」

 

「…え~と…シロウ?」

 

「…何かね?」

 

「…これからお世話になります。」

 

そう言って頭を下げる彼女…イリヤを見ていると何だかさっきまで警戒していたのが本当に馬鹿らしくなった…そうだ、な…これはあの時の続きか。そう思って良いのかな…?

 

「…こちらこそ宜しく頼むよ……姉さん。」

 

とにかく今の私に言えるのは彼女を拒むつもりは無く、寧ろこの再会を喜んでる俺がいる…という事だろうか…

 

 

 

「取り敢えず食事にするか?」

 

「うん!わぁ~!シロウの料理久しぶりだから楽しみ~!」

 

「あの時よりもずっと腕前を上げたと自負している。まあ大いに期待してくれたまえ。」

 

最悪の別れをした少女とのざっと数十年越しの再会を噛み締めつつ私はキッチンに向かった…。



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38

嘗て私が救えなかった人々…その中でも特に思い入れの強く…忘れる事の出来ない存在…それが私にとってのイリヤスフィールだった…いや、過去形では無い。私は今でも彼女の事を引き摺っている…そんな彼女が今再び目の前にいる…

 

「…それで何故、君はここに?」

 

「それが…実は良く分からないの…気が付いたら私はここ、シロウとキリツグの家にいた。混乱したわ…私の最後の記憶はあの時自分が死んだ時の物だけ…部屋の中を回って更に驚いたわ…カレンダーを見たら私が死んだ時よりずっと時間が経ってるのが分かったから…」

 

「…ふむ。」

 

……罪悪感はあるが彼女の全てを信じるわけにもいかない。彼女自身が確かにイリヤスフィールだとして、彼女本人に害意は無くとも…彼女を創った魔術師がそうとは限らない…だから何かヒントになりそうな事は無いかと思って聞いたが…この分だと本当に彼女は何も知らないようだ…

 

「でもね…少し安心した所もあるの。」

 

「何がだね?」

 

「シロウの事だから…リンや皆の事を置き去りにして擦り切れるまで…壊れるまで走り続けると思ってた…そしてここには帰って来ないと思った…バーサーカーもいないしここに一人でいる心細さも感じてたけど…それ以上にシロウが心配だった…でも安心したの。この家にはつい最近まで確かに人の生活してる形跡があったから…」

 

「ここで、大事な物を見つけた…いや、最初からあったのに気付かなかった…でも、気付けた…大丈夫だ…私は…いや、俺はもうアーチャーの様にはならない…」

 

「…良かった…私ね、自分が殺される瞬間もずっとシロウが心配だったから…」

 

「安心してくれ。俺はもう心配要らない…」

 

「…うん。」

 

俺は…彼女の為に何が出来るだろうな…?

 

 

 

翌日…

 

「…で、私に買い出しに行って来いって?」

 

「すまない、頼めるか?」

 

今のイリヤは実質戸籍も無いも同然。しかも彼女を創った魔術師の動きが分からない以上、下手に外に出すわけにはいかない…ただ、外に出られないからと言ってイリヤにずっと着の身着のままでいさせる訳にはいかないし、家に篭っている間の食事を作るための食材もずっとホテルにいたため無い…保存の効く食材もまだ残りはあるがそう量がある訳でも無い…まさか普段自炊をしていたのがここで仇となるとは…なので彼女が生活するのに必要な物の買い出しを凛に頼む事にした…

 

「まあ私にとっても身内みたいなものだし、あんたに女の子の服とか下着とか買いに行かせるのも不安しかないから私が行くのは当然かもしれないけど…まさか一人で行けって?」

 

「…シロウ…私は大丈夫だから…」

 

「すまないな、今のイリヤを迂闊に一人に出来そうも無いのでね…」

 

今のイリヤは魔術が使えないらしい…ホムンクルスは大抵魔術回路を持った状態で創るものでは無いのだろうか…?創った奴の思惑がまるで分からないな…

 

「…そういう事なら仕方ないか…なら、桜誘って行くわね。」

 

「…すまないな、彼女にも伝えておいてくれ、親子の時間を邪魔してすまないと。」

 

「はいはい。じゃあ行ってくるわね。」

 

「…ごめんね、リン…」

 

「気にしなくて良いわ。…どうせ文句は全部こいつに言うから。」

 

「ああ。ちゃんと埋め合わせはするとも。」



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39

「…ただいま…」

 

「…おかえり。随分遅かったじゃないか?」

 

「…あのねぇ…この辺の服屋じゃあイリヤが着れそうな服無かったからわざわざ新都まで行ったんだけど?」

 

「…むっ…そうだったのか…それはすまなかった。」

 

「…何も知らないわけね…私が行って良かったわ…この界隈の服屋はもうほとんど子供用の服扱ってないのよ。何せ子供が全然居ないからね…」

 

「…少子高齢化…と言う奴か。これも時代かな…」

 

「…私も何時も子供の服探すの割と苦労してて…兄さんに車出して貰う事も多いんですよね…」

 

…世知辛い世の中になった物だ…

 

「…まあとにかくありがとう。今から夕飯を用意するから待っていてくれ。」

 

「私も手伝うわ…これ冷蔵庫に入れたいし…ああ、イリヤ?これ、あんたの服…取り敢えずこれだけあれば一週間は保つでしょ…新都に売ってる服も碌なのなかったら可愛いの無いけど我慢してね?」

 

「もう…あんまり子供扱いしないでよ。このなりだけどそもそも私十代後半だからね?」

 

「…今の私たちからしたら普通に歳下だし、まだ十分子供よ。…というかせっかく買って来たのに憎まれ口だけ?とても大人のやる事じゃないわよ?」

 

「分かってるわよ…ありがとう…」

 

「宜しい。今ご飯作るから桜と座って待ってなさい。」

 

「さぁイリヤさん…私とこの子と大人しく待ちましょう?」

 

「サクラまで…まぁいいか…ねぇその子、サクラの子供なんだよね?私に抱かせてくれない?」

 

「良いですよ、ほら、イリヤお姉ちゃんに抱いてもらいましょうね…」

 

「…ちょっとあんた…何時まで見てんのよ…」

 

「…ん?ああ…すまない…」

 

「まあ気持ちはものすごく分かるけどね…」

 

「…だろう?」

 

「…そのドヤ顔何かムカつくから止めなさい。さっさと作るわよ。」

 

凛に促されキッチンに向かった…

 

 

「…そう言えば提案があるんだけど…」

 

「何かね?」

 

「ここにいるよりホテルに戻った方が守りやすくない?ここに留まったら襲撃してくれって言ってるような物よ?…まあ食材買いこんでから言うことじゃないけどね…」

 

むっ…言われてみればそうか…

 

「確かに普通の魔術師は一般人がいる場所で戦闘を行おうとはしないか…」

 

「…最もイリヤの素性を確固たる物にする前提なら一週間はかかるでしょうから都合は良いかもね…」

 

「……戸籍の偽造を頼んでも良いか?」

 

「あんたは外に出られない物ね…手数料払ってくれるなら良いわよ?」

 

「……いくらだ…?」

 

「この位…」

 

そう言って彼女がそろばんを弾く。そして彼女が示した額は…

 

「……高くないか?」

 

「…ボロが出ないレベルならこんな物でしょ…」

 

どう考えてもぼられている気がするのだが…イリヤの為だ…。



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40

「ところで…藤村先生には言わなくて良いの?」

 

「何故…あ…」

 

「…気付いた?」

 

「…う、む…」

 

「ああいう家は不義理を犯すと身内相手でも制裁が怖いわよ…?遠坂家は裏側にもそれなりに顔が利くけどこの冬木では少なくとも表向きはあっちの方が力は上だからね…例え唯一のトップの命が風前の灯火でもね…」

 

「…むぅ…」

 

「大体あんた、後見人は今でも藤村家のままでしょ?先に相談位はして置かないと万が一あんたに何かあった時、イリヤを守ってるくれる人いなくなるわよ?」

 

「今の私の身分はどちらかと言えば被保護者では無く切嗣と同じ客分だ…しかし…藤ねぇはイリヤに会った事があるから不味いと思うのだが…」

 

「それこそ今更でしょ…そもそも聖杯戦争の時だって藤村家としては何が起きていたのか裏側の事情を詳しく知らなくても自分たちの守っている場所が戦場になってるのは知ってたと思うわよ?」

 

「…それは…そうだろうな…藤ねぇは何も言わなかったが…」

 

雷画さんはかなり聡明な人だ…藤ねぇもああ見えて勘は良い…何故二人は黙っていたんだ…?

 

「…あんたを信じていたからでしょ?」

 

「…そう、なのか…?」

 

「じゃなきゃ一度も介入しようとしなかった…なんて可笑しいでしょ?」

 

「…確かに。」

 

「多分…藤村先生は待ってるのよ…あんたが全部話してくれるのを…」

 

「…ホムンクルスであるイリヤの事を説明しろ、と…?」

 

「あの人がそんな事でイリヤに偏見持つと思う?」

 

「…そうだな…藤村家の人間も誰一人気にしないだろうな…」

 

「明日話しに行きましょう…そうでなくてもあんたが冬木に戻って来てから藤村先生の代わりにずっと藤村家の人が様子見に来てるんでしょう?…事情を知らない人からしたらあんた完全に誘拐犯よ?」

 

「それは…不味いな…」

 

「でしょ?というわけで明日一緒に話しに行きましょ。」

 

「何故君も来るんだ…?」

 

「…私は遠坂家の人間よ…聖杯戦争を始めた家の人間として、そして第五次聖杯戦争に参加した人間として全てを話す義務があるわ。」

 

「…そう、か…なら頼む…「先輩、私も行きます」…桜…」

 

「桜、あんたは「私も聖杯戦争の参加者で御三家の一つ、間桐家の人間です。兄さんと一緒に行きます」…分かったわ…」

 

「ちょっと!私も忘れないでよね!私だってアインツベルン家の人間だからね!」

 

「ちょっと!あんたもなの!?」

 

「…凛、仕方あるまい。どちらにせよイリヤを一人にするわけに行かないんだ…全員で行くとしよう…」

 

さて、明日は忙しくなるな…どうやって虎の御機嫌取りをするか考えなくては…



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41

「え~っと…もっかい最初から説明して貰っていい?」

 

藤ねぇの言葉に溜息を吐きそうになるのを堪える…何度も説明してるが彼女が理解を示す様子は無い…いや、信じていないとかでは無いし彼女は彼女なりに何とか分かろうとしてるのはこっちも理解出来るし、納得もしてる…とは言え…

 

「…既に二十五回目だ…割と長い話だし日が暮れて仕舞うのだが…」

 

「だって~!士郎の話が分かりにくいんだもん!難しい言葉ばっかり使うし!」

 

「いや、これでも専門用語は省いてるし、かなり分かりやすく説明してるつもりだが「私は分からないもん!」ハァ…」

 

藤村組の人たちは概ね理解してくれたらしく皆苦笑を浮かべている…かなり荒唐無稽な話の筈だが、こんな話を信じてくれる辺り、やはり善人なのだと思う…自分の生まれ育った場所を時にどんな手を使っても守るという苛烈だけど不特定多数を守ろうとして結局失敗してる俺から見ればこの人たちこそ本当の正義の味方って気がしてくる…

 

「…と言うかさ、今更面倒な話し良いよ…別に士郎たちが悪いんじゃないでしょ?その戦争のきっかけを作ったのはあくまで遠坂さんや間桐さん、イリヤちゃんの御先祖様で、士郎に至っては巻き込まれただけでしょ?」

 

……全く理解してないのかと思えばこうやって本質を捉えてこっちを思いやる発言をして来る…全く…敵わないなこの人には…

 

「…んでそろそろ本題言ってもらって良い?」

 

「……」

 

そしてこっちが油断してると深く切り込んで来る…この辺のやり方は雷画さんの影響かな…?…あの頃から藤ねぇには隠し事が出来なかった…

 

「…もし…俺に何かあったら…姉を…イリヤを藤村家で匿って欲しい…」

 

俺は頭を下げる…横で動く気配を感じたのでチラリと見遣れば四人も頭を下げていた…お前らさっきまで黙ったままだったろ…まあ藤ねぇの理解力を考えれば長い付き合いの俺に丸投げしたくなるのは分かるが…

 

「え~…やだ。」

 

「!…頼む藤ねぇ…!」

 

やはり断るか…!だが俺には頭を下げる事しか…!

 

「頭上げてよ皆。あのね…私は士郎が自分に何かあるって状況で頼んでるのが嫌ってだけだから。」

 

「…それは、一体?」

 

「まずは士郎が守ってあげなよ。大事な家族なんでしょ?」

 

「…そうだが…」

 

「…取り敢えず戸籍はこっちで用意するよ。イリヤちゃんには申し訳無いけどその見た目で今の士郎の姉は無理があるし、士郎の妹って事で良い?」

 

「…うん。私はそれで構わないよ、タイガ…」

 

「…そうだねぇ…歳は自己申告通り十八って事にしとくから…大丈夫。身長が低くても二十歳越えてる人だっているし…取り敢えずこっちでお金出すから免許取っちゃいなよ、その方が年齢の証明しやすいし。」

 

「…うん。」

 

「待ってくれ藤ねぇ。イリヤはそう簡単に色々出来る状態じゃ「じゃあ士郎はイリヤちゃんをずっと家に閉じ込めておくつもり?」……」

 

「良く分からないけどイリヤちゃん、あまり長く生きられないかも知れないんでしょ?」

 

その可能性は高い。ホムンクルスは大半が極端に短命だ。

 

「だから生きてる間に経験出来ることはしておいた方が良いよ…それに…もしかしたら普通の人と同じ位生きる方法見つかるかも知れないし。」

 

「イリヤは狙われて「悪い人は士郎が退治するんでしょう?」……」

 

「士郎はさ、イリヤちゃんを嘗めすぎだよ。…人ってさ、そんなに弱くないよ。」

 

「シロウ、私は大丈夫。」

 

「…あんたの負けね。認めたら?」

 

「そう、だな…姉さん、俺はあんたを信頼出来てなかった様だ…」

 

「うん。大丈夫、見てて。私は一人でも立てるようになるし、どうしても一人で出来ない事があったら皆に頼るから…」

 

……強いな。あの頃の私にはそれが出来なかった…本当に彼女は強い…



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42

「…へぇ…んじゃあそのちんちくりんをウチで雇えって…?」

 

「…うむ…頼めるか…?」

 

奴がルヴィアと話すイリヤを見る…

 

「…法律問題は免許と戸籍ありゃクリアだろ?使えるなら俺は構わないぜ?」

 

「…いや、良いのか?」

 

「何がだよ?」

 

「…いや、揉め事に巻き込まれる可能性が「俺らが店やってから問題の起きなかった時の方が珍しいだろ?今更だ」…確かに、そうだが…」

 

「…まあその代わり指導はお前がしろよ。後万が一警察来たら説明はテメェがしろ。そんなもんまで責任負えねぇわ…ああ、いっそマスコミに第三者装ってリークしちまうか?話題になりゃ魔術師も手ぇ出して来ねぇだろ?無駄に客が増えそうだけどな…」

 

「…発想はともかく普通客が増えたら喜ぶ物じゃないかね?」

 

「…面倒臭ぇ…」

 

「…客商売でそんな事言うのは君ぐらいだよ…」

 

「趣味だって言ってんだろうが。そもそも俺の傭兵時代の貯金運用して利益出してるから別に汗水流して働く必要ねぇの」

 

「……初めて聞いたんだが…」

 

「言ってないからな。何かあってもこれで安心だろ?」

 

「……」

 

「そんな顔すんなよ、何ならお前も乗るか?遠坂と結婚するし、しばらくあのガキの面倒見なきゃ何ねぇんだろ?金はいくらあっても足んねぇだろ。」

 

「…そうだな…考えておこうか…」

 

藤村家だけに何時までも頼る訳にもいかないからな…

 

「…最低でも一万からだからな。」

 

「…フッ…その手の基本は分かっている…と言うかどうせ一枚噛ませてくれるなら私にも手を出させたまえ。」

 

「…まっ、良いけどよ…」

 

これで当面の資金の問題は片付いたかな…

 

「…てか予約すんのは勝手だけどよ、店が再建されんのはもうちょい先だぜ?」

 

「…出来てからで構わんよ。…と言うかどうせ改めてオープンした際は忙しいからまだイリヤに任せられん。」

 

「まあな。さすがにそれは俺も勘弁してもらいてぇわ。」

 

 

 

「…私、シロウのお店で働くの?」

 

「正確には店主は彼だ。」

 

「…そう。よろしくお願いします。」

 

「へーへー。せいぜい頑張ってくれ。」

 

「…あまりに態度が悪くないかね?」

 

「…俺はガキが嫌いだ、つっただろうが。こいつの中身が十八歳でも俺にはそれ以下のガキにしか見えねぇよ。…正直使えるかも怪しいしな。」

 

「…良いよシロウ…私、自分で頑張って認めてもらうから…」

 

「…妙な奴だな、こいつ…」

 

「…それなりに色々見てるからな…見た目で判断しない事だ…」

 

「分かってるさ…まあお手並み拝見と行こうかね…それはそうと…お前「…イリヤよ。せめて名前で呼んでよ」…その内な。…お前本当にウチで良いのか?何だかんだウチは忙しいぞ?面倒な客も来やがるしな。」

 

「…うん、大丈夫。」

 

「…はん。どれくらい持つか本当に見物だな。」



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43

「こうにん?…ああ、高認か…」

 

「イリヤちゃん学校には行ったこと無いんでしょう?どうせなら大学だけでも行っておいたら良いんじゃないかと思ったの。」

 

イリヤをホテルに残し、私は藤ねぇに呼び出されていた…多少心配だが遠坂たちもいるから大丈夫だろう…しかし…高認ね…

 

……高等学校卒業程度認定試験…昔は大学入学資格検定と言うのがありそれを廃止し、現在行われているのが高等学校卒業程度認定試験…通称高認という物だ…要するに何らかの理由で高校に行けなかった人間が高卒認定、及び大学受験資格を得るための試験の事だ…これに合格すると同時に一応義務教育過程を卒業した扱いにもなる。

 

「…一応イリヤには聞いてみる…と言うか免許も取らなきゃならない事考えると割とハードになりそうだが…」

 

そもそも高認はあくまで高卒認定を取れるだけでその後の大学受験を受けて合格しなければ大学には入れない…イリヤの立場を考えると専門学校に行く手もあるが。

 

「…そうなんだけどさ…やってみる価値はあると思うよ…あ、別に無理強いするつもりは無いからね?一応イリヤちゃんが受けたいって言えばこっちもバックアップはするから…」

 

「…どっちにしろ勉強漬けだな…イリヤは魔術の勉強はしていても普通の勉強は最低限しかしてないようだからな…最も記憶力は良いようだからそれ程苦労はしないだろうが…」

 

 

 

「…え?学校?シロウが行ってたみたいな?」

 

「イリヤの場合だと高校は定時制だな…それとも高認は受けずにそっちに行くか?」

 

基本的にはイリヤの意志を尊重したい…別にどちらに行かせるにしても費用は出せるし、申し訳無いが一応藤村家からも資金は出る…

 

「う~ん…」

 

「良く考えて決めると良い…仮に行かないのであればそれはそれで構わない。」

 

「ううん。せっかくだから行くよ…それに私も学校行ってみたかったから…でもどっちにしようかな…」

 

喜んでいる所悪いが釘は刺さなければな…

 

「…ただ、行くのであればそれなりに勉強はしないといけないが…」

 

「…ある程度はセラから教わってるけど大半が魔術の事ばかりでそう言えば普通の勉強はあまり自信が無いかな…」

 

「良ければ私がお教えしますわ。」

 

ん?ルヴィアか…珍しいな、奴の所にいないのは…

 

「え?良いの?ルヴィア?」

 

「もちろんですわ。貴女がアインツベルン家の人間だった頃なら有り得ませんが…今や貴女にあるのは私の友人シェロの妹と言う肩書きだけ。…シェロの身内なら私の身内も同然。…但しやる以上は厳しく行きますわよ?」

 

「…ありがとう、ルヴィア…ならよろしくお願いします…」

 

ルヴィアなら安心だな…

 

「…一応リンにも声をかけておきますわ…私だけだと厳しい可能性もありますし…後、高認を受けるのか、定時制高校に行くのか早目に決めておいてください…それによって教え方も考えなくてはなりませんので。」

 

「…うん。分かった、決めておくね?」

 

……これは私の出る幕は無さそうだな…後は藤ねぇにそれとなく話だけしておくか…



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44

「あ?学校?」

 

「うむ。」

 

「…何でその話を俺にすんだよ。本人が勝手に決める事だろ?」

 

「君は彼女の雇い主になるだろう?」

 

「あのガキの人生まで責任持つ気はねぇっての。シフト調整の話ならお前が勝手にしろよ…俺は関知しねぇ…つかよ?」

 

「ん?」

 

「通信制じゃ駄目なのか?」

 

「……あ…」

 

「忘れてやがったな…」

 

そうか…通う事を前提にする必要は無いのか…とは言え…

 

「本人は乗り気だからな…」

 

「…選択肢には入れるべきなんじゃねぇの?」

 

「…確かに…」

 

イリヤに伝えておこう…

 

「…あー…今は気分が良いからよ、いくつかアドバイスしてやるよ…」

 

そう言う奴の傍らにはいくつかの酒瓶が転がっている…全く。暇にしても程がある…

 

「…飲み過ぎじゃないかね?」

 

「うるせぇなぁ…お前さ、あのガキに定時制やら通信制やら進めんのは勝手だけどよ、現状これらの授業事情知ってんのか?」

 

「…どういう意味かね?」

 

「簡単に言うとだな、この二つの共通事項として、高校卒業資格は取れるが、仮に卒業しても一般的な高校の授業範囲は終わらねぇつってんのさ」

 

「何?何でそんな事になってるんだ?」

 

「…本当に何も知らねぇんだな…これら二つの学校の事情としてはな…誰でも高卒認定を取れると言う前提の元、どんな奴にでも門戸を開くと言うのが不文律で仮に小、中の学が足りなくても卒業出来るように基本しかやらねぇのさ、存在意義としては申し分無いが将来の役に立つかは別の話なんだよ…」

 

「…そうだったのか…」

 

「まああいつらが教えるならその辺は抜け目ねぇだろうさ…ちゃんと高校の範囲の不足分を教えんだろ。」

 

……確かに二人なら心配要らないか…それにしても…

 

「やけに詳しいな…」

 

「…知ってるだろ?俺の最終学歴は中卒だ…こっちに戻ってから自業自得ではあるがあまりに格好付かねぇと思ったから高卒資格だけでも取ろうと思って調べたんだ…授業事情見る限りあまり意味無さそうだから独学で高校の範囲を学んだがな…店開くには最低でも食品衛生責任者になれれば問題ねぇから結局高認も受けなかったしよ。」

 

「……」

 

これは本当にイリヤに進めて良いのだろうか…?

 

「深く考える必要ねぇだろ?あいつらが教えるなら問題ねぇんだしよ…結局はあいつがわざわざ学校行きたいかどうかだろ…後はあのガキが勝手に決めんだろうよ…要はお前はただ、選択肢を提示すりゃ良いだけだ…」

 

そうだな…今更私がとやかく言う事でも無いか…

 

 

 

「…で、私たちにイリヤの気持ちを尊重した上で勉強教えて欲しいって?」

 

「…ああ…面倒だとは思うが…」

 

「…あの…シェロ…?」

 

「ん?」

 

「…ハア…あのねぇ…私たちはそれくらいの事知ってるからね?あんたが知らなかっただけ。…先ずは進める前にちゃんと調べなさいよ…」

 

「…面目無い…」

 

何だ…イリヤと私以外は知っていたのか…



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45

「おい!返せ俺の酒!」

 

「飲み過ぎですわ。これは没収しますわね。」

 

「クソ女が…」

 

「…あいつはもう、ルヴィアがいれば問題無さそうね…」

 

「うむ。何だかんだ奴も喧嘩腰にならない所見ると奴は奴でルヴィアへの嫌悪感は払拭されて来てる様だな…さて、これで肩の荷が一つ降りた…後は…」

 

「イリヤの事?それならもう定時制に行きたいって言われたわよ?」

 

「……そうか…」

 

「何拗ねてるのよ…お金出すのはあんたや藤村家なんだから何れ頼みに来るでしょ。…私たちはそれでカリキュラム組まなきゃならないから決まったら先に伝えてって言っておいただけよ?」

 

「……拗ねてなどいない…」

 

「…あんた何か本当に子供っぽくなったわね…歳考えなさい?さすがにキツいわよ…」

 

「歳の話なら君も「何か言った?」…何でもない…だからその宝石を仕舞ってくれ…私が悪かったから…」

 

こんな所で魔術を使う気なのか…ここはホテルのロビーだぞ…

 

「分かれば良いわ…あっ、そうそう。藤村先生から連絡あって明日にはイリヤの戸籍出来るそうよ。」

 

「私は聞いてないんだが…」

 

「あんたがまた厨房入ってたからよ…私が代わりに携帯出たの。」

 

「…そうなのか…」

 

勝手に出てる事について突っ込みを入れようと思ったが止めた…特に出られて困る相手もいない。

 

「やけに時間がかかったな…」

 

「…アインツベルン家が日本に来た時の書類偽装がかなり適当だったみたいでね…詳しくは言ってなかったけど相当苦労したみたいよ…」

 

「…成程。これで取り敢えずイリヤの身分は証明されたな…」

 

「後は免許取れれば完璧ね…あまり時間かけれないだろうから合宿行かせようかとも思ってたけど…」

 

「普通に市内の教習所に通わせて免許を取らせた方が良いだろう…敢えて目立たせた方が襲撃されにくい…ほぼ確実に取れるし、本当はそうしたいのは山々だが…」

 

合宿による免許取得が行われるのは田舎だ…下手に私たちが着いて行くわけに行かない以上、人の少ない所にイリヤを送れば攫ってくれと言ってるような物だ…

 

「一応しばらくは藤村家から人が来てくれるらしいけど…」

 

「荒事は得意でも魔術師では相手が悪いからな…」

 

「そうね…とにかくこれでイリヤの方針は決まったわね…」

 

「そうだな…しばらくは彼女の事で頭悩ませる事になるか…」

 

「あんたは寧ろそれを望んでたでしょ?」

 

「…君たちまで付き合う事無いんだぞ?」

 

「言ったでしょ?私にとっても身内だって。…多分ルヴィアも同じよ、昔ならともかく今のイリヤに対抗心燃やす必要も無いんだし。」

 

「私に手伝える事「あんた高校時代の成績くらい覚えてるでしょ?私とあんたの成績比べてみなさい」…宜しく頼む…」

 

「安心しなさい、やるからには本気でやるわ。後はイリヤが音を上げないかだけど…これは多分心配無いわね…メンタル面なら私やあんたよりずっと上よ、あの子…」

 

「…最終的に頭脳面でも上回るかも知れんな…」

 

「…否定出来ないわね…すぐに教師役の私やルヴィアを踏み越えて行きそうだわ…そもそも私たちもブランクあるし…最近の高校の教科書読んで復習しとかないと…」



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46

さて、今日はイリヤが初めて教習所と定時制高校に向かう日だ…

 

「必要な物は持った?筆記用具とか忘れてたり…」

 

「もう…大丈夫よ…昨日何度も確認したし…」

 

「…そう…なら後はこれ持って行きなさい…」

 

「えっ?何こ…えっ!?本当に何これ!?めちゃくちゃ重いんだけど!?」

 

「宝石ですわ。万が一何かあったらこれを投げれば「いやいや!?こんな重いの持って行けるわけ」何言ってますの!何かあったら大変ですわ!」

 

「…これは私からだ。この財布に交通費等のお金を入れてある。」

 

「ありがとうシロ…えええ!?これお札の数多くない!?」

 

「お金はいくらあっても困らないからな。三十万程いれてある」

 

……過保護?そんな事は無い。出た先で何があるか分からないからな…何せ私たちはついていけない上に教習所も高校も市外だから何かあってもすぐには駆けつけられないしな…

 

「何やってんだお前らは…こんな大量に宝石要らねぇだろ。後、ガキ「イリヤだってば!」良いからその財布貸せ…ほれこんくらいで良いだろう…五万程入ってる。」

 

「あっ、ありがとう…」

 

「ちょっと!せめて宝石ぐらいは「馬鹿かお前、こんな大金財布に入れて且つ大量の宝石持たせてみろ、魔術師どころか普通の強盗や誘拐犯にすら狙ってくれって言ってるような物だぜ?」うっ…」

 

「しかし実際にイリヤは狙われてる可能性がある…何か他に方法が「防犯ベルぐらい今はあちこちで売ってんだろ。今からひとっ走り買って来いよ。」…しかしそれではイリヤが間に合わなく…「タクシー呼べ。何のための金だよ。」…分かった、行ってこよう…」

 

二次災害の恐れを考えてなかった…私も相当うっかりしているな…

 

 

 

「…行ったわね。」

 

「…ああ…」

 

タクシーに乗り込んだイリヤを凛とルヴィアと共に見送る…あっ…!

 

「いかん…!」

 

「どうしたの?」

 

「奴から金を返して貰ってない…!」

 

「…多分ホテル内のコンビニですわ。お酒を買うつもりでしょう。」

 

「くっ!」

 

 

 

「よう、遅かったな…」

 

奴とルヴィアの部屋に来てみれば大量の酒瓶を並べた奴が…

 

「…金は…どうした…?」

 

「…ほれ…半分は残してある…」

 

「…君という奴は…!」

 

「この場合気付かない方が悪いと思うがね~…おいおい、そんな怒んなって。悪かったっての。」

 

今更奴にこんな事で怒っても仕方無いのは分かっている…分かっているが…!

 

「…だからそんな怒んなって。冗談だ…まだ使ってねぇよ。酒瓶を良く見ろよ…こんな安い酒をこの程度買った所で十数万も吹っ飛ぶわけねぇだろ。」

 

そう言って残りの金を置く。…油断も隙も無いな…後少し私が気付くのが遅れていればこの男は冗談でも何でもなく本当に使っていただろう…



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47

「お前らなぁ…使い魔飛ばしてんだろ?何かあったら分かんだろ?五分おきに様子見んの止めてやれ…」

 

「しかし…!」

 

「少しは信用してやれよ…そもそもこの国で事件や事故に巻き込まれる確率は天文学的数字だ…魔術師の襲撃の可能性が低い以上、そっちは心配し過ぎるだけ無駄だ…遭遇したら単にあのガキの運が悪かっただけの話だっての。」

 

「君は…!」

 

「いきり立つな。俺は一般論を口にしてるだけだぜ?」

 

「くっ!せめて冬木市内なら…!」

 

「仕方ねぇだろ。教習所はともかく肝心の定時制高校が冬木市内に無かったんだからよ。」

 

「何故だ!?あって当たり前の施設の筈だろう!?」

 

「…元々定時制や通信制を受講出来る学校はそう多くはねぇ。…増してやここは子供はいないし、わざわざ歳食ってから今更学校に通いたい奴もそうはいない…無くて当然だろ。」

 

「……」

 

「何で子供が少ないのか…なんて言うなよ?原因は分かんだろ?」

 

ああ…良く分かっているとも…ここ冬木市内の住人がここまで減ってしまったのが私たち魔術師のせいなんてことは…!

