二周目の人生は大空に焦がれる【完結】 (ノイラーテム)
しおりを挟む

やる気のないセカンドステージ

「うわあああっ! ……って、死んでない!?」

 その男は荒い息を吐いて目を覚ますと、部屋の隅に置いてある水差しへ乱暴に口を付ける。

思ったよりも大きなサイズである事もあるが、見慣れない形状……いや何処か記憶を掘り起こさせる形に顔をしかめる。そして洗面器に張られた昨日の水を覗き込んで一層に驚いた。

 

「これは俺か? いや、俺の顔だが……セイガクん時の姿じゃねえか」

 男はペタペタと自分の顔を触り、ついで体を撫でまわして苦笑する。

自分の体をまさぐるような趣味はないし、そこそこに鍛えて筋肉があるはずの体は柔らかかったのだ。幻覚魔法で姿だけ変化したわけではないらしい。

 

「……ここは相部屋で誰も居ねえ。つーことは記憶が確かなら中等部の後半以降だな。相部屋の連中は芽がで無くて家に帰ったころ……ってとこか? いやいや、それ以上に何で死んだはずの俺が中等部まで若返ってんだよ!」

 この男、一度目の人生では魔法使いの研究職をやっていたのだが、色々あって芽が出なかった。

腐れ縁で結婚した女房との離婚を契機に冒険者としてドロップアウト、やはり色々あったが最終的に初見殺しの罠に嵌って死ぬという散々な人生と言えただろう。

 

「全部夢だったにしちゃあ死ぬまでの記憶が生々し過ぎるし、昔の記憶が妙に鮮明になってやがる。死後の世界……それとも噂に聞く二度目の人生ってやつか? そんな加護があったと聞いたこともあるけどよ」

 ポイントとしては記憶であろうか。長年忘れていたようなことも思い出せるのだ。

学園の初等部は基礎教育メインで、魔法を始めとした様々な才能を伸ばすのが中等部。そして高度な専門教育を施すのが高等部であるなど、大人になってからは思い出す事もなく埋もれていた記憶を、その気になれば幾らでも思い出すことが出来た。もちろん生前の冒険者暮らしや研究職時代の仕事もである。

 

「こいつが『二周目の加護』ってやつか。ホントにあるとは知らなかったぜ」

 この世界にある神の加護は基本的にランダムで、しかも直ぐに判るとも限らない。

欲しい加護を望んで得られることはなく、また職業や性格に相応しい加護である保証も無い。運が良ければ判り易い『剛力の加護』を木こりや兵隊が手に入れ大成することもあるし、その逆であれば途中まで、下手をすれば気が付かずに有用な加護が埋もれることもある。笑い話として聖女や勇者と言われる種類の加護が、アラサーになった頃に判明することもあった。

 

男は苦笑しながら、ゆっくりと状況を把握することにした。

 

「前田啓治、熱田魔法学院高等部編入の許可を与える……。うん、俺だな。おあつらえ向きに高等部入学前ね。判り易いし何かするにしても丁度良い」

 どんな加護か判明したとしても、メリットとデメリットからは免れない。

デメリットで言えばこの前田啓治と言う男は二周目の存在など知らなかった。当然準備などできないし、そもそも人生をやり直したいなどと思った事も無い。もちろん小さな選択肢ではあったであろうが、別に恨み言も無ければ大きな後悔をするような決断などなかったのだ。あえて言うならば……無難過ぎた人生から、博打じみた人生に変えてみたいという程度だろうか?

 

「しっかしセイガクの時分たあ随分巻き戻されちまったな。まあジャリん時よりマシだが……古代魔法語に中等魔法理論ねえ、結構覚えてるもんだな。お、この当時から教育原理は魔法学でも変わってねえのか」

 メリットとしてはこの男は学術系職業(アカデミック)であったということだろうか? 

詰め込み教育式の暗記授業の類では困らないし、特に言語系の知識・経験はその後の人生を大幅に楽にしてくれるだろう。研究者の時に専門だった素材系の知識は冒険者時代に役だったが、これも役立ってくれるはずだ。何よりこれから何が起きるかと言う未来の中で、魔王が攻めて来て、どんな魔法技術が開発されるのかを知っているからだ。

 

「と言う事は魔王の来襲までまだまだ時間があるが……。予兆の事件まではあんま余裕がねえな。林のクソ爺はともかく、柴田パイセンとか平手センセとか世話になったしなあ。どうすっべ」

 復讐する相手や功名心の無いこの男には、具体的な目標がない。

しかし世界の歴史は無情にも進行し続ける。無為に過ごせば同じような流れに遭遇してしまうのは間違いがない。鳴かず飛ばずに終わった同じ人生を、当時の記憶のまま過ごすのか? それとも起きる出来事を修正するのか決断するならば早ければ早い方が良いだろう。

 

「とはいえ運命を変えるつってもなあ。事件が起きた『研修』に潜り込むにゃあ上級生であるか、魔法の腕前が必要。……もちろんスキルポイントが増えたりはしてねえよな。余った時間で鍛え直すにしても相当に吟味が必要だぞコリャ。しかも……その後で起きることを考えたら迂闊に決断も出来ねえ」

 男が取り上げたのは入学許可証の脇に置かれた一枚のカードである。

人類を滅ぼそうと魔王が襲来するたびに、人類は一致団結してこれに当たる。全滅戦争において勝利する為、尋常ではない予算が投入されて様々な技術が発展し、色々な産物が目まぐるしく変わってくのだ。このスキルカードもまたその一つであり、二度目の魔王襲来時に発明された物で、心身に働きかけて、効率よくスキルや魔法を覚えさせてくれる物である。

 

「何がマズイかって、この後が飛行船時代なんだよな。戦闘に特化しても歩兵にしか成れねえ。研究に関わる以外のポイントを一部に特化してぶっこむか、程ほどにバランス良く抑えといて……アー! もう面倒くせえったら!」

 今代の魔王襲来に対し、大きな技術開発が起きる。

特に大きいのが飛行船であったり、騎乗型ゴーレムなど何かを操縦する技術の登場だ。この為に単純な戦闘力は現地での戦況にのみ関わる事になり、個人単位での活躍の幅は狭くなってしまうのである。魔王軍との戦いで大活躍するのは勇者と呼ばれる有用な加護を手にしている者であるか、あるいは幼いころから鍛えられる王侯貴族の縁者のみであろう。この男が悩むのも仕方がないと言える。

 

「研修に潜り込める程度に何とかするのが大前提としてどの魔法系統をメインにするかだよな。……ハイ! 悩むのは今度今度! これ以上はハゲちまうぜ」

 この世界では地水火風の基本系統、習得が難しいが強力な光と闇の魔法が存在する。

これらの魔法を習得しつつ、やがては研究する分野の上級魔法を覚えていくのだ。問題なのは飛行船やゴーレムに関わる際に魔法系統が影響してくるし、上級魔法でどんな分野研究するかが重要になって来るだろう。あえてこの時点で決断できるとしたら、戦闘魔法をメインにしたりはしないということか。二周目の加護はもはや意味がなく、誰もが持つはずの加護を彼は持っているとは言えないのだから。

 

「……後はオンナ、か」

 もし本当の意味で、この男に心残りがあるとすれば女性関係だ。

別れた女房はこの当時からの縁であるし、初恋の人は憧れのマドンナでしかも年上と恐れ多かった。そしてお姫様が在学しているとは聞いていたが、勇者と共に魔王相手に戦う事になるのだとは思いもしていなかったのである。口説けば恋人になれるとも限らないが、彼女たちに関わるのも面白い選択肢ではないかと思う。少なくとも何をするか悩んでいる二度目の開始時においては。




 と言う訳で二周目系にそれなりの理由を付けてみました。
なお登場人物の名前は面倒なので、戦国武将の苗字+声優の名前です。
主人公は『ひろし』とか『サージェス』とかになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二周目のタイムスケジュール

 時間の針が刻一刻と動き続ける。

特に取り返しのつかない大きな針が魔王とその軍隊の存在だ。彼らは人類社会を滅ぼすために動いているので、日頃は仲が悪い国々でさえ協力し始める程である。例え悩んでいても無視できる事では無かった。

 

「確か……最初の予兆はウチの学校を始めとした各所への襲撃なんだよな。当時は魔王と関連付けもしなかったが。判って見りゃこれ以上ない組み合わせではある」

 進学が決まり中等部は暇なのを利用し、図書室でお勉強と称して考えをまとめ直す事にした。

時系列的に魔王は既に代替わりしており、その軍隊は着々と手を広げている。その手始めに幾つかの場所を襲撃する訳だが……、熱田魔法学院がその一つとして選ばれたのも幾つかの理由が存在した。例えば後に魔王軍四天王と呼ばれる存在の一人が、危険思想で追放された上級生徒であったという事実だ。調べれば判る事もあるし、記載されて居ないこともある。不名誉などはその一つと言う訳だ。

 

「確か怪しげな研究に手を出して追放されたんだっけな。何に手を出して追いだされたかまでは知らねーが、そりゃ恨むだろうよ。資料集めを兼ねて襲撃の一つも企てるわな」

 いわゆる『堕ちた大魔導師』が魔王軍の予兆事件における黒幕だ。

邪な研究が発覚して追放されるのだが、その人物は学園に関連する全施設での記録と資料に関する閲覧権から排除されていた。それゆえに研究施設からの追放は、もはや学問を放棄せよと言うに等しい。この男、前田啓二は卒業生ではあるが……研究職を辞めて冒険者にドロップアウトしたがゆえに、その苦労は察して余りある物があった。

 

「とはいえ同情はするが見て見ぬフリをするのは論外だ。世話になる人らが殺されるってのはゾッとしねえし、何よりもその後が随分と違うだろうしな。専門分野を学んで終わりにするにしても、研究職に進むにせよ差はデケエ」

 ここで重要なのが教育者の担当人数と、そのコネクションだ。

一人の教師が生徒の力を伸ばせるのは三名から五名、教養や講座などの聴講生も二十名強が限界と言われている。仮に面倒見の良い生徒など教師の才能がある者を選び、指導補佐として据えたとしても若干の増加が精々である。こんな状態で教師と上澄みの上級生の多くが死ねば大変なことになるだろう。専門教育を学べる相手が居なくなる上に、研究職や魔法使い向きの仕事に推薦してもらえなくなるという点では絶望的である。

 

「研修に参加するのは無理すればできるとして……問題はどうして大事になったか、だよな」

 堕ちた大魔導師が引き起こす事件の発端になる研修は、掘り尽くされた古代遺跡の探求である。

上級生以外でも教師が見込んだ優秀な生徒であったり、将来の志望的に役立てると見込まれた者がメンバーに選ばれる。ゆえに教師が好む分野で己を鍛えたり、最悪の話だが……研究に有用な素材収集を専門とする冒険者じみたフィールドワークの研究者志望だとでも言えば良いのだ。しかし問題なのはこの事件がどうして大問題になったか公表されていないのだ。自分の学校が関わる事もあり尋ねはしたが、むしろ冒険者に成ってから確かめたことが多かった。

 

「セイガク共は役に立たねえとしても、教師陣はあれで立派な魔法使いだ。掘り尽くされた遺跡とはいえ十分な護衛や、場合に寄ったら指導員として冒険者を連れてたはずなんだよな。首謀者がソレを出し抜くのは当然としても、どうやって殺して回ったんだか……」

 実戦経験のない学生は何処まで行っても学生だ。

しかし教師陣の多くは優秀な魔法使いであり、攻撃魔法を覚えている者がゼロとは到底思えない。他にも有用な魔法は色々あるし、護衛や冒険者に付与系や強化系の魔法を掛けるのが一番建設的だろうか? そんな手段を誰も思いつかないとは思えないのだ。

 

「あー止め止め。ここで考えても意味はないし、やっこさんは考え付く全部の事をやっただけと思っとこう。後は情報を集めて現地でも色々やるって方向でいくしかねえな。どうせ二度目の人生で知っているとか言っても信じてくれねえだろうし、英雄願望の教師や冒険者に頼んでもたかが知れるってもんだ」

 中等部にある資料では調べられることが限られる。

高等部なら多少はマシな筈だし、上級生から研究職になってる先輩ならば経験者として色々聞くことも出来るだろう。それを考えたらやるべきことは一つしかない。

 

「てーこたあ、することは何をするか決める事だな。可能な事の全てが有効じゃねえし、その後の人生も考えれば無意味な選択も無しだ。覚えることを捨拾選択するっきゃねえ」

 学生が一人入れ替わっても普通ならば大したことはないが、彼は二周目の人生である。

一周目の人生から引き継げる僅かな知識を活かし、基礎学問や古代魔法語などの言語系はそれほど覚えなくても済む。教師が関心を覚える程度に若き日の自分が覚えてない事でも質問して見せれば良いだろう。余った時間で魔法のいずれかを使い物になるレベルで習得し、戦闘経験を活かせばそこそこの活躍は可能だろう。その力で失われては困る数人を助けて回れば良い。問題なのは全てを戦闘のみに費やしたら、その後の人生は戦闘で埋まる事になってしまうことだ。

 

 

魔王軍が時計の長針であるならば、その後に来る発展が短針というところだ。

図形で言えば、形を決める縦の線と横の線と言い換えても良い。何もかもを選べない以上は、スケジュールの進行に合わせて決めていくしかない。

 

 

「基礎の魔法をどう割り振るか、専科も何にするかは悩みどころだが……将来を見越せばおのずと絞れる」

 魔王軍に対抗する為、通常時では考えられぬ予算と人材が技術開発に投入される。

古代王国が滅びて新しい国家に成り代わり、既に三度目の襲来だ。相手も代替わりしたり傷ついて復活に時間を掛けたりしているが、その度に大きな変革があった。魔物の素材を活かすことで、古代王国時代よりも劣った技術でも魔法の武器を作れるようになったり、魔法の様に即効性のあるポーションの開発。あるいはそれらの発展形と本来であれば大きく悩む選択肢ばかりであった。基礎魔法も関わって来るのだから悩みも大きくなるのだが……。

 

「付与魔法や召喚魔法も悪かねえんだが、やっぱ飛行船の登場は外せねえだろ。何が違うかって移動力がダンチ過ぎる」

 技術の発展でこれまでの技術が向上するし、これまで出来なかったことができるようになる。

啓治が生前に研究していた素材関連だと魔法金属の再発見と再現だろうか? 錬金術ではとうに卑金属から貴金属は作れないと研究されていたし、ミスリルやオリハルコンと言った金属も自然界には存在しないと判って居た。それらが結びついて花開き、魔法金属を貴金属から魔力を精製し神秘を昇華する方法で疑似的に造れるという事が判ったのだ。そして魔物の素材を使って劣った技術でも魔法のアイテムを作る技術と結びつき、個人でも製作可能になったり、これまでとは違ったモノが作れるようになる。その集大成が飛行船なのだ。

 

「まずは対案として光メインで考えてみるか、強さとロマンの両方を兼ねるってのを越えなきゃ意味がねえ。光メインの幾つか有用な他の魔法をつまみ食いするって路線と飛行船の話を比べる」

 魔法には得意不得意があるが、光は対魔物を得意とし優秀な魔法が揃ったハイ・バランス型だ。

基本的な戦闘は光だけで十分に揃うし、光と同じくらい難しい闇魔法が吸収や精神系で相手を選ぶのとは対照的である。攻撃力の高い火魔法は不要としても、風魔法で空を飛んだり加速したりと言う風に有用な魔法だけ覚えて魔法技能そのものは低レベルで抑える手が有用なスキル構築だろう。もし勇者が器用貧乏に走って居たらそいつの持つ加護次第だが、こっちの方が強いとも思える程だった。学校で覚える専科を付与魔法にして武器でも作っておけば安心できそうだ。

 

「戦場を駆け回る光の剣士。勇者が育って来たら主戦線を譲って第二軍を率いてバックアップに回る……良いじゃねえか。少なくとも悪くはねえ。その上で、こいつを上回る魅力が必要っと」

 攻撃や防御を光魔法で揃え、低レベルでも済む補助魔法を覚える。

それが冒険者が思い描く戦闘の理想形だが、実際にそれに近いことを勇者や聖女は可能であったという。おそらくは有用な加護で効率的に魔法を覚えていたのだろう。その事がロマンに流されそうになっていた啓治を思い留まらせる。何処まで行っても勇者の基本戦闘力留まりであり、闘い慣れない頃の勇者を導くとか、勇者が育てば二番隊を率いてフォローに回るのが限界であろう。

 

「類似第一案、補助魔法を闇魔法に絞ってアイテムを作り、継続戦闘や長期行動を可能にする。類似第二案、光魔法から基礎二系統に変更してマスターリーレベル手前で留め、最初から付与魔法での白兵戦闘をメインに据える。……うん、どれもその場限りの誤魔化しだな。姫サンに惚れでもしね―限りはねーわ」

 まず戦闘に走るという案を残して、パターンを変えてみる。

闇魔法にはアイテム収納するとか、影を伝って向こう側に移動したりと面白い魔法がある。食料やら移動手段を付与魔法なりゴーレム魔法を研究して用意して置けば、純戦闘型よりはマシだろう。しかし限界線としては対して差はない。光魔法メインと比べてもあまり魅力を感じなかった。それこそ姫の為の騎士を目指すというロマンでも無ければやらぬ方がマシと思えた。

 

「つーことは飛行船を運用するのに有用な魔法を覚えるべきだ。それに引き替え光が対魔物特化ってのは格好良いが、それだけしか出来ねえのが痛い」

 光魔法なら魔物との戦いで活躍できるが、ソレだけ。魔王軍との戦いが終われば無用の長物。

その後は冒険者や軍人になるのが精々だろう。運が良ければ国仕えの騎士として隊長格の一人というところか。しかし基本の地・水・火・風の方が覚え易い上に、飛行船運用で役立つことが判って居る。これから人類の活動圏が大幅に広がるのであれば、これに関わらないのは嘘だろう。今から開発される物であり、その開発や運用試験に関われるのならば猶更である。




 一話目の話を少し詳しく説明。
世界背景を語ってる感じで、今回は魔王軍が居るから技術開発したんだよ!
と世界大戦みたいな理由があれば、なろう系技術があってもおかしくないな。と言う話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大空への航跡(みち)

 目標は飛行船操作であり、それに役立つ魔法を覚えていく。

その事が決まって来れば後は再計算するだけだ。スキルカードは瞬時に魔法を覚えさせてはくれないが、どの程度の修練でポイントが入り、注ぎ込めば能力を取得できる目安を立てられる。

 

「えーっと……。火なら炉の出力を強化できる、水なら劣化する伝導液の質を保てる。地がその場での修理だったかな? 風は無関係だが移動その物を大幅に助けてくれる。光と闇は関係ないが、まあ現地での戦闘力の確保や、輸送力の補助ってとこか」

 そう言いながら前田啓治は簡単にメモを書き記した。もちろん現段階では子供の妄想である。

だが修練によるスキルポイントの入手計画を立て、『研修』やその後の研究時代、そして将来の全盛期に身を立てる計算をするならば少しずつ計画に成って来るだろう。

 

『火魔法』

 火力特化型。代表的な魔法としては豊富な攻撃魔法で、威力そのものが高い。

飛行船操作では炉心で使う魔石の燃焼効率や活性化に関わる。出力自体が向上する為、移動力・輸送力・戦闘力の全てが微妙に増えていく。

 

『水魔法』

 状態変化型。代表的な魔法としては定率治癒・範囲防御・異常回復など。

飛行船操作では魔力伝導液イコールの水質を保全し、能力を維持するだけではなく、飛行船の離れた位置にマジックアイテムを設置する時に役立つ。

 

『地魔法』

 付与創作型。疑似的な魔法武具や壁を創造することで、地味ながら強い。

飛行船操作では金属合成を行う事で現地での修理や、近年になって作成が楽になったものの時間の掛かる魔石の創造に関わる。

 

『風魔法』

 万能強化型。バランス型として光の下位互換に見えるが、加速系や探知など特殊な物が多い。

飛行船操作では直接の影響がないものの、移動力と輸送力に大きな変化が生じる。一部に特化しているが、だからこそ単純比較であれば火魔法に勝る。

 

『光魔法』

 ハイ・バランス型。基本魔法よりも難しいが、対魔物に関しては一線を隠している。攻撃魔法・回復魔法も豊富で、他の上位互換と称される。

飛行船操作では役に立たず、光を吸収する素材でも用意して居れば役に立つ程度。

 

『闇魔法』

 特殊型。基本魔法よりも難しいが、アイテム収納や魔力吸収に精神魔法など風以上の特殊性。

飛行船操作そのものには役立たないが、アイテム収納であったり隔壁の向こうに厳重管理が必要な物を収めるなど、全く関連しない訳でもない。

 

「これに素材の研究が相乗りしてっと……まさかここで役立つことになるとはなあ」

 続いて飛行船の研究や、その後の付与魔法にも関わる素材の問題を追加した。

啓治は生前に研究職だった時代に最も門戸が広かった素材研究に関わっていた。この分野は際限がなく、別れた女房も植物系ながら同じ研究部署に居た。そこまでの腐れ縁で結婚したのだが……研究用リソースを共有化して、家の一部を研究室に充てたというべきだろうか? そういう意味でも良く覚えて居たのだ。

 

『鉄素材』

 戦闘力を底上げした人類の象徴たる金属。

強固さを増幅する『真鉄』となり、これを使って武具や建物を作るのが主な使用方法。

飛行船に使用すると重くなるが、比較的安価に建造できるようになる。簡単に用意できるのでコレをメイン素材に据えれば、地魔法は無理になくても良い。

 

『銅素材』

 神に捧げられた祭礼用の魔法金属。

魔力を備蓄する聖銅と、僅かながらに増幅して発生させるヒヒイロカネに分化。俗称は青銅と赤銅。

飛行船建造では炉心から発生するエネルギーを魔力として保存するバッテリーや、増幅器の創造に関わる。魔法陣にも関わる為に、実は最も出回る金属である。

 

『銀素材』

 精霊と相性の良い代用的な魔法金属。

軽く精霊の力を阻害しない『ミスリル』の特殊性から、様々なマジックアイテム作成に関わる。

飛行船建造では軽量化の為に必須であり、移動力の向上の役に立つ。風魔法が得意な者が居れば快速船が用意できるし、逆に居ないのであれば無理には必要のない金属。

 

『金素材』

 全てを兼ね備えた至高の金属。

全ての魔法金属の特徴を持つ『オリハルコン』、特化したアイテムを造らないならばコレ一つで収まる。

飛行船建造では万能を目指す場合だけでなく、スペースや重量の都合で青銅・赤銅の両方を搭載できない時に無理して用いることもある。当初は鉄製にしておいて、後に金に張り替えていくことも結構多い。

 

『イコール』

 金属ではなく伝導液。

魔力を劣化させずに伝える能力があり『神の血』と呼ばれ、様々な分野で使用される素材。

飛行船建造では魔力の伝達機構に用いられ、離れた位置にあるマジックアイテムを起動させるのに使用される。他と違ってコレだけは必須であり、水魔法の使い手は絶対に一人は必要である。

 

「と、まあこんなもんか。真面目に修行するとして……限界まで絞っても二系統をマスタリーにして余計な物を覚えないスタイルか、片方を下げて魔法の数を増やすか、それともメイン一本で後は美味しく揃えるか……」

 魔法はマスタリーレベルまで上げると、加護よりは弱いがちょっとした強化ができる。

消費する魔力を下げるとか、あるいは火力を僅かに増やす程度の話だ。戦闘を繰り返すとか、飛行中常に使い続けるなら必須だが、そうでなければ無理する必要はあるまい。

 

「ま、真ん中だな。研修に参加せにゃならんし、そこで戦い抜けずに死んじまったら意味がねえ。後はお仲間に任せるとするさ」

 ここで研修が問題になる。参加できるだけの腕前と、生き残る実力が必要なのだ。

それに飛行船乗りを目指す場合のメリットとして、複数人で分担できるというモノがあった。極論を言えば集団で分担すれば全ての魔法を揃えられるし、腕利きを揃えて不要な系統は妥協すれば少ない人数でも行けるだろう。

 

 そこまで考えをまとめたところで図書室に近づいてくる足音が聞こえた。

中等部はまだ授業中であり、この時間にやってくるとしたら啓治と同じく卒業を控えた者だけだ。その中でもワザワザ勉強しようと言う者は限られた。

 

「晶じゃねえか」

「あら珍しいわね。男子がマメに勉強? 特にあんたみたいに高等部デビューしようなんて奴が」

「俺だって気を抜く所とそうじゃない所は使い分けるさ。興味がある分野は自習だってするよ」

 やって来たのは柴田晶子、いわゆる腐れ縁であり……一周目では離婚した女房である。

初等部では顔見知り程度だったが、中等部からは魔法を覚えて居る者や他の職業向きの訓練などに別れる為、自然と仲良くはなった。このころまでは馬鹿馬鹿しい話に付き合うこともあり、啓治が二周目でも口調を引き継いだことで不良の高等部デビューだと思っているのだろう。

 

(「この頃まではどっちかってーとキツイ性格と言うか、ハッキリ物言うタイプだったんだよな。そいつがパイセンが死んでから塞ぎ込むようになっちまった」)

 晶子の兄である柴田哲章は高等部で寮監を務める面倒見の良い性格だった。

彼が死んだことで寮生を始めとして暗い影を落とした。その事は周囲に大きな影響を与えており、彼の研究が頓挫するのは勿論のこと、引っ張られていくコネなどもバッサリ消えている。それでなくとも晶子はお兄ちゃん子であり、すっかり内向的になって研究に専念するようになってしまった。兄に助けられたこともあり何かと面倒を見ていたこともあり、その縁で結婚したのだが……。

 

(「思えばこいつと向き合ってやれたことがあったのかね? 俺は俺で研究に詰まってたし横との競争が激しかったが……。こいつとは研究の成果を確認し合う程度だったしなあ。それにこいつは植物とポーション系、もしかしたら義兄さんと同じく誰かの役に立ちたかったのかもな」)

 同じ素材部門での研究だったが、啓治は鉱物と付与で晶子は植物と薬物だ。

進捗やら思わぬ使い道やらを話し合う事はあるが、手に手を取り合って研究したりはしない。せいぜいが触媒を融通し合って共同で購入・管理したりする位だった。どちらかが錬金術をやって居れば別だが特段にそんなことはなかった。相棒として成り立つことも無く、恋人として愛し合うという程でも無かった。だから男として魅力的だったかと言うと……その結果が離婚であろう。

 

「なによジーっと見ちゃって気持ち悪いわね」

「……何でもねえよ。どうだ? 基礎や言語系なら教えてやるぜ。最近は自習の成果が出たんだ」

 懐かしくも遠い悲し気な顔と、むしろ新鮮に思える快活な表情。

それを見比べていると晶は憮然とした顔になる。啓治が誤魔化しのために勉強を見てやると言うと猶更だ。なにしろこの時分の女子というのは大人びた事を好み、勉強は男子よりもマメにしようとするし、お姉さんぶるのが好きな者も居る。思えば晶子もそんなところがあったかもしれない。

 

「私とどっこいのあんたがそんな事が出来る訳……ってこれ錬金術系の新説じゃない。よく知ってたわねぇ。しかも飛行船だなんてキワモノと組み合わせようだなんて。雪でも降るんじゃない?」

「気晴らしだよ気晴らし。そっちこそ良く知ってたな」

 これから発展・完成する技術だが、別に存在しない訳ではない。

素材の進化などこの当時はあくまで新説であり、『魔法金属が自然に存在しないのは奇妙だが、作られた合金ならば理解できる』という程度の認識だったのだ。それを存在もしない飛行船と結びつけようなどとは、むしろ大真面目に考えている方が珍しかろう。

 

「兄貴の受け売りと、他所から来た転校生(チビッコ)がちょっとね。木下って子なんだけど」

「そういえばパイセンは魔法武具の作成だっけか。……木下って、木下勝平? 冒険家の息子の」

「そっ。父親の形見である遺物の飛行船を飛ばすんだって息巻いてるわ。その影響でね」

 哲章は面倒見がよいので、高等部の寮監以外にも学区の問題児にも目を掛けている。

他の学区から転校して来た子供の後見などはその最たる例であろう。そして自分がその縁で知っているからこそ晶子は気にしなかったが……啓治は別の意味で良く知っていた。木下勝平は生前に有名だったからだ。

 

(「なるほどねえ。遅れて来た天才とか言って、苦労しながら個人的に飛行船を手に入れたって聞いてたが……。蓋を開けて見りゃおかしくもなんともねえ。遺跡から見つかった古代の船をサルベージしたのか」)

 魔王軍との戦いに前後して、四人の有名な若者が飛行船を個人所有する。

軍人の息子と商家の娘がそれぞれの親の援助もあって、魔王軍との戦いの時点で既に飛行実験がてらにそれぞれの国へ協力していたはずだ。それに遅れること何年かして、遅れて来た天才と呼ばれる少年たちが苦労しながら飛行船を手に入れるというニュースがあった。啓治はその件をニュース以上の内容で知らなかったために、意外と近くに情報が転がっていたことに今更ながら気が付いたのである。

 

「で、あんたから見てどうなの?」

「どっちも俺らの世代が大人に成ってガキこさえる頃には正しいと判るってレベルだろ。ただ素材の方は……戦争に使えるからアホほど金掛ければ別ってとこかな。マっ、魔王との戦いでも起きて同時に完成でもしなきゃ、飛行船なんて孫の代でも怪しいと思うぜ」

 戦争が起きれば日常では考えられないほどに予算と人材が投入される。

ましてや人類を滅亡させようとする魔王軍がやって来れば、国家間の垣根を越えてそれらが結集されるのだ。強引に色々な研究に見通しがもたらされ、それらの完成品が持ち寄られ、結び合わせて未知の武具を求める。だからこそ飛行船なんてものが出来上がったと言えるだろう。

 

「そういうものよねえ。だからこそ、あの子は一刻も早く研究したいんでしょうけど」

「何だよ飛び級枠で抜けてくる気か? じゃあ勝負って訳だな」

 その話を聞いた啓治はニヤリと笑う。

生前に冒険者をやってた頃に一度だけ木下勝平に飛行船で運んでもらう機会があったが、悪い奴では無かった。彼とならばやがて可能になる飛行船の実現に向けて、所持者の枠を競争するのも良いだろう。

 

「何を勝負すんのよ。相手はまだ初等部なんだし」

「関係ねえだろ。ほんとに空を飛びたいなら飛び級でも何でもするだろうし、研究職になる事には肩を並べてるかもしれねえ。だから、どっちが先に空に行くか勝負するのも悪かねえと思ってな」

 もし一分一秒でも飛行船実現を早期にするならば。

もし所有枠を増やし、自分が船を手に入れるならば……。ライバルと競う事はきっと励みになるだろう。そう思ってメモに修正を加え、魔王軍に関する部分を『そろそろ来るかも』という予測に変えて晶子に持たせる。こんなお土産どうかと思うが……、この当時の木下勝平ならば喜ぶ気がした。




 と言うわけで前回は世界観の掘り下げで、今回は技術の堀下げ。
よくあるスキルカードがある小説で、レべを上げる時に使うやつの目安。
レベルと同じポイントが必要で、詳細な魔法1つが2p、補助魔法は1p。
5レベルだか10レベルに達したら、MP-1とかダメージ+1とかですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対抗策の詰将棋

 スキルカードとポイントは目安に過ぎないが修練は早い方が良い。

同時に何を覚えるかという終着点は重要だ。目の前の『研修』に関わる為には早めに伸ばしておかねばならないが、教師が聞いて首を傾げるような理由や能力ではまずい。だからと言って優等生過ぎては生き残る事も、その先の飛行船時代で船を手に入れることも不可能だろう。

 

「もしかして……こいつはそういう事なのか? だとしたら納得は出来るが本当に……?」

 何を覚えるかを把握し、教師への理由を考えるため図書室通い。

残り時間が少なくなったところで、奇妙な事実に気が付いた。冒険者をしていた時に手に入れていた魔石……魔物から採れる石だが、この時分にはまだまだ儀式的な方法で作成する物だったのだ。それがドロップアウトしたころには運が良ければ手に入る程に入手頻度が高いのだ。おかしいと思うなという方が無理である。

 

「そういやあ強化個体の目撃頻度や銘有り(ネームド)の総数も、随分と増えたとかオッサン共も言ってたなあ。年寄りの感傷かと思ってたがもしかするともしかするぞ……」

 魔石の入手には歴史と手順がある。

古代王国が滅びた後に最初に魔王軍が訪れ、それを撃退した時の話だ。土地が汚されて居たり、魔物が瘴気を発散していて困ったことがある。そこで二度目の魔王襲来の頃に、土地や魔物から瘴気やら魔力を吸い上げて魔石を作る魔法を完成させたのだ。それが地魔法の代表例の一つなのだが……コレを悪用というか逆用したのではないだろうか?

 

「事前に魔石を量産しといて魔物に埋め込むと強くなるんじゃねえか? だとしたら事件が起きて一杯死ぬのも、解決後なのに詳細が公表されない理由もバッチリだ。追い出された学生ってのは、こいつを研究してやがったな」

 研究好きは人間の特徴の一つであり、ならば堕ちた魔導師が研究して悪い理由はない。

魔王軍に身を寄せれば魔石を作るための瘴気など山ほど手に入る。その上で適当な魔物に埋め込んで、魔石の力をブースターとして使うような実験を行えばよい。幸いにも魔王軍に属するゴブリンやコボルトは多産なので、実験体に困る事も無いだろう。ゴーレムを作る研究所はキメラも研究していたはずだが、似たような技術を使っていると聞いたことがある。コアを埋め込んでシルバーゴーレムやゴールドゴーレムを安価に生み出す技術だそうだ。

 

古代王国より劣った技術でも、魔物の素材を使いマジックアイテムは作れるようになった。

元は瘴気を吸収するためだった魔石から、魔力を引き出す研究も始まっていた。ならばコレらを組み合わせ、魔石から魔物に力を逆流する技術があってもおかしくあるまい。生粋の魔物ならまだしも、堕ちた魔導師ならばその才能も理由もあるのだから。

 

「遺跡に隠された部屋を見つけるのは学生の時代でもできるし、何なら盗賊でも雇ってさがさせりゃあ良い。そこから一番ヤバイと思う冒険者なり恨み重なる教師へ奇襲して、後は魔法の効かねえ魔物と量産した強化個体で攻めたらどうよ? そりゃ生き残る方が難しいってもんだ」

 想像に過ぎないが全てがつながったような気がした。

量産した強化個体が居れば学生など物の数ではない。闘い慣れた冒険者や元軍人の警備兵を先に殺してしまえば、後はやりたい放題だ。魔法を無効化する魔物がいること自体はレアケースだが知っていた、そいつを連れて来れば強大な魔法を持つ教師が複数人居たとしても殲滅するのは難しくない。手順さえ間違えなければ、多少計算が狂っても問題ないのだから。

 

「だいぶ見えて来たな。だが相談しても真面目に取り合ってくれるか判らねえ上……じゃあ研修は止めようと言われても困る。てこたあこの陰謀に正面からやりあえってか? 気になる連中だけでなく、キーになる奴らを軒並み助けなきゃならねえぞ……」

 問題なのは相手が集団で殺して回ると予測出来てしまった事だ。

最初は無理なのだから最低限でも助けたいという程度であったが、変に可能性が見えてきたことと、抹殺チームを作って虐殺狙いと判ったことが逆に視野と手段を狭めてしまった。仮に四・五人のみを活かすために行動するとして相手がソレを見逃すか? 対策能力を持っていると判った時点で放置はすまい。見つからないように震えて逃げるにしても、四人も五人も居たらいつか見つかってしまうのは間違いないだろう。それならばいっそ冒険者なり軍人を奇襲から守る方が建設的ですらある。

 

「ダルイ。何が面倒かってパイセンを確保しても絶対に助けに行くってことだ。あ~もう、どうすりゃいいんだコレ?」

 助けたい人物の一人である柴田哲章は面倒見が良く高等部の寮監を務めている。

つまり彼のキャリア的にも性格的にも止めても無駄と言う事だ。無理だ絶対に死ぬと何とか言い含めても、寮監だから寮生だけでも助けようとするだろう。そうでなければあれだけ慕われるはずはないし、自分だけ良ければなんて男を教師陣が寮監に選ぶはずはないのだ。

 

「あの人の覚えてた魔法なんだっけ? より質の高い魔法の武具を作ろうとしてたんだし……光や水じゃねえよな。火魔法で肉体活性や炎の付与ってとこか? ならワンチャンあるか」

 火魔法は基本四属性の中で最も攻撃性が高い。

攻撃魔法の威力の高さが有名だが、肉体活性で体力を強化したり、炎の付与で武器の威力を底上げしたりも出来ると戦闘に関して高い適性を持っている。付与魔法の研究を専科にしている男であれば、それらを自作の魔剣に付与することを目指してもおかしくはなかった。と言う事は彼を助けてアタッカーに据えれば、一応は対魔物シフトが可能になる。まあだからこそ、黒幕が能力を知ったら絶対に狙って来るだろうが。

 

「つーことはあの人をぶっ殺そうとするところで割って入れって? 随分と無茶を言いなさるが手がねえでもないか。できれば高速詠唱……駄目なら防御発動で防げばいい。だけどなあ効率が良い防御魔法って地か光だべ」

 基本の魔法以外にも共通魔法(コモン)と言う物はあるし、組み合わせ専用だが補助呪文もある。

中でも冒険者や軍人必須と言われるのは瞬時に魔法を唱える高速詠唱や、一部の呪文のみにしか組み合わせられないがコストの安い防御発動だ。これらで敵が使う範囲攻撃魔法なり、白兵戦での致命傷を防げば戦いは楽になる。少なくとも哲章が死ぬ可能性だけはかなり低くなるはずだ。治療魔法の使い手くらいは見繕えるので、かなり生き残る芽が出て来た。問題は啓治が言う様に飛行船操作にはあまり関係のない属性と言う事だが。

 

「光は格好良いし有効だけど覚えると何もかも狂うんだよな。メインに据えるなら各地を飛び回って魔物狩りのチームを作るくらいでねえと。となると地かあ……そりゃ使い勝手は知ってるが、また同じ魔法かよ」

 啓治は生前に地の魔法をメインに覚えて居た。

研究職には遣い勝手が良く、鉱物探知や魔石の作成など有用な魔法がかなり存在する。戦闘においても大地の剣に大地の鎧など作成系の魔法が目白押しだ。魔力で刃を作る光の剣や炎の剣と違い、物理的に作成できるので魔法を無効化する魔物にも強い。それなりの重さを持つのが欠点だが、魔法の武具造りを目指している哲章ならば普通に持てるだろう。問題があるとしたら、飛行船にはあまり役立たず整然と同じコースを辿る事だろうか。

 

「まあ二系統覚える気だったから地は高速詠唱を唱えられるレベルで抑えるとして、もう一つをメインにする案で行くか? 対抗案としちゃあ風か水の防御系魔法が効くことをお祈りするって事になっちまうが」

 防御系の魔法には相性というモノがある。有効かどうかで効果が違うのだ。

烈風の防御は範囲系攻撃を吹き散らすが、実体のある礫や対象指定の攻撃魔法などには弱いし電撃にも弱い。水のベールは一定量を防いでくれるが攻撃を受けるたびに減る上、炎・電撃・カマイタチと言ったメジャーな攻撃魔法に弱いという欠点があった。それら全てに相性が良い光の護りや、同じ減るタイプでも大地の鎧や壁は低レベルでも相当に効果があるのと大違いである。極論を言うと光と地ならば格上相手にも通じるが、水と風では同格相手にも難しいのである。

 

「他のお仲間に頼るにしたって今回ばかりはタイミングが計れねえし、実際に居るのかどうか研究室に顔出しするってわけにもいかねえ。逆に地魔法を覚えて研究の見学って言うなら、理由も十分に成立しちまう……ダー!!」

 事件における有用度と必然性では地魔法の相性は良い。

防御魔法は予めかけて置けるし防御発動もあれば瞬間的に防ぐことが可能だ。高速詠唱があれば瞬時に壁を立てて、相手の移動を阻害しつつ崩れたとしても範囲攻撃を止める事ができる。鉱物探地や魔石の作成の存在を考えれば、『これから研究したい分野の為に使うつもりです』と言えば、有用な魔法を覚え、将来の目標も確かな新入生だと目を掛けてくれるだろう。少なくとも教師に説明するストーリー性にブレは生じない。

 

ではどうして躊躇うのか? 現地の修理は飛行船に使えるだろうと思う者も居よう。

問題があるとすれば啓治の心のわだかまりというか、かつて芽が出なかった日々を思い出す上に、同じことを何度も繰り返すという徒労が圧し掛かるのだ。

 

「仕方ねえ。前と同じ道は歩まない、そのための徒労だと諦めるとして今回の人生を良いモノにしねえとな。その意味でも二つ目の魔法は妥協しねえぞ! 水魔法は有用なんだが……回復系と防御系をダブルってのは地味だよなあ。風で加速して白兵戦でもすっか、それとも火で付与を俺もするか?」

 悪い思い出を良い思い出に書き換えるため、そう啓治は自分に言い聞かせた。

ならば地魔法をそこそこまで成長させ、研究室に入り浸る理由になるから納得できる。後は組み合わせとしての二系統目次第で、これからの彼の動きも変わって来るだろう。飛行船だけを考えるならば最も有用なのは水魔法をマスタリーまで上げ、消費魔力を下げれば良い。しかしそれでは他人を守る事しか出来ないことになる。水と地の組み合わせは、そういう意味で地味であった。この選択をした場合は、まさに飛行船の為に華々しさを捨てる職人コースと言う訳だ。

 

「後は専科次第か……こいつも前と同じ付与にすっか、それとも錬金術でも覚えてみるかねえ。魔法メインなら四大に進んで複合魔法ってのも……いや、そこは林のサド野郎だ。同じ林でもクソ爺はまだ我慢できるが、あそこだけはねーな」

 火か風にして魔法戦士の路線に走るとして、上級魔法で少し話が変わって来る。

最初から冒険者狙いの者だと上級魔法を覚えるのは難しいが、啓治は魔法学院に通って専科で学ぶことで自然と覚えられる。そこでの使い道が変わって来るので、途中から飛行船研究に移動するにしても影響は低くないだろう。そう思って関連がありそうな研究部門を書き連ねてみる。

 

『付与魔法』

 マジックアイテム研究室。長老の平手は温厚で、体育会系の森はスパルタ。

魔物の素材や魔石の活用技術が進むので、余った時間で自分の魔法に関わるアイテムを製作できる。暇な時間で魔石を作って修練と同時に予備魔力を作れるのが大きい。風ならば空気清浄や、火だと着火などが有用。考慮を外した闇魔法であっても、アイテム収納袋や魔力吸収剤など高値で購入する必要がある物も自分で仲間の分まで造れる。

 

『呪符魔法』

 マジックアイテム別室1。学術主任の林は教条主義。

付与型と違って瞬間的に消費してしまうが、その分だけ大量生産し易い。有用な一部の魔法に絞って生産されているので自由度は低いが、魔法の修練だけならば向いている。

 

『ゴーレム魔法』

 マジックアイテム分室2。文系の佐久間が担当するがあまり良くは知らない。

マジックアイテムとしても長時間の錬成が必要だが、戦闘力のあるゴーレムは屈強。小型の木製ゴーレムくらいならば学生でも作れるので、偵察用くらいにはなる。将来には騎乗用ゴーレムが登場し、巨人はともかくオーガやトロ-ルを過去の存在にする。馬型や飛竜型の個人所有を目指すならば悪くはない。

 

『四大精霊術』

 基本魔法の可能性を追求した研究室。林(弟)はサド野郎、とにかく行く気は無い。

複合魔法と召喚魔法を研究しており、地と火を融合させて金属を融かしたり、水と地で氷河を作ったりと儀式魔法向け。召喚魔法で精霊を呼ぶ系統が将来に完成する。所謂テイマーの魔法型と言えるだろう。

 

『素材系、錬金術』

 素材精練の研究室。丹羽ちゃんはユルフワ、水野はオールドミス。

魔法金属をこれから精練し、様々な分野に活かすようになる。その為にあちこちの研究室と横断的に関わる事になっており、コミュニケーションが割りと重要。マドンナの織田明良先輩も此処に所属。兄の織田信長はさっさと卒業してお貴族様をやってるらしい。

 

『素材系、鉱物・植物・生物』

 とにかく門戸が広いが役に立ち難い。いわゆる滑り止め。

錬金術には関わらない薬物や、解毒薬の類も此処で扱う。

 

『キメラ、テイマー』

 熱田魔法学院では研究室はない。

 

『不死』禁術。

 

「センコーで選ぶならダントツで丹羽ちゃんだが……あそこだと競争率高いばかりで動き難いんだよな。ていうか、俺が何をしたいかが重要っしょ。呪符なんぞ修行にもってこいでもちっとも面白かねえよ。やっぱ付与か……ゴーレムで飛行用や監視用を作るくらいかね」

 生前は素材で付与と鉱物を扱っていたため、どうしても相性がある。

前回よりも付与を突き詰めるか、錬金術でシナジーを狙うか、あるいはその派生でゴーレムというところだろう。悩むくらいならば付与魔法を覚えて、余った時間を修練を兼ねてアイテム作成に費やすべきだ。

 

ひとまず結論が出ない為、当面は地魔法を覚えながら高等部での生活に合わせる事にした。




 なろう名物の魔石に対し、発生理由とか付けてみました。
魔物は世界を汚染するんだから浄化技術を研究しない訳はない。
そして便利になったら、敵が悪用しない理由も無い感じです。
まあ昔見たドラゴンクエスト・アベルの冒険で宝石モンスターとか言って
財宝を核にして召喚するモンスターからの着想ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

湖に浮かぶ白鳥は人知れず水を掻く

 最終的に前田啓二は風魔法を併用で覚えつつ、付与魔法を専科として選ぶことにした。

風・火・闇という候補の中でずれも同率であったが、よくよく考えたら飛行船実験中やらその後の運用の事故を考えると、空を飛べる方が遥かに安全で便利だからだ。これは付与魔法も同様で、分野が幅広いので整然と同じ研究と被らせなければ良いからである。

 

「柴田さん。古代王国の魔法と比べて現代が劣っている点を挙げなさい」

「世界に魔力が溢れ過ぎたことと我々の能力が及ばないことで、魔法の制御が著しく難しなっていることです。現代の魔法使いは定められたルールを正確に守らなければなりません」

 魔法史や基礎魔法理論の授業は退屈なのか、啓治は上の空で聞いていた。

生前も聞いた内容で、教えている林教諭は教条主義である為に何度も聞かされた内容だ。内職代わりにこれからどんな魔法を覚えるか、どう修練するかを悩みながら、右から左に聞き流していた。

 

「80点の回答だな。できれば結論を述べてから、原因と対策に移りなさい。私の質問への回答であり、拝聴している君の同級生たちの為でもある」

「はい!」

 内容自体は正解でありながら、細かい所にケチをつける。

そういう所が林教諭が嫌われる理由であり、暗記さえできるならば大過なく過ごせると言われている理由である。こういった教師にありがちな事だが、自分の眼鏡に合うか合わないかで修正を加えるのも悪い所だ。もし魔力が振れ過ぎた理由を『当時の魔王を倒すために無茶をした』という遠因まで付け加えて居たら、十点ほど前後したであろう。もちろん眼鏡に合う相手でなければ減点だ。

 

「……前田君。そんなに私の授業が退屈かね?」

「いえ。事前に何度も予習してしまい、前にやった所ではないかと勘違いしてしまった為であります。あらぬ疑いをしてしまい申し訳ありません」

 うわの空であった啓治を鋭く見咎めた林はイチャモンを付ける為に前置きをする。

話を聞いてなかった事を指摘されて平謝りする相手か、それとも言い訳する相手科で追及するレベルが違うからだ。どちらにせよ嫌味を言う事には変わりないのだが。

 

「そうか。ならば今の内容は君のレベルでは不満だろうね。先の質問に対して、現代魔法が抱える行使と理論上の矛盾を述べなさい。この程度は判るだろう?」

「厳密なルールが前例として有用である為です。定められたルールである以上は一つの変更を加えると、全てに影響を与えてしまうので修正前に何重ものチェックが必要になるでしょう。逆に言えば参照できるために、修正する場所を研究することが可能です」

 林が言いたいことは『重要だから真面目に聴け!』ということだ。

それを見越して啓治は林好みの回答を選んだ。『行使と理論上の矛盾』が何を示すかなど色々あり過ぎて悩んでしまう。しかし林好みの命題となると限られてくるので読み易かった。後は生前に研究職時代にやってたことを参照するだけである。

 

「む……。よろしい。ではその矛盾点を解放する方法は?」

「影響を与えない小さな枠組みを用意することです。何例か考えられますが例えば呪符魔法などは事前に用意することができ、消耗品であるがゆえに影響は極めて小さな物になります」

 林好みの回答ではあるが嫌味のつもりだったので面白くない。

加えて言うと啓治の作案ではなく仲の良い先輩からの入れ知恵かもしれない、学生同士にも縦のつながりと言う物はある。そう思ったことで林は質問を重ねた。その上で自分が行って居ない論調だったので仕方なく諦める事にした。

 

「具体例の検証を行ってレポートに出せば授業の免除を認める。君に出席は必要ないし他の生徒に迷惑だ」

「ありがとうございます!」

 魔法学院には時折に飛び級する天才や、すべきことを決め打ちする秀才タイプが居る。

単純に優秀な生徒ならば競わせるのだが、そういう生徒だと悪影響を与えることがあった。それゆえに林教諭は単位を与えて出席免除を言い渡すのだが、それでも嫌味を付け加えることを忘れない。自分が受け持つ呪符魔法の分野を持ち上げられてもこの歳なので、もはや性格というか沁みついた性分であろう。

 

「何よ上手くやったじゃない。でも何か宛てはあるの? レポート出せなきゃ授業を受けらんないだけになっちゃうわよ」

「最近凝ってる魔法があるからそいつにしようかと思ってる。まあ駄目ならお前さんにでも授業内容を尋ねるさ。判らない授業があるなら代わりに見てやるからよ」

「そんな授業あるわけないでしょ。まあいいけどね」

 こんな感じで啓治は気合を入れる授業とそうでない授業の差をつけた。

教師陣も意欲のある生徒の面倒は見たいが、逆にやる気のない生徒は放置したい。後は卒業できるだけの単位を稼げるのならば、勝手にやってくれというスタンスなのだろう。こうして時間を稼ぐことで、修練へ充てる暇を確保したのだ。というわけで教師陣や柴田晶子たちにはちゃんとした理由を作ってある。

 

「ちなみにどんな魔法なの?」

「大地の剣な。呪符魔法の中に武器作成があんだろ? アレと比べてどんな差があるか、呪文を修正する苦労とかまとめてみようと思ってる。付与魔法の専科を選んでいずれは飛行船を作って見てえからな」

 結局、飛行船を作って乗り回すという事を表の目的に据えた。

風魔法に豊富な探知系や地魔法にある魔石造りなど、フィールドワークの為の呪文を覚えて普段はそれを使て修行をするのだ。反復で鍛えられるし、高速詠唱や防御発動とか関係ない呪文なのでゆっくり唱えられる。大地の剣は重いが命中・威力に補正があり、外を歩き回る時に最低限の護身力と判り易い言う理由になるだろうか。

 

「外で動くなら攻撃魔法の方が良くない?」

「一発で倒せるならそうだろうがよ。俺らの実力じゃ獣を追い払うか、山鳥を飯にするのが精々だと思うぜ。前に冒険者の連中に聞いた時に教えてもらった事がある。大地の剣で気になったのは、そいつらから槍やとかハンマーに出来ねえかって聞かれたからでもあるんだけどな」

 実のところ攻撃魔法を素で放っても威力はさほど強くないのだ。

威力を上げたいならば火力術式か、あるいは分厚い皮を貫く貫通術式が必要になる。あるいはレベルそのものを大幅に上げて、マスタリー前後まで上げる必要があるだろう。学生レベルの魔法使いが数発放つよりは、魔法の剣を作成して何度斬りつけた方がコストが易いという事らしい。

 

「そういえばあの呪文って剣だけよね。何でなんだろ」

「何処ででも使えるからだろ? 槍は狭い場所じゃ振り回せねえし、鉄槌なんぞ使うやつは少ないぜ。とはいえ呪文を弄るとなると、ルールを一から見直さなきゃいけねえらしい。火を数字で示せば三番、色彩ならば赤、方角ならば南。そういうのをぜーんぶ書き換えなきゃならねえんだと。自分一人ならそれでもアリだが、子孫や弟子に伝えるなら後々に矛盾が出るとマズイとさ」

