烏丸しおんのバレンタイン (青嵐未来)
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烏丸しおんのバレンタイン

「しおぴーは隼人っちにチョコあげたりしないのー?」

 

 まだまだ朝夜の冷えも厳しいとある放課後。その一言で元・災禍鵼祀怨もとい烏丸しおんの一週間ばかりのドタバタは開幕した。

 

「む、バレンタインチョコというやつか」

「そうそう。ここ最近のしおぴーと隼人っちって今までにも増してお熱いというか~、いい空気というか~~」

「確かに隼人は妾のものじゃが……けどのうヤチルン、むしろ逆じゃ。妾が隼人に、ではない。隼人が妾に供物を捧げるのよ」

 

 ふふんと胸をそらす少女の姿はもうすっかりクラスに馴染んでいて、とてもではないが究極たる七大森羅、星招術・人式をも扱える人型マガツになど見えない。

 ただ、友人と笑いあえる日常に、烏丸しおんは帰ってきたのだ。

 

「実際石動のほうがぞっこん感はあるわね」

「そうですわね。ですが彼、去年はそれなりにチョコをいただいていたような…………」

 

 あんなことがあっても変わらず接してくれる皆に、しおんの感謝の念は尽きないのだが。それはそれとして。

 

「――――なんじゃと?」

 

 隼人のそんな話は聞き逃せないのであった。

 

「あー、まあ性格とか考えれば割と妥当っていうか」

「人助けとかやってるからそれなりに学園での知名度もあるし?」

「お顔のほうもテレビなどに出てくるような超イケメンとまでは言わずとも、整っておられますし」

 

「む、むう…………」

 

 唸るしおんに目を光らせたヤチルンは肩に手を置き囁いた。

 

「でもー、しおぴーに貰うチョコはまた格別だと思うなー。しおぴー手先器用だし、チョコもお店顔負けのとか作れるんじゃない?」

「そうじゃな! 妾自らが手掛ければただのチョコレートであろうと、それはもう魂魄が飛び出るほどのモノになるにきまっておる! よーしわかった、そんじょそこらのモノでは満足できなくなるようなのを作ってやろうではないか!!!!!」

「よし、なら私たちも手伝おっかなー」

「わたくしもクラスの皆様になにか作ろうと思っていましたし、ご一緒させてください」

「よーし、みんなの度肝を抜くようなすんごいのをつくってやるぞーーーーー」

 

「「「「おーーーー!!!!」」」」「なのじゃ!!!」

 

 こうして、烏丸しおんのどたばたチョコ作成が始まるのであった。

 

 

♦♦♦

 

 

 で、クラスの端だとしても女子四人も集まれば姦しいというかぶっちゃけおもっくそ聞こえるというか。

 

「俺はどんな気持ちでいればいいんだよ……」

「どっっしりと構えてればいいんだよ。お前がなんかしたわけじゃねぇんだから!」

 

 とコータは言うものの。気恥ずかしい気持ちは消えないんだよ! しかもあの四人以外の女子からなんか生暖かい目で見られてるしよ!

 どことなく落ち着かない気分で教室を見回す俺とは違い、コータ以下クラスの野郎どもはクラスのみんなに、という部分がやおら耳に残ったらしく。

 

「それよりも、それよりもだ!」

「ああ、わかってるぜ、北見! 今年は俺たちもチョコがもらえるってことだろ!?」

 

 盛り上がる盛り上がる。嬉しいのは男としてよくわかるが当の本人たちがいるところでそんなに盛り上がるのはそれはそれでどうなんだよ。

 というか俺たちに女子の会話が聞こえたということは、こちらの会話もましてや歓声あげて騒いだりなんてしていれば当然向こうに聞こえるというわけで。

 いいのか? と口に出すよりも先にそちらのほうから声が飛んできた。

 

「はいはい、あんたらの分も言ったとおりに作ってやるからこんな前から浮かれんな恥ずかしい」

 

 ほら、マジ突っ込みじゃん。

 

「そこらへんにしとけよ? 藪蛇つついて何ももらえないほうが嫌だろ?」

「そうだな! そうしよう!」

 

 ほんっとにこういうときは物分かりが随分といいこってと思うが、こういうところがコータの危機管理能力のなせる業なのだろうか。普段はまるで発揮されることのない能力なのだが。

