東方修羅道 (おんせんまんじう)
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第一章 古代都市編
第一話 目醒め、そして不幸


ゆっくりみていくのぜ。


「…?」

 

 春風が靡く空の下、鬱蒼とした森の中、俺は目を覚ました。

 肩に届かないほどには切り揃えられているが、艶のある髪は太陽の光を反射し、くぐもった灰色の目は、気怠そうに辺りを見回している。

 寝っ転がった状態な物だから、背中が草に刺されてチクチクする。

 

「ここはどこだ…?俺…は誰だ…?」

 

 起き上がりながら呟く。

 妙に頭が混濁し、過去を考えられない

 

「俺は…人間…そう、人間の筈だ…!ああクソ…何も思い出せねぇ…」

 

 思い出せるのは、自身が人間であること、そして、人間が生きるために必要なことや、社会における常識だけであった。

 要するに、俺の我が身に取り巻く環境や、名前等々がすっぽり抜け落ちてしまったと言うわけだ。

 

 苦々しい顔で、俺は他に何も思い出せないことや、何故こんなことになったのか見当も付かないことに苛立ちながら、辺りを見回した。

 しかし、あるのは木、木、木、まさに森である。

 

「ハハ…笑うしかねぇな、こりゃ」

 

 まさに草超えて密林wwである。

 しかし笑っている場合でも無い。

 何もしなければ、空腹になり、脱水症状を起こし、飢え死にすることは自明の理である。

 

「クソ!」

 

 俺は神に向けたであろう怒りが噴き出し、思わず近くの木を思い切り殴りつけた。

 しかし、当然血が滲むと共に、鈍い痛みが拳を襲った。

 側から見れば、滑稽以外の何者でもないだろう。

 チッ、と鋭い舌打ちが森に響く。

 

「何やってんだ…俺…」

 

 無駄な行動に呆れ、自分に対して独り言ちる。

 しかし、明らかな痛覚を体感したためか、ただ頭を冷やしただけか、俺の頭は多少クリアになっていた。

 生きるために思考する。

 

(…よし、まずは衣食住の“食"だな)

 

 当然ながら俺は真っ裸ではない、黒を主調とした、長袖長ズボンである。

 よって衣食住の考えからして、"食"と"住“が必要だ。

 俺は食べ物に関しては虫でも爬虫類でも何でもいける口なので、あまり食材に関しては心配ない。

 しかし、問題は水だ。

 水は川や雨でもない限りよっぽど手に入らない。

 次に住処、これも充分問題だが、大丈夫だろうと楽観視し、俺は水を探すため歩き始めた。

 

◆◆

 

 俺はもう数時間歩いていた。

 足取りが重くなり始め、喉もカラカラだ、数時間前こんな決断をした俺自身に文句を言ってやりたい。

 そんなことを思った矢先、サラサラと川のせせらぎのような音が聞こえた。

 俺は数時間前の素晴らしい決断をした自分に感謝を示し、音の聞こえた方向に走った。

 疲労で少し足がもつれるが、それでも草を踏み締め、川の元へ向かった。

 

「なっ…!?」

 

 しかし、川には先客がいたようで、狼のような動物が三匹、水をぴちゃぴちゃと飲んでいた。

 声に反応し、怪訝そうに狼のような動物の一体がこちらを見るが、咄嗟に木陰に隠れたお陰で気づかなかったようだ。

 

(んだよイヌッコロが…)

 

 心の中で悪態を吐き、状況を打開するため、息を潜め、考える。

 

(今行けば確実に襲われる、ならばイヌッコロどもが去るのを待つしかない…幸いにもここは風下だ、嗅覚でバレることもないだろう)

 

 野生動物三匹と、たかが人間、どちらが勝つかは明白だろう。

 ふと、誰かに見られているような感覚に陥る。

 心のどこかで警鐘を打つ。

 汗が顔を濡らし、カラカラな筈の喉が更に渇いていく。

 

 恐る恐る狼どもの方を見る。

 しかし、頭数が足りない。

 三匹から一匹に減っているではないか。

 口がニヤリと裂け、イヌッコロが減っていることを喜ぶ前に、疑問が生じた。

 

(犬とか狼ってのは群れているのが普通じゃねぇのか?ましてや、ついさっきまで群れていた奴が、急に単独行動なんて…)

 

 嫌な予感が膨れ上がる。

 恐怖心が滲み出る。

 

(まさか、最初から気づいていたのか?あいつは囮?狼が?)

 

 瞬間、囮狼(仮称)がこちらを見て、口端を薄く伸ばし、目を細める。

 嗤うような仕草を見て確信した、気づいている。

 獣が人間と同じように罠を作り、冷笑する。

 おかしい、知性がありすぎる。

 獣とは元来本能で行動する生物の筈だ。

 

(「あれら」は一体何なんだ?)

 

 未知の生物に恐怖し、体がすくむ。

 逃げなければいけないはずだが、足が動かない。

 カサリ、と、草が揺れる。

 気付いて振り向いた時には、目の前に口腔と歪に並んだ歯が映った。

 どうやって音も無く…と考える前に、反射的に頭を後ろに動かすことで、獣の歯は俺の頭のあった空間を噛み砕いた。

 避けなければ今頃トマトヘッドがぐちゃりだっただろう。

 

 かなり混乱しているが、目を動かし、現状を把握する。

 現在、三方向を囲まれている、噛み付きを避けないと、死、あるのみ。

 狼どもの姿も変わっており、血を連想する真っ赤な目、夜を連想する真っ暗な体毛、そして、歯を剥き出しにし、低く唸っている。

 軽く言って絶望だ。

 逃げられない、何だこの()()()どもは。

 

 化け物どもはニヤニヤとした表情でジリジリと近寄ってくる 

 俺は、どうにかできないかと思案していたが、何も思いつくことはできなかった。

 すると、一匹が我慢できないといった表情で、飛び付き、俺の頭を齧り取ろうとする。

 

 何もしなければ死ぬ、と言う状況で、世界がスローモーションに見える。

 歪な歯並びをした口腔が眼窩に近づく。

 化け物の血生臭い吐息が鼻先に当たると言ったところで、俺の右腕で防御に出ることが出来た。

 しかしそれは、頭の代わりに右腕が噛み砕かれると言うことで。

 

「あガアあァぁァァァぁ!!!」

 

 辺りに鮮血が飛び交い、濃い血の匂いが充満する。

 奴らが心なしか喜んでいるように見える。

 痛みを食い縛り、化け物を外そうと目に左指を突き刺した。

 グチャグチャと、目の中の神経を引き千切る嫌な感触。

 

ぐルルアアァァ!」

 

 化け物がやっと声らしい声を上げたなと思うと同時に、右腕と背中に激痛が走った。

 右腕は化け物が咬合力を強めたことだろうと推測できるが、背中は?

 

「……ッ!?」

 

 声にならない声をあげて後ろを見る。

 そう、化け物は三匹いる。

 仲間が反撃を受けたのだから、化け物が俺に攻撃を加えることは当たり前のことだった。

 背中を切り裂かれたことで、深い三本筋の血線が浮き出る。

 

「クソがぁぁぁあああ!!」

 

 俺は怒号を上げ、後ろの化け物を蹴り飛ばし、右腕に引っ付いていた化け物を右腕ごと床に叩き付け、口を離した瞬間、踵落としを繰り出す。

 化け物を叩きつける際に、血が噴き出し、右腕がブチブチと壊れ、激痛を訴えるが、頭に溢れるアドレナリンのおかげで余り気にはならなかった。

 骨を叩き折る音が響き、そいつがどうなったか確認する前に後ろに振り向いた。

 

 案の定、残っていた二体の化け物のうちの一体は俺目掛けて爪で切り裂こうと飛び掛かっており、もう一体は、走りながら噛みつこうとしていた。

 

 飛びついてきた一体は横に飛びかかることで回避出来たが、走ってくる一体に噛み付かれようとしていた。

 最早肉と肉で繋がっているような右腕で防御する。

 激痛が走り、オマケに胸も切り裂かれた。

 

「オオオォォ“ォ"ォ"!!!」

 

 痛みを紛らすように雄叫びを上げ、感覚も無くなってきた右腕を捩り、化け物の背後を取り、左腕を化け物の首に回した。

 

 もう一体の化け物は体勢を立て直し、俺に襲い掛かろうとして来たが、俺が化け物を人質代わりの盾とすることで、動きを止めた。

 どうやら躊躇しているようだ。

 

「…はぁ…はぁ…化け物にも仲間意識は…あるんだな…はぁ…」 

 

 まるで人間のような行動に少しばかり感心する。

 数秒の間、膠着状態に陥ったが、腕の中で抑えつけていた化け物が暴れ出す。

 抑えれないと感じた俺は、ソイツの首を折り、息の根を止めようとした。

 しかし、片腕が使えないため、力が足りない…なんてことは無かった。

 

 このチャンスを逃したら、絶対に殺せないと悟った俺は火事場の馬鹿力を発揮し、ゴキリ、という音と共に化け物の首を180°回転させてやった。

 

「へへ…どうだイヌッコロ…ざまあねぇ…」

 

 ここまで起死回生したことに気分が高揚する。

 最後の一匹となった化け物は、仲間を殺されたこと、たかが獲物にここまでされたこと、不意打ちをしたのに仕留めきれなかったことに、正に憤怒の形相を浮かべていた。

 そして、冷静さを失った化け物は、雄叫びと共に、闇雲に俺に突進した。

 しかし、疲れが蓄積し、マトモに動けない俺はそれに直撃してしまい、川へ投げ出された。

 

 幸い、水がクッションとなり、衝撃は少なかったが、肋骨が折れ、意識は既に遠くなり始めていた。

 最後の化け物が近づいてくる。

 血が川に流れていく。

 濃縮された血の臭いが辺りに広がっていく。

 絶体絶命、しかし、何故だか気分は高揚し、思わず顔がにやける。

 

(俺は気でも狂ったのかね…)

 

 そんな疑問が出る程度には、心に余裕ができていた。

 悠々と歩く化け物を睨み付け、()()()を考える。

 いつに無く思考と感覚が冴え渡る。

 体はとっくに徒歩の疲労と血の流しすぎで、限界を迎えているはずだが、まだ動けるような気がする。

 

「…どうした、イヌッコロ…ほら、かかって来いよ…」

 

 俺は身体中の激痛を無視し、化け物を煽ってみせる。

 

グルるるルるル…」

 

 化け物は瞳孔の開いた目で、俺を見た。

 おのれ、同胞を殺した餌風情が…そんなセリフが実際に浮かんでくるようだ。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 化け物の一挙一動を観察し、攻撃に備える。

 

 しかし、ここでとんでもないアクシデントが起こった。

 空から徐々に大きくなっていく空気を裂くような轟音を耳にし、両者、首を空に向けると、青い空に赤い尾を引いた隕石が映り込んだ。

 更に、それはどうやらこちらへ飛んで来ているようではないか。

 

「はあぁぁあああ!?!?」

「ぐるぁぁあああ!?!?」

 

 ついさっきまで殺し合いをしていた一人と一体は、同じリアクションを取った。

 化け物は明らかな命の危険にピューッと逃げ出し、俺は隕石に圧倒され動けずにいた。いや、そもそも負傷で動けなかった。

 何とか左腕で這いつくばりながら、木の裏に移動し、衝撃に備える。

 

(何でだよ!?水が飲みたかっただけなのに、何で死にそうになったり、隕石が降ってきたりすんだよ!?)

 

 俺は内心で大いに不満を抱いた。

 しかし、この隕石の衝突が俺に運命的な出会いをさせたのであった…

 




ご拝読、ありがとうなのぜ。


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第二話 シンビオート、ヴェノム

ゆっくりしていくのね!


 隕石が目の前に堕ちた。

 目と鼻の先である。

 爆風が吹き荒れ、小さな木々は根本からへし折れていった。

 運良く俺が背にしているこの木は倒れなかったが、隕石による暴風を受け止めた面は、少し炭化しているようだ。

 

「はぁ…はぁ…チキショウ…」

 

 隕石がこちらに向かっていると目測はついていたのもの、まさか目の前に降ってくるなどと誰が思うものか。

 きっと前世では、大量の悪行でも積んでいたのだろうか。

 そんな思いが頭に浮かび、これまでの不幸の連続に思わず舌打ちする。

 

 そのときである、べちゃり、べちゃ…と、何が溶けたような、気持ち悪い音が響いた。

 俺は熱で木でも融解したのか、と思いながら眠たくなってきた体を捻り、隕石のほうを向いた。

 

「……っ!?」

 

 絶句した。

 煙を燻らす隕石と共に、何だあれは、生物なのか、と疑問を呈する程に奇怪な姿をした()()が、そこにはあった。

 それはドロドロに溶けた黒いスライム、言い換えるならば、黒いアメーバと言えるものだ。

 多くの人ならば、生理的嫌悪感を抱くに充分すぎる見た目だ。

 しかし、俺は嫌悪感でも無く、はたまた、恐怖でも無く、ただ期待を抱いていた。

 

(何だ…あれ?…何であれを見ると…こんなに()()()()()…?)

 

 自身でも何故こんな感情が湧き出るのか、不思議であった。

 そう考えているうちに、黒いアメーバはべちゃりべちゃりと、こちらに移動している。

 もしかしたら、黒いアメーバに触れたら、何かしらの病気になるかも知れない、本当に為す術無く殺されるかも知れない。

 そんな想像は容易に出来るが、黒いアメーバに手を向けてしまう。

 理性は止めろ、止まれ、と命令してくる。

 本能はやってしまえ、強くなれる、お前ならば、と良く分からないことを囁く。

 

 俺は本能に従い、左腕を黒いアメーバに伸ばした。

 俺は傷が深い、どうせ一日後には死んでいるだろう、という思いから来た、半ば自暴自棄のようなものだった。

 

 黒いアメーバの触手のような物と俺の左指が触れる。

 触れるだけでは飽き足らず、指、腕、体と絡めとるように巻き付いていく。

 どこか心地よい感覚に身を委ね、黒いアメーバが顔に到達しようというところで、ある異変に気付いた。

 

(何だ…?痛みが治まっていく…)

 

 背中と胸の裂傷、肋骨の骨折、右腕の感覚までもが、戻って来ているように感じた。

 眠気も覚めてきた。

 今思えば、このまま眠っていたら死んでしまっていたのだろうと思う。

 体の中に何かが入ってくるような感覚がする。

 ここまでのことをするこの黒いアメーバは一体何者だろうか。

 そう思ったとき。

 

<俺は黒いアメーバなんかじゃねぇ!!俺はヴェノムだ!! >

 

 凶悪な声が頭に響いた。

 

「!?!?!?!?」

 

 俺は大いに驚愕し、辺りを見回すが、荒れた森林が視界広がるだけで声の主は見つからない。

 

< 俺がわからねぇか、手を見てみろ! >

 

 混乱しながら右手を見ると、みるみるうちに手が黒く変色し、人間の頭部ぐらいの大きさになると、白く瞳のない大きな目、鋭い歯を形作り、長い舌を揺らしていた。

 

「ぎゃああぁぁぁあああ!?!?」

 

 俺はいきなり手が目の前でホラーじみた変形をしたことに対して、悲鳴を上げる。

 しかし、そんなコントじみたリアクションをしている間に、十数体の化け物が寄って来ていた。

 隕石やらで有耶無耶になっていたが、俺は元々大怪我で血の臭いを森に撒き散らし、川に血を流したのだから、釣られて化け物がよってきていても、不思議ではなかった。

 

 しかし、俺はそれどころでは無い。

 怪我は治り、手がカビ頭みたいになり、化け物に囲まれ、パニック状態だった。

 

「おい!どうすんだよこの状況!このカビ野郎!!」

何だとてめぇ!俺はヴェノムだと言ってるだろうが!!カビなんぞとは違う!!

 

 俺はカビ…ヴェノムは変形させられた右手で頭突きをかまされる。

 俺は反応に遅れ、モロに喰らってしまった。

 

大体、お前を治してやったのは俺だぞ!少しぐらい感謝しやがれ!!

「ぐぅぉぉ…悪かったよ!感謝する!感謝するから止めてくれ!」

 

 五、六発頭突きを食らったが、ヴェノムはふん、わかればいいんだよと呟く。

 チョロい奴だと思うと、また一発頭突きを喰らった。

 お前は心でも読めるのか、そもそもお前は何だ、と質問する前にヴェノムは言う。

 

質問する前にまず、この生物モドキを殺すぞ

 

 俺はジリジリ立ち寄る化け物達を見て、正直無理だと思った。

 狼っぽい化け物でも身を削って二体が限界だった。

 ましてや十数体の化け物、それも多種多様な奴らがいる。

 

 虫をそのまま人にしたような奴、人間大のでかいムカデ、目の血走った猿や、先ほど逃げ出した狼も居た。

 どいつもコイツも血の匂いに興奮している、狼の化け物も俺を射殺さんとばかりの眼光で見る。

 

「おいおい…何だ?お前がやるのか?」

< 違う、俺達でやるんだ>

 

 俺はヴェノムに尋ねるが、ヴェノムは体に戻り俺達でやると答えた。

 冗談じゃない、そう言おうとしたが、体が勝手に戦闘態勢を取る。

 原理はわからないが力が溢れるような気がする、そして何故だか空腹感も増している。

 

「ジャ"ァ"ァ"ア"ア"!!」

 

 巨大ムカデが身を捩らせながら、巨体とは思えない程凄まじい速度で襲い掛かる。

 普段は避けられない筈だが、ムカデの体がスローモーションに見える。

 俺は軽々とムカデで突進を避けた…だけだったが、体が勝手に動き、回避のついでと言わんばかりにムカデの甲殻を()()()()

 ムカデの悲痛な声が響き、俺は俺で黒光りのするムカデの甲殻がいとも容易く割れたことに驚く。

 

< お前とならば、これ以上のことが出来るぞ… ! >

 

 ヴェノムは頭の中で俺に囁き、俺もこの戦いに期待して笑みが溢れる。

 さぁ、虐殺だ。

 

 まず、虫人間に、弾丸もかくやと言う速度で飛び付き、頭を握り潰す。

 虫人間は膝から崩れ落ち、左右から隙を突いて二体の猿が飛びついて来た。

 しかし、俺の腰から生えて来た二本の腕が猿を縛り上げ、地面に叩き付け、汚い花を咲かす。

 

 おそらくヴェノムの仕業だろうと確信し、、本格的に体が変わっていることを実感する。

 

< ハハハ!まだまだいくぞ!!>

 

 ヴェノムは歓喜の声を上げ、俺の体も変化する。

 体は黒いアメーバ状のヴェノムに覆われ、二回り大きく、筋肉質になる。

 顔には大きな瞳のない白い目が浮かび、鋭い歯が生えそろう。

 今の俺はまさに異形だが、暴力的な力を感じた。

 

 数分前までグチャグチャだった真っ黒な右腕を確認し、少し感慨深いものを感じる。

 化け物共も突然俺の姿が変わったことにより、攻撃に躊躇している。

 俺は化け物を見回し、隕石の時に逃げ出した狼を見つける。

 空腹感が増す。

 そうだ、()()()()()()()()()

 

 俺は狼に向けて飛び出し、右腕で狼の足を掴む。

 狼が胸を切り裂いたり、他の化け物が俺を攻撃したりと、俺を格好の的とばかりに袋叩きにする。

 しかし、まるで痛みを感じず、傷付いても治っていく。

 攻撃の嵐に晒されつつも、口を大きく開け、狼を掲げる。

 その姿は正にモンスターだった。

 

 宙ぶらりんの狼は何をされるのか悟ったのか、身を捩って暴れる。

 俺は狼の体をもう一方の腕で抑える。

 狼の紅い目の瞳孔が小さくなり、ヴェノムの中の俺の灰色の目と目が合う。

 そして、俺はグシャリと頭から狼を喰らった。

 咀嚼し、飲み込み、狼の体も喰らう。

 ピクピクする足も喰らい終わり、未だ攻撃を続ける化け物の一体を掴み、ヌンチャクのように扱い、周囲の化け物を吹き飛ばした。

 

ああ、美味い…血肉の中にスパイスを感じる

 

 ヴェノムはヴェノムで狼の感想を言う。

 俺も空腹感が和らぎ、代わりに満足感を感じる。

 しかし、まだ十体程まだ残っている。

 俺の戦意は膨れ上がり、どうやって殺そうかと考えてしまう。

 

「ガアアァァアア!!!」

 

 俺は雄叫びを上げながら、正面の人間に似た化け物へ四足歩行で走り出し、地面が爆音を上げる程大地を強く踏み締め、駆け抜ける。

 俺は一瞬で距離を詰め、目の前の驚いたような仕草をする化け物の顔を思い切り殴り付け、頭を破砕する、一体目。

 

 方向転換し、逃げ出そうとするヤギ型の化け物の首根っこを掴み、近くに居た仲間だろうヤギも巻き込んで、地面に叩き潰す、ニ、三体目。

 

 俺はもう少し簡単に殺すため、効率の良いやり方を考える。

 

武器を使え

 

 ヴェノムのおどろおどろしい声が森に響き、両腕は戦斧となる。

 なるほど、不定型のヴェノムならではの武器だ、と感心する。

 俺は近くの木に向けて戦斧を振るうと、まるでバターのように木を斬ることが出来た。

 

 俺は切れ味を確認してすぐさま、右隣に忍び寄って来た蟷螂化け物を一刀両断し、その勢いで三体程の化け物を斬った。四、五、六、七体目。

 

 そして、一気に三体の化け物が俺に向かって飛び掛かった。

 奇しくも狼の化け物だった。

 俺は、一体を肩から足に向けて斬り落とし、続け様に腕の戦斧を伸ばし、一本の縄としてもう一体を縛り上げ、最後の一体を巻き込みながら木に叩き付けた。

 木は薙ぎ倒され、二体の狼はミンチとなったようだ、八、九、十体目。

 そして、誰も居なくなった。

 

「…終わりか…?」

<ああ、終わりだ、気配も無くなった >

 

 死体の山を見回し、ヴェノムが体内に入り、体が元に戻る。

 戦闘の高揚が収まらず、この惨事は本当に自分がやったのか、と疑問が生じる。

 血の匂いが辺りに充満するのに気付き、化け物が集まるのを恐れ、すぐさまその場を立ち去る。

 

<おい!何をビビっている!!俺とお前ならば無敵だ!恐れることは何もない! >

「違ぇよ!こちとら疲れ果ててるんだよ!連戦なんてもってのほかだ!!」

 

 俺はヴェノムに抗議し、超人的な速度で走り去る。

 木々が視界に入っては出ていく、そんな光景がずっと続いた。

 ヴェノムはその間、何故記憶がない、俺に完全すぎる適合をしたお前は何者だ、と俺に聞いてくる。

 こっちが聞きてぇよ、そう答えたかった。

 

========

 

 一分ほど走り、幸運なことに別の小川を見つけた。

 俺はそこで休憩を取ると共に、本来の目的である水の入手に成功し、たらふく命の水を飲んだ。

 

 ひと段落し、小さな丘となっている場所に腰を下ろし、俺はヴェノムに今、最も聞きたいことを聞いた。

 

「ヴェノム…お前には大分助けられたが聞きたいことがある…お前は一体何なんだ…?」

… いいだろう、教えてやる… >」

 

 ヴェノムは俺の右手から姿を現し、話を始めた。

 

 




ごはいどく、ありがとうなのね!
ちなみにヴェノムの言うスパイスとは妖力のことなのね。
あと、エディとヴェノムとの適合率が100%とすると、主人公の適合率は120%とか言う化け物性能なのね。
だから、ヴェノムには出来ない筈の武器変化ができるのね。


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第三話 黒の正体

ゆゆ、ヴェノムの説明回だぜ、ゆっくりしていくのぜ。


<…いいだろう、教えてやる… >

 

 ヴェノムは俺の右手から姿を現し、話を始めた。

 

まず俺の種族だ、お前らの言葉で言うとシンビオート…共生生物ってところだ…他には?ん?

 

 ヴェノムは嫌らしく聞いてくる。

 割とあっさりと教えてくれたが、共生生物と言われても意味が分からない、だが共に生きると言う字面から、そういう種族なのだろうと無理矢理納得することにした。

 まだまだ疑問はある、そのまま尋ねた。

 

「じゃあ俺が急に強くなったのはなんだ?アレもヴェノムのおかげか?あと何で俺に取り憑いた?」

ああ、そうだ、俺達シンビオートが共生した有機生命体、つまり生物は超人的な腕力や敏捷性を得る、だから俺に感謝しろ。二つ目の質問だが、俺は地球では宿主無しでは生きられない、だからお前に取り憑いた、それにお前は俺によく適合する、お前が俺の運命の相手だと勘違いする程度にはな

 

 どうやら俺の運命の相手は、中々のファンタジー生物のようだ。

 

 そうやって疑問を解消していく俺だったが、地球では、という単語に取っ掛かりを感じた。

 

「地球では?そう言えば俺のプリンセスは、空から隕石に乗って来たよな。宇宙から来たのか?目的はなんだ?」

プリンセスは気持ち悪い…!止めろ!…そうだな…一つずつ答えてやる…確かに俺は宇宙から地球にやって来た…!いや…追い出された.…

 

 ヴェノムは俺のジョークを一蹴し、怒りが抑えられないと言った様子で憤慨する。

 しかし、すぐに鎮火し、落ち込んだように頭を項垂れさせる。

 意外と感情豊かだな、と思考の片隅に思いながら、ぶっきらぼうになんでだ、と尋ねる。 

 ヴェノムは項垂れたまま答えた。

 

…俺は母星では弱者、負け犬だった…だから追い出された…!俺を隕石にへばり付かせてな!!俺は絶望していた…!だがな!

 

 母星…ということは他にもヴェノムと同じよう奴が沢山いるのだろう。

 ヴェノムは顔を上げて俺に言った。

 

この地球でお前に会った!お前は他の人間とは違う何かを持ち、上手く俺に適応した!しかもだ!お前の体にいればいるほど住みやすくなる!まるで今も"適応“していくように!

 

 ヴェノムが捲し立てるように言う。

 心なしか、いや、間違いなく喜んで見える。

 ()()()()…気になるワードが聞こえたが、一旦置いておく。

 そして、目的も大体わかった。

 

「お前はその星の奴らを見返したいんだな?」

ああ!そうだ!今じゃあライオットのような武器変化も出来る!俺たちは正に無敵だ!

 

 ヴェノムの気持ちは良く分かる、誰だって馬鹿にされたら見返したい物だ。

 話に出てきたライオットと言う者はヴェノムの同郷だろう。

 俺はもう一つ聞く。

 

「じゃあお前は宇宙に行かなきゃだろう、どうやって行くんだ?」

………お前がロケットを作れ!!

「はぁ!?俺に出来ると思うか!?お前まさか何も考えてねぇのか!?」

うるせぇ!

 

 ヴェノムは絞り出すように返答を返し、俺は困惑した。

 俺にそんな知識あるわけがないだろう。

 暗にそう答えたがヴェノムはそっぽを向いて吐き捨てるように言った。

 

「まぁ落ち着け、別に今直ぐ行かないと死ぬわけでもない、じっくり考えていけばいいだろう?」

 

 少し不機嫌になったヴェノムを宥め、妥協案を出す。

 ヴェノムは多少納得したのか、こちらを向いた。

 そして、俺に向けて幾つか質問をした。

 

俺からも聞くが…お前は何で記憶がない?

「知らん、俺が聞きたい」

何故名前が無い?

「知らん」

 

 それは俺が一番知りたい。

 ヴェノムがこの質問の答えが想定内のことなのか、溜息を吐く。

 そして鄒俊だけ唸り、衝撃の一言を放った。

 

…名前が無いのは不便だ…!俺が名前を付けてやろう!

「!?」

 

 俺は確かに名前が無いのは不便…と言うより、若干の心残りを感じていたが、まさかこんな所で新しい名前が決まることに少し…いや、かなり不安を感じていた。

 何故なら、名付け主はヴェノムである。

 かなり失礼だが、この際失礼など考えていられない。

 

 後先考えずに(母星)から家出するような奴だ。

 今名前を決められることは吝かでは無い…しかし、最悪、エリザベスとかペロといったように、ペット感覚で名付けが行われてしまう。

 

 そんな最悪の事態に悪寒を感じつつ、ヴェノムの返答を待つ。

 

かなり失礼なことを考えているな…俺はちゃんと考えているんだぞ…!…そうだな…

 

 唸るヴェノム。

 俺はせめてマトモな名前になることを祈った。

 

…よし…()()だ…!お前はシンだ!

「…その根拠は?」

 

 まだ常識の範囲内である名前で安心し、理由を聞いてみる。

 

()()ビオートからだ…別にエリザベスやら何やらでも良かったがな…あんまりにも祈ってるからちゃんと考えてやったよ

 

 ニチャリとヴェノムが笑う。 

 俺は自分の名前の危機を乗り越え、安堵の溜息を吐いた。

 恐らくヴェノムが俺の心を読んでいることについても間違い無いだろうと確信し、シンという名前を心の中で反芻する。

 簡単な名前ではあるが…俺は思いの外このシンという名前を気に入ったようだ。

 

「あー…いいんじゃないか?」

ハハハ!嬉しいなら嬉しいと言えよ!

 

 礼を言うことが少し気恥ずかしく、そこそこな返事をする。

 俺…いや、シンは話題を切り替え、様々な質問を続けた。

 

 どうやって俺の心を読んでるか、お前の主食は、ライオットとはどのような人物(?)か。

 ヴェノムはそれぞれの質問に、こう答えた。

 

俺はお前の頭の中に住んでる、だから簡単な思考を読み取ることは簡単だ

俺はお前のアドレナリンと神経伝達物質とかを食ってる…戦闘中は上手かったぜ?

ライオット?…アイツは俺たちのリーダーだが、暴力的なクソ野郎だ…ああイラつくッ!!

 

 一つ目の返事を聞いて、頭の中に寄生中が居るような気がして、背筋が凍った。

 案の定、心の中だとしても寄生虫と言われたヴェノムは怒り、シンは頭突きされて鼻血がタラリと流れた。

 

 鼻血を拭いながら殆どの質問を終え、最後に気になることを聞いた。

 

「ついさっき他の人間って言ってたよな、どっかに人間がいたのか?」

人間?隕石として墜ちてるときに、大規模な人間の都市を見つけたんだよ、多分ここから北西の方角だな

 

 溜まっていた質問を全て消化し、今後の活動方針が決まった。

 ひとまずはその人間の都市とやらに行ってみようと思う。

 シンはヴェノムに感謝を伝え、体に戻らせる。

 そして、シンは都市に向けて歩き出した。

 

< 人間を食うのか!良いぞ!もっと早く歩け! >

「違う!そこらの化け物で我慢しろ!」

 

 ヴェノムを連れて行って良いのか、多少不安だが…

 

=======

 

 ある時、曇天の空の下、隕石の被害、そして石質調査という名目で都市から調査隊が派遣されていた。

 簡単な調査だったので、新人も多く誰もが遠足気分だった。

 途中で隊長が、新人や気の抜けた隊員に向けて注意を促した。

 

「ここの森からは妖怪が出現することをある…気を引き締めろ!」

 

 効果は高く、新人や気の抜けていた隊員を含めた全員が神経を尖らせていた。

 その調子で目的地にたどり着いた。

 

 しかし、肝心の目的地は異様であった。

 血痕が現場を濡らし、血生臭い臭いが充満している。

 低濃度の妖力が検出されたことから弱小妖怪の縄張り争いが起こったのだと推測されたが、血痕の跡が多く、縄張り争いに勝った妖怪も見当たらないので、真相は恐らく違う物だろうと隊長は考えた。

 

 新人の一人が青い顔で隊長に尋ねる。

 

「何故一欠片も…その…肉片…とかが無いんでしょうか…?」

「恐らく血の匂いに惹かれた妖怪共が死体を貪ったのだろう…しかし…ここで縄張り争いが起こったとは思えないし、そもそも縄張り争いの勝者がいない…不気味だな…」

 

 雨が降り始め、嫌な空気が広がる。

 隊長は新人の疑問に簡単に答えた後、この状況に対して深く考え、そしてある考えに至った。

 それは()()()による虐殺。

 隕石が関与しているかは不明だが、何かしらの理由で妖怪達がこの場で争い、それを第三者が纏めて皆殺しにしたケース。

 可能性は低いが過去にもそう言った事例は数件ほど起こっており、全てが大妖怪による仕業であった。

 

 このことを含め、調査隊は隕石のサンプルを取ったのちに急いで雨の中撤退し、都市にこう報告をした。

 

 

ー第一回 郊外隕石調査報告書ー

 

 ○時*分α秒都市へ急接近した小隕石の調査終了。

 異常性は検出されず、偶然都市の近くに落下したのだと考えられる。

 

 ⚠️重要事項⚠️

 隕石落下地点に大量の妖怪のものと思われる血痕を確認した。

 大妖怪の発生の恐れ有り、至急()()の警備、及びに近隣調査を強化されたし。

 

 

 

 

 




ご拝読、うん、ありがとう。
次話でやっと東方要素出ます。


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第四話 弱点と永琳

ゆっくりしていってね。


 俺は妖怪を見つけたら捕まえて食すといったように食い繋ぎながら数日程歩き、ある物を見つけた。

 

「あれ…壁だよな…」

<白い壁だな>

 

 木々の隙間から、恐らく50mに上る白い壁が視界いっぱいに見える。

 更に近付き目の前まで迫って見たところ、所々に傷が目立ち、少なくとも十年以上前に作られたのだろうと推測させる。

 横を見ると壁が連なってそびえ立っている。

 

 黙って壁に沿って歩いていると向こう何か話し声が聞こえた。

 すぐさま、俺はヴェノムと木陰に隠れ、話し合った。

 

「おい!あれって人間じゃないか!?」

何を興奮している!気持ち悪いぞ!

 

 そりゃ興奮もするだろう、シンはここで初めて人間(同族)を見たのだ。

 

「お、おいヴェノム!どうやって話しかければ良いんだ!?」

はぁ!?シン、お前はシャイか!?行きたくないなら行かせてやる!!

「待て!そう言う話じゃ無い!だから足を止めてくれ!!」

 

 シンは初めて会った人にどう話しかければ良いか分からず、動けなかったが、親切で優しいヴェノムが無理矢理体の主導権を奪い、話し声のする方向は歩を進めてくれた。

 ありがとうヴェノム、ふざけんなヴェノム。

 

 シンは木々を抜け、少し開けた場所に出た。

 そこには二人の人間が白い壁の入り口を守るように立っている。

 一人は温和な雰囲気を漂わせた男で、もう一人は、攻撃的な雰囲気を醸し出した女の対照的な門番である。

 話し声は二人の談笑から漏れ出たものだったようだが、シンが茂みから姿を現したからなのか、二人の会話が止まり、こちらを凝視する。

 無言の静寂がその場を支配し、気不味い時間が流れたが、門番の優男がその静寂を破る。

 

「君は何者だい?」

 

 案外優しげな微笑みをしながら柔らかく尋ねてくる、どうやら見た目通りの優男のようだ。

 俺はその言葉の答えを、頭をフル回転しながら答える。

 

「え、ええ、私は旅人でしてね…この森で迷ってしまいましたが、この町?を発見して滞在しようかと…」

 

 俺は文脈が可笑しくならないか考えながら答え、割と良い建前を作り出した。

 その話を聞いた門番の二人は少しの間、ひそひそと小話をしていた。

 シンとヴェノムは胸の中で、上手くいっただろう?うるせぇ!とコントをしていた。

 話が終わったのか、やがて攻撃的女のほうがシンにあるものを差し出した。

 

「このリストバンドを付けてもらおうか、一応説明しといてやるがそれはお前が妖怪かどうかを見分ける装置だ。正直こんな物無くてもわかると思うが、上層の人間が五月蝿くてね」

 

 シンは腕にリストバンドを嵌め、攻撃的女は割と親切に機械の詳細を教えてくれる、ついさっきも談笑していたし、世間話好きなのかも知れない、人は見た目によらない物だ。

 すると攻撃的女がおもむろにタブレットを取り出し、ピッピッと電子音を響かせる。

 突然、忘れていたという風に優男がある注意をシンにしてくれる。

 

「その機械は()()()で診断するからね、もし煩いと感じたら、耳を閉じた方がいいよ」

 

 この優しさに感心していると、ヴェノムが慌てたようなような声ででシンに語り掛けた。

 

< ッ…!?おいッ!シン!その男に装置の周波数を聞け!早くッ! >

「な…!?なぁあんた!この装置が何Hz出るかわかるか!?」

 

 ヴェノムが余りにも必死に頼むのでシンは早口に聞き、疑うこと無く優男が答える。

 その横で攻撃的女はタブレットに表示された開始のボタンを押そうとしていた。

 

「どうだったかなぁ…?確か5()0()0()0()H()z()だったかな?でも大丈夫だよ!人間にならほとんど聞こえないように八意様が…」

 

 優男の返答を待たずに攻撃的女が開始のボタンを押した。

 

 キィィィイイ、機械特有の音が響き、俺は体に異変を感じた。

 

<不味い!!シン耐えろォ!! >

(どういうことだ…ッッッ!?!?!?)

 

 ヴェノムが俺に警告を発し、突如にシンは体中が感じたことのないような激痛を体験し、体を震わせた。

 顔から大量の汗を吹き出す。

 

「あッ…ッ!!ぐ…ッ!!」

 

 あまりの痛さに食い縛るが、立っていられなくなり片膝を突く。

 門番の二人が駆け寄り、シンの顔を覗き込むと途端に心配したような表情となる。

 体の中で何かが暴れ出すような感覚を味わい、蹲りながら耐える。

 

 門番の二人は、大丈夫か!?と声を掛け、優男が医者に診てもらおう!と言い、スマートフォンのようなもので電話を掛けていた。

 シンはそれを横目で見る。

 

< があぁぁぁああああ!!!!!! >

「頼む、機械を止めてくれ…ッ!!!」

 

 ヴェノムの悲痛な叫びが脳内に響き渡り、攻撃的女に懇願する。

 超音波を出すこの機械が原因だと攻撃的女は気づいたが、目を逸らし、苦々しい表情で言う。

 

「済まない…その機械は一度作動したら止まらないんだ…けど後少しで終わるはずだ!もうちょっとだけ耐えてくれ!」

 

 シンは限界が近いことを感じ、もう少しで終わることに少しばかり安堵をした。

 しかし、激痛は更に増し、蹲った体が反り返り、白目を剥き始める。

 気を失う直前と言ったところで、リストバンドの機械の悪魔的診断は終わりを告げ、シンは前のめりに倒れ込んだ。

 

「ちょっと!大丈夫か!?」

「君!ストレッチャーが来た!医者で診てもらえるから安心しろ!」

 

 あの二人組の声が頭に響き、早い到着だな…と思いながらシンの意識が限界を迎えた。

 意識が途絶える直前、視界の端に放置されたタブレットに 陰性 問題無し と記された画面が垣間見え、意識がブラックアウトした。

 

◆◆

 

「八意様ー!先日派遣した調査隊から隕石のサンプルが届きました!」

「そう?ありがとう」

「どこに置いておきましょうか?」

「そうね、入り口近くにスペースがあるからそこに置いて頂戴」

 

 元気一杯の快活そうなウサギ耳を生やした紫髪ロングの女性がエレベーターから台車を引いて姿を現し、んしょ、んしょ、と可愛らしい声を上げながら隕石の入った段ボールを私のラボの入り口に置く。

 あまり言いたくない…というより知らされたくないことだが、私の部屋はかなり汚い。

 実験道具が机を占領し、床は報告書やカルテ、実験結果の用紙が白く染め上げている。

 だから宅配や緊急の報告は彼女…鈴仙・優曇華院・イナバに一任している。

 軽々と段ボールを運ぶ彼女を見て、隕石って報告だとかなり重かったはずなのだけどね…と私は疑問に思ったが、彼女は軍人だと記憶しているのでそのためだろうと予測した。

 

「それでは!八意様!ありがとうございました!さよならー!」

「はいはい、ありがと、さようなら」

 

 彼女はエレベーターに乗り、暇乞いをしたので、私は手を小さく振って応える。

 

 ニコニコ笑う彼女の姿が扉に消えるのを確認し、それと同時に研究している不死の薬についての研究を打ち止めにして、私は小さく伸びをした。

 

 出来る女に休み時間は無い。

 すぐさま私は段ボールを開封しに行き、隕石の研究を始めた。

 

 いつもだったら隕石にそこまで興味は無かったところだけど、私の中の女の勘が何かあると言っている。

 こう言うのは従って損はあれど、知的興味が満たされること間違い無しだわ。

 

◆◆

 

 研究の成果をメモ書き程度に書き記し、少し思案する。

 簡単な調査では異常性は皆無に等しいと報告書には記されてあったけど、研究を進めるにつれ、それは誤記で合ったと気付いたのだ。

 隕石の表面に奇妙な物質が残っていた形跡がある。

 

(普通の機器では調べることはできないけどね)

 

 流石私。

 と言っても、これだけでは何かが乗っていたということしから分からない。

 さてはて、宇宙生物か、新種の石が…そう想像し、少し気分が上がる。

 これだから研究は辞められないのよね…

 

 私はこの隕石からわかることはもう何もないだろうと判断し、未だ完成していない不死の薬の研究に取り掛かった。

 その時である、私の静かな部屋に電話が鳴り響いた。

 私は、実験を中断され、少し腹が立ったが連絡を聞いて取り乱す。

 

「もしもし、八意様、急患です、リストバンド型妖魔検知器を嵌めたことで意識を失ったらしい患者をそちらに運びますが大丈夫でしょうか?」

「え!?え、ええ、分かったわ、私の医療室に運んで頂戴…」

 

 あの機械については私が作った物で、結構高い超音波診断で妖怪かどうかを見分けることができ、主に人に擬態する妖怪をこの街に入らせないことを目的として作られたのである。

 音も完全に抑え、かなりの自信があった…けど実際に患者が出てしまった。

 これは由々しき問題である。

 少し申し訳ない気持ちが出るけど、私、八意永琳は研究者と同時に医者でもある。

 

(すぐに治すから待ってなさい!)

 

 心の中で奮起し、エレベーターに乗っていち早く医療室に向かった。

 

◆◆

 

 医療室で待つこと数分、他の患者もいないので意識を失ったという患者の原因を考えていたけど、やはり超音波に問題があったということだろうか。

 そう考えているうちに、ストレッチャーに乗せられた患者がやって来た

 

 黒髪の男性で、白目を剥いていた。

 私はすぐに看護婦達に礼を言い、退出させる。

 

 まずは触診である、流石にまだ脈拍はあり、重篤でもない。

 次にリストバンドを嵌めていたであろう手を確認する。

 しかし、特に異常は感じられない。

 

 だとすると、一体何が原因…?

 

 ひとしきり考えてみたが、私ともあろう者が良い案の一つも思い浮かばなかった。

 そこで、血液検査をしてみる、あまり効果は出ないかもしれないが、やるだけやってみよう精神である。

 

 すると、驚きべきことに気が付いた。

 従来の人間の細胞と、何かの細胞が共存するように結び付いている。

 

 私はこの細胞に原因があると考え、試しに、細胞を崩してみた。

 すると何かの細胞が人間の細胞を再生するように活性化し、見事元に戻ったではないか。

 

 私は驚き、さらに実験を続けてみる。

 次に、リストバンドと同じ、5000Hzの周波を当ててみた。

 勿論、患者とは別の部屋で。

 直後に細胞を調べると、男性の遺伝子と何かの細胞が離れている。

 

 私は知的好奇心が身を襲うのを感じて、詳しい話は起きてからにしようと考え、何気なく男性を見る。

 触診してから気付いたが、この男性は深い傷跡を負っていた。

 胸と背中に裂傷、右腕に至っては治ったのが奇跡と言えるほどの重傷だっただろう。

 

 これもこの細胞が治したのか、そう考えるとさらにワクワクする。

 この人は一体何者であろうか。

 リストバンドからは陰性だったらしいが…

 

◆◆

 

 シンは柔らかい絹の感触を身に感じながら、さまざまな医療道具が置いてある部屋で目を覚ました。

 体を起こし、一息を吐く。

 シンは何故ここに…と、記憶があやふやだったが、だんたん思い出してきた。

 そしてヴェノムに原因を尋ねたが、ヴェノムは弱々しく頭の中で呟いた。

 

「おい、ヴェノム…なんでこうなった…?」

< …言い忘れていた、俺は4000Hzから6000Hzの周波数と火が弱点なんだ…すまんシン… >

「何落ち込んでる?お前らしくない」

「貴方誰と喋ってるのかしら?」

「そりゃあヴェノムとに決まって…」

 

 声が後ろから聞こえてきた。

 シンは首をブリキの人形のように動かして振り向き、椅子に座る白衣の銀髪の女性を見つけた。

 恥ずかしいったらありゃしない、向こうから見たらシンは独り言を呟く精神異常者だからだ。

 俺は汗をダラダラと流し、言い訳を図る。

 

「い、いや独り言じゃ無くてな、その、あー、いやあんたに言ったわけでも無くてな…」

 

 不味い、あの二人組と話した時みたいな言い訳も出てこない。

 すると女性はおもむろに口を開いた。

 

「そんなことはどうでも良いわ、貴方、純真な人間ではないわよね、妖怪じゃないと思うし、そもそもリストバンドにはそう検出されたわ、貴方は何故だか異常な再生力を持っているようだし…そういえば貴方、ヴェノムとか独り言を呟いていたわね、関係あるのかし…」

「待て!ストップ!ストップだ!ゆっくり喋ってくれ、あんたが診てくれたのは分かるがそんな一気に質問をしないでくれ!」

< 五月蝿い女だな!噛み殺すか? >

(お前もストップだ!)

 

 女性がペラペラと喋り出し、途中からついて行けなくなったので会話を中断する。

 ヴェノムも危険なことを言い出したので、ストップさせる。

 更にこの女には何故だか知らないが、ヴェノムの存在に気づいている…というよりシンが普通ではないと気付いているようだ。

 これ以上喋らせるのは不味いと判断し、早々にシンは立ち去ろうとする。

 

「あー…取り敢えず感謝はする、じゃあな!」

「待ちなさい」

 

 女性の冷たい水を思わせる声が響き、思わず足を止める。

 

「私は八意永琳、貴方は?」

「…シンだ」

「そう、分かったわ、私はこの街で結構偉い立場なのだけれども…私が酷いことされたって言えばシンは街を追われるだろうねぇ…」

「…チッ、食えない女め…ッ!」

 

 永琳は暗にここで話をしないと街から追い出すと言い出し、俺は猛烈に遺憾だが素直に部屋に留まった。

 永琳とやらは、自分の権力を盾に、どうしても俺を調べたいらしい。

 永琳の株を俺を助けた女性から、悪魔の女に下げた。

 

「それで?あんたは俺に何を聞きたい?一つずつ言え」

「釣れないわねぇ…じゃあ…まず貴方、普通の人間?」 

「その通り」

「嘘吐くなら仕方ないわね…警察呼ぶわ」

「待て待て待て!わかった!!嘘は吐かないからそれは止めろ!!」

「それで良いのよ♪」

< このアマ…やっぱ食い殺すか…! >

(…検討しよう)

 

 やはり食えない女である。

 

 永琳はスマホ片手にピッピっと番号を打ちながら聞いてくる、おそらくあれが警察の番号だろう。

 これにはヴェノムも怒り心頭である。

 何故永琳が俺が普通では無いと確信しているのかがわからないが、どうやらシンは本当のことを話さなければいけないようだ。

 

「…俺は確かに普通じゃない、証拠を見せてやる、出て来てくれ」

チッ、いいだろう…

「これは…すごいわね…貴方の体を住処としているのかしら…?」

 

 腕からヴェノムを出て来て貰う。

 ヴェノムあまり乗り気ではなかったが、永琳に褒められたと勘違いしたのか、気分を良くする。

 

 それから永琳は約三時間ほど俺を拘束、もとい質問をした。

 いつそうなったか、ヴェノムはどこから来たか、超音波の件について…

 更に血液検査やX線、心電図エトセトラ…様々な検査もされた。

 

 その間、永琳はシン達に向けて世間話をした。

 

「最近近くに隕石が墜ちたのよ、ヴェノムは隕石に乗ってやってきたの?」

そうだ、色々あってな

「そこで妖怪を殺したりはしなかった?」

「妖怪?気持ちの悪い化け物のことか?」

「ええ、そうね、少なくとも私達はそう呼んでるわ」

 

 シンは妖怪も化け物もあまり変わらない気がするが、これからあれらを妖怪、と呼ぶことにした。

 シンは先程の質問の答えを返す。

 

「質問の答えだが、その通りだ、そこで妖怪が湧いて出て来たから俺達でやった」

凄いだろう!!

「へぇ…凄いじゃない、大妖怪が出現して無くてよかったわね…」

 

 診断書のような紙を記す永琳の口から気になるワードが聞こえた。

 

「大妖怪…?何だそれは?」

「一言で言うと滅茶苦茶強い妖怪よ、うちの調査隊がそこに行ってね…大妖怪が出たって考察されたの、もし出会ったらくれぐれも戦闘なんかするじゃないわよ」

 

 未知の強敵に少し、心が浮き立つ。

 シンは、願わくば大妖怪とやらと戦ってみたい物だと思った。

 感覚的には恐らく、あのイヌッコロより何十倍も強いのだろう。

 

(面白い…!)

 

 そう考えたところで永琳はペンを止め、シンに検査の終了を伝えた。

 

「さ、検査は終了よ、お疲れ様、帰り口は左手の通路を真っ直ぐよ」

「ああ、永琳の知識欲を満たせたようで何よりだ」

 

 俺はヴェノムを体に戻し、皮肉げにそう言う。

 そして立ち上がり、いざ立ち去ろうというところで、あることに気付く。

 いや、気付いてしまった。

 

「…どうしたの?」

「行く当てがねぇ…」

「え?」

 

 そう、このまま外へ出ても行くべき場所がない。

 通貨も所持していないので、八方塞がりだった。

 固まるシンに永琳は助け舟を出した。

 

「…シン、貴方腕が立つのよね?なら軍に入隊しなさい…入隊期間は終わったけど、私のコネで入らせてあげるわ、あそこなら給料は高いし、宿も使えるわ、命の保証は無いけどね…」

「本当か!?助かる!そうだな、今後困ったら何でも言ってくれ!」

「何でも…ね」

 

 永琳の助言があまりにも的確なので、シンはつい何でも、と言う禁句に近い言葉を言ってしまった。

 シンは永琳の一言に寒気を感じ、顔が引き攣るのを感じる。

 もしかして、結構ヤバいこと言ったかも…と思いながら永琳を背にし、出口で歩き出そうとしたが、右腕をいつの間にか立っていた永琳に掴まれた。

 

「はいこれ、これがなきゃ現在地もわからないでしょう?目的地も記しといたから、これ見て行きなさい」

 

 シンは渡された紙を見て、それは地図であることが分かった。

 

「何から何までありがとな」

SEE YOU !

 

 シンは永琳に今度こそ別れを告げ、手を振った。

 ヴェノムも肩から触手状の手を出し振った。

 

 永琳は小さくニコリと笑って、また来るのよ〜と返事を返した。

 

◆◆

 

 やがてシン達は出口に辿り着く。

 太陽の光を眩しく感じ、手を顔にかざす。

 シンの目には高速で飛行する車や行き交う人々が映り、少し怖気付くが地図を片手に軍隊員を育成しているという道場を目指して歩き始めた。

 

 

 




ごはいどく、ありがとうなのぜ。
第四話で原作キャラ出るとか、あ ほ く さ。
やめたら!?この仕事!?(自虐)

誤字教えてくれた人、ありがとナス!


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第五話 敗北の味

ゆっくりしていくよ!ゆゆ!


 シン達は地図を頼りに、広大な都市を彷徨い歩くように道場を探した。

 途中、周りの人々から見掛けない姿だろうからなのか、奇異の視線で見られ、ヒソヒソと話をされた。

 鬱陶しいことこの上無いが、問題を起こすことは論外なので無視して進む。

 

「これが道場…か…?」

<随分な大きさだな>

 

 そして、道場に到着したが、その大きさに驚愕した。

 大きめの道場を想像していたが、その五倍ほどの大きさであり、道場と言うより豪邸と言われたほうが納得できるほどだ。

 

 門の表札には、綿月(わたつき)、と刻まれており、その古めかしさからかなり古い家柄だろうと思った。

 永琳が連絡をしている筈なので、そのまま敷地へお邪魔した。

 門から玄関までも距離があり、チラリと横を見ると、手入れの行き届いた見事な松の木、存在感を放つ大岩、凹凸のない平らな地面と、それはそれは見事な庭園であった。

 

「良い庭だろう?」

 

 不意に声が響く。

 音も無くいつの間にか目の前に、髪を逆立たせ、目に十字傷を負った男が立っていた。

 突然と姿を現した男に、シン達は警戒を顕にする。

 

「そんなに警戒し無くても良い、我は綿月玄楽(わたつきのげんらく)、八意殿から話は聞いている…まずは上がれい」

「あ、ああそうか…俺はシン、こっちがヴェノムだ」

よろしくだ

「存じているさ」

 

 簡単な自己紹介を済ませ、目の前の人物を見る。

 綿月玄楽…この道場の主だろうか、彼は身を翻し玄関へ向かい、扉を開ける。

 シン達も彼の後を歩き、家?へ入る。 

 玄関も質素で細かながらも装飾が施されており、思わず見入ってしまった。

 しかし正面に扉、右に通路、左に通路、まるでどこへ行けばいいかまるで分からない。

 しかし、正面から何かを打ち合うような音が漏れている。

 

「右手はお前や門下生の住居だ、正面が道場、お前がこれから修行を積むところだ、そして左手、あっちは綿月家の家となる場所だ、滅多なことでは入るな、いいか?」

「ああ、大体分かった、しかし、道場では何をしているんだ?何か音が聞こえるが…?」

「む…それは扉を開けて確認するといい、見学が済んだら我のところに来い、我は左通路の扉を開けて真っ直ぐの部屋にいる」

「了解した」

 

 玄楽はスタスタと歩いて行ってしまい、シン達は玄関に一人取り残された。

 一人になり、急に緊張して来たシンは深呼吸をし、扉に手を掛ける。

 

 扉を開けると、竹刀を振る門下生が目に入り、休憩している者がこちらを驚いた目で見た。

 暫く熱気に包まれた人々、そして竹刀を振る姿を見ていると、門下生の一人が言った。

 

「終了!休憩して!休憩している人は組み手!!」

 

 言葉を聞いた門下生はテキパキと動き、竹刀で組み手を始める。

 シンはその中の一人、ポニーテールの薄紫色の髪をした少女の剣舞に魅入っていた。

 遠目から見ても洗練された動き、力強い一振りによって組み手の相手は瞬く間に一本を取られていた。

 

 その後も交代した門下生の組み手を見て、満足したのかシン達はその場を後にする。

 そのとき、誰かに呼び止められた。

 

「待って下さい、先程こちらを見ていましたよね、見ない顔ですが、何をしに来たのですか?」

 

 さっきの薄紫色の髪の少女であり、紫がかった真紅の瞳でシンを見据えて言った。

 毅然とした態度であり、殺気立っているようにも感じる。

 

「あぁ?俺は軍に入るためにここへ来た、これで十分か?」

「嘘ですね、もう入隊期間は終わっています、吐くならもっとマシな嘘を吐くんですね」

< ダメだこいつ…話を聞かねぇタイプだ >

 

 キリッとした目で少女は言う。

 確かに入隊期間は終わったという話だが…

 シンは嘘ではないと証明するために永琳の名を出す。

 

「永琳が入れるようにしてくれたんだよ!」

「なっ!?師匠の名を騙るのですか!?巫山戯ないで下さい!いいですか!?二度とこの道場に近づかないで下さい!!」

「だーッもうッ!嘘じゃねぇよ馬鹿野郎!!」

 

 あまりの話の聞かなさについ怒り出してしまう。

 すると、少女は驚くべき提案をした。

 

「あくまでもそう言い通すのですね!?分かりました!私と勝負しなさいッ!!私が勝ったら出て行きなさい!!」

「ッ望むところだ!強情女ァ!!」

< ブッ殺してやるッ!! >

「いいでしょう!ついて来なさい!」

 

 シン達は激昂し、提案を受け入れた。

 周りの門下生も騒ぎ出し、事態が大きくなる。

 

 練習をしていた門下生も外野へ移動し、二人は道場の中心へ移動した。

 二人は睨み合い、外野の門下生達は、誰だアイツ、依姫ー!そいつをぶっ飛ばせー!と騒ぎ立てる。

 圧倒的なアウェーであるがシンは気にせず言う。

 

「ルールは?」

「私は木刀だけでいいでしょう、能力は使いません、貴方は何をしてもいいですよ」

「舐めやがって…ッ!」

< 本気で行くぞ…ッ! >

 

 あまりの見下した言いように怒りのボルテージが最高潮に上がる。

 ヴェノムもやる気は十分であり、生身の状態では無く、ヴェノムを纏った形態で相手をすることを決意する。

 

「このコインを投げて、地面に落ちた瞬間を試合開始としましょう」

 

 少女は懐からコインを持ち出し、手のひらに乗せる

 そしてピン、と弾き、コインが高い天井を舞う。

 外野が緊迫感に包まれ、静かになっていった。

 シンは意識を集中し、飛び込む構えを取る、少女も目の前の侵入者を討ち取ろうと、木刀を相手に向けて構える、いわゆる正眼の構えを取った。

 

 コインが地面間近に迫ったと所で、シンは足に力を込め、一息を吸う。

 コインが地面に触れーーー

 

ウ"オ"ォォ"ォ"オ"オ"オ!!!

 

 直後にシンはヴェノムを纏い、雄叫びを上げながら突進し、少女へ剛腕を振り下ろす。

 外野から悲鳴が飛び、妖怪だ!と叫ぶ者も現れる。

 

 一方、少女は冷静にその一撃を避け、懐に潜り込み顎へ一撃。

 一瞬視界が点滅したが、怯むこと無く少女を足で蹴り上げ…られなかった。

 

 少女は軽やかなステップで距離を取り、クイクイ、と、シンを煽る。

 この煽りを受けてシン達は理性を失い、四足歩行で少女を追い詰めた。

 

 いざ追い詰めて攻撃を加えようとしても、いなされ、避けられ、カウンター、そして距離を離す。

 しかも的確に急所を穿つように斬っていくので、シン達にダメージが蓄積していってしまっていた。

 外野はさらに騒がしくなり、勝利のムードが漂っている。

 

 シンは少女の認識を変え、さらに攻撃の速度を上げていく。

 だが、その全てが少女へ致命打を与えることは無かった。

 もはや力ずくで勝つのを諦め、勝つ手立てを探し、ある策を思い出す。

 

 それは手足の武器化である。

 以前妖怪を相手にしていた時のような戦斧では無く、意表を突き、相手の動きを止める方法…

 

 いい物があるではないか…ニヤリと口を裂き、再び突進する。

 

「芸がないですね」

 

 少女は侮蔑を込めた一言を放ち、再度いなそうとする。

 しかし、殴り付ける直前に腕を八方向に裂き、ネットのように少女を覆い尽くそうとした。

 やったことがない上に武器でもなんでも無いが、体を変えられるなら出来て当然だろう、と一発で成功させることが出来た。

 その体制からならば、後ろに下がることも出来ない、腕ネットで左右に避けることも出来ない。

 少女は目を見開き、真紅の瞳を丸くさせる。

 

油断したなァ!!俺達の勝ちだ!!ご愁傷様ァ!!

 

 ヴェノムが言葉を放ち、勝利を確信したそのとき。

 

「いいえ、私の勝ちです」

 

 無慈悲な一言が()()から聞こえた。

 腕には既に少女の姿は無く、直後に後頭部に衝撃が走った。

 何故、と思う暇もなく視界が揺らぎ、膝から崩れ落ちる。

 

「貴方の策には驚きましたが、上に逃げることが出来ました…詰めを甘くしたことが、貴方の敗因です」

(嘘だろう?飛んだのか?この高さを!?)

(コイツ…天才か…!?)

 

 なんと、少女はネットが自身の周りを覆い尽くす前に唯一隙間のあった上に飛び、2mに届くシン達の体を飛び越えながら頭に一撃を入れたのである。

 そして度重なるダメージの蓄積により、体は限界を迎えた、と言うわけである。

 何という戦闘センス、何という判断能力、シンはこの天才に嫉妬した。

 

 しかし、そんなものは自身が負けることになぞ関係ない。

 体が限界ならばその先へ、激戦を()()()ためには限界を越えなければいけない。

 纏っていたヴェノムが剥がれ、体に戻ってしまったが関係ない。

 震える足を無理矢理立たせ、シンはファイティングポーズを取った。

 

「…まだすると言うのですか…!その体で…ッ!」

「関係無ぇな!そんなことッ!」

<止めろ!シン!それ以上は体が壊れるぞ!!>

(勝利のためなら!関係無ぇって言ってるだろうが!!)