 先の設問通り、この世界における現代人の魔法はルールが必要だ。

考えるだけでコントロール出来た古代王国人と違い、理論的に構築して魔法書やらライブラリに登録しておかねば使いこなせない。そういう時に参照する魔法書へ矛盾が出ると様々な術式を組み込めないのだ。

 

そして術式を幾つ組めるかは、ルールの数である。判り易い範囲で言葉・旋律・動作、付与魔法や儀式魔法ならば色彩や配置などなど。仮に三つならば術式も三倍、非常に難しいが八つ組み込めば八倍まで拡大できるとなれば、ルールを重視するのも仕方あるまい。仮にサイコロ二つ分が基本威力として、火力術式で+3、貫通術式で装甲と魔法抵抗-1と仮定しよう。拡大できると出来ないとでは大幅に意味が異なって来る。

 

「あ~。そこでさっきの呪符の話が出るのね? 使い切りだから矛盾が出ても問題ないんだ」

「そういう事さ。作成系の魔法なんざ別に術式で拡大しねえしな。魔法の剣だろうが槍、それも長槍に投擲用の短槍とか好き放題できる。威力は変わらずとも、冒険者なら槍技や槌技を使えるって寸法よ。そりゃまあ中には魔法陣を呪符に組み込むような暇人も居るだろうが、そういうのはもう林の爺とは別種の学派だよ」

 ちなみにこの辺の問答は実際には行ってはいない。

レポートを出す前に話にアリバイ造りとして行くことになるだろうが、殆どは生前にパーティの仲間や臨時に組んだ連中から質問された事である。研究職だったのにどうして出来ないのか長々と説明することになったが、今になって役に立つのだから不思議なものである。




 と言う訳で高等部突入と言うか、研修までに鍛えれた理由造り回。
授業をさぼって修行してる感じですね。
魔法属性は『風5/地3』、高速詠唱・加速・大地の剣・大地の壁を目標。
他に探知系とか魔石作成とか修業を兼ねて先行して覚えてる感じになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

考え方の差

 前田啓治はレポートのアリバイ造りも兼ねて冒険者たちと接触していた。

できれば研修で警備を任されるメンバーだとありがたいのだが、流石にそんな都合の良い事はない。生前に面識のある先輩冒険者を探すので精一杯だった。

 

「さーさん! あいつら俺が何とかするんで、そっちお願いしますわ!」

「さーさん言うな! あたしは佐々だってばー!」

 稼げる依頼の内容と国内を巡る冒険者に網を張っておけばそれなりに動きは掴める。

旧知の佐々香菜は白兵戦で戦うに際して有用な加護を持っており、だからこそ後の飛行船時代には活躍の場が失われたことに哀愁を覚えた人物だった。そういった意味もあって助けたいとは思うし、そもそも大地の剣に関するレポートで質問したのは彼女なのだ。

 

「香菜よ、か・な! あたしには親からもらった大切な名前があるのー! 呼ぶならそっち呼んでよー! とにかく雑魚共を後衛に近寄らせたら駄目だかんね!」

「俺も一応は後衛なんですがね、さかなさん!」

「てめー、後で覚えてろよ!」

 今回の敵はオーガとホブゴブリンを用心棒に据えたゴブリンの集落相手だ。

ホブゴブリンの小集団を景気良く蹴散らしたところで、狩りに出ていたゴブリンにバックアタックを掛けられそうになった所である。啓治が研修に備えて探知魔法を覚えて居た事や、大地の剣で前衛を張れる事から特に苦戦と言う訳でもない。軽口を叩き合ってそれぞれの相手を倒すに至った。

 

「それにしても自分に合ったサイズの武器が出て来るなんて便利ねー。ハンマーとか戦槌とか出せないの?」

「少なくとも俺が覚えてる呪文じゃ無理っすね。呪符魔法で使い捨てにするとか、研究職の連中が一年くらい資料検索で時間を無駄にすれば行けるでしょうが。マっ、専用の魔法の武器でも作ってもらった方が早いっすよ」

 生前に言われた質問がそのまま繰り返された。

他にも知り合いの冒険者は何人か居たのだが、啓治が彼女を探したのは佐々香奈という女の加護が判り易く独特のバランスを与えており、毎度の悩みであったからだ。剛力無双の力を与えるが体格は小柄で、自分の背丈と同じくらいのハンマーを愛用していた。中々魔法武器が存在しないのと、槌系の技の中には武器を破壊することで威力を底上げする技(ウエポンクラッシュ)があるので切実なのだそうだ。

 

「えー。でも生活魔法とか割りと簡単にオリジナルの魔法作ってる人いない?」

「あれは後先考えないからできる事っす。『クリーン』とかあからさまに浄化の呪文を劣化互換してるっしょ? その点で『大地の剣』は威力とか動きとか強化してくれますからね。中にデフォルトで入ってる術式も相当なもんだし、仮に弄れるなら登録を求められるんでやっぱ色々参考にしないといけないんすわ」

 この世界は魔力が溢れているので、単純な使い方であれば誰でもできる。

しかしながらまともに使おうとすると及第点でしかないので、何らかの術式を組み込まねば意味がないのだ。それぞれの属性に存在する魔法の中には、呪文ごとにお仕着せの術式が施されている事が多い。誰もが使う術式をインストールすることで、過不足なく及第点以上の性能を有することを目指しているのである。それが魔族の軍隊と戦う経験から持ち込まれた長所であり、同時に形式ばって画一的であるという短所でもあるのだが。

 

「とにかく魔法を集めることを優先してる国家に行って、魔法戦士が山ほどいる藩属国に行きゃあ色々と揃ってんじゃないすかね?」

「やーよ。そんな事したら国仕えになるしかないじゃない。ああいう所は門外不出の術とか技も多いしね」

 大地の剣という呪文はあくまで登録するだけで覚えられるお仕着せの呪文でしかない。

だから長所と短所のバランスが取れているのが当然で、メリットを増やそうとすればそれなりの研究期間が必要になるのは当然だ。ということは必然的に使用例が頻繁にある場所にしか存在せず、そんな余裕のある国はないので、畢竟『使う意味がある国家』が自国の長所として開発しているくらいだろう。

 

「何とかならないの?」

「出来たら俺もレポートなんか書いてませんわ。つーか誰が持っても最初から強くて、拡大術式を儀式魔法に組み込んだら百本でも同時に出せるんすよ? 出す意味ないしやるなら時間の方を拡大すべきっすけど、そんな便利な術が簡単に弄れるわけないじゃないっすか。まあどうしても必要なら、呪符魔法の使い手を臨時にパーティに入れるのが現実的ですかねえ」

 登録呪文の便利な事は、誰でも使える事が判って居て、術式を組み込んだら機能する事。

ダメージ呪文ではないので威力などは強化されないが、それでも共通型の術式は併用できる。幽霊や精霊が隠れている時に十分しか保たない呪文を一時間にするとか、アンデッドが跳梁した時に同時に何十本も用意できるという意味では中々役に立つのは間違いないだろう。それが登録呪文のメリットと言う訳だ。他の呪文にも言えるのだが、お仕着せの呪文の良い部分を保つためには、お仕着せである必要があるという訳である。

 

「ホントーにどうにかならない?」

「さーさん。あんた何聞いてたんすか。呪文の開発にはエライ時間が掛かるんすよ。どうしてもつーなら大金払って自分の為の開発者を雇うのが一番すね。沢山あるなら専属の研究者を雇うとか……あとはどこかの令嬢ってなら、研究者を旦那に迎えて作って……グアアアアア!?」

「やだもー!」

 研究者の婿を取れば呪文を開発できる。

そんなことを言われて思いっきり叩くあたり、この女は何処かの領主の娘なのかもしれない。あるいはそういう暮らしから逃れるために冒険者でもやっているのだろうか。啓治はそう思うのであるが、生前でも聞いたことがないので今ここで聞けるとは思わないでいた。代わりに聞くべきことは一つだけ。

 

「そういえば隠し部屋とか見つけるコツとかあるんですか? あるいは隠れてるモンスターを警戒する方法とか」

「どったの? 急にそんなこと聞いて」

「いやね。一部の遺跡で新しく発見された隠し部屋の形式があったそうで」

 調べておくべきは研修の時に襲われた時の対策である。

堕ちた魔術師が引き起こす事件としかわかっておらず、様々な手段を用意するのだと思われた。しかし転移魔法が復元されたとか、現存するゲートがあったなんて報告はない。ならば何処かに戦力を隠して持ち込むのだろうと、冒険者に聞いておこうと思ったのだ。

 

「そうねえ。そのまま答えなんじゃない? 今までの形式で見つからなかったって事は、今までの方法では見つからないようにしてたのよ。それこそゴブリンが居る洞窟に、蜘蛛とか蛇の魔物が居るなんて思わないでしょ? でもそーいう時に、こいつらが閉じ込めてた天敵が居たりって事はゼロじゃないもの」

「はー。なるほどねえ。つー事は魔物探知じゃなくて、振動探知とか熱源探知か。いや、確かに覚えねえわ」

 スキルポイントと言うのは有限で、使い道は沢山ある。

啓治にしても覚えるべき呪文は沢山あり、土魔法と風魔法を並行して覚えて居るので限りがある。現時点で覚えて居る鉱物探知と魔物探知以外に探知系を増やそうにも余裕がないし、覚えたら高速詠唱どころか防御発動にも手が届かないだろう。そしてそう言った事は全員に共通する話であり、だからこそ対暗殺者を警戒する独自チームなどは高額な報酬で警備をやっているのだという。

 

「ともあれ今回は助かりました。色々と勉強になりましたわ」

「いいのよー。あたし達も助かっちゃったしねー」

 こうして啓治は授業を免除するレポートの為のアリバイ造りと、研修に対する備えを聴くことが出来たのである。




 今回は研修への対策の話です。
授業をさぼって訓練する理由造りと、実際に警戒する方法の調査。
次は準備回、その次が事件を数回で第一部完になるかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢に要のみは不要なり

 前田啓治はレポートを二本まとめると林教諭にその内の片方を提出した。

言われた事だけをするだけなのと生前の知識も踏まえたので、なんだか億劫で別の教諭へ持って行こうと作っておいたのだ。

 

「90点。悪くはないがそれだけだ。君にはここからの展望に欠けている」

「それは申し訳ありませんでした。論文では無くレポートを提出するつもりでしたので」

 その反応を見て林教諭は面白くもなさそうな顔をした。

そして目線を啓治が抱えているレポートに向けて、手を出しながら付け加える。啓治の方は明一杯この男に対して歩み寄ったつもりのレポートにケチを付けられ、模範解答が欲しい気分である。

 

「もう一本のレポートで完成するというわけではなさそうだ。見ても?」

「先に手を出しといて断るも何もありません。森先生のところに持っていく前にご意見を拝聴でき、ご指導ご鞭撻を受けられれば幸いです」

 もう一つのレポートは『魔法使いの魔法と、戦士の魔法』というタイトルだ。

この学校の生徒を含めて一般的な魔法学院の生徒が想像する魔法と、戦士や冒険者が必要とする魔法に突いてレポートにしている。生前からよく話題にあった事であり、啓治自身が体験したことを冒険者からの聞き取りという形で表したものである。

 

「評価する前に君の目標を尋ねよう」

「飛行船を実現して所有することです」

「ならば30点だな。このレポートにはその見地が完全に欠けている。君自身が飛行船を研究し、手に入れる為にはまったく関係ない。せいぜいが『飛行船が有ったら便利だ』という意見に共感して居る程度とか思えない。興味をそそられない上に、何の為に用意されたレポートか見当がつかなまあ森君のところで学生が研究する時の意見の一つというところか」

 見せるつもりのない物を見ておいて、散々な評価と言う他はない。

そもそも付与魔法を研究する森教諭に見せて、付与魔法を覚えたいから興味を引こうというレベルのレポートであった。それなりに役立つ見解としてまとめたつもりであり、別に意見書や報告書として挙げたつもりはないのだ。暇な時に見てもらい、有象無象の学生が志望の書類を提出する前のポイント稼ぎでしかなかったと言える。

 

「ひとまず付与魔法の研究室に入ってからのつもりでしたが、参考までにどうしたら良かったのでしょうかね?」

「……そうだな。まずは有用性を説き、その上で自分が作りたい物に関して夢でも語り給え。具体例を示せばなおよろしい。例えば『魔法の絨毯』には飛行と輸送の能力を持たせた呪符として面があるのを知って居るかね? 馬に劣る性能ではあるが、空を飛んで輸送できるという意味では破格のコストだよ」

 啓治は林教諭……林健次郎という男を改めて眺めた。

嫌味な男で色々と文句を付けたがり、何事につけて点数の増減を自分の中で完結している男だ。教条主義者で基本に忠実、それでいて理論の集大成である付与魔法・ゴーレム魔法よりも現実的な生産物を量産する男である。学生たちからの綽名はクソ爺であり、実際に年齢も初老の域はすでに超えていた。学生でなくともナイスミドルと呼ぶには怪しい所なのだが……。

 

いま、夢を語れと言わなかったか?

今までの評価にこれほど似合わない言葉はない。似合わないという生前の知識に引っ張られて行くと同時に、二周目分の人生を合わせた年齢経過で目線が近づいたことで、その様相が変わって見える。

 

「私が夢と口にしたのが意外かね?」

「はっきりと申し上げれば」

「私は夢を大事なモチベーション・リソ-スだと思っている。自分の望みを語るだけなのに、テンションが上昇し精神的疲労度を容易く超える。同じ夢に強化する者同士の垣根を容易く取り払いもするな。その上であえて言おう、君のレポートは必要に合わせて枠組みに放り込んだものに過ぎん。テストに対するようなつまらない回答でしかない」

 薬品の効用を語る如き口調。現実的で生々しい内容。

ショックといえばショックだが、夢を薬品の様に解釈したことよりも、ずっと話せる大人であった事に意外性を禁じられない。生前にはこんなことを思いもしなかったし、こういう面を見られるのであればもっと面白そうな評価を学生は抱いていたのではないだろうか? 知らなければ今後の問題から無視できたのにと言うという重いと、知ったからこそ二周目と言う人生を面白いと思える矛盾がそこにあった。

 

「ではどのように修正したら?」

「そんな事は知らん。自分で考え給え。自分の夢などは自分以外には判らぬものだ。同好の士以外には語られても面白くもなんともない」

 もう少し話してみたい……。そう思って尋ねてみたがにべもなく断られる。

後は自分で考えろとばかりにレポートを突き返され、片手を振って部屋から追い出されるに至った。だから最後に少しだけ、疑問に残った事だけを聞くことにした。

 

「ちなみに林先生の夢をお聞きしても?」

「英雄だよ。物語に出るような一騎当千の英雄になって見たかった。今となっては武装や補給を用意する程度の事しかできんがね」

 意外ではあるが何となく理解できることもあった。

この男はきっと精鋭を指揮する隊長格や、万軍を支配する将軍になりたかったのだ。しかし頭の働きはむしろ管理者にしかならず、英雄としての行動など無理無茶無謀だとハッキリと自覚しているに違いない。そしてだからこそ……魔法使いの魔法と、戦士にとっての魔法の違いを指摘されて腹が立って居るのだろう。

 

 話してみると林教諭は意外性の塊だった。

いかめしい年寄りが実は好々爺であったとか、ロマンスグレーな老紳士におちゃめな部分があったとかそういうレベルではない。何しろ学生たちの間ではクソ爺と綽名されるほどの教条主義者だと思われていたのである。

 

「しっかし……夢、夢ねえ」

 啓治は話したこと以上にショックを受けていた。

何しろ彼の前世では夢を語るどころでは無かったのだ。学生として頭角を現す以前の段階で学院は大打撃を受け、面倒見の良い先輩を始めとして見知った教師たちの多くが死んでいる。彼らは先輩の研究者でもあり導く者はおらず、流されるままにドロップアウトして死んでしまったのだ。そして二周目の人生がいきなりあたえられ、夢など抱く時間など持ち合わせていなかったのである。

 

「飛行船で空を飛ぶってのも必要性つーか、これからそうなるって知ってるからだしなあ。魔王軍だって将来設計を邪魔しなきゃ心底どうでもいいわけだし。……こんなことなら光の魔法で雑魚でも蹴散らして満足してればよかったのか?」

 有用性なら幾らでも思いつける。

これまでとは行動半径が飛躍的に広がりを見せ、素材収集だろうが魔王軍の本拠地探索だろうが簡単にできるようになる。しかしソレが夢かと言われると違うのだ。それならまだしも光の魔法で雑魚の魔物相手に無双する方がよっぽど楽しいだろう。いやそれすらも面白いとかスカっとするだけで、夢かと言われたら首を傾げざるを得ない。

 

「まあ、しいて言うなら、以前とは違うもんを見て見てえくらいだな」

 例えば先ほどの林教諭の様に、知らない部分を見つけるだとか……。

腐れ縁である柴田晶子と『誰も他に居ないから』とか、研究用リソースの問題で結婚するのではなく、違った魅力を見たいからであるとか今度こそ幸せにしたいとかの方が前向きな気はする。少なくと不幸せになった人々が笑顔でいるのは気分が良い。マドンナやお姫様を口説くかは別にして、声を掛けて面白い話をすれば随分と違った物を見れるようになるだろう。

 

「その辺は追々探していきますかね。当面は事件を何とかしねーとマズイしな」

 ひとまず何処かの研究室に顔を出す理由と実績は出来始めている。

このまま修練を積み重ねて戦闘力共々向上させ、適当な理由を付けてチームを組めばその辺の魔物なら簡単に勝てるはずだ。堕ちた魔導師の用意する特殊な環境に対して備えを怠らなければ、何とか対抗できるのではないかと思われた。佐々香奈のように有用な加護があればオーガくらいなら余裕なので、それ以上の魔物を用意して居るだろう。罠だって準備してこちらを分断しようとするだろう。それらに対する備えをしなくてはならないのだ。

 

「……ひとまず声を掛けて現地に迎えに来てもらうか? 適当な理由って意味なら、付与魔法で造った品を実験で渡すとかできるしな」

 研修中の遺跡に警備以外の冒険者は入れない。

しかしながら研修が終わった後でマジックアイテムを渡すという約束をすれば、近くに呼んで置けるのではないだろうか? 先ほどの林教諭の話と前回の香奈の要望を踏まえれば報酬は簡単い思い付く。付与魔法で魔法の鉄槌でも用意して、新機軸のアイデアがあるから試して欲しいと言えばよいのだ。付与魔法を習う予定の森教諭に特殊な魔法武器を研究したいと伝えるのも良いだろう。自分たちと合わせて、二チームほどの戦力を揃えれば生前よりよほどマシな流れになるのではないかと思われた。

 

「となると、おもしれーやつを思いつけばいいってか? さーさんが大活躍できるような装備で、できれば俺も強くなるようなやつだ。ジャンプする靴とか空飛ぶ背嚢とか。そういうので戦場を駆けまわって颯爽と現れる……ガラじゃねえけどな」

 随分とロマンのある光景ではないかと思う。

恥ずかしげも無く目標にするのは躊躇われるが、格好良さと強さの両立では悪くあるまい。そうなると作るとしたら空を飛ぶ方か? 付与魔法は作成者がその呪文を使える方が、ほかのメンバーに頼むより早く造れるので、飛行船の実験の失敗や行き来に覚えるつもりの啓治ならば無駄にはならないからである。

 

「後は現地の情報とかだが……。まあこいつは調べることも授業の内だから良いだろ。……俺らの目線と、冒険者の目線と、そいつを出し抜こうとする奴の視点……」

 そうして色々な物を用意して、当面の敵である堕ちた魔導師を何とかできたら、今度こそ夢を探すのも良いだろう。




 本当は対策を色々考える予定だったのですが、面白みに欠けたので
「お前はつまらん!」と指摘されて、ショックを受ける話にしてみました。
必要に迫られて妥当なだけの話というのも面白くないですしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迎撃態勢

 夢に関してはまだ思いつかない。しかし飛行船を基準に据えることで筆が進み始めた。

これまでは授業免除や教師の関心を最優先にしたことで、必要な内容だけを追い求めて来た。だから飛行船を絡めたり、魔王軍に関することへ提言することは避けていたのだ。しかし明確に含めても良いと思い直すことで、思わぬスピードでレポートが仕上がっていく。

 

「第一に飛行船の運用を推進する研究。第二に調査活動全般、第三に軍事や商業に関する補助行動。第四としてその延長である救援活動や魔王軍の根拠地捜索、大戦時には支援探索に充てるモノである……か」

「飛びたいから飛ぶ。ゆえに第一としました」

 持ち込んだのは森教諭の研究室だが、林教諭の助言を受け修正した。

飛行船が飛ばねば意味はないし、飛んだとしても効率が悪かろう。快適さには目を瞑るとしても性能面では後発に劣るのは当然で、まずは飛ばして徐々に性能を整える事に主眼を置いた。それこそ攻撃魔法とちがって飛行魔法を広めるという意味でも、この研究には意義があるだろうと結ぶ。そこまで書けば軍事的・商業的に意味があり、資源収集に目が向くのは誰でも判るからだ。

 

「仮にこの研究のために在籍を認めたとして、君はまず何をする気かね?」

「補助装備の開発や運用面での成果確認を可能な範囲で確かめようかと思います。その上で錬金術の発達を想定して、色々と考察したいと思います」

 内容の有意義さを認めたとして、この段階で在席させる必要もない。

現時点で飛行船の影も形もない以上は、もう一年・二年後までアイデアを練らせても良いのだ。その間に開発される成果を見つつ、正式に在籍できる上級生の時に改めて声を掛けても良いのである。啓治としてはここで断られては何の為に頑張ったのか、いや魔王軍の話をしたか判らないので奮起することにした。

 

「補助装備はまあ良い。今のところ飛べるのは呪文をつかえる風使いだけだからな。しかし運用面だと?」

「まずは飛行呪文と探知呪文を使って、その成果を確認いたします。飛んで鉱脈を探したり魔物を探すだけなら今でもできますから。他にも魔王軍が何処かの領地を急襲したとして、その救援に冒険者や勇者が駆けつけどう考えるか考察することも出来ます」

 飛行船で広域探査は出来ないが、ちょっとした場所なら飛行呪文で全域を飛べる。

山や谷を飛行して地図を作ったり、鉱物や魔物の情報を書き込んでテストというのは難しくはなかった。そしてここからが重要なのだが、いつ来るか判らない魔王軍が、奇襲を掛けて何処かの領地へと攻め入ったという想定で訓練・考察したいと口にしたのである。この論調であれば個人的に色々やるよりも、研究室に在籍して教師や他の生徒であったり魔法陣を始めとした設備を利用する意味は大きかった。

 

「もし許可していただけるのであれば、研修に参加した時に地図や魔物の分布を調べたいと思います。……参加メンバーを知りませんからこのレポートを作成する段階で冒険者で代用して考慮しますが、そのチームが外から駆け付けたとして、封鎖された遺跡へ『研修終了後』に探索してみたいと思います」

「戦うだけなら柴田たちが行けるが、まあお前の立場だとそう言うしかないな。……まあ良いだろう。念の為のもう数日考えてから、正式な書類を出すように」

「ありがとうございます!」

 新入生が研究室に認められるまでは良いとして、力を貸せと言えるはずがない。

まずは下積みで自ら力を貸して、その後に協力してくれる者の魔法や技能を計算に入れるべきなのだ。しかしそれでは話が進まない上、啓治としても堕ちた魔導師の介入を考えるとそんなことは言ってはいられない。冒険者を個人負担で雇って『研修後』に呼ぶのだと口にした。

 

「しかし数日ならまだしも、検証成果が出るまで雇うのは無理だろう? 流石に今から室の予算は出せんぞ?」

「問題ありません。飛行用の装備を貸し出して、その後に冒険で役に立ったかどうかを尋ねるつもりです。他にもそのチームが欲するマジックアイテムを、素材持ち込みの形でこちらで製作して報酬に当てるつもりですから」

 カードの勝負でありがちだが、自分と相手の欲するカードが同じとは限らない。

仮にトランプで考慮してみよう。大貧民や大富豪と呼ばれる遊戯で強いのは高い数字のカードであるが、必ずしも高い数字である必要はない。連続するスートを完成させたり、革命と呼ばれる逆転技を使うには中間である方が良い事もあるのだ。他のカードゲームやボードゲームでのトレードであれば猶更だろう。

 

「なるほど。自分が覚えて居る呪文の方が作るのは早いしな。付与する時に自分が覚えてる物をそんなに作ってどうするのかと疑問に思う者も居るが、お前にとってはそうではないか」

「はい。飛行実験の検証ができますし、仮に飛行船が完成すれば事故防止や、本当の意味での出撃用装備になりますので。チームが要求する装備の方は時間が掛かりますが、これは急がないのもあります」

 これまで思いもしなかったほどに、話の整合性とタイムスケジュールに折り合いがついた。

森教諭……森明夫もその判断を認め、研究室での作成許可を出してくれた。費用に関しても素材持ち込みであれば、余った素材を他の資材と入れ替えることも出来る。研究室としても問題ないし、上手くいけば研究成果が見込めるので認めてくれたのである。

 

 啓治は森教諭との話を詰めたうえで、冒険者ギルド経由で佐々香奈たちに連絡を取った。

研修自体に力を借りたいわけではなく、研修で調べた場所を使い、先輩たちがまだ出先に居る間に実験を行いたいということで打ち合わせを行ったのだ。もちろんギルドに不正利用を粉う旨がないという誓約を行ったり、研修を護衛するチームとは別管理ということで守秘義務が漏れないように契約していた。

 

「と言う訳で何処になるかはまだ分からないっすけど、既に割れてる遺跡のどっかになるんで、出入り禁止の最終日までに到着してくれれば問題ないっすわ。それまでに飛行装備を最低でも二組用意するんで、適当に取りに来てください」

「んーと。二組というのは往復用ね? と言う事は魔力は自己管理っと」

「そんな感じっすね」

 ここではパズルゲームやリドルで行われる、『川渡しの問題』を命題にしている。

二組の飛行装備を使い、一人が戻って装備を受け渡し、最低限の時間でチーム全員が遺跡に救援に入ると言う想定だ。もちろん装備が量産できれば問題ないが、現時点では啓治は素人と言う事になってるので二つ作るのが精々という計算だ。香奈はそれらの情報に合わせレポートを提出することになっていた。

 

「メンバーはどのくらいを想定してんの?」

「重装3名か軽装4名の少人数パーティで、これに飛行船スタッフが加わって6名前後の集団が魔王軍の後背を突くというのが一応の理想形になります。まあ実際には領地の軍隊とか、襲う魔王軍の規模に寄るんでしょうけど、敵が多ければ牽制とか用心救出ってことで」

 こんな感じで細部を詰めながら、必要なサインを決めていく。

例えば『緊急時につき実験中止』やら逆に『救援要請、至急』などの目印を、遺跡の何処か見え易い場所に掲げる事になっていた。もちろん報酬として素材さえ持ち込めば指定のマジックアイテムを作る事を報酬とし、仮に未踏区域が三方場合は香奈たちに優先権があるという契約も記載してある。啓治としてはそこに付随して、不審者が居た場合は捕縛であるとか魔王軍が居たら追加報酬を払うなどの旨を記載することに意味があったのだが。

 

「それにしてもまさか飛行船なんてものを作るだなんて思いもしてなかったわー」

「まだまだ絵空事っすけどね。少なくとも素材とか専用マジックアイテムが発明されねえことには、十年先か二十年先か判んねえっす。魔王軍でもやって来たら五年も掛からずに建造できるとは思いますが」

「あはは。魔王軍はやだなー。来たら稼ぎに行くけど」

 最新の理論であって存在しても居ない魔法金属の錬成。

ソレを大前提にする以上は建造に目途など立ってはいない。錬金術や素材系の研究室に顔を出し、もし実用化されそうなら最優先で声を掛けてくれと伝えてはいるが、むしろ向こうの方が初耳だって苦笑される段階でしかない。中間素材となる薬品やら魔法陣も存在して居ないので、素材を研究していた啓治が向こうに行ったとしても、研究は進まないであろう。

 

「でも実用化したら手に入れるつもりなんでしょ?」

「そりゃね。いの一番に実験を提案して、俺が率先して乗り回しますよ。魔王の拠点を見つけたり、滅びそうな国へ救援するかは悩みどころっすけどね」

 こうして実験や契約と言う名の増援を手配して、啓治は研修の日に向けて己を鍛える。

予定としては飛行呪文が前倒しになり、代わりに加速呪文が遠のいた形だ。また『大地の盾』の呪文を諦めて、あくまで大地の剣と大地の壁の二本立てをメインにすることで、防御発動からコストの高い高速詠唱へとシフト。将来を見越して捨疲選択を終えて行ったのである。




 と言う訳で迎撃とか増援に対する手配の話をしつつ、飛行船を少々。
「できればゲット」から「俺が作るぜ!」と言う方向に舵を切ったので
周囲から見ると意欲的に見える感じですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二重遺跡ナゴヤへの討ち入り

 修業を兼ねたアイテム作成を繰り返し、飛行用装備を増産。

あくまで実験用と言う事で本格的な物ではないこともあり、当初の数よりは多く造れた。もちろん前田啓治にとってマジックアイテムの作成が初めてでは無いため、あまりキッチリした物を狙って作らなかった事も影響して居るだろう。もっとも全てが予定通りではないのだが。

 

「研修に関して色々と発表があったが……。王、良い話と悪い話のどっちから聴きたいよ」

「柴田のアニキ。そういうのは悪い方からってのがセオリーじゃないっすか」

 同じ林研究室に所属することになった柴田哲章が笑いながら話しかけて来る。

面倒見の良い彼は林教諭に付き添って会議の資料をまとめ、第一報を教えてくれたようだ。啓治が気にしている事を以前から知っており、参加許可が出るか出ないかにも当然ながら関わって居た。もっとも研究室は基本的に三名から五名、林研究室は卒業で三名になった所に啓治が加入したばかりであり、余程の理由が無ければ参加拒否はないのだが。

 

「それじゃあ悪い方からだな。場所はナゴヤに決まった。あそこは広くて調べるのが面倒だぞ。ご愁傷様というやつだ」

「古都ナゴヤっすか。二重遺跡でしたっけ。古代王国時代の浮遊都市が堕ちたとか言う」

 啓治は内心で生前の知識と変わってない事に感謝した。

研修は散々掘り尽くされ安全と思われている遺跡から選ばれるのだが、他にも候補は幾つかあった。その中でもナゴヤは独特で、一つの遺跡の上に空中遺跡が落下して出来た二重遺跡である。元からあった方を那古野と呼び、上から落ちた方を名古屋と呼称している。都市二つ分あるからこそ、広くそして思ったよりも多くの出土品が存在するのである。

 

(さーさん達にも候補は伝えてあるし、ナゴヤはまだ美味しいモンが出る可能性のある場所だから目を付けてるはずだ。これで救援の方は間に合うかな。それにこれで魔王軍の介入方法にも概ね想像が付いた)

 堕ちた魔導師は様々な手段で学院を出し抜く筈だ。

それはそれとして確実に強者を殺害して回るならば、相手の特定と戦力の集中は絶対に避けて通れない道である。有象無象の学生陣や教師たちと戦わせて損耗をさせたいとも思えない。冒険者や腕利きの教師に対して奇襲できる方法を選ぶに違いあるまい。

 

「そうえいば柴田のアニキは振動探知が使えましたよね? 作ってるリストにないっすか? 今ならもれなく飛行装備を渡せますが」

「それは構わんがちっとばっかり待て。まだ良い話をしてなかったろ? そいつ絡みで頼みたいことがあってな」

「なんっすか? アニキの頼みなら仰々しくしなくても聞くのが後輩つーもんすけど」

 三つの目のマジックアイテムが間に合ったので、佐々たちに貸すか交換するか迷いどころった。

しかし哲章は片手でその話を止め、ニヤニヤしながら『良い話』とやらを進めたがっている。何というか自分にとって良い話を他人にとっても同じだと信じているような、聞いたら駄目な話がしてくるから不思議である。往々にしてこういう時のカンは良く当たるのでさっさと逃げるべきだったかもしれない。

 

「うちの研究室に晶の奴も無事に入れてな。連れて行くから面倒見てやってくれ」

「ちょっ!? 入ったばかりの奴は反対ってのは俺が言うセリフじゃないすけど、危険っすよ! 幾らナゴヤが安全つったて俺は断固反対しますけど!」

 まさに寝耳に水の話だった。哲章の妹である晶は確かに優等生だが……。

上級生になってから研究室へ入ると思っていた。それに素材部門とは言わないが、薬学系に入るとばかり思っていたのだ。誰かの役に立つならその方が確実で早いし、ポーションの方が付与魔法よりもよほど役に立つのである。……ただの付与魔法と比べたらの話だ。

 

「あのなあ。あいつに飛行船の話を吹き込んだのはお前だろ? ならお前が責任を取れ。それとも何か、あいつの面倒を見るのは嫌だと?」

「別に嫌じゃないっすけど、それだって安全の話は変わらねえつーか。おーい、聞けよこの筋肉ダルマ!」

 飛行船というオーバーテクノロジーに実現性が出た事が大きい。

誰も関わって居なければ、今回も薬品部門であったろう。しかし実現が見込めるとしたらどうだ? 発見されていない魔王軍の根拠地を探し、困手散る領地を救援と言う話にはロマンがある。それでなくとも病で困っている人の元へ薬を届けるとか、速度と移動力がモノをいう場所は多いのだ。素材部門や薬品部門の門戸が広いというのは、秀才一人増えても意味はなく、何処まで行っても人数で地道な作業を行う事が必要だからに他ならなかったのだ。

 

「それじゃ決まりだな。うちの可愛い妹に手を出すんじゃねーぞ? あとあのいけすかねえ細川兄弟も来るそうだからな、あいつらの魔の手からも守る様に」

「細川? ああ王家直属の魔法使いの一人っすね。いや兄弟なら二人いんのか」

 生前の啓治は面識がなかったが、細川兼人と武人という兄弟が居る。

胡散臭い二枚目と評判の兄弟であり、和田・明智と並んで王家直属の護衛隊として有名な男であった。兄弟である事を意識して居なかったのは、片方は出世したのか……それとも何処かで死んだのだろうか? たとえばこれから起きる堕ちた魔導師との戦いで。

 

「と言う訳で入ってきていいぞ」

「はーい。来ちゃった♪」

「来ちゃったじゃねーよ! ちっとも話を聞いてねえなこの兄妹! そういう所はソックリだよ!」

 完全に予定外だと言わざるを得ない。

名う手の魔法使いならまだしも学生でしかない。それだけならば啓治も同様であるが、彼は二周目であり戦うための心構えも出来ている。そもそも戦う以前に調査系やら状態変化系ばかりで戦いの役に立たない可能性もあったのだ。そうなれば完全い、守るべき人間が増えただけ……足枷と言っても良かった。

 

(……強引な性格してやがるし今更どうしようもねえってか? 置いて行っても絶対に何処かで合流しやがるよな。何せ研究は一日・二日じゃねえ。だとしたら比較的安全な場所に匿うっきゃねーな。堕ちた魔導師の事を話せたら楽なんだが)

 二周目の人生なんて現時点で話しても絶対に通じない。

何度も未来を当てて、相手から尋ねられて初めてというところだろう。そして立場的にも話の流れ的にも断る事が出来ないのがつらかった。だとしたらここでグダグダとやるよりも、戦力になると思えないが行動をコントロールしつつ可能ならば援護焼くくらいはこなせるように導くべきだろう。

 

「あーもう! 判りましたよ! そんかわし色々と協力してもらうからな! 後で使える魔法をリスト化しといてくれ。余裕があるならスキルポイントもだ柴田のアニキ、言いたかないけどこういう研修じゃあ『お礼参り』とか『焼き入れ』とかよくあるんでしょ? 不意打ち対策用の装備を借りてきますからね!」

「おう、持ってけ持ってけ。それにしてもいきなり守りに入りやがったな。どっちかってーと走りっぱなしだったのによ」

「そうさせたのはあんたでしょうが。俺だって自分一人なら幾らでも空飛んで逃げられますからね!!」

 どうも哲章は二人が付き合っていると誤解している様に思われる。

男を追い掛けて女が研究室にやって来るなんて、恋愛事情しかあるまいと考えるのが若者というものである、何のかんのと言って哲章もまた所詮は学生であり、そういった物の見方をするところがある。もちろん啓治としても元は女房にするくらいだから、腐れ縁ゆえとはいえ嫌いではないのだ。むしろ意気消沈しておらず元気な頃が目新しく、興味を引かれていないとは言えなかった。だからこそ助けるために必死なのであるが。

 

「水魔法はともかくエリクサー化に薬品投与が二種とか、妙な呪文覚えてんな」

「そりゃ、あたしは薬学専行するつもりだったしね。飛行船に乗りたいのも世界中の薬草を探すつもりだからよ? あんなメモを見せつけられたらそりゃ飛行船の実用が近いんじゃないかって思うわ。木下君も直ぐにこっちに来るって行ってたから、覚悟してなさいよね」

 死ななきゃそうしたいと苦笑したい啓治であった。

しかし現実は無常である。手持ちの魔法とマジックアイテムで可能な事を探し出すべきだろう。その上で情報を開示せずに、かつ不自然ではない流れを作らねばならなかった。

 

「とりあえず今回の想定は魔王軍に都市が包囲されたつー前提な。ワイドポーションで数人へ一気に薬品投与ってのを主軸に考えといてくれ。暇が有ったらその辺の薬を作っといてくれると助かる。俺は白の秘密通路ならぬ未発見の地下道があるって想定で探すからよ」

「任せなさい! でも随分と悲観的な話ね。まるで奇襲を受けて壊滅する寸前みたいじゃない」

「だからその想定だつーの! 後でこっちも覚えて欲しい呪文をリストアップしとくから、余ってるポイントでお前が覚えても良い呪文を取ってくれたら助かるよ」

 晶の覚えて居るメインは水魔法で、薬学系のスキルが幾つか。

呪文はその散布をメインに、薬では不可能な事を呪文で補っている。ゲームで言えばヒーラーと錬金術師の中間と言う所だろうか? もちろん爆薬やら中級回復などできるはずもなく、低位のポーションを効率よく中級クラスにまで押し上げて治療するのが精々ではあった。

 

啓治たちはその後に地図やら資材を調達し、現地入りすることになる。

 




 と言う訳でいよいよ事件開始。
といっても、起きると判って居ればそれほど大きな事件ではないのですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

研修と言う名の探索活動

 魔法学院の研修は安全になったとされる古代遺跡で行われる。

魔物の類は激減したが戦う訓練も出来るし、何よりも当時の遺物が遺跡自体に残っている事もあるからだ。持ち去る事の出来ない物は、当然ながら国の所有物。それらを眺めながら研究室ごとの議論・実践を行うモノのである。熱田魔法学院に避ける二重遺跡ナゴヤの本来は研修も同様であった。

 

「こいつが航空図です。それと付近の鉱物反応がこいつでさ」

「大したことがないのは知っているが……。この組み合わせは面白いのう。森君はどう思うかね?」

「自分の専門ではありませんが夢が広がりますね。今までにない着想です」

 前田啓治は最初の日程をとにかく地図作成に充て、付与の教師たちに提出した。

まずは長老である平手学に手渡し、そのまま森明夫に流れていく。最初の一枚はただの地図だが上空から見た建物や移動経路を示し、二枚目はその付近に存在する鉱物の分布である。それぞれは既存の地図が山ほどあるのだが、この二つを見比べるという視点が面白かった。三枚目にこれを重ね書きし、色の違うペンで上書きすれば猶更である。

 

「この後は振動探知のアイテム借りて宿舎や研修所の近くから改めて調査を始める予定っすが、何かあれば先に片付けときますよ?」

「ああ、魔王軍がここを襲ったという前提だったな。振動探知と言う事は地下壕に領主が使う秘密の通路を探すという感じか」

「さいです」

 堕ちた魔導師の手段として啓治が想定したのは地下からの奇襲だ。

浮遊都市が別の都市の上に落下したという事は、下の方の都市が持つ地下区画だけでなく建物が潰れて出来た空洞がある。現代の建物ではひとたまりもないが、古代王国時代の建造物ゆえにまだ無事な場所が存在してもおかしくはない。そして中途半端通り道であったとしても、問題の人物が拡張している可能性はゼロではないのだ。

 

「領主が使う逃走経路にせよ、領主の縁者が魔王軍の幹部になったという設定にしろ考察にゃあ役立ちますから。ま、実際には通路じゃなくて建物と建物の隙間になると思いますがね」

「徒労に終わる可能性の方が大きいが、実際の建物でやるわけにはいかんしな。実際に使う事は稀だろうが何事も興味は大切だ、やって見ろ」

 話自体はリアルっぽくこじつけた架空の推測である。

しかし研修中に調査活動を行うには十分な理由になるし、そもそも堕ちた魔導師が穴を掘って居るかの調査なので道が無くとも問題はない。宿舎や調査区画から探査を始めるのは居城と言う設定だからというのもあるが、自分たちの寝床へ奇襲されたら困るというのもあった。こうしておけば最初の奇襲で何人かが死んだとしても、残るメンバーで籠城くらいは出来るだろうという算段である。

 

「念の為に聞いておくがこの辺りに居る魔物は知っているな?」

「コブリンの他はトロールっすよね。同じ穴に潜むならジャイアント・アントの方が材料になるんで助かるんですが、装備も借りてますし注意はしときますよ」

 この辺りに住む魔物はスタンダードである。

ゴブリンを中心としてトロールやオーガが隠れ潜んでおり、その数も多くはないので殲滅自体は難しくない。問題は遺跡が大き過ぎるので、封鎖など出来ないのだ。何度も入り込まれて繁殖されるので、半ば軍隊の訓練用になっている。勿論研修前には一定数を狩る事に成って入るのだが……。

 

(お役所が『この位なら大丈夫』だと思ってる数に加えて、持ち込んだ手持ちの魔物で戦うって所かな? 特殊な魔物と強化個体を加えりゃ負けることはまずねえもんな。それに……教師陣さえぶっ殺せるなら魔物が負けたっていいんだ。もしジャイアント・アントやケイブ・ワームの巣でもあれば言うことなしで楽勝なんだろうが)

 堕ちた魔導師に視点を移すならば良い博打と言えるだろう。

消耗品の戦力自体は現地に居るわけだし、通路を掘る準備だけして手持ちの戦力を隠しておけば良い。穴を掘る魔物と魔法を無効化する魔物を数体ずつ、後は魔石を使って強化個体を作る実験だけしていれば使い捨ての軍隊が出来上がるのである。所詮は現地に居る魔物が死ぬだけだし、実験用の個体はいずれ死ぬのでやはり問題はない。

 

「ホントーにここから調べてくの?」

「あったりまえだろ。足元に大穴あった日にゃ積み上げた諸説が全部吹っ飛ぶぜ。まあ実際に穴があって魔物が隠れてたら大事になるけどな。……失礼ーしやーす」

 柴田晶を連れて啓治が向かったのは教師陣の詰め所だ。

そこは学術主任の林教諭ほか数名が詰めており、彼らの元で研究している生徒もまた入り浸っていた。ここで何をやるか聞いているであろう囃子はともかく、生徒たちは奇異の視線を向けてくる。

 

「森先生から話があったと思いますが、探知魔法を使用させてください。呪文の起動時間を越えてお時間は取らせませんし、魔力反応があると問題がある実験中であれば出直します」

「問題は無い。……確認だけするが、魔王軍が都市を攻めるとしてどの程度の戦力を考察に入れている?」

 啓治の渡した許可証をつまらなさそうに受け取った後、林教諭が尋ねて来た。

少しばかり戸惑ったが以前の話を思い出し、英雄願望があると聞いたことに至る。おそらくは暇潰しにその辺りの考察に付き合うつもりなのだろう。誤魔化しても良いがここで話を振るのも良いかもしれない。念の為に部外者が居ないの確認して、啓治は話を進めた。

 

「幹部候補の野心ある魔導師が、都市に眠る資料を奪いに来るレベルで考えています。危険思想で追放された領主の縁者、あるいは学園で禁術を行った生徒とかですね。もちろん自身も優秀であり、足りない戦力を実験中の魔物で補うという想定にしています」

「……厭に具体的だが吸血鬼や知恵あるトロールではないのだな」

 啓治は事件のあらましをオブラートに包んで話してみた。

すると林は定番の魔物を上げ、いかにも四天王でございというメンツを列挙する。何百年も生きる吸血鬼であったり、トロールであっても古代種などは危険だと知られている存在だ。強力かつ格好良い敵と戦うのはロマンであろう。

 

「先生が宮廷魔導師であったとして、その辺りの危険性を見逃すとは思えません。むしろ厄介なのは身内かと。お礼参りに来る生徒の中に、天才の一人や二人は居ませんでしたか?」

「まったく夢も希望もない話だ。さっさと済ませ給え」

 林は許可証に目を通した後で啓治渡し、手を振ってもういいと話を終わらせた。

本当は議論するなり追放された生徒について尋ねてみたいところだが、あまりその話をすると藪蛇になる。また人間関係というものもあるだろうし、元は友人だったりすると面倒なことになるからだ。

 

「……なんだが意外ね。あの林先生が夢とか希望を語るなんて」

「浪漫ってのは誰にでもあるもんさ。大きな空間の他に、現在進行形で穴掘ったり溶かしてるような音が聞こえたら教えてくれ」

 教条主義者の林が魔王軍の話をしたのが意外だったのだろう。

話したくなるが流石にそれは居心地が悪い。喋るとしても二人きりになった時に口止めしてからになるだろう。ひとまず本拠地に当たる場所の警戒を行いながら、徐々に捜索場所を広げていったのである。

 

そして振動探知で何もない空間や工作作業を確認していくと、やがて目立たな場所でソレを見つけた。上空からは見えない位置であり、また教師陣が本拠地にしている場所へ短時間で強襲する事が可能な場所であった。それは現代で言えばビルに当たるような高い建物だ。どうやら敵は溶解液か何かを上層階から垂らすことで、大きな建物状の瓦礫を空洞にしていたのである。




 サクサクと調査、特阻む物はないので次回戦闘になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終わりのナゴヤ:前編

 もしその日の出来事に評価を付けるのであれば、誰もが間違えたというべきだろう。

敵も味方も介入者も保護者の、誰も彼もが少しずつ対応を間違えていた。前田啓治であれば二周目を始めた時の用心深さを放り投げ、熱病へ浮かされる様に熱心な探索をしてしまっていた。その姿を誰かが見ていると思いもせずに……。

 

「結局、何も無かったね。骨折り損のくたびれ儲け」

「それでいいんだよ。この辺までに何かあったら宿舎にしてる場所が魔物に襲われ易いって事だからな。もうひと踏ん張りしたら今日の所は終わっとこうゼ」

 啓治は柴田晶子と共に振動探知の魔法を掛けて回った。

上空から見て直接確認できないエリアの内、ベースキャンプへ直接移動できる……ほど近いエリアには何も無かった。正確には探知魔法に反応があるほどの際立ったナニカがなかったというべきか。この呪文は接触したエリアで動くナニカが居るか、あるいは何もない空間があるかどうかを振動で探知する魔法だ。姿を隠した存在や、隠された空間を探知できる呪文と言える。特段の反応が無いと言う事は、寝込みを襲われでもしない限りはキャンプは無事で済むという事である。

 

「おやおやおや。こんなところで熱田の新入生たちと出逢うとは奇遇だねぇ」

「ええと、細川先輩でしたっけ? それと同級の明智君だったかな」

「そーですね。こちらは細川武人先輩です。僕の事は彰でいいですよ」

 暫くして出逢ったのは王都から来て合同で研修している細川と明智だった。

よく見れば他にも取り巻きが居るが、傍に寄る事を許可されていないのか遠巻きに眺めている。モブと言えば聞こえは悪いが、走って行っても抜け出せそうにない感じで囲んでいるので気分が悪い。やっている事が不良とどこが違うのだろうか。きっと言い訳と教師の評価だけは違うのであろう。人は世間体やらコネクションで評価する物だから。

 

「もう帰るのかい? 奇遇だねぇ。私たちは交代制で今から探求を始めるんだよ。せっかくだから地味な探索を引き継いであげようかと思ってさ。グッスリ休んでまた明日外延部をやったら良いんじゃないかな」

「……資料が必要ならセンセ達に提出しますよ? 明日にでも請求したら放っておいてもコピーもらえると思いやすけど」

 言い方だけは丁寧だが露骨に成果を奪おうとしている。

啓治ならずとも顔をしかめるし、計画の最初からならともかく飛び回ったこの段階で顔を出されると機嫌が悪い。寮監であり研究室の先輩でもある柴田哲章から気を付けろと言われているので猶更でもある。ただ後から言わせてもらうならば、細川兄弟のイケメンぶりとゲスさをもう少し忠告しておくべきであったろう。半端な情報が啓治に隔意を持たせてしまった。

 

「それじゃあ時間の無駄じゃないですか。先輩のおっしゃる通り僕らはこれからなんで。もし見つけたとしても今だと危険じゃないです?」

「彰! 余計な事は言わなくてもいい! それにアレが……なんでもない」

(ハハーン。こいつら、俺が何を探してるかまだ絞り切ってないな。ヤバイ魔物だと考えてる奴と、古代遺跡のマッサラなヤツが埋まってるってとこかね?)