 

「あんたは…他人事だと思って…!」

 

「そうだな…だが、もし俺が家出をせず今もあの家で普通に生活していたとして弟が故郷を離れる事になってもそこまで心配はしなかっただろうな。」

 

「それは君が兄弟仲が悪かったからでは「誰かそんな事言ったか?俺自身勉強出来なくて劣等感あったのは認めるが、少なくとも家出るほんの数日前まで俺たちの仲自体は良好だったと今でも言えるぞ、俺は。」……」

 

「あんた、結構薄情ね…」

 

「何言ってんだ?俺がそれ程あいつらの事を心配しないのは単に信頼してるからだよ。…あのガキ、精神面は相当強いぜ?…つか、嘗て殺しあったお前らがそんな事は一番良く分かっているんじゃねぇの?」

 

「…少なくとも私は知りません。」

 

「信頼出来る程、一緒にいた時間が少ないとしても、必要以上に心配するのは別の話だっての。…あいつ十八なんだろ?そろそろ自分で色々決めれる歳だっての。お前らアレをガキ扱いし過ぎだろ。」

 

「それは君の事では「見た目ガキの奴にガキって言って何が悪い?そもそもその辺の大人より色々見てきた自信あるぞ、俺は。」…君はまだ大分子供だと思うがね…」

 

「そうねぇ。考え方しっかりしてるって意味ならイリヤの方が大人だと思うわ。」

 

「…十八のガキに高々一日出かけるだけで三十万も渡す程金銭感覚崩壊した奴に言われたかねぇ。後、持って行けるわけも無い大量の宝石渡す奴にも言われたくないね。」

 

「…本当に口が減らないな、君は…」

 

「その辺はお互い様だろ。」



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48

三月十四日 早朝

 

私が厨房に向かうとそこには先客が…

 

「…何をしているのかね?」

 

「ん?見りゃ分かんだろ。」

 

「…クッキーか…ルヴィアにかね?」

 

「ああ…何だその顔は?」

 

「…いや、意外だと思ってね…君ならお返しをするどころか受け取りすらしないと思っていたからね…」

 

「失礼な奴だな…お返し位普通するだろ…つか食い物に罪はねぇ。くれるなら貰うさ…ましてや普段細かい雑用は人にやらせるあいつがわざわざ並んで買ってきたってんだから受け取らざるを得ねぇだろ…最もその次に自分を渡そうとしてドレスに手を掛けた時は即座に気絶させたがな…」

 

溜息を吐く…ルヴィアも余りに早急だと思うがこいつは一体どれだけ彼女を嫌っているのだろうか…?…何があったのか少し興味が湧いて来たな…

 

「…しかし…クッキーかね…君は焼き菓子なら大体作れると言ってなかったかね?」

 

「…何言いたいかは分かるぜ?俺にとってあいつは単なる腐れ縁だ…これから先もそういう仲になるつもりはねぇ…それ程作るのも難しくねぇしよっぽどマシュマロでも用意してやろうかとも思ったけどな…」

 

……ホワイトデーに送るお菓子には意味があり、クッキーは「友達のままでいましょう」マシュマロは「あなたが嫌いです」…と、なる…

 

「…そんなに嫌いなのか?」

 

「…そんなに不思議か?」

 

「……」

 

ルヴィアは凛に良く似ている…どちらも破天荒でありながら魔術師らしからぬ…確かな人間らしさを持っている…

 

「……嫌いさ、大嫌いだね…」

 

そう言う奴の顔はまるで何かを堪えるかのように歪んでいた…

 

 

 

「…んで、ここに来たのは特別料理の仕込みかい?いくら何でも早すぎるだろ、まだ四時だぜ?…大体お前昨夜だって日付変わる頃まで色々やってただろ?」

 

……今日はこのホテルでホワイトデーのイベントが行われる。そのための料理の一部を我々は任されている…

 

「…君と同じだよ。最も私の場合は大事なパートナーにサプライズで用意しようとね…」

 

「お前菓子作れんの?」

 

「…失敬だな、普段作らないだけで私も菓子くらい作れる。」

 

……君には及ばないが。

 

「あっそ。俺は後、焼き上がれば終わりだからな、好きにやれよ。」

 

それきり奴は黙る…ん?

 

「…最近酒の量が増えてないか?」

 

奴はクッキー作りで余ったのだろうラム酒をあおっていた。

 

「…あの女、四六時中俺に迫って来るんだ…」

 

「…はっきり嫌いならば嫌いと言えば良いのでは無いかね?」

 

ルヴィアは凛と同じく割とサバサバしたタイプだ本気でこいつが嫌がればそれで諦めると思うが…

 

「……あの女はそんなに殊勝な奴じゃねぇよ…文字通りのハイエナだ…」

 

そう言う奴の言葉に色々込められているのが分かる…私は追求を止めさっさと自分の作業を進める事にした…



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49

「お前らさ…もう三回目だぞ…まだそんなに不安か?」

 

「「「……」」」

 

…相変わらず私たちはイリヤの様子を見続けている…分かってはいる…だが、未だに不安になる…せめて私たちの内誰かでも着いて行ければ…!

 

「あのガキ、断るだろ。」

 

「心を読むな「口に出してたぜ?」…本当か?」

 

「「……」」

 

二人の方を見れば無言で頷かれた…そこまで私は余裕が無いのか…

 

「気分転換にちょっと出かけて「ここは割と広いし散歩ならホテルの中でも良いだろ?…そもそも今日は雨だぞ?」……」

 

今日は朝から雨が降り続いている…てっきり通り雨だと思ったんだが…

 

「良いから座れ。ウロウロされると鬱陶しい…。」

 

「…分かった…」

 

私は部屋の中の椅子に腰かける(前まではロビーにいたが今の私たちはいるだけでもあまり空気が良くなくなる。見兼ねた従業員に注意され、必然的に客室にいる羽目になった。今はルヴィアと奴の部屋にいる)

 

「トイレに行って「さっき行ったじゃねぇか。…つか、部屋にトイレもシャワーもあるのに何で部屋の外に出ようとしてやがる」お腹空いたから何か「ルームサービス使えよ、ここはホテルでしかもスイートルームだぞ?」……」

 

「仕事の電話を「何のために部屋にいんだよ。ここは部屋数だけなら腐る程あんだ、空き部屋ですりゃ良いだろ」……」

 

「あのよ…お前らあのガキが学校行く度にそうするつもりか?いい加減慣れろ。」

 

「慣れるわけが無いだろう…!」

 

家族を心配して何がいけないと言うのか…!

 

「なら、割り切れ…普通の生活を送らせる前提ならお前らのやってるのは余計な事だ…」

 

「……」

 

「今は仕方ねぇけどよ、何れあいつは自分で立つつもりなんだろ?…こうもお前らが色々やってたらあいつは永遠に自立出来ねぇぞ?」

 

「ふざけるな…!彼女は長くないかも「なら尚のこと好きにさせろよ。…それとも何か?お前らは例えば、余命半年とか言われた人間に一生ベッドの上で寝てろと言ってんのか?それはそいつの意志を尊重した事になんのか?」論点を摩り替えるんじゃない!」

 

「騒ぐなよ。俺の言う事が気に入らねぇならそれはそれで良いけどよ、グダグダ悩むくらいならせめてあいつの意志を先に確認しろよ。…それで過度の干渉は止めて欲しいと言われれば最低限の事意外、お前らは手を引く…それで良いんじゃねぇのか?」

 

「「「……」」」

 

「…要らねぇと言われんのがそんなに嫌か?お前らだって元は自分の手で道を切り開いて生きて来た人間だろ?…なら、お前らに自分の足で歩きたいと言うあのガキの言い分を否定する権利はねぇんだよ。」



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50

『えっ?シロウたちの事?…う~ん…もうちょっと私の事を信用して欲しいとは思うかな…』

 

「…っと、言われましたが…」

 

ホテルに戻って来た桜に事情を説明し学校の休み時間を迎えてるイリヤに電話で私たちの事を聞いて貰ったのだが…

 

「これは…どう判断すれば良いんだ…?」

 

「正直、これはイリヤさんの優しさだと思いますよ…?言葉自体はともかく口調はそれなりにうんざりしてるって感じだったんで…」

 

「……そうなのか…」

 

「…だから言ってるだろ?お前ら干渉し過ぎなんだよ。」

 

「今回は私も店主さんに賛成ですかね…」

 

「…分かった…使い魔を付けるのは止めないが監視は止める「後行く度に金持たすのを止めろ。あいつ余った金をどうしたら良いのか分からないってよりによって俺に相談して来たんだぞ。」…ん?君はまさかその金受け取ったりしてないだろうね?」

 

「…ここにあるぞ…返すぜ…何だよ、この状況で使い込む程終わってねぇよ。」

 

「…金関連の事で君を信用するのは難しいね…」

 

「…そもそも昔と違って金には困ってねぇ。無闇矢鱈に使い込む理由はねぇよ、せいぜい俺の使い道は酒くらいだ…ここにいりゃ尚更な。」

 

 

 

結局イリヤには専用口座のキャッシュカードが本人に渡された…向こうへ行く交通費や昼食代(私が弁当を作るので必要無い)授業料等以外の必要な金は自分で下ろさせるのが一番良いという奴のアドバイスだ…言われてみれば理にかなってる気がするな…

 

 

 

「…イリヤ、虐められたりしてないか…?」

 

「…いや、シロウ…何か兄というより父親みたいなんだけど…大丈夫だよ、皆優しいし。」

 

使い魔を飛ばしておりイリヤに危害が加えられればすぐに分かるがつい聞かずにいられなくなってしまう…

 

 

 

そうして一ヶ月が過ぎた…

 

「…漸く明日からこの仕事に復帰だな…」

 

私は元通りになった店のテーブルで奴と差し向かいで杯を傾けていた…

 

「…おまけが二人くっ付いて来るけどな…」

 

イリヤに加えてまさか、ルヴィアまでこの店で働こうとするとは私も予想外だった…余程奴にご執心と見える…

 

「…ここまでされてるんだ、少しは考えたらどうかね…」

 

「……そうするか。」

 

……ん?

 

「あれ程嫌っていたのにどうしたと言うんだ?」

 

「一ヶ月も同じ部屋で寝起きすりゃ印象も変わるさ、良くも悪くもな…」

 

「…そもそも彼女と何があったんだ?」

 

「…言っちまえば実は大した話じゃねぇんだがな…要はあいつは傭兵時代の俺の商売敵だったのさ…あいつ魔術師の癖に傭兵紛いな活動してやがってな、良く行った先で顔合わせんだよ、んで目的も被るから大体報酬の受け取りで揉める…当初はあいつも何度か俺を罵ってたんだが…気づきゃあんな感じだ…どうなってんだか…」

 

「…切っ掛けは分からないのかね?」

 

「全く思い当たらねぇ…恩がどうのってなら傭兵なら良くあんだろ、いがみ合ってる場合じゃない時が。助けた、助けられたなら俺にもあいつにも良くあったし、結果的にそうなったとしてもお互い一々礼も言わねぇしよ…実際、酷い時だと自分の戦いに水を差したってキレたあいつに追い回された事もあるぞ。」

 

「……」

 

「だから分かんねぇ…何が起きたらこの関係性で恋愛感情に変わるんだか…」

 

……いくら普段からいがみ合っていても生死を共にすればそういう事もあるんじゃないかと思ったが敢えて指摘はしないでおいた…恐らくそれ以上に決定的な理由もあるんだろうがそれはこいつが気付かないと意味が無いだろうな…



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51

「ねぇ、ちょっとこれ教えてくれない?」

 

「あ?勉強ならあいつらに聞けよ…チッ…貸せ。」

 

「……何か私たち…避けられて無い?」

 

「そんな筈…ありません、わ…」

 

「……」

 

「…あの…?店主とイリヤさんは仕方ないにしても貴方たちは片付けを手伝ってくれませんかね…?」

 

「おい、いい加減にしろよ…。僕はこの店の従業員じゃないのにやってるんだぞ「兄さん…喋ってたら終わりません、手を動かして下さい」ヒィッ!?」

 

「これなら…こんな感じだな…」

 

「……何か学校で教わったやり方と違うんだけど…ホントに合ってるの?」

 

「疑うなら聞きにくんじゃねぇよ。こういうのはな、公式に必ずしも当てはめりゃ良いってもんじゃねぇんだ…実際、こっちの方が楽だろ?」

 

「確かにね…ありがとう…」

 

「礼なんて要らねぇ。つか、ただでさえ忙しいんだから下らねぇ事で話しかけて来んじゃねぇよ。次からはクソ忙しいのにそこで石像になってる馬鹿共に聞け…お前ら今月の給料減らすかんな…ガキ、お前は給料アップだ…」

 

「…え?…良いの…?」

 

「…不本意だが…そこのクソ共より倍は役に立ってる…養う筈の奴らが使えねぇんだからお前の給料上げないとシャレになんねぇだろ…」

 

「…ごめんなさい…」

 

「…お前が謝る必要はねぇ…寧ろお前も不幸だな、保護者がまるでお前の事を信用してくれねぇんだからよ。」

 

「むっ…それは聞き捨てならんな…」

 

「誰がイリヤの事を信用してないって?」

 

「撤回を要求しますわ…!」

 

「…お前らだよお前ら…お前らが毎日の様にこの店で働いてる時のガキの一投足を見詰めてるからだ。…働いて数日なら未だしも一週間以上も経ってまだコイツの事を注視してるってのは信用してねぇ証拠だろ?…正直、今のお前らは使いもんにならねぇ…マジでクビにするぞ?」

 

「クッ…!しかしだな…!」

 

「…以前、俺が言った事をまるで聞いていなかった様だな…コイツは普通の人生を送りたがってるんだろ?今のお前らはコイツの保護者じゃねぇ…枷だ…コイツの自己申告通りならコイツはもう十八なんだろ?なら、後は大抵の事は自分で決められる筈だ…お前らがする事は基本的に金を出す事だけだ…一々コイツのやる事に過剰に反応するな、コイツが相談して来るまで口出しすんじゃねぇ。」

 

「しかし…彼女は一人で抱え込むタイプで「ガキ、今のコイツらに将来の事を相談したいと思うか?正直に答えて良いぜ?」……」

 

「…ちょっと…嫌かな…」

 

「そんな「黙れ。結果は出ただろ?今回は電話越しじゃなくてコイツ自身の口から出たんだ、諦めろ…つーかな、コイツ抱え込んでなんかねぇぞ?少なくともそこのバイトや俺には色々相談に来るからな?」……そうなのか?」

 

「ええ…まあ…大抵貴方方の過保護っぷりに引いてると言う愚痴がほとんどですが…」

 

「私も…相談されました…」

 

「本当にいい加減にしろよ?僕にまで言いに来るんだからな?」

 

「…つーわけだ。いい加減自重しろ。…てか明日もその状態ならお前ら全員本当にクビにするぞ?…分かったな?」



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52

「ねぇ?何なの、それ?」

 

「…肥後守、だ」

 

「…いや、名前は書いてるから分かるわよ…何でそんなの持ってるの?」

 

私は手で弄んでいたナイフをテーブルに置いた。

 

「いや何、イリヤが…イリヤが!こいつの話を学校で聞いてな、是非見てみたいとの事でな。」

 

「…嬉しそうにイリヤの部分強調しなくても良いわよ…何?喧嘩売ってるの…?…つまりアンタはイリヤにせがまれてこれを出してやったって訳?」

 

「違う。こいつ出せなかったんだよ。」

 

「なっ!?貴様、何を余計な事を「余計も何も事実だろ」くっ…!」

 

「…出せなかったって…こいつが?」

 

「こいつが出せる物は見て、触れて、内部構造を解析出来てるものだけだろ?多少知識があった所で見た事無いものは出せないだろ。」

 

「…こいつが見た事の無い刃物「肥後守が初めて作られたのは明治時代、全盛期は第二次世界大戦期。当時は大人も子供も誰もが持ってる代物だったらしいが…今じゃこいつの商標権持ってる所は一箇所しかないらしいからな…要するに出回ってる数も少ないわけだ」へぇ…」

 

「くっ…!しかし今はこうして手元にある「売ってる場所の情報出してやったのは俺だろうが。」……」

 

「大体ただ、何も無い所から出せるってだけで何でお前がマウント取れんだよ。どうせなら実際にナイフの作り方でも教えてやれや、その方が実用性あんだろ。」

 

「…ほぼノーコストで出せるって凄い事だと思うんだけど「びっくり人間って視点で見りゃぶっ飛んでるが…現実的に他人が一切コストかけずに出した武器で結局何処まで命賭けられる?」…う~ん…」

 

「それよりお前、これ、ちゃんと買ったんだろうな?投影品じゃねぇよな?」

 

「…あっ、当たり前だ!君は私を何だと「見て、触れれば実質、自分の中にストック出来る奴をどう信用しろって言うんだ?」くっ…!」

 

「てか今更だが、出せないなら出せないでそれで終わりゃ良いのに…こんなの買って来てどうするんだ?使い道ねぇだろ。…ガキにやるのか?」

 

「……」

 

「しかもこれ安いやつだな…肥後守は安物でも切れ味は悪くないが、保管の仕方間違えると簡単に錆びるらしいぞ。」

 

「安いって…そんなに値段の差があるの?」

 

「何だ興味あんのか?高いのなら一万円クラスのがあるらしいな、確か専用の箱付きとか聞いたぜ?…まあどちらにしても単なるコレクターズアイテムだな…実際に使えないわけじゃないが…少なくとも今の一般人がわざわざナイフで鉛筆削ったり、手紙をナイフで開けたりしねぇだろ?」

 

「確かに…」

 

「つか、さっさとそれ片付けて開店準備付き合え。今日はあのガキとバイトがいねぇんだからな。忙しくなるぜ?」



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53

「そう言えば今思い出したんだが…」

 

「あ?何だ、突然?」

 

私は珍しく奴と二人きりで飲んでいたが、ふと気付いた事があり、口元まで運んでいたグラスを一度テーブルに置いた。

 

「以前、イリヤの学校をどうするかという話になっただろう?」

 

「……んー…ああ、あったな、そんなの…」

 

奴はしばらく首を捻っていたがやがて思い出したらしく軽く指でテーブルを叩いた……そう言えば奴はあの頃、ルヴィアとの事でストレスを感じていたらしく相当飲んでいたからな…今でこそ和解したようで…前向きに検討はしている様だが…

 

「とはいえ俺何か言ったか?…実を言うと酔っ払っていてあんま覚えてないんだがよ…」

 

「…昼夜問わずかなりの量を飲んでいたからな…今思えば良く倒れなかったものだ…」

 

「そりゃあな…今でこそ歳も歳だからアレだが…部隊にいた頃や傭兵時代はあの倍は飲んでいたからよ…当然だが、ルヴィアの痴態を見せられるより…現地で死体の山を見る方がキツかったからな…」

 

「……」

 

私ももちろん同じ物を見た…どうやっても救えない命に絶望した…最も死ぬ直前まで正義の味方を貫いたアーチャーの味わった絶望とは到底比べ物にならんだろうが…

 

「まっ、そんな話はいいわな…で、結局何が聞きたい?」

 

「……答えてくれるのか?」

 

「あのなぁ…お前、俺の経歴大体知ってんだろうが。他の奴がいるならまだしも、この場にお前しかいないのに今更何を隠す事があんだよ?」

 

「…確かに。ではまず君の本当の出身が何処なのかを「そっちは却下だ。」……」

 

部隊にいた頃から頑なに話さなかったから気になっていたのだがな…結局答えないのか…言っている事が矛盾している…

 

「……分かった、言ってみな、それ以外は答えてやるよ。」

 

「なら、本題だ、君はあの時、定時制高校や通信制高校の説明をしただろう?」

 

「…したのか?覚えてねぇが…」

 

「…その時、君はそれを調べた理由として日本に戻った際の最終学歴が中卒だったからだと言った。…ただ、私はそれより前だったと思うが…君から聞いた話では…確か、君は中学卒業後に高校へ行く、行かないという話で父親と喧嘩しその晩家出し、親戚を頼り日本各地を転々とし、やがて海外へ渡り、部隊に入り、その後除隊し、傭兵になったと。」

 

「…それで?」

 

「…君は顔を変え、経歴を捨てた筈だろう…?なら、学歴はそもそも存在しない事になるんじゃないのか?」

 

私がそう言うと奴はグラスの酒を飲み干し、グラスを置くと頭を掻き毟り始めた…

 

「…余計な事言っちまったぜ…」

 

「…で、どういう事なんだ?」

 

「…失踪宣告制度については知ってっか?」

 

「…簡単に言えば長期間行方不明だった者を死亡したと認定する法律の事だろう?」

 

「そうだ。俺の場合、十年以上行方不明だったからな…法律上はとっくに死亡扱いになってたんだよ。んで、俺は死んだ自分の戸籍情報を元に新たに身分を用意して貰ったんだ…その方が矛盾を少なく出来るからな。」

 

「…一つ聞きたいのだが…」

 

「何だよ?」

 

「君は身内に自分が生きている事を知られたくないようだが…それではさすがにバレるのでは無いかね?」

 

「…どうかねぇ…つかな?」

 

「ん?」

 

「言ってなかったが…常連客の中にいるんだよ…俺の兄貴がな…」

 

「……本当かね?」

 

「ああ。」

 

「……バレていないのか?」

 

「知らね。向こうは何も言わないし、仮にこれから先向こうが気付いたとしても白を切るつもりだ…俺は大量殺人犯だぞ?…部隊にいた時や傭兵だった時の話ならまだしもな…俺はテロリストだったんだ…言えるわけねぇ…このまま墓場まで持って行くつもりだ…」

 

「それで良いのかね?」

 

「……余計な事を言ったら……殺す。」

 

私は両手を上げた…彼なら相打ち覚悟なら私を殺せてしまうからな…全く…儘ならないものだな…



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54

「悪かった…」

 

私がそう言うと奴は傍らにあった新しい酒を開け、そのまま口を付け、一気に飲み干し、空になった瓶をテーブルに置くと息を吐いた…奴から殺気が消えていく…

 

「…あいつの両親は知っての通り豪胆なタイプだし、俺の過去を知っても普通に俺を息子と呼ぼうとするお人好しだ…そもそも人の死が身近にあった連中だしな…だがな、兄貴は平和なこの国の生まれで…本当に真面目で…大馬鹿者なんだ…腕っ節は親父譲りで俺も…弟も…悪さする度にぶん殴って反省させられた…その癖親父に報告する時は自分も一緒になって頭を下げやがる…それでいて自分は絶対問題を起こさねぇ…冗談じゃねぇ…兄貴が俺の過去を知ったら勝手に責任取って自殺でもしかねねぇんだよ…」

 

そこまでなのか…

 

「だから…今回は間違っても変な気は回すんじゃねぇ。…俺はお前を何が何でも殺すしか無くなる。」

 

「ああ。例え君の兄が誰か分かっても、私からは何も言わないと約束しよう…私たちが共に死ぬ分には勝手かもしれんが…無関係な君の兄を死なせるわけには行かない。」

 

「その言葉、信じるぜ?……シラケちまったな…今日はもうお開きにしようぜ。」

 

「…そうだな…時間も丁度いい…後はやっておこう…君はもう休み「ざけんな。ここは俺の店だ。」…そうか、そうだな…」

 

私たちは酒瓶を袋に入れ、グラスを洗うと、明日の仕込みに入った…

 

 

 

 

「…何かアンタたち…今日はギクシャクしてると思ってたけど…昨日私がいない間にそんな事になってたのね。」

 

「ああ…」

 

翌日…店の閉店後…私は凛と共に家に帰り昨夜の事を話していた…

 

「…敢えて言わせてもらうけど…全面的にアンタが悪いわよ。」

 

「やはり…そうなのか…」

 

「アンタ、人の事に首突っ込み過ぎなのよ。何時かこういう時が来るんじゃないかと思ってたわ…良かったわね、相手が身内で。これがもし、赤の他人の話だったら…多分もっと拗れてたと思うわ。」

 

「……」

 

「あ~もう!辛気臭い顔しないの!あいつの事なら大丈夫よ。」

 

「…何故…そう言い切れる…?」

 

「忘れたの?今日はルヴィアがいたのよ?」

 

…あっ…

 

「勘の良いルヴィアがあいつの様子が可笑しいのに気付かないわけないし、放っておくわけないわ。」

 

「…一つ不安な事があるのだが…」

 

「何よ?」

 

「ルヴィアは…私以上に余計な気を回すんじゃないか?…どうなるかは…分からんぞ…?」

 

「あいつが無関係な犠牲を出すわけないでしょ。最もあいつらは意見が平行線を辿るだろうから…明日はまた店が無くなってるかもしれないわね…」

 

「なら、止めた方が良いのでは無いか…」

 

「あの二人の戦いに乱入して被害を拡大させない自信あるわけ?」

 

「……」

 

「良く言えば、被害は店が無くなるくらいで済むのよ…後のことはそこで考えましょう。」



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55

翌朝、私たちは店のある筈の場所で足を止める…

 

「…店、有るわね…」

 

店はパッと見、何処も壊れた様子は無かった…。

 

「…特に物音は聞こえんな…」

 

「…結界は…無いわよね…」

 

「…当然、だ…仮に遠くから見て何ともないのに…客が実際に店の敷地内に入ったら店が火事になっていた…という状況であれば面倒な事になる…だから結界は張っていない……つまり、今、私たちが見ているものは正常だ。」

 

仮にも自分たちが、普段、普通に働いている場所でここまで警戒するのは可笑しいだろう…という冷静な考えを持っている自分がいるが…前日あの二人が戦っていたのならここまで綺麗に建物の外観が残っているわけない…だから何かある…それが思考の大半を占める…いや、そもそも前提が間違っているのだろう…

 

「……凛、これを説明出来る可能性が一つだけあるだろう?」

 

「…まさか…そんな事、あるのかしら…」

 

「…私は昨日ルヴィアに私と奴にあった出来事を話していない…だが、私も彼女が気付かなかった可能性は低いと考えている…つまり昨日二人は…」

 

「…冷静に話し合いが出来たって事…?」

 

「……どちらにしろここにいても分からん…入ってみよう…」

 

 

 

「おはようございます…シェロ、リン…」

 

店に入るとエプロン姿でテーブルを磨くルヴィアがいた…特に変化は…いや…

 

「おはよう、ルヴィア…少し、辛そうね。」

 

「…これぐらい問題ありませんわ…まぁ…店を開くまで時間がありますから…今やってるこれが終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですが…」

 

「あいつと…冷静に話せたのね?」

 

「今回、私は彼と争う理由はありませんわ…お節介だとは思いましたが…昨日の様な状態が続くようなら困るのは彼の方ですから…シェロと一体何があったのか…お聞きしただけです…」

 

「すまないルヴィア、面倒をかけた…」

 

「お慕いしている殿方の事ですから…シェロ?」

 

「何かね?」

 

「…その様子だともうリンから似たような事を言われてるかもしれませんが…今回の話を聞いて私が感じた事を一応言わせていただきます…」

 

「人にはそれぞれ、踏み込まれたくない事情というものがあります…それは例え、家族や友人であっても…」

 

「間違っているのなら止めるのも、近しい者の務めかもしれませんが…やり過ぎ、という事も確かにあるのです…」

 

「線引きをきちんとしてください…それを怠れば、結果…何れはもう一人の貴方であるアーチャーと同じ運命を辿ってしまうかもしれません。」

 

「…以上。お節介では有りますが、貴方に友人として忠告致しました…彼は厨房にいますわ…行ってあげてください…彼なりに今回の事を気になさってた様なので…」

 

「…分かった…ルヴィア、ありがとう。」



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56

「よぅ…衛宮…」

 

朝の仕込みをしている奴が厨房に私が入って来た事に気付き、声を掛けて来た…

 

「…ああ…おはよう…」

 

「おう…」

 

それ切り奴は何も言わないし、そもそも一切こちらを見ようとしない。私は取り敢えず自分の作業に取り掛かる事にした。

 

「衛宮…」

 

そこで奴がまた声をかけて来た…奴の方を横目で見れば今度はこちらに顔を向けている…作業を中断すると私も奴の方に顔を向けた。

 

「何かね…?」

 

「悪かった…」

 

……驚いた…主語が抜けている以上、普通はここで何に関しての謝罪か聞くべきなのだろうが、私は驚きの方が大きくそれを指摘する事が出来なかった…

 

「…何だよ…その顔は…俺が謝ったのがそんなに不思議か?」

 

「…すまない…正直に言うと非常に驚いているんだ…君がまさか一切の悪態抜きに私に謝るとは思わなかったのでな…」

 

「ケッ…そうかよ…」

 

…とはいえ奴が言ってきたのであれば…

 

「…では、私も言わなければならないな…本当にすまなかった…余計な事を言ってしまった…君の事情を一切考慮せず勝手な事を言ってしまった…」

 

私は頭を下げる…しばらくそのままでいると…

 

「頭上げろっての。お前はただ、それで良いのかと確認しただけなのに脅しなんてかけた俺が悪い…そもそも自分の経歴を家族に言えないのは結局俺の自業自得だしよ…」

 

…これは…

 

「…一体ルヴィアに何を言われたんだ…?」

 

「……内容は勘弁してくれや。ただ、あいつには正論を言われたのさ…全く…少しでも穴があったら反論してやったとこだが…何も言えなかったぜ…本当に面倒な女だよ…」

 

「…君はルヴィアが相手で良かったのだろうな……恐らくお前を支えられるのはアイツしかいないだろうな。」

 

「その言葉、そのまま返してやるよ…遠坂以外にお前を引っ張れる女は世界中探しても何処にもいねぇだろうよ。」

 

「そうだな…」

 

 

 

「余計な事、だとは思うがやはり言わせて貰っても良いか?」

 

「ああ…言っていいぜ?今ならよっぽどの事じゃなきゃ俺は怒らねぇ。」

 

「…では一つ…君の兄が君がそこまで言う程の傑物ならさすがにもう君の正体に気付いているんじゃないか?」

 

「お前もやっぱそう思うか?…実はルヴィアにもそう言われた。…一応心の準備をしておいた方が良いってな…もう良いさ…過去は変わらねぇ…自分から言う気はねぇが向こうから聞いてくるなら全部話すつもりだ…無論死のうとするなら全力で止める…」

 

「そう、か…それで良いんじゃないか…」

 

…もう私がこの件について気を使う必要は無いだろう…



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57

「…全く…戦地にいた割に大して変わってないな…向こうで一体何を見て来たんだ…?」

 

「るせぇ!テメェに何が分かんだ!」

 

「…ねぇ?そろそろ止めなくて良いの…?」

 

「……二人に致命傷を与えずに止めるのは難しい…奴は条件次第とはいえ、私を圧倒する事が可能だし、相手はその奴とほとんど互角だからな…どうせ店を開けるまでまだかなり時間がある…気の済むまでやらせてやろう…」

 

 

一時間前…

 

「…?…すまない…まだ準備中なのだが…」

 

「ああ…それは分かっている…店主に用があってね…休みの日にも何度か来ているのだが居留守を使われるのでね…こうして営業日に来てみたわけだ…」

 

「奴に用…?」

 

「…あいつの兄だと言えば分かるか…?」

 