 

 少女は初めて攻勢に出て、シンの頭を狙い、木刀を振り下ろした。

 シンは腕をクロスにして防御に出るが、あまりの重さに顔を歪めた。

 流石に生身では勝機は薄いと感じたのか、少女に背を向けて走り出す。

 その姿に嘲笑する人や失望した人が出る中、シンはひたすら外野目掛けて走った。

 

 止まらないシンの姿に慌て出した外野は急いでその場を離れ、シンは目的のものを手に入れた。

 

「それは…竹刀…?」

「はぁっ、はぁっ、何でもして良いんだろ?」

 

 先程、組手をしていた人が持っていた竹刀である。

 シンは少女と同じように正眼の構えで相手の攻撃を待った。

 何故なら、ここで切り掛かってもいなされるか避けられるかが関の山だからである。

 

 痺れを切らしたのか、少女が行動を起こした。

 シンはカウンターに出ようと構える。

 

(ッはやーーー)

 

 しかし、恐るべき速さで接近され、まともに連撃を受けてしまった。

 顔や体、足、と言ったように体全体を撫でるように木刀が走る。

 

 しかし、()()()()()

 少女は息も切らさず、嵐のような連撃は止まらないが、押されていた体はいつしか踏みとどまることが出来るようになり、全く見えなかったはずの剣筋は、朧ながらも捉えることが出来るようになっていた。

 

 剣撃に合わせて竹刀を打とうとするが、圧倒的な重さに押し潰され防御が意味を成さない。

 それでも竹刀を握る手は決して離さず、少女に鍔迫り合いを挑もうとした。

 

「何なのですか…!貴方は…ッ!これ以上は命も危ないですよ!!」

 

 少女はいつまでも自分に挑み続けるシンに、連撃を続けながら問う。

 愚問だ、答えは決まっている。

 

「テメェに!()()()()()()だ!!」

<…シン…ッ!>

「……ッッ!!!」

 

 少女は訳が分からないと言った表情で力を込めた一撃を振りかざす。

 シンは竹刀で、防御に出るが…

 

 バキン、音を立てて竹刀が叩き割られ、ヴェノムが避けろ!!と声を荒げるが、目の前の木刀を避けることは出来ず、木刀が頭を強打する。

 少女は続けて振り下ろした木刀を振り上げ、シンの鼻っ柱を持ち上げた。

 

 シンの体が宙を浮き、そして潰れたカエルのように地面に墜落する。

 

「ふぅ、ふぅ…これで…」

 

 少女は渾身の力を込めたため、息が切れてしまったが、流石にこれ以上は起き上がらないだろうと安堵し、背を向けた。

 

 その時である、外野の一人があっ、と声を漏らす。

 少女も身の毛がよだつ殺気を感じ、後ろを振り返ると…

 

 修羅の形相をしたシンと拳が目の前に迫っていた。

 

 慌てて防御しようと構えるが、間に合わないの察し、目を閉じる。

 しかし、いつまで経っても顔を襲う衝撃が来ない。

 代わりに、ドシャッ、と倒れるような音が響いた。

 

 恐る恐る目を開くと、シンが拳を振ったまま倒れており、少女の勝利を表していた。

 突如に割れんばかりの拍手と称賛が道場に響き、少女を讃える。

 

 しかし、少女は喜ぶ気にもなれず、かと言って、悔しい気持ちでも無い、複雑な心境を味わっていた。

 

「…」

 

 とりあえずこの男性の肩を担ぎ、嬉しくも無い拍手と門下生の疑問の声の中、道場を出た。

 

 体が重いが、先ずはこの男性を寝かせる事が先決だろう。

 だがどこに寝かせれば良いだろうか。

 

 迷った挙句に、門下生の住居の空いているベッドに寝かせた。

 寝かせてから気づいたが、何故自分はこんなことしているのだろう、と疑問に思う少女。

 

 最初は負けたら出て行け、という約束事であったが、この男の死に物狂いで勝利を掴もうとする姿を見ていたら、そんな気は無くなっていた。

 暫くその場で考えていた少女だったが、部屋に男女二人きりという状況を自覚すると、途端に恥ずかしくなり、顔を赤らめながらその場を去った。

 そう言えば、彼に朝食は出るんだろうか…そんなことの思いながら、少女は道場に戻った。

 

◆◆

 

 シンは羊毛の柔らかさに眠気が襲われるが何とか耐え、目を覚ました。

 ふと部屋に目をやると、時計は七時を指しているようだった。

 

< やっと起きたか…別に心配はしてなかったがな… >

「おぉヴェノム…ああ、そうだ…負けたのか…」

 

 この世界で敗北したことがない故、強烈な悔しさを感じた。

 更にあれは試合、実践での真剣ならば、一撃目で終わっていただろう。

 ヴェノムも二人ならば敵無しと言っていただけにショックを受けているだろう。

 

「あの強情女…絶対打ち負かせてやる…ッ!!」

< その意気だ!!あの女に吠え面かかせてやるぞ!! >

 

 シン達は闘志を燃やし、打倒強情女を誓った。

 しかし、ここで腹の音が響く、昼も夜も食事をしていないからだ。

 

< とにかく飯を食わせろ!お前の肝臓が旨そうに見えてきたぞ…! >

「頼むから我慢してくれ…!…ん?」

 

 ふと視界の端に黒い何かが見えた。

 それは料理のようで、真っ黒焦げで何かは分からなかったが、添えられた紙には食べるように、と綺麗な文字で書かれている。

 一応そのままにしておくのも億劫なので、一思いにパクリと食べた。

 

 …炭の味だったが、腹の足しにはなったので良しとする。

 ふと、玄楽のことを思い出し、慌ててシン達は部屋を去った。




ご拝読、ありがとうなのぜ。
黒い物資は卵焼きらしいのぜ。うげ、げろまずぅ
それとヴェノムがシンの寝ている間に体を治していたのぜ、めっちゃ心配しながら治してたぜ。


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第六話 "適応“

この回では主人公、シンの能力の片鱗が見せられるよ!
ゆっくりしていってね!


 シン達は目が覚め、急いで玄楽の部屋へ移動していた。

 長い通路を抜け、昨日言われた部屋の前にたどり着いた。

 シンは怒っているだろうなぁ、と思いながらノックをする。

 

「入れ」

 

 厳格な声がドアを通して、響き渡る。

 失礼する、と一言入れ部屋に入り、書類に何かを記入する玄楽が目に入った。

 玄楽はシンを見るなり待っていたと言わんばかりに椅子から立ち上がって言う。

 

「おぉ、待っていたぞ、娘から話を聞いている。体は?」

「大丈夫だ…悪いな、昨日来れなくて」

 

 娘、というは観戦していた門下生の中にそのような人がいたのだろう。

 シンがそのように思案しているところ、玄楽の口が開く。

 

「気を病むことはない、私の娘と戦ったのだろう…?訓練も無しに良く依姫を追い詰めたものだ、あの子も少し嬉しそうに話していたぞ?シンのことを話してやったら顔が青くなったり赤くなったりで面白くてな、カッカッカ!」

「ん!?待ってくれ、まさか俺と戦った強情…薄紫色の髪の少女はあんたの娘か!?」

「その通りだが…強情か…確かにあの子は些か真面目がすぎる…あの子が何か粗相を犯したか?」

「ん?あーいや、そんなことは無いが…」

 

 まさかの新事実が発覚した、玄楽の子供が強情女、もとい依姫とは…

 あそこまでの天才ぶりも納得だ。

 しかし、強情の一言が漏れ出てしまったが、玄楽にも思い当たる節があるようで遠い目をしていた、きっと苦労していたのだろう。

 

「ああそうだ、八時から訓練が始まるからな、八時になるまでこの部屋にいてくれ、んで道場に来い、我はもう行くからな、自己紹介の言葉でも考えておけ」

「おう、了解した」

 

 玄楽が去り、シンは部屋に一人取り残された。

 暇を持て余し、玄楽に言われた通りヴェノムを出し、自己紹介の仕方を話し合う。

 

「さーてヴェノム、どうする?」

よし、俺が実践してやろう!!…"お前らは俺達の踏み台だ!文句を言う奴は食い殺してやる!覚悟しろ!!"こう言え!シン!

「無理に決まってんだろ!血気盛んすぎでやべぇ奴に思われるだろ!!」

ならお前が言ってみろ!!

「なら言ってや…」

 

 ヴェノムとシンが言い争いをしていると、不意にガチャリと扉が開き、ついさっき話に出ていた依姫が入って来た。

 シン達は驚きで固まった。

 

「お父様…って貴方達は!?」

「お前!強情…あの時の女じゃねぇか!?」

どの面下げて来た!!

 

 依姫は最初会ったときのように敵意全開で来ると思ったら…頭を下げた。

 シン達は予想外の反応に言葉が止まる。

 

「あのときはごめんなさい!私の勘違いで言いがかりを付けてしまって、挙句に怪我まで負わせてしまって…ッ!!」

「………あー顔を上げてくれ、別にもう気にして無いし…」

 

 依姫は頭を下げた状態から動かない。

 よく整えられた髪の隙間から涙がこぼれ落ちるのを見た。

 

「っ!?おい!泣くな泣くな!気にして無いんだから顔を上げろ!いや上げてくれ!?」

( ゚д゚)

 

 依姫はどうやら責任感も強いらしい。

 シンは初めて少女を泣かせてしまい、対処が分からずオロオロしだし、ヴェノムはあまりの驚きに口を開けて固まってしまった。

 

「いいのですか…?あんなことをしたのに…?」

 

 涙目で依姫はシン達を見る。

 初対面当時からは想像出来ない程弱々しい表情であり、思わず顔を顰める。

 

(止めてくれよ…どう言えば良いんだこんなとき…!?)

< 知るか!! >

 

 シン達は今度会ったらタダでは済まないようにしてやると話し合っていたが、こうも涙目で見られると言葉が詰まる。

 仕方ないことである、男は女の涙に弱いのが世の常である。

 

「えーっとな…この通り俺は元気だし、そもそもお前は玄楽に会いにきたんじゃないか?って言うかすれ違わなかったのか!?」

「え、えぇ、すれ違うことはありませんでした…ですが…」

「良いから!詳しいことは訓練中に話す!!」

 

 シンは強引に依姫を追い出すように部屋から連れ出す。

 危なかった、あのままでは気不味くてどうにかなりそうだった。

 

「ふぅ…なんとかなったな…」

あの女がまさか謝るなんてな

 

 全くその通りである。

 再開したら嫌味の一つでも言われるかと思っていたが、蓋を開ければそんなことはなかった。

 

==========

 

 依姫が部屋に乱入してからは特に何事も無く、時計の長針が八時の五分前を指した。

 

「良し、行くかヴェノム!!」

おう!

 

 シン達は座った状態から立ち上がり、ドアを開けた。

 相も変わらず長い通路を抜け、昨日と同じように道場の扉の前に立つ。

 

 普通に扉を開けると、十数人の門下生が談笑をしていた。

 その中の一人がシンを見つけると。

 

「よぉ!負け犬!!」

 

 嗤い声を上げながら、シンを馬鹿にした。

 続いて周りの門下生達も冷笑する。

 シンは腹の内がドス黒いものに覆われるのも感じ、皮肉を返す。

 

「指差して嗤うことしか出来ないデクの棒がよぉ…鬱陶しい…!!」

「なんだと貴様!?」

 

 シンは門下生達が依姫のような圧を感じることが出来ず、言葉しか出ない門下生に呆れを感じた。 

 

「何度でも言ってやるよ!!オメェらは雑魚だッ!!」

< 良いぞ!もっと言ってやれ! >

「言わせておけばなんだこの負け犬野郎ッ!!」

「そこまでだ」

 

 言い争いをしていると絶対的な圧を伴った一言が両者へ下された。

 思わず場は沈黙し、振り返るとそこには真剣な顔をした玄楽が仁王立ちしていた。

 

「お前の行為は道場全体の質を下げている、自重しろ…シン、我が弟子の非礼を詫びる…だが我の顔を立てて許してやってくれ」

「…ウッス、師範…」

「チッ、仕方ねぇな…」

 

 行く当ての無いシンを受け入れた恩もあるので、シンは玄楽に従った。

 そして続々と門下生が道場に集まり、その中には依姫の姿もあった。

 目が合うと直ぐ目を逸らされてしまったが。

 

 玄楽は全員集まり、時計が八時を指したのを見計らって言った。

 

「今日は新しく我の道場に仲間が来た!出て来い!」

「…あい分かった…」

 

 皆に注目され、コソコソと話をされながら前に出る。

 

「では、簡単な自己紹介を」

「…俺はシン、昨日喧嘩したから知っている人は知っていると思う、よろしく」

< おい!さっき言ってた奴は言わないのか!? >

(言う訳ねぇだろ!ついでに出て来てくれ!)

チッ、良いだろう…

「んでこっちがヴェノムだ、妖怪では無いから勘違いすんな」

 

 ヴェノムが渋々といった様子でシンの肩から出て来る。

 出て来た瞬間、ヒュッと誰かが息を呑んだようだが、妖怪では無いと理解したようで安心の空気が流れた。

「では早速だが訓練を始める!」

 

 玄楽は大声を出して、指をパチンと鳴らした。

 次の瞬間にはシンがリントバンドによって気絶させられていたあの大門の景色が映り込んでいた。

 シン達は混乱するが、優男や攻撃的女では無い門番や、門下生達はまたかといった涼しい表情をしていた。

 混乱するシンに話しかける人なぞいなく…いや、いた。

 依姫である、ポニーテールが跳ね、シンに優しく語りかけた。

 

「大丈夫ですか?師範は強引なので…すみません…」

「いや、お前が謝ることではない、そう言う力でもあるんだろう?」

 

 人知を超えた力に混乱してしまったが、玄楽は天才依姫の父親、こういうことは造作も無いのだろうと無理矢理納得した。

 玄楽は言う。

 

「今からこの都市の外周を三周回れ!!いいか、能力は使わず四時間経つまでに走り終われ!妖怪やらの心配はしなくても良い!走ることに集中しろ!」

 

 シン達は耳を疑った。

 都市は巨大であり、その外周を周ろうと思うと一日は費やす。

 だが、ヴェノムを纏えば余裕だろうと考えていると、

 

「シンはその生身の状態で行け!」

 

 玄楽はかなりスパルタのようだ。

 少し絶望するが、それでも身体能力は高いのでギリギリ間に合うだろう、そうシンは考えていた。

 しかし、その希望も打ち砕かれる。

 

「シン、お前はヴェノム無しの身体能力にすることは出来るか?」

「出来るか?」

<…出来る>

「出来るらしいが…まさかお前…」

「ああ、やれ」

 

 どうやら慈悲もないようだ。

 諦めて身体能力を普通にするようヴェノムに頼む。

 恐らくバレないように使っても、玄楽にバレるだろう、そう確信するほどにはシンは玄楽を認めていた。

 体の力が抜け、弱体化しているのが分かる。

 他の門下生が俺のことを嗤い、依姫が心配そうな目でシンを見たが無視した。

 

「じゃあ、行くぞ!よーいッ!スタァーートォ!!」

 

 唐突にスタートを下され、シン達や門下生は走り出す。

 しかし、その速度が異常だった。

 他の人は韋駄天のような速度で駆け出し、依姫に至っては、正に弾丸だった。

 シンはもう点になった人々の背を追い、全速力で走った。

 

==========

 走り出して一分、もうすでにシンの息は上がっていた。

 全力疾走ならば十数秒持てばいいほうだが、もう背も見えない依姫のことを思うと、あの時の悔しさが蘇り、意地で全力疾走を保っていた。

 視界の端に何度も玄楽の姿が見える、正直気持ち悪い、まるで()()()()()()()かのように音沙汰もなく現れる。

 そんな存在に無性に腹が立った。

 

==========

 走り出してから、三十分が過ぎた。

 脇腹が痛く、腕を振る肩、足も痛い。

 依姫との距離が空いていることを自覚しながらただひたすらに走った。

 諦める訳には行かない、ここで諦めたら打倒依姫など夢のまた夢だと、己を鼓舞して走る。

 さらにヴェノムもシンを鼓舞してくれている、もっと早く走らなければ。

 

==========

 二時間、まだ一周の印である門番も見えず、文字通り血反吐を吐きながら走った。

 ヴェノムは心配そうな声を上げるが、シンはその声に応えることは出来なく、走ることにだけ集中していた。

 すると、門番の姿が見える、シンはやっと一周を迎えたことを喜んだ。

 途端、後ろから草を踏み締める音。

 シンはそれが何かは理解しようとはしなかったが、現実は残酷に状況を教えてくれる。

 依姫だった。

 そう、一周の差がついた。

 追い越された拍子に目と目が合い、彼女は玉のような汗を顔に浮かばせているのを読み取ることが出来た。

 シンは絶望し、もう諦めてもいいのではないか、という想いが頭をよぎり、否定した。

 彼女に勝たなければならない、と…

 

==========

 最早、時間も分からない。

 ヴェノムが何を言っているか分からない。

 ただ地獄のような胸の苦しみや鉛のような足をひきづる様な感覚を味わいながら、()()()()()()

 もっと早く、速く、疾く…

 喘鳴のような呼吸音が響き、喉から血が噴き出る。

 

==========

 気付けば依姫と並んでいた。

 ブチブチと筋繊維が千切れていくが気にはならない。

 一周差を巻き返すには、もっとハヤク走らねば。

 さらに()()()()()()

 門番を通り過ぎ、二周目を迎えたが、シンにそれを気付く余裕はなかった。

 

==========

 前に依姫の、背中が見える、追いつかなくては。

 シンは思考があやふやになり、音もあまり聞こえなくなっていった。

 追い付いた依姫が驚いた表情で何かを言うがよく聞き取れなかった。

 遂に追い抜かしたことについ笑顔を浮かべる。

 乾いた唇が裂け、血が噴き出す。

 門番が見え、通り過ぎる。

 その途端視界が真っ黒になり、地面に倒れ込んだ。

 

 




シンの好感度呼び方
テメェ(敵意)
お前、あんた(普通)
名前呼び(普通以上)

主人公、マトモじゃないのぜ。


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第七話 シンの"力"

ゆっくりしてね。


 シンはきっちり四時間使い果たして外周の三周をやり遂げ、その勢いのまま倒れ込んだ。

 慣性によって滑りながら減速し、砂埃が舞った。

 

 ヴェノムが三周を越した瞬間にシンの体に自身を纏わせ、傷を癒していく。

 筋繊維の千切れや、乾燥による喉の出血は治ったが、脱水症状や疲れを治すことは出来ない。

 

 依姫も程なくして追い付き、倒れているシンを見つけてはすぐさま駆け寄った。

 

 依姫はシンと並んでいたとき、シンは血涙を流し、吐血し、足からはブチブチと嫌な音が流れていたのを覚えていた。

 依姫はそのとき、直ぐに走るのを止めるよう命令したが、シンは更に疾くなり、追い越してしまった。

 何処にそんな力が、と疑問に思わずにはいられなかった。

 

 玄楽もいつの間にかそこに佇んでおり、大きな水筒をヴェノムに差し出した。

 依姫はシンの走っていた状態を知っていたであろう玄楽に言う。

 

「お父様!!どうしてシンさんを止めなかったのですか!?」

 

 何度も見ていたはずだ、文字通り血反吐を吐いていたシンの姿を。

 

「…ここでは師範と呼べ、そうだな、八意殿からシンが追い詰められ、()()()()()()()()戦闘をすると劇的に強くなっていくということを聞かされた。依姫も心当たりがあるだろう?」

 

 ヴェノムと出会う前にシンのことである。

 あの時も絶体絶命だったはずだが、狼妖怪の頭を叩き潰し、首を折った。

 確かに人間業ではない。

 依姫のときもそうだ。

 いくらその身に木刀を叩き込まれたとしても、軌道が見えるようになるわけでもない。

 ボクサーの素人がプロに絶対勝てないように。

 

「えぇ…ですが、これは…」

「あぁ…勿論シンが倒れたりしたら回収するつもりだった、だがシンはやり遂げた」

 

 シンはスタートの直後、全力で走ったがその速さは依姫の十分の一にも満たなかった。

 しかし、体を壊し、常に全力で走るシンは、依姫を追い抜いた。

 

「彼は進化しているとも言える速さで成長している、…恐らくこれが、彼自身の能力なのだろう。名付けるとするなら…そう、"適応“」

「…」

 

 依姫はシンを黙って見ている、その表情は計り知れない。

 シンはもう健康体そのものになり、ヴェノムによって無理矢理水筒の水を飲まされていた。

 玄楽は続けて行った。

 

「つまり、彼は限界を越え適応、強靭な肉体に体が作り替えられるが、更に限界を越え、それに適応…これを狙って我は無理難題を彼に吹っ掛けた、何故なら…彼は強くなりたがっていた、これが強くなる一番の近道だ、それは彼も分かっているだろう…」

「…何故…何故彼はそんなに頑張ることが出来るのですか…ッ!?」

「…さぁな」

 

 端正な顔を顰め、我慢ならないと言った様子で依姫が問う。

 しかし、玄楽は続々とゴールする門下生を見ながら、その質問を軽くあしらった。

 玄楽の視界の端にはヴェノムに頬をぺちぺち叩かれているシンが映っていた。

 

 最後の門下生がシンの前を通り過ぎたころ、ようやくシンは目を覚ました。

 雲にコーディネートされた蒼天、空気を吸うほど痛む喉、かなりの体の怠さ、ヴェノムに頬を叩かれる感触、心配そうに顔を覗かせる依姫、心無しか目を合わせない門下生達、と、情報量が多く、げんなりしながら起き上がる。

 

「シンも目を覚ましたようだな!一時間の休憩の休憩をやる!その次は剣術指南だ!!」

 

 玄楽は四時間前ここに来たように指を鳴らし、次の瞬間にはあの道場だった。

 二回体験しても慣れないものだ。

 

「な"あ"…ん"…?こ"え"が"…!?」

< 当たり前だ!!どれだけ走ったと思ってるッ!?しかもご丁寧に俺を無視しやがって!さっさと水を飲めッ!!後飯も食え!! >

 

 優しいのか厳しいのか分からないヴェノム。

 ただ、地獄のマラソンで依姫に勝ったという実感が沸々と湧く、無敵かと思われた依姫にだ。

 しかし、何故依姫に勝ったか解らない、あのペースでは間違いなく追いつけなかった筈だ。

 

「ど“う"す"る"か"…水"が"な"い“…」

 

 マラソンの謎は一旦置いておき、手元に水がないことに気付いた。

 更に飯も無い、周りは既に弁当やらお茶やらで寛いでいる。

 一応朝ごはん(黒い物質)は食べたが、まるで栄養が足りない。

 どうしようかと考えていたら、目の前にスポーツドリンクとおにぎりが差し出された。

 

「食べて下さい…弁当もないのでしょう?」

 

 依姫のようだ、こちらを見ずに、スポドリを地面に置き、おにぎりを手渡している。

 自身が敵視している相手に施しを受けるのは癪だが、好意は無駄には出来ないので素直に受け取り、感謝を示す。

 

「…あ"り"が"と"な“」

「…!はい…!」

 

 依姫はこちらに顔を向けないまま走り去ってしまった。

 言うまでも無いが依姫は美少女だ。

 道場のマドンナとされている彼女から、贈り物を受けたシンは、男子達、特に最初に道場で会った男子から怨念と嫉妬の篭った視線を浴びせられた。

 そんな男子達を、シンは威圧を込めて睨んでやるとすぐさま男子達は目を逸らした。

 …おにぎりは家庭的な味で丁度良い塩の塩梅、パリパリとした海苔が良いアクセントになり非常に美味だった。

 彼女は料理が上手いのであろうか、おにぎりを頬張りながらそんなことを考えていた。

 

 そんなこんなで一時間が過ぎた。

 もう喉も元に戻り、疲れも多少軽減された。

 玄楽は竹刀の束を持って現れ、大声で言った。

 

「まずは素振りだ!!各自、三千回しろ!終わったら空いている人と組手!!シンはマラソンのときと同じ状態でしろ!」

 

 やはりスパルタである。

 同級生がクスクスと嗤う中で、シンは心の中で闘志を燃やしていた。

 勿論、依姫のことだ。

 

(絶対依姫より早くに終わらせてやる…!)

 

 竹刀を掴み取り、依姫より早くに始まる。

 豪快に風を切り、竹刀の重さが肩にのし掛かる、思ったよりキツイ。

 何故か門下生達がニヤニヤとした表情でこちらを見て来た。

 

 苛立っていると、依姫が竹刀を振り始めるのを確認する。

 依姫は、竹刀を見惚れる程綺麗に振っていたが、次第にこちらをチラチラと見始める。

 お前もか…!と更に苛立つと、依姫が竹刀を振る腕を止め、こちらに歩み寄った。

 

「は…?」

 

 思わず声が漏れたが、依姫は構わず言った。

 

「貴方の素振りは早く振り過ぎて入らないところに力が篭っています、剣を振るときはこう!そんなことでは剣術は上達しませんよ!」

「あ、あぁ、分かった…」

 

 まさかの素振り授業の開始である。

 まさかシンがヘタクソ過ぎて周りはクスクスと嗤っていたのだろうか。

 面食らったシンは本来教える筈の側の玄楽を睨んだが、ニヤリと笑うばかりで動こうとしなかった。

 何処を見ているのですか!?と、透き通った声がシンの耳に入る。

 

 依姫から教わったように竹刀をを振ると、腕だけでは無く、腹、足まで筋肉を使い、その分スピードが遅くなっていった。

 対する依姫は恐るべきスピードで竹刀を振る。

 負けじと竹刀を振るスピードを速くしようとするが、依姫に教わったやり方から外れ、汚い振り方となってしまう。

 いっそこのままでもいいか…?そんな戯言が浮かぶが、それでは意味が無い。

 マラソンのときのように真っ向から、勝たなくてはいけないのだ。

 

 深呼吸し、意識を深い水に落とすように集中する。

 目を閉じ、自身から無駄な物を削ぎ落とすかのように動きを最適化するように意識する。

 

==========

 五百回に届く頃には、腕も上がらなくなってくる。

 目を開け、依姫を見ると息を切らさず、黙々と、それでも美しく竹刀を振る姿があった。

 対抗心が湧き、更に集中した。

 

==========

 千五百回目、ここまで何度も集中が途切れそうになるが、何とか意識を繋いできた。

 息が上がらないことに疑問を感じるが、自身が集中をするために忘れる。

 ヴェノムも空気を読んで黙ってくれている。

 依姫はあいも変わらず綺麗に振っている。

 あと半分、集中だ。 

 

==========

 二千五百回目、ここまで来ると息も上がり、意識しなくてもこの状態で竹刀を振ることが出来る。

 この状態が悟りか、それともただの疲労か。

 何も考えずに竹刀を振っていると、依姫が竹刀を振る手を止めた。

 こちらにまた歩み寄り、またシンに竹刀の振り方を教えるのかと思った。

 しかし、俺の前に座って動かない。

 そこで初めて気づいた。

 

(コイツ…もう終わっている…!?)

 

 何ということだ、シンは愕然とし、竹刀を振る腕を僅かに緩める。

 しかし、しかしだ、敗北を喫してしまったが、次の組手で勝利すればいい。

 心の中で鼓舞し、集中しながら竹刀を振った。

 

==========

 三千回目!遂に終了した。

 周りは息を上げながら、素振りをしており、終わったのはシンと依姫だけだった。

 

「よし…組手しろ、依姫…ッ!」

< やっちまえシンッ!!>

「受けて立ちます!」

 

 次こそは必ず勝つ…!シンは奮起し、道場に来て二回目となる剣戟が幕を開けた。

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ
能力公開、シンの能力は"適応"する程度の能力なのぜ。
だから、ヴェノムにも超完全適応したんですね、なのぜ。


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第八話 二度目 

再戦だぜ、ゆっくりしていってね!


「よし…組手しろ、依姫…ッ!」

< やっちまえシンッ!!>

「受けて立ちます!」

 

 依姫は立ち上がり、シンを見据えてシンの挑戦を受けた。

 

 闘志充分、疲労もまるで気にならない。

 リベンジとなるこの勝負、負ける訳にはいかない。

 何回も素振りをしたからか、自然に構えを取る。

 依姫は距離を取り、構えを取った、いつぞやに見た正眼の構えだ。

 

 鄒俊ほど睨み合いが続き、依姫が動いた。

 蛇を思わせる動きでジグザグに蛇行しながら接近し、何処を狙って来るか分からない。

 しかし、シンはジッと依姫の竹刀を凝視し、その場から動かなかつた。

 あっという間に袈裟斬りが決まーーーらない。

 

 ギリギリとところで竹刀を滑り込ませることに成功し、不器用だが、しゃがみながら受け流がすことに成功した。

 

(出来た…ッ!)

 

 そしてガラ空きとなった依姫の腹に竹刀を叩き込もうとした。

 しかし、依姫は前方に飛び込むようにしてこれを回避した。

 依姫の華奢な身体に竹刀が掠れる。

 

 依姫は体を捻り、シンの方を向いて着地する。

 依姫は飛び込んだ位置的に10m程離れている筈だが、シンは嫌な予感を感じ、振り抜いた腕ごと回転するように体の向きを反転し、()()()()依姫に向き合った。

 

 飛び出した音すら響かせずに目前に迫ったその技術は正に極地だ。

 シンはその事実に驚嘆し、繰り出された刺突を無理やり体を逸らし、紙一重で避けた。

 刺突は恐るべき疾さであったが、先日の決闘でその疾さには慣れており、動体視力がなんとか追いついた形で避けることが出来た。

 

 依姫もまさかこの一撃を避けられるとは思わなかったようで、無防備な体を晒している。

 絶好のチャンスだが、無理矢理体を逸らしたためか、追撃を送ることは出来ず、お互いに距離を取って剣戟は一時中断された。

 

 シンは互角とは言えずとも、依姫と渡り合えていることに高揚を隠せず、同時に剣戟自体に楽しさを覚えていた。

 

 今度は鄒俊も待たず、弾き出すようにシンは飛び出した。

 直線的な移動で、必ず読まれ、カウンターを喰らうだろうが、シンはこれ以外に攻め方を知らなかった。

 依姫と同じように袈裟斬りを放つ。

 しかし彼女はシンがやったようにしゃがんで受け流した、彼と違って洗練された動きだった。

 

 シンは丸々運動エネルギーの方向を変更され、体勢を崩し、その隙を依姫に突かれるーーー筈だったが。

 シンはなんと体勢を崩した状態から片足を軸にして回転し、しゃがんでいる依姫に強烈な脚撃を竹刀越しに喰らわせた。

 完璧すぎる受け流しが災いし、充分な速度を兼ね備えた脚撃は、依姫を意表を突き、依姫との戦闘で初めてマトモな攻撃を加えることが出来た一瞬だった。

 

 実践ならば恐らく脚をスパッと斬られて終わりだろう。

 しかし、これは試合、一撃は一撃だ。

 

 依姫はこの一撃には応えたようで体勢を変えずに吹き飛ばされ、苦い顔をしている。

 そして、彼女は竹刀を鞘に収めるような動作をして、小さく息を吸い、顔を上げた。

 

 まさかと思った瞬間には依姫の姿は掻き消え、力強い響きが耳をつんざくと共に脇腹と鳩尾、胸に衝撃が走った。

 

「カハッ…ッ!!」

 

 息を強制的に吐き出されるようにしてえづき、膝をつく。

 依姫のあの構えは間違いなく居合の類いだった。 

 しかし、実際に攻撃を受けたのは三箇所、あり得る筈が無い。

 つまりそれは…数コンマにも満たない時間の中で三撃を加えるということで。

 卓越した…いや、希代の天才にこそ出来る剣技であった。

 

 依姫とシンの間に壁を実感し、才能に嫉妬し、弱い自分に反吐が出る。

 そんなことを思っていると、当の本人から手が差し伸べられた。

 

「大丈夫ですか…?」

「…ああ…」

<お前はよくやった、ドンマイ>

 

 依姫の紫がかった緋色の眼が膝をついたシンを映す。

 心の中でヴェノムが励ましてくれる。

 

 少しナーバスになってしまったが今勝てないのなら次勝てばいい、次勝てないのならばその次に勝てばいい。

 そう心に決め、依姫の手を取り、再戦の意を示した。

 

===========

 そうして一日の稽古が過ぎた。

 戦績、百二十五戦、百二十五敗、惨敗である。

 しかし、勝てる場面も少ない訳ではなかった。 

 依姫の剣技も多少見切れるようになり、絶望感を感じることは無かった。

 

 満足感を感じ、解散した後、食堂へ向かいタダ飯を食らった。

 そう言えば、何故ここまで設備が充実しているのだろうか、食堂は無料、宿泊も無料、大浴場も付き、天国のような有様である。

 しかし、食事中、山盛りの団子を持った依姫が当たり前のように横に着席した。

 文句を返したが。

 

「ここがいいんです!」

 

 とのこと。

 他の席に座るよう命令したが、テコでも動かない、強情女の再来である。

 

 仕方なくその席に座ることを許諾し、何故ここまで設備が充実しているか質問する。

 すると、依姫は団子を頬張りながら答えた、さながらウサギである。

 

「本来、綿月の家系は軍の重鎮という立場です。ムグ、しかし、お父様が、新人の育成に努めたいという要望を上層部に提出し、お父様の実績から許可されました、その後は第一戦を退き、ムグ、多額の資金を貰いながらこの道場で稽古をしています。この設備の多さは、その資金を利用しているからなのでしょう、ゴクンッ。」

 

 お前は食べるか喋るかどちらかにしたらどうだ、その旨を依姫に伝えたが、彼女はどこ吹く風である。

 しかし、成程、この無料尽くしも納得した。

 シンは早々に飯を平らげ、食堂を去った。

 依姫があっ…と悲しそうな声を上げたが、無視した、面倒臭いし。

 

 シンは自分の部屋で時間を潰した後、大浴場へと向かった。

 この一日でかなり汗をかいたものだから風呂に入れるのはありがたい。

 大浴場は湯煙が多く、露天風呂も付いていた。

 運の良いことに人はおらず、湯船に浸かり、ヴェノムと話す。

 

「なぁヴェノム…お前は満足しているか…?俺はしてないがな…」

 

 勿論、依姫のことだ。

 奴を倒すことがとりあえずの目標だ。

 

そうだな…俺も満足していない…俺の星の奴を見返すことも出来ていないし、外に出て、暴れもしたい…!!

 

 そうか、一言返し、今度また壁外で暴れようかと考え、数十分か浸かったのち、風呂を出る。

 ふと、自分の胸の三本線や右腕の傷の痕に目をやった。

 狼妖怪に襲われたのも、今となっては懐かしいことだ。

 

 そう思いながら自分の部屋へ向かい、ベットに埋もれる。

 依姫との剣戟を思い出しながら眠りに入った。




なるほど、一日中その子(依姫)のことを考えている?
それは…恋(ry

ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
奴隷が出しゃばって有る事無い事喋ってますが気にしないでくれだぜ。


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第九話 休日と“なんでも"

毎日投稿出来なくて申し訳ないのぜ。
奴隷にしっかり言い聞かせておくのぜ。
それはそうとゆっくりしていってね!


 依姫との二度目の試合から数日が経った。

 走って、試合をして、敗れる。

 そうして合計千戦しても、未だに一度を勝つことが出来ていなかった。

 

 ある日、いつも通り竹刀で体をしばかれ意気消沈していたシンだが、解散直前、玄楽が全員にあることを言った。

 

「明日は休日だ、ストレス発散するなり出掛けるなりなんでもして来い」

 

 唐突に休みを告げられても、することもない。

 喜色を浮かばせた門下生の皆が寮へ帰り、休日はどうするか思案に耽っていたところ、玄楽から声を掛けられた。

 

「シン、八意殿から休日に医務室へ来るように、と言う伝言を預かっている、いつでも来ていいとのことだから、準備ができたたら行くといい」

 

 はて、何が望みだろうか、いつかになんでも言ってくれと大言を溢してしまっているので、冷や汗がタラリと落ちた。

 人体実験だろうか…そう恐れながら寮へ行き、一日を終えた。

 

======== 

 翌日、食堂で軽く食事を済ませたシンは重い足取りながらも地図を片手に道場を出た。

 コンクリートの地面を踏み締め、一度体験した道だからか、軽快に永琳の医務室への道を辿っていく。

 

 その道すがら、依姫、そして隣に歩く全周につばのついた白い帽子を被る金髪の少女にばったり出会った。

 

 依姫はどうやら私服のようで、半袖で襟の広い白シャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着ており、腰に斜めに巻いているベルトのバックル部分には、剣の紋章があしらってあった。

 妙にお洒落である。

 そして、もう一人は長袖で襟の広い白いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ており、腰に斜めに巻いているベルトのバックル部分には、鏡と思われる紋章があしらってあった。

 依姫と対照的な奴だ、それが第一印象だった。

 

 依姫はこちらを見るなり慌ただしく挨拶した。

 

「あっ!シ、シンさんおはようございます!?」

「あ、ああ…おはよう、隣のあんたは誰だ…?」

 

 隣の少女はきょとんとした顔でシンを見るが、やがて何かに気がついたのか、ニヤニヤとした表情でシンをを横目で見て言った。

 

「もしかして…彼氏!?」

「ちっちがっ、違います!!」

 

 彼女は林檎のように紅潮した顔を見て、ニヤニヤとした顔から一変、大輪の花のように笑顔を浮かべ笑った。

 

「あははは!!図星じゃな〜い!?今日は赤飯よ〜!」

「だ〜か〜ら〜!違いますって〜ッ!!」

 

 依姫は腕まで赤く染まった手で少女をポカポカと叩いていた。

 大声によって通りの人の視線が集中する中で、対面しているシンはこの惨状を見て、悟りを開いていた。

 

<前々から思ってたけどな…お前随分と好かれてんだなぁ?>

「はぁ〜………」

 

 兆候は感じていた、ご飯のお裾分けや食堂で隣に座られたことなどだ、しかしそれをただ認めたく無かっただけで。

 正直なところ、依姫のような美少女に好かれるのは吝かではない、むしろ歓迎だ。

 ただシンが打倒すべき敵と認識しているせいか、恋愛感情を向けることは出来なかった。

 とりあえずシンは、今目の前で起こった出来事を無視しつつ、もう一度尋ねた。

 

「あー盛り上がっているところ悪いが、あんたの名前は?」

「あら、豊姫よ、綿月豊姫、貴方達のことは依姫から聞いているわ、よろしくシン、ヴェノム」

「よろしく」

おう!

 

 シンとヴェノムは握手に応じながら、依姫と豊姫について考えていた。

 成程、依姫の姉妹か、先程のやりとりやこの距離感の近さも納得出来る。

 しかし、堅物の依姫の姉妹となると、更に頑固な堅物だと思っていたが、こうも対面すると天真爛漫な性格で依姫の性格とは真反対であった。

 そこで依姫が豊姫を叩くのを中断し、慌てて口を開いた。

 

「ちっ違いますからねッ!別に貴方が好きとかそう言うのとかじゃなくて…そう!修行仲間…?いえ、友達として好きと言うことですからねッ!!loveではなくlikeです!!!」

 

 依姫は林檎顔のまま、最早自分に言い聞かせているのではないかという程の気迫で訂正を促した。

 かなりの大声だったので、更に視線が集まり、その中には微笑ましいものを見ているような、優しい瞳を向ける者までいた。

 自分で墓穴を掘り、更に大衆の面前で暴露するように言った依姫が哀れに思え、挨拶もそこそこにその場を立ち去ろうとした。

 

 しかし、腕を引き留められるような感覚を味わい、後ろを見る。

 そこには豊姫が迫ってきており、そのままの勢いで耳元まで接近し、あることを呟いた。

 

「依姫を不幸にしちゃダメよ」

 

 そばにいた依姫にも聞こえないほど小さく発せられたその言葉に、俺は努力する、と返し、今度こそその場を後にする。

 

姉さん!彼に何を言ったの!?

ふふふ♪さぁね〜

 

 後ろからそんな声が聞こえ、温かい視線も霧散し、シンは永琳のいるだろう医務室へ向かった。

 

========

 今度は何事もなく永琳の医務室へ到着出来た。

 殺風景なほど真っ白な通路をコツコツと歩き、医務室のドアを開けた。

 

「あら、待っていたわよ」

「単刀直入に言う、なんで俺達を呼んだ?」

「もう少し愛想良くした方がモテるわよ?」

「うるせぇ」

 

 永琳は椅子に座り、初対面の時とは違い、白衣ではなく、青と赤から成るツートンカラーの服を着用し、更に上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆という、奇妙な配色をしていた。

 永琳はシンの質問を軽く受け流すが、本題に入った。

 

「ここに来て貰ったのは他でもない、かっこよくて逞しいヴェノム、引いては貴方の研究をするためよ」

「…やっぱりか」

体を弄られるのは癪だが、そこまで言うなら手伝ってやろう

 

 ヴェノム、チョロいぞ…そんなことを思ったらヴェノムが頭を出し、頭突きをした。

 何故だかデジャブを感じた。

 永琳はそんなシン達を横目に、ある薬を差し出した。

 

「これはなんだ…?」

「これはーーーー

 

========

 実験が終わったのは数時間後してからだった。

 昼も飯を貰い、食事中も検査をされた。

 

 とは言え、お陰で様々なことを知れた。

 ヴェノムが他の生物、特に人間に共生しようと思うと、適応せず死んでしまうことが多いこと。

 ヴェノムは宿主に応じて能力が変化すること。

 本来、シンビオートと共生したら攻撃的な性格になることetc

 

 そしてこの一時間、永琳はずっと実験を繰り返していた。

 横顔からは真剣な表情が見え隠れし、その瞳からは貪欲な知識欲を感じられた。

 

 三十分程前から顕微鏡を覗いたり、薬品を加えていたりしていた永琳は、はぁ…と、溜息を吐き、俺にあることを尋ねた。

 

「貴方、()()()()()気ある?」

「はぁ?…今のところ無いが…唐突にどうした?」

そもそも今の時点で人間では無いだろう?

 

 永琳はヴェノムの指摘を華麗に無視し、顕微鏡で覗いていたモノをビーカーに移して言った。

 

「今作ったモノはヴェノムの弱点である超音波や熱に耐性を付けてみようと試作したモノなのだけれどもね…失敗して少し性質がおかしくなって…」

なんだと!?飲ませろ!!

「落ち着け、ヴェノム…で?何が失敗してどう変化したんだ?」

 

 自身の弱点が無くなる可能性があると知り、ヴェノムが頭を永琳に詰め寄るが、シンがそれを制止し、永琳に尋ねた。

 

「えーと、ね…まず熱、音波耐性付与自体がなくなって、しかも飲んだら二度とヴェノムと離れられないわ」

「つまり、一生頭の中にヴェノムが住み続けるってことか…」

「二つ目に体がスライムみたいになるわ」

「…」

 

 俺の頭に黒いスライムでずっと森を彷徨う姿が思い浮かんだ。

 目線が低く、べちゃべちゃと体を引きずり、誰にも受け入れられない…想像しただけで体が震えた。

 永琳は続けて言う。

 

「要はヴェノムがそのまま人間になったような物よ、腕を切断してもくっ付く、そんなことが出来るようになるわ」

 

 良かった、危うく正真正銘の化け物になるところだった。

 

「最後に三つ目、不老になるわ」

「…は?」

ほう?

 

 耳を疑う一言が聞こえた、不老?

 ヴェノムが興味深そうに身を乗り出し、永琳を睨む。

 

「ヴェノム自体がかなり長命な生物みたいでね、適合性の高い貴方が…そうね、仮に同化と呼びましょうか、同化するとそれこそ不老に近い寿命を得るのよ」

「成程な…」

良いじゃねぇか!!

 

 ヴェノムは歓喜し、口を開けて笑うが、シンはあまり気が進まないようだった。

 少し考える仕草をしたシンはこう答えた。

 

「…保留だ、今は決められない…だが、それを貰ってもいいか?」

「いいわよ、賞味期限は無いし、保存方法も適当でいいわ」

「助かる」

 

 正直人間を止めるのは吝かだ。

 ヴェノムは賛成のようだがシンは違う、決断は今すぐする必要は無い。

 腐るわけではなさそうなので容器に入れて、ポケットに突っ込んだ。

 

「…これで終わりか…?」

「まだまだあるわよ、ざっと五十個ぐらい」

マジかよ…

 

 シン達は頬が引き攣り、なんでもなんて言わないほうが良かったと思った。

 

 数時間後、永琳はニコニコホクホクと満足したような顔で、反対にシン達はげっそりとした表情だったというそうな…




ご拝読、ありがとうなのぜ。
ベルルー様、評価☆9ありがとうなのぜ。
あぁ^〜たまらねぇぜ!なのぜ。


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第十話 人ならざる力

ゆっくりしていくよ!


 シン達はありとあらゆる実験を施され、地獄のような拘束が終了したのは夜を迎えた頃であった。

 あちこちに注射器や実験器具が散乱し、流石のヴェノムも沈黙してしまった。

 

 永琳はカルテを見ながらニコニコホクホクしており、充分実験し尽くし、自身の知識欲を存分に満たせたのだろうと感じさせる。

 対照的にシン達は生気がなくなってしまい、椅子に背をもたれながら、暫くそこで精神を休ませていた。

 

 やがて立ち上がり、出口を向かう。

 

「…これで貸し借り無しだ、じゃあな」

「また来てね〜♪」

「二度と来るか」

 

 ヴェノムは日が斜陽に移ろうというところでうんともすんとも言わなくなり、別れのときでも沈黙を貫いていた、哀れなり。

 シンはシンで永琳の返事に悪態を吐き、殺風景な廊下を抜けて、外へ出た。

 

 地上は月光とネオンに照らされ、何故だか満点の星空が夜空を彩っていた。

 恐らく科学の力だろうか、ネオン輝く都市には星空は現れない筈だが…そう考えたが、夜風が頬を撫でたため、思考が霧散する。

 

 シンは深いことは考えず、ビルの間に佇む星空を眺めながら、ゆっくりと道場へ戻るーーー筈だった。

 

 元気を取り戻したヴェノムが驚きの提案をした。

 

< 折角だ、ビルの上を行こうぜ >

「…いいぜ、ストレス発散といこうか」

 

 体をビルのほうに向き、ヴェノムを纏う。

 漆黒が体を侵食し、マスクのように顔が飲み込まれ、体はマッシブになる。

 体が歓喜するように震え、夜に向かって咆哮した。

 

オ"オ"ォ"ォォ"ォオ"オ"オ!!!!

 

 即座にコンクリートにヒビを入れるほど地面を踏み抜き、大砲のように数十メートル飛ぶ。

 地に落下しようというところでビルの壁に爪を立て、バキバキと音を立てながら登る。

 ビルに鋭利な爪ののような跡が残るが知ったこっちゃない。

 

 屋上に手が届き、勢い良く天に飛び出した。

 空に鎮座する月をバックに悪魔があまねくネオンが包む街を睥睨する。

 見つけた、帰るべき道場だ。

 

 ビルの屋上に着地し、駆け出した。

 ビルとビルを縫うように飛び走り、肩で風を切る。

 

 久々にヴェノムに纏ったからか、気分が良い。

 恐るべきスピードで移動し、次のビルへ飛び移るーーーところであるミスを犯した。

 

 死角となっていた足元の配管につまづいてしまったのだ。

 あっ、と思った次の瞬間には天地が逆転していた。

 つまり、頭から落下したのである。

 

 普段なら避けれた脅威だったが、気分が高揚したからか、注意散漫になっていたようだ。

 何とか空中で体勢を立て直し、決して小さくない衝撃音と共に路地裏に着地した、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が入ったが。

 

 路地裏だったためか、大勢の人には見られなかったようだ。

 しかし運悪く、空色の髪をしたウサギ少女ー路地裏を近道として利用したのだろうーが、突然空から現れたシン達を目撃したようで、驚きでへにゃりと座り込んだ。

 

おっと、だいじょ…

「ぴぎゃああぁぁぁああああ!?!?!?」

 

 倒れ込んだウサギ少女にシン達は手を差し伸べたが、ウサギ少女は泣き出し、奇声…いや悲鳴を上げながら脱兎の如く逃げ出してしまった。

 当たり前だ、空から化け物が現れ、その化け物があたかも自分を喰らおうと手を差し伸べたのだから。

 

 シン達は悲鳴を聞いた通り掛かりの人々が現場に集まるのを察して、壁を伝って屋上に逃げ出した。

 人が集まりだし、蜘蛛の巣状にヒビ割れた地面を見て焦り、青褪めている。

 

(危なかった、あのままあそこにいたら化け物認定されるところだった)

<元はと言えばお前が足を引っ掛けたのが原因だろう?>

(うっせぇ)

 

 慌てる人々を背にシン達は去って行った。

 

 数分後、シン達は道場に到着し、例の薬ー仮に同化薬と呼ぶーを保管し、何事を無かったようにベットに沈んだのだった。

 

===========

 朝、シン達は柔らかな日差しを感じて起床した。

 寝ぼけ眼を擦りながら同化薬を手に取り、ラベルに書かれた効果を確認する。

 

 細胞同士の融和による人外化、それにあたって不老化、身体の流動化と固形化が自由自在に。

 注意書には熱、音波耐性は付かないのであしからず、と記載されている。

 

 文字通り人を止める覚悟が必要になるが、まだ決断の時ではない。

 時刻は七時五十分、同火薬を机を上に置き、軽い準備をした後に道場へ向かった。

 

===========

 いつも通り外周を走り終わり、いざ剣術訓練をするところが、玄楽がメルヘンチックなことを言い出した。

 

「よし、全員三周したな!道場に行った後は()()()()をするぞ!!」

 

 浮立つ門下生達、まるでこのために修行を行ったと言わんばかりの騒ぎようだった。

 反対にシン達は頭の中がハテナマークで埋め尽くされていた。

 霊力とは何だ?

 

 字面からして何かしらのパワーだろうか、そう思案していたら、玄楽が指を鳴らしてシン達を道場へ瞬間移動させた。

 この力も霊力なのだろうか、また思考に耽っていると、玄楽が口を開いた。

 

「知らない奴のために一応説明するが、霊力とは人間が内に持っている力だ!妖怪なら妖力や魔力、神様なら神力と言ったように名称が分けられている!しかし、その力の本質はあまり変わらない!普通に暮らしていらばほぼ実感が湧かないが…」

 

 玄楽が霊力について説明し、最後に人差し指を立て、その先に光の球を出現させた。

 

「訓練すれば、こんなことも出来る」

 

 光球を玄楽の頭の上で回転させ、パッ、と消した。

 そのデモンストレーションのような解説を前に門下生が目を煌めかせる。

 無論、シンもその中の一人であり、戦術の幅を広げられることに歓喜した。

 しかし、肝心の霊力の操り方が分からない。

 それを聞こうとする前に、玄楽が言った。

 

「霊力を操る、又は発現する方法…それはただひたすらにイメージトレーニングを続けることだ!詳しく言うと己の心の中の霊力を知覚し、それを外に出す…これが出来るまで瞑想してろ!」

 

 ぶっきらぼうに玄楽は言い放ち、その言葉を聞いた門下生は一人、また一人と霊力を感じるため、意識を深くへ落としていった。

 依姫やシンも瞑想を始める。

 道場はこれまでにないほど静寂に満ち、それがまた彼らの集中を深くしていった。

 

===========

 最初に声を上げたのは案の定、依姫だった。

 何かを感じ取ったように肩を震わせ、霊力の塊を掌から放出する。

 

 依姫に感化されたのか、次々と霊力の顕現に成功する者が現れ始め、遂に成功していない者はシンだけになってしまった。

 シンはどれだけ瞑想しても、意識を集中させても、その暗闇から光を見出すことは出来ず、周囲から一人霊力を感じることが出来ていないと罵倒される声にも気付かないほど集中した。

 

 しかし…()()()()()()

 シンはヴェノムに問う。

 

(なぁ、ヴェノム…俺にそんな力なんてあるのか…?)

< 正直なことを言うと…()()()()()()>

 

 簡単な話だ。

 才能がない、ただそれだけだった。

 また依姫との差が開き、愕然とする。

 勝てるのはマラソンだけ、勝負に善戦はしても勝てはしない。

 ならば…ならば俺に何が出来る…ッ!?

 

 そうやって黒い感情が湧き出るのを感じ、激しく自己嫌悪する。

 

 顔を俯かせるシンの瞳に誰かの顔が映る。

 依姫だった。

 俺に好意を抱く奴、天才に嫉妬を抱く俺、どれだけ頑張っても手の届かない虚しさ、常に先をいかれる焦り、どうしようもない不感情。

 溢れ出る思いを溜息として流し、やはり天才に勝とうなどという考えは、無駄だったのだろうか、とシンは思った。

 

 しかしシンの愚痴を黙って聞いていたヴェノムが爆発したように心の中で口を開いた。

 

< ふざけんじゃねぇッ!!!何が無駄だッ!!お前は何のために修行した!?お前が限界を超えて挑んだ者はなんだ!? >

(依姫だ…)

< そうだろう!?お前が無駄だと思った試合も!技術が無くても食らい付いた勝負も!!限界のその先まで行ったあのマラソンも!!無駄な物じゃねぇッ!! >

(けど…けどよ、勝てねぇんだ…ッ!)

 

 ヴェノムが発破を掛け、いつしか言葉にした台詞を吐いた。

 

< 言っただろう!!俺とお前が組めば()()だと!!あの言葉に嘘は無い!それは今もッ!これからもだッ!!お前は…俺の言葉を嘘にする気か!? >

(そうか…そうだ…!俺達は負けねぇ…ッ!)

< そうだッ!!例えお前が無駄だと言っても、俺が声高らかに無駄にならないと言ってやろう!!シン!!それにお前は言っていただろう!“勝てないなら、次勝てばいい“と!!勝つまでやれッ!!勝ってあの女の顔をくしゃくしゃにしてやれッ!! >

(…ッ!!…ありがとな、ヴェノム…)

 

 ヴェノムがヴェノムらしく無い。

 心の靄が消えたような感覚だ。

 …そうさ、今負けても、次勝てばいい、次勝てないのなら、その次に勝てばいい。

 そうして得た一勝は千金に勝る価値がある…ッ!俺の努力は無駄では無かったと!証明してくれる!!

 

 少し、涙が滲んでしまったが、シンは立ち上がり、依姫に向かって宣誓した。

 

「依姫ッ!いつかお前を倒す!!霊力が無くても、お前を捻じ伏せてやるッ!!覚悟しておけ!!!」

 

 周囲がなんだとばかりに注目し、依姫も目を見開いていたが、すぐに返事を出した。

 

「受けて立ちましょうッ!!」

 

 こうして、シン達は依姫に勝つ、という意志を固め、日々の修行に没頭して行った。

 依姫を超える日は近いだろうか…




ご拝読、ありがとうなのぜ。
シン達、臭いですね、これは青臭い…のぜ。
詰め込み過ぎましたが、許して下さいなのぜ。


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第十一話 神降

ゆっくりーみていってねー!


 シン達が決意を固め、数週間が経った。

 剣術訓練ではぶつかり合い、敗北するが、確かに勝利へ近づいていく感覚があった。

 霊力訓練では霊力を行使する依姫に勝負を挑んだ。

 

 霊力とは便利な物のようで、牽制の霊力弾、身体強化、五感強化など、使用方法は多岐に及んだ。

 流石の玄楽もハンデが大きいと判断したのか、シンにヴェノム無しの身体神経から、ヴェノム有りの身体神経にすることを許可した、流石にヴェノムを纏うことは許されなかったが。

 

 それでも勝つことを叶わなかった。

 最初は接近すら許されず、一方的に霊力弾で打ちのめされたが、何度も試合の回数を重ねると、霊力弾を掻い潜り、依姫の懐へ潜り込むことが出来るようになった。

 

 しかしいざ剣戟に持ち込もうと思っても、身体強化された依姫の一撃に鍔迫り合いすらもマトモに出来ず、叩きのめされた。

 

 そして数十戦後、そのときが訪れた。

 

「貰ったァああッ!!!」

 

 何度も打ちのめされ、叩きのめされたシンは僅かながらも膂力を増し、依姫に匹敵する力を手に入れたのだ。

 幾度も敗れた鍔迫り合いに辛勝し、体勢の崩れた依姫目掛けて、岩すら粉砕するであろう力で竹刀を振り落とす。

 

 しかし相手は依姫、体勢を崩した状態で身を捻ってシンの一撃を避けて見せた。

 渾身の力だったため、回避にカバーすることが出来ず、竹刀は道場の床を激しく穿つ。

 

「あがァ!?」

 

 ガラ空きとなったシンの横腹に依姫の竹刀が叩き込まれ、シンの体が横にくの字となって吹き飛ばされた。

 隣で打ち合いをしていた男女に突っ込んでしまい、一言謝ってから諦めずにまた依姫と再戦する。

 

 依姫は体力切れ、もしくは霊力切れを起こさず、そこでも才能を感じられる。

 …結果的にまた敗北してしまったが、余り悔しくはない。

 なぜなら、成長を感じることが出来るからだ。

 手も足も出ない依姫に、ついさっき手が届いた、これほど嬉しいことはない。

 

「もっとだ…ッ!もっと戦えッ!」

 

 依姫は竹刀を構えることで答えを示し、シンも依姫に向かって飛び出した。

 

◆◆

 数ヶ月が経った。

 他の門下生は敵ではないほど成長し、自分でも驚くほどの成長スピードだとも思う。

 依然勝利をもぎ取ることは出来ていないが、かなり近付いている。

 

 依姫との戦いで何度も勝利のチャンスは訪れているが、それでもあと一歩が届かない。

 

 そんなとき、シンはあることを思いつき、解散する前に依姫を呼び止め、誰も居なくなったらここに来るように言った。

 戦うためである。

 しかし、本気で。

 シンはヴェノムを纏い、依姫は持っているだろう能力を使用してぶつかり合い、あと一歩を踏み越える。

 それがシンの狙いだった。

 

「依姫、一時間後ここに来い、準備もしておけ」

「…!はい…」

 

 依姫は顔を赤らめ、目を逸らしながら言った。

 俺は承諾の意を得ることが出来、ニヤリと笑って道場を去る。

 しかし、何故顔を赤らめる必要があったのだろうか?

 気分でも高揚したんだろうか…?

 

◆◆

 一時間が過ぎ、二本の木刀のうちの一本を床に置く。

 何故木刀か、それは刀や剣と同じように重く、実戦に近い形で運用することが出来るからである。

 

 そして、扉が開いた。

 私服姿の依姫である、扉の奥から光が差し込み、オレンジ色の後光が依姫を照らしている。

 

 依姫は緊張したような顔であり、冷や汗を掻きながらこちらへ歩んだ。

 

「依姫…!」

「ひゃいっ!?」

 

 依姫の顔が紅潮し、受験の合格を祈る学生のように目を瞑って返事を待っている。

 

「…俺と本気の勝負をしろッ!!」

「はいっ!よろこ………へ?」

 

 静寂がその場を支配した。

 依姫は目をこれでもかと見開き、何を勘違いしているのか知らないが、シンに何を言ったのか尋ねた。

 

「……今…なんとおっしゃいましたか?」

「だから、俺と勝負しろ、本気で、全身全霊で」

今度こそ叩き潰してやるよ!!

 

 依姫は深いため息と共に小さく呟いた。

 

えぇ、わかってましたよ…どうせそんなことだろうと思っていました…はあ…

 

 小声でも聞き取れる。

 まさか告白でもされると思ったのだろうか…一時間前の依姫の紅潮や、今の言葉…間違いない、依姫はそう勘違いしていた。

 どこか居た堪れない依姫は強引に地面の木刀を手に取り、鬱憤を吐き出すように言った。

 

「えぇ!やりますよッ!受けて立ちますよッ!!」

「もう一度言おう…本気で来い!能力も霊力も使ってッ!どちらかが気絶し、敗れるまで、全身全霊で来いッ!!」

 

 シンと依姫は木刀を構え、開戦の時を待つ。

 合図などいらない、必要なのは絶対に勝つという覚悟。

 

 やがてキシリ、と、床の木材の軋む音がした。

 

 それが勝負の始まりだった。

 両者共々走り合い、雄叫びを上げながら意識を刈り取らんと木刀を振るう。

 

 両者の剣は吸い込まれるように惹かれ合い…爆音、木刀を叩き合ったとは思えない音が響いた。

 数ヶ月の訓練で既に霊力強化の依姫に匹敵する膂力を持ったシンは、鍔迫り合いに軽く勝利し、依姫を吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた依姫は空中でクルリと回転して、着地し、その身からオーラのような何かが噴き出るのを感じた。

 霊力か…!そう考えた時には依姫の姿は掻き消えており、身体中に衝撃が走った。

 

 痛みに耐えながら、依姫が圧倒的な速さにヒットアンドウェイを繰り返していると気づいたシンはその身をヴェノムを纏わせ、駒のように身体中から鈍器を生やして回転した。

 その攻撃は風を巻き込み、嵐のような姿となって依姫を撃墜せんとする。

 依姫はこの攻撃に不意を突かれたのか、減速せず、マトモに攻撃の嵐を受けて道場の壁に激突した。

 

 壁は隕石が墜落した地面のように凹み、頭から血を流した依姫が這い出て来た。

 

こうやって対面するのも久しぶりだなぁ?えぇ?

「…強いですね…ッ!」

そう思うなら能力を使えッ!どうせ持っているんだろう!?

 

 依姫はクスリと笑った。

 こんな会話してないでさっさと戦いに身を投じてしまいたいが、さっきの回転攻撃で思ったより体力を消耗したらしい。

 つまり、この会話は向こうにとってもこちらにとっても休憩のような物だ。

 依姫は続けて言う。

 

「えぇ…勿論持っています…!とびきりの能力(チカラ)を!!」

 

 依姫は叫ぶように言い、木刀を地面に突き刺した。

 シンは能力の発動を警戒し、注意を充満させる。

 

「祇園様の力!!」

 

 依姫は宣誓し、シン達の足元から檻のように木剣が飛び出してきた。

 しかし、攻撃は加えられない、木剣の檻を破壊しようと試みると、依姫が言った。

 

「下手に動くと祇園様の怒りに触れますよ」

上等だァ!!

 

 動かないと確実に勝利は訪れないので、派手に木剣を破壊する。

 すると、地面から莫大な量の木剣が湧き出て、その切っ先をシン達の方に向けた。  

 その数、軽く五百以上。

 

(やっちまったかもな…だが!)

「思い知りなさい!祇園様の怒りをッ!!」

全て受け止めてやるよぉオッ!!!

 

 木剣全てがシン達向かって発射され、初めはシン達も肥大化した腕や、戦斧で弾いていたが、津波とも呼べる剣の濁流に押し流され、今度はシン達が道場の壁を凹ませた。

 しかし、その衝撃は依姫の物と比ではなく、轟音と巨大なヒビを壁に入れることになった。

 

 壁に押し付けられても止まない木剣の濁流に骨がミシミシと唸るが、次第に慣れる。状況に()()する。

 

ハハハハハハハ!!!はぁァァア!!!!

 

 この命の危機とも呼べる激戦がどうしようもなく楽しく、雄叫びを上げて黒い腕を濁流に殴り付けた。

 攻撃に僅かに隙間が生まれ、渾身の力を振り絞って突進する。

 モロに攻撃を喰らうが、足は止めずに依姫を眼光で射抜いた。

 木剣のストックも切れた頃、シン達は依姫の目の前まで迫っていた。

 

 依姫は能力の代償か、動こうとせず、玉の汗をかいており、ヴェノムを纏ったまま木刀で斬った…いや、殴打と言った方が正しいか。

 ようやく体が動いたのか、転がりながら受け身をとり、立ち上がる、依姫は既にフラフラだ。

 依姫は疲労困憊、こちらは骨をいくつか壊され、疲労も溜まっているがまだまだ動ける、遂に勝利が見えてきた。

 

 しかし、依姫がこちらにとって最悪の一手を打って出た。

 

「愛宕様の…()…ッ!!」

 

 依姫の右腕が炎に包まれ、その炎が木刀に移る。

 シン達は道場に燃え移らないことや、木刀が炭と化さないことに疑問を抱くが、それどころでは無かった。

 

炎…だと…!?

