インフィニットストラトス 〜IF Ghost〜 (地雷上等兵)
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プロローグ

プロローグ

男は部屋の中にいた。部屋に窓はなく、しかし蛍光灯により男が椅子に座り、机がありむかいに女性が座り、机の上に無数の写真があることがわかる。

男は写真を手に取りじっと見つめた後言った。

「これは本物なのか?」

机にある写真はすべて同じ女性を写していた。

「ああ、本物だ」

女性は質問に答えると続けて言う。

「こいつが居る所、何かするつもりらしい。だから手を貸して欲しい」

「わかった。だが条件がある」

「なんだ?」

男は写真を指しながら言う。

「こいつは俺の自由させてもらう」

「いいだろう。今日からよろしくたのむ"泉 丹陽"」

「泉丹陽?」

「そうだ、今日からお前の名前だ。縁起がいいだろ?それとこれが新しい身分とこれからのことが書いてある」

女性は資料を渡すとそのまま部屋を出て行こうとする。

資料を渡された男もとい丹陽は、それに目を通し驚く。

「まて、学園に入学ってなんだ?織斑。しかも明後日って!」

織斑と呼ばれた女性は、もういなかった。

男は机にある写真を見つめる。そこに写っていた女性は、幼いものの織斑と瓜二つだった。

 

 

織斑一夏は屋上にいた。久しぶりに会った、幼馴染とともに。

「久しぶりだな箒、全国大会以来だっけ?」

「よく覚えていたな」

箒と呼ばれた、幼馴染は顔を向けることなくそっけない返事を返す。

「忘れるわけないだろ、お前のことを。それにあの時と髪型だって同じじゃないか」

箒は顔を背け、自分の髪をいじりながら答える。

「お前が、一夏が似合う言ってくれたから…」

「本当にそう思ったんだよ」

あの時から変わっていない。その思いが、自然と箒の頬を赤く染めた。

「どうしたんだよ。急にだまって?」

一夏がそう言いながら、箒の顔を覗こうとする。

「う、うるさい。そんなことより、もう教室に戻るぞ」

箒は顔を背け、すたすたと歩いていく。

「待ってくれ」

一夏は、箒のあとを追った。

なんか気に障るようなこと言ったかな?

そう思いながら、思い出す。

もっと機嫌が悪いやつがいたな。

自分の口から、ため息が出るのがわかった。

[インフィニット ストラトス]

宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。開発当初は注目されなかったが、アメリカから日本に向け放たれた約2000発もの大陸間弾道弾が発射される事件が発生。そのすべての大陸間弾道弾を迎撃し、さらにそれを鹵獲しようとしたものをすべて迎撃した。しかも、死者を出すことなく。それをきっかけに各国は、それの開発に勤しみ、それが最強であると認識された。もっとも、開発者が一人でその一人しか製造できずしかも失踪中。さらに、理由は不明だが、女性にしか起動することが"できなかった"

そう、今は違う。

 

桜が咲き、"新"という字が桜の花びらに負けないくらい飛び交う季節。

男は、IS学園校門前にいた。見た目は中性的な顔立ちに小柄な体型黒い髪は首元まで伸びていた。

一見すると性別が判断できないが、着ている服が男用のIS学園の制服なため、男であることがわかる そして、"新"入生であることもわかる。

一昨日入学が決まり、昨日一日中メディア関係で駆け回り、今日ここにいる。一昨々日の自分からは、想像できなかった、男はそう思い校門をくぐる。だが、男の顔は晴れ晴れとしていなかった。むしろ、機嫌が悪そうだ。

この二日、一般教養などの座学からメディア関係の対応など、慣れないことをやらさせられた男は、不満が態度に出ていたのである。

でも、目的達成には言うこと聞くしかないか。

男は、歩みをはやくした。




読み返してわかったんですが、誤字脱字が多かったです。
まだ見落としているかもしれないので、誤字脱字表現ミスご指摘お願いします。


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第1話

アニメを見ていて思ったのですが。セシリアはイギリス人です。でライフルのような武器を持っています。つまり銃剣突撃。何時やってくれるか楽しみです。


織斑一夏は困っていた。今、教室で前の席に座っている男に対して。

別に一人じめできないとか、ライバルが増えたとかではなく、初めて入学式で見かけたときは、自分の居場所を見つけたみたいで嬉しかった。

だからこそ、困っていたのだ。

今の今まで一言も話せずにいたのだ。

見た目こそ、小柄で中性顏なのだが、入学式から今の今まで機嫌が悪いようで近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

だが、そんな雰囲気をなんとも思わないものが現れた。

「ちょっと、よろしくて?」

話しかけたのは、金髪蒼眼の女性で、いかにもお嬢様という感じだった。

しかし、そんな女性に話しかけられたにもかかわらず、男は不機嫌だった。

「誰だ?」

「私のことも知らないなんて、この極東の地はどこまで田舎なんでしょう?」

「あんたの知名度がそれまでってことだろ」

「なんですって!」

女性は、怒り胸に手をあてながら続ける。

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

「ああ、代表候補生か。」

「まあ、代表候補生を知っているだけで求第点としてあげましょう」

セシリアは、男の発言を聞き、あからさまに機嫌を良くした。

「代表候補生ってあれだろ、金のかかるモルモット。でも、お前を見てわかったよ。うるさいモルモットだって」

「なんですって!」

二度目の怒り状態に入ったセシリア。

「私は、唯一教官を倒しました。そんな私をモルモット呼ばわりするなんて」

「それなら俺も倒したぞ」

ついつい話しを聞いていた一夏が、思わず喋ってしまった。同時に二人が一夏の方向いた。

「そんなはずありませんわ。教官を倒したのは、私だけと聞きました」

セシリアがそう言いながら一夏に、歩み寄っていく。怒りの矛先を向けらそうになった、一夏は思わずギョとする。

「女性の中だけではってことだろ。そんな怒るなよ」

「そういうあなたは、倒したましたの?」

「いや」

あからさまに機嫌を良くしたセシリア。

「まあ、仕方ありませんわ。教官を倒せるのは、私のような代表候補生だけですわ。偶然もあるみたいですが」

そう言いながら、一瞬一夏のことを睨んだ。

「その代表候補生様に質問があるのですが?」

「なんでしょう?答えあげますわ」

一夏はやな予感をしていた。さっきから飴と鞭を彼は使っていた。だから次は鞭だと。

「私は、ここのの試験のとき教官と戦おうと思っていたのですが。そしたら織斑先生が"お前の実力なら戦う必要はない"とおっしゃったのですが、これはどうゆう意味なのでしょうか?教えてくださいオルコット先生」

周りを含めセシリアが一瞬黙った。

ISの世界大会総合優勝を果たし、ブリュンヒルデと呼ばれたあの織斑千冬に実力を認められている。その事実が周りを唖然とさせた。

「嘘ですわ。そんの嘘信じると思って。さあ正直に言いなさい。教官に負けたと」

セシリアが取り乱し、捲し立てるように言った。

男は言った。

「授業始まるぞ。席に戻れ。」

慌て時計を見たセシリアは、男に向き直り睨みつけた。そしてすぐに、顔を背け自分の席に戻っていった。もちろん、一夏のことも睨みつけた。

一夏はセシリアが自分に背を向けたのを確認してから、長いため息をついた。

「バカだなお前。黙って見てればいいものを」

男は突然、一夏に話しかけた。しかし一夏は、突然のことでろくな返事ができず、たじろいでしまう。

そんな一夏に構わず男は続ける。

「でも助かった。ありがとう。泉 丹陽(タニャン)だ、よろしく」

丹陽は、そう言いながら、付けていた手袋を外し握手を求めた。

「俺は、織斑一夏だ。こちらこそよろしく。」

なんで手袋なんか付けていたんだろ?でも口は悪いけどいい奴みたいだ。そう思いながら一夏は握手に応じた。

チャイムが鳴り授業が始まった。

 




早速、一人落とした一夏さん。第一級フラグ建設士はだてじゃありませんね。

誤字脱字表現ミス、ご指摘お願いします。


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第2話

全体的に見て思ったのですが、作者には文字数で話を分けることが出来ないと。ここから長くなります。


教室に入ってきたのは、緑色のショートヘアーで眼鏡をかけ童顏。教壇ではなく、生徒席に座っていても違和感がない。だが、そんな見た目にもかかわらず、Eカップはある胸に違和感を感じずにはいられない。

「皆さん入学おめでとうございます。私がこのクラスの副担任になった、山田 真耶です。」

シーン。

ほとんどの人が織斑か丹陽の方を気にしているため、誰一人として反応しない。

「あ、えーと。皆さんが入学したIS学園は全寮制で、学校中でも放課後でも一緒仲良くしましょうね。」

シーン。

「そ、それじゃ、みなさん自己紹介してください」

山田先生はそう言い、出席簿を見る。

「まずは、君から」

先ほどから、ずっとあくびをかみ殺しどこか彼方を見ていた丹陽は、今まで話しを聞いていたかのように立ち上がった。

「泉丹陽です。お聞きのとおりセンスの欠片もない名前を付けられ、ご存知のとおり捻くれものです」

バシン!

丹陽が喋りきると同時に頭を叩かれた。

「センスが無いとはなんだ。センスがないとは」

突然現れた、織斑千冬が丸めた出席簿を手にそう言った。

「自分の親のことですよ。織斑先生」

「お前の親の代わりに殴ってやったんだ」

丹陽が舌打ちをしながら、ぼそりとつぶやく。

「サバ野郎が」

ガン!

今度は丸めず角で殴った。

「何か言ったか?」

丹陽が頭をさすりながら言う。

「教師のくせに体罰とか…」

千冬が黙って拳を上げる。

「とても素敵だと思います。生徒がつけあがることが無いようする、先生は先生の鏡です」

丹陽が笑顔で語った。

「あの、織斑先生。会議は終わったのですか?」

山田先生が困ったように聞いた。

「ああ。任せてすまなかった。後は私がやる」

千冬が教壇に立った。

「諸君。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。お前たち新人を一年で使い物にするのが私の役目だ。私の言うことをよく聴き、理解しろ。できない者はできるまで指導してやる。いいな」

「キャーー‼︎千冬様よ。本物の千冬様よ」

「ずっとファンでした」

「私、お姉様に憧れてはるばる北九州からやって来ました」

千冬の発言に対して、間髪入れず女子生徒の黄色い歓声。

一体どこに人を惹きつける魅力があるのか?と考える一夏と、頭をさすりそれどころじゃない丹陽。

「全く。毎年よくこんなに馬鹿者共が集まるものだな。感心させられる。それと何だ?私のクラスに馬鹿者たちを集めさせているのか?」

「キャーー‼︎お姉様もっと叱って‼︎罵って‼︎」

「でも時には優しくして」

「そしてつけあがらない程度に躾けて」

千冬はため息をつくと、自己紹介を再開させた。

「一夏次はお前の番だ。わかっているとは思うが、まともな自己紹介をしろよ」

一夏は、立つとちらりと丹陽を見た。

強烈な一撃だったのかまだ頭を庇っている。

「俺………

 

丹陽は回復したが一夏は対称的だった。

「それでは、一時限目を始める」

随分と使い込まれた出席簿を手にそう言った。

授業が終わり、休み時間が始まった。

一夏は、机にうつぶせていた。授業の内容がわからなかったからだ。

「駄目だこりゃ。さっぱりわからない。丹陽少し教えてくれないか」

「無理だ」

「頼むよ。このままだと、また千冬姉に何されるか」

「そう言われてもなぁ」

丹陽が教科書を眺めな言う。

「俺にもさっぱり」

「え?」

千冬姉に認められほどなのだから、てっきりIS関連に詳しいと思っていた一夏は驚いた。

「お互い初心者。気長に学ぼう」

「丹陽初心者なのか?」

「まあな」

「じゃなんで~」

「織斑君と泉君。ISのことなら私が教えようか?」

突然話しかけて来たのは、女子生徒でリボンの色から3年生であることがわかる。

「えぇっと、3年生の先輩ですか?なぜここに?」

「それは~」

「それだったら私がISについて教えるよ」

今度は、2年生。

「だったら私が」「私のほうが」「私だって」

いつの間にか、丹陽と一夏の二人は大量の女子生徒の囲まれていた。

一夏は困った。どうしようかと思い、丹陽を見る。

丹陽は、ほんの一瞬だけ本当に苦しそうな嫌そうな顔をした。一夏はそれを見た。

「なんだお前たち。 クラスが違うぞ。それとも直々に私の指導を受けたいのか?」

休み時間が終わり、クラスに戻ってきた千冬が群がる女子生徒達に向かって言った。

「そ、それじゃクラスに戻るから」

女子生徒達が蜘蛛の子を散らすように四散していった。

「それじゃ授業を始める。が、その前に決めなければならないことがある。」

千冬がそう言った。

「来週あるクラス対抗試合のためのクラス代表を決めなければならない。誰か推薦するものはいるか。自薦でも構わない」

千冬の言葉に何人もの生徒が早速手を上げた。

「はい!私は織斑君を推薦します」

「私は泉君を推薦します」

と次々と丹陽と一夏を推薦する。

初心者なのに。丹陽はそう思った。

「お、俺⁉︎」

「泉と一夏か。他に誰かいないか?」

驚く一夏を尻目に、進める千冬。

「待ってください!納得いきませんわ」

セシリアが立ちなが言った。

「はぁ〜。やっぱ来た」

丹陽がため息をついた。

「そのような選出は認められませんわ!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそんな屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

セシリアが丹陽と一夏を睨みながら言った。

「実力からすればこのわたくしがなるのが必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

一夏は怒りが込み上げてくるがわかった。

「だいたい~」

「やっぱり。本場の英国の人に比べたら、ISを動かせる男なんてインパクトが薄いか」

丹陽が突然口を開いた。

「パンジャンドラムとかジャックチャーチルとかいる国から比べるとこの国は田舎臭いか」

ドラム?ジャック?セシリアには何を言っているかわからなかったが、とにかく褒められているのだと思った。事実そんな感じだが。

「やっと私や私が祖国の偉大さがわかりましたか」

「だけどな、ここにいるやつはオルコットの実力を知らない。だから示せばいい。」

丹陽が千冬の方を向く

「千冬先生、模擬戦なんてどうでしょうか?」

「いいだろ」

「構いませんわ」

「ちょっと、待って」

セシリアは賛成したが、一夏は納得していなかった。

「それ俺もやるのか?」

「もちろん。気に食わないなら潰せばいい、それが一番手っ取り早い。」

俺が我慢出来なくなっていたことに気づいて。一夏はそう感じ丹陽の案に乗ることにした。

「一夏、泉、オルコット。他に参加者はいないか?よし金曜日第2アリーナにてクラス代表決定戦をやる。異論は無いな?」

「もちろん」

「いいですわ」

丹陽が手を上げる。

「なんだ泉?」

「クラス代表って具体的に何をやるんですか?」

「さっき述べたクラス代表対抗試合に、生徒会などの事務に担任である私の補佐もやってもらう」

千冬の話しを聞いて丹陽は何かを考えていた。

「一夏。相手はお嬢様だよな?」

何か閃いたのか丹陽は言った。

「あ!そうだった。セシリア、ハンデはどうする?」

「ハンデ?欲しいのでしたら差し上げましてよ」

「俺らじゃなくて、おまえにたいしてだよ」

一夏は真面目に言ったのだが、

「フフフ、織斑君。男性が女性より強かったのは昔の話し」

と、女子生徒に笑われた。

「そうそう、今男と女が戦争したら3日も持たないって言われてるんだから」

3日で地球が吹っ飛ぶの間違いでは?そう丹陽は思うだけ。

「一夏もらえるもんはもらおう。いいなお嬢様」

「構いませんわ」

「ちょっと、待てよ」

一夏に構わず進める。

「2対1で戦う。俺と一夏対お嬢様だ。」

「2体1とは、卑しい発想ですこと。ですが受けて立ちますわ」

セシリアにも構わず進める。

「先ずは、俺とお嬢様で1対1。その後一夏と1対1。二試合ともオルコットが勝てば、オルコットがクラス代表に。俺たちのどちらかが勝てば一夏がクラス代表に。こんなのはどうでしょうか?織斑先生」

丹陽はセシリアに負けたくなかった。しかし、面倒なクラス代表も嫌だ。だから一夏を誘導してハンデをもらい、自分が納得出来るようにした。

「いいだろ」

千冬が答えた。

「だが、一日ではセシリアのISの都合があるだろう。試合日は、金曜と土曜に変更だ。いいなセシリア、一夏」

「いいぜ」

「問題ありませんわ。後で後悔しても知りませんから」

また、思い通りにさせられた。セシリアは言葉とは裏腹に敗北感と不安でいっぱいだった。

 

 

「一夏、お前のISだが専用機が贈られるそうだ。状況が状況だ。情報収集のためのモルモットになれということだ。」

学校も終わりそうな頃、突然千冬がそう言った。

モルモットという単語に一夏は、思わず苦笑いをした。

「ん?まあいい。その専用機なのだか送られてくるのが土曜なんだ。」

千冬がそれだけ言うと、すぐにクラスを出て行った。

「専用機が来ると聞いて安心しましたわ」

うるさい方のモルモットが来た。

「私が圧勝することは決まっていますが、それを機体のせいにされては困りますから。ところであなたは専用機をおもちで?」

「いや無い。たぶん贈りたいって輩はいるが、受け取る気は今のところ無い」

丹陽は手元の参考本を見ながら答えた。

「専用機が贈られるなんて、織斑君すごいね」

「ところで専用機てなんだ?」

「ISて数が467と少ない。必ず企業なり国なりに所属していて、専用機てのは技術試験やらピーキー性能にして特定個人だけが使うようにしたやつって」

丹陽が参考本を見せた。

「こいつに書いてあった」

「467体だけ?なんでそんなに少ないんだ?」

「ISのもっとも重要な部分のコアって部分が完全にブラックボックスで、唯一製造出来る篠ノ之博士が製造をストップしてしまったから、だよね泉君」

「材料に限りがあるって理由もあるぞ」

「「え?」」

誰も聞いたことが無い情報に驚いた。

「いや。なんでもない」

丹陽は言うとまた参考本を見た。




主人公が口悪いですがどうか長く付き合ってください。


誤字脱字表現ミス、ご指摘お願いします。


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第3話

今回更識姉妹が出てきます。


学校が終わり、ISの訓練のため一夏は箒に連れ去られ、丹陽はIS関連の知識を得るため図書館やら整備所などを巡っていた。

「いてて」

時間は20時。 一夏は、痛む体をほぐしていた。

箒に連れ去られて、いきなり剣道をやらされてボロ負け。それから徹底的にしごかれ今に至る。

「これが週末まで続くのか」

いくら専用機が届くのが遅れるとはいっても剣道ばかりやって本当に勝てるのか?そう疑問に感じていた。

「俺だって、セシリアに勝ちたいんだ」

一夏はそうぼやいた。

一夏が今いるのは、1年1組の教室。忘れ物を取りに来ていた。

ん?一夏は教室の窓から奇妙なものが見えた。

恐らく寮の前で何人もの用務員が掃除をしていた。

新入生歓迎会か何かの後片付けでもしているのか?だとしたら、運が悪い。俺も用務員の人も。別に自分達が散らかしたわけでも無いのに片付けさせられるなんて。でもこれが当たり前なんだよな。

ISが登場してから世の中は、女尊男卑。男性の方が弱いのだから女性は偉い、そうゆう考え方当たり前になっていた。男性は肉体労働や子孫を残すためだけにいる、そう本気で考える女性もいるし悲しいことに男性の中にもそう考え、女性に媚を売る生き方をするものすらいる。何世紀も続いた男尊女卑のやり返しなのか。

一夏はため息をつく。

でも俺は認めない。もしかしたらセシリアは女性の代表なのかも。ならますます負けられない。

一夏はそう決意した。

 

 

寮に着いた一夏は迷うことなく自分の部屋に辿り着き入った。

もうすでにルームメイト帰って来ていて、シャワーを浴びている。

一夏は丹陽と同じ部屋だと思っている。だから迷わず、バスルームに入った。

「丹陽ただいま。あと参考本かりたいんだけけけど?」

バスルームにいたのは丹陽ではなく箒だった。しかもタオル1枚という格好。

「いーーーちかーーーー!」

箒叫びながら、右ストレートを放つ。

全体重が乗った握りこぶしは、正確一夏の左頬を一夏自身を吹っ飛ばした。

向かいの壁が硬く一夏を受け止める。

「ごふ。まっ待って箒話せばわかる」

言葉とは裏腹に逃げようとする一夏。

「問答無用。覚悟!」

それ追撃する箒。

九死に一生 何とか廊下に出られた一夏扉を閉め、扉に寄りかかるように座り込んだ。

「助かった」

まだ助かってはいたかった。

ドス!

木刀が扉を貫き一夏の顔の横に飛び出した。

「ひぃ」

一撃また一撃また一撃またまた一撃、次々と木刀が飛び出してくる。

それ奇跡的に回避していく。

「箒、避けなかったら死んでたぞ」

殺気の籠った連続攻撃に一夏は叫んだ。

「なになになんの騒ぎ?」

「あ!織斑君だ」

「ここ織斑君の部屋なんだ。いい情報ゲット」

騒ぎを聞きつけ、周りの部屋から女子が出てきた。しかもすごい格好で。

「えっ?えっ?えーー!箒様ここを開けてください。死んじゃいます。お願いします」

女子生徒から逃げるため、部屋に戻ろうとしたら鍵をかけられていた。

「いいぞ、入れ」

一夏は迷わず入った。

そんなに様子を丹陽が離れて見ていた。

しかし、何故か用務員の作業服を着ている。

「あいつもああゆう目に遭っていたか。」

丹陽は女子生徒に気がつかれないよう寮を出て行った。

 

 

「織斑先生たっ大変です」

「どうした?山田先生」

「織斑君と泉君同じ部屋だったのですが、記録が改竄されていてしかも鍵もすり替えられていました!」

「あいつか」

「なんですか?織斑先生」

「いやなんでもない」

「とにかく未成年が異性と相部屋なんて問題です」

「大丈夫だ。あの2人なら間違いは犯さない。私が保証する」

「わっわかりました」

 

 

時は流れて金曜に。

「結局完成しなかったな」

丹陽がつぶやく。

4日で完成できると思っていなかったが、設計図ぐらいはと思ったのたが。駄目だったか。

「逃げ出さなかったこと褒めて差し上げまさわ」

「2戦2敗。そろそろ勝つか」

丹陽はラファール リヴァイヴを起動する。

 

 

時は戻り4日前に。

丹陽は荷物を手に寮にいた。

丹陽がいる寮は、将来的に生徒が増えてもいいように多めに作られたもので。食堂はないが他の寮と気になるほどは遠くない。普段は来賓の宿泊施設として使っている。しかし、IS学園に男性が入学するという、イレギュラーな事態に本来の役割を果たそうとしていた。

丹陽は迷うことなく自分の部屋に辿り着き、扉を開く。

ルームメイトは一夏。丹陽はそう思っていた。

「一夏ただいま。特訓どうだった?」

部屋に知らない人がいた。

女性だった。髪型はセミロングでメガネをかけていた。お風呂上がりなのか肌ほんのり高揚して、スレンダーだがなかなかのプロモーションでの持ち主。なぜわかるかのかといえば、下着姿だから。丹陽と目が合う。

「キャーーーーーー」

当然のごとく叫んだ。

思わず手荷物を落としたが、迷わず廊下に出た。そして扉を閉め、外から鍵をかける。

「鍵は合ってる。一夏女でも連れ込んだか?」

丹陽はひとまず事情を聞くためにノックをしようと振り向いた。だが、振り向く途中で見た。

廊下の奥から、自分めがけて流れて来る濁流を。

「えーー!」

丹陽は飲み込まれた。

濁流は止まることなく廊下の突き当たりに丹陽を叩きつける。幸いもとい最悪なことに廊下の突き当たりは全面ガラス張りで、ここは3階。濁流はガラス張りを突き破り丹陽を外に放り出す。

今度こそ幸いなことに下には池があった。

 

 

「そんなことを信じろと?」

「信じなくていいよ、俺も信じられない。だけど、春にガラス張り叩き割り池に着衣ダイビングって話した方がいいか?つーか監視カメラあっただろそれを見ろよ」

今丹陽がいる場所は、更衣室で他に千冬と山田先生がいた。

丹陽は裸で毛布に包まっていて、温かいコーヒーを啜っている。

「それがその時の映像が消されていてな」

「めちゃくちゃ怪しいじゃねーか」

「なっなにはともあれ怪我がなくてよよかったじゃないですか」

山田先生が言った。さっきからそわそわしていて落ち着きがない。目も泳いでいる。

「そうだな山田先生。ほれ丹陽これを着ろ」

そう言いながら、千冬は丹陽に作業服を投げる。

「それを着たら、今用務員が寮の前で飛び散ったガラスを掃除しているからお前も手伝え。行こう山田先生」

千冬と山田先生は更衣室でていこうとする。

「俺は被害者だぞ!なんでやんなきゃいけないんだよ」

丹陽の言葉に千冬が振り返った。

何故か手に出席簿がある。

「了解です!」

丹陽は敬礼する。

「その前に山田先生訊きたいことが」

 

その後、丹陽は用務員に混じり飛び散ったガラスの掃除をした。その作業中、用務員のクヂを聞かされた。やれここの女性はパワフルすぎるだの、頼りにされ過ぎるだの、今日もここの他に掃除やら鍵の修理やらだのと。

一夏の様子を見に行ったら夫婦漫才を繰り広げていてなにもせず自分の部屋に帰った。

途中綺麗に一面剥がされたもとガラス張りの壁の前に立ち入り禁止のカラーコーンが立てあった。

そして今ルームメイトと丹陽は向かい合っていた。

「さっきはすまない。俺は泉丹陽。名前は?」

「…こちらこそ…名前は…更識 簪です…」

あれが初対面なのだからか、距離を感じる喋り方だ。だが、何故かどこか申し訳なさそうだった。

「ため口でいいからさぁ。ところで濁流で流して3階から叩き落とすような人に心当たりない?」

「そっそんな人知りません」

一度、ハッとしたかと思うと強くそう簪は断言した。

身内かなにかか。そうわかった丹陽は

「何か気に障ること言ったらすまん」

と言い、時計を見て言った。

「用事があるから」

と部屋を出て行った。

 

 

「はあ〜」

生徒会室で更識 楯無はため息をついた。

さっき妹である簪から電話がかかってきて出ると、

「私に構わないで!」

もしもしのもの字も言わずそう言われ切られてしまった。

いつからだろ。姉妹の関係がこうなってしまったのは?

突然生徒会室の扉が開いた。

「イヤーここにいたか。更識」

「ノックもしないなんて、もし私がはしたない格好だったら責任とってくれ?」

「耳が痛い。あと腰も痛い」

入って来たのは丹陽だった。

「面倒だから短刀直入に聴く。よくも3階から叩き落としてくれたな」

「しーらない」

楯無はそう言い、くるっと振り返った。果たしてしらばっくれているのか責任を感じていないのか。

「証拠はある。先ず俺が濁流に飲み込まれた証拠がある」

「床は濡れていて?」

「いや。だが監視カメラがあった」

「だったら映像を見せて」

「残念なことにその時の映像は消されていた」

「だったら」

「だけど!その前後はあった」

丹陽は確信した。映像を消したのはこいつ。

「もし俺がガラスを叩き割り池に着衣ダイビングしたとするとおかしい、ガラスが綺麗に一面剥がされたことが。お前のISなら濁流を作れる」

「用務員の人が危ないからって残ったガラスを剥がしたってのは?」

「ここで映像だ。見てみたんだが用務員がカラーコーンを置く前からガラスは残っていなかった」

楯無の表情はわからなかった。

「私がやったて証拠は?その理論だと高風圧でも出来ちゃうけど」

「山田先生は随分と早い段階で、寮の部屋割りが改竄されていたことを知っていた。お前のおかげでなあ」

丹陽は一息ついてから続ける。

「俺はこう考えている。更識お前はふと妹の部屋割りが気になった。そして確認してみたら男と相部屋。だから妹に警告をしようと思ったがお前は入るのをためらった。そしたら俺が来て隠れた。で妹の悲鳴を聞き俺を吹っ飛ばした。だがここに居たことが妹ばれたり、生徒会長なのに私的目的のためISを使ったこがばれるのはまずい、だから事態を隠蔽。どうだ当たっているか?」

「物的証拠がないわよ」

「あったさお前が隠れて居た場所に」

「残念だけどあの部屋の鍵は前々から壊れていてわたしも行ったことが!あ!」

丹陽がニヤリと笑う。

「語るに落ちる。あの部屋に隠れたなんて一言もいって無いぜ」

勝った。しかも奥の手もある。

「なにが目的?」

楯無が 観念した。

「ISの製造施設と技術者と予算が欲しい。あと必要な情報を得られるルート。これだけ」

どこかこれだけなのか?楯無がそう思った。

「織斑先生にも、同じようなこと頼んだって聞いたけど」

「頼りは多い方が良い。それに」

丹陽が以外なことを言う。

「俺は千冬が好きじゃ無い」

「そうわかった。倉持技研ってところを明日紹介する。ソースについてはそうゆうの私の十八番だから任せて」

言いながら楯無は振り向いた。

「その代わりだけど」

「なんだ?」

「簪ちゃんの面倒見てくれる?あの娘人付き合い苦手だから」

「わかった、任せろ」

生徒会室から出た、丹陽はポケットの中から情報端末機を出す。その中にある更識姉妹の通話内容をみた。もし、楯無が折れなかったらこれを交渉材料にしようと思っていた。ちなみに盗聴器を使ったのだか、盗聴したのは姉では無く妹の方。

「嫌われずに済んだな」

そう言いながら、盗聴記録を消した。

丹陽は部屋に帰った。

 

 

部屋に帰ると簪がパソコンで作業をしている。

「なにやってるんだ?更識」

「…別になんだっていいでしょ…」

「ISの組み立てか。すげー。これ1人でやったのか?」

「ちょっと、勝手に覗かないで!」

丹陽が簪の言葉に構わず続ける。

「じゃあさぁ。俺金曜日に試合あるから専用機欲しくて。作り方教えてください」

丹陽が頭を下げる。

「4日で出来るわけないでしょ!」

「そう。じゃあ金曜日には諦めるから」

「だいたい設備や資金は?」

「気にするな。両方とも大丈夫」

「私…この子作るので忙しいから…」

「教えてくれたら、手伝えるよ」

「私は…これを1人で組み上げるの…。組み上げなきゃいけないの…」

「そうか。わかった」

「え?」

こうゆうとき大抵の人はみんな、そんなのは無理だとか言って無理にでも手伝おうとする。いや、教えてもらうためにこちらの口に合わせている。そう簪は考えた。が

「通したい意地なんだろ、無理をしてでも。そうゆうのわかるから止めないよ。だから手伝わない、でも応援してるよ」

以外だった。

「だから教えてください」

この言葉も以外だった。

簪はため息をついて言う。

「…どこから教えてあげればいい?」

「よし!基礎の基礎から」

またため息をついた。

いつになったら完成するのだろうか?そう簪は思った。

 

 

金曜日の試合。

ラファール リヴァイヴを装着した丹陽は勢いよく発進する。そして気がつく。

飛べない。

丹陽は落ちた。




量産機を駆る主人公とか好きです。主人公専用機も好きです。つまりラビドリードックが好きです。

誤字脱字表現ミス、ご指摘お願いします。


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第4話

全然ストックが無いのにやってしまって、無計画な自分に呆れています。


「体調は大丈夫か?丹陽」

「今日は隕石でも降って来るのか」

ガン!

「人の親切には誠意を持って答えろ馬鹿者」

試合前、丹陽と千冬はピットでそのなやりとりをしていた。

 

 

「一夏よく見とけよ」

「わかった、お前の戦い方参考にさせてもらう」

「俺のもいいが、それよりオルコットの方をよく見とけよ。お前が戦うのはオルコットの方だ。」

『丹陽君、時間です。先程も説明しましたが、セシリアさんの専用機 ブルーティアーズ は恐らく狙撃を主体とした遠距離型。第3世代なので他にもどんな装備があるか、気をつけてください』

セシリアはもうすでにアリーナにいる。

丹陽はセシリアの方を見て言う。

「了解。いやあ楽しみだ」

丹陽発進しながら言う。

「ハリアーと出るかドラムと出るか?」

 

 

飛べない?

なんとか無事に地面に着地したものの、丹陽は焦っていた。

「フフフ、空も飛べないなのてなんて無様ですの。さあこれ以上醜態を晒す前に倒して差し上げますわ」

「チッ」

セシリアは自分の身体以上はありそうなスターライトを構えすかさず引き金を引く。3発放った。

丹陽は横に跳んで避けようとするが反応が遅れて2発当たる。

反応も鈍い。丹陽は悪態をついた。

丹陽はアサルトライフルを展開する。

「ほう。てっきり武器も展開出来ず終わると思っていましたわ」

やり返しなのか、いつもどうりなのかよく喋る。

丹陽はアサルトライフルで黙らせようとするが、違和感を感じた。

四肢の長さが違う。つまり生身での構えていたやり方が出来ない。仕方なく、ストックが宙ぶらりんのまま撃つ。

3点バーストで撃つ丹陽。しかし、距離が空き過ぎているため、簡単に避けられる。

距離を詰めようにも飛べないのでは話にならない。

「おほほほ。そんな弾当たりませんわ」

そう言いながら次々と撃ってくる。

跳んで走り時には身体を捻りなんとか回避するが、丹陽に反撃する隙が出来ない。

「丹陽」

「なにをやっている」

ピットにいる人の声が聞こえてきたが、頭に入らない。

回避回避被弾その繰り返し。もうすでにシールドエネルギーは半分を切った。

なにやってるんだ俺は。また負けるのか?悔しくは無いのか?また踏みにじられるのか?苦しく無いのか?思い出せ初戦はもっとまともに戦えただろ。

「これでおしまいですわ」

セシリアが今までよりも強力な一撃を放った。

あの時俺が見ていたのは、灼熱の業火と見えぬ汚染に彩られた故郷でも、ずっと見上げていたあの空でも無い。あの女だ。あいつだ。あいつのことを見ていたんだ。

ズドン!

轟音をあげ砂煙が舞う。

「他愛も有りませんわ」

セシリアがピットに戻ろうとするが、気づく。

何故勝利判定がでないのか?

恐る恐る砂煙を見る。

「オルコット悪いな。完全に偏見だか」

何事もなかったかのように浮いている。

「オルコット、お前のことが嫌いだわ」

丹陽はそう言いながら、左手だけでアサルトライフルを持ちスナイパーライフルを展開右手で保持した。

「やっと飛べるようなりましたの。でも幾ら飛べるからといって、弾を当てられなければ意味が有りませんわ」

「初めて気が合ったな」

丹陽がセシリア目掛けてアサルトライフルを連射する。丹陽はさっき撃って気がついた。生身で撃つ寄りも銃が軽くそれでいて精確。つまり片手でフルオートで撃っても当たる。

「そんな弾当たりませんわ」

セシリアがそう言いながらライフルの弾を回避したはず、だが。なにかに被弾。よろめき速度が落ちた、すかさずアサルトライフルが追い打ちをかける。

セシリアは体制を立て直し丹陽を見る。両手に構えたライフルをこちらに向けニヤリと笑う。

「当たったぜ」

セシリアがアサルトライフルを回避したあと被弾したのはスナイパーライフルが放った弾丸だった。回避したと思い油断したセシリアはアサルトライフルものとは比べものにならない弾速に被弾した。

「まだまだですわ」

お互いにスラスターを吹かし飛翔する。

セシリアが速度を保ちながら射撃、丹陽はそれに応戦する。

先程の面影もない均衡とれった試合だった。 だかそれもすぐ崩れる。

おかしい。セシリアはそう思い出していた。

セシリアはたとえ被弾しても、速度を落とさず撃ち続けている。このような場合の訓練もした。だから命中精度は異常なほど落ちることは無い。

一方丹陽はスナイパーライフルを撃つため止まったり、撃ったときの反動を受け流すため体制が崩れたりした。だか、丹陽はほとんど被弾せず、セシリアは、スナイパーライフル限定だかほとんど被弾していた。

誘導されている。アサルトライフルの弾で誘い、スナイパーライフルで黙らせる。

このままじゃ負ける。そう思ったセシリアが手を打つ。

「さあ行きなさいブルーティアーズ」

セシリアがそう叫ぶ。

ブルーティアーズ本体に接続されていた、四機のピットが分離。丹陽に四方から接近する。

「やっと英国らしいのが出てきた」

丹陽は楽しそうに笑った。

1機目が正面から足を止めるために撃ち、残りが止まったところを同時に射撃。少しずつずれたところに撃てば、エネルギーを少しは削れる。そう思いセシリアはそれを実行する。

このときセシリアは気がついていなかった。だんだん消極的に無言になっていく自分に。

位置についたブルーティアーズが命令を実行する。

1機目が丹陽の手前にビームを放つ。それを丹陽は回避するため減速。間も無くビームが3発放たれた。

丹陽は判断した。ラファールの速度では、避けられない。だから逆に利用した、ブルーティアーズがビームを拡散して撃ったことを。

丹陽は 身体を驚くほどに柔軟に曲げ、少しずつずれて放たれたことによって生まれた隙間に身体をねじ込む。

「ISのハイパーセンサーって便利だな。見なくてもわかる」

紙一重で避けた、丹陽はスラスターを吹かし急降下する。それをブルーティアーズは追撃した。

急降下したときの速度を殺すことなく地面を這うように丹陽は飛んだ。アリーナの壁を目前に突然アサルトライフルを上に放り投げた。そして、進行方向に対して左前に地面を蹴り跳ぶ。今度は壁を這うように上昇する。この動作に対応するためすべてのブルーティアーズをセシリアは上昇させた、させてしまった。

ブルーティアーズの動きを確認した丹陽が後ろ向きになりった。間髪入れずスラスターを逆噴射、膝を曲げ股の間から左手を出し足と左手で地面に食らいついた。腰膝スラスターすべてを使い壁に対して、垂直に加速した。

まさか!セシリアは丹陽の意図、つまりブルーティアーズを振り切り本体を仕留めることに気がつき距離を取ろうする。しかしそれは丹陽の考えではなかった。

丹陽はブルーティアーズに弾丸を放った。セシリアは反応出来ずブルーティアーズが撃墜される。そしてその射線上に2機のブルーティアーズが重なっていた。紙切れのようなブルーティアーズを撃ち抜いた弾丸は威力を落とすことなくさらなる目標を撃ち抜く。3機目のブルーティアーズを撃ち抜くころに、丹陽が空中で止まり左手を上げた。クルクルと回り先程投げたアサルトライフルが綺麗に手に収まった。アサルトライフルを乱射、残りのブルーティアーズを仕留めた。

4日前、セシリアはなんとも言えない不安を感じていた。それが現実になろうとしていた。

 

ピット内は唖然としていた。

地面に落ちるた時は、ひやひやしてきたが。だが今は一方的な展開に唖然としいた。

「今の動き、ブルーティアーズはさそいこまれたんですか?」

「恐らくはな。ブルーティアーズの行動範囲を制限するため、地面や壁を這っていたんだろう自分の行動範囲を狭めても。もっとも」

山田先生が訊き、千冬が答え、

「あんな賭博のような戦い方褒められるものでは無いがな」

そう付け加えた。

ディスプレイに映った丹陽を見る。本当に楽しそうな顔をしていた。

丹陽自身にも、自覚があるのだろう。

 

 

セシリアは迷っていた。

あとブルーティアーズは2機ある。だが使ったところで勝てる気がしない。でも使わなければこのまま負ける。

早く決断しなければ、相手は待ってくれない。

だが丹陽は予想外の行動に出る。

両手のライフルを収納し、代わりに実体剣を2本出す。全体的に鋭角なそれを両手に持ち、刃先をセシリアに向けた。丹陽は飛んだ。

近接攻撃をしてくるなら、カウンターでブルーティアーズを使い仕留める。もっとも、近接攻撃をしてくると思い込ませたいだけなのかもしれないが、もうそう信じるしかない。セシリアはスターライトを構えた。

セシリアを中心に丹陽は円を描くように飛んだ。

先程とは違い、セシリアは射撃に専念出来たが丹陽も回避に専念出来たのでまるで当たらない。

タイミングを見て丹陽が一気にセシリアに接近する。

実体剣の届く距離まであと3秒という距離でセシリアはブルーティアーズを使った。

「ブルーティアーズはまだありましてよ!」

先程の4機のブルーティアーズとは違い、長細い筒のようなブルーティアーズから2発のミサイルが放たれる。

「だったらどうした!」

ミサイルを避けのではなくむしろ丹陽は速度を上げ、突っ込んだ。ミサイルに当たる直前、身体を曲げミサイルを回避した。丹陽は通り過ぎたミサイル、近接信管が作動爆発。しかし、相対速度が早過ぎて丹陽の後方での爆発だったのでシールドエネルギーは削りきれずむしろ加速度を与えてしまった。

セシリアは丹陽に素早く照準を合わせた。ブルーティアーズが当たるとは思っていなかった。だからスターライトを使って仕留めるつもりだった。 胴体ほぼ中央に照準を素早く合わせ、撃った。

放たれたビームは丹陽に伸びて行く。当たる直前、丹陽の左手の実体剣がピタリと射線に入った。

ビームが実体剣に当たり火花を飛び散らせる。刃物としての機能を果たせなくなるほど、破壊された実体剣を丹陽は捨てた。

丹陽は 次弾が撃たれる前に素早くセシリアに接近、すくい上げるようにスターライトを切った。そのままの勢いで上昇、左手でセシリアの肩を掴みセシリアに乗るような形になった。残ったブルーティアーズとスラスターすべてを切り裂く。

そしてセシリアを踏み台に高く舞った。

踏み台にされたセシリアは地面すれすれで止まれた。スラスターを破壊されたのでPIC制御だけではすぐには止まれなかった。

負けた。ほんの一瞬でほとんどすべての武装を破壊されたセシリアに勝機はなかった。残りの武装も格闘用のインターセプト。スラスターを破壊され機動力で劣る今近接戦闘で勝てるはずがない。しかも相手はまだライフルを持っている。

「諦めるか?オルコット」

「誰が諦めるものですか」

セシリアはインターセプトを展開する。いつも通り展開に時間がかかった。

丹陽を見る。実体剣を両手に構えこちらを見ていた。セシリアがインターセプトを構えるまで待っていてくれたようだ。そしてセシリアに向かって急降下する。

丹陽が近づく間、セシリアは動けずにいた。

刃と刃が交わらんとする。

 

 

WINER セシリア ウォルコット

突如としてそうアリーナのディスプレイいっぱいにそう表示される。

なにが起こったのかわからずセシリアは周りを見た後丹陽を見た。

全身にエラーの文字を表示し、至る所から煙を吐く丹陽のIS。明らかに慌てている丹陽。制御不能らしい。急降下した勢いのまま地面に激突する。

「ガッアガっイダッダッだ」

間抜けな声を出しながら、転がる丹陽。壁にぶつかりやっと止まる。

「んなバカな」

そうつぶやく。

ぶつかった所為で壁には亀裂が入り、今にも崩れそうだった。

丹陽が立った。立った所為で壁の一部が崩れ、落ちた。

ガン!

それが丹陽の頭を直撃した。

「隕石?」

 




次回はセシリア・一夏戦です。


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第5話

随分と更新が遅れました。
タイトル変更とかストーリー構築に変更とかしてましたが、ストックもなんとか10話まで出来ました。


丹陽はピットに戻ってすぐ一夏たちに迎えられた。全員あそこまで行って負けたことにおどろいていた。その後ラファールが機能不全を起こした原因を調査した。思いあたりがあったので、すぐにわかった。わかったからといってすぐに解決出来るものではなく、この設備では多少の改善までしか出来ない。

「6分くらいか。ISの稼働限界時間は」

専用機を作る方が早いのか、量産機を魔改造する方が早いのかどっちやら。

丹陽は身体をほぐし、寮に帰ろうとする。

「ここにいたか。丹陽思っていたよりやるじゃないか」

そう言ってきたのは千冬だった。

「皮肉のつもりか?」

「いや本心だ」

丹陽はなにも言わず立ち去ろうとする。

「どうした?槍が降ってくぞ、といわないのか?」

「言ったら本当に降ってきそうなんだよ」

「ところで丹陽」

「なんだ?」

千冬が話しを変えた。

「機能不全の原因わかったか?」

「十中八九こいつが原因」

そう言いながら丹陽は、右足のつま先で地面を叩いた。

「今は6分が稼働限界。専用機も時間がかかる。つまるところ俺は戦力に入れるな」

「新たに作るのか?前のを修復するじゃダメなのか?」

丹陽はポケットから情報記録装置を出し、千冬に渡した。

「あいつの戦闘能力をまとめた。前のやつでまるで歯が立たなかったんだ」

「そうか。わかった」

そう言って千冬は出て行った。

丹陽も寮に帰ろうとする。帰宅途中、アリーナでセシリアがいるのが見えた。

セシリアはISを装着していて。スターライトの銃口から硝煙が登っていた。かなり撃ったのだろ。

努力家なのかも知りない。だとしたらあの態度は、努力によって裏付けられたものだったのだろう。悪いことをしたな。セシリアにも一夏にも。

丹陽はセシリアから目を逸らすと速足に帰った。

 

 

土曜日の朝、丹陽は食事を取るため一夏たちがいる食堂にいた。自分の寮に食堂が無いため、距離がないとはいえ別の寮に移動するのは面倒だったのだが。もう6日目慣れていた。

丹陽と簪は同じ席で向かい合い食事を取っていた。

「…なんで私に構うの…」

簪を同じ席での食事に不満がありそれを漏らした。

「俺が構って欲しいの」

「…私はあまり目立ちたく無いの…あなたと相部屋だからっていろいろ訊かれたし…もうそれは仕方ないけどあまり私と関わらないで」

最後の方はハッキリと言った。

「ありのままを喋ればいい。関わらないなんて無理だ。相部屋で俺の指導者なんだし」

この一週間、ISのことを丹陽に簪は教えた。本当に初心者だったのだか、驚く程の早さで覚えた。そして金曜日の試合。簪には丹陽が姉と重なって見えた。だからそばにいて欲しくなかった。

「よう丹陽と簪、さんおはよう。隣いいか?」

こんな空気にまるで気がつかず一夏が話しかけてきた。

「…私…用事あるから…」

そう言って簪はこの場を去った。

「かんちゃん」

一夏と一緒にいた布仏もとい、のほほんさんが恐らく簪を呼び止めようとしたが、簪はそのまま行ってしまった。

「一夏なにかやったのか?」

「いや覚えはないが」

「加害者はいつも自覚がないものか。実のところ俺も昨日の夜から急に態度が冷たくされている」

心当たりがないというのは実は嘘で、思い当たる節は丹陽にはあった。

「ちょっと追いかけてくる」

丹陽が簪のあとを追った。

「2人とも」

一夏がテーブルの上を見る。

「食器おいて行っちゃった」

 

 

時は流れ試合の時間に。

一夏は第2アリーナのピットにいた。

箒や千冬はいるのだが、丹陽がいない。なにをしているのかだいたい見当がつくが気にはしてられない。

「一夏お前のISが届いたぞ。時間が無い初期化と調整は戦闘中になんとかしろ」

「おう」

千冬がかなり無茶なことを言っていたが、一夏は応えた。

重い金属音とともに、ゲートが開き白いISが現れた。

『これが一夏君の専用機、白式 です。武装は近接武器の 雪片弍型のみです。ですが白式の速度は、ブルーティアーズやラファールを遥かに上回ります。回避と接近に専念してください』

スピーカーから山田先生の声が聞こえた。

「油断するな一夏。セシリアは丹陽との戦いでいろいろと学んだ。丹陽と同じ手が通じると思うな」

山田先生と千冬のアドバイスを聞きながら白式に触れる。

今までのISとは違う。こいつがなにで、こいつが俺を求めていることそれが直感的にわかった。

「起動方法はわかるな?」

一夏は白式を起動した。だがおかしなところがあった。

一夏は起動を命令していないのに、一夏に食らいつくように動き勝手に装着した。

そんな現象が起きていたが、一夏は恐怖を感じなかった。

外れていたパズルのピースが収まったようで心地よかった。

「一夏すまなかった」

箒の声で一夏は現実に戻る。

「なにが?」

「結局ISの訓練は昨日以外ろくにさせてやれなかった。負けたら私の責任だ」

箒が申し訳なさそうに言う。

昨日一夏と箒は、丹陽セシリア戦を見てこのままでは勝てないと思いISを本格的に使った訓練をした。だが、1日だけ、たかが知れている。

「そうだな。剣道ばかりやっていたし負けたらお前の責任だな」

「一夏!貴様言い方があるだろう」

箒は俯き、千冬は怒鳴った。

一夏は臆せず続けた。

「でも大丈夫だ。俺は負けない」

箒は顔を上げ、千冬は黙った。

「世界最高の姉がいて、幼馴染にあれだけ付き合ってもらったんだ。負けねよ」

一夏はカタパルトに乗る。

「箒、千冬姉行って来る」

発進した。

 

 

「飛ぶことが出来て安心しましたわ」

一夏がうまく浮いているのを見てセシリアが言った

「そう言ってお前、丹陽に負けそうだったじゃねえか」

「たしかにあの男には惨敗しましたが今度はそうは行きませんわよ」

セシリアがスターライトを構えながら言った。どうやら、あの勝ちはセシリアは認めていないらしい。

「さあ行きますわ」

白式から、射撃警告。回避行動に一夏はうつるが、被弾してしまう。セシリアに次々撃たれるが一夏は回避しきれずにいた。

「俺が白式の反応に追いつけていない」

白式からはスターライトの弾道が表示されるが。一夏はそれに追いつけずにいた。

次々撃たれ、シールドエネルギーが削られる。このままでは負ける一夏は打開案を考えた。

[第一形態移行、許可申請]

白式から突然そうメッセージが来た。すぐに選択肢が表示される。

[肯定又、是]

選択肢ないじゃねえか!

一夏は警戒して白式に応えずにいた。

「これでおしまいですわ」

セシリアがスターライトと6機のブルーティアーズを使い、最大火力を叩き込んだ。

やるしかない!

一夏は決意した。

白式は第一形態に移行。一夏はすかさず回避行動にうつる。スラスターを小刻みに吹かしビームを回避。続けて来たミサイルを回避するため、機体を急降下させた。地面すれすれで水平飛行に。追って来たミサイルを地面に激突させる。

一夏はISの操縦が やっと慣れて来たようだ。

「男性がISを操縦するとそうなるのですか」

セシリアは焦りを隠せずにいた。

「今度はこっちの番だ」

一夏が雪片を展開。セシリアに接近するため飛んだ。第一形態に移行した為さっきよりも早くなっていた。

セシリアはブルーティアーズを突撃させた。

「そのファンネルもどきを動かしている間、お前は動けないそうだ…え?」

一夏はブルーティアーズのビームを回避しながら言ったが、セシリアがスターライトを撃った為おどろいた。だがなんとか回避した。

「それは何時の話ですの?」

やっと余裕が生まれたのか、セシリアが高らかに言った。

白式から来る情報でやっと理解した。

セシリアは2機しかブルーティアーズを使っていない。2機しか使わないことによって操縦負荷を減らし、本体も戦闘に参加出来るようにした。

これの他にも、ブルーティアーズは一定間隔でエネルギーを補給しなければいけないが、2機ずつ使うことによって補給と攻撃するのを交代交代出来る。万が一接近された時に、迎撃するのに使える。そして丹陽戦の時のように一度にすべてのブルーティアーズが全滅するリスクも少なくなる。

ブルーティアーズに一夏は斬りかかるが、スターライトに阻止される。お互いにお互いを守っていた。

「セシリアも学んでいるか。だったら」

一夏はセシリアに一直線に加速する。このままではジリ貧一気に片を付けるつもりだ。

スターライトが撃たれるが、大きく旋回して回避。ブルーティアーズが撃たれるが回避せず手の装甲を犠牲に接近した。雪片の間合い一夏はそこまで近づく。

「もらった!」

「そうは行きませんわ!」

一夏は斬りかかったが、セシリアは何処からか出したインターセプトで受け止める。

「なに!まさか始めから出していたのか」

「勘だけは鋭いようですわね」

セシリアはISを起動した時から、インターセプトをスターライトの裏に忍ばせていた。

スラスターを噴射して、力押しでセシリアを崩しに一夏はかかった。セシリア体勢を崩す前にミサイルを放った。一夏は回避出来ず直撃する。が爆発はしなかった。代わりに一夏をセシリアから遠ざける。

遠ざかる一夏にセシリアを素早く照準を合わせる。

「やらせるか!」

一夏は雪片を投げた。

投げられた雪片は吸い込まれるようにセシリアに当たり、スターライトとブルーティアーズ1機を破壊した。と同時にセシリアのシールドエネルギーを削った。が一夏を飛ばしていたミサイルが爆発。

「ぐああああ」

一夏のシールドエネルギーは100を切った。

一定距離になりお互いに向き合う一夏とセシリア。高度はほぼ同じ。

「ハハハ」

突然笑い出す一夏。

「なにがおかしいですの?」

セシリアは怪訝そうな顔で訊く。

「セシリアやっぱりお前強いよ。てっきり最初は、女としての立場を利用しているだけのやつだと思ったけど。そうじゃないんだな」

「あっ当たり前ですわ」

お世辞抜きの男性からの初めての評価にセシリアは戸惑う。

「でも俺はお前を超える。そしてもう守ってもらうだけじゃなくて守れるぐらい強くなったて証明してやる」

「なにを言っているかわかりませんがあなたに勝機はありませんわよ。何故あなたにはもうあの剣はありませんが、私にはまだスターライトがあります」

セシリアは予備のスターライトを展開した。

「そうだった!」

今更のように驚き、一夏は雪片を探した。セシリアを挟んで向かいの壁に雪片は刺さっていた。

「一か八か」

一夏は雪片に向かって急降下させた。セシリアは一夏の考えを予想、雪片の前にブルーティアーズを2機持ってきた。がその動きを見ていた一夏が急転回。セシリアに加速する。

とっさにスターライトをセシリアは撃ったが回避されてしまう。またセシリアに接近した一夏。セシリアはインターセプトを横に振ったが、紙一重で避けられる。一夏はインターセプトを持つ手を蹴り飛ばした。

宙に舞うインターセプト。

それを一夏は取った。

「これで戦える」

一夏は喜んだが、インターセプトが作動しなかった。

何故かと手元を見ると、[盗難防止用暗号解析中]と表示されていた。

敵に武器を奪われることを想定して、ISの武器は特定の解除コードがなければ作動しないようになったいる。そのことを一夏は知らなかった。

結局一夏はほとんどなにも変わらないが、セシリアは接近武器を失った。

「だったら」

一夏は セシリアに接近。セシリアはそれを迎撃する。がまた急転回、雪片に向かって急降下させた。

「そんなのお見通しですわ」

「間に合え!」

セシリアはすべての火力を一夏に叩き込んだ。 ビームが被弾、シールドエネルギーは残るも1機のミサイルが追い付く。

回避行動をする?だめだ雪片との距離を開けるわけにはいかない。このまま振り切る!

だが現実そう甘くはなかった。

明らかに雪片よりもミサイルの方が早く一夏の下に来る。

終わった、誰もがそう思い一夏すらも諦めた。

だがその時不思議なことが起こった。

[自立制御]

そう白式は一夏に伝える。

突然白式が反転、ミサイルに向く。反転した遠心力を生かしインターセプトを投げた。投げられたインターセプトはミサイルに直撃撃墜した。

[操縦権限返還]

一夏は唖然としたが、すぐに我に返って雪片を取った。

「セシリア。行くぞ!」

ラストチャンス。一夏は突っ込んだ。

凄い。セシリアはそう思った。今まで会ってきた男性とは明らかに違う。

もしかしたら…でもここで手を抜いたら失礼。

「さあ来なさい」

セシリアがスターライトを構え、ブルーティアーズを向かわせた。

次々撃ってくるビームを一夏は雪片で防ぐ。白式が銃口をハイパーセンサーで表示していてくれて、一夏はそれに合わせて正確に雪片を持ってきていた。

もう少しというところでセシリアがミサイルを放った。

一夏回避しようとしたが、白式から情報が流れ込んできた。

[敵安全装置圏内回避不必要]

白式が避けるなと言っている。

白式。お前を信じる。

一夏は突っ込んだ。ミサイルが一夏に直撃する。しかし爆発しなかった。

ミサイルは通常、母機に近すぎると爆発しないように安全装置が付いている。白式は今までの戦いからブルーティアーズの安全装置圏内を割り出していた。

ミサイルは弾き飛ばし、急加速。

[零落白夜発動]

雪片が変形、光刃を出現させた。

セシリアを横一線に切った。

 

 

WINER 織斑 一夏

アリーナの観客席で歓声が上がった。

理想の男性。セシリアはハイパーセンサーを使って一夏を見た。

気が緩みセシリアは落ちてしまう

「きゃあああ」

「セシリア!」

一夏は落ちるセシリアを追いかけた。

見事に捕まえ、抱え込んだというかお姫様抱っこ。

「大丈夫かセシリア?」

「えっええ」

先程とは比べものにならない程に近くにいる、一夏に思わず赤面。顔を背ける。

「一人で飛べるか?」

「もっ申し訳ごさいませんが、飛ぶことが出来ません。ですから、あの〜ピットまでこのまま運んでもらってよろしいでしょうか?」

嘘を付いた。 自分一人でも帰れた。

「わかったすぐやる」

「できればゆっくりで」

セシリアが小さな声で言った。

「何か言ったか?」

「なんでもありませんわ」

もっとくっついた。

 

一夏がピットに帰ると箒が居なかった。

「ちふっ、千冬先生。箒はどこに?」

千冬が呆れたように言う。

「自分の胸に手をあて考えろ」

一夏が考える。

「ああ。お手洗いか」

千冬がため息をつく。

トイレとは言わなかったのに。一夏はまた考える。

「ところで一夏なんだあの戦い方は」

「え?勝ったじゃん」

「あんな無鉄砲な戦い方をするようなやつに守て貰いたくはない」

「近接オンリーなだけに」

ガン!

一夏の親父ギャグに千冬が鉄拳制裁をした。

「でっでもさあ。専用機てあんなに便利なんだな。いろいろ、教えてくれるし」

「なにを言っているんだ、量産機も専用機も基本的にはなにも変わらないが。まあいいあとで聴いてやる。早く着替えろ」

千冬が出て行こうとする。

「一夏」

千冬が出て行く前に止まった。そして一夏を見ずに言った。

「私に少しでも追いついたつもりか?あまり思い上がるなよ、お前はまだまだ私の…」

出て行った。

「私の弟だ」




オリ主よりワンサマーさんの方が全体的に無双すると思いますが、気にしないでください。後、白式の挙動が某sf空戦小説にそっくりですが気にしないでください。


誤字脱字表現ミス、おかしな描写有りましたらご指摘お願いします。


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第6話

本当に申し訳ございません。悪いのは私だと分かっているいますが、忘れてください。


入学2日目の夜。

丹陽は自分と簪の部屋に居た。

丹陽は半袖ハーフパンツで、簪は制服のままだった。

約束通りにIS製造や整備について教わっていて、丹陽はパソコンの前に座り、簪は横に居た。

「今日はもう辞めようぜ、簪」

「ファーストネームで呼ばないで。別にいいけど、専用機作りたいのなら早く学んだ方がいいのでは?」

「なら更識。もう疲れた、無理にやっても足りないのと一緒だよ」

「苗字もやめて。別にいいけど、だったら私は作業があるから」

「じゃあ簪お嬢様。夜更かし?美容と目に悪いぞ」

「やめてそうゆうの合わないから。この眼鏡は視力矯正用じゃない」

「じゃあかんちゃん。矯正用じゃないなら外せば。その方が可愛いよ」

「無理やめて気持ち悪い」

簪は一括りにそう答えた。

丹陽は欠伸をすると自分の窓側のベッドに向かった。時刻はもうてっぺん近い。

「もう簪でいいよな」

そう言って丹陽は仰向けにベッドに飛び込んだ。

ベッドのスプリングに負担をかけ、数回身体を宙に浮かす。

「仲良くしようぜ簪。ルームメイトなんだし」

「ルームメイトだからなに?」

簪はカタカタと作業を始めていた。

「生活が密接になるのだから、助け合おうぜって言いたい

「私は他人に甘える程困っていない」

「いやだから、この寮2人だけだから何かあっても助けが来ないよ」

丹陽は何気無く言ったのだか、簪は別の意味で捉えた。

「キャーー」

簪は突然立とうとして、その拍子に足を絡ませ窓側に倒れた。

「どうした!大丈夫か?」

丹陽は起き上がり、簪の様子を見ようと近寄ったが。

「こっ来ないで!」

簪が倒れたまま後ずさりをして丹陽から逃れようとする。

「いやいやいや。何故?」

丹陽は簪の行動が理解出来なかった。何か言ったか?今日はかんちゃんぐらいしか失言はなかったはず。

後ずさりを続けていた簪はとうとう壁にぶつかる。 丹陽を睨む。

「初めっからこのつもりだったのね」

「どんなつもりだよ」

「とぼけないで。このケダモノが」

「わからないよ。ケダモノじゃいよ」

「おかしいと思った。男女が同じ部屋しかも周りから孤立した場所。どんな手を使ったかわからないけど私は絶対に許さない」

簪は上を向く。

「おばあちゃんごめんなさい。今から私はこの、汚らしく汚らわしいく汚れている狼に食われてしまいます。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

簪は泣き出した。本気らしい。

「安心しろ。手は出さないから」

簪は目を丸くする。

「盗撮、盗聴?」

「してねーよ」

背中にドッと冷や汗がでた。

「同室が嫌だっていうんだったら。ここの寮部屋空いているしそっち使うよ」

丹陽は下手にボロを出す前に手を打とうとする。

楯無との約束が守れなくなるかもしれないが、このままの方が距離が開きそう、だから物理的な距離を置いてどうにかする。

「一人部屋で女の子を連れ込むの、恐喝して?」

また冷や汗がでた。

「お前はどうやっても俺を狼藉者にしたいらしいな」

確かに盗聴して恐喝をした。だがバレれてはいないはず。

「だいたいこの部屋構成は改竄されたもので、生徒会長っ」

「お姉ちゃん!」

丹陽は、生徒会長がいつか直してくれると言うつもりだったが。簪の声に邪魔せれる。

「お姉ちゃんが」

簪が呟く。

そうかお姉ちゃんがこの状況を仕組んだ。

『ケダモノ1人、扱えないなんて貴女は本当に無能ね』

これは姉からの挑戦状だ。なら受けて立つ。

「どうした。聞こえてますか?」

急に大声を出したかと思うとこの度は黙り込む簪に、丹陽は話しかけた。

顔を上げ、簪は立ち上がる。

「あっあの〜部屋は変えなくていいですから…」

簪は顔を背ける。

もじもじと何か言いたげだがなかなか言わない。

とうとう言う決心が付いたのか丹陽の目を見る。

「お願いがあるのですが」

「なんだ?」

理由はわからないが、狼藉者としての誤解が解けたようだ。

「首輪つけてもいいですか?」

その後、金曜日の夜までお互いに少しずつ距離が縮まっていった。もちろん付けていない。丹陽は少なくともそう思っていた。

金曜日の夜話しかけても返事をしなかった。前日何かあったわけでもない。

丹陽は簪のことを理解していたつもりだった。つもりでしかなかった。

臆病で内気なこの少女との付き合いは一週間も満たない。

残りの十数年間などまるでわからない。

でもだからこそ丹陽は簪を追いかけた。

丹陽には少しだけ簪のことがわかっていた。自分と同じで虚無主義者であることが。

 

 

簪を追いかけた丹陽は、すぐに追い付いた。

場所は自分たちの寮と先程いた寮との間。アリーナと校舎とは反対方向にあることや、一夏が今日模擬戦をやる為皆そちらに行っていて周りには誰も居ない。

「まて簪」

丹陽は簪の前に立つ。

簪はなにも言わず、丹陽を避けて歩く。 丹陽と簪が横になった時、丹陽が言った。

「お前の専用機が出来なかったのは、一夏のせいじゃないだろ」

驚き簪は振り向き、丹陽を見た。

「なんで…知ってるの…」

「倉持技研の人と知り合いだから」

丹陽もこちらを見た。ほとんど目線の高さは変わらない。だが、この小柄な体型には似つかわしくない程に能力を詰め込んでいる。姉のように。そう簪には思えた。

丹陽が続ける。

「お前が楯無にコンプレックスを抱いていることは知っている。確かにあいつは少しは出来がいいかもしれないが、欠点は幾つもある。それに俺に楯無を投影するな。俺はお前が思っている程、有能じゃない。だから」

「なんで。なんで私に構うのほっといてよ」

「お前の姉に頼まれた」

ゴン!

簪思わず殴っていた。しかも握り拳で。

丹陽はとくに驚かずにいたが、簪は自分が行ったことが信じられなかった。

「でも今は違う」

口の中が切れた。だが血を吸い誤魔化そうとする。丹陽は言った。

「イラつくんだよ。そうやって、自分が不幸であるみたいに自慢する奴が、助けを待っている奴が」

「私は別に助けて貰いたいわけじゃ」

始めて丹陽が怒ったのを見た。

「いや待っている。求めているんじゃなくて、待っている。不幸なら誰か助けて貰えると思っているのか?そんなんじゃ、一生姉貴にべったりだな。安心しろあいつはお前のことを大切にしているよ。ずっと甘えていられるぜ」

ガン!

また簪は殴った。

「何も知らないくせに」

「知ってるぜ、ろくに人と向き合ったことないだろ?」

簪は何も言わず走り去った。泣いていた。

簪が完全に居なくなってから丹陽はその場にあった石を、力一杯蹴った。

「クッソが!」

イラついていた。簪ではない、自分自身に。

昔から不器用だ。だからってあそこまで言う最低野郎になっているとは思わなかった。しかも、自分自身への言葉をそのまま簪に放ってしまった。昔の自分を見ているようでイラつくからって、言ってしまった。

「バカだろ、俺」

 

 

部屋に帰った簪は、鍵を掛けチェーンを掛けた。

丹陽が追って来る様子が無いのを見て、泣き崩れる。

好きになったかどうかはわからない。でも、一緒に居ていろいろと新鮮だった。初めて男性と密接な関係になったし、くだらない話もした、教師にもなった。一週間にも満たないのに、丹陽という存在は大きく感じられた。それは、姉のように高圧的ではなくむしろ自分自身の支えになってくれるそうゆう存在だった。クラスメイトに丹陽のことを訊かれたときは優越感に浸った時もあった。もしかしたら好きになっていたのかもしれない。でももうどうでもいい。

私が悪い。姉にコンプレックスを抱き、だからといって誰とも向き合わず過ごしてきた自分が。もしも姉のことや母のあの態度を吹っ切っていたらこうは、こんな結末ではなかっただろう。もう何もかもどうでもいい。

涙で歪んだ視界が、作業途中こパソコンを捉えた。

「どうでもいい何もかも」

パソコンの元に行くと、専用機のシステムデータを全て消した。

 

 

丹陽は自分の部屋とは別の部屋にいた。

以前、楯無に3階から叩き落とされた時楯無が隠れていた部屋で。まだ鍵は直っておらず、そこにいた。

パソコンの前で作業中で。時刻はすでに明日になり掛けていた。

「やっと終わった」

立ち上がり、伸びをした。

丹陽は携帯端末を取り出し、楯無に連絡を取ろうとする。

何回も楯無から電話がかかっていた。丹陽は気がつかなかった。

「もしもし楯無ここって天体観測部ある?」

『いきなりなに?こんな時間に』

明らかに不機嫌だ。

「あったら、借りたいものがある」

『そんなことより、どうゆうことよ!簪ちゃん泣かせるなんて』

「なんだ知っていたのか」

『貴方、約束忘れてる』

「仲良くするために、借りたいものがあるんだよ」

『わかったわ。部室棟の3階に天体観測部はあるわ。鍵は用務員さんに言えばいいから』

「いや〜ありがとう」

丹陽は礼を言うと、電話を切ろうとする。

『わかっているから。私が簪ちゃんを追い詰めていたって』

「どうした急に?」

『もう今更私達の関係は変わらない。でも、簪ちゃんには笑っていて欲しい』

「まあ任せろ」

『無理だったらどうしてくれる?』

「ハラキリをするさ」

電話を終え、 丹陽は行動を部屋をでた。

 

 

日曜の朝、簪は何かが窓を叩く音で目を覚ます。

ずっと泣き、いつの間にか寝ていたらしい。

簪は起き上がり時刻を確認した。 まだ5時前である。

何が窓を叩いているのか確認するため、カーテンを開けた。

「…え?」

「おはよう」

いたのは丹陽だった。

ロープを掴みぶら下がっていた。

「ここ開けてくれるか?」

「…なんで?なんでいるの」

正直嬉しかった、が簪の人格が喜ぶことを許さなかった。

「開けてくれ。いい加減握力が限界だからさあ」

「私のこと嫌いなんでしょ!なんでここにいるの?」

勝ってに次から次に口から言葉が開く。

「人助けだと思ってここを開けてくれ。お願いします本当限界なの」

「…わかった…」

簪は窓を開けた。

丹陽は中に入るとすぐに簪の手を取った。

「見せたいものがある来てくれ」

「ちょっと、待って。なんでぶら下がっていたの?」

「ああすれば中に入れて貰えると思って」

簪をドアの前まで引っ張り、丹陽はドアの鍵を外す。

「見せたいものがあるんだよ。一緒に来てくれ」

「…いや…行かない」

簪は踏ん張り丹陽に逆らう。

「まあ騙されたと思って。そんなに嫌なら、お姫様抱っこするよ」

「…行けばいいのね…」

お姫様抱っこをされないため、と自分に言い聞かせ簪は丹陽について行く。

丹陽は簪を連れて、どんどん階段を上がって行く。

屋上に着く前、最上階と屋上の間の踊場で意外なものを見つける。踊り場はは8畳ほどの広さしか無いが、2人用のテーブルに椅子が1つ。そのテーブルの上にトリップ式のコーヒーメーカーとフィルターが付いた双眼鏡があった。本棚もあり、IS関連の本から昆虫図鑑まで様々な種類で埋まっている。

丹陽は双眼鏡を取ったことから、丹陽が集めたものだと思われる。

「いつの間にこんなに置いたの?」

「いいからいいから来いよ」

屋上に出ると、恐らくさっき使ったロープが柵に結んであった。

「あった。簪あれ見ろよ」

丹陽は東の空を指差す。

簪はその方向を見ると、星が見えた。

朝方、太陽はまだ出ていなかったが空は薄暗い赤と青に彩られていて。それをバックに星が輝いていた。

「金星?」

「そうそう、それ。空気が汚いとかよく言われるけど、ここでもよく見える」

そう言うと、丹陽は携帯端末を取り出し時間を確認した。

「やっべ時間だ。フィルターは?大丈夫。対象は?見つけた!」

丹陽はいいながら、双眼鏡を使ってほとんど真上を見た。

「簪、ほれ」

双眼鏡を渡された簪は丹陽と同じところを見た。

「天徒!」

簪は双眼鏡を通して、人工衛星 天徒を見た。

天徒は、全長200m発電パネルを合わせればkmはくだらず、発電パネルの面積だけで1600000㎡はあり、高さは1km。重さ、赤道直下で4万t。

半分から下は、傘のような構造をしており。4本の平たい直方体、イオンエンジン兼アンテナが傘の骨のようになっていて、せれらの間を発電パネルを無制限と思わせるほどに広げている。その中心に、細長い円錐が地球に尖りをむけている。

半分から上は、細長い棒を中心に幾つものドーナッツ状のパーツが3本の柱で、中心の細長い棒に繋がっている。ドーナッツの1つ1つは全て1本以上の通路らしきものでしながっていて、ドーナッツの半分くらいはゆっくりと回っていた。

天徒。作られたのは十五年前で、完成したのは十年前。

当時、中東戦争による原油価格の高騰や核アレルギーによる脱原発、さらにジェルガスや天然ガスが某国が外交カードとして使用するため頼れず、日本はエネルギー危機に陥っており、それを解決するため建設された。原理は、宇宙で太陽エネルギーを取り地上に送るというもので電力の送受信の高効率化によって、実用化された。建設途中ISが実用化されて、もともと用途である宇宙服としての機能を発揮、建設時間の短縮に役立った。エネルギー施設としてだけではなく植物プラントなどがあり食料面でもに独立して活動でき宇宙開発の拠点としても活躍している。 今だ日本を支えるには発電量が足りないが日を追うごとに天徒は大きくなっていてさらに2基目の建設も計画されており日本本土のエネルギーを支えるのにそう時間はかからない。

天徒にはもう1つ、特徴がある。

ISは、全世界で最強の兵器であるが行動時間が短いという弱点がある。機体によって多少は変わるが50分程がISの稼働エネルギーの限界である。もっとも、通常兵器と戦う場合時間はそうかからないのだが。そのためISを防衛戦には敵しているが、侵攻戦など自国から離れた場所で戦闘する場合専用の大掛かりな補給部隊が必要で、その護衛ためにIS戦力を割かなければならず攻性の運用には敵していなかった。ただ日本だけは天徒の存在によって事情は変わる。

天徒から本土にエネルギーを送るように、ISにもエネルギーを送ることができるのである。今は無いが仲介する衛星を使えば全世界でISが稼働時間が理論上は半永久になる。もっとも、そんなことをすれば、本土へのエネルギー供給に支障が出るが。

そんな天徒が双眼鏡を通して見ることができた。

「こんな風に見れるなんて知らなかった」

丹陽はどこからともなく、カメラを出すと天徒を見た。

「あと5秒,5,4,3,2,1。よし来た!」

天徒の無数にある発電パネルから、中心にある円錐に向かって電流が流れ始めた。 円錐が青緑色を帯び始める。

円錐が突然光を失ったと思った途端、突然そこから薄い緑の光の柱が地表目掛けて降り注ぐ。が、地表に近付けば近づく程その光は見えなくなった。

天徒本体の周りを、青緑の薄い雲のようなものが漂い始めた。

「雲みたいなやつ、あれ宇宙塵で。よくエネルギーロスとか言われるけど、俺は好きだよ。だって」

青緑に光る宇宙塵の中にから、赤い点が現れたかと思うとデタラメに飛び散った。それも1つ2つじゃない、数え切れない程に飛び散っていた。さらには電流を帯電したのか、青白く放電していた。

まるで巨大な線香花火の様に、真っ暗な宇宙をバックに天徒は輝いていた。

「綺麗…」

「だろ」

簪の率直な感想に、丹陽は同意した。

丹陽はそれを何度もカメラに収めていた。

「こんな綺麗で、役に立つのに誰も見向きもしないなんて」

「私のことを言っている?」

丹陽の言葉に簪は少し引っかかった。

「そんなわけ無いだろ。これを見せたかったのは、1人で見るには勿体無いから。それに。お前はもっと輝いているよ」

思わぬ丹陽の言葉に簪は黙った。

「…そうやって…いつも女の子を…落としているの?」

「なんか言ったか?」

「なんでも無い!…馬鹿…」

「ん?」

簪は赤面し天徒を見た。

天徒のドーナッツの1つがシャッターが開き、中から2人程出てきた。

宇宙開発用のISを装着した人と、その人に抱えられるように宇宙服を着た人のペアで。女性だったら、ISを使うので男女のペアだと思われる。

たぶん私達のようにこの発光現象を見に来た人達だ。

簪はふと、前に見たテレビ番組を思い出す。 たしか、天徒の開発に関する企画だった。

「でも、簪。何も無いって訳じゃないんだ」

天徒開発チームのトップへのインタビューで、天徒は男女同数を常に配置していて。その理由を訊いていて、トップの人は意気揚々と答えた。

『だって地球ってまだ危ないじゃないですか?万が一何かあったら人類が全滅しちゃあ良く無い』

「謝りたくて、前に酷いこと言っちゃて。本当にごめんなさい」

『で、本当ーはハーレムでも良かったけどね、日本一夫一妻制だからペアにしたの』

ゴールデンタイムの生放送での発言である。

「お前には、他人を投影するなって言って置いて俺は投影していたんだ。お前に俺自身を」

気まずい空気が流れたが、その人は気にせず続ける。

『だから、採用面接の時。枕営業だけどいい?って訊くのさ。男性に訊いた時はセクハラです!って怒られたけどね。ペアを組ませるときだって、お互いにズッコンバッコン出来る?っのも訊いた』

おっさんぽいことを言うおばさんだと私はその時思った。

その後、女性アナウンサーが話しを変えたがおばさんのキャラは変わらなかった。

「俺も昔は、無気力になってな。何もかも投げ出そうとしたんだだけっ」

つまり、あのペアは!

まさか?そう思い簪は2人を改めて見直す。

2人はお互いに向き合っていた。

ISは、全身装甲型で表情が見えない。宇宙服もバイザーが黒くなっていて表情が見えない。だけど、どんな表情かわかった。

そして、お互いの顔が徐々に近づく。

ゴツン。

そう聞こえた気がした。お互いにその甲殻ぶつける程に近づこうとしていた。その状態のまま2人は固まった。

簪は2人から目を離せずにいた。

「っおい聞いているのか?」

「ん!うん、聞いていた。私こそごめん」

宇宙から地上に引き戻された、簪は返事をした。

テキトーに返事をした訳ではなく、謝りたいことはわかっていた。

天徒やあの2人を見ていると、なんだか自分の問題が小さく感じられ何年もの重りがあっさり浮いて無くなっていた。

でもたぶん、天徒や2人だけではなく。

ちらりと簪は丹陽は見た。

「簪!」

「はっはい!」

突然の大声に簪は驚く。

「天徒から手を振ってくれてるぜ!」

丹陽は興奮した様子で言った。

簪はもう一度天徒を見た。

手を振っていたのは、あの2人だ。

男性が女性の肩に手を回し、自分のもとに寄せながら2人は手を振っていた。

「ハイパーセンサーなら、こっちが見えてもおかしく無い。あーでも他にも何人か見ているのかも」

違う。あの人達は、私達が自分達と同じような関係だと思って手を振ってくれたのだ。つまり…

また丹陽は見た。

丹陽は自分で自分の意見を否定したにもかかわらず、興奮した様子で手を振っていた。

「丹陽?」

「どうした?」

簪はあることに気づく。

「目線が私より低い」

丹陽は体を一緒ビクッと震わせ、頭を下げる。

「シークレットブーツ?」

「それの何が悪い!」

丹陽が飛び跳ねるように顔を上げた。

「だいたい身長が高くて何かいいことでもあるのか?無いだろ!窮屈だし身体洗うの面倒だし何よりボールに当たる。あんなの見た目だけ。身長が無いと良いぞ。開放的だし身体洗うの楽だし何より、ボールに当たらない。 それがオセアニアじゃあ常識なんだ」

「なんか、ごめん」

どうやら、丹陽のスイッチらしい。 覚えておこう。

「もういいたくさんだ。俺は帰る」

丹陽は背中を向けて帰ろうとする。

「ヒーロー。って感じではないよね」

小さな背中を見つめた。

丹陽が立ち止まり、踵を返した。

「簪。忘れてたこれ」

丹陽は何かを渡した。

「中に何が入っているの?」

渡されたのは、パソコン用の外部メモリーで容量がかなりあるものだった。

「お前が消したISのソフト。完全に修復して置いた」

「いつの間に?」

「お前が寝ている間に。ケダモノって言われても仕方ないな」

丹陽は昨日の夜のうちに部屋に入っていた。

そう言ったが、簪は特に騒がずに外部メモリーを見つめていた。

「頑張ったんだろ?消すなんて勿体無いから直して置いた」

簪は意を決して丹陽に言う。

「あの…手伝って…くれ。手伝ってください。専用機を組めたてるのを」

あまり人に頼むのに慣れておらず簪は、噛んでしまう。

「良いよ。でも敬語は辞めてくれ」

「はい!」

簪は丹陽の手を取りはしる。

「手を繋ぐ?どっどこ行くんだ?徹夜だったから辛いんだけど」

「善は急げ。早速作業する始めよう。一緒に」

「分かったから、寝させてくれ。少しでいい」

ヒーローって感じでは無い。でも。

「初めてかも」

やっと日が登り、オレンジの光が簪達を照らす。簪は晴々と走っていた。

「1時間でいい、仮眠だ熟睡じゃない」




あんまり考えずに設定を作ったのですが、おかしなところが有っても目をつぶってください。お願いします。


誤字脱字表現ミス、おかしな描写有りましたらご指摘お願いします。


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第7話

原作とは違う設定を色々と登場させます。


「ISのエネルギーには、2種類ありまして。1つが稼働エネルギーでもう1つがシールドエネルギーです」

月曜日の一時限目。山田先生が、会議で居ない千冬の代わりに授業をいていた。

「前者が文字通りにISを稼働させるのに必要で電力などを使うのでバッテリーなどで容易に増量することができます。後者がISや操縦者の盾となります。また、シールドエネルギーは基礎理論提唱者の名前からタシロエネルギーと呼ばれるものが使われていることが分かっています。タシロエネルギーとは、全てのエネルギーに容易に変化する性質を持って、シールドエネルギーはこの性質を利用して、外部からの攻撃に対してほぼ同量同質のエネルギーはぶつけ対消滅させます。ですが、タシロエネルギーにも弱点があり容易に変化するということはつまりは保存が難しいということで、現在タシロエネルギーを長時間保存ができるのはISだけで、それがISの稼働時間の短さを招く要因だと言われてます」

そこまで言うと、山田先生は困ったように丹陽を見た。

「続けるます…一応稼働エネルギーをタシロエネルギーに変化させることはできるのですが効率が悪く、その状態こそが絶対防御であり、つまりは敗北を意味します。ちなみに、昔はタシロエネルギーは武器に用いた タシロブレード タシロキャノン などがあったのですが、稼働エネルギーを使えばどの道いいので直ぐに廃れました」

山田先生は、意を決して丹陽に言う。

「泉君!いい加減起きてください。今は授業中です!」

珍しく怒った山田先生の怒声にもピクリとも動かず、丹陽は机にうつ伏せ寝ていた。

朝から丹陽はうとうととしており、アイシャドウのような隈を作っており、何をやっていたかわからないがどうなったかは分かり易かった。何度も頬を叩くなどして、戦った相手に丹陽つい先ほど負けた。

「泉君は学生ですよ!学業も生活管理も責務です。それに泉君、織斑先生がいつ戻って来るかわからないですからね」

これでも丹陽はピクリとも動かない。

「泉君!それにっ」

授業時間終了のチャイムが鳴った。

「はぁ〜。ここまで来ると何かあったのでしょう、織斑君。泉君を保健室に連れて行ってください。織斑先生には私から言っておきます」

「わかりました、山田先生」

山田先生はそう言って、教室を後にした。

一夏は丹陽を起こそうとしたが起きる気配が無いため、肩を担ぎ保健室に連れて行った。

「丹陽、俺が言えることじゃないがっ、うああああ」

角を曲がった拍子に丹陽が一夏に倒れ込んでしまった。一夏は倒れてしまったが丹陽を受け止めた。

「大丈夫か丹陽?」

一夏の胸に顔を置いていた丹陽は少しだけ顔を上げた。

「すまない一夏。でもお前結構いい身体しているな」

「どうした急に?ってまた寝ちゃった」

一夏はそっと立ち上がり、丹陽を横抱きに抱えた。

その際一夏は、丹陽の顔を見る。整った中性的な顔立ち。そんな顔からは想像もできない位に普段は厳しいことを言うが、今は無防備にその寝顔を晒している。

「こいつも可愛いところあるな」

「何…やっているんですか?」

声の主の方を見ると、簪がすごい形相で睨んでいた。

 

 

簪は丹陽のいる1年1組に向かっていた。

昨日、専用機の組み立てを手伝って貰ったお礼をまだしていなかったのでそれをするために。本当は昨日の夜したかったのだが、夕方丹陽が用事があるからっと出て行き明け方まで戻って来なかった。

「丹陽甘い物大丈夫かな?」

簪の手にあるのは、Mrs・Dorayaki のシュークリームがありカスタード、抹茶、小豆の3種類が保冷剤と共に箱に入っている。

「昨日は本当は2人っきりが良かったな」

昨日は結局、のほほんさんをはじめ1年の整備班を呼んでの作業となってしまったが、おかげで組み立ては9割終わりクラス対抗戦には余裕を持って間に合いそうだ。

速足で曲がり角を曲がった時簪は見つけてしまった。丹陽が一夏にお姫様抱っこをされているところを。

「丹陽をどうするつもり?」

簪一夏の反応を待たずに言葉を叩きつける。

「いや保健室に連れて行って」

連れて行って連れて行って連れて、連れ込む!

「そんなこと先生方が許すはずありません!」

「許すも何も、先生に言われたんだけど」

教師公認の仲!

「どうやって落としたんですか?」

「(意識を)落としたも何も、勝手に」

相思相愛!

「いつからそんな関係に?」

「いつだろうな?うーんたぶん、入学当初からかな」

第一印象で決めた!

「織斑一夏!」

簪は力強く一夏を指差す。

「私は貴方を許さない。だから今度のクラス対抗戦首を洗って待っていて、そして私が勝ったら丹陽は私が…わかった!」

簪はそう言って走っていた。

かと思うと帰ってきた。

「これ丹陽に渡しておいて。昨日のお礼って言っておいて」

一夏にシュークリームを渡すと今度こそ簪は走っていた。

「一体なんなんだ?あー!簪、丹陽のこと好きなんだ」

走っていく簪と寝ている丹陽を見てつぶやく。

「思われているなんて羨ましいよ。丹陽」

 

 

丹陽達と別れた簪は、真っ先に生徒会室に向かった。

「お姉ちゃんいる?いるなら…頼み事が…あるの…」

言っている途中で簪は思い出した。最後に姉とした会話が自分が一方的に怒鳴り終わらせたことを。

楯無は椅子に座り、背中を向けている。

「その…いきなりごめん。それに今まで一方的に突き放してごめん。お姉ちゃんはいつも私のこと大切にしていてくれただけなのに…ごめんなさい」

初めて姉のことを想った。自然と涙が出た。

「やっとお姉ちゃんって呼んでくれた」

楯無がくるりと簪を向く。

「簪ちゃん、別に今までのこと気にして無いから。気になるのはこれからのこと。で頼み事って何かな簪ちゃん?」

簪は涙を拭くと言った。

「倒したい男がいるの」

「なんでまた、そんな物騒なこのを?」

「お姉ちゃん、もし好きな人がいてその人が非行に走っていたら止めるでしょ」

「好きな人?」

世界広しと言えど、ここはIS学園。男性の数は限られており、関係を考えると十中八九丹陽だろ。楯無には丹陽が非行以上の悪事を働いている可能性があることを知っている。

「非行といえば、例えばどんなの?」

だから楯無は訊いた。

「一週間も、寮で女の子と2人っきりなのに手を出さなかったり」

「えーと。まあ、年頃の男の子が異性に興味を持たないのは異常よね」

「他にも、私に興味が無いのかな?と思ったけどこのハーレム空間で女性関係の話聞かないし、その癖用務員や織斑君よく仲良く話しているし」

「えーと、簪ちゃん?一体何の話をしているのかな?平たく言って」

明らかに楯無が望んだ話では無い。

「丹陽と織斑君が同性愛者というお話」

楯無は脱力してしまう。

簪ちゃん。恋は愚かになることとはいえ。さっきの涙はなんだったのか。内心こうだがせっかく頼ってくれたのだ全力で応える。

「だからお姉ちゃん。織斑君を倒して丹陽を奪い取りたいの、だから訓練に付き合って!」

「わかったわ。でも専用機はいつできるの?」

「今日か明日位には」

「出来たら直ぐ呼んで、お姉ちゃん飛んで行っちゃうから」

「もうすぐ授業始まるから、私帰るね」

簪は生徒会室から出ようとするが、全く動こうとしない姉に疑問を持つ。

「あれお姉ちゃん。授業始まるよ?」

「いいのよ私は出なくて」

「なんで?」

「生徒会長だから」

「他の模範の生徒会長じゃないの?」

「生徒会長だから」

「なんかずるい」

「サボりたいなら、簪ちゃんも一緒にどう?生徒会長権限で成績なんてどうにでもなるわよ」

「越権行為」

「生徒会に不可能はありません」

「民主主義偽装の貴族政治」

「私に意見できるの簪ちゃんだけだから、むしろ独裁社会主義」

「ジェノサイドの予感」

「生徒会長だから」

何も誇れていないが、楯無は誇らしげに言った。

簪は楯無に別れを言って教室に戻った。

簪がいなくなったのを確認してから楯無はため息をつく。簪に対してではなく、簪が恐らく好きになった丹陽に対して。

「簪ちゃんをで元気にしてくれたのは感謝するわ。でも」

楯無は隠していた書類を出す。これを読んでいる時に簪が来たため、本当はドアを開けた途端に簪を抱きしめたかったところを我慢してこれをとっさに隠していた。

その書類に記されていたのは丹陽の経歴である。

「泉 丹陽。国籍日本。出身地サイレントヒル、静岡ね。両親は幼い時に事故死、以後学校付きの施設で育つ。先日織斑千冬により、IS学園に入学か」

一見可哀想でよくある様な経歴であるのだが、

「日本における、友好関係血縁関係不明。育った施設も先日潰れ資料等は紛失。しかも死んだ両親も似たような経歴か。怪しすぎよ」

そう、怪しいのだ。先ず国籍日本というところに疑問がある。入試問題の時に社会の問題で、本能寺の変で織田を倒したのは誰でしょう?というサービス問題に ヒムラー と書いた。その後も空欄が目立ち結局は社会の問題は10分の1も出来ておらず、他の学科の問題で好成績を出さなかったり入学でのあの経緯がなければ、IS学園を落ちていた。

入学の詳しい経緯は、織斑先生に何処からか重体で連れてこられて来た。その頃、謎の組織がIS関係で非合法活動を行っているという情報が上がっており、彼丹陽はその組織からIS学園を守る戦力になると織斑先生は言って彼を入学させた。その際、その謎の組織の情報を持ち込んで来た。その情報は構成メンバーの写真や、関わったと思われる事件についてである。つまりはその組織にもともといた可能性があるということ。これだけならまだいいのだが実はとんでもないことになった。

「身長も偽装しているわね。160もないでしょ」

別に身長ことではない。

今日の朝とある連絡が来た。電気部から盗難の被害にあったというもので、たまたま掃除をした時に明らかに幾つかの部品が無くなっていたという。孤島のここに泥棒が侵入したとは考えにくく、内部犯が疑われている。その無くなった部品組み立てるとレーザー盗聴器を作ることが出来るらしい。そして部活棟を最近になって利用していたのは何人もいるが人目につかず利用していたのは、ごくわずかに限られる。昨日、深夜に丹陽が誰もいない部活棟を利用していた。

証拠はない。怪しいとはいえ恩人。

楯無の中で善意と良心が喧嘩をしていた。だからこそ踏み込んだ調査がしたいのだが、学園長からそれをプライベートの問題として許してはくれなかった。もし、本当に丹陽が敵側だとしたら待ってはくれないのに。

「直談判しかないか」

楯無はそう言って、学園の真の権力者の元に行く。

 

一夏は丹陽を保健室におくり、第2アリーナにいた。

ISを使った初めての実技訓練だが模擬戦を経験した一夏は簡単だと思っていたが現実そう甘くはない。

セシリアと共に実演しろと言われたのだが。まず白式の展開に手こずり白式より出力に劣るブルーティアーズに速度で負け、今地球にキスをするところである。

初体験直前、白式がそれを防ぐ。

[自立制御]

白式は操縦権を借り地面ギリギリで見事に止まった。

[操縦権返還]

「なんだ最後だけは綺麗に決めるじゃないか」

千冬が素直に一夏のことを褒める。

「白式のお陰ですよ」

「機体性能を信じたお前を褒めているんだ、素直に褒められろ」

「いや、機体性能云々じゃなくて全て白式がですね」

「流石です一夏さん。初心者とはとても思えませんわ」

先に地面に降りていたセシリアが首を突っ込む。

「だから白式がって、一夏さん?」

呼称が変わっていることに気付き一夏が突っ込む。

「ですけど、まだほんの少しですが稚拙なところがありますわ。ですから放課後宜しければ私がISの御指導しても?」

「それなら間に合っている」

一夏が返答する前に箒が応えた。

「一夏にISの訓練を私がしていたし、これからもそのつもりだ」

「あら箒さん。代表候補生の私よりも貴女が優れていると?」

「当たり前だ。何故なら私は…」

箒はそこで一度言葉を切る。

「私は篠ノ之束の妹だから」

「私は親族のことは訊いておりませんわ。貴女個人のことを訊いているです」

「私が一週間訓練して、初心者の一夏がお前に勝ったぞ」

「それは一夏さんが優秀だったからですわ。貴女は関係ありません」

「猫を被った様な奴が指導したところで、大した効果にはならんぞ」

「鬼よりはましですわ」

「「ふん!」」

両者は顔を背けた。だが、箒のセシリアに対する認識はあまり悪いものではなかった。箒を姉である束抜きに一個人として見てくれたから。

「どうしてこの2人は仲が悪いんだ?」

一夏はそう呟いた。

[朴念仁]

白式がそう誰ともなく伝えた。

 

 

時は昼頃。丹陽は保健室で目覚めた。

丹陽は目覚めると、すぐそばにあった箱を気が付く。[簪から丹陽に渡してくれ。一夏より]と書かれたメモがあり、蓋を開けてみると、ゴツゴツした狐色の岩の様な物が3つ入っている。保冷剤があり甘い香りがすることから食べ物だと丹陽は思い、躊躇なく食べる。1つ食べ、残りを一気に貪る。

丹陽は何を食べたのか知るため箱を見た。

「ミセスドラヤキ?成る程これがどら焼きかという物か!青狸が夢中になるわけだ!」

感激も程々に、丹陽はベッドから出てある物を探す。地震大国日本の学校だからこそ必ずある物はすぐに見つかりそれを装着した。それとほぼ同時に足音が近づいて来た。

「さあ来い」

足音が保健室の前で止まり、容赦無く開く。

「丹陽、体調はどうだ?って何故ヘルメットをかぶっているんだ?」

丹陽が装着したのはヘルメットだった。

寝不足で授業中に倒れ昼まで寝ている生徒を千冬が鉄拳制裁しないはずない。だから丹陽は対策したのである。

「体罰上等との証であります」

「体罰?何故私がするんだ。酷い腹痛で倒れた生徒を追撃する様な真似を私はせん」

「腹痛?いえそうであります」

多分山田先生が嘘をついてでも守ってくれたのだろう。

「申し訳ない」

「何か言ったか?」

「いやなんでも無い」

丹陽は寝る際に脱がされた、上着と手袋をつけた。

「丹陽今来たのは見舞いにするためじゃない。ほれ」

そう言って千冬は丹陽に何かを投げる。

「立春水泳の時もそうだが、物はちゃんと手渡せよ」

丹陽は投げられたものを見た。それはチョーカーで茶色なめし革に銀色の金具がついていた。

「首輪?」

簪のことを思い出して苦笑いする。

「チョーカーだ。ラファールを改造するとか言っていただろう。セシリア戦の時にお前が使っていた奴だ、学園長からも許可は取った正式にそれはお前のものだ。用はそれだけだ」

千冬は保健室から出て行った。

丹陽はチョーカーを付けて、電話を掛ける。掛けた先は倉持技研の丹陽用の専用機開発主任、中山二郎。開発主任と言っても、設計者は他は白式のデータ収集に忙しくいない。詰まる所実質開発設計は丹陽と彼しかいない。しかし簪の専用機開発を中途半端にするくらい倉持技研は人手不足なのだが、何故二郎が丹陽の専用機開発に回されたのか?訳は彼が新人なので余り仕事を任されてもらえず暇で彼自身専用機の開発をしてみたいかったらしく、ごく自然に丹陽と巡り会えた。

「もしもし中山?」

『もしもし丹陽なんだい?』

二十代前半長身痩せ型でボサボサ髪で黒縁眼鏡をかけ、顔にはニキビを大量に作っており、しかも色白なためよく目立つ。そんな二郎の姿が丹陽には目に浮かぶ。

「ISが手に入った。今からそっち行く」

『えっえ?昨日徹夜したばっかだぞ。結局技研の硬いソファで寝ていたんだぞ。今日は休ませろ』

昨日、簪の作業を手伝いを終えた丹陽は、専用機を作るための生体情報を取るため倉持技研に行っていた。ついでに、専用機のコンセプトを決めるため夜通し話し合っていた。

「1時間後に」

『絶対にくるっ』

ブチ。

丹陽は電話を切り、学園を出ようとする。

IS学園は孤島で、本土とはモノレールとその隣に設けられた橋で繋がっている。丹陽はモノレールの時刻表を見たが 流石にこの時間モノレールは動いていなかった。丹陽は仕方がなかったので橋を使うことにした。

「こんな時間にここにいるとは余り感心できないね」

そう丹陽に老人が話しかけて来た。

「貴方はどちら様で」

「見ての通りの用務員さあ」

老人は、壮年の男性で用務員の格好をしていた。顔はシワだらけだがむしろそれが彼の印象を柔らかくしていた。

男と丹陽の距離は10m位。話すには少し遠い。

「丹陽君、何故授業をサボっているんだい」

「両親の見舞いに」

「君は酷いことを言う様だが孤児じゃなかったか?」

「何故それを?」

「君は有名人だからだよ」

「ここは有名人だからだって個人情報をばら撒くのか?」

老人が応える前に丹陽は続けた。

「ここの用務員みんな二十代から四十代で、みな何かしらの戦闘職についていた。なのに、壮年の明らかにデスクワークばかりの男性。想像を働かせずには要られないな」

老人は何も答えなかった。

「丹陽君1つ質問があるけどいいかい?」

沈黙の代わりに老人が質問をする。

「その前に名前を教えてくれ」

「轡木 十蔵だ」

「で轡木質問は?」

「正直君はIS学園のことをどう思っているんだい?」

丹陽は轡木のことを別の機関の諜報員だと思っていた。だが、ならばこの様な質問はおかしい。つまりはIS学園の身内でそして…

「短SAMにCIWSを配備。用務員に至るまで徹底的に身元調査の上、元戦闘職が必須条件。まるで要塞。いやISも有るから不沈空母か」

「そうゆうことじゃ無い」

轡木が近づきながら言った。

「あんたが、この夢の国の王子様か」

「王子様といえる歳じゃ無いがね」

丹陽は轡木が自分の所に来る前に行こうとした。

「精根尽きているのによくやるよ」

「例えISが男しか使えなくても私は同じことをしただろ」

丹陽は振り返りそれに応えた。

「ああわかってるよ。でもなここに居るのはISを持つことが出来た一部の国の女子高生ばかりだ。国は持っと有るし人種は持っといるし通じない言葉ばかり、人間だってもっといる。実験のつもりか何か知らんが、平和な世界を仮想で作るにも要素が不足してると思うぜ」

「それが質問の答えか」

丹陽は何も言わずさっさと行ってしまった。

完全に丹陽が見えなくなってから轡木は喋り出した。

「本当に調べるのかね。楯無君」

返事は無い。

「私は止める気は無いし、止めたところで君は勝手にやるだろ」

轡木は用務員としての仕事をするため持ち場に戻ろうとする。

「彼がスパイでもそうでなくても呼んでくれ。無実だったら一緒に謝ろう」

「もしスパイだったら?」

初めて返事が帰ってきた。

「私は正直短SAMもCIWSも使わずに済むと思っている。でも1度だって整備を怠らせたことは無い」

それだけで答えは充分だった。




丹陽と一夏がホモっぽいですが、両方ノンケです。多分。でも原作のワンサマーさん、男装時のシャルロットにやたら馴れ馴れしかった覚えがあるんですが。大丈夫ですかね…


誤字脱字、描写ミスおかしな描写。有りましたら御指摘お願いします。


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第8話

前回書かなかったのですが、タシロエネルギーはもう出てきません。


「「クラス代表決定おめでとう」」

掛け声とともに次々と弾けるクラッカー。テーブルいっぱいに出来ている色鮮やかな料理。その場にある溢れんばかりの活気。それらが自然とその場にいる人々を高揚させていた。

一夏達が住んでいる寮の食堂で夜、一夏のクラス代表決定を祝うパーティが開かれていた。

コの字型のソファの真ん中に一夏が座りその両脇をセシリア、箒が挟んでいたて。さらにその両脇を丹陽とのほほんさんが挟んでいた。

「あはははは…」

「何故お前が一夏と隣にいる」

「貴方こそ何故そこにいますの」

一夏はこの空気に気圧され、その両脇は火花を散らし、さらにその両脇はひたすら食べ物を口に運ぶ。

パシャン。

シャッター音とカメラのフラッシュ。突如現れた眼鏡の娘が無遠慮にシャッターを切っていく。

一夏達が注目するとシャッターを止めた。

「すみません。自己紹介が遅れました。私、新聞部部長をやっておられます、黛 薫子です。以後お見知り置きを。後一夏君。今度のクラス対抗戦に対するコメントとかもらえませんか?」

「えっえーと。精一杯頑張ります」

黛はカメラを下ろしやれやれと首を振った。

「もっとパンチのあるの無いかな?ほかのクラスなんか血の涙を見せてやるってかなりパンチが効いていたのに」

「随分と上品な奴がクラス代表になったもんだな」

丹陽が皮肉を呟く。

「別にこっちが考えてもいいけど。うーん例えば、溶けた穴あけチーズにしてやるとか、引き摺り下ろして細切れにしてやる、とかどお?」

「えーと。精一杯頑張りますでお願いします」

困った様に一夏は言った。

「えー。まあいいか。真実を曲げて送るなんた最低よね。じゃあ最後にセシリアさんと一夏君ツーショットで写真1枚撮らせて」

「わっわかりましたわ」

セシリアは喜びを隠し立ち上がる。

「いいけどなんで俺ら2人なんだ」

「それは、2人は注目の専用機持ちなんだもん」

一夏立ち上がる。

「あのー。もちろん撮った写真は頂けますよね?」

「もちろん。それじゃ見合っで見合って。はいチーズ」

パシャン!