「…成程。そういう事なら…奴なら今は厨房で仕込みをしている…行ってくると良い…」

 

「忙しい時にすまない…」

 

 

 

その後彼が何を言ったのか分からないが奴がキレてこうして喧嘩が始まったわけだ…

 

「そうは言っても…ちょ…!アレ目潰し!?」

 

「それなりのスピードのコンビネーションを同じ組み合わせで何度も繰り出して、覚えさせてから更に速いスピードで混ぜてきたな…相当にタチが悪いが…」

 

「何だ?この指は…?…全く…お前と言う奴は…」

 

「いってぇえええ!!!?てんめぇえええ!!!?」

 

「…あの程度の小細工が通用する様な相手なら当の昔に沈んでいるだろう…」

 

「容赦無く折ったわね…」

 

「兄弟だろうが何だろうが、あそこまでタチの悪い攻撃をする相手に手心を加える必要は無いだろう…これで奴はしばらく厨房には立てんな…」

 

「クソが!殺してやる!」

 

「やってみろ…そう簡単に私は死なんぞ?」

 

「…殺すとか言ってるけど、アイツ確か、自分の兄を死なせたくないから過去の事を黙ってたんじゃ…」

 

「…奴の場合、相当度数の高い酒でもそれなりの量を飲まなければ記憶が飛んだりしないが…頭に血が上ると数分前に言った事でさえ、忘れるタイプだからな…」

 

「…あの?何の騒ぎですか、これ?」

 

声をかけられ、振り向くとバイト君とイリヤが立っていた…

 

「…来てくれたか。イリヤも一緒だったんだな…」

 

「すぐそこで会ったの。で、本当に何なの、これ…」

 

「……簡単に言えば長年生き別れだった兄弟が殴り合いの喧嘩をしている所だ。」

 

「ちょっと…そんな雑な説明「「あー…」」今ので納得したのアンタたち!?」

 

「いやまあ…あの人の性格的に身内に殴られるくらい疎遠であっても全く不思議では無いですし…」

 

「私も…そういう事もあるかなぁって…」

 

「…とまぁそういうわけだ…それで申し訳ないんだが…」

 

「大体分かります…どうせ仕込みも途中でしょう?…後はイリヤさんと二人でやっておきますから…」

 

「…すまんな…この場を離れてもし、何かあっても困るからな…取り敢えず万が一営業時間になっても既にルヴィアが認識阻害の結界を張っているから問題は「ちょっと!?」どうした?」

 

「イリヤはともかくこいつ一般人でしょ「言ってなかったか?…彼は魔術師の家の生まれだぞ?…私も聞かされたのはつい最近だが」嘘!?」

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。とっくの昔に没落して本来の家名すら分からなくなってる家ですし…ちなみに家族と違い、僕は先祖返りらしく一応魔術回路を持ってますが、正式に習ったわけじゃないから魔術は一切使えませんしね。…それじゃあ行きましょうか、イリヤさん。」

 

二人は店に入って行った。

 

「…何かもう色々驚き過ぎて…」

 

「深く考えなければ良い…ありのままを受け入れるのが結局一番楽だぞ?」

 

「そんな簡単に納得出来ないわよ…」



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58

「ねぇ?アンタさっき…ルヴィアが既に認識阻害の結界を張ってるとか言ったけど…それなら何でアイツ…」

 

「気付いたか。…実は彼自身は本当に魔術が使えないが…どういうわけか認識を誤魔化す系統の魔術がまるで効かないらしい…理由は分からんがな…以前フリーの魔術遣いに会った時にとても驚かれたと話していたよ。」

 

「アイツがこの店に働きに来たのって何か意味があるのかしら?」

 

「それは穿ち過ぎじゃないか?…とはいえ、この店には現在魔術関係者が四人…いや、彼自身も含めれば五人働いているわけだからな…関係無いとも言い切れんわけだが…」

 

「店主に至っては魔術の存在を認知してるしね…」

 

「戦場で長く傭兵なんてやってれば嫌でも知る事だ…それ以外の職業だと普通はまず魔術の存在に気付く事が無い…戦地で多数の行方不明者が出ても誰も気にもとめないからな…最も奴の場合、関わる回数が異常に多かった気もするが…」

 

「魔術師に護衛として雇われたり、逆に殺害や捕縛しに行ったり、恋人を攫われたりとかね…アンタに関わったのもその一つだったり?」

 

「というより、元はと言えば私が巻き込んでしまった気がしないでも無いが…」

 

「何よそれ?どういう意味?」

 

「部隊所属時代、奴以外の人間とも私は当然関わったが…除隊後に再会した者の多くが大抵魔術師や魔術遣いと何らかの関わりを持ってしまっているからな…」

 

「……一度でも魔術に関わってしまった一般人は魔術と結び付きやすくなる…?」

 

「私はそう考えている…」

 

「そんな事…」

 

「無いとは言い切れんだろう?…最も証明出来ない仮説だがな…普通の軍人以上に不測の事態に慣れている傭兵と違い、完全な一般人は普通魔術師に関わった時点で死んでしまうか、人では無くなるのがほとんどだからな…」

 

「生き残る方が稀、ね…まぁ魔術師は一般人使って魔術を極めようとしたり、そうでなくても神秘の漏洩を防ぐ為に普通に殺す生き物だしね…」

 

「そう考えると申し訳無くもなるのだよ…私が奴の人生を変えてしまったも同然なのだからな…」

 

「関わらない方が良かったって?馬鹿みたい…もし、アンタがアイツと関わらなかったとして…それでアイツがテロリストにならなかったり…アイツの恋人が今も生きててアイツと一緒に暮らしてたかどうかなんて誰にも分からないじゃない…そもそも忘れたの?」

 

「ん?」

 

「アイツの恋人は魔術師に攫われたのが原因で死んだんじゃなくて、行方不明者の捜索に当たっていた…他国から派遣された軍人に暴行されたからでしょ?アンタそう言ったじゃない。」

 

「……」

 

「気にし過ぎ。それこそアイツに言ったら殴られるわよ?」

 

「そうだな…」



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59

結局二人はずっと殴り合いを続け、既に三時間程が経過していた…良く休み無く続けられるものだ…

 

「あの…シェロ?」

 

「むっ…ルヴィアか…どうしたんだ?」

 

「申し訳ありませんが…そろそろ結界が限界です…」

 

「…そうなのか?」

 

「ろくに準備する時間も無く急遽でしたので…」

 

「何とか止めてよ…いい加減怪我もヤバいわよ、あの二人…」

 

「…そうだな、やってみよう。」

 

家族の問題だし死人が出ない限りは好きにすればいいと思っていたが、この状況が一般人の客に露見するのはさすがに不味い…たとえ、常連客の大半が奴の性格を良く知っていてそれでも店を訪れてくれている者たちだとしてもな。

 

「フッ!」

 

私は干将莫耶を一対投影すると二人の間に投げる…威力を調整した壊れた幻想により二人を気絶させるつもりだったのだが…

 

「馬鹿…!武器用意してどうすんのよ…!」

 

二人は飛んで来たそれをそれぞれ掴むとそのまま斬り結び始めた…

 

「馬鹿な…!何を考えてるんだあの二人は!?本当に相手を殺す気なのか!?」

 

「アレは…もうダメね…温い事考えてないで実力で止めなさい。」

 

「くっ…!簡単に言ってくれるな…!」

 

どうやってあのレベルの戦いに割り込めと言うんだ…!二人を殺す気でやらなければ最悪私が殺されかねん…!

 

「シェロ…私が援護します…爆煙に紛れて二人を気絶させてください。」

 

「……ルヴィア…やるなら二人に当てる気でやれ。恐らくあの二人なら視界不良の中でも正確に相手の位置を把握してしまうだろう。」

 

そもそも私が二人に渡してしまった干将莫耶にはお互いに引き合う性質があるからな…

 

「しかしそれでは…!」

 

「私を…信じろ!」

 

私は干将莫耶を投影すると二人の戦いに割り込んだ…

 

「ッ…!衛宮…!何のつもりだテメェ!」

 

「すまないがこれは家族の問題だ…部外者は口も手も出さないで貰おう。」

 

「悪いがそうは行かない。このまま放っておくと君たちは今後一生後悔する事になるのでね…見過ごす事など私には出来んよ。」

 

二人の持つ剣はギリギリとこちらを押し込もうとして来る…半身で受け止めるのは無理だ…せめてどちらかが倒れてくれなければ…!

 

「くっ…!オオッ!」

 

「チッ!クソが!」

 

「何という怪力だ…!」

 

私は強化した筋力で二人の剣を弾くとその場から飛び退く。

 

着地して二人のいた位置を見れば私の予想通りの光景が有った。…全く…本当に嫌になる!

 

「それが出来るなら…何故話して分かり合えない…!?」

 

二人は横に並び、私と対峙していた。

 

「利害が一致したんだよ衛宮。俺たちが決着着けるのにお前は邪魔だ。」

 

「そういう事だ。腕に自信があるようだが二対一が不利な事くらい分かるだろう?怪我をしたくなければさっさと下がる事だ。」

 

「さっきも言った筈だ…見過ごす事など私には出来ない…全力で来い!気の済むまで付き合ってやろう…!」

 

何とかルヴィアが魔術を使う隙を作らなければ…やれやれ…兄弟揃って私に迷惑をかけてくれるものだ…!



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60

「くっ…何というデタラメな…!」

 

私の剣技は我流だ…だが、嘗て我武者羅に振り続けた物を戦場での命のやり取りの中、人を殺す事は出来なくとも自分を守れる業として昇華させた物だ…そこに加えて私は強化をして戦っている…その私を二人がかりとはいえ完全に圧倒するなど…!

 

……一体どうなっている!?奴から剣の心得は無いと聞いているし、実際奴の振るう剣は間違いなく素人のそれでしかない…私と同じく戦場にいたとはいえ、何故こうまで私について来れる!?

 

「こんな時に悪いが貴方にお聞きしたい!剣術を習った事は!?」

 

今現在敵対している相手にする質問では無いが私は彼に聞かずにはいられなかった…私と同じく人を殺せる剣では無いものの、奴の振る剣の間隙を縫い、その穴を埋めるように私に向かって来る彼の剣が洗練されているように思えて…!

 

「本当にこんな時にぶつける疑問ではないな…悪いが私自身は剣は全くの素人だ。…強いて言うなら学生時代に空手をかじった経験しか無いよ。」

 

「馬鹿な…!?」

 

では!これは一体何だと言うのだ!?何故彼はここまで私に…いや、奴の動きに合わせることが出来る!?血の繋がった兄弟…長年会っていなかったのにその事実だけで彼にこれだけの剣を振るわせているというのか!?…いや…待て!まさか!?

 

「干将莫耶…!」

 

何故だ!?何故製作者の私にではなく彼らに力を貸す!?私が負ければ彼らは殺し合いを再開してしまうのだぞ!?くっ…!ルヴィア!まだなのか!?私ではこの二人を止める事が…!

 

「何してるのよルヴィア!?早く宝石投げなさいよ!?」

 

「駄目ですわ!今投げれば二人には恐らく躱されて…シェロに当たってしまいます!」

 

「何なのよ!どうなってるのよあの二人!本当に一般人なの!?」

 

やはり二人の内どちらかを沈めなければ…!

 

「おら!余所見してんなよ衛宮!足元がお留守だぜ!」

 

「くっ!舐めるな!」

 

奴が出して来た足払いを片足を上げて躱す…

 

「では、後詰めは私が務めよう。」

 

「なっ…!?」

 

そこへ割り込む様にして奴の兄が突っ込んで来る…馬鹿な…!強化している私より速い…!?

 

「…ゴフッ!」

 

「馬鹿な…何だ…これは…」

 

脇腹を斬られる直前…咄嗟に体内に投影した剣で致命傷は防ぎきったが…これでは私の方がもたんな…!

 

「…衛宮、もう良い…終わりだ。それじゃあお前が死ぬ。」

 

「…ここで…私が引けば…君たちは…戦いを再開するつもりなのだろう?」

 

「当たり前だ。この頭でっかち一回殺してやんねぇと気が済まねぇ。」

 

「言い方は悪いが、私も同意見だ…何をしたのかは分からないが、その出血では君の方がもたないぞ…下がるんだ。」

 

「ゴホッ…ふざけるな…!人間は…殺したら死ぬんだ!二度と蘇ったりなどしない!そんな事も分からないのか!?」

 

「何を言おうと初めから聞く気はねぇ。邪魔だ、退いてろ。」



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61

「もう…遠慮する必要は無いな…!」

 

私を無視してまた斬り合いを始める二人を見ながら呟く…これだけは使いたくなかったが…!そして私は口ずさむ…そうあの言葉を…二度と使う事は無いと思っていたのだが…

 

「…アンタ、固有結界を使う気ね。」

 

「ゴフッ…何をしている?早く離れないと君たちも巻き込まれるぞ?」

 

「馬鹿じゃないの?その状態のアンタ放置して外側で待ってるなんて出来るわけないでしょ?」

 

「その通りですわ。そもそも貴方が命懸けで止めようとしているのは私の愛している方ですから。」

 

「まっ、そういう事よ。」

 

「フッ…私も奴も本当に幸せ者だな…」

 

「そうよ…感謝しなさい…アンタは気付いたから良いけど…あの馬鹿にも分からせないと…」

 

「何をだ…?」

 

「生き別れの兄弟だか知りませんが…あの方は自分を愛してくれている女を放置して殺し合いに興じているのですから…教えて差し上げますわ…相手は私にしか務まらないと。」

 

「うわ…その言い方だと殺し合いの相手も出来るって言ってるように聞こえるけど?」

 

「そう言ったつもりですが?…あの方とは元々、そういう関係性から始まったのです…今だって変わってませんわ…自分が今、無視し続けているのがどんな女なのか忘れてしまったのなら改めて思い出させなければ。リン、貴女にそんな覚悟はありませんの?」

 

「いやあるわけないでしょ。前から思ってたけど…アンタ絶対可笑しいわ…私はコイツが敵として向かって来たらぶん殴ってさっさと終わらせるだけよ。」

 

「まあ…私が凛を殺す事は何があっても無いと言えるのだがな…」

 

仮に凛と敵対する事があれば私は無抵抗で彼女の刃を受け入れるだろう…

 

「少し…羨ましいですわね…」

 

「何がよ?」

 

「私も本当はこんな殺伐とした間柄ではなく…そういう普通の関係性を望んでいますの…でも、あの方とはぶつかる事の方が多くて…」

 

そうだったのか…

 

「何よ…イカれてるのかと思えば可愛い所あるじゃない…なら、良い機会よ…アンタの想い、今この場で全部アイツに伝えたら良いわ。」

 

「…ならば私はそれをサポートさせて貰おう…Unlimited Blade Works.」

 

そして世界が変わる…青空の下、地に大量の剣が突き立つ荒野へと…

 

「あん?…チッ…あの野郎…まだ邪魔する気かよ…」

 

「何が…起こったと言うのだ…?」

 

「全く…二人がなかなか聞き分けてくれないのでね…私の世界に招待させて貰ったよ。」

 

凛に肩を借りながらルヴィアと共に二人の元まで歩く…この傷の礼も確りさせてもらわねばな…!

 

「君たちにはこの程度、どうせ攻略は容易いだろう?是非無限の剣舞を堪能するといい…!」

 

私が手を上げたのに合わせ、地に刺さった剣が一斉に宙を舞った。



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62

「たくっ…こんなもんに構ってる場合じゃねぇってのによ…」

 

「これは…一体…?」

 

「アンタは何時も理屈っぽいんだよ…俺もあんま詳しくはねぇから、簡単に言ってやるよ…そういうもんだと思え。これは、夢でも幻でもねぇ…抵抗しなきゃ、ハリネズミになって死ぬって事だよ…」

 

「…成程。そういう物か…」

 

二人は剣を構えるだけで逃げる様子は無い。

 

「予想はしてたけど、あの二人全然動じないのね…」

 

「奴には…少なくとも一度見せた事がある…」

 

「ですが…あちらもあまり驚いていませんが…」

 

「単なる一般人かと思っていたが、戦っている時の反応と良い、元々かなりの数の修羅場を潜っているのかもしれんな…」

 

さて、二人はどう出るかな?

 

 

 

 

「ちょっと…嘘でしょ?」

 

「まさか…ここまでやってほとんど当たらないとはな…」

 

「そろそろ宝石の手持ちがありませんわ…」

 

上から降ってくる剣…そして私の放つ宝具の矢…ルヴィアと凛の投げる宝石…彼らはその身一つで全てを踏破して行く…

 

「私たちは今、新しい伝説の誕生を見ているのかもしれん…」

 

「妙な感動している場合じゃ無いでしょ?どうするのよ?」

 

「残念だが…もう打つ手無しだ…じき、固有結界も切れてしまうだろう…全く…どうして第三者の攻撃には協力して当たれるのにお互いを排除するのを止められないんだ?」

 

「お互い、譲れないものがあるからこそあの強さなのでしょう…私ではもう立ち入れる気がしませんわ…」

 

「ちょっと…諦めるの?」

 

「私にはもう出来る事がありませんわ…あの方は結局私を見てはくださらなかった…」

 

「すまないな…私の力が及ばないばかりに…」

 

「いえ…シェロのせいでは…」

 

「ルヴィアが悪いわけでも、アンタが悪いわけでも無いわよ…アイツらの力を侮った私たち全員の責任よ…」

 

「小細工は通用しない…そんな事は分かっていたんだがな…」

 

既に固有結界は切れ、二人はまた戦いを再開してしまった…

 

「ねぇ?せめてあの剣どうにか出来ないの?」

 

「先程からやっているのだがな…消せないんだ…」

 

「…あの剣はシェロが作った物では?」

 

「考えられる可能性は一つだ…あの剣自体が意志を持ち、あの二人に力を貸してしまっている…」

 

「そんな事…有り得るの?」

 

「贋作とはいえ、宝具は宝具だからな…しかし…あの剣は一人の使い手がその手に持ち、使う物だと思っていたのだがな…」

 

まさか二刀一対の筈のあの剣がそれぞれ別の人物に力を貸すなど…長年相棒として振るったが、私はあの剣の事を未だに何も分かっていなかったのかもしれないな…



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63

「…さて、そろそろ店を開けないといけない時間か…私は病院に行って来る…申し訳ないが後の事を頼むぞ?」

 

「それは良いけど…良いの、アレ?」

 

「……良く考えてみればギャラリーが増えて困るのはあの二人の方だ、さすがに衆人環視の中、殺し合いは出来ないだろう…」

 

…そうなると私のした事は…いや、時間稼ぎが出来ていなければ今頃どちらかが死んでたかもしれないからな…ん?

 

「…折れた、か…」

 

音のした方を見ると二人の振っていた干将莫耶が根元からへし折れたのが見えた。

 

「武器が無くなって、また殴り合いに戻ったわね…」

 

「放っておこう…もう心配は無い。」

 

……贋作とはいえ、宝具の剣が折れるほど剣戟が続いたとなると…やはり私がしたのは無駄な事だったのかもしれない…そもそも私が不用意に二人に武器を用意しなければここまで事態がややこしくならずに済んだ筈だ…全く…儘ならないな、本当に。

 

 

 

さて、私の傷だが知り合いの医者に見せたらすぐに入院を言い渡された…そこまで酷いのかと聞いたら散々説教をされてしまった…全て遠き理想郷を既に手放しているのに未だに私は自分の怪我への認識が鈍い様だ…私の性格を良く知っている彼に他人に置き換えて説明されなければ未だに深刻さが分からなかっただろう…

 

……ちなみにあの二人は最後は結局、ダブルノックアウトで二人とも沈んだらしい…全く何と言うか…私はその結末を聞いてため息しか出なかった…

 

 

 

 

「本当にすまない…」

 

「いや、もう良い…入院費も肩代わりしてくれるんだろう?なら、私からこれ以上文句を言う事は無いさ…」

 

……その日の内に運ばれて来て、隣りのベッドに寝かされた患者が奴の兄貴だったのはどんな偶然なのだろうな…

 

「頭は…冷えたのか?」

 

「ああ…無関係の君たちに散々迷惑をかけてしまって本当に申し訳ないと思っている…」

 

そう言って頭を下げる…奴とは似ても似つかない誠実さだな…戦いの歳の苛烈さは良く似ているとも思えるが…

 

「結局…何が原因だったんだ…?」

 

「……命を懸けて止めようとしてくれた君には非常に申し訳ないのだが…実は分からないんだ…」

 

「というと?」

 

「アイツと話をしていた時、突然アイツが激高し始めてね…一体何がアイツの逆鱗に触れてしまったのか…」

 

「……」

 

経緯を聞こうと思ったが、結局私は何も聞かなった…正直…しばらくは奴の問題に首を突っ込みたくない…まあどうせすぐにまた何かやらかすだろう…

 

「ところで聞かないのかね…?」

 

「何かな?」

 

「あの時の世界について。」

 

「聞いたら教えてくれるのかな?」

 

「……」

 

「正直に言えば…あまり興味は無いんだ。難しい話は苦手だしな…」



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64

「お聞きしたい…結局貴方は何者なんだ?…どうして奴の事に気付いたんだ?」

 

奴の問題にこれ以上、立ち入りたくは無いがこれだけは聞いておかなければなるまい。

 

「…答えられない…では、納得しないか…」

 

「それでは尚の事聞かねばならない。…貴方がいくら奴の実の兄だとしても…奴の事について調べがついてるなら…分かるだろう?」

 

そういうと彼はため息を着きながら傍らに置かれていた自分の鞄を漁り始め…そこから出された物が…

 

「…警官?」

 

「そういう事だ…偽造では無いよ?…嘘だと思うなら…そうだな…君たちが良く連絡する刑事から確認を取ったら良い…今は部署を異動しているが彼は私の上司だった方でね。」

 

「いや…分かった…ありがとう…」

 

私は彼に手帳を返した。

 

「奴はこの国に戻ってからはそう大した事件は起こしてないが「一応言わせてもらうなら…主立ってアイツのやってる事でも十分傷害で引っ張れるんだが」…奴を捕まえに来たのか?」

 

「いや…今回、アイツの方から殴りかかって来たとはいえ…私もアイツに怪我を負わせてるからな…そんな事をすれば私は免職になってしまう…最もアイツが本当に単なる悪党ならそれも致し方無いが…心配するな…アイツを捕まえるつもりは無い。」

 

「…そうか…安心した…私の友人は奴に本気で懸想していてね…私は何もしないが彼女は何をしていたか分からないだろう…」

 

「そうか…そんな人が…」

 

「詳しくは奴から聞いてくれ。」

 

「そうさせてもらおう…さて、一応仕事の様な事もさせてもらおう…君は、魔術師か?」

 

「……魔術遣いだ…貴方はどうして…?」

 

「ここ…冬木市で起きた昔の事件の大半は追って行くとその存在に辿り着く。」

 

「奴ではなく、私を捕まえに来たのか?」

 

「…いや、現在の法律で魔術師を裁くのは難しい…それに実際に戦ってみて思ったが…魔術師が君や、あの女性たちの様な者ばかりなら警察の手にはとても負えない。…職務放棄にはなるが諦めるさ…そもそも上からは魔術師が関わる案件は捜査禁止を厳命されていてね…」

 

「ではこれは?」

 

「ほとんど私の趣味のような物かな…先に興味が無い、などと言っておいて何だが…全く、好奇心は猫を殺す、などと良く言うが…まさか本当に死にかけるとは…」

 

「言わせてもらうが…貴方の傷は大半が奴に殴られたのが原因ではないか?」

 

私たちの攻撃は大半が躱されるか、防がれたからな…

 

「……そうだったかな…?」

 

「真面目なのかと思えば…相当の狸の様だな…」

 

「アイツからはそう聞いてたのか?…私は実際は昔からそこまで素行の良い方では無いのだが…」

 

「警官なのにか?」

 

「……なれたのが不思議なくらいだな…」



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65

「ッ…衛宮、丸腰の人間にいきなり剣向けるのはどういう了見だ?」

 

「…では、私の鼻先で止まっている拳は何なのかな?」

 

「…俺は兄貴がこの病室にいるのを知ったからぶん殴りに来ただけだぜ?」

 

「……君の兄のベットは隣だ。…というか、君の事だから私も序に殴ろうとしていて間違えたわけではなかろう?」

 

「…なあ?私は一応、刑事なんだが…」

 

「おっと…では、これでどうかね?」

 

私は剣を消した。

 

「…警察泣かせだな…別件で引っ張るのも難しそうだ…」

 

「それは上に止められているから無理だと自分でさっき言っていただろう?」

 

「一刑事の権限なんて所詮サラリーマンに毛の生えた程度だからな…どうだ?民間協力者として私に手を貸す気は無いか?」

 

剣が消えた事で再び飛んで来た奴の拳を強化した手で受け止め、力を込める…

 

「…私にその気は無いよ。他を当たってくれ…最も魔術師のほとんどは世に出るのを嫌うだろうがな。」

 

「残念だ…手柄を上げればもう少し自由に動けるのだが…」

 

「痛てててて!離せ衛宮!?」

 

「…貴方は上に上がればその権力を使って魔術師を捕まえるつもりなのだろう?協力は出来んよ。」

 

「離せって言ってるだろクソが!」

 

「そうだな…調べた限り出てくる魔術師のほとんどがろくでもない奴ばかりだからな…職務に忠実なつもりも無いが、人として放置も出来ないな。」

 

「職務に忠実なつもりが無いならフリーになる事をオススメしよう…今度は逮捕権限が消えてしまうがな…」

 

「なら、私に辞める選択肢は無いよ…色々繋がりはあるが、個人で動くには少しね…」

 

「グダグダ話してねぇで手ぇ離せって言ってんだ!」

 

「ハァ…分かった…これで良いか?…次に殴りかかったら折るぞ?」

 

「この…!一般人に強化なんて使いやがって…!」

 

「君の何処が一般人なんだ?私の固有結界を破った君が。…喚いてないで一度自分の病室に戻りたまえ。どうせ抜け出して来たんだろう?」

 

「チッ…分かったよ…じゃあな、逃げんなよ兄貴。」

 

……今まで逃げていたのは君だろう…

 

「…逃げんよ…私も入院の身だ。時間は腐る程あるからゆっくり話そう。」

 

奴が病室を出て行く…

 

「…変わらんな…如何に顔を変えようと…何年経とうともアイツは変わらないな…」

 

「……昔からああだったのか?」

 

「…おかけで毎回問題起こしてな…アイツの尻拭いを何度もさせられたよ…だからアイツの中で私は真面目な堅物、となっているのだろう…実際はそんな事無いんだがな…」

 

「私の目から見てもそういう風には見えないんだが…」

 

「私たちの家が定食屋だったのは聞いてるか?」

 

「奴から聞いたよ「アイツ、店の売り上げを盗んで遊びに行ったことがあるんだが、あの時…実は私と下の弟も少し摘んでいてな」…そうなのか?」

 

「二人が怒られた後…親父と二人きりになった時に私もきっちり絞られてな…アイツには内緒にしておいてくれ。」



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66

「恐らく聞いてるんだろうが…アイツは一人だけ学校での成績が悪くてな…最も素行のせいもあったし、アイツ自身は覚えは悪くなかった様だが、多分、机に向かって黙々と勉強するのが合わなかったんだろう…私も下の弟も気にはしていたが幸い、料理に関してだけは秀でていた…私は料理は壊滅的だったし、下の弟は出来るもののアイツには及ばなくてな…」

 

彼はそこで言葉を切ると置いてあったペットボトルの水を少し飲む…

 

「だからアイツが店を継ぐのが妥当だと思っていた…店に迷惑をかけた事もあるが…中学を卒業する頃には比較的まともになってな、アイツは乗り気だったみたいだし何も問題は無いと思っていた…まさか店が無くなる事が決定していて、アイツがその事で親父と喧嘩して家出して、そのまま行方を晦ますなど…思ってもいなかった。」

 

「…奴からは最初親戚の所を転々としていたと聞くが…」

 

「私もそこまでは調べがついていた…ヤケになって何かされても堪らないからな…最終的に迎えに行った時には…奴が飛行機に乗った事が分かったのはだいぶ後になってからだ…」

 

「貴方はその後の奴の事を?」

 

「…調べられたのはこの仕事に就いてからだがな…最もアイツ自身は単独で動く事も多い様で…戦場という場所柄もあってか、記録はろくに出て来なかった…だがアイツがテロリスト扱いだった事までは調べがついている。」

 

「……」

 

「まっ、見逃すさ…この国では捕まえようが無いし、というかめんどくさい…アイツを犯罪者として捕まえたら私にも影響があるからな…詳しくはアイツから聞くさ…アイツを好いてる女性の事を中心にじっくりと…」

 

「…何となく奴が怒った理由が分かった気がするよ…」

 

「どういう事だ?」

 

「聞いたのか?奴の女性関係について?」

 

「話の流れで少しな…」

 

生き別れの弟に女性関係を聞くのはどんな話の流れだったのだろうか…

 

「本当は私から言う事では無いんだろうが…奴には元々結婚を考えていた女性がいた…ある時彼女は誘拐されてしまった。」

 

「攫ったのは魔術師で、私と奴が救出に行ったが、結局彼女は先に訪れた駐留軍人に暴行され死亡。」

 

「…成程…それならアイツが私に怒っても仕方無いな…待てよ?なら、アイツがテロリストになった理由は…」

 

「……後は、奴から直接聞いてくれ。私の口からはこれ以上語れん。」

 

「…良く話してくれた…ありがとう…今日までアイツを助けてくれて…」

 

「詳しくは言わないが奴には私も助けられたからな…奴が今の生活を見限らない限りこれからも奴と共にいるさ…」



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67

「一応、本来は損害賠償やら色々請求していた可能性もあった、ということは御理解頂きたいですわね…まあ…負傷したのはあの方とシェロと貴方自身だけで店自体は無傷でしたし、ウチの常連客はあの方の奇行には慣れてますし、貴方はあの方のお兄様であるとの事ですので今回は見逃しますわ…以後、気を付けて…あー…それと…いえ、この手のお話は貴方には…そうそう…釈迦に説法、という奴でしたわね。…そういう事ですので次は無い、という事で…ではこれで…今度は"普通に"お客様として訪れてくれる事を願っていますわ…リン、行きますわよ。」

 

「もう…勝手に話進めて…私もコイツに色々言いたかったのに…まあ良いわ…じゃあね、士郎…また来るから…」

 

「ああ…色々とすまなかったな…」

 

「…別に良いわよ、それじゃ…」

 

「…嵐の様な二人だったな…」

 

「第一声がそれだけなのか?反省は無いと判断するしかないが?」

 

「…申し訳無かった。」

 

今日は凛とルヴィアが私のお見舞いにかこつけて奴の兄に説教をしに訪れた…と言っても喋っていたのは、ほとんどルヴィアだけだが…凛の場合、いきなり彼に噛みつきかねないからな…そういう意味では…正論を並べて理性的に話の出来るルヴィアが話すのが適当では有るだろう…最も自分の言いたい事を一方的に話すだけで彼に一言も反論をさせないというのはどうかと思うが…

 

……それだけ腹に据えかねた、という事だろう…まあ奴と一緒にいられる時間が必然的に減った事と自分で殺ってしまったならまだ納得出来るが、私にも原因の一端があるとはいえ、今のルヴィアには他人でしかない彼に奴が殺されかけた八つ当たりもかなり含まれていたのだろうが。

 

「……もしかして…先程の女性が…」

 

「そう…奴を愛してしまった女性だ。…良かったな、あの程度で済んで…彼女は本気で怒るとある意味私や凛より恐ろしいぞ。」

 

「奴は良い人に巡り会えたんだな…」

 

「言っておくが…ルヴィアは私が昨日話した…奴が当初結婚を考えていた女性の友人でもあるからな…もし、貴方が奴に彼女の事を思い出させた事が今回の騒動の発端だとルヴィアが知ってしまったら…こんなものでは済まないかもしれんぞ…」

 

「……」

 

「彼女は魔術師だ、今回、貴方はギリギリ退ける事が出来たが…条件次第では魔術に関して素人である貴方は為す術も無く殺されてしまうだろう…」

 

「そんなに脅かさないでくれ…本当に反省したから…」

 

「……その言葉が真である事を願うよ。 」

 

…彼だけが槍玉に上がるこの状況は考えようによっては哀れだが…自業自得、という奴だろう。



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68

「ところで…何故彼女は主立っての制裁の話をしていたのに、私が彼女貴方を殺す可能性について話したかだが…」

 

「…ん?」

 

「そもそも彼女には貴方を法律に基づいて裁く事が出来ないのだよ、その権利自体が無い。」

 

「それは…どういう?」

 

「そうだな…先ずは彼女はウチの店と言ったが、あくまであの店は私と奴の共同経営で、ただの従業員でしかない彼女には例え今回の騒動で建物にダメージがあったとしても、それで貴方に金銭を要求する事は出来ない…怪我については論外だな…怪我をしたのは私と奴と貴方だけでルヴィアには結局傷一つついていない。そして私と…恐らく奴もだが貴方を訴えるつもりは無い。…つまり今回の一件で賠償金の支払い要求が貴方に行く事は無い。」

 

「そうか…いや、しかし彼女話をアイツと婚姻関係では無くても婚約はしているのだろう?」

 

「奴自身は一応前向きに検討しているが今の所その気配は無い。…奴自身は現在ルヴィアを嫌っていない様だが、奴が踏み切れない理由としては…私が考えうる理由としては二つある…一つは彼女が傭兵時代の商売敵で当時は犬猿の仲だった事、もう一つは奴が婚約者の死を恐らくまだ引きずっている事が原因だ…話が逸れたが要は彼女は個人的にも貴方に怒っているが現状主立って制裁を加える事は出来ない…だから貴方を殺す可能性がある、という事だ。」

 

「成程…そうなのか。…納得したよ。」

 

……?…何を言っているんだ?