< マズいぞ…これは…ッ!! >

 

 決戦の刻は近い。

 

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
誰も居ない道場で二人、何も起きない筈がなく…
ところで何で依姫は何を勘違いしてたのぜ?(すっとぼけ)


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第十二話 決着

ゆゆゆっくりしてね!


 依姫の右腕と木刀が炎に包まれ、轟々と音を立てている。

 依姫は脂汗をかいており、まだ能力の使用に慣れていないのだとシンは考察した。

 

 今すぐに攻撃を加えたいところだが、シン達、もといヴェノムは炎が弱点であり、攻勢に出ることを躊躇っていた。

 更に聞こえた言葉は愛宕様、つまり火之迦具土神(ヒノカグツチ)

 推測が正しければ、依姫の能力は神の力を行使すると言う物。

 いくら炎が弱点と言っても、火の化身とも呼ばれる神の炎では、マトモに受けられないことは確実だ。

 

 と、そこで依姫が徐に腰を落とし、炎に包まれた木刀を鞘に戻すように動作をとる。

 間違いなく居合だ。

 

 更に居合の動作をとる途中で右腕の炎が全身へ広がっていき、人間大の火球を作り出した。

 依姫の目が火球の中から爛々と輝き、勝利から一変、敗北の雰囲気が頭をチラつく。

 

 とりあえずヴェノムを纏ったままではヴェノムそのものが消滅する危険があるので、ヴェノムを体の中に収め、居合の一挙一動を観察し、迎え撃つ。

 以前に見た居合は音も立てない…暗殺のような一撃であり、シン達はそれに敗れた。

 しかし、十分に力を溜め、更に炎を纏った居合ならば…

 

 ゾクリ、依姫の圧が視覚化され、心臓がドクドクと鳴る。

 

「ハァッッ!!」

 

 短い掛け声と共に道場の床が捲り上がり、爆音が鳴る。

 シンは瞬きせずに音速に届くだろう速度の依姫を迎撃した。

 目の前の依姫がカメラのシャッターのように近づき、燃える木刀を振り下ろす。

 

 一撃目、脳天に炎の剣が迫り、それを勢いに押されながらこちらの木刀で防ぐ。

 熱気が顔を撫で、腕を火傷し、木刀の表面が焦げる。

 刃こぼれしていくように炎剣が木刀に食い込んでいくが、何とかいなす。

 しかし、カグツチの炎としてはあまり熱量は無い。

 むしろ普通の炎の温度、これならばーーー

 

 二撃目、いなされた炎剣が再び切っ先をシンに向け、脇腹を炎が襲う。

 服の先が焼き焦げ、間一髪のところで木刀を滑り込ませ、炎剣を弾く。

 しかし、炎による劣化に耐えられず、木刀が真っ二つになってしまった。

 

 三撃目、依姫は弾かれた炎剣に体制を崩すこと無く、回転することで次の攻撃に繋げた。

 首を狙った一撃、シンは、真っ二つになり二本に分断された木刀を空中で拾い、小太刀の二刀流といったように防御に出る。

 炎熱が顔を襲い、耳や首元が火傷になる。

 二本の木刀越しに衝撃が伝わり、一瞬視界が暗転する。

 目の鼻の先には炎の中、苦悶の表情を浮かべた依姫がいた。

 恐らくシンも同じ表情だろう。

 

 シンは体を逸らして衝撃を逃し、依姫は真っ直ぐ突き抜けていった。

 

 居合の特性上、一度放ったら隙が生まれる。

 依姫はそのセンスで、一度の居合に三度与える技術を持っているが、この連撃じみた居合を抜ければ勝利が確定する!

 

「ハハッ!!終わりだッ!!!」

<…ッ!!まだだッ!気をつけろッ!!>

 

 シンは勝利を確信するがヴェノムが注意を促す。

 

 背後でドンッ、と音が響き、シンは背後へ振り向くとーーー

 修羅…いや炎の化身と言っても差し支え無い依姫が目の前に迫っていた。

 

 慌てて防御するが、折れた木刀ではまるで防ぐこともできずに胸に一撃を貰い、依姫は止まらず壁へ突っ込んだ。

 胸が焼け付き、ヒリヒリと痛む。

 火傷に耐えながら依姫を目で追うと、壁に激突するーーー直前で壁に着地し、壁を踏み抜き、爆発的な速度で切り掛かってくる。

 

 つまり、弾んだボールが燃え盛りながらシンに向かって、バウンドし続けていると言うことだ。

 

 次第に木刀が炭と化し、ボロボロと崩れ、身体中が火傷に見舞われていく。

 

「グゥッ…!!」

 

 歯を食いしばり、依姫の居合に合わせて拳を振るう。

 しかし、速度と熱を持った一撃に拳がひしゃげ、焼き爛れていく。

 焼き爛れた拳をヴェノムで覆い、治癒しようと試みるが熱によってそれもままならない。

 

 絶体絶命、限界は近いが、依姫も限界は近いだろう。

 ならば限界が来たその隙に渾身の一撃を叩き込めばいい。

 

 その刻を待つシンだったが、十秒、三十秒、一分と過ぎるにつれ、ジリ貧になってきた。

 

(くっそッ!アイツに限界はないのかッ!?)

<いや…確実に消耗しているぞ…!>

 

 確かに依姫は既に限界を迎えている。

 証拠に脂汗がダラダラと流れ、今にも倒れそうな顔をしている。

 それでも攻撃の速度が落ちず、隙も見せないのは負けたくない、勝ちたい、この一心だった。

 

 その諦めない心は誰から教わったのだろうか。

 

「あアぁぁあああッ!!!!」

「うおぉォォォオオオオッ!!!!」

 

 互いに叫び声を上げ、旗から見れば大激闘でも、当人からすれば我慢比べに他ならなかった。

 しかし、その我慢比べも終わりを告げる。

 

 彼女の剣撃を迎撃せんと拳を振るったそのとき、依姫の木刀がダメージの蓄積に耐えられなくなったのか、ボキリと音を立てて粉砕された。

 

「あっ…」

終わり…だぁぁぁァァアああああア!!!!

 

 木刀が折れ、依姫は心ここに在らずといったように硬直し、纏っていた炎も霧散する。

 シンはこの決定的な隙を逃すまいと、全身をヴェノムで覆い、剛腕のフックを叩き込んだ。

 

 叩き込んだーーーはずだった。

 

天宇受売命(アマノウヅメ)!!」

 

 フックが炸裂する直前、依姫が能力を使った。

 踊るように間一髪で回避され、シンは目を見開く。

 何故だ、もう限界を超えているはずだ、ほら、鼻血が噴き出ているではないか。

 

 続け様に依姫は能力を使う。

 

天照大御神(アマテラスオオミカミ)ッ!!」

 

 瞬間、極光が依姫から溢れ出た。

 間近で閃光手榴弾の何百倍もの光を受け、シン達の目は焼かれてしまう。

 シンの心中は何故、という言葉に埋め尽くされた。

 何故諦めない、何故そうまでして勝ちたい、そんな価値がこの俺にあるのか。

 疑問は言葉となって溢れ出す。

 

何故だ…何故だッ!何故そうまでして勝ちたいッ!!

「貴方と、()()ですよッ!!憧れるからこそッ!負けたくないッ!私に()()()()()()を持っているからッ!貴方に近付きたいッ!!」

 

 光に塗り潰された瞳は依姫を映さない。

 今の依姫の叫びはシンに更なる疑問を齎した。

 俺に、憧れる?なかったモノ?お前は才能と能力を持っているではないか?俺に持っているモノにそんなモノーーー

 

「貴方が諦めないからッ!私はここまで追い詰められたッ!!だから私も諦めないッ!!絶対に…絶対にッッ!!!」

…ッ!!

 

 …そうか、確かに俺は諦めなかった、確かに同じだ。

 俺はお前に才能という羨望(嫉妬)を持っていた、だから俺はお前に追いつこうと努力してきた。

 お前は俺に諦めない心という憧れ(好意)を抱いた、だから俺に近付くため、今なお挫けんとする。

 

 依姫の決意は伝わった、だが、俺は…いや俺達は依姫に勝つ。

 俺達は音を頼りに依姫を討つため、その場でジッと留まった。

 攻撃が来れば気配を頼りに穿つ。

 

 そして、両者は感じていた、この一撃が最後になると、二人を勝者と敗者に分けることを。

 

 そこからは先と違って静かな勝負だった。

 走り回ることで気配を撹乱し、攻撃のフェイントを織り交ぜながら接近する。

 

 心臓の音がやけに煩い、手汗が吹き出し、口が妙に渇く。

 

 そして、最後の攻防が始まった。

 

 小さく風を切る音、シンはそれを依姫と断定し、大きく拳を振りかぶって殴りつけた。

 

オラァッッ!!

 

 しかし、拳に伝わる感覚は柔らかい肌や骨、と言ったものではなく、バキィィン、と響いた木材の破砕音だった。

 そう、それは依姫の両断された木刀であり、依姫がブラフのために投擲したのだろう、ならば依姫は?

 

 そう思った瞬間に背後から熱波が突き抜け、又も戦慄する。

 

「愛宕様の、火ッッ!!」

 

 また能力発動だ、限界を迎えてから三度目である。

 依姫は更に鼻血を噴き出し、耳からも血を流しながらも、シンを殴打しようと拳を振るっている。

 

(それが依姫の諦めない力か…ッ!)

 

 振り向き様に剛腕を繰り出す。

 ヴェノムを内に収容する時間は無い、悪いが耐えてくれ。

  

<オオオオォォォォォォオオオッッッッ!!!>

 

 黒腕が崩壊するように溶けていき、ヴェノムの叫びが脳に木霊する。

 依姫に繰り出す一撃、シンに迫る一撃、目の前の光景がスローモーションで再生される。

 依姫の炎の拳が避けることも叶わず。シンの顔に直撃し、シンの顔がひしゃげ、炎に包まれる。

 シンの拳は依姫の眼窩に迫るが、依姫は首を逸らして避け、頬に一筋の血線を作り出した。

 

 つまり…この勝負はーーー

 

 シンの体がゆっくりと膝を突き、倒れ込む。

 完全に気絶しており、傷を癒すためか、ヴェノムが纏わりつく。

 依姫も炎を霧散させ、倒れ込む。

 しかし、意識は保っており、マトモに動かせない腕を上げて、勝利の宣言をした。

 

「ハァッ、ハァッ、私の!勝ちですッ!!」

 

 荒い息遣いであるが、勝利宣言をした依姫の顔は晴れ晴れとしており、そのまま眠るように気絶した。

 

 そうして両者意識を失ったそのとき、入口からひょっこりと玄楽と豊姫が出てくる。

 観戦でもしていたのだろうか。

 

「派手にやったなぁ…」

「それにしても依姫とこうも互角の戦いを繰り広げるとはね…」

 

 玄楽はボロボロの道場を見て独りごち、豊姫は依姫を担ぎ、そのまま部屋を出ていった。

 

「シン君達はよろしくね、お父様」

「任せておけ」

 

 玄楽はシンと未だ怪我の治療を行うヴェノムに触り、パチンと指を鳴らした。

 次の瞬間にはシンのベットである。

 

お前はずっと見てたのか?

「あぁ」

 

 ヴェノムがシンを治す傍ら、玄楽に聞くが、玄楽は短く返答し、会話は一瞬で締め括られた。

 ふと、玄楽が独白のようにシンに言う。

 

「シン…今回も負けてしまったが…三ヶ月後、軍の正式入隊試験、俗に言う軍来祭がある…そこでリベンジだな」

 

 ヴェノムは黙って聞いている。

 そうして玄楽はまた指をパチンと鳴らし、跡形もなくなっていた。

 残されたのはシンと火傷の治療をするヴェノムである。

 

 夜が更けた頃、ようやく治療が終わったそうな。

 

 

 




ご拝読、ありがとうなのぜ。
すまんZEN逸、技パクらせてもらったのぜ。


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第十三話 綿月依姫の独白

ゆっくりしていってね!


 シンは早朝、重い筋肉痛に顔を曇らせながら起きた。

 

「…負けたか…」

 

 燃える拳に頬を殴られてから意識が無い。

 つまり負けたということだろう。

 

「何が駄目だったんだろうな…ヴェノム…」

<…お前が居合を切り抜けた時に油断したこと、何より依姫の覚悟を侮ったことだろう>

「やっぱりか…」

 

 何となく白い天井を仰ぐ。

 そうしなければ目から何かが溢れ出しそうだった。

 そう言えば、シンは道場で倒れた筈だ、どうして部屋にいるのだろう。

 そう思ったとき、ヴェノムが藪から棒にシンへ言った。

 

お前が倒れたときな、豊姫と玄楽が出て来て、玄楽がお前をここに運んだんだ…それでな、三ヶ月後に軍の試験があってリベンジしてみろってことを言ってたぜ

「軍試験…?なんだ?そこでもキャットファイト出来るのか?」

 

 殺し合いに匹敵する試合はキャットファイトとは言わない、が、しかし、シンの心中は期待に溢れていた。

 依姫との勝負で得たものは、依姫と互角に近い、という事実。

 負けてしまった悔しさは残るが、リベンジは夢では無いという希望、そしてまたあの勝負が出来ると思うと、心が浮だった。

 

「そうと解れば、修行だ!行くぞ!」

<待てッ!疲れが残っているんだから、ゆっくり行け馬鹿野郎!!>

 

 シンは筋肉痛を無視してベットから跳ね起き、道場へ向かった。

 

<そもそもまだ早朝だッ!大馬鹿野郎ッ!>

「あっ…」

 

 さて、本当に彼らは依姫を超えることが出来るのだろうか…?

 

◆◆

 

 私の名前は綿月依姫、姉さんと一緒に道場へ通っていて、いずれ妖怪から人々を守る軍隊員になる少女です。

 姉さんは殆ど来ないけど。

 私は幼い頃から軍隊員になりたいと思っていました、けれどお父様が小さかった私を気遣い、私が成長し、十五になる頃に訓練は行われるようになりました。

 

 最初は仲間と競い合い、切磋琢磨するように走ったり、素振りをしたり、剣術訓練を行なったり…さまざまな基礎訓練を行っていました。

 そして、私には才能があるようで、日が経つにつれ、他の仲間を圧倒するように成長していきました。

 私は喜びました、これで皆を守れる人になれる、と。

 

 しかし、ある時から仲間が私への見る目を変えました。

 皆が時々暗い目で私を見るのです。

 時が経つにつれ、目の暗さはどんどん深くなっていきました。

 

 その時は私は口下手であまり人の気持ちを理解することが出来なかったので、何故私をそんな目で見るのか、と疑問に思いました。

 しかし、今なら解ります……嫉妬、なのでしょう。

 

 視線は段々攻撃的になり、私は余裕が無くなっていました。

 もっと練習して強くなれば、皆の視線は優しくなるんだろうか…

 そんなことを考えながらいつも訓練を続けていました。

 

 そんな余裕を無くしていたある日、私に転機が訪れました。

 

 突然、黒い服を纏った青年が道場へ入って来たのです。

 その青年は暫く扉の前で突っ立って私達を観察している様でした。

 最初は気にはなりませんでしたが、私が訓練している時にジッと、私のことを青年は見ているようでした。

 

 当時視線に敏感になっていた私は、その青年がどうしようもなく鬱陶しく思ってしまい、よくも考えず、試合に負けたら二度と道場に近寄るなと、一方的に約束を押し付けてしまいました。

 今考えても恥ずかしい限りです。

 

 しかし、その青年との試合が私を変えました。

 試合青年が黒くなり、驚きはしたものも私の優勢で進みました。

 途中で青年が奇策を講じましたが、私は容赦なくそれを破り、青年に勝利するーーー筈でした。

 

 青年はボロボロの状態で立ち上がり、生身で私に掛かってきました。

 意味がわかりませんでした。

 そうまでして勝利したい理由がわかりませんでした。

 

 故に私は彼に問いただします。

 何故そこまでして立ち上がるのか?

 彼はなんとこう答えました。

 勝ちたいから、と。

 

 真っ直ぐな瞳で私を見る彼に、私は更に疑問を感じました。

 その一心で、勝ちたいというだけでそこまで頑張れるのか。

 

 そこからは良く覚えていません。

 ただ我武者羅に剣を振るい、彼を追い詰めました。

 しかし、唯一鮮明に覚えていることがあります。

 

 私が最後の一発を放った後の、彼の執念の一撃。

 その一撃が結果を振るうことはありませんでしたが、その時の顔は今でも鮮明に思い出せます。

 恐ろしい貌で、同時に()()()、その目は私だけを見ていました。

 

 彼を倒した後、何となく彼を寝かせ、お父様から彼のことを聞いて、自分の行いがとても恥ずかしく感じました。

 

 その時からでしょうか、私は彼に惹かれ始めていました。

 

 彼はただ一人で私に挑み、諦めず、挫けなかった。

 彼だけが訓練の中で私を暗い目で見なかった。

 

 それを好意と気付くまでさほど時間は掛かりませんでした。

 

 彼、シンさんは最初の頃は、剣術が下手で私には足元にも及びませんでした。

 ですが、何千、何万と勝負を繰り返す内に彼は破竹の勢いで成長しました。

 今では剣技こそ私に劣りますが、膂力や体力は完全に彼が上でしょう。

 

 霊力を手に入れた時でも、私に食らいつき、いつ負けてもおかしく無い勝負を繰り返しました。

 私はそんな彼の姿に憧れを抱きました。

 その不屈の闘志(負けず嫌い)に。

 

 そして今日、彼から一時間後に来い、との要求を受けました。

 私はそのとき、完全に告白されると思っていました。

 何度を夢想したこの刻。

 顔が赤らむのを必死で隠し、彼が幻滅しないように精一杯おめかしをしました。

 

 心臓が未だかつて無いほど響いたのをよく覚えています。

 緊張しながら道場に入り、顔がこわばらないように平静を保ちました。

 いざ彼の言葉を待つと、信じられないことを言いました。

 

 ー本気で勝負しろー私は全く想像しなかった展開に肩を落とし、同時に彼らしいとも思いました。

 

 勝負は苛烈を極めました。

 何かが違っていたら、それこそ私が限界を超えたという理由で諦めでもしたら、確実に負けていたでしょう。

 

 気づいたら、私の部屋のベッドでした。

 私は…勝った…

 激戦を極めた勝負に勝ち、実感が沸々と湧きました。

 そんな時ドアがガチャリと開き、姉さんが現れました。

 

「目が覚めた?依姫、体の調子は?」

「えぇ、若干怠いですが、大丈夫です」

「よかったわ〜、依姫が神降ろしを何回も成功させるなんて…お姉ちゃん嬉しいわ!」

 

 …え?なんで姉さんが知っているの?

 私はその旨を姉さんに話しました。

 

「えぇ、ずっと覗いていたわ、お父様と一緒に」

 

 私は顔が熱くなっていくのを感じました。

 

「まさか…最初から…?」

 

 私が危惧しているのは、そう、告白と勘違いしている私を見られていないかです。

 しかし、現実は非情でした。

 

「ん〜♪どうでしょう〜♪」

「ちょっと!姉さん!嘘と言ってくださいッ!それか私を殺してくださいッ!」

 

 姉さんが楽しそうに話をはぐらかすのはいつも何かを知っているときです、つまりバレている…姉さん、そして、よりに持ってお父様にも…

 私は顔から湯気が出る程上気し、暫くして青くなりました。

 恥ずかしさで死にそうです。

 

「どんな顔してお父様に会えば…!」

「プクッ!ククッ!あはははッ!耐えられないわ!何その顔ッ!あははっ!心配しなくてもお父様は依姫の一世一代の大勝負(笑)に出るような顔を見て遠い目をしていたわよ!あはははっ!!」

「うわぁぁああああッ!!」

 

 姉さんは一世一代の大勝負の部分を強調して言いました。

 どうやら全て見られていたようでした。

 私は枕に顔を埋めて現実逃避をし、姉さんの笑い声をひたすらに無視しました。

 シンさんにもどんな顔すれば…

 せめて彼には告白されるつもりだったことがバレていないと祈りつつ、逃げるように道場へ向かいました。

 朝練をして、気を落ち着かせるためです。

 

「依姫〜♪気をつけるのよ〜、プククッ…」

 

 姉さんはまだ笑い悶えている。

 いつかお仕置きしてやる、私はそう誓ったのでした。

 

 




ヒロインのヴェノム(&シン)と依姫が戦うからキャットファイトだぜ。
異論は認めないぜ。

…むらむらするのぜ、R-18版小説がみてぇのぜ…そうだ、奴隷!書け!!
という訳で本編更新は三日ほどお待ちくださいのぜ!


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第十四話 軍来祭 開催

ゆっくりしていってね!
0時0分に投稿した筈なんだけどなぁ…全文コピペして新しく作ったわ。
ゆるして
ハーメルンは許さない。


 また時が流れ、依媛との激闘から三ヶ月が経った。

 

 季節は夏を迎え、ホトトギスが夏の訪れを知らせんとばかりにけたたましく鳴いている。

 人工的に植えられた草花は緑に生命溢るる輝きを放ち、さわさわと草の擦れる音を響かせて存在感を示している。

 

 そんな爽やかな夏の風が靡く中、シン達はとある場所に佇んでいた。

 それは古代ローマ帝国に存在したコロッセオのような巨大な円形の建物であり、喧騒を立てながら老若男女、様々な人がここに訪れている。

 勿論コロッセオと同じように処刑を楽しむために足を運んでいる訳でなく、あるイベントを楽しみに来たのである。

 

 シン達はここまで人が集まるものなのかと驚き、一人くらい食べてもバレないだろうという悪魔(ヴェノム)の囁きを抑えて、過去を振り返ってみた。

 

◆◆

 

「いいか!お前らに知らせておくことがある!それはーーー」

 

 それは突然のことだった。

 弦楽が修行が終わり、クタクタになった門下生たちを呼び止めて言う。

 面倒臭そうに振り向いた彼らは次の瞬間、歓声を上げることになった。

 

「一週間後に軍の編入兼実力テスト…()()()があることだ!!様々な者が集まり、シノギを削る!!知っている物も多いと思うが、実践方式のトーナメントで力が測られる!他にもペーパーテストがあるが、最も重要なのがこのトーナメントだ!!存分に力を発揮してこいッ!」

「うおおぉぉぉぉおおおお!!」

 

 誰とも知らずに上げられた叫びは場を包み込み、皆疲れ果てているのにも関わらず元気に与太話を開始した。

 やれ誰が勝つだの、やれ一位ならどうなるんだろう、としょうもない話を楽しそうに繰り広げていた。

 誰が勝つかについては二人の名が上がった。

 勿論、依姫とシンである。

 

<勝つのは俺達だ…ッ!今度こそ…今度こそ勝つぞ…ッ!>

(勿論だ…!玄楽の言っていたリベンジ、とはこのことを言っていたんだろうな…)

 

 笑い声を他所にシンは静かな、それでいて業火ににも勝る闘志を燃やしていた。

 ()()()の雪辱を果たし、俺達がナンバーワンだと証明する。

 その想いで胸を満たし、その場を去った。

 

 それは依姫も例外ではない。

 以前勝ち越しはしているものの、接戦に次ぐ接戦が続いている。

 今度こそ負けてしまうかも知らない…しかし、だからと言って全力を尽くさないとシン達の想いに泥を塗ることとなる。

 全力を超えて相手をする、そう心に誓い、依姫もシン達の後を追うように去った。

 

◆◆

 

 あれから一週間、ついにその時が来た。

 門下生の姿も多く見られ、他にも屈強な者や闘志を漲らせた顔をする者、緊張したようにビクビクとした者がと円形施設に入っていく。

 勿論別の入り口に観戦を楽しむであろう一般客がゾロゾロと入り、人の行列を作るまでに押し寄せていた。

 まるでオリンピックであり、実際この都市でも娯楽の一つとして楽しまれているのだろう。

 

 シンは何故だか今になって緊張感が生まれ、深呼吸を挟んで歩き出した。

 

「さぁ、行くか!」

<やるからには一位だ!分かってるなッ!?

「勿論…!薙ぎ倒していくぞ…ッ!」

 

 激闘の予感に少しばかり興奮する。

 一般用のパンフレットには

 

 都市の未来を担う若者が大激突ッ!!軍来祭を決して見逃すなッ!!

 

 と記載されており、今からあらゆる人に見られるのだと思うと少し気恥ずかしくも感じた。

 ショートボブのいかにもOLのような案内人を通して迷路のような道を歩き、控室まで歩く。

 

 余りにも長い道であり、退屈になったシンは歩いている途中に案内人と世間話をした。

 

「なぁアンタ、なんでこんな大衆にみせる必要があると思う?あれか?やっぱ娯楽的な物か?」

「あはは…勿論娯楽の意味もあると思いますけど、一番は神様が観たいと仰っているからなんですよ」

「神…?そんなのが本当に居るのか?」

 

 神とは人が想像上で作り出した偶像のような物に過ぎず、祈ることしか出来ない人間が創ったモノだと、シンはこれまで思っていた。

 しかしこの案内人から飛び出した言葉は、神が観たいから。

 まるで本当に神が存在するような言い草で、思わず疑問を呈してしまう。

 案内人は体を後ろに逸らして言った。

 

「知らないんですか?赤子でも知ってることですよ?」

「生憎会ったことも無いんでな」

「しょうがないですね…この都市には神様が居て、防壁を創り出し、妖怪の出す穢れを浄化する結界を張ってくださったんですよ、名前は月読命(ツクヨミノミコト)、そのお方は…まあ、戦闘マニア…みたいな所があるらしくて、激戦が観たいという要望に添えてこの闘技場が作られたんです、観客は闘技場なら観客も居るだろうとのご指摘でして…それに噂話もお好きでして…そうですね、例えば都市の路地裏に出現した()()()()()の正体を掴もうと奮闘しておりますね」

「ほぉ…月読命…」

 

 月読命は記憶が正しければ、月を神格化した夜を統べる神であり、天照大御神と建速須佐之男命(スサノオノミコト)の兄弟だった筈だ。

 妖怪とかいう摩訶不思議な生物が居るのだから、きっと神も居るのだろう。

 そう断定し、同時に戦闘マニアと聞いて神の完全無欠のイメージが崩れた。

 更に穢れという新事実や、黒い化け物…防壁を創り出したという腕前に興味を抱き、更に質問しようとした所、案内人が立ち止まった。

 

「さ、ここが控室です、モニターで観戦できるのでよかったらご利用ください、出場の時が来ましたら係のものが迎えに行きます、それでは」

「お、おぉありがとう…」

 

 話に熱中するあまり周りが見えていなかったようだ、扉のネームプレートにはシン様、と書かれており、開かれた扉の奥からどことなく上品な雰囲気を漂わせている。

 案内人は足早に来た道を戻り、その背中はあっという間に小さくなってしまった。

 もう少し話を、もとい情報収集をしたかったが、居なくなったのでは仕方ない。

 大人しく部屋に入った。

 

 部屋はこぢんまりとしてあり、モニター用のテレビ、机、座布団と、無駄な物を全て剥ぎ取ったような様相を示していた。

 少しの悪態を吐き、暇潰しにテレビを付ける。

 

 テレビではニュース、バラエティ、ドキュメンタリーと一通りのジャンルが放送されており、その中でもあるニュースに目が向いた。

 そのニュースでは都市伝説のような怪異な事件が放送され、被害者のインタビューへ移る途中であった。

 被害者は目に海苔のような黒い車線が引かれているが、その顔にどこか見覚えがあった。

 

 … 空色の髪をしたウサギ少女、あれ、おかしいな、どこかの路地裏で会った気がする。

 

『路地裏にで化け物に会った、と言うお話でしたが、一体どのような化け物に遭遇したのですか?』

『えぇ…あの時は近道で路地裏を使っていたんですが…突然空から大きな人型の黒い化け物が降っていて…ほんとに怖くてその場で腰が抜けてしまったんです…気付いた時にはもうソレが居なくて…でも大きなヒビ割れが地面に残っていたんです…』

『成程…!怖い記憶を思い出してまで情報を下さってありがとうございます!以上、インタビューでした!』

 

 うさ耳をヨレヨレにしていくウサギ少女の言葉と共に、いつかにビルを疾走したシン達の記憶が蘇った。

 隅々から一致していく事実に、全身から冷や汗が飛び出した。

 

「間違いねぇ…あれ、俺達だ…」

<もう有名人じゃねぇか、やったな!>

「いや良くねぇよ!」

 

 案内人の与太話でも黒い化け物もひょっとしたらシン達のことだろう。

 戦闘中は恐らくヴェノムを纏う、その時に黒い化け物と恐れられたら面倒だ…

 そう苦渋に思っていると、テレビが切り替わり、ある女性を映し出した。

 

 夜の闇を思わせる漆黒の髪とブルーの混じった瞳、着物を思わせる服を着用し、テレビ越しにでも分かる程の着物を押し上げる胸が存在感が強調されていた。

 大方、開会式でも開くのだろう、それにしても番組ごと変えるとは、それほどの一大イベントのようだ。

 そう考えながら視聴していると、女性がマイクに乗った驚くべき一言を放った。

 

「民よ、まずはこの場に集まってくれたことに感謝する…そして、この場を借りて宣誓する…吾、()()()の名において、軍来祭の開始を宣言する!」

 

 マイクによって重々しく荘厳な一言で軍来祭の開催が宣言され、歓声が爆発したが、問題はそこではない。

 自らを月読命と称したこの女性だ。

 確かに神としての威厳があるー特に胸の大きさとかーしかし、神のイメージは空から舞い降りた半透明の髭親父や、顔を隠した女などと価値観が凝り固まっており、神のイメージが悉く粉砕された。

 

 テレビは割れんばかりの喝采をする民衆の顔や、ドヤ顔を決める月読命を映しており、どれだけこの祭りに重大性があるのか示していた。

 最も、神の娯楽目当ての祭りだそうだが。

 更に闘技場の形状もほぼコロッセオと同じであり、円形のフィールド、さらに取り巻くように観客席が広がり、空には晴天が見てとれた。

 

 映像では司会を取る男性がマイクをとり、口頭で月読命に感謝を示した後に祭りについて説明をするところに移り変わった。

 

『さあ!楽しみに祭りを待つ皆さん!ここでトーナメント表が発表されるようだ!選手の方も目をかっぽじって見てくれ!』

 

 そして、巨大モニターにトーナメント表がブォンという独特な音と共に掲示された。

 依姫とは別のブロックであり、順当に勝ち進めば、決勝で会えることを示している。

 しかし、トーナメントが長い、合計七回ほど戦わなくてはならないようだ。

 

 司会の男は続けて言う。

 

『負傷した者は賢者、八意様に診て貰えるから安心しな!では早速だが第一試合を始める!選手は前へッ!!』

 

 歓声がひと回り大きくなり、屈強な肉体の選手が登場した。

 二人は手を観客向けて振っており、観客もそれに応えるかのように歓声を大きくする。

 

 シン達は月読命などのことは深くは考えず、今はこの試合を楽しむことに没頭し、自身の番を待った。

 

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
そして箱箱さん、☆10評価大変感謝いたしますのぜ!
えちちな小説も投稿したから見るのぜ!
見ろ(豹変)


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第十五話 軍来祭 初戦

ゆっくりしていってね♡


 司会が軽い紹介を挟み、勝負のコングは鳴った。

 第一試合は漢の殴り合いと言ったような体裁を示し、どちらも一歩も引かず、一進一退の激しい殴り合いの末にどしゃりと崩れ落ちた者、満身創痍ながらも片腕を上げて勝利を宣言した者両方に拍手喝采が送られた。

 月読命も二人に対して、熱い戦いをありがとう、いまは休め、と感極まった様子で言った。

 テレビは事務員の肩を借りて戻る二人の姿を映しており、司会役の男がブラボー!と褒め称え、次の試合の開始を宣言した。

 

「ハハッ…盛り上がりすぎだろ…あと百戦以上あるってのに…」

<俺達の番が来れば、会場を熱狂の渦に叩き込めるってことだ>

 

 幾多の試合が流れ、その度に会場は熱狂し、歓声を上げた。

 興奮する観客や試合に敗れ、タンカーに運ばれていく選手をぼーっと眺めていたら司会が一際大きな声で選手紹介を行った。

 

『さぁ!お次は優勝候補!電気を操ると言う極めて攻撃的な能力を持つという少女!雷鳴のように現れた彼女は一体どのような試合を見せてくれるのか!?さぁその名を呼べッ!』

 

 大袈裟に言葉を放ち、口頭を述べる司会者、併せて観客も静かにその時を待ち、場が沈黙に支配される。

 そこまで言わせる優勝候補は一体誰だとシンはテレビに乗り出し、司会者も少し勿体ぶって叫んだ。

 

ミナクテット・カレンッ!!!

 

 瞬間、雷鳴が轟き、砂埃が舞った。

 緊張と期待がその場を包む中、砂埃が霧散し、少女の影が現す。

 更に影が片腕をゆっくりと空に向け、指先から雷の如き太さの電流が天を穿ち、砂埃が完全に霧散し、観衆の大歓声が響いた。

 まるでヒーローか何かのようなパフォーマンスだ。

 

 少女はショートヘアで太陽の光を表したような黄金の髪をしており、エメラルドの瞳が爛々と主張するように輝いている。

 その服は黒と黄色を主張としており、スカート部分には雷のような紋様があしらってある。

 そして腰には刃のない鉄剣が装備されている。

 ただ…その身長が幼女のように小さく、120センチ程だろうとテレビ越しでも目測がついた。

 

 これでは覇気も半減であり、観客席の何処かから可愛いー♡と漏れ出ていた。

 少女は忌々しげに観客の方を向き、カメラが回っていると言うのにも関わらず舌打ちをした。

 コイツが本当に優勝候補か…?そう思っていたが、試合が始まった瞬間、それを思い知らされることになる。

 

『続いて、そんな彼女に挑む挑戦者(チャレンジャー)!コイツは大会で類を見ない圧倒的な筋肉を持ち合わせた巨漢!!名はG・リアス!どこまで戦えるか!?注目の一戦だ!』

 

 歓声の中ドシドシと現れたG・リアスとやらは身長2メートルを超える巨漢であり、少女の二倍ほどの身長を持っていた。

 まるで巨人である。

 その男は少女を見るなり、笑い出し、嘲るような笑みと共に少女を見下して言った。

 

『随分なチビ助だなぁ!?優勝候補だか何だか知らないが、迷子なら帰ってママの元にでも行きなぁ!』

 

 テレビ越しに男の濁音が放送される。

 この大会で初めての暴言であり、今の一言で会場が凍りついた、恐らくテレビの前のお茶の間も極寒と化しただろう。

 

 この発言に最も反応を示したのが少女であり、俯いてプルプルと震えており、その瞳には涙を浮かばせていることだろう。

 険悪な雰囲気、凍りついた会場に司会者は焦り、慌てた様子で試合を開始した。

 

『そ、それでは試合を始める!両者準備は良いな!?それでは…始めッ!』

『ガハハ!このチビに負ける訳が…』

 

 煽り立てた男の言葉はそれ以上続くことはなかった。 

 言葉の変わりに呻き声を上げ、ブクブクと泡を吐き、痙攣しながら崩れ落ちた。

 

 その背後には剣を振り抜いた少女が立っており、予想を裏切り、額に青筋を浮かべながら振り返り、男に唾を吐き捨て呟いた。

 

『雑魚が…死ね…!』

 

 幼女の風貌通りの甲高い声であるが、恐ろしいほど低く聞こえ、会場を別の意味で戦慄させた。

 少女はそのまま身を翻して立ち去り、今頃になって気付いたのか、司会者が勝利宣言をする。

 

『…カ、カレン選手の勝利ーッ!圧倒的ッ!圧倒的な蹂躙ッ!一体誰が予測できただろうか!?こうも大見得を切って見せた大男を一瞬で!一撃で地に伏せたッ!その速さは正に疾風迅雷!誰がこの可愛らしい女帝を止められると言うのか!?』

…あ"?今、何()った…!?

『ヒィッ!?すみません語弊がございましたッ!?勇ましき女帝ですッ!!?』

 

 帰り際に司会者の口から放たれた"可愛らしい''という単語が自身の琴線に触れたのか、ゆらりと幽鬼のようにドスの効いた声で司会者を睥睨して言った。

 そこには可愛らしい姿など微塵も無く、鬼が顕現したかのようだった。

 

 これには司会者も間抜けな声を出して訂正するしか無い。

 訂正された言葉に少女は満足したのか、それ以上は何も言わずにフィールドを去った。

 

 しかし…男の意識を刈り取ったあの一撃…テレビで見ているからなのか全く姿が見えなかった。

 シン達は少女、カレンの名を胸に刻み、認識を要注意人物に変えた。

 

◆◆

 

 シン達は暫くは普通の試合ーと言っても霊力弾が飛び交ったり能力らしきものが使用される激戦だったがーをいくつか見ており、数十分後には自分がその場に立つと言うのに、野球やボクシングを見るような感覚で視聴していた。

 

いけッ!そこだッ!ああ!後ろだッ!後ろを見ろッ!!…あぁ〜、負けた

「相手が霊力の扱いに長けてなかったら、選局は違ったかもな」

 

 目の前のテレビではステゴロで戦っていた男が映されており、後頭部から煙を出して倒れ込んでいた。

 

 ヴェノムはステゴロで戦っていた男に親近感を覚えていたのか、熱中して観戦しており、その身を出してまで熱中していた。

 しかし、相手の巧妙に隠されていた霊力弾に後頭部を撃たれ、遂に地に倒れ込んでしまった。

 ヴェノムは落胆した様子で、心無しか表情も落ち込んで見えた。

 

 と、ここで不意に扉がコンコンとノックされ、開かれる。

 

「すみません、シン様、二戦後にあなたの番が回って来ますので、準備が出来たら私にお申し付けください、ご案内致します」

「おぉ、もうそんな時間か…すぐ行く」

 

 慌ててヴェノムを引っ込め、トーナメント表を確認する。

 確かにもう自分の番だ、知らぬ間に試合に夢中になっていたらしい。

 シンは立ち上がり、最初に案内してもらった人とは別の案内人の力を貸りて長い道を歩いた。

 

 その道すがら、少し気になることも聞いた、

 

「なぁ、ここに来る前に結界で穢れがどうたらって話を聞いたことがあるんだけどよ、穢れってなんなんだ?」

「その質問に答えることは業務の中に含まれていません」

「あっそ」

 

 どうやらこの案内人は世間話が好きではないようだ。

 愛想がある訳でもなく、少しばかり辛い沈黙が続いた。

 黙って歩いていると、歓声が近くなり、だんだんと大きくなるようになって来た。

 

「もう直ぐ到着か?」

「えぇ」

 

 短く答えを返され、ある扉の前に案内される。

 その扉の前には剣と斧が交わった…所謂武器屋のマークが貼り付けられており、まさかと思って聞いてみた。

 

「ここで武器を調達しろって言うのか?」

「その通りです、あなたの試合開始までまだ時間はございますので、ごゆるりと」

 

 扉を開けると、鉄臭い匂いが身を襲った。

 樽の中に無造作に入ってある刃のない鉄剣や、立てかけられたハルバードが目立ち、マイナーな物だとヌンチャクやチャクラム、モーニングスターなど、あらゆる武器がその部屋に納められていた。

 全て刃の無い、鈍器のような物だが。

 

 シンはその中で無骨に鈍く光る、反った細く長い剣、俗に言う刀を手に取った。

 ズシリとした重さがあるが、振るえない程ではない。

 少しの愛着を持ち、刀を鞘を納め、シンはその部屋を出た。

 改めて部屋を見てみると埃が舞っており、あまり使われない部屋だと言うことを実感させた。

 

「よろしいですか?」

「勿論」

「それでは行きましょう」

 

 それから一分ほど歩き、更に歓声の声も大きさを増したように感じる。

 いや、違う…目の前で歓声が起こっているかのようだ。

 数十m先にはには剣戟を繰り返す男女と、剣戟と共鳴するかのように叫びを上げる観客が見て取れる。

 どうやらフィールドに到着したようだ。

 

「この試合が終わり、名前を呼ばれましたら、前にお進みください」

「おう、ありがとな」

 

 案内人は仕事は終わったと言わんばかりに去り、目の前の男女も決着がついたようだ。

 タンカーに運ばれた男が出口へ、つまり、シン達の横を通って運ばれて行く。

 

 テレビでは味わえなかった司会者のマイクに乗った大声が耳に響く。

 

「次は注目の一戦だ!かの有名な綿月玄楽様の運営する道場!そこから繰り出される刺客!玄楽様の娘であり、剣豪として才覚を見せる綿月依姫のライバルであり友!!本人の経歴が明かされない今大会のダークホースッ!その名はーッ」

 

 一歩を踏み締め、熱狂が全身を襲う。

 

「シンッッ!!!」

 

 名前が呼ばれた瞬間、シンはさまざまな視線を一身に受けた。

 多くの期待と尊敬、少しの疑問と嫉妬。

 かなりのプレッシャーと緊張感である。

 反対に観客は爆発したかのような盛り上がりを見せ、雰囲気に飲まれて来たのか、シンは気分が昂揚してきた。

 それにしても何処から情報が漏れているのだろうか、依姫のライバルなんて一言も言っていないぞ。

 

 ゆっくりと、それでいて確実に一歩を踏み出して行くシンの姿は何処となく気迫があり、観客達はそんなシンの姿に期待を抱いた。

 

「続いてシンと対峙するのはコイツ!速さを求める韋天流の門下生!!その剣でダークホースを切り伏せることは出来るのかッ!?」

 

 遠目だが細身の男が奥の入り口から姿を現した。

 

「太刀丸ーーッ!!」

 

 細身の男が日の光を浴びて観客に笑顔を見せながらフィールドを歩いた。

 かなり顔が整っており、荒々しさを残しながら爽やかさを兼ね備えていた。

 風格はかなりの強者であり、この瞬間に起きる激闘に心を躍らせる。

 男、太刀丸は観客からシンの方を向き、優しげな顔から一転、真剣な表情で短く一言を言った。

 

「よろしく頼むよ」

「こちらこそ、叩き潰してやるよ」

「それではッ!試合開始ッ!!」

 

 この挨拶が皮切りとなって試合は開始された。

 シンは相手の出方を窺うため、刀を抜いて構え、太刀丸は試合早々に先手必勝といった具合で居合切りを仕掛けて来た。

 

 周囲からは太刀丸が一瞬で姿を消したように見えただろう。

 しかしシン達からはーーー

 

(まるで遅い、依姫と比べ物にすらならん)

<俺が居なくても余裕だな>

 

 スローモーションのように全てが遅く見える世界で、太刀丸の居合を見切っていた。

 依姫はもっと早く、鋭い居合を放てる。

 速さが自慢だそうだが、依姫に届かない斬撃如き、実力で勝るのは簡単なことだ。

 

 ギリギリまで太刀丸を引き付け、刀を振るった瞬間に体を引いて避ける。

 太刀丸の顔が驚きで歪み、その顔目掛けてバットのように刀を振るった。

 元の勢いとシンの膂力が合わさり、太刀丸はボールのように吹っ飛び、地面と並行移動して壁に激突した。

 

「ヒット…ってところか…」

 

 シンはそう呟き、煙の中から太刀丸が出て来るのを待つ。

 しかし、いくら待っても出て来ない。

 煙が霧散した後にはグッタリと壁に背をつき気絶している太刀丸が目に映った。

 

 おいおい、嘘だろう?依姫なら立ってるぞ?

 

「ほら、立てよ」

「…」

「…チッ」

 

 どうやら本当に気絶しているようだった。

 目の前の光景に漸く司会者が反応し、次早に言った。

 

「なんとッ!なんと瞬殺だァ〜〜〜ッ!!太刀丸が動いたと思ったら次の瞬間には吹き飛ばされていたッ!?一瞬でノックアウト!韋天流も真っ青な早業!これほどの瞬殺はカレン以来ッ!一体どうなるんだ軍来祭ッ!?」

 

 興醒めた、少し楽しそうと思ったが、カレンと依姫以外強そうな者が居ない。

 そう考えながら次の試合に期待し、その場を去った。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
あとえちちな小説とこの小説の誤字報告をしてくださった、ドンシャインさんありがとうなのぜ!
そして、モブのGくんと太刀丸くん、もう一生出番無いです、なのぜ。


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第十六話 軍来祭 思わぬ強敵

なんか爆発的にUA増えててびっくり仰天なのぜ。
それはそうとゆっくり見てね!


 カレンとの戦いとは打って変わって、ざわめきが起こる会場を背にして歩き出す。

 同じ瞬殺でも状況が違う。

 

 かたや悪役を討った美少女(ヒーロー)、かたやイケメンの出鼻を挫いた(謎の人物)

 

 観客の反応が同じな訳が無かった。

 どよめきが人から人へ伝染する中で司会者が空気を変えようと発言する。

 

「少女達を魅了した太刀丸、呆気なく撃沈ッ!今大会のダークホース、シンは多くを語らず去って行ったッ!誰がこの歩みを止められると言うのかッ!?優勝候補、カレンか!?はたまたライバルの依姫か!?それとも無名の者共か!?それでいい!打ち倒してしまえッ!下克上(ジャイアント・キリング)だッ!!」

 

 観客席からでは無い場所…つまり他の選手からの熱意が上がったように感じた。

 司会者の盛り上げ方も中々の物だ、直接目にしていないと言うのに選手の士気があがり、突きつけられる敵意も増えたように思う。

 

 ()()()()()()()()

 シン達は、いや、シンは激闘を求めている。

 敵意?そんな物は試合を盛り上がらせるカンフル剤にしかならない。

 

 口元を歪め、依姫との激闘を超える、まさに熱戦を夢見ながら自身の控室に向かって悠々と歩いた。

 

<前から思ってたがお前ってかなりの変態だな>

「…そうかもな」

 

 ヴェノムが今になってドン引きしたかのように言う。

 誰が変態(戦闘狂)だ、そう声に出して言いたかったが、今の心情や過去の戦闘で何を思っていたか…それを思い出すと肯定するしか無かった。

 

 なんでこんなことを思っているんだろうか、そう哲学をしていると同時にあることを思い出してしまった。

 

「あっ…道が分かんねぇ」

<バカも追加だな>

「うっせぇ黒カビ」

あぁ!?ブチ殺すぞ変態馬鹿野郎ッ!?

 

 小言の多いヴェノムにいつか口にした悪口を放つと、凶悪な顔を出して威嚇した。

 だが!頭突きされるしかなかったあの時とは違い、こちらには力があるッ!

 

「おうやって見ろよヴェノムッ!!されるがままだったあの時とは違うってことを見せてやるよッ!!」

 

◆◆

 

 結果、半殺しにされました。

 頭突きを避けて、凶悪な顔に拳を叩き込む、それをするだけの簡単な仕事の筈が、馬鹿みたいに速い速度でラッシュを喰らい、反撃をする暇すら与えられずに撃沈し、壁に倒れ込んでしまった。

 顔を鼻血を出しながら茹で蛸のように膨れ上がったシンの顔をヴェノムはギャハハハと豪快に笑い、シンに煽ってみせた。

 

ギャハハハッ!!お前と一緒に俺も成長していることを忘れていたなぁ!?旨い飯でもくれたら今回はコレで許してやるよ!クハハハッ!辛気臭ェツラだなぁオイ!?

「俺"が"悪"か"っ"た"…寛"大"な"心"に"感"謝"を"…」

 

 掠れた声でこればかりは自分が悪かったと表明し、旨い飯をどうするかと考えていた。

 その姿は敗北者のそれであり、ついさっき対戦相手を蹂躙した者とは信じられない程マヌケだった。

 

 通路で殴り合った(一方的にしてやられた)物だから、殴打の音でも聞きつけたのだろう、角から事務員らしき人が何事かと慌てた様子で近寄ってきた。

 ヴェノムは足音を聞くなり体内に戻り、顔がタコみたいに腫れたシンだけが残った。

 

「ちょっと!?大丈夫ですか!?直ぐに医務室に連れていきますね!」

「…ッ!いや、大丈夫だ…自業自得だしな」

「…?…そ、そうですか…」

 

 正直なところ、永琳にこんなマヌケな顔は見せたく無い、一生の恥だ。

 それより重要なことを事務員に聞いた。

 

「俺の控室が何処か知らないか?シンってネームプレートが掛かってあった筈だが…」

「えー、シン様ですね……えっ!?さっき出てたあのッ!?何があったらこうなるんですかッ!?」

「いちいち詮索しないでくれ…自業自得だから…」

<ギャハハハハッッ!!!>

 

 哀愁漂うシンにこれ以上聞くのはナンセンスと感じ取った事務員は笑って誤魔化し、静かに案内を始めた。

 この間、ヴェノムはずっと笑っていた。

 

<さっき出てたあのッ!?だってよォ!!ククククッ!あー笑いが止まんねぇッ!>

(くっそ…言い返せねぇ…)

 

 なまじ全てが自業自得なのでシンは言い返すことも出来ずに口惜しい思いをして歩いた。

 

 数分後、無事にシンは元の控室に着き、事務員に礼を言って入った。

 嗚呼、実家のような安心感とはまさにこのことだろう。

 

「それでは、安静になさって下さい」

「感謝する、あとこの顔は忘れてくれ…」

「ははは…努力します…」

 

 事務員は去り、完全にシンとヴェノムだけになった空間で大きく溜息を吐いた。

 

クククッ!そんな溜息吐いてどうした?嫌なことでもあったか?

「悪かったから許してくれよ…今度お菓子でも買ってやるから…」

…仕方ねぇなぁ…美味いのにしてくれよ?

 

 ありがたく許して貰えた、ヴェノムに顔を治して貰い、万全の状態になる。

 しかしここでチョロいなんて思ってはいけない、頭突きでは済まされず、また半殺しにされるかも知れないからだ。

 その邪念を振り払うため、おもむろにテレビを付けた。

 と、ここであることに気付いた。

 腰に付けた刀を戻して無い…が、まぁいいだろう、一本ぐらい無くなっても困るわけでもなさそうだし。

 

 テレビは丁度シンの試合を映しており、テレビの解像度の問題か、ハタから見れば本当に一瞬で勝負が終わっていた。

 ご丁寧に、ほら、起きろよ…と言うセリフも放送されており、悪役感を滲ませていた。

 

 少しの冷や汗を感じ、また数十分程テレビを眺めた。

 途中で予選が終了し、司会者か世辞のような言葉を選手に言い、軍来祭最初のラウンドを締め括った。

 

 予選を思い返してみるとカレンが衝撃的だったことや依姫の…あれ?依姫の試合が無い。

 ふと依姫がいないと気付きトーナメント表を確認すると、依姫は一回戦をスキップできるシード選手だった。

 やはり選手の一頻りの情報は漏洩しているのだろうか。

 そんな恐れを抱いた。

 

 司会者から月読命へ感想を求めるが、予選だからか、それともつまらない試合が多かったのか、短く感想を述べて、足速に軍来祭は次のラウンドへ進んだ。

 

 スムーズに進んだ試合は予選を潜り抜けた選手だからか、予選よりも試合内容が格段にレベルアップしていた。

 例えば猪突猛進するだけの者はフェイントを織り交ぜた技術に敗北し、力だけで勝ち進んだ者は技量という壁にぶち当たり地に膝をつけていた。

 観客の理解を超えた試合には、司会者が解説と実況を挟むようになり、選手が一手を講じる度に観客は歓声を上げていた。

 

 いつの間にかカレンの試合にまで進み、何か学ぶことは無いかと目を凝らして試合に注目した。

 しかし、貧弱なカメラではカレンの動きを捉えられないというのか、動きを見る間をなく試合は終わってしまった。

 即座に歓声が起き、カレンを褒め称える野次が飛ぶ。

 

 シン達は何一つ学ぶことが出来ず、落胆してテレビに映るカレンの顔を見る。

 敗北を知らない自信満々の顔、敗北を繰り返しながら強くなっていたシンとは相知らないだろうと直感し、これ以上注目すべき試合はないだろうと、またボーッとテレビを見た。

 

◆◆

 

 シンの試合が近づいて来た。

 そろそろ案内人が来るだろうか…何となく時計を見ながら心の中で独り言ちたシンの予感は的中し、丁度扉がノックされ、開く。

 

「失礼します、シン様の番が回って参りました」

「今行く」

 

 最初にシンが出た試合で案内人を務めていた無愛想な案内人だ。

 再開の挨拶も無しに案内人はスタスタと入り口へ歩いて行った。

 

 大人しく黙って歩くと、再び歓声が耳に届く。

 また数分歩くと歓声も大きくなり、剣と斧が交わった武器屋のようなマークのついた扉に到着した。

 

「こちらで武器を…いえ、もうお待ちになられていますね、直ぐにシン様の試合となるので準備しておいて下さい」

「おう、またまたありがとな」

「いえ、仕事ですので」

 

 素っ気なく案内人は立ち去ってしまい、歓声の響く入り口にシン達は一人取り残された。

 

 目の前で起こっていた激闘が終わりを告げ、さらに大きな観客の叫びが頭を刺激した。

 耳を通り抜けていた司会者の声が不意に耳をつんざく。

 

「お疲れ様だ!!さぁお次はダークホースにして実力が測れない男、またもや瞬殺してしまうのか!?シンッ〜〜ッ!!」

 

 意を決してフィールドに入場した。

 予選の時とは比べ物にならないほどの歓声に耳がおかしくなりそうだった。

 

「そしてッ!予選時に打たれ強さを生かし、どんどん強くなっていく脅威のスロースターター!!その小心者はどこまで強くなるのか!?レジック・アースッッ!!!」

 

 反対の入場口からどんな屈強な者が出て来ると思ったら、小柄でビクビクした男が人目を憚るかのように出てきた。

 髪は緑の癖っ毛、瞳は青く、深海を思わせる色をしていた。

 司会者も小心者と言っていたようにビビりなのだろう。

 テレビでこんな奴出て来たかと思う程影も薄い。

 

 しかし、何故予選を勝ち抜いて来たのか…そう思わずにはいられない位挙動不審で頼りない姿をしていた。

 それでも予選を勝ち抜いたことには変わり無い、カレンと同じように見た目は弱くても途轍も無く強いのかも知れない。

 

 

 警戒を高めながらアースへ試合前の挨拶をした。

 

「よろしく」

「よ、よろ、よろしくお願いします!」

 

 噛みながら言ったアースおどおどと剣を構え、此方も刀を構える。

 両者に緊張感が張り詰め、試合のゴングがなるのを待ち、ついにその時が来た。

 

「試合…開始ッ!!」

 

 試合開始前の口頭でスロースターターと聞いたからには、初動を攻めるしか無い。

 ジグザグと撹乱しながら距離を詰め、驚きでマトモに動けないアースの腹を刃のない刀で強打する。

 

 吹き飛ばされながらも受け身を取ったアースの瞳は涙で潤んでおり、痛みに弱いのだろうと感じさせた。

 

「撹乱しながらの先制攻撃が決まったァ〜〜ッ!これにはアース選手も堪らないッ!!」

 

 大袈裟に囃し立てる司会者と観客をよそに、シンは更に追撃を加えんと攻勢に出た。

 今度はシンの一太刀を防御出来たアースだったが、嵐のような連撃に次第に隙を突かれ始め、その体に多くのアザを作り出していた。

 

「どうしたぁ!?守ってばかりじゃあ勝利は掴まんぞ!!」

「ぐあぁぁああッ!?」

 

 刀ばかりに意識がいくアースの顔に上段蹴りを喰らわせる。

 よほど意識外だったのか、アースは防御する姿勢すら見せずに宙を舞った。

 バキャ、と痛烈な音が響き、会場の誰もが顔を歪めた。

 

 一方上段蹴りを喰らわされた当の本人は肩で息をしながら立ち上がってみせた。

 その姿に観客は盛り上がり、司会者も発破を掛けた。

 

「完璧な上段蹴りを喰らったアースッ!!それが何だとばかりに立ち上がるッ!!アースの真骨頂はここからだ!!」

 

 シンはそれが何だとばかりに飛び掛かって切り掛かり、アースの頭を守る剣ごと押し潰そうと刀を振るった。

 

 ガチィィン…

 

 鈍い金属音が響き、シンは驚きで目を見張った。

 明らかに力が上がっている。

 自重とシンの膂力を合わせた渾身の一撃をアースは見事に受け切り、あまつさえその状態からシンを押し返した。

 

 チラリと見えたその目は深海の青から燃えるような赤へ変化していた。

 

 シンを押し返し、体勢を崩した隙を狙い、アースは先とは全く比べ物にならないほどの力で剣を振り抜いた。

 鉄の剣はシンの腹部を深々と抉り、内臓を傷つけられ、受け身を取ることすら叶わずに壁に激突した。

 

 逆転したアースに観客が歓呼を上げる。

 

 全身の痛みを感じながら、壁から這い出てアースを睨む。

 とそこでアースがおもむろに口を開いた。

 

「…僕の能力は"追い詰められれば追い詰められる程強くなる程度の能力"…もう君に勝ち目はないよ、降参しな」

 

 開始直後のおどおどとした気配は無くなり、強者の風格を漂わせた男がそこに居た。

 思ったよりも強いが、慢心が敗北に繋がることをまだ経験していないようだ。

 

「思い上がった野郎にはお灸を据えてやるよ…」

 

 そう吐き捨て、立ち上がる。

 目立つからあまり使いたくは無かったが…やるしか無い。

 

「分からないならその身に叩き込んでやるッ!!」

 

 強気になったアースが一瞬で距離を詰め、剣を振るう。

 対してシンは刀を鞘を納め、叫んだ。

 

「ヴェノム!マスクッ(覆え)!!」

<了解ッ!>

 

 観客の殆どはシンがアースに頭を叩き割られる姿を想像し、恐ろしさから目を瞑った。

 しかし、いつまで経っても頭部破砕の音は聞こえず、耳に入ったのはアースの驚嘆の声のみ。

 

「なっ…!?」

ガキ…!よくもやってくれたな…ッ!

 

 アースの打ちどころの悪ければ死が訪れるだろう一撃を片手で掴んで止める、ヴェノムの姿があった。

 

 さぁ人々よ、震撼しろ…これが悪魔(ヴェノム)だ。

 




ご拝読、ありがとうなのぜ
ヤーナム在住の方、☆9評価サンキューなのぜ!あと二人で評価が反映…ぐふふふ… なのぜ。

ミナクテット・カレンの由来
ミネルヴァ(戦の神) + エレクトロ+カレント(電流)

レジック・アースの由来
レジギガス


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第十七話 軍来祭 劇的なスロースターター

おほ^〜評価付いてるのぜ〜
鬱注意なのぜ!ゆっくりして行ってね〜


 木刀を片手で掴み、動揺するアースの顔をを丸太のような黒腕で思い切り殴り付けてやった。

 衝撃で砂塵が飛び散って一瞬シン達の姿を覆い隠し、観客からはアースが突然吹き飛ばされたかのように見えただろう。

 

 まさか反撃されるとは思ってもいなかったのか、それともまた驚きで行動に移すことが出来なかったのか、痛々しい音と共にフィールドの中央部まで転がりながら吹き飛ばされた。

 

 砂塵からいきなり現れたクリーチャーに観客から悲鳴が上がり、司会者が興奮したかのように言った。

 

「これはッ!?これは〜〜〜ッ!?!?絶体絶命かと思われたシンが黒い化け物となってアースに逆襲した〜ッ!?何なんだアレはッ!巷で聞く黒い化け物とは彼の事なのか!?」

 

 やはり悪い意味でかなり注目されてしまう。

 キャーッと騒ぐ観客を無視し、目の前の戦闘に集中する。

 

 アースは油断して追い詰められれば追い詰められる程強くなる能力と言葉を溢した。

 スロースターターとはこの力が所以だろう。

 

 顔を大きく腫らしたアースがゆらりと起き上がり、ポツリと呟いた。

 

何でだよ…

あぁ?

 

 滂沱の涙を流しながらアースは叫んだ。

 

何でいつも思い通りにならないんだよぉぉ!!!!!

「…はぁ?」

 

◆◆

 

 僕は子供の頃、同級生から虐められていた。

 

 理由は簡単で、気が弱かったからだ。

 護ってくれる親なんてとうの昔に死んでいた。

 

 当時はー今もだけどー悪口を言われても言い返さず、されるがままだった。

 それが同級生にとって都合が良かったのか、イジメはエスカレートして、陰口を言われることは勿論、下駄箱から靴が無くなることも当たり前、仕舞いにはカツアゲやサンドバッグにされることもザラにあった。

 酷い時は芽生えたての能力の実験台にされることもあった。

 火、氷、殴打………思い出しただけでも体が痛む。

  

 学校に行って、ボロボロになって、誰も居ない家に帰る。

 出来ることといったら、布団の中で彼らを返り討ちにする妄想をすることだけで。

 

 そんな生活が数年続いて、十三になった頃だ。

 

 僕に友達が出来た。

 鼠だ。

 路地裏でポツンといて、血を出して弱っていて…そんな姿がどこか僕と似ていたんだ。

 

「お前も虐められてるの?」

 

 鼠に向けた言葉は虚しく空に溶けていた。

 けどヒューヒューと息をする鼠を見捨てられず、汚いことや細菌なんて考えずに家へ持ち帰ったんだ。

 

 最初は鼠を治すのに四苦八苦していたけど、いつの間にかすっかり元気になったんだ。

 その子は傷付いた僕を慰めるように甘えて来て、暗く荒み始めていた僕の心も癒していってくれた。

 虐めもこの子が居てくれたらへっちゃらだった。

 

 そんな頃、その子に名前を付けてやろうと思ったんだ。

 でも中々決まらなくて、登校する日の朝も頭をウンウン唸って考えていた。

 それで、思いついたんだ!とっておきの名前を!

 

 そしたらその子が胸ポケットの中に入り込んでいて、私も行く!とばかりに顔を覗かせていたんだ!