 啓治が年齢相応の学生であれば聞き取れなかったかもしれない。

だが前世の冒険者暮らしでは、身内間の会話や敵対するチームのサインを見抜くことは重要だ。話の全てを聞き取りれずとも何となく内容は察せるし、まして相手は学生でしかない。この連中は重要そうな情報を確保したのだろう……その程度の認識ではないかと判断した。だから交渉で適当に使おうなどと思ってしまったのだ。後から思えば、この時点で何もかもブチまけて『魔王軍の連中かもしれない』とでも言えば、全員はともかく何人かは信じたかもしれないのだから。誰かが警戒して居れば、それだけで初期対応は違っただろう。

 

「そこまで言うなら構やしませんが、一つ忠告いいですかい? 一応でも聞いてくれるならお渡ししますよ」

「ちょっと啓治! せっかく私たちが調べたデータなのよ? 横から取られたら……」

「幾分か判って居る様じゃないかね。後で便宜くらいは図ってやるとも。お嬢さんはちょっと上がって向こうに行っててくれないかな」

 啓治の言葉に晶子は騒然とし、抗議しようとした。

しかし細川武人が手を伸ばそうとしたので、啓治が強引に肩を抱いてその位置を退かせつつ守れる態勢に入る。こんな事で顔を赤らめて黙るくらいなら文句を言うなと言いたいが、学生同士の恋愛とかだとこんな者だろうかと今更ながらに思うのであった。

 

「っち。まあいい、忠告とやらを聞かせてくれるかな? 一応は聞いてあげようじゃないか」

「戦力想定の話っす。ケイブ・ワームかジャイアント・アントのコロニーがある可能性があるんですわ。どうも卒業生の誰かが有望な場所を見つけて放り込んだと見込んでるんですけどね。奴らは建材は溶かしますが魔法の品は溶かしませんので」

「放り込んだって闇魔法の影渡りでですか?」

 最初は舌打ちをしていた細川武人だが、啓治から資料を受け取ると相好を崩した。

目の付け所はともかく、データの意味するところを瞬時に理解する頭脳は持っているのだ。だからこそ啓治が系統だって調べて回っている事を、何らかの情報を得たと気が付けたのだろうし、地味な探索を他人にやらせておいて美味しい所だけを攫って行こうとするゲスな部分が見え隠れていると思われた。

 

「……確かに松永譲治なら可能なのかな」

「松永? そいつは禁忌の研究でもして追放……」

「彰! そんな奴は放っておけ。チームを別けて一気に攫って行くぞ」

 ここで得られた情報としては、松永譲治という男の名前だけだった。

もしとか、あの時にこうすれば……というのは良くあるイフであるが、ここで腹を割って全員で相互認識を共有して居れば話は違ったかもしれない。ただそれを行うには常時はもっと前の段階から彼ら王都組の性格を理解する必要があったし、そのためには遠巻きに無視するのではなく積極的に交流を図るべきだったろう。彼らにもこちらで色々と成果を上げる必要はあったのだろうし、『有望な情報を手に入れたが手が足りない、熱田の者は信じてくれなかった』とでも言えば、交渉に応じた可能性はあったからだ。しかしそれらは全て過去の話である。

 

「ねえ? 良かったの? せっかくあれだけ啓治が苦労したのに」

「そこは良いんだよ。……実はヤベエ奴がうろついてるって話を聞いてな。胡散臭いどころのはなしじゃない奴が色々と何かをやってたって噂さ。最初は信じてなかったんだが……あの様子だともしかするともしかするかもな。ちょいとセンセーたちのところに戻ろうぜ。松永譲治って奴の事を聞かにゃあならん」

 肩を抱いたまま顔を赤らめてる晶子に啓治は囁くように語った。

これだけ飛び回って得られた収穫は怪しい奴の名前だけ。しかもそれは王都組が想像してるだけで違う可能性があり得る。しかし啓治としては徒労になりそうな部分を他の連中がやってくれるならばアリかと思ったのだ。彼にとっての本命は外延部からの包囲であり、遺跡の外壁に穴を空けて援軍を呼び込む算段であると思っていたからだ。

 

最終的に啓治が警戒すべきことはもう一つあった。肝心の堕ちた魔導師が、自分を探そうとする者を警戒しているかどうかという話だ。王都組が名前に思い当たった通り、この辺りにその人物が研究成果を隠していた可能性はあるのだ。ソレを考えたならば警戒してしかるべきだったろう。もし全ての話を細川武人や明智彰と話して居ればもっとこの後の話は変わっていたのかもしれない。




 ワクチンの副作用からようやく復帰。とりあえず戦いの前の話ですね。
ちなみにアキラという名前が多いのは、偉い人にそういう名前の人が居て
その名前にちなんだ名称が多いため。人とか信とか、もそういうのが年代でずれてる感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終わりノナゴヤ:中編

 二重遺跡ナゴヤでの事件を、前田啓治の一周目では『終わりのナゴヤ事件』と呼んでいた。

実績のある魔法学院の中でも神剣を目指す付与系が強い熱田はかなり有名どころで、王都からの共同研修組を含めて多くの教師と上級生がナゴヤで死んだ。この事で学府としての熱田は、ほぼ完全に絶たれたと言っても良かったからである。後に木下勝平が名を馳せた時も、むしろ冒険家としてである。

 

「松永? 貴様、その名前を何処で聞いた? 何処まで掴んでいる」

「王都組の連中が言ってたんですよ。俺らから資料を奪う時、ここに松永譲治の残した研究資料があるかもしれないって。俺が知ってるのは最近妙な奴があちこちの遺跡をうろついてるって話と、もしかしたら……ですが、魔物の強化個体を作る技術でも開発したんじゃねーかなと思って」

 早速戻って学術主任の林教諭に泣き寝入りをして見せた。

事が事だけに万が一を考えれば権限は大きい方が良いし、そもそも知って居そうなのが長老である平手とこの男くらいしか思い当たらなかったのもある。熱田魔法学院にはキメラの研究室はないし、追放された人と仲が良い相手なんか知り様がなかったからだ。啓治はこの時に場当たり的に説明しつつ……手持無沙汰を誤魔化すように魔石を弄って見せた。

 

「……。どうしてそう思う?」

「コイツですよ。俺らが色々探知魔法を駆使して地脈やら瘴気溜まりやらを見つけて作る魔石。こいつが偶然に魔物の体内から見つかる事が何例かあったそうです。それも決まって強化個体。かといって魔物が強くなったとか、進化したって話は聞きません。で、怪しい魔導師の話を聞いたら……そりゃね」

 そういって啓治は魔石を転がした。

推論自体はでっちあげだが、偶然に魔石が見つかる事態だけは冒険者の佐々香奈から聴いていた。後は彼女が知らない魔導師の話をくっつけ、他の冒険者から動員にそういう怪しい人物がいたかどうかを聞いておけばでっち上げ自体は可能だ。そういう傍証を狙って横断的に情報を集めている訳だから、『後から見ればそうだった事件』も、狙って集める事自体は可能なのである。

 

「とはいえこの辺が結びついたのは今です。さっき王都組が漏らした名前を聞き、先生がいきなり剣呑になる前は普通に俺だってただの妄想でしか考えてませんでした。今朝がたまでだしたレポート通り、面白そうだからとか話の整合性が整うから魔王軍の襲来とかストーリー仕立てにしたわけで……あれ? もしかしてセンセ―達は魔王軍を疑ってなさる?」

「それ以上余計な事を言うな。判ったら平手先生を呼んで来い。あの人と話を付けて……」

「大変です! 魔物がいきなり増殖しました!」

 啓治が話の落着点に収める前に、事態は動き出した。

急な話であると言うなかれ。啓治が二周目を始めるときはある程度警戒していたはずだが、今ではその警戒心を解いてしまっている。大それた事をしでかそうとしている堕ちた魔導師が、己の所業を探ろうとする者を監視して居ない訳がないのだ。それが啓治だけならば近くを探した……だけで済もうが、王都組が集団で捜索していては動くなという方がありえまい。

 

「状況を知らせ! 必要な事だけで良い」

「ジャイアント・アントの酸型が多数! 何処かにコロニーがあったと思われます。ただ……その数と強さが異様です! 周辺で研修していた王都から来た生徒の一部は、既に……」

「あちゃあ。寄りにも寄って蟻んこの方だったか」

 啓治の想定ではジャアント・アントとケイブ・ワームの二種があった。

どちらも酸で地形を融かしつつ、同時に凝固液を撒いて自分たちだけの住処を作り上げる種族の魔物である。しかし野生生物に近い生命体ゆえに魔物探知が壁越しでは効果を発揮し難い。そして何より……マザーを中心とした母系社会を築くことにあった。マザー一体を強化して操って支配下に置けば、効率的に作業させることも出来る。手出し禁止のフェロモンを付けておけば、末端の個体に食われることもないので楽なのだ。

 

「前田。貴様のレポートと予測は知っている。確認するがどうして蟻の方が厄介だ? 対策上の問題として聞いておこう」

「蟻は殻がある分強固です。それと数が増えると頻繁に巣内の株分け、巣自体の巣分けを行う性質があります。数と防御力の面で倒し難いんで、ワーム種よりも余程厄介ですね。こっちから攻め立てるならワームの方が深くて生命力が高けーんで厄介なんすけど。それと……」

 林教諭はあくまで冷静に啓治の反応に大した。

手元では緊急用の連絡網で他の教諭や一部の上級生を呼び出しつつ、即座に対応策を組み上げていく。啓治はそれに対して個体の強さ、数の厄介さを面倒な点として挙げた。

 

「それと?」

「蟻だけなら大火力の魔法で押しきれます。もし松永譲治が悪意を持って用意したなら、数だけ居る蟻で済ませるとも思えません。火力対策なら生命力のあるワームの方がよほど厄介っすから。なんで魔法が効かないナニカを潜ませて、先生たちの魔法を無力化する準備はしているかと。今日は夕刻なんでみんな魔力すり減ってますが、それを期待するのは馬鹿のやる事っすよ」

 少しゲームの様に考えてみて欲しい。

一人の魔法使いが儀式魔法や魔法陣抜きで、当たり前に出せる火力が平均で20~30ダメージくらいだとする。ジャイアント・アントは数こそ多いがそれ以下であり、範囲も拡大して吹っ飛ばせば一気に片が着いてしまうのだ。対してワームは個々の能力が低く鈍重だが、生命力が50を越えてる個体は珍しくない。マザーであれば100に達するだろう。その意味で単一種であるならばワームの方が主力足り得るのだ。

 

「なるほど、正論だな。仮に現時点での対策は?」

「付与魔法や強化魔法を一点に絞っての、有力者による特化点を作ります。いわゆる勇者戦法ってやつっすね。流石に魔法の武器は数を揃えられないっすけど、威力向上や活性化で個人の能力を引き上げれば、魔力を無力化するナニカにも対応できるかと」

 林と啓治は短い時間で最低限の話を終えた。

幸いにもというか、啓治はこれまでの間に考えていた推論がある。ソレを今の状況に当て嵌めつつ、蟻である理由とワームである理由を引き合いに出し、ナニカを混ぜやすいから蟻にしたのではないかと提案したのだ。もちろん一周目で情報が無いながらも、優秀な魔法使いであった教師陣が何もできずに倒されたことも推測を裏付けているのだが。

 

「筋は通るが少し足りんな。弟の祥太郎に複合魔法で焼き払わせよう。あえて向こうの誘いに乗って弱い部分を見せる。……まあ貴様の言うように皆の魔力が残ってないからでもあるがな。さて、話はここまでだ」

「……センセが出陣なさるんで?」

「私は事務方で魔力が残っているからな。それに……貴様の推測が当たって居るならば私の方が平手先生よりも戦えるだろう。この機会は逃せまい」

 そういって林は煙草でも入って居そうな袋を服の中に放り込んだ。

口元には細巻きを咥え、不敵な笑顔を浮かべて前線となっているエリアに向かい始める。教条主義者であるこの男にそんな顔が出来たのかと言う驚きがあった。後、ついでに言うと、話の筋からして長老である平手がいかにも強そうではないか。

 

「貴様はもういい。私は祥太郎に話を付けてからそのナニカとやらに対処を行う。今のうちに森先生や寮監の柴田と話を付けて置け」

「へい。御武運を」

「言うまでもない……それと貴様もな」

 颯爽と去る林を見ながら、一周目ではどうして良く知ろうとしなかったのかを悔やんだ。

もちろん知っていたとしても死なせていただろう。しかし人の生き死にを知り、誰かのために戦おうという姿勢を知る事は重要ではないかと思う。きっとこれが知識で知る事と、実体験で知る事の差なのだろうと……何となく理解できるものがあった。

 

「さてうちの先生と柴田のアニキはッと……晶、何処に居るか判るか?」

「あそこ。ピョンピョン跳ねてるのは平手先生ね。信じられないけどすっごく強いわ」

 昼頃まで調べていたエリアまで戻ると、そこではジャイアント・アントとの戦いが繰り広げられていた。

無数の蟻たちは人間よりも一回り小さいのだが、それでも一般人の兵士よりは遥かに強い。そして兵隊蟻になるとさらに強くなり、それが量産されるという危険性があった。そして驚くべきは、その兵隊蟻に対して無双している老人の姿である。

 

手にはヴォンヴォンと唸る光の剣。パパッと跳ねて飛び掛かり、切断しつつ周囲から吹きかけられる蟻酸を光の盾で防いでいる。それぞれ技量も然ることながら、魔物対して優位性を持ち、バランスの採れた光魔法ならではの強さであろう。覚えるのが難しいが、それだけに完全に習得すればこの強さなのだ。

 

「もしかしてこのまま行けるんじゃない? 勝てるかも」

「いや、無理だ。確かに強いが平手先生が強いのは強いが、その事を松永ってのが知らない訳がねえ。知って居て蟻んこをぶつけたんだとしたら……魔力を消耗させるのと、注意力を割く為だな。光の剣はあくまで魔力の刃だ。魔力を無効化する魔物が居たら勝てねえんだ。晶、今のうちに柴田のアニキと森先生に連絡を取るぞ」

 平手学という教師陣の長老は、実力で頂点に立って居たわけだ。

まさかと言う驚きもあったが、だからこそ絶対に勝てないと悟る事が出来た。全ての教師よりも強い教師が居たとして、堕ちた魔導師が対策を立てない訳はない。老人である平手の体力・魔力・判断力を奪い、消耗した所で本命をぶつける気だろう。

 

「森先生! 忙しい所すんません! この蟻たちは魔王軍の陰謀かもしれねーって話覚えてますかね? アレの可能性が出てきやした。その内に魔法が効かない奴がいるかもしれないんで、柴田のアニキと一緒に一時的に下がってください」

「前田か? そうは言うが私たちが下がったら押し切られかねんぞ」

「そこは問題なく。弟の方の林先生が複合魔法で焼き払う準備をしてるはずっす」

 既に倒れている生徒もいるが、ここで彼らを救えとは言い切れない。

現実的に魔力も残り少なく全滅しかねない状況だ。出来るだけ場所を選んで倒れている生徒を巻き込まない配慮をするとは思うが、そんな事を言って居られる余裕は既になかった。それに……相手が酸を吐く蟻である。噛み疲れ倒れて酸を巻かれた時点で、かなりの確率で助かるまい。少なくとも王都組は絶望的であった。

 

「みんな聞いたな! この場を明け渡して守り易い場所まで下がるぞ! 力を合わせて一時的に蟻共を引かせろ!」

「「はい!!」」

 ここで遅れては自分たちも大規模魔法に巻き込まれる。

生徒も教師も日ごろのいがみ合いや喧騒が嘘のように一致団結してジャイアント・アントを押し返していった。神鳴る雷、龍の如き雷、コール・ライトニングが周辺を撃ったのは暫く後の事であったという。

 




 とりあえず戦闘の始まりと解説回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終わりのナゴヤ:後編

 複合魔法は呪文の改良を前提にした特殊な形式であると言える。

この世界の魔法は術式を組み込むことで、お仕着せの魔法を簡単に強化できる。決まったルールを組み込むたびに術式を入れても良いという形式ゆえに、個々の呪文をカスタマイズするのは非常に難しいのだ。一つのルールを変更するたびにその文言・数式・色彩などを全てチェックしなければならない。対して複合魔法はその面倒な問題に対し、最初から橙級まで拡大する前提の上で組み上げた儀式魔法専用と言っても良かった。

 

「コール・ライトニング? こいつは屋外専用じゃねえか。どうして外に向けて撃ってんだよ!」

 今回使用された複合魔法は風と光を融合させた、極めて強烈で広範囲に跨る呪文である。

追加されたルールの中に屋外専用と言う物があり、上空から見えない位置にあるこの場所の援護にはまったく向かない。現時点で見える範囲でも、外苑に位置するジャイアント・アントの一部を焼き払っているだけだ。あまりにも広大な術式ゆえに、その余波が上に建物の影があるこの場所にも及んだだけとも言える。しかし、これに意味があるとしたらどうだろうか?

 

「まさか、まさかそういう(・・・・)事なのか!?」

「そうだ。松永譲治の手の者かは知らん。しかし既に魔物の援軍が訪れているようだな。祥太郎はあれで優しい男だ、正面を生徒ごと焼き払うよりは援軍を松永と共に薙ぎ払う事を選らんだ。……のだがな」

 前田啓治を肯定する様に、複合魔法の手配をしていた林教諭が煙草を喫しながら訪れた。

啓治のあずかり知らぬ事だが、林サドこと複合魔法を教える林祥太郎は生徒の為を思って鍛えているスパルタ形式の男だった。倒れている生徒は絶望的だが、もしかしたら生きているかもしれないと思って正面を焼いて籠城するという選択肢を選べなかったのだろう。兄の林健次郎共々、表情筋の不足している兄弟と言える。

 

「居そうな場所を特定してぶっ放したんですか? なら死んだんじゃあ」

「ふむ。貴様は松永譲治の研究を詳しくは知らないのだったな。……奴の研究は主に三つだ。一つは生命の管理、貴族はペットを育てることもあるが奴は美しさや鳴き声では無く寿命に着目した。二つ目は交配という行為、これには生命の混血と言う意味もあれば儀式魔法に用いるという意味もある。最後にエネルギーを規定以上に詰め込むという物だ。前二者を思えば元の体のままだとは到底おもえんな」

 一つ目のエピソードは鈴虫で、寿命を野生の五倍に伸ばしたとか。

それだけならば素人でも犬猫でも野生の二倍・三倍に活かすことは可能なので、怪しい知識には思えない。しかし二つ目の交配というのはいかにもインモラルであった。生命と生命を掛け合わせて新たな生命を作り、それだけでなくセクシャルな儀式魔法を作り上げる。キメラ魔法の事を考えたら一見奇妙な取り合わせだが……新人類を作るという意味であれば一つに繋がるのだ。もしかしたらホムンクルス以上の存在を作り上げ、体を取り換えていても不思議ではないという。

 

「いや、マジでそこまで行ったら確実に禁忌じゃないっすか」

「だから奴は追放された。貴様が推測するには魔石を使って強化個体を作り出したかもしれぬというのだろう? ならば自分が使う体も強化個体化することで成果物に達している可能性はある。それに闇魔法をマスタリーしている可能性を指摘したのもお前だぞ。影の転移だけではなく、憑依操作の呪文(レイスフォーム)を覚えて居ても不思議ではあるまい」

 キメラで魔物を作るのはまだ許容範囲だが、新人類創造は大問題だ。

ゆえに松永譲治は禁忌に触れたとして追放されたのである。林教諭はその事を以前からの知識と啓治からもたらされた推測で結びつけた。もちろん間違っている可能性はあるが、啓治が思っている予想……魔人と化して魔王軍の四天王になるという物とそう大差はない。啓治はあくまで勇者に討たれた人物に『堕ちた魔導師が居る』という話から、魔人になったのだろうと予測したに過ぎないが、林健次郎はその手段を現状に当て嵌めただけなのだから。

 

「レイスフォーム! あれを使えば危険性を無視して実験体を自分で試せるって事か!」

「おそらくな。貴様から影の転移で魔物を送り込んだのではないかと言う予想を聞くまで、私も思いつかなかった。たとえ新人類が創造できたとしても、自らの体を捨てるには拒否感が強いし、同時に反乱の危険は常に付きまとう。しかし憑依であれば試作品を試すにはそれほど難しくは無かろう。さて、そろそろ悠長に話す暇は無くなって来たか」

 戦況に変化が訪れ始めたがそれも当然と言えるだろう。

元より拮抗している状態で有望な戦力を引き抜き、後の戦いに当ててしまったのだ。それを補うべく投入された複合魔法は敵増援を焼き払ったに過ぎない。戦況は不利なままスライドしているし、敵増援の全てが焼き払えたとも思えなかった。そして最大級の味方戦力である平手学にも限界が訪れようとしていた。

 

「すまぬな。ワシも寄る年波には勝てそうにない」

「交代しますので今のうちに休んでおいてください。切り札の一枚目は私が処分しておきます。松永の魔人モドキは平手先生にお任せしますよ。……前田、ルールに則るということと、アレンジするという意味を教えてやろう」

「林センセー……」

 折角の機会だと笑う林健次郎。その姿からは日ごろの嫌われ者は何処にも居ない。

やがて来る黒幕との前に自分が捨て石であり時間稼ぎである事を理解して、勝ち目のない戦いを少しでも優位にすべく打って出る武将のような男がそこに居た。これが最後の機会かもしれないからこそ林は見ておけと言ったのに、啓治の方には話せる事が何も無かった。二周目の人生の何だのと言って、合計しても大した人生ではないかもしれないと啓治が悔しく思った瞬間である。

 

「呪符騒霊術。三番から五番を視点起動。人は三人寄れば派閥を作りいがみ合うという。凶角よ、転じて我が盾と成れ。そして我が手にあるは剣と槍成り」

 林は三枚の呪符で正三角形を作り上げ空飛ぶ壁を作り、両手にインスタントの魔剣と槍を用意した。

三角形の盾は浮遊して彼の視界の何処かに移動し蟻酸を防ぎ留め、魔剣と槍は敵を白兵戦で傷つけていく。まずは相手の生命力を確かめる様に、連続攻撃で一体を素早く仕留める。そして次の敵は時間を掛けて、剣と槍のどちらが有効かを調べながら歩いて行った。

 

「啓治、援護しなくていいの?」

「だーってろ! 林センセは俺らに貴重な情報くれてるんだ。やるとしたらセンセが囲まれないように忠告飛ばすぞ。援護魔法はそれからだ」

「それでいい。素人の援護ほど余計な物はないからな。だが……確かに堅いな。ジャイアント・アントの酸型はまだ柔らかい部類と聞いたが。ふふ、これが実戦と言う物か。さて……このままではラチがあかんか」

 何かしようとする晶子を啓治は必死で止めた。

この後に戦いがあり、本命である魔力の効かない相手が来るのだ。その対処もあるし、そもそも数が居る蟻たちとの戦いをいかに有利に進めるかが重要であった。啓治はともかく完全な素人である晶を前に出すなど自殺願望でしかない。とはいえ相手は無数である、一体・二体を倒したところで大したペースではない。このままでは数の暴力に押し切られるだろう。

 

「呪符騒霊術、第二楽章。六番から八番を視点起動。そは剣林弾雨、手掌の動きにて舞い踊れ。我が見えざる手にありしは斧成り」

 林は三角形の障壁を一度降ろし、代わりに新たな三枚の呪符で手斧を三丁用意する。

手斧は投げられる武器の中で最も単純火力が高く、達人が使用しないという前提ならば投げ槍よりも強力である。ここから判る事は呪符による武装はあくまで形状に固定される事。そして林が同時に操れる呪符は五枚までと言う事だろうか? 事実、林は浮遊する手斧で遠距離攻撃を掛けつつ、手にした魔剣と槍で戦い抜くのだ。これにより倒すペース自体は確かに上がった。どちらかとえいば平手の攻撃力は過剰戦力だったこともあり、単純に戦うだけならば林の方が有利と言うのは確かであるように思われた。

 

「啓治、回り込んできてる!」

「ッセンセよい! 両方から回り込んで来てんぞ! 三角のどっちかに寄ってくれ。どうしても無理ならこっちで壁を立てる!」

「要らん! この程度ならばまだ問題ない。いいか、急くな(・・・)よ?」

 晶子の言葉を啓治は判り易く伝えた。これに付属して大地の壁を提示したのだが……。

林は首を振って拒否、単純に三角形の障壁と建物を利用して敵を一方向に絞った。そして三丁の斧を蟻の一体にぶつけた後、動きを止めて代わりに三角形の障壁の位置を移動させたのだ。その途中で追加の呪符を投げたのを見ると、呪符一枚を追加すると減った耐久力を回復できるようだ。そして……彼の言葉のニュアンスを解釈するならば、高速詠唱は隠したまま取っておけと言う事だろう。おそらくは林を奇襲から守れるとしても。

 

「前田君。悔しいかもしれぬが今は我慢しておきなさい。健次郎はあれでやる子だよ。それに君の情報と推測だけで我々は随分と助かっておる。残りの魔力は残しておくのだ。それですら本命を足すところまで、松永君が来たら勝てるか判らぬのだろう?」

「はい……もうじわげ、ありまぜん……」

 悔しいが平手に返す言葉がない。悔しいが林の為に何も出来ないことを悲しいと思う日が来るとは……。

一周目の人生では決して味わった事のない悔しさだ。せいぜいが柴田哲章や平手が死んだことで己の人生に影が差し、晶の笑顔がすり減った事に悔しさを覚えただけだった。それから後は勝負から逃げるように、無難に無難に生きてきたような気がする。

 

しかし、ここで奮起する意味はない。命を懸けるとしたら、根性を出すとしたらもっと後なのは間違いがない。その為に目を見開き、少しでも情報を集めるべきであった。そしてその努力は……無駄ではない!

 

「それにしても随分としぶといの。強化個体が居るとは聞いたが偉く硬い。ワシが光の剣を早めに出したのもそのせいじゃが……。これに加えて魔力を無力化する魔物など用意できるのか? しかも蟻と併用して傷つけさせず」

「併用の方は匂いで何とかなります。蟻は匂いで行動を決めるそうなんで。今は林先生とか他の連中にぶっかけた、見えない匂いに殺到してるって……あ?」

 平手が苦労しているのも、林が苦労しているのも同じ理由に起因する。

ジャイアント・アントの数は多く、しかも強化個体である兵隊蟻がやたらに多い。そして何よりそれぞれが妙に通常よりも強いのだ。魔石を使った個体でもなさそうなのだが……。そんな時、啓治は妙な事に気が付いた。フェロモンで仲間の窮地を聞きつけ、敵を判断しているならば……どうして後方で悠長に構えている個体が遊撃隊の様に構えて居るのだろうか? 先ほどの複合魔法で周辺の風がかき乱されて居るというのに!

 

「そうか! ゴーレムだ! 林センセ! そいつらの中にゴーレムが混じってます! 蟻んこの死骸を使ったゴーレムだ! てーことは……本命は魔力を遮断する石で防具を作ってるゴーレムに違いねえ! 松永譲治は蟻が同じ形状をしている、堅いっていう常識を利用しやがったんだ! こいつらはジャイアント・アントと蟻型ゴーレムの混成集団です!」

「なんと! 良くぞ見破った前田少年! そうと判れば恐れるに足らず! 健次郎、暫く持たせよ!」

「平手先生、せっかく良い所なんです。もう少し格好つけさせてくださいよ。だが前田……良くやった」

 ここに来てようやく啓治は全ての罠を見破った。

思えば王都組が松永譲治の拠点となる建物を見つけた時、効率的に反攻を判断できた理由はなんだ? 事前に幾つか用意した命令に従い、ゴーレムが出動したからに決まっている。後は内部にあるケースに入れておいたフェロモンで蟻たちを促すだけだ。

 

そうと判れば話は早い。未知の脅威ではなく、既知の脅威だと理解した教師たちは本命対策のメンバー以外を残して逆襲を始めたのである。ここに終わりのナゴヤ事件は……集結するかに見えた。かの松永譲治が現れなければの話ある。




 とりあえず情報を知ってた割りにピンチな佳境は終わり。
次回に第一部のボスと対決です。

なお、4/1に向けて別の話を用意するので、先にスケジュールを書いておきます。

27日:終わりのナゴヤ:後編(本日)
28日:第一部最終話
29日:設定衆。(最終話を前後で分ける場合は無し)
30・31・1日:エイプリルフールで色々。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔人の見る夢

 大人たちが死地に向かって歩いていく。子供たちではなく自分の担当ならば良しと。

子供たちはその背中に憧れた、自分もいつかそうなりたいと信じて。中身が大人の前田啓治は、どうして自分がそこに無いのかと自問した。自分ならば共に並べた筈だ、多くの子供を導く教師よりもただの冒険者だった自分の方が死地に立つに相応しいと満足して死ねただろう。死など現象であり、全て自己満足に過ぎないとしても。

 

「佐久間君! 蟻型ゴーレムと魔力無効型ゴーレムについて何か判るかね?」

「前者は前田君の言うように蟻の死体を使ったフレッシュゴーレムかと。人間と違って乾燥させれば強固ですし、ハードレザーアーマー化するのは難しくないでしょう。ああ……マミーの類かと思えば強くても不思議じゃないのかな? 干し首とかも似たような……。失礼しました。後者に関しては素材次第ですねぇ。古代のミスリルは魔法に強かったそうですが、軽量化や精霊との融和の方が重要なのであまりデータは残ってません」

 平手が黙って集中を始めたので、代わりに林が周囲を仕切る。

付与化の中でもゴーレム魔法を専門で研究している佐久間教諭に尋ねると、途中で脱線しながら色々と説明を始めた。彼は生徒警護用に作った量産品のゴーレムに指示を出しながら、前線で戦う林たちの片側を固める。そして時折に大地の鎧や大地の盾の呪文を唱え、ゴーレムに防御用装備として用意していた。

 

「ミスリルか。流石に見つかっても居ない金属は……。いや、前田。確か飛行船建造のためのレポートで何か書いていたな? 思い当たる事があれば佐久間先生に告げ給え。私の所には確定した情報のみをくれればいい」

「いきなり無茶を言いますね。……ええと素材系の最新のレポートにあったと思いやすが、自然界に無い以上は錬成したもんだという理論です。鉄の強固さとチープさを突き詰めた真鉄で、神の金属であった青銅はエネルギー保存性用で……」

「この場合は魔法抵抗に関してだけお願いします」

 林に促されていろいろ述べ始める啓治だが、佐久間はこういう所だけ教師として簡潔を求めた。

人の生き死にが掛かっているので仕方がないが、先ほど自分の妄想で暴走していたのは見なかった事にするらしい。それはそれとして啓治の方も切羽詰まっており、いきなり思い出せと言われてスラスラと堪えられるはずもない。むしろ先ほどの通り、一から覚えて居ることを口にした方が早いまであった。

 

「魔法抵抗系の金属は確か銀から作るミスリルじゃないんすよ。ええと何か他の金属との合成で……じゃねえとそっちが重くて使いモンにならねえ……でもそれは飛行船だからで……」

「合成? 啓治、鉛じゃない? 木下君と相談したことあるもん。どうして混ぜてるのって」

「そいつだ! 錬金術で造られるんじゃないかと思われる魔法金属の中で、鉛を使った月土は滅多クソ重いのに柔いんすよ。だから軽くて丈夫なミスリルと混ぜたらいいんじゃないか感じで。そして古代王国時代のミスリルが魔法に強い月鋼だってのも、そこから来たんじゃないか……と言う理論だったかと」

 この辺りは金属としての特質だけでなく、歴史的に抱いた神秘が関わっているとか。

金銀に混ぜて焼くことで精練したり、肌に塗っておしろいに使う、あるいはワインを甘くするなど……フィルターとしての効果があるのではないかと信じられていたから、錬金術で錬成してもそういった面の特質が浮き上がる。しかし重い鉛は錬成しても重くなりそのままでは使えず、似たような重さの筈なのにミスリル化することで軽くなる銀。これらを混ぜ合わせることで、魔法を防ぐ金属を作るのだという。

 

「重く柔らかい月土とバランスの良い月鋼、それは興味深いな……。しかし強度面では幾らも上がるまい? ザっと目を通した資料の中で、ミスリルがそこまで凄いという覚えはないが。いや、だからこそまだ正面に来ていない?」

「じゃないすかね? 量産型のゴーレムがハードレザーで、強化個体もそのくらいとして混成集団にするとバレない。しかし魔法を無力化する奴は脆いんじゃないかと。だとしたら重くて弱くて、消耗を待ってる居るのかと。ミスリルを実用化してないつーか、単純に魔族は長生きだから理論が残ってて、懲罰に使う金属だけが残ったってとこっすかね」

 何度も脱線しそうになるが、話し合う事で理論が整理されてくる。

ミスリルと混ぜた優秀な金属がないのは、貴重以前に理論がまだ仕上がってないのだろう。松永譲治がいかに優秀でも専門は生物学であり、魔王軍に身を寄せたことで古代の情報を歪な形で手に入れたのではないだろうか? そう思えば魔力を封じる金属は役立つだろうし、向こうで増やしている間にゴーレムに使えば良いのだろうと閃いたのではないだろうか?

 

「つまり連中は複雑な混成軍団に見えて、最初に与えられたコマンド通りに動いているという訳だ。だから前線担当に量産型が沢山いて消耗を誘い全体像を隠し、後方に本命を守る意味でそれなりに配置されてる。それは松永譲治がいない時の指令のまま……うん、ゴーレムに与えられるコマンド上限の壁はやはり破られて居ないね。つまりボクは負けてない……アー! サッパリした」

「佐久間センセ……この期に及んで理論的な勝ち負けで話さねえでくださいよ」

 そして段々と相手の陣容が見えてき始めた。

性格に難があるようだが佐久間の予想は当たって居ると思われた。皆が消耗した状態で戦うとは啓治も想像して居なかったが、松永譲治もまた同じことを思っているはずだ。本来は直接指示を出し、真っ先に厄介な相手を奇襲して葬り、後は悠々と分散している教師や生徒を殺していくつもりだったと思われる。だからこそ、先ほど複合魔法の対象にされるような勢いで合流しようとしたのだろう。

 

「と言う訳でボクの役目は終わり! 後は適当に伝えといて」

「ちょっと! あーもう、あんた不良共より勝手だよ! ……林センセーよい! だいたい判ったぜー!」

「松永譲治が居ないんで敵は当初の命令通りにしか動けねえ! 魔力対策を施したやつは脆くて重いから後ろの連中の中に隠れてる! 今なら奴の研究成果を台無しにしてやれるぞ! 奴には学院への恨み、研究成果のテスト、発掘された遺品の奪取とやること多過ぎらあ! 今なら何もかも台無しにできる!」

 佐久間に丸投げされた啓治は息を大きく吸い込んで話をまとめた。

ここで重要なのは重要視すべき敵の位置と、黒幕が何を考え何を重視して居るかと言う指針だ。敵後方に配置されている魔力を無効化するゴーレムを倒せば、松永譲治が何時までもこの場所に固執する理由も無くなる。もちろんシャカリキになって回収しようと、あるいは今のうちに教師陣だけでも殺そうと突撃して来るかもしれない。

 

しかしそうなればしめたもの、相手の思考をワンパターンに絞る事が出来るだろう。もし仮初の体が深く傷ついて居るならば、それを破壊して一発逆転も出来る筈だ。

 

「聞いたな健次郎! 正面はワシが切り拓く! 残りの全魔力を費やすゆえ、後は任せたぞ!」

「心得ました。しかし年寄りの冷や水ならぬ死に水と言うのは止めてくださいよ。笑い話にもなりません。森君と柴田たちは後から付いて来給え!」

 ここで集中していた平手が最期の魔力で巨大な光の剣を作り上げた。

実のところ本来ならばソレに意味はない。拡大や強化の術式をどれだけ放り込んでも、呪文ごとに向上できる部分は限られているのだ。光の剣は強力であるからこそあまり上がり幅が無く、威力だけならば炎の刃に、継続時間であれ大地の剣に劣る。本来であれば同じ魔力を使って、何度も行使した方が戦い続けられるだろう。しかしソレでは状況を覆すことはできない。場合によっては松永譲治に合流されてしまう可能性があった。

 

「光、鷹と成れ、光、翼と成れ! 我が振るいしは光の翼! 光の鷹が翼成り! カカカカ! まとめて薙ぎ払ってくれる!」

 ヴォン! 右から左に走り抜けただけで、まとめて蟻たちが薙ぎ払われた。

魔力の刃を普通に振っただけではこうも行くまい。魔物に対して威力の向上する光の剣ならばこそ。もし相手がもっと強力な魔物であれば、とうに両断していたに違いあるまい。二度・三度と叩き付け、あるいは林が呪符を操って初めて倒せるのだ。しかしこの攻撃で目の前が切り拓かれたのは間違いがあるまい。そして彼方からでも、この光景が見えたに違いあるまい。

 

見よ、これが光の翼、光の大剣、世界を切り拓く希望の剣である。ソレを見れば生徒たちは立ち直り、彼方に黒幕が居れば焦りを覚えよう。絶望を切り裂く光の剣こそが、勇者の武装と言われる所以であった。

 

「砕かれよ諸々の邪悪、我が手にあるは明王の剣。降魔の利剣が悪党どもを絶やしてくれるぞ! 見たか我が剣、見たかこの有様を!」

「それは良くばり過ぎでしょう、平手先生。どれ、ブツがお目見えの様です。ここからは私が調査しましょう」

 平手が妙に格好良く良く見栄を切り始めるが、本当に絶好調ならばするはずがない。

せめて仲間たちを奮起させようという老人に気遣いながら、林は素早く前に出た。自分が平手の左後ろを固め、魔力の障壁を再び飛ばして右後ろをフォローする。そして生き残りの中に居た怪しい個体に向けて呪符で造った槍を投擲して確かめる事にした。手に握っているからと言って投げて悪い通りは無く、使い捨てられるのが呪符の良い所であるのだから。

 

「ふむ。威力重視の手斧とあまり変わらぬ傷……。なるほど、脆いというのは本当か。どう思うね佐久間君?」

「これは興味深いですねえ。ゴーレムに応用するとしたら、追加装甲か盾にするべきかな。でないと本体を弱くしてしまいそうだ。もし仮に魔族に使うとしたら……ゴホンゴホン。うん、まだまだ未完の金属と見た」

 林は槍を投げることで相手の回避力を確認し、同時に装甲も確かめた。

魔法と言うのは一定の成果を出すモノなので、量産しようが適当に作ろうが性能は変わったりしない。しかし装甲に使った素材であるとか、本体に使った金属で差は出る物なのだ。この短いやり取りで教師たちは巧みに松永譲治の手札を暴いていく。

 

そして佐久間が個人的な興味を打ち切って、結論を急いだのには訳がある。悠長な事を言って居られない事や……怪しいナニカが接近して来たからだ。その動きは先ほどの平手に匹敵しよう。

 

「誰かと思えば……。随分と姿を変えたのではないかね松永君?」

「ふふふ。林は相変わらずだ。涼しい顔をして英雄願望なのも昔のまま。……だから、ここで死ぬことになる」

 現れたナニカは男とも女ともつかぬ姿をしていた。

そもそも意味がないのだろうし、男の筋力と女の俊敏性を良い所取りしている様に思われる。普通の生命であればどちらかに影響されようが、レイスフォームで憑依しているのであれば涼しい顔だろう。計算通りに動くかは別にして、本体が間違えて死ぬようなこともないはずだ。

 

「やってみるかね? こちらにはまだ人数が居る。私を殺す前に君の研究が壊れるぞ」

「……研究を見抜いたようだが、生憎とこの体は知恵あるトロールを元にしていてね。少々壊れた程度であればさして困らんよ。そして性能は折り紙付きだ。そうは思いませんか、平手先生?」

「ちっ! その手甲、魔力を遮断するか!」

 林と話している間に平手が切り掛かった。

継続時間を延長して居ないこともあり、最後の機会と切り掛かったのだろう。だが巨大な光の剣が手甲で受け止められた瞬間にその部分だけ後ろに刃が伸びない。まるで幻影でも通り抜けたかと思った後……不意に平手が倒れた。

 

「平手先生!」

「ぬかった。……来るな健次郎、ワシが倒されている間に攻撃を……」

「申し訳ありませんがこの体に覚えさせた技を併用できましてね。ただの衝撃波でもトロールの一撃は効くでしょう? っそして君は相変わらず甘いな林」

 今の一瞬で松永は逆の腕を振るっていた。

片手で光の剣を受け止め、もう片方の手で衝撃波を放つ。なんのことはない、その辺の傭兵でも強い奴ならばこの位の事はできよう。問題なのは手甲は魔力を阻み、衝撃波はそれだけで重傷を負わせる威力があるという事だ。

 

「生命としてシンプルに強い。それはこういう事だよ!」

「馬鹿な、魔力障壁が一撃で!?」

 松永は右手と左手で同時に衝撃波を放った。

しかもしれだけではなく、高速詠唱でカマイタチを放って来る! どれも無色透明で見え難く、三つの風が次々と命中することで呪符を束ねた障壁を瞬時に砕いたのだ。

 

(ヤベエ。伝説の魔将とかいうクラスじゃね? つーかこいつ魔王軍の四天王になるんだった。……勇者さま達はどうやってこいつ倒したってんだよ。高速詠唱使えるって事は、別に風じゃなくて闇でもいいんだよな? 隙が全くねえぞ)

 啓治は情報として見ると聞くとでは大違いであると理解した。

先ほどまで頼もしかった教師たちが見る影もない。次に攻撃されたら林も無事でいられるとは限るまい。高速詠唱で呪符を展開してもまた砕かれるだけだし、魔力を消耗した現在では分が悪かろう。それに倒れた平手を狙われては守るべき対象が二つになるのだ。いつまでも守り切れるはずがない。どちらかと言えば非力とされる風魔法と闇魔法しか使って居ないのに、どうやっても勝てるビジョンが見えてこなかった。

 

「あー!? ボクのゴレームがあああ!」

(柴田のアニキと森センセで押し切れるか? 当たり続ければトロールの体でも倒せはする。しかしそれはこいつが黙って殴られ続ければ、の話だ。考えろ……こいつが前線に出張るわきゃーねえ。勇者たちは連戦で魔王と一緒に倒してんだ。何かしらの欠点か、限界があるはず……)

 見守っている間に佐久間が出した護衛用のゴーレムが瞬時に倒されている。

殴り掛かったのを容易くかわし、手甲が傷つかないように殴り倒す強さがあった。だいたいからして知恵あるトロールはそれだけで屈強だ。それが堕ちた魔導師が憑依することで、強大な魔力を追加していると言える。あえて言うならば研究者肌だから物見高いとか、確実に殺す追い込み技を持っていないことくらいだろうか?

 

(待てよ? こいつ研究者って事は、必殺技なんて幻想で追い込むための手順を知らねーんじゃねえか? 案外、さーさん達が合流出来たら意外といけそうな気がしてきた。……つまり攻めるべきは戦闘経験の不足ってところか)

 必殺技というのは物語の中でしか存在しない。

冒険者をやって居た時もそんな物は見たことが無く、先ほどのような連続攻撃も強くはあるがそれだけなのだ。『この技とこの呪文を組み合わせたら確実に死ぬ!』なんてコンボは警戒されて当然だし、暗殺者のような初見殺しでも無ければ防がれて当然という事も多い。と言う事は戦い方次第で行けるのではないだろうか? 流石に佐々達がいきなり現れるとは思えないが、逆に言えばそういう介入者を松永は警戒しているはずなのだ。

 

「林センセーよーい! そいつ、未完成ですぜ! 強いように見えて、まだ強いだけの魔物と代わりねえっす! そこに三人いるとか、騎乗用ゴーレムが完成したんだと思ってくだせええ! 残り魔力だって……」

「ほう。よく囀る雛鳥だ。惜しむらくは……」

「止せ、注意を引くな!」

 啓治はある程度の覚悟を決めて忠告を放った。

松永は嘲笑いながら腕を動かし、林は忠告を返す。だがこの流れは啓治の予想通り、むしろ理解できていた事だ! ゆえに彼は予測していた行動で受け止める!

 

「大地の壁よ! ……そして」

「高速詠唱? 学生にしてはやるが、何処までもつかな?」

 啓治は隠しておいた高速詠唱で壁を打ち立てた。

松永の放った衝撃波とカマイタチがソレを砕くが、その間に彼は身を隠しつつ次の詠唱を行っている。壁が砕け散り土煙が晴れた時、当然ながらそこに啓治はいない。気が付けば怖ろしい程の速度で前へと移動していたのだ。

 

「勇敢だ。しかし、蛮勇ではある。その速度で突っ込んで何をする気かね?」

「何もしねえよ! 今ん所はな! あんたをぶっ倒せる火力が揃うまでの時間稼ぎさ!」

 改めて放たれる連続攻撃、しかし今度は松永も移動しながら放っている。

タイミングを変えることで例え壁を出しても防ぎきれないし、少しくらい避けても当てることは難しくなかった。もし啓治が加速の呪文を唱えたのであれば、瞬時に殺されていただろう。

 

「飛んだ!? 前田が唱えていたのは飛行呪文か。しかしそれだけでは……」

「いいえ、これでいいんすよ! 奴には決め切れる攻撃がありやせん! しかしこっちは月鋼のゴーレムがいる事を前提に用意した装備があります! 俺や先生が防いでる間に、そいつで狙撃すれば終わりっすよ。俺らの残り魔力と勝負してみるかよ松永さんよ! まだまだ不完全な体の評判ガタ落ちになっぞ!」

 考え方の差であった。相手は凄いが魔法使いが全力で防御すれば突破しきれない。

対してこちらはトロールでも倒しきれる装備を整え、何度か攻撃してその内に当てれば良いのだ。流石に一撃では死なないだろうが、その間に他の者が攻撃を行えばよいだけの事。こちらには人数が居るわけだし、全員が攻防の両方を一人で担当する必要はないのだ。

 

「やってみるかね? 未熟な生徒程度を始末するのは難しくない。そこの教師たちを葬るのもな。試してみるか?」

「やってみろよ。そんで勇者とも戦えずに無駄死にするんだな。見たところ精々が部隊長レベルだ。今すぐ魔王軍が攻勢を始めるとしたら、四天王を名乗るのも烏滸がましいぜ。……ここでぜーんぶ台無し居なったら、あんたはいつまで下働きなんだい?」

 そう、松永が持つ最大の欠点は彼一人であるということだ。

研究者と交渉役と指揮官と兵士をすべて一人でやってしまっている。それだけ優秀だということだが、ゆえに何処かに限界が生じていた。効率的な体は凄いが、一撃必殺の能力はない。戦闘経験は専門家には及ばない、交渉術だって部隊長の地位を固めるのが精々だろう。もしここで研究成果をすべて失い、途中の記録からやり直せば……彼は果たして魔王軍の再侵攻に間に合うのだろうか?

 

「たかが生徒の分際で……何処まで気が付いた? いや、何処まで知っている!?」

『……二周目の加護って知ってるか?』

 まるで見て来たように物を言う啓治に、さしもの松永も訝しんだ。

これこそが啓治が張った最後の罠、いや、唯一のハッタリだった。ここまで警戒させておいて、彼が持つただ一つの切り札を唇だけを動かすことで伝えたのである。

 

『このままじゃ、お前は四天王一の小物で終わりだぜ』

「ふん。……私には魔王すら一目置く大教授になる、多くの頭脳を奪い最高の頭脳を作り上げるという夢がある。ここは貴様のハッタリに乗ってやろう」

 果たして啓治の言葉は通じたのか?

それとも警戒したのが狙撃や複合魔法の方だろうか? いずれにせよ時間稼ぎを食らった事実を認め、松永は撤退することを決めたようだ。蟻の軍勢たちを地下へと逃がし、己は影へと姿を融かして何処かに消えてしまったのである。

 

こうして終わりのナゴヤ事件は大きく様相を変えた。




と言う訳で第一部終了、四月二日以降で第二部の予定です。
第二部は飛行船を研究しながら魔王軍に備える話ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定集1

●コンセプト

 いわゆる『二周目の人生ネタ』をネオ・スタンダード化したものとして見直し。

魔物から採れる素材や魔石など、なろう系設定に可能な限り整合性を付けてみたモノ。

 

例として魔王軍が人間を絶滅させようとするので、膨大な予算と人材を投入することで、妙に進んだ技術が完成した事としている。

 

●世界観

 神様や巨人・古代龍族などが滅び、その体が世界を作っている。

このために世界は魔力に満ちており、人間は神の加護を持ち、魔族はとても強力である。魔王は古代王国を滅ぼした時に相打ちで死んでおり、今の魔法は代替わりした存在。現魔王になって三度目の襲来が間もなく起きる。

 

●神の加護

 全ての人間に平等に与えられているが、必ずしも自覚できるわけでもない。

力が増したり足が速くなるような判り易いモノから始まり、魔力コストが低かったり特定の魔法を覚え易いなど、人によっては有用なのに一生気が付かないモノもある。必ずしも職業などに向いた加護を貰っているわけではないので、勇者や聖女は世界のピンチに有用な加護をたまたま有用な組み合わせで持っていた人物の事を示す。笑い話として持って居れば聖女と呼ばれる加護の何種類かが同時に見つかり、互いに偽者だと罵りあったり、逆に三十過ぎて見つかった例もある。

 

●二周目の人生

 神の加護の一つで、判り難く特殊なタイプ。いわゆるユニーク加護。

魔力に満ち溢れ混沌とした世界はアヤフヤであり、歴史や事件が確定しているわけではない。そこで神々の記録として設定されたモノがこの加護だと言われている。現在の所持者は主人公の前田啓治。飛行船が発明されて世界が広くなり、魔王の所在地を発見して早期討伐に至ったという流れを記録している。

 

●マスタリースキル

 加護を参考に研究されたスキル。最高レベルに達した時に1つ選んで覚える事が可能。

この選んで覚える事が可能と言うのが本当に重要であり、研究職や戦闘職では自分の望む展開を確定させるために徹底的な検証のもとで習得する。ただし加護が『全ての魔力消費を三分の一にする』というような物である場合でも、『全ての魔力消費-1』または『特定の属性に限り魔視力消費-3』と言う程度の物である。

 

●魔法属性

 この世界の魔法は基本となる地水火風、覚え難いが有用な光と闇の合計六つが存在する。

それぞれの属性に10種類程度の呪文がデフォルトで存在。火魔法であれば攻撃が3種類あるが回復はなく、水は攻撃は1つしかないが回復手段が豊富などと偏って存在している。これに研究で覚えることのできる上級魔法で使い方を切り替えたり、オリジナルの呪文を研究することで実質的には一属性あたりの呪文数は10に留まらないのが普通。

 

●魔王軍の進行と技術の異常発達

 この世界の魔王軍は人類を絶滅させようとしているので、人類は団結・結集して対抗している。

戦争になると予算と人材がおかしなほど注ぎ込まれ、平常であれば後回しにされる研究でも有用と見れば即座に研究が始まる。また国家機密であっても十分な見返りと前提に開示されることになっている。当該国が見返りが不服として開示を拒む場合は、他の国が連合で代価を保証・あるいは交渉するという徹底ぶり。それも魔王が人類を滅ぼそうとするからである。古代王国が無残に滅びたこともソレを裏付けている。

 

 今代の魔王になって既に三度目の侵攻だが、その都度に技術は異常発達する。

一度目は魔物の素材を利用する技術であり、古代王国に劣る技術でも魔法の品が製作可能。冒険者ギルドが設立し、情報交換や国家に寄らぬ速やかな援軍を決めたのもこの頃。二度目にはスキルカードによる表示と暗示による習得で、スキル・魔法の習得が簡単になるなど人類の戦闘力向上に貢献している。前衛職にタンクなどの役割が出来たり、召喚士やテイマーの台頭もこの頃。三度目になる今回では、魔法素材の再発見により飛行船や騎乗型ゴーレム(ロボット・車)などのいわゆるライダー系が充実することになった。魔石を使った魔物の強化を魔王軍が始めたのも新しい。

 

●魔法のルールと、強化・拡大の術式

 古代王国時代に比べて術者の格が圧倒的に下回るものの、だからこそ術式が研究された。

かつては直感的に可能であったことを、一定のルールを用いることで誰でも可能になっている。逆にいえばオリジナルの呪文を作る事は非常に難しくなったと言える。ただし全く強化しないのであれば簡単であり、これが生活魔法と呼ばれる全く強化できない呪文の始まりである。例えば水魔法に存在する『浄化』の呪文は範囲を何倍にも拡大する事が可能であるが、生活魔法に属する『クリーン』では不可能である。

 

1:ルールを1つ定めることで術式を1つ導入可能

2:この場合のルールとは、地水火風や剣盾などを表す言葉を、別の表現で設定する事である。

3:メジャーで使い易いルールは言葉・文字・色彩・旋律、難しい物は番号や方角と言われている。

4:ルールを5つ以上組み込むことを魔法の儀式化と呼ぶ。これは同時に示すことが極端に難しくなるのと、術式5つ分の強化で時間・距離効率が劇的に変える事が可能になる為。10分の効果時間が1時間となり、1時間が1日となる。距離で言えば自分専用が他人への付与可能と成ったり、半径10mが100m、100mが1kmとなる。

5:術式を使っても呪文によっては強化できないこともある。ダメージを与えない呪文でダメージが向上しないように、大地の剣など固定値として決まっている魔法ではダメージは上昇しない為である。

6:オリジナル化で上記5の迂回は可能だが、学院などで教えてくれる文言などを全て見直す必要がある。当然ながら全てのルールが合致させないと強化は発動しないし、その証明ができないと登録も出来ない。

(そこそこの強化でよければ、単純なルールで規定することは可能だが、その場合は儀式魔法化はとても難しくなる)

 

●大秋津洲と藩属国、そして魔法学院

 この国は連合王朝であり、複数の王家とそれに従う藩属の小国が存在する。

主人公である前田啓治の所属する尾張もその一つであり、それぞれに魔法学院が1つは存在する。尾張には神剣創造を目指す熱田魔法学院があり、王都組が所属する中でも熊野や、女性ばかりの斎(斎宮本校・斎院分校)とは仲が良い。

 

●登場人物のネーミングライツ

 小川先生の速攻生徒会で登場した、戦国武将の苗字+声優の名前を使用している。

書籍化するとも思えないので、適当に命名できかつイメージし易いので流用中。

問題に成ったらまるまる別の表現に挿げ替える予定である。

またアキラ・ノブ・ハルなど頻繁に重なる名前は、エライ人の名前にあやかっているため。

 

例:

 前田啓治。前田利家や慶二のイメージと、藤原啓治。イメージするアニメのキャラはサージェス・野原ひろし。

 

 松永譲治。松永久秀のイメージと、中田譲治。イメージする特撮キャラはサーカウラー・大教授ビアス

 

 細川兼人。細川藤孝のイメージと、塩沢兼人。イメージするアニメキャラはルートビッヒ・ブンドル

 

 細川武人。細川忠興のイメージと、子安武人。イメージするアニメキャラはクレイマン・ディオ

 

名前を差し替える場合は天使名なら主人公の名前はザフィケル・トロンズ、英語名ならジョン・スミスとなる。




 ひとまず作中に書いておいたことなどのまとめ+@。
呪文一覧とか加護例が必要な場合は、次のまとめまでに埋め込み・展開式で考えておきます。
次回の更新は4月2日だと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章
その変遷


 松永譲治の起こした事件は元の歴史と比べて変遷した。

被害者の数がずっと抑えられた事もあるが、その認知度に大きな差を示していたのだ。藩属国である尾張の内だけでなく、他の藩属国で魔王軍の先遣隊と捉えるか、まったく無関係な怨恨であるかが大きな分かれ目と言えるだろう。

 

「個人の怨恨ですか? 随分と小さな評価ですね」

「まあ仕方がないんじゃないかな。松永譲治も他の国では手控えたようだし、今回の事件で一番被害を被った王都組が怨恨だと言い張ってるからね」

 肩をすくめるのは尾張の王であり、この国の大貴族である織田信長だ。

彼の招きで熱田の教師や生徒の内、今回の事件に大きく関わった者が呼ばれている。その屋敷の奥まった場所で、他の藩属国の反応や王都での知見を教えてくれるという事に成ったのだ。屋敷の中でも信長の母である島崎氏の別館を用いることで、秘密の会合では無く身内のお茶会と言う事に成って居る。

 

「細川君の次男が被害者であったと聞きますが、良く納めましたね」

「転移で外に逃げ出してたらしいよ。そこでも危険だったらしいけど……前田君だっけ? 彼の手配した冒険者が運よく保護したんだってさ。後は体面の問題さ。怨恨があるからこそ用意周到に狙われた。だから気が付けなくても仕方がないって事にしたいらしい」

 細川武人が前田啓治より資料を奪った事がキッカケではある。

彼は松永譲治が隠した資料を奪取し、あわよくば研究ごと自分たちの物にしようとしたのだ。それが警備システムに引っ掛かり、大量のジャイアント・アントや蟻型ゴーレムに襲われてこちらに来ていた王都の学生は多くが死傷した。話を聞くに影の転移を使える者が細川武人を抱えて逃げ出すことに成功したらしい。

 

「報告書を見たけど良くできてるね。いや、報告書もだけどゴーレムの話だよ。パっと見では中身の差に気が付けないし、理屈としては成立するんだ。何処の魔導師があれほどの部隊を怨恨なんかの為に使うのかって気はするけど……。重要なのは他の王国貴族がどう考えたいかって事。魔王軍が来たら団結せざるを得ないけど、予兆の疑いレベルで経済やら何やら没入させたくないんだよ」

「それで多くの死者が出るのでは、犠牲に成った生徒や教師が浮かばれませんな」

 蟻型ゴーレムには二種類があり、量産用と魔法無効化用がある。

これに強化個体である兵隊蟻の数を合わせれば、ちょっとした軍隊規模だ。熱田魔法学院全体で挑むならまだしもその一部、しかも魔力をほとんど使った状態で戦った割りに犠牲者は少ないとすら言える。しかし重要なのはそこに言い訳の要素が残り、同時に王侯貴族たちが『まだ金や人材をフル投入したくない』と思っているのが問題であった。本当に予兆であるならば、この段階で気が付けたのはむしろ行幸だろうと言う者まで居るのだとか。

 

「他所は他所、うちはうちということでひとまず現実的に対処しよう。『よくやった、褒章を取らせる』ということで熱田に研究費用を投入する。魔王軍に対抗できるだけの準備は無理だけど、そのための装備開発くらいはできると思うよ。それと俺の権限で今回の事件に関わった生徒の何名かを、上級生ならびに教師補佐に取り上げる」

「……それが現実的ですな」

 ここまでのすり合わせを行った林教諭が溜息を吐いた。

彼は持ち前の英雄願望もあるので魔王軍と戦いたがっているが、同時に奮戦した生徒たちの為に何とか報いたいという考えも持っていた。ここで一足先に熱田が動き出せば、後に魔王軍の仕業と判明した時に振りかえって評する事もできるだろう。それで死んだ生徒や教師が報われる訳でもないが、何もしてやれないのはツライ。そして現実的に、魔王軍が来ると思って居るのに棒立ちと言うのは愚かとも考えていた。

 

「それで……いかがいたしましょう? 予算を投入すると言っても、何もかもと言う訳にはいきませんが」

「だろうね。うちの家中でも疑っている奴も居れば、他と同じようにまだ早いと思ってる奴も居る。でも同時に今が投資のし時と考える奴もいるんだ。魔王軍襲来前に功績を稼いでおけば、後でうちが大きな顔をできるってね。さて、それで何処に金を入れるかだけど……やっぱり素材か錬金術かな? 実現した時の幅が大きいし理由も作れる。後は現物が目の前にあるんだもん、研究しなきゃ嘘でしょ」

 魔王軍が襲来すればすべての人類が共同で当たる事に成って居る。

その時にただの協力者で終わるか、それとも大きな研究成果を用意して居るかでは大きく違った。重要な研究であれば見返りを要求できるし、今の段階から行動していたということで先見の明があったと主張することも出来るだろう。

 

「確かに『月土』の現物は熱田が確保しております。しかし理由ですか?」

「明良が丹羽先生の研究室に居たでしょ? 身内に甘くする気は無いけど、何のかんのと言って最後はコネだよ。同じ条件であればコネがある方を選ぶ。明らかに優秀な相手が居れば別だけどさ。と言う訳でまずは魔法金属の実現を目指し、その成果物でこれまた何かを作ってもらおうか」

 魔法を無効化するゴーレムで無事な物は撤退して、残っているのは破壊した物だ。

しかし倒した中で素材の性質を残した物もあり、量産型や元となった強化個体と比較する事で研究が進むだろう。少なくとも同じ研究をしている他の学校と違い、現物の有る無しは大きい差であった。そして身内の研究に金を使うという理由が出来れば、対外的には問題ないし、尾張家中にも言い訳ができるのだ。

 

「と言う訳で良いかな? 後は自分で頑張るんだよ」

「はい、兄上。必ずやご期待に添って見せます。丹羽先生たちと一緒に研究して、柴田君や森先生の所に持ち込みますね」

(うん……なんだあ、この流れと生暖かい視線はよ)

 信長と明良が微笑み合うのは良い、だがどうして柴田哲章に二人の視線が向くのか?