 

「私の話を聞いてなかったのか?「いや、聞いていたよ」では、納得した、というのは…」

 

「いや、彼女の言葉の通りならアイツや君にに怪我を負わせた事を怒っていると思うのが普通だが…どうも彼女はアイツと戦った事を怒っているような気がしてね…」

 

「分からん…貴方は何を言いたいんだ…?」

 

「気付いてて言っていたのでは無いのか?…彼女はこのままアイツが手に入らないのなら殺す事も視野に入れていたのでは無いかと思ったんだ…自分の手で殺すのは言い換えれば独占欲だからな…だからアイツを殺そうとしていた私に怒ったんじゃないかと…もっと言うならアイツと彼女が犬猿の仲だったなら戦場という場所である事も手伝って何度か戦った事もあるんじゃないか?…その延長戦上で好意を持ったのならそれを愛だと思っている可能性もあるのかと…」

 

「先程のルヴィアの態度と私の今の話だけでそこまで予想したか…確かにその可能性も私はあると思っている…」

 

「まぁ何にせよ、良かったよ。」

 

どうも先程から彼に違和感を感じる…そしてこれは……既視感?……背筋に冷たい物を感じたが、私は疑問をぶつけてみる事にした。

 

「貴方は…死が怖くないのか…?」

 

……遠回しに聞くつもりだったのについ、直球で聞いてしまった…そして私は彼の答えを聞いて後悔することになる…

 

「私にとっては死よりも、免職や経済的制裁の方が何倍も恐ろしいのだよ。」

 

やはり気の所為では…無かったのだな…

 

「理解出来ん…死んでしまったらそんなものに何の意味があると言うんだ。」

 

「良く言うだろう?…地獄の沙汰も金次第、と。」



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69

……地獄の沙汰も金次第とは要するに死んで地獄に落ちた際も閻魔大王の裁きは金銭である程度減刑可能という事から、転じて世の中の全ては金で解決出来るという事を意味する言葉である。

 

「…今現在喉元まで刃が迫っている人間が口に出来る言葉では無いと思うのだが…まさか本当に現世の金が死後も使えるとは考えていないだろう?それともまさかルヴィアが金で懐柔出来るとでも?」

 

当たり前だがエーデルフェルト家の当主である彼女は資産は莫大だ。守銭奴の気は多少あるとはいえ、一介の刑事が用意出来る程度のはした金ではどうやっても彼女の心は変えられない。

 

「別に私も死後も現世の金が使えるとは思っていないし、彼女が金で転ぶとは微塵も思っていないさ…彼女自身は恐らくそれなりに金持ちなのだろう?…なのに君たちの店でわざわざ働くと言う事は…相当愛されているのだな、私の弟は…話が逸れたがこれは単に私の座右の銘の様なものでね。」

 

「……いや、本当に分からない…貴方は何を言っているんだ…」

 

「…この価値観は私にも説明が難しいのだが、俗に死ななきゃ安いという言葉があるそうじゃないか?私はそんな事は無いと思っていてね…生きていればどうしてもそれなりに金がかかるものだからな…」

 

「それは…恐らく…意味が違う…」

 

「そうなのか?…それはまあとにかくだ、だから私は生きていくための金があるなら問題無いと思っていてね。」

 

「だから…自分の死はいくらでも容認出来る…と?」

 

「結局死んだら金は必要無いからな。最期は死んだ方が楽だろう?最も簡単に死ぬつもりは無いが…」

 

……既視感の正体が漸く分かった…彼は昔の私に似ているのだ…彼は死への忌避感があまりにも薄い…私と違って積極的に死にたがっているわけではないが…

 

「そこまで狼狽える様な話だったのか?戦場にいたら普通に培う感覚だと思うのだが…」

 

「……今の私は積極的に戦地に行く事は無いし、そもそも私は戦いの中で逆に生の実感と死への恐怖を持ったタイプだからな…だから…今の私には貴方の言う事が理解出来ない…」

 

最も昔の私でも到底理解は出来ないだろうが…

 

「成程。恐らくは元々幼少期に全てを失ったトラウマなどが原因で死にたがっていたのに、戦いの中で色々と手に入れてしまい、死ぬのが怖くなってしまったタイプなのか。」

 

「…今の言葉だけでそこまで分かるのか…」

 

「…職業柄、壊れた人間は色々見て来ているのでね…当てずっほうだったのだが、正解だったのか…あー…気を悪くしたのならすまない…第三者でしか無い私が勝手に君の抱えていた物に言及すべきでは無かったな…」

 

「それは構わない…私はもう折り合いをつけていてね…ところで君は…自覚があるのか?その…」

 

自分の方が遥かに壊れている事に。

 

「…もちろん分かっているとも。ちなみにこの価値観はこの仕事に就く前から元々私が持っているものだ。」



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70

彼が寝静まった後、私は病室を抜け出し奴の病室に向かった。

 

「……」

 

奴の病室のドアを「そんな所に突っ立って何か用なのか衛宮?」「!?」

 

突然ドアが開き、奴が顔を出した。

 

「おい、何でそんな驚く?俺が今更お前の気配を間違えると思ったのか?」

 

「…突然ドアが開いたら驚くに決まっているだろう…寝ていなかったのか?」

 

「…馬鹿かお前?戦場で長く過ごした俺がこんな知らない奴の気配が大量にある場所で爆睡出来ると思うか?…戦場行ったのに逆にまともになる変人のお前とは違うっての。」

 

「……そうだったな。」

 

「…で、マジで何の用なんだ?話なら別に昼間でも…チッ…取り敢えず入れ…看護師に見つかる。」

 

奴に手を引かれ病室に入った。

 

 

 

 

「あん?兄貴の話?…あー…お前…ん?お前には言ってなかったか?兄貴の事?」

 

「真面目だったとは君から聞いたが…」

 

「そこまでしか言ってなかったか…兄貴なら昔からあんなだぞ?」

 

「アレで…何故真面目という印象になるんだ?」

 

「いやいや真面目だろ?アレであの野郎、普通に学生生活出来てたんだぞ?…まあ兄貴がいない時に兄貴の友人に聞いたら知ってて付き合ってるって言ってたけどよ。…つかそんな話どうでも良いんだわ…お前ホント余計な事してくれたな?」

 

「なっ、何…?」

 

「お前あの野郎に武器やったろ…マジで殺されると思ったんだからな。」

 

「彼を殺そうとしてたのは君では「虚勢張ってただけだっての。…野郎、自分では気付いて無かったんだろうが、かなり楽しんでやがったからな?」……」

 

「おまけに固有結界まで使いやがって…あそこで共闘の方向に持って行かなかったらあの野郎とお前らの攻撃両方防ぐ羽目になってたんだからな…だから邪魔すんなって言ったじゃねぇかよ…勝手に割り込んで、んな怪我して…お前本当にアホだな。」

 

「何を言う…君らを止めようとして「それが余計だって言ってんだ…野郎に喧嘩ふっかけたのは俺だ…勝手に横槍入れて怪我するとか有り得ねぇぜ」……」

 

「てかお前、ルヴィアに言っとけよ?あの野郎に手ぇ出すなって。…分かってんだろうがルヴィアじゃアイツには勝てねぇよ…お前でも無理だな…昔のお前ならワンチャンあるかもしんねぇが、今のお前じゃ間違い無く殺されるかんな。」

 

「そんなに危険なのか?」

 

「あの野郎…一回喧嘩始めたら、相手が再起不能になるか、自分が倒れるまで絶対攻撃を止めねぇんだ…しかも自分がそういう気質なのに全く気付いてねぇから更にタチが悪い…アレで現在の職業が刑事なんだから何の冗談かと思うぜ…まぁその辺は俺も一度キレると同じだからあんま言いたくねぇけどよ…だけどな、余程マジでキレねぇ限りギリギリで手を止める俺と違い、アイツは場合によっては相手を殺しても止めねぇだろうよ…」

 

「……それでまともに社会に溶け込んでいるというのか?」

 

「根底の考えは一応、俺よりずっと善人だからな…弟はまともだから幼少期は兄貴に殺されると思ってビビりまくりだったんだぜ?」

 

「……」

 

「とにかくだ…お前からルヴィアに釘刺しといてくれや…俺よりお前から言った方がアイツのヤバさが伝わるだろうからな…」



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71

「そう言えば…君が事前に言っていた人物像と合わない気がするののだが…」

 

「ん?あー…アイツが自殺する可能性があるのは嘘じゃないぜ?ただ、それはアイツが無意識に理由を探してるからって意味だ…死なせたくないのは本当だ…あんなんでも俺にとっては兄貴なんでね…後、聞いた話と実際のアイツの印象が異なるのは説明がややこしくなるから俺がアイツの基質についての話を意図的に省いた。」

 

「……」

 

「…こんな所だな。そろそろ戻れよ。」

 

「分かった「あ、そういやお前…アイツが寝てから来たのか?」そうだが…」

 

「…なら、一応気をつけろよ?……アイツ、昔から眠りが浅いんだ…多分お前が抜け出したのはバレてるぜ?」

 

「……先に言われた事のせいもあって…そういう事を改めて言われると警戒する事しか出来ないんだが…」

 

「アイツの対処は簡単だ…敵対しなければ良い。先ずはわざわざアイツの本性を俺に聞きに行ったと馬鹿正直に言わない事を進めるぜ?…最もアイツに嘘は通用しないがな。」

 

……面倒な事になった…そう思いながら私は奴の病室を出た。

 

 

 

ドアをそっと開け、病室に入り、ベッドに「長いトイレだったな。」「!?…脅かさないでくれ…全く兄弟揃って…」

 

「それはすまなかった…ん?アイツに会いに行っていたのか?」

 

「ああ…私たちはしばらく入院だからな、店の事について「君たちが入院している以上、恐らくは昼間来た彼女たちが代理、もしくは一時的に店を閉める…という事だろう?で、あれば彼女たちが来た時に話すのが普通じゃないか?…こんな夜中にわざわざ君とアイツの二人だけで店の事を話し合う必要があったのか?」…それ、は…」

 

「と、すまない…仕事柄もあるが、昔からの癖でね…つい、詰問口調になってしまった…謝罪しよう…」

 

「…いや、構わない…刑事だからではなく昔からなのか?」

 

「…嘘が嫌いという程では無いんだが…昔からどうも相手の話に気になる所があったりするとツッコミを入れずにいられない癖があってね…いや、すまなかった…」

 

「先も言ったが構わない…彼女たちに店の事について伝えなくてはならない事をまとめておくのを忘れていてね…明日は朝から来るそうだから今のうちににやっておこうと思ってね…」

 

「…そういう事だったか…今日は私のせいで有耶無耶になってしまったが、もし今日の時点で聞かれていたらどうするつもりだったんだ…あーすまん…別に答えたくなければ「構わないさ…貴方も当事者だ」そうか。」

 

……いや、寧ろここで答えないと面倒な事になると私の勘が告げているのだよ。

 

「その時は仕方ないさ…色々ゴタゴタしていたからな…今日中にまとめておくから明日、また来た時に話すと伝えただけだ。」

 

「成程…そうか…」

 

もう質問は無いよな…?やれやれ本当に厄介な人物と知り合ってしまった物だ…



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72

「アンタ…こんな所で何してるの?」

 

「いや、君にどうしても話して置きたいことがあってね…」

 

翌朝、私は凛とルヴィアに奴の兄貴の危険性を話すため病室の外で待っていた…

 

「…用があるなら病室で待ってれば良かったでしょうが。何でこんな所で待ち伏せする必要があんのよ?…取り敢えず入っていい?アンタが使う物、さっさと置きたいんだけど。」

 

凛が手に持った袋を掲げながら言う…わざわざ入院生活に必要な物を持って来てくれた凛には悪いが今病室に入れるわけにはいかない。

 

「いや、取り敢えず話をだな…」

 

「…何をそんなに焦ってるのか知らないけど、先ずこっちの話を聞きなさいよ。何でこんな所で荷物持って立ち話しなきゃいけないのよ?早くドアを開けてよ、両手塞がってるのが見えないの?」

 

「…確かにその状態で立ち話をさせるわけにはいかんな…ではこっちに…」

 

私は凛の腕を引っ張った。

 

「ちょ…!何すんのよ!痛い!引っ張らないで!」

 

「…と、すまなかった…」

 

そんなに強く引っ張ってしまったのか…私は凛の腕から手を離した…

 

「…本当にどうしたのよ?アンタさっきから変よ?昨日何かあったの?」

 

「すまない…」

 

「謝らなくて良いから何があったのか…あ~もう…分かった…話なら聞くから、とにかく病室じゃなきゃ良いんでしょ?何処か座れる所に行きましょ。」

 

 

 

 

「そう言えば、ルヴィアはどうしたんだ?」

 

「…アンタ今日頭の回転鈍くない?アイツの病室行ったわよ…アイツの病室は個室だし、何だかんだアイツはルヴィアの事避けてるから今日は多分、ここぞとばかりに居座るでしょうね。」

 

「そうか…」

 

ルヴィアには特に話しておかなければならないのだが…後で凛に話してもらえば良いか。

 

「いや、さっさと本題入ってよ。一体何?」

 

「…そうだったな、実は…」

 

私は奴の兄の事を話し始めた…

 

 

 

 

「……」

 

「…とにかくだ、しばらくは私の病室には近寄らない方が良い…じゃあ、私は戻る「ちょっと待って」ん?」

 

「勝手に話進めないで。アンタ、その話何か可笑しいと思わないの?」

 

「何がだ?」

 

「…いや…何が、じゃなくて可笑しいでしょ。」

 

「…何処が可笑しいんだ?」

 

「いや、本当に分からないの…?どう考えても一連の話に整合性が取れて無いんだけど…」

 

「何処ら辺がだ?」

 

「……アンタ今日は本当に鈍いわね…それじゃあ先ずアイツの兄の話だけど、本人の口から出たんだし、死生観についての話については問題無いでしょ…あっ、先に言っておくけど異常か、正常か、とかの話はこの場ではしないからね?…問題は弟であるアイツの話よ。」

 

「奴の話…?何が問題なんだ?」

 

「…他人の事を口頭で説明する場合、主観が入って当たり前だと思うけど…アイツって戦場にいただけあって割とリアリストよね?」

 

「…確かに…そうだが…それが?」

 

「…ここまで言って分からないの?…アイツは自分の兄の事を自殺志願者で一度喧嘩を始めたら自分が倒れるか、相手が再起不能、もしくは死んでも攻撃を止めないとか言ったのよね?…で、その上で敵対者には本当に容赦が無いからルヴィアに手を出さない様に伝えろとか言ったのよね?」

 

「ああ…で、それが?」

 

「良く考えてみなさいよ…そんなイカれた奴この平和な国にそうそういると思う?…いるとしたら間違い無く真っ当な社会生活送れてるわけないでしょうが。…要するに今回の話はリアリストのアイツにしては現実味が無いのよ。もっと簡単に言うなら話を盛りすぎって事。」

 

「……奴が嘘を付いていると?そんなメリットは「これは多分メリット、デメリットの話じゃないわよ。アイツのトラウマみたいなのが原因じゃない?」何?」

 

「わざわざ注意喚起をすると言う事はそれだけ危険視してると言う事…で、裏を返せばアイツは強がってるだけで今も考え方が異常な自分の兄が怖いのよ。そうなると話半分で聞くのが普通でしょ?人間は自分の苦手な物の理由を説明する時、必要以上に悪い言い方をしたりするじゃない?」

 

「確かに…では奴の話は…」

 

「少なくとも信用出来る様な話じゃないわね…というか、アンタやルヴィアが何を怖がる必要があるの?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「…鈍いのは勝手だけど…少しは考えなさいよ…確かにアイツの兄と正面切って戦うのは難しいけど、一介の刑事くらいなら社会的に抹消するのは簡単でしょ?」

 

「あっ…」

 

「つまりアンタもルヴィアも、アイツの兄を大して警戒する必要が無いって事になるわね。」

 

「……」

 

「もう良い?今日は何か、もう疲れたから帰るわ…店開ける準備もしなきゃいけないし、荷物は自分で持って行って。」

 

そう言って席を立つ凛に声をかける。

 

「ルヴィアの所には行かないのか「自分から馬に蹴られに行く趣味は無いわよ。仕込みくらいならイリヤたちもいるから問題無いし…最悪、店開けるまでに戻って来れば取り敢えず私は気にしないわよ。アンタも下らない話をしに行ってルヴィアの邪魔しないようにね」……」



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73

私は凛に言われた後でも、奴の兄を入院中ずっと警戒していたが…結局何事も起こらず…退院を迎える事が出来た…問題があるとすれば…

 

「おい!何でお前らが退院出来て俺は出来ねぇんだよ!?」

 

「仕方あるまい。」

 

発端は奴の兄からだった。お互い、生活リズムが不規則になりやすい仕事をしている事だし、せっかく病院にいる事だし、健診を受けてみるのはどうかと言われ、私は賛成した…ごねる奴も無理矢理連れて行ったのだが…

 

「共同経営者として情けなくなるよ…まさか奴の身体がボロボロなのに気付かなかったとは…」

 

溜息を吐いた私の肩に手が置かれる…

 

「まっ、どう見ても真っ当な生活送れてるようには見えなかったしね…四六時中一緒にいた訳じゃなし、アンタがそんなに気にしてもしょうがないでしょ。」

 

「おい!俺を無視すんじゃねぇ「貴方の相手は私がしますわ」おい!離せクソアマ!」

 

「しかしだな「良いじゃないですか。幸い、しばらく入院すれば良いとの事ですし…それにルヴィアさんにとっては接近するチャンスを貰ったようなものですしね」そうかもしれないが…」

 

「あいつには良い薬だろ。料理店の店主の癖に自分がまともな栄養摂って無かったのが悪い。」

 

「慎二…そうは言ってもだな…」

 

「あー!もう!面倒臭いわね!アンタのせいじゃないの!分かった!?」

 

「分かった分かった。分かったから病院で大声を出すんじゃない。」

 

「……」

 

私は横でさっきから黙ったままの奴の兄に声をかける。

 

「すまないな、私ももう少し気を付けていれば良かったのだが…」

 

「いや、君のせいじゃないさ。そう気に病むな…と、すまないが先に失礼させて貰う…あいつに宜しく頼む。」

 

「ああ。では店でまた…」

 

「是非寄らせて貰う…では。」

 

「…結局良く分からない奴だったわね…」

 

「君は何度か顔を合わせた訳だが…最終的な印象としてはどうだ?」

 

「…アンタやあいつが言う程の警戒が必要とは思えないけど、得体の知れない奴には思えたわね…掴み所が無いというか、何か会話すればする程…良く分からなくなるのよ。」

 

「私もそんな感じですね…悪い人には思えませんけど…」

 

「そもそも警察の人間だからな。最も、善人=警戒の必要が無い、とはならない訳だが…」

 

彼は魔術師を追おうとしてるからな…我々の様な人間には厄介極まりない。

 

「公の組織に所属している以上、何とかなるだろ。どうしてもヤバいなら声をかけろよ…何か手は用意してやるさ。」

 

「む…妙に協力的だがどうしたんだ?」

 

「別にお前らの為じゃないよ。ただ…桜の敵になるなら僕の敵だってだけさ。」

 

「……分かった。もしもの時はお前の力を借りる。」

 

「言っておくけど、あくまで僕は桜の邪魔になる時しか動かないからな?」

 

「ああ。分かっているとも。」



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74

「…結局の所、店主がいても、いなくてもあんまり忙しさ変わんないわね。」

 

「言ってやるな。」

 

奴が内科の病棟に入院した初日、つまり私の退院直後から店の仕事に従事したものの特に問題は無かった。

 

「でもシロウ…お客さんは皆良い人だけどあの人いなくても誰も気にしてないよ……シロウの事は聞かれたけど。」

 

「……」

 

奴は客相手でもあの仏頂面の上、口調も荒いからな…だから普段は厨房から出さないのだが…返ってそれが普通になってしまったか。

 

「奴は接客に向いてないからな…」

 

「料理にだけ集中させるのは良いけど、常連さんが店主いなくても気にしないってヤバくない?」

 

「迂闊に客の前に奴を出せんからな…そもそも常連は慣れてるから良いが、新規の客は寄り付かなくなるだろう…」

 

「あの店構えで新規の客、ね…まあ雑誌に乗っちゃったからね……でもその後音沙汰無いみたいだけど。」

 

「正直、無いに越した事は無い…大袈裟に書いてくれたおかげで一時期は客が収容しきれなくなりそうだったんだ…」

 

客が増えるのは良い事…当初、そんな事を宣っていた自分を殴ってやりたい…バイト君と凛がいなければどうなってたか分からん…

 

「私はまだいなかったから知らないけど…そんなに大変だったの…?」

 

「失礼を承知で言わせてもらうが…イリヤの身長だと下手に接客に出せんくらいだったな…」

 

「それは…もしかして待ってる人が多かったって事…?」

 

「そういう事だな。」

 

「料理運んでる私ですら通るスペース無かったからね…お陰で回転率も悪くって。」

 

「うわぁ…二人には悪いけど私いなくて良かったかも…」

 

「そもそもさっきも言った通り、君を接客に出せる状態じゃなかったよ…」

 

「ま、今はこの通り落ち着いてるけどね…あの頃は何だかんだアイツが結構役に立ってたわよね…」

 

「態度が悪い奴には普通に怒鳴るからな…危ない場面も少なくなかったが、結局は奴のやり方が正しかったな…」

 

客は減ったが…お陰でタチの悪い連中は来なくなった…どうにも私は普通に怒る分には少々…迫力にかけるからな…

 

「店主として店に貢献したのにいなくても気にされない「奴は常連の為じゃなく…自分が鬱陶しいと感じたから追い出しただけだからな…自分に矛先が向いて欲しく無い事を考えればそれ程好かれもしないさ……最も、そこまで嫌われてもいないがな…いなきゃいないで良いとは思われるぐらいの好かれ方だが」…まあ、正直不憫とも言い切れないけど…」

 

「というか、アイツ自身は全く気にしてないのよね…」

 

「料理は単なる趣味で、店の経営も元々その延長…立ち行かなくなればすぐにでも止めるな…その後は恐らく、戦場に逆戻りだ。」

 

「アンタが普通に生きられる様になったのに、何でアンタに比べたら普通の生い立ちのアイツが普通の生活出来無いのかしらねえ…」

 

「幸か、不幸か…戦場での生活は奴の性に合っていた様だからな…」

 

本来そうなったら私は止めるべきなのだろう…だが、私には奴を止められない。

 

「でも、ルヴィアがいるから大丈夫じゃない?」

 

「ま、そうかもね…さてと。二人とも片付けは終わった?」

 

「私は終わっている。」

 

「私も。」

 

「じゃあ帰りましょうか……全く…バイト君は仕方無いにしてもルヴィアまでいないから時間かかったじゃない…」

 

「それも言ってやるな…初日くらいは好きにさせてやろう。」

 

「ハァ…仕方無いわね、本当に…」



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75

「こっちは終わりましたよ。」

 

「…む…早いな。では少し休憩しててくれて良いぞ。「もう開けても良いのでは?」…そんなに早く開けても客は来ないさ。」

 

今日は珍しく(いや、初めてか…)私とバイト君だけが店にいる。

 

 

 

 

「それで遠坂さんは大丈夫なんですか?」

 

「…普通に風邪だそうだ。」

 

「それは良かった。」

 

今日は凛が体調を崩したのだ…私はすぐには気付けなかった…イリヤが言ってくれなかったらそのまま店に出す所だった…

 

「すまないな、今日は君は休みであったのに。」

 

「気にしないで下さい、こっちも急ぎの用事とかは別に無かったんで…」

 

店主は入院中、ルヴィアは奴のところに行っているし(病院内と言う事もあり携帯の電源を切っているので連絡は付かないし、メールは送ったがどうせ奴の所にいる間は確認しない)イリヤには凛の看病をして貰っている。

 

「あれ程、元気な奴がな「接客業である以上、やはり色々気をやってしまいますし、誰でも体調を崩す事だってありますよ。」…そうだな。」

 

気になる事があるとこうやってはっきり意見を言ってくる彼の気質は私は嫌いでは無い…何せルヴィアでさえ評価しているからな…遠坂は早い段階で本来の性格で接し始めたし、イリヤとも仲が良い様だ。それにしても…

 

「君は一人の方が仕事の精度が上がるのか?」

 

「…そうかもしれませんね。何せ僕が前働いていた店は従業員は僕しかいませんでしたし。」

 

「そうだったのか。」

 

一人でやった経験が、彼をここまで成長させた訳か。

 

「ただここより狭い店でしたが…」

 

「確か喫茶店兼、バーだったな。」

 

「ええ。最もマスターは軽食だけでなく、ちゃんとした定食とかも出していましたけどね。」

 

「成程、ちなみに君は料理は?」

 

こうやって話していると意外にまだまだ彼について知らない事が多い事に気付く…せっかくの機会だ、どうせルヴィアは営業開始前にしか来ないだろうし、もう少し親睦を深めたい。

 

「…マスターに習いましたから少しは「今日の賄い、君が作ってみないかね?」…良いんですか?」

 

私は思っていた…彼も実は料理が好きなのでは無いか、と。理由があった訳では無いが…良く考えたら今日、私は本来なら休みである筈の人間に頼もうとしてる訳だが…本人はどうも乗り気な様だ。

 

「構わないさ…私も一度君の腕を見てみたい。」

 

「…貴方にそう言われるとどうも緊張しますね…」

 

「別に何かのテストとかじゃないさ…純粋に君が何処までやれるのか見たいだけだ。」

 

「…そこまで言われたらどっちみち断れないですね。分かりました。」

 

さて、お手並み拝見、と言った所かな。



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76

彼に出された料理を口にする…ふむ…

 

「…美味いな。」

 

「…良かった。こっちは軽く冷や汗モノでしたよ…」

 

「そう謙遜した物でも無いさ。…客に出すのはまだ少し早いかも知れないが。」

 

「これは手厳しい。」

 

味は悪くないが若い…作りが多少荒い…そう思い、アドバイスをしようと考え…改めて口を開いた所で動きが止まる…私は何をしようとしてるんだ?彼が本気で料理人でも目指してるならいざ知らず、求められてもいないのにアレコレと口を出すのは筋違いだ。

 

……私自身もこの若さで既にここまで出来る人間に偉そうに言える程腕があるとは思えん…彼なら自分でステップアップして行く事だろう…私の助言など確実に不要だ。

 

「何処ら辺が問題でしょうか?参考までに聞かせて貰えませんか?」

 

……彼の方から聞いて来るとは…う~む…

 

「…いや、君は自分で気付いた方が良い。」

 

「そうですか?」

 

「ああ言ったが少なくともある程度の域には既に達している…後は修練あるのみと言った所だ。…最も、趣味の範囲ならこれで十分過ぎる程だが。」

 

「成程、そうですか。」

 

彼の一言と共に自然と話は終わりになった。ちなみに後からやって来たルヴィアにも味は好評だった…ただ、彼女は色々アドバイスした様だが。

 

 

 

 

三人で最後の客を見送り、片付け、店の鍵を閉める。バイト君と別れ、ルヴィアと二人で歩く…近頃はホテルと自宅のどちらかを行き来する羽目になっている…イリヤの事を考えれば心配し過ぎる、という事は無いから仕方無いが…さすがに面倒だな…

 

「彼の料理は中々でしたわね。」

 

「そうだな。」

 

ルヴィアから話を振られ、特に考える事も無く相槌を打つ…まぁ否定する理由も無いのだか。

 

「…皮肉るつもりは無いが、君はあまり料理をしない様だが…」

 

「別に出来無い訳ではありませんわ。今の所披露する理由も特に無いので。」

 

確かに。あの店は結局、料理出来る人間が二、三人もいれば事足りる…彼女の腕がどの程度かは分からんが、彼女が積極的に厨房に立つ理由も無い…今日はスペースも当然あったが、彼女からは特に言い出さなかった。

 

「…リンの具合はどうですか?」

 

急に話が変わったな…

 

「…さっきイリヤからメールがあった。熱が何度か上下していて中々平熱に戻らないらしい…意識はある様だが、危なくて明日も店には行かせられないそうだ。」

 

「…相当タチの悪い風邪の様ですわね…」

 

「そうだな…」

 

そんな話をしながら二人で深夜営業のスーパーに立ち寄り、イリヤがメールで書いて来た物をカゴに詰めて行き、精算を済ませ…

 

「私も出しましょう「有り難いが、現金は持ってるのか?」…カードなら。」

 

「…一応カードは使える様だが…」

 

そうなると二人で分けて払うのは不可能だが…

 