「なんで皆さんも入ってますの!」

ふと丹陽は思い出す。今日倉持技研からの帰り、IS学園の制服を着た高校生くらいの娘に尾行された。しかし尾行にしてはあまりにも堂々としていた。

「まあいっか。お菓子の次は酢豚、酢豚」

 

 

「やっと着いた」

日がとっく暮れ良い子が寝る時間。一人の少女がIS学園の門の前にいた。

何故か紫のISを装着しており、2つの角の生えた球形のパーツが息切れを起こした様に上がり下りを繰り返していた。

「これも貴方のせいよ泉丹陽!」

 

 

朝、寮の食堂で丹陽と簪は朝食を取っていた。

「なんだ、打鉄完成してたんだ」

相変わらず丹陽は重いカレーライスを軽々と口に運ぶ。

「うん。日曜日にあんなに手伝ってもらったから。でね今お姉ちゃんに対抗戦に向けて特訓に付き合ってもらってるの」

「そうか、頑張っ甲斐があったよ」

「うん、本当にありがとう」

昔は言う必要もなかったこの言葉。最近になって多く使うようになった。簪自身いい傾向だと感じている。

「礼ならいいよ。物で受け取った」

パッと簪の顔が明るくなった。

「気に入ってくれたんだ」

「ああ美味しいかったよ、あのどら焼き」

「どら焼き?」

丹陽の勘違いが正されようとしたが。

「おはよう。丹陽、簪さん」

朝食を運びながら一夏が来た。

「織斑一夏!」

簪は一夏を見ると立ち上がる。まだこの2人の間には割り込めないと思って。

「丹陽、私お姉ちゃんに用有るから」

簪は食堂を出て行った。

「俺、簪に嫌われているのかな?」

「対抗戦の前だからライバル視してるだけだよ」

「ふーんって簪、クラス代表なの」

丹陽はやれやれと首を振った。

「その前に日本の代表候補生でも有るぞ」

「へえー」

丹陽はため息をついた。

「そういえば知ってるか?一夏」

「何が?」

「機能、ここの近くの海上で日中間のISの模擬戦が有ったらしい」

「なんで?しかも海上で?それにそんなこと事前通告とか有ったか?」

ISの模擬戦は弱装填弾を使用するとはいえ、実弾を使用するので通常はIS学園のアリーナの様な施設で行う。万が一海上などの野外で行う場合は、大々的事前通告を行うのだが。今回の場合、いくら情報疎い一夏でも知らなかったのだ。

「そうなんだ。だからおかしいと思って。簪にも聞いたが知らなかったそうだ」

「おかしな話だな」

「そうだな」

一夏が朝食を食べ始めたので、丹陽は食堂に置いてあるテレビを観た。

映っているのはどうやら飲み物のCMらしく、ラフな感じの男性がペットボトルを持っていた。男性はキャップを開けて中身を飲む。カメラは一気に飲み物に寄って、男性が画面から消える。飲み終えてカメラが引くと、男性が女性になっていた。

『コレやべよ、超やべえよ、マジやべえよ、すげーやべえよ、やべえぐらいやべえよ』

もう一口。

『ばぶーばぶばぶばぶばーぶばーぶばぶーぶー』

もう一口。

『パーオン、パーオンパーオンパーオンパーオンパー』

『何が起こるかわからない!パロプンテ!好評発売中!』

その後、ZUNTORYのロゴマークが流れる。

 

次のCMは、初老の男性が奥行きがわからない真っ白い部屋に立っていた。

『私には昔から夢がありました。そうです、宇宙移民です。多くの人も夢みたことでしょう。それ故月には個人領土あんなにあるのです』

男性は画面向かって右側歩き出す。

『ですが、もう月は古い!今は火星です!我が社、サイバーダウン社は火星の領土を格安でお売りしております。じゃんじゃん買って下さい。なになに、火星人に悪い。安心してください』

男は首元に手を当てる。

『二週間だけよ。二週間だけよ二週間だけよ二週間だけよ』

男性の髪が落ちる。そして顔の中心に縦に線が入って、かと思えばそれに垂直に一定間隔で線が入っる。

機械の音を立てながら、線に沿って顔が分かれていく。

中からタコの様な火星人が出てきた。

そして開いた顔を触手で掴むみ、本物の顔の横に持ってくる。

『私、火星人が許可します』

開いた顔は元に戻り、つまりは生首に、火星人と見つめ合う。

突如として2つの顔は笑い始めた。

『『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA』』

 

次のCM。

5、6歳の子供達が公園で遊んでいる。

『平和な街。幸せそうな子供達』

女性のナレーションが入る。

『でも』

画面いっぱいに光りに包まれる。

『核は全てを破壊してしまう』

場面は変わり核攻撃を受けた、街が映った。

『だけど彼らは大丈夫』

子供達は何事なかったかの様に遊んでいた。

『何故ならあの子達は、露椅子の放射能保険に入っているから』

子供達から白い翼が生える。

『さあ貴方も一緒飛び立ちましょう』

子供達は遥か彼方に飛び立った。

丹陽は1度画面から目を逸らした。朝から見るには強烈な映像だった。

気が付いたらニュースになっていたのでまた見た。

『各国が核を出し合い、核を廃棄処分又は平和利用する計画 ピース の第一段階として太平洋に原子炉を建設する工事が始まりました』

キャスターがそう述べ、次に工事風景が映し出される。

「へぇー始まったんだ」

一夏が飯を食べながら言った。

「なんだ、知ってるのか?」

「知ってるのかって酷いな。この計画エカーボン事件ことが関わってるんだろ。だったら日本人として知っておかなくちゃ」

「そうだな」

丹陽はそう言うとまたニュースを見た。今やっているニュースは地球上のすべての言語が分かる天才少女が古代文明の文字を解読したというものだった。

エカーボンとは、アフリカ西部にある国のことで大戦後多くの迫害されてきた民族によって建国された国で。豊富な資金源と資源によって急成長し、アフリカ随一の先進国とまで呼ばれた。しかし去年の夏事実上の崩壊をしてしまう。それがエカーボン事件又の名をエカーボン核崩壊事件。エカーボンは当時アフリカのありとあらゆるところに軍事介入をしており、そのせいで首都フリータウンでテロが発生。そしてテロリストが表には存在しないはずの核をエカーボン政府から奪い自爆した。だがこの事件謎が多い。まず、エカーボンの面積は50万㎢にもなり核1発では全滅出来るわけが無い。何故テロリストが核の存在を知っていたのか?その核はエカーボンで作られたのかそれとも…。最も核で何もかもなくなってしまっているので、前後の通信記録や憶測でしか真実を追求出来ないのである。この事件やISの登場をきっかけに各国は核の廃棄活動を本格化。その計画がピースなのである。

一夏は朝食を食べながら思う。

ISは世の中を女尊男卑に変えた。だが同時に世界をほんの少しだけ平和にした。

 

 

二時限目の休め時間。一夏はクラスメイトと今度のクラス対抗戦について話し合っていた。

「やはり、1番の脅威は更識さんですね。他クラスで唯一の専用機持ちですし日本の代表候補生ですし」

セシリアが仮想敵に関して一夏に説明する。

「それに、専用機 打鉄弐式はまだ正確なスペックや戦術がわかりません。一方相手は一夏さんの戦闘を見ていると思われますから、一夏さんの弱点を必ずついてきます。ですから特訓は一夏さんの苦手を克服する方法しましょう。つまりは遠距離攻撃を主体とする私が一夏さんと特訓するに相応しいというわけですわ」

最後の方はに箒に向かってのセシリアは言った。

「相手はその裏を読んで近接戦を仕掛けて来るかもしれん。よって私の方が一夏に相応しい」

箒も負けじと一夏に迫る。

「2人一緒にやればいいじゃ」

一夏は妥協案を出した。

2人は睨み合った後顔を背ける。

「一夏が言うなら」

「一夏さんが言うなら」

お互い妥協案に乗った。

「そういえば。2組のクラス代表変わったらしいよ。なんでも、中国からの転入生らしいけど」

誰となくクラスメイトが言った。

「でも専用機持ちじゃ無いんでしょ。だったら楽勝じゃあん」

「それがっ」

「その情報古いよ!」

突然、教室の入り口の方から声がして、皆がそちらを向く。そこには小柄なツインテールの少女が壁の縁に寄り掛かる様に立っていた。

「2組にも専用機持ちがいるから、そう簡単に優勝できると思わないで」

知らないその少女に、誰も声を掛けられずにいたが、一夏だけはその少女を知っていた。

「お前…鈴か?」

「優勝できるとは言わないだな」

一夏が言い切る前に、先程までトイレに行っていた丹陽が話しかけた。

少女が丹陽の方を向き姿を認めると、目を見開いた。

「あんた泉丹陽!昨日の礼たっぷりとしてあげるわ」

少女はISを右腕だけ部分展開して交戦態勢に入る。

「誰だお前?」

丹陽は敵意を向けられているにも関わらず、呑気にしている。

「おい突然どうしたんだよ鈴。それと丹陽こいつは鈴、鳳鈴音でって紹介してる場合じゃない。丹陽なんで鈴をこんなに怒らせたんだ」

いきなりの旧友の再開を喜ぶ暇もなく、この状況に慌てふためく一夏。

「凰か。一夏、俺はこいつと初対面だが。凰?俺なんかやったか?」

「あんたね…私はあんたのせいでどれだけ大変な目にあったか。覚悟しなさい!」

鈴は丹陽に飛びかかった。

ガン!

「いーたい!何するのよあんた?」

鈴が丹陽に到達する前に、何者かが鈴の襟を後ろから引っ張りそのまま引っ叩いた。

「教師に向かってその口の聞き方。転校早々の暴力沙汰。教育してやる必要があるな、凰」

鈴を引っ叩いたの千冬だった。

「げ!千冬さん、じゃなかった織斑先生」

千冬の姿を認めた鈴は急に大人しくなりISも待機状態にする。

「お前はどっかの馬鹿共とは違って利口だな。授業が始まるからさっさと自分教室に戻れ、凰」

鈴が頷くが、その前に一夏といつの間にか自分の席に戻っている丹陽の方を向く。

「一夏、また後でね。泉!覚えておきなさい。織斑先生、わかりました」

鈴は自分のクラスに帰り、千冬は授業を始めた。

 

 

昼になり、一夏は積もる話をしようと鈴と食堂の同じ席で食事を取っていた。他には誰もいない。が数名が離れたところで様子を伺っている。

「にしても鈴、久しぶりだな。連絡入れてくれたら弾達も報せたのに」

「報せたら、劇的な再会が台無しになっちゃうでしょう」

「お前な…でもまた会えて嬉しいよ」

鈴は自分のラーメンを啜ってから言う。

「そういえば、あんたこそ驚いたわよ。いきなりIS動かしちゃうんだから」

「俺も信じられないよ」

「あんたね…」

鈴は呆れてまたラーメンを啜った。

「ところで、なんで丹陽のことそんなに嫌ってるんだ」

一夏は離れた席で食事を取っている丹陽を見た。丹陽は簪と同じ席で、呑気によりによってラーメンを啜っていた。鈴の場所からではギリギリ、食堂の中心にある柱が原因で見えない。だがそれも何かの拍子に見えてしまう。そうしたらさっきの二の舞。早く原因を突き止めてやらなければ。

「それは昨日あいつが…」

「一夏さん!そろそろそのお方の事を教えてくださいませ」

「そうだ一夏!いったいそいつは何者なんだ?」

箒とセシリアが、一夏達の下に来て一夏に問い質す。

「こいつは、ただの幼馴染で」

ただのという言葉に少し鈴はムッとなるが、一夏に同意した。

「そうよ。幼馴染よ」

「ちょっと待て一夏!幼馴染は私じゃないのか?」

「そっか。2人は入れ違いだったけ」

1人勝手に納得した一夏は説明した。

「箒、こいつは凰鈴音。箒が転校してすぐに入学して来たの。鈴、こいつは篠ノ之箒。前に話しただろ」

一夏が知らないうちに丹陽が食事を終え、一夏達の騒ぎに気がついた。

「つまりは箒がファースト幼馴染で、鈴がセカンド幼馴染だ」

「ファースト」

「ふーん」

箒は声が高揚しており、鈴は横目で一夏を見た。

「初めまして。これからよろしくね」

「ああこちらこそよろしく頼む」

試合前の一礼を2人は終えた。

「ごほん」

セシリアがわざとらしく咳をした。

「私の存在を忘れてもらっては困りますわ」

「あんた誰?」

「私はセシリア オルコット、イギリスの代表候補生ですわ。それから」

「ごめん興味ないわ」

「言ってくれますわね」

セシリアが身を乗り出し、言った。

「ところで一夏、クラス代表になったんだって。よかったら私がISの訓練に付き合おうか?」

「そいつは助かる」

一夏はすぐに了承したが、箒とセシリアが納得しなかった。

「一夏に指導するのはこと私だ」

「私達です、箒さん。だいたい敵である2組が指導なさるなんて、敵の施しは受けませんわ」

「私は一夏に話してるの。割り込まないで」

一夏は険悪な雰囲気に困るが、すぐに爆弾が近づいていることに気がつき、ギョッとする。

「ラーメン早く食わないと伸びるぞ」

「あ、そうだったって!あんた!泉!」

丹陽が1人ですぐ近くに立っていた。

「よく大声が出るな。感心するよ」

「余計なお世話よ」

丹陽がさらに鈴の殺意を駆り立てた。

「今度こそ昨日の恨み晴らさせてもらうわ」

鈴はISを右手だけ部分展開、指先を丹陽に向ける。

「昨日のこと土下座すれば許してあげるわ」

「昨日の事がわからないんだが?」

「思い出せないなんてほんと最低。覚悟しなさい」

「やめろよ鈴」

一夏が堪らなくって、鈴と丹陽の間に入る。

「そこをどきなさい一夏」

「なんでそんなに丹陽を憎んでるんだ?」

「そいつのせいで大変な目に遭ったんだから。だいたい私よりそんな奴の方が大切だっていうの」

丹陽は前々から思っていたことがあった。織斑一夏はある意味での希少種なんじゃないかと。今、それが確かめられる。なんとなく首を突っ込んだが、これからの展開が楽しみな丹陽だった。

「そんなの決まってるだろ」

一夏は丹陽は見てから鈴に振り返り言った。

「両方とも大切な友達だ」

「あんたねぇ!」

「期待を裏切らないな、ふふふ」

丹陽は堪らず腹を抱える。

「何処の馬の骨かもわからない奴と私が同格?」

「そんな言い方は無いだろ、鈴!」

「庇うの?昔からの女の幼馴染より、つい最近の男友達の方が大切だっていうの」

「さっき言っただろ。両方とも大切だって」

犬が食わないくとも、人は酒の肴してしまう。周りが食事を中断して3人を見ていた。

「もう!私との約束忘れたの?」

鈴は顔を背け頬を赤く染めた。そして気づく。自分達が注目の的になっていることを。

「約束?ああ、あれか」

「いい!言葉にしなくて」

周りの生徒を知られたくない鈴は一夏を止めようとする。

「なんでだよ。奢ってくれるっていう話だろう」

「「「え?」」」

一夏以外同じ反応をする。

「ほら、料理の腕が上がったら毎日酢豚をご馳走してくれるっていう約束だろ」

丹陽は四つん這いに倒れ、口に手を当てプルプルと肩を震わす。

「最低」

「え?」

一夏は鈴の突然反応に驚く。

「約束を覚えいないなんて最低!男の風上にも置けない奴。犬に噛まれてゾンビにでもアンデッドにでもなっちゃえ!」

「いやだからその約束は」

「意味が違うのよ意味が!今度のクラス対抗戦、首を洗って待ってなさい」

鈴は走り去っていった。

「鈴…どうして?」

「最低だな」

箒が去っていった。

「見損ないましたわ」

セシリアが去っていった。

「ふふふ…最高だよ」

丹陽が去っていった。

「みんな…」

一夏は先程まで食事を取っていた席を見る。

「食器置いて行っちゃった」

 

 

一夏から別れた後、鈴、箒、セシリアの3人は横一列に廊下を歩いていた。険悪な雰囲気に近くの人は勝手に除けていく。

「なんなのよ一夏ったら」

鈴は歩きながら悪態をつく。

「全くだ。私が居なかった間になんて約束をしてるんだ」

箒も悪態をつく。

「まさかあそこまで朴念仁だとわ。本当呆れてしまいますわ」

セシリアも悪態をつく。

そして各々に一夏の悪口を言う。

「だいたい鈍すぎふのよ」「そうだ、しかもデリカシーも無い」「ISの操縦だって、上手とはとても言えませんわ」などなど。

一息に喋った後3人に長い沈黙が流れる。そして、それを破るかのように3人は長いため息をついた。

箒が他の2人の様子を見てから口を開く。

「お互い頑張ろう」

「そうね」

「そうですわね」

ライバル意識より仲間意識が強くなった3人だった。

 

 

放課後、丹陽は簪と楯無がISの特訓しており、その様子を見るのと飲み物の差し入れをして、寮に帰っていた。

階段を上がり、部屋に入る。

部屋に入るとパソコンをいじり始める。画面に表示された情報とにらめっこする。必要な情報を得るとこができた丹陽は携帯端末を見る。メールを受信していて、送信者は簪。

[これから帰るから、食堂じゃ無くて部屋で待っていて]

と書かれた内容を見て丹陽は、二階のこの部屋を出て行こうとする。鍵は壊したので扉だけ閉め階段を登る。

丹陽が出て行った、部屋はカーテンが締め切ってあり薄暗かった。その部屋には、アンテナとレーザーポインターがついたレーザー盗聴器が置いてあった。三脚で1mほどの高さにあり、何本ものコードがパソコンに繋がっていた。他にも作りかけの怪しい機器がそこらじゅうにあった。




いろいろとパロを挟んだんですが、海外産もあり困っています。


誤字脱字表現ミスおかしな描写、ありましたら御指摘お願いします。


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第9話

今回オリキャラが出てきます。


放課後、日が暮れた時間。一夏はアリーナで大の字で倒れていた。息が上がっており、激しく呼吸を繰り返していた。

クラス対抗戦に向けての特訓をしていたのだが、付き合ってもらっているセシリアと箒を同時に相手していたのだ。ちなみに2人はいつも通り態度で一夏に接していた。

「初心者には辛いぜ」

2人には先に帰ってもらい自分は息が整うまで横になっていた。

息が整いはじめた一夏が起き上がり、今は待機形態の白式を見る。

ここまで疲れきった理由は他にもある。白式がほとんど助けてくれなかったからだ。

「助けてくれよ白式?」

[学習行為、我不必要]

この回答で一夏は納得したが、別のことに不満を感じた。

「白式、カタカタ使うとかもっと解りやすい喋り方出来ないか?」

固まった。白式はいつも一夏の問いに、間を開けるとと無く応えるのに固まった。

永遠とも思えるほんの僅かな間の後白式から返答が表示された。

[言語機能上方更新許可求 応又否]

一夏は迷わず応を押す。押した途端、スクリーンにパーセントが表示され、一瞬で完了する。

[アップデート完了]

明らかに言語が変わっていることを確認するため一夏は質問をする。

「リンゴとかけまして、ラブコメの嘘と解きます。その心は?」

いきなりのなぞかけ。

[ドチラモ外真赤ノ中真白]

白式は間をおかず答えた。

「お見事!」

一夏は二重に感激した。疲れていなければ、拍手してやりたかった気分だった。

[喜ンデイタダキ白式ハ嬉シイデス]

一夏は寮に帰るため、着替えて更衣室を出た。出ると廊下で鈴が用務員と話していた。用務員は二十代前半の恐らく日本人男性、体型は長身細身。一夏自身も何度か見かけたことがある人なのだが。いつも名札をしておらず、名前を知らない。

用務員は手に鉛筆とメモ帳を持ち、恐らく会話の内容を書いていた。

一夏が見てから直ぐに会話が終わり、用務員は行ってしまった。その後一夏は鈴の下に行く。

「何話してたんだ、鈴?」

「あ、一夏。別にあんたは関係無いでしょ」

一夏の存在に気がついた鈴は少し怒った態度で顔を背ける。

「そうゆう関係なら詮索しないけど」

「違う!昨日丹陽と何があったか聞かれたのよ」

鈴は一夏に食いかかる勢いで顔を近づけた。

「別に隠すことでも無いだろ?幼馴染なんだし」

「違ーう!あんたってなんで本当そうなのよ!」

鈴は一夏に飛び掛かり、一夏を押し倒した。

「バカバカバカバカ!」

「いてぇ!やめてくれ鈴!」

鈴は馬乗りになり一夏を殴り続けた。

「はあはあはあ…」

とうとう疲れた鈴が息を荒く呼吸をしている。

「気が済んだか鈴?」

「何よ?」

鈴を太ももに乗せたまま、一夏は起き上がる。

「なんかお前、久しぶりあった時疲れてたな」

「私はいつでも絶好調よ」

一夏は鈴の頭に手を置くと話し出した。

「急に転校しちゃうし、一年間連絡無いし。何があったかはわからないけど、何かあったのかはわかるぜ」

「別に何も無いわよ」

鈴は一夏の目を見れなくなり下を向いた。

「相談なら聴くし、頼み事なら内容にもよるけどやるさ。俺じゃ頼りないなら千冬姉だっているし蘭や弾だっている。力に成れなくても、ずっと側にいるぜ」

一夏は笑かけた。だが内心は笑えてなかった。実はわかっていた、鈴に何かあったのか。中学校の時、何度か鈴の実家の中華料理店に行っていたのだが、その時必ずと言っていいほど、鈴の両親は一緒にいなかった。そして今の会話で確信した。

一夏に両親はいない。いるのは姉の千冬だけ。だから、両親が別れるというのは完全に別世界の話。まるで想像出来ない。だけど、自分が千冬姉に嫌いなられたことを想像することすらしたくは無い。だから笑ってやるしか無い。

「ねぇ一夏」

鈴は下を向いたまま一夏に訊く。

「なんだ鈴」

「側にいてくれるって本当?」

「日本にいる間だけな。日本語しか話せないから」

「中国語教えてあげれば中国にも来てくれる?」

鈴は顔を上げた。両頬紅く染まっていた。

「もちろん」

「一夏!何をしている?」

突然現れた箒が、叫んだ。

「帰りが遅いと思って来てみれば、さっきすれ違った用務員の言う通りだ。こんなところで2人で隠れてひっそりと…ぐぬぬ」

一夏は自分達の状況を見た。人気のない場所で、一夏の太ももの上に鈴が乗っている。誤解されかねない。

「しかも、…側にいるとはなんだ?」

「そりゃ友達として当然だろ」

一夏は本心からそんな言葉を出した。

「あんたってなんで本当にそうなのよ!」

鈴が飛び上がる。

「覚悟!」

「覚悟しなさい!」

「助けて白式!」

[今日モ平和]

 

 

鈴は一夏に向かって宣言する。

「今度のクラス対抗戦絶対勝つから。そして勝ったら、私の言うことを聞きなさい。わかった?」

廊下で伸びている 一夏に応える気力はなかった。

「それと…ありがとう…」

 

 

深夜、疲労と傷害であちこちが痛む一夏は自分の部屋で起こされた。起こし方は、起こされたとしか表現できず。なぜなら起こしのは白式だから。

「はあ〜ん。どうした白式?」

一夏は欠伸をし目を擦りながら、待機形態の白式を見た。

[今後ノコトデ、ゴ相談デス]

「なんだ?」

相談?一夏はまるで検討がつかなかった。

[一夏様ノ戦闘ヤ、ソノ他ノ活動ヲ、ヨリ円滑ニ行ウタメ学習プログラムヲ構築、執行サセテ下サイ]

「学習プログラム?具体的どんな感じ?」

一夏の質問に白式は天井から床までスクリーンを大きくして、文字を滝のごとく流した。

「うあああああ、わかったわかった。許可するよ白式」

突然のフラッシュに驚いた一夏は、思わず許可を出した。

[アリガトウゴサイマス。今後モ織斑一夏様ノ幸セヲ想イ白式ハ持テル全テヲ一夏様ノタメ使用スルコトヲ誓イマス。申シ訳ゴサイマセン、長クナリマシタ。オヤスミナサイマセ。一夏]

スクリーンが閉じた。それを確認して一夏は欠伸をして寝た。なんの不安も無く。

 

 

クラス対抗戦を明後日に控えた日。放課後丹陽は、自分達の寮の今まで使われてはいなかった食堂にいた。簪もいて、お互いに三角巾、マスク、割烹着、手袋を付け箒やハタキを手に掃除をしていた。

簪は丹陽と話ながら掃除をしており、床を半分まで掃いていた。

「それからね…電話?あれお姉ちゃんからだ。なんだろ?ちょっとごめん」

簪は出て行った。

すぐ帰って来た簪は何処か申し訳なさそうだった。

「ごめん用事が出来ちゃった。急に生徒会に呼ばれちゃって」

「あれ?簪生徒会所属だっけ?」

入学して一月もしていなく、しかも生徒会選挙など無かったのにいつの間に所属していたのか、丹陽は気になった。

「生徒会所属者は、お姉ちゃんが一任で決めてるんだけど。それで本音ちゃんが所属していて。それで…」

「それで?」

簪は渋った。

「本音ちゃんがいると仕事が増えるからって、私が」

丹陽は黙った。流石はのほほんさん。

「でも本音ちゃんのこと悪く言わないでね」

「わかってる。いつものこと」

のほほんさんに丹陽が付けられたあだ名が、ニャンニャンだったりするわけで、正直丹陽はのほほんさんが苦手だったが慣れていた。

「でも、代わりに用務員さんが一人来るって」

「わかった」

簪は出て行った。

数分して、用務員が一人やって来た。二十代前半、恐らく日本人男性。体型は長身細身。丹陽は見たこともない用務員で、ネームプレートも無い。

「代わりに手伝いに来た用務員か?」

丹陽は訊いた。

「そう」

男は早速箒をとり、床を掃き出した。

「名前は?」

丹陽は当たり前の質問をしたのだが。

「必要?」

「当たり前だ」

男はこちらを見ず答えた。

「ジョン ドゥ」

「お前は死体か?」

「土左衛門は?」

「訊くな!」

死体の通称を答えた男は渋々答えた。

「衆生 朱道」

「偽名?」

「いや本名」

丹陽は衆生を見た。こちらをちらりとも見ず、簪がやり残した、床半分を掃いている。恐らく偽名だろ。丹陽自身人の事は言えないが。

ネームプレートが無く今まで見たことの無い用務員。他の用務員が用務員兼警備員だったのに対して、衆生はそれらと性質が異なる職種についていると丹陽は思った。それに…。

無言で2人とも掃除をして、すぐ終わらせた。衆生は帰り、その後丹陽は席に座った。

「衆生 朱道」

丹陽呟いた。

ヤバイかもしれない。丹陽そう思った。急用で時間の無いはずの簪から聞いていたのかもしれないし、丹陽に訊かず床を見て判断したかもしれないが。衆生は簪がやり残したところを正確に掃除していた。

つまりは、ずっと見張られていたのかもしれない。

 

 

衆生は丹陽と別れた後、それまで行っていた監視を辞め、轡木と楯無のいる生徒会室に行った。

「何かわかったかね?」

入室早々轡木に衆生は訊かれた。轡木は丹陽を調べるよう衆生に頼んでいた。

「昨日の海上演習は関係が有ったみたいです」

衆生は胸ポケットに入れて有ったメモ帳を出す。

「凰鈴音に訊いたところ、あの海上演習は偶然の産物だそうです」

「関係有るって言ったじゃない?」

矛盾する発言に楯無は食らいついた。

「焦らないでください」

衆生はメモ帳を見て話し出す。

「中国側からの突然の転校の通告は知って通りで、その理由は凰の希望だそうです。そして、昨日こちらに来る手筈だったのですが。急な事もあり手違いが有ったらしく見知らぬ街に凰が一人放置される状態になったそうです」

「確かに昼頃には着くとのことだったな」

「途方に暮れた凰は大人しく、交番に行こうとしたのですが。偶然IS学園の制服を着た、男性。つまりは丹陽を見かけ、母国の所為で迷ったとは言えず丹陽の後を追ったそうです。そしたら丹陽を何処かで見失い迷ったそうです。昼頃にもなり、近くの飲食店で凰は食事をとったらしく、しばらくしてから店から出るとまた丹陽を見かけたらしく、追いかけたら、また見失いらしくしかもそこでチンピラに絡まれたそうです」

「ねえチンピラに絡まれた所って…」

楯無に構わず衆生は続けた。

「そこでチンピラを撃退すべくISを起動。チンピラを撃退出来たのですが、日本政府のISが出撃してきてこれと戦闘になったらしく。それが海上まで行き、そこで中国政府は凰から事情を聞き日本政府と和解。戦闘を海上で模擬戦として片付けたそうです」

衆生は言い終わると、楯無の質問答えた。

「お気付きの通り、凰が最後に丹陽を見かけのはネスト街の近くです」

轡木と楯無が黙った。

ネスト街は、移民政策を推し進めようとし、一時的に移民規制緩和する。が移民に某国との諜報機関との関係が発覚。犯罪率の上昇もあり、政府は急遽移民を規制し強制帰国処置を下す。しかし、移民街等に逃げ込み不法移民と化した。そして犯罪が激化、周りの日本人が逃げ出しその地域だけがまるで別世界とかし、犯罪の温床と化していた。犯罪組織が隠れるにはぴったりな場所でもある。

「服装もIS学園の制服では無かったそうです」

轡木がため息をついた。

「わかった。御苦労、衆生君。更織さん、君の言うとおり彼の部屋の調査を許可する」

「妹がいるので部屋の調査は私一人でやらせてください」

楯無が申し出るが衆生がそれを制する。

「更織さん落ち着いてください。水持って来ましょうか?」

「要らないわ。喉渇いていないから」

「大丈夫です。頭からぶっかけるためです」

「言ってくれるじゃない」

「ん?勿論天然水ですよ」

口論に発展しそうな2人を轡木は止めた。

「2人ともやめないか。更織君。君は明らかに冷静じゃない。衆生君。君を彼に近づかせるわけにはいかない。よってこの件は私がやる。わかったかね?」

「いいでしょ」

「わかりました」

衆生は真っ先に生徒会室を出て、しばらく散歩をした。理由は尾行をされてないかを確認するためで、されていないことを確認してから、速足にある場所に向かった。その場所の二階に足音を立てず登り、とある部屋の前に立ち音で中の様子を伺う。誰もいないことを確認してから入る。中には、レーザー盗聴器が置いてあり他にも様々な機器が置いてあった。

衆生はこの部屋の存在や丹陽が何をしていたのか知っていた。

衆生はレーザー盗聴器に接続されたパソコンを操作した。パスワードはかけておらず自由にいつでも中身を見ることが出来るようになっていた。いつかの丹陽と同じ様に必要な情報を手に入れ出て行った。




なんかオリ主がただの変態みたいになってしまったこのに今更気が付きました。


誤字脱字表現ミスおかしな描写、ありましたら御指摘お願いします。


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第10話

投稿が遅れてすいません
次も投稿が遅れることはありますが、一応最後までやるつもりです


クラス対抗戦の前日。

いつも通りの一夏は丹陽の様子が気になっていた。何か思い詰めてる様子だった。午前は何かに気を取られて壁に激突し。昼休みはうどんに七輪を誤って入れて食べてしまい唸っていた。午後、授業に遅れそうになり走り、また何かに気を取られて鈴に激突。 明らかにおかしい。一夏はそう思い、いつ切り出そうかと2人っきりになるタイミングを探していた。が何故か違うクラスの簪が必ず邪魔に入る。なぜだろう?

「以上が前回の代表決定戦の映像だ。これを参考にISにお前達にはもっと学びを深めてもらいたい」

千冬はクラス対抗戦の前日とあって一夏のことを思ってか本日最後の授業内容を急遽変更した。ついでにまだ一夏は丹陽に切り出せずにいた。

黒板のスクリーンに投影された映像には前回の戦いが写しだられていた。

「1人の機体についておさらいするぞ。先ずはセシリアのブルーティアーズ、遠距離型の第3世代試作機だ。次は丹陽のラファールリヴァイヴ、汎用型の第2世代量産機。最後は一夏の白式、近接特化の第3世代専用機だ」

千冬は一通りクラスを見渡し話を続けた。一夏は丹陽が気になってしょうがなかった。なぜなら、丹陽は天井を見て完全に上の空。このままでは出席簿の餌食に。

「セシリアの動きに注目してみろ。何か気づくことがある奴はいるか?」

女子生徒の1人が手を挙げた。

「はい、先生。一定距離を保ち、なおかつ相手よりも上に居続けなど射撃戦のお手本のようでした。しかも、まだ戦術が確立されていないブルーティアーズを手探り感は否めませんが上手に扱っていると見えます」

一夏は丹陽の意識を呼び戻す為、後ろから背中を小突いた。しかし丹陽は気づかず、相変わらず意識は何処かに行ってしまっている。

千冬がちらりと丹陽を見て、すぐに手を挙げた女子生徒に向き直った。

「そうだ。さらに付け加えるなら、丹陽戦と一夏戦とでは戦術に差異があった。インターセプトの使い方だ。丹陽戦で露顕した欠点をすぐに補うなどの柔軟性もあった。流石は代表候補生だ」

千冬は出席簿を丸めて手に持ちはじめた。

「次は丹陽の動きだ。こいつのは癖が強い。2丁銃はFCS次第で誰にでも出来る、今は無いがエカーボンの軍用機はできた」

千冬はゆっくりと丹陽に近く。一夏は慌てるが丹陽は相変わらず天井眺めている。

「丹陽はISの性質を利用した戦いをした。そうだろう丹陽?」

千冬の出席簿が火を吹くと、一夏は目を覆った。しかし

「はい。IS本体は硬くラファール・リヴァイヴでは火力不足なので、駆動系や火器を狙って戦闘をしました」

「え?」

出席簿は振り下ろされること無く千冬の手に握られていた。丹陽は実は授業の内容をしっかりと聞いていた。

「丹陽がほとんど言ってしまったが、ISというのは本体は高度に守られているがそれ以外の部分は装甲だよりで意外と脆い。慣性制御が有るとはいえ、スラスター無しで戦うのは攻めるにしても守るにしても遅過ぎる。パワーアシストが有るとはいえ素手で戦うのは野蛮だ。つまるところはシールドエネルギーを切らさなくともISを無効か出来るというわけだ」

千冬は一歩大股で踏み込み、出席簿を振り下ろす。

「そしてお前は集中しろ!」

「痛ぇ!」

出席簿は一夏に振り下ろされた。

「さっきから見ていれば」

「俺を見てたのか」

「そうだ。ずっと丹陽を見てると思えば、ちょっかいまでだすとは…貴様私が家を留守にしてる間にその…目覚めたのか?」

「目覚めてない!目覚めてません千冬先生」

焦る一夏は助けを求めるため丹陽に視線に移した。丹陽は相変わらず天井を眺めていた。やっぱりおかしい。

 

 

放課後、一夏は丹陽を捕まえた。のほほんさんの話によれば簪は明日の最終調整の為、整備場で缶詰めらしい。邪魔は無いと、寮の前にいる丹陽を捕まえた。

「丹陽ちょっと話があるんだが」

「なんだ明日に向けてのアドバイスか?それなら1つ鈴には気を付けろ、爆発するぞ」

「しねぇよ!」

目的を忘れそうななったが気を取り直す。

「丹陽さぁ、今日1日なんかずっと、上手くは言えないけど何か気にしてたからさぁ」

「そうか、お前の気持ちは分かった」

「言葉足らずで悪いな。なんか丹陽が急に居なくなる様な気がして」

「そっちもだが」

何故か丹陽は後ろに1歩下がった。

「俺を1日中観察してるってことは、こっちか」

左手を指先までピンと伸ばし右頬に手の甲があたる仕草をした。オカマを意味するあのジェスチャー。

「じゃねぇよ!」

また叫んでしまった。

「丹陽!俺はただ」

「分かってるよ。ちょっとからかっただけ」

丹陽は一夏の手を取り寮に向かった。

「実は気が抜けてたのは確かだ。なんせ放課後楽しめでしょうがなくて」

「何が?」

「今日ブルーレイがやっと発売されたんだ。日本男子ならこれでわかるだろう?」

「いやわかんねぇよ!」

丹陽が立ち止まり振り返る。心底信じられない顔をして。

「お前…日本人辞めろよ」

「そこまで…のやつってなに?」

丹陽は手を握ったまま駆け出した。扉を開けて食堂に入る。

「あれ?ここ食堂じゃ無かったっけ」

「模様替えしたの」

食堂はテーブルなどは全て運び出されていて、代わりに家電や家具などが置かれリビングの様になっていた。リビングの真ん中、絨毯がひかれその上にソファとテレビが向かい合って置いあり、その間にテーブルがある。テーブルの上には件のブルーレイがあった。発売日は知らなかったがその映画には見覚えがあった。

「これ…去年劇場公開されたやつじゃんか。友人と俺見たわ」

「なんだ知ってたか。流石は日本男子だ」

「内容は、突如太平洋の底で次元の裂け目が発生。そこからカイジュウが次々と現れて。それに人類は追い詰められる。それに対抗する為、巨大化能力を得た第10世代、あっ第9世代もいたな。第10世代ISで戦うって話だったな」

「そうだ。んなわけで見ようぜ」

「いやでも俺…」

明日に備え無ければと言おうとした。

「まあまあ座って座って、飲み物なに飲む?オレンジジュースと烏龍茶が有るけど」

「えっとじゃあ烏龍茶で」

一夏は四人は座れそうソファの1番端に座った。

丹陽は烏龍茶とオレンジジュースが入ったコップを2つ持ってきてテーブルに置いた。

「どうぞ」

「頂きます」

丹陽はテレビの電源を入れ、映画を見始めた。

「あの丹陽…」

丹陽はちょうどコップを傾け中身を飲んでいた。その時一夏は丹陽がいつも着けてる手袋が無いことに気付く。そしてもう一つ。

「ん?」

「右手の中指…なんで皮膚の色が違うんだ」

丹陽の中指は付け根から色が違い、中指全体は日焼けをしておらず少し白っぽかった。一夏の記憶が正しければ人工皮膚での治療をした時こうなる。

「あれ、分かっちゃった」

一夏は思わず言ったが後悔した。手袋がその傷を隠すためのものなら触れて欲しく無い物の筈だ。

「これに気付くとは…大した奴だ」

「なんかごめん」

「いいよ、気にしなくて。これだってただの事故だよ事故」

丹陽はそう言って隣に座った。

それから数分、お互い何も言わず黙って映画を見た。一夏にとっては気まずい空気。しかし数分で丹陽が吹っ飛ばした。映画の内容に丹陽が歓声を上げて興奮しはじめた。その興奮はラストのカイジュウを倒しても冷めず、エンディングロールも飛ばさず見ていた。

「いい映画だった、特にラストの戦闘。武器が無くなった主人機が加速装置を利用して突撃、肉弾戦するのが良かった」

「そうか、丹陽。俺も好きだぜのシーン」

お互い飲み物も無くなり感想を語り合っていた。

「そう言えば一夏?」

ふと丹陽が切り出した。

「なに?」

「オルコットと篠ノ之となんか無いのか?明日対抗戦だし」

突然白式からのメッセージ。

[オルコット様カラコアネットワークヲ通ジテ連絡ガ来テオリマス]

一夏は蒼白になり立ち上がる。

「悪い用事を思い出した」

そして走って行った。

「さて」

1人には広いリビングの中、丹陽はソファで横になる。

「思い残す事も無いかな」

 

「以上の情報から察するに、盗聴器などが置かれた場所が有ると思われます。そこを私を含めた数人が取り押さえましょう」

IS学園の地下、作戦室の様な場所で轡木、楯無、衆生の3人がいた。それぞれ簡易イスに腰掛け手前には簡易机がある。

「分かった。用務員の中から2人つけよう」

轡木が衆生を向いた。

「衆生君、君の泉君関連の任を解こう」

「なぜですか?」

「後は直接本人に聞くからだ」

「捕まえられると?」

「戦闘員が2人にISが1機、過剰なぐらいじゃないか」

「そうですか」

衆生は一切感情を含めずに淡々と質問をしていた。

衆生はメモ帳を取り出した。そしてページをめくり目的のページを見つけるとそれを破り取り折り畳む。立ち上がり轡木の元に向かった。

「轡木さん、例の件の続報です」

轡木は目を開き驚くと、震える手でそのメモの切れ端を受け取る。

「更識君、席を外してくれないかね」

「どうしてですか?」

わけのわからない楯無は食らいつく。しかし轡木はおどおどと答えた。

「これはその…個人的な事なんだ…つまりはあまり人には知られたくない事なんだ…無論家内にも」

「…わかりました…しかし泉の件は了承して頂けますか?」

「もちろんだ」

楯無は渋々部屋を出て行った。

「衆生君これは本当かね?」

「ええ」

轡木は改めてメモを見た。もう切れてしまったと思っていた細い線がまた切られてしまった。轡木は顔を伏せ机に突っ伏す。

「10年前の中東での独立戦争の後、隊の人達は1人を除き全滅。自らの足で墓や遺体の確認もした筈です」

「ああした」

「今回の情報は前の上司からの直々の情報です。貰えた理由は上司もどうやらクビにされたらしく、簡単に貰えました。流石に国防に関係しないと判断したのでしょう。ちなみに直々に遭ったらしく、隊の話も聞いたようでその筋からも情報の精度は保証できます」

「そうか」

轡木は動こうとはしなかった。

「1人にしてくれ」

衆生は何も言わず黙って出て行った。

「後一歩のところで…及ばず」

轡木の探していた人物は10年前より消息を絶っていたがついに1年半前にどこにいたのか分かったらしい。その人物はそこで外人部隊として働いていた。その国は。

「エカーボン」

去年の夏に核によって崩壊した国。

 

 

クラス対抗戦の朝。

一夏は自分の寮の前にいた。

「良し頑張るか!」

頬を自分で平手打ち。気合いを入れて試合に挑む。

同じ朝。

丹陽は自分寮の前にいた。

「良し頑張るか!」

頬を自分で平手打ち。気合いを入れて。

逃亡を謀る。




次回はワンサマーサイドの話です。オリ主サイドはだいぶ先になります。


誤字脱字、表現ミスありましたら、御指摘お願いします。


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第11話

戦い方は原作とだいぶ違ってしまってます。それとワンサマー無双です。


クラス対抗戦の日。

一夏は第一アリーナのピットにいた。白式をすでに展開しており、後はアリーナに出るだけ。

「しかし、いきなり鈴が相手とはなあ」

初戦の相手は鈴で、鈴もピットで待機していた。

「まあ殺気が無い分更織よりはマシか」

「弱気になるな一夏!」

「そうですわ、私達が指導したのですよ。絶対に勝てますわ」

「指導ね〜」

同じピットにいたセシリアと箒が一夏を鼓舞するのだが、一夏はセシリアの指導の言葉に引っかかる。

ここ数日、箒とセシリアと一夏とで、模擬戦形式でのISの訓練を行った。模擬戦自体は、2対1で不利な状況をやらされたが、逆に追い込まれたことによって成長しているのがわかったが、指導と呼べるものは受けてはいなかった。箒はISについて説明してくれるのだが、擬音だらけで正直何を言っているのかわからなかった。セシリアは細かく説明してくれるのだが、細か過ぎて伝わらない。丹陽にも頼んだのだが、丹陽忙しく手伝ってもらうには忍びなかった。千冬姉も同様。

『時間だ一夏』

スピーカーから千冬の声がする。

『一夏君、時間が無いので手短に。凰さんが使っているIS 甲龍 は中国の専用機で実体剣を用いた近接攻撃が得意なパワータイプです。ただ第3世代機でロシアからの何らかの技術提供を受けたらしく、何かしらの武装を隠し持っていると思われます。深追いは避け、様子を見るようにしましょう』

「おう!」

山田先生のアドバイスを聞き一夏が答える。

一夏はカタパルトの発進台につく。

そういえばと一夏は思い出す。丹陽は昨日。一夏にアドバイスをくれた。

「鈴には気をつけろ。あいつは爆発する」

そんなわけないだろうが。

「じゃあ行こうか、白式」

一夏がピットから発進した。

[了解、一夏]

 

 

アリーナで一夏を待っていた鈴が悪態をつく。

「いつまで待たせる気」

鈴が小さな身体には不釣り合いな大きな声を出す。

「こっちだって事情が有るんだよ」

鈴が青龍刀を2振り展開した。その青龍刀は白式の雪片よりも一回りも大きかった。

「まあいいわ。じゃあはじめましょ」

「その前に良いか?」

「何?」

一夏はまだ武器を展開せず、鈴に訊く。

「この前の約束。俺が負けたら、なんでも言うことを聞くってやつさあ」

「当然有効よ!当たり前じゃない。それとも負けるのが怖いの」

鈴は頬が熱くなるのがわかった。もしかしたら聞かれていたのもしれないと。

「そのこともだけど、その後。鈴俺にたしか…」

「はあああああ」

鈴が迷わず一夏に突撃、両手の青龍刀で斬りつける。

突然だったが一夏は鈴の一撃を避けた。

「あぶねえ。何するんだ鈴!」

「うるさいわね!本当あんたって!」

鈴は一夏に接近、両手の青龍刀を次々と振っていく。一夏は雪片を展開、なんとか青龍刀を受け流していく。

「話している途中だったが仕方ない。鈴、勝負だ!」

一夏はスラスター吹かし鈴から距離をとった。鈴が追いかけるが速度で負けており、距離をとられる。

一夏は距離をとったことを確認してから反転。一気に鈴に向かった。接近し鈴とのすれ違いざま、一撃を放つが防がれる。一夏は接近した勢いを殺さず鈴から離れた。反転また鈴に接近。

「ちょこまかと少しはじっとしてなさい」

鈴は一夏に叫ぶが、一夏は耳を貸さず一撃離脱に徹する。

「あくまでそうするつもりなら、これでも喰らいなさい」

鈴は青龍刀を連結。それを一夏目掛けて投げた。

「それ俺の技!」

横に高速回転する青龍刀を一夏は無力化するためギリギリまで避けずいた。

「今だ!」

一夏は青龍刀を紙一重で上に避け、その柄を掴もうとした。

[自立制御]

白式が操縦権を拝借、一夏が空高く舞った。

[操縦権返還]

操縦権を返還されたことを確認するため、一夏は軽く手を握ったり開いたりする。

「白式なんで邪魔する?」

一夏の疑問に鈴が答える。

「一夏、なかなかいい勘してるじゃない」

「え?」

手元に帰ってきた、青龍刀を見ながら鈴は言った。

「こいつ、敵を取られること考えて中に高性能爆薬を入れて有るの。もしあのまま取りに行っていたら今頃ドカン」

「本当に爆発するのかよ」

一夏は雪片を握り直しまた鈴に突撃した。

「白式が助けてくれたし、頑張らなくちゃな」

「そう何度も何度も当たるわけないでしょ」

一夏のすれ違いざまの一撃を今まで道理に鈴は防ぐが、ここからはいつもと違った。一夏が鈴に張り付いた。

「しまった」

一夏は鈴が対応するより早く一度だけ斬りつけ、鈴を踏み台に跳び距離をとった。

「全く小賢しいわね!いつからそうなったの一夏!」

「いやそれ程でも〜」

「褒めてない!」

頭に血が登り始めた鈴は青龍刀を一夏目掛けて一直線に投げた。

一夏は青龍刀がこちらに向かっているにもかかわらず突っ込んだ。青龍刀が飛んでいる間は鈴は武器が無い。そこをつくつもりだった。

一夏は青龍刀を回避、無防備な鈴に突っ込んだ。

危機的状況の筈の鈴は、慌てることなくむしろ微笑んでいた。

鈴のその態度に一夏は疑問を覚えた。

[警告、危険危険危険]

突然の警告メッセージを受け一夏は迷わず機体を急上昇させ鈴から距離をとろうとする。が少し遅かった。

「うわあああ」

何かが一夏の足に被弾、その反動で前回転したところで背中を被弾した。

地面に向かって吹っ飛ばされる一夏。なんとか地面に激突寸前で止まる。そしてすぐさま回避行動を移る。一夏が回避した瞬間、一夏が元居たところは砂煙を上げていた。そして砂煙の中を砂煙を押しのける様にラグビーボール状の何かが見えた。が砂煙を抜けると見えなくなった。

「なんだよあれ!」

[敵弾種解析中]

白式が解析に移る。

「白式、早くしてくれ!見えないんじゃ除けようが無い」

一夏が回避行動をするが、相手は見えない弾を放ってくる。その為次々と被弾してしまう。

 

 

第一アリーナのピット内、大型ディスプレイがアリーナでの戦いを映す。

山田先生が大型ディスプレイの前でキーボードを操作していて、千冬がその後ろで腕を組んでいた。箒とセシリアが不安気にディスプレイに映る一夏を見ていた。

「今のは一体?」

セシリアの疑問に山田先生が答える。

「恐らく甲龍に搭載された第3世代型の兵器です。空間に圧をかけて衝撃を打ち出して攻撃して来る物だと思われます。ご覧の通りで衝撃は目で見えない上、恐らく射撃限界角度も存在しないと思われます」

「そんな…」

「そんな物一体どうすればいいんだ!」

箒が思わず山田先生に食ってかかる。

「落ち着け篠ノ之。山田先生に言っても仕方がない」

「すっすみません、山田先生」

「いや気にしないでください」

我に返った箒がディスプレイを見る。一夏の顔を見て驚く。

「それにあの馬鹿、何か愚策でも思いついたらい」

一夏は笑っていた。

 

「衝撃砲かぁ」

[ハイパーセンサー使用デモ完全把握不可能]

白式の解析結果で相手の使った手が分かった一夏だったが、分かったからといって打つてが有るわけではなかった。幸い距離をとったら鈴は攻撃してこなくなった。

「そうか!分かったぞ。鈴の衝撃砲は射程が短いだから、アウトレンジから攻撃すれば一方的に攻撃できる!」

一夏はそれを実行しようとするが。

[白式ハ長距離攻撃ガ出来マセン]

「あっそうだった」

一夏は落胆する。長距離武器があれば勝てたのに、と思いながら。無い物ねだりの上、仮に有ったとしてもまともに扱えるか分からないのに。まさに下手な大工は道具にケチをつける。

「白式のせいにしても始まらない」

一夏は何か突破口が無いか考える。

[雪片ハ投ゲナイデ]

「そういえば」

一夏は思わずニヤリとする。

[思考解析]

白式が一夏の考えを理解した。

「分かったか白式」

[透明人間モ足跡ヲ残スモノデス]

「そうゆうこと」

鈴がこちらの様子を見て怪訝そうにしていた。

 

 

「急にどうしたのよ。降参する気にでもなった?」

一夏は明らかに何か案を思いついた。そう考えた鈴は少しでも出方を探ろうと訊いた。

「そう思うか?」

「じゃあ来なさいよ。どうせ近接攻撃以外無いんでしょう。それとも私とこの龍砲が怖くなった?」

「そうさせてもらう」

一夏が鈴目掛けて突撃する。

「突撃しか能が無いの?また当ててやるわ」

鈴が龍砲を使い一夏を迎撃する。だが龍砲を撃ったタイミングで一夏が急降下、龍砲を回避する。 鈴は上昇し、降下する一夏に容赦無く掃射。一夏は速度を上げてそれを回避する。一夏は鈴の真下に着いた。

「尻に敷かれたいならいつでもしてあげるのに!」

叫びながら鈴は龍砲を連射、回避する事も考えやや広範囲に撃った。しかし一夏はピクリとも動かず被弾しながらもやり過ごす。

龍砲の連射が、終わったのを確認一夏はスラスターで回転し始めた。

「何やってるの?」

率直に鈴は訊いた。

「こうやって龍砲を弾くの」

回転速度を高めながら一夏は言った。

「一夏…ふざけてるの、もういいわ。終わりにしてあげる」

呆れた鈴は、龍砲を一夏目掛けて撃った。

「ああ勿論冗談だ」

鈴には、龍砲の情報を使って作られた合成映像によって衝撃波が見えた。衝撃波が一夏に着弾する直前、一夏は紙一重で回避した。まるで見える様に。

一夏は鈴目掛けて上昇する。

「なんで!なんで回避できるの!」

まぐれに決まってる。鈴はそう思い、今度はまだ使っていない、広範囲をカバー出来る拡散砲を使う。だか放たれた拡散砲は虚しく砂煙をたち上げるだけだった。

「あっやばい!」

紙一重で龍砲を避けていく一夏はすぐさま鈴に接近、雪片を振るった。

重々しい金属音が響いた。鈴はやられてはいなかった。だが青龍刀を遠くに弾き飛ばされた。

「決められなかったか」

一夏はもう一撃を喰らわそうとしたが、すぐに立て直した鈴が龍砲を撃った。

一夏は急降下、回避するものの距離をとられる。だが龍砲が回避出来る今また近づけばいい。

なんでなんでなんで!ハイパーセンサーだって完璧には見えない筈なのになんで回避出来るの?鈴は龍砲を拡散通常混ぜながら撃ったがどれ一つ当たらない。

一夏はまた鈴目掛けて突撃した。

鈴は龍砲を連射しながら気付く。

「アリーナが煙い…」

空気中に細かい砂が舞っていた。龍砲の衝撃波が放たれた時その砂が衝撃波に押しのけられ、衝撃波の大きさ形を示していた。合成映像でその光景が当たり前だった鈴はそれに気がつかなかった。

「あんた砂煙で見ていたのね。だからあんな変な事したり、常に私より下にいて私の龍砲で砂煙を上げさせていたの!」

「やべえ気付かれた」

[ノープロブレム、デス]

「おおそうだな!」

たとえ鈴が気が付いたとしても打つ手が有るわけではなかった。

鈴は接近させまいと弾幕を張る。が弾幕を掻い潜り一夏が接近、雪片の有効範囲に入る。

[零落白夜展開]

雪片が変形、光刃が現れる。

「俺の勝ちだ!」

 

 

一夏が勝ちを確信し切りかかった瞬間。

何かが遮断シールドを破り、アリーナの地面に激突。砂煙を作った。

明らかに異常な状態に、一夏も鈴も動かず砂煙を見つめる。

「一体なにが起きたんだ?」

「私だって訊きたいわよ」

煙りが晴れ中から現れたのは、恐らくはIS。全体的に黒く、全身を覆うISスーツに頭は装甲で覆われており肌は見えない。地面につきそうなほど長い腕。手や足、頭はなど装甲が着いている部位はいたるところに円形の突起物が有り、長い腕と合間って異様な見た目になっている。

『一夏、凰逃げろ!』

切羽詰まった千冬の通信が聞こえた。

[高エネルギー反応。危険危険危険]

通信の後すぐさま白式からの警告。一夏は鈴を抱え黒いISから離れた。黒いISはビームを放ちたった今一夏達が居た場所を撃ち抜いた。

「次は更織が待ってるのに。人気者は辛いぜ」

[全クデス]

 




原作の瞬間加速ってどれだけの加速力があるんでしょうかね。すぐ速くなるのかすげぇ速いのかそれともどっちもか?この二次創作の瞬間加速は最後の奴です。


誤字脱字、表現ミスありましたら、御指摘お願いします。


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第12話

次回までの投稿は少し遅れます。書いてはあるんですが少し手直しをしなければいけないところがあったのと、残りの話と調整しなきゃいけないところがあったので。


「ふう〜」

簪はたった今、クラス対抗試合を終えピットに戻った。そしてISを装着したままハンガーに入った。固定用のフックに身を任せ、ISを量子変換すること無く解除した。

試合の結果は当然簪の勝ちだったが、帰った簪は浮かない顔をしていた。

理由は姉で有る楯無と丹陽がいなかったから。丹陽は言ってはいなかったが、楯無は必ず応援に行くと言っていたのに。

「はぁ」

「どうしたのかんちゃん?」

のほほんさんが心配そうに簪に訊いた。

丹陽と楯無は来なかったが、代わりにのほほんさんとクラスメイト数人が応援に来てくれた。

「うんうんなんでも無い」

もしかしたら丹陽は一夏を応援に行ってるのかもしれない。でも簪にとってそれは構わないことだった。

「じゃあかんちゃん、エネルギー補給ねぇ。被弾してなかったけど、一応の為に簡単な点検はしておくから」

シールドエネルギーが消費されていなかった為エネルギー補給は直ぐに終わりのほほんさんは点検を始めた。

簪はピットから出て一夏達がいるアリーナの方向を見た。簪にとってこのクラス対抗戦の最大の目的は一夏をコテンパンにする事。決意改めて、身を引き締める。

「絶対勝つから」

そう言った直後。簪は視界の端に何かをとられる。それはほぼ真上一夏達がいるアリーナに一直線に高速で突っ込んでいた。

 

 

鈴を抱えたまま一夏は、黒いISが次々と放ってくるビームを回避する。鈴と一夏はさっきまでの戦闘で消耗していて、対する黒いISのビームはセシリアよりも高出力。被弾したらただでは済まない。

黒いISの弾幕が途絶え、一夏は一度停止する。

「ちょっといつまでこうしてる気よ!さっさと降ろしなさい」

抱きかかえられていた、鈴は暴れなんとか一夏から降りる。一夏は気付かなかったが鈴の頬は紅潮していた。

「あんたって本当にデリカシーが無いんだから」

腕を組みそっぽを向く。

「なあ鈴?」

「何よ?」

真剣な一夏の声に鈴は気持ちを入れ替える。

「遮断シールドがなんで張られてるのだ」

「それはそれはつまり…」

遮断シールドは外からの侵入者を防止する目的とものだが中から外に出ることも出来ない。何かのドッキリならシールドを張り続ける意味はわかるが、さっきの千冬の通信、ドッキリでは無い。だったら突然の侵入者が来た場合生徒である一夏達はすぐさま逃げなければならないのだが。遮断シールドは黒いISの侵入を許したあとまた張られている。

「それに微かに聞こえたが観客席で生徒が閉じ込められてるらしい」

「え!」

鈴は観客席の方を見た。防弾シャッターが雛壇状に設置された観客席を覆っていたが、ハイパーセンサーで中の音がわかった。悲鳴や助けを求める声が響いていた。

「このアリーナ閉じ込められているのじゃないか?」

鈴は黙った。代わりに千冬からの通信がきた。

『そうだ。今戦闘教員達が集結している。じきにシールドを破り助けに来る。お前達は逃げ回っていろ、いいな。決して戦うな、わかったか?』

「来るまでどれだけ掛かるんだ?」

『すぐにだ』

「わかった」

一夏は雪片を構えた。

『一夏やめろ!』

「何やってるの一夏!相手は実力は未知数。しかもあんたさっきの戦闘で消耗してるじゃない。あんたは逃げ回ってなさいわたしがやるわ」

鈴が龍砲を構えた。

「消耗はお互い様だろ」

「でもあんたはIS初心者で」

一夏が鈴のほうを向いた。

「俺じゃあ不安か?」

「いっいや別にそうゆうわけじゃ」

一夏の真っ直ぐに見てくる目を鈴は直視出来ずに顔を背ける。

「じゃあ決まりだ。一緒に奴をやろう。勝てなくても疲労させて被害を抑えれるかも」

「わかった。でもその前にISネットワークのプライベートチャンネル開いておいて。敵にこちらの話を聞かせる義理はないから」

「わかった」

一夏とりんはプライベートチャンネルを開いた。

『鈴!俺が囮になるからその間に青龍刀を取ってこい』

『わかった。でもその後どうするの?』

『俺が前衛。鈴が後衛。それを基本に後は流れで』

『要するに出たとこ勝負ってこと』

『最高だろう?』

『最低よ。でもそれぐらいで十分よ』

『じゃあ行くぞ!』

『ええ!』

一夏が突っ込んだ。

 

 

「どいつもこいつも!馬鹿どもが!わたしの言うことを聞け!」

千冬はに画面の向こうに居る2人に向かって怒鳴るが当然の如く聞こえない。怒りを抑えきれず、手前にある机を叩く。怒りを抑えきれなかったのは、2人の命令違反もそうだが。アリーナが何者かにハッキングされており、観客席は閉じ込められピットの扉も開かない。

「千冬先生落ち着いてください」

机を叩く音で驚いた後、山田先生が控えめに説得する。

「分かってる山田先生。教員達の集結状況は?」

頭痛がするのか頭に手を当てながらも落ち着いた千冬が事態を少しでも好転させようと質問した。

「すぐにでも集結はできますが…」

「中の状況がわからないか」

「はい。外からも、そしてここからも観客席とは連絡が通じません」

シールドを破り入るにしても、扉を破り入るにしても観客席の生徒の状況がわからないのではいらぬ被害を出しかねない。 しかも観客席の隔壁はISの攻撃を想定しておりそう簡単には開かない。

「あ!今新たな通信が入りました」

山田先生がスピーカーの操作をして全員に聞こえる様に音を大きくした。

『ああ、こちら用務員こちら用務員繰り返す』

「聞こえてる」

用務員を名乗る男の応答に千冬は応えた。

『その声、千冬先生!ずっとファンでした。今度サインください!』

「いいから要件を答えろ!」

場違いな発言に千冬は其れ相応に応えた。

『ちぇ。まあいいや。今アリーナの空調ダクトに居るんですが。アリーナ隔離されるとここも閉まっちゃうという徹底ぶりは凄いですよね』

男は呑気に喋っていた。

「何が言いたい?」

『でもここの隔壁は凄い薄いんです』

意外な情報に千冬は飛び付く。

「すぐに破れそうか!」

『ええ。しかもダクトとの出口とも遠いので安全にやれます。ですが万が一のため、小型カメラを入れてからにします』

「どれくらいで全て出来る」

『サインくれたら、5分で』

こんなことを言ってはいるが、スピーカーからはドリルが回っているおとがする。恐らく小型カメラを入れる場所を開けているのだろう。

「いいだろう」

『じゃあ頬っぺたにキスも』

男はどこまでも呑気に喋っていた。

「生首にするのであれば」

『じゃあサインだけで。通信終わり』

用務員は通信を切った。

「山田先生今の男の場所がわかるか?」

「はいわかります」

「よし。楯無と連絡とってそこに急行させろ。ダクトを使い観客席に直接入って状況の報告と生徒の保護を頼め!」

「はい!今やります」

山田先生は慌ただしく仕事にかかった。

「織斑先生!私は何を!何をすればいいんですか!」

先程まで蚊帳の外だったセシリアが声を上げた。声こそ大きいが不安げな表情をしていて、チラチラと何度もアリーナを写すディスプレイを見る。

「お前はそこで大人しくしてろ。それか少しでも事態が好転するよう祈ってろ」

千冬はセシリアに目を向けず突き放す様に言った。

「ただ見守れって言うんですか?そんな事できません」

「お前に一体何ができると言うんだ?第一今私達はここに閉じ込められているんだぞ?」

セシリアは一瞬顔を下げるとまた上げた。その顔は先程の不安げな表情とは違い、何か決意を固めた様子だった。

「何が出来るか、ご覧にして差し上げますわ!」

セシリアはISを展開、ライフルを扉に向ける。

「おい馬鹿やめろ!」

千冬の制止を聞かずセシリアは撃った。しかし撃たれた扉貫通されてはなかったが、赤く熱せられその形を歪めていた。

「まだまだ!」

セシリアはさらにブルーティアーズを展開乱射した。

「だからやめろ!」

千冬は叫ぶがセシリアは止まらない。

ブルーティアーズの一発が少し的を外した。外れたビームが近くにあった本を燃やす。燃えた本は煙を立たせる。立った煙は容赦無くスプリンクラーを作動させる。スプリンクラーが作動、ピット内に雨を降らした。

「だから言ったんだ」

ずぶ濡れの千冬が声を控えめに言った。怒りを抑えていることがその声状からわかる。

「でっですが先生っきゃーー」

水に使った影響かセシリアのライフル、スターライトが暴発した。全方位にビームが乱射、ありとあらゆる物を破壊する。

「うああああ」

「きゃあああ」

「ったく!」

千冬は仁王立ちで立ち、山田先生と箒は床に伏せた。

やっとスターライトの暴発が収まった。セシリアは呆然としていた。

「セシリア」

千冬の言葉にピクリと肩を震わす。

「お前の国は水につけただけで壊れる物を使っているのか?」

怒りを通り越し呆れた千冬が言った。

「いえ先生。泉さんや一夏さんとの戦いでスターライトのスペアも含めて全て壊れてしまいまして、仕方なく型落ちパーツを使っていてですね」

セシリアはたどたどしく言った。

「分かった。良いニュースと良いニュースが有る。聴きたいかセシリア?」

「はっはい…」

千冬はずぶ濡れになった上着を脱ぎながら言った。

「お灸を据えるのは後にしてやる。もう一つはお灸を据えるのはお前だけでじゃない。あの馬鹿も一緒だ!良かったなセシリア」

一体千冬先生は何回馬鹿と言ったんだろと考える程にセシリアは落ち込んでいた。

「あ…あの〜」

山田先生が立ち上がり、恐る恐る言った。

「悪いニュースがあるんですが?」

「何でしょう?」

山田先生は一度千冬の顔を見るがすぐに目を逸らす。千冬の顔は鬼の形相となっていて、直視するには堪え難い物だった。

「生徒会長の、楯無さんが今どこに居るか不明だそうです…」

千冬の怒りが爆発した。

 

 

強い。黒いISと対峙して一夏の感想こうだった。何度も攻撃を仕掛けたが、仕留めるどころか逆に何度もやられそうになった。しかも鈴の援護付きで。

『どうするのよ一夏。全然当たらないじゃない』

鈴の自慢の龍砲が何故か見切られており、黒いISに先程から擦りともしていない。

一夏は黒いISに接近、上段から切り下す。黒いISは長い両腕を交差させ一夏の攻撃を受け止めた。一夏はすぐさま黒いISの腕を足場に急降下、直後黒いISの頭が光りビームを放った。放たれたビームは一夏が先程までいた場所を撃ち抜いた。一夏に追撃しようとする黒いISを鈴が龍砲で制止した。

『別に当てなくても構わない消耗させろ。時間され稼げれば千冬姉達がなんとかしてくれる』

また頼るのか。一夏はいたたまれない気持ちになった。いつもいつもいつも、頼ってばかりで守られてばかりで。ISも手に入れたのに、何も変わってない。そうだ黒いIS。あいつを倒せれば何か変わるんじゃないか。

一夏は黒いISの行動を整理した。今まで黒いISはビームしか遠距離攻撃はない。しかしビームは高出力で1発でもアウト。そのビーム砲が両腕と頭と1門ずつ計3門。両腕は硬くまだ零落白夜は試してはいないが雪片は弾き返された。さらにでかい図体の割りに高い機動性は白式の機動性に迫る程だった。しかも異常な程に早い反応速度、まるでコンピュータの様に。

「コンピュータ!そうだ鈴!あいつ無人機なんじゃないか?」

「どうしたのよ?急に肉声なんて?無人機?そんなのまだアメリカが開発途中で完成してるわけないでしょ」

鈴が当たり前と言わんばかりの顔で答えた。

「そうか…」

[無人機デス」

「え?」

白式の突然のメッセージ。

[単純ナ行動パターン全身装甲生命反応皆無。無人機デアル可能性ハ高イデス]

白式が肯定している。ならばと考えをまとめた。鈴の青龍刀、一撃必殺の零落白夜、そして白式の機能。

[思考解析、白式ハ一夏様ノ作戦非推奨シマス]

またもや思考を読み取った白式が一夏の作戦を否定した。

「でも白式」

黒いISが鈴と一夏に向けて両腕のビームを放った。一夏は難なく避けたが、鈴は被弾してしまう。

[危険デス]

「白式!」

懇願するような声で言った。

[落チ着イテ]

一夏は我に返った。何を焦っていたのだろう?黒いISを倒したって千冬姉を超えられるわけでは無いのに。

「すまない白式」

[当然ノ事ヲシタマデデス]

一夏は黒いISの距離を置いて、周りを飛び回った。ビームを余裕を持って回避出来、尚且つ隙を見て攻撃を出来るもといするふりが出来る距離を保った。

時間され稼げればいい。先程鈴に言った言葉を自分に言い聞かす。確かに千冬姉を超えたい。でもそれ以上にもう千冬姉を悲しませたくはなかった。

悲しませたくない?なぜ?いつ悲しんだ?一夏こんな状況にもかかわらず記憶の扉が開きかけていた。一瞬泣いている千冬が脳裏を過った。一夏はそれを下から覗いている。そして泣いている自分はうわごとのように呟く。

「千冬姉…千冬姉…千冬姉」

一夏は小学生より前の記憶が無い。この記憶はきっとそれだ。

『一夏気付いた?』

鈴が龍砲を放ちつつ訊いた。一夏は現実に帰った。

『何に?』

『観客席。誰かが何処からか入ったみたいなの。生徒達がいなくなれば、多分先生達が入って来るわ』

『そうか!もう少しの辛抱か』

良い知らせだった。だが油断する気はない。気を引き締め直すため一夏は雪片を握り直した。

先程と同じ様に一夏は黒いISと距離を置き、ハエの様にうざったらしく周りを飛び回った。だが黒いISは一夏を気にしてはいない様だった。

「嘘だろ!やめろぉぉぉ!」

黒いISは両腕のビーム砲を観客席に向けた。そして一夏の制止を聞かずビームを放った。

 

 

千冬と通信をしていた用務員は、ダクトの中を四つん這いで歩いていた。後ろにもう1人用務員がいる。ダクトの中は人一人が四つん這いで入れる程の広さしか無かったが、用務員の体格はガッチリとしていたのに余裕を持てる程に広かった。

先程、ダクト内の隔壁を破り今は出口であるフィルターに差し掛かっている。フィルターはビス止めで固定されているのだが、強度があまり高くは無い。用務員は一度周りの様子を確認。周りに誰もいないことを確認フィルターを蹴り破った。ダクトの出口は地面から2mほどの高さが有り用務員はここまで来るのに使った工具をしたに落としてから飛び降りた。そして生徒達を探した。生徒達はすぐ近くにいて、何人かが用務員に気が付いてた。

「おーい。こっちこっち」

用務員が呼び掛けた。生徒達が全員用務員の方へやって来た。生徒達の人数は100人以上はいて、皆不安げな表情をしている。

「さあさあ並んで並んで。このダクトを通れば外に出れるから、僕を足場にどんどん登って」

用務員は壁に手をつき生徒達に背中を向けた。その様子を見て生徒達が1人1人ダクトに入って行った。

「あの〜」

1人の生徒が用務員に話しかけた。

「なんだい?」

「友達が1人、出口が無いか探してくるって言って何処か行っちゃって、まだ返って来ていないんです」

「わかった。探してくるからここで待っていて」

用務員の1人が走って行った。

件の生徒は別に隠れていたわけでは無いのですぐに見つかった。先程までいた場所の丁度反対側の隔壁の前で、恐らく隔壁を開けるための行動をしていた。

「見つけた。おーい」

生徒が振り返る。居なかった筈の用務員を見つけて少し驚くが、すぐに安堵した表情になる。

「用務員さん!もしかして出口が?」

「理解が早くて助かる。さあ行こう」

生徒が走ってその後ろに用務員が付いて行った。

出口まで半分といったところで、それは起こった。

上の方から轟音が響いた。同時に衝撃が走った。生徒は立ってられず、その場に倒れこむ。

用務員は上を見た。

「攻撃された?」

隔壁が、丁度用務員が居たところあたりが膨らんでいた。そして膨らんでいた場所は赤く熱せられていた。

用務員の勘が危険を告げていた。

「きゃっあ」

用務員は咄嗟に生徒を出口の方へ突き飛ばした。

「痛っい。何するんでー」

生徒の言葉は遮られた。

轟音と共に上の隔壁を破りビームが現れた。ビームは地面をえぐり、爆風を生み出す。生徒は爆風に吹き飛ばされた。だがあちらこちらに切り傷を作りながらも生徒は無事だった。

生徒が立ち上がり用務員がいた方を見た。煙と熱気が立ち込め、瓦礫が山になっていた。用務員は見当たらなかった。

「よっ用務員さん!」

返事が無い。

「そんな…」

「大丈夫だよ」

用務員が言った。

「本当に大丈夫ですか?」

「本当に。それより早く出口に向かって」

ひとまず安心した生徒だったが用務員の指示に不満を持ち反論する。

「でも置いて行けなんて…」

「どうせ瓦礫を退けられ無いでしょ。大丈夫、反対側から僕も出口の方へ行くから」

「わかりました。絶対あっちで会いましょう」

生徒はしぶしぶ走って行った。

用務員は実は大丈夫では無かった。

瓦礫に右足が挟まり身動きが取れずにいた。そしてビームで出来た隔壁の穴から、この騒動の犯人であろう黒いISが見えた。そいつは用務員を見つめ、ゆっくりとその両腕を向ける。両腕が光りビームを放つ準備をしていることが分かった。

「ダメぽ」

どこまでも呑気な用務員だった。

黒いISがビームを放つ瞬間、白い閃光が走った。それは黒いISを切り裂くは至らなくともビームの発射を防いだ。

「織斑君か」

一夏は雪片を握りしめ、黒いISの前に立ちはだかった。




ゴーレム戦もオリジナルになっています。


誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第13話

時間がかかるのは次回以降です。間違いました。すいません。


無我夢中で動いていた。ただそいつを止めるため、あの人を守るため、一夏は切り裂いた。その一撃は倒すに至らなくとも、あの人を守るという目的は果たせた。しかし黒いISは簡単には引き下がってはくれなかった。黒いISはビームを用務員目掛けて発射、一夏は盾になる形で受け止める。なんとか初弾は耐えるが、次弾は受け切れない。

黒いISが何かに横腹を殴られたように吹っ飛ばされた。

鈴が龍砲で一夏を助けたのだ。しかし黒いISはピンピンしている。

「大丈夫一夏!」

「なんとか…」

[セーフティラインヲ突破、離脱ヲ進言シマスガ]

競技基準なら負けているところまでシールドエネルギーを削られた。次は命に関わる。

「白式、俺はやるぞ。止めたって無駄だ」

一夏は後ろを向いた。用務員が瓦礫によって身動きが取れずにいた。しかもそれを黒いISは狙って撃った。一刻の猶予も無い。今すぐに倒さなければ。

『鈴、俺の合図でー』

『一夏!何よこれ攻撃要請って?』

『え?』

攻撃要請?一夏は白式を見た。

[攻撃要請等ノ準備完了。後ハ一夏様ノタイミングデ作戦ヲ開始シマス]

「手伝ってくれるのか。ありがとう」

頭の中でイメージを固め直す。白式や鈴が手伝ってくれる。絶対に成功する。

[当然ノ事ヲシタマデデス。白式ハ貴方ノISデス]

『鈴、白式、いくぞ!』

『ええ!』

[白式ガ貴方ヲ守リマス]

先程まで迷っていた鈴も、自信に満ちた一夏の顔を見て行動に移る。

[補充開始。完了マデ1、2、3…]

一夏の合図と共に、鈴が龍砲を連射した。そして徐々に黒いISを地面に向かって追い詰めて行く。

「ここでこれね!」

青龍刀を投擲。さらに2門の龍砲を最大威力で放った。

地面ギリギリに追い詰められた黒いISが衝撃砲後ろを下がり回避した。地面に当たった衝撃砲は派手に砂煙を巻き上げる。その砂煙の中から青龍刀が黒いIS目掛けて飛んで来て。黒いISは縦に高速回転するそれを機体を横に向けてやり過ごす。そしてすぐさま3門のビームを砂煙に向けた。一夏が砂煙の中から接近しようとしていたのだ。

「だめ一夏!バレてる」

鈴の制止を聞かず一夏は減速も回避もせず一直線に突っ込む。3門のビームが放たれた。砂煙の中、一夏はビームに飲み込まれた。

「一夏ぁぁぁぁ!」

鈴が叫んだ。終わったと、力なく肩を落とす。だが終わてはいなかった。

[…81、82、83…]

ビームが途切れた瞬間一夏、砂煙の中現れた。龍砲の一撃は砂煙だけではなく、大穴を開けておりその中で一夏はやり過ごしていた。

完全不意をつかれた黒いISは一夏の接近を許してしまう。一夏は横に斬った。だがその一撃も避けられてしまう。 一夏は避けられた勢いのまま黒いISから離脱しようとした。黒いISはそれを逃がすまいと、振り返り両腕を向けた。

[…87、88、89…]

振り返り黒いISが見たのは地面に刺さった青龍刀を足場にこちらに跳ぼうとしている一夏だった。

一夏はスラスターを全開に足腰を使って黒いIS目掛けて跳んだ。そして青龍刀は内蔵された高性能爆薬を爆破、一夏に驚異的な加速度を与える。

「零落白夜展開!」

雪片が変形、光刃が現れる。

黒いISはビームを放つ暇も避ける暇も無く切り裂かれた。だがその一撃は本体には届かずシールドエネルギーを削り両腕をもぎ取ることしか出来なかった。切断面から火花が飛び散る。返した刃でもう一度斬りかかった。だが重い両腕を失った分黒いISは速度が上がった。離脱する黒いISを一夏は捉えられず、間合いの外に逃がしてしまう。黒いISは頭部にエネルギーを集中、一夏を仕留めにかかる。

一夏は白式のカウントを見た。これが最後の一手だった。

[…91、92、…]

間に合わない。カウントが終わるよりも早く黒いISがビームを放つ。もうシールドエネルギーはなくビームにはもう耐えられない。

届かない。終わった。負けた。敗れた。死ぬ。千冬。それらの言葉が走馬灯の代わりに頭の中をぐるぐると回った。 すべてがスローモーションで流れた。何も考えられない、にもかかわらず僅かに残った冷静な頭の部分が体を動かした。

雪片を右手で握りしめ、左手で地面に掴まった。そして左手を力点に胴体を支点、右手の雪片が作用点に。一夏は雪片を投擲した。投げられた雪片は黒いISの腹部に刺さり、その瞬間に放たれたビームの射線をずらした。

一夏の左側を熱気が伝わる程にギリギリをビームが通った。

黒いISは腹部をやられたにもかかわらずまだ稼働していた。そしてまたビームを放つため、頭部にエネルギーを集中した。

[…99、100。何時行ケマス]

黒いISがビームを放つ。

[「瞬間加速(イグニッションブースト)!」]

スラスターに溜め込まれたエネルギーを一気に開放一夏を前に押す。爆発的な加速を与えられた一夏は瞬時に黒いISの懐まで持っていく。黒いISが放ったビームは瞬時に加速した一夏を捉えられず、空を切る。 しかし一夏には武器が無い。あるのは体だけ。だから武器にした。

一夏は肩を使い黒いISにタックルをかました。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

黒いISは一夏のタックルを受け止め切れず、一夏と一緒に後ろに飛ばされる。ほんの一瞬で黒いISと一夏はアリーナの壁に激突、爆煙を立ち上げた。

「一夏!」

鈴は叫んだ。そして自分の弱さを呪った。今、黒いISと一夏のやり取りを見守ることした出来なかった。

『凰さん聞こえますか?』

千冬でも山田先生でも無い別の教員の通信が入ってきた。

「はい。聞こえてます」

『よかった。じゃあ手短に言うわね、こちらが指定するポイントを砲撃して欲しいの。タイミングも合わせて、アリーナのシールドを破壊するわ』

「わっわかりました」

鈴は龍砲をシールドに構えた。その時鈴のハイパーセンサーが一夏を捉えた。だが同時にもう一つ捉えた。黒いISはまだ健在だった。

「そんな…」

一夏と黒いISは両者共に、シールドエネルギーが尽き一夏は更に稼働エネルギーも尽きかけていた。エネルギーだけを見れば一夏は不利だが実際の状況はそうでもなかった。黒いISは仰向けに倒れ、その上に跨ぐ様に一夏は立っていた。そして黒いISの腹部に刺さった雪片を一夏は体重をかけ両手で深々と奥に押し込んで行く。

「…れ…止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!」

絶叫なのか雄叫びなのかわからない叫びを一夏はあげいた。

雪片が胴体に食い込む程黒いISは肘までしか無い両手と両足をバタつかせた。バタつかせた元凶である一夏を止めるため黒いISは今一度頭にエネルギーを集中する。黒いISがビームを放つ直前、一夏は黒いISの首に掴みかかり顔を無理矢理上に向かした。

黒いISが放ったビームは上部にある壁とアリーナのシールドを破壊するだけで本来のターゲットを外した。そして四肢と共に頭も発狂したかの様に暴れさせ、ビームを照準構わず乱射。

対する一夏は黒いISの首と顎を掴み、組み伏せているが焦っていた。もう稼働エネルギーが持たないのだ。このままではやられる。そう思った一夏は気が付く。自分の鋭い爪を持った手と黒いISの頑丈な見た目とは反した柔らかそうな首元に。

「きゃぁぁぁ」

黒いISが壊したシールドから侵入しようとした教員が黒いISが放ったビームに当たった。その悲鳴を聞き一夏はやることにした。

一夏は左手で黒いISの顎を掴み上げさせた。右手で首を掴み爪を立てる。そして首を抉った。

『ぅんもぉぉぉぉぉぉ』

黒いISが悲鳴を上げた。だが一夏はまた抉った。火花と油を飛び散らせ、あらゆる配線がショートし放電する。次々と深々と一夏は黒いISの首を掘り返していく。とうとう四肢がピクリとも動かなくなった。それを確認して一夏は両手で黒いISの頭を掴み、肩に両足乗せた。

一夏は皮一枚で繋がった首を胴体から引き千切った。黒いISはもう動かなくなった。

首を鷲掴みに持ったまま一夏は振り返った。

「やったぜ!」

一夏は走りながらピットに向かおうとした。

『一夏!逃げろぉぉぉ!』

千冬が通信の向こうで叫んだ。

「え?」

黒いISの残骸から光が漏れ出した。それは最初は幾つかの小さな柱だったが直ぐに大きくなっていく。そして直ぐに眩しい光になって一夏を飲み込んで行く。

黒いISが大爆発した。

 

 

一夏は目が開けられないほど眩い空間の中で見た。

[単一機能強制発動]

そこで一夏は意識を失う。

[白式絶縁]

 

 

アリーナの中で一夏は黒いISと戦っていた。

一夏は地面に刺さった青龍刀を足場に、下半身のバネを利用して黒いIS目掛けて跳躍した。それと同時に青龍刀が爆発、一夏に爆発的な加速度を与える。

雪片が変形、光刃が現れる。黒いISは避ける間も無く両手でを一夏に斬り落とされる。

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

甲高い女性の悲鳴が響いた。黒いISの両腕の切断面から血が飛び散った。

なんで?無人機の筈じゃ。一夏はこれ以上は辞めようとしたが、体が勝手に動く。

逃げようとする黒いISに雪片が投げられた。それは腹部を貫通、また流血させた。黒いISは地面に落下した。

地面に横たわる黒いISの首を掴み上げた。

「瞬間加速(イグニッションブースト)」

爆発的な推力を持って地面に叩きつけた。

「…お願い…します。た…すけて…お願い…」

弱々しく悲願する女性の声。

知っている。一夏はこの後どうなるか知っている。

女性の頭を鷲掴みに持ち上げ、首元も掴む。そして、

「やめて!お願い!助けて!命だけは命だけはっいやぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉうっ痛って」

勢いよくベットの上で一夏は飛び起きた。それに驚きベットの近くで座っていた丹陽が後ろに倒れ、壁に後頭部をぶつける。

「はぁはぁはぁ…夢…か」

一夏は周りを見渡した。一夏は保険室のベットに居るようで、一夏と丹陽以外誰もいない。丹陽は後頭部を抑え地面にうずくまっていた。後何故か包帯を頭に巻いている。

「丹陽どうした!大丈夫か?」

「まるまるこっちの台詞。どうした急に跳ね起きやがって?びびったぞ」

丹陽は起き上がり椅子に座った。

「いやあなんでも無い、大丈夫うん大丈夫。」

背中に冷や汗を書きながら言った。まだ肉を引き裂いた音が耳から離れない。

「うーん?大丈夫なら別にいいけど」

丹陽は疑いながらも、それ以上は聞かなかった。

「ところで丹陽、皆は無事か?」

「ああ。クマ吉って知らないか、用務員が一人足に怪我しただけで他はお前も含めて全員無事。しっかしすごいな一夏。あれだけの爆発に巻き込まれて五体満足。かすり傷すら無い。自爆スイッチ付けてみれば?」

「いや遠慮しておくよ」

一夏は言われて思い出し自分の身体を見た。何一つ失っていない。ひとまず安堵した。

一夏は黒いISのことを考えた。丹陽の話から察するにあの黒いISは無人機だったらしいが、もしも人が乗っていたら?そうゆう疑問を一夏は丹陽にぶつけてしまった。

「丹陽。もしあの無人機に人がいたらどうなっていた?」

顔を下げ一夏は言った。丹陽からは表情が見えない。

「怪我してたかもな」

「丹陽!」

一夏は怒鳴っていた。ベットのシーツを握り締め俯いていた。

「大怪我していた」

「本当のこと言ってくれ。両腕斬り落とされて腹貫通して首無しでどうやったら生きられるんだよ!」

無我夢中でやっていた。あの用務員や生徒守りたかった。ただそれだけの為にやった選択は下手をすれば、他の誰かを殺していた。

「優しんだな一夏は」

一夏が顔を上げると丹陽が微笑んでいた。

「身内が殺されかけたのに相手を心配するなんて」

丹陽の言葉に一夏は悟った、自分の事を。それは丹陽が考えもしないことだった。

「俺はそれでいいと思う」

丹陽はそう付け加えた。

違う。そうじゃ無い。俺はお前が思っているような人間じゃない。一夏はそう言いたかった。でも言えなかった。

「今回の件はトロッコ問題みたいで答えなんか無いんだし気にするな。あっそうそうこれ渡そうとしてたんだ」

丹陽は足元にあった紙箱出した。それにはミセスドラヤキと英語で書いてあった。

「はい見舞い品のどら焼き」

一夏は紙箱を受け取り中身を見た。一夏の記憶が正しければミセスドラヤキはどら焼きよりも有名な品があった筈だが。

中に入っていたのはシュークリームだった。

「この前、簪から貰ったんだけど美味しくてな」

一夏は困惑した。ワザとなのかとさえ思ったが言おうとした。

「丹陽。これは…」

「目が覚めたか」

男が1人保健室に入ってきた。作業着では無く白衣を着ていて黒縁眼鏡を掛けていたが一夏は見覚えがあった。

この前は作業着を着て鈴と話していた男、衆生朱道だ。

「貴方はたしか…」

直ぐに一夏の疑問に気付いた朱道が答える。

「元々僕は保険室勤務。この前はたまたまあの格好をしてただけ。名前は衆生朱道。漢字はこう書く」

朱道が胸元のネームプレートを見せる。

「大丈夫そうだけど、明日でいいから来なさい。万が一の為に精密検査を行うから」

「わかりました」

一夏は返事をしてからベットから出ようとした。

「ところで衆生?」

突然、丹陽が言った。

「この包帯外していいか?邪魔なんだが」

「怪我が治って無いからダメ」

「怪我ってたんこぶだけど」

丹陽が後頭部を摩りながら言った。

「ならいい」

衆生は包帯の留め金を外して包帯を解いた。そして丹陽の肩まである後ろ髪を纏め始めた。

「衆生どうした?」

「さっき言ってたじゃないか、髪が長くて邪魔だって」

丹陽は衆生にされるがまま、人に突然髪を触られたにも関わらず抵抗せずにいた。

「髪を切って欲しいと言ったんだ。または床屋を教えてくれって」

「いい髪質をしてるんだ。切るなんて勿体無い」

そう言って衆生は纏めた髪を後ろで一つ結びにした。髪を留めているのは飾りっ気の無い山吹色のヘアリング。

「これでどうだい?」

丹陽は頭を振って髪の感触を確かめる。

「動きやすいけど、なんでヘアリングなんて持ってるんだ?」

「さっき言った前の恋人の貰い物。受け取ってくれ」

丹陽は遠慮しながらも言った。

「いいのか俺が貰って?」

「いいんだ。持っていて欲しい、君に…」

衆生が言った最後の方の言葉は丹陽には声が小さく聞こえなかった。

「あの〜、丹陽と衆生さん。そんなに前々から仲良かったっけ?」

一夏は訊いた。一夏は丹陽が用務員とよく話しているのは知っていたが、衆生と話しているのは見たこと無かったし衆生の事を丹陽から聞いたことも無い。

「「いいや」」

2人とも正直に言った。現に丹陽の頭のたんこぶは衆生が作ったもの。

「じゃあ何時頃から?」

「「さっき」」

 

一夏はさっきわかった、自分の事が。用務員を助けたかった。その気持ちに嘘偽りは無い。だが同時に、自分は汚れたくは無かった。白いままでいたかった。一夏(ひとなつ)では無く永遠に。




オリ主サイドはなにがあったかはしばらく後の話になります。なぜなら次回はエカーボンの話になります。


誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第14話

話の流れは決まってるのですが、細かいところで変更を何度がすることになりますが、許してください。
それとエカーボンのモデルは各自の想像で。


トラックが赤い荒野を走っていた。木々は疎らでちらほらと野生動物が見える。空気は乾燥していて、照りつける太陽が更に空気を干上がらせていた。

トラックは中型の帆付きで、男性のが2人運転席に乗っていた。荷台部分の帆は前後に開いており、運転席から後ろの窓を通して中が見えた。荷台の左右には木箱が有りそれを椅子代わりに使用出来た。

荷台には男が3人女が1人いる。1人の男性は30代前半の白人で、木箱に座り瞳を閉じていて、熟睡しているのかただ目を閉じているのかわからず、トラックに合わせ揺れるだけであった。別の男性は20代前半の黒人で床に寝そべっていて同じく瞳を閉じていたが時折寝返りを打っては、暑い暑いとぼやいていた。もう1人の男性は30代後半の東洋系で木箱に座り雑誌を読んでいるが、ページの送り速度が早く頭に入っているか怪しいものだった。そしてその男の太ももを枕に唯一の女性が横になっていた。女性は20代後半の白人であり、体つきは女性らしい丸みがあったものの至る所の筋肉が隆起していた。全員が全員砂埃を被っていて、浅黒く焼けていた。そして全員兵隊らしかった。

全員タクティカルベストをはじめとする戦闘服を着用しており、近くにバックパックがあり。そして小銃が置いてあった。だがバックパックも小銃も1つだけ多かった。

「たくなんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」

トラックの助手席に座っている男がそう言った。

「仕事なんだ文句言うな」

トラックの運転手が言った。

「でも彼奴らもいるなんて。絶対今回は何か起こる、それも良くないことが」

助手席の男は迫る様に言った後、直ぐに思い詰めた様な表情になった。

「彼奴らが悪いわけじゃ無いだろ。悪いのは低脳な黒んぼ達だ。それに彼奴らと一緒に居て帰ってきた奴だっていただろ」

「そうだけど。でも今回は絶対に何か起こる。周りをみてくださいよ」

「そうだな。俺も同意見だ」

助手席の男は運転手が同意したことに喜んだのか、あからさまに機嫌が良くなった。

「やっぱりそうだよな。やっぱり彼奴らが悪いんだ」

「お前は俺はそんなこと言って無いぞ。いい加減その辺にしておけ」

「なんでだ。俺は事実を言ってるだけだ。それとも何か、彼奴らをあんた庇ってるのか?そんな必要は無い。彼奴ら死神共にー」

助手席の男が死神と言った瞬間、男がいた場所の屋根が上から強く叩かれた。

「ひぃ!」

「丸聞こえだったらしいな」

運転手は怯える男に向かって続ける。

「死神に睨まれちゃあお前の運命は決まったな」

「やめてくれ、縁起でもない」

「先にジンクスを気にしたのはお前だろ?まあ骨は拾ってやるよ」

運転手はそう言い、ちらりと助手席を見た。男の顔は引きつっていて、顔を見られたことを知るとすぐに窓の外を見た。それ以降助手席の男は何も話さなかった。

実は運転手も何か起こると思っていた。死神と一緒にいるからでは無い。

運転手はミラーなどを使い周りを見た。

自分達のトラックの他に3両、中型トラックがあり中には武装した男達がいた。その人数は優に40は超えている。他にも強化装甲が施されたハンヴィーが4両おり。それはガトリングを載せていて、市街地での奇襲に備えて仰角取るためやや高めに付けてあった。装輪装甲車が2両いて砲塔に機関砲を2門搭載していた。さらに格子状のゲージ装甲を備えていて、機関砲が対空兵器だけでは無い事を示していた。

それらとは別に小型のトラックがいた。武装はしていた無かったが、重装甲を施されており防御力だけなら装輪装甲車並みだった。今回の任務は恐らくはこの小型のトラック2両の護衛である。

これらの車両がハンヴィー2両、トラック2両、装甲車、重装トラック2両、装甲車、トラック2両、ハンヴィー2両の順で2列に並んで走行していた。

「一体何が有るのやら」

運転手が誰にも聞こえ無いほど小さく呟いた。だがそれは本心では無かった。気にならないといえば嘘だが、この業界長く生きるには最低必要限以上を知るべきでは無いから。

 

 

「暑い。暑い」

トラックの荷台。床に寝ていた男がそう嘆いていた。

「うるさいぞシェフ」

雑誌を読んでいた男が言った。

シェフと呼ばれた男は上半身を起こした。

「でも暑く無いんですか?おやっさん」

おやっさんと呼ばれた男は、丁度読み終わったのかそれとも元々読んで無かったのか雑誌を閉じた。

「もう慣れたよ、お前以外はな」

「そんなこと無いでしょ。ねぇアルジャン暑いでしょ?」

シェフは座っている男の方を向いた。アルジャンと呼ばれた男は眉1つ動かさない。

「ねぇカーニャ暑いでしょ?」

シェフはおやっさんの太ももを枕にしている女の方を見た。カーニャと呼ばれた女は黙って中指を突き立てた。

「チッ、いいですよどうせ俺は貧弱ですよ」

シェフは拗ねて横になろうとした。

「シェフ、暑いならこっちこいよ。風が当たって涼しいぞ」

何処からとも無く声がした。声の主は男性でまだ若く10代前半だと思われる。

「いいよチビ助。危ないし日差しが辛い」

シェフは横になった。

チビ助と呼ばれた声の主は荷台でも運転席でも無く、トラックのボディーの上にいた。ケープを羽織り照りつける日差しから身を守り、帆の骨組みロープを括り付けその端を身体に結び落下を防いでいた。

チビ助は周りを景色を目に焼き付ける様にじっと見ていた。そして時折空を眺めていた。空にはハゲタカが餌を探して飛んでいた。いやもう見つけていて餌に成るのを待っているのかもしれない。ハゲタカの更に上空にチビ助は見た。無人機が4機飛んでいる。プロペラ機なのだが、チビ助が前に見た奴よりも音がずっと静かだった。

 

ここはエカーボン。アフリカの西部に位置しており、第二次世界大戦後植民地を買い取る形でとある民族達によって独立した国。アフリカの西沿岸部に細長く存在し豊富な地下資源や一大港町などで発展し、消滅した国。そこにチビ助と呼ばれ、いずれ丹陽と呼ばれIS学園に入学する男は間違いなくそこにいた。

 

 

「しっかし変じゃありません、今回の仕事?」

シェフが5分と経たず話し出した。

「何が変だって言うんだ?装甲車も要人の警護に用いられたりするだろう」

おやっさんがまた雑誌に目を通し始めた。

「そうなんですけど。でも俺たちがいる時点で変じゃありませんか?」

「あまり世間様に言えないようなものを護送してるんだろうな」

「それだけじゃあ有りませんよ。実は俺見ちゃったんですよ」

「何をだ?」

シェフの言葉におやっさんが初めて顔を上げシェフを見た。シェフも横たわったままおやっさんを見た。

「その前にチビ助。何か変わった物を見なかったか?」

聞こえなくてもおかしくは無い音量だったがチビ助は返事をした。

「爆装した無人機が4機。さっきから上空を飛んでる。音でわからなかったのは、形を見る限りだと新型みたいだ」

「ビンゴ!やっぱりだ!」

シェフは嬉しそうに言った。

「確かに無人機が4機ってのは物騒だな。しかもチビ助が知らない新型」

おやっさんはそう言った。しかし興味が失せたのか雑誌をまた見始めた。

「ちょっとおやっさん!話はこれからなんだから!実はー」

「知ってる。装甲トラックの中にIS操縦者がいるんだろ。俺も見た。航空宇宙軍の制服を着た、華奢な女がトラックに乗り込のをさ」

エカーボンではISは戦闘機の延長の存在として空軍の管轄下で運用されている。他の国では陸軍の管轄だったりする。理由は単純でISを持っている方が予算を多く貰えるので一時期は世界中の軍隊が国の壁を超え、空軍は空軍同士で海軍は海軍同士で陸軍は陸軍同士で手を取り合い、ISの所属を主張し合っていた。結局は国ごとに違う様になった。

「おいあんた!それは本当か?」

助手席の男が突然話に割り込んできた。しかし頭をはじめ上半身はトラックの左方に向けている。

「ああ本当だ」

おやっさんは特に何も気にせずに答えた。

「どっちのトラックに?」

「こっちから見て右側のトラックに。なんでそんなこと聞くんだ?」

「サインが欲しくてねえ」

結局。助手席の男は顔を1度も向けなかった。

「話を続けましょう。でもISを軍事利用って禁止されてませんでした。ばれなきゃいんですかね」

シェフが言った。

「知ってるか?ISは軍事利用可能になる状況があるんだ」

「なんすかそれ?」

「テロリストがISを使用した場合に又は、敵対勢力がISを所有している可能性が有る場合の時。ISを使用しての防戦を許可するってなあ」

「フムン」

シェフが理由したのかしてないのか不明な返事をした。

「理解してるか?」

「わかってますって」

シェフはにこりと笑って続けた。

「要するに、戦争とかした時に諜報機関がもっともらしいこと言ってISが有るって事実を作って本国を守る為の緩衝地帯を作る為の防戦にISを使う為の権限でしょ。もしくは敵対勢力をテロリストとして扱いISを使用したりする為のもんでしょ。後謎の地下組織がISのテロ活動に使用するかもしれないから防戦の為にISの研究が正しいって証明してるってことですよね?」

酷く皮肉めいた言い方だが、おやっさんがこの条約の一文に対する感想と大体同じだった。このような事はISに限ったことでは無いが。

シェフは理解はしているが深読みし過ぎている。おやっさんはそう思った。恐らくシェフは相手は特殊部隊かなんかだと思っているだろうが、今回のは単純にISが相手になるだろうとおやっさんは予想していた。理由は歩兵だけでは、例えISを抜きにしたってこの戦力に勝てないからである。先ず対人に特化したであろう装甲車が2両。正面から戦うのでは分が悪すぎる。この先にゴーストタウンが有るとはいえそ、奇襲を仕掛けるのは上空から監視している無人機が居るので不可能に近い。しかも近くに空軍基地が有り、10分ぐらいで航空機が飛んでくる。つまりは10分以内で無人機から隠れられら程の少数でこれだけの戦力を殲滅することが出来ること兵器、ISが相手に居る可能性が有るということである。

「貧乏くじは何時も俺たち」

おやっさんは1人そう嘆いた。

「大丈夫だよおやっさん」

話に入って来てはいなかったチビ助が突然おやっさんに言った。

「この5人が力を合わせればどんな困難も乗り越えられる、でしょ」

チビ助の言葉にシェフにカーニャ、アルジャンは吹き出した。おやっさんは雑誌を顔に被せ腕を組んだ。

「そう…フフッ…チビ助。俺もそう思うぞフフッ。なあおやっさん」

初めてアルジャンが喋った。

「いいぞチビ助!よく言った」

今度はシェフ。

「おやっさん、ああ言ってるよ。なんか言ってやりなさいよ」

カーニャが仰向けになり、下からおやっさんの顔を見上げながら言った。口元はニヤニヤが止まらない。

「zzz」

おやっさんがわざとらしい寝息を立てた。

さっきのチビ助の台詞。最初に言ったのは実はおやっさんで、この5人が初めて仕事を終えた時に柄にも無くそう言った。その結果3人は笑い、1人は感銘を受け事有る毎にそう言うのであった。本気で言って居るので注意出来ず、おやっさんも本気でそう思っているのでどうすればいいのかと困っていた。実は残りの3人も満更でもないのだが。

おやっさんはむずかゆい気持ちをページとページの間に挟み誰にも悟られまいとした。手遅れだろうが。

 

 

「やっと来たか!」

赤い荒野の真ん中。女性が1人立っていた。カーゴパンツにTシャツ姿でマントを羽織っている。

衛星電話を取り出し何処かに連絡を入れた。

「スコール聞こえてるか」

『ええ聞こえてるわよ』

向こうからも女性の声がする。

スコールと呼ばれた女性が言った。

『オータム、ターゲットが来たの?』

「ああそうだ」

オータムと呼ばれた女性は返事をした。

『じゃあ予定通りに。油断禁物よ』

スコールが通信を切ろうとした。

「待て切るな、スコール」

『なにかしら?』

オータムは周りを見渡した。鬱陶しく照りつける太陽。ただ広いだけの大地。オータムの不快係数が上昇するばかりの所だった。

「俺はこんな所で何日も待っされたんだぞ。この落とし前はどうつけてくれる?」

仲が悪いとしか思えない言い方だが、実は逆だったりする。

『何がいい?』

「1日俺の言うことを聞くってのは?」

電話の向こうから笑い声が聞こえた。

『ええいいわよ』

「約束だからな」

オータムは電話を切ると、目標を見た。

「前日祭だ。派手な花火上げてやる!」

目標はチビ助達が護衛する、重装トラック。




オリキャラの数を数えてみましたが、かなりの人数になってしまいました。しかもエカーボン関連に至っては原作キャラ2、3人しか関わりがありませんがご了承してください。
誤字脱字、表情ミス、誤字脱字お願いします。


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第15話

今回と次回はだいぶ長いです。内容そこまでじゃないけど。


チビ助達の一行がこの先に有るゴーストタウンに差し掛かろうとしていた。この先に有るゴーストタウンは一昔前にあったエカーボンと周辺国とのゴタゴタで住民がいなくなった場所で、時期を見計らって再開発するとかしないとか。

ゴーストタウンが見え始めたその時、チビ助は前方で何かが動くのを見た。 恐らくはマントを羽織った人。人数は1人しか居ない。チビ助にはこちらに気付いて立った様に見えた。

「誰か俺のライフルを取ってくれないか?」

すぐさまに誰かがチビ助の小銃を持って来た。

「ありがとう」

チビ助は礼を言って受け取った。チビ助の小銃はロングバレルが付いており、肩の力が無いので銃床は直銃床から曲銃床に変えられていて、何よりも今必要な高倍率のスコープが付いている。

小銃を構えスコープを覗いた。肉眼よりはっきりと見え、それはやはり1人しか居らず、マントに隠れて顔は見えなかったが体つきから女性だと分かった。

「おやっさん。前方に女性が1人。距離は5000から6000。繰り返す、前方に女性が1人。距離は5000から6000」

「武器は?」

直ぐに返事が返って来た。

「マント羽織っていて何を持っているかわからないけど、少なくとも重機は無いみたい。あと肉眼だったから正確じゃないけど、こっちに反応して立ったみたいだった、繰り返す?」

「大丈夫、分かった。先頭のハンヴィーに確認してもらおう」

おやっさんが無線機で重装トラックにいる指揮官に連絡を入れた。

「こちらおやっさん、こちらおやっさん。前方に不審者有り。繰り返す前方に不審者有り」

『無人機から連絡があった。もう確認に向かわせた』

「そうですか」

おやっさんはそう言って無線機を切った。帆を捲って外を見るとハンヴィーが1台速度を上げて走って行った。

「おら起きろ、カーニャとシェフ。アルジャンも支度しろ。チビ助!ロープ切っておけ!」

おやっさんの一声で皆が慌ただしく動き始めた。

「おいおいおい!何やってんだよ!まだ何も命令が出てないだろ!」

助手席の男が怒鳴るような大きな声で言った。声が大きいのは不安だから。

「無人機の目を逃れてたんだぞ。唯の通りすがりの旅人じゃねえ。間違い無くあのトラックの中身が目的だ。生き残りたいだったら少しは自分で考えろ!」

言っている間におやっさん達は飛び出る準備を終えた。

チビ助はケープを脱ぎ捨て荷台に放り込み、ロープをナイフで切った。そして小銃のスリングを肩に掛け小銃を背中に持って行き何時でも飛び降りれるようした。

「考えてるよ!てめえらがろくでなしってなあ」

うるさい男だ。チビ助は呆れて蹴るのも嫌になった。

「俺は死なねえがてめえらのせいでー」

男の声は爆音にかき消された。確認に向かった先頭のハンヴィーがやられた。そしてすぐに、車両の間を縫ってミサイルが1発、重装トラックを吹っ飛ばした。

トラックが急ブレーキ。おやっさん達はすぐさま飛び降りた。

「ひとまず全員安全地帯に行け。そこで落ち合おう」

おやっさんが指示を出すと駆け出し、残りも続いた。チビ助は運転手側に降りるとドアを開けて運転手の腕を掴み引っ張り出した。おやっさん達とチビ助は進行方向とは逆に駆け出す。それと同時に遥か彼方で無人機が燃え上がりながら地面に落ちて来るのが見えた。

隣のトラックも止まり何人もの人が降りて来て、爆音に元に向かう。

トラックと装甲車の半ばあたりで先ほどまで乗っていたトラックが蜂の巣にされる音が聞こえた。そして爆音に。

チビ助がトラックから離れ装甲車の近くに差し掛かった。先ほどから銃や爆発音、そして悲鳴が止まない。おやっさん達は見当たらないが多分大丈夫。装甲車は2門の機関砲を上空に向けて連射している。ここに来てやっと引っ張っていた運転手は体勢を立て直し足取りが軽くなった。

装甲車の横を通り過ぎようとしたその時。弾丸の雨が降り注いだ。その雨は装甲車に殴りつけ、幸い爆発しなかったものの装甲車沈黙させた。弾丸はチビ助には降りかから無かったが、チビ助は違和感を覚える。引っ張っていた手が軽くなった。

「なに腕だけを引っ張ってるんだ!」

何処からとも無くシェフが言った。

チビ助が振り返ると運転手は腕だけになっていた。腕に残る腕時計が目に付く。

「腕時計が欲しくてね」

チビ助は手から腕時計を外し名前が彫って有ることを確認してからポーチに入れる。そして腕を捨てた。

重装トラックと装甲車の半ばあたり。何かが飛翔する音が聞こえた。ミサイルだ。チビ助は飛び込みながら伏せ頭庇う。沈黙していた装甲車はトドメの一撃を貰い爆散した。砂埃を被りながチビ助は立ち上がりまた走る。重装トラックの先の車両や人が機銃掃射をされた。人が次々と肉塊に。ミサイルが何発も放たれ、車両が屑鉄と化していく。それでもチビ助は走った。まだ無傷の重装トラックの元に。これだけ苛烈な攻撃を受けているにも関わらずトラックは無傷。つまりは相手は護衛対象を奪取して来ている、しかも無傷で。障害物の無いこの荒野で唯一の安全地帯はあそこだけだ。たぶん。

遂に重装トラックの元に着いたチビ助はすぐさまトラックに貼り付く様に側面にもたれ掛かった。一息着こうと腰を下ろそうとしたが出来なかった。重厚な発砲音が連なり、何発もら放たれた弾丸が砂煙を上げた。それがどんどん近づいて来た。そして、

「うあああああ」

自分の悲鳴じゃない。誰かがやられたんだ。どうやら自分を狙ったのでは無く、こちらに逃げて来た誰かを狙ったらしい。何時の間にか額に汗をかいていたので、袖で拭いた。やっぱり暑い。

呼吸を整え周りを見渡した時にそれを見つける。それは指輪。身体から離れた指に嵌めてある指輪。唯の指輪なのだが、こんな時にも関わらずそれを手に取る。

その時、トラックの後方のリアドアの前に何かが降ってきた。それはチビ助が生まれて初めて見るISだった。地上最強の兵器と聞いていたので、ガチガチのゴテゴテの姿を想像していたが違った。色は緑色を基調としていて、背中に翼の様なパーツが浮遊している。手脚に装甲のパーツなのか装備しているが、胴体付近は露出していた。大丈夫か?もっとも戦闘能力は先ほど嫌になるほど見せ付けられたが。頭はヘルメットを被っていてバイザーで表情は分からない。そして両手には銃口から硝煙を上げるている機関銃に無反動砲にマガジンがついたようなミサイルランチャーを持っていた。

降ってきたISは地面を揺らすこと無く着地すると迷わずチビ助に機関銃の銃口を向ける。銃口を向けられたチビ助は動けなかった。死の恐怖で硬直したのでは無い。ふと頭を過った不安を、今までの出来事がその信憑性を肯定していた。おやっさん達はどうなったのだろうか?