前田啓治はずっと眺めていたが、これまでにない流れに内心で思わず首を傾げた。そして哲章に目をやると照れており、訳も判らずにその妹である柴田晶子に視線を移すと何やら微笑ましい視線で兄とマドンナを交互に見つめているではないか。

 

(なんだろう。前に無い流れつーか、麗しのマドンナはむしろ気落ちして傷心で、どうにかしようと奮戦して芽が出なくて困ってる感じだったが……。何だろう、この違和感は。もしかして俺、何かやっちゃいました!?)

 一周目では別の研究室だったが、啓治のいた素材部門と織田明良の居る錬金術は近い。

信長の妹でもあり色々と注目されていたので、横断的にあちこちに顔を出して必死で頑張っていたはずだ。死人が出た事にショックこそ受けているが、一周目よりも遥かに活き活きとしているし、どうして柴田哲章と良い雰囲気なのだろうか? そう考えた時、啓治はようやく自分が歴史を変えてしまった事実に思い至る。

 

「……なあ、もしかしてマドンナと柴田のアニキって良い雰囲気じゃね? ここは応援すべきなのか?」

「そーだよ。明良先輩は貴族の令嬢だから政略結婚もあり得たんだけど……この流れだとお兄ちゃんと結婚できるかも。魔王軍との戦いで織田家が大きくなれるなら、無理して政略結婚する必要はないってことじゃないかな? お兄ちゃんは尾張でもかなり優秀な方だから」

 晶子に尋ねてみると、まさにドンピシャであった。

何と言うか歴史を変えてしまったというか、平和な状況でも政略結婚はありえた話だ。相手先のレベルが違うだけで、貴族の娘には付き物である。一周目では熱田魔法学院が大きな被害を被っており、柴田哲章も死んでいる。少なくとも不利な条件を覆すために、何処かに嫁ぐのは当然だったろう。しかし今回はむしろ逆だ、織田家は大きく勇躍するだろうし妙な貴族と婚姻を結ぶよりも、有能で面倒見の良い哲章に嫁がせて国内を整えると言う事も選択肢に入るだろう。

 

(何つーか、二周目の人生で目標にしていた一つが何もしねー内から終わっちまったな。声を掛ける前じゃ始まってすらも居ねえ。つーか、どうして熱田に御姫様が居たんだ? もしかしなくても信長公とお見合い? まあ女の件は努力目標だし、まっいいか)

 不意の二周目でする事を思いつかなった啓治は、幾つかの目標を作った。

魔王軍を何とかし熱田を救う事で自分の人生設計を良くすること。そして麗しのマドンナを口説いてみたり、お姫様を守って魔王軍と戦うとか色々計画だけは立ててた。しかし織田明良は柴田哲章とくっ付きそうな上、お姫さまが藩属国に居るという事自体が不自然過ぎる。興味が無かったので良く知らなかったが、信長の婚約者であるとかお見合いの途中であったとうう方がよほど自然だろう。そして尾張が熱田と共に没落したので、話が立ち消えて王都にでも戻ったのだろうと考えれば不自然では無かった。

 

「なによ? なんだかゴキケンじゃない?」

「そう見えるか? まあそうだろうな。周りの人が幸福になるって、ちょっとした事件だろ。なら笑いも自然と零れはするさ」

 二次的な目的であったが、柴田哲章も織田明良も幸せそうだ。

晶子も微笑ましい目で見ているというのはそういうことだろう。あまり考えてはいなかったが、周囲全体が幸せになるのは、きっと何より得難い事なのだろうと思う。そして生前の結婚生活や、冒険者人生を振り返れば、別に女を侍らして楽しかったわけでもない。大出世してハーレムを作れたとしても断っていただろう。一周目で離婚したむ晶子はずっと沈んでいたし、今の笑顔の方が好ましいとすら言えた。

 

「飛行船を作るかどうか分かんないけど、あんたにも良かったことがあったじゃない」

「そうさな。まずは魔法金属を作っていこうぜ。そしたら婚約指輪でも作るか……って、あの二人にだぞ」

「あっ、あったりまえじゃない!」

 なんてことを言いながら、新しい年と目標に向けて熱さ魔法学院は動き出した。




 一章の経過報告と、二章の始まりです。
まだストックが残ってるのと書き足したので、二章までは毎日UPかも。

『織田信長』
織田信長+島﨑信長のハイブリット信長。
同類として島津冴子という女傑がその内に登場する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進まない研究だからこそ

 新年度に入ってからの研究であるが、ちっとも進みはしなかった。

以前に前田啓治が評したことがあるのだが『結婚して子供ができるくらいの時間に基礎研究が完成』し、『そのまた子供が結婚する頃に飛行船ができあがるかどうか』というほどである。あれから一カ月くらいでは、精々が半年・一年分くらいの短縮であろう。

 

「丹羽先生。やっぱり芳しくないですね」

「大丈夫よ~。世間じゃ魔法金属が自然界に無いことを認めるか、認めないかでモメてるわ~。他所に比べてうちは研究成果が出ている方だもの」

 鉱物系の錬金術を担当する丹羽教諭が生徒を慰める。

織田家からの予算注入と熱田学院全体での人材投入により、以前よりはるかに研究は進んでいた。最新の理論を認めるどころか、錬金術で錬成することによ、魔法金属が成立しそうだ……という所までは理解できていたのだ。と評価に五段階あるとしたら第一段階をクリアしたに過ぎない。一足先に実戦を経験したメンバーなど、気が逸るあまり先に第三段階以降の研究を始めてしまっている。

 

「まーだー? うちじゃもう馬型ゴーレムと乗り込み型と甲冑型まで試しちゃってるよ―!」

「佐久間先生は気が早過ぎです。こっちは素材をそのまま利用する甲型と、マジックアイテムの為に使う乙型を決めたくらいっすよ。魔法金属のマの字もありゃあしませんぜ」

 研究室の内部どころか、気が急くのは次の段階まで足踏みしていた。

ゴーレム研究室の佐久間もであるが、啓治自体も付与科から顔を出しており、することがないから佐久間への説明役をやっておけと言われる始末である。理論の証明がなされただけであり、それも現物の素材が先にあるから『この反応はきっとそうだ』と思える程度である。熱田魔法学院以外では、今も議論の真っ只中。一番突き進んでいる研究室ですら、試して何の成果も得られないと 嘆いているか嘲笑って居るレベルだろう。

 

「だいたい肝心の素材も無しに研究して何を得るんすか?」

「可動域と騎乗した時の動作トレース型と思考トレース型の差だね。魔法金属がないお陰で、まるで歩けないか、根元からポッキリ折れるかのどっちかなんだけどさ」

「……中に居た奴ぁだいじょうぶっすか?」

 要するに堅いけど重い状態か、軽いけど密度が弱い状態で試してるらしい。

騎乗型ゴーレムは『ゴーレムへ伝えられる命令に限界がある』という命題へ挑む物だ。術者が脇に居たら命令を出し直せるのだが、その場合は槍で突くなり弓で射れば一巻の終わりである。ゆえに馬型で走りまわったり輸送用に用途を絞るとか、乗り込むことで安全を担保しようとしているというものなのだ。実用化できれば今までの様に警備用レベルでは留まらない活躍が見込めるだろう。

 

「オーガやトロール並からワンランク上げることで強度を解決してね! 後は軽量な金属で本体を作るか、堅牢な装甲を着せれば良いって事に収まったんだよ! いいかい、このメリットは……」

「こいつ! 安全性に関する質問を無視しやがった!?」

 てな感じで研究はサッパリ進んでいない。

第二歩である魔法金属の錬成がストップしていれば、それ以降の研究が進まないのも当然である。なおこれがクリアされたとして、強度や軽量さを確保しつつ、特殊性を維持するためにどの程度の合金化を行うかも問題だ。混ぜながら実現化するのか、それとも錬成してから混ぜるかなどを試さねばならない。もちろん佐久間が言うように、堅いだけの金属を鎧の様にゴーレムに着せるというも、解決手段の一つではあろう。

 

「ブッブー! 魔王軍との決戦に間に合わせるためには少々の犠牲は付き物なんでーす。付与科マイナスワンポイント分だけ、うちが素材を確保させてもらうからねえええええ!」

「……そこは教師に対する無礼を咎めておわりでしょうに。どんだけ必死なんすか」

 そろそろ佐久間のエキセントリックな部分に慣れてきたところだ。

この男は天才にありがちな部分があり、実現させるために他の何もかもを捨て去るところがある。偶に馬鹿なのコイツ? と思う訳だが、全身全霊で難関に挑む姿は中々に尊敬できる。リスペクトしようなどとはこれっぽっちも思えないのだが。

 

(それにしても、何か違うんだよな。つーか松永譲治も最初は研究に詰まってたろ? 魔王軍だから魔法を遮断する金属が残ってただけの話で。追放されて他の資料やら魔法陣やら何もない状態から始めたんだ。最初は魔法金属の研究何か……。うん? 魔法金属の研究? んなものあいつしてたのか?)

 ふと啓治はここで疑問を浮かべた。

はたして佐久間以上の天才児、松永譲治は最初から魔法金属の錬成が行えたかということである。現在進行形で佐久間は覗きに来ているだけで、錬金術の研究に力など化していないのだ。自分の所の生徒に、錬金術かじってる奴はこっちで手伝ってやれとしか言っていないだろう。松永が幾ら天才でも、それ上の成果をバンバン作り出せるだろうか? 他にも……もっと優先すべき研究があるのに!?

 

「そういう事か、そういう事だったんか! ちくしょう。アプローチを勘違いしてた!」

「ちょっと啓治! あんた何を叫んで……」

「はい、痴話喧嘩はこんどまたやってね。……で、前田く~ん。君ぃいまなーにを思い付いたのかなあ?」

 叫ぶ啓治に柴田晶子が詰め寄ろうとする、しかいニタリと笑った佐久間がこれを止めてしまう。

しかし自分の考えに没頭し始めた啓治は、そんなやり取りなどまるで頭に入らずに色々と考えを巡らせ始めていた。何かしらのヒントを得たのだ、おそらくは素材研究に関する何かを。彼の生前は素材分野であり、しかも鉱物系であった。それなりに閃く物もあったかもしれない。特に素材研究がちょっとやそっとでは実を結ばないという事実も含めて。

 

「逆だ! 段階がまるで逆だったんすよ。松永譲治はキメラ畑の人間っす。生命を強化する実験の中で失敗を重ねて少しずつ成功に近づけてった。そん中で失敗作を使ってフレッシュゴーレムを作ってただけなんだ。だから蟻んこ型てのが最高率なのは間違いねえ! 月土に目を付けたのはそん後!」

「うんうん。確かにそんな気はするねえ。それでそれで?」

 最初に三種類の蟻が居たから勘違いを誘っていた。

強化個体である兵隊蟻の量産はキメラ化技術の集大成だ。そして実験の失敗で死んだ蟻を使ってフレッシュゴーレムを用意する。月土に着目したのはその後であり、蟻やらゴーレムを使って研究室の拡張を行うとか、魔王軍の中でなにがしかのデモンストレーションを行った後ではなかろうか? 魔法を無効化するゴーレムが誕生したからこそ計画を前倒しにすることはあっても、最初からこのゴーレム完成を目指していたわけではあるまい。

 

「松永譲治は最新の研究を知ってたかもしれません。もしかしたら上手くいかないから試したでしょうし、魔王軍には現物が残ってるから複数ある説の中で採用するキッカケにはなったでしょーよ。しかし奴が最初に実用化した技術を考えたら、魔石から逆流させる技術の方でがしょ!」

「あーそういえばそうだねー」

 予兆となる件の後、ビルディングとでも言うべき場所から松永譲治の研究室は見つかった。

最初に屋上付近から影の転移で蟻たちを送り込み、酸性の蟻酸で階下を融かしていったのだ。この種の蟻は固める唾液も持っているので、古代王国時代の魔法が切れて居ない構造物も含めて、相当な部分が掘り下げられていた。松永譲治の研究はその一つにあり、蟻たちが魔物としては瘴気が低いながらも、数が数だけに時間を掛ければ集める事が出来たらしい。それで作り上げた魔石を、蟻自体に埋め込むサイクルを繰り返していたと色々と証拠があがっていたのだ。

 

「何言ってんのよ! それで成功したとして、禁忌の魔法なんか使えないわよ? やるとしたら信長公にお願いして解除しないといけないんだから!」

「別に最後までやり切る必要はねーんだよ! 今やってる研究と並べてどういう差があるか判りゃ良いんだ。データ取りと実現さえ進んじまえば、従来型の方が上手く行くのは判ってんだ。最初の一回だけ、それで駄目でも何回か試す内に十分なデータは取れるぜ! だいたいキメラを作るんじゃねえよ。鉱物に試すだけだから命の危険もねえしな」

「すばらしい! さっそく実験しれもらおうじゃないの! ねー丹羽ちゃーん!」

 啓治の気付きはあくまでキカッケに過ぎない。

しかし松永譲治ですら成功しなかった物を、今始めたばかりの研究室が成功するはずがない事を理解させるには十分であった。そしてどういうサイクルで魔法金属が実現したかが判明し、専門家である錬金術師たちが実験すればやがて成功するだろう。問題なのはその最初の説得を誰がするかであるが……佐久間が強引に手はずを整えれば、あれよあれよという内に段取りが出来上がってしまった。

 

魔石自体は啓治が計測のついでに幾つか作成しており、信長の許可が下りた段階で実験が叶ったのだ。そして完全成功こそしなかったものの、計測結果の上では第二段階を突破。従来の方法に置き換えつつ、第三段階・第四段階に進んだのであった。

 

そして……。

 

「佐久間殿の研究室ではこれで実験が進むと申しておりました」

「ふうん……」

 ゴーレムの剣戟モーションの為に招かれていた剣客が数名。

その内の一人が故郷に帰還した時にその事を伝えたそうだ。剣客として招かれるくらいであるからには、藩属国の中でもそこは剣技の国。ひとは薩摩ではなく『殺魔』であるという。

 

「なあ光。ゴーレムの小太刀を人間用に使わせてもらうのは女々しいと思うか?」

「いえ。名案にございましょう。冴子さまの思うがままに」

 実際にはもっと強烈な方言で交わされたはずだが、この様な仕儀に相なった。

神刀鍛造を目指し熱田魔法学院に、剣技の国から来客が訪れるのは当然のことであろう。




 材料は出来た! 次は何に使うかの分捕り合戦だ!
と言うのが次回ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来訪者

 停滞していた素材研究は一気に躍進した。

欠けたピースが収まる事で止まって居た時間が動き出す。しかしそこからが織田家の予算を錬金術だけに、それも素材の錬成だけに注ぐという結果のなせる技であった。常であれば詳細にデータを取って異なる条件による再現から入る物を、同時並行で他の金属の錬成も行われている。理想的な魔力料などの諸条件は後回しであった。

 

「松永譲治の付けていた手甲は月鋼じゃないの?」

「だとしたら月土とミスリルには合金としての親和性があるのかもしれませんね。じゃあ次はそちらに行ってみます? 他にも軽量化メインの場合と、精霊銀としての特徴を延ばすとか」

「親和性って他にもないですかね? 聖銅の金色と黄金どちらも神聖性が……」

 と言う風に言葉の投げ合いによるちょっとした思い付き。

それら全てに予算と人員が付き、成功した場合と駄目だった場合の両方でプランが組まれていく。過去の予算不足が嘘のような忙しさで、すること無い時代には仕方なくやって居たフィールドワークや素材収集は、他の研究室のメンバーが発言権欲しさに代行してくれる有様であった。

 

(聖銅とオリハルコンの合金がヒヒイロカネ……というかアカガネで、聖銅と月土でアオガネかあ。こいつは知らなかったなあ。アカガネは魔力を強化してくれるから魔法装置には必須だし、アオガネは魔力を備蓄するのに必要だからやっぱり必須。この2つの完成で飛行船への道がだいぶ開けて来たな)

 前田啓治は一周目の段階で専門外だった部分を補う事が出来た。

素材部門で研究していたとはいえ、コネも無かった彼は根幹技術に関われていたわけではない。どんな魔法金属があるのかは知識としては知って居ても、どう作るのか、そしてどういう割合なのかなどはまるで知らなかったのだ。そして自分の俄知識などなくとも、着実に成し遂げ調べ尽くしていく専門家の努力には頭が下がる思いであった。

 

「乙型剤で造ってみたい魔法装置があるんですが用意してもらって良いっすかね? あとは水を錬成したイコールの開発状況とかどんな塩梅で……」

「ダメダメ! まずは甲型剤を揃えてもらわなきゃ! ゴーレムに一杯使うからね! それにこっちの方が完成は早いよー! うひひ」

 最初にライバルとなったのはゴーレム科の佐久間であった。

ゴーレムは判り易い強さであり、素材を丸まる入れ替えるだけで相当に強く成れる。大きくし過ぎると歩けなくなったり脆くなる欠点が、真鉄やミスリルに変えるだけで強固になるのだから。

 

「完成が早くても性能は頭打ちじゃないっすか。オーガやトロールより強いのは良いっすけどね、その場での勝利限定っすよ。格の高い騎士とか魔法使いでも行けるじゃないですか」

「それを誰でも出来るのが重要なんじゃない。だいいち完成どころか何時になるか分からない飛行船と比べられないね」

 ここでのポイントは一戦場の勝利であった。

魔王軍の主力はオーガやトロールであり、ゴーレムはそれに対抗して設計されている。これまでは術者を狙われると弱いとか、命令の幅に問題があるという欠点があったが、騎乗型ゴーレムによってそれを補えるのだ。ゴーレムが技を使えるようになるかは別にして、複雑な命令を与える事が可能なれば作戦に貢献するだろう。一つの戦場に数騎のゴーレムが居れば人類側戦力を補えるし、生命ではないので壊れても作り直せるという点で有利なのは間違いがない。だが戦場一つにしか役立たないというのが目に見えた欠点である。足も遅いので配置転換には向かないのだ。

 

「言いましたね? しかし魔力増幅器と魔力備蓄器が完成すりゃあ後少しっすよ。本体を軽くできる意味合いじゃあこっちも同じだ。もちろんミスリルじゃなくてもですわ。開発が多少遅くても、発展性と言う意味じゃ他の魔法陣に組み込めるこっちはスゲーっす!」

「残念でしたー。こっちも馬型ゴーレムやら馬車型ゴーレムで補えるんでーす! だいたいねえ、こっちが一台完全なのを作ってから、そっちに舵切ってもいいじゃない!」

 対して飛行船の方は先が長いが、発展性が段違いである。

輸送面もさることながら、現時点で判っていない魔王軍の本拠地を探すことができる。空を飛ばすだけならば浮遊呪文を拡大すれば問題ないので、これまでよりも効率の良い拡大術式を組み込めれば十分に飛べるのだ。ただそれだけでは移動力が低いため、魔力増幅器や術者が休んでいるた時に魔力を溜めて置ける備蓄装置は必須である。そしてこの二つの装置は他の魔法陣などにも組み込めるため、様々な分野で貢献が約束されているとも言えた。だからこそ管制が遅くなりそうだというのもまた間違いなく大きな欠点なのだが。

 

「議論はその辺で休憩して話を聞いていただけませんか? 私たちも魔法金属に興味がありましてね」

「あんたは一体? 見たところ剣士っぽいが」

 此処で割って入ったのは刀を腰に佩いた青年である。

貴族風の装束にも見えるが全体的に厳つく、標準語ではあるが言葉のイントネーションにも鈍りがある。顔立ちは美形で見た目は偉丈夫なので、周囲の女性陣が目をハートにしそうな勢いであった。

 

「もしかしてこないだ帰てった薩摩の人の友達? まだ剣技組み込むにも完成してないんだけど」

「はい。手前は伊集院光、言います。島津の統領たる冴子姫の名代に仕りました」

(島津冴子つったら魔王軍に少数精鋭で切り込んでったつー女傑じゃねえか。確か闘気魔法を完成させたんだっけな)

 やって来た伊集院何某など知らないが、島津冴子と言う名前には啓治も聞き覚えがあった。

島津の抜刀隊を率いて参戦し、大戦の中で闘気魔法という新しいジャンルを完成させて戦闘に明け暮れたそうである。九頭龍衆とか殺魔とか言われる剣客集団であり、派手な戦いゆえに戦闘には素人の啓二ですら知っている破格の存在である。

 

「作り易いゆうたら刀です。ゴーレム用の小太刀ば手前どもの太刀として共通化させてくれませんでしょおか? もちろん薩摩から素材も持ってきますし、貴族会合では尾張と共同歩調ば取りもす」

「いやー。そういうのは殿……信長公にいってくんないかな?」

「佐久間先生に同感です。我々では判断できませんし。既に交渉したという事なら話合いになりますが」

 この申し出に佐久間も啓治も共同で織田信長に放り投げた。

何分、伊集院某の態度からして貴族っぽい。戦闘を主体とする武闘派貴族に逆らいたいわけでもないし、貴族である以上は弁も立つだろう。ソレを避けて一番頭の良い人物に降るのは定石である。

 

「おお、それは良うござった。信長公はみなさんがええゆうたらええと」

「あー。話を付けてから来たんすね。じゃあ配分の問題を話し合うとしましょうや。そうですね。俺の方は刀を甲型と乙型の両方で造って、その技術を回してくれるんなら取り下げてもOkっす」

「ちょっとちょっと! なに勝手に決めてんのさ。ゴーレムには一杯使うって言ったでしょ? 薩摩の連中に刀何振りも作ったら……」

 啓治はここで佐久間を止めた。

信長に話を付けてから来る連中に貴族でもない彼らが話し合いで勝てるわけでもない。その代わりに別の物を提供して貰うべきだろう。具体的に言えば、自分が作りたい物を薩摩との共同歩調で作るとかだ。

 

「佐久間センセ、ここは現実を見ましょうや。薩摩から持ち込まれた銀で軽量級ゴーレム作る方がなんぼか強いっすよ。それに……薩摩にも魔王軍との戦いで開発するナニカを持って来てんでしょ? そいつをゴーレムやら俺たちに見せてくれるんなら、十分有意義っすよ」

「……具体的には何でしょか?」

「魔力を伝達する刀とか? 薩摩が殺魔って言われるんなら、そういう神刀の作り方でも研究してるかと思ってさ」

 啓治が目を止めたのは二つ理由がある。

一つ目は刀の特質上、メインは真鉄の堅さであり粘りを演出する合成する他の金属である。ということは銀素材はメインではないので、代わりに尾張の方で使える分量が増える。流石にゴーレムサイズの銀を尾張だけで集めるのは馬鹿馬鹿しい。そして闘気魔法と言う新ジャンルで培った技術……特に刀に魔法を伝達させる技術は、飛行船やらゴーレムでも役に立つだろう。現時点ではエネルギー伝達効率の高い『イコール』という物質が開発されてないこともあり、代用手段は重要であった。

 

「何処で聞いたか知らねど、薩摩もんの前でそれは口にせんでいただけると助かりもす。あくまで冴子姫がええゆうてからでないと。でねえとヒノカグツチがみなさんに振るわれることになるかと」

「……察するにヒヒイロカネつーかアカガネっすかね? イコールの方かもしれませんが。こっちでも似た物を試してるんですわ。殺気を収めてくれると助かりますがね」

 おそらくは魔力を増幅する金属を使っているのだろう。

薩摩が魔族退治に没頭するために、秘かに伝えた技術であると思われた。ソレを使用した技と魔法を使う事で、闘気魔法と言う魔力を特殊な強化に使う魔法が融合できたのだと思われる。啓治の知識では悪魔で魔法としか知らなかったが、まさか素材も重要だとは思いもしなかったと言える。

 

こうして素材協定と貴族間交渉での提携が決まり、少なくとも魔王軍との戦いに関しては、また一歩前進することに成ったのである。




 少し話を修正したので、いつもの時間とずれました。
話がスムーズに言っても面白くないのでちょっとしたライバルの登場です。
素材を奪っていくライバルであり、交渉相手であり……と言う感じ。
薩摩の伊集院+緑川光。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空飛ぶゴーレム

 薩摩が合流したことで研究に弾みがついた。

貴重な素材の供給に始まり尾張系とは異なる意見が出ることで、別角度のアプローチが可能になったのだ。また魔王軍との戦いを想定した場合、強力な白兵戦集団とコネクションを結べたことは大きかった。もっとも人間関係というものがある以上は全てを良しとするわけにもいかないが。

 

「何よ浮かない顔ね。そんなに焦ってる訳?」

「おう。伊集院兄弟とかスッゲー佳い男だろ? お前とか織田先輩とか盗られそうで怖いな。それと……」

「ちょっ、ななな。何言ってんの!?」

 柴田晶子が茶化してくるので前田啓治は直球で返した。

この辺は一周目の人生がある分だけ経験が違う。既に一度死んでる分だけ達観しているので、NTRだとかそういうのはあまり気にして居ない。というか声を掛けようかと覆っていたマドンナは柴田哲章と良い雰囲気だし、お姫様に至っては出逢う前から織田信長とお見合いしそうな勢いなのだ。なるようにしかならんと覚悟を決めても仕方があるまい。もっとも本当に晶子辺りに熱烈なアプローチを掛けられたら何時までも平静でいられるかは判らないが。

 

「そりゃ……そうなんだけどね。お兄ちゃんも織田先輩とあんまり会えてないらしいし」

「それよりも、だ。俺が気に入らねえのは連中の参入で都合の良いように動かされてるって事だよ。いや、素材とかくれてるからその辺は良いんだ。しかしよ、スケジュールから腕利きの研究者の割り当てまで、全部競合だぞ。俺らがそう決めたツーなら構わねえが、他人様の都合で振り回されるのは勘弁だ」

 赤面して兄たちを引き合いに出して逃れようとする晶子に対し、啓治は研究の話に戻した。

男女関係は二度目の人生でも必要な潤いでもあるが、イニシアティブを握られ続けているというのはどうにも面白くはない。極論だが薩摩の抜刀隊に最新版の神剣を供与して、大戦が終わってしまって飛行船が完成しませんでした……と言う事に成れば笑い話にしかならないだろう。自分たちの努力が不足して本来の歴史に届かないならば仕方がないが、他人の都合で遠のいたのではつまらない。

 

「佳い男振りで負けてるとか献身さがスゲエとか、そういうのは別に良いんだよ。ワーキャー言ってようが所詮は他人様だ、熱が冷めりゃみんなあいつらが自分の都合で協力してくれてんのに気が付くさ。しかしよ、成功も失敗もあいつらのお陰だけってのが、どうにも気に入らねえ」

 せっかくの二周目の人生である。どうして他人任せで面白かろう。

結局のところ、啓治が気にしているのはそこなのだ。例え飛行船建造で物凄いショートカットが出来たとしても、それでは自分の人生ではあるまい。別の目標を持って偶々飛行船を活躍の場に選んだのとあまり変わりはしないのだから。ならば他人の人生を眺めて何が面白かろうか? では何をやるかと言われたら……。

 

「一つ目、薩摩の闘気魔法じゃねーが飛行制御呪文とか独自の魔法体形を作る。二つ目、もう少し現実的に登り降り専用の呪文とか飛行船の運用に使えそうなを作る。三つ目……」

「最初の二つは真似っこって言われそうだけど、まあ妥当そうね。三つ目は?」

 ここで挙げた内容は啓治が生前から話題に出た呪文であった。

飛行船というものが運用されていく以上は、以前よりも便利な上級魔法を研究し、あるいは生活魔法のバリエーションとして『こんな呪文が欲しい!』という内容を予め作っておくと言う物だ。この辺は飛行船が未完成でも問題はないし、何なら建造するまでに作り上げて行けば良いのだ。早めに完成したとしても、何らかの役には立とう。ただ薩摩が闘気魔法を熱田内限定とはいえ公開してしまったので、後追いのそしりは避けられまい。

 

「小さな飛行船つーか、魔法の絨毯みたいに最低限の機能だけ持たせたナニカ……。鳥型ゴーレムでも佐久間センセに作ってもらって、どれだけ便利なのかを担保するって当たりかな? 飛行呪文とかの安全装備は先に作ってあるから、お空の旅行としゃれこむのも悪かねえ」

「あー! そういえば研修中も空飛ぶのだけは楽しかったわねぇ! いいんじゃない!?」

 ゴーレム科の佐久間は獣型ゴーレムを作っていたはずだ。

基本的には馬のような形状で、輸送を担当したりするレベルだそうだ。人間型とちがって細々とした動作はできないが、一定距離を走るだけならば問題なかったと聞いている(正確には自慢と同時に成果を聞かされた)。

 

「だろ? 何時になったら完成するかワッカンネー現物を待ちながら呪文作るよりも、お空の旅行を兼ねた探検を繰り返してりゃあ世間様の評価も違わぁ。まあ都合よく魔王軍の砦を見つけるとかは無理だろうが、鉱山とか森を発見するとかはできるかもな」

「面白そうだけど乗ってくれるかしら?」

「闘気魔法が刀で発動するみたいに、ゴーレムを経由する魔法がどうのと言えば協力してくれっだろ。基本的にはガワを作ってもらうだけだしな」

 未熟であるが理論や魔法装置自体は既にあるのだ。

極論を言えば鳥形ゴーレム全体に浮遊魔法を掛けて、その維持を魔力蓄積装置や強化装置に任せる事ができれば問題ない。それこそ啓治が飛行呪文を使用し、晶子が浮遊呪文という分担ならば現時点で絨毯くらいのサイズならば飛ばすことができるのである(そもそも飛行船は空飛ぶ絨毯からの派生なので)。後は飛び易い形状や、風を受けて飛ぶ場合の問題を計算するだけだ。もちろん未知の分野であり危険は大きいが、だからこそ今やっておく意味もあるだろう。最悪の話、地上スレスレを飛ばして地形を無視できる馬として実験しても良いくらいであった。

 

「ミスリルは佐久間センセが運動実験に使うだろうし、魔鉄やアカガネは薩摩の連中が刀を作るのに使いそうだな。ひとまずはアオガネでひたすら俺らの魔力を備蓄して置いて、ひと眠りしたら俺らが直接動かす力業になるかねえ。後は鳥の形状がどこまで飛ばせてくれるかだ」

「一々複数の呪文を使い分けるよりも、二人で一つの物を飛ばした方が早そうだしね。早速、佐久間先生に相談して見ましょ」

 不思議なもので高速で移動する船と言われてもピンとこないが、地上を進む船ならば面白そうに聞こえる。

また船を飛ばして飛行船を作ると言われても本当にできるとも思えないが、空飛ぶ絨毯の応用でゴーレムを飛ばすと言われたら納得できるのだ。もちろんそこには先人の知恵があればこそで、実際に力業で飛ばして運用した魔法使いが居たりする。確か魔力量が多いという加護の持ち主であったはずだが、ゴーレムを飛ばして奇襲をかけた人物が居たそうな。なお二人が知る由はないが、天の鳥舟という飛行船の伝承もあるらしい。

 

 

「鳥型のゴーレムを作って空を飛ばす? これまた面白い事を考えるねえ。まあいいんじゃない? アオガネなら今のところ使い道はないしね。でも重量問題はどうすんのさ? 浮遊呪文とかモロに重いと厳しいでしょ」

「そこは実際の鳥を参考に、骨組み以外は中抜きしやすよ。最悪、俺らが跨る場所と備蓄装置以外は丈夫なの布でも良いくらいっす」

「流石にそれだと怖いんで、林先生にお願いして布型の呪符にしてもらおうかと……」

 魔法金属には膨張率があるが、それでも金属は重い。

馬型などは木製のウッドゴーレムで済むが、空を飛ばすのに魔力備蓄装置頼りなので当面は金属製でいくしかない。段々と軽量化が進むか、イコールが作られれば話は別なのだが……。ともあれその辺りは布を呪符化することでそれなりの強度を保つという事になった。主に翼部分などは浮遊呪文を晶子が書き込む手伝いをするという事で林教諭と交渉が成立したのだという。

 

「あー。なるほど凧を参考にしたんだねえ。そういえば馬鹿話を知ってる? 魔法の絨毯を強化するのにさ、凧を参考にするのを思いつかなかった時期があったんだってさ~」

「そいつは判りましたんで、後はお願いしますね。もちろんゴーレム制御に面白そうな呪文が出来たら届けますから」

 こうして薩摩の介入でズレ始めた計画を強引に戻すだけではなく、新しい計画を立ち上げることになったのである。




 段々と人数増えたり、政治物に成って行ったりしたので調整。
ヒロインと二人でデートする路線へ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして空の旅へ

 活動的な目標は意識を活発にさせる。

当初はあまり協力者も居なかった鳥型ゴーレムだが、実働試験が終わる頃には飛べない者までが持ち出し、『やり過ぎだ馬鹿』と空中での試験運用を禁止されるほどであったそうな。

 

「やっぱり飛ばないとあんまり距離が伸びないわね」

「そりゃ風を捕まえられねえからな。もしこいつが水上型だったら、水流操作と海流を組み合わせてかなり伸びてたはずだぜ」

 馬へ二人乗りする様な、抱きつくような姿勢で試験飛行を行っていた。

安全のために海上で試験運用することに際して、柴田晶子は最初だけは当然の配慮だと口にしていた。しかし実働試験が終わる頃には、早く空中を飛びたいとばかりに不満を貯めていた。環境の変化で意欲は向上することもあるし、気分は慣れると段々と大胆な事をしたくなるものだ。

 

「それじゃあただの船じゃない。何が面白いのよ?」

「既存の船より早くて、しかも何もない場所でも移動できる優れモンだぞ? 九鬼や村上じゃあ既に新型船を建造し始めてるはずだがね」

 魔王軍来襲の話はまだ信じられていないが、魔法金属の再現は大きな話題であった。

熱田魔法学院のある尾張には様々なオファーが飛び込み、薩摩のみならず安芸や萩を束ねる長州などの諸勢力が接触して来た。また王都組の中でも末流の九鬼家などは織田家の寄子に鞍替えを約束して技術を得ていたのだとか。

 

「いずれにせよ退屈な海上試験もここまでだ。減っていく魔力感や時間管理にも慣れて来たし、いずれはアカガネを使った強化装置も考慮してくれるってよ。俺らが試験旅行から戻ってくる頃にゃ、飛躍的に移動距離が伸びてるだろうな」

「楽しみね! ……あ、変な意味で言ったんじゃないからね? 啓治ったら勘違いしないでよ!」

 鳥型ゴーレムの運用で一番最初に出た問題は、飛行時間の管理であった。

浮遊呪文を全体に掛けて、飛行呪文で後押しするのだ。人間数人分の重量を一気に移動させられるのは爽快だが……。逆に言えば同時に呪文を2つ起動している。効率よくなるように時間延長の拡大術式も組み込んでいるが、慣れないとどうしても試験中に落下してしまうのである。堕ちた時の為に飛行用のマジックアイテムを作ってはいるが、中には緊急起動用の魔力も使い果たす馬鹿が続出したのだ。それでも空を気軽に飛べるのは爽快らしく、教師たちは早々と空中試験を禁止したほどである。

 

「へいへい。そういうのはお互いに気分が乗ったらだろ? 成るようになるし、乗らないならそれまでさ。それよりも飛行計画を立てちまおうぜ。柴田のアニキがうるせえからな」

「判ったわよ! 濡れたの着替えて来るから、ちょっと待ってて!」

 流石に海上で試験していると濡れることもある。

昔は『そんなの気にすること無いだろ』とか言っていた前田啓治であるが、流石に二度目の人生ではデリカシーのデの字くらいはあった。とはいえモテまくっていたわけでもないし、そういうコミュニケーションが多いわけではない。研究者や冒険者の中でも妙にモテる奴と、まるでモテない奴が居るな……デリカシーとアプロプ-チくらいの差を覚えるくらいは重要なのだなと覚えて居るくらいであった。

 

 そして啓治は晶子と共にフライト・プランを練り上げると皆の前で提示する。

 

「今回の飛行計画は七日行程の予定がどれだけ変動するかを計測するもんです。風に乗って労力を減らすことで五日未満に成るのか、不具合や魔力切れを起こして十日以上になるのかを確かめる事が前提に成ってます。途中で何か有益な物を発見しても記載以上に関与せず、基本的には余計な事をしないツー感じですね。例外は人の生き死にが関わった場合だけになってます」

「うむ。やはり基本が大事だからな。晶子も何かあったらすぐに戻って来るんだよ」

「お兄ちゃんは心配し過ぎだって」

 保護者の強力な要請によって今回のプランは基本に忠実となった。

魔力を備蓄して飛行を繰り返し、魔力回復まで何もできない時は睡眠以外は基本的に地質調査などに充てる。仮に有望な鉱山・ダンジョンなどを発見したとしても、それは後で報告するに留めて、定めた計画がちゃんと行えるかどうかを考慮することに成って居た。

 

「この計画が上手く行ったら、その頃には完成する二台目のゴーレムも使って二度目を行います。これは経験則や地形の報告を活かし、どれだけ日程を縮められるかを計測。もちろん山風・谷風がキツそうな場所は避けて、不意の天候変動に備えるという感じっすね。一台目のゴーレムは一回目のゴーレムと同じコースで経験則を流用、二台目は積極的にショートカットを行います」

「五日もあれば完成してると思うよ。流石にアカガネによる強化装置は無理だけどね」

「あれはまだ汎用目的の開発の目途が立ったところですしねえ~」

 ゴーレム科の佐久間教諭と錬金術科の丹羽教諭が口添えを行う。

ひとまず同じゴーレムをもう一台作って計測を繰り返し、啓治と晶子以外でも同じようなデータが出るかを調べる予定であった。その後にアカガネを使った強化装置や、まだまだ開発中のイコールによる伝達装置が完成すればもっと便利になるだろう。それまでは必死に魔力を備蓄して、移動中にも再生産された魔力ともども溜めては使うという運用で精一杯であった。

 

「前田くーん。肝心の運用場所の方は?」

「それほど風のキツくないと知れている谷や山を横断するほか、町の近くでの発着に関して清州で安全管理を確認します。それとこれは信長公からの命題で、三川をどんだけ眺められるかを調べて欲しいと」

「昔から三川の流れは重要ですものねえ。龍神の御料地にも例えられたものよ」

 鳥型ゴーレムには魔力備蓄装置を常備し、呪文の継続を代用できる。

その為に魔法使いが単独と比べて長期飛行が可能であることが大きかった。例えば山野を横断的に移動し、また街道などを無視して移動できるのは魅力的だろう。ここで問題視されたのが、人々の上を飛ぶことに関して少なくとも町の付近では遠慮する事。そして尾張へと流れ込む三つの川の監視を要求されていた。流石に嵐や大雨の中を飛ぶのは難しいだろうが、その翌日にでも確認できれば、大幅に危険度が違うのだ。『拡声』の呪文が使える者を乗せれば、それなりに住民に避難を呼びかけることも可能であろう。

 

「とまあ色々することはありますが、まずは予定通りに飛んで戻る。楽しい事はその後にって方針は間違ってないとは思いますね。飛行船が建造できれば不要になるかもしれませんが、駅伝式で鳥型ゴーレムを使うとか運用法に一工夫も二工夫も出来るかと」

「その辺はこっちでやっておくから問題ないね。幻像の呪文を装置に組み込めたら一番なんだけどさ」

「なかなか欲しい呪文の使い手は現れませんものねえ。さすがに呪文を覚えて居るかどうかだけで研究室入りを優遇するわけにもいきませんし~」

 啓治は一周目の知識があったので、自分が望む方向に必要な呪文を覚える事にした。

しかしそれでも『これがあれば便利かも』という呪文全てを覚える余裕などない。当初は高速詠唱などの目標があり、今だとマスタリーレベルまで挙げる必要があるからだ。これが他の生徒であれば猶更であろう。もっとも魔王軍との戦いが始まれば、研究室の規模自体が水増しされるので、教諭たちもそれほど悲観視していないのであるが。

 

「それにしても町の周囲での研究なんて何処でもできるし何時だって可能なのに、なんでまた清州なの? 直ぐそこじゃない。帰り道に寄らなくても、帰ってから待機中に試せばいいのに」

「木下クンが上を目指してんだろ? いっちょ試作品を見せてやろうと思ってよ。……飛行船を目指すなら、夢があと一歩だと知れるのは大きいぜ」

「啓治……」

 割りと感動している晶子には悪いが、啓治としては言い訳染みた理由があった。

今の自分が未来を目指して歩けているのも、飛行船を知っていたから。そして一周目で乗せてくれた若きホープが居たからだ。自分たちが鳴かず飛ばずで終わった後、苦労して飛行船技術の立ち上げに関わっている。探検家である父の見つけた古代の飛行船を飛ばすという夢があったとはいえ、中々の苦労であったろう。

 

そんな彼が付けるべき足跡に、自分がしゃしゃり出て代わりに名前を残そうと居ている。名誉なんてどうでも良いのだが、代わりに彼へ夢と言う物を実感させてやりたかったのだ。それが代償行為でしかないとは知っていたが、啓治なりのお礼であり、未来のライバルへの発奮材料であった。




 計画終了! 次回飛行旅行になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな目標

 開発に関わる知見には幾つかの段階が存在する。まずは素材や概念が第一歩だ。

そして試験運用中に判明する不具合や改良点が時点で、この段階で何度も手直しされることも少なくはない。そして実用が始まって起きる現実との齟齬がその次の段階と言えるだろう。

 

「二日でここまで来たの初めてだけど……。随分と面倒くさかったね」

「主に人間関係がな。まあ、判っちゃいた事だけどよ。なんでまたお空の彼方にまで地上の出来事を考慮しねえといけないんだか」

 柴田晶子と前田啓治は鳥型ゴーレムを使って尾張に流れ込む木曽川まで来ていた。

谷を越え山を越え川を越え、街道など無視して飛行することで実に二日の行程だ。それも途中で何度も魔力を回復しながら飛んだわけで、以前からは考えられないスピードであった。何しろ木曽三川は途中で何度も分流と合流を繰り返し、蛇行したり直行して移動を阻んでいる。中には橋が無い場所もあったり……極めつけは貴族たちの都合で移動を制限されることがあるからだ。

 

「信長公のお墨付きがなきゃどこかで足止めされてたと思うけど……途中で兵士じゃないのも追いかけて来たわよね?」

「多分だが野武士の連中だな。この辺りは河賊や山賊を連中が締めて、大人しくさせてるって論理でアガリを徴収してたはずだ。連中から見りゃあ貴族共以上に俺らは脅威だろうよ」

 野武士と言うのは要するに豪族の一種である。

河賊・山賊とほとんど変わらないが、多少は話が通じ易いとか兵士・人足として雇えると言うメリットがあるヤクザ者でもある。河原者と呼ばれる自由人といえなくもなかった。明確な豪族と違うのは土地を所有するのではなく、何らかの収入に対して勢力圏が存在するという点であった。彼らから見れば新しい移動手段である『空』と自在に翔けている様に見える鳥型ゴーレムは相当な脅威であろう。

 

「あいつらに見つからないように移動するの?」

「何のかんのといって連中は町やら川ごとに居るんだ。連中同士で手を組まれたら、どこかで見つかって寝てる所を覆われそうな気がすんぜ。もちろん宿の中でもよ。そうなるとどのみち行き帰りの何処かで寝床を抑えられえそうな気はすんだよな」

 ここで問題なのは経済活動によって流動する勢力圏に住んでいるという事だ。

川を行き来する船主や、馬を扱う馬借などに人手を提供している。野武士の全てを逃れるのは難しいし、かといって飛び続けられるだけの魔力備蓄量もなかった。行きは戸惑ったり情報不足で見過ごされて居ても、帰り道のどこかで広く浅く待ち受けられる可能性は高いだろう。というよりも……。

 

(他ならぬ木下クンの吟遊で語られてんだよな。詰めかけて来た野武士と交渉する話)

 飛行船時代に語られる、遅れて来た若き成功者のお話がある。

遺産である古代の飛行船を飛ばせなくて困っており、方々の遺跡で遺物を集めたり鉱脈で素材を集めるというクエスト物の逸話であった。冒険者としては身近なストーリーなのだが、最初のスポンサーである松下財閥との別れや、野武士である蜂須賀党との協力は面白い話なのだ。ただそのまま鵜呑みには出来ないし、そもそも状況が違うだろう。木下勝平が雌伏して居た時は、既に二隻の大型船が就役しており、野武士たちも困っている状況だったのだから。

 

「じゃあどうするの?」

「俺が交渉とか得意な様に見えるか? 滝川サンの所に顔出して話を通してもらった方がいいんじゃねえかな。どんな条件なら野武士を味方に付けることができるかとか……少なくとも今は思い付かねえ。ほっといたら襲われることは判るんだけどよ」

 冒険家である木下勝平と蜂須賀党の交渉は、約束組み手のような物だ。

困っている野武士が困っている冒険家と手を組んで、理屈をつけて飛行船業界の人足として乗り換える。探知魔法は野武士ならば十分に備えて居るだろうし戦闘技能もそうだ。彼らはwin-winで取引したであろうし、お互いに必死だったから一度納得すれば協力関係も強固だったに違いあるまい。野武士からしてみれば、その機を逃せば飛行船に拠点を抑えられ、地上・水上の物流が減る最中であったのだから。実際に冒険者仲間の中には、蜂須賀党以外の野武士も結構存在した。

 

「えーっと九鬼さんと同じく王都からこっちに鞍替えした人だっけ?」

「おう。どうも王都組でも熊野の連中は非主流派らしいな。そういやお姫様の居る斎宮がある伊勢も王都からは離れてんなぁ。せちがらいというか、だからこそ魔法金属やらの話に乗っかってるんだろうよ」

 人間三人居れば派閥ができるという。

熱田学院と仲の良い熊野学院や女子のみの斎宮は非主流派である。貴族関係という複雑な物が無ければただの魔法学園生活なのだが、権力基盤がそのまま力関係に現われているために面倒な事に成って居た。その中でも滝川と言う男は、野武士やら筋者の話に詳しいと評判の学生冒険者である。啓治は学院での話以上に、佐々香奈からもその辺りの話を仕入れていたのだ。

 

「ともあれこのまま木曽三川を確認してUターン。墨俣の辺りで測量してるらしい滝川サンを見っけて話を通してもらうなり、交渉材料を貰って何とかする感じかな。……と、その前にちっと魔力節約して飛ぶぞ。連中が見上げてるから、話が通じそうな感じを装ってみる。見つけたら適当に手を振ってやんな」

「何処に居るのよ? 全然見えないけど」

 啓治は風の流れに乗ると、浮遊呪文のみを維持し飛行呪文を継続しなかった。

定期的に魔力を消費して呪文を継続できるのがゴーレムの良い所だが、意図的に解除しないと何時までも継続するという欠点もあった。そしてソレは長距離移動を可能にすると同時に、効率的な飛行とはかけ離れる欠点でもあった。ゆえに時々こうやって、浮遊呪文のみの意地で滑空すうrことで魔力を節約するのだ。

 

「暫くしたら風を捕まえるまで回転すっから、そん時に探して見な。下から見上げるから判ると思う」

「はーい」

 この辺りの目配りは一周目の人生で冒険者であった啓治ならではの物だ。

もっとも彼からして別に詳細な位置を見つけたわけではない。目標地点の一部に光の反射を見つけて、ソレが川の反射ではないと気が付いた程度である。いくらか飛ぶうちに近寄ったことで、やはり自然物ではないから、住居なり移動中の野武士が持つ武装と判断しただけの話だ。

