「愛が重いっていいよな」「分かる。だがお前は変態だ」「そこはド変態と言ってくれ」 (クラウディ)
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オグリとクリスマスに……
性癖をさらす男!
スパイダーマッ!
クリスマス。
世のカップルがキャッキャウフフする日に、私と彼女は夕食を取っていた。
「どうしたんだトレーナー? 食べないのか?」
「うん大丈夫」
「……ホントに大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「ホントに大丈夫だから……」
彼女を心配させてはいけないと強がってみるものの、さすがにこの量はきつい……!
しかし、
「……♪」
彼女は嬉しそうにクリスマスケーキを食べている。
……やっぱり、彼女は嬉しそうに食べているのが一番素敵だ。
レースのときも素敵だが、彼女の素を見れる食事の時が自分としては素敵だ。
彼女は世間に「怪物」の二つ名で知られているが、親しい者の前ではこのように素を出してくれる。
そう考えると、自身は彼女の中では他人ではないのだろう。
なら、少し嬉しいと思える。
しかし、次に出るのは有馬だ。
今まで以上に気を張らなければ……!
「……トレーナー」
「ん?」
次の有馬へ向けての調整を考えていると、不満げな顔のオグリに声をかけられた。
もしかして………足りなかったのか?
「なんでトレーナーは私を見てないんだ?」
「…え?」
突然の言葉に首をかしげる。
『見てない』。
どういうことだ?
私はそう思ってオグリに尋ねる。
「足りないならこれを…」
「……違う。それじゃないんだトレーナー」
「違う…?」
聞いてみたら否定されてしまった。
食事じゃないならなんなんだ?
「トレーナーはいつも私のことを優先してくれている。でも、トレーナーは私を見てくれているのか?」
「……どういうことだいオグリ?」
ますます分からない。
私はちゃんと見ているはずだ。
タマモ君やクリーク君にも私たちの仲は並み以上だと思っているが……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「むぅ…」
私の目の前で首をかしげるトレーナーを見て、私は思わず唸る。
トレーナーは田舎から来た私を指導してくれるすごい人だ。
当時、あまりトレセン学園に馴染めず、土地勘もない私はよく迷っていた。
「そこの君、大丈夫かい?」
そんな時にトレーナーは現れたんだ。
それからは乾いた砂の城が崩れるほどの短い時間で進んでいった。
トレーナーは出会って間もない私のために練習場所に連れていってくれたり、古いシューズを使い続けていた時には丈夫なシューズを買ってくれたりもした。
そのときに決めたのだ。
彼に私のトレーナーをしてもらいたいと。
契約をしてからの日々は、出会うまでの時よりも濃密に流れた。
私のワガママを二つ返事で聞いてくれて、いろんな場所に連れていってくれた。
……私は自分で言うのもなんだが、よく食べるウマ娘の中でもよく食べる方だ。
地元では、どうしても学園の食事だけでは満足ができなかったりした時にはトメさんの家などに行ってご飯を貰ったりしていた。
でも、私は土地勘がなくてどこに行けばいいのか分かるず困っていた。
そんなときでも、トレーナーは私のために満足のいくまで食べさせてくれた。
でも、時々思うんだ。
「私はトレーナーになにかを返せているのか?」と。
クリークはトレーナーを思う存分甘やかして、タマモはトレーナーと一緒に実家に行ったそうだ。
二人に共通しているのは、トレーナーと仲が良く、受けた恩を返していること。
端から見れば、まさしく恋人とも言える関係性……らしい。
確かに、あの二人組の関係性は恋愛に疎い私でもトレーナーと担当ウマ娘という範疇では収まらないだろう。
それに対し、私はどうだ?
トレーナーに与えられるばかりでなにも返せてない。
トレーナーはそれでも良いと言うだろう。
聞いたことはない。
でも、そう言うだろうというのは考えられた。
クリークやタマモのようにトレーナーと深い関係を築けているとは思ってないが、それでもそれなりには理解していると思っている。
だが、それ止まりだ。
言葉で伝えていなくても理解してくれるとは良く言うが、結局はなにか形のあるもので返せるのが一番だと思っている。
それなら、私が返せるものはなんだろうか?
プレゼント?
ありきたりだろう。
しかし、私はトレーナーの趣味をよく知っているとは思えない。
トレーナーは私に心配をかけまいと様々なことを隠している。
だから、プレゼントは論外だ。
ならなにが出来る?
感謝の言葉?
それじゃ足りない。
一緒にどこかに行く?
無理だ。
私の世界は狭すぎる。
第一、トレーナーとは様々な場所に行っているから日本国内では満足させられないだろう。
ならどうする?
ふと思い付いた。
今日はクリスマス。
世間では恋人達にとって特別な日だと聞いてる。
……そして、サンタさんがプレゼントを運んできてくれるということも。
なら……
「トレーナー」
「? どうしたんだいオグリ?」
「トレーナーはクリスマスプレゼントをもらえるとしたら何がほしい?」
「プレゼント? いやオグリ。私は大人だよ? サンタさんは『子供』にプレゼントを与えるんだ。だから、サンタさんはもう私にプレゼントをくれないだろう」
「なら、私ならどうだろうか?」
「う~ん…オグリはまだ学生だし、もらえるんじゃないか?」
「そうか…」
サンタさんはトレーナーにプレゼントをくれない。
大人だからというのは分かってる。
サンタさんにプレゼントをもらえるのは良い子だけだからだ。
……だけど、トレーナーは私もプレゼントをもらえるといった。
要するに、トレーナーは私を子供として見ていると。
それならば良い。私にはプレゼントが与えられるからだ。
トレーナーは私を子供としか見てない。
でも、私は自分のことは子供だとは思ってない。
例え、土地勘がなくても、トレーナーに与えられてばかりでも、それでも私は高校生。
大人の仲間入りをしてもおかしくない。
でも、トレーナーが言うには私は子供なのだろう。
なら…
プレゼントがもらえるはずだ。
「トレーナー」
「どうしたんだ?」
私はワガママだ。
与えられてばっかりなのに、まだ欲しくなっている。
私がこの場で思いを告げてもトレーナーは困ってしまうだろう。
ならば形をもって返せば良いのだ。
私というプレゼントを渡すことで。
「トレーナー」
同じソファに座っていたトレーナーに近づき、私は逃がさないようにトレーナーの体を抱き締める。
トレーナーがなにかを察したのか動こうとするも、私を傷つけてはいけないと思っているのか、抵抗はしない。
ありがとうトレーナー。
いつも与えられてばっかりの私を投げ出さずにいてくれて。
今も私を受け入れてくれてる。
「私は……貴方を……」
その言葉は、突如として聞こえた笑い声で妨げられた。
発生源は机を隔ててソファの反対側にあるテレビからだ。
クリスマスの特番ということもあって、内容も面白いものだ。
大きな笑い声が聞こえてもおかしくはないだろう。
テレビの方を見た私たちは見つめ直すと何がおかしいのか思わずクスッと笑ってしまった。
「ご飯、食べようか」
「そうだな」
先程までの雰囲気は消え去り、私たちは食事を再開する。
危なかった……
もう少しで我慢できなくなるところだった……
衝動的なことは躓くことが多いから気を付けろとトレーナーに言われていたのにな。
反省しなければ。
ああ、でも……
この場で告げるよりかは、もっと大きな舞台でみんなにも分かるように告げよう。
日本中に私のファンがいるというのはトレーナーが言っていたことだ。
そのみんなに伝えよう。
「私はこの人が好きです」と。
どんな時が良いのだろう?
今度の有馬記念?
良いな。
トレセン学園に来る前の私でも知っているなら、たくさんの人も知っているだろう。
それとも、理事長が言っていたURAファイナルズ?
それも良いな……。
どちらにせよ、早く伝えたいものだ。
そうじゃないと……私は……
我慢できなくなりそうだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
怪物が獲物を前にして食らいつかないのは、それを奪い取る相手が自身よりも強いというのが上げられるが、オグリキャップにはそんな存在はいない。
なら何故食らいつかないのか?
それは簡単だ。
その獲物を手に入れたと周りに見せつけたいという欲があるからだ。
自身はこんなにも強いのだと。
だがこれもオグリキャップにはない。
少し違うがな……。
ではオグリキャップには何があるのか?
それは『独占欲』。
自身だけのものにしたいために、周りが手を出せないよう自身のものだと見せつけるのだ。
この後、この二人がどういう未来を進んだのかは……勘の良い者達なら分かるだろう?
どのみち、未来で起きるであろう一大事件は、世間を賑やかせることになるのだが、今の彼らには知るよしもない。
ついでに言えば、理事長も知らないだろう。
彼女のこれからの未来に……敬礼!
「クリスマスシチュはいいぞ○寿郎。
恋人がキャッキャウフフする日ということもあって、かかったウマ娘達がトレーナーにぐいぐいと迫って来るんだ。
その行動に、たじたじになっているトレーナーの姿と、トレーナーを「大切な人」にしたいウマ娘達の姿を見ているときは、善なるデジタンと邪悪なデジタンが現れる。
善なるデジタンが「(沼に)沈んでしまうぞ○窩座!」と引き留めるのに対し、邪悪なデジタンは「お前も沼にはまらないか?」と問いかけてくるんだ。
その葛藤の瞬間こそが一番生を実感するんだよ○寿郎。
そこでいい提案がある。
お前も文豪にならないか?」
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ナリタブライアンと自傷癖のあるトレーナー
こんなタイトルなのに見てくれる人がいてびっくりしました。(小並感)
12月。
それもあと2週間と経たずに年が変わるという今日。
俺は担当ウマ娘であるナリタブライアンとトレーニングを行っていた。
「ふぅ……どうだトレーナー」
「ああ。前回よりもタイムが短くなってるな。この調子だと行けるかもしれないな。有馬記念」
「有馬か……」
「ハヤヒデ君も出走するらしい。良かったな。全力をぶつけられるぞ」
「そうだな……」
彼女は素っ気なく返すが、これが俺たちにとってはいつも通りだ。
そんな彼女の体はこれ以上なく「完成」している。
無駄な筋肉はなく、走ってる最中の力の入れ方も間違ってはいない。
これなら行けるかもしれない……有馬記念……。
だが、レースに「絶対」はない。
そんなことができたのは彼女も所属している生徒会の会長「シンボリルドルフ」ぐらいだろう。
だが、彼女にそれがないとは言ってない。
むしろ、今の彼女なら皇帝すら超えられるかもしれない。
そんな予感があった。
しかし、油断と慢心は足元を掬われることになる。
拳を握りしめることで爪を食い込ませた。
痛みで頭が冷えていく。
「……さて、それじゃ休憩を挟んだら、今度は……」
「おい」
「?どうしたんだブライアン?」
頭のなかでスケジュールを整理していると、クールダウンをしていたブライアンが不機嫌さを隠さないような声色で睨み付けてきた。
いったいどうしたんだろうか?
「手を見せろ」
「?」
とりあえず、言われるがまま手のひらを開いて見せた。
首を傾げる俺を無視して、俺の手首を掴んで無理矢理引き寄せたブライアンは、俺の手のひらを眼前に持ってくる。
そこには……。
「お前……まだ癖が抜けてないのか……」
「あ……」
そこには、爪が突き立てられたことで皮膚が破れ、流血している自分の手のひらがあった。
失念していた……。
最近は比較的落ち着いてきたと思っていたのに……。
「……お前、治ってきたんじゃなかったのか?」
「ごめん……君に有馬を勝ってもらいたくて……」
これは俺の悪い癖だ。
昔から自分を落ち着かせるための自傷行為が癖になってしまっている。
最近は心配させないために抑えていたんだが……。
「……今日はおしまいだ」
「へ?」
突然のことに空気の抜けるような声が出た。
「いや、有馬で勝ちたくないのか?」
「お前がそんな状態で続けてみろ。私が有馬に出る前に変な噂が立つ」
「それは……」
言い返せなかった。
ブライアンはクラシック三冠を取ったウマ娘。
知名度で言えばトップクラスだ。
そんな彼女のトレーナーに自傷癖があるという噂が立とうものなら、彼女に迷惑をかけてしまう。
……ここは彼女の言うことに従った方がいいだろう。
「分かった……」
「ならとっとと行くぞ」
「ちょ――」
いきなり彼女に背負われた。
突然のことに混乱するも、頻度は毎日のようにならないとはいえ、日常になるほど起きていたことだ。
だから、彼女に身を任せて俺は意識を落とした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
「すぅ…ふぅ…」
保健室のベッドに眠るトレーナーを見下ろす私は、自分の不甲斐なさに拳を握りしめる。
こいつは契約した当初もそうだった。
自分のことは人の形をした「何か」程度に考えていて、自己肯定力は微塵もない。
こいつの事情は聞いてない。
だが……。
『お前……!?』
『すまないね。君をスカウトしたいんだ』
初めて出会った時の闇夜のように暗い眼をみた時には、そこらの人間以上の「何か」を背負い込みすぎていた。
そして垣間見ることができた影からは、こいつはいずれ死ぬだろうということが察せられる。
しかし、トレーナーとしての才覚は並み以上だった。
私と一度だけ競い、そして輝きを消した者が、こいつのアドバイスを受けて力を上げていたのを姉貴につれられてみたレースで知った。
あれがホントに諦めたやつなのかと……そう思うほどに。
『俺は誰かのために動かないといけないからね』
なんでもなさげに言うこいつの瞳に明かりが灯ることはなかった。
最近は少しずつ光が見えてきたが、それも生きるための希望の光ではない。
自身を踏み台に私を輝かせるためとしか考えてないのが、今まで接していて分かった。
「お前はバカだ」
深く眠りについているトレーナーの額に手を置き、熱を確かめる。
感じた熱さはいつものような温いものではなく、明らかに体が不調を訴えているような熱さだった。
視線を目元に動かせば、深い隈ができているのが分かる。
どう考えてもちゃんと眠れてはいないだろう。
こいつは「滅私奉公」を体現したような人物だ。
自分を殺してでも誰かに奉仕する。
しかも、嫌がっているわけではない。
むしろ喜んでいた。
自分が誰かのためになることが一番嬉しいと思っている底抜けのバカでお人好しだ。
こいつはトレーナーになっているからこそ生きていられるのであって、誰にも必要とされなくなった瞬間、猫のようにひっそりと死ぬのだろう。
それも、私の担当を終えたらすぐさま死んでしまいそうなほどに。
「…ふざけるなよ」
トレーナーの額から手を離し、再度拳を握りしめる。
私をここまでにさせておいて、契約が切れたらはいさよなら?
「ふざけるなよ…!」
壁に拳を叩きつける。
だが、トレーナーを起こさないように強くはしなかった。
自分が必要とされないから死ぬ?
誰にも知られずに死んでいく?
それこそふざけるな。
お前は……あんたは……私の「飢え」を満たしてくれた。
すぐさま乾く「飢え」を満たせる場を作ってくれた。
だから、
「あんたはこれからも私のトレーナーだ。逃げてくれるなよ?」
そう告げる私の表情は、今まで見たことないような表情をしていた。
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