 

「あれ、みんなどうしたの? なんか盛り上がってるじゃん」

 

 そんないつものような会話を繰り返していると、先生に呼ばれていた翼が教室に戻ってきた。

 

「おう、翼。先生に頼まれてた用事、終わったのか?」

「もちろん。僕にかかればちょちょいのちょいさ。で、なんの話してたの? 月末の期末試験のこととか?」

「うげ。現実を突き付けてくるのはやめてくれよ翼ちゃ~ん!」

「そうじゃそうじゃ! いくら翼であろうと言っていいことと悪いことがあろう!!!!」

「えぇ……そのレベルのタブーなの?」

「そうなのじゃ!!」「そうなの!!」

 

 シンクロする二人に翼は微妙に引いているように見える。二人とも、これまで散々痛い目見て来たろうに……姉ちゃんがこの場にいたらどんな反応をしたのだろう。

 

「あーもう、二人が試験のこと考えたくないのはわかったから! 試験じゃないとすると……なんだろう、時期的にバレンタインかな?」

「そうそう、しおぴー含めたうちらでチョコ作ろーって! ……あ! せっかくだからツバニャンも一緒にやらない!?」

「え、僕も!?」

「一緒にやろ~よ~~。ほら、ツバニャン甘いもの好きだし、味見役とかでもいいからさ!!」

「そ、それなら……う」

 

 甘いもの(チョコ)につられるウチ一番の甘党霊奏士の会話を聞きながら、スマホで急速に何か(多分チョコ)を調べているしおんに話しかけた。

 

「なあしおん。来週、放課後にでも二人でどっか行かねーか? ショッピングモールでも仙魔のところでも、別のどっかでもいいんだけどさ」

「そ、そうじゃのう……うん」

 

 しおんはそこで言葉にちょっとだけ詰まって、一瞬なにかを考えるように下を向いた。

 けれど次の瞬間には俺のほうに向いて、野に咲き誇る一輪の花のように満開の笑顔を見せてこう言った。

 

「うむ、楽しみにしておるぞ。じゃから――隼人も楽しみにしとっておくれ!」

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 翌日、ミッチー宅にて。

 

「とは、言ったものの……妾、料理をしたことなどないのう」

「大丈夫よ。お菓子作りなら経験あるし……料理で一番重要なのは愛情だって言うじゃない?」

「そうだよっ、しおぴーならなんの問題もなし!」

「そうだねー、ウチでも僕や亜麻祢さんがいるにも関わらずいちゃいちゃいちゃいちゃしてるし?」

「毎日教室のほうでも、甘酸っぱくて仕方がありませんし」

「そんなに言われるほどかの…………?」

 

 どこか納得いかない顔で首をかしげるしおんに対し、この場にいる全員がそりゃもういい笑顔で。

 無言で答えるものだから。

 

「…………妾、もうちょっと身の振り方を考えるべきかの」

 

 滅多に感じることのない羞恥心なんかを感じて、つい両の掌で顔を覆ってしまった。

 そうして思い返すと、自分の生活の中心にはいつも隼人がいることを否応もなく意識してしまう。

 隼人のことで頭がいっぱいになってしまう。

 自分を開放した少年。自分に生きてくれと言った少年。自分が生きていてほしいと願った少年。

 いつも一緒にいて、離れ離れになんてなりたくなくて、ずっとずうっと一緒に生きていたいと思えた少年。

 誰かを怨むことを(しんぞう)に生まれた自分を、どうしようもなく変えてくれたちっぽけな、でもとても暖かくて傍にいたくなる男の子。

 

「~~っ!」

 

 初めて喧嘩をした相手で、初めてキスをした相手で、そして初めて――――

 

 石動隼人は烏丸しおんにとって一番大切な人で、愛おしいと思えた人で、何よりも好きな少年なのだと。

 そこに思考が追い付いて、顔から火が出そうなほど熱を帯びた頬を法術まで使いながらなんとか制御して取り繕った。

 

 当然、取り繕うまでもなくみんなには大体筒抜けである。

 