 

「あ、見えた見えた。アレね。ポカーンとしてる~おーいおーい!」

(この辺は勢力圏が均一な辺りだと思ったんだけどな。連絡が行き届いてねーのか? 良く判んねーな)

 もっと近づくとやはり馬借と御芸の野武士であったようだ。

槍に被せ物もせずに歩いており、こちらがノンビリと空中で数周している間にずっと眺めていた。啓治としても野武士たちのネットワークは侮れないと冒険者仲間から聞いた程度だ。ソレがフカシであったのか、たまたま連絡が行っていない相手なのかは分からない。少なくともあの野武士が見た報告が、何処かの宿場町か河川でで別の野武士に伝わるということだ。

 

「でもこんなことに何か意味があったの?」

「逆に考えてみろよ。お堅い兵士が任務の最中にこんなことするか? どこかの学院で実験中の学生か教師だと思うんじゃねーかな。そしたら向こうも友好的に話しかけて来るか、何かの依頼でも頼むと思うぜ。実際、伝令とか手荷物運ぶのは場所次第だがスゲー早いしな」

 飛行技術で速度があがっても、まだまだ一定の範囲である。

それこそ『駅』が整備されて早馬が繋がれていれば、そちらの伝令の方が早いとも言える。しかしそれらは街道に制限される訳で、また急ぎの用事があった時に民衆が気楽に使える訳でもなかった。そして啓治はかつて飛行船に一度だけ乗った時や、その後でどんな事に使えるかを考えたのを思い出していた。

 

「……軍や商人なら大型船で定期航路とか砦の周囲だけだろうしなあ。もし俺らが飛行船を手に入れる事が出来たら、薬やら手紙を町に届けたり、鉱山や遺跡を探して移動すんのも面白いかもな」

「何言ってんのよ。今から作るんでしょ? なら自分用のも作っちゃえばいいじゃない」

 将来を知るからこそ啓治は自重していた。維持もシガラミもきっと大きくなる。

しかし晶子はそんなことは知らないし、若さゆえにどこまでも我儘で居られた。若さゆえの特権とも言えるが、その言葉が随分と重く……そして暖かい気がしたのだ。

 

「そうだな。そうすっか。そしたら何かスッゲー機能とか、面白い能力付けようぜ」

「何言ってんのよ。そん時は快適な空の旅とかでしょ? いつまでも落ちないように抱きついたままとか、面倒過ぎて嫌なんですけど」

 そんな風に笑い合いながら何時までも居たい。それこそが新しい目標であろうかと思うのであった。

 




 空飛んでデータを出したり、トラブルに巻き込まれる予定だったのですが……。
面白くないので、将来の目的を語り合う話に書き換えました。
いわゆる『何でも屋』というやつですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

途上の道

 それから木曽三川と呼ばれる流域を前田啓治たちは巡って来た。

濃尾三川とも呼ばれ木曽川・長良川・揖斐川の三つが構成する流域は膨大で、かつ山間から流れ出る土が濃尾平野と呼ばれる肥沃な大地を作り上げている。一介の貴族でありながら、織田信長が豊かな経済圏を所有する一因であった。しかし同時にこれらの川は折に触れて氾濫を引き起こし、この土地が龍神の御料地とも称される原因でもある。

 

「これが空から見た地図ってやつか……」

「表に出す時は色々隠すと思いますが、少なくとも信長公や熱田の教師陣には全部見せると思います。ヤバイ情報が有ったら、今のうちに教えといてくれると助かりますね」

 三川の中央、長良川の墨俣流域で測量を行っていた滝川賢二。

彼は冒険貴族というやつで、貴族階級としては下層に位置するために軍務と称して色々な地域で偵察やら魔物退治に関わって居た。魔法金属を完成させた信長の寄子に鞍替えしたのも、魔王軍来襲の気配を肌で感じ取っているからだ。そんな経歴を持つ人物だけに、航空図の持つ価値を誰よりも実感する。

 

「俺らが散々駆けまわって手に入れた情報が丸判りじゃねえか。しかも判ってねえエリアとか、下からじゃ見えない位置まで確認してやがるし」

「技術の進歩ってやつっすかね。まあ……風向きとか魔力の補充で手一杯とかまだまだ課題は大きいっすけど、もう少し進歩すれば鉱物探知や魔力探知くらいはできるかと」

 飛行中に描いたわけではないが、魔力の補充中は実際暇である。

ゆえに適当な高地に移動してから描けば、魔力の補充を兼ねつつ十分に休息できる。現時点では野武士たちの反応がどうなるか分からないこともあり、警戒しながらの移動であった。それが良い地図の作成に繋がっているので、どこ転ぶか分からない物である。

 

「それでこんな土産を持って何しに俺んところに来やがった? 時間の無駄でしたなんて言う気はないんだろ?」

「ソレをやるなら別の場所で十分すよ。滝川サンに話を通してもらいたい連中が居まして。その辺をやるなら、今のうちにやった方がお互いの為かと」

 滝川の言葉に啓治は笑って頷いた。成果の収集ならば揖斐川でも木曽川でも良いのだ。

何も滝川が集めている情報と被らせて、彼の成果に喧嘩を売る必要などないのである。現時点で集めているデータは飛行情報にしても航空図にしても初見のものであり、何を持ち帰っても関心を集めるだろう。

 

「話をねえ……。オジキじゃなくてこの場合は野武士の方か」

「へい。空飛ぶ技術はこれから飛躍的に跳ね上がり、いつかは空飛ぶ船が一日中飛ぶようになるでしょうよ。そうするとドンドン野武士の領域を喰っちまう……しかし今ならばまだ連中も鞍替えする準備にゃ良い頃合いだ。魔王軍に対抗する為とか理由は付くんじゃねえっすか?」

 野武士は人足や戦力ではあるが、馬借や船主として流通と情報取得にも関わる。

これから飛行技術が出回り、彼らの仕事にバッティングすることは確実になるだろう。初期は貴重品や情報が主体になるだろうが、大型船が飛ぶようになれば話は別だ。貴族や大商人とコネのある者以外は次々に追われることになるだろう。

 

「判らねえなあ。そいつは野武士が心配することでお前さんが心配することじゃねえ。そりゃ俺や賢雄オジキにとっちゃ死活問題だがよ。それにしたって前田啓治には無関係だろ?」

「これがそうでもなくてですねえ。新しいゴーレムは次のが作られてますが、野武士は知らねえでしょ? 実験してる俺らを始末したらそこで話が止まると思いかねません。後……こいつが一等重要なんですが。実際に飛んでみると欲しい呪文が多過ぎるんすよね。その辺を用意するのにゃ、一人二人じゃどうにもなりやせん。時間を掛けるにしても、今度は魔王軍って問題もある」

 そう言って啓治は滝川に下書きの方の地図と資料を見せた。

下書きには推論でしかない情報なども乗せており、資料の方には欲しい探知呪文や水中行動などの呪文も記載してある。その多くは生活にあまり関係ない物であり、研究者である啓治たちには殆ど使用する可能性がない物もあった。しかし同時に、これらは野武士たちにとっては1つ覚えて居れば食い扶持を稼ぐに困らぬ呪文なのである。

 

「魔王軍に対して『使える』と思った技術は何でも一気に進みます。少なくとも飛行技術はその一つになるでしょう。そんな時に命を博打に晒す意味があるのは判りますが、それにしたって野武士じゃなくて魔王軍のチョッカイであるべきでしょうよ。ここでさっきの呪文に戻って来るんですが、そこまで研究しといて、貴族や大商人に成果だけを喰われるのはどうにも気に入らねえ」

「なるほど。野武士を敵に回せば足踏みするが、味方にすればこっちの時間を縮められるって寸法か」

 下手をすると実験中に襲われて死ぬかもしれないが、ロマンとしては割り切れる。

しかし話を通せばその可能性は大きく減るし、味方にすれば欲しい呪文を手に入れ放題だ。啓治は探知呪文を他人に任せて、研究用や戦闘用にスキルポイントを集中できるだろう。そして何より、飛行船の建造競争が始まった時に枠を都合してもらえる可能性が大きく違うのである。実験に関わり、野武士たちにコネクションがある啓治へその内の一隻が回される可能性は非常に大きくなるだろう。

 

「さいです。枕を高くするって意味でも、味方を増やすって意味でも連中を敵に回すべきじゃねえ。しかし生憎と俺にはそんなツテありやせんし、野武士に関して知ってるのは蜂須賀党が大きいって事くらいですぜ。そんな中で連中の元へ飛んでいき、地図なんて見せてごらんなさいよ」

「逆にお前さんの懸念通り殺されかねないわな。まあ、判った。理屈もある、お前さんの利益もあるから騙されてるわけでもなさそうだ。じゃあ、次は報酬の件に移るか」

「そう言ってくれると話が早え!」

 滝川は信長に賭けたが、地に足を付けた人物なので利益を重要視している。

だから啓治が自分には欲がないと言えばむしろ信じなかっただろう。将来に飛行船時代が来るとして、その恩恵は大きい。だからこそ啓治は命を賭けて、更に野武士を説得して自分用の飛行船を得ようとしている。そういう人物ならば利益ゆえに裏切らないし、信長が野武士を切って捨てようとしても、自分の利益の為に守るだろうと断じたのだ。勿論そこには滝川の利益も入っているのだが。

 

「お前さんがくれた地図で俺は先に動ける。信長公にも先見の明がある奴だと思われてるはずだし、その考えを強くしてくれるだろうよ。だから話を通すところまでは問題ない。じゃあ野武士への利益と、俺も説得に回る利益を考えねえとなあ?」

「もちろんタダとは言いませんよ。とりあえず熱田に戻れば二台目のゴーレム込みでこの辺を回る事に成ってます。何処の捜索に協力すれば良いのかまでは俺が直接口を出せます。その上で三台目以降の実験に、何処かの勢力へ任せる研究用に投げるくらいっすかね? 別に兵士相手じゃなくても良いはずですし」

 確約の報酬として次回の調査でも滝川に協力する。

そして彼が交渉に回ってくれる代わりに、啓治自身も熱田で説得する訳だ。信長傘下の下級貴族の誰かにゴーレムを託し、軍務としてどれほど役に立ったかを情報蓄積する研究。そこで滝川組にゴーレムを配備するという交渉を担うと持ち出したのであった。後は飛行技術の有用性や野武士とのコネクションにどこまでの価値を見出すか……であろう。

 

「あいつを俺にくれるって言うなら文句はないな。何処まで信じるかは所詮口約束だが……一番良いのは『身内』になる事なんだがねぇ。お嬢さんが居る以上は内の誰かを嫁にってわけにはいかんし、女同士を交換ってのもマズイわな」

「それは勘弁してくださいよ。女盗られてまで飛行船が欲しい訳じゃねえ。これからの成果でもぎ取る方がナンボましかって話っす。……やっぱ野武士の方が問題っすか?」

「納得してくれるかどうかだからなあ。身内なら話は早いんだよ。顔で商売してる訳だしよ」

 まず排除したのは昔ながらの政略結婚だ。

野武士たちは土地を持つ領主になれずに虐げられているとも言えるし、利益と血によるつながりを重視しているとも言える。しかしそれ以上に『地域で通じる名誉』とか『メンツ』というものを大事にしているのだ。身内の紹介に対して、『頭を下げて来たから力を貸した』という理屈は通り易い。逆に金で頬を叩かれて、納得するかと言われたら話は大きく異なるだろう。あえていうならば飛行技術への就労に関してだが……。

 

「なあ。俺んところにゴーレムを配備できるかもって話だよな? 場合によっては他にも?」

「あくまで熱田の中の話なんで、研究用に意味があれば問題ないっすよ。飛行できる鳥型じゃなくて、舟型とか……説得は厳しいですが作業用とか。逆に戦闘用は難しいっすね。戦うだけなら学院でできやすから」

「……なら決まりだな。何台か配備してもらって、野武士の連中にも触らせりゃあ良い。俺の任務に連中を雇えばいいだけだ……」

 現在の熱田魔法学院は魔法金属の使用法をメインに研究三昧であった。

予算の都合もあって基本的には魔法金属を増産し、ソレを使った産物を色々と研究している事に成る。だから学生でありながら飛行技術へ成果を出して居る化時であれば、飛行型ゴーレムは何とかなるだろう。その派生でゴーレム科の佐久間に声をかけ、動かしてないゴーレムを回してもらったり、面白そうな研究用として新アイデアを焚きつける事だけならば可能性はあった。逆に戦闘用は騎乗型込みで別の場所で使用できる為に、滝川の元で研究を行う必要はないのだ。

 

「ここからは信長公に依頼された任務で、秘密の話になる」

「構いません。言うなと言われれば信長公以外にゃ内緒ってことで」

 要するに滝川が受けた軍務の話だが、当然ながら測量などではない。

それだけならば担当の役人が居るわけだし、彼らが適当に雇った冒険者なり護衛の兵を引き連れて来ればよいだけの話だ。経験者というか現役冒険者である滝川を回す必要はないだろう。そしてここで話を切り出すあたり、野武士を使う意味がある事なのだ。

 

「実はな。『越』方面に掛けての魔王軍は主導者が居ないらしい。ラミア族を中心として鬼族がいくらか。どうも有力な王が魔王軍の将として討ち取られたままか、あるいは後継争いのままらしいな。鬼王もナーガラージャも不在だとさ」

「なるへそ。そんで滝川サンはその調査……いや、この辺りに砦を作って、逆侵攻を掛けるためってとこですか?」

 越前・越中・越後と国名で言えばただの地名だが、『越』という名前ならば勢力になる。

現在の調停が連合王朝であったころ、越の国といえば強力な対抗勢力であったのだ。蛇神侵攻や龍神信仰も多く残っており、鬼族の伝承もかなり残っていた。例えば酒呑童子や茨城童子は越の出身であり、その御座所であった鉄御所は実在の大江山ではなく、架空の位置に存在して洞穴の中を通って移動するとすら言われていたのだ。

 

「そんなところだ。なら野武士に力を借りる意味はあるだろ? その上で、連中が掲げてる大義名分にも意味が出て来る」

「あー。確か……親王血族説でしたか。まあその名前と対魔王への協力と言う名目ならってとこですかね」

 美濃や木曽と言う土地は東への通り道であり、同時に複数の霊山に囲まれている。

ゆえに朝廷での権力闘争に敗れた王たちは東に逃れ、その多くは美濃や木曽で旗揚げしようとしていた。もちろん朝廷の権力者たちはその前の、美濃に至る段階で捕えようともしている。その事が土地も権威も持たぬ野武士たちには大義名分となっており、『自分たちは親王の血を引いており、君即の奸に操られた朝廷には向かっている』というスタンスなのである。まあ血を引いているかどうかだけならば可能性は十分にあると言えなくもないだろう。もちろん現在の貴族たちの方が政略結婚で、貴い血を引き易いと言えなくもないのだが。

 

「と言う訳でここは俺が野武士を雇って魔王軍に対抗する。その為に役立ちそうな物を送ってもらえるか? 当たり前に砦を作ろうとしても、ラミア族に襲撃されるだけだからな」

「そうっすね。連中は川を伝って襲撃できるし時間を掛けたら砦なんか無理っすから」

 そう言いながら啓治は木下勝平と蜂須賀党の吟遊を思い出そうとしていた。

酒場で語られるくらいの面白い逸話であり、その一つの中に、一夜城を作ったと言われてはいる。実際には城ではなく砦であったのだろうと当たりを付けていたが、吟遊では語られぬ思わぬ目的があった物だ。一周目の人生では詳しく知らぬ物語の裏側を聞けて、それなりに満足しつつも、どうやって建設したのだろうと頭を悩ませる啓治であった。




 本当は昨日完成してた話ですが、前話を書き換えていたのを忘れて
話してる相手が別人だったのを忘れて居ました。なので急遽修正し、次回の話も修正中です。
(蜂須賀と直接話 → 滝川を介して話 → 修正中)

今回の人。
滝川一益 + 浜田賢二。
オジキ(滝川父の複数説、および婿の滝川雄利から)。掘内賢雄


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛行船は近からじ、されど遠からじ

 滝川賢二と野武士に関する交渉を行った前田啓治は、当初の予定を済ませる為に西へ。

濃尾三川のうち最も西にある揖斐川を巡ってから、中央都市である清州へ、そして熱田学院へと戻る予定になる。

 

「どうだったの? 何とかなった?」

「おうよ。代わりに頼まれたモノもあるが、まあコイツの三台目とかを佐久間センセに頼んどきゃ何とかなるだろ。んじゃあ西を回ってから清州の木下クンに会いに行こうぜ」

 難しい話になる事もあり、魔力の充電を兼ねてゴーレムの管理をしてもらっていた柴田晶子と合流。

進路を西に向けて終わりの北西まで翔けた後、清州に向かうコースをとる事になる。これから二台目込みでもう一周する間に、これからの移動経路や飛行方法も最適化されるだろう。後は魔法装置の性能が向上することで、中心部の清州からは隣の藩属国までは、一日で来れるようになると思われた。

 

「戻ったころには魔力の強化装置も完成してると良いわよね。補充の繰り返しなんて面倒でたまらないわ」

「そういうなよ。そんなに簡単に出来上がったらこれまでの研究者は何してんだって事になっちまわぁ。まっ、アカガネ使った強化装置は完成してるが……こいつだけをゴーレムに組み込むので精一杯。次は備蓄装置との併用を研究ってとこだろうよ。魔法金属だって幾つも段階があったろ?」

「それじゃあ今度は維持できないじゃない!」

 一朝一夕に技術が進んだりはしない。

今は飛行型ゴーレムが有益だと示す段階であり、テストフライトの後で魔力備蓄装置が完成したから長距離飛行を行っているのだ。今回の成果が認められたら発展させて何台か作って行こうという話になるだろうし、魔力強化装置が出来上がったらそれが満足に機能することを確かめる。もちろん最初は両立できないことは目に見えているので、強化装置だけからやり直すことになるだろう。そうなれば魔法使いが自分で維持する事に成るので、やはり管理は面倒なのであった。

 

「それで滝川さんたちは何をやってんの?」

「長良川を中心にラミアが増えて来たからその警戒だとよ。もしかしたら北の魔王軍が復活したのかもな。単純に松永譲治みたいなのが声掛けて回っただけかもしれんけど」

 信長に頼まれて拠点や逆侵攻案を立てている事は秘密である。

それはそれとして後で佐久間にゴーレムを作ってもらうためには、外堀から埋めていく必要があるだろう。興味を誘っておいて色々なゴーレムを作ってもらうという塩梅だろうか? ひとまず鳥型ゴーレムで飛行し、船型ゴーレムで水上移動すればそれだけで今よりは格段に楽になるはずなのだが……。

 

(問題は……どうやって墨俣に砦を立てるかなんだよな。吟遊詩人はそこまで詳しく語ってなかったし、野武士が協力することで飛躍的に進んだくらいしか知らねえんだよな。木下クンが何か思いついたんならいいが)

 野武士はあちこちに居るし、それぞれの党の間に縁故もある。

蜂須賀党から始まって尾張や美濃の野武士を動員すれば、正規兵を派遣するよりも目立たないし人足としての作業慣れしてる上、流通を抑えているから物資を運び易いのは間違いない。しかし問題なのは相手がラミアということだ、川から奇襲を繰り返すのは簡単であるし、気が付けば敵集団に囲まれているという事もあるだろう。何らかの方策が無ければ、砦を作るよりも先に拠点を攻め落とされかねない。

 

(測量は今やってるし絶好の場所は判る。人足を兼ねて野武士が輸送も担当する。美濃は森が多いし切り出して運ぶのも楽勝だわな。……だがそこまでだ。運ぶのに一週間から十日、おっ立てるのに最低でも一カ月。しかし相手は十日もありゃあ血族に連絡付けて総動員すんのも簡単だ。ゴーレムがあったった、さーさんみたいな力自慢を揃える代わりにしかならねえ)

 普通に運んで十日、野武士を動員して一週間で材料集め。

そこから砦を立てると三カ月だが、これも野武士やら専門家を引き連れて形だけなら一カ月で可能だろうか? 対ラミア専用ならば高い壁や堀では無く、二重三重になった柵を用意し、見張り台を兼ねた射台をあちこちに立てれば済むからだ。後は寝床に成る陣幕を安全な位置に設定するだけなのだが、その僅かな時間が足りないのである。こちらが思いっきり人数を集めて一カ月に短縮したとしても、相手は十日で集結してしまうのだから。

 

(ダーメだ。なーんも判んね。木下クンとの話でヒントの一つでも見つかれば御の字かね)

 そもそも木下勝平もまた蜂須賀党との会合中に思いついた可能性もあるのだ。

吟遊詩人の歌では面白おかしくするためにその場で思いつき、現地メンバーがアレンジして実行したことに成っていた。しかし吟遊詩人が面白おかしく脚色したストーリーなど信じられるはずも無く、現時点では物語よりも更に数年前であり、ヒントがあるかどうかすら怪しいといえるだろう。啓治はそう思い直し、揖斐川上流まで飛び続けるのであった。

 

 揖斐川上流から取って返し、清州近郊まで啓治たちは帰還した。

信長が居る居ないに関わらず無礼だとか言われない為、町の周囲をゆっくりと飛んで徐々に下降していく。役人やら兵士には熱田を出立する時点で話を通しており、上空を飛ばない限りは挙動を見咎められることはないし、兵舎で預かってもらえることに成って居る。その上で信長から報告要請がない以上は、特にアポイントメントを取ってないのでそのまま城下へ向かう事に成った。

 

「思ったよりも遅くなっちゃったわね。木下君居てくれると良いんだけど」

「居るさ。さもなきゃ道の往来で出逢うんじゃねーかな。何しろ空飛ぶゴーレムが出たんだぜ? 期待するなって方が嘘だろうよ」

 鳥型ゴーレムの話は別に軍事機密でもないし、晶子は木下勝平に連絡を入れている。

啓治が二周目の人生を始めて、魔法金属に関するレポートをプレゼントした頃から少しずつ情報を渡していたのだ。その状態で空飛ぶゴーレムが清州の周囲を周回したのである、『もしかしたら自分に愛に来てくれるかも、いっぱい話してくれるかも!』と期待するのは子供心としては当然かもしれない。もっと年齢が上に行けば、一介の学生に会いに来るわけがないと思ったり、自分で作るから会えなくても構わないと思うのかもしれないが。

 

「おっ。あそこに誰かいるぜ? 随分と華奢だが……女の子? そんな外見……だっけ?」

「ううん。たぶん、めぐみちゃんだと思うわ。従姉妹なんだって。苗字は同じで木下めぐみ。勝平君に見て来て欲しいと言われたんだと思うよ」

「なるほどねえ。入れ違いを避けたんだとしたら随分と頭がいいじゃねえか」

 木下勝平の家まで歩く最中、建物の近くからこちらを伺う姿がある。

晶子の話だと従姉妹も近くに引っ越してきて、兄妹の様に仲が良いとの事だ。飛行技術に関してそれほど興味はなかったので話題には出なかったのだが、この様子だと自分の所に向かっているとは信じて居るが、通る道が判らないので入れ違いを計算したらしい。一周目の人生で見かけた木下勝平の姿と大きく違っており、驚いた啓治だがようやく納得する。

 

「頭は良い方だと思うわよ? 活発だからそんな風には見えないかもだけど」

「なら手を振ってやんなよ。ああいう時分は見知った年上が認めてくれるのは何より嬉しいもんだ」

「何言ってんのよ。上級生の仲間入りしたとはいえ、私たちもそんなに変わらないでしょうに。……おーい、めぐみちゃーん!」

 そんな事を言いながら手を振る二人。

実際に熱田学院に上がったのは去年の事であるが年末での研修が全てを別けた。実戦を経験しさらには上級生へとカウントされたことで、二人の認識は実に高いモノとなっている。仮に二・三歳の差であろうとも、何年分もの差が出来ているように思われた。二周目の人生である啓治に至っては猶更であろう。

 

「っ! 晶子おねーさん! かっちゃーん、お姉さんだよー。早く早く!」

「もー。大丈夫よ。逃げたりしないから。それにこっちから行くから待ってなさいって伝えて」

「はーい。かっちゃーん! お姉さんたちそっちに行くってー」

 そんな風に長閑な光景を見ながら啓治はかつての出逢いを何とか思い出そうとしていた。

一周目では飛行船に一度乗せてもらった事があるだけで、それも自分からチャーターしたわけではない。依頼主とギルドが横断したうえで、必要な能力を持つパーティを飛行船を使って派遣しただけの話だ。ここで啓治が何とか思い出そうとしていたのは、木下勝平とはだったが『木下めぐみ』には出逢った事がないのだ。

 

(飛行関係に興味ねーって話だし、飛行船には関わらなかった? いや、飛行船を飛ばすのも管理するのも一苦労だし、慣れればそれだけで食っていける仕事だ。どの属性を使える魔法使いも必須だし、ツテを考えたら放っておく手はねえ。……となると地魔法を中心に地上勤務だったのかもな)

 かつての木下勝平が所有していたのはそれほど大きな船ではない。

古代王国時代の飛行船を修復したというか、無理やり現代風に合わせて改修して飛ばしたという方が正しいのだ。であるならば重要な人員のほとんどは船に居たであろうし、数名であれば顔を合わせるのは自然な流れだろう。魔法装置が最新でなあったこともあり、一日のフライトでは無かった事を考えれば出逢わない方が嘘だろう。

 

(と言う事はなんだな。四つの基礎魔法を全て揃える必要はねえが、地魔法を中心に地上で使ってくれる奴と契約すんのはアリって事だ。現に今の俺らも佐久間センセ達には世話になりっぱなしだ。地上に拠点を作るにしても、そういう人材を専門に育てるのもありっちゃーアリか。後は偵察用員とか降下地点確保に冒険者を乗せる時は、代わりに置いて来るとか)

 今までは飛ばす事、建造した船を確保することに関心を払って来た。

しかし飛行船を円滑に運営し、場合いよってはギルドと契約して色々と行うのであれば、様々なパターンを用意しても良いだろう。それこそ単純な呪文を使うだけならば、野武士たちとのコネクションもあって確保する事には事欠かない。修復用の地魔法の使い手には地上勤務を重視してもあい、それほど急がない時や重量が不要な時は風魔法や火魔法の使い手を入れ替える手もあるだろう。

 

「……何考えてんの?」

「今後の計画。何人抱えて何人を……あ、子供をこさえる話じゃなくてな。飛行船の運営とサポートチームの話だよ。ってあ痛たたた。勝手に誤解したのはてめーだろ!」

「あははは。お姉ちゃんたち夫婦喧嘩は程ほどにするのよ~」

 覗き込んでる晶子とめぐみに適当な返事をしつつ、問題の木下勝平と出逢う事に成った。

以外と言えば意外かもしれないが、そこはごく当たり前の部屋であり、あえて言うならば玩具の類が少し多いだけである。

 

「こんにちは晶子さん! ……それで、そちらの方は?」

「前に話してた前田啓治よ。ほら、魔法金属のレポートとかくれた人。空飛ぶゴーレムなんて提案した人でもあるわね」

「歳は晶と同い年だが啓治でいいぜ。ヤローにゃ敬称は要るめえ」

 紹介されたことで啓治は改めて挨拶する。

仮にオッサンと呼ばれも二周目ゆえに気にしないのだが、同じ年の晶子に気を使って適当な理由を付けておいた。これでオッサンという度胸があればむしろ天晴だろうし、啓治お兄さんとか呼ばれてもむず痒いだけだ。

 

「……それはどうも。ええと質問いいですか?」

「構わないわ。私か啓治か答えられる方が返答するもの」

「今んところ軍事機密とか無いから安心して質問してくれよ。ああ、飛行船は後5年は影も形もねーな。魔王軍が出て来たとしても二年は無理だ」

 勝平の質問に対して晶子と啓治は先回りして説明する。

どうしても子供の方が知識は限られるし、それならば思いつく範囲の事は先に助言してやるべきだろう。しかし前提の差もあるのだろうが、帰ってきた言葉は思わぬ内容であった。

 

「飛行船の部品って学院に行ったら手に入りますか!?」

 一から成立させていくつもりの二人に対して……。

あくまで勝平の方は組み込むパーツごとに色々と入れ替え可能な程に存在するという前提で考えていたのだ。おそらくは古代王朝での飛行船はそんな風に作られる量産品であったのだろう。




 と言う訳で木下君登場。
秀吉と秀長相当の二人組です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チャンスを組み上げろ!

 基本的な思考の差異と言う物は技術においても差が出る物だ。

この世界で大きな魔法装置を動かす時、ゴーレムに組み込んで制御させる。しかし木下勝平の話を聞く限り、個別のパーツとして組み合わせて機能させると思っているようだ。おそらくは冒険家であった父の残した記録……古代王国時代の魔法装置はそうなのだろう。

 

「えっとね、勝平君。私たちが研究してる魔法装置ってゴーレムに組み込んで使ってるから、個別に部品は動かせないのよ」

「そうなんですか? でも父さんの記録では……」

(まあ、その方法でも作れなくはねーんだよな。制御が無茶苦茶大変なだけで)

 前田啓治は話を聞きながら実現の難しさに頭が痛く成る思いであった。

ゴーレムに自由意志はないのだが、それでも自分の体を制御させることはできる。大掛かりな魔法装置をゴーレムに組み込むのはこの為で、人間が立っている時や歩く時にバランスを取るように、ゴーレムは与えられた機能を元に自分をバランスさせている。例えば鳥型ゴーレムは浮遊呪文を使って宙に浮かび、飛行呪文で進みたい方向に浮かぶのだ。これがマジックアイテムの装備でやると、『どの方向に浮かんで、どの程度を滞空し、どう進むか』まで全て念じてやらねばならない。もちろん動くたびにその制御をすべて設定してやる必要がある。あるいは最初から一方向にしか動かない設定しておくか……だ。

 

(浮かぶためだけの装備を起動させて不要に成ったら解除。前に進む為だけの飛行装備を起動して、曲がりたい時は乗り手が個別に唱えるか、それとも専用ん装備で……頭イテエ。まあこっちの方が仕上がり自体は早いんだが……)

 十以上の装備を飛行船に組み込み、必要に合わせて起動と停止を繰り返す。

そんな作業は魔法制御と感覚に優れた古代人ならばともかく、現代の人間には不可能だ。ただし理論的には組み上げられるし、やろうと思えば時間を掛けて成立させることも可能だろう。しかも個別に装置を洗練していくのであれば、確かにその方が向いている。そういった意味で木下勝平が間違っているわけではない。もし苦労しながらでも現代人がどちらの方向で魔法装置を運用して居たら、それが普通であったのだから。問題は現代がそうなって居ない事なのだが……。

 

(しかしこれで未来の木下勝平が飛行船を手に入れる事が出来た理由が判ったな。おそらくこいつは他人に笑われながらでも、古代の方式で試して組み上げたんだ。その上で、使える部分だけ使った。楽できる部分は現代の方法を使い、ゴーレムに任せたってとこかねぇ? さて、どうすっべえ)

 木下勝平は未来において、苦労しつつも飛行船を手に入れて冒険の旅に出る。

遅れて来た英雄として名高く、飛行船を個人所有する僅か四名の内の一人だ。しかも二人ほどは軍人貴族やら大商人の縁者なので、本当の意味で実力で手に入れたと言っても間違いがないだろう。その方法はあまり判っておらず、てっきり父親が残した遺産の中に直せば使える飛行船があり、それらを現代の技術で蘇ららせたと思ていた。しかし実際にはもっと苦労する方法を取ったようだ。(船本体が最もお金が掛かるパーツだし、理論構築の手助けにもなっているので、完全に父親の影響がないとは言い難いし、手に入れる期間をかなり縮めたとも言えるが)。

 

「啓治、あんたも何か言ってあげなさいよ。このままじゃあ……」

「木下クンよい。その方法でも飛行船は作れるが、とんでもなく時間が掛かるぜ。今んところ誰も試してないから、お前さんが実現するなら試験用を兼ねてパーツは貰えるだろうけどな。それでも試すか?」

「ちょっと! あんた何を焚きつけてんのよ! 誰も試してないのに簡単に出来たら苦労しないわよ」

 柴田晶子の言葉にあえて啓治は直球で返した。

ここで大人ぶって止めるのは容易い。しかし未来の木下勝平がやれた事を止める気にはならなかった。可能であると告げた後で、それでは時間が掛かると説明はするが。その上で幾つかの方策を示すのが義理と言うものだろう。ここで手に入れたヒントに対しての義理、そして一周目に木下勝平に力を貸してもらった義理である。

 

「晶。今は黙ってろ。男が信じたことを簡単に曲げるかよ。少なくとも一度痛い目に合って辞めるか、使えると思って没頭するかのどっちかだ。そんでどうするよ?」

「本当ですか啓治さん!?」

「おう。だがな、とんでもなく時間が掛かるってのも間違いはねえ。さっきは五年以上、魔王軍が来ても二年以上と言ったがそれ以上だ」

 人間そう簡単に意見が変わるものではない。ましてや実現可能であるなら当然だろう。

もしこれが間違った理論であるならば別として、現代の方法では効率が悪いだけなのだ。しかも一から全てを計算するならば理論だけでも相当に時間が掛かるが、既に存在する飛行船の本体に組み込むパーツや、制御技術だけを考案するならば実現範囲と考えてもおかしくはないだろう。ゆえにここは止めるのではなく、とほうもなく時間が掛かる事、あるいは別の代案で時間を縮める必要があると示すべきなのだ。

 

「一応は何とかする方法も幾つかあんぜ。お勧めは出来ねえが、一つ目は俺らに『飛行船用』としてアイデアを売る事だ。俺らは試験用の飛行船をもらえるかもしれねえ……って段階に居る。お前さんが言う方法も試せば、まあ確実にもらえんだろうよ。しかしこの方法だと時間が短縮できる代わりに、お前さんの功績じゃなくなる。俺が運営する飛行船に乗り込みたいってんなら別だがよ」

「ありえませんと言いたいところですが……。念のために他の方法も教えていただけますか?」

「二つ目は今お前さんが思いついた、俺ん所の二隻目って案な。で、一等難しいのが三つ目」

 未来の木下勝平が個人所有を許されたのは、おそらくは個別パーツの件だ。

本体を普通に用意して、組み込み専用の補助パーツを用意するというところだろうか? その方法を成功させて、洗練された魔法装置を作ると言った『強化案』の提唱者として功績を挙げたのだろう。そう考えれば不思議ではないし、壊れ難い古代王国製の本体を所有しているのだから試すには事欠かない。

 

此処で啓治は実現するだけならば自分にアイデアを売れば良いと言った上で、二隻目を所有する可能性を示した。実際に飛行船を使った商会を立ち上げるならば、パーツの予備を手に入れる事は不可能ではない。その上で勝平が所有する本体を使って試せば、そのうち二隻目として運用すること自体は可能なのだ。少なくともこの方法であれば、無理なく所有する可能性は出て来る。

 

「パーツを作って運んで、別の場所で組み立てる。それ自体は以前からある考えだし、他で使えないってわけでもねえよな。そんで、そのアイデアを使って名前を挙げて、その功績を使って来年には熱田に来るってのはどうだ? それなら自分でアイデアを試せるぜ? 丁度良い仕事が偶然手元にあってな。まあ現地でやるなら危険じゃあるけどな」

「本当ですか!?」

「っ!? 啓治、あんたまさか……」

 啓治がここまで肩入れするのは一周目の義理もあるが、現在進行形の依頼にも関わるからだ。

途中まではまるで気が付かなかったのだが、『作るだけならば、パーツを組み立てる方が早い』というアイデアを他に活かせないか考えている最中に思い当たったと言っても良い。そう、ここに来るまでに頼まれた、『ラミア族に対するための砦建設』について、重要なヒントをもらったのだ。一夜城を作るヒントとは、既に用意された建材を現地で組み上げるだけ……というものだったのである!

 

(寸法から組付けの練習までやった後に、現地で組み上げるだけならそれほど時間は掛からねえ。何だったらラミアが侵入してくるのを防ぐ場所だけあれば良いよな。どうせ俺らが提案したって大した功績にはならねえ。しかしこの木下クンならどうよ? 天才児の登場ってことになるし、飛び級に必要な推薦枠の方はバッチリだ)

 なにが良いかと言って、この方法ならばアイデアの登用にはならないのだ。

一周目の記憶で木下勝平に刺激されたとはいえ、飛行船を持ってみたいというのは冒険者ならば誰もが思う贅沢である。急げば飛行船を作れるという情報だけならばまだしも、パーツ組み立てやら何やらのアイデアを奪ったのでは誰が咎めずとも恥ずかしい限りだ。パクリを気にする者としない者が居るとしても、啓治は二周目と言うオマケの人生だけに気にする方であった。ゆえに木下勝平自身に功績を返す方法ならば良いだろうと思ったのである。

 

「もちのロンよ。滝川サンから頼まれた事は幾つかあるんだがよ。木下クンのアイデアを使ったら上手く行きそーなんだわ」

「危険じゃないのよ! 怪我したらどうするの!」

「いえ、晶子おねえさん! オレ、やってみたいです!」

 こうして木下勝平を織田信長に紹介し、その結果が墨俣一夜城作戦を行う事に成ったのである。




 と言う訳で墨俣一夜城を作る話に集約します。
時間経過の問題で、その辺が第二部終了段階でしょうか。
なお、ストックが尽きてきましたので、第三部に投入すると毎日ではなくなるのでご注意ください。
(現在はストックを寝る前に色糸書き足して一日経過後……。
翌日に見直して修正というペースですので、ストックが無くなるとこのペースでは無理です)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一夜城計画!

 熱田学院に持ち帰られた案は紆余曲折の内に採用された。

三人寄れば文殊の知恵とは多角的な意見が状況を発展させる事であり、シナジーとは混ざり合う技術や概念が大きく飛躍させるという事である。尾張内部から寄せられた幾つの意見と、他所から持ち込まれた横槍が一気に事態を進ませたとも言う。

 

『野武士の力を借りる事が出来れば、材料を現地調達しつつ四方から集めることができる。彼らは人足であり護衛戦力であると同時に、それぞれが囮となってラミア族を攪乱させてくれるだろう』

 とは滝川賢二の案であり、前田啓治が話を持ち込んだ段階で考え始めていたらしい。

尾張から美濃にかけてのあちこちで木材を伐採し、ソレを主に川を使って運ぶという案である。コレに木下勝平の既に完成させたパーツを現地で組み上げる案と合わせることで、一気に砦を立てる事ができると採用されることに成った。元より四方別の雇い主に雇用されることがあるので、規格を決める定規さえ整えておけばそれほど難しい内容ではないからだ。

 

『囮となった野武士の中で有用な人材を飛べるゴーレムや水上用のゴーレムで回収するのはどうだろうか? また穴を掘り木材を固定するだけならば、ロクな装備が完成して居ない騎乗型ゴーレムでも行える』

 これはゴーレム科の佐久間教諭が出した案であり、啓治の案を修正した物だ。

最初の提案ではゴーレムが作業を手伝う予定だったのだが、剛力であっても詳細な作業が出来無いために木材をへし折ってしまうのだ。そこで力だけあれば良い穴掘りのみに絞り、人間が数人がかりで固定する作業をちょっとした動作で補う事に成ったのである。要するにクレーンの代わりと言う訳だ。もっとも飛行してまで集める人材は居ないし、大勢で無ければ意味がないと輸送案は立ち消えになる。

 

『装置を組み込むのが難しければ、いっそ簡単な呪文で試すのはどうでしょうか? 別に空を飛んだり攻撃に無くても、便利な呪文はありますよね?』

 無知と言う物は恐ろしい。木下勝平は高額なゴーレムを他愛ない玩具の様に語った。

最初は空飛ぶ鳥型ゴーレムへいきなり強化装置を追加で組み込んだらバランスを崩して大変であるとか、そもそも飛ばない可能性を指摘されたのだ。加速したい時だけ使用する追加装置が難しいのであれば、他愛ない行動をするゴーレムに、移動中に使えたら便利だなという呪文を組み込めと言う。では火球を放つ小型ゴーレムで試そうとしてやはり危険だとなれば、水を作るだけとか風を吹かして涼むだけで良いのではないかと提案してしまったのである。

 

ただし一理はある。ゆえに安全だが魔力消費や強化が問題の呪文で試そうと成ったのだが……。

 

「探知ゴーレムに反応が有りました。……今度は生徒みんなを感知してますけど」

「さっきは誰も反応しなかったよねえ。探知呪文なら便利かと思ったんだけどなあ。装置自体はともかく何を認識させるかがとっても難しい!」

 装置に不全があったり暴走が起きても問題ない範囲で探知呪文が選ばれた。

水を出したり風を吹かせる方が確実なのだが、流石にそこまで現在の状況や魔王軍への対策にならないと躊躇われたのだ。その点で探知呪文は幅が広く、多少の不具合があっても機能する。また長時間の運用であったり、複数人の運用が出来ると効果が大きいために選ばれたのだ。

 

「いっそ魔物探知の呪文にして、何処かで捕まえて来ますか? ラミアは魔物探知に引っ掛かりましたよね?」

「今からかい? もう作戦の初動段階は始まってる頃だし、時間がないんじゃないかなあ。生物探知の調整で上手く行くと思ったんだけどなあ」

 問題なのは探知呪文に対する申告が難しい事だ。

ゴーレムは相手を指定して現状報告などしないので、見つけた対象を片っ端から告知ないし表示する。音声型にすれば見つけたモノを順次指摘するだけだし、幻像の呪文も合わせると一斉にマークを表示してしまう。細かいニュアンスを一々刷り込んで認識するのは人間のみがなせる業なのかもしれない。

 

「……木下クンよい。なんかよいアイデアあっか?」

「装置自体は機能させる事に成功したんですよね? それで良いじゃないですか。別に何個か作って同時に使えば良いんじゃないです?」

「簡単に言うな~! でもまあ、それしかないよね」

 啓治が促すと勝平はあっけらかんと信じられないことを口に出した。

作成費用や製作時間も考慮せず、同時に機能させてしまえば良いと提案したのだ。その御苦労を知っている学生や教師陣であれば思いつかない発想である。

 

「一つ目の設定は人間以上の生命力を持つ存在として、二つ目の設定はどうしましょ?」

「一番強い人……ってのは難しいか。振動探知のがあったよねえ? んじゃそれで移動幅の大きい対象にしといて。最初はゴーレムを指すだろうけど、ランクを下げて行けば人間の中で一番動きの大きい人を指すと思うよー」

 そんな感じで佐久間教諭を中心に装置を作成。

付与科全体で造る事に成っているのだが、平手教諭や森教諭は薩摩の陣営と一緒に魔法の刀を量産しているからだ。実験自体は既に終わっているのだが、用意してくれるならばその数に応じて薩摩の剣士たちが参加してくれる事に成っていた。対ラミア戦に向けて大きな戦力になることは間違いがないので断り切れなかったのだ。

 

「ということはあの人を示したら成功ですね」

「そーなるね。さっきから物凄い打ち込みだもん」

「あー。あれが噂の殺魔モンすか。じゃあ鉱物探知で例の合金も設定しましょうよ。一番近いのを表せってやっときゃ確実ですぜ」

 探知呪文を設定したゴーレムは幾つかあるが、既に完成している物は少ない。

そこで生物探知の呪文に加え、振動探知や鉱物探知のゴーレムを同時に機能させることにした。この二つは啓治が使用できることもあり、作成に協力して早い段階で作成できたのである。そして候補に成っているのは……。

 

「キィエエエエエ!!!」

「女だてらにスゲエ声量だなあ。威力もスゲエけど」

「なんとかって重臣家のレイちゃんだったかな? 数の少ない刀を拝領してる人だし弱いって事はないでしょ。後はここに派遣されてるって事は、飛行型か騎乗型のゴーレムに関心があるんじゃないかなあ」

 ゴーレム科の片隅で打ち込みの練習をしている才女。

その娘は斜め晴眼に構えて10m近い距離を疾走。その先にある目標を切り裂き、それでいて隙のない動きで次の目標に向かっていた。彼女は移動からの斬撃を得意とする流派だそうで、薩摩の中では古い思想に当たるそうだ。最近は程ほどの距離から切り裂かり、有無を言わさず一撃で仕留める流派の方が人気であるらしい。剣術流派の人気不人気がそんな感じで偏るのも、薩摩が殺魔と呼ばれる所以だろう。

 

「するってーと騎乗型ゴーレムに乗ってあの動きを? 何と戦うつもりなんすかね」

「魔王か巨人なんじゃないの? まあ最近は巨人なんか見ないそうだけどね。ああ、でもまあ飛行型ゴーレムから降下するって方がありえるかな。ホラ、君が研修の時に使ってた装備みたいなの付けて飛び降りる感じで。でもまあボクとしては騎乗型ゴーレムで暴れてくれた方が面白いと思うけどねぇ」

 啓治はともかくゴーレム馬鹿である佐久間が注目しているのも割りと珍しい。

おそらくはあそこで練習している娘がゴーレムに乗って巨人や魔王を切り倒している光景を想像しているのだろう。その時にどんな装備があれば面白いかとか、強さを発揮できるかを今の内から考察しているのかもしれない。

 

「先生! 三つの表示が重なりました! ようやく成功ですよ!」

「まさによーやくだねえ。もうここまで来るとゴーレムの意味ないし、反応系でも改良する研究してみようかなあ」

「先に取りつけの齟齬の方をお願い出来ませんかね? とりまこれでラミアの侵入を探知できますかね? なら仕上げて滝川サンと合流しましょうや」

 こうして墨俣一夜城計画が動き出した。

既に物資は加工され輸送を始めている。戦力も野武士たちを中心に木材の護衛として同行しているという訳だ。ここから本隊に島津の抜刀隊を加えて精鋭部隊を派遣すれば戦闘準備が整うであろう。




 と言う訳で計画と準備は終了。
戦力も増えたので次回戦いになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一夜城攻防戦:前編

 運ぶ物資が多いのである程度集まって来たら流石に警戒される。

よって一定以上の距離が縮まったところで、一気に行動を開始。築城作戦を開始した。最初は中央に荷物を仕舞う建物と、監視用の櫓を全力で組むことになった。

 

「陰陽鏡に反応! ラミアが東より数体接近してきます!」

「迎撃態勢に移れ! 戦えない作業員は下げろ!」

 意外な事に一番役に立ったのは複数の探知呪文を組みわせた装置だ。

一つ目の呪文で探知した物を一度光点として薄く表示し、別の尺度で感知した対象を同じように表示する。この二つを合わせた反応で、人間ではなくラミアしかやらないような動きのみをピックアップしたのである。

 

「続いて西から多数! 先ほどの比ではありません!」

「生意気にも陽動を使ったか? まったく見張り塔のみだとしたら騙されて居たな。春風と松風を急行させろ。この様子なら四方から来るぞ!」

「了解! 柴田さんと前田さんに声を掛けます!」

 続いて活躍したのは飛行できる鳥型ゴーレムだ。

ただし最初の提案のまま人員を回収するために使うのではなく、精鋭を乗せて急行させるために用いる。こうすることで広範囲の呪文や凄腕の剣士を四方に動かすことが可能になったのだ。春風・松風・朝風・旗風……と言う風に予備込みでひとまず四機のゴーレムが用意されている。

 

「毎度忙しくてすまないねえ伊集院さんよい。寝起きだってんのに」

「問題なか。薩摩もんで起きとったら戦えんものはおらんです」

 この戦いに向けて鳥型ゴーレムは少し改良がされていた。

今はまだが研究が終わり次第に追加で強化装置を付けれるようになっている他、二人目の搭乗者が乗り降りし易くなっている。抱き着くように捉まらなくて良く、武装をホールドする場所もあるので緊急出動出来るのだ。もし強化装置が搭載されれば三人の登場又はそれなりの荷物が期待できる御言う。

 

「そんじゃあ到着し次第に周回して降りれる場所を探しますんで……」

「このくらいなら問題ありもうさん」

「は?」

 そして何度も急行していると慣れてくる事と慣れない事がある。

慣れない事とはこの伊集院光ほか薩摩人の唐突な言いようであり、慣れる事とは彼らの戦場への適応速度であった。しかも慣れたからと言って普通はやらないことを彼らは平然とやってのけるのが前田啓治としても慣れない一因であろう。今回の出動で突如やって見せた曲芸もまたその一つだ。

 

「足元によか座布団ば見えもうした。あの上に着地するんで降りんでええです」

「は? あれは強化個体って……あんたまさか!?」

「チェスットオオオオオオ!」

 伊集院光はニッコリ爽やかな笑顔で笑うと突如鳥型ゴーレム松風から飛び降りた。

ラミアの中にブレスを吐ける個体、通称『ナーガ』が居るために地上10メートル以上は離れているのだが……。平然と飛び降りて真鉄とアカガネを配合した魔刀を手に切り掛かったのだ!

 

「ちょっと啓治。今、光さん飛び降りなかった?」

「あいつ勝手に行きやがったんだよ! そら相手は強化個体だからデカイしラミアだから弾力性はあるだろうが……普通出来るからってやるか? 狂ってやがる」

 もう一騎の春風を操って援軍に駆けつけていた柴田晶子が抗議して来る。

啓治としては自分の指示でもないのに怒られて不満やるかたない。もちろん留めきれなかったと糾弾されたら言い返せないが、普通はこんな事を考えたりしないのだ。

 

「薩摩もんで戦に狂うておらん者はおらんど。じゃっどん伊集院どんの為に弁護するなら、これは狂うのではなか、合理的言い申す」

 晶子の機体で運ばれているの人物は確か薩摩の攻撃魔法担当だったろうか?

空中降下自体は啓治も認める合理的な戦法であるが、それでも飛行呪文を行使可能な装備を所持してからやる物だと思っていた。それを装備無しでやる事を当たり前のように言われたら戸惑うし、そこで選択された戦法を思い至れと言うのもおかしいだろう。しかしこの薩摩人は平然と決断し伊集院光ならば問題ないと断言した。

 

こうして戸惑いながらも序盤の攻防戦は優位に始まった。

 

 さらに時が進めば情勢はたちまち怪しくなる。

それも仕方があるまい。奇襲同然に人員を集めて一気に建設したとしても、あくまで柵やら見張り塔だけだ。相手を先に見つけて弓を撃ってもたかが知れるし、攻撃魔法には魔力と言う使用限度がある。敵の数が増えて来れば守るのも怪しく成って来るのは判っていた。

 

「既に集落二つか三つ分は壊滅させているはずだぞ? どれだけ集まってくる気やら」

「連中は半水棲だからな。長良川どころか木曽三川全てから眷属を集める気かもしれん」

「笑い事ではないぞ。島津の連中が居るからまだいいが、本来の人数ならばとっくに危うくなっているレベルだ」

 冒険者であり尾張に属した貴族である滝川賢二を中心に会議が進む。

蜂須賀党を始めとして幾つかの野武士たちは既に集結を終えており、囮として離れた者を除けば合流予定の仲間はもう周辺には居ない。それなのにラミアだけは増え続けているのだ。ハッキリいってここまでの数が集うとは誤算であったと言えよう。

 

「この際ですが逆に考えるのはどうすっかね? この数が来るって事はどのみちどこかで大規模な襲撃が起こったって事でしょ? 町や村々が襲われるのはよっぽどマシだし、信長公が喧伝したい魔王軍の話にも信憑性が出てきますぜ」

「そうは言うがな……。数は厄介だぞ」

「お前らは飛んで逃げれるのだろうがワシらはな……。いや、言わんとすることは判るのだ。家族が襲われるよりは良いと」

 啓治は蟻の集団に襲われた時と比べて脅威度が低い事もあり、一応はフォローを入れておいた。

あの時は偶発的に起きた戦闘で魔力もあまり残っておらず、防御陣地もなかったのだ。それに比べたらどうと言う事はない。なんだったら一度逃げ出した後で、改めて戻って来ればよいとすら思っていた。

 

(前の人生じゃあラミアの大規模蜂起なんか聞いた事ねーんだよな。他の作戦で討ち取られた後だから数が居なかった可能性もあるが、やっぱり数の限度ってのはあるもんだろ。そもそもあいつら別に強くないし……って、イカンイカン。島津の連中を基準に考えたら駄目だわ)

 目の前の案件としてはともかく、取り返しがつくかと言われたら可能だ。

蟻の時の様に遺跡の狭い場所で相対して逃げ出せないという訳ではない。魔力もあるし学生ばかりと言う訳でもなく、何よりも今だに囲まれているわけでもない。防御陣地だってこれから丹念に作る事も可能であるし、予想していたよりも敵が多いだけではないか。ましてや島津と言う強力な戦力が近くにいるのだ。安全策を取って逃げ出しても良いし、戦い抜いて名誉を求めても良いのだからまだまだ余裕すらあるだろう。

 

(とはいえ晶とか戦うのが得意じゃない連中もいるしな。全体で下がるならまだしも、覚悟決めてない連中だけが逃げ出してその余裕が崩れるのも問題か……どうすべえ)

 精神的に覚悟を決めていない者とそうでない者の差は大きい。

楽勝の仕事とは思って居なくとも、ここまで相手が多いとは聞いて居ない者も多いだろう。そういう者を励ましつつ、戦える者だけで勝ち抜きせめて背後だけでも守らせなければならない。そんな策があるのだろうか?