「では、ここは私がそのまま払います「しかしそんな訳には」リンは私の親友です…彼女の為にお金を出すのは可笑しいですか?」

 

そういう言い方をされると断り辛いな…

 

「分かった、なら君に任せよう。」

 

彼女がカードで精算を済ませ、カゴを持って…

 

「待ちたまえ。さすがにそれは私が運ぼう。」

 

「ではこちらを。」

 

彼女はさっさと袋に詰め二つの袋の内、傍らを渡して来る…両方持とうと言ったがやんわり断られた…やれやれ…本当に私の周りの女性は強い者たちばかりだな…



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77

「だから大丈夫だって言ってるでしょ。」

 

「駄目だってば!」

 

ホテルに入り、すっかり顔馴染みになってしまった従業員に挨拶をしてイリヤたちのいる部屋に入ってみれば、風邪で寝ている筈の凛がイリヤと言い争いをしていた。

 

「…凛、どうしたんだ?」

 

「ん?士郎…あら、ルヴィアもいたの…二人からもイリヤに言ってよ、私は本当にもう大丈夫なんだってば。」

 

「だから駄目だってば!ほらベッドに戻って!」

 

「…二人とも落ち着きたまえ「私は落ち着いてるわよ」…良いから。イリヤ、最後に測った時、凛の体温はどうだったんだ?」

 

一応メールでも見ているが念の為イリヤに確認する。

 

「…メールで送ったのが最後よ。三十八度五分。」

 

「ほら、大して高くないでしょ?」

 

「…つい、二、三時間前までもう少し高かったの。」

 

「ふむ…」

 

普通なら休む一択だが…今の凛は冷静な判断力を失っている様だ…

 

「…シェロ、宜しいですか?」

 

「む…どうしたんだ?」

 

「私がリンを説得しますわ。」

 

「……大丈夫か?」

 

ルヴィアなら間違い無いとは思うが…

 

「…問題ありませんわ。彼女の性格は心得ておりますから。」

 

「…分かった、君に任せよう。」

 

「…はい、お任せ下さい。」

 

ルヴィアがソファに座る凛に歩み寄る。

 

「…リン?」

 

「何よ。」

 

「…貴女なりの矜持は良く分かっておりますが、今回は駄目です。しっかりと休んでください。」

 

「でも、私は「私たちに移す分には良いです」え?」

 

「私たちに移して治るのならお好きに…そうなったら貴女が看病してくれるのでしょう?」

 

「そりゃあ…もちろん「なら、分かるでしょう?借りを作ろうとしない貴女の事を私は尊敬していますが、イリヤスフィールに迷惑をかける今の貴女は頂けません」分かってるけど…」

 

「それに、さっきも言いましたが…私たちに移す分には良いのです…最悪誰も店に出られなくなったら一時店を閉めるだけで良いのですから…ですが…今貴女が無理に店に出てお客様に移してしまったらどうします?」

 

「……それは…」

 

「それに、風邪で判断力の落ちた貴女は確実にミスをするでしょう…細かいミスならまだしもお客様に怪我でもさせたら、貴女は責任を取れるのですか?」

 

「…無理ね…ごめん、ルヴィア…ちょっと「謝罪なら私では無くイリヤスフィールに」…そうね、ごめん…イリヤ…」

 

「…もう良いよ…とにかく分かったなら大人しくベッドに戻って。」

 

「分かった…それじゃあ私、寝るから…」

 

「ゆっくり休むと良い…何、君なら精々二、三日もあれば全快するさ。」

 

「…当然でしょ?こんなのすぐに治してみせるわ「ほら、良いから早く戻って」…ハイハイ。分かったから押さないでよ、イリヤ。」

 

寝室に入って行く凛を見て、私は溜め息をついた…やれやれ…体調を崩しても彼女は変わらないな…



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78

「では、私はこれで失礼しますわね。」

 

「やはり泊まって行かないのか?」

 

「…店の留守を預かる人間が必要でしょう?」

 

「……」

 

奴が入院して以来、彼女はずっと店で寝泊まりしている…まあ何かあってもエーデルフェルト家は店のすぐ傍なんだが…と言うか、ここの宿泊費は彼女が払っているんだから泊まらないと無意味だと思うのだが…まあ良いか…

 

「では、送って「それは辞退致しますわ。イリヤスフィールとリンに付いていてあげて下さいまし」しかし…」

 

ホテルから店まではそれなりに距離が…

 

「自衛の出来無い女に見えまして?」

 

「…いや…そうだな、君相手ならこの気遣いはかえって失礼か。」

 

「そういう事ですわ。では失礼します。」

 

ルヴィアが部屋を出て行った。

 

「ふー…もう…」

 

それとほとんど同時にイリヤが寝室から出て来た。

 

「…大変だったみたいだな…」

 

「もうホントに…半端に元気だから中々寝てくれな…あれ?ルヴィアは?」

 

「ちょうど今帰った所だが「何してるのシロウ!送ってあげないと駄目じゃない!」…そう言われてもだな、本人が断ったんだが…」

 

「万が一って事があるでしょ!?早く追いかけて!」

 

「分かった!分かったから押さないでくれ!」

 

私はイリヤに部屋から追い出されてしまった…

 

 

 

 

それから私はホテルを出た所で何とかルヴィアに追い付いた…

 

「成程、イリヤスフィールが…」

 

「そういう事だ…とにかくこのまま帰っても部屋に入れて貰えなさそうなのでね…」

 

まあその時は普通に自宅に帰るだけなのだが…

 

「…そういう事でしたら、店までエスコートをお願い致しますわ。」

 

「うむ。無事に送り届けると約束しよう。」

 

さすがに何事も無いとは思うがな…寧ろ私としては部屋に残して来た凛とイリヤの方が心配だ…

 

 

 

 

「そういえば気になっていたのだが…」

 

「何でしょう?」

 

「オーギュストさんを見掛けないのだが…」

 

「…暇を出しましたわ。」

 

「そうなのか…」

 

オーギュスト…それはエーデルフェルト家の執事にして全てを取り仕切る人物…私は彼に紅茶の入れ方の作法等、色々な事を習った…ルヴィアが日本に来たのなら挨拶をしようと思っていたのだが、何故か今日まで会う事は無かった…

 

ルヴィアの性格的に何時も共にいると思っていたし、彼がエーデルフェルト家の執事を辞める事など死ぬまで有り得ないとすら思っていたのだが…

 

「…戦場で負傷したのですわ。それも、私を庇って…当初はそれでも私の為に働いてくれていたのですが…いよいよ身体がまともに動かなくなって来たそうで…」

 

「そうか…」

 

藤ねえと言い、オーギュストさんと言い…残酷とも言える時の流れを意識せざるを得ないな…

 

「そんな顔しないで下さいませ。私はオーギュストとは今も連絡を取り合っていますから…そうですわね、番号を教えますから今度連絡してみると良いでしょう。」

 

そう言ってメモ帳にペンを走らせ、千切り、渡して来る。

 

「ありがとう。」

 

「あ…シェロ、ここで結構ですわ。」

 

気付けば既に店の近くに来ていた。

 

「ではまた明日…いや…今日は本当に助かったよ。」

 

荷物持ちだけなら未だしも、支払いまでさせてしまったからな…

 

「お気になさらず…リンの為ですから…では、失礼します。」



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79

ルヴィアを送る為に歩いたルートを今度は一人で歩く…そう言えばここ最近は凛やイリヤが必ず横にいた為、一人で、というのは本当に久しぶりの気がする。

 

「…イリヤに何か買って行こうか。」

 

先程の買い物はあくまで万が一の事を考えて急遽、凛の為に用意した物が大半でイリヤが喜ぶ様な物は特に無い…何か買って行ってもバチは当たらない。

 

 

「…しかし、なにを買った物か…」

 

今の時間、近くで開いている店はコンビニくらいしか無く、例えば食べ物等なら私が作れる物がほとんどの為、買いに行く気にはならない(食材が揃えばの話にはなって来るが)そもそもイリヤは年頃の少女…時間を考えれば下手な物を買い与えても口にしないかもしれん…どうするか…

 

 

 

『別に私は何も要らないよ?』

 

「そうか?」

 

『…別にそんなに気を遣わなくて大丈夫だよ。この後もリンの看病は続けるけど、無理はしないようにするし、夜食は要らないわ。』

 

「…ふむ。」

 

奴にも珍しく散々色々言われたし、イリヤ本人からも言われたのだが、私はまだ彼女を心配し過ぎていたようだ…

 

『う~ん…でもそうね、それだったら何か飲み物買って来てよ、さっき買って来て欲しいって言った物って大半がリン用だから、私の分入ってないし。』

 

「承った。では、何が良いかね?」

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

コンビニ店員の元気な声を背中に受けながら帰路に着く…この時間のコンビニの店員は余りやる気も無さそうな者がやっている物とばかり思っていたのだが、それは私の偏見だった様だ。少なくとも、レジを担当してくれた店員は入ったばかりなのか多少拙さを感じたものの、手際が悪いと感じる程では無いし、口調も丁寧で私としてはかなりの好印象だった。

 

「ああいう精神は私の目指す者としても通ずる物があるかもしれんな…」

 

たかがコンビニ店員、と侮れはしない。あれだって接客業なのだ。

 

……それにしても…

 

「彼女からは確かな資質を感じたな…」

 

う~む…ウチの店で働いてくれないだろうか…と、これから戻って聞いてしまったらさすがに不審者扱いだろうな…

 

「どちらにしてもそれは私だけで決める訳にもいかんか…」

 

奴とも相談せねばならんな…私自身何故ここまで彼女をスカウトしたいと思ったのか分からんが…ただ彼女をここで逃しては後悔する…不思議と私はそう思っていた…

 

 

 

「えと、何でそれを私に相談するのかな…?」

 

「君ももう店で働いてる人間だからな、意見を聞きたいと思ったんだ…」

 

ホテルに帰った私はイリヤに話を振ることにした。

 

「…そう言われても…私まだ働き始めてからそんなに経ってないし…後、そもそも私は会った訳じゃないから…どんな人かも分からないし…判断出来無いよ」

 

「……そう言えばそうだったな…悪かった…」

 

やれやれ…少し、焦り過ぎたか…私にも凛のうっかりが移ったのか?全く…




「…それはリンのせいじゃないと思うけど…」

「むっ…私は口に出してしまっていたか…?」

「…口には出して無いけど…何となくかな?」

「……」


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80

「…で?何でそれを俺に言う?」

 

「いや…何故イリヤと同じ答えを返して来る?店主は君だろうに…」

 

次の日の朝、奴の病室に向かい、昨日思った事を相談するとそんな返事が帰って来た…

 

「知るか。あのガキの時も言ったろうが。使えるんなら文句はねぇ。お前が勝手に交渉でも何でもして来な。」

 

……全く、とんでもない店主だな…仕方無く私は奴のベッドの前の椅子に座るルヴィアの方を見るが…

 

「私も特に文句はありませんわ。あくまで私も雇われているだけの身なので。」

 

「…分かった…こっちで「ただ」…何かね?」

 

「その方は女性…ですわよね?」

 

「ああ…確かにそうだが…それが?」

 

「…リンには…きちんと伝えるべきですわね。」

 

「もちろん体調が戻れば話すが…何故そんなに念を押す?」

 

そう言うと彼女は目を閉じ、頭痛を堪えるように手で額を押さえた…どうしたと言うんだ、一体?

 

「…確かにな。本来、俺たちよりも先に伝えるべきだったと思うぜ?最も風邪で寝てるんだからしゃあねぇっちゃしゃあねぇがな。」

 

「君までそう言うのか…一体何故「お前な、まさか未だにそう言うの分からねぇって言うんじゃねぇだろうな?」……」

 

「考えても見てくださいな…好意を抱いてる殿方が自分の知らない女性の事を気にしてるのが耳に入ったら…」

 

「なるほど…嫉妬か。」

 

「お前、寝室に遠坂がいる状態でガキに話したんだよな?仮に聞かれてたら面倒な事になるんじゃねぇか?」

 

「…不味いと思うか?」

 

「実際、相当不味いと思うぜ?遠坂の性格的に部屋抜け出してそのコンビニまで行くんじゃねえか?」

 

「しかし…彼女は場所を知らない「どう考えても寝てるべき状況で自分は元気だと騒ぎ出す程、冷静さを失ってるならそれでも出て行くんじゃねえか?」…昨夜は特に動きが無かったが…」

 

「それはそうでしょう…昨夜はイリヤスフィールに加えて貴方がいたのですから…ですが、貴方は今、ここにいる。」

 

「悪い事は言わねぇ。急いで戻った方が良いと思うぜ?」

 

「ああ…」

 

 

 

病院を出た所で携帯が鳴る…イリヤか。

 

「もしもし「もしもしシロウ!?」ああ。どうした?」

 

「リンが「部屋はもぬけの殻か?」そうなの!私、ちょっとウトウトしちゃって気が付いたら…どうしようシロウ!?」

 

二人の話が現実になったか…

 

「落ち着け。私が心当たりを探すから君はそのまま部屋にいるんだ。」

 

「でも私のせいで…!」

 

「イリヤ、君のせいじゃない。看病で疲れていた以上、少し寝てしまっても仕方無いし…それに出て行ったのは彼女の意思だ。」

 

そうだ、イリヤは悪くない…寧ろこの状況を容易に想像出来たのに二人を残して出て来た私に非がある。

 

「とにかく、君は部屋で待ってるんだ…何、彼女だって自分の身体の状態は分かってる筈だ…無茶はしないさ。」

 

イリヤを安心させる為、私はそう口にした…いや…私自身がそう思いたいだけなのだがな…

 

「分かった…部屋で待ってる…」

 

「ああ…大丈夫、すぐに見つかるさ。」

 

電話を切る…さて。

 

「何処を探したものか…」

 

私も昨夜たまたま入っただけで普段コンビニになど行く事は無い…昔ならともかく、少なくとも今はそうだ。

 

「この付近のコンビニを虱潰しに探すしか無いか…全く本当に手間をかけさせてくれる女性だよ。」

 

そんな面倒な彼女が私はどうしようも無く愛おしいのだがな…



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81

一発目で正解を引き当てる事はさすがに無いだろうが、念の為昨夜行ったコンビニを訪れ、店内にいた若い男性店員に凛の特徴を伝えて聞いてみたが、その様な女性は来ていないと言う返事…まぁ、当然か…

 

店を出て、やはり虱潰しに当たるしか無いのかと思っていたところで再び携帯がなる。

 

…イリヤか、ルヴィアか…あるいは凛本人かと思い携帯を取り出せば表示されているのは見知った間柄では有るが今は正直あまり相手にしたくない人物の番号……呼び出し音は止まる気配が無い…出るしかないのか?

 

「クッ…仕方無いか。」

 

私は携帯のボタンを押し、耳に当てた。

 

「…もしもし?…すまないが今は立て込んでいる急ぎの用で無ければ後に「嫁さん、探してんだろ?」……何故…それを…?」

 

「良いから今から言う住所に来い…良いか「ちょ、ちょっと待ってくれ!今メモする」…たくっ。早くしろよ、電話代もタダじゃねぇんだ…」

 

私は慌ててポケットからメモとペンを取り出す…

 

「頼む…」

 

「…じゃ、言うぞ?…冬木市… 」

 

私は彼から伝えられた住所を焦りからか若干手元を狂わせながらも何とかメモした。

 

「……書けたか?」

 

「…ああ、大丈夫だ。」

 

「…良し、ならさっさと来い。こっちは仕事抜けて来てんだ、急げよ?」

 

その言葉と共に電話が切られる…私はポケットに携帯をしまい込むと走り出した。

 

 

 

メモの住所を頼りに辿り着いたのは小さな病院だった。額の汗を拭いながら開いた自動ドアに駆け込む…見えて来たのは簡素な長椅子に何人かの人間と、奥にナースステーション…そこまで行こうとした所で横から腕を掴まれた…苛立ちながらもそちらを向く。

 

「チッ…やっと来たな…遅せぇじゃねぇか「凛は!?」…焦んな、ここは病院だ…静かにしろ。」

 

そこにいた見慣れた強面の刑事に思わず声を荒らげてしまい、諭される…落ち着いてなどいられるか!ここは病院だ…つまり凛は…!

 

「ほら、こっちだ…騒ぐなよ。」

 

私の腕から手を離し、背を向けて歩き出す刑事にはや歩きでついて行く…早く…早くしてくれ…!

 

 

 

「…ここだ、待ってな…」

 

いくつか並んだ病室のドアの内、一つのドアの前で刑事は足を止めるとドアに近付き数回ノックをする…

 

「はい。」

 

「俺だ…入っても良いか?」

 

「ええ、どうぞ…」

 

そこで刑事がこちらに振り向く…

 

「行くぞ。」

 

スライド式のドアを開けて入って行く刑事に続いて病室に入り、ドアを閉める…仕切りの横を通ると、ベッドが目に入って来る…ベッドの横に立ちボードに何やら書き込んでいる女性看護師…ベッドに眠っているのは…!

 

「凛!」

 

そこに私の愛した女性が目を閉じ、点滴を打たれ、鼻にチューブを着けられて眠っていた…



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82

「コラ!」

 

「っ!」

 

後頭部に強い衝撃を受け、後ろを向けば先の刑事が会った時よりも顔を顰めて立っていた…どうも殴られたらしい…

 

「何をす「騒ぐなって言ったろ!ここは病院で嫁さんも寝てんだろうが」「刑事さん、貴方もですよ」「こ、こりゃどうもすみません…」……」

 

看護師に頭を下げる刑事を見ていると自然と心は落ち着いて来た…途端に羞恥に駆られつつ私は看護師に話しかける。

 

「…騒がしくして申し訳無い…それで彼女の容態は…?」

 

「…貴方は?…詳しい病状は申し訳有りませんが家族にしか話せません。先程そこの刑事さんは嫁と言っていましたが…旦那さんですか?」

 

「…いや、まだ婚姻関係には至っていない…婚約者では有るつもりだが、それではいけないか…?」

 

「…そういう事なら良いでしょう。先生を呼んで来ます、詳しくはその時に聞いてください。」

 

「…了解した。ではこちらで待たせて頂こう。」

 

看護師が頭を下げて病室を出て行く時に失態に気付き、顔を顰める…外人部隊を除隊し戦場を回っていた頃、良く承諾の意思を現す表現として私はいつの頃からか自然と『了解した』や『承知した』を良く使っていたが、客観的に見ればそれはアーチャーと同じなのだ…嫌気が差してはいたものの変に情ばかりを見せては"仕事"に支障が出るし、事務的な方が話は円滑に進む…それに結局根は同じだから似て来ても仕方が無い…

 

…そう、ずっと言い聞かせて来た。だが奴と店を営業する様になって少しして…

 

『衛宮、ちょっと良いか?』

 

『何かね…?見ての通り片付けの最中だが?』

 

『いや俺もやってるだろうが。そのままで良いから聞け。…お前、注文受ける時とか良く了解したとか、承知したとか言うよな?』

 

『……そうだな、それがどうかしたのかね『それ止めろ』…何故かね?』

 

『…戦場にいる軍人相手ならともかく、ここは一般人が来る飲食店だろうが。その口調は事務的で硬すぎる…客が萎縮すんだろうが。』

 

…その言葉が有って私は『了解した』とは言わなくなった(まぁ、あの時は結局『君の方が客商売にしては口調があまりにも乱暴ではないかね?』…と、つい言い返してしまい軽い口論に発展してしまったが…)

 

「おい!衛宮!聞いてんのか!?」

 

「…っ!…すまない、考え事をしていた…何かね?」

 

刑事の怒鳴り声が聞こえ、私は過去から帰還する…やれやれ…凛が大変な事になっていると言うのに何をやっているんだ私は…!

 

「全く…俺は暇じゃねぇって言っただろうが。電話でも言ったが俺は仕事抜けて来てんだ…」

 

「…凛がここにいる事を教えてくれた事には感謝する…だが、それなら私もこうして来た事だし、戻ってはどうかね?」

 

「チッ…本当に一々ムカつく野郎だな、テメェは…俺だって帰りてぇがな、テメェに嫁さんがここにいる経緯を説明しない訳には行かねぇだろうが。」

 

「……確かに。すまない、説明を頼む。」

 

「…最初っから素直にそう言えってんだ、全く…先ずな、この近くの派出所に連絡があったんだよ。『女性が道で倒れていて、病院に搬送された』ってな…」

 

「それが凛だったと言うわけか。」

 

「ああ…んでな、事件性が有るかもしれないって事で連絡が行ったんだが…受けたのがたまたまお前らの店の常連で、且つ俺が前に面倒を見た事がある奴だったんだよ…んで倒れていた女の特徴を聞いてすぐピンと来たらしい…『ひょっとしてあの店で働いてる女性では無いのか?』ってな。」

 

「そうだったのか…」

 

「…で、そいつは俺とお前らに面識が有る事も知ってた。だから俺に電話して来たってわけだ。」

 

「そうか…すまない、迷惑をかけた…その警官にもそう伝えてくれ…」

 

「自分で言いな、一段落したらそいつの個人的な方の連絡先を教えてやる。」

 

「分かった…」

 

「じゃ、俺は帰るからな?全く…あんま面倒起こすんじゃねぇぞ?」

 

刑事は頭をガシガシと掻きながら病室を出て行った。



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83

刑事が出て行って少しして、部屋の中にドアを叩く音が響く…

 

「…どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

先程の看護師の声が響き、彼女が若い白衣を来た人物を伴って入って来る。…む、この手の小さな病院に勤めているにしてはやけに若いな…と、止めておくか…さすがに邪推が過ぎるだろう…

 

「先生をお連れしました。」

「その方の担当になりました、竹下と言います。」

 

思わず固まってしまう…相当若く見えるその医師は立ち姿も堂々としており、確実に初対面なら威圧感すら感じるらしい私にも特に動じる事無く、口調にも一切の淀みを感じさせなかった…見た目の若さと纏っている雰囲気が一致していない…もしや…若く見えるだけなのか?

 

……そんな事を考えていると突然目の前の無表情が崩れた…笑っている…

 

「…何かね?」

 

「…あ、いえ。すみません…こんな時に不謹慎でしたね…」

 

その医師の纏う雰囲気が霧散して行き、私の中で上げていた評価を一気に下げて行く…こんな時に笑うとは…!

 

「…ただ、先に私を疑ったのは…貴方でしょう?」

 

まるで頭から冷水を被せられた気分だった…身体が冷えて行く…

 

「…どう言う意味かね?」

 

「病院、と言う場所で期待されるのは…何よりもどれほど優秀なのか、です。この場合の優秀さは多くの病理知識が有るとか、どれほど手術の腕が有るか…ただこんな話は医師同士で通じる話であり、患者さんや、その家族には関係ありません。」

 

そこで彼は一度言葉を切り、目を閉じて深呼吸する…

 

「…患者さんや家族にとって重要なのは…確実にその人に救えるかどうか…もちろん顔を見ただけでそんな事は分からない…ですが、判断出来る材料は存在する…」

 

「…それは?」

 

「その医師に多くの患者を救った経験が有るか、です。大学病院などの大きな病院では若い医師は決して珍しくはありませんが、ここの様な小さな病院ではやはり初老の医師の方が経験豊富だと思われるものです…」

 

「…それで、私が貴方の事を若いから侮ったのだと思ったのか。」

 

「…貴方は普段は相当に冷静な方だと思いました。ですが、今回は顔に出ていましたよ。」

 

「……すまなかった、こちらが礼を欠いていた…」

 

私は頭を下げた。

 

「気になさらないでください…慣れていますから…ただ、今回はこの通り患者さん本人が昏睡状態ですので…さすがにご家族の方にこの見た目だけで腕を疑われていてはこちらも困りますから…それで、申し訳ありませんが貴方の事を一応詳しく聞かせて貰っても構いませんか?…婚約者との事でしたが…?」

 

「…ええ、私は彼女遠坂凛の婚約者の…衛宮士郎と言う者です。」

 

そう言うと目の前の医師の目が見開かれた。看護師に至っては口を大きく開けている…まぁ、恐らくは私が名前通りの日本人にはとても見えないからだろうな…最も、そこまで驚かなくても良いと思うのだが…

 

「どうやら今度はこちらの方が礼を欠いた様ですね…」

 

「…いや、私もこの見た目だ…こっちも日本人に思われないのは慣れているから…気にしないでくれ。」

 

まぁ、元々この褐色の肌になる前から赤茶けた髪、と言うさすがに純粋な日本人には少々珍しい色だから、一族の何処かに外国の血が混じっていても特に不思議な事とは私自身も思わん…と言っても、元の両親全ての記憶を今も失ったままの私には…到底確認し得ない事だが…

 

「…さて、顔合わせと挨拶はこのくらいにしておきましょう。」

 

咳払いと共に医師がそう口にする。予想以上に切り替えが早い様だ、この男…今の所…看護師の方がまだ現実に帰還しきっていない様に見える…

 

「これから彼女の容態について説明したいのですが、大丈夫ですか?」

 

「…ああ、もちろん大丈夫だ。」

 

何を言われようと…私はもう覚悟は出来ている…正直聞く前からドッと疲れた様な気もするが…



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84

「彼女の病気は肺炎です。」

 

そう言って医師が口を閉じる。肺炎…それを聞いて口の中に苦い物を感じた…

 

「…海外への渡航経験がお有りですか?」

 

「っ!…何故だ?」

 

「…日本国内で生を受け、生きて来た人間で肺炎でそこまでの深刻さを顔に出す人は少ないです。重症化する事も有る、と言われても結局ピンと来ない人が大半ですから。」

 

「……」

 

「…その様子だと、風邪と肺炎の詳しい違いについてもご存知ですか?」

 

「…風邪の原因は鼻や喉に微生物が感染して炎症を起こすもので、肺炎は細菌やウイルスが酸素と二酸化炭素を交換する肺胞に感染して炎症を起こすものと言う定義なら存じている…」

 

「…正解です。…重症化した場合にこの説明をするのがこちらも中々大変なのですよ、風邪から派生したと思われている場合…結果大した事は無いと思われている方が多いので…話が早くて助かります。」

 

「…それで、凛の病状は…」

 

「現在は小康状態を保っていますが、いつ悪化しても可笑しくないですね…暫くは油断の出来無い状態が続くでしょう…」

 

「そうか…」

 

「彼女にはこのまま入院して貰う事になります…一度家に戻った方が良いでしょう…」

 

「分かった…」

 

「こちらに来たら受付に一声かけてください、それと…携帯の番号を教えて貰えますか?」

 

そう言って、携帯を出して来る…私も自分の携帯を出した。

 

 

 

『とにかくリンは見つかったのね!?良かった…』

 

「だが予断を許さない状況の様だ…暫くはこちらのサポートが必要になるだろうな…」

 

『そうだよね…でも、どうしたら…』

 

「……」

 

イリヤに何もしなくて良い、と言うだけなら簡単だ…だがそれでは納得しないだろう…

 

「昼間の面倒は私が見るさ…ルヴィアには基本的に奴の専属でいてもらうしか無い…奴にも、世話をする人間が必要だからな…」

 

『それは分かったけど…お店は?』

 

「……」

 

そこで私も口を噤んでしまう…

 

『自分のせいでお店閉める事になったら多分、リンはとても気にすると思う…』

 

「…開けるしか無いだろうな、最悪夜は私かルヴィアが見に行く事になるだろう…」

 

負担をかけまいと、ルヴィアにそう言えば彼女は反発して寧ろ私にも一切手は出させなくなるだろう…そうでなくても、女性にしかしてやれない事も有る筈だ…

 

「とにかく詳しい話は私がそっちに戻ってからするとしよう。」

 

『分かった…ルヴィアも呼んでおくね?』

 

「ああ…申し訳無いが、ついでにウチのバイト君にも連絡を頼めるか?」

 

『うん……早く帰って来てね…?』

 

「ああ、出来るだけ早く戻る…」

 

電話を切る…さて、桜と慎二にも連絡するか…下手すると私たちより色々忙しい二人に何かと頼む事になるのは気が引けるが…そうも言ってられん…そうでなくても桜は凛の妹なのだからな…



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85

「そうですか…リンが…」

 

私と凛で使っているホテルの部屋にルヴィアたちを集まらせ、事情を話した所先ずはルヴィアがそう口にした…当然ながらルヴィアも状況を良く分かっている様だ…

 

「日本でもそれなりに医療技術は発達している…油断は出来無いが、はっきり言ってしまえば私たちには病気そのものに対してどうにかする事は出来無いに等しい…その代わり、入院中の世話に関しては確実に必要だ。」

 

私の心象世界に記録されている宝具を検索する手も有るだろうが…現状私ですら未知の宝具が多く、解析にも時間がかかる…無茶をして私まで倒れてしまっては何の意味も無いからな…

 

「え~っと…ハイエンってそんなに危ない病気なの…?」

 

イリヤがそう聞いて来たので説明しようとして頭の中で知識を呼び起こした瞬間に言葉が止まる…意外に説明が難しいな…奴なら病気に関しても私以上に色々知っている上、分かるかどうかは別にしてもシンプルに纏めてくれるのだが…

 

「…イリヤスフィール、肺の事については説明しましたね?」

 

私が悩んでいるのを察したのだろう…ルヴィアが口を開く。

 

「…うん、覚えてるよ。呼吸をする所だったっけ…?」

 

「…かなり大雑把ですが、概ね正解ですわ。そうですわね…酸素と二酸化炭素については覚えてますか?」

 

「うん、空気の中に含まれてて…私たちは酸素を吸って生きてるんだよね…えと、その時吸った酸素の代わりに二酸化炭素を出すんだっけ?」

 

「ええ、そうですわ。リンは…肺の中にある、その酸素と二酸化炭素を交換している場所にウイルスが感染してしまったのです。」

 

「…そうなると、どうなるの?」

 

「…呼吸がしにくくなります「ええ!?大丈夫なの!?だって呼吸出来無いと死んじゃうんでしょう!?」落ち着きなさい、イリヤスフィール…ええ。ですからお医者様が手を尽くしてくれますし、リンも今頑張っている筈です。ですので…」

 

ルヴィアがこちらを見る…

 

「これからリンの世話をする分担を決めますわ。」

 

説明役をする所か、仕切られてしまった…そして彼女が言うままに分担が決められて行く…口を挟みたいが、彼女のペースに流れを持って行かれて中々発言出来無い…仕方無い…取り敢えずは見守るとするか…

 

 

 

「さて、こんな物ですか…何か意見は有りまして?」

 

私が手を挙げたのとほぼ同時に、進行役になったルヴィアと慎二とバイト君を除く残り二人が手を挙げた…まぁ…そうなるだろうな…

 

「では、先ずはイリヤスフィール…貴女から。」

 

「…私?えとじゃあ…どうしてこの役割の中に私が入ってないのかな?」

 

「理由は色々有りますが…そもそも肺炎の原因になっているウイルスの種類によっては伝染るのです。貴女の身体の状態を考えれば当然ですわ。」

 

ルヴィアがそう言うとイリヤは「分かった…」と言って黙る…まぁイリヤを下手に連れて行って狙われたりする可能性も有るが、敢えてそこを言わないのは彼女の優しさなのだろうな…

 

「そんな顔をしないで下さいな…日本の病院は隔離措置もほぼ完璧だと言います…この中の誰かと一緒に時々会いに行くくらいなら良いでしょう。」

 