「しおぴー可愛い……」

「はぐぁ……恥ずかしがることがほとんどないからでしょうか、普段とはまた違った愛らしさがあふれています――――」

「いつもの『妾こそが頂点よ!』みたいな愛くるしさとのギャップがすごいわね…………」

「しおんがこういう反応するのってほんとにレアだと思う。僕もこんなのみたことないや……」

 

「んぬううううううぅぅ!!! さっきからおぬしら好きに言いおってえええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 ぷんすか怒り出すしおんにみんなして一通り笑って、それに拗ねたしおんをなだめながらチョコ作成を始めるのであった。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 そして、一週間が過ぎて。

 二月十四日、バレンタインデー。

 

 寝ぼけ眼をこすりながら居間に降りると、朝に弱いはずの姉ちゃんが炬燵に入りながらゆったりとしていた。

 

「おはよ、姉ちゃん」

「あら、おはよう隼人。今日はずいぶん眠そうね」

「んー……なんかソワソワしちゃってなかなか寝れなくってさ」

「ふふ……しおんのチョコが楽しみなのはわかるけれど、授業中に居眠りなんてしないようにね? 隼人のことだから大丈夫でしょうけど」

「うん、気を付けるよ」

 

 そんな軽いやり取りの後、顔を洗って歯を磨いて、眠気を完全に飛ばしてから居間に戻る。

 すると姉ちゃんがいつの間にどこから取り出したのか、パッケージングされた箱をこちらに両手で渡してきた。

 

「はい、お姉ちゃんからのバレンタインチョコ、受け取って♡ 毎年言っている気がするけれど、お返しはいらないわ」

「ありがとう、姉ちゃん。で、これも毎年言っている気がするけど、十倍にして返すから期待しててくれよ姉ちゃん!」

 

 もはや毎年の恒例行事となった掛け合いを今年も違わずしていると、翼としおんが二人一緒に起きてきた。

 

「おはよう、隼人。それから亜麻祢さんも」

「おはようなのじゃぁぁぁぁ……ぁふぅ」

「おはよう、ふたりとも」

「おう、おはよう」

 

 二人はそのまま洗面所へ向かい、俺と姉ちゃんは先に朝餉ぼ支度をしておくことに。

 

「隼人、冷蔵庫の中に昨日のサラダと煮物が残っているから持って行ってくれるかしら?」

「了解だぜ姉ちゃん」

 

 とまあいつも通りに手早く食卓に並べていき、二人が制服に着替えて戻ってくる頃にはもう大体終わっていた。

 

「それじゃあ、朝ごはんとしましょう」

 

 最後に全員分の麦茶を持ってきていた姉ちゃんが座って、

 

「いただきます」

「「「いただきます」」」「なのじゃ」

 

 そろって食べ始めた。今日は早めにみんなが起きてきたのもあっていつもより余裕がある。

 

 TVに流れているニュースを見ながらたわいもない雑談をする。

 やれ今日の時間割は最悪じゃだとか、嫌でも真面目に受けるのよ、とか。

 ソシャゲのバレンタインイベントが今日から始まるのじゃー! とか、わかってると思うけど課金はほどほどにねー? とか。

 昨日は何時ごろに寝たの、しおん? とか、妾にもようわからん……気づいたら寝ておった、とか。

 

「ところで、亜麻祢さんは隼人にチョコあげたんです?」

「ええ、二人が起きてくる前に。斑鳩様も隼人にチョコを?」

「いやー僕はその、食べるの専門というか…………あんまり凝ったのはと思ったので、はい隼人、これ」

「ん、あれ? これって……」

 

 そういって翼がくれた箱には誰もが知っているような超高級有名チョコレート会社の名前が書いてあって…………

 

「っておま、これ高かったろ!? こんなにいいやつ貰って本当にいいのかよ!?」

「うん、ぜーんぜん大丈夫。僕の財布から出ているし、日ごろの感謝を込めてこれくらい、ね? 亜麻祢さんとしおんと、隼人と。みんなで食べて?」

 

 と言われても、だな……びっくりするくらい高価で腰が引けちまうくらいなんだが。

 まあとりあえず保管しとくか、と冷蔵庫に立つ。

 

「あ、でもせっかくだから、翼も一緒に食おうぜ。俺たちだけで食うってのも申し訳ないしさ。何より、翼も俺たち石動家の立派な家族なんだからさ!」

「隼人……まったくもう、きみってば…………」

「そうね、そうしましょう。今日は奮発していつもより気合を入れて夕食も作っちゃうわね」

「ところで……」

「ええそうね……」

 