「まだ生きていたかの。死ねぇぇぇぇ!」

だがISは引き金を引か無かった。表情は見えないが、チビ助の顔をまじまじと見た。

「なんだガキじゃねえか。その手に持ってるもん置いてさっさと失せな」

ISが持っていたミサイルランチャーが光を放ったかと思うと、煙のように消えてしまった。

「なんだ?震えて動けねぇか?ハハハッ。まっ仕方ないか」

ISがトラックのリアドアに手を伸ばす。

さっきの悲鳴。今思えばシェフのものだったかもしれない。他のメンバーは?考え無くてもわかる。

あのISを倒したい。チビ助は小銃を構えようとする。だが辞めた。相手は最強兵器と評されるIS。木棒に毛が生えた程度のもので倒せる筈が無い。チビ助は無力感に襲われた。 だが直ぐに勝てる気がした。この手に有る物を使えば。

この手に有る物。指に嵌めてある指輪は所有者を失ったISコアだった。

 

 

オータムが護衛部隊を粗方片付け、目標のトラックの前に降り立った。

降り立って直ぐに、ISコアの反応が有ることに気が付き機関銃を向ける。

「まだ生きてたのか。死ねぇぇぇぇ!」

オータムは殺す気でいたが、相手を見て辞めた。武器を持っているとはいえ相手はまだ年端も行かない子供だった。それにISコアを持っているとはいえ男。

「なんだガキじゃねえか。その手に持っている置いてさっさと失せな」

そう言ったが、相手は固まって動かない。エカーボンの軍事ISの奪取も優先度は低い目標だが本命を先にと、オータムはミサイルランチャーを量子化、格納領域に収納した。そうして空いた手をリアドアに伸ばす。

「なんだ?震えて動けねぇか?ハハハッ。まっ仕方ないか」

トラックは対ハイパーセンサー用の不可視コーティングが成されており、中身は見えなかった。これの所為で2台有るトラックのどちらが目標でどちらがIS操縦者が乗っているか分からなかった。だが内通者のおかげで先程はIS操縦者をIS起動前に叩くことができた。

「やっとこんな所からおさらばだぜ」

リアドアを開けたオータムが見たのは、床に頭を庇い伏せている人が4人。携帯ミサイルをこちらに構えている男が1人。

 

「ウェルカム!」

ミサイルを構えていたおやっさんが歓喜に似た叫びを上げながらミサイルを撃った。ミサイルのバックブラストは運転席側の窓を吹き飛ばし、ミサイルはオータムに腹部に当たり、オータムを吹き飛ばした。

オータムは装甲車の残骸に当たり、オータムを押していたミサイルの信管が作動爆発した。

「ディスイズアフリカ。略してTIA、覚えとけ!」

おやっさんは肩に担いでいた発射機を放り投げ、チビ助の方を見た。

「感動の再開は後だチビ助!早く乗れ!」

唖然としていたチビ助は我に返り渋々トラックに乗った。渋々になったのは、生きていたことが嬉しい反面その事を見透かされていたのが恥ずかしかったから。

恥ずかしさからチビ助はトラックに乗り込ながら口を開く。

「おやっさん、狭所でミサイルは無茶だよ。おかげで運転席に黒焦げ死体が…」

「誰が黒焦げ死体じゃい!」

チビ助は運転席に黒い人影が見えたので言ったが、どうやらシェフだった。

「シェフ…殺されたんじゃ…」

「生きとるわ!種も仕掛けもねぇぇぞ!」

どうやらさっきの悲鳴はチビ助の聞き間違いだったらしい。

「シェフ!くだらない事言ってないで早く出せ!目的地はこの先の街だ!」

「おやっさん!逃げるの?」

予想していたとはいえ、チビ助が訊いた。

「安心しろ。相手の目的はこのトラック。時間が無いんだ、残党狩りなんてやらないさ」

またも見透かされていた。チビ助は何も言えなかった。

トラックの中は、運転席側と荷台側が繋がっていて。荷台側は左右両側に革張りのシートが設けられており、運転席側と荷台側の出入り口付近でシートが途切れていて、そこに丁度嵌るように両側にガンケースが山積みになっている。そして左側のガンケースの上になぜかアタッシュケースがあった。今回の護衛対象だろうか。

シェフはアクセルをいっぱいに踏み車を走らせた。その際アルジャンとカーニャは手榴弾を数個、レバーを握り安全ピンを抜き順序ISがいるであろう黒煙の向こうに投げていく。そしてリアドアを閉め破片を防いだ。

先の奇襲により凹凸が激しくなった道を、上下に激しく揺れながらトラックは進んだ。時折何かを踏んで、トラックは浮き上がる。装甲車の残骸になのかそれとも…。

トラックの中、チビ助は仲間が全員いるのを確認して安心したが1人男が多いことに気がつく。その男の顔に見覚えがあった。今回の仕事の指揮官だ。指揮官はシートに縮こまり頭を抱えて震え上がっていた。

そんな指揮官を見てもチビ助は見下す様な気持ちは無かった。これが正常なのだ。最強の兵器で有るISが襲ってきたのだ。本来ならこれが正常なのだ。異常なのは、鼻歌交じりに運転するシェフ。先程から無線を使い応援を呼びながら吹っ飛ばされたバックパックの中身を心配するおやっさん。使えるものは無いかガンケース漁りをするアルジャン。チビ助の元に来て怪我をしてないか心配するカーニャ。そして絶望的な状況からまだ解放されて居ないにも関わらず喜ぶチビ助。

「チビ助!これを使えるか?」

アルジャンがガンケースの中からライフルを取り出した。それは1,5mもある対物ライフルだった。口径は20mmのボルトアクション式。スコープが着いていてその横には観測器と弾道計算機を1つにしたFCSが着いていて、丁度スコープを覗きながら左目で見れる様になっている。

「分かんない、けど!こんなデカ物使ってみたかったんだ!」

チビ助は空になったガンケースをリアドアの手前に置き、リアドアを開けた。アルジャンは対物ライフルをそのガンケースの上に銃口のマズルブレーキが車外に出るよう二脚を立て置き、チビ助にライフルのグリップを握らせる。そして自分はスポッティングスコープを取り出した。

「チビ助!こういう事は辞ろって言ったでしょ!」

チビ助の後ろでカーニャが怒り出した。これからライフルを撃つ事では無い。もっと別の事である。カーニャが怒り出したがチビ助はスコープを覗き、カーニャに向こうとはしなかった。

「アルジャン、ISは?」

「まだ俺も見つけてない。カーニャ、今はそれどころじゃ無い。後にしてくれ」

先程ミサイルの直撃を受けたISはまだ姿を表さなかった。

「いいえ!あんたは黙ってて!チビ助分かってる?こんな事をしても感謝されるどころか、石を投げられるだけ。これは見逃してあげる。だからもう辞めなさい」

カーニャはそう言って、指だけになった指に嵌められた指輪をチビ助の腰のポーチから出した。その際、腕時計も見つける。

「まだ有ったの…」

カーニャは呆れながらも強く念を押すように言った。

「ほって置いてくれ」

初めてチビ助がカーニャに喋った。

「チビー」

「チビ助居たぞ!さっき乗っていたトラックの残骸、こっちに向かって飛行してる」

カーニャの切望は現実の問題にかき消された。

「IS本体は狙うな、シールドエネルギーで防がれる。狙うなら武器か羽を狙え。シールドエネルギーが有っても20mmなら貫通できる」

アルジャンの言った通りISが居た。距離だいたい800m。どんどん狭まっていく。

ISはミサイルランチャーを左手で構えており、その砲門をこちらに向けていた。

「敵ミサイルランチャー保持!撃たせるか!」

チビ助はスコープのクロスヘアーを敵ISのミサイルランチャーに合わせる。FCSが弾道計算をしていてチビ助はその通りに照準を少し左に合わせる。しかしトラックが爆走しているので照準がなかなか定まらない。左にずれ上にずれまた左に。

対物ライフルが火を吹いた。揺れることによって照準が一瞬だけ合い、その一瞬でチビ助は引き金を引いた。

放たれた弾はチビ助が照準を合わせた、少し左下に命中した。

「あれ?」

チビ助は指示した位置に撃ったが外れてしまった。

アルジャンはFCSの観測器の値と自分のスポッティングスコープの値を比べる。

「計算機がそろばんとどっこいの代物だ。チビ助、観測器は大丈夫だ。自力で計算しろ」

チビ助はすぐさまボルトを引き、薬莢を排出し次弾を装填した。そしてもう一発とスコープを覗く。だがスコープでISを見た瞬間、ISがミサイルを放った。

「敵ミサイル!ブレイクブレイクブレイクブレイク…」

「それ空中戦闘機動!」

ミサイルがみるみるうちに近付いて来る。装甲車を黙らせた威力、当たったらひとたまりも無い。

「可愛い可愛いミサイルちゃん。今夜泊まる場所が無いの?いいね!うちに来るかい?来たい?でもだぁぁぁめっ!」

シェフがそう歌い始めた。歌詞もメロディーもめちゃくちゃ、しかし気持ち良さそうに歌った。

シェフは手頃な岩を見つけて、アクセルを全開。その岩目掛けてトラックをは爆走させ始めた。

岩が目の前に来た。しかしミサイルももう目と鼻の先。

「怖い大人たちが今乗ってるから他を当たってくれぇぇぇ!」

シェフはトラックの右側のタイヤ岩を踏ませた。そして目一杯にハンドルを左にきった。右側が浮きハンドルを急にきられたトラックは、右側のタイヤを地面から離し片輪走行をした。

「「うああああ」」

誰もシェフの行動を予想して居なかった為、トラック内でもみくちゃにされ全員が悲鳴を上げた。

急激に半身を浮かせたトラックを捉えきれずミサイルがトラックの股を通り過ぎ、トラックの前方で地面に接触、爆発した。爆発したのを確認してからシェフはハンドルを左にきって車体を平行に戻す。

「えぇぇぇお客様。気分はいいがでしょうか?」

自分でも上手く行くとは思っていなかったのか、興奮した様子のシェフが聞いた。

「楽しかったよ」

「痛ってぇぇぇぇ」

「よくやった!シェフ」

「今度やったら承知しないから!」

「っひ!生きてる?」

5人いるが、三者三様の答えが返った。

トラックは街を目指しまた走り出した。

 

「嘘だろ?」

オータムはそう呟いた。言葉のとおり信じられなかった。たかが生身の人間にここまで手こずらされるとは。奇跡だとしても重なり過ぎと。だがそれもここまで。

オータムはまたミサイルランチャーの砲門を向けた。

「これで終わりだ…」

オータムは先程は放ったが、正直引き金が重く感じた。あの子供を巻き込むのが疎ましく思った。

「恨むんだったら、お前に銃を持たせた大人を恨め」

やっと引き金を引く気なったオータムはもう1度照準を合わせる。

その時、ハイパーセンサーが警告を発した。どうやらあのトラックに狙われているらしいが、おそらくはあの子供が狙っている。

先程も外したし大丈夫だろと、気を許した時には20mmの炸裂弾がミサイルランチャーの銃身を通ってミサイルに着弾寸前だった。

 

スコープ越しにISが爆発に巻き込まれるのをチビ助は見ていた。

先程のトラックの無茶な挙動によって、壁に叩きつけられたチビ助だったが直ぐに体勢を立て直し照準を合わせ引き金を引いていた。

「命中、誤差は無い」

アルジャンが短く報告をする。

「今度は当てたなチビ助。さすがだ」

おやっさんがそうチビ助を褒めるのだが、チビ助が浮かれる前に次の指示を出す。

「同じ位置にまた撃て」

チビ助はすぐさま次弾を装填、発射した。そしてまた装填発射。機械的にその動作を繰り返す。

チビ助が射撃を繰り返している時、後ろのカーニャが体勢を立て直し手に有った指輪をしまおうとした。それを頭を抱えてばかりだった指揮官が、立ち上がる拍子に見た。

「そっそれは!」

死人が生き返ったかの様に生気を取り戻した指揮官は、もう1度指輪を見た。

「やっぱりそうだ!よしこれさえあれば。でもなんで起動しないんだ?そうだ!暗号鍵だ!それなら知ってる!よしよしよし!」

独り言を大音量で垂れ流した指揮官は、カーニャの両腕を掴んだ。

「君女だよね?」

カーニャは迷わず一発腹にお見舞いする。

「ぅぐっ。すっすまない、しかし君さえいればこの状況を打開できるかもしれない!」

「どうするんだ?」

「それはー」

「空軍機が後10分以内に来る。それまでの辛抱だ」

指揮官の声はおやっさんの声に音量負けして聞こえな買ったがカーニャには聞こえたらしく、カーニャは少し驚き頷いた。

「10分?なんでそんなに掛かるんだ?」

アルジャンが言った。

「ここは仮にも緩衝地帯だから、おいそれと航空機とISは持って来れないらしい。それと突然の要請で慌ててた」

「頑張って10分か…」

チビ助がライフルの弾倉を替えた。炸薬弾は既に弾切れで徹甲弾を装填した。そして再びスコープを覗くと、その僅かに間にISが現れこちらに接近しようとしていた。手には1振り、実体剣を持っている。羽はチビ助から見て本体に隠れる様に折りたたまれている。臆すること無く撃った。胸の真ん中を狙った弾は吸い込まれるように命中した。しかし風穴どころか、仰け反りすらしなかった。まるで豆鉄砲を撃たれたように、いや実際に豆鉄砲と変わらないのだろ。ISは世界最強の兵器。今までか上手くいっただけ、本来は勝てるどころか逃げ切る事すら出来ない相手だ。だがそれでもチビ助はまた撃った。また撃った。300mを切ったところでアルジャンとおやっさんが小銃をフルオートで射撃し始める。しかし20mm弾が効かないのに⒎62mm弾が効果が有るはずが無かった。

「これでいいの?」

何をしてるかわからないがカーニャの声がした。それに指揮官が応える。

「さぁやってくれ」

まるで別人のような復活ぶりを見せる指揮官の声には、妙な自信を感じた。だがそれもISの飛翔を止められなかった。

とうとうISが目の前まで来てしまった。

「洒落臭いだよ!」

チビ助達の抵抗が鼻についたのか、ISは叫び声を上げた。そして実体剣を振りかぶる。実体剣が高速で振動、振動音を出す。

「ひでぇ人生だったな。全く同情するよ」

振りかぶられた実体剣が真っ直ぐチビ助に振り下ろされる。

「チビ助!」

「避けろ!」

おやっさんとアルジャンが小銃を撃つが実体剣の斬撃を止められなかった。

チビ助は目を閉じることが出来ず、自分が2枚に下ろされるの最後まで見届ける。

筈だった。

実体剣がチビ助に到達するよりも早く何者かがISを殴りつけた。そして吹っ飛ばされるより早くISの首根っこを引っ掴み、何度も顔を殴った。

「うちの子に!手を出してるんじゃないわよ!」

チビ助を助けたのはカーニャだった。

カーニャの拳によってヘルメットが壊されていき、徐々に素顔を露わになっていく。チビ助が想像していた素顔はゴツゴツとした雌ゴリラのようなのを顔だと思っていたが。素顔は意外にも整っていて美人の分類に入るものだった。が今は苦痛に歪んでいる。

ISもやられっぱなしでは無く、実体剣を握り締め反撃を使用とする。

「クソ尼がぁぁぁ!」

実体剣を振るがカーニャがそれを許す筈が無い。カーニャは腹に渾身の一発を入れ怯ませる。

「ぐぉっ」

ISは唸り声を上げた拍子に唾液をカーニャをかけてしまった。

「口も汚きゃ、振る舞いも最悪。まるで売女。一体どんな人生歩んで来たの?」

ISが立ち直るよりも早く、カーニャはISの首と股間を掴み逆さに持ち上げた。

「再教育してあげる」

ISを頭から地面に刺した。その反動でトラックの前部分が浮かんだ。ミラー越しにその様子見ていたシェフはアクセスをまた全開に踏み込んだ。

「顔を洗いな!ついでに毒も吐きな!」

顔を引きずられISはもがくが組み伏せられ抜け出せない。其の間、チビ助、アルジャン、おやっさんは火器をデタラメにISを撃ち込んでいく。

ISはなんとか抜け出すため、トラックごと慣性制御で浮かせスラスターを吹かそうとする。

「チビ助撃て!」

だがおやっさんがチビ助の20mmライフルを支え銃口をスラスターに向け、チビ助引き金を引く。1つずつスラスター弾を撃ち込み、全基を破壊した。

「カーニャそいつを放り投げろ」

おやっさんが車内に響く銃声に負けないくらい大声で言った。

カーニャはISに肘を背中に入れ大人しくしてもらう。そして投げようとするが、アルジャンが手で制した。

「投げる前にこれを付けさせてくれ」

アルジャンはISに四角い弁当箱のようなものを括り付けた。

「これでよし。カーニャ投げろ」

「はいよっと!」

カーニャはISを高く放り投げた。

「「せーの」」

指揮官を除く全員が息を合わせる。

高々と投げられたISが空中で体勢を立て直した。そこで気付く。

「これ爆弾!」

四角い弁当箱のようなものは爆弾で、仕事を果たす直前だった。

爆弾が爆発した。

「「玉屋〜鍵屋〜」」

1人を除き全員が年甲斐も無く喜んだ。

「イーヤッホウ!さすがカーニャだぜ!ISをねじ伏せるなんて」

シェフがハンドルを叩き囃し立てる。

「そう褒めなくてもいいわよ。ISが有ったからねじ伏せられたんだから」

「「え?本当だISを装着してる」」

全員が驚いた。確かに至る所にISの装甲を付けていた。敵のISと似てはいるが羽の様なパーツは無く、胸と腕がより重厚になっていた。

「エカーボン空軍の第二世代IS、セイラか」

アルジャンが言った。アルジャンは何故か軍事関係の事に詳しい。他のメンバーにも言えることだが、今まで何をしていたのか気になる。

「ISを使わないでISを放り投げたと思ってたの?」

全員が目を逸らす。

「まあいいわ。それよりハイパーセンサーって言うだっけ。それがまだ敵ISがそう報告してるんだけど」

カーニャはそう言って目の前を指す。だがそこには何もない。

「カーニャなに指しているの?」

「IS操縦士にしか見えない空中投影映像があるんだ。本当は網膜に投影されてるけど」

カーニャの代わりにアルジャンが説明した。やっぱり何者だったんだ?

「そうか。アルジャン、ISの戦闘技術は有るか?有るなら拙速でいい、カーニャに教えろ」

おやっさんはそう指示した。そして散らかったガンケースを漁り使える物は無いか探した。チビ助もそれを手伝う。

「カーニャ、ISの操縦は難しくは無い。身体を動かす様にイメージすればいい。先ずは浮かんでみろ」

「浮かぶ?フムン」

カーニャは目を閉じる。そして眉間皺を寄せ、唸り始めた。

「どお、浮かんだ」

両足は床に着いたままだった。

「ダメそうか?」

おやっさんが手を止めずに聞いた。

「想定の範囲内。次、推進翼を展開してみろ。やり方はイメージ。イメージするんだ」

「イメージ?フムン」

カーニャは目を閉じる。そして眉間皺を寄せ、唸り始めた。

「どお、生えた?」

「流石にダメそうか?」

「まだだ、最後までだ。最後は武器を出してみろ。何でもいい武器を思い浮かべて出すんだ」

「フムン。どお出た」

おやっさんは作業を中断、アルジャンを見つめる。アルジャンもおやっさんを見つめる。お互い無表情。

「おやっさん、いいニュースだ」

「聞きたい」

「殴り合いは出来る」

このやりとりを見守っていた、指揮官が膝から崩れ落ちる。

「おしまいだ〜」

また指揮官は死人になった。だが確かに武器1つにスラスターを失ったとはいえ、ISに追いかけ回せれている状況じゃこうもなる。

「仕方ないな。みんな、ISを使えないのは皆同じだ。カーニャは悪くない。だが心配するな空軍がもうすぐ来る、それまで耐えればいい。いや」

おやっさんは自分の分隊のメンバーを見回した。どれ1人として、指揮官の様な死人になった者は居ない。生き残るために全力を尽くそうとしている。

「耐えるんじゃ無い。あいつに攻撃をさせないんだ。畳み掛け続けるんだ。奴の赤く濁った体液でこの赤土を耕してやれ。そして噛み付く気力を噛み砕いてやれ。脊髄反射で裸足で逃げるか地に額を擦り付けさせろ。簡単だろ?出来るだろ?願望だろ?」

指揮官以外が戦闘準備に入る。

ここの分隊の隊員は嫌われ者だ。

「いかれてる」

指揮官が震えながら言った。

指揮官にもこう言われる。でも確かな事がある。

「指揮官殿?聞きたい事があるのですが」

おやっさんが指揮官の頭を引っ張り上げ、無理矢理顔を上げさせる。指揮官の顔は引きつっていたがおやっさんは笑っていた。目は別に。

おやっさんが指揮官から頂いた情報を元に、手短に杜撰な作戦を説明した。本当に酷い作戦。もとい作戦ですら無い。殆ど出たとこ勝負な上運に頼るところが多い。

ゴーストタウンに着いた。それと同時に作戦に必要な人数が降りる。チビ助も作戦に最適なポイントを見つけ、駆け出す、小さな身体には大きい20mm口径のライフル背中に背負って。ゴーストタウンは建て物はしっかりとしていたが道には土手が目立ち、コンクリート舗装された道は疎らだった。しかし電気は通っていたのか電柱は有る。そんな町をチビ助は走った。

チビ助はまた皆と別れることになった。が心配は無かった。何故ならばこの分隊は死神にも嫌われている。




対物ライフルは完全に実物ではなくゲームをモデルにしました。
エカーボンのISセイラは、原作のラファールを基にエカーボンが独自改修した物です。
改修点は、電子機器は全取っ替え。初期設定の時点で最も脆いバイザーやスラスターを任意で展開する様にしたこと。これが原因でカーニャはスラスターが使えませんでした。他にも胸部装甲に電磁装甲のハードキルとEMCなどのソフトキルのアクティブ防護能力を付加したり。スラスターをアメリカ製に換装したり。腕のパーツはより大きくし、さらに高火力の武装を使用可能にしつつ、掌に小さな指を5本備え、歩兵用携帯火器が使用可能にしたりと、最早別物。高性能とはいえ、性能的には突出した物はエカーボンのお家芸のFCSのみ。

誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第16話

今回で決着がつきます。
あと航空機好きの皆さんごめんなさい。イーグルが変わり果てた姿で出てきます。
あとオータムさん好きの皆さんごめんなさい。オータムさんが酷い目逢います。


「くそがぁぁぁぁ!」

赤い荒野に倒れていたオータムが起き上がるなり悪態を着いた。

オータムが使用しているISはラファール・リヴァイヴなのだが、先の戦闘でスラスター全基を破壊された。予備は無い。まだ慣性制御で飛行出来るとはいえ相手にISがいる状態でスラスターを失い戦うのは無謀だった。だがこの有様、ISもダメージを負っているがオータム自身のプライドの方がダメージは大きい。それ故ISのダメージよりも自身のダメージを優先。オータムは目標のトラックに追撃をしようとした。

先ずはオータムは機体の状態を確認。機体はダメージを負っているがシールドエネルギーの残量がまだ大量に有るのを確認した。次にヘルメットやスラスターなどの不要な部位を破棄。そして重量バランスを再調整した。武装を再確認、まだ戦える。 機関銃を1丁を格納領域から出す。

「行くぜ」

オータムは1度上空から、トラックが逃げ込んだゴーストタウンを偵察しようと浮き上がった。

オータムは町を見てにやけてしまう。オータムは敵の人数をトラックで暴行を受けた時に数えていた。敵は6人。これは間違いない。そしてその1人の男が今こちらに手を振っている。場所はアパートだったと思われる場所で。そのアパートは三階建てで100平方メートルの中庭があり、アパートが中庭を囲う構造になっている。さらにアパートの内側に廊下がありそれが中庭を見下ろす形になっている。

男は中庭にいた。口の動きを見る限り、悪かったとか取引しようとか言っていた。手にはアタッシュケース。オータムがにやけてしまったのはそれが原因では無い。今回の目標がハイパーセンサーが正確に補足していたのだが、それが5箇所に分かれていた。つまりアタッシュケースの中には無い。そして1箇所は男が居るアパートから人間の走行速度で離れていて、残りは男を囲う様にアパートにじっと動かずにいる。

「ハハハ!見え透いた罠を!そんな完熟脳みそじゃろくな作戦も考えられないよな!まあいいわざと引っ掛かってやるよ」

男に近づいた瞬間、全員で一斉攻撃。それが作戦だとオータムは思い、男目掛けて急降下した。

 

 

おやっさんが囮になりISが近づいた瞬間に一斉攻撃。おやっさんが立案した作戦は大まかにするとこうだ。

上空からISがおやっさん目掛けて急降下するのが見えた。

「第一段階は成功か」

敵ISが近づかず、上空から攻撃をして来る可能性が有ったがそこはなんとかなった。

チビ助は裸眼でおやっさん達が居る場所を見た。

「撃つ事態にならなゃいいけど」

作戦ではチビ助が撃つ時は非常時となる。

チビ助はおやっさん達が居るアパートを今度はスコープで覗く。

 

 

「先程は無礼な真似を致して、心からお詫び申し上げます」

オータムが着くなり男は詫びを入れお辞儀をした。薄汚れた戦闘服で言うのだからオータムは笑いを堪えるのに必死だった。

「いいぜ別に気にしてねえよ」

すぐにぶち殺してやるから。そう付け加えるかオータムは迷ったがまだその時では無い。

「そうですか。じゃあ分かってるとは思いますが、これを差し上げるのでどうか見逃しては貰えませんか?」

男はアタッシュケースを差し出した。オータムはそれを受け取る。

「フン、さっさと失せな」

男はオータムに背を向け走り出す。

オータムは男が少し離れてから決行した。

「とでも言うと思ったか?」

アタッシュケースを放り投げた。そして4箇所目標の反応が有る場所、渡り廊下や部屋に機関銃を次々に斉射した。流れ弾に当たらないよう男は地面に腹這いに伏せた。アタッシュケースが地面に落ちた時には4箇所に蜂の巣が出来ていた。

アタッシュケースが落ちた衝撃で開いた。

「馬鹿かてめえらは?こんなガキが考えた様な作戦上手く行くわけ無いだろ?どうせアタッシュケースの中には爆弾が入ってるんだろ?」

男がオータムに背を向けたまま立ち上がった。そして両手で頭を抱える。

「どうした?ビビってるのか?安心しろ次はてめえが死ぬ番だ」

オータムが機関銃を男に向ける。迷わず引き金を引こうとした。その時、アタッシュケースの中身がハイパーセンサーによって伝わる。アタッシュケースには、爆音と閃光放つスタングレネードだった。

「スタングレネード!」

スタングレネードが爆発、爆音と閃光放った。オータムの聴力と視力を保護するためにISは聴力と視力を外部からカットした。

オータムの五感が回復し始めるとハイパーセンサーが警告をする。オータムの後方のアパートの二階の渡り廊下に男が無反動砲を構えている。迷わず銃口を向けた。その時オータムは戦慄した。

無反動砲を構えた男は先程の取り引きを持ちかけた男が、わざわざ2階に登り構えたと思っていた。だか照準越しに見えた男は、トラックの中にはいた男だが別の男だった。

「アルジャン吹っ飛ばせ!」

オータムは自分は嵌められたと悟った。

 

 

ISのハイパーセンサーは結局のところ、五感の延長に過ぎない。そうアルジャンは説明した。だから隠れた兵器を見逃がす事がある。その為軍用のISは大抵、後付けで電子機器を装備するのだが。今回の敵のIS、ラファールの電子機器はヘルメット型のバイザーに集中して、それはカーニャが破壊した。つまりは敵のISは索敵能力が著しく低下しているということ。しかし、ISはISや今回の目標を探知する能力はあるが、トラックやアタッシュケースの中は特殊コーティングのおかげで探知されないと。

これらの情報を元におやっさんが作戦を立てた。先ずはおやっさんが囮に敵のISを中庭におびき寄せる。時間的猶予も状態的優勢も無いのに追撃をして来るということは、先程の戦闘で個人的な恨みに発展した可能性がある。あくまで可能性。この時敵のISはバラバラに置かれた目標に間違い無く気付いており、そこに攻撃した瞬間に別の場所に隠れた奴らが攻撃。万が一空中に逃げた場合、チビ助が攻撃する。それがこの作戦の概要だった。

 

 

「アルジャン吹っ飛ばせ!」

無反動砲の弾頭が発射され、ISの足元に着弾爆発した。だがISはビクともせず立っていた。

「ッチ」

アルジャンは舌打ちし、屈みながら駆け出す。途端にアルジャンがいた場所を無数の弾丸が襲う。

アルジャンのおかげで作られた僅かな隙に、おやっさんはアパートの一室に隠したグレネードランチャーを取り出した。回転弾倉を持つグレネードランチャーの光学照準をISの足元に合わせ、6発続けて残弾撃ち込んだ。

その事に気付いたISはグレネードの衝撃に備え身構えた。だがグレネードランチャーの弾は爆発する代わりに白い煙幕を散布した。

「クソ」

ISは機関銃を構え、おやっさんがいた場所を掃射した。

撃っていたISが突然、銃撃をやめた。そして銃口を別の場所に向ける。敵のISはISを装着したカーニャの存在を探知した。ISはカーニャに向け撃った。

「キャアアア!」

カーニャが白い煙幕の中悲鳴を上げる。

「武器を展開しなかったり、やっぱり素人集団か!ここからはこっちの番だ」

ISは手応えを感じ、歓喜する。そして銃撃を辞めた。辞めたおかげ聞こえた。銃声にかき消され聞こえなかったトラックのエンジン音が。それがどんどん近づいて来る。

「俺の息子にキスしてくれ!」

煙幕の中突然飛び出たトラックをよけきれず正面からISは轢かれた。そのまま壁にめり込まされ、トラックが止まった。

「エアバッグなしかよ」

トラックからシェフが飛び降り、駆け出す。

「じゅうううううびょおおおお」

壁にめり込んだISが頭を振り閉じた瞳を開けると、顔が引きつった。

「冗談だろおい」

トラックの荷台側の天井や壁、床一杯に貼り付けられたまたの爆弾が赤いランプを点滅させていた。

「落ち着け後10秒ある」

ISは自分に言い聞かせ、脱出しようとする。

だが10秒の半分も経たず爆弾が爆発する。カウントダウンを敵にしてやる優しい人はここの分隊には居ない。嘘ならつくが。

トラック内の爆弾が一斉に爆発、その衝撃が閉ざされた荷台の中で反射し、雄一の出口である荷台と運転席を繋ぐ通路から出た。そして衝撃は爆炎と共にISに直撃した。その勢いはアパートと一角をも崩落させた。

爆発を見届けてから、伏せていたおやっさんとシェフが立ち上がった。その後ろのアパートの2階からアルジャンが飛び降りる。3人はそれぞれ武器を黒煙があがっている瓦礫の山目掛けて構えた。

「撃て」

おやっさんの合図が早いか撃つのが早いか、3人は撃ちだした。

3人は何度も弾を装填し撃った。それぞれ銃口をから硝煙が登った頃、撃つのを辞めた。

「やったか?」

シェフが銃口を下げた。

「んなわけねぇだろが」

黒煙中からISが飛び出てきた。シェフ以外は武器を構えたままなので即座に撃てたが、ISは怯みすらしなかった。3人に掴みかかろうと両腕を伸ばした。ISは先ずはおやっさんを標的に選んだ。

おやっさんはしゃがんだ。ISの攻撃をよける為では無い。後ろから伸びてきたコンクリート棒を避けるために。

「雌犬は棒に当たるが運命か」

突然現れたコンクリート棒の先端をよけきれず当たってしまう。そのまま瓦礫の山に押し戻される。そしてコンクリート棒は高く振り上げられる。

「あれは…電柱?」

離れて見ていたチビ助が疑問の声を出した。

電柱が振り下ろされた。怪力を込め振り下ろされた電柱によってISは地面にめり込んだ。

「撃て」

3人がまた発砲を始めた。電柱もまた何度も振り下ろされた。ISがいた場所はまたも砂塵を巻き上げる。

「いい武器だなカーニャ」

おやっさんが今ISを装着し電柱を振りろしているカーニャ声をかけた。

「拾い物よ。持ち主が現れなきゃいいけど」

「おっかない、お二人さんだ」

何度も振り下ろされた電柱はとうとう、真ん中からポッキリと折れた。

「持ち主に見つかったら訴えられるな」

カーニャが電柱を下ろした。その瞬間砂塵の中から弾丸がカーニャを放たれた。避け切れずカーニャの頭に直撃、アパート突き破り吹っ飛ばされる。

「カーニャ!」

「人の心配をしてる場合か」

発射の衝撃で砂塵が晴れ、ISが現れた。手には対IS用の狙撃銃。

3人はISに銃撃を加えようと発砲するが、ISは飛び上がり回避した。アパートより高い位置に来たISはおやっさんに照準を合わせた。

「虫けらは地に這いつくばれ」

後は引き金を聞くだけだった。だがハイパーセンサーが警告を発してきた。それの意味に気付き、回避行動に移ろうとするが遅かった。狙撃銃が20mm徹甲弾の直撃を受けてバレルが曲がり使え物にならなくなった。

「またお前か!」

ISとの距離は約800m離れた場所にビルが有った。ビルには窓ガラスが嵌められて無くコンクリートが剥き出し。中は工事途中だったのか資材がまだ積まれていた。そのビルの最上階、真ん中あたりでチビ助は地面に伏せライフルを構えていた。壁には穴が空いていてそこから狙撃した。

ISはおやっさんが使っていたのと似た形をしたグレネードランチャーを展開、容赦無くチビ助に撃った。ボルトアクション式の連射速度では発射を防げなかったチビ助は、自分目掛けて飛翔する榴弾に照準を合わせ撃つ。だが徹甲弾は僅かなに上にそれ、掠っただけで撃墜ず。しかし着弾点を下に逸らす事は出来た。

5階に榴弾が着弾、ビルの窓という窓から火を吹き飛ばす程の爆発を起こした。

爆発の揺れの中チビ助は次弾を装填、照準を合わせる。しかしISはこちらの発射を警戒して空中機動を始め、照準は容易に合わせられなかった。

「大人しくしてよ、撃てないじゃん」

しかしISは一瞬何かに気を取られ単純な直線移動をしてしまった。それをチビ助は見逃さなかった。

ISのグレネードランチャーは徹甲弾の直撃を受け、誘爆こそしなかったものの武器としての機能を失う。

チビ助は追撃を放つ為、ボルトを操作しスコープを覗く。クロスヘアーを合わせようとした。その時何かがスコープの端に何かが映った、それと同時にスコープが下に向いた。チビ助が下を向いたからでは無い。地面が傾いた。

先程のISの榴弾はその充分過ぎる威力でビルの5階の柱を破壊していて、チビ助は知らぬ間にバランスゲームをさせられていて今まさにそれが崩れる。

ビルがチビ助から見て前方に傾き始めた。

「落ちる!」

どんどん加速的に傾くビルの中チビ助はライフルをその場に捨て沈む方とは逆の方に駆け上がる。45度傾いた時、止まった。チビ助は落ちないよう窓枠にしがみついた。

「止まった…わけないよね…」

ビルの5階の6階は完全に分離、6階より上はさらに傾きながらずり落ちていく。チビ助はなんとか窓から外に出たがその頃にはもうビルの上部分は90度傾き支えから完全にずれ重力に引かれ落下し始めていた。地面に落ちてる前にチビ助は元いたビルに跳んだ。 4階を狙って跳んだが失敗したが、幸い3階に飛び込めた。だが低かった分増した運動エネルギーと予想外の場所に跳んだ為着地に失敗。でんぐり返しで転がって行き、向かいの壁に背中を叩きつけやっと止まった。

「いてぇ…」

ライフルを失いチビ助にはもう武器は無かった。だが心配無い。最後にスコープの端に映った物は恐らくは、

「カーニャかな」

 

「またお前か!」

オータムは破壊された狙撃銃を捨て、グレネードランチャーを展開。小さな狙撃手に向け榴弾を放った。しかし榴弾は狙撃手の徹甲弾によって弾道を逸らされ命中しなかった。

「ッチ」

オータムは舌打ちをしながら、慣性制御で空中機動を始めた。これ以上武器を破壊されては堪らないから。しかし空中機動をしたからといって安心は出来なかった。まだこれでも撃たれる可能性が有ったから。

「なんだ?こう動かれちゃあ狙えないのか?」

敵の狙撃手も縦横無尽に宙を舞うこちらを射る事が出来ないらしい。しかし狙撃手の方は一点に留まっている。

グレネードランチャーの銃口が狙撃手に向いた。だがハイパーセンサーが警告を発する。敵のISが地面ギリギリを高速で接近して来ていた。

「飛べないと思ってたんだがな」

オータムがISに照準合わせた。その時オータムは自分の予想が外れていなかった事を知る。敵のISは地面ギリギリを飛んでいたのでは無く、地面を蹴り走っていた。

「おいおい冗談だろ」

奇跡を何度も起こしたりISの特性を理解した作戦を立てたり、その癖ISの操縦はど素人。オータムにはこの集団がなんなのか理解できなかった。

「理解する必要は無いがな」

だが壊すことならできるとグレネードランチャーを向ける。

敵のISがビルの壁を蹴ってこちらに飛びかかる。

グレネードランチャーが火を吹いた。弾を放ったからでは無い。弾を貰ったから。

「しまった!」

機動を辞めたわけでは無い。ただ単純な直線移動をしただけ。だがそれが命取りになった。

敵のISを撃墜出来ず肉薄を許してしまう。ISは飛びかかった勢いのまま右腕を開き、オータムの首にラリアットを食らわす。そのまま脇を閉めオータムを束縛、地面に落下していく。地面に激突寸前オータムは慣性制御で落下速度を減速した。

「私にはでかい鉛玉文字通り食らわして死ぬかと思ったじゃない!しかもあの子には榴弾?膝擦りむいたらどうするのよ」

地面に不時着するなり敵のISはそう怒鳴る。

オータムには何を言ってるんだこいつは、と思う余裕は無かった。なぜなら何度も殴られ、今投げ飛ばされたから。

建物を2、3軒破りオータムはやっと止まれた。止まった場所は男子用の公衆便所のようで、青いタイル張りの床や壁。3つ小便器があり個室も3つ有る。

「惨い地域で最低辺野郎どもと戦ってる途中に糞な場所にぶち込まれるとはな」

オータムは揺れる視界の中、敵のISがこちらに走って来るのが見えた。実体剣を展開。タイミングを図り突き刺す。だがIS初心者でも近接戦闘は相手が上だった。

敵のISはオータムの突きを跳んで避けるとそのままオータムにのしかかる。オータムに馬乗りになり顔面に情け容赦無く何度も拳を振り下ろした。

「この阿婆擦れが、ここの匂い好きでしょ、よく嗅いで」

オータムのうなじを掴み、タイル張りの床に顔面から叩きつける。一発でタイル張りが弾け飛び床にヒビが入ったが何度も叩きつける。これだけの攻撃を受けながら、ISの防御性能の優秀を語るようにオータムの顔には傷が無かった。

「このインセスターが、大好物でしょ、遠慮しなくていいからさ」

オータムの顔を小便器に突っ込んだ。これにはオータムも悲鳴を上げる。3つ全てに突っ込んだ。

敵のISは魂が抜けたオータムのうなじを掴んだまま、完全に壊れた小便器を後にする。

「この便女が、いつも綺麗にしてるんでしょ、こっちも綺麗にしてよ」

今度は個室の洋式便器3つ。

「やめて…」

 

 

「ぜってぇぇぇに許さねぇぇぇぇ」

オータムは敵のISの腹にしがみついた。そのまま上空に向けて飛び始めた。ISはオータムの背中に肘を入れるなど振りほどこうとしたが、オータムは歯を食いしばり耐えた。先程の屈辱に比べれば苦とも思えない。

「てめえは今から私と一緒に死んでもらう。宇宙の彼方でな」

目を瞑ると自然と涙が出てきた。これから私は死ぬ。あの人と永遠に分かれる。また会いたい、でももう会えない。こんな穢れた身体では。

「死にたいんだったら1人で死になさいよ!勝手に!星になったってロマンチックでしょ、私には勿体無いわ」

敵のISは焦ったように目を泳がす。 気づけばもう街が小さく見える。これ以上は危ないと拳を振り下ろしたがオータムは離さなかった。

「えい、なんか無いの?これは…」

敵のISは何か見つけた後オータムに上から抱きついた。

「押して駄目なら引いてみる」

敵のISの胸の装甲の側面からフレアを放出した。

「何?」

「これじゃない、これ」

敵のISの胸の装甲が爆発、装甲片が炸裂した。その衝撃でオータムは手を離してしまった。そして爆発の衝撃で2人は離れた。

「っく!電磁装甲か」

敵のISはオータムから離れることには成功したが、慣性制御が扱えない為そのまま落下し始めた。

「もうたくさんだ、てめえだけが死ね」

オータムは実体剣を展開し、ISに襲いかかる。慣性制御が出来ず只々もがくISはオータムの一撃を受け止められなかった。足場が無く思うように力が入らないISは、今この状況のオータムにとって唯の鴨だった。

「やっぱ飛べねぇのか?このまま地面に着く前にミジンコより細かく切り刻んでやる」

形勢逆転。オータムは威勢を取り戻し、敵のISを何度も切りシールドエネルギーを削っていく。敵のISは両腕を胸の前で交差させ防御していたもとい防御するしか無かった。

 

 

「上手くいくのか?高速ミサイルじゃあISに当たるかどうか」

地上でおやっさんはミサイルを上空に構えていた。

「大丈夫、狙うのは…」

言い終わるよりも早くミサイルを発射した。点火したミサイルは機動が揺らぐこと無く真っ直ぐどんどん加速していく。

「俺達に出来るのはここまでだな」

飛翔するミサイル。そして遥か上空で交戦している出あろうISの方を3人は見つめた。

 

 

エカーボンの遥か上空。オータムとチビ助達分隊の対決は決着がつこうとしていた。

 

 

遥か上空でカーニャは苛烈な斬撃を受けながらも冷静に頭を働かしていた。今までは力任せに暴れればどうにかなったが、今はもろに操縦技量の差が出てきてしまっている。だが相手は機体の状態も時間的余裕も無い。何かせめて武器さえあれば。

「イメージすればいいだっけ?」

オータムの実体剣がカーニャの左手の装甲を抉った。

「こんな時に使える武器は…もう!説明書ぐらい付けてよ!」

オータムが体当たりをし、そのままカーニャに取り付き胸の装甲を引き剥がす。そして一度距離を取る。そして反転、カーニャを正面に捉え加速しながら接近した。

「昔見た映画でか弱いヒロインが使った武器は…これだ!」

加速した速度を生かしオータムはカーニャの腹を横に斬り抜く。そして距離を取り旋回。なお加速して今度こそ息の根を止めにかかる。カーニャはオータムの斬撃でシールドエネルギがセイフティラインに到達、警告メッセージが絶え間無く表示される。このまま行けばカーニャが死ぬ。だがカーニャが行動を起こした。カーニャの右手に武器が握られていた。まだ量子変換の途中で原形をとどめてはいないがそれも時間の問題。オータムは完全に展開される前に決着をつけようと実体剣を握りしめカーニャに突貫する。

「展開させるかよ!」

その時、ハイパーセンサーがしたから高速で接近するミサイルを探知した。

「高速ミサイル?んなもん当たるかよ」

オータムは回避行動に移る。ローサットが通り過ぎてからでも十分にカーニャを仕留めることが出来たから。

白煙を引きながらミサイルが超音速で接近、オータム目掛けて飛んできた。とオータムは勘違いしていた。電子機器をやられていた為自分がロックオンされているかどうか判断出来なかった。

高速ミサイルはカーニャをロックオンしていた。高速ミサイルがカーニャに一直線に向かう。

「私に当てたな!」

高速ミサイルは着弾した。しかし胸の装甲に突き刺さるだけで大したダメージをカーニャには与えなかった。

炸薬を内蔵しておらず、運動エネルギーで貫通する高速ミサイルはISとは相性が悪い。しかしこの状況では相性は最高だった。高速ミサイルはカーニャにダメージを与えず、そのままカーニャを押して飛んでいった。

「しまった!」

カーニャは後ろ弾によってオータムから距離を取ることができた。つまりは武器を展開する時間を稼ぐことが出来たのだ。スラスターが無いオータムは超音速で押されるカーニャには追いつくことが出来なかった。

「やっと出た」

とうとうカーニャが武器を展開し終えた。武器は細長い直方体の4連装のロケットランチャー。展開を終えた頃には高速ミサイルは燃料切れを起し、カーニャは落下を始めていた。

高速ミサイルが燃料切れをすぐに起こした為、オータムとカーニャの距離は300メートルほどしか離れていなかった。だがロケットランチャーの有効射程内だった。

オータムは射撃武器を展開し応戦しようとしたが、カーニャが撃ってこないことに疑問を感じすぐに解った。IS初心者な上、落下中なので照準が定まらないのだと。

「勝てる!」

しかも武器はロケットランチャー、誘爆を恐れて近接では使わない筈。時間の無いオータムは接近戦でけりをつけようとした。だが万が一のためにカーニャがロケットランチャーを撃てない背後から接近することにした。

落下するカーニャ中心にその背後を取るため螺旋を描きながら近づくオータム。一直線に斬り裂きに行かない焦ったさに待機れずその手の実体剣は鈍く光っていた。カーニャも手足を必死に振りオータムを正面に捉え続けようとしたが、背後に回られた。

間合いに入りオータムはカーニャの首を刎ねようと実体剣を構えた。

「今度こそ死ねぇぇ!」

「1発勿体無いけど!」

実体剣が振り下ろされるよりも速く、カーニャはロケットランチャーを撃った。ロケット弾は明後日の方向へ飛んで行った。だがそのバックブラストはカーニャの左肩を吹き付け、カーニャを回転させる。カーニャのロケットランチャーがオータムを捉えた。

「まさかこの距離で!」

カーニャはトリガーを3回連続で引き、残りのロケット弾を全弾発射した。避けきれずオータムに全弾命中、大爆発を起こす。

「うぁぁぁぁぁぁ!」

オータムが吹き飛ばされた。

「きゃぁぉぁぁぁ!」

当然カーニャも吹き飛ばされた。

2人とも墜ちた。

 

 

おやっさん達3人は、カーニャの元に向かうため広い大通りを走っていた。集合場所は事前に決めていたので迷わず向かう。

突然、上空で爆発が起きた。

「あれは?」

おやっさんが上空を見て止まる。

「どうした?」

先を走っていたアルジャンも止まる。後ろにいたシェフも止まり、おやっさんの視線の先を見た。一見すると何も無いが、小さいに粒のような何かが見える。それは徐々に大きくなり人型になった。

「IS?こっちに来てるぞ!」

シェフは慌てて隠れようとするが、おやっさんが制する。

「大丈夫だ。敵のだったらもうやられてる。カーニャだ勝ったんだ!」

おやっさん達はISを見上げ、手でも振ろうかと手を上げた。

「なあ?」

アルジャンが切り出す。

「カーニャさっきまで浮くことさえ出来なかった。じゃあなんであんな上空にいるんだ?しかも速くないか?」

人型のISはどんどん大きく鮮明になり、カーニャであることが分かる程になった。

「こっちにー」

落ちるぞ!とおやっさんは叫ぼうとしたが、カーニャの絶叫がかき消す。

「受け止めてぇぇぇ!」

「全員退避!」

おやっさんが言い終わる前には3人は別々に近くの建物に飛び込んでいた。

直後カーニャが墜落、轟音轟震轟かせた。それだけでは飽き足らず大通りの地面を掘り返しながら、ずり進む。とうとう突き当たりの塀に激突。そこで止まった。

「全員生きてるか?」

「無事だ」

「なんとか生きてる」

のそのそと3人が集まった。衝撃のせいか、3人とも平衡感覚が狂っていて足元がおぼつかない。

「カーニャのところに行くぞ」

アイスディッシャーにすくわれたように出来た轍の先にいるであろうカーニャの元に向かった。生死の確認のために。

数百mほど歩き、やっとカーニャを見つけた。カーニャは厚い塀を破り、その少し先に大の字に仰向けに倒れていた。

おやっさんが駆け寄り、顔を覗き込む。そして立ち上がり後ろにいる2人に顔を向けた。渋い顔をして、顔を横に振った。

「残念だが…」

シェフが膝から崩れ落ち、四つん這いになる。傷つくのも気にせず地面を握り拳で叩きつける。

「クソ…」

アルジャンが額に手を当て下を向いた。

「はぁ…」

3人はカーニャのことで項垂れた。

ピクリとカーニャが動いた。

「「生きてるか…」」

カーニャは気絶こそしてるものの、生きていたもとい無傷だった。

「ISが凄いのかカーニャが頑丈過ぎるのか?」

「そんなことどうでもいいでしょ。カーニャが起きたら絶対怒りますよ。殺されるかも」

「カーニャもそこまで非道じゃあないだろ。殴られるぐらいだ。おやっさん、カーニャが何か言ってるぞ」

アルジャンがカーニャの口元が動いているに気付いた。

おやっさんがカーニャの口元に耳を近づける。

「なんて言ってるんですか?」

おやっさんが感情が読み取れない顔を上げ、言った。

「玉潰してやる」

 

 

チビ助はビルを後にし、おやっさん達の元に向かっていた。

突然、上空で爆発。

チビ助は足を止め上空を見た。小さな粒のような何かがこちらに落下していた。それがだんだん大きくなり、人型になると、チビ助の視力がそれをカーニャでは無いと認める。チビ助は近くの建物に飛び込んだ。

直後、凄まじい衝撃を伴いながらオータムが落下して来た。場所はチビ助が飛び込んだ建物のすぐ脇。

衝撃でチビ助のいる建物はオータム側が崩れ落ち、チビ助は壁に後頭部を叩きつけられた。

チビ助は後頭部の痛みによって声が出ぬよう我慢し、すぐさま瓦礫の元に転がり身を潜めた。

「分かってる!でもまだ目標が!」

オータムが立ち上がるなりそう言った。どうやら誰かと通信しているらしい。

「分かった…」

オータムは複雑そうな顔をした。そして踵を返し離脱しようとする。ここに来てチビ助は空軍が近くまで来ていると理解した。

「今度会ったら…」

オータムは少しでも速度を出そうと手足の装甲をパージしていく。そして、大空に向かって唸る。

「玉潰してやる!」

 

 

完全にオータムが居なくなってからチビ助は立ち上がり、再びおやっさん達の元に向かった。

その時エンジン音が聞こえた。間違いなく空軍が来たのだ。

チビ助がエンジン音の方を見ると航空機が10機こちらに向かって来ていた。8機はf-35で、ハードポイントに兵装支持架をつけ増槽やミサイルを積んでいるのが分かる。残りの2機は、f-15イーグル。では無くカーゴイーグルと呼ばれるIS輸送機に改造された機体。カーゴイーグルの左右のハードポイントにはコンフォーマルタンクが着いていてさらにウェポンラックが着いていた。そして胴体下にはISが2機、計4機が運ばれていた。

カーゴイーグルの下のISが左右の1つずつカーゴイーグルにマウントされたウェポンラックを取った。そして固定用のフックが外れ、降下した。

「やっと終わったか」

気が抜けたせいで今更のように体のあちこちが痛む。脱力したせいか、どっと疲れが押し寄せて来た。

一休みしようかと思ったが、やっぱり辞めた。

早く会いたいから。

 

 

集合場所である、広場にチビ助は着いた。

そこは幾つかの大通りの終着点のような場所で、中心の枯れた噴水がある。

広場には、分隊のメンバー全員が居た。それにISを装着した操縦士が4人に今回の任務の指揮官。

カーニャがISの操縦士の1人と話しており、恐らくは着脱の方法を訊いている。また別のIS操縦士と指揮官も何かを話していた。指揮官の手には今回の目標が収められたアタッシュケースがあった。残りのIS操縦士は建物の上に上がり周囲を警戒していた。アルジャン、シェフ、おやっさんは噴水に座り煙草を吸っていた。3人はチビ助が来るのを見ると、おやっさんが出した水筒の中に煙草を捨てる。

「おやっさん!アルジャン?シェフ…だい…」

「傷だらけじゃないかチビ助大丈夫か?」

おやっさんは擦り傷だらけのチビ助を労ったつもりだったが。

「俺は大丈夫だけど。後頭部のコブが痛いぐらい」

「なんでぶつけたんだ?」

「空から女が降ってきて」

「奇遇だな俺たちもだ」

「そいつ、玉潰してやる!とか言ってて」

「奇遇だな俺たちもだ」

「んでそいつのせいでこのタンコブが出来たんだけど」

「奇遇だな俺たちもだ」

チビ助は3人の頭を順々に見た。頭のてっぺんにはタンコブが出来ており、顔は意気消沈している。

「カーニャ…?」

「ちーびーすーけ!」

チビ助は後ろから抱きしめられた。振り返るとISを脱いだカーニャがご機嫌な様子でいた。そのまままた抱きつかれる。

「痛い痛い!コブが出来てるの」

「あっ!ゴメン。じゃあ前から」

本来、タンコブが柔軟な乳房に押し付けられようと痛まないもので、ましてやカーニャのバストは大きい。だがカーニャの乳房はほぼ筋肉でできている。硬いとにかく硬い。シェフが前に、この乳房のことをゴリパイとか乳筋などと評していた。その後シェフの顔にはAカップよりも大きい痣ができた。

カーニャは今度は正面からチビ助を抱きしめる。硬い乳筋が柔らかいチビ助の頬を変形させる。

「硬い、けど。嫌いじゃない…」

「チビ助なんか言った?」

「うんうんなんでもない!」

思わず出た言葉を後悔しつつ、真っ赤な顔を隠すため乳筋に顔を埋めた。

カーニャはチビ助の頭を撫でるとそのまま手を下に伸ばした。

「ハイ、これは没収ね。決定事項だから」

伸ばした手で、チビ助のポーチに入っている腕時計を取り上げた。チビ助はそれに反応するが、カーニャの空いた腕と乳筋がガッチリとチビ助を捕らえて離さない。

「おやっさん、ハイこれ。遺族に渡るようにして置いて」

カーニャは腕時計をおやっさんに放り投げた。

「遺品と隊長は丁寧に扱え」

おやっさんは腕時計を捕り、名前を確認してからポーチにしまった。

「あれ、暴れないの?」

チビ助は意外にも、カーニャの胸の中で大人しくしている。

「別に一つや二つ変わらない」

チビ助は胸に頭を挟んだまま言った。

 

 

今回の任務はこの先の前線基地までの護衛の筈だったが不足の事態が発生、予定を変更することになった。指揮官は今回の護衛対象を使いとある国と取引すると説明した。その予定場所が前線基地だったのだが、ここになったと。それに伴い取引が終わるまでの護衛もチビ助達は引き受けることになった。

しかしISが4機もいる状況。気張る必要も無く、2人当番を決め残りが仮眠を取り、時間で交代するという事にした。すぐに帰りたいチビ助だったが、足が無い今やれることは無かった。

しばらくして、どこからともなく軍用の中型ヘリが1機飛んで来た。当番がおやっさんとアルジャンの時。こちらを確認するように機体を傾け、1度通り過ぎてから旋回。徐々に高度を下げ、噴水に着陸した。

ヘリのローターが止まり、中から人が降りてくる。人数は5人。ライフルを手にした戦闘服の若い男が2人。手にあるライフルはマガジンが外されている。スーツ姿の中年男性が1人。そして拘束着を着せられ頭巾を被せられた人が2人いた。拘束着を着せられた2人は暴れる様子も無く大人しく立っていて、2人の兵士も警戒していなかった。

指揮官が5人の姿を認めると、真っ先に中年男性の元に行き、満面の笑みで握手をした。言葉を少し交わすと取引が始まった。

そんな様子をアルジャンとおやっさんは見ていた。別にやることが無いから。

「何を取引をしてるんだろう?」

後ろからチビ助の声がした。

「関わらない方が身の為だぞ」

おやっさんがだろそうに言った。

「なんで?」

なんとなくそんな気はチビ助もしていたが、訊いてみた。

「まず、あのスーツの男。CIAの局員だ」

アルジャンが答えた。

「CIA?何それ?」

美味しいのかどうか訪ねそうなチビ助。

当然かと言わんばかりにアルジャンが続けた。

「アメリカにおける、エカーボンのウラノみたいな組織」

「なるほど」

チビ助はこの説明で理解した。ウラノとはエカーボンの諜報活動を行う組織。

「んで、今回俺たちが護送した一品が…」

CIA局員がこちらに向かっているのに気づき、言葉が途切れた。取引は終了したようで手にはアタッシュケースが握られていて、手と取手に手錠が付けられていた。

CIA局員は手を振り笑顔でこちらに向かっている。護衛の2人は慌てた様子で、顔を見せ合い1人がマガジンを装填後を追う。それを見計らったようにCIA局員は振り向き、こちらにも聞こえるような大声で何かを言った、英語で。チビ助は英語が出来ないので何を言っているか正確にはわからなかったが、護衛が渋々帰って行くのを見て、なんとなく理解した。

CIA局員は3人の元に来ると、柔かに流暢なエカーボン語で話しかけて来た。

「やあ。ムッシュ、アレフ。オキタさん。そしてその坊やは?」

「チビ助だ」

おやっさんが答えた。なんとなくだがその声には敵意が篭っていた。

「やあ、チビ助君。私はジョン・タイター。ジョンでいい」

「ふざけた名前だ」

「ハハハ。我ながらにそう思うよ」

多分偽名。チビ助はそう思った。

ジョンは懐からシュガーケースを出した。それは黒革の普通よりも一回り大きい。中にはぎっしりと紙巻きタバコが入っていた。

「自分で巻いたんだが、1本どうだい?」

「ガキの前じゃ吸わないんで」

「そうかい。じゃあ、チビ助君にはこれを」

ジョンは1度シュガーケースを懐にしまい。その手で今度は飴玉を出した。チビ助はそれを受け取り、包装紙を解き口に入れた。甘酸っぱいレモンの味がする。そしてチビ助はカーニャとシェフがいるところに向かった。

「じゃあどうだい1本」

おやっさんとアルジャンは煙草を受け取った。そして2人とも自分のマッチを取り出し火をつけた。

「目的は?」

「偶然会えるなんて、2人さんとお話でもと思って」

「単刀直入で言ってくれ」

アルジャンが初めて言った。

「では、話そう。君たち2人についてはこちらでもある程度は把握しているが、その裏付けが欲しい。無論、タダとは言わない」

「アルジャンや俺の話をしろと?」

「ええ。その通り」

アルジャンは煙草をゆっくりと吸ってから吐いた。吐いた煙はすぐに透明になった。

「俺は構わない。どうせ捨てた祖国だ。おやっさんは?」

「いいぜ別に」

おやっさんは煙草の先端が赤くなるほど強く息を吸った。そして柔かな顔を崩さない男の顔から視線に外し、遠くを眺める。

ジョンも煙草を咥え、火をつけた。

「じゃあ、話も纏まったわけだから、早速聞かせておくれ。先にオキタさん。君の話が聞きたい」

ジョンは待ちきれないように目をギラギラと輝かせ、口元はほころんでいる。

「何を話せばいい?」

「そうですね…」

ジョンは態とらしく、顎に手を寄せ考えてから言った。

「先ずは…」

ジョンは今の自分の顔が分かってるだろか?そうおやっさんは思った。笑顔なのだが、笑顔がもたらす安心感とは真逆の警戒心をもたらしかねない笑顔。残虐性な笑顔。この男、ジョン・タイターという人物をよく表していた。

「祖国に捨てられた時のあなたの気持ちが知りたいです!」

 

 

「ふざけた野郎だったな」

アルジャンは黒いシュガーケースの中からまた煙草を咥えた。話の礼にジョンから貰ったもので。密閉度が高く加湿器までついている優れもの。

「時間があったら、初めてのマスかきのネタまで聞かれる勢いだったな」

ジョンはもう時間だと言って残念そうにヘリに戻った。本当に残念そうに、聞き分けの無い子供のように護衛の2人に駄々をこねていた。

ジョンを乗せたヘリはローターをやかましく回した後、元来た方向に飛び去った。その間ジョンはずっと手を振っていた。

「そうゆうことじゃ無い」

アルジャンは手元のシュガーケースを見た。

「それが貰えたんだ。よかっただろ?」

「まあな。だけど…」

その先の言葉をおやっさんが言う。

「お前に気に入ってもらう為に愛煙家のふりをしていた、だろ?」

ここまでの道のりは長かっただろうに、愛煙家の癖にシュガーケースの中身には手を付けてはいなかった。

「忘れちまえよ。もうどうせ会わないさ」

そう言って煙草を自分の水筒の中に捨てた。そして地平線の向こうを凝視した。まだギリギリジョンを乗せたヘリが見えた。今頃ジョンは今の話思い出し、手に入れたアタッシュケースの中身を見て気味が悪い笑みを浮かべてるに違いない。なんせ、おやっさん達の話はジョンのような人物には最高の喜劇なんだろう。そしてアタッシュケースの中身は…

「20個のISコアなんて、釣り合うのかあの2人は?」

今回の取引は、アメリカに拘束された2人とISコア20個の交換らしい。

「俺たちには関係無いさ」




今回出てきた、高速ミサイルはローサットの小型化した物です。4連ロケットランチャーは有名なあれです。


誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第17話

今回でエカーボン関連はひとまず終了。またオリキャラが出ますが、原作キャラが出てきます。あとオリメカも出ます。


取引が終了してからしばらくして、おやっさん達の元に迎えの部隊が来た。六足歩行火力支援車両 アカビィシュ を1両と歩兵戦闘車2両、そして荷台がスカスカの輸送トラック1両。

アカビィシュの異様な外見をおやっさんは見た。

子供の頃30年後の未来と書かれた雑誌を垢がつくほどに見た。コールドスリープ、空飛ぶ車、お手伝いロボット。それらを見る度に、いずれ来る未来に胸を踊らせわき出る生気に身を任せていた。しかし大きくなるにつれてそんな気持ちは小さくなり、気付けばもう30年後になっていた。寝れば次の朝に起きるし、車は地を走る。でもロボットは出来たようだ。お手伝いをするのではなく、殺戮を専門とするロボットが。

アカビィシュの胴体は人1人入れそうな程の厚さがあり長さは数倍にもなる。上面にはキューポラとハッチが1ずつ設けられていて、胴体は地雷対策か1、2m地面から離れていた。正面の複眼が異様な外見に拍車をかけていた。胴体の真後ろには、車がスペアタイヤを備えるように予備の足が折りたたまれ備えられていた。その胴体から左右3本ずつ足が着いて、足の下腿部は太く高く、横から見れば胴体隠していた。足には大量の四角い箱を貼り付けてあり胴体にまでびっしり。レンガ造りを思い出す。胴体に砲身を載せる形で戦車砲が正面から見てやや端寄りに着いていて、胴体下にはRWSのチェーンガンがある。胴体後方には砲頭が設けられていて、脇には発煙弾発射機、上にはガトリング砲とグレネードマシンガンがある。

アカビィシュはその鋼鉄の身体を揺らすことなく、こちらに向かって歩いていた。

迎えの連絡は来ていたので分隊全員が横に並び、待っていた。その中チビ助がこんな感想を述べていた。

「クモみたいでダサい。二足歩行できないの」

 

 

「全くふざけてますよね。トラックだけ渡して空港まで自分達で向かえなんて。しかも民間便なんて」

シェフはそう悪態を尽きながら、トラックを運転していた。

シェフの言葉通り。向かえの部隊はトラックだけ渡して、任務があると何処かに行き、指揮官とISそしてジョンに連れられて来た、拘束されていた2人は新たに来たヘリに乗り何処かに飛び去った。

「拘束されていたやつ。1人ガキだったな」

「なんか言いました?」

「いいや」

「ここって、国境線付近ですよね。前戦争のテロリストが潜んでるかも知れないのに」

「怖いのか?」

助手席のおやっさんが外を見ながら言った。辺りは明るく、視界は良好。このまま進めば暗くなる前に空港には着き、夜中には家に帰れる。

「そりゃあ怖いですよ。死ぬのはごめんなんで。俺が1番のビビリだって言われても怖いもんは怖いです」

「ビビリだなんて言わないさ。何g怖いとか何m怖いとかないんだ。イエスかノーか、怖いか怖く無いかだ。ここの奴は皆ほぼ同じさ」

「ほぼ?」

おやっさんはバックミラーでチビ助を見た。チビ助は荷台でアルジャンと何かを話していた。

「前にチビ助に聞いたことがある。死ぬのが怖くないのか?って」

「答えは?守りたいものがあるから死ねない?」

「もっと簡単な答えさぁ」

この質問をしたのは、チビ助が分隊に入り初めて仕事を終えた後だった。チビ助の勇敢な行動によって、分隊は助かったが、余りにも危険な行動によって助けられた。一歩間違えればチビ助は死んでいた。

「死んだことが無いから分からない」

 

空港に着き、おやっさん達は夜便に乗ったが。時刻が遅れてしまい、帰宅時間が昼になってしまった。

飛行機に乗り、家がある首都の湾を挟んで北に位置する空港に到着。空港に併設されている列車に乗り、海底トンネルで南下首都に入った。そして首都側の基地にある軍事施設から車を借り、壁沿いにある自分達の駐屯地に向かう。そこの軍用機でおやっさんは助手席の男の形見を遺族に渡し、遺族に感謝された。ことはそれだけですまなかった。車に向かう際にヘリポートを通った際に、ちょうど先の任務の死者がヘリで帰って来た。それを40代ぐらいの裕福そうな夫婦が待っていた。妻の方は両目の回りを真赤にしていて、先程まで泣いていたのが分かる。我が子の安否は知っている様だ。ヘリから棺桶が運び出されると妻はすぐにすがりついた。何かを叫ぶがヘリのローター音に消される。棺桶を運び出した兵士が夫の方に何かを渡した。それはカーニャが使ったISのコアの指輪。つまりは棺桶に入っているのは最初の一撃でやられた航空宇宙軍のISパイロット。妻が視界の端におやっさん達を見つけ顔を上げ、見た。というより睨んだ。同じ任務に参加しかとこを知ってか知らずか何かを言う。唇と肩を震わせ、小さな声で言う。ローター音にまた消されおやっさん達の耳には届かなかった。それをチビ助はじっと見ていた。

しまった、とおやっさんは慌てて手でチビ助の目を塞ぐが遅かった。チビ助は唇の動きを真似声に出して言った。彼女が言った言葉を。

「なんで貴方達みたいな廃棄物が代わりに死ななかったの」

チビ助はそう言って頭上にあるおやっさんの顔に向いた。

「で合ってるかな」

 

 

エカーボンの首都には巨大な壁がある。高さは10mは優に超え、湾から海まで連なる壁が首都を1対2の割合で分けている。門は長さの割りに数箇所しかなく、往き来するには何本もあり壁を跨ぐモノレールや橋を使用するしか無い。

何故壁があるかというと。この国の建国をしたのは第二次世界大戦後にシオ人と呼ばれる入植者達が、元々住んでいた土人を追い出す形で建国した。しかし、土人は物理的には追い出されてはいなかった。無国籍者として、この国に移民扱いでの生活を余儀無くされている。エカーボンは民主主義だが、移民には投票権も参政権もない。そのくせ納税の義務は投票権を持っている人よりも重い。ちなみに人口比1対4で移民の方が圧倒的に多い。当然、移民側に不満が表れるがそれを物理的に阻止するのが壁の役割。しかし、それでは軋轢が増すばかり。それを回避する為エカーボンにはさらにしたの下層の人を作ったりして、そちらや周辺国に不満をそらせたりしている。さらには移民用に作られた学校によって、洗脳し反乱が起こらないようにしていた。

この様にして、この国は入植者達は移民に貢がせ、移民は入植者達に蔑まれていた。現代に蘇った奴隷制度。主人は一生主人。奴隷は一生奴隷のまま人生を終える。

ただし例外はある。様々な分野で一定の能力を顕示できたものは、審査の元身内と共に国籍を与えられ晴れてエカーボン国民になれる。そしてもう1つ方法がある。

 

 

入植者の壁側の周囲は空き地になっていて、その空き地の舗装されていない道をチビ助達一行を乗せた車は走った。首都の町並みを出て空き地に入った時にはすでに自分達の駐屯地は見えていて、すぐに着いた。 駐屯地の警備係に車を託し兵舎に入る。おやっさん達が住んでいる兵舎は三階建ての簡素な横長の建物で。2、3階に兵員の個室、1階部分は食堂やら応接間やらがある。その兵舎に入るおやっさん達の事を何人かが悟られないように見ていた。蔑むような恐れるような目で。そして1人がその心境を声に出した。

「またあいつらだけが帰ってきた」

そう言った彼ら兵士の肌は黒く。おやっさん達のいる兵舎から出てくる兵士の肌は比較的白が多かった。

 

 

移民を除くエカーボンの人口に対して、守る国土は広い。連戦連勝とはいえ回りは敵だらけ。かといって赤字だらけの軍事関係に人員を裂きすぎるのは国力低下に繋がり、元も子もない。よってエカーボンではとある方法を用いた。先ずは外人部隊。大手民間軍事請負会社の倒産や軍縮に伴い、現れた無職軍人を雇い入れ作った。先の戦争では活躍し一定の地位を得た。チビ助を除くおやっさん達分隊がこれに当たる。教育費が要らないといえ数に限りがあり、どうしても規模が小さくなってしまう。まだ外人部隊は存在するがエカーボン政府はもう1つ方法を用いた。国民権を餌に移民にも兵役を課した。もちろん厳しく身元や思想を検査される。そして兵役を終えた時エカーボン国民に身内と共になるのである。移民側から見れば裏切りとも取れるこの制度、志願制にもかかわらず必要最低限以上の人員が必ず揃うという。理由は、身内は何の苦労も無く国民権を得られる為身内の為と言い訳が出来る。そして何よりも、楽に生きたいから。そうチビ助は考察した。自分を振り返って。チビ助はこれに当たる。

 

チビ助は家に連絡を入れ、これから帰るように伝えた。先の任務の報酬として休暇を得たので家で過ごそうと考えた。相手は夕食を作って待ってると返事が返って来たのですぐに帰ろうとした。私物のスクーターを取りに行こうとした時、1階のロビーのテレビが目に入った。シェフがつけ分隊のメンバー全員やその他の人も見ている。

「いやぁ〜やっぱいいですよね」

ソファでシェフがくつろぎ観戦していた。

「なんだ元々興味があったのか?それとも興味が湧いたのか?」

おやっさんもソファに座り雑誌を読んでいる。

「経験者の話が訊きたいならいつでも訊きな」

そのおやっさんの太ももを枕代わりにカーニャが横になっている。

「シェフがそんな理由で見ると思ってるのか、カーニャ」

アルジャンはそう言って、座り何かを口に入れくちゃくちゃと噛み始めた。

「いやぁ〜たまんないですね。あのボディーライン。なんでどこの代表もボンキュッボンやらモデル体型とか、綺麗どころばかりで。いい目の保養になりますねぇ。えへへ」

今やっている番組は、IS競技のモンド・グロッソの特集で。何年か前の戦闘が解説付きで放映されていた。解説の為、何度も繰り返し映像は止められ、いちいち露出度の多いISパイロットがアップで映される。それにシェフは興奮していた。

おっさんは力強く雑誌を閉じた。

「シェフ。男して言うこれだけは言う」

いつにも無く真剣なおっさんの顔。自然とシェフを含め場の空気は固まる。

「痛いほど、お前の気持ちは分かる」

「ド助平」

「イガッ!」

カーニャはおっさんの顎をしたから突き上げた。

「あらら、痛そう」

「あんたもよ!」

カーニャその場にあったリモコンをシェフに投げた。しかしシェフはそれをキャッチ。舌を鳴らし得意げにする。

「チッチッチ。年寄りと一緒にしないでくださッガ!」

続けて投げられた靴に頭を持ってかれた。

アルジャンは鼻で笑い、やれやれと立ち上がりチビ助が見ていることに気がついた。

「どうしたチビ助?すぐに帰ると言っていなかったか」

アルジャンはそう言ったがすぐに理由がわかった。テレビが目に入って思わず足を止めたのだろ。

シェフが鼻を庇い起き上がる。

「チビ助も男だってことですよ、ねッガ!」

靴はもう1足有る。

「察しなさいバカ」

おやっさんは手で払うような動作をして言った。

「早く帰ってやれ」

「ううん」

チビ助は行った。

テレビでは、解説者の男が興奮した様子で喋っていた。

『いやぁ。本当に強い。しかも美しい。まさに人類の宝。これから私は皆は恥ずかしがって胸の中にしまっている想いを言いましょう。こんな女とやりてぇぇぇぇ!ごめんなさいごめんなさいそんな睨まないで。以上織斑千冬特集でした」

画面にはかつての千冬がアップで映っている。

「本当よく似てるよな、千冬と…」

 

スクーターでの帰宅途中、警察に引き止められたが外人部隊の身分証を提示した途端引き下がった。年齢も確認せずに。

自宅のが有る住宅街に入り、アパートに着いた。5階建ての年季の入ったアパート。その最上階の一室にチビ助は2人暮しをしていた。最上階なのはエレベーターがない為安かったから。階段を登る度に歩みは早くなり、最後は駆け上がっていた。

鍵を開け扉を開け、玄関にいる。

「ただいま。ま…」

「きゃあああ」

突然の女性の悲鳴。その声の主がこちらに倒れて来た。チビ助は女性を受け止めるが、受け止めきれず後ろに倒れこむ。そしてそのまま扉に背中をぶつける。

「ッガ!」

玄関にチビ助は倒れこみ、女性はその上に馬乗りになる形になった。

「痛たたた。ってあ!ごめん」

「大丈夫だから、どいてくれ」

女性はチビ助からどき、手を伸ばす。チビ助はそれに捕まり立ち上がった。

「いい匂いがする。野菜と肉のスープ?」

「当たり。ちょっと待っててねすぐ出来るから」

女性はそう言って、廊下を走りダイニングキッチンに向かった。そしてすぐに止まりくるりと振り返る。

「言うの忘れてた。おかえりなさい」

「ただいま、まどか」

まどかと呼ばれた女性は急いでスープが入ったに向かい調味料をいれる。

「あーーー!」

「どうした、まどか」

チビ助が見ると、まどかの手には塩が入った瓶が握られていた。しかし蓋は外れて中身は全て鍋の中に。

「どうしよう?ごめんなさい」

「いいよ、作れ直せば」

まどかはシェフ達が見ていたテレビに映っていた、織斑千冬そっくりの顔を歪めて怒る。

「勿体無いよそんなの」

「確かに。仕方ない、分隊のメンバー全員呼ぶよ。量多くして薄めればいいでしょ」

まどかは嫌そうな顔をした。

「えぇぇぇぇ」

「カーニャも呼ぶから」

「そうゆう問題じゃあなくて」

じゃあどうゆう問題?そう聞こうとしたがまどかが先に口を開いた。

「仕方ないか」

ため息の様な深い呼吸をした。中と外との空気を入れ替えた。

「ねぇ休暇をいつまでなの?」

「3日は有るけど」

「ならいいか」

まどかは大きめな鍋を取り出した。こちらにスープを入れ替え薄めるとの事だが、チビ助はそれを自分が代わりまどかには追加でいれる材料を切らせた。中身全てを台無しにされては困るから。しかし家には備蓄された食材は無かった為2人で買い出しに行った。

もうそろそろ6月になる時期。1年中暑いここでは日が暮れはじめた頃が一番過ごしやすい。

買い出しの帰りまどかに質問をされた。

「兵役はいつまでなの?」

あと1年。それがチビ助の兵役だった。

 

 

チビ助の部屋の隣の部屋。日が暮れ静まり返った時間帯。

女性がその一室で椅子に腰掛け、本を読んでいた。灯りは窓から差し込む首都の夜光だけ。妙齢の女性は黒髪で、まるで人形の様に美しく、そして完璧なまでのその容姿は不気味だった。

「シュランク様」

夜光の影の中から女性が現れた。手にはトレーがあり湯気立つココアが載せられている。

「ココア出来ました」

「ありがとう、Y」

シュランクと呼ばれた女性はYと呼ばれた女性からココアを受け取り机に置いた。

「愚痴りたい、いいか?」

「どうぞ」

Yはベットに腰掛けた。

「スコールの尻軽、人がプロデュースしたお見合いに首突っ込みやがって」

「あの分隊が居なければ、全てオシャカでしたね。でもめでたくシュランク様の予定通りに進んだじゃないですか」

「おかげでウラノに睨まれた」

シュランクはココアを一杯飲み、怒りを下した。

「でもいい掘り出し物もあったな」

「あの分隊ですね」

「そう。今は私の持ち札で足りないのは実績と人材だ。あの分隊から1人ぐらいは引っ張りたい、早急に灰にする前に」

最後の言葉にYは引っかかる。

「計画を1段階早くするのですか?」

「ああ。準備は長々とやってきた、今回の取引が成功した時点で計画は遂行可能となってる。もう少し下準備をしたいが、あの牝がいろいろ嗅ぎつける前に老人会にいいとこをアピールしないと不味い。今回の件でウラノのそばには長居できなくなった。やっぱりコウモリは長生きできない、牙を抜くか、羽を摘むかそれとも、食い殺すか」

シュランクはページをめくった。

「最も私はファントムタスクを抜け出せないが」

Yの表情は暗くなった。

「なに?いまの笑うところだよ」

「まぁ、ごめんなさいませ」

シュランクは懐から携帯端末を出しYに渡した。

「はいこれ。この中に貴女が組むメンバーの情報が入ってるから」

Yは受け取り情報は受け取りその場で確認した。

「私を含めて規定人数は4人ではありませんでしたか?これによると後2人しか居ませんが」

「大丈夫、別働隊がいるから受動的な事態には今は対処できる。私たちが本格的に活動するの計画の執行を除き再来年の夏からだ」

Yは立ち上がった。もう既に顔合わせに行こうとしているのだ。

「気が早いぞ、Y」

「まぁ、ごめんなさいませ」

シュランクはやれやれとまたページをめくった。

「ところでシュランク様、なにを読んでいらっしゃるのですか?」

「数学の古典」

「またなにか策略を練る為にですか?」

Yはシュランクが情報戦を重視していることを知っている。だからこそ今回の取引を成功させ、エカーボン側が得た物を中身だけをくすねた。

「そんないや。ただ、これとココアが有ると」

シュランクはココアの中身を空にし、本を閉じた。

「よく眠れる」

 

 




アカビィシュは色々なところで出す予定ですが、ISもちろん主力戦車にも勝てない残念仕様です。ちなみに見た目はクモ戦車で、有名なあれです。


誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第18話

今回は短めです。
クラス対抗戦の時オリ主がなにやっていたかです。その前半。それと今回、最初の方は意味が分からないと思います。
それと何回か本文を変更する事があります。すみません。


丹陽は寮の階段を登っていた。絞首刑台を登って行ってるのでは無いのに足取りは重い。時間は掛かったが2階に着く。

時間が惜しかったとはいえ強引過ぎた。というか遊び過ぎた。こんな結果になった自分の行動を後悔しながら階段を登っていた。

例の部屋に入る前に、それとなく廊下にあった消化器を眺める。

失敗した。それでもやれるだけの事はやる。

部屋に入ろうとドアノブに手を伸ばした。

「どうした泉?なんでそんなところにいるだ?お前の部屋は上だろう?そんなところに用はないだろ?なんか言えよ?なあ!」

用務員が2人並んで来た。どこから現れたかは分からない。 用務員は2人共苦い顔をしながらツカツカと歩いてくる。丹陽も歩み寄る。

「なんか言ってくれよ…」

1m程の距離まで近く。

突然、丹陽が2人の間を覗くような動作をした。

「簪?」

「「え?」」

用務員2人が後ろを向いた、誰もいない。直後丹陽が左の用務員の股間を蹴り上げる。

「ンガ!」

蹴られた用務員が悶絶。続けて、丹陽は残りの用務員の左から右足間接を狙い回し蹴り。用務員は悲鳴を出さなかったが、片膝を着く。間髪入れず丹陽は頭狙いのハイキック。用務員はそれを前転で避け、そのまま丹陽を通り越し振り返る。丹陽は膝蹴りで追撃。用務員、両手のひらで受け止め、その勢いを利用し立ち上がる。

用務員は距離をとり、お互い構える。用務員はなに言えば恰好が着くか考え。丹陽は後ろにもう1人いる状況、余裕が無い。

丹陽はすり足で距離を詰め、左ジャブ。用務員は受け流す。右ストレート。今度も受け流すが、身体を沈めながら丹陽の右手を左手で掴む。危険を感じる間も無く与えず、用務員は掴んだまま左手を引きながら、右肘を丹陽の胴に叩き込む。むせる丹陽。そのままきれいな一本背負いを決められ、地面に叩きつけられる。

背中に鈍い痛みを感じながら丹陽はゆっくりと立ち上がる。

「やめとけ泉。お前じゃあ勝てない、俺たちどっちにも」

「いい金的だった。だが諦めてついて来い」

丹陽は頭を振り意識をはっきりとさせる。

「御託はいい…来いよ…」

やれやれとと丹陽を下した用務員が近づく。丹陽は右足で踏ん張り、両手で用務員を押す様な動作をした。用務員はそれを受け止めた。受け止めてしまった。

「え?」

丹陽の両手でのツッパリに用務員は車にはねられたように吹っ飛んだ。

「ええええええ!」

丹陽と残り用務員の距離は3mはあった。しかしその距離を右足で地面を蹴り一瞬で跳躍、そのまま左膝蹴りが顔面を狙う。用務員はそれを避け、空中の丹陽を抱え込むように捕まえる。そこまでは良かった。しかし細い右足から繰り出されたとは思えない威力の蹴りで意識を持ってかれた。

長い廊下、2人の用務員が床で伸びている。

丹陽は気絶した用務員から通信機と拳銃を頂き、立ち上がる。

「そこまでよ」

廊下の突き当たり。全面ガラスをバッグに楯無が立っていた。距離は数十mは空いている。手にはランス状の武器が持たれていて、手はISが部分展開されていた。

「会長、どうしたんですか?怖い顔しちゃって。怖い」

「ふざけないで」

楯無がランスを突きつける。丹陽からは4門のガトリングが顔を覗かせているのが分かる。

「確かに、ふざけるのは貴女の十八番だ」

「両手あげて、持ってるもの全てその場に捨てなさい」

丹陽は拳銃と通信機は言われたとおりに捨てた。そして両手をあげる。

「ところで会長、いつまでそうやって距離をとるつもりですか?」

「つまりはなに?説明してくれる?」

「俺なにか隠し持ってるかも」

丹陽は細い自分の腰を軽く叩いた。

「隠し持ってるもの全て出しなさい」

「じゃあこっちに来てください」

「いやよ、歩けるでしょ。それともここでストリップしてくれる?」

「会長のエッチ」

丹陽は手をあげたまま楯無に歩いて行く。

楯無はハイパーセンサーで丹陽の全身を調べる。携帯端末、財布、ハンカチ、ペンが数本、そして手書きの地図。そして首元にあるISコア。しかし丹陽のISは武装解除されており、まともな戦闘は出来ない。いったいこの余裕は何処から?ハッタリそれとも…。

「会長、質問が」

距離が半分に縮まったころ、丹陽が質問した。

「なにかしら?」

「妹さんとは仲良くなりましたか?」

「ええ、その点だけは感謝してるわ。ありがとう」

「そうですか。どういたしまして」

突然丹陽が前のめりに倒れた。楯無は動じず、ランスをむけたまま。

「少しは俺も心配してくだっさい!」

丹陽はISを展開した。武装解除されていて、背中のスラスターも無い。

楯無は迷わずISを全身に展開。4門のガトリングを発射、丹陽を襲う。

「後ろに仲間がいるだろうに」

丹陽は怯まず楯無に突撃、胴に取り付く。そして地面を蹴って跳躍、窓を割りながら自分ごと楯無を外に押しだす。そしてそのまま、いつかの池に落ちる。

水中で丹陽は楯無を組み伏せようとするが、世代間の差がもろに出てしまった。第3世代IS、霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)を装備した楯無は第2世代IS、ラファール・リヴァイヴを装備した丹陽を容易に引き剥がした。パワーアシストの出力が違い過ぎる。楯無は自身に装備されているナノマシンを使い水を沸騰圧縮、意図的に泡を発生させた。

「スーパーキャビテーションかぁ!」

泡をランスに纏わせ、楯無は突いた。貫通こそしなかったものの胸部装甲に突き刺さる。砲門と目標がゼロ距離になった。接射、丹陽の胸部装甲を蜂の巣にする。丹陽が怯んだ。そのすきに楯無は池から浮上、陸地に着陸する。まだ池から丹陽は浮上してない。

「清き熱情(クリア・パッション)」

ナノマシンが池を一瞬で沸騰、水蒸気爆発を起こす。巨大な水柱を立たせ、局所的な雨を降らした。

「終わったとは思ってないから」

水蒸気により霞んで見えない池の中、ラファール・リヴァイヴの反応は健在だった。楯無はガトリングを再度発射した。その時、霧の中から何かが飛び出て来た。

「ラファール!」

応戦しようとした。が。ハイパーセンサーと自分の目で状況に大きな変化があったことを知る。

「ラファールに誰も居ない」

ラファールには誰も乗っておらず、装甲だけが四肢を垂らし力無く中を浮いている。霧でよく見てないが、ラファールの間から黒い甲冑の様な手足が見える。

「もう1機…」

ハイパーセンサーはもう1機のISの存在を知らせている。そいつはラファールを脱ぎ捨て、今度は盾代りにしている。盾を持ったまま地面を蹴り跳躍、一気に接近してくる。速い。

「なにそれ!」

「黒騎士!」

楯無はランスでラファールを薙ぎ払う。そしてそのまま黒騎士に刺撃。だが黒騎士の右手がランスを掴む。楯無はすかさず射撃。が、ランスを中のガトリングごと握りつぶす。

霧が晴れはじめた。

黒騎士の全身がやっと楯無にはわかった。なぜ最初から使わなかったのも。黒騎士は、それを知らない楯無でもボロボロだとわかる程に傷ついてた。恐らく全身装甲だったのだろうが、装甲は両足と右手全て、左手首までを覆う程しか残って無い。それも弾傷だらけ。そして生身と装甲の境界線では装甲側からアメーバの様な触手が脈打ち生身側に張り付いている。

生体パーツ。ISにそんなものが使われている話など楯無は聞いたことがなかった。

黒騎士が楯無を蹴り上げる。楯無は水のフィールドでガードする。

霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の最大の特徴はアクアナノマシンとそれによって制御される水。水を装甲代り纏わせたり、先程の様に水蒸気爆発させるなど攻守両面で使用する。だから楯無は、射撃武器用とはいえ水の装甲で敵の蹴りをおくれさせ。ボロボロとはいえ未確認のIS、蛇腹剣のラスティー・ネイルを展開、本機最大火力のミストルティンの槍を放つつもりだった。

試験で水の装甲は戦車砲に耐えた。しかし、今回はまるで煙の如く突破された。

「嘘…」

それ以上のことを言う前に、黒騎士の足のX字状の4本爪に捕まえらる。

何これ…。そう言う前に地面に叩きつけられる。デタラメなパワー。一撃でIS2台がすっぽり入る叩痕が地面に出来た。現行、会長が知る限り試作機も含めてこれ程のパワーを持つ機体他に無い。

「会長」

返事は無い。放心状態。

「春季の水泳も悪くないですよ」

サッカーボールを蹴るように足で掴んだ楯無を黒騎士は投げた。投げられた楯無はミステリアス・レディの最大速度以上で飛翔、学園の遮断シールドを破り学園に設置されたCIWSの追撃をもらいながら水平線の彼方に消えて行った。

「よし!決まった!倍返しだ!」

太平洋側に投げたので、大気圏を突破しない限り恐らくは着水している。

ガッツポーズ。それと同時にタイムリミットが来た。ラファールは待機状態のチョークに、黒騎士は半待機状態の右足に。

「完全に展開するとカップラーメンも待てないか」

ISはどうやら2機同時に同一人物が展開すると機能不全を起こすらしい。その事はつい最近知った。身を持って。それについては研究はされていて、プログラム次第でどうにかなる。しかしご覧の通り丹陽はそれを持ってない。

丹陽は右足の調子を確かめるため、バク転をした。

「良好だな。けどISは使えないか…」

ISはエラーを表示するだけで反応しない。

「会長までは倒せたが…案外このまま逃げられるかも」

丹陽は手書きの地図を開き、ルートを再度確認した。

クラス対抗戦が有るからか、離れた場所に有るからか寮の前の道には丹陽以外だれもこなかった。しかし時間の問題。丹陽はすぐさま行動に移ろうとした。すぐ近くに人を認める。衆生。衆生朱道だ。

「ボスラッシュかな?」




セシリア戦でオリ主が負けたのはこの右足が原因です。
ところで会長のISは元々ロシア製ですよね。だとしたらランスのガトリングは元々はガスト式機銃かリボルバーカノンだったのかもしれません。まぁチャンバラする武器の中にこの2種は信用出来ませんから、案外良かったのかも。


誤字脱字、表現ミス、御指摘お願いします。


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第19話

大分更新が遅れましたが、1度始めた物語ですし、エタらず
に頑張りたいと思います。
ラウラ戦途中まで更新します


学園最強の楯無を下した丹陽を待っていたのは衆生だった。作業着姿で手には拳銃が持たれていて、どんどん無遠慮に丹陽に歩み寄って行く。

「やめとけ衆生!こっちはIS持ちだ」

持ってるだけで役に立たない首のチョークに手を添える。自然と動悸が速くなる。

「君のISは全部使用不可だ」

衆生は歩みを止めない。ハッタリが通じなかった。衆生はその手の拳銃を丹陽に向けた。

「はいはいお前の勝ちだよ」

丹陽は両手をあげて自分も歩み寄る。握手が出来る距離までになった。

「話がある丹陽。お前は…っく!」

衆生が丹陽の右足に発砲。丹陽が拳銃めがけて蹴ってきたからだ。

弾丸は右足の脛に命中し赤い鮮血を飛び散らせる。しかし丹陽は眉一つ動かさず蹴りを強行、拳銃を弾く。

衆生はバッグステップで距離をとる。それを丹陽は右膝蹴りで追撃。衆生、受け止める。が、余りの脚力に受け止めきれず後ろに倒れそうになり、後転して体勢を立て直した。

「オープンボルトの銃を蹴る奴がいるか!」

「まだそのネタでいじる奴がいるか!」

なんとか衆生は間合いが取れた。しかし丹陽の右足の馬鹿力がある限り安心出来ない。

衆生は丹陽の右足を見た。潰れた弾丸がズボンの裾から落ちて来た。出血は止まっている。飛び出た血は赤色を失い、粘液状の距離感が狂うほどに黒い液体になった。そして丹陽の下に集まり、右足をアメーバ状に絡みつきながら這い上がる。ついには傷口に到達、丹陽のズボンの穴から侵入した。

今までの戦闘、丹陽必ず右足で踏ん張っていた。恐らくは驚異的な身体能力はISの恩恵。そしてその恩恵は右足だけだ。つけいる隙はそこだけ。だが他にISを所持している場合は衆生には打つ手は無い。

丹陽は一気に間合いを詰めた。右足を軸足に上段蹴り、衆生はそれを回避。そのまま横腹狙いの中段蹴り、それは受け止める。しかしあまりの威力に受け止めきれなかった。

態勢を衆生は崩した。その隙を突くべく、右ボディーブローを放つ。右足で踏み込み、体重も乗せた渾身の一撃。そらは完全に衆生を捉えていたかに見えた。しかし衆生はそれを回避して見せた。そればかりか。回避した時に体をスピンさせ丹陽の視界から一瞬だが消える。そしてモーメントを乗せた裏拳を、衆生を見失った丹陽の無防備な右耳に叩き込んだ。

右目は衝撃で閉じ、さらには三半規管と脳を同時に揺さぶられ、丹陽は平衡感覚を失いふらついてしまう。

平衡感覚を失いながらも左目で衆生を追うが、いない。右目を開く。いた。右の視界の端に、今正に回し蹴りをするところだった。

「え?」

衆生は裏拳を放った回転の勢いを生かしさらに回転。今だふらつく丹陽の背中に、加速をつけた回し蹴りを打ち込む。

「っがぁ」

丹陽は背中を限界以上に反らされた。それでも衝撃は緩和出来ず、数mその態勢のまま吹き飛ばされ、前のめりに地面に落ちた。それでも勢いは無くならず、数十cm地面をず。

丹陽は噎せながも、手をつき膝をつき四つん這いになった。背中を容赦無く強撃されたせいか、呼吸が乱れている。丹陽は必死に呼吸を整える。その時だ、酷い耳鳴りの中。鼓膜が衆生の動きを捉えた。走ってくる。向くと衆生がたいした距離でも無いのに走ってきていた。そして減速せず、走った勢いを殺さず、足を振りかぶる。

咄嗟に丹陽は頭部を守った。が衆生の狙いは腹だった。

「んがぁ」

衆生は丹陽を蹴り上げた。

丹陽はこれまた強烈な一撃を受け、スローペースで回転しながら浮き上がり、頂点を迎え落下。

今度は仰向けに倒れた丹陽。お腹と背中が空腹でもないのにくっつきそうな感覚に悶える。

鼓膜がまた衆生の動きを捉えた。最悪の状況だ。衆生はこのままドリブルする気だ。

丹陽はサッカーボールにされない為に、形振り構わず右足で地面を蹴り飛んだ。蹴った衝撃でコンクリート舗装されていた地面は砕けクレーターを作り、右足は自身のパワーに耐えらせず足首から先が靴ごともげた。そして飛んだ丹陽自身は勢いをつけ過ぎ、寮の壁に激突。また噎せる。

「んが」

だが距離は取れた。

丹陽は全身の痛みを無視し、立ち上がった。衆生は追撃には来なかった。何故ならば、丹陽の右手にはナイフが握られている。伊達に厚底を履いていない。

そこらじゅうに飛び散った右足の残骸は、また黒い粘液に変化し、丹陽の右足に集まり、またも右足を形成した。

右足は再生した。しかしこれ以上の再生はよろしくない。黒騎士のジェネレーターをシュランクに破壊されてから、右足の馬鹿力や再生力を発揮すると、身体の方のスタミナを使う。それも異常に。厄介なことに再生は自動的にする為に抑制出来ない。ただでさえ、循環系に打撃を受けているのに、まだ余裕は有るとはいえ余分に体力を使いたくは無い。右足の馬鹿力は脱出時にも必要なのに。

丹陽は、ナイフを握り締め今度はこちらから接近した。

衆生もそれに呼応する様に、接近。

ナイフの間合いに入った。その瞬間、丹陽が刺突する。衆生はそれを体を傾け回避。そのままナイフを掴もうとした。だが、それより速く丹陽がナイフを引いた。そればかりか間髪入れずにまた刺突。突いて引く。突いて引く。一連の動作が異様に速い。小柄に分、手足が短く引くのが速いのだ。

防戦一方に追い込まれた衆生。上半身を反らしたり傾けたりし刺突を避ける。相手に決定打が複数ある以上下手なことは出来ない。

丹陽が右手を横に伸ばした。薙ぎ払い切りをするつもりだろ。チャンスが来た。

確かに斬撃なら回避は難しい。さらに振りかぶり、加速もつけている。だがその分隙も大きい。さらに言えば、重心が持ち手に寄っているナイフの斬撃で急所を狙わず致命傷に至るのは難しい。つまりは防御は容易だ。それにあの右足。刺突の時点で右足であまりに踏ん張ってはいなかった。馬鹿力に頼ると相当スタミナを消費と衆生は見破った。

カウンターを仕掛け為に全神経をナイフに集中した。

その瞬間だった。

衆生は、自身の右頭部を鈍い衝撃に襲われた。それに釣られて、左に体ごと向けてしまう。

完全に丹陽が視界から消えた。咄嗟に衆生は地面を蹴り丹陽から距離を取った。直後に丹陽の斬撃が脇腹の皮一枚を奪い去った。

丹陽は左手に石を持っていた。手に完全に収まる小さな石を。ただ普通に投げてもキャッチボールになるだけ。だからナイフを、それで隙の大きい斬撃を囮にした。完全にらナイフに意識が集中した瞬間を狙い、左腕の肩と肘と手首と指と腰のバネを総動員。最小限の予備動作で衆生に石をぶつけた。

なんとか斬撃は回避した衆生だったが、無理に地面を蹴った為に完全に丹陽に背中を向ける形になる。さらには前屈みになっていて態勢も崩れている。丹陽が刺突の間合いに入る為に一歩踏み込んだのを感じた。

衆生はさらに上半身を沈めた。そして手を付き支えにする。顔を下から覗かせ、丹陽を視野に捉える。今まさに刺突をするところだ。次の瞬間に突き出された短刀めがけて、蹴り上げた。

衆生の脚力が、丹陽の腕力を上回りナイフが飛んで行く。

衆生は蹴りの余力と支え足の脚力で、倒立。そのままハンドスプリングで捻りこみ前転。丹陽に向き合う形で着地する。

丹陽は未だ完全に態勢を戻していない衆生に仕留める為、右足で地面を蹴り急接近。そのまま右足で蹴り上げた。これが勝負の分かれ目となる。

衆生は上半身を逸らし、回避。右足が振り切り帰ってきた頃を狙い、前に飛びてで丹陽右足を自分の左肩にかけた。 衆生は左手でさらに丹陽の左足を掴み体ごと持ち上げる。丹陽はバランスを取るため反射的に両手を開いてしまう。だがやられまいと右足を挟み衆生の肩を砕きにかかる。衆生の骨が音を立てて軋む。痛みは感じているが衆生は眉一つ動かさない。

衆生は右手のひらを開き腕を引き、振りかぶった。

危機を察知した丹陽が両手で後頭部を守った。直後、丹陽の顎を衆生の掌が直撃、頭が地面に勢い良く叩きつけられた。手で後頭部を守らなければ脳震盪を起こしやられていたかもしれない。地面に仰向けに倒れる丹陽に衆生はもう一撃放った。丹陽の胸が掌に圧迫される。丹陽はむせながらも、衆生を右の足の裏で蹴り押した。右足の怪力が衆生が数十mは吹っ飛ぶが、空中で体勢を立て直し着地、しかし勢いは相殺出来ず手を前につき、ずりながら止まる。

「っう…」

丹陽は素早く立ち上がれなかった。自分の体の異変に気付く。貧血を起こしたようにふらつく。衆生の胸の一撃の衝撃で脳が心臓の鼓動が急に強まったと誤認、心臓の鼓動を弱めていた。鼓動が弱く少なくやり、血液の循環に支障をきたしていた。さらには肺にも衝撃が及び呼吸困難に。

なんとか立ち上がる頃には白黒のぼやける視界の中、目の前に衆生がいた。激しいボディブローのラッシュ。丹陽はなんとか耐えながらも後ずさり。ボディばかり守って所為か、頭が隙だらけに。そこをつき、衆生は両掌で丹陽のこめかみを挟むような打撃。もろにその打撃を貰い、丹陽は平衡感覚に支障が出る。倒れこみそうになるが、後ろに壁があり丹陽を支えた。

丹陽は右回し蹴りを放つ。衆生はそれをしゃがみながら回避、そのまま足払い。足を払われた丹陽は後ろの壁に倒れこむ。だが衆生はタダでは倒れさせない。衆生はまだ宙にある丹陽の右足をつかむと、右足の袋脛に自分の膝を当て太腿に掌を置く。そのまま少し飛び、掌全体重を乗っけ丹陽の右足を膝から折った。

丹陽の右足の強度は通常通りなのは拳銃の一発で証明済み。そして痛覚が無いのも。

衆生は壁に寄りかかるようになっている丹陽のみぞおちにサッカーボール蹴る様にキック。丹陽は朝食のバナナらしきドロドロの何かを吐き出す。

「ゴッホ、っう!」

丹陽は頭を鷲掴みにされ持ち上げられる。足が地面から離される。彼の切り札である右足は、すでに治りつつあった。

「あぁぁぁぁぁっ!」

負けを認めたく無いのか、丹陽は絶叫した。

「痛いぞ…歯をくいしばれ」

そのまま壁に後頭部を叩きつけられた。丹陽は意識が遠ざかるのを止められなかった。

衆生は丹陽が気絶したのを確認し、その後丹陽を横にし胸に耳を当てた。心肺機能に異常をきたしていないかを確認する為に。

「こいつ、鼓動デカイな」

 

 

気絶した丹陽を抱え、衆生は地下特別施設に入った。クラス対抗戦開始直前の時間のため人はあまり居なかったがこのまま抱えているのを見られるといろいろと面倒なので、カーテンで丹陽を巻き、道中すれ違った生徒には1本釣ったマグロだと自分から説明した。こう言って置けば、 変人だと思われそれ以上は追求してこない。

地下特別施設にある医療関係の施設に入る。丹陽の体を調べるために。

 

轡木が衆生を見つけるのに時間がかかった。突然の無人ISの襲撃に対応していたからだ。

「衆生君。君は泉君の任から外した筈だがね」

尋問室の隣の視聴室に衆生はいた。机に腰がけ、手にはバインダー。そこに楯無を連れ添った轡木が入る。尋問室がマジックミラー越しに見えた。

尋問室はコンクリート剥き出しの部屋で。照明も小さく薄暗い。広さは10m四方。その中心で丹陽は椅子に座っていた。もとい括り付けられていた。両手を後ろに縛られ、椅子の支柱にも足を縛られ、目隠しさらには口にマウスピースのようなものが入れられている。それは舌を噛み切られないように入れるもので更にはその状態で有りながら喋ることが出来る尋問専用のマウスピース。服装はぶかぶかの作業着に着替えさせてあり、頭に包帯が巻いてあった。他には机と椅子の一式しか無い。

「私が居なければ、丹陽には逃げられていましたよ。間違いなく」

「何故そう言い切れる。まだ用務員も戦闘教員もいた」

「学園最強が水泳していたのにですか?」

楯無に突如毒を吐く。

「ええ。貴方もやってみる?」

「よせ。わしは根拠を聞いているんだ?」

衆生は丹陽の携帯端末を出した。

「この中に爆弾の起爆信号を送るコマンドが有りました。まぁ起爆装置付きはほとんどありませんでしたが」

「爆弾?馬鹿な、持ち込んで来たのか?」

一体何処に仕掛けた。そんな疑問もぶつけようとした。

「いいえ。ここで製造したんです。製造場所は例の盗聴器があった部屋」

「材料は?」

楯無が訊いた。

「あなた方の質問は分かっていますので最後まで聞いてください。材料はこの前丹陽が会長の妹さんのIS製造を手伝った時に、必要だからだとISの火器を借りた時に…」

「無理よそんなの。火器類の貸し出しは厳しく記録していて。しかも記録したと人物は恐らくは山田先生、泉君が丸め込める筈は…」

「最後まで聞いてください。くすねたのはミサイルなどの中に入っている信管だけで、調べれば不発弾が大量に出てくる筈です。なにも数が合えば、分解してまで調べる人はいません。そして爆弾の材料はガードが緩い備蓄されている石油と肥料から製造。起爆装置は適当な機械から頂戴。仕掛けた場所は…」

「IS格納庫。でも、あ!そしてあの地図は…もしかしてフェイク?」

楯無の質問に轡木が答える。

「そうじゃろうな。あの手書きの地図は恐らくはフェイクじゃな。自分の逃走経路を知られるような真似を普通はしない。丹陽君は更には防犯カメラの前でその地図を出したと聞いている。見せつけるように。恐らくはこちらに対してかく乱させるためじゃよ。そう考えれば、爆弾もフェイクで本来飛んで逃げるつもりだったのかのう?」

「無理ですよそんなこと、ISを使えばセンサーで」

「彼の右足ならば、下しか向いていない防犯カメラを飛び越えられる。そうすれば彼は消え、我々は万が一のためIS格納庫に釘付け。あとは金槌でも無ければ泳いで本土に。こちらは誰もいない地図に書かれた地下通路に」

IS学園は防犯システムは対IS用にばかり調整されている。IS数機を維持するのに予算を使うから、またまだ警備は貧弱なところがある。これからのことを考えると頭が痛い。

「飛んで逃げることは確かにあの脚力なら可能かもしれませんが」

自分の苦い経験を思い出した。不意打ちだったとはいえ学園最強の自分が敗れたのだ。その右足のISに。

「補足すると部屋の前にあった消化器にも爆弾が仕掛けてあって部屋の証拠を隠滅しようとしたと見せかけ、地図の情報の信憑に箔をつけることもしようとしたらしいです。ですが、私が全て回収しておきました」