「…うん!」

 

そう…昔から誤解されやすい様だが、彼女は間違い無く"優しい"のだ…やはり凛に似て魔術師らしからぬ人柄だな…しかもあの頃より性格が丸くなっているから余計に際立って見える…とは言え彼女に聞けば「ノブレス・オブリージュに従っているだけですわ」…と、答えるだけなのが容易に目に浮かぶ…最も、凛も一応貴族の家の生まれになるのだが。

 

「あの…では私は…」

 

「サクラ。貴女はその手で抱き抱えている自分の子供の事に専念して下さいな…正直に言うと…こちらとしても毎回色々振り回している様で申し訳無いのです…」

 

驚いた…あのルヴィアが頭を下げている…

 

「あ!そんな!謝らなくても…!そういう事なら分かりました…」

 

「さて、最後はシェロ…貴方ですわ。」

 

「私か…?聞きたい事は分かると思うが…」

 

「それでは意見として聞いている意味が無いでしょう?」

 

む…確かにな…

 

「そうだな…では、私の口から言うとしよう…分担と言いつつ…明らかに私より君の方が比率が多いのは何故なのかね?」

 

ルヴィアも積極的に関わって来るのは分かっていたし、それなりに忙しい慎二や桜…それに関わりのほとんど無いウチのバイト君…それから出自の問題などからイリヤが外されるのは当然として、奴の世話がある事を考えればてっきり一日の内午前と午後の様な基準で私と彼女とで区切るのだろうと考えていた…

 

だが…ルヴィアが書いた一週間分のスケジュール表は四日間が普通に彼女の名前で埋まり、残り三日分に私の名前が書かれている…

 

「何か問題が?」

 

「…奴の世話は…どうするんだ?」

 

「もちろんそちらも顔を出しますわ「二人の病院の場所は…逆方向だぞ」往復するだけです…そもそもあの方の方は私に出来る事も少ないのです…入り浸って長々と話をしている時間をリンに当てるだけですわ。」

 

「…私に出来る事は無いと?」

 

「そうじゃありませんわ。そうですね…手が空いている時は、私の代わりにシェロがあの方の所へ顔を出してくれませんか…?」

 

「私が?」

 

「来てるのは私ばかりですし、そのせいか…最近はそれなりにうんざりした顔をされる事も多くて…」

 

「なるほどな…」

 

奴の中ではルヴィアに対する蟠りが薄れつつ有るのは間違い無い…だが、異性である事を考えれば…それなりにストレスも溜まるだろう…

 

「そういう事なら了解しよう。それと…」

 

「何でしょう?」

 

「店の方は大丈夫か?」

 

「もちろん出ます「それは店主代理を務める身として簡単に許可は出来無い」ですが…」

 

「そうだよ!私だっているんだよ!」

 

「ハァ…予想してたけどやっぱりこういう風になるのか…これからは僕も何とか身体を空けるから、手伝いに行くよ。」

 

「全く…役割を貰えないなら何の為に呼ばれたのかと思ってましたよ、良かった…そういう事なら僕も店に出る日を増やします…無理はしないで下さい。」

 

「私も…閉店後の片付けくらいは手伝いますから…」

 

「しかし「君にまで倒れられるのは私も困る…出るなとは言わないから、もう少し考えて貰いたいものだな」そう、ですわね…」

 

「分かってくれたなら何よりだ…さて、ここからは店の分担の方を決めようか。」



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86

まぁ役割とは言っても…結局の所、ルヴィアの休みを増やす為に空く穴を埋めるだけになる上、私は出ずっぱりなのは確定しているし、イリヤに関しては元々無理はさせられないのでそもそも余り日程は増やせず(しかも教習所と定時制を掛け持ちしているしな)桜には毎回子供を預けて貰って出て貰う…なんて訳には行かない。

 

必然的に立候補してくれた慎二とバイト君の二人に多めに出て貰う事にはなる訳だ。だが…

 

「慎二、本業の方は大丈夫なのか?」

 

「…僕は所詮は自分の事務所も持たない雇われ弁護士だよ?時間は腐る程有るさ。」

 

「…抱えてる案件は有ったりしないのか?」

 

「…衛宮、仮に有ったとしても僕もこの場では言えないよ…フッ…何てね、実は今は特に面倒な案件は無いよ。」

 

「……本当か?」

 

「…コラ、念押しするな。お前がそういう風に言うとフラグになるかも知れないだろ…大体、ウチにそんな大きな相談は無いよ。もし有ったとしてもさっさと片付ける…じゃないと桜と芳乃だけで夜に帰らせる羽目になるからな。」

 

芳乃…二人の子供の名前だが、慎二は私たちの前では余り呼ばない(預けてていないせいも有るが)

 

「大丈夫なのか?」

 

「衛宮、忘れたのか?…僕は…天才だよ。」

 

「…フッ…そうだったな…」

 

そう…この間桐慎二と言う男には魔術師としての才能は無い…だが、確かに彼は一般人の中では突出している…

 

「元々、この仕事にそこまで愛着も有る訳じゃない。それなりに稼げてはいるけどね。」

 

「…そう言えば聞いた事が無かったな。なら、何故その仕事を選んだんだ?」

 

「稼げる上に僕のこの頭脳を活かせるから…他に有ると思うか?」

 

「何とも君らしいな。」

 

「褒め言葉と思っておくよ。」

 

褒めてない…皮肉だ、とは私もこの場では言わない(どうせ気付いているんだろうが)

 

「兄さん、そろそろ事務所に戻る時間じゃないですか?」

 

「ん?もうこんな時間か…じゃあ僕は帰るからな。行くぞ、桜。」

 

「はい。」

 

二人が連れ立って帰って行く…

 

「…こうして改めて話すと…何とも独特な方ですわね。」

 

「君の感性ではそう思うか。」

 

「…仮に無能であの態度なら言いたい事も有りますが…確かにあの方は一定以上の能力は有るのでしょう。」

 

「ああ…間違い無く一種の天才だよ、彼は。」

 

大体何をやらせてもそれなりに出来る…最も学生時代はその分飽きっぽさが目立つ上、結局中途半端で投げ出した、と言う結果ばかりが残るから完璧さを求めている凛には毛嫌いされていたな(理由はそれだけじゃないが)

 

「僕はどちらかと言うと苦手なタイプですね…」

 

「普通はそうだろうな…朗報が有るとすれば、君の後輩では無い事だろうか。」

 

「そうなんですか?」

 

「奴が一度だけ無理矢理厨房に入れた事が有る…」

 

そう言えば、慎二が初めてウチで雇い入れたバイトと言う事になるのだろうか…あの頃はまだ色々慎二も忙しかった様だから、その後は一度もウチで働いた事は無かったがな…

 

「腕の程は?」

 

「…料理なら私たちは元より君にも及ばないが、突き詰めればそれなりの段階にはすぐに達するだろうな…ちなみに接客そのものはウチの基準的には初めから完璧だった。」

 

「そうですか…」

 

「寧ろ君は接客の面では教わる事も有るだろう…最も、あの通りの性格だから疲れる事も有るだろうな…」

 

昔の私は味の有る性格などと評した覚えが有るが、客観的に見て決して性格は良いとは言えない…それでも私や凛に劣等感を抱えていたあの頃に比べればだいぶ変わったがな…

 

「…分かりました、仕事ですから私情は挟みません。」

 

「そう言ってくれると助かる…それで…」

 

「う~ん…私はやっぱり今も嫌いかな…聖杯戦争で初めて会ったあの時よりはマシになったと思うけどね…」

 

「アレよりマシ…ですか?」

 

「あの様な気取った言い方すら、私の知る限り久しぶりだよ…今でも多少の皮肉や軽い毒なら吐く事も有るが。」

 

「…昔は…どんな人だったんですか?」

 

「…気になるのか?それなら私や凛の事も含めて少し昔話でもしようか…店を開くまで時間も有る…イリヤ、今日は学校へ行く日か?」

 

「そうだけど…まだ時間有るから私も聞きたい。」

 

「ルヴィア、君は?」

 

「そうですね…私も興味が有りますわ。」

 

「では、話すとしよう…」

 

さて、何処から話そうかね…



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87

「先ず、私の原初は病院で目覚めた所から始まる…」

 

「?…それは赤ん坊として誕生した時の記憶が有ると言う事ですの…?」

 

…そういう反応になってしまうのか。全く、相変わらず私は自分の事を話すのが苦手だな……何故か私をあの軽薄にすら感じる顔で嘲笑する赤い外套を纏ったあの男の姿が浮かんで来た…ふん、どうせ貴様も似た様なものだろうに…一瞬反抗心が湧き上がったがすぐに心は落ち着いて行く…まぁ結局の所、俺にはあの男をどうやっても本気では憎み切れないからだろうな…

 

「…シェロ?」

 

「!…と、すまない…話の途中だったな…」

 

一旦深呼吸して、薄れつつある昔の記憶を改めて思い起こす…一から説明するのはそろそろ難しくなって来たな…ここに私の話をある程度理解してくれた奴に凛…桜や慎二がいれば分かりやすく補足してくれるのだろうが…

 

「…いや、実はそうじゃないんだ…私が病院で目覚めた時の歳は恐らくは六か、せいぜい七歳…その時の私は自分の事が何一つ分からなかったんだ…」

 

「…それは、記憶喪失…と言う事ですか…?」

 

遠慮がちに聞いて来るのを見て自然と苦笑が浮かぶのが分かる。

 

「…そう気を使わないでくれ、今もまともに当時の記憶は戻ってないが…今更私自身特に思う所は無いからな。」

 

あの時…未来の自分自身であるアーチャーと本気で剣を打ち合って垣間見えてしまった僅かな記憶…あの時見てしまった物を思えば、知らなくて良かったのだとすら今では思える…まぁ確かに本当の家族の事は分からず、ルーツとなる本来の自分の姓すら未だに分からないのは少し寂しいが。

 

「何があったの…?」

 

「…コレは私を養子にした衛宮切嗣が後に語った事だが、第四次聖杯戦争の際…ある事が原因で起きた大災害に私は巻き込まれたらしい…その時のショックで記憶を失ったのだろうな…」

 

冬木市で今になってもろくに開発が進んでいない広大な更地と奴から読み取った当時の状況…相当の被害だったのは確かと言えよう…

 

そんな事を考えていたらこの場の空気が死んで行くのが分かった。

 

「…そう沈まないでくれ、君にはあまり関係無いだろう?」

 

私はバイト君に声を掛けた(まぁちゃんと本名は把握してるが基本的に他人に紹介する時など自然とそう呼んでしまっている…)イリヤは参加者だし、ルヴィアは聖杯戦争と間接的に因縁が有るそうだが…何故無関係の君まで落ち込むのか…

 

「…元の家名すら不確かですが、聖杯はともかく破格の霊地としてこの地に目を向けた魔術師然とした魔術師だったのは先ず間違いは無いですから…それに、仮に僕がもう少し早く生まれていて魔術回路をこの身に受け継いでいたら…確実に参加はしようとしていたでしょうし…」

 

「…と言うか今更だが…君は聖杯戦争について把握しているのだな…」

 

ほぼ一般人に近い彼に、いきなりこの説明をした私がする発言では無いが。

 

「ある程度は。以前僕が出会った魔術使いは聖杯戦争の顛末について調べに来たそうですから、その時に色々聞かされたんですよ。…まぁ結局ほとんど何の痕跡も残ってなかったと言う結果だけを最後に僕に報告して、すぐに冬木市を発ってしまいましたけど…」

 

……その人物、少し気になるな…後でもう一度詳しく聞いてみるか…

 

「…まぁとにかく二人も気にしないでくれ、話を続けるぞ。」



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88

「傷が無かった、と言えば嘘にはなるだろうが…客観的に見ても普通の子供だったと言えるだろうな私は…」

 

「……」

 

ルヴィアが何事か言おうとして口を閉じる…まぁ恐らくは以前話したアーチャーと今聞いた私の幼少期の違いについて口に出そうになったのを抑えたのだろう…(イリヤはともかく、彼は本当に何も知らないからな…今言われては私も困る…)

 

「その状況に変化が有ったのは何処かと言われればやはり、養父…衛宮切嗣が亡くなった時だろうな…」

 

「キリツグは…どんな風だった…?」

 

「月明かりの下、縁側で二人で話をした…その時に嘗て正義の味方になろうとしていた事を語ってくれた…」

 

「…シロウは何て言ったの…?」

 

「…諦観と後悔を滲み出させる切嗣に戸惑いながらも俺は…その夢は絶対に間違ってないとは何とか口に出来たな…」

 

「…それだけ?」

 

「ああ。」

 

そう、そこがアーチャーとの大きな違いの一つだ…俺は…じいさんの夢を継ぐ、形にするなどと口にする事は…俺には出来無かった…それはあくまで切嗣が嘗て抱いた大切な願いで…少なくとも俺みたいなガキが安易にそう口にすればむしろ汚す事になる…あの時は、何も分からないながらにそう思った。

 

「…私の言葉を聞いた切嗣は『そうか…僕は間違ってなかったんだ…安心したよ…』…そう言って、そのまま眠る様に息を引き取った。」

 

「そう…」

 

「……衛宮切嗣。」

 

「ルヴィア、思う所が有るのは分かる…ただ…魔術師が倫理的に真っ先に駆逐されるのは…君も分かるだろう?」

 

「そう、ですわね…」

 

「結局…一体どんな人だったんですか?」

 

「生前の…私と出会うまでのキリツグについては私自身実はそう詳しいわけじゃない。それに、今は完全に余談になる。機会が有れば私の知る事をいずれ君にも話そう。」

 

こうして私の事を話すと決めた以上、コレも避けられない事だ…

 

「分かりました。」

 

「…では、続きを話す…と言っても、高校に入り聖杯戦争に巻き込まれるまで特別な動きは無いな…まぁ私自身は確かに変化は有った…何せ心の拠り所になる家族を失ったのだからな、今思えば当然だ。」

 

「ねぇ?結局シンジってどんな奴だったの?」

 

確かにこの流れだと慎二の事を話さないで進んでしまうか…

 

「そうだな…初めて会ったのは中学生の時だが…まぁ客観的に一言で言えば、嫌な奴だ…」

 

「それは今とそんなに変わりないのでは?」

 

思わず吹き出してしまった…過去のアイツを知らないと自然とそう感じるだろうな…

 

「…いや、アレより酷かったんだ。自分より出来が悪いと判断した奴はとにかく絡んで馬鹿にするしな… 」

 

「やっぱり今と変わらない気がするけど…」

 

「改善された方なんだ、アレでも本当に…それに嫌な奴とは言ったが私は当時からそんなに嫌ってなかったしな。」

 

「何で?」

 

「アイツが馬鹿にするのはそもそも明らかに改善する気が無い奴だけだからな…アイツなりの発破の掛け方だったんだよ…結局いつも意図を理解されずに空回りしてたがな。」

 

「…どちらにしろ、言われる方にはたまったものでは無いと思いますわ。」

 

「もちろん本当にそれだけなら私も敬遠しただろうが、人に言う分ちゃんと結果は出すし、自分の恵まれた能力に驕らず努力もする奴だったからな…だから嫌えなかったんだ。」

 

最もアイツ自身は努力なんてしてないと今でも言い張るだろうがな…

 

「…さて、これ以上アイツの事を話すとまた脱線するからここまでにしておこう。ここからが本題になる…」

 

私は今でも昨日の様に思い出せる…聖杯戦争に巻き込まれたあの日の事を…



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89

「…第五次聖杯戦争が始まったあの日、私は部室の掃除をしていた。」

 

「一応聞くけど、何部?」

 

「…弓道部だ。」

 

私がそう言うとイリヤはやっぱリ…と言う顔をした…まぁ私の場合そう思われても仕方無いが、どうせなら一つ訂正しておこう。

 

「…言っておくが、当時の私の弓の腕は二流以下だ。……謙遜では無い。」

 

「え…?そうなの?」

 

「ああ。私の場合、毎回雑念が入ってしまうせいか命中率は低くてな…極端な話、同じ部だった慎二や桜の方が上手かった程だ……コレでも努力はしたのだがな…」

 

今なら理由は分かる…全てを失った記憶が欠けてしまっている上に他人を犠牲にして生き延びた罪の意識すらも無い私には、アーチャーの様に自分の感情を殺す事が出来無かったのだと…

 

「…まぁとにかく話は戻るが…その日私は一人掃除をしていたんだ…季節は冬場、と言う事も有り日も暮れて来ればさすがに寒くもなる…根が凝り性であった私はついついやらなくて良い所まで念入りに掃除している内に肌寒さを感じて、漸く帰りが遅くなってしまった事に気付いた…」

 

「そもそも何でシロウ一人で掃除なんてしてたの?…まさか、イジメ?」

 

……誰だろうな、イリヤにそんな言葉を教えたのは…まぁ人間としてこれから生きて行くつもりなら知らないといけない知識では有るが。

 

「いやいや、基本的には部員全員でやるものだよ。単に私が他の皆が帰ってもやっていただけさ…掃除は嫌いでは無かったからな。特別私にとっては可笑しな話では無い…最も部長の慎二には『今日は僕と桜は用事が有るからそろそろ帰るけど、お前もちまちまやってないでさっさと切り上げて帰れよ』…とは言われたがな…」

 

「…あの方、部長など務めていたんですの?」

 

「アレで人を惹きつける物は有ったからな…高校に入る頃にはある程度毒も消えていたしな…」

 

「さっきも似た様な事を言った気がしますが…アレで良くなった方、ですか…?」

 

「…今思えば、あの言葉も…聖杯戦争に私を巻き込まない様にする気遣いだったのかも知れん…」

 

最も今になって改めて本人に聞いても『ハァ?バカじゃないの?僕が何でそんな忠告しなきゃならないワケ?』とでも言われるのがオチだろうが…全く、本当にアイツは素直じゃないな。

 

「話を戻すが、とにかく私は掃除用具を片付けて鞄を掴んで急いで校舎を出ようとしたんだ……そこであの光景に出くわしてしまったんだ…」

 

「何を見たの…?」

 

「赤と青の閃光のぶつかり合い…要はサーヴァント同士の戦いだ…突発的に起こった戦いではあったんだろうが、今思えば人払いの結界すら無かった辺りが本当に凛らしい…」

 

彼女の場合、そのうっかりは最早間接的に自分の不運にすら直結するレベルだ…歴代の遠坂の中でも最も不幸だったりするのでは無いだろうか…

 

「辛うじて目で追えるそれを見てしまった私は…すぐ立ち去れば良いのに"ソレ"から目が離せなかったんだ……それが私の運命を決めたのだろうな…」

 

「どうなったの…?」

 

「…目の前の光景に圧倒され微動だに出来無いまま、ほとんど呼吸すら忘れていた私は…途中で漸く我に返り、思わずその場にへたり込んだ…座ってしまったんだ…」

 

「その時にな、手に持っていた鞄が地面に当たって音を立ててしまったんだよ…それ程大きな音じゃなかったが相手は人知を超えた存在…英霊だ。私の荒くなった呼吸にすら二人が気付かなかったのがそもそも奇跡の出来事だったのだろう…コレには、さすがに気付いた…」

 

「二人の動きがその場で止まった事で姿が見え、その内青い服をまとった男の方がこちらを見て『誰だ!?』と叫んだんだ…」

 

「見つかったの!?」

 

「…向こうからは顔すら視認出来る様な距離じゃなかったんだが、そこは英霊だ…正確にこちらを明らかに目視し、殺気まで飛んで来たよ。震える足を太ももを叩いて叱咤して強引に立ち上がり、脇目も振らず走り出そうとした……が、この動作に数秒とかからなかった…到底追い付ける様な時間じゃなかった…にも関わらず、耳元でさっきの男の声がハッキリと聞こえた。」

 

「『悪いな、顔を見た奴は殺せ、って言われてるんだ。運が悪かったと思って諦めてくれ』その言葉の直後に胸の辺りに異物感を感じ、次いで…少し遅れて激痛が走った…異物が何なのか確認しようとする前に身体から引き抜かれる感触を感じ、それが消えた瞬間私は膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んでしまったんだ…その時には、もう痛みも無かった。」

 

「刺されたんですか!?」

 

「ああ。あの時は冷静に『あ、コレは死んだな』と私は思っていたよ…傷は確認出来無いが間違い無く致命傷だと思った…そのまま私は目を閉じ、意識を失ったんだ……一旦休憩にしよう、茶でも入れようじゃないか。」

 

「そんなの良いってば!シロウはどうなったの!?」

 

「落ち着いてくれ。私はこうして生きているだろう?長い話になる…少し一息入れよう。」

 

正直…私にとってもアレは苦い経験の一つだ、あの時奴の槍が身体の中を通った感触は…今でも忘れられないからな…

 

「少し待っていたまえ。」

 

私は湯を沸かす為、部屋の中に有るキッチンへ向かった。



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90

冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し軽く振ってからやかんに入れ、コンロに乗せて火を着ける…

 

紅茶に良いとされるのは軟水だ。日本は軟水の地域が多く、冬木市もその例には漏れんから普段は水道水を使うのだが…ホテルの多くは貯水タンクを使用しており、もちろん業者の仕事を疑うつもりは無いが、衛生面は良くても飲料水として適してるかはハッキリ言って微妙だ。

 

…と、自然とかつて教わった知識が頭に浮かんで来て苦笑する…まぁ誰かに披露する事もあまり無い知識では有るがな…

 

壁にもたれて腕を組み、さっきの話について思考を走らせる…聖杯戦争時代の頃の記憶は…もう最近では子供の頃の事と同じくこちらも薄れつつある…あの槍に刺された事など印象的過ぎてこれから先も永遠に忘れないだろう事柄も有るには有るのだが…

 

今の私にとって本当に忘れられない記憶と言うと…そう、奴と会ってからの事になるか…

 

 

 

外人部隊に入ると言うのは実はそこまで難しい事じゃない。まぁ、最も…こちらも切嗣の知人のツテが有った為スムーズに事が運んだ様な物だが…

 

基本的には前科が無く、ある程度の体力さえ有るなら一応は入る事は出来るのだ(言葉の壁は厚いが)

 

そして、部隊に入ってすぐに出会ったのが奴だった…

 

「qu'e…何だお前日本人か。そこで何してる?」

 

「あ、悪ぃ。手際が良いと思ってさ…」

 

アーチャーに比べたら決して洗練さは無く、寧ろ無骨とも言えるやり方で料理の手を進めて行く…だがそれは不思議と美しさすら感じた…無論、本人にそう言った事は無いがな。

 

「用が無いなら向こうで待ってろ。俺は料理の邪魔されんの嫌いなんだよ。」

 

「…一人でやるのか?」

 

その頃、私と奴のいる部隊だけにしてもそれなりの人員が居た。

 

「俺がそうしたいって言ったんだ……もう良いか?そこに突っ立ってられると邪魔なんだよ。」

 

「…何か手伝える事は「失せろ。二度は言わねぇ」……分かったよ。」

 

……奴の為に敢えて凛には語らなかったが…当時の奴は始め、今の姿がある意味可愛く見えるくらいには荒れていた。特に今の私がやった様に料理の時に話し掛けたりすると機嫌は一気に急降下した。ただ、私もどう言う訳か不思議なくらい奴の料理に惹かれていた…何せあれだけキツい態度を取られても私は奴に会いに行ったのだからな…そうして何度か奴の所に足を運んだある日の事だ…

 

「テメェもしつこい奴だな…何がしたい?テメェが来る度に気が散って、こっちは集中出来ねぇのが見てて分かんねぇくらい馬鹿なのか?」

 

「悪かった…でも本当に俺はお前の手伝いがしたいんだ……ダメか?」

 

「…チッ。好きにしろ…だが、俺の言う通りやれ…それ以外の事をしたら消えて貰う…んで、二度と来んじゃねぇ。」

 

「分かった!何を「うるせぇ、喋んな。こっちの指示通り動け…お前がするのはそれだけで良い」……」

 

……結局奴と共に料理をする様になっても、しばらくは会話らしい会話はまるで無かったな…今だと寧ろ奴の方がとにかく騒がしいのだが…まぁこの場合は私の方が落ち着きが出たのか。



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91

「あ?正義の味方?」

 

「ああ。」

 

部隊が同じでも仕事の振り分けなどの関係も有り、奴個人とだけ顔を合わせる事は少ない…必然的に親睦を深めようとすれば料理の時だけになる。何度か怒鳴られながらも粘り強く奴に水を向け続け、且つ会話をしても効率は落ちないのを奴に証明した結果…何とか多少の会話位なら乗ってくれる様になった。

 

「それがお前の夢だってのか?」

 

「そう「嘘だな」……何で、そう思うんだ?」

 

「鏡でも見ながらそう言ってみな、そしたら分かるだろうよ。」

 

……馬鹿正直に実践してみた私も私だが、結局奴があの時嘘だと断言した理由は分からなかった。…最も、切嗣の夢を形にしようとは思えず、アーチャーの記憶から本来衛宮士郎が抱えていた筈の物を知ってしまった私が抱いてしまったそれは…夢とも呼べない憧れに過ぎなかったのだろうが。

 

その後も私が奴に話しかけ、奴が答える…それだけの関係性が続き、漸く奴から蟠りが消えたのは私が部隊を抜ける日の事だった(相当に時間がかかったがな…)

 

「お前、辞めるってのは本当か?」

 

「ああ。俺は夢を実現させたいんだ。」

 

「…衛宮、人間ってのはほんの少し見方を変えるだけで善にも悪にも変わるし、人の心は脆い…それを分かった上で言ってんだな?」

 

「…もちろん分かってる。簡単じゃないのは…でも俺はやれる所までやってみたいんだ。」

 

「……なら良い、俺から言う事は何もねぇ。ただ自分で決めたんだ、簡単に潰れんじゃねぇぞ。」

 

「ああ…何か、色々ありがとな…」

 

「止せよ、気色悪い。ま、もう会わない事を願ってるぜ…じゃあな。」

 

最もその後何度も奴と出会い…私が現実に押し潰されるよりも先に奴の方が絶望し壊れ、その姿が何度も頭を過ぎる様になり…それが原因で私が正義の味方を辞めたのは…一体何の皮肉なのだろうな…

 

余計なお世話だと思いつつ…辞める事を決めた後も当然奴の事が真っ先に頭に浮かんでいた。

 

苦労して探し当てた奴がこの平和な国…しかも私の故郷で店をやっていて平穏無事に暮らしていると知った時…私は本当に安心したものだ…最も店に行って奴に会ってみれば…性格はあの頃よりは驚く程に丸くなっていたものの何処か危うさを感じた…

 

半ば強引に従業員として入り込んだのは私としても当然の行動だった…奴からしたらありがた迷惑だったのかも知れないが、私は確かに奴に恩を感じていたのだから…

 

最も、接客態度の宜しくない奴を厨房に押し込んだら客足が伸びたのだから正直感謝して欲しいのだがな…(店が有名になった事で、客としてやって来た凛と再会したのは全く持って予想外だったが…)

 

「むっ?」

 

思考に埋没していたらやかんが沸騰した事を知らせるピーと言う音で我に返った。さて、先ずはポットとカップを温めるのが先だな…



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92

紅茶を運び終え、皆が一息吐いたところで私は話を再開する事に。

 

「…刺されて死んだと思っていた私は、何故かその場で再び目を覚ましていた…夢かとも思ったが、制服に付着した血の跡と、地面の一角を染めるそれは…間違い無く私は一度刺された事を示していた…まぁ身体には傷一つ無いし、制服にも破れた跡の一つすら無かったがね。」

 

「…誰かに、助けられたの?」

 

「…凛だ、さっき見たサーヴァントの内…赤い男のマスターで有った彼女が私を生かした……まぁ、あの時は私が魔術師だとは知らなかったからだろうな…その後俺は傍らに落ちていた赤い、拳大の大きさの宝石を何故か拾い、制服の血の跡を気にしつつも帰路に着いた…まぁ帰ってすぐ狐につままれたような気分でいた私は目を覚ます事になるんだがな…」

 

「…ターゲットが生きてるのは向こうもすぐ判断出来る筈、そうなると敵は再び狙って来ますわね…」

 

ルヴィアのその言葉に私は頷き、続きを話す。

 

「…帰ってすぐ明かりも点けず、部屋の床に横になった所で視界に奴が入って来た…何処から入って来たのか、天井からこちらに槍を向けて落下して来た奴を咄嗟に床を転がって躱した。」

 

「『解放こそしなかったが、確かに心臓を刺した筈だ…お前、何で生きてる?』…奴からはそう言われたが、そもそも理由なんて私が聞きたい。黙っている私に『まぁ良い、同じ相手を日に二度も殺すなんて思わなかったが、コレも運命だと思って諦めてくれ』…もちろん、私にそんな運命を受け入れる気なんて更々無いからな…咄嗟に部屋に有ったポスターを掴み、丸めて強化を施したそれで、奴の槍を強引に逸らした。」

 

「サーヴァントの振るう槍を一魔術師が逸らしたんですの!?」

 

「…私自身素質は無いと切嗣に言われていたし、三流と評して良いレベルだったが…強化魔術だけは当時自信が有った…最もあの時は…向こうがこちらを侮って手を抜いてくれなかったら確実に失敗して、私は再び死んでいただろうがね…」

 

「『お前、魔術師だったのか?』そう聞きながらも奴は私に槍を振るって来る…正直、私はそれを逸らすので精一杯で奴の質問に答える余裕すら無かったがね…」

 

「…最も、強化そのものは今まで一番の手応えだったとは言え…元々何の変哲も無いポスターを強化しただけの物だ。今度はそれ自体が槍と合わせるごとに劣化して行く…このままではジリ貧だと感じた私は、カウンターを狙った…奴の槍が狙って来る場所を見極め、下から振り上げたポスターで奴の槍を強引に振り上げた…油断したのだろうな…ほんの一瞬の出来事とは言え、それは明確な隙になった。私は破れたポスターを放り捨てて奴の横をすり抜ける様にしてその部屋から脱出した。」

 

「…まぁ上手く行ったのはこの瞬間だけだったよ。当然の如く私は追われ、状況は更に悪くなった。普段から魔術の鍛錬をする際に使っていた土蔵に逃げ込み、逃げ場の無くなった私が死を覚悟したところで…もう一人闖入者がその場に現れた…さっき見た赤い外套を身にまとった男だ。」

 

「サーヴァントの方を注視しつつ…マスターからの帰還命令が出ていると言った青い服を纏った槍使いはその場から姿を消した。…運が良かったとは言い難いが、結果的に私は助かったんだ…大変なのはこれからだったがね…」

 

そこまで喋って溜め息を吐いた私はカップに口を付ける…ふむ、まだまだ私はアーチャーやオーギュストさんに及ばないな…最もウチの店主とはさすがに互角だと思いたいがな…



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93

各々が紅茶をあらかた飲み終え、一応お代わりを用意し、二杯目の紅茶を少し飲んでから私は再び口を開いた。

 

「良く分からないが助かった…そう安堵していた私の元に例の赤い外套の男…アーチャーを押し退け、私の元にほとんど顔見知り程度の関係だが、見覚えの有る少女がつかつかと歩いて来た…もちろん凛だ。」

 

「…私に対して魔術師としての正体を隠していた事を詰り、私も聖杯戦争に参加してるのかと聞いて来る凛だが…そもそも当時の私は本当に何も知らんからな…それ以上に普段は有り得ない姿のクラスメイトに色々困惑してて何も答えられなかったよ…」

 

「ちなみに有り得ない姿と言うのは…"アレ"ですか?」

 

ウチのバイト君がそう聞いて来る…そう、"アレ"だよ…とは言えだ…

 

「…正直に言うと君が初めて彼女に会った頃より…まぁ何と言うかとんでもなかったよ……詰られた私がもうそのギャップで気絶しそうになる程にな…今だから言えるが、偽りの姿の彼女に私は憧れていたしな…」

 

猫を被る、と言う慣用句が有るが…その程度の表現では最早正鵠を射るとは言い難い…何せあの時は本当に目の前に居るのは顔の同じ別人か、双子か何かなのかとそんな言葉が浮かんで来たくらいだからな…おや?