「しおん、どうした? どっか体調悪いのか?」

 

 チョコの話題になってからやけに静かになったしおんに水を向けてみる。

 

「……ん、特に問題ないぞ。そもそも妾が体調不良になったことが一度でもあったか?」

「とは言ってもだな……まあ本人がそういうんならもう言わねえけどよ、なんかあるなら遠慮なんてしないで言ってくれよ? 家族なんだからさ」

 

「……ねえ亜麻祢さん、しおんのアレってつまりそういうことだよね、たぶん。隼人、さすがに鈍すぎない?」

「今日はバレンタインデーで、しおんも隼人に手作りでチョコを用意していて、隼人はそれを知っていて、さらに放課後にデートの約束までしていて…………」

 

 なにやら小声で姉ちゃんと翼が話しているが、あまりにも小声過ぎて何を話しているのかまではわからない。霊煌で聴力を強化すれば聞き取れるだろうが、そんなことをしてまで聞き取るべきような内容じゃあるまい。

 本当に大切な隠し事なら俺やしおんにもちゃんと話してくれるだろうし。

 

「そ、そうじゃ隼人!」

「ん、どうした、しおん?」

「今日の放課後なのじゃがな! すごいのをくれてやるから今から戦々恐々としておるがよい!!」

「俺はお前から攻撃でも受けるのかよ……?」

 

 と、若干の照れ隠しに突っ込みつつ、茶碗に残った米粒をかきこむ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そんなこんなで朝の緩やかな時間は過ぎていくのであった――――。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 今日の時間は、なんというかあっという間に過ぎていて、気が付いたらしおんと約束していた放課後になっていた。

 せっかくということで、一度家に戻って着替えてショッピングモールで合流することに。

 

「おーいしおーん!」

 

 一足先に着いていた俺は、駅のほうからやってくるしおんを見つけそちらに向かう。

 

「ど、どうかの。隼人……」

 

 近くによって彼女の全貌を正確に認識して、思わず息をのんでいた。

 そこにいたのは、普段通りだらしない格好の見慣れた少女ではなく、美しく着飾った女だった。

 

「お、おう……なんというか――」

 

 うす茶色のコート、髪色にぴったりな深紅のマフラー、下にはチェックのワンピース。

 見慣れていて耐性があるはずの(かんばせ)にはうすくメイクが施されていて、普段の奔放な感じとはまるで別の印象を与えてくる。

 そんなしおんに、数瞬気の利いたことも言えないほどに目を奪われて――――

 

「……なんというか?」

「綺麗だ――――すっげぇ可愛い」

 

 着飾ってきてくれた彼女にかけるにはあまりに簡素な本音が、素直に漏れた。

 すこし落ち着いてしおんを見ると、彼女の頬がほんのりと、明らかに寒さのせいだけでなく染まっているのに気が付いて、さらに愛おしく感じてしまう。

 だって、俺のためにこんなに見た目を気にして、普段全くしてないメイクにまで手を出して、俺を喜ばせようとしてくれたんだ。これが嬉しくないやつなんているものか!

 

「ありがとうな、しおん」

「……? なんのことじゃ?」

「だって、自惚れじゃなければ、俺のためにここまで準備してくれたんだろ? それが俺はすっげぇ嬉しい。しおんの可愛くて綺麗な姿を見られて、しおんが俺のことを大切にしてくれてるのがわかって、幸せなんだ」

「――――~~~~っっ! お主は本っ当にどうしてそこまで歯に衣着せぬ言い方をするんじゃ!! 自分で言うて恥ずかしいとか思わんのか!!??」

「はは、そりゃちょっとは恥ずかしいけど……黙ってるより直接伝えたほうがいいだろ? 黙っていてもしおんにならほとんど伝わるのかもしんないけれど……直接言ったほうが確実だし、そうするだけで悲しいすれ違いなんてなくなるだろ? そして、なにより――――」

「黙って察してもらうだけは性に合わない、か?」

「そうそう」

「まったく、相変わらずじゃ。こっちが恥ずかしいのを必死に我慢しておったというのに」

 