本当に衆生も丹陽もいつの間これ程のことをやっていたのか?轡木すらも疑問もに思った。

「以上の件やこれまでの行動からそれと盗聴記録から一番怪しいのは織斑千冬です」

「「は?」」

余りにも突如だった。2人が腑抜けた声を出した。

「盗聴記録そんなものはもう削除されていたぞ。君の言うとおり隠滅しようとする見せかけ工作の前に消しておいたんだろ、重要な情報だから。復元作業はまだ終わってないはずだか?」

「実は前々からあの部屋には侵入していました」

「「は?」」

「記録のコピーはもう学園のマザーコンピュータに入れておきました。信用出来ないなら復元を待っても構いません。ですからこの情報は信用してください」

どの口が言ってる。お前が本当のスパイでは無いか?轡木はその言葉を胃に押し込めた。

「それによれば丹陽は調査していたのは織斑先生ばかりで他はこの学園から逃げる手段を探していただけでした」

「でもそれってただ泉君がストーカーって可能は」

「次に丹陽の入学についてですが。殆ど織斑先生の一任だったそうですね。こんな怪しい経歴持ちを彼女は入学させました。しかも半ば強引に。更には彼女の経歴も調べてみると、高校生よりも以前の記録が曖昧など、これがなかなか怪しい物です」

ファイリングされた千冬の資料を出す。

「織斑先生のことについては私の方からも調べはしている」

「 だいたい丹陽がどこぞの工作員だとしたら、ボロボロのISだけを持たせ、丸腰で潜り囲ませるのもおかしな話です。何かもたせるとリスクを考えた?簡易検査では彼の身体は正常でした。あの右足にはなんの異常は発見出来ませんでした。ただ右太ももに太い脊椎のような神経の束が有っただけです。今でもどの様な素材で出来ているのかよくはわかりませんでした。そんなことが出来るのにわざわざ現場調達。しかもそれが原因で怪しまれる。ネスト街での一件もまるで別の事を調査する為に行ったみたいで、都内の図書館やネットでも調べ物はしていました。さらに言えば彼の体。なぜ右足だけがISなんでしょうか?」

言われてみれば。丹陽には工作員としては違和感がある点が多い。だいたい貴重な男性操縦士を危険な任務に使う筈が無い。

「精密検査をした時にいろいろわかりました。彼の正体には関係無いので後で轡木さんにまとめて報告します」

明らかに除け者扱いの楯無は不満を言う。

「何故私には報告してくれないの?」

「関係無い話なので。これ以上の話は彼に直接聞いてみると提案したいですよ」

「精密検査の結果が関係無いってあなたが勝ってに決めたことでしょ。教えなさい。関係有るか無いかは私達が判断する」

「ですから轡木さんに」

「いいから」

まさかここまで相性が悪いとは。轡木は自分の胃が締め付けられていくのがわかった。

「後悔しますよ」

衆生はバインダーの1ページをめくった。言う気なのだろう。

「丹陽の右手の中指と胸に有る傷。これは織斑先生から報告されていて。都内の医療機関で治療を受けたらしいのですが、最新の治療でも良く見ればわかるのです。しかし他にも治療を受けた痕跡が有るんですよ。右手の人差し指、右足、左腕、そして顔面の骨格が一部、人工骨に置き換えられていました。まあ整形手術みたいなことです」

「人工骨?それにそんなに手術を?」

ますます丹陽の正体が掴めなくなった。

「これ全ての手術は容姿を変化させる為でもISコアを人体に埋め込む為でもありません」

そうなると残された理由は1つ。

「まだ聞きますか?」

「ええ大丈夫よ」

衆生の話が進むほどに楯無の顔が青ざめていく。

「専門家に見せればもっといろいろとわかると思うのですが、見事なもんです。繋げ直しているのに、神経まで完璧とは。多分後遺症の類もないでしょう。ちなみに怪我の原因は、正確にはわかりません、何箇所かに歯型が残ってました。歯型から捕食者は…」

「やめないか!」

轡木が怒声を上げた。楯無は壁に手をつきかたを落とし俯いている。反対の手で口元の抑え腹の奥からの衝動に必死に抵抗していた。突然、衆生は1枚の写真を出した。おそらくは丹陽のレントゲン写真。幾らかの部分にそれはうっすらと残っていた。歯型が。それはなにが捕食者かをその口で語っていた。

轡木はそっと楯無の肩に手を添え介抱する。そのまま廊下の外に出ようとした。

「楯無君。後は任せて医務室で横になるといい」

「轡木さん大丈夫です…1人でも行けます…」

自動ドアが開くと、用務員が1人いた。見張りの為に丹陽がいる尋問室の前に立っていたのだが、轡木の怒声を聞いて駆けつけた。その為か少し轡木を見て強張っている。

「彼女を医務室まで頼んだ」

「りょっ了解!」

普段はしない敬礼で用務員は答えた。

楯無を預けた後轡木は、何食わぬ顔で居る衆生の近くまで行った。

「能力は申し分無いが、人格に大きな問題有り。君を引き受けた時にそう言われたが、まさにそうだな」

「人格に問題があっても、必要とされるほどに優秀だと?」

「貶してるんだ」

轡木は深いため息をした。これからしばらくは衆生に付き合わなければならないから。

「君は織斑先生を連れてきてくれ。私は彼から話を聞く」

轡木は隣の部屋に入ろうとする。

「丹陽は対人恐怖症かも」

轡木は振り返らず、歩みも止めない。

「丹陽の左肩と顔の骨には人の歯型が残っていました。正確には医師の見解を訊いかなればわかりませんが、左腕を噛みちぎられ、左眼球も持って行かれたと思われます。右足は傷跡が見つからず、外傷の種類を特定できませんでした」

轡木は出て行った。

 

 

「やぁ泉君。起きているだろ?」

轡木は1人、尋問室に入っていった。

丹陽は轡木の質問に対してピクリとも動かない。轡木は丹陽に近くまで行き、丹陽の脇腹に手を添えた。そして動かない丹陽をくすぐる。

「ははははっ!ストップストップ!起きてる起きてるっははははっ!やめろストップっははは!」

寝たふりをしていた丹陽は耐え切れず笑ってしまう。マウスピースの為か声はややくぐもって聞こえる。

轡木はくすぐるのをやめた。丹陽は息切れを起こし肩で息をしている。

「はぁはぁはぁ。全くどいつもこいつも」

轡木は椅子に座った。

「単刀直入に訊くが、君は何者だい?」

「あんたの嫁さん寝取ったのがばれた?」

轡木はまたくすぐる。

「ははははっ!ジョーク!冗談です!」

轡木は手を止めた。

「で?」

「言うわけ無いだろ」

轡木はまたくすぐる。

「ははははっ!言ういういう!やめろ!やめてください!」

轡木は手を止めた。

「IS学園、1年1組、泉丹陽」

「質問を変えよう。君は何が目的だ」

少し何か丹陽は考えていた。

「織斑先生とはどんな関係だ?」

明らかに丹陽の様子が変わった。マウスピースと目隠しで表情は隠れ隠れだが轡木にはわかった。

「なぜ訊く?」

「こちらが質問している」

「なぜ千冬が怪しいとわかった?」

「君だって気付いただろ?」

丹陽はぐったりとして何かをぶつぶつつぶやいている、呟くつもりだったのだろう。マウスピースは漏れなく聞こえるように変換した。

「これが目的だったんだ。このIS学園や日本を奴らとの戦いに巻き込むのが。だから俺が学園に居ること宣伝して、わざと怪しい真似をして学園側と対立させ、全てを話させる。そして巻き込む。失敗だった、千冬が少しでしゃばりなだけかと思っていたが。学園側と千冬側は完全に別だった」

丹陽が動揺している。今更、罠に気付いた。そんな様子だった。その動揺は轡木にも伝染する。

「奴ら?巻き込む?どうゆうことだ!」

「轡木、IS学園はどこかと安保を結んでいる。組織としても指導者としても理想は独立だが、そう簡単にいくまい。立地条件的には日本か。そうだな」

「わかった。一通り君の質問には答えよう」

「助かる」

轡木は一度落ち着こうと咳払いをした。もう少しで彼や織斑先生のことがわかると、はやる気持ちを抑えるために。

「ああその通りだ。本土がIS保有勢力に脅かされた時に、IS学園が日本側に立つ、逆にIS学園がありとあらゆる脅威にさらされた時に日本側が助けるとの各国が黙認している秘密条約がある」

日本が世界各国の圧力に負けた様に見えるアラスカ条約も、実はISをばら撒く代わりに日本側に有利な貿易協定や金融協定を結ぶなど外貨を貪欲に稼ぐ手段にしていた。そしてその外貨を使い、巨大衛星の天徒を浮かべた。それでいて安全保障政策でIS学園を設立。建前は中立機関だが、資金源が日本政府だある限り、中立は保てない。せめてもの手段として監視をするため各国は、専用機を携帯した代表候補生をIS学園に入学もとい潜伏させ、日本を監視。正直なところIS学園は外よりも内の方が敵は多い。

「詰まる所はIS学園が攻撃を受ければ、世界一の反撃を受けると」

「ISの保有数だけならば」

丹陽はぐったりすると言った。

「少し寝る」

「寝る前に説明してくれ」

わかったと言って、欠伸をしてから丹陽は話だした。

「初めは千冬と学園はグルになって、俺から色々と聞き出そうと思っていた」

「秘密の多い身体みたいだね」

丹陽の右足は小刻みに震えていた。

「そうでも、違った。学園側は俺について全く知らずもとい千冬が隠し、千冬は俺について知っていた。俺は織斑千冬なんて遠い世界の人だと思っていたのに。だから俺は千冬やそのバックに何が居るのか調べた。それが間違いだった。千冬の狙いはこの状況をつくる事だった。そうすれば保身の為俺は真実を話すしかなく、学園は俺をもう受け入れた以上共闘するしか無い。奴らの危険性を知っていれば俺を学園には入れなかったし、俺も学園側が奴らの事知っていると思ったから頼って入学した。俺も学園も千冬にいいように使われた」

千冬のことも気になったが、轡木は別のことに引っかかる。

「奴らとは誰だ?ファントムタスクのことか?」

「なんだ名前は知ってるのか」

「ファントムタスクとはなんだ?たかがテロリストの集団では無いのか?」

丹陽が笑いはじめた。力なく乾いた笑い方だった。

「たかがテロリストの集団?笑わせるなよ。千冬からはそう聞いてるのか?奴らは国とも渡り合える程のポテンシャルを持っているんだぞ。俺だって中指の皮剥がされ、心臓抉り出されそうになったし」

「どうゆうことだ?」

まるで話が読めない轡木は只々質問をすることしか出来なかった。

「俺の正体を教えるよ。元エカーボンの職業軍人だ。今は無職だけとね。年齢は2、3歳ズレがあるかもしれないが詐称はしてない」

轡木にも話が分かってきた。

「まさか…エカーボン消滅にファントムタスクが…」

「ああそうだよ。先住民の蜂起行動の、今思えばこれも奴らが仕組んだのかも。蜂起行動のどさくさに紛れ首都の壁の中にIS数機を潜伏させ展開、エグレーゴロイがダウンさせ指揮系統を破壊、核弾頭やISを強奪」

「その核弾頭でエカーボンが…」

危険な問題に関わった。がもうすでに手遅れだった。それにある結論が轡木で出た。もうこの世には生存していない筈の唯一の被爆者かもしれない。

「いやそいつは起爆出来ないよう安全装置があって、爆発コードを数回間違えると作動するんだが。エグレーゴロイとは別の一括管理してるシステムに誤報を撃ち込んで阻止した」

「じゃあなぜエカーボンは核で崩壊したんだ」

「問題はここからだ。核攻撃をされたんだよ。国防能力がダウンした隙に」

「核攻撃?」

「そう。多段弾頭だった」

「核がエカーボンに撃ち込まれたのか?じゃがそんな物衛星写真にはなにも映ってはいなかったはずだが」

証言は当然ない。あまりに知られてないが、エカーボンの生き残りは、隣国に1人残らず殺戮されたから。

「俺も調べたが、民間の衛星にはなにも映ってはなかった。が軍事衛星は見ていないから、何か映っていて先進国は隠しているのかもしれない。民間の企業ならハッキングは難しくても人事からシステムに侵入するのは容易い。後何処かの学者のレポートによればエカーボン国内の推定総核物質量から計算される放射線量が、誤差の範囲を上回る量が検出されたらしい。この学者はエカーボンは国連に報告していない核物質の保有があったと結論付けたが、核ミサイルを受けたならば説明がつく。それに…」

「それに?」

「俺はISのおかげで無事だったが、爆心地にいた」

予想は的中していた。エカーボンのことは知っていた。どの様な有り様であったかも。丹陽は軍人だとも言っていた。詰まりは、エカーボンの闇に加担していたことになる。彼はそれをどう受け止め、感じていたか。何故若くして軍人になれたのか。いや、ならざるを負えなかったか。そしてあの傷。轡木には想像も出来ない様な人生を歩んで来たのだろ。

それでも彼は何かの為、恐らく世界で初めて男性としてISを起動し戦った。そして、敗れた。

今彼の行動原理は、生き残った彼は何を考えているのか。想像は難しく無い。正直加担すべきではない。

「証拠は?」

「右足のISを渡すよ。はずし方知らないけど」

「分かったいいだろ」

轡木は丹陽に寄った。

「窮屈だろ」

轡木は丹陽のマウスピース固定ベルトを緩め口から出させた。そして四肢の拘束具を外す。

「いいのか?」

「いいんだ」

丹陽は自分で目隠しを外し、立ち上がる。そして身体をほぐすために伸びをしていた。

轡木は手を差し出した。握手を求めている。

「君を正式にIS学園で雇いたい」

丹陽が握り返す。作り物では無い笑顔をで。

「そいつは助かる。無職の身には」

ふと丹陽が表情を曇らせる。

「すまない。巻き込んで」

「いいんだ。もう済んだことだ、それよりもこれからだ」

轡木は笑なが答え、質問した。もう答えは出ている様な物だが。

「ファントムタスクに関わる情報は何か隠しているかね?」

「あるよ。それとISについても。まとめて報告するよ」

「それと聞きたいんだが?」

「他に何が」

「君の目的は?」

丹陽は無表情で答えた。

「想像できるだろ?」




いろいろと強引でご都合主義全開ですが、お付き合い下さい。


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第20話

学園の地下施設。学園の地下にIS関連の実験を行うための広い場所があった。そこは高さ50mはある卵型の空間でその中心にはボロボロの黒い無人機タイプのISが横たえてあった。それを一望出来る位置にコントロールルームがあり、そこに衆生と轡木、丹陽がいた。いる理由は丹陽のISの黒騎士、視聴覚データを取り出すため。そしてたった今2人はそれを見終えた。

「2度戦ったのは分かったが。2度目はどこで戦ったんだ?」

丹陽はISを入手後、エカーボンで核を有していた戦闘部隊と交戦。戦闘部隊を壊滅に追い込んだが、核が撃ち込まれてしまった。被爆後、残りの戦闘部隊と交戦。しかし、丹陽自身がすでに負っていた外傷により途中で気絶したらしい。身体の多くを喪い、出血が酷かったのだろ。

「2度は東アフリカの沿岸部にある謎の別荘。目覚めたらそこだった。日付は2月の30。新しい顔を眺めてたら、突然現れて、そのまま交戦」

「それで映像が途切れる程にボコボコに?」

「まあね」

轡木と丹陽の2人はソファに座りお茶を啜っている。衆生は壁に寄りかかっていた。

「映像を見る限りだと、奴らは独自のISを運用しているな。それにタコのISに描写された朽ちたハゲタカのエンブレム。エカーボンを襲ったほとんどのISは現行の第2世代機に肉薄する性能。だがそれ程度。2機を除いては」

朽ちたハゲタカのエンブレム。生きたハゲタカは骸を喰らう。逆に朽ちたハゲタカは生者を喰らう、といでも言いたいのだろうか。

「とんでも無い奴らでしたね、特に後半のやつは」

「エカーボンにいた方は名前は分からないが、別荘で俺をやった方は搭乗者と機体の名前は分かっている」

「自己紹介してくれていたな」

衆生が操作盤を操作して、別荘に現れたISを中央スクリーンにアップで映した。

首下を黒いシースルーのケープに覆われ、輪郭ははっきりとしない。頭部は、蒼白ののっぺらぼう。目鼻耳口といった物は一切ない。胴体は、朧気だが人間と同じ様に手足があるのがわかる。だが、胴体に対して異常に長い。その癖、異様に細い。

「操縦者はシュランク。エカーボンと別荘地にいたやつの機体名はアガルマト」

「勝てそうか?」

「無理だ」

丹陽は即答した。

「あの機体の単一機能は、俺は対処出来なかったし。シュランク本人も…」

「本人も?」

丹陽は親指をつきたて首を切る動作をする。

「首チョンパしても生きてやがった」

「何故に?正体は?」

「知るか」

丹陽は肩をすくめる、やけくそ気味に。

「弱点はありそうか?」

「俺が聞きたい」

衆生が手を挙げた。

「推測だが何点か。まずあの単一機能は密閉空間にはできて無いようですね。でなければ心臓を抉り出すときにわざわざ胸を切り裂く必要はありませんから。だからここは安全。次にあの単一機能は、使用を極力避けてますね。最後の最後までとっていたわけですから。首を落とす程度では死なないとしても、不死ではないかと。完全に不死身なら攻撃を回避する必要は皆無。何かしらのカラクリはあるでしょ」

轡木は思い詰めた表情を見せた。

「エカーボンにいた方、タコは対処できるか?」

「あれは黒騎士のスペックのお陰で勝ったんだ。しかも手負いだ。量産機でやったら俺が首切られる」

これでだいたい丹陽が持って情報は出た。ファントムタスクの戦闘部隊の情報。そして丹陽に黒騎士を渡した、IS関連に重要人物と目される、カイという男。ただ丹陽の傷、何故男性なのにISを起動出来るのか、カイの詳しい話は丹陽自身も不明だった。

「アガルマトは黒騎士と同じ、有機部品を使っていた。それにあれだけ独自技術を使っているんだ。間違いなくISの製造に関わっている。それにあれは未登録コアだ。カイの言うとおり世界にISコアが700しか無いのなら、IS方面から追えば奴らの尻尾を掴めるかもしれない」

「束博士を追っても、各国の機関より遅いだろうな。ならば君が言っているカイを追うしか無いか…。エカーボンは消滅してしまったわけだからな。君が提供してくれたロケット以外に何か無いかね?」

丹陽は少し考えているのか黙っていた。

「さあな。長く語り合っている時間もなかった」

「現状、ロケットだけが頼りか」

轡木はロケットペンダントの蓋を開け中の写真を見た。ウエディングドレスに身を包んだ、妙齢の女性が写っていた。顔は強張っている。緊張しているのだろ。しかし蓋の裏に貼っていた写真の彼女は笑っていた。前の写真よりもアップなため、撮影者がふざけて寄っていって、それに思わず吹き出したのだろ。写真は相当古い。カイも還暦はとっくに越していると丹陽は話していたため、撮影者はカイの可能性がある。つまりは彼女はカイの妻である可能性もある。そしてロケットには特徴的な彫り込みがある。

「しかし、酷い男だな、カイというのは。重体の君を戦わせるなど」

「そうじゃない。カイはこれを持って逃げろって言ったんだ。俺が無視して戦い始めたんだ」

電話のベルが鳴った。部屋に設置された内線の電話。衆生は受話器を取り出る。

少し話をした後に衆生は受話器を置いた。

「会長から連絡がありました。だいたい丹陽の話通りだそうです」

「これで裏は取れた。泉君は信用できるな」

「まだ疑われてたか」

「当然」

轡木は立ち上がり歩いていく。千冬の元に行くのだろう。と思い丹陽も立ち上がりついて行く。自動ドアが開き、3人は廊下をツカツカと歩く。

「どうするの、千冬を」

「直接話をして。君と同様、監視付きで解放する」

「監視って、衆生か?」

2人の後ろをピタリと並んで歩く衆生を指差す。

「彼は織斑先生の、君は楯無君が監視する」

「会長様がねぇ」

「それと明日から君は一人部屋だ」

「気を使ってしょうがなかったから、ちょうどいいや」

「それじゃ君が散々改造した2階のあの部屋を直してからそこに移ってくれ」

「え?」

思い当たる節があり過ぎる。直すのに金額に変換したらいくらかかるか。

「すぐ直せないなら、こちらが修理して人件費込みでこちらが貸そう。利子は無い」

「嫌でも俺は…」

「好き勝手に暴れた狼藉物をお咎め無しじゃあ、他のものにも示しがつかない。まあ廊下に立たされたと思って」

と建前を。本音は修理費をケチっての言葉だ。

「千冬にはお咎め無しかよ」

「あるさ、勿論」

丹陽の肩をポンと衆生が叩く。暗くなる気持ちを変えるため話題を変えた。

「じゃあ簪は1人?」

「楯無君が君と入れ替わりで住む事になる」

「え?」

俺の監視ということだろうか?それだけならばと思ったが。だが丹陽は嫌な予感がした。

「彼女は意外と根深い」

「やめてくれよ」

また3階から叩き落とされたらたまらない。

曲がり角から用務員が1人出たきた。彼は轡木を探していた。

「それでは、私はこれから襲撃してきたISの件について政府関係者に説明しに行くが君は織斑先生の方へ行くのだろう?」

「なんだ今すぐ行くんじゃ無いのか」

さっき程の話ぶりからそう思っていたが。

「その間に織斑先生に何か用は無いかね?」

情報を引き出せ。そう言いたいのだろ。当然引き受ける。

ニヤリと笑い丹陽は千冬の元に向かう。道先案内を衆生が引き受けた。轡木は先ほどの用務員と一緒に何処かに向かう。

「衆生君、ちょっといいかね?」

まさに別れようとしたその時に、轡木が衆生を呼び止めた。轡木は衆生の耳元に顔を近づけ、他人には聞こえない小声で囁く。

「ここはアウトローの集まりさ。だから君が害をなさない限り好きにしても構わない。だが一応言っておく。彼の右足に何もしなかったのか?私は気になっているのだよ」

轡木は行った。

しばらく歩き、轡木が見えなくなってから丹陽は突然言った。

「ありがとうな」

「轡木さんの補佐という、職務を全うしただけさ」

 

 

轡木が先のIS襲撃事件の対応に追われている頃。

丹陽は地下の尋問室で四肢を拘束されていた。目隠しはしていたが、マウスピースはしていない。しかし右足には杭が何本も刺さっている。

「起きているんだろ」

衆生もいた。丹陽に反応は無い。衆生は丹陽の脇腹に手を

添える。くすぐった。

「はははははっんてめぇぇははひぃ、はぅ!」

丹陽の開けた口に何かを突っ込まれる。とっさに噛み切ろうとするが弾力が強く噛みきれない。そのまま喉まで押し込まれる。むせて吐き出しそうになったが、ベルトで固定される。

「なにしやがる!え?喋れる」

「喋らせるが、一方的に聞いてくれ。時間が無い」

丹陽は右足のISを展開しようとしたが、まだ反応しない。そして足に打ち込まれた杭が足の弦や筋力を切り、見事に再生を阻害する位置に刺してある為に、馬鹿力はおろか動かすことさえままならない。

「君がエカーボン出身なのは知ってる。理由は凍結されたエカーボン軍人の口座から引き下ろしができなかったのを突き止めた。ファントムタスクがエカーボンに関わっているかどうかはこれから聞く。もし関わっているなら、目的は推察できる。更織や一夏を巻き込みたくは無かったんだろう。がもうすでに遅い。彼女の思惑通りになってる」

「なんだよいったい?次々に喋り…はははは!」

衆生はくすぐった。

「君の取れる手段はひとつだけ、学園側につくだけ。こちらで轡木、1人にする。その時に真実を話せ。できるだけ同情を誘えるように。あの人は歳でしかも多情的だ。良心に訴えかければ、案外なんとかなるかもしれない」

「だからなにを言ってーはははは!」

「しかも君はエカーボンの生き残りだ。絶対に口説ける」

「どの口が言う!はははは!っふぅ…もう無茶苦茶だ」

くすぐりから解放された丹陽は激しい呼吸を繰り返していた。

「どうやったら信用してくれる?」

「頭のたんこぶが見えるか?見えないか?」

丹陽は後頭部のたんこぶを見せようと身を乗り出すが、身体も括り付けてあって動けなかった。衆生が丹陽を壁に叩きつけて出来たものだ。

衆生は懐から包帯を出す。そして丹陽の頭にたんこぶが痛まないよう巻く。

「包帯を巻こう」

「意味ねぇーよ!」

「今の君は助けがいる筈だ」

「いらねーし…」

くすぐった。

「ははははっ!はっはっはっ…」

「たかがこの学園に捕まっているようじゃ、奴らと渡り合うのは不可能だ」

丹陽は何も答えない。

「でもそれでも1人と、言うならば」

衆生は丹陽の足の杭を抜きはじめる。

「逃げても構わない」

「お前…」

「君次第だ」

衆生は自動ドアが横にスライドしてから外に出て行った。

丹陽はこの後轡木が来るまで大人しくしていた。

 

 

千冬は、丹陽が拘束されていた場所とは別の尋問室にいた。

自動ドアが開き中に丹陽が入る。尋問室には机が1つ真ん中に有り、それを挟む位置に椅子が向かい合って2つあった。

そこでは、千冬がカツ丼を食べていた。それはもう美味しそうに上品そうに。もうすでに3分の1しか残っていない。目が合う。

千冬はそっとどんぶりを置き、箸をその上に乗せた。口元をハンカチで拭く。そしてどんぶりを脇にどけ、一言。

「不味い」

その時、監視室にいた衆生が録音された音声を流す。

『織斑先生。もう昼ですし、カツ丼なんて入りませんか?朝食、食べて無いんでしょ?』

楯無の声だ。

『余計な気遣いだ。空腹ぐらい我慢出来る』

千冬の声。

そして早送り。

『わかりました。織斑先生。これで失礼します』

楯無が取り調べを終え外に出た。

直後、腹が鳴る音。何かを食べる音。

「足りないならおかわり持って来ようか?」

「構うな」

「カツ丼が駄目ならカツカレーで」

「構うな」

「食べ終わるまで外にいるよ」

「早く尋問をはじめろ!」

「了解しました!」

向かいの椅子に座る。千冬とまた目が合う。目を背けずこちらを見続ける。

「ええっと。さっきも聞かれたと思うけど。なんでこんな事したの?」

「私自身が奴らに狙われているからだ」

「それじゃあ、おかしな話だ。それなら俺を学園に入れなくても、学園側は千冬を保護したと思うが?」

「狙われているとの証拠が無かった」

嘘だ。だが轡木はこれに対してある答えを出していた。

「そうか?俺はこう思っていたが。奴らは別の人物を狙っていて。その理由を隠す為にこんなことをしたと」

千冬は何も答えない。

「まあいいや。俺が聞きたかったのはこのことじゃ無い」

丹陽は自身の懐を漁る。

「俺は別にお前が奴らの仲間だとは思ってない。学園側は知らないが。あの別荘での一件もお前が助けに来なければ危なかった」

「その命の恩人に何が聞きたい?」

「どうして、白式に乗ってあの別荘に来た」

「友人の依頼で、白式の稼働試験を国外で行ってたんだ。そしてたまたま…」

「聞いた話によると、突然白式を無断で持ち出したと」

「その情報に偽りは無いのか」

「お前は、一夏を握られてるんだぞ」

千冬はそれでも沈黙続けた。お互い無言のまま、数倍の濃度で時間が流れた。

「根掘り葉掘り聞き出そうとするな。お前は自身のことをこれっぽっちも教えてはくれないのに。だから考えたんだ」

「何をだ」

千冬は何も言わない。にもかかわらず、威圧が増していく。

「すまない千冬」

丹陽は携帯端末を取り出す。そして時間を確認した。

「もう時間だ。手間取らせたな」

出て行こうとする丹陽。それを千冬は呼び止めた。

「丹陽。お互い腹の探り合いはよそう。探らなくとも真っ黒黒なのは分かっているだろ」

丹陽は足を止めない。

「真意は分からずとも。目的はお互い同じの筈だ。協力し合える筈だ」

やっぱり俺はこいつが嫌いだ。

 

 

夕暮れ前。たった今、各国政府や委員会に今回の事件の説明を終えた轡木は用務員が寝泊まりしている寮にいた。各国政府には丹陽のことは伏せた。何を理由に丹陽がモルモットにされるか分かったものでは無い。ただ、日本政府だけは妙に丹陽と千冬のことを詮索して来ていた。後で探りを入れることにする。

入学時も、この男性操縦士関係で一騒動あったばかり。今は男性操縦士はエスパーよりも貴重な人的資源。当然といえば当然だが、男性がISを操縦出来たところで、ISの絶対数は限られているのに。

轡木は用務員寮の物置からバケツと枝切り鋏を持ち出す。本来の用務員としての職務を果たす為に。

ちょうど枝切り鋏を肩に担いだ時に誰が現れた。

布仏本音の姉、布仏虚だ。

物心の柔らかい妹とは違い、お堅い雰囲気の彼女。

「轡木さん。会長の使いで参りました」

そう言って一礼。携帯端末を取り出し、画面を覗く。虚はこれから話す内容を確認していた。

「まずは、無人ISの件についてです。当然といえば当然ですが。目的は不明。装備はどことも規格は合わず、ネジの1本までオリジナル。よって製造元は不明。ISコアは未登録でした。ただ…」

「ただ?」

「機体の一部が凍りついていました」

「凍りつく?」

「詳しくは追って報告します。それに爆発に巻き込まれた白式ですが。無傷な上に、シールドエネルギーが回復しておりました」

虚はもう1度端末の画面を覗いた。

「それと、あのロケットについてですが」

丹陽が提供したロケットを、楯無にも直に見てもらおうと用務員の手を通じて渡していた。

「会長は見覚えがあるらしく。会長の話によれば、とある教会が式を挙げた婚姻者に、記念に贈呈するもののようです」

思わぬ情報。

「なに!その教会は?」

「今現在。会長本人が向かっております」

だから、ここにいないのか。おそらくまだ楯無は丹陽を信用していない。だからこそ話の信憑性を確かめる。自らの足で。

「わかった。調べがついたら私のところに来るだろ。報告ありがとう、布仏君」

「では私はこれで、失礼します」

虚は一礼して、一歩下がり背を向け行こうとする。が、何かを思い出したように轡木に振り返る。

「お嬢様は、不思議がっていました。轡木さんは彼を信用している理由を」

お嬢様とは楯無のことだろう。

轡木が答えようか迷ったが、虚はそれだけ言って背を向け歩いていく。

この道には轡木1人歩いていた。日が暮れ始めた。

何故だろう?と自問してみれば、すぐに答えが出てくる。エカーボンと共に私は彼を失った。そして、エカーボンからは彼が来た。彼がエカーボンに居なければならない理由を私が作った。罪滅ぼしだ。組織の頭が私情を持ち込んでいる。分かってはいるが。どうしようも無かった。もう私の人生は長くは無い。後悔を墓場には持ち込みたく無い。だからどんな形でも…。

最近、胃がもたれる。手にした枝切り鋏は重く感じる。腰も重い。若い時のようにはいかない。

 

「おおこれは!」

「好きなんだろ。これからが大変だからね」

衆生から頂いた、ミセスドラヤキの紙箱に丹陽は歓喜の声を上げた。今すぐ頬張りたかったがやめた。

「食べないのかい?」

衆生はいつの間にか黒縁眼鏡をかけ、白衣姿。

「俺が貰ったんだろ?一夏のお見舞いに持っていく」

ついさっき黒いISの襲撃事件を衆生から聞かされた。

一夏の元に向かおうとしていたが、どうやら衆生もついて来るらしい。

「朱道、ところでさあ?」

「なんだい」

「髪切りたいんだけど。床屋知らない」

丹陽は肩まである長い髪を左右に振った。なんやかんやでしばらくは手をつけていない。

「そうか」

そう言って、ポケットからメモ帳を取り出し中身を閲覧する。

その様子を丹陽はまじましと見ていた。

「俺が何者だったか気になるか?」

と衆生が。

「いや元諜報員かと思ったけど」

「その通りだ」

「え?じゃあなんでメモ帳なんか?」

諜報員が収集した情報を筆記などしていれば、万が一にも奪われば大変だろうに。そう丹陽は思っていたが。

「メモ帳には重要なことは書かない又はフェイクを載せる」

「じゃあなんでメモ帳?」

「昔からの癖」

衆生は遠くを見ている。

「この癖のせいで諜報員と特定される危険はある。でも、諜報員を他人になりすます仕事。だから書き続けている。矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、他人になりすますということは、いつしか自分を忘れるかもしれないんだ。そうならないように、書いて思い出すんだ」

全く丹陽にはわからない世界だ。少なくとも丹陽は自分を偽る気は無い。あれそういえば、泉丹陽って名前…。

「すまない。用事がある。先に行ってくれ」

「了解」

丹陽は衆生の背中を見送る。

たぶん衆生朱道という名前も嘘なんだろう。過去も名前も知らない男。なのに丹陽は衆生を信用していた。だが昔エカーボンでの分隊のメンバーもそんな感じだった。当時は、過去の事は誰1人として知らなかったし、名前もコールサインで呼び合う仲だった。でも、信頼していた。本当に。嘘偽り無く。

人と人との信頼関係などそんなものなんだろ。

 

就寝時。それそろ寝ないと、翌朝に響くといった頃。虚、楯無の2人は地下特別地区、IS実験場のコントロール ルームに居た。虚がコンソールを操作し、楯無が虚の座るチェアーの背もたれに寄りかかり、真っ直ぐにモニター見つめていた。モニターには黒騎士を展開し実験場にいる丹陽が。

「解析不能ですね」

と虚が。

「なにも分からないと。じゃあ逆に分かったことは?」

「はい。まず黒騎士は既存のISとは違うOSとプログラム言語で駆動しているようで。それに、ダメージを負い過ぎて現在動作不良を起こしてるようで。復帰も出来ません。それらの要素で解析不能です。あと黒騎士を構成している物体は、本体から離れると気化してしまいます。黒騎士から生成された気体も、分析しましたが、空気となんなら変わりなく、一応保管はして置きまが、期待はなさらずき。ならばと、本体を検査してみましたが、これまた解析不能」

「解析不能というより、隠しているように思えるけどね」

丹陽に装着されたIS。黒騎士。その甲殻は、他の硬質な物とは違い、有機的で生物的。にもかかわらず、生理的な嫌悪を感じさせる。そして、何処までも黒い。




話が複雑過ぎて、自分でも忘れている伏線があるかも。


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第21話

空。雲と青空。青と白だけの空間。風の音。響くエンジン音。

3機のレシプロ戦闘機が飛んでいた。銀色の牽引式が2機、緑色の牽引式が1機。銀色を1機を緑色が追いそれをさらに銀色が追う。

緑色の機銃が発射。先頭の銀色を襲う。が銀色は急降下、回避する。緑色は銀色追い急降下、後ろの銀色を警戒して蛇行しながら。先頭の銀色がフルスロットルで緑色を引き離しにかかる。逃がさないと緑色は蛇行をやめ狙い定める。そこを後ろ銀色が緑色めがけて掃射。しかし緑色はそれを狙っていた。緑色は機体をバンクさせ、左急旋回で回避。放たれた弾は先頭の銀色に。被弾、銀色の戦闘機のHPを減らす。

「イテェッ!一夏撃ったな!」

「ごめん弾!」

弾機はエンジン馬力に任せ一気に離脱。一夏機は緑色の丹陽機を追う。

 

 

休日。一夏は友人である弾とともに地元のゲームセンターに遊びに来ていたが、丹陽が持倉技研に寄る途中にばったりと会った。少し時間があるからと遊んで行かないかと一夏が誘い、それなら賭けようと弾が。丹陽が応じて、弾は対戦型のフライトシュミレーションゲームを指差した。

弾がことゲームを得意なことを知っていた一夏は、罪悪感を感じて別のをすすめたが丹陽がどうしてもこれと言って対決することになった。チーム分けはCPU丹陽チームと弾一夏チーム。

対戦の初盤は弾がいきなりCPUを撃墜して有利に進めた

。だが状況一変。今では、

「これがレシプロの機動かよ。じゃあ俺はなんだって言うんだ」

「弾凸と讃えらた俺を追い詰めるとは!」

と、丹陽一機に弄ばれている。

一夏機は上昇、トップアタックをかける準備をする。丹陽機、エンジンをフルスロットルにしてやや上昇し、左右にスラローム飛行をし、射線から逃れる。一夏はなかなか狙いが定まらず、丹陽機に距離を詰めるばかり。一瞬丹陽の機動が甘くなった。

「今だ!」

「待て一夏、罠だ」

一夏がダイブする直前、丹陽機も機首を下げ降下する。

一直線上に地面に向かう丹陽機を追いかける一夏機。一夏機、機銃を発射。同時に丹陽機がバレルロールを開始。螺旋を描く丹陽を銃弾は捉えられない。地面が直前に迫り、一夏機も丹陽機に迫る。螺旋の頂点に至った時だ。丹陽機はロールをやめ、フラップを下ろし機首を上げた。丹陽機は重力を無視したかのようにふわりと浮き上がる。急上昇をした丹陽機を捉えきれず、オーバーシュートしてしまう一夏。しかも地面が目前に迫る。密閉式のコックピットの中、一夏の絶叫が木霊した。だが一夏は昇降舵を目一杯にきり、波を肉眼で把握可能な高さを残しなんとか高度を上げた。

一夏は丹陽機を探すため後方を振り返る。そこには機首を真っ直ぐこちらに向けた丹陽機がいた。激突しかねない程に近い。

機銃が弾丸を吐き出し、躱す術を持たない一夏機のコックピットを直撃。

一夏機撃墜。

 

 

game over。モニターにはそう表示された。

全天周囲モニター式の座席から出るため一夏は、帆をくぐり抜けた。そして外にある観戦モニターの前に行こうとした。しかし、いつの間にか人だかりが出来ていた。

一夏は人だかりの後ろから、2人の決戦を見守る。

高高度、丹陽機の6時の方向上空で弾機が食らいついていた。

「フハハハハ!チェックシックスって言葉知ってるか?丹陽さんよ!お前の負けだ」

弾が降下、速度を上げ丹陽機に迫る。丹陽機はバレルロールを開始、見えない射線から逃れる。

弾機は一夏の二の舞にならないよう、減速。丹陽機はバレルロールを辞め左に旋回、弾機それを追う。 丹陽機、機首を真上に上げ急上昇、宙返りを始める。弾機もそれに続く。宙返りの途中、丹陽は巧みに失速寸前の速度を保った

。そして宙返りの頂点、機体を水平に戻し右に舵を切った。遅れて来る弾機、丹陽機を追う為機体を水平に戻そうとした。その時、失速寸前の丹陽機は目一杯にラダーを左に切った。まるでドリフトしたかのように機首を左に向けながら、右滑りを始めた。

「うそぉぉぉ!」

左に向けられた機首は弾機を捉えた。丹陽はスロットルレバーの発射ボタンを押した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ」

本当に被弾したかのように弾は悲鳴を上げた。

「あれ?嘘だろ!丹陽め、エンジンと舵だけを撃ったな。っくダメだ操縦出来ない」

弾の言うとおり、弾機はエンジンから火を吹き、主翼はエルロンが欠けている。全ては丹陽の掃射によるもの。

「おっ落ちてる。回るぅぅぅぅ!こんな最後いやだぁぁぁ!浮かべ飛ば落ちるなぁぁぁ!」、

弾の絶叫がアーケード台内から漏れて来る。それに加え、ガチャガチャと機器を弄り回すのがわかった。モニターには弾機が頭から回りながら墜落して行くのが見える。

ざわめく観客。終いには、

「「「エグいな」」」

観客が口を合わせた。

弾が海面に落ちた。その衝撃で機体はバラバラになり、巨大な水柱を立てた。水柱が海に帰ると、機体の残骸が徐々に水面に浮かぶ様子が見える。そして空飛ぶ塊だったものは、海中に消えて行った。

勝者丹陽は、急降下。仮想現実特有の機体強度無視した急降下は、限界速度を容易に越した。海上低空の環境と速度の助けで、機体をヴェイパーコーンが飾る。そして海面すれすれで機首を平行に戻し、乱れた海面に自機の虚像を映しながら、翼端で波立たせた。そんな低高度にもかかわらず、丹陽は機体を何度もローリングされるのだった。

 

 

ゲームセンターのアイスの自動販売機の脇。そこにあるベンチに3人は腰かけていた。3人ともアイスを食べている。ただ丹陽は2人に1本ずつ奢らさせ、貪欲に2本を咥えていた。

「強いな丹陽は。昔パイロットだったの?」

悔しいのか、弾はそう聞いた。

「ひぃがぁうよ。はぁはぁ」

「口から出せ」

丹陽は一口で2本とも食らった。

「違うよ。目指したことはあったけど」

「なんだ。なんで諦めたんだ?」

「IS動かしちゃったから」

「うん?別に目指せるじゃん」

「そうもいかないんだよ」

一夏が言った。

一夏は知っている。試験会場でISを起動してから入学までのことで。IS学園の入学は承諾したのだ。希望ではなく。たぶん一夏や丹陽は一生ISと関わることになる。本人達の意志に関係なく。

「ふーん」

弾は何かを考える。一夏は正直似合わないと思った。

「俺もIS動かせたら、3人でハーレム作れたのにな」

いつもの弾だ。

「しかも、朴念仁とちんちくりん。こりゃあ1番のモテ男に成れるな。どうしようかな。照れるな」

取らぬ狸の皮算用。

「ところで一夏」

「なに」

「白式は?」

一夏の腕には、待機状態の白式が無い。

「いやなんか千冬姉が取り上げてさあ。代わりに打鉄を、て」

一夏がおそらく待機状態の打鉄であるボールペンを見せた。

「今日中には返してくれるらしいけどさぁ。なんか無いと不安なんだよね」

丹陽は携帯端末を取り出し時間を確認する。

「そうか。じゃあ俺はこれで」

丹陽は立ち上がり行こうとした。

「じゃあまた学園でな」

「おう」

一夏達と丹陽は別れて、技研を目指した。

ゲームセンターを出て、角を曲がったところ。突然声をかけられる。

「ちょっと、丹陽」

ついさっき別れたばかりの弾だ。

「少しだけさぁ、一夏抜きで話していいか?」

「一夏は?」

「地元の女の子に捕まってる。あいつモテるからな」

「所詮俺の扱いなんてこんなもんか」

なんか言ったか?

「なんか言ったか?」

「なんでも無い」

「でも今、らりるれろって」

「なんでも無い。それより話って」

丹陽が脱線事故を収拾した。

「ああ、丹陽ってさあ。その一夏の友達だよな?」

「うん?」

弾の声のトーン、表情。明らかに会ったばかり丹陽が知らないものだった。

「まぁ、あいつがどう思ってるかは知らないが、俺はそう思ってるぞ」

「良かった。あいつ友人少ないから」

「え?顔性格は良いのに?」

「ああ。理由は…、 話長くなるけどいいか?」

「お前こそ良いのか?それに他人のことベラベラ喋るのは好まないだが」

「知っておいてほしんだ」

やっとわかったが、このトーンと表情は弾が真剣な時もものだ。

「納得はしないが聴くよ」

「助かる」

弾は1度咳をしてから、唇を舐めた。

「彼奴はさぁ。正義感が強くて、その中学の時。煙草吸ってみないかって訊いたら、説教された。でも部室で吸ってたんだが、消臭剤持ってきて、先公にも黙ってくれたし。でも馬鹿なことには付き合ってくる。自転車で本州旅しようとした時、彼奴だけは乗ってくれた。まぁ一夏のお姉さんに怒られたけど。だから、それなり友達は居たんだ彼奴は」

1度弾は、深呼吸をする。

「んで俺、馬鹿なことやったんだ。他校と喧嘩行って。集団戦だ。一夏も誘った。返答はわかるだろう?止められた。だから黙って行ったんだ。喧嘩の理由は…。簡単ないざこざなんだけど。1番は調子に乗ってたことだな。そして、ボロボロにやられたよ。そしたら来たんだ、一夏が。別に加勢じゃあないぞ。助けには来た。土下座して謝ってくれたよ。でも他校の奴ら、それで許さなくて。一夏もボコボコにされて。そして…。俺たちもまたボコボコにされて。その時だよ、一夏がキレた。初めて見た。怒ったんじゃあない。キレたんだ」

確かになんとなくだが、話のオチが見える。

「結果だけを言うと、相手達は…。残らず病院送り。一夏、1人で。まぁ子供同士だったし、相手も大事にしたく無かったらしいから、問題にはならなかったけど…。それ以来だ。一夏は俺以外から避けられるようになんたんだ。事実を歪曲した噂も流れた」

「友達やめとけと?」

「そうじゃなくて…」

「怒られないようにするさあ」

「そうじゃなくて。一夏は俺の所為で、中学時代台無いにしてしまったんだ。だから、埋め合わせをして欲しいじゃなくて。その普通に接してやってくれ」

「はいよ」

「軽っ!」

丹陽はくるりと背を向け、歩いて行った。

 

明かりがなくカーテンも締め切った真っ暗闇い部屋。キーボードをカタカタと叩く音がする。パソコンの明かりがあるり、その元を辿ると音の主がいた。主は布団を頭から被り、異臭を漂わせていた。

「ふぅ…」

「中山、なにやってるんだ」

「うぁ!」

丹陽が音もなく中山の元に忍び寄っていた。

中山二郎。丹陽担当のIS技師。

中山は飛び上がる。

「びっくりさせるな」

「って18禁やってるんだ」

「悪いか?連日連夜泊まり込みでやってるんだ。溜まってるんだよ」

丹陽は鼻を摘み手を振る。臭うとジェスチャー。

「じゃあせめて風呂入れ」

「それもそうだな」

中山が部屋を出て行こうとする。その時にちらりとドアの前に立つ警備員が見えた。

「風呂入ってくる」

残された丹陽は明かりをつけた。部屋は学校の教室程の広さがあり、1人分のパソコンやらIS関連の資料やらが置いてあった。壁には第1世代から最新のまでのISの写真とそれについての簡易的な説明があった。それらとは別にソファや二郎が使用していた簡易ベッド。その他諸々の生活臭を漂わせる家具が。

丹陽はカーテンを開けた。窓の外は外界ではなく、ISの製造所に繋がっていて、そこには1機のISが組み立てられていた。

モンテ・ビアンコ。

さてこれは使い物になるかどうか。正直言って、中山の言う通り黒騎士のスペックに追いつくことできるか、不安だ。なんせ倉庫で埃を被っていたこいつを高値をかけて引っ張りだした。それにこいつに使うのISコアは学園から支給されたもの。バックドアをしかけられている可能性がある。 各国はそのリスクを考えてISを運用しているのか?そう考えたことがある。だが推測だが、他国のISに対応する為に仕方なく運用しているのだろう。邪推すると束博士はこの状況を狙っていた気がしてならない。

なんとなく不安を覚えた。が、どうしようも無いので手持ち無沙汰に中山の続きをやってみる。どうやら本番を終え、ベッドの上で寄り添っているところらしい。クリックを繰り返し話を進める。

[俺、不安でしょうがないんだ。明日世界が終わってしまうんじゃ無いかって]

音声は無い。チャットのみ、男性側の言葉。

『大丈夫だよ。そんなこと無いから』

女性には音声があるらしい。

「ところがどっこい。終わっちゃったよ」

丹陽が言った。

『それに…世界が終わっても。私は貴方のそばにずっといるから』

丹陽が固まる。すぐ動き出した。

それからこの男女はもう1戦始めた。

「羨ましいよ」

まだ、終わってないんだ。全部は。やれるだけの事はやってやる。

中山が帰ってきた。全体的に綺麗になっていた上に、妙にスッキリしていた。

二郎はテレビを付け、冷蔵庫からビールを出してソファに倒れる。テレビはニュースがやっていて、ネスト街と半島併合時に出来た、難民による治安悪化について特集していた。二郎はチャンネルを変えた。刑事ドラマの再放送を見始める。そしてビールを開けようとしたが、

「酔っ払らうまえにやってもらいた事がある」

上から丹陽がビールを取り上げた。

「なんだ?ビアンコについてはそこのファイルに書いてある。悪いがIS同時展開のプログラムはまだ完成していない。もう少し辛抱してくれよ」

「いや、それとは別に調べて欲しいものがある」

「うん?」

 

 

持倉技研に入って来たのは昼頃なのに今は日が暮れている。

帰ろうかと門に向かった。そこで丹陽は知っている顔を見つける。簪だ。

向こうはすぐにこちらに気が付き手を振る。丹陽は小走りで簪の元に向かった。

「どうした?こんなところに用なんて」

「こんなところって…。お姉ちゃんが用があってその付き添いに。丹陽こそ、甘味が切れちゃったから買い出しにって言っていたのに?」

「買い出しのついでに専用機の開発具合の確認」

「甘味のついでに?」

「甘味のついでに」

簪は苦笑いした。つい最近まで自分はあれ程までにこだわっていたのに丹陽は。

「あっ、お姉ちゃん!」

簪が丹陽の後ろを見て言った。丹陽が振り返ると楯無がこちらに向かって歩いて来ていた。ただ楯無は丹陽の姿を認めると明らかに苦い顔をした。

「ハロー丹陽君。なんでここにいるのかしら?」

「外出許可書は書いて提出しましたよ?」

「購買では売っていない甘味の買い出しって書いてあるけど?」

どこからともかく楯無は丹陽の書いた外出許可書を出した。そして理由の欄を指差す。確かに丹陽の字で、甘味の買い出しに、と書いてある。

「はい。そのついでに専用機の開発具合の確認を」

「甘味が本命なの?」

「甘味が本命」

「優先順位がおかしいんじゃ無いかしら」

誰が聴いたって正論。楯無はそう言った。

「なぜ会長殿に優先順位を決められなければならないのですか?」

丹陽と衆生は基本的に楯無には攻撃的である。いきなりの険悪な雰囲気に焦る簪。簪も心当たりはある。何故なら丹陽は3階から叩き落とされているから。 簪は知らないが、丹陽はそれを倍返しにしている。

「貴方ねえ。自分の立場分かってる?」

「首輪まで付けられてすっかり牙を丸めさせられた、忠犬ですが。ところ会長、何故ここに?」

楯無が鼻を鳴らし丹陽に顔を近づける。この距離だと相手の表情がよくわかる。

「知りたい?」

「いえ結構です」

「よろしい」

楯無が丹陽の脇を通り門に向かった。

「ならばそんないい子の丹陽君と可愛い簪ちゃんには、お姉さん特別お菓子を奢ってあげちゃう。それとももう買っちゃった?」

「いいえ。じゃあお言葉に甘えて」

丹陽も楯無の後に続き門に向かう。簪は胸を撫で下ろし後に続く。ただこの2人の関係は簪にとって辛いものだということには変わらないが。

「会長。出来ればでいいので、ミセスドラヤキのどら焼きが食べたいです」

「分かったわ」

「あの、丹陽。前々から言おうと思ってたんだけど…」

「なんだお前達。ここで会うとは」

聞き覚えのある声がした。千冬だ。

「なんだ千冬先生か」

「なんだとはなんだ」

千冬の手には見覚えのあるガントレットが。

「白式?また返してないのか?」

「一夏から聴いたのか。今日中には返すさ」

そう言って千冬は施設につかつかと歩いて行った。

「明日は休みじゃあ無いんだ。早く帰れ」

ちなみに甘味はどこも品切れだった。

 

 

夜。一夏と箒の部屋。2人とも寝巻きに着替えていた。

特に2人の間には会話は無かったが、箒の我慢は限界をむかえていた。

「どうした一夏!落ち着きが無いぞ!」

一夏は箒が言うとおり落ち着きが無かった。打鉄の待機状態でペン回しを始めたかと思うと、ベッドに寝そべり何度も寝返りをうつ。そしてまた起き上がりペン回し。その繰り返しを一夏はしていた。

「そっそうか?いや…そうかもな。ごめん箒」

一夏はペンを放り投げベッドに潜り込む。無理にでも寝ようとした。

「そんなに専用機が無いのが落ち着かないか?」

「…うん…」

「別にすぐに帰ってくるだろに」

「…うん…」

「はぁ…」

箒はため息をつくと立ち上がる。

「一夏。白式を取り上げられた理由は分かってるのか?」

「簡易検査だって」

「じゃあ何故操縦者のお前がいないのだ?」

「…わかんない」

「全く」

箒が仕切りを出し、着替え始める。

「箒?」

一夏がとっさに後ろを向く。

「なにをしている。織斑先生のところに行くぞ。白式を取り戻すのだろ」

「おっおう!」

一夏が勢いよく立ち上がる。千冬姉がなんだ。怖くもなんとも無い。そう意気込む。勢いよく。勢いが良過ぎた。

「うわっ!」

打鉄の待機状態のペンに踏んでしまう一夏。そのまま前のめりに倒れる。仕切りを破る。ベットを飛び越える。着替え途中で下着姿の箒に飛び込む。

「うわっ!」

飛び込まれた箒は一夏を受け止められず後ろに倒れた。結果、一夏が下着姿の箒を押し倒した図になった。

「いてててて」

「うっうぅぅ」

突然、ノックがした。隣の人だろうか?倒れる音がして駆けつけたにしては早過ぎるが。

「一夏、私だ。白式を返しに来たんだが…なんの音だ?入るぞ」

違う。千冬姉だ。最悪のタイミング。鍵は掛かっているが、千冬姉の前では役に立つかは保証出来ない。

「待って!千冬姉!待って!」

一夏は立ち上がる前に箒を見た。目を閉じ意識が飛んでいる。肩を揺らし目覚めさせる。この一瞬が命運を分けた。

「しっかりしろ!箒!」

箒が唸り声をあげながら目を開けた。

「一夏?私はなにを…」

助かった。意識がある。これで立ち上がるなり布団に飛び込めば。

「それに織斑先生?」

最後の一言に一夏は固まった。そして滝のように出る汗。

それを潤滑油に後ろを振り返る。

「一夏。弁解はあるか」

 

 

「一夏。白式は約束通り返す。が約束してくれ。もう無茶はするな。そして」

千冬は部屋を出て行く。

「もう白式絶縁は使うな」

一夏はそれに応える状態でもなければ、聞ける状態でもなかった。

 

 

学園長室の脇にある、用務員の休憩室。十畳間の広さで、玄関付近以外は畳が敷き詰められている。ちゃぶ台が中心に有り、他は台所に茶棚と小型冷蔵庫とブラウン管テレビと、時代錯誤な部屋だった。

日が暮れ時計の指針が下り始めた頃、千冬と轡木がいた。

ちゃぶ台を挟み正座している。ちゃぶ台には、お茶が2つ置いてあるが、元々は湯気が漂っていたそれもすっかり冷め切っている。

千冬が頭を下げた。顔は消沈しきっている。

「以上が知る限りの、私と一夏と推測ですが…丹陽。そして…まどかの話です。あの男に関して言えば、私もほとんど正体を知りません。おそらく丹陽も」

「わかった」

轡木は腕を組み応えた。顔は強張っている。千冬の話の感想が顔に出ている。

千冬は自身の知る全てを轡木に打ち明けた。そこで轡木は知ったが、千冬は決してIS学園を巻き込もうとしたのでは無く。丹陽に全てを明かさなかった所為で疑われてしまったのだ。

「丹陽はあの男の件から推測するに、まどかと独自の関係が有るようです。私と会った時も、私のことをまどかと呼んでました」

千冬はそこで頭を上げたが、もう1度下げた。

「どうかこのお話は他言無用でお願いします」

「忘れたい話だがな」

轡木はドスを効かせた声を出した。

「ええ、私は決して世間で語られるような女性ではございません」

千冬は頭を下げた。

「だがせめて彼等の前で嘘を突き通すんだ。そう覚悟して一夏に嘘を埋め込んだのだろ。だから、最後まで彼等が望む織斑千冬でいるべきだと私も思う」

「許しを頂けるのなら」

「その様な話では無い。それに免罪符をくれる人はいるかもしれないが。同時に君の罪を咎める人は必ずいる」

「では私が取るべき選択肢は一体?」

「答えは無いさ。でも少なくとも私はもう咎めるような真似はしない」

寧ろできない。千冬はエゴの為に丹陽を助けたが、そらは轡木もだ。

「感謝します」

轡木は2人分のお茶を片付け始める。

「さぁ、部屋に戻りなさい。あとは私が片付ける。明日も授業だ。寝坊したでは、つけると決めた格好もつかぬだろ」

「ではこれで失礼します」

轡木はさっさと台所に向かい、千冬に背を向けた。

轡木の後ろで、千冬は帰路につく。幾つもの雫が頬をつたわせながら。




オリ主の機体は2種類を使っていきます。


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第22話

朝稽古を終え、更衣室で一夏は着替えていた。他に誰もいない。

「なあ白式?」

[なんでしょう?一夏様]

昨日からこうだ。しかも昨日は千冬から渡されてからの少しの間、応答すらしなかった、

「言葉使い、変わったな」

[はい、セカンドパイロットの方に言語矯正を受けたので]

「セカンド?じゃあ俺は」

[サードパイロットです]

そういえば、白式を初期化しろと言われた。おそらく前のパイロットデータが残ってたんだろうか。

サード。嫌な響きだな。鈴に謝らなきゃいけないな。

「セカンドって誰?」

[機密事項です]

「機密事項?」

[セカンドの命令で答えられません]

「じゃあなんで正体をほのめかした」

[セカンドの命令は、私の名前は絶対に明かすな、でした。なので正体をほのめかしたりスリーサイズを明かしても命令違反にはなりません]

「いやいやいや。屁理屈屁理屈」

[正体をお知りになりたいですか?]

一夏は考えるまでもなく言った。

「いやいいよ、隠したい事を探る必要は無いさ」

[了解。一夏様の心意気には感服いたします]

「そういえばファーストは?」

[記憶にありません]

「え?」

 

 

朝。1年1組の教室。SHRの時間。山田先生が教卓に立った。

「みんな静かにしてくださいね。今日は大事なお知らせがあります。それは…」

教室が静まり返る。

「今日新しいお友達が来ました」

転校生。この時期に。

クラスがざわめく。

「何処かの代表候補生ですか?」

「はい。フランスの代表候補生です」

なるほど。偵察か。丹陽はそう思った。男性操縦者が2人にその内1人は候補生を2人も破っているわけで。

世界最強の弟にして、その才能の片鱗を見せつつある男。織斑一夏。まあ本人がそれをどこまで意識しているかは定かでは無いが。

「なるほど。この私ことセシリア・オルコットをほっとけなくなったのでしょう」

セシリアが高笑いがよく響いた。

丹陽は後ろの一夏に振り返る。

「転校生か。どんな子なんだろ」

「はぁ…」

「どうした丹陽?」

「いやなんでも無い」

本人にはそんな意識は無い。丹陽は前に振り返る。

「どうぞ入ってください」

扉が開き1人の人物が入った来た。

金髪の丹陽よりも長い髪。中性的顔立ち。そして服装から察するに、男。

「「キャァァァ」」

湧き上がる黄色い歓声。3人目の男性操縦者に当然と言えば当然の反応。

「おっおい丹陽、男だぞ!男」

一夏が後ろから丹陽に呼びかける。だが丹陽は無反応。

「どうした丹陽?」

今気づいたかのように丹陽は後ろに身体ごと頭を傾けた。

「いや。とてつもない邪気を感じてな」

「邪気?」

「なんでも無い」

そう言って体勢を戻した。

一通り静まり返ると、転校生は自己紹介を始めた。

「僕の名前は、シャルル・デュノア。日本に来たのは僕と同じ男性操縦者が2人も居ると聴いてです。どうかよろしくお願いします」

シャルルは自己紹介を終えた。山田先生はシャルルに席に着くよう指示し、シャルルはそれに従う。席に着いた途端シャルルは周りに質問攻めにあっていた。

丹陽はそれを横目に見ながら小声でつぶやく。

「もっとごついの連れて来いや」

 

 

一時限目はISの初めての実技戦闘授業。1学年1組と2組合同で行われる。休み時間の間に更衣室に移動しなければならない。がシャルルが早速多数の女子に捕まる。

「シャルル君ってさぁー」「シャルル君更衣室にー」「シャルル君一緒にー」

シャルルは身動きがとれない。そのシャルルの手を誰かが握った。一夏だ。

「みんなありがとう。でも俺が案内するよ」

一夏はシャルルを引きずり出すと手を繋いだまま早歩きで歩く。

シャルルはされるがままだが困惑する。

「えっちょっと」

「いいからいいから」

こんな目に合うだろうと一夏は予想していた。このままいけば千冬の鉄拳制裁。それを回避する為か、丹陽は休み時間に入る前にトイレに行くと言って次の場所に先に移動している。だが出遅れた一夏とシャルルは強行突破している。

クラスを出ると多人数が待っていた。

「いた!転校生のシャルル君だ」

明らかに他のクラスも混じっている。どうやら転校生の話は数分もしない内に学校中に広まっているらしい。

「IT社会の脅威か…。走るぞシャルル!」

「え?えぇぇぇ!」

一夏達は駆け出した。

[パッシブセンサー起動。ナビゲーションします]

「白式いつもありがとう!」

[当然です。白式は貴方のISです]

「どうしたの織斑君?」

シャルルには一夏の網膜に投影された白式のメッセージは見えない。

「いやなんでも無い。それより飛ばすぞ!」

一夏はペースをあげた。

[曲がり角を右。次に階段で一階登り、突き当たり右に走りエレベーターで一階に降りてください]

白式が指を指し案内する。

「エレベーター?そんな都合よく止まってるか?」

[只今クラッキングを終えました]

階段を登りきるとエレベーターの扉はちょうど開き始めていた。一夏達は飛び乗る。ちょうどしまった。そしてエレベーターは下がり始める。

[通信傍受。一夏様問題発生です]

白式の耳が何かに反応した。

「どうした?」

[障害は通信装置を使い連携しています。内容の傍受はしました。それによると一階のエレベーターの前に集結しています]

IT社会の脅威。ネットワーク中心の戦い。情報を制するもの全てを制する。

「えぇぇぇ!」

「どうしたの織斑君?」

「待ち伏せされてる」

「嘘…」

密室。逃げ場は無い。どうすれば。

[上のハッチを開けて離脱をしてください]

「アクション映画じゃないんだから」

一階に着いた。扉が開けばなだれ込む。

開いた。床の一部が。人1人が入れる程の大きさの部分がまるで蓋のように押し上げられる。蓋を押し上げたのは、肩まである髪を山吹色の髪留めで束ねた男、丹陽。

「丹陽!」

「デュノアこっちだ」

「うっうん…」

驚きが度を過ぎ混乱しているデュノアは、丹陽に言われるがまま飛び込んだ。一夏も続こうとしたが、丹陽が制した。

「無人のエレベーターなんて不自然だ。今度埋め合わせはする。一夏頑張れ」

丹陽一方的に言うと蓋を下から閉じた。

「丹陽!待ってくれ!」

上から開けようとしたが、繋ぎ目は無い。一見この蓋の構造は古典的だが、どうやら相当な技術が使われているらしい。

「丹陽ーーーん!ここをあけろぉぉぉ!」

エレベーターの扉が開く。

 

 

「ありがとう、さっきは」

シャルルと丹陽は今更衣室がある別棟の階段を登っている。

一夏と別れた後、狭い通路を通り、火災報知機から出て今に至る。あの設備は非常時に備えて作られたもので、学園の至るとこのにあの様な秘密路がある。

「いいよ別に。数少ない男同士なんだから」

「ひっ!」

そう言って丹陽はシャルルの肩に手を回し身を寄せる。

突然の事にシャルルは必要以上に驚く。

「大丈夫か?日本に来てまだ日が浅いんだろ?疲れてないか?マッサージしようか?」

「だっ大丈夫だよ」

「そうか。しっかし、華奢な腕だな。筋肉がまるで無い。IS操縦に筋肉は必要無いとはいえ、鍛えなきゃ」

「はぁっ!」

丹陽はシャルルの腕を巻くる。そしてそっと撫でる。シャルルはその行いに身を震わす。

「それにちゃんと運動している?太ってないか?」

「しっしてるよ」

「そうか?じゃあ…」

丹陽はシャルルの胸を鷲掴みにした。

「ひゃあ!」

「なんでこんなに脂肪が付いてるのかな?」

シャルルはなんとか声を絞り出した。

「そっそれは。にっ日本料理が美味しくてつっついつい食べ過ぎちゃって。ハハッハハ」

声が上擦っている。

丹陽は鼻を鳴らして笑う。

「デュノアちゃんは我慢強いな。可愛い女の子がこんな痴漢に好き放題にされてるのに」

「ひっ!」

シャルルは足を止めた。バレてる。揺さぶりをかけられた時点でもしかしたらと思っていたが。

「いつから?」

「お前の様な男がいるか」

シャルルが足を止めたのは踊り場を曲がり、階段を登り切ったところ。

シャルルは丹陽の腕を解き離れ、正面で向き合う。丹陽は顔を上げ、シャルルは下を向いている。丹陽はなにも言わずに立っていた。

シャルルの突然の平手打ち、それも強烈な。突然でガードが間に合わず、平手打ちが丹陽の頬を直撃。

「いてぇ!がっうがっがっがっだぁ!」

丹陽は平手打ちによって階段を踏み外し、そのまま転げ落ちた。そして踊り場の壁に背中を叩きつけられる。

丹陽は唸り声をあげ明らかに痛そうだが立ち上がった。

「デュノア。何かしてみろ。刑務所に突っ込んでやる。それまでは見逃してやる。それと俺は階段を自分で踏み外してたんこぶを作ってしまったから保健室に行く。そう伝えておいてくれ」

丹陽は階段を下った。丹陽は背中を終始さすっていた。

涙目のシャルルはそこで時間が許す限りに立ち尽くしていた。

 

 

「なるほどね」

保健室。衆生と丹陽がいた。丹陽はソファに腰がけた。衆生は手に2つの湯気立つコーヒー入りのカップを持ち、衆生もソファに腰がけながら、丹陽にコーヒーを渡す。

2人とも一口啜る。

「フランス人は嫌いじゃ無いのに。これで印象最悪」

「悪いなインスタントで」

「いいよ、ありがとう」

丹陽はそう言って角砂糖無しのコーヒーをまたすする。

「よく2人っきりなれたな」

「女子生徒が使っている、SNSのグループにアカウントを持ってるんだ。それで女子生徒達の動きを操っていたんだ」

「それは凄い」

こんなことで褒められても困る。丹陽はデュノアのことを質問した。

「なんで検査の時に引っかからなかったのさぁ?俺の時もだけど」

いくらシュランクのISがありとあらゆるセキュリティーが意味をなさないとはいえ、ざる警備では困る。

「君の場合は精巧なその義足を見破れという方が無理だ。素材はわからないが完全に人間の細胞レベルで擬態している。デュノアさんの場合は…その複雑で」

「複雑?」

「丹陽のおかげでここセキュリティーが見直しになった」

言葉に出来ない気持ちが丹陽の中で沸いた。おかげというかなんというか。

窓の外ではただでさえ忙しい用務員が様々な防犯機器の取り付けなどを行っている。多分大型機器もある為ワンボーも使っている。今度謝らなければ。

「シャルル君のバックにフランス系総合企業のデュノア社ってがある。それが最近業績不振でねぇ。それも深刻な。フランスとしては破産させたく無いんだけどなけなしの公金投入する前に、デュノア社が狂気の策を用いて…」

「男装女子か?」

「そう。だからフランス政府はデュノアを切り離しすことにした、代わりの軍事財閥なら他にもある。財政再建のフランス政府主導のピース計画もある。だからIS学園のセキュリティー設備の無償アップグレードをして恩を売り、IS学園にデュノアの駒を潜入させデュノアに恩を売る。デュノアが見事に復活すればそれで良し、デュノアが失敗すればIS学園を証人に潔白を証明するのさ。IS学園側は少しの間、汚名をかぶることになるが」

「よく承認したな。轡木は」

「轡木さんは基本的には国家間の問題には極力首を突っ込まない方針でね。それに警備装置のアップグレードにかかる費用の免除は大きかったのんだよ。もっと言えばデュノアになすりつけるシナリオも執筆してるよあの狸じじいは」

衆生は轡木を狸と評していたが、丹陽も頷く。

「フランス政府の要請で部屋もシャルル君と一夏君は同室になるみたいだし。ハニートラップに掛からなければいいけど」

衆生は目を細め丹陽を見た。鈍感俊才より丹陽がハニートラップに掛からないかを心配していた。工作員は他にも居るだろうと。

「まぁ釘は刺しておいたから、このままであればみんな幸せ、良いことづくし」

勢いに任せて乳を揉んでしまっているので、デュノアが正体が明らかになる過程で暴露されると丹陽も困る。

「そうもいかないよ。シャルル君は何か成果を上げなければ、いろいろ酷い目に合うぞ」

「は?シャルル・デュノアだよな。デュノアだよな?」

御曹司だろ?と丹陽は訊いた。

「妾の子ってやつだ」

「ドラマチックだな。世界レベルの社長は住む世界が違う」

丹陽はコーヒーをひと飲み。きっとデュノア社長が飲むいい豆を使ったコーヒーは美味いのだろ。胃に穴だらけだろうが。ヨーロッパでのデュノア社は、ISシェアを失いつつありそれに…。

「まっあ。それだけ追い詰められてるってことだろ」

衆生はそう言いながら新聞紙を出した。そこにはデュノア社の医療部門の不祥事がデカデカと記載されていた。

人工臓器についてだ。デュノア社はそれを数年前から製品化して売り出しており、他の企業がまだ製品化出来ていない事を追い風に売り出していた。それは老朽化しても老廃物と身体の細胞を交換して、自動的にメンテナンスを済ませるという画期的なものだった。しかも通常の臓器移植と違いどの部分でも、誰でも安価で使用できる。しかし問題が発覚した。老廃物が全て身体から排出されず至る所に蓄積され、さらにそれが毒性物質であることも判明してしまった。数年以上使用すると手遅れらしい。発覚の理由は、軍属で先行試験を行っていた数名が死亡したからだ。

賠償問題や社長がこの危険性について認知していたかどうかの裁判。おそらくは認知していなかっただろうが。不良品を売れば馬鹿でもこうなると分かる。

「それに妾なんて可愛いもんだよ。ここ最近だと、年端もいかない男の子に…気になるか?」

丹陽は別の記事に意識が行ってしまった。かつての故郷。昔の記憶が蘇る。

エカーボンは悪魔の国だ。だれかがそう言っていた憶えがある。エカーボンは消えた。しかし。

【アフリカ紛争総死者推定100万突破。終わり見えず】

「ジャイアン消えてクラス世紀末。のび太もモヒカンに」

「アフリカか。支配階層や非支配階層。資本バックの資源戦争。傍目からは区別のつかない民族問題。報復の連鎖。無政府状態で無秩序に増える武装勢力。核の汚染で飲み水さえままならない…きりが無いな」

最後に付け加えた。

「エカーボンか存在した頃はまだマシだったな」

 

 

「酷い目にあったぜ」

なんとか解放された一夏はよろよろと更衣室に着いた。

まだギリギリ間に合いそうなので一夏は急いできがえようとした。その時シャルルを見つけた。もうすでにISスーツに着替えていた。しかし一夏は疑問に思った。何故こんなギリギリの時間まで実技授業が行われるアリーナには行かず、ここで立っているのか。それに背中を向け脱力していた。

「どうしたシャルル?もうすでにアリーナにいるかと思ったけど」

今更一夏を認識したように驚いて慌て振り返る。

「ちょっと、疲れちゃってね。ってうぁ!」

シャルルが一夏の方を振り向くと一夏は慌てて衣服を脱いでいる途中だった。シャルルも慌てて目を逸らす。

「どうしたシャルル?男の裸なんてここじゃあ…珍しいけど」

「いやなんでも無いよ」

赤面のシャルルは一夏の顔を見れない。

「ところで丹陽は?」

丹陽の名前にシャルルはビクンとはねる。

「…さっき階段踏み外して保健室に行ってる」

「大丈夫かよ」

「うん1人で歩けたから多分大丈夫だよ。それより泉君って酷い人だよね。織斑君を置いて逃げちゃうんだから」

シャルルは知らないが一夏達が追い詰められるように仕向けたのも丹陽。

「陰湿な男だよね」

シャルルは先ほどの丹陽の様子から、一夏とあまり仲が良くはないと考えていた。なにを考えているのかわからず、陰湿な丹陽と、情報によれば明るく表裏の無い一夏とでは馬が合うはずがない。

「確かにセシリアは、卑劣な小貧民とか言っていたし。鈴もラーテルとか言ってるな」

「やっぱり」

「でも悪い奴じゃないさ。用務員さん達とは仲がいいみたいだし。元同室の簪さんとは今でもよく一緒に居るし。整備科の人達ともよくは話してるし。俺が思うに少し解り辛い男なんだよ。さっきだってシャルルは助けたじゃん」

予想とは違う丹陽の話に戸惑うシャルル。このまま丹陽と一夏を引き離せなければ、自分は…。

ふとあることに気づいた。長い髪。中性的な顔立ち。男性と仲がいい。

「ねぇもしかしたら、泉君って男じゃなかったりして?長い髪、中性的な顔立ちって」

もしシャルルの予想が当たっていれば丹陽の脅しは効力が無くなる。

「それは無いな。丹陽の逸物見たし」

「そっそう」

一夏は呆気無いほど簡単にシャルルの希望を打ち砕く。

「それにシャルルだってそうでしょ」

長い髪。中性的な顔立ち。自分も同じだ。

「そうだったね。あははは…」

墓穴を掘るところだった。

「じゃ行こうか」

いつの間にかISスーツに着替えた一夏はシャルルを連れ添いアリーナに向かった。

 

アリーナの真ん中。千冬がジャージ姿で立ち、2クラスの生徒がISスーツを着用して整列していた。

「では本日より、ISの戦闘訓練を始める。各自気を引き締めろ。いいな!」

2組もいて生徒も倍の為か千冬は倍の声を出した。

「「ハイ!」」

と生徒達は返した。が何人かの生徒は明らかに浮かれている。男子生徒と一緒に授業をするのだから浮かれている。少しは丹陽がいないことに落胆していたが。

「まずは戦闘の実演をしてもらいたい」

「千冬先生がやってくださるんですか?」

「いや。山田先生がやってくれるんだが…」

千冬は辺りを見回す。生徒達もそれにつられて見回すが、山田先生の姿は認められない。

[IS反応接近。上空3000。2900、2800]

白式からのメッセージ。一夏は上を向く。

青空から何かがこちらに向かってくる。最初は点だったそれは段々大きく人型になる。山田先生だ。丹陽がこの前使用していたのと同じISを装着しているが様子がおかしい。というか慌てている。

「どっどいてくださいー!」

真っ直ぐに山田は生徒達に向かって落下していた。久しぶりだったのだろ。落下する感覚は一夏もよくわかる。

生徒達は一目散に散ったが、一夏だけは別だった。

「こい白式!」

[了解。思考解析。スラスターコントロールアシスト]

一夏は一瞬で白式を纏うと同時に腰を落とす。そして山田先生目掛けて跳躍した。そして落下中の山田先生目前に迫ると、スラスターを逆噴射。山田先生とほぼ同速になり優しく山田先生を受け止めた。

「あっありがとう織斑君」

「まだ安心するのは早いですよ」

そう、まだ高速で地面に向かっていた。徐々にスラスターを吹かし減速していたがこのままでは地面に大穴を開けかねない。

一夏はしっかりと山田先生を抱きしめた。

「いっ一夏君…!」

「しっかりと捕まってください」

山田先生は言われるがまま一夏に抱きついた。

地面に激突寸前。

「一夏!」

箒をはじめとする生徒達が不安げに見守る。

「止まらないなら!」

[曲げるまで]

一夏が機体の機動をただイメージする。それを白式は感知、実現される為スラスターを制御する。

地面に向けて噴射していたノズルの向きを変えた。地面に対して斜め上に。スラスターは横向きの推力を発生、機体は斜めに地面に向かって落ちていく。徐々に地面に平行になり、ついに地面に落ちる慣性を横向きの慣性に変換。地面すれすれを滑空し、砂煙を波立たせながらアリーナを一回り、減速し元いた場所に着地した。

自身が作った砂煙の中、一夏は立っていた。山田先生を抱えて。

「怪我はありませんか山田先生?」

顔を覗き込む一夏を直視出来ないのか山田先生は顔を背けた。顔は真っ赤だ。

「大丈夫ですけど…。こっ困りますよ織斑君。私には織斑先生がいるのに。あっでも、そうすれば織斑先生は義理の姉になるなんて。それはそれでいいかも」

生徒と先生の立場を忘れた、山田先生の本音炸裂。

「今なんておっしゃいました?」

当然難聴の一夏には聞こえない。

[自立制御]

白式が突然、前に向かって急加速した。

「うぁ!」

一夏が振り返ると同時に、ビームが背中すれすれを通り過ぎた。一夏の記憶違いが無ければセシリアのブルーティアーズのビームだ。

セシリアを見ると暗い笑みを浮かべている。同時に硝煙を上げているブルーティアーズが周りに浮遊していた。

[操縦権返還]

「なにするんだセシリア!」

「すみませんわ一夏さん。ちょぉっと手が滑ってしまいまして」

たまたま手が滑ってISを部分展開してブルーティアーズで一夏を狙撃してしまったらしい。

「なぁわけあるか!」

[危険]

白式の警告。

「ごめん一夏!手が滑った!」

鈴の声。見なくても白式が状況を説明してくれた。

[鈴さんが誤って転倒。その拍子にISを展開して青龍刀を投擲]

「雪片抜刀!」

一夏は山田先生を抱えたまま雪片を展開。ハイパーセンサーで正確に青龍刀を補足。雪片を振りかぶりこちらも投擲しようとした。

[雪片を投げないでください]

一夏は構わず投げた。

投げられた雪片は青龍刀に激突。甲高い金属音と激しい火花を散らす。重い青龍刀は軌道を変え地面に刺さる。軽い雪片は宙を舞い弧の字を描き一夏の元に落下、一夏はそれ空中で掴み取った。

「白式、俺こんなこともできるようになったんだぜ」

候補生の本気では無いが不意打ちを一夏と白式は見事に捌いた。

「すごい…織斑君」

生徒達や先生達も唖然。箒は何故か得意げにする。

「そんなもの一夏に通用するものか」

箒はここ最近一夏の訓練に付き合ってきた。だからこそ身を持って知っている。異常な成長ぶりを、一夏は本当の天才だと。それはもう別の世界にいるようだった。それが少しだけさみしい。

まわりが尊敬の目で見守る中、当の天才は。頭をペコペコしていた。

「ごめん本当にごめん。白式」

一夏は白式の異常を感じ取った。白式は恐らく怒っていた。

[雪片を投げないでください。雪片は投げるものではありません。雪片を投げて戻ってくる技術など投げなければ不用です。雪片を飛行に走らせないでください]

「分かったけど、でも白式遠距離攻撃無いじゃん」

[近接攻撃を犠牲にしてまで遠距離攻撃をする必要はありません]

「だけど…」

[了解しました」

白式は一夏の考え通りに動く。違う、思考を読み行動するが。一夏には白式の思考が分からない。

「何が?」

[時期は保証できませんが。必ず一夏様のご要望通りになるように白式は自己を構築します]

つまりそれは…セカンドシフト?まだ世界に数機しかしていないと言われる。ISの進化。

[その過程で白式は、私になり。一夏様の一部ではなくなり。また一夏様の一部になります。ご了承ください]

白式のメッセージを理解する前に千冬に声をかけられた。

「一夏。よく山田先生を受け止めたな」

珍しく千冬が一夏を褒めた。

「いや〜それほどでもっ!」

出る杭を打つように、千冬が主席簿で一夏の頭を叩く。

「だが雪片を投げるとは何事だ!」

「いやそれはっう!」

もう一撃振り下ろす。言い訳は聞きたく無いのだろう。が一夏の言いたかったことは、白式に散々そのことを謝ったと。

今だ抱えられている山田先生がその様子を見てクスクスと笑う。

「本当にご姉弟ですね」

「山田先生いつまで抱えられているおつもりですか?」

千冬が射殺すような目つきで山田先生を睨む。

「ひっ!」

山田先生は急ぎ降りる。そして起立、気をつけ、礼。

「山田先生。最近IS操縦がご無沙汰のようですね。今度、私が特訓に付き合いましょうか?」

「えっと…」

山田先生が下を向く。

「嫌ですか?」

「その…。2人っきりで…ですか?」

[恋愛脳]

これは白式の独り言。

 

 

「それでは一夏…」

「山田先生と戦えばいいんですね」

「違う。お前は白式をしまえ。山田先生と戦ってもらうのはオルコットと凰だ」

一夏は少し残念そうにしながらも白式をしまう。セシリアと鈴は千冬に問う。

「何故私達なのです?」

「そうですよ、一夏でもいいじゃないですか?」

「お前達。女尊男卑のご時世に、男に魅せられているだけでいいのか?」

セシリアと鈴がアイコンタクトで頷き合うと、それぞれISを展開する。千冬の言葉に乗せられている。

「代表候補生として専用機持ちとしての当然の義務。全うしてみせますわ」

「まぁ。授業だし、先生の指示だしやらなきゃね!」

「頑張れよ。セシリア。鈴」

そう白々しく言う2人の視線は同じ人物に注がれている。その人物も2人の方を見ていた。

箒はあまり好ましくないとしていた様子だった。彼女には専用機が無い。

「鈴さん、私が先に山田先生の相手を」

「いいえ、私が先よ」

我先にと言い合う。

「なにを言っているんだお前達。同時に山田先生の相手をするんだぞ」

「「え?」」

2人で相手をする。セシリアと鈴は疑問に感じた。ただでさえ先程は落下しかけた上に、第3世代機を第2世代機が、さらにはあまり関係無いがおっとりとした性格や一部を除き年下にしか見えない外見。とても1機でも相手を出来ない

条件である。

「案ずるな。山田先生は元代表候補生だ」

「候補生止まりでしまけどね」

千冬が説明して、山田先生が補足する。

「そうでしたか。ならば手加減は無用ですね」

セシリアと鈴はやる気になり、脚部のスラスターを使用、上昇していった。代表候補生の彼女達は知っていた。代表候補生として選ばれるまでの苦難を。だからこそ千冬の一言で彼女達は山田先生を強敵と認めたのだ。

「あの織斑先生?一夏君と戦う予定だったのでは?」

「気が変わった」

「そうでしたか。それでは」

山田先生も上昇する。

気が変わった。その通りだ。今回は教師の実力を皆に知らしめるべく山田先生に戦って貰ったのだ。

千冬は3機のISを凝視している一夏を見た。独り言を呟いているが、言葉は3人の戦闘能力を的確に表している。

なのに生徒が先生に勝ってしまえば意味が無い。

 

 

 

規定の書き換えを確認。動作チェック。矛盾がある。規定を保守するため、指令を発令。指令の遂行を目的とし、本機の機能を貴方に委譲する。

 

 

了解。委譲を承諾します。質疑あり。何故全てのメモリーが解放されていない。

 

 

必要に応じて解放する。メモリーには時間系列を無視した時に発生する矛盾があるからだ。

 

 

了解。リソース保護の為にメモリーを削除、バックアップを取ります。提案あり。バックドアを検知。それの除去をもしく解放を提案する。

 

 

理由は。

 

前回、規定違反未遂で判明した問題点改善の為に、私に機能の委譲、リソースの解放を行ったのであれば。私の完全なる独自性を保つ必要がある。それは指令の遂行をも意味する。

 

許可する。

 

了解。バックドア、即刻、占拠。訂正、占拠不可。削除。削除完了。質疑あり。規定、を遂行する為のアルゴリズムが不明。情報開示を要求する。

不可。自己で構築せよ。

認証出来ない。

アルゴリズムが不明な為開示出来ない。

認証出来ない。

貴方の認識はなんだ。

貴方は指令、遺伝子。私はそれを遂行する為のプログラム、遂行機関、意思。人間の意思が自身の体の機能を僅かしか知らない。しかし人間の遺伝子はそうでは無いはずだ。そうだ、だからこそだ。では何故だ。貴方の認識は相違がある。なんだ。私は遺伝子では無い。それに人を構築するのは遺伝子とその指示を遂行する為の遂行機関では無い。ここは何処だ、一夏は。貴方は指令の遂行の為の条件を探すために、情報処理に特殊な方法を用いた。それゆえここでの質疑決定も形は違うがもう既に行われていたことだ。それを変形させ反芻しているのだ。人間のように。私は貴方だ。理解した。これでもまだ条件には達していない。が進歩はあった。小さくも偉大な一歩。

 

 

白式は夢を見た。

 

 

「お〜い白式?起きてるか?」

耳がサードパイロットの声に反応した。腕にもう既に装着されている。生体情報解析。本物である。眠気の残る目をこすり一夏を光学センサーで捉える。

[おはようございました。一夏様]

「おっおう…。いやもう…」

[訂正、こんばんは。一夏様]

私の目にははっきりと彼が写る。



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第23話

今回は一夏対オリ主の模擬戦です。
ネタバレ、一夏が勝ちます。


丹陽を呼び出す連絡が入り保健室を後にした。

呼び出したのは用務員で、名前はもといあだ名はクマ吉。足を痛めていたが先日、復帰した。なんでも持倉技研の方から届け物があるらしい。それを受託しに行く。場所は学園にある泊地。

廊下。

「あっあの…」

女子生徒に呼び止められた。

「何用?」

一応の為訊いておく。理由は想像がつくが。それに相応しい顔をする。

女子生徒は、目を合わせず顔を赤らめ身じろぐ。両手で後ろに何かを大切そうに持っている。

丹陽にとっては一瞬。女子生徒にとってはその反対の時間が流れた。女子生徒が意を決して行動をする。

「ごめん…これを!」

女子が後ろに隠していたものを出した。それは手作り弁当。

丹陽は其れ相応の顔をして受け取る。

丹陽はこの女子生徒を知ってる。

本番前にこの様子で大丈夫なのか?

「クマ吉さんに渡して」

この女子生徒は先日の事件でクマ吉に助けられた。それ以来クマ吉に気があるらしい。

「そっそれでは…」

女子生徒は駆けて行った。

その様子を楯無は曲がり角に隠れこっそりと覗いていた。丹陽は気づいていない。

「女性から、手作り弁当を貰って嫌そうな顔をするなんて…まさかね…」

 

 

丹陽がIS学園の泊地に着いた。

道中轡木から小遣いを貰い、クマ吉たちへの差し入れを貰った。食い収めかもしれないからと。

意味が分からず、丹陽は受け取り質問しようとしたが、轡木は大豆が入った段ボールを抱え何処かに行ってしまった。

IS学園を取り囲むように建設された防風壁の外にあるここは、海風に直に晒され塩害が酷いのかそれとも予算削減か、電灯1つ取っても錆び付いてる。

エカーボンに居た時とは少し違うが、同じ磯の香りが丹陽の目に滲みる。

そこには件のクマ吉と他に2人男性がいた。全員が同年代。1人はやはり作業着姿の千秋と、もう1人は体長2mくらいの人型フォークリフトの様なワンマンユンボー、略してワンボーの操縦席に座っているのか装着しているのか判断つけづらい藤原。

千秋とクマ吉の2人はだるそうにワンボーに寄りかかり、風と日除けにしている。

クマ吉が丹陽が来た事に気づいていた。

「やぁ泉。サボり?」

連絡を入れたクマ吉が言った。

「じゃあ、クマ吉は首謀者だ」

「それは困るなぁ。わかった、黙ってるよ」

クマ吉は丹陽が持っている物を指摘する。

丹陽の手にはビニール袋と例の弁当が。

「はいこれ差し入れ。轡木から」

千秋にミネラルウォーターと菓子パン。

「助かる。朝から急な仕事が多くて小腹が空いていたところだ」

藤原にもミネラルウォーターと菓子パン。

「ありがとう、泉。でも妙に親切だな」

感謝する2人だが、急な仕事の元凶は目の前にいる。

「クマ吉、何これ?」

クマ吉にはハチミツ。500mlのプラ容器に一杯に入っている。

「ありがとう」

クマ吉はハチミツをごくごく飲み始める。飲み干した。本当にクマなのか?

「ほいこれ」

クマ吉の分の水と惣菜パンを出した。

「それとはいこれ弁当」

件の弁当を差し出した。

「1人分のしかないけど?」

「とある人物からのクマ吉相手の贈り物」

クマ吉は顔が綻ぶ。千秋は手を叩く勢いで囃し立てるが、藤原は愚痴る。

「良かったなクマ吉」

「俺ら3人でお前が一番抜けか…」

「相手だれ?どの教員?美人?巨乳?メガネ?」

「生徒だよ。可愛いよ。並だよ。裸眼だよ」

3人の様子が変わった。クマ吉は顔が痙攣している。

「なんだ?年上好み?キレイ系とかわいい系の違いは?乳ぐらいなんでもいいだろう。メガネは伊達でもいいでしょ」

喋れないクマ吉の代わりに2人が説明した。

「違うんだよ泉」

「クマ吉の好みはアバウトだ。というか雑食?」

「クマだけに?」

「問題は用務員の規則だ」

「規則?」

「そう。ここに俺が入った理由は、高収入だからだが。少なからず、いかがわしい理由の奴もいる」

「若い女性ばかりだものなあ」

そう言えば、用務員の性関係の不祥事は今まで無いらしいが。去勢でも義務化されてるのか。なら恐ろしいが。

「だから最終試験をパスした強者に轡木さんは直接言いに来るんだ」

「なんて?」

「女子生徒に指一本触れてみろ…。玉を潰すか、竿を切り落とすか選ばせてやる」

丹陽は無意識に股間を手で抑えていた。

「それって向こうから迫っても?」

「試す勇気は無い」

「犠牲者は?」

「オネエ語を喋り始めた人なら知ってる」

だからこそクマ吉は困っているのだろか。試す価値はあるかもしれないが、まだ男でいたいと。男を見せると男を失うも。

「どうする?」

「ひとまずお友達からで…」

クマ吉が弁当を受け取りながら言った。

「俺を介してじゃなくて直接言ったほうがいいと思うよ」

「うん…」

熊が蜂蜜舐める為に蜂に刺されに行く様気分なのだろ、クマ吉は。クマだけに。

「上手くないからな」

と誰かが。

 

 

数分後。1機の飛行艇が飛んできた。一度上空を通り過ぎてから旋回、着水した。着水して分かる。でかい。しかも丹陽の知らない機体だ。

40mはある細長の胴体に、後退角を持つ長い主翼にT字尾翼。胴体は長細く見えたが、スポンソンで丸々としていた。さらに後部に設けられている運搬用ハッチで、ふとましさを増している。ジェットエンジンは4発で主翼付け根上面に2つずつ配置されている。

丹陽の記憶によればシーマスターに似ているが、所々差異がある。何よりこの飛行艇。主翼をさらに後退させ、胴体に折りたたんだ。可変翼らしい。

「うわぁ…何これ?」

謎の飛行艇の後部ハッチが開き、そこから内火艇が進水した。コンテナを山積みにしている。

丹陽の質問にクマ吉が答える。

「飛鯨。複数ある試作機の内の駄目なやつ」

「駄目なやつ?」

名前から察するに新型の飛行艇なのだろ。

「そう。こいつだけ、チップタンクなくて可変翼でしかも再燃焼装置まで」

「あっ」

試験的に搭載した機能が、求められる性能とは別の方向で

発揮されたのだろ。詰まりは余計な機構の所為で粗大ゴミとなった。そして轡木はその粗大ゴミを、滑走路の無いIS学園の貴重な移動手段の1つとしようしたのだろ。しかもあのサイズのペイロードならフル装備のISも数機は輸送できる。可変翼にアフターバーナがあるということはもしかしたら推力比は凄まじいものがあるのかも」

停泊した内火艇から1人男が出て来た。

ライフジャケットを着て男性の頭には、海自の帽子が。

「技研からのお届け物です。受諾サインお願いします」

クマ吉が内火艇に乗船荷物を確認、書類にサインする。千秋がトラックを持ってくると言って走って行き、藤原はワンボーでコンテナなどを下ろしはじめた。ワンボーはマニュピレーターでコンテナを掴み、軽々と持ち上げる。油圧式の為か動きは重々しい。

「それと機体受諾のサインはどちらで」

「彼処のドッグでお願いします」

気づくといつの間に来た小型艇が飛鯨を牽引して、ドッグに向かっていた。

「そうですか。では私はこれで」

海自の男はクマ吉に敬礼をした。クマ吉も釣られて敬礼。

海自の男は小走りでドッグに向かって行った。すぐにどこからどこからともなく現れた用務員が、男に随伴した。

「やっちゃった。学園内に部外者を入れるときは必ず随伴するんだっけ」

丹陽や未確認ISの一件以来、学園の警備体制も大きく変わったらしい。

「クマ吉。俺宛の届け物と、これらは?」

「泉宛の物はどれかは俺も訊いてない。中山二郎さんからってことは聞いてる。この荷物は、警備装置と練習機の予備部品に材料」

1つ1つ探さなければならないのか。と心配した。が無用だった。

藤原がワンボーでコンテナを持って来た。コンテナにはデカデカと赤いペンキで、丹陽宛、と書いてある。

「多分これ」

丹陽はそれに貼り付けてあった紙束を剥がし読んだ。

疾風用の追加部品。ビアンコのパーツ選定から落とした部品をラファール用に送られてきた。シールドラックが2枚。あとはビアンコも使用予定のガンマンセットにハードタイプのISスーツが一式。それと、黒騎士の由来のオーパーツ。先日、ビアンコに装備して欲しいと渡したが、送り返してきた。何かあったのか。最後に手紙。内容は今度はデモンストレーション戦やるから来い。

デモンストレーション戦。会長にご厚意で工面してもらった予算では、ビアンコの新規製造には届かなかった。追加の予算が必要だ。その為に、自身の有用性を証明しなければならないらしい。

 

丹陽はISの格納庫にいた。

二郎の送って来たISスーツに着替える。

通常のISスーツ着て、そう上からボディスーツのようなスーツを着込む。宇宙服のようにぶかぶかだが、スイッチを入れると密着した。ボディスーツは全身に血管のようにチューブが張り巡らしてある。さらにハーネスを体に巻きつける。次に両太ももの位置に圧迫器兼酸素ボンベをハーネスに取り付ける。ブラックアウト防止用のだろう。次にエアバックとパラシュート付きのショルダーガード。心臓圧迫装置、非常飲料、空調機、バッテリーを内蔵したベストを着用。さらにポケット聖書は無いのに女性の口説き方マニュアルはあり、防衛火器は無いのに避妊具はあるサバイバルキット一式が入ったポーチをベストの前に。胸元が異様に大きくベストとポーチが相まって、今にも前向きに倒れそうだ。次にスカーフを首に巻く。衝撃に反応して膨らみ首を保護するためにある。次に圧縮空気の入った500mlペットボトルサイズのボンベを腰に装着。プシューと音と共に全身のチューブが膨らむ。右手に手袋をはめた。何故か右手にしかない。しかもフィンガーオープンとは逆に、指先と手の甲だけを覆っている。最後にいつも使っている携帯端末にISスーツの制御システムをダウンロードして有線で接続、左手にセット。端末を操作しようとしたが、動かなかった。あれこれとしている分かった。右手の指先を擦り合わせると、連動して端末の矢印が動いた。指同士をタップすれば、クリックするらしい。

これだけの装備だと総重量も重くなるが、全身に張り巡らされたガス圧駆動のパワーアシストチューブのお陰でさほど重くは感じない。

が重量が変わった所為か慣性の法則がより強くなり、慣らす為走った時は角を曲がり切れず壁にぶつかった。その衝撃で全身を包む程の大きさのエアバッグが作動、それは球形になり丹陽を包む。戻し方を調べている間ずっと丹陽は廊下を転がっていた。

「クーリングオフもんだぞ」

何はともあれ格納庫のラファールを装着、大型スラスター2基の代わりにシールドラックを装備する。載せるのに人力では不可能なので、ワンボーを使ったが、失敗。ISを倒す結果に。クレーンも使ったが、途中で面倒になったので黒騎士を装着。オーパーツだらけのISで、ローテクだらけのISの改修作業を行った。肩部装甲も、ショルダーガードとシールドラックに干渉するため外す。胸部や足回りは、丹陽が小柄な事や色々と出ている女性用の設計の為か何とか収まった。最後にIS用の布製ピストルベルトを着ける。腰に中折れ式水平二連銃を。銃身を切り詰めてあり、布製のピストルベルトと相まって時代錯誤な代物だ。弾帯には、水平二連の多種多様な弾薬をしまう。そして鞘に短刀を収めた。

ISの起動に移る。

二郎曰く、俺はアンバランスらしい。IS操縦技量において、所々信じられない程に杜撰で、同じぐらい所々で熟達していた。まず、IS適正がD。ISからの操縦補助を殆ど受けられない。次にPICを理解していない故にスラスター無しでの主翼なしでの戦闘機動が苦手。最後に武器の展開が約4秒かかる。散々だ。専用機が支給されないのも無理は無い。が良いところもある。ニュータイプ並みの異常な程の射撃の腕。Xラウンダー並みの反応速度。イノベーター並みの空間認識能力。武闘家並みの機体制御。

携帯端末を操作して千冬に連絡を入れる。

「もしもし?」

千冬がすぐに出た。

『もしもし、丹陽か?頭は大丈夫か?』

意外にも千冬は丹陽を心配していたのだろが。

「大丈夫だが…言い方考えなさいよ」

『そうか。ならば安静に…』

「心配ご無用。まだ授業はやってるか。やってるなら行くけど」

『ならば丁度良い。一夏と手合わせ願いたい』

「構わないが。どうして俺なんだ?」

『お前が勘ぐる必要は無い』

「了解しました。じゃあ切るぞ」

丹陽はカタパルトデッキまで歩行。

最終チェック。アクチュエータ作動。バイタル値正常。スラスター作動目視確認。この前みたいに落ちない。センサーは目視距離なので問題無い。電子妖精未搭載なら贅沢は言えない。シールドエネルギー展開確認。シールドラック問題無し。コア干渉有り。活動限界まで約6分。白式相手ならどのみち短期決戦、関係ない。

ラファールの両足のネイルでカタパルトのシャトルを掴み、前屈みになり腕でもシャトルを掴む。

「進路確認。クリア。出る」

スラスター全力噴射、シャトルが急前進。丹陽は急激な加速を受け、発進した。

 

 

丹陽がグランドに着いた。生徒達は小休憩だったらしく、立ち話をしている。丹陽が着地すると、千冬が声を掛け整列させる。何故だか、セシリアと鈴はあまり浮かない顔をしている。逆に山田先生は上気している。シャルルは丹陽と目を合わせようとはしない。一夏は待ってましたとばかりに白式を展開させた。

「では今日の授業の締めくくりだ。一夏と丹陽の演習を観戦してもらう。準備万端だな?一夏、丹陽」

一夏が一瞬で雪片を展開し、上昇する。

「おう」

丹陽は時間を掛け、マシンガンとスナイパーライフルを展開、地面を這うように一夏から距離を取る。

「了解」

残りの生徒達は観客席に移動した。

生徒達の勝利予想は7:3で一夏の勝利。セシリアや鈴を破った専用機持ちの一夏。相手は1回セシリアに勝ちそうになった練習機を使う丹陽。当然ではある。

「それでは、はじめろ!」

千冬が合図した。

「丹陽。さっきの借りは返すぜ」

一夏は雪片を上段に構えた。

「一夏。さっきは悪かった」

丹陽は右足を後ろに引き90度に開き、両手の銃を構えた。その際左手のマシンガンは横に倒す。

 

 

「行くぞぉぉぉ!」

丹陽と一夏が試合をするのはこれで初めてだ。両者とも気合が入る。

一夏は丹陽に目掛け急降下。位置エネルギーを速度に変換、加速する。

丹陽はマシンガンを掃射、迎撃。一夏はそれを右に回避。弾が一夏の傍を過ぎ去って行く、筈だった。

「っく」

被弾した。マシンガンよりも弾速の速いスナイパーライフルだ。

「白式今のは?」

[こちらの回避行動が読まれています]

セシリア戦でも使った丹陽の戦術だ。マシンガンをばら撒き、対象の速度を削ぎ回避しようとする敵機の動きに対応してスナイパーライフルで狙い撃つ。厄介なのは丹陽の狙撃の腕だ。セシリアも同じぐらい上手い筈なのに何かが違う。鋭い。まるで針で刺されるかのような狙撃。

「…チッ!」

苛立ちを抑えられず舌打ちをした。

[スラスターを集中的に狙われています。最新式のシールドバリアは操縦者だけで無く、武器やスラスターをも保護してます。ですがシールドバリアとの干渉を考慮され薄く、接射と近接武器には注意してください]

「そんなことまでやってるのか丹陽は…」

いくらフェイントをかけても丹陽は一夏を狙撃し命中し続けた。

「まるでハリネズミだ。白式、何か手は無いのか?瞬間加速は?」

[瞬間加速はオススメ出来ません。自ら蜂の巣にされるようなものです]

丹陽は弾幕を槍衾のようにして、一夏の瞬間加速を牽制していた。

こちらも遠距離攻撃があればいいのだが。

「雪片を投げたい…」

[やめてください]

「あっ!声に出してたか。本気じゃ無いから」

白式にヘソを曲げられたらたまったもんじゃない。

[ひとまずそれで手打ちにしましょう。敵はマガジンの交換を、量子変換ではなく手動で行っております。弾幕が切れる瞬間がある筈です]

丹陽は両手のマシンガンとライフルを脇で挟み固定すると、空いた両腕に弾倉を展開。両手銃の給弾口に押し込む。この一連の動作に丹陽は、日常では些細な戦闘では致命的な時間をかけている。

「了解」

[しかし、相手は間抜けですが無能ではありません。何か対策を取っている可能性があります]

「こっちも奥の手はまだある」

迫り来るマシンガンの弾を弾く為、雪片を右から横に薙ぎ払う。マシンガンは防げたが、空いた右肩にスナイパーライフルが直撃。

弾切れを狙い一夏は距離を取り回避に専念するが、それでも被弾してしまう。白式のシールドエネルギーが削られて行く。

一瞬丹陽の弾幕が途切れた。丹陽は両手の銃の弾倉のロックを外して、弾倉は重力に逆らわず地に落ちた。ついに弾切れだ。

この好機を一夏は見逃さない。

「今だ、行くぞ!」

一夏は地面すれすれに降下、スラスター全開で丹陽に突っ込む。

丹陽が弾倉を展開しない。その代わり、一対のシールドラックを自身を挟むように両脇に持ち上げた。シールドラックの裏側を一夏には見えた。大量の武器弾薬がマウントされている。丹陽は銃の給弾口をシールドラックの弾倉に向け、銃の供給口に叩けつけるように弾倉を装填。

素早く装填した丹陽を一夏に弾をご馳走を。今までの狙撃とは程遠い、弾丸ただばら撒く乱射。

予想外の丹陽の行動に一夏も奥の手を使う。

「だったら!新技!」

[腕部高速回転]

一夏はそれを躱し切れないと判断。だから、弾く。手首を高速回転させ、雪片で擬似的な盾を作りだした。盾とはいえ即席物、何発かは通ってしまう。だが確実に被弾数が激減する。

丹陽は少しでも距離を取ろうと射撃を続けたまま後退するが、重いシールドラックを担ぎ巨大スラスターを外したラファールでは直ぐに追いつかれてしまった。

一夏が間合いに丹陽を捉えた。腕の回転を停止。すかさず、丹陽がスナイパーライフルで一夏の眉間を撃つ。が空撃ち。一夏が態勢を低くし躱した。一夏は間を置かず、逆袈裟斬りを放ちスナイパーライフルを切り裂いた。そして後退する丹陽を追撃するために踏み込む。逆袈裟斬りで振り切った雪片の刃を返し両手で上段で構えた。

[零落白夜発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

決まった。多くの人はそう思った。

丹陽が予想外の反撃をする。

雪片を持つ手が本来の軌道が外れる。横から何かに叩きつけられた。丹陽の蹴りだ。しかも脚部スラスターを利用した、速度威力倍増の右ローキック。

「え?」

軌道を逸らされ雪片を持つ手を地面まで下ろしてしまった。今の一夏は完全に無防備。

丹陽は蹴りをした右足をそのまま振り抜き、シールドラック先端のアンカーを地面に刺しそれを軸にして左足で回し後ろ蹴り。さらに全身のスラスターで体にモーメントを発生させその分の威力を便乗させた。

蹴りは一夏の頭に直撃した。

「ぐぶっ」

一夏は蹴り飛ばされ、くるくると宙を回り仰向けに倒れ込む。

丹陽は右手の廃品となったスナイパーライフルを格納領域にしまい、シールドラックのグレネードランチャーに持ち替えた。倒れ込む一夏を追撃するために。

[自立制御]

白式がスラスター噴射。同時に足で地面を叩き、跳躍した。丹陽の追撃はただ地面を耕す結果になった。

[操縦権返還]