 まん丸な目で見つめられてとても可愛くて…つい一緒に連れて行ったんだ。

 それで名前を付けるのは帰ってからにしようと思ったんだ。

 

 学校ではいつも通りに虐めを受けたんだけど、コイツを連れて来て少し後悔していた。

 陰口なら問題はないけど、殴られたりしてこの子が潰れちゃったら大変だからだ。

 

 胸ポケットを最低限庇うことでこの子を守ったんだ、それでトイレでポケットから出して、生きているか確認して安堵した。

 

 そして放課後になった。

 いつもは校舎で不良に絡まれていたけど、今日はそんなこと無くて無事に帰り道の道路まで漕ぎ着けたんだ。

 安心して胸に温かみを感じて歩いていると、不意に掴まれて路地裏まで連れてかれてしまったんだ。

 

 不味い、そう思った瞬間には押し倒されていて、ニヤニヤとした不良達がが僕に絡んできたんだ。

 

「おいお前、今日胸になんか入ってたよな?大事そうに守ってたよな?見せてみろよ」

「そ、そんなの知らない、勘違いだから僕を家に返してよ!」

「は?お前に拒否権なんてあると思ってんの?おいお前ら!取り押さえろよ!!」

 

 僕は危険を感じてすぐさま逃げ出した。

 けど不良の一人が僕の足も掴んで引きづりながら連れ戻し、両腕、両足を掴んで拘束された状態にされて。

 

「何が入ってるかな〜♪」

「ヤダ!やめてよ!お願いだからッ!!」

 

 身を捩る僕を強引に取り押さえて不良は僕の胸ポケットを弄って、暴れるお宝(その子)を取り出した。

 

「うえっ!?鼠!?気持ち悪ッ!」

「放せ!その子を放してッ!」

「…あ?もしかしてペットかぁ?鼠とかキッモッ!お前らしいわ」

 

 涙を流して懇願するけど、不良はその子を握りしめて放さなかった。

 

「そうか、放してやるよ、可哀想だしな、お前らも放してやれ」

 

 不良は笑ってパッと手を放し、その子を自由にしたんだ!

 それに僕を拘束していた不良も放してくれた。

 なんて奇跡だ!そう思ってうつ伏せの状態でその子に手を差し伸べて、その子は手に向かって少し弱ってしまったのかよちよちと歩いた。

 

 その子が手に届こうと言う瞬間でーーー

 

 目の前に壁が出来た。

 いや、壁が降って来た。

 

 ほっぺにぺちゃりと何かが付いた。

 

 全身がこわばるように、血の気がひいて、目の前の光景を現実と思えなかった。

 

「え?え?いや、え?なんで?え?」

 

 僕はその子が居た場所に壁が出来ていたことを疑問に感じーーーいや、認めたくない。

 だって、だって、その壁は足で、その子の真上から降って来て、いやだ。

 名前だってまだ付けてないのに、君が居ないと僕は、僕は。

 

 不意に壁がゆっくりと赤い何かを滴らせながらが上がった。

 違う足だ、いや、違う、違う、違う。

 

「プッハハハハハハッ!!きったねぇ!!」

「そこまでやるかよ普通ッ!?足がベチョベチョじゃねぇか!」

「それよりコイツの顔見てみろよ!間抜けな顔してやがるッ!ハハハハハッ!!」

 

 周りの嗤い声が聞こえる。

 目の前には何かの水溜りが出来ていて、中心に何かがいた。

 シミみたいだ、けど違う筈だ。

 違うよね?君は咄嗟に逃げ出したんだよね?そうだよね?ね?

 

「聞こえてるぅ?どんな気分?ねぇねぇ?」

「………」

「…チッ、無視かよ、お前ら!コイツシメとけ!!」

「…ねぇ?」

 

 一応、一応僕は目の前のこれが何なのか彼らに聞いた。

 勿論違う答えが返ってくるはずだ。

 

「な、に これ」

「何って見てわかんねぇのか!?んん?お前が大事にしてたクソ鼠だろ?違うか?」

「違うよね、違う、違う違う違う!!」

「何だよお前キモイ…たかが鼠一匹でよぉ」

 

 僕は不良の言葉を否定した…けど、心の中では否定できなかった、もう解っているはずだと。

 涙がポロポロと零れ落ちる。

 こんな、あっさりと?連れてこなければ良かった、僕の責任だ。

 

 だから、だから、許してくれ■■■、名前を与えてやれなくてごめん。

 守れなくてごめん。

 

 涙は更に溢れて、肉片を掻き集めた。

 

「内臓集めてやがる…キモ…クソ鼠のきったねぇ肉を集めてやがるよ」

「ハハハッ!!言ってやんなってッ!」

 

 僕はその言葉を聞いて、初めて人に反抗した。

 

「取り消してよ…!!」

「ああ?」

「今のクソ鼠って言葉を…取り消してよ…!」

 

 ■■■をそっと置いて、不良達を睨め付けた。

 

「…お前もう殺すわ、キモイし楯突くし、もう半殺しじゃすまさねぇわ」

 

 ■■■の受けた仕打ちよりかはマシだ、そう思って殴りかかった。

 

 バキリ

 

 そう音を出したのは僕の方で、倒れ込んでその後は寄ってたかって蹴られ、殴られた。

 

「はぁ〜〜…頭悪いよなぁ、お前…俺達の方が強いってのに…」

 

 数分間暴力を尽くされた。

 僕は丸く蹲って耐えるしかなくて、やがていつもみたいにそのまま何もしないようになってしまった。

 

 身体中から血が出て、意識が朦朧としてきた頃、■■■のことを思い出した。

 僕は不良達に猛烈に怒りが再燃して、悔しさに食いしばり、涙を抑えようと目を閉じた。

 無意味だと分かっていても力を振り絞って拳を振るった。

 

 そうしたら突然、轟音のような音と男の叫びが木霊した。

 

「がぁぁぁあああッ!?!?腕がッ!?腕がぁぁあああ!?!?」

 

 目の前の不良の腕がミンチのようにぐちゃぐちゃになり、辺りを血で濡らしていた。

 

 僕は全く理解不能だったけど、今の一撃が僕がやったと思うと、少し、気分が良くなり、周りも思い切り殴ってみた。

 すると面白いように腕は千切れ、骨が粉砕する音が路地裏に響いた。

 

 暫く不良をぐちゃぐちゃにして、逃げ出そうとする■■■を踏み潰した不良を捕まえた。

 

「あっ!?悪かったから!!悪かった!?だから…」

「嫌だ」

 

 

 

 そこからは何も覚えていない。

 貧血で倒れたのか、初めての能力使用で意識を失ったのか。

 分かるのは■■■を失ったことだけだった。

 喪失感と虚無感で胸がいっぱいになって、枕を濡らした。

 

 目が覚めた場所はどこかも分からない病院らしく、看護婦は僕に話そうとせず、お金も要求されずに治療だけされて追い出された。

 誰が病院に運んだのか、なぜ無償でやってもらえたのか、何も分からなかった。

 

 そこからはトントン拍子だった。

 行く当てのない僕は優しい人に拾われて、能力を知って。そこで体を鍛えて、■■■みたいな子を出さないように軍に入ろうとした。

 

 最初は挫折も多かった。

 けど■■■を思えばなんてこと無かった。

 早く、軍人になってーーー

 

◆◆

 

…お前は何を言っているんだ?思い通りに行かない当然のことだ

「五月蝿いッ!!お前に僕の何が分かる!!」

 

 叫びながら爆音を立ててレースカーも真っ青な速度で飛び出して来たアースを真っ向から叩き潰し、強引に剣を奪い、目の前で叩き折る。

 攻守が逆転した展開に会場は大盛り上がりだ。

 

これでお前は武器を失った、降参しろ

「うぅぅ!!まだだッ! 僕は戦えるッ!!」

 

 アースは飛び起きて、大きく振りかぶって拳を振るった。

 驚異的な速度だが、いかんせん大振りすぎる。

 

 迫り来る一撃に紙一重で避け、アースの拳は轟音と共に壁に大きなヒビを入れた。

 振り抜いた隙を狙って、地面が陥没する程腰を入れて腹部にレバーブロー。

 大砲を撃ったかのような重低音が会場を戦慄させ、司会者すら冷や汗を流した。

 

 衝撃を身体の隅々にまで行き渡らせた一撃、衝撃を逃す術など無く、ビクンッと体を震わせた後にアースは泡を吹いて倒れた。

 

「見る者にすら戦慄を与えた強烈なレバーブローッ!!これにはアースも沈黙ッ!!よって勝者、シ…」

まだだぁああッ!!!

 

 アースはゾンビのように立ち上がり、シンと距離を置きながらシンの勝利を告げる司会者の声を遮る程の大声で行った。

 

「まだだ、戦えるんだ!僕は!ゲホッ!」

 

 アースは見れば足が…いや全身がブルブルと震え、激しく咳き込んでいる。

 余程効いたのだろう。

 しかし不味い、奴の能力はいわば究極のスロースタート、時間を掛ければ、ダメージを与えれば与える程強くなる。

 敗北扱いになってくれないか…それと共に立ち上がってもっと闘えと言う淡い期待を抱き、それは勝敗を告げる司会者では無く、月読命が宣言した。

 

「其方の決意を称して、吾が許そう、試合は続行だ」

「え!?あ、はい!月読命様から試合続行の意が表されました!!よって続行ッ!!」

 

 何と言うことだ、思いもしない熱い展開に観客のボルテージはこの日最高潮まで湧き上がり、歓声の熱気がシン達とアースを包んだ。

 

「行くぞッッ!!!」

 

 丁寧に攻撃の宣言したアースの突撃は先の比にならず、音速とも言っていい程の速度を叩き出し、踏み込んだ地点には衝撃波(ソニックブーム)が生まれていた。

 

 途轍も無い速度と増幅された力の権化とも言える鉄槌に、シン達は無意識とも言って良いほどの反応で横へ飛び避ける。

 隕石が落ちたような轟音、目の前には粉々に破砕された壁が映った。

 

 マトモに受ければ本当に死が訪れる、そう感じてシン達はアースから距離を取る。

 アースは勿論そんなシン達を追い掛けるが、直線的な動きで、回避するのは容易だった。

 

 ここでヴェノム、続けてシンははあることに気付いた。

 

<どうやら、力をコントロール出来ていないみたいだな>

(…確かにな…だかどうする…?)

 

 弱点は分かったが、対策が立てられない。

 更にこれ以上強くなられては困るので、攻撃も加えられない。

 アースは即死級の拳を振るうが、当てられない。

 場は緩着状態に陥っていた。

 

 しかし、場は動く。

 

 アースが突然両腕を地面に突き刺し、怒声と共にちゃぶ台返しのようにフィールドを捲り上がらせたのだ。

 派手な攻撃に会場は盛り上がり、岩石の雨がシン達に降り注ぐ。

 

ぐぉおおおッッ!?!?

「何とッ!?フィールドを捲って岩雪崩を実現させたッ!それをする為にはどれほどの力がいるのか想像も出来ないぞッッ!」

 

 岩の処理に手一杯でアースの拳が腹に突き刺さる。

 辛うじて貫通はしなかったが、内臓に重いダメージが蓄積した。

 しかも、アースは岩雪崩を全く気にせず殴り続ける為、ダメージが入るがどんどん強くなるというマゾのような攻撃システムを実現させてしていた。

 

 岩雪崩は終わる気配はない。

 ならば…この状況を利用する!

 

 シン達はその場から飛び上がり、岩に激突する直前で体勢を変え、岩に着地したかと思うと、また岩へ飛び移る。

 岩を利用した三次元運動は踏み込みで岩を砕く程速さを増し、観客やアースにも捉えられないほどのスピードで跳躍し続けた。

 その速度はゆうに音速を超え、音を置き去りにしていた。

 

「敵の攻撃を利用したぁッ!?シンはどこまでの力を秘めているんだッ!?目で追えないぞッ!!まさに黒い流星だ!!」

 

 アースの目がこちらを追えなくなり、岩雪崩が止むタイミングで飛び出し、後頭部に踵落としを繰り出す。

 

 爆発したかのような音が響き、衝撃で砂塵が吹き荒れ、観客の目を襲った。

 それでも…それでもアースは落とされた踵ごと頭を強引に振り上げ、更に強化された拳を振るった。

 

「オォォオオオオッッ!!!」

 

 不味い、その言葉が頭を埋め尽くし、打開策を弾き出す。

 膨大な力、コントロール、利用…これしか無い、シンは全身の力を抜いた。

 

<シンッ!?不味いぞッ!!>

(これでいいんだッ!!ヴェノムッ!!)

 

 アースの剛腕はヴェノムの体越しにシンの胸を穿ち、肋骨を易々と粉砕し、その奥の肺すらもひしゃげさせた。

 しかし、シンの体は吹き飛ばず、衝撃が蓄積された。

 

 シンの脳が激痛を訴えるが、この衝撃こそが最大の武器であり破壊力! 

 身体中に巡る衝撃を右腕に集め、ただのカウンターはアースの拳とシンの拳の威力が合わさった究極の一撃と化す。

 

 即死級の一撃を喰らったのは全てこのカウンターのためッ!

 

喰らいやがれぇぇぇええええッッッ!!!!

 

 叫びながら放った一撃は轟音と共にアースは弾丸のような速度で打ち出され、壁に陥没させる結果を生み出した。

 

 砂煙から姿を現したのは完全に沈黙したアース、つまり。

 

「決まったぁああああッ!!完璧なカウンターッ!!勝者ッ!!シン〜〜〜〜ッ!!」

 

 一瞬の沈黙の後、爆発したかのような感性が湧いた。

 

 

 




ご拝読、ありがとうなのぜ!
転生者さん、カタツムリさん、F.KITさん、わけみたまさんそれぞれ☆10、☆9、☆8×2評価ありがとうなのぜ!!
評価バーが真っ赤に染まって…涙が、で、出ますよ…
みんな結婚して♡


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第十八話 軍来祭 最大の敵

ゆっくりしていってね!


 アースとの一戦以降、それなりの時間が流れた。

 

 時間にして四時間、シン達は何事も無く試合を勝ち進めていた。

 テレビに映ったカレンの試合は瞬殺とはいかなくても、能力だろう雷撃による圧勝が殆どだった。

 同様に依姫も圧勝であり、こちらは能力では無く純粋な剣技で勝ち進めているようだった。

 

 そうして第四ラウンド、つまり準々決勝が終わる頃には、日が沈み始めてしまい、シンは欠伸を掻きながら流石に第五ラウンド(準決勝)は次の日に持ち越しされるだろうと思っていた。

 

 しかしテレビで司会者が放った言葉は違った。

 

『激闘が行われた軍来祭ッ!日は落ちてしまったが問題はないッ!!こんなこともあろうかとこのスタジアムにはある仕掛けが施されているんだ!!』

 

 司会者はスポットライトに照らされ、演説のような放送をおこなったかと思うと、パチンと子気味のいい音を鳴らした。

 音は夜空に溶け、開かれた空が鈍い音を立てる天蓋によって閉じられた。

 

 暗闇と化す会場からはざわざわと困惑の声が広がり、テレビに映る画面は真っ暗となった.

 不意に天蓋に光が灯り、会場は人工的な光に包まれる。

 

 感嘆の声があちこちから聞こえるが、更にそれでは飽き足らぬと言わんばかりに天蓋が透けるように透明になり、夜空に燦然と輝く星と一等星もかくやという程輝く照明、一際存在感を放つ満月を映し出した。

 

 これにはシン達も素直に感嘆の声も漏らし、会場も黄色い歓声を上げた。

 

 司会者はニヤリと笑い言葉を続ける。

 

『どうだこの技術!八意様の発案した透過したかのような壁ッ!すばらしいだろう!?そして、準決勝は星空の明かりの下行われるッ!残った選手は四名!

数多の勝負を圧倒したミナクテット・カレンッ!

巷で噂の黒き化け物、シンッ!

見る者を魅了する剣術!未だ能力を見せない綿月依姫ッ!

男限定で圧勝していた男!溢れ出るホモッ!田所浩二ッ!!

以上四名の誰かがこの大会の栄光を掴み、華やかな未来を迎え入れることが出来るッ!皆さんッ!刮目せよ!これから起こる激闘にッ!」

 

 熱の篭った紹介に拍手が送られ、ついでとばかりに十分間の休憩を言い渡して去っていった。

 

 この演説を聞いたシン達は田所という人物に何故か嫌悪感を抱きながら控室を出た。

 理由は売店に向かい、ヴェノムに約束の美味い菓子を与えるためだ。

 

 何度もこの施設で迷ったおかげで、親切な事務員に地図を貰っていたため、今度は迷うこと無く売店に到着した。

 

 ここに来てから少しずつ、本当に少しずつ金を貯めていたため、一万程の金が全財産として懐に残っている。

 七千五百円は手元に残しておきたいので、余りをどうするか一瞬考え、適当にチョコレートを買おうと結論を出した。

 

<簡単に決めるなよッ!もう少し迷えッ!!>

(大丈夫さ、チョコレートはこの世で一番美味いんだからな)

<…本当だな?>

 

 勿論嘘だが、心に出さず、丁度二十個のチョコレートをカゴに詰め、がらんどうとした店内も見る。

 恐らく殆ど会場にいるため、客も来ないもだろう。

 どこか哀愁も漂わせる商品を他所に、店員に代金を渡し、足早に控室に向かった。

 たった十分の休憩と言っていた通り、試合開始の時が迫っている。

 

 地図を頼りに静かな通路を抜け、部屋でチョコをヴェノムに与える。

 最初は舌をちょんちょん当てて警戒した様子だったが、食べられると判断したのか、一気に齧り付いた。

 

 瞬間、ヴェノムの貼り付けたかのような濁った白の目が見開かれた。

 

<……ッ!!!>

 

 ヴェノムは無言で、されど夢中でチョコを喰らい尽くし、あっという間に二十あったチョコの半分を平らげてしまった。

 

 残ったチョコにも触手状の手を伸ばし、器用にラッピングを剥がして今度はゆっくりと味わうようにチョコのある成分を堪能した。

 シンは知らないが、チョコには人の脳にも含まれるフェネチルアミンが含まれており、ヴェノムにとってそれは主食とも言っていいほど重要な成分なのだ。

 

 ヴェノムがヴェノムらしからぬウットリとした表情でチョコを食べ進めている。

 だからだろうか、ノックの音とドアが開く音が聞こえなかった。

 

「失礼しま…え"っ…」

「…あー、うん、そう言う能力だと思っていてくれ」

「…わ、分かりました、本題ですが時間がやって参りました」

 

 少し気まずいが、試合で見せたヴェノム(黒い化け物)自体は知っているようなので助かった。

 絶叫はしなくてもチョコを頬張るヴェノムにドン引きする程度で済んだ。

 

「おいヴェノム!行くぞ!」

待て!チョコレートぐらい食わせろ!

 

 慌てて口にチョコを放り込み、最後の一個を丸呑みしたヴェノムの顔は、ハッキリ言ってリスみたいだった。

 肩から伸びる凶悪な顔がチョコを頬張りリスみたいな顔になっている…このギャップに鉄仮面の案内人もクスクスと笑い、少し足早に会場まで歩いた。

 

「到着です、頑張ってくださいね、ふふ…」

「あぁ」

 

 到着したシンに初めて案内人は激励、とまではいかないが応援を送り、シンは更に短く答えた。

 

「さぁ、ヴェノム、行くぞッ!」

依姫前の準備運動だ、こんなもの

 

 会場は閑としていて、嵐の前を静かさを現していた。 

 その静寂を打ち破るように、司会者が叫んだ。

 

「…皆さん、お待たせしました、軍来祭…準決勝の始まりです!!」

 

 ワアアアアアッ!!と今までとは比にならない歓声が響いた。

 

「まずはカレンッ!その力は我々がよく知るところだろう!!その膝は地に着くのかッ!!

そしてシンッ!力と技術を合わせ持つ、何より暴力的な姿!怪物は女帝に敵うのかッ!?」

 

 怪物とは随分な言われようだ。

 ゆっくり前へ歩き、カレンを見据える。

 堂々とした姿で、微塵も自身の敗北も想像しないような顔で、少し期待の色も忍ばせていた。

 その手には剣ではなくハルバードが握られており、軽々とその肩で背負っている。

 その姿はある種死神のようであり、シンの視界には黒いオーラが映った。

 

 最早観客の視線は気にはならない。

 両者は挨拶も無しにゆっくりと構え、その時を待った。

 

「おっと!強者に挨拶はいらないってか!?なら早速始めよう!!両者見合って…」

 

 場に警戒心…いや殺気が充満する。

 場は徐々に静かになり、誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 

「初めェェッッ!!!」

 

 瞬間、砂塵を撒き散らしながら両者は飛び出した。

 

 テレビでは捉えられなかったが、ギリギリ見える。

 振り下ろされるハルバードの威力は、文字通り人を一刀両断するだろう、そうならないために刀を振るう。

 振り下ろされた斧と刀は真っ向からぶつかり合い、大きな金属音と衝撃が観客を襲った。

 

 鄒俊の間拮抗か続くが、軍配が上がったのはカレンの方だった。

 勿論、斧と刀では力の出方が違う、だがそれよりももっと大きな問題があった。

 

 ぶつかり合った瞬間にハルバードから刀、刀から掌へと流れた電気がシン達を襲ったのだ。

 震える視界でカレンを見れば、彼女からビリビリと帯電する電流が迸っており、計画通りと言わんばかりににやりと口を裂かしていた。

 

 焼けるような痛みを抑え込み、ハルバードを刀でいなす。

 続け様に腹に一閃ーーー出来なかった。

 

 紫電がカレンから爆発したかのように発射され、マトモに受けたシンの体は吹き飛ばされてしまったからだ。

 更に、人体の許容量を超えた電気は体に重度の痺れを齎していた。

 

 刀も持つ腕がビリビリと震え、目の前には無傷で、しかも紫電を纏わせているカレン。

 瞬く間に劣勢。

 シンは生身では無理と判断し、試合早々に躊躇いなくヴェノムを纏った。

 

まだまだこっからだぞ…てめぇ…!

「フン…やって見ろ」

 

 まだ試合は始まったばかりだ。

 




スペシャルゲスト、野獣先輩。
こんなに短いのはネルギガンテみたいな名前をしたゲームや東方異形郷が面白すぎるから、だから私は悪くない。

み、皆さんすみませんなのぜ!奴隷には後でみっちりと調教も施しておくから許してくださいななぜ!
あ、あとPOOTOさん、何者かの人、☆10、☆8評価ありがとうなのぜ!
☆8の人については、なんか調べても名前が出て来ないから判明したら書いておくのぜ。


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第十九話 軍来祭 エレクトリックガール

ゆっくりしてね!
東方異形郷面白いよ!ゾンビパニ…先がわからない展開でドキドキするよ!
だから皆も、見ようなのぜ!


 ヴェノムを纏うのはアース戦以来だが、早々にここまで追い詰められてしまっては仕方が無い。

 体に宿る万能感と高揚が胸から溢れ、声高らかに叫んだ。

 

オオオオォォォォォォオオオ!!!!

「…いいぞッ、そう来なくてはッ!」

 

 カレンは一息でシン達との距離を詰め、紫電の迸るハルバードを振るった。

 空気を裂くような斧であり、首を狙っている。

 避けることはせず、衝撃もろともハルバードの刃を受け止め、驚いた表情をした彼女の顔を殴り付けてやった。

 

 嫌な音が響き渡り、すぐさまハルバードを地面に突き立てて衝撃を逃す幼女を横目に、シンは指先の状態を確認した。

 全く問題ない、多少痺れているが紫電程度では気にはならない。

 

「おぉっとッ!?膂力はシンが完全に上かッ!?」

 

 司会者が言い、勝利の糸口が見え、シン達の顔が凶悪に綻ぶ。

 

「馬鹿にしやがって…私の電気()はこんなもんじゃねぇぞ」

 

 シンの顔の歪みを嘲笑と勘違いしたのか、カレンは瞳孔を開けながらハルバードを地に下ろし、掌をシン達に向けた。

 まるで何かを発射するかのように。

 シンは嫌な予感という名の身震いがし、咄嗟に真横に飛び出した。

 

「ロウ・レビニングッ!!」

ごッ!?

 

 言霊に込められた力は小さな雷。

 蒼き雷電は観客からは捉えられないほど小さく、されど雷電のスピードでシン達の胸を穿った。

 先の紫電とは比べ物にならない電力が体を駆け巡り、体がビクンと硬直した。

 

 その隙を見逃す彼女では無い、ハルバードにバチバチと音が聞こえる程電気を流し込み、あわや周りに放電しようと言うところでハルバードを思い切り振るい、刃と化した雷を打ち出した。

 バチバチと音を立てながら放出された雷の刃は観客の目に捉えられる程の速度だったが、硬直したシンには避けられず、胴体を通り抜けるようにして貫かれた。

 

 ハタから見てば胴を一刀両断されたように見えただろう、あちこちから悲鳴が上がる。

 

 シンは内臓と肉をシェイクされたかのような激痛に身を引き攣らせ、膝を突かぬように踏ん張りながらカレンを睨んだ。

 隙を与えないため、痛みが引かない内に突撃し、拳を振るう。

 

 的確に急所を狙った連撃が繰り広げられるが、カレンはその身の小ささを生かし、ひょいひょいと避けていった。

 殴打、脚撃、刺突、薙ぎ払い、その全てが悉く外れ、回避される中で煽りを受けられる程に舐められた。

 

 ブチリ、堪忍袋の緒が頭の中で音を立てて切れ、強引に放つ脳天を狙った踵落としは紙一重で避けられ、フィールドを粉々に叩き割った。

 フィールド(足場)が崩れたことでカレンはグラリと体制を崩し、放たれた黒腕がアッパーのように彼女の腹を襲った。

 観客が興奮したかの様に息を荒げる。

 

ハァッッ!!

「ごはぁッ!」

 

 高々と打ち上げられたカレンは放物線を描いて墜落ーーーしない。

 

 打ち上げられた体勢のまま彼女は静止し、体から雷電を溢れ出させた。

 ゆっくりと体制を直し、見せびらかすように手を広げた。

 

「どうだ!この力ッ!羨ましいだろうッ!そうだろうッ!?」

ケッ…浮遊か、厄介な

< 跳んで当てればいいさ >

「カレンの体が宙に浮いているッ!?これは電磁力という物だろうかッ!?」

 

 司会者の言う通り電磁力の類いだろうか、絶えず体から紫電を放つカレンは更にハルバードを手放した。

 手放されたハルバードはまるで意志を持つかのようにフヨフヨと浮かんでいる。

 カレンとハルバードとの間にパスのように紫電が繋がっている、恐らくあれも電磁力なのだろう、便利な物だ、電気とは。

 会場はカレンに釘付けであり、本人は視線が心地よいと言ったばかりに口をにやけさせる。

 

「どうだ?誰もお前に注目しない!皆が私を見てくれているッ!見てくれているか母上ッ!私はこんなに視線を集めれているぞッ!!」

…そうか、お前、頭大丈夫か?

「なんだと…ッ!?貴様…ッ!?」

 

 虚空に視線をやっていたカレンはギロリと目を向けた。

 その顔には多くの苛立ちが表されており、まるでスイーツの時間を邪魔された子供のようだった。

 

今は俺との勝負の時間だ、他人の視線より俺に集中しろ

「…貴様ァッ…!!」

 

 少女は母親を夢想した。

 

 頭を撫でてくれたお母さん。

 一緒に寝てくれたお母さん。

 妹を大量の汗と苦悶に塗れた表情の中生んだ母さん。

 妹に構う母さん。

 私を興味なさげに見る母さん。

 呼び込めても答えなかった母上。

 私に愛を注いでくれない母上。

 母上、母上、母上ーーー私を、見て。

 

「母上はッ!私の母上は!きっと見てくれるッ!貴様ら雑魚なんか要らないんだよッ!!」

マザコンかよ…いいぜ、そんなに視線に飢えてるなら、今だけは俺が、お前だけを見て…やる、よォッ!!

 

 シンはヒビ割れた地面を踏み砕き、一瞬でカレンの目の前まで跳ぶ。

 あまりにも唐突な攻撃だったからか、カレンの目は見開かれ、瞳には拳を振るったシンの姿が丸々と映った。

 

「…ッ!!」

あがぁッ!?!

 

 ハッと正気を取り戻したカレンの雷撃でシンは再び地面に強制送還されたが、彼女はひどく動揺したように叫んだ。

 

「貴様が母上の代わりにでもなると思ったかッ!?薄汚い化け物がッ!そんなに私を見たいならば、その目を焼き切ってやるわッ!!」

やれるモンなら…やって見ろ…ッ!!

 

 カレンは焦った顔で両手をシン達に向け、更に目標補足といったようにハルバードの切っ先を向けた。

 ハルバードが恐ろしい速度で打ち出され、カレンが叫ぶ。

 

ハイ・トルメンタ(雷撃雨・高圧)ッ!!」

 

 何十のも雷の柱が絶えず打ち出され、ハルバードが回転しながら風を切って牙を剥く。

 それはまさに雷の雨であり、逃げ場も少なく感じる。

 

 シン達は走り回ることで雷の柱を避け、ハルバードをはたき落とすように迎撃した。

 打ち出された雷の柱は地面に突き刺さると共に霧散し、大地に溶け込んでいく。

 

 耐えず追ってきたハルバードは、次第に動きが雑になり、遂にはブンブンと振り回されるだけの鈍器となった。

 ハイ・トルメンタとやらの制御で一杯一杯なのだろう。

 

 焦りが冷や汗となってカレンの顔から零れ落ちる。

 これを好機と見たシンは、振り回されるハルバードと柄を掴み、砲弾投の要領でカレンに投げ返してやった.

 質量を持ったハルバードを電磁力で受け止めるには無理があるらしく、雷の柱を全力で打つことで相殺していた。

 

 シン達は空へ跳び出し、腕をハンマーに変化させ、振りかぶる。

 ハルバードと処理で手一杯のカレンは絶望したかの様な表情でこちらを見て、せめてもと言わんばかりに細い片腕を防御に出した。

 

 勿論受け止めることなど出来ず、骨の粉砕音と共に地面に叩き落とされた。

 ハルバードが回転しながらこちらに向かって来るが、勢いも落ちたその武器を手に取ることは簡単で、着地時の衝撃で斧部分を粉砕して無惨に投げ捨てた。

 

さぁ、どうする?降参か?戦うか?」

「まだ…私は…やれる…人々が、母上が私を…ッ」

まだそんなモンに縋ってんのか?少なくとも俺達がお前に釘付けだってのに…

 

 ぐにゃぐにゃな右腕を押さえ、フラフラと立ち上がっていったカレンに、シンはそう答えた。

 すると、彼女は俯いた顔のままシンに尋ねた。

 

「貴様は…私を見ているのか…?」

じゃなきゃ負けてるな

「〜〜〜ッ!!」

 

 真っ直ぐにカレンを見て言う。

 よく見れば彼女はガタガタと震えているようだ。

 奇しくもそれは感動に打ち震えているのでは無く、怒りに身を悶えさせているようだ。

 

「ふざけるなァッ!!私を真っ直ぐ見てくれる奴なんていないッ!!居なかったんだッ!!」

 

 涙を流してカレンは腕を振るい、雷撃を行った。

 しかし、その雷撃は紫電でも、蒼くも、黄色くも無い…漆黒だった。

 

「霊力全開ッ!!フォールンサンダーッ!!!」

 

 轟音を立てながら蛇行して迫る黒雷は、まさに疾風迅雷であり、反応する前に胸を穿たれた。

 観客は何が起こったのかすら分からず、いきなり胸に傷を負ったシンにポカンとしている。

 

ごぶっ!?

 

 普通の電気と違って、穿たれた部分は焼け爛れ、断続的な痛みに襲われていた。

 更に電熱…熱である。

 胸が再生されず、黒き鎧が剥がれて皮膚が露わになっている。

 

「なんだ今のはッ!?一瞬過ぎて捉えられなかったぞッ!?」

(治せるか!?)

< 無理だっ!熱がある内は触ることすら出来ねぇ! >

 

 思案している間にも黒雷は放たれ、なんとか勘で避けることが出来た。

 肩で息をしながら、カレンは言う。

 

「霊力を纏った黒雷…当たれば三十分は激痛だ…!」

ああそうかいッ!

 

 簡単に情報を教えてくれる、それ程この技に自信を持っているのだろう。

 更に攻撃の間隔を狭め、まるで黒い雨のようにシン達に降り注いだ。

 

 シンは円を描くように走って避け、避けれない黒雷は地面の瓦礫を投げ付けるようにして防御した。

 それでも威力が凄まじく、瓦礫から漏れ出た黒雷によってヴェノムに覆われた体の隅々が露わになっていった。

 近づかば近づく程黒雷の威力は増し、回避も防御も難しくなる。

 

(近づけない…どうするヴェノムッ!?)

<……飛び道具だ!地面の瓦礫を使えッ!! >

(成程なッ!)

 

 苛烈さを増す弾幕を抜け、隙を見て体一つ分のぐらいの、岩とも呼べる瓦礫を投げ付ける。

 何十キロもあるだろうと言うのに、豪速球のような速度で飛来する弾丸は黒雷を受けて粉々に破砕された。

 それだけでは飽き足らず、口を開けた竜の竜のような黒雷に大きく濁った白目を穿たれ、脳へ直接ダメージを与えられたと同時に顔半分がヴェノムから引き剥がされる。

 

「ぐぁあッッ!?!」

<ぐぅぅうッ!? >

 

 シンは顔半分を抑えて絶叫し、ヴェノムは体を猫の毛が逆立つかのように体を震わせている。

 更に立ち止まってしまったことで、無数の黒雷に貫かれ、手足にそれぞれ一発、胴体に二発、計六発喰らってしまった。

 

 体が熱く、視界がチカチカと点滅する。

 体は思ったように動かず、絶えずビクビクと震え、膝を着いた。

 ヴェノムは既に体から剥がれ、内に入ってしまった。

 

 顔を無理矢理上げると、粉砕された腕をダランと下ろし、脂汗を垂らしたカレンの姿があった。

 能力の使い過ぎ(オーバーヒート)だろうか。

 

「ぜぇ…ぜぇ…どうだ?動けねぇだろ…最後にありったけをくれてやる…ッ!!」

 

 カレンはおもむろに片腕(銃口)をシンに向け、力を溜め始めた。

 

 不味い、不味すぎる、ヴェノムも無い、マトモに避けれない、死ぬ。

 本当に死ぬ。

 

 思案している間にもカレンの掌には黒い光が光が溢れ、バチバチと放電し始め、カレンのあどけない顔を黒く照らした。

 

(不味いッ!不味い不味い不味いぃッ!!)

< シンッ!来るぞッ!! >

 

 露わとなった半分の顔を焦りで歪ませ、痺れて動かない膝に鞭を打つ。

 それで動くはずも無く、遂にカレンの()()技は放たれた。

 

デウス・ドンナーシュラーク(神の零した雷)ッ!!」

 

 瞬間、爆音と共に会場は黒き光で満たされた。

 誰もが黒い光に飲み込まれ、辺りを視認出来なくなる。

 

 しかし、雷のバチバチとした轟音と衝撃が、その攻撃の苛烈さを物語っていた。

 

 カレンによって放たれたのは雷のエネルギー砲。

 しかし、霊力という不純物が混ざり、より強く、更に色が黒へと逆転したものだが。

 シンはその破壊のエネルギーに包まれ、形容し難い痛みに襲われていた。

 

「お" お お"おぉ お"お"ッ!!!!」

 

 くぐもった絶叫を黒い光の中で上げるシンは、ただその足を前に進めていた。

 適応の力で痺れに適応し、焼ける様な痛みと全身を駆け巡る痛みの両方に耐えながら、一歩、また一歩と足を進める。

 

「くっ はっ は ははぁ あ"あ" あ"ああ"ッッ!」

 

 暴力的なエネルギーの中でシンはただひたすらに笑う。

 大口を開けて、面白くて堪らないと言うように。

 

「これ" こそ がぁ"ッ!!俺" の 求"め る" ッ!!命を" 賭 けた" 勝"負" だぁッ!!」

 

 笑い声は雷の怒号に掻き消され、内臓が焼き切れているのか口からゴポリと血が噴き出る。

 次第に火傷と雷の苦しみも気にならなくなり、遂にカレンの目の前まで漕ぎ着けた。

 恐らく姿は見えていないだろうが。

 

 雷のエネルギー砲を突き破るかの様に腕を突き出し、カレンの細い腕を掴む。

 向こうから見れば、必殺の一撃の中から敵の腕が這い出て、自身の腕を掴まれる、恐らく驚きと絶望が溢れ出るだろう。

 

 次第に黒き光の束は細くなり、やがて消えて無くなった。

 どうやら電池切れ、といったところか。

 

「畜生…ッ!畜生ぉぉおお…ッ!」

 

 力も抜けたのか、ヘタリと座り込み、殺意を持った視線でこちらを睨みつけてきた。

 電気によって震えることも無くなった指をカレンの額に近付けて、シンは言う。

 

「…ハァ…やっと俺を見たか?この承認欲求野郎」

 

 そう吐き捨てて思い切りデコピンした。

 人外の力から繰り出されたデコピンは容易にカレンの意識を奪い、カレンはドサリと仰向けに倒れた。

 

「決まったぁぁッ!苛烈に続いたこの試合ッ!遂に決着ッ!!勝者ッ!!シン〜〜〜〜ッッ!!!!」

 

 歓声が爆発し、疲れ果てたシンの体に次は爆音波が耳を襲う。

 シンはテレビからこの試合を見ている依姫に地獄の業火の如き闘志を燃やし、歓声を背に会場を去った。




ご拝読、ありがとうなのぜ!
神無月真治さん、隼型一等水雷艇 隼さん、☆9×2評価ありがとうなのぜ!


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第二十話 軍来祭 医務室にて

ゆっくりしていってね!


 体は依然電熱による煙を発しており、ヴェノムによって治癒も出来ず、重い体を引き摺って永琳のいる医務室へ向かった。

 

 特に右目、ブスブスと煙を立てている。

 手を当ててみるとドロリとした皮膚の感触と熱さを感じ、反射的に手を離した。

 

<まるでゾンビだな>

「じゃあアイツはちっちゃなバーキン博士だな」

 

 シン達は軽口を言い合いながら医務室へ歩いた。

 

◆◆

 

 カラカラとした振動と、掛けられた布、その感触で私は朧ながらに目が覚めた。

 うっすらとした視界で目まぐるしく過ぎ去って行く白い壁と私を運ぶ人達をぼーっと見つめて、何故こうなっているか考えた。

 

 …そうだ…あの野郎に負けた。

 私は…母上に醜態を見せてしまった。

 

 粉砕された右腕がジクジクと痛む。

 後悔、嫉妬、憤怒、鬱屈、悲哀…辞書で言い表せない複雑な感情が身を包む。

 

 と、そこで突然電子扉の独特な機械音が耳に入った。

 視界も殺風景な白い壁から、清潔感の漂うベット、簡易的な医療道具に変わった。

 動かない体を必死に動かし、周りを見渡そうとすると、透き通った声が私を静止した。

 

「ダメよ、動いたら…貴方は一応重症なんだから」

「ッ!?」

 

 声に驚き、硬直していたところを私はベットに移されていた。

 沈む様な感覚で眠気に襲われるが、声の主を探すために首を動かした。

 

 その人物は簡単に見つかり、赤と青のツートンカラーの奇妙な服を着ている医者っぽい人が私の寝かされたベットの横に座っていた。

 その顔は優しげでいつかに聞いたナイチンゲールとやらを連想させ、そして誰もが知っている程の著名人だった。

 

「八意…永琳、様!?」

「あら、知ってるのね、別に"様"はいらないわよ?」

 

 ニコリと笑ってその人は私の粉砕された右腕を触った、いや、この場合は触診と言うべきか。

 とにかく骨がぐちゃぐちゃな腕を触られるのは吝かで、触られると同時に激痛を私の脳は発信した。

 

「うぅ…ッ!?」

「まぁ落ち着きない…そうね、麻酔だけ掛けとくわね、あと耳栓も付けておくわ」

 

 永琳…さん、はおもむろに私の腕に注射を刺した。

 次第に腕の激痛が治まっていき、安堵の溜息をついた。

 永琳さんはその間も私に耳栓をつけたり、肩の部分に布を下ろしたり、メスやらピンセットやらを持ち出したりしていた。

 

 肩に下ろされた布で腕の状況が見えず、耳栓でどうなっているかも分からなかった。

 手術なのか?そう思っているとふと、ポロリと片方の耳栓が取れた。

 

 グチャ、ミチ、ペチャ。

 

 肉を引き裂く様な音が腕から聞こえて、私は永琳さんに何をされているのか少し恐怖に思った。

 自由な左腕で耳栓を付け直して、ジッと目を閉じて手術?が終わるのを待った。

 

 案外、手術は一分ぐらいで終わって、永琳さんから。

 

「もう目を開けても大丈夫よ」

 

 と、耳栓を外しながら私に言った。

 恐る恐る右腕を見ると、何の変哲もない元通りな細い腕がそこにあった。

 

「右腕なら治したからね、でもあんまり動かないでね、また()()()()()()()から」

「ひぇっ!?」

 

 永琳さんの言う言葉からは何と言うか…凄みがあって、私に有無を言わさず安静を言い渡した。

 どうやって、そう聞く前に扉の開く機械音と共に誰かがここに入って来た。

 

「永琳…火傷治しの薬をくれ…」

「あら、シンじゃない?ちょっと待って」

 

 身体中から煙を出し、いかにもボロボロな彼はくたびれた様に言っていた。

 アイツは…!あの糞野郎ッ!!?

 何でここに?疑問が頭に溢れて、思わず私は起き上がって言った。

 

「何で貴様がここにッ!?」

「あぁ?怪我したからに決まってんだろ?他ならぬお前の手でな」

 

 巫山戯るな、私に恥をかかせた手前でよくもノコノコと…

 そう言葉を大にして言いたかったが、永琳さんに優しく諌められた。

 

「ダメ、安静にして…貴方体がヒビだらけなんだから…シンはこれでも塗っておきなさい」

 

 永琳さんが放り投げた薬品ー火傷治しだろうーをアイツは軽々とキャッチし、焼け爛れている顔や体に塗っていた。

 苦悶の表情をしながら、ジュウジュウと音を立てる箇所を押さえ、煙が立たなくなったら直ぐに黒い何かを纏わり付かせて体を治していた。

 

「何なんだ…!貴様は…ッ!?」

「…俺はシン、そしてヴェノムだ…お前も知っていることだろう?」

「違うッッ!!」

 

 私は永琳さんの目を憚らずに叫んだ。

 そうでもしないと泣いてしまいそうだった。

 

「何で貴様がッ!何で…!何で勝って…ッ!私が…負けて…ッ!」

「…何で、か…それは背負っているものが違うからだ」

 

 彼は私を釈然とした目で見下ろして言う。

 背負っているもの?皆の視線を集めて、注目されて、私は母上の目を向けさせるように、私は努力して…

 

「私はッ!母上の為に頑張って来たッ!母上はッ私を…」

「じゃあ聞くが…お前はその母に何か言って貰ったのか?褒めて貰ったことはあるのか?」

 

 私にある記憶が甦った。

 

 十…の頃だ。

 私は能力が発現して、腕からパチパチと電気が出たのを母上に報せようと駆けつけていた。

 それはもう嬉しくて、顔から笑みが溢れるのを押さえて母上を探していた。

 母上は、豪華に飾り付けされた妹の部屋に居た。

 私はまだ歩けない妹を可愛がる母上の背中を叩いて、呼ぶ。

 

 久しぶりに話した恥ずかしさどんな顔するかの期待で、顔は見えなかったけど、私の話を聞いてきっと笑ってくれていた筈だ。

 私の話を聞いた母上は、そう、と返事を返して、また妹をあやし始めた。

 きっと………笑ってくれた…筈…だ。

 

 そんな考えを振り払って、逆にアイツに聞いた。

 

「貴様は…!あるのかよ…ッ!?」

「ある…それは他でもない…俺の…俺達のためだ…ッ!勝ちたいから努力する、諦めない、負けたくないから足掻く、必死になる…逆に誰かの為に頑張るお前のような奴には、その誰かに助けて貰うことが必要だ、この意味は分かるな?」

「私は…私は…ッ!そんなのッ!…分からないッ!」

 

 分からない筈がない、私は母上に…ッ!

 言葉は気持ちと裏腹に叫んでしまう。

 

「だってッ!分からないんだッ!母上は私がどれだけ頑張ってもッ!応えてくれることなんて無かったッ!私はどうしたらいいんだッ!?私に出来ることはッ!?何なんだッ!?」

 

 胸の内を全て吐き出した私の目は熱くなり、押さえれば大粒の涙が溢れているようだった。

 私の心の内でこんなことを思っていたのか。

 自分でもよく分からない位、言葉が溢れ、胸の内が痛んだ。

 涙を見られないように俯く。

 綺麗な布団に涙の染みができていく。

 

「…それはお前が探せ、アドバイスをするなら…そうだな、人生の目標でも作ったどうだ?」

ひぐっ、そんなのっ、うぐっ…」

 

 心の声を出し切ったからか、私は嗚咽と涙を抑え切れなかった。

 目標なんて、母上だけしか見て来れなかった私が作れない…

 ふと、試合の最後だけは母上も、何のしがらみ無く、()()()を見ることが出来たことを思い出した。

 

 彼を目標にすれば良いのだろうか…?

 そんな思考をブンブンと頭を振り回して霧散させた。

 でも、殺意の意だとしても彼だけを意識したのは初めてで…

 

 そんな邪心を振り払うように彼に言う。

 

「おい、ひぐっ…ふざけるなよ… ひぐっ、貴様…」

「あら、彼なら居ないわよ?もう言っちゃったし」

 

 彼の代わりに永琳さんが応えた。

 私は俯いた顔を上げ、彼を探す…しかし、空いた電子扉が閉まってしまったこと以外に見つけたことは無く、思わず口を開けて固まってしまった。

 

「…は?」

「あら、私が代わりに聞いてあげましょうか?」

「…要らないッ!」

 

 ここまで話したのに一瞬で消えてしまった彼にまた殺意を覚え、同時に永琳さんに全て聞かれていたと思うと体が燃えるように恥ずかしく思ってしまい、布団に蹲ってふて寝入りをかました。

 

 永琳さんの笑い声を聞きながら、疲労が溜まったのか、それとも泣き疲れたのか、私はいつの間にか眠ってしまった…

 

◆◆

 

 シンはあまりカレンのことについて関わらないつもりだったが、彼女の顔を見ていると口出しせずには居られなかった。

 彼女の物言いから察するに、母親に固執し、呪いのように彼女を縛っていると感じた。

 

 シンは精神科医では無いが、応急処置として目標と言う名の精神安定剤を施し、大元である母親についても考えておかなければならないと思った。

 

<随分と優しくなったなぁ?>

「…気まぐれだ」

 

 そう言って場を誤魔化し、シンは依姫と…誰だったか、思い出せないが二人の試合を見る為に白い通路を抜け、控室へ向かった。

 途中で売店を通り過ぎた時、ヴェノムがチョコを要求し、財布の合計金額が半分になってしまったが。

 

 控室に辿り着き、もう終わっているだろうかと一抹の不安を抱きながら、テレビのモニターの電源を入れる。

 

『…姫優勢ッ!しかし浩二ッ!力を貯めているが依姫は動かないッ!受け止める気かッ!?』

『迫真流 邪剣・夜 逝魔焼音』

『ハァッッ!!』

 

 丁度クライマックスのようで、目にも止まらぬ速度で放たれた技を、真っ向から打ち合う依姫はそのまま競り勝ち、茶色に焼けた男は鳩尾に一発、奇声を上げて倒れた。

 

 突如に湧き上がる大歓声。

 司会者も興奮したかのように捲し立てる。

 

『綿月依姫vs田所浩二ッ!激闘を制した勝者は依姫ッ!!遂にッ!決勝だぁぁあああッ!!』

 

 夜に観客の雄叫びが響く。

 映像では月読命でさえも、右頬の口角を上げており、期待に満ちた表情をしていた。

 会場が今日一番の盛り上がりを見せ、熱狂の中司会者が叫ぶ。

 

『三十分の休憩を挟むッ!その間、フィールドにて待つも良しッ!控室で瞑想するも良しッ!兎に角二人は静かにその時を待てッ!!』

 

 シンはその言葉を聞き、静かに控室を出た。

 腰に刺さっている刀の感触を確かめながら、誰に向けたのでも無く独り言ちる。

 

「これで最後の勝負だ…行くぞヴェノム」

<…おう、We'll do our best(本気で叩き潰す)ってとこだ>

 

 最後の決闘が幕を開ける。

 

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
バーキン博士とはバイオハザードのボスなのぜ!
そして永琳がした手術とは、カレンの肉を裂いて、バラバラな骨を元の位置を戻すと言う作業だぜ。
それを一分で、傷跡も無く完了させた永琳…やばいのぜ。
最後にれみにゃんさん、プリズ魔Xさん、おつらはさん、☆10×2、☆9評価、そして誤字報告、ありがとうなのぜ!


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第二十一話 軍来祭 最後の激突

ゆっくりしていってね!


 ゆっくりと会場まで歩くシン達はただ昔を思い返していた。

 瞼の裏に敗北の日々が浮かぶ。

 

 最初の因縁、二度目の敗北、霊力の差、全力のぶつかり合い。

 彼女との試合では、ついぞ勝つことは無かった。

 

 依姫に勝てる要素があるとすれば、執念と根性。

 地獄の外周マラソンでもそれのお陰で勝利することが出来た。

 ならば今回をすることは変わらない。

 

 足掻いて、食らい付いて、抵抗して…依姫を超える。

 

 自然と口角が上がり、勝利への渇望とは別の期待も浮かび上がった。

 泥沼の戦闘を、血濡れた闘争を、限界を超えた勝負を、命までも賭けた究極の賭博を。

 

 心臓が待ちきれないとばかりに拍動し、体が期待をして汗ばんでいく。

 

 

 気付けば会場が目の前だった。

 シンの心持ちとは裏腹に、場は張り詰めた凪のように緊張し、石一つ投げ入れるだけで崩れるだろう。

 依姫はフィールドで背を向けて仁王立ちしており、シンにとって、それはまるで途方も無い程大きい壁に見えた。

 無論、乗り越える為の壁だが。

 

 恐らく既に休憩時間の三十分は経っているだろう、意を決してフィールドに踏み入る。

 誰かの息を飲む音が鮮明に聞こえ、整備された石の地面を踏む音だけが響く。

 

 依姫の背景となる満月は天の真ん中へ差し掛かっており、彩るように星が爛々と光っていた。

 

「……来ましたね」

「…おう…宿敵(依姫)、来たぞ」

 

 緩やかに振り返った依姫の顔は、凛としており、覚悟が決まった顔をしていた。

 振り向きながら、奇しくも同じ武器である刀を抜刀する姿は美しく、様になっていた。

 シンは程良い距離を保って、依姫を見据える。

 

 そこで痺れを切らした司会者が叫んだ。 

 

「遂に始まる決勝戦ッ!ライバル(最強)ライバル(最狂)の巡り合わせッ!何の因果なのだろうかッ!!シンは依姫を超えるのかッ!?果たして依姫が捩じ伏せるのかッ!?そしてぇッ!軍来祭最強が決まるこの試合ッ!!決して見逃すなッッ!!!それではぁッ!!開幕だぁぁあああああッッッ!!」

 

 場の凪は崩れ、嵐のような感性が爆発した。

 

 だが、歓声は直ぐに止んでしまう。

 二人とも構えたまま全く動かないのだ、試合のコングはなったと言うのに。

 

 次第に騒めく観客達。

 何故動かないんだ?始まっているよな?そんな声が場を満たした。

 二人は隙を探しているが、全く見つからない、故に二人は沈黙を貫いていた。

 

 数分にも及ぶ沈黙、得た物は無く、集中力が次第に欠けていく。

 痺れを切らしたシンが地面を踏み砕いて切り掛かった。

 

 何者も見切ることの出来ない刹那の一撃、脇腹から切り上げるように放たれたその技は命中すること無く、依姫がバックステップをすることで回避された。

 彼女は着地後、一瞬で地を蹴り、カウンターとしての一撃を首に振るった。

 それを刀を首と依姫の刀の間に差し込み、防御する。

 

 ここまでは日々の試合で幾度も繰り広げられた光景であり、いつもの勝負との変わりなさがどこか可笑しく、両者はニヤリと笑った。

 剣戟は激しさが高まり、刀が合わさる程に速度は増し、響かせる重低音もより大きくなっていく。

 音速へ近づく刀同士は、より疾くなり、最早観客や司会者には捉えられないものと化していく。

 

 しかし、ほんの一瞬の間に行われた剣戟は唐突に終わりを告げた。

 

「ハッッ!!!」

「…ッ!?」

 

 シンの短く発せられた声と共に依姫は吹き飛ばされ、剣戟は一時中断となった。

 

「もっとギアを上げるぞッ!!」

「…いいでしょう…ッ!!」

 

 方や咆哮を上げ、体をより黒く、より堅牢な肉体へ変化し、方やオーラのような覇気を噴き出して力を誇示するかのように刀を振るった。

 

いくぞぉぉオオオ"オ"ッッ!!依姫ぇぇええエエ"エ"ッッ!!

 

 目にも止まらぬ速度で地面を踏み砕くシン達。

 対して依姫は距離を保ちながら霊力弾を幾多も放ち、牽制を行う。

 

 だが…

 

効くかッ!!こんなものッ!!

 

 シン達は被弾しながらも、獣のような四足歩行でフィールドを駆け回り、確実に距離を詰める。

 流石の依姫も不味いと思ったのか、霊力弾の発射から真っ向戦闘にスタンスを変えた。

 

 互いに疾走して接近する両者、豪風を伴って放たれた一撃をシンはーーー

 

 マトモに受けることはせず、足で地面を思い切り踏み砕き、衝撃で捲れた石を壁を依姫の目の前に現させた。

 更にその壁を音速を超える程の力で放たれた拳で砕き、石弾…いや、岩雪崩を実現させた。

 

 これには依姫も攻撃を防御に転じ、一瞬で岩雪崩を粉々にした。

 しかし、一瞬でもシン達に時間を与えて仕舞えば、それは敗因となる。

 

 一瞬を利用して行ったのは腕の武器化、それもメイスやアックスなどでは無く、異常に長い鞭であった。

 しかし、それは本来の使い方で利用されず、手頃な大きなの岩に巻き付け、スイングする、まるでモーニングスターのような攻撃だった。

 

 しかし、紐部分である腕の長さがモーニングスターのそれと比較にならず、軽く音速を超えた一撃を岩雪崩を凌いだ依姫にお見舞いした。

 

 轟音と砂煙が舞い、観客の誰もが、やったか!?と言う感情を抱いた。

 

 しかし、砂煙を突き抜けるように依姫が現れ、その勢いでシン達の全身を撫でるように刀を走らせた。

 ボギボギと通常では起こり得ない異音が響く。

 

グォッッ!?

「ふぅッ、今のは、ふぅッ、効きましたよッ…」

 

 見れば依姫の頭が出血しており、先の岩石スイングが余程答えたようだ。

 しかし、その代償は大きく、シンは内臓の重いダメージと、手足の様々な場所が粉砕させた。

 後者は一瞬で治ったが。

 

 反撃の暇を与えない為に依姫の連撃も、シン達から見れば見慣れたもので、三十発程受けた時点で見切り、頭が狙われた一撃を掴んで止めて見せた。

 

 同時に刀をバラバラに握り潰し、依姫の腹にヤクザキック。

 依姫は身体をくの字に曲げて、水切りのようにバウンドしながら壁まで吹き飛ばされた。

 

 轟音を立てて壁に激突する依姫、体が壁にめりこみ、気絶したかのように頭を項垂れさせた。

 ここで司会者が我に返ったかのように言う。

 

「はっ!?余りの激闘に実況も忘れてしまった!依姫吹き飛ばされたッ!しかも反応が無いッ!?これは勝者が決ま…」

 

 言い終わる前に依姫を地点に爆炎が立ち上った。

 かなりの距離だと言うのに余りの熱量と熱気に思わず、怯む。

 

そうこなくてはな…ッ!!こっからが本当の戦いだッッ!!!

 

 爆炎が鎮まり、炭と化した壁を背に()()の依姫が現れた。

 髪を揺らめかせ、そんじょそこらの妖怪よりも強い覇気を伴った依姫は言った。

 

「その通りです…決着を着けましょう…ッ!」

 

 あの激闘から更に火力が上がり、激しさと荒々しさを増した依姫の能力。

 ヴェノムの中のシンは密かに冷や汗をかいた。

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
少ないのは許してくれなのぜ、一日空けて依姫戦全て書こうとしたけど毎日投稿できなくなるから嫌だ、と、奴隷は言ってたのぜ、酷い奴なのぜ!
そして、eruruさん、釜揚げしらすさん、からすそさん、アンパンの山崎さん、ギャラクシーさん、sari★L さん、りんごおぉんさん、☆10×2、☆9×5評価、そして、りんごおぉんさん、誤字報告ありがとうなのぜ!


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第二十二話 軍来祭 最強と最狂

今宵、決着。
ゆっくりしてね!


 空気が震え、小石が怯えるように揺れる。

 圧倒的なまでの暴力的なエネルギーに満ちた依姫。

 

 その一挙一動を見逃さんとシンは依姫を睨み付ける、が。

 

 瞬間、依姫の姿は残像を残して消え果てた。

 突如に身を襲う体の芯まで轟く衝撃。

 

 後頭部、顎、人中、喉仏、胸、鳩尾、金的、両腕、両足。

 体の急所と言う急所を全て穿たれ、視界が真っ白に、真っ黒にと、意識の境界を反復横跳びし、気付けば地面が目の前にあった。

 

 倒れている…ッ!?そう気付き、即座に飛び上がる。

 

 何分眠っていた?何秒意識を失っていた?

 

 鉛のように重くなった体の隅々から冷や汗が飛び出し、久しく忘れていた危機感が顔を覗かせる。

 はっと、勝負が始まってから依姫の能力を過小評価していたことを今になって気付き、今までに無い程の注意が思考を占拠した。

 

「今の攻撃でも、一瞬で立ち上がりますか…」

全く効いてねぇよッ!!

 

 勿論ハッタリである。

 今でも体の芯が震え、視界がチカチカと光っている。

 

 今の言葉を聞いた依姫は、今日二度目の神降ろしを実行した。

 

「祇園様の力ッ!」

 

 刀を地面に突き刺して能力を発動した依姫。

 シンの足元から歯の潰された刀の檻が飛び出し、牢獄のようにシンを閉じ込めた。

 

 ひと昔に全力で戦った時には木刀の檻を粉砕し、代償として木刀の津波がシンに押し寄せていた。

 つまりここで取るべき行動はジッと固まることである。

 依姫は刀を地面に突き刺している為動けず、シン達も動かない。

 

 場は膠着状態となった。

 

 しかしその均衡も儚く崩れ落ちる。

 

 依姫がおもむろに刀から手を離し、掌をシン達に向ける。

 

 観客のほぼ全て、そしてシンはその行動に疑問を抱くが、その疑問もすぐに解消されることになる。

 

「祇園様の…暴風ッ!!」

 

 竜巻のような乱気流を前方…つまりシン達に向けてに放たれた。

 轟々と音を立てて迫る風の渦を喰らったら、 その衝撃で吹き飛ぶか体をズタズタにされるだろう。

 

 大方、刀の檻を破壊させて罠を作動させる気なのだろう。

 しかし、その対抗策も存在せず、仕方なくシン達は檻を破砕し、真上に跳び出した。

 

 風の渦はシン達がいた場所を通り抜け、刀の檻をついでにバラバラに砕いてフィールドの壁に衝突した。

 壁を引き裂く音が響く、しかしシン達にそれを確認する余裕は無く、この後の処理について焦りながら考えている。

 

 無常にもゴポゴポと泡のように地面から姿を現す刀の群れ。

 シン達が地面に着地する頃には、膨大な魚群となってシン達を飲み込んだ。

 

 刀の群れははシン達を飲み込みながら、鱗へ、牙へ、腕へと姿を変えていき、刀の放出が終わった頃には東洋の巨大な龍と化していく。

 満月をバックに刀で造られた龍が廻り、地上へゆっくりと、荘厳に降りて行った。

 

 用済みと言わんばかりにペッと刀龍の口から吐き出されるシン達。

 ピクピク震えるその体はあちこちが曲がっており、いかにも痛々しい。

 それでも一瞬で治るのはヴェノムがいる賜物だろう。

 

 シンは幽鬼のように立ち上がるが、白い瞳の奥で闘志を燃やしている。

 刀龍の大きさは目測で二十メートル程。

 

 眼球の無い顔からは厳格さが滲み出ており、いつの間にか依姫が刀龍の頭の上に立っていた。

 

「どうですかッ!?私の能力はッ!?あれから特訓したんですよ!」

 

 吠える依姫に呼応するかのように刀龍が口腔を開けて咆哮し、シン達に向けて突進した。

 

 突進と言っても、何千もの刀の質量を伴った隕石のようなもの。

 刀同士をガシャガシャと響かせ合いながらシン達は刀龍に轢かれた。

 

 ズドン、まるでダンプカーが衝突したかのような轟音と共にシン達は吹き飛ばされるが、それしきの攻撃だけで倒れる程シンもヤワでは無い。

 

 衝撃を逃してシン達は跳び、過ぎ去っていく刀龍の末尾に掌底を叩き込んだ。

 案外防御力はそこまでなようで、バキバキと崩れる尻尾は空中分解し、刀となって消滅していく。

 

 更にシン達は腕を鞭のようにしならせ、頑強な刀の鱗に引っ掛ける。

 高速で動く刀龍にグンッと体を引っ張られ、腕が千切れそうになるが我慢し、難無く刀龍の背中へ着地した。

 

 尻尾からジワジワと破壊していこうと考えるシンだったが、それも無駄に終わってしまう。

 

 自身を覆う影、背筋をゾクリとしたモノが走り、振り返ればーーー

 

 大口を開ける刀龍と、してやったり顔の依姫が、そこにいた。

 シンは円を描くように刀龍が飛行したのだろうと考えたが、次の瞬間には刀龍に奴の尻尾ごと食われてしまった。

 

 飲み込まれた先は胃などでは無く、刀が蠢く狭い空間。

 まるで食物を運ぶ柔毛のようにシン達の体を叩き、突き、斬る。

 

 激痛を感じながらも周りの刀を粉砕し、弱点を考える。

 

 しかし、今のシンの力量ではマトモな作戦が思い付かない、あるとするならば、衝撃を全体に行き渡らせて破壊する方法。

 それも余りに非現実的な方法で、出来る訳がーーー

 

…いや、出来る

「…ッ!?本当かッ!?」

 

 狭い空間で迫る刀を凌ぎながら、シンはヴェノムに問う。

 

「簡単だ、コイツの突進と合わせて思い切りハンマーを振るう、簡単だろう?」

「無理だッ!そんな都合のいい状況作れない…何より、今の俺達じゃコイツを破砕することは出来ないッ!」

 

 何十、何百と言う刀を砕いたからか、迫り来る刀は徐々に少なくなっているように感じた。

 

だから今こうして内側から攻めているんだろう?中から砕いていけば外からの粉砕も容易になる筈だ…!