 そう言うとしおんはそっぽを向いてしまう。

 正直、その動作すら今やられると可愛くて仕方がない。

 

「じゃあそろそろ行くか。どこからにすっかー」

 

 いつまでも眺めていたいぐらいなんだけど、そうするとここまで来た意味も何もなくなってしまうので、一言声をかけてモールの奥へ足を向ける。

 

「まずは映画館で席だけとっとこうぜ」

 

 しおんの手を取ろうと、俺の手を伸ばす。

 しおんはその手をじっと見つめたまま、動かない。

 

「ん? どうしたんだよ、しおん。どっか先に行きたいとこがあるのか?」

「……そうではないわ、この戯け」

 

 じゃあなんだっていうんだよ。

 そのまましおんは深呼吸を三回ほど繰り返すとコートの中をごそごそとあさって、ラッピングされた箱をこちらに差し出した。

 

 

「ほれ」

 

 

 …………さすがにここまでされれば、クラスの奴から鈍いと評判の俺でもその箱の中身も、しおんが今日一日どこかおかしかった理由もわかる。

 包みの印刷にはご丁寧にハートマークまで印刷されているし、しおんが作ってくれたチョコなのは疑いようもなかった。

 

「――……ほれ、早う受け取らんか。何をフリーズしておるのじゃ貴様は」

「え、っと……俺、自分が想像してたよりもしおんからチョコもらえるのが嬉しかったみたいでさ」

「――――っ、ほーれ! とっとと自分のカバンにしまうがよい!」

 

 そう言って半ば固まっている俺の手にチョコを乗っけるしおん。

 

「――――ありがとう、しおん。すごく嬉しい。ホワイトデーには何倍も何十倍もすごいのをお返ししてやるからな!」

「ふ、ふん。小坊主に気の利いたお返しなど期待しておらんわ。だから、その分――――」

 

 ああ、わかっているさ。

 

「その分、今日のデートを最高のものにしてやる!」

「……はあ、こやつめ」

 

 そんな俺の宣言に少しあきれたように息を吐くしおん。

 そのまま横に並ぶと腕を俺の腕と絡ませてきて、密着してきた。

 

 この距離感はさすがにちょっと、恥ずかしいものがある……超幸せなのには間違いないけど。

 

「妾のチョコはヤチルンたちとその知の髄を集めて、妾自らが丹精込めて作り上げたものじゃ。たった一回の『最高のデート』とやらでは十分の一にもならんわ。だからの」

 

 コテン、と俺の肩に頭をのせて。

 何よりも愛しい俺の家族、俺の恋人、しおんは満面に笑みを浮かべて、こう言った。

 

「これからもずっと、傍にいて。これからもずっと、妾と一緒にこうしてくれねばの!」

 

「そんなの、――――」

 

 しおんがこうまでしてくれて、こうまで言ってくれたんだ。じゃあ、ここで答えてやれなかったら男として情けねぇ!

 

 隣に、小さくも確かにそこにある温もりを感じながら。二人にとって最初の誓いを繰り返した。

 

「決まってらあな! 二人で――みんなで。こうしてずっっっと生きていこう。一生笑いあいながら、お天道様に恥じねえように、真っすぐに!」

 

 

 

 

 

 その後のデートは、そりゃもう楽しかった。

 二人で映画を見て、感想を語り合ったり、ありそうな続編について妄想交じりに話したり。

 しおんが服屋さんでミニファッションショーをやって、自分から始めたってのに途中で恥ずかしくなったのか逆切れして中止したり。

 ゲーセンにいって、やれアームの設定が弱いだの取れない位置に決まっとるだの、嘆くしおんをなだめたり。二人プレイのゾンビゲームやってものの見事に惨敗したり。

 二人でご飯食べて、その、あーんなんかして食べさせあったりもしちゃって………………。

 

 最後に食べたチョコは、俺だけの秘密だ。しおんも、アイディアだしや菓子作りのいろはについては教わっても、最終的には自分ひとりで何にするか決めて、自分ひとりで作ったらしい。

 今まで何を食べた時よりも幸せを感じた、とだけ。

 

 

 

 二月十四日、バレンタインデー。

 こうして、この日は俺たちにとって一生忘れられない出来事に刻まれたのだった。

 



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