 

「ルヴィア?どうかしたのかね?」

 

「いえ。結局の所…私には最初から勝ち目が無かったのだと思いまして。」

 

「……ああ、そう言う意味か。」

 

確かに私は初めから凛…あの頃は遠坂と苗字で呼ぶ事の方が多かった彼女に強く惹かれていた…そう言う意味では後からアプローチをして来たルヴィアには私が目を向ける事は最初から無かったのだとも言える…まぁ実際はこうして凛と付き合う身になった今だから言える結果論に過ぎんが。

 

それ以前にルヴィア…彼女との最初の出会いで私が彼女に抱いた印象自体あまり良くなかった…

 

「シロウ?続きは?」

 

「!…すまない、それでだ…完全に困惑している私の前に居た凛をアーチャーが退けて、投影した剣を私の首筋に当てて来て『何を回りくどい事をしている…コイツがマスターで有るなら危機に陥れば守護してる奴が勝手に出て来るか、あるいはコイツが自分で呼ぶだろう…』…殺気を向けられ、息の詰まる私にアーチャーが畳み掛けて来る『どうした?早くサーヴァントを呼んだらどうだ?』」

 

「かろうじて私が言えたのは『サーヴァントって何だよ…遠坂もお前も何なんだよ…』口から絞り出せたのはコレだけだ…後は只管モゴモゴ言っていただけだな…正直、当時それ以上何と口にしたのかすら覚えていない。」

 

「それで…どうなったんですか?魔術師は簡単に人を信じる事は無い…普通に考えればそれはもう詰みですよね?」

 

「それなんだが…どうやら私はプレッシャーに負けて、そのまま勝手に気絶したらしいな…まぁ情けない話だが、当時の私は最低限の魔術の知識しか無く扱う技術そのものもはっきり言って大した事は無い…精神もほぼ一般人とそう変わらんからな…仕方の無い話でも有る…」

 

「ま、とにかく私は気絶し目覚めた時には既に凛と勝手に主従契約させられていたよ……そうだな、同意無しで下僕になる事を誓わされたとでも言おうか。」

 

周りがさすがにドン引きしてる空気を感じながら私は更に口を開く。

 

「…そして、凛の聞いて来るまま真実を口にさせられた…と言っても話せば話す程私から告げられる話の内容に凛は険しい顔になって行ったがな…どう考えても普通の魔術師なら有り得ない程何も知らず…且つあの一件も本当に偶然巻き込まれただけである事……そして、私が切嗣に会う前の事には一切答えられなかったからな…」

 

「シェロは幼少期の記憶がありませんものね…」

 

その言葉に頷きながら続きを口にする。

 

「契約を盾に脅しを掛けられ様が…覚えてない物は覚えてないのだからな…寧ろしまいに私の方が反発してしまったよ…まぁその時の私は凛にはもう逆らえ無い訳だが。」

 

本来なら、な…

 

「最終的に私に同盟を持ち掛ける凛にそもそも私は今この街で何が起きてるのも含めて何も知らない事…そして私を守るサーヴァントとやらも居ない事を伝えた…まぁ私にろくに何も説明しないまま結論を急いだのは彼女のいつものうっかりだろうな…最も、もう説明をする必要が無いと言えば無い、何せ既に凛と私の間に主従関係は結ばれていたからな…断れはしない…と、本来ならそうなる筈が…そこが凛の魔術師らしからぬ甘さだろうな…主従契約と言っても実際は私の意志そのものはある程度残しての契約だったからな…少なくとも同盟に関しては断ろうと思えば断れるし、私が本気で強く拒絶すれば私の意思でちゃんと契約も切れる様になっていた…最もそれすらうっかり故か説明されてなかったが。」

 

この"遠坂のうっかり"は本当に一種の呪いか何かかと思う…歳を重ねればある程度は予防出来たり、不測の事態もどうにか出来るんだろうが…当時の凛にそれを期待する事は出来無い…結果、今度は凛の方がキレた。

 

「まぁそこら辺を聞いた辺りで寧ろこの街に魔術師として居るのに何故聖杯戦争を知らないのか?と怒り始めたんだがな…そんな事を言われても知らんものは知らん…結局外で見張りをしていたアーチャーが止めに来るまで言い争いになってしまったな…」

 

「まぁ何と言うか…彼女らしいと言えば良いのか…シェロ?何か?」

 

「いや、何でも無いよ。」

 

出会った当初はある意味凛と同レベルで抜けている事の有ったルヴィアがそう発言したので思わず微妙な視線を向けてしまう…やれやれ自覚が無いとは困ったものだ…まぁ今は昔よりずっとマシになっているし、言うのは止めておこう…



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94

自分で入れた紅茶を口に入れ口内を少し湿らせてから口を開く…

 

「最終的に仲裁してくれたとは言え、やって来たアーチャーはさすがに当初困惑していた…が、あまりにも噛み合わない私たちの会話に事態を悟ったのだろうな…その場で溜め息を一つ吐いてから私たちの間に入り『凛、いつまでもその無知な愚か者にかかずらっていても仕方無いだろう…そいつの令呪の有無は既に確認しているのだろう?ならばそいつは本人が何と言おうとこの時点ではまだ参加者の一人だ、仮に棄権するとしても先ずは監督役の元に連れて行き説明を受けさせるべきではないかね?』」

 

そこまで言ってからハッとする…あの時の私は目の前の凛の言葉で頭に血が上り、反論ばかりしていた割にやけにアーチャーの行動を覚えているものだと…まぁ今なら理由は分かる…奴の芝居がかった動きや、間の取り方が上手いせいも有るが…今思えば無意識にあの時の私はあの男を自分とは相容れない人物として強く認識していたのだろう……その癖、自分では決して至れないであろうその在り方に憧れてもいたのだろうと…

 

「シェロ?」

 

黙りこくったせいか、私に声を掛けて来たルヴィアの声で私は我に返る…そうだな、その辺は今考えても仕方が無い…続きを話せばな…

 

「すまない、続けよう…いきなり愚か者と言われて怒る私を無視して凛は私に着替えて出掛ける様促して来る…今回の聖杯戦争の監督役の居る教会に連れて行くから、とな…詳しい事は向こうでそいつに聞くと良い、ともな。」

 

「そう言われて、釈然としないものの…私は部屋に行って血の着いた制服を脱ぎ、私服に着替え始めたよ…正直短い時間で色々有り過ぎて頭の中はぐちゃぐちゃだったが私の動きは止まらず普通に用意は終えて、凛とアーチャーの居る居間に顔を出した。」

 

「そこでの話もそこそこに私たちは家を出て、凛の案内で教会に向かって歩き始めた…例のサーヴァントとやらを俺は呼ばなくて良いのかと凛に聞くと渋い顔をした…」

 

「それでも気になって更に深く聞こうとしたら霊体化していたアーチャーが突然私の横に現れてな…驚く私に『このたわけが…聖杯戦争のルールすらろくに知らん所か、未だ参加の意思すらはっきり決まってない貴様がサーヴァントなど呼んでまともに意思疎通など取れる訳無いだろうが…最悪、呼んだ直後に首をはねられるぞ…最も自殺願望でも有るなら話は別だがな…私は止めん、ライバルが減るのはマスターの凛とサーヴァントである私にとっては好都合だからな、好きにするが良い。』」

 

……つい、かなり力を入れて当時のアーチャーの真似をしてしまったが…周りがさすがに困惑しているのが分かる…とは言え実際に当時私が抱いた感情そのままだ、分かりやすくて良いだろう。

 

「…ほとんど早口でしかも一気にここまで言い切られた私は最早唖然としてしまい、何の反論も出来無かった…まぁ後に理由は分かるが、アーチャーは何故か最初から私に対してとても辛辣だったのだよ…まぁ私自身、最初に奴を見た時から…どちらかと言えば苦手なタイプだろうと感じてはいたのだがな…」

 

この場でアーチャーの正体を知らないのは実はバイト君だけになるが、一応空気を読んだのか他二人は黙ってくれている…詳しく説明しないとならない相手は彼だけで良いとは言え話がややこしくなるからな、正直助かる…

 

「まぁさすがにその後黙ってしまった私を見かねた凛がフォローを入れたりしている内に教会には着いた。そこで聖杯戦争の説明を聞いた…」

 

周囲を一応見渡すが、当然この場の全員聖杯戦争については当時の私以上に詳しく知っている筈…今更おさらいする必要は無いだろう…

 

「そして参加意志の有無を問われたが、その時の私は未だ答えを持てなかった…そんな私に監督役…言峰綺礼が私にしたのは前の聖杯戦争…第四次聖杯戦争に養父衛宮切嗣が参加したと言う話だった…」

 

「『君の父がそこで見た物…君も知りたくないかね?』…そう問われ、私は参加の承諾を決めてしまった…今思えばそれでも断るべきだったのだろうがな…最も、だからこそ今の私が居るのだとは言える…」

 

「シロウはその…本当に後悔してない?初対面の私にまでいきなり殺されかけて…本当に「しないな、少なくともイリヤ…君に出会えたのは私…俺にとって救いの一つだ…俺は…親父の事について知れた事はほとんど無かった…君と言う娘、俺にとっては義姉が居たのだと知れた事…それは確かに俺の救いになった……まぁ最初に会ったのが敵だったのは悲しかったが、そんなもの些細な話さ」……そう言われるの、私としてはすごく嬉しいけどさ…シロウ?言葉はもう少し選ぼうね?」

 

「むっ?…どう言う意味かね?」

 

「自覚無し、ですか…コレは振り回された人多いでしょうね…」

 

「あのシェロ?聞きようによってはそれ、口説いている様に聞こえますわよ?」

 

「……そうなのか?」

 

「義姉の部分が有ってもその顔と声で堕ちちゃうかな…ねぇシロウ?私とはその…付き合えない?」

 

……潤んだ瞳を向けられて一瞬揺れてしまったが、すぐに凛の顔が浮かんで来た。

 

「すまないな…私はもう凛を選んでいる…代わりと言っては何だが、私は君が幸せになれる様に手を貸そう。」

 

「……あ~あ…振られちゃった…うん、分かった!じゃあシロウ?ちゃんと私を幸せにしてよね?」

 

「もちろんだ、必ず君を幸せにすると誓おう…」

 

「……私から言って何だけどソレ…直さないといい加減リンに刺されるわよ?」

 

「最早わざとやっているんじゃないかと思いますね…」

 

「シェロ…」

 

「……キザなのはきっと奴に似たんだ、仕方無い。」

 

この口調がいつの間にか染み付いている事も有り、最早どの部分が問題なのかも良く分からないまま咄嗟にアーチャーのせいにしてしまったが、平行世界の話になるとは言え…結局は同一人物だ…似ても仕方無い……何処からか『このたわけが!』と、罵倒する声が聞こえた気がしたがここは無視する事にしよう…

 

「あの…奴とは…?」

 

「…後で分かる。」

 

暈していたのについ、私から墓穴を掘った事に今更気付く…まぁ本当に後で分かるのだが…

 

「分かりました、今は聞きません。」

 

バイト君の言葉に頷き、私は続きを口にする。

 

「参加を決め、外に居た凛に同盟の話を受けると言った…まぁ本当に参加する気なのかと念押しされたがな…寧ろ私の方が『と言うか…お前はそれで良いのか?』と聞いてしまったがな…何せ私はまだサーヴァントを召喚出来ていないからな…仮に今サーヴァントが襲って来たら何も出来無い…どう考えても凛には何もメリットが無い。最早私以外得しない同盟だ…」

 

「…普通同盟と言うのは利害が一致してこそ成り立つ物だからな…まるで条件が釣り合っていない。本人は私の召喚するサーヴァントに期待するとの事だったが…聞けばサーヴァントを召喚するにはその人物に関連する物…触媒が必要で、それが無かれば召喚される英雄はランダムだ…どんな人物が出て来るか分からない以上、皮算用も良い所で相当に分の悪い賭けになる…何ともまぁ無茶な話だと思ったよ……もちろん、今は守って貰う以外無い私にはそう口にする事は出来無かったがな…最も、明らかに私を目の敵にしているアーチャーに護衛されるのかと考えたらさすがに溜め息の一つも吐きたくなったがな…」

 

ここでまたカップを傾け…むっ…もう空になっていたか…仕方無く私はカップを置いた。

 

「そんな事を考えていたら私たちの前に有る人物が現れたんだ…」

 

「…そのタイミングだと私だね…一応ここからは私も話した方が良いかな? 」

 

「そうだな…その方が良いかも知れん…」

 

「分かった…でもその前に、紅茶のお代わり…貰っても良いかな?」

 

「承った。一応君たちの分も入れよう…少し待っていたまえ。」

 

私はポットを持ってキッチンへ向かった。



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95

『チッ…よりによってお前が相手か…お前の力は良く知ってる…加減はしねぇぞ?』

 

やかんにかけた火を見詰める…一応集中してないとならないのだが、こうしていると不思議と思考は埋没して行く…そして再び過去の事を思い出して行く…何故かな…先程まで私が参加した聖杯戦争の事を話していたのにこうして一人になると奴の事ばかりを思い起こす…

 

『構わない…こうして相対してる以上、お前は俺の敵だ…でも、出来れば…逃げてくれないか?俺はお前を傷付けたくない。』

 

私の居た部隊の隊長はかなり柔軟な思考の持ち主であり、魔術師と一般人と言う振り分け自体を基本的にしておらず…軍人として一辺倒に生きて来たのに初めて戦場で目にした魔術師の力を明確な脅威として受け入れる事が出来たと言う…そして、自分の隊に入って来た私の持つ固有魔術…それを有益と捉える事が出来た。

 

だが、彼以上に私の事を一番理解出来ていたのはやはり奴だろう…

 

『ハッ…そんな事を言ってると足元掬われるぜ?』

 

部隊にいる間は仲が良かったとは言い難いが、担当も違う筈の奴と何故か組まされる事の多かった為か…奴は私を敵に回す意味を良く分かっていた……そして、奴は私の弱点すらも把握していた。

 

『だから言ったろ?足元掬われるってな…ま、ここまで来たのは褒めてやるよ。まさかせっかく仕掛けたトラップの大半をお前一人にぶっ壊されるとは思わなかったぜ…』

 

あまりにも凶悪で凶暴…且つ、私一人を殺すのにはあまりにも多過ぎる程のトラップ…後に聞けば魔術師に雇われる事になった時から私の様な魔術師の襲撃を想定して作っていたと言うソレを無我夢中で突破しつつ…隙間を縫う様に襲って来る奴の仲間を一人一人確実に仕留めて行った私は一瞬気を抜いた瞬間…その内の一つに引っかかってしまった…

 

『クソッ…!殺せよ!』

 

逆さまの状態で宙吊りになり、直後に飛んで来た矢を身体に受け、身動きの取れなくなった私の前でかがみ、奴がナイフを取り出す…

 

『…止めた、面倒臭ぇ…』

 

『何だと!』

 

『あのなぁ…まだ気付いてないのかよ…お前は囮だったんだ…さっき俺の雇い主の居た屋敷を襲撃されたって連絡が有った…しかも死んだらしい…今更お前を殺す意味がねぇんだよ。』

 

『俺が…囮…?』

 

『お前は他人を信用し過ぎだ…』

 

奴がナイフを私の手に持たせ、自分のズボンのポケットから取り出した瓶を地面に置く。

 

『そもそもお前はもう死んでる筈なんだ…つか、かなり強力な毒を使ったのに何で意識有るんだよバケモンが…今更お前殺しても一円も貰えねぇからな……コイツは解毒剤だ…』

 

奴が立ち上がり私に背を向ける。

 

『おい!何処へ行くんだ!?』

 

『逃げるんだよ、このままだと俺も始末される…ま、縁が有ったらまた会おうぜ?』

 

『クソッ!ふざけんな!絶対仕返ししてやるからな!?』

 

 

 

「今思えば…何とも子供染みた執念を燃やしたものだ…」

 

結局次の遭遇時には私もわざわざ巨大な落とし穴を掘ったが…中々引っかからないから散々追い込んで結局無理矢理穴に落としたんだったな……そして、私は奴を殺さなかった。

 

『テメェ!何のつもりだ!?』

 

『何って言われてもな…俺はお前と同じ事をしてるだけだぞ?』

 

『クソが!首洗って待っとけ!次会った時は俺がお前を殺してやる!』

 

……結局次の邂逅の際にたまたま会った私と奴は組み、次は奴からの依頼で再びの共闘…奴との決着はその次に持ち込みとなった。

 

「いや…決着は…着いてないか…」

 

私と奴の場合…戦ってどちらかが死ぬ…その瞬間こそ真の決着となるだろう……今更奴と命懸けで争いたくなど無いが。

 

「ましてや今は奴を慕う者も居る…知ってしまった以上…今更…私は奴を殺せまい…」

 

アーチャーからすれば甘い理屈だろう…だが、私は元々アーチャーの様に冷酷にはなれんのだ…これから先…奴が取り返しのつかない悪事に手を染めるとしても私はきっと奴を殺せないだろう…とは言え不思議なのは…

 

「何故だろうな…」

 

今、私は慌ただしくは有るが戦場を闊歩していたあの頃に比べれば穏やかな生活を送っている…奴のお陰とは思うが良く考えればそれは結果論に近い…少なくとも三度目に出会ったあの時にやはり殺しておくべきだったとも言える…

 

「…仮に今殺るとなると…ルヴィアとは敵同士になるか…」

 

ルヴィアに関しては明確に友人と言え、争いたくはないが奴は違う…正直に言えば、奴に対して持っている感情は友としてのソレには程遠い…

 

「まぁ良い…今考える事では無いだろう…」

 

何故殺せないのか…そんな事は今考える事では無い。ちょうどタイミング良く湯も沸騰した様だ…さて、茶を入れるとしよう。



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96

「シロウ…何かあった?」

 

お盆にカップとポットを乗せてキッチンから出て来た私に向かってイリヤからそんな質問を投げかけられる…

 

「…すまないが、質問の意味を図りかねる…私はただ紅茶を入れる用意をしていただけなのだが…」

 

確かに先程まで考えがモヤモヤとはしていたが…

 

「イリヤスフィール、それでは言葉が足りませんわ…シェロ、顔色が悪いですわ…何かありましたの?」

 

正直、驚いた…

 

「……そんなに…顔に出ているか?」

 

「ええ。比較的、この中では付き合いの短い僕が分かる程にはハッキリと。」

 

「…そうなのか…いや、大した事では無いよ…少し…考え事をしていてな…」

 

こうして感情が表に出やすいのがアーチャーと私の明確に違う点の一つでも有るのだろう…一度完全に壊れた事で感情の値を最早任意でゼロにする事が可能なアーチャー…本来の衛宮士郎の様に色々大きく欠けてはいても、壊れきってはいない私…人としては正常の範囲なのだろうが、こうして気を抜くと色々悟られてしまうのは欠点と言うべきか…それとも…いや、それを考える意味が無いな…

 

「その…宜しいんですのよ?体調が悪いのでしたら続きは後日でも…」

 

「……いや、次がいつになるかは分からないからな…全部は無理でも今の内にキリの良い所までは話しておきたい…」

 

凛の事が有るし、この後は店の準備も有る…それ以上にこれ以上ルヴィアには先程私の抱いた物に気付かれたくない…

 

「そう、ですか…」

 

心配そうにするルヴィアを見て、やはり奴を傷付けるべきでは無いのだろう…と、思う…しかし…それと奴をどうする方が良いのか、と言う問いとは別問題と言う結論を出している私も居る…友人だとは思ってなくても、我ながらここまで鬱屈した感情を奴に抱いているとは先程まで気付いていなかったが…

 

「そう心配しないでくれ、騒がしい人間がいきなり二人も居なくなって…色々と余計な事まで考えてしまったと言うだけの話だよ。」

 

改めて凛はまだしも奴の存在まで何だかんだ救いにもなっていたのだと感じる…最も、こうして居なくなると奴をどうすべきだったのかと考えてしまうのだが…全く、何故今になって自覚するのか…

 

「そうですか…何も無いなら宜しいのですが…」

 

「シロウ…無理しなくて良いんだよ?」

 

「…大丈夫だよ、義姉さん。」

 

イリヤを安心させたつもりだった…しかし、彼女は微妙な顔をしている…

 

「どうしたのかね?」

 

「シロウ…本当に大丈夫?」

 

「何がだね?」

 

「あ、やっぱり自覚無いんだね…今、私の事を義姉さん、って…」

 

「そう、なのか…?」

 

私が聞くと三人が揃って頷いた…成程、思った以上に今回の一件が響いている様だ……何せ妙な思索に耽るくらいだしな…まぁタチの悪い事にアレは確実に私の本心だったりするのだが…

 

「…どうやら、凛の事がそれなりに堪えてはいる様だ。ただ…体調そのものは別に影響が無い。話を続けよう…」

 

私はそう言ってお盆の上のカップを各々の前に置いて行く…

 

「それなら良いけど…それで、取り敢えず私の事から話せば良いのかな?…と言っても私の事については三人とも知ってるよね?」

 

「取り敢えず僕はイリヤさんがホムンクルスで有る、と言う事しか知らないのですが…」

 

「あ、話してなかったっけ?」

 

「まぁ完全に身内の話だからな…イリヤ、君も恐らく無意識の内に省いたのだろう…」

 

まぁ今の彼女はホムンクルスかも未だハッキリしない訳だが…

 

「ちなみに私も又聞きで、あまり詳しくは聞いていませんわ。」

 

「あー…そう言えばルヴィアにもちゃんと言ってなかったかも…だって知ってると思ったし…」

 

「まぁ、嫌なら無理に言う必要は無いんじゃないか?君にとっては辛い話にもなる…」

 

「私も…そうしたいんだけど…聖杯戦争の時の私の行動を話すとなると私自身の事を詳しく話さないとならないから…うん…だから、話すよ…」

 

カップを両手で持ち、何かを堪える様な顔をしながらカップに口を着け傾ける…少ししてカップを口から離すと彼女は口を開いた…

 

「…私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン…小聖杯にして、先の第四時聖杯戦争の参加者が一人…魔術師殺し衛宮切嗣とホムンクルスにして、先の小聖杯アイリスフィール・フォン・アインツベルン…二人の間に産まれた娘…先の戦争でお母様は亡くなり、父のキリツグは消息を絶った……私一人をアインツベルンの屋敷に残して。」

 

「でも実際はキリツグは本当は何度も私を迎えに行こうとした…が、先の戦争の有る出来事が原因でキリツグは身体を病んでいて…結局…私を助ける事は出来無かった……私は…そんな事すら知らなかった…」

 

「小聖杯アイリスフィールの予備として産まれて来た私…ホムンクルスは元々短命…お母様が小聖杯に姿を変えて第四時聖杯戦争が終結している以上私に出番なんて本来無かった筈…でも、イレギュラーが起きた…第四時聖杯戦争から僅か11年…本来60年に一度だけ行われる筈の聖杯戦争…でも、第五時聖杯戦争は始まってしまった…私はコレをチャンスだと思ったの。私はずっとキリツグはアインツベルン…お母様を裏切り、私の事を捨てたと聞かされていた…」

 

「…だからお爺様から聖杯戦争に参加して今度こそ勝利する様に言われた時…私は…お母様と私を捨てたキリツグに復讐するチャンスだと思った…正直、お爺様は私が本気で勝てるとは思ってなかったみたいだし、どうせ期待されてないなら好きにやってやろう…そう思って…」

 

「でも、私のお世話をしていたホムンクルスたちとこの冬木市までやって来て…嘗て拠点にしていたと言う衛宮邸…聖杯戦争に参加するなら今回もそこを使うだろう…そう思って私のサーヴァントのバーサーカーを連れてやって来た時…私は不思議に思った…そこに居たのは"衛宮"士郎と名乗る赤毛の少年だけで、キリツグは何処にも居なかったから…」

 

「私はすぐに分かった…あの子は…キリツグの息子なんだって…許せなかった…私を捨てた癖に新しく子供を儲けたのが…何より、苦しんで来た私の存在も知らずのうのうと生きてるその子が……まさかあの子がキリツグの養子で…御三家…それも私の家が嘗てやった事が原因で本当の家族を喪っていたなんて…私は知らなかった…何も分かっていないのは…私だけだった…!」

 

そこで私は口を挟んだ…私に対する罪悪感からか、顔を歪めるイリヤを見ていられなかったせいもあるが。

 

「イリヤ、急ぎ過ぎだ…それでは私とルヴィアは分かるが…彼には何の事か分からない…それに、私は今更気にしていない。」

 

もちろん、全く気にしていないと言えば嘘にはなるが…そもそも私自身はあの病室で目覚める前の事は本当に何も覚えていないのだから気にしようも無い。

 

「そう、だよね…ごめんなさい…」

 

「いえ…そもそも僕の方は元々部外者ですし構いません…それに、それも後で分かるのでしょう?」

 

「まぁ、詳しい話は私が後でしよう。」

 

元々…第四時聖杯戦争より更に以前…第三次聖杯戦争でのアインツベルンのやらかしはイリヤの死後に分かった事だ…彼女にもそこまで詳しくは話していないし、私から話す方が良いだろう…

 

「…続けるね?もちろん私はシロウの事情は何も知らなかった…でも、本来この恨みはキリツグにぶつけるべきもので息子のシロウには何の関係も無い…そもそも私の事自体ろくに知らされてなかったんだろうって言うのも何となく分かった…でも、理解出来ても納得するのとは別…私は…私が一人でいる間ずっとキリツグと一緒に居たシロウに嫉妬してしまった…そして、私の個人的恨みは息子であるシロウに責任を取らせるべきだ…そうやって自分を正当化したの…こんなのお門違いだって…分かってた筈なのに…」

 

「だから私はあの日もシロウを見張ってた…アーチャーはよっぽどシロウを嫌ってたんだろうね…霊体化しても先ず隠し切れない強大な気配…アーチャーは明らかに私とバーサーカーに気付いていない振りをしていた…最も、私はその時点ではシロウに何かする気は無かった…恨みを晴らすなら正当に…誰にも文句のつけられないやり方で…だから、どう見ても何も知らないシロウが聖杯戦争を辞退するなら私は…手を出すつもりは無かった。」

 

「一応、戦争に参加するなら中立地帯で有る教会では事を起こせない…だからあの時も見張ってた…そして出て来たシロウがリンに聖杯戦争に参加すると言った時…私はほくそ笑んだ…これでキリツグの息子であるシロウを断罪する権利が回って来たと思った…そして、私はバーサーカーをけしかけたの。」

 

イリヤが一旦口を閉じる…ふむ、ここからは私も語るべきだろう。

 

「…教会を出て家までの道中…彼女は現れた…雪の様に白い髪…やけに整った容姿の彼女…彼女は『聖杯戦争に参加してくれてありがとう…会って早々で悪いんだけど殺すね…』その言葉と共に筋骨隆々且つ、私たちより二回りは大きい男が目の前に現れた。」

 

「その時、私の連れていたサーヴァントはバーサーカー…真名はヘラクレス…具体的な逸話とかを詳しく知ってた訳じゃないけど単純に知名度ならこの日本でも相当に有名…そうでなくてもバーサーカーには絶対とも言える反則級の宝具が有る…先ず間違い無く、この場でシロウとリンにアーチャー…三人とも殺せる筈だった…」

 

「ちなみにその宝具とは?」

 

「厳密に言えば物じゃないわ…先ずバーサーカーの宝具は実質二つあって、一つは十二の試練…コレは元々宝具と言うよりバーサーカー…ヘラクレス自体の肉体特性…簡単に言うと仮にサーヴァントの命とも言える霊核を破壊されても11回までならバーサーカーは必ず蘇生する…そしてそもそもBランク以下の攻撃は仮に宝具の真名解放すら無効化し且つ…一度受けた攻撃には高い耐性が付き、実質同じ攻撃では殺せない…仮に破るなら他の六人のサーヴァント全員で挑んでやっとかしら…最もそれでも本来は六回しか殺せないけどね…そしてもう一つは射殺す百頭…コレはバーサーカーの使う武技そのもの…何をするかは状況によっても変わるけど基本的には超高速でほとんど同時に複数の方向から飛んで来る九連撃を放つ技…防ぐので有ればよほどガードを固めるか、同じ場所に同数連撃して迎え撃つしかない…」

 

「それはまた…勝てるんですか…?」

 

「普通なら…あの場で私が勝ってたと思う…」

 

「では…イリヤさんの方が勝てなかったと?」

 

「…私の方に甘さが出た形になるのかな…あの時、アーチャーがバーサーカーを抑えに回ったの…」

 

「私は凛とともにその場をアーチャーに任せ、そこから離脱してサーヴァントを呼ぶ事にしたんだ…」

 

「『良いわ!呼びなさい!今のシロウを殺しても意味が無いからね!』…うん、まぁ…あの時の私はそう言ったけど…呼ばせない方がすぐに殺せたのは間違い無いね…そうでなくても結局あの時先に退いたのは私だったし…でも、サーヴァントもついてないシロウをそのまま殺すのは正当性が無い…シロウは仮に参加表明を既にしていたと言っても…ろくに抵抗も出来無いシロウをバーサーカーの力でただ押し潰すのは私のプライドが許さないし、その程度じゃ私の気も晴れない…それなら呼び出されたサーヴァントをさっさと倒してシロウを絶望させてからジワジワと嬲り殺しにしてやりたい…そう思ったから。」

 

「随分淡々と物騒な事を言いますね…いや、先の話を聞けばイリヤさんだけを責めようとも思えませんが…」

 

「ううん…良いの。結局、間違っていたのは私…でも、その時はキリツグに対する私の憎悪をシロウに向けていたの…あの時も間違ってるのは本当は分かってたけど認められなかった…だって、それを認めてしまったら…私の怒りを否定する事になる…この想いを何処にぶつけたら良いか分からなくなる…そうなったら私の方が壊れる…そう思っていたから…」

 

「そして、イリヤは逃げる私と凛を追おうとはしなかった…アーチャー一人でバーサーカーを止められる訳が無いのは私と凛にも分かっていた…彼女は敢えて私たちを逃がしたのだと…私と凛は気付いていた…」

 

「彼女の目的は分からない…だが、このチャンスを無駄にする訳には行かない…私は凛に続く様にして召喚呪文を唱えた…」

 

「…ほとんど無我夢中だった…呪文に使われている言葉の意味なんて分からないままただの凛の言うソレを復唱するだけ…こんな事に本当に意味なんて有るのか…そんな事を考えていたら召喚陣が光り始めた…」