「確かにそうだが…」

奴の攻撃は見たところ突進と今喰らってる飲み込みだけだ!それにお前が迷っていてもこれしか選択肢は無い!さっさと行くぞッ!

「…それもそうだ…なぁッ!!!」

 

 触手のように迫る刀を殴り折って粉砕し、更に刀の蠢く深部へ身を投じた。

 

 一方その頃、依姫からは、一分立っても出てこないシン達にざわめきが起こっていた。

 それは依姫も例外では無く、刀龍の頭の上で考え込んでいる。

 

「この子に飲まれたら適度に痛めつけられて吐き出される筈…なのになんで出てこな…」

 

 誰にも聞き取れない呟きは背後からの轟音によって掻き消される。

 何事かと後ろを見れば刀龍の末端からシン達が飛び出していた。

 刀龍の尻尾を突き破って出てきたシン達はあいも変わらず真っ黒で、少し疲労しているように見えた。

 

 しかし、飛行能力を持たないシン達がそれ以上攻撃を加えることは出来ず、迫り来る鋼鉄の尻尾を避けることは出来ず、ハエ叩きで叩かれた虫のように地面に爆音と共に墜落した。

 

 砂煙が舞い、トドメを刺すためにフィールドごと喰い千切らんと刀龍を飛び出させる依姫。

 依姫の髪は風に揺られ、そして、その顔は勝利を確信していた。

 

 刀龍と共に地面へ突っ込む依姫だが、砂塵から大砲のように飛び出したシン達と目が合った。

 

「もう遅いッ!!」

こっちのセリフだぁぁあああッ!!

 

 それなりに距離があると言うのに頭に響く大音量、その声の主であるシン達の腕はシンの背丈程の大きさのハンマーを携え、二度回転しながら振るった。

 馬鹿め、それだけでは止められない。

 

 口角が自然に上がるが、それも次の瞬間には元に戻ってしまった。

 

 ハンマーと刀龍の鼻先が衝突した瞬間、聞いたこともないような金属音がその場の全ての人物に反芻し、火花を散らしながら刀龍の顔面を破砕した。

 それだけでは収まらず、衝撃が刀龍の体の隅々に行き渡り、ヒビが全身に広がり、音を立てて崩れてしまった。

 

 刀龍を失った依姫は驚愕した顔で落下し、崩れる刀の群れを足場にしたシンにハンマーで全身を叩き付けられ、凄まじい速度で落下していった。

 

 してやったり顔のシンとは裏腹に、依姫は無防備に地面へ激突した。

 遅れて破砕した刀龍の破片が降り注ぎ、水に落ちるように地面へ消えていった。

 

 依姫はグラリと立ち上がり、ふらつきながらも距離を取ってまた神降ろしを行った。

 

火雷神(ほのいかづちのかみ)ッ!!」

 

 途端に室内だと言うのにも関わらず雨が降り、一つの雷鳴が轟いた。

 依姫の真後ろに落ちた雷はその場に残り、次第に一頭の炎の龍を形作った。

 

「さぁ、行きますよッ!!」

 

 一瞬でシンの目の前まで接近した依姫、だがその背の炎の龍は依姫の刀に宿り、有り余る焔を刀身から噴き出させた。

 瞬時にヴェノムを解除して刀で応戦するシン。

 

 圧倒的な熱気で競り合ってもいないのに皮膚が火傷する程の熱さ。

 轟々と燃える刀身はシンの刀とぶつかり合い、ほんの一瞬は渡り合ったものの、熱で服の裾が燃え尽き、一瞬で赤熱化した刀は焼き切れてシンの体を袈裟斬りに焼き切ってしまった。

 

 苦悶の声を漏らすシンに追い討ちをかけるが如く、依姫の逆袈裟が炸裂し、刀身の炎が爆発して上半身が焔に包まれた。

 服は簡単に燃え尽き、体の上半身が赤黒く火傷していく。

 

「がぁあああ"あ"あ"ッッ!?!?」

 

 目が焼かれるのを防ぐ為に目を閉じ、ただただ絶叫を上げる。

 そんなシンに依姫は容赦せず、刀を振るった回転エネルギーを利用した上段蹴りをシンの首に炸裂させた。

 

 シンは吹き飛びーーーいや。

 

 上段蹴りを首で受け止め、衝撃が首を伝って空気中に逃げていった。

 ギラリと開眼された眼は焔越しに依姫の目を射止める。

 

「捕 ま"え" た ぞ ぉオッ!!!」

 

 くぐもった声をあげて依姫の足を掴み、力任せに持ち上げ、地面に叩きつける。

 日々の修行で培った怪力は易々と依姫の体を石に沈ませ、破壊音と苦悶の声と共に何度も叩き付け、壁に投げつけた。

 

 爆音と砂塵が舞う。 

 

 焔は気が付けば鎮火しており、体にミミズが這ったような黒い痕を残していた。

 加えて体の至る所が炭化し、黒く変色している。

 

 依姫は砂塵から飛び出し、雄叫びを上げて、焔を灯した刀を上段に振り下ろした。

 刀から爆炎を噴き出し、シン達を襲う。 

 

「ハァアアアアアアアッッ!!!」

 

 が、しかし。

 シンは避けることもせずに、かと言ってそのまま炎に身を包むことも無かった。

 

 受け止めたのだ、掌で。

 

「もう慣れてんだよォおオオッッッ!!!」

 

 "適応"によって怯むことなくシンは神の業火を内包した刀を握り潰した。

 続け様に覇気が霧散した依姫に強烈なアッパーカットを繰り出す。

 痛快な音を響かせて宙を舞う依姫、追撃とばかりに依姫と同じ高さまで跳び、回転しながら踵落としを炸裂された。

 

 地面をバウンドしながら体勢を立て直す依姫は、更なる神を降ろした。

 

金山彦命(かなやまひこのかみ)ッ!!」

 

 突如に地面から砂鉄のような実体が姿を現し、依姫の手に集まったかと思うと、それは一本の刀を形作った。

 何処までも応用の効く能力、僅かに戦慄したシンは火傷のしていない下半身にヴェノムを纏わせて依姫へ走り出す。

 

 人外の膂力は一瞬で依姫とシン達との差を埋め、飛び蹴りを繰り出した。

 その脚撃が依姫の目の前に迫ったところでーーー

 

 豪炎が依姫から噴き出した。

 

愛宕(あたご)様の火ッ!!」

「ぐぉオオオオオオッッ!?!?」

 

 先の火雷神よりも強大な熱気。

 シンは避けられずに炎の渦に身を投じてしまう。

 

 神の炎と同等の温度、これでも体が灰と化さないのは火雷神によって体が慣れていたからだろうか。

 それでも熱いものは熱い。

 

 意地でフックを突き出すが、神を降ろしている依姫には全く効かなかった。

 それどころか、刀で両膝を破壊され、崩れ落ちたところに腹にめり込むほどの打撃を喰らい、炎の渦を飛び出して吹き飛ばされる。

 

「おグッ、ゲホッ!〜〜〜〜ッッ!!」

 

 内臓が数カ所潰され、血混じりの吐瀉物が胃から逆流した。

 喉から血が溢れ出し、膝を破壊された為立つことも出来ない。

 

「…くくッ、関係、無いなッ!!」

<お前のことだから深くは言えないが…死ぬなよ…!>

 

 立てないからなんだ?無理矢理立てばいい。

 内臓が潰れたからなんだ?全力はまだまだ出せる。

 

 依姫は向けた眼光はより一切強くなり、体の内に更なる力が湧き出るのを感じる。

 激痛を無視して立ち上がり、ブルブル子鹿のように足が震えるが、次第にそれも無くなった。

 

 目の前の炎の渦は収束し、依姫の刀を握る腕に押し込められている。

 刀は赤熱化を超え、白く輝いており、かなり遠くにいると言うのに熱波が体を突き抜けた。

 

 面白い。

 ヴェノムは使えない、使えるのはこの身だけ。

 

 ならばッ!

 

「お前を超えてやるよおぉおおおッ!!依姫ぇぇぇええええッ!!」

「上等ッッ!!!」

 

 飛び出したシンの拳は白く輝く刀とぶつかり合いーーー拳が粉砕された。

 まるで気にならないと言ったシンは粉砕した拳を無理矢理開いて依姫の刀を握り込んだ。

 

 シンの拳がけたたましく叫びを上げ、あっという間に骨まで焼き尽くされる。

 一つ目の拳を犠牲して得た収穫は、二秒。

 

 充分だ。

 全身に火傷を負いながら振り上げられるもう一つの拳は依姫の防御を掻い潜り、鳩尾に重い一撃を与えた。

 

「ぐぶッッ!?」

「まだだぁああアアッッッ!!!」

 

 依姫に反撃を隙を与えずにもう一撃、更に一撃、もっと、もっと、もっとッ!!

 

 片腕だけの連撃はいつしか依姫に受け止められ、炎と共に拳を握り潰された。

 

 まだだッ!!

 腕が無くても足があるッ!!

 

「オォォォオオオオオオオッッッッッ!!!」

 

 間違い無く渾身の一撃の脚撃を依姫の鳩尾に一発入れるが、お返しとばかりに刀が膝に突き刺さる。

 瞬時に片足が中から炭となるが、構わずにもう片方て脚撃を顔に入れた。

 

 しかし、穴の空いた足では軸になり得ず、蹴りを放った瞬間に崩れ落ちてしまった。

 依姫は仰け反った状態で顔が見えないが恐らく勝ちを確信しているだろう。

 

 両腕は使えない、片足に穴が空いてまるで立てない。

 敗北…また敗北するのか?

 

 否ッ!!今度こそ勝つ!勝つッ!!

 生涯の宿敵を今ッ!ここでッ!討つッ!!

 

 執念を通り越した想いで立ち上がり、最早拳とも言えない腕で依姫と渡り合った。

 熱によって炭化した肉の破片がボトボトと落ち、蒸発していく。

 

 まだ戦える、闘えるッ!!

 

 骨まで見える足を振るい、半ば炭と言っていい腕を振るうシン。

 その姿は決して無駄ではなく、確実に依姫の体力を削っていく。

 

「まだッ!!いけるッ!!」

「オォォォオオオオオオオッッッッ!!!」

 

 彼女もまた限界は超えていた。

 それでも諦めないのはまさに意地。

 

 一分、二分、と時が流れるが、両者はずっと打ち合っており、これ以上は命も危ない領域に達していた。

 

「これ以上はどちらかが死ぬッ!!救急班!彼らを止めてく…」

「よせ」

 

 慌てる司会者に月読命が一瞥すらせずに言った。

 その顔は昂揚しており、狂気すらも感じた。

 

「月読命様ッ!?ですがッ!!」

「彼らは命すらも賭けているッ!それを止めるのは無粋だッ!!…それにもうすぐこの均衡も崩れる」

 

 死闘を愉しむ月読命は子供のように、無邪気に笑う。

 月読命の言葉通り、勝負は佳境が終わろうとしていた。

 

「…ッ!?」

「貰ったぁああアアああッッッ!!」

 

 遂に拳すらも無くなった腕は依姫の刀を弾き、天に光の刃が舞った。

 仰反る依姫を穿たんと、最大最高を振り絞って正拳突きを繰り出した。

 

 当たれば必ず意識を奪い取るッ!

 

「終わりだぁあアアアアああッッッッ!!!!」

 

 依姫の瞳孔が小さくなりーーー覚悟を決めたように瞳が光った。

 

天宇受売命(アマノウヅメ)ッ!!」

 

 この瞬間、依姫は一瞬とは言え、二柱の神をその身に降ろすことに成功した。

 仰反った体勢から踊るように拳を回避し、跳び上がる。

 

 しかし、この瞬間には既に軻遇突智(カグヅチ)も天宇受売命も解除され、生身での振り下ろしだったが、止めの一撃としては上出来だ。

 

 シンは無防備な背中を依姫に晒している。

 

 負ける…負けるッ!負けるッッッ!!!

 何か手は無いかッ!?何かッ!?

 

<俺が居るのを忘れていたろ?>

 

 背後で金属音が響いた。

 振り返ると、ヴェノムがこちらに顔を向けて笑い、依姫の攻撃を受け止めていた。

 

「お前って奴は!!」

お互い様だッ!行くぞッ!

 

 依姫はヴェノムに弾かれるが、すぐに体勢を立て直し、全力の一撃を放った。

 ヴェノムは奇跡的に熱の無い右腕に纏わりつき、治療そっちのけで依姫に応戦する。

 

 轟音。

 依姫の想いを乗せた刀は神に届き得る威力であり。

 シンとヴェノムの執念のこもった拳は大地すらを粉砕する一撃だった。

 

 両者はの想い(一撃)は拮抗し、体力的に余力のある依姫が優勢に見えた。

 

 だが…だがッ!

 振るう拳が無くても、踏ん張る足が使えなくても、今日この日の為に俺達はッッ!!!!

 

「オォォォオおおオオオおおおオッッッ!!!!!!」

「ハァァァアアアああああアあああアッッッ!!!!!!」

 

 バキン。

 依姫の、刀が、折れた。

 

「ッッッッ!!!」

「終わりだぁぁぁあああああッッッ!!!!」

 

 放たれた俺達の拳は依姫を穿った。

 会場から音が消え、バキリと肉肉しい音だけが反響する。

 

 依姫は一瞬立ち止まって見せ、闘気の籠った瞳でこちらを見据えーーーグルリと目を反転させて倒れ伏した。

 

 つまり…つまりッッッ!!

 

「…勝っったぁあああああッッッ!!!」

<いよっしゃあぁァァア!!!!>

 

 ヴェノムを纏った右腕を掲げて咆哮する。

 その姿を見た観客は、今まで黙っていたのが嘘のように熱狂し、今日一番の大盛り上がりを示した。

 

 司会者も涙を流しながらシン達を褒め称えた。

 

「…遂にッ!死闘の末にッ!!シンが勝利ぃいいいッッッ!!二人の因縁に決着ッ!多いことは言わないッ!皆ッ!コイツらに拍手をッッ!!」

 

 嵐のように耳をつんざく拍手。

 

 シンはそれを聞き、膝から崩れ落ちた。

 当たり前の話である。

 上半身が重度の火傷、両手首破損、片足に穴、全身骨折。

 

 今まで闘えたのが奇跡だった。

 

 シンは満足感と共に静かに意識を落とした。




ご拝読ありがとうなのぜ。
依姫はシンの全力に応える為、彼女もまた全力で挑んだのぜ。
彼の命が尽きようと、力を抜くことは彼への最大の侮辱。
だからこそ彼女は残酷にシンと戦ったのぜ、深いのぜ。
そして天道詩音さん、☆6評価、ありがとうなのぜ!


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第二十三話 軍来祭 終幕

ゆっくりしていってね!


 砂漠。

 血濡れた色で地平線まで続く砂。

 倒れ伏したシンの意識は嫌に鮮明としており、片足の欠損と手首の破損を脳が訴えていた。

 

<…!>

 

 俺は何をしていたんだろう。

 思考回路が霞みがかったように働かない。

 目線を再び赤砂の地平線へやる。

 

<…ろッ!>

 

 しかし、移ったのは黒い砂と轟々と音を立てる雷雲だった。

 空で発光を続け、やがてこちらに近づいてくるが、体は釘に打ち付けられたかのように地面に張り付いている。

 

<起きろッ!!>

 

 やがて黒雲の中から特大の稲妻が飛び出し、シンをーーー

 

<さっさと起きろォッ!!>

「うぉおおッ!?」

 

 ようやくシンはベットから飛び起きた。

 今のは悪夢だったらしい。

 周りを見渡せば、鄒俊後にそこは医務室であると理解し、汗に濡れた掌をベットのシーツで拭った。 

 

 …掌?

 

「治ってる…?ヴェノムがやったのか?」

<違う、あの女だ>

 

 ヴェノムの指した方向を注目すると、背を向けているが何処か見慣れた姿がそこにあった。

 

「永琳か!」

「…あら?目が覚めたの?」

 

 椅子を回転させて永琳が振り返り、試験管を持ってそう言った。

 あいも変わらず実験をしているようで、シンは礼と共に疑問をぶつけた。

 

「そうか…世話になったな…流石永琳だ、どうやって治した?」

「簡単よ、万能細胞でそれっぽく掌を作ってくっ付けて…後はヴェノムがやってくれたわ」

「…」

 

 思ったよりより呆気なく、あっけらかんとした返事だった。

 それにヴェノムが居なかったら変形した掌が四肢の一部になっていたかと思うと、身震いがする。

 流石ヴェノムだ、永琳とは違う。

 

「…失礼なこと考えているわよね、貴方」

「…逆さ、流石永琳先生ってな」

<治療料はチョコレート一箱だ>

 

 目を細めて言う永琳から女の勘の恐ろしさに戦慄し、小遣いが擦り減っていくことにも戦慄を感じた。

 少しばかり落ち込んだ心情となったシンに、更なるストレスが舞い降りる。

 

 電子音を奏でて開く扉からナイスバディの女性が現れたのだ。

 夜の闇を思わせる漆黒の髪とブルーの混じった瞳、着物を思わせる服のどこか神々しい女性。

 間違い無い、月読命だ。

 

 しかし何故ここへ?

 その疑問を拭えず、言葉にして質問した。

 

「…神サマは俺達に何の用だ?」

「まずは熱き試合を示した(ぬし)に賞賛を述べに来た」

 

 皮肉っぽく言ってやったが月読命は気にも止めず、鉄仮面を貫いてシン達を褒め称えた。

 最高だ、よかった、と無表情で言われても何処か複雑だ。

 

 眉を顰めるシンに気付いたのか、彼女は申し訳ないといった声色で謝罪した。

 

「すまんな、吾は余り表情を表に出すのは慣れておらん…自然に笑えることは笑えるが、作り笑いなど出来んのだ」

 

 どうやらただの人見知りのようだ。

 そして儀式のように淡々と言葉を続ける月読命は数分が経ったのちに賞賛を止め、面倒臭いと言ったように息を吐いた。

 

「…実はは、この賞賛も観客や内部の人々の感想を吾がついでに代理として主に伝えているのだが…いかんせん多すぎる」

「はぁ…?じゃあ神サマは何がしたいんだよ?」

 

 月読命の頬が若干緩み、その言葉を待っていたと言わんばかりに口早に言った。

 

「そう!私は主に私自身の感想を伝えにきたのだ!主の逆転は良かったぞ特に終盤の諦めない意地とも言える執念で依姫へ殴り続けたのは主が人間だとしても感動した昨今にはそこまで勝利に貪欲な奴もいなくてなそれに依姫も良かったあやつもまた主に追いつこうと…」

「待て待てッ!?分かったッ!!それ以上は言わなくてもいい!お前の気持ちは充分伝わった!」

「ぬ?だが後十分程言えるぞ?」

 

 先ほどまでの鉄仮面が嘘のように剥がれ、紅潮しながら語彙を尽くして感想を伝える彼女は、まるで熱烈なファンのようであり、ギャップに軽く引いた。

 背後から永琳の溜息が聞こえる。

 永琳でさえ手を焼く癖なのだろうか。

 

<アレだアレ、喋り出すと止まらないオタクだコイツ>

「ブフッ」

「どうした?吾のフィーリングがそんなに面白かったか!?ならばもっと聞かせてやろう!!」

「ククッ!いや、いい…充分さ…」

 

 しょんぼりと、まさに(´・ω・`)とした顔で月読命はシンを見るが、仕方無いと思ったのか、彼女は最後に一言言って部屋を出て行った。

 

「…ならば、最後に一つ…軍へようこそ!我々は主を歓迎する!!…さらばだ!」

 

 嵐が去って行った。

 しかし直様入れ替わるように別の嵐もやって来た。

 

「シンさん!大丈夫ですかッ!?」

 

 依姫だ。

 血相を変えて医務室に飛び込んできたあたり、相当心配していたのだろう。

 その目にはうっすらと涙が張っている。

 

「心配するな…もう治った」

「でも…ッ」

「治ったっつってんだろ…お前は全力で相手したんだろう?それで充分だ、俺は全力のお前に勝つことが目標だったからな」

 

 俯く依姫に拙いながらも慰めの言葉を掛ける。

 すると多少申し訳なさそうな顔をするものの、おずおずと聞いていた。

 

「…本当に、いいん…ですか…?」

「勿論」

 

 安心したように目を閉じ、いきなり倒れ込むようにシンの胸に頭を預けた。

 本当にいきなりのことで、シンの心臓が飛び出るように驚き、何をすると聞こうとするが、依姫の一言で遮られる。

 

「少し…このままで居させてください…」

「…はぁ、分かったよ…」

 

 まるで永琳がいるのを無視しているかのような振る舞いだ、いや、そもそも気付いていないのだろう。

 永琳の視線が背中に突き刺さる。

 一方胸の中の依姫は安堵からか、涙を流しているのか震えており、首だけ永琳に向けて助けを要求する。

 

 しかし、永琳が手を差し伸べること無く、ニマニマとした表情で頭を撫でるジェスチャーをシンに示した。

 シンに青筋が浮かぶが、治療した恩と言う呪いがシンの口を噤ませ、不機嫌で不器用ながらも言われた通りに依姫の頭を撫でてやった。

 

 戦闘後というのにも関わらず、髪質はサラサラとしており、撫でるこちら側の方が掌に幸せを感じる手触りだ。

 

<ヒューヒュー!お熱いことだ!>

 

 脳内からは囃し立てる声が響き、背後からは生暖かい視線、胸では心地良く息を立てるライバル。

 

 なんだこの地獄。

 

 シンの心境とは裏腹に、依姫の心は穏やかで、心配など吹き飛ばすような多幸感と温もりに包まれていた。

 更に夜はもうふけており、疲れ果てた依姫にこの不意打ちは毒であり、気絶するように眠ってしまった。

 

「おいおい…眠ったぞ、どうすんだよコレ…」

「送ってあげれば良いじゃない?」

「このベッドに置いておくのは?」

「明日には誰も居ないわよ、そんな中でその子を放置するなんて、ね…それとも貴方も一緒に寝るのかしら?」

 

 依姫の腕はいつの間にかシンの腰に回されており、ちょっとやそっとでは抜けられない状態となっていた。

 逃さまいとシンを捉える腕の主はスヤスヤと寝息を立てて寝ている。

 

「…チッ…仕方ねぇなぁ…」

「それでいいのよ♪」

 

 依姫を向かい合わせの抱っこで持ち上げ、コロコロと笑う永琳を背に医務室を出る。

 

 腰に回された腕は首に回され、寝息がダイレクトに頭に響く。

 更に依姫の胸が押しつけられ、悶々とした気持ちを味わっていた。

 

 この運び方は失敗したか…そう考えていると、不意にある幼女…いや、少女が目の前に現れた。

 

「待っていたぞッ!シンッ!私は…ね…」

「…気にするな、酔っ払いの介護みたいなモンだ…」

 

 準決勝で死闘を繰り広げた相手、カレンだ。

 どうやらずっと待っていたらしい。

 目の前に立つなり口頭を並べるカレンはシンの状況を見て少し絶句していた。

 

「…変態野郎」

「ちげぇよチビ」

 

 ボソリと呟かれた一言に罵倒を持って返すと、顔を真っ赤にしてカレンは怒り狂った。

 だがそれも一種のことで、本題も思い出したように彼女はシンに指を差して宣誓した。

 

「…チッ…いいかッ!私はお前を超えてやるよッ!いつか雪辱を晴らすッ!!覚悟していろよッ!!」

「…フン、期待しないで待ってやる」

 

 覇気を伴った大声はがらんどうとした通路に響き、反芻して響く。

 適当に返事をすると、カレンは走り去ってしまい、場にはシン達と依姫が残された。

 

 溜息を吐き、ずり下がってきた依姫を持ち上げ、再び歩き出す。

 

 施設を抜け、街を黙って歩いていると、大会の記憶が脳裏に蘇って来た。

 

 月読命、アースの想い、カレンの欲求、そして、依姫との死闘。

 満点の星空の中、想いながら歩いた。

 時々ずり落ちる依姫を元に戻しながら。

 

 嗚呼、本当に、良い一日だった。

 

 

 

 全てを想起し終えた頃にはいつもの道場がそこに佇んでおり、不躾に入った。

 依姫の部屋は知らない為、自分の部屋に向かう。

 

 部屋はいつもと変わらず、強いて言えば薄暗く、冷たい雰囲気だった。

 ベッドに依姫を下ろし、シン自身も床で雑魚寝を始める。

 

「おやすみ、ヴェノム」

<グッナイト、シン>

 

 軍来祭は、終わったのだ。

 

 




ご拝読、ありがとうなのぜ!
月読命=刃牙界の御老公
調味料の人さん、☆9評価ありがとうなのぜ!


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第二十三,五話 依姫のイナビリティお料理教室

3週間ぶりですね…申し訳ございません…

それはそうと、みんなー!依姫のお料理教室、はーじまーるよー!依姫みたいな料理下手を目指して、ゆっくり読んでいってねー!
少々キャラ崩壊注意のぜ(ボソッ


「…無ぇな」

「…無いですね」

 

 私は綿月依姫です。

 突然ですが事件が起こりました。

 

 それは軍来祭が終わって、目の前の人…シンさん達に激闘の末に敗北した数日後の事。

 軍に正式に加入し、仕事にも慣れ始めた夏の下旬。

 

 その日は軍に入って最初の休みであり、昼休みの時間のことでした。

 いつも通りに偶然を装ってシンさんについて行って、食堂で一緒に食べる…まぁ、顔を合わせる度にまたお前か、という表情をされますけど……嫌われてませんよね…?

 

 話が逸れましたね。

 

 食堂には行ったのです、ですが…無いのです、料理が、メニューが。

 正確には全ての料理が"売り切れ"になっていたのです…

 何と言うことでしょうか…これでは私とシンさんとが折角話せるタイミnゲフンゲフン…別に違いますよ、たまたまです、そうたまたま。

 

「…何故でしょうか…?いつもはもっと人足もあったはずなのに…」

「さぁな…おーい!!オバチャン!!食堂のオバチャーン!!」

 

 余りにも閑散とした食堂を不審に思った私達は、普段受付兼厨房係に就いている小太り気味な…いえ、恰幅の良い女性を呼びました。

 その方は呼びつけに直ぐに応じて、はいは〜いという声と共にのっそりと現れました。

 

「どうしたんだい?」

「ええ、すみませんが尋ねたいことが…どうしてこんなにも閑散としているのですか?」

「客足が少なすぎて遂に閉店でもしたか?」

 

 シンさん、それは笑えないジョークです。

 目の前の女性はまるで何を言っているんだと表すが如く目を丸め、キョトンとした仕草をとっていました。

 鄒俊私達を交互に見た女性は納得したかのように声を漏らし、私達にこの状況に説明してくれました。

 

「さては通達を聞いていなかったね…今日は食堂オフの日なんだ、悪いが飯なら他を当たりな、このバカップル」

「かっ、かかカップルじゃありましぇんよッ!?何を言ってるでしゅか!?」

「…落ち着けよ」

 

 おちおち落ち付けられますかこんなくぁwせdrftgyふじこlp!?!?

 

 その時、私の脳裏に一線の閃き…電流が流れます。

 

 …いや…待って下さい、こちらのおば様からはカップルの様に見える…つまり私達は実際には付き合ってなどいませんが他人から見れば充分付き合っていると判断出来る…これは客観的にかなり親密であるということと同義であり少なくとも彼に嫌われていないと言う証明に他ならない!つまり実質的に私達は付き合っているのでは…?事実婚という言葉がある様に実際にプロポーズされて居なくても事実的、客観的に付き合っているという判断をしても良いのでは!?きゃー///!付き合ってるだなんてそんな、えへへ…んふふ…ぐへへ…

 

「えへへ♪そんな…カップルだなんて〜」

「…大変だね、アンタ」

「…とっくの前から知ってる」

 

 そうですか〜見えちゃいますか〜、カップルに♪

 今きっと、にへらとした表情してます…

 

 お二人方が何かお話ししてらっしゃいますがきっと他愛の無い話でしょう。

 と、ここで。

 聞き逃せない一言がシンさんから放たれました。

 

「はぁ…弁当でもありゃ良かったな…あぁ?悪かったよ…」

 

 最後に付け加えられた一文はきっと彼の中に潜む、黒い子(ヴェノムさん)に向けた言葉でしょうか。

 

 しかし、弁当…その言葉が私の頭の中で反芻しました。

 ならば!

 この擬似実質的彼女の私が弁当を拵えて差し上げましょう!

 

 キッチンには昔からお父様や姉さんが触らせてはくれませんでしたが…私だって卵焼きぐらいなら作ることが出来ました!(第五話参照)

 思い立ったが吉、私は早速その場を後にしー彼と離れるのは吝かでしたがー弁当の作り方を家族に教わりに行くのでした。

 

◆◆

 

「絶対ダメよ」

「同意見だ」

「ぐすっ、何故ですか…ッ!?」

 

 料理を教えて下さい、その言葉が言い終わる前に私の提案は、お父様と姉さん二人に却下されました。

 ぐっ…一体なぜ…

 

「だって依姫…あなた料理下手じゃ無い」

「数年前の悲劇は忘れてないからな」

「ぐぅ…」

 

 呆れたように言う姉さん、これにはぐぅの音しか出せません。

 しかし、数年前…?私何かしましたっけ…?

 

「私何かしましたっけって顔だな、依姫」

「まぁ、依姫も小さかったしね…」

「…?」

 

 全くその記憶の無い私を見兼ねてか、お父様が感慨深そうにフライパンを撫でて話し始めました。

 …いかにも重大な話が始まりそうですが、やってることがただの思い出語りなんですよね。

 

「今から十年程前…お前に生まれて初めてキッチンを触らせた…料理の練習と言う名目でな、お前はその時は既に能力が使えるようになっていただろう?」

「…確かにそうですね」

 

 お父様の記憶を聞くと同時に朧げながら、記憶が蘇ってきました。

 あの時はお父様の料理を作る姿ばかり見ていて…姉さんも時々手伝っていたから、私もやってみようと思ったのでしたっけ…

 

 それで人生で生まれて初めて包丁をにぎ………

 あれ?そういえば包丁なんて使ったことがないですね?

 

「事件の始まりはそう…依姫が台所に立った所から始まった…まずはレタスを切らせようとまな板に置いた瞬間、まな板ごとレタスが真っ二つに切られていた、いや斬られたと言った方が正しいか」

「あの時は怖かったわよ〜、まさか料理に()()()使()()だなんて…神もまさか瑞々しいレタスを一刀両断する為に呼ばれたとは思わなかったでしょうね…」

 

 おどけてみせる姉さんを横目に、私の脳裏に小さい頃の幻影が映りました。

 

◆◆

 

「依姫、まずはこの包丁を持って…」

「ぎおんさまの力!」

 

 愛娘に料理を教えることに心を躍らせる父を無視し、可愛らしい声と共に振り下ろされた凶刃。

 それは包丁…ではなく神の力によって生成された刀であり、彼女が神降しを施行した裏付けをしていた。

 心無しかレタスも何かを諦めたような雰囲気を醸し出している。

 

 レタスの直径を軽々と超える刀は、まるでバターを切るかのようにレタスを斬殺し、刀を受け止めるまな板すらも一刀の内に両断した。

 それすらも飽き足らず、恐るべき神剣はキッチンに深々と突き刺さり、勢いが止まったところでその頭身を霧散させた。

 

「あれ?」

「………ちょっ、ちょっと待て?依姫?」

「( ゚д゚)」

 

 思ったように切れなかったレタスに可愛らしく首を傾ける料理音痴、依姫。 

 はちきゅっぱのキッチンをオシャカにされた挙句、可愛い可愛い愛娘が実はとんでもない料理下手である可能性がある現実を受け入れられないニ児の父、玄楽。

 ただただ目の前の惨状に口を開けて驚愕する頼れるお姉さん、豊姫。

 

 まさに三つ巴、これが甲乙丙、潮吹き野郎()でかいサンド()きゅうり()

 

 三者三様の沈黙が訪れる。

 しかし颯爽と依姫がそれを破り、事態を更なる混沌へ突き落とす。

 

「えーと…次はフライパンですね!」

「待て依姫ぇ!」

「依姫!間違っても神降しなんて…」

 

 静止は半ばで遮られた。

 何故なら油もないと言うのにレタスが豪火に包まれたからだ。

 

「あたごさまの火!」

「あわわわ…」 

 

 神の豪華に焼かれるレタスは、正にそう、ギャピィィィイイ!と言う擬音が似合うほどその身を迸せて炭と化していった。

 神の炎はそれだけでは止まらない。

 

 皆はフランベをご存知だろうか。

 アルコール度数の高い酒をフライパンの中に落とし、一気にアルコール分を飛ばす調理法である。

 派手に炎が立ち昇ることから演出としても人気だ。

 

 しかし、依姫のするフランベは尋常じゃない程炎が立ち昇り、天に昇っていく炎は天井を黒く染め上げた。

 このままでは炎が引火して大惨事となってしまう。

 

 しかし依姫はまだ幼い。

 制御する術も知らず、それどころか神秘的にも舞い上がる焔に夢中となってしまっている。

 

 轟々と燃ゆる炎がまるで依姫を見下すかのようにその身を膨れ上がらせる。

 

 いよいよ収拾がつかなくなったその時。

 頼れるお姉さんが動いた。

 

「そいやー!!」

「きゃっ!?」

 

 プシューッと噴き出した白い煙。

 そう、豊姫だ。

 小さな体に不釣り合いな消火器を携え、依姫向けて白い煙を浴びせている。

 

 神の炎と言っても使用者はまだまだ子供、瞬く間に白い煙に抱かれて 、炎はみるみる鎮火して行った。

 しかしどうやって彼女は重い消火器なんて物を入手して来たのだろうか?

 

「依姫大丈夫か!?」

 

 炎が鎮火したのを見計らって玄楽が白い煙の中に突貫していく。

 無論、依姫を煙の中から救い出す為である。

 

 少しの緊迫。

 

 多少の心配を胸に宿した豊姫だったが、依姫を背負って煙から出て来た二人にそんな心配は霧散した。

 安心したように消火器を床に落とし、依姫ごと父に抱きつく。

 

「はぁ〜良かった〜」

「豊姫、助かった、我が能力を使わなかったら危なかったな…」

 

 依姫の無事に安堵の声を漏らす二人だが、何の声も上げない依姫を見て二人は思わず嘆息した。

 

「すぅ…すぅ…」

 

 いかにも幸せそうに寝ているのだ。

 

「…恐らく許容範囲を超えた能力使用で体が強制的にシャットダウンを掛けたのだろう」

「何言ってるかわかんないけど、要は疲れて寝ちゃったってことでしょ?」

「むにゃむにゃ…」

 

 丁寧に説明した玄楽だったが、まだ子供の豊姫にその説明は理解出来なかった。

 依姫はそんなこと露知らずに熟睡している。

 その姿はさながら遊んだばかりで疲れた童である。

 

 そして、二人は黒焦げとなり、正に悲劇を体現しているキッチンを見据え、決意を込めて言った。

 

「「もう依姫に料理はさせないでおこう」」

 

◆◆

 

「…と、言う訳だ」

「ももも申し訳ございませんでしたぁっ!!」

 

 全て思い出しました…いえ、思い出してしまいました!

 私は何てことを…

 心なしかレタスの怨霊が背中にのしかかっているような気さえします…!

 

「よせ、昔のことだ、それに家族の仲であろう?」

「そうそう♪」

「お、お父様…!姉さん…!」

 

 優しげな瞳でこちらを見つめる二人(愛すべき家族)

 な、なんと寛容な…!

 

「それでは料理を…!」

「あっそれはダメよ」

 

 ズコー!

 完全に今の流れは了承する流れでしたでしょうに!WHY!?

 

 あっけらかんと言い放つ姉さんは続け様に続けました。

 

「私には教えられる技量も余り無いし、お父様もかなり忙しいから、依姫が下手以前に時間が無いのよ…情けない話だけど」

「済まない…情けない父で…」

「い、いえ…なら仕方ないですが…」

 

 …鼻から不可能な話だったのですね。

 申し訳無さそうに顔を逸らす二人に少しの罪悪感を感じ、メラメラと燃えていた情熱が急速に萎えていくのを感じました。

 いや、それ以前に私の技量の問題ですが…はぁ…

 

 と、そこで。

 お父様が私の情熱の炎を吹き返す言葉を放ちました。

 

「…提案だが、依姫に友がいただろう?新入りのカレンだったか…?その子に教えて貰ってはどうだ?」

「…!!その手がありましたかっ!!」

「カレンってあのビリビリしてる子?」

 

 姉さんの問いにうなづく事で返事を返し、新たに希望が見え、拳を握りました。

 確かにあの人は弁当をいつも持参していました、ならば彼女か彼女の母に聞いてみるのが賢明でしょう…!

 

 思い立つ日に日咎なし。

 わざわざ時間を取って下さった二人に感謝を示し、早速彼女の元に向かうことにしました。

 

◆◆

 

 

「料理ぃ?…私に?」

「はいっ!お願いします!」

 

 お父様の話を聞き、彼女を探し出してはや十分。

 ようやく彼女を見つけ、呼び止め様に頭を下げてお願いしました。

 

 しかし彼女から面倒臭そうに手を振って拒否されてしまったのです。

 

「嫌だね、なんで私がそんなこと」

「お願いします!」

「…だからさ」

「お願いしますっ!!助けが必要なんです!!」

 

 二度三度と断る彼女に私は必死でお願いしました。

 そしてその心が届いたのか、徐々に徐々に彼女の態度が軟化し始めたのです。

 更に、彼女の顔色は分かりませんが、身振り素振りでそわそわとしている事が分かりました。

 

「ふ、ふーん…私に?まぁどうしてもって言うなら?いいけど?」

「本当ですか!?ありがとうございますっ!!」

 

 その言葉を聞いて私は目を輝かせてカレンさんに詰め寄りました。

 しかし彼女の顔は紅潮しており、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせていたのです。

 

 それは可憐な花のようであり、可愛らしい体躯にあった表情でした。

 

 彼女は頬の紅潮を誤魔化すように言います。

 

「べ、別に嬉しいとか思ってねぇからな!」

「ふふっ、ありがとうございます!」

「…ケッ…まぁいい、依姫だったよな?厨房借りても良いか?」

「えぇ、よろしくお願いします!」

 

 カレンさんはそっぽを向いてぶっきらぼうに言い、私はその提案を快く了承しました。

 自宅のキッチンはある意味事故物件ですが、この方と一緒ならそうそう事件は起きないでしょう。

 

「じゃ、案内してくれ」

「了解しました♪」

 

◆◆

 

 キッチンへ行く途中、私はとある質問をカレンさんに投げ掛けました。

 

「いつもカレンさんが持参している弁当は母親が作っているのですか?」

「…なんかむず痒いな、カレンでいい…弁当は私が作ってる、まぁ、結構前までは母上が作ってくれたが…」

 

 気まずそうに話すカレンさ…カレンから何処か哀愁を感じとり、疑問に思った私は理由を聞くことにしました。

 

「何かあったので?」

「…言う必要もない、それよりお前は料理は作ったことがないのか?」

 

 適当にはぐらかされ、きっと話したくないくらいには思い詰めた雰囲気を感じとり、これ以上詮索するのは止めました。

 誰にでも話したくない過去というのはある物です。

 

「ええ…恥ずかしながら…」

「へぇ…そう言えばシンとお前はライバルと言っていたが、どう言うことだ?」

 

 その質問が来ましたか…

 彼との秘密のような関係を第三者に打ち明けるのは吝かではありますが、上目遣いのような視線にそんな気持ちも吹き飛んでしまいました。

 実際には見上げているだけかもしれませんが。

 

 端的に言うならば…そう、庇護欲…守護(まも)りたい、と言う気持ちでしょうか。

 

「…随分前に、ですね…彼が道場(ここ)に来たんです、当時の私は少し…まぁ、気が立っていて彼に勝負を吹っかけたんです」

「勝敗は?」

「…勝ちました、ただ…彼はその時も、それからもずっと諦めなくて、わたしはそんな姿が…」

「OK OK、分かった、これ以上聞くと砂糖を吐きそうだ」

 

 私の言葉を遮り、顔を少し顰めて言った彼女は少し歩くスピードを落として言いました。

 まるでキッチンに着く前に言うべきことがあるとでも言うように。

 

「アイツは元からそこまで強くないんだな?じゃあ私にもチャンスがある、奴を落とすチャンス、がな…」

「えっ?(恋に)堕とす?」

「そう、アイツを(勝負的な意味で)落とす」

 

 …

 ……………

 え?

 彼女ってそう言う意味のライバルだったのですか?恋敵!?

 

 こここ混乱して来ました…彼女はシンさんのことが、す、好きと?

 カレン…恐ろしい子…ッ!

 

 こういうことはどうすれば…そうだ、とりあえず"釘"を刺さないといけませんね…!

 

「彼を攻略する前に、まず私を倒さないといけませんよ…?」

「ん?あぁ(決勝戦でお前に勝ってたし)そうだな」

 

 …なんでしょう…この無愛想さ…

 はっまさか眼中に無いと!?お前を超えるのは楽勝だと、そういうことですか!?

 

 不味い…彼女は自信満々だ…これこそ彼の胃袋を掴んでアドバンテージを得ないと…負ける…ッ! 

 

「…おーい、おーい?ここじゃ無いのか?足が止まってるぞ?」

「あっ、えっ?あぁ着きましたね!どうぞ中へ!」

 

 頭をグルグル駆け巡る問題に夢中になっていた私は、カレンに言われて初めてついさっきの部屋まで戻って来たことが分かりました。

 …とりあえずこの重大な問題は後にして、今は彼女に料理を教わるとしましょう。

 

 それはそうと彼女が小さい背を伸ばして扉を開けるその姿は口調とのギャップがあり、正直可愛らしかったです。

 まさかこのギャップを狙って彼を堕とそうと…まさかね?

 …おっと、雑念が。

 

 料理に集中しなければいけませんね。

 カレンは部屋に着くなり冷蔵庫の中身や調味料の種類、食器の状態とさまざまな事を確認していました。

 大方何を教えるか迷っているのでしょう。

 

「あの、弁当に入れるような料理がいいのですが…」

「ふむ、そうか…分かった、じゃあ依姫には包丁のやり方とフライパンの使い方を教える、最低これらと白米があれば弁当は出来るからな」

「分かりました!」

 

 包丁もフライパンも苦い思い出しかありませんね…

 そんな私を横目に彼女はまな板をキッチンにことりと置き冷蔵庫からレタスを持ってきました、うっ頭が…

 

 そして彼女はレタスをそのまままな板の上に置かず水で洗い始めましたのです。

 

「何故水で洗うんですか…?」

「…表面の汚れを洗い流すためだ、寄生虫がいるかも知れねぇし…常識だろ?」

 

 ひぇっ…やはり無知とは罪でした。

 彼女に教えを乞いていなかったら恐ろしい事態になっていたかも知れません。

 

 彼女はレタスを冷水で洗っていると、あ、と言う間抜けな声を出して私にレタスを差し出してきました。

 

「私がやってちゃ意味ねぇんだった…私が逐一教えてやるから、やってみな」

「はは、そうでしたね…では…」

 

 流し台に立ち代わってレタスを受け取った私は、初めて触るとも言っていい生のレタスの感触に少し戸惑いながらも表面を水で流していきました。

 十数秒、無言でレタスを洗い続け、冷水に手が慣れてきた頃にカレンからストップが掛かりました。

 

「そこまでだ、洗いすぎると旨味がなくなるからな…それをまな板に置いてくれ」

「は、はい」

 

 言われた通りにまな板に置くと包丁を取り出し、説明と共にレタスにヤイバを突き付けました。

 

「今回作るのは別に包丁を使わなくてもいいが、一応教えておく、猫の手は分かるな?」

「ね、猫の手?こうでしょうか?にゃー///」

「…」

 

 ね、猫ポーズをしてみましたが絶対違いますね…恥ずかしい、恥ずかしすぎます…顔が熱いです…

 彼女もやれやれと言った表情で溜息を吐いていました。

 

「忘れてください…///」

「…まぁ、猫の手っていうのはな…手を丸めて食材に添えて指の第一関節が包丁の腹に当たるようするやり方だ、四、五㎝間隔で切ってみな、包丁は前後に動かして切るイメージだ」

「はぃ…」

 

 意気消沈、その言葉が似合うような雰囲気で私はレタスをザクザクと切っていました。

 無心で切りましょう、無心で……痛ッ!?

 

「大丈夫かっ!?」

「うぅ、大丈夫です、少し切っただけなので…」

「ちょっと待ってろ、バンソーコー貼ってやる」

 

 どうやらボーっとしてしまったお陰で伸びた親指を切ってしまったようでした。

 幸いにも傷は浅く、トクトクと血が流れ出ただけで済みました。

 

 それにカレンが絆創膏を携帯していたようで、壊れ物を扱うかように優しく親指にそれを巻いてくれました。

 ガーゼの部分がジワリと紅に染まります。

 

「ありがとうございます…」

「気にすんな、一旦休憩するか?」

「いいえ…続けます、せめて野菜だけは切り終えたいので」

 

 折角時間を割いて手伝ってくれているので余計な時間は取らせたくありません。

 それに…()()()のは私の理念に反しています…!

 

 そう奮起した私は今度は指を切らないよう、慎重にレタスを切りました。

 ですが、上手くいきません…何故でしょうか…

 困り果てた私は、助けの視線をカレンに送りました。

 

「慎重になり過ぎだ、自分の手にさえ注意しとけばいいからな」

「はい…」

 

 慎重に…されど迅速に… 

 

◆◆

 

「出来ましたっ!」

「…うん、 OKだ」

 

 格闘するとか約数分、ようやくレタスを切り終えることが出来ました。

 やはり剣と包丁とはまるっきり違う物ですね…危うくまな板ごと切るところでした。

 

 しかし、達成感に浸る私にカレンは更なる試練を与えました。

 

「次はこれをベーコンで巻いて、爪楊枝で刺すんだ、手伝ってやるからまずはやってみ」

「了解です」

 

 言われた通りに、レタスを重ねてベーコンを巻いて刺す…

 重ねて巻いて刺す…重ねて巻いて刺す…

 

 随分単調ですが…みるみる内にその量は大きくなり、二人でついつい二十個も作ってしまいました。

 ですが大丈夫!彼女なら何か考えがあっての行動の筈!

 

「こんなに作って大丈夫ですか?一応弁当の具材ですが…?」

「………あ」

 

 テキパキとベーコン巻きを作る彼女の腕が止まりました、ついでに冷や汗も流れ始めました。

 

 ちょっと待ってくださいよ、なんですか"あ“って。

 まさか…

 

「…く、食えるよな?これぐらい?」

「食べられないに決まってるでしょうっ!大体これは贈り物なんですからっ!」

「ハハハ!すまんすまん、ところで…誰への贈り物だ?」

「そりゃあシンさんに決まって…」

 

 …

 ………く、口が滑りました…

 彼女がニマーっとこちらを向いています…は、恥ずかしい…

 一体今日で何回目の辱めなのでしょうか…!?

 

 それに…ライバル(恋敵)にこんなことが知れたら…

 

「そうか〜アイツにね〜…弁当を…へぇ〜」

「そ、そんなことはどうでもいいので料理を教えて下さいませんかっ!?」

「いいけどよ…ふ〜ん…乙女だねぇ…」

 

 チクチク言葉、反対。

 とはいえ彼女も飽きたのか山盛りのベーコン巻きレタスを皿に入れ、IHコンロへと向かいました。

 

「てかお前の彼氏ならこれぐらい喜んで食うんじゃ無いのか?」

「〜〜〜っ!?!?」

「揶揄いすぎたか…」

 

 か、かっ、かれ、かれしっ、彼氏じゃ……

 あーもうっ!フライパンじゃなくて顔から火が出そうです!

 

 …彼女はフライパンに油を敷き、火を通してからドサドサとベーコン巻きレタスを投入しました。

 別にもう助けなんて入りませんけどね!

 

「悪かったって…ほら、焦げ目が付いたら転がして…んで満遍なく火を通すんだ」

「分かりましたよ…」

 

 なんだかんだ言う通りにしてますが別に助けてもらってるわけでは無いですからね!って私は誰に説明してるのでしょうか…

 

 …次第にベーコンの魅惑的で抗い難い匂いが部屋に充満して来ました。

 ベーコンから滲み出る煌めく肉汁、その肉汁に包まれていくレタス、じゅうじゅうと音を立てて焼けていくこの感覚…

 なんでしょう…この衝動は…そう、正に…一口食べてみたい…そんな感情…

 

 今日やっと盗み食いをする人の気持ちが分かった気がします…

 

「…味見ぐらいならして良いぞ?そんな顔をしてる」

「っ!」

 

 お、お見通しですか…ご丁寧に皿に一つ盛ってまで…

 それでは…失礼して…

 

 パクリ

 

 

 …これは…これは、これはっ!

 パリパリと小気味のいい食感、それにベーコンの肉汁が絶妙にレタスの風味とマッチする…っ!

 美味しい…っ!たった二つの食材でここまでとは…!!

 てっきりどこかで失敗したかと思っていましたが…これは…

 

「とても美味しいですっ!」

「料理ってのはそんなモンだ、スーパーのより手作りの方が俄然美味いし、これだけの食材でもこんなに美味くなる」

「もっと早くに"料理“に触れておけば良かったかもですね…」

 

 これなら彼だって満足してくれるでしょう…!

 そう私が感動している隙にカレンは恐るべきスピードで山盛りのベーコン巻きレタスを弁当に詰めていきました。

 

 は、疾い…見えなかった…これが普段料理をしている者としていない者の違いでしょうか…?

 

「あとはご飯よそって野菜入れて完成だ、まぁ野菜は次回だな…今回はトマトでも入れてやる」

「何から何までありがとうございます…っ!恩人です本当に…!」

「よせよ…照れる…」

 

 これは揶揄われても許してしまいます…

 今の彼女を人言で表すなら、家庭的…そう断言出来る程手慣れていました。

 

 そして…!

 

「完成しましたっ!!」

「おう、お疲れさん」

 

 明日に渡す弁当が遂に完成しました!

 紆余曲折…様々なことがありましたが…やっと…やっと完成です…!

 言うならば私のカレンの努力と友情と結晶…

 

 達成感凄まじく、私は思わず泣いてしまいそうでした。

 

「やりましたよカレン!本当にありがとうございます!お礼に私に出来ることなら何でもしますよ!!」

「いいさ何でもなんて………いや」

 

 彼女は口ごもり、恥ずかしいそうに言いました。

 

「えーっとな」

「どうしました?」

 

 少しの時間が空き、耳まで真っ赤にして言いました。

 

「私と、その、と、友達になってくれるか…?そんでまた料理を教えるからさ…」

「え…?」

「だ、駄目か…?」

 

 一世一代の大勝負とも言ってもいいくらいの雰囲気で言ったと思えば、拍子抜けしました。

 だって私達は…

 

「私達はもう友達でしょう?今更ですよそんなの!」

「…そうか…そうかぁ」

 

 彼女は安心したかのように溜息を吐くと、今度は涙をぽろぽろと落としてしまいました。

 えっ涙!?えっえっえっ?

 

「だ、大丈夫ですか!?そんな泣いて…」

「あぁ、大丈夫だ…ただ、一緒にいて楽しいと思った他人が…友達が初めてで…」

 

 …きっと、私と同じように周りから疎まれたり、恨みの対象となったことがあるのでしょう。

 必死に嗚咽を堪える彼女を見て、私は咄嗟に彼女に抱きつきました。

 

「大丈夫です、私は、あなたの友達です…悲しいことがあったら、私に話してください、話し相手になります…約束ですよ?」

「…っ」

「それとまた今度料理を教えるのも約束ですよ?」

「……ふふ、何だそれ…ありがとう、元気が出たよ」

 

 彼女は少し目元を腫らした顔を上げ、部屋の出口まで戻って行きました。

 …帰ってしまわれるのでしょうか。

 

「じゃあな…また今度」

「えぇ、今日は本当にありがとうございます…さよなら♪」

 

 ぶっきらぼうに別れの挨拶を告げた彼女は早足に帰って行きました。

 ガチャンと扉が閉まり、部屋には私一人が残されます。

 

 少し寂しさが残りますが、同時に嬉しさも込み上げてくるような気がしました。

 弁当が出来たからか、友達が出来たからか、はたまたその両方でしょうか。

 

◆◆

 

<おい!飯だ!メシを食わせろ!>

「分かった…待ってくれ…!」

 

 不味い…ピンチだ…また食堂が空いていなかった…

 昨日と変わらずがらんどうとした空間。

 

 畜生…俺は昨日何を学んだんだよ…調べときゃ良かった…

 

<飯が無いなら闘えッ!闘ってアドレナリンを出せッ!それかチョコを寄越せ!兎に角腹減った!!昨日から何も食ってねェ!>

「今金が無ぇんだよ…!…なら悪人でも食いに行くか?」

 

 人を食うのは初めてだ…だが悪人なら構わない…!

 兎に角こちとら極限状態だ、四の五の言ってられない。

 

<グッドアイデアだ!じゃあさっさと行こうぜ!!>

「あ、あの!」

「…?…依姫か」

 

 悪人カニバルを実行しようとしたその時、依姫に呼び止められた。

 何事かと振り返ると、どうやら彼女は手に何が携えているようで、見たところ…弁当を持っているようだった。

 

「これをどうぞ!作ったんです!」

「これを依姫が?」

「は、はい」

<飯か!?>

 

 差し出されたのは兎のプリントされた弁当箱。

 ふと、視界の端に依姫の指が映った。

 絆創膏の貼られた親指、大方包丁で失敗したのだろう。

 

 少しの申し訳無さと多くの感謝が胸を占め、思わず言葉が漏れ出た。

 

「ありがとな」

「…っ!!」

 

 瞬間、言葉を聞いた依姫は耳まで朱に染め、脱兎の如く走り去ってしまった。

 

 ちなみに弁当はおかずの量が異常な事以外は普通に美味しかった。

 本当に助かった…ギリギリの食費が浮いた…

 

<俺のは!?チョコレートはどうしたっ!?>

「…」

 

 どうやら無一文になりそうだ…

 

◆◆

 

 やりました!

 今度は野菜もカレンとしっかり作って、また彼に送りたいですね!

 




ご拝読、ありがとうなのぜ!
本当に遅れて申し訳ないのぜ…
これからももしかしたらこのペースで投稿するかの知れないので…どうかよろしくお願いしますなのぜ…!

Twitter始めましたのぜ…よろしくなのぜ…
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第二十四話 最悪の大妖怪

アップテンポに行くのぜ。
ゆっくりしてね。


 軍来祭から、半年が経った。

 

 軍の試験では結局大会に出た殆どが合格し、無論、シンや依姫、カレンやアースも例外では無かった。

 

 今でもシン達は道場に通っており、休日にはいつも通り訓練を行なっている。

 平日には軍員として都市の見回り、都市近郊の調査…更には妖怪退治も行っているのだ。

 

 特に妖怪退治では妖怪を喰らい、脳髄を啜り、血で喉を潤す…ヴェノムにとっても満足する生活だ。

 更に給与も高い…安定してチョコレートを買えるのだ。

 

 そして、道場にもささやかな変化が遂げていた。

 

「テメェ!私と闘れよッ!」

「ぼ、僕ともお願いします!!」

 

 ミナクテット・カレンとレジック・アースの存在だ。

 何処から知ったのか、三ヶ月ほど前から二人とも道場に転がり込み、共に力の研鑽を行っているのだ。

 

 今ではすっかり道場に馴染み、何故だかカレンと依姫の間に謎の友情も芽生えている。

 シン達とアースとの間に蟠りもなくなり、四人は良好な関係を繋いでいた。

 

 更に二人は力を付けた。

 例えばカレンの斧術は巧みになり、能力面でも強烈になっている。

 アースもみるみる内に剣術の頭角を表し、能力面でも彼女と同じく、強力になっていく。

 

 シン自身は気付いていないが、大会を通して彼もかなり成長し、依姫にも幾度が勝利をもぎ取ることにも成功している。

 依姫もシンに共鳴するように力を付け、二人は軍の中で新人ながらも戦闘力だけなら随一と言う判断を貰っていた。

 

 そんな四人のある日のこと。

 

 大規模な調査という名目で都市から離れた森を探索していた。

 妖怪から放出される穢れー人の寿命を減らすらしいーが、近日になって急激に増大し、原因解明を急がれたのだ。

 

 精鋭が集められたいくつものグループの中には四人の姿があり、偶然にもシン達とカレンが同じ班となった。

 作戦としては都市からある程度離れた地点で穢れの計測、妖怪が現れた際にはその都度殲滅する予定だった。

 

 勿論この場にいる誰もが妖怪退治に精通していたため、難なく進んでいた。

 しかし、誰かが違和感に気付く。

 

「な、なあ…なんか変じゃ無いか…?」

「どうした?急に…?」

 

 雨がしとしとと降り出し、地面が嫌な音を立てて泥濘み始める。

 ひそひそと話す誰かの声は、いやに鮮明に響き渡った。

 

「なんかよ…妖怪の動きが変なんだ…こう…人形みたいにカクカクとしてて…」

「…気のせいじゃ無いか?」

 

 そう話す男の頬にはベッタリと汗が張り付いている。

 薄々気付いていたのだろう、この気味悪さに。

 カレンは既に警戒しており、今までの任務とは違う…異質な空気が漂っていた。

 

「だってよぉ…ヒッ!?」

「…ッ!?なんだ!どうした!?」

 

 喋る男の口から悲鳴じみた驚異の声が漏れ出た。

 その顔は真っ青としており、ワナワナと体を震わせてある特定の場所を指差している。

 

 シン達はその方向に目を向けるが、何かがいる訳でもなく、ただ鬱蒼とした樹林が広がっているだけだった。

 

「…?…何も居ないぞ?どうしたんだ?」

「嘘だッ!木の隙間から見てくるんだ!なんだアレはッ!?妖怪なのかッ!?ヒッ!?近寄ってきた!!助けてくれッ!!嫌だ!いやだぁああああッッ!!!!」

 

 腰に刺した剣を振り回す男。

 数人で取り押さえるが仲間も認識出来ないようで暴れていた。

 その瞳に正気など無く、間違いなく何かがいるとシン達は確信した。

 

 ある男が無線機を持ち出し、汗を垂らして言葉を発する。

 

「本部!緊急事態だッ!精神攻…」

 

 それから言葉が進むことはなかった。

 言葉を発する()()()()のだから。

 直立を保ったまま頭を失った首から赤い噴水が飛び出す。

 

「うわぁああああッッ!?!?化け物ぉおおおッッ!!」

 

 突如に湧き上がる叫び声。

 同時に妖怪が飛び出し、ぎこちない動きでシン達を襲っていた。

 

 いつも妖怪と戦っているはずの精鋭でさえもが叫び声を上げながら何故か何も居ない虚空に剣を振り、人形のように動く妖怪に殺されていく。

 最早殆どの人間が精神を侵食しているようで、次々と妖怪に喰われていった。

 

「何が起こっている…?おいカレン!俺達から離れるなッ!!」

「………」

「聞こえてんのかッ!何突っ立ってるッ!?」

<シン!恐らくもコイツも幻覚を見てるぞ!>

 

 妖怪を薙ぎ払いながらカレンに問い掛けるが、返事は無く、カレンの瞳は虚空を見出している。

 カレンを守りながら妖怪の首を落とし、仲間の無力化を図るシンだが突如に頭に嫌悪感が湧き上がる。

 

「おぉ…?なんだ…これは?」

<おいッ!気をしっかり持てシンッ!!>

 

 ヴェノムはそうシンに呼び止めるが、酷い頭痛が頭を穿ち、耳障りな音が頭の中に反芻する。

 

図書館館ではお静かかかに、お前ままえは要らななない、それはまるで奇怪な跡のような、楽ににになろう、敵が敵がめめめの前に居るるる、ころころせせさ殺せ、運めい命だだ、目を見てみて目を、ナチナスチの犬がが、四月死月二十七日にセーるるるる!まさに奇怪な跡のような

 

 それはまるで壊れたアナウンスの様に。

 頭で羽音が鳴るようにけたたましく騒音が鳴るが、幻覚は来ない。

 症状が軽いのか、運が良かったのか。

 悍ましい幻聴に耐え、カレンを背に妖怪を叩き潰す。

 

 既に班は半壊しており、残った者も狂気に侵されている。

 

(なんだ…!?何なんだ…!?人形のような妖怪がやったのかッ?そんな訳無い、バックに何かが居る…それこそ()()()のような…うぉッ!?」

 

 思考の海に囚われていたシンの体が一人でに引っ張られ、その横を黒雷が貫いた。

 背後には目が血走り、焦点の合わないカレン。

 更にブツブツと何かを呟いており、彼女は完全に狂気の牢獄に閉じ込められていた。

 

「ヴェノムか今のはッ!?ありがとなッ!!」

<無駄口を叩くなッ!!目の前に集中しろッ!!>

 

 殺気に満ちた視線でこちらを睥睨するカレン。

 小さな体に似つかわしく無い雷電が迸っている。

 

 雨は一層強くなり、豪雨が葉を叩いている。

 更に耳元には呪いのように言葉が呟かれており、それがシンの集中を削った。

 

「母上ッ母上ッ母上母上母上母上ぇえええええッッ!!!!」

「うおっ!?おいお前ッ!俺がわかんねぇのかッ!?!?」

 

 譫言のように母上と呟くカレンの斧を掻い潜り、隙を見つけては一撃叩き込もうとする。

 しかし彼女は糸に紡がれた人形のように急停止や急発進を繰り返えし、巧みに避けて行った。

 

 妙に調子を狂わされ、幻聴の妨害を掛けてくれるお陰でヴェノムを纏ってもまともに相手出来ない。

 そう考えていたときだった。

 

「いやぁ〜君ぃ、粘るねぇ〜…そろそろ面倒臭くなりて来たよぉ」

「…ッ!?誰だテメェ…ッ!!!」

 

 舌足らずで神経を逆撫でする声が、幻聴と共に聞こえ、カレンも斧を構えた姿勢から急停止を掛ける。

 そしてカレンの背から這い出るようにのっぺりとした顔の紳士が出て来た。

 

 しかしそれは明らかに人外の雰囲気を纏っており、圧が肩にのしかかった。

 間違いない、コイツは()()()だ。

 

 ソイツはカレンの首に手を回し、人質と言ったように口を裂かせる。

 卑劣な行為にギリギリと歯が鳴るが、それを抑えて質問をした。

 

「俺達に何をした…ッ!」

「簡単さぁ、幻覚を君ぃ達に見せたのさぁ!今は気分がぅ良いからもっと答えるよぉ!!わたくすぃは操りの大妖怪ッ!名前はなぃ、今日はいぃおもちゃが手に入ったからねぇ!君は見逃してくれるよぉ…」

 

 文法のおかしい言葉を話して奴は空気中に溶けていった。

 正気ではないカレンを連れて。

 

 

「ッ!!」

 

 反射的に体が飛び出し、空気に溶けていく糞野郎の襟を掴み、引き摺り出すように地面に投げ出した。

 ついでにカレンも引き剥がし、胸に抱く。

 

 そしてーーー走り出した。

 

 臆病風に吹かれて訳でも、糞を殺すことを諦めた訳でもない。

 兎に角カレンを早く無事に返すことが最優先事項だからだ。

 

 しかし。

 

「やってくれようじゃないかぁ、んん?」

 

 声が頭に響く。

 幻聴だ…これは幻聴…!

 地面がぬかるみ、思ったように走れない。

 

「君ぃは何かぁ、勘違いしているねぇ?」

 

そうだよよよ勘違違いいいしてるしてね、一年ねんAAぐぐみ組死ししんシンンンさんさんん、職しょ員いんん室まででで来てくだくだ下さいいぃ、私わたくすぃの指導が指導ありまますすす、大至急しし急死きゅう四時二十七分まででにおこしおし下さいさいさい、それはまるで奇怪な跡のような

 

 胸の中の彼女の瞳がギョロリとこちらを向いた。

 

「わたくすぃはぁ、操りの大妖怪ですよぉ?」

 

 雷電がシンの体を突き抜けた。

 その威力は軍来祭とは比較にならず、間近で受けたシンは体をガクガクと振るわせることしかできなかった。

 シンは泥と化した地面に倒れ伏し、空気を裂くように現れた糞に勢い良く蹴っ飛ばされた。

 バキバキと骨が粉砕され、地面を転がって泥だらけになる。

 

「がはァッ!!げふッ!」

「ん〜いぃ音だぁね、気が変わったよ、君ぃには幻覚も効かないようだしぃ、死んでもらう!!」

 

 糞の足が振り上げられ、シンの腹を踏み潰した。

 肉の潰れる音と、雨の混ざった鮮血が飛び、腸や内蔵が飛び出る。

 

 糞は満足したのかカレンを連れてどこかに行ってしまった。

 耳障りな騒音も消えた。

 

「畜生が…ッ!!」

<…とりあえず内臓は治してやる、アイツも馬鹿だな…トドメは刺さねぇし凶暴なライオンを手懐けられると思ってやがる…>

「…ああ…兎に角アイツはロクな死に様にしてやんねぇ…ッ!!クソがッ!!」

 

 思考は真っ赤に染まっている。

 それはともかく班の誰かが本部に連絡を入れていたため、間もなく本部から救援が来るだろう。

 

 少しの後悔と胸を覆い尽くす怒りを感じながら救援を待った。

 

 おのれ…絶対ぶち殺してやるッ!舌足らずの糞がッ!

 シン達は殺意の決意を胸に抱いたのだった。




ご拝読、ありがとうなのぜ。
それは まるで 「奇」怪な「跡」の ような。
シンに幻覚が効かないのはちゃんと理由があるのぜ。
桜うさぎさん、☆9評価、ありがとうなのぜ。


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第二十五話 再誕せし蒼電

ゆっくりとしてね!


 それは何てこと無い…いや、ちょっと忙しい日ではあった。

 少し大掛かりな軍事作戦の任務を言い渡されて、うんざりしている所に偶然にもアイツと同じ班だと言うことを知ったのだ。

 

 強さだけなら一番の奴がいるならば楽に終わるだろう。

 そう、何事も無く終わる筈だった。

 そして、一日を終えて母上から逃げるようにアイツと向き合う筈だった。

 

『あら?私ぃはあなたを褒めるいるわよ?だから少し私に協力してくれない?』

「……」

 

 頭から母上の声が反響する。

 いや、これは母上では無い、絶対に…()()()()()だ、違う、母上じゃない、そうだ。

 母上に似た何かは暗闇の視界の中でポツンと存在していて、遠いようにも、近いように見える。

 何かは常に微笑んでおり、口を動かさずにおかしな言葉を語りかけているのだ。

 ずっとだ、森に深く入った時から…ずっと。

 

 豪雨は既に降り止み、じっとりとした湿気が体を撫でた。

 

 …話を戻そう。

 

 任務は順調に進んでいる筈だった。

 しかし最初に違和感に気付いた…いや、異変に気付いたのは森に入ってからすぐだった。

 

 アイツ(シン達)の後ろをまるで妹のように付いていたとき、あからさまな頭の不快感を感じたのだ。

 まるで、神聖なる心と言う祭壇を土足で踏み荒らすかのように、冒涜するかのように。

 

 明らかに何かの攻撃を受けている…そう私は感じていたが、警戒するだけで特段対処はしなかった。

 あの時点でアイツに伝えるなりすれば良かったが、今となってはもう遅い話だ。

 

 つまり、違和感は幻覚へ姿を変えたのだ。

 突如として視界が暗転し、ぐにゃりと空間が変形したかと思うと、それは学校に姿を変えた。

 私達は参列者の拍手をBGMに、入学式でよく見るような花道を歩いていたのだ。

 とても長い、長い道だった。

 助けを求めるべきだが、喉を締められたかのように声が出ず、止まれと言う私の意志とは反対に足は前へ前へと進んでいた。

 

 最も驚愕したのは、拍手をする参列者の全員が母上の顔をしており、その全てが私の方を見ていた。

 首の角度など関係無く、遥か後方でも首をほぼ90°に曲げてこちらに微笑んでいた。

 笑顔だった、気持ちの悪い程、久しぶりに見た母上の笑顔。

 空は曇りのないくらい晴れているが、体は雨の水でじっとりと湿っていた。

 

 出るはずもない歓喜が身を包んで、同時に得体も知れない恐怖が身を襲った。

 動悸が止まらず、激しい息切れが起こる。

 汗が吹き出す私に煩いぐらいの拍手が襲い、素晴らしい、すごい、自慢の娘、生まれて来てくれてありがとう、と母上から言われたこともないような言葉が届いた。

 

 母上は私を褒めてくぉれるいるんだ。

 

 違う!母上はそんなこと言わない!言ってくれないッ!

 

 言ってくれていろよ?聞こえない?

 

 遂に私の声をした幻聴が聞こえ始めた。

 私の心はもう恐怖で包まれており、意志を汲んだのか足も止まってしまった。

 もう何も見たくない、聞きたくない。

 目を閉じ、耳を塞ぐ。

 今だけは優しい暗闇が私を覆うが、暗闇から悪魔の声が送られた。

 

 目を開けて

 嫌だ!

 目を開けて

 やめて!何なんだお前は!?

 

『開けて頂戴?カレン?』

 

 ここに来て初めて聞いた母上の声、私は思わず目を開けてしまった。

 …そこに母上は居らず、ただ教室が広がっていた。

 しかし室内だと言うのに赤い雨が降り、窓から赤い光が教室と生徒達(班の皆)を照らしている。

 

 私は気配を感じ、後ろを向いた。

 そこには授業参観のつもりなのか、ギッチリと横並びになった母上達が私を見ていた。

 ゆらゆらと揺れてにっこりと笑っている。

 

 私の授業参観にも来てくれなかった母上は、今来てくれている。

 違う、これは幻覚で。

 

 これが本当の世界、幻覚じゅないの私ぃ、思い出しえ。

 

 また声だ、もうやめてくれ。

 息切れが激しくなり、考えるのが辛くなってくる。

 いつから幻覚なの、何なの?これは。

 

 私ぃが生まるぇた時から、お母さんに無視されていたのも幻覚、全部幻覚、今だけは真実。

 

 そんな訳ない、そんな訳がない、そんな訳…

 私は私に言い聞かせるが、母上の一人が思考を遮るように言った。

 

『授業のとちゆうですよ、前を向けなさい』

 

 震える体を動かして背後を見る。

 

 そこには、母上がいた。

 しかし、髪は痛んでボサボサで、眼窩は無く、底なしの暗闇が渦巻いている。

 母上モドキは当たり前のように生徒の首を飛ばし、赤い花を咲かせた。

 

 あんなのが母上?冗談じゃ無い、あれも幻覚…

 アレが私ぃを無視したんだ、アレが私ぃの心を痛めつくぇたんだ、アレが全ての元凶だ。

 

 …アレが?

 そう、アレを殺せ、決別だ。

 

 母上モドキは首を揺らしてこちらに近付いてくる。

 そこで突っ立っていた生徒が立ち所に鮮血を噴き出して倒れた。

 やだ、怖い、近付かないで、私を叩かないで、母上。

 

 殺せ、殺せば良い、決別だ、さぁ、さあ!

 

 動悸は更に激しくなり、空間は母上モドキを中心に崩れていくように崩壊している。

 恐怖で涙がポロポロと落ち、母上モドキが目の無い顔を近づかせて言った。

 背筋が凍り付いていく。

 

何が起こっている…?おいカレン!俺達から離れるなッ!!

 

 やだ、やだ、やめて、お願い、お母さん、謝るから、やめて。

 恐怖心は二次関数のグラフのように増大し、体が震える。

 

聞こえてんのかッ!何突っ立ってるッ!?

 

 詰め寄る化け物に遂に、決壊した。

 

「ああああああ!?!?!?母上ッ!?やめて!母上!母上!母上ぇええッッ!!!」

 

 拳を振り回して化け物に攻撃しようとするが、煙に巻かれたかのように消えては現れ、消えては現れた。

 生徒は全員頭から噴水を流しており、背後からは寸分の狂いの無い母上の笑い声と拍手を奏でていた。

 私は既に極限のパニックに陥り、泣きながら化け物に攻撃するが当たらない。

 

 怖い、怖い、怖い。

 

 心がその一色で満たされ、更に化け物の顔ものっぺりとした何かに変わる。

 その瞬間に私の体は鎖で縛られたように動かなくなり、気が付いたらのっぺりとした化け物が目の前にいた。

 

「いやッ!やめてッ!やめてよぉ!お母さん!」

「ん〜、もういぃかな、しばらく私の人形になってくだすぁると嬉しいですは」

 

 顔全体にのっぺりとした化け物が広がり、私の中に侵入するかのように、同化するかのように私の体の中に入っていった。

 

 そこからは何も覚えていない。

 

 強いて言えば、ずっと母上に頭を撫でられて、大丈夫って言っていたこと。

 しかしその顔はのっぺりとしており、母上の声で、姿で喋っていることに非常に私は、()()をーーー違うッ!アレは母上では無く母上そのものであって!あああああッ!!違うッ!母上は母上じゃないッ!母上だ!!

 

 

 …私はもう、何が本当で何が虚偽かも分からない。

 そして冒頭に戻るのだ。

 意識が覚醒したのはこの洞窟に似た場所で、監禁されていた。

 

 目の前には母上。

 ずっと、私に頼み事をしている。

 協力してくれ、と。

 

 私は僅かに残った理性でそれを拒否し続けていた。

 きっと仲間が…そうだ、シンは?シンはどうなったんだ?

 

『シン?誰かは知らぬいけど、私が殺すぃたわ、みんな…ね、おほほ』

 

 母上は上品に笑うが、内容は下品で、私に絶望を与えるに上等な物だった。

 

 嘘だ、私に勝ったアイツが呆気なく死ぬわけがない、きっとそうだ。

 

『もしかすて黒い男かしら?アイツは私ぃが踏み潰して腸をぶち撒けたんだよ!!…ですわよ」

 

 嘘だ、嘘だ嘘だ、嘘だ。

 母上がそんなことをするわけが無い。

 母上じゃ無いのはワカッテイル筈なのに、頭が、体が母上を許容している。

 こんな奴に。こんな奴に!

 シンが殺される訳が無いッ!

 

「んじゃぁ、くぉれを見てくださいまし」

 

 脳裏に映像が浮かび上がった。

 豪雨に打たれている血みどろのシン。

 腹から内臓が飛び出ており、忌々しげにこちらを見ている。

 そんな、馬鹿なことがあるか。

 こんな?呆気なく?

 目標をやっと持てたのに?こんな一瞬で?

 

「ああ、あああ、あああ"あ"あ"あ"ッッ!!貴様ぁァああ"あ"ッッ!!!」

『チッ…めんどくせぇですわ、強引に操ってやりましょぉ」

 

 母上は立ち上がり、私の額に手をかざした。

 やめろ、何をする気だ、やめてくれ。

 

「やだだねぇ!受け入れない君ぃが悪いのだ!!()()()()()()()()()()けど許すてねぇ!!」

 

 異物が、母上が私の心に入り込み、ナニカを殺している。

 猛烈な吐き気と寒気、歓喜と至福。

 何かが私を作り変え、喪失の予感に恐怖が顔を覗かせる

 

 私を構成する想いが、思い出が、決意が崩れていく。

 何かの試合で打ちのめされたことも、私が何処かに来て四人で競い合ったことも。

 風化して、摩耗して、擦り減って、燃え尽きて、崩れ落ちて行く…

 

 母上が私と一体になる、私は母上の…違うッ!私は私で…私は…私は、()だ。

 嘘だ、嫌だやめて、お願い、助けて、シン、助けて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■って誰だっけ。

 

 私は何で ここにいる のだっけ。

 

『ん〜♪私はあなたのお母さんよ、ちょっと協力してくれないかしら』

 

 目の前にお母さんがいる、そうだ…キョウリョク しなきゃ。

 私の目から、何かが零れ落ちた。

 

◆◆

 

 洞窟にのっぺりとした紳士と、最早全てを壊された■■■がいた。

 

 紳士の顔は無いが、ニチャリとした表情をしていた。

 ■■■は虚な表情で虚空を見つめており、お母さん、と連呼している。

 

「じゃぁ、初めようくぁ、まづ…君ぃは何か、能力とか持っているかぃ?」

「…私は 電気を操る程度の能力を持ってる…お母さん…あれ、お母さんってなんだっけ」

 

 瞳孔を彼方此方にゆれさせる彼女に、紳士は口を歪ませるように顔を変形させ、上機嫌に語りかける。

 

「ん〜♪お母さんは私ぃのことさ!だかるぁ何でも私ぃのためにしてねぇ!」

「…はい、お母さん」

「じゃあ!能力を()()にして!!」

 

 ■■■は躊躇無く雷撃を辺りに振り撒いた。

 薄暗い洞窟が雷に照らされ、黄色く反射している。

 少女の顔は辛そうだ、しかし、紳士の操りの力で無理矢理全力を超え、体をガタガタを震わせていた。

 

「いいッ!良いね君ぃ!ホラ!もっと電力を上げてッ!今度は私ぃに向かってッ!」

「ああ" あああ"ああ ああ" あああ あ" あ"あ"ッッ!!!!」

 

 限界を超えた能力使用は■■■の体を破壊し、身体中から血を噴き出していた。

 にも関わらず雷を大きく上回る電力を紳士に放出し続け、紳士はそれを自身の手に集めさせている。

 

 洞窟の天蓋にヒビが入り、電熱によって周囲が赤く黒く焼け爛れる。

 命を削った能力使用は文字通り少女の命を使い果たし、がくりとその場に倒れた。

 

「まだまだ遊びは終あってないよ!君ぃッ!!」

 

 倒れ込む少女に紳士は手に貯めた蒼く光る電気を浴びせた。

 少女の体は再び激しく震え、体は雷と色と同じく蒼く変色している。

 

 普通の人間ならば起こり得るはずの無い反応に紳士はますます興奮し、残りの妖力も使って■■■に電気を注ぎ込んだ。

 

「ふぅ……生きてるぅ?おーい?んん?」

「う…あ…お母…さん…」

「おぉ!良いね!今度は人間ぐぁ憎くぬぁる催眠を掛けてみよう!!はははッ!混沌だ!人間を絶滅させるんだよッ!」

 

 死体の筈の少女は立ち上がり、電気を蓄えた蒼き体を震わせている。

 しかし全身の皮膚が焼け、血管がくっきりと浮かび上がっていた。

 そこに催眠と言う名の精神破壊が加えられ、彼女の思考を赤く染め上げた。

 

「あ…あ、あ、お母さん…」

「いいね君ぃ!決めたよ!名前!無いと不便だくぁらねぇ!()()()()()だ!良い名前だよねぇ!」

「…エレクトロ…虐殺…お母さん…お母さん、お母さんお母さんお母さんッッ!!」

 

 ■■■…いや、エレクトロは血管の見えるほど透明化し、蒼く煌めき絶叫する。

 そんな彼女に紳士は愉快な声を上げて、蒼い顔を見据えた。

 

 瞳は蒼く輝き、瞳の白の部分は黒く変色している。

 しかし、その神秘的な眼には、膨大な憎しみが宿っていた。

 

「死ねぇぇぇええええッッ!!!!」

「えぐぁッ!?…おぉっ、こぁっ!あ、るぇ!?なん、でぇ、だぁ!?」

 

 呪いを連呼したエレクトロは髪を振り回して、腕から蒼い電流を発してお母さんの体を焼け炭にした。

 体の大部分が炭と化し、芋虫のようビクビク震える彼はエレクトロに問いただす。

 

「ゴッホっ!な"にをするエレクトロ"ぉ!私ぃは君のお母さん"だぞッ!!」

「…お母さんが憎い…お前が憎い…人間なんかより、お母さんが…!お前が…!!お前がぁぁああああッ!!」」

 

 彼女は空っぽの記憶から、魂からの叫びを浴びせた。

 蒼電は唸りを上げ、雷轟が曇天に響く。

 しかし流石大妖怪と言うべきか、全身が真っ黒に焦げてもソイツは生きていた。

 

(不味ぃ…ミスったぁ、彼女にとって私はお母さだ.…そこに人間を憎む暗示なんてしたら殺すれるじゃなぃか!?)

「分かったゎ!お母さんが悪くぁったわ!だからこれを治してぇ!」

「お母さん?…母上…?…うグッ、おぇぇぇえええ…」

 

 操りの大妖怪として生を受けたのはつい最近。

 そんな彼には簡単な失敗も気付かず、自身が生み出した怪物に殺されかけたのだ。

 

 更に紳士の言葉に彼女の頭がズキズキと痛み、押し寄せる猛烈な吐き気を解消せんと、紫電の帯びた吐瀉物を洞窟の端に吐き捨てた。

 えづく彼女は苦しさからか、それとも何かを感じたのか黒々とした目の縁から露が流れている。

 

 彼女の拘束から逃れた紳士は炭となった体が崩れるのも構わずに逃げ去った。

 しかし足取りは重く、思うように前に進められていない。

 

「ぉッ!はぁっ、ぐぅっ!はぁっ、逃げなきや…遠くに…遠くに!!」

「オカアサン?何処に行くの?」

 

 弱った獲物と雷の如き化身。

 逃げ切れる筈が無かった。

 

 雷速の速度で現れたエレクトロに驚愕する紳士。

 踵を変えて反対に走り出すが、発射された雷撃が両足を穿った。

 

 顔から転倒し、苦悶の声を上げる紳士にエレクトロは追撃を加える。

 両手、両肩、両膝、臀部。

 急所を的確に避けた雷撃は紳士の逃亡手段を悉く打ち砕いていった。

 

 先程まで曇天だった空から急に驟雨が降り出し、二人を濡らしていく。

 

「うぅ…ぐぁ…まだ…私は…畏れを、血を…破壊を…混沌をぉ…」

「バァン」

「やめーーー」

 

 辺りは光に包まれ、轟音が響く。

 

 達磨のようになっても芋虫のように這いずり回る紳士は、蒼電によっていとも容易く絶命し、地面に服を残して溶けていく。

 

 目の前の大妖怪(母上)を雷殺したエレクトロは誰に言うでもなく呟いた。

 

…私はエレクトロ…

 

 恐ろしい声の出る喉を震わせ、口角が上がり、天を仰ぐ。

 最早空っぽの記憶には大妖怪から贈られた人類の憎しみが渦巻いていた。

 

母上から承った憎しみが私を支配している…!この憎しみが、私の力となる…ッ!

 

 エレクトロは雨に濡れる掌を見つめた。

 血管と体に流れる電流が交差しており、何処か神秘的で、背徳的である。

 

最強は 私だ

 

 作られた憎しみ、空白の記憶、意識の底に沈んだ何かの目標。

 矛盾だらけの最強は、使命を遂行するため、大電力集まる都市へ向かった。

 

 

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
待たせて申し訳ないのぜ!
hynさん、☆3評価ありがとうございますなのぜ。


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第二十六話 邂逅

ゆーんとしてね!


 その日は豪雨だった。

 まるで不吉な予感な事が起こるかのように。

 

 実際、それは最悪な形で叶ってしまった。

 第九班壊滅、恐れられていた大妖怪の出現…何よりカレンの失踪と言う形で。

 

 この悲劇は若手の育成を望んでいた軍の上層部、そして依姫、アース、シン達に深い影を落とした。

 

 まず依姫はカレンとの勝負の中で友情が芽生えていたうちの筆頭だ。

 故に報告を聞いた際にはとても心配したような表情をして、眼に少し涙を溜めていた。

 大妖怪と失踪。

 普通に考えればその場で喰われてしまったと見るのが妥当であろう。

 

 アースも決して良い顔をせず、軍の用に出かける時も、訓練中も暗い顔をしていた。

 

 特に酷いのがシンである。

 惨劇に遭い、ほぼ全員死亡した中で一人無傷ーヴェノムに治療されたからだがー。

 悪い噂が横行し、軍の重鎮や世論がシンを黒幕視するのも無理は無かった。

 

 更に、自身の弱さへの苛立ち、大妖怪への憤怒、カレンへの申し訳無さ。

 それらが心の内にヘドロのように溜まり、訓練の激化と妖怪退治の執念を生んだ。

 日々の訓練は日を追うごとに命を賭けるほどまで激しくなり、他の人からや、ヴェノムから何度も静止の声を聞かされた。

 

 そして、少し時が流れて、失踪から数日後。

 

 シン達は曇天の中、軍用を断ってまで永琳のラボを訪れていた。

 

 用件はただ一つ。

 大妖怪の追跡だ。

 

 未だ痕跡の掴めない操りの大妖怪を、永琳なら探し求めれるのでは無いか。

 そんな淡い希望だった。

 

 グルグルと胸の内に廻るモノを感じながら勢いよくラボの扉を開けると…

 

 夥しい量の火花、続いて可愛らしい悲鳴ががシンを襲った。

 

「きゃっ!?」

「アッツッ!?!アッツ!熱い熱い熱いぃッ!?」

 

 ヴェノムを纏っていれば消滅していただろう。

 出鼻を挫かれ、勝手に体が火花の中でコミカルにタップダンスを踊る。

 やがて火花が収まり、火元を確認して見ると、よく分からない装置から煙が噴き出ているようだった。

 

「………はぁ…貴方シンね?今度から来る時はアポを取って頂戴…それかノックぐらいして…まぁ、貴方のことだから用件ぐらい分かるけど…大妖怪の…」

「だったら話は早いッ!アイツの居場所は…」

 

 永琳からの抗議に多少申し訳なさそうな顔をするシンだったが、こちらを見透かした発言に少しばかり期待し、次早に返答を急ぐ。

 しかし。

 

「無理よ」

「………チクショウ…やっぱりか……」

永琳、それは何でだ?

 

 淡々と言い放たれたその言葉に落胆する。

 気持ちがすっかり沈んだシンは近くの椅子にだらりと座り込み、代わりにヴェノムが返答を急いだ。

 

「妖力を検知するレーダーは作ったのよ、でも見つけられない…つまりはそれ程隠密が上手い妖怪ということ…そんな大妖怪に対抗する為にコレを作ってたのだけれども…誰かさんのお陰で壊れたのよね…」

「ッ!?〜〜ッ………」

 

 語尾に怒気を強めて言った彼女。

 謝罪するべきだが、そんな余裕など無いシンには俯いて顔を歪めることしか出来ず、ヴェノムも何処となく申し訳無さそうに口を噤んだ。

 もしかしたらこの装置が完成すればあの妖怪の居場所もわかる筈だからだ。

 しかし、それをシンのせいで壊してしまったとなると。

 

 連日のストレスと合わさって猛烈な自己嫌悪と自責の念がシンの身を襲った。

 そんなシンを見かねたように永琳は温和な雰囲気を漂わせて言う。

 

「…別に良いわよ、貴方が張り詰めているらしいことは知ってるし、これぐらいどうとでもなるし…」

「…こんなことを聞くのも何だが…何で爆発が起きたんだ?」

 

 俯きながら絞り出すようにシンが喋った。

 まるでシンの失態を誤魔化すかのように、それとも自身の心のヘドロを解消する為か。

 

 その質問に永琳は過充電よ、と一言で答えた。

 

「過充電?」

「名の通り充分に充電された状態から更に充電することよ、まぁ…この場合は交流発電機を間違った所に配置したからだけどもね…」

 

 黒い煙を燻らすストーブ程の大きさの装置をバンバンと叩きながらそう説明する永琳。

 本当に装置を直す気なのだろうか。

 それともそれぐらい叩いても直せる自覚があるのか。

 

 どちらにせよそれ以上会話は続かなかった。

 一人は工業器具やピンセットで極小の規模の作業をし、もう二人は口を噤んで話さない。

 数十秒の間空調とカチャカチャとした作業音しか響かなかったが、シンを見かねた永琳が作業を中断して言った。

 

「…はぁ…貴方達、今日の所はもう帰って休みなさい…精神的に疲れてるようだし…」

「…ああ…そうする…ありがとな…」

じゃあな

 

 そそくさと部屋を退出し、ラボを後にする。

 やはり心の内には罪悪感と焦燥感が渦巻いていた。

 少し歩いた後、道端に座り込んで大きく溜息を吐く。

 

あまり気に負うなよ、見てるこっちが不快になるからな

「…うるせぇ」

…あのなぁシン…いつまでもウジウジしてるとな…

「うるせぇッ!!」

 

 もう限界だ、そう言わんばかりにシンは俯いて叫んだ。

 幸い、付近に人はいないようで、叫び声は虚しく空に溶けていった。

 

「俺がッ!弱いからッ!全部俺が悪いんだよッ!!あの時クソを殺さなかったのも!カレンが殺されたこともッ!運が悪い?違うんだよ!!俺が弱かったから守れなかったんだよッ!もっと強くならなければいけないのにッ!俺はッ!俺はぁあああッッ!!」

おい、シン

 

 ヴェノムの声を聞いて無機質な地面から視線を上げる。

 直後に視界に黒が広がり、生々しい音と共に鼻中心とした激痛が彼を襲った。

 

「いッヅぅうう…!」

言葉を吐き出してスッキリしたか?それとも今ので目が覚めたか?…今のお前は心に余裕がねぇ…だからまだ吐き足りないなら聞いてやるよ

 

 首を文字通り長くしたヴェノムがシンと向かい合い、真剣な顔で彼を見据えている。

 どうやら例の如く頭突きされたようだった。

 鼻血が流れ、同時にマグマのように煮えたぎっていた思考に冷水が流されたような気分になり、何処か冷静になったのを感じる。

 

「…いや、いい…頭が冷えた」

そうか、そりゃ良かった

 

 ヴェノムは凶悪に笑い、体に戻っていく。

 未だ胸のしこりは拭えないが、想いを吐き出したからか多少楽になった。

 もう一度大きく息を吐き、立ち上がって伸びをする。

 

「…ヴェノム」

ああ?何だシン?今度は太陽に向かって叫びたいのか?

 

 確かに曇天は既に消え失せ、煌々と燃ゆる太陽が露わになっているが、別に叫びたいわけでは無い。

 光がシンの顔を赫赫と照らし、眩しさにシンは少し目を細めた。

 

「別にそうじゃ無い…ただ、まぁ…あー…ありがとな…って言うか、何というか」

…ククク…何だ?遂に俺を敬う気持ちが芽生えたか?このチェリーボーイめ

「んだとてめぇ!?あぁそうかい!撤回だ!感謝なんて言うか馬鹿野郎!!」

 

 少し心が晴れた、そんな気がした。

 

◆◆

 

 私が母上を■■してから、数日が経った。

 私の体は存外便利なようで、食事を必要とせず、筋肉が電気と置き換わっている為、ずっと動き続けることができるのだ。

 電気を放出すれば話は別だが。

 

 行動する理由は一つ、人類の殺害。

 その為の電力供給と、ついでに都市の破壊。

 正に一石二鳥であり、我ながら良い作戦であると思う。

 

 そうして私は大都市まで後一歩の地点まで迫っていた。

 

 嗚呼、すぐそこに電気を感じる。

 地中に張り巡らされた電線、空へ伸びる電灯、いずれにしても莫大な電力量だ。

 我が身に収まりきる量では無いが、ゆっくりと吸収すればいいだろう。

 

 しかしこの体では隠密など出来無いに等しい、蒼く煌めくこの体では。

 どうしたものか、そう考えて歩く内に目の前に白い壁が広がっていた。

 

「着いたか…!」

 

 歓喜に自然と言葉が零れ落ちてしまう。

 漸く使命が果たせるのだ。

 

 壁沿いに外周を周ると、話し声が聞こえてきた。

 門番だろう二人の会話である。

 私に取っては聞くに堪えない騒音であり、漏れ聞こえる内容も至って普通、その筈なのに脳内は下劣な会話と判断した。

 

 侵入する為にはどうすれば良いだろうか。

 対話?隠密?殺害?

 

 答えは決まっている。

 

 さぁ、殺すか。

 

「おじさん、私迷子なの、心配だから手を握ってほしいの」

 

 まず私はなるべく迷子を装って姿を現した。

 肌の色に多少奇異の眼を向けられるけど、見た目幼女の私の懇願を邪険に扱う訳はなく、にっこりと微笑みながら男は私に手を差し出した。

 おっと、いけない、あまりの滑稽さに口がニヤけてしまう。

 

「大丈夫かい?嬢ちゃん」

 

 間抜けに差し出された手を私は繋ぎ、私はありったけの電流を流した。

 声を発することも出来ずにビクビク震えて崩れ落ちる男。

 もう一人は呆然と男だった黒炭を見て、え?と言葉を繰り返していた。

 

 そんな人間の胸に電流を発射する。

 電流はいとも容易く心臓を穿ち、その鼓動を停止させた。

 

 目を見開いたまま倒れ込む男。

 これで私を阻む者は居ない。

 連絡もされていない為すぐに異変に気付くこともないだろう。

 

「ククク…ハハハ…!ハーハッハッハッハッ!!」

 

 あまりの呆気なさに声を上げて笑い立てる。

 何と言う体たらく、あからさまに怪しい私の手を取るとは、警戒のケの字もないのか。

 

 

 ひとしきり笑った後に、私は男のフード付きの服を剥ぎ取り、その身に纏った。

 サイズは合わないが、肌を隠すには上出来だろう。

 

 私はフードを深々と被り、沈みゆく日輪を背景に都市へ侵入した。

 

◆◆

 

「外へ?もう暗いのにか?」

「えぇ、貴方は休みを取ったのでしょう?それならリフレッシュに夜風に当たるのも一つの手です」

 

 そう顔を近づけて言うのは依姫。

 永琳のラボから帰って軍からの休みをもらっている筈なのに誰もいない道場で刀を振るうシンを思っての言葉だろうか。

 何にせよ先のヴェノムの言葉で多少心の落ち着いていたシンはその言葉に従った。

 

「分かった…依姫も済まないな、お前も辛い筈なのに気を遣わせて、それに俺のせいでカレンを…」

「いえ、貴方が気を負う必要はありません…どうか、今は休んでくだい…」

 

 不安な表情をする依姫。

 彼女も未だ心の傷を癒やしていない筈なのにシン達に気を遣っていることに、シンもまた少し心配になった。

 

 そして出口まで見送ってくれた依姫に対して。

 

「お前も辛くなったら俺か家族に言えよ、取り敢えず吐き出せば楽になるからな」

「…はい」

 

 短く返事をした依姫を後にし、道場からシン達は歩き出した。

 空は既に真っ暗で雲の隙間から星や月の光が漏れ出ている。

 

 ひんやりとした夜風を堪能しながら当てもなく歩く。

 

 特に何かが起こる訳でもなく、シンは来た道を引き返そうとした。

 その時である。

 

 暗い道の奥で薄暗く光る人影。

 何処か見覚えのあるその姿は、子供のように小さく、その姿にまるでカレンを幻視させた。

 

「まさか…な」

<気を付けろよ、嫌な予感がする…>

 

 しかしどうにもその立ち姿がカレンと重なる。

 ヴェノムの忠告を無視し、知らず知らずのうちにシンは走り出し、その少女の目の前まで迫っていた。

 

 少女は深くフードを被っており、その顔は確認出来ない。

 

「アンタは…誰なんだ?」

 

 少女はニヤリと笑って言った。

 

「誰か…?私はエレクトロ…人類の抹殺者だ…!!」

 

 




ご拝読、ありがとうなのぜ。
次回、激突。

それはそうと☆0評価したお方、誰なのぜ?表示されないし…
評価自体してくれたことはありがたいですが…せめて何が悪いのか感想で言って欲しいのぜ!出来る限りのことはするのぜ!


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第二十七話 躊躇い

ゆっくりしてくれのぜ。


誰か…?私はエレクトロ…人類の抹殺者だ…!!

 

 目の前の少女は名乗ると同時に手を突き出して蒼電を放出した。

 呆然と彼女を見ていた俺達は一瞬反応が遅れたが、間一髪の所で横に飛び込み、電撃を免れた。

 肝心な顔が見えないがこの体躯、この能力…まさか…

 

 考えが纏まらず、目の前の少女を敵が味方かも判断出来ない。

 突っ立っている俺達は無防備だったが、避けられたことに驚いたのか、攻勢に出ないことを不思議に思ったのか、少女はアクションを起こさなかった。

 

「ハハハ!避けたか!避けられたのは初めてだぞ!!なぁ!?」

「………お前は…カレン…なのか?」

「あぁ?…私はエレクトロだと…ぁがッ!?聞こえなか…ぅぐッ!?おええええ"え"…」

<…アイツ本当にカレンか?>

 

 荒々しく宣言する彼女は会話途中で急にえづきだし、頭を押さえて道端に吐瀉した。

 ただ単に酔った訳ではないだろう。

 彼女が苦しそうに、けれども吐くモノも無いのか胃酸を口から垂れ流している。

 

 一体どうしたと言うのか。

 

「お、おいカレン?何の真似を…」

「黙れッ!!!」

 

 彼女は顔を上げて俺達を忌々しげに見て言った。

 その顔は苦痛に満ちた表情であり、困惑、殺意、苦悶、苛立ち、様々な表情が読み取れる。

 

 本当にどうしたんだ。

 

 そう尋ねる前に口早に彼女は言った。

 

「ぐぅうう!?何故だか知らんが貴様の声を聞くと頭が痛むッ!殺す!あぁ殺してやるッ!」

「ぅおっ!?」

<おいシン!迷ってないでさっさとやるぞッ!!>

「…仕方ない…ッ!」

 

 何処か情緒のおかしい彼女はヒステリックに叫び、電流を纏って突撃した。

 余波だけで地面のコンクリートが剥がれ、暗い夜に閃光が走る。

 

 目の前に迫る電気の塊を真上に飛んで回避した俺はヴェノムに言われて着地と同時に彼女は向き直り、ヴェノムを纏った。

 いつもならば高揚感が襲う筈だが、全くそんな気は起きない。

 

 彼女はフード越しでも分かる程強い眼光でこちらを見据え、電流を迸らせている。

 まだまだと言わんばかりに彼女は両手を地面に突き刺し、雷を弾けさせた。

 

「エレクトロピラーズッ!!」

 

 直後にバリバリと地面に彼女を中心として雷光が走り、地中から大量の雷の柱が立ち昇った。

 

 視界を埋め尽くす雷陣を避け切ることは出来ず胴に柱の一本が直撃する。

 

グッ!?

<危ねぇッ!前からくるぞッ!>

「まだまだァッッ!!」

 

 目の前は雷色一色だが、彼女が雷を突っ切ってこちらに突進してきているようだった。

 気づいた時には猛々しい蒼が目の前一杯に広がり、全身の激痛と遅れてやってくる背後の激痛に体を身悶えさせた。

 

 …どうやら突進に突き飛ばされ、その勢いで壁に激突したようだ。

 背後に蜘蛛の巣状のヒビが入っており、ヴェノム越しとはいえ体が痺れて上手く動けない。

 

 痺れを無視して壁に背をつけながら立ち上がる。

 

クッソ…てめぇ…ッ!

 

 …今のは電量も威力も軍来祭と比較にならない、正に殺す気の一撃だった。

 

 そうか…ならば覚悟は決まった。

 アイツがカレンだろうが無かろうが叩き潰してやる…!

 

…お前がカレンか何者かなんて…もうどうでも良い…いいぜ、そこまで俺と勝負したいなら付き合ってやるよ…ッ!!

「黙れッ!!オオオオォォォオオッッ!!」

 

 フードから漏れ出る金色の髪を振り回して雄叫びを発する彼女。

 

 今だけは…今だけは過去も、しがらみも、思い出も、全てを忘れて(闘い)だけに全ての意識の目を向け、神経の隅々を鋭く尖らせよう。

 目の前の相手と闘い合う(殺し合う)ために。

 相手がカレンだとしても腕が鈍らないように!

 

行くぞッッッ!!!!

「ガァああああッ!!殺すッッ!!!!」

 

 歯を剥き出して咆哮する彼女は両の手のひらを突き出し、蒼電を発した。

 爆音を立て、幾多もの道筋を描きながら飛来する電撃を避けるのは至難の業だろう。

 

 だが今の俺には…遅い。

 依姫の斬撃と比べて密度が少なく、速度も足りない。

 唯一勝っているもすれば威力か。

 

俺も舐められたものだなぁッ!!」

 

 体を蒼電に滑らせる様に回避し、一息で彼女の眼の前まで接近する。

 

 一瞬で目と鼻の先に現れたシン達に、驚愕に染まる彼女。

 その腹部へ強烈なボディブローを炸裂させた。

 肺まで届いた一撃に彼女は空気を吐き出し、ミシリと骨を唸らせる。

 恐らく彼女は内臓をシェイクされたかの様な感覚を味わっただろう。

 

 続け様に横薙ぎに蹴りを繰り出し、彼女を吹き飛ばした。

 

「ごハァッッ!?!?」

その程度かァッ!?

 

 十数メートル吹き飛び、バウンドしながら減速する彼女は体制を立て直し、地面に爪を突き立てながら着地した。

 こちらに伸びる様に爪痕が地面に刻みつけられる。

 

「おのれェッッ!!」

 

 彼女はボディブローを喰らったとはいえ、なんとも無い様に声を荒げた。

 

 ヴェノムの力で殴ったはずだが…

 口元が裂け、歯を剥き出しにした…いわゆる憤怒を表す彼女は更に力を弾けさせる。

 

「オォォォオ…ッ」

 

 両手から溢れんばかりの光を灯し、低く唸る彼女。 

 恐らく軍来祭で発動した【ゼウス・ドンナーシュラーク(神の零した雷)】の様なエネルギー砲だろうか?

 

<今更俺達にそんな技が効くかッ!>

 

 そう豪語するヴェノムだったが、時折溢れ、漏れ出る雷電が地面やビルのコンクリートを破壊した光景を目の当たりにし。

 

<…よしッ、絶対避けろよシンッ!!>

 

 掌を返して俺に忠告した。

 勿論心得たつもりだが…明らかに上昇している電力…技が放たれる前に攻撃を仕掛けることも出来るが、未知の攻撃にそれは悪手。

 

 ならばどうするか。

 答えは簡単、迎え撃つ…最悪の場合は回避すれば良い。

 

 どんな攻撃が来ても対応できる様に腰を深く落とし、構えを取る。

 

 一方彼女は電力の蓄えられた両手を握りしめ、前方…つまり俺達の方向へ両手を合わせた。

 ビリビリとライトブルーの雷の音が一層激しくなり、今にも爆発しそうに電力のエネルギー体が脈動する。

 

 来る…来る…来る、来る来る来るッッッ!!

 

ジゴラーク・アスカロン(蒼砲・天翔雷撃)ッッ!!」

 

 極限まで貯められた電力はその身を暴力的、かつ破壊的なエネルギーの結晶へと姿を変え、猛烈な蒼光を発しながら俺達を襲った。

 

 目の前に迫るは圧倒的な絶望を伴った死の権化。

 そう表しても差し支えない程の迫力、破壊力、電力。

 

 受ければ真面目に消滅する。

 電光が顔を照らすと同時にそう悟り、壁に飛び付いた。

 

 通路丸々を覆い尽くす蒼雷の奔流が目の前を通過し、息を吐くーーー

 

 そんな暇が与えられるはずも無く、横を通り抜けていた極太の光線の如き雷光がこちらへ迫った。

 客観的に説明するならば…彼女が極太レーザーを振り回している…と言ったところか。

 

うおおぉぉぉぉッッ!?!?

<追ってくるぞッ!>

 

 俺達が元いた壁を雷の奔流が打ち砕き、高層ビルに易々と大きな穴を開ける。

 ガラガラと崩れる瓦礫を横目に、俺達は壁を伝って雷の奔流を避けた。

 

 俺達の後を追う様に雷の奔流が追跡し、その度にビル群を破壊させていく。

 だが…着実に近付いている…

 

 ようやく目と目が合うほどに近づいた俺達は、あることを思い付き、ビルに張り付いた。

 無論、あわや雷の奔流に飲み込まれる直前の領域に足を踏み入れる。

 そして力及ばず飲み込まれ、星空の藻屑になる…なんてことは無く。

 

 奔流に飲み込まれる一歩手前の所で、コンクリートを踏み砕く程に壁を踏み締め、弾丸の様に彼女で飛び出す。

 ヴェノムの力で飛び出した俺達の体は一瞬で亜音速の世界に辿り着き、ソニックブームを発生させた。

 

 その勢いで驚愕に染まる彼女の顔を掴み(アイアンクロー)、慣性に任せて地面に叩きつけた。

 

「ぐぉぉォォ"ォ"オ"ッッ!?!?」

オオォォォオオオオッッッ!!!

 

 悲鳴にも似た咆哮を上げる彼女はコンクリートの地面を割りながら暴れ、光の奔流はいつしか霧散していた。

 亜音速で打ち出された勢いは止まらず、T字路に差し掛かるまで止まらなかった。

 

 しかしそれだけでは終わらせない。

 彼女の華奢な体を持ち上げ、顔を掴んだままビルの壁に叩きつけ、爆音と共にめり込んだ彼女をそのまま壁ですりおろすかの様にビルの横を走った。

 

 壁に彼女をめり込ませたまま走ったのだから、勿論彼女は顔面で壁を破壊し、激痛の余りに咆哮を上げた。

 

「ぐぁああああああああッッッ!!!!」

ッッオラァッッ!!

 

 ついでとばかりに彼女を思い切り壁から引き抜き、その勢いを持って今度は地面に思い切り叩き付けた。

 ドォンッ!そんな衝撃音が星空に響き、コンクリートが許容量を遥かに超えた衝撃によって半球状に窪み、通路全体にヒビが入る。

 

「ッごぁァッッ!?」

ッこれでッッ!!終わ…

 

 最後の一発。

 両手を合わせて握り拳を作り、頭蓋骨を砕き割る勢いで振り下ろした。

 しかし…血と肺の中の空気を強制的に吐き出した彼女のフードは破れ去り、その顔が露わになった瞬間、その拳は止まってしまった。

 

 体躯、電撃…いかにフードで顔が隠れてしまっていても、体が蒼く迸っていたとしてもその少女がカレンだと言うことは確実であり、自明の理であった。

 ただそれを信じたく無かったのは()()()()()で命の危機に陥れてしまった罪悪感、彼女は俺を恨んでいるのでは無いかと言う恐怖が根底に潜んでいたからだろうか。

 だからこそ目の前の少女はカレンでは無いと決め付け、殺害しようとした。

 

 しかし、露わとなった彼女の顔は、どうしようも無く、カレンと同じで。

 

「あぁ……すまん…………カレン」

<おいッ!!シンッッ!!動けッッ!!>

 

 今まで攻撃を加えたのはカレンだった、俺のせいでここまで変貌してしまったのか。

 その事実に思わずヴェノムを解いて、拳を止め、謝罪してしまった。

 しかし、バケモノと化したカレンにはその姿は隙でしか無く…

 

「…死ねェッ!!!!」

「〜ッッッ!?!?!?」

 

 見境なしの放電。

 その電量、実に二千万ボルト。

 

 ほぼ密着した状態から放たれた雷撃は、生身の状態のシンを瞬く間に瀕死の状態へと追い込んだ。

 蒼を通り越して白く染まる視界、焼かれていく内臓、出鱈目な電気信号に震える手足、衝撃に投げ出される体。

 

 

 …気付けば壁に背を預けていた。

 カレンの一撃は痛覚を置き去りにし、頭に響く声すらも遮断した。

 

「はぁっ、はぁっ…ッはははははッッ!!どうしたテメェッ!?私を()るんじゃねぇのかァッ!?」

「…ゲフッ…なぁ…カレン…いや、エレクトロ…」

<ーーー!ーー!!ーーーーー!!!!>

 

 頭の中でヴェノムが呼んでいるが殆ど聞き取れない。

 俺は倒れ込んだ状態でカレンも見ずに言った。

 

「笑っちまうよな…あんな状態からこんな逆転されるなんてよぉ…」

「クッ、ハハハハハッ!?何を言い出すかと思えばッ!?恨み節かぁッ!?」

 

 月光に照らされたカレンの影が腹を押さえて笑う。

 あぁ、畜生…覚悟決めたはずなんだがなぁ…

 

「お前がカレンだったとしても…殺せる覚悟をしてたはずなんだがな…」

「あぁあああッ!?!?そのカレンってのを止めろよッ!!頭がァッ!?ぐぅうッ!!」

 

 影は頭を掻きむしり、頭を押さえて蹲るが、直ぐにフラフラと立ち上がった。

 そろそろ瞼も落ちて来た。

 

「あぁッ!やはりお前と喋ると頭が痛くなるッ!!もういいッ!死ねぇッッ!!」

「あぁ…カレン……本当に済まなかった…」

 

 暴言を吐いて掌に電流を迸らせ、俺に向けて発射しようとする彼女。

 しかし…俺の言葉を聞いて石像の様に固まってしまった。

 

 どうやら…邪神は俺のことをまだ死なせたく無いらしい。

 

 重い首を上げてカレンの顔を見る。

 彼女はーーー泣いていた。

 

「あ、あれ?なんだ?なんで急に…クソッ…」

 

 擦っても擦っても溢れる涙。

 強引に涙のまま電力を貯めようとしても直ぐに霧散してしまい、マトモに俺に攻撃を加えることができなかった。

 

「クソ…が…おいッ!お前には特別に崩壊していくこの街を見せてやる…ッ!今ここで死んだ方がマシだったと思えるほどにな…クソッなんで…こんな…

 

 そう吐き捨て、涙を零しながら彼女は去ってしまった。

 

 …どうやら助かった様だ。

 あぁ、本当にアホらしい…覚悟を決めてこのザマか…

 今直ぐ道場へ戻りたいが、体が動かず、特に眠い。

 

<ーーー!!ーーーーーーー!!!!>

 

 ヴェノムが何か言っているが…少しぐらいいいだろう。

 少し…寝させて………くれ…

 

 




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
ほんッと〜にお待たせしたのぜ!!
二週間程も待たせて…申し訳ない限りなのぜ…
現在GWなので少しぐらいは投稿速度も早くなると思うのぜ…
あと次回は23.5話…日常回なのぜ。
次回もゆっくりしてね!!


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第二十八話 八方塞がり

ゆゆゆっくりしてね!


「…!シンさんシンさん!何があったんですか!?シンさん!」

 

 意識の泥沼の底の底。

 そんな状態の男を抱き、呼び止めている女の姿があった。、

 勿論依姫だ。

 

 そして、男は肌に感じる早朝の細やかな冷気とコンクリートの冷感、騒がしく足音を立てる人々のハーモニーを何を考えるでもなく聞き入っていた。

 

 …否。

 ただ頭に靄がかかっていたように、騒音を受け止めているだけである。

 

 彼は様々な音をBGMにして、何があったのか想起しようとする。

 しかしながら、脳は微睡みから覚めず、痺れるような電気信号を体に送るばかりだった。

 

 だが。

 男はこの痺れには身に覚えがあった。

 少しずつ蘇ってきた記憶…その記憶は更に小さな少女を形作り、完全に身体を覚醒させた。

 

 突如として蘇る激闘。

 

「ッカレンはッ!?」

 

 彼、シンは頭を駆け巡る記憶をアラームにして飛び起きた。

 同時に忙しなく周りを見返し、大勢の人々がひび割れた道路を行ったり来たりしていることにようやく自身の置かれた状況を理解した。

 

「〜〜ックソッ!!」

<…気にするな、少なくもお前のせいじゃない>

 

 彼は顔を般若のように顰め、行き場のない怒りを言葉にして表した。

 それは敗北した自身に対してか、覚悟を決めたと誓った筈が、最後の最後に情を捨てきれなかった苛立ちからか。

 何にせよ気分は最低中の最低だった。

 

 更に反芻する疑問。

 何故ああなったのか、何が起きたのか、何故あの場に居たのか、大妖怪はどうしたのか、何故、何故、何故。

 

 だからだろうか。

 彼は自身を呼びかける声に何一つ気付かなかった。

 

聞いているんですかっ!?シンさんっっ!!

「っなんだ!?…依姫か?悪い、考え事をしているから後に…」

「だから何があったんですかっ!?」

 

 依姫の顔を見ず、俯きながら答えるシンだったがー恐らく何度も無視されて飽き飽きしていたのだろうーかなり怒気を強めて依姫が叫んた。

 シンが顔を上げると、そこにはわずかに涙を溜めた依姫の姿が。

 

 少しの風が吹き、依姫の髪を揺らすと同時に、シンは彼女にこの件を伝えなければならないのではないかと言う疑問が浮かび上がった。

 しかし、彼女にこのことを教えてもいいのかと言う疑問も湧き出てくる。

 

 何故なら依姫はカレンと友達だったからだ。

 果たして彼女は悲しむのだろうか、絶望感に苛まされるのだろうか、はたまた憤慨するか。

 

「………お前には事実を知る権利がある、だが…この話をお前がどう受け取るかが問題だ…それでも聞くか?」

「…お願いします…何にせよ私に出来ることはある筈です、最悪の場合には犯人を殺してしまうことだって…」

「それがカレン(お前の友達)でもか?」

 

 瞬間、空気が凍り付いた。

 現場の調査に来た人々の喧騒とまるで境界が引かれたかのように、二人の間には極寒の沈黙が訪れた。

 

 朝焼けに浮かぶ黒胡麻のようなカラスが嘲笑うように、耳障りに喚いている。

 

「じょ、冗談です、よね?だって彼女は…」

「…殺された筈だ、大妖怪に…だがアイツは生きていた」

「だったら…!」

<これ以上教えるのは気が引けるな…>

 

 希望を見出したように顔を煌かせたが、反面、カレンがそんなことする筈がないと一抹の不安を言葉に表した。

 しかし、現実は無情だ。

 

「…カレンは変わった、外見も内面も妖怪と言っても差し支えないぐらいにな…少なくとも俺たちのことなんて覚えちゃいねぇし、元に戻す方法も知らねぇ…文字通り八方塞がりだ」

「…なんで」

「俺が聞きてぇよ…」

 

 双方静かに俯いて溢れ落とした言葉には、複雑な感情が孕まれていた。

 

 カラスは相も変わらずけたたましく鳴いている。

 二人はそんな騒音に僅かながら、腹立たしいと感じた。

 

 しかし、俯いていても仕方がない。

 そう言い表すように顔を上げた依姫は、ある策を提案したのだ。

 

 心なしか彼女の瞳も色を取り戻し、更にその言葉には力強さと確信があった。

 

「師匠ならば…師匠ならなんとか出来るかも知れません…」

<師匠?>

「誰だソイツは?」

「八意永琳様のことです、あの方に一時期師事しておりまして…ってそうじゃなくてですね…」

 

 永琳は医者だった筈だ。

 しかしこの状況を打開出来るとなったら…精神科医でもやってるのだろうか。

 

 兎にも角にもその情報は願ったり叶ったりであり、シンは集中して依姫の話に耳を傾けた。

 

「あの方は医学だけでなくあらゆる分野に精通しています、だからこそまず師匠の元に行くのがいいでしょう…」

…待て依姫、だったら神サマにでも頼めばいいだろう?魂的な治療だったらそっちが適任だ

「月詠命のことか…」

 

 ここに来てヴェノムが初めて顔を出し、新たなる提案を挙げた。

 凶悪な顔を気難しそうに歪曲させている。

 しかし。

 

「いえ…それは、出来ないんです…」

「なんだと?」

「元々神とは人が願ってこそ現れる概念的な存在です…だから人類やその地域に壊滅の危機に迫り、人々が願うと自ずと姿を現し、神の御技を披露していきました…その名残で今も神が私達に関わることは滅多にありません、だから月詠命様が動くことは99%あり得ないんです…」

 

 依姫の説明は確かに納得のいくものだった。

 無制限に神の力を使えば人は堕落し、かと言って使わないというのも、脆弱な人類はいつか滅びてしまう。

 

 だが、一つ腑に落ちない点があった。

 

 カラスは漸く口を噤み、黒胡麻のように空へ浮かび、何処かへ飛び立とうと群れを成して動き出している。

 

じゃあ軍来祭はなんだ?アレは神サマの作った娯楽じゃなかったのか?

「…分かりません、ただ一つ言えることは…神とは時に傲慢になるということです」

「…クソッタレが」

 

 こうも簡単に誓約を破り、それを咎める者も居ない…実質独裁者とも言える月読命ーいや、この場合は全ての神と言うべきかーに腹が立ってしょうがなかった。

 だが、その所業は構わずルールを度外視している事と同義、そう考えれば…

 

 そこで空からカラスが一羽ー圧殺でもされたのか、寿命が来たのかーすぐ側にバサリと音を立てて墜落した。

 

 気味の悪い光景だが、今シンが考えている事に比べれば些細な事であった。

 何を考えているか?

 それはーーー

 

「…よし、月読命に()()()しに行く、依姫は永琳の所で指示を仰げ」

「え…?えぇ!?確かに急を要する時ではありますが…分かりました、取り敢えず聞くだけ聞いてみます」

「頼んだ」

いい情報を期待しているぞ!

 

 あの神は自身の欲求の為に神々の誓約を破るほどの傲慢、そして外面上はともかく、人間にも気さくに話しかけるフランクさを持ち合わせている。

 ならばこれくらい容易い御用のはずだ、いや、そうで無いと困る。

 

 なにしろこちとら八方塞がりだ。

 それに奴ならこんなことにあーだこーだ言わずに、二つ返事で了承してくれるだろう。

 

 依姫は唐突な要求に少し不服そうに眉を吊り上げたが、身を翻し、小走りで永琳の居るラボへ向かって行った。

 

 …さて、こちらも早々に動かねばならない。

 シン達の記憶が確かなら、月読命の居る宮は都の中心部分。

 ここからの距離はかなり遠いが、ヴェノムを纏えばそう長くはかからない。

 

 そう推断し、壊れた道路などの復興に勤しむ人々を横目に、シン達は飛び出した。

 

 

 

 …しかし、シン達にはこの都の土地勘なぞ生憎持ち合わせていない。

 少し経って道に迷うのは必然の事だった。

 

◆◆

 

 数時間後、近代的なこの都市と打って変わって、まるでそこだけ平安時代にタイムスリップかのような和風の建築物をシンは見上げていた。

 まさに宮、と言うべきか。

 宮は傷みを感じられない木製の壁に覆われており、厳格に聳え立つ門だけが宮への通り道であった。 

 

 そう、ここは月読命の住む家だ。

 

 厳かな雰囲気が漂っているが、周囲の喧騒はそれを打ち消すほどに騒がしかった。

 ついでに、いる筈の門番すら居らず、宮からも人の気配を感じられない。

 それは何故か?

 

 エレクトロ(カレン)だ。

 移動途中、道なりに進むことを諦め、仕方なく建物の上を疾走していた最中、蟻のように列を成す人々を発見し、立ち止まって観察してみるとその先にはシェルターのような大規模な施設があった。

 シン達とエレクトロとの戦いをどこからか見ていたのか、それとも被害の大きさを危険視した上層部が避難警報でも発令したのだろう。

 

 今現在も周囲はドタバタと人が人同士を押し退け合い、蹴飛ばしながらシェルターに向かって避難している。

 頑強な壁に囲まれたこの都のことだ、恐らくこんな事は初めてなのだろう。

 

 しかも、エレクトロは目立った行動を起こしていないが、彼女自身は依然発見もされていない。

 今もどこかをフラフラと彷徨い歩いていることだろう。

 その事実が人々に今にも殺されるのではないかという不安と恐怖を呼び寄せ、周囲を押し退けながら走る群衆を完成させたのだ。

 

<…人ってこんな醜かったか?>

「大体こんなモンだろ、人ってのは九割があんな感じだ、多分」

<じゃあお前は特筆すべき一割の人間か?>

「んなわけねぇだろ、凡夫な九割だ」

 

 ヴェノムは『いつもの人』と『窮地に陥ったの人』とのギャップに困惑している。

 ドラマや小説など、知識ではそう知っていても、依姫や永琳と言った心優しき人(?)と接して来たヴェノムからすれば悪い意味で新鮮だった。

 

 …そこにシンはシン自身が含まれているとは思っていないが。

 

「…っと、こんなことをしている場合じゃない、さっさと行くか」

<そうだ!カレンを救うんだ!>

 

 奮起したシン達は人々を背に宮へ突入した。

 

 その地を踏み締め、その光景を見回し、奥は奥へ進んでいく…まではいいが。

 やはり広すぎる。

 道場の何十倍近い面積を誇るだろう宮で迷子になるのもそう遠くない未来だろう。

 

 湖の如き池、金箔が塗られているわけでもないのに艶輝く寝殿、しっかりと平された土、近未来的でもないにも関わらず、他の建築物とは一線を画していた。

 

「どうする?奴のいる場所なんて知らないぞ?」

…体貸せ、探してやる

 

 突如体がヴェノムに覆われ、勝手に体が地面に耳を付けた。

 シンには何も感じられないが、異常にまで聴覚を発達させたヴェノムには何か感じるのだろう。

 

 物音、声、果ては衣擦れまで。

 

分かった、こっから十時方向の…犬小屋みたいな建物だ

「サンキューヴェノム!助かった」

 

 犬小屋という表現はいかがなものかと思うが、やはりヴェノムは頼もしい。

 その知らせを聞いたシンは爆速で月読命の居る建物へ向かった。

 

◆◆

 

「クッソ…広すぎだろ…」

<月読命はどう生活してんだろうな…>

 

 km単位の距離を走った。

 もう一度言おう、k()m()()()である、1000mである、100000cmである。

 幾ら何でも豪邸とは言え、門の近くから住居まで数kmあるなど実用性皆無ではないか。

 

 数分を費やして辿り着いたその家は、先ほどの豪邸と変わって幾分か質素であり、簡単に形容するならば…(やしろ)であった。

 しかし一般的な社と違い、巨大なしめ縄や、光り輝く灯籠が鎮座している。

 シンは何処か畏れのような感情を抱いたものだが、何kmも歩かされた怒りが燃焼し、その怒りの前にはちっぽけな恐れなど取るに足らない要素であった。

 

 扉を勢いよく蹴り上げ…

 

 いや、冷静に考えて今から助けを乞う相手には流石に無礼では…?

 そう考え直し、素直にノックしようとしたところーーー

 

<どうでもいいだろ>

「ああ、やっぱどうでもいいわ」

 

 ヴェノムが善意を一刀両断し、シンも考えを止めた。

 

「オラぁッ!!」

「…むっ!」

 

 派手にヤクザキック。

 

 扉は壊れはしなかったものの、バシンと大きな音を立て、座禅を組んで座る月読命を現した。

 しかしその顔は健康的とは言えず、漆黒の髪は幾らかその艶を失っている。

 更に汗ばんだ着物から映し出される巨大な胸は妙にエロティックだった。

 

「…お前大丈夫か?」

「ハハ…それが神に掛かる言葉か、シンだったな、面白いが大丈夫ではない」

「何があった?」

「そうだな、色々だ…」

 

 …顔色から察するに『色々』あったのだろう。

 以前見たようなポーカーフェイスな性格から豹変し、少しハイになっている状態の月読命に頼むのも酷だが、他にどうすることも出来ないシンは恥を承知で頼んだ。

 

「月読命、頼みが…」

「よいよい、用件は分かっている…まぁまず我の話を聞け」

「…なんだと?」

 

 少し落ち着いた様子の月読命は脂汗をかきながらゆっくりと話し始めた。

 

「まず、発端はカレンが都に侵入して来た事だ…その時から既に彼女はおかしくなっていたことは分かっていたのだ…

我が都の民の命を奪い、シン達と対戦した…しかし、だな」

「…待て、お前分かってたのか?全部?」

 

 今の話はカレンが暴れるのを黙って見過ごしていたと自白していたようなものだ。

 

 そして、それを知りながら無視した月読命に対して、理解が出来ず、わなわなと両手が震え、頭に血が昇っていくのが分かる。

 

「分かっていたとも、これは神のルールと、そしてもう一つ…」

<…おいシン、抑えろよ>

「………ああ…ルールは知ってる………じゃあなんで闘技場なんて作った?答えろよ…!」

 

 ヴェノムに静止されなかったら掴み掛かっていたかもしれない。

 言葉を遮られ、一瞬硬直した月読命は何処か申し訳無さそうに目配せし、覚悟したかの様に目を閉じるとーーー

 

 額を地面に叩き付けた。

 一瞬理解が及ばなかったが、これは…土下座である。

 

「すまん、()()()()()()…そして、済まなかった…この出来事を甘く見積り、ここまでの事態を引き起こしたのは我の責任だ、ただ…今だけは話を聞いてくれ、頼む」

「…は?」

<>

 

 月読命が言葉を発して、暫く経ってからようやく間抜けな返事を返すことが出来た。

 甘く見積もった?お前の責任?

 

 つまり…カレンという存在を舐めていたと?

 本当に、ただ知りながら敢えて無視していたと?

 

 怒りは混乱へ姿を変え、多少の落ち着きも取り戻した。

 そしてもう一つ、ここで不毛な議論をする必要がないという事も。

 

「待てよ、説明…いや、そんな場合じゃない、つべこべ言わず協力しろ」

「…悪いが、我の力を全て貸すことは出来ない…」

いい加減にしろッ!!お前の責任なら力を貸せ!!

 

 もはや畏れも、恐怖も、尊さも、敬語さえいらない。

 神としての責務すら果たさず、責任すら取ろうとしない神にどうして敬う必要があるだろうか。

 

 心中に残ったのは殺意に似た感情であり、ヴェノムが怒鳴りつけなければ代わりにシンが飛び出していただろう。

 それ程までにフラストレーションが、ヘドロの様に溜まっていた。

 

 月読命は下げていた頭を上げ、目を伏せ、絶えず汗を掻きながらポツリポツリと話し出す。

 そろそろ月読命の汗の量が尋常で無くなり、室内は異様な湿気に包まれていた。

 

 なんとも嫌な空間だった。

 

「主の怒りは全て終わった後に受ける…だから、今だけはしかと聞いてくれ」

「…っはぁ〜〜……さっさと言え」

 

 出来ることなら無理矢理にでも協力させてやりたい、しかし、それが不可能な事はこの尋常では無い多汗と先の土下座が証明している。

 兎に角確実に、迅速に事を進めたいシン達は怒りを噛み殺し、大きなため息を吐いて話を聞いた。

 

 …相応の理由が無いならば、ここで喰い殺して力を奪うのも選択肢の一つだが。

 

「ありがとう…まず前提として()()がこの都市から溢れ出しているのが原因だ…穢れとは妖怪達に対する畏怖であり、生に対する執着だ…執着と言うものが人の寿命を…死の匂いを強くする…純粋に妖怪や妖精達から溢れ出るエネルギーもそうだが…」

「…意味わかんねぇ…」

<つまり月読命がカレンを見逃したから、穢れが増えた、と>

 

 いつぞやに聞いた穢れ。

 人々の畏れが穢れに直結する…恐らく神々への信仰から成る畏れ、と言うよりも、未知に対する恐れと言う方が適切なのだろうか。

 畏れが妖怪を産み、生への執着が寿命を生む。

 

 更に妖精という謎の存在。

 

 シンが疑心から自身の眉間に険しく皺を刻み、月読命を睨み付ける。

 彼女は相も変わらず玉のような脂汗を掻き、顔を伝ってポタリと胸先へ落ちていった。

 

 俄に信じがたい、が…生憎、嘘とも言い切れない。

 彼方がここで嘘を吐くメリットも無い、ひとまず理解出来ずとも強引に飲み込んで信じ込む事にした。

 

「だから我はずっとその穢れを抑える為に力をフル稼働し、我が象徴である月の浄なる力も借りながらなんとかこの均衡を維持しているのだ…これが我が全ての力を貸せない理由だ、本当に力不足で済まない…」

「…そうか……」

 

 スケールの大きい話ではあったが、()()()()()()()()()()、という事だけは確実となった。

 彼女の言葉通りなら、力を使えば穢れから寿命が発生し、都内に妖怪が出現する恐れもある。

 

 紛れも無い八方塞がり。

 考えれば考えるほど詰みの状況であり、理解すればするほど絶望的だった。

 

「クソが…」

 

 胸の内がやり切れなさと失意で染まり、何も言わず立ち上がってその場を去ろうとしたその時。

 月読命が衝撃的な一言を放った。

 

「だが…我の力の一部を使()()()()ことは出来る…」

<何ッ!?>

「ッ!?なんだと!?それはどう言う事だっ!?」

 

 扉の方を向いていた体を勢いよく月読命に向け、期待の表情を浮かばせる。

 シンはいつの間にか冷めていた心が、激しく燃え上がるのが感じた。

 

 彼女は脂汗はそのままに、力強い眼をこちらに向けて言った。

 

「綿月依姫の神降しだ、アレなら月を媒介に我も力を出せるし、もしカレンにナニかが憑いていても浄化の力で剥がせる」

「そうか…!その手があったか…!!さっきは悪かった、今は感謝するッ!」

<カレンを治すメドも立ったな!>

 

 降って沸いた名案。

 絶望から一転、希望の一筋が見えたシン達はこの事実を依姫に知らせる為、踵を返して扉を蹴り破り、一瞬でその場を後にした。

 

 ……

 …

 月読命の汗の滴る音だけが響く社に残されたのは、月読命ただ一人。

 彼女はふぅ、と一息つき、静かに独りごちた。

 

「シンを…あの、()()()()をこの都市に入れる事を黙認せず、即刻追い出していたならば…カレンを止める余力もあったのだろうか…?いや、たらればは止すか…」

 

 彼女はカレンを見過ごしていたわけでは無い、止めることが出来なかったのだ。

 この穢れを撒き散らすほど強力な彼の、()()()を抑えていた為に。

 

 常人には理解も、知ることすら出来ない…神だからこそ知ることのできる、正しく()()()()()()()()()()

 

 だからこそ彼女が今のカレンを止める力は無く、シンに任せる形で放置したのだ。

 …結果は事態の悪化を引き起こしたが。

 

「なまじ善人だからこそ…()()したのは神失格か…」

 

 彼女はシンに何を同情したのか?

 

 一体彼女は何を考えているのか…それは、誰にも、究極の頭脳を持つ永琳でさえ、何度も顔を合わせた玄楽にも、勿論、シンにも、ヴェノムにすら分からない。




ご拝読、ありがとうなのぜ!
シンは結局何者なのぜ…?奴隷に聞いても分からないし…

あっTwitter始めたのぜ!よろしくなのぜ!あと二十三,五話も見てくれなのぜ!
https://mobile.twitter.com/cDyMHGEPwTLy1kw


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第二十九話 抜け落ちていくモノ 入り込んでくるモノ

異形は千なる腕を取って、深き闇から這い上がり、穢れた花を千切った。

名無しの異形はその瞬間、完全悪と姿を変容させ、混沌を齎さんと夜を穢す。
さぁ今こそ殺戮を、神なる雷を。

矮小なる黒を、弱たる白を、哀れなる全ての色をーーー混沌に帰せ。


 一方、シンが月読命の社を飛び出した頃のことである。

 

 空は曇天に覆われていた。

 太陽の光は完全に遮られ、黒洞々とした空が広がっている。

 

 先ほど大空を我が物顔で飛んでいたカラスでさえ、その姿を消してしまっていた。

 

 そんな暗澹たる空の下、フラフラと歩く一人の女の姿があった。

 その格好は凡そ健康体とは言えず、耐えず進行と停止を繰り返し、それでも一歩、また一歩と目的の地へ歩を進めていた。

 

「ひゅー…ひゅー…」

 

 偶然な事に、軍の誰からも発見されてはいないが、道端で嘔吐を繰り返し、何時間も歩き続けたため、体力はとっくの前に尽き、強烈な空腹感と渇きが体に警鐘を鳴らしている。

 それでも、足を止めることは無かった。

 

 彼女の目的地は、発電所。

 しかし彼女にその場所の知識は無く、ただ電力のある場所に導かれているだけであった。

 

「ひゅー…あと…少し……ひゅー…」

 

 黒く澱んだ結膜に光は無く、声も掠れに掠れ、疲労は極限。

 彼女を突き動かすモノはーーーもう何も無かった。

 

 薄れかかった記憶。

 誰かへの承認欲求、誰かへの闘争心と羨望、誰かへの友情。

 

 彼女の原動力となるモノを敷いて挙げるとするならば…人類への殺意と力の渇望。

 人類を殺せ…大妖怪に植え付けられた思想を守るならば、力が必要だった。

 認めてもらいたい、勝ちたい…そんな希望を叶える為には、常に力が必要だった。

 

 全てを失ってしまった彼女に残ったのはその殺意と過程だけ。

 いわば手段と目的の逆転が起こってしまったのである。

 

「…?」

 

 そんな極限状態の彼女に、ある幻覚が囁いた。

 

『後はお母さんに任せなさい』

 

 優しげで愛おしく、そして歪で忌々しい声。

 降って沸いたその言葉は彼女を疑問で満たすには充分だった。

 

「殺した…筈じゃ」

『後はお母さんに任せなさい』

 

 壊れたスピーカーの様に同じ言葉を喚くソレは、何度も何度も彼女に語りかけた。

 

後はお母さんに任せなさい、後はお母さんに任せなさい、後はお母さんに任せなさい、後はお母さんに任せなさい、後はお母さんに任せなさい、任せなさい、任せなさい。

 

 まるで何かの執念。

 悍ましさ、忌避感が疑いを押し退けて勝ったため、彼女は反射的に立ち止まってしまった。

 

 その瞬間。

 プツンと.。

 

 張り詰めていた紐が切れ、パタリとその場に倒れ込んでしまった。

 無理も無い、彼女は疲弊の中でもずっと歩き続けたのだ。

 一度緊張の糸が解けると、それが永遠に戻らないことは明白。

 

 起き上がろうともがくが、体は蛆虫の様に身をくねらすだけ。

 やがて無駄だと感じたのか、彼女はうつ伏せに脱力してピクリとも動かなくなってしまった。

 

「は…はは……」

 

 ひんやりと冷たいコンクリートを頬で感じながら、蒼色の掌を見つめる彼女。

 その姿は哀れそのものであり、彼女は蟇の鳴く様な声で自らを自嘲した。

 

 そしていつしか幻聴も姿を消し、辺りには静寂だけが満ちていく。

 いっそこのまま眠ってしまおうか…そんな考えすら浮かんできたその時。

 

 ザッザッザッ、と。

 

 地面に押し付けられた片耳が、確かに足音を聞き取ったのだ。

 

「…?」

『行きなさい』

 

 次いで頭に響くのは、消え去ったと思われた幻聴。

 脳はソレを母上からの期待だと勘違いしたのか、溢れんばかりのアドレナリンを分泌し、彼女の体に湧き水の如く活力を与えた。

 

 ぐらりと幽鬼のように立ち上がり、足音のした方向に顔を向けてみる。

 どうやらビルの隙間、路地裏を抜けた道路から、その音が響いている様だった。

 

「ぐぅ…っ」

 

 最早、ガクガクと子鹿の様に震え始めた両足を必死に前に出して進もうとするが、足が地面を踏み込もうぜずに崩れてしまった。

 無論、足という支えが無くなった彼女は無様に崩れ落ちてしまう。

 それでも、空腹を感じながらも、這ってでも進んだ。

 

(ああ…私は…私は何がしたかったんだろう…母上かも分からなくなったモノの言う事を聞いて、ただ力を求めて…私は……)

 

 彼女は、まるで空が押し潰そうとしている様に感じた。

 自分の本来の目的さえも忘却し、さらに、まるで元からあったかの様な目標を刷り込まれ。

 縋り、しがみ付き、挙句の果てには母上の幻聴。

 

 自分という存在に虚無感を感じながら這った。

 

 やっとの事で路地裏に手を伸ばし、壁を背にして立ち上がる。

 路地裏は曇天だからか、それともただ単に光が差し込まないからか、先が見えない程に暗く、足元から僅かな光が闇に向かって伸びていた。

 

 まるで、先へ進めば人の住む領域でなくなる様な。

 

『進め』

 

 遂に命令となった母上の言葉。

 彼女はただそれに従って闇に包まれた路地を歩いた。

 

「…?」

 

 やがて、洞窟の様な暗闇を歩く彼女は確かな喧騒を聞き取った。

 そこで彼女は思わず、いつかに聞いた"おむすびころりん"と言う童話を夢想してしまった。

 

 落とし穴におむすびが穴に転がり落ちて、そして、穴から楽し気な歌が響いてくるという物語。

 

(()()()()は…いや…何を考えているんだ私は…?)

 

 続いて夢想したのは、唄を読み聞かせる母親らしき姿と、それを母親の膝の上で楽しげに聞く一人の幼児。

 彼女は殆ど無意識のうちに、消え去ったはずの、セピア色の記憶の一部を懐かしんだ。

 

『お前は何も考えるな、歩きなさい』

「お前は…本当に、お前は私の…()()なのか…?」

 

 歩きながら、頭に響く存在の正体を確かめようと、半ば自問するかの様に呟くが、返答は得られない。

 

 やがて、真っ暗な道の果てに、微かな光が映った。

 出口である。

 

 辛うじて聞き取れた喧騒も、今でははっきりと聞こえる。

 

「人、か…?」

 

 薄々気付いていたが、先に居るのは人の群れの様だ。

 その瞬間、思考は人類をひたすらに憎む物に切り替わり、心は殺意を満たされる。

 

「あぁ、そうだ…殺す…アイツら全員…絶滅させてやる…!』

 

 暗闇を踏む脚は、遂に薄く汚れた光を踏み、多少の眩しさに目が眩むが、目の前にはどこかへ向かって押し退け合っている人々が居た。

 

 その中に、二人の。

 

 誰かの母親と、誰かの妹がいた。

 

「………母、上…?」

 

 幼女の手を引き、駆け足で何処かに向かう女。

 その時だけは、殺意よりも驚異が競り勝ち、彼女は呆然と二人も見ていた。

 

 そして、女の目がコチラとあった瞬間、幻聴と共に、テレビの配線が切れたかの様に、ブツリと意識が途切れた。

 

『もういい、私がやろう』

 

◆◆

 

「………あ?」

 

 意識がブラックアウトしてから目覚めたその時。

 辺りは驟雨が降っていた。

 

 顔を容赦なく叩く雨に濡れた顔を拭うが、べっとりと別の何かが顔を濡らした。

 

 掌を見ると、紅。

 鮮血が掌を、いや、それどころか身体中を濡らしていた。

 

 雨と混ざり合う鮮血は、異様にテラテラと日照り、ねっとりと顔を伝っていく。

 

 そして、背中に小さな、小さな衝撃。

 

「お母"さんを"はな''してよ"ぉ"!お"ねがいだから"ぁ"…っ」 

 

 首だけ後ろを向けると、そこには顔を涙でクシャクシャに歪め、頬に血飛沫の付いた幼女がいた。

 非力な腕で彼女を引っ張ったり、ぽかぽかと叩いている。

 

(お母さん…だぁ?)

 

 彼女は幼女の言葉を聞いて、初めて自分が誰かに馬乗りしている事に気が付いた。

 顔を元に戻し、目線を下に向けると。

 

 限界も留めないぐらいにぐちゃぐちゃになった肉塊(母上)が、そこにあった。

 

 白い肌は雨に濡れ、黒く紅く濡れ。

 脳髄が飛び出した顔は陥没し、泥人形をこねたかの様な形相を示している。

 目玉も片方がなく、もう片方は飛び出し、視神経で繋がっているだけ。

 どうやら、更に自分は破れた腹部から飛び出す腸を座布団にしている様だった。

 無論、息は無い。

 

 次いで理解したのは、()()()

 

 体を蝕んでいた疲労と空腹感が消え、十分すぎるほどの満足感と満腹感が心の中を渦巻いていた。

 喧騒を作っていた人々は辺りに肉の塊として散乱しており、どれもが苦痛に満ちた表情でコト切れている。

 

(全部…私がやったのか…?目の前の女を、く…く、喰っーーー)

オマエのせいだ

 

 罪悪感とは似ても似つかない様な感情が彼女を襲い、そして、悪意が母上の声で、彼女を責め立てた。

 

「ち、違う…私は…私は…」

『何が違う?オマエは人間が憎いんだろう?素晴らしい事だ、褒めてあげる』

 

 知らぬ間に息が早く、動悸が激しくなる。

 彼女は人間が憎いはずなのに、これは彼女の望んだことでは無い。

 彼女はその矛盾に気付くことは無く、歪な褒め言葉に身を震わすだけだった。

 やがて、彼女は。

 

「…は、ははっ、ハハハ!あはははははっ!!!!」

『そうだ!壊れろ!壊れてしまえ!』

 

 笑った。

 さまざまな胸中が入り混じる中、彼女が最後に至った境地は、()()()だった。

 

 理由は彼女自身にも分からない。

 ただただ、可笑しいのだ。 

 

 背後で泣き叫ぶ幼女のことなど目にくれず、大声で嗤った。

 

 誰か(母上)を殺したから?空腹が満腹になってしまったから?誰か(母上)と私の一つになったから?孤独感なんて感じなくていいから?頭の中の母上を信用できないから?考えると言う行為に疲れたから?誰か(シンども)を超えると言う目標を見失ったから?誰か()から誰か(母上)を奪ったから?自分の中の何かが壊れようとしているから?何が本当で、真実で、現実で、悪夢か分からないから?自分の存在が分からないから?もはや支離滅裂の自分が愚かだから?守るべきものだったはずの者を自分で壊したから?もう、永遠に誰か(母上)から頭も撫でてもらえないから?選べたはずの道も崩れ去ったから?自分が狂い始めているから?涙が頬を伝り落ちていったから?あるいは、この全て?

 

 激しく地面を叩く驟雨は彼女の頬に流れる悲しみを隠し、狂気だけを全面に押し出している。

 彼女は声が枯れ果てても、笑って、嗤った。

 

「は、はは、は……」

 

 ひとしきり嗤った後、彼女は顔を再び女に向け、呪詛が吐くように呟いた。

 

「……もう、私は…何も、考えたく無い…」

『そう、何も考えず、オマエは私に任せろ』

 

 冷たい雨が髪を伝って肉塊へ流れ落ち、肉片に落ちていく。

 幼女の叫び声は鳴り止まず、驟雨も降り止むことは無い。

 

「なんで…なんでこうなった?」

「ね"ぇ!はなじて!おね"ぇ"ちゃんおねがい"!!」

 

 叫び泣く幼女の言葉。

 その中の、おねぇちゃん、と言う単語に、彼女はまた心が揺さぶられ、激しい動悸が襲った。

 

『全ての発端は…オマエのワタシを奪った…コイツだろう?そうだろう?』

「そう、だ…そうだ、そうだよ、お前が…全部、お前が…!お前がぁああっ!!!」

「う"っ!?」

 

 彼女は悪意の言葉に惑わされるがままに、振り返って一転、幼女の首を掴んで絞めた。

 骨すらも握り潰す勢いで首を絞めようとするが、手にへばり付いた鮮血で手が滑ってしまう。

 彼女は幼女を地面に押し付ける様にして細い首を絞めた。

 

「お前がッ!生まれて来なけりゃ良かったんだッッ!!!!クソがッ!!オマエのせいだッ!!お前の!!お前のぉぉおおおっっっ!!!!」

「ぅ…う"ぅ"…ぁ」

 

 溢れる言葉は無意識に、本能の内から漏れ出ていく。

 そうだ、オマエさえ、生まれて来なければ、ワタシがーーー愛されていた。

 

 絞める腕に力を加えるごとに、底無しの悪意に身を委ね、飲み込まれていく。

 

 そして、夢中で幼女を締め殺そうとする彼女の目に、あるものが映った。

 悲しさと苦しさが入り混じった涙の流れる幼女の、瞳の中に映る自分の姿。

 

 それはーーー口も鼻も無く、ただのっぺりとした顔の広がった…見覚えのある()()()だった。

 

「…っ!?」

「かひゅ…っげほっげほっ…!」

 

 全身の血液が凍ったかの様な、()()()

 

 混乱と驚嘆でつい首から手を離してしまった彼女だったが、次の瞬間には幼女の瞳にそんな人物など映っておらず、蒼い肌を鮮血と雨に濡らし、黒く染まった瞳を見開いた顔の彼女が映っているだけだった。

 

 幼女は苦しそうに喘ぐが、彼女はそれに目もくれずに顔に触れる、しかし、異常はない。

 

 だから彼女はーーー背後に迫り来る一人の男の気配に気付かなかった。

 

「はッ!!」

「ぁぐぉっ!?」

 

 彼女は足音が聞こえていたはずだったが、無防備に後頭部を蹴り飛ばされ、結果的に幼女からかなり遠くまで吹き飛ばされてしまった。

 

 ゴロゴロと転がり、全身が雨水に濡れていく。

 

「…ぁあ…?」

 

 軽い脳震盪を患いながらも、立ち上がる彼女。

 その姿は血だらけでゾンビの様であり、まさに妖怪と言える風貌だった。

 

 そして、彼女はグッタリとした幼女を抱える、()()()()にギロリと目を据えた。

 

「やぁ、カレン…こんな最悪の再会は初めてだよ」

「誰だ…?オマエ…いや、どうでもいい…どうせ殺す…」

『いいぞ、殺せ』

 

 殺意は簡単に湧く。

 無機質な声も了承しているのだ。

 

 それならば。

 

「一応名乗っとくよ、僕の名は…()()()()()()()()、スロースターターさ」

 

 ただ殺すのみ。




ご拝読、ありがとうなのぜ!
忘れ去られ始めた人物、レジック・アースにもそろそろ活躍させたいなぁ…とか奴隷が言ってたのぜ。
正直無茶なのぜ。
ツワモノ感出してるけど、彼、まだまだ弱いのぜ…
スロースタート能力が十二分に発揮できれば…って感じなのかぜ…?


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第三十話 小さなネズミと勇敢な者

そしてーーー悪は解き放たれた。


 彼女はその何処か聞き覚えのある声に、疑問を抱いた。

 しかし、すぐに殺意に飲み込まれ、思考は紅一色に染まっていく。

 

 彼女には最早、冷静な判断力は無かった。

 

『殺れ』

「がぁあアッ!!貴様諸共ブッ殺してやるっ!!!」

「…!」

 

 先制したのはエレクトロ。

 咆哮を上げて金色に輝き、全身から放電を発射した。

 

 絶大な光と共に、雨に打たれて複雑に枝分かれしていく雷光。

 

 アースはその光景に目を見開き、僅かな焦りを感じながらも、蒼電の隙間を縫う様に回避した。

 焦りの理由は攻撃範囲の広さもあるが、やはり一番は幼女の存在。

 

「ひっ…」

 

 幼女はふるふると震え、胸に顔を埋めて必死に抱き付いている。

 その心境は解らない。

 とくとくと震える心臓だけをアースに伝えていた。

 

 しかし、彼女を抱えて戦闘を行うことは、当然、荷物を抱えることと同義であり、エレクトロ自身もその事は分かっていた。

 

「どうしたぁ!?荷物は降ろしたらどうだッ!?ワタシが処分してやるからよぉッッ!」

「誰がそうするかっ!」

 

 アースの言葉を聞いたエレクトロは怒りのまま、更に電圧を上げようとするが、自転車のペダルを踏み外した様な感覚に陥ってしまう。

 想定外の出来事に顔を顰める彼女は、自分の中の電力量を探った。

 

(無い…!?)

 

 無いのである、電力が。

 それも仕方が無い、疲労が積み重なっていた事もあるが、何より彼女はシン達との戦闘で電力を使い過ぎてしまった。

 もう、彼女には雷を落とせるような電力量すら残っていないのだ。

 

「クソッ!!」

 

 彼女は怒声を上げて水溜まりを蹴り飛ばした。

 しかし、飛び上がった水飛沫に電気が流れるのを目撃すると一転、頬を吊り上げて放電を中止した。

 

 都市ガスを含んだ水は電流を流す電解質。

 ならば答えは一つ。

 

「ハァアッッ!!」

 

 彼女は残り少ない電力を振り絞り、地面に向かって電撃を発射した。

 電撃は地面に、いや、地面を覆い尽くす水溜りに激突すると、紫電を撒き散らして地面を這いずり回っていく。

 

 そう、水は電気を通す。

 

「…っ!?」

 

 雨に濡れ、驚愕の顔を晒すアースは、彼女の行動に疑問を抱いたが、地面に広がる蒼電を見て蒼白した。

 恐るべきスピードで迫る紫電。

 今逃げ出したとしても、恐らく逃げ切れないだろう。

 

(これぐらいなら、自分は耐えられる…っでも、この子供は…っ考えろっ!この子を守る方法をッ!!)

 

 アース達まで約十メートルの所まで迫る紫電。

 

 五メートル。

 

 三メートル。

 

 距離が近づくにつれて、引き攣る口角と狭まる逃げ場。

 

 上に逃げても撃ち落とされるだけ。

 四方八方に逃げ場無し。

 

 残り、一メートル。

 

 考えろ、電気が伝っているのは、地面の水だ。

 …水?

 

(そうだ!これなら…っ!!)

 

 降って沸いた名案。

 目前に迫った紫電に対処する為、頭の中で火事場の馬鹿力が働いたアースは、四股を取るかの様に地面を踏み鳴らした。

 

「だぁッ!!」

「何っ!?」

 

 勿論、水溜まりを踏みつけば、水は跳ねて弾ける。

 しかし、アースが行ったのはそんな生温い話では無かった。

 

 パァン、と。

 

 まるで風船が破裂したかの様に水溜まりは跳ね、それだけに留まらず、アースをドーム状に覆い隠すかの様に弾け飛んだ。

 

 これは彼の追い詰められた瞬間に発揮する馬鹿力による物である。

 肉体的にダメージが無い為、地面を叩き割るには至らなかったが、即席の水膜を完成させるには充分であった。

 

 そうして電流は巻き上げられた彼らに届く事は無く、水のドームに帯電し、結果的にその中に居るアース達の身を守ると同時に、相手への軽い目眩しとなる。

 

 アースはこの時、物理的に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 胸元に目をやると、ぎゅうっと、幼女が小さな掌でアースの雨に濡れた服を握っているようだった。

 

 恐ろしいのだろうか。

 そんな彼女の姿は何処か、見覚えがある。

 

 在りし日に、守り切れなかった存在。

 そして今、胸に抱いている幼女。

 

 彼はどうしてもこれが、あの時のやり直し…若しくは繰り返しに思えてならなかった。

 だからこそ。

 

「大丈夫…必ず守る…ッ!!」

 

 この思いが贖罪なのか、自己満足なのかは判らない。

 しかし、守ると言う思いだけは本物だ。

 

 彼はパチパチと帯電する水の膜越しに、嘗ての仲間を、朧げに映る者を凝視した。

 巻き上げられた水は、あと数コンマでその形を崩壊させるだろう。

 

(さて…どうする、万事休すだ)

 

 そう判断した瞬間、奇跡が起こる。

 なんと、帯電が収まったのだ。

 

 これはエレクトロの電力量が底を尽き始めた為だが、アースはそんなことは露知らず、好機とばかりに崩れ始めた水のドームを飛び出した。

 

「少しの間…しっかりと捕まっててくれっ!」

 

◆◆

 

 どうする、不味い。

 あんな奇天烈な方法、一時凌ぎにしかすぎないと言うのに…

 

 水のドームなんてニ、三秒しか持たない筈なのに、それさえ待てば自動的にフライドチキンの出来上がりだってのに…っ!

 

 こんな時にガス欠しやがった…!

 

『私が変わろうか?』

 

 黙れ!!偽物っ!!

 考えろ!回復させる手段は…!?

 

 雨に濡れて斜陽を反射する地面、暗く焦げたビル群、点いてすらいない街灯。

 クソが、何も無ぇ!

 

 それとも、逃げ…

 

「うおらぁああッッ!!」

「…ッ!?!?」

 

 なっ!?ヤバい!アイツが目の前に…っ!

 拳が目の前に…

 避けれないッ…防御も無理ッ…カウンターしか無ぇッ!!

 

 ガキごと胸を貫いてやるッ!!

 

「甘いんだよ雑魚野郎がぁああッ!!!」

「ぐぅッ!!おおぉぉぉおおおッ!!」

 

 コイツッ!コイツぅううッッ!!

 無理矢理体を捻ってガキを庇いやがったっ!!

 だが、右胸を穿ってやったっ…骨まで届いたっ…肺も潰した筈ッ。

 見ろ、血が噴き出してきやがった!

 

 なのに、何故そんな…戦意を漲らせた目をしてやがる!?

 お前が飛び出した勢いも殺した!右胸も貫いた!後はお前に何が…

 

「おぉおおああアアッッ!!!」

「ッ!?ッ止めろぉおおおお!!!」

 

 拳を振り上げたッ!?

 いや、まだだ…私の拳を抜い…抜けねぇッ!?

 クソがッ!コイツッ!!この為にッ!?この為にカウンターを許したのかっ!!

 

 クソッ!クソッ!不味いッ!抜けねぇ!避けれねぇっ!防御もカウンターも出来ねぇッ!!

 

「だがお前に何が出来るッ!右胸を貫かれた状態でぇッ!!」

「言っただろうッ!?僕はっ!!スロースターターだァッ!!」

 

 なんだ…!?何でこんな奴の…ただの振り下ろしに…動悸が止まらねぇ…ッ!?

 心臓が警告を鳴らしている…っ!脳が騒いでいるっ!!

 

 大丈夫な筈だ…死にかけの振り下ろし…

 

 は?速…

 

◆◆

 

 起死回生の一手、そう言わざるを得ない程、彼の一撃は戦局をひっくり返した。

 

 ワザと突っ込んで命の危機に落ち、そこからの亜音速の振り下ろし。

 

 しかし、ただエレクトロがカウンターを決めただけでアースの胸を貫くとは思えない。

 恐らくその身が人から離れ始めている事の表れだろう。

 

 それでも、追い詰められた事による一撃は、エレクトロを地面に叩き落とすだけに留まらず、地面を粉々に叩き割るほど高威力だった。

 彼女は地面から露出した配管に頭から突き刺さり、ビクビクと震えている。

 

 コンクリートを突き破ったのだ、それでも爆散していないエレクトロは驚異的だが、流石に暫く動けないだろう。

 そう判断したアースは、少し彼女から離れ、しがみ付いた幼女を丁寧に引き剥がし、血が噴き出す右胸を見せないように、ゆっくりと語り掛けた。

 

「逃げるんだ、こっから遠くに…今しか無いんだ…」

「…分かんないよ"、何でおじちゃんはちだ"ら"けになってるの"?な"んでおねぇちゃ"ん"はわ"たしにいたいことして来"る"の?」

 

 次第に泣きじゃくって言葉にならない声を上げる幼女。

 仕方もあるまい、彼女は精神も成熟していない子供も子供だ。

 目と鼻の先でこんなショッキングな光景を見せてしまっては、冷静な判断など出来るわけがない。

 

「ごめんね…いつか解る時が来る…それに、君を守るにはこれしか無いんだ」

「い"や"だよお"!!わたし"がここで"にげち"ゃ"っ"たら"!わ"た"しの"だ"い''すきなお"ねぇちゃん"が"しんじゃう!!」

 

 それは子供特有の直感なのかも知れない。

 幼女は、ここで背を向けたら、絶対に、もう二度と愛する姉と会う事はないと感じていた。

 

 しかし、哀れなものである。

 確かにカレンは妹は可愛がってはいた、だが同時に、心のどこかで憎んでいたのだ。

 今のエレクトロには、その、憎悪で満たされている。

 

 幼女はその事に気づく事はできないのだ。

 それとも…分かっていた上で彼女を愛していた?

 

「大丈夫…殺したりはしない…約束するさ…」

「ひぐっ、絶対に…?」

「あぁ、絶対に」

 

 嘘だ。

 

「おじちゃん"、守ってくれるの"?」

「うん…守、る…」

 

 ここで口籠ったのは血を噴き出してしまったせいだ、それか先のおじちゃん呼ばわりで傷ついたからだ。

 決して、心がズキズキと痛んでいた訳ではない。

 

 それでも、潤んだ瞳がコチラを突き刺すと、どうにも目を逸らしてしまう。

 

 いっそのこと真実を伝えるべきか…そう、葛藤した時。

 

 エレクトロの辺りが発光した。

 眩い光は辺りを包み、エレクトロの激しい叫び声が響き渡る。

 

 もはや、時間は無い。

 

「走って!!早く!!」

「…うぅううっ!!」

 

 幼女は涙を噛み締めて走った。

 時折振り向いては、涙が溢れ、それでもアースを信じて走った。

 

 あんな年齢の子にこんな選択をさせるのは、あまりにも残酷だ。

 けれども、彼にはその選択肢しか残されていなかった。

 彼は走り去る幼女を見て自問する。

 

「これが…成りたかった…弱い人を助ける者…か…?」

 

 いつか幼女が傷付くと分かっていたのに、嘘を吐いて、今すぐ助けることを優先した。

 これが成りたかった者…?

 

 彼は葛藤しながら、エレクトロへ向き直る。

 そこには、幽鬼の如き化け物がいた。

 

◆◆

 

 …死。

 

 意識が最後に強調したのは、その感情だった。

 続いて天地がひっくり返り、今まで感じたことが無いような衝撃が頭に叩き込まれ、意識が飛ぶ。

 

(クソが…油断した…絶対に死んだ…間違いなく死んだ)

『そんな訳が無いでしょう?』

(黙ってろ…もう死んだ事にしてくれ…流石に疲れたんだ)

 

 もう、いいだろう。

 私は頑張った。

 生きている限り、母上の期待に応え、強く成り続けなければいけないのなら…もう、死んだほうがマシかも知れないんだ。

 だったら、いいよ、受け入れる。

 

『違うだろう、お前は強い、世界で一番の愛娘なんだ!ここで終わってくれるなっ!!』

 

 ハハハ、焦ってやがる。

 なんだ?お前の目的は、偽物。

 

『違う!ワタシはお前のお母さんだぞ!だったら言うことを聞いておけ!お前はこの程度では死なない!』

 

 何処にそんな根拠がある?

 

『……』

 

 重い沈黙だな?喋り過ぎて喉でも枯れたか?

 

『子供の死を願う母が何処にいる!?』

 

 …!

 …あぁ…どうせ…仮初の理由だ…絶対にそうだ。

 

 

 

 …でも。

 自分はきっと…こんな言葉を掛けてもらいたかったんだ…

 例え…この言葉が嘘で着飾られた物だとしても。

 

 クソ…ダメだ…

 まだ心の何処かでコイツが私の母上だと訴えかけて来やがる。

 

 もう、母上の期待に応えようとしたく無いのに…

 畜生…

 

 頑張るしか…ねぇじゃねぇか…

 

『そうだ…それでいい…後少しなんだ…もっと戦え…!」

 

◆◆

 

 魅せられ、聴かせられた幻聴は、一種の悪夢だったのかも知れない。

 しかし、悪夢は彼女に出鱈目な活気を齎し、尽きる事の無い殺意を流し込んだのだ。

 

「…ヤるか」

 

 彼女は気怠げに目を覚まし、一言呟いた。

 同時に、バン、と言う大きな音と共に配管に手を付き、配管に刺さった頭を強引を引き抜こうとする。

 

 すると、いとも簡単に、まるで粘土をこねるかのように鉄製の配管は捻じ曲がり、彼女は配管から脱出することができた。

 

 明らかに人間業とは思えない。

 これは自身がが着々と人の身を脱していると言うことなのだろうか。

 血がこびりついた掌を見つめながら、そう思案する彼女。

 

 思えば、ずっとそうだった。

 自分は筋力はあまり無い、良く言えば力が無くても戦えていた少女、悪く言えば能力に頼り切りだった愚物、だった筈。

 

 それが今はどうだ?

 意識外から繰り出された(アース)の一撃に大したダメージを見せず、頭から地面に激突しても、真っ赤な花火ができる訳では無い。

 

「どうなってんだ…?私は…」

 

 自分が自分で無くなる恐怖。

 それは自我の喪失。

 

 …奇しくも彼女自身はそれを一度体験しているが。

 ただ違う点があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()と言うことだ。

 

「…ッ」

 

 ゾクリと、彼女はどうしようも無い恐怖を感じた。

 呼応するかのように驟雨は雷雨へと姿を変え、激しさを増していく。

 これ以上考えても仕方が無い、そう思い込むことにしたエレクトロは、その考えから逃げる様に別の物を注視した。

 

 先ほど頭が突き刺さっていた配管。

 土管のような外皮は無惨に砕け散り、幾重にも束ねられた導線が飛び出している。

 

 その一部からはパチパチと、電流が漏れ出ていた。

 そう、これはこの都市に張り巡らされた地中送電線の一部である。

 

 言うまでも無いが、この都市は科学の発展によって様々な装置が発明され、それに伴って新たな発電施設、送電ケーブルが地中に敷かれた。

 今もこのケーブルには莫大な電力が飛び交っていることだろう。

 

 ゴクリ、と。

 彼女は息を呑んだ。

 

『出来るだろう?』

「…」

 

 無意識的にケーブルに手が伸びる。

 そして無造作にケーブルを手に取り、ブチブチと左右に引きちぎった。

 

 漏れ出る紫電が頬を掠める。

 彼女は昏い表情でケーブルの先端を見た。

 

『全て吸い取ってしまえ』

 

 そしてエレクトロは、躊躇うこと無く二本の先端を自身の胸に押し付けた。

 

 電気の蓄電など、生まれてこの方やった事すら無い。

 だがらこそ、程度を知らない彼女は根こそぎ搾り取るかのような勢いで電気を吸い出した。

 

 それが間違いとも知らずに。

 

「…ッ!?!?がッッ!?!?っっあぁぁぁあああああっッッ!?!?」

 

 突然、ガクガクと体全身を震わせるエレクトロ。

 叫び散らし、全身から放電が溢れ出で、辺りを蒼く照らしていく。

 

 ーーー当然だが、一部の例外を除いて、どんな能力もキャパシティは存在する。

 電力を放出しすぎると空っぽになってしまう様に。

 無論、蓄電に関しても同じ事が言える。

 

 何度も言うが、この都市は超先進的であり、故に消費電力量も半端では無い。

 その中の一帯とはいえ、そんな莫大な電力を一挙に吸収しようとすれば、どうなるかは一目瞭然。

 

 結果的に激痛と身体中から電気が放出されただけで済んだが、体がキャパシティオーバーを迎え、爆散しないだけマシだった。

 

「あッ…!が…!ッはっ…はぁっ…はぁっ…」

 

 放電が鳴りを潜め、その場に崩れ落ちるエレクトロ。

 ズキズキと、粘りつく泥のような余韻だけが残っていた。

 

 そして、エレクトロを照らす強烈な光、続く大気を震わす轟音。

 ビクリと肩が震えたが、どうやら雷が近くに落ちただけだったようだ。

 

『…がっかりだ』

「黙れ…ッ!」

 

 流石に、操り人形のようなエレクトロといえど、頭の中で響く声が母上では無い事は気付いていた。

 徐々に母上の口調から遠ざっているからだ。

 

 その声が孕む色は、恐らく焦りと期待。

 

 オモチャを欲しがる子供が慌ただしくなる様に、ボロが出始めているのだ。

 

 …だが、ソレの言葉のお陰か、体に満ちる力は100%。

 いや、それどころか120%程度まで上がっている様にも感じられる。

 更に、普段使うことの出来ない技さえ使える様な感覚さえある。

 

 無理な能力使用の恩恵だろうか。

 

 そんな愉悦の裏で彼女は、次に電力を吸う時は、ゆっくり慎重に行こう、と。

 密かに自分を戒めた。

 

 そして、未だ息をしているだろう敵対者へ歩を進める。

 陥没したコンクリートから顔を出すと、コチラに振り返る男、アースの姿が映った。

 

 一人しかいない。

 

「そうかァ…逃げたかぁ…まぁ、どうせ全員殺すから意味無いけどな…」

 

 その呟きは雨音にかき消される事無く、アースの耳元に届く。

 彼はエレクトロを見て一瞬驚いた様な表情を示した、が、次の瞬間では、憂い、迷い、覚悟の様々な感情が入り混じった表情を示し、言葉を投げ掛けた。

 

「…君に何があったか、僕には解らない…違えた道を直す事だって出来たかも知れない…でも、シンさん達ならまだしも、僕には出来ない…僕の夢だって、今の道が正しいのかも解らない…!!でも!今やるべき事だけは解る…ッ!」

「長ぇんだよ!簡潔に纏めろっ!!」

 

 戯言はもう聞きたく無いとばかりに、覚悟なんぞ無駄だと言わんばかりに、エレクトロは辺りに紫電を撒き散らした。

 アースを右胸の陥没を庇うように構えながら、叫んだ。

 

守る為にッ!!僕は命を賭すッッ!!

「じゃぁ残念だ!お前はここで生き絶え、お前の守りたいモノは消え去るッ!!それも解らないなら…絶望を見せてやるッ!!さぁ!!第二ラウンドだァッッ!!!」

 

 両者が叫ぶと同時に紫電は地面に突き刺さり、地面には亀裂が走った。

 エレクトロ自身をコイルと見立てた電気の渦は、強力な磁界を創り出す。

 それの意味する所はーーー金属の操作。

 

「さぁッ!!!死ねぇッッ!!」

 

 先程の配管を中心に、金属が地中から飛び出し、街灯すらも根本から引き千切れていく。

 物の数秒、あっという間にアースの周りには凶器が溢れていった。

 

 そして、エレクトロが拳を握れば全ての金属の切っ先がアースに向けられ、次々と弾かれたように発射されていく。

 

「う、おぉぉおおおおっッッッ!!!!」

 

 全方位から、鉄の塊が飛んでくる。

 気を抜けば蒼電も鉄と鉄の間を縫って襲って来る。

 

 当然、避け切れない、近付けない。

 

 最初は服に掠れるだけだったのが、徐々に正確さを増して皮膚に届く。

 身体中に赤い線を刻まれていくだけだった筈が、胴体に直撃し、やがて電流すらもモロに喰らってしまう。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 彼の眼の光はまだギラギラと輝いている。

 

 彼は傷付けば傷付くほど強くなる。

 つまりは…タイマン(1VS1)最強なのだ。

 

「っフンッッ!!」

「っ!?まっず…」

 

 電流に身を貫かれながらも、降り掛かる鉄の一つを掴み、力尽くでエレクトロに投球するアース。

 投げ出した時点でソニックブームが発生し、磁力を無視して吸い込まれるかのようにエレクトロへ飛来していく。

 

 磁界操作に集中していたエレクトロに避けきれるはずも無く、その数瞬後には高らかな音を響かせ、眉間に直撃した。

 

「オ…ッア"ッ…!」

 

 マトモな声を上げる事も叶わず意識が遠のいて行くエレクトロ。

 電流が消失した事により、浮遊していた金属は甲高い音を響かせ合いながら落下して行った。

 

 アースはそんな金属が落下して行く様を見るな否や、金属と金属の間を縫って突撃していく。

 彼は、一見金属に阻まれ、道の無いような道にルートを作り出すため、思考をクリアに、深く集中した。

 スローモーションのように世界が緩慢に動いて行き、遂には雨水すらもこの目で視認出来るようになって来る。

 

 そして、地を蹴る。

 

 考え出したルートを通り抜け、時に落ちて行く配管に飛び乗り、陥没するような勢いで蹴っては、他の金属に乗り移る。

 そうして加速していくアースの軌跡は幾何学的な模様を創り出し、凡そ人間が到達し得ない速度に至っていった。

 

 体が限界を訴えるまで加速したアースは、近くにあった鉄パイプをおもむろに掴み取り、足元の配管を粉々にしてエレクトロに襲い掛かり、鉄パイプを振り落とすーーーが、しかし。

 

「甘いんだよッ!!」

「…ッ!?」

 

 バギンと、金属同士がぶつかり合ったかの様な轟音が雨を突き抜けた。

 音速の振り下ろしは、なんと一瞬で意識を取り戻したエレクトロに掴み取られてしまったのだ。

 

 そして彼女は掴んだその手でパイプを握りつぶし、ありったけの放電をする。

 更に空いている方の腕でもダメ押しの強烈な雷撃を加えた。

 

「はぁぁああああ…ッ!!」

「がぁああ"あ"あ"ア“ッッ!!」

 

 顔を歪ませ、咆哮を上げて耐えるアース。

 アースの体を突き抜ける雷撃は地面を抉り、混沌と化した道路を更に破壊していく。

 

 しかし。

 

 彼は決して倒れる事も無く、膝を突く事も無かった。

 それどころか膂力がどんどん上がっていき、眼光がナイフのように尖っていく。

 

 力の均衡は崩れつつあった。

 

(どっからこんな力が…!?不味い…!押し負けるッ!!)

()()()()…か』

 

 完全に力の均衡が崩れ、力比べの敗者であるエレクトロは、大きくのけぞった。

 逃すには惜しすぎる隙。

 当然彼が見逃す訳は無かった。

 

「こぶっ"」

 

 身体中が痺れている筈だと言うのに、まるで猫のように素早く接近したアースは、瞬く間にエレクトロの懐に潜り込み、レバーブローを繰り出した。

 続いてアッパー、フック、ストレート。

 

 ラッシュは止まらず、激しさを増していく。

 しかも一撃一撃が当たるごとに、衝撃がエレクトロを通り抜けて道路を破壊していくのだ。

 

 ーーーしかし、彼は重症人でもある。

 肺損傷、内臓の一部機能停止、体の限界を超えた事による身体破壊、及びに脳の過剰負担。

 

 だれがどう見てもこのまま続けば、彼の命は危ないと分かるだろう。

 それでも、彼は拳を振るう、それが彼の決めた事なのだから。

 

「うぉおおおお"お"ッッッッ!!!!」

 

 仕上げとばかりにエレクトロを蹴り上げ、更に一瞬で彼女の上を取って踵落としを繰り出す。

 ゴキャリと人体から出してはいけない音を響かせて、エレクトロは地面に激しく激突した。

 

 地面に叩きつけられたエレクトロもこれには流石に堪えたようで、血を噴き出してビクビクと震えている。

 しかしアースも体の限界を超えた事で反動がフィードバックし、足がガクガクと震え、遂に膝を着いてしまった。

 

「ハァッ…!ハァッ…!」

 

 息を吸っても吸っても酸素が足りない。

 そう感じる中、アースの瞳が映したものは、気絶するエレクトロでは無く、血反吐を吐いてゆらりと立ち上がる奴の姿だった。

 

「はぁ〜〜…ッ!流石に…効いた…!…決めた…お前は、八つ裂きだ…ッ!!」

 

 エレクトロの手元に青白い光が集まり、戦斧を形造って想像される。

 絶えずバチバチと蒼電を発しており、見るからに危険そうだ。

 

 これにはさしもの彼も軽く絶望を感じずにはいられなかった。

 

(ここまで魂を削って…これだけ?…は、はは…冗談が過ぎる…)

 

 立ち上がろうとしても、絶望と言う二文字が体をがんじがらめにする。

 それでも立とうとして、顔を上げるとーーー視界いっぱいに(戦斧)が広がった。

 

「…っ!?」

 

 考える暇も無く、つまり無意識で体を傾け、横に飛び込む。

 そうして受け身を取って立ち上がる筈が、()()()バランスを崩し、水溜まりに顔から突っ込む形で倒れ込んでしまった。

 

 何故だろう、左腕が熱い、いや、()()()…?

 

「…クク…こんな上手くいくなんてなぁ…笑えるぜ…初めての事もなんでも出来る…!お前もどうだ?初体験だろう…!?()()()()()のはァッ!?」

「…?あ…あっ、ああぁああ"あ"あ"あ"あ"ッッ!?!?」

 

 斧を振るって血飛沫を上げながら近付くエレクトロを他所に、違和感のある左腕をーーー左腕が、無い。

 

 知覚して、遅れてやって来る激痛。

 鮮血が噴水のように噴き出し,地面の水溜まりと混ざって赤く彩っていく。

 

 あるという感覚はあるのに、無い。

 アースはその感じたことのないようなストレスと激痛に叫んだ。

 

「がぁッッ!?」

「叫ばれるとそれはそれで五月蝿いんだよなぁ…ッ!」

 

 しかし、エレクトロに頭を踏みつけられ、強制的に黙らせられた。

 赤く汚れた水溜まりに押し付けられ、マトモに息を吸うことすら許されない。

 

「しかし無様だなぁ!?なんだったか?命を賭けて、だったか!?アハハハハッ!!お前がどれだけ勝負の中で強くなろうと、意味無ぇんだよッ!分かるか?守りたいなんては守れない!!これが人間なんだよッ!!あぁ!?」

「…ッ!!」

 

 彼女は何度も何度も彼の顔を踏み付け、血を量産していく。

 彼の体はいつしか力が入らなくなり、地面に突き立てようとした腕はだらしなく伸び、無抵抗に踏みつけられるだけの存在と成り果てようとしていた。

 

 更に、エレクトロが足を振り下ろすごとに、足を押し付けてグリグリと痛め付けるごとに、体は震え、体から活力が失われていく。

 血が足りなくなったのか、意識が朦朧として来た。

 

「どうしたァッ!?お前は叩けば叩くほど強くなるんだろう!?立って見せろよ!?腕も無い!血も足りない!無様に地面とキスした、その体でェッ!!アヒャハハハッ!!!」

「…」

 

 罵倒の声が遠くなっていく。

 雨が自分を叩く感触と降り頻る音、左腕から吹き出す血に意識が向く。

 痛みも遠いように感じる。

 

 アースの意識は今まさに消えようとしていた。

 

 だが。

 彼の意識の奥深くで、何が共鳴した。

 いや、共鳴と言うよりは、()()

 

『ーーー』

 

 突如として、彼に昔の記憶が蘇る。

 今の夢の礎となった、忌まわしい一日のことだ。

 

 血のシミとなったネズミ、頭上で笑う下衆、無力感。

 

 

 

 そうだ。

 僕は。

 二度と彼のような。

 悲劇を起こさないと、決めたんだ。

 

(そうだッ!!守る為に…ッ!お前をッ!!)

 

「お前をォッ!!殺すッッッ!!」

「ハッ!?!?」

 

 覚醒したアースは、押さえつけられた足ごと体を起き上がらせて、叫んだ。

 大きく後方に仰け反り、驚愕したエレクトロは慌てて蒼い戦斧の柄を防御に出すが、最早関係無い。

 

 全てを捧げて、今この命も、燃やし尽くして。

 失くした左腕も、震える足の爪先も、血と雨に濡れた頭の先も、全ての力を爆発させて。

 拳を握り、地面を蹴り、振り上げる。

 

 人生最大の技を。

 人生最後の技を!

 

リベンジスマッシュッッ!!!!」

「あああああアアアアッッッ!?!?

 

 度重なる負傷、命を賭けたストレート、最後の覚悟、相手の油断。

 全ての要素が加わったアースの、究極の拳は。

 

 エレクトロの戦斧を破壊し。

 ーーー彼女の胸を、心の臓を貫いた。

 

「が、は…ッ!?」

 

 それに留まらず、扇状にエレクトロの背後が破壊され、崩壊していく。

 当の彼女は、滝のような血を吐き、あり得ない、という表情を浮かべ、グッタリと脱力した。

 

 静寂。

 

 地面を激しく叩く雨の音だけ響く。

 

「やった…」

 

 アースは、拳を振り抜き、肩にエレクトロが倒れ込んだ状態で、静かに歓声を挙げた。

 沸々と、六割の達成感と、四割の、人を…仲間を殺したと言う実感が胸中を支配していく。

 すぐ横でドボドボと血を吐く彼女の息は、無い。

 それが、確かな実感だった。

 

「手に掛けて、ごめん…もっと違う方法が…」

 

 静かに、雨にかき消されるような音量で遅すぎた懺悔を呟くアース。

 しかし、それは、()()()()()()()

 

「誰…?死んダってぇ?」

「ッ!?」

 

 突如として耳元で囁かれた神経を逆撫でするような、悍ましい声。

 アースは一瞬、ほんの一瞬だけ、死んではいなかった事に喜びを見せるも、すぐに思い直し、同時に、強烈な違和感に襲われた。

 …目の前の女は、彼女じゃない。

 

 生憎、体が動こうにももう動かせない為、声に出して疑問をぶつけた。

 

「お前は…誰だ…?」

「…クヒャッ!ヒャははハはッ!!気付くもんナンだねぇ!あァ、こレがエレクトロの見てイタ世界かァ…電流ガ見えるぞ…なんテスバラシイ…!!ただ…少し声がオカしいですわね…コレのせイかな?」

 

 機械に音声を通したような歪み、加えて言文が一致しない声で話すソレは、ソレの胸に突き刺さっていたアースの右腕をーーー

 引き千切った。

 

「ぐぁああああ"あ"あ"ッ!?!?」

「クヒッ!イい声で鳴く!…アー、あー、マイテスー、まいてすー、いいです!素晴らしい!!多少予定が早まってしまってましたが、大成功!!」

 

 そのまま地面に倒れ伏すアースを足蹴に、ソレは自身の胸に刺さった右腕を強引に引き抜き、マイクテストの様に声を出した。

 やがてエレクトロの同じ声質に戻ると、舌ったらずな発音で譫言のように喋り出す。

 

 アースは死にかけのの体で、奴の顔を見る。

 ーーーのっぺりとした、鼻も、目も、口も、耳もない、正真正銘の、妖怪だった。

 

「素晴らしい…!素晴らしい…ッ!私にくぉんなチャンスを与えたもうなどと…()()()()は見捨てて下すぁってなんてなかったぁ…!あぁ…勿論君にも感謝して差し上げてるよお?意識がある方が乗っ取りは難しいんだァ…」

「…黙れ…お前は誰だ…何が目的だ!!」

 

 うっとりと虚空を見つめるソレは、アースの問い掛けに死んだ魚のような目を向けて応えた。

 直後、ゾクリと。

 悪寒が背筋を走り抜ける。

 

「ワタクシは…操りのー…いや?どうなるのだ?エレクトロ?いや?ん?…んー、そうだ!!()()()()()()()!!そうだそうだ!ソレがいい!!で?なんでしたか?あぁそう!目的だったね!それはーーー全人類を混沌に堕とす!!それが()()()()の申せられている事だ!!」

「ふざけるな!カレンを返せ!」

「まずはありがとうだるぉミノムシ君?悔しいぬぁら…掛かって来なさいッ!」

「ぐ、おぉおおおお"お"ッ!!」

 

 正真正銘最後の力を振り絞って、芋虫のように地を這い蹴り、飛び付いて噛みつこうとするアース。

 両腕が無いのにも関わらず、動けているのは奇跡だ。

 

 しかし、現実はどこまでも無情だった。

 

 一見無防備に見えるエレクトロ、いくら攻撃が原始的とは言え、流石に当たる筈。

 …当たる筈だった。

 

 激突する直前、エレクトロの()()()()()()()になったのだ。

 浮き出る血管のような電気の流れ、そして、奴は悪戯の上手くいった子供のようにーーー嗤った。

 

 噛みついても、水を相手にしているかの様な手応えの無さだけが残る。

 そう、アースはエレクトロを…通り抜けた。

 

 代わりに体がバチバチと痺れ、その勢いのまま地面に滑り込んでしまった。

 

「んー、完全の透過とは言えなくとも、いい実験になってくれた!!そうだ、あの子は電気と言うものの使い方が分かってなかった…ミノムシ君!その身お持って実感しなさい!!」

「…ッ!?」

 

 暗く淀み始めた世界を瞳に収めていたアースは、エレクトロの体が、粒子のよう、いや…雷のように姿を変えるのを見た。

 そして、直後に体に衝撃が走り、痛みに喘ぐ。

 

「まだ制御に難しい…まぁ、いいよね!…あ、そうだ…ミノムシ君、ここまで頑張って下すったご褒美だ、一瞬で逝かせてあげようッ!!」

「ぐ、ぁ、ぁぁぁああああ…」

 

 いつのまにかアースの頭の元に寄って来たエレクトロは、先程の戦斧を創り出し、大きく振りかぶった。

 胸に開けた穴も、いつの間にか塞がってしまっている。

 彼はその後に起こる展開を恐れ、身を捩ろうとするが、指一本動かせない。

 もう、限界だった。

 

「ヒャハハッ!!死ねぇッ!!」

 

 醜く嗤うソレが、振り下ろす。

 戦斧の矛先が刻一刻と迫る。

 後悔、諦め、焦燥、思考、様々な考えが頭の中を駆け巡るが、虚しく、蒼が鼻先まで迫る。

 そこまで来て、アースは漸く諦めた。

 

(くそ…シンさん、後は…頼ーーー)

 

 走馬灯を見る暇も無く、彼の体は、頭から足へ戦斧が通り抜け、一刀両断にされた。

 そこだけ、雨の音も、血が芽吹く音も、エレクトロの嗤い声も、何もかもが無音のようだった。

 

「キヒッ!ヒヒヒヒヒッ!!さぁ…()()…次は、お前だ…ッ!!」

 

 シンという存在、()()()()()()()()

 アレは、()()()()()だ。

 舌舐めずりを行い、エレクトロは恍惚に嗤って、配管の中へ、電線の中に消えていった。




ご拝読、ありがとうなのぜ!
アースは、うん、いい奴だったのぜ…彼は不幸だっただけなのぜ…三週間遅れたことも不幸なのぜ…何故か13000文字突破したことも不幸なのぜ…
…それは兎も角、エレクトロが遂に覚醒したのぜ!
これでコストパフォーマンス120%!

しかし…なんであの大妖怪がまだ生きているのぜ?"我が主君"って?なんでシンの名前を知ってたのぜ???
謎が深まってきたのぜ…次回もゆっくりしていってね!


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第三十一話 家族/友人だった

ゆっくり…できなくなってきたのぜ…


 話は、アースとエレクトロとの激突の数時間前に遡る。

 

 依姫は雑踏を抜け、焦りと不安を胸に抱いたまま永琳の家を訪れていた。

 地上の医務室、地下のラボなどなどを兼ね備えた、賢人だからこそ与えられたハイブリッドハウスだ。

 

 彼女自身はその感情の正体に気付いていないが、推測するならば、それは混乱からくる物だったのだろう。

 

 友が失踪したと思ったら、今度は想い人が争いに巻き込まれ、更にはその渦中に友がいる。

 

 その事実に確証も、証拠も無い。

 故に依姫の心情は穏やかでは無かった。

 

(…きっと、何かの間違いの筈です…!)

 

 更には、生きている事を喜ぶべきか、蛮行を嘆くべきかすら、未だに分からないのだ。

 ()()()()()()、そう思い込む事が今の彼女にとっての精神安定剤だった。

 

 彼女は複雑な感情の中、電気の付いていない医務室を訪れる。

 

「師匠ー!?師匠は居ますかーっ!?私です!依姫ですっ!!」

 

 ここに永琳は居ないだろう、が、ダメ元で叫ぶ依姫。

 永琳はよく地下のラボに居る、が、しかし、地上の方の医務室にいることも無い訳では無いからだ。

 

 声は反響し、暗い医務室へ消えていく。

 

(やはり返事は無い…ですか…)

 

 幾許かの肩透かしを喰らった依姫は、振り返り、地下のラボへ向かって歩き出すが、そこで。

 

 ガシャーン、と。

 

 何かを落としたかの様な物音。

 堪らず彼女は肩を跳ねさせて驚き、背後を振り返った。

 

 まず目に入ったのはピンと張ったウサミミ。

 

「ね、ねっ、寝てませんお師匠様!?わたわた私は不眠不きゅ…ってあれ?」

「………あなた、は誰ですか…?」

 

 暗い世界の中、見つめ合う瞳と瞳。

 カチ、カチ、と時計の音が五回程鳴ったところで、ウサミミの少女が何事もなかったかの様に話し出した。

 

「…お、おはようございます、いえ、こ、こんにちは…?鈴仙・優曇華院・イにゃ…イナバと申します、お師匠……八意様、のお客様…?いえ、患者…ですか?」

 

 訂正、動揺しまくっている。

 会話が進むごとに彼女の伸びていたウサミミがへにゃりと、少しずつヨレていく。

 

「こ,こんにちわ…?こちらは綿月依姫と申します…八意永琳様はどちらに?」

「ふぇっ!?わ、綿月様!?こっこれはこれは不躾な姿を見せてしまって…!?」

 

 今の状態の彼女ーーー鈴仙は、普段はこんなにボケてはいない。

 ただ五日連続でエナジードリンクとデスクと無量大数のカルテを恋人にしていたため、疲労が爆発しただけだ。

 おのれ、許すまじマッドサイエンティスト。

 

 そしてもう一つ。

 現在は働く為に永琳宅で仕事を行なっているが、彼女は()()だ。

 

 綿月玄楽が軍に在籍していた頃からの、いわゆる古参であるのだ。

 …結局戦争に出る事はなかったが、玄楽による地獄の様な訓練の日々は体に、魂に焼き付いている。

 

 シン達の体験した外周マラソンもその地獄のうちの一つだ。

 

 つまり要約すると、彼女は綿月と言う名前がトラウマになっているのだ。

 

「そ、そこまで畏まられなくても…それに私は師匠の場所を知りたいだけで…」

「師匠!?お師匠様ですか!?お待ち下さい、お師匠様は…ラボにいます!!どうぞ!!足元にお気を付けてッ!!」

「え、えぇ…ありがとうございます…?」

 

 見事な敬礼を示し、依姫を見送る鈴仙。

 困惑しながらも礼を返し、踵を返してラボへ向かう彼女の背中が通路に消えると、彼女はその場にへたり込んだ。

 

「ふぇ〜…怖かった…」

 

 いや、実際には怖くは無い。

 むしろ依姫も地獄の様な訓練を受けている為、鈴仙と依姫は同類である筈だ。

 

 しかし、自身の中のビーストが"綿月"に恐れ慄くのだ。

 

「この職場も最初は配達と連絡だけで楽だったのに…急にこんなの渡されて、私の時間が…それどころか最近ずっと椅子生活…グスッ…仕事辞めたい…」

 

 へにゃへにゃとウサミミがヨレヨレになっていき、目尻には涙が溜まっていく。

 そして、彼女はまた立ち上がると、現実逃避から、静かに患者用の毛布に包まり、寝息を立て始めた。

 

 泣き寝入りである。

 

 しかし彼女は知らない…

 数年後…彼女は綿月依姫のペットになることを…

 更に気の遠くなる様な年月の後、彼女はこの職場に逆戻りする事を…

 

◆◆

 

 何も無く、薄暗くて白い殺風景な廊下を抜け、地下のラボに繋がるエレベーターに辿り着いた依姫は、一人深呼吸をした。

 

(大丈夫…大丈夫…)

 

 この()()()は何に向けたものだろう?

 

 エレクトロの件や、永琳が助けてくれることに対してだろうか。

 それとも、全てが元通りになって、またカレンと一緒に料理を作るという願望?

 

 扉が開き、エレベーターに乗り込む。

 

(彼女が、本当に気が触れてしまっていたとしたら…私は一体…)

 

 扉が閉まり、ほんの少しの浮遊感と共にエレベーターは降下を始めた。

 僅かな振動に揺られながら、彼女は思考を止めずに悩む。

 目線が知らず知らずのうちに下がり、考えれば考えるほど心にしこりが生まれていく。

 

 不意に、エレベーターから電子音が響いた。

 どうやらいつの間にか到着していた様だ。

 

 扉が開いた先には、パソコンと睨み合うツートンカラーの奇妙な医者の姿。

 

「師匠!」

「あら、誰かと思ったら…久しぶりね、依姫」

 

 永琳は椅子ごとくるりと振り返り、静かに微笑んだ。

 

◆◆

 

 時は数年前に遡る。

 丁度、依姫が能力を覚えた数日後の話だ。

 

 玄楽は町を守る軍人として、また、娘の身を案じる一人の父親として、依姫の力について考えていた。

 理由は簡単、彼女の能力が()()()()()からだ。

 

 現時点で降ろされた神は三柱。

 

 能力開花時に憑依させた祇園(スサノオ)

 遊びの最中に暴走した愛宕(カグヅチ)

 試しにと、道場で憑依させた天照大御神。

 

 いずれも一回目の憑依だけではデメリットも無く、加えて憑依したのは主神級の強力な神々。

 一般的に、能力は子に遺伝するとして、豊姫は玄楽に似た能力(山と海を繋ぐ程度の能力)を得た、しかし、依姫は全く別の、突然変異とも言うべき能力を得たのだ。

 

 一歩間違えれば災害にもなり得る力。

 都に危害を加えれば、自分の娘と言えど、最悪処刑されてしまう危険性だってある。

 故に、玄楽は苦悩していた。

 

(どうするべきだ…教えてくれ…楼姫(ろうき)よ…)

 

 楼姫とは、かつて玄楽の妻だった人物。

 

 そう、彼は、寡男(やもお)だ。

 妻が依姫が産まれたためか、衰弱してしまい、半年後には衰弱死という結果に終わってしまったのだ。

 

 更に彼は、その日、妻の死に立ち会う事は出来なかった。

 ()()()()()と死闘を繰り広げていたからだ。

 そして大妖怪を退け、命からがら都に帰還したと同時に妻の訃報。

 

 最後の顔も、遺言も聞くこと無く、終わってしまったのだ。

 

 その時から、彼は第一線を退き、何よりも家族を慮る様になったのである。

 表向きは"後継の育成"であり、上層部の反対などもあったが、月読命の計らいもあり、なんとか今の立場に至っていた。

 

 そんな玄楽は考えに考え抜いた上で、遠い親戚に当たり、今や賢者とも呼ばれる天才、八意永琳を頼ることにした。

 勿論、葛藤もあった。

 親戚とはいえ、他人であると言っても過言では無い人物を頼っても良いのか、仮にも、最強と謳われた自分が、自分の力でどうする事も出来ない事態を恥ずかしく思わないのか、と。

 

 それでも、家族を思うと、頭を下げざるを得なかった。 

 

「頼むっ!!八意殿!!この通りだっ!!」

「…貴方ともあろう者が、ねぇ…」

 

 人生で二度目の土下座。

 彼は恥も外聞も捨てて地面に頭を擦り付けた。

 

 目の前の女性にどう思われても構わない。

 

 覚悟を込めた玄楽だったが、永琳はため息を吐いた。

 彼はそのため息に全身の血が抜けていく様な絶望感を味わう。

 

 が、しかし。

 

「貴方にこう土下座されちゃあ…やるしか無いわよね…!」

「…!!!…それはつまり…!!」

「えぇ…引き受けるわ…その仕事…!」

 

 こうして、依姫が永琳が出会い、彼女が永琳を師匠と慕っていくのは、また別の話…

 

◆◆

 

「それで…何の用かしら?この都に妖怪が侵入したこと?謎の電波障害?」

「…えぇ、多分それと同じです…手を貸して頂けませんか?」

「勿論、教え子の頼みだしね」

 

 依姫は、永琳が手を貸してくれる事に安堵感を覚えつつ、今でも教え子と呼んでくれる事に嬉しさが込み上げた。

 

「まず…カレンさんは知っていますよね?」

「えぇ、悲しい出来事だったわね…私も彼女は以前診た事があるからよく覚えているわ」

「…単刀直入に言いますと、カレンさんがこの都市に侵入し、シンさん達が交戦し、敗北した…と、彼らが言っていました」

 

 カレンの話に暗い表情をした永琳だったが、依姫の言葉を聞いて目を丸めた。

 しかし直ぐに眉間を狭め、手を顎に置く。

 

 考える仕草を見せた彼女は、また直ぐに顔を依姫に戻して言った。

 

「…それは本当…?」

「………私も信じたくありません…」

 

 重たい沈黙だった。

 

「…シン達があの日に戦った大妖怪は、自らを操りの大妖怪と名乗っていたらしいわ…恐らく、カレンは操られている…?成程、電波障害もこれが原因ね…」

「何か…手は無いですか…?」

「…」

 

 永琳は目を閉じ、思考を巡らせた。

 しかし、実物を見ていなければ、調べている訳でも無い。

 

 答えは当然。

 

「…無い…わね、情報が少な過ぎるわ」

「…っ!!…そんな…っ!」

 

 膝から崩れ落ちるのを必死に堪える依姫は、どうしようも無い恐怖に駆られた。

 友人を、どうする事も出来ずに殺害する…いわば、友を失う恐怖。

 

 考えるだけで動悸が早まる。

 

 そこで、永琳が口を開いた。

 

「でも、行き先なら予測出来るわ」

「…そうですか…」

「操られているとしたら、敵の考える事は混乱と破壊…それをスムースにさせる為に、相手は電気を狙って来る筈よ、この都市で電気といったら、発電所しか無い…だからカレンの行先は恐らく、ここからそう遠く無い場所にある月夜発電所になるわ」

「そう、ですか…分かりました…行ってみます…」

 

 もしかしたら、まだ…カレンのことじゃ無いかも知れない。

 救えなくとも、無力化は出来るかも知れない。

 シン達が月読命の協力を得るかも知れない。

 

 そう思いたくても思えない彼女は重い足取りでラボを出ようとした。

 しかし。

 

「待ちなさい、依姫」

 

 永琳が呼び止めた。

 依姫は力のない眼差しを永琳に向ける。

 

「これを持って行きなさい」

「これは…?」

 

 手渡されたのは、一本の長刀。

 普段神降しで刀を調達していた依姫はそのズッシリとした、本物の刀の重さに、今から自分のする事の重大さを再確認した。

 

「腕利きの職人に作らせた、本物の名刀よ…それともう一つ」

「…?」

 

 永琳は依姫を見据えて言う。

 その目はまるで母親の様に慈悲深く、同時に厳しさも持ち合わせていた。

 

「現実から目を背ける事は、決して悪い事では無いわ、でもね…そんな心持ちじゃ、何処へも進む事は出来ないし、前を見る事すら叶わない…それは逃げ続けてるのと一緒……依姫、()()を決めなさい…!じゃなきゃ救えるものも救えないわ」

「……はい…!」

 

 それは、激励。

 依姫は永琳に自分の気持ちが知られていた事に驚き、そして、今の今まで何の覚悟をしていなかった自分を自覚した。

 現実味が無い出来事に、何処か他人事の様に思っていたのかも知れない。

 

 だが、それも永琳の言葉で吹き飛んだ。

 

「ありがとうございます、師匠…!では行ってきます!」

 

 今彼女の中でメラメラと燃えるのは、覚悟と言う名の力。

 絶対にカレンを助ける、そう心に決めて、彼女はラボを飛び出した。

 

 残されたのは、永琳ただ一人。

 彼女は依姫が来るまで弄っていたパソコンに何かを打ち込んでそれを閉じ、一人立ち上がった。

 

「さて、私も行かなきゃね」

 

 彼女は部屋の片隅に佇む、埃の被った弓矢を手に持つ。

 そして、彼女もまた、部屋を出た。

 

◆◆

 

「はぁっ、はぁっ…見えた…!」

 

 永琳の家を飛び出した依姫は、雨上がりの曇天の中、発電所に目指して一直線に走っていた。

 更に太陽が沈み始めており、僅かに漏れ出た光が彼女の頬を赤く濡らしている。

 

 距離もそれ程遠い訳では無かったため、走って数分程度の距離である。

 一見急がなくたって問題ない距離だ。

 

 しかし、発電所を取られたらこの都市は終わると言う危機感と、巨悪が胸を鷲掴んでいる様な謎の焦燥感に、彼女は体を突き動かされていた。

 

「っ着いた…!!」

 

 月夜発電所。

 この都市で最も大規模な発電所。

 

 巨大な柱の様な通信機器が数十と建てられたため、遠隔操作が可能であり、現在は人はいない。

 …大規模な通信障害によって機能していないが。

 

 更に、中心部にはかつて人が居た頃に建てられた管制塔が聳え立ち、太陽光を一身に受けている。

 根元には何本もの太いケーブルが露出しており、正に発電所と言うにふさわしい場所だった。

 

 雷が幾度と鳴る以外は静謐としており、彼女以外には誰も居ない。

 

(シンさん達はどうしましょうか、ここで合図を…)

 

 思案する彼女の頬に、太陽の光では無い、蒼い光が反射した。

 次いで放電の様な爆音。

 

 依姫が音と光の発生地に首をやると、柱の様な通信機器を媒介にし、電流が人の形に集まっていくのを目撃した。

 やがて輪郭がーーーいや、のっぺりとした顔が形作られ、ニチャリと、クツクツと笑う。

 

 それ以外の全てはカレンと全く同じであり、依姫は永琳の予想が的中した物として間違い無いと確信した。

 そして、次に浮かんだ感情は、激しい怒り。

 

「貴様ァぁああッッ!!カレンさんを返せッ!!!」

「あー?…もー何でこんな直ぐにバレる?少し感動しちゃうねぇ…」

 

 ソイツはカレンの同じ姿で、声で、仕草で大袈裟にリアクションを取る。

 その一挙一動に依姫の魂は友人を返せと叫ぶ。

 

 もう、我慢出来ない。

 

「うァぁあああ"あああ"あ"ッッッ!!!!」

 

 彼女は怒りに突き動かされ、奴へ切り掛かった。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
玄楽の過去が明かされたのぜ!
ちなみに人生初めての土下座はプロポーズの時らしいのぜ…

そして、彼らの位置関係について少し補足なのぜ。
実はエレクトロの目指していた発電所は永琳宅にかなり近く、結果的に電気と化したエレクトロに依姫はギリギリ間に合ったのぜ。
逆にシン達はかなり遠く、今から行こうと思っても三十分近くかかるだろうと思うのぜ。

要は依姫とエレクトロとタイマンなのぜ。
次回もゆっくり!

あと、端境様☆5評価ありがとうございますなのぜ!


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第三十一話 紫電蒼電

ゆっくりしていってぬぇ。


「うァぁあああ"あああ"あ"ッッッ!!!!」

 

 怒りを孕んだ雄叫び。

 依姫は爆発するかの様な勢いで地を蹴り、刹那の世界で飛び込んだ姿勢から居合の姿勢に切り替え、刀の柄を握り締めた。

 

 鞘の中で加速し続ける絶刀。

 長刀である為それなりの重さはあるが、その分依姫の刀は加速し、これまでの剣を振ってきた中で最高のスピードに達した。

 音速をゆうに超えた剣先がエレクトロへ襲い掛かる。

 

 しかし、エレクトロの瞳は、この全ての動作をほぼ完全に見切っていた。。

 

「…遅ぃ」

 

 脳天に迫る長刀を見据えて一言呟き、避けるでも無く、迎撃する訳でも無くーーーただただ、長刀を()()()()()

 

「なっ!?」

「遅すぎるゥうううッ!!!」

 

 掴んだ掌からは血の()()()流れていない。

 

 狂った様に叫ぶエレクトロから蒼電が漏れ出るのを目にした依姫は、何か来ると思い、咄嗟に霊力を体に纏った。

 次の瞬間には蒼が広がり、長刀を通じて手先、胴体、体の末端と、体を突き抜けて痺れさせる放電が身を襲う。

 

 しかも刀をエレクトロに掴まれている為、逃げようと思っても逃げられなかった。

 

「ぐぅううう"う"う"ッ!!愛宕(あたご)様ッッ!!」

「おぉっ!?」

 

 このままでは不味い。

 そう感じた依姫は体を震わせながらも神降しに成功し、神の炎を体から溢れさせる事でエレクトロの拘束を逃れようとした。

 

 彼女の目論見は成功し、エレクトロが爆炎に怯むと同時に長刀が手放され、依姫は大きくバックステップ。

 

「逃ぐぁさないっ!!」

 

 しかし、バックステップする依姫を追撃せんと、雷撃を発射するエレクトロ。

 これを依姫は、軻遇突智(カグヅチ)の炎を纏わせた長刀で真っ二つにし、難を逃れた。

 

 一見、炎と雷は交わる事は無い。

 しかし、依姫の尋常では無い戦闘センスと神の炎の言う、ブランド物のような武器でそれを可能にしていた。

 

(これならいけーーー)

 

 戦える、大妖怪と化したカレンとでも渡り合える。

 これならいける…そう希望を見出したその時。

 

 バチリと音が鳴り、ダンプカーと衝突したかの様な衝撃が彼女を襲った。

 

「…えっ?ーーーっゲホッ!?」

 

 予想外のダメージ。

 宙に投げ出された体。

 手から離れる長刀。

 

 体が痛みへの反応に遅れ、柱状の通信機器の一本に激突して初めて、何があったか自覚した。

 地面に落下する体の腹部が燃える様に痛く、口から血が溢れる。

 

 …確かにカレンをこの目に捉えていた、しかしーーー()()()()()のである。

 否、消え失せたと言うより、超高速で移動した…?

 

 その瞬間、依姫の耳は、まるで電線がショートした時の音の様な、独特な音を聞き取った。

 またアレが来る。

 

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)様ーーーっぐっ…ッ!!」

 

 今降ろした神は、怪力無双でも知られる日本武尊。

 降ろした事で常人よりも何十倍も堅牢な体を手に入れた依姫は、今の攻撃を見切る事は出来なかったが、吹き飛ばされる程度の衝撃で済んだ。

 

 受け身を取って着地時の衝撃を消し、目だけを動かして長刀を探す。

 …あった。

 しかし、二十メートル程の距離があり、今すぐ取りに行くのはカレンが許さないだろう。

 

 だが、タネは理解した。

 衝撃の最中、ほんの少しだけ見えた蒼の軌跡。

 それを形容するならば、電子の移動だろうか。

 

 そう、カレンは体を電気に変え、恐るべきスピードで依姫を殴ったのだ。

 

 しかしそれはカレンには到底不可能な技術であり、体を電子に変える分、二度と戻らずに消滅するリスクだってあった。

 それが示す事実は一つ。

 

 大妖怪はカレンを、正に人形の様に容赦無く扱っている。

 

「この…下衆がッッ!!」

「ごぶぁッ!!」

 

 背後からショート音。

 二度も食らえば流石に体が覚える様で、振り向き様に鉄拳をカレンにお見舞いしてやった。

 

 頭から地面にめり込み、更に蜘蛛の巣に地面が割れていく。

 チャンスとばかりに長刀に向かって走り出す依姫。

 

 だが、地面で埋まったぐらいでへばる程、エレクトロは弱く無かった。

 

「エレクトロピラーズ・フォールンッッ!!」

 

 めり込んだ頭を瞬時にコンクリートから抜け出させたエレクトロは地を足で力強く踏み付け、彼女を中心に大量の黒雷の柱が立ち昇る。

 軍来祭でも行った霊力を混ぜた雷。

 更に大妖怪としての妖力も混じった黒雷は、竜の様に空へ舞い、柱状の通信機器すらも破壊していった。

 

 依姫は背後に迫る黒雷を一瞥もせずに疾走する。

 

(あと少し…っ届いーー)

 

 黒雷の柱を振り切り、やっとの思いで長刀を掴み取る依姫。

 

 しかし。

 

「そんなに逃げて何処へ行くんだぁ?」

 

 空がひっくり返る。

 

 カレンに足を捉えられ、そのまま砲弾投げの様に空へ投げ出されたのだ。

 そう状況を理解した時には手遅れだった。

 

ハーエスト・トルメンタ(雷撃雨・超高圧)ッ!!」

 

 地から空へと降り注ぐ蒼色の雷撃雨。

 宙に投げ出された依姫に防ぐ手段は無かった。

 

 日本武尊のお陰で呻くだけで済むが、体が痺れて動かない。

 そして、投げ出された体が落下する瞬間、蒼い粒子と忌まわしいのっぺりとした顔が視界に割り込んで来た。

 

「ハロー!気分はどお!?折角だから旅行に連れていこうッ!!

「ッああああッ!?」

 

 電子となったエレクトロはアッパーで依姫を更に上空へ吹き飛ばし、更にアッパー、更にアッパーと。

 依姫の体を遥かな空へと誘って行った。

 

 そうして地面から見てどんどん豆粒の様に小さくなって行った二人の体は、遂に曇雲の中へと突入する。

 

「…ッ」

 

 薄暗い霧の中。

 吹き荒れる風。

 時折聞こえる雷音と嗤い声。

 

 当然だが、空中では踏ん張る事は出来ず、呼吸も厳しい。

 つまり、空中は依姫にとって最悪のステージーーーと言う訳では無い。

 何故なら、依姫は神降しが使えるからだ。

 

「風神様ッ!!」

 

 風神雷神の一柱。

 風の環境を味方に付け、剣先に神風を纏われせた依姫は、正面から恐るべきスピードで襲い掛かるエレクトロを叩き切ろうとした。

 

 …エレクトロは神の炎に怯んだ。

 つまりは神降しの力を纏った剣なら、カレンにダメージを与える事が出来るはずだと、依姫は睨んでいた。

 

 襲い掛かるのっぺりとした顔から、ぶわりと汗が溢れる。

 

 だが。

 

「いいのかぁ?私も死ぬぞ?」

「…ッッ!!」

 

 それが分からない程、依姫もバカでは無い。

 しかし、言葉に出されて言われる事でーーー剣筋が()()()しまった。

 

 この程度で死ぬ大妖怪でも無い事は、剣を交えた事で理解している。

 それでも残念ながら…依姫は()()だった。

 

「クヒャッ!アッハハッッ!!ハァッ!!!!」

「ッか…っは…ッ!!」

 

 思い切り高笑いを響かせるエレクトロは、愉悦とした表情で周囲から静電気を吸い取り、その名の通り、雷を落とした。

 爆竹の数百倍もの轟音が雲を突き抜け、衝撃で依姫とエレクトロを中心とした範囲の雲が円状に消滅する。

 

 自然における雷の何倍もの電力で貫かれた依姫は、その意識を絶った。

 

 風に支えられていた彼女の体は力を失い、墜落して行く。

 数十キロの長さの距離を経た人間隕石の行方は言うまでも無い。

 

 ペシャンコで済めばいい方だ。

 

 そんな依姫を見て、エレクトロは嗤いに嗤った。

 

「アヒャッ!アヒャヒャヒャッ!!クヒヒッ!!やはり人間!!()()なんぞに庇護されている分際でぇッ!この私に楯突くからだッ!!ヒヒヒッ…!それにしても馴染む…この体は…ッ!!」

 

 ひとしきり嗤った後、エレクトロは自身の手のひらを見てそう言った。

 …操りの大妖怪はその生を受けて間も無い、だからこそ、電気の力を扱う事も苦では無く、まるで子供の理解が早いように瞬く間に使いこなし、急成長を遂げていた。

 加えて発声もどんどん人間に近くなり、舌ったらずから流暢になっていく。

 

 そして手のひら越しに豆粒の様な依姫を睥睨し、うっとりと呟いた。

 

「あと少しで神になれる…待ってて下さいませ…我がーーーん?」

 

 あと少しで記念のトマトが爆砕する、そう思った矢先、依姫の姿が掻き消えた。

 花が咲いていないのをを見るに、どうやら助かった様だ。

 

「…は〜…メンドクサ、私が今度こそぶち殺してやろうか…!!」

 

 そして、エレクトロの姿の輪郭は曖昧になり、雷が落ちるかの様に飛び出した。

 

◆◆

 

 エレクトロが嗤い暮れていた頃、依姫は、朦朧とした意識の中で後悔していた。

 

(私が…動揺しなければ…私に…救える手段があったなら…)

 

 体は動かず、神降ろしをしようと思っても、思考が回らない。

 事実上の詰みであった。

 

 依姫の瞳から涙が溢れ、空へと消えていく。

 対照的にコンクリートの地面は近づいてくる。

 

 豆粒のように小さくなったカレンを見据えると、心の声が溢れる。

 

 ごめんなさい、と。

 何の成果も上げられず、死んでいく私の事を。

 

 カレン、お父様、姉さんーーーシンさん。

 

「ゎ、たし…を、許して…」

 

 懺悔。

 

 しかし、別の声が響き、空中で抱き止められた…と思ったら今度は地上に居た。

 この能力は…この声は…

 

「許して欲しいのはこちらだ…遅くなった、依姫…後は我に任せろ」

「ぉ、父…様…?」

 

 依姫の瞳に、ここにいる筈のない、(お父様)の姿が映った。

 

「永琳殿がこの通信災害の中で連絡をくれたお陰で間に合った……依姫、お前は絶対に死なせない…だから…」

 

 玄楽の言葉を皮切りに、景色が変わる。

 依姫とエレクトロが戦った所からそれほど離れては居ないが、それほど戦いの邪魔にならない場所。

 

 二人は発電所の管制塔の前に居た。

 

「ここに居てくれ」

「…っ」

 

 待って、そう言おうとしても声が出ない。

 玄楽は依姫を管制塔の壁を背にする様に寝かせ、パッと姿を消してしまった。

 

 体は動かず、回復するのに数分はかかるだろう。

 しかし、そんな事は関係無い。

 

 依姫にとって、彼女よりもカレンの身の方が大事だからだ。

 

「カレ…ンを…殺さ、な…ぃで」

 

 変わり果てた友の身を案ずる声。

 その呟きを聞き取る者は、居なかった。

 

◆◆

 

「んー?何処いった?見当たらないねぇ?」

 

 姿を消した依姫の息の根を止めるため、エレクトロは地上に降り立っていた。

 ふと、背後から声。

 

「我の事か?」

「お?…誰?お前」

 

 気配を感じられなかった。

 まるで一瞬で現れたかの様な違和感。

 

 自身に絶対的なプライドを持つエレクトロは、それだけで警戒心をマックスに引き上げた。

 

「我は名乗る名も捨てた…今はただのオヤジだ」

「ふーん…そう…かァッ!!」

 

 電子化、からの突進+ナックル。

 奇襲から始まった第二回戦はーーーエレクトロ()吹き飛ばされる形で始まった。

 

「ッ!?!?!?…な…ぁッ!?」

 

 吹き飛ばされたエレクトロは柱状の通信機器に激突し、痛みに悶絶する。

 何故、私がダメージを負っている?

 何故、こんなに痛い?

 

 その答えは簡単だ。

 

「どうした?その程度か?」

「ヒッ!?」

 

 見切られていたのだ、攻撃を。

 玄楽は、最強の軍人だった男。

 

 全盛期ではこのままエレクトロを粉微塵に出来ていたかも知れないが、老齢と言う弱体化もあって、これだけに落ち着いた。

 それでも、軍人だった頃の感と神経は鈍ってはいない。

 

(なんだ…!?なんなんだこの男はっ!?)

 

 いきなり現れた謎の男。

 その男に一瞬で力の差を見せ付けられたエレクトロは、生まれて初めて、恐怖を抱いた。

 

 修羅と言っても良い様なオーラ。

 それの理由が子が傷付けられた事に対しての怒りである、と言う事はエレクトロには分からない。

 

 分からないからこそ、恐ろしいのだ。

 

「どうした?撃たないのか?」

「ッ舐めやがーーーグブァッ!?」

 

 激昂するエレクトロは電撃を放とうとするが、正面の玄楽が消え失せ、見失ったと思ったら首に隕石が落ちたかの様な衝撃。

 玄楽の踵落としだ。

 

 玄楽はコンクリートに激突するエレクトロの頭をすかさず掴み、柱状の通信機器に何度も激突させる。

 

「お前には子を思う父の気持ちが分からないのだろうが…相当に腹が立つぞ」

「ごッ!がっ!!おのッ!!れッ!!ぎざっ!!ま"ぁあ"ああッ"!!」

 

 エレクトロは大いに焦った。

 コイツに加えて、あの紫の女が参戦するとなると、自分の勝機は薄くなる。

 だが…この男が紫の女の()ならば。

 

 叩きつけられながらもエレクトロの口角が上がる。

 

 …紫の女を人質にして、この男を殺した後に女も殺す。

 

 自分ながら素晴らしい案だ。

 今自分を圧倒しているこの男の顔を、絶望でクシャクシャにする妄想が止まらない。

 

 幸い、移動手段は目の前にある。

 

「キヒッ!!後悔ざぜッ!!ッで!!や"るよ"ォ!!」

「なっ!?この…ッ!!」

 

 ボロボロになり、配線が飛び出す程まで通信機器に叩き付けられたエレクトロの顔は愉悦に歪み、電子化によってその体を通信機器の中へ吸い込ませて行った。

 対して玄楽は通信機器を破壊するが、手応えは無い。

 

「おのれッ!!」

 

 焦る玄楽。

 彼は依姫の身を案じ、またその場から消え失せた。

 

◆◆

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…居た…!アイツだ…!!」

 

 この発電所の全ての回路に電気を走らせる事で疑似的な偵察を行ったエレクトロは、一瞬で依姫の位置を把握し、依姫の目の前で姿を現した。

 

「…っ!?」

「悪いが…利用されろォッ!!」

 

 エレクトロは登場と同時に、妖力と霊力を混ぜ合わせて作った漆黒の雷槍を顕現させ、目を見開く依姫に向けて発射した。

 当たれば何十分も激痛の槍。

 

 これを使って人質として利用する。

 ーーーその筈が。

 

「依姫ーーーッッ!!!!」

 

 女神の天秤が大きくエレクトロに傾いた。

 玄楽が依姫とエレクトロの間に一瞬で現れ、その攻撃を身を挺して受けたのだ。

 

 一人は歓喜し、一人は絶望し、一人は悔しさを滲ませる。

 

 腹を貫通した黒槍。

 

 血は噴き出ない。

 何故なら雷電が内臓を焼き尽くしているからだ、更に霊力と妖力が魂と精神を抉るため、感じたことの無いような激痛が流れる。

 

 …玄楽は、確かに最強の軍人だった。

 しかし今では弱体化し、防御力も減っている。

 

 それゆえに、この攻撃で倒れてしまう事は必然であった。

 

「お…父…様…ッッ!!!!」

「ぐぅ、ぁああ…ッ!!…ッ済ま、ない依姫…ッ!!」

 

 あんな啖呵を切ったと言うのに、何が父親だ。

 後悔する玄楽だったが、過ぎた物は仕方がない。

 

 反対に依姫は、未だ動かない体を呪いつつも、未知の攻撃に倒れた父の猛烈に心配していた。

 

 しかし、下衆の声が思考を遮る。

 

「おやおや?おやおやおやおやぁ〜?あんなに見下してた君が今では!私が見下す方ッ!!っはぁ〜!!これだから人間は愚かだ…ねぇッ!!」

「ぐぁ…ッ!!!!」

 

 蹴り飛ばされる玄楽。

 娘の手前、無様に叫ぶ事はしなかったが、それ以上に動けない自分が悔しかった。

 

「じゃぁ…最後にコイツを殺して君の顔を見ようかなぁッ!?」

「ッ止めろぉおおお"お"ッッッッ!!!!」

 

 エレクトロが何をするか理解した玄楽はひたすらに叫んだ。

 

 エレクトロの両手に蒼い光が集まり、奴の足がゆっくりと依姫へ近づいて行く。

 玄楽の叫びが響く様で、絶望と言う名の無音が場を支配していた。

 

 依姫も自分の死が漠然と感じられ、カタカタと体が震える。

 

(カレン…)

 

 体は動かない。

 彼女が近づいて来る。

 

 ドクドクと、心臓が雄叫びを上げ始める。

 依姫の心には、四割の諦め、四割のカレンと玄楽に対する懺悔、そして…一分程の、希望。

 それはーーーシン。

 

 だが、そう願って、あり得ない事が、都合の良い事が起こる程、世界は恵まれていない。

 

 エレクトロが光り輝く手を構え、振り下ろす。

 玄楽が叫ぶ。

 依姫は目を閉じる。

 しかし、衝撃はいつまで経っても来ない。

 

 …もし、そんな偶然が起こるとしたら、それはつまり。

 それはつまり…!

 

よぉ、大分遅れた、依姫…悪かったな

 

 紛れも無く、本物の奇跡なのだろう。

 

…カレン…いやエレクトロ…今度こそ、今度こそブチのめしてやるよ…ッ!!

「…ッどこまでも邪魔しやがってェぇええッッッッ!!」

 

 依姫の前に立ち、エレクトロの腕を掴むシンは、燃え盛る闘志と怒りを拳に乗せた。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!

…UA爆発してる…なんで?
やっぱ夏休みなんすね〜なのぜ。

アルモ様、寝てはいけない様、☆10評価、☆9評価ありがとうございますなのぜ!


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第三十二話 黒き雷光

おっおっおっ?
二次ランキング97位?
おっ♡おっ♡おっ♡?

ゆっくりしていってね!


 時はエレクトロとアースの激闘から数時間前、つまりエレクトロが依姫が永琳宅を訪れた頃の事である。

 

 シン達は不安から一転、希望を胸に都市の中心部、月読命邸を飛び出していた。

 どうやら月読命と話してからそれなりの時間が経った様で、押し退けあっていた人々はシェルターの中へ姿を消してしまい、木造の門にキリギリスが一匹止まっているだけだ。

 

 音は無い。

 静謐であり、曇天により辺りは薄暗くなっている。

 まるで雷でも落ちるかの様な空模様だ。

 

 そんな空気感は、少なからずとも二人のセンチメンタリズムに影響した。

 

「…さて、さっさと依姫に伝えるか」

<…スパイダーセンスでもあるわけでも無いが…嫌な予感がする、急いで行くぞ>

 

 伝える事は、無論月読命の神降しについて。

 浄化の力によってカレンに憑いた悪いモノを剥がせるかも知れないと言う事だ。

 

 シン達は、嫌な予感と言う名の直感に身を任せ、カレンと戦う時に消耗する、と言った予想など考えずにヴェノムへと化し、爪痕を入れながらビルの上へと駆け上がった。

 

 瞬く間にビルの頂上に到達し、都市を俯瞰する。

 

人が居ねぇな…

 

 空に吹く風を肩に感じながら街を見下ろしても、どこもかしこも閑散としており、その姿はまるで平安京の末期。

 羅生門で、下人と老婆が争いでも起こしていそうだ。

 

…行くか

おう

 

 二人は暗澹とした空へ身を投げ出し、依姫が居るだろう永琳宅に向けてビル群を駆け抜けていった。

 

◆◆

 

 数十分もの間もビルからビルに飛び移り、着々と永琳の家までの距離を詰めていくシン達。

 あと十分程か、そんなことを思い始めた、その時だった。

 

 数キロ程離れた地点から、地から空に向かって落ちていく雷が視界に入り、その数秒後に雷鳴が響き渡ったのだ。

 シン達はその光景を見るなり、思わず立ち止まってしまった。

 

…まさか

急ぐぞ!シン!

 

 もう、戦闘が始まっている…!?

 

 そこがどんな場所は分からない、だが光は届いているため、目的地は分かる。 

 永琳宅からかなり近い場所だ。

 

 しかし、今から行ってもかなりの時間が掛かってしまう。

 それまで依姫に耐えてもらうと言うのは、余りに酷だ。

 

どうにか出来ないかヴェノム!?

…出来るッ!!行くぞォッ!!

 

 腕がドクドクと脈動する様な感覚。

 体はヴェノムによって突き動かされーーーシン達はビルから転落した。

 

何やってんだヴェノムゥうううっ!?

ただの()()()だ!!任せとけッ!!

失敗したら承知しねえぞ!?

 

 突然の奇行に絶叫するシンをヴェノムが嗜めると、彼は仕方なくヴェノムを信じて身を任せた。

 そして、シン達の腕から何かが射出される。

 

 見ればそれは、糸状となったヴェノムの細胞。

 べちゃりとビルの窓に引っ付せたと思うと、しなりを上げ、まるで振り子の運動の様にシン達を加速させていった。

 

 その調子でヴェノムは、糸を引っ付かせてはスィング、引っ付かせてはスィング、と。

 家族を繰り返し、遂には普通に走るより遥かに速い速度を叩き出していった。

 

お前そんなことが出来たのか!?

()()()()だけだ!!

 

 そうやってビル群と言う名の迷路を身体能力と糸をもって潜り抜けていくと、一際大きな雷音が鼓膜を劈いた。

 先の聞いた雷音と比較にならない、まさに巨大な雷が落ちたかの様であった。

 

近いッ!もっと早く行くぞッ!

 

 ヴェノムに任せっきりだった体の主導権を握り、強引にスィングする。

 ヴェノムに手本を見せてもらった為か、強引なりとも速度は増した。

 

 しかし、制御出来るわけでは無い。

 加速しすぎたスピードは目の前のビルを曲がりきれないと言う結果を残してしまい、彼らはそのままビルのガラスに突撃し、派手に粉砕。

 破壊されたガラスの一端に、オレンジ色の太陽の光が反射する。

 

 そのままビル内に侵入したシン達は怯む事無く、障害物の様に散乱するデスクやパソコンをものともせずに突進し、反対側のガラスを粉砕して飛び出る事で脳筋的なショートカットに成功した。

 

 そのままビルに飛び乗り、その屋上から目的地を俯瞰する。

 

ここか!?

あぁ、そうだ!醜い野郎の声が聞こえる!!ここの中心部だッ!!

 

 到着したのは、柱状の通信機器と一際大きな管制塔が目立つ発電所。

 雷の音は鳴りを潜めたが、彼らの異常な聴覚は、聴き覚えのある声を拾った。

 

 カレンの様な、あの時の大妖怪の様な、そんな声。

 

 そして声のした方向に顔を向けるとーーー地面に臥した玄楽と、管制塔を背に倒れ込む依姫と、顔は見えないが、掌をバチバチと放電させながら依姫に近付くカレン…いや、エレクトロ。

 

 現状を表すかのように、斜陽が沈み始め、辺りは夜に支配されていくように暗くなっていく。

 そして太陽が彼らを見捨てたと同時に、反対にエレクトロの電流の如き蒼く発光する体が、辺りを照らしていった。

 

 既に戦闘を行ったのだろうか。

 そんな考えが浮かぶ前に、シンの頭の中はある思考に汚染された。

 

 それは、()()

 色にして表すなら、狂気の如く赤。

 ドクドクと心臓がやけにうるさく鼓動し、血の気が引いたとおもったら頭に血が昇る。

 

 その怒りの出所を強いて言うなら…依姫だ。

 エレクトロが依姫を追い詰めた…いや、傷付けた。

 

 その事実だけで体から火が吹くように怒りが身を支配した。

 

 依姫が倒れていると言う事も、シンの心を掻き乱す。

 まさかーーー死んだ?

 

 エレクトロがあたかもトドメを指すように近づいていると言う事は、要するに依姫が生きていると言う事だ。

 死んでいる筈は無い。

 

 それでも、殺されたと誤認しただけで狂気に身が覆われそうになった。

 

 だが、何故、自分はこんなに()()()()()()の怒りが湧くのだろうか。

 自分はそれ程までのお人好しだっただろうか。

 そんなに友情を重んじる人物だっただろうか。

 だが、それなら倒れた玄楽にも、断然感情が湧く筈だ。

 

 友情などでは…そんな物じゃあ無いとしたら。

 

 …まさか?

 いや、そんな筈は無い。

 

 だって、依姫は、倒すべきライバルだ。

 以前にも自分は言った。

 打倒すべき敵、と。

 

 いや…自分は、打倒を果たしたではないか。

 いや、それでも、あり得ない。

 

 そうやってほんの一瞬、まさに刹那の間、否定を否定で返すかのような自己問答を繰り返すシンは、結局、そんな事を考えている暇は無いと、逃げるかのように思考をシャットダウンした。

 そして再度彼らに視線を戻し、エレクトロが手を振りかざすのを見ると、先程のように怒りに身を支配され、突き動かされるまま烈火の如く飛び込んだ。

 

 黒い彗星となって突撃するシン達。

 

 エレクトロの腕が天へ掲げられ、依姫が目を閉じる。

 間に合え、そう念じずには居られなかった。

 

 しかし、無情にも依姫とシン達との間には距離がある。

 このまま行って間に合う筈が無い。

 

 それを感じ取ったシンの感情は。

 また別の、怒りだった。

 

 先の光景に感情を揺さぶられなかったら、いや、そもそもの話もっと早くに到着していれば。

 

 そしてその原因は、実に明瞭で簡単に浮かぶ物。

 ーーー自分が弱いから。

 

 あの時、エレクトロを止めていれば。

 ーーーそれも、自分が、弱いから。

 

 カレンを、あの時、助けていれれば。

 ーーー全部…自分が…弱いから。

 

 そうだ。

 全て、自分の責任。

 俺が、弱いから駄目なんだ。

 

 ーーー弱いから、守れない。

 

 エレクトロに対してでは無い、不甲斐無さからの、自分自身への怒り。

 ヘドロよりもドロドロで、暗黒より真っ黒な感情。

 

 何故俺はこんなに弱い、と。

 もっと力があれば、と。

 

 その時である。

 

 瞬間的にだが、シン達の普段では考えられない様な速度を叩き出したのだ。

 更に、体が()()()

 

 その変化は本当に一瞬の物であったためか、シン達がその変化に気付く事はなかった。

 刹那の間、黒の彗星は赤い彗星となってーーー遂に依姫の目の前に着地した。

 そのまま振り下ろされるエレクトロの腕を掴み取る。

 

 シン自身にとっても、その場にいる誰にとっても予想外の結果だったが、シンは息を吐き、顔だけ依姫に向け、安心させるための軽口を叩いた。

 

よぉ、大分遅れた、依姫…悪かったな

 

 顔をエレクトロに戻す。

 

 のっぺりとした顔。

 シンを更なる怒りの渦は突き落とすには充分だった。

 

…カレン…いやエレクトロ…今度こそ、今度こそブチのめしてやるよ…ッ!!

「…ッどこまでも邪魔しやがってェぇええッッッッ!!」

  

 シンは、再戦の意と大妖怪の殺意、そして燃え盛る闘志と怒りを胸に叩き込み、エレクトロを力一杯に放り投げた。

 

「ォぉおおおおッ!?!?」

 

 まるで野球ボールのように吹き飛ぶエレクトロ。

 彼女は柱状の通信機器を破壊しながら視界から姿を消していった。

  

 これで依姫達と話す時間ぐらいは出来ただろうか。

 

大丈夫か?依姫、玄楽

「…遅いんですよ…シンさん…」

「シン…ッ!気を、付けろ…ッ!奴は、電気そのものになれる…ッ!!恐、らく…もう、来るぞッ!!」

 

 苦痛と言う文字を体現したかの様な顔で忠告する玄楽。

 

 本来ならば、重症である玄楽より、依姫がエレクトロが吹き飛ばされた程度で時間稼ぎにはならないと言う事を、エレクトロが電子エネルギー化する事が出来ると言う事を教えるべきだ。

 しかし依姫は、そんな事…いや、重大であるとは解っているものの、余計な事は考えず、もう少しだけシンとの再開に浸っていたかった。

 

 良心がそんな事している場合かと依姫を責め立てる。

 それでも、この幻想を味わっていたかった。

 

 だって、仕方がないではないか。

 絶体絶命の時に現れるだなんて、まるでヒーローみたいだ。

 その背が語るのは絶対的な安心感。

 危機感さえ忘れるに決まってる。

 

 シンはそんな依姫を一瞥し、口早に言った。

 

悪い…依姫、動けるか?お前の力が必要だ

「…すみません…まだ、動けません…」

…なら俺達が時間をーーー

シン!!来るぞッ!!

 

 弛んだ空間に水を差すかの様に襲来するエレクトロ。

 玄楽が言った通り、蒼い軌跡を描くその姿はまるで電子のエネルギー体であり、シンでさえヴェノムに言われるまで視認出来なかった。

 

 次の瞬間、実体化したエレクトロの腕と、剛健を表したかのようなシン達の漆黒の腕が、爆音と共に交差した。

 衝撃波が周囲を唸らせる。

 

「お前とはッ!殺し合いたいとッ!思っていたんだよォおおッッ!!」

そうかこの糞野郎ォッ!!カレンを返せッ!!

 

 エレクトロの視線は、シン達だけを射止めている。

 ついさっきまで戦闘していた依姫や玄楽など、最早眼中に無い様だ。

 

 しかし…力が、強い。

 カレンの時とは比べ物にならないぐらい重く、強靭。

 

 ヴェノムを纏っていても押し切られそうであった。

 

場所を移すぞッッ!!ッはッッ!!

「うっ!?ぐぉッ!?」

 

 体を逸らすように脱力し、手前にバランスを崩したエレクトロ目掛けてハイキック。

 ゴキリと嫌な感覚が足から伝わり、慣性のままにエレクトロはまた吹き飛んで行った。

 

依姫!!カレンを救うんだったらお前の存在が必要不可欠だッ!!準備が出来たら来いッ!!

行くぞォッ!!

 

 依姫に一言投げかけ、エレクトロを視界から見失わないようにシン達もまた、その場を飛び出した。

 

 柱状の通信機器を伝い、蹴る。

 そうやって加速していくシン達は容易に吹き飛ぶエレクトロに追いつく事が出来た。

 

 エレクトロが強引に顔を上げる。

 相変わらずのっぺりとした顔だが、不思議と愉悦を滲ませた表情をしていた。

 

 ゾクリと、深層心理を嬲られたかのような忌避感。

 そして…()()()

 

 堪らずシンはエレクトロの体を地面に叩き落とした。

 彼女は体をくの字にして地面と激突し、慣性によって地面に摺り下ろされていく。

 

 しかし、電子のエネルギー体となって衝撃を殺し、その数コンマ後にシン達に激突した。

 そしてエレクトロは、瞬く間に柱状の通信機器に姿を消してしまう。

 

ぐッ…クソッ!!見ねぇ間に蝿染みた動きになりやがってッ!

「ヒヒヒ…ッ!シン…だったなぁ…」

名乗った覚えはないぞエレクトロォッ!!

シンッ!上だッ!!

 

 ヴェノムに言われた通り、上空に目をやると、通信機器から光が伸び、それが段々と人の形を取っていく光景が目に入る。

 遂にエレクトロは、周囲を蒼く濡らしながら地上から数メートル程の高さの場所で姿を現した。

 

 見下ろすエレクトロと、見上げるシン達。

 

 それは奇しくも、軍来祭の時と似た光景だった。

 

「クヒヒ…ッ!まだ分からないのかぁお前は?お前は()()()()だ…!」 

戯言を抜かすなッ!お前みたいなクズと俺達が同じ?そんな訳あるかッ!!

俺達の方が何倍も上なんだよッ!!

 

 瞬間、エレクトロの動きが止まる。

 そして、堪えられないとばかりに腹を抱えて嗤った。

 

「アヒャヒャヒャヒャッ!お前らじゃない…お前だシンッ!それに…私は()()の話をしているのサ…!この体(遊び道具)を手に入れてから…【規制済み】した時から、よ〜く解る!!」

「…今何言った?」

「…俺()()分かんねぇだと…?」

 

 "遊び道具"発言自体も血管がブチ切れそうな程ムカつくが、後者の発言が…全く、ヴェノムですら聞き取れなかった。

 覆い被さるモザイクのような、煩わしいノイズのような。

 理解すれば狂気に冒されていくような混沌も感じられた。

 

 それに…本質?

 本質が同じとは、どう言う事だろうか。

 

 疑問は溢れ、脳を犯していく。

 しかし考えを遮断するかのように、彼女が動いた。

 

「…そうか!まだ理解出来ないかッ!?私の方が上だなぁッ!?アヒャヒャッ!!」

支離滅裂なんだよお前はァッ!

オォオオオお"お"お"お"ッッ!!

 

 顔を抑えて嗤うエレクトロは、両手を広げ、蒼い電気の漏れ出る二つの光球を作り出した。

 それが戦闘と合図とばかりにヴェノムは鬨の声を上げ、陥没する程の勢いで地を蹴った。

 

「アーッヒャハハハッッ!!!」

がぁあああッッ!!!!

 

 エレクトロが作り出したのは、荒れ狂うプラズマを妖力の膜で覆い、エネルギーを爆発させる弾。

 そして、左手の球を野球のようにフルスイング、その勢いで右手の球も豪速球で投げ出した。

 

 シン達はそれが何だと言わんばかりに、一つを払い除け、もう一つをエレクトロに向けて蹴り出した。

 薄い弧を描く蒼球はエレクトロの胸に吸い込まれるようにーーーいや、事実、吸い込まれた。

 

「キャッチボール(サンダー)は好きかッ!?デウス・ドンナーシュラーク(神の零した雷)ッ!!」

ヴェノム!耐えれるか!?

<勿論!!>

 

 瞬間、シン達の体は極太の光線に埋もれ、彼らの勢いを押し返して、彼らを地面に叩き付けた。

 それどころか地面が陥没していき、柱状の通信機器からオーバーロードによる悲鳴が上がる。

 

 更にヴェノムを通して痺れと衝撃が伝わる、が、しかし、耐えられない程では無い。

 強いて言うなら、重力が何倍にも上がったかのような圧力がかかっている事ぐらいだ。

 

熱 と、音波が、弱点って 事、知ら れてないよな?

<恐らくな、だとしたら今が一番のチャンスだ>

なら、行 くかッ!!

 

 声が震えながらも簡易な作戦会議を立てるシン達。

 光の奔流の中、強引に四足歩行スタイルで構え、エレクトロの真下目掛けて飛び出す。

 

気付いていないな…!!

<柱を使うぞ!!>

 

 ヒヤリとしたが、なんとかバレなかったようだ。

 エレクトロは未だ嗤い続け、誰も居ない場所に光線を放っている。

 

(音も無く行くためには…まぁ、やってみるか)

 

 バレずに、意識外からの攻撃を仕掛ける為には、無音で近付く必要がある。

 しかし、柱状の通信機器に飛び乗ると、少なからず音が出る。

 

 そこで考え出されたのが、移動中にヴェノムが披露した、ヴェノムの細胞を糸状にした伸縮自在の組織…名付けるならば、ヴェノムウェブを使う事だった。

 幸い、格好の立体物()はそこら中にある。

 

 エレクトロの後ろを取り、ヴェノムウェブを用いて柱と柱の間をスイングし、最終的にパチンコのようにしてエレクトロの遥か上を行く。

 地平線に沈もうとする太陽が、ヴェノムの白い目に反射した。

 

 やがて落下する体。

 エレクトロはまだこちらに気付いていない。

 

 シン達は両手を掲げて拳を握り、落下に合わせてエレクトロにそれを振り下ろした。

 

「グギャッッ!?!?」

 

 奇声と骨を粉砕する音が響く。

 続いて轟音。

 エレクトロが地面と激突した音だ。

 

 怯まず立ち上がろうとした彼女を更に地面に押し付け、馬乗りとなる形で追撃を加えようとした。

 しかし。

 

「舐めるなよこのクソガキャァああ"ッ"ッ!!!」

ガッ!?

 

 そこは腐っても大妖怪。

 電子化する事によってリカバリーを果たし、シン達に一撃加えて柱状の通信機器に逃げて行った。

 

逃げたーーア"ッ!?

おい!シン!大丈ーーーガァッ!?

 

 側頭部に衝撃。

 怯んだ所にもう一撃。

 更に怯み、また一撃。

 

 聳え立つ柱に逃げては攻撃を繰り返すエレクトロ。

 詰まる所ヒットアンドアウェイだ。

 

 防ごうにも圧倒的な速さの前に防御が意味をなさない。

 そうやって攻防とも言えぬ攻防を繰り返す内に、シン達はある事実に直面することとなってしまった。

 

 それは、電子化したエレクトロに攻撃する手段が無い事。

 タイミングを合わせて拳を振るっても、擦りもせずに逆にカウンターを食らうのだ。

 柱を破壊しようとしても、エレクトロがそれを許さない。

 

がっ!?ぐぅっ!!がぁああッ!!アッ!!こなッ!っクソッ!!

<不味いぞ…どうするシン…!?>

 

 攻撃は苛烈さを増し、いよいよ反撃さえ出来なくなっていく。

 そしてエレクトロが残した残像が、まるでシン達を蒼いドレスが覆っているかのようになるまで攻撃の手は加速していった。

 

 しかし、シン自身は微塵も絶望など感じていなかった。

 それは、信じているからだ。

 彼女が必ず来ると。

 

「アヒャヒャヒーーーガッっはッ!?」

 

 勝利のゴールテープが見え始め、嗤いが隠しきれなくなってきたエレクトロ。

 しかし。

 その嗤いがいつまでも続く事は無かった。

 

 エレクトロは、遂に駆け付けた彼女によって鼻っ柱をぶっ叩かれ、柱状の通信機器に激突したのだ。

 

 その彼女の光沢を纏った紫色の髪が靡き、紅蓮の瞳は覚悟に燃えている。

 彼女は長刀を振るい、シン達に手を差し伸べた。

 

「…遅かったですか?」

遅すぎだ依姫…さて、初めてのタッグマッチだ…行くぞッ!!

「えぇッ!!」

 

 依姫が、勝利の女神が手を差し伸べたのだ。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
少しスランプ気味で上手く書けないらしいのぜ、ゆるし亭ゆるし亭なのぜ…

アライ・スメシー様、☆9評価ありがとうございますなのぜ!


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第三十三話 タッグマッチ

ゆっくり!していってね!


遅すぎだ依姫…さて、初めてのタッグマッチだ…行くぞッ!!

がぁあアアア"ア"ア"ッッッ!!

「えぇッ!!!!」

 

 シンは歪に生え揃った歯を剥き出しにして吠え、依姫は長刀を構え、軻遇突智の燃え上がる炎を纏わせる。

 ヴェノムには、シン達には影響しない炎をだ。

 

 そして二人が構えると同時に、目の前の瓦礫とした柱状の通信機器から極光が爆ぜた。

 爆発が起きたかのように瓦礫が爆散し、砂塵が吹き荒れる。

 

「面白いじゃないか?えぇ?人間とお前のコンビ…クヒヒ…!!」

 

 声が響くと同時に、紫色の風が砂塵を吹き飛ばした。

 それはエレクトロの溢れ出る妖力と霊力の混じった何か。

 決して爽やかな物では無く、ねっとりと、悪意を孕んだ悍ましい物であり、圧が内包された邪気だ。

 

 依姫が僅かに顔を歪め、警戒心を高めたその時。

 

「風が…!?」

 

 吹き抜ける風の向きが変わった。

 顔に正面衝突していた風が、逆向きに、つまりエレクトロに向けて吹いているのだ。

 

 悪寒を感じてエレクトロに目をやると、彼女が吹荒ぶ風を渦のようにして吸収しているようだった。

 その姿は妖力を体に充填させる様。

 嗤う彼女は、やがてオーラのような物と雷ををその身から燻らせていく。

 

 太陽は地平線に沈み込み、空の闇と光のグラデーションは急速に夜に支配されていく。

 

 空と呼応するかのようにエレクトロは嗤い叫び、凹凸の無い顔を凶悪に歪めて輪郭を曖昧にさせた。

 電子化するつもりだ。

 

依姫、カレンを元に戻すためには月読命の神降しが必要だ、だから俺達がエレクトロの動きを止める…その隙にやれ…!

「…月読命様が…?分かりました…!」

手加減はするな…したらこっちが殺される…!!

「………分かって、います」

 

 ボソリと、エレクトロに聞こえないように話し合う。

 ヴェノムが言った内容に、依姫は歯切れの悪い返事を出した。

 

 顔を出した満月が彼らを照らす。

 

 遂に、彼らは行動に出た。

 

「クヒヒヒヒッ!!ヒャハハハハハッ!!叩き潰す!!捻り潰す!!グッチャグチャにして喰ってやるッ!!」

オオォォォオオオオッッ!!!!

「ハァアアアアアアアッッ!!!!」

 

 一方は雷の如くスピードで襲いかかり、もう一方は突撃しながら迎え撃つ。

 

 狙われたのは依姫。

 女の方が弱い、それだけでエレクトロは標的を絞ったのだ。

 しかし、彼女は直ぐに 2VS1(リンチ) の恐怖を知る事となる。

 

 依姫に迫る雷速の拳。

 しかし、依姫は冷静に神の炎と長刀を用いて防御する。

 

 だが、それ以前にエレクトロにとって間違いがあるとすればーーー速さにかまけてシン達の存在を置いておいた事である。

 

 エレクトロの目に、依姫の目と鼻の先まで迫った拳が、別の腕に掴まれる光景が映る。

 焦燥に駆られて漆黒の腕の持ち主を見ると、シン達が凶悪な顔で微笑んでいた。

 

どうした?俺がいるのを忘れたか?

 

 ビキリ、と。

 のっぺりとした顔の全てに膨れ上がった青筋を浮かべ、憤怒のまま電子化し、シン達の背後を取る。

 

 どう足掻いても避けられない。

 そう確信した上で雷撃を発射させるがーーー。

 

「私がいるのを忘れましたかッ!?」

 

 シン達の体が前方に引っ張られ、入れ替わりで出て来た依姫が雷撃を炎で弾いたのだ。

 続け様に炎の刀をエレクトロに押し当て、炎を爆破する事で吹き飛ばす。

 

 2VS1とは、一人に固執せず二人の行動を常に考える必要がある。

 一つずつ狙っていたエレクトロが先手を取れるはずがなかった。

 

依姫ッ!お前が危険になったら俺が助ける!!だから背中を預けろッ!!

「こちらこそッ!シンさん達が危険になったら私が助けます!!だから背中を預けて下さいッ!!」

<俺達の良いが…こっちのコンビも中々良いな!!>

 

 加えて二人は何ヶ月も一緒に訓練を行って来た。

 互いの癖も、剣術も、戦い方も熟知しているのだ。

 

 即席の連携でも、絶対的な信頼感の元にその完成度は尋常では無い。

 

「ぐぅ…ッ!ク、クヒヒヒヒ…ッ!それでもこの程度…ッ!」

 

 吹き飛ばされた体を空中でフワリと静止させ、爆発を受けた腹部を摩る。

 指先には僅かに血が滲んだだけ。

 更に傷も直ぐに閉じ、何事もなかったかのような状態に戻ってしまった。

 

 目の前の人間よりも遥かに優れている。

 劣勢にも関わらず、その優越感によってエレクトロは更なる力を呼び起こした。

 

 それは自身をコイルと見立てた磁界の操作。

 

左右から行くぞ!!俺が動きを止めた隙に月読命の浄化の力を使えッ!!

「どう止めるのですかッ!?」

 

 地面が亀裂と共に唸りを上げ、吸い寄せられる砂鉄が頬を撫でる。

 

…マイナスの電子を吸い寄せるのはプラスの陽子…依姫!プラスの陽子は作り出せるかッ!?

「水素イオンの事ですか!?行け…るかも知れません!」

 

 本来、物質とは原子を構成する、電気を帯びていない中性子と、プラスの電気を帯びた陽子、そしてそれらを取り巻くマイナスの電気を持った電子で構成されている。

 そして、そんな原子の中の一つ、水素は陽子と電子を一つずつ持っている。

 

 この水素が電子を失った物。

 それこそがプラスの電気そのものであり、水素イオンと呼ばれる物、これこそがエレクトロニック(電子)と対を為すプロトン(陽子)だ。

 

 このプラスの力があれば、エレクトロが電子化しても引かれ合う性質のため避けられる可能性は無くなる。

 

 しかし、水素イオンは単体として存在出来ない。

 不安定すぎるからだ。

 化合物として存在する事は出来るが、今この場で科学の実験をする事は出来ない。

 

…クッソッ!!永琳がここに居れば!!

「考えている時間はありませんッ!行きますよッ!!」

 

 地面に亀裂が走るの同時に、二人は目にも止まらぬ速さで走り出し、挟み撃ちする様に左右に散開する。

 そしてほぼ同じタイミングで彼女に飛び掛かるーーーが。

 

 磁場(フィールド)は既に完成していた。

 

オルァアアアアッッ!!

「ハァアアアアアッッ!!」

 

 大槌へと姿を変えた漆黒の腕がエレクトロの右上半身を、神の炎を宿した長刀がエレクトロの左下半身を捉え、今まさに振り下ろされんとしたその時。

 

 大地が唸りを上げ、遮るように地面から分厚い鉄板が飛び出して来た。

 二人の渾身の一撃はエレクトロに届かず、一方は轟音を立てて鉄板を凹まし、もう一方はとても甲高い音を響かせ、長刀が弾かれるだけに終わってしまったのだ。

 

 しかし、シン達は鉄板に腕を突き刺してまるで粘土のように引き裂き、依姫は鉄板より高く飛ぶ事で対処する。

 

「そうこなくては面白くないッ!!」

 

 エレクトロは先ず、鉄板を引き裂いて現れたシン達に拳を突き出し、特大の雷撃を発射した。

 青白い光が一面を包む。

 シン達が苦悶の声を上げて雷に埋もれるのを確認し、雷を放出している腕はそのままに上空へ目をやる。

 

 目に入ったのは高々と掲げられた炎の剣。

 

 片手は塞がっている。

 絶対絶命ーーーでは無い。

 

「ふッ!!」

 

 電流を操り、大規模な磁界を形成。

 地中から、周囲から金属を選りすぐり、何十にも及ぶ鉄の壁をエレクトロと依姫の間に形成した。

 

 目を見開く依姫の姿が鉄に消え、星が輝く夜の空に鋭い反響音が響く。

 

 …防ぎ切った。

 しかも黒の怪物(ヴェノム)はモロにカウンターを食らっている、暫くは動かないだろう。

 (依姫)一人なら負ける訳も無いだろう。

 

 口も無いのに頬が吊り上がり、喜びの感情が湧いて出る。

 呆気の無い結末に嗤いが込み上げてくるーーーが。

 

「ククク…クヒヒ…!ハハハーーー」

 

 ふと、頭上の幾重にも重ねられた鉄板から焼け焦げる様な音が響いた。

 短い舌打ちが思わず漏れ出る。

 

 グイと首を上げると、赤熱化した鉄板。

 次の瞬間には、満月をバックに、鉄の壁を炎で焼き切った依姫の目があった。

 

 そのまま轟々と燃える刀が振り下ろされる。

 生み出した戦斧を振るい、片手で応戦する。

 

「ハァアアアアアアアッッ!!」

「一人で何がーーー」

よォ!!元気にしてたかッ!?!?

「ヒャ…ッ!?」

 

 ゾクリなんて、血の気が引いたなんてレベルじゃない。

 雷の光線から漆黒の腕ががぬらりと手を出すと言うーーー()()()()

 この女(カレン)の全身の細胞が恐怖を訴え、釣られてエレクトロの心にも恐怖が縫い付けられる。

 

 思わず光線も放出を止めてしまい、怪物(ヴェノム)の体が露わになってしまう。

 マッシブな体から所々煙を出しているものの、概ね無傷。

 あり得ない、電撃の直撃を受けてこれだけ?

 灰となっていて当然な筈なのに。

 

 これが…私と()()

 同じどころか()()()()に強い…一体どうなっーーー

 

守ってないで受け止めて見ろォッ!!

「ックソがぁああああッッ!!」

 

 思考を裂く様に化け物から蜘蛛の様な糸が飛び出し、手を、体を、足を縛り付けられ、化け物(ヴェノム)が腕を振ると同時に体が地面に縫い付けられる。

 その拍子に戦斧が手から零れ落ちてしまった。

 

「カハッ…!?」

 

 空気を肺から強制的に吐き出されながら考える。

 

 今から電子化して逃げ出そうにも距離が近すぎる。

 無理矢理逃げ出そうにも必ず被弾してしまうだろう。

 

 …化け物(ヴェノム)は私を縛って動けない。

 (依姫)の炎ぐらいなら耐えられる。

 

 ーーー攻撃を耐え切ってカウンターを仕掛けてやる。

 

 それが最終的な結論だった。

 だがそんな結論、次の瞬間には幻のように霧散してしまう。

 

今だ依姫ッ!ぶちかませぇぇええええッッ!!

「えぇ!!月読命様ッッ!!!」

「ッや、止めろ止めろ止めろぉおおおおッッ!!!!」

 

 女の刀から延びる獄炎が空に消え、代わりに刀から光り輝く何かが漏れ出る。

 

 そこまで来て、漸く気付いた。

 コイツらは()()()を消し去ろうとしている。

 

 刀から感じるのは、言うなれば浄化の力。

 妖怪にとって天敵よりも恐ろしい物だ。

 

 死。

 

 その一文字が脳内を汚染する。

 何度目かの恐怖が身を支配する。

 

 エレクトロは女の背後で輝く満月が神秘的に輝き、神々しい女神の姿を幻視した。

 刀から一層光が溢れ、夜に光の筋が駆けていく。

 

「食らえぇええええッッッ!!!!」

「ッ旧神(雑魚)の分際でッ!!己!己ッ!!己ぇええええッ!!」

 

 私はまだ全力を出していない。

 私はまだ神に成れていない。

 私はまだ人を殺したりない。

 私はまだ混沌を齎していない。

 

 圧縮された時間の中、意識だけで感じ取れる世界で後悔を爆発させ、女の掲げられた光り輝く刀が振り下ろされる現実を拒否する。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!

 折角生き返ったのに!あの()()にチャンスを承ったというのに!!

 己ぇええええッ!!!

 

「クソがぁあああああッッ!!!」

 

 断末魔の様な叫び声を上げ、エレクトロは光の中へ姿を消した。




ご拝読ありがとうございますなのぜ!
や っ た か !?なのぜ。

それはそうと今R-18の方を執筆しているのぜ、楽しみにしててくださいなのぜ。

ナンバーさん、☆9評価ありがとうございますなのぜ!!


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