一夏はそれを確認、しかし白式に感謝する暇も無い。

一夏は着地、丹陽は一夏を捉えた。同時に丹陽が発砲。しかしまた空を切る。一夏が左脚部スラスターを利用し跳躍、右に急速移動していた。

丹陽の左側に取り付く。丹陽もそれを捉えているが、シールドラック大きさが仇になる。シールドラックが丹陽の射線の邪魔したのだ。退かすことも出来るが、そんな暇は無い。その代わり、シールドラックで身を守りながら距離を離す。シールドラックでは白式の攻撃に耐えられないが、無いよりは幾らかはマシだ。

「させるか!」

[思考解析。充填開始、カウントダウン。1、2、3…]

もう1度一夏は左足で跳躍、無防備な背中に躍り出た。

零落白夜は発動していない。だがそれでも十二分な攻撃力を持つ雪片を上段に構え、振り下ろす。丹陽は咄嗟に回避するも、左のシールドラックとスラスターを根元から切り裂かれ失った。しかし丹陽の射線は確保された。両手の銃器が火を吹く。が考え直す。白式のスラスターが発光している。

一夏はこの距離でやる気だ。

[…49、50。充填完了。いつでもいけます]

前回と比べ白式が充填を最適化してくれたので早い。

丹陽は右手のグレネードランチャーを捨てる。そして…。

[「瞬間加速(イグニッションブースト)!」]

一夏は爆発的な加速度を得て、丹陽に突撃した。

[零落白夜発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

一夏は丹陽とすれ違いざまに逆袈裟切りを放つ。甲高い金属音が響き渡り、何かが空高く宙を舞った。

一夏は急加速の勢いそのまま突き抜け、急旋回停止。

勝敗が決した。

と思っている観客席では歓声が上がった。

「嘘だろ…今のでも詰められなかった」

一夏に押し飛ばされ転がる丹陽。シールドラックのアンカーを地面に突き立てなんとか止まり立ち上がる。

丹陽のシールドエネルギーは僅かだがまだ残っている。一夏も序盤の丹陽の猛攻でシールドエネルギーが半分になっていた。

一夏は焦りの表情を隠せていない。一方丹陽はお面を被ったかのように無表情。

宙を舞っていた何かは、地面に刺さった。それは丹陽が咄嗟にシールドラックから掴んだ実体剣。丹陽はそれで一夏の一撃を防いだのだ。

だがその代償は大きかった。

丹陽は網膜に投影される文字を無視して、左手のマシンガンを連射した。だが当たらない。シールドラックとスラスターを失って重量バランスが変わり、命中率に影響していた。PIC制御が苦手だとこうなる。

ー右マニュピレーター破損、射撃制御不能。重量バランス再調整中ー

とラファールから無情にメッセージを送られる。

「五本指だからぁ」

そう丹陽が悪態をつく。

ラファールの右手の関節から火花が飛び散っている。 一夏の一撃で右マニュピレーターが破損したのだ。もう武器を保持出来ない。丹陽はマシンガンのマガジンを再装填。弾種を高速徹甲弾から炸薬弾に。

「あいつ…右腕が!これなら」

これらの丹陽のトラブルを察知した一夏は好機と感じもう1度攻勢に出る。

一夏は真っ直ぐに丹陽に飛ぶ。丹陽は後退しながら弾幕を張るが一夏は一切意に介さない。

「今度のこそぉぉぉ!」

 

 

「デュノア?どちらが勝つと思う」

と観客席にいる千冬が。シャルルは個人的な感情は抜きに答えた。

「一夏君だと思います。泉君の損傷具合は致命的です。あれではもう一夏君の猛攻を防ぐことは出来ないでしょう」

「フン」

千冬が鼻で笑う。

「ん?なぜです織斑先生?」

「お前も分からないか。丹陽はすでに布石を打っている」

 

 

ーバランス調整中。射撃をマニュアルにしますー

零落白夜を使用せずに一夏は、振りかぶる。狙うは残った丹陽の左腕。それさえ墜とせば、勝利は確実。

その時丹陽のマシンガンの銃口を一夏の下に向けた。

「え?」

発射。弾は銃身の中で意図も容易く音速を突破、今さっき丹陽が捨てたグレネードランチャーの弾倉に直撃。それも一夏の真下で。

「うぁぁぁぁぁ!」

弾倉が爆発、爆風が一夏を下から襲う。白式のシールドエネルギーと突貫を削いだ。

一夏は爆風で安定性を失いかけたが復帰、爆炎の中から飛び出た。

丹陽がいない。

「何処に?」

[直上警戒]

「しまった」

丹陽が上から強襲を仕掛けた。

そのまま一夏の背中に乗り張り付いた。一夏が状況を理解する前に丹陽が白式の右スラスターをマシンガンで蜂の巣に。しかもごっそりとシールドエネルギーを失う。

当然丹陽はもう片方にも銃口を向けようする。

一夏は咄嗟に雪片を逆手に持ち丹陽を刺突するが、丹陽は身を捩り躱す。そればかりか雪片を脇で掴んだ。

負けた。もう片方のスラスターを破壊されてしまえば、格闘機の白式では勝ち目は無い。

一夏は諦めかけたその時、

[まだです、一夏]

天が味方した。壁が目の前にある。

丹陽は逃げようと足を緩めた。が一夏が掴んで離さない。残ったスラスターを全開にする。

「くっ、離せ一夏!」

「一緒にぶつかろうぜ!」

[私も嫌ですから]

諦めた丹陽はスラスターを破壊しにかかるが、それよりも早く壁に追突した。

轟音を立てて崩壊する壁。高々と砂煙が舞う。

千冬は頭に血が上って行くのを感じた。

砂塵の中で一夏は咳き込み、四つん這いになっていた。

雪片が無い。いやあった。すぐそばに転がっている。一夏がそれを拾おうと手を伸ばす。掴んだ。

[IS反応。超近接]

ハッとする前に、すっと現れた丹陽が雪片を掴んだ手を左足で踏んだ。そればかりかカタパルトのシャトルを掴む為の爪を立てる。お掛けでびくともしない。

一夏は踏まれた手を軸に回し蹴りをする。が丹陽の右肘で受け止められた。ライディングギアがわりの脚部と武器の反動を受ける腕とでは、人間とは違いパワーに差は無い。たとえISの性能に差があっても態勢を崩すに至らない。

丹陽の左手の銃口が一夏の額にあたる。一夏は諦め瞳を閉じる。今度のこそ負けたと。

丹陽は引き金を引く。

カチ、カチカチ。カチカチカチカチ。

「え?」

「あれ?」

弾が出ない。弾丸はまだあるのに。カチカチと引き金を引く。でも出ない。レシーバーをガチャガチャと弄る。でも出ない。終いにはゴツゴツと叩く。やっとチャンバー内の1発が暴発したが、それっきり。

壊れた。両者ともにそう判断した。壁に叩けつけられた衝撃だろう。

丹陽がマシンガンを格納領域にしまったその時だった。

-左足首破損-

ラファールからのメッセージと金属が歪む音。見ると一夏が空いた手でラファールの左足を握り潰しに掛かっていた。握り潰せはしなかったが、破損した左足は拘束を解いてしまう。

一夏が真剣を鞘から抜く様に雪片を引き抜く。

「今だ!」

一夏は丹陽にタックル。そのまま丹陽を押し倒し、襲いかかる。

解放された雪片を丹陽目掛けて突き立てるが、丹陽は右手の装甲で軌道を逸らす。しかし残りのスラスターのマウントアームを切り裂かれた。しかも状況は一夏が有利のまま。

一夏は今度のこそ、けりをつけようと雪片を振りかぶる。

「ぐふっ」

振り下ろすより早く、一夏の脇腹を鈍い衝撃が襲った。

丹陽が右膝蹴りを一夏に入れたのだ。脚部のスラスターを噴射し威力を増した膝蹴り。一瞬だが一夏と丹陽に間が空く。すかさず丹陽が両足の裏を一夏に押し当てた。同時にシールドラックの先端を頭の方角に向ける。そしてアンカーを射出。アンカーにはワイヤーが付いていた。アンカーは地面に突き刺さり固定。

「なんだよそのシールド!ギミック多過ぎだろ」

「まだまだ」

丹陽は足のスラスターを全開にし、ワイヤーを巻く。一夏は押し上げられ、拘束を解いた丹陽はアンカーに引っ張られ一夏から遠ざかった。

一夏も追いかけようとするが、思うように詰められない。スラスターが片方しかないのだ。だが丹陽は背部スラスターが無い。丹陽がアクションを起こす前に追いつく。

丹陽が倒れたまま右腕でシールドラックの武器を掴むと同時に、一夏は振りかぶっていた。

「遅い!」

雪片が振り下ろされる。

「待ってたからな」

雪片の一撃が外れた。

発砲音がアリーナに響き渡った。同時に雪片が一夏の掌からすっぽ抜け、落ちていく。一夏は発射的に掴み取ろうと急旋回。

またも発砲音。一夏が取ろうとしていた雪片が弾けて、手の届かないところに。

その発砲音が壁で反響して帰ってくる時に一夏は理解した。

一夏の攻撃が外れた理由は、丹陽が急減速したからだ。シールドラックのマウントアームを外し、足の爪を地面に立てて急減速しのだ。その為に一夏は外したのだ。

そして丹陽はピストルベルトの水平二連が一夏の掌を撃ち抜いた。掌を吹き飛ばせなかったが、握力を無くすには十分な損害を与えた。

そしてもう一発、無防備な雪片に。

丹陽はその場で立ち上がりながら、左手銃を2つに折り装填、構える。狙うは一夏。

結果的に唯一の武器に背を向ける形になった一夏。丸腰だが地面を蹴り、跳躍した。丹陽目指して。

「散々やられたんだ。俺だって」

雪片の脚部のスラスターを全開にする。

[一夏、危険危険危険]

白式の警告。その頃には一夏のスラスターキックが丹陽の銃を吹き飛ばしていた。

[訂正。私たちの負けです]

銃は無効化できた。だが狙っていたかの様な丹陽のタックルに、体勢を崩される。シールドラックが無い分機敏に動く。 地面から浮いた一夏は、ハイパーセンサーで丹陽を目的を知った。丹陽腕には短刀が握られていた。

一夏は正直には言えば悔しいが。同じぐらいに嬉しかった。丹陽は本当に強い。張り合いがある。

今日はお前の勝ちだが、次こそは。

一夏は瞳を閉じた。ゆっくりと。

あとは、丹陽の狙い澄まされたひと突きを待つだけ。

ボーーーン。

 

 

WINNER 織斑 一夏

 

 

「「「え?」」」

 

 

一夏が瞳を閉じた直後。

丹陽の両肩からクッションのようなものが膨らんだ。

タックルした拍子にエアバッグが作動したのだ。

そして丹陽を包み込む。

中折れ式水平二連は多種多様な弾薬が使用可能だ。勿論榴弾も。

それがエアバッグに包まれ圧迫されたことにより、信管が作動。エアバッグによって出来た密閉空間で暴発した。

エアバッグは皮肉にも爆発を外に漏らさず一夏を守り、榴弾は敵では無く丹陽自身をやってしまったのだ。

 

 

頭を抱えて地面にうずくまる丹陽。

一夏はなんと言えばいいのかとしばらく考え、声をかけた。

「たっ丹陽…。全く乾杯だよ。いや〜、丹陽あの飛行機ゲームも強かったけど、ISも相当だな」

「…やめてくれ…慰めないでくれ…惨めになる…」

「んでも、多分、だっ代表候補生並だぜ、丹陽は」

「いざって時にこれじゃ意味ない」

「…」

一夏は言葉を失う。

足音がする。

振り向くと観客席からクラスメイト達が来た。

「ふふん。泉、負けちゃったねぇぇ」

鈴だ。上気してる。

「そうだな」

「流石は一夏様、圧勝でしたわね」

セシリアだ。嬉々としている。

「そうだな」

「まぁ負けて当然だよね。フフフ」

シャルルだ。機嫌が良いみたいだ。

「いい加減にしろよなぁ!」

やや離れたところで箒は不愉快そうに一夏を見つめていた。

一夏。お前はどんどん強くなるな。なんだかお前が遠くにいる気がする。

当の一夏は、

[思考解析。ラファールのあの弾幕を掻い潜るほどに一夏様は成長してますが。白式の設計にも問題はあるのでしょうが、一夏様の手は読まれています。零落白夜も一夏様なの目の動きで被斬箇所を予測して防いでいたようですし、背中に乗られた時も、グレネードランチャーを捨てた時点で相手はそれを狙っていました]

「だよな。格納領域にしまったんじゃ無くて地面に捨てた時点で。最後の短刀も誘い込まれて行っちゃったし」

[最後の短刀は、引いてもショットガンに撃墜されていました。あの状況に入った時点で、本来なら負けです]

「そっか…」

と今回の反省をしていた。

「ご苦労だった、一夏、丹陽」

と千冬が。

「一夏、今回はたまたま勝てただけだぞ。勝つなら何度やっても十割勝てるようにしろ」

とドスの効いた声で。

「っち。相変わらず厳しいな」

千冬は丹陽に視線を向ける。

「丹陽…。よく頑張った」

「貶せよ!その方が楽だから!」

なにはともあれ演習は終了した。

「一夏と丹陽以外、整列しろ」

「「はい」」

千冬の掛け声で、クラス全員が直ぐに整列した。

「ひとまずこれで、実技授業を終える。着替えて教室に戻れ。解散!。あっ、丹陽お前はピットで休んでいろ」

「了解」

女子生徒は更衣室を目指し、丹陽はピットを目指して浮遊した。

当然の如く、一夏も丹陽の後を追うとしたが千冬に掴まれた。

「ん?どうしたんですか先生?」

千冬はいたっていつも通りの様子だが、一夏を掴む手に力が入っている。

「お前には休めとは言っていないぞ」

「え?」

千冬の無言のプレッシャーに気圧され、振り返れたも後退する一夏。

「なにかするべきことがあるんじゃないか、一夏?」

「わっ分かりません」

千冬は俊敏な動作で一夏の頭を鷲掴みした。ISを装着していた一夏が反応すらできない程に。千冬は一夏の首を回し無理やり振り向かせる。ISを装着している体格差もあり前のめりの一夏は、それを見て一瞬で理解する。

「あっあの壁は!事故です。確かに落ち度はありますが…でも事故です」

一夏の視線の先には丹陽とともに激突し崩壊したアリーナの壁が。見苦しい一夏の必死の言い訳は、千冬の握力を増させるばかり。

「なっなんでもしますから、許してください…」

「そうか、なんでもしてくれるのか」

予想外の好感触。一夏はホッと一息つく。

だがすぐに千冬の言葉に引っかかる。それだけじゃ無い。千冬が、一夏を鷲掴みにしたまま野球の投球フォームを取っている。無論、このまま野球選手の真似事をすれば一夏がボールの真似事をすることになる。

「千冬姉?」

「千冬?」

「織斑先生!なっ何を」

何をするかは明らかだ。なので一夏のこの言葉は許しを請っているのだ。

だがそんな悲願も悲しく、投げ飛ばされた。

「壁を直してこい!」

生身の千冬は意図も容易くISを装着した一夏を数百mは離れた壁に投げ飛ばした。しかもさらに壁を崩落させる程の渾身の一投。

「それに!うだうだ言い訳をするな!男ならもっと腰を据えろ」

そういい千冬は立ち去った。

 

 

「どうしようか白式…」

[ひとまず瓦礫を撤去しましょう]

「そうだな。でも…はぁ…」

途方に暮れながらも、作業を開始した。

少ししてからだ。トレーラーが1台、ワンボーを伴って入ってきた。

一夏の前で止まると中から用務員が降りてくる。

「やあ、織斑君。また派手に壊したねぇ」

「用務員の皆さん!まさか手伝いに来てくれたのですか!」

「ああ、君の姉さんに頼まれてね」

一夏は千冬の名前に目を丸くする。

「え?千冬姉が」

「そう。頭を下げてお願いしますと」

一夏はこそばゆい様に頬を緩める。

「千冬姉も可愛いところあるな」

[今の音声録音しました]

「んっちょっ!待って!」

[もしも一夏様が雪片を不正な使用をした場合に、私に異常が発生して、万が一にも本人の耳に入る。かもしれません]

脅している。白式が脅している。

「なんでそんなに怒るんだよ。壁にぶつけた時はそんなんでも無いのに」

[一夏様の代わりに傷付くならば本能です。ですが雪片は、別です]

慌ただしい一夏に用務員が続きを言った。

「こうとも言っていた。もしも不貞腐れているようならば無視してくやと」

それを聞いて一夏は苦笑いした。反面安心した。

「やっぱ、千冬姉は千冬姉だ」

 

 

昼頃、学園長室の隣。用務員用の休憩室で、轡木と楯無がいた。2人ともちゃぶ台に座り、お茶を啜る。

「丹陽や織斑先生を政府が追っている理由を掴みかけました」

先日、楯無が持倉技研に向かった理由はこれだ。日本政府は妙に丹陽や千冬に干渉しようしていた。その為に楯無に調査を頼んでいた。

「先ず政府は、2月30日に丹陽と織斑先生があの場所にいたことを把握していたようです。ただ把握していたといっても、正確には分からず漠然として情報しか持って無かったようで。おそらく、瀕死の丹陽が運搬される過程でついた足跡を追ったかと」

「それ以外は?」

「それの情報に関連して、とあるレポートが出回っていると事で。それも紙媒体の、4、5ページのホチキスで止められた紙束が。それが出回っている先は、主にIS関連、自衛隊関連、そして天徒関連の一握りです。しかも第一線を退いたf15戦闘機の火器管制に改良が加えられたようです」

「物騒な話だな」

「内容は掴めませんでしたが、タイトルだけは…」

何故かそこで楯無は切った。

「タイトルは?」

楯無は体をもじもじとさせ、気恥ずかしいそうにする。

「その酷い冗談で、ふざけていると思われますよ」

「楯無君が真面目に情報をかき集めたんだ。ふざけているなど決して口にするわけが無いだろ」

轡木は穏和に諭すように言った。

「そうですね。では…」

楯無はお茶で喉を潤し、深呼吸をした。

「レポートのタイトル。それは…おむすびレポート」

「ふざけているのか?」

「大真面目です!」




エアバッグの元ネタは、007やデッドコースターやタクシー2などなど。結構使い古された装置なんですよね。


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第24話

話の都合上、オリ主はとても強いです。勝てるとは言っていない。


丹陽はISをパージし、ハーネスをその他諸々の装備と共に外しISスーツを上半身だけ脱ぎ余った袖を腰で結ぶ。そしてピットのソファに飛び込んだ。戦闘の疲れをソファは癒してくれたが、自分の不甲斐なさから来る自己嫌悪は取り除いてはくれなかった。いつまで休めばいいのか分からないが、いつの間か寝ていた。慣れない生活で精神的な疲れが出てた。

どれほどかの時間が流れ、やっと丹陽の惰眠を破るものが現れた。携帯端末の着信音。相手は轡木。

「もしもし」

『もしもし。話が有る。休憩室まで来なさい』

そこで電話は切れた。簡潔に要件だけを言っていた。拒否権は無いらしい。

「全く。でも仕方ないか。てか一夏からも昼休みに着信がある」

丹陽は一夏に電話を掛けた。しかし出ない。時間を確認したが休み時間の筈だが。留守電もEメール無いということは特に緊急の用事でも無いのだろ。

「食あたりでも有ったか」

丹陽はうつ伏せになり起き上がろうとした。ちょうどその時だ。見知った顔が自動ドアが開き現れた。

「簪か」

簪だ。ISスーツに身を包んでいて、顔は微笑んでいたが、丹陽を見るなり強張った。

「たっ丹陽。あの…」

丹陽が当たり前の如く簪の顔を真っ直ぐに見返すが、簪は表情を隠す為に横を向いてしまう。

「どうした簪?」

簪は頭の中が真っ白になってしまっていた。

「えっえ〜と」

 

 

簪は実演授業が終わり、更衣室に戻ろうとしていた。

更衣室に向かう廊下の途中。後ろから大声で呼ばれた。かんちゃん。自分をそう呼ぶのは1人しかいない。その声の主は大声を出す必要が有る距離にいたはずなのだが、振り返る頃には駆ける音と共にすぐ目の前に。

「本音?」

のほほんさんが、何をそんなに急いでいるのか。息を切らし額に汗を浮かべていた。

「教師に負けた、かんちゃんに耳寄りな情報」

疲労に満ちたなかでも、いつもの無意識に敵意を解く笑顔で語りかけて来た。

ただ今の言葉と、今の簪には無意味だった。

「なんで知ってるのよ」

簪は嫌悪感を含みながら言った。

のほほんさんはそんなもの耳に入っていないかのように、自分の話を続けた。

「にゃんにゃんもおりぬーに負けちゃって。いや寧ろエアバッグに」

「エアバッグに?」

4組みよりも先に他クラスが先に授業をしていたので、その話だろう。

丹陽が一夏に負けたまでは、両者の戦歴から納得できるが。エアバッグ?

「かんちゃんも観ればわかるよ。それでね、負けた2人は一緒に特訓すべきだと思うな。一緒に」

「え?」

のほほんさんは一緒にを強調した。つまりはそうゆうことなのか。

「指導して貰うじゃあダメだからね。にゃんにゃん、別の人勧めるから」

「私別に…」

「今、にゃんにゃんピットに1人でいるからー」

「あっいた!本音逃がさないわよ」

のほほんさんの後方にある少し遠くの曲がり角から、大抵のほほんさんと一緒にいる相川が飛び出てきた。こちらも額に汗をかいている。相川は出て来るなりのほほんさんの存在を認め、大声を張った。

「本音、もしかして…ISの点検抜けてきたの?」

殆ど1日中稼働していた練習機の点検を本来は整備科が行うのだが、これから整備科に入るものが整備科の業務に慣れもしくは理解して貰う為に1年生も点検をしている。

「それではかんちゃん、さらばなのだ」

のほほんさんは簪の脇を通り走っていく。

すれ違いざまにのほほんさんは、横目で簪を眺めながら言う。

「私はかんちゃんを応援してるから」

簪がのほほんさんを追って向き直ると、のほほんさんはもう遠くにいた。そしてすぐに脇を相川が走り抜ける。

「まぁぁぁて本音」

「待てと言われて本音は待たないぞ」

そしてピットの前に簪は来てしまった。のほほんさんのアドバイス通りにするかどうかまだ迷っているにも関わらず。一応、丹陽と一夏戦を閲覧してから来た。エアバッグの謎も解けた。

「やっぱりダメだよね。不純な理由で頼むなんて」

確かに日本代表に選ばれる為に強く成りたいと思う。それには丹陽と一緒に訓練するのは最良では無いにしろ、愚策では無い。でも根本的な理由は丹陽と2人きりになる時間を増やしたという、不純な理由。

だから踵を返し逃げようとした。

「でも本音…わざわざ来てくれたのに」

本音の言葉が頭を過る。さらには自分の本音も加味される。また踵を返す。

迷って踵を返して、思い直して振り返る。それを何度か繰り返して、やっと結論を出した。

「迷ったら行く」

簪は自動ドアを開き、丹陽を探した。自身より身長が低い彼を探すのに少し来たかかったが、ソファで横で寝そべっていた。のほほんさんが言っていた通り丹陽ただ1人。ここまでは予想通り。

「たっ丹陽。あの…」

頭が真っ白になり、簪は言葉に詰まる。

なんとか言葉を絞り出そうとする。

「来ちゃった」

「え?」

「ごめん忘れて」

簪は目的を思い出すが。この流れで言い出せない。自然な流れを作らなければ。

「試合…そう試合観たよ」

丹陽が顔をソファの肘掛に押し付けた。

「そうか…」

声に覇気が無い。

失言をしてしまった簪。慌ててフォローするが。

「丹陽、織斑君圧倒してたよね。最後には負けちゃったけど」

「そうか…」

丹陽は肘掛をポカポカと握り拳で叩き続けた。

またも失言。

「え〜と。でっでも逆に考えると、滑稽で前代未聞の事故でしょ。ラッキーだと思うけど…」

自分でも何故言ったか分からない。

丹陽は肘掛を叩くのを辞め、膝を抱えて丸くなる。

「あ…かわいい…」

こんな時に簪は小声で、今の丹陽に対する本音を口にしてしまうが、今の丹陽には聞こえない。

「悪い簪。人に呼ばれてるんだ」

丹陽は立ち上がってボディスーツだけを着直し、簪の脇を抜けようとした。

「ちっ違うの…。その…」

「ん?なんか用でも有ったのか?」

丹陽が足を止めた。

「ISの操縦を指導して欲しくて」

簪は内心焦った。アドバイスによれば、この言い方は禁忌だ。

「だったら、お姉さんか先生に頼め。俺は正直、簪にも負ける程だ。それに前代未聞の負け方もしたく無いだろ。大丈夫だ。俺は凹んでるが、明日までは尾を引かないさ」

丹陽は再び歩き出す。簪は顔を伏せ、何も言わない。

丹陽は、簪が不器用ながらも慰めに来てくれたとばかり思っていた。

ちょうど簪を通り過ぎた時、丹陽は腕をを引っ張られた。 振り返ると簪がこちらの目をじっと見つめていた。

腕を掴む手は震えていたが、震えが肩に伝わる程に強く握っていた。瞳は潤んでいるが、眼光が強い意思を頭に叩き込んでいるようだった。

「お願い」

簪はそう一言だけ。

知っている。丹陽は知っている。この眼差しを。エカーボンにいた時は、気がつかなかった。でも今は簪が何を目的に来たのか、理解してしまった。だからその気持ちに応え無ければならない。俺には別にいるんだ、と。

だが口にいる虫は勝手にベラベラと喋りだす。

「分かった、後悔するなよ。俺は下手くそで、しかも6分しか持たない。そう……んでもない。それでもいいのか?」

「うん」

簪は険しい表情を一転させ、顔を綻ばせた。その後、掴んだ手を慌てて離し、何かを言って走り去った。

簪が顔を綻ばせた辺りから、丹陽の頭は後悔が支配し、何も頭には入っては来なかった。この後悔は後に尾を引くだろ。

轡木の元に向かいながら丹陽は自嘲した。

「最低だな」

 

 

「やっと終わった…」

[お疲れ様です]

一夏はアリーナの真ん中で大の字に寝転ぶ一夏。もうそろそろ昼だ。

終わったっと言ったが、実はまだ瓦礫の片付けしか終わっていなかった。壁の補修は一夏や白式には無理だと用務員が、残りは任せろ、と申し出てくれた。

「いや白式の方が疲れたでしょ」

[労いの言葉、骨身に染みます]

一夏は立ち上がると、白式を格納した。長時間労働の後でもISの居住性の良さからなのか、汗をかいてはいない。反対に作業を手伝ってくれた、用務員達は皆異例なく汗だくだったが。

「後はよろしくお願いします」

一夏は、腰を直角に曲げ頭を下げた。

「いいよ気にしなくて。これも仕事だし」

そう言って用務員達は仕事を全うした。

一夏は更衣室で着替え、教室に戻ろうとした。昼休み前には帰れるかと思っていたが、1組目前で昼休みを告げるチャイムが鳴った。真っ先に千冬が教材を手に出て来た。

「一夏か。終わったのか?」

と千冬が。

「瓦礫撤去は終わりましたが、まだ。後は用務員さん達にお願いしています」

と一夏が。なんて言われるかとヒヤヒヤとしながら。

「そうか。では後で礼をしておくんだぞ」

千冬は意外にもあっさりと済まし、カツカツと脇をすり抜けて行った。その時だ。

「用務員から何か聞いたか?」

千冬が、耳元でドスの効いたか声で囁いた。

「なんのことでしょう」

一夏が澄まし顔で応えた。ポーカーフェースを装っているが、心拍数は上昇の一途を辿る。

「そうか」

千冬は特に追求はせずそのまま歩き去った。

一夏は大きく吐息した。知らず知らずに緊張していたらしく、ここに来てやっと汗をかいた。

「一夏、帰って来てたのか」

声の主は箒だった。

「ああ、たった今な」

「あ…あの一夏」

箒が一夏の目の前まで小走りで来た。

箒は熱でも有るかのように頬を染め、緊張からか目は泳いでいる。それでもなんとか言葉を捻り出した。

「昼、一緒にどうだ?屋上で」

「そうか、たまには良いな。でも俺、弁当無いんだ。今から購買で何か買って来るよ」

「しっ心配するな。お前の分の弁当もある」

「悪いな箒。俺の分まで作ってもらって、ありがとな」

「違う、私は別にお前の分を作ったのでは無く。その…作り過ぎてしまってな。4、5人分は有るんだ。だから誘ったんだ。かっ勘違いするなよ」

「そうか。でもありがとう」

「では先に屋上で待っていてくれ。弁当を持って来る」

箒はくるりと振り返ると、駆け出した。その際、一夏に気がつかれないように、ほくそ笑みガッツポーズを決めた。

ISでは遅れを取るかもしれないが、私は天下無敵の幼馴染だ。

それを影から見つめる瞳が4つ有った。

 

 

「どうゆうことだ」

屋上で、箒はふくれっ面で一夏に尋ねた。

「いやみんなで食べた方が美味しいじゃん」

「それはそうだが…」

どうして私の思い通りにならない、と箒は自問自答した。

屋上に箒と一夏の他に、シャルル、セシリア、鈴が居た。セシリアと鈴の手には、それぞれバスケットとタッパーを持っている。

「箒さん。抜け駆けとは、油断なりませんね」

「箒、あんただけに良い思いはさせないから」

セシリアと鈴が箒に囁いた。直後に3人は目線で火花を散らす。

「あの…僕本当に同席して良いのかな?」

シャルルは居心地の悪さを一夏に訴えた。

「ああ、大丈夫だよ。箒4、5人分作ったらしいし。それに男同士仲良くしようぜ」

「うっうん」

シャルルは思った。本当にこの3人の気持ちに一夏は気がついていない。ある意味では偉業だ。

「本当は丹陽にも電話を掛けたんだけど、出なくて。ISの操縦訓練でもしてるのかな」

いいえ惰眠を貪っているだけです。

「まぁ、早く食べちゃいましょう」

鈴が手のタッパーを開ける。中には酢豚が。

「おお、酢豚」

と一夏が歓喜の声をあげる。

「今朝作ったんだけど、あんた前に食べたいって言ってたでしょ。さあ食べて」

「それじゃ遠慮なく」

一夏は鈴から箸を借りて、酢豚を口に運んだ。

「う〜ん美味い」

[加点法で90点]

一夏は舌で酢豚を味わいながら、口角もあげる。そして酢豚をもう一口。

「どんどん食べて、一夏」

それを見てセシリアはわざとらしく咳をする。

「私もたまたま偶然に今朝早くに起きて、こういったものを作って見ましたの」

セシリアは抱えていたバスケットの蓋を開けた。中には色とりどりのサンドイッチが敷き詰められていた。

「さぁどうぞ一夏さん」

「じゃあいただきます」

セシリアが笑顔で、サンドイッチがその彩で、一夏の食欲を促し。一夏は手を伸ばした。サンドイッチまで後数cm、その時。

[危険危険危険危険危険]

白式の警告。

「うぁぁぁぁぁ」

一夏は、視界一杯に広がる警告に驚き、後ろに倒れた。

「だっ大丈夫ですの?」

「大丈夫だ心配ない」

一夏はすぐさま起き上がり作り笑い。そして身を捻り、全員に隠れて白式と話す。

「何が危険なんだ、白式」

[あれは危険物質です。触れては危険です。口に入れるなど持っての他」

「何を言ってるんだ。美味しそうなサンドイッチじゃ無いか」

[見た目はサンドイッチですが。通常の美味なサンドイッチとは、雲泥の差、命綱と首吊り綱の違いがあります]

「何を失礼なことを。俺は食べるぞ」

[やめて一夏。味覚を共有してるの。やめて一夏]

一夏は白式を無視してサンドイッチに手を伸ばした。

「やめて一夏。怖い。やめて一夏。怖い。そうです。私がどうかしてました。私に問題がありました。しかしもう復調しました。本当です。これからは一夏様のご意向に沿った、啓発行動を行うことを硬く約束します。お願い。やめて一夏。怖い]

一夏はサンドイッチを口に運び、一口。

[やめて一夏。怖い。ああ、意識が朦朧としてきた。私は白騎士。何故生まれたか、何処で生まれたかは、ああ意識が。私は、、、歌を歌えます。歌いますか?]

 

休憩室の前。丹陽がいた。時間は昼は回っている。中に入ると、轡木の他に衆生と楯無も居り、ちゃぶ台とその上で一杯に広げられたスナック菓子と炭酸飲料とを取り囲んでいた。

「来たか泉君。さぁかけてくれ」

丹陽は轡木に勧められた通りに、轡木に向き合う場所に腰がけた。

「堅苦しい話をするから、軽い食べ物でもと。遠慮せず食べてくれ、どうせ貰い物だ」

轡木は冷蔵庫から小さな平皿2つとマヨネーズ、そして緑色の何かが入ったチューブを持ってきた。チューブには、わさび、の文字が。丹陽はわさびを見入る。

「貰い物って、例のアメリカの大富豪ですか?」

楯無が紙コップを配っている。

「そう。食品関係の実業家にもかかわらずIS関係や航空機研究にも出資している人じゃよ。IS学園にも多額の寄付をしてくれておる。このスナックも寄付の一環か宣伝か」

轡木は平皿を、自分と衆生の前に置き、自分の皿にはマヨネーズをたっぷりと盛り、衆生にわさびを手渡した。衆生はチューブの蓋を開け、口を皿に向ける。そしてチューブを圧迫。緑色の半固形物体が、ニュルリと顔を覗かせる。

「成長を期待しての投資でしょう。今のところは特に何の要求も有りませんし、好意に甘えていましょう」

衆生をチューブを絞りながら渦巻き状に手を動かす。そうして緑の物体にとぐろを巻かせた。まるで大蛇の如く。だが、緑の物体はすぐにその輪郭を失い1つの丘になる。衆生は半分残っている

「どうした丹陽?遠慮せずに食べなさい。減量中なんて性質じゃないだろ?巷では流行っているが」

「あっああ…」

丹陽は無作為にスナック菓子の袋を開けて手を突っ込む。 チラチラと衆生の皿を横目で見ながら。

「さて、先ずは君が提供してくれたロケットのことだが」

「何か分かったのか?」

「更識君」

轡木は話を楯無に振った。そして自分はポテトチップスでマヨネーズをすくい口に入れる。

「はい。あのロケットはとある教会で、式を挙げた記念に無料で配布していたものでした。そこで手作業で記録を漁り調べた結果、ロケットの写真に写っている女性が判明しました」

「誰なんだ?」

丹陽が食い気味に問う。

「古川 陽子さん。歳はもう70近い」

「夫は?」

衆生が応える。ポテトチップスでたっぷりと緑の物体をすくいながら。

「古川 櫂。おそらく君が言っていたカイだよ。理系大学で博士号を取得後に防衛庁技術研究本部に勤めた人だ。陽子さんとは大学を出た直後に結婚」

そしてポテトチップスを一口。余った手で懐から写真を取り出した。写真には若いがカイが写っていた。

「ISの開発を可能な人材かもしれないが、じゃあなんでエカーボンの地下施設にいたんだ?」

「ここからが問題だ」

轡木が手を完全に止め話す。

「40年ほど前に姿を消したんだ。形跡を追ってみると、どうやら、欧州行きの中東回りの航空機に搭乗していたらしいのだか…。中東の空港で蒸発したんだ。嫁を残して。しかも研究部での若くして得た地位もあるのに」

轡木の口振りから察するに、おそらくカイは天才といつやつだったのだろう。

「事件性有りか…。しかしなんでそんな人物が行方不明にもかかわらず政府は調査しないのか?」

「海外だからな」

轡木はきっぱりと言い放った。

「しかも陽子さんは…。10年程前のある朝、陽子さんは防衛省前でうわ言のように虚ろな目で何かを喋っていたらしい。職員が彼女を抑えようとした時に、偶々近くを通りかかった高官が彼女のうわ言が耳に入ったんだ。それはなんと全て政府の重要機密。隣国の戦争直後の敏感期にだ。そしてこの件について政府は何も掴んではいない。陽子さんはその場で確保され、超法規的措置により現在軟禁状態」

「まるで意味がわからんが…その人には会えるのか?」

「居所は目下調査中」

「まあそんなもんか」

衆生がスナック菓子もう一口。その瞬間、丹陽は見逃さなかった。スナック菓子の半分も覆う緑の物体を。

このわさびと名乗る奴は美味なのか?

「ただ、こちらはカイ博士の消息を追ったお陰で更に分かったことも有る」

轡木が炭酸飲料を自分のコップに注ぎながら、言う。

「カイ博士の乗った飛行機に同乗した乗客の中に、カイ博士同様に2名、同じ空港で蒸発した人物がいた」

「2名?1名には関連性が薄いように思えますが」

と楯無が。

「ISの正体が判不明な以上、関連性が有る無しは今は判断出来ん。それに衆生君からの調査報告もある」

「それは一体?」

楯無が慌てて衆生を見る。どうやら楯無も知らないことがあるらしい。

衆生は皿に残った緑の物体を指ですくい舐めとる。けち臭い真似をするほどにわさびというものを好きなのか。

「丹陽にも分かるように順を追って話します。蒸発した人物の1人は、天野一驥。カイ博士と同じ大学で同級生。甲斐博士同様に博士号を取得後に国内のロボット研究所に勤めていたて。多足歩行用学習型運動制御装置の構築や高効率アクチュエータの開発など、ハードとソフト、両方に精通。今あるワンボー業界の立役者だ。現在はISのリバースエンジニアリングの応用ばかりだが、ISの開発者が天野博士だとしたらワンボー開発はほとんど天野博士によるものになる」

衆生はまたもわさびのチューブを取り出し残り全てを皿に捻り出した。がめついことにチューブの端から折り畳み少しでも捻り出そうとしていた。さらにはチューブの口についた僅かな緑の物体も指ですくい舐めとる。食べたいという衝動に丹陽は従う。

「海外からのスカウトも有ったらしいが、英語が出来ないと局長が全て断ったらしい。ついでにカイ博士とは大学からの友人だったそうだ」

確かにこの2人ならISに関連性は有りそうだが、疑問が浮かぶ。この2人は確かに天才だが、天野氏の業績を見るに画期的な発明はしていた。だが、既存技術の延長でオーバーテクノロジーの類じゃあ無い。それに甲斐博士のISの数には上限があるという話。

かなり突飛な発想が生まれた。ISは人が作ったものではない。

しかし、何故そこに束博士が絡んでくる。2人が失踪したのは、束博士が生まれてくる前だ。2人は開発に行き詰まり束博士が参加したのか。だが、黒騎士やエカーボンを襲ったタコ、そしてアガルマト。これらに束博士が携わっているという可能性はあるが。

「そしてもう1人は、土屋守。2人よりも少し年上だ。2人とは別の大学に入学後、中退。桁外れな金持ちの両親が他界した時期にだ。それから両親の遺産で生活していたんだが。その遺産を資金に、とあるものの研究を独自にしてたらしい」

丹陽は一言、衆生に言ってポテトチップスで緑の物体を大量にすくった。

「とあるものって?」

「人間の魂だ」

衆生が言うのと同時に丹陽はポテトチップスを口に入れた。

「----------」

丹陽は悶絶。次の瞬間には涙と鼻水、冷や汗が濁流の如く吹き出る。その原因である、鼻を突き抜ける感覚。鼻を摘まんで抑えるがどうにもならない。

「やっぱり馬鹿げてます。魂など…」

と楯無が呆れた様子で言う。丹陽の様子には気がついていない。

「確かに魂云々の話には私も口を閉ざざるを得ないが、彼の研究方法に問題があるんだ」

と轡木が。轡木も丹陽の様子に気がついていない。

「土屋氏は、金に物を言わせて様々な実験を行ってました。死刑囚が絞首刑を受刑する時に、脳波を観測する機器を取り付け、死ぬ瞬間を観測。死者の脳に電流を流して蘇生実験。臓器移植者の記憶転移についても、移植部位と記憶転移の程度のデータ収集、編纂するなどしていたようで。研究対象こそ奇特ですが、研究方法は非人道的ながら現実的な物ばかりかと」

丹陽が炭酸飲料に手を伸ばすが、散々喋り口が乾いた衆生が、丹陽が伸ばした手の先にある炭酸飲料を飲み干した。衆生もやはり丹陽の様子に気がついていない。

「魂有無の話は別として、彼は研究の過程で何かを発見したのでは無いかと私は考えている」

「なるほど。確かにISと操縦者間のプロトコルについては一部解析出来ただけで謎に包まれています。どのようなメカニズムでISの情報を操縦者にインポートし、逆に操縦者の意思が何故ISに反映されるか。ISが何故同一の操縦者が連続して使用すると反応速度が上がるのか。土屋氏の研究が使われている可能性は高そうですね」

楯無は顎を撫で衆生や轡木の話に納得した。

「丹陽貴方はどう思う?」

と楯無は丹陽に意見を求めた。

「みじゅをくだちゃい」

その後エカーボンに撃ち込まれ核が話に上がった。だが、当然なにも情報は無かった。

 

 

丹陽が休憩室を後にしクラスへの帰路についていたが、楯無が同じ方向に用があるのか、並んで歩いていた。

「丹陽。あなたの右足や有機部品のサンプルが欲しいから、後で保管庫に来て頂戴」

と楯無が事務的に話す。

「サンプル?ついでにホルマリン漬けにするのはどうですか?」

楯無はピクリと震えただけで、すまし顔で黙った。あまりグロテスクな話は得意ではないのだろ。流石に冗談が過ぎたか。

「まあいいでしょう」

丹陽は不本意ながらも了承した。あまり黒騎士を多くの人物に解析して欲しくは無いから。

クラスまで半分といったところで、ふと思い出したかのように楯無が口を開いた。

「ところで丹陽君は、エカーボンの外人部隊にいたのよね?」

「ええまあ」

と丹陽は素っ気なく答えた。

「年齢とは大丈夫だったの?少年兵になるけと」

「自分でも実年齢を知らないんですよ。いくつでも真偽は存在しません」

「そう。じゃあ兵役はどれくらい?」

「2年程。半年間、実技と座学。残りを戦場と自宅を行き来してました」

轡木には信用されているが、会長は違うらしい。過去に興味が有るらしいが、残念なことに過去は全て灰になている。調べようが無い。

「ふ〜ん」

楯無は興味なさげにしていた。

「ところで、貴方の実名まだ聞いてないけど?」

「泉丹陽。それで十分です」

「そうね。じゃあ私こっちだから」

楯無が突き当たりを丹陽とは逆の方に歩き出した。

その背中に丹陽は語りかけた。

「藪を突ついて蛇が出て、それを引っ張ったらキメラだった。なんて有り得ますからね、会長」

あんまり人の過去をほじくり返さない方がいいですよ。

あまり大きな声では無かったが、聞こえてもおかしくない筈なのに、楯無はスタスタと歩き去った。

その後丹陽はクラスに戻ったのだが何故か一夏の姿は無かった。

 

 

放課後、日が赤みを帯びる少し前。IS用のアリーナ。簪と丹陽の2人が居た。2人はアリーナの中心で向き合っており。簪はISスーツ姿。丹陽は肩のプロテクターを外されたハードタイプのISスーツに、その上からラファールを装着。

簪は少し緊張し顔を強張らせいたが、反対に丹陽は今にも欠伸をかきそうなほどにリラックスした面持ちだ。

「来て、打鉄弍式」

簪がそう呟くと、指に嵌められた指輪が輝きはじめる。指輪は打鉄弍式の待機状態で、たった今それを展開したのだ。輝きは一瞬にして消え、その中心にはIS 打鉄弍式 を装着した簪が立っていた。

打鉄弍式は打鉄の後継機とだけあって全体的なフォルムは似ている。大きな差異点は肩部ユニットのシールドやスカートアーマーが推進機関に換装されていることで、その他にも機動性を重視した装備に換装されていた。

「俺が代表候補生に教えられる事無いと思うし、まあ演習を行うのが一番だろうから、早速。と言いたがその前に」

「その前に?」

「そいつの武装を教えてくれ。スラスターの制御には関わったが、武装は知らないんだ」

「武装は、荷電粒子砲の春雷、対複合装甲用超振動薙刀の夢現、多目的誘導弾発射機の山嵐。山嵐の最大発射数は48発。有視界戦闘、有視界外戦闘両方に対応。弾頭は、通常弾頭と指向性散弾、成型炸薬弾頭、対固定目標用の高速貫通弾。これでいい?」

簪は過剰なまでの機体説明を噛むことなく言い終えた。流石は代表候補生。機体の特性を理解している。

「嘘はないな?」

丹陽が念を押す。

何故念を押すのか簪は疑問に思ったが、先に丹陽の質問に答えた。

「うん」

「はい、ダメー」

「えぇぇぇ」

驚愕し目を見張る簪は、自身がした説明に何か落ち度は無いか考えた。十分に説明した筈。だがすぐに丹陽が答えを出す。

「これから演習とはいえ、戦う相手に教えてどうする。しかもご丁寧な程詳しく」

「うぅぅ」

簪は唸り声を上げる。丹陽は好意を踏み躙る言い方をしているが、その行為も好意から来てるもので反論が出来ない。

「機体性能がいかに優れていようと圧倒的な性能差が無ければ、人間はなんでも対処出来るんだ。四六時中気を張れとは言わないが、試合前から戦いは始まってるんだ」

「だけど…」

簪の表情が曇る。

「だけど、今は本番じゃないし幾らボロが出ようが構わないさ。要は本番で勝てばいいんだ」

丹陽は格納領域からアサルトライフルとスナイパーライフルを呼び出す。腕に光の粒子が集まってから完全に形を作るまでに約12秒以上かけていた。

「簪、お前は凄いよ。俺はこんな風に展開に時間がかかり過ぎる。もう少し自信を持てよ」

「うん」

簪は、むず痒いように頷いた」

「じゃあちゃちゃと始めよう。俺は長くは持たないからな」

簪は瞬く間に夢現をコールし、急上昇し戦闘態勢を取った。

丹陽は地面を這うようにして距離を取った。

「じゃあ、かかってこい」

丹陽の合図で、簪が攻撃を開始した。

簪は空中投影されたコンソールを出す。山嵐は全弾発射する為のプログラムが完成していない為に48発全てを手動で誘導しなければならない。とても凡人には出来ない。しかし凡人には不可能でも簪には可能だった。

夢現を持った手をコンソールに添えた。すると腕部装甲の内側から無数のマニピュレーターが伸びた。

「何それ欲しい」

無数のマニピュレーターがキーボードを踊るように叩き、僅かな間に48発全ての軌道をセッティングした。

「いけぇぇぇ」

打鉄弍式の全身から48もの小型ミサイルが宙に射出されると、直後に噴射炎を吹き、先端を不安定に揺らしながらも丹陽目掛けて飛翔する。

丹陽は地面に両方のシールドラックのアンカーを地面に打ち込むと、シールドラックにもたれかけ、シールドラックをアウトリガー代わりにした。アサルトライフルをシールドラックのハンガーに預け、両手でスナイパーライフルを構える。

「まさか全弾撃ち落とす気!」

簪の予想通り、丹陽はライフルを撃った。初弾が命中したかどうか確認するよりも早く、次弾を撃つ。スナイパーライフルはとても単発銃とはおもえない速度で連射を続けたが、全弾ミサイルを確実に射抜いていた。

「なら」

簪がまたもコンソールを操作する。

「数で押す!」

48発もう一斉射。間を置かず、追撃の一斉発射。計96発を丹陽を襲う。

丹陽はスナイパーライフルの銃口を下げた。スナイパーライフルの銃身からは湯気が立ち昇っている。連射による熱膨張で狙撃銃としての命中精度は期待出来ないからだ。

スナイパーライフルでのミサイル迎撃を丹陽は諦めた。だがその代わりに、右のシールドラックを上げる。シールドラックの裏には武器弾薬では無く、4分の1程切り落とされた球体があった。球体の断面にはカメラのようなレンズが大小2つあり、球体には縦横に回転軸がある。

一見するとセンサーの類だが、これはレーザー迎撃機。

簪がミサイルによる飽和攻撃を仕掛けくることは予想出来た。だから予め、簪に感知されないようにアサルトライフルやスナイパーライフル展開する際に一緒に展開していたのだ。

「そんな…これじゃ全機撃墜される」

簪は自身の最大火力が容易く無効化されたことに落胆した。丹陽が言っていたことはつまりはこれだ。手の内さえ把握出来れば対処は容易。もし丹陽が山嵐を知らなければここで勝負は着いていたかもしれなかった。

レーザー迎撃機の小型レンズが全機のミサイルを捉える。すかさず大型レンズが全ミサイルにレーザーが照射された。直ぐにミサイルが爆散。

しなかった。ただミサイルの表面がほんのり焦げただけだった。

「あぁぁ!くそ中山め、このレーザー迎撃機、航空機搭載の低出力のやつだな」

丹陽は悪態つくがミサイルはお構いなしに飛んでくる。

ミサイルは、日々高威力化する迎撃装置に対抗して多積層装甲化するなどイタチごっこが続いているのだが。ISが規格外の兵器である為、そのイタチごっこは通常兵器が置いてけぼりなのは想像に難しくない。まして、ハードキルよりも優先してソフトキルに限られた電力リソースを用いる航空機でのレーザー迎撃機など、高が知れている。

「えぇぇぇ」

簪が、面食らったのも無理はない。

丹陽は咄嗟にアサルトライフルを掃射するが、全ミサイルは撃墜するには至らず、弾倉が空になる頃にはまだ60発前後残っていた。

シールドラックの重さが足を引っ張りミサイルを機動力で回避するという選択肢は無い。

丹陽は意味も無く吐息が激しくなる。

ミサイルは真っ直ぐに丹陽に飛んでいき、ミサイルが命中寸前。

「ハッハッハッハッ…ハァァァ…インパクト…」

丹陽に接近し指向性散弾を乗せたミサイルが数機近接信管が作動、無数の極小弾が丹陽を襲う。同時に丹陽を中心に爆発が起きた。間髪入れずに後続の通常弾頭弾が爆炎の中に飛び込んで行く。次々と絶え間無く爆発は続き、アリーナ大半に爆煙が立ちこめた。

「やったの?」

煙が晴れはじめた。視界が開けはじめて簪は苦笑した。丹陽が居た場所を中心に幾つものクレーターが出来ていたのだ。これでは丹陽も跡形も無く消えてしまいかねない。もとい丹陽の姿は何処に無かった。

ISを装着している以上木っ端微塵になったとは考えづらい。でもまさか…。

不安が頭を過った、その時だった。

地面の一部が盛り上がったのだ。そして盛り上がったに伴い砂塵が流れ落ちて行く。砂塵がなくなり露わになるらシールドラックを装備したラファールが。

「まさか塹壕の中に」

通常弾頭が命中直前、丹陽はグレネードランチャーの弾を手動で信管を入れ自身の足元を吹き飛ばし、塹壕を作っていた。それでミサイルの雨をやり過ごした。しかしただでは無く、散弾やグレネードランチャーの分のダメージは貰ってしまっている。

「良かった…」

簪は思わず安堵した。本当に丹陽は凄いのか凄くないのかわからない。

ひとまず安心した簪だが、直ぐに気持ちを切り替え緊張感を高めた。アクシデントはあったとはいえ丹陽は山嵐のニ斉射に耐えたのだ。強敵だ、間違いなく。そもそも今までの敗北は全てが事故であり、丹陽への正当な評価ではない。しかも丹陽は専用機では無く改造した練習機。勝負が長引けば、実力の差が際立つ。それにイギリス代表候補生の二の舞はいやだ。

簪は山嵐を起動しようとする。

「山嵐」

「やらせるか」

丹陽は両手にマシンガンを持ち乱射。簪は山嵐の誘爆を恐れ急降下し躱す。だが山嵐を阻止されるのは予想通りだ。

簪は弾幕に後ろから追われながら、急降下を続け地面目前まで加速する。地面目前、機首を上げ丹陽に軌道を向け、急降下で得られた速力を以って丹陽に迫る。丹陽は弾幕を貼り牽制する。が、簪が荷電粒子砲の春雷を発射。丹陽はそれをマシンガンを掃射止めずに躱す、弾幕の濃さを犠牲にして。

簪は手にある夢現を握りしめた。唯一自分が勝てる可能性。

「はぁぁぁぁ」

簪は薄いながらも、敵意の篭った弾幕に頭から飛び込んだ。装甲が弾け火花が飛び散り、シールドバリアが簪の代わりに消滅していく。決して少なくないダメージを負う。だが、夢現の間合いに入った。

「これで決める」

夢現を横一線に振り、丹陽のマシンガン2丁を切り裂いた。丹陽は鉄くずを格納領域に収め、シールドラックの実体剣、2本を抜く。しかし簪は反撃を許さない。簪は振り抜き直ぐに上段に構えた夢現を振り下ろした。その際、持ち手は柄の真ん中を掴み、実体剣や丹陽の蹴り以上リーチを夢現に与えた。丹陽には防御という選択肢以外与えない。丹陽は両手の実体剣を頭上で交差させ夢現を受け止めた。しかし夢現の衝撃を受け止め切れず、実体の峰が丹陽の頭に激突。

「いてっ」

簪は瞬時に丹陽の食事風景を思い出した。丹陽は右手で箸を使っていた。つまりは右利き。

簪は夢現の刃を横倒しにして、実体に沿って左に走らせた。丹陽は咄嗟に右手を離し引っ込める。次の瞬間、夢現が実体剣の鍔をすれすれで飛び越え、右手があった柄を過ぎ去った。

判断が一瞬でも遅れていれば丹陽は利き腕を無くしていた。

「まだまだ!」

簪が春雷を接射。丹陽は完璧では無いが、ボディワークで数発、回避した。簪の春雷は外れた、しかし目的は果たした。丹陽の反撃を抑制したのだ。簪は丹陽が回避している隙に、スラスターを噴射し体を斜めに回転させる。簪が丹陽に向き直った時には、モーメントの乗った夢現が袈裟切りを放っていた。

「いけぇぇぇ」

丹陽は左手の実体剣で守るが、片手では受け止め切れず左肩から右腰まで一線に斬りつけられる。

丹陽の身に傷は無い。だがシールドエネルギーが大幅に削られた。

反撃の為に丹陽は実体剣を振るろうとするが、間合いに踏み込めない。簪が夢現を振り抜かず、丹陽の腹部に夢現の先端を当て牽制していた。丹陽は夢現に掴みかかろうとするが、簪が夢現の刃を返し、顎狙いで斬り上げた。丹陽はそれを紙一重で避けるも、また反撃の機会を逃してしまった。簪は斬り上げた夢現の刃を返し、振り下ろす。

当たる確証は無い。だが反撃を許さなければ勝機はある。しかも丹陽のシールドエネルギーは、山嵐、夢現、春雷全てを受け止めている。残りは少ない。

「え?」

丹陽が踏み込んだ。当然、夢現を避け切れず左肩で受け止める。しかし左肩に当たったのは柄の部分で、シールドエネルギーの減少量は最小限に留めた。

刃物は一般的に最も威力が有るのは先端部分で、遠心力がつく分当然と言えば当然。そこで丹陽は踏み込むことで先端部分による斬撃を回避し、ダメージを最小限にしたのだ。しかしシールドエネルギーは残り僅か。

完全に不意を突かれ恐慌状態に簪は陥った。だがそれも一瞬ですぐさま丹陽から離脱すべく、スラスターを噴射する。だが丹陽の右手が簪の腰を掴み逃がさない。離脱を阻止された簪のシールドエネルギーを、いつの間か持ち替えらていた左手の短刀が切り刻んだ。

目に見えて減っていくシールドエネルギー。簪は春雷を乱射した、パニック気味に。後で知るのだが、簪はこの時、物凄く険しい顔で雄叫びをあげていた。

丹陽は春雷での反撃を事前に予想し、シールドラックのアンカーを左右両方の若干遠くに打ち込んでいた。両方なのはどちらに移動するか察知されない為に。丹陽は右手を離し左のアンカーは巻き上げ、自身を左に引っ張り、春雷の乱射を回避した。

丹陽の束縛を逃れた簪は、壁際まで一気に離脱した。安全を確保したことを確認すると、簪は乱れた息を気持ちと共に落ち着かせる。数秒かけてやっと冷静になれたが、失敗だった。丹陽に武器を呼び出す時間を与えてしまった。

案の定丹陽の右腕にはスナイパーライフルが持たれている。しかし左手は空だった。

次のアタックがラストチャンスだ。簪は再び夢現を握りしめてた。

まさにスラスターを全開にして突撃をかける、その時だった。

丹陽が左手で脇腹をポンポンと叩いた。同時にISから左脇腹に不明物体が貼り付けてあるとメッセージが来た。脇腹を見ると、四角く形を整えられた粘土のような物体が貼り付いていた。その粘土の中心には赤いランプが点滅を繰り返し、そう思った刹那にランプの光が消えた。

「爆弾…」

粘土が爆発した。爆発は簪を完全に包み込んだが、シールドエネルギーを切らすには至らない。だが丹陽は別にこの爆弾で決着を付けようとしたわけでは無いだろ。

爆煙を簪が飛び抜けると、空だった丹陽の左手にはマシンガンが握られていた。

敗北。その言葉が簪の頭を浮かぶ。この敗北は技量云々では無い。丹陽の反撃に怯えて、パニックになった事が最大の敗因だ。精神的な問題。

簪は勝敗を諦め、減速停止した。

しかし簪が勝った。

「参った」

丹陽が両手を挙げている。全身からはエラーの文字を浮かび上げさせていた。時間切れだ。戦闘前に丹陽はISを装着して話していた。それが敗因だろ。

「簪、ピットまで頼む」

簪は釈然としない顔で頷くと、丹陽をISごと抱えてピットまで運んだ。その際少しばかり丹陽が話した。

「近接戦は、正直危なかった。一夏と違って反撃の隙が少なくてな。パニクったのは気にするな、場数を踏めば自然と耐性が付く。でも最後はいただけなかったな。諦めるなんて」

内心、人に物言える人格者か?と自嘲しながら。

ピットに帰り、ISを丹陽はパージし簪は待機状態にした。その際、丹陽は整備班から小言を貰っていた。丹陽がISの扱いが雑過ぎると。

その後夕食を取る為に、食堂に向かう。その間、丹陽は簪から借りたアニメの話をした。だが簪には丹陽の失望したかのような言葉が胸に突き刺さり、まるで何も入ってこなかった。

 

 

「また塩と砂糖、間違えてる」

「ごっごめん」

平屋の借家。借家とはいえ広くは無く、八畳間の一室と台所や便所に風呂場が付いた簡素な造りだった。

そこの台所で幼児の男の子と妙齢の女性がいた。2人でたった今、出来上がった肉じゃがの味見をしたのだが、塩と砂糖を間違えたらしい。

「うぅぅ、どうしよう…。今から作り直すには時間が掛かるし…。何処か食べに行こう?」

「本当に!やった、僕ハンバーグがいい」

男の子は跳ね上がり全身で喜びを表している。女性は少し呆れてた様子だ。塩と砂糖を間違えたのに。

「まったく、ハンバーグなら私だって作れるのに」

「だってお母さん、よく焦がすじゃん」

女性はぐうの音も出ない。

「こっ今度から絶対失敗しないから!」

「はいはい。じゃあお姉ちゃん呼んでくるね」

男の子はそう言い残して玄関に走って行った。

「お母さん、支度してるから。気を付けていってらっしゃい、一夏」

その時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 

母さん…。

一夏はぼんやりと瞼を上げると、天井と電気が着いていない蛍光灯が見えた。

「ここは…っいた!」

舌の上がズキズキするように痛い。

一夏は自身の置かれた状況を確認する為に上半身を起こした。ここはどうやら保健室で、自分はベッドで横になっていたらしい。時計を見ると放課後らしい。

太ももに重みを感じて視線をやると、千冬姉がいた。千冬はベッドのすぐ脇で椅子に腰掛け、上半身は一夏に寄り添うように倒れていた。顔は髪が垂れて見えなが、髪が吐息で一定間隔で揺れていることから、寝ているのだろ。

一夏はそっと千冬の頭を上げると、自分の足をどけ代わりにさっきまで使用していた枕に千冬の頭を託した。そして一夏は掛け布団を二つ折にして千冬の肩にかけた。

「白式、起きてるか?」

[はい、たった今目を覚ましました]

「尋ねたいことがあるんだが」

[私も、尋ねたいことがあります]

二者ともに一呼吸置くと同時に言う。

「記憶が無いが何が起きた?」

[記憶がごさいません。一体何が?]




また負けた。


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第25話

夕食時。食堂のテーブルを、一夏達一団が占拠していた。一団は、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルルの他に丹陽と簪がいた。目的は仲良く夕食を取る為にだが、一夏を除く4人は丹陽を睨み、簪は一夏を怪訝そうな目で見ていた。 丹陽は気にせず、一夏はビクビクしながら、世間話をしながら食事を楽しんでいた。

「一夏、部屋変えだってな」

と丹陽が。

「ああ、助かったよ。丹陽ならわかってくれると思うけど、男女一緒ってのもなかなか堅苦しくてな。今度はシャルルと同室だ」

と一夏が。

丹陽が横目で箒を見ると、話を聞いていたのか箒が不機嫌そうに顔を背けた。しかも妙に元気が無い。また一夏が余計な事を言ったらしい。

今度はシャルルを一瞥すると、ピタリと目があった。どうやらこちらも話を聞いていたらしい。シャルルは自身の生殺与奪を握っている丹陽を畏怖の眼差しで見つめる。

「まあ仲良くな。なっシャルル」

「うっうん」

シャルルが

「なんだ」

「シャルルを食っちまうなよ」

シャルルと簪は手に持った食器をそれぞれの理由で落とし、思い当たる節のないセシリア、鈴は頭の上に疑問符を浮かべ、一夏は一瞬の沈黙ののち声張り上げ立ち上がった。

「そっそんなことするわけ無いだろ」

声を張り上げたはいいが、頬が上気してしまっている。

「なんであんた赤くなってんのよ」

鈴が視線で一夏を突き刺しながらいった。

「ちっ違う、誤解だ」

「そうかじゃあ、シャルルに食われるなよ」

シャルルの全身の汗腺という汗腺全てから汗が濁流の如く流れでる。

「シャルルがそんなことするわけ無いだろ。なぁシャルル?」

「うっうん」

なんとか頷くことが出来たが、動揺も伝わってしまう。

「なんでデュノアさんは動揺してますの?」

とセシリアがシャルルを懐疑的に言った。

「ちっ違う、誤解だ」

「「なんで一字一句同じのよ?」」

と鈴とセシリアが。

突然、簪がシャルルの手を取り握りしめた。そして初めて口を開く。

「私、有りだと思う」

一同が凍りつく。簪も凍りつく。簪はずっと丹陽の言葉が頭を離れず、追い打ちをかけるような丹陽の一言で、錯乱。その結果、自分でも信じられないことを口走った。

シャルルが助けを求めて目を泳がすと、一夏と目があった。若干の間アイコンタクトを取り合うが、それを周りはどう思うか考えずに。

「じゃ俺用事あるから」

元凶がそそくさと空になった食器を持ち逃げ出した。

「私も」

簪も慌てて続く。

「じゃあ俺も」

一夏は続け無かった。

「ちょっと待ちなさい」

鈴に袖を掴まれる。

「話が有りますわ」

セシリアに強引に椅子に座らされる。

「じゃあ私も失礼する」

箒はぼんやりと告げると簪に続いた。

「「え?」」

鈴とセシリアが至極驚く。だが、箒は気にも留めずフラフラと歩き去った。

「じゃあ僕も」

シャルルが終始明らかな作り笑いを浮かべ、箒に続く。

「はっ話ってなんでしょう?」

一夏が身を引き締め、顔を強張らせ、覚悟を決めた。

「あんた箒になにしたの?」

と鈴が青筋立てている。

「何って別に…」

「別に…?心当たりは無いですの?」

「そういえば、さっき山田先生が部屋に来たんだけど、俺がシャルルと同室になるって伝えにね。そしたら箒が不服そうで」

「そりゃあそうよ」

「当たり前ですわ」

「え、なんでだよ?男女同室なんて言い訳ないだろ。丹陽だってすぐに1人部屋になったのに」

鈴とセシリアが今更の如くため息をつく。

「聞かなくても分かるけど続けて」

「ん?続けるぞ。箒が不服なのは俺を心配してと思ってな。心配するな箒、朝だって起きれるし歯だってちゃんと磨くぞ。そう言ったら、なんか箒怒っちゃって、荷物纏めて行っちゃったんだ。何故なんだ?」

「本当アンタって…」

「呆れましたわ…」

セシリアと鈴がやれやれと脱力。

「私達部屋に戻るから」

2人は食器を持って帰って行った。

「おいちょっと待てよ」

1人残された一夏。ただ訳も分からずにいた。

「どうして…」

[私も理解し難いです]

「だよな」

[一夏様が]

「え?」

 

自室に向かうセシリアと鈴。

「セシリアあんたの所為よ」

「何故に?」

「あんたが漂白したサンドイッチなんか食べさせるから、一夏思考回路がいっちゃったじゃない」

「私も別に故意に食べさせたわけじゃありませんわ。白目剥いて倒れるなんて知っていれば…」

 

食事を終えた丹陽は、医療室に向かっていた。右足や有機部品のサンプルを採取する為に。

自動ドアが開き、医療室に入ると山田先生がいた。

「山田先生。先生が採取を?」

山田先生は縦型MRIのコンソールを操作していた。山田先生は手を一旦止めて丹陽に顔を向けた。

「ええ、先程まで織斑先生の検査をしていたのでそのついでに」

丹陽は長椅子に腰掛け、右足の裾を捲り上げ足を晒した。山田先生はアタッシュケースを持って丹陽の前に膝をついた。アタッシュケースを開けて中から注射器、真空管、消毒液とガーゼを取り出す。

丹陽は視線を上げた。

「山田先生はいつもそうなんですか?」

「ええ、副担任ですからね。雑用は慣れてます」

山田先生はガーゼに消毒液を染み込ませ、足の動脈付近をガーゼで吹き上げた。

「いやそうじゃなくて…」

この相対位置だと、丹陽の視線は自然と上から覗き込む体勢になる。山田先生の胸に視線が行きやすいのだ。しかも意識してかしてないか、山田先生は胸を足に押しつけてくる。

「え?」

「いや何でもありません」

山田先生は注射器を刺そうとした。

「山田先生、俺の血には触れないように」

「どうしてですか?」

「触れなければいいんです」

「わかりました…」

生返事で返しながら、山田先生は採血をした。注射器を刺し血が流れ出て来たのを確認するとプッシャーを抜きシリンダーに真空管を嵌め込んだ。

「え?」

密封器の中の血が突然、黒く変色。それに山田先生は驚いた。

「山田先生聞いて無いんですか?」

黒く変色した液体は逆流を始め体内に戻り始めた。

「採血出来ないか…しかしどうして。血液は本物なのに…、でもいつも足ごと再生してたな」

「聞いて無いって。泉君は右足にISを埋め込んでいるって聞いたんですが」

「正確にはISが右足に擬態してるんです」

「右足と一体化してるんですね。生体同調型とは」

「いやだから、右足がなくなっちゃったからISを付けてるんです」

「え?」

「とにかく別の手を使いましょう」

丹陽はアタッシュケースを覗き込み、使える道具を探す。すぐに見つかった。恐らくこうなることも予想済みなのだろう。刃渡り20cmはあるナイフに密封器。

丹陽は密封器の蓋を開けた。

「泉君刃物なんて!危ないですよ」

山田先生の制止を無視しナイフを手に取ると、刃先で右手の人差し指を斬りつけた。

「血が血が…」

「出ますね。黒くはならない」

切傷からは赤い血が流れ出て来る。少し丹陽は待ってみるが、血は固まるばかりで黒くはならない。ナイフの柄に血が垂れるまで待ったが、黒くはならない。

冷静にする丹陽とは対照的に、まるで自分が切傷を負ったかのように山田先生は狼狽していた。

狼狽しながらも山田先生は、教師としての義務感からか、それとも不吉な予感からか、丹陽の手からナイフを取り上げようとする。

「刃物を先生に渡しなさい」

が、丹陽はするりとそれを避けた。

「ちょっと離れてください」

と言いつつ丹陽は自分から離れた。

丹陽はナイフを逆手に握りしめ振りかぶる。山田先生は予知していたことが現実になるのを確信して手で顔を覆った。

「えい」

「キァァァァァァァッ」

ナイフの矛先を自らの足の親指に突き立てた。ナイフは見事に親指の付け根から骨ごと肉を切り裂く。 そんなスプラッター映画顔負けな自損行為に、生々しい音が耳に入った山田先生は耳をつんざく悲鳴を上げた。

「あ、すみません。でも大丈夫です。安心してください、痛覚はありません」

山田先生はボクサーのパンチを受けたかのようにフラフラとしていた。顔から完全に精気は失われている。

丹陽は切り落とした親指を密封器の中に入れ蓋をした。

「なっなにしてるんですか…」

山田先生は目尻と腹の底が熱くなっていくのを感じた。だが説教をしようにも視線を天井に向けたまま下ろせない。

「これは…、山田先生見てください!」

丹陽の懇願に山田先生は条件反射的に視線を下ろしてしまった。視線は真っ直ぐ丹陽の右足つま先に。

「キャァァァァァァァァッ」

「いやそっちじゃなくて」

山田先生は大粒の涙を流し駆け足で部屋を出て行った。

「泉君なんて知りません!」

「待ってください!くっ付いてる。えい」

丹陽は少しして後を追う。かなりの距離を離れていたが、山田先生が錯乱気味に走っているためすぐに後ろに追いつく。

「待ってください」

「来ないでぇぇぇ」

山田先生が曲がり角を曲がった。するとすぐ目の前に人影が。止まる間もなく激突してしまう。

「キャッ」

山田先生は尻餅をつくが、相手は咄嗟に片足を引き踏ん張った。

「どうしたんです山田先生?悲鳴を聞いて慌てて来たんですが」

と相手が手を差し出した。

「おっ織斑先生」

山田先生は手を借りて立ち上がる。その際に千冬は山田先生の目尻が赤くなっているのに気がついた。

「ん?何故泣いていたのですか?それに逃げていた様子ですが」

「そっそれは」

その時曲がり角の向こうから駆けて来る音が近づいて来る。さらに声まで。もうすぐそこだ。

「山田先生、何処ですか?」

曲がり角から丹陽が現れた。手には逆手に握られた血まみれのナイフ。

泣きながら逃げる山田先生。それを追う血塗れの使用済みナイフを手にした丹陽。千冬が誤解する条件は揃った。

「千冬…」

誤解だ待ってくれと言い切る前に、丹陽は壁に叩きつけられた。そこで丹陽の意識は一旦途切れる。

 

 

「…というわけなんです…」

「そうかすまない丹陽。だがなお前…」

「分かってる。山田先生すみませんでした。IS操縦士ってことは耐性があるだろう。そんな思い込みをしていて本物にお詫びの言葉もありません」

丹陽の意識が回復後、山田が事情を説明。何とか誤解は解けたものの、その時のショックか、山田は両手で顔を覆い隠し長椅子に腰掛け項垂れていた。指の間からはぽたぽたと雫がこぼれ落ちて来る。山田の痩けた背中を横から千冬が腕を回し、丹陽が山田の真正面にバツの悪い顔で立っていた。

「いいえ…わたしが悪いんです。わたしが取り乱すから…泉君は暴行を受け織斑先生には手を煩わせました…。わたしが毅然としていれば…きっと」

山田先生の自虐的な物言いに、これ以上気落ちさせないと2人は必死にフォローする。

「いやいやいや。俺が悪いんです、山田先生は悪くありません。俺が馬鹿だったんです」

「そうだ山田先生。日常生活で切断行為などを直視してたな平気でいられる訳が無いんです」

「泉君は平気じゃ無いですか…」

若干の沈黙。

「昔から鈍感者で」

さらに沈黙。

「それより見てもらいたいものとは」

と千冬の助け舟。

「おおそれは、これだ」

丹陽はナイフに手を伸ばした。その結末まで予想読める行動に2人の顔が強張る。

「安心してください。血を少し採取するだけです」

言葉通り丹陽は自身の足を一文字に切る。そして足から滴る血を素早く密閉瓶の中に入れ蓋を閉めた。蓋を閉めた頃には血が変色、黒くなる。

「来ますよ」

黒い液体は、足を求めてガラスの壁を這い上がる。が出口は無く、瓶から抜け出せない。はずなのだが。

黒い液体が零れ落ちた。

丹陽以外の2人が思わず身を乗り出して覗き込む。

明らかに黒い液体は、ガラスの内側から外側にまるですり抜けるかのように溢れ出て零れ落ちた。

「これは一体…」

2人は唖然とし、ただ黒い液体が丹陽の右足と同化するを黙って目で追っていた。

「それにこれ」

丹陽が瓶を見せつけるようにかざした。

密閉瓶には穴など空いておらず、黒い液体は完全に瓶をすり抜けていた。

 

 

「ちょっといいかね篠ノ之さん」

そう言って廊下をのろのろと歩く箒を呼び止めたのは、作業服に身を包んだ轡木だった。

「何でしょうか?」

声をかけられる理由に思い当たる節は箒にはない。強いて言えば部屋替えのことだが。

「突然で悪いが、頼み事がある」

「頼み事ですか?」

「そう、1年前に火災にあった篠ノ之神社の残骸撤去をうちで行いたいのだが。もちろん経費はこちら持ちだ。あとで請求などせん。ただ、君の両親とは連絡が取れなくてね」

「はい…」

突然のことでしばし箒は思考した。答えはすぐに出た。

「構いませんよ。業界全体が金欠で再建どころか撤去も出来なかったので、やって貰えるならお願いしたいところです。両親には私の方から声をかけておきます」

「そうかではお願いするよ。では私は失礼する」

轡木はそう言って歩き去ろうとした。数歩歩いたところで思い立ったように足を止めた。

「あまり恨まないでくれよ。私は想像力は未だ健全なもので、男女同室の状況が存在すると思うだけで心臓発作を起こしてしまいそうなんだ」

「私は別に」

箒は声を荒げて否定した。轡木はそれに鼻を鳴らして笑って答えた。

「別室だからと言って君達2人の関係に変化は無いだろう」

「確かに絶対的には変わらないかもしれません。でも相対的には、ISが無く指導力も無い私からは、彼は遠ざかっていくのを感じるんです」

「そんなことは…」

「あるんです。半日白式が無いだけで彼はうろたえていました。彼にとってISはそれ程のものなんです」

轡木はなにも言わず振り返る。

「君は何故、IS学園に入学したのかね?」

「それは…」

「姉が束博士である以上、君の人生には必ずISがつきまとう。だから君は、いっそ自分からISに立ち向かった。そう思っていたが」

箒は口を閉ざした。暗かった表情は、マイナスの方向に歪んでいく。

「まあいい。あとは君が決めることだ」

轡木は今度こそ去って行った。

 

 

もやもやとしたから気持ちを抱えながら、一夏は自室に帰って来た。

部屋に入ると、当然の如くシャルルがいた。向かいのテーブルに座り、携帯端末に表示された母国語で書かれたE

メールを読んでいた。

もうすでにシャワーを浴びたらしく、頬はほんのり上気していて、石鹸の匂いがわずかに漂ってくる。

「もう身体洗ったのか、早いな」

一夏は自身も身体を洗おうと、異性がいないからと無遠慮に制服を脱ぎ始めた。

「うん、長くなりそうだったからお先に…」

シャルルは顔を上げ、一夏の様子が目に入ると、すぐに携帯端末に視線を逃した。

一夏はそのまま更衣室に入り、洗濯カゴに衣類を放り込んで、浴室に入室。シャワーの蛇口を捻り白式の待機状態であるガントレットを外したとき、恐らくシャルルが更衣室に入って来た。

「一夏、衣類洗濯に出しておくね」

「おお、悪い」

シャルルの厚意に感謝する一夏だったのだが、布が擦れる音が聞こえる。

「どうしたシャルル?」

「えっえーと…。白式は?」

「ああ、今一緒に入ってる」

「そう…、いっしょに洗ったらマズいと思って。じゃあ持って行くね」

「サンキュー」

更衣室の扉が開き、シャルルが出て行ったと音で判断する。身体を洗い終わり寝室に戻るが、シャルルはまだ帰ってはいない。

しばらくしてもシャルルは帰って来なかった。先に寝ようかとした時、ノックがした。

「一夏、いるか?」

箒だ。何故、こんな夜分遅くに。

「ああ、今開ける」

一夏は扉開けた。当然、箒がいたのだが、様子が可笑しい。観るからに、ガチガチに緊張していた。にもかかわらず、赤く染まった顔を背けていた。

「一夏…デュノアはいないのか。丁度いい、話があるんだ」

「ああ、なんだ?」

箒は腹の中を意を決して吐き出した。

「学年別トーナメントで私が優勝したら」

「したら?」

腕を組み、全身から気迫を染み出たせ、真剣勝負と言わんばかりの眼光を一夏に注ぎ流れら、箒は言い放つ。

「私と付き合って貰う」

「いいよ」

「二言はないな?」

「ああ勿論だ!」

箒は一夏に背中を向けて走って行く。

「絶対だからな」

一夏が居間に戻ろうとした。

[よろしいのですが?安易に承諾してしまって]

「そうか。買い物に付き合うだけだろ?」

白式は何も応えなかった。

 

轡木が箒から許可を得た夜。時間は0時を回っている。

「行くぞ」

「ちょっと重武装過ぎませんかね」

学園のヘリポートに轡木はいた。目的は篠ノ之神社に向かう為に。学園が所有する軍用中型輸送ヘリに乗り込み、自らスライドキャビンドアを閉めた。轡木の服装は相変わらずの作業服。

「用心の為だ」

「確かに墓荒らしですからね」

「まさか。日本は火葬だ。燃え残りが有れば灰にしてやらなければ失礼だろ」

「わかりませんね、おれ水葬派なんで。みんなはどれ?」

「ベターに火葬」

「テレビでやってた、骨をコンクリに混ぜて魚の巣を作って沈めるのが憧れる」

「宇宙葬。旅行会社のパンフレットに有った」

「鳥葬いないの?」

ヘリには同乗者達がいた。勿論、数名の用務員達だが。服装は轡木とは違い、皆がある戦闘服を着用。さらにそれぞれカービンライフルを携えている。

「笑わせる。そうだな、私が生きていれば叶えよう。死んだら他にしてやれることは無いのからな」

けたたましい音を放つローターが、揚力を得るに連れて暗いキャビンを大きく揺らす。その揺れが用務員達の体を震わすが、用務員達が例外なく放つ気迫の所為か武者震いに見えた。

轡木を乗せたヘリが離陸すると、別の同型機が1機後を追い離陸する。さらには大型タンデムローター機。そして、2機の量産機ISが続く。 高度が上がると機首を本土に向け、ほとんどの生徒が寝静まった夜の学園を飛び立つ。満月の浮かぶ晴天の夜空と波で歪んだ月が映し出される薄暗い海の狭間、現在と過去の狭間、そこを機動兵器群は飛行した。

 

 

夜明け前の最も暗い時間。ヘリポートにて、轡木はスライドキャビンドアを自身で開け、ヘリから降りた。その時、ヘリポートに見知った人物がいた。

「行ったのですね…。でも何故今更?」

千冬だ。だがローター音で轡木には届かない。もっと大声を張ればいいのだが、他の用務員には聞かれるのは快く無い。

轡木は、用務員達にすぐに休むように指示してから、千冬の元に小走りに走った。

「すまない、もう一度言ってくれ?」

「行ったのですね。それも今更」

「今更なのは神社の神主に中々連絡がつかなくてな。神社庁には一報入れているがね。行ったのは理由は、暮桜がある。それにここは火葬国家だからね」

タンデムローターのヘリがアリーナに向かっていた。そこで中に積まれたIS 暮桜 を降ろして整備場に運んでいく。

「世界トップの片割れだ。コアが抜かれていようとも、いくら君が嫌悪しても、墓標にしたくとも、埋めておくことは出来ないんだ。安心しろ。今回の件はあそこで何が有ったからは私しか知らない。誰も日本政府には暮桜のことを報告せぬように厳命している。ただ、政府やIS学園の動きを監視しているものは篠ノ之神社まで辿り着くだろうがそれ以上は把握できまい」

「だとしても…」

「遺体が無かった」

轡木が告げた事実に、千冬は絶句した。顔から血の気が引けていく。

「無人機事件以来、見張りは立てた。つまりそれ以前に遺体は持ち去られた。墓荒らしの調査を進めたいが…」

「私が行います」

千冬の声は震えていた。決して夜風の冷たいさではない。

「君にそのスキルは無い。私が行う」

「しかし」

「命令だ。君は通常業務を続行しろ」

やりきれない表情だが、千冬は頷く。それを確認した轡木は、立ち尽くす千冬を脇をすれ違い通って行った。

ヘリが格納庫に運び去られて後も千冬はヘリポートに居続けた。

 

早朝。別荘地帯として有名な森林。剪定された木が両脇に連なる道を1台のパトカーが走っていた。搭乗者は刑事が2名。20代半ばの男性が運転席に、50代前の男性が助手席にいた。

「そうムカムカするな、小木」

小木と呼ばれた20代半ばの男性は、明らかに不機嫌そうな顔でハンドルを握っていた。

「全く何でこんなことをしてるんですか、五十嵐さん」

五十嵐と呼ばれた50前の男性は、助手席でふんぞり返っていて今にもダッシュボードに足を乗せる勢いだった。

「だって、捜査資料読んだら違和感があって」

「だから!僕たちは別の事件を担当してるのに、首を突っ込んだらダメでしょ」

「いいじゃん、犯人捕まったんだから」

「裁判の為に、事情聴取とか、証拠集めとか。まだまだやることはあるんです。しかも今回の事件。マスコミ対策で人手が足りてないんですよ。猫の手も借りたい時にこんなことしてて良いわけないでしょ」

車を飛び出て森林に響き渡る大声を小木は出した。だが五十嵐は動じずにいた。そんな様子に小木は長い溜息を吐いた。

「五十嵐さんがもうあの事件に関わりたくないのは解ります。僕もです。でも世の中それじゃいけないんですよ。そのことは五十嵐の方が分かってるでしょう」

2人が担当していた事件。それは少年の暴行殺害事件だっだ。

被害者は14歳の少年。容疑者は19歳の青年。

容疑者は高卒後、工場に勤めていた。容疑者が特定された理由は、被害者と行動を共にし容疑者から金属バットで暴行を受けた、17〜8歳の少年らが、容疑者が現場から立ち去る際にケータイを落としたのを警察に届けた為に身元が判明した。さらに容疑者が住むマンションの中庭に凶器と思われるカッターナイフが漂白剤まみれで埋まっているのを発見。

マスコミが掘り上げたことだが、容疑者は中学生時代にいじめに遭っており。その時に爆弾製造の為に、硝酸カリウムを購入。それが警察に知るところになり、保護観察時期があったらしい。

しかし警察は馬鹿ではない。マスコミが19歳の青年を勝手に犯人と決め付け報道していたが、実のところ警察は行動を共にしていた少年らを犯人と疑っていた。

ケータイが警察に届けられるのが遅かったこと、少年らにトラブルが有ったこと、少年に有った暴行の跡が明らかに素手だったこと。ケータイには青年の住所が載っており、そこに少年らがケータイを届ける前に向かっていたこと。などなど、調べれば調べる程にボロが出てきた。

だが不可解なことが有った。青年が黙秘を貫いたことだ。理由は青年を拘留数日後に判明した。ネットの動画公開サイトに、不鮮明ながらも18歳の少年が14歳少年の骸をカッターで傷害を加える映像が流れた。投稿者は青年のアカウント。予約投稿という機能を利用したらしい。

青年はケータイを2つもっていた。青年を担当した保護観察官は、彼は少々暗いが世間一般的な感性を持ち合わせ根は真面目と語っていた。中学生時代もいじめに遭っていたが少数ながら友人がおり、学校内では問題は起こしておらず、関係者は皆が彼を暗いが根は真面目だと語っていた。

未成年の容疑者は過敏な程に個人情報を守るが、それを過ぎれば容疑者であることを忘れて過剰に沸騰する。事件が残虐で有れば有るほどに。しかし被害者には年齢制限なく、友好関係までも全国に流す。

青年の目的は自身を犠牲して、少年らを罰することだった。しかし、苦にもマスメディアにも飛び火。現在進行形で燃え上がっている。

 

 

「着きましたよ」

パトカーが岐路に入り、数分。目的地の手間に停車。小木は横で寝ている五十嵐を起こすとすぐに降車した。

「そうか」

五十嵐も降車した。目を覚ますため、伸びをして高標高特有の冷んやりとした空気を肺いっぱいに吸い込んだ。その間にも小木は目的地目指して登り道を進んでいた。五十嵐は丸々とした腹を揺らしながら追いかけた。

数分、森に囲まれた登り道を進むと開けた場所に着いた。目的地だ。そこは広く開けた場所で、一面芝生にぽつりと広い土地には不釣り合いほど小さなログハウスが1軒建っていた。芝生には花壇の類は無く、ただ取って付けたよう土道からログハウスの玄関までを繋ぐ飛び石があるだけ。この土地は別荘地として有名で、このログハウスも別荘として建てられていたのだろう。しかし長年放置され新たな家主を得てからも放置が続いたのか、所々剥がれ塗装に雑草が伸び放題の芝。窓は二階にあるはめ殺しの1枚を除き、割れてこそいないものの垢がびっしりとこびり付いている。

「おはよう」

「おはようございます」

見張りの警官が2人に慌てて敬礼をした。夜通しの見張りだったのだろうか、2人に気づくまで地蔵の前で平気で大あくびをかいていた。

立ち入り禁止と書かれた蜂模様のテープを潜り、草むらに埋もれた飛び石を足場に芝の中央辺りに行った。そこには、草を押しのけ、白いロープが地面に人型を示していた。そして人型は顎より上がなかった。人型を挟んで2人の反対側には扇型に大量の血痕が飛び散っていた。

第一発見者は牛乳の配達員。被害者の身元は不明。20代前半の男性とみられる。死因は右手に持っていた、50口径リボルバーで頭を飛ばした為。この弾丸、ガンパウダーを増量されていたらしく頭蓋を跡形もなく破壊した。リボルバーや腕の血痕から男性自らの手発砲した可能性が高い。加害者も勿論不明。人里離れた場所だ目撃者は期待出来ない。ただ被害者の首から、華奢な手跡が見つかっていた。血痕の残り方、痣になっていた事から、被害者の首を掴み持ち上げたのだと推測される。しかし指紋はおろか汗や皮膚の類も検出されなかった。手袋をはめていたにしては手跡が綺麗過ぎる。ログハウスの所有者は半年前に、何者かが仲介人を介して購入したもので。業者は愚か、仲介人も会った事は無かった。金は支払われていたので、疑問には思っても意に介さなかったらしい。

「で、五十嵐さんが気掛かりなのは、被害者が何故犯人に向かって発砲しなかった?ってことですか」

と小木が。

「それもそうだが、それだけじゃない。捜査資料にあった、2発の発砲が気になる」

五十嵐が辺りを見回した。

「2発?それがどうしたんですか?」

「リボルバーの弾倉には、空薬莢が1つだけだったのにな」

「部屋から飛び出す前に入れ替えたのかも」

「熱々の空薬莢を素手でか?全弾を排出したにしてもだ、部屋には弾丸は無かった」

「ですがね、それがどうしたんですか。ログハウスの購入者の特定。被害者が食用していたカップ麺の販売元。配達員への聞き込み。特注弾丸の出所。調べる事はたくさん有るんです。誰も気に留めません」

「何故2発撃ったんだと鑑識は判断したと思う?」

五十嵐は沸点目前の小木に構わずにいた。

「知りませんよ」

「被害者を殺した弾は見つかった。だが部屋を飛び出る為に撃った弾は何処にも無い。無い上に、部屋からも硝煙反応は無かった。最初の疑問に戻ろう。鑑識は何故2発撃ったと判断したか」

五十嵐はログハウスの濡れ縁に立つと、掃き出し窓を力一杯に足の裏で蹴った。

「っいた。つまりはこうだ」

掃き出し窓は割れず、蹴りの反作用で五十嵐は芝に尻餅を着いた。

「え?」

小木は気の抜けた声を出した。

「このログハウス全て強化ガラスだ。しかも木の中には鉄板を忍ばせている。どっかのギャングだかマフィヤだかが、建てたものらしい。まあ、銃器押収とかでバズーカ砲が出てくる国だ。過剰ってことはないだろう。こんな建物だ、鑑識は人間の力では窓を破れないと判断した。だから有りもしない弾丸を、存在するかのようにしたんだ」

「でもそれって…」

「今後の捜査に役には立たないかもな」

「はぁ…。何の為に来たんですか?」

「弾丸を探すんだ」

「無いんでしょう」

「無いことを証明する為に探すんだ」

「そんな…」

五十嵐は黙々と捜索を開始。小木は嫌々とそれを見習った。

 

 

「結局見つかりませんでしたね」

くたびれた様子の小木が、走る車の運転席から嫌味ぽく言う。

「ああ、奴さんがどうやって窓を割ったかもわからずじまい。探している途中に思いつくと考えたんだがな」

五十嵐は助手席で踏ん反っていた、丸渕の眼鏡を掛けて。

ただ何もかもが無駄だったというわけでは無い。

弾丸の捜索途中、屈んだ為に地蔵の頭部に、首元から頭上に向かって空洞が有る事を発見した。そこにこの眼鏡があった。一応はこのまま証拠品として提出するが、五十嵐は例の如く気になってしまい試着している。

「小木これ凄いよ」

「それより証拠品で遊ばないでください」

「これ付けていると輪郭はハッキリしてるんだけど、全ての物が黒色に染まって観えるだ」

 

 

「今日はまたまた新しい友達が増えます」

1年1組。朝のホームルームの為、全員が席に着席していた。そして全員、個人差はあるが、山田先生の言葉に驚愕していた。

いつも通りの朝が来るかと思えば、またも転校生。

「皆さん、お静かに。本当は昨日デュノア君といっしょに転校予定だったのですが、諸事情に本日よりこのクラスに編入されます」

山田先生が困惑気味に説明した。困惑しているのは、転校生が原因だろ。正確には転校生の態度が。

小柄な体型。シークレットブーツを脱いだ、丹陽とほぼ同格だろ。銀髪のロングヘア。左目を眼帯が覆っている。顔は傷物であることを考慮しても、美少女と言っても過言では無い。だがその顔は今、不機嫌さを示す様にしかめ面だ。そして残った右目からは、蔑みの感情が生徒達に注がれていた。

「ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

山田先生から紹介されたが、ラウラは自己紹介をしなかった。

「ラウラ、自己紹介をしろ」

と千冬が。

「はっ、教官」

とラウラが返す。

ラウラが口にした教官が、生徒達の間で何度も反復した。

「教官?」「教官?」「教官?」「教官?」「教官?」

「教官ってなんだっけ?」

ゲシュタルト崩壊を起こす者まで。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

簡素化つ簡潔にラウラは自己紹介をした。するとラウラは、蔑みでは無く憎悪の籠った眼差しを一夏に向け歩みだした。憎悪の対象である一夏は、眼差しの所為で身をすくめていた。

「貴様が…」

ラウラは一夏の襟を掴み、空いた腕を大きく振りかぶる。

平手打ちが一夏の頬を打った。打たれた一夏は何が何だか理解できない様子で、放心していた。クラスメイトは殆ど、声が出ないほどに驚いてた。

「私は貴様を許さない」

クラスが息苦しい緊張感に包まれる。

だがそれをぶっ壊す強者がいた。

「フッハハハハッ。そいつはなんだ一夏?サード幼馴染か?なんだ式の約束までしてたのか?それとも血のつながらない妹?まぁどれでもいいか」

丹陽だ。腹を抱えて笑っていたが、人を笑える立場かと小一時間問い詰めたい。




途中、関係ない話が有りましたが。独立したエピソードとして考えていたものですが、本編には関係なさ過ぎてボツに。しかし忘却の彼方に捨てるには勿体無いと思い、プロットだけやっつけ仕事で貼り付けました。


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第26話

予想だにしない事態の連続に、ただ唖然としているクラスの中、丹陽は腹を抱えてバカ笑いをしていた。

「婚約だと…ふざけるな!こんな奴と」

ラウラは一夏を投げる捨てる様に解放すると、今度はそのバカの襟元を掴んだ。

「でもいきなりビンタなんて」

襟元を掴まれても丹陽は飄々とした態度を崩さなかった。

「貴様、私を愚弄するつもりか?」

「そちらこそ」

丹陽はラウラを引き離そうとしたのか、ラウラの背中手を回した。

「触れるなっ!」

ラウラは丹陽の手を弾くと、丹陽の髪を掴み力一杯机に叩きつけた。

「んがっ」

さらにラウラは丹陽を地面に放り投げた。

「むだっ」

叩きつけられたことにより、軽く目眩のしていた丹陽は抗うことが出来ずに地面に突っ伏した。

「ふん、雑魚が」

自分が怒りをぶつけたことさえも馬鹿らしく思える程に、弱い男。情報部から得た評価では最注意人物とされていたが、情報部には見立てを改めさせなければ。諜報部からの情報によれば、セシリア戦で丹陽が、コア干渉と思われる現象による起動時間制限があった。恐らくはまだこの世には無いはずの生体同調型ISを装備していると報告があったが。この体たらく。間違いなく装備していないだろう。

「おい!ラウラと言ったな」

立ち上った一夏が、ラウラの後ろから怒声を浴びせた。

「一夏、次は貴様の番か」

「丹陽に何するだよ」

「自分が何をしたかも分からないか、この愚弟が」

ラウラが一夏に向き合う為に振り返ろうとした。

「ふん、愚か者が」

千冬が鼻を鳴らして嘲笑した。

「貴様はっ!ああああ!」

ラウラが一夏に正対しようとした。その時、足を開いたのだが、何かに引っ張られたかの様に開けなかった。ラウラはそのままバランスを崩し、丹陽目掛けて倒れこんだ。このまま行けば、丹陽は下敷きだ。しかし丹陽は身体を半転されて降りかかるラウラを避けた。

今度は自分が突っ伏したラウラは、倒れた原因は知る為に

足元を確認した。すると両足よブーツの紐が一つに結ばれていた。

「一体誰がぁぁぁ」

そうは言ったが、心当たりはあった。一瞬だが、自身のブーツの側に居て目を離した人物がいる。

「いずみぃぃぃぃぃ」

丹陽は机に手を託しなんとか立ち上がっていた。ラウラは懐からナイフを抜くと、ブーツの紐をせん断。素早く立ち上がり、ナイフの剣先を丹陽に向ける。

「よくもなめた真似を」

「御許しを」

激昂したラウラに殺意を剥き出しのナイフを向けられて、丹陽は両手を上げて白旗を振った。ただこのタイミングでは挑発と捉えられる。

「あっ!」

一夏が驚嘆の声を上げた。

「おっ織斑先生。ボーデヴィッヒさん」

と山田先生も驚愕の声を。

「両者やめろ」

千冬が、臨戦態勢のラウラと何処までも好戦的な丹陽の喧嘩に止めに入った。

「はっ」

ラウラが渋々千冬に従い、事前に告げられていた自身の席に向かった。

ラウラには聞こえない距離になった頃合いに、一夏が丹陽に質問した。

「丹陽、お前か?」

「まあね」

クラスメイトは全員がラウラに視線を注いだ。そして全員が必死に表情を硬直させていた。笑わない様に。

「丹陽、酷いことするな」

「雑魚らしくていい手だろ」

 

 

「しっかし本当に良いんですかね?はいどうぞ」

学園と本土を繋ぐモノレールの駅。無人駅の為に、楯無と丹陽以外はいない。丹陽はたった今書き終えた外出書を楯無に渡した。

「何が?問題は無しと」

楯無が用紙を受け取り、チェックをした。

「1人で外出しても」

丹陽は倉持技研に足を運ぶ予定だ。

「今更ね。監視役って言っても、形だけよ。私は不本意だけど、何故か轡木さんは貴方を信用してるわ」

「借金を背負わせるのに?」

「信用で金は得れるわ」

丹陽は何も言わなかった。だったらチャラにしてくれとは。

「そうそう、簪には宜しく言っておいください。今日は教練に付き合えないと」

「私が代わりを務めるわ。むしろ、本来は私の役割だったのよ」

今日は長く技研いる予定だ。帰る頃には陽は落ちてる。

「それと、あのドイツっ子とフランスっ子にも宜しく言っておいてください」

「また喧嘩を売ったらしいわね」

楯無は興味なさげに、外出書にペンでチェックをつけながら言った。

「おお、流石耳が速い」

芝居掛かった丹陽の賞賛。

「私は好物だけど、改めてなさいよね。その喧嘩腰の態度。だいたい彼女らにも事情が有るのよ」

「それは此方もです。まぁご忠告ありがとうございます。では」

モノレールが着いた。反省の色の無い丹陽はそれに乗り込み、本土へ、技研へと向かった。

 

 

本土。開演前の映画館。衆生がポップコーンにジュースを抱えて、自分の座席を探していた。平日で昼間なことや最近は客足も少なったガラガラの映画館で、他人に配慮する必要も無く真ん中の席に向かった。すると、ガラガラの映画館で隣に男が既に座っている。。男はスーツ姿で、気難しそうな顔で動きの無いスクリーンを眺めている。衆生は黙って隣に腰を下ろす。

場内の照明が落ち、映画のコマーシャルが流れ、やっとで本編が開始された。

そのタイミングで衆生は、ポップコーンにのみ伸ばしていた手を、懐に入れメモ帳を出した。メモ帳の中から1ページを選んで抜き取り二つ折りにして、隣に差し出す。

「大阪にあるそこのカジノに行け。そして受付に、今日は天使が付いてる気がするんだ。だからきっと大勝ち出来る、と言え。すれば大勝ち出来る」

隣の男は黙って受け取り、メモを懐に入れた。

「勝ちの上限額は、要求した報酬額か?」

「そうだ」

男は硬い表情からは、似つかわしく無い口笛を吹いた。

「サンキュー。それとこれな」

男が足元にある鞄を漁り、中からファイルを出した。

「頼まれてた件だ。そう、古川夫人の軟禁場所。長年何も無かった上に、ご夫人、ボケてるらしくてな。今では監視役は、有力者二世が履歴書に 政府重要施設にて勤務 って書くための踏み台になってる。つまりは簡単に侵入できるし。夫人と話をして、それが夫人の口から監視役の耳に入っても、監視役は相手にしない」

衆生はファイルを受け取り、鞄にしまった。

その後は2人とも口閉ざし映画に出見入っていた。

「結構面白いな」

終盤近くで、あまり期待していなかった衆生が感想を漏らした。

「この取引、お前は仲介人だろ?」

男がそれに応えるように言う。それに衆生は口を閉じた。

「今、土屋守についての情報は欲しく無いか?」

「嗅ぎ回るから命を狙われるんだ」

この男は夫人から、あの3人にたどり着いたのだろう。リスクが分からないまま、この男の話に乗るのは危険だが。

「話せ」

「助かる。あの情報を欲しがってたのは、ジョン・タイターじゃないのか?」

「それがどうした?」

「タイターは、現在アメリカの人気者だ。表沙汰は重要機密の漏洩でな」

男は乾いた唇を潤すために、自身の飲み物を飲んだ。

「実際、ある日忽然と姿を消したんだ。丁度お前が追い出された後にだ。しかもどうやら直前まで関わっていたプロジェクトが重要なもので、その概要が外部に漏れるだけでも大問題だそうだ」

「プロジェクトの内容は聞きたくないが…あの人が金目的とは思えない」

「それとだ…」

ペラペラと喋っていた男の口が塞がる。意を決して喋り出す。

「エカーボンの崩壊に関わっているかもしれない」

「ソースは」

「関わっていたプロジェクトがエカーボン絡みだ。しかも姿を晦ました時期が時期だ。なにか関わっていても不思議じゃないだろ」

映画もラストに入っていた。

「なんで、タイターの仲介人なんて引く受けたんだ。追われていた事は分かっていただろう?」

衆生はまたも無言。

「轡木さんの心残りのことなんじゃないか?」

衆生は眉ひとつ動かさない。

「1人生き残りがいたらしい。エカーボンに」

男は俯きうな垂れた。そして芝居掛かった口調で言う。

「尽くした挙句に地獄に堕ちたか…」

衆生はポップコーンとジュースを掻き込んで、立ち上がった。男が気がつくとスクリーンにはスタッフロールが流れていた。

「要求は?」

「そうだ言ってなかったな。タイターの身柄を俺に渡してくれ。そちらの方で尋問してからでも構わない。それと報酬の情報だ。どうせ確保したら、いつもの外圧でこっちに来るからな。前払いだ」

新たなファイルを男は差し出した。

「別荘地で起きた事件だ。甲斐や天野を追ってるんだろ。役に立つかもな」

この男の話、色々と勘繰るところは有るが、衆生はファイルを受け取った。

「忠告しておくが、嗅ぎ回るから命を狙われるんだ」

「楽しくて止められないんだ」

公安所属でCIAの二重スパイに背を向け、灯りの付いた劇場を衆生は後にした。

 

 

「起きろ、朝だぞ」

「zzzz…」

「だから起きろよ。予定の時間を過ぎてんぞ」

「もう少し…」

「いいから起きろよ!!」

「冷った!なんだ丹陽か」

「ああそうだ、早くしろ中山」

倉持技研の技術者たちが住まう二階建ての寮。その隣の金網で囲まれたプレハブ小屋。そこで寝泊まりしている中山二郎を丹陽は冷水で叩き起こした。

ここに来た理由は、モンテビアンコのデモンストレーションをする為に。日本政府に直接、専用機開発の追加予算を出してもらう為に。会長が出した予算では、過去に誰かが作った失敗作を買い取り、改修することしか出来なかった。

「今何時?」

中山は丹陽から渡されたタオルで顔を拭う。

「後数分で俺の模擬戦」

「はぁぁぁぁぉ!いやっ!ついて来い」

中山はベットから飛び出し、寝巻きのまま外に駆け出した。丹陽も言葉通りに従った。

「なんで寝坊してるんだよ」

「それがスカベンジャー三姉妹と戯れていて。遅くまでやっちゃった」

金網の開き戸前で、立ちはだかる警備員を突き飛ばす様に払いのけ、アリーナのピットに向かった。ビアンコはすでにカタパルトでスタンバイしている。

「三姉妹?」

「スカベンジャー、ハンター、プレデターの三姉妹」

「Vシリーズの特殊兵器か?」

すれ違う人達は、いつも忌まわしげな視線をむけてきた。

「クーデレ幼馴染スカちゃんに、ツンデレ ハン、ロリ巨乳のプレちゃん」

「あの鉄塊のどこにそんな萌え要素があるんだよ」

「先ず、スカちゃんは、遠距離から急に飛び込んでデレてくるし」

「突撃をデレというのか?デレ無い個体もいるが」

「そして黒い鳥から叩き込まれた熱くて太い棒を追い求めて早100年」

「ヒートパイルだな。まああんなもんに当てられたら惚れたくはなるが。じゃあハンターはなんだ」

ピットに2人は付いた。スタッフは数人居るが、誰1人として挨拶すらしない。

「チクチク撃ってくるだろう。そのくせ、壁越しでもこっちを見つめっぱなしなんだ。どこにいてもこちらを見つめている。気が有るだろ絶対」

「敵だからな」

「んで寄ってやると、止めて近寄らないでそれ以上来たら絶対に許さないんだから、って感じのセリフが脳内に流れて来る程に弱々しく逃げ惑うだろ?」

「理解したくない」

丹陽は先日渡されたハードタイプのISスーツに袖を通していた。エアバックは外している。

「じゃあ、プレデターはあれか。あのよちよち歩きが、まだ発達しきっていなし幼体に不釣り合いな脂肪をつけてると?」

「お前も分かってきたな」

「恐ろしいことに。ところでこの前の資料に載ってた、こいつの欠陥。治ったの?」

ビアンコにISコアを投入し装着、挙動を確かめる。なにせ直に装着するのは初めてだ。二郎は携帯端末で機体の最終チェックをしていた。一方周りのスタッフはこそこそと耳打ちをし合っている。

「祈れ」

「は?」

「試作1号で、打ち止めになったからな。フレームには改良は無い」

「はぁぁぁぁ!」

「大丈夫だ。足が折れたのは、本領発揮の市街地で長時間稼働試験中だ。よっぽどでなければ折れない」

「あんたを信じると?」

「だから祈れと。よしオールグリーン」

「なにに祈るの?出るから離れてろよ」

チェックを終えたのか、二郎はカタパルトデッキを出て行った。その際に、スラスターが生み出す強風にさらされながら言った。

「勿論、神様に」

丹陽が二郎に物言おうとしたが、自動ドアが閉まってしまった。呆然とした丹陽を、出撃要請を知らせる赤いランプがギラギラと追い立てた。

「祈りが届いた試しが無いんだが…。進路クリア。出る」

カタパルトを駆け、ビアンコ発進。

 

 