 

「凛が驚く私に集中する様怒鳴り、再び詠唱を続け…やがて視界が塗り潰されるほど強い光に私は目を閉じた…そして続いて巻き起こった突風に私は吹き飛ばされた…地面に転がり、身体を起こしながら目を開ける…そして最初に目に入ったのは一人の騎士甲冑を身に付けた人物が剣を持って立っている姿だった…その人物がこちらに歩いて来て私の足元で足を止めた。」

 

問おう。貴方が私のマスターか。

 

「…彼女の言葉は耳にこそ入って来たが、正直その時の私はあまりの事態に完全に思考が停止していてな…すぐには声を出す事も出来無かった…まぁ私たちの方へ近付いて来た凛に彼女が剣を突き付けた事で漸く我に返ったがな…」

 

あの時は大変だった…融通の利かないセイバーに凛はマスターでは有るが、同盟相手で敵じゃない…そう説明したが当時の私の説明が拙いせいか中々理解を示そうとしてくれなかった……凛の方は向けられた殺気でまともに言葉を発する事が出来ず、私の方もその影響を受けて説明がたどたどしくなっていたせいも有るだろうが。

 

「まぁとにかく時間はかかったが、私と凛は何とかそのサーヴァント…セイバーを説得し、アーチャーとバーサーカーのいる場所まで急いで戻る事にしたんだ……最もセイバーは途中で私だけを脇に抱えて、現場まで魔力解放でまるで砲弾か何かの様に一気に突っ込んで行った為に凛は完全に置き去りになったがな…」

 

まぁ…アレは本当は私がセイバーの行動を諌めるべきだったのかも知れない…最もあの時は急に抱えられて私の方は完全にパニックになっておりそれどころではなかったがな…正直、自分が彼女のマスターであると言う自覚もまだハッキリ持てていなかったしな…



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97

「まぁ敢えて詳しい経緯は省くが…セイバーと私が現場に到着すると同時にアーチャーが離脱…バーサーカーとセイバーが戦い始めて少しした辺りで何処からか何かが飛んで来て、地面に刺さりその直後に起きた閃光と爆発……当時は何が起きたか全く分からなかった。今なら分かるが、アレはアーチャーが投影した宝具を遠方から弓矢で狙撃、地面に着弾してから爆発させたんだろうな……よりにもよって、あの場に居た私とセイバーを巻き込む形でな…」

 

「……その、遠坂さんとアーチャーとは同盟を組んでいた筈では?」

 

「もちろん、アーチャーの独断だ…アーチャーは卑怯、卑劣と罵られようと確実に敵は殺すのがポリシーでな…本来なら後々私とセイバーは敵になるのだからな…どう言い繕うと結局殺し合いである事を考えれば当然の選択だ…まぁ私個人としては今でもあの行動を許す気は無いが。」

 

「あの攻撃で咄嗟にシロウを庇ったサーヴァントらしき人物…恐らくセイバーは見た目瀕死でシロウも明らかな重症…私の方は誰からの攻撃なのかも分からなかったとは言え、狙撃手の居場所を探る事は難しいけど決して不可能じゃなかった…でもバーサーカーも一回死んじゃったし…あのまま続けると狙撃手の居場所を探る前に一方的に攻撃をされ続ける可能性があったし、当時の私は一旦撤退する事にしたわ…屈辱ではあったけど…バーサーカーは今も健在で後命のストックは10個有る…その気になればいつでもシロウを殺せるから…そう考えてね…」

 

「あの時私は気絶していた為何が起きたのか詳しくは知らないが、アーチャーが確実にセイバーを仕留めようとしてあの場に再び帰還…何とか立ち上がったセイバーと交戦している所に漸くやって来た凛が出会したそうだ…アーチャーは途中から念話に返事をしなかった為、何が起きてるのか分からないままアーチャーを止めに行ったらしい……令呪を使ってな。」

 

「三画しか無い令呪を使ってですか「いや、凛はその前に既に一画使ってしまっていて二画しかなかった」……何に使ったんですの?」

 

微妙な顔をしながら聞いて来るルヴィアを見るに、さっき言ったランサーとの戦いで使った訳ではないのは何となく察しているらしい…まぁ何だかんだ付き合いも長いからだろう…

 

「…後に聞いたらアーチャーは召喚された当初凛と連携を取る気がまるで無かったらしい…その癖口調も自分を小馬鹿にしていると感じたそうでな…つい、カッとなった勢いで令呪を使ってしまったんだ…自分に必ず服従する様に、と。」

 

「呆れますわね…」

 

……今はともかく…昔のルヴィアなら何となく同じ事をしそうな気もする…アーチャーのあの口調はナチュラルに人を煽りに行ってるからな…

 

「先にした令呪の縛りによりマスターの凛の命令には必ず服従の筈が…既にとどめを刺す直前の段階だった為効かなかったのか、それとも凛のいつものうっかりで忘れていたのかは教えてくれなかったが…結局凛は二画しか無い令呪を使ってアーチャーを止めてしまったんだ。直後にやってしまった事に気付くが後の祭り…最も結果アーチャーは攻撃を止めたがな。」

 

「取り敢えずやってしまった事は仕方無い。残り一画になった令呪に溜め息を吐きたくなりながらも私の治療に向かったらしい…が、ここで予期せぬ事が起こった…」

 

「と言うと?」

 

「…私の傷が既に塞がり始めていたそうだ…凛が治療を始める前にな。」

 

「……衛宮さんが無意識に治療魔術を?」

 

「…いや、私は今でも専門外だ…当時の私が満足に使えたのは強化と解析のみだ…」

 

「では…何故そんな事が?」

 

「おいおい説明しよう…とにかくその謎の現象に驚きつつもアーチャーが凛、セイバーが気絶したままの私を抱えて家まで帰ったんだ…そして、結局私は意識が戻らず…私が眠っている間に私と凛の同盟の話をセイバーに先より詳しく説明しようとしたらしいが、『マスターが目覚めてから聞きます』の一点張り…そもそも凛のサーヴァントのアーチャーから攻撃を受けているんだ、信用していなかったんだろうな…仕方無く凛は私とセイバーを残して自分の屋敷に戻ったそうだ。」



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98

『ふん、サーヴァントを召喚出来たか…マスターも居ない様だし、私は一旦離脱させて貰おう。』

 

『なっ!?お前何処へ行くんだよ!どう見たってコイツはヤバいだろ!?』

 

『案ずるな、何も逃げる訳では無い…私はそもそも弓兵だ…援護に回らせて貰おう。』

 

『おい!消えんな『落ち着いて下さいマスター』…いや、でも!』

 

『私に任せてください。』

 

『……分かった…頼む…え~っと…』

 

『私の事はクラス名…セイバーと呼んで下さい。』

 

『セイバー…』

 

『さぁ、下がって!』

 

この後セイバーがバーサーカーと交戦…その少し後に私の頭上を通ってアレが飛んで来て二人の中心点に刺さった…変な形をしてるが…剣?私がそう思った直後にバーサーカーと戦っていたセイバーの姿が視界に入って来た所までしかあの時の事は記憶に無い…今思えばアレは閃光に気付いたセイバーが俺を庇う為にこっちに突っ込んで来たのだろう…

 

……私がもう少しあの戦闘の場から離れていれば、セイバーも余計なダメージを負わずに済んだ…何とも情けない限りだよ…今更気にしても仕方が無い事だがな…

 

「…さて、その後の私だが…結局目を覚ましたのは早朝…目を開けると同時に見えたのは見慣れた天井…そしてすぐ横から気配を感じてそちらに顔を向けた。」

 

『マスター…目が覚めたのですね…』

 

「…まぁその時は私は寝起きだった為頭がきちんと働いてなくてな…驚いた私はそのまま横に無理矢理飛び退いて部屋の壁に背中から激突したのだが…」

 

言ってからコレは別に言わなくて良かったのではないかと気付く…まぁ昔の話だ…今更何を言われようとそこまで気にしないが。

 

『だ、大丈夫ですか…?マスター…?』

 

『いっつ…いや、アンタ誰なんだよ!?』

 

「…昨夜の記憶が直ぐに戻らなくてな…当時の私は完全に狼狽えていたな…」

 

「当時のシロウは本当に何も知らなかったんだよね…それなら…そうもなるよね…」

 

「…と言うか、当時私の家まで来た事の有る女性は記憶通りなら藤ねぇか、桜くらいだからな…まだ学生の私はそこまで異性に免疫が有る方でも無い…にも関わらず寝起きに見慣れない女の姿を見れば…先ずは恐怖が先に来ても仕方あるまい?」

 

まぁあの時はセイバーの顔があまりにも整い過ぎていて別の感情もあったのだが、そこまで語る理由は無い。

 

『マスター…昨夜の事…思い出せませんか…?』

 

「…そこまで言われて漸く昨晩の事が頭を駆け巡った。そして、何とか落ち着いた私は彼女に言ったんだ…」

 

『覚えてる、な…それよりアンタ、サーヴァントだっけ?』

 

『はい、私は貴方のサーヴァントです…この身は剣となり貴方を『いや…待ってくれ』はい?』

 

『そもそも俺のサーヴァントって言われてもな…俺は確かに聖杯戦争に参加する事こそ決めたけど…まだ自分がどうしたいのかも良く分からないんだ…前の聖杯戦争で親父が参加したって聞いただけで…正直…マスターって呼ばれるのもまだ慣れないし…』

 

『……分かりました。幸い聖杯戦争は夜に行われます…それまでに答えを出してくれれば…』

 

『…すまない…悪いな、こんなマスターで…』

 

『…いえ、変に尊大に振る舞う方よりは好感を持てますから。』

 

「今思えば…何ともまぁ歪な主従関係が出来上がったものだよ…正直、来たのが彼女じゃなければその場で私は殺されていたかも知れん…」

 

とは言えあの当時の私の場合…仮に触媒を用意しないでサーヴァントを呼べば当時私の体内に有った鞘を触媒にするのでほとんどの場合彼女か、確率は低いがあの男が呼び出されるかのどちらかになるだろう…先に凛がアーチャーを呼び出していた時点で、彼女以外が来る事は余程のイレギュラーでも無い限り先ず無いだろうな…



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99

「その時はまだ私の覚悟が足りなかった為、お互いの事について話せた事はそう多くない…ただセイバーの真名とその正体、それと宝具については聞く事が出来た…」

 

そこで私は三人の顔を見回す…ルヴィアには正体については話してあるし、イリヤについては彼女の前でセイバーが宝具を使っているので薄々は勘づいているだろう…この場で知らないのはバイト君だけになるか…

 

「彼女の真名はアルトリア…アルトリア・ペンドラゴン…宝具は聖剣エクスカリバーだ。」

 

「!…という事はその人は…」

 

「彼女は女性である事を隠して嘗てブリタニアの王として君臨していた…アーサー・ペンドラゴン、そう名乗ってな。」

 

アーサー王物語については創作である、とは言われるが…アーサー・ペンドラゴンと言う王が実際に居たのかについては今でも議論の的だ…まぁ極端な話、実在で有るのかはこの場合問題では無い。多くの人間が知っている話として存在さえするなら、実際にその生涯を生きた英霊として座には登録されるからな…

 

「…当時無知とも言える私でも、さすがにアーサー王物語くらいは聞きかじった程度だが知っている…まぁ最も、女性であったとは予想もしていなかったがな…ただ、重たい西洋剣をまるで小枝のようにブンブン振り回しているんだ。サーヴァントとしての実力は申し分無いとも言えよう…そもそも彼女のクラスは最優と言われるセイバーだ…少なくとも女性であるアルトリアをあまり戦わせたくないと言う私の弁は封殺されるな。」

 

「と言うより、それを実際に口にしたのが私には驚きですわ…」

 

耳が痛いな…

 

「今思えば私も良くそう口に出来たものだと思う…何せ昨晩はまるで役に立っていなかったしな…しかも彼女は戦乱期の一国の王にして、騎士だ。そんな人物に平和な世界での価値観でものを言えば例えマスターと言えど…その場で首をはねられても何ら不思議は無い。」

 

「聖杯戦争を戦うどころか、いきなり自滅してた可能性もあった訳ですね…」

 

「生きていた時代も置かれて来た状況も私とはまるで違う…彼女の信念を完全に否定する事を言った事に気付き、私もさすがにその場で謝罪はしたな…」

 

まぁ本来の衛宮士郎で有れば価値観のみで口にした私と違い、それを信念として掲げて反論し続けるのが想像に難く無い…私ですらあの時点でそれなりに怒りを買った事を思えば確実に話が平行線のまま拗れると思うが…一体アーチャーはどうやって聖杯戦争で生き残ったんだろうな…

 

「まぁとにかくだ…取り敢えずいつも通り朝食の準備を始めるか、そう考えていた所で来客が有った…」

 

「このタイミングでお客さんってなると…リン?」

 

「セイバーに聞いたら『翌朝また来るとの事でした』との話だったからな…一瞬何故先に言わないのかと言いそうになったが、そもそもこの時点でまだ話が進んでいないのは気絶した私が悪いからな…取り敢えず桜はしばらく来れないと聞いていたから四人分の食事の用意を始めたんだ。」

 

「?…何故そこにサクラが出て来ますの?」

 

そうか、ルヴィアにも言った事が無かったか…

 

「当時の桜は訳あって間桐…自分の家に居づらい様でな…私に料理を習う名目で良くウチに来ていたんだ…魔術の鍛錬中土蔵で眠ってしまい、朝になってウチを訪れた彼女に起こされていたのを…今でも覚えているよ。」

 

「……一応聞くけど、土蔵に暖房は?」

 

「無いな、壊れたストーブなら有ったが。」

 

「良く凍死しませんでしたわね…」

 

「私も…今ならそう思う…」

 

外よりマシとは言え、土蔵は家の中に比べれば寒い…そう考えると私は相当に運が良いのだろうか……いや、私も衛宮士郎で有る以上そんな事は無いか…



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100

「さて、イリヤは良く知ってるだろうが…私は今でも昔の様に藤ねぇと呼んでしまっているが…姉代わりの女性が一人居る。」

 

「タイガだね。」

 

「ああ、大体食事時には彼女は乱入して来る。」

 

「?…そもそもサーヴァントに食事を用意するのも分からない発想ですが、それならば五人分用意する必要が有るのでは?」

 

「意趣返し、と言った所かな…そもそもアーチャーの分を用意する気が無かったんだ……まぁそうも言ってられなくなるのだが…」

 

「何があったんですの?」

 

「……凛と共に霊体化してウチにやって来ていたアーチャーの気配に藤ねぇが気付いてしまったんだ…」

 

「……やっぱりタイガって、侮れないね…」

 

いや、あの時は本当に参った…ただでさえセイバーと凛の事について説明するのに知恵を絞ったのに…アーチャーの存在までバレてしまっては私にはとても手に負えん…

 

「セイバーが切嗣の知人の娘でホームスティ先に選んだのがたまたまウチで、切嗣が亡くなっているのを知らなかった…アーチャーに関しては亡くなった凛の父親の海外の取引先の社員の息子で元々公私共に付き合いが有り、今回は出張先が日本で遠坂家に十数年ぶりに連絡を取ったら既に遠坂時臣が亡くなっていた…積もる話が無いと言う事も無いが、時臣氏が生きていて父に連れられて来ていた頃はともかく年頃の娘が一人暮らしをしている家に泊まるのは不味い…ビジネスホテルを取ろうとしていたアーチャーに凛が今更遠慮するなと言って半ば強引に屋敷に泊まらせようとしたが、やって来た当日に屋敷の改装の為業者を入れる予定なのを"うっかり"忘れていた…」

 

「自分自身もホテルを取る必要があったのにそれ自体忘れており、やって来たアーチャーと共に仕方無いから二人で改めてホテルを取ろうかと工事の手が入り、入れない屋敷の前で迷っていた所にたまたま私が通りかかり、ならしばらくウチに泊まれば良いじゃないかと提案したと…」

 

「……アルトリアさんはともかく、アーチャーのソレは…無いとも言い切れない話ですがそれでもどう考えても色々無理が有りませんか…?」

 

「そもそもの話…一応当時の私の交友関係について藤ねぇは大体把握している……そして、当然学校ですら私と凛はほとんど付き合いが無いのを藤ねぇは知っている…」

 

「初めから破綻しているでは有りませんか…いくら困っているとは言っても普段ろくに接点の無い異性のクラスメイトを普通は誘いませんし、仮にシェロがその辺を気にせず誘ったにしても異性で有る以上…リンの方から断る筈でしょう?」

 

「私もそう思う…が、あの時の凛は無理矢理それで押し通したんだ…何せ藤ねぇは暗示の類はほとんど効かないからな…最後は完全に力押しで納得させていたよ…」

 

お陰で家ではスーツ姿のアーチャーを良く見掛ける事になり、正体に気付く前ですら何とも複雑な気分になったものだ…ちなみにアーチャーのその姿は割とストライク気味だったのか何度か意味無く藤ねぇがアーチャーに引っ付いているパターンが多かったのもこちらの精神を削って行った…

 

「まぁ脱線した上に長くなったが…とにかく全員で朝食を取り、教師をしていて先に学校に向かう藤ねぇを見送ってから改めて同盟についての話を進める事になったんだ。」



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101

「そう言えば一つ聞きそびれていたのですが…」

 

「何かね?」

 

「……アーチャーが宝具を投影して、且つ爆破したと言うのはどう言う事ですか?」

 

…成程、イリヤは実際に嫌という程見ているしルヴィアはアーチャーの正体と私の異質な投影については既に知っているが彼には説明していなかったな…奴と奴の兄との戦闘の時も見てはいないしな…

 

「そうだな…これに関しては先に説明しておこう…アーチャーは宝具を"投影"出来るんだ、それもきちんと質量の伴った物質としてな。」

 

「……言っている意味が良く…」

 

「分からなくても仕方無いな…詳しくは後程説明する事にはなるが、奴は実際に宝具を投影出来るのだよ…しかもアーチャーが作る投影品は宝具に限らず奴がやった様に爆発させるか、あるいは任意に消すか…もしくは外的要因で壊れない限りは消える事は無い。とにかくランクこそ実際の物より1ランク落ちるが奴は宝具の投影が出来るんだ…投影した弓に矢として同じく投影した宝具を射出後、神秘破壊…ブロークン・ファンタズムによる強力な一撃…コレがアーチャーの得意とする戦法の一つだ。」

 

「宝具の破壊によるダメージは本当に強力よ…余程低いランクの宝具でも無い限り確実にAランク以上の威力は出る筈…実際、バーサーカーもそれで一度死んでいるしね…しかも、コレに関してはその後のバーサーカーの耐性すら確実に超えてくるの…」

 

「それはまた何とも…」

 

「ほとんどの魔術師からしたら生唾物だろうな…何せ宝具に限らず、基本的に何を投影しても消えないからな…ちなみに凛はアーチャーが当時投影したコートを今も所有しているぞ。」

 

まぁさすがに今は着る事は無い様だがな…

 

「…さて、奴の魔術に関しては一旦ここまでにして話を続けよう…藤ねぇを何とか誤魔化し、同盟の話を進める事にした私たちだが…当然話はまるで纏まらなかった…」

 

「衛宮さんはまだ戦う覚悟が無く、アルトリアさんは遠坂さんとアーチャーを信用していないんですから当然ですね…」

 

「更に言うと…アーチャーは当初宝具を投影出来る事すらマスターの凛に話していなかったらしい…本人は凛の召喚ミスによる記憶の喪失と言っていたが…出来ていた以上本人は戦い方に関しては覚えていた、あるいは既に思い出していた筈だ…結果、アルトリアに言われて初めてアーチャーが宝具を投影出来る事を知り、伝えられていなかった事でその場で凛がキレてしまう…お陰で凛とアーチャーの主従関係も事実上崩壊寸前だ…完全に部外者の私は…この状況にただただ頭を抱えるばかりだった…」

 

「最もいつまでも揉めている時間は無い…平日だ、私と凛には学校が有る…藤ねぇを送り出した手前休む訳には行かない…仕方無く一旦話を保留にして学校へ行く準備を私たちは進める事にしたが、ここで更なる問題が発覚する…」

 

「まだ何か有るんですの…?」

 

「…先ずアルトリアは霊体化が出来無い。」

 

「?…サーヴァントは必ず霊体化出来る筈では…」

 

「本人は理由に心当たりが有る様だったが、その時点では結局話してくれなかった…まぁそれ自体はそれ程問題では無い…ここで問題になるのは聖杯戦争が始まっている以上、マスターは絶えずサーヴァントの護衛を就けるのが普通だ…が、アルトリアは霊体化が出来無いのだ…さすがに学校に実体のままの彼女を連れて行く訳には行かない…結果、今度は学校に行く以外の選択肢を持たない私とアルトリアで揉める訳だ……何とかアルトリアを説得して家を出た時はもう遅刻寸前だったよ…ちなみに凛はさっさと学校に向かっていた…最も一緒に出れば逆に要らん揉め事に巻き込まれるのがオチだからな、賢明な判断とも言える…」

 

「初日からずっと…前途多難とかそう言うレベルで利かないですね…」

 

「…後から知ったが…私の参加した第五次聖杯戦争に限らず、実はイレギュラーは毎回あったらしいからな…そう考えれば私の場合は遥かにマシだ…」



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102

『へー…お前がギリギリなんて珍しいじゃないか。』

 

『ん…今日は寝坊してな…』

 

『あー…今日は桜もそっちに行ってないからな…にしても、少しは自分で起きる癖…付けろよな?』

 

『分かってるさ。』

 

「教室に入るなり慎二が絡んで来たが、今思えばアレは…私にサーヴァントが着いてるか確認しようとしたんだろうな…」

 

「と言っても…霊体化出来無いセイバーなんて反則の様なものですよね…」

 

「分かれ、と言う方が無理だろうな…で、昨日の興奮も冷めやらぬと言う心境の私を尻目に…特別目立った異常は起こらず、私は一日を過ごしていたんだ……昼休みまではな…」

 

「昼はいつも柳洞一成と言う、級友と生徒会室で食べるんだが「その人は生徒会関係者なんですか?」ああ、あいつは当時生徒会長だったんだ…で、教室を出ようとしたら…凛が教室に入って来て無言で私の手を引いて私を教室の外に連れ出した…」

 

「リンは違うクラスだったのですね…にしても、大胆な事をしますわね…彼女とはあまり交流が無かったのでしょう?」

 

「あまりどころか、当時はほぼゼロだな…同級生なのに、住む所が違う間柄と言った関係性か…凛は自分のクラス内でも完全に高嶺の花扱いだった様だからな…」

 

「それって、ほとんど無関係だよね?」

 

「そうだな…凛がしたのは明らかに要らない注目を浴びる行為だが、それすらも忘れる程に凛は慌てていた様だ…」

 

『おい遠坂!一体どうしたって言うんだ!?』

 

『良いから、来て…!』

 

「凛に連れられ、階段を駆け上がる…やがて屋上に辿り着き、ドアを開け放った…」

 

『やあ遠坂……衛宮も一緒か。ライダー、もう良いぞ。』

 

 

「屋上には、慎二とサーヴァントらしき女性が立っていた…後で凛に聞いたが、どうやら慎二がわざとサーヴァントを実体化して、こちらをおびき寄せ様としたらしい…」

 

『どう言うつもり?まさか、今この場でやろうっての?』

 

『そう慌てるなよ、お前らに頼みが有るんだ…』

 

『何でアンタの頼みなんて『待った、遠坂』何よ?』

 

『仕掛けるつもりなら…もう仕掛けて来てる筈だろ?サーヴァントを霊体化する必要が無い。』

 

『さすがだな…本当、お前にはムカつくよ…ド素人の癖に…』

 

『で、何の用だ?』

 

『……お前は居なくても良いんだけどな。まぁ良いや、遠坂…僕の話を聞く気は有るかな?』

 

『……良いわ、でも…一つ条件が有るわ。』

 

『何だい?』

 

『出しなさい、アンタのサーヴァント…隠してたら余計に信用出来無いわ。』

 

『成程、ライダー…』

 

「凛の言葉と共にサーヴァント、ライダーが再び実体化した…同時に、アーチャーもその場に現れる…」

 

『アーチャー、まだ動かないでよ?今度は従ってもらうわ。』

 

『了解だ…ただ、不味いと感じたら即座に動くぞ?』

 

『良いわ、私の指示が間に合わない様なら自分で動きなさい。』

 

『信用無いね、まぁ当然か…とにかく真面目に聞けよ?……お前の妹の話だ。』

 

『!…桜、の…?』

 

『?…桜は慎二の妹じゃないのか?』

 

『衛宮、お前ちょっと黙ってろ…遠坂、何でよりによってコイツ連れて来たんだよ?コイツ、一応マスターみたいだけど…自分のサーヴァントすら居ないみたいじゃないか…危機感無いにも程が有るぞ…』

 

『良いから、とっとと話しなさい…!』

 

『そそっかしくて、余裕が無い…相変わらずだねぇ…まぁ、お前が気にしないなら別に良いけど…』

 

「……今更ですが、僕が聞いて良い話ですか?」

 

「あー…まぁ君ならば良いだろう。」

 

「まぁ、それなら良いですが…」

 

当然ながら、詳しく知らないのは彼だけだったな…まぁ彼も元は魔術師の家の出、問題は無いか……一応、後で謝っておくか…さて、続きを話すとするか…



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103

『アイツは間桐の家に来た日から今日までずっと…蟲に凌辱され続けている…』

 

「……当初、私は慎二の言葉が頭に入って来なかった…いや、理解を拒んだと言うのかな…それでも意味が分からなかった訳では無い……ただ…自分を慕い、笑顔を絶やさない彼女が…まさかそんな目に遭っていた事など…どうしても受け入れる事が出来無かった…」

 

『……』

 

彼女の過去を聞かされると、やはりこう言う空気になるか…ここに居るのは一応特殊な私も含め、全員魔術師の家系になるが…それでも同じ女性として当時の彼女が置かれていた状況には心を痛めてしまうだろう…

 

まぁ、性別関係無く彼もそうだろうが…

 

「そんな…そんな事が…!」

 

……と言うよりほぼ一般人と変わらない彼は、当時の私と同じく受け入れ難い様だが…

 

「君に、一つ頼みが有る…」

 

「何でしょうか…」

 

「彼女を…桜を、出来れば特別扱いしないでくれ…彼女は今では愛する夫と娘を得た普通の女性でしかないんだ…」

 

彼の人柄は既にある程度分かっている…彼が桜を嫌悪する事は無いだろうが…彼の場合先に釘を刺さないと同情が前に出てしまうくらいには一般人と変わらない……嫌な言い方になるが、魔術師の家系ではあまり珍しい事では無いのだ…一般人にとっては虐待としか思えない行為も、魔術師の家では子供に対する「教育」になる……まぁ、今の時代…もし同じ様な事例に遭遇したら、表と裏…両方で潰す事は可能だ…そう考えると良い時代になったものだ…昔は、普通の虐待に対する国の対策ですら今より遥かに甘かったからな…

 

「分かりました…正直桜さんがその家に今も居る、と言うのが僕には納得出来無い話ですが…彼女が幸せである、と言うなら僕から何かを言う事は有りません…そもそも部外者ですしね…」

 

まぁ、当時の間桐家は既に跡形も無いんだがな…

 

「話を戻す…衝撃的な話を聞かされたせいか、完全に狼狽えていた私を尻目に凛が静かに前に出て、慎二を殴って地面に投げ出された辺りでようやく私は我に返った…」

 

『!…遠坂!』

 

『どう言う事…?』

 

「慎二のサーヴァント、ライダーは慎二を庇わなかった…後で聞いたら、自分が多少危害を加えられても何もするな、と予め言い含めていたらしい…まぁ、あいつなりのケジメだったのかも知れないな…」

 

とは言え、仮に慎二が桜に対して行われていた事を間桐臓硯を恐れて止められなかった、と言うだけなら…コレは理不尽な糾弾と言えるかも知れない…ただ、あの時のアイツはそうされる理由も有る…慎二は傍観者では無かった…少なくともここに居る女性陣は慎二のやった事をこの場で改めて聞けば…元々高くない慎二への評価は最早地に落ちるだろう…最も、今…あの二人は既にお互いに納得して「夫婦」と言う形になる事を選んでいる…それが二人の出した答えだ。

 

『ちゃんと答えなさい…どう言う事なの!?』

 

『っ…言葉通りだよ…アイツは…桜は…ずっと蟲に、ジジイによって身体を弄ばれていた…それが全て『それだけか』ん?』

 

「何故だろうな、私は…そう言う時に限って鋭くなるらしい…そして、空気が読めない…よせばいいのに、余計な事を聞いてしまった…」

 

『それだけじゃないよな…?お前、桜に何をした…?』

 

『……僕は、ジジイに目を掛けられてるアイツに嫉妬した…ムカついた…それで、犯した。』

 

「……気が付いたら私は慎二の上にのしかかり、拳を奴の顔に振り下ろしていた…さすがに見かねた凛が止めに入るまでな…」

 

「改めて聞いた今でも分からないんだよね…どうしてサクラは、シンジなんて選んだんだろう、って……それでもシンジとの子供を抱くサクラは…凄く幸せそうに見えたけど。」

 

「当時の桜に僅かばかり慎二を想う気持ちが残っていた事と、アイツがせめて責任を取ろうと選んだ結果だ……まぁ、だから最初の内は歩み寄ろうとする桜に慎二が遠慮して、かなりギクシャクした夫婦関係だった様だがな…それでも娘が産まれてからはアイツも二人に向き合う様になったがな……最も、仮に娘が出来てからもあのままなら…どんな手を使っても別れさせていたよ。」

 

元々、桜の身体では普通の子供は見込めない状態だった…芳乃、彼女がこの世に産まれて来たのはもしかしたらこれ一回切りの奇跡かも知れない…これからを考えれば大変だがな…何せあの子は、魔術回路を持っている…開く事無く普通の子供として育てるか、何が起きても良い様に魔術を教えるか…今も二人は迷っている様だ…

 

『慎二、そんなお前が俺たちに頼みたい事ってのは何だ?』

 

『っ…そうだな、お前に殴られる事までは納得してやるし、協力もして欲しいさ!だけどな、勝手に話に入ってくんなよ!これは…あくまで僕と遠坂がしないとならない話だ…』

 

『うるせぇ!帰れって言われたって帰るもんかよ!』

 

「……まぁ、当時の私はそれでまた激高してしまって殴り掛かってな…今度は慎二も反撃して来て話が進まなくなったんだが…」

 

「怒って当然ですわ…私も二人が今夫婦として順調でなければ…どんな手を使っても潰したいですから…」

 

「まぁ、桜さんが一方的にグイグイ来てる様に見えなくも有りませんが…間桐さんも応えようとしてる以上何も言えませんよね…」

 

最も、彼女の全てを背負って行く覚悟が無ければ何も言える訳が無いんだがな…そう言う意味では、ここに居る全員にその資格は無い……正直、凛ですら…もう無理だろう…間が悪かったと言えばそれまでだ…だが、それでも…あまりにも気付くのが遅過ぎた。

 

……どれ程負い目が有ろうと、それが出来た慎二…保身も覚えてしまった今の私には到底選べる道では無い…そう言う意味では私は…俺はアイツに、敵わない。



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