第七魔法の使い手になりました (MISS MILK)
しおりを挟む

プロローグ
オープニングテーマ「魔法使いとなったリーマン」


 魔法。

 

 あるいは魔術。

 

 それらを知っている者が、この世界に何人いるのだろうか? 

 

 多くとも、十万人もいないだろう。

 

 俺はそう考えている。

 

 ……無論、魔術というのは現代で流行しているラノベとかアニメなどの、馬鹿げたものではなく、イギリスにある魔術の大本山……神秘を秘匿する時計塔によって管理されているもののことである。

 

 

 かくして、魔術のことを述べたわけであるが、実を言うと俺も魔術師……もとい魔法使いだ。

 魔術と魔法は大分違うのだが…………まあ、ここでは置いておこう。

 

 

 そういう訳で、俺はF()G()O()()()()()()()()()

 

 突拍子もないことで悪いが、本当のことだ。

 

 FGOだぜ? FGO? 

 

 プレイヤーが複数の英霊を「サーヴァント」として使役する「マスター」となり、人類史を守るため7つの「聖杯探索」……グランドオーダーに身を投じる、とかいうあのゲームだ。

 

 転生した当時はそれはもう喜んださ。馬鹿みたいに。

 

 

 前世はただの万年リーマンで、出先で事故って、あっけなく死んだ。

 

 

 それが型月作品の中に入れたんだ。それはもう喜んだ。

 

 しかも、生まれた家系が時計塔の中でも有数の貴族主義派閥の魔術家系。

 正直もう、「勝った」とすら思った。

 

 

 

 

 

 

 …………ここらで自己紹介でもしておこうか。

 

 

 

 

 

 俺の名前は、クロノアス・メーガス・メイソン。

 貴族主義派閥のメイソン家に生まれた、魔術師……もとい、()()使()()()

 

 メイソン家はルネサンス期からの貴族主義派閥で、鉱石科(キシュア)ととてつもなく仲が悪いことで知られている。

 

 理由はメイソン家の所属が植物科(ユミナ)であることに由来する。

 何も鉱石と植物。それだけで仲が悪いというわけではないが、以前の学部長であったエルメロイ家と昔に何かがあったとかなかったとか。

 

 それに加え、鉱石科(キシュア)の現管轄としているクソ野郎共……んんっ、失礼。現在の鉱石科(キシュア)を管轄にしている魔術家系……メルアステア家とも仲が悪いのも理由だ。

 

 あのメルアステアとかいうクソ共は、中立派閥を謳っときながら、ハイエナみたいなことをする……例えば、そう、エーデルフェルト家のように。

 だから皆様もFGO時空に転生したのなら気を付けてくれたまえ。

 

 っと、話を戻そう。

 メイソン家は、俺が生まれたのを皮切りにそれはもう、発展した。

 だっても何も、この世界で五人目の魔法使いなのだから。

 

 …………あれ? でも、アインツベルンの第三魔法は失われたんだっけ? 

 いや、大聖杯と融合しているから存命なのか? 

 

 まいっか。

 

 で、俺はこの世界に転生してから、喜んだ…………が、それと同時にとてつもなく後悔した。

 

 名家であるが故の、スパルタ教育や社交界や時計塔内での権謀術数。

 魔法に到達したがための時計塔からの封印指定や、教会からの異端認定。

 果てには亜種聖杯戦争に巻き込まれたり、アラヤの抑止力が働き殺されそうになるなど……。

 

 一番最悪だったのは、俺の使える魔法が、宝石翁ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの第二魔法と噛み合いが悪く危うく戦闘になりかけたことと、某人形師に追い掛け回されたことだ。

 

 創作物で見てたり、読んだりする分には良いが、対面した時の恐怖は伊達じゃなかった。

 

 

 ああ、ここで勘違いのないように言っておくが、俺は俺の魔法を「第七魔法」と呼んでいるが、俺の魔法は魔術師界隈では「第六魔法」と呼ばれている。

 

 というのも、現代の魔法では五つしか確認されておらず、使える人がいないからだ。しかも、第一魔法の使い手は既に死亡しており、この時点で四名。確認されている魔法は五つ。

 

 本当は六個あるんだが、FGO世界線のこの世界の人々が知る余地はない。……一部は知ってるみたいだけど。

 

 そういうことで俺の魔法は基本、「第六魔法」として認知されている。

 

 そして、これが一番大事だが、俺は今、時計塔にも教会にも狙われていない。

 この二つの組織にはメッチャ苦労した。うん、本当に大変だった。

 

 

 

 

 

 

 だから俺は、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 どういうことだ!? と思うだろうが、これは割と簡単だった。

 

 以前の植物科(ユミナ)の学部長はロード・アーシェロットであることはご存じであると思うが、この人は、そう、そうなんだよ! 

 

 

 

()()使()()()()()()()()()

 

 

 

 はい。というわけで、そこを突けば割と簡単に崩れた。

 貴族派閥は、より高貴な血と実力、そして何より根源への執着がある。

 なので、根源到達=魔法なので、俺の言うことは絶対であったのだろう。

 

 こうして俺は君主(ロード)の座へ昇り、これを機に……と、他のロードのダメ押しもあり、公式に「王冠(グランド)」の称号も頂いた。

 

 現在ではロード・クロノアスと呼ばれている。

 

 

 だがして、ここはFGO世界線。

 

 FateをGOしなくてはどうするのだ! 

 

 と、転生当初の目的を思い出し……。

 

 

 

 

 

 

 

「どうすればいいんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ってなった。

 

 やることが見つからなかったのだ。

 

 FGOの本拠地となるカルデアは、国連組織の人理保証機関カルデアとして隠蔽されているし、何より天体科(アニムスフィア)が他の学部の君主(ロード)をカルデアに入れてくれるとは微塵も思わない。

 それは自分自身が魔術師となったときから、深く自覚している。

 

 そもそも論だが、魔法使いという身である以上、何をするにも監視がついてくる。

 

 阿呆な魔術師を筆頭に、俺の神秘に釣られた幻想種や教会の代行者連中、果てには死徒にまで追いかけられる。

 

 前半は分かるけど、なんで死徒まで来るんだろう? 

 ……力試しに何体も親玉殺したのが悪かったのかもしれない。

 

 

 

 まあ、なんだ。

 

 その……。

 

 FGOへの参加方法が分からない。

 

 

 

 

 

 

 そこで俺は、冬木市に行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 Fateシリーズの王道とも言えるFate/Stay Nightの舞台となった冬木市に行けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。

 例え分からなくとも、衛宮士郎か遠坂凛がいるかもしれないしな! 

 

 遠坂家と言えど、君主(ロード)であり王冠(グランド)の俺を足蹴には出来ないだろう。他の御三家も同様。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────―ここまでが回想。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、冬木に着いた訳だが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これどーなってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった今。

 

 俺の目の前には、街を丸々呑み込み炎上している冬木市が広がっていた。

 

 本当にどういうこと!!??



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章
特異点F 炎上汚染都市 冬木


「ちょ、ちょっと待てよ……」

 

 

 少し……いや、大分混乱している。

 なんで、冬木市がムカ着火ファイヤーしているんだ? 

 

 俺は近くの電灯に寄り掛かり頭を抱える。

 

 確か俺は冬木市に来ただけだ。

 予め時計塔にも協会にも、死徒は無理だがアトラス院にさえ釘を刺して冬木市に来た。

 

 

 しかし……これはどうなっているんだ? 

 

 

 まったくもって分からん。

 

 

 

「どうなっているんだ、一体……」

 

 

 

 俺は懐とカバンをまさぐる。

 

 こんな場合に余談だが、俺の礼装はスーツとスーツケースを模したものだ。

 他意はないが前世のせいか、この格好の方が落ち着くからだ。

 

 尚、今の季節は夏だったので青ワイシャツ姿だ。

 勿論、性能はそこらの色位(ブランド)の礼装よりも数段上の品物。

 

 特にスーツケースの方は、知り合いの魔術師に作って貰った特注で、空間拡張がなされた逸品だ。

 いやー大変だった。虚数魔術の属性を持つ魔術師と知り合うのは。

 …………代わりにバカ高い触媒を要求されたがな。

 

 他にもスーツケースの中に、魔法と魔術に必要な触媒や魔術礼装を入れてある。

 

 はあ……御三家がいるから、と一応だが一式持ってきておいて正解だった。

 

 取り敢えずだが、スーツケースの中からウエストポーチを取り出して装着。そこにスーツケース内の試験管を三本挿し、小瓶を同じく三つ押し込む。

 後は万が一に魔眼殺しの眼鏡を掛けて、俺の主兵装となる礼装の特殊警棒をシャツの袖に隠せば終わり。

 

 これが俺の主な戦闘装備。

 見た目は地味だが、性能は折り紙付き。

 外見もまともだから疑われにくいし、ロード・エルメロイにも感動された実績がある。

 

 

『──―ロードにもこんなまともな人がいたなんて……!』

 

 

 てな具合に。

 

 ま、他にも手札はいっぱいあるが、魔術工房も何も無い中、何事にも対応しやすいのはこの装備だ。

 

 

 

 

「さてさてさーて…………」

 

 

 

 

 これでようやっと落ち着いて考え事が出来る。

 

 まず、ここはどこだ? 

 

 

 

 ──―冬木市だ。

 

 

 

 ならば、この状況はなんだ? 

 

 

 

 ──―分からないが、見覚えはある。

 

 

 

 さっきまでは混乱していて忘れていたが、FGOプレイヤーならば誰しも見たことがある光景。

 人理修復の第一章オルレアンに行く前の話で、チュートリアルとしてプレイさせられるエリアにして、プレイヤーの最初のメンタルブレイカーとして立ちはだかる物語……──―

 

 

 

 

 

 ────────―特異点F 炎上汚染都市 冬木だ。

 

 

 

 

 

 この景観はやはり見たことがある。

 アニメでもゲームでも見た。炎上した冬木だ。

 

 

 

「ああ……なるほど、そういうことか!」

 

 

 

 何故こんなことになっているかが分かった。

 

 そもそも俺の転生した世界が、FGO世界線ではなく、FGOの序章で登場する炎上汚染都市の世界線だったのだ。

 

 特異点Fでは数々の不思議があるが、その謎が「汚染された聖杯が現存し、第五次聖杯戦争が完遂された世界線なのではないか」という考察や発言があった。

 

 つまり、俺はFGOの主人公たちが生きていて人理修復に挑む世界線ではなく、第五次聖杯戦争が完遂された世界線にいた訳だ。

 

 よく考えれば分かった話なのに……情けない。

 だって原典の世界線では聖杯が解体されているので、亜種聖杯戦争は存在しないのだから。

 

 

「ふぅ…………なってしまったものは仕方ない。切り替えよう」

 

 

 いつまでもここでウジウジしていては始まらない。

 それに……

 

 

「おお、盛大に引き連れて来たじゃねぇの?」

 

 

 周囲を見渡せば、視界いっぱいの骨、骨、骨。

 おおよそ現代では確認のされようもない天然の幻想種、骸骨兵(スケルトン)だ。

 

 天然ものは珍しいが、俺にとっては……魔術師にとってはポピュラーな幻想種として有名だ。

 スケルトンは最も初歩的な死霊魔術で作られる使い魔にして、魔術師の墓地とか紛争地帯とかでもよく見られる。

 

 かう言う俺も、何度も戦ったことのある相手だ。

 しかし、こんな弱いエネミーに礼装使うのは勿体ない。

 

 

 なら、どうするかと言うと……

 

 

「──────“A wake(目覚めよ)”」

 

 

 物理でぶん殴る、だ。

 

 どんなに魔術の学歴が短くとも、魔術師にとって強化の魔術は必須科目。

 かの貧弱なロード・エルメロイですら使える。…………出力は初心者と変わらないのが欠点だがな。

 

 

 

「よっ」

 

 

 

 立ち上がり、地面を蹴って正拳突きを頭蓋にお見舞いする。

 腕はそのまま頭蓋を貫通して、スケルトンは粒子になって消える。

 

「ふぅ……」

 

 残心。

 

 

「さあ、次はどいつだ?」

 

 

 この男、Fate世界に転生したから調子に乗ってる。

 そう思っていただろう? 

 

 だがしかし、俺の家系はイギリスでも名家中の名家、メイソン家だ。

 魔術の他にも武術は必須科目。

 

 それに植物科(ユミナ)は近代のメディアに傾倒傾向があり、軍事産業にすら手を出している学科だ。近接の技術を教わるのは簡単なことで、それ故に俺も扱える。

 

「お世辞にも達人とまではいかないが──―なっ!」

 

 摺り足の歩法で近付き、回し蹴りで四体を巻き込み破壊する。

 かと思えば、身体をコンパクトに畳んで回避。

 

 なまってないようで良かった。

 

 俺の武術は、総合格闘技を中心にイギリス特有の貴族剣術や騎士剣術も混ざっている。

 単純な体術であれば、どこぞの外道神父や伝承保菌者(ゴッズホルダー)に劣るが、武器を用いた戦闘では負けない自信がある。

 

 俺は貧弱な魔法使いではないのだよ。

 

 …………それにしても数が多いな。

 

 

「……“Turn,around,growing for your king(回れ、廻れ、成長せよ。汝が王の為に)!」

 

 

 ウエストポーチから試験管と小瓶を取り出したぶん投げる。

 ガチャンと割れた中身は、魔術によって変異させられた特殊な植物の種子と俺の血液を混ぜた魔術触媒だ。

 

 これで魔術が完成する。

 

 割れた中身は空中で混ざり合い、魔法陣を一人でに形成する。

 魔法陣から現れるのは紫色をした太い蔦。

 

 現れた()()は、鞭のようにヒュっとしなりを効かせて振るわれる。

 当然、俺の魔術よりも弱い神秘のスケルトンが耐えられるはずもなく……。

 

 

「全滅か……」

 

 

 存外大変だったな。

 

 

 本来なら使う必要のない魔術まで使ってしまった。

 触媒だって無限じゃないのに。俺は俺が思ってた以上に緊張していたのかもしれない。

 

 ここは一つ、深呼吸を…………

 

 

 

 

 

「────────よぉ、良い戦い振りだったじゃねえか坊主」

 

 

 

 

 

 突然掛けられた声にふと視線を上げると、そこには……特異点Fの主要人物にして、英霊の中でもトップの知名度を誇る男……キャスターのクー・フーリンがいた。

 

 

「げお゛えっ」

 

 

 むっちゃ(むせ)た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮契約と戦闘開幕の狼煙

 クー・フーリン。

 

 ケルト神話の最強格にして世界各地、どこでもそこそこの認知がある英雄。

 

 影の国の女王に教わった槍技もさることながら、ドルイドとしての魔術とルーン魔術も卓越している。その技量は、ケルト神話内の英霊で槍兵(ランサー)術師(キャスター)の最強はクー・フーリンだとしても違和感はない程だ。

 

 但し、クー・フーリンを正しく強く活用するには、良きマスターが必要である。ここ大事。

 

 

 

「なんでここに……」

 

 

 

 確か正史では、クー・フーリンはカルデアのメンツと共にランサーのメドゥーサと戦っているはず。ここにいるわけがないのだ。

 

 いや、時間軸は正確に明記されているわけではないので、もっと後かもしれない。

 

 

「ん? どうした坊主……ん? 坊主って歳でもなかったか?」

 

 

 彼はそう言うと快活に笑った。

 

 一方で、俺は笑えない。

 もしもここでキャスターに敵認定されてしまえば、サーヴァントとの戦闘になるからだ。

 

 クラスがランサーの時の宝具、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』を持っていないにしても、相手は神代……魔法レベルの神秘が充満していた頃の魔術師。おいそれと見下せる出来るはずもない。

 

 第一、英霊は舐めて掛かれる程、甘い存在ではない。

 それは俺がかつて亜種聖杯戦争に参加した時に痛い程よく知ったことだ。

 

 俺は英霊を舐めて掛かった魔術師が死んでいったのを何度も目撃している。

 特に印象的だったのはエルメロイのケイネス氏だ。

 

 

「おい、どうしたよ? もしかして名も名乗れない奴なのか?」

 

 

 まずい! 深く考えすぎて返答が遅れた! 

 

 キャスターの顔は敵対とまではいかなくとも渋面を作っていた。

 

 

「……ああ、悪い。こっちもこの状況に驚いていてな」

 

「そりゃあ仕方がねえな。いきなりこんな場所に放り込まれりゃ誰でもそうなる」

 

 

 キャスターは、やれやれとおどけた様子で手を振った。

 

 けれども真正面で相対している俺には分かる。

 キャスターは俺の一挙一動を逃すまいと神経を張り巡らせている。

 

 だよな。分かるぜ。

 神秘がカス程も残っていない現代なのに、馬鹿げた神秘と魔力を秘めている人間がいたら誰でもそうなる。

 

 俺だって、ゼルレッチの爺さんを見た時はそう思った。

 

 とりま、警戒を解くことが最優先だ。

 

 

「紹介が遅れたな。俺の名前はクロノアス・メーガス・メイソン。気軽にロア、とでも呼んでくれ。こう見えても()()使()()だ、宜しく頼む」

 

「──―…………魔法使い。お前さんはその意味を正しく使ってるってことでいいのか?」

 

「無論。俺は冠位指定を受けている、現代に於ける五人目の魔法使いだ。もし興味が有るなら体験してみるか?」

 

「……いいや、()()遠慮しとくわ」

 

 一応、俺も貴族。表情の隠し方は熟知しているつもりだったが、これには冷や汗が出た。

 キャスターの眼が一瞬光ったのを俺は見逃さなかった。

 

 マジかよ。遠慮しとけよ、冗談じゃねえ。

 これだからケルト神話の鯖は嫌いなんだ。

 

 

「オレも紹介がまだだったな。オレの名前はクー・フーリン。今回の現界ではキャスターのクラスで召喚されている。現状の説明は必要かい、ロア?」

 

「出来れば頼む。俺も状況がさっぱりでな」

 

 

 当然ながら嘘である。

 

 俺はキャスターの話を半分聞き流しながら適当に相槌や質問をする。

 知っている話をもう一度される程、面倒なことはないが致し方ない。

 

 

「──────ってな、訳で今はセイバーがこの状況を作ってる」

 

「ふ、む……なるほど。では、そのセイバーを倒せば状況が解決すると見ていいのか?」

 

「おう。多分だが、奴さんを倒せば解決すると思うぜ」

 

 

 それからキャスターはこれ見よがしにニヤリと笑うと、手を差し出す。

 

 

「でだ、魔法使いさんよ。今は非常事態だろ」

 

「……そうだな」

 

「ここら一つ、オレらで共同戦線を張れねえかなーって思ってな?」

 

「それは…………仮契約ってことでいいのか?」

 

「おっ! 知ってんのか? こりゃ話が早くて良い。どうだ?」

 

「昔、他の聖杯戦争に参加したことがあってな……。っと、こちらこそ現状を知っている人と手を組めるのは本望だ。よろしく頼む」

 

 

 俺はキャスターと握手を交わす。

 同時に魔力のパスを繋ぎ、仮契約を済ませる。

 

 体と魔術回路がキャスターと繋がったことを感じた。

 

 右手に火傷を負うような違和感が走り、令呪が三角刻まれる。

 カルデアの令呪は、カルデアからの供給で成り立っているものだが、こちらは俺の魔力で作られたものだと思う。

 カルデアのものよりも幾分か強力なものになっていることは確実だ。

 

「令呪まで回復したのか? おいおい、どんだけ魔力あんだよ、()()()()

 

「これでも魔法使いなんでな、()()()()()

 

 お互いに笑みを交わす。

 

 

「それとだな、マスター。実はオレたちの他にも生存者が──────危ねえッ!!」

 

 

 キャスターが話を切り出したと同時に俺は袖から特殊警棒を引き抜き、背後へと振る。

 動きとしてはレイピアのターンに近い。

 

 だがして、遠心力で引き伸ばされた警棒は虚空であったはずの背後の空間を捉えた。

 

 

「ナッ!!?? グギィャァアアアァァア!?!?」

 

「キャスターッ!」

 

「おうよ! ──―“Ansuz(アンサズ)”!」

 

 

 俺が殴り付けたのは、黒い外套を纏った人型──―サーヴァントだ。

 

 殴り付けて吹き飛ばした直後、キャスターがルーン魔術で追い打ちを掛ける。

 敵対したサーヴァントは火達磨になって吹き飛んだ。

 

 攻撃の直前まで気付けなかったのは、暗殺者(アサシン)のクラススキル『気配遮断』だと思われる。

 そうなると、相手は特異点Fで汚染されたアサシンのサーヴァント──―シャドウ・アサシンのハサン・サッバーハだ。

 

 通称、呪腕のハサンと呼ばれる奴は、アサシンの語源ともなっている「山の翁」の一員である。

 

「大丈夫だったか、マスター!?」

 

「ああ、大丈夫だ。触れられてすらいない。…………しかし、直前まで分からんとは。サーヴァントと言うものはつくづく恐ろしいな」

 

「そうだぜ、マスター。どれだけマスターが強かろうと気付かない内にザクッとやられちまえばそれまでだ。気を付けてくれよ?」

 

「心得ておこう」

 

 魔法使いとはいえ、無敵ではない。

 かの青崎青子が最強ではなかったのと同じように魔法が扱えるからといって、俺は無敵ではないのだ。

 

 前提として、俺の魔法は()()()()()()()()()であって、無敵になれる魔法ではない。

 油断は禁物だ。

 

「おやおや。ハサン殿、まさか人間相手に不覚を取った訳ではありますまい」

 

「グッ、グギッ、ダマレッ! キサマトハ、アクマデキョウトウダ。イツデモコロセルトイウコトヲワスレルナッ!」

 

 

 シャドウ・アサシンのハサンに次いでやってきたのは、真っ黒に染まった槍兵のサーヴァント。

 名はシャドウ・ランサーの武蔵坊弁慶。

 

「マスター……面倒なことになったみたいだぜ?」

 

「そうか? あれぐらいの相手ならば、俺とキャスターで事足りるだろ?」

 

「ははっ! 分かってんじゃねえか!」

 

 キャスターは杖を槍のように持ちながら、俺の背中を叩いた。

 蒼い髪を逆立てて犬歯を剥き出しにする様子は猛犬を思わせる。

 

 かく言う俺も自然と口角が上がった。

 憧れのFGOについに、やっと参戦出来るのだ。興奮するなと言う方が無理だ。

 

 俺は魔術回路を起動して、礼装を展開する。

 

 

「キャスター、お前はランサーの方を頼む。俺はあのすばしっこい方をやる」

 

「サーヴァント相手だが本当にいいのか?」

 

「くどい。あの程度──────障害にもならんよッ」

 

「頼もしいこって!」

 

 

 俺とキャスターは同時に飛び出した。

 

 迎え撃つはシャドウ・サーヴァント、ハサン・サッバーハと武蔵坊弁慶。

 

 FGOで初の対サーヴァント戦が開幕した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対シャドウサーヴァント戦

ええー、疑問・質問等がございましたら感想欄までどうぞ。
回答を行っております。


「グギッ! タダノニンゲンゴトキガッ!」

 

 耳障りな声で(さえず)るのは呪腕のハサン。

 

 アサシンとはいえ、ただの雑魚ではないようで、短刀(ダーク)を投げながら接近してくる。

 呪腕のハサンは、作品毎に不遇な処置を受けているため弱く見えるが、その実、ランサーのクー・フーリンともそれなりに正面戦闘が行える能力を有している。

 

 特に呪腕のハサンに関しては、対抗策を持たない相手に対しては最強格の宝具を有しているため、まあまあ強いのである。

 

 

「フ──―ッ!」

 

 

 走行状態から軽くワンステップ。

 着地の体重移動を切り込みに組んでダークを打ち払う。

 

 

「“Bud(蕾よ……)”」

 

 

 反撃に小瓶を警棒で打ち出す……が、

 

 

「ダメか」

 

 

 やはりそこは流石のアサシン。

 身軽な身のこなしで避けられる。うーん、肉弾戦なら兎も角、素早さ勝負なら分が悪い。

 

 あの魔術当たれば、相手の内側から蕾が開花して相手ごと魔術触媒に変える魔術だったんだけどなぁ……。

 

 

「キサマ……ホントウニニンゲンカ?」

 

「ははっ、死にぞこないの死霊に言われたくはないな!」

 

「ホザケッ、マジュツシゴトキガ!」

 

 

 遂にインファイトの距離感までもつれ込む。

 

 俺は警棒による刺突と打ち払いでダークを弾き、魔術での決定打を狙う。

 逆にハサンはダークによる牽制と攻撃を行い、宝具での決定打を狙う。

 

 速度重視のハサンとでは相性が悪いのか、中々決まらない。

 

 アニメとか映画で見た、ハサンvs言峰綺礼ではここまで泥沼化していなかったが、あれは相性の問題だろう。

 

 まず、戦場が教会内だったので、いくら早くとも行動が制限される。対してここは屋外だ。英霊の素早さで逃げられたら、強化魔術だけでは相性が悪い。

 

 二つ目に、言峰綺礼が霊体のスペシャリストだったということだ。言峰綺礼は教会の元代行者であり、教会由来の対霊体技術と言峰綺礼特有の洗礼詠唱もあった。だが俺は肉弾戦と植物魔術が基本。自慢ではないが、俺は「降霊科(ユリフィス)」とも折り合いが悪く、対霊体魔術が得意という訳でもなかった。

 

 

「やっぱ魔法切るしかないかな……」

 

「カンガエゴトガ! ヨユウダナ!」

 

「うっせえ……“Snatch(来い)”」

 

 

 戦闘前に放り投げたスーツケースから触媒を手繰り寄せる。

 左手に収まったのは麻布に入った俺製の植物種子。

 

 

「ブチかます! ──────“イチイの一撃(ワンド)”!」

 

 

 フィンガースナップ。あるいは指弾の要領で肥大化した種を弾く。

 放たれた種子は緑黄色に変色して一条に飛ぶ。

 

 一工程(シングルアクション)の魔術だ。

 参考にした魔術は“フィンの一撃(ガンド)”。鉱石科(キシュア)の魔術が参考になっているのは業腹だが、魔術に罪は無い。

 

 

「ヌギッ!? コレハッ──―」

 

 

「やっぱ引っ掛かったな、間抜けが」

 

 

 ガンドやワンドは攻性に秀でてはいないが、その本質は「行動阻害」。

 ゲームでもそうだったが、サーヴァントがガンドを食らう理由はその攻撃性の低さにあるんだろう。現にハサンは俺のワンドの攻撃力を舐めてわざと食らった結果、硬直しているのだから。

 

 距離は二メートル少し。

 俺製のワンドだし、カルデアのガンドよりも硬直時間は長い。

 

 ……ほんじゃ、面倒だしそろそろ決めるか。

 

 

 

「魔術回路、全門起動。起源主張、覚醒開始。想定神秘、許容超過──────“■■■■”」

 

 

 

 俺は刹那に──―いいや、もっと早く、更に遅く。それでいて、()()警棒を振るう。

 

 ハサンの頭頂に、顔に、首に、肺に、胃に、右腕に、左腕に、右手に、左手に、鳩尾に、肝臓に、股間に、内腿に、右足に、左足に。

 

 俺は剣戟ならぬ警棒の打撃を叩き込む。

 気分は修羅。叩き込む本数は無数。

 

 

 

「…………タイムアップだ」

 

 

 

 俺の魔術……魔法の効果が解ける。

 

 

「ナ──────」

 

 

 ハサンは、()()()()()()()()()()()かのように動き出し…………絶命した。

 残ったのはグチャグチャにされ肉塊が霊体粒子に変わる様。

 

 

「……オーダー終了ってトコかね」

 

 

 キャスターの方を見ると、ちょうどルーンで止めを刺しているところだった。

 

 武蔵坊弁慶は耐久に強みがあるサーヴァントだ。宝具を使わずに倒したのは運が良い。

 

 

「よう、マスターも丁度ってところか」

 

「まあな」

 

 

 キャスターはニヒルに笑い、俺の肩に腕を回す。

 

 ケルト勢はフレンドリーで良いよな。そのコミュ力を社交界の時の俺に一分でもいいから寄越しやがれってんだ。

 

 

 

 ──────ドォォォオオオオォォォォォォォォ……

 

 

 

 俺はそんなことを思ってる矢先、何かしらの破砕音が聞こえてきた。

 

 場所的にはそう遠くない。恐らくだがビルを二つ三つまたいだらすぐだと思う。

 

 俺とキャスターは顔を見合わせた。

 キャスターはニヤリと俺に笑い、俺はゲンナリと溜息を吐く。

 

 

「さっきの話の続きだがよ、実は他にも生きてる奴がいるみたいでよ──―」

 

「ああ、もう分かった。その先は言わなくても良い。何となく言いたいことは分かった」

 

 

 どうせ主人公たちとランサーのメドゥーサが戦っている音だろ? 

 こちとら連戦続きで疲れ……てはないが、精神衛生上あまりよくない。

 

 

 

「……少しは休ませて欲しいものだ」

 

「何言ってんだよ、これだから人生ってのは楽しいんじゃねえか」

 

「脳筋め……」

 

 

 言うや否や、俺とキャスターは走り出した。

 




魔法についての解説や理論は次話以降に行いたいと思っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オルガマリーの絶望

 オルガマリー・アニムスフィアは絶望していた。

 

 

 

 時計塔の中でも栄えある「天体科(アニムスフィア)」の当代当主にして、人理保証機関フィニス・カルデアの所長である彼女は現状にただ絶望するほかなかった。

 

 今は亡き父の研究を引き継ぎ、右も左も分からない中、所長に就任した。

 

 幸い、彼女を支えてくれる人はレフ・ライノールを始めとして、ロマニ・アーキマンやマシュ・キリエライトなど、カルデアの職員たちがいた。

 

 しかし、それで彼女が安泰となったとは言えない。

 

 彼女を不安にする要素はこのカルデア内部だけでもいくつもあったからだ。

 

 

 当主の座を脅かす、キリシュタリア・ヴォーダイム。

 精神的幼稚さから来る地位と権力への重圧と責任。

 周囲環境への他組織の魔術師スパイの疑念。

 デミ・サーヴァント計画の非人道行為による英霊からの報復の恐怖。

 

 

 それこそ例を上げればキリがない。

 

 権威と立場から弱音は許されず、油断の余地もなかった。

 

 いくら外面で取り繕うとも、内面的な苦痛が消えることは一度として──────否、今も尚、その苦痛が消えることはない。

 

 

 極めつけには、この絶望的状況──―。

 

 

「マシュ下がって!」

 

「了解しました! 撤退します!」

 

 

 今の自分は何であろうか? 

 

 ただの人間がサーヴァントに適わないことは分かっていたはずだ。

 それは魔術師も例外ではなく、並の魔術師では……それこそ色位(ブランド)の魔術師でも、サーヴァントに勝てることは万が一にもない。

 

 なのに。

 

 なのに。

 

 なのに、なんだこれは? 

 

 何故、レイシフト適正が一滴程度しかない一般募集の少女が──―自分よりも役に立っているんだ? 

 

 

 分からない。分からない。分からない。

 

 どうしてこの状況下でまともにいられる? 

 一般人が、どうして魔術師よりも覚悟を決められる。

 

 

(私は……私は、アニムスフィア念願の──────)

 

「所長危ない!」

 

「えっ──―キャア!?」

 

 

 思考廻らす彼女の眼前に割り込むものがあった。

 大きく厚い盾である。

 

 デミ・サーヴァント計画の唯一の成功例、マシュ・キリエライトがオルガマリー、彼女への攻撃を防いだ。

 

 ランサー……紫色の髪をした妖艶な美女が振るう鎌をひたすらに耐えるマシュ。オルガマリーはマシュの後ろで尻もちをついて茫然と見上げていた。

 

 

「所長、先輩! 早く後方へ避難を! 長くは持ちません!」

 

「必死ですね、大変よい。でも、気を付けなさい。私の槍は不死殺しの槍。僅かでも受け損なえば、貴女は一生、サーヴァントとして不出来になるのですから!」

 

「くぅっ!?」

 

 

 マシュは苦悶の声を漏らす。

 彼女の持つ巨大な盾がミシミシと軋みを上げている。

 ……もしかしたら、その音はマシュの腕が軋む音だったのかもしれない。

 

 

「所長!」

 

 

 一般募集の少女がオルガマリーの腕を掴んで逃げる。

 言い方を正せば、第一線から退いたのだ。戦闘の邪魔にならないように。

 

 

「なんでよ……なんで私がこんな目に……!」

 

 

 恨み言を吐こうと事態は好転しない。

 苛立ちは募り、不甲斐無さと劣等感が立ち込むのみ。

 

 

『あっ! ようやく繋がったぞ! あれ、所長にリッカちゃん!? 強力な魔力反応のせいで繋がらなかったんだけど、どういう状況だい!? それにサーヴァント反応!?』

 

 

 虚空からホログラム映像が浮かび上がった。

 そこには橙の髪色をした青年が映っている。

 

「少し黙りなさいロマニ・アーキマン……!」

 

『ヒッ、ヒィッ! わ、分かったよ。だけどゆっくり出来る状態でもないんだろ? さっきからマシュのバイタルデータが凄いことになってるんだ』

 

 こうして二人が話している今も、マシュとランサーの戦いは続いている。

 

 

「この槍で傷付けられたものはもう二度と治らない呪いに掛かるのです。さて、貴女はいつまでマスターを守っていられるでしょうか? ほらっ!」

 

「ぐぅっ!? 先輩はっ、私が守りますっ」

 

 

 それはもう戦いとすら呼べない。

 

 ランサーの振るう鎌をマシュが大盾で必死に受けているだけだ。

 マシュが這う這うの体で防いでいるの対して、ランサーは本気だろうが、全力ではない。ランサーの顔に浮かぶ嗜虐の感情がそれを指し示していた。

 

 

「ロマニっ、どうにかしなさい!」

 

『ええっ!? どうにかって……無理だよ! こっからじゃ情報のサポートが精々だ!』

 

 

 情けない。

 

 根っからの魔術師と技術者が揃ってこの体たらく。

 正規サーヴァントでもない、デミ・サーヴァントが苦戦し、魔術の「ま」の字も知らない少女までが指示を飛ばしているにも関わらず、オルガマリーらは何も出来ない。

 

 

 

 

 出来ない。

 

 出来ない。

 

 出来ない。

 

 出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 何も──────

 

 

 

 

 

 

 

「出来ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば。

 

 目の前に。

 

 鈍銀色に。

 

 光った刃。

 

 

 

(死ん──────)

 

 

 

 オルガマリーは終わりを悟り、目を閉じる。

 最後に見たのはこちらへ何かを叫ぶマシュと、必死に手を伸ばす藤丸(ふじまる)リッカであった。

 

 オルガマリーの瞼には走馬灯が走っていた。

 

 優しき父の姿。

 

 魔術練習の風景。

 

 初めて見たアニムスフィアの展望台。

 

 輝かしく見えた社交界パーティー。

 

 全てが宝石のような思い出だった。

 この幸せな記憶を抱いたまま、死ねるのならば後悔は──―無い。

 

 

「…………?」

 

 

 だが。

 

 

「……?」

 

 

 どれだけ待てども。

 

 

「?」

 

 

 終わりはやって来なかった。

 

 待つこと刹那。

 

 オルガマリーは。恐る恐る。目を。開けた。

 

 

「──────もう少しまともな移動はないのか、キャスター?」

 

「間に合ったんだからいいじゃねぇか、マスター」

 

「キャスター貴様ッ! 何故、漂流者の味方をする? それにマスターまで……」

 

 

 紅く、眩しく映る彼は、キラキラと映る金髪が輝かしく、メッシュに入った褪せた銀色の前髪が色めかしい。

 

 久方振りに聞く、イギリスのネイティブイングリッシュが耳に心地よく聞こえた。

 

 

 

『……おいおい、嘘だろ……? ()()()()()()()()()()使()()()()()()()!』

 

 

 ここは特異点。

 カルデアからのレイシフト無しでは来れないはず。

 

 だとしたら目の前の彼は、カルデアが死力を尽くして修復しようとしている人理焼却に個人で耐えたことになる。

 

 在り得ない。

 けれども、目の前の光景は在り得ないことを証明していた。

 

 それに、だ。

 目の前の彼には見覚えがあった。

 あれは社交界でのことだ。

 

 そう、確か名前は……──―

 

 

「────―“壊れた時計(ジ・ストップ)”クロノアス・メーガス・メイソン」

 

 

 

 

 現代でも類を見ないレベルの魔術師もとい魔法使い、“冠位(グランド)”ロード・クロノアスであった。

 

 

 

 

「おや? 俺のことを知っているのか。立てるかい、お嬢さん?」




まず、言っておきます。
矛盾点と疑問点は分かります。

「特異点の世界線に生まれたのにFGO世界線のオルガマリーと面識があるんだ?」

でしょう?

理由としましては、現状二つくらい候補を考えています。
一つ目は、「転生したからどの変更世界線にも主人公が同時発生した」。ですがこれはFGO世界線にも主人公がいることになりそうなのでNG。

二つ目は「ゼルレッチとの戦闘時に並行世界へ送られた時に知り合った」。これなら……なんとか、ですかね?
いや、ちょっと無理ありますね。もう少し、練ってみます。失礼。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対ランサー・メドゥーサ戦

はっきり言います。
今回の話、めちゃくちゃFGOアニメとロード・エルメロイⅡ世の設定を盛りました。元ネタやセリフが分かった方は感想欄に書き込んでみてください。


「あー……これ間に合うかねぇ……」

 

 

 段々と近くなる剣戟……鉄の音が近付いていることを指し示している。

 

 多分近づいてはいるんだろうが……主人公たちがやられてるなんてことないだろうな。

 

 

「なんだよマスター、もっと早く走れねえのか」

 

「お前なあ……。現代の魔術師に何を求めてんだか」

 

 

 今の俺はキャスターにも魔力のリソースを回しているため、そこまで強化魔術にリソースを割けていない。なのにこの言い草だ。

 

 

「今のお前の速さも俺の魔力のお陰なんだからな。そこんとこ覚えとけよー」

 

「分かってるての。それにオレも久し振りに全盛期に近付いてるからテンション上がってんだ。これぐらいは勘弁ってことで」

 

 

 溜息。

 

 それにしても走り辛い。

 倒壊したビルやら家屋やらのせいで移動が面倒だ。

 

 

 

「ん……? ありゃあ──―」

 

 

 ビル一つを抜けた先の道に見えて来たのは石造彫刻であった。

 人々がまるで何かから逃げるかのように一方向を向いている像だ。

 

 ……マジで近付いて来たっぽいな。

 

 あれはランサーのメドゥーサの仕業だろう。

 中には苦悶の表情を浮かべたまま砕かれている石像もある。

 

 

「ケッ……胸糞ワリィ」

 

 

 キャスターが苛立たし気に唾を吐く。

 

「今の内に言っとくぜ。相手はギリシャの方の怪物、メドゥーサだ」

 

「ふむ……ならばこれは魔眼という訳か」

 

「ああ。奴さん、ランサーだからか近接戦闘(ステゴロ)も出来るみたいだから気を付けろよ」

 

 大丈夫、キャスター。知ってる。

 

 ランサーのメドゥーサの強みは、卓越した身体能力と近接戦闘能力。そして、常時発動可能な解放された石化の魔眼(キュベレイ)

 

 魔眼は脅威だが、こっちには魔眼殺しの眼鏡があるし、最終手段の奥の手もある。心配すべき点はランサーの宝具、不死殺しの鎌「ハルペー」だ。

 ハルぺーに一度でも傷付けられれば、ディルムッド・オディナの宝具「必滅の黄薔薇」と同じく、回復の奇跡であろうと治癒はしない。

 

 

 

「うーん……そろそろマズそうだな」

 

 

 聞こえてくる戦闘音は最早、ただ鉄を殴るだけの音。

 どうやらマシュは防戦一方のようだ。あとビル一個分なんだが……。

 

 

「マスター」

 

「なんだ」

 

「オレがランサーだったらまだしもキャスターだと、ちと分が悪い」

 

 

 キャスターはそう言うと俺の首根っこを掴む。

 

 ……おい。おいおいおいおい! まさか! 嘘だろ!? 

 

 

 

「だから先行っててくれや──―ッ!」

 

「おいちょ待てこのば──────」

 

 

 馬鹿野郎。

 

 俺がそう言い切る前にキャスターを俺をぶん投げた。

 胃の中がぐるりと回る感触がして、俺は飛翔物となる。

 

 風景が目まぐるしく変わる中、遠見の魔術で視力を強化。ひとまず体勢を整える。

 廃墟となったビルの間を飛び抜けると……

 

 

「まずッ!」

 

 

 なんと、銀髪の少女がメドゥーサに殺されそうになっているではないか。

 しっかし、あの子どっかで……今はそんな場合じゃない。

 

 

「“Excitation(励起せよ)”」

 

 

 スーツケースから樫の木が溢れ、纏わり付く。

 俺の持つスーツケースは収納用具以外にも、それだけで特別製の防御魔術礼装ともなるのだ。

 

 急成長した樫の木がスーツケースを覆い、左腕に装着される。

 まるで盾のように見えるそれを、前面に出して少女の前に滑り込む。

 

 驚きに目が見開かれたメドゥーサだったが、すぐさま鎌を振り下ろした。

 

 

「甘ぇよ……!」

 

 

 パリィングをして槍を逸らす。

 樫の木は堅く、滑らかだ。受け流すなんて造作もない。

 

 ただ。そこで終わりではない。

 加えて二撃目を叩き込もうとするメドゥーサに対して、鎌の柄を踏むことで妨害する。

 

 今の俺は全身に樫の木が纏わり付いている状態だ。

 イメージ的には甲冑だ。手足から続々と幹が這い上がってくる感じ。

 

 

「フッ!」

 

「“Ansuz(アンサズ)”!」

 

「くっ、キャァァァ!?」

 

 

 俺が顔面への居合での一撃、遅れながらに放ったキャスターの火炎弾が胴体へ命中。

 タイミングよく俺は足を離してメドゥーサに吹き飛んで貰う。

 

 まあ、流石はランサーか、メドゥーサは空中で回転して着地する。

 

 

「──────もう少しまともな移動方法はないのか、キャスター?」 

 

「間に合ったんだからいいじゃねぇか、マスター」

 

「キャスター貴様ッ! 何故、漂流者の味方をする? それにマスターまで……」

 

 

 メドゥーサは 黒焦げに砂で汚れながらこちらを睨む。

 

 おお、怖。

 

 

「────―“壊れた時計(ジ・ストップ)”クロノアス・メーガス・メイソン」

 

「おや? 俺のことを知っているのか。立てるかい、お嬢さん?」

 

 

 ふと、俺の名前を呼ぶ声がした。

 

 背後を見下ろすと、銀髪の少女は俺の顔を食い入った表情で見つめていた。

 ……やっぱ、どっかで見た気がすんだよなー……。

 

 差し当たり、俺は少女を助け起こし、マシュの元へ背を押す。

 

 

「安心したまえ。味方だ。あっちの青いのが俺のサーヴァントだ」

 

「おう、オレはキャスター。奴さんはオレたちの獲物でもあってな、この場はよろしく頼むぜ」

 

 

 チラッと他にも見ると……マシュは大丈夫そうだ。軽傷ではないが、重症とまではいかない程度の傷だ。

 他には……赤髪の少女。おっと、女主人公(ぐだ子)の方か。

 

 

 

「人間の貴方……何故、宝具でもない、ただの魔術で召喚しただけの木でハルぺーを防げるのですかッ!」

 

「おいおい、魔術は外界ではなく身の内に起こるもの程、強いんだ。知らないのか? イスタリでは常識なんだが……さてはお前、ニワカだな?」

 

 

 軽い挑発だ。

 

 相手もそこんところは分かっているのか、無暗に突っ込んでこない。

 ふーむ。知性があると、厄介だな。

 

 

『君! もしかして、ロード・クロノアスかい!? 魔法使いの!?』

 

「ん? なんだ……む、お前はロマニ・アーキマンか」

 

『何で知ってるんだい!? 光栄だよ!』

 

 

 なーんか、さっきからチラチラ映ってるなーって思ったが、ホログラムのロマニ・アーキマンだった。

 

 

『まさか冠位(グランド)が味方してくれるなんてリッカちゃんラッキーだぞ!』

 

 

 調子いいなコイツ。

 

 

「そこの変な霊基のお嬢ちゃん、アンタはどうする?」

 

 

 キャスターがマシュに問う。

 マシュはリッカちゃんの方を見て……リッカちゃんが頷くと勇み足で前線に出る。

 

「前衛一枚に魔術師二枚……キャスター、前に出ろ。俺は後方支援だ」

 

「おっ、いいのか? そんじゃ往くぜ! 遅れるなよ、お嬢ちゃん!」

 

「はい! マシュ・キリエライト、吶喊(とっかん)します!」

 

 二人が前線に出た。

 

 

「気にせず進め!」

 

「おう!」

 

「分かりました!」

 

 

 俺は麻袋から大量に種子を握り込み、“イチイの一撃(ワンド)”を乱れ撃つ。

 

 狙いは慎重かつ大胆に。疾走する二人の肩や脇、頭の横を抜けてメドゥーサに迫る。

 

 

「魔術師が……粋がるな!」

 

 

 チッ。

 

 思わず、舌打ちが漏れる。

 

 “ガンド”と違って“ワンド”はイチイの種子を使う魔術。

 そのせいなのか、ハルペーの不死殺しの呪いが効いてしまって、文字通りイチイが「殺されている」。

 

 ああ、もう、なんで、これ系の武器と俺の魔術は折り合いが悪いんだ。

 

 

「いいでしょう! 数が増えても、仕留める予定が早まっただけのこと!」

 

 

 メドゥーサは不敵に笑い、鎌を地面に突いた。

 

 すると、どうだ。周囲に張り巡らされていた鎖が数十……いいや、数百数千の鎖が束になって襲い掛かってくるではないか。

 

「しゃらくせぇ!」

 

「吶喊します!」

 

 ランサーは跳んで避け、マシュはそのまま突撃する。

 

 俺は盾と鎧と化した魔術礼装で殴り飛ばし、迎撃。

 主人公ちゃんたちの方は……銀髪少女が魔術で防いでいた。

 

 ……やるじゃん。

 

 

「大口を叩いてこの始末。語るに落ちるとはまさにこのこと。──―はあああぁぁぁ!」

 

 

 視線を戻すとキャスターがメドゥーサに鎌を脳天から振り下ろされる所だった。

 

「キャスターさん!」

 

 リッカちゃんが叫ぶ……が、あれは悪手だったなメドゥーサよ。

 

 

「お嬢ちゃん!」

 

「────―ッ」

 

「クソッ!」

 

 

 回り込んでいたマシュがその一撃を受け止める。

 

 キャスターは同時に空中へ指を走らせて文字を書く。

 ルーン魔術だ。

 

 

「ルーンに詠唱なんざいらないっての、この能無しが! 学び直してこい!」

 

「にげ──―」

 

「逃がさねえよ! “イチイの一撃(ワンド)”!」

 

 

 油断したなあ、メドゥーサ。

 ガラ空きだったぜ? 

 

 俺の“ワンド”を食らったメドゥーサは動きを硬直させた。

 そこに十文字にも連なるルーンの火炎弾が降り注いだ。

 

 

「なっ、く──―あああああああああああああああああ!?!?」

 

「終わり、だな」

 

 

 最後にメドゥーサは、空を見上げて懐かしむかのような表情で消えていった。

 

「一丁あっがりーっと」

 

 腰に手を当てて伸びをするキャスターに、「ありがとうございます」と律儀にお礼をするマシュ。

 それに続き、リッカちゃんや銀髪少女が物陰から出てくる。

 

 俺も樫の木の鎧を解除して服装を整える。

 スーツケースから上着を取り出して羽織り、ボタンを留めた。

 

 

 

「さーて、こっからは魔術師同士のお話だ。──―キャスター下がってろ」

 

 

 

 緊張した面持ちのカルデア一行。

 

 俺はネクタイを締め直して、彼女らをぐるりと見渡した。




元ネタやなんのセリフか分かりましたか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

同盟協定・称号解明

「ミスタ・メイソン……いいや、この場においてはこう呼びましょう。魔法使い殿、本件においてはどのような処置を致されるので?」

 

「ふ、む……」

 

 場所は打って変わり廃墟内部。

 一応、安全は目の前の銀髪少女……オルガマリー・アニムスフィアが敷いた魔避けの結界が辺りを覆って防御している。

 

 キャスターとマシュには席を外して貰い、正真正銘に魔術師しかこの場にいない。

 

 リッカちゃん? 彼女は一応だが瞬間強化の魔術を扱える。

 魔術師とまではいかなくても魔術使い程度には認めてあげてもいいだろう。

 

 

『ボクもそこは気になっていた。魔法使いとして()()()()()()()の貴方と言えども……“壊れた時計(ジ・ストップ)”の貴方と言えども、サーヴァントがいるこの特異点を生き残れるとは思えないんだ』

 

「む……まず、俺のことはノア、またはロアって呼んでくれて構わない。俺はその渾名が好きではなくてね」

 

『まさか! 魔法の域まで至った人を魔術に携わる者が呼び捨て出来るとでも!?』

 

 

 ロマニは大袈裟に声を出した。

 

 俺としては困るばかりだ。

 そう言えば、うちの使用人はどうなっただろうか? 無事だと良いんだが。

 

 

「あの、ロード……一つ、ご質問が」

 

「む。何だい、オルガマリー嬢」

 

「魔法についても気になるのですが……その…………渾名が好きではない、とは?」

 

 

 俺は突然の質問に些か、疑問を呈する。

 

 何せ、今まで出会ってきた魔術師の多くが魔法理論、術式形態についてしか聞いてこないものだったから。

 

「い、いえ! 答え辛かったのなら構いません! 単純な好奇心で──―」

 

「新鮮な質問だ。実に面白い」

 

「ふぇ?」

 

 前世でも目上にこれくらい意見出来る同輩が欲しかったものだ。

 

 実に面白いことだが、魔術師においては魔法と根源が神聖化され過ぎて、一般教養が欠けている。それでもこの少女は自己ではなく、他人のジンクスへの興味を優先させた。

 これはオルガマリー嬢が未だ魔術師というキチガイへ足を踏み入れていないことを示している。

 

 

「そもそも俺の母方の家の名前は分かるかな?」

 

「え、ええ、まあ。確か……レイシンシア・O・ハワードかと」

 

「その通り。そして、俺の渾名“壊れた時計(ジ・ストップ)”の前の通称は分かるかな?」

 

「…………“鍵付き(ザ・ロック)”。私の記憶が正しければ、ロードが封印指定される前の通称であったと記憶していますが……」

 

 

 俺はこれに頷く。

 

 

「そこだよ」

 

「え?」

 

「俺の通称、実は“壊れた時計(ジ・ストップ)”でもなんでもないんだよ」

 

「は!?」

 

 

 まあ、驚くよな。

 

 魔術界、引いては時計塔での通称や渾名というものは、コードネームだったり相手の真名に関するものであったりするので慎重に取り扱われ、畏怖を込めて呼ばれる。それが違っていたなどと思うまい。

 

 

「元々の俺の通称は元の“鍵付き(ザ・ロック)”に母方の性のOを入れてもじった単語、O’clockが渾名……“正鵠封鎖の懐中時計(ジ・O・クロック)”って渾名だったんだ」

 

「だ、だじゃれ……?」

 

「その通り。俺も、最初は困惑したんだが、こちらの方が本質に近くてね。これではマズイと思ったんで、“壊れた時計(ジ・ストップ)”の方で通しているんだ。The()The()なのは、その名残だね。有難く使わせて貰っているよ」

 

「な、なるほど……真名の隠ぺいの為にもそういう名前に……」

 

 

 俺は今、苦笑しているだろうか。

 目の前のオルガマリー嬢とロマニの唖然とした顔を見れば……あ、リッカちゃんがいるのを忘れていた。

 

 

「ぬ……これは失礼した。俺の名前はクロノアス・メーガス・メイソンだ。こんなんでも、君主(ロード)冠位(グランド)の位を頂いた魔法使いだ。ロアでもノアでも好きに呼んでくれ」

 

 今のリッカちゃんはカルデアの礼装も着ていないので、翻訳機能も何もない。普通に日本人なので、日本語で話さないとこちらの会話も分からないだろう。

 

「わっ……すっごい流暢な日本語……──―あっ、よろしくお願いします、ロアさん! 私は藤丸リッカです!」

 

「リッカ! この御方になんて言い草を! 魔法使いなのよ!」

 

「ふふっ……気にしないでくれ。そっちの方が気軽で良い」

 

 

 思わず彼女らの漫才に笑ってしまう。

 なんだろう? ずっとむさ苦しいキャスターといたせいかな。キャスターといた時よりも空間が幾分も清涼なものに思える。

 

 

 

「所長所長。魔法使いってどれくらい凄いんですか? 私、ロードとかグランドとか難しいの分かんなくて」

 

「あのね、リッカ。冠位(グランド)というのは魔術の世界での最高位の権力を持つ称号よ。君主(ロード)はその次位に凄い称号。魔法使いは、貴女のような一般世界で言えば、『宇宙の謎をすべて解明した』くらい凄い御方なのよ」

 

「ええ!? ロアさんってそんな凄い人なんだ!?」

 

「だからあんたねえ!」

 

 

 姦しく喧嘩を始める彼女ら。

 

 その横で俺とロマニは会話を続ける。

 

 

『ロード・クロノアス。貴方はどうやってこの特異点へ? まず、普通の術式では耐えられないと思うのですが?』

 

 

 ゲームとかアニメで見る剽軽(ひょうきん)な彼は鳴りを潜めている。

 これが外向け用の面か、素なのか……うん、外向け用だな。

 

 声が上擦っているし、表情筋が硬い。

 

 ここで、カルデア一行と会話する時に気を付けることは、人理焼却については話さないことだ。

 現時点のカルデアはこの人理焼却がゲーティアの手によって引き起こされたことを知らない。そのため俺が人理焼却について話したら「何でそんなこと知ってるんだ!お前が主犯だな!」みたいな感じになりかねない。

 

 

『なっなにか?』

 

「ああ……いや、緊張している君の様子が面白くてね。で、なんだっけ? どうやってこの特異点に耐えたのか、だっけ?」

 

『ええ……』

 

 

 ここらでの暴露なのだが、俺はこの特異点Fに関して重大な勘違いをしていたみたいだった。

 

 そう、俺は当初、「俺が転生した世界が特異点FになるFate系列の世界」だと思っていたのだが……。

 

 

『特異点化に巻き込まれたぁっ!?』

 

「ああ、そうみたいなんだ。俺もキャスターに話を聞いて理論立てたんだが、最初の方はゼルレッチの爺さんに嫌がらせに並行世界に送られでもしたのかと思ってた。しかし、少々毛色が違くてね……」

 

『宝石翁のことを爺さん……? ──────ああ! 所長との記憶ですね!』

 

「正解。俺が特異点化した世界の人間ならばオルガマリー嬢との面識や記憶があるはずないんだ」

 

 

 今言ったことは、ほとんど正解に近いと思われる。

 

 要約すると「俺が冬木市に行ったタイミングで人理焼却が執行され、特異点F化された冬木市に巻き込まれた」だ。

 

 原点となる世界に俺はいたのだ。

 だから俺はモデルとなった冬木市にいたので、特異点化した冬木に巻き込まれた。

 

 トンでも理論だが、俺にレイシフト適性があり、莫大な魔力、由緒正しい霊地が揃えばそう難しいことではない。

 

 レイシフトに関してはただのラッキー、その他は完璧に材料がそろっていた。

 魔力は俺が魔法使いの時点でお察しだし、冬木には龍脈も存在している。

 

 う~ん、都合が良い。

 

 オマケにダメ押しとばかりに聖杯とかいう願望器が特異点に使用されている。

 

 

『確かにその理論なら納得がいく……では、ロード・クロノアス。貴方はこちら、フィニス・カルデアに何を要求しますか?』

 

「何とも物騒な声色だ。そう難しいことを頼む必要はないよ。頼むことはたった一つ。()()()()()()()()()()()

 

『英霊に……?』

 

 

 ここら辺の理由は、原作キャラには分からないだろう。

 俺達FGOファンがどれだけ英霊に会いたいか、なんて。

 

 俺の頼みをどう受け取ったのか、ロマニは慎重な面持ちで頷いた。

 

 

『本当にそれだけならば、こちらは是非を問いません。こちらこそよろしくお願いします、ロード・クロノアス』

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 

 頭を下げるロマニに思わず苦笑い。

 本人を目の前にすると、人理修復への熱意が事細かに分かるというもの。カルデアは本気で真剣に人理修復に挑んでいるんだな、と実感させられる。

 

 俺は未だ口論を繰り広げている少女ら二人に声を掛けた。

 これにはロマニもこめかみを抑えている。

 

 

「同盟を組むことが決まった。遅れるなよ」

 

 

 聞くや慌ただしく付いてくる彼女らに気が抜ける。本当に命が掛かっているのを理解しているのかさえ疑う。

 

 俺は、キャスターとマシュのいる方向へ歩みを進めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイソン家の魔術

「ねえねえ、ロアさん」

 

「ん……なんだい?」

 

 

 時が経つこと約十分と少し。

 俺たち一行は廃墟から出て、とある場所へ向かっている途中だ。

 

 その最中、俺はリッカちゃんに質問を受けた。

 

 

「ロアさんってどんな魔術を使うの?」

 

 

 うん、リッカちゃんの質問は一般人出身だからこそ出た疑問だった。

 けどね……魔術師がいるこの場で、それ系の質問はマズかったかなあ……。

 

 ほら、オルガマリー嬢とロマニの表情が固まっている。

 

 魔術師の家系にそういう質問が御法度なのは、こちら側の業界では常識。

 

 だっても何も、相手の魔術系統や属性、魔術刻印の場所、果てには誕生日とか出身地でさえバレれば弱点になりかねないからだ。

 

 う~ん……でもいいかなあ。

 俺が生まれたのは、父が作った魔術工房の最奥だし、出身はイギリスの霊地。

 誕生日は六月一日だが、特に弱点になったりはしない。

 

「リッカちゃん、あんまり魔術師にそういう質問をしていけないよ。最悪、殺されても文句言えないからね」

 

「うぇ!? き、気を付けます」

 

 リッカちゃんと出会ってから俺は苦笑ばかりだ。

 

 

「特別に教えてあげ……といっても、割と知れてるんだけどね」

 

「あっ、いいんだ」

 

「まあね。知られても俺の魔術とか魔法は防げるものではないから」

 

「わーお自信満々」

 

 

 これにはマシュも苦笑い。

 オルガマリー嬢はあたふたしている。

 

「万が一だけど秘密にはしてくれよ?」

 

「はーい」

 

「……分かりました」

 

「了解しました」

 

『……漏らせるわけがないんだよなあ』

 

 皆の合意が得られた所で俺は話を再開する。

 まず最初は魔術属性からだな。

 

「俺の魔術属性は五大元素から、地、水、風、空の四属性。割と知られているんだが、俺の起源は二つあって、『停止』と『消失』。魔術系統は主に植物魔術を中心とした自然魔術」

 

「あれ? 失礼、ロード。ロードの扱う魔法は、魔術属性『無』がないと出来ないように思えるのですが」

 

 おっと。これは中々に鋭い質問。

 流石はアニムスフィアのご令嬢だ。

 

「普通はそうなんだろうけど、俺の魔法は物質化ではなく、証明による発動だから支障はないんだ。なんなら系統的には混沌魔術(ケイオス・マジック)に近いから『空』の属性がとても大事なんだ」

 

「はいはいー! 私からも質問!」

 

「ふむ……リッカ君、どうぞ」

 

「ロアさんの魔術系統? が自然魔術ってどういうことなんですか?」

 

 あー……。

 

 魔術師歴一日のリッカちゃんには植物魔術と自然魔術の違いは難しいかー。これ説明が面倒なんだよね。

 

「そもそも植物魔術は、さっき俺が使っていた魔術。木の実とかを呪術の弾丸に変えたり、急成長させたり、身に纏わせたりするやつが植物魔術。それで、植物に限らない魔術が自然魔術だ」

 

 こう見えても俺は君主(ロード)。教室で何度か教鞭を執ったこともある。

 俺が授業を受け持つ時だけ、決まって植物科(ユミナ)の生徒が増えたのを今でも覚えている。あの一時期だけ田舎とかからも古い家系が出て来たんだよな……。

 

 

「あるいは火属性に頼らない地熱による攻撃、あるいは気流の操作、あるいは自然界に住む生物の使役……など、バリュエーションは沢山ある。その中でも植物魔術が得意分野だったってこと」

 

 

 いかん。

 つい癖で説明口調になってしまった。

 

「所長とは結構違うんですね」

 

「当たり前でしょう! ロードは植物科(ユミナ)、私は天体科(アニムスフィア)。前提として学ぶ内容が違うわ! ロードは植物科(ユミナ)の中でも異端の植物魔術で、私は天体魔術。比べるのもおこがましいくらいだわ」

 

『所長……それは褒めてるのかな……?』

 

「まあ、間違ってはないしね」

 

「植物科なのに植物魔術が異端なの?」

 

 リッカちゃんの疑問は分かるぜ? 

 俺も初めて設定見た時、「は?」ってなったからね。

 

「元々、植物科(ユミナ)は薬学と魔女学から派生した学科なんだ。開設者の一族とも言える魔女がロードを務めていたから、植物科(ユミナ)と言えば、薬学と魔女学を極めた植物科(ユミナ)人が歴代ロードだったんだけど……」

 

「薬学と魔女学を極めてない、ロアさんが就任した」

 

「そうそう。歴代ロードの中でも俺は薬学と魔女学を修めない内に就任した異例のロード。出来ない訳でもないんだけど色々系統が違くてね」

 

 メイソン家はバリバリの貴族派閥で、英国至上。故に独自の魔術系統を築いて来たんだけど、それだと古来の薬学や魔女学と噛み合わせが悪い。

 

 そのことを説明するが、リッカちゃんたちにはイマイチ伝わらない。

 と、そこで意外な所から助け船が出る。

 

「分かりやすく言えば、北欧圏の植物魔術なら植物信仰(ドルイド)。南米の方なら自然信仰の呪術。マスターの魔術はお家芸ってこった」

 

「へえ~」

 

「そうか。キャスターもドルイドだったな」

 

「ケッ。植物操れなくて悪かったな」

 

 警戒に当たっていたキャスターからの口添えで一同は理解を示した。

 ルーン魔術ばっかり使っているせいで忘れがちだが、キャスターもドルイドの一人だ。薬学とかの心得はある。

 

 杖で殴るけど…………こいつ、本当にドルイドか? 

 

 

「話を遮ってしまってすいませんが、皆さん到着しました」

 

「もうそんなに移動してたのね……」

 

『ボクも魔術に関わる者として聞き入ってたよ』

 

「ドクターはしっかりしてください」

 

「そうよ、しっかりしなさい、ロマニ」

 

『そんな……』

 

「ごめんなさい。擁護できません」

 

『リッカちゃん!?』

 

 

 さて、話ばっかりだったが、やって来たのは炎上した冬木で尚、霊地として機能している有数の場所。

 

 瓦解した墓地が広がる丘──―冬木教会だ。

 

 

「じゃ、始めようか、英霊召喚」

 

 

 待ちに待ったガチャの時間だ。




ガチャの時間だあああああああああああああああああああああああ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英霊召喚……やっぱ場所が悪いのかな?

 英霊。

 

 それは各時代に有数の傑物が偉業を成し遂げ、人々の信仰によって世界の外にある「座」へと招かれた存在だ。

 英霊の多くは純粋な人であり、無色の魂が精霊の領域まで格上げされた存在である。

 

 本来、英霊は世界の防衛機能として召喚される最上級の使い魔。

 彼らを人の身で召喚することは能わない。

 

 だがしかし、召喚する方法が幾つか存在する。

 

 例えば、聖杯。

 

 例えば、最上位の召喚魔術。

 

 例えば────―英雄召喚システム・フェイト。

 

 三個目の選択肢はカルデアが開発した魔術科学装置の名だ。

 時代背景からも分かるが、魔術と科学、相容れない。

 

 システム・フェイトは相容れないはずの二つの要素を掛け合わせた魔術式であり、唯一無二の英霊召喚システムである。

 

 

「では、先輩の方からどうぞ」

 

「うん」

 

 

 で、俺の目の前にあるマシュの盾の上で召喚を行っていた。

 マシュの持っている盾は、とある概念を付与されて作られたもので、それ自体で英霊召喚の触媒となる。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 リッカちゃんが先に英霊召喚を行う。

 

 理由としては、彼女らが聖晶石を持っていたからだ。

 なんかエネミーを倒していたら見つけたらしい。楽でいいな、オイ! 

 

 でもね。聖晶石、あれを直で見た時、俺は驚いたよ。

 聖晶石さ、あれそのものが超高密度に圧縮された魔力結晶だったんだわ。

 

 それこそ五百年ものの琥珀とか宝石に匹敵するレベルの魔力を含んでいる。

 あれなら神秘の薄い現代でも英霊を召喚できるのに納得だわ。

 

 ちなみに俺が聖晶石なしでも大丈夫な理由は、聖晶石がなくとも自分の魔力で代用出来るからだ。

 

 どうよ?凄いっしょ?

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 繰り返すつどに五度

 ただ、満たされる刻を破却する

 

 ──────告げる

 

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

 聖杯の寄るべに従い、人理の轍より応えよ! 

 

 汝星見の言霊を纏う七天

 糾し、降し、裁き給え

 

 天秤の守り手よ──―!」

 

 

 マシュの大盾の上で魔術式が循環を始めた。

 

 青く清い光が辺りに満ち、粒子が人型を形成する。

 

 

「──────新選組一番隊隊長、沖田総司推参! あなたが私のマスターですか?」」

 

「沖田総司? 沖田総司って男じゃないの? それに新選組なら羽織は?」

 

「え? 羽織? それがどこか行ってしまいまして……」

 

 

 マジかァ…………うっそだろ、ヲイ。

 

 あいつ、初手で星5引きやがった! クソッたれが! これだから主人公サマは嫌なんだ! 

 なーんで初っ端から桜セイバー引いてんだよ!? 

 

 

「俺のことは気軽にクロノアス様とでも呼んでくれ」

 

「全然気軽じゃないッ! なんなら敬称まで付けさせようとしてる!?」

 

 

 ムカつくからしょうがないよね。うん。

 

 次、俺の番。

 霊地の龍脈の関係とか縮小化された召喚魔術式の関係上、あと引けるのは三回が限界らしい。

 

 …………ゲームでは十連ぐらいしてたと思うんだけど? 

 現実、実際問題そう上手くはいかないかー。ご都合主義万歳なんだけどネ、こっちは。

 

 

「ほいじゃ一発目。素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が系譜メイソン──────以下略」

 

「「「「「『以下略!?』」」」」」

 

「まあ、全部は面倒だし?」

 

 

 さあ、回っております、魔術陣。

 青く光り輝いて……あぁ、外れ演出だワ、コレ。

 

 沖田さんよりも弱い光で形成されたのは……。

 

 

「マーボー豆腐?」

 

「麻婆豆腐です」

 

「麻婆豆腐だわ」

 

『麻婆豆腐だね』

 

「麻婆豆腐って何です?」

 

「何か不快な気持ちになったわ、オレ」

 

 

 ゴトッという音と共に盾の上に現れたのは、皿に盛られた真っ赤な、それはもう真っ赤な麻婆豆腐だった。

 

 これって……言峰の…………うぷっ。

 画面越しだと大丈夫だったが、目の前に来ると匂いヤバいな。目頭が痛い。凄い痛い。

 

 

『この麻婆豆腐なんなんだ!? 概念礼装だよこれ!』

 

「ねえねえ、マシュ。マーボーの概念って何?」

 

「先輩。私にも分かりかねます」

 

 

 麻婆豆腐はひとまず俺のスーツケースの中にしまうこととなった。

 …………匂いとか移らないよね? 

 

「二発目行きまーす。────―以下略」

 

「「「「「『もう詠唱でもなんでもなくなった!?』」」」」」

 

 さあ、どうだ!? どうだ!? 来るか!? 来るか!? どうだ!? 

 

 

「…………外れだな」

 

 

 青い光から灰色の何かが飛び出す。

 飛び出したソレは俺の身体に着弾して、馴染んでいく。

 

 恐らくだが……。

 

『概念礼装だね』

 

「吸い込まれてったね」

 

「吸い込まれてきました」

 

 概念礼装の「鋼の鍛錬」だ。

 

 体感だが肉体の魔術回路とか刻印の質が向上したように思える。

 モデルとなる俺の肉体が強化されたと考えれば、ギリ許せる……かも? 

 

 ある程度サーヴァントと殴り合えると考えれば……ね? 

 

 う~ん……やっぱ冬木教会じゃダメかな? 駄目だな(戒め)

 柳洞(りゅうどう)寺の方が良かったかね……。絶対そっちの方が良かった気がする。

 

「ラストいっくよー。以下略ー」

 

「先輩マズいです! ロアさんの眼が死んでいます!」

 

 

 想像しろ、俺! 

 

 イメージするのは常に推しと星5ピックアップを引く自分! 概念礼装など要らぬ! 

 

 俺にとって英霊召喚とはガチャだ! 

 

 天井引きがやっぱり正義だあああああああああああああああああああああ!!!! 

 

 

 

 

「──────サーヴァント、降臨者(フォーリナー)。見て通り、ゴッ──―アレっ!? どうしてこんな場所に!? ゴッホ召喚されてる!? なんでどうして!? ウヘヘ、エヘヘ……死罪!」

 

 

 

 

 

 勝ったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!




おっしゃああああああ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦確認?/杜撰な見通し?

「でっ、では! 改めて、ゴッホは見ての通りゴッホです。一緒に世界を塗り替えましょうね……」

 

「こちらこそ宜しく頼む」

 

「あ、わたしのことはゴッホちゃんか、ゴッホとでもお呼び下さい、マスターさま。……ウヘヘ」

 

 俺とゴッホは握手を交わす。

 

 言うまでもないが、俺は今、内心狂喜乱舞している。

 外見は辛うじて取り繕っているが、いつ剥がれるかすらも怪しい。

 

 やっと。

 

 やっと来てくれた……。

 

 以前のピックアップでは一か月分の給料を投下してやっとの思いで手に入れたゴッホ……ゴッホちゃんが……やっと来てくれた! 

 

 

『おかしいな……降臨者(フォーリナー)なんてクラス確認したことがないぞ……。霊器の反応もチグハグだし……』

 

「気にするな、ロマニ。聖杯から召喚されるサーヴァントでも例外的なクラスの奴は何回も見たことがある。こういう場合もあるだろう」

 

『そうかな……そうかあ』

 

 

 ロマニも大概壊れ始めている。

 ゴッホちゃんのお陰かな? 

 

 

「メンツも揃ったことだし、これからのことを話そうと思うんだが……」

 

 

 賑やかになったこの場を一応だが仕切る。

 

 アニムスフィアの管轄だから出しゃばるのは良くないが、他の人達は突然のことに精神状態が追い付ていないように見えた。

 だからこの場で一番立場と歳が上の俺が仕切る。

 

 ロマニも居るが……あれに威厳を求めるという方が酷だ。

 

 俺は各員の視線が向いた所で話を始める。

 

 

「第一にこの特異点は聖杯を守っているサーヴァントを倒せば大体解決するらしい。そのサーヴァントについてだが……キャスター」

 

「あいよ。聖杯を守ってるサーヴァントだが、こいつがまた厄介でな。そいつの正体はアーサー王だ」

 

『──────な、なんだって!? アーサー王ってあのアーサー王かい!?』

 

 

 一同、皆騒然。

 

 分からんでもない。サーヴァントっていう規格外の存在に、アーサー王のビッグネームだ。ビビるのも仕方ない。

 

 

「話を戻すが、その他にもアーサー王を守っているサーヴァントが一体と、メチャクチャに強いのが北の方に一体いる。後者の方は自発的に襲ってこないので良いが、前者はそうもいかない」

 

「ロード、メチャクチャに強いサーヴァントというのは……?」

 

「…………聞きたいか? ぶっちゃけ俺も戦いたいとは思わないんだが」

 

「「「「『遠慮します』」」」」

 

 

 アーサー王でこの驚き様。

 

 ヘラクレスと戦うことになったら、ショックで死ぬんじゃないんだろうか? 

 

 俺的にはセイバー系のサーヴァントとヘラクレスとはあまり戦いたくない。

 理由? あいつらの保有スキル考えろよ。

 

『対魔力』とかいう馬鹿げたスキルあるんだぜ? 

 魔術師になったら分かる。儀式魔術でも傷付けられないってのはイカれてるぞ。

 

 

「ま、俺も後者とは戦いたくない訳だが……前者は必然的に戦うことになる。だが前者のサーヴァントについては……」

 

「オレに任せてくれ。奴とは因縁があってな、そろそろカタを付けようと思ってた所だ」

 

「うむ。アーサー王を守っているサーヴァントはうちのキャスターが相手する。で、その間に俺たちでアーサー王を一気に殲滅する……というのが作戦だ」

 

『ロードがいればアーサー王でも余裕ですよね……?』

 

「アーサー王だけなら全然大丈夫だな」

 

「良かったぁ……」

 

 

 ぶっちゃけるとマシュが宝具解放してくれればこの特異点は終わるから大丈夫だと睨んでいる。

 

 キャスターによる宝具解放イベ……あれ? 無くなってね? 

 マジかあ……どうしよ……どうにかなるかなぁ? まあ、なるか。主人公たちだし(脳死)

 最悪、こっちでフォロー出来るから万事OK

 

 

「ま、マスターさま、ゴッホはそんなにたったたたた戦えませんよ?」

 

「そこは安心してくれ。ゴッホちゃんは『虚数美術』によるサポートを基本的に頼む。前線に出る必要は全然ない」

 

「そ、っそそうですか! エヘヘ、ゴッホは良いマスターさまと出会えたことに感謝しています……あっ、これは別にサーヴァントなのにマスターさまを置いて戦いたくないとかマスターさまが前線に出ろとかそういうことではなくわたしはどちらかというとキャスターに近い存在だからサポートの方が役に立てるとかいいい言い訳ですけどゴッホ的我が儘……そう、ゴッホ的我が儘なのです!」

 

「そうか。分かっているから気にしなくていい」

 

「あ……流された。マスターさま手厳しい……ウヘっ」

 

 ゴッホちゃんの「狂気(C)」を実際に目の当たりにすると、存外に大変だ。だがその実、ゴッホちゃんは攻撃性のある狂い方をしないだけバーサーカーのサーヴァントよりもマシと言えるかもしれない。

 

 あ……バーサーカーと言えば、第一特異点の清姫どうしようかな……。

 

 …………リッカちゃんにプレゼントするか。

 

 

「────気を引き締めて行こう。油断したら直ぐに死ぬと思え」

 

 

 各々に作戦や役割を伝えた。

 

 景気良い返事を受けて俺たちは柳洞寺へと向かう。

 

 この時の俺はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 ──────嫌な予感ほど良く当たるということを。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宝具開帳・魔法詠唱

ついに宝具と魔法の解禁です。


 ──────あ゛あ゛ー……これマズったなー……(脳死)

 

 

 俺は漏れ出る弱音を噛み殺し、魔術回路をフル稼働する。

 脳が収縮・拡大繰り返すが、今はそれどころではない。

 

 

「ああ、もうッ、クソッたれがッ!」

 

 

 全身を覆う樫の木の鎧が密度増し、年輪の輪が一段多くなる。それに伴い樫の水分が飛び、辺りに水蒸気が舞う。

 

 これで鎧は更に強度を増す。

 

 概念礼装「鋼の鍛錬」の効果もあって身体能力はそこらの木っ端英霊よりかマシだろうが──────。

 

 

「■■■■■■■■■──―!!!!」

 

「無茶苦茶だろうがよッ! “Turn,around,growing for your king(回れ、廻れ、成長せよ。汝が王の為に)!」

 

 

 振るわれた斧剣にスーツケースと極太の蔦を纏わせて防御をする。

 

 予め張っておいた結界のお陰もあり、辛うじて胴体が泣き別れになるのを防ぐ。

 

 

「あのバッカ野郎! なんてことしてくれたんだ!」

 

 

 俺は今、バーサーカーのサーヴァント、不撓不屈・最強の名を欲しいが儘にする英霊、ヘラクレスと戦闘を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────遡ること三十分前…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

「マシュ!」

 

 開幕の合図などなく、それは突然始まった。

 

 柳洞寺付近、大聖杯へと繋がる道の途中、リッカちゃんが叫んだ。

 その時に動けていたのは俺とキャスター、そしてマシュ。

 

 遠方から放たれたであろう赤い軌跡をマシュの盾が防いだ。

 正確無比な狙撃の的はマスターであるリッカちゃん。

 

「遠くからチクチクと……ビビってんのか弓兵!」

 

「──────何、より効率的な攻撃方法を選んだまでだよ、キャスター」

 

 キャスターの分かりやすい挑発。

 しかし乗る声もまたあった。

 

 大聖杯へと続く洞窟のある崖、その頂上に奴は立っていた。

 実の所、俺も何度か面識がある。

 

 

「久し振りだな、エミヤ?」

 

「……やはり貴様もここにいたか。可笑しいとは思っていたんだ」

 

「んだよ、マスター知ってんのか?」

 

「ああ。抑止にも何度か狙われたことがあってな」

 

 

 やれやれという表情を出すエミヤ。

 

 彼は英霊というよりは抑止の使い魔に近いんだが……。

 

 

「じゃあキャスター、この場は任せたぞ」

 

「おう!」

 

「そう安々と行かせるものか! ──―『赤原猟犬(フルンティング)』!」

 

「馬鹿がッ! テメェの相手はオレだ!」

 

 

 俺たちは一斉に走り出す。

 

 エミヤが放った紅い尾を引く矢は、キャスターのルーンに妨害され彼方に飛んでいく。

 

 

「キャスタークラスでいつもより頭がよくなったのではなかったのかね!」

 

「ハッ! 頭の出来と趣味嗜好は別ってことさね!」

 

 

 後ろから聞こえてくる戦闘音を背景に走り出す。

 

 洞窟まで後、百メートル弱。

 戦闘の余波で飛んでくる礫は、オルガマリー嬢の結界で防御し、瓦礫は俺が撃ち落とす。

 

 

 これなら大丈夫……──―はぁっ!? 

 

 

 俺は急な状況に頭が追い付かなかった。

 

 なんでアイツが来てんだよ!? 

 

 

「──────クソッたれ! リッカちゃん、マシュ、オルガマリー嬢、後その他! お前らだけで先に行け!」

 

「なっ!? 嘘でしょ!?」

 

「その他!?」

 

『どうしたんだいロード! 何か気になること──────魔力反応!?』

 

 

 俺は、走る俺たちを横合いから殴り付けようと跳躍する二メートル強の影を視認していた。

 

 

「さっき言ってた厄介な野郎来やがった! ギリシャ神話の()()()()()だ!」

 

『ヘラクレス!?』

 

 

 何か言いたげなのは分かる。

 分かる、がそうも言ってられん! 

 

 俺は急ブレーキを掛けて体をヘラクレスへ向け、スーツケースを左手に装着した。

 

 エミヤの野郎! アイツ、『赤原猟犬(フルンティング)』を俺ではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 

 

「“Excitation(励起せよ)”ッ!」

 

 

 ありったけの強化魔術を掛け、防御の姿勢を取る。

 

 

「ゴッホちゃん!」

 

「分かりました! エヘヘ、描きます!」

 

 

 ゴッホちゃんの「虚数美術」が発動する。

 

 樫の木の鎧の半身に向日葵(ヒマワリ)の文様が浮かぶ。

 いつもより格段に魔力効率が良い。俺は特殊警棒を伸ばし、盾と交差させた。

 

 

「後から絶対に追い付く! 早くいけ!」

 

「わっ分かった! ロアさんも無事に!」

 

「ご武運を!」

 

 

 リッカちゃんとマシュの声援を最後に、俺は黒い影に覆われた。

 見上げると真っ黒な皮膚を持つ巨体の男が──────。

 

 

「■■■■■■■■■■■──―!!!!」

 

「ぐっ、グギギギギイイィィィ!?」

 

 

 スーツケースの礼装に魔力を回す。

 

 足の裏から幹を伸ばし、体をその場に固定。

 未だかつて体験したことのない衝撃から、仰け反らないように必死に耐える。

 ダンプカーとかトラックとかの比ではない。

 

 言うならば一人で隕石を受け止めているかのような! 

 

 

「ゴッホカッター!」

 

 

 ゴッホちゃんが宝具の向日葵の杖で攻撃するが、残念。効果はない。

 ヘラクレスはふざげたことに宝具『十二の試練(ゴッド・ハンド)』でランクB以下の宝具の攻撃を無効化する。

 

 この特異点下においては十二の命のストックはないものの難敵といって差し支えない相手だ。

 

「…………!!!!」

 

「マズっ!」

 

 ゴッホちゃんに意識が向いたが良いが、彼女のステータスではヘラクレスの攻撃を耐えられない。

 

「“A wake(目覚めよ)”!」

 

 強化魔術を重ね掛けして、ゴッホちゃんの前に躍り出る。

 

 

「こっちだ、デカブツ!」

 

「マスターさま!?」

 

 

 ────―防御したその刹那、俺の意識は純白に染まった。

 

 あまりの衝撃に意識が飛んだのだ。

 

 意識が戻ったのは空中を凄い速度で突き抜けている中。

 身体を捻って体勢を直す。

 

 

『ゴッホちゃん出来れば追い付いて来てくれ!』

 

『無事ですかマスターさま!? よかった……もうわたし心配で心配で咳がゴッホゴッホなんてゴッホジョ──────』

 

 

 俺はゴッホちゃんとの念話を切った。

 悪いとは思ってる。反省はしてない。

 

 

「バケモンが」

 

 

 飛ばされたのは……アインツベルン城の方か。大分飛ばされたな。

 

 俺はスーツケースから霊薬を出し、飲み干す。

 削られた魔力が回復し、抉れた左腕が再生する。

 

 英霊と戦うのはいい。俺自身が近接型だから。

 でも! 百歩譲ってヘラクレスはねえだろ!? 

 

 

 

 

 

 ────────ってな感じで冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだから攻撃特化に防御性能付けんなって言ったんだよ!」

 

「■■■■■■■■■■■──―!!!!」

 

「ああ悪い言ってなかったなぁっ!」

 

 

 スーツケースの方に魔力リソースの一割を裂く。

 年輪が更に増え、密度は増大する。

 

 

「“Convert(転じよ)”! “Bud(蕾よ)”!」

 

 

 これでもかと魔術を重ね掛けする。

 

 最初の魔術で盾の構造が入れ替わる。

 凝縮された個体は密度を保ったまま核パスタの構造へ変形。ハニカム構造と迷ったけど、ハニカム構造だと衝撃吸収もクソないから却下にした。

 

 次点の魔術で盾に魔力吸収機能が加わる。

 ただでさえバーサーカーという燃費の悪いクラスだからこそ、さっさと魔力を使い切らせた方が良い……って判断だったが、「不撓不屈(A)」のせいで魔力切れは狙えなそうなので魔力回復のために発動だ。

 

 

「来い!」

 

「■■■■■■■■■──―!!」

 

「ラァッ!」

 

 

 ぐぎぎ……! 

 

 盾で受け止め、警棒で打ち据える。

 

 

「基本性能が違うなあ……」

 

 

 俺の盾と斧剣の神秘は今のところ拮抗しているみたいだが、肉体性能差が酷い。ごく僅かだがダメージは入っているが誤差の範囲だ。

 

 

「このfuckin野郎が!」

 

 

 弱音を吐いても仕方ないので、歯を食いしばって俺は食らいつく。

 食いしばって食らいつく……なーんて! ゴッホジョーク!! 

 

 

「は!?」

 

 

 あ、なんか押し勝てた。

 

 

「マスターさま! ダイジョブですか!?」

 

「ゴッホちゃん!」

 

 

 いきなりヘラクレスの力が弱くなったなあ、と思ったがゴッホちゃんのデバフが入っていたよう。

 

 流石はゴッホ! 前世での最推し! 

 

 こんなん議論するまでもなし! ヘラクレスはクソだわ! クソ! はい閉廷! 

 ヘラクレス相手にするくらいならオベロンとかの方がマシ──―……う~ん……。

 

 

「やっぱ今の無し!」

 

「■■■…………ッ!!??」

 

 

 オベロンもクソ! 

 キャストリア持ってないと詰むだろ! 

 

 俺の渾身の心の叫び(いちげき)を食らったヘラクレスは体勢を崩す。

 時間は五秒と稼げないだろうが、少しの暇でも稼げればこちらのものだ。

 

 

 

「令呪を以て命ずる! ゴッホ、宝具を開帳しろ!」

 

「────―イヒヒ! いいんですね!? ゴッホやっちゃいますよ!?」

 

「ああやっちまえ!」

 

 

 

 ここで令呪を切る! 

 

 ヘラクレスだとか俺とゴッホちゃんのスペックだけで倒せるもんではない。

 

 故に()()()()()使()()()()()()()

 

 そのための宝具開帳。

 ゴッホちゃんの宝具であれば時間稼ぎと並行して俺の強化とヘラクレスの弱体化まで熟せる。

 使わない手はない。

 

 俺は急いでバックステップで距離を取る。

 巻き込まれれば元も子もない。

 

 数メートル離れた時点でゴッホちゃんの祝詞が始まった。

 

 

 

 

 

 

「────────―描かなければ。

 

 

 星空の下。生と死を超えゆく糸杉を。

 

 

 信仰、ロマン、トロンプ・ルイユの彼方。

 

 

 永劫より、星の渦もて、君に握手を送ろう。

 

 

 …………『星月夜(デ・ステーレンナフト)』」

 

 

 

 

 

 始まりは異常でありながら緩やかであった。

 

 燃えた空に水色の波紋が広がり、辺り一帯は絵画『星月夜』を模した固有結界へと呑まれる。

 

 そして鮮血よりも尚、朱い月が姿を現し、ポツポツと絵具(インク)の雨が降り注ぐ。

 

 汚濁された魔力の絵具(インク)は現実世界をも侵食し、バーサーカーの身体を蝕む。

 動きは見るまに遅く、力弱くなり、膝を着く。

 

 さあ…………次は俺の番だ。

 

 

 

 

 

 

 

「魔術回路、全門起動。起源主張、覚醒開始。想定神秘、許容超過────────―。

 

 ──────“Is the tone of the bell of a pocket watch heard(汝、この懐中時計の鐘の音が聴こえるか)? ”──────」

 

 

 

 

 

 

 

 俺の魔法。型月の第七魔法を疾くとご照覧あれ!




ちょっとしたアンケートです。

今回の話のゴッホの宝具のように、特殊タグを付けた「揺れ」や「色付き」はあった方がいいでしょうか?それとも無い方がいいでしょうか?

下記のアンケートの返答、あるいは感想欄へお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七魔法

 メイソン家。

 

 俺の御家はイギリスでルネサンス期に発展し、地位を築いた。

 

 今でこそ輝かしい貴族派閥系魔術師の家系だが、中世十三世紀前後、当時のメイソン家は王家に仕える魔術師であった。

 

 王家に仕えていただけあって、俺の祖父の代はSirの称号も女王から賜ったという。

 父や俺は残念ながら魔術の方へ傾倒していた為、その兆しもなかったが。

 

 メイソン家は植物魔術が得意とされているが、それも現代……中世から近世へ移った十五世紀後半からだ。

 

 どういうことか、分かるだろうか? 

 メイソン家は魔術師として至高であるはずの御家の魔術を手放したのだ。

 

 重大かつ、重要なことであるが、このことは魔術師界隈では僅かたりとも広まってはいない。

 それはメイソン家があらゆる力を使って誤魔化したが故に。

 

 

 何故か? 

 

 

 それはメイソン家のルーツを辿るところから始まる。

 

 メイソン家はかつて王家に仕えていた、と言ったのは既に話しただろう。

 俺のご先祖様はアーサー王伝説のマーリン如く、王家に付き、()()()()()()()()()()()()()()

 

 当時は星詠みの時代から脱却し、永遠の命を想像する時代だ。

 錬金術(しか)り、賢者の石(しか)り、エリクサー(しか)り。当時の王朝はどこもこぞって永遠を求めた。

 

 だがメイソン家の仕えた王家は違った。逆に余命を知り、逆算的に王政を成功させようとしたのだ。

 

 手法としては簡単。

 中世では各地で戦争が相次ぎ、死という概念が絶えなかった。そこに目を付けたメイソン家は()()()()()()()

 

 

 魔術一回の行使に、述べ五万もの人の魂と死体を要した大規模儀式魔術。

 

 

 それが真のメイソン家の魔術だ。

 中世でこそ成し得た手法で、メイソン家は一代ごとに神霊のサーヴァント……の下位存在の更に下位の分霊を呼び出し、王族の余命を宣告した。

 

 呼び出した最下級分霊の名は──―『死神(デス)』。

 襤褸(ぼろ)の外套を纏った骸骨のサーヴァントであり、人の余命を宣告し、生終わったその時に魂魄の回収に訪れる神霊だ。

 

 

 本題はここから。

 

 

死神(デス)』は分霊だが、分霊ならば本体がいるということであり、メイソン家はそれを歴代信仰する家系だ。

 

 口にするのも烏滸(おこ)がましく、畏れ多い、其の存在の名は──────。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────―ギリシャ神話の最高神『時の大神(クロノス)』である。

 

 

 

 

 

 

 

 クロノス。

 それは巨神族の長であり、全宇宙をウラノスの次に統べた神々の王。

 

 数多の混沌(ケイオス)を祖とするクロノス神を呼び起こし、力を賜るのがメイソン家の秘術。

 

 

 ────しかし、いつからだろうか? 

 

 

 秘術が随分とコスパの悪い魔術だと気付いてしまったのは。

 

 俺の父、前メイソン家当主は大規模儀式魔術に不便を覚えていた、とか。

 そこで父は俺を、()()()()()()()()()()()にしたそうな。

 

 手順はとても簡素であり、古代から受け継ぐクロノス神を召喚するための触媒『アダマスの大鎌』を俺に埋め込んだ。

 

 シンプル。だが簡素故に難しい。

 だから父は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大量の神秘を含んだ聖遺物を俺ごと魔術によって錬成することによって、疑似的なホムンクルス型神格保有人間種…………──────現人神(まざりもの)の完成という訳だ。

 

 適当に言えば、デミ・サーヴァントの最上位互換とでも言えばしっくりくる。

 

 俺がそのことを父から知った時、二つの感情を覚えた。

 

 

 一つは、非日常への非人道的恐怖。

 二つは、根源到達への喜びだ。

 

 

(俺も人間ではなかったということかね?)

 

 

 俺は、移植された魔術刻印が解放されるのを感じた。

 

 今から行使する魔術は、正に魔術の最奥と言うべき秘術だ。

 

 

 ────―原初、六人の魔女が居た。

 

 

 一人の魔女は、『無を否定した』。かくて彼女は世界を創造した。

 ──―それは後に第一魔法と呼ばれる。

 

 一人の魔女は、『多くを認めた』。結果として並行世界への渡航を可能とした。

 ──―それは後に第二魔法と呼ばれる。

 

 一人の魔女は、『未来を示した』。そして魂を物質化させ、聖杯を創った。

 ──―それは後に第三魔法と呼ばれる。

 

 一人の魔女は、『姿を隠した』。隠したが故に、総ての痕跡は消滅した。

 ──―それは後に第四魔法と呼ばれる。

 

 一人の魔女は、『意義を失っていた』。失ったが、意味を成さぬ全能となった。

 ──―それは後に第五魔法と呼ばれる。

 

 一人の魔女は、『終わらせた』。原初がある、ならば終焉があった。

 ──―それは後に第六魔法となった。

 

 

 

 

 じゃあ、第七(おれ)は? 

 

 

 

「──────“Tick-tock,Tick-tock. Hear the tone(チクタク、チクタク。音がする)”──────」

 

 

 

 謳うように読み上げる。

 

 第六魔法が終焉を告げるなら、第七(おれ)はそれを定着させ『無の証明をする者』だ。

 

 終末のラッパが吹き鳴らされ、俺は終わりを綴る者。

 

 

 

「──────―“The hands of the clock stopped.(時計の針は止まったようだ)”──────」

 

 

 

 繰り返すこと、つど五つ。

 

 警棒の円管がそれぞれ、ゆっくりと回転を始めた。

 

 

 

「──────“Stopped(止まった),stopped(止まった),stopped(止まった),stopped(止まった),stopped(止まった)──────」

 

 

 

 終結は何処(いずこ)へ? 

 

 

 

「──────“Everything is corrupted and right is lost.(あらゆる全ては退廃し、正しさは失われる)”──────」

 

 

 

 消失した。正しき場所は、者は、時は。失われた。

 

 まさに、正鵠を欠くように、正しさは封鎖された。

 

 

 

「──────“End of Quod Erat Demonstrandum(終わりの証明式)”──────」

 

 

 

 手軽く終焉を俺は認識する。幻想の懐中時計の蓋を開く。

 

 

 

 

 

「──────―“Cronus(クロノス)”」

 

 

 

 

 

 ピタッと。

 

 世界が静止する。

 

 落ち行くゴッホちゃんのインクは垂れ、空中に固定されている。

 さざめく木々の葉は停止し、燃えゆ火は陽炎を不気味に残す。

 

 俺の保有する魔法、第七魔法の本質は「終焉の証明」。

 

 

「手こずらせてくれたよ」

 

 

 終焉とは何か。終わりだ。

 

 第七魔法はその終わりを証明する魔術。

 

 要するに、第六魔法が物質的な滅びを齎し、第七魔法は精神的な──―エネルギーを消失させ、万物の消失を証明する魔術だ。

 

 詰まる所、今この場では俺しか動くことは出来ない、ってコト。

 

 熱エネルギーは消失して形だけ残って、魔力のエネルギーも消失して形だけ残る。

 それは俺の魔術も例外ではなく、木の鎧も強化魔術も剥がれている。

 

 

「熱がない物体はただの伽藍洞ってね」

 

 

 俺の持つ礼装……警棒だけは特別製。俺の骨や血、髪を寄せ集めて作ったもんだ。

 唯一この閉鎖空間で熱を持つことを許されている。

 

 

「往くぜ?」

 

 

 俺は目の前のデカブツに連打を叩き込む。

 何度も何度も、何度も。

 

 叩いて壊して、伸ばして、崩して。

 

 魔法が解ける頃には、英雄ヘラクレスも()()()()()()()()()()

 それが法則(きまり)さ。

 

 

 

 

 

「────────証明終了(Q・E・D)

 

 

 

 

 

 

 遂には英雄も堕ちん。

 

 

「────────―見事」

 

「さっさと落ちろ、英雄」

 

 

 対サーヴァント戦。ヘラクレス対、俺&ゴッホちゃん。

 俺の勝ち。

 

 

 

 

 

「えっ!? どういう状況ですかコレ!?」

 

 




説明は後ほど行います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別たれた手の行方

あらかじめ、私は言っておきます。

私は!オルガマリー所長が好きだ!
そして!レフ・ライノールが死ぬほど嫌いだ!

では、どうぞ。


 ヘラクレスはやられ際に正気に戻る描写があったが、実際に対面してみると、その偉大さによく気付かされる。

 偉丈夫の肉体と精悍な顔立ち、雄々しい声は安心感を齎す。

 

 FGOファンとして再三、この世界に感謝を。

 

 

「さて、早く戻ろう」

 

「あれー? マスターさま、無視ですか?」

 

「説明はまた後でする」

 

 

 頬を膨らませるゴッホちゃん。

 

 あっ、可愛い(キュン死)

 

 

「まあ、そんな訳で頼むよ、ゴッホちゃん」

 

「ゴッホ、了解しました!」

 

 

 アインツベルン城まで飛ばされたので、移動は困難。

 だけど、マスターとサーヴァントにはこんな裏技もあってね? 

 

 

 

「──―令呪を以て命ずる、俺を連れて柳洞寺まで転移せよ!」

 

 

 

 俺はゼルレッチの爺さんにやられた時以来の感覚に身を委ね、意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その守りが真実がどうか確かめてやる!」

 

 

 マシュ・キリエライトはこの絶望に抗った。

 偉大なる大英雄、アーサー・ペンドラゴンの威光に。

 

 

「お願い、私を守って!」

 

「マシュ・キリエライト了解しました! 命令(オーダー)を遂行します!」

 

 

 敬愛する先輩の命令を受け、令呪から多大な魔力が供給される。

 

 今ここにはマシュとリッカとオルガマリーしかいない。

 

 頼れる最後の英霊たるクー・フーリンは、一度目のアーサー王の宝具解放時にマシュらを庇って脱落した。

 攻撃の要たる沖田総司は、何十合もアーサー王と鍔迫り合いした後に、吐血して脱落した。

 

 

「二度と、私は逃げません!」

 

「よくぞそこまでほざいた小娘!」

 

 

 マシュが魔力を蓄えると同時に、それ以上の魔力をアーサー王は反転した聖剣に収束させていた。

 紫苑と暗黒の色が明転する聖剣は、禍々しくも聖なる気を孕んでいる。

 

 

 

「──────卑王鉄槌、旭光は反転する。光を飲め! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』!!!」

 

 

 

 迫りくる死という名の絶望を前に、マシュは己の今際を悟った。

 

 脳裏に過ぎるは、カルデアで過ごした日々。

 

 ロマニとの他愛のない会話。

 所長との談義。

 短いながらも濃密な先輩との思い出。

 

 浮かんでは消え、浮かんでは消え……現実が映し出された。

 

 

(過去なんか振り返ってる時間なんて──────私には、ないッッッ!!)

 

 

 マシュ・キリエライトは崖っぷち……それも奈落も落ち行く中、希望という名の藁を掴んだ。

 乏しい反応だった霊器が著しく反応し、四肢五臓六腑に力が巡る。

 

 

 

「私は未来を往きます! 誰にも邪魔はさせない! 

 

 真名、偽装登録──―宝具開帳! 

 

 ──────『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』ッッッ!!!」

 

 

 

 まだ、自分のことは分からない。

 分からない。が、分からないなりにやりようはある。

 

 マシュは記憶ではなく、記録でそれを理解した。

 

 永遠たる白磁の城。

 巡回する清廉たる騎士。

 本来あるべきはずの金糸の髪の騎士王。

 

 展開されるのは、かつて鉄壁牙城を誇った人々の理想の城。

 いまはなき、遥か遠くの理想の城。

 

 

「止まれえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 青白い魔力を放つ、半透明の城は極光を飲む聖剣の光を受け止めた。

 ズドン、と大きく城が揺れたがそれっきり。

 

 かつての城は、今一度、城主を迎えたのだ。

 

 やがて、膨大なエネルギー量の魔力は霧散し、城と共に儚く散った。

 

 妙な沈黙を守る空間にて、聖剣を振り下ろした姿勢の騎士王が口を開いた。

 

 

「…………そうか。そうだろう。そうだろうな。私の城だ。私を受け止めぬ、理屈もないか」

 

 

 納得。

 あるいはもっと感覚的なものだったかは本人にしか分からぬが、納得はしたらしかった。

 

 

「フ、知らず、私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな。聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いたあげく敗北してしまった」

 

 

 カルデアの面々は静かに、騎士王の独白を聞いていた。

 義務はないが、それが使命のように感じたのだ。

 

 

「結局、どう運命が変わろうと、私ひとりでは同じ末路を迎えるという事か。

 用心せよ──────グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだ」

 

 

 グランドオーダー。

 

 カルデアはその意味を理解する間もなく、騎士王は座へと帰還した。

 

 

「…………セイバーの消滅を確認。私たち、勝利でいいのでしょうか?」

 

「やった! 勝ったよ! マシュ!」

 

『ああ、よくやってくれたマシュ、リッカちゃん! 所長もさぞ喜んで……あれ、所長?』

 

 

 歓喜に暮れる三人だったが、唯一、オルガマリーだけは浮かない表情だった。

 喜ぶどころか、眉を潜めて険しい表情を浮かべている。

 

「……冠位指定(グランドオーダー)……あのサーヴァントがどうしてその呼称を?」

 

「所長、どうしたの? 気になることでもあった?」

 

「え……? そ、そうね。よくやったわ、リッカ、マシュ。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。とりあえず、あの水晶体を回収しましょう。どう見てもこの異常はアレでしょうし」

 

 一転し、明るい表情を見せるオルガマリー。

 彼女の指差す先には、莫大な魔力を放つ大聖杯の前に、不可思議な水晶体が浮遊していた。

 

 マシュは率先して動きだし──────。

 

 

「はい、至急回収を──―な!?」

 

 

 その時だった。聞くに堪えない、不快な声音を漏らす人物が現れたのは。

 

 

「──────いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。しかも何だ、あのふざけた魔法使いならまだしも、四十八人目のマスター適正者。まったく見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」

 

 

 緑の礼服、緑のシルクハット、螺旋に巻かれたロン毛の男──────現れた人物は、原因不明の大事故によって死んだはずの、レフ・ライノールであった。

 

 

「レフ教授!?」

 

『レフ──―!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かないんだね、まったく──―」

 

 

 ピタリと貼り付けたアルカイックスマイルで、溢れ出る不快さは隠そうともせずにレフは吐き捨てた。

 

 

「──―どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

「ッ! マスター、下がって……下がってください! あのひとは危険です……あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 謙譲を是とするマシュが敬愛する先輩への敬語を忘れて叫んだ。

 

 

「────―そうよ、下がりなさいリッカ。あれは私の知るレフではないわ」

 

「おや?」

 

 

 オルガマリーも、魔力を滾らせて言った。

 彼女の右人差し指には青い魔法陣が幾重にもなって回転している。

 

 矛先──―指先は、最も信頼していた側近、レフへと向けられていた。

 

 

「どうしたんだい、オルガ? 君もその狂人に絆されてしまった訳ではあるまい?」

 

「黙りなさい! 私の……私の知っているレフではないわ! アナタは──────誰?」

 

 

 啖呵……いや、最早それは警告に近かった。

 

 

「…………本当に予想外の事ばかりで頭にくる。まさか、君もそうなるとは思っていなかったよ。爆弾は君の足元へ仕掛けたのだったがね」

 

「──―……やっぱり、やっぱり貴方だったのね」

 

『所長!? 待ってくれ! どういうことなんだ!?』

 

 

 訳も分からず、ロマニは叫んだ。

 もう、頭の中はグチャグチャだった。

 

 死んだはずのレフは生きていて、カルデアを無茶苦茶にしたのは本人だと言っている。

 しかもずっと管制室から呼び掛けていた所長が──―死んでいたなどと誰が信じられようか。

 

 

「いや生きてるのとは違うか。君はレイシフト適性がないのにこうして特異点にいられるのだから。今の君はトリスメギストスに拾われただけの残留思念という訳だ」

 

「知ってるわ。私の……才能の無さは私が一番知っているのだから」

 

「意外に驚かないのだね。では、冥途の土産に今のカルデアがどうなっているかを見せようじゃないか」

 

 

 楽し気に腕を振るうレフ。

 すると空間に裂け目が入り、広がる。

 

 裂け目の先には──―。

 

 

「これが! 君が生涯を捧げたモノだよ!」

 

 

 轟々と。蜿蜒とうねる炎に支配されたカルデアが移った。

 

 

「開いた穴は向こうと繋がっている! 最後に君の望みを叶えてやる、君の宝物に触れてくるといい!」

 

 

 途端、裂け目からは豪風が吹き荒れ、オルガマリーを吸い込まんとする。

 人間の肉体────―霊体だけのオルガマリーには抵抗する(すべ)はなかった。

 

 足が地を離れ、浮遊感がし、吸い込まれる。

 

 

「──―所長! 捕まって!」

 

「駄目よ。私はもう死人。生きている貴女たちに迷惑は掛けられないわ」

 

 

 リッカとマシュが手を繋ぎ、伸ばした手は…………誰も掴むことなく空振った。

 

 

「その裂け目はブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ、分子レベルで分解されるのは間違いないだろう。オルガ、君は随分と──────耳障りだったよ」

 

 

 救いはない。

 

 諦観した表情のオルガマリーと、哄笑を上げるレフ。

 

 仲睦まじかった主従は作られたものであり、相対的な今の彼女とレフの間柄はまさしく白黒(モノクロ)であった。

 

 リッカは慟哭した。

 

 マシュは叫喚した。

 

 ロマニは絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────―()()? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“Over the watch(正鵠穿つ時刻の封鎖)”」

 

 

 

 

 希望は意図せずやって来る。

 

 かの有名な復讐貴族、モンテ・クリスト伯は言った。

 

 

『待て、しかして希望せよ』

 

 

 ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迎えに来たぜ、オルガマリー嬢」

 

 

 不意に体を襲う実体の感覚に戸惑いながらも、オルガマリーは泣き、笑った。

 

 

「──────―ロード!」

 

 

 離れた手は……今再び繋がれたのだ。




いかがでしたでしょうか。
異論は認める(寛容)これが私のグランドオーダーです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグテーマ「繋がれた手と手」

あ、あれ?

沖田さんは?

フォウは?


 オルガマリー嬢の手を握り、離さないようにしっかりと握る。

 

「少し揺れるぞ! “Growing up(延び給えよ)”!」

 

 本来の詠唱を省いた簡易詠唱。

 

 詠唱破棄された魔術は、投げられた種子を急速に成長させ、俺の空いている方の手と地面を繋げた。

 魔力は多少食うが、問題はない。

 

 カルデアへの裂け目が閉じるまで、腕の中でオルガマリー嬢を抱き続ける。

 

 

「クソったれが……!」

 

 

 俺の本質はエネルギーの消失。

 

 ヘラクレスを倒すレベルとなると固有結界並みの範囲に及ぶが、元々は一部の限定空間に及ぼすもの。

 俺はオルガマリー嬢の霊体の周りのエネルギーを消失させ、オルガマリー嬢への指向性エネルギーを省いたのだ。

 

 その代わりと言っちゃなんだが、生身の俺へ振り返しが来るんだけどネ。

 

 

「…………よし」

 

 

 一先ずは耐えきった。裂け目は周囲の瓦礫を粗方吸い込んだ挙句に閉じる。

 

 …………良かった。FGO始めたての頃、このイベントで心が折られたのが懐かしい。

 俺は克服したぞ! このイベントを! 

 

 

「オルガマリー嬢、大丈夫かい?」

 

「────―え、ええ、大丈夫です……! ありがとうございました」

 

 

 俺はオルガマリー嬢を背中に隠し、奴と相対する。

 

 そう、FGOプレイヤーならば誰しもが知っている、モジャモジャヘッドの悪魔────―ソロモン七十二柱・素材用悪魔のバルバトス君だ! 

 

 

「君は君は君は君は! 毎度毎度邪魔してくれるな! クロノアスッ!」

 

「おいおい、落ち着き給えよ、レフ・ライノール教授。折角のダサダサヘッドが台無しだぜ?」

 

 

 一も二もなく煽る。

 

 あらかじめ言っておこう。俺はコイツが大っ嫌いだ。

 

 

「……良いとしよう。貴様もかの御方に掛かれば木っ端な存在と等しいのだから。では、私もこれぐらいで去るとしよう」

 

 

 レフはカッコつけてターンして、嗤う。

 

 

「残念だが聖杯は私が貰ってい────―なっ!?」

 

 

 俺は思わず笑ってしまう。

 

 驚愕した表情で振り向くレフに俺は懐から()()を見せびらかすように出す。

 

 

「貴様ッ! それは!」

 

「ははっ、余裕面が剥がれて来たな?」

 

 

 冬木の大聖杯はさっき俺が空間を封鎖した時にさっさと貰ってった。

 

 無駄にスケールのデカい大聖杯は、エネルギーの五割を消失させ、小振りな杯になって俺の手元にある。

 

 

「頂いてくぜ?」

 

「──────クロノアアアアァァァァァァァアァァァァァァァァスッ!!!」

 

 

 レフは激情に呑まれた表情のまま消えていった。

 

 俺はやっと一息つく。

 

 

「ふぅ……耐えきった、な」

 

「ロアさああああああぁぁぁん!!」「ロアさん!」『ロード・クロノアス!』「マスターさま!」

 

 

 終わった途端、俺の背に二つの衝撃が襲った。

 

 リッカちゃんとマシュが突撃してきたのだ。

 

 めきメキメキっというおおよそ人体から鳴ってはいけない音がするが、俺はなんとか持ち応える。あと、ロマニお前はいらん。

 

 

「痛たた……落ち着け」

 

「ロアざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!! 良かったよおおお、所長が死んじゃうかもってええええ!!」

 

「分かった。分かったから離れてくれ。鼻水とか涙とか涎とか、婦女にあるまじき姿だぞ」

 

 

 女子に囲まれるのは良いが、今はそれどころではない。

 背中と腰が悲鳴を上げている。ヘラクレスと戦った時よりダメージが入っている……かも。

 

 

「あ……これって!」

 

 

 リッカちゃんの身体が透ける。マシュやゴッホちゃんもだ。

 

 俺とオルガマリー嬢は……まあ、そうだろうな。

 

 

「強制退去だ。俺とオルガマリー嬢は残念だがレイシフトで来てる訳ではないからカルデアへは帰れない」

 

「そんな! ロアさんは! 所長はどうなっちゃうんですか!」

 

 

 マシュが叫んだ。だがその間も刻一刻と強制退去は進んでいる。

 

 このままでは俺もオルガマリー嬢もサクッと死ぬだろう。

 

 ──────()()()()()()、な。

 

 

「大丈夫だ。俺とオルガマリー嬢にはこいつがあるからな」

 

 

 そう言って俺は小さくなった聖杯を掲げた。

 

 

「こいつは俺の魔法のせいでリソースが不足している。が、スケールダウンしていようと願望器であることには変わりない。俺がほんの少し(大量)魔力を注ぐだけで……」

 

 

 うっわw魔力の四割も持ってかれた。

 

 なけなしの魔力も持ってかれたが、聖杯は白色の聖気を取り戻し、発光を再開する。

 これが真の聖杯だ。

 

 

「ロマニ、約束は忘れていないな?」

 

『──―え? あっ、ああ! カルデアはロードを歓迎するとも!』

 

 

 うん、その言葉が聞けて良かったよ。

 

 

「リッカちゃん、マシュ、ロマニ、ゴッホちゃん……またカルデア(向こう)で会おう」

 

「「はい!」」『待ってるよ!』「えへへ、また呼んで下さいね、マスターさま」

 

「あれ、沖田は?」

 

「真っ先に脱落しました!」

 

 

 最後に笑って四人は強制退去した。

 

 なんだかなぁ……締まらない。

 

 残ったのは俺とオルガマリー嬢。

 粒子へと崩壊していく冬木の中、俺はスーツケースを持ち、ネクタイを直した。

 

 

「お嬢さん、お手を拝借しても?」

 

「ええ。お願いします、ロード」

 

 

 俺はオルガマリー嬢の手を掴み、聖杯へと願った。

 

 

 

「聖杯よ! 彼女を受肉させ、俺と彼女をカルデアへ転送しろ!」

 

 

 

 身体が暖かな……春の陽気に包まれたかのような感覚がして、意識はぶつ切りに途切れた。

 

 最後まで確かだったのは、オルガマリー嬢は俺の手を握って離さなかったということだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
クロノアス録/カタログスペック[マテリアル]


マテリアルです。

こういうの……いりませんかね?


 これは、重大機密書類として保存されるものとする。持ち出しは例外を除いて断じて行えないものとする。

 

 また、本書記はとある人物のカタログスペックである。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 名前:クロノアス・メーガス・メイソン

 

 身分:メイソン家現当主/第■魔法使い/冠位(グランド)君主(ロード)植物科(ユミナ)学部長

 

 適正クラス:セイバー/ランサー/キャスター/アサシン/バーサーカー/ルーラー/フェイカー/アルターエゴ/フォーリナー/プリテンダー

 

 性別:男性

 

 年齢:20~32だと思われる

 

 身長:184㎝

 

 体重:68㎏

 

 出典:■■■■■

 

 地域:イギリス

 

 属性:混沌(神)・悪・中立・中庸・善

 

 好きなもの:この世界/魔術/魔法/FGO/ゴッホちゃん

 

 嫌いなもの:鬱展開/運命を定める者/傍観者/王

 

 口癖:「まあ」「じゃあ」「クソッたれ」

 

 称号:第■魔法使い/冠位(グランド)君主(ロード)鍵付き(ザ・ロック)壊れた時計(ジ・ストップ)正鵠封鎖の懐中時計(ジ・O・クロック)/植物魔法最強/身軽な社会人/現代かぶれ/現代魔術科(ノーリッジ)への常連客

 

 

 ・概要

 

 イギリスならずも魔術師界隈で世界的に威信を誇る名家・メイソン家に生まれた、たった一人の子供。

 小さい頃から高等魔術を扱え、恐らくだが10~13歳の間に魔法が扱えるようになった。

 時計塔と聖堂教会から封印指定と異端を受け、執行者と代行者を差し向けられるも、第二魔法使いのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと第五魔法使いの蒼崎青子との小競り合いから実力を買われ、時計塔へ舞い戻る。その後、冠位(グランド)の称号を授かり、政治論争の末、植物科(ユミナ)君主(ロード)へと至った。

 

 

 ・真名

 

 彼はクロノアスであり、ロアであり、ノアである。

 しかしして、尚、彼は■■■■でもある。

 

 

 ・容姿/人物

 

 イギリス生まれの生粋の貴族。

 輝かしい金髪と僅かに入る銀のメッシュが程よく混じり合っている。

 常日頃から英国紳士の名に恥じない口調と態度を改めている。

 だが、精悍冷静な見た目と裏腹にどこか気疲れした表情と目の下の深い隈がコントラストを醸し出している。これは一度物事を始めたら、終わるまで止めようとしない社畜精神の現れである。

 また、普通の魔術師と違い、礼装や服装が現代染みているため、現代嫌いの魔術師からは嫌われている。

 彼と仲良くなると、愚痴を聞かされる代わりに基本的に何事にも協力してくれるようになる。

 鉱石科(キシュア)が大の嫌いである。それは遠坂家とエーデルフェルト家を見るたびに殺意が湧くほどである。

 

 

 ・能力

 

 性別・見た目とは意外に、基本的に何事でも熟せる。

 魔術の腕は粗方一流。しかし、対魔・対霊体・鉱石魔術・洗礼詠唱を不得手とする。逆にその他のことは、ほとんどを一流並みに熟す。

 得意な植物魔術は言うまでもなく一流以上。植物魔術に連なる自然魔術は魂魄の扱いをも心得ているとかなんとか。

 また自分自身の礼装も自作したりと生産者としても優秀である。

 第六魔法と登録されている、力学的・魔力的エネルギーの完全消失による時間停止は現代において「対面戦闘最強の魔法使い」と称されるレベル。

 魔術や魔法だけではなく、御家芸の剣術・体術、その他を会得しており、植物科(ユミナ)由来の近代工業兵器の扱いも慣れている。

 

 

 ・ステータス

 

 筋力:C+++

 耐久:C+++

 俊敏:B

 魔力:EX

 幸運:EX

 宝具(魔術):EX

 

 

 ・保有ステータス

 

 狂化(D):理性を消失させる代わりにステータスを上げるスキル。Dであればまだまだ人としての理性を保てている。

 

 アイテム作成(B):魔術により様々な道具を作り上げる能力。Bであれば高位の礼装を作ることも。

 

 陣地作成(A):魔法使いとして世界最高峰の魔術工房を作り上げることが出来る。

 

 対魔力(C+):下位の魔力放出であれば、その身に有り余る魔力で退けることが出来る。儀式魔術であれば傷付けることが可能。

 

 高速神言(C+):本来、長い詠唱を必要とする魔術の詠唱を短縮する。しかし、C+だと必要な魔力量が増えたり、威力が減衰してしまったりする。

 

 魔力放出(植物)(EX):その気になればエクスカリバーの真名解放に対抗することの出来る程の大樹を召喚することが出来る。ただし、魔力の大半を使う。

 

 植物魔術(EX):植物による魔術の熟練度。EXであれば、彼の魔術はロンドン中を覆うことが出来る。

 

 蝶魔術(パペリオ・マギナ)(A+):蝶が芋虫から蛹、蛹から蝶への過程に神秘を見出した魔術。片方の生物をもう片方の生物へ作り変えることに長けている。彼が錬成されて無事だったのもこの魔術への適性が大きい。

 

 気配遮断(A):魔法を使った場合、相対者は瞬き一つまでもなく意識は戻らない。

 

 カリスマ(B+):冠位(グランド)として君主(ロード)としてメイソン家当主としてのカリスマ。自らの庇護下へ入った者への強化と士気向上を与える。

 

 神性(E):神秘を失った現代で聖遺物を錬成された結果。ほとんど意味はない。

 

 領域外の生命(EX):彼の者はこの世界の住人にあらず。この世界の法則に縛らないことが多々ある。

 

 単独行動(A)何人も彼の者の行動を害すことは出来ない。

 

 忘却補正(B):彼は前世を忘れることはない。

 

 根源接続(EX):彼は魔法を扱える。しかし、多くは語らない。特に魔術の極致については……。

 

 時空神の加護(EX):御なる方は彼を見ていらっしゃる。

 

 独自魔術(EX):彼の魔術は最早メイソン家の魔術とはいえない、オリジナルのものである。

 

 伝承保菌者(EX):最早彼自身が聖遺物であり、宝具である。

 

 混ざりモノ(EX):彼は自分自身ですら正確にナニであるかを証明出来ない。

 

 自己回復(魔力)(EX):天性の肉体たる彼の身体は魔力タンクと言って相違ない。減るにつれて龍脈より魔力を吸い上げ、回復する。彼自身は気づいていない。

 

 自己改造 (EX) :その身に宿る殆どのものが己が持つ生来のものではない。本来持ち得ない混ざり物だからこそに至れたとも言える。

 

 混沌之神(EX):御なる方の一面。

 

 時空之神(EX):御なる方の一面。

 

 

 ・クラス適性の多さについて

 

 剣術によりセイバー・彼に錬成されたアダマスの大鎌によりランサー、魔術の腕によりキャスター、魔法の隠密性・確殺性よりアサシン、興味のある物事への傾倒よりバーサーカー、君主(ロード)としての公平性と■■■■■としての俯瞰能力によりルーラー、己を偽る自己自認によりフェイカー、アダマスの大鎌による非合法権能保有によりアルターエゴ、同じく非合法権能所有によるフォーリナー、自らを偽る者よりプリテンダー……と、このようにサーヴァント規格の適正クラスは多岐に渡る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルデアへの来訪

 どこかへ揺蕩うような感触。

 

 全身がふわふわの羽毛に包まれたの如く、体とそれ以外の境界が曖昧になる。

 

 それから幾らの時間が経っただろうか。

 急激にどこかへ引っ張られるような感覚がして…………。

 

 

 

「──────着いた、か」

 

 

 

 目を開ければ、ゲームやアニメでよく見たカルデアの管制室。

 

 ふむふむ、聖杯での転移ってのは一種の情報置換に近いかもしれない。置換魔術とは違い、物体同士ではなく、空間上にある俺という物体の情報を地点Bへそのまま上書きする……みたいな、ネ。

 

 感覚的には魔術師の必須科目、瞑想に近い。

 

 

「──────ロード・クロノアス!?」

 

 

 ロマニの声が聞こえた。

 

 背後を振り返ると、ロマニが驚愕した表情で立っていた。

 

 

「やあ、やって来たぜ」

 

「まさか、直接ここに転移するとは…………いいか。ロード・クロノアス、ようこそ我らがカルデアへ!」

 

 

 俺は俺自身へ集まっている視線に応える。

 

 流石は君主(ロード)の身分。それとも冠位(グランド)の方かな? 

 集まる畏敬の視線を振り切り、傍に倒れているオルガマリー嬢を抱き上げた。

 

 

「取り敢えず、オルガマリー嬢をどうにかしなくてはな」

 

「──―医務室はこっちの方です。付いて来て下さい」

 

 

 流石はドクターか。

 

 ロマニは直ぐに先導を始めた。

 

 

「………………これは」

 

 

 実際に来てみると分かる。

 

 このカルデアという組織自体がより高度な技術基地なのだ。

 

 科学と魔術を混合させるのは現代魔術科(ノーリッジ)の十八番だが、ここまで大衆的に上手く扱えるのはここの職員ぐらいであろう。

 

 古参の魔術師ならまだしも、現代の魔術師の中にはアナログの携帯どころか、電話ボックスの扱いすら分からん連中もいる。

 皆、創造科(バリュエ)の学生達を見習ってほしいものだ。まあ、俺はロード・バリュレエータに嫌われているが。

 

 

「よいしょっと」

 

 

 医務室のベッドにオルガマリー嬢を寝かせる。

 優しく優しく、ていねていね丁寧にだ。

 

 

「そうだね…………特に目立った外傷もないし…………脈拍も正常。至って健康体だ。よかったぁ……」

 

 

 軽い触診を終えたロマニがほっと一息つく。

 

 それには俺も安堵の声が漏れる。

 しっかし、声優のボイスを生で聞けるってのも凄い贅沢だな。

 

 

「ロード!」「ロアさん!」

 

 

 医務室に駆け込んでくる少女が二人。言わずもがな、リッカとマシュだ。

 走って来たようで、息を切らしている。

 

 

「あっ、所長!」

 

「安心してくれリッカちゃん。所長は無事だったよ」

 

 

 ロマニの一声に胸を撫で下ろす二人。

 

 

「君たちも無事そうで何よりだよ」

 

「はい! 私と先輩は丈夫ですから!」

 

 

 俺は、彼女ら三人と話しながら医務室を出る。

 他愛もない雑談をしながら歩く。

 

 

「じゃあ、これからはロードも人理修復に加わるのですね」

 

「まあそうだな。あと、俺のことはロアで結構だ。堅苦しいのは苦手でね」

 

 

 貴族の暮らしも楽ではないんだ、と付け加える。

 苦笑いするロマニ。残念だが、マシュとリッカちゃんには伝わらなかったみたいだ。

 

 

「あぁ……ロード・クロノアス、忘れていたが、カルデアでは気を付けて欲しいことが何個があるんだけど……」

 

 

 ロマニが懸念した表情で話題を切り出す。

 すると廊下の遠くから誰かが疾走してくる音が聴こえた。尋常なないくらいの速度だ。

 

 

「あちゃーもう来ちゃったかー…………。とにかく悪い人ではなんだけど、一応頑張ってくれ!」

 

「あっ……マシュ、私たちも行こっか」

 

「はい。そうですね。……ロアさん、失礼します」

 

 

 俺は何事かと去っていく三人を尻目に振り返り……──────ナルホド、そういうことか。

 

 

「やっと見つけたぞ! 君がロードだかグランドだかのクロノアス君だね! ああ失礼私の名前はダ・ヴィンチだ! 気安くダヴィンチちゃんとでも呼んでくれたまえ! 所で荷物は重くないかな!? そのスーツケースなんか特に重そうだね!? 特別に私が持ってあげよう! ──────そのスーツも礼装かい!? というかひとまず君を解剖してみたいなッ!」

 

「…………落ち着け。荷物は重くないし、これはうちの家の礼装だから安々渡すわけにはいかん。それに解剖させん。貴様は執行者か何かか」

 

「失礼な! 私は世紀の大発明家にして大天才のダ・ヴィンチちゃんさ!」

 

「では、ダ・ヴィンチさん、俺はこれにて失礼する。マイルームへの案内をロマニに頼むところでね」

 

「おっと! 私から逃げようとしたってそうはいかないよ! マイルームへの案内ならこの私が──―マイルーム以外の案内も受け持とう! だからさっさと手術台へ乗ってくれ!あと私はダ・ヴィンチちゃんだ!」

 

「クソッ!? 何がダ・ヴィンチだ!? 手をワキワキさせるな! 近付くな! 顔を寄せるな! 触るな寄るな!?」

 

 

 俺は、鼻息荒く支離滅裂な言動ですり寄って来るダ・ヴィンチちゃんさんの攻撃を搔い潜り、どうにか脱出しようと考えるのだった。

 

 ………………マジでどうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────……すみませんでした」

 

「ふんっ」

 

 

 俺は手を払い、一仕事終えたとばかりに伸びをした。

 

 目の前には正座させられ、首から「私は研究したさに客人を襲った変態です」と書かれたプラカードを下げるダ・ヴィンチちゃんの姿。

 頭には大きなタンコブをこさえている。やったのは無論、俺。

 

 

「まず第一に解剖は絶対にやらせん」

 

「そっかぁ…………」

 

 

 俺の身体には、もはや心臓や魔術刻印、魔術回路と同化してしまっているアダマスの大鎌がある。おいそれと解剖なんぞされてバレては適わん。

 

 てか、誰だって病気じゃないのに解剖されるのは嫌に決まっている。

 

 見るからにシュンとなるダ・ヴィンチちゃんに溜息が漏れた。

 この変態英霊、キャスターとかじゃなくてバーサーカーの間違いだろ。

 

 

「だが、礼装のことなら考えてやらんでもない」

 

「──────!!! ほんとかい!?」

 

「ああ」

 

 

 このダ・ヴィンチとかいう女、技術だけは本物なのである。

 

 自らが描いたモナ・リザが美し過ぎて自らをモナ・リザの見た目に改造するぐらいには頭の悪い変態なのだが、技術だけは超一流だ。

 

 生物学や力学を始めとした科学、礼装や伝承を始めとした魔術、そのどちらにも精通しているダ・ヴィンチは俺としても願ったり叶ったりだ。

 こちらへ持ってこれなかった礼装もある以上、カルデアや特異点にある素材だけで再現するほかなく、手伝いはあるに越したことはないし、優秀であればあるほどいい。

 

 一人のファンとして見るなら兎も角なぁ…………相手にするとメチャクチャ面倒くさい。

 

 

「俺も一人の魔術師だ。ダ・ヴィンチちゃんほどの技術者の手は借りたいものなのだよ」

 

「そうかい!? 任せたまえ! 落胆はさせないとも!」

 

「そこは心配していない。これからは共同研究という形で頼む」

 

「モチロンだよ! さあクロノアス君、私が作り上げたカルデアを案内してあげよう!」

 

「はぁ…………分かった。分かったよ。だから引っ張るな」

 

 

 ………………早計だったかなぁ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツギハギ英霊召喚

毎朝七時に投稿していましたが、夜の七時の方がPVが多い……どちらがいいのでしょうか?

遅れながらもお待たせしました。どうぞ。


「目の前にしてみるとお前さんは本当に不思議な生物だよな」

 

「フォフォウ」

 

 

 俺は寝そべった状態で両手でフォウを持ち上げる。

 

 フォウはカルデアに住み着いてリッカちゃんやマシュに懐く不思議生物だ。

 見た目は猫とも狐ともフェネックとも似ているが、どれも違う。特徴的なのは初雪を思わせる純白の体毛だ。

 

 

(その正体が実はビーストだなんて誰も思わないんだろうなあ)

 

「フォウ?」

 

「いいや、何でもないさ。これでも食ってな」

 

「フォウ♪」

 

 

 俺はフォウに木の実数種を混ぜた特別製のチョコレートバーをあげる。

 イギリスでは更にそのチョコレートバーを油で揚げる、揚げマーズバーなる料理があるんだが…………止めとくか。あれ一本で三日分のカロリー獲れることもあるしな。

 

 ちなみに俺は割と好きだ。礼装の改造を夜遅くまでやってると糖分が必要になったりするからな。なんなら前世からこの揚げマーズバーの存在を知っておけば良かったと思ってすらいる。

 

 

「じゃあな」

 

「フォフォフォウ!」

 

 

 元気に返事を返すフォウを尻目に俺は立ち上がり、トレーニングルームから出る。

 

 ゲームでしか見ることはなかったが、仮想敵との戦闘は中々リアルで楽しい。倒しても倒しても湧いて出てくるのだから神秘どうこうの問題もない訳だし。

 

 

「この後の予定はっと…………」

 

 

 懐からメモ帳を取り出し、今日の予定を確認する。

 

 

「お」

 

 

 今日はそれなりの一大イベントがある。

 

 なんと今日は英霊召喚の予定日だ。

 俺としては、ついに来たかという感想が大きい。

 

 英霊召喚、これが何を意味するかというと………………。

 

 

「────―ガチャの時間だ」

 

 

 俺は指を鳴らし、服に付いた汗を揮発させる。

 ネクタイも直し、スーツの皺を伸ばす。

 

 準備は万端。

 

 

「あ、ロアさーん! こっちこっち」

 

「やあ、リッカちゃん、ご機嫌だね。マシュにオルガマリー嬢もお早う」

 

「おはようございます。ロアさん」

 

「ご無沙汰しております、ロード」

 

 

 元気に手を振るリッカちゃんと恭し気に頭を下げるマシュとオルガマリー嬢。

 俺は軽く笑い挨拶を返す。

 

 

「皆揃ったようだね! じゃあ行こっか」

 

「さーて皆大好き英霊召喚の時間だ♪」

 

 

 英霊召喚にはシステム・フェイトを起動するため、一級の技術者としてロマニとダ・ヴィンチもいる。

 

 彼らの方で出てくるサーヴァントのクラスを特定したり、概念礼装の排出を防止したりするらしい。…………ゲームの時でもやれよ。

 

 

「君たちにはこれを渡しておこう! 召喚するために必要な触媒の呼符さ!」

 

 

 俺とリッカちゃんはガチャ券をそれぞれ六枚ずつ渡される。

 

 

「リッカちゃん、先にどうぞ」

 

「いいの? じゃあ遠慮なく……」

 

 

 リッカちゃんのガチャタイム。

 さあ、原作主人公としての実力を見せて貰おうか! 

 

 

「いっくよー!」

 

 

 結果。

 

 ・エミヤ(弓)

 

 ・クー・フーリン(槍)

 

 ・メドゥーサ(騎)

 

 ・沖田総司(剣)

 

 ・アルトリア・ペンドラゴン・オルタ(剣)

 

 ・カレイドスコープ

 

 

「何だこのグループは……」

 

「よし、今度はランサーで召喚されたな。これでテメェに負けることは万が一も無くなった訳だ。ま、元々無かったがな」

 

「…………フッ、陳腐な挑発だな」

 

「あ? 負け惜しみかぁ?」

 

「黙れ駄犬が。貴様の軽口に付き合うつもりはない」

 

「あの……もう少し静かに出来ないのでしょうか?」

 

「な、なんなんですかこの状況は!? 沖田さんもビックリなんですけど!」

 

「エミヤ、私はハンバーガーなるものが食べたいです」

 

 

 ぬあああぁぁぁぁぁぁぉぉぉおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉ何故だあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!! 

 

 これが…………これが、主人公補正とでも言うのか!? 

 

 その後、Fate/SN組と沖田は、リッカちゃんとマシュに先導されて召喚ルームから退場していった。最後にメドゥーサが「どうしてこんなことに…………」と呟いていたのが印象的だった。

 

 それにカレイドスコープまで…………許せねえよ。

 

 桜セイバーまでは認めよう! だって特異点Fで縁繋げちゃったしネ! でもさ! なーんで黒王まで来てんだよッ! 可笑しいだろ! 

 

 

「さて、次は俺か」

 

「頑張って下さい、ロード」

 

 

 俺の運命(Fate)や如何に──────。

 

 

 結果。

 

 ・呪腕のハサン(暗)

 

 ・激辛麻婆豆腐

 

 ・目覚め前

 

 ・聖者の行進

 

 ・フォンダン・オ・マーボー

 

 ・ヴァン・ゴッホ(降)

 

 

 ………………………………。

 

 …………………………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ふぅ……。

 

 なんだろう。もはや、怒りを通り越して「無」って感情が出て来た。

 今の俺なら悟りが開けそうだよ。

 

 てか、呪腕のハサンはありがたいけど、ゴッホちゃん以外のラインナップどうなってんだよ。

 概念礼装の確率下がってんじゃないのかよ。

 

 え? 何? 俺に代行者になれとでも? 外道神父になれとでも? ラスプーチンを召喚しろとでも? 

 

 

「ふむ……これからよろしく頼む、ハサン」

 

「こちらこそですぞ、マスター殿。新しいマスターが常人でこちらも嬉しい限り。微力ながら力を尽くしましょう」

 

 

 俺とハサンは握手を交わした。

 

 

「オルガマリー嬢、失礼だがハサンの案内を頼めるかな?」

 

「はい。分かりました」

 

 

 オルガマリー嬢はハサンを伴って召喚ルームから退室する。

 

 俺もハンドサインでロマニとダ・ヴィンチに出て行っていいと伝える。

 静かになった召喚ルームで俺は彼女と向き合った。

 

 

「よく来たね、ゴッホちゃん。また会えて嬉しいよ」

 

「イヒッ! わたしもですマスターさま。ゴッホ、ずっと。ずっとずっと。ずっとずっとずっと召喚されるのを待ってまして…………もし来なかったらどうしよおーって考えてました」

 

 

 弛緩した表情でそう嬉しそうに語るゴッホちゃん。

 とかいう俺も再来にかなりの嬉しさを感じている。

 

 俺と彼女は「似ている」のだろう。

 

 見た目とか、性格とか、感性とか、好みとか、価値観とか、ではなく。

 俺とゴッホちゃんは本質が同じなのだ。

 

 本来ならヴァン・ゴッホとしての霊器を一割しか受け継いでおらず、残りの九割を他の霊器と継ぎ接ぎにされた彼女。人格こそゴッホとして残っているが、逆にその一割が無くなれば、いつ壊れても可笑しくはないのだ。

 

 対して俺はどうか。

 実の所、俺自身、俺のことが分からない。

 分からない、というのは今の俺が前世の■■■■の俺なのか、今世のクロノアスの俺なのか、それともそれらとアダマスの大鎌が混ぜられた第三の俺なのか、という点だ。まあ、全て俺なのだが。

 

 似ている。

 

 俺とゴッホちゃんは継ぎ接ぎでツギハギな体と魂なのだ。

 

 故に共感できるし、お互いに認めたくないし、馴れ合える。

 

 ある意味、最高のパートナーではないだろうか。

 

 

「さ、て…………俺も来たばっかりだが、カルデアを案内しよう」

 

「はい。お願いします、マスターさま」

 

 

 俺は召喚ルームを出た。

 隣には彼女が寄り添うように、居る。

 

 密かに俺は、この人理修復は大丈夫だと思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイルームでの一幕

次の話から第一特異点の物語を始めます。
今話は幕間の物語となります。では、どうぞ。


 ────────ある日のカルデア。

 

 

「なあ、ゴッホ」

 

「──────は。はい。な、なんで御座いましょうか? ゴッホ、なにかしてしまったでしょうか?」

 

「あ、いや、そういうことではないんだが」

 

 

 俺は居心地悪く身を捩った。

 なんだかこうしてジッと見られると落ち着かない。社交界とかでよく受ける、懐疑の目線になら慣れているんだが、こう真摯な視線にはどうにも慣れん。

 

 

「ゴッホさ、俺を描いてて楽しいか?」

 

「──────?」

 

 

 あっこれ分かってないやつか。

 

 現在、俺はマイルームにてゴッホに絵のモデルにされていた。

 

 どこから持ってきたのか古びた安楽椅子に座り、本を読む俺。わざわざ魔眼殺しの眼鏡まで掛けさせてまで俺の絵を描きたいらしい。

 

 創造科(バリュエ)の人達からも言われたが、俺には芸術への関心ないし興味がないようだ。

 

 

「えっと、な…………俺なんか描いてて楽しいのかなーって思ってな。描けるものはカルデアの中にごまんとあるだろう?」

 

 

 ピタっと筆を止めたゴッホはキャンバスから視線を上げた。

 橙の前髪から覗く紺碧の瞳と目が合う。

 

 ゴッホはパレットと筆を置き、前髪をかき上げた。

 

 

「う~~~~~~~~ん…………なんと言えばよいのでしょうか? ゴッホは昔から絵を描いていたから絵を描くのは当然好きなのですがああ! 無論マスターさまを描くのも同じくらい好きなのですが…………描き続けないとわたしはわたしじゃなくなると言いますかゴッホはゴッホのためだけではなくと言いますか……」

 

「要するに?」

 

「マスターさまを描くのが好きなのです」

 

「そっか」

 

 

 悩み始めたかと思えばスッパリ割り切る彼女。

 

 俺はそこで、とある提案をしてみる。

 

 

「じゃあさ」

 

「はい?」

 

「俺もゴッホちゃんを描いてみてもいいかな?」

 

「ふぇ!? ごごごゴッホをですか!? 5っほをですか!?」

 

「うん」

 

 

 俺はゴッホちゃんみたく専門的な画材は持っていない。

 持っていないがスケッチブックとかカラーペンシルとかは持っている。

 

 興味はないが、魔術師としてイメージの反映は必須技能。模写もその過程の一環として何度かやったことがある。…………どれだけ鈍っているかが問題だが。

 

 

「マスターさまが言うなら…………ですけど、ゴッホですよ? わたしですよ? いいんですか? 後悔しません?」

 

「しないさ。俺はゴッホちゃんだから良いんだよ」

 

「………………そっ」

 

 

 そうですか…………、とゴッホちゃんは尻すぼみに承諾した。

 

 俺はやや姿勢を崩し、スケッチブックを開く。

 まずは下書きからかな? 

 

 

「じゃ、宜しくね」

 

「ははっはい! 優しくして下さい!」

 

「何を言っているんだ」

 

 

 よく分からないボケ方を笑い飛ばし、俺は、俺を描くゴッホちゃんの絵を描き始めた。

 

 

「なんだか…………初めての感覚です」

 

「そうか?」

 

 

 ゴッホちゃんはいつもの言動を収め、しおらしく呟いた。

 チラッと見てみると、キャンバスから目を反らさず、筆を動かしながらだった。器用だ。少なくとも俺には出来ない。

 

 

「わたし、いつも描く側だったもので」

 

「ああ…………」

 

 

 俺は思わず、納得してしまった。

 

 かつてゴッホは「タンギー爺さん」を始めとし「ジャガイモを食べる人々」など、他人を描くことは数あれど、自らが描かれたことはない。それは、当時のゴッホの不人気が理由だが、周りの人間が大成していく中、足踏みしている自分をゴッホはどう思ったのだろうか。

 

 もし、それにコンプレックスを抱えていたなら、数ある自画像にも納得がいく。

 

 

「なら──────俺がゴッホちゃんを初めて描いた人だな」

 

「ヒ………………っ…………。──────そうです、ね

 

 

 俺は滲まぬようにペンをさっと引き上げた。

 

 これで下書きは終わりかね。

 俺は次のぺージを捲り、薄く映った下書きの上に本描きを始める。

 

 

「実はね、俺、絵を描くのが嫌いだったんだ」

 

「それは…………またどうしてでしょうか?」

 

「俺の魔法のことはゴッホちゃんにも話しただろ?」

 

「ええまあ…………なんでも、疑似的に時を止めるだとか。ゴッホなんかよりも何倍も使える結界です……」

 

 

 突然、自失(バット)状態に入ったゴッホちゃんに苦笑を漏らす。

 俺はペンの色を変えた。

 

 

「俺はさ。あの停まった空間が意外にも好きでね」

 

「はい」

 

「俺は傲慢にも、どこかあの停まった世界が全て自分のもののように感じてたんだ」

 

「………………」

 

 

 皆は、人物画を描くときにどこから描き始めるだろうか。

 

 とある友人は頭頂部から描き始めると言っていた。なんでも頭の寸借から体のサイズを決めるとかなんとか。

 また現代かぶれした別の友人は足元から描き始めるんだとか。曰く、3Dプリンターの、物体が生えるように作られる工程を魔術に転用したが故、とか。

 

 俺は、俺が知り得る誰とも違って「顔」から描く。

 特に理由はないが、人間が個体別に識別できるのは顔と声だ。俺達人間は赤ん坊の頃にそれを刷り込んで母親と父親を識別する。

 

 その知識が最初に浮かんできた時点で、俺はほとんどの人間を──────FGOに登場する…………Fate系列の作品に登場するキャラクター以外を識別できていなかったんだと思う。

 

 

「だから、俺はその場の風景を切り抜いて保存できるカメラとか、写真とか…………絵が嫌いだったんだ。俺だけの景色が奪われるような気がして」

 

 

 (あまね)く総てが静止した世界では、俺だけがそれを自覚出来てれば良い。

 

 俺は心のどこかでずっとそんな傲慢を抱いていた。

 ましてや、かの英雄王ですらないのに。

 

 そう思っていたからこそ、風景のその場その時その様子を紙に保存できる写真や絵が嫌いだった。

 

 

「でもゴッホちゃんの絵は好きだぜ。知名度とか云々関係なく」

 

「えっ」

 

「なんて言うのかな? 必死さ? 違うな…………生存欲。そう、生きようとしてる感じがして、とても好きだった」

 

 

 彼女の絵は生きようとしてる絵だった。

 

 法と安寧に甘える一般人でもなく、称賛と畏怖を一身に受ける英雄でもなく、恐怖と悲劇を齎す怪物でもなく、燃やされる世界を救う主人公でもなく、異界の神に与えられた世界を滅ぼされる演者でもなく。

 

 俺は、生きようとしている彼女の絵が好きだった。

 

 前世の俺も、今世の俺も、疲れてる…………と言ってはなんだか雑だが、どこか壊れてたんだと思う。

 

 

「出来た」

 

「──────わたしもです」

 

 

 俺は完成した絵をスケッチブックから破き、ゴッホちゃんに見せた。

 

 ただ絵と向き合う彼女の絵だ。

 色を塗るのは苦手で、小さい頃にトンボの絵を描くときも色塗りだけを失敗していた。

 だから今回は漫画みたいに斜線を引いて、更にその斜線間に斜線を描き込んだ。

 

 魔術師っぽい。それこそ機械的な絵だった。

 

 

「交換、ですね」

 

「む。いいのか? 俺の絵はゴッホちゃんの絵ほど上手くはないが」

 

「良いんです。これが良いんです」

 

 

 ゴッホちゃんは「虚数美術」で描かれた絵を、無理やり俺に押し付け、俺の手からスケッチブックの一端を奪い取った。

 

 

「ありがとうございます、マスターさま」

 

 

 奪ったページを大事そうに胸に掻き抱いたゴッホちゃんはペコリと頭を下げた。

 

 

「こちらこそ」

 

 

 俺も貰った絵を見つめ、お礼を言った。

 

 

 

 

 

 ────────―その後は俺もゴッホちゃんも特にやることなく、解散した。

 

 

 

 

 

 俺とゴッホちゃんは、あれから一度としてお互いを描くことはなかった。

 揃って描く時は、風景画が多い。

 

 あのマイルームでの出来事が、特に俺へ影響を与えることはなかった。

 

 けど、少しだけ変わったのは、俺が絵を描くことがちょっとだけ楽しみになったことと、お互いの部屋にあの日描いた絵が額縁に入って飾られていることだ。

 

 何かと言って変わらないが、ほんの少しだけ変わった。そんなある日の出来事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一特異点・邪竜百年戦争オルレアン
オープニングテーマ「第一特異点」


第一特異点・邪竜百年戦争オルレアン、始まります。
彼らの旅路に幸あらんことを――――――。

では、どうぞ。


『ええー、医療部門担当のロマニ・アーキマンだ。早急にロード・クロノアス及び藤丸リッカ、マシュ・キリエライトは管制室へ来てくれ。繰り返す、これは緊急の案件だ。ロード・クロノアス及び藤丸リッカ、マシュ・キリエライトは管制室へ急遽来てくれ』

 

 

 ある日の朝、突如として鳴り響いたロマニのアナウンスに、俺はついにか、と呟いた。

 

 何が、と言うまでもなく、特異点が見つかったのだ。

 

 最近はダ・ヴィンチちゃんやロマニ、カルデアの職員が忙しくしていたから、薄々察してはいたが、いざとなると実感が湧かないな。

 

 しかし、俺もそれに及んで、礼装の改良やら対サーヴァント戦を見越した訓練を行ってきた。準備は万端、滞りない。

 

 

「よし…………大丈夫……だな」

 

 

 俺は一応、鏡の前で身嗜みをチェックする。

 襟を直して、ネクタイを締め直し、着衣を整える。

 

 適当にホコリを落とせば、完了。

 

 

『ゴッホちゃん、聞こえるかい?』

 

『────―はっ…………はい! 聞こえてます!』

 

『放送は聞こえてたかな? 出来れば君も管制室に来て欲しいんだが』

 

『了解しました! ゴッホ、急行します!』

 

 

 俺はゴッホちゃんに念話をしながらスーツケースを持ち、マイルームを出た。

 周囲の職員も慌ただしく走り回っており、ただ事ではないことが伺い知れる。

 

 また、その間にも俺はハサンにも念話を繋いだ。

 

 

『ハサン』

 

『これは…………マスター殿。先の放送のことですな?』

 

『分かっているならいい。頼むぞ』

 

『はっ!』

 

 

 ハサンは流石、山の翁なのか組織的な行動を読み取ってくれたようで、既に向かっているとのこと。ありがたい。

 

 俺は若干、速足に管制室へ歩く。

 もうカルデア内部の道は覚えた。問題はない。

 

 

「おや…………はぁ……」

 

 

 角を曲がった瞬間、目に映ったのは惨状。

 

 散らばった書類の数々、散乱した資料、粉々になった機器。

 

 そして、ぶつかったらしいゴッホちゃんと職員。

 これには思わず、溜息が漏れた。

 

 

「まったく…………こんな時期に何を…………」

 

「あっ、マスターさま! これはですね、ゴッホがマスターさまの魔力を辿っていたらぶつかってしまいまして! ああ! すみません! すみません! 全てゴッホが悪いんですぅぅぅ!」

 

 

 途端、頭をぶつけながら土下座をし出す、彼女。

 

 こんな所で狂気を出さんでもいいのに。

 仕方なし、使い魔の後始末はこちらの管理不足だ。

 

 俺は人差し指を立てて、回した。

 簡易的な魔術動作だ。

 

 

「“Snatch(我が手元へ)”」

 

 

 落ちて散らばっていた書面が浮き上がり、俺の手元に収束する。

 すると数十秒もしない内に厚さたっぷりの紙の束が完成。

 

 俺は適当に職員を呼び、手渡す。

 

 

「…………そこの君、倒れている彼女の代わりに持っていきたまえ」

 

「──―はい!」

 

「うむ、よろしい。それじゃ…………“A wake(覚醒せよ)”」

 

「…………うっ──―ここは……?」

 

 

 貧弱なゴッホちゃんとはいえサーヴァントとぶつかったのだ。目を回して卒倒していた女性職員に気付けの魔術を掛ける。

 こういう時、解釈の幅が多い英語の魔術名(マジカルモットー)は楽で助かる。

 

 

「続いて……“Little BeanMan(豆の木の小人)”」

 

 

 使い魔生成の魔術。

 

 適当に落花生を放り投げ、蔦で出来た人型の使い魔を作り出す。

 

 

「君は安静にしてるといい。直ぐに医務室へ届けさせる」

 

「ロード…………寛大な心遣いに感謝します」

 

「怪我人がそんなことを気にするな。回復に励め」

 

 

 俺は手を打ち鳴らし、足が止まっていた職員に命令を出す。

 こんな所で油を売ってる暇はない。足を止めてどうする? 

 

 

「君達も各々の職場へ急ぎ、迎え! 忙しくなるぞ!」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

 

 敬礼して去っていく職員を見送り、俺はゴッホちゃんに手を貸す。

 起き上がらせたゴッホちゃんを連れて管制室へ向かう。

 

 

「ゴッホちゃん、君は些か急ぎ過ぎだぜ? ゆっくり行こう、ゆっくりと」

 

 

 これは俺が今までの人生で感じたことだ。

 

 急がなければいけない状況下でも、焦ってはいけない。

 自分一人で大局が動くことは稀で、大して差異は生まれないことの方が多いのだ。

 ならば、急いでいても、雑ではなく慎重に行うべきだ。

 

 

「はい…………以後、気を付けます……」

 

「別に怒ってる訳ではない。さっきも言ったが忙しくなるぞ。気をしっかりな」

 

「ゴッホ、了解しました!」

 

 

 急に調子を取り戻すゴッホちゃん。

 俺は「それはそれでどうなんだろうか」と思いつつも管制室へ足を運ぶのだった。

 

 

「──────俺たちが最後か。悪い、遅れた」

 

「いえ、丁度です」

 

「そうかい? なら頼むよ」

 

 

 俺とゴッホちゃんが管制室に到着する頃には全員が揃っていた。

 

 ロマニもいつもの緩んだ表情を改め、真剣な眼差しだだ。

 オルガマリー嬢に至っては棘々とした雰囲気まで放っている。

 

 

「全員揃ったことだし、ブリーフィングを始めるよ。所長」

 

「ええ、分かってるわ。では単刀直入に言いましょう──────第一の特異点が発見されたわ」

 

「「「!!!」」」

 

「やはりか」

 

 

 反応を示す、ゴッホちゃん、リッカちゃん、マシュの三人。

 

 俺は原作知識で知っているため驚きは少ないし、ハサンは冷静に話を聞いている。

 オルガマリー嬢は三人が落ち着くのを待ってから話を再開した。

 

 

「特異点の場所は、1431年の中世。欧州よ。場所は────―フランスのオルレアン」

 

「主に君たちにやって貰うことは二つ」

 

 

 オルガマリー嬢に続き、ロマニが話を継ぎ、二本指を立てた。

 

 

「一つ目は、勿論だけど特異点の調査と修正。これは必須事項だから頼むよ。

 二つ目は、聖杯の探索。出来る範囲で大丈夫だからお願いしたい」

 

 

 ロマニの言葉に皆で頷く。

 

 聖杯はこれからのカルデアに必要不可欠だし絶対に確保したいものだ。俺も頑張るとしよう。

 

 と、そこでダ・ヴィンチちゃんが口を開いた。

 

 

「ちなみに連れていけるサーヴァントは五人。コフィンの数にも限りがあるし、カルデアの魔力リソースにも限界がある」

 

「ふむ…………俺はゴッホちゃんとハサンでいいだろうが…………」

 

「私は──―どうしよう?」

 

 

 首を傾げるリッカちゃん。

 

 確かに難しい所だろう。

 リッカちゃんにとってマシュは必須。

 

 残るは二人。

 だが、メディアはカルデアの魔力リソース確保に忙しいため論外。

 

 後は沖田総司、アルトリア・ペンドラゴン・オルタ、エミヤ、クー・フーリン、メドゥーサ。

 

 どれも捨てがたい。

 

 

「マシュは確定だし……じゃあ、沖田さんとアルトリアさんで! 今念話で呼ぶから待ってて!」

 

「マシュ・キリエライト全力で臨みます!」

 

「うん、メンツは決まったようだね! ロア君は…………必要ないだろうから、リッカちゃん付いておいで。礼装に着替えるよ」

 

「はーい」

 

 

 話の方向性は決定。

 ダ・ヴィンチちゃんに連れられてリッカちゃんとマシュは更衣室へ消えていった。

 

 良かった…………二十超えた俺があのカルデア戦闘服の礼装を着るのはキツイからな。見た目的にも精神的にも。

 

 俺が密かに安堵している中、ロマニに話し掛けられる。

 

 

「ロード」

 

「む。何だ?」

 

「先程は、それぞれサーヴァントは五人までと言いましたが、現地で召喚サークルを使い英霊を召喚することも出来ます」

 

「ああ…………。現地で契約したサーヴァントはカルデアのリソースを受けられないから俺に、という訳か」

 

「はい。なので、基礎魔力が多いロードと契約して貰えたら…………と」

 

「相分かった。俺の魔力も無駄になるよりかはマシだろう。任せておけ」

 

「「ありがとうございます」」

 

 

 頭を下げようとするオルガマリー嬢とロマニの二人を、俺は手で制す。

 

 

「気にするな。こっちだって勝手にカルデアに居るだけだしな」

 

「そう言って頂けると幸いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二十分弱が経過し、レイシフトするメンツは全員、レイシフト用のコフィンに入っていた。

 

 

「じゃあ、皆いくよ。こっちはこっちで出来る限りサポートはする。健闘を祈っているよ」

 

 

 ロマニの声が聞こえた。

 それと同時に身体がボロボロと粒子に分解されるような感覚。

 

 

 

『アンサモンプログラムスタート。霊子変換を開始します。レイシフト開始まであと3、2、1……』

 

 

 

 無機質な機械音が聴こえた。

 

 ふと、心配そうに見つめるオルガマリー嬢に気付く。

 

 

『全工程完了。グランドオーダー実証を開始します』

 

 

 俺はオルガマリー嬢にウィンクを飛ばし、それを最後に意識を沈ませた。

 

 さあ――――――人理修復を始めよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

落下式レイシフト?/オルレアン式強襲?

 ふわり。

 

 俺がまず感じたのはそんな感覚。

 次いで感じたのは、全身を叩く風の音。

 

 俺は目を開けた。

 

 

 

「──────―………………はぁ」

 

 

 

 まあ。

 なんだ。

 その。

 

 お察しの通りだ。俺は今、上空を落下中のようであった。

 

 

「ロマニめ…………恨むぞ」

 

 

 浮遊感が体を襲う中、俺は状況確認にいそしむ。

 

 落下速度は上々、加速を続けているよう。

 それにここは上空…………二千メートルと少し。

 

 身体を捻り、姿勢を変えて周囲を見渡す。

 

 発見できたのは、ゴッホちゃんと沖田。

 

 

『ハサン、聞こえるか。俺だ』

 

『マスター殿!? 何処へ?』

 

『ああ、なんだ。レイシフトの座標が変わってしまったようでな。それとリッカちゃんたちは同じ場所にいるか?』

 

『はい、我を含め、リッカ殿、マシュ殿、騎士王殿が同じ場所におります』

 

『ならいい。お前は周囲の探索を申し出ておけ。気配遮断を忘れるなよ』

 

『了解致しました。マスター殿もどうかご無事を』

 

 

 俺はハサンとの念話を切る。

 

 向こうの方はまずまず大丈夫の様子。

 と、なると、問題はこっちか。

 

 

「ゴッホちゃん、大丈夫か!!!」

 

「マスターさまあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 

 うん。大丈夫ではなさそうだ。

 

 俺は姿勢を変えてゴッホちゃんよりも下の標高へ落ちる。

 それから体を広げて、減速。イメージ的にはスカイダイビング。

 

 

「よっと。捕まえた」

 

「マスターさま!」

 

 

 ゴッホちゃんの腕を掴み捕まえる。

 

 残るは沖田だが…………。

 

 

「──────ごぷっ」

 

 

 吐血してる…………。てか、気絶してね? 

 

 英霊がそんなでいいのだろうか…………俺は、呆れながらも沖田に近付いた。

 ゴッホちゃんも居たため多少面倒だったが直ぐに捕まえる。

 

 あとは着地が問題だが…………。

 

 俺は適当にスーツケースから小瓶に入った魔術触媒を出す。

 中身は、とある霊地で育った昆虫の死骸と、幻想種の甲殻だ。

 

 

「“New Bee(生まれよ、新たな命)”」

 

 

 試験管の中に入っていた蜂の死骸が肥大化する。

 それに伴い、同封されていた甲殻が混ざり合い、溶け合う。

 

 

「──────Beeeeeeeeeeaaaaaa」

 

 

 試験を割って出て来たのは、堅牢な甲殻を纏った巨大蜂の魔物だった。

 俺の蝶魔術(パペリオ・マギナ)により生まれ変わった新たな幻想種の使い魔だ。

 

 

「頼んだぞ」

 

「Beeeeee」

 

 

 俺はゴッホちゃんを小脇に抱えたまま、蜂の足に掴まる。

 魔物と化した蜂はこれくらいでは落ちない。余裕を持ったまま、滞空している。

 

 俺は魔術回路を経由して指示を出し、沖田に近付く。

 

 

「ほれ、大丈夫か?」

 

「きゅ~………………」

 

「駄目だこりゃ」

 

 

 目を回している沖田を背中に背負い、俺は上空から着地出来る地点を探す。

 

 

「うっわ」

 

 

 俺は特異点下の状況の酷さに呻きが漏れる。

 上から見ているとこの特異点の酷さが如実に理解できるというもの。

 

 第一特異点は、フランスで起きた百年戦争の休戦状態の特異点だ。

 そこでは一度は処刑されたはずの魔女、救世の聖女ことジャンヌ・ダルクが反旗を翻し、虐殺の限りを尽くしているという噂が広がっていた。

 

 しかし、その正体はサーヴァント・キャスターの青髭…………ジル・ド・レェが聖杯が使い目論んだ、世界への復讐劇。

 魔女のジャンヌも聖杯によって作られたIF(もしも)のジャンヌ・ダルク。

 

 何もかもが不毛な特異点。それがこの第一の特異点だ。

 

 で、第一特異点では、二―ベルゲンの歌より邪竜ファブニールが登場するんだが…………。

 

 

「ワイバーンかな」

 

 

 第一特異点では、ファブニールの取り巻きとして、亜竜のワイバーンが大量に湧く。

 それはもう大量に湧く。

 

 眼下に広がる焼き尽くされた農村や街、焦がされ黒炭と化した死体。

 

 鼻腔を突く、皮膚の焼ける匂いが不快だ。

 

 

「取り敢えず、着地だ」

 

 

 俺の居る場所はもう誰も生存者はいない。気にせず降りていいだろう。

 

 フランスとかで気を付けることは魔術と思われるような行為をしないことだ。

 この時代は根強く、信心深いキリスト教徒が大勢いる。魔術など見せようなものなら弾圧の一途だ。

 

 ………………最終手段は街一つ丸ごと使った暗示かな。

 

 

「ロマニ、聞こえるか」

 

『ぬぅ~ん…………繋がらないな────―ってロード!?』

 

 

 虚空に呼び掛ける。

 

 タイムラグは数十秒ほどで、直ぐにホログラムが空中に浮かんだ。

 

 

「そうだ。俺だ。まず初めに言っておこう。何をどうしたらあのような座標にレイシフトする?」

 

『座標が違った…………? それってどういう…………』

 

「上空にレイシフトしたと言ってるんだ」

 

『上空に!? 馬鹿な!? ボクの計算は完璧だったは──────ぎゃあ!?』

 

 

 と、ホログラムの画像が切り替わる。

 映ったのはオルガマリー嬢だった。

 

 オルガマリー嬢は気丈な振る舞いでロマニを罵った。

 

 

『ロマニ、退きなさい。結果が全てよ。貴方はリッカの方を担当。私よりも貴方の方が仲が良いしお似合いでしょう』

 

『そんなぁ…………』

 

『…………ロード、うちのロマニが大変ご迷惑を御掛けしました。カルデアを代表して謝罪させて頂きます』

 

「それは大丈夫だが…………リッカちゃんの方はどうなってる?」

 

 

 心配の種は向こうの方だ。

 ハサンから念話も来ていないし、問題なくシナリオ通りに進んでいるんだろうが……。

 

 

『はい。リッカの方はつい先程、ロードのサーヴァント、ハサンが発見しました現地人を救出。そのまま接触を図り、砦へと侵入した模様です。ロードの位置から南西の方角です。現地人の話によると処刑されたはずのジャンヌ・ダルクが蘇り、各地を襲っているとか』

 

「ジャンヌ・ダルクねぇ…………」

 

『はい。何か気掛かりなことでも?』

 

「いいや、な。あのジャンヌ・ダルクが、と思ってな。十五世紀のフランスのヒロインにして清廉潔白な女傑の軍人。御旗を持って戦った彼女は、後世で聖女と呼ばれるまでに至った。そんな人物がわざわざ各地を回って復讐? サーヴァントならば、裁定者(ルーラー)で呼ばれるような人物だぞ?」

 

『………………何か、裏があるのではないか、ということでしょうか?』

 

「ああ。無論、何か事情やら何やらあるのかもしれんが、得てして聖人、聖女と呼ばれる人物が復讐などに走るとは思えん。リッカちゃんの方にも伝えといてくれ」

 

『分かりました。ワイバーンの目撃情報が多数確認されていますのでお気を付けて』

 

 

 それっぽい感じで情報を流す。

 

 流石に全部の情報を渡す訳にはいかないが、ヒントぐらいにはなるだろう。

 

 

「ゴッホちゃん、大丈夫か?」

 

「えっ、ええ…………わたしが生きてた頃には体験出来なかったことが出来ました……。もう二度とやりたくはないですがね。ヒヒッ」

 

 

 なんのスイッチが入ったのかゴッホちゃんは腹を抱えて笑い始めた。

 

 うん…………疲れている……んだよな? 

 

 俺は、ゴッホちゃんから目を反らし、倒れ伏している沖田の傍にしゃがむ。

 頬を何度か叩く…………が、目覚める様子はない。

 

 俺は沖田の額に人差し指を立てた。

 

 

「“A wake(目覚めよ)”」

 

「──────はっ、お早うございます!」

 

「馬鹿者め。武士が安々と隙を見せてどうする」

 

 

 俺は目覚めた沖田の手を引っ張り起こす。

 あまり手荒にやると「病弱(A)」が反応してしまうので、あくまで丁寧にだ。

 

 

「うぅ~……ロアさんって英国(イギリス)の人なのに武士を知ってるんですね。沖田さん嬉しいです」

 

「いや、仲間の英霊の逸話ぐらい調べるだろう。これくらい」

 

「うっ! 胸が痛いです……」

 

 

 胸を押さえて撃沈する沖田をほっとき、俺は周囲を見渡す。

 

 

「やっぱ何もねぇな…………」

 

「な、なにがあったんでしょうか?」

 

「ワイバーンとのことだ。まあまあ上位の幻想種だな。対空能力があれば大して問題もない」

 

 

 俺はゴッホちゃんと周囲の探索をする。

 

 後ろからドタドタと沖田が追い掛けた来た。

 

 

「沖田さんを置いてかないでください! 死なせるつもりですか!?」

 

「ああ」

 

「即答ッ!?」

 

 

 沖田の下らない話に付き合い、今一度生存者の確認を行う。

 

 主に俺の探知魔術と、沖田の「心眼(偽)(A)」で探す。

 

 沖田は流石にこの光景に不快感を感じたのか、口元を手で押さえていた。顔色も心なしか悪いように見えた。

 

 

「──────…………まあ、いないよな」

 

「なんて酷い…………薩摩人じゃあるまいに」

 

「薩摩だからいいという訳ではないだろ」

 

「いいえ、いいんです」

 

 

 コイツ、割と元気だろ。

 

 俺は取り敢えず沖田をどついた。

 

 一方、ゴッホちゃんに至っては絵を描き始める始末。

 

 

「何もないな。じゃあ、リッカちゃんの方と合流を──────」

 

『マスター殿! 緊急で御座います!』

 

『ロード! サーヴァントの反応が接近中です!』

 

 

 南西に向かおうとした瞬間のことだ。

 

 ハサンの念話と、オルガマリー嬢のホログラムが同時に警告を発した。

 だが、ハサンの方は念話が直ぐに切れ、魔力パスから流れる魔力の消費が早くなった。ただ事ではない。

 

 

『ロード! リッカの方が敵対サーヴァントと戦闘を開始しました! ロードの方にも二体のサーヴァントの魔力反応が迫っていま──────』

 

 

 ぷつん。

 

 ホログラムはそれっきり切れた。

 

 理由は、はっきりと分かった。眼前に迫る大量の魔力反応がホログラムの通信に影響を及ぼしたのだろう。

 

 

「“Excitation(励起せよ)”“Growing up(延び給えよ)”」

 

「お花畑でゴッホッホ! …………なんちゃって。イヒッ」

 

「──────ハァッ!」

 

 

 俺たちは突如として現れた巨大な────―回転する亀の甲羅? ────―に防御陣を組んだ。

 

 最初に俺が樫の木の鎧を纏い、ゴッホちゃんが鎧に向日葵を描く。

 更に、迫る甲羅へ蔦が纏わり付き回転数を落とす。沖田はその間に亀の甲羅へと斬り掛かり勢いを削いだ。

 

 

「“A wake(目覚めよ)”“Spring up(湧きあがれ)”“Beat me(鼓動せよ)”──────ぬんッ!!!!」

 

 

 俺はありったけの強化魔術を己に掛け、沖田に続き、甲羅を特殊警棒で殴って打ち返す。

 

 右腕が軋むが、ヘラクレス程ではない。

 

 

「『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』──────って噓でしょ!? 打ち返されたぁ!?!?」

 

「チッ……使えない女。やっぱり所詮は堕ちた聖女ってトコかしら」

 

「あ゛あ゛?」

 

 

 一息ついて声のした方を見れば、十数頭を超えるワイバーンの群れと、それに乗る二人の女性。

 

 俺は彼女らの正体を知っていた。

 

 キリスト聖堂の修道院(シスター)服に、聖杖を付く清らかな女性──―聖女マルタ。

 

 そして、露出甚だしい恰好とは裏腹に気品を感じさせる女性──―伯爵夫人カーミラ。

 

 

「さぁーて…………どうしよっかなー♪」

 

 

 俺は、鎧の下で喉を鳴らす。

 

 ここなら一般人もいないし、存分に暴れられる。

 

 密かに俺は目を細め、舌なめずりをするのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対マルタ&カーミラ戦

「手始めに…………“Re:Emergence(再誕の羽化)”」

 

 

 俺は、俺の肩に止まっていた蜂に魔術を掛ける。

 

 先程までは空中に退避してもらっていたが、今は問題ない。

 それに、この使い魔のレベルだと対サーヴァント戦において足手纏いにしかならないが、生憎と今回は()()()()()()()。寧ろ丁度良いだろう。

 

 

「B,B,B,B,B,Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee」

 

「ヒッ!?」

 

 

 ただでさえ巨大な蜂が更に肥大化する。

 

 全長は一メートル弱にまで変容し、巨大な翅が空を叩く。

 筋肉質な肉体が甲殻の間からはみ出す程の巨体。

 

 俺は結構好きだ。沖田には悲鳴を上げられたが。

 あ、ゴッホちゃん、鎧に蜂の絵を描き足すのは止めて下さい。

 

 

「さぁ、存分に食い散らかしておいで……!」

 

「Beeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 

 金切り越えのような鳴き声を上げた蜂は、豪風を巻き上げてワイバーンへと一目散に向かった。

 

 ガチガチと打ち鳴らす顎が生理的な嫌悪と恐怖を醸し出す。

 

 

「無様ね…………潰れなさい」

 

 

 カーミラが迫る蜂に向けて錫杖を振るった。

 

 虚空から出でて落ちるのは、世界で最も有名な拷問器具と言っても差し支えない鉄の処女(アイアンメイデン)

 自由落下運動に任された鉄の処女(アイアンメイデン)は蜂の頭上に落ちる。

 

 

「ははっ、甘い」

 

 

 俺が丸一か月霊薬に付け込んだ触媒の魔術だ。そう甘くない。

 蜂は正六角(ヘキサゴン)の複眼を回し、悠々と回避した。

 

 殺したいなら直接殺すことをお勧めするぜ? 

 

 

「Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee」

 

「チッ、汚らわしい」

 

「何あれキッモっ!」

 

 

 蜂は二人の乗っていたワイバーンの喉笛を食い千切る。

 彼女らは悪態をつきながら飛び降りた。

 

 俺はそのまま蜂にワイバーンの殲滅を指示して構えを取る。

 

 

「あの蜂、後で名前付けてあげよ…………」

 

「え゛? 飼うんですか? あれを?」

 

「ゴッホもお世話したいです!」

 

「マジですか。沖田さんもこの主従にはビックリです…………」

 

 

 俺はスーツケースを持っている左半身を前に出し、警棒を持っている右半身を後方へ隠す姿勢。

 スタンダードな騎士剣術の構えだ。

 

 

「うん、ゴッホちゃんは俺へのサポートを沖田の方へ回してくれるかい? 二人であの過激な格好の方を任せたい」

 

「ええー…………ま、仕方ないですよね。了解しました!」

 

「えへっ、お願いします、沖田さま」

 

 

 沖田は「病弱(A)」があるため心配だが、ゴッホちゃんだって近接戦闘が出来ない訳ではない。相手が生粋の武闘家でない以上、やりようはあるだろう。

 

 対して、俺の相手は「ヤンキー聖女」こと聖マルタ。

 プレイヤー間ではステゴロ聖女とも呼ばれる猫かぶりの聖女だ。

 

 相手がパワー系なだけに、ゴッホちゃんと沖田が相手するには厳しいだろう。

 

 

「あら、マスターが相手をするの? 死なないのかしら?」

 

「は────────ほざいてろッ」

 

 

 俺は聖杖を構えたマルタへと向かって地面を蹴った。

 同時期に沖田とカーミラの戦闘もスタート。ゴッホちゃんも遅れながらに、追い掛けていく。

 

 

「ハッ」

 

 

 初手は攻守一体の一手。

 

 盾を正面に持ち、シールドバッシュを行う。

 

 

「せいっ」

 

 

 …………効果なし、かな。

 

 受け止められた拍子にカウンターを貰う。

 盾でガードしたため目立った外傷はない。

 

 ヘラクレスほどの威力はないが、少々()()()()()

 言うならば、剛はないが武がある、柔はないが技がある、と言ったところか。

 

 

「光を!」

 

「洒落臭い」

 

 

 聖杖から魔力弾が放たれる。

 

 だが、単純な魔術戦であればこちらに分がある。

 練った魔力を警棒から放出し、相殺。

 空いた隙に接敵する。

 

 

「調子が悪いのかな──―?」

 

「お生憎様、操られててね!」

 

 

 それから交わす数十の打撃。

 

 若干、動き辛そうなマルタの攻撃を盾でいなし、防ぎ、叩き落す。

 返す刀で俺は、特殊警棒で体を打ち据えて、動きを制限する。

 

 これぞ騎士剣術の本懐。

 

 騎士は攻性ではなく、防御に重きを置く職。

 本質は守ること。襲撃者に何もさせずに制圧することこそが真の技だ。

 

 

「チッ…………鬱陶しいわね!」

 

「おや? 化けの皮が剥がされてきたようだ」

 

「──────あら? うふふ。なんのことかしら」

 

 

 戦闘を続ける毎に現れていくマルタの本性。

 

 マルタは「あの御方」から杖を授かる前、拳で戦闘を行っていた。

 その腕前は幻想種の最高峰、竜種のタラスクを屈服させる程。

 

 まあ、そっちの武術の方が強いせいで、クロノス神と同レベルの英霊の「あの御方」から授かった杖が「拘束具」だなんだの言われてしまうのだけれども。

 

 聖ヤコブ、聖モーセから代々伝わる、最強のステゴロ武術。

 

 名を──────。

 

 

「ああもう! うざったいわね! こんなの要らないわよ!」

 

 

 ──────―ヤコブの手足という。

 

 

「さてさてさーて…………」

 

 

 俺は一歩退き、重心を落とす。

 聖杖を投げ捨てたマルタに対して正面から向き合い、相対する。

 

 初期のマルタは聖女ムーブがしたいがため、聖杖を使った戦闘を行う。

 しかし、本番は素手を使い始めてからだ。

 

 ヤコブの手足。

 

 それは極めればキリスト教における大天使にすら勝利するという、(いにしえ)の格闘技だ。

 だが、古の格闘技だからといって油断は出来ない。

 

 

「はあああぁぁぁ! セイッ!!!」

 

「く…………っ」

 

 

 パァンッ。

 

 腰の捻りを加えた右のジャブ。

 それは空気を切り裂いて俺の盾を掻い潜り、兜に衝突した。

 

 

「かったいわね~。タラスクより堅いんじゃない?」

 

「………………冗談じゃない」

 

 

 ボロッとフルフェイスの兜の一部が崩れ、マルタと目が合った。

 

 今回はそんなに魔力を込めてないとはいえ、元来が高位の魔術装具。割られるとは思っておらなんだ。

 

 

Fuckin(クソッたれが)

 

「聞こえてるわよ!」

 

「やっべ」

 

 

 そう言えば、マルタは欧州出身だから英語分かるんだった! 

 

 操られているにしては威力が強過ぎるような気がせんでもない拳を防御する。

 

 単純な筋力は少ないが、技があるため内部への攻撃が辛い。

 原理的には中国武術の浸透勁のようなものか? 魔力を纏わせているからか、魔術へのダメージも多い。

 

 

「あんま女性を怒らせないことよ!」

 

「女性…………ふ」

 

「何で笑ったぁ!!」

 

 

 今まで出会ってきた女性を思い返してみたら思わず吹き出してしまった。

 なんか自分自身でも悲しくなってきたよ。

 

 

「そろそろ幕引きかな」

 

「…………何を」

 

 

 俺はゴッホちゃんの方を見やりながら、呟く。

 

 沖田はどうやら大丈夫のようでいい感じに立ち回れている。

 武道の道を行く者ではないカーミラでは、沖田たちの相手は身に余る。間も無く、退去させられることだろう。

 

 

「さぁ、準備はいいかい?」

 

「さっきから何を言って──────なっ! これッ!?」

 

 

 俺は指を鳴らす。詠唱破棄の工程(アクション)だ。

 

 すると、地面から成人男性の胴回りはあろうかという蔦が数本以上生え、マルタを拘束した。

 なに、俺も馬鹿正直に戦っていた訳ではない。ぶつかり合う度に特別製の種を落として準備をしていたのだ。

 

 

「悪いね。生憎、俺は魔術師なもんで」

 

 

 俺は、拘束されたマルタに向かって笑い掛け、指を組んだ。

 

 鎧を解除して跳び去りながら、(てのひら)を打ち鳴らす。

 

 

「喝ッ」

 

「キャアアアァァァァァァ!!??」

 

 

 蔦は一斉に燃え上がり、焼却する。

 

 ドルイドの魔術も取り入れた、超簡易的な森守りの人形(ウィッカーマン)だ。

 魔術的意味も含めて、対サーヴァントでもそこそこの威力が望める。

 

 

「沖田! 魔力リソース自体はカルデア持ちだ! やっちまえ!」

 

「マジですか!? それじゃいきますよ!」

 

 

 俺は沖田へと叫んだ。

 

 沖田はハッとした表情で頷き、刀を正眼に突きの姿勢で構えた。

 

 

 

「──────早く」

 

 

 

 一歩目。

 カーミラとの距離を詰めた。

 

 

 

「──────早く」

 

 

 

 二歩目。

 間合いを図り、息を整えた。

 

 

 

「──────早く」

 

 

 

 三歩目。

 沖田の姿は掻き消え、桜の花弁に消えた。

 

 

 

「──────『無明三段突き』!!!」

 

 

 

 現れた沖田は、刀を振り抜いた姿勢で静止していた。

 

 そう、既に刀はカーミラを貫いていた。

 

 

「──────―」

 

 

 カーミラは悲鳴を上げる間も無く、消滅する。

 

 

「けほっ」

 

「おいおい、締まらないな」

 

 

 沖田は、膝をつき血を吐く。

 最後の最後でスキルが発動してしまったようだ。

 

 寄って回復用の霊薬を手渡す。

 

 

「んくっ、んくっ…………ぷはぁー。ありがとうございます!」

 

「礼には及ばんよ」

 

 

 俺は襟元を緩める。

 

 流石にレイシフト直後の運動は疲れる。

 汗も掻いたし、少し不快だ。

 

 俺は強化魔術を解除した。

 

 

 

「──────―『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』ッッッ」

 

「なっ!? まだ生きてたのか!」

 

 

 

 魔術を解除した瞬間、盛っていた豪炎より甲羅が飛び出した。

 

 その上には──────―マルタ。

 

 

「呪いが薄まって助かったわ! またね!」

 

「あぁ…………そういうこと」

 

 

 回転するタラスクはマルタを連れて遠い彼方へと飛んでいく。

 

 はぁ…………ウィッカーマンに連なる魔術は、処刑の魔術だ。

 性質は、罪や罰の浄化。

 聖杯によってバーサク化されていたのが、魔術によって解除されたのだろう。

 

 

「マスターさま」

 

「──────…………いいや、追わなくていい。今はリッカちゃん達と合流するのが先だ」

 

「そうですか」

 

 

 ゴッホちゃんに、それっぽく返す。

 

 今ここでマルタを追ってまで倒す必要はない。

 

 後々、リッカちゃんやマシュ、ジャンヌの成長にもなる。

 ほっといても大丈夫だ。

 

 俺は空中でワイバーンを食い散らかす蜂を見ながら、呑気にそんなことを思うのだった。

 

 名前、何にしよう?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

束の間の『英雄問答』

 南西。

 

 それは一口に言っても、分かるのは方角のみであり、距離がどれくらいかまでは明記されていない。しかし、目的地への方向が分かっているだけマシだとも思う。何も分からない状況下よりかは楽でいいだろう。

 

 

「だから、文句は慎め」

 

「えーでもー、沖田さん、疲れちゃいましたよー」

 

「そろそろ静かにせんと置いてくぞ」

 

「待ってくださいよー!」

 

「なんだ。動けるじゃないか」

 

 

 戦闘終了時から既に六時間が経過。俺たちは道なき道を歩み続けていた。

 残念ながら引き払われた人里に馬車や行商が通るはずもなく、ライダーのサーヴァントもいないため、足での移動が続いている。

 

 俺は大丈夫だが、沖田やゴッホちゃんは存外に辛そうに見える。

 沖田の場合はスキルのせいか、性根のせいか分からんが。

 

 というか、さっきからピーチクパーチク煩くて適わん。

 

 

「まぁ…………仕方あるまい。今日はここをキャンプ地にする」

 

「本当ですか!? やったー! これで休める!」

 

 

「馬鹿者めが。寝床を作ったり、火を起こしたり色々あるだろうが」

 

 

 日も傾き、紅の色味が強くなってきた日暮れ。

 

 雨が降っても大丈夫そうな森の外縁にキャンプ地を立てる。外縁なら獣の被害も少ないだろう。

 

 元気そうな沖田は乾いた薪を集めにいかせ、ゴッホちゃんには晩飯の用意を任せる。

 晩飯と言っても、カルデアから持ってきた携帯食料やら、森や道中で獲った獣肉やら木の実だったりする。

 

 

「うぅ、疲れました…………」

 

「なんで英霊が人間より先に悲鳴上げてんだ。ゴッホちゃんを手伝ってこい」

 

「非情です」

 

 

 項垂れる沖田の尻を蹴り、手伝いに向かわせる。

 ぐだぐだせずに、はよ行って来いってんだ。

 

 と、その間に、俺は適当な大樹を見つけて木の根元にドングリの実を植える。ピッタリ三つだ。

 そこへスーツケースから取り出した小瓶の中の液体を振りかける。

 

 

「“Fairy drop(妖精の垂れ雫)”」

 

 

 妖精の垂れ雫。別名を妖精の祝福。

 

 その実、妖精の鱗粉と俺の血液を混ぜた魔術触媒だ。鱗粉はフィンランドに行ったときに、邪精と化していた妖精から搾り取ったもの。

 

 宙を不思議に揺蕩った紅玉(ルビー)色の液体は、地面に吸い込まれるなり、植えてあったドングリを急成長させた。

 

 大樹と複雑に絡まったドングリは、その先端を巨大な球体状に膨らませて、しな垂れる。

 巨大ドングリの中は、空洞となっており、植物特有の保水と保温が効いていた。

 多少、触媒の値は張るが、即席ツリーベッドの完成だ。

 

 

「なんですかコレ! 御伽噺でしか見たことない奴です!」

 

「ゴッホも思わず感動してしまいました…………」

 

「む。料理は終わったのか?」

 

「あ、はい。沖田さまと作りました」

 

「味見もバッチリです!」

 

 

 晩飯の支度も終わったようで、沖田とサムズアップを決めており、ゴッホちゃんも恥ずかし気に親指を立てていた。

 

 空を見れば、日は完全に沈み、月が顔を出している。青白い、美しい月明かりだ。

 

 

「そうだな。飯にするか」

 

 

 人差し指を回し、組み立て式のカンテラに火を付ける。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 今日の食事は猪肉と山菜シチュー。普通に美味かった。

 

 作るのは大変でも片付けは簡単なもので、器には状態保存の魔術が掛かっているので適当に水で洗い流せば終了だ。

 

 

「ほれ、ヒイロ」

 

「Beeee」

 

 

 食後は蜂の使い魔──────名前はヒイロに決まった──────に餌をやる。

 

 適当に余った部位の生肉を与えてやれば、皮や骨ごと嚙み砕く。

 蟲というのは、よく気持ち悪いと忌避されがちだが、キチンと観察し、飼えばそれも薄まると思う。

 

 元来、魔術界隈でも、常日頃から進化と適応を続ける虫/蟲に対して神秘を見出す流派や家系は、少なくない。

 特に西洋魔術の部類では、蝶魔術(パペリオ・マギナ)がその筆頭だが、他にも地方・都市部でも使われている人気の魔術なのだ。

 

 魔術師になって極めると分かる。

 間桐の一族は、一般人の倫理的観点から見ると行いは兎も角、魔術師としては正しいことをしているし、随分とコスパの良いことをしているな…………とは思った。

 

 だが、桜ちゃんみたく人間を依り代にするんじゃなくて、母体に聖杯の欠片を埋め込んで、それから生まれ出てくる蟲同士を蟲毒の術式で極めれば…………あるいは至ったかもしれんのに。惜しい。随分と惜しい。

 

 斯く言う俺も、実家に蟲蔵を作って蟲毒で延々と最強の虫を作っているんだけどネ。

 マキリ・ゾォルゲンもオルロック・シザームンド氏のように意識を転写出来る分野を研究すれば良かったのに勿体ない。

 

 

「お前たちは先に休んでて良いぞ。火守りはやっておく」

 

「そう、ですか……? では、先にゴッホはお休みさせて頂きます」

 

「良いんですか!? 沖田さんも失礼しまーす! お休み!」

 

 

 毛づくろいしているヒイロを見やりながら俺はサーヴァント組に休めと指示を出す。

 

 サーヴァントは受肉していないだけに、休まなくても大丈夫と思われがちだが、実の所そうではないことをご存じだろうか。

 サーヴァントは霊体の存在だが、いや、寧ろ霊体の存在だからこそ精神的な部分での休息が必須なのだ。特にスキルによる弱体化やサポートを行うサーヴァントに関しては。

 

 俺は、ヒイロの毛並みを撫でる。

 手足や胴体は甲殻に覆われているが、頭や腹に至ってはそうでもない。荒れて血の付いたヒイロをブラッシングして整える。

 

 俺的には、蟲は可愛い。特に昆虫、空を飛ぶ類は大好きだ。但し、ゴキブリ、テメェは駄目だ。

 

 

「う~む、やっぱりこれは魔術師になったが故になのか…………それとも御家の魔術故なのか」

 

 

 考えれば考える程、ツボに嵌っていく感じがする。

 

 魔術師だから神秘を有す蟲に嫌悪しないのか、御家の魔術が自然にまつわるものだからか。

 

 それはとても難しい問題だ。

 実際問題、実害とかないし究極どうでもいいが、興味本位に気になる。

 

 だが、得てしてこういう哲学的問題は一人では解決しないことが多い。

 故に俺は()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「なぁ、君はどう思う、()()()()殿()?」

 

「──────はは! ()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 そりゃぁ、バレるだろ。そんだけ見てりゃ。

 

 と、俺は言う。

 

 

「やっぱ、冠位(グランド)モドキは真の冠位(グランド)には勝てないってことかな?」

 

 

 ふわりと、空間が揺らぎ、薄紫と桃色が混ざった色をした花弁が宙を舞う。

 

 花弁の一枚一枚に、五……いや、十年来の宝石レベルの魔力が籠っているのだから驚きだ。

 

 

「いいや、そうでもないさ。マーリン、お前さんが魔術師としても英霊としても冠位(グランド)になれないのは()()()()()()()()()からだよ」

 

 

 俺は、のべつ幕なしにマーリンに言った。

 

 マーリン。

 

 それはアーサー王伝説に必ずと言ってもいい程よく現れる魔術師のことだ。

 FGO……または型月作品に連なる作品では、またの名を“ろくでなし”と呼ばれる。

 

 

「背負える者?こう見えても私は、一応、グランドキャスターの資格を持っているんだけど」

 

「夢魔が人間に張り合うなよ。たかが知れるぞ」

 

 

 そもそも時計塔規格の冠位(グランド)とサーヴァントしての冠位(グランド)は意味合いが違う。比べるものではないことは確かだ。

 

 

「かの英雄王も、とある聖杯戦争で言っていたとも」

 

 

 思い出すのは、冬木で起きた聖杯戦争の一幕。

 

 原初の英雄にして、無限の可能性を秘めた宝物庫を持つ英雄王の言葉。

 

 

 

「『──────英雄とはな、己が視界に入る全ての人間を背負うもの』だとさ」

 

 

 

 マーリンは、遺憾反応を示さず、儚げに微笑を洩らすのみ。

 

 

「──────私も」

 

「ん?」

 

「私も、あの子の咎を共に背負えば、()()はならなかったのかな」

 

 

 マーリンが弱気な声音で言う。

 

 これは珍しい。夢魔たるマーリンがそんな感情を発露していたとは。

 

 

「うん?お前さんは、王作りを趣味の一環で行っていただけと記憶しているが」

 

「まあね。でも、あの子の………理想の王の最後は、あの王国の末路を思うとね」

 

「あん……?要するに自分の作った最高傑作が大失敗してるの見て落ち込んでるってとこか」

 

「うん。そうなんだろうね。彼女は王としては完成していた。でも、結局はあの始末。私は、正しきキングメイカーでいられたのかなって」

 

「ぶはっ」

 

 

 俺はマーリンの言葉に思わず吹き出す。

 シリアスな雰囲気の中やることではないんだろうが、笑いが止められない。

 

 ゴッホちゃんや沖田は起きていないだろうか? 心配だ。

 

 

「何が可笑(おか)しいんだい?」

 

「バッカお前! これが可笑しくなくてどうすんだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「──────!!!」

 

 

 まさか、これほどまでにマーリンが王作りにご執心だったとは……。趣味に傾倒し過ぎるのも考え物だな。

 こう言ってはなんだが、ギルガメッシュ王の言う、「愉悦」と言うものが多少は理解出来た気がしたよ。

 

 

「マーリン、お前が作ったのは英雄でもなんでもねぇよ。作ったのは、人を、国を、纏め上げるためだけの舞台装置だよ」

 

「だけど、それでも彼女は英雄と、王と呼ばれた」

 

「アルトリアのことか? だったら、尚更笑えねえよ。『英雄』、()()()()()()()()()()()()

 

 

 駄目だ! 

 もう、腹が痛くて仕方ねぇ! 

 

 なーんで、マーリンファンはこんなのを尊敬するのか分からん。

 直面して分かる。

 マーリンは本物の自己中だ。クラスをキャスターからエゴイストとかに変えた方がいい。

 

 

「俺はとっくの昔に気付いてたぞ。気付かせてくれたのは、中身(クロノス)だけどな」

 

「気付いていた?」

 

「ああ。英雄ってのは、()()()()()()()()()()()()ってことだよ」

 

「しかし」

 

「志して大成した者もいるってか?」

 

 

 マーリンは未だ、納得していないのか不満げに眉根を潜めて頷いている。

 少しは自分で考えようぜ? 

 

 こりゃ、アルトリアが嫌悪するはずさ。

 

 

「One murder makes a villain, millions a hero. Numbers sanctify」

 

「──────?」

 

「現代の皮肉屋が綴った映画の台詞だよ」

 

「『一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄になる』だね?」

 

「正解。俺は、これを中々的を射ていると思っている。何せ、百万人も殺せば──────()()()()()()()()()()()()()()()。特に力を持たない一般人は」

 

「それは…………」

 

「この世に存在する全ての英雄に対して、英雄と称えた民衆が全員抱いた本音だと俺は確信してる。俺を冠位(グランド)冠位(グランド)って呼ぶ奴らも全員そうさ」

 

「極論だ」

 

「極論だぜ? だが、英雄が凡百とでも?」

 

「………………」

 

「そういうコト。英雄ってのは恐怖を抱かれて初めて勇者になる。後は導けたかどうか、信仰を得られたかどうか、称賛を得られたかどうか、だ」

 

「つまり、アルトリアは…………」

 

「うむ。後者二つ、信仰と称賛を得られた結果の善性の英雄だ。俺から言わせれば、英雄として完成していても、王としては未完成にも程があるってトコだな」

 

 

 マーリンは沈黙する。

 

 深く。深く祈るように、しっかり目を瞑って何事か考える。

 手に持った杖が小刻みに震えているのが分かった。

 

 やがて、マーリンは目を開けた。

 

 

「でも、()()は自分を変えないよ」

 

「変えられない、の間違いでは?」

 

「そうとも言う。でも、所詮、英雄はエゴを貫き通した者だ」

 

「は。………………言うじゃねぇの」

 

 

 これはトンだ皮肉だ。

 

 俺は民衆に主眼を置いて恐怖された者が英雄と呼び、マーリンは個人の自我を貫いた者を英雄と呼ぶ。

 

 生きた年月………否、観点の違いだ。

 

 俺は第三者視点──────プレイヤー目線としての観測者目線。観客だ。

 反してマーリンは、主観的観測者。舞台上にいる観測者(デウス・エクス・マキナ)だ。

 

 見る場所、居る場所が違えば、基準が違う。

 作ったか、そうでもないかで、英雄像の在り方も変わる。

 

 

「ま、それぞれだってことだな」

 

「うんうん。そうだとも。じゃあ、キャスパリーグのことを頼んだよ」

 

「キャスパリーグ…………フォウか」

 

「うん。君は知ってるみたいだしね」

 

 

 俺とマーリンはお互いに背を向けた。

 進む人生(みち)が違う。なら、進む方角が違うのも必然だ。

 

 

「バイバイ。我らが魔法使い殿」

 

「じゃあな。我らがキングメイカー」

 

 

 辺りに花弁が舞った。視界が塞がれる。

 きっと、アヴァロン。あるいは第七特異点で戻るのだろう。

 

 …………ふと、誰かが笑った気配がした。

 

 

「──────ボクからしたら、君も充分、英雄だけどね」

 

 

 空気を伝わる言葉は、粘着質に耳の奥に残る。

 

 俺はやるせない気持ちを追い払うように、頭の後ろを掻く。

 パチパチと弾ける焚火が、現実味を俺に運んで来るのだった。

 

 

 「ケッ」

 

 

 まだまだ、特異点も、夜も、長い。




2022/04/05/00:40に本文の内容を一部修正致しました。
理由としては、マーリンへの過度なヘイト・スピーチ、また、設定の異なるように解釈出来る表現を使用してしまったためです。大変申し訳ございませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

方針決定/急速な展開?

「じゃあ、今日はこのくらいで。いい加減夜も明けた」

 

『はい。失礼させて頂きます』

 

「ああ。短くても良いから仮眠はしっかり取るように。交代の要員ぐらいは居るだろう?」

 

『はい。了解しました』

 

 

 オルガマリー嬢は、隈の濃い瞳で頷いた。

 やがて数十秒のラグの後、通信とホログラムは切れる。

 

 俺は特異点下時間に合わせた腕時計を見た。

 

 時刻は、朝の六時半。

 太陽も顔を出し、白く眩しい光を放射する時間帯。

 

 俺は昨晩、マーリンとの会合を胸に秘め、朝を迎えていた。

 

 マーリンのお陰か、幸い獣の類は一切に来ず、襲撃してくるエネミーもいなかった。

 魔術師の修行過程で瞑想には慣れているので、睡眠は二日三日しなくとも支障はない。

 

 

「そろそろ起こすかな…………」

 

 

 焚火に乾いた木材を追加に投下する。

 パチパチと燃え盛る炎も落ち着き、メラメラと揺れている。

 

 

「まあまあ正史を辿っているようだが…………果たしてどこまで続くか…………」

 

 

 火の粉が宙を泳ぐ。

 俺はそれを見つめながら思考を巡らせていた。

 

 どうやらリッカちゃんの方は、無事………かどうか、意見が分かれるが所だが、取り敢えずあの場を切り抜けられたようである。

 

 オルガマリー嬢の報告によると、複数のサーヴァントの襲撃―――話によると黒王が大活躍だったとか―――を凌いだ後、原作通りにマリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの二名と合流出来たらしい。

 

 順序や展開に大分ズレが生じているが、本筋からは大幅に脱線しないでストーリーが進んでいるようで一安心だ。

 

 また、本物のジャンヌ・ダルクと偽物の…………ジャンヌ・ダルク・オルタとも相まみえたとのこと。

 結構なスピード展開だ。

 

 

「さて」

 

 

 俺は膝に手を打つ。

 

 本日の朝食はどうしたものか。

 俺はスーツケースの中を色々と物色する。

 

 ………………昆虫食は絶対に嫌がられそうだしな。

 

 とやかく、昆虫食は気味悪がられるが、普段食べている抹茶とかも蚕の食べ残した糞だと知っている人間が日本に何人いるか。

 多分だけど、昆虫食が嫌がられるのは、蟲の姿のまま提供するからだと思っている。不快害虫って類もあるみたいだしネ。

 

 

「これかな」

 

 

 俺は朝食の食材を取り出す。

 無難に黒パンとベーコン、チーズ、鶏卵。

 

 フライパンを焚火の上に翳し、油を走らせ、ベーコンを並べる。

 適当に塩コショウを(まぶ)してしばらく放置。

 

 黒パンも遠火で温めて、チーズも表面を向けてじっくり溶かす。

 

 

「──────んぁ、んん…………朝ですかぁ?」

 

「ぬ…………ゴッホちゃん、お早う」

 

「ぁ、はぃ。おはようございます、マスターさまぁ…………ふぁ~」

 

 

 チーズの匂いに釣られたのか、ゴッホちゃんが目を覚ます。

 球体状の揺りかごから、欠伸を漏らしながら飛び降りる。

 

 俺は指を鳴らして術式を解除。ドングリは萎み枯れた。

 

 

「すみません。わたし、マスターさまのサーヴァントなのに一晩中休んでしまって」

 

「気にしなくていい。そう、気遣いが出来るだけマシさ」

 

 

 ほれ見ろ、と俺は沖田の寝ているドングリへ指を指す。

 

 

「ハッ! これは朝ご飯の気配! 沖田さんには分かります! 絶品の香りです! ロアさ~ん朝ご飯!」

 

 

 風で匂いを送るなり飛び起きて飯をせがむ沖田。

 お分かり頂けたでしょうか? これが日本の英霊です。ぐだぐだしてるなぁ…………。

 

 

「喧しい」

 

「あいたっ」

 

 

 指弾でドングリを額にぶつける。

 

 

「直ぐに出来るから待ってろ」

 

「はーい」

 

 

 ぐだぐだとした返事を聞き、沖田の方のドングリも術式を解除する。

 俺、寝ないんだったら寝床を作ったのは失敗だったな。

 

 ちょっとした後悔を残しつつ、俺はベーコンを裏返す。

 良い焼き目のベーコンの上に卵を割り乗せる。ちなみに俺は卵は半熟派だ。

 

 皆さんはどの焼き目がお好みだろうか? 

 

 

「ほれ、完成だ」

 

 

 木製の皿に目玉焼きの乗ったベーコンを滑らせ、軽くコショウを振る。

 そこに黒パンを添えて、そこにサバイバルナイフでチーズを押し乗せる。漂う香気と風味が食欲を誘う。

 おまけにコップにミルクを注いでやれば、簡易的ながらも朝食の完成だ。

 

 フォークを乗っけて二人に差し出した。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 まあ、凡庸な食材を在り来たりに調理したが故に、味は特段失敗しなかった。

 

 俺は黒パンを齧りながら、スーツケースから適当に生肉を取り出す。昨日の調理しきれなかった分の余りだ。

 

 それをヒイロへと投げ渡すと、六足で器用に掴み取り啄む。

 蟲類の使い魔は雑食性でコストパフォーマンスの面でも助かる。

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 

 朝食が終われば、旅の再開。

 野宿の痕跡を消し、道なき道を辿る。

 

 今朝の内にミーティングや擦り合わせは済ませている。

 

 昨日の目的地かつ集合地点の街はサーヴァント同士の戦闘で半壊。そのため、サーヴァントらしき存在の噂があるリヨンへと向かっているとか。

 

 距離的には俺たちの方が近いが、向こう側にはマリー・アントワネットのガラスの馬車がある。普通に考えれば、早く到着するのはリッカちゃん側。

 

 だがしかし、リッカちゃんたちにはマルタとの戦闘イベがある。恐らくだがリヨンに一早く着くのは俺たちの方。

 

 となれば、ファントムやファブニール、ジャンヌ・オルタやランスロットと戦闘する可能性が高いのも俺たち側。

 

 

「む…………」

 

 

 魔法の開帳をすれば全員座に叩き返す事も出来んこともないが…………逐一、使って殲滅していては魔力の運用コストが馬鹿にならないし、リッカちゃんたちの成長にもならない…………。

 

 ベストは良い感じに戦闘を長引かせて、途中乱入して貰うことだ。

 そうすれば戦ったという口実の元、戦闘経験も積ませられる。

 

 うむ。現状はその方針で行こう。

 

 

「げぇ…………こんなに距離あるんですか」

 

「沖田さま、一緒に頑張りましょう! ゴッホもいっぱい歩きますので!」

 

「うっ、純朴な瞳が心に刺さる……!」

 

 

 リッカちゃんの方は、黒王がいる。

 なんの問題もあるまいて。

 

 俺はぐだぐだとした光景を眺めながら、そう思うのだった。

 

 歩調を変えず、一定に、俺たちは歩き続ける。

 まだ見ぬ戦場へと向かって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ROUNDⅡ

 なんとも無理のあるスケジュール。

 

 ………………というか、この手の物語は常に薄氷の上で成り立っている。いくら強いとはいえ、部外者が入り込めば崩壊は必至か。

 ああ、だりー。

 

 俺は、世界の危機とは裏腹によく晴れた晴天を見上げる、

 世界は崩壊間際で、特異点にはカウンターのサーヴァントが現れるんだぜ? 聖杯でもそれぐらいしてくれるなら、アラヤとガイアも何かしらしてくれていいと思うんだが…………。

 

 

「沖田」

 

「? 何です、ロアさん?」

 

 

 首をコテンと傾ぐ沖田に俺は、呑気だなと感想を抱きつつもこれからの概要を伝える。

 ゴッホちゃんは、これから常に俺のサポートに回ってもらうので指示は今でなくともいい。

 

 

「ほら、あそこに見える街があるだろ」

 

「ええ、まあ」

 

「あそこの街の名前、リヨンって言うんだけどさ」

 

「はい」

 

「なーんか、サーヴァントいるっぽいんだよネ」

 

「はい!?」

 

 

 これに関しては原作知識とかではない。

 

 リヨンが見え始めて、距離が二キロ少し辺りからだろうか、街の方から魔力がすっごい流れてくるのよね。

 龍脈の流れとかも、供給量の大小が無茶苦茶でラインがズタボロ。

 

 恐らくだけど、聖杯に召喚されたバーサク・サーヴァントがいるんだろう。

 なまじ魔力リソースが足りないので、街の人達を吸魂して龍脈から魔力を吸い上げていると考えられる。

 

 そのせいで汚染された魔力が駄々洩れだが…………これ、ゼッタイに二体以上はいる。

 

 

「オルガマリー嬢、そっちの魔力計測器凄いことになってないかい?」

 

 

 俺がホログラムに呼び掛ける。

 ロマニの方は忙しいらしい。マルタとの戦闘が始まったのかね? 

 

 

『魔力の波が不規則に揺れています。周囲一帯の空気の魔力濃度も平均一定値を大幅に超えているので、サーヴァントが一体以上はいることが確実かと』

 

 

「だよね」

 

 

 原作通りにファントムだけなら沖田だけでも対処出来ただろうけど…………アタランテとかランスロットが来ては手に負えない。

 

 なるべく、リッカちゃんたちに早急に来て貰った方がいいな。

 

 

「こりゃあ、行商も全部食われた感じだな」

 

 

 リヨンからは人の気配がしない。

 まあ、サーヴァントがいるから当たり前なんだけど。

 

 と、俺は(おもむろ)に顔の前で右手を突き出す。

 右手をぐるりと回す。動作的には鍵開け。

 

 そして、捻った右手は高速で飛来する矢の胴体を掴んだ。

 

 …………ああ、こりゃアタランテ確定だな。

 

 

()ちち…………矢だってのになんつー回転量だよ」

 

 

 俺は摩擦で真っ赤に焼けた手を振りつつ、愚痴を漏らす。鏃ではなく、胴を握ってこれだ。

 

 どうして矢でそこまでの遠距離攻撃が出来るのか不思議でならん。

 俺的には神話を書いた馬鹿の誇張表記が原因だと思っているんだが…………。

 

 

「…………なんか、飛んできたんですケド」

 

「ああ、飛んできたな」

 

「飛んできました」

 

 

 沖田は真顔でこっちを見てくる。

 ゴッホちゃんは冷や汗を掻いていた。

 

 俺は手の中の矢を圧し折って、地面に放り捨てる。

 

 

「ま、そーゆー訳。沖田、血吐かないであそこまで矢避けながら近寄って、射ってるサーヴァント倒せる?」

 

「無理です無理無理無理無理…………っていうか、ロアさん普通に矢を素手で掴んでるですか。馬鹿なんですか?」

 

「喧しい」

 

 

 俺だって突然のことでビックリしたんだ。

 本当なら鎧纏って防御したかったわい。

 

 はぁ。神秘が強いってだけでこれだ。近代の銃器を扱うサーヴァントは形無しだな。これじゃ。

 

 

「大丈夫ですか、マスターさま」

 

「ん? まあな」

 

 

 俺はゴッホちゃんに焼けた右手を振って応える。

 破傷風とか化膿とか普通ならあるんだろうが、実際問題、俺は身体の中色々弄ってるし弄られてるから問題はないんだが…………見た目が痛々しいし、それなりに痛いので直すのが吉か。

 

 

「しばらく守ってくれるか、沖田?」

 

「んー…………矢だけなら大丈夫だと思いますよ」

 

「そうか。任せた」

 

 

 毎度思うが、幕末日本の英霊は神秘が限りなく薄い環境のくせに能力が限りなくバグってやがる。

 神秘を肉体と技術で追い抜くとか魔術師泣かせだわ。馬鹿にしてんのかこの野郎。

 

 俺は、スーツケースからアロエを取り出す。

 薄ーく、そして水分過多なアロエを伸ばして右手に巻く。

 ひんやりとした低温が心地よい。

 

 左手を翳して魔術名(マジカルモットー)を唱える。

 

 

「“A wake(活力よ)”」

 

 

 ぽしゅん。

 

 急速に萎んだアロエは水分と葉緑素を右手に明け渡すようにその身を枯らす。

 カサカサになったアロエを外して捨てる。

 

 俺は、すっかり完治した血色の良い白色の右手を握る。

 問題なく治ったようだ。これが、神経まで逝ってたら今以上の快癒魔術が必要になる。表面だけで良かった。

 

 

「あ、治ったんですか? 良かったですね」

 

 

 目線を上げれば矢を弾く沖田。

「よっ」という気軽な掛け声と共に振るわれる刀は、空気を裂いて飛来する矢を弾いていた。

 

 何が凄いって、ほぼ音速にも近い速度の矢を、鏃を狙ってピンポイントで撃ち落としているところだ。

 ここまでくると最早、曲芸の領域だ。

 

 

「ほっと」

 

「沖田さま…………凄いです」

 

「ふふーん! もっと沖田さんをほめても罰はあたら──―ごふっ」

 

「やっぱお前馬鹿だろ」

 

 

 矢を弾いた数が二十を超えた辺りからか。調子に乗った沖田が吐血。

 その間隙を突いた矢が五つ飛ぶ。

 

 俺は呆れながらも特殊警棒を抜く。

 

 

「うい」

 

 

 まずは一撃。警棒の展開と同時に先頭の矢を叩き落す。

 

 

「ほっ」

 

 

 返す刀で振り上げて一射目の裏にあった矢を打ち上げる。

 

 

「よっ、っと」

 

 

 上段から弧を描き、横凪に一閃。沖田とゴッホちゃんを狙っていた矢を殴り飛ばす。

 

 

ひゃふと(ラスト)

 

 

 俺の顔面目掛けて飛んできた矢を歯で止める。

 

 

「ペッ」

 

「「おおー…………」」

 

 

 この間、二秒の出来事だ。

 

 ふざけてるだろ? 二キロ以上先から相手の動きを読んで五射も放ち、仲間を守ることも前提に入れて放っていると来た。

 

 適応出来てる俺も大概だがな。

 

 

「ん………………なんか来てね?」

 

「来てますね」

 

「来てます…………沖田さんより早くないですか?」

 

「弱気になるなよ。こっちが心配になる」

 

 

 目を凝らすと外壁から飛び降りる人影が。

 あー…………痺れを切らしたのか、埒が明かないと踏んだのか。

 

 まあ、どちらにせよ俺らからすれば好都合。遠くからチクチクされるよりかはマシだ。

 

 

「他にも何体かいるっぽいけど…………あれの相手したい?」

 

「遠慮しときます」

 

 

 首を横に振り、手を小さく上げる沖田。

 

 

「OK なら邪魔が入らない様に頼む」

 

「はい、了解────―しました!」

 

 

 沖田は満面の笑みで真後ろへと刀を振り抜いた。

 振り抜かれた刀は幾ばくかの拮抗の後、背後にいた人物を吹き飛ばす。

 

 土煙を上げて転がったのは、仮面を付けた陰気な男、バーサク・サーヴァントのファントムである。

 

 

「ああ! クリスティーヌ! 私のクリスティーヌ! 貴女は今何処へッ!」

 

「ええい! 私はくりすてぃぬではありません! 沖田総司です!」

 

 

 沖田は、再び起き上がり襲い掛かるファントムと戦闘を開始。

 ついさっき血を吐いたばかり、速攻で片を付けるようだ。

 

 

「さ、ゴッホちゃん、こっちもなるべく早く終わらせよう──────“Excitation(励起せよ)”」

 

「はい! ──────習作ですがどうぞ!」

 

 

 俺は鎧を纏う。

 ゴッホちゃんは鎧に絵を描く。タッチが変わって、戦火に燃える蜂の絵だ。

 

 

「悪いが、倒させて貰うぜ」

 

 

 俺は、警棒を握り直し、スーツケースを構える。

 目の前には正気を失った獅子の耳と尾を持つサーヴァント、アタランテの姿。

 

 

「ラウンド(ツー)開幕ってな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。