 

 

「前田。お前はどう思う?」

「俺らだけで延々と戦えるなら余裕っす。問題は何時の間にか野武士の連中が逃げてて、背中がガラ空きになっちまった時です。島津を欠片だけでも見習ってくれればありがたいんすけど」

「だろうな。連中はこれまで戦わないか、勝ち馬に乗る事しかやって来なかった。だからこそ勝利の味を味合わせてやりたいとも思うのだが」

 その晩に滝川賢二たちとだけで話し合い、思う所を素直に述べた。

ラミアはそれほど強いわけでもなく、強化個体であっても数人で挑めば倒せる範囲だ。ジャイアント・アントと比べて殻が強固でもないし、生命力は強いがそれだって圧倒的と言う程でもない。ブレスを吐けるナーガ種は厄介だが、そいつらは攻め入力が低い特化型なので近接できればむしろ倒し易い部類に入るとも言えた。

 

「思うんだけどオレたちと島津勢だけで戦うとかできないの?」

「木下クンよい、そいつは無理ってもんだ。この砦は建設中でしかも周りは川だぜ? 他所の貴族と戦うなら守り易い場所と言えなくもないが、ラミアと戦うには最悪だ。今んところお前さんや晶に逃げろと言わずにすんじゃいるが……。四方八方から攻められたらどうしようもない。かといって砦を完成させるにゃ時間がない。一気にオッ立てた分だけ、形には放っちゃいるがな」

 拍付けや安全であるとの宣伝のために、木下勝平も置いて置けと命じられていた。

この少年を守り切れないと考え始める辺りが判断の分水嶺だろう。今は荷物置き場にしてる小屋に匿うか、見張り塔に上げれば守り切れる自信はあった。だからこそ相談にも参加しているのだが、敵集団が増えて来れば彼だけでも逃がす必要があるだろう。

 

「敵が凄く増えるまでは作業時間があるんだよね? 島津勢なら勝てるんだよね?」

「おうよ。あの連中、頭はおかしいがそれだけにやたら強いぞ。一人一人が強い上に、精鋭はラミアの強化個体とガチで殴り合えるからな。まあ……その基準を他所に適用しかねないところが問題なんだが」

 遠くから来ている事もあり、弱い者を連れてきていないのも大きいだろう。

島津隊はいずれもが強く、弱兵で有名な尾張勢ならば全員が精鋭部隊と言えた。援軍として移動させている伊集院たちなどは特に強力で、もしかしたら勇者たちにも純戦闘力だけならば匹敵するのではないかと思う程である(どうして一周目で聞かなかったのか疑問を思えるくらいだ)。しかし問題は全体像にあり、全方位からラミアが移動できるという事が重要であった。

 

「なら問題ないよ。全部を完成させようとするから間に合わないんだ。砦の一部だけを先に万全にして、相手にはそこへ攻めてもらえば良いんじゃないかな?」

「ふむ。ラミアが選ぶべき道を作るという事か? 悪くない。それならば柵を二重三重にして土を盛り上げれば良いからな」

「なるへそ。此処は砦じゃなくて陣地だと思えば良いってわけか」

 こうして墨俣一夜城に修正案が入った。

部分的に万全に作る部分を用意して野武士たちが安心できる部分を作り上げる。その区画を背にして尾張勢が守り、主戦力として島津勢が倒して回るという案である。攻勢を担う……のではなく倒して回るという言葉に彼らの性格が良く表れているが、この流れが手直しされて発布され、いよいよ本格的な戦いが始まったのである。

 




 有利に戦えると思ったらそんなことはなかったので頑張る感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一夜城攻防戦:中編

 墨俣一夜城を巡る戦いは、作戦案の手直しを経て防御態勢を整えた。

本格的な後世まで時間が少ないため、野武士が守るエリアを優先してガッチリと先に固めておき、尾張兵がそうでない部分を守るという基本案は同じだ。しかし途中から島津兵が割って入るという事と、尾張兵そのものが強くない事から更に守るべき場所を絞る事にした。

 

「殿。第一線に敵が侵入しました。連中はこちらが居ない事に戸惑っております」

「逃げたにしては綺麗過ぎだものね。だけど暫くしたら再進軍を掛けて来るんじゃないかな。上から殴りつけちゃえ」

 第一線には柵と陣幕だけを置き、後から戦うべきエリアとして空間要塞化したのだ。

実際には第二線で戦う事に成る。この事により無人の第一線へ、容赦なく攻撃魔法や矢を叩き込めるようになっている。また砦の構築自体も守るべき場所が減ったことで、急ピッチで作業が進んだ。小高くなった場所に柵を置いた戦い易いエリアで守り、平坦な場所には見張り塔や櫓から矢を放ち、あるいは長柄の槍で上から殴りつけている。

 

「矢頃は長い方が良いと言いますが、言い当て妙ですな。殿の指示通り兵たちも戦えております。所定のエリアでは戦いぬけるでしょう」

「守りの戦では長いだけの槍も使えるからねえ。後は『援軍』が無事に辿り着いてくれれば良いんけどさ……大丈夫かなあ」

 守将である滝川賢二に上座を譲られた織田信長は額に皺を寄せた。

島津の御機嫌伺いは苦労が過ぎた。戦い始めると熱くなって延々と逃げる敵を追っていくのだから持って来るのが遅れる事があるのだ。効率を考えたら次々に敵集団を葬って欲しい所だ。もっとも彼らは押しかけ援軍みたいな物であり、期待する方が間違っているとも言える。それに戦況自体は良く、信長自身が砦を視察してもとやかく言われないのはありがたい。

 

「前田が上に揚がって確認しております。彼らの様子をどう見た?」

「剣術指南である東郷羊介さまの合流以降、進撃速度はさらに上がったそうですわ。ナーガ種は厄介だから殲滅して来るまで戻ってこない……んじゃないすかねえ」

 滝川は前田啓治の報告にもう少しで頭を抱えそうになった。

どうしてゴーレムと殴り合える過剰火力を投入してまで進撃していくのだろうか? 東郷はマスタークラスの大剣豪であるが、それ程の人物ならば本陣にノンビリ構えて最後の切り札に成って欲しいものである。もっとも、その考えがおかしい訳ではないと判るから文句も言えないのだ。ラミアの中でもブレスを吐けるナーガは確かに厄介なのだが……。それ以上に別の問題もあった。

 

「あのご老人は口調も態度も丁寧なのだけどね。まあ居ない方をアテにしても仕方がないでしょ。……援軍は別口を用意する」

「では?」

「土岐家の残党と、この段階で手を結ぶよ」

 薩摩の者は殺魔と人は言う。普段は温厚な東郷もその例に漏れない。

信長は諦めて援軍を手配することにした。少なくとも籠城戦では援軍が居るかどうかで勝敗が大きく変わるのだ。信長はこの視察を終えた後で家中の者をまとめあげて大戦力を整える事に成っているが、尾張は国力の高い上国ランクだけに重臣たちの意見をまとめるのに時間が掛かると思われていた。そこで以前に美濃を支配していた土岐家の勢力を頼る事にする。

 

「薩摩の影響と言う訳でもないけど、民の事を考えたらここで確実にラミアは殲滅するべきだからね。この砦に集まった所を後ろから突き、それが終われば卵を潰してきてもらう。その為には地元出身の彼らは重要だ。野武士も知ってるはずだけど、基本的に彼らは無理しないからね」

 野武士に無理をしろと言っても難しい。この戦いでも、巣に関してもだ。

その意味でこの戦いでラミアを叩き潰せばその後が楽になる。退けるだけだと何年かすればまた襲ってくるようになる。一族ことごとく族滅するまで攻め滅ぼした方が今後の為にはなるだろう。その為に自分たちがピンチになるのはいただけない。よって戦力を増やすためにも、巣を確実に捜索して潰すためにも美濃に残留する土岐氏の残党は重要なパートナーになる。

 

「土岐氏出身である『姫』の件もある。どのみち残党とは手を組むことに成ったんだけど……君たちの功績で押し返してから協力を呼び掛けたかった。そこのところは申し訳ない」

「いえ。全ては殿の御采配あっての事。我ら家臣一同、何の問題もありませぬ」

 尾張には王朝に連なる女子の中で、土岐家出身の姫が留学していた。

もともと土岐家は時間に関する魔法を研究しており、文物の保護や魔法陣の時間拡大術式などで有名であった。以前は強大な勢力を持っており朝廷とも縁戚があったのだが、滅びてその姫である『喜久子姫』たちは不遇を囲い有力な貴族である信長との見合いが行われていたのである。その政略結婚を受け入れる方向性ではあったが、信長が大きな功績を立てた後で申し出るか、その前に共闘を呼びかけるかで織田家の勢力状況は大きく変わるだろう。

 

「今回の件で魔王軍の蠢動は確定的になったっす。その備えを訴えていた信長公の名声は上がりますから問題ないんじゃないすかねえ。少なくとも魔法金属や飛行できるゴーレムという証拠もありますし、熱田組は研究費さえあれば何も言わねえっすよ」

「前田の言う通りです。俺……私や九鬼もですが王都に居残るよりよほど名前を馳せられましょう」

「……そうか。ならば、すまないとは言わない。勝ってこれからの栄光と平和を掴もう!」

 啓治は学生風情が口を出すのもどうかと思ったが、熱田の代表をとして述べた。

滝川もそれに続いたことで信長も申し訳なさそうな顔を止めた。このタイミングで主君が謝っても下の者は困るだけだし、何ならここで稼いだ功績を最大級に利用してくれれば良いのだ。国元で必要以上に慎重案を唱える重臣が居るならば、先んじて動いていた滝川たちが重用されてもおかしくはない。啓治ら熱田学院に至っては、現在存在する飛行型ゴーレムなどは信長の先見の明であり、これからも潤沢な予算があれば良いのだ。

 

「と言う訳で伝令を出そう。前田君。手間で悪いけれど、土岐家の残党の領地を教えるから飛んでくれるかい?」

「了解です。失敗したら俺らの命にも関わりますしね。気張らせていただきやすよ」

 信長は地図を開くと啓治を呼び寄せてルートを説明した。

美濃の西側のエリアに重要人物が集っており、墨俣からならばそれほど離れてはいないとか。それでも美濃山が多く川もある地形なので敵中を突破していくのは移動は困難な筈だが、ここでも飛行できるという事実が強攻案を当たり前の行動に代えた。これから飛行技術が発展していくと言うのもうなずけよう。

 

「西側には美濃三人衆という遺臣の中でも精強な者が居る。もし今回のラミアの件が何かの陰謀だったとしても、彼ら全員が滅びているという事はないはずだ。仮に所領を失って隠れていたとしても、魔物でもないのに空飛ぶナニカが飛んでたら接触したがると思うよ。俺も実感したけど飛べるだけでかなり話が変わって来るからね」

「へい。飛ぶだけなら二日もあれば全部回れますが、降りて事情を説明したり連れて別の場所に飛ぶと時間も掛かるのでご注意を」

 彼らが即座に協力するかは分からないが、信長も啓治もそれ以上は言わなかった。

協力自体はするだろう。主家を復興するチャンスなのは間違いがないからだ。問題なのは織田家の家臣団に加わった後の条件を良くしようと戦力を出し渋る事である。だがここで悩んでいても変わるわけでは無し、ひとまずは危険な事に成る前に情報を伝えて、ラミアを引き付けるところまでは予定通りだと居直るしかない。

 

 しかし二人の懸念を他所に、土岐氏の遺臣たちは独特の判断をするのであった。だが今はそれを知る余地はない。




 主人公は戦闘してませんが、飛行できるとスゴーイ!
と言うのが周知されてるので無問題。第二章の主題として成果を出してます。

なお、深夜にストックに書き足して翌日修正してUPしているのですが
本日は予定が合って外出するので、明日のUPはありません。
楽しみにしている方がおられましたら、申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一夜城攻防戦:後編

 前田啓治は土岐家の遺臣の元へ伝令として向かう事に成った。

話自体は使者を通して以前より通してあり、『かねてからの約定により出撃して欲しい』という内容の手紙を持っていくだけだ。ただ一人では魔力を充填しきれないが、向こうにおいて別の所領へ関係者を連れて行くこともある為、女子である柴田晶子は万が一を考えて連れて行かない事に成った。

 

「勝平君。気を付けてね」

「はい、晶子お姉さん。頑張ってきます!」

 ここで木下勝平が晶子に変わって相方に成る。

魔法技能自体は低いが魔力だけならば問題はない。また戦えるような能力でもないし少年であるので、連れて行っても逃げたという事にはならない。むしろ難しい案件に関わったという事で功績とみなされる可能性もあった。

 

「啓治、ちゃんと無事に連れて帰って来るのよ!」

「判ってますよっと。行くぞ、掴まってろ!」

「はい! お願いします!」

 啓治は勝平を乗せると鳥型ゴーレムを浮遊させた。

翼が稼働して浮力の位置をコントロールし、尾翼にある飛行呪文で空を翔けていく。ここまでに飛行中の注意事項や、魔力充填装置を使う際の注意や暇になるサイクルについては十分に説明してあった。巡回時など何度かそれに連れ出している事もあり、当面は支障が無い筈であった。

 

「凄いや! もう揖斐川流域まで来た! 父さんがいた頃に何度か通ったけど、こんなに早くなかったもん!」

「今更説明するまでもねーが、親父さんと一緒だったころは道沿いだったろ? 橋まで回り道をして、川に橋がなきゃ浅瀬まで移動するか渡し船が居るしな」

 距離と道のりという言葉を端的につなげるのが飛行技術である。

地上を一日千里走る馬がいたとして、草原でも無ければ千里走るのは難しい。デコボコした起伏を考慮しないとしても、左右に曲がって場合によっては迂回して……とそういった手間が直線距離では知らせない。また貴族たちは防御を考えて町割りを行うため、町の内外では猶更だろう。

 

「色々と面倒なゴーレムでこれなら、飛行船を手に入れたらもっと『速く』行けるかな?」

「そいつは無理だな。飛行呪文で移動してるのは代わりねえし、風に載って労力を減らすってのは基本同じだからよ。もっとも魔力を充填したり強化する装置のデカイやつを詰めるし、飛行するモンスターがいるエリアを遠慮せずに飛べるから、最大移動距離と日程と言う意味なら物凄く『早く』なるけどな」

 一瞬の間でどれだけ飛べるかと言う機動速度ではあまり変わらない。

魔法と言う物は判で押したように同じような機能を見せる物だ。後は形状やら大きさでマイナスが掛かる為、むしろ大型である飛行船の方がデメリットが大きい。代わりにそのサイズを利用して、色々な魔法装置を詰めるという事が重要だという。

 

「見てきたように言うじゃん」

「まあその辺の議論は終わってるってとこさ。後は使い道とかメンバー構成で差をつけるしかねーな」

「使い道は判るとしてメンバー?」

 啓治は二周目の人生ともあり少なくとも今代の人間よりは詳しい。

その上で何も知らないフリをして議論に加われば、生前は専門家でなくとも今代の人間と普通に議論ができる。その中でおそらくは飛行船では移動限界距離が長くなることはあっても、機動速度はさほど上がらないであろうことは皆と相談して共有していたのだ。

 

「飛行船だと数人乗りで最低限のサイズか、軍事用で兵士やら商品を乗せたりする。こいつが使い道の方な。一方で冒険の途中で修理することを考えている場合と、町を巡るだけでまず修理しない時じゃ必要な奴は変わって来るだろ? 移動や現地の生活を楽にする呪文だけが使える奴と、戦闘も踏まえて色々出来る奴じゃまるで変わって来る。まあ、かくいう俺も最近気が付いたんだがな」

「へー。啓治さんも思ったより考えてるんだね」

「思った寄りってのは余計だよ!」

 目的地までまだ距離がある為に暇な事もあり、啓治は気前よく知識を披露することにした。

自慢したいというよりは、むしろ一周目の木下勝平の事を思い出す過程で気が付いたことだ。彼から得た恩を彼自身に返すということになり、気分が良くなるというよりは心の痞えが消えていくというべきか。そんな風に惜しげも無く知識やコツを伝え、聞かれたことがあれば教えていたのだが……。

 

「啓治さん。あれ、何か変じゃない? 色のついた布が……」

「……そうだな。何かあったのか? いや、誰も居るようには見えねえし……隠れて居るとしたら危険過ぎる。ただの祭の準備かもしれねえし、暫くこのまま飛んでみるか」

 奇妙な変化として、行く手に色を付けた布が巻き付けられてた。

赤や浅黄などだったので何処ででも手に入る染料だとは思うが、『空から見えるように』これ見よがしに木と木の間を張ってあるのだ。警戒するなと言う方がおかしいだろう。

 

そして暫くして同じような場所を見つけ、最短距離で目的地に行くためには通らねばならなら丘まで来た時の事だ。明らかに飛行物を対象に見易くした陣幕が張ってあるのを見つけた。

 

「陣幕を上に向けて張るとか明らかに俺ら充てのメッセージだな。ご丁寧に木々が無い場所に陣取ってると来た。即座に降りはしねーが、旋回して様子を見るぞ」

「了解! 怖くないからこっちは平気だよ!」

 即座に考えが浮かばなかった事もあり、啓治はひとまず様子を見る事にした。

使者が土岐氏の遺臣の元へ行ったのは随分前の話だが、その時に飛行型ゴーレムの研究はしていた。飛べるようになる段階で『うちにはこんな強みがある』くらいの事は伝えて居てもおかしくはないだろう。そうは思いつつも、他に何らかの問題が有ったり、美濃出身の野武士が囮として提案したり弓を用意している可能性はあるので、ひとまず安全策を取ったのだ。

 

「こっちに気が付いたね。明らかにこっちを探してたみたいだ。あ、武器を降ろした」

「しかも弓の間合いから離れていくのか……。明らかに俺らに話があるみたいだな。胡散臭いと無視しても良いんだが……今度は色のついた煙か。降りるぞ」

「うん」

 啓治は政治的な経験がないが、冒険者としての経験がある。

これだけの準備ができる者がもし殺したいなら、色のついた布など用意せずに不意打ちで弓を何発も放たせれば良いのだ。奪う気なのだとしても、整備を考えたら野武士や冒険者では無理だ。また他の貴族の元に持ち込むとしても、あからさまなコピーでは魔王軍との戦いが始まった時に問題になるだろうと判断したのである。

 

 

「お急ぎの途中、手数をお掛けして申し訳ありません。私は土岐氏家中の竹中夏樹と申します」

「伝令ゆえに機乗より失礼します。織田家より派遣されました熱田学院の前田啓治です。当機は確かに土岐家の遺臣方の元へ向かっておりましたが……どのような御用向きでしょうか?」

 そこに居たのは竹中夏樹と名乗る線の細い青年であった。

遺臣の中では安藤・稲葉・氏家の三人衆がおり、確か切れ者の知者が居ると織田信長から聞いていた。もし使者が伝えた情報と、野武士あたりからの情報を繋ぎ合わせて考察したのならば知者というのはこの青年なのだろう。しかし政治かならぬ啓治は何を言いたいかが判らない。ゆえに素直に熱田学院の学生であり、研究者であると伝えたのだ。

 

「熱田の方でしたか、これは失礼しました。実は墨俣に築城する件を聞き及び、情報を集めている最中にラミアの大移動を確認したのです。その上で援軍要請が掛かると見なして、当方は出立準備を整えて先触れを待っていた次第にて」

「そいつは話が早くて助かります。と言う事はそちらの部隊を動かしていただけるのでしょうか? ……本来はあちらに届けよと命じられておりますが、場合によっては口頭での開陳を許すと信長公は仰せです」

「では差し支えなければ暫し歓談と行きましょう。もちろん安全のために離れられて構いませんよ」

 竹中夏樹は笑顔で啓治を地上に促した。

その上で少し離れ、もし啓治を捕らえようとしてもゴーレムに待機した勝平が起動できるくらいの時間が得られる場所である。おそらくはここまで考えて行動していたのだろう。

 

「して信長公はなんと?」

「尾張兵が砦で引き付けるゆえ、ラミアの後背を突いて欲しいとの事です。戦いそのものは島津と同盟を組んで居るために勝利は確実であるが、この後で木曽三川流域の巣をことごとく殲滅するには、余裕を持って勝利を収める必要があるとの事」

「ほう……あの薩摩が。これは良い事を聞きました。私も早急に援軍を出すべきだと主張した甲斐があります」

 啓治は信長から聞いていたストーリーを口にした。

実際には島津兵はコントオールできていないのだが、彼らにフリーハンドを与えて殲滅戦を行っている事にしたのだ。勝つだけならば織田家と島津家が組めば幾らでも勝てるのだが、民衆への被害を抑えるためにあえて別行動させているとしたのである。もちろん兵の被害を考えないのであれば、現状でも島津が戻って来るのを待って反転攻勢が掛けられるのは確かである。

 

要するに『島津が好き勝手にやった結果』という過程を省き、悩み抜いた果てに選択した事実だけを伝える事にしたのだ。

 

「こちらが墨俣に作った砦の地図になります。昨日時点でのラミアの報告例もこれに」

「……と言う事はここまで半日も掛けて居ないという事ですね? どうやら情報の伝達速度は相当に早いと見ました。三人衆の方々には狼煙で状況を伝わるようにしておりますが、私を乗せて運ぶことは可能でしょうか?」

 啓治が渡したのは彼自身の判断で用意でき、信長の許可も得た航空図である。

移動距離は数時間の巡回ではあるが、それだけで歩兵どころか軽装騎兵を上回る物見と言えた。竹中夏樹はこの事を重視しつつ、どの程度の性能なのかを我が身で確認することにした。普段であれば重要機密に触らせることはあえりえないだろうが、このタイミングであれば時間は何よりも重要視されるとの読みであった。

 

「魔力を消費しておらぬのであれば可能です。魔王軍との戦いまでには本陣の一部を浮かべるようにしたいと信長公は考えておられるようですが、今のところはその制限がありまして」

「いえいえ。自在に飛べるだけでも十分な能力であると思います。熱田の方々の努力には頭の下がる思いです。これらの情報は本来であれば命がけで探る物ゆえ」

 啓治が信長に聞いていた通りに話すと、竹中夏樹は下級貴族とはいえ頭を下げる。

土岐家の軍師格である彼にとって情報伝達速度は何よりも重視される物である。しかも斥候と軍師とその中間にある隊長たちにも温度差があるものだ。それを軍師がリアルタイムで知る事が出来るというのは、それだけで千金を出しても得難い物である。

 

「旗指物を用意しても問題ありませぬか? ある方が三人衆の方にも遠目に判り易いかと」

「であれば途中から架空して参りましょう。基本的には飛行呪文の速度ですので、ある程度は仕舞って進む必要があります」

 言葉のやり取りに情報収集めいたものを感じるが、予め許可が出ているので即座に答える。

他の貴族家ならまだしも、これから織田家の中に取り込む相手である。その実力の高さを評価させて、驚かせようという信長の悪戯心であった。それは土岐氏の重臣を従わせるのにとても有効な手段であり、……だからこそ同じ程度のポジションにいる滝川や九鬼たちの居場所を奪ってしまうのだが。

 

「参りましょう。これから数時間のうちに到着すれば今日中に出発できますゆえ」

「では失礼しまして。……おーい、木下君よい! 例の件はここでやるぞ!」

「はーい! ちゃんと迎えに来てくださいよー」

 こうして竹中を連れて啓治は三人衆の元へ向かった。

彼らと竹中の間でひと悶着があったかもしれないが、空飛ぶゴーレムや得られる情報を見てしまえば何も言えなくなる。ならば後は土岐氏の中の問題に過ぎない。援軍はその日の内に出発し……やがて墨俣の戦いに勝利するのである。




 と言う訳で援軍の手配がスムーズに済んだので戦闘に勝利しました。
あっけないですが戦記物ではないのと、情報伝達速度の問題ですね。
戦記物でありがちな「何日以内に到着すれば我々の勝利だ!」と言うのが無いので
盛り上がりに欠けるので、攻防戦は此処で終了。次回で第二部終了になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

墨俣評定

 墨俣砦を巡る攻防はあっけなく決着した。

移動しつつあるラミアの群れを空中から早期に確認。集結が完了するまでに援軍を要請したことがその主な要因である。空を使った伝令の到達速度が非常に早く、土岐家の遺臣たちが既に出撃準備を終えていたことで、果敢に攻め始めたラミア達を後ろから逆包囲する形に成ったのである。前後から攻め立てられ続けては、いかにラミアが魔物の集団であるからといって満足に戦えるはずも無かった。

 

「みんな。戦評定も終えたばかりですまないね。でも記憶も新しい内に飛行技術に関して聞いておきたいんだ」

「鉄は熱い内に打てと申します。我らに異論などあろうはずもありませぬ」

「然り」

 織田家の当主である織田信長が議論を始めた。

墨俣での戦いが終わったばかりで、功績に対する評価も終えたばかりである。その上で場を区切って始めたのは、一応は家臣ではない熱田組への褒章代りであり、新しい技術である飛行と言う概念をどう料理するかを記憶が新鮮な内にやっておきたいというのもあった。人間、慣れていくものだ。そうなると欲しいと思っていた技術も、また今度で良いかと思うようになる。そうさせずに押し切る事こそが、熱田学院の生徒には何よりの褒美であろう。

 

「では事の最初から関わった滝川。皆に説明を」

「はっ。最初に情報を交換した時、某が数日掛けて測量して居った墨俣の地図。これを小半時ほどで大半を記しておりました。その後に建設現場を巡るのに利用した時は、僅かの間に縄張り中を巡り申した。ここまでが『無くても良い、時間を掛け歩けば済む』と思える範囲です」

 信長はまず墨俣の守将である滝川賢二に説明をさせる。

熱田での研究以外を知る貴族であり、将としてつぶさに内容を吟味している事から適役である。また彼は土岐家の遺臣が参入したことで発言力が低下しており、新参の中では先任であることを印象付け発言力を補填するためである。その温情が判っているからこそ、滝川も発言内容に工夫をした。

 

「と言う事は君は積極的な技術更新と成果物の導入に賛成なのかな?」

「現状であれば『配備をお願いしたい』と言う所ですが、これから競争に成るのであれば『ぜひ尾張が旗振り役になるべき』と申し上げます。理由は竹中殿がよくご存じかと」

 信長がこの技術の導入に賛成なのは当然として、発言権の順位付けに腐心している事は判る。

そこで今回の戦いに参戦すべく土岐家の遺臣を取りまとめ、信長に対して好意的な竹中夏樹へ自然に話しを送る。最終的に熱田学院に話を戻し、彼らの意見を聞くという流れに持っていく。もちろんおおよそは滝川も説明できるし、どんな研究をしたいかも既に聞いているのだが。

 

「では若輩ながら失礼いたします。注目すべきはラミア族が集結を始めた時には既に推測が付き、援軍要請を決断出来たところでしょう。軍務では常に風雲急を告げるもの。刻一刻と変わる戦場で、数日後の情勢を即座に探り、足止めを受けることなく援軍要請を出せるなど夢のような物です。また……」

 ここで竹中は自分たちが関わる事に成った初動に関して事実を述べる。

尾張側から駆けつけた将の中にはその事を知らぬ者もおり、彼らがおっとり刀で出動を決断したころには、援軍が既に墨俣を取り囲んでいたという事態を思い至らせる為である。そこからの展望に進みたいところだが、まずは諸将が事実を飲み込むまでをジっと待つ。

 

「この伝令は驚くべきことに熱田学院の上級生徒であり、僅かに戦いを知る程度の若者です。通常は腕利きの騎馬武者数騎を犠牲にして、それが数日後に届けば天運が味方したと言えるでしょう。しかし実際にはその日の夕刻には、我ら土岐家の家中を全て巡っておりました。改めて事の始まりから申しますが、常の軍ではまだ斥候が報告するところでありましょう」

「そうだね。伝令が届く届かないはとても不安だ。それが確実に達することができ、そして翌日には成果が判る。俺はこの技術は必須になると確信しているよ」

 竹中は懇切丁寧に推移を説明した。

偵察を出している時間で、全ての決着が付いたと諸将に説明する。将の中には出立前に飛行するゴーレムが戦闘終了を伝えた者も居るくらいで、その移動速度は驚異的であろう。しかもこれはまだまだ研究中であり、今は尾張を数日でめぐる能力が、やがて一日で可能かもしれないと思う者が出ても当然だろう。少なくともその方向に舵を切ると信長は静かに締めくくった。

 

「さて、待たせたね。前田君。これからこの技術に注力したらどうなるんだい?」

「若輩の学生ずれが失礼しやす。現に示しちまった以上は、尾張がやらなくても何処かがやるでしょうよ。少なくとも配当にゴーレムを要求した島津はその気だ。充て推量ですいやせんが、海を待たない武田や商業特化の堺は確実にやるでしょう。何をやるかって? 空飛ぶ船なら大量輸送で、兵士だろうが商品だろうが右から左に動かせるからっす」

「空飛ぶ船……だと」

 信長から話を振られた前田啓治は飛行船について説明を始めた。

彼がその事を研究し、望んでいる者は熱田の関係者ならば誰でも知っている。しかしそれまでは鼻で笑って済ませるヨタ話であった。しかし墨俣の戦いで、戦闘証明をしてしまったのだ。一人・二人を飛ばす鳥型ゴーレムですらこれだけ戦況に関わるのである。空飛ぶ船がどれだけの影響を与えるか想像に難くはない。

 

「武田家か……それはゾっとしないな。魔王軍が来るならさぞや心強い味方になるだろうけど。確認だけど、何を気を付けるべきだと思う?」

「既に先を行ってやすし、予算と人材を注力すれば諸国には負けることはありゃあしやせん。その上でですが盗まれるのはまあヨシとしましょうか。島津の要求には答えにゃならんでしょうし、魔王軍がやって来て共同で研究するなら忍びずれを警戒すんのも面倒だ。重要なのは法整備と拠点造りじゃないすかね? 少なくともこいつは数年どころじゃすまないくらいに掛かりますよ。俺らは何度も上を飛ぶなって言われやした」

「それは確かに」

 啓治は技術先行することで、織田家の発言力と利益の向上を保証した。

先駆者は常に利益を上げ関心されるが、同時に警戒されて奪おうとするものだ。しかしこの世界には魔王が存在する。その内にやって来て、諸国が団結して提供し合うならば、盗まれることを経過するのも馬鹿思惟であろう。要するに数年後を見据えて、確実に織田家がイニシアティブを有せる様にすべきだと忠告したのである。

 

「町の上を飛ぶべきではない、あるいは飛ぶならばここならば許すという許可はどうするのか? その上で地上に捉われないことによるスムーズさは捨てがたい。この辺は絶対に揉めます。風に乗って労力が減るのは確実ですし、水上船みたいな航路設定はぜっていに必要でしょうね。後は……船を個人的に欲しがってる俺が言うのも何ですが、ある程度の制限も必要でしょう。大商人がみんな持ってたら面白くもないし、迷惑でしかねえ」

 啓治はこれまでの実験中に呼び止められたことを説明する。

それらの配慮は絶対に必要だが、実際に飛行技術で利益を得ようとするならば従ってばかりはいられまい。また尾張は藩属国の中でも裕福な大国だから良いが、困窮している国や軍事主体で迷惑を考えない国は無視して来るだろう。その辺りに航路を要求するのであれば、織田家が率先してルールを広めねばならないのだ。逆に今から決めておけば、技術開示を求められた時にセットで重要事項だと説明できるのでありがたい。

 

「うん、貴重な意見を聞かせてもらった。まずはこの技術に着目する俺の判断は変える気がない。その上で諸将に何を示すかを説明しておこうと思う。現存する四機は一機を島津に、一機を国に送るつもりでいる。残り二機のうち一機を滝川に預けて墨俣を中心に警戒。もう一機は尾張で扱い諸将の目線で考案に使う事。最後に滅びた土岐氏の稲葉山城を復旧。飛行技術も踏まえて岐阜城と改め改築することとする」

「「ははあ!」」

 強い決意を示す信長に対し、出遅れた上に飛行技術に驚いた諸将は素直に頷いた。

むしろ積極的に、尾張に残る一機の使用権を奪い合うだろう。あるいは滝川の元に御機嫌伺いに向かって、裏口で触らせてもらうなり、熱田で見ようと出し抜こうとするだろう。おそらくはそこも含めて信長の計算なのかもしれない。

 

「こんな所で良いかな?」

「ありがとうございやす。これで熱田の中でも研究に舵を切れまさあ」

 実のところ、熱田学院では飛行船はまだ端っこの理論である。

しかし啓治が大々的に協力し、『これから絶対に広まる』とぶち上げたことで話は変わるだろう。実際に様々な装置が完成し、どう組み込むかでもめている最中だ。きっと弾みがつくだろうし、予算が付けば同時並行することになる。

 

そして何より……この後に起きる魔王軍来襲での共同研究に対し、尾張は最先端の技術を持って参画することになるのであった。これこそが啓治が最も望んだ報酬であろう。




 と言う訳で第二部完。次回から数年後で第三部、飛行船の運用話です。
なおストックが無くなって来ましたので、これまでのペースでは不可能です。
よって数日掛けて執筆し、UPすることになるかと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章
飛行船時代の始まり


 飛行船関連の研究に関して結論から述べよう。

あれから数年で、見事に飛行船が完成して試験運用までを終わらせることが出来た。理由を挙げるならばラミアの件と似た様な事が全国で起きて、諸国がまとまった事だろう。これによって予算と人材が桁外れに流れ込んだことが良い事であり、様々な意見と対立が起きてフリーハンドではなくなったことが悪い面であろう。

 

「全ての管で満たされたイコールの汚染を確認。Aタイプの装置は機能不全で停止、Bタイプは緩やかに性能を低下しました」

「予定よりも能力劣化が著しいな。ここは工夫のし甲斐がありそうっすね」

 遂に前田啓治が知って居た全ての技術が出揃った。

もちろん彼が一周目の人生で見た、技術の最高潮には達して居ないだろう。しかし当時の歴史よりも早い段階で達成しており、これから起きることを考えればかなりの成果であると言える。既に飛行船が完成している事もあり、徐々に磨かれていくはずだ。

 

「そうだねえ。イコール浄化を開始して、徐々に入れ替えるタイプと比べてみようか」

「入れ替える方が早いとは思うっすけど、重量的には厳しんじゃないっすかねえ」

「どうですかね? 船のサイズ次第ではそっちの方が早いんじゃあ?」

 啓治が知らなかっただけか、あるいは歴史に変化が起きたのか。

幾つかの技術は枝別れしており、魔力を伝達する性質のある水媒体の『イコール』などは二種類の管理法が編み出された。現に佐久間教諭は派生した方法にも着目しており、啓治の言葉や理論だけはあった学術論文を信じ過ぎることも無く実験を行っている。

 

「例えば二管・三管に分けて、常に二本を浄化状態で保つんですよ。Aタイプの装置は能力が高いけど一定値を下回ると止まってしまうので、こっちを採用するならば性能を維持できる入れ替え方の方が有効じゃないですか?」

「一から作る飛行船ならサイズも重量も少しくらいの余裕があるからねぇ。ボクとしてはこっちの方が好きかなあ」

「そういうもんかねえ……」

 悪い面と言うか、当然なのだから対策を練るべきか。

これまで啓治が前世の知識で引っ張って来れた事が、他者の知識で覆されるようになってきた。というよりも啓治の場合は前世をモデルケースとして突き進んでいるために考えの成立は早いのだが、いかんせん考え方が固定化してしまう。逆に言えば新しい理論を自分自身の手で組み上げる事に欠けているのだ。

 

(やべえなあ。完成さえすりゃあ俺としてはどうでも良いんだが……。佐久間センセがあっち側に流されてるのが問題だよなあ。つーか、そろそろ付いていくのも厳しいぜ)

 これまで一緒にやって来た佐久間教諭だが、別に啓治の先生でもない。

飛行船を作るためにゴーレム科に協力し、その分だけ協力し返してくれているだけだ。いわゆる取引であり、彼自身の関心はゴーレム作成や『自分の趣味のまま何かを作る』という方面にあるので、その辺りを擽られて研究の中に交渉を持ち込まれると厳しいのである。

 

「まあ、その辺りも含めて幾つか飛行船の型を作って運用試験っすっかね。戦闘用や商業用なら大型艦になるでしょうし、闇魔法の使い手を揃えられる事前提ならそれもアリだと思うっす。普段なら四隻も五隻も新造できる訳わきゃーねーですが、今ならちゃんとした計画書を出せば通るんじゃないかと」

「その辺だろうねぇ。ボクはボクなりの船を考えてみようかな」

「いいですね。僕も前々から一隻調達しろと言われてたので賛成です」

 啓治は生前の知識よりも多くの数を初期案に入れてみた。

一周目の人生ではあくまで着工したのが幾つかあっても、初期運用に成功したのは二隻だけだ。それも軍人の家系で一隻、大商人の家系で一隻と大きな紐付きばかりなのである。だが現在は生前よりも飛行船の重点は高い上に……ライバルとなる存在も居るので多めに考慮しないと持っていかれて自分たちの立場がなくなる事もありえたのだ。

 

「明智君よい。それだけの頭と交渉力があって、なんであんなのに使われてるのさ」

「ははは。やだなあ。僕にはそうするしかないからですよ。土岐家の復興に協力していただいたのはありがたいですけど。もうちょっと早くして欲しかったなあ……なんて思ってみたりしますね」

 他ならぬライバルの一人が王都組の明智彰である。

彼は松永譲治の起こした事件において闇魔法の『影の転移』を用いて細川武人を救い出したとの事だ。急な事件であり仕方がない所だが、事件の責任を押し付けられてあちこちで雑用として使われているらしい。その背景には土岐氏の遺臣の家系であり、発言力が低かったことに関係しているのだとか。それで細川たちともども何かにつけて対抗して来るので、いっそ細川を見捨てて欲しいと思わなくも無かった。

 

(しっかし判らねえものだなあ。こいつが生きてるとか生きてないとかは別にしてよ、この時点で何隻もの飛行船を作ろうなんざ思っても見なかったぜ。しかも俺が口を出せるとか出世したもんだ)

 啓治はラミアの件でも協力し、その意見を元に飛行技術の完成を早めた。

凋落するはずだった熱田学院と織田家の発言権が大きい事から、当主の織田信長らの後押しも強く、ちゃんとした意見であれば通り易いのが大きいだろう。この時点で既に一周目の人生に置ける雑多な研修生というレベルは越えており、満足すると同時に、これからどこまで行けるかを見て見たくもなるのであった。

 

「それでどんな船を作るべきだと思います? 僕はカスタム型をお願いしたいですが」

「そこはお貴族様たちに言ってくれよ。ま、軍用型を武田家が使って部隊を乗せる船を要求。堺の連中が輸送船として作らせるってのは既定路線だろうな。だから後はシンプルにまとめた小型船と中型船、カスタマイズはその後になると思うぜ。他にも実験するなら六隻目以降だね」

「えー小型船って要らなくなあい? 大は小を兼ねるってば」

 ナチュラルに呉れと言う明智はともかく、意外な事に佐久間が注文してきた。

てっきり彼はこれから船の設計でも始めるか、さもなければ明智と一緒になってカスタマイズ専用の船でも作ろうとするかと思っていたのだ。現在進行形で通常のゴーレムも製作しており、茶々を入れる余裕などないと思っていたのだが。

 

「偵察と伝令を兼ねた小型船はどうしても必要になりますよ。少なくとも墨俣の結果を見て一番望まれた事ですしね。秋津洲の西から東まで連絡するのに、そいつの完成が真っ先に望まれてると思いますわ」

「必要ばかりで景気が悪いねえ。ボクとしてはゴーレムを搭載して運べる船が欲しいんだけど」

「ゴーレムの輸送ですか? 突拍子もない事を言いますね……僕は嫌いじゃないですが」

 出てきた話は判ると言えば判る、判らないと言えば判らないゴーレム運搬船であった。

佐久間はゴーレム科の教諭なのだから運用そのものは考えてもおかしくはないが、それにしたって研究だけならば手元で扱えば良いのである。実働して魔物を倒すところがみたいのであれば、これから飛行船が普及にするにつれて幾らでも見に行くことができるだろうにと思う。

 

「いやねー。今度さあ政略結婚させられることに成ってねー。前田くーん鳥型作ってる時にいたレイちゃんって覚えてなーい? あの子がお嫁に来ることに成ってねー。剣戟対応型のゴーレム贈る事にしたんだけど、それならついでに運べる船もって思ったんだよー」

「あーた思いっきり私情じゃないっすか。いや、織田家と島津家の仲を取り持つなら公用でもあるんでしょうが」

 その話を聞いた時、マッドな気のある佐久間にも他人にプレゼントするのかと思った。

しかしよくよく思い返してみれば、剣戟対応型のゴーレムとかなかなかに歌舞いている。あの時に見た技はタイ捨流とかいう流派で、足腰を活かした機動戦術メインであったはずだ。つまりこの男は思いっきり高性能なゴーレムを動かして、それを全国のあちこちで活躍させたいと思っているのだろう。やはり思い切り私情であった。

 

「そんなこと言わずに真面目に考えてみてよー。ボクよりも君の方が信長公に話が自我通じるじゃあない?」

「まともな案ならだれが言っても通りますよ。つーかそれだと俺の発言力が減って、俺の欲しい船の枠が無くなるじゃないっすか」

「まあまあ、物は考え様ですよ。今までに無かったアイデアではありますしね。他のとの併用とかはどうでしょう?」

 何というかここでも交渉力で押されていくのを感じる啓治であった。

茶々を入れる佐久間はともかく、ここぞとばかりに明智がすり寄っていく。彼が欲しいカスタムタイプとはかけ離れてる上に、発言力の源泉は啓治由来なのだから当然とも言えよう。一応は両方に友好的に当たりつつも、もし細川に邪魔しろと言われて居たらそう見えなくもない提案であった。

 

「……そうっすね。軍事用の方は動かしたいのは部隊でしょうし、日ごろは軍事物資の輸送に使いたいだろうからダメ。輸送船の方はとにかく大きい倉庫だろうからワンチャンじゃねーかな? 金払って借りるか、それとも同型の二隻目狙うかの方が早いでしょうけど」

「中型船に一機だけならいけません? ワンオフの物凄い一機を運ぶとか」

「いいねいいねえ! 究極のゴーレムが魔王すら倒す! ロマンだよお!」

 こんな風に新たな研究が始まった。

まずは飛行船のタイプを何種類か造り、その一つを啓治が手にすることが目標の一つである。




 と言う訳で第三部の開始です。
面倒だしストーリー中で時間かけるのも何なので、「あれから数年」で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鳥は羽ばたく

 飛行船の建造計画は順調に進んでいった。

良くも悪くも貴族たちの都合が優先される。研究機関から口に出してもおおよそは貴族同士の交渉の結果で揺れ動いてしまうのだ。

 

「結局さ、用途よりは予定の方を重要視するしかないんじゃないかな。なんだかんだで戦闘艦と商用艦は君の言う通りになったしね」

「あー。武田の連中、とうとうやって来ちまいましたか」

 尾張を治める織田信長に呼び出され前田啓治は説明に向かった。

そこは仲間内の貴族の集まり……と言う感じのサロンだった。今のところ飛行船研究に関して啓治が第一人者であり、筆頭スポンサーが信長という構図は早々変わったりしないからだ。それだけ飛行技術なんてものが新しいジャンルと言う事だろう。

 

「越方面の平定に同盟を組むことに成った。そこで戦闘艦を使用するけど、その一番艦を回してくれたら伊勢の鎮定を手伝ってくれるってさ。手こずってることもあって断り難いんだよねえ。越自体も面倒くさいし」

「伊勢との境にはラミアの巣が残ってやすしね。あそこさえ鎮定できりゃあ斎宮や熊野も動き易くはなるかと」

 墨俣の戦いで木曽三川流域に居るラミア族を殲滅できた。

その後に各地の巣を潰していったのだが、残っている中で最大の拠点と言うのが尾張と伊勢の中間にあったのだ。川と湿地が多い地域であり尾張の兵士だけでは、残党と言えど簡単には倒しきれないのが問題であった。常ならまだしも、今は越方面や魔王軍との戦いが控えているのである。余計な被害を出す訳にはいかないだろう。

 

「そういう訳で改めて皆に説明してくれるかな? 主に建造と予定に関わる部分だけでいい」

「へい。まずはサイズ規格で1から4まであると思ってくだせえ。改造すれば1つ分なら無理できるが、2つ分は無理って感じっすね。飛行船はどうしても出力がネックになるんで、サイズが大きくなると途端に動けなくなりやすから。最初の戦闘艦と商用艦はとにかくデカイから規格4となるかと」

 信長と啓治は顔を見合わせて頷き合った。

武田家の要求した戦闘艦であるが、研究の報告の途中である程度の欠点が出るのは判っていたのだ。当然だがいきなり理想的なフォルムや完成系の性能を有せるはずがない。もちろん運用する為の熟練度や、何より空飛ぶ船を真っ先に配備してあちこちで使えるという優位性はあるだろう。しかし今後も尾張がこの技術を抑えるのであれば、いずれ旧型艦に成る一番艦は武田家に渡しても良いのである。現在は攻撃魔法を放つ装置なども開発中であり、その運用を考慮しない形状に成るのも大きかった。

 

「規格1は基本的にみなさんの所の軍部が要求している偵察・伝令用です。以前にお配りした鳥型ゴーレムの発展形つーか、現在積み込もうとしている装置を最初から全部搭載。人数は最低限で済ませるという前提になりますか」

「魔力強化装置と魔力充填装置の改良型にあとは魔力の伝導菅だっけ」

「その通りで。今まででは置けない位置に装置が置けます」

 ここは他愛ない説明であるが、必ず言っておかないと文句の出る部分だ。

装置の件は当然ながら、魔力を伝達性質のあるイコールを入れた伝導菅は今までに無い場所へ魔力装置や呪文の装備を設置できる。鳥型ゴーレムでは可動部分を兼ねて翼と尾翼に呪文、胴体に充填装置とほぼ決まっていたが……これからは船サイズに成る事と伝導菅の登場によって、好きな位置に配置できるのだ。

 

何が重要かと言うと、飛行技術が先行している尾張ですらこのレベル。これからドンドン改良が進む為、鳥型ゴーレムのみならず、ひとまず建造する一番艦以降の進歩が激しくなると身内の貴族には一応伝えてく必要があるのだ。

 

「確認したいんやけど、先ほどのサイズ違いで性能変えるのが難しい言わはったなあ。それはサイズ3以上は高速型が難しく、2以下では商用や軍用には向かんゆうことでええんかいな? 普通の船が常識に縛られるんとおんなじで」

「おおむねその通りで。もちろん例外として貴重品だけを運ぶ商売や、勇者のパーティを運ぶつーなら話は別っすけど」

 どうやら質問相手は堺の商人であるようだ。

名前を今井久。いわゆるスポンサー様の質問であり啓治は包み隠さずに答えた。後で話が違うと言われても困るし、ここで答えてはいけないような内容はそもそも話の筋には入れて居ない。例外として思い切った運用をすれば、中型船に貴重品を満載するなど利用があるとも説明はしておく。

 

「勇者……勇者なあ。あんにらを制御するのは無理や。魔王が国の外に居るなら乗せてけゆーのが精々やろ。すまんかったなあ、ワシからはここまでや」

「次は私から……で良いかな?」

「へい。島津さまは何をお聞きなさりたいんで?」

 スポンサーの次はかねてから同盟を組んでいる島津冴子であった。

佐久間教諭の件もあり、来るべきものが来たと啓治は内心で苦笑する。ある程度は想像していたので、一応は理論立てては考えをまとめていたのだが……。

 

「先ほど勇者を乗せる。と言ったが他の戦力も可能であるかな? 当家の武者たちであるとか……例えばゴーレムであるとか」

「戦争は数で決まるそうなので戦闘艦としては難しいと思いますぜ。ですが援軍であれば限界があるという前提で可能になりますわ」

 此処で重要なのは現代の戦いは歩兵を送り込んでの陣地戦と言う事だ。

敵が魔王軍であろうとも歩兵で圧迫し、精鋭で打ち破ってから殲滅していくという流れに成る。ゆえに武田家に用意する戦闘艦は歩兵を可能な限り乗せて運び、それ以外の時は軍事物資を運ぶ事が前提に成る。その意味においてサイズ2の中型船に乗れる人数など限られていた。

 

「ほう……例えば?」

「墨俣での戦いも抜刀隊のメンバーを運ぶだけで強化個体を倒していただけました。基本的に魔物の方が人間の兵士よりも強いですし、強化個体ならば猶更です。しかしそんな戦場は幾つもあるもんじゃあないですからね。騎乗用ゴーレムは抜刀隊クラスの人間を用意し易くはなりますが、戦場の方が少ないという意味ではあまり変わりはしやせん」

 啓治はまず戦力比較と一般論から入った。

彼は戦争に関してあまり詳しくないので、聴かされたことを右から左に伝えているだけだ。そうしながら自分でも考えた話を入れ込んで、整合性を持たせたり必要ならば反論したりする。ひとまずここまでは理論通りなのだろう。

 

「騎乗型ゴーレムは強いんおすか?」

「通常のゴーレムが命令を与える魔法使いの危険をはらんだ上で、オーガやトロルと互角。護衛込みで相手の部隊を上回るってところでしょうか? 騎乗型は魔法使いを中に匿えるのと、剣技をゴーレムに使わせられるという点で優れてやす。オーガやトロルよりも確実に強い。薩摩の抜刀隊級の戦力を何処の国でも用意できるのがウリですね。欠点は大きい事と予算なんですけどねえ」

「ふむ。大きさと金がネックか」

 ゴーレムは死なないので、例え互角でも魔物より有利である。

しかも数をあらかじめ用意して投入できるために、命令できる魔法使いを守る戦力を揃えておけば大抵の魔物には勝てるのである。オーガやトロルと行った強い魔物と互角であり、騎乗型は技を使わせたり装備そのものがワンランク上なので、強化個体であろうと確実に勝てるようになるのが強みであった。しかし素材として大量の鉱物を使用する上に、大きいから積載量を圧迫するのが問題である。

 

「大きさというか形状の問題で中型船だと騎乗型ゴーレムを一騎と、その修理素材や武器を載せたら終わりですね。仮に吊り下げて無理やり運ぶことにしたら、人は乗せられます。問題はその数名を抜刀隊級の人間にしないのであれば、言う程の戦果は見込めないかと。もちろん強化個体が居そうな場所を探索するなら話はまるで異なります。飛行技術がそうであるように、出来ないことを出来る事は重要ですから」

 何度も議論した話だが、結論としては『そこまでやって何をするの?』となる。

強化個体を倒せるような人材がいない場合、騎乗型ゴーレムは非常に重要な戦力足り得る。しかし資金が掛かる上に、中型船レベルの飛行船に乗せると専門の形状の船倉にしてしまうか、さもなければ外に吊り下げるしかない。飛行船そのものが高価なので、二重に予算を掛けてまでするべき事なのか微妙なのだ。とはいえここで『意味がない』というのは憚られるし、啓治としてもあまり好みではない。ゆえに『そこまでやる意味がある目標があれば』と告げたのである。

 

「では上澄みの条件のみを重ねた場合はどうかな? 当家の武者の中でも腕利きを乗せるのだ。更に随伴するのは全員がその方が言う抜刀隊である」

「……そこまでやれば魔将クラスの魔物を倒せるんじゃないですかね? 勇者のパーティを雇う方が早いっすけど、勇者は基本的に一か所にしか存在できませんから」

「そこは相手が複数の軍団で攻めて来るとか、こちらが陽動込みで複数の船を使う場合かな? ともあれ説明助かるよ」

 思ったよりもヒートアップしているのか、それとも目標でもあるのか?