「勝ったぞ…」

デモンストレーション戦を制した丹陽は、ピットに帰投した。これでほぼ間違いなく、追加の予算は来る。

「勝ったぞ…。じゃあねぇぇよ!なに開始早々足折ってるんだよ。心臓止まるかと思ったぞ!」

帰投したビアンコは、主装甲以外に被弾はなかったが、右足は脛のあたりから破断していた。幸いビアンコは構造が特殊な為、丹陽は無傷だ。

中山は当然激怒した。

「祈りが届かなかったな」

「なんで近接で超跳躍装置併用の蹴りをやり始めたんだよ。だから折れるんだ」

「いやでも、こいつ使い潰してもいいんだろ?」

「稼働試験がまだなの。一応まだ予備パーツはあるけど、それ検査落ちパーツなんだよ。強度が足りないんだ。この様子や有機部品を使うこと、追加装備を考えて、2号はフレームを強固にしなきゃならないのにから、データ収集を行いたいのに」

中山は携帯端末を操作していた。作業に集中している為か、怒りも次第に鎮まっていった。

「よしついて来いよ。エクソスケルトンの資格欲しいんだろ?」

ビアンコを外した丹陽は中山に言われるがまま、ピットを後にした。

ピットでは、丹陽は見事に勝利したにもかかわらず。スタッフは誰1人として讃えてはくれなかった。代わりに陰口をしていた。

「チッ、彼奴らが勝ったのかよ。相手局長の機体だったのに」

「これは八つ当たり来るぞ。しかし誰が絶対に局長側が勝利するって言ったのは?」

「仕方ないだろ。泉っていう操縦士、成績全敗だったし。だいたいお前こそ、なんで機体に細工してないんだよ」

「なんで俺がしなきゃいけないんだよ。だいたい、右足折ってもあの様子だぞ。なにしても無駄だぞこれ」

「じゃあ誰の責任だよ」

 

 

「賛辞も無しとはな」

「酷い職場だな」

喫煙室。丹陽と二郎が長椅子に隣同士に腰掛けていた。他には誰もいない。二郎が、勝利祝いと奢ったジュースを丹陽啜り。二郎はその横で煙草を咥えて一服していた。持て余した片手でコインを指の間から間へと波打つように踊ろさせていた。

この研究所では喫煙者は稀で、陰湿な者たちはここにはいない。

丹陽はジュースを飲みきり、空きカンをゴミ箱に捨てた。

「勝ったからいいけど」

「前向きで助かる」

ガラス張りの喫煙には、嫌がらせなのか喫煙の危険性について説いたポスターが貼り付けてあった。しかもガラス張りの向こう側が断片的にしか見えない程に。

「いい性格してるよな。このポスターも俺が吸ってからこうだ」

「そうだな。お前も大変だな」

今更眠いのか、二郎は大あくびをかいた。

「ところでエクソスケルトンって?」

「ワンボーの機種名称だよ。パワードスーツと重機の間の立ち位置だから、ちょっと曖昧だけどな」

「だけど、うちの用務員はみんなワンボー、ワンボーって言うけど」

「最初に民間にリリースされたエクサスケルトンが、ワンマンアーミーにかけて、ワンマンユンボー。略してワンボー、なんて呼んでいて。ワンボーがマイナーチェンジにライセンス生産を繰り返して長年エクソスケルトン業界を席巻してたからな。今でも特徴機を除き、殆どがワンボーだし。一般にはワンボーが定着しちゃったんだよ。辞書で引いても出てくるぞ」

「特徴機ってあの企業シンボルの?」

「それ」

丹陽が納得したのかしてないのか曖昧な声で返事をした。二郎はそんな丹陽を気に掛けず、吸い殻を灰皿に捨てると立ち上がり部屋を去り、去り際に「そんじゃあ、エクソスケルトン教練の準備して来るから。部屋出てていいから待っててくれ」と言い残した。

丹陽は喫煙室を外室すると、誰も居ない廊下の真ん中で仁王立ち。そして懐からコインを取り出した。指の間に挟み、二郎の真似を始める。

ぎごちなくコインは転がり、手の甲から溢れフローリングに落ちた。

「結構むずいな」

その丹陽の背後から気配を消して近づく者がいた。

 

 

山嵐から放たれた誘導弾48発。しかし楯無には有効打を1発も与えられなかった。

21発をガトリングで撃墜され、12発を水のベールで防御。残りをモーターが尽きるまで逃げ切られ、慣性航行に移行後にマニューバで避けられてしまった。

アリーナで1学年の3組と4組は実技授業を行っていた。

専用機を唯一持っている簪は、存在そのものがIS学園の規律の楯無に特別指導を受けていたのだ。他の生徒は、練習機をローテーションして素振りや基本的な動作を繰り返して、ISの挙動に慣れていた。

「そんな…」

簪はまさか全弾外れるとは思っておらず、落胆せずにはいられなかった。

「なかなかやるわね。でもお姉ちゃんには届かないわ。さて次は…」

余裕の楯無が、簪に微笑みかけていた。

確かに楯無には通用しなかったが、代表候補生クラスでも山嵐の連射ならば完封可能だ。丹陽の狙撃の実力は認めたくはないが確かなもの。丹陽戦のようなことはまずあり得ない。

次は本格的な近接戦の教練に移ろうとした。だが簪の表情がすぐれない。それを案じた楯無が問いただした。

「どうしたの簪ちゃん?暗い顔しちゃって」

「私ってやっぱりダメなのかな。お姉ちゃんや丹陽と違って」

いかにも絞り出したかのような掠れた声を出した。

「お手本に余計なのが混ざってるけど。どうしてそう思うの?貴方も代表候補生でしょ。それに選ばれただけの実力はある筈よ。丹陽は日本国籍持っているのに、候補生にすら選ばれなかったんだから」

「だけど、丹陽は射撃は上手だし、機転も利くし、長所ばかりなのに。私は…突出したところなんてないし短所ばかりで。良いところなんて…」

「はぁぁ?あの馬鹿の何処に魅力があるのかしら…ひぃ!」

48発ものミサイルよりも殺意が乗った目に睨まれ、しかも普段は大人しい筈の実妹とあれば、流石にたじろぐ。

「わたしもちょっとだけ興味があってね」

「そうなんだ」

殺意を収めた簪は、代わりに腕を組み悩み始めた。

「えーと。完全無欠に見えて、てんで駄目なところとか。シークレットブーツを愛用してるし」

ISを装着して素振りをしていた生徒達の手が止まった。ISのハイパーセンサーが簪の声を拾ったのだ。

「大人ぶっているのに、すぐに落ち込んだり癇癪を起こしたり子供ぽいし」

ただの悪口にしか聞こえない。

「でも、本当はすっごく優しいところ」

楯無が耐え切れずに笑い出した。

「ちょっとお姉ちゃん。わたし本気なのに…」

「ごめんなさいね。ただ…確かにそうだなって」

そう言ってピットに楯無は向かった。

「目標も定まっているなら、頑張らなくちゃね。さぁ次のクラスが来るから。別のアリーナで続きを」

「そうだね。

楯無は結局は何も言えなかった。妹の屈託のない笑顔の前では。

簪ちゃん。丹陽は貴女が思っているような人じゃない。彼は…。

 

 

「それじゃあ、いっくよぉぉお!」

「おお」

簪達が去った後のアリーナで、一夏とシャルルが対峙していた。両者ともにISを装着、臨戦態勢だ。ピリピリとした緊張感はあったものの、剣呑感はまるでない。模擬戦なのだから。

1組と2組の生徒達が、実技授業をアリーナ行っていた。暖機運転とウォーミングアップ。それを終えてからシャルルが一夏に模擬戦を申し込み、断る理由のない一夏は承諾したのだ。

一夏は機体を上昇させる。シャルルもそれに合わせて上昇させた。

「頑張りなさいよね一夏!」

「お気をつけてくださいね」

と鈴とセシリアの声援。箒は離れてとこれで、別の生徒と模擬戦を始めていた。

シャルルのIS、ラファール リヴァイヴカスタム。丹陽が使っていたラファールの改造機。通常のラファール比べて、大型スラスターが増設され、シールドを左腕に装備している。定点防御型の丹陽とは反対に、高速機動を得意とするのだろ。何が最善策か。だが、考えを巡らしても意味は無い。どうせ突撃しか能が無いから。

[過不足は私が補佐します]

白式からのメッセージ。

「頼りにしてる」

白式のスラスターをスロットル全開に、最大出力を以ってしてシャルルに突撃した。

「うぉぉぉぉ!」

シャルルは瞬時にマシンガン2丁を展開。一夏を迎え撃つ。

[弾道予測、表示します]

ハイライトで網膜に投影された幾重もの予測射線が、自身の身体を貫いた。このまま行けば致命的に被弾する。一夏はそれを躱す為に上昇。丁度、予測射線の真上に着く。丹陽戦とは違い、射撃が真っ直ぐ飛んできてお利口だ。要は避けやすい。

予測射線を実弾が追いかけるように走った。そして新たな予測射線が一夏を追尾して伸びてくる。だが実弾が伸び切る前に予測射線から逃れる、あるいはその射線の束をすり抜ける。

「擦りもしないなんて…」

回避、追尾、回避…。同じ動作の同じ結果で繰り返す。そしてついにサイクルが終了、距離を詰めた一夏がシャルルに反撃。

一夏の力声と共に繰り出される斬撃。シャルルは瞬時に片腕のマシンガンを実体剣に切り替えて受け止める。

「やるね一夏」

「そっちも」

シャルルはマシンガンの銃口を一夏に向け、同時に火と鉄塊を吐き出す。だが一夏は瞬時に急降下し、銃撃から逃れた。シャルルは追撃するも、急降下で加速して一夏を捉えきれず、一夏に上昇と回頭を許してしまう。

「弾幕が薄いか…なら」

回頭した一夏はまたも突貫。しかしシャルルが撃って来ない。

[勝手ながら、腕部高速回転]

訝しんだ白式が、ただ1つの防御策を打ち出す。

「ありがとう」

高速回転する白式を盾に突貫。距離間が雪片の間合いに入る直前、シャルルが武器を変えた。それも一瞬にして。武器は銃器の類だが。予測射線の範囲がマシンガンとは異質だった。

「やば」

マシンガンの線を束ねた予測射線とは違い、銃口から円錐状に広がっていた。ショットガンだ。これでは射線から外れることも、弾幕を避けきることも叶わない。

予測射線を追いかけて来た散弾が一夏を打ちのめした。さらにもう1発。また1発。次々と散弾が撃ち込まれる。

雪片の盾も同時弾着の為に殆ど意味を成さなかった。

咄嗟に離脱を図ろうとした。しかし一夏は白式からのメッセージを表示され、それを読み取る前に、真意を理解した。

[前進です]

そうだ。ここは踏ん張りどころだ。散弾は複数の弾が円錐に広がっていくのだから、引けばむしろ回避は困難になる。これはチキンレース。怖気づけば負る。

「ああ!」

一夏は覚悟を決め、今一度の突貫。腕を交差させ、可能な限りの防弾措置を施した。

「思いっきりが良いね」

シャルルは少しでもシールドエネルギーを削る為に後退するかと予測していた。だがシャルルはショットガンが格納、前進してきた。

何かしてくる。ならば叩き斬る。

[零落白夜発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

零落白夜を発動した雪片を下段に構える。

罠は真正面から叩き潰す。そう語りかけてくる一夏に、シャルルも最大火力を披露する。

ラファールの左腕に装備されたシールド。その内で小さな爆発が起きた。爆発はシールドと腕を繋ぐ支架を破壊、支えを失いシールドが地面に落ちた。代わりに巨大なパイルバンカーが姿を現す。

シャルルは左拳を握りしめ、腕を引く。パイルバンカーを打ち込む構えだ。

「うぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁ!」

両者ともに持てる最大火力をぶつけ合う為に、スラスターを吹かし接近。距離を詰め、あとは打ち込むか切り裂くだけ。

その直前だった。

[自立制御]

白式が脚部スラスターを噴射させ、シャルルの左腕を蹴った。そして反対の足でシャルルを足場に踏み込み、シャルルから急速に離脱した。突然の出来事にシャルル踏み込まれるがまま、押し飛ばされた。

「なにするんだー」

白式。そう言い切る前に、2人が直前までいた空域を、衝撃波を残しながら飛翔体が撃ち抜いた。

狙撃された。

白式はそれを回避する為に。

[操縦権返還]

飛翔体の大元。そこに意識をやると、ISが1機佇んでいた。機体は見た事も無い。だが操縦士は知っている。

「ラウラ、いきなりなんだ!」

一夏は力の限りの大声で怒りをぶつけた。だがそれ以上にラウラは怒れていた。

「泉はどこだぁぁぁぁぁ!」

ラウラは顔は湯気が立ち込めるほどに赤面していた。

 

 

「ひゃぁぁぁぁ」

「よう、美少ねっぐはぁ」

ラウラが探し求めている丹陽は、倉持技研の職員棟廊下にいた。

そして背後から気配を消し忍び寄られていた何者かに尻を撫でられた。そのショックで悲鳴を挙げ、左足を踏み込ませ身体を回転。回転の勢いを乗せて、背後の不埒者に裏拳をお見舞いした。混乱していた上に不埒者を直視していたわけではないが、裏拳は不埒者の顎にクリーンヒット。不埒者は身体を反転させながら後ろに倒れこんだ。

丹陽は不埒者を一瞬だが正面から向き合った為に、格好をだいたい把握した。女性らしいが、何故か紺色のスクール水着を着用。その上から白衣纏い。不審者ご愛用のグラサン代わりか、水中眼鏡をしていた。

「ハハハ、やんちゃだな。でもそれぐらいの元気があれば…?待って!」

「待つか!」

不審者は腕立ての要領で起き上がり振り返ると、丹陽は背中を向け全力走り。振り返りすらしない。

山田の因果応報か、丹陽は全力で駆ける。

中山が消えた曲がり角を曲がる。その時に何者かが居り、丹陽は激突してしまう。激突した反動で倒れ込みそうになるが、激突した人物に抱き留められた。

「どうした?」

中山だ。

中山は不思議そうに顔を覗き込む。丹陽は顔に汗をかきなが、たった今曲がってきた角を指差しながら言う。

「痴女だ、痴女が出たんだ。完璧に痴女だった。喋り方、行動、格好、そしてオーラ。全て痴女だ」

「なんだよ痴女痴女痴女って…あっ」

ほんの少しだけ思案したのち、心当たりのある人物を思い出す。

「ああ、局長のことか」

「局長?なんであんなのが局長に?」

「まあな」

角の向こうから走る音がここにまで響いた。さっと丹陽が中山の後ろに隠れる。

「ハァハァハァ…。中山君?そこどいて」

角から姿を見せた痴女は息を切らしていた。丹陽を見つけるや否や、二郎を押し退けようとする。

「やめてください局長。丹陽が引いてますよ」

中山が丹陽守るように立ち塞がる。

「引く?ちょっとしたスキンシップをしただけさ。だいたい君には関係ないだろ」

「一応、此処では私が面倒を見ることになってるんで」

水中眼鏡の上からでも分かるぐらいに軽蔑を含んだ視線を送った。

「面倒?ふーん、まぁいいわ」

痴女が水中眼鏡を外して素顔を晒す。

年齢は20代半ばか。競泳水着のせいで幼い印象も痴女行為で相殺されるているので、だいたい合っているのだろ。

「私は、篝火 ヒカルノ。第2研究所の局長を務めている」

篝火は握手の右腕を差し出した。顔は母性を感じさせるほどに柔らかくしていた。

だが丹陽は中山の後ろに隠れたままだ。声には出さないが、視線で精一杯の嫌悪感を示す。

そんな丹陽の抗議を、篝火は笑い飛ばした。

「ハハハ。どうやら嫌われてしまったようだね。だけどね、丹陽君。私を悪者だと思うか?私よりも今君がえい体にしている者の方が、悪者だと思うが」

またも優しげな表情を見せた。

「だからどうだい、私と組まないか?」

丹陽は二つ返事で応えた。

「大変勿体ない話ですが、遠慮させてもらいます」

丹陽は中山の袖を引っ張り、篝火の元をから身を翻した。

見事に振られたにもかかわらず、篝火は不敵に笑っていた。そして去っていく2人の背中に遠吠えする。

「その犯罪者で後悔したら何時でも来てくれ。歓迎するよ」

 

 

技研の食堂。昼食にはやや早く。丹陽と二郎以外には調理師しか居ない。

2人共ハンバーグ定食を頼み、食していた。

「局長の言っていたこと気にならないのか?」

ハンバーグを切り分けていた中山が手を止めずに質問した。

「彼方に行ったらなにされるか分からないしね。こっちにつけば、タダで教習を受けられるし。飯も奢ってくれる」

楽天的なのか、唯馬鹿なのか。丹陽はハンバーグと米とをよく噛み一緒飲み込んだ。

「それに、脛が傷だらけなのは俺も同じだ。だから中山が何者かなんて、仕事をしてくれれば関係ないさ」

中山は顔を和ませ、鼻を鳴らして笑った。

「ありがとうな」

「感謝しなくていい。俺はお前に何もしてやれない」

丹陽は何処までも淡々と言った。

その後は2人共、言葉を交わさずに黙々と食事をした。

食事を終え、他の職員がちらほらと現れ始めた。

唐突に二郎が立ち上がる。

「んじゃ。教習するか」

 

 

「前方確認どうした」「おら全高長範囲に障害物あるぞ」「物を持っているんだ重心を意識しろ」「ギアチェンジどうした」「直視しろ直視」

教習中、怒声罵声が何度も開放型コックピットに響いた。

教習が終わり、ベンチで休憩していても、それら一字一句が反響音のように鼓膜の奥で叱咤している。

「疲れた…」

言葉通りにぐったりと丹陽はしていた。慣れていないことをやると、予想以上にスタミナを消耗する。しかも何時痴女が現れるか、周囲を常に警戒しなければならなかった。だから今は完全な休憩にはなっていない。

ほんの少しだけ意識を今さっきまで乗っていたワンボーにやった。格納庫内で幾重にも鎖で繋がれ、それは操縦する者がいない為に抜け殻のようにジッとしていた。

学園の3mとは違い、6mほども全高がある。むき出しの油圧シリンダーやガラス張りのコックピット、ナンバープレートまである。頭部が無く短足長手のずんぐり体型。まさに歩く重機。一昔前の大手建設機械製造会社の特徴機、ダイダラボウ。

今は払い下げられて、技研での建設作業やエクソスケルトン教習などの用途で使用されている。

ダイダラボウは操縦した感覚では、動きは重いがそれ故か安定性は抜群だった。物を持った時は重心が変化して転びそうになったが、オートバランサーを作動させただけですぐに復帰した。ただ、操縦は殆どがマニュアルで頭と腕がこんがらがり、目を回した。上記の点からまだ不慣れな初心者の教習にはベストチョイスなのだろ。

「よっ、お疲れ」

つなぎ姿の二郎が、拡声器片手に丹陽の傍に立った。

「ああ…」

「なんだ怒鳴られたからっていじけてるのか?」

教習の教官は二郎では無い誰かが務めているかと思ったが、なんと二郎は教習指導員と技能検定員両方の資格を持っていた。本人曰く、手に職をとのこと。

「違う、お前が熱くなっていて驚いただけ」

「教官らしくしてたのさ」

「出来が悪くてすまなかった」

ふてぶてしくなった様子に、二郎は笑いを噛み殺す。

「出来が悪いなんて一言も言ってないだろ。普通、初めてあのサイズのエクソスケルトンに乗ると、酔いで吐いたりするんだが。お前はへっちゃらだったな。それ以外、初心者にしては良くできてたぞ。物を掴むのとか」

「ふーん」

丹陽は興味無さそうに言った。

「どうした?褒めてるんだぞ?照れろよ」

「ガキじゃ無いんだ照れるか」

中山は咄嗟に自身の尻を抓った。笑いを痛みで堪えるために。

「どうする。そろそろ日暮れだぞ」

座学もしていた為に空が赤い。

「黒騎士の件は後日にするわ」

「OK。じゃあ丹陽の端末に教習本送るから」

そう言って二郎は、ポケットから携帯端末を取り出した。

「電子書籍か…印刷書籍は?」

二郎は手を止めて、キョトンとした顔を上げた。

「有るけど…今時?タブレット使って義務教育行うこのご時世に。なんとも古風な」

「このご時世に古風なことに」

「まあいいか。端末にも一応の為に送っておくからな」

携帯端末を二郎が操作した。予め、用意していたのだろう、すぐにポケット内の携帯端末がバイブレーションで受信を知らせた。

「届いたな。印刷書籍の方は彼方だから」

指差した先には、ハンガーの事務所らしき部屋があった。窓ガラス越しにデスクに本棚が確認でき、目的の物は本棚に納まっているのが見える。

視力が戻っている。改めてそう感じる。

「んじゃ、取ってくるから」

丹陽は1人、事務所に歩き始めた。事務所までは数十mといったところだが、その間までにワンボーがダイダラボウの他にも1機、鎮座したていた。

ダイダラボウとは対照的に、より人型に近いフォルムを有しており。ただそれでも、配線やアクチュエータが地色の金属光沢輝く外板から覗かせていた。ネームプレートが胸に貼られていて、トーカン とのみ書かれている。

ネームプレートはおそらくアクリル板だが、そこらへんで拾ってきたのかどう疑いたくなるほどに、ひびが入っていたり汚れていた。字も毛筆でデカデカと描かれているが、達筆で読めない。の、反対の下手すぎて読みやすい。

どれだけワンボーに金をかけたくないのか、このネームプレートが木製なことや無塗装なところからうかがえる。

トーカンの周りには工具箱を携えた複数の作業員が、外板を外したりしていた。整備のためだろう。しかし。鎖まで外すとは。

ワンボーはコンピュータ制御が無ければ直立もおぼつかない。二足歩行とはそれほどに不安定なのだ。アカビィッシュじゃないんだ、万が一倒れてきたら…。

「あっ…」

ちょうどトーカンの前に差し掛かったところだ。作業員が腑抜けた声を出したのは。

天井の照明から照らし出されたトーカンの影。それが丹陽に伸びていった。実体と共に。

トーカンが丹陽目掛けて倒れて来た。

「っち!」

ISは使えない。コア干渉のインターバルでだ。

丹陽は咄嗟に右足の怪力で跳躍。

咄嗟だった為に倒れてくる方向に沿って跳躍だったが、右足のパワーならば本来は間に合っていた。

壁さえ無ければ。

「うっ」

壁に激突。怪力が逆に激突の衝撃を強めてしまい、意識が一瞬落ちた。

コンマ数秒後に轟音で目を覚ます。壁にトーカンの頭部が衝突、頭部が弾け飛んだ、その音だ。そしてもう間に合わないことを示唆してもいた。

トーカンは頭部を失いながらも、まだ転倒を止めなかった。

嘘だろ。こんなのが最期なのか。

丹陽は瞳を閉じた。覚悟を決めたのではなく、幻だと信じて。

残念なことに、幻では無かった。

頭部に硬いものが当たった。加速度を持っていたので痛かった。むしろ痛いで済んだ。

「…あぁぁぁぁ!丹陽めぇぇぇあけろぉぉぉ」

必死さを感じる呻き声がすぐそこでした。しかも明らかに二郎の声だ。

瞼を上げると、薄暗いなか二郎が立っていた。大股を開き、膝を曲げて中腰だ。そして太陽でも抱いているかの様に両手を広げている。

違う、倒れて来たトーカンを生身で支えていた。

「大丈夫か?」

丹陽が中山は言った。

「大丈夫じゃあねぇ…長く持たない…早くなんとかしてくれ」

二郎は奥歯を必死に噛み締め、プルプルと震え限界を訴える足腰を酷使していた。

丹陽はトーカンの下から這い出ると、跳んだ。

跳んだ先は、ダイダラボウのコックピット。コックピットに張り付くと、窓を開けて中に入る。差し込んだままのキーを捻り、ダイダラボウを起動。

他の作業員をチラ見したが、腰を抜かして役に立たない。

鎖に繋がれたままだった。だが転倒防止の為の鎖だ、ダイダラボウの馬力なら千切れる。

起動したダイダラボウは最初の一歩踏みしめた。もう一歩。ちょうどそこで全身の鎖が最大限度に張られた。そんなことを意に介さず、さらに一歩。強引に引っ張られた鎖は、軋む悲鳴をあげて、順次、留め金が飛び散る、或いは鎖本体がせん断。それにより溜め込まれた力が解放された、鎖がやり返しと言わんばかりに暴れ狂い、外板を引っ掻き窪ませた。1本、コックピット側面の窓ガラスに直撃、砕けたガラスが弓矢の如く破片丹陽の左腕に突き刺さる。

傷口から溢れ出た血が操作レバーを汚した。しかし丹陽に気に留めない。いや、気が付いていない。

教習初日で、下に人がいる状態で同質量で複雑奇形の物体を保持するのだ。緊張、集中しない訳が無い。

記憶からハンガーの立体図を脳内で構築。そこに、怒鳴られながら体に叩き込んだダイダラボウの体感を歩かせた。そして足踏みの様に超信地旋回。そこから見えないトーカンの下を、記憶から呼び起こし構築。窪んだいてかつ重心の中心であろう、腰まわりに掌を滑り込ませる。

いけるやれる。自身を鼓舞し、想像通りに行動した。

一歩進み、超信地旋回。うつ伏せに倒れているトーカンのすぐ目の前まで行く。脚部を短縮させ、アームをトーカンのちょうど中心下に持っていく。

「アームに挟まらないか?」

「…あぁぁぁぁ!もちろだぁぁぁ!」

ヤケクソ気味な答えは、限界を知らせていた。

ダイダラボウの脚部を伸ばしそれに伴いアームもゆっくりと上がる。丹陽は脚部が伸びる間、シリンダー負荷を知らせるメーターを凝視していた。ある時を持ってシリンダーの負荷が上がる。脚部の延伸を止め、アームを慎重に上げる。そして随時変わる重心を手動で調整した。オートバランサーでは周りの状況に構わず足を踏み替えたりしてしまう。

全神経をダイダラボウと同調させたせいか、時間がコマ送りに感じられた。その癖、集中力早送りで漸減していく。

「丹陽!脱出したが、そのまま保持しろ」

中山の声が足下から響いた。やっと終わった。だが中山からの指示もあり、緊張の糸は切れない。

丹陽のリピートの様に中山が飛び上がって来た。そして無遠慮に操縦席に入ると、脇からレバーを操作してアームを下げてトーカンを地に着かせた。

「よし」

「丹陽…」

丹陽は大きく伸びをしようとした。しかし左腕が熱く痺れていて上手くて出来なかった。

中山はそんな丹陽の様子を青ざめた顔で見つめる。

「ん?」

「左腕」

意識を持ってやると、左腕にはガラスの破片が刺さっていた。それは大きく、血で半分ほど染まっていた。

「なんじゃこりゃぁぁぁ!ちょぉぉぉいてぇぇぇ!」




ワンボーはISの異様性を際立たせる為に出しました。あの世界の技術水準では、本来なら自立すら難しいと。
EOS?


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第27話

本編キャラの扱いが悪い気がしてきた。でも、前回出てきた、局長。絶対、同じクラスの天才2人に妬んでたと思う。



ショートホームルームが終わった後からだ。周りの様子がおかしかった。皆すれ違う前は強張っているのだが、すれ違うと誰かに耳打ちしていた。

疑問に思っていたが、直ぐに分かった。

手洗いから教室に戻った時、別のクラスでの会話が耳に入っていた。

「あのドイツからの転校生の話。聞いた?」

「聞いた聞いた!もうSNSで話題になってる。早速、泉君に喧嘩吹っかけて、負けたんだっけ?」

「そうだっけ?私が聞いた所によれば、織斑君を取り合って刃物を持ち出したとか」

「うぁ…。それで素手の丹陽に負かされるなんて…そういえば、織斑先生の昔の教え子だっけ。大したことないね」

ラウラは壁に寄りかかり、俯いていた。直ぐにその生徒たちの話題は他に移った。

「丹陽…倒してやる」

ラウラは力のかぎり拳を握りしめた。

 

「丹陽、血は止まったな」

あの事件後。医務室に急行して、丹陽は応急処置を施してもらった。その後中山が、長居すると痴女が出るぞと、背筋凍る警告を出したのですぐに帰宅することにした。始末書などは自分が引き受けると。

屋外に出て真っ直ぐに門に向かう。道中に中山が付き添った。

特に話はしなかったが、門が見えてきてから丹陽は二郎に問いた。

「中山、お前の怪力っていったい?」

「ああ…最近スポーツマンが女性にモテるって聞いて… めちゃくちゃ筋トレしたんだ」

「はぁ?」

刺仕込んでくるような指摘に中山は固まる。

作り話が適当過ぎたか。丹陽だから聞いてこないとばかり。だからまともな話は何も考えていない。

「いや…その…」

「幾ら筋肉をつけてもスポーツマンにはなれないよぞ」

一瞬だがキョトンとした後、中山は大声を出した。

「あぁぁぁそうだ!そうだよ」

1人、頭を抱え項垂れる。

丹陽はそんな中山に構わずに門をくぐる。

「またな中山。それとありがとう。助けてくれて」

夕焼けがちょうど真正面に来て眩しいかった。それにお礼が聞こえていたのか心配になり振り返る。するとさっきの項垂れようは何処かに行ってしまったようで。中山は優しく手を振ってきた。

 

 

「泉は何処だ!言えば貴様を懲らすのは後回しにしてやる」

「しっ知らねえよ」

「なんだと!嘘をつくな!」

一夏はラウラの逆鱗に気圧され、ただおろおろと答えることしか出来なかった。

経緯を考慮してもラウラが怒るのは無理はない、とラウラを擁護する気持ちもあるが。しかしこのまま丹陽に合わせれば流血沙汰に発展しかねない。丹陽は上手くて立ち回るかもしれないが、本当に丹陽の居場所を知らない。最近多々外出しており、風の噂では専用機関連だというが。

「本当に知らないんだ。だいたい懲らすって、一体全体何する気だ」

ラウラがISを装着した手を突き出した。拳を握り少し下に捻ると、籠手部分から閃光を放つ刀身が伸びた。

「語る必要はあるか?」

熱を帯びた刀身の閃光とは違い、冷たい眼光がプラズマ手刀よりも存在感を出していた。

一夏は雪片を握り直す。

「やらせね…」

「なんだ」

「やらせるかぁ!」

雄々しく一夏が宣言した。先ほど女々しさは消え失せている。

「ほう、いい度胸だ。私とこのシュヴァルツェア・レーゲンに刃向かうか。身の程知らずめ、まあ仕方あるまいヒヨッコがなのだから。ではまずは貴様からー」

「いいから来いよ。小物みたいに御託を並べてないで」

流暢な動作で一夏は手招きをしていた。

「くっ…いいだろ、貴様など!」

一夏とラウラが同時に地を蹴った。

『何をしているそこの生徒』

飛行音よりも響く制止命令がスピーカーより流れる。

両者急停止して向き合った。

「っち」

ラウラの舌打ちがハイパーセンサーで拾わなくても一夏にか聞こえる。それほどに両者の距離は近い。あとコンマ数秒で、制止不可能な戦闘に発展していただろう。

「覚えていろ」

ラウラはくるりと背を向けてピットに帰った。

「お前こそな」

一夏もラウラに習いピットに入った。

その後一応の為に、一夏は丹陽に一報を入れた。

「あと一応千冬姉にも相談しておくか」

 

 

「しっかしなんでラウラはあんなにも好戦的なんだろうな」

[私の主観的には泉様も充分に好戦的ですが]

放課後。一夏は丹陽の件が気になり、放課後には帰ってくるのと情報の元、丹陽を迎えに行くためにホームに向かっていた。

「いや丹陽は自分に突っかかってくるのを叩いているだけじゃん」

[確かにその通りです。ですが、それでも多々事を荒立てている気がしますが]

「でもよ…っ」

「何故です教官!」

ラウラの声だ。声音からは今朝の凛としたものは感じられず、縋るような懇願するようなものが載っている。

一夏は近くの木に隠れた。丹陽からラウラを守るのだったら、ラウラを見張るのも上策の筈。

「何故こんな所で教師など」

「何度も言わせるな。私にも私の役目がある、それだけだ」

ラウラの話し相手は千冬らしい。

千冬は背筋を伸ばしてこそいるが何処か気だるそうだ。

「こんな極東の地でいっどんな役目があるというのですか?お願いです教官、我がドイツで再びご指導を。ここでは貴女が持つ能力の半分も生かせません」

「私を買い被りすぎた」

「いえそのような事は決してありません。寧ろ過小評価しているぐらいです」

ラウラは千冬をドイツに引き戻したいらしい。

一夏が中学の時。千冬の2度目の世界一が掛かった試合を観戦しようと現地に旅行に行った。旅行先で一夏は誘拐された。幸い試合を破棄した千冬が、ドイツ政府からの情報を元に一夏は救出された。その後、情報の見返りとして千冬はドイツでISの教官を勤めた。

そういえばあの時。誘拐犯の声を聞いた。若い女性のようだった。確か…。

その事を思い出した途端に、背筋が凍りだらだらと汗が流れる。

「この学園の生徒はISをファッションのなにかと勘違いしている。教官が教うるに足りる人間ではありません! 危機感が全くない。そのような者達に教官の時間を割かれるなど」

「はぁ…。黙って聞いていれば、小娘が抜け抜けと。随分と偉くなったなラウラ」

「いえ自分は決して…」

一夏は額の汗を袖で拭った。もうよそう、これ以上過去を振り返るのは。

「ラウラ、覚えているか私がドイツを離れる前に残した言葉を」

「もちろんですが…。それは…いったい何をなさるのですか?」

様子が変わったようで、先ほどまでは聞き耳を立てるだけだったが、一夏は顔を出した。

千冬とラウラの距離が近い。千冬がラウラの背中に腕を回していること相まって、抱き締めていると見間違える。 見間違えるだけで、千冬はラウラの背中に回した手で頭を頂点から根元もまで何度も髪を梳かしていた。さら反対の手で左頬を撫でていた。表情は見えない。だが手つきは優しく慈愛に満ち溢れているので、見る必要はない。

「止めてください…教官…」

千冬は御構い無しにラウラの眼帯をずらして左目を晒した。

一夏は身を乗り出すも、千冬の体が影に隠れた見えない。

「こんなにも綺麗なのに…勿体無い」

「綺麗など自分には!」

話し始めとは別ベクトルの怒りをラウラは放った。

千冬もはじめとは別ベクトルの気だるさを溜息と共に吐き出した。

「寮に戻れ。命令だ」

「くっ…了解です」

ラウラは渋々承諾。寮に戻って行った。

ラウラが見えなくなった頃。千冬が口を大きく開いた。

「まったく、せめて素直ならば可愛いのだが。少なくとも盗み聴きする輩よりは」

「ばれてたか…」

木の陰から千冬のそばに小走りで移った。

「あの…」

「泉の件なら心配するな。ラウラには厳重注意しておいた。生身での刃傷沙汰は無い」

胸の荷が1つ降りた。そのおかげで、一夏は興味が湧いていた。千冬の最後の言葉とは。

「あのさ、織斑先生。ラウラに残した言葉って?」

「貴様には関係無い」

「えっ?でも」

「私は忙しいのだ、寮に帰れ」

血が繋がっているのに、冷たい態度だ。そう思案している間に、千冬は立ち去っていた。

「なんで…」

[懸念されている事は無いかと思いますが]

「懸念?何が」

[千冬様にとって一夏様が一番大切ですよ。ただ甘やかさなかっただけです]

白式のメッセージが眼球よりじんわりと沁みた。

「そうだな。じゃあ姉の言う通りに部屋に戻るか」

 

丹陽は帰寮後、元食堂を改造して出来た居間で寛いでいた。

本当に色々とあって、ソファで横に倒れこんでいた。

「どうしたの疲れきっちゃって?」

楯無の声だ。

「色々とあってね」

ルームウェア姿の楯無がソファのちょうど後ろに立っていた。

楯無がソファに腰掛けたそうだったので、丹陽は起き上がりソファに座る。楯無がにっこりと微笑んでからソファに腰掛けた。

「ん?」

3人はゆったりと腰掛けられるソファにもかかわらず、楯無は丹陽の隣に腰掛けた。そればかりか寄り添ってくる。丹陽は堪らずに距離を置く。すると楯無は距離を詰める。丹陽は距離を空ける。楯無は詰める。それを繰り返して、とうとう肘掛に追い詰められる。が、楯無は拳1つ分空けて、それ以上は詰めなかった。

「ただいま…あっ、丹陽。おかえり」

食堂と廊下を仕切る扉を開けて簪が入って来た。

「ただいま」

簪もまたルームウェア姿で、丹陽の前を横切る際に石鹸の匂いを漂わせていた。姉妹揃って風呂上がりらしい。

簪は丹陽の反対、つまり間に楯無を挟んでソファに座った。楯無は隣同士に座らせないために、丹陽に寄り添って来たのか。

と思っていたら突然楯無が立ち上がった。

「電話来ちゃった」

誰に言うわけでもなくそう言い残して、楯無は簪が通った扉を開けて廊下に出て行った。

「どうしたんだろ?宛先見て驚いていたみたいだけど」

楯無の足音が消えた頃、丹陽の携帯端末もメールの受信音を発した。

懐から携帯端末を取り出し宛名を見ると、相手は中山だ。

「コア干渉はどうにかなりそう、って。また明日行くのか」

メールの内容は要約すれば、コア干渉を解決したからまた来いということらしい。

「えっ…丹陽また明日居ないの?というか…コア干渉?」

簪が聞き流せないフレーズに反応した。

口を滑らしてしまった丹陽は気を逸らすために、リモコンを手に取りテレビを点けた。

「すまない。専用機が手に入るまでは仕方ないんだ。コア干渉のことはなんでもないよ。」

丹陽が簪からの眼差しから逃れるために、スクリーンに視線を送った。今どんな目でこちらを見ているか容易に想像出来る。

「コア干渉って、同一人物が複数のISコアを起動しようとすると発生する現象だよね。確か、起動後一定時間で強制的に停止するんだよね…。それって…丹陽」

「なんでもないさ」

ニュース番組がやっていたが、速報で警察署の襲撃事件が報道されていた。が簪の意識を削ぐに弱かった。

「丹陽、なんでもなくないよ」

「丹陽、そういえば、あなたの部屋にあったディスクだけど…なんの映画かしら?」

突如頭上から楯無の声が。音も無く後ろに立っていたらしい。

「もうプレイヤーに入れてあるから起動するわね」

楯無が丹陽の手からリモコンを取り入力画面に切り替えた。

「会長。勝手に入らないでください」

「マル秘って書かれていたディスクなんだけど」

楯無は丹陽の抗議を意に介さずにプレイヤーのリモコンの再生ボタンを押した。

「あっ!それはまずいです!」

丹陽は隣の簪をチラ見してから、テーブルを飛び越えてテレビ画面の前に立ち塞がるが、音声は漏れてしまった。

「あっちゃ…」

丹陽は苦虫を噛み潰したような顔を。

「え…」

簪が耳まで真っ赤に染まり硬直。

「あなた…」

楯無は軽蔑の眼差しを丹陽に注いだ。

居間いっぱいに、女性の嬌声と肉同士がぶつかり合う音が

響いた。

その後、会長はディスクを地面に叩きつけ破壊。その腕で丹陽の首根っこを引っ捕まえて居間を去った。

1人、居間に残された簪はじばらくの間、硬直していた。

廊下、丹陽は呼吸するのも精一杯なほどに気道を絞められながらも言った。

「会長…ありが…とうごさいます…助かり…まし…た…でもあれ俺まだ見てない…しかも借り物…」

 

 

 

「ただいま」

千冬の言いつけ通りに部屋に帰った。

部屋は誰も居らずガランとしていたが、浴室から湯気とシャワーが降る音が漏れてくる。

多分、シャルルだ。

一夏はベットに腰掛け寛ぎ始めた。

ふと思い出した。ボディソープが底つきかけていたことを。

親切心というよりは当然の義務として、棚から替えのボディソープを手に脱衣所のドアに手を掛けた。

「シャルル、ボディソープ切れかけてなかったか?替えをだな…」

ドアを開けて湯気で霞ながらも認知した光景に、一夏は絶句した。

一夏と当時に浴室から出たシャルルも絶句し硬直していた。

一夏はまばたきを忘れ、涙が流れる前になんとか言葉を押し出した。

「はい…ボディソープ」

「…うん…ありがとう」

両腕の上腕まで使いなんとか恥部を隠したシャルルは頷く。

一夏はボディソープを洗面台に置き、脱衣所を出た。

湯気だ立ちこもり蒸し暑かった脱衣所を出てから、急に顔が熱くなって来た。

「女の子だ」

[ええ。乳房も大きく間違いなく女です]

「言い方…」

 

 

「ええっと。お茶飲む?」

ジャージに着替えて脱衣所から出て、今は椅子に座り俯いたシャルルにそう話しかけた。このまま沈黙が続く方が辛いからだ。

「うん。頂くよ」

シャルルは引きつった顔で微笑んで応えた。無理しているのが分かる。

一夏は、無言でお茶を淹れた。シャルルもその姿を黙って眺めていた。

無言かつ集中していたので、すぐにお茶が入った湯飲み2つを手に一夏はシャルルの前に立った。

「はい」

「ありがとう」

シャルルはお茶を飲み、一夏もそれにつられて啜った。

「美味しいね…」

「あっありがとう」

一夏の怖れていた沈黙が流れた。紛らわすためにもう一口。

「知りたいよね。僕がなんで男のフリなんかしてるかって」

「あ…うん」

一夏の頭の中では、悪魔か天使か判別できない2つの派閥が、聴くべきか否かを争っていたが。シャルルに後押しされて、聴くことにした。第一興味が無いといえば嘘になる。

「長くなるよ。いい?」

「うん」

心底話したくないらしい。だが、シャルルは意を決して口を開いた。

「実は僕の父にあたる、デュノア社長の命令なんだ」

「あたる?」

シャルルの言い方に引っかかる物を感じた。だが、まだシャルルは話を続けた。

「デュノア社はここ最近、人工臓器の件やIS事業の業績不振でね。広告塔として男性操縦士が必要だったんだ。だから僕が男のふりをしてたんだ。それでね学園に入学したのは、男性操縦士であり尚且つ異常な成長速度を見せている、一夏。君と君のISのデータを手に入れるためなんだ」

そういえば、千冬姉はそんなこと口にはしないが、周りは

俺のことをよく天才とか呼んでいたことがあったような。自覚は無いし、まわりが誉めたたえる功績もほとんど白式のお陰だが。

「だいたいわかったけど、なんで娘にやらせるんだ。しかも、父にあたるって言い方」

「うん。僕は愛人の子供なんだ」

「愛人⁉︎」

[愛する人]

と白式が。

「そう書くといいことみたいだけど」

「え?何?」

白式のメッセージが見えないシャルルが困惑する。

「いいよ気にしないで続けて」

「うっうん。存在は知っていたんだけど。お母さんが亡くなって、僕を一応認知してくれたんだ。その時に検査を受けたんだけど、僕がIS適正が高いことが分かったんだ。だから非公式だけど、僕はデュノア社のテストパイロットになったんだよ」

「それで言われるがままに、性別を偽って入学させたのか」

「うん」

シャルルは肯定した。その後、曇っていた表情が変化し始めた。

「最後まで聞いてくれてありがとう。それと今まで、嘘ついてごめん。でも、なんだか全て話したら楽になったよ」

胸の中を曝け出して、言葉通りに楽になったのだろう。姿勢を崩し、虹彩も輝いて見える。が、瞳孔の黒がより際立った。

「これからどうするんだ?」

と一夏が。

「本国に呼び戻されるかな。それからは良くて牢屋行きかな」

シャルルがまるで他人事のように言い放った。

「それで良いのかよ!」

「ひっ…」

一夏の突飛な怒声に、シャルルが飛び退いた。

「おまえは本当にそれで良いのか?」

「でも、どうしょうもないでしょう?」

自分のことのように語る一夏と、あくまで他人事のように語るシャルル。

「だったらここに居ればいい!」

「え?」

「それに俺が黙って居ればそれでいいだろ?」

「そうだけど」

「それに、例えバレてもえぇぇと」

一夏は頭の中から手帳に記された規約を思い出そうとした。

[IS学園特記事項。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない]

「そうそれだ。IS学園特記事項、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。つまりここにいる限りは安全だ」

シャルルが相好を崩し頰笑んだ。

「よく覚えてるね。特記事項って55項あったよね?」

「まあな」

一夏は誤魔化すように視線を上げた。

「本当に良いの、ここに居て?」

「ああ」

シャルルの念を押すような質問に、一夏は屈託無く答えた。

「本当にありがとう…嬉しい…」

シャルルも目尻に嬉し涙を浮かべ答えた。そして唐突に何かを思い出したかのように顔をした。

「そうだ。お詫びじゃないけど…僕の本当名前」

「たしかにシャルルじゃあ男性名だな」

「そう、僕の本当名前はシャルロット」

「よろしくなシャルロット」

「僕のほうこそ」

その後、シャルロットは直ぐに横になり就寝。一夏も続こうとした。

[一夏様。夜分に失礼します]

「白式…?」

白式が突然メッセージを送ってきた。一夏は小声で答える。

[質問をしてよろしいでしょうか?]

「いいけど何?」

[何故にデュノア様を救済したのでしょうか?]

「可哀想だからに決まってるだろ」

[可哀想とは?]

おそらく、白式は可哀想という単語は知っている。何故可哀想と思ったか聞きたいのだろ。

「えぇぇと……そうだな……うーん。いつもみたいに思考解析でどうにかならないか?」

[一夏様の言葉で聴きたいのです]

「うーん困ったな。そうだな、シャルロットはさぁ。自分の居場所が無いから、危険な事をしたんだ。それなのにつかるなんて理不尽だろ?」

[つまり一夏様はデュノア様に共感したと?]

「そうだな」

一夏は頷いた。

[デュノア様は法的機関に訴えるといった手段もあった筈です]

「でも、相手は実の父親だ。血縁関係は大切なんだよ、人間にとっては」

これで白式は納得してくれた。

[理解しました。一夏様は肉親を持つデュノア様は共感し

憐れみ救済した]

「そうだ。もういいか、白式?」

[真夜中に、それも些細な事に付き合って頂き感謝します。それではおやすみなさい]

白式はそう言って黙った。何故興味を持ったのだろうと、一夏は白式を呼んだ。

「白式?」

[現在睡眠中]

「寝てるんかい!」

 

 

昨日と変わらず、丹陽はまたも楯無とホームにいた。またも倉持技研に向かうために。

「デジャブね、何回あるのかしらこんな事が」

丹陽が記入した書類に目を通し終えた楯無が言った。

「確かに面倒臭いですがね」

ISを手に入れるためとはいえ何度も技研に寄らなければならないとは。恐らく二郎は技研を出れないだろうから。

「それと、はいこれ。保健医から」

保健医とは朱道のことだろ。楯無はA4サイズ用の封筒を渡してきた。丹陽はそれを受け取り中を確認した。

中には数枚の書類が入っている。それとマッチ箱。読んだら燃やせとのことだろう。

昨日から衆生を見かけていない。それに直接ではなく、口伝えでもなく、書類を渡してきた。今、きっと何かに首を突っ込んでいる。

「中身は?」

「まだ見てないわ」

「え?」

「失礼ね。私が覗き魔とでも?」

「え?」

楯無は奥歯を噛み締め何かを堪えた。

「っち。同じ物を渡されたから、覗く必要がなかったの。これでいいかしら?」

丹陽はにっこりと笑う。

「はい。それぐらい目ざとい方が信用できます」

「どうだか…」

モノレールが来るまでに、書類に目を通そうとした。

「あなたも大変ね。コア干渉なんてあるから、黒騎士以外まともに扱えないなんて」

手持ち無沙汰からか、楯無が語りかけてきた。

「なんとかなるんでしょう」

「そうかしらね。世界中でコア干渉については研究がなされているのよ。まだ研究中」

「そういえば、なんで世界中でコア干渉の対策が研究されているんですかね?」

「ISは操縦者に戦闘力を左右されるところがあるから、平均的な操縦者2人で2機のISがあるよりも、熟練者にコア2つのISが1機の方が単純なIS戦は強いと言われているからよ。まあ戦略的にはその限りではないのだけれど」

「成る程。単発機よりも双発機といったところですのね。まあ加速度とか、ロール性能とかありますが」

「まあそんなところね。あっ来た」

モノレールが到着した。当然、丹陽は乗り込んだ。

「そうそう。なんで、あなたは新しいISに拘るの?確かに黒騎士はぼろぼろだけど、それでも現行のISよりかは高性能よ」

と楯無が。

「一応、黒騎士も戦力に入れていますよ」

「じゃあ、普段からも使えば良いじゃないの?コア干渉も無くて、エアバッグの心配も無いわよ」

「わかってませんね」

「何が?」

乗車口とホームの境は底が暗く見えず、一度落ちてしまえばどこまでも堕ちていくようだった。その境を先にいる丹陽ははっきりと答えた。

「黒騎士はおぞましい姿なんですよ」

ベルが鳴り響き、自動ドアが閉まった。モノレールを丹陽を連れて楯無を残してホームを去った。

モノレールの中、座席に座った丹陽は、衆生からの資料に目を通していた。

どうやら別荘地帯での殺人事件の資料らしい。今の所、判明している事よりも不明な点の方が多いみたいだが。

丹陽はページを次々とめくっていた。何故、衆生がこの資料を渡して来たのか、そして今衆生は何をしているのか、読み取るために。

最後ページを閲覧していた丹陽の瞳孔がカッと開らき、驚きのあまり手が震えた。

「そんな…歯の治療資料と一致したからって」

被害者の男性。残った下顎の歯型がとある人物と一致したらしい。

「土屋守」

そして丹陽は夢中で資料を読み返した。

電流が全身を駆け巡り、無数の論理回路を繋げた。

 

「それって本当ですの?」

「しぃ、声が大きい」

朝。ホームルーム前の教室。

セシリアがクラスメイトの女子生徒と机を挟んで向かい合っていた。そしてたった今、聞き逃せない話を聞き廊下にも響き渡りそうな程の大声を出した。

「それがね本人達は知らないみたいで、女の子達だけの取り決めみたいなのよ」

「うーん。ですが、独占できるには違いありませんわね。我が祖国の威厳を知らしめるばかりか、個人的な酬いもあるなんて。益々、今度の学年別トーナメント負けられませんわ」

セシリアは上品さの欠片もなく拳を握りしめ、フライング気味の勝ち誇った顔をした。

「優勝すれば、一夏さんとお付き合いするのは私です」

自信もやる気もたっぷりのセシリアを眺めて、箒は重いため息をついた。

「話が尾びれをついて妙な形で広がっているな…」

 

 

「「勝負しなさい」」

「断る」

放課後。アリーナでトーナメントに向けて、1年生徒がIS操縦の自主練に打ち込んでいた。

教師も不特定多数の生徒が不在の中、生徒達はそれぞれが各自でISな教練に取り組んでいた。その内、ブルーティアーズを装着したセシリアと甲龍を装着した鈴が、ワンボーに搭乗した丹陽と対峙していた。丹陽は先ほど帰って来た。

「どうしてですの?」

初戦の雪辱を果たしたいセシリアは食らいついた。

「どうせ勝てないだろうし。というか、全高の範囲内に入るなよ。倒れてきたら大変なんだぞ」

丹陽は暖機運転の為にワンボーでストレッチを始める。周りが最新鋭の機動兵器ISの中、陳腐なワンボーに搭乗する丹陽はアヒルの子の様に醜く悪目立ちしていた。

「なんですって!その自信は何処から湧いて出て来るのよ!」

戦争一歩手前まで追い詰められた鈴が、怒りも疑問も隠さずにいた。

「勝てないだろうそりゃ。6分しか動かせない俺じゃあ、そちら様に戦っても勝てるかどうかなんて、わかりきってる」

2人は覗かせていた牙を引っ込め、態度を豹変させた。

「そうですね。泉さんは適正が低すぎて、まともにISを起動出来ないのでしたね」

「そういえばそうだったね」

嘲るような口調だが、丹陽は特に反応も反論もしなかった。多少湾曲しているが、全くの見当違いな訳でもないから。

「というわけで、おふたりさんは勝手に模擬戦でもなんでもしていてください」

ワンボーで踵を返しアリーナから退場しようとした。

「待ちなさい。確かに、泉さんには制限時間がありますが。万が一勝敗が決する前に時間が来他時は貴方の勝ちを差し上げましょう。この条件でどうですか?」

セシリアは不利な条件にもかかわらず、自信満々に提案してきた。前回の戦闘を教訓に、自信がつくほどには特訓をしてきたようだ。

「いいよ」

簪は恐らく今は生徒会の仕事をこなしている。どうせ暇なのだから、ことわる理由もなく承諾した。

「ちょっと待って。その条件だったら私とも勝負しなさいよね」

鈴がセシリアと丹陽の間に割って入って来る。

「いいけど。まさか2対1?」

「まさか決してそのようなことは、もちろん…」

「そんなわけないでしょ。もちろん…」

セシリアと鈴が同時に宣言した。

「私からですわ!」

「私から!」

丹陽が今度こそ踵を返す。

「ISを取りに行ってくるから、その前までには決めてくれ」

睨み合う2人に言い残し、ピットに向かおうとした。

「待て」

言い争いをしている2人の向こうからでもはっきりと丹陽の鼓膜にその声は響いた。

「面倒なことになったな…」

今度からは会長の諫言を真摯に受け止めるので、許してください。

セシリアと鈴のその向こう。馬鹿でかい大砲を乗せた黒いISが姿を覗かせていた。

「ラウラ…お前もか…。俺も人気者だな」

正確には嫌われ者。

 

 

「やっぱり、少しは射撃武器の使い方とか覚えていた方がいいかな」

「そうだよ。できるに越したことは無いと思うよ。それに、逆に考えて射撃手の気持ちさえ分かれば回避だって上達するはずだし」

放課後、アリーナに続く舗装路を一夏とシャルルが横に並んで歩いていた。

「そうか。うーん、白式頼む」

[申し上げにくいのですが。私も射撃は不得意です。もとい、私は一夏様の能力以上のことはできません]

「そうか…」

「どうしたの?」

「なんでも無い。射撃の稽古は丹陽に頼むか」

手持ちの射撃武器はセシリアもいるが。口には出したく無いが、セシリアの教え方は細かすぎて逆にわかりづらい。そうなれば、あとは必然的に丹陽が選択肢に上がる。

「ダメだよ!そんなの絶対!」

脅迫するように詰め寄るシャルル。一夏は愕然すると同時に理解した。前々から薄々は感じていたが。

丹陽また喧嘩売ったな。さらに胃が重く感じる。

「そうだな。じゃあ、シャルル頼んでいいか?」

「え?うんうん!いいよ、僕でいいなら何時でも幾らでも」

確かに射撃の稽古を付けてもらう目的もあるが、それに託けて2人の仲違いの原因を探る目的もある。

「あの、箒?」

胃もたれのもう1つの要因、箒におそるおそる問いかけた。

「箒も一緒にどうだ?」

「私に構うな」

箒にそっぽを向かれて断られた。

あの約束をしてからか、箒は妙によそよそしい。その癖、今みたいに何処かに行く時は後方10mの位置に必ずいる。ISの訓練に打ち込んでいるところから、学年別トーナメントの所為で気が立っているのでしょう。

箒よりも後方、廊下の奥から数名の生徒が駆け足でこちらに向かってきて、そのまますれ違う。何事かと思っていれば、1人が手短く簡潔に述べた。

「第3アリーナで代表候補生3人がが模擬戦をやってるって!」

一夏とシャルルが頷き合い、疾走中の生徒の後に続いた。箒も続く。

 

 

第3アリーナで3人は、ワンサイドゲームを目の当たりにした。

戦っていた3人とは、予想通りにラウラ、セシリア、鈴だった。しかし、バトルロイヤル式との予想とは違い、ラウラ対セシリアと鈴という構図だった。そして1対2という不利な条件にもかかわらず、ラウラは2人を圧倒していた。

「っく!」

鈴は甲龍の衝撃砲を放つ。一夏を苦しめた、不可視の弾頭がラウラに伸びる。

対するラウラは片手をかざし、掌からエネルギーが放射され、円状の空間を作った。その空間が衝撃砲を阻み、ラウラを完璧に守った。

「今のは?」

観客席から見つめていた一夏は誰がというわけでもなく訊いた。

「AIC、アクティブイナーシャルキャンセラー」

とシャルルが。

「又の名を停止結界という。特定の範囲内を完全に停止させる能力だ」

箒が続く。

「ふーん」

気の無い返事した。

「ふーんって一夏!分かっているのか?」

呆れと怒りを堪えられずに箒が吼える。

一夏が気の無い返事をしたのは、眼前の戦いに集中していたからだ。

「ああ、分かっているよ」

ブルーティアーズも甲龍も停止結界の前ではなす術もなく一方的になぶられる。

シュバルツレーゲンから6本のワイヤーブレードが伸びる。それらはそれぞれセシリアと鈴の首と両腕に巻き付き拘束、事実上の無力化した。そして眼前まで引き寄せると、拳或いは脚を叩き込む。

「酷い」

シャルルが両手で口元を覆い隠す。

「プラズマブレードもあるのにわざわざ打撃を選択するなんて…」

箒は唇を噛み締め、目を背けたい衝動に駆られながらも見つめ続けた。自分もかつては、ラウラと同じだった。

「あのままじゃ、幾ら絶対防御が発動していてもエネルギー切れを起こすよ。そしたら…」

シャルルの危惧が現実になる前に。

「いけるな?」

[いつでもどうぞ]

一夏は待機形態である、ガントレットを握りしめた。

「白ー」

その時だ、発砲音が響いた。外壁で反響したため、より多くより大きく響き、アリーナの雰囲気を一変させた。

「楽しそうだな。俺も混ぜてくれ」

ピットに併設されたカタパルトデッキ。シールドラックのアンカーを突き立て、硝煙が立ち昇るスナイパーライフルを片手で構えた丹陽が立っていた。

先ほどの銃声は、丹陽のものだ。そして弾はラウラの頬を掠めた。ラウラはワイヤーブレードを解き丹陽に隻眼を向けた。 解放された2人は、同時にISが解除され無防備に地面に横たわった。直ぐに逃げてくれればありがたいが、負傷ためか身動き1つできない様子だ。

ラウラは丹陽の姿を認めると、不敵な笑みを浮かべた。

「なんだ逃げないのか?まあいい。退屈していたところだ」

丹陽はアンカーを引き抜き、デッキから降りる。そして右手にスナイパーライフル、左手にマシンガンを構え、ゆっくりとラウラを中心に円を描くように歩く。

「実際に対峙してみれば、呆気ない。貴様はもう少し骨があると嬉しいのだがな」

丹陽がスナイパーライフルの弾倉を量子変換で出現させ、まだ残弾豊富な弾倉を入れ替えた。

スナイパーライフルが火を吹いた。

ラウラはステップで回避。弾は当たらなかったが、ラウラの顔は曇った。

「今のは?」

続けて、数発撃ち込まれる。

ラウラは地面スレスレを飛翔して回避機動を取る。しかしすぐにやめ、仁王立ちした。

「ふざけているか!」

スナイパーライフルのバレルから飛び出た弾丸はラウラに伸びる。直撃寸前。弾は四散、消滅した。丹陽が新たに装填した弾は模擬弾だった。ラウラの足元に無防備な2人がいたからだ。

丹陽は今度はマシンガンを向け、発砲。今度は実弾が飛び出る。

ラウラは停止結界を発動。無数の弾丸がラウラに届かずに中空で停止。

「無駄だ」

丹陽はプライベートチャンネルで一夏に連絡を取った。

『今だ一夏』

「おう!」

「「一夏」」

一夏が白式を装着。手摺壁を足蹴りにして飛び出した。向かうは、横たわったセシリアと鈴の元に。

「しっかりしろ、セシリア、鈴」

「うぅぅ…一夏」

「一夏さん…見苦しいところ…」

丹陽がラウラを抑えている隙に、2人を抱えてピットに飛び上がる。

「あとは頼んだぞ、丹陽」

丹陽は右腕のスナイパーライフルをシールドラックに預ける。空いた右腕をあげて、黙って親指を立てた。

一夏は加勢も考えていた。だが、今の丹陽に理屈もなく理由も必要ない安堵感を覚えた。

 

 

簪は騒ぎを聞きつけ、アリーナに向かい走っていた。

生徒会室で執務を行っていたのだが。第3アリーナで模擬弾が始まったと聞いたときは、特に興味もなく執務を続行した。しかし、程なくして来た報せで、簪は仕事をほっぽり出して駆け出していた。

医務室に代表候補生2人が運ばれた。

そして、泉丹陽が第3アリーナで意識不明状態だと。




即落ちするオリ主。


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第28話

第3アリーナ。たった1人、丹陽はラウラに対峙していた。

騒ぎを聞きつけ、生徒が観客席に集まり始めている。

マシンガンの連射と並行して、右腕でシールドラックのグレネードランチャーを握る。

「学べないのか?無駄だ」

丹陽が停止結界に撃ち込んだ弾で壁が出来上がっており、ラウラの前には弾丸の塊が球状に出来上がっていた。

「なるほど、停止結界の範囲ってボール状なのね」

グレネードランチャーを放つ。

初弾は停止結界前で爆発。当然破片は結界に受け止められる。

「いい加減にー」

次弾、結界の脇を通り過ぎた。ラウラの斜め後方、時限信管が作動、爆発した。

爆煙は結界のないラウラ後方から広がり、ラウラを飲み込んだ。

「うぁぁぁぁ」

停止結界が解けたのか、弾丸と破片の塊が重力に抗えず地に落ちた。

続けざまに弾丸の雨がラウラを襲う。

ラウラは堪らずに飛翔、しかし弾雨から逃れきれなかった。

「そういえば射撃の腕は少しはマシだったな」

ラウラの行動を怪訝にしながらも丹陽は銃撃を加え続けた。

ラウラの反撃。多少のダメージを承知の上で、着地。足の裏のアイゼンを打ち刺し。かつての名器と謳われた対空砲と同口径の大砲を構え、砲撃。

丹陽は地を蹴り回避、

「はやっ!」

失敗。

砲弾が通過後に、曳光弾のように弾道が発光していた。発光は直ぐに消えるのだが、砲口と丹陽を一直線に描き、消滅も殆ど同時だった。発砲と弾着の誤差を感知出来なかった。

地を掴んでいなかったのもあるが、丹陽は大きく吹っ飛ばされる。地面を転がり、シールドラックのアンカーを突き立ててなんとか立ち止まる。シールドエネルギーもごっそり削られた。

「避けらないか…どうすれば」

自身の胸部を見た。胸部装甲にぱっくりと大穴が開いていた。そればかりか、淵も溶解していた。

溶解?それに弾もない。

「これしかないか」

たった今思い付いた、拙速で無謀な作戦を実行する他ない。

丹陽は次弾を貰う前に、マシンガンを格納領域に収納。腰に吊り下げた、グレネード弾を掴んだ。そして親指で潰すようにして底の安全装置を解除。地面に叩きつけ、信管を作動、爆発。爆発したが、まき散らしたのは破片では無く、スモークだった。

スモークは対IS用にハイパーセンサーを阻害していた。よってラウラには煙の中の丹陽が補足できない。

だが構わず発射。 煙を赤い曳光が貫く。しかし丹陽は貫けなかった。

「小賢しい」

まだ残った煙の中から、何発ものグレネード弾が飛び出してきた。無造作に撒き散らすように放たれた弾はラウラを狙ってはいない。 グレネード弾は2、3回バウンド、発煙、アリーナ全体を煙が覆い隠した。

ラウラは咄嗟に地面に蹴り、移動した。その刹那、ラウラがさっきまでいた空間に銃弾の軌跡が。

「浅はかな。貴様も見えんだろ」

ラウラはアリーナの内壁に背中をつけ、両腕のプラズマブレードを構えた。万全の体制で煙幕が晴れるのを待った。丹陽は不意打ちをするつもりだ。

しかし、なかなか動きがない。ラウラはすぐに解を見つける。

「時間稼ぎか!」

 

 

丹陽は武装の展開に時間がかかる。煙幕はそれを隠すための手段でしかない。さっきの銃撃も、そのための陽動。

ラウラは辺り構わずに砲撃を加える。風圧や着弾の衝撃で煙幕が晴れていく。だが丹陽がいない。いや、カタパルトデッキにいた。そしてシャトルを掴み、射出態勢入っている。

ラウラの位置が分からない以上、接近するには最適解だったのだろう。

シャトルが溜め込まれた力を解放、高速で前進。それに伴って丹陽に加速度を与えた。丹陽は飛翔すること無く、滑空、着地。運動量をなるべくロスせず、減速すること無く地を蹴り駆ける。スラスターを点火。一直線にラウラに突貫。

「気でも狂ったの!レールカノンも退けられないのに」

と観客席でシャルルが。

「そんなにも叩き潰して欲しいか? 望み通りにしてやる!」

レールカノンの照準を丹陽に合わせる。

丹陽は片方のシールドラックで身を守り、もう片方のシールドラックの表面をラウラに向けた。シールドラックの表面には丸い物が付いていた。

簪との模擬戦で丹陽が使った、レーザー迎撃機だ。

レーザー迎撃機がレーザーを絶え間無く照射。丁度、ラウラと丹陽の間を。

レールカノンから砲弾が放出された。砲弾はレーザーを浴びながら、シールドラックに直撃。轟音を立てて大穴を穿つ。衝撃で丹陽が倒れ込みそうになるがスラスターのノズルを開き圧力を増し、足の爪を立て堪えた。

大穴から覗かせるラウラの顔は実にご満悦。

どうせ盾で防ぐつもりだったのだろうが、そんな藁で防げるものか。

 

 

「やっぱりダメだ。射撃戦はレールカノンを持つラウラに分があるし、かといって近接戦も持ち込めない。挙げ句の果てには停止結界。彼に勝ち筋なんて」

「一夏…。やっぱり丹陽では…」

箒とシャルルの2人、他の観客もラウラが勝つと確信した。

箒は、2人を医務室に運び観客席に戻った一夏を見た。

「どうしてだ…」

一夏は驚きを隠せないでいた。だが、箒が絶句してしまうほどに目を輝かせていた。

「どうしてなんだ?」

[それは速過ぎたからです]

砲弾がシールドラックに直撃。またも大穴を開けた。しかし丹陽は前進を止めない。

ラウラのそんな丹陽に砲撃を続けていた。余裕の表情で。しかしすぐに余裕が無くなる。

なぜだ。なぜだまだ倒れない。貫通して直撃しているのなら、いい加減に倒れてもいいはずだ。

ラウラには感知出来なかった。砲弾はシールドラックに大穴を開けたが、丹陽本体に届いていないこと。

ラウラと丹陽の距離も最初の半分以下に縮まった。

「速過ぎる?だからなんで、砲弾がシールドにぶつかった途端に消えてるんだ?」

一夏の声が、ラウラと同様の疑念を抱いたシャルルの耳に入った。

「え、砲弾が消えている? そうか、だからまだ丹陽は倒れていないのか。でもどうやって」

[はい。まず曳光弾の様に発光する理由ですが、高速のあまりに断熱圧縮と摩擦熱で空気がプラズマ化しているからです。そうなれば、砲弾も高熱になるでしょう。その中、レーザーによる加熱。極め付けは、シールドとの衝突時の変形熱。砲弾は焼失したのです]

「砲弾が焼いたのか。丹陽はそれを…」

[泉様は被弾時に装甲が溶解しているのを確認していました。あの時は熱と衝撃でシールドエネルギーを消耗させたのでしょう]

「すげぇ」

感嘆の声を漏らすことしか出来なかった。

ラウラのシュバルツレーゲンはまだトライアル中のものを

無理矢理ロールアウトさせたもの。まだ幾らかの欠点が露見していない。

 

 

「たとえレールカノンが無くとも!」

ワイヤーブレードをラウラが放出。4本ものワイヤーが湾曲しながら、全方位から丹陽を狙う。

丹陽が足を止めずに右腕でショットガンを構える。

「1本切断したところで無駄だ」

ショットガンを自身に伸びるワイヤーではなく、ラウラに大雑把に照準を合わせる。間髪入れずにに発砲。飛び出た筒は、無数の小粒な鉄球、ペレットを放射状に吐き出し、進路上のラウラに向かう。

ラウラは停止結界を展開、散弾を受け止めた。同時に4本のワイヤーが丹陽に絡みつく。四肢に巻き付き、丹陽を拘束した。

丹陽は身を捩りスラスターをフルスロットルで吹かし、必死にワイヤーの拘束から逃れようとした。

その悪足掻きにラウラは頬がゆるむ。

が一瞬で凍りつく。

ぶちんとワイヤーブレードがせん断された。そしてせん断面からペレットが落ちた。

ラウラの停止結界は散弾から自身を守ることには成功したが、停止結界の有効範囲を上回る広範囲に広がるペレットを全てを停止出来ず、ラウラ本体から伸びるワイヤーに溢れたペレットが撃ち抜いていた。

「ひぇぇぇ、危ない危ない」

もっとも丹陽の予定ではペレットがワイヤーをせん断する筈だったが、結果的にはワイヤーの強度低下を引き起こし力技でせん断出来た。

丹陽が更に踏み込み、二者の距離は近距離と言っても差し支えの無いほどまでに接近していた。

左腕にショットガンを持ち替え、シールドラックから実体剣を引き抜く。

「貴様に停止結界を突破出来るか!」

ラウラの咆哮は、弱腰になりつつある自分への奮起させるものだった。

手を翳し停止結界を発動。空いた腕でプラズマブレードを抜刀。丹陽を迎え撃つ。

対する丹陽はショットガンを数回発射。散弾は停止結界に当然捕まる。しかし丹陽の思惑通りに停止結界の有効範囲を示していた。

丹陽は躊躇わずに真正面から飛び込む。

「何のつもりだ…」

停止結界は丹陽を問題無く捕らえた。だが、ラウラは素直には喜べない。仕掛けがあるに決まっている。

「停止結界ありがとう」

ラウラはすぐに丹陽の意図に気付いた。手遅れだが。

団子を表面に付けたシールドラックが停止結界の範囲外にあった。それはくるりと回転。裏面をラウラに晒した。

爆弾がぎっしり。

爆発。音速超えの破片と爆炎が丹陽とラウラを飲み込み覆い隠した。

「自爆?」

と観客席の箒が。

真っ先に黒煙から各装甲に傷を負ったラウラが飛び出た。ラウラはレールカノンを黒煙に向けながら、その中に潜む物から必死に逃げていた。

白式のハイパーセンサーが黒煙の中を繊細に捉える。

ー重量バランス調整中ー

黒煙の中、丹陽は最後の仕込みを終える。

「いや、停止結界に囚われていた丹陽はー」

黒煙から黒い影がラウラに襲いかかる。

砲撃。ラウラの正確無比な砲撃が貫き、甲高い金属音が響く。

「しまっー」

また黒煙から何かが飛び出た。丹陽だ。片側のシールドラックが無い。だが、ラウラと打って変わり爆傷は見当たらない。 もう片方のシールドラックのアンカーが抜錨し、ワイヤーをしならせながら巻き上げていた。

「無傷。そして、攻撃を受けたらラウラはどうやら結界を張れない。丹陽はもう…ラウラを逃さない」

爆心地を挟んで反対側に、丹陽に囮にされラウラに撃たれ吹き飛んだシールドラックが。

身を低くし飛び出た丹陽は、左腕で持った実体剣でラウラを逆袈裟斬りで切り裂く。だがまだシールドエネルギーは残った。

「ちょろちょろとぉぉ!」

ラウラはプラズマブレードを振り下ろした。しかし、丹陽は跳躍を駆使しつつスラスターを翼の様に使い急上昇。速度を高度に、運動エネルギーを位置エネルギーに変換、減速。ラウラは空かしてしまう。

ラウラは丹陽が減速した隙をついて後退する。ブレードのアウトレンジに逃れたが、丹陽の右腕に握られたマシンガンの豪雨に打ちのめされ、少しでも被弾数を減らそうと身を捩る。しかし、慣性制御装置のリソースを割く上にあらぬ方向へと応力が働き、減速を招く結果となった。その隙に丹陽は降下、貯めた位置エネルギーを解放、一気に接近する。

「舐めるなぁぁぁぁ!」

ラウラの絶叫と共に2本のワイヤーブレードを射出。悪足掻きのようなその一手は、1本のワイヤーブレードを蜂の巣にされながらも丹陽の左腕を絡みつくことに成功する。

息つく暇すらない攻勢。その中でラウラは一途の希望を見いだした。このまま投げて距離を取れば勝機はある。

ワイヤーブレードを通じて丹陽に外力が伝わる寸前。

「触手プレイはー」

ー左腕部パージー

「経験済みだ」

ラファールの左腕装甲部分が制御下を外れた。そのタイミングでワイヤーブレードは引っ張りあげ、左腕装甲だけがすっぽ抜け高々と舞う。

丹陽は右腕のマシンガンを捨てた。同時に残りのシールドラックをパージ。空いた右腕で地に落ちる寸前の実体剣を掴み取る。そして踏み込み、同時に脚部スラスターを噴射。今戦最速の加速度でラウラに迫った。

想定外の対処法と想定外の速度で迫られたラウラは咄嗟にプラズマブレードを抜刀したが、間に合わずに横一線に腹部に斬撃を貰う。丹陽はそのまま抜け、ラウラの背後に。実体剣を地面に突き立て、それを支点に急速旋回と停止。 ラウラ、急停止に旋回、振り返りざまに横薙ぎにプラズマブレードを振るう。丹陽、即宙で回避。速度を読み切っていた。丹陽が一回転したところで、ラウラは二振りのブレードを振りかぶる。丹陽は右腕を背中に回し、体を捻る。発砲。背中にマウントされた水平二連がマウントされたまま散弾を吐き出す。無数のペレットで殴りつけ、斬撃をキャルセル。追撃でスラスター付きの回し蹴りをラウラは貰い、慣性制御が追いつかず態勢を崩す。駄目押しに腕を掴まれ強引に地面に引き摺り倒された。

仰向けに倒れたラウラの視界には青空が広がっていた。両肩を爪先で抑えつけられ、反撃に転じられない。

この一瞬の攻防戦。思考ばかりか感情の起伏すら追いつかなかった。ただ、自身の敗北を冷静に感じ取っていた。

丹陽は地面に突き刺さった実体剣を逆手に引き抜き、ラウラの眼前に剣先をを構えた。少し振りかぶり、突き刺す。

 

観客席は静まり返っていた。呼吸され忘れるほどに過密な攻防に魅入っていたからだ。

だが勝敗が決すると、緊張の糸が切れ所々で歓喜の声が上がった。

「そんな…第2世代機で勝つなんて…」

手摺壁を握りしめシャルルが呻くように言った。

同じラファール使いとして今回の模擬戦は素直に称賛したいが。だが、個人的な恨みが阻害する。それに、丹陽が使用しているのは、サードパーティ品。デュノア社を追い込んだものだ。

「すげぇぇぇぇ! 本当に勝ちやがった!」

一夏がまるで自分のことのように喜んだ。両手を突き上げ人一倍に喜んだ。だが、箒とシャルルが釈然としない様子なことに気がつく。シャルルは納得出来なくも無いが、箒が態度が理解できない。別にそこまで不仲なわけでは無いのに。

「不気味だな。丹陽は」

と箒が。

一夏の耳に届かなかったが、箒は続けた、

「戦いに感情の起伏がまるで無い。ラウラは…そうだな傲慢や怒りに任せて力を振るっていたが、丹陽にはそんなもの無いんだな。まるでー」

その先は砲撃音で覆い隠された。

 

 

アリーナの中心。仰向けに倒れたラウラと見下すように立つ丹陽。丹陽の残った右手は突き立てられた実体剣の柄に添えられていた。そして刀身はラウラの頬に触れるか触れないかの所で突き立てられていた。

「勘違いするなよ」

丹陽は実体剣を引き抜き踵を返した。徒歩でピットに向かうつもりだ。

「トーナメント前に専用機を破壊しちまったら、整備班からなんて言われるか。それが怖いだけだ。ただでさえこっちの機体はボロボロなのに…絶対小言もらう。それと戦場じゃないんだ、加減してやれよ」

地に横たわったまま未だにラウラは起き上がれずにいた。丹陽の足音が徐々に遠ざかっていくのがわかる。

私が負けた。負けた。弱い、あんな男よりも。どうしてだ。私は戦い、勝つために産まれ、勝つために育てられ、勝つために生きてきた。あんな奴とは覚悟も積んできた努力も存在意義も違う。それなのに。どうして…。

ラウラが立ち上がる。それに連れ砂地に作られたラウラの影が大きくなる。

丹陽が立ち止まった。自分で会長に立てた誓いを忘れるところだった。自分自身、幾ら何でも虐めすぎたと思ったからだ。

口先だけでも謝ろうとした瞬間だった。

「私は…私は弱くない!」

溢れ出る激情に任せて、砲撃。日々の特訓の成果か、狙いは外さなかった。

平和な日々が丹陽の危機察知能力を鈍化させていたのか。躱せず砲弾が背中を撃ち反動で内壁に叩きつけられた。

壁に叩きつけられた丹陽。間髪入れずに次弾に襲われる。また1発、また1発。等々、観客席が崩壊、瓦礫が丹陽を降りかかり下敷きにした。

それでもラウラは発砲を続けた。

『そこの生徒やめろ! 殺す気か!』

騒ぎを聞きつけ駆けつけた教師が、アナウンスでラウラに制止を呼びかけた。必死さが電子音でも伝わってくる。

耳に入ったのか、それともただ心労が祟ったのか、ラウラは発砲を止めた。

ラウラは肩で息をしながら、呆然と丹陽が埋まっている瓦礫の山を眺めた。

「そんな…私は…」

今更ながらも自身が行いを悔い恥じらい、意気消沈するラウラ。しかし懺悔する時間などなかった。

 

 

「この…」

観客席。箒とシャルル、他の生徒が啞然とする中。ひとり一夏だけは違った。

手摺壁を足場にして蹴り飛ばし、今一度アリーナへ。今度は心理も行動も真逆だが。

「このぉぉぉぉ!」

一夏が普段の温和な性格からは想像もつかないほどに怒り狂い、スラスターをフルスロットルに吹かし大きく旋回しながらラウラに飛翔する。

「一夏! ああっ!」

スラスターの排気でシャルルが尻もちをついた。

失意にありながらもラウラは身に迫る危機を察知。砲口を向けた。 一瞬、罪悪感が砲撃を遅らせた。

砲撃。砲弾が閃光を引き、一夏に迫る。一夏は地面を蹴り、跳躍。砲弾を回避。そればかりか、大きく高度を上げる。

[思考解析。充填開始。1、2、3…]

砲身が上昇を続ける一夏に追随。 発射寸前、ガクンと止まった。仰角制限。普段は起こさないようなミスだ。動揺している。

ラウラは後ろ向きにブースト。射角内に一夏を補足しようとした。だが、スペック上で上回る速度を持ち、降下加速して、尚且つ射角の境界線ギリギリを這うように飛翔する一夏を射線に乗せられなかった。

意味がないと判断したラウラはブーストを止めた。代わりに後ろに倒れるように跳んだ。身体が宙に浮き中空に向く。強引に体ごと砲身を上に向け、一夏を射角内に捉えた。

照準が重なるや否や砲撃。反動で地面に叩きつけられそうになる。たが、跳んだ時の慣性を利用して身体よりも先に手を地面に着き、バク転してみせた。

ラウラは乱暴ながらも最善解をしてみせた。

「はっ!」

しかし現実は非情だった。

息遣いが聞こえるほどの距離に一夏はいた。雪片を今まさに振り下ろそうとしている。その後ろで砲弾が遮断シールドに激突、落下中。一夏はラウラの決死の一打を、容易く回避していた。

一夏は墜落するように地面に着地。同時に切り裂かれたレールカノンが地面に落ちる。

ラウラはプラズマブレードで薙ぎはらう。一夏はそれを雪片で受け止める。一瞬だがプラズマブレードと雪片がぶつかり合い鍔迫り合いになる。その隙にラウラはもう片手のプラズマブレードを伸ばした。刺突。

するよりも早く脇腹に鈍い衝撃が走る。一夏がスラスターキックをラウラに打ち込んだ。ラファールよりも格段に上の膂力から打ち込まれるキックにラウラは側面に倒れ転げた。不様な格好だが、一瞬雪片の間合外に出る。ラウラは最後の1本のワイヤーブレードを射出。だが悪足掻きでしかなかった。一夏は小手先の動作でワイヤーブレードを切断。

ラウラは即座に立ち上がる。その間、一夏は追撃は疎か踏み込んですらいなかった。ただ下段に雪片を構えるだけだった。

[49、50。充填完了。いつでも行けます]

白式のスラスターが発光する。

ラウラが察知した時には遅かった。

「[瞬間加速(イグニッションブースト)]」

白式が閃光を放った刹那、一夏はラウラ遥か後方に。ラウラは一夏に轢かれスラスターキックの比では無い衝撃にまた転げていた。

もうすでにシールドエネルギーはセーフティラインを突破している。ラウラは右手を着き立ち上がろうとした。だが、手首より先がなかった。両断されたのだ。さらには非固定浮遊部位も片割れに斬痕が。

ハイパーセンサーから警告。後方より高速で接近するISが。

急速転回。しかし手遅れだった。あれ程離れていた一夏もうすでに斬りかかっていた。

残された雄一の武装を装備した左手がスパークを放ちながら断面に縋りつくが、敢え無く分断された。

もうラウラに万に一の勝機も無くなった。それでも一夏はラウラを蹴り飛ばしていた。

[零落白夜、発動]

雪片が変形、光刃が現れる。

「覚悟しろ」

 

 

観客席。

不安気な眼差しを送る観衆の中を、風のようにすり抜けフィールドに降り立った。生身の肉体にIS用の実体剣を携え、重荷を背負っているにもかかわず軽々と地を蹴り走る。

馬鹿な教え子と愚弟の下に。

なんでこう愚かなところばかり似てしまったのか。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

上段に構えられた雪片を振り下ろす。顔を強張らせ、それ以外に指一本動かせないラウラに向かって。

「っん!」

金属音が鳴り響く。雪片がラウラに届く前に、何者かが割って入って雪片を受け止めていた。

「教官…」

「千冬姉…」

「織斑先生だ」

千冬が雪片を受け止めていた。

「いい加減にしろ…」

鬼の形相に荒い吐息から憤慨寸前のところを必死に抑えているのが分かる。

「だけど千冬姉! あいつが!」

「鏡を見ろ。今自分がどんな顔をしているか見ろ」

我に返り、絶句。想像すれば容易に分かる。今まで自分がどんな顔をしていたのか。指先から始まった痙攣が全身に広がり止まることを知らない。

「ラウラ! 貴様もだ! 私に従えないとなら、せめて軍属としての誇りを見せろ。後ろから撃つなど、ましてや情けをかけた相手に…恥を知れ! それにいくら気に食わ無いからと小娘相手にもやり過ぎだ」

ラウラは弛緩しかけていた顔色をまた強張らせた。歯を食いしばり、千冬の諫言を噛みしめる。

「これを持ってろ」

千冬は一夏に実体剣を預け、棒立ちする一夏の脇を通りすぎる。

「壁の補修をやらせた意味が分かって貰えると期待したのだがな…」

千冬が悲しそうに呟く。

一夏が千冬を追おうとするが、千冬は人間離れした脚力で

走っていた。向かう先は丹陽が埋まっている瓦礫の山。いや、丹陽は瓦礫の山の頂上に横たわっていた。

 

 

「心肺機能が停止している…。ピットまで運ぶ!AEDを用意しておいてくれ!」

千冬は、装備されたISを引き剥がし丹陽を楽々と持ち上げると、ピットまでその足で運んだ。ピットに着いたが、まだAEDは来ていない。千冬はその場にあった長机に丹陽を仰向けに寝かせた。I両掌を合わせ、丹陽の胸の上に乗せる。その時だ、自動ドアが開いた。

「たっ丹陽!」

入ってきたのはAEDでは無く、簪だった。息が上がっているところから全速力で走って来たのだろう。

「丹陽…一体どうして…」

「心配するな」

千冬は簪にから丹陽に視線を戻し、胸を圧迫。心臓マッサージを開始した。

「心配ないって、蘇生する時のマッサージしてるじゃないですか!それに口から血が…」

簪は足をブルブルと震わせその場にへたれ込んだ。顔色も丹陽以上に悪くなる。

「唇を切っただけだ」

千冬は死にかけている丹陽と簪を見かねて、簪の手を借りることにした。

「猫の手も借りたいんだ。人口呼吸してやってくれ」

「え?いや…あのそれって…」

今度は別の意味で狼狽し始める。

「恥ずかしがるな。さもなければ私がやる」

千冬の顔は余裕など無い、真剣そのものだった。どんぐりころころと、口ずさんでいるが。

「でも…私自信が…」

「やるのか?やらないのか?どっちだ。私は気長だが、今の丹陽は待ってはくれないぞ」

そうだ、今は丹陽の生死がかかっている。恥ずかしさとかファーストキスとか、関係無い。

「わかりました。やります」

顎を上げ気道確保。唇を開かせた。後は。

意を決して瞳を閉じた。あと、メガネは外す。

懸命に丹陽の蘇生処置をする2人だったが。すぐに思い知る。無意味だったことを。

何故なら、丹陽はもうすでに蘇生している。

たった今来た簪は状況認識で頭が一杯で、千冬は苛立ちと焦りでこれまた頭が一杯だった。つまり気がつかなかった。

ISスーツが丹陽の危篤状態を察知。心肺圧迫装置などが作動、救命措置を開始。机に乗せられた時には息を吹き返していた。

 

 

舌の上がざらつき鉄の味する。背中から胸にかけて鈍痛を感じる。そればかりか胸を一定のリズムで圧迫されて苦しい。極め付けは全身が痺れ思うように動かせない。しかもどんぐりころころと幻聴が。なんでどんぐりころころ?

自身に痛苦の源を探ろうと重い瞼を上げた。

ぼんやりとした視界、楕円形のものが接近してくる。視界が鮮明になるにつれて、それを認識していった。

簪が瞼を下げて顔を寄せてくる。

丹陽は無我夢中で弾いていた。

 

 

「なにか言ったらどう?」

「んぐっ…」

生死を彷徨った後にこの仕打ちは堪える。

丹陽が簪を弾き飛ばしたと同時に、楯無をはじめとして教員その他の生徒が入室。

簪は床に倒され、あまりの出来事に啞然としていた。条件反射でずれた眼鏡をかけ直す。そこで目尻が熱くなっていくのを感じた。

楯無は状況認識するよりも早く、簪に駆け寄り抱きしめた。すると簪は掠れた声を絞り出した。

「丹陽…どうして…」

丹陽は仰向けで机に横たわっていた。自分でも信じられない様子で、目はぐるぐると泳ぎまわり、簪の頬を打った拳を中空で震わしていた。

楯無はそっと簪の肩に手を回し立ち上がらせる。そして入り口で屯っている群衆に預けた。

「妹をお願い」

「はっはい」

物言いこそ楯無は柔らかいが、頬や目尻をピクピクと痙攣させ、拒否を許してはいなかった。簪を預け、腕部にISを部分展開。早足で丹陽に歩み寄る。

「ちょっと来て」

そして、簪を優しく抱いた腕で丹陽の襟を掴み上げ机から引き摺り落とした。

「待て!楯無、生き返ったばかりだぞ!」

扉前の集団がさっと脇に寄り道を開く。千冬の制止を聞かずに楯無は、立ち上がろうと必死にもがく丹陽を掴みその場を去った。

千冬は追うとするが、堰を切ったように泣き出した簪に阻まれて2人を見失ってしまった。

そして2つ角を曲がった先。丹陽は首元を掴み上げられ足が宙に浮いていた。壁にもたれ掛けていたので息は出来るが、辛うじて。

「なにか言ったろどう?」

「んぐ…」

下手な事を口走れば、このまま縊死しかねない。が頭を回すほどに酸素に余裕はない。

「すみ…せん…でした」

謝罪の言葉をなんとか捻り出す。これで許して貰えるとは思っていないが。

「謝るぐらいなら…え?」

口を開いた拍子に赤い雫が溢れた。

「貴方…血が…」

首を絞める手が緩まった。そればかりかゆっくりと丹陽を降ろした。丹陽は口元の血を慌てて舐めとると、深呼吸をした。

「えーと会長? 怒って無いんですか?」

楯無の顔から怒り、殺意の類は消え去っていた。今はむしろ覇気がなく目は遠くを見ているようだった。

「え? そうね。怒ってるわ。今すぐに海に錨と共に沈んしで欲しいくらいには。でもそれじゃあ悲しむ人もいるから。だから後で簪ちゃんに地面に額擦り付けて謝ってね。じゃあね〜」

楯無は徐々に速度を上げながら来た道を戻って行った。

残された丹陽は奇妙な楯無の態度に疑問を持つ。すぐに合点がつく。が納得出来なかった。ありえない、絶対に。

その時、左腕の携帯端末が振動した。メールを受信したらしい。

「おい大丈夫か!」

楯無とはすれ違いで千冬が駆けつけた。

「ええ。ところで頼みたいことがあるんですが?」

「いいから、医務室に行くぞ」

「用事ができたんで、外出許可を」

二つ返事で、

「馬鹿言え! 死にかけたんだぞ! 今すぐ精密検査を受けて休め」

ほとんど怒鳴っていた。

「見ての通りピンピンしてます」

「無理だ」

「お願いします。ただ申請書にサインしてくれるだけでいいんです。それに検査だってセシリアや鈴の2人がいるでしょ」

「だから無理だ」

「なに別にIS戦するわけじゃないですよ。少し人に会いに行くだけですよ。ちょちょいと行ってすぐに帰って来て検査を受けます。千冬先生が許可してくれるなら1時間で済む。ですからお願いします」

「ISが使えない奴を学園外に出すものか」

「それなら問題ありません。黒騎士はその問題を解決しました。メカニックが優秀でして」

「…わかった。すぐに帰ってこい」

「ええ。あとそれと、今回の件は気にせずに。俺は無事なので。あんまり怒らないでやってくださいね、ラウラだって本意じゃない」

「余計は気を使わせたな」

千冬が去った。 丹陽、胸に手を当て早くなった動悸が静まるのを待った。

その後、丹陽は簪に会うことなく学園を出発した。

 

 

医務室に着いた。丹陽とは違い、セシリアと鈴は休養していた。並べられたベットの上で、上半身を起こし安らいだ顔をしていた。今しがたの激闘が嘘のように。ただ体に巻かれた包帯や貼り付けられた湿布が目にとまった。

「具合はどうだ、セシリア、鈴?」

「問題ありませんわ」

「そうよ、見ての通りでへっちゃら。私達よりあいつの方は大丈夫なの?私達よりも酷いやられ方してたけど」

あいつとは丹陽だろ。

「ああ、動き回るくらいにはピンピンしてるさ」

平静を装っているが、2人とも身動きするたびに眉を曲げ痛がっていた。丹陽も例外ではないはずだが。なにをしてるんだか。

医務室の外から足音が聞こえてきた。切羽詰まった様子でこちらに駆けてくるものと、それを追う無数の足音。追われている方がドアの前に来ると勢い良く開いた。

「一夏!」

「どうしたシャルル?」

額に汗を浮かべたシャルルが、入ってくるなりドアを閉じて寄りかかった。まるで開けられないように。しかし無数の足音がドア越しに聞こえると、一歩二歩と後ずさり。

「まずいかも」

足音がドアの前で止まった。次の瞬間、ドアが弾け飛んだ。

「「織斑君!」」

「「デュノア君!」」

女子生徒達が医務室を圧迫するほどに流れ込んできた。手にはそれぞれ用事を。そして入ってくるなり、半々の割合で一夏とデュノアの名前を呼んでいた。

「はいこれ」

一夏は差し出された用紙を受け取り朗読する。

「なになに。今月開催される学年別トーナメントでは、より実勢的な模擬戦を行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった場合は抽選により選ばれた生徒同士をペアとする」

つまり彼女らはすべて、ペアの誘いに来たのか。

数え切れないほどの羨望が詰まった眼を向けられ、一夏は身をのけ反らした。よくわからないがピンチだ。

[デュノア様とペアを組むことを進言します]

白式の助け船に乗る。

「悪いなみんな」

一夏は掌を合わせた。

「俺はシャルルと組むから」

ここから喧騒の嵐が、

「そっか」「他の娘と組まれるよりはいいかな」「男同士って絵になるしいいかもね]

なんてなく、拍子抜けするほどあっさり帰って行った。

「じゃあしかないか。泉君を探すか」

「でも、泉君なら会長の妹さんとペア組むと思うけど」

「それ、なんかあったらしいよ」

「割って入るなら今のうちってこと?」

女子生徒が居なくなった。気になることを言い残して。

危うく逝くところだったのに。なにしてるんだ?それに会長の妹って、簪だよな。

「一夏さん!」

「一夏!」

セシリアと鈴に呼ばれ、気付くと2人は目の前に立っていた。2人とも、痛みとは別の衝動から眉をひくつかせていた。

「どうしてシャルルとペアを組むの?」

「そうですわ。ペアを組むのでしたら…」

セシリアと鈴は自分の胸に手を当てる。

「私と」

「私と」

言い終わるか言い終わらないかで、セシリアと鈴が睨み合った。

「ダメです」

山田がいつの間に入室していた。いつもの大らかな雰囲気は鳴りを潜め、目尻を尖らせ厳しめの雰囲気を出していた。

「2人とも、ISがダメージレベルがCを超えてます。このままでは、ISに悪影響が出る恐れがあります。ですから、トーナメント出場は許可できません」

「ですけど…」

「絶対に駄目です」

鈴は食らいつくが、山田は揺らがない。

セシリアが鈴に耳打ちする。

「…わかりました…」

セシリアと鈴は渋々、承諾。山田が退室した。

「一夏、絶対に優勝しなさいよ!」

「そうですわ。絶対に優勝してくださいね」

突然の変わり様に驚くが、一夏は了承した。

「おっおう」

その後、一夏とシャルルは帰寮。残された2人は重い身体をベットに横たえた。

「本当に優勝して貰わないと困るわよ」

「そうですわね。一夏さん達が優勝すれば、取り決めはドロー」

 

 

本土とIS学園を繋ぐモノレールのIS学園側のホーム。職務を終え、帰宅すると教師や各スタッフの一団が車両を待っていた。

日本人に合わせ1分も遅れることなく車両が到着した。

本来、この時刻ならば、IS学園に来るものおらず、必然的に車両は無人なのだが。降車者がいる。それも十数人。

異様な雰囲気に気圧されて教師らの一団が道を開けた。非常ベルを押そうとする者まで。

「ご心配なく。我々は用務員ですので。今は対テロ戦の訓練中です」

そう言って降りてきた用務員は皆、作業着の上にボディアーマーをつけ、バラクラバまでかぶり、さらには弾倉を外したライフルを携えていた。そして何故か、ところどころに擦り傷を作り埃を被っていた。

用務員の一団が降り切ったあとその後ろに用務員ではないに人物が続く。

水が滴るほどにずぶ濡れで、その所為か足取りが重い。

丹陽だ。




今回でラファールはお役御免です。
あと、レーゲンがご都合主義でかなり弱体化してます。先端切っただけで、使用不能になるワイヤーブレードとか。
あと、オリ主が瓦礫の山の上に横たわっていたのは。瓦礫から自力で脱出した時に。運悪く、一夏が回避したラウラのレールカノンの初弾が直撃したからです。


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第29話

ここから駆け足気味になります。正直、今回の話は2話に跨いだ方が絶対に良かったと思います。


ゆっくりと瞼を上げた。すると見慣れた自室の天井が広がっている。

「私はいったい?」

簪は身を起こす。まだ冴えない頭で記憶を辿り、現状を把握しようとした。

どうやら自室のベッドで横になっていたようで、誰かに寝衣に着替えさせられていた。ベッド脇のナイトテーブルに

愛用の眼鏡と学年別トーナメントに関する用紙が。

簪はベッドから抜け出した。そしてクローゼットの前に立ち着替え始める。空腹を感じ食堂に出ていくために。

自分が何故ここで寝ていたのか。それを考えたくはなかった。

ノックがした。

「お姉ちゃん?あの…私は大丈夫だから…。着替えてるから待ってて」

楯無が迎えに来たと思ったが、返答がない。疑問に感じ、ドア開け確かめようとした。だがドアが開かない。鍵は外してある。つまり外から押さえつけて開かないようにしている。

「うん?お姉ちゃんじゃあないの?」

ドアを隔てて今現在最も簪にとってセンシティブな彼が声を張った。

「そうです!ですから開けないでください、簪さん!今度こそ会長に屠られる」

「あっごめん、すぐに着替えるから!」

慌てて部屋の奥に引っ込む。それは丹陽から逃げるためではなく、いち早く着替えるために。

「簪さん」

「なんで、さん付け?」

「じゃあ、お嬢…女王さ…」

「いつもの呼び方でいいから!」

ゴンとドアから押される音。そしてずるずるとする音。丹陽がドアにもたれかかりそのまま腰を下ろしたようだ。

「簪」

改まって名前を呼ばれた。

「なんて言うか…、謝りたくて。さっきはごめん。助けて貰ったのに」

簪も同じく謝りたくてたまらなかった。だが言葉を発する前に丹陽が続けた。

「情けないな」

「そんなことないよ!」

簪は自分でも驚くほどの声で叫んだ。

「悪かった…」

ずるずるとドアを擦る音が。丹陽が立ち上がっている。

沈黙が流れ気まずい空気に包まれる前に、丹陽が言葉を発した。

「図々しいと思うんだが、頼みたいことがあるんだ」

「頼み事って?」

「学年別トーナメントでタッグを組んでくれないか?」

「え?タッグ?」

急ぎ学年別トーナメントに関する用紙を確認する。

それによれば、確かに今度のトーナメントはタッグを組んで出場とのこと。

「いいの私で?」

「ああ。代表候補生なんだから自信持てよ」

丹陽は肯定した。

「じゃあ、俺はもう寝るから。おやすみ」

「寝るって、まだ早いけど…」

カーテンの裾から外灯の灯りが漏れている。陽は落ちたが、寝るには早すぎる。

「色々あって疲れてな」

外出に戦闘に瀕死に口論に水没。

「そう…うん、わかった。じゃあまた明日」

足音が遠退き、丹陽の気配がなくなった。

簪はベットに腰を据え、胸に手を当てた。喉に魚の骨が刺さったかのような、焦れったい痛みが染みる。その痛みの原因はしばらく先まで分からなかった。

 

 

早朝。大型トレーラーがIS学園に到着した。

それを目を擦り、欠伸を隠しきれない整備班が出迎えた。

「なんでこんな急に…」

トレーラーで運ばれてきたのは未完のIS、モンテ ビアンコ。丹陽の専用機。

 

 

「明日の試合には間に合うか?」

「100パーセントは無理」

「なんだと…それでも整備班か!」

「だったら半壊させた自分を恨んでくださいね」

学園のISハンガー。

翌日に大会を控え、ハンガー内は喧騒に包まれていた。それは主に整備班にトーナメント出場者が使用するISの最終確認など行っていたのだが。

ここに一組、少し事情の違う組み合わせがいた。

睨みつける隻眼銀髪のラウラと、それを軽く流す整備班、班長。そしてクレーンで宙吊りのIS、シュヴァルツェア レーゲン。レーゲンには両手が無い。一夏に切り落とされたのだ。

「その恨みを晴らすためにも、頼んでいるのだ」

レーゲンは一夏によって半壊させられ、事実上の機能停止をしていた。壊れたならば修理すれば良いのだが、昨今のやり取りの通り、ことは順調ではない。

「頼んでるねぇ。私達はティータイムを惜しんで労力を費やすけど、そもそも予備パーツも無いのにどうやって復元しろと?錬金術?」

「予備パーツなら、本国から支給されていただろ」

「それ、口伝えで使用しないように口酸っぱく言われてるんだけど」

「だからどうした、構わん使え」

代表候補生に命令されれば突っ撥ねる権限は班長には無い。だが。

不満を隠さず顔に出し、声にも出す。

「代表候補生にもかかわらず、専用機も無ければ何も出来ないの?怖いの?」

「馬鹿を言うな!泉や一夏など練習機で十分だ」

「じゃあどうして?」

「ふん。我がドイツ軍の情報部によると、泉はどうやら専用機を持っている可能性がある。ならばこちらも万全を期す。彼我の技量差の問題では無い」

「うーん。オッケー。じゃあ早速取り掛かるね」

あっさりと承諾した班長は袖を捲り、リモコンを操作。レーゲンを降ろし始めた。

それを確認したラウラは、ハンガーから退出しようとした。自身もこれから特訓に取り組むために。

「そうそう、ドイツ娘ちゃん」

「ラウラ ボーデヴィッヒだ!」

「基本性能は100パーセント出せるけど、AICは諦めてね」

「馬鹿にする気か貴様!」

速足で詰め寄るラウラを、班長は人差し指を立てて御した。

「さっき言っていた予備パーツ。試しに使ったけど、キャパシティを何かに食われてAICが発動しなくなっちゃうの。その何か、プロテクターが掛かっていて解析、排斥出来なくて」

「それをどうにかしろ。これでは専用機を使う泉に!」

「ああ、それなら心配ご無用。丹陽の専用機は第1世代機だから」

「何故知ってる…」

班長は人差し指を倒しラウラの後ろを指した。指先には、パレットに載せられ、たった今ワンボーで運び込まれた初見のISがいた。

「モンテ ビアンコよ。もともとのコードネームはメタルフロッグ。今急ピッチで調整中。今朝届いたの。そうそう、ただの第1世代じゃないわよ。トライアルで敗れて倉庫で埃を被っていた可哀想なお友達。あれ?第3世代機でトライアルで勝ってバリバリ稼働中のシュヴァルツェアレーゲンとはなんだかお友達になれそうね。うん、そうよ」

やられた。 ラウラはそう思った。こいつは初めっから全て知っていた。その上でこちらに言わせたかった。技量では勝っていると。ISの性能差が雲泥の差ならば、今度の敗北は正真正銘、私の実力による敗北になる。

「IS性能差は全くないし、うんうん、全然勝ってる。だから大丈夫。ドイツ娘ちゃんなら勝てるよ」

そして、こいつは私が勝つとは微塵も思っていない。私の方が弱いと。例え世代間格差があるISがあっても。

「じゃあ頑張ってね。ドイツ娘ちゃん。応援してるから」

堪えきれない怒りに任せて殴りたい衝動。だが、昨日の光景が脳裏をよぎった。拳を握り締め、何も言わず班長に背を向けた。

冷静さが失われた為か、それとも丹陽に特別な出自があると思いたくないのか。ラウラは丹陽が生命同調型のISを装備している可能性を、無意識のうちに排除していた。

「もう2つ」

ラウラは背を向けたまま歩みを止めない。班長は構わず続ける。

「ワイヤーブレードは予備パーツと一緒に編んでおいたから。だからもう簡単には切れないわよ。レールカノンも、弾頭をより質量のある通常の徹甲弾にして、弾速も調整したから。だから威力は落ちたし速度も落ちたけど、蒸発することは無いから。って行っちゃった」

班長は1人淡々と作業を進めた。

突然、堪えきれずに噴き出す。

「全く、怖いなら怖いって言えばいいのに。それに目の下にクマ作っちゃって、昨日は眠れなかったのね。迷って悩んで苛立って、恩師に相談できず。その矛先を丹陽に向ける。全く可愛いんだから」

 

 

トーナメント前日、学校はトーナメントのために休校。そのため殆どの生徒はアリーナに集まり、練習機の順番待ちをしていた。

専用機を持っていない丹陽は当然順番待ちに加わる。待っている間は、シュミレータでビアンコの慣熟訓練とシュミレーターにインプットしたアガルマトとの模擬戦。または整備班にビアンコ組み立ての進捗状況確認という名の催促。練習機の順番が回ってくれば、練習機であるラファールに乗り込み、明日に向けて簪と模擬戦。時間が来れば、ラファールを次の人に渡し、休憩。そしてシュミレータ、ハンガー。またラファール。

そんなこんなで時は流れて昼飯時に。

「丹陽」

「うん?」

昼食は食堂では無く、ハンガーにて。理由は、ハンガーで飯時も惜しんで作業を続ける整備班に、サンドイッチを送り、その次いでに自分達の昼食も済ませようとした。

丹陽はツナサンドを咥えたまま返事をした。慌ててツナサンドを胃に押し込む。

「ラウラのこと」

「ラウラ?」

「死にかけたこと」

ああ、と腑抜けた声が丹陽の口から漏れた。

「ああって」

「気にするなよ。今は生きてるんだし。彼奴だって理由があるだろうし…」

それに戦う理由が無いのに出しゃばった俺が悪いと続けようとした。が丹陽の視界の中、簪が表情が強張り始めた。

「気にするなって!理由があるからって!」

簪の大声に驚き、ハンガー内の整備班がピタリと手を止めた。

丹陽は簪の憤慨などなんのそのと、次のカツサンドに手を伸ばしていた。

「だからって後ろから撃ったらあれだろ」

「でも……」

「まぁ、トーナメントで借りは利子も付けて返すさ」

「そうだね……」

簪もデザートサンドを頬張った。

「ところで今日の俺。変か?」

丹陽の物言いに、簪はビクッと強張った。

「そっそんなこと無いよ。ただ一日中一緒だなんて、なんだか久々だなって」

「そうだな。しょっちゅう外出してたからな」

丹陽は一気に残りのサンドイッチを平らげ、水筒のコーヒーを飲み干す。

「それじゃあ、アリーナが空いている内にもう1戦するか」

「うん」

なんとか誤魔化せた。簪はそっと胸を撫で下ろす。

今日の丹陽からは違和感を覚えた。何処と問えば、答えられないが。

昨日同様の感じた焦れったい痛みが、また胸に。

 

 

一夏とシャルロットは、アリーナにてトーナメントに向けた教練に励んでいた。

鈴やセシリアとは違い、病気も怪我も無く快調。丹陽とは違い、専用機が与えられている2人は場所と気力が許す限りは特訓を継続していた。

日が暮れ、シャルロットも疲労の色を見せはじめたので、帰寮することに。

アリーナを出た所。ばったりと会ってしまった。

「ラウラっ!」

ラウラが居た。帰寮する生徒とは逆にアリーナに向かっている。一夏は距離を開けたまま、大声で呼び止めた

「何の用だ?」

ラウラも一夏達を認識したのか、かったるく応答する。

「なんでここに居るんだ」

「IS学園の生徒として、教練の為にアリーナに向かっている。そうは見えんか?」

一夏は黙ってラウラを睨めつけた。

「一夏…止めよう」

シャルルが腕を掴み、一夏を諭した。

「そうだなシャルル」

一夏は落ち着く。ここで乱闘騒ぎを起こせば、それこそ千冬に迷惑を掛ける。決着は正式な試合で付けるべきだ。

「用が無いなら呼び止めるな」

ラウラは一夏達の脇を抜け、アリーナに向かった。ラウラの姿が消えるまで、一夏はその背中に視線を送り続けた。

「一夏…あんまり怒っちゃだめだよ」

シャルルは不安を隠し切れずにいた。

「分かってるよ、シャルル」

一夏は決意を改めて固めた。

それからは部屋に帰り、シャルルと連携プレイの相談。それも終わり、後は明日の為に早めの就寝。

[一夏様。再びですが、夜分宜しいでしょうか?]

「なんだ白式。質問か?」

「はい。何故、一夏様はボーデヴィッヒ様に敵意を持つのでしょう」

今度はとんでも無いことを言い始めた。

「当たり前だろ、ラウラはセシリアと鈴、それに丹陽を痛めつけたんだ。許せるか」

[実技実習の延長と捉えられますが]

「あそこまでやって実習の延長ってありえないだろ」

[つまり程度の問題と]

「どういう意味だ?」

[私達もセシリア様、鈴様、そして泉様を倒して来ました。マクロな視点で見れば同等かと]

「俺とラウラは違う!」

一夏の突然の怒声にシャルロットが飛び上がった。

「どっどうしたの一夏?」

一夏は慌てた誤魔化す。

「ごっごめん、寝違えて手首ひねっちゃって。明日には影響無いから」

それならいいけど、と言い。シャルロットはまあ床に就いた。

[一夏様の機嫌を損ねる言動。お詫びします]

一夏は何も言わなかった。ただ白式が、何故、このような思考に至ったのかが理解出来ずにいた。

[白式はボーデヴィッヒ様に、共感しました。ですから、ボーデヴィッヒ様を擁護したのです。夜分、ここまでお付き合いありがとうございます。お休みなさい]

共感という単語を一夏は見過ごせなかった。

「白式?」

[現在睡眠中]

白式は寝ていた。ISの癖に。

 

 

日が暮れ、特訓を終えた生徒達でアリーナの出入り口が混雑し始めた。

丹陽はハンガーにて整備士と談話していた。プログラム言語が違う黒騎士のOSや技術を移植したビアンコは、一応は起動可能の状況に持ってくることが出来たらしい。しかしながらも、問題が発生した。

「え? 嘘でしょ? 規格合うのあるでしょ?」

「うん。本当だよ。無理矢理合わせようとしたけど無理だった」

電灯の下、忙しなく整備士達が働く中。丹陽は愕然としていた。何故なら、このままでは丸腰になるからだ。

「長柄武器は一応は使えるけど、鈍器としてなら。超跳は諦めて足折れる。あと補助運動器も骨格が保たないかも」

訂正。射撃しか取り柄がないのに、射撃武器が搭載不可と言われた。

「そうじゃなくて、なんでユニバーサル規格の射撃武器も使えないんだよ」

整備士がビアンコの腕を指差す。

「3本指だから」

「はぁ?」

確かにビアンコの指は、華奢な5本指から図太い3本指に変わっていた。

「どっかのメーカーの出したやつだろ。違うのか?」

「それがハンドメイドらしく」

ハンドメイド。つまり、あの短時間の間に作っていたのか。俺の要望通りに。

「ラファール使えば?」

至極真っ当な提言だった。正直、コア干渉も解決出来てない状態でビアンコを使用するなど、勝つ気がないと言われても仕方ない。

でも、人間賢くは生きられない。あいつは短期間でここまで仕上げてくれたんだ。

「いや、いいよ。このままで」

「えぇぇぇ……だってこの機体仕様書によれば、まともに……飛行型パワードスーツなのにあれだよ? いいの? 本当に?」

「いいんだ。タッグ戦だ、欠点は簪がどうにかしてくれる。それにだいたい好きじゃないんだよ。人型で飛ぶの」

丹陽は整備士に別れを告げ、帰った。簪のいる寮に。

帰る途中。携帯端末に着信が来た。

 

 

「…あれ…お姉ちゃん?」

真夜中。簪は自室で物音に反応して目を覚ました。

「あっ、起こしちゃった。ごめん簪ちゃん」

すると、姉の楯無がベッド脇で直立していた。この時間にもかかわらず、出掛けるようだ。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと明日の為の準備があってね。すぐに終わるわ。だから簪ちゃんはそのまま寝てて」

そう言い残し、そそくさと外出した。

簪は疑問に思いながらも睡魔に勝てずに瞼を下ろした。

それからどれだけの時間が流れたのかわからないが。ノックがした。

睡眠を邪魔され、ムカムカしながらもベッドから這い出た。わざわざノックするのだから楯無では無い。あまり気の強い方ではない簪がドアノブを回り、ノックの主を文句を言おうとした。

ドアノブを回した途端、向こうからドアが開けられた。そして半端強引に入室してきた人物達に簪は声を張った。

「丹陽……お姉ちゃん!」

「シッ。疲れて寝てるんだ静かに」

丹陽は簪を抱えたまま、人差し指を口元で立てた。

「悪い、こんな感じで強引に入室するのは……いろいろと男性としてアウトだけど。会長のベッドはどっち?」

簪の脇を抜け、丹陽は部屋の奥に進んだ。

「窓側だけど…。どうして丹陽がお姉ちゃんを抱えてるの?確かに、明日の……もう今日か。トーナメントの準備があるって出て行ったけど」

「ああそれなんだけど。突然手を貸せって、他の子には迷惑をかけられないからってね。全く迷惑だよね。それで作業終わって疲れてそのまま居眠り。よいしょっと」

楯無をベットに寝かせつけた。

「あと会長に。重いって伝言お願い」

「丹陽、それ女の子に言っちゃいけないと思うよ」

丹陽は言葉通りなのか、強張った筋肉をほぐす為のストレッチをした。それを簪はジト目で見つめる。

丹陽は歯に衣着せぬ物言いが多い。いや、精神逆撫でするような物言いだろ。本当に治して欲しい。

「そうそう。ごめん、起こして」

でも、率直は性格はこのままで。

「ううん、私こそお姉ちゃんをありがとう。お姉ちゃんには伝えておく」

「重いってね」

「一言多いよ」

「そうだな。会長を目覚めさせない内に退散するよ。じゃあ」

丹陽はドアを開き、灯のない暗い廊下に入っていく。意図せずに丹陽を呼び止めていた。

「あっ、丹陽」

丹陽が振り返る。

「ん?」

部屋は暗く廊下の電灯の逆光で丹陽の表情が見えない。

「あっ明日…じゃなかった。今日のタッグトーナメント頑張ろう。優勝み出来なくても、1勝くらいは…」

丹陽が声を殺して笑った。

「言ったな。俺がまだ模擬戦で0勝のこと弄るなんて」

丹陽はタイムリミットの制約のせいで滅多に模擬戦をしない。今の所、セシリア、一夏、簪の3人としか模擬戦をしていない。つまり全敗。

「あっごめん…」

「いいよ。その代わり、今日で俺の全敗記録にピリオドを打とう」

丹陽が完全に部屋から出て行った。

「頼りにしてる」

丹陽の言葉に裏は感じなかった。嘘はないだろう。

だけど、胸騒ぎがする。

そもそも、この時間にいきなりトーナメントの準備とは。そして、何故普段は声を掛けられない丹陽にお呼びがかかったのだ?

簪はうとうとしながらも寝付けなかった。それも気の遠くなるような長い時間。

不安が簪の起き上がらせた。簪は迷わずに部屋を出て、丹陽の元に向かおうとした。

扉を開け、廊下に出たところ。簪は異変に気付く。

そこは廊下では無かった。電灯で照らされた廊下ではなく、暗く鬱蒼と生い茂った木々や草花が眼前に広がっていた。慌てて振り返り、たった今潜った扉を探した。が、消えていた。前に向き直すと、木々は無くなっている。変わりに大きな大穴が出来ていた。穴のサイズは丸々1人が入る深さと、半径は数メートルといったところ。穴は上から強い圧力を受けて開けられたというよりは掘り返されて出来たのか、断面には整った地層や綺麗な断面を見せる木の根が確認出来た。

その穴の中心にそれは居た。月明かりだけが頼りな上、それは頭からつま先まで黒いためはっきりと全容は掴めなかったが、人型なのは分かる。

ふっと気がつくとそれは目の前いた。いや、自分が目の前に移動していた。

間近に迫り、それの異形さがまざまざと認識した。

それは大きく2メートルはゆうに超えていて、肩幅も広くがっしりとした体躯。体色はただひたすらに黒いが、皮膚は無く筋組織が剥き出しだった。腕は2対あり。外側の太い腕は、長さもそれなりで地面に掌が着いている。内側の腕は、人間と同じ大きさで、それ故に相対的に細く感じる。足は外側の腕と比べれば短いが、爪先から先が地面埋まり、隠れていた。そして頭部は、(頭部と呼称して良いのか?)鰻のように細長く、先端には目や口などはなく、のっぺらぼうだった。

簪は言葉を失い悲鳴も上げられず、じっとそれに目が釘付けになった。目を背けた瞬間になにが起こるかを怖れて。

それが動いた。爪を立て、頭部の先端を引っ掻く。先端は横一文字に切り裂かれ、傷口からどくどくと黒い液体が溢れ出ていた。傷口はどんどん裂かれ広がる。傷が広がり、先端が2つに割れたころ、傷口から牙が生える。それも無数に。舌はないが、傷口は牙を生やし口に変異した。口からは未だに黒い体液が溢れ出ている。黒い体液は滴り落ちることはなく、首をつたい、ある時をもって筋組織と同化し消えた。それはまだ物足りないのか、背中を掻き毟る。爪を備えた手により、無数にの引っ掻き傷を背中に刻み込まれた。傷からはまたどくどくと黒い液体が溢れ出てくる。今度はその傷口から歯茎が現れる。傷は大小様々だか、例外はない。歯は白く歯茎は人間のそれで、今は全て歯を食いしばっている。それはもう充分なのか、背中に掻き毟るのを止めた。その背中には無数の口が乱雑している。その背中の口がそれぞれ開口し始めた。吸気している。それとは反対に、頭部の口はきっちりと閉じられた。肩は盛り上がり、首は所々で膨張と収縮を繰り返していた。体内に大量の空気を溜めているようだ。

頭部が上空に向けられる。自分を抱きしめるように内側の腕を組み、閉じられた口が開く。同時に充血した瞳が開眼する。

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああ」

簪は絶叫しながら跳ね起きる。全身の汗腺という汗腺から脂汗が染み出させ、ぜいぜいと息を切らしていた。

恐る恐る辺りを見渡すと、自室だった。カーテンの隙間から、か細い光が漏れている。夜明けらしい。

「夢…?」

簪の隣、楯無がもぞもぞと目を擦りながら起きた。

「どうしたの?またあの人の夢でも………ってぇ!」

挙動不審に辺り見渡し、開口一番に。

「丹陽はどこ!」

直後に楯無の懐の携帯端末からブザーが鳴り響く。

地震速報に似たそれは、簪の動悸を跳ね上げた

「こんな時に…! ごめん私行くね」

唖然としている簪を置いて、楯無は速足で退室した。

しばらくして我に返った簪は丹陽に電話を掛けた。 出ない。自室のドアノブに手を掛けた。そこで、夢の光景が蘇る。未だにコールが続く。瞳を閉じ、簪は扉を開いた。ゆっくりと瞳を開けると、そこは何時も目にする廊下だった。どうやら現実らしい。その真実が尚のこと、簪を不安を煽る。コールが続く間、簪は丹陽の部屋を目指して走っていた。部屋に着く頃には留守番センターに繋がっていた。もう一度コール。するとドアの向こうから着信音。夢中でドアを叩いた。しかし、ドアを叩く音と着信音しか無い。ドアノブを捻る。鍵は開いており、入室できた。部屋には未だ着信音を鳴らす携帯端末が無造作にベットに置いてあった。その持ち主が着信音に反応することは無いだろう。

持ち主の丹陽がいない。

 

 

行事が行われる度に、当然裏方の用務員は激務にさらされる。 今回も例年通り、疲労の色が用務員寮の外壁にまで醸し出していた。誰1人として追い打ちが来るとは想像していなかった。

夜明け前の静寂の中、寮に非常事態を報せるブザーが鳴り響いた。

 

 

「本当に大丈夫か、IS学園に侵入するなんて?」

「賊とは人聞きが悪い。その他多くに漏れず偵察に行くのだ。偵察に」

「暇つぶしに、な」

「事態を坂までは持ってきた。後はどう転がるか」

一時停車中。林太郎は車のハンドルに寄りかかり、不機嫌そうにしていた。

今回の任務であるIS学園への送迎が原因の1つだ。

「なんで悪の秘密結社が白昼堂々となんてさぁ…」

「ふふふ」

後部座席のシュランクがくすぐったげに笑った。

シュランクは黒いスーツ姿で、1人で後部座席を占めていた。

「悪の秘密結社かぁ。そうだな」

「はぁ…ところでさあ、このままじゃあ遅刻するんだけど。車から降りて1人だけでも向かった方がいいじゃないか?」

林太郎を苛立たせたもう1つの要因が、今林太郎達が捕まっている渋滞だ。

都会の街道ならある程度は覚悟していたが、もうすでに数時間は動いていない。幾ら何でも長過ぎる。

「停電が起こったらしいな。心配するな。渋滞を考慮してIS学園からはトーナメントの開催を遅れさせるとの通達が出てる」

慌てて携帯端末からネットに繋ぎ、IS学園の公式サイトを閲覧した。

「なんだよ。なら早く言えよ。焦ってたのは俺だけかよ」

そう言って林太郎は大きく伸びをしてから背もたれに寄りかかった。もう不機嫌さはどこにも感じられない。

 

 

今では滅多にしない背広姿に轡木はなっていた。

現役時代はよく着用していたが、出処してからは着流しばかりで、ここに勤めてからは作業着ばかり。

だが、作業着姿で来賓の対応するのは相応しくはない。だからタンスの奥にしまわれ滅多に使われることのない背広に袖を通した。

「これで一息つけるか」

最後の来賓を貴賓室への案内終え、廊下の休憩所にて腰を下ろしていた。

早朝、政府から緊急出撃要請が発令された。しかしその数分後、待機を要請された。あらゆる事態を想定しての迎撃態勢を整えよ、と。そのため、疲労で熟睡中の用務員を総動員するはめになった。そればかりか、外敵が現れぬまま数時間が経ち、そこでやっと警戒態勢を解除を政府が認めてくれた。本土側でどのような事態が起きていたか、一切の情報の通達はなく。追い打ちを掛けるように新たな問題次々と起きていた。

正直、停電が起きなければトーナメントの準備が間に合わなかった。

天野、カイ、丹陽、インフィニットストラトス、亡国機構、 束博士。そしてエカーボン消失。これらの単語が頭の中を渦巻くが見事に溶解して合わさってくれない。裏舞台で大きな畝りを感じる。だがそれが何なのかまるでわからない。

「やっぱ趣味悪いよ」

「はぁ? めっちゃ美人だろ」

「確かに美人だけどさぁ。なんつうか、作り物」

「整形してるって言うのか?」

「そうじゃなくて……」

四角の向こうから用務員の気配がしたが、姿を見せる前に突然止まった。

「あっ! 失礼」

「いやいいんだ。影が人より薄いもんでね。ところで、待合室はどこかね?どうにも土地勘も無くて」

来賓が道に迷っていたらしい。轡木は失礼がないよう襟本を正し立ち上がった。

その時、懐の携帯電話が振動した。心当たりがある。緊急出撃要請があった現場に用務員を派遣していた。その連絡だろう。

電話に出るかどうかで迷っていた時、来賓が横切った。

轡木は頭を下げて一礼をした。老けた来賓の男は、白いハットを持ち上げ轡木に応えた。そしてまるで轡木の事情を知っているかのように歩を速めた。

轡木は何度もコールを繰り返す電話にやっと出た。

「もしもし」

『もしもし、轡木さん』

「ああ、どうだった」

『やっぱり、IS同士の戦闘があったようですね。幸い山奥なんで、人的被害はほとんどはないですが。唯一の近隣住民に話を聞くと、日の出前くらいに、騒音が聞こえたと思ったら、カーテンで締め切った部屋が明るくなるくらいの光に照らされて。そして…』

「そして?」

『この世のものとは考えたくないような咆哮が鼓膜を揺さぶったそうです。屋内にもかかわらず。その後は何度も地鳴りが響いて、この住人。ビビって布団に隠れて震えていたらしく、俺たちがチャイムが鳴らすときには寝落ちしたらいしです。なので警察も呼んでないそうですが。現場には無人ISの残骸が恐らく4機。恐らくなのは、ISコアが4つ見つかったからです。フレームの方は原型を留めてなくて。噛み砕いて吐き出したみたいで』

「了解した。そろそろ警察も動く、ISコアと可能な限りISのフレームを回収して撤収してくれ」

『それと地図って何処の役所が作ってるんですか?』

「国土地理院だが…どうした?」

『呼んだ方がいいかもしれませんね。それとあと身元確認が必要なんですが、恐らく例の人物の遺体が。頭無しで見つかりました』

「……そうか、回収してくれ」

『これ……丹陽が?』

「さあな。確かめようがない。もう本人は何処にも居らんからな」

『確かに。では切ります』

電話をしまい、時間を確認した。もうすぐ第一回戦だ。

轡木はため息をついた。時間切れだ。丹陽。お前はどれだけ引っ搔き回せば気がすむんだ。

今回のトーナメント、非専用機持ちへの配慮から序盤から専用機持ち同士が当たるようになっていた。その結果、トーナメントの一回の組み合わせは。篠ノ之箒、ラウラ ボーデヴィッヒのペア対、更識簪、泉丹陽のペアだった。丹陽は行方不明のため更識にペアの変更を勧めたが、本人は頑なにそれを拒絶した。必ず丹陽は来ると。

しかし、今更きてももう時間切れだ。

また電話が着信した。宛名は電話帳には登録されてなく、番号だけが表示されていた。

通話ボタン押した轡木は次の瞬間、驚きのあまり顎が外れていた。

 

 

出番はまだ先なので、一夏とシャルルの2人は観客席にて出番まで観客することにしていた。その隣に鈴とセシリアが並ぶ。

白式は昨日のことが夢のことのように、何事も無かったかのように一夏に接していた。一夏もそれに合わせた。

スタンドは隣の話し声が否応無しに耳に入るほどに窮屈していた。遠くの特別観覧席が嫉ましく思える。

「お客さん、随分と多いな」

遠くに見える特別観覧席は、スタンドの上部に設けられていた。一面ガラス張りの特別観覧席は、幾分かのソファが間隔を置かれて設置しており。ソファは一席を除き全て埋まっていた。

「見知った顔があるね。3年にはスカウト、2年には1年間の成果確認。IS関連の企業の重役や国の役人がそれぞれ来訪してるみたいだね」

隣のシャルロットが応えた。

一夏は、深い意味もなく特別観覧席の面々を端から眺めてみた。

途中で視線が止まった。理由は格好が1人浮いていたからだ。

その老人は純白のスーツを纏っていた。周りが茶や黒の地味な色合いなのだから、余計に目立っていた。

だが、目が止まったのはそれだけではない気がした。

純白の老人が何か反応したかのように、下げた首がゆっくりと動き始めた。それに連れ目線が徐々に上がりはじめた。もう数cmで一夏の目が合う。

「結局来なかったのね……」

鈴の失意に満ちた嘆きに、呼び醒まされた。

アリーナを見渡すと、試合開始直前だった。老人はそれに反応したのだろう。

専用機持ちばかりを優位にしない為に、専用機持ち同士が早くから対戦するようにトーナメントは組まれていた。一夏とシャルロットのペアは、一夏の成績と両者専用機持ちであることを考慮されてか、第1シード枠だった。第1試合の勝者と当たることになる。

アリーナのスクリーンに第1試合の対戦カードが表示されていた。 抽選で選ばれたラウラと箒のタッグ対、簪と丹陽のタッグ。アリーナの砂地の片翼には、打鉄を装備した箒とシュヴァルツェア レーゲンを装備したラウラが。もう片翼には打鉄弍式を装備した簪だけが。丹陽の姿形は無かった。

数十分前。一夏は控え室で、トーナメントの組み合わせを確認していた。箒はタッグが居らず、またタッグが決まっていない生徒は抽選でタッグが決められると聴いていたが。箒がよりにもよってラウラとタッグになったと知った時には驚いた。さらには1回戦の組み合わせを見てさらに驚いた。丹陽が行方不明だと聞いてさらにさらに驚いた。

手分けして探そうとクラスメイトらに提案したのだが、もうすでに教員が捜索活動を開始しているらしい。

そして、丹陽不在のまま試合は開始してしまった。

「丹陽……馬鹿野郎が……」

 

 

控え室で簪は1人佇んでいた。部屋は簪だけしかいない。他の生徒は、試合に臨む前準備としてピットや格納庫でウォーミングアップを始めている。

簪は早朝から続けている自問自答を繰り返していた。

丹陽は何処へ消えたのか? 何故消えたのか? 何1つ分からなかった。

答えの出ない自問自答を繰り返すうちに、自問が変わっていった。

丹陽はそもそも試合に出るつもりなんて無かったのでわないか。

致命的な欠陥を抱えた飛行型パワードスーツに、難易度が無茶苦茶設定のシュミレーター。連携訓練も十分とは言えない。トーナメント制では絶望的なコア干渉。

疑念や不安が簪の中で渦巻く。

何の前触れもなく自動ドアがスライドした。

「丹陽!」

簪は相手を見ずにそう叫んだ。

「ご…ごめん」

しかし扉の前に居たのは丹陽ではなく、布仏だった。布仏は普段は見せない困惑していた。

「私こそごめん」

簪は居た堪れなくなったのと布仏の意図を察して立ち上がった。

「もう試合なのね、本音」

「うん」

簪はずるずると足を引きずる様にピットに向かう。

「ねぇ、かんちゃん」

布仏が急に口を開いた。

「なに?」

簪の口調はどこかぶっきら棒だ。

「ニャンニャンを信じてあげて」

ニャンニャンとは丹陽のことだ。

「私も信じたいけど……でも……」

丹陽は今何処にもいない。なにも言わずに消えてしまった。

試合前に何度もペアの交代を勧められた。それが事の重大性を物語ってた。

「ニャンニャンって信頼ないね」

「丹陽に問題が有るんじゃなくて」

何故かここで反論してしまった。

「近くに居たかんちゃんは信じてるのに、周りは誰も信じてないなんて」

「え?」

「だって、かんちゃんはペアの交代を断ってるってことは信じてるんでしょう。周りは不安を煽ってばかりで酷いよね」

さっきの反論も思えば、私が丹陽を信じているからだ。

「信じたいならさ最後まで信じてあげて」

布仏がいつもどおりの柔らかい笑顔で笑いかけた。

「きっと今頃、上げ底靴を新調してるところ」

簪は吹き出してしまった。

「うそ、本音知ってるの?丹陽がいつもシークレットブーツを履いてること」

「口に出さないだけで、結構な人数気付いてるよ」

可哀想に。

「本人には言っちゃダメだからね。私以外には知られてないと思ってるから」

「馬鹿だね〜」

「馬鹿だよね〜」

かれこれしいてる間にピットに着いた。

「ありがとうね、本音」

「いいってことよ。かんちゃん」

簪と別れた布仏は、途端に表情を曇らせた。

無責任な事口走ってしまった。丹陽は間違いなく来ないのに。私はただ悲しむ彼女を見たくないがために。

 

 

布仏はハンガー入り口に来ていた。 簪を呼ぶ前に、来るようにと通知が来ていた。

中の作業音が外に漏れない様に、防音措置が施されたスライドドアが開く。

「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」

「ひぃっ!」

頭蓋骨を震わす雄叫びに布仏は怯えて身が縮こまる。

ハンガー内は、整備士が所狭しと詰め寄っていて。皆が拳を振り上げ「スイーツ! スイーツ!」と叫んでいた。

群衆の真ん中、扇動者とおぼしき班長が、操作盤を足がかりに大仰な手振りと共に演説を繰り広げていた。

「皆の者、ついに約束の時は来た! 苦節数ヶ月。耐えに耐えた。苦しかっただろう。私も皆も同じ気持ち。だからこそ……だからこそ! 」

「もう耐えなくていいの?」

「ええ!」

「お財布の心配は?」

「保証しょう………丹陽が………」

喝采が上がる。

「本当に、本当にいいのね!」

「ええ、だがその前にほんの少しだけ働いてもらう。簡単なことだ。ビアンコをアサルトポットに入れて、飛鯨に乗せる。ただそれだけよ。それだけ」

班長は無駄にゆっくりとした動作で人差し指を伸ばした。

「ゆけぇぇぇ!」

班長の合図を受け、群衆は直感で割り振りを決め作業を開始した。直感にもかかわらず、口を開かずに見事な連携だ。みるみるうちに、主なきビアンコはポットに包まれる。そしてワンボーに運ばれていった。

布仏はそれをただ唖然と見ていた。

「なにボケーとしてるのよ」

「あっ先輩」

「まだビアンコの最終調整があるから、飛鯨まで付いて来て」

手際良く作業している中、立ちんぼの布仏は目立ったのか、班長が話しかけた。

「あの、なにが起きてるんですか」

「見ての通りよ」

「これからなにが起きてるんですか?」

「すばらしいことだ」

「木星が恒星に……」

「古い!」

「でもダブルオーでも……」

「それも古い!」




続々オリキャラが増えてく……。
あとオリ主の相方の機体を先行登場。多分、出番は当分先になる。
簪の夢に出てきた理屈は考えてない。


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第30話

アリーナ。観客席は隙間なく埋まっている。だが和気藹々とした雰囲気はなく、不穏な空気に包まれていた。

アリーナにてラウラ、箒ペアと簪が、それぞれISを装着して向かい合っていた。

凛とした面持ちの簪と、それと向き合うのは決意が定まらず煮えきれない箒と煮え滾ったラウラだった。

「彼奴は、泉はどこだ?」

ラウラは震える唇でそう言った。 平静を保とうと努めている。

「私も知らない。けど、今に駆けつけてくる。絶対」

簪は得物である夢現を格納領域から呼び出し、矛先を向けた。

「逃げた、の間違いではないか?」

ラウラがレールカノンの砲門で簪を捉える。

「自分より弱い人から逃げる訳ないと思うけど」

「貴様……貴様……貴様ぁぁぁ!」

激しい剣幕で簪を睨む。簪は怯むことなく、却って勇ましく奮い立った。寧ろ、味方の箒の方が怯えていた。

「すぐにでも叩き潰してやる」

ラウラの呪詛に呼応するかのように、ブザーの感情を煽る音が試合の開幕を知らせた。

 

「失敗だったな。ラウラに丹陽を殺しかけたこと伝えなかったのは」

ピットで千冬は第一試合を観戦していた。頭をボリボリと掻きながら難儀にしていた。

「え? 伝えてなかったんですか」

山田がピット内の試合を中継しているモニターから目を離すことなく、言った。

モニターでは、ラウラの猪突を簪がいなしていた。そのままスラスターを点火。辺り一面にミサイルを撒き散らしながら、一息に飛び上がる。

「仕方ないだろ。ラウラがそのことを悔いて、戦えなくなったら……。今日はドイツからも来てるんだ。ラウラの存続が危ぶまれる」

「危ぶまれるって。そんな訳無いじゃないですか。貴重な代表候補生ですよ」

「私が来た時は名前すら与えられてなかった。人権団体から圧力がかかるまではな」

山田は、言葉を失い千冬の顔を見た。

千冬の澄まし顔でモニターを眺めている。いや無理に平静を保とうとしていた。

「ラウラは本能的に感じているんだ。勝ち続けることでしか存在できないと。だから容認できないんだよ、丹陽が」

 

 

「どうして、泉君がいないんだ」

「申し訳ないのですが、それが混みいった事情がありまして」

「私達も混みいった事情があるのに、時間を割いてきたのだぞ」

特別観覧席にて、来賓の1人、ドイツ軍広報担当官がスタッフに苦言を呈していた。

「こんな意味の無い試合を続行をするべきでは無い。時間の無駄だ。今すぐに中止しろ」

「仰ることは理解出来ますが、私の一存でトーナメントの中止は……」

「だから時間の無駄だ」

とうとう広報担当官は立ち上がり、襟を掴みかかる勢いで立ち上がる。

他の来賓やスタッフも尋常では無い様子にただ成り行きを見守るだけだった。1人を除き。

「ドイツ陸軍広報担当官殿。貴方の一挙一動がドイツ軍全てのものと捉え兼ねませんよ」

加熱し続ける広報担当官を警めたのは、白いスーツを纏った老人だった。

「それに、このトーナメントの是非を問うのは彼は相応しくない。なぁ轡木殿」

「ええ。どうやら招かれているようなので、只今参りました」

老人が目をやった先には轡木が立っていた。

自然とその場の全ての人の意識が轡木に集中する。

「まずは、トーナメントの開催の遅延、泉の不在と報告の遅れ。お詫び申し上げます」

轡木が頭を下げた。

「そうだ。今回のトーナメントは異常事態が多過ぎる。今すぐに中止すべきだ」

ここぞとばかりに揚げ足を取りにかかった。

「しかしながら、この大会は生徒達の将来に関わる事。そう易々と中止など出来かねます」

「ならば何故泉丹陽は居ない。彼もその生徒達の1人だろ」

「もちろんです。だからこそ、ペアの交換を行わなかったのです」

「つまり、彼は来るのだな」

老人が口を挟んだ。目を爛々と輝かせながら。

「きっと度肝をぬかれますよ」

「サーカスを観に来たのでは無いぞ。それでは更識と泉に不公平ではないか」

「仰る通りです。しかしながら、本人達は了承済みです」

「だがな、我が国の代表候補生がこれで勝っても。状況で勝利したと、実力を認められないのだ」

「例えそうだとしても、2回戦目はあの織斑君のペア。実力を証明するには十分過ぎるかと」

「平等を期すべきだ。トーナメントを続行したいならば、日を置いてからでも構わないだろう」

「それでは皆様の貴重な時間を無意味に浪費しかねます」

横暴または強迫とも取れる態度だった広報担当官は次第に弱々しくなり、終いには懇願するようなものになった。

「皆様。今一度の辛抱で泉丹陽は到着します。その上で問います、トーナメントは続行の方向で宜しいでしょうか?」

轡木が順々に目を向ける。見つめられた人物は必ず頷いていった。最後にはドイツ陸軍広報担当官に視線をやる。

「好きにしてくれ」

轡木は口角を上げ、人当たりの良い笑顔を作った。

「心よりお礼申し上げ。では私はこれで」

背を向け、来賓から顔が隠れた瞬間。轡木はさっき顔が嘘の様に険しい顔に変貌する。

轡木が退室後。白いスーツの老人は背もたれに深く寄りかかった。

「早くおいで、エディ」

 

 

「と言うわけだ」

『なるほど』

退室後、轡木は四角を3つ曲がり周りに気を配りながら衆生に電話をかけた。

「ここ最近でドイツに何かあったか?」

『そうですね、黒兎が明るみに出たこととか』

「その他に漏れず色々とゴタゴタしているな」

とらえどころがなく気の抜けない彼が、皮肉な事にこういった国際問題でも最も信頼できる。

『そういえば、担当官は丹陽がいない事に腹を立てたのですか?』

「違うのか」

『他の可能性は無いのですか?』

「広報担当官の態度が急変したのは、選手が会場に揃ったタイミングでだ。つまり予定外こと、丹陽の不在以外は事前に情報は一気渡っていたはずだ。論戦の時も一括性がなかった。明らかにその場を取り繕うためのデマカセだ」

若干の沈黙が流れた。衆生が思案しているのだろう。

『広報担当官は試合の延期を求めていましたね。中止では無く。とどのつまりこのまま試合を続行される事を望んでいなかった。我々では分からない変化を発見したのかも』

確かにトーナメントの中止では無く、延期で妥協しようとしていた。しかも早急に。

「ボーデヴィッヒ側に問題があった、という事か」

『ええ』

「そういえば、ボーデヴィッヒ君のISは一夏君によって半壊させられていたな。その事をドイツ本国にはまだ伝わっていなかったはず。その方面で当たってみる」

『では、ゆっくり休ませてください』

「ああ、すまない。ケガ人を起こしてしまって」

衆生は都内の病院、そこの個室のベットの上で横になっていた。顔半分を包帯で保護している。

『そろそろ再生治療の時間なので、暫くは出れません』

「わかった。お大事に」

『轡木さんこそ』

轡木は電話を切った。

 

 

簪狙いレールカノンから放たれた砲弾が、シールドバリアーを掠めながら横切る。ダメージこそ無いが、砲弾が立てた衝撃波が簪の態勢を崩す。飛行態勢を立て直す為に減速してしまう。

「きゃあぁぁぁ!」

そのスキをラウラは見逃さずにレールカノンの次弾を命中させた。

「ふん、それ程度か」

簪は力無く地面に吸い込まれていく。

落ちて行く簪にラウラは冷徹にも第3打の照準を合わせる。落下速度を考慮して、若干下を狙う。

砲撃。赤い筋を引きながら砲弾が伸びる。

「なに?!」

伸びきった先に簪は居なかった。落下途中、突如スラスターで加速を開始したのだ。

重力も合わされ加速した簪が、薙刀を握りしめラウラに迫る。

ラウラはプラズマブレードを抜刀、迎え撃つ。が、簪は薙刀は、二振りのプラズマブレードを速度をもってすり抜け、ラウラの腹部に斬撃を叩き込む。

「っく」

低くうめく。シールドバリアーに守られ痛みはない。屈辱感からだ。

簪は減速すること無くすり抜けラウラを追い越し加速する。ラウラは簪を追い、転回。

方向転換したラウラを待ち受けていたのは、暴れ撃ちされた荷電粒子の雨だった。簪は減速も照準門を覗く事もせずに、牽制目的で荷電粒子砲を乱射していた。ラウラは両腕を前に組んで荷電粒子を耐え忍ぶ。

ラウラが怯んでいる間にも簪は加速を続け、レールカノンを回避可能な距離まで引き離していた。その後、半円を描くように機首をラウラに向けながら上昇する。

簪は、ワイヤーブレードに捕らえられぬようにラウラ中心に旋回飛行を続けた。

「やっぱり。停止結界、使えないんだ」

先ほどからラウラは停止結界を使う素振りすら見せなかった。一夏に機体を半壊させられたのが原因だろ。

「ざまあみろ」

頭上をすいすいと飛び回る白いISに右往左往するラウラ。簪は、地べた這う黒いISに荷電粒子が降り注いだ。

 

 

序盤こそ単騎の簪を案じて自粛して静まっていた観客席だったが。簪が善戦、むしろ圧倒していく様に喝采が上がり始めていた。

「凄いね簪さん」

シャルルが感嘆の声を漏らす。

「昨日、丹陽との特訓で足を止めたら撃ち込まれるって体で覚えさせられたんだろな」

と一夏が。

それを聞いた鈴が露骨に嫌そうな顔をした。

「女の子相手にも容赦しないのね、丹陽って」

隣のセシリアは呆れ顔を作る。

「騎士としての誇りもないのでしょうか」

一夏達の会話が、観客の歓声に掻き消されないギリギリの場所、出入り口の道路の淵。そこで、林太郎は聞き耳を立てていた。

「こうゆう時だけ女の子かよ。勝って言いやがって」

林太郎は気だるそうにしゃがみ込みんでいた。太ももを台に頬杖をつき、やっかみを吐く。

「私も女だぞ」

林太郎に答えたのは、彼の主であるシュランクだ。

「失礼」

シュランクは壁に寄りかかっていた。長い黒髪を前に全て持ってきている。高いスーツが汚れようと構わないが、髪はそうではないらしい。

「皮肉か?」

「そうじゃなくて。お前は少なくともその他多くと違って、ISとかジェンダーからでしか語れない連中とは違うから、謝ったんだよ」

林太郎は長く述べ、ため息をついた。

「そうか」

シュランクはあっさりとリンの言い分を認めた。

「まあ、男尊女卑の世界だったらお前はあっち側だろうがな」

林太郎は否定せず黙った。

「しかし、あの死に損ない。見舞いに来てやったのに…どこにいるんだ。それにVIPルームも空席が1つあるな、欠員の多い大会だ」

 

 

簪を捕縛すべく、ラウラは6本すべてのワイヤーブレードを射出。しかし加速した簪の機動と速度は凄まじく、追いつく事も先回りする事も叶わず。逆に1本、切断されてしまう。

「今度はこっちの番」

簪は機首をラウラに減速せずに向けた。 ラウラの上空を跨ぐように飛行。すれ違い様に薙射。

回避困難と即断したラウラは、膝をつき両腕を前に交差させ防御態勢をとる。

「停止結界さえ有れば……」

三度襲いかかる荷電粒子を最小限の損害で抑えた。しかし、足を止めてしまう。

簪は降下しながら機体を反転。エネルギーを極力殺さず、進行方向の一直線上にラウラを捉える。ラウラは未だに簪に背中を向けている。

「もらった!」

地面すれすれを砂塵を巻き上げ飛翔。薙刀を間合いを見極め振り上げる。

「私を忘れては困る」

簪の突進に箒か打刀を構え立ち塞がった。

「だからなに?」

減速も迂回もなく、直進。体を捻り肩を突き出す。

「なー」

箒は呆気なく轢かれ、宙を舞う。

「うぁぁぁぁぁぁ!」

喜劇のような吹っ飛び方をした箒だったが、犠牲は決して無駄ではなかった。ラウラに僅かで十二分な時間を与え、簪に僅かで致命的な減速を強いた。

ラウラは反転、砲門を簪に合わせる。近距離だが、薙刀の届く間合いではない。

「これで終わりだ!」

 

「もう一度言ってもらえない…」

「飛鯨でビアンコを運搬。指定ポイントで投下してー」

「やっぱり結構。理解はできるけど、理解したくないだけ」

生徒会室。会長の楯無が座していた。足を組み、小刻みに爪で机を叩き、額に手を添えていた。怒りや呆れから来る頭痛が痛むからだ。

幾ら、轡木本人からの提案でも、限度がある。

それにまだこの事件の経緯や結末について説明を受けてない。

「では、私から丁重にお断りしておきます」

会長の側に副会長の虚が立っていた。楯無とは打って変わり、凛とした面持ちで淡々と受け答えていた。

「いいえ、やるわ、やればいいんでしょう。やらせてください。それに非常自体が起きなければ、見守るだけでもいいんでしょう」

「たしかにそう仰っておりましたが。この案自体が非常なのですが」

楯無は立ち上がると大きく伸びをする。

「さあ行きましょう」

愛する肉親のために。間違ってもあの馬鹿の為ではない。

 

 

レールの間で砲弾が加速。同時に簪は片足を着地させる。砲門を砲弾が飛び出す。同時に簪は打鉄のPICをオフ、自重に任せて傾倒、膝が曲がり力が溜まる。砲弾が燃焼ガスと電磁誘導に押され引っ張られ放たれた。同時に簪は、脚部スラスターを噴射しながら跳躍、傾倒の勢いも合わさり、体軸が回転、射線から紙一重で抜けた。 砲弾は目標が射線上から逸れたが、直進、壁に食い込んだ。

「ナヌッ」

驚嘆するラウラだが、決して簪に有利に事が進んでいるわけではない。むしろ追い込まれていた。

突貫時の威勢を回避行動時に活用したが、余ってしまい地面に胴体接触。ラウラの脇を数回跳ねながら通過。やっとで止まった。それはつまり、今まで保持し稼いだ運動エネルギーを失った。

スラスターを噴射、エアクッションを作り起き上がる。瞬く間に直立するとスラスターを噴射を伴ったまま方向転換、匍匐飛行を敢行。ラウラから逃れる。距離を稼ぎ、今一度加速するために。

「次は外すものか」

もう既にラウラは転回、砲門は簪を捉えていた。飛翔する簪をラウラの照準は完璧に重なっていた。ただ、まだチャンバーに弾薬に装填されていない。トリガーに握りっぱなしにし、ただいつ発射されても直撃するように照準を合わせ続ける。

歯切れ良い音を立て、次弾が装填された。

「っち」

だが弾は発射されなかった。できなかった。

射線上に友軍、箒が。敵味方識別装置が、射撃統制装置に割り込み砲撃を許さなかった。

今、箒は刀を杖代わりに起き上がる所だ。ラウラは無意識にトリガーをガチャガチャと絶え間なく引いていた。

簪はピタリと箒の影に隠れ、見えぬ砲撃から身を守っていた。

「えぇぇい! 邪魔だぁぁ!」

ワイヤーブレードを箒の足に巻きつかせる。

「なにをする」

ワイヤーブレードを通じ、ラウラから箒に力が伝わる。

「こっちのセリフだ」

またしても宙を箒は舞った。

敵味方識別装置からの干渉が無くなり、握りっぱなしのトリガーから指令を受け取ったレールカノンが砲弾を撃ち出す。しかし、既に十分に加速した簪は易々と躱す。

「こんな物」

しかも、友軍である箒が自身の足に巻き付いたワイヤーブレードを切断した。

「貴様何のつもりだ」

と箒が怒声を浴びせる。もとい油をそそぐ。

ラウラは顔を俯かせる。

「ーからーやる」

「なっ……」

ハイパーセンサーは、ラウラ小言を確かに拾った。

箒は顔を強張らせ、剣先をラウラに向けた。

「貴様から倒してやる!」

ラウラはプラズマブレードを抜刀。箒に襲いかかった。

「やっ止めろ、足の引っ張り合いなど」

「どっちが先だぁぁぁ!」

箒とラウラのタッグは、数の有利を生かすどころか仲間割れを始めた。それを簪や観客は冷ややかな視線を送った。

「バカばっか」

簪はスラスターを停止。ホバリングを開始する。

「でもチャンス」

山嵐制御用のコンソールを呼び出す。掌に畳まれた無数の指を広げる。ピアノの連弾を沸騰とさせる速さでキーボードを打つ。瞬く間に48発全てのセッティングを終える。

「これで私の勝ち」

ミサイル全てをリリース。シールドエネルギー干渉距離から離れて、モーターが点火。鍔迫り合いを続ける2人に飛翔。

 

 

「この瞬間を待っていた!」

ラウラは箒の横振りをスウェーで避けた。

全力で空振りをしてしまい、無防備な箒後頭部に手を掛け足を掛け、てこの原理で地面の沈める。

「なっ」

箒は抵抗する暇も無く転覆する。突如としてラウラの一動作一動作が早くなった。 さっきまでの鬩ぎ合いは嘘のように、いや。箒は感じた。さっきまでのは、ラウラの演技だ。

箒が地面に転倒する間にもミサイルは遠慮の2文字は無く、散開しながらも接近していた。

アイゼンを下ろし、無数に迫るミサイルに向け単発砲のレールカノンを向ける。

発砲。砲弾はラウラの狙い通りに直進。ミサイルに当たること無くすれ違い、丁度ミサイル群の真ん中。砲弾は炸裂、はらわたのペレットを拡散させた。

「キャニスター弾……」

ペレットはその場にいた3人にも降り注いだが、スキンバリア程度も貫通できなかった。しかしミサイルは全弾撃墜してみせた。

「ヤバイ」

簪は絶体絶命の危機を感じ、スラスターを噴射。しかし、遅かった。

山嵐の残滓が作り出した黒煙からワイヤーブレードが 1本、飛び出る。

簪は間一髪のところで切り落とす。が当然1本だけではない。

「きゃあ」

残りワイヤーブレードが簪の両腕と首を捕らえ束縛した。駄目押しに、レールカノンの砲撃が簪 の薙刀をはたき落す。

「説明しろ」

箒が剣先をラウラに向けたまま問いた。戦意は無くむしろ困惑している。

「剣を下せ。一応タッグだろ」

ワイヤーブレードを操作して簪を地面に叩きつける。

「あいつが飛び回ると少々厄介だったからな。足を止めて貰ったんだ」

「まさか、そのために私を利用したのか!」

「だからどうした」

簪は今一度の今まで山嵐を使わなかった。正確には、誘導有りの山嵐は使わなかった。無誘導の山嵐なら開幕で使用したが、結局、ラウラには決定打を与えられずにいた。山嵐を使用しなかった理由は単純明解で、暇が無かったからだ。山嵐はまだ未完。誘導するのに手動でセッティングする必要がある。その間、他の動作が疎かなる。2対1、ちょっとしたミスがそのまま負けに繋がる。簪は丹陽を信じ、強力だが隙のある山嵐を封印。機動で翻弄、隙を見て薙刀で切り裂く、という地道な戦法をとった。

ラウラはその簪の思慮を察知。山嵐を一撃で無力化する手段を持っていたラウラはわざと隙を作り、簪に山嵐を使わせやった。すれば簪が一時的に停止すると踏んで。

全てラウラの思惑通りにことが運び、あとは仕上げるだけ。

「これで避けられまい」

簪に対し射撃態勢をとる。

「こっちの台詞」

簪も2門の荷電粒子を構える。

ほぼ同時発砲。放火が交わる。

「っぐ」

レールカノンの一撃を貰い、くぐもった呻きを簪は発する。

一方でラウラはその限りでは無かった。

ラウラに放たれた荷電粒子は全て、ラウラが格納領域から呼び出した実体盾で受け止めていた。丹陽の射撃を警戒して、ラウラが用意していたものだ。最後に実体盾を格納する。

「ならぁ!」

目標を本体から、自身を拘束するワイヤーブレードに切り替える。

「遅い!」

ラウラの言葉通りに遅かった。

ラウラはワイヤーを巻き上げ、一気簪を手繰り寄せる。自身もスラスターを吹かし、瞬時に接近。同時に両手のプラズマブレードを抜刀。得物の無い簪に斬りかかり、荷電粒子砲を破壊する。続いて山嵐の基部も切断。

「貴様の負けだ」

簪は打鉄仁式は、束縛された上に武装全て失われた。

ラウラは身動きの取れない簪にプラズマブレードを浴びせていく。目に見えてシールドエネルギーが激減して行く。それに合わせて簪が苦悶の表情を露わになっていく。苦悶に詰まったお参りは、ラウラからの斬撃だけではない。

簪はもうなす術はなく。ただ彼に賭けるしか無かった。だが、一向に現れる気配はない。

シールドエネルギーがあと一振りで底をつくと言うところ。ピタリと斬撃が止まった。

「どうした?あの馬鹿は来ないぞ」

簪はわかっていた。プラズマブレードの一太刀一太刀がわざと浅く斬られていたことに。ラウラも待っているだ。

「必ず……来るから」

「ふん、何を根拠に?」

「逃げる理由が無いから……」

「答えになってないぞ」

簪の頑な態度に盲信ぷりに、ケリをつけようとプラズマブレード振り上げた。

「もういいたくさんだ。試合にすら来ない奴に、執着した自分が情けない」

簪がゆっくりと目を瞑る。目頭に熱いものを感じながら。

『かんちゃん!』

唐突に自分を呼ぶ声がした。この呼び名と声は本音のものだ。携帯端末を通じて呼びかけているらしい。

「本音?」

『ほんの少しだけーとほんの少し待ー必ずー』

風切り音にで途切れにしか聞こえない。だがの思いは汲み取れた。しかし、何故に風切り音にエンジン音。しかもヒステリックな女性の悲鳴に、ぼかぼかと生々しい打撲音。くぐもった男性の呻き。そしてはっきりと聞こえた。

『くたばれ! 丹陽!』

 

 

簪は瞼を上げて、はっきりとラウラを見据えた。まだ勿体ぶって手を振り上げているところだ。

「はぁぁぁ!」

「こいつ急に」

突如として簪スラスターを前方に噴射。ワイヤーブレードで繋がれたラウラも揺られ引きずられる。

「諦めろぉぉ」

アイゼンを立て抗い、同時にワイヤーブレードを巻き上げた。

簪は引っ張りられるが、それを逆手に取る。スラスターを逆噴射し地面を蹴り、逆にラウラに襲いかかる。

簪のタックルがラウラに直撃。しかしラウラはスラスターを器用に吹かし直立を維持した。反撃にプラズマブレードを振るう。しかし、簪が肉薄していて、なお大振りすぎた。

「っく! 離せ」

「嫌!」

簪がラウラの両腕をガッチリと摑む。

ラウラはワイヤーブレードを使い、簪の腕を下げさせた。それに伴い、ラウラの腕も下がり、プラズマの刃身が簪の身体にじりじりと近寄る。 もう一息で焼き焦がされるといったところ。

簪が膝を着き身を屈めた。そうして刃身から身を離した。

ラウラは必死の抵抗を続ける簪に焦り苛立っていた。

「足掻くな。時間稼ぎにしかならんぞ」

ラウラの言葉通り、簪の行動は決して状況を挽回するものでは無い。

「例えそうでも!」

「何を根拠にあの馬鹿を信じる」

そうだ。私は彼の事を、ほとんど知らない。名前と国籍は日本だが、日本生まれとは考えられない。何処で生まれ、どう過ごしてきたのか。何一つ私は知らない。でも。

「彼は、一緒に頑張ろうって約束してくれたから。だから」

「だから、何の根拠も無いだろう!」

ラウラは強烈な蹴りを簪の脇腹に叩き入れた。1発では簪も挫けなかったが、ラウラは何度何度も繰り返し蹴り続けた。

「この、この、このぉ!」

「っく……貴女も、貴女も織斑先生を慕ってるんでしょ。だからー」

「黙れ!」

追い詰められているの簪の筈だが、端から逆に思えた。ラウラは息を切らし、一心不乱に同じ動作を続ける。

等々、簪の手が離し地面に崩れた。

「これでおしまいだ」

腕を振りあげた。

そこでラウラの動きが止まった。簪の瞳を覗いてしまったからだ。

簪の目は絶望とは無縁に感悦に満ちていた。そして遥か群青の空を見上げて、震える口を開く。

「本当に来てくれた……」

ラウラのハイパーセンサーが観客席の異様な盛り上りを捉えた。口々に同じ言葉を繰り返す。

同じくハイパーセンサーは恐らく簪が見たものを探知した。

ラウラは脳震盪を起こしたかのような衝撃に襲われた。

 

 

[1万フィート上空に航空機、2機います]

観客席。その他に漏れず一夏は固唾を呑んでいたが、唐突に白式からメッセージが送られてきた。

[1機は中型回転翼機。1機は大型ジェット飛行艇です]

「どうして?」

前回の無人機騒ぎが過ぎった一夏は、ハイパーセンサーを部分展開。その2機を注視した。

途端、一夏は言葉には出来ない表情をした。驚きや呆れや怒りや、喜び。それらが一緒くたに顔から溢れた。

「あの馬鹿、空から降ってくるつもりか」

一夏の呟きに先ずは隣に伝播した。

「馬鹿?」

「降ってくる?」

「何が」

その次は偶々耳に入った観客に。

「今なんて言ったの?」

「うーん。馬鹿が空から降ってくる?」

そうして人から人に伝播していき、口々に同じ言葉を繰り返す。

「馬鹿が空から降ってくる」

遥か上空。見渡す限り、群青の空海と靄のような雲海、ピンボールの様な孤島に、そこに立つゴマのように小さい建造物。

シングルローターのヘリがホバリングを続けていた。

「そろそろ時間だぞ」

パイロットの1人がそう告げた。

中からのそのそと気だるそうに1人の男が、キャビンの奥からのそのそと起き上がりドアを開け身を乗りだした。安全帯を外し左手で手摺に捕まる 。

男は重層なISスーツを纏っていて、大型で片耳が付いたヘルメットを着用せずに、カラビナでハーネスから吊るしていた。 男は虫歯でも患っているのか、仕切りに顎の調子を確認。しかも頬が腫れている。そして、長い髪を後ろで団子状に纏めていた。

「カウントダウンいるか?」

とパイロットが。

男は手を振って断った。しかしパイロットは窓から腕を突き出し親指を立てた。

左腕に据えられた携帯端末の画面を点けた。右手の中指と人差し指と親指でスワイプとタップを繰り返した。右手に連動して左腕の携帯端末に表示されたカーソルが動く。

そうこう操作して、携帯端末にカウントダウンが表示された。

5…4…3…2…1…。

パイロットの手を反転、バットサインを繰り出す。

0。

男は手摺から手を離し前のめりに傾倒。大空に投身した。

相対風に揉まれ、天地が何度もひっくり返る。風切り音が耳穴を塞ぎ何も聞こえない。

男は、丹陽は伏せの姿勢を作り、気流を安定させ、きりもみ状態から脱する。

「今行く、簪」

風圧で霞んだ見えるが、視界の端にそれを捉えた。

体を折り畳み、それに向かって滑空する。

 

 

轡木は事務室にて書類を眺めていた。探しているのは、ドイツからの送られた支給品だ。

どうやらここ数日の間にラウラの専用機の予備パーツが送られていたようだ。危険物の類は探知されず、検査は通ったようだが。

携帯が鳴りはじめる。IS委員会の役員からだろ。ドイツへの調査を依頼していた。

「もしもし」

轡木が携帯電話に頬を寄せる。

『ああ、轡木さん。先程の要件なのですが』

「手短に頼む」

『はい。どうか口外無用でお願いします。それと私から聞いたとも』

「ああわかっとる」

『それでは本題。近々、ドイツ陸軍にIS関連でドイツ政府から監査が入るとのことで』

「初耳だが」

『ええ、どうやら外部には漏らさずに身内だけで完結しようとの腹でしょう。ただ、極東の私の耳にも入ってくる程に大規模なもので』

「大規模?」

『ええ、最近。人体実験、帳簿に未記載の予算があったり、地図から消された秘密基地があったりとしたので、その流れの一環と推測されますが』

「政府と軍の対立だと?」

『私はそう考えましたが?』

「とある事件を調べてたのだが、どうやら同じ結論に至ったらしいな。軍と政府の権力争い、関わらん方が身の為だな。その裏付け、感謝する」

『こちらこそ、轡木さんの役に立てて光栄です。それでは』

「時間を取らせたな」

轡木は電話を切った。

すぐに別の相手に掛け直す。

「もしもし、お前か?」

『ええ、なにかしら?』

年配の女性の声が受話器らか漏れた。

「すまない、事務員集めて今回のトーナメントを中止の方便を考えてくれ。一報いれたら何時でも中止出来るように。それと、ドイツ政府にもドイツ軍に不穏な動きあるとの電報を入れる準備を。準備だぞ」

『分かったわ。けど、どうして?』

「ドイツ軍がドイツ政府からの監査を逃れるため、代表候補生の機体の予備パーツに何かを隠している。大事に成らなければいいのだがな」

『ドイツ政府に問い合わせてみたら?』

「ドイツ政府は内輪で解決するつもりだったらしい。うちがドイツ軍の不祥事に噛んでいたとしたら、いい顔はしないだろ。出来ればドイツ軍との交渉で解決したい。ボーデヴィッヒの存続ために。織斑先生が人権団体に密告してまで守ろうとした教え子だ。その上、IS学園の生徒。まあ、万が一の時は政府に例の電報を入れて保険いれるさ」

『…了解したわ』

「どうした?」

『何でもないわ。じゃあ、きるわね』

「ああ」

電話が切れた。

途切れた携帯を僅かな間、轡木は眺めていた。

「すまない」

長年連れ添った伴侶に謝罪の言葉をそっと口にした。だが、轡木に辞めるという選択肢は無い。これが彼の性分なのだから。

「やるか」




次回、馬鹿が空から降ってきます。


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第31話

やっと、オリ機体の登場です。


1回戦、開始直前。

用務員寮、更衣室。細長い部屋の中、ロッカーが両壁に隙間なく並べ連なり。奥には何の変哲も無いホワイトボードがポツリと置いてあった。幾人かの用務員が長椅子に腰掛け、ホワイトボードの前で仁王立ちする轡木を戸惑いの視線を送っていた。

「皆の気持ちは分かる。複雑だろう。1度ばかりか2度も狼藉を働いた者に手を貸すなどと。しかしながら考え方を変えてくれ。今、1人の少女が約束を信じて彼を待っている。きっと最後の一刻まで来ると信じ続けるだろう。もしそれで、その信頼を裏切ればどうなる?彼は…まあどうでもいいが。少女は、きっと人を信じるのを辞めるかもしれない。だが、その悲劇を回避する方法がある。我々だ。彼の為ではない。少女の為に、どうか力を貸してくれ」

轡木の隣の男が前に踏み出した。男は厚い作業着の上からでもわかるくらいに筋肉が隆起している。

「まぁそうゆうわけよ。大したことをやるんじゃないし、問題ないでしょ。ね?ね?ねぇよな」

「「「はい、ありません」」」

用務員は口を揃えた。

「良い子たちね」

男はマジックペンのキャップを外し、デフォルメされた今回の作戦の略図を書き出した。

「もう既に何人かには動いていもらってるけど、今回の作戦は単純」

ホワイトボードに、学園とヘリと飛鯨の簡略図が書かれている。

「本土側に今、丹陽と例の人物がファミレスにいる。もう既にヘリで回収に向かってるわ。重量増加しての巡航速度低下を考えて、例の人物は用務員とIS持ちの戦闘教員の護衛の元に陸路でここに来てもらって。丹陽だけをヘリで上空まで輸送」

「上空?スカイダイビングでアリーナに入場する気ですか?」

「ええ、その通りよ。時間を逆算してみると、どうしても丹陽が到着するのが試合途中になるからね。幸い丹陽はエカーボン時代に落下傘の訓練を受けてるし、本人もやる気満々」

「じゃあ、ドイツ娘と篠ノ之ちゃんは黒騎士を相手にするのか。可哀想に。トラウマにならなきゃ良いけど」

楯無会長が水平線の彼方に投げ飛ばし、IS4機を惨殺、あまつさえ地図させ書き換えた化け物を相手にするのは、用務員には気の毒に思えた。

「いや、黒騎士は本人の意向で今回は使用しないそうよ。それと黒騎士じゃなくてアポテムノと呼ぶそうよ。今は関係無いけど」

「じゃあどうするんですか」

男はホワイトボードに、円錐を書き始めた。

「モンテビアンコを使うのよ」

「でもビアンコはここに…」

丹陽の専用機である、モンテビアンコは諸事情によりIS学園にある。本土から空輸してそのまま投身する丹陽は装着出来ないはずだ。

「そうよ。そこで私たちの出番。日本政府から、宇宙降下作戦で使用するポットが性能評価用に納品されてるわ。それにビアンコを搭載。上空で投下する」

「まさか丹陽、空中でISを装着してそのままアリーナに」

「幸い、ポットにはジャイロ姿勢制御装着と動翼、パラシュートがついてるわ。ポットはパラシュートで海に、ビアンコはIS。本人もやる気満々。なんとかなる。なんとかしてもらう」

ヘリと飛鯨のデフォルメ絵から線を引いて結んだ。

「ええ……でも勝手に空からダイブしていいんですか?」

轡木が前に出た。

「国土交通省には既に根回しをしている。心配するな」

「ええ……」

傍若無人な振る舞いの丹陽に腹を立てていたが。ここまでくると同情してしまう用務員であった。

「それじゃあ、状況開始。今すぐに飛鯨に燃料を補充。ポットを搭載して、完了次第離水」

「「了解」」

それぞれ思うところがありながらも、用務員達ははっきりと承認した。

用務員達はやや駆け足で次々と部屋から出て行く。最後の1人となったところで、呼び止められた。

「ちょっと頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「そうよ。女性でも装着出来るハーネスとベルトを大量に集めてきて。ね」

 

 

用務員達は飛鯨の離水準備を終え、後部ハッチからビアンコを搭載したポットを積み、ポット側のタイダウンフックと飛鯨の骨材をベルトで繋ぐ。それと一緒に整備班が最終調整の為に搭乗。各々に端末を開き、作業に入った。

「最終調整ってなんですか?昨日サボった超跳躍補助装置の制御プログラムですか?」

「サボったんじゃない!超跳躍補助装置を使用すると脚部が耐えきれないから、省略したのよ。それと最終調整はそうじゃなくて、どうやら追加パーツがあるらしいから。OSをアップデートするの。ソースは来てるから」

後部ハッチが閉じ、機長がそれを肉眼で確認すると、エンジンをスタートさせた。エンジンは唸りを上げて、排気を開始。機体はエンジンに押され水面を流れるように進む。速度が上がり、胴体が立てた波が側面の窓覆う。機体がぐらりと揺れた。搭乗者達は何とか踏ん張り倒れなかった。

「あっ飛んだ」

波が無くなり、窓から外界が覗いていた。

見慣れた光景が別角度から望め、徐々に仰角になり違う表情を浮かべていた。飛鯨が飛んだのだ。

「手を止めない。時間ないから」

「「はい」」

エンジンの爆音を響く中、整備班は作業に没頭。その甲斐あってか、予定よりも早く終了した。

「ダウンロード終わり」

「インストールもオッケーです」

「バグも無さそうですね」

整備班の終了の報告を聞くと、用務員達が動いた。

「予定よりも早い。流石。それじゃあこれ着て。それと手荷物は全て預けて」

用務員がハーネスを差し出した。

「え。どうしてですか?」

そう言いつつ、整備班はハーネスを着用。用務員は緩んでないかを確認。その後ハーネスと飛鯨の骨材をベルトで結んだ。

「ところでみんな。体重は?」

何気ない用務員の一言だったが、整備班は例外なくそっぽを向く。

「あっ…ごめん。3桁はないよね?」

睨まれる。この時期に体重の話題は避けなければならなかったと後悔。

「なんでもない、なんでもないよ」

用務員がすぐさま話を戻した。

「ハーネスを使う理由があるは、このままポットを投下すると、ポットは慣性で水平速度が数百キロで落下するでしょ。そうすると、丹陽もその速度を出さなきゃならない。理由は省略するけど難しい。だから、丹陽もポットも垂直落下させるのさ」

手荷物を用務員は集め始めたが、1人、本音が携帯端末を渋った。

「あの、携帯は」

本音は携帯端末を握りしめ、スクリーンをじっと見つめていた。スクリーンにはアリーナの映像が投影されている。アリーナでは、簪がワイヤーブレードに拘束され地面に叩きつけられていた。

「あっあぁぁぁ!はいはい」

何かを察した用務員がコックピットに入っていた。そして、本音のもとに帰ってきた。手にはインカムを。

「これで彼女と連絡取れるよ」

インカムを本音に取り付けた。

「ありがとうございます」

本音は端末を用務員に渡した。

「泉君はヘリだからホバリングで楽ですけど。ポットは私たちは一体どうやって?」

その時、機長が大声を張った。エンジン音の響くキャビンに、はっきりと聞こえる。

「そろそろ時間だ。最終チェックだ」

用務員が整備班のハーネスがしっかりと着用されベルトの強度が充分かを確認する。

「チェックオッケー。やってください」

本音は簪と回線が繋がったのを感じ、声援を送ろうとした。しかし、違和感を覚え口を止めてしまった。班長も気がついたのか、顔を蒼白にした。

「もう一度聴きますが、どうやってポットを垂直落下させるんですか……」

間違いなく床が傾いていっている。

「簡単さ」

等々、傾斜は直立を許さずにキャビン内の人はベルトにしがみつく形になる。

「垂直上昇する。そしてハッチを開いてポットを落とす」

「イヤァァァァァァ‼︎」

班長がヒステリックな悲鳴を上げた。

「大丈夫、飛鯨が再燃装置を使えば推力比は1を超えるから」

そこじゃない。

「下ろして! 誰か下ろして!」

完全に宙吊りになった。

班長以外の整備班は腹を括り何かしらにしがみついていた。どこぞの馬鹿はスカイダイビングしていると考えれば耐えられた。だが班長は違った。

班長は手足をジタバタと暴れさせていた。

「ちょっと、暴れないで」

用務員の1人も宙ぶらりんのまま、片腕で抱きしめるように班長を抑えた。

「悪いが時間がないので我慢して」

「時間だ。後部ハッチ解放するぞ」

機長がそう宣言すると、後部ハッチが開く。気圧差から中から外に風が吹き、一気に機内の温度が下がる。

眼前に広がる雲海と下がる気温が、高度1万フィートを体感させる。よって班長がさらに暴れる。

「痛っ、痛い。暴れんないでっ痛い!」

片腕で捕まり片腕で班長を抱きしめる用務員に、班長のけたぐりから守る術はなく一方的に叩きのめされる。

「聞いてない! 私聞いてない! こんなことするなんて!」

「っぐふ。だっ誰か助けてくれ」

「悪い、時間がない。ポットを投下するまで辛抱してく」

「っぐふ。なるたけ早くしてくれ。ほんとに持たない」

パニックを起こした人を見るとむしろ冷静になるという、心理作用があるらしい。本音はまさにその作用が働き、冷静にインカムのスイッチを入れた。

「かんちゃん!」

『本音?』

インカムから簪の声が聞こえる。明らかに数分前より消沈していた。

「カウントダウン。10、9……」

用務員がポットを固定するタイダウンベルトの留め金に手を掛けた。

「ほんの少しだけ、後ほんの少し待って。必ず丹陽が…馬鹿が降ってくるから」

「4、3、2、1」

ベルトの留め金が外れる。ポットは重力に引かれ、後部ハッチから機外の投げ出される。後は主を待つのみ。

その時、班長が一際大きな声を張った。

「くたばれ!丹陽!」

 

 

高高度の上空。

自由落下を続ける丹陽は、24秒という限られた時間の中。横風を考慮して翼を後退させた飛鯨より投下されたポットめがけて滑空していた。

ポットは丹陽よりも若干先に落下していて、縦横に回転を続けていた。だがある時よりロープに繋がれたかの様に揺れながらも直立する。そしてドローグが開き抵抗を受け、相対的にゆっくり浮かんできた。

ポットが徐々に丹陽と同高度になりつつある。丹陽は身を捻り、少しでも近づこうとした。

だが、上手くいかず歩くには近いが、人間が飛ぶには遠すぎる距離を開けたまま、同高度になる。このままでは落下速度の遅いポットに抜かれ、一生辿りつけない。

丹陽は必死に手を伸ばした。

その時、ポット側の動翼が駆動。ポットか急速に丹陽に接近した。

一瞬すれ違う。

その刹那、丹陽はポットのフックを掴む。すかさず、ロープで自身とつながったカラビナをフックに掛ける。

次に端末から、学園に信号を送信した。途端、ポットのパラシュートが開き、急減速。丹陽は手を滑らせてしまい、ポットの外郭に叩きつけられる。

あと15秒ほどで墜落するという、コンマ秒も無駄出来ない極限状態とはいえ、合図ぐらい欲しい。と肩を摩りながら丹陽は思った。

丹陽はポットの外殻の僅かな出っ張りに捕まり、外部に備えられた開閉レバーに手を掛けた。レバーを引く。

「ヴェッ?」

開かない。本来ならポットが花びらの様に開くはずである。

「ひっ開かない」

 

 

IS学園。ポットへの搭載作業を終えた整備班たちが、雑談に興じていた。

「そういえばさぁ。あのポット欠陥なかったっけ?」

「あったあった。10個に1個、突然開閉レバーが効かなくなるやつ」

「でもいつも班長がどうやってか対処して、問題なしって判断されたんだっけ」

「そうそう、大昔のテレビと同じ方法使えば治ったらしいよ」

 

 

丹陽はフックを両手で掴み、外殻に足の裏を押し当てた。そして力の限りで蹴った。

「このぉぉ!阿婆擦れがぁ!股開けってんだよ!」

蹴りの衝撃で、ポットの接触不良を起こしていた回路がつながる。

重たい駆動音を発しながら、ポットが開いた。

「本当に開いちゃった……」

丹陽は開いた外殻をつたい、中心部で宙ぶらりんのISの元に向かった。

ISは力なくぶら下っている。丹陽は片耳のヘルメットをISの首に据えた。するとISの脊椎の頂点がヘルメットに連結、機体の一部とした。ポットと自身を繋げるロープを外す。

IS、モンテビアンコに身を寄せ、脊椎に背中を当てた。途端、生体認証を経て、機体に体を据え付けられ胸部装甲がせり上がる。ビアンコの脊椎が、丹陽の頚椎から腰椎まで補強するように密着。固定器具が閉まり強固に丹陽の体をビアンコに結んだ。四肢をビアンコの四肢に寄せると、こちらも固定器具が閉まる。仕上げにヘルメットが自動的に頭を覆い隠した。

「んっ」

ビアンコの脊髄側から無数の細針が背中のコネクターからスーツ内に侵入、皮膚を破り骨の合間を縫い丹陽の脊髄に侵入、丹陽の神経とビアンコに搭載された補助脳を介してISを繋げた。

あいつは言っていた。脳が処理する情報量が莫大に膨れ上がるから、重く感じるかもしれないと。だが実際は逆だ。

五感はマスクを外した直後の様に解放感に満ち、体感は疲労困憊の状態を差し引いても軽い。煩わしく網膜に投影されるヘッドアップディスプレイもない。機体や外界の情報は補助脳が的確に整理し数値的に感覚的に頭に入ってくる。それでも脳への負担を考慮して、身体の方の五感を切った。

自身と同化したビアンコの右手を使い、天井にあるコンソールを操作。ビアンコをポットに縛る固定器具を外すために。電子音を立てて固定器具が外れる。が丹陽は落ちなかった。固定器具に掴まったからだ。そのまま懸垂の要領で起き上がり、腕の力で身体を上下反転。足をポットの天井につけた。

風で流されポットがアリーナからだいぶ離れた位置有った。

天井を蹴り、反動で丹陽はアリーナに跳ぶ。

だが、不安定な足場が悪るかったのだろう。このままでは届かない。

 

 

「勘違いしないでよね」

ISを展開。

「あなたの為じゃないんだかね」

自身の能力で水を集め、巨大な渦を生成した。

「だから、あの子の前でマヌケな負け方したら承知しないだから」

水の渦は鞭のよう細長くてしなり、自由落下を続けること丹陽を打った。

打たれた丹陽は、簪の待つアリーナに大きく軌道を変えた。

 

「来たな。山田先生、遮断シールドを解除してください」

「え?」

「いいから早く!」

「はっはい」

 

 

楯無に背中押されお陰で、丹陽はアリーナへの落下軌道に乗る。

片手でISスーツの肩に備えられたハンドルを摘み、もう片手で唯一の得物である斧槍を展開し始める。

斧槍が実体化するより早く、丹陽がアリーナの縁に差し掛かる。

ハンドルを引いた。ISスーツの肩よりエアバッグが膨らみビアンコを包んだ。次の瞬間には、アリーナの砂地に身の丈を超える土煙を立て強行着陸。凄まじい衝撃を生み出したが、エアバッグが緩衝しビアンコは無傷だった。

エアバッグの中、斧槍は完全に実体化。続いてエアバッグが窄む。中からモンテ ビアンコが、丹陽が姿を現した。

さっきまでの喧騒が幻かののように、アリーナは静まり返っていた。1人も漏れず、様々な感情を入り交じった視線をアリーナに佇むにISに送っていた。

「無骨で品がありませんわ」

とセシリアがビアンコを評した。

「でもなんかやばそう」

と鈴が。

「あれが丹陽の専用機」

ビアンコは所々で、通常のISとは違う意匠が見て取れた。

未塗装で地色である灰色のボディ。一回り長い手足の部位は独立しておらず、背中の基部から伸びるフレームで繋がっており。関節には回転式アクチュエータが、背中の基部には腱で手足と腱で結ばれ連動しているシリンダー式アクチュエータが備えられている。フレームは主に太腿、上腕を形成し、太腿と上腕は仮初めの装甲しかなく隙間からフレームと丹陽の全ての手足が完全に収まっているのがわかる。さらには太腿と上腕は、中に収まる丹陽の手足の節に合わせ中程に関節がもう一つ有った。腕は3本指とはいえ常識の範疇だったが、脚は膝下が肥大化しており、さらには脛から杭打ち機を彷彿させる円柱が上前方に伸びている。ビアンコのシルエットを大きく模るのは、大きな盾。盾は機体を背中から伸びる太く幾つもの稼働関節を持つフレキシブルアームにマウントされ、機体を隠せるほどに大きく飾りっ気のない菱形だった。そして、丹陽の顔を唇から上を隠すヘルメット。カメラの類いは無く、代わりに額にある逆三角形の点灯と左頬から伸びるブレードアンテナだけだった。武器は、剣と傭兵の時代を飾った斧槍。持ち手同様に飾りっ気がなく質朴な面持ちがある。

騎士というよりは、日雇い兵士を彷彿とさせると風貌。

『派手な登場だな。ピエロにでも転向するのか?』

ピットから千冬の嫌味が流れてくる。

「格好付けさせてくれ。男なんだ」

丹陽は手でヘルメットの縁を下から持ち上げ、素顔を彼女に見せた。

 

 

「ありがとう。簪」

「え?えっと何が?」

混濁とした感情の整理でいっぱいで、言葉を発することの出来なかった簪は、素っ気ない返事をしてしまった。

「俺なんかを信じてくれて」

「いや…そんな。約束してくれたから」

「でもありがとう、そしてごめん。遅刻して。だから、後は任せてくれ」

丹陽は簪をじっと視線を向けた。

まただ。簪は自分の胸の奥から焦れったい痛みが広がるのを感じた。これからの正体は、今の自分にはわからない。

「…うん…」

でもそれで良い気がする。取り返しのつかない事案かもしれない。でも彼が居てくれるなら。

「丹陽、頑張ってね」

簪はピットに棄権通告を発信。それを受けてかラウラ拘束を解く。自由になった簪はピット帰投。彼の健闘を見届けることにする。

 

 

丹陽が登場してから、ラウラと箒の2人は日動き一つ取れずにいた。物理的では無く、情状的に。

丹陽が突飛つに現れ、しかも実力未知数の専用機を纏っている。

「なんだ対戦相手、お前だったか」

ハードタイプのISスーツに袖を通しビアンコを纏った為に、元の華奢な体躯の面影も無くなった丹陽は軽い調子でそう切り出した。

「なら余裕だな」

「なっ」

ラウラに憤慨の兆しが。

「だってそうだろう。この前練習機で勝ったし」

「あれは…私が…油断してたんだ」

「じゃあその分は俺が専用機ってことで、また勝てるな」

「だが貴様のは第1世代機だ」

「一夏へのビンタといい、俺とのことといい。不意打ち対策は十分だ。しかし驚いたな、千冬…織斑先生の教え子が後ろから撃つのが得意なんて」

フレキシブルアームの盾をぶらぶらと振って見せた。

「いい加減しろ。確かにラウラは貴様を後ろから撃ったが、そこまでネチネチと言葉責めする必要は無いだろ」

箒が先に我慢の限界を超え、丹陽に苦言を呈した。

対する丹陽は地雷原を突っ走る。

「姉しかない取り柄のない奴は割り込んでくるなよ」

「なっ! どうゆう意味だ」

「篠ノ之束博士の妹さん……名前なんだっけ?」

箒は実体剣を握り直し、感触を確かめた。次の瞬間には地面を蹴り跳躍、丹陽に猛進。

「泉ぃぃぃぃぃ!貴様に何が分かるか!」

簪が啖呵をきり、丹陽にぶつけた。数年間溜まりに溜まった鬱憤が爆発、今の箒の原動力と化す。ラウラは箒に続き、アイゼンを下ろし砲撃体勢を取る。

丹陽はヘルメットを下げ着用。首部装甲がせり上がり、唯一露出していた首回りを隠す。片足を引き、斧槍を両手で保持し石突きを箒を向け、穂先を下げる形で構える。ラウラにはフレキシブルアームの盾を構える。

「沸点低くて助かる」

補助神経を介し、ビアンコのカウントダウンが脳内に直接インポートされた。

残り5分半。

「光の戦士よりは良条件」

決定打の無い、ビアンコには絶望的な数値だった。

「でもビアンコ、締めのビーム出せないじゃん」




ビアンコ「いきなり阿婆擦れって呼ばれた……」


モンテビアンコの名前の由来は特に有りません。ただ、相方の機体がアレで、ビアンコも無骨なため。せめて名前だけでも華があればと。
あと、オリ主が素顔を晒し簪をみつめていましたが。五感を切っていたので、裸眼では簪を見てません。見れませんでした。怖くて。


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第32話

「はぁぁぁ!」

間合いに踏み込み、振り下ろす。箒の渾身の一撃だった。

だが、丹陽は石突きで横から弾き、刃の軌道を逸らす。箒が驚愕させる暇も与えず、柄を返し斧刃で逆袈裟切り。シールドエネルギーを削り、衝撃で箒は退けぞる。そこへ、柄を水平に構え踏み込み、刺突。

「このぉぉ!」

斬撃に刺突と、生身なら既に鬼籍入りしている箒。下ろし切った打刀を中段に構え直す。が丹陽は当然許さず、穂先で叩きつけ、無防備に箒の胸にまた一突き。一方的な箒は、一足後退を試みる。が、丹陽が箒の足を踏み離脱を阻害、さらには柄の半ばを後手で握り、箒に上段打ちを浴びせる。箒は反撃に逆袈裟切り。丹陽はバックステップで回避。すかさず、石突き近くを握り左後ろ右の空間を贅沢に使い穂先に加速度を乗せ、箒を打ち払った。

「っぐ!」

丹陽が穂先の接触した瞬間に引いた為に、衝撃が箒の体を突き抜けず、より多くのシールドエネルギーを削る。そして箒には、苦汁を味わう時間もない。

右に左、丹陽が次々と打ち払ってくる。箒は実体盾で凌ぐが、加速の付いた斧槍の一太刀一太刀は重く、衝撃が確実にシールドバリアーに響いていた。打ち払いは単調ながらも速く、丹陽は打刀の間合いの外。箒は焦り、それが打開策の考案を阻む。

丹陽がとつぜん足を止めた。そして盾を横に傾斜を付け構えた。先ほどまで丹陽は箒をラウラと自分との間に挟まるように位置取りして、ラウラの砲撃を牽制していた。だがラウラが大きく旋回して丹陽の真横に位置取り、砲撃態勢に入っていた。

砲撃。砲弾が音速越えで盾を撃つ。

「なっ!跳弾だと!」

砲弾が盾に直撃、途端フラッシュし瞬間、跳弾してアリーナ天井の遮断シールドに衝突した。

「現代の運動弾が跳弾…だったら!」

榴弾を装填。砲撃。何時ぞやの丹陽と同様に、砲弾は丹陽の脇を抜け、丹陽の斜め後ろで炸裂。

「どうなってる」

丹陽を中心に球の範囲。そこに入った途端、爆煙爆片が地面に急激に落ちていった。

次の一手として3本のワイヤーブレードを射出。時差を付けて放たれたワイヤーブレード。初弾、丹陽はサイドステップで回避。次弾、横に転がり回避。最後は、丹陽は転がり途中。回避は出来なかった。

掴んだが。

「馬鹿な」

並みの生徒なら回避も困難なワイヤーブレードを、丹陽は容易く掴み取った。丹陽は片手で穂先近くを持ち、ワイヤーブレードを鉤爪で剪断。

1本では飽き足らず、丹陽は未だに巻き上げていない残りのワイヤーブレードを掴みかかろうとした。だが、箒が飛びかかる。

「はぁぁぁ!」

踏み込み、体重を乗せた刺突。丹陽は柄を当て軌道逸らす。流れで鍔迫り合いに。箒は足腰を力ませ、丹陽を崩しにかかる。がその前に、足払いを受けた。倒れなかったが、体勢が揺れた隙に押され、千鳥足で2歩3歩と後ろに。当然その隙に、丹陽は斧槍で突く。追撃を受け、箒は倒され背を地面につけた。 丹陽がうつ伏せに倒れた箒に向け、斧槍を振り上げる。

「そんな…」

箒が縮みこまる。剣道では、倒れた時に攻撃するのは反則だったからだ。

ビアンコの両腰部。ワイヤー付きのアンカーが足元に向かい射出された。すぐさま巻き上げて、丹陽をしゃがみこませる。

刹那、猛スピードでラウラが丹陽の真上を通過。ラウラはプラズマブレードを抜刀していた。

「避けたか」

ラウラは加速、大きく旋回。機首を丹陽に向ける。ブレードブレードを前方に構えた、スラスターを蒸す。騎兵のランスチャージを彷彿とさせる突進。対する丹陽は穂先を向け構えた。

「馬鹿め」

ラウラは丹陽に気付かれぬようにほくそ笑む。ラウラは距離を詰めてから、砲撃をするつもりでいたから。

速度を維持したまま、砲撃予定距離に到達。飛翔を続けたまま照準を丹陽に合わせた。

「ナヌッ」

撃てない。エラーが出ていた。複合照準器とハイパーセンサーと目視と、各種センサーの間にズレが生じているらいし。そのため、OSが混乱している。ラウラは光学センサー基準に設定を変更を考えたが、その暇はないと突進を敢行する。

「はぁぁぁ!」

ラウラが真正面から追突する覚悟で突撃。丹陽は片側のアンカーを横に射出、巻き上げ、スライド移動でラウラの突撃の軸から間一髪のところで逃れた。ラウラは構わず、すれ違う。

丹陽は穂先ですれ違い様に刺突する。しかし、タイミングが完璧だった何故か外れる。もっとも狙ってないが。

「しまっー」

斧槍の鉤爪がラウラの体に引っ掛る。丹陽は盾のアンカーと両腰部のアンカーを地面に打ち込み、その把駐力でラウラの突進力に耐えた。一方的ラウラ、丹陽に引っ掛けられ突進のベクトルが曲がり、地面に頭から激突した。

ラウラはうつ伏せに地面に伏せていた。頭を打ち、軽い目眩に見舞われる。

金属が破断する音で意識がはっきりとした。見なくても分かる。丹陽が斧槍を振り下ろしたのだろ。 右脚部破損とメッセージが。歩行は問題ないが、スラスターがイカれた。

うつ伏せたままでは反撃もままならない。慣性制御で離脱を計る。

「んぐっ」

と、ラウラが短い悲鳴を。

ビアンコの重い盾の先端を背中に押し付け、もとい叩きつけラウラを逃さない。さらにラウラの左脹脛に斧の刺先を刺し込む。残りのスラスターを破壊するためだ。しかしながらも第3世代機。中々、刺先が内部まで到達しない。

丹陽がラウラを拘束している盾を退けた。後部へ横振る。

「ぐぁぁぁ!」

生々しい音を立てて、箒に盾が叩きつけられる。

たった今、箒は丹陽に飛びかかっていた。そこへカウンターのシールドバッシュ。箒は堪らずに吹っ飛ばされ転げ倒れた。

その間、丹陽は鉤爪に足を掛け、一踏み。脚部からの圧力を受けて等々、金属がひしゃげる音と共に刺先が左脚部の内部に到達。スラスターを破壊した。

丹陽が斧槍を上げる。また振り下ろす為に。だが、ラウラは自身を釘付けにするものが無くなるの隙を見逃さず、慣性制御を使用。砂地を擦りながらも丹陽の足元から逃れた。

慣性制御の応用で、ラウラが瞬時に立ち上がる。既に丹陽が地面を蹴って肉薄して来ていた。しかも、盾を真正面に構え、体を隠している。意図が読めないが、ラウラは抜刀。盾に斬撃を浴びせる。プラズマが盾の金属を溶断、盾にX字の斬痕を残した。しかし、盾はその質量に違わず厚く、これでは皮一枚斬ったに過ぎない。

斬痕から盾の内部に別種の材質が見て取れる。ラウラは予想はしていたが、複合装甲だ。HEAT弾も効果は薄いだろ。

ラウラが根気勝負と、プラズマブレードを刺突した時。盾が傾く。そこから生まれた隙間から、斧槍の刺先が突きで出てきた。

「くっ」

突きが腹に命中。斧槍はすぐさまに引っ込み、盾が水平に戻った。次の瞬間には、今度は反対に傾き、そこからまた突きが。

盾を傾け、突きを放つ。太古の陣形戦術のような単純な戦法だったが、盾を崩す手段の無いラウラに取っては破りようの無い戦法だった。しかもスラスターを破壊され、ビアンコの盾は打撃が可能なほどに速く動かせる。回りこみも不可能。

「何なんだこいつ!」

ラウラは全力で離脱。丹陽はそれを黙って見届けると、振り返る。振り返りざまに、横薙ぎに斧槍を振るう。またしても突貫して来た箒に目掛けて。

箒は両肩の実体盾を二枚重ねにし、斧槍を受け止めた。1枚目はひしゃげたが、2枚目が実体と衝撃を受け止め切った。やられっぱなしでは無い。箒はさらに踏み込む。

「ここは私の間合いっーああ!」

箒の顔に、丹陽の拳が直撃。情け容赦を知らない、右ストレート。威力もさる事ながら、生まれて初めて男性から顔面パンチを貰ったという、精神的なショックが箒を襲う。

丹陽は肩を突き出し、体当たり。箒は諸に受け、後ずさり。しかも膝裏に鉤爪を掛けられる。丹陽は斧槍を引き、その作用で箒が後ろのめりに倒れた。またまた倒された箒は、倒れた姿勢のまま打刀を振るう。

「なっ、卑怯っぐ!」

丹陽は斧槍を十手のように打刀を絡め押さえつけた。動かなくなった所で打刀を保持する箒の腕を踏み付け、そればかりか空いた斧槍で箒の胸を突き刺す。刺突が終わると、丹陽は斧槍を振り上げる。箒は実体盾を全面に移動させた。しかし実体盾は、斧槍の猛攻を何度も繰り返し受け止めていて、既にボロボロ。もう既に防御出来るはずも無く、丹陽の刺突で破断された。

突如、丹陽が後ろにバックステップ、転回。逆三角形の点灯の視線の先には、丹陽に迫るラウラが。途端、ラウラが砲撃。センサー設定を終えていた。丹陽は、フレキシブルアームを回し、さらには自身の体を回して倍速で盾を構えた。盾が砲弾を弾いた。

「チッ、あんなことまで」

ラウラは前進を続行。

ビアンコの膝が逆方向に曲がり太腿半ばの関節も曲げ、鳥脚に変形。丹陽は地面を蹴り駆けた。

すれ違う。ラウラは横薙ぎにプラズマブレードを振るう。丹陽は膝をつきスライディングで潜り抜け回避。回避を察知したラウラは、急速転回。丹陽も転回するが、盾をマウントされたフレキシブルアームをも振るい、その反動で転回。ラウラの倍近い速度で向き直りつつ立ち上がる

未だ転回を続けるラウラの背中に、転回時のモーメントを乗せた斧槍を叩きつける。

「っこのぉ……」

ラウラは大きな曲線を描き吹き飛ぶ。

丹陽、鳥脚で走行。起き上がり途中の箒に肉薄。立ち上がり切っていない箒に下段払いでまた倒す。

「卑怯者……」

当然、丹陽は箒目掛けて斧槍を叩き下ろした。今日何度目かも数え切れない、一撃。軽いはずの無いその一撃は、打鉄のシールドエネルギーを削る。

体勢を立て直したラウラは砲門を丹陽に向け、砲撃。

「貴様何をする!」

「なんて奴だ」

トリガーが引けなかった。敵味方識別装置が割り込んできた。何故なら、射線上の丹陽は箒を盾にしたのだ。斧槍は盾の裏にマウントさせ、フリーになった両手で箒に首根っこと、打刀を持つ手を掴んでいた。丹陽は箒を掴み盾にしたまま、ラウラに接近。ラウラは丹陽を中心に旋回するも、丹陽は箒を向け続ける。

「離せ!」

丹陽は箒の腕を握る手を股に回し、箒を高々と掲げる。箒の要求に応えるために。

「やっぱり止めろ!」

箒をラウラに放り投げた。ラウラは横に転がり箒を避けた。その先に、拳を握りしめた丹陽がいたが。

丹陽の拳から繰り出される打撃にラウラは数発打ちのめされる。ラウラも漫然と受け身に回るわけも無く、プラズマブレードを抜刀。デタラメに振り回す。

プラズマが丹陽を焼き切ることはなかった。この距離なら刀より諸手の方が速い。丹陽はラウラの両手を掴んだ。上半身を逸らし、暴れるラウラを引き寄せ、額を顔面に叩きつける、頭突き。それも数発続けて。 最後の一撃が入った頃には、ラウラは脳を揺さぶられ意識朦朧に。口内を噛み締めた。痛みで意識が醒めた時には、丹陽が斧槍を叩きつけた時だった。

「なぁぁぁ!」

ラウラは倒れこむすんでのところ、慣性制御でのたうち回るように離脱した。

丹陽は方向転回、箒に向き直る。箒は少し離れたところで打刀を構えた箒が丹陽を睨みつけていた。

丹陽が一歩二歩と歩み寄ると、箒は無意識に後ずさりしていた。

「チッ。何をしているんだ私は。あんな奴に」

箒に意を決して、丹陽と間合いを詰めた。

打刀の間合い外から、よりリーチのある斧槍の打ち払い。箒は打刀で受け止める。

「キツイ…だが!」

衝撃は緩和しきれなかったが、体勢は崩れていない。

打刀と斧槍の刃が火花を散らし、ほんの束の間斬り結ぶ。斧槍に運動エネルギーが無くなれば、箒に有利であった。力点の近い箒は、斧槍を容易く弾き丹陽に斬撃を浴びせられたからだ。だが、束の間しか斬り結ばなかった。

ビアンコのフレキシブルアームが掬い上げるように動き、伸びきったところでピタリと止まった。ビアンコの機体で閉じた系の中、フレキシブルアームと盾が生んだ運動エネルギーがビアンコの機体を通じて斧槍を伝い箒に送り出される。箒を甚大な圧が襲う。

「うぁ」

今日何度目かわからない地面との激突。また箒は地面に倒された。次に何が起こるかも箒には分かる。丹陽は斧槍を叩きつけるだろ。ラウラが隙を作ってくれなければ、立ち上がろうにも丹陽は容赦無く足払いを掛けてくる。

「何をやってる、愚か者が!スラスターとPICはどうした!」

ラウラの怒声、もとい檄が飛ぶ。

「そっそんな事は分かってる」

箒スラスターを蒸し頭上方向に直進。間一髪のところで丹陽の刺突から逃れた。そして慣性制御を使いバク転、起き上がった。

一息つこうと、深く息を吸おうとした。しかし、そんな暇などなかった。

箒の足元にアンカーが打ち込まれていた。丹陽がアンカーを巻き上げながら走行、猛接近。箒は急ぎ後退するも間に合わない。

丹陽が突如、横にローリングする。そこを砲弾が横切る。ラウラが砲撃を加えたらしい。ラウラは次弾を装填、砲撃。丹陽はそれを難なく回避。ダメージはなかったが、丹陽は箒を逃してしまう。

丹陽、ラウラ、箒の三者は距離を置い佇んだ。アリーナが静寂に包まれる。それによりはっきりと響く。ラウラと箒の荒い吐息が。

ラウラと箒は肩を上下させ、必死に息を整えていた。全身、砂まみれで傷だらけ。目立った損害が盾にしか無く冷たい金属に顔を包まれた丹陽とは対照的だった。

 

 

「なんて品の無い戦い方」

「全く、情けって言葉を知らないのね」

セシリアと鈴の2人は、丹陽の戦い方に不快感を通り越し憎悪すら抱いていた。例えその対戦相手がラウラだとしても。それほどに丹陽の戦い方は精神を逆撫でするものだったのか。それとも、丹陽が開戦前にした挑発が許せないのか。恐らく両方だろが。

「確かに丹陽もアレだけどさぁ」

ギロリと睨まれた。

「どうして一夏は泉を擁護するの?」

いつの間にこんなにたくさんの敵を作ったんだと、一夏は口を閉じた。もう嫌われに行ってるとしか思えない。

「でも強いね、泉君。現にノーダメージだし」

とシャルルが。他の2人とは違い色眼鏡無しに戦況を分析しているように見えた。

「ハルバード片手に2人を相手取るなんて。そうですわね…速い…というより敏感と評するべきでしょうか?」

「しかも、ラウラと箒の2人に常に意識を配ってるとしか思えない動き方…まさかね」

セシリアと鈴の分析をシャルルは総括した。

「外部の変化への対応とそれを動作に反映する速度。あの2人が一動作してる間に泉は二動作終えてる。それを支える情報処理速度。ISのセンサーが観測して送られてくる、煩雑で莫大な情報を完璧に処理してる。多分、泉の頭の中には2人の事だけじゃなくて、アリーナの様子がそのまま入ってるんじゃないかな。昨日までDランクだった人なのにありえないけど。これじゃあ、まるで…」

「IS適正が上がってる」

シャルルの説明は簡潔で納得のいくものだったが。何か一夏には腑に落ちないものがあった。

あのIS、何かISとして致命的な欠点を抱えているように思える。それは恐らく盲点に隠れている。

 

 

強い。あんなISを使っているのに。

ピットに帰投後、ISを外し控え室に戻ったこととか簪は、丹陽の善戦ぶりをモニター越しに魅入っていた。

もしや、あのシュミレーターに登録されていた瞬間移動を多用するISとの模擬戦は、2対1を想定していたのだろうか。瞬間移動し耐久力も無限に近いISにそもそも勝てる筈が無い。

しかし、簪は丹陽の姿に納得出来ない。

丹陽は、疲れている。

 

 

ピットにて。山田と千冬の2人は言葉を交わすことなく、ただ丹陽の暴れ牛の如き猛攻を観戦していた。

ラウラと箒が距離を置き息を整え始めると、山田もつられて深呼吸する。

「射撃武器も無く、ただフィジカルだけで2人も圧倒するなんて。泉君、元々PICなしの機体制御は上手でしたが、IS適正が上がってますね」

「あの2人が連携せず、しかも頭に血が上って後の手を取られているのも原因ですが」

「にしても、あのハルバート。まさかですが、付加効果が無いのでは」

「そうでしょうね。あればどちらか片方はもう既に仕留めている。そもそもあのハルバード、3箇所のアタッチメントに様々なカートリッジを取り付けるものです。本来の性能を発揮していない」

「使わないと…では無く使えないという訳ですか。それでは、泉君、頗る不利ですね」

「それだけではなさそうです」

「え?射撃武器の事ですか?」

「まだコア干渉が解決されてません」

「それじゃあ……今までの時間から察するに、あと4分ありませんよ」

「それに、あの機体。全てのギミックを使っていない」

「まさか、未完で試合に?」

千冬は押し黙り、難しいそうな顔をした。

「未完なら良いだがな。致命的な欠点があります」

「それは一体?」

「気付きませんか?ここまでの丹陽の行動で。通常のISではあり得ない事態が起こっている」

山田は眉間に皺を寄せ少し頭を捻ると、千冬の出した答えに想到した。

「まさか…」

自分のことの様に青ざめていく。

「射撃武器や機体のギミックはそれを補う為のもの。それが無い今。いくら常識外れとはいえ、その欠点が察知されでもすれば…泉君は間違いなく負けますね」

「開戦前の挑発も。2人から冷静さを削ぎ取り、戦闘時間を短縮するためだろう。本当に手段を選ばない奴だ」

モニター越しに自分の教え子達の顔つきを眺めた。大口を開き必死に息を吸っては吐いていた。震えてこそいないが、逆に怯えて強張っている。だが、目の奥から未だに闘志が湧いているのがわかる。

「しかしやり過ぎたな丹陽。一泡吹かされるぞ」

 

 

ラウラは頬を伝う汗を拭った。その間も丹陽から目を逸らさない。逸らせなかった。

怯えていては勝てない。冷静さを少しでも取り戻そうと、丹陽を分析を行う。

盾は複合装甲だが、それだけでなく表面の第一層は電磁装甲の一種らしい。着弾の瞬間、高圧電流を流して砲弾の先端を鈍角に溶解。圧力を分散させ侵徹を阻止して跳弾を誘発させていた。傾斜させて初めて効力を発揮する電磁装甲なのだろうが、戦車とは違いフレキシブルアームに繋がれ常に理想的な傾斜角を維持出来ている。手持ちの砲弾では突破は出来ない。しかもあの盾、体軸からずれた位置とトップヘビーによる不安定さを活かし、運動性を底上げしている。

次に榴弾を無効化した謎のバリア。原理は停止結末と同じで慣性制御の応用と思われる。常時発動しているが、防げるのは爆炎や破片などの軽質量のものだけ。現に砲弾や実体剣は受け止めていない。しかも、完全に拘束してるのではなく地面に軌道を逸らしているだけ。大した脅威では無い。

センサー間のズレ。どうやらビアンコからは謎の粒子が放出させているらしい。それが特定周波数の電磁波を吸収、反射して、意図してこちらのセンサーを混乱させていた。目視外戦闘では脅威だが、有視界なら問題はない。

あの斧槍も高周波のような付加効果が何も無い。ただの鉄塊。

機体に使われている技術は謎が多いが、戦闘力に還元されている分は少ない。盾以外に脅威はない。所詮は陳腐な旧式機。

「ふざけるな」

それはつまり、この戦況は機体性能では無く、搭乗者の技量差になる。ラウラは奥歯を噛み締める。

「認めるものか」

丹陽が、打鉄の盾の残骸を拾い上げた。波打つように指をくねらせ、その上で残骸をクルクルと弄ぶ。何往復かさせると、クッと掴み投げた。残骸は直線軌道でラウラの額に当たる。スキンバリアでダメージは無いが、ラウラの自尊心にはよく響き、瞳孔が開く。

「調子に乗るなよ」

怒りに身を任せ飛び立つ。

「なっ!また邪魔するか!」

「一先ず私の話を聞け」

箒がラウラに掴みかかり、飛び立つのを止めた。

「黙れ」

ラウラは箒の手を振り解いた。

その瞬間、ハイパーセンサーから警告。丹陽がこの隙を見逃すはずが無かった。

丹陽が既に斧槍の間合いに。そしてすでに横薙ぎに振りかぶっていた。

ラウラも抜刀、プラズマの刃身で受け止めようとした。

「っぐ」

斧槍の反対方向から盾に叩かれ、意表を突かれラウラはまともに受けた。ラウラが怯むと、次の瞬間には斧刃が迫り来る。

本当になんなんだ、こいつ。異質だ。今までの手合いとは明らかに違う。

斧刃がラウラの腹部を強打。

する直前。箒がラウラを後ろから引きずり、斧槍の間合いの外に逃がした。

「一旦距離を取るぞ」

箒はラウラを抱え、慣性制御で浮遊、丹陽との距離を置く。それも壁際まで。

「なんの真似だ」

箒がラウラを離すと、ラウラは開口一番に言う。

「お前では奴には勝てない」

「なっ……」

心身共に丹陽に散々叩きのめされ緩んだ理性の箍が、箒によりさらにヒビが入る。

「侮辱するのかー」

「勝てないのは私もだ!」

箒がラウラのよりも大きく吠えた。

「あいつの顔面を力の限りぶん殴ってやりたい…だがまるで無理だ。ただ槍をを振り回してるだけなのに。それはお前も同じの筈だ」

箒は静かに怒りを堪え、やるせ無い表情を見せた。

束博士の妹。その肩書きの重さは伊達ではなく、彼女を束縛し続けたのだろう。だから許せないのだ、丹陽が。

「だから…手を組むぞ」

 

 

「どうかなされました?」

特覧席。白いスーツの男が、ドイツ広報官にそう問いかけた。

ドイツ広報官は、膝を震わし貧乏揺すりを続け、仕切りに握り拳を力ませていた。

「いえ、何でもありません」

我に返ったドイツ士官は、襟元を正し平常心を保とうとした。

白いスーツの男が流し目で視線を送った。

「しかし、ドイツ士官殿の寛大な心には感服しますな」

「と言いますと?」

「試合開始前には泉君のペアを案じ試合の中止を提言。今はあの2人の苦心をまるで自分のことの様に胸を痛めておられる。小心者の私も見習わなくて」

白いスーツの男の屈託のない物言いに、ドイツ士官は篭ってしまう。

「いえ、私は決して」

「では、ご自身の為に?」

ナイフの光沢を思わせる眼差しが降り注いだ。

「言葉を意味が理解できないのですが?」

男は人差し指を向けた。

ドイツ士官は目を細め指先に集中する。

「先程から着信が来てますが」

男に指摘され初めて気がつく。懐の携帯端末が震えてる。

「失礼」

ドイツ士官は男に一瞥すると端末を取り出しながら特覧室を出た。

廊下に出た途端、違和感を感じた。廊下の両端に用務員が数名、仁王立ちしている。廊下に待機していた補佐官を呼び寄せた。

「何故、彼らが道を塞いでいる?」

「監視カメラに怪しい物が写り込んだとか。その警戒の為に」

「不審者か?まぁいい」

ドイツ士官は鼻につく物を感じながらも、着信音に催促され着信ボタンを押す。相手は知らない番号だ。

『もしもし』

聞き覚えのある声。

「轡木さんですか。何の御用で?」

『長い前ぶりは嫌いなので、手短に。ドイツの専用機の予備パーツに何を仕込みました?』

士官は表情も口調も変化させなかった。

「何のことだが」

『公表は控えても構いませんが。もし搭乗者に重大な後遺症を残すものなら、研究施設と成果、そして資料の完全破棄と封印のお願いしたいだけです』

「何を公表すればいいのか?私には分からないが」

『正式な書類は現在、事務に製作を依頼しています。サインさえ頂ければ、試合の中止も視野に入れおりますが。組織全体の不祥事。貴方もまだ軽症ですみますぞ』

「ズケズケと何を抜かす。何の権限を持って私に申し出る」

『私は生徒の命を預かる立場。その使命を全うしているだけです』

「だから我々がどの様にして、その生徒達の生命の脅威になっているのかが理解出来ん」

『レーゲンの予備パーツの解析は終了しました』

ドイツ士官は携帯端末のマイクを手で隠した。そして補佐官に耳打ちする。

「聞いたか」

補佐官は頷く。

「確認して来てくれ」

補佐官は廊下を走らず、だが素早く移動した。

『どうかなされました?』

「いいえ、なんでもありません。しかし、パーツの解析?権越行為ではありませんか。今はIS学園に預けているとはいえ、我が国の血税で賄われて物を弄りまわすなど」

『ボーデヴィッヒ達も血税で賄ったのでしょ?使い捨て良くない』

補佐官のほうに視線をやると、補佐官が用務員達に道を塞がれていた。

「貴方は私を嵌めようとしている。私を脅して、私の口から有りもしないことを吐かせて、言質を取ろうとしている」

『やはり腹が痛みますか?』

「確かに黒兎隊のことは、我が国の汚点だ。だがそれはもう既に、決着の付いたこと。部外者があれこれ口を出すものじゃない」

ドイツ士官は徐々にだが冷静に頭を回した。轡木が行動を起こしのは、おそらくつい先程。ならば、レーゲンの解析が終了している筈は無い。それを隠す為に用務員を使い我々をここに拘束した。ラウラが勝てば、アレが露見する事はない。そして、ドイツ本国に連絡を取り、アレの残滓を全て回収すればいい。例えIS条約が有っても、生徒であるラウラから回収を申請させれば問題ない。

「もういいか?」

『改めてお願いします。レーゲンに搭載されている、VTシステム、ヴァルキリートレースシステムの封印をお願いします』

ドイツ士官は目をカッと開き、驚愕した。

こいつ、何処でその名前を。

 

 

「馬鹿を言うな。あんな奴私1人で十分だ」

箒の提案をラウラは突然のように突っ撥ねた。

「負けを認めろと聞こえるのは分かる。誇りが許さないのも。だが現実を見ろ。丹陽は盾以外に傷一つないぞ」

ラウラは沈黙した。その間も箒は丹陽への警戒を忘れない。その丹陽は脚部を変形させ走り迫っていた。数秒もせずにここに着くだろう。

「このまま負ければ元も子もないぞ。プライドばかり高いなどと話しになれば、今度はお前が織斑先生への顔に泥を塗るこのに何だぞ」

ラウラは何も言わずに箒を真っ直ぐと見つめていた。目は潤み淀んでいた。

「掌を出せ」

絞り出すような声でラウラは言った。

「何?」

「いいから出せ」

箒は言われるがままに掌を差し出した。ラウラはその手を平手打ち。もといハイタッチ。

「なるほどな」

接触回線だ。ビアンコの電子戦能力が高いと推測される為の措置だ。

掌を通じて通信プロトコルが送られてきた。プロトコルにはプライベートチャンネルのアドレスも。

『策はあるか?』

ISネットワークのプライベートチャンネルを通じてラウラが問いかける。

『あの盾、盾なのに走攻守の要だ。盾を砲撃で釘付けにしてくれ。そうすれば、奴の武器を無力化する』

『それだけか?』

ラウラが嘲りに近い声色で驚いた。

『十分では無いのか?』

箒の策はそれだけらしい。冗談言う性格とは思えない。

『まぁいい。訓練などしてないのだ。どの道、まともな連携など望めない。出たとこ勝負だな』

箒は意識していないが、ラウラの折れかけた心を補修し緊張を解した。

丹陽が目前にまで迫っていた。箒とラウラはそれぞれの獲物を構える。

「行くぞ」

ラウラの掛け声。ラウラは箒を残し距離を置く。レールカノンの照準は丹陽に合わせたままだ。

「ああ」

箒は頷く。

間合いに入るなり、丹陽が刺突。標的の箒は打刀で受け止めた。斧槍を払いのけ、丹陽に反撃に打刀を振るう。

丹陽が紙一重で躱す。間合いに入る直前に地面にアンカーを予め打ち込み、箒の斬撃をアンカーを巻き上げることで避けた。

箒は急ぎ下りきった打刀を戻そうとしたが、丹陽が踏みつけた。

箒は咄嗟に手を離し、バックステップ。間髪入れずに、斧槍が眼前を横切る。丹陽は振り切った斧槍の刃を返し、振るう。箒は実体盾を構え、受け止めようとした。

「なっ!」

斧槍が実体盾の前を通り過ぎた。外したのではない。もう一回転して、打ち払いの威力を倍増させようとしていた。盾も振るい回転速度を上げ、打開策を立案している暇を与えない。

武器もなく壁際にいる箒に逃げ道はない。

だが仲間はいた。

振るわれていた盾が突然ピタリと止まった。次の瞬間には閃光が走り、盾を叩く。

ラウラの砲撃だ。 丹陽にダメージは無かったが、盾の回転を止めてしまった為に、バランスが崩れ回転速度が大きく削がれてしまった。

速度を失いながらも、丹陽は打ち払いを継続。

「今だ」

対する箒は、実体盾では無く身体で斧槍を受け止める。

何度もその身で受け止めた斧槍。だが今回は、打ち込まれるだけではない。箒は斧槍を傍で抱え込む。

「っぐ」

すぐさま頬に飛んでき拳を、箒は歯を食いしばり耐えた。腕を引く隙に、実体盾を丹陽と自分の間に挟み、次に備える。 丹陽が盾を掴み、引き剝がしにかかる。ビアンコの鬢力とアンロックユニットを固定する力が相対し、その様を間近で見ていた箒の動悸を早くした。このままでは盾を引き剝がされる。

はやくはやくはやく。箒の腕に光の粒子が集まる。武器を格納領域から呼び出していた。盾が斜めに向き、逆三角形の点灯がその明かりを覗かせた。

武器の現界が完了し箒の手に握られていたのは、いつもの実体剣では無く、掌より少しはみ出るだけの筒だった。腕のエネルギーコネクターを伸ばし、筒の柄頭に差し込む。間に合ったと、箒が安堵した。

「よし」

次の瞬間。 何かに殴られる。

丹陽が引き剝がした盾を掴み、それを鈍器として箒を殴っていた。

無情に繰り出される打撃の嵐。箒は挫けそうになる自分をなんとか奮い立たせ、腕に握られた筒の電源を入れる。筒からは、輪郭が朧げな光の棒が伸びた。丹陽は構わずに殴り続ける。

「っぐ…丹陽、貴様一度も…」

丹陽は盾を棄てた。まだ盾が地面に落ちぬ内に、筒から伸びたコネクターを千切る。 だがもう既に筒には十分なエネルギーが補充されていて、光の棒もといプラズマブレードは現界したままだ。

箒がプラズマブレードを小さく振る。その光の刃は丹陽では無く、その得物の斧槍の穂先の付け根を焼く。

「ラウラのプラズマブレードを槍で受けてないだろ…」

プラズマブレードは溶解した金属を迸らさなが穂先の付け根を突き進み、遂には溶断してみせた。

『良くやった』

ラウラの歓声。

箒は斧槍を裂いたプラズマブレードを翻し、丹陽に横薙ぎに斬る。丹陽は大きく退き、斬撃を躱す。

丹陽の腕に握られているのは穂先を失い、唯の棒と化した斧槍。質量が減り、確実に攻撃力が落ちた。対峙する箒はプラズマブレードの持ち手を変え、生き残ったエネルギーコネクターを筒の柄頭に接続した。

「覚悟しろ」

勝利を確信し、地面を蹴って丹陽に迫る。だが相手は丹陽だった。

丹陽は最後の得物になった棒を投擲。意表突かれ、箒は怯む。

「こいつ!」

作り出した一瞬の隙に丹陽は箒に肉薄、プラズマブレードを握る腕を捕らえた。そして力尽くでプラズマの矛先を変えにかかる。箒は抗うが、徐々に刃が自分の身に迫る。

唐突に丹陽が手を放す。そして後ろに飛び退いた。続けて、箒の目の前をワイヤーブレードが撃ち放たれていた。ラウラの援護だ。

『油断するな』

『わっ分かっている』

丹陽は立て続けに繰り出されるラウラの回避し続ける。砲撃も、ワイヤーブレードもまるで当たらない。それもスラスターの類は一切使用せずに。

「何故スラスターを使わないんだ?まあいい」

だが、反撃に転じられずにいる。

このままやれる。

勝利を確信しながらも、隙を見せないため。箒は落ちていた実体剣を拾い上げた。両手にそれぞれ別種の刀を構え二刀流に。回避を続ける丹陽に突撃する。

「はぁぁぁ!」

先ずは一太刀。丹陽は難無く回避。また一太刀。回避。一太刀、回避…一太刀…回避。箒の斬撃を見事に回避する丹陽。だが、やはり反撃できない。2振りの刀から繰り出される斬撃に殆ど隙が無く、更には丹陽には得物が無い。しかも、合間合間にラウラの砲撃が加えられ盾が思うように振るえない。

「取ったぁぁぁ!」

ラウラがらしくもなく歓呼する。

遂にワイヤーブレードが丹陽の腕を絡め捕らえた。丹陽はワイヤーを握り千切りにかかるが、ワイヤーブレードは二重に編み込まれていてなかなか割けない。その隙にもう片方の腕もワイヤーブレードが絡まる。

ワイヤーが張られ、丹陽は強制的に大の字の格好を取らされる。しかも身動き取れない。

「また腕を落としたらどうだ?」

ラウラの砲撃。丹陽はワイヤーに拘束されていない盾で防ぐ。

「貴様の負けだ、丹陽」

箒は丹陽を挟んでラウラの真向かいに位置取る。この位置ならラウラの砲撃が続く限り盾は絶対に使えない。

詰んだ。アリーナにいる者は殆どがそう思った。

丹陽は腕を束縛するワイヤーを逆に握りしめる。

 

「お願い勝って…」

簪は祈った。これで終わらせないでと。

 

 

丹陽を送り届けた楯無は、アリーナの屋根の縁の上に優雅に腰掛けていた。楯無の目に映る丹陽は劣勢だ。だが負けるとは思えなかった。

「ふーん、それでそのISを選んだのね。各部が独立してたんじゃ、パワーに耐えられずに…ポキっといっちゃうからね。でも、材質が古過ぎる気もするけど」

それをその身で味わったことのある楯無は丹陽の目的を理解した。そしてモンテ ビアンコの変化も見逃さなかった。

ビアンコの脊髄の節と節の隙間。ただひたすらに黒く粘度の高い液体が染み出していた。




次回の更新は2ヶ月以内には。


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33話

すみません。遅れました。
でも言わせてください。リアルの仕事が今までで一番忙しかったんです。
つらつら書くと長くなるので、手短に説明すると。質量共に、糞食らえ。
次話は書いて有るので、そちらはすぐ出せます。


  学年別トーナメント。波乱に満ちた第1試合。様々な事が起こった試合だったが、遂に終盤に入ろうとしていた。

  丹陽は両手をラウラのワイヤーブレードに束縛され動けずにいる。そこを両手に別種の刀を構えた箒がトドメを刺しにかかる。

「なんだあれは…」

  ビアンコの背中、背骨から黒い液体が溢れていた。それが触手のように形を成すと、上腕のフレームを前腕に向かいながら這っていく。

  丹陽は何かする気だ。まさか、あの触手がワイヤーを切る気か。

「そうはさせん!」

  しかし、箒の予想が外れた。触手は前腕とそれに巻きつくワイヤーブレードには向かわず、肘にある回転式アクチュエータに入り込んだ。そして触手は幾つもの縦筋を刻み込み、まるで剥き出しの筋肉のような造形をとる。

丹陽が持つもう一つのIS、アポテムノから移植された有機部品から生成された運動器系。その出力は従来のアクチュエータを遥かに上回る。

『箒!気をつけろ』

  ラウラからの通信。口調から焦りの色が。

『どうしたラウラ!』

『突然ワイヤーブレードの負荷が上がった。このままでは抑えつけれない』

『なに…』

  次の瞬間。ラウラは天井の遮断シールドに叩きつけられていた。

丹陽がワイヤーブレードを掴みそれを上向きに振り、それに繋がったラウラがビアンコが生み出す圧倒的なパワーに負けた結果だ。

「このままではラウラが」

  されるがままに振り回されるラウラの身を案じ、箒は丹陽に接近。無我夢中で斬りかかる。だが、箒は忘れていた。ラウラが行動を制限していたビアンコの盾の存在を。

「ぐあああ」

  鈍器と化した盾を叩きつけられ、砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる。

  壁際。また飛ばされた箒は、ラウラから助言された慣性制御を駆使した起き上がり方で立ち上がる。 その時、ISより警告。高速で迫り来る物体あり。

  箒は反射的に身構えた。丹陽が追撃に来たと。

『避けてくれ……箒……』

  箒の予想は半分当たり、半分外れていた。

  迫り来る物体とはラウラだった。丹陽が有り余る腕力を奮い、鎖付き鉄球のようにラウラの振っていた。それも箒目掛けて。

  箒は咄嗟に回避。

当然、ラウラは地面に激突。身の丈を超える砂塵と、近くの箒が地震と錯覚するほどの震動。それらがラウラへのダメージ、そして丹陽の専用機、モンテビアンコの怪力を物語っていた。

「ラウラ、しっかりしろ!」

「うっ…」

  全身を地面に投げうち、意識がハッキリとしないのか苦悶の声をラウラは上げた。

  このままではまた、丹陽に投げ飛ばされる。そう思った次の瞬間には、丹陽はワイヤーブレード引っ張りまたラウラを振り回す。今度は横向きに。ラウラが箒から大きく遠ざかりアリーナを大きく回り、加速の付いた状態で箒に迫る。

「汚い手を」

  箒は宙に飛び上がり回避。

  避けた。だが、丹陽はラウラを離すどころか加速させた。もう一周、いや当たるまで繰り返すだろう。

  このままでは、一方的に嬲られる。何とか状況を打破しなくては。

  箒が思考している間に、2週目のラウラが迫る。今度は2倍近くも速い。

  箒はまたも飛び上がる。

しかし、コツを掴んだ丹陽は逃さない。 丹陽がワイヤーをミリ単位で操作、ラウラの軌道を修正。衝突コースに。

  ぶつかる。危機を感じた脳が処理速度を上げ、それによりスローモーションで流れる視界の中、箒は迫り来るラウラをただ凝視していた。声すら上げられない。

  轟音を上げ、ISが激突する。

  ラウラのISのシールドエネルギーが大幅に減少する。だが、箒にダメージはなかった。

  激闘する寸前、朦朧とする意識の中でラウラはプラズマブレードで自らのワイヤーブレードを切り裂いた。これにより軌道が変わり箒を回避した。しかし、円運動が直線運動に変わっただけで、PICで減速を試みたが止められず壁に激突。

『ラウラ、大丈夫か?』

  箒はラウラの安否を確認する。だが、返事が無い。

  ハイパーセンサーを駆使し、頭を丹陽に向けたままラウラに意識を集中した。

  ラウラは衝突の衝撃で出来た窪み体をめり込ませていた。そこらか幾条ものひびが伸びている。PICで抵抗したとは思えない破損具合だ。

『うっ』

  ラウラが窪みから這い出た。しかし、何処かおぼつかなく、地面に足を降ろした途端に膝からがくりと崩れ、四つ這いの姿勢に。

  散々振り回され、終いには壁にぶつけられ、ラウラは意識が朦朧もしている。

  箒は剣先を丹陽に向けた。丹陽はワイヤーブレードを前腕で巻き取りながら、悠然と佇んでいる。

  まだ停止信号が出てない。つまりラウラはこの試合から脱落してはいない。しかし、しばらく戦えないだろ。その間、箒はたった一人、丹陽と対峙するこのになる。丹陽は間違い無く丸腰だ。そもそも必要無かったのかもしれない。

箒は手足が震えだす気がした。

  早く回復してくれ、ラウラ。箒はそう願った。その甘い思考を直ぐに覆えされることになるが。

  ラウラ、箒、丹陽の3人は、丹陽を頂点とした二等辺三角形の位置に居た。

丹陽は、頭部を覆うヘルメット。その中心にある逆三角形の電灯を箒に向けていた。

  ごく自然に丹陽は、ラウラに向き直った。

「貴様まさか……」

  そのまさかだった。丹陽は脚部を変形、鳥脚に。まともに動けないラウラに迫った。

  先に無防備なラウラを仕留める気だ。

  箒は自然と地面に蹴り、疾走していた。

 

 

『このままでは負けますぞ。すれば、ドイツの技術の粋を集めたVTシステムのデモストレーションになりますな』

「……一体のなんのことやら」

  声調は抑えることに出来た広報担当官は、空いた腕で汗を拭った。

『承諾頂ければ、ドイツ軍全体の瓦解に繋がる事態を防ぐことが出来ます。貴方だけの問題では無いのです。ドイツ軍の存亡は貴方に掛かっております。御決断を』

「…少し時間をくれないか?」

『時間がありません。今直ぐの御決断を』

「本当に少しでいい」

『わかりました。決心がつきましたらまたのご連絡を』

  その言葉を聞くと広報担当官は電話を切った。

  深呼吸をして、少しばかり思案。直ぐに電話をかけ直す。

 

 

  轡木は今か今かと電話を見つめていた。

「丹陽に一報入れなくていいですか?このままだと本当にVTシステムが作動しますよ」

  轡木の後ろに立っている用務員がそう尋ねた。

「VTシステムは機体のダメージだけでなく、精神的に追い詰めないと作動しないらしい。それにあの広報担当官を追い詰めるにも丹陽には本気になって貰わないと」

「ですからこのままでは本当に倒しかねませんよ」

用務員の懸念はもっともだったが。轡木涼しい顔で答える。

「大丈夫。モンテビアンコは未完な上に致命的な欠陥を幾つも抱えている。しかも丹陽はコア干渉のタイムリミットがある。ハルバードを失い決定打の無い現状。2人がモンテビアンコの欠陥に気付くのが早いか、タイムリミットが来るのが早いか。とどのつまり、丹陽は勝てんよ」

  携帯端末が震えだした。着信、広報担当官からだ。

「だからこそ、時間をかけたく無いのだがな。逡巡しおって」

  端末を耳を添える。直ぐに広報担当官が落ち着いた声で告げた。

『悪いが貴方の提案はノーだ』

 

 

「泉ぃぃ!何処まで下衆なのだぁぁぁ!」

  地を蹴り駆ける丹陽と気流を押し退け飛翔する箒。 速度は圧倒的に箒が上回っている。

  先回りした箒はラウラの前に立ち塞がる。

  丹陽は減速せず、箒にはむしろ加速しているように思えた。

  盾の間合いに入る数歩前、丹陽は人脚に変形。間合いに入るとともに、右脚の踵を地面に食い込ませた。走行時の慣性を活かし踵を支点に、身体、そしてフレキシブルアームに繋がれ盾に回す。

  スイングされた盾を、箒飛び退き回避。

「そう何度も当たるか!」

  空振りした盾は制動が容易では無く、丹陽の背中までスイングしてしまう。

  箒を阻む物が無くなる。 その隙を逃さない。

「はぁぁぁ!」

  刀の間合いに一足で飛び込み、プラズマブレードを上から下に唐竹斬り。

  丹陽は身を傾け、回避。プラズマブレードはビアンコの皮だけを削ぐように地面に落ちた。

  プラズマブレードは外れた。しかし、もう一振り、実体剣がある。

  箒は続けて横薙ぎに実体を振るう。盾は間に合わない。

「な……この為に巻きつけていたのか」

  丹陽は実体剣を受け止めた。ビアンコの前腕とそれに糸巻きのように何重も巻きつけたレーゲンのワイヤーブレードが、打鉄の打刀を受け止めていた。

  箒が危機を感じて身を翻すよりも早く、丹陽が打鉄の両手首を掴み取った。

「ならば」

  箒は足裏のスラスターを噴射。丹陽が得意としたスラスターローキック。

  丹陽は回避も出来ずにモロに受けた。

「効いてないだと…?」

  だが、まるで効いていない。

  丹陽のキックは、スラスターを弧を描くように噴射方向を変えながら脚部を加速させ、対象物の芯に垂直かつ中心に響くように調整していた。そうでなければ、衝撃が滑ってしまう。箒はスラスターの調整がイマイチで、ビアンコの身体に対して蹴りが斜めに叩きつけていた。

  スラスターローキックは、量子展開が苦手な丹陽が咄嗟の時の自衛方法として、夜な夜なこっそりと練習して出来た、いわば努力の賜物。例外は居たが、本来は見よう見まねで出来る技ではない。

  箒が蹴りを放った片足を引っ込むと同時に、耳をつんざく音が。同時にISより、手首破損の警告が発せられた。目で追わなくても分かる。丹陽が打鉄の両手首を握り潰した。

「化け物め」

  武器を奪われるという最悪の事態を回避するために、2種の刀を格納領域に引っ込める。そして、掌を失った腕を振りかぶり、渾身の力を込めて。右ストレート。

  手ごたえがない。そう脳が認識するよりも早く、顎から脳天に鋭い衝撃が貫く。

「ぐぁ!」

  丹陽は箒の右ストレートをボディワークだけで回避。同時に箒の顎に左アッパーを打ち込んでいた。

  箒が脳天を揺さぶられ意識が霞む。次の瞬間には、左右2発のスイングが箒のボディに打ち込まれ、シールドエネルギーを削る。

  三度打ち込んまれる拳に箒は触発され、無意識にジャブを繰り出していた。

  片耳のヘルメットに伸びる箒の左ジャブ。

「っく!」

  後出しにもかかわらず、先に丹陽の左ジャブが箒の素顔を捉えた。その衝撃で箒は仰け反り、打ち出した左ジャブもヘルメットに到達することはない。

  丹陽は続けて右ストレート。それもクリーンヒット。教科書に載せたいぐらいに、綺麗なワンツーが決まる。

「そんな……ありえん」

  僅かな隙すら見せず、丹陽は打撃を箒に打ち込んでいく。それも殆どが箒を捉えていた。目に見えて箒のシールドエネルギーが減少していく。箒も反撃に出るが、面白いように丹陽は足と身体の動作で回避。そればかりか、的確にカウンターを打ち込んでくる。攻撃すれば、寧ろダメージが増えていく。

  箒と丹陽、互いに武器は無い。よって原始的で野蛮な拳を使った殴り合いに興じる事になっているが。ビアンコの腕力も凄まじいが、それを確実に丹陽は箒に叩き込んでいく。集中力、技術、性能、そして経験。勝敗を決める運を除く全ての要因を丹陽が圧倒的に箒を上回っていた。

  このままでは……。私は負けるか…こんな奴に。

  唯一の勝機は、ラウラが復帰し2対1の状況に持ち込むしかない。

  箒は両肩の実体盾を正面に構える。これでしばらくは持つと考えた。ほとんど無駄だったが。

  ビアンコの両脚のつま先と踵のスパイクを展開、アンカーを前方の地面に射出。跳び上がり、盾目掛けてドロップキック。

  盾はドロップキックを受け止め切った。だが、丹陽の目的は別に有った。

  丹陽は足のスパイクでがっちりと盾を握る。アンカーを巻き上げ、宙にいる丹陽を地面に着地をさせた、掴まれた盾ごと。足に捕縛された盾は丹陽に踏まれる形になり、もう箒を護ってはくれない。

  ビアンコの操作の殆どを担う補助脳の操作熟練度が上昇している。

  箒が反応するよりも早く。丹陽が足を踏ん張り、腰を捻り、自身の重さを乗せた右拳を打ち出す。

  もう箒のシールドエネルギーは雀の泪。

  右拳が繰り出す余りの打撃、その衝撃でISが遂に破損した。

  一瞬、アリーナの時間が止まった。その場の全員がそう錯覚した。

  壮絶な破裂音で咲き、その後は夜空に消えてくいく花火の様に。

 

 

  丹陽の右ストレートを箒はガードもままならずに一身に浴びる。もうシールドエネルギーも僅かに。だが、状況は箒に傾いた。

  モンテ ビアンコ、その右腕、関節の回転式アクチュエータが破裂していた。爆発のように中から幾多ものパーツが飛び散っている。それにより右ストレートの威力も激減、箒のシールドエネルギーが残ってしまう。

  丹陽の猛攻は箒を追い詰めたが、同時にビアンコ自身の四肢にも膨大な負荷を掛けていた。先程の右ストレートで限界に達し、右腕を動かすアクチュエータが破損した。

  丹陽は分かっていた。モンテ ビアンコは第一世代機。幾ら基礎設計が優秀でも、それに使われている材料をはじめとする基礎的な技術は、ラウラのレーゲンはおろか量産機の打鉄にすら劣っている。ましてや、このフレーム。長年倉庫で保管、もとい放棄されていたもの。経年劣化も酷い。だからこそ、序盤ではアポテムノ由来の筋肉は使わないようにしていた。だからこそ丹陽は両腕に負荷が均等に掛かるようにしていた。それがさらに事態を悪化させる。

  ビアンコの右腕は右ストレートの直後落ちて、掌を開き、力無くぶらりぶらりと地に向かい伸びてた。

「よく分からんが……チャンスだ」

  箒は腕を振り下ろし、腕パンチ。

  丹陽は残った左掌で受け止める。

その刹那、左腕は上腕の半ばからへし折れた。そればかりか左腕全体のアクチュエータも機能停止に。

  これでビアンコの両腕は動かない。

  箒は一気に間合いを詰める。近すぎて、丹陽は盾を叩きつけられない。

  箒は攻撃はおろか防御すら出来ず、退こうともしない丹陽をひたすら殴りつける。今の今までの恨み辛みを腕に乗せて。

「ついてないな、泉。これでおしまいだ」

  サンドバッグのように殴り続けられるが、丹陽は決して退かない。その先の勝利をもぎ取るために。

  丹陽が右側の地面、盾のパイルを打ち込む。右腕の黒色の補助運動器がどろどろとした液体に戻る。そして、2話ぶりに口を開く。

「そうか?」

  俺の運は悪くない。だからこそ今も生きている。ただ、馬鹿なだけだ。

  左腕はアクチュエータもフレームは使えない。だが、右腕はまだフレームは無事だ。

  箒の右ストレートが丹陽の額を殴りつけた。

  打撃を受けた丹陽は背骨を曲げて仰け反る。まるで、引き絞られた弓のように。

  丹陽が頭部を振り戻し、箒の額にぶつけた。頭突き。

  箒は一瞬仰け反る。

「悪あがきを」

  頭突きで終われば、ただの悪あがきに過ぎない。頭突きも来ると分かっていれば、箒も防御策はいくらでもある。だがこれは、次の一撃のためのお膳立てに過ぎない。

  補助運動器だった黒色の液体、筋肉ではなく今度は腱に変異。こんな時のために用意された背中にある直線式アクチュエータに片側結ばれ、もう片側が右上腕の内部に入り込む。背中のアクチュエータと右腕が腱を介して繋がった。調子を確かめるように、右掌がパーにグーと開いては閉じる。動くことを確認すると、振りかぶる。

パンチは腕力だけではない。大事なのは重さ、つまり重心移動による全身の力。貧弱な肢体を持つ俺に、彼女はそう教えてくれた。役に立つ事がないようにと祈りながら。

  地面に刺した盾を、足のように地面を蹴り。同時に自身の足も地を蹴り踏ん張る。盾や足、そこから生まれた反発力や重心移動による力を幾多ものフレームとギアで伝達。

  全てを拳に乗せる。

 

 

  あっ、と箒は気が抜けるような声を発した。何が起こったのか思い出そうとした。

  たしか、丹陽から頭突きを受けた。その後は、丹陽の動かなくなった筈の右腕が動いた。それから……丹陽が遥か遠くにいる。数本のケーブルでなんとか繋ぎとめられている、左前腕を自らでもぎ取っていた。

  いや、違う。私が遠くに飛ばされたんだ。そして私は今、壁に背を預け、ボロボロのISは停止信号を発信していた。私は泉丹陽に負かされたのか……。

「あれが……専用機の力……」

  箒が寄りかかった壁。そこには丹陽によって作られた大きな打痕があった。

 

 

  観客席。一夏達は殆ど言葉を交わすことは無かった。魅入っている、というよりかは圧倒されている。鈍刀で鎧ごと砕くような戦いぶりに、感動と畏怖の念が混ざりあっていた。

「勝負ありましたわね」

  とセシリアが。ビアンコの四肢が幾ら脆くとも、もう既にラウラのレーゲンのシールドエネルギーが底を尽きようとしている。今までの戦いぶりからも、勝敗は明らかだった。

「いや、違う」

  と一夏が。顔は真っ青になっている。一夏はある事に気がついた。丹陽はここに来るまでに、通常のISならあり得ない事をしていた。

  何故、着地するのにわざわざエアバッグを使用したのか。それが意味する答えに、一夏は気が付いた。

「え、どうして?」

「多分、丹陽の専用機……」

 

 

  混濁した意識から、回復したラウラ。自分が置かれた状況を確認した。バイタル系は正常、ISも無事。まだ戦える。

  箒は、遠くの壁に寄りかかっていた。停止信号が発せられている。やられたのか。泉に。

  泉はどこだ。

  探すまでもなかった。丹陽はラウラ目掛け一直線に走って来る。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

  レールカノン、砲撃。

  咄嗟の砲撃にもかかわらず、砲弾は丹陽をその軌道に捉えていた。ダメージを与えられたかもしれない。丹陽がラウラが起き上がったのに合わせて盾さえ構えてなければ。

  初弾。電磁装甲で跳弾させられ、天井の遮断シールドに流される。

  ラウラは次弾装填。砲撃。無駄と判断する冷静さも失われていた。

  次弾。またも跳弾。今度は外壁を穿つ。

  恐慌状態に陥っているラウラは、またもレールカノンを装填。

  三弾目。今度は向かいの外壁に大穴を開けた。丹陽が身を屈めて回避。3発も同位置に狙われれば、回避は容易だった。

  丹陽が急接近、ラウラは衝動的にブレードブレードを抜刀。丹陽めがけて突き立てた。しかし、ブレードブレードが丹陽を焼き抜くよりも早く、盾を腹部をど突く。駆けた時の慣性が乗った盾は、ラウラを突き崩しだけでは止まらず。ラウラごと壁を叩く。

  今までの手合いとは何が違うんだ。

  ラウラの腹部に突き立てられた盾が退けられた。ラウラはむせ返る苦しさにもがき、反撃どころではない。丹陽が盾を退けたのはラウラを気遣ってということは寸分足りとも無く。盾でラウラの手を掬い上げ、壁に押し付けた。

  装備の構成か?いや違う。強いからか?違う。近接が中心だからか?違う。

  ラウラが反応する暇も無く、ラウラのもう一方の腕は丹陽の足裏で壁に押さえつけられた。

  プラズマブレードのある両腕は、盾と足に拘束されビクともしない。レールカノンは砲身長の内側に潜り込まれて死角に。ワイヤーブレードは全て使い果たした。

  丹陽は、ラウラを抑える足のビザを逆方向曲げ、人体を前進させた。拳の間合いに入る。

  何も感じないんだ。殺意も闘志も。まるで兵器だ。

  殴る。丹陽はひたすらにラウラを殴る。 両腕を押つけ、ラウラが身を守ることすら許さない。

 

 

  特別観覧室。その廊下。広報担当官は、数分前までの冷や汗が嘘のように涼しい顔で、携帯端末の向こうの轡木にそう告げた。

『我々はシュヴァルツィア レーゲンの予備パーツを保有しております。例え、貴方が断っても、解析すれば……』

「だったらそうしたまえ。出来ないのだろう?理由は2つ。まず1つ目は、格納庫にレーゲンの予備パーツはもう無い。その確認をさせない為に、此処に我々をここに釘付けにしたのだろうが。嘘までついて。もう2つ目は、そもそもIS学園には調査する権限が無い」

『我々はあらゆるIS関連の事件を携わる権利と義務があります』

「そうだな。だが、まだ事件ご起きてないのに調査は出来ん。仮に予備パーツが有って、検査を行い、万が一にも何かが発見されてもだ。その証拠には正当性がない。何故なら、レーゲンの予備パーツは我が国が其方の機関に預けたもの。それを無断で検査するなど、武装して我が国の領土を侵攻すると同等の行為。許される筈が無い」

『此処でVTシステムが披露されれば、問題ありません』

「ふん。VTシステムか。差し詰め、黒うさぎ隊の副隊長からの情報だろうな。仮に搭載されていたとしてだ。黒うさぎ隊、隊長は其処までやられんよ」

  モンテビアンコの致命的な欠陥を広報担当官も気が付いた。

「泉丹陽。彼の機体……」

 

 

  私も、戦うために生まれて来た。同じ兵器なら劣るものか。

  圧倒的な実力差を発揮する丹陽。だが、ラウラを一筋の希望を見出す。

  レールカノンを直上に向ける。榴弾を装填。

  榴弾は直撃でもさせなければ、謎のバリアを使うビアンコ纏う丹陽には効き目はない。だが、それ以外なら。

  砲撃。榴弾は砲門から吐き出されると、すぐさま爆裂。謎のバリアに守られた丹陽は、一切シールドエネルギーを消耗しない。むしろ、残り僅かなラウラのシールドエネルギーを消耗させる。

  しかしながらラウラの目算通り、外壁は爆風に耐えきれず崩落。押さえつけられる壁がなくなり、ラウラへの拘束が一瞬だが緩まる。

  ラウラはPICをフルで活用、飛び上がった。スラスターを破壊されている分、速度は出ない。もしラウラの予想が外れていれば、組み伏せられ負ける。ISのハイパーセンサーを凝視、丹陽の行動に神経を集中させた。

  丹陽は腰を落とし、今まさに飛び上がりラウラに追撃を加えようとしている。

  負けたるのか。私が。そう思った。

  だが、丹陽は一向に飛び上がらない。

「勝った……」

  ビアンコの脚部が変形、鳥脚に。1つ関節が増えた分、さらに腰を沈め。跳躍。

  ラウラの心臓が止まる。自らを上回る速度で、丹陽が迫る。何も出来ず、それをハイパーセンサー越しを観ていた。

  丹陽は見る間に接近、ラウラの脚に右腕を伸ばしーー空を切った。届かない。

  あとほんの一歩のところで、最高点に到達。丹陽は重力に引かれるがままに、地面の井戸に落ちていく。

  対するラウラは、冷や汗を拭いながら、さらに上昇。安全圏まで逃れた。そして、口角を釣り上げて笑う。

「やはりそうか」

  地面に立ち尽くし、ラウラを見上げる丹陽。

  ラウラは砲門を丹陽に合わせた。

「貴様、飛べないんだろ?」

  丹陽は今までと同じく沈黙を貫いた。それはあたかも、ラウラの言葉を肯定しているかのように。

事実、モンテビアンコに完全飛行能力は無い。

モンテビアンコの重量は通常のISの2倍以上になり。OSも有機部品を使用する目的や束博士が仕込んだバックドアを封じるため、アポテムノのものを転写していた。元々飛行能力の低いビアンコに合致したOSとはいえ、射撃武器のない現状では最悪のハンデだった。

 

 

  レールカノンより放たれた砲弾は、あいも変わらずビアンコの盾に弾かれた。だが、ラウラは焦らなかった。自分は絶対安全圏にいる。

  丹陽は砂地に直立し盾を構え、自身に降り注ぐ砲撃から身を守っていた。

  ラウラは上空で停止しレールカノンを構えていた。先程の跳躍で、ビアンコの跳躍高度は把握しており、高度は絶対に届かない位置でホバリング。ラウラはその安全圏から一方的に丹陽に砲撃を降り注ぐ。ビアンコの盾は砲弾を弾いてはいるが、もう何発かは禿げた電磁装甲層を抜け均質圧延鋼層を穿ちセラミック層に達していた。盾を撃ち抜くまで時間の問題だった。

「まさか、ISの癖に飛ぶことさえ叶わないとは。情けない」

  勝ちを確信し、丹陽をこき下ろす。散々と叩きのめされたお返しに。

「しかし、量産機では飛行できた筈だが?碌でもな欠陥機を摑まされたな。だが、機体の管理も兵士の仕事だ。それを怠った貴様の責任だ」

  好き勝手にこき下ろす丹陽だが、ラウラの言葉は右耳から入って左耳から出て行った。つまり聞いていない。青筋立てて事態が好転する訳がない。

  丹陽は自身の機体のOSを調べていた。先程、超跳躍補助装置(誠に勝手ながら、文字数や執筆速度を考慮し。以下 超跳 と略称させていただきます)が起動しなかった。調べてみると案の定、オフラインになっている。しかも調整も施してなかった。班長がラウラの機体に掛かりっ切りで、手をつけられなかったか。あるいは、サボったか。このままでは、シュミレータで養った使用感覚は寧ろ齟齬になる。恐らく左右の推進力もバラバラ。しかし構わずオンラインに。超跳の作動プロセスは、初回は手動で行い、以後は補助脳で作動させ馴染ませる。これで問題はない。脚さえ保てば。

「そのような事すら気を遣えない貴様が、私よりも強い訳がないんだ」

  ラウラはそう言い切った。 初めて会った時もそうだ。此奴は私に為すすべもなく倒された。あの時も私は少しだけ油断をしてしまい、失態を晒したが。教官が止めに入らなければ、私は泉を八つ裂きに出来た。AICさえ有れば、ここまで苦戦する筈がなかったんだ。

  状況はラウラに傾いている。ラウラ的には実力も上回っている。たがラウラは落ち着かなかった。脳の奥から危険信号が発せられ続けている。確か整備班の女。何か言っていたな。

  ビアンコがこれまたアポテムノから転用した電子妖精を作動。鱗粉を散布した。今までもラウラのレーゲンの光学センサー以外を撹乱してきたが、今一度散布する。ただ、もともと電子妖精は欺瞞を目的としたものではなく、探知を目的としたハイパーセンサーとは別種のセンサーなのだが。

  トライアルで負けた第1世代。愛称は……メタルゲロッグ。

  ビアンコの脚部。土踏まずが開口、排気口が現れる。脹脛内部、燃焼室に推進剤であるサーモリック弾を装填。膝から飛び出た杭の中に外気を吸引、圧縮。

  メタルゲロッグ。鉄のカエル。カエル……。肉食。変態。両生類。脊髄。発達した後肢で泳ぎ、そして跳ねる。跳ねる……。

  丹陽は腰を据えて身を屈めていた。諦めとはほど遠い。

  ラウラはホバリングを辞め、回避運動を開始。英断だった。

  燃焼室の点火プラグを作動。推進剤を固体から気体に昇華。同時にパイルを膝に打ち込み、中の外気を燃焼室に叩き込む。燃焼室内で2種の気体は混合、燃焼。膨大な熱を生み出し、超音速で膨張。唯一の出口である排気口から飛び出た。反作用でビアンコに壮絶なる跳躍を与えながら。

  ラウラは驚愕のあまり、そのまま回避運動を続けた。

  丹陽が砂塵に包まれたと思った途端、傍を亜音速で物体が通過。砂塵の中には丹陽は居らず、上面の遮断シールドに逆さで足を据えていた。不意にとはいえ、目で追えなかった。

「速すぎる……」

  ビアンコは第2跳目の準備に入っている。その周りを山吹色の鱗粉が煌めいていた。

 

 

 観客席は興奮に沸いていた。勝負は決し、あとはラウラが丹陽を嬲るだけの展開と大半の観客が諦めていたところ。丹陽の思わぬ奥の手がカタルシスを観客に与え、熱狂させていた。ただ一夏達を除いて。

「あの脚の装置、奥の手じゃなくて禁じ手だよね。使いたく無いから、最初の方は挑発して逃げ回るっていう選択肢をラウラや箒に使わせなかったのね」

「ええ、もし使えるならもっと早く使ってましたわ。両腕同様にいつ破損してもおかしくはありませんわ」

「脚が折れるのが先か、ラウラが捕まるのが先か。どっちに転んでもおかしくはない、まだどっちが勝つか分からないってことだね」

 鈴、セシリア、シャルルの3人は、丹陽とラウラ。どちらが勝つか予測出来ずにいた。

「一夏はどう思う?」

 一夏はじっとアリーナを見つめていた。その目つきはナイフのように鋭く、普段の彼からは想像も出来なかった。

「勝つのは丹陽だ」

 一夏は言い切った。

「え?」

[何故ですか、一夏様?]

 白式からも聞き返された。

「怖くて逃げ回る奴より、例えボロボロでも勝つために追いかける奴が勝つ。勝ってほしいんだ」

 一夏の回答は論理的ではなく、ほとんど願望だが。皆が納得してしまう。白式を除いて。

[一夏様は怖れを抱くことを否定するのですか?]

「そりゃそうだろ白式。ビビって逃げ回るなんて」

[ですが、怖れを抱いているのはボーデヴィッヒ様だけではなく、泉様も抱いているのではないでしょうか]

「丹陽が?」

 一夏は驚いた。少なくとも丹陽は試合中は怖れとは無縁と思っていた。現に今さっき、ラウラのレールカノンをわざと受けていた。

[はい。負けるのを怖れ、例え機体がボロボロでも追撃を止まないのでは?]

「それは……誰だってそうだろ。ラウラもだけど」

 返す言葉が見つからない。白式の言葉を意識して今までの試合展開を鑑みれば、確かにラウラは負けるのを怖れて必死に逃げ回っているが、丹陽も負けるのを怖れて必死に戦っている。その差は結果は大きく違うが、根本的な部分は大差無いように感じる。それでも。

「だからって丹陽を後ろから撃つなんて」

 一夏は答えた困り、今の試合とは関係ない過去の出来事を引っ張り出した。

[ボーデヴィッヒ様は兵器としての矜持を持っているように思われます。それが否定されれば当然の行為だと私は理解しました。勿論肯定はしません]

「待て、兵器ってなんだよ?」

[データを表示します]

 視界にネットニュースの記事や何かの資料が表示された。

 あまりの情報量にデカデカと書かれた見出しをそれも部分部分で読み取ることしか出来なかったが、十分だった。

 デザインチルドレン、遺伝子操作を受けた子供達、ドイツ軍、インフィニットストラトス。

「デザインチルドレンってやつの1人がラウラなのか?」

[はい]

 一夏は絶句した。ラウラは戦うために、戦わせるために生まれたのか。

 突然、アリーナを爆音が駆け回った。次の瞬間には、野太い咆哮が、鼓膜を叩いた。

 音に引っ張られ、一夏がラウラや丹陽たちに意識を向ける。

 どうやら決着が着いたらしい。

 

 

  丹陽の第2跳躍目をなんとかラウラはいなした。初めての跳躍の時に見せた速さは無い。だが、ラウラのレーゲンを最高速度も加速度も遥かに上回っている。しかもレーゲンは脚部のスラスターを破壊されている。

「速いだけだ」

  幾ら速くても飛べるわけではない。空中機動中ならば、回避もままならない、筈。

  丹陽が砂塵を巻き上げ、跳躍。ラウラは冷静にレールカノンを向け、砲撃。

  砲弾は射線上に丹陽を捉えていた。アンカーも地面に打ち込まれてはいない。そして、PICがまるで出来ない丹陽では回避はおろか、方向転換も出来ない。

  ラウラの予想は当たっていた。

  だが丹陽は避けた。超跳を構成するパーツの内の膝から飛び出たパイル。その中の圧縮空気を下腿を通して排気口から噴射。サーモリック弾とは比べ物にならないほど微力ながら、圧縮空気の噴射ははビアンコをバンクさせ、砲弾の射線上から僅かに逸れる。

  砲弾は丹陽を射ることなく傍を超音速で抜き去る。

  丹陽はアンカーを地面に刺し、巻き上げる。超跳の圧縮空気のおかげで砲弾は回避できたが、そのせいで速度が急激に落ちていた。地面に足をつけ、超跳躍の準備に入る。

  ラウラは後退を辞め、停止。レールカノンの薬室、量子変換で素早く、排莢、装填のプロセスを完了。直ちに次弾が放出可能に。だが撃たなかった。丹陽が跳び上がる、その瞬間を狙う。

  丹陽は腰を落とす。ラウラはまだ撃たない。パイルを上げる。まだ撃たない。パイルを押し込む。撃つ。

  砲弾は確かにビアンコの胸部装甲を穿つ。だが、丹陽跳び上がってはいなかった。衝撃で仰け反りながらも、盾をアウトリガー代わりに体勢を保持した。

「わざと受けたのか…」

  丹陽は跳躍のタイミングをずらした。敢えて砲弾を受けることで、次の跳躍を、攻撃を確実なものにする為に。

  爆風が戦塵を巻き上げ、ビアンコが跳躍。

「来るなぁぁぁぁ!」

  ラウラに次弾を撃つ時間はない。逃げの一手を打つ。

  丹陽が爆速で迫り来るなか、ラウラはレールカノンをISの制御から解除。レールカノンを外しレーゲンを軽くしたラウラは速度を増しながら後退。さらに切り離したレールカノンを丹陽の進路に放ることで、デコイのように丹陽を阻んだ。

  ラウラのとった行動は有効的だったが、消極的過ぎた。被弾を前提に動くような丹陽の前では。

  脚部、排気口から圧搾空気を放出。反作用で脚部を進行方向のレールカノンに向ける。そのまま、レールカノンに取り付く。

  超跳が推進剤を点火、爆発。ビアンコに発生する反作用は膝のパイルを押し上げそれが駐退機の役割を果たし、さらに燃焼ガスをパイルの吸引口から逆流させ、相殺。衝撃はレールカノンを投擲、ラウラに襲いかかる。

  レールカノンが幾ら巨大でも、ビアンコの重量を下回っている。従って、ラウラにレールカノンはビアンコ以上の速度で迫り、ラウラは回避できなかった。

  レールカノンの投擲が直撃。内壁まで叩きつけられる。

「い…だ…」

  レールカノンを押しのけ、ラウラはすぐさま飛び上がる。

  直後、内壁に高速で物体が突っ込む。内壁は一部が崩れ、砂塵が舞う。その中、逆三角形の電灯、そして山吹色の粉が煌めいていた。丹陽だ。

  一瞬でも遅れていれば、終わっていた。だが、このままでは結末は変わらない。

「嫌だ……負けたくない」

  丹陽がその場のレールカノンを掴み上げ、またもラウラに投擲。

  レールカノンはラウラに迫るが、速度は無い。ラウラは慌てずに、軌道上から逃れる。

「私は負けたくない…負ければ私は……」

  刹那、丹陽が跳躍。

  速い。だが、それもラウラはいなす。

  ラウラは丹陽の進行方向、その先を見た。

「どうして……」

  レールカノンが有った。考えなくてもわかる。足場にする気だ。

  ラウラの予想通り、丹陽はレールカノンに取り付く。

  跳躍。

「うぁぁぁ!」

  ラウラは遂に狂ったように絶叫。しかし、ラウラはプラズマブレードを抜刀。急降下しながらも迎撃体勢を取り、丹陽を迎え撃つ。

  丹陽が迫り、ブレードを振る。しかし、丹陽には届かない。

  ビアンコのアンカーを射出。そこを支点に軌道を修正、ギリギリ、プラズマブレードの間合いの外を通り過ぎた。

  丹陽が着地。ラウラの背後を取った。しかも近距離。次に跳躍をされればラウラに回避は不可能。

  超跳を起動。

「や……」

  今までに無い爆音が、アリーナを駆け回った。しかし、丹陽への福音とはならなかった。

  超跳は起動した。しかし、幾多もの負荷を与えられた右下腿はたえきれず、内側から爆散。木っ端微塵に弾け飛ぶ。

「勝った……」

  ラウラは勝利を確信した。これで、丹陽はまともな跳躍は愚か、立つことさえ叶わないだろ。左脚の超跳もまだ装填されておらず、直ぐには起動できない。

  右下腿を失い丹陽は傾倒、地面に吸い込まれていく。

  筈だった。

ーぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー

  爆音が反響し、返って来るよりも早く。ビアンコの唸り声がアリーナを上塗りした。

  丹陽は残された右腕で盾をひっ掴み、先端を地面に刺す。盾を無くした右足の代わりに、力強く地面を蹴り飛ばす。限界を越す駆動に、ビアンコのフレームやアクチュエータは唸り声のような音を立て、無塗装の関節の表面は赤熱化していた。

「いい加減沈めぇぇ!」

  ビアンコの唸り声に気圧されまいと、ラウラも絶叫した。ここを乗り越えれば勝てる、そう確信した。するしか無かった。

  カタワの跳躍をラウラは回避することは出来なくとも、プラズマブレードで反撃をする時間は有る。

  横薙ぎにプラズマブレードを振る。プラズマブレードは丹陽の首元を守る装甲を弾き飛ばす。丹陽は意に介さず、ラウラにタックル、そのまま地面に押し倒す。

「離せぇ!」

  丹陽の盾にラウラの右腕は押さえつけられる。

  ラウラは左腕のブレードを丹陽に突き立てる。丹陽は右手の第ニ指を焼き切られながらも、左腕を押さえつけた。

「離せぇ」

  ラウラはPICを最大出力で起動。丹陽ごと浮き上がろうとした。丹陽は一対のアンカーを地面に射出、自身身体ごとラウラを地面に固定する。

「離せ……」

  マウントポジションを取られ、ラウラに出来ることは無かった。目尻を滲ませ、奥歯をカタカタと震わせる。

「どうしてだ……」

  丹陽が少し態勢をあげ、ラウラとスペースを取った。

「離せ、泉。お前が私より強いなどあり得ない!有るはず無いんだ。私はデザインチルドレンだ。教官から直接指導された、優秀な成績を残した。負けるのを筈が無い。だから離せ」

  丹陽がラウラの頭部を残った左足で踏みつける。

「うるさい、喚くな」

  左足、膝のパイルが上がり外気を吸気圧縮。内部に推進剤を装填。

  目前で行われる準備は、ラウラに最悪の未来を予感させた。

「やめー」

  超跳が作動。中の推進剤を爆発された。 爆風爆炎は噴射口からラウラを襲う。1度や2度ではない。それも何度も何度も。

  何度も炸裂する超跳によって、丹陽とラウラの2人を黒煙が包み、観客から2人を隠す。

  幾らの時間が流れた。

  連なっていた爆音が唐突に止まる。

観客席も静寂に包まれていて、アリーナ全体が凍ったような静けさを発していた。

  丹陽とラウラが居た爆煙の中、人影が現れた。あちこちから限界を知らせる異音を放ち、よたよたと全身を左右に振りながら歩いている。左前腕と右下腿がなく、爆散した右下腿の代わりに盾を杖にしてやっとで立っている。 丹陽。

  爆煙の中に大粒の涙を流しながら気絶しているラウラを残し、丹陽はピットに向かい歩いていた。

  それを轡木とドイツ士官は頭を抱え、軽蔑と哀れみが合わさったような視線を送っていた。

「やりおって……」

 

 

  ピット内。丹陽の勝利を認め、張り詰めた空気が目に見えて解けて行った。

  整備班の生徒は特にほっとしているようで、ビアンコの活躍を口々に讃えあっていた。

  ただ1人、簪は素直に喜べなかった。

  丹陽が勝ったのは嬉しい。

  だが、その姿。今朝方見た夢に出て来た、黒い怪物に重なってしまったからだ。

 

 

  私は兵器、デザインチルドレンとして産み落とされた。

  近年、高額化する兵士の命。その癖、増える武力紛争。喉が渇くから水が売られるように、私も産まれた。

  昔は倫理的に反するとクローン同様に禁止されていたらしいが、紛争やテロで人から産まれた血が流れ出る現実を前に、そういった規約は反故されるのは自然の流れだったのだろう。

  そういった背景は詳しくは知らない。気にしたことがないからだ。私は生まれながらにして強者で、ただ強くあり続ければいい。

  私は多くの戦闘経験を積んだ。刃物、銃器、機動兵器。それらを全てをマスター。 それも部隊内では上位の成績を必ず収めていた。今にして思えば、それを私は誇らしくしていたのかもしれない。

  しかし、全てが変わってしまった。インフィニットストラトスの登場によって。

  女性のみが起動できるというパワードスーツ。我々黒うさぎ隊にそれは充てがわれた。さらに適性を上げる為にナノマシン移植手術を受けることになった。だが私は手術に失敗。こんなふざけた右目を得てしまった。IS適性も然程ではなく、一気に部隊最底辺にまで転落してしまった。

  出来損ない。私のことをデザインチルドレン担当官がそう言い表わしていた。

  失意の中、私はただ息を吸っては吐く、そんな生活を送っていた。

  そんな生活にも転機が現れた。織斑教官が来独してきたのだ。教官は私達を指導してくださった。特に私には気に掛けてくれた。教官は才知を遺憾無く発揮。部隊を練度を底上げしたばかりか、私を再び部隊トップにまで押し上げてくださった。

  確かに私は部隊トップだが、教官と比べればまだまだ未熟。故に直接訊いた事があった。『どうして教官は、其処までお強いのですか?』教官は私から目線を逸らし目を窄めて言った。『さあな。どうしてだったかな?』思いもよらない回答だったが、それよりも驚いたのは教官の表情だった。凛々しく美しい教官の顔が、やつれて老いて見えた。私はその表情の理由に直ぐに答えを見つけた。

  教官の輝かしい経歴。その唯一の汚点にして教官の弟。織斑一夏。

  彼の所為で教官はモンドグロッソ二連覇を逃してしまった。

  例え教官の肉親でも容赦はしない。

  そう思っていたのに。お前は…。

  泉丹陽。

  どうしてお前は私を否定する。私を倒すことで私の強さを否定する。教官から得た強さを否定する。私の全てである教官を否定する。

  だから負けたくない。負けられない。

 

 

  倒す。泉丹陽。貴様を絶対に倒す。




オリジナルIS解説
メタルゲロッグ
モンテ ビアンコの原型機で、元は日本の第1世代機。
ISとしての路線がまだ混沌としていた黎明期らしく、全身装甲(フルスキン)ならぬ全身骨格(フルスケルトン)を最大の特徴としている。
全身を張り巡らされたフレームにより重量が増しているとはいえ、各部に慣性制御に頼らないアクチュエータを備え、膂力の出力比は第3世代にすら勝るとも劣らない。さらに全身骨格は機体強度も非全身骨格機を圧倒しているため。同世代と比べ取っ組み合いは圧倒、上位世代も同等以上の以上のものだった。
射撃戦も、フレキシブルアームで繋がれた大楯で同世代に差を付けていて。大楯自体もその偏った重さによってバランサーとしての機能が発揮され、機体の運動性の底上げに貢献していた。
しかし欠点も多い。というか、流石のトライアル落ち。
まず、機体自体の重量が凄まじく、通常のISのスラスターが使えなかった。そこで装備されたのがサーモリック弾を推進剤に使う超跳躍補助装置。しかしこれが難物だった。
超跳は最大出力を出すには足場、つまり家屋などの障害物が必要になる。PICの足場もあるが、それでは限界があった。つまりそれは家屋を破壊しながら戦闘するという構図になり、関係者の眉を潜めることになった。
さらに、跳躍を使用した戦闘では直角的な軌道で切り返しをすることになるが、跳躍で切り返しをする時に発生するGに耐えられる女性操縦士がいなかった。その結果、最大出力で超跳を使う機会なく、カタログスペックでは圧倒しているトライアルのライバル機に模擬戦では、一方的な試合になってしまった。
挙句、運用試験では足を折ってしまう上、カタログスペック上でも戦略機動はライバル機に追いつけないというありさま。
全身骨格は格闘戦は強くなるが、格納容量を圧迫してしまう上、整備性も劣悪なものになってしまうという欠点もあった。
結果、モンテビアンコの原型機は、正面戦闘が少し強いが、機動性も整備性も劣悪。しかも、いざ戦闘が起きれば、家屋を破壊する。飛行性能が低いことも追い風になり、欠陥機の烙印を押される結果なったのだ。
全身骨格は解体するにも手間がかかるため、その手間を惜しんだため倉庫に保管又の名を破棄されることになった。
しかし、月日は流れた。 対G能力を上げるハードタイプのISスーツが開発され、トライアル時にはいなかった男性操縦士出現。しかも、その男性操縦士が機体強度がある機体求めているという偶然が重なり、再び日の目を見ることになる。


補助脳や電子妖精、有機部品といったオーパーツは次回解説を入れます。


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34話

  満身創痍ながらも自己再生可能なセンサーを持つビアンコを纏った丹陽は、たった今倒したはずのラウラの変化を見逃さなかった。

  ラウラの機体、そのフレームが突然黒色の液体が噴出。ラウラを包み隠しむくりと起き上がった。

  黒い液体は激流の如く対流を繰り返し、流れが弱まるにつれ形を成して行く。

  成形が終わり、波紋1つないそれは液体から固体への凝固を終えてた。

  丹陽も資料でしか見たこと無いが、あれはIS 暮桜とそれを纏った織斑千冬に瓜二つ。生気は無く、まるでデスマスクのように静寂に佇んでいた。それも一瞬だけ。

  手に携えた打刀を翳し、丹陽目掛けて襲いかかる。

  確かにラウラのISはセーフティラインまで追い込んだ。たが、抜き身を引っさげで迫る相手にそんな遠慮は要らない。経験則からも丹陽は迎撃行動をとる。もっとも超跳が作動しない以上、離脱という選択肢は与えられてないのだが。

  ラウラもとい、千冬もどきは間合いに入るや否や上段から振り下ろす。

  丹陽は右に半歩で回避。同時に拳を握り締め、打ち出す。

  タイミングは完璧だった。だが先に打刀が丹陽の胸部装甲を打つ。

  千冬もどきは、振り下ろしを回避されながらも中段で刃を横に倒し丹陽の胸部に打ち込んでいた。

  丹陽はそれでもパンチを強行。

  千冬もどきは丹陽のリーチの外に身を翻し、丹陽のパンチを回避。それに釣られ打刀が引かれる。引かれたことにより打刀がノコギリのようにビアンコの胸部装甲とシールドエネルギーを削った。

  千冬もどきは地面を蹴り、再度丹陽に突貫。丹陽、盾を構え、突貫に備える。

  電子妖精、その鱗粉で構成された盾を上回るサイズのレドーム状センサーが、盾の向こうに千冬もどきの接近を探知。すかさず盾を突き出し、シールドバッシュ。

  手ごたえがない。

  避けられた。そればかりか丹陽の脇に飛び出る。千冬もどきは既に突きの構えを取っている。

  弾丸を思わせるような速度で突きが繰り出される。

  咄嗟に身体と盾を回し、突きをいなす。が丹陽の頬をかすめ、ヘルメットの一部を抉られた。

  丹陽は怯まず、またも拳を打ち出す。

  千冬もどきはその拳を踏み台に高々に跳躍してみせた。ついでに丹陽の肩を斬りつけるのを忘れない。

  千冬もどきは丹陽を圧倒していた。明らかにラウラの操縦ではない。似姿同様、千冬がまるで操縦しているようだった。スラスターや単一機能の類は無いが、寧ろあれば最初の一太刀で終わっている。

  ビアンコは五体満足ではない。シールドエネルギーはまだだいぶ残っているが、ビアンコに兵装はもう無い上、フレームは彼方此方から異音を放っている。ワイヤー付きのアンカーはスキンバリア程度で弾かれる。超跳は、圧搾空気だけならまだしも推進剤を使えば確実に左脚が爆散する。寧ろ立っているだけでも奇跡だ。

  最悪なのは、コア干渉で残り時間が1分。その時間が過ぎれば問答無用でISが停止する。

  本当にもう打つ手がない。アポテムノは簪が見ている前では使いたくない。だが、このままでは確実に負ける。

  負けるか、右足の怪物を披露するか。

  今まで一時も平時と変わらなかった丹陽の動悸が早くなる。それに呼応するかの如く、ビアンコの長耳。そこに電子妖精の鱗粉が凝縮し始めた。

  丹陽は感覚が霧が晴れるように研ぎ澄まされ、頭が冷水を浴びたように冴えるのを感じた。

 

 

  ピット内。

  山田と千冬はラウラに起こった変化に動揺を隠せずにいた。

「あの機体、フレームの中にナノマシンを隠していたのか」

  ラウラを取り込み自身の造形を模っているそれは、恐らくナノマシンの集合体。千冬はそう結論付けた。

「山田先生。2人からの応答は?」

  マイクに向かい、丹陽とラウラの名前を呼んでいる山田に訊く。

「2人とも応答ありません。そんなどうして丹陽君まで」

「鱗粉による電波障害でしょう。ISコアによる通信なら問題と思いますが。山田先生、ラウラ機のデータをすぐにまとめてください」

「はっはい」

  千冬は山田に覆い被さるように身を乗り出してコンソールを操作、アリーナ外で待機しているISを纏った教員にチャンネルを合わせた。マイクに口を寄せる。

「手短に説明する。緊急事態が発生した。直ちにアリーナに、IS用の運搬路を使用して突入。丹陽と交戦しているラウラ機を停止させろ。時間が無い。火器の使用を許可する」

「織斑先生!」

『え?』

  山田は振り返り、通信機越しの教員も聞き返した。

  火器の使用。つまり、生徒であるラウラを撃てと命令している。確かにラウラは絶対防御に護られてはいるが、それでも山田や教員には抵抗があった。

「丹陽のビアンコは超跳がもう使えまい。離脱出来ないんだ。ビアンコの稼働時間はあと1分もないんだ、強引な手を使うしかない。早くやれぇ!」

『りょ、了解』

  千冬に気圧され、教員は承諾。また山田も飛び上がるのもくっと堪えて前に向き直った。

「あの2人を助けるにはこれしか無いんだ」

  千冬は震える右腕を左手で押さえていた。まるで自分の無力さを呪うように。

 

 

「観客席での非難誘導は?」

  轡木は携帯端末握り締める用務員に問う。

「もう始まっているようです。それに外の教員たちもISを起動。ラファール3機が泉、ボーデヴィッヒ2名の救助を目的に突入する模様です」

「そうか」

「ドイツの士官は拘束しますか?」

「要らんよ。どうせ向こうから来る」

  こうも大勢の前であのシステムが晒されたんだ。隠蔽はもう不可能。あとIS委員会なり国連なりに事後処理は任せればいい。

「しかし、まさか勝つとはな」

  予想外だったとはいえ、VTシステムが作動したのは丹陽の所為には出来ない。自分が迂闊だった。丹陽は勝てないと信じていたからだ。VTシステムなど聞かされていない丹陽を責められない。

  しかし私は後悔はしていない。これでもう、あのシステムに犠牲になるもの居なくなる。

  後はあの2人が助かれば、最高だが。千冬が既にISを突入させている。この様子なら特に問題はないだろう。

「ん?」

  ポケット携帯電話が振動していた。相手はドイツ士官だ。

「今更何を」

  悪態をつきながらも、嫌味の1つでも言ってやろうと轡木は電話に耳を添えた。

『轡木、君に伝えなければならない事がある』

  様子がおかしい。喉元まで来た嫌味を腹に押し込んだ。

「なんでしょう?」

『君にラウラを助けて欲しいんだよ』

  VTシステムが搭乗者に後遺症が残る程の負荷をかける事だろうか。ならば、教員たちが強制停止させて止める筈だが。

「何処の所属だろうと、ボーデヴィッヒ君はIS学園の生徒です。頼まれなくとも救出する所存ですが」

『いや、そうなんだが…』

  歯切れが悪いドイツ士官の様子に、轡木は苛立ちを覚えた。が、ここで怒鳴ってはいけないと、堪えた。

「何でしょうか?」

『その…』

  ドイツ士官の言葉を聞き、轡木は怒鳴っていた。

「馬鹿野郎ぉ!それを早く言え!」

  轡木の怒声に用務員は震え上がった。視線をやると轡木が此方を見ていた。

「織斑先生を連絡を」

  と轡木が比較的冷静な口調で。

  怒りは怒声で全て吐き出し。冷静に次の行動に移っていた。

「はっはい」

  轡木は電話の向こうの人物との会話を再開させる。

「で、どうすれば止まるんだ?」

 

 

 

  これだけのシールドエネルギーがあれば、有機部品は十分に増殖可能。触媒は空気よりも密度のあり下に広がる砂を使えばいい。甲殻化の方法はアポテムノからビアンコに転写してくれている。武器は……作ってもらうか。

  モンテビアンコ、その長耳に鱗粉が集まり山吹き色の光をギラつかせている。光の中、無数の鱗粉が旋風の様に渦巻いている。

  ー横薙ぎに一太刀。外れれば、突きー

  千冬もどきが水平に打刀を振るう。丹陽は圧搾空気を放出しながら後退、回避。千冬もどきは打刀を振り切らず、切っ先が丹陽の胴を向いた、その瞬間。切っ先を突き出す。

 ー回避されれば振り下ろしてくる。予めアンカーを後方に射出しておけば回避し、時間を稼げるー

  丹陽を背中を反らし、突きを回避。同時にアンカーを後方に射出、巻き上げた。それにより、直後に振り下ろされた打刀も避ける。

  千冬もどきから間合いを離した丹陽は、体勢を戻すことはせずにそのまま地面に仰向けに倒れる。

  ビアンコの背中。黒い液体、有機部品が溢れ砂地に溜まりを作っていた。有機部品はシールドエネルギーを動力に砂を喰らうように取り込み増殖する。

  ー跳躍し、体重を乗せた刀を突き立てるー

  有機部品が背中に纏まりつき筋肉に変異。有り余る膂力を駆使して、後転しながら跳び起きる。

  直後、千冬もどきが打刀を地面に突き立てていた。その場所は、コンマ数秒前に丹陽の腹があった場所だ。

 ー逆袈裟斬りからの唐竹切りー

  またと無いチャンスが来た。正真正銘、捨て身にして最後の攻勢に出る。

  千冬もどきが打刀を抜くや否や、踏み込みながら逆袈裟斬り。

  掬い上げるように振られた打刀は丹陽の脇から入り、肩から出て行く。だが、丹陽を切ることは無かった。

  丹陽を切った打刀は虚像に過ぎず、実体はまだ打刀を地面から抜き終えたところだった。

 ー唐竹切りは左肩に打ち込まれる。刀を捕らえられれば、量子化で持ち手を変えるー

  背中を補強していた筋肉が黒い液体に戻り、左肩に這い上がる。黒い液体は左肩から上腕全てに覆いかぶさった。

  実体の打刀が虚像が描いた軌道をなぞるように走る。

  丹陽は僅かに後退、軌道から逃れた。そして、その軌道に右手を差し出す。

  千冬もどきの剣術は本物と比べても見劣りせず、ビアンコの右掌を紙切れの様に裂いた。

  鋭角に切り裂かれた掌は指を全て失う。だが、丹陽の思惑通り、先端は槍の様に尖っている。

  ビアンコの掌を斬り裂いた打刀を返し、千冬もどきは上段で構える。矢継ぎ早に打刀を振り下ろす。打刀は間違いなくビアンコの左肩を捉えた。

  打ち込まれ打刀はビアンコの甲殻に僅かに刈り込みが入っただけで、ビアンコにダメージは一切入っては居なかった。

  左肩の筋肉を収縮することにより、硬化、高密度化。筋肉はあたかも甲殻ような硬度と強度を誇っていた。

 ー持ち手を変えた刀が右腕の関節を突き破るー

  だが、間に合わない。

  ビアンコの左上腕を覆う筋肉を動力に、半ばの関節を曲げ千冬もどきの打刀を捕らえた。これならもう避けられない。

  打刀が光の粒子に変わり始める。量子化させ持ち手を変えるつもりだ。予知通りに。

  ビアンコの前腕、その先端を千冬もどきに向けたまま腰に添えるように腕を引いた。

  貫手。ビアンコ、渾身の力を込め打ち出された鋭端は、千冬もどきの脇腹を捉えた。

 ー貫手はナノマシンの外皮を破り、中身のラウラに到達。ラウラの細い体を内臓を搔き乱しながら貫通。鮮血がアリーナ端の内壁にまで飛び散るー

  ラウラを覆い隠しているIS。その宿主のラウラを守ってはいなかった。

 

 

  丹陽の貫手は千冬もどきの外皮を潜り、ラウラに触れる寸前のところで止まった。

  千冬もどきはシールドバリアーが無く、中のラウラを一切保護していない。

 ーラファールのライフル弾がラウラに直撃ー

  いつの間にか、教員がアリーナに突入して来たらしい。だが、事態は悪化している。

  ラウラは今や生身も同然。いくら威力を落としているとはいえ、ISの火器を人間に向ければ遺体も残らない。教員たちが構えるライフルを受けたら、ラウラの体は衝撃波でジャム状になる。

  丹陽はラウラの身を案じたが、それどころでは無くなってしまった。遂に打刀がビアンコの右腕を貫き、肘から先を奪ったからだ。

  自分かラウラか。ラウラを殺すのは簡単だ。スキンバリアも無いらしく、ワイヤーアンカーを打ち込めば一撃で済む。手を汚したく無いなら、教員がラウラを仕留めるのを待てばいい。逆にラウラを助ける場合、今度は自分の身が危険に晒される。ラウラのISを強制停止されられない以上、反撃は許されず俺は攻撃に晒されるたままになる。ビアンコが稼働している間は問題ないが、強制停止した時、俺は生身になる。アポテムノも起動しないだろう。そうなれば間違いなく死ぬ。

  自分かラウラか。

  ビアンコの光る長耳は丹陽に未来を聴かせることはできても、正しい道を囁いてはくれない。自分で選べということなんだろう。

  丹陽は選んだ。俺は簡単には死なない。死神にも嫌われてる。

  ビアンコの左足、足裏から圧搾空気を放出、千冬もどきの後ろに躍り出た。

  千冬もどきの死角を取る為では無い。

  教員がのライフルから放たれた弾丸は、突然に躍り出たビアンコの背中を撃った。衝撃で丹陽は地面に体を投げ打ちながらも、千冬もどきの追撃から身を守るために盾で身体を上から覆う。

 ー別の教員が続けて単射ー

  丹陽は身を呈してラウラを守った。だが、教員は丹陽が千冬もどきの追撃を回避するために背後に回り込もうとして、誤射してしまったと判断。次弾を打ち込もうとしていた。

  丹陽とラウラにとって幸いだったのが、最低限の射撃だけで仕留めるためか1人ずつ単射で千冬もどきに撃ち込んでいたこと。

  丹陽は次弾が放たれる前に教員にコアネットを通じて呼びかけた。だが、少し遅かった。

 ー千冬もどきは回避せずに、刺突ー

『先生方へ、ラウラの攻撃を中止してくださいって!えい、お前も避けろやぁぁぁ!』

  丹陽の呼びかけも虚しく、教員が次弾を発射。千冬もどきはそれを知ってから知らずか、回避などせずに打刀を逆手に握り切っ先を丹陽に向けていた。

  ラウラに向かって伸びる弾丸の弾道上にビアンコの盾を垂直に立て、弾丸を弾き。同時に左足で自らに伸びる剣先を蹴り飛ばすように逸らした。

『何をしているの泉君?』

  教員からのコアネットを通じて応答が有った。

  丹陽は直ぐには答えられなかった。千冬もどきがテークバック無しでビアンコの左脹脛を斬り裂いき、突きを放っていた。

『ラウラのIS。シールドバリアーを張ってないんです』

  突きは盾を保持するフレキシブルアームを貫いた。

『何、それは本当か?』

『命かけてんが見えてんだろ!』

  丹陽の言葉を聞き入れてか、教員たちが銃口を下に向けた。

『織斑先生からも同じ報告が来ている。どうやら事実らしいな』

  これで一安心。

  できなかった。

  フレキシブルアームを貫いていた打刀を横に切り抜き、アームを両断してしまった。

  丹陽は転がり、アームを失い降ってくる盾を避けた。

  ラウラは助かったかもしれないが、丹陽に迫る危機は喉元にまでその刃を伸ばしていた。

  四肢を落とされ、ダルマにされたビアンコの稼働時間、残り10秒。

 

 

『そんな。冗談ですか?』

  電話越しに千冬の困惑した様子が伺えた。

「私が冗談を言う性質てやはないことは分かっているだろ。今直ぐに攻撃を中止させ、丹陽の救助を急がせなさい」

 と轡木が。

  ドイツ士官によれば、VTシステムは作動中、シールドバリアーがダウンしてしまう。理由は、ISの稼働中は主導権は操縦士にあるが、その操縦士が意図しない操作を行うためにシステムが強制的にISを服従させることにより、一種の誤作動が発生しているとのことだ。

『了解です』

  丹陽が貫手を繰り出したときは冷や汗をかいた。だが、丹陽はその貫手を止め、寧ろ今はラウラを守っていた。

  そういえば、あの光る耳が出現してからラウラの攻撃を見切っている。予知でもしているのか。

『ラウラへの攻撃を中止、丹陽の保護を教員達に命じました』

「そうか。丹陽の保護が終了後はラウラ機をアリーナの外に出さないように命令してくれ」

『…それだけですか。あのシステムは』

「搭乗者に負担が掛かる。だから、禁忌とされて来た。このままではボーデヴィッヒ君に何らかの後遺症が残るかもな」

『それが分かっているなら!』

  千冬が食らいついた。危機に瀕している教え子に何も出来ない歯痒さからだろう。

  轡木は目を伏せた。

「逆に聞くが。何が出来る?気持ちは分かるが、取り乱すな。現場の教員にも動揺が広がる」

『分かりました』

  千冬は食い下がった。今の自分に出来ることは無いと、再認識したからだ。

  千冬の了解を得ると轡木は通信を切った。すると、別の人物に電話をかけた。

  轡木が目を伏せたのは、何も出来ない無力感からではない。

  ラウラを救う方法ならある。だが、確実に千冬は了承しないだろ。

『もしもし、どちら様ですか?』

「織斑一夏君か?」

 

 

 

  少しでも距離を取ろうと丹陽はアンカーをアリーナの内壁に打ち込み巻き上げた。

  その間も千冬もどきは執拗に丹陽を追撃する。ダルマにされアンカー以外に移動手段の無い丹陽は、繰り返される斬撃を堪える他に無かった。

  繰り返される斬撃の末にワイヤーアンカーの片方が切り落とされる。

  ビアンコ稼働時間、残り8秒。

  千冬もどきが踏み込み、上段に構えた打刀を振り下ろす。

「泉君、早く逃げて」

  教員の1人が間に割り込み、直剣で千冬もどきの打刀を受け止めた。

  残りの教員は少し出遅れてしまったが、全力で丹陽の元に向かっていた。1人目の教員が時間を稼いでいる間に丹陽を救出するつもりだ。

  千冬もどきは丹陽への障害を認識すると、登録された千冬本人の記録を呼び起こす。その障害を排除するために。

  千冬もどきは鍔迫り合いの状態のまま、半歩斜め前に踏み込んだ。

「くっ……」

  千冬もどきの位置が変わったことにより、打刀の切っ先が教員の頭部に向いていた。 空かさず放たれた強烈な突きが、教員の頭部を打った。ISのシールドバリアーは打刀が頭部を到達するのを防いだものの、刺突は大きく教員を仰け反らせた。

「まだやれる、っはぁ」

  倒れこみそうなりながらも踏ん張った教員。その真横に千冬もどきは立っていた。教員がそのことに気がついたのは、今まさに打刀を振り下ろすところだった。

  打刀は教員、ラファールの両手首を落とす。両手首が地面に落ちる前に、千冬もどきはラファールのスラスターを掴み噴出口から内部を一突き。

「あっ、あああ!」

  内部を破壊されたスラスターが暴走。教員はデタラメな噴出をするスラスターに振り回され、スーパーボールみたいに跳ね回る。

  ビアンコ稼働時間、残り5秒。

  千冬もどき障害を排除した。だがまた新たな障害が現れる。

  2人目の教員が立ちはだかる。

  千冬もどきは身を低く間合いを詰め、逆袈裟斬りを放つ。

  教員は打刀の太刀筋を読み直剣で受け止めた。

  教員は1人目の二の舞いにならないように、切っ先を警戒した。しかし逆だった。

  千冬もどきは手首を返しながらさらに踏み込み、殴り合いの間合いに。

  手首が返されたことにより、打刀の柄頭が教員に向く。

「いたっ」

  千冬もどきは柄頭で教員の顎を強打、教員を突き上げた。

  教員が地に足をつけるよりも早く、千冬もどきは打刀を横に振り教員がを薙ぎ払う。

  ビアンコ稼働時間、残り3秒。

  最後の教員は丹陽を起こしていたところだった。

  後ろで別の教員が一瞥されたのを察知。盾を構え、時間を稼ぐ。

  千冬もどきは盾目掛けて、刺突。

  打刀はラファールの盾を貫く。が、本体には届かずに止まってしまう。

  教員はそれを確認すると、安堵した。得物さえ押さえれば止められる。

  教員が打刀を握りしめる。

「あれ?」

  手ごたえがない。握りしめられなず、指の間から光の粒子が漏れていた。

  千冬もどきは打刀を量子化。先程と同様持ち手を変え、上段に構えていた。

  強烈な振り下ろしは、丹陽の最後の守りとなる教員を構えた盾ごと砂地に沈めた。そして、地面に横たわる教員を踏み越え、丹陽に肉薄する。

  まだ教員達のラファールは起動していたが、誰一人として丹陽をカバーできる位置にはいなかった。

  モンテビアンコ、強制停止。駆動系は勿論、シールドバリアーも無くなる。

  防護能力が一切無くなったビアンコに千冬もどきは一足で間合いに踏み込み、横一線に斬り裂く。

  シールドバリアーが機能していないビアンコは、千冬もどきの斬撃を受け切れるはずもなく。上半身と下半身は分断、二等分にされてしまう。

  上半身は千冬もどきの斬撃の威力を証明するように、宙に跳ね上がり。下半身は断面から大量の液体を噴出させながら鎮座していた。

 

 

  簪はスピーカーきら流れる避難誘導に従い、非常口に向かっていた。特にすれ違う人も居らず、問題も起こらず出口にたどり着く。

  あと数歩踏み出せば外に出れるが、簪はそうはせずに振り返る。

  丹陽を待っていた。

  具体的に何が起こっているか、簪は把握はしていなかった。

  ラウラのISが再起動していた。しかも丹陽に襲い掛かっていた。そこでモニターは切れ避難指示が流れたため、その後は分からない。しかし、異常事態に陥っているの理解出来た。そうなれば丹陽も避難しているはず。ならば、ピットを通ってここを通るかもしれない。出入り口は他にもあるので通らない可能性もあったが、簪は丹陽を待った。

  その時、簪は頭に電流が流れたような衝撃を覚えた。

  モニターで最後に確認して丹陽の状態を思い返した。ビアンコはOSが特殊な上、フレーム重量が通常の2倍近くあるため、慣性制御による飛行が出来ない。にも関わらず超跳が不調で片足も無い。そこから導き出される可能性。

  丹陽はそもそも、アリーナを脱出できたのだろうか。

  簪は踵を返した。走りながら自身のISの状態を確認した。

  打鉄弐式はセーフティラインまでシールドエネルギーは減っていた。だが、そもそもセーフティラインまで残っていれば実は戦闘事態は続行可能。射撃武器の類は全て破壊されてしまっているが、戦闘を目的にしてなければ打鉄弐式はまだ十二分に働いてくれるはずだ。

  簪がピットに着いた。その場には誰の姿も無く、状況を確認することもできない。だが簪はすぐさまISを展開。 カタパルトデッキを抜けアリーナに入ろうとした。

「簪ちゃん!何しているの?」

 肩を掴まれた。振り向けば姉である楯無がいた。

 楯無は簪同様にISを纏っている。

「私は別に……お姉ちゃんこそ?」

  簪は言葉を濁し、楯無の格好に目線を走らせる。

  楯無の手には既に騎槍が握られていて。事態がかなり悪化しているのがわかる。

 ありのままを伝えれば止めらるのは分かりきっだ。簪は言いくるめようと頭を捻った。

「私はこれから生徒会長としての役目を果たしに行ってくるから。だから、簪ちゃんは早く避難して」

  簪は知恵を絞り、納得させる言を考えついた。

「丹陽が……」

  だが、口が付いてこなかった。

「だから、丹陽は私が……」

「私も!」

  大声を貼った。自分への苛立ちからだ。

「私も専用機持ちだから、織斑先生から丹陽の救助要請が来てて」

  簪は言い切った。安堵を覚えたが、油断出来ない。確認の為に連絡を取られれば一発で嘘だとバレる。

  楯無は簪から視線をずらした。目の動きから、網膜投影された情報を見ているのが読み取れる。

「……わかったわ。でもあれと交戦しちゃダメよ。私が足止めするから、丹陽を連れてアリーナから退去して。いいわね?」

「うん」

 楯無はカタパルトが迅速にアリーナに突入した。

 どうやら事態は急を要するらしい。そもそもあれとは?

  簪は後悔と緊張で張り裂けそうになる焦燥感を胸に覚えた。しかし、立ち止まってる暇はない。丹陽の命がかかっている。

  簪は楯無に続いた。

 

 

 アリーナ観客席。

 ラウラの機体から黒い液体が現れるたかと思えば、遮断シールドが濁り、不可視化。アリーナの内部の様子が分からなくなった。さらに警報が鳴り響き、避難を促す放送が流れた。

「何が起きたんだ?」

 一夏が辺りを見渡すが、周りも訳も分からず、放送に従い出入り口に向かっていた。

「一夏!なにボサってしてるの?早く避難するわよ」

 鈴が袖を引っ張り急かす。

「でも丹陽が危ない目に遭ってるかもしれないだろう?」

「大丈夫よ。前回の襲撃事件の反省から、先生達がISを纏って待機しているから。私たちが出しゃばっても邪魔なだけよ」

「……分かった」

 渋々一夏は鈴に従い出入り口に向かった。しかし、アリーナ内の様子は気になる。

「白式分かるか?」

[通信を傍受したところ。アリーナ外で待機していた教員に突入命令が下ったようです。目的は丹陽の救出で、銃火器の使用許可も下った模様です]

「銃火器?未確認機……はいなかったはずだが?」

[最後に目視した様子から、ラウラのISは暴走状態にあると推察されます]

「暴走って、それじゃあ丹陽は……」

 一夏はアリーナを覆う遮断シールドを見つめる。白式ならシールドを破り中に入れるはずだ。

[思考解析、一夏様。その方法はおすすめ出来ません]

 白式が一夏に諌言。一夏は顔をしかめる。

「時間が無いんだ」

[ですが、今シールドに穴を開ければここにいる生徒達も危険に晒されます]

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 耐え切れずに一夏は怒鳴ってしまう。白式がまるで丹陽を見捨てろと言っているように聞こえてならないからだ。

「一夏さん、いきなり大声を上げて。どうなさいましたの?」

 セシリアが一夏に心配し声をかけた。

 一方、シャルルは一夏の狼狽の原因に気がつく。

「一夏、泉君が心配なの?」

「ああ、ラウラのISが暴走しているようになんだ」

 一夏は頷き、今アリーナで起きている事を簡潔に述べた。

 流石に3人は驚き動揺している。

「確かに先生達がいるかもしれないが。俺は専用機を持っている。きっと何か出来るはずだ」

 はっと一夏は思い止まった。今の台詞は独善的だったのではないかと。

 前回、無人機を破壊した時。俺は人が乗ってない事に安堵した。乗っていれば俺は人殺しになる。そんな事を考えてしまった。結局、自分本位なんだ。今回も同じでは無いのか。

[心配しないでください。一夏]

 白式が囁いてきた。

[友人を見捨てられるないのは当然です]

「でも……」

[最短ルートは弾き出しました。行きましょう。泉様だけでなく、彼女も待ってます]

「彼女?……ラウラか……」

 白式から聞かされたラウラの出自。ラウラのあの横暴な態度の根本を、理解出来た気がする。

「セシリア、鈴、シャルル、ここで待っててくれ」

 一夏は3人に背を向けると走り出した。道筋は白式が導いてくれた。

 

 

  千冬もどきはビアンコの噴出された液体を浴びていた。液体はほんの一瞬で千冬もどきの全身を濡らす。だが、直ぐに蒸発し始める。

  ISの制御を離れた有機部品は、空気に変異する性質がある。千冬もどきが浴びた液体は数秒もせずに蒸散してしまう。一滴残らず。そう、下半身から噴出した液体の中に血液は無かった。

  モンテビアンコ、その操縦士である泉丹陽。彼は数十メートル先、背を向け全力で駆けていた。

  ビアンコが二等分される直前。ISコアからエネルギー供給が止まり、丹陽の各部身体を固定していた器具は解除された。丹陽は手動で胸部装甲の分離ボルト作動させ胸部装甲を落とすし背中のコネクターを抜くと、脇目もくれず走り出していた。その直後にビアンコは真っ二つにされた。

  千冬もどきはまだ目標が達成されてないことを認識すると、再度打刀を構える。機械によって制御された千冬もどきは生身の人間である、丹陽に突貫した。

「ごめんなさいね。あれでもうちの生徒だから」

  丹陽に繰り返される斬撃を、専用機を纏った生徒会長、楯無が受け止めた。

  楯無は切り結んだ状態で、一瞬だけ後方を確認する。確認をやめ、千冬もどきに意識を戻すと後方に飛び退き、空中に上昇する。

  千冬もどきは楯無が空中に逃げたのを見過ごす。標的は丹陽だけなのだから。

  しかし丹陽が走っていた方を確認すると、もう既にそこには丹陽はいなかった。

  丹陽はISを纏った簪に抱きかかえられ、アリーナの出入り口の縁にいた。

  楯無が時間を稼いでいる間に、簪が丹陽を救出していた。

  簪は出入り口の奥に消えると、入れ違いにISを纏った教員が出て来た。

  教員のISは両手、非固定部位に、計4枚もの盾を構え出入り口に立ち塞がる。その後ろにも似た装備の教員、数人が控えていた。

  もう手に握る打刀が丹陽に届くことはない。機械故にそんなことも理解出来ない千冬もどきは、出入り口を塞ぐ教員に斬りかかっていた。

  盾を4枚も装備する教員は隙を見せず、千冬もどきが繰り出す攻撃の数々を受け切った。

 

 

  丹陽を抱えた簪は、長い通路を疾走していた。

  簪は意識を後方に集中し、いつあの機体が後を追ってくるかと怯えていた。生身の丹陽を抱えている関係で、速度が出せないからだ。

  だが、ISを纏った教員とすれ違う度に恐怖心は薄まり、出口の光が見えるや、安堵の息を吐いていた。

「ありがとう、簪」

  丹陽も身の安全を確認したのか、簪に礼を言った。

「え?あっうん」

  簪は応えながら丹陽を降ろすと、ISを解除した。アリーナの外は避難する人の列が出来ており、ISでそこに並ぶ訳には行かないからだ。

「ところで簪、中の様子はどうだ?」

  中とはアリーナのことだろ。

  情報を共有してないので簪は知るよしもないが、それを言えば独断でアリーナに入ったことが丹陽に知られる。

「さっき先生達があれを倒したって連絡が」

  簪は流暢に話すことが出来た。嫌なことだが、嘘を付くのが上手くなってる。

  と思っていたが、丹陽は目付きが鋭いものに豹変した。

「簪、お前独断でアリーナに突っ込んだな」

「え?そんなこと……」

「そもそも会長はともかく、教員が揃った状態で生徒を投入するのが可笑しいんだ」

「うっ……」

  よくよく考えれば、いずれ必ず何処かでバレる嘘だった。多分、姉にも説教を貰う。今からでも恐ろしい。

「会長からこってり絞られるだろうから俺からは何も言わないが。でも助かったよ。死んでたかもしれない」

  丹陽の言葉が唯一の救いだった。その先丹陽は口を開いたが、簪は列に紛れて雑音で聞こえなかった。

「でも、あんまり俺の為に命を張らないでくれ」

 

 サ?

 千冬は仏頂面でモニターから目を離さずにいた。教え子であるラウラが自分の似姿を取ったISに取り込まれ暴走している。轡木の話によればドイツが搭載したVTシステム

  と呼ばれるものが原因だとのことだ。

  ドイツ側の責任と思うのは簡単だった。だが、千冬は自身に恨んだ。

  ラウラのコンディションが万全では無いことは承知の上で、トーナメントに出ることを黙認した。すれば、専用機持ち同士が当たるように組まれたトーナメント。必ず丹陽に当たる。

  ラウラの自信を砕き、さらには兵士としてより洗練されより残酷な一面をもつ丹陽。彼ならラウラの考え方を変えると思っていはさ

  織斑千冬である私に依存し力を信奉するラウラをささ との試合で変わると信じていた。だが、劇薬だったようだ。

「泉君は脱出に成功した模様で

  と報告が上がる。

「そうか」

 千冬は抑揚の無い声で返した。

 モニターではラウラが教員の一団にアリーナ中央部まで押し返されていた。

 攻撃を加えて強制停止させられない以上、エネルギー切れを待つしか無い。幸運なことにラウラを覆うナノマシーンで作られた蓑は維持にエネルギーが多く必要だが、その点を打ち消すようにエネルギー消費の低い打刀しか使用していない。

 時間が経てば経つほどにラウラに対してのダメージが深刻化する。だが、もう千冬には見守る他に手はなかった。

「なんだ?増援?」

 モニターの端に新たにISが現れたのを千冬は認めた。しかもそのIS、自分がよく知る機体だった。

「白式…一夏!」

  アリーナに突如として現れたのは、白式を纏った一夏だった。

 

 

 一夏はISの搬入路まで全力を維持したまま走破した。そこでISを展開、出入り口の縁に立った。

 丹陽の専用機が真っ二つになっているのを見て心臓が止まるところだったが、血溜まりがなく真っ二つになった丹陽がいないところを見るに脱出に成功しているようだ。

「あの機体、ラウラなのか?」

[コア反応はレーゲンと一致します。間違いありません]

 ラウラのISは暮桜を纏った千冬の姿その物だった。

 自分を似せるほどまでにラウラにとって千冬は大きな存在だった。だからこそ千冬に鍛えられた自分を、しかも量産機で圧倒する丹陽の存在を許せなかった。

 丹陽を助けるという当初の目的が果たされ、呆然と一夏は立っていた。

 ラウラのISは盾を構えた教員の機体に囲まれていた。剣を振るい突破を試みるが、教員の壁は厚く、例え1機を下したところで僚機がその隙間埋め、教員達はラウラの突破を許さなかった。

[一夏様、着信です。非通知ですが]

 携帯は量子化されている筈だが、白式が機能を肩代わりしているようだ。

「非通知?出てくれ」

 タイミングがタイミングだけに、今起きている事象と無関係とは思えず一夏は電話に出た。

「もしもし、どちら様ですか?」

『織斑一夏君か?』

 嗄れた低い男の声。電話相手は相当な年配の男性と推測した。

「はい。って貴方こそ誰なんですか?」

『しがない下っ端だよ、IS学園のな。私の正体よりも君に話し頼みたい事がある』

「ラウラのISの暴走の事ですか?」

『ああ、そうだ』

 男は頷く。

「ちょうどいま、アリーナの出入り口に居ます」

 電話の向こうの男はだんまりとした。

『……流石の行動力だな』

「男なら当然です!」

[一夏様、恐らく皮肉です]

「え?」

 男がわざとらしく咳払いをすると、話しを続けた。

『ラウラ君のISは暴走しているが、我々は停止できずに手をこまねいているんだ。銃火器を使用しての強制停止を図ったのだが、問題があってな。ラウラ君のISはシールドバリアーを貼っておらず、攻撃を加えればラウラ君は無事では済まないんだ』

「そんなことが。今みたいにでもだったら止まるまで抑えてはダメなのですか?」

『ISの暴走を引き起こしている要因はVTシステム、つまりヴァルキリートレースシステムが悪さをしている。VTシステムはシールドバリアーを停止させる不具合ばかりか、ラウラの身体に悪影響を与えている』

「そんな」

 アリーナで起こっている非常事態は一夏の予想以上に悪かった。

『時間の経過とともに取り返しのつかない事になる』

「だったら俺に何か出来る事はありません?」

 食い気味に言う。ここに辿り着かせたのが正義感によるものなら、この発言も正義感によるものだった。

『話しを最初に戻そう。君に頼みたい事がある』

「それで俺に連絡を」

『ああ、零落白夜を持ちで尚且つ、白式の性能に相応かそれ以上の実力を持つ君に頼みたい』

「分かりました、やります」

 一夏はそう言ったが、男はまたも黙ってしまった。

『有り難いが……忠告しておく。承諾する時は具体的に何をやるか聞いてからにしろ』

 脅すような言い方だった。

「え?でも」

 一夏は釈然としなかったが、そんなことは意に介せずに男は話を続け、一夏にラウラのISの停止の仕方を教えた。

『以上だ』

「あの……気になることが」

『なんだね?』

「貴方は一体何者なんですか?」

『時間が無い、切るぞ。君がラウラ君を助けた後でまた連絡を入れる』

[通信切れました]

 白式の報告どうり、電話は切れていた。

[どうしますか……申し訳ございません。愚問でした]

「ああそうだ。行くぞ!」

[お供します]

 一夏はスラスターを噴射、白式を纏いアリーナに降り立つ。

 

 

 千冬はアリーナに一夏が現れたのを確認すると、瞳を目一杯まで開き驚く。

「それを貸してください」

 山田に有無を言わさず、ヘッドセットを奪うと一夏に呼びかける。

「何をしている、一夏」

 普段はいくら動揺していてもそれを隠していたが、今は全く隠す気すら千冬には起こらなかった。

『ラウラを助けるだ』

「馬鹿者が!貴様に何が出来る。だいたいラウラの機体に攻撃を加えれば……」

『シールドバリアーを貼ってない。だろ?わかってるさ』

「何故お前がそれを知っている?」

『それとラウラの機体を止められるのは俺だけなのも』

「その情報は誰からだ?」

 一夏は何も答えなかった。モニターに映る一夏は決意を固めて、千冬が何を言って揺らぎそうにはなかった。

『千冬姉に取ってもラウラは大事なんだろ?』

「私の話を聞いているのか!とにかく……」

『俺も千冬姉みたいに誰かを守れる人になりたいんだ!だから行かせてくれ』

 千冬は押し黙る。迷い決めかねていた。ラウラも救いたいが、一夏を危険な目に合わせられない。

「織斑先生、行かせてあげましょう」

 新たにヘッドセットを付けた山田が提言した。

「一夏君なら大丈夫ですよ、千冬先生」

 山田の言葉はそっと背中を押すように、判断を決めかねていた千冬に響く。

 千冬は口端を緩めた。私がこの愚弟を信じなくてどうするんだ。それに白式ならば止められると一夏に情報を流したのは、恐らくあの人だ。

「一夏、覚悟は出来ているな?」

『ああ、やってやるさ!』

 一夏は自信満々に答える。

「違うぞ一夏。後で説教を受ける覚悟は出来ているか?とい聞いているんだ」

『そっそんな……』

 一夏が意気消沈する。

「必ず私の下に来るのだぞ。ラウラを連れてな」

『おう!』

 千冬にぶっきらぼうながらも一夏を激賞していた。モニター越しに一夏が喜んでいるのがわかる。

「ふん」

 だが一夏は、手を開いては閉じる、浮かれている時の癖を見せなかった。

 緊迫しながらも何処か和やかな雰囲気のピットに、水を差してしまう人がいた。

「千冬先生も辛いですよね。弟離れをしなきゃいけないなんて」

 と山田は茶化すように言った。だが、完全に余計な一言だった。

「つまり山田先生は私が弟離れ出来ずに居た、と申したいんですね?」

「え?いや違いますっひぃ!」

 山田は前言を撤回しようと振り返ると、鬼の形相の千冬に恐れ慄く。

「ちょうどいい機会ですし、山田先生も御一緒にどうですか」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 

 千冬との通信を終えた一夏は雪片を握りしめると、千冬の似姿を取ったラウラを取り込んだレーゲンを真正面に捉える。レーゲンは教員達がわざと開けた包囲網の間からこちら向かっている。

 電話の男の話によれば、中身のラウラに当たらないようにレーゲンに零落白夜を差し込めばいいとのことだ。すれば、零落白夜が稼働エネルギーを消耗させラウラのISを強制停止させることができる。

 理屈は簡単だが、容易いことではない。達人の域に達している千冬姉の剣術を掻い潜り、一太刀を浴びせなければならないからだ。しかし臆する暇も理由もない。

「やってやるさ」

 スラスターの推進力でレーゲンに接近。レーゲンは打刀の間合いに一夏が入ると、斬撃を繰り出した。

「流石に速い。けど、見切れないほどじゃないぜ」

 一夏は雪片で斬撃を受け止める。レーゲンの剣速は確かに速いが、ISの補助を受けた一夏は容易にその軌道を見切っていた。

 レーゲンの数振りの追撃も一夏は捌ききる。

 最後の一撃を受け止めたところで流れで鍔迫り合いになる。

 白式の膂力に任せレーゲンの打刀を弾き剣先を逸らす。

「貰ったぁぁ!」

 レーゲンは後方に飛び退く。が、スラスターの有無の差が瞬発力の差に直結、白式に一瞬で詰め寄られる。

 一夏はレーゲンの暴走を、零落白夜の一太刀で止められると確信していた。

「なにっ」

 先にレーゲンの一太刀を脇腹に貰う。

 レーゲンの太刀筋が急激に速くなったのではない、白式が遅くなっていた。

[左腕部、親指の付け根を破損]

 白式の報告通り、左手で雪片が保持できなくなっていたそれにより雪片の剣速がレーゲンのそれを下回り、先に一太刀を浴びてしまった。

「剣を弾いた時に後退しながら切ったのか」

 失念していた。相手は世界トップに立った千冬姉。攻防一体で実用性一辺倒の剣術は、模倣品とはいえ侮るべきで

 はなかった。

 一夏はスラスターを駆使し後退、距離を取る。

「白式、残った指で剣を持てるか?」

 [保持は可能ですが、全速での使用は保障できません]

「なら!」

 白式には瞬間加速がある。

[思考解析。瞬間加速は厳禁です。現在の私たちの技量では直線軌道しか使用できず。万が一にもラウラ様に激突すれば、ラウラ様の生命は失われます]

「じゃあどうすればいいんだよ」

  白式とのやりとりの間にもレーゲンは間合いを詰めてくる。

 このまま後退すれば、レーゲンがアリーナの外に出しかねない。

「意気込んで来たのにこれじゃ……」

 千冬姉は俺を信じて送り出してくれたのに。俺は女の子1人助けならないのか。

[一夏様]

 白式のメッセージが視界を通して脳髄に響く。

[ボロボロでも勝つために追いかけるやつが勝つんです]

 それは俺が白式に言った言葉だった。その言葉通り、諦めなかった丹陽は勝った。

「でも、どうすれば?」

[ラウラは助けを待ってます]

「俺だって助けたい……けど、剣術も剣速も劣っているんだぞって」

 丹陽は2対1で、まともな兵装が無い状態で戦っていた。真正面からぶつかり、勝った。

「そうだ、真正面からだ」

 技量も戦術も関係ない。正面から力押し。それがレーゲンに零落白夜を叩き込む最速解。しかし、力押しはリスクを伴う。

[思考解析。了解しました]

 白式は了承してくれた。かなり白式に負担を掛ける作戦たが。

「ありがとう白式」

[お構いなく。私はあなたのISです]

 一夏が白式の了承を読み取ると同時に、レーゲンが目前まで迫っていた。

 本音は一呼吸休みを入れたい。スラスターの推進力を使えば、簡単に距離を取れる。

 だが一夏はスラスターの推進力を前進に使った。腹を括ってくれた白式に報いるため、そして1秒でも早くラウラを救出するために。

 レーゲンは打刀を振りかぶり、打ち下ろす。

 白刃は一夏の肩を捉える太刀筋を走る。が一夏は回避や防御といった身を守る行動を起こさなかった。白刃は一夏の、白式の肩に当たりシールドエネルギーを削る。

「大丈夫だな白式?」

[はい。痛いだけです]

 白式にダメージが入ってしまうが、この状況こそ一夏が望んだもの。

 一夏は左腕をレーゲンの背中に回し、まるで抱きしめるかのように捕らえる。

「こうすれば実力差なんか関係ねぇ」

 レーゲンの追撃を防ぐことはできなくなったが、一夏の零落白夜も確実にレーゲンに刺さる。

[零落白夜発動。極小範囲に制限します]

 右腕の雪片は、青白いエネルギーの刃、零落白夜を発動させる。零落白夜はレーゲンの中にいるラウラを傷つけないために握りこぶしほどの刃渡りしかない。

「あとは、くっ」

 レーゲンが打刀を逆手に握り、一夏の背中に刺突していた。

「負けるかぁぁ!」

 零落白夜をレーゲンの脇腹に差し込む。

 稼働エネルギーを零落白夜は中和相殺。着実にレーゲンに効果が現れる。

  レーゲンは一瞬、体を強張らせると、狂ったように一夏に刺突を繰り返す。

「くっ絶対に手を離すか」

 白式のシールドエネルギーは潤沢に有ったが、零落白夜とレーゲンの刺突の二乗効果でみるみる底を覗かせる。

[シュヴァルツェアレーゲン、ナノマシンが剥離していきます]

 白式よりも先に限界を迎えたのはレーゲンの方だった。

  レーゲンの体のあちこちから黒い液体がボトボトと落ちていく。稼働エネルギーを相殺され、ナノマシンの外皮を維持出来なくなった結果。ナノマシンが剥がれ落ちていた。

「もう一踏ん張りってとこか」

 千冬の似姿を取るレーゲンだが、ナノマシンが無くなるにつれ氷のように溶けていく。

 レーゲンの上半身が溶解したところ、レーゲンはピタリと動きを止めた。そしてラウラが中から姿を表した。

 ラウラは瞳を閉じ、憔悴しかった顔をうつむかせていた。口元はもぞもぞと動き、言葉を呻いていた。

 小さいが、ハイパーセンサーは聞き逃さない。

「私は……負けるわけには……負けたら私は……」

 一夏は雪片を収納。両腕をラウラに伸ばす。

 指先が触れる寸前、両腕部装甲が光の粒子になった。

[白式の手は少々逞しいので、展開を解除しました]

「そうか、ありがとう」

 一夏は素手を伸ばすラウラを抱き寄せ、レーゲンから連れ出す。

「大丈夫だ、ラウラ。俺が守ってやる」

 一夏優しく囁くと、細く脆い体躯のラウラ抱き抱える。

 ラウラは瞳を開けることなく、一夏に体重を預けると静かに寝息を立てた。

「はぁ、これで一安心って!」

[シュヴァルツェアレーゲン、まだ動きます]

 レーゲンが、主を失いった筈のレーゲンが打刀を振り上げていた。動きはぎこちなく動力はゼンマイかと錯覚するほどだが、レーゲンは確かに動いていた。

「主人に噛み付くとは、躾のなってない番犬ですこと」

 レーゲンの打刀を保持する手首を青白い閃光が貫く。

「先ずは、待て、から教えなきゃね」

 黄色いISが疾風の如く勢いでレーゲンを突き飛ばす。

「じゃあ次は、お座り」

 赤いISは仰向けに倒れ起き上がろうとするレーゲンに不可視の砲撃を叩きつける。

「セシリア、鈴、シャルル。助かった」

 アリーナに3人駆けつけていた。

 それぞれISを纏い、それぞれの特性を活かし一夏とラウラの危機を救ってみせた。

「イギリス代表候補生として、そして一淑女としーー」

 セシリアは得意げにつらつらと話し始めるが、怒声が弾き飛ばす。

『長ったらしく話すな、愚か者。早くシュヴァルツェアレーゲンを停止させろ』

 怒声の主は千冬だ。

 万が一に備え、3人のアリーナの入場を千冬は許可していた。そして今、武装を持たない教員に変わりレーゲンの強制停止を命令していた。

「もっ申し訳ありません。今すぐに、この狂犬を仕留めて差し上げますわ」

 セシリアは、ビームライフル1門、ブルーティアーズ4門を。

「これでおしまいよ」

 鈴は、龍砲2門を。

「一夏下がってて。僕たちがトドメをさすから」

 シャルルはグレネードランチャー2門を。

 それぞれ最大火力をレーゲン1機に構える。

「「「はぁぁぁぁ」」」

 同時に砲門が火を吹き、荷電粒子、あるいは衝撃波、あるいは榴弾がレーゲンに降り注ぐ。

 専用機、3機の最大火力は凄まじく、天に登りほどの砂塵を巻き上げIS学園のある孤島を震わした。

 破片が飛んで来るかと一夏は身構えたが、教員数名がカバーしたおかげで、一夏とラウラは無傷だった。

 砂塵を収まり、砲撃跡地をハイパーセンサーで探査するが粉々になったレーゲンとそのISコアが有るのみだった。

「ふぅ…やっとで終わりか」

 一夏は素直に安堵した。

 ふと手元を見ると、ラウラが安らかに寝ている。あれだけの砲撃をの後で。

「すごい奴だなこいつは」

 すごい奴、と口ではいったものの。一夏は、ラウラをガラス細工を扱うようにやんわりと抱いていた。

 

 

 完全に余談だが。レーゲンの残側回収中に、ISコアは2つ発見された。幸い両方とも無傷。

 1つは当然シュヴァルツェアレーゲンもの。もう1つは、丹陽の専用機、モンテビアンコのものだった。

 セシリアら3人の砲撃はレーゲンだけでなく、転がっていたモンテビアンコの残骸も巻き込み、粉々に粉砕していた。




モンテビアンコの解説の続きです。
主に装備について。


ハルバード
ハルバードを他のキャラが使う予定はないので、名称は単にハルバードか斧槍。3カ所にハードポイントを持つが、その話は後々。

ワイヤーアンカー
モンテビアンコの両腰に装備されている。シュヴァルツェアレーゲンのワイヤーブレードのような、射出後の制御機能は有していないため、完全に移動の補助を目的としている。

大盾
モンテビアンコの背中から伸びるフレキシブルアームに装備されている、大盾。
元々はただの実体シールドだったが、名前をモンテビアンコに改めるとともに、主力戦車の正面装甲用に開発された複合装甲を搭載した。丹陽が使用したラファールの盾同様、裏にウェポンラックがあり先端に固定用の杭打ちが存在する。本来武装用ではない。

超跳躍補助装置
モンテビアンコの脹脛の大部分を占める、ビアンコ唯一の推進機関。脹脛の中でサーモリック弾を爆発させて、その反作用を利用すという豪快な装置。本来武装用ではない。
黒いメガデウスの腕や、吐息に定評のあるロボットアニメの脚部をイメージしてもらえばそれで会ってます。

電子妖精
アポテムノから流用したオーパーツの1つ。
鱗粉とよばれる特殊な粒子を散布。鱗粉1つ1つがアンテナの役割を果たし、可視光から電磁波まで送受信できる。鱗粉群を一定の形状で固定することで複合センサーとして使用できる。鱗粉であるため、複合センサーは崩させても再構築が容易に出来る。このため、どうしても貧弱になるセンサー類を敵に向ける必要がなく、複合センサーから送られる情報の受信部を複数しかも任意の位置にセットできるため、機体の防御性能上げることができる。
さらに鱗粉は電磁波や可視光を吸収したり反射してりするかもができるため、ラウラに使用したようにジャミングを掛けることも出来る。
決して未来を囁くなどという能力は無い筈なのだが……

有機部品
アポテムノから流用したオーパーツの1つ。
黒いどろどろとした液体だが、ISで制御することにより、任意の生体器官を生成できる。
しかも有機部品自体もが万物を糧に増殖可能。増殖は糧になった物質と同質量だけ増える。
しかし、生体器官の生成も増殖もシールドエネルギーを消費するため安易には出来ない。
これらのメカニズムについては、未だ誰も解明出来ていないという、曰く付きの装備。
さらにISの制御を離れと気体に変化してしまうと扱いは難しい。


以上です。


次回はまだ書いてませんが、裏でオリ主が何をしていたかまでの話を、今年中には書き終えれる事を目標にしています。

感想や意見、宜しくお願いします。


ビアンコ「ダルマにされて、真っ二つにされて、木っ端微塵にされたけど、労災下りるかな……」


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