島津冴子は更に議論を積み重ねた。騎乗用ゴーレムに乗れば、誰でも強化個体を倒せるようになる。しかしその状態に更に条件を積み上げ、選ばれた強者を乗せて更に抜刀隊で周囲を固めるのだという。啓治は『そこまでやるの?』と半ば呆れながらも、そこまでやれば寄り戦果を稼げるだろうと口にする。そして信長が現実的な戦法を提案した所で、ひとまずこの話は打ちきりに成った。

 

「せや。試みに前田はんに聞いてみたいんやけど……。前田はんならどないな使い方をしますん? 別にゴーレムやのうて、自分のしたいことで構いまへんえ」

「……そうっすね。俺なら魔王の居城でも探しながら、気ままに冒険の旅でもしますわ。ゴーレムはむしろ援軍で欲しいっすね。勇者に来てくれとか俺じゃあ口に出来ませんし、偶然に見つけたとしてその近くの藩属国に強力な武士団が都合よく居るとも思えませんから」

 今井の質問に対して出たそれは啓治の本音であった。

彼としては仲間たちと共に冒険者暮らしを送り、その過程で魔王の居場所を探して功績でも得れば良い。そうすれば個人が安泰に暮らせる褒章と栄誉くらいは得られるであろうと思ったのだ。その上で、先ほどのゴーレム運搬の話を組み入れるのであれば、こんな風に使うと述べたのである。

 

 後に考えるとこれは大失策であった。

その試みが……ではない、ここで話してしまった事である。信長はともかく今井にも島津にも個人的な交流もあれば公の都合だってある。二人が喋らずとも護衛が買収されていたり、逆に慮って口にすることもあるだろう。何が言いたいかと言うと、建造計画の途中でのその案を京都組が持って行ってしまったのだ。

 

「いやー。まさかパクられるとは。あの場を紹介した俺の手落ちだよ」

「……迂闊に口にしたのは俺のミスっすよ。それに連中は探査計画もちゃんと作ってますし、基礎計画だけのこっちよりリキの入れようが違いやす。構わねえんでここは譲っといてくだせえ」

「すまないね。これ以上は謝らないでおこう。その代わりに……」

 京都組が提出した探査計画の前に信長も啓治も開いた口が塞がらなかった。

所詮は初期に建造する枠の1つに過ぎず、魔王の拠点探査の旅に出るとはいえ確実に見つけられる保証などはないのだ。ただし考えてみれば松永譲治の襲撃で王都組はマイナスだけを被っているが、熱田組は元の力を取りもどすどころか、それ以上の活躍を見せている。体面的にもプライド的にも王都組がこちらの計画を奪いに掛かっても不思議ではないだろう。

 

「今井・島津・織田の連合で資金を出して試験艦を一隻何とか仕立てて見ようと思う。そのデータは全てお上が吸い上げるけど、功績はちゃんと見ておくよ。試験船の建造も第二期建造の後番か、第三期分には代わりの船をねじ込んで見せる」

「そいつはありがたい仰せで。……つか、その路線だとまた一から設計し直しですか。佐久間センセは喜ぶだろうなあ」

 正直な話、初期の啓治としては面白い未来が見たいという程度の話でしかなかった。

飛行船は一周目の人生で知っており、今後に飛躍すると知ってるから選んだだけの事だ。それがいつのまにか話が大きくなり、今ではどうやって手に入れる船を確保しようかと悩む始末である。信長が保証してくれたが、あくまで試験艦の功績次第。全からの流れから見ると島津だか今井だかに乗せられたような気もするのだが……。

 

(なんだ? 思ったよりもムカつくな。一度死んだ身で熱くならねえのが俺の信条だと思ってたんだが……)

 不思議な事に、怒りと笑いが同時にこみあげてきた。

冷めた目で第二の人生を眺めていたのが、急に鉄火場に乗り上げた様な躍動感と射幸心を覚える。松永譲治との邂逅で、命の危機を覚えた以来の高鳴りであった。

 

「確認するけど、不満かい?」

「上等っすよ! あいつらに吠えずら掻かせてかせてやりまさあ!」

 こうして一度チャンスを奪われた啓治は、別の機会を経て羽ばたくことになる。




 と言う訳でライバルも船を手に入れましたが、主人公も手に入れます。
順当に行くと面白くないので代わりに試験艦を手に入れると言う感じですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな可能性

 思わぬ横槍で冒険の機会を奪われた前田啓治だが、ここで思い直すことにした。

第一期の飛行船建造は技術検証や運用試験の面が大きく、船体の構造や機能関して洗練されているとは言い難い。既存の船を流用すれば堅牢ではあるが、それでは輸送力と言う意味で万全ではないのだ。かといって必要な能力を持つ建物をそのまま浮かせたような形状では、船型以上に飛行性能が微妙になるのだから。

 

「スポンサーの意向でゴーレムを載せることを前提にするが、一番重要なのは船にどうやって載せるかだな。強引な方法としては吊り下げる、甲板に乗っけるだが……正直こいつは非常手段にしときてえ。もちろん船倉に横倒しってのはもっとありえねえけどな」

「私たちが鳥型ゴーレムに乗る見たいな感じでいいんじゃない?」

「普通の船の先端に座るとか、船に後ろから抱きつく感じはどうかな? 荷車だと思って椅子みたいなのに座るか、抱きつく場合は後ろに蓋をするんだよ」

 反省を活かして初期案に関して啓治は身内で相談することにした。

柴田晶子や木下勝平と相談し、叩き台としてある程度は練ってから提出することにしたのだ。王都組の方を優先されたのはコネの差もあるが、基本計画の洗練度に差もあった事も大きいだろう。『運用試験が必要なので開発者が自分で試し、その欠点を詳細に把握する』と言う程度では少しインパクトに薄かったのである。あわよくば魔王の拠点を探すという部分をアイデアを丸パクリされたことでインパクトはさらに下がったとも言える。

 

「前に座る場合でも蓋ってのは良いかもな。小さい船だと上に乗るっきゃねーが、前か後ろに座るのはありかもな。他のアイデア次第で採用するとして、後は載せたい機能か。何があるっけ?」

「攻撃魔法の発射装置の他は調査用の探知装置かしらね? 何処に積むのかって話にもなるけど」

 晶子が採用を求められている部分を端から紙の上に書き起こす。

実験的な要素は色々あるが、問題点となるのは船の大きさがあくまでサイズ2の中型船であるということだ。このサイズ2は一般的に各地の工房で用意できる大きさであり、作業する魔法使いがそれなりの人数が居れば建造できるという規格になる(なおゴーレムは3m~)。だからこそ実験による検証が重要であり、成果を得られれば大きいカテゴリーと言えるだろう。

 

「いっそのことイコールの入った伝導菅を降ろす? 船の錨みたいにさ?」

「そうしたいのは山々だが、万が一にでも壊れたら大変だぜ。敵がうようよ居るような場所で探知魔法を使うつもりはねーが、岩場の中を飛ぶことになるし、隠れてる魔物ってのは何処にだっているもんさ。攻撃魔法を放つ装置が探知魔法も増幅してくれれば一番楽なんだけどよ」

「無理よ。鳥型ゴーレム使うか、現地に冒険者降ろす方がよっぽど早いわね」

 勝平の言葉に頷きかけた啓治だが、最新の魔法装置には一長一短がある。

魔力の伝導性を持つイコールはあくまで、水を錬金術で錬成したものだ。それゆえにパイプが破れたらドバドバと流れ出てしまう。また攻撃魔法を投射するための装置は魔法陣を専門化してシンプルにまとめた存在である。熱田学院など各研究機関が所持している、汎用性の高い拡張用魔法陣とは違うのだ。以前に何度も記述した『お仕着せの魔法ゆえの汎用性』を残したまま、装置の方で特化するという裏技を使ってしまった弊害とも言えた。

 

「ではさっきの『蓋をする』というアイデアの延長上で行くとかどうかな? 同じ場所から冒険者や鳥型が出ていくんだ」

「冒険者はアリだし、鳥型を載せる事自体は良いと思うぜ。どうせゴーレム修理できる人間を載せなきゃならんし、冒険者の方がゴーレムより小さいからな。問題は鳥型を載せるなら、空中で合流できるようにしてえなあ。そうすりゃ調査への自由度がダンチだ」

「二人とも無茶苦茶言うわねぇ。さっきまで場所が無い無い言ってたのは啓治でしょうに」

 ここで晶子が筆を止めた。二枚目の紙を取り出し問題点を指摘する。

一枚目の紙は要求された事と、その搭載自体が可能だという相互関係だ。紙面の上では魔力の強化・充填・伝導に問題はなく、重量・スペース的にもなんとかゴーレムも鳥型ゴーレムも搭載できる。冒険者も乗れるしギリギリの人数にはなるが数名がゴーレムの修理や飛行船を運行する者と研究者を兼任すれば何とかなりはするだろう。しかし形状と耐久性の問題は残ったままなのである。

 

「いい? 蓋をするなら普段は落ちないし、やろうと思えば整備も出来るでしょうよ。でも大きさにも形にも限界があるの! ゴーレムは座れば行けるし鳥型も仕舞うだけなら『どっちか片方』だけなら大丈夫。でも両方は無理だし……地上ならともかくこんな小さな場所に空中で仕舞えとか私には無理だからね?」

「あー。うん、そういやそうだなあ」

 先ほど啓治が船倉にゴーレムを寝かせる形式は駄目だと言った。

それは飛行船が普通の船を浮かばせる形であろうと建物型であろうと、横穴なんか作ったら船底が潰れてしまうか、さもなければ支柱込みで出し入れし難い形状に成るからである。そして実現したとしても小さな箱のような空間に翼をぶつけずに入れと言うのは少しばかり酷であろう。鳥型ゴーレムに慣れた晶子でも難しいならば、飛ぶことを覚えたばかりの者には至難でしかない。

 

「晶子お姉さん。要するに別の場所に仕舞う場所を作って、修理する魔法使いだけ同じ場所で出来るような……ってことですか?」

「そうなるわね。修理せずに回収するだけというなら全部別の場所でもいいけど」

「そいつは旨くねえなあ。いっそ鳥型を載せる船は別で……。いや、それなら最初から無しにして次の計画に入れた方がいいな。うん? 次ので試してその次で混ぜる? ちょいと待てよ」

 丁寧な言葉に改めておっかなびっくり尋ねる勝平に対し、啓治はあくまで我が道を行った。

その上で自分も紙面を二枚取り出して、それぞれにラフ画のスケッチを始める。一つ目は建物型の飛行船の前面にある椅子を設置し、そこに腰掛るゴーレムを描く。そして二枚目は普通の船からマストを取り除いて浮かせるタイプの飛行船である。

 

「なんか良いアイデア思いついたの?」

「そういう訳じゃねえが……こっちをメインにやるなら順番はこうだよな。まずでっかい甲板のある飛行船に鳥型を止めれるようにして、余ったスペースにゴーレムを載せる椅子を取り付ける。そんで不便だと思った形状を修正する。しかしこれじゃ設備が積めねえから文句が出る」

「それがどうしたの?」

 今は騎乗型ゴーレムをメインに考えるから悩ましいが、鳥型メインなら一発で来まる。

鳥型を載せろと言う発注ではない為、このまま提出したらダメ出しを受けるだろう。佐久間教諭の作った最新型を載せるという前提が無ければともかく、現在は既に試作品からフィードバックして新型を作っている所なのだから。

 

「ここからが本番なんだが……。文句を言われる理由としたらゴーレムを修理したり出撃するための設備が載せ難いからだ。しかし鳥型ゴーレムに必要なのは、慣れた奴なら誰でも着地できる広さの甲板なんだよな。別に建物型で天井が広い場合でも構わねえわけだ」

「最初からくっつけて設計するわけ? 構わないけど建造し難く成るか、すっごくアンバランスになるわよ」

「また大きなゴーレム……今度は船型から始めるの? そりゃゴーレム直せる人が乗るから何とでもなるだろうけど」

 此処で問題になるのは、未知の形状であるとバランスが大きく崩れる事である。

既存の船であろうと建物を浮かせるタイプであろうと、そのまま浮くような設計にしてしまえばよい。全体を持ち上げるだけなのでバランスを保った構造ならば、浮遊呪文で問題なく浮かせることはできる。そこから飛行呪文で任意の方向に移動するだけなので特に経常的な問題は生じてなかった。せいぜいが有用だとされた追加パーツを付け加える時に慎重になる程度であった。

 

「いやな、くっつけて設計するんじゃなくてよ。浮かぶだけの小さな船を、中くらいの船が引っ張るのはどうよ? さっき勝平君が言ってたろ荷車みたいな感じで座るって。なら馬と荷車分けちまえば良いんじゃね?」

「「あ」」

 魔力の充填装置にも強化装置にも限界がある。

一定以上のサイズの物体を浮かせて飛行させるのに限界があるのだ。それゆえにサイズ3以上の大きな船は、それら魔法装置に組み込まれた拡大術式用の魔法陣自体がとても大きい。それゆえに大きさの問題が出るのだし、建造に必要な魔法使いの数も相当な人数を要するのである。しかしこの方式ならば、中型と小型……それでは性能が足りない場合でも中型と中型で行けそうではある。

 

「待って待って! 二つ以上の『炉』とか魔法装置を連結させようってわけ?」

「……違いますよ晶子お姉さん。この場合は完全に別物で、後ろの方は本当に飛ぶしかできないし、操る人材も必要になる。でも連結はしないって事……だと思う」

「ま、そんなところだろうよ。ついでに言うと浮力オンリーのゴーレム運搬用の小型船と、そこそこの浮力と魔法攻撃装置を運ぶ小型船は別々に作ってもいいかもな。上手く行ったら中型に統合する感じで」

 なにが良いかと言って、この方式ならば牽引用の飛行船は今までとあまり変わらない。

その上で倉庫を兼ねた小型船を切り替えることで、色々な実験が出来るだろう。もしバランスがおかしくても普通の船として使用できるので、どこがおかしいか問題が判るまで訓練用にでも使えば良いのである。

 

こうして飛行船を作る際の第三の形状として、荷馬車方式が作られるようになったのである。悩みに悩んだ挙句であるが、一周目になかった存在を作り出せたことに啓治は解放感と達成感を覚えるのであった。




と言う訳で機動母艦の設計です。
アニメ知識でもあればガンダムやダンバインでも参考に出来るのでしょうが
そういうのはないので苦しみながら設計。なぜか合体方式が先に完成するというオチです。

なお比較し易い現代の船で言うと、中型船はフェリーより一回り小さく
ゴーレムは少なくとも3m、座っても2mくらいあるからですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

GO WEST!

 荷馬車方式をモデルにした飛行船の建造には良い面と悪い面があった。

悪い面を先に言ってしまうと、試作品を牽引する時に何度もぶつけて壊しそうになったのだ。低速でこんな状態ならば高速飛行したらどうなるのかと一時は本気で危ぶまれていた。逆に良い面で言えば、多機能を詰め込み過ぎた飛行船とと違ってシンプル化したことで様々な装置の完成が早まったのである。飛行能力を削って浮かぶ機能だけ、飛ぶ機能の代わりに魔法攻撃の設置など少しずつ別の能力を試せたのである。

 

「結局、本当に荷馬車みたいな感じになったわね」

「鎖で引くよりは複数の支柱で固定した方が確かってことだわな」

 荷馬車型自体の完成は早かったのだが、牽引方式で完成が危ぶまれた。

何が問題だったかと言うと、浮遊だけだから問題ないだろうとされた荷馬車側の方が馬側である牽引する為の飛行船に何度もぶつかる事であった。では普段は接着すれば良いかと言うと、複数の炉心とソレを操る魔法使いの管理が面倒になり、バランスが壊れる事からその調整に腐心していたのだ。最終的に支柱を何本かで固定することにして、その最適解を割り出すのに時間が掛かったのである。

 

「この方式でやったらドンドン長く造って大きな飛行船よりも運べるようになるのかしら?」

「どーだかな。理論上はそうだが、魔法使いの数が流石に足りねえだろうよ。人足や案内人を提供してる野武士たちからすりゃあ、そのほうが喰いっぱぐれながくて良いんだろうがな」

 現在判っている必要なコストや魔法使いの数を柴田晶子が見比べる。

紙面を熱心に覗き込む彼女へ前田啓治は肩をすくめて牽引する飛行船の方を眺めた。支柱を増やしたことでパーツは増えたが、牽引するために強力な炉心を積んだこと。そして現時点では火の魔法をマスタリーまで上げた魔法使いを常駐させられるから問題はない。むしろこの試験型よりも、量産品化した通常の出力で何処までのに荷車型飛行船を運べるかが重要であろう。少なくとも啓治が手に入れる予定の飛行船は、こんな贅沢な仕様であるはずがないのだ。

 

(それはそれとして……。今をタップリと愉しまなくちゃな)

 啓治は一周目の人生に存在しなかった物を作れて満足はしていた。

しかしこのままでは自分の手を離れることは理解していた。その時の覚悟をしたり準備をするのも当然だ。しかし『必要に合わせて動く』だけではなく、この瞬間を愉しむことを覚え始めていた。おそらくは彼の人生で今以上に発言力が大きくなる事はないだろう。魔王軍との戦いで貢献したとしても、勲章やら褒章が増えて終わりなのだから。そして何より、せっかく二周目の人生なのだ。必要に合わせて動くだけではつまらないという物だろう。

 

(とはいえここから何をすっかな? 憧れのマドンナもお姫さまも俺の手の中にはねえ。魔王軍との戦いもまあ、この飛行船でそこそこは貢献できるだろうよ。だが暴れまわるのは普通じゃあちっと難しいわな。だったら……他で補うっきゃねえ)

 荷車型の飛行船で輸送すればおおよその物を運べるだろう。

何も自分が強い必要はなく、上手く強力な冒険者なりゴーレムでも運べば良いのだ。設計する前は面倒しかなかったゴーレム運用という前提であるが、魔王軍との戦いを貢献するには悪くないだろう。そして今だけならば発言力がそれなりにある、ならば今のうちに最大限に行使するべきではないのか?

 

「何考えてるの?」

「完成したらどこ行こうかなってよ。武田が動いてなきゃ伊勢方面か越で決まりだったんだが」

 ゴーレムを運用する飛行船を作れと言う命令で、それの試験運用を行うのは確かだ。

しかし目先の目標である伊勢方面にある長島は、既に武田家との交渉によって出兵が決まっている。飛行船を用いた大々的な戦闘の訓練でもあり、今更になって新型船の投入など余程に不利な状況にでもならなければ認められないだろう。おそらくは越方面への出兵も、その成果を踏まえて順次行われるだろう。織田家だけの伸長など認められるはずがない。

 

「なら西なんじゃないの? 水軍を整えてる安芸とか、佐久間先生と結婚する島津の女武人だったレイさんだっけ? あの人の送り迎えで」

「そんな所かねえ? そのついでに怪しげな場所があれば調査したり戦ったり……でもどうせならベストメンバー揃えて見てえなあ」

 それはちょっとした稚気だった。

現在が啓治の第二の人生における全盛期であろう。借りて来れる火魔法の使い手以外にも優秀なメンバーを率いて遠出してみたい、出来るならば冒険してみたいという気持ちもあった。もちろん効率だけを見るならば、次に研究に取り掛かるなり、コネを作るために行動すべきなのだろうが……。

 

「俺と勝平が風、明が水、呼んで来る奴は火なのは決まってるよな。ほかに居たらおもしれえとなると地じゃなくて……。決めた、ちょいとそこまで行ってくる。そこってそこだよ。そこで研究してるあいつが居るだろ。ちょいと口説いてくる」

「口説くって、ちょっとどういう事よ! 待ちなさいよ啓治ってば!」

 啓治は現時点で揃って居る魔法使いの属性を考慮した。

風使いが居れば移動力や重量にはかなり改善される。水魔法があればイコールの劣化は改善される。地魔法の使い手が居れば補修は楽になるが、現状ではマスタリーで揃える必要性はない。そして炉心を活性化させる火魔法は、実験の問題を穴埋めするために他所から回されてくる事に成って居た。ならば考えることは僅かだ。

 

今から地魔法の使い手を自分で探すか、さもなければ光なり闇魔法の使い手を探すことだ。もちろん火魔法の使い手で気心の知れる相手が居るなら、それでも良いのだが生憎と晶子の兄である柴田哲章くらいしかいなかった。そして彼は研究者として脂が乗っている時期であり、魔法に関して織田家での相談役として名前を挙げる必要のある時期であった。

 

「あ~け~ち、クーン!」

「な、なんですか? なにか御用で?」

「おう、御用も御用。せせこましくスパイやってるのも疲れない? どうせなら俺たちと一緒に遊びに行こうぜ。どうせ京都の連中もお前さんの忠誠心を疑ってんだろ」

 あろうことか啓治は明智彰を口説きに掛かった。

研究スパイとして活動を余儀なくされている状態であり、誰からも信用されない可哀そうな立場……。かと思えば器用に織田家にも入り込んでいるという底知れない男であったのだ。そんな男を飛行船のクルーとして迎えたいという。

 

「正気ですか?」

「正気も正気だっつーの。つかよ、君は確か闇魔法が得意だったよな? 俺らのメンバーに欲しかったんだよね。後よ、お前さんがスパイをしてると熱田でも困るわけよ。京都に情報筒抜けだしな。そういう意味で俺はお前さんの力を得れる。織田家は情報を抜かれねえ。お前さんも一応は最新情報を得られるぜ? 最前線になるがな」

 ふてぶてしい啓治の言葉に流石の明智彰も驚いたようだった。

彼としては世渡り上手とはいわずとも、ミステリアスに織田家と京都の中間で渡り歩くつもりだったのだろう。油断ならない男ではあるが、逆転の発想で言えば彼は利益に成る間は裏切らないと言える。そして最新の研究である荷馬車方式の飛行船に置ける運用データは確かに有用な情報であると言えた。

 

「……面白そうではありますけどね。ボクの一存じゃ無理ですよ?」

「OKOK。俺の方は構わねえから、ジックリと話してていいぜ。お前さんだって落っこちて死にたくはねえだろ? そういう任務だけは受けねえようにしといてくれや」

 こうして啓治の道行きに新しい仲間が加わった。

今までならば到底在り得ない相手であり、織田家でもその才能を敬して遠ざける相手であった。しかし彼を積極的に巻き込むことで、魔王軍を仮想的として、敵の敵は味方の理屈で利用したおそうという事に成ったのである。

 

そして一同の出向先として島津家の本拠であり薩摩・大隅方面への往復。並びに途中で滅びた大友家の遺臣を助けると言う事に成ったのである。




 と言う訳で試作品の荷馬車型というか、合体型がどうにかこうにか完成。
魔王軍との戦い対して、馬鹿みたいな予算が加わったことで建造されました。
未完成ながら試運転と言う感じですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

筑紫島救援作戦

 飛行船建造の第二期後半にてゴーレム運搬型運用試験が行われる。

それは何時しか連結型の飛行船と化しており、そこで生まれた可能性に対してさらに資金と……より一層の人員追加が行われた。そんな中で一つの報告と、それに応じた新規の命令がくだされた。重要なのは研究者に対する要請ではなく、命令であることだ。

 

「大友家が滅んだ? 前からそんな感じじゃなかったか明智君?」

「再建不能になったそうですよ前田さん。元もと大友家には大内家という強力な縁戚が居て、お互いに分家として有事には子供を送り合っていたんです。それが大内家も壊滅してしまい、大友家に送る人材が枯渇したらしいですよ? ボクも人伝なんでそれ以上は不明ですねえ」

 計画では薩摩に向かう事に成って居たのだが、様相が大きく変更された。

目的地は筑紫島南部だが、北部にある貴族家の大友家が滅びたとの事だ。貴族家としては滅んだとしても、そのままでは遺臣たちが旧主の家系から誰かを推戴して復興するものだ。また王都で領地を持たぬ貴族としてやり直すことも出来る。その上で縁戚の大内氏が強力な援助可能な為、戦力を借りてやり直すことは幾らでも可能であった。それゆえにこれまでは本拠を魔物やら貴族間抗争で奪われて居ても、滅んだという表現ではなかったらしい。

 

「どうして急に……。まさか魔王軍が本当に復興したって訳?」

「まっ、そういう事だろうよ。……大友だけじゃなくて土岐家とかも滅んでたわけだし、そういう意味じゃ元から滅びて無かった。再び力を盛り返したって言うべきなんだろうがな」

「いよいよという事ですね。流浪していたボクから言わせてもらえば、今更かって気もしますけど」

 前田啓治と明智彰の際に柴田晶子が首を挟んだ。

本人としては質問のつもりなのだが、もはや確認事項に過ぎまい。此処に来て貴族家が急に滅ぶなどそうそうあるはずないのだから。そして重要なのはここからの話であろう。なぜならばこれからの進路に影響を与えるのは間違いがないからだ。

 

「んで命令としちゃどうよ。話くらいは小耳に挟んでんだろ」

「筑紫島南部にある薩摩へ直接海上を飛ぶのではなく、島を横断して生き残り勢力を救援。不可能ならば大友家にゆかりの者を回収して情報ともども届けろと言う所じゃないですかね? そこには西国無双と呼ばれた猛将が居るんで、特攻してなければ生き残りが匿われている可能性はあるんじゃないかな」

 筑紫島は大きな島で、おおよそ九のブロックに分かれている。

最初の頃は南部三分の一を島津家とその縁戚が抑え、北部三分の一を大友家が抑えていた。これが魔物の被害やら貴族間抗争で減ったり増えたりして、島津家はすり減っていたが旧勢力を回復し、逆に大友家は壊滅してしまったという事に成る。

 

「なんだが漠然としてるわね」

「どう考えるかも含めて試験運用って事なんだろうよ。その辺考えると、毛利家の辺りから斜めに海上を飛ぶ方が飛行船の価値を示せるわけだが……。まあそいつは帰り道で良いか」

 陸と海の両方を横断することで、考えられない行軍速度を出せる。

その事を示すのに、安芸の国から薩摩への斜め移動ほど判り易いルートはない。先行した飛行船も色々な行程を試しているが、ここまでの大胆な動きはまだ誰もやって居なかった。その事を残念に思いつつも啓治は頭を切り替える事にする。一周目の人生では研究室の中で『藩属国の幾つかが滅びた』としか聞いておらず、実際にその目で見るのは初めてだからだ。ましてやゴーレムを運用できる飛行船などその当時にあるはずも無く、文字通り歴史的な快挙に成るかもしれない。男子と言うのは浪漫に動かされるものだが中々に面白い局面ではある。

 

「あー。それはどうかなあ? 細川さんとか普通にやると思いますよ。自分が先に飛行船の力を世に示した……とか言って」

「……やりそうじゃあるが、そのくれえは譲ってやるよ。俺と違って功績争い必死なんだろうしよ。重要なのはこれから始まるクソろくでもない戦いをサッサと終わらせる事だろ。俺はこの先、十年も二十年も軍勤めなんざ嫌だぞ。適当な所で終わらせてとっとと自分の船と所帯もちてえところだん。なあ?」

「え、あ、うん。……じゃなくて!? あんた何さらッと言ってんのよ!」

 明智彰は王都閥の人間だが、土岐の旧臣でもある。

その辺りの問題で信用を得るために同じ王都閥の細川武人がやりそうなことを一応忠告して置いた。しかし啓治は貴族になりたいわけでもなく、程ほどに名声と報酬を得たいだけなのであまり気にして居ない。むしろ自分が時代を切り開くという感覚の方が重要であり、現時点でゴーレム運用で名声を博すことが判っている為のん気なものであった。晶子と犬も喰わぬ夫婦喧嘩を始めそうになるほどである。

 

「前も思いましたがその辺あまり気にしない人なんですね。……何というか運命の巡り合わせ次第であの事件も少しくらい変わったんでしょうかねぇ」

「そいつを言っても仕方あるめえよ。第一、お互いに知り合いになるタイミングなかったろ」

 歴史にイフというものはないが、もし松永譲治の事件の前に啓治と細川が話し合えていたら?

そうなれば犠牲は随分と減った可能性もあるだろう。しかし二度目の人生という奇妙な加護を持つ啓治ですら、仮に三回目があったとして細川と知り合う方法など思いつかないのだ。せいぜいが『罠として無数のモンスターが隠れている』と忠告を、何度も繰り返す位であったろう。だからこそ明智は残念がり、啓治としては苦笑せざるを得なかった。

 

「とはいえだ。周辺の貴族が兵を出したり、飛行船を集結させて何処かに戦力送るってのは誰かが考えるよな?」

「そうですね。実際に信長公は長島で活躍した兵士たちを休ませて、代わりに活躍できなかった兵士たちを載せて飛行船で送る計画を武田と一緒に考えてるそうですよ。美濃や木曽を先に安定させたかったらしいですけどね」

 啓治が考えたような作戦自体は誰もが考えるものだ。

周辺領主が援軍を派遣して、全国で行動中の飛行船が西を目指す。第二期前半までに建造された船の殆どは既に計画に組み入れられているだろう。後は何処かに着陸するのを待ってから、稼働中の船も当初計画を捨てて順次合流すると思われた。その意味では当初計画のままである、このゴーレム運用船の方が異質と言える。

 

「となるとゴーレムが無きゃ突破できない場所に切り込んで、ゴーレムが活躍している間に救出ってとこかね? 鳥型ゴーレムで飛行装備を降ろして飛んでもらう。傷付いて魔法を制御できねえなら一人ずつ回収っするってとこか。何往復かできるくらい無事なら問題ねえんだが」

「それは難しいでしょうね。どちらかと言えば現地の人が守りたい要人を回収して、その人を守らなくて済むようにする方が早いかと思いますよ」

 啓治が提案するのは強行突破で、明智が提案するのは要人救出だ。

せっかくゴーレムに抜刀隊クラスの達人が乗るのだ。オーガだろうがトロルだろうが簡単に蹴散らすことができる。上手く使えば強化個体を軒並み狩ることで、一気に戦線を押し返すことができるかもしれない。しかし明智の方はもっと悲観論であり、同時に守るべき要人が居ないことでフリーハンドを持てる事が大きいと提案した。要人というのが指揮して戦える大将ならば良いが、ただの足手まといである可能性は高いのだ。戦えない貴族を回収できれば、家臣たちは逃げ出すことができると同じ遺臣としての立場で告げたのである。

 

結局のところ、現時点では情報が不足している。現地に残る要人が指揮できる武人ならば啓治が言う方が正しいし、戦えない貴族であるかそもそも兵士たちが傷好いて居るならば明智の方が正しいのだ。もちろん別の要因で判断が変わる事はあるだろう。後は現地で決めようと、出港準備を整えていったのである。

 

「はーい、前田くんひさしぶり~」

「佐久間センセじゃないっすか。回されてくる火の魔法使いってセンセだったんすか? つーか研究はどうしたんですか?」

「いやねえ。戦うゴーレムを実際に目にしたくなっちゃってさ。あとーどうせ政略結婚するなら、挨拶も済ませて置こうってレイちゃんがね」

 合流が遅れていた火の魔法使いは佐久間教諭であった。

本来ならば研究職のトップであり戦闘やら実用試験に帯同するはずがない。しかしこの有事に現地でリアルタイムに解析と修理が行える事で抜擢されたそうだ。もちろん政治的に尾張も誰かを派遣する必要があるというのも重要だろう。また彼は飛行船の分野は協力者であり、ゴーレム科自体は量産体制に切り替わっているので、研究肌の佐久間教諭からすれば面白くなかったのが大きいと言える。

 

「お手数を煩わせて申し訳ありません」

「いえいえ。佐久間夫人。今回は私事よりも公務っすからね。多少無茶な着地してもお二人が居れば修理も早いし、何とかなるっしょ。そういう意味じゃ心強いばかりっすよ」

 こうして思わぬ人材を加えて啓治たちはゴーレムを運びながら筑紫島を目指すのであった。




 と言う訳で新しい目標に向かってゴーレムを運んで行くことになります。
感覚的にはダンバインとかガンダムなど、ロボット物で試作機を運ぶ船。
まあ運ぶだけで大事業なので、後は活躍できるかの話ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狙うべき目標

 九の州を構成する筑紫島への旅路。

一同はちょっとした運用試験を行いながら王都圏の南を横切った。王都の上を飛んで抜けるのは失礼だから遠慮したのと、仮に実験で問題が起きても問題が無いようにと言う配慮である。

 

「アァ~! ゴーレムがああ!」

「荷車側ごと落とすのはともかく、ゴーレムを降ろすにゃ割りと高度を下げんといかんですね」

 ここに至るまでに実験したのはゴーレムの降下展開だ。

連結を解除して牽引していた浮遊しかできない飛行船を降ろすのは、モタモタしている上に魔法使いが操作し続ける必要があるというのが問題だった。そこで少しばかり速度と高度を落としてゴーレムを直接降下させたところ……足が見事にへし折れてしまったのだ。もし配慮せずに高高度からおとしていたらどこまで破壊されて居たか分からない。

 

「ゴーレム大丈夫かなあ。もげてないから魔法で直せるけど、基礎部分に問題出てたらやだなあ」

「佐久間先生。ちったあ奥さんの心配をしたらどうです?」

 ゴーレムと言う物は魔法で『一定ルールの構造』に収まるように設計された物である。

それゆえに魔法を掛け直したら割りと簡単に元に戻るのだ。作成用の魔法よりも強度を上げなければならないが、そこはゴーレム科を率いる佐久間教諭である。渾身の傑作であろうとも、部下と一緒に作った時よりも強度を上げるのは問題が無かった。

 

「余計な心配は不要ですよ前田さん。ですがスムーズな降下戦術の立案は必要ですわね。生身よりもこのゴーレムは強いのですから、必要なのは心配では無くその方法です」

「だよねだよねー。さすがレイちゃん判ってる~。とりあえず気になる問題はないと」

(この夫婦……ずれてるけど、妙な所でぴったりなんだよな。これが破れ鍋に綴蓋ってやつか)

 佐久間夫人の方は騎乗型ゴーレムの運用に可能性を感じているらしい。

聞いたところによると彼女は抜刀隊の中でも中堅どころであるが、その能力を向上させるゴーレムに対して注目している。もちろん個人戦から逃げるという意味では無く、頭が柔らかいからこそ人間では不可能な戦術を編み出してみたいのだろう。その方向性が操る事が出来るゴーレムと言う未知に向いているのと、佐久間教諭がゴーレムの発展に夢中な事で、この二人は奇妙なところで話が合うのである。

 

「ひとまず回収して移動を再開しましょうか。この後ですが……スケジュールに遅延が無い程度でならまた実験しても良いかとは思います。たびたび留まるとか、修理や補給のためにどっか寄るレベルなのは無しっすよ」

 佐久間たちの方が立場は上なのだが、船長を務める前田啓治は釘を刺しておいた。

でなければ無制限にアレがしたいコレがしたいと言い出しかねないところがある。どうせ止めても無駄ならば、『スケジュール重視』とだけ伝えておけば良いだろう。何かあってもスケジュールに問題が出るならば許可しないと言えるのだから。

 

「よーし! そうと決まったら……ねえねえ、なんか面白いアイデアないかな? 上手く行ったら向こうでも助かるでしょ!」

「そういうのは勝平の方が得意っすね。まあ今は動けませんけど。明智君は何か思いつくかい?」

「ボクも仕事中なんだから降らないでくださいよ。まあ素材をミスリルなりオリハルコンにするぐらいですかね」

 なお飛行船の運用では作業に人が採られることになる。

この船は割りと人数が居る方だが、それは連結しているからこそだ。牽引する側に多くの人を割きつつも、連結している荷車側にも数名の魔法使いが必要なため木下勝平や柴田晶子たちは身動きできないでいた。もちろん何の実験も削ない時は佐久間たちゴーレム関係の魔法使いが一部の作業を変われるのだが。

 

「ミスリルで軽くするか、それともオリハルコンで全部強化ねえ。まあ順当な所だな。今回はどうしようもないって意味じゃ同じだが」

「と言う事は前田さんも似たような意見なんですか?」

「まあな」

 啓治と明智は二人で荷車側の飛行船を調整しながら論議を続ける。

研究自体は嫌いではないし、現時点では魔法装置の調整以外に何もできないからだ。真剣に話し合うというよりは、馬鹿話をしながら使えない手段について確かめ合うというべきだろうか。

 

「前に抜刀隊の中でも腕利きを鳥型ゴーレムに乗せたことがあんだよ。連中、アホみたいな高度から敵の上に直接降りやがった。それで思い出したんだが、飛行用の装備じゃなくても衝撃を和らげることが出来れば降りるだけならいけるんじゃないかってな」

「そういえばそんな報告を見たことがありますね。降りる専用の魔法の開発なんて効率が悪いとか言って立ち消えになりましたけど」

「それだよそれ。魔法じゃ無くてよ」

 墨俣攻防戦で見聞きしたことを伝えると明智は何のことかを理解した頷いた。

啓治は飛行船との往復や緊急脱出用に飛行の呪文が使える装備を用意している。しかしそんな物が無くとも、降りるだけならば可能な方法は幾らでもあるのだ。明智が言うように既存の魔法を加工して、強化できない代わりに無事に着地できる魔法を開発するかどうかを、研究室では議論したことがあった。彼が言うようにその段階では立ち消えになったのだが。

 

「ゴーレムの運用を目指して研究するんじゃないです? 浮遊魔法も荷車側用に調整しようとか言う話もありましたけど」

「そもそもゴーレム自体も吊り下げようって話を最初に出したろ? アレだよアレ。ゴーレムを吊り下げる鎖で少しでも地面に近づきゃ良いんじゃねえか? もちろんあのゴーレムのへし折れた足の代わりに、砕ける偽もんの足でも良いけどな。さっきの話だと強化個体のラミアの代わりだな」

「あー」

 現在行っている実験の高度はゴーレムが壊れる境界線であると仮定する。

この高度なのは飛行船が壊されそうにない範囲であり、ゴーレムのサイズであれば壊れないかもしれないと過去例から判断したからだ。実際には降りた衝撃で足がへし折れてしまうので、もう少し下がるか何らかの工夫があれば問題ないと言える。もちろん佐久間夫人が衝撃軽減する為に受け身を行ったのならば、彼女以外が行うならばもっと工夫が必要ではある。

 

「ツー訳であと何mか分の工夫がありゃあいけるんじゃねえかと思ってな。とはいえこのまま移動を続けるとしたら、少し難しくはあるんだが」

「……そうでもないんじゃないですか? 途中の町で伝令を出して、寄る事を決めている『鞆の浦』で回収する手もあります。そこで無理だとしても、鎖くらいなら筑紫島でも出来るんじゃないでしょうか? まあ内容にも寄るんですけど」

 一同は王都圏を抜けて安芸の『鞆の浦』を目指している。

そこは水軍拠点の一つであり、西部における水軍関係の集合地点に成って居る。その昔に王都が陥落しかけた時に、脱出候補の一つであったことからかなりの整備がされていたのが大きい。その場所で補給を行う事に成っている他、最も新しい情報を仕入れる事に成って居た。

 

「その辺は佐久間センセと話して思いついたらかな? あの人が作成できる範囲じゃなきゃ、どのみち作れねえしな。それに筑紫島の状況次第でもあらーな。情報手に入る?」

「そうですね。……前に言ってた丘と海峡横断の話を細川さんに譲っても良いなら、少しくらいは譲歩してもらえると思いますよ。問題はその辺の交渉が相手の機嫌とバランス次第なんで面倒なんですけど。あの人って他人を利用したりされたりするのは好きな癖に、借りを作ったりが嫌いなんですよね。哀れにも思われてるみたいだとか」

「なんか面倒な性格だな。素直に受け取ってくれりゃあ楽な物を」

 あくまで明智の見立てであるが、細川武人は兄の兼人と比較されて育った事が原因らしい。

優秀なのに何をやっても兄の下位互換であるとされ、兄やらその周囲からお情けで色々と施しを受けていたと信じて居るそうだ。だからこそ取引でつながった相手を操り、お互い様であるが、その一歩先に……自分が上に立っている事を何よりも求めているというそうだ。大好きなのは他人の功績や名声を奪い取り上回る事であり、啓治の『別に要らないからやる』という姿勢とは相性が悪いとのことだ。

 

「んじゃあ適当な条件で交渉しといてくれ。こっちは筑紫島で誰を助けたら良いのかを知りてえ」

「他に何か欲しい物とか、逆に欲しい物とかあります? 幾つかあれば調整し易いんですけど。できれば野心に溢れている方があの人は喜びそうですけどね。勝負して勝つ方が燃えるそうですから」

「野心ねえ……。そんなものがありゃあ……ああ、一つか二つあるわ」

 どうでも良い事だと頭をかいて誤魔化していた啓治だが、一つだけ狙う事があった。

それはこの世界の誰もが求める事の一つであり、誰が行っても良い内容だ。だからこそ判り易い目標であると言える。

 

「何です?」

「魔王城を探すのに手伝ってくれと伝えてくれや。心当たりはあるから、苦労と危険の配分を話し合いてえとかな」

「……了解です」

 それはあまりに判り易く同時に困難を想起させる。

危険であり魅力的でもあるからこそ、明智も真意を測りながら頷いた。

 

そして旅を続ける中……大友家の遺臣の中で、高橋家から同じ遺臣の家系に嫁いだ女将についての情報がもたらされた。嫁入りした家の名前を名乗り、立花李依というそうだ。まだ少年である当主に代わり、遺臣団を取りまとめているという。




 と言う訳で目標の選定です。
戦国物で言うと九州に行って立花・高橋家を救いに行く感じですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

情報交換

 西へ西へと飛び一同は内海に存在する、水軍の一大拠点である『鞆の浦』へと到着。

細い路地だけで構成された陸側と、無数の入り江に隠れた小舟による防備網。それらを無視して飛行船は町の郊外へと着陸する。そこには先行して到着していたと思わしき、別の飛行船が停泊してあった。

 

「やあやあ。よく来てくれたね。ボクの領地じゃないが懇意にしている貴族の持ち家なんで、羽を伸ばしてくれる分には構わないよ」

「そいう事なら補給と乗組員への酒を頼むわ。俺らは酒よりも別のモンが欲しいけどな」

 待ち構えていたのは京都組の細川武人である。

彼は第一期生産の飛行船を確保して貴族間の情報を集めたり、軍事提携の橋渡しを行っていたらしい。前田啓治たちの来訪を受けて情報交換の為にこの鞆の浦で待っていたとの事である。

 

「もう商談かい? せっかちなのは得をしないけどねぇ」

「俺は貴族じゃねえよ。駆け引きは交渉以外の所で勝負さ。あん時だって俺の言う事は嘘じゃなかったろ? お互いに信用を持てたらもっと違った結果だと思うがね」

「……」

 交渉ごとで優位に立とうとする細川に啓治は直球で返した。

松永譲治の起こした事件を引き合いに、自分が持っている情報網や予測能力について説明。あの時に予測は正しかったが、細かい情報交換を行っていなかったために、松永が用意したトラップであり戦力の一部でお互いに追い込まれたのだと皮肉ったのだ。これに対して勇み足で突っ込んでいった細川としては渋面にならざるを得ない。

 

「……こっちだ。前もって防諜対策はしてある。そっちの情報は確実なんだろうね?」

「下剋上が起きて魔王が入れ替えつーオチがなきゃ問題ねえさ。今まで見つかって居ない以上、十中八九はそっち方面だと思ってるがね」

 縁のある貴族の持ち家だが、全てが万全ではない。

細川はどの部屋であれば秘密裏に話し合えるかを事前に調べ、緊密な話合いをするつもりであったのだろう。本来であれば恩を着せたりしっつう、啓治の持つ情報を少しずつ引き出そうとしたに違いない。彼本人としてはそちらの方が好みなのであろうが……。

 

「まずはそちらが確保すべきターゲットの情報。そして周辺状況を後から渡す。その中間でそちらの情報を寄こしてもらおうかな。正式な返事と調整はお前たちが生きて帰ってからにする」

「構えねえが勝手に移動するなよ? 今んところ無事に辿り着けるかも怪しいからな」

 細川と啓治は狭い部屋へと移動していった。

明智彰や柴田晶子は別件で一緒に行動することで、お互いに見張り合っているという態勢だ。もちろん明智以外にも細川がスパイを用意している可能性はあるが、細川自体があちこちを飛び回っているので、可能性は低いと思われた。また居るとしても、別口の情報収集に駆けまわっているだろう。

 

「君らが確保すべきは高橋……いや立花李依という女だよ。最近になって高橋家から立花家に嫁入りしたんだ。資料は読み終わり次第に破棄してくれ」

「……随分と歳が離れてんなあ。政略結婚つーたらそんなものかもしれねえが」

「ああ、それには理由があるのさ」

 細川は椅子に座ると小さな机の上に二枚の紙を放り投げた。

一枚目には一人の女のプロフィールと簡単なスケッチが描かれている。そこには大友家の遺臣団の中で、主絵の血が入っている数家のうちの一つである高橋家の出身であること。女だてらに部隊を率いて魔物相手に有能な戦績を上げている事などが記載されていた。

 

「知っての通り大友家と大内家は縁戚があり、お互いに支え合う本家と分家の態勢を入れ替えながら何代も続けている。大内家まで潰れてしまうまでは、何代か前に姫が降嫁して血を受けた程度の家臣団には継承権など無いも同じ状態だったんだよ」

「なるへそ。大内家から誰も養子にやって来れない。立て直せるか怪しい大友家よりも、まだ潰れ切ってない大内家の方が大事だと」

 この二つの家は同格であるが、ここから立て直す余力は違う。

本城を落されただけで奪還すればまだ大丈夫だと言える大内家に対し、大友家の方はこれから勢力を立て直すところからスタートである。また本来の関係を考えれば、大友家の方が立て直した後に声をかけて、血の交換からやり直しても良いくらいだと踏んだのであろう。

 

「そういうことだね。そこで遺臣の中で部門の評判高き高橋家と立花家の間で、俄に縁戚を結ぼうという話になったわけだ。二つの家が手を組めば相当な戦力を動員できるからね。戦功を稼いで大友家を継ぐことが王都にも認められるかもしれない。大内家と縁戚に成って今まで通りを繰り返すにしてもその後でも良い訳さ」

「そこで別々の婚姻を結ぶはずだった所で急遽一つにねえ。また面倒な問題が起きそうじゃあるが……まあ俺らの知った事じゃねえな」

 高橋家も立花家も子弟の年齢が大きく違い、元は別々の婚約者が居た。

しかし大友家の立て直しが危うくなったこともあり、戦力と名声を一本化するために今回の婚姻が結ばれたという事らしい。両家とも魔物との戦いで親族の多くを無くしており、片方の家が断絶する事を覚悟しての婚姻政策である。余程の覚悟であろうが、今後に色々な問題が起きるのは想像に難くない。

 

ここで一度を流れ切って話を理解できるのを待ち、同時に情報提供役を交代することになる。啓治の持つ情報の方が確度が低いが、魔王城の話ゆえに見つけた時の功績が大きいために問題は生じて居なかった。

 

「まずは魔王城の在りかをどうして絞れたから話すか。魔物には地政学がそれなりに関係してる。最初の魔王は大陸を席巻したケンタウルスの大王で、鬼やラミアすら制圧して筑紫島まで手を伸ばして来た。だから防衛都市が大宰府を中心になって築かれ、流れによっちゃ越の辺りまで鬼王や兵棒の伝説が残ってる」

「大陸から流れに乗ると筑紫島に到着するからねぇ。流れ過ぎると越に向かうんだったかな」

 場所を直接告げても信じられない為、どうして特定したかをまず述べる。

ここまではどちらかといえば教養の範囲で、細川も特に異論はないようだ。大陸から船だろうが巨大な魔物だろうがナニカに乗って移動すると筑紫島に辿り着き、九の州のうち大友家の担当する何処かに辿り着き易い。それゆえにこの家は縁戚に成っている大内家ともども優遇されていたし、互いに血筋を共有化して強固な援護態勢を築いているとも言えた。もちろん海流と風の問題であり、風が強く吹いたり大型の魔物であれば海流を無視して移動することがある為、越地方まで移動することもあるのだが……。

 

「第二の魔王の勢力はそんな筑紫島を始めとしてあちこちに手を伸ばしている。主に南岸であることを勘案すれば、南側なのは間違いがないが、これまでの定説では位置的に南西だと思ってたんだ。筑紫島の薩摩から西回りで大友家のある北側まで流れて来るからな。土佐であったり大阪・長島辺りに来るのは、越に来る大型と同じコースを辿ってるとみんな思ってたわけだ」

「そんな事は百も承知だとも! だが土佐と中心に薩摩や讃岐まで回ったが何も情報はなかったよ」

 細川は話の流れから判って居たろうにあえて怒って見せた。

啓治のように前置きが不要と言うよりは、むしろ駆け引きの内容だろう。啓治が不安がって大きく情報を口にしたり、何らかの交渉を持ち掛けて来るのを期待しているのだと思われる。

 

「そう急ぐなよ。ここまで説明しねえと、どうして気が付いたのか判らねえんだし。これまで勘違いを誘う要素は近海の海流と風の流れつーこと。南岸の周辺ともっと離れた遠洋はまるで流れが違うんだとよ。どっからどういう向き何だと思うよ?」

「……正確な位置が南西ではない? つまりもっと大きな流れで一度そこに辿り着くだと? まさか……」

「おうよ。筑紫島どころか、ここから南西じゃねえ、おそらくは真南から南東方向だ」

 啓治は右手と左手を上下に動かした。上に動かした右手は頭の方に向け斜めに、下に動かした左手はできるだけそのまま真っすぐ横倒しのままだ。遠くからみれば三角形を示そうとしたのか、あるいは何かの呪文を放とうとしたかのように見えるだろう。

 

「江戸は穢土とも呼ばれて居た時代もあるよな。もし王都から遠いって意味だけじゃなく、昔は南から直接風が吹いて居たとか大型の魔物が多かったとしたらどうよ? いかにもな名前じゃねえか? 少なくとも現時点で見つかってねえ説明になり得ると思うね」

「……」

 細川は手を口に当て考え事を始める。

驚愕を表に出さない為か、それとも考え事をする時の癖なのか? いずれにせよ否定する程の根拠を見いだせないでいるようだ。あるいは啓治の話が続くかどうかを様子見しているのかもしれない。

 

「可能性があるのは認めよう。だが……いや。もっと先に確認すべきことがあるよね。どうして君は今この話を出した?」

「俺の予測よりも早く魔王軍の進行が早かったからだよ。松永譲治が失敗とは言わずとも上手く行ってねぇみたいだろ? ならも少し時間があると思ったんだが……このままじゃあ、魔王軍として動き出したら江戸が落ちて穢土に成るんじゃねえかと思ってよ」

 啓治の一度目の人生では、この時点で滅びた貴族家は無かった。

そもそも松永譲治が各地で暴れたばかりであり、熱田学院を始めとして大きな打撃を受けて団結したともいえる。それゆえに警戒態勢は敷かれていたし、逆に魔王軍の方は一度引き上げたばかりで猛威が収まっていた訳だ。それが再攻勢する数年後までは大きな変化はなく、その大きな変化こそが江戸・下田・館山などへの同時上陸と、それによる小田原城などの陥落であったのだ。

 

「なるほどねえ。君の予想じゃあ様子見をして数年後だったが、それどころか攻勢を早めて来た。場合によっては大攻勢もありえる。ボクらがあの遺跡で奮戦して松永譲治を退けて考えを変えた……かもしれないと」

「そういうこった。余裕かと思ってたら手痛い反撃を受けたわけだしな。考えてみろよ、伊豆下田あたりに魔王軍がやって来たとして、警戒して防備を固めてるか、それとも警戒すらしてないかで大違いだぜ」

「堅城と言われた小田原城の目の前だからねぇ」

 街ぐるみで城に成った小田原と言う城が坂東地方の出入り口にある。

そこを守っている北条家と言う大勢力が健在ならば問題はない。ちゃんと警戒態勢を整えて居るならば、目の前なのだから万全の態勢で戦えるだろう。しかし逆に警戒しておらず、アッサリ奇襲で落ちてしまったら東国の情勢が一気に変わってしまいかねなかった。

 

「そういう訳でよ、どうせ陸路と海路を往復するなら向こうでやりてえわけよ。伊豆下田と安房館山あたりを拠点に周辺を探れば警戒体制としちゃあバッチリだし、島伝いに南下していけば……」

「もしかしたら魔王軍の拠点があるかもしれないねえ。……判った。こちらからも追加の情報を渡そう」

 此処に来て細川も啓治の目的が判ったようだ。

江戸方面から南下するといってもあまりにも広大過ぎる。仮に敵の中に飛行型の魔物が多くいた場合、個人行動で探すとしても限界があるだろう。ゆえに腕の良い飛行船乗りを多く育てる必要があり、最低でも警戒網を早い段階で仕立て上げなければならないのだ。もちろんそこに至るまでに、情報の発信源として発言力も必要だろう。そういう意味で、今回の一見は功績が大きいとも言える。

 

「問題の根本は立花家の若当主がまだ少年だという事だ。それゆえに輿入れして来た高橋家の息女がそのまま武将として活動せねばならなかった。しかし高橋家も立花家も先代当主を相次いで亡くしたり引退を余儀なくされたばかりだ。まともに戦えると思うかね? まあ両家の共同自体は数を減らしたから上手く行ったようだが」

「それって、要するにボコボコにされてるからこそまとまってるって言う奴じゃねえか」

 数カ月前の段階で、徐々に筑紫島の西岸に魔物が増えていた。

東でも織田家が長島攻略を計画している最中であり、思えばその頃から徐々に攻勢が始まったのだろう。問題は次から次へと増え続ける魔物に対して、筑紫島の北西部全域で戦う大友家の遺臣たちがまとまり切れなかった事だ。主家は既に亡くなっており、大内家から次の党首を迎えようと文官たちが躍起になって居る頃だったのだから。結果として大友家の遺臣たちもまた壊滅しかかっているのだという。

 

「ん? 待てよ。それだと助けに行っても断られるんじゃね?」

「そうさ。だからこの後での動きが重要なんだ。もし君が話を切り上げて勝手に向かって居たら困って居たろうね。判り易く言うと、島津の力を借り過ぎない程度に留めて、何処かで撤退戦をやり遂げる必要がある。既に魔王軍の跳梁は知られている以上は、戦い抜いたという実績だけだ」

「……一つの家が殴り合う段階はとっくに過ぎてるってことか」

 現在は立花家と高橋家が共同で、名前を挙げるべく戦っている。

しかし敵がただの魔物ではなく、魔王軍であると判った時点で戦功としては十分だ。無駄死と知って戦う時期は過ぎたのだ。無理せずに撤退して全滅せずに生き残るという、未来を見据えた戦いの方が重要になって来る。難しいのはそれはそれとして、ただ『逃げた』と言われないために、それなりの活躍をしてから脱出せねばならないのである。

 

「ボクとしてはゴーレムを上手く使うべきだと思うね。何処か狭い場所に誘き寄せて戦えば良い。ただし、島津の方向に逃げちゃダメだよ? あそこは撤退と見せて戦う独自の戦術があるからね」

「ありがたい御教示痛み入るよ」

 それが好意なのか皮肉なのかは別として、細川は作戦を提案してくれた。

上手に逃げろ、ただし最大の味方が居る方向に逃げるなとはずいぶんな注文ではあるが……。




 と言う訳でおおよその作戦目標が提示されました。
魔物と戦ってる最中の味方を連れて逃げろ。強い味方が居る方向はNG!
釣り野伏せをしたらダメとか言う指示ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立花家救援作戦の始まり

 鞆の浦では様々な資材を追加搭載して筑紫島に向かう事に成った。

救援すべき立花家は戦場に張り付いて戦い続けているからだ。そこでどんな介入を掛けるにせよ、功績を立てねばならぬと頑張っている貴族である以上は、前田啓治たちの操る飛行船も無傷では済まないだろう。

 

「本当に騎乗用ゴーレムを立花家救援に使うんですか?」

「俺たちの自称『親友』のが言うにはその方が早くて確実だってよ。罠じゃ無ければの話だが、狭い場所に誘き寄せする案自体は良いと思うぜ」

 積み込みが終わった所で、暇になったメンバーから順次説明。

スタッフの一人である明智彰は、苦労している原因である細川武人の考案と聞いて難しい顔をした。細川は優秀だが面倒な性格をしており、その力を借りることも、その意見に従う事も色々問題があり得たからだ。

 

「だいたい俺らの手持ちで魔物を蹴散らせる戦力はアレくらいだぜ?」

「でも、そんなことしたら島津家が協力しているって事がバレません? 動きをトレースさせてるから見る人が見たら一目で判っちゃいますよ。島津家の協力で良いなら話はもっと簡単でしょう」

 当然だが騎乗用ゴーレムは人間より強いが、かなり制限がある。

基本構想がオーガやトロルですら簡単に倒せる前提であり、この時点で大きくレアな素材を装備に使用している。人が乗り込むことで強化個体とも楽に戦えるようにしたのだが……、それは乗っている人間の腕前を真似ることで技を再現しているからだ。当然ながら全体の動きは殆どそのままなので、仮にゴーレムの外見を変えたとしても誤魔化すのは難しいだろう。

 

「これまで立花家が頑張って戦って来たのに、島津の援軍が倒して回ったんじゃ意味がないので嫌だと断られると思いますよ。ゴーレムを使うのであれば立花家の人間でないと。当然ながら自分でも戦える人を乗せるしかありませんね。ただその場合はゴーレムが無事には済まないと思います」

 ここで問題いなるのが立花家はお家再興の為に行動しているということだ。

増え続ける魔物に相対し、筑紫島北部の雄としての地位を確固たるものとしようとしている。魔物の害が国中に広がった為、猛攻を凌いでいる現在は確かに名を馳せていると言えなくもない。しかしここから更に名声を積む必要があるというのに、他者の手を借りる……しかも筑紫島南部の雄に力を借りたとあっては面目丸潰れだろう。それでは何のためにここまで戦って来たのか分からないのだ。

 

「ボクとしては直せる範囲なら幾らでも直すけどねえ。面白みのない戦い方じゃあ嫌だなあ」

「佐久間センセはいつもそれっすね。しかし素直に話を聞いてくれたとして、その場合は勝ち切れるかが問題ってことか。だから必然的に劇的な形にするしかない? できんのか……。いや、もしかすっとアレで……」

 ここでゴーレムの搬入を終えた佐久間教諭が参戦する。

とはいえ彼の要求はいつも同じなので再確認みたいなものだ。彼の作成した傑作ゴーレムで大々的な活躍をするとか、面白い戦法を編み出して未来を感じさせる。無茶振りも良い所だが、今回ばかりはそういう戦い方を模索しないとならなさそうだ。啓治が普通の武将であれば、『ただでさえ難しいのに不可能な事を言うな』とでも言うべきだろう。

 

「明智君よい。誘き寄せたら勝てると思うか? ゴーレムはあくまで劇的になるような場面でダメ押しに使うとしての話だ」

 何事かを思いついたのか、啓治は基本的な採算を尋ねる事にした。

そもそも今回の件は、一進一退でこそあるがジリ貧に成っていく立花家の救援作戦なのだ。元から大負けになっているなら救助して終わりだし、勝てる状況ならば無理に介入する方が間違いかもしれない。

 

「……? 敵の主力はラミアやナーガの様な半水棲ですからね。誘き寄せればなんとか行けるでしょう。本当にダメ押しに成るような使い方が出来るんですか?」

「思いついてなきゃ言ってねえよ。つか、俺のオリジナルじゃねえけどな」

 明智は丁寧に敵軍の攻勢を説明したうえで尋ね返した。

五つ島から現れたラミア・ナーガ・スキュラ・ギルマンを中心にした魔王軍が、瞬く前に北西部を制圧していったのだという。半水棲であるがゆえに島どころか半島部が瞬く間に占拠され、そのまま大友家の領域を食い荒らしていったという。その頃にはゴブリンやオーガなどの鬼族も加わり、膨れ上がった戦力の前に大友家の遺臣たちは後退を余儀なくされた。本来であれば籠城戦で時間稼ぎしていたのであろうが、大内家も壊滅したことで、名前を挙げる必要が出て来たという訳である。

 

「本当に大丈夫なんですよね? 細川さんは理論的に可能だから口に出したんだと思いますよ。騎乗ゴーレムなら強化個体を倒せるし、雑魚だけならば数が居ても大丈夫。乗ってる人が強いならもっと簡単。でも実際には現地で説得する必要がありますし、その立花夫人が女武将であっても剣士とは限らない事です」

「あれか? ヒントかと思ったら机上の空論だったと。ま、安心してな。思いついた案自体はみんなで考えたやつだ」

 現時点で立てている作戦は、細川武人がくれたヒントに基ずいている。

彼が敵を狭い場所に誘き寄せて、ゴーレムで蹴散らせと口にしたのだ。しかし頭でっかちな理論先行で、実際には不可能な場合というのはよくある事だ。しかもゴーレムに騎乗して技を使いこなすなど、先んで来た用法であり可能かどうか未知数であった。追い詰められて他に方法がない場合ならともかく、救援に向かっている段階で出来る筈だと断言などできはずもない。

 

「ホラ、前からやってる実験があんだろ? ゴーレムで降下して一気に形勢逆転ってやつ。実際に逆転しなかったとしても、元が優勢に戦えるならインパクトだけはあるさ」

「ああ、そういえばそんなのがありましたね……」

「いいねいいね! みんなダメダメ言うけど、ボクは行けると思うんだよね。この戦術はきっと歴史を変えるよー」

 啓治が使おうと思っている作戦は、以前からテストしている降下戦術だ。

その有効性自体は有益性が実証済みであるし、誘き寄せ作戦だけで優位に戦えるように戦略を組んで居れば、新たな戦力が加わるだけでも十分に勝機は高い。しかも飛行船で輸送して敵が攻撃できない高さから降下させ、ゴーレムの戦闘力で薙ぎ払っていく。言葉だけを口にするならば何と浪漫に溢れる事であろうか。

 

「俺らが密談してる間に何かアイデア出た? それが使えるならそいつを試すし、駄目なら……高度を下げるか山の斜面を滑るように使ってもらうっきゃねーな」

「一応は計算しましたよ。飛行船用の浮遊呪文を描いた魔法陣。あれを使うんです。下手したら使い捨てになっちゃいますが」

「あのくらいの魔法陣ならちょちょいのちょいだよ。ボクでも片手間で作れるね」

 啓治が細川と話し合っている間に、明智や佐久間教諭はアイデアを練っていたらしい。

重要になったので、明智彰は板に描かれた魔法陣で可能な強化を端的に説明していく。いわく強化術式の中で浮力の重量増大に絞ったモノで、数分間だけ多くの資材を載せて浮かべて上下することができる。それ以外の何もできず、その重量ですらゴーレムが捉まったら即沈むレベルとのことだ。要するに普段は重い資材を載せるために使い、ゴーレムが降下する時は足が破壊しない程度に重量を軽減してくれれば良いというアイデアである。

 

「残る問題は立花家の武将の中で、独特の戦い方で戦ってくれる方がいるかどうかです。それとそういう方が居たとして、ゴーレムに付ける装備などの調整もし直さないと。島津家と思われたら何御為に努力するか判りません」

「ここで話が元に戻るってやつだよな。ゴーレムを使いこなせとは言わねえが、弱いと意味がねえ。かといって佐久間夫人に影武者やれってのも問題だ」

 作戦案自体は何とかなったような気がする。

ただし、立花家の武将たちが受け入れてくれなければ意味がない。彼女たちを説得するには、島津家の力を借りずに立花家の功績だと判り易くないと意味がないのだ。第一に戦闘力、第二に同時性が必要だろう。そこまでそろえて初めて、第三の、説得できるかどうかに関わって来るのだ。

 

「あら。そういう事でしたら半分くらいの懸念は不要でしてよ? 私は示現流ではなくタイ捨流ですから。確か高橋さんとお呼びしていた方が、同じタイ捨流におられましたわ。ただし……それほどの方であれば自ら操縦して命運を決めたくなるはず。その場合は、私が素直に席を譲れるかと言えば話は別なのですけれどね」

 ここでゴーレムから降りて来た佐久間夫人が会話に参戦する。

彼女が覚えて居るタイ捨流は筑紫島で知られた流派の一つらしい。だから偽装自体は難しくはないとの事である。外装の色彩を島津寄りから立花・高橋家寄りに変更し、家紋の一つも描いて見せれば良いという。ただし、流派的な問題がクリアできたとしても、そもそもの問題が相手の女武将を納得させることである。相手が納得しなければ意味はない。そしてあちらを上に建てれば、こちらのメンツが下になってしまうのも問題であった。

 

「一つ解決したと思ったらまた一つですか。プライドの問題は重要ですよね」

「良くも悪くも我々は武の道を歩んでおります。私は剣士であるがゆえに引けず、あちらは武将として名前を上げる必要があるがゆえに引けず。何とも因果な物ですわね」

 話の先に光明は出て来た。

しかしここに来て、プライドとメンツという問題が出て来たのである。




 第三部も長くなったので、そろそろ締めです。
自壊説得してそのまま戦闘、上手く勝てればゴーレムと飛行船の戦術運用完成。
その次に第四部というか最終章として、魔王軍との戦い+@となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立花家の秘技

 飛行船の技術は距離に関する概念を木っ端微塵に粉砕する。

鞆の浦から海峡、海峡から筑紫島は大宰府までの道のりをわずか数日、それも途中での連絡伝達と補給が殆どと言う時点でお察しであろう。もし魔力の続く限りに飛び続けても良いならば、十名以下に限るが一日そこらで国土を横断可能であった。もっとも、それを許さない国情もあるのだが。

 

「私が立花家当主代行の立花李依です。お手紙は二通とも拝見させていただきました」

 大宰府にある陣所で前田啓治一行を大友家の遺臣たちが出迎えた。

援軍の宛てが付いたというのに顔色は良くない。それもまあ仕方のない事だろう。何しろ今戦っている相手がただの魔物の増殖騒ぎでは無く、魔王軍の侵攻だと明言されてしまったのだから。加えて大事に成ったことで、これまで継続して来た戦いに変化が訪れたことも悟っているのだろう。

 

「一通目に関しては国の決定ゆえに何も申しません。領主として定められ、友誼を求められた以上は万難を排して受け入れるのが貴族の勤めゆえ」

「おお……」

 立花李依が手紙の内容に関して口にすると周囲がざわめいた。

遺臣たちの努力が認められ、大友家を再興して全てを取り戻せるかはともかく……ひとまず本領安堵と言う事は伝わったに違いあるまい。もちろん温度差もあり、下級貴族である遺臣たちと豪族である国人衆の顔色は違う。遺臣たちは過去の名声を取り戻せるほどには活躍してないし、国人衆はこれからの活躍がそのまま功績に成るからだ。

 

「撤退戦は厳しい物があります。しかし半月を待たずして訪れる援軍を含めて、魔王軍を押し返す為であればこれに挑むにいささかの曇りもありません。しかし二枚目、あなた方のご助言に関しては二・三申したいことがあります」

「援軍が半月も待たずに? そうか……空を……」

「時代は変わったな。しかし貴公らの提案であると?」

 援軍を即座に出すから一度仕切り直せというのは無茶な話だ。

しかし魔物を各自に葬り周辺を次々に平定するためには、大友家が単独で戦うだけでは意味がない。援軍と共に可能な限り制圧し、巣や拠点があるならばこれを即座に追撃して殲滅……いや族滅せねばならないのだ。それに伴って本来であれば遠方からであれば到着まで数カ月もかかる援軍が、僅か半月で寄こされることに武将たちは隔世の感を感じた。

 

「新型のゴーレム。それも二割から三割も性能が向上するようなゴーレムを条件付きでお貸しくださるというのですね?」

「その通りですが訂正させていただきたく。性能面の条件としては騎乗用ですので、乗り手の技がそのまま反映されるというものになります。その結果、オーガやトロルと同格の存在ではなくなりますので」

「ほう……技を……」

 啓治はできるだけ丁寧な物言いで、まず余計な情報を交えずに伝えた。

通常のゴーレムはオーガやトロルと同レベル、消耗しても唱え直せば簡単に修復できるから有利に過ぎない。これが人が乗り込む事で駆け引きが可能になり、的確に技を使えるならば容易に倒せる存在までゴーレムの強さが引き上げられると説明した。腕の覚えのある武将などは、ゴーレムが技を使うと聞いて戦闘力に期待を持ったようだ。強力な相手であるオーガを容易く屠れるならば、戦況にどれだけの影響を与えるだろうか?

 

「ゴーレムにも向いた技がありますので、どのような技を用意するか次第としか言えません。しかし適正さえあれば強化個体であろうとも次々に倒せるかと思われます。問題は貸出条件の方でして……」

「正規の搭乗者が『元』とはいえ島津出身の御婦人と言う事ですね? 何も交渉しないのであれば彼女がそのまま陣に加わると」

「薩摩の!? それはいかん!」

 予想された事だが遺臣たちの反発は強かった。

戦力が増えるのは良い、陣の一角に戦功を求めて武将が加わるのは常の事だ。しかし筑紫島南部の雄である島津に属する者だけは例外であった。北部の雄である大友家が何とか再興しようとしている時に、南部の雄が手を貸したのでは名前の格が落ちてしまう。せめて再興してからならば同盟関係と言い張れなくもないが、これからその第一歩を踏み出そうという時では大違いである。

 

「ダメだ駄目だ! そのような事を許しては……」

「静まりなさい! ……貸出条件についてお聞かせ願えますか?」

「我々はあくまで試験運用チームです。第一に乗った方が打ち壊さずに戦い続けられると安心でき、できればそれ以上の腕前の御方として……。第二に特異性のある技をお持ちであれば正副を曲げてこちらからお願いする事もあるかと」

 立花李依が遺臣たちの反発を抑えた。

反発がある事は啓治たちも想像していたし、だからこそ事前に手紙として彼女に渡していたのだ。第一の条件は最低限の実力を持つこと、腕前だけで言うならば佐久間夫人となったレイよりも強い事。第二に強さが保証されて居るならば、特殊な技をゴーレムで振るってくれるならば実験の延長で許可し易いと伝えたのである。

 

『もし立花李依が私の知る高橋李依であるならばそれなりの腕前に成長しているでしょう。強者であることは保証されて居ますが、そのレベルでは私が納得するかは別の次元です。正規搭乗者である私から席を奪うというのであれば、私と勝負するか……もっと判り易い形で示していただきましょう。幸いにも『立花家』には独自の技がありますから』

 佐久間夫人は事前にこう口にした。

同じタイ捨流の門人に高橋という女は居た。おおよそ同等の者が普通に成長したのであれば、自分もそれ以上の修練を積んだのだから退く気がない。彼女だってプライドはあるのだし、ひいては政略結婚で送り出した島津家にもメンツというものがある。しかし立花家に伝わる秘技を立花李依として習得できているのであれば、ゴーレムによって披露することで譲っても良いと妥協を示したのである。もちろんそこには、垣間見ることで自分も秘技を知れるという面もあるからだが。

 

「なるほど。『雷切』をゴーレムで扱える者が居れば良いという事ですね?」

「……っ姫に、李依さまに前線に立てと!?」

「逸るな。だが他に方法がないのも確か……。後はゴーレムに乗るというのがどれほどかじゃが」

 立花家には『雷切』という秘技がある。戦没した先の当主が編み出した技である。

戦技というものは基本的に流派ごとの差はあれ決まり切っているものである。スマッシュだとフェイントだの何処かで見た技を十ばかり組み合わせ、そこに流派独自の技であったり、奥義として使い方が独自の技を開発して居たりする。その為に世へ知られた技は精々が四十だか五十程度、ここまでは誰もが知っている技だ。例として示現流であれば蜻蛉の構えと言う独自の技と、『雲耀の位』というその奥義としての使い方が存在する。

 

それゆえに『雷切』など家独自の技は興味深い。流派独自ならともかく、家固有・個人固有と言うのは滅多に見ない技であるからさ。佐久間夫人が剣士として見て見たいというのも納得が出来よう。問題なのはそこにゴーレムの運用的な意味、あるいは戦闘に参加する意味があるかなのだが……。

 

「雷切ですか? 手前は魔法の研究者ゆえに寡聞にして存せぬのですが、お聞きしても?」

「見ていただいた方が早いでしょうね。秘技は人前で試すモノではありませぬが、お家再興をスムーズにする為には致し方ありませぬから。こちらで用意する術者ではお疑いの向きもありましょう。魔法研究者であれば都合が良いと言えなくもありません、そちらで攻撃魔法の使い手を用意できますか?」

「……そう種類は多くありませんが、そういうことでしたら」

 啓治が尋ねると立花李依は刀を小姓から受け取った。

彼女が何もない場所に移動するのに合わせて、遺臣たちの殺気が膨れ上がる。どうやら危険な技のようであり、立花李依に危害が及ぶ可能性があるのだろう。だが当主代理が自らやると言っているが故に口を挟むことが出来ないからこそ殺気を出すにとどめて居るものと思われる。

 

「私が刀を抜いたら攻撃魔法を放ってください。もちろん私に向けてです」

「っ!? いいんすか? いえ、失礼しました。明智君、適当に術を頼むわ。もちろん責任は俺がとるよ」

「ボクがですか? 本当に責任をとってくださいよ?」

 一瞬驚いたものの、この時点での啓治はいく分か冷静だった。

明智が得意とするのは闇魔法であるが、この系統は難しいので他にも魔法を覚えている以上はマスタリーレベルではない。闇魔法の攻撃魔法は精神系であり、他の属性の魔法を使うとしてもレベル敵に強力ではないからだ。しかし思わぬ場所からの横槍が問題だった。

 

「あ、ならボクがやるよー。ボクのゴーレムを預けるんだし、どこまでやれるのかは知っておきたいからねぇ。それにまあ、レイさんは一応ボクの奥さんなんだし? 妻からゴーレム取り上げるならそのくらいはやって見せて欲しいなあーって」

「ちょっ!? 佐久間センセは駄目でしょううが! あんた火魔法の使い手だし、そもそも面白がってるでしょーに」

「構いません。いっそ、危険なくらいで無ければ信じていただけないでしょうからね」

 余計な茶々を入れたのは佐久間教諭である。

彼が天才肌の教師であり、火魔法はネルギー制御に関わる為にマスタリーであった。しかもあの面白がり方からみると大規模な攻撃魔法を使いかねない。熱田学院で研究している林サドこと弟の方の林教諭ほどでは無いにしろ、啓治が知る限り強力な魔法の使い手であるのは確かであった。おそるべきことに立花李依はソレを許可してしまう。

 

「何時でもどうぞ」

「んじゃあいっくねー。ばびゅーん!」

「はっ!」

 立花李依が刀を抜いて宣言すると、恐るべきことに佐久間教諭は高速詠唱を唱える。

呪文を短縮した不意打ちも同然の攻撃はファイヤーランスだ。ファイヤーアローよりも火力の高い呪文ゆえに威力が低めになる高速詠唱でも問題なく脅威になる。しかし彼女は刀を一閃してこれを切り落とし、斜めに刀を旋回させて元の態勢を維持したのだ。これに驚いたのは啓治たち一行、特に佐久間教諭は目をパチクリとさせて……。

 

「いいね! ゴーレムで使えるかすっごく気に成って来たよ! これはどうするの!?」

「っ! 判って居なければイザ知らず、この場に及んでならば……こうします!」

 続いて佐久間は間髪入れずにファイヤーボールを放った。

火の魔法のみならず、攻撃魔法の中で最もメジャーで恐ろしいとされる呪文。これに対して立花李依は烈風を放つ技と組み合わせて撃ち落とす! どうやら『雷切』とは攻撃魔法ないし霊的存在に対して関与するための剣技なのだろう。もしかしたら薩摩が伝えていた闘気魔法に近い性質を持つ物なのかも知れないが。少なくとも佐久間教諭はゴーレムでも実行できるか興味を覚えたようである。

 

「いかがでしょうか? この技は立花家伝来の技ゆえに配下たちにも判り易いかと。それともう一つ……」

「なんでしょう? 自分らとしてはもはや壊さないでいただけるなら何でも構いませんが」

「この周囲に居る敵の主力はブレスを吐くナーガです。ちゃんと機能するのであれば、私が最も相応しい乗り手になるでしょうね」

 条件はクリアされた。しかし立花李依はあえて宣言する。

このような試練をやらされた反動か、それとも筑紫島の武人特有の性格なのか……。自分ならば誰よりも相応しいと意気軒高に笑ったのである。そこには先ほどまでの澄まし顔は浮かんでいなかったという。




 と言う訳で「条件はクリアされた!」回です。
本当はさっさと戦闘に入り、「あの時はこうだったんだ!」とか
「これこそが選ばれた理由!」とかするつもりでしたが、面倒になって説明回で終了しました。
次回戦闘になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽装撤退

 紆余曲折を経て計画的な撤退戦が立案された。

通常の撤退戦は戦争行為で最も危険な戦術の一つとされている。普段ならば殿軍に死兵となる事を要求するレベルだ。

 

「今回は有利な点が幾つかあるんだ。一つ目は名の通り計画的な事だねえ」

「名前ばかりで実際には誘き寄せ作戦ということよね。事前準備もできるし、なし崩し的に逃げる訳じゃないって事は判るわ」

 明智彰が飛行船クルーに説明を始める。

どうして自分が解説するのかと嫌がる彰に対して、門外漢である柴田晶子などは思いつく言葉を次々に投げていく。第一の質問は攻めるための陣地から後方に建設中の防衛陣地へ下がるだけなので、比較的に判り易かった。もちろん実際に下がる苦労を理解出来はしないが、なんとなく机上の空論レベルでは危険が少ない事は判るのだ。

 

「でもピンチだろ思った見方が勝手に逃げちゃわない? お父さんたちの話を聞いてると、昔は毎日兵士が逃げてたって」

「尾張兵は裕福な分、弱兵が多いからね。とはいえこちらは士気が高いのがウリで、その士気が減り難いのも今回の特徴。言語や顔色が判り難いので、味方に通達することで向こうの前線指揮官にはこちらの作戦がバレないのは大きい。味方さ最初から護り易い後方陣地で戦う事を知らせてるんだよ」

「そっか。相手は魔物だもんな」

 晶子の質問に彰が答えると、脇で聴いていた木下勝平がポンと手を叩いた。

敵は魔物ゆえに一体一体が人間よりも強いが、あまりにも種族が違うので言語や顔色でこちらの士気の変動を悟られなどしない。もちろん上級指揮官なら話は別だが、どのみちそういう層はいつも可能性を考慮しているのであまり関係はない。『そうかもしれないが、罠かもしれない』と常に考えているので、多少バレたところで大きな差はないのだ。

 

「第三に……」

「あ、オレに言わせてよ。オレたちが飛行船で援護するからだろ? ゴーレムとか」

「そうだね。それ以外にも実験用の攻撃装備を高空から使用したり、これが特に重要なんだけが……指揮官の移動や情報確認の面で大きく違うことかなあ。後方でゴーレムの訓練をした立花さまがその日の昼には兵士たちの前に出て、途中で後方陣地の出来上がりを確認するなんて今までの常識では無理だからねえ」

 今回の戦いでは立花李依がゴーレムで奮戦することに成って居る。

しかし完熟訓練を前線でやったら敵に秘匿兵器がバレるし、かといって素直に後方へ下がったら兵士から逃げたのだと思われる。しかし飛行船や鳥型ゴーレムを使う事で手早く移動し、三か所に現れることができるのは大きかった。もちろん空中からファイヤーボールを放つ装備を使用したり、空中から陣形やら敵の動きを偵察できることも有益ではあろう。

 

「それじゃあ立花の人たち何が不安なの?」

「確実に勝てるか分からない事かなあ? スムーズにいくように整えても味方が言うとおりにしてくれるとは限らないし、戦場には敵が居るからね。相手は魔物だから頭が悪いとは限らないし、頭が悪かったからといって油断できるとも限らない。頭が悪いからこそ際限なく戦力を注ぎ込んでどちらかが全滅するまで戦おうと思ってしまうかもしれない。

「それじゃあこの辺は平和になっても、この国は救えねえってことだよな。ひとまず作戦の話はここまでだ」

 今回の作戦は大きな目的と採算があるからこそ計画している。

しかし机上の空論が必ずしも上手くいくとは限らない。立花家の将から見て現時点で戦闘自体は優勢なのだ。上手く行くか分からない博打を打ってまでやりたいとは『本来ならば』思わなかったろう。しかし前田啓治が言う様に魔王軍との戦いで目の前の戦闘継続が一局面になり、地方の戦いに過ぎなく成れば話は変わって来る。介入者が現れる前に功績はもぎ取らねばならないし、他所の戦場へ転戦しろと言われた時に戦力を派遣できなければ意味がないのだ。少なくとも大友家の系譜を再興することが出来ないのだから。

 

「そんじゃ俺たちの目的を再確認するぞ。基本的にはこの船の能力を試す事が重要だぜい。撤退作戦にはその範囲で手助けするって方針だ」

「当然だね。ボクらが望んで苦労する必要はないよ」

「最後まで助けてあげたいんだけど……任務があるのよねえ」

 ある程度付き合えばお互いの性格も判って来る。

明智彰は何でも小器用にこなすが面倒くさがりで、細川や啓治に付き合わされてヒーコラ言っている。大して柴田晶子は面倒見が良く、一度付き合った以上はとことんまで協力したさそうだ。もし織田信長からの指示が無ければ文句を言っていただろう。なお木下勝平は思いついたアイデアを使いたがるタイプで、この場に居ない佐久間教諭はゴーレムバカである。

 

 方針が示されこれからの運用計画が練り直されることに成った。

撤退作戦を入知恵したのは彼らなので、可能な限り手伝うというスタンスであるが、あくまで飛行船の可能性を確かめるという事を念頭から外してはいけない。

 

「当然ながら第一優先はゴーレム運搬用の飛行船がどういう役に立つかという検証。この延長でゴーレムの降下や攻撃装備の実験つー言い訳でここに居る。当面は立花夫人と物資の移動だがよ」

「資材がなければ鳥型ゴーレムでも良いんでしょうがね」

「そこんところは仕方ないでしょ。それに仮にも領主代理を連れて行くんだから安全な方が良いに決まってるじゃない」

 今更の内容なのでここでの問題はない。

彰は肩をすくめるものの発言権はないとばかりに強い否定などはしない。それが判って居てもなお、晶子は作戦として偽装撤退を持ち込んだことや短いながらも出来た縁故を口にする。どちらの意見も正しいからこそ啓治は苦笑こそすれど話は止めなかった。ただ単純に、自分がこういう話に首を突っ込む運命こそを笑うだけだ。

 

「改めて作戦実行までは同じサイクルな訳だ。後方でゴーレムの訓練と、攻撃魔法の撃ち下ろしを練習する。その前提で確認するが、何か試したい事やしたいことはあるか?」

「そういえば鳥形ゴーレムだけど使っていいの? 使っていいならあるけど」

「何か思いついたの勝平君?」

 急にアイデアが降ってくることはあまりないし、効率を考えれば習熟した方が良い。

それゆえに啓治は今までの行動を踏襲することにしたが、他者のアイデアまで否定するつもりはなかった。何か案があるならば、荒削りな部分を皆で修正し、ブラッシュアップして洗練された案にしてしまえばよいだけだ。それゆえに今回の会議でソレを求め、結果として勝平が手を挙げる事になる。

 

「いやさ。飛行船でやってることを鳥型ゴーレムでやって良いわけじゃない? そりゃ飛行船では入れない場所の調査用に積み込んだんだけどさあ」

「まあな。元は人の輸送や地形の確認なんかも鳥型でやったもんさ。んで、何を何処へ運ぶんだ?」

 今は人員が余っているわけではないので、鳥型はあまり使っていない。

鉱山の調査をしている余裕はないし、地形の調査は地元故にそれほど必要はないからだ。それゆえに啓治は小規模な輸送任務に使い回すのだと察することができた。小さな場所で周回するのであれば、魔力の補充を他人に委ねで一人で操縦できるからだ。

 

「小さな資材なら運べるんだよな? じゃあ高い山の上に見張り台とか弓矢を撃つ場所作っても良いんじゃない? 工事できるなら広い場所にしても良いんだしさ」

「ああ。なるへそ。攻撃魔法の使い手はあんま多くないから忘れてた。何だったら石弓や投石器でも良いしな」

「暇な時に櫓を作るって訳ね」

 勝平のアイデアは単純だ。

現在進行形で後方陣地を作っているが、飛行船で荷物を降ろせないような高台にまで輸送をしてない。しかし四畳半くらいのスペースが確保できれば、攻城兵器を隠すこともできるだろう。もし攻撃魔法の使い手が多ければ、そういう場所を設けて遠距離系の攻撃魔法を放ってもらうアイデアは考えられていたのだ。居ないからこそ労力の問題で飛行船を別の任務に充てているが、もし居たらある程度はそこで工作していただろう。

 

「良いんじゃない? ねえ?」

「俺は構わねえけどな。明智くんよい。なんか面白いアイデアねえ? そのままでも別に使えるとは思うんだが……」

「なら罠だけ設置する方が安全で気楽ですね。上に木材や岩だけ縛っておけば良いんです」

 こうして新たな案を加えて偽装撤退作戦が進行する。

そこからは殆どスムーズ決まり、一つの例外を除いて予定通りに進む流れとなった。

 

「んじゃ後は任せたわね明智くん!」

「なんでボクが!」

「だってよ、おめえ闇魔法で荷物しまっとけるじゃん。今回の件で打ってつけなんだよ」

 闇魔法の中に荷物を仕舞う呪文がある。

それを付与魔法にすることでアイテムボックスが作られる。そして闇魔法のレベルが高く、当然ながら使用可能な明智に面倒くさい任務が押し付けられたのである。




 と言う訳で作戦準備おわり。
次回(前後編の可能性はあり)で戦闘が終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大宰府撤退戦

 撤退する必要性を相手に見せ、同時に味方を温存せねばならない。

ゆえに一部の兵士を後方陣地に下げる事に成ったのだが、その場で再編成など出来る訳はない。あるいは西国無双と呼ばれた前当主であれば話は別だが、当主代理に過ぎない小娘には不可能であった。そこで五の兵士を下げて、三の兵士を増やすという朝令暮改じみた人員整理が行われていく。

 

「予定より早く敵の侵攻が始まったわね。気合入ってるから大丈夫だと思ったのに」

「奴らにゃ判んねえだろ。魔物から見れば気合入ってる兵士もその辺の雑兵だぜ。多分な」

 当初は自分達から撤退して、相手が追い掛けて来る状態から逃げるつもりだった。

時々立ち止まって反撃し、驚いたところでまた下がる……という計画もあったのだが見事にオジャンである。敵の前衛指揮官がチャンスと見て抜け駆けしたのか、それとも総大将が止めれなかったのかは分からない。いずれにせよ、こんなタイミングで逃げるわけにはいかないという事だ。

 

「ねえ啓治、ゴーレム使うの?」

「そーいう訳にはいかねえ。第一此処で勝っても意味がねえ。自分で不利にして、自分でケツ拭ったってだけだ。もし必要なら狼煙の一も上がるだろうが、そうじゃねえってことはそういうことだよな? 明智くんよい」

「押し返してから改めて下がるのが定番でだね。まあ許容範囲じゃないかなあ」

 柴田晶子と話していた前田啓治は結論を明智彰に振る。

そういう事に対応できる元王都組の彼と、あくまで一地方の研究員であった晶子や啓治では限界があるのだ。最初から飛行船を使って戦場をコントロールしようなど考えても居なかったので、仕方のない所ではある。

 

「先に言っておくけど鳥型ゴーレムで上から落としていくのは無しだよ。せっかく後方陣地に作った罠がバレちゃうもの。使うなら人の輸送と……まあ攻撃用の魔法装置だけかな。ボクらの裁量で何とかなるのは」

「攻撃用か……あれも一長一短だよな。最初は地面に設置する方が効率よいかと思ってたんだが」

 実験として搭載された攻撃用の魔法装置はファイヤーボールを放つ物だ。

アイテム化されて誰でも使えるだけではなく、拡大術式を組み込んでいるのでかなり強力な装備だ。しかしながら組み込まれた術式の条件を人数割りで達成していくため、最初は設置して頭数を動員した方が良いと思われていた。仮に二十の条件を五人で達成すれば四行程に過ぎないが、手が空いて二人の飛行船では十行程掛かるのだから。

 

「待ち構えている所に相手が来なきゃ、どうしようものね」

「その点、飛行船に乗っければ好きな所に落とせるからな。この辺も信長公や島津に報告するとして、一番の使いどころは敵が一杯いる場所かねえ」

 例え強力な魔法を放てる装置があろうとも、敵が来なければ意味がない。

大宰府周辺の魔物を倒していた立花家だが、それだけに広範囲の経路で接敵していた。陣地こそ一か所に定めて謀議を固くしているものの、敵将が無能で無ければ好きな場所を通れるし、こちらが投石器などを置いて居そうな場所は避けて来ることができる。ゆえに複数の経路から攻め立てられた上、大型武装を使える場所は敬遠されていたのだ。もし魔法装置が配備されていたとしても、大型兵器と一緒に運用されたであろうから、同じように無力化されていたに違いあるまい。

 

その点で飛行船に搭載したパターンは場所を選ばない。必要な条件を減らして工程数を下げているが、射程などは拡張する必要がないので適当に地面に向けてファイヤーボールを落とせば当たる。攻めている敵の頭越しに落とすこともできれば、本陣に移動して狙う事もできるだろう。もっともそんなことをすれば敵魔導師の魔法を食らう可能性がある上、立花家の功績を奪うのでしないとは思われる。

 

「どっちかといえば撤退中に援護してくれとかじゃないかなあ? さもなきゃ、このままじゃ殿軍どころかみんな撤退できないって状況とか」

「今は手を出すなって事? それじゃあ被害が出ちゃうじゃない」

「メンツもあるだろうし、切り札として見せたくないってことだろうなあ。面倒くせえ」

 一同はそれなりの戦力であり、やれることは少ないが有効だ。

それゆえに手を出してはならぬという状況には面映ゆく感じてしまう。明智は面倒くさがりだが、それでも見知った人間が死んでいくのを見過ごしたいわけではない。重苦しい声が船内に立ち込めるが、流石に解決策が入ってくることはなかったし、名案が浮かぶはずも無かった。

 

「仕方ねえ。一応手出し出来る位置に待機するとして、丘なり谷で殿軍を助けられたら拾えるとでも伝えるか?」

「荷車側に何も詰まずに人を乗せるのね? それなら少しくらい危険でも……」

「せいぜいが四・五人くらいだと思いますけどね。武装無しで十名が精々じゃないかなあ? それなら敵の追っ手の上を周回して脅かす方が良いと思うよ」

 そんな風に幾つかの案が出ては消えた。

そして心苦しいながらも可能な限りの援護を続け、偽装撤退が本当の撤退戦に移行したのである。

 

 そして作戦は順番を組み替えて実施することに成った。

このままでは被害が大き過ぎると判断し、峡谷に設けた後方陣地の途中で敵軍を迎撃。陣地まで引き込んでの重深陣を諦め、峡谷の半ばで一撃を浴びせる事に成ったのだ。可能であればそのまま下がって後方陣地で再編成。場合によっては驚いている間に休息した兵士が前面に出る事になる。

 

「二転三転して申し訳ありません。危険を承知でみなさんの力をお借りします」

「いいってことっすよ。そんかわし平和に成ったら俺らの商売に力を貸してくださいや。なあ木下クン?」

「そうだけどずりーぞ! オレだってオレの作った商会に力を貸してほしーのに!」

 頭を下げる立花李依に啓治は笑って話を木下勝平に振った。

本来であれば貴族であり、この場での対象代理である彼女にぞんざいな口を聞くことはできない。しかし緊張を解すという意味では必要な事だと思われた。そして商売に力を貸して欲しいというのは本当だ。

 

「内容によりますが何を?」

「単に場所っすかね? 後は通行許可。どこでも許可はでるでしょうけど、本拠にする候補地は多い方がいいってことっすよ」

 いくらピンチでの軽口とはいえレベルによる。

ここでおねだりをしても良い事はないだろう。啓治は輸送業で大量の物資を運ぶ気はないのでそれほど過剰な要求をする気はなかった。税金さえ高く無ければ良いと考えていたし、便利遣いされたとしても領主層への郵便業務などの高額なサービスを契約できれば御の時であろう。

 

「その位であれば私の一存で決められますね。では全国の御菓子でも立ち寄ったついでに購入してきていただけると幸いです」

「あんたもよっぽど領主さまに惚れてるんだな」

 立花李依は幼少の領主に嫁いでいる。

それゆえに菓子を買ってきてくれという依頼なのだろう。そのくらいならば荷物にはならないし、飛行運賃を上乗せしたとしても長期契約で割り引けるだろうというチャッカリさも伺えた。啓治としても末永く貴族とお付き合いできるので悪くない取引だろう。

 

「えーっと。そろそろ予定の場所だけど大丈夫? 降り方は練習したよね? 忘れてるならオレが伝えるけど」

「問題ありません。立花李依、参ります!」

 啓治も勝平も自分で飛行呪文が使える。

場合によっては立花李依を救いに行くことを予定して、荷車側飛行船のハッチが開くのを見つめた。立花李依の騎乗したゴーレムが浮遊の呪文を刻んだ板をまるで大盾のように掴んだのが見える。そして……。

 

『我こそは立花李依! 我が夫に成り代わりて大将を務めるものなり! 大友家の家臣たちよ』

 この日の為に取り付けられた拡声用の呪文で声が響く。

ドンと大地を軋ませて降り立ったゴーレムから立花李依の声が周囲に伝達されていく。兵士たちはキョトンと巨大な人型に驚いていたが、やって来る魔物を蹴散らす姿や自分たちの指揮官から聞かされて我に返っていくのだ。

 

『大友家の家臣たちよ!』

『これよりこの地を! いえ、大宰府を取り返します!』

 女武将は敵を葬りながら声を上げた。

途中で何度も同じような事を繰り返し、仲間たちにゴーレムの姿を見せつけながら声を上げる。

 

『かつてこの地に攻め入った半人半馬も居はしない! 恐れることはない!!』

『ラミアがどうした! オウガがどうした! スキュラが……ナーガ何するものぞ!』

『いな、ナーガラージャが居るとしても、必ずやここで……討ち取って見せる!』

 敵を葬りその首を掲げるようにして放り出す。

ラミアを切り伏せ、肉厚なオウガをなぎ倒し、触手のような足が複数ある魔物やブレスを吐く大きな蛇を討ち取っていく。その中の多くは通常個体ではあるが、中には強化個体も居た。首を掲げて遠くからも判るサイズなのだ。

 

「光を切裂い割いた!?」

「あれは雷切だ! 立花伝来の技だぞ! とくとおがめ!」

「勝てる、勝てるぞお!!」

 もちろんサクラは用意したし、遺臣たちは当然味方だった。

しかし実際大きな人型が、明らかに魔物である存在を蹴散らしていくというのは衝撃的であった。自軍の勇士数人がかりでなければ倒せない相手を、あれほどまでに簡単に屠っていくのだ。それも自分たちの上にあるべき大将自ら!

 

『長らく苦労を掛けた! 今こそ前へ!』

『魔物を駆逐せよ! 槍を揃えて前へ!』

『その先頭に私が立つぞ! 故郷を取り戻すために前へ!』

「「「「おおおおおお!!!」」」」

 立花李依の呼び声に兵士たちは雄たけびを上げた。

後方陣地からやって来る援軍が居て、前には自分たちの大将が大物を討ち取って居る。どうして恐れる事があろうか? しかも天を汚すような閃光を、雷切で切り裂いていくのに!

 

この日、大宰府における戦闘は作戦崩壊と言う課程を越えて、全軍突撃により最終的な勝利をもぎ取ったという。

 

「どうする? 援護に行く? オレたちも暇じゃあるけどさ」

「止めとこうぜ。水を差すこともねーだろ。要請がありゃあ逃げ道塞ぎにかっとぶさ」

 勝平と啓治はそう言って人々が故郷を取り戻す光景を見守った。

撤退戦を計画している時は泣く泣く手出しを控えたが、この場では笑って手を止めたという。




と言う訳で戦闘終了。
第三部の終了ですが、魔王軍の行動前に勝利したので実質的な勝利です。
この後は第四部というよりは、各地の話を聞きながらの事後譚みたいになるかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦い終わって、また新しい戦いの前に

 大宰府撤退戦を終え、人類側有利の状態で敵を陸に引き付けた。

ジリジリと押しつ押されつの戦況には変わりないが、守り易い場所に陣を敷き、援軍を待つことで将来的な展望があるのが大きかった。やがて敵後方に援軍が現れた時、大規模攻勢が始まるだろう。

 

「じゃあ大友家の遺臣たちは統制を取り戻したんだ?」

「立花夫人を中心にまとまってやす。中央が認めないと言い出さない限りは筑紫島は安泰かと」

 あの後、前田啓治たちは暫く戦況を見守ってから薩摩へ向かった。

そこを拠点に筑紫島南部を周回し、いろんな場所でゴーレム運用のテストを行ったのだ。即帰還しなかったのはもちろん立花家に何かあったら協力する気だったというのもある。ある程度の推移を認めて終わり帰還し織田信長に報告したのだ。

 

「んで、いろいろ試しましたが……やっぱ好きな場所で好きな時間に運用できるつーのが一番ありがたいみたいっすね」

「相手にも知恵があるからね。さすがに魔物とはいえ脳筋ばかりって事はそうそうないと思うよ」

 何人かの武将に話を聞くことはあったが、みな意見は似ていた。

ゴーレムの質が上がり攻撃魔法を放つ装置の質が向上しようと、固定では使い場所が限られる。それならばいっそ多少能力には目を瞑っても、好きな場所に投入できる方が良いというのだ。騎乗型ゴーレムに腕の良い剣士を載せれば、強化個体よりも強い事は保証されて居るので猶更である。その話を聞いた信長は、相手に知性があるからこそ対策を打つし、だからこそ対処し易いフリーハンドの手法を求めるのだと結論を付けた。

 

「ともあれ任務ご苦労様。これからどうするの?」

「表向きは尾張と筑紫島を往復して調査って事になりますかね? どっちかというと本命でゴーレム投入する時の実験になると思いやすが」

 信長に労れた啓治は一応の計画を話した。

既に江戸の南が怪しいという話は伝えており、その探索を行う手はずと、そして見つけた時に戦力を整える願いも行っている。当面は本当にそんな場所があるのか確認をする事が先決だが、判ってから戦力を見繕っても遅い。特に飛行船の建造やゴーレムの鋳造などは時間が掛かる為、今の内から用意しておく必要があった。

 

「そういえば佐久間先生は帰るなり報告もせずに何かしてたっけ」

「へい。最初は空飛ぶゴーレムと四つ足のゴーレムどっち作るか悩んでましたが……。俺の予想を聞いたら、いきなり翼を生やした天狗みてえなのを研究し始めました」

 ゴーレム科の佐久間教諭は魔王との戦いに意欲的だった。

自身が作った騎乗用ゴーレムが魔物の中でも強力な種族や、時折生まれる強化個体を次々に倒していくのだ。これならば自分の作った作品が魔王を倒せるかもしれないと奮起するのも判る。その上で陸上の何処かに魔王軍雄拠点があると思っていたのだろうが、啓治の予想では海上の島だという。ならば足が早い四つ足ゴーレムよりは、空飛ぶ翼を持った方が役立つと考えたのだろう。

 

「……人間乗せたゴーレムが飛べるの? そりゃ鳥型が飛ぶのは知ってるけどさ」

「浮遊呪文の出力次第っスかねえ? その辺は飛行船とおんなじになると思うんで……。もし超強力にするためにミスリルやオリハルコン多めにしようと言ったら要注意っすけど」

 重要なのは飛行呪文の限界が決まっている事だ。

人間が唱える分には問題ないのだが、時間以外に術式で拡大が出来ないので、他の物を飛ばそうとすると限界が来る。そこで浮遊呪文を並行して、飛ぶのに問題のない範囲の重量に納めなければならない。問題なのはあまりに浮遊呪文に力量を割いてしまうとゴーレムが強くならないのだ。

 

その辺りを踏まえると比重が軽くなるミスリルや、能力が全体的に高まるオリハルコンの素材比率を高めなければならない。ミスリルは銀を錬成し、オリハルコンは金を錬成した素材である。もしゴーレム全体に使用するとしたら相当量の予算を喰ってしまうだろう。

 

「……ちょっと困るなあ。せめて魔物の領域で鉱山見つけるまで待ってもらうように言わないと」

「越方面で金山銀山が見つかると良いんっすけどねぇ……。まあ実用化したら強いと判ったらの話になるんじゃないっすか? それまではデータだけ採ったら鋳潰して飛行船とかの素材に回すんじゃないかと」

 魔王軍対策に過剰なまでの予算が注ぎ込まれている。

しかしゴーレム一騎の為に同じ重さの銀塊やら金塊を使って良いかと言えばそうでもない。魔王と戦える存在が他に居なければ仕方がないが、現時点では既存の船を大型化したモノやら飛行船を増やした方が良いのだ。騎乗用ゴーレムだってこれから量産して藩属国に配る事になるだろう。それを考えたらあり得ない話だが……。

 

「それはそれで妙に強いゴーレム出来たら残して置きたくならない? いきなり攻めてたり……」

「ありやすねえ。正直、筑紫島ではビビリやした。オレ程度の予想ではありますが、もう数年は何もないと思ってましたからね。その辺は魔王に勝てるかどうか、断言できる性能によるかと」

「魔物は馬鹿じゃないってのがネックだよね。こっちの準備が出来てなきゃ普通に攻めて来るから」

 そこは先ほどの『魔王と戦える存在』になるかどうかが重要なのだ。

この世界では優秀な加護を持ち早期に見つかって育った優秀な戦士や魔法使いが勇者とばれるのだが……そこまで強くなくとも魔王を倒せるならば話は変わってきてしまう。この辺りの心配は国主である信長と、個人である啓治の差であろう。万が一を考えたら強い戦力は欲しいし、それが勇者でなくとも構わないというならば、念の為に取っておきたい。しかし大型船や飛行船の準備は遅らせたくはないというのも実情である。

 

「鉱山を調べに行ってくれるかい? その過程で鉱山を持ってる国主への手紙を輸送して欲しい」

「そういう事なら次は鞆の浦じゃなくて、石見に飛ぶとしやす。その上で……越方面が攻略次第で越前から越後の地質調査っすかね」

 強いゴーレムなら欲しいが、無駄遣いは出来ない。

その解決策は今から手に入る貴金属を予約して取り置きする事だ。強いゴーレムが出来ないならば、大型船なり飛行船を増やせば良い。だが本当に強いゴーレムが作れると判った時に、飛行船の予約だけで精一杯だとしたら惜しいだろう。そして騎乗型でも魔王には届かないが、思索を味めているゴーレムならば倒せるとしたら惜しいでは済まないのだ。

 

「石見か。……あそこは確かだいぶ前に尼子家が滅んでたっけ。それなら遺臣たちの中で立花家と高橋家に相当する家があれば協力すると伝えておいて。こればかりは確約できないから、書面ではなく口頭のみで」

「へい。誰もが立花夫人みたいに周囲が協力してくれるわけじゃありやせんしね」

 貴族家と言う物はふとしたことで栄えたり滅びる物だ。

魔物が多い山岳地帯や海の荒い海岸線などは特にそうで、魔物退治で名前を挙げた家が勃興したり、逆に攻め滅ぼされるというのは良くある話だった。それはそれとして貴族間抗争が無いわけではなく、尼子家は大内家と争った事があったり、気性の荒いものが事件を起こしたりと色々あった。物資を援助するのは簡単だが、宮廷工作に関してはライバルも居るので確実とは言えないのが現状ではある。

 

「堅い話はここまでにするとして、筑紫島で何か面白い事はあったかい?」

「でっけー火山を見たとかすね。あー。富士のお山はもう御覧でしたっけ? うーん。こればっかりは何とも言えませんね。町込みでいろんな理由で良い悪いがあるんで、一概にはいえませんや。温泉の代わりに暖めた砂に埋まるとかですかねえ」

 啓治は現地の情報を信長にレポートとして提出はしていた。

それはそれとして面白いナニカとなると、中々思いつかない。ゴーレムを載せた飛行船の運用試験ともあり、それほど町には寄らなかったので名物料理がどれほどあるのかもそれほど知って居る訳はない。しばらくは信長が『こんな物はあるか?』と問、啓治がそれに答えるような他愛のないやり取りをしてその場を去った。

 

(一周目には無かった筑紫島で起きた事件は驚いたが、まあ人間側の技術も進んでるんだから仕方ねえよなあ。今んところは有利……なんだろうなあ。このまま魔王軍倒して終わっときたいところだ)

 啓治は信長の前を辞してそんな風に思う。

色々と努力はしたし、このまま飛行船の船長には成れそうだ。魔王軍との戦争さえ終われば、面白おかしく……とはいかずとも飛行船を操って面白い人生は送れそうである。その為に後は何が必要かを考えるのであった。




 と言う訳で九州での戦いは終了。
歴史がずれて予定にはない戦いなので驚きはしましたが……。
危険な範囲ではないので胸をなでおろしてる感じ。

あと一話くらい事後譚を入れて、「これで安心だ」となって